2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/05(水) 23:47:31.44 ID:llwcLa7z0
【東一本格梅酒 ナトゥラーレ】

引用元: 高垣楓の晴飲雨飲 


3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/05(水) 23:48:07.28 ID:llwcLa7z0
バラエティで手酷い失敗をしてしまった。

思い出したくもない。いや、忘れたい。

そんな時は酒に限る。

高垣楓は自室のテーブルの上に鎮座している、酒瓶を見つめた。

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/05(水) 23:56:17.53 ID:llwcLa7z0
『東一 本格梅酒 ナトゥラーレ』

You are what you buy.

楓は、どこぞの百貨店のキャッチフレーズを思い出した。

普段であれば、梅酒を好んで飲むことはない。

もっぱら辛口の日本酒か、たまに焼酎といった具合である。

甘ったるい梅酒はなんだか、一人前の立派な飲兵衛(ダメ人間)としては邪道のような気さえしていた。

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/05(水) 23:59:34.21 ID:llwcLa7z0
にも関わらず、とっさにこれを購入したのは、

彼女が今1人だからであろうか。

気のいい友人達は、皆仕事が入ってしまっている。

楓を甘やかすなり、慰めるなり、酔いつぶれた後の介抱なり、誰かにして欲しかったが…。

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:05:10.23 ID:NWSgm8ek0
時刻は午後3時。まっ昼間とは言えないが、酒を飲むには早すぎる時間。

だがしかし、楓の肝臓は24時間フル稼働。

ロシア人のATPだってなんのその。

飲みたい時に飲む。

アイドルという仕事がなかったら、朝からパジャマのままコンビニへ行って、

『鬼ころし』のパックでまず一杯やりたいとさえ思う。

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:11:06.83 ID:NWSgm8ek0
楓は適当なコップに、梅酒を注いだ。

黄金色の液体が、トクットクッっと満ちていく。

まずはストレートで、一杯目をゆっくりと煽った。

「ほぅっ…」

思わず声が漏れた。

結構昔に飲んだ2Lパック千円以下の梅酒とは格が違う。

酒が苦手な者が、ごまかしで飲むような代物ではない。

初めは漬け込みに使われた米焼酎が、ふっと香る。

鼻につくような刺激はなく、舌を少しくすぐるくらい。

その後に、たおやかな梅の風味が口に広がり、

こくんと飲んだときに、上品な甘さとともに引いていく。

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:12:07.48 ID:NWSgm8ek0
“香り付き(フレーバード)”のリキュールとしては

かなり上等な部類に入るだろう。

後に引かない甘みであるので、きっと味の濃い肉料理にも合う。

そう思いつくといてもたってもいられなくなり、

冷蔵庫の中を覗き込んだ。

つまみはない。

が、少ししなびた豚こま肉が入っていた。

今から店に行くのも面倒であったので、それを取り出した。

料理をするのは、かなり久しぶりであるし、得意でもない。

よって、簡単なものしか作れない。

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:13:10.62 ID:NWSgm8ek0
楓は、まず豚肉に片栗粉をまぶした。

酒の席で、誰かが言っていた。

ぱさついた肉に片栗粉をまぶすと、しっとりとした口当たりになる、と。

皿を汚すのも面倒だったので、スチロールパックの中にそのまま

片栗粉をぶち込み、箸でぞんざいに混ぜた。

そして油を引いて熱したフライパンに投入。

焦げ目がついたら調味料を適当に、

醤油と酒、砂糖をおなじくらい。

そのタレが粘ってきたら、皿に移す。

照り焼きのつもりであったが、ダマがいくつかできて、

白い斑点が散っていた。

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:13:53.71 ID:NWSgm8ek0
それも構わず、楓は照り焼き“もどき”を頬張った。

悪くない。

いや、適当に作ったにしては上等。

片栗粉と調味料によってできた“あん”が、豚肉から失われていた水分、

食感をうまく補っている。

火加減がよかったのか固過ぎず、ふにふにと柔らかい。

味については、酒によく合うあまっじょっぱさ。

キッチンに持ってきていた梅酒を、瓶に口をつけて、

ちゅるちゅるとすすった。

先ほどよりも梅の風味が強く感じられた。

しかしその風味は、やはり口に残らず、すっと引いていく。

12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:14:41.20 ID:NWSgm8ek0
それから楓は料理(のようなもの)と酒を交互に口に含み、

皿と瓶をあっという間に空にしてしまった。

「しあわせ…」

誰にともなく、楓はつぶやいた。

随分と単純な人間ですね…。

自身でそう思って、笑った。


13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:15:07.90 ID:NWSgm8ek0
仕事の痛みがだいぶ弱まった。

「ナトゥラーレ(そのままで)いなさーれ……ふふっ」

今度は面白いオヤジギャグを言わなきゃ、と楓は一息ついた。

14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 00:29:53.83 ID:NWSgm8ek0
『東一本格梅酒 ナトゥラーレ』は佐賀県五町田酒造の梅酒。
720mlで1000円前後。

次回はズブロッカ。このスレに書き込む。

20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 19:42:07.46 ID:NWSgm8ek0
【ズブロッカ】

21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 19:43:24.37 ID:NWSgm8ek0
高垣楓が、うっすらと翡翠がかったボトルを抱えて自室に戻ったのは

深夜1時をまわった頃。

昨日は9月19日。アナスタシア20歳の誕生日。

ロシアでのライブを終えた楓は、

彼女にプレゼントと、このボトルを土産に持ってきた。

しかしこのŻubrowka、ズブロッカをアナスタシアに、

「ロシアのお酒ですよー」と見せるよ、彼女は苦笑いした。

22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 19:45:44.39 ID:NWSgm8ek0
あれ、と思ってラベルを見ると、Made in Polandの刻印がされていた。

楓はいたたまれなくなって、ボトルを下げた。

誕生日会で他の酒が振る舞われたが、正直味を覚えていない。

楓の表情は笑顔だったが、内心非常に気まずかった。

「アーニャちゃんがあーにゃるのも無理はない…ふふっ……」

自室に戻ると、なんだかライブ以上に疲れ切っていた。

23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 19:47:40.54 ID:NWSgm8ek0
楓の中では、疲れた身体には度数の高い酒と相場が決まっている。

数時間前散々飲んだにも関わらず、楓はズブロッカのキャップをひねった。

芳香がふっと鼻をつく。

バイソングラスという香草が入っている。

何かに似ているけれど、なんだったかしら…。

楓はショットグラスに薄緑の液体を注いだ。

まずはストレートで、ぐいっと煽った。

強い酒のはずだが舌は痺れなかった。

その代わり先ほど克明な香りが、身体を突き抜けた。


24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 19:50:50.33 ID:NWSgm8ek0
それは桜餅だった。

よもや日本から遠く離れた異国の森で、

かような香りを醸し出す草が生えていようとは。

次に楓はトワイスアップグラスに、水とズブロッカを1:1の割合で流し込んだ。

それで二度目の杯。

アルコールの刺激がより丸くなって、香りがさらにわかりやすくなった。

これは間違いなく桜餅。

楓は確信した。

25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 19:55:21.77 ID:NWSgm8ek0
先ほどの憂鬱はどこへやら、彼女は冷蔵庫や棚をまさぐって、

つまみを探した。

しかし、ズブロッカは“立ちすぎている”。

ウィスキーやブランデーよりもやわらかい香りなのに、自立心が非常に強い。

チーズやスモークサーモンとは仲良くなれない。

26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 20:03:49.36 ID:NWSgm8ek0
楓はロックグラスにズブロッカと、

富士山麓の水から作った氷とソーダ(炭酸水)を入れた。

それで一口。

香りが少し穏やかになった。

次に口に放ったのは、塩気のつよいピスタチオ。

はじめは色味で選んでいたが、これがよく調和していた。

妙齢のナッツの女王は、ポーランドの森の少女にいたく寛容であるらしい。

ピスタチオの、あのなんとも言えない風味が、桜の木にすずなりにつながっていく。

気分はさながら花見か、初夏の行楽。

27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 20:14:19.98 ID:NWSgm8ek0
だが度数が高いことに変わりはなく、朝、楓はひどい二日酔いに悩まされた。

瓶が空になるまで飲めば、さすがにこうなる。

結局その一日中、楓はトイレにて懺悔を行った。

28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/06(木) 20:23:00.23 ID:NWSgm8ek0
【ズブロッカ】ポーランドのフレバードウォッカ。本当に桜餅。
キンキンに冷やしてショットグラスで飲むのがおすすめ。

ナトゥラーレに関する補足.
KALDIに売ってる栄光酒造の七折小梅がけっこう近い味

33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:20:25.95 ID:+pX0ZdZi0
【シーバスリーガル ミズナラ12年】

34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:21:30.88 ID:+pX0ZdZi0
海外のウィスキーは味もさることながら、デザインも洗練されている。

高垣楓は、テーブルの上に厳かに鎮座しているボトルをしげしげと眺めた。

光沢のある青碧のラベリングと、琥珀色のコントラスト。

首回りの扇情的なくびれ。

ウィスキーは男性的な酒だという人がいるが、

この『シーバスリーガル ミズナラ12年』は女性的である。

35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:22:16.39 ID:+pX0ZdZi0
もう辛抱たまらんと楓はキャップをひねった。

一杯目はショットグラスでぐい。

楓は目を見開いた。

聞くところによれば、

このウィスキーは日本原産のミズナラ樽で熟成させたのだという。

そのせいか、通常のオーク樽で寝かせたものよりも口当たりがやわらかく、

度数は高いけれども、風味はまろやかである。

それでいて物足りないということもない。

36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:23:07.26 ID:+pX0ZdZi0
何杯でも飲めてしまう危険な酒。

「肝臓は大事にしないといかんぞう…ふふっ♪」

いけないいけないと思いつつも、楓はキッチンへ行って、

ミズナラ枡を取った。

ウィスキー用として以前購入したものだ。

度数の高い酒をストレートで飲むには大きすぎるし、

ロックやハイボールで飲むには無粋だからあまり使っていなかったが、

今が禁忌の扉を開くとき。

37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:23:52.50 ID:+pX0ZdZi0
まず枡の香りを深く吸い込んだ。

それからウィスキーを注いで、一思いに飲み干した。

楓は、静かな森の中で燦々と陽光を浴びる大樹を幻視した。

酔いゆえか、その風景の美しさゆえか。

彼女は少しめまいを覚えた。

38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:24:51.05 ID:+pX0ZdZi0
しばしの休憩の間、楓はつまみについて考えた。

このお方には、なにが合うのかしら。

チーズやビーフジャーキーは彼女を殺してしまう。

ナッツやクラッカーが相手では役不足。

頭がうまく回らないので、楓は糖分を摂取することにした。

冷蔵庫から、いつ買ったのか忘れてしまった板チョコを取り出す。

そしてひとかじり。

チョコも高望みすれば一枚1000円以上のものが選べる。

だけれど、楓にとってのチョコは一枚税込95円の、

赤いパッケージのミルクチョコである。

39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:25:25.07 ID:+pX0ZdZi0
これで十分…とそう考えた楓の脳内に電撃が走った。

チョコレートを舌で舐め溶かしながら、再びウィスキーを口に含んだ。

これだ。

すぐには飲み込まず、

チョコレートが琥珀色に溶かされるまで、ゆっくりと味わった。

2人がワルツを舞っている。

プロデューサー高垣楓が手がけたペアユニットは、大成功した。

40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:26:40.94 ID:+pX0ZdZi0
チェイサーのミネラルウォーターで口直しの後、

今度はウィスキーをぐいと飲み干した後に、チョコレートを頬張った。

訪れた幸福を、楓は青春と名付けた。

今の感動を、皆に広めずはいられなくなった。

41: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:27:14.99 ID:+pX0ZdZi0
「私たちが好きなのはうぃすきー…ふふっ…」

だが、川島瑞樹と片桐早苗が彼女の部屋にやってきた頃には、

ボトルは空になっていたのであった。

42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 10:32:13.64 ID:+pX0ZdZi0
シーバスリーガル ミズナラ12年…このSSの作者が友人に恵んでもらったウィスキー。もちろん実在
ブラックニッカで満足していたバカ舌をひっくり返された

とはいえ現収入ではジョニ赤が精一杯である
無念


48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:52:18.74 ID:+pX0ZdZi0
【デルスール カベルネ・ソーヴィニョン】

49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:52:55.08 ID:+pX0ZdZi0
昼頃、チャイムが鳴った。

楓はいそいそと玄関まで向かい、荷物を受け取った。

最近なにかと悪い噂の多いネット通販であるが、

気軽に外に出れない人間にとっては心強い味方である。

必要以上に頑強な包装材をはがしていると、

楓はふと、無名時代が懐かしくなった。


生活は苦しかったが、先輩芸能人にくっついて、

居酒屋を何件もはしご(もちろんおごりで)していた。

50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:53:41.85 ID:+pX0ZdZi0
トップアイドルとなってからは

“酒にだらしない”というレッテルを貼られないよう、

外で飲むには細心の注意を払わなければならなくなった。

それでは酒が美味しくない。

なので、宅飲みがめっきり増えた。

ダンボール箱の中身は、乾燥パスタ5kgと

『HEINZ大人むけのパスタ 』シリーズ各4袋。

シルスイキツツキの絵がラベルにプリントされた、赤ワイン。

全て食べるわけではないが、つまるところ楓のお昼ごはんである。

51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:55:01.54 ID:+pX0ZdZi0
彼女はパスタ250gと適量の水をプラスチックの容器に入れて、レンジにかけた。

火を使うのすら億劫なほど、料理は不得手である。

「あっちいのはあっちに…ふふっ」

容器を取り出して、次に皿に注いだパスタソースを入れる。

大人向けの味…。

真昼間から酒を飲めるくらいには健全な大人である楓は、

ソースの風味に思いを馳せた。

最悪、ワインに合えばいいか。

そう考えていたら、目の前でソースが爆ぜた。

ワット数を間違えていたのと、ラップをかけわすれたのが仇になって、

レンジ内は阿鼻叫喚の地獄である。

52: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:56:06.97 ID:+pX0ZdZi0
慌てて加熱を止めて、ミトンで皿を取り出す。

それでもなお熱い。

「奈緒熱い…あちち…」

燃えてるんだろうか。

そんあ風にふざけながら、冷たいキッチン台に皿を置くと、

真っ二つに割れてソースが一面を汚した。

電子レンジでの調理ですらこの有様。

53: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:57:28.34 ID:+pX0ZdZi0
やってられっか!!

惨状から目を背けて、彼女は酒に逃げた。

グラスとつまみ各種を抱えて、ワインが待っているリビングへ。

スクリューキャップは安っぽいと言われるけれど、

楓にとっては手間が少なくて好きだった。

ワイングラスに、黒とも紫ともつかない、

妖しい液体が注ぎ込まれる。

香りなど楽しむまでもなく、かぶりつくように一杯。

南米ワインは、低価格でも風味やタンニンの渋みがしっかりしている。

口あたりはややザラザラしていて、3000円以上のワインに比べると物足りない。

54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:58:22.57 ID:+pX0ZdZi0
楓も駆け出しの頃は安ワインを飲んで、

「もっと良い酒を飲むんだ」と意気込んだものだが、

今ではこの味がすっかり気に入ってしまっている。

肩肘張らないで、気軽に楽しめるからだ。

「台所は、後でキッチンと片付けなきゃ…ふふっ…」

葡萄の品種やワイナリー、土壌などの知識は楓にはないが、

酒を楽しむことにかけては、彼女に並ぶ者は少ない。


今日の彼女のつまみは、コンビニで2日前に買ったティラミスと、

焼き鳥の缶詰、それからチーザ(チェダーチーズ味)。

なんとも形容しがたいラインナップである。

55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:58:56.13 ID:+pX0ZdZi0
楓はまずティラミスをごっそり半分すくって、頬張った。

ココアのほろ苦さが先立って、

そのあとにマスカルポーネと穏やかな甘さ、最後にまたコーヒーの苦さ。

上等なティラミスには、

味にしっかりと波があって、さらに、それらが調和している。

コンビニだからと言って侮れない。

もう半分を飲み込んだ後で、楓はしまったという顔をした。

56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/08(土) 23:59:54.42 ID:+pX0ZdZi0
普通に食べちゃった…。


ばつが悪くなって、彼女はいそいそと焼き鳥の缶詰を開けた。

濃厚なタレの香りは、かいでいるだけ胃がもたれてくる。

しかしこれくらいの方が酒には合うもの。

つまようじで鶏肉とひとかけら突いて、口に運ぶ。

二の轍を踏まないよう、今度はすぐにワインを飲んだ。

甘じょっぱいタレと、アルコール13%の穏やかな刺激が、舌をくすぐる。

それでいて、後に引かない。

味の濃い肉料理と酒は永遠の友である。

きっと地球が滅びたとしても、よその星の食卓で仲良く肩を並べていることだろう。

57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 00:01:12.93 ID:SHYGS7zk0
焼き鳥を残らず平らげた後、楓は、ふうと一息ついた。

やっと胃におさまるべきものがおさまった。

といっても量は少ないから、程なくしてチーザを開封した。

このスナック菓子は香料のせいか、

生のチーズ以上にチーズらしい匂いがする。

チーズ嫌いの人間がこの場にいたら、顔をしかめて退散することだろう。

しかし楓は匂いの強い食べ物が大好物である。

理由は言うまでもない。

58: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 00:02:24.16 ID:SHYGS7zk0
穴ぼこが空いた三角形のスナックを、4枚まとめて噛み砕く。

トップアイドルの財力がなせる荒技である。

新しくグラスにワインを注いで、ぐいっと飲み干す。

しょっぱい。渋い。

一般的に悪いイメージを持たれがちなこれらの風味は、酒となると価値が一変する。

さらに組み合わせると、それは一種の芸術となる。

ワインの荒波の中で、チーズの風味がもがいている。

必死に負けまいと。

涙すら誘う、つらい情景である。

だがゆっくりと力尽きて、どこかへ流されていく。

59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 00:02:56.11 ID:SHYGS7zk0
楓は鼻をすすりながら、新たなチーザ、

今度は5枚を頬張って、嚙む前にワインを加えた。

生きたまま身体をむしばまれる、チーズの悲痛な叫び声が

舌を楽しませてくれる。

サディスティックな喜びが楓の脳を駆け巡った。

そうやってワインを楽しんで入ると、うとうと眠気がやってきた。

60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 00:03:37.53 ID:SHYGS7zk0
キッチンで慣れないことをしたせいだ。

楓はそのまま睡魔に身をゆだねた。

明日の私、頑張って。今日の私が味方だから…。

そんなことを考えながら、彼女は横になった。

62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 00:08:50.39 ID:SHYGS7zk0
【デルスール カヴェルネ・ソーヴィニョン】
…チリワイン。作者の近所では480円で売っていた。
 感動を通り越して恐怖すら感じる価格破壊である。
 
 南米のワイン全般に言えることだが、価格に対して味がしっかり
 なので葡萄の品種を覚えるのに最適

 コノスル全種類飲み比べてみてえ…

 

70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:29:13.93 ID:SHYGS7zk0
キャッツ対火星オクトパス。

その試合が行われるスタジアムの前に、楓はいた。

姫川友紀を待っているのである。

周りの中年男性らは、脳の認識野を300%野球に侵されている

(観戦時のみ人外じみた観察・思考能力を発揮する)ので、誰も楓に気づかない。

綺麗な人だな、と少し顔を向ける程度である。

71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:29:41.31 ID:SHYGS7zk0
【バドワイザー】

72: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:31:36.94 ID:SHYGS7zk0
さて、楓がはじめての野球観戦をするにいたった理由であるが、

彼女はべつに、キャッツ教に入信したというわけではない。

炎天下、さらに観客の熱気の中で

キンキンに冷えたビールを飲むという、夢を叶えに来たのだ。

出来ればライブ中に飲みたいなあ、と彼女は考えていたのだが

そういう傲慢が許されるほど、世間は甘くない。


このように動機は極めて不純であったが、友紀はそれに不平を言うことなく

チケットを取ってくれた。

持つべきは良き友、まったくその通りである。

73: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:32:35.09 ID:SHYGS7zk0
タクシーでやってきた友紀は、両脇にクーラーボックスを抱えていた。

楓が尋ねると、中身はビール1ケース分だという。

ビールガール/ボーイを呼ぶ手間さえ惜しいようだ。


スタジアムに入ると、内部の空気はうねっていた。

人々の体内エネルギーが生む謎の空気力学である。

試合が始まる前、まず2人で乾杯をしようと思い、楓はクーラーボックスを開けた。

見たこともないパッケージのビールが、氷水の中でくつろいでいる。

「バドワイザー、飲んだことない?」

ぷしゅっとプルタブをつまみあげて、友紀が言った。


74: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:33:53.36 ID:SHYGS7zk0
お外”のビールかと思って背面のラベルを見ると、

原産地は日本になっていて、しかも原材料が麦芽、ホップ、それから米。

ええい考えるのが面倒だと、楓もビールを開けて口をつけた。

現在の天気は、予報に反して曇り。

楓の表情も曇った。

水っぽい。薄すぎる。

プロダクション内随一のビール通(20歳)の選択としては、腑に落ちない。

Asahiのスーパードライの方がキレがあるし、YEBISUビールの方が風味が豊か。

何故と楓は思ったが、チケット代もビール代も払っていないので、

不平を言うわけにはいかない。

75: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:34:27.17 ID:SHYGS7zk0
試合が始まると、友紀は缶を放り出して歓声を上げた。

その時、楓の髪がふわっと巻き上がった。

会場の皆も声を上げている。

すごいなあと他人事のようにそれを眺めつつ、楓はちびちびとビールをすすった。

76: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:35:31.54 ID:SHYGS7zk0
8回表。

1-5とキャッツは劣勢であった。

こちら側の観客席は、友紀1人をのぞいて静まり返っている。

野球のことはめっきりわからない楓であるが、なんとなく絶望を鼻で感じ取った。

「打者がくたばったーらおしまい…」

友紀に殺意の篭った視線を向けられ、楓はぷいと顔を逸らした。

77: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:36:28.36 ID:SHYGS7zk0
そんななか、雲間から陽光が差す。

予報が正しければ、38℃の熱線がスタジアム内に降り注いだ。

じわりと、楓の白いうなじに汗が浮かんだ。

そこで彼女は、ビールの印象が変化するのを感じた。

爽やかな氷水、いや、北海に浮かぶ冷たい流氷がそのまま喉を通過しているようだ。

78: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:38:38.74 ID:SHYGS7zk0
キャッツの選手が1,2塁に出た時、試合の流れが変わった。

観客の熱気も増幅した。

「かっとばせーっ!! かっとばせーっ!!」

友紀の声援も、ますますヒートアップした。。

楓も加速した。

がっと一息に飲み干し、次の缶へ。

彼女はさながら、落水を吸い込む大きな滝壺であった。


さらにスリーランホームラン。

会場は爆発した。スタジアム全体が轟音を立てて、足元が揺れる。

そこで発生した熱エネルギーは、美城の舞踏会もかくやと思われるほどであった。

79: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:39:12.41 ID:SHYGS7zk0
試合は、6-5でキャッツの勝利。

汗でぐっしょりと濡れた服をぱたぱたとやりながら、友紀は息をついた。

そうだ、ビール。

彼女はそう思ってクーラーボックスをまさぐったが、

そこにあるのは無数の空き缶のみ。


同伴者は、安らかな寝息を立てていた。

80: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/07/09(日) 12:43:29.99 ID:SHYGS7zk0
バドワイザー…水代わりにガブガブ飲める

ビールが苦手な人は『水曜日のネコ』を飲め、とよく言われるが
作者は断然バドワイザー推し

国産品なので価格も350mlで200円前後と、大変お手頃
作者の近所ではなぜか瓶タイプしか売っていない…

 
次回 高垣楓の晴飲雨飲 その2