2: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:10:30.46 ID:Uc6HdxiW0
初めての実戦と成功。
その時に一番最初に感じたのは、喜びではなく、恐怖だった。

「……」

GDF所属、MJP機関の戦艦ゴディニオン。
それに付随する専用機――通称アッシュの整備用ピット艦の一つ。
機体のパイロットの一人である少年、ヒタチ・イズルは、自分に与えられた機体――レッドファイブのコクピット内で、呆然と先ほどまで行われていた戦闘の余韻に浸っていた。

今日まで、彼はMJP機関の士官候補生の一人として、同じチームを組む少年少女たちと共にまだ見ぬ前線を想像しながら、訓練に励んでいた。
しかし、それもほんの二時間ほど前までのことだった。
彼の所属するチームラビッツは、GDFからの要請のもと、前線基地であるウンディーナからの撤退支援の任務に就くこととなった。
その任務とは、新型の実験機に搭乗し、たったの五人で敵の遊撃部隊を三十分も足止めするという、一見するとただの捨て駒としか思えないようなものである。

しかしながら結果として、彼らは見事に任務をやり遂げた。
元より、彼らチームラビッツは、味方の連携に大きく難のあるものの、個々の実力に関して言えばかなりのものだったのだ。
そこに、新たな実験機として投入されたアッシュの性能の力も加わり、無事に友軍を完全に撤退せしめたというわけである。

そこまでは、問題なかった。
実戦の緊張など、実際に戦場に置かれて生死を懸けることとなる環境では、感じる余裕もなかった。

必要以上に息を荒げて、イズルは任務をやりおおせた興奮に震えていた。
そんなときだった。

引用元: 【MJP】銀河機攻隊マジェスティックプリンスで短編【マジェプリ】 



 

3: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:11:29.96 ID:Uc6HdxiW0
『…あれは?』

機体のスキャンシステムが、何か別の熱源を、何もないはずの空になった基地に感知したのだ。
これはどういうことだろうか。基地は放棄されて、人っ子一人としているはずがないというのに。

『待って。私が調べる』

イズルの反応に、広域通信能力の高いオペレーターを務めるケイの機体から、データが送られてくる。
結論として、彼の任務はまだ終わっていなかった。

基地には、まだ民間人が多数残されていたのだ。
彼らは何も知らない様子で、外の戦闘行為が終わるのを待っていた。
軍は撤退の際、民間人まで回収する余裕がなかったのだ。
他に選択肢もなく、パニックを起こさないように何も知らせず、彼らを見捨てた、ということだ。

『彼らの乗る船はないわ。撤退して』

上官であるスズカゼの命令に、イズルはすぐに反目した。

『まだ人が残ってるじゃないか…』

軍人として、上官命令に逆らうのは立派な違反行為だ。
それは分かっている。分かっているが。

イズルはどうにも、自分の中の何かがそれはいやだと言っているように感じられていた。
このまま大変な状況にある人たちを、見過ごして、撤退するなど。

そんなことは、ヒーローのすることではない。

4: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:12:12.77 ID:Uc6HdxiW0
ヒーロー。それがイズルにとっての自分の芯たる部分だった。
あまりにも空想的で、子供のような芯だ。
しかし、記憶を消され、自らを形成するもののない彼にとって、それは何物にも替えられない、自分という人間を決定付けるものであった。

周りから、仲間たちの通信が聞こえる。
彼らを助けることはできない。撤退すべきだ、と。

それはまったくもって正しい判断であるし、非難されることではない。
しかし、イズルの中ではもう答えが出ていた。

こうしなくては。これを選択しなくては――

彼は自分の中から振り絞るように叫ぶ。
自らの人格を決定付けるがために。

『――無理しないと、ヒーローにはなれないだろう!』

それは、普段からの彼を知る者からすれば、実にらしくない言葉だった。

5: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:13:06.44 ID:Uc6HdxiW0
結局、そんな議論をしてしまっている間に、敵の部隊は迫ってきてしまった。
仲間たちも、もはややるしかないと諦めてしまったのか、共に戦うことを選んでくれた。

『ホントにやれるのか……?』

『今からでも逃げた方が…』

ゆっくりと、敵の主力部隊らしき光が近づいてくる。
一気に来ないのは、様子を見ているのか、それとも余裕を見せているのか、分からなかった。
仲間のアサギとスルガの声を聞きながら、イズルの手は震え始めていた。

怖い。もしかしたら、ここで死んでしまうのかもしれない。
自分の選択に後悔はなかった。
ただ、恐怖を感じていた。

イズルはヒーローになりたいと思っていた。
それらしい選択をしたい、と。

しかし、彼は物語に出てくるヒーローのように、完全無欠というわけではない。
いくら、士官候補生として戦う訓練をしてきたといっても、まだ、たったの十六歳の少年なのだ。
死への恐怖を微塵も感じないわけがなかった。

6: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:13:51.05 ID:Uc6HdxiW0
(逃げろ)

心の底から、怯えた声が聞こえる。
そうだ、逃げてしまえ。このままでは戦力の差で死んでしまうかもしれないのだ。
ヒーローなんて無理だと、諦めてしまえ。

(戦え)

心の底から、勇ましい声が聞こえる。
そうだ、逃げるな。取り残された人々を守ると決めたのだ。
それに、どのみち囲まれつつあるこの状況では、戦わなくては死ぬ。死んでしまう。

(逃げろ)

(戦え)

(逃げろ)

(戦え)

(逃げろ――)

二つの声が響きあって、イズルの心を取り巻き、せめぎあう。
操縦桿を握る手が、恐怖に震えたと思えば、武者震いで震えだす。
どちらも彼の意思で、どちらも本音だった。

7: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:30:00.78 ID:Uc6HdxiW0
二つの思考に迷いを抱きながら、ふと、イズルはモニターに映し出された民間人たちを眺めた。
老若男女問わず、様々な人々が、外で何が起きているかも分からないまま、集まっていた。
その中で、一際目立つものがイズルの目に留まった。

女の子だ。母親らしき人に抱きついて、何がなんだか理解できない状況に、今にも泣いてしまいそうな顔をしていた。
その子を撫でる母親も何事か言って、女の子をなだめているように見えた。
その表情は、抱きついている子供には分からないだろうが、不安に包まれていた。

(――だめだ!)

迷いを振り切って、イズルの心に火が点きだした。
僕は、ヒーローになる。ならなくっちゃならないと、決めたのだ。
あんな風に誰かが困っている。それを助けたいのだ。
自分の生まれた意味を作るために。ただ作られた人間として生きるのではなく。

だから、今は――――――

(――戦え!)

『はあああああっ!!』

そして、彼は。
激情のまま、何がなんだか分からないまま。
ヒーローになろうとした。

8: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:36:50.82 ID:Uc6HdxiW0





(……)

そして、今。
激しい戦いを潜り抜けたイズルは旗艦の中で、何も考えずにただぼうっとしていた。
自分はやった。逃げ遅れた人々を守るために戦い、見事敵を退けてみせた。
まさしく、ヒーローになったのだ。

しかし――

(……っ)

一気に身体中を震えが走った。
怖い。さっきまで、死んでしまうかもしれなかった。
戦いで何が起きても不思議なんかじゃなかった。シュミレーターで何度も経験してきた撃墜なんかとは違う。
実戦。それはやり直しなどきかない世界のことなのだ。

(僕、は…)

気付けば、汗が噴出していた。
こんなにも、戦うことが怖いことだなんて、知らなかった。

ゆっくりと、深呼吸をした。
それでも、身体を支配する緊張が完全に解けはしなかった。

これが戦いなんだと、彼は理解し始めていた。

9: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:40:31.91 ID:Uc6HdxiW0
『…おい、イズル?』

仲間の一人、アサギの通信を耳にして、ようやくイズルは我に帰った。
どうやら、ずっと呼びかけられていたらしい。

「あ…ごめん。何?」

若干声を震わせながら、イズルは安堵したようにアサギに返す。
知っている声がはっきりと認識できた途端、ちゃんと帰ってこれた気がして、嬉しかった。

『何?じゃねぇだろ…ほら、さっさと出ろよ。スズカゼ教官が集合しろって言ってるだろ』

呆れたように言う彼に、イズルは短くごめん、とだけ言って機体から出るべく、身体を固定していたシートの安全装置を外す。
作戦が終わり、命令違反をしたチームラビッツに処罰を言い渡す、と先ほど上官であるスズカゼから通信が来ていたのを、
受け流すように聞いてしまって、言われるまで忘れてしまっていた。
きっとこれまで以上に厳しい処罰を言い渡されるのだろうな、と想像しながら機体から外に出た。

10: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/10(日) 10:44:38.84 ID:Uc6HdxiW0
お疲れ様、よくやった、などとイズルを労う専属の整備班のクルーたちの声を聞き流しながら、どこかおぼつかない調子で、イズルはピット艦を出た。
いつもなら、褒められるなんて珍しいから心の中で喜んでいただろうに、そんな気分になんかなれなかった。
完全に出て行く前に、チラリと自分が乗っていた機体――レッドファイブを見やる。
一目見たとき、赤の映える、ヒーローらしくてかっこいい機体だな、と思っていた。

ヒーローになれるのだろうか。さっきのように実戦に震えることなく、完璧な存在として。
この機体と共に戦えるのだろうか。少しだけ。ほんの少しだけ不安を感じてから、がんばろう、と自分を励ました。

ヒーローになりたい。強くて、かっこいいヒーローに。
そうすれば、自分の作られた意味も、少しはいいモノになると信じているから。

僕は、戦おう。そのために生まれたんだから。

15: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/13(水) 23:48:39.85 ID:Q16/be8o0
映画化記念

スターローズ、ブリーフィングルーム

イズル「――え、映画撮影、ですか?」

リン「そう。明日から訓練を中止して、ね」

アサギ「俺たち、役者じゃないんですけど…」

ケイ「そうですよ! どうして私たちがそんなことを…!」

リン「上の命令なのよ。スポンサーを増やすための、ね」

ケイ「そんなの…」

リン「安心しなさい。実際に演技してもらうわけではないわ」

アサギ「というと?」

リン「向こう側の監督の要望なのよ。実物のアッシュの映像を使いたいらしいの」

リン「アッシュを動かせるのはもちろんあなたたちだけ、だから…」

アサギ「スタントマンをやれ、と」

リン「そういうこと。では、明日。一○○○に集合するように」ビシッ

ラビッツ「」ビシッ

16: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/13(水) 23:55:25.05 ID:Q16/be8o0
プシュー

タマキ「…映画だってー!」キャッキャッ

ケイ「…ずいぶんと嬉しそうね」フー

スルガ「そりゃそうだろ! なぁタマキ!」

タマキ「もちろんなのら! 映画ってことは役者さんもいるんでしょー? …つまり」

スルガ「そう」

スルガ・タマキ「「イケメン(美人)がいっぱい!」」ヤッホー

アンジュ「撮影の現場に役者さんがいらっしゃるとは限らないような…」ウーン

アサギ「ほっとけアンジュ。…はぁ」イガー

イズル「大丈夫、アサギ?」

アサギ「大丈夫じゃない…人前でアッシュを動かす。それも戦うとかじゃなく…」

イズル「ドキドキするね!」キラキラ

アサギ「ああそうだな、キリキリする…」ジトー

17: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/13(水) 23:56:11.03 ID:Q16/be8o0
アンジュ「というか、いつの間に私たちを映画で扱うことになったんでしょうか…」

ケイ「こういうの、もうあの広報任務で終わりだと思ってたのに…」

スルガ「んだよ盛り下げるなー」

タマキ「ケイお休みする?」

ケイ「しないわよ。アンタはやるんでしょ?」

タマキ「うん」ニコニコ

ケイ「なら付き合うしかないじゃない…」

タマキ「ケイー」ギュー

ケイ「はいはい」クスッ

イズル「アサギはどうする?」

スルガ「無理なら休んどけ休んどけ。お前の分も俺が女優さんたちと仲良く…」

アサギ「誰が休むか。…仕事だってんならしょうがねぇだろ」

イズル「緊張しないで、固くならないでいこう!」グッ

スルガ「そーそー。そうじゃないとまーたアサギスペ…」

アサギ「それは言うな」デコピン

アンジュ(映画…また暴れてしまったら全艦隊どころか、全世界に…)ハラハラ

18: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/13(水) 23:57:44.43 ID:Q16/be8o0
スターローズ――リンの私室

レイカ「――そんでー? リンリンも付いてくの?」グビッ

リン「ええ。最初は…ペコに任せようかと思ったんだけど、ね」チビッ

レイカ「ふーん。なんだかお母さんが板についてきたわねー」ニコニコ

リン「ちょっとやめてよ。まだ私、旦那、すら…」ウルッ

レイカ「あーはいはい。ストップストーップ、私が悪かったわよぅ」ナデナデ

レイカ(最近はこのネタの泣き癖増えてきたわね…)

リン「と、とにかく。何かあっても困るから、私も行くわよ」グスッ

レイカ「ま、私は整備班だから行くんだけどさー。もー大変だったんだから」

リン「あら、変なデカール貼るより?」

レイカ「あれはあれでなんだけどさー。向こうの注文がうるさくって。もっと派手な感じにしてほしい、とかこの小道具を装備してほしい、とか」

リン「なるほど。映画の撮影向けに、ね」

レイカ「そそ、あれで十分見栄えいいっての、まったく」グビッ

19: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/13(水) 23:58:35.69 ID:Q16/be8o0
レイカ「…あ、そうだー。ねね、主演って誰なの?」

リン「そういえば…聞いてないわね」

レイカ「えー、なんで聞いてないの」

リン「急な話でつい。動転しちゃったのね、聞きそびれたわ」

レイカ「ま、いいけど。話題性のある人使うんでしょうねープロパガンダな訳だし」

リン「今の発言は聞かなかったことにしてあげるけど…まぁ、そうなんじゃない?」

レイカ「有名な人なら一気に近づくチャンスってやつね」キラーン

リン「そもそも撮影の現場にいるかどうか…」

レイカ「何よ枯れてるわねー、希望持ちましょうよ。せっかく出会いの少ないんだからさー」

リン「…同じ軍人同士で合コンでもやろうかしらね」フー

レイカ「アマネ大佐殿にでも男集めてもらっちゃう?」

リン「…そうね、ホントに」

レイカ(あらー、こりゃマジに沈んじゃってるかなー)ヤレヤレ

レイカ「ま、そうならないように明日はいい男見つけましょ?」

リン「趣旨が違ってるわよ…」

レイカ「まま、ウサギちゃんたちならだいじょぶだって。ほら、飲んだ飲んだ」トポトポ

リン「明日のことも考えなさいよ…」グビッ

20: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:00:47.90 ID:xuyiT0ek0
翌日、スターローズ、映画撮影スタジオ

オーイ!ソッチセットウゴカセー コッチヒトカシテー

スタッフ「」ワイワイガヤガヤ

イズル「わぁー…」キラキラ

アサギ「ここらのステーションの中じゃ、一番デカイとこらしいけど…」

タマキ「広いのらー!」

アンジュ「しかし私たちの撮影場所はここではないんでしょう?」

ペコ「そーです。先に監督さんがご挨拶されたいそうでして…」

リン「こっちよ、付いて来なさい。…タマキふらふらしないで」スタスタ

タマキ「はーい」

スタスタスタスタ…

イズル「どんな人なんだろうね。やっぱり怖い人なのかな?」

アサギ「メガホンとかいつも握りしめてか? いつの時代だよそれ…」

アンジュ「そうですね、いくらなんでも時代錯誤なような…」

スルガ「わざわざ軍の映画撮るんだ、やっぱ詳しい人だろ!」キラキラ

タマキ「ちょー若くてかっこいい人がいいのら!」

ケイ「どうせ普通のおっさんよ」

ペコ「ほらー、こっちですよー」フリフリ

21: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:01:49.91 ID:xuyiT0ek0





ペコ「こちらの方ですー」

アサギ「おいスルガ、そっち行くなよ」ガシッ

スルガ「わーかってるよ! ちぇっ、あっちの小道具の銃、すげぇいい出来してんのに」

タマキ「役者さんはー? イケメンさんはー?」ブー

ケイ「それは後にしなさいよ…」

リン(やっぱり付いてきてよかったかしらね…)フー

ペコ「お待たせしました、マネージャーの山田ですー。監督さんは…」

スタッフ「あっ、お疲れ様です。監督ならあちらの部屋に」ユビサシ

ペコ「ありがとございますー」

イズル「いよいよかぁ、ちょっと緊張してきた」ドキドキ

アサギ「落ち着け。固くなるなっつったのお前だろ」ダラダラ

スルガ「アサギも汗すげーけどな」

アサギ「うるせぇ」イガー

22: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:02:51.32 ID:xuyiT0ek0
ペコ「さ、イズルさんからどうぞ」

イズル「は、はい。…失礼します」ガチャ

???「あら。どうも、初めまして」ニコニコ

イズル「えっ」

タマキ「カントクさんって…」

ケイ「お、女の人!?」

スルガ「マジかよ!?」

リン「静かに! …失礼いたしました」コホン

???「あーいえいえ。というか私監督じゃないですよー」クスクス

イズル「…へ?」

ヨシダ「私はメインの脚本のヨシダですー」

???「で、僕が監督」

イズル「あ、は、初めまして!」ペコリ

モトナガ「初めまして。モトナガです。今日はよろしくお願いします」

タマキ「(なーんだ。普通のおじさんなのらー)」ガッカリ

ケイ「(だから言ったじゃない…)」アキレ

ペコ「今日は一日よろしくお願いしますー」

リン「初めまして。彼らの上官を務めております、スズカゼです。今日は彼らをお願いします」

モトナガ「あーいえ、こちらこそすみませんお忙しいときに」

イズル「よ、よろしくお願いします。僕がチームのリーダーのヒタチ・イズルです。こっちがアサギ、スルガ、ケイ、タマキ、あと、アンジュです」

ラビッツ「」ペコリ

モトナガ「うん、よろしくね」

23: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:03:47.50 ID:xuyiT0ek0





モトナガ「それじゃ、まず敵との遭遇のシーンから撮りたいと思います」

レイカ「機体の方は準備できてますよー」

モトナガ「ありがとうございます。カメラと音声大丈夫ですか?」

スタッフ「いつでもいけます!」

モトナガ「では、ラビッツの皆さんも打ち合わせどおりにお願いします」

タマキ『はーい!』

ケイ『……』

スルガ『へへ、カメラに写ってるなんて、俄然やる気になってきたぜ』

イズル『どんな感じなのかな? 後で見てみたいなぁ』

アサギ『ったく気楽な…うぅ』

アンジュ『大丈夫ですか、アサギさん?』

アサギ『あ、あぁ。そっちこそ大丈夫だろうな、アンジュ』

アンジュ『い、今のところは』

イズル『大丈夫だよ皆、がんばろうね!』オー

スルガ・タマキ『おーうっ!』イエーイ

アサギ『ホント、今だけ羨ましいよ…』イガー

24: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:05:04.99 ID:xuyiT0ek0





スタッフ「――カット!」カチン

スタッフ「どうですか、監督ー!」

モトナガ「んー、オッケーです」

スタッフ「はーい! スタント撮影終了です! 皆さんお疲れっしたー!」

オツカレッシター!

アサギ『お、終わった…』

タマキ『おんなじ飛び方何回もして疲れたー』グデー

スルガ『何時間同じシーン撮るんだよ…』ウヘー

ケイ『だからこういうのはイヤなのよ…』フー

アンジュ『あ、あの、私大丈夫でしたでしょうか…』ハラハラ

イズル『だ、大丈夫だよ、アンジュさん。出てきたの、ほんの一瞬だったから』

アンジュ『い、一瞬は出たんですね…』ハァ

イズル『あ、や、そ、そういうことじゃなくって、えっと、そのう…』

アサギ『下手な慰めは逆効果だって』

スルガ『前も言ったのになー』

タマキ『もー、ばかあほおたんちん』

イズル『ええー…』

アンジュ『…えっと大丈夫ですイズルさん、その、お気持ちだけで』

ケイ『そ、そうよイズル。そうやってフォローしようとするの、その、大事だと思うわ』

イズル『う、うん。なんか、ごめん』

モトナガ『あの、もう降りちゃって大丈夫だよー。それと、ごめんね、同じシーン何回もやらせちゃって』タハハ

イズル『え?』

アサギ『まさか…』

モトナガ『うん。無理言って通信のチャンネル、オープンのままで撮らせてもらったんだ』

ラビッツ『ええー!?』

25: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:06:57.50 ID:xuyiT0ek0





モトナガ「いやーごめんごめん。実際の君たちのことをどうしても見ておきたくって」

イズル「はぁ…」

モトナガ「普通にお話したって、ほら、初対面だからさ、たぶん素が分からないだろうからね」

ヨシダ「それで、生の君たちを知るにはやっぱり自分の機体に乗ってもらったときを狙うしかないな、てことになったの」

アサギ「お、教えてくれたらよかったのに…」チラッ

リン「ごめんなさいね。別に映画自体には使わない、というお話だったの」テヲアワセ

アンジュ「うう…スタジオ中に私の罵倒が…」ズーン

スルガ「女優さんたち口説きにいこうとしてたの、バレちまった…」

タマキ「ちぇー、俳優さんたちガードが付いちゃったのらー」

ケイ「まったく…」

26: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:07:58.34 ID:xuyiT0ek0
モトナガ「でも、おかげでいい感じになりそうだよ」

アサギ「ホントですか? むしろあんな醜態さらして、悪い影響が…」

モトナガ「何言ってんの。こないだザンネンな中継出しちゃったのに」

アサギ「あ、あれは……!」カァ

モトナガ「――ザンネンだっていいじゃない」

イズル「え?」

モトナガ「今回の映画のテーマなんだ。…偉い人たちはマジメでお固いものを作れって言うけど、それで普通の人が共感してくれるとは思えなくてね」

ヨシダ「現実に生きる人に、完全な超人なんてそうそういやしないもの。それで、監督が考えたのが――」

イズル「……ザンネンだっていいじゃない」

モトナガ「そう。そんな気負わずに見れるものだ。前線にいるからって、軍人さんだからって。別に僕ら一般人と何も変わらない、人なんだからね」

ケイ「……同じ、人」

モトナガ「今日の撮影はだいぶ収穫だったよ。あの中継を見た日から、僕は君たちを描きたくてしょうがなかったんだ」

モトナガ「誰だってヒーローになれる。少しでも、何かザンネンなところがあるかもしれないけど」

モトナガ「皆でがんばれば、ヒーローになれる」

イズル「ヒーロー…!」パァ

モトナガ「そ、君があの中継で話したことが、僕を動かしてくれたんだ」

モトナガ「これからもがんばってね。僕なりに君たちを応援してるよ」

イズル「あ、ありがとうございます」ペコリ

モトナガ「…あ、おわびといってはなんだけど、俳優さんたちとお話できるように頼んでおいてあげるよ」

スルガ「ホントっすか!」キラキラ

タマキ「ありがとーなのら! カントクさん!」キラキラ

アサギ「…単純なやつらめ」フー

27: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/14(木) 00:10:37.77 ID:xuyiT0ek0





スターローズ――アサギの部屋

タマキ「あーもー、つーかーれーたー」バスン

アサギ「…なぁ、何でお前ら俺の部屋に集まるんだ?」ハァ

ケイ「なんて言えばいいのかしら…」ウーン

スルガ「居心地いんだよなー、片付いてて」

アサギ「自分の部屋ぐらい片付けろ!」ウガー!

イズル「……」ボー

アンジュ「イズルさん?」

イズル「ザンネンだっていいじゃない、かぁ」

ケイ「監督さんの言葉?」

イズル「うん。そういう考え方もあるんだなぁ、って」

アサギ「前向きなのはお前と同レベルだな、あの人」

イズル「あはは、ありがとう」

アサギ「ホメてねーよ」

イズル(……ヒーローは孤独なもので、かっこよくて、すごいものなんだと考えてたけど…)

イズル(僕は、もしかしたら)チラッ

アサギ「」イガー

スルガ「♪」ガチャガチャ

タマキ「」ギュー

アンジュ「」オロオロ

ケイ「」クスクス

イズル(ザンネンな皆で、ヒーローになる方がいいのかも)ニコニコ

31: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 00:52:53.98 ID:TRFEh+Me0
それは、GDFの偉い人の指揮の下行われた、強襲作戦の後のことだった。

「……」

「…ええっと」

大型宇宙ステーション、スターローズ。
その中でもGDFのある一画の、僕たちMJPの候補生に当てられた一室――つまりは僕の部屋なんだけど。
その入り口で、僕は実に反応に困って、突っ立っていた。

僕の目の前には、少しばかり大きさのある、プレゼントでも入れるような四角い白い箱を差し出す、チームメイトのケイがいた。
中が見えるようにふたを開かれた箱には、何やら青みがかった紫の、高さの短い円筒形の物体があった。
その物体の正体は、まぁ一言で表せば要するにケーキだ。ケーキらしからぬ色合いではあるけれど。
アメリカかどこかではよくあるらしい色合いのお菓子らしいけれど、ちょっとばかり食べ物としてはどうなんだろうと思う。

「…これ、何?」

分かってはいるけれど、一応聞いてみた。
時刻ももう一時を回って立派に深夜だというのに、急にこんな――その、胃にもたれそうな甘いモノを僕にずいずいと押し付ける意味がよく分からないのだ。

僕、何かしたっけ?
真剣にそう悩んでしまう。彼女の作るお菓子は、どうにも――美味しくないということはないのだけれども、そう、つまり――甘いのだ。

32: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 00:55:08.91 ID:TRFEh+Me0
「…ケーキ」

見れば分かるでしょ、と言いたそうにケイはぶっきらぼうな調子で返した。その様子は若干そわそわしているようにも見えた。

…まぁそう返すよね。何って聞いたし。

もっとはっきりと自分の意図をきちんと伝えようとすると、それよりも先に彼女は言葉を続けた。

「…その、私のケーキ、食べたいって言ってたから」

「…へ?」

途切れ途切れに、俯きがちな彼女の言葉に、思わず間抜けな声が出た。
…そんなこと、言ったっけ?

「ええと…」

頬を掻きながら、自分と彼女の最近の会話を思い返してみた。
どこでそんなことを言ったんだろう。こないだ休暇で訪れたリゾートのコテージ? いや、あの時はそんな話してないか。じゃあ――

「…あ、さっきの作戦のこと?」

ふと、これかな、と思ったことを口にしてみる。
タマキのピンチを助けて、撤退の最中にケイも――そして自分も――危なかった作戦。
ケイに、とにかく逃げろと言ったときの会話で、勢いに任せてそのようなことを口走った記憶があった。

33: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 00:59:24.30 ID:TRFEh+Me0
――マンガも描きたいし、ケイのやたら甘いケーキをまた食べさせてもらうんだ!
…うん、確かに言ったかも。

どうやらそれのことらしい。彼女はこくりと首を小さく縦に振ると、ぐいぐいとケーキの入った箱を押し付けてくる。
とにもかくにも、受け取らなきゃいけなそうだ。

「ええと、その、ありがとう」

「さっきの、お礼だから」

笑顔で手にとって言うと、彼女は目を若干逸らして、小さく言った。

しげしげと、渡されたケーキを眺める。…やっぱり、甘そうだなぁ。
うーん、とちょっとだけ、どうしようかと考える。こんな時間に甘いモノを食べるのはどうなんだろう。
あー、でも、さっきまでマンガを描くのに体力も使ったしなぁ。糖分補給は体力回復にもいいことだろうし、さっそくいただこうかな。
…いや、どう考えても過剰摂取だけど。とはいえ、ケイだって僕が食べたいって言ったからわざわざ作ってきてくれたわけだし…うん。

この量を食べきれるのかなぁ、と少しばかり不安に思う。
別に彼女の作る甘いモノが食べられるからといっても、やはり限界はある。
ホールだもんなぁ、明日の朝ごはんとか大丈夫かなぁ。

…あ、そうだ。

「ケイ!」

思いついた僕は、いつの間にかもう踵を返して、廊下の角に向かっていたケイの背中に呼びかける。
彼女はぴたりと動きを止めて、少しばかり顔をこちらに向けた。

「…………何?」

何だか不安そうな顔をしていた彼女に、僕は一つ提案した。

「その…一緒に、食べない?」

34: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:01:23.86 ID:TRFEh+Me0





結果として、僕はケーキを全部ではなく半分だけを胃に納めるだけになった。
残り半分は作ったケイが食べるからだ。
せっかくだから、と誘ってみたら、彼女は悩むそぶりを若干見せたけれど、頷いてくれた。

我ながらいいアイデアだと思った。
半分ずつなら負担も少ないし、明日アサギの胃薬を借りる必要もないことだろう。
僕だって男だし、甘いモノをたくさん食べられるわけではないのだ。…や、ケイのお菓子はそういう次元の問題じゃないんだけど。

「はい、紅茶」

「あ、ありがとう…」

部屋の真ん中にある、備え付けのテーブルを挟んで置いてある椅子の一つに、
落ち着かない様子で腰掛けるケイに、とりあえず同じく備え付けで用意されている紅茶を淹れて出す。

彼女は何故か、僕がお湯を沸かす間、周りのものをチラチラと見ていた。
…そんなに珍しいものあったっけ? と自分の部屋を見回す。
僕の私室は、別に他の人たちと何か差があるわけでもない。備え付けの家具だけの、むしろ何もないくらいだ。

あるとすれば――――

35: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:03:14.97 ID:TRFEh+Me0
「…また」

「うん?」

小さく聞こえた声に、僕の意識がケイに向いた。
彼女は、何事か口に出そうとして、必死に声を出そうとしているように見えた。

「また、描いてたのね、その、マンガ」

ぽつり、と急に話題を振るように呟くケイに、僕は、うん、と頷いて、自分の机に視線をやった。
あぁ、そうだ。僕の部屋らしいものがあるとすれば、唯一持ち込んでいる、マンガの道具くらいだった。
僕が、MJPにいること――戦うこと以外に、やりたいと思えたこと。

「前から思ってたんだけど」

「うん」

紅茶を一口、口にしてから、ケイは自分の言いたいことをまとめたのか、ゆっくりと言葉にする。

「…どうして、わざわざ自分で描くの?」

「へ?」

質問の意味がよく分からなくて、僕は困った。
それを察したのか、ケイはすぐに補完するように、しどろもどろに言葉を紡いでいく。

「だって、その、ヒーローのマンガなんて、いっぱいあるじゃない。わざわざ自分で作らなくても」

36: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:04:40.65 ID:TRFEh+Me0
ああ、そういうことか。僕は言いたいことを理解して、どう言ったものだろう、と思った。
確かにかっこいいヒーローのマンガを読みたいなら、別に自分で描かなくても、おもしろい作品なんていっぱいあるだろう。
実際、僕はそんなマンガを、養成所にいたときはたくさん読んでいた。

でも、僕は――

「ケイと似たようなもの、かな?」

「え?」

僕の答えに、ケイは不思議そうな顔をしていた。
お菓子作りとマンガがどう関係しているんだ、と言いたそうにしていた。
えっと、と苦笑いしながら、僕は考えを伝える。

「ほら、ケイだってさ、自分の好きな味を作るためにお菓子をよく作るでしょ。それと同じでさ」

やたら甘いケーキやそうでもないケーキがあるように、ヒーローにだっていろいろなタイプがあるのだ。
皆を守るためなら、ヒールにだってなるヒーロー。すごい力で、悪も含めて、全部守ってみせると決めているヒーロー。
…それに、誰か大切な人のためだけに、戦うヒーロー。

皆それぞれ、描いた人のヒーローが生きている。そう思ったんだ。
だから僕も、僕らしく。



「僕も、自分の理想のヒーローを描きたいんだ。誰かの考えたものじゃなくって、自分の中のヒーローを」



37: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:07:14.49 ID:TRFEh+Me0
たった一つ。どんなに微妙だって言われても。どんなに違うと言われても。
僕が誇りに思える、僕だけのヒーローだ。

言ってから、ちょっと恥ずかしくなった。僕は下を向いて、照れた顔を隠そうとする。
よく考えてみたら、自分がマンガを描く理由なんて、聞かれたのも初めてだし、マジメに答えるのも初めてだった。

ケイの反応はどうだろう、と僕は彼女の様子を伺う。やっぱり、変な人、と言われてしまうのだろうか。
チラリと視線を上げると、彼女は俯いていて、どんな顔をされているのか分からなかった。
何だか微妙な反応の彼女に、僕はまた何かやっちゃったかな、と思考を巡らせる。

「…それで」

「うん?」

と思っていたら、ケイがまたか細い声で、わずかに聞こえるように言った。
一言一言、搾り出すように、詰まりながら。



「それで、誰かをかばって、無茶するのが、あなたのヒーロー、なの?」



38: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:08:45.24 ID:TRFEh+Me0
「…………」

その言葉に、僕は、何も言わなかった。いや、言えなかった。
彼女の肩が、若干震えていたんだ。
気圧されてしまった。揺れた声が、僕に思考する余裕をくれなかった。

「もしかして…ケイ、怒ってる?」

少しの間固まってから、慌てて、僕は上ずった声で聞いた。
さっきの作戦のことを言ってるんだと、すぐに分かった。

本当に死を感じてしまった、あのときのことを思い返す。
怖かった。思い出せば、身体がまだ震えてしまいそうなほど。でも、ケイを守らなくちゃ、と身体は勝手に動いてしまっていた。
それを僕は後悔していない。死ぬ覚悟もほんの少しした。もちろん、死ぬなんていやに決まってる。それでも僕は――

「…怒ってなんか、ないわ。ただ、その、無理することなんて、ないじゃない。私だって、仲間を失うのはいやなの」

ケイは、はっとしたように、顔を上げると、僕の言葉を否定した。
その瞳はひどく揺れていて、ちょっと、潤んでいた。
もしかして泣いてるのかな? と思わず動揺してしまいそうになるけれど、僕も言いたいことがあった。

39: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:10:57.43 ID:TRFEh+Me0
「ごめん。でも、僕だって、そうだよ。仲間がいなくなるのは、いやだ」

ケイの気持ちだって分かる。たぶん、僕も同じ気持ちだったから。
これまで一緒に、ザンネン5だとしても、一緒にがんばって、過ごしてきたた仲間たち。
記憶を消されて、家族も何もない僕らにとっての、唯一の居場所。それが一人でも欠けてしまうのは、いやだ。
家族とは全然違うかもしれないけれど、そう思えたんだ。僕も、彼女も。

だから、守りたいんだ。僕は僕の気持ちに従いたい。
大事な仲間のために、そして――

「目の前の仲間も助けられないヒーローなんて、僕のヒーローじゃないんだ」

――僕自身の大切なモノのためにも。

はっきりと伝えると、ケイは黙って、また下を向いた。
それから、そう、と消え入りそうな声が僕の耳に届いた。

もしかして、呆れられちゃったかな。でも、これが僕の正直な気持ちだった。

40: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:12:34.03 ID:TRFEh+Me0
「…その、ごめん」

とりあえず何か言わなきゃ、と思った僕の口から出たのは、謝る言葉だった。
何だか悪い気がしてしまったのだ。謝らなきゃ、と反射的に出てきてしまった。

僕の言葉に、ケイは顔を上げると、少しだけ呆れ顔を見せた。
でも、さっきとは違って、瞳の潤みはなくなって、表情も柔らかくなっていた。

「どうしてそこで謝るのよ…私こそ、ごめんなさい、変なこと聞いたわ」

わずかに笑みが混じった彼女の言葉に、僕はますます申し訳ないと感じて、首を横に振った。

「ううん。ケイは、皆を心配してくれてるでしょ? それこそ、その、ありがとう」

作戦の後で、皆と集まったときのことを思い出す。
不安がって抱きつくタマキのことを拒否しないで、安心させようとしてくれていた。
きっと彼女だって、撃たれそうになったことを不安に感じていたはずなのに。

お礼を言われて、彼女は戸惑ったように部屋の片隅に視線をやる。
感謝されるなんて予想外だったのか、少し照れたように頬が紅かった。

41: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:18:12.62 ID:TRFEh+Me0
「…そんなの、私もちゃんとお礼を言わせて」

迷ったように伏し目がちになったけど、彼女は僕の方をまっすぐ向いた。
色素の薄いキレイな紫の目に、僕はちょっとだけ見とれた。
ケイは緊張したように息を吐いて、そして。

「――助けてくれて、ありがとう」

ふ、と口元を綻ばせてくれた。いつも笑わない彼女の、珍しい笑顔だった。
その言葉を聞いて、僕は無性に嬉しくなった。
助けてくれてありがとう、か。そんな風に感謝されたのは、これで二度目だった。
一度目は初めてアッシュに乗ったとき。そして、今度は大切な仲間を守ったとき。

…僕は、ヒーローになれたんだろうか。
誰かを助けられる、かっこいいヒーローに。
だとしたら、きっと。

「…えっと、ケーキ、食べようか」

嬉しさから来るちょっとした照れをごまかすように笑って、僕はお皿とフォークを手に取った。
急に、ケイのやたら甘いお菓子が恋しくなった。
甘いばっかりで、美味しさなんて二の次みたいなこのケーキをまた食べられることこそが、きっと僕の求めたヒーローの結果なんだと、そう思えた。
それを知ってか知らずか、ケイは微笑んだままでいた。

「…ええ、召し上がれ」

そうして、僕らの時間は過ぎていく。ちょっとだけ、仲良くなれたいつかの思い出。
僕と彼女の、二度目の食事会。

42: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/15(金) 01:21:07.49 ID:TRFEh+Me0
終わり。
あの甘そうなお菓子こそがザンネンファイブにとってのおふくろの味に違いない、と勝手に妄想。
とりあえずマジェスティックアワーに合わせたネタとやりたいネタをそれぞれ交互にやっていこうと思ってます。
では。

46: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:15:29.36 ID:OG2CRT4b0
コドモとオトナ――彼と彼女の不思議な関係

深夜、スターローズ――GDF宿舎

レイカ「ささ、今日はもういっぱーい」ソソギ

リン「ちょ、ちょっと。もういいわよ、レイカ」

レイカ「まーまーいいじゃない。これぐらいなら明日に差し支えないって」

リン「もう…」グビッ

レイカ(なんだかんだ付き合いいいんだからー)

リン「…ねー、レイカー」グデー

レイカ「んー?」

レイカ(もーぐったりモード入っちゃった…度が強かったかしら?)

リン「…愛って、なんなのかしらね」

レイカ「ええっと?」

リン「もうすぐで私三十代よ、三十代!」

レイカ「そーね、あたしも同い年だから分かってるわよー」

リン「まともな恋なんて、それこそ士官学校通ってたときくらいで、後はずっと男臭い職場でただただ仕事仕事仕事! …女として、どうなのよ、私」

レイカ「まーねー、でもほら、リンリンならいい人見つかるわよ、いつか」

リン「いつかっていつよ! それが近いか遠いかも分からないってのに…」

レイカ(ありゃりゃ…こりゃ面倒なところ出てきちゃったかな?)

47: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:16:14.68 ID:OG2CRT4b0
リン「…私、このまま独身貴族かしら」グスッ

レイカ「そんなことないって。ほら、誰かいないの? いい人」

リン「そんなのいないわよ…周り、超年上ばかりなのよ?」

レイカ「あーそっか、じゃ、年下は?」

リン「年下って…」

レイカ「ほら、ウサギちゃんたちなんてどう? アサギくんとかイズルくんとか…」

リン「ば、生徒だし、部下じゃない! それに…私は、彼らの保護者として――」アタフタ

レイカ「別に血のつながったお母さんじゃないじゃん」

リン「それは! そうだけど…」

48: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:16:59.14 ID:OG2CRT4b0
レイカ「リンリンの言ってたタイプで当てはめてみよっかー? 仕事楽しそうにしてて、一緒にいてホッとできてー、お酒が飲める…」

リン「お酒の時点でアウトじゃない…」

レイカ「まま、将来の話じゃない、将来の。…うーんアサギくん? 気遣いの鬼って、アンナがホメてたなー」

リン「や、だから…」

レイカ「スルガくんは…ちょっと軽いかしらね。でも、根は純情でそこはからかいがいがあるかも?」

リン「…スルガは、ちょっと違うわよ」

レイカ「えー。急にマジメに答えだしたわねー、じゃ、アサギくん?」

リン「あなたが振るからでしょうが! というか、そういう話じゃ…!」

レイカ「あ、後はイズルくんとか」

リン「イズルー? ないわよ、それこそ。あの子、まだまだコドモよ、あの中じゃ」

レイカ「何言ってんのー。ああいう子って成長も早いのよ? いつの間にか大人になっちゃってさ、頼れそうな感じになってるの」

レイカ「そんでもってー、知らないうちに、甘酸っぱい恋とか経験しちゃってさー、大人の階段昇っちゃってってるのよ」

リン「あ、あのねぇ…」

レイカ「あの子ちょっと不思議ちゃんで保護欲沸かせちゃうタイプだしさー、リンリンってば世話焼きだし、いい姐さん女房になるわねー、その場合」

レイカ「たぶん二、三年もしたらいい男になってるわよー、イズルくん。今のうちにキープしといてもいんじゃない?」アッハッハ

リン「…はぁ。あなたに相談した私が悪かったわ…」グビッ

49: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:17:43.02 ID:OG2CRT4b0





GDF宿舎――廊下

イズル「」スタスタ

イズル(近所の散策だし、すぐに済むと思ってたのに…遅くなっちゃったなぁ)フワーァ…

イズル(その分、マンガの資料になりそうなモノはいっぱい見つかったけど)

イズル「明日も早いし、急いで部屋に戻らなきゃ…」

チョットリンリンー モウダイジョウブダッテバー

イズル(あれ? あっちにいるのは…)

リン「」グデー

レイカ「」ヨロヨロ

イズル(えっと…艦長と、整備長…だよね?)

イズル(なんで艦長地面に座り込んでるんだろ?)ハテ

50: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:18:36.44 ID:OG2CRT4b0
レイカ「もー、飲ませすぎちゃったかな…」

レイカ「あたしだって力持ちってわけじゃないのにー」ヤレヤレ

リン「…悪かったわねー、どうせ、私は、行き遅れ者よー」フン

リン「ええ、ええ。いい歳して大酒食らうわよー…うう」グスッ

レイカ「あーごめんごめん、悪かったってば。…ってかそれあたしもそうだし」

リン「よく言うわよ、引く手数多なくせに…どうせ私はあなたと違って器量もよくない、堅物女よー」ウエーン

レイカ「……もー、どうしてやろうかしらこの子…ん?」

イズル「! …あ、あのう」

リン「! い、いずる! …あ、わ、っと」アタフタ

レイカ「ちょ、急に立ち上がったら、バランス取れな…」

イズル「あ、危ない!」ガシッ

リン「あ……っ」カァ

イズル(わ、お酒臭い…けど、ちょっといい匂い)

51: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:19:46.46 ID:OG2CRT4b0
リン「あ、ありがとう。だ、大丈夫だから…」バッ

リン「っと、あ…」ストン

レイカ「何してんの。立てないからってここまで連れてきてあげたんじゃない」

リン「れ、レイカ!」

レイカ「見られちゃったものは諦めなさいって」

イズル「……ええっと」

レイカ「やー、久しぶりにって一緒にお酒飲んでたんだけどねー、酔いつぶれかけちゃってさ」アハハ

リン「ちょ、やめてよ」

レイカ「今さら、威厳とか考えてもしょうがないって。でね、リンリンもこの通りでさ。いやーいいとこ来てくれたわね!」ニコニコ

イズル「え?」

52: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:21:04.35 ID:OG2CRT4b0
レイカ「ごめーん、イズルくん! ちょっとリンリン部屋まで運んでもらえなーい? どうにもあたしじゃ運ぶ前に倒れそうでさ」テヘ

イズル「僕、ですか?」

レイカ「お願い! 今度なんかお礼するから! …ね? ヒーローさん」オガミ

イズル「ヒーロー…」

リン「だ、大丈夫よ。一人でも私、は」フラフラ

レイカ「そんなフラついてちゃ無理でしょー。いいじゃないたまには保護者の役変わってもらっちゃえば」

リン「だめよ、そんなの。私は、オトナとして…」

イズル「分かりました」

リン「ちょ、イズル!?」

イズル「困ってる人は見捨てないのがヒーローですから」

レイカ「うんうん。そうこなきゃ。部屋の場所は分かるわよね。
    じゃ、よろしく。バイバイ、リンリーン。今度はもうちょっとセーブするようにしとくからー」ヒラヒラ

リン「れ、レイカ!」

タタタ…

イズル「…えっと、じゃあ、行きましょうか」

リン「……ごめん、お願いするわ」ハァ

53: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:22:41.93 ID:OG2CRT4b0





リン「ホント、ごめんなさいね」

イズル「いえ、さっきも言いましたけど…」

リン「ヒーロー、ね。確かに、その、助かったわ」

イズル「いつもお世話になってるお返しですよ」

リン「そう……」

リン(背中、大きいのね…ちょっと前はあんなに頼りないと思ってたのに)

リン(いやいや、何を考えようとしてるの。
   だいたいそんな風に思ってるのは、別にお酒で弱ってるせいなだけであって。いつも通り、そういつもの私なら――)ブンブン

イズル「…にしても、艦長ってお酒弱いんですか?」

リン「そ、そういうわけじゃないわよ。…レイカが、おかしいだけで」

イズル「そうなんですか? …お酒、かぁ」

リン「あんな風にはならないことよ。…いい大人にはなれないから」

54: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:24:16.15 ID:OG2CRT4b0
イズル「あはは…でも、興味はあるんです、お酒」

リン「そう? …一つアドバイスさせてもらうと、最初は一人で限界がどれぐらいか測ってから人と飲むことよ」

イズル「はぁ…」

リン「そうしなければ、醜態をさらさずに済むから。…私みたいに」

イズル「あ、あはは…だ、大丈夫ですよ。なんていうか、ほら、普段きっちりしてる人が崩れるとギャップがあってむしろいい、ってスルガが」

リン「…無理にフォローしなくていいのよ?」

イズル「や、そういうつもりじゃなくて、ホントに、ただそう思っただけです。かわいらしいな、って」

リン「な、からかわないでよ」

イズル「からかうだなんて…艦長は、その、美人さんだし。それでかっこいいし、尊敬してるんですよ? 僕」

リン「も、もういいってば」カァ

リン「…っと、あぁ、ここよ。この部屋」

イズル「ええと、カードキーは…」

リン「いいわよ、ここまでで。後は自分でできるから」

イズル「や、でも……」

リン「」グデー

イズル(どう考えても、部屋の床にそのまま倒れちゃいそうだし)

イズル「ここまで来たし、最後までお供しますよ」ヨイショ

リン「…あ、ありがとう」

55: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:25:33.09 ID:OG2CRT4b0





リン「ベッドはそこ…明かりはここにあるから」

イズル「えっと…」ポチ

パッ

イズル「じゃ、寝かせますね」

リン「ん……」

イズル「………」

リン「」グッタリ

イズル(なんていうか…普段しっかりしてる艦長がこんなにもだらけてるなんて、不思議だなぁ)

イズル(それに顔が赤くて……ちょっとランディ先輩のアレを思い出すかも。いや、思い出すとちょっと申し訳なくなっちゃうけど)

56: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:26:10.33 ID:OG2CRT4b0
リン「…ねぇ」

イズル「はい?」

リン「よければ、水を取ってもらえないかしら。冷蔵庫にあるから」

イズル「水ですか、分かりました」タタタ

イズル(えっと…あ、あった)ガチャ

イズル「…どうぞ」テワタシ

リン「あ、ありがとう」ゴクッゴクッ

イズル「大丈夫、ですか?」

リン「ええ。…ごめんなさい、無様な姿を見せたわ」ハァ

イズル「いえ、その、大丈夫、です」アハハ

57: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:27:48.96 ID:OG2CRT4b0
リン「……」

レイカ『――ああいう子って成長も早いのよー。いつの間にか大人になっちゃってさ、頼れそうな感じになってるの』

レイカ『そんでもってー、知らないうちに、甘酸っぱい恋とか経験しちゃってさー、大人の階段昇っちゃってってるのよ』

リン(この子がそういう風になるなんて、とても思えないわよ)

リン「……ねぇ、イズル」

イズル「は、はい」

リン「あなた…その……」

イズル「はい?」

リン「恋とか、したことあるのかしら?」

イズル「…へ?」

リン「あ、いや、たいした意味はないのだけど。あなたくらいの歳のときは、私もいろいろとあったから、つい、ね」

イズル「うーん…そういうのは、ないですね」

リン「…そう」

58: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:31:08.61 ID:OG2CRT4b0
イズル「えっと、ほら、僕ら、ずっと訓練漬けでしたし…そんなこと、考えてる余裕もなかったというか」アハハ

リン「!」

リン(しまった。私、なんてバカなことを…)

リン「……そう、よね。あなたたちは、ずっと…ずっと……」フルフル

イズル「え、艦長?」

リン「ホント、ひどいことを聞いたわね…ごめんなさい」

イズル「あ、あの…」

リン「あなたたちを勝手に生み出しておいて、ずっと、人権なんか無視して、戦いのために使おうとして」

リン「あなたたちをそんな風にした私が、そんなこと聞くなんて」

リン「最低ね、私ったら」フフッ

イズル「…………」

59: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:37:31.09 ID:OG2CRT4b0
リン「…ごめんなさい。今のは忘れてもらえると、助かるわ…」

イズル「……」

リン「ありがとう。もう、戻って…」

イズル「艦長」ギュッ

リン「え」

イズル「僕、艦長のこと、最低だなんて、思ってません」

リン「な、あ、ちょ…ちょっと!?」アワワ

イズル「僕らが学園に来てからも、GDFに所属してからも」

イズル「艦長は僕らのこと、いつもいつも助けてくれたじゃないですか」

イズル「さっきも言いましたけど…僕、艦長のこと尊敬してますから」

リン「わ、私は…ただ与えられた仕事を」

イズル「そんなの関係ありません!」

リン「!」

イズル「仕事だろうとなんだろうと、これまで艦長がしてくれたこと、僕はすごく嬉しかったんです」

イズル「…ありがとうございます。僕らのこと、助けてくれて」

イズル「あなたのおかげで、僕はヒーローになれた」

イズル「…だから、そんな風に悲しい顔、しないでください」

リン「………」

リン「ありがとう」ギュッ

60: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:39:03.70 ID:OG2CRT4b0





イズル「……」

リン「……」

イズル「え、っと…」

リン「…ごめんなさい。もう少しだけ、このままでもいいかしら」

イズル「は、はい」ギュッ

イズル(艦長、柔らかい。それにあったかくって、安心、する…)ボー

リン「…イズル。さっきも言ったけれど…」

イズル「?」

リン「ここまで、頑張ったわね。ありがとう」

リン「あなたがここまで来たこと、教官として、上司として、一人の人間として、誇りに思うわ」

リン「よければこれからも、私の下で頑張ってほしい」ナデナデ

イズル「あ……っ」サレルガママ

リン「っ……」ワシワシ

イズル(ちょっと、乱暴だったその手は、不思議と痛いとかじゃ、なくて)

イズル(なんだか心地よくて、ずっとそうしていてほしいと感じた)

イズル「――もちろん! 僕の上官は、スズカゼ艦長だけですから!」

リン「……そう」ホホエミ

イズル「はい」ニコニコ

61: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:40:18.47 ID:OG2CRT4b0
リン「……」

リン「…ねぇ、イズル」

イズル「何ですか?」

リン「もしも、ね。もしも、あなたが、そう、大人になったときに。まだあなたに…」

イズル「?」キョトン

リン「……ごめんなさい、やっぱり何でもないわ。忘れて」

イズル「そうですか? 分かりました」

リン「もう私は大丈夫よ。さ、部屋に戻りなさい」

イズル「はい。また明日、艦長。おやすみなさい」

リン「ええ…おやすみ、なさい」

プシュー ガチャリ

62: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:40:46.47 ID:OG2CRT4b0
リン「……」

ポスン

リン「いつまでもただ命令を聞くだけの子供じゃない、か…そうよね」

リン(いつか、大人になったら、か)

リン「それまで、誰もあの子のそばにいないわけ、ないわね…」

リン「」フー

リン「私ったら、いつの間に年下趣味になったのよ…」バタッ

リン(だって、しょうがないじゃない。知らない間に、大人の目をしだしてたんだもの)

リン(人の関係は変わるもの…教官と生徒。上官と部下。そして……)

リン「――とんだ教え子になったわ、あなたは……イズ、ル」スゥ…

63: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/17(日) 21:42:35.29 ID:OG2CRT4b0
終わり。リンリンは独身貴族を貫きそう。
前のスレとかじゃケイばかり書いてたから今度はリンリンに挑戦したいところ。
では。

66: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:14:51.18 ID:yoAJksiD0
先輩からの激励

イズル「銀河機攻隊マジェスティックプリンス、劇場映画化、おめでとう!」パーン

タマキ・スルガ「おめでとーう!」パーン

アサギ「おめでとう」フッ

アンジュ「お、おめでとうございます」

ケイ「……」

タマキ「どしたのケイ? 渋い顔しちゃって」

イズル「あれ? 映画だよケイ、嬉しくないの?」

ケイ「いえ。嬉しいといえば嬉しいの。ただ…」

イズル「ただ?」

ケイ「あのPV見てからあなたが心配で心配で…」

スルガ「あー、そうだよな。あんなんだもんな」

イズル「あんなんって…」

アンジュ「どうみても生命維持装置でしたね。イズルさんの入ってた機械」

タマキ「イズル、死ぬの?」

イズル「ちょ、やめてよ。物騒じゃないか」

アサギ「俺の弟を殺すな」ペシッ

タマキ「いったー。アサギお兄ちゃんがぶったー」

アサギ「お前のアニキじゃねぇよ!」

67: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:15:29.49 ID:yoAJksiD0
アンジュ「でも大丈夫じゃないですか。ほら、イズルさんは主人公なわけですし」

ケイ「キャスト順最初に見たときはアサギが一番前にいるから何事かと思ったけどね…」

スルガ「そういやそうだったな。あれ? ってことは、アサギが今回の主人公なのか?」

イズル「ちょっとお兄ちゃん!」

アサギ「待て待て。お前が一番下にでかでかと名前載ってるだろ、ほら」

イズル「あ、ホントだ」

スルガ「にしてもスクリーンか…どんな感じになるやら」

タマキ「はーい! 今回はあたしが一番活躍すると思いまーす!」ハイハイ

ケイ「十分活躍したでしょ…」

スルガ「いやいや、ここはロマンの塊の俺のゴールド4に新装備と新機能、果てはイズルみたくフルバーストにだな…」

アンジュ「わ、私は、後半しか出れなかったことですし、その分活躍できれば…」

アサギ「後半からでも十分インパクトあったけどな、アンジュ」

68: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:16:26.32 ID:yoAJksiD0
タマキ「ケイはどう? 何かこれがしたいとかあるー?」

ケイ「わ、私? 私はそうね…」チラッチラッ

イズル「?」

ケイ「と、とりあえず、イズルが無事ならいいわ」

スルガ「そりゃ大丈夫だろー、こいつあの最後でも何とか生きてたんだぜ?」

ケイ「わ、分かってるけど…やっぱり、不安じゃない」

アサギ(…ホントはイズルと進展するエピソードがほしいとか思ってるんだろうな)

イズル「お兄ちゃんは何かある?」

アサギ「俺か? そうだな…とりあえずこれがうまく行って、また何か新しいことが起きるといいよな」

スルガ「おいおい今は目先の映画だろー?」

アサギ「せっかくだろ。もっとさらにすごいことがあったっていいんじゃないか?」

アンジュ「すごいこと、ですか?」

タマキ「たとえばたとえばー?」

69: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:17:10.38 ID:yoAJksiD0
アサギ「そりゃ…新しくテレビ放送とか」

スルガ「二期ってわけか。確かに、夢があるなー!」

アサギ「いろいろと秘蔵のネタはあるらしいからな。そういうチャンスができてもいいんじゃないか?」

スルガ「未使用の武器とかあるらしいからなー。確かにテレビでまた見てみたいもんだよな」

イズル「でもそういうのって、うまくいったらなんでしょ?」

ケイ「それに前の放送だって四年かけて作ってたんでしょう? 次やるとしたらいつになるか…」

???「――無理なことはないと思うぞ」

イズル「! あ、あなたは…」

一騎「俺のときは、もっと大変だったよ」

70: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:18:03.68 ID:yoAJksiD0
アサギ「確かあなたは…同じ雰囲気の絵の――」

一騎「俺のやつだって、続きの話が出たのは、五年くらい前だったよ」

一騎「もっと言えば、一番最初の放送があったのは十年近く前だ」

イズル「十年も…」

一騎「映画の話も終わってから五年くらい後でさ、正直驚きだった。まだ続くのか、って」

一騎「お前たちは三年でここまで来たんだろ? だったら、長い目で見てみろよ」

イズル「…そう、ですよね」

一騎「頑張れよ、後輩。同じような境遇の身として、応援してるからな」バイバイ

イズル「はい!」

71: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:18:34.68 ID:yoAJksiD0
タマキ「…行っちゃったー」

アサギ「急な激励だったな」

イズル「実体験は、やっぱり参考になるよね」

スルガ「あっちの場合、続き決まってからあたりの人気すごかったけどなー」

イズル「何言ってんのさ、今年の映画で、同じくらい人気になればいいんだよ!」

アンジュ「ポジティブですね…」

アサギ「まぁそれがこいつの売りだしな」

ケイ「そうね……どうなっても、イズルはイズルなのね」

アサギ「そういうことだ。…だから、不安がる必要はねぇよ」

ケイ「…うん」

イズル「皆でならできる! 頑張ろう!」オー

タマキ・スルガ「おー!」オー

72: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/18(月) 22:21:13.89 ID:yoAJksiD0
かなり短いですがおしまい。映画と聞いて一番やってみたかったネタ。
わりと二期とかやってほしい。噂のデート回とか超見たい。
何かネタふりとかまたしていただけるとありがたいです。では。

75: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:21:32.25 ID:S3xSzCMw0
自分は選ばれた人間だ、という意識が、昔から俺にはあった。
というより、そう思わないと自分のいる『理由』がなくなってしまいそうだった。
戦うために生み出されて、兵士として立派に戦うこと。
疑問を挟む余地もない、俺の生きる理由だ。

なのに。そんな立派なはずの俺は、実に不当な扱いを受けていた。
ザンネン5。それが俺のチームに付けられたあだ名だ。

「……」

重い気分のまま、俺は店を出た。
ここは、バカンスのために送られた、高級リゾートのある宇宙ステーションの一角だ。
上官から、任務前の休息として送り込まれた、な。

休息なんていわれても、楽しむ気にもなれなかった。
前線から離れたこんなところでも、俺の失敗がでかでかと報道されていたからだ。

それでも、と休息(それと世間の喧騒から逃れるために)がてらチームの連中と食事のために適当な店に入っていった。
だけど、結局そこでも周りの噂する声が聞こえてきて。俺は苛立って、仲間たちに八つ当たりするように声を荒げて、勢いのまま出てしまった。
隣には、同じような心境なのか、もう一人、仲間のケイがいる。

「…私、少し寄り道してからコテージに行くわ」

どうする? と言いたい気持ちと共に視線を送ると、彼女はどこか遠くに憧れるような目をしてから、そう答えた。
どうせ、どこにも行けやしないのに。

「…そうか」

ぐっと言いそうになった言葉を抑えて、俺はただそう言った。
そんなことを言っても、自分を含めて、気分が落ち込むだけだ。

「アサギは?」

「俺は、もう戻る。…少し寝てるよ」

それだけ言うと、俺は彼女に目もくれずに去った。逃げるように。
何でもいい。とにかく、周りの声と視線、それに――

ほんの少しでいいから。自分の生きる『理由』から、目を逸らしたかった。

76: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:22:25.16 ID:S3xSzCMw0



――君には、テストパイロットをしてもらう。少しの休学だ。

え、しかし――

君はそれだけ優秀な人間なのだ。他に適切な人材もいない。

…了解、しました。


「……」

ゆっくりと、目を開いた。
懐かしい夢だった。
イズルたちよりも早く、グランツェーレ都市学園に来て、何年かしてからのこと。
MJPを預かる、シモン・ガトゥ司令。彼に呼び出されて、俺は一年間休学をすることになった。
最新の機体開発のためのテストパイロット。俺にしかできないことだ、と告げられて、請け負った。

本当は早いところ兵士として戦いの場に行きたかった。
わざわざテストパイロットのために、したくもない休学をして、一年後輩の連中と並ぶことになるなんて、俺がまるでできないやつみたいで、イヤだった。
実際、何も知らない連中はそんなことを言ってきて、その度に少し争いごとになったりもした。
機密のために何も言えない俺は、そうすることくらいしか知らなかった。

77: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:24:04.82 ID:S3xSzCMw0
――今思えば、あれがアッシュの開発だったんだろうな。
特に説明もない、よく分からないシステムの起動テストと、これまで主流だった機体とは違う機構の機体の起動実験。

結果として、あのテストパイロットの経験があったから、俺にアッシュが与えられたんだろうか。
そういう意味では、一年休学したことも悪くなかったのかもしれない。
でも、結局、俺は失敗した。

前回の任務。簡単な衛星設置のはずが、急な敵襲を受けてしまった。
せっかくのアッシュだったのに、俺は勝手に緊張して、敵に何の反撃もできなかった。

悔しかった。自分のこれまでの実力に誇りを持っていたんだ。
チームはともかく、個人での模擬戦や座学は、誰も俺を追い抜けなかった。
機密扱いの機体の開発に参加できるくらいなのだ。そこに俺の絶対の自信があった。

なのに、それなのに。アイツは――

『僕は、ヒーローになりたいです!』

「っつ……」

胃の痛みを感じて、呻いた。
思い出しても、実に悔しい。羨ましい。妬ましい。

イズル。俺のチームの、リーダー。最年長の俺じゃない、一つ下の少年。
俺よりも成績は下のはずだった。危なげで、不思議で、ほっとけないヤツだった。
それが今や、皆を引っ張るリーダーだ。

こないだの任務だって、きっちりとするべきことをこなしてみせた。
俺とは違う。アイツは、報道でも活躍してるところばかり流されていた。
俺は、俺は――

78: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:26:17.45 ID:S3xSzCMw0
「……はぁ」

やめよう。こんなことを考えて何になるというのだ。
情けない。つまらない嫉妬心を持つなんて。
俺は最年長だ。アイツだって、まだまだリーダーらしさのないやつで、俺がしっかりしないと。チームは大変なことになる。
アイツがリーダーだろうと、関係ない。そうだ、俺が――

…そう、自分に言い聞かせたかったんだ。そうじゃないと、何だか胸が苦しくなってしまって。息苦しかった。

「そういえば、今何時だ…?」

ふと、コテージの個室にあった壁掛け時計を見る。もう夜だった。

アイツらは帰っているのだろうか。店に置いていった三人のことを思う。
タマキ、スルガ…そして、イズル。
お気楽なやつらだった。リゾートに来たんだから、と今頃繁華街で楽しく過ごしているのだろうか。

ケイは、もう戻っているのだろうか。
もう一人、置いていったチームメイトのことを考えた。
寄り道をしていく、と言っていたが、それも済ませて、ここにいるのだろうか。

どちらにせよ、空腹だった。

79: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:27:24.48 ID:S3xSzCMw0
「よっと」

さっきまで寝ていたベッドから起き上がって、部屋を出てすぐにある階段を降りた。
誰かいるか、と声を掛けながら進むと、

「……」

「……」

コテージのテラスに二人、影が見えた。
何やら楽しそうに話をしているようだ。
何か食べているようだが、あれは―――

すぐに分かった。イズルとケイだ。
どうやら、彼女の作ったお菓子を、二人で食べているらしい。

うわ、とすぐに俺は心の中の避難命令に従って、彼らに見つからないようにキッチンへと入った。
ケイ。うちのチームの中では良識派で、お菓子作りを趣味としている女の子だ。
が、そのお菓子は砂糖を馬鹿みたいに注ぎ込んだ実に健康に悪いものだ。
甘さしかないおかげで、チームメンバーが一度地獄を見たことがあったのを思い出し、胃がまた痛んだ。

何故かイズルはチームの中でも、唯一彼女のお菓子が食べられるらしく(もちろん、美味しいとは思っていないようだが)
今もどうやら彼女のお菓子パーティに付き合っているらしい。
…巻き込まれないように隠れとこう。

80: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:28:22.14 ID:S3xSzCMw0
ごそごそと冷蔵庫を漁っていると、遠くで話し声が聞こえる。…どうやらイズルが、自作の絵を彼女に評価してもらっているらしい。
ケイは結構はっきりと言うタイプだからか、ばっさりと悪評を頂いているようだった。
それでもめげずに、今度はケイをスケッチさせてほしい、と頼む声が聞こえた。
彼女は、少しいやそうな声を出していたが、結局折れたようだ。

ここまで聞いて、俺はさっさと冷蔵庫から適当な食品を拝借して、その場を去った。
あんなところに混じっていくような勇気はなかった。
…端から見れば、あれはいい雰囲気というやつなのだろうか。

別に。これまでずっと、戦うことしかなかった人生だからって、何にも興味がないわけじゃない。
ただ、そんなこと考える余裕なんて、これまでなかっただけだ。別にどうという話でもない。どうと、でも――

どうしてだ。ふと、自分の内側から声が響いてきた。
どうして俺がそんなことを気にする。別に、あいつらはチームメイトとして交流してるだけじゃないか。
だいたい、誰が誰と仲良くしようと関係ないことだ。

ケイが、イズルと。イズル、と―――

「……っ」

また胃がキリキリしだして、俺は慌てて階段を上った。なるべく、音を立てないように。
今は、ただ眠って。
何も考えずにいたかった。

最年長だとか、リーダーだとか、エリートだとか。
縛りのない世界で、のんびりと。

81: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:29:48.70 ID:S3xSzCMw0




「……」

戦艦ゴディニオンに用意された、俺たちチームラビッツ用のバーラウンジ。
そこのカウンター席に座った俺は、目の前をただぼうっと見つめていた。

周りには、さっきまで口論していたスルガや、ケイ、それに撃墜されかけたタマキがいた。
ケイは怯えてぐずって眠ってしまったタマキを部屋へと連れ出して。
スルガはスルガで、一人で考えたいことがあるのか、自室へと引っ込んでしまった。

――ナイーブなやつって、人のナイーブさには鈍感なんだよな!

スルガに言われた一言が、頭の中で反復していた。
皆、本当は不安なんだ。軽そうにしてるスルガだって、お気楽っぽいタマキだって。

今日行われた任務。GDFのお偉いさんの指揮の元の、強襲作戦。
それで、死にかけて、隠されていた不安が表に出てきただけで。

そんなこと当たり前だ。戦うために作られて、記憶を消されて、それで――本当に死んでしまいそうだったんだ。
怖くないことなんか、あるわけなかった。
分かってる。分かっているが……俺には、アイツらにかけられる言葉なんてなかった。

82: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:30:46.38 ID:S3xSzCMw0
どんなことを言えばいいっていうんだ。
大丈夫だ、年上の俺が守る? さっきだって、ピンチに陥ったタマキやケイのために何もできなかったっていうのに?
俺も怖いから気にするな? そんなの、余計不安を煽るだけだ。

まったく分からなかった。何を言えば、あの時不安を取り除いてやれたんだろうか。
何も分からないが、一つ分かってしまった。
…俺には、人生経験がアイツらと同じくらい足りないことが、分かってしまった。

これまで年上だから、とひたすらに何でも率先しようとしたけれど。
そんなの、何の役にも立ってないんだと、気付いてしまった。

ちくしょう、と心の中で呟いた。俺は、何のためにここにいるんだ。
戦うこと以外のことなんか考えないようにと決めたはずなのに、心がざわついていた。
もっと、違う何かを求めていた。不安そうに揺らぐアイツらの顔を見て、そう感じていた。

83: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:32:05.17 ID:S3xSzCMw0
「――あれ、皆は?」

一人情けない気持ちに沈む俺に掛けられた声に、意識が戻る。
そっちの方へと、顔だけ向けた。
そこには、自作の絵を描き終えたらしい、うちのチームのリーダーがいた。

はぁ、と呆れたような息を吐くと、俺は席を立った。

「皆もう部屋に戻ったよ…ほら、お前も戻れ」

いつもよりも静かなラウンジを見回してから、俺は促した。
他の皆が部屋に戻る中、イズルは一人だけ自分の世界に入って、マンガを描いていた。
それがこいつの精神安定剤らしいから、止めてやるのは悪いだろう、と放っておくことになったのだが。

どうやら俺が考え事をしている間も、まだ描いていたらしい。
とっくに止めて、いなくなってると思っていたのに、まったくたいした集中力だ。

84: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:33:02.92 ID:S3xSzCMw0
「え、そうなんだ。アサギは?」

「俺はもう少しここにいる。…一人で考えたいんだよ」

それだけ返すと、俺はもうイズルの方を見ずに、また正面へと向き直った。
まったく。人がいろいろと考えていたというのに、変なところで中断されてしまった。

「えっと、そっか。じゃ、おつかれ」

珍しく気を遣ったらしく、イズルはそれだけ言うとさっさとその場を去ろうとして、入り口へと向かう。
だが――

「おい、大丈夫か」

どてっ、と効果音でも付きそうな勢いでイズルが転倒した。
何やってんだか…。

「あ、あはは…思ったより、疲れてるみたい」

とりあえず反応して立ち上がり、意識を向ける。すると、イズルが座り込む姿勢のまま、見上げてきた。
その声には、震えが混じっていて。それで、俺は気付いた。
こいつ、まだ……。

85: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:34:33.70 ID:S3xSzCMw0
「…ったく。ほら」

気付かないふりをして、俺は呆れ気味に手を差し出した。
イズルが応えるように手を伸ばして掴む。分かりやすいくらいに震えていた手を。

…それはそうだろう。さっきの作戦のとき、敵の攻撃が直撃して、もう少しで死にそうだったんだから。
さしものこいつだって、緊張を感じないわけがない。そんなの分かりきっていたことだった。

悟られていないとでも思っているのか、イズルは起き上がると、あはは、とまた乾いた笑い声を、ごまかすように出した。
まるで恐怖を感じてないと嘘をつくようだ。きっと、怯えを出さないのが『ヒーロー』というものだ、ということなんだろう。
ただの強がりみたいなそれに、何故か、俺はイラつきはじめていた。

「…さっきも言ったけどな」

「うん?」

感情のまま、何も考えずに俺は続けた。
珍しく、俺も冷静ではなかった。

「一人で無茶しすぎだ」

「えー、アサギだってそうじゃないか」

俺の言葉に、イズルは不満そうにしていた。
確かにそれはその通りだった。演習のときからずっとそうだ。俺は勝手に一人で戦おうとしている。
でも、それは。

86: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:36:55.13 ID:S3xSzCMw0
「俺は、いいんだよ。チームの最年長だからな」

俺の中のプライドが、勝手に言葉を紡いだ。
そうだ、俺はお前よりもずっと、実力だってあるんだ。
とぼけた感じで、何やってもしまらなかったはずのお前なんかとは違って、俺は…!

「あはは、何それ」

イズルは冗談だと思ったのか、気楽に笑っていた。
その余裕を見せるような笑顔に、俺の苛立ちは完全なまでに爆発してしまった。

「笑い事じゃない…っ!」

がしっ、とイズルの両肩を掴んで、俺は一気にイズルに詰め寄った。
突然のことに驚いたように、イズルの瞳は揺れていた。

「あ、アサギ…?」

まっすぐに見つめるイズルの目には、今の俺はどんな風に写っているんだろうか。
きっと、いやな顔をしているに違いない。
見たら、俺自身も心底ムカつくような、最低の。

87: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:40:32.59 ID:S3xSzCMw0
「怖くないのかよ、お前は…っ」

激情に駆られるまま、俺は浮かんだ言葉をぶつけた。
そんなことなんかないって分かってるのに、余裕ぶってるこいつに感じた苛立ちの全てを。

「あんな目にあって、もう少しで死んでたんだぞ!」

あんな無茶苦茶な真似して。映画か何かみたいに、誰かをかばうなんて。
どうしてそんなことができるっていうんだ。怖いはずだろ、何でなんだ。
そんな風に、誰かを救って成果を上げるお前が妬ましい。皆が賞賛している、羨ましい。

でも、それと同じくらい腹立たしかった。
皆で生きて帰ると、そう言ったお前が。
お前が誰かを助けようとして、その誰かはお前のことでハラハラしたんだぞ。

それをお前は分かっているのか。自殺願望みたいなことしやがって。
助けられたあのときだって、ケイがあんなにも心配して――

――ケイ、が何の関係がある?
はっ、と急に我に返った。何してんだ、俺は。

88: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:41:33.45 ID:S3xSzCMw0
こんな風に詰め寄って、何の意味があるってんだ。
結局、そんなこと言っても、タマキを助け、ケイを助けたのはこいつなんだ。
助けられなかった俺に、責める権利なんかないってのに。

理解していた。ただ嫉妬して、自分にできないことをするこいつが、羨ましかったんだって。
皆を鼓舞する言葉を投げて、戦意喪失しかけた俺たちを活気付けて。
最年長である俺が本来しなくてはならないはずのことを、俺よりも年下のはずのこいつがしているということが。

残りの口に出そうとしたことは、喉元で止まって、後はもごもごと小さく俺の口から空気みたいに出て行った。
イズルの肩を掴んだ手を離して、俺はイズルに背を向けた。
顔を見れなかった。自分の情けなさが余計はっきりと出てしまいそうで。

「……悪い、忘れろ」

後悔と共に、俺はそれだけ言うと、またカウンターに座った。
部屋のドアの排気音がしないので、イズルは何も言わず、まだそこにいるようだった。
気まずい。俺のせいだけれども。また、胃が痛み出した。

89: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:46:32.03 ID:S3xSzCMw0
「…怖かったよ」

誰に言うでもないような声量の、イズルの呟きが聞こえた。
俺に向けて、というよりも、自分に言い聞かせるような、そんな調子だった。

「でも、僕は、ヒーローだから…たぶん」

ヒーロー。イズルにとっての夢。
俺たちみたいな存在にはありえない、兵士以外の目標。

それがアイツの根拠もない前向きさに繋がっていることくらい、もう分かっていた。
だからか、それを聞いても、馬鹿にする気になんかなれなかった。
その前向きさに、俺たちは助けられたんだから。

「…そうか」

ただそれだけしか、言えなかった。
割り切って、命令に従って戦うことしか考えていなかった俺なんかとは違う。
それが俺とイズルの違いなんだと、理解し始めていた。

90: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:49:24.09 ID:S3xSzCMw0
俺の返事に、イズルは柔らかい声色でこうも言った。

「ありがとう、アサギ」

「え……」

予想外のお礼に、俺はまたも困惑してしまった。

「何がだよ…」

意味が分からなかった。いきなり詰め寄ってきた俺のどこに、礼を言う必要なんかあるっていうんだ。
不思議でしょうがないと振り向いた俺に、イズルはニコニコと嬉しそうに笑っていた。

「だって、アサギ、心配してくれてるんでしょ?」

「は?」

思わず面食らった。俺が、心配? こいつを?

「だから、ありがとう」

イズルに言われたこと、そして自分が言ったことをよく考える間もなく、イズルはもう一度お礼を言って、微笑んでいた。
俺は、俺は……

「…もういいから、さっさと部屋に戻れよ」

何も返せなくなって、一人にしてくれ、と代わりに告げた。

「うん。おやすみ」

イズルは特に何も言及せず、笑顔のまま、部屋の出口へと向かった。

あぁ、おやすみ、と聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声の返事は、イズルが部屋を出たときの、プシュッ、という排気音でかき消された。

91: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:50:21.30 ID:S3xSzCMw0




「……心配? 俺が?」

そんな風に言われた自分が、意味不明だった。
これまで、そんな、誰かを気遣う余裕なんてなかったはずなのに。
チームのことなんて、ただ俺が戦うための場所なだけのはずだったのに。
それを気遣うなんて、俺にとっては変なことだった。

どうしたと言うんだろう。俺は。
ただ戦うための兵士だと、そう考えてきたはずなのに。
それ以外のことにばかり、最近は目が眩んでいる。

まったくもって、らしくないことだと思う。
俺は、優秀な人間として、兵士になりたかったのに。
こんな、ザンネン5だなんて呼ばれるような場所、イヤなはずなのに。

この場所にいるアイツらに、曇った顔をされたくないと、思い始めている。

「……はぁ」

一度ため息を吐き、俺はカウンターに突っ伏した。
考えるのを止めて、このまま眠ってしまおう。変に考え込むから、何かおかしくなってしまったんだ。
思考したことを破棄してしまえば、そしたらきっと、目覚めたときには元の俺に戻っているに違いない。

パイロットスーツから着替えるとか、そんなこともわずらわしくなって、俺はそのまま眠りに落ちた。
少しずつ変わり始めている何かから、まだ目を逸らして。

92: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:50:57.45 ID:S3xSzCMw0
終わり。次、ネタふりで思いついたことをば。

93: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:52:55.29 ID:S3xSzCMw0
ほんとの、家族

スターローズ――アサギの部屋

イズル「おにいちゃーん」キャッキャッ

アサギ「だからそれよせって…」

タマキ「」ジー

スルガ「? どした、タマキ?」

タマキ「んーん…アサギがさ、レッド5を動かせたから、きょーだいってことなんでしょー?」グデー

アンジュ「はぁ…遺伝子が共通するところがあるから起動した、ということだそうですけれど…」

タマキ「…ちょっと、いてくるー」タタッ

スルガ「は? どこに…っておい!」

プシュッ

ケイ「あらタマキ。今ケーキが…」

タマキ「ごめんまた今度ー」タタタッ…

ケイ「…どうしたの? あれ」

スルガ「さぁ…あ、いや」

アンジュ「どうかしたんですか?」

イズル「」ニコニコ

アサギ「」フー

スルガ「……たぶん、これかね?」

94: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:54:24.90 ID:S3xSzCMw0
戦艦ゴディニオン――パープル2のピット艦

タマキ「……」

イリーナ「急に来て何かと思えば…。別にいいけど、たぶん動かないわよ?」

タマキ「やってみなきゃわからないもん!」

イリーナ「そう? そこ足元気をつけて。ローズ3とはコクピットも全然仕様が違うから」

タマキ「はーい」



ケイ「イリーナ!」

イリーナ「あら、お嬢じゃない」

ケイ「ここに、その…」

イリーナ「タマキちゃんならどっか行っちゃったわよー」

ケイ「! あの、何をしに…」

イリーナ「ん? …急に来て、パープル2の起動テストをさせてほしいなんて言ってたわ」

ケイ「それで…結果は?」

イリーナ「そりゃ起動しないわよー、基本的にお嬢と同じ遺伝子情報が『少しでも』ない限り動かないんだから」

ケイ「そう…あの、どっちに行ったか分かるかしら」

イリーナ「そうね…確か、近いからってゴールド4のところに行くとか…」

ケイ「ありがとう。私急ぐから」タタッ

イリーナ「あ、お嬢!? …どうしたってのかしらね?」フーム

95: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:55:41.77 ID:S3xSzCMw0
ゴールド4のピット艦

ヒデユキ「む? タマキか? 来たぞ」ムキッ

ケイ「そ、それで、何を…」ゼーハー

ヒデユキ「ゴールド4に乗りたいとか何とか…ま、あの子には教えが足りんから無理だったがな」ムキッ

ケイ「ど、どっちに、行きましたか?」ゼーハー

ヒデユキ「ふむ? 確か、ブルー1のところに行く、と言っていたか」ムキッ

ケイ「あ、ありがとうございます…では」タタッ

ヒデユキ「あ、待て。走った後ならプロテインを…行っちまったか」キラーン




ブルー1のピット艦

マテオ「ふむ? タマキちゃんかね? さっきまでおったよ」

ケイ「ど…ど、こに…」コヒューコヒュー

マテオ「アンナとどっか散歩に行ってしまったわい。ブルー1を起動させてほしいとかなんとか言っての」

ケイ「起動、ですか…」

マテオ「あんまり言うからやらせてあげたんじゃが…ま、起動せんよ。それで、ずいぶんと落ち込んでの。
    見兼ねたアンナがどっか連れて行ってしまったよ」

ケイ「そ、そうですか…」

マテオ「ここで待つかね? たぶんすぐに戻るぞ」

ケイ「そ、そうします…」スーハースーハー

96: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:56:29.48 ID:S3xSzCMw0
スターローズ銀座の広場

タマキ「」ボー

家族連れらしき子供「おかーさーん、にーちゃーん」タタタッ

タマキ「にーちゃん、かぁ…」

アンナ「ほれ、タマキ。スターローズアイスの塩辛風味」ズイッ

タマキ「あ、ありがとー」パクッ

アンナ「それでー? どうしたってんだよー」

タマキ「ほえ?」

アンナ「何か切羽詰った感じでやってきてさ、いきなり起動テストさせてくれーなんておかしいじゃん」

タマキ「うん…」

97: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:57:31.98 ID:S3xSzCMw0
アンナ「当ててやろっか? アサギとイズルが兄弟だってんで、自分はどうかって試しにきたんだろ?」

タマキ「何で分かるのらーっ!?」ガーン

アンナ「分かるってー。それ以外にそんなことする理由なんかねーし。それに、何か寂しそーなんだもん」ヘヘー

タマキ「…寂しいっていうかー」モジモジ

アンナ「羨ましい?」

タマキ「…まーそんな感じー。だってさ?」

アンナ「うんうん」

タマキ「あたしたち、家族なんていないって思ってたんらよ? それなのに、そんな急にさ、実はーなんて言われて」

タマキ「もしかしたらーって、考えちゃうかもしれないじゃん」

アンナ「なるほどなーそりゃそうだ」

タマキ「だからさ、ちょっと確かめてみたかったのら」

98: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:58:19.89 ID:S3xSzCMw0
???「それで? 何か成果はあったか?」

タマキ「ぜんぜーん。まー分かってたけどー…ん?」

スルガ「ったく、探したぜーこんにゃろう」

タマキ「スルガ! こんなとこでどしたの?」キョトン

スルガ「お前が言うな! ケイのやつが心配して、皆で探してんだよ!」

タマキ「ケイが?」

スルガ「そーだよ。お前が俺たちが家族かどうか試したら、落ち込むかもってな」

タマキ「落ち込んだりなんかしないのらー! ただ、ちょっとガッカリしたっていうかー…」

スルガ「そういうのを落ち込んでるっつーんだよ」ハァ

タマキ「ぶー」

99: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 02:59:18.72 ID:S3xSzCMw0
スルガ「…お前さ、前に言ったこと覚えてるか?」

タマキ「ふぇ?」

スルガ「俺たち、まるで家族みたいだって。言っただろ?」

タマキ「…うん」

スルガ「俺さ、微妙に夢でたまに見るんだよ、家族のこと」

タマキ「え…」

スルガ「たぶん、記憶力いいからさ、ちょっとだけ、俺の知らない記憶の奥に、まだあるんだよ」

スルガ「ときどき悩んでた。俺にも家族がいたなら、まだ生きてるのかなーとか。いつか会えるのかなーとか、会えないんだろうなーとかさ」

スルガ「アサギとイズルがちょっと羨ましかった。俺と違って、家族に会えたんだからさ」

タマキ「……」

スルガ「でもよ、お前が言ったんだ。俺たち、もう家族みたいだって」

スルガ「アサギが兄貴でいてさ、ケイが母親みたいで、タマキとイズルが妹とか弟とかみたいな感じで。そこにアンジュが末っ子で加わってさ」

タマキ「…それで、スルガがペットなのらー」クスクス

スルガ「誰がペットだっつーの! …とにかく、そんな風に言われてさ。俺、納得したんだぜ?」

タマキ「……」

100: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 03:00:14.04 ID:S3xSzCMw0
スルガ「ドーベルマンの人もさ、チームといえば家族も同然って言ってたことがあってよ」

スルガ「そのときはピンとこなかったんだけど。今なら分かるよ」

スルガ「俺にはもう家族がいる。チームラビッツっつーな」ヘヘッ

タマキ「スルガ…」

アンナ「…あたしもなー」

タマキ「アンナちゃん…」

アンナ「あたしも、物心付いたときからママとかいなくてさ、ずっと、パパとじーちゃんだけで暮らしてて」

アンナ「ときどき、ママのいる子を見かけると、ちょっと羨ましくてさ、泣いたこともあるんだ」

アンナ「でもでも、他のピットクルーの連中――イリーナとかマユとか、それにおやっさんも――そういうときにすっげー面倒見てくれてさ」

アンナ「血なんて全然繋がってないけど、まるで家族みたいで、あたし、すごく嬉しかった」

タマキ「……」

アンナ「タマキも、スルガが言ってるみたいに、思ったこと、ある?」

タマキ「いっぱいあるのら…だから、だからさ。そのままどこか、同じところあったらいいなって、思ったんだもん」

スルガ「なくても家族、だろ?」

タマキ「うん…」

アンナ「なら、いいじゃんか!」ニコー

タマキ「…うん!」ニコリ

101: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 03:02:07.03 ID:S3xSzCMw0
ブルー1のピット艦

ケイ「――タマキ!」

タマキ「ケイー」フリフリ

ケイ「…っ、まったく、心配したわよ!」ギュッ

タマキ「えへへー、ごめんごめんー」

スルガ「ホント、こいつはしょうがねーやつだぜ」ヘッ

タマキ「スルガに言われたくないのらー」

スルガ「何でだよ!」

ケイ「はいはい。ほら、行くわよ」アキレ

ケイ「あなたもありがとう。迷惑をかけたかしら」

アンナ「気にすんなってー」フフン

ケイ「…よければ、あなたもケーキ食べない? たくさん焼いてしまって…」

アンナ「お? 食べる食べる!」

スルガ「げっ、よせよせ、身がもた…げふっ!?」ドゴー

ケイ「さ、行きましょ」

アンナ「え、大丈夫なのかー?」

タマキ「らいじょーぶらいじょーぶ、スルガだしー」

スルガ「お、俺の扱い…ひどくね?」ガクッ

タマキ「もーしょーがないのらー、ほら」テヲサシノベ

スルガ「お、サンキュー」ヨット

タマキ「(スルガー)」ヒソ

スルガ「んあ?」

タマキ「(ありがと)」ニコッ

スルガ「…おう」ヘッ

102: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/22(金) 03:05:53.88 ID:S3xSzCMw0
おしまい。イズルスルガタマキはまさしく兄弟って感じで好きなトリオです。
またこんな感じでよければネタふりしてやってください。では。

106: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:21:40.63 ID:uDObo81e0
――僕たちザンネンファイブかもしれないけれど、皆で頑張ってヒーローになろう?

その言葉が、転機だったのかもしれない。
明確に、はっきりとは言えないけれど。そんな、確かなモノなんかじゃない。
もやもやした、気持ち。

「……」

パイロットスーツに着替えた私は、髪を纏め上げると、チームの待機所へと向かった。
これからブリーフィングだ。
一気にウルガルへと攻勢を仕掛ける作戦のための、第一歩。

正直、地球のこともウルガルのことも昔はどうだってよかった。
私を勝手に作り上げた連中の戦争なんて、そんなの、それこそ勝手にしてほしかった。
ただ戦うために作られて、文句なんて言う権利も渡されないまま、前線に送られて。

何故戦わなくてはいけないの、と疑問に思うことも最初はあった。
だけど結局、そのために生み出されて、他に行く場所なんてないからだ、と自分を無理やり納得させた。

事実、私には帰る場所なんて、もうない。
育ててくれたらしい人のことなんてもう記憶にはないし。
学園を出たところで、私に戸籍と呼ばれるようなモノは存在しない。
普通の人として暮らすことは、MJPの上の人たちが許可しない限り(そしてそれは不可能だと知っている)できないのだ。

だから、唯一与えられている軍籍に基づき、私は今ここにいる。
他に生きていくための理由なんかない。そう、思っていた。
彼の、あの言葉を聞くまでは。

107: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:23:36.96 ID:uDObo81e0
イズル。
私の所属するチームラビッツのリーダーで、命の恩人。
そして、私の心をざわつかせている、不思議な人。

初めて会ったときは、記憶を消された後だったこともあって、お互いに何も話なんてしなかったし、興味もなかった。
…それは、他のメンバーにも言えることだったけれど。
私は元から話をするのは苦手だし、皆だっていきなり記憶のないままにチームに放り込まれて、何を話せばいいのか分からなかったに違いない。
タマキだって、同じ女の子だから多少は話もできたけれど、でも、やっぱりそんなに変わらなかった。

それに、私は元からの能力として、鋭すぎる聴覚を持っているせいで、人のいるところへもあまり行きたがらなかった。
たいていの自由時間の間は、与えられた部屋であったり、
自然の多い訓練用の森林地帯のような、聞いていて気分の悪くなる音の聞こえないところで、一人で過ごしていたものだった。

――いつから、だったかしら。

ふと、少ない記憶から思い出そうとした。
私と仲間たちが、少しずつ交流し始めたときのことを。
思い出すのは簡単だった。あのときも、やっぱり彼が始まりだった。

108: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:25:26.31 ID:uDObo81e0
連携が取れず、集団での訓練成績が悪かった私たちは、いつもスズカゼ教官に説教を受けていた。
だからといって、相変わらず話をしない私たちは、一向に連携を改善するようなこともなく。
いつもいつも、習慣みたいに、教官に呼び出されては説教されていた。

そんなことが何度も続いた、ある日のこと。
スルガのふざけた言葉に、イラついたアサギが殴りかかったことがあった。
さすがの私も、動揺したし、どうにかするべきか、と思ったけれど行動には起こせなかった。
実際、どうすればアサギを止められるかなんて、人を仲裁した経験もない私には分からなかった。

内心、ただ慌てる私をよそに、スルガに向かってアサギは拳を振り上げてしまっていた。
もう、あと少しでスルガが殴られてしまう、そう思ったときだった。
イズルが咄嗟にスルガを庇って、代わりに怪我をした。

よく覚えていた。殴られた彼を手当てしたのは私だったし。
それから、彼は積極的に皆に呼びかけていた。
こんな風にいつまでもチームで壁を作ってもしょうがない、と。

あれから、私も含めて、話をするようにはなったし、チームだからと団体行動も(無理やり誘われて)増えた。
あの頃から、イズルはチームを何だかんだでまとめていたのかもしれない。
やり方はずいぶんとリーダーらしさのない感じで頼りないけれど、それがイズルなんだと、今なら言える気がした。

109: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:28:12.80 ID:uDObo81e0
それからしばらくして、今度はスターローズの支部に所属を移されて、相変わらずのどうしようもない訓練成績のまま日々を過ごしていた。
それが突然、私たちに最新の実験機であるアッシュが与えられて、戦いの日々が始まった。

まったくもって急な話で、私はただ戸惑うばかりだった。
いつかは、とは思っていたけれど。まさか学生の間に、実戦に駆り出されるなんて。
しかも与えられたアッシュも、生存本能だの何だのと、とても扱いづらくて、そのときの私は、いっそう増していく不安で押しつぶれてしまいそう気がした。

そんなときのことだった。
上官のスズカゼ教官に、バカンスへ行くようにと言い渡されたのは。

バカンスだなんて、とあまり乗り気ではなかった。
こんな不安でいっぱいの心境で、とてもとても、タマキやスルガみたいに楽しく過ごそうなんて、考えもつかなかった。
むしろ、これが最後になってしまうかもしれない、なんて、なおさら悪い方向にばかり物事を考えてしまっていた。

それで――そうだ。あのときだ。
リゾートのコテージで、彼と交わした会話。あれが、今の私に、一番影響を与えたんだ。

皆を置いて、たぶん同じような心持だったんだろうアサギと一緒に先に帰って、気晴らしになれば、とお菓子を一人で作っていたときのことだった。
スルガやタマキよりも早く、イズルが帰ってきて。気まぐれで、一緒に作ったお菓子を食べたときのこと。

ヒーローになる、と言って何の不安も感じていないような様子のイズルが理解できなかった私は、彼に疑問をぶつけた。
イズルは何を思っているの? どうしてそんな風に戦えるの? と。
私は常々彼が不思議でしょうがなかった。
先行きなんてない私たちの中で、彼の前向きさはタマキよりもずっと異常だと思っていた。

そして、彼は特に迷う様子もなく、はっきりと言った。
確かに戦うために生み出されたけれど、ヒーローになろうとすれば、何か生まれた意味もできるんじゃないか。
生まれた理由が、戦う以外にもできるんじゃないか、と。

…正直言って、その言葉は衝撃的だった。
そんな前向きな考えなんて、まったく浮かびもしなかった私にとっては、新鮮で。
羨ましいと思ったし、そんな風に私も考えられるのだろうか、とも思った。
彼のように、もっと前向きに、自分の生きる理由を見つけるようなことを。

110: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:29:55.96 ID:uDObo81e0



そう思っていた矢先のことだった。
あの任務で、イズルが大変なことになったのは。

GDFの偉そうな人の命令の元に行われた強襲作戦。
失敗に終わったその作戦で、タマキがほぼ撃墜寸前まで追い込まれた。
怖かった。あんなに笑顔で気楽に告白だなんだと忙しそうにしていたタマキが、いなくなってしまいそうなことが。
冷静になんて、なれなかった。そこにいたのがタマキだったから、というだけで、もしかしたら私もタマキのように――

前線の目として、指示を出すはずなのに、動揺して怯えた私には、まともな動きもできなかった。
他の皆もそうだった。危険な目に遭う仲間を見て、次は自分かと、動きに鈍りが生まれていた。
ただ、彼一人を除いて。

――皆で生きて帰るんだ!

タマキをとっさの機転で守り、叫んだイズルの声に、私はようやく意識を集中しだした。
まだ死にたくなんかない。せっかく、イズルの前向きな考え方に触れて、少しは何かを見つけられるかもしれないと、やっと思い始めたのに。
まだまだ生きていたい。皆と一緒に。そんな一心で指示を飛ばしていた私は、完全に自分に向けられた凶弾に気付かなかった。

それを意識した瞬間、私は何の反応も思考もできないまま、目の前の出来事をただ他人事みたいに呆然と見ていた。
そして、私が何の言葉もないままに消えてしまおうとしていた、そのときだった。

何が起きたんだろう、と思った。直撃するはずの弾は当たらず、私の機体も私もまだこの世界にいた。
すぐに何が起きたか分かった。

111: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:33:10.77 ID:uDObo81e0
――イズル!

真紅に輝く、彼の乗る機体。
それは、敵の弾を直撃して、ボロボロになってしまっていた。
私の前に出て、イズルが代わりに敵の攻撃を受けてしまったのだ。

一度冷静さを取り戻していたはずの私は、完全に取り乱してしまった。
守ってくれた彼が必死になって、逃げろと言うのに、手が動かなかった。

彼を置いていきたくなかった。
私に、少しだけ希望をくれた彼を失ってしまったら、きっと、私はもう生きる理由なんて探せなくなってしまう。
そんな気がしたのだ。

そう思っていた私に、彼の声が聞こえてきた。死ぬ気なんてない。いくらでもやりたいことはあるんだから。
私のケーキを食べて、またマンガを描くんだ、と。

諭すような言葉だった。それでも、私は離れられなかった。
彼が強がりで言ってるのなんて、分かりきっていた。私の耳は、彼の心臓が恐怖で拍動を繰り返していることなんて、通信の音声からでも見通していた。
そうしているうちに、待ってくれるわけもない敵の攻撃がイズルにトドメを刺そうとして。
そこで、先輩たちに救助された。

イズルが先輩たちに連れられて、帰艦した後も、私は気が気じゃなかった。
イズルは無事なんだろうか。怪我をしていないだろうか。
そわそわした気持ちのまま、彼を仲間たちと待って。若干緊張した様子の彼が戻ってきた。

姿を見せた彼に皆で詰め寄ったら、彼は何故か、ツッコミを受けていることに安堵した様子でいて。
気が抜けながらも、私はホッとした。
あんな戦いの後でも、彼は普段の彼で。それが、私に普段の日常が戻ってきたように思わせてくれた。
それから、彼がこのチームにとって、大事な人なんだと、思い知らされた。

112: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:36:52.79 ID:uDObo81e0



それから、先輩たちと小惑星の中にある基地の爆破任務があった。

何だか気の抜ける変な先輩たちだった。
それでも、私たちを助けて、成功させてくれた、いい先輩たちだった。
…イズルにあんなビデオを渡す以外は。

まったくイズルもイズルだと思う。
何を勘違いしたら、あんなモノを私たちまで巻き込んで見せるというのだろう。
おかげでタマキからは質問攻めに会うし、説明しづらくてしょうがない。

…話が逸れてしまった。

そう、その後だ。

いつまでも学生なんて身分では上の人たちが困るのか、急に私たちに卒業が言い渡されて。
それで、他の学生の皆の前で、最後の演習をやって。
もう、そうしたら、さっさと卒業させられてしまった。

もうここに戻ることなんてないのだと、感慨深いものにほんの少し浸ったら、もうそれでおしまいだった。
唯一、帰るための場所であったはずの学園は、もう帰るところではなくなってしまった。
それをタマキも感じたのか、寂しい、とぽつりと呟いていた。

それを励まそうと、私は彼女を引き寄せた。
以前の私なら、こんな風に誰かを寄せて、慰めようとなんて、しなかったろう。
それも、もしかしたら彼の影響なのかもしれない。

今、皆のいるここが、僕らの帰るところだよ――

イズルが皆をぐるりと見回して言った。
帰る場所はもう、ここに生まれたと。
私たちそれぞれが、互いにとっての、帰る場所だと。

その言葉を、私は受け入れていた。
彼と、チームの皆がいる場所。私を必要としてくれる人たちのいる場所。
諦めていた私にも、ようやく、納得のいく居場所が、できたんだと。

チームザンネンで頑張ろう! は少しいただけないとは思ったけれど。

113: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:38:29.18 ID:uDObo81e0



そして、今。私は、私の意思で進んでいた。
仲間たちのところへ。彼と一緒に戦うために。
命令だから、というのは変わらないけれど。
それでも、以前よりは私にも戦う気力というものがあった。

私が待機所に着いた頃には、もう他の皆が揃っていた。
私の姿を確認すると、上官のスズカゼ艦長はブリーフィングルームに皆を促す。
それに従い、私たちも移動を開始する。

大きな戦いの前に、チームの最年長のアサギが見てとれるような緊張に包まれた様子でいた。
彼は、どうも期待を背負うと萎縮するタイプらしい。私も、同じだ。
すると、ちょうど隣にいたイズルが、わずかに逡巡すると、

「頑張ろう、アサギっち!」

と、何やら急に慣れ親しんだ調子で声を掛けた。

「は?」

イズルの突然の変な呼び方に、アサギが戸惑いを示す。
いつもプレッシャーに弱いアサギへの、彼なりの気遣いなんだろうけれど、やっぱり不思議な人ね、と思った。
でも、私も不思議なことに、以前のように、彼に呆れるような感情を抱かなかった。むしろ――

「…イズルはアサギの緊張を解こうとしてるのよ」

彼を、フォローしていた。

114: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:39:55.00 ID:uDObo81e0
「え?」

私の言葉が意外なのか、アサギは驚いたような顔をしていた。
私自身も、正直自分の言動が意外だと思っている。
何かが変わり始めていた。何もないと考えていた私の中に、何か、願いのようなモノが。

「イズル」

ざわつく心と共に、彼に微笑みを向けた。
夢。今の私には、そんなものははまだない。けれど、けれども。もしかしたら――

「私もヒーローになれるように、頑張るわ」

彼みたいに見つけられるだろうか。
何か、与えられたモノ以外の生きる理由を。自分でしたいと願えるようなことが。
それがいつか見つかる、その日まで。

彼と一緒に戦って、彼の夢を支えてあげたい。そんなことを、私は心に思った。

この感情はなんだろう。
どれほど考えても、明確に言葉として出てこない、もやもやして、ざわざわして、何だか不思議で。
でも、暖かい、奇妙な感覚。彼といると、どんどん強くなっていく、意味不明な気持ち。

いつか、分かる日が来るんだろう。
きっと、答えの出るのは、そんなに遠い日なんかじゃない。
何か予感めいたものを、私は確かに感じていた。

そして、それが何かを理解したとき。私はきっと、生きる理由を見つけるだろう。
その日を待ち遠しいと感じながら、私は、任務のために、自分の機体へと向かった。



――揺らぐのは、いつもあなたといるとき。
私を変えてしまう、不思議なあなた。
私の、ヒーロー。

115: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:40:22.90 ID:uDObo81e0
終わり。次は季節らしいネタをば。

116: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:41:21.04 ID:uDObo81e0
お囃子のごとく、過ぎゆくは夏 来たるは戦い

戦艦ゴディニオン――レッドファイブのピット艦

イズル「」フー

マユ「お疲れ、いーちゃん」

ダン「今日もまた派手にやったな」

イズル「す、すいません…」

デガワ「いいんだよ 俺たちは仕事 果たすだけ」ドヤァ

イズル「…えっと」

ダン「放っといていいって。…そうだ、今日はスターローズの方で祭りがあるらしいぞ」

イズル「祭り、ですか?」

デガワ「無視するなよ…そうか、今年も夏祭りの時期か」

マユ「息抜きに行ってきたら? 楽しいよー」ガチャガチャ

117: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2016/07/29(金) 02:46:24.34 ID:uDObo81e0
イズル「お祭りかぁ…」

ダン「どうかしたか?」

イズル「いえ。お話には聞いたことあるけど、僕、お祭りなんて行ったことなくて…」アハハ

ダン「イズル…」

デガワ「そうか。それならなおさらいいじゃないか」

イズル「え?」

デガワ「この中の誰よりも、イズルは新鮮な気持ちで祭りを楽しめるってことだろ?」ポンッ

イズル「あ…」

デガワ「前向きに行くんだろ? 言ったこと やり通せよな 男なら」グッ

イズル「あはは…そうですね、楽しんできます」

マユ「うんうん、楽しんでおいで、イズルっち」ニコニコ

ダン「テキトウな土産話もな!」フッ

イズル「――はい!」ニコリ

118: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:47:48.75 ID:uDObo81e0
スターローズ――アサギの部屋

アサギ「……で?」

イズル「や、だからさ、夏祭り」

アサギ「それは聞いた。今居住区でやってるってのも」

イズル「だから、行かない? って」

アサギ「行かない」

イズル「えー行こうよ、アサギー。他の皆は来るって言ってるしさ」

アサギ「…祭りなんて浮かれてる場合かよ。今だってウルガルの連中が――」

イズル「う…。そっかぁ。でも、もしかしたら、こんな機会ないかもしれないし…皆で行ってみたかったんだけど…」シュン

アサギ「……っ」

イズル「無理に誘うのも悪いし、じゃ、他の皆と行って来るね…」

アサギ「…分かったよ」ハァ

イズル「え?」

アサギ「俺も行くって言ってるんだよ。…ちょっと、待ってろ」

イズル「――ありがとうアサギ!」パァ

119: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:49:09.88 ID:uDObo81e0



スターローズ―― 一般居住区

ワイワイガヤガヤ…

スルガ「おーっ!」キラキラ

イズル「初めて見たけれど…すごい熱気だね!」キラキラ

アサギ「遠くから何か太鼓の音も聞こえるな」フーン

アサギ「…っつーか、ケイとタマキは?」

イズル「あ、二人ともちょっと遅れるって。ピットクルーの人たちが…」

タマキ「お待たせ皆ーっ!」カラカラ

アンナ「お待ちー」カラカラ

ケイ「お、お待たせ…」

アサギ「!」

スルガ「へー、それが浴衣ってやつか」フーン

タマキ「えっへっへー、どーう? 似合うのら?」クルクル

スルガ「馬子にも衣装ってやつだな」ヘッ

タマキ「あにをーっ!」ムキーッ

120: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:50:48.52 ID:uDObo81e0
アンナ「ふふん、どうだアサギー。美しいか? ひれ伏しちまうかー?」

アサギ「ああそうだな、はいはい。…で、なんでお前もいるんだ?」

アンナ「イリーナたちからお祭りのこと聞いてさ。あたしも行きたいなーって」

アサギ「お父さんたちはどうした」

アンナ「どっかの誰かが珍しく機体をボロボロにしてくれたおかげでなー…」ジトー

アサギ「俺のせいかよ…」

アンナ「冗談だよ! イズルが誘ってくれたんだよ。アサギがいつもお世話になってるから、って」

アサギ「ああそういうことか…」チラッ

イズル「」キョロキョロ

ケイ「い、イズル」

イズル「うん?」

ケイ「どう、かしら? これ」

イズル「え? …うーん」ジー

ケイ「」カァ

イズル「うん! なんていうか、すっごく似合ってるよ! 後でスケッチさせてもらっていい? 珍しいし」

ケイ「あ、ありがとう…スケッチはちょっと」

イズル「ええー、かわいいのに」

ケイ「! か、かわ…」

121: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:52:07.86 ID:uDObo81e0
アサギ「…なぁ、そろそろ行こうぜ」

イズル「あっと、そうだね。…お祭りって、何するの?」

スルガ「誘ったのお前だろ!」

イズル「ご、ごめん。ピットクルーの人たちが楽しいって言うからそうなんだ、と思って」

アサギ「お前なぁ…」フー

イズル「」アハハ…

アサギ「」ハァ

アサギ「…祭りってのは屋台をぶらぶら見てみたり、いろいろと景品の付くゲームやったり、珍しいメシがあるらしいから食べたりするもんなんだと」

タマキ「塩辛とかあるー?」

ケイ「甘いもの…」

アサギ「塩辛はないだろ、さすがに…」

122: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:53:34.01 ID:uDObo81e0
スルガ「やっぱ、花火だろ、花火!」

タマキ「花火ー? 手に持ってするあの?」

ケイ「そういうのじゃないでしょ…確か、空に打ち上げるのよね?」

アンナ「そーそー、スターローズじゃ、高さが若干制限されちまうだろうけどな」

タマキ「へー、空に…?」

スルガ「お前よく分かってねーな?」

タマキ「うん。手に持つやつを空に打ち上げてもあんまおもしろくないんじゃないの?」

スルガ「まずお前の花火の想像がそれしかないからな」ヘッ

タマキ「何さー。スルガはじゃあ知ってるのー?」ムー

スルガ「そりゃあ…見たことねーけど」

ケイ「私も。浴衣を貸してもらったときにイリーナたちが言ってたのを聞いただけだわ」

イズル「というか僕たちの知ってる花火がそれしかないからね」

スルガ「だいぶ前だな。お前が購買で売ってたからって、手で持つやつ買ってきてさ」

タマキ「それそれ! その後、がっこーの庭で勝手にやって教官に怒られたのらー…」

イズル「あはは、あったね、そんなこと」

アンナ「あたしも手で持つやつしか知らねーなー。でもでも、パパたちはものすごいから絶対見ろって言ってたぞ?」

イズル「へぇ…どこでやるんだろ? あれ、アサギ?」

スルガ「ん? どこ行ったアイツ?」

アサギ「…そこで案内配ってたからもらってきた。花火は…まだ後でやるみたいだな」

アンナ「おおー、さすが気配り大王」

イズル「ありがとアサギ。じゃあとりあえず、気になった屋台とか皆でぶらついてみよっか」

スルガ・タマキ・アンナ「「「おおーっ!」」」

123: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:54:41.94 ID:uDObo81e0



アサギ「すっげえ人…」

ケイ「ホント、埋もれてしまいそうだわ…」

イズル「大丈夫、二人とも?」

ケイ「だ、大丈夫よ」

アサギ「これが祭りなんだろ。別にどうってことない…にしても」

スルガ「ほほー空気銃にしちゃあずいぶんとよくできてんなーこいつはかの…」ペラペラ

アンナ「ふーん。よくできてんなー」シゲシゲ

アサギ「あいつら楽しんでるな…」フー

ケイ「いつの間にかタマキももう食べ物の屋台に走ちゃったし…私、心配だし見てくるわ」

イズル「あ、ごめんお願い、ケイ」

124: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:56:08.69 ID:uDObo81e0
射的屋のおじさん「いやー詳しいなー坊主に嬢ちゃん! おじさん感心しちまったぜ」

スルガ・アンナ「」フフン

イズル「あのう、これで何を狙うんですか?」

射的屋のおじさん「ん? 知らないかい? この中のどれかにコルクを当てて倒せば、当たったものをあげるよー」

イズル「へえー」

スルガ「うっし、やるぜ、おっちゃん」

アンナ「あたしもー」

射的屋のおじさん「おう、毎度!」チャリン

ポコン!

スルガ「うっしゃ! もらい!」

射的屋のおじさん「マジか! やるな、坊主!」

イズル「すごいよスルガ!」キラキラ

スルガ「へへ、俺のアイデンティティなんでね」ドヤァ

125: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:57:42.29 ID:uDObo81e0
アンナ「……むー」

射的屋のおじさん「ありゃ、お嬢ちゃんはザンネンだったな」

アンナ「もっかい!」

射的屋のおじさん「お、毎度!」チャリン

アンナ「」グイグイ

アサギ「…あんま前出てると落ちるぞ」

アンナ「しょーがねーだろー! こうでもしなきゃ狙えないんだよー」ヌガー

アサギ「…ほら落ち着けって」スッ

アンナ「あ、アサギ…!」

アサギ「狙ってんのは?」

アンナ「…あの工具セット詰め合わせ」

アサギ「しっかりと狙え…箱本体じゃない、支えてるものがあるだろ? あっちを狙うんだ」

アンナ「んー…」ジー

126: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:58:40.76 ID:uDObo81e0
ポコン!

射的屋のおじさん「おお! やるねーお嬢ちゃん! 兄ちゃんの教えがうまかったか?」

アサギ「いや、俺別にアニキじゃないんで」

アンナ「」ムッ

アンナ「」ゲシッ

アサギ「っつ、何すんだよ!」

アンナ「おっちゃん、景品」ブスーッ

射的屋のおじさん「おう、おめでとさん!」

アサギ「ったく、年頃の女の子らしさのない…」

アンナ「あたしはこれでいいんだよ!」ベー

アサギ「はいはい。っと、他のやつらは…」

屋台のおじさん「そこのかわいい嬢ちゃん! たこ焼きはどうだい!」

タマキ「かわいいー? ありがとなのらー!」ヒョイ

アサギ「馬鹿! 先に料金払え!」

屋台のおじさん「毎度!」チャリン

アサギ「タマキ…お前なぁ」

ケイ「カキ氷、味全種類」

屋台のおじさん「おお!? そんなに食うのかいお嬢ちゃん? 大丈夫?」

ケイ「大丈夫です、これお金」

アサギ「ケイもか…」フー

127: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 02:59:32.84 ID:uDObo81e0
休憩所

ガヤガヤ

ケイ「タマキ…買いすぎよ。褒められたのが嬉しいのは分かるけど」

タマキ「えへへー。ついー」

アサギ「限度ってもんがあんだろーが…」ドッサリ

イズル「ケイもあんまり人のこと言えないような…」モグモグ←アメリカンドッグ

ケイ「私はちゃんと食べれるだけを買ってるわよ」モグモグ←カキ氷、チョコバナナ、一口カステラ、りんごアメ、あんずアメ、揚げアイス、クレープ

スルガ「それが適度な量かよ…ま、いいや、タマキのいっただきー」ヒョイ ←お好み焼き、たこ焼き

アンナ「あったしもー」ヒョイ ←串カツ、オムそば、牛串

タマキ「うん。てきとーに食べてー」

アサギ「お前は食わないのかよ…」モグモグ ←五平餅

タマキ「食べるのらーイカの姿焼き」シオカラノッケ

アサギ「イカにイカを合わせてどーする…」ハァ

128: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:00:24.13 ID:uDObo81e0



イズル「そろそろ花火の時間だよね?」

アサギ「会場に行くか」

スルガ「えー、もうちょっと遊ぼうぜ」

アンナ「そうだそうだ、まだ時間あんだろー?」

タマキ「まだ金魚一匹も取れてないのらー」

ケイ「諦めなさいよ…っていうか、取っても世話しないでしょ」

タマキ「するもん! あたし、学園でだって飼育係…」

ケイ「サボっては私たちに押し付けて告白に行ってたわよね?」

タマキ「う…」

129: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:01:27.66 ID:uDObo81e0
イズル「まぁまぁ。ほら、タマキ。僕が取った一匹あげるよ」

タマキ「イズルー!」キラキラ

ケイ「あなたねぇ…タマキに甘すぎるわよ」

イズル「でも、何かかわいそうだし」

ケイ「まったく…」

タマキ「だいじょーぶなのら! ちゃんと水槽とか買って、お世話するから!」

ケイ「分かってるわよ。…お祭り終わったら、水槽とエサ買いに行きましょうか」

タマキ「ケイー!」ギュー

ケイ「ああ、もう! 離れてよ、恥ずかしいってば。ちょっとタマキ…きゃっ」ヨタヨタ…ドタッ

タマキ「ケイっ!?」

イズル「! ケイ?」

ケイ「っつ…」

130: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:02:17.83 ID:uDObo81e0
アサギ「! …どうした!」タタタ

イズル「ケイが転んじゃって…」

タマキ「私のせいなのらー! ケイ、大丈夫!?」

アサギ「…下駄の緒が切れちまってるな」

ケイ「だ、大丈夫…」

スルガ「や、どう見ても足挫いてんだろそれ」

ケイ「う……」ヒリヒリ

ワイワイガヤガヤ…

アサギ「…ここじゃろくに手当てできないな」

ケイ「わ、私なら歩けるから」ヨロヨロ

アンナ「いやいや、無理だってその足じゃ…じいちゃんが言ってたぞ? 挫いた足で歩くと悪化するって」

ケイ「だって、これじゃ花火が…」

イズル「そんなこと言ってる場合じゃないよ!」

スルガ「そうそう。悪化しちまったら明日からの任務だってまずいだろ?」

ケイ「…それ、は」

131: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:03:48.96 ID:uDObo81e0
アサギ「…イズル、この辺なら確か神社があったはずだ。そこで後で落ち合おう。
    俺たちで手当ての道具を買ってくるから。お前はケイをそこに連れて、患部を冷やしてやれ。あそこは確か冷えた水も湧いてるはずだ」

イズル「分かった。お願いするよ、アサギ。…ケイ、少し頑張れる?」

ケイ「な、何とか…」ググ…

アサギ「無理するな。…イズル」

イズル「うん。はい」セヲムケ

ケイ「え……」

イズル「背負うよ。その足で無理に歩くのは危ないし」

ケイ「わ、分かった…」ヨイショ

タマキ「ごめんなさいケイ…あたしのせいなのらー」ションボリ

ケイ「気にしてないわよ、そんなの」ナデナデ

タマキ「――あたし、すぐにお薬買って来るから!」タタタ

イズル「それじゃ、後で」

アサギ「ああ、気をつけてな」

アンナ「…へー」ニヤニヤ

アサギ「…何だよ」

アンナ「よ、気配り帝王」

タマキ「何してるのらーっ! 早く行かなきゃー!」

スルガ「アサギー? 置いてっちまうぞー!」

アサギ「…いいから、さっさと道具を買いに行くぞ」

アンナ「おうっ」ニコリ

132: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:05:41.66 ID:uDObo81e0



イズル「っと、着いたよケイ。…ええと、下ろすね」

ケイ「うん…」ナゴリオシゲ

イズル「とりあえず湧き水があるし…これで冷やそう」クミアゲ

イズル「足、ごめんね?」ザバッ

ケイ「んっ……っつ」ギリッ

イズル「痛む?」

ケイ「さっきよりは、大丈夫」

イズル「そっか。もっとかけようか?」

ケイ「ええ、お願い」

イズル「これで、どうかな?」ザバッ

ケイ「……少し、落ち着いたわ」

イズル「そう? また痛んできたらすぐに言ってね。…隣いい?」

ケイ「ええ、どうぞ」

イズル「じゃあ…よっと」ストン

133: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:07:08.54 ID:uDObo81e0
イズル「にしても、ケイもツイてないね。せっかくのお祭りなのに」アハハ

ケイ「ごめんなさい…花火、これじゃ会場には行けないわね」シュン

イズル「いいよそんなこと。大変なことになってる仲間を放っとくなんて…」

ケイ「ヒーローじゃない?」

イズル「そういうこと」

ケイ「そっか…」フフッ

イズル「それに、もう十分お祭りは楽しんだよ!」

イズル「今日はすっごく楽しかった! 初めて見るものばっかりで、初めて食べるものも、遊びもこんなにたくさんで…」

ケイ「またマンガのネタが増えた?」

イズル「うん! …また、こんな風に皆と遊びたいな。まだまだこういう楽しいこと、たぶん、いっぱいあるから」

ケイ「そうね、また。今度は他の人たちも一緒に……ね、イズル」

イズル「うん?」

134: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:09:13.61 ID:uDObo81e0
ケイ「ありがとう」

イズル「え、何が?」

ケイ「前までの私だったら、たぶん人前なんて面倒で、お祭りなんて来なかったわ」

ケイ「でも、あなたや…チームの皆がいてくれたから、私、こんなに楽しく過ごせたと思う」

ケイ「だから、ありがとう。私、皆が…あなたがいてくれて、本当によかった」ギュッ

イズル「そっか。そう言ってもらえると、ちょっと照れるけど…なんていうか、嬉しいよ!」アハハ

イズル「僕も、皆がいてくれて…ケイがいてくれて、本当によかった!」ニコリ

ケイ「…! そ、そう…私も、あなたとこうして一緒に…」ボソボソ

イズル「え、何?」

ケイ「………あの、イズル」

イズル「うん」

ケイ「私、実は――――」

135: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:10:20.78 ID:uDObo81e0
ドーンッ!!

ケイ「――が、って、え?」

イズル「わ、何!?」タチアガリ

ケイ「」ムー

ケイ「…あ、ねぇイズル、あれ!」ユビサシ

イズル「わぁ…」

打ち上げ花火「」ドーンッ!

ケイ「キレイ…」

タマキ「おー! あれ花火!? ねね、花火!?」キラキラ

スルガ「すっげー! ありゃ結構火薬詰めてんだろうなー!」キラキラ

アサギ「どうだ? 見えるか?」

アンナ「うん! …キレイだな! アサギ!」

アサギ「あぁ…そうだな、キレイだ」

136: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:12:34.05 ID:uDObo81e0
イズル「あ、皆!」フリフリ

スルガ「おう、いろいろと買ってきたぜー」フリフリ

タマキ「お待たせー! ケイ、今手当てするのら!」

ケイ「後でいいわよ。それより、今は花火見ましょう?」ニコリ

タマキ「――! うん!」ニコニコ

アサギ「どうもここは穴場だったみたいだな」

スルガ「へへ。得した気分だな」

アンナ「来年はパパたちにも教えて、連れてきてやろっと」キラキラ

イズル「来年、かぁ」

イズル「」ピーン!

イズル「そうだ、来年はもっとたくさんの人と来ようよ!」

アサギ「もっと?」

137: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:13:26.48 ID:uDObo81e0
イズル「うん。スズカゼ艦長に、サイオンジ整備長でしょ。オペレーターさんに、ピットクルーの皆さん、あとあと、先輩たちに――」

スルガ「食堂のお姉さん!」

タマキ「ダニール様!」

アサギ「お前らの個人的な欲望だろ、それ…」

イズル「でもいいね! じゃあ後はテオーリアさんも…」

ケイ「」ムムッ

アサギ「…まぁ、そうだな。来年も、か」

イズル「うん! だから、来年もここで夏祭りができるように、皆で頑張ろう!」オー

タマキ・スルガ「「おーうっ!」」

ケイ(来年、ね。ええ、そうね、来年こそは…)

アンナ「アサギー」

アサギ「? 何だ?」

アンナ「今日はありがとよ。すっごく楽しかった!」

アサギ「……そうか。よかったな」フッ

アンナ「おう!」ニコー



アサギ(祭り…なんて浮かれたもん、苦手だったのにな)

アサギ(俺も皆も、何かが変わってきてる。誰かと触れ合って、少しずつ学んでるんだろうか)

アサギ(ずっと、人は同じじゃいられない、か)

アサギ(でも…)

イズル・スルガ・タマキ「」ワイワイ

ケイ「」クスクス

アンナ「」ニコー

アサギ(それも、悪くはない、かもな)フッ

138: ◆jZl6E5/9IU 2016/07/29(金) 03:15:36.90 ID:uDObo81e0
終わり。地元の祭りが楽しかったので勢いで書いてみました。
今回のマジェスティックアワー、ニコ生さんのところでアンケートで1を98%近く取っててびっくりしました。では。

140: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:27:44.11 ID:jnlglQ7Y0
皆で描けば怖くない

スターローズ――アサギの部屋

イズル「」ドキドキ

アサギ「」ペラッ…ペラッ…

ケイ「」ペラッ…ペラッ…

スルガ「」ペラッペラッ

タマキ「」ペラッ…

アンジュ「」ペラッ…ペラッ…

イズル「ど、どう…?」

アサギ「まぁ…そうだな」

ケイ「ええ…そうね」

アンジュ「え、ええと…」

スルガ「まったくおもしろくねーな」

イズル「!」ガーン

141: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:28:31.21 ID:jnlglQ7Y0
ケイ「」ドスッ

スルガ「ふげっ…な、なんで…」ガクッ

ケイ「と、倒れてしまうくらいおもしろかったそうよ」

イズル「え…っと」

アンジュ「それはいくらなんでも無茶がありますよ」

ケイ「う…た、タマキ、おもしろか…」

タマキ「…すぴー」スヤァ…

アサギ「まぁ…おもしろいってことは…うん。ないな」

イズル「そ、そっか…」ションボリ

アンジュ「ええと…あ…そのう……」

イズル「…あ、あの。アンジュ。いろいろと意見があるなら教えてくれないかな?」

アンジュ「は、はい…では」ゴホン

アンジュ「」グダグダグダグダ

イズル「」メモメモ

アサギ「」フーム…

142: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:30:14.04 ID:jnlglQ7Y0
アンジュ「と、まぁ。技術の話と…あと、やっぱり、どう言ったものでしょうか、テーマはいいんですが…」

イズル「……つまんない?」

アンジュ「何と言いましょうか…その、見せたいものばかりに目が行っているように思えます。
     たとえばここです。ここのページは、これこれこうなりました、では一体どういうことなのか、
     彼女はどういう境遇なのか、とか少しばかり説明が足りないと言いますか」

イズル「うーん…」

アンジュ「たとえばこの魔法使い風の女の子。彼女が正義感のある優しい女の子というのを伝えたいのは分かります。
     ただ、その理由が伝わってこないと言いますか。いえ、事細かに説明をしろというわけではなくていい感じにふんわりと…」

アサギ「要するにヒーローがすごい、ってのにばっかり焦点を当てすぎてるんだな。
    もっと世界観を伝えやすく、かつこのヒーローにある魅力をもっと伝わりやすく引き出せ、と」

イズル「魅力…」

アサギ「そう。これな、たった十二ページじゃ説明が足りなくなるに決まってると思うぞ? これじゃこの話の設定がどういうものなのか少し分かりにくい」

アンジュ「私もそこが気になりました。これでは作者が描きたいシーンをただ詰め合わせただけで、ただの自己満足となってしまっているように感じます」

イズル「う……や、僕としては、やっぱり、ヒーローを見せたいというか」

アサギ「別に内容が悪いとは言わないがな。ただ、物語としてはやっぱり物足りないと思うな。もう少しページを追加してもいいんじゃないか?」

143: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:31:11.60 ID:jnlglQ7Y0
イズル「うう…それはそうなんだけど、その、どういう風にまとめてみればいいか、分からなくて」

アンジュ「…そうですね。正直このままイズルさん一人で描いてもあまり変わらないような気がします」

イズル「そう言われても、マンガなんて僕くらいしか描く人いないし…」

アサギ「そうだな。俺別にマンガなんて描いたことないし」

ケイ「私も…お菓子しか作ったことないし」

スルガ「俺もどっちかっつーと読む専だしな」

タマキ「少女マンガなら読むけどー」

イズル「やっぱり僕だけで…」

アンジュ「いえ。逆にセオリーだとか何だか専門的なことを知らない人の意見も重要になるかもしれません。
     描く側とはまったく違う視点で新しいモノに出会えるかもしれませんよ」

イズル「そうかなぁ…」

アンジュ「行き詰まりを感じたら、何かしら新しい視点を得るのも創作には大事なことだとは思います」

アサギ「ちょっとした息抜きってやつか」

イズル「ううん…。じゃ、じゃあ…」

イズル「皆、その、僕のマンガ、手伝ってくれないかな?」

144: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:32:21.46 ID:jnlglQ7Y0



ケイ「イズル…ここはどういうシーンなのかしら?」

イズル「ええと…ここはヒーローとヒロインの子が仲良くなるっていうか…」

タマキ「そんなシーンでこんな言い方はないのら!」ウガー

イズル「ええー…そんなこと言われても」

ケイ「セリフはタマキに書かせてみる?」

タマキ「あたしのがよっぽどいい口説き文句出せるもん」

イズル「うーんと…じゃあ、お願いするよ」

アサギ「イズル。ここはヒーローの特訓するシーンだったな」

イズル「あ、うん…」

アサギ「だったらこんなスポ根なタイヤ腰に回してマラソンとかさせるより、もっと特訓として納得いくシーンにするべきだ」

イズル「えー…だって特訓といえばこういう感じだって、僕の読んだ…」

アサギ「あのなぁ…人の作ったものそのまま使ったってウケが悪いだけだろ」

イズル「う…それは、まぁ」

アサギ「この辺のところは俺が考えておいてやるから、ほら」

イズル「う、うん」

145: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:33:41.73 ID:jnlglQ7Y0
スルガ「ほれ、ヒーローと悪役が使う武器、デザインできたぞー」

イズル「えっと…これは…?」

スルガ「あん? GDFのM6A1の最新モデルのコピーだよ。んでもってこっちは…」

イズル「スルガ、そんなところ現実的にしなくても…」

スルガ「何言ってんだよ。リアリティが物語をうまく作るんだろー?」

アンジュ「そうですね…どこかしら現実感のある設定や小道具の存在は物語のスパイスとなることはよくありますし…」

スルガ「そうそう、そういうことだよ」ウンウン

イズル「ううーん…」

アサギ「まぁ、今回は試しなんだし、あんま考えるなよ」

イズル「わ、分かった」

アンジュ「イズルさん。原稿のネーム仕上がりましたよ」

イズル「あ、うん。わぁ…」

アンジュ「これくらいのコマ割りでインパクトを与えつつ、見やすくするのが大事ですよ」

イズル「うん、うんうん。すごいよアンジュ! これはおもしろくなる…!」ペラペラ

アサギ「…で? これも俺たちが描くのか?」

イズル「ええと、せっかくだし。ページそれぞれで描いても…」

アンジュ「いえ。それでは画力でいちいち違和感ができてしまいますから、それは、その、イズルさんに…」

イズル「え、そう?」

ケイ「そうよね。これ、イズルのマンガだし」

タマキ「あたし絵なんて描きたくないのらー」

スルガ「武器だけなら塗ってもいいけどなー」

アサギ「ま、ここまで手伝ったんだし、いいだろ?」

イズル「そっか、そうだよね…うん! ありがとう、皆! じゃ、僕描いてくるね!」タタタッ

146: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:34:35.31 ID:jnlglQ7Y0



イズル「で、こうして…」ヨイショ

マンガ「」ヤッタゼ

イズル「や、やった! できた…」フー

イズル「後はタイトルとか決めなきゃ…どうしようかな?」

イズル「」ウーン

イズル「!」

イズル「うん、これかな」カリカリ

『僕らのヒーロー 作:チームラビッツ』

イズル「」ウンウン

イズル「皆に見せてこよう!」タタタッ



イズル(後にも先にも、僕らが描いたマンガは、これだけだった)

イズル(正直僕らしさの欠片もない作品だったけど…)

イズル(僕の描いたマンガの中で、最高の作品だったって、胸を張って言える気がした)

イズル(僕にとって大事な人たちと一緒に作った、『思い出』になるような作品だったんだから)



イズル「皆、描けたよ!」ニコリ

147: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:38:14.03 ID:jnlglQ7Y0
おしまい。特に意味のないお話でした。
イズル先生のマンガは今度出るマジェプリブルーレイBOXの特典ブックレットで読めてしまうはずです。
まだいわゆる円盤を持たない保護者の方も、一つご検討されてもいいかもしれません。イズルらしさ満点の内容でよくできています。
では次をば。

148: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:39:10.62 ID:jnlglQ7Y0
スターローズ――タマキの部屋

タマキ「」ゴロゴロ

タマキ「」ムクリ

タマキ「…ひまー」グデー


アサギの部屋

アサギ「」カチッ

アロマオイル「」ボッ

アサギ「」スー…ハー

アサギ「」ウンウン

タマキ「アサギーっ!」シュッ

アサギ「…またお前か」フー

タマキ「あれ? 皆はー?」キョロキョロ

アサギ「むしろ何で皆いると思ったんだよ…」

タマキ「えー? …なんとなく?」

アサギ「ここは俺の、俺だけの部屋だよ…ほら、さっさと出ろ」ハァ

タマキ「ええー」

アサギ「頼むからたまには一人にしてくれ…」

プシュッ

タマキ「……」ムー

タマキ「他のとこ行こっと」

149: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:40:08.63 ID:jnlglQ7Y0
スルガの部屋

タマキ「スルガー」プシュ

スルガ「んあ? あんだよ急に」カチャカチャ

タマキ「ひまー」

スルガ「…あっそ。じゃあケイの部屋でも行ってこいよ。お菓子くれるだろ」

タマキ「だったらスルガも来てスルガが食べればいいのらー」ゴロゴロ

スルガ「冗談! あんな凶悪な殺人兵器なんざ誰が食うかよ!」

タマキ「じゃやっぱスルガの部屋でいいやー」ゴロゴロ

スルガ「ふざけんなっての。っつか、俺の部屋で寝転がるなよ、今部品組み立てしてんだろ? 失くしたらどーしてくれんだよー」

タマキ「スルガのけちー」

150: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:40:52.34 ID:jnlglQ7Y0
スルガ「うっせ。暇ならアサギのところでも行ってこいよ。アイツなら構ってくれるだろ?」グイグイ

タマキ「アサギにはもう追い出されたのらー」

スルガ「じゃ、イズルだろ」

タマキ「イズルもやだー、また特訓に付き合わされるかマンガ読まされるのらー」ブー

スルガ「…っつーか、何も部屋で過ごさなくていいだろうが。外でも行ってこいよ」

タマキ「そういう気分じゃなーい」

スルガ「め、めんどくせーヤツ…」

スルガ「」カチャカチャ

タマキ「」ゴロゴロ

スルガ「」カチャカチャ

タマキ「」ゴロゴロ

スルガ「…や、だからよぉ」

タマキ「…くかー」スヤァ

スルガ「寝んなーっ!」

タマキ「わっ、なになになに!? 敵襲?」

スルガ「い・い・か・ら…」

タマキ「きゃーっ、スルガどこ触ってるのらーっ!」

スルガ「出てけってぇの!」ウガー

プシュッ

タマキ「…スルガのけちー」

151: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:41:43.84 ID:jnlglQ7Y0
イズルの部屋

タマキ「イズルー」プシュ

イズル「」カキカキ

タマキ「イズルー?」

イズル「」カキカキ

タマキ「……」ムー

タマキ「イズルーっ!!」

イズル「うわぁ! え、あ、わわ…」アワアワ

ドターン!

イズル「い、いたた…た、タマキ? いつの間に来たの?」

タマキ「さっきからいたのらーっ! もー」

イズル「あれ? そうなの? ごめんごめん。つい、集中しちゃって」アハハ

タマキ「せっかく来てあげたのにー」

イズル「え? 何かあったの?」

タマキ「ううん、何にもー」

イズル「へ? …じゃあどうしたの? タマキが僕の部屋に来るなんて珍しいね」

タマキ「別にー、イズルの部屋でいいやーって」

イズル「え…っと?」

152: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:42:37.06 ID:jnlglQ7Y0
タマキ「なーんかヒマでさー」

タマキ「それでね、最初はーアサギの部屋に行ったの」

イズル「うん」

タマキ「でもでもー追い出されちゃったのら。で、今度はスルガの部屋でさー」

イズル「追い出されたの?」

タマキ「そー! もー皆冷たいのらー」

イズル「ケイの部屋に行ったら? ケイならなんだかんだ入れてくれると思うけど…」

タマキ「ケイはどうせケーキ焼いてるのらー…」

イズル「あ、そっか…じゃあ、しょうがないね」

タマキ「うん。じゃ、しっつれいしまーす!」ゴロゴロ

イズル「えっと、そこ僕のベッドなんだけど…」

タマキ「細かいことは気にしないのらー」ゴロゴロ

153: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:43:34.51 ID:jnlglQ7Y0
イズル「…あのさ、タマキ」

タマキ「んあ?」

イズル「そもそも、何で皆の部屋に? たまには一人で自分だけの時間を過ごすのもいいと思うけど」

タマキ「だってー…」

イズル「うん」

タマキ「退屈なんだもーん」ゴロゴロ

イズル「退屈?」

タマキ「なんていうかー一人はつまんない、っていうかー…」

イズル「うーん…なるほど」

タマキ「外行ってもおもしろくないしー、塩辛はもういっぱい食べたしー」

イズル「確かに…ちょっと分かるかも」

タマキ「え? イズルもマンガ描くのつまんないの?」

イズル「いや、そうじゃなくてさ。あんまり、筆が進まないっていうか、どうも微妙というか…」アハハ

タマキ「別にいつも通りのびみょーなマンガだと思うけどー」ジー

イズル「そう言われちゃうとちょっと傷つくかも…」

154: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:44:46.81 ID:jnlglQ7Y0
イズル「まぁいいや。とにかくさ、皆で一緒にいたときの方がなんとなくノリよく描ける気がするんだよね」

タマキ「ふーん…ねね、イズル」

イズル「うん? 何?」

タマキ「今から皆でアサギの部屋にやっぱ集まんない?」

イズル「ええ? でもアサギに追い出されたんじゃ…」

タマキ「皆でやってきたら、アサギも追い返すに追い返せないじゃん?」ニヘヘー

イズル「まぁ確かに、アサギはそういうタイプだけど…なんか、悪いような」

タマキ「いいじゃーん、どーせアサギだってー、また一人で勝手に沈んでるだろうしー、あたしたちで慰めてあげよー?」

イズル「ううーん…それは確かに…でもなぁ」

タマキ「ほら、行こう行こう!」グイグイ

イズル「ちょ、タマキ引っ張らないでよ」

155: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:46:23.92 ID:jnlglQ7Y0
アサギの部屋

アサギ「……で?」

タマキ「来ちゃった」テヘ

イズル「うん、来ちゃった」タハハ

スルガ「相変わらず几帳面な感じすんなー、お前の部屋」

アサギ「何普通に座ってんだよ! 俺の部屋だっつってんだろ!」ウガー

スルガ「まーまーいいじゃねーかよ、どうせ一人でまた重いこと考えては悩んでたんだろー?」カチャカチャ

アサギ「お前らが悩みの種だよ…」ハァ

イズル「ええー? 僕ら、ただアサギが抱え込んでないか心配で…」

アサギ「そう思うならとっとと自分の部屋に戻ってくれ…」

タマキ「えっへっへー」

アサギ「何笑ってんだよ…」

タマキ「このベッドがやっぱ落ち着くのらー」ゴロゴロ

アサギ「…ああそう」ハァ

イズル「あはは、ほら、アサギの部屋って、なんていうのかな、アロマとか焚いてるからさ、すっごく落ち着くっていうか…」

アサギ「誰もフォローなんて求めてねーよ…っつーか、俺の部屋に画材広げるな」

イズル「あ、ごめん。や、どうも筆が進んじゃって…」カキカキ

スルガ「確かに。ここだとなーんか整備も捗るんだよなー」カチャカチャ

アサギ「お、お前らなぁ…」プルプル

156: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:48:19.16 ID:jnlglQ7Y0
シュッ

ケイ「ごめんなさい、遅れたわ」

アサギ「ケイまで…って、それ、は」

ケイ「せっかくだし、作ってみたの。皆で食べましょう?」ニコリ

カラフルな円筒形の物体「」コンニチハー

スルガ「おっと、俺部屋に忘れ物が…」

アサギ「急に来ておいて、急に帰ることはないよな?」ニコリ

スルガ「離せー! 俺はまだ倒れるつもりはないんだよー!」ジタバタジタバタ

ケイ「何よ、そんな遠慮しなくてもちゃんと全員分あるわよ」

イズル「や、遠慮とか、そういうのじゃなくて…」アハハ

157: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:49:17.97 ID:jnlglQ7Y0
ケイ「? イズル、私のケーキ前にまた食べたいって言ってたじゃない」

イズル「あはは…そうだったけ?」

ケイ「そうよ。ほら、タマキも…って、あら」

タマキ「すーすー」

ケイ「もう、また寝ちゃってる」クスッ

スルガ「タマキ! てめー一人だけ逃げようと…!」

ケイ「静かにしなさいよ。起こしたら悪いわ」

スルガ「いやいや、どう見ても狸寝入りだろこれ」

タマキ「…えへへー塩辛ー」タラー

ケイ「どう見ても寝てるじゃない」

スルガ「騙されるなケイ! こいつがこんなあからさまな寝言言うわけが…」

ケイ「いいから。ほら、アンタも食べなさいよ」グイグイ

イズル「あ、あはは…。じゃ、じゃあいただこうか」

アサギ「そ、そうだな…せっかくケイが作ってくれたもんな…」フー

スルガ「…冗談じゃねーぜ、まったく」ウゲー

ケイ「どうぞ召し上がれ」ニコニコ



タマキ「…えへへー、やっぱ皆一緒のがいいのらー」ニヘラ

158: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/07(日) 17:52:30.64 ID:jnlglQ7Y0
おしまい。映画の情報も解禁されつつあって、秋が待ち遠しくなるばかりですね。
ちーらび感がちゃんと出せているか若干不安です。
同じようなネタばっかりで申し訳ない。何かネタふりがあればまたお願いします。あと感想とか。
では、また。

161: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:11:38.63 ID:rR+abyCL0
初めまして。私の名前は山田ペコと申します。
年齢、趣味…は今回は置いておいて、これを読む皆様には、とりあえず私の職業についてお話したいと思います。

私は、MJPと呼ばれている、GDF――全地球防衛軍――に所属する士官養成所で広報を務めています。
広報としては、以前までは宣伝のためにタレントさんを起用してのCM作り、あるいは宣伝ポスターの製作、スポンサー企業の皆様との打ち合わせなどなど…。
とにかく、そうやって、少しでも世間様に私の所属する機関の認知度を高めていただく任務に就いておりました。

もともとは、私はさる芸能事務所で専属のマネージャーとして様々な経験をしておりまして、
その経緯もあってか、以前の事務所を辞めたときに、このMJPというところにスカウトされた次第です。
軍人さん、というくくりになるかは分かりませんが、やってることは昔と大して変わりはしませんし、それなりに充実しています。

ところがある日異動が決まりまして。そのお話をさせていただきたいと思います。

チームラビッツ。

それが、私が今度から一緒にお仕事をすることになった子たちのチーム名です。
もともとは、将来の士官として勉強しているMJPの学生さんたちだったそうです。

それがある日、地球へと幾度も侵攻を繰り返しているウルガルという外宇宙からの敵を、彼らが初めて撃退して、状況が変わりました。
彼らは唯一ウルガルに対抗しうる新たな希望として持ち上げられ、そして敗戦の続く地球にとっての体のいいプロパガンダにされたのです。

軍の偉い方々は彼らを学生から繰り上げで卒業させることにしました。学生扱いでは前線にも立てませんが、本職になれば話は別だそうです。
そうしてチームラビッツは、地球側の切り札のごとき扱いで(それに劣勢にある戦況に立てる世間への英雄として)このたび軍人さんへとなられました。

それで、祭り上げるためにも、彼らを芸能活動的な方面でもプロデュースする必要があるらしく、
これまでの経歴を鑑みられた結果、私が彼らのマネージャーを務めることとなったのです。

私としては、記者会見でしか見たことのない彼らの様子からして実におもしろそうな子たちでありましたし、
これからどんな風に彼らをプロデュースしようかととても楽しみでありました。

162: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:13:49.04 ID:rR+abyCL0
そして、つい最近、彼らと初めてお話しました。

想像していたよりも、実際に会うと、彼らはとっても不安そうで。
GDFの人が入り混じった軍の詰め所で、知らない人たちが多いことにちょっとだけ緊張しているように思えました。
それで、とりあえず和ませてあげようと思い、恋の相談も受け付けますよ、と冗談めかして言ってみたりもしました。

まだ会って間もない人は苦手気味らしいな、と考えた私は、彼らに個室のキーカードを渡すとその場を退散しました。
気心の知れた仲間たちと一緒にいた方が、きっと次に迫っている大きな作戦への緊張を和らげるのは大事だろうと考えたのです。

「あら、ペコ?」

「あ、スズカゼ艦長」

ちゃんと彼らと仲良くなるためにも、彼らの個人的な部分を調べてみるとしよう、といろいろとデータを漁りつつぶらついていると、艦長に出会いました。
次の作戦のための打ち合わせが大変なのか、とてもお疲れのようでした。
偶然会ったのもなんですから少しばかりご一緒に休憩しませんか、と私はお誘いしました。

彼らとは艦長は一番長い付き合いだと聞いていました。
となれば、艦長に聞いてみれば、彼らのことも少しは分かるというもの。
私の意図を伝えると、艦長はオーケーを出してくれました。

「彼らのこと…そうねぇ…」

「いろいろとお聞かせいただくと助かりますー」

一緒にドリンクの自販機のある休憩所のベンチに座り、私は聞きたいことをいろいろとぶつけてみました。
彼らの好むもの、趣味…とにかくあの子たちを知れることなら何でもです。

艦長は私の質問攻めに若干困り顔をされましたが、さすがに彼らと長くいた経験なのか、次々と私に有益な情報をくれました。
ありがとうございますー、と頭をペコリと下げて、私はさっそく出かけました。
彼らの好むものや趣味に合わせて、いろいろと買出しに行く必要があったんです。

163: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:15:48.60 ID:rR+abyCL0



さて、少し時間が経ちまして。
作戦の開始時間が近づいたので、私は彼らを呼びに向かいました。
マネージャーとして、彼らの時間管理をするのも私の仕事です。
こういう伝令役は初めてでしたので、ちょっとだけ緊張もしました。

「なんか、緊張するね」

「……」

「んだよアサギ、黙って」

「精神統一してんだよ…」

「ねー、ひまー」

「少しは静かにしなさいよ…」

集まった彼らは、待機命令が下り、それぞれの時間のつぶし方を実践しているようでした。
私はさっそく、調べたことを使って、彼らを応援してみることにします。

「皆さん、まだ時間がありますしよろしければこれどうぞー」

よいしょ、と私は荷を乗せた台車をひっぱりながら、彼らの前にそれぞれ用意した物を差し出しました。

イズルくんには、数年前に出た、今では貴重な紙媒体のマンガ雑誌。
アサギくんには、特別に調合してもらった心を落ち着かせる効能のあるアロマ。
スルガくんには、最新のGDFの兵器特集のよりぬき、それにとても美味しいと評判のインスタントカレー。
タマキちゃんには、スターローズ特産のイカの塩辛と白飯大盛り。
ケイちゃんには、老舗のお菓子屋さんのローズ堂本店で購入してきた数々のスイーツ。

皆それぞれ、渡された物を見て、目をぱちくりさせていました。

164: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:17:34.44 ID:rR+abyCL0
「え、あのう、ペコ、さん。これって」

皆を代表するかのように、イズルくんがおずおずと私に不思議そうな顔を向けます。
私はニコリと笑いました。

「皆さんの好きなものを艦長に聞きました。よければこれで緊張をほぐしてくださいー」

私の言葉に、皆さん顔を見合わせて、

「すっげー、マネージャーさんが付くとこういうのもあるんだなー!」

「うんうん! ジャーマネさんっていいのらー!」

「わぁ…このマンガ初めて見たよ! あっ、こっちも…!」

「…美味しい。さすが本店の味」

「…お気遣いありがとうございます、ペコさん」

それぞれいろんな反応を見せてくれました。
とりあえず、皆さんがとても喜んでくれたのは間違いありません。

「いえいえー。がんばってください!」

ぐっ、と両拳を握って胸の前に構え、私は激励のポーズを取りました。
イズルくんとスルガくんとタマキちゃんが同じようにポーズを取って頷いて、
アサギくんとケイちゃんはそんな三人を少し呆れたような、でも優しい瞳で眺めていました。

喜んでもらえて、私は実に嬉しい気持ちと共に、この子たちへの好意が増していくのを感じておりました。

165: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:19:53.63 ID:rR+abyCL0



さてさて、さらに時が経ちました。
私は今、地球の方で、仕事用に特注させていただいた車をのんびりと運転しています。

時刻はもう夕方。
東の太陽が西へと沈みつつあり、西側の窓の方からは名残惜しげに陽が差しておりました。

後部座席には、今日の任務で疲れきった様子のタマキちゃんとケイちゃん。
二人とも、いつの間にやらすやすやと眠っていました。
無理もないことだなぁ、と私はまるで姉妹のようでいる二人の寄り合う姿をミラーで確認しながら、微笑みました。

今日は、朝からMJPの広報のために、チームの女の子二人が駆り出され、一日署長、一日着ぐるみ、果てはCM撮影と、様々な仕事に出ていたのです。

私としても、久々のこういった芸能的な活動でしたので、やる気は満ち溢れていましたが、
二人はそもそも軍人さんであってタレントさんではなく、カメラの前の仕事に対する心労は大きかったようでした。

そこを何とか支えるのが私の仕事。
チームラビッツの子たちはうちの子です、とまで最近は言い切っている私は、取捨選択をしつつ、NGにはNGとはっきりと言いつつ、仕事を進めていきました。

166: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:21:49.83 ID:rR+abyCL0
そうして一日の終わりを迎えつつあるなか、先ほど、全ての仕事が終わりました。今は帰り道の最中です。
明日からは、また彼らに軍人としての任務が待っていると思うと、もう少しのんびりさせてあげたかったな、とちょっとだけ思いました。

艦長の話では、これからはウルガルと真っ向で戦うことのできるチームラビッツにどんどん前線での任務が増えることだろうということでした。
それはつまり、これまで以上の厳しい戦いがこの先には待っているということであり、今日が、当面の最後の休日となりえるというわけでした。

仕事の隙を縫って、せっかく地球に降りたのだからと、多少の自由行動もしました。
それでも、あのときもっと早く運転しておけば時間が作れたかもしれない、などという考えが頭の中を漂ってくるのです。

私は、彼らチームラビッツのマネージャーです。マネージャーらしく、もっと彼らのためにできることをしてあげたくて仕方ありませんでした。

ちょっと軽いけれど、実はいろいろと考えてるスルガくん。
いつもいつも、無邪気さとその天真爛漫な存在感で皆の癒しとなっているタマキちゃん。
そんなタマキちゃんたちをお姉さんみたいに優しく面倒見てあげてるケイちゃん。
他の皆の分もしっかりしようといつも気を配ってるアサギくん。
そして、そんな皆を引っ張ろうとしつつ、時には皆に引っ張ってもらってるイズルくん。

このザンネンでかわいらしい五人のチームを、私はとかく愛おしく感じて、わが子のように思っていたのです。
これからは、心の休まる時間は少なくなっていくのでしょうけれども、私はなるべく彼らに癒しを与えるべくがんばりたいと決意しました。

それが私、チームラビッツのマネージャー、山田ペコなのですから。

167: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/12(金) 01:24:05.19 ID:rR+abyCL0
おしまい。映画の公開日程も発表されわくわくが止まらない日々です。
ではまた。

170: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:16:53.97 ID:ewbEipRg0
「ヒーロー、ねぇ」

宇宙ステーションスターローズ。宇宙開発のために生み出されたステーションの中でも最初期に作り上げられたモノの一つである。
今やその中の大部分を占めているGDF――全地球防衛軍の拠点の一つ、MJP機関と呼ばれる部署の一画。
与えられた格納庫のハンガーに収められているテスト機体MF86-A――通称ライノスをランディ・マクスウェルは見上げて、呟いた。

先ほどまでは、ランディや彼の率いるチームの人間だけが狭い格納庫を埋めていたわけではなく、彼らの後輩チームのリーダーが挨拶に来ていた。
後輩チームといっても、軍人としてではないが。

その人物――ヒタチ・イズルはまだまだ学生という地位に書類上は就いており、
『後輩』というのは、あくまでも士官学校のキャリアとしてでの、という意味だ。

もっとも、そのうち彼の所属するチームも強制的に学校を卒業させられ、
正規の軍人として着任することになるだろうから、その意味でも『後輩』になるに違いない。

ヒーロー、とランディが呟いた言葉は、もともとその後輩、イズルの言葉だった。

彼と知り合ったのは、ほんの数日前のことだった。

ランディたちチームドーベルマンがいつものように前線での哨戒任務に出ようとしたときのことだ。
彼らが所属する、MJP機関の司令であるシモンから、ある緊急の任務が下った。
現在実戦の経験を兼ねて任務に当たらせている、自分たちの一つ下の世代の訓練生たちの援護をせよ、とのことだった。

もちろん任務とあれば従うほかなく、ランディたちは代わりに派遣されたチームに哨戒を任せ、前線からは遠く離れた小惑星地帯へと赴くこととなった。

171: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:19:33.83 ID:ewbEipRg0
『噂の後輩か…さて、どれほどの手並みなものか』

指定されたポイントで待機していると、サブリーダーであるチャンドラが敵のいるとされている辺りを観察しながら興味深げに言った。
これまで敗退しか味わったことのない地球側に初めて勝利をもたらした英雄的存在。

その後の報道やら失敗やらで、結局周りの士気はそれほど上がらなかったらしいが。
それでも、勝利を一度収めたのだ。実際、どんな動きをするのか、ランディも確かに興味があった。

『彼ら、まだ学生なんでしょう? 無茶な気がしますけどねぇ…』

ランディたちの一つ下のパトリックがあまり気乗りしない調子で、息を吐いた。
確かに、それもその通りだ。

MJP機関は、将来の士官を育成する場ではある。
が、もちろん士官学校をまともに卒業もしていないような人間が、いざ戦場で戦えるのかといえば、だいたいはそんなことはないのだ。
彼らの世代が、ランディたちよりも優秀な存在であるとしても、だ。

第二世代。それがランディたちの、MJP機関で分類上付けられた呼び名である。

ランディたちは、もともと宇宙環境への適応力の高さから選出され、
通うはずであった士官学校から、MJPのグランツェーレ都市学園にスカウト入学することになったのだ。

そういう人材たちが、いわゆる第二世代である。

そして、噂の後輩たちは、第三世代。

ランディたちとはまったく違う。
彼らは、遺伝子工学の生み出した、宇宙環境に適応『させられた』、いわば『作られた』人間である。

これを知る人間は、同じMJP機関の人間、あるいはGDFの上層部の人間たちくらいのもので、
一般の人々は、ただ優秀な士官候補生くらいにしか捕らえていない。

そういった特殊な生まれなだけあって、彼ら第三世代の人間はどれも恐ろしいほど優秀な技能を誇ると聞いていた。
だからこそ、噂のチームラビッツのように、そのまま実戦を経験させようとしているのだろうが…。

172: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:21:41.72 ID:ewbEipRg0
『しかも指揮がコミネのおっさんらしいぜ』

『参謀次長ですか? なんでまたそんな机でしか仕事しない人が…』

ランディの言葉に、パトリックが若干の毒の混じった発言で返した。
コミネ参謀次長。GDFの中で作戦立案を担当していて、ついでに言うと出世欲の強い人物である。
作戦立案能力はそれなりにあるらしく(そうでもなければそもそも参謀のトップには立てない)、ランディたちも彼の立てた作戦で行動したことがある。

ただし、作戦を考えることはできても、どうにも現場向きの人物ではないらしいということは、その時にランディは思い知った記憶がある。
突然の奇襲を受ければ、咄嗟の判断に遅れ、無駄に友軍を減らし、作戦を失敗させる。
そのたびに部下の問題として、事なきを得ていたようだが、ランディたちのような現場で動く身としては、誰のせいかは一目瞭然であった。

『…我々の出番はすぐかもしれんな』

ランディと同じことを思い出したのか、チャンドラが機体の状態を見直しだした。
それもそうかもしれない、とランディも同じく自分の機体をチェックする。

『どんな子たちなんでしょうね、チームラビッツって』

気晴らしの世間話がてら、と言わんばかりにパトリックが興味に満ちた声色で話を振った。
自分たちよりは年下(といっても一つだけだが)のパトリックにとっては、少しばかり親近感でも湧くのかもしれない。
後は、自分が先輩と呼ばれることへの期待感か。

173: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:29:12.52 ID:ewbEipRg0
『ふむ…あの会見を見た感じでは、とても勝利を見せてくれた英雄には見えないが』

『ま、あれくらいの方がこっちとしても気楽で助かるけどな』

任務を受けてから、とりあえず、と思って初めて後輩たちの姿を眺めたテレビ中継の録画を思い出した。
どんなマジメくんたちが出てくるやら、とあまり期待せずに見ていれば、あれよこれよという間に世間からは『ザンネン』呼ばわりされていた。

実際問題、狙ってるとも思えない天然ボケやら、
命令違反の理由としてはちょっとコドモすぎる動機を語ったりした彼らの姿は、まさしく『ザンネン』だと思う。

しかしながら、そのことについては特に問題ではない。むしろランディとしてはとてもとても誇らしい後輩に見えた。なぜなら彼らは――

『――ガッカリスリーの後輩としてはまったく問題ないっ!』

『そう言うと思ったよ……このダメリーダーが』

『んだとこんにゃろう!』

ランディたちは、戦友たちから実力と普段の振る舞いのあんまりな差から『ガッカリスリー』、
『マンザイスリー』、『トリオ・ザ・ドーベルマン』と親しみを込めて呼ばれている。

…もっとも、サブリーダーのチャンドラとしてはあまり茶化されるのが好きではないのか、いつもそのことでランディに不満をぶつけてくるが。

しかしながら、そんなチャンドラの意思とは裏腹に、ランディはどちらかといえばそういう呼ばわりが気に入っていた。
そういう彼からすると、噂の『ザンネンファイブ』はまさしく期待の新人というわけなのである。

174: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:31:28.84 ID:ewbEipRg0
『あはは…。あ、先輩、彼ら仕掛けるみたいですよ』

いつも通り軽く小競り合うそんな彼らのやり取りをなだめるようにパトリックが促す。
確かに、例の後輩たちの機体が、小惑星デブリの中に見えた。

はてさて、どうなることやら。

頭の後ろで腕を組み、ランディはスポーツ観戦でもするかのように、一部始終を見守ることにした。
なるべくなら、自分の出番がないことを祈りながら。

その希望はザンネンなことに、ものの数分で消えてしまった。
かく乱を担当するらしい一際大きなピンク色の機体が、急に無茶な突撃をかまし、集中攻撃を浴びてしまったのだ。
それからはチーム全体の動きが鈍くなり、一気に撃墜されそうな味方を、何とかリーダー機がフォローして状況を食いつないでいた。

『おいおい…大丈夫なのか』

『連携ができてないですねぇ…レッドファイブ、でしたっけ? 彼が必死にフォローしてますけど…』

『…ワンマンチームだな』

それぞれにチャンドラとパトリックが言う中、ランディはばっさりと後輩チームを切った。
そうして、そのまま感想を続ける。

『どうもアイツ一人でチームの全てを背負おうとしてるみたいだ。これじゃチームの意味がないな』

先ほどから見る限り、あのリーダー機だけで状況をひっくり返そうとしているらしい。
仲間と連携を取るというより、仲間に合わせさせているような感じだった。
あれでは、いずれ無理が起きる。

175: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:32:12.41 ID:ewbEipRg0
『ふむ…お前がそんなマジメな意見を言うとは…』

意外すぎて呆気に取られたような調子で、チャンドラが驚いてみせた。
まったくもって失礼なことを言うサブリーダーに、ランディはふふん、と鼻を鳴らした。

『普段だってマジメだっつーの』

『女性を口説くことと    ビデオにな』

『先輩、またですか?』

『うるせー! いいよなお前はこの勝ち組婚約者持ちが!』

ぎゃあぎゃあと喚くランディとそれを軽くいなすチャンドラの軽快なやり取りが続く。
もちろん、チームラビッツが限界を迎えるまでのタイミングはちゃんと見計らっている。
それでこそ、彼らは『ガッカリスリー』なのだ。

そして。
味方を庇った隊長機――レッドファイブが活動限界を迎えようとして、立ち往生してしまった。
このままでは、一人撃墜されてしまうことだろう。

『! 先輩!』

気を引き締めるようにパトリックが幾分かは緊迫した調子でランディに呼びかける。
当然、ランディも分かっていた。

『分かってる。行くぞお前ら! 颯爽と騎兵隊到着ってな!』

合図と同時、チームドーベルマンは隠れていたデブリ帯を蹴り飛ばすように加速し、後輩のピンチに駆けつける。
さながら、その姿はまさしくヒーローのようであった。

176: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:34:27.42 ID:ewbEipRg0



それからほんの数日後、今度はチームラビッツとの共同作戦に当たることとなった。
作戦での失敗続きの彼らに、成功体験をさせるための比較的簡単な基地破壊作戦であった。

その時、縁あってランディはチームラビッツのリーダーであるヒタチ・イズルと初めて話をした。
思っていたように、件の少年は、実に不思議な男であった。

後輩の訓練のために久しぶりの地球に降り立つと、なんとはなしにランディは辺りの風景を拝みに出ていた。
士官学校を卒業して、前線に行ってからまだそれほどに時間は経っていないはずなのに、ずいぶんと懐かしく感じられた。
実際に兵士になってから、多くの死線を越えたし、越えられなかった連中も何人も見てきた。
今だって、ランディはとりあえず生きているけれど、次はどうなるのかなんて、誰にも分からないことだった。

そんな風に過ごしていると、彼の背後から、後輩のイズルが現れた。
どうも自分を探していたらしい彼に、ランディはテキトウな話題を振ってから、用件を尋ねた。

どうやら彼は、今の自分に不安を抱いているらしかった。
しっかりと任務をこなせない自分に、仲間たちに。彼はまだ学生の身分なのだ。無理もないな、と感じた。
どういったものか、と考えながら、ランディはストレートに言うことにした。
彼は直情的なタイプであることは会見の映像でなんとなく理解していた。

気にするな、と言った。作戦の失敗で落ち込むことはない、とも。
作戦の失敗どころか、そもそもいなくなるやつだって、ランディの知り合いには多くいた。
生きて戻ってくるだけ、立派なものだと説いてやったのだ。
すると、彼はそれでは納得がいかないのか、さらに悩みを打ち明けた。

――でも、僕はヒーローになりたいんです!

177: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:36:15.43 ID:ewbEipRg0
ヒーロー。そう言われて、ランディはまず戸惑った。
軍人であることとヒーローであることはまったく直結しない。
ヒーローには正義というものがあるが、軍人にはそんなものはない。あるのはただ忠実に命令をこなしてみせることだけだ。

ヒーローになるにはどうすれば、とずいずいとランディに迫るイズルの目に、若干気圧されて、ランディは結局、ヒーローになるため、と別の心得を授けた。
これまで自分がしてきたこと、信じてきたことを、ありのままに彼に伝えた。
ついでにちょっとした慰安グッズもくれてやった。彼はそれをチームの女性陣にまで見せたという。恐ろしいやつだ。

…話を戻そう。
とかく、ヒーローのなり方なんて齢二十三にもなるただの軍人が知るわけもなく。
彼は代わりに、『リーダーとしての心得』を分かりやすく伝授した。

決断する。諦めない。仲間を信じる。

これまでの戦いの人生の中で得た結論として、誰よりも自分は弱い存在である、とランディは考えていた。
人は簡単に死んでしまう。だからこそ、結束して戦うことに重きを置いてきた。
自分にできないことがあるなら、それができる仲間を信じて、自分の役割を果たせばいい、ということだ。

そして、諦めずに生還しようとする意志。何が何でも生き残ってみせるという心が、精神的な面での支えとなる。
待ってくれる誰かの存在。家族でも恋人でも、それこそチームの仲間でもいい。
…無論ランディとしてはできれば美人の恋人が一番だが。

そして決断。これは、まぁ、どこぞの参謀次長のおかげで得た結論だ。
まったくもって、ありがたいことである。

178: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:37:17.38 ID:ewbEipRg0
そして、作戦当日。

とにもかくにも、それらを伝授した成果か、後輩たちはその作戦では実によくやった。
リーダーの少年も、自分の言いたいことを理解して、仲間と自分を信じ、やり遂げて見せた。
さすがにランディも、その日ばかりは主役の座を譲った。
きっと、彼は作戦成功の瞬間、まさに『ヒーロー』となれたのだから。

そして今。
ランディたちはヒーローの誕生を見届け、また最前線へと戻る。

元より、彼らの任務は前線でのデータ取りである。
イズルたちのような次の優秀な世代のために実験的な兵器を導入して試験したり、敵の情報を味方にフィードバックすることを主な目標に置いている。
捨石のようなものだ。データ取りのついでで敵を蹴散らさせられているに過ぎない、地球の番犬だ。

ま、捨石だろうと、後輩にとっては『ヒーロー』とやらになれたらしいし、いいか。

ランディは自分の機体を改めて見上げた。

ある最新機体の開発のために生み出された先行試作機となるこの機体の存在は、まさしく自分のチームの役割によく似ている、と最近はよく思う。
後に続いていく連中のためにも、少しでも道を道らしく歩けるようにしておいてやらねばならない。
それで、戦いが終わった後は、後から来た連中とテキトウに道に腰掛けてわいわいと酒でも呑むのだ。

179: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:42:41.44 ID:ewbEipRg0
「先輩? そろそろ行きますよー」

そうして佇んでいると、パトリックが出発を知らせに来た。
…もう、戻る時間であった。

「おう、今行く」

それだけ答えると、ランディは前線へ向かう輸送シャトルの搭乗口へと歩き出した。
チームラビッツ。きっと、すぐに会えるだろうな。
今度会ったときは、もう少し話をしてやりたいと思った。

相手のことを覚えて、相手にも覚えてもらえ。
いつもランディは周りにそんなことを言っていた。
そうすれば、いなくなっても、誰かの中で励みになれる。帰る場所を思い出させてやれる。

あの後輩も、とランディは純粋な目をした少年を思い出した。
彼にも、きっと自分は覚えてもらったことだろう。彼の言う『ヒーロー』として。

となると、だ。新人ヒーローに教えてやった『ヒーローの条件』を嘘にしないためにも。
ちゃんと後輩のお手本になってみせてやろうじゃないか。そして、自分を目標にして、頑張って彼らが生き残れればいい。
ランディは新たに増えた自分の戦う理由を心に刻み、自分を迎えるであろう次の戦いに思いを馳せた。

守るべきもののために、と決意する彼の姿は、まさしく『ヒーロー』であった。

180: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:44:09.72 ID:ewbEipRg0
おしまい。
次はネタふりで思いついたままを書いてきました。

181: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:45:24.15 ID:ewbEipRg0
恋ってなんだろう。愛ってなんだろう。

――『好き』になるって、なんだろう。

スターローズの自室。
あたしは一人でうんうん唸っていた。
床に座り込んだあたしの周りには、いろいろと取り揃えた恋愛指南の本やら心理学の本。

それらをテキトウに拾ってパラパラとページを捲っては、やっぱり違うと放り投げていた。
どれもこれも、あたしのもやもやした感覚に正しい答えをくれなかった。

昨日の就寝時間、パトリックさんからの贈り物を食べきった後、あたしは眠れなくて、ケイの部屋に行った。
一人じゃどうにもいろいろと考えてしまう。そうなると、誰かと一緒に過ごして気を紛らわせたくなって、それで、すぐに思いついたのがケイだった。
そのとき、あたしのことを好きでいてくれた人のこと、なんとなくケイに相談した。

あの人の好意に気付かなかったあたし。それを知ったのは、もう取り返しのつかなくなったときで。

どうすればいいんだろう、と思った。もうパトリックさんはいなくて。
でも、あの人はあたしを好きでいてくれて、あたしは、どうなのか分かんなくて。それで、それで。

とにかく、どう説明したものか悩むくらい、いろんな感情と考えが渦巻いて、整理がつかなかった。

ケイは、そのままのあたしらしく、パトリックさんが好いてくれたあたしのままでいればいいと言ってくれた。
そのときの言葉はすごくたどたどしくって。けれども、あたしはそんなケイらしさに満ちた言葉のおかげで、ちょっとだけ、心に余裕ができる気がした。

182: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:46:43.44 ID:ewbEipRg0
その後は、食べ過ぎたせいでお腹が痛くなって、アサギに薬をもらって。そしたら、今度はイズルが倒れちゃった。
ちょっとした体調不良だとルーラ先生は言っていた。
ペンも握れないくらい、身体の調子が悪いらしく、イズルは困ったような顔をしていた。
とりあえず安静にしてなくてはいけないらしく、イズルがちゃんと眠るまではケイが付き添うということになって、あたしは自分の部屋に戻った。

それからもう一回、一人でパトリックさんのことやあたしのことを考え始めた。パトリックさんはあたしのことが好き。あたしは、よく分かんない。

パトリックさんは確かにかっこいい人だ。間違いなくイケメンだ。でも、それで、『好き』なんだろうか。
これまで、あたしはイケメンと見るやすぐにその人を『好き』なんだと本能的に思っていた。
パトリックさんも条件は同じ。なら、あたしはパトリックさんを『好き』だということになる。
が、あたしはどうも、そのあたしらしい直球な帰結がしっくりとこなかった。

『好き』ってなんなんだろう、と真剣に考えていた。
これまで、人にさんざんその言葉を向けてきたけれど、いざ、考え直してみると、よく分かんなくなった。
あたしはこれまで、『好き』を使い続けたけれど、この使い方が正しいのか、自信がなくなってしまった。

もう一度ちゃんと考えよう。
そう思ったあたしは、自分の部屋で、これまで『恋』というものを勉強するために集めた資料とにらめっこして、本当の『好き』ってどういうことだろう、と考えていたのだ。
でも、まともな答えは出なかった。

たとえば、あたしはチームの皆が『好き』だ。
イズルもアサギもスルガもケイもアンジュも。間違いなく、皆のことが『好き』だ。
でも、この『好き』は、あたしの求める『好き』ではないことも間違いない。

183: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:48:11.76 ID:ewbEipRg0
ううん、と頭を抱えた。
だいたい、これまで、まともな恋愛の経験なんて、一度たりともなかったのだ。
そんなあたしに簡単に答えが出せるようなことだったら、こんなにいろんな考えをまとめた本なんか出るわけがない。当たり前のことだった。

うがー、とあたしは寝転がった。そもそも、マジメに考察する、なんてことはあたしの苦手分野だった。
…どうしたものだろう、とぐるぐると頭の中でいろんなことを考えてみた。
また食堂のお姉さんにでも相談しようか、それともペコさん? それとも――

ぐるぐるぐるぐるとアイデアを巡らせて、あたしは唐突に立ち上がった。
とりあえず、自分にとって身近な人間に聞いてみよう。
あたしのことをよく知ってる人たちなら、あたしの考え方もよく分かってるから、きっといい答えを出してくれるに違いない。

さて、誰に聞いてみようか。身近な人なら、やっぱり同じチームラビッツの面々だろう。
イズル、スルガ、アサギ、ケイ、アンジュ。…アンジュは、そういうのあんま興味なさそーだから除外。
あとは、イズルはよく休むように、なんて言われてたし、そんなことでわざわざ訪ねるのも悪い。
となれば――

結論を出すと、あたしは走り出した。とりあえず、同じようなこと考えて、同じようなことしてる人に聞いてみるとしよう。
あたしはまっすぐ、食堂へと向かった。
彼のことだから、たぶん、今頃食堂のお姉さんと話しながら、カレーでも食べてることだろう。

184: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:48:52.98 ID:ewbEipRg0



「はぁ? 恋ー?」

思った通り、彼――スルガは食堂でのんびりといつものカレーを食べていた。
さっきまで食堂のお姉さんと何やらお話してたらしい。
聞きたいことがある、とあたしが言った途端にお姉さんは引っ込んじゃって、スルガはちょっとザンネンそうにしていた。

うん。スルガは『好き』になるってどういうことだと思うのら?

あたしの質問に、スルガはすっごく変なものでも見るようにあたしを見た。
むっ、とちょっとだけしたけれど、とりあえず何も言わないことにした。あたしだって、オトナだもん。
代わりに、スルガに聞いた理由を話すことにした。

だってだって、スルガよくナンパしてるじゃん?

スルガの趣味はナンパだ。成功例は一個もないけど。
でも、そういうことをしてるってことは、スルガだって、そういう風に『好き』のことを少しは知ってるんじゃないか。
そんなことをあたしは考えた。

「別に…俺はそういうつもりでナンパしてねーけどな」

すると、スルガは予想に反した答えを返してきた。

185: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:49:25.54 ID:ewbEipRg0
ええー? じゃ何でナンパなんかするのらー? 誰か『好き』な人作るためじゃないのー?

意味分かんない、とあたしが付け加えると、スルガは何故かもごもごしながらあたしに言った。
何だか、『好き』のことを話すのが照れくさいような言い方だった。

「俺は、ただ、そう…話したいだけなんだよ。そういう関係とか、そんなの、どうでもいいっつーか」

なーんだ、とあたしはその答えに呆れた。
つまるところ、スルガはただ、女の子とお話するのが楽しいだけで、女の子とお付き合いとか、『好き』になるためにナンパをしてるわけじゃないんだ。
それじゃ、あたしの求める答えには出会えない。

…スルガのヘタレー。

あたしがじとーって目を向けると、スルガは急に勢い込んで逆切れしてきた。

「…だーっ! んなこと、俺に聞くよか他のやつに聞けよなーっ!」

まったくもってその通りだった。
少しはあたしと同じ感覚をしてるスルガなら、いい答えをくれるかも、と期待したあたしがおばかだった。
スルガもまだまだお子様なのら。

そーするのらー。

あたしはそれだけ言って、くるりと回れ右をした。
あたしとかスルガよりはもうちょっとオトナ…アサギにでも聞いてみることにした。

186: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:50:25.96 ID:ewbEipRg0



ぽてぽてとスターローズのあちこちをあたしは探して、やっとアサギを見つけた。
アサギは、どこかぼうっとした様子で、通路の窓から、外の宇宙空間を見つめていた。
その表情は強張っていて、いつものごとく胃が痛んでいるかのようであったし、何だか思い悩んだような様子でもあった。

アサギー。

「……タマキ、か。どうしたんだ?」

あたしの姿を見つけると、アサギはそんな顔を引っ込めた。
どうしたんだろう、とあたしは不思議に思ったけれど、今はそれよりも、と思考を目的に切り替えた。
どうせ聞いたところで、アサギは誤魔化すだけだと知っていたし。

聞きたいことがある、とあたしはスルガにしたのと同じ質問をぶつけた。

「恋…ねぇ」

遠くを見るように目線を上げると、アサギはぼーっとした顔で何やら考えていた。
それから、思い出したように、こう切り出した。

「俺に聞かれてもな……まぁ、ちょっとはそういうこともあるけど」

へ? どういうことなのらー。

「いや、ちょっと前まで、いいな、って思ってた子がいてな」

えー!?

思わぬ言葉に、あたしはびっくりしちゃって、後ずさった。
アサギに、好きな人? あの、立派な兵士としてー、とかなんとか、お堅いことばっか言ってるアサギに、好きな人?
あたしはあんまりにも意外すぎて、そっちの方に興味が向いてしまって、すっかりアサギに詰め寄っていた。

187: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:51:38.29 ID:ewbEipRg0
ねね、それって誰? あたしの知ってる人? もう告白とかしたのら?

ずいずいとくるあたしに、アサギは若干困ったような顔をしてた。
そんな反応を見て、あたしは自分を急に省みて、ちょっぴり下がった。
我ながらどうも落ち着きがなかった。がつがつ行ってしまうのは、もはや癖みたいなものだった。

えへへー、とあたしが笑って、ごめんごめんと言うと、アサギは苦笑いして、これまた意外なことを言った。

「告白する前に、その気持ちはなくなっちまった…というか、下がることにした」

えー!?

あたしは二度目の驚きのリアクションを見せた。
『好き』になったのに告白しない、というのが、あたしには意味不明だった。
これまでとにかく告白しかしてこなかったあたしからすると、せっかく『好き』になったのにそれを捨てるなんて、信じられなかった。

あたしの反応に、アサギはまたまた苦笑して、こう付け加えた。

「その子にも、好きなやつがいるんだよ。俺の気持ちなんかより、ずっとずっと強い想いでさ」

ああなるほど、とあたしは頷いた。
ちょっと前、学生時代。あたしは同じ学級の生徒に告白したことがあった。
そのとき、その人は言っていた。自分には別に好きな人がいるから、君には応えられない、と。

アサギは、言うなら、告白しないで先にそれを知っちゃったようなものだ。
それなら、何となくあたしにも納得できる。うまくいかないって知ってる告白ほど、意味のないものもない。

188: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:52:56.36 ID:ewbEipRg0
そっかー、アサギもそういうの経験あるんだー。

まったく予想だにしなかったことに、あたしは呆然と、ほぼ独り言みたいに呟いた。
それを聞くとアサギは、あんまり掘り下げられたくないのか、話題を切り替えた。

「まぁ、それは置いといてだな。…『好き』になるってどういうこと、か」

あたしの質問を口にして、アサギは外の暗闇に目を向けた。
深く考えるように遠い、遠い目だった。
それから、すっと肩の力を抜くように息を吐いた。

「正直、俺にもそれは分からないな。ただ――」

ただ?

「俺がその子をそういう風に思ったのは、その子に支えられたいと思ったからだろうな」

支え、られたい。

あたしのオウム返しに、アサギは頷くと、ゆっくりと続けた。
自分の気持ちを思い返すような、そんな速度で。

「その子は、結構面倒見の良い子でさ、俺にも、何かやっちまう度に拙い言葉だけど、フォローしてくれて」

言いながら、アサギはその子のことを思い出したのか、照れたように頬を掻く。
こんな風に女の子のことを話すアサギの姿は、なんだか新鮮だった。
言葉を探すように俯いて、何事かを言いよどんだと思えば、アサギはさらに続けた。

189: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:53:35.29 ID:ewbEipRg0
「その人が傍にいてくれるだけで、こう、心が安らぐっていうのか? そういう気持ちになって」

心が、安らぐ。
何となくその気持ちは分かる気がした。
あたしも、チームの皆と一緒にいるときは、すっごく落ち着く。
まぁ、アサギの言いたい『好き』とはちょっと違うのかもしれないけれど。

「たぶん、誰かを『好き』になるってそんな感じなんじゃないか? …と、俺は思ってる」

それだけ言うと、ぷいっとアサギは顔を逸らした。
どうやら、一気に自分のセリフが恥ずかしくなったらしい。もー照れ屋さんなのらー。

「…っつか、こんなの、お前の読む本にも書いてあるようなことだったかもな」

言われてみると、確かにそんな感じのことが書いてあった本を見かけたような気がしないでもない。
でも、実際にそう感じた人の意見を聞くのは初めてだったし、アサギなりにあたしに伝わりやすくしてくれたのもあって、何だかとてもありがたかった。

ううん、ありがと。

あたしがお礼を言うと、アサギは別に、とだけ言ってから、恥ずかしついでだ、と言わんばかりに言葉を続けた。

「ま、そんな理屈抜きでさ、ただそうなんだ、って感じるんじゃないか? 本気で『好き』になっちまったら、さ」

190: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:55:00.52 ID:ewbEipRg0
本気で、好きになる。
その言葉の意味を考えて、何度も何度も頭の中で反芻した。
それは、いったいどういうことなんだろう。どんな気持ちなんだろう。

あたしが誰かに感じた『好き』と、アサギが誰かに感じた『好き』。
アサギの言うような気持ちを、あたしはその言葉と一緒に感じたんだろうか。
それこそが、パトリックさんがあたしに向けてくれたような感情だったんだろうか。
分からない。まったく分からない。

「…なんてな、俺が言うようなことでもないよな。悪い、忘れろ」

うんうん唸っていると、アサギはぽん、と頭を撫でてくれた。
アサギらしい、ちょっと乱暴な手つきで、頭がぐらぐらした。
でも、結構悪くなかった。

アサギってばお兄ちゃんみたいなのらー。

にへへー、と笑うと、アサギはぎょっとしたような顔をして、それから少しだけ視線を逸らした。

「お兄ちゃんみたい、か」

急に、何か考えたくないことでも思い出したようにするアサギに、あたしはきょとんとした。
そんなに気にするような言葉だったろうか。ちょっとした冗談みたいなものなのに。

191: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:55:47.73 ID:ewbEipRg0
どしたの? またお腹痛いの?

あたしが聞くと、アサギは慌てた調子で首を横にぶんぶん振ってみせた。
それから、こほん、とわざとらしい咳をした。

「いや、何でもない…なぁ、これケイには相談したのか?」

ケイに?

「同じ女の子だろ? だったら、お前の気持ちを少しは分かってくれるかもしれないぞ?」

言われて、そういえば、と思った。
昨日だって、ケイにパトリックさんのことで相談してみたけれど、『好き』ってことについては相談してなかった。
何だかんだ一番付き合いの長いケイなら、確かにあたしの求める答えのヒントくらいはくれるかもしれない。

そっか。そーしてみる。

「ああ、行ってこい」

うん、いてくるー! あんがと、アサギー!

あたしは大声でアサギにお礼を言うと、駆け出す。
チラリとアサギの方を振り返ってみると、アサギは何か決意したような顔で、イズルの病室のある方に向かっていた。
どうしたんだろ、とちょっぴり不思議に思ったけれど、あたしはすぐに思考を切り替えて、ケイを探すために一気に加速して走り出した。

192: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:57:25.88 ID:ewbEipRg0



とりあえずケイの部屋に行ってみると、ケイはいなかった。
それから、あたしは思い出した。急がなきゃ、と慌ててたせいで、ケイがイズルに付き添うと言っていたことをすっかり忘れていた。
なーんだ、だったらアサギと一緒に行けばよかった。そしたらケイと話せたかも。まぁ今更なことだけど。
とにかく、あたしもイズルの病室へ行こう、と勢いよくあたしはケイの部屋を飛び出して――

「あ、タマキ。どこに行ってたの?」

ちょうど、ケイとばったり出くわした。あたしの部屋の前で。

ケイ? イズルはどしたの?

あたしは首をかしげた。
イズルが調子悪いってときは、いつもケイはイズルに付きっ切りでいたのに。
そうやって椅子に腰掛けてベッドの傍にいる姿を見ると、ケイはお姉ちゃんかお母さんみたいだといつも思ったものだった。

「…イズルも眠ったし、ちょっとどうしてるかな、って様子見に来たのよ」

どうも、昨日の相談であたしが抱え込んではいないかと心配してくれてるらしい。

ありがと、とあたしはお礼を言って笑顔を見せた。
ケイも笑った。…いつもよりぎこちない感じで。たぶん、イズルのことが心配で、余裕がないんだろうな、と思った。
前だって、ジアートとの戦いで倒れたときもすっごく気が気でなかったみたいだし。
あたしみたいに、ケイもイズルのこと弟みたいに思ってるのかもしれない。

193: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 06:58:56.31 ID:ewbEipRg0
…と、脱線しそうになった。それはとりあえずは置いておいて、用事を済まそう。
あたしが聞きたいことがある、と告げると、じゃあ私の部屋に、とケイは手招いてくれた。
それから、部屋に入って一緒にベッドに座った。
あたしはすぐに、とにもかくにも聞いてみよう、とアサギやスルガにぶつけた疑問をケイにもぶつけてみた。

「恋…ね」

ケイは何だか深く考えるようにしみじみとした感じの反応を見せた。
まるで自分がそれに思い悩んでいるかのような雰囲気だった。
そういえば、とあたしはその反応を見て突然に湧いてきた別の疑問を口にした。

ケイは、『好き』な人いるのら?

思えばこれまで、ずーっとずーっと、あたしは自分の話ばかりケイにしていたけれど、ケイはじゃあどうなんだろう?
ケイにも、アサギみたいにこっそり誰か『好き』な人がいたりするんだろうか。
あたしのふとした疑問に、ケイはちょっと遠くを見るような目をして、それから、

「……さあ」

はぐらかすように言った。
それは、他の人が聞けばどちらとも取れるような答えだった。

いるんだー。

あたしは、すぐに肯定だと断定した。
あたしの言葉に、ケイは目をぱちくりさせてこっちを向いた。

「どうしてそう思うの?」

だってー。ケイって嘘はつかないもん。いないならいないって、はっきりと言うのらー。

そう、目の前の彼女は、結構嘘が苦手で、質問に対してはぐらかすようなことを言うときは、だいたいそれが図星だということでもある。
記憶を消されてから、ずっと過ごしてきた女友達なのだ。そんな癖、とっくに分かっていた。

194: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:00:11.55 ID:ewbEipRg0
「…そ。タマキともまぁ、それなりに付き合い長いものね」

言われてみれば、なんて調子で言うと、ケイは大きく息を吸って、それから、瞳を閉じた。
自分の中の気持ちを初めて吐露するみたいに、少し緊張した雰囲気で、口を開いた。

「確かに、そうよ。…私、好きな人いるわ」

内緒にしておきたかったのに、とでも言うような感じで、観念したようにケイは答えた。

それを聞いて、あたしはたぶん目を輝かせただろう。
これまでそんな話なんか全然興味なさそうにしてたあのケイが、いったいどういう恋をしてるんだろうと俄然興味が湧いたのだ。

ねね、それって誰なのら? あたしの知ってる人? 年上? 年下? それとも同い年?

ぐいぐいと迫るあたしの視線から逃れるようにケイはそっぽを向いた。

「…教えてあげない」

誰にも言わないのらー!

「そうじゃなくて。タマキがもうちょっと大人になったら教えてあげる」

…ケイだって子供じゃん。

「まぁ、そうだけど。でも、私は少なくともタマキみたいに猪突猛進じゃないわよ」

むむ、としながらもあたしはすごすごと引き下がった。
どうもあんまり言いたくはないらしい。いったいどんな人なんだろう? とは相変わらず思ったけれど、さすがに遠慮しておいた。
それよりも、とあたしは元々の話題に戻ることにした。

195: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:02:31.18 ID:ewbEipRg0
じゃあさじゃあさ、ケイはどうしてその人を『好き』になったのら?

「どうして『好き』になったの、か」

そそ、気になるのらー。

何はともあれ、それが一番『好き』を知るために今聞きたいことだ。いったい何が、人に人を『好き』にさせるのだろう。
教えて教えてー、と引っ付くと、もう、くっつかないの、なんてケイは言って、あたしを引き剥がしてから、少し考えるような仕草をした。

「んー…そうね。まぁ、その、いろいろと理由というか、惹かれたところはあるけれど」

うんうん。

「そうね、一緒にがんばりたいって思わせてくれるところかしらね」

一緒に、がんばりたい?

繰り返して言うと、ケイはその人のことを思ったのか、穏やかな笑みを浮かべて、『好き』な人のことを語りだした。

「その人はね、自分の夢にまっすぐなの。それで、正直たぶん、私のことなんて見てもいないだろうけれど」

そう言ったケイの表情にはちょっとだけ、陰があった。でも、それも一瞬で、すぐに明るさが見えた。

「でも、私はそうやって夢を追うその人が羨ましくて、それで、憧れて。支えてあげたいって心の底から思ったの」

すっごく嬉しそうに、ケイは『好き』な人のことをどんどん語った。

自分の趣味にばかり熱中して、人の話に的外れなことを言って。
それでいろいろと言われてもすごく前向きで。そんな彼が、いろいろと前線に行くことに不安でいた自分を彼なりに励ましてくれたこと。
仲間のために、自分を危険にさらすのも厭わないような行動をするときもあったこと。
すごく天然ボケだけど、時折かっこいいと思える一面を見せてくれること。

いつもよりもずっと饒舌で、話をするのが苦手なケイっぽくないと思った。
それだけ、きっとその人のことを想ってるんだろうな、とも思った。
そうして話を聞かされているだけで、一緒になってあたしは楽しくなってきて、どんどん聞き入っていた。

196: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:05:21.69 ID:ewbEipRg0
ところが、急に止まることを知らなかったケイの声が止まった。
どうしたの? と伺うと、ケイはさっきまで楽しく話していたはずなのに急に沈んだような顔をしていた。

でもね、とケイは寂しそうに加えた。

「その人ね、大事な人が他にいるの」

え?

あたしが驚いたような顔をすると、ケイはそのことについてこう語った。

その女性は突然に現れたらしい。ずっとケイよりも大人びていて、美人で。ケイはよく知らないけれど、その人はケイの好きな人と仲がよかったらしい。
そして、その彼は大事な人のために今も一生懸命に頑張っているらしい。

「この間は二人でお食事して…いわゆるデートってやつね。……私、どんどん蚊帳の外に置いてかれちゃってるわ」

まるで自分では手の届かないとでも言うように羨むような声色で呟くと、ケイは部屋の照明を見上げた。
その瞳は揺れていて、とても悔しそうで、悲しい目だったようにあたしは感じた。

それから今度は俯くと、大きく息を吐いて、ケイは両手を膝に置いた。
小さく、ぽつりぽつりと続く言葉が漏れ聞こえてきた。

「……そんなこと思ってたら、今度は彼、入院しちゃったの。身体が悪いらしくて…だからって、私は、彼のために、何もできなくて」

その手が震えだして、目いっぱいに握られる。
細くなっていく声が、どんどん弱弱しくなっていった。

「そう、思うたびに。苦しくって、しょうがないの。その人には、やりたいことがたくさんあるはずなのに、わたしは…なにも…わた、し……っ」

途中で言葉が詰まって、ケイは黙ってしまった。
ぽたり、とケイの頬を伝って、一粒の雫が膝の上の手のひらに落ちた。
ケイは、泣いていた。

197: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:09:53.55 ID:ewbEipRg0
あたしは思わぬ光景にわたわた動揺してしまいそうになりながらも、とりあえずケイを抱きしめてみた。
人間は誰かしらのぬくもりを感じると、精神的に落ち着きを得るらしい、とどこかで読んだ。
とにかく、あたしなりにできることをするしかなかった。

「……ごめん」

もう大丈夫だから、と照れたように言うと、ケイはあたしから離れた。
どうやら、ずっと誰にも言わないで溜め込んでいたらしく、涙を流した後の瞳はすっきりしたように澄んでいて。
表情も、少し和らいでいた。

ほっとしてるうちに、沈黙が辺りを支配して、あたしは気まずく感じだした。
とにかく何か言わないと、と焦ってしまって、あたしは、とりあえずそのままの感想を口にした。

…『好き』って難しいのらー。

「…そうね。私も、正直よく分からないわ」

ケイは頷くと、でも、とも付けた。

「私は、彼が好き。それだけでとりあえずはいい、かな」

はっきりと告げたその顔には迷いがなくて、さっきまでの苦しそうな表情はどこへやら、という風だった。
あんなに辛そうだったのに、ケイはその人が『好き』であることに後悔はないようだった。

ううーん、とあたしは唸りを上げた。
相手に意識してもらえないのに、でも、それでもいいと言えるケイが、あたしにはよく分からなかった。
だってだって、『好き』になったんでしょ。だったら、やっぱり相手に求められたいもんじゃん。

198: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:11:07.77 ID:ewbEipRg0
思考に思考を重ねて、脳内でオーバーヒートを起こしかける。
すると、ケイは見かねたのか、助け舟を出すようにこう言った。

「いいんじゃない、慌てなくて」

……へ?

「『好き』になった理由なんて、告白した後でいいって。タマキ、いつかそう言ったでしょ?」

何とかして分かりたいと思ってたあたしに、ケイは無理をすることはないと言ってくれた。
『好き』ということは、そんな風に思い悩むようなことじゃない、とも彼女は言った。
よく分からないうちに、いつの間にかそういう風になってしまうのだ、と。
そして、フォローするようにこうも言った。

「人生、先は長いわ。タマキにだって、いつか分かる日が来るわよ、きっと」

きっと、なんて、ずいぶんとケイらしくもない言葉のチョイスだった。
あいまいな言い方はキライ、って言ってなかったっけ? 何ていうか、今のはまるで――

…なんかイズルみたいな言い方なのらー。

冗談めかして言うと、ケイは何でかちょっと微笑んでいた。
それから、あたしの頭に手を乗っけて、ぽんぽん、って撫でた。

199: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:12:19.28 ID:ewbEipRg0
「それまでは、いつものあなたのままでいてほしい。昨日も言ったでしょ? …そのままのタマキが、魅力的だって」

諭すような口調のケイに、あたしは頷く。
ケイがそう言うのなら、たぶんそうなんだろう。彼女はあたしのことを一番に理解してくれているのだから。

ケイはそんなあたしに満足したようにニコリと笑って、スケッチブックとペンを持って立ち上がった。
たぶんイズルにお見舞いの品としてあげるんだろう。

「じゃ、そろそろ目が覚めただろうし、私もう一度イズルのお見舞いに行ってくるわ。…タマキも、来る?」

…ううん。あたしはちょっと部屋を片付けてくるから。

「そう。それじゃ、タマキ」

うん。イズルによろしくー。

そうしてケイと別れて、あたしは自分の部屋に戻った。
散らばった本やら映像記録やらをしまいつつ、ケイと話したことについて考えていた。

ケイの気持ちは、あたしにはすごく不思議なものだった。好きな人に見てもらえないっていうのにそれでも好きだと彼女は言った。
大好きなその人に見てもらえないとしても、ケイはその人のことがとっても大事だし、いろいろしてあげたいんだって、とっても伝わった。
あたしには、そんな風に思う人が、いただろうか。

200: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:13:48.57 ID:ewbEipRg0
ダニールさま。ジークフリートさまに、ジュリアーノさま。
とりあえず、いいな、って思った人たちのことを思い浮かべた。
どういいんだー、って聞かれたら、あたしは。あたしは、ちゃんと答えられるだろうか。

ただ、外見の話をしてしまうだけかもしれない。
もちろん、それだって大事なんだけれど。

ケイみたいに、あんな、嬉しそうに大切な誰かのことを語れるのだろうか。
大事な人の苦しみをまるで自分のことのように感じて、涙を流すようなことが、あるのだろうか。
あたしには、何も分からない。もしかしたら、それがパトリックさんになったのかもしれない、とちょっとだけ思って、すぐにその思考を追い払った。
そんなの、ただの空想だ。ありえたかも、なんてことはただの仮想で、もう意味なんかないのだ。

もっと。あたしは思った。
もっと、誰かのことを知りたい。満たしたい、満たされたい。そんな気持ちにさせてくれる誰かに、出会いたいと思った。
ただかっこいいから、ってことじゃなくて、もっと、はっきりとした理由のある『好き』になれるような、誰かに。

でも、まぁ。あたしは自分のパイロットスーツを見つめた。
まずは戦いが終わらないと、そうやって『好き』を探しにも行けないことは間違いなかった。

だとしたら、あたしが今やるべきことは―――

あっさりと自分の結論を見つけると、あたしは気が晴れたように軽い足取りで部屋を出た。
たぶん、皆はイズルの病室にでもいるだろう。これからも頑張ろう、って皆と励ましあいたくなったのだ。

今はとりあえず、ウルガルに勝って。パトリックさんの遺してくれたモノのためにも、戦争なんて終わらせて。
それで、パトリックさんに負けないくらいにステキな人に、出会ってみせる。
きっとその頃には、自分なりの『好き』が見つかっていることだろう。

それから、ケイにもう一回聞いてみよう。ケイの好きな人って、誰? と。
それまでには、ケイもその人と結ばれてるといいな。
あたしにとって、ケイは大事な家族の一人だから。好きになった人と、幸せになってほしい。心から、あたしはそう思った。

201: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:17:02.14 ID:ewbEipRg0



戦いが終わった。ウルガルのゲートが壊れて、もうあの生き物みたいな見た目した敵はもう現れない。
そう聞いて、あたしは嬉しかった。
これで、ようやくあたしだけの『好き』を探すことができるって。

でも。帰艦してすぐにそんな気持ちにはなれなくなってしまった。

あたしたちチームラビッツのリーダー、イズル。
イズルは最後の戦いで無理をして、大怪我を負ってしまったのだ。

すぐに様子を見に行こうとしたら、イズルは病院のベッドどころか、
生命維持装置だかなんだかの機械のプールの中に入れられて、眉一つ動かさずに淡く緑に光る液体の中を漂っていた。

聞けば、外傷もひどければ、内側の器官も相当ダメージを負っているらしく、生きているのが奇跡なくらいだそうだ。
その知らせを聞くやいなや、ケイはものすごい勢いで髪を振り乱して、いっぱい泣き叫んでた。

居たたまれなくなったようにアサギが、その肩を抱いてやって、信じよう、とだけ言った。
すごく強張った顔をして、何かの感情を必死に押さえ込んでいるようだった。
アサギが一番辛いに違いない、と思った。たった一人の、弟なんだもん。

でも、そんな風に沈んでるヒマもなく。またあたしたちに出撃命令が出た。

戦いは、終わっていなかった。

地球にはあたしたちしか戦える人はいない。ずっとイズルの傍にいるわけにもいかなかった。
それに、傍に付いていたって、イズルを治してあげられるわけじゃないし。

何より、帰る場所がなくなっちゃったら、イズルだって起きたときに困るに違いなかった。

202: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:18:57.08 ID:ewbEipRg0
すぐに着替えて、また機体のところへと向かう。
ピット艦に向かう途中、あたしはもう一回だけ、とイズルのいる特別な病室へと入った。
暗く、照明が必要最低限に点されてるだけのそこにはやっぱり、彼女がいた。

「……タマキ」

イズルの眠る装置の、ガラスの蓋に手をかざして、見守るようにケイは立っていた。
出撃前に休むように言われていた間も、彼女はずっと、イズルのことを一人で見守っていたのだ。

…大丈夫?

控えめな声で聞くと、ケイは弱弱しく笑った。
その笑顔が、なんだか無理してるみたいで、あたしはちょっとだけ胸がチクッとした。

「大丈夫よ。イズルは、生きてるから。ちゃんと、また立ち上がって。それで、ヒーローになるなんて言って…また、マンガ、描い、て……」

ぽつぽつと搾り出すような言葉を続かせて、ケイの声は詰まった。
手の震えを抑えるように拳を握りしめて、顔が見えないくらいに俯いてしまった。
あたしは何も言えなくなって、ただ黙ってケイを見ていた。

いくらあたしでも、どういう心持でケイがここにいるのか、気付いていないわけがなかった。

ジアートとの戦いの最中の呼びかけ、爆発に巻き込まれて消えたイズルを見つけたときの喜びよう、イズルの怪我を知ったときの動揺ぶり。
ようやく、あたしにも分かったんだ。あたし、なんてにぶちんだったんだろう。ケイが大事にしたいって言ってた人のこと、今になって理解するなんて。

ずっと、あたしの近くにいたんだ。ケイの好きな人は。

203: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:21:20.07 ID:ewbEipRg0
だけど、それが分かったところで、あたしにはイズルを起こしてあげられない。
ケイのことを励ますのも、きっとイズルみたいにはできない。

でも、それでも。

「タマ、キ?」

あたしはケイに駆け寄ると、その細い身体を思い切り抱きしめた。頭を胸元に寄せて、ぎゅーって。
突然のことにケイは呆然とした様子であたしに身を寄せていた。
あたしはとにかく、とケイの頭に手のひらを乗っけて、ぽんぽん、って撫でた。
ケイにいつもしてもらってる、あたしの好きな所作だった。こうしてもらったときは、不思議とどんどんと落ち着いていったものだった。

分かってるのら。イズルなら、絶対…絶対、だいじょーぶだから。だから、泣くことなんか、ないのら。

特に考えもしないで、口から出て行こうとするままの言葉を繋いだ。
いい慰めの言葉なんか、出てこないのは分かってたから、思ったままでいくことにした。
そのほうが、あたしらしいし。

「…もう。これじゃタマキがお姉ちゃんね」

しばらくして、ケイが顔を上げてあたしを見上げた。
ここしばらくはずっと泣いていたせいで、目がすっかり赤く腫れ上がってた。
何とか笑おうとしたらしく、顔をくしゃくしゃに歪めると、ケイはもう一度あたしにもたれ掛かった。

204: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:23:36.76 ID:ewbEipRg0
ね、やっぱり、ケイは……。

すると、ケイはあたしの口に人差し指を置いて、その先を言わせないようにしてから離れた。
さっきと全然表情が違った。相変わらず目の周りはひどいことになってたけど、その瞳は輝いてて、気力の溢れるような強い目だと感じた。

「大丈夫よ。私、ちゃんと戦えるわ。それに――」

ケイはちらりとイズルのことを見てから、まっすぐにあたしの方に向き直った。

「――ヒーローとして活躍したら、イズルもたぶん羨ましがって、飛び起きちゃうから」

だから、頑張るわ。そう言って、ケイはニコリと笑った。さっきよりも、ずっと力強くて、頼りになる笑顔だった。まるで、イズルみたいな。
うんうん、とあたしは満足して頷いた。ケイが元気になってくれたなら、それでいいって、そう思えた。

がんばろ、ケイ! あたし、応援するから! 一緒にヒーローになるのら!

「うん。…ありがと、タマキ」

えへへー、とあたしは自分の中でもかなり満面の笑みを浮かべてた。
ケイが笑えば、あたしも嬉しい。
そういう風に感じるのもきっと『好き』の一つのおかげだ、と何となく確信した。

205: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:25:14.70 ID:ewbEipRg0
先に部屋を出たケイに続いて、あたしも病室を出た。
それから、こっそりとケイには気付かれないように部屋の方を向いて、あっかんべーをした。

まったく、イズルのばかあほおたんちん。
ケイが、イズルみたいな、にぶちんで、おばかで、意味わかんなくて、やっぱりおばかな人のこと、こんなにも大切に想ってくれてるのに。

起きたらケイに謝らせてやるのら。
それでそれで、どんなにイズルのことをケイは心配してたかさんざん言い聞かせて、少しはケイのこと意識するようにしてやろう。

あたしにとって、ケイも、イズルも、大事な家族で、大切な仲間。二人とも、幸せになってほしい。
二人がくっつくのがそれに繋がるのかわかんないけど。でも、あたしはどっちかって言えばケイの味方だもん。
それにそれに! イズルみたいな危なっかしいのには、ケイみたいに面倒見の良い人のが合ってるのらー。

勝手に頷いて、あたしはどんどん先を歩くケイの後ろ姿を急いで追いかけようとした。

イズルが起き上がるまでに、いーっぱい活躍して、悔しがらせてやろう。
それで、おんなじくらいケイも活躍させて、それをたっぷり聞かせて、ケイのことも褒めさせる。
そうしようそうしよう。あたしは決めると、勢い込んで一気に駆け出した。

――『好き』になるってなんだろう。

やっぱり、あたしにはよく分かんない。
知りたいとは思うけれど、あたしの『好き』を探しに行くのは、ザンネンなことにもうちょっと後になりそうだった。
まぁ、それもしょうがないか、って一旦諦めることにした。

代わりに、ケイの恋がうまくいきますように、と心から祈っておいた。
あたしにはまだ来ない分、深く深く。
いつかきっと、あたしにも『好き』が来る、その日まで。

206: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/16(火) 07:26:20.16 ID:ewbEipRg0
おしまい。好き放題に勢いのまま書いてみました。
ご期待にそぐわなかったら申し訳ない。では。

209: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/20(土) 01:09:34.43 ID:nYmV+5l50
仲良くしたい!

スターローズ――アサギの部屋

イズル「よし、皆揃ったね!」

アサギ「だから何で俺の部屋なんだよ…」

スルガ「細かいことは気にすんなって。じゃあ…」

タマキ「始めるのらーっ!」

イズル・スルガ・タマキ「「「第一回! アンジュと仲良くなろう会議ー!」」」ドンドンパフパフ

ケイ「……難しいんじゃないかしらね、それ」

イズル「ダメだよケイ諦めたら! これからはまた新しいチームでがんばるんだから!」

スルガ「そうだそうだ! あんなかわいい子を何もしないで放っておくわけにはいかねーだろ!」

タマキ「そうなのら! あんなかっこいい子を何もしないで放っておくわけにはいかないのらー!」

アサギ「…とりあえずまずは目的と意見をちゃんと一致させろよ」

イズル「う…と、とにかく。どうすればもっとアンジュと距離が近くなれるか考えてみよう!」

210: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/20(土) 01:11:01.94 ID:nYmV+5l50
タマキ「はいっ! はーいっ!」ハイハイ

イズル「え、っと。じゃあタマキから」

タマキ「一緒に塩辛食べたらいいと思いまーす!」

スルガ「おめーじゃねーんだよ、おめーじゃ」フー

タマキ「むっ! じゃあスルガはなんなのら!」

スルガ「俺? そうだなぁ…やはりここは先輩らしく威厳さを見せるためにも
    アンジュに最新のGDFの装備について手取り足取り教えてやって、あわよくば個人的にも仲良く…」

アサギ「最後の方でホンネ出てるぞ」

ケイ「もう少しまともな意見はないのかしらね…」フー

イズル「ぼ、僕としてはまたマンガを持っていって感想を…」

ケイ「ダメよイズル! また何かの拍子で始まったら…」

イズル「で、でも。アンジュの感想、すごく参考になりそうというか、何と言うか」

アサギ「お前はお前で目的がおかしくなってるぞ…」

211: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/20(土) 01:12:09.05 ID:nYmV+5l50
スルガ「んだよ! じゃあアサギには何かあるのかよー」

タマキ「そうなのらー! 人に文句ばっかり言うなら意見出すべきなのらー!」

アサギ「そうだな…まずは、この後朝の訓練するんだろ? そこに誘って一緒に訓練してみるってのはどうだ?」

イズル「な、なるほど…自然にアンジュを呼ぶ理由になるし、一緒に訓練してみれば、少しは距離も縮まるかも…」

スルガ「…まぁ、悪くねーじゃん」

タマキ「…塩辛ごはん一緒に食べた方が早いのらー」

ケイ「それはアンタだけだって…それで、誰が呼びに行くの?」

アサギ「そりゃ、リーダーはイズルだし、もっと言えば朝の訓練考えたのはイズルだしな」

イズル「え、僕?」

スルガ「ま、確かにそうなるわな」

タマキ「じゃ、イズルにけってーい!」

イズル「え、え」

ケイ「私も付いていきましょうか?」

アサギ「いや、ここは一人の方がいい。何人も行ったら、アンジュも急なことでびっくりしちまうかもしれないしな」

イズル「うーん…分かった。じゃあ、呼んでくるよ」タタッ

212: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/20(土) 01:13:04.29 ID:nYmV+5l50



数時間後、アサギの部屋

イズル「…と、いうわけで」

スルガ「第一回、アンジュと仲良くしよう作戦…」

タマキ「反省会なのらー!」

アサギ「あからさまにテンション下げんなよ…」

スルガ「うるせー…はぁぁ…まさか、あんなに兵器に詳しいなんて」

タマキ「アンジュ、かっこよかったのらー」キラキラ

ケイ「…お菓子作りは全然だったけど」

イズル「あ、あはは…そ、そうかな?」

アサギ「まぁ、それは置いておいて…まさか、負けるなんてな」フー

213: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/20(土) 01:13:48.24 ID:nYmV+5l50
タマキ「でもでも、アンジュすごかったのらー、頼りになるのらー」

イズル「確かに…すっごく頼もしいよね、アンジュ」

ケイ「問題はコミュニケーションかしらね…あの子、全然話とかさせてくれなかったじゃない」

スルガ「ケイが言うかね…」

ケイ「何か?」ニコリ

スルガ「…何でもー」アハハ…

アサギ「やっぱり、いきなり距離を縮めるってのは難しいんじゃないか?」

タマキ「むー、あたしは早く仲良くなりたいのらー」

ケイ「だからこそこつこつと、ってことね」

イズル「うーん…じゃあ、とりあえずもっと皆で積極的に話しかけるようにしようか。
    そしたら、アンジュだっていつの間にかたくさん話をするようになるかもしれないし」

タマキ「賛成なのらー! もっともっと、アンジュのこと知りたいのらー! だってアンジュは…」

スルガ「そうだな…よし、俺もまだまだ仲良くなるの諦めねーぞ! 何せアンジュは…」

タマキ・スルガ「「かっこいい(かわいい)し!」」

アサギ「だからどっちなんだよ…」フー



その後、様々なアプローチでアンジュに近付くラビッツでしたが、彼(彼女?)との壁がまだまだ大きく大きく立ちはだかったのでした。

216: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:30:56.99 ID:+/6bpf8W0
ときどき、急な夢を見ることがある。
俺が、誰かに抱かれて、とんとん、って背中を優しく叩かれて。
それで、眠る俺を起こさないように、小さめの声で、アタル、と呼んでくれる。

声の心地よさに安心感を俺は得ると、今度はその人がそこにいると確かめたくなって。抱き返したくなるんだ。
そのために手に力を入れようとして――そこで、目が覚める。

いつもいつも、変わり映えのしない夢だった。

「……」

偉そうなGDFの上官の指揮の下に行われた、強襲作戦の後。
戦艦ゴディニオンの、俺に与えられた部屋。
俺は一人、モデルガンの整備をしていた。
さっきまでは、艦の中にあるパイロット用のラウンジで仲間たちと一緒だったけれど、何だか一人になりたくて、自室に戻ってきた。

家族、か。
仲間たちに何となく打ち明けた夢の話を思う。
たぶん俺を育ててくれたんだろう、誰かのこと。
記憶を消されたはずの俺の、心のどこかに残る、面影。

217: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:36:46.21 ID:+/6bpf8W0
最初のうちは、いったいどんな人たちが俺を育ててくれたんだろうか、と一人でよく考えていたこともあった。
でもすぐに、そんなことを考えていても、思い出せもしないことなんだから気にしてもしょうがない、ということに気付いて、やめてしまった。

もう最近はまったく気にしないようにしていた。
それが急に思い出されてしまったのは、どう考えても、さっきの作戦のせいだった。
仲間の一人であるタマキやイズルが、もう少しで死にかけてしまった、あの作戦の。

敵の弾が直撃してしまった仲間の姿に、俺の頭は『死』のイメージを連想してしまったんだ。
それで不安になって、つい思い出してしまったんだろう。

俺が死んじまったら、俺の中の記憶に残る、大切な誰かは何を思うんだろうか。
いや、俺が死んだこと自体、伝わりはしないか。

あんまり認めたくはないけれど、アサギが言っていた通りだ。
俺がいなくなったとしても、俺を育ててくれた人に俺がいなくなったことが伝わるとも思えない。
きっと、二度と会うこともないだろうし。忘れてしまった方が、戦いへの割り切りもできるというものだ。

そうだ、そのほうがいい。
実感がちょっとしか湧かない昔話なんか下手に気にするくらいなら、今に目を向けるべきだ。
気に入った兵器に囲まれながら、実戦でそれらを使いこなして敵を倒していく。
そういう自分を想像すれば、今の生活だって、全然悪くないもんだ。

そうだ、まったく悪くない――はずだった。

218: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:38:08.96 ID:+/6bpf8W0
「…やっぱ、無理だ」

だー、と俺は大きく伸びをして、そのまま床に倒れこんだ。
それなりの勢いで倒れたために、ちょっと痛かった。
そんな痛みに構うことなく、俺は天井をぼうっと見つめた。
均一に降り注ぐ光が眩しくて、目を細めた。

忘れよう忘れよう、と念じるほどに、どんどん面影が鮮明に脳裏に流れてくる。
戦いとは無縁そうな、柔らかい瞳。きっと武器なんて手にしたこともないだろう、キレイな手。
それで、その手に縋る、幼い俺の姿。

全部、間違いようもない、事実の記憶だった。
ところどころ曖昧だけれど、それでも、大事な記憶だと感じていた。
忘れたくない。忘れるな。そんな声が、心の奥底の部分から聞こえてくるような気がした。

実際、忘れたら忘れたで、たぶん、俺はそのことを後悔するだろう。
理由は分からないけれど、とにかく、そう思った。

いつか。俺は瞳を閉じて、記憶の残滓を噛み締めるように集中する。
ありえないとは思うけれど、奇跡のような何かが起きて、どうせ居もしない神様が気まぐれを起こしてくれて。
家族、だった人たちに会うことができたら。
もしも――もう一度、アタル、と呼んでもらえるようなことがあるなら。

…なーんて、な。

219: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:40:27.50 ID:+/6bpf8W0
「……ははっ」

くだらないこと考えちまった、と自分を笑って、俺は起き上がった。
世界は広い。どうせMJPの上の連中が俺に家族のことを教えてくれるわけはないし、そうなると自分で探してみるしかない。

いつか戦争が終わって、ちょっとは自由にできるかもしれないとして。
とても探し出せるわけがない。そんなこと、少し考えれば分かることだ。
……ホント、くだらない。

「…着いた、か」

艦内アナウンスが耳に入ってきた。
どうやらスターローズの方へと戻ってきたらしい。

…カレーでも、食いに行くか。
確か、明日までは自由行動だったはずだし。

気を取り直して、俺は部屋を出ると、艦とスターローズとの連絡口へと向かう。
うまいカレーでも食べれば、くだらない考えなんていったんはどこかに行ってしまうだろう。
まぁ、忘れられはしないから、いつかはまた頭の中に戻ってくるだろうけれど。

それでも、とりあえず目を逸らしたかった。
忘れられない思い出の断片に対して、どう向き合えばいいっていうんだろう。
答えの出し方の分からない疑問から、少しの間だけでも、逃げてしまいたくてたまらなくなった。

220: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:41:47.02 ID:+/6bpf8W0
おしまい。これはまた後編を書きたいと思います。
では次をば。

221: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:42:39.17 ID:+/6bpf8W0
甘いお菓子をもう一度

スターローズ――ケイの部屋

ケイ「……」ボー

ケイ(あれ、私のせいなのかしら…? イズルが、私のお菓子で倒れるなんて、これまでなかったのに…)

ケイ「私のお菓子、美味しくないのかな……」

ケイ「…でも! イズルだって、いつもと調子が違ったわけだし……」

ケイ「……私、何を必死に独り言してるのかしら」ハッ

ケイ(気になるなら、聞けば済むことじゃない。そうよ、ただ、イズルに…)

222: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:43:18.28 ID:+/6bpf8W0



ケイ『あ、あの、イズル』

イズル『ん? 何?』

ケイ『あの、あのね、ちょっと、聞きたいことがあって…』

イズル『聞きたいこと?』

ケイ『う、うん。わ、私の、その、お菓子のことなんだけど…』

イズル『ケイのお菓子?』

ケイ『これは、その、正直に言ってほしいんだけど』

イズル『うん』

ケイ『…あの、美味しくない、のかしら?』

223: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:44:41.09 ID:+/6bpf8W0
イズル『……』

ケイ『…イズル?』

イズル『…美味しくないよ』

ケイ『!』

イズル『前から言おうと思ってたんだけど、ケイのお菓子はひどいよ。僕、こないだ心肺停止を起こしたんだよ? 立派な兵器だよ』

ケイ『そ、そんな…だってあんなに私のお菓子食べてくれたじゃ…』

イズル『それはわざわざ作ったケイとお菓子の材料に悪いからだよ。食べたからって、美味しいなんて僕は一言も言ってないでしょ』

ケイ『そ、れは……』

イズル『…この際だし言うけれど、もうお菓子なんて作ってこないでね。僕も皆も、死にたくないんだ』

ケイ『! あ…あ……』

イズル『用は済んだ? じゃあね、ケイ』

ケイ『い、イズル! 待って! もっと私頑張るから! 美味しいって言ってもらえるお菓子、作れるようになるから!』

ケイ『待っ、て…お願い……』グスッ

224: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:45:31.39 ID:+/6bpf8W0



ケイ「……」ハッ

ケイ「」ブンブン

ケイ(何を想像してるの私…イズルがこんなひどいこと、言うわけないじゃない。考えすぎよ…)

ケイ「だいたい、イズルが…」

イズル「え、僕?」

ケイ「ええ、そうよ。あなたが…」

ケイ「」

イズル「?」

ケイ「…っ!?」ズサッ

イズル「!?」ズサッ

ケイ「い、イズル!? い、いつから私の部屋に…」アワアワ

イズル「や、さっきからノックしても返事なかったから…」

ケイ「そ、そう…ごめんなさい。考え事してて…」

イズル「あはは、ケイが考え事で固まるなんて珍しいね」

225: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:49:10.87 ID:+/6bpf8W0
ケイ「そ、それで、どうしたの?」

イズル「うん。アンジュの歓迎会の準備、こっちはできたから、ケイは、その、どうかって、皆が見て来いって言うから」アハハ…

ケイ「え、あ、そうね。大丈夫よ、その、できてるわ」

青と紫のお菓子たち「」ハーイ

イズル「そ、そっか。あの、ケイ」

ケイ「何?」

イズル「その、実は、歓迎会の食事、ちょっと量がすごくてさ、ケイのお菓子置けるスペースがなくなっちゃったというか…」アハハ…

ケイ「……」ウツムキ

イズル「あ、あれ? ケイ?」

ケイ「ねぇ、イズル」

イズル「? うん」

ケイ「…私のお菓子、美味しくないのかな?」

イズル「え」

ケイ「だって、それ、どうせ皆に頼まれたんでしょう? 私のお菓子を持ってこさせるな、って」

イズル「いや、それは、その…」

ケイ「いいわよ、素直に言って? 私のお菓子で心肺停止なんか起こしてしまったものね? そんな風に思われるのも当然だわ」

ケイ「私、ずっと皆の、イズルの優しさに気付かなかったわ。ホントは美味しくもないお菓子に付き合わされて…」

ケイ「ひどいわよね…」フフッ

226: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:50:04.91 ID:+/6bpf8W0
イズル「……」

ケイ「…イズル?」

イズル「美味しくない、ってことはないよ」ガッ

ケイ「あ、イズル!?」

イズル「」モグモグ

ケイ「や、やめてよ! 無理に食べるなんてことしなくても…」

イズル「」ウーン…

イズル「」モグモグ

ケイ「やだ、やめてってば…」オロオロ

イズル「」ゴックン

イズル「ええっと…やっぱり、ものすごく甘いね」ニコリ

ケイ「イズル……」

227: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:51:26.09 ID:+/6bpf8W0
イズル「あのさ、ケイ。ケイのお菓子のこと、美味しくない、なんて僕一回でも言ったことある?」

ケイ「…ないわ。でも、それはイズルが優しいから」

イズル「そんなこと関係ないよ。……えっと、うまく言えないんだけどさ、ケイのお菓子は、この味だからいいんじゃないかな?」

ケイ「え?」

イズル「だってさ、アンジュの作るようなお菓子も、その、僕はすごいと思うけど、でも、あの味は他の人にも作れるし」

イズル「ケイのお菓子は、その、すっごく甘いとは思うけど、でも、ケイらしさがあるっていうか…ええっと」

ケイ「……」

イズル「とにかく、ケイのお菓子が、この味以外のものに変わったら――いやだなぁ、って僕は思うよ……たぶん」

ケイ「イズル…」

228: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:53:41.79 ID:+/6bpf8W0
イズル「…あ、ごめん。全部、食べちゃったね」アハハ

ケイ「いいわ。また、いくらでも作れるもの」グスッ

イズル「え? け、ケイ? 大丈夫? どこか痛むの?」

ケイ「ち、違うの。大丈夫、だから」ゴシゴシ

イズル「ホントに? 大丈夫なの?」

ケイ「ええ、気にしないで。……ね、イズル」

イズル「うん」

ケイ「私、たぶんまた、お菓子作るから」

イズル「うん」

ケイ「そのとき、一緒に食べてくれる?」

イズル「え? ………ええっと…まぁ、ケイがいいなら」

ケイ「…ありがとう」

229: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 02:54:29.41 ID:+/6bpf8W0
イズル「うん。……あ、そうだ、アンジュの歓迎会」

ケイ「あ、そうだったわね。ごめんなさい、行きましょう?」

イズル「うん。行こう行こう」スタスタ

ケイ「……」

ケイ「…ありがとう、イズル」ボソッ

イズル「え?」フリカエリ

ケイ「何でもないわ。急がないと、遅れるわよ」タタッ

イズル「あ、ケイ! 走ったら危ないと思うけど…行っちゃった」

イズル「珍しいなぁ。そんなに歓迎会楽しみだったのかな?」ウーン

230: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:07:46.52 ID:+/6bpf8W0



ケイ(そのときの私は、嬉しさで心が満たされてしまって、つい、らしくもなく走っていた)

ケイ(おそらく顔もあまり人には――特にイズルには見せたくないと思えるほどに紅潮している自信があった)

ケイ(それだけ、彼の言ってくれたことは私に響いて、彼への気持ちをいっそう高めてくれた、ということでもある)

ケイ(私だけの味をもっと極めたい、と思った。イズルがそれでいいと言ってくれた、私の味を)

ケイ(それで、またいつか、彼と二人で一緒にもっと完成度の上がった私のお菓子を食べて)

ケイ(彼が私に笑ってくれればいいな、と。そんなことを思った)

231: ◆jZl6E5/9IU 2016/08/30(火) 03:09:11.84 ID:+/6bpf8W0
おしまい。思うがままに書いてみました。
イズルはどんな味でもおいしいよと言ってくれる優しい子だと思いたい。
では次。


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