2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/03(月) 01:26:35.80 ID:1AizcjW/0
その日イヴ・サンタクロースは午後9時という、成人女性としては異様なくらいの早い時刻に就寝したのだった。

結果、午前一時という異様な早さに目覚めることとなった。

否、目覚めたとは言えないかもしれない。

寝る前に食べたチキンが腹の中で悪さをしたように感じたし、歯を磨きすぎて口の中の粘膜が普段より緩く感じもした。

いつもと違う就寝は多大な違和感を身体中にもたらしたのだった。


引用元: イヴ・サンタクロース「寒さ恋しい夜には」 





 

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/03(月) 01:27:02.87 ID:1AizcjW/0
とにかくトイレに行ってみよう。

イヴは就寝時に家中の電気を消している。極貧生活時代の癖が今も彼女を真っ暗闇の中で生活させていたのだ。

だからトイレの電気をつけると、例えそれが質素な豆電球ほどの明かりでも目がくらむばかりの眩しさに感じられた。


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/03(月) 01:27:33.52 ID:1AizcjW/0
便座に座ってみて、少しすると自分の身体中に汗が薄くまとわりついているのに気づいた。

自室は暑かったのだ。比較して、トイレ含む廊下やリビングなどは、暖房が一切きかせてないため、寒かった。

しかしもう4月だ。12月の真冬のそれと違い、肌に親しみを覚えるくらいの涼やかな冷気と言える気温だった。

「もう春なんですねぇ」とイヴはこぼした。誰にいうでもなく放たれた言葉は、

彼女の周りの空気を振動させて、人間にはわからないくらいにちょっと気温をあげた。


5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/03(月) 01:28:03.27 ID:1AizcjW/0
冬が終わり、春が来た。たったそれだけのことであるが、イヴにはそれがとんでもない一大事のように感じられた。

仕事のことや、自分の本業のことなら既に酷寒と言えた1月の時点で大きな山は超えていたというのにもかかわらず。

冬はなんだか、もっとあったかかった気がした。凍える寒さから逃げた人間が、やっとのことで築いた暖炉やヒーターなどの暖房器具。

冬はそれらであふれていたような気がした。自分が触れてきた温もり。まるで自分以外には用意されていなかったような。

結局それは、イヴがここで感じた春の暖かさの予感を、過ぎ去った冬を思い出したことで錯覚した身勝手な郷愁に似た何かだったのだ。


6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/03(月) 01:28:40.06 ID:1AizcjW/0
用は足さずにそのまま汗を少し拭いて、拭いた紙をさっと流した。

用を足さないトイレはなんだかちょっと贅沢だ。と、イヴは思った。

トイレの電灯を消すと家は真っ暗になるのだが、夜目がやたら利く彼女は、暗闇に素早く目を慣れさせた。

そのまま流しで口を濯いで、粘膜の違和感を洗い流し去った。

廊下は暗く、とても狭く、そして冷えた。自室に比べればの話であるが。

彼女はそこで終わってしまった冬を感じようと足掻いてみせた。

それでも「寒く、無いですね」と彼女は言った。完全に真っ暗な空間に、自分の吐息だけ白く浮かび上がればいいのに、とさえ思った。

夜目が利くのが、今回ばかりは少し悲しいと思えた。


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/04/03(月) 01:29:14.43 ID:1AizcjW/0
窓を開けると、季節の変わり目特有の曇った空がイヴを迎えた。と言っても、何も見えない真っ暗な空なだけだ。

この近所は未だに街灯がLEDでなく、その上なぜか頻繁に球が切れるため、

夜になると月と星と、僅かばかりの住宅の光以外に光源がなくなるのだ。



目の当たりにすると相当に物騒ではあるがいかんせん人が殆ど住んでないので、

不便に感じることはあっても女性が1人で出歩いてもあまり怖い目には遭わないのである。

それも今日のように曇って仕舞えば何も見えなくなるのだが。



イヴはつまらないと感じた。冬なら透き通った空に綺麗な星が覗くのに、と思った。

それはどれもこれも春が悪い。

冬が終わった。



そうだ、風邪を引こう。



思い立ってそのまま廊下で寝て5時間、プロデューサーはたいそうお冠であったが、イヴは自分の目論見通り、喉と鼻を痛めての出社となった。

それが花粉症の、それも重度も重度の症状であると彼女が知るのは2日後の話であった。