歩夢「パラレルワールド?」 前編 

歩夢「パラレルワールド?」 後編

5: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/06(日) 23:38:03.76 ID:1jpHzNXf
若葉『歩夢ちゃん!』

歩夢『どうしたの? 若葉ちゃん』


歩夢(あ、あれ? なにこれ?)

歩夢(夢……だよね?)

歩夢(目の前にいるのは、小さい女の子。侑ちゃんと全く同じ見かけをした女の子)

歩夢(五十嵐……若葉ちゃんだよね……?)


若葉『えっへへ〜!』

歩夢『ん?』


歩夢(口が勝手に動く!?)

歩夢(今までこんな感じの夢を見た時は、第三者目線でこの子達の会話を見つめていたのに)

歩夢(今回は違う)



10: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/06(日) 23:48:46.31 ID:1jpHzNXf
若葉『私、音楽始めようと思うの!』

歩夢『お、音楽?』

若葉『そう!』

歩夢『具体的にどんなの……?』

若葉『うーん、ピアノかな!』

歩夢『また突然だね若葉ちゃん……』

若葉『いやぁ、歩夢ちゃんが前にスクールアイドルになるために頑張ろうかなって言ってくれたじゃん!?』

歩夢『若葉ちゃんが推してきたからね』

若葉『当たり前じゃん! 歩夢ちゃん可愛いから絶対スクールアイドルに向いてるもん。──って、話がズレちゃったよ』

若葉『歩夢ちゃんがスクールアイドルになって歌を歌う! そしてその歌を私が作る!』

歩夢『わ、若葉ちゃんが!?』

若葉『うん! はぁ〜……歩夢ちゃんが歌う姿を想像するだけで、ときめいちゃう〜!』

歩夢『』ポカーン

13: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/06(日) 23:56:34.79 ID:1jpHzNXf
歩夢(ときめいちゃう、か……なんか懐かしい)

歩夢(侑ちゃんもよく言っていた)

歩夢(やっぱり……この世界の若葉ちゃんは……侑ちゃんなんだろうなぁ)


若葉『ね!? いいでしょ!?』

歩夢『す、すごく魅力的なお話だけど……』

歩夢『わたし、歌えるかなぁ……』

若葉『大丈夫だって! 私達はまだまだ小学生! 人生これからだよ歩夢ちゃん!』

歩夢『……』

若葉『大丈夫だって』

若葉『私、歩夢ちゃんの事たくさんサポートするから!』

歩夢『!!』

若葉『歩夢ちゃんならすっごいスクールアイドルになれるよっ』ニコッ

歩夢『──うん!』ニッコリ

若葉『えへへ! 約束!』

歩夢『わたしはスクールアイドルになって!』

若葉『私が歩夢ちゃんの歌を作る!』

歩夢『えへへっ──約束だよ、若葉ちゃん!』



──風景が突然切り替わる。

14: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:02:10.51 ID:V+EEXKrK
歩夢(え?)

歩夢(ここ……屋上?)

歩夢(さっきまで、教室にいたのに……?)


若葉『………………』


歩夢(わ、若葉ちゃん?)

歩夢『わ、若葉ちゃん?』

歩夢(なんでそんな所に立っているの?)

歩夢『なんでそんな所に立っているの?』


若葉『………………』

若葉『……見つかっちゃったか……』


若葉ちゃんが屋上にいる。

フェンス越しに立っている。

──なんでそんな所に立っているの?

18: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:08:51.57 ID:V+EEXKrK
歩夢『わ、若葉ちゃん……だ、ダメだよ』

歩夢『危ないから……戻ってきて? ね?』

若葉『………………』

歩夢『危ないから……ほら……』

若葉『疲れちゃった』

歩夢『え?』

若葉『歩夢ちゃん』

若葉『私もう、疲れちゃったよ』

歩夢『な、何言ってるの……?』

若葉『……どうやったら楽になれるか、考えてたの』

若葉『そしたら……ここに立ってた』

歩夢『』

歩夢『だ、ダメだよ若葉ちゃん』

若葉『………………』

歩夢『戻ってきて……?』

若葉『…………疲れちゃったよ……歩夢ちゃん』

歩夢『や、やめて』

歩夢『やめて……やめてやめてやめて!!』

歩夢『若葉ちゃんッ!!』

歩夢『やめてッ!!』

若葉『………………』

19: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:16:21.91 ID:V+EEXKrK
歩夢『お願い、戻ってきて』

歩夢『わ、若葉ちゃんまで……いなくならないでよ……』

歩夢『お願いだから……やめて……っ……!』

若葉『………………』

歩夢『ほ、ほら!』

歩夢『や、約束したじゃない』

歩夢『わたしがスクールアイドルになって、若葉ちゃんがわたしの歌を作る』

歩夢『……ね?』

若葉『……そんな約束、してたね』

歩夢『え?』

若葉『もうさ』

若葉『いいよ、そんなの』

歩夢『』

若葉『それにさ』

若葉『私が……こんなに……辛い思いをするようになったのは』

若葉『──歩夢ちゃんのせいじゃん』

20: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:20:42.69 ID:V+EEXKrK
ガバッ!!

歩夢「わ、若葉ちゃんッ!! 待って!!」

歩夢「──え?」

歩夢「あれ……ここ……?」

歩夢(ほ、保健室?)

せつ菜「あ、歩夢さん?」

歩夢「せつ菜ちゃん?」

歩夢「あれ……私……」

歩夢「なんでここに……」

せつ菜「歩夢さん!」バッ!!

ギュッ!!

歩夢「え!?」

せつ菜「よかった……よかったです……!」

歩夢「……」ポカーン

21: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:25:54.26 ID:V+EEXKrK
歩夢「せつ菜ちゃん?」

せつ菜「あ、あぁ!! ご、ごめんなさい!!」パッ

せつ菜「つ、つい……」

歩夢「う、ううん。別に抱きつくのはいいんだけど……」

歩夢「なんで私……保健室に?」

せつ菜「歩夢さん……倒れたんです」

せつ菜「部室に入ってすぐに」

歩夢「わ、私が!?」

歩夢「どうして……?」

せつ菜「いや、私が聞きたい事ですよ!? 本当に心配したんですからね!?」

歩夢「ご、ごめんなさい」

29: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:37:39.44 ID:V+EEXKrK
せつ菜「どこか身体に異常はありませんか?」

歩夢「えーっと……うん。大丈──」


若葉『えへへ! 約束!』


歩夢「──ッ!!」ズキッ!!

歩夢「は、ぁ……ッ……!!」

せつ菜「あ、歩夢さん!?」

歩夢(頭が、割れる)

歩夢「痛い……いたい!!」

歩夢「あたまが……痛いよぉ……!!」

せつ菜「あ、頭が痛いんですか!?」

せつ菜「え、えっと……こ、氷! なにか冷やせるものを!!」タッタッタッ

歩夢「はぁ、はぁはぁ……っ!!」


何回も、何回も頭を鈍器で叩かれる感覚だった。──意識が飛びそうになる。

でも、必死に耐えた。

これ以上、みんなに心配をかけたくなかった。

31: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:45:53.89 ID:V+EEXKrK
せつ菜「歩夢さん! 氷を袋に詰めてきました」

せつ菜「おでこに当てますよ? ヒヤッとしますけど、我慢してください」

歩夢「あ……あり、が……」

せつ菜「大丈夫です。喋らないで、ゆっくり深呼吸をして? 今は自分の安静を第一に考えて下さい」スッ

歩夢「……」コクリ


せつ菜ちゃんが優しく私に声をかけてくれる。

なんか、安心する。


せつ菜「大丈夫、大丈夫ですから」

せつ菜「歩夢さん」

歩夢「……」

せつ菜「大丈夫だから」

35: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 00:57:11.00 ID:V+EEXKrK
歩夢(少し……治まってきた……?)

歩夢「せつ菜ちゃん……ありがとう」

歩夢「だいぶ楽に……なってきた」

せつ菜「よ、よかったです」

歩夢「本当に……ごめんなさい」

せつ菜「謝らなくて大丈夫ですよ、歩夢さん」

せつ菜「仲間を助けるのは、当然の事ですし」

せつ菜「歩夢さんの力になれるのなら! 私はなんでもします!!」ペカー

歩夢「な、なんでもは言い過ぎな気が……」

せつ菜「いえいえ」

せつ菜「歩夢さんは私の憧れで、大好きな方ですから!」ペカー

歩夢「せ、せつ菜ちゃん!? は、恥ずかしいよ……」

せつ菜「自分の大好きは正直に伝えた方がいいですからね!」ニッコリ

歩夢「ストレート過ぎるよぉ!」

36: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 01:03:15.14 ID:V+EEXKrK
せつ菜「……少し、落ち着いたみたいですね」

せつ菜「よかった」

歩夢「せつ菜ちゃん……」

歩夢「ありがとう」ニコッ

せつ菜「いえ!」

せつ菜「ただ、今日はもう帰宅した方が良いです」

歩夢「……そう、だよね」

歩夢「また頭痛……起きるかもしれないもんね」

せつ菜「かもしれない?」

歩夢「うん」

歩夢「最近、頭痛が起きる頻度が多くてね」

歩夢「お薬も効かなくて……」

歩夢「タイミングもバラバラなの」

せつ菜「……さっきみたいな感じの頭痛が、頻繁に起きるんですか?」

歩夢「うん……」

歩夢「前より痛みも増している気がする」

せつ菜「……」

37: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 01:15:01.38 ID:V+EEXKrK
せつ菜「とりあえず今日は、お家に帰りましょう」

せつ菜「送っていきます」

歩夢「うん。ありがとう、せつ菜ちゃん」

せつ菜「大丈夫ですよ」

せつ菜「部室にある歩夢さんのバック等、取ってきますね」

せつ菜「少し、ゆっくりしてて下さい。行ってきますっ」タッタッタ!

歩夢「気を付けてね」フリフリ

38: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 01:24:38.29 ID:V+EEXKrK
歩夢(五十嵐若葉ちゃん)

歩夢(夢で見たあの景色は)

歩夢(過去? それとも、ただの……夢?)

歩夢「…………」

歩夢「──ッ!!」ズキッ!!


また頭が痛くなる。

この現象は、本当に何?


歩夢「……はぁ、はあ、ッ……」ズキ、ズキ


──辛いよ。侑ちゃん。


歩夢「はぁ、はぁ、はぁ……」


──痛い。辛い。怖い。


歩夢(侑ちゃんに……会いたい)



歩夢「わたしは若葉ちゃんに会いたいよ」



歩夢「──え?」


前にも、起きた謎の現象が始まる。

──私の意志と異なる事を、勝手に話し始める。

かすみちゃんと愛ちゃんの時に起きた、謎の現象。


歩夢「……や、やっぱりこの子は……」


この世界の上原歩夢の人格は──残っている。

39: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/07(月) 01:45:58.53 ID:75Pum9yP
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

〜部室〜

エマ「はい、せつ菜ちゃん。これ、歩夢ちゃんのバッグ」

彼方「荷物も全部まとめ終わってるよ」

せつ菜「ありがとうございます」ペコリ

せつ菜「私もこのまま歩夢さんをお家まで送って来ますので、先に上がります」

彼方「うん。歩夢ちゃんをよろしくね?」

せつ菜「はい! ──では、お疲れ様でしたっ」

スタスタスタスタ

「「「…………」」」

果林「み、みんな! 暗いよ!」

果林「大丈夫だよ! 歩夢ちゃんも頭痛以外なんともなかったってせつ菜ちゃん言ってたし! 心配なのは分かるけど……」

果林「その……げ、元気出そうよ!」

璃奈「……そうだね」

璃奈「確かに歩夢さんが倒れたのはショックだったけど……落ち込んでるばかりじゃダメだよね」

しずく「そう……だね」

彼方「うん。……練習しよう、みんな」

彼方「私達が暗くなっちゃったら、歩夢ちゃんから心配されちゃうよ」

かすみ「…………」

エマ「かすみちゃん……」

かすみ「……皆さんの言う通りですね。ごめんなさい。練習しましょう」

彼方「じゃあ、まずはストレッチからやろ。じゃあみんな。それぞれ──」

愛「……」

40: 1(茸) 2021/06/07(月) 01:54:56.90 ID:75Pum9yP
愛(歩夢……)

愛(頭痛、か)

スタスタ

璃奈「愛さん」

璃奈「ストレッチ、一緒にやろう」

愛「──あ、あぁ。璃奈。いいぜ、やろっか」

璃奈「ありがとう」


───────────

歩夢『わたしも思ってたよ。──あなたのこと、名前で呼びたいって』

歩夢『こちらこそよろしくね』

歩夢『愛』ニコッ

───────────


愛「……」

愛「なぁ、璃奈」

璃奈「うん?」

愛「聞きたいことがあるんだけど、今いいか?」

璃奈「いいけど……どうしたの?」

愛「もし、もしもの話なんだけどさ」

璃奈「うん」コクリ

愛「一人の人間に、別の人間の人格が入ったら……どうなると思う?」

璃奈「え?」

41: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 02:31:38.65 ID:V+EEXKrK
璃奈「……どういうこと?」

愛「そのまんまの意味だよ」

愛「例えば、Aに別人であるBの人格が入るとしてさ」

愛「そうだなぁ……」

愛「設定を加えるけど、その子はBが主人格として生活するようになるんだ。Aの人格はちゃんと中に残っているんだけど、表に出てこれない。二人の人間の人格が、一人の人間になると……どうなると思う?」

愛「ちなみにBにはAの今まで見てきた記憶はないものとする」

璃奈「そんな現象起きるわけ──」

愛「まぁまぁ、もしもの話だからさ」

璃奈「……うーん……そうだな」

璃奈「確実に、脳への負担はものすごいと思うよ」

愛「!!」

璃奈「人間の脳ってのは、ちゃんと容量が決まっているんだ。生きる為に必要な知恵や知識。“記憶”を保存出来る容量がね」

愛「……」

璃奈「でもそれは、一人の人間の為の……専用のものだ」

璃奈「その専用のものに別人の記憶してきた、同様のとてつもない容量の知識や記憶が入り込んだら、それはものすごい負担になるんじゃないかな」

璃奈「BさんがAさんとしての記憶はないとしても、身体はAさんのものだ。──つまり脳はAさんのもので生活をする」

璃奈「何かの拍子でAさんの記憶を思い出したりするかもしれない。生活するとなるとBとしての過ごした新しい記憶や思い出が増えていく。その記憶の蓄積で脳への負担も当然増していくと思う」

璃奈「いつかパンクしてしまうんじゃないかな?」

愛「……」

璃奈「まぁ、今述べた事は全て可能性の話だけどね」

璃奈「脳科学は専門外だからね。冗談半分で聞いてほしい」

愛「…………」

璃奈「……愛さん?」

璃奈「大丈夫?」

璃奈「汗、すごいよ?」

愛「──え?」

42: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 02:38:42.78 ID:V+EEXKrK
愛「わ、わりぃな璃奈!」

愛「大丈夫だから!」

璃奈「う、うん……わかった」

愛「ストレッチだよね? よし。背中押してあげるから、とりあえず座ってくれ」

璃奈「うん」コクリ スタッ

愛「……」

愛(歩夢の中に……この世界の上原歩夢の人格は、まだ絶対に残っている)


璃奈『確実に、脳への負担はものすごいと思うよ』


愛「……っ……」

愛(ものすごい脳への負担。それによって、頭痛が起きてるんじゃないか?)

愛(歩夢……)




43: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 02:45:26.61 ID:V+EEXKrK
せつ菜「……」スタスタ

せつ菜(歩夢さん、また頭痛で辛い思いしていないかな?)

せつ菜(あー、急ぎたいけど廊下は走ってはいけない……あぁ〜! 全力ダッシュしたい気分なのに〜!!)

せつ菜「早歩きなら……うん……!」スタスタ!!


歩夢『わ、若葉ちゃんッ!! 待って!!』


せつ菜「!!」ピタッ

せつ菜(歩夢さんが起きた時の一言)

せつ菜「……若葉ちゃん……?」

せつ菜「もしかして──五十嵐若葉さん……?」

せつ菜(なぜ歩夢さんが、突然彼女の名前を?)

せつ菜「…………」

せつ菜「まぁ、いいや。急ぎましょう」

せつ菜「歩夢さんが待ってる」

スタスタスタスタ

51: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 17:40:27.02 ID:V+EEXKrK
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

せつ菜「歩夢さん、明日も無理しないで大丈夫ですからね? ゆっくり休んでください」

歩夢「うん。ありがとうね、せつ菜ちゃん」

歩夢「色々助かったよ」

せつ菜「いえいえ! では私はこれで!」

歩夢「うんっ。またね、せつ菜ちゃん」

せつ菜「はい!」ペカー

タッタッタッタ

歩夢「……」

スタスタ ガチャ

歩夢「ただ……いま……」

ドサッ!

歩夢「うぅ……ぁ……ッ……!」


家の中に入ってすぐ、私は玄関に座り込んでしまう。

頭が割れそうで、全然痛みが引かない。

今まではこんなことなかったのに。

52: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 17:46:53.21 ID:V+EEXKrK
歩夢「でも……みんなに……心配かけた、く……ない」

ガチャ

歩夢「!?」

歩夢母「ただいま〜──って歩夢? 帰ってたの? 大丈夫?」

歩夢「おかえりなさい、お母さん!」スタッ

歩夢母「え、えぇ。座り込んでたみたいだけど……大丈夫?」

歩夢「うん! あっ、お買い物行ってたの? 荷物持つよ」

歩夢母「ふふ、ありがとうね。歩夢」

歩夢「うんっ」

歩夢(大丈夫。我慢、出来る。いや、我慢するんだ)

53: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 17:53:42.65 ID:V+EEXKrK
歩夢「お母さん。今日は早めにお仕事終わったの?」

歩夢母「とりあえずは、ね。でもまだやる事は山積みだから夜にはまた家を出ちゃうわよ」

歩夢母「夕ご飯作るのと、少し休憩で戻ってきたの」

歩夢「……無理しないでね、お母さん」

歩夢母「無理なんてしてないよ。……いつも寂しい思いをさせてごめんね? 歩夢」ナデナデ

歩夢「私は全然大丈夫だよ。いつもありがとう、お母さん」

歩夢母「……」ポカーン

歩夢「お母さん?」キョトン

歩夢母「ふふふ、なんだか昔の日々に戻ったみたい」クスクス

歩夢「へ?」

歩夢母「お父さんが亡くなって、社長だった彼の仕事を私が引き継いで……忙しくなっちゃって」

歩夢母「段々……歩夢から笑顔が減ってきちゃったのに……私は母親らしい事が出来なくなって……」

歩夢母「本当に……ごめんね、歩夢」

歩夢「お母さん……」

歩夢母「ふふっ、前にお母さんって呼んでくれた時も嬉しかったのよ?」

歩夢「え?」

歩夢母「それまではずっと『ねぇ』とか『ちょっと』って呼ぶだけで、お母さんだなんて呼んでくれなくなっちゃったから」

歩夢「……」

歩夢母「まぁでも当然よね。私……母親らしいこと……できてなか──」


歩夢「──そんな事ない」

歩夢「わたしはお母さんの事、本当は大好き」

歩夢「……今まで……素っ気ない態度取っちゃって……ごめんなさい」

歩夢母「歩夢……」


歩夢(──また、勝手に話し始めた。……でもこれは)

歩夢(この世界の上原歩夢の気持ちなんだと思う)

54: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 18:00:32.04 ID:V+EEXKrK
歩夢「…………」

歩夢母「歩夢?」

歩夢「あっ、ごめんなさい……私、少しぼーっとしちゃってた」

歩夢(終わったみたい)

歩夢母「歩夢」

歩夢母「ありがとうね」ニッコリ

歩夢「う、うん!」ニコッ

56: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 18:07:29.36 ID:V+EEXKrK
歩夢母「そう言えば歩夢」

歩夢母「最近、日記は書いてるの?」

歩夢「に、日記?」

歩夢母「あらあら、とぼけちゃって。お母さん実は知ってたのよ?」

歩夢母「あなたが隠れて日記書いてること」

歩夢母「あっ、でも安心して。中身は見てないから」

歩夢「……」ポカーン

歩夢母「あ、歩夢……? 歩夢〜?」

歩夢母(ど、どうしよう。歩夢怒っちゃったかな?)

歩夢「……」

歩夢(日記……?)

歩夢(“この子”が書いていた?)

57: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 18:18:27.20 ID:V+EEXKrK
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

歩夢「日記……日記……」ガサゴソ、ガサゴソ


お夕飯をお母さんと一緒に食べて、今は夜。自分の部屋に篭もる。

そして、日記を探す。


歩夢(日記を読めば)

歩夢(この子の事が……この世界の歩夢の事が分かると思う)

歩夢(勝手に読むのは、許してね)

歩夢「──ッ!」ズキッ!!

歩夢「……い、痛くない……痛くない」

歩夢「痛くないもん……痛くない」


頭痛がまたひどくなる。──でも、止まっちゃダメ。我慢するんだ。上原歩夢。


歩夢「──もう、やめた方がいいよ。上原歩夢」

歩夢「!?」

歩夢(また勝手に、話し始めた!?)

歩夢(この世界の……歩夢……)

58: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 18:25:19.56 ID:V+EEXKrK
歩夢「──頭、痛いでしょ? 日記を探せば探すほど、痛くなるでしょ?」

歩夢「……痛くないもん」

歩夢「──嘘だね。わたしの意思が表に出やすくなってる。前はたまにしか出られなかったのに。──それ、あなたの意識が薄れてきている証拠だよ?」

歩夢「……私はまだ、あなたについて何も知らない」

歩夢「──わたしの事なんてどうでもいいでしょ? なんで別世界のわたしの事を気にするのよ。もうこの身体はあなたのものなんだから、自分の生活をしなさいよ」

歩夢「私の身体じゃないよ。それに……あなた、言ったよね? ──若葉ちゃんに会いたいって?」

歩夢「──若葉ちゃんは関係ないでしょッ!?」

歩夢「関係あるよ。若葉ちゃんに会いたい気持ちが、あなたの願いでしょ? 私はその願いを叶えてあげたい」

歩夢「──なんで……わたしの願いを叶えたいのよ……」

歩夢「私は勝手にあなたの中に入ってしまった。理由は分からないけれど……その結果、あなたの今までの生活を変えてしまった」

歩夢「──……」

歩夢「人の身体で、好き勝手しちゃったんだもん。そのお詫びとして、あなたの願い事を叶えてあげたい」

歩夢「──そんなの、偽善だよ」

歩夢「わかってる。余計なお世話だと思う。……でも私、約束したの」

歩夢「──……」

歩夢「侑ちゃんと、“みんなの為のスクールアイドル”になるって」

歩夢「そのみんなの中には、あなたも含まれてる。だから……あなたの為にも何かしたいの」

歩夢「余計な事しようとしちゃって、ごめんね」



歩夢「──若葉ちゃんが生きているかも分からないのに?」

59: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 18:36:04.32 ID:V+EEXKrK
歩夢「──あなた、わたしの過去を夢で見たでしょ? あの屋上の……」

歩夢「……」

歩夢「──あんな光景見たら、最悪な事が起きたって容易に想像できるでしょ?」

歩夢「……」

歩夢「──だから……若葉ちゃんが生きているか分からないんだから……余計な事……しないで」

歩夢「生きてるでしょ? 若葉ちゃん」

歩夢「──!?」

歩夢「若葉ちゃんは、絶対に生きている」

歩夢「──な、なんで……?」

歩夢「だって、あなたが生きてるもん」

60: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 18:42:44.10 ID:V+EEXKrK
歩夢「あなたは、別世界の私だけど……同じ上原歩夢だもん」

歩夢「若葉ちゃんは、多分別世界の侑ちゃん」

歩夢「侑ちゃんは私の一番大切な存在で、若葉ちゃんはあなたの一番大切な存在でしょ?」

歩夢「──そ、それは……」

歩夢「そんな子が、この世の人じゃなくなっていたら」

歩夢「周りの人には申し訳ないけど──私も後を追ってるよ」

歩夢「そんな世界、耐えられないもん」

歩夢「それはあなたも同じでしょ?」

歩夢「──……」

62: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 19:14:13.43 ID:V+EEXKrK
歩夢「!! 日記、見つけた」


中々分厚い。ずっしりとした重さの日記は、机の中の奥深くに入れてあった。


歩夢「す、すごい奥に入れてあるんだね」

歩夢「──誰かに見られたら、嫌だもん」

歩夢「……気持ちは凄くわかるけど、取り出し辛くない?」

歩夢「──うるさいよ」

歩夢「ふふ、ごめんごめん」

歩夢「……見るね?」

歩夢「──勝手にすれば? ……今だって頭痛がひどいはずなのに、どうなっても知らないからね?」

歩夢「ごめん。ありがとう」

歩夢(行こう、歩夢。この子の過去を知るために)

歩夢「……」ペラッ


私は、日記を1ページ目を開く。

──瞬間、私の中にこの世界の歩夢の記憶が蘇ってくる。


歩夢「───────」


そして私は──気を失った。

73: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 23:03:02.33 ID:V+EEXKrK
・ ・・ ・ ・ ・ ・ ・

わたしは小さい頃、とても人見知りだった。

自分から話しかけるのは苦手なタイプであり、どちらかと言うと話を聞いている方が好きだった。


歩夢母『ねぇ、新しいお家どうする? 団地に住むか、一軒家に住むか……そろそろ決めましょうよ』


リビングからお母さんとお父さんの声が聞こえる。

どうやら新しいお家の事を話しているみたい。


歩夢(新しいお家、かぁ)

歩夢(別にどこでもいいけどなぁ)


これは幼稚園を卒園する前の話。

もうすぐ、わたしは小学生になる。


歩夢(……友達は……できないんだろうなぁ)


そんなネガティブな事ばかり考えていたのを、よく覚えている。

74: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 23:26:34.73 ID:V+EEXKrK
───────────

〇月〇日

あたらしいおうちがきまりました

いっけんやだって、おかあさんはよろこでた

ひっこしもおわって、あしたからはしょうがくせい

にゆうがくしきです

ともだちできるかふあんです

あときょうからにっきをつけることにしました

おとうさんからにゅうがくいわいでおおきいにっきちょうをもらったからです

おっきくておもい。

まいにちがんばります

───────────

75: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 23:36:13.84 ID:V+EEXKrK
歩夢『…………』ソワソワ

歩夢(き、緊張する)

歩夢(周りも知らない子ばっかだし……友達、やっぱりできないかなぁ)

『ねぇ! きみ、なんて名前なの!?』

『え?』


突然、隣の席の子から話をかけられる。ビックリしてしまった。


『あっ! ごめん。まずは自分から自己しょーかいだよね!?』

若葉『わたしは五十嵐若葉! よろしくねー!』


可愛いツインテールの女の子だった。なぜだか毛先が緑色だ。かわいい。

「ぱ」と1文字だけ書かれた不思議なTシャツを着ているその子は、ニカッと笑い──わたしに声をかけてくれたんだ。

歩夢『わ、わたしは……上原歩夢』

若葉『歩夢ちゃん!』パァァァァ

若葉『かわいい名前だね!』ニコッ

歩夢『か、かわ……!?////』

若葉「うん! 歩夢ちゃん、見た目もかわいいけど名前もかわいい!」

歩夢「え、えぇぇぇぇ!////」


急なべた褒め。顔が熱くなってくる。

かわいいだなんて、お母さん達くらいにしか言われたことがなかった。

76: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 23:44:56.50 ID:V+EEXKrK
若葉『ねぇねぇ! 歩夢ちゃんどこに住んでるの!?』

歩夢『え、えっとね。し、東雲』

若葉『ほんと!? 私も東雲だよー!』ニコニコ

歩夢『そ、そうなの?』

若葉『うんっ!』

若葉『東雲の団地に住んでてね! 場所は──』


グイグイと私に話をかけてくれる若葉……ちゃん?

──うん。若葉ちゃん。若葉ちゃんって呼ぼう。

彼女は、わたしにどんどん話しかけてくれた。
中々のマシンガントークだけど、話を聞くのが好きなわたしからしたらすごく助かる。


若葉『でも、良かったぁ〜』

歩夢『んー?』

若葉『歩夢ちゃんと席がとなりで! いがらしとうえはらで席があいうえお順だから良かったよぉ〜。私、今日の入学式……友達できるか不安だったんだ〜』

歩夢『わ、わたしも……』

若葉『そうなんだ! 一緒だっ』ニカッ

歩夢『ふふふっ。そうだねっ』ニコッ

若葉『これからよろしくね! 歩夢ちゃん!』

歩夢『うん! 若葉ちゃん!』


この日が、わたしの世界で一番大切な子との出会いだった。

77: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/07(月) 23:48:55.06 ID:V+EEXKrK
───────────

〇月◇日

ともだちができました。

なまえは、いがらしわかばちゃん。

やさしくて、かわいくて、おもしろいこ。

これから、なかよくなれるかな?

ううん。なかよくなりたい。

せきもとなりだし、あしたもがこうたのしみです。

きょうははやくねて、あしたにそなえます。

おやすみなさい。

───────────

78: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 00:07:40.62 ID:nZPZXIYr
わたしと若葉ちゃんが出会って1年と少しが経った。

仲良くなれるか不安だったけれど、わたし達はお互いを親友と呼び会える仲になった。

わたしは若葉ちゃんが大好き。若葉ちゃんもわたしを大好き。そんな日々が続いた。

彼女はいつも楽しそうで、いつもわたしを引っ張ってくれた。

──若葉ちゃんとずっと一緒にいたい。常日頃そう思っていた事も、よく覚えている。

そんな彼女は、今日も楽しそうにわたしに声をかけてくれる。


若葉『ねぇねぇ! 歩夢ちゃん!』

歩夢『んー?』

若葉『この雑誌見て! これ!』

歩夢『わぁ……可愛いお姉さん達がいっぱいうつってるねぇ』

若葉『だよねだよね!? スクールアイドルっていうんだって!』

歩夢『スクールアイドル?』

若葉『うん!』


雑誌を広げ、楽しそうに話す若葉ちゃん。かわいい。


若葉『はぁ……可愛いなぁ……──ねぇねぇ!』

歩夢『どうしたの?』

若葉『歩夢ちゃん、スクールアイドルになってみない!?』

歩夢『え、えぇ!? わたしが!?』


どんな無茶振り!? って思った。雑誌に載っているかわいいお姉さん達は、みんなキラキラしていた。

地味なわたしとは雲泥の差だ。


若葉『うん! 歩夢ちゃん可愛いしぜったいなれるよ! スクールアイドルに!』

歩夢『……うーん……自信ないなぁ』

若葉『そっかぁ……ざんねん……』


肩を落とし、しゅーんとする若葉ちゃん。

それを見たわたしは、とにかく彼女に元気を出してもらいたかった。

若葉ちゃんがそういうんだもん。やろう。頑張ってみよう。──わたしはそう決心したんだ。


歩夢『でも……』

若葉『ん?』

歩夢『──若葉ちゃんがそう言うなら、がんばってみようかなぁ』ニコッ

若葉『ほ、ほんと!? やったー!!』ギュッ!!

歩夢『わ、若葉ちゃん!?////』

若葉『もう、ときめきが溢れてサイッコーだよ!!』ギュュュュ

歩夢『こ、声大きいよ〜』オドオド


──幸せだった。

79: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 00:16:29.38 ID:nZPZXIYr
───────────

◇月〇日

日記をかくことにもすこしなれてきた。

もう一年くらいかいてます。

若葉ちゃんからおしえてもらったスクールアイドル。

みんなかわいくてキラキラしてたなぁ。

わたしもなれるかな? 若葉ちゃんはわたしをかわいいっていってくれるけど、あまり自信はありません。

けど、がんばろー。

若葉ちゃんのために!

今日も早めにねよう。

あ、あと今度お父さんのたんじょう日だ。

なにプレゼントしようかなぁ〜。こんどお母さんとそうだんしよう。そうしよう。

───────────

81: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 00:23:12.45 ID:nZPZXIYr
若葉『歩夢ちゃん!』

歩夢『どうしたの? 若葉ちゃん』

若葉『えっへへ〜!』


若葉ちゃんの笑顔は今日もかわいい。大好き。


歩夢『ん?』

若葉『私、音楽始めようと思うの!』

歩夢『お、音楽?』

若葉『そう!』

歩夢『具体的にどんなの……?』

若葉『うーん、ピアノかな!』

歩夢『また突然だね若葉ちゃん……』

若葉『いやぁ、歩夢ちゃんが前にスクールアイドルになるために頑張ろうかなって言ってくれたじゃん!?』

歩夢『若葉ちゃんが推してきたからね』

若葉『当たり前じゃん! 歩夢ちゃん可愛いから絶対スクールアイドルに向いてるもん。──って、話がズレちゃったよ』

若葉『歩夢ちゃんがスクールアイドルになって歌を歌う! そしてその歌を私が作る!』

歩夢『わ、若葉ちゃんが!?』

若葉『うん! はぁ〜……歩夢ちゃんが歌う姿を想像するだけで、ときめいちゃう〜!』

歩夢『』ポカーン

82: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 00:28:09.04 ID:nZPZXIYr
若葉『ね!? いいでしょ!?』

歩夢『す、すごく魅力的なお話だけど……』

歩夢『わたし、歌えるかなぁ……』

若葉『大丈夫だって! 私達はまだまだ小学生! 人生これからだよ歩夢ちゃん!』

歩夢『……』

若葉『大丈夫だって』

若葉『私、歩夢ちゃんの事たくさんサポートするから!』

歩夢『!!』

若葉『歩夢ちゃんならすっごいスクールアイドルになれるよっ』ニコッ


若葉ちゃんは、いつもわたしを引っ張ってくれた。

この子と出会えて、本当によかった。心の底からそう思う。


歩夢『──うん!』ニッコリ

若葉『えへへ! 約束!』

歩夢『わたしはスクールアイドルになって!』

若葉『私が歩夢ちゃんの歌を作る!』

歩夢『えへへっ──約束だよ、若葉ちゃん!』


──本当に幸せだった。

84: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 00:39:46.06 ID:nZPZXIYr
───────────

△月〇日

若葉ちゃんと大切な約束をした。

わたしはスクールアイドルになって、若葉ちゃんはわたしの歌を作ってくれる。

そしてそれを歌う。

なんて幸せなんだろう。

スクールアイドルになろう! ぜったいに!

お歌も練習して、体もきたえよう!

お勉強も頑張ろう。かわいい子になれるように、けんこうにも気をつけよう。

やることたくさんできた。

あと、お父さんのプレゼントも買いました。

おっきいヘビさんのぬいぐるみ! かわいいの!

よろこんでくれるかなぁ?

今日も早く寝て、明日にそなえよう。

本当に、幸せだなぁ。

───────────

85: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 00:45:45.27 ID:nZPZXIYr
歩夢母『……歩夢……』

歩夢母『明日から少しの間……学校おやすみよ』

歩夢『──え? な、なんで?』

歩夢『わたし、学校行きたいよ、お母さん』

歩夢『あれ、あと……お父さんは? もういつもなら帰ってきてるはずなのに……』

歩夢母『……っ……!』ポロポロ

ギュッ

歩夢『え? おかーさん?』キョトン




──幸せな日々は崩れ始めた。

87: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 01:02:17.38 ID:nZPZXIYr
───────────

×月〇日

お父さんが家に帰って来なくなっちゃった。

学校もなぜかお休みになって、よく知らない場所につれて来られた。

みんなくろいお洋服を着ていて、みんな泣いている。

大きな箱がおいてあって、のぞき見ようとしたら、みんなから止められた。

お母さんが、お父さんが寝てるからって泣きながら言っていた。

なんで起こしてあげないの?

そしてしばらくたって、お父さんの寝てるって言われている箱がたくさんの人に持ってかれちゃった。

そして、かそう場? ってところにわたしもつれてこられた。

なにするの? ってお母さんに聞いたら、今からお父さんはお空へしごとしに行くのよって言われた。

だめだよ! お父さんはわたし達からはなれちゃダメ! まだプレゼントあげれてないもん。

わたしがそう言うと、お母さんもまわりの大人もみんな泣きはじめた。

なんで? なんでみんな泣いてたの?

お父さん……いつお空のおしごとから帰ってくるのかなぁ〜。

早くプレゼントあげたいのに……。

───────────

89: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 01:11:35.99 ID:nZPZXIYr
歩夢『………………』


しばらく経って、わたしはお父さんが亡くなった事に気がついた。


若葉『歩夢ちゃん……』

ギュッ

歩夢『わ、若葉ちゃん……!!』


若葉ちゃんはわたしを、優しく抱きしめてくれた。

頭を撫でて、一緒に泣いてくれた。

わたしは、お父さんにあげるはずだったヘビのぬいぐるみを、若葉ちゃんにあげた。

代わりに持っていてほしかった。それを見ると泣きそうになっちゃうから。

若葉ちゃんは快く受け取ってくれた。サスケって名前を付けるって言っていた。

なんかの漫画の影響かな?

90: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 01:21:44.32 ID:nZPZXIYr
───────────

△月△日

お父さんに会いたい。

お父さんに会いたい。

お父さんに会いたい。

3回書いたら夢が叶うっておまじないを聞いた事があるけど、本当かな?

……お母さんも、忙しくなってしまった。今日もわたしは家でひとりぼっち。

家政婦さんが来て家事はしてくれる。ありがたい。けど、わたしはお母さんとお父さんがいい。

あの時の幸せな日々に、戻りたい。

……無理だよね。そんなの。

……若葉ちゃん。

若葉ちゃんに会いたい。

今日も早く寝て、早く学校に行って若葉ちゃんと会おう。

明日から4年生だ。クラス替え。

嫌だなぁ……若葉ちゃんと同じクラスになれるかな?

───────────



94: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 01:34:38.59 ID:nZPZXIYr



歩夢『…………』

ワイワイ、ザワザワ

歩夢『…………』


わたしは、若葉ちゃんと別のクラスになってしまった。


歩夢『…………』キョロキョロ

歩夢(周りの子達、みんな楽しそう)

歩夢(……学校って、こんなのだったっけ?)

歩夢(……若葉ちゃんは友達、できたかな?)

歩夢(──いや、できたに決まっている。若葉ちゃん、可愛くて明るいから、クラスの人気者だったし)

歩夢(わたしとは……大違いだ)


『ねぇ! あなた!』

歩夢『!?』ビクッ

歩夢『わ、わたし?』

『あなた以外いないでしょ! お名前なんて言うの?』

歩夢『!!』パァァァァ

歩夢(若葉ちゃんの時と一緒だ! わたしに話しかけてくれる優しい子。友達になれるかも)

歩夢『わ、わたしの名前は上原歩夢! よろしくね!』ニコッ

『うえ……はら?』

『──あぁ! あなた……あれか!』

『お父さんいない子でしょ?』

歩夢『──え?』


──わたしの幸せな日々が、崩れ始める。

95: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 01:43:44.38 ID:nZPZXIYr
歩夢『え……えっと……』

歩夢『わ……わたし……その……』


身体が震えた。

悲しいとかじゃなくて、恐怖だった。

なんでそんなこと平然と言えるの? って思ってしまった。
上手く声が出せない。


『え? そうなの?』

『あっ、あたしも聞いたことあるかも』

『授業参観とか運動会も、誰も来てくれないみたいだよね、あの子』

『複雑な家庭なのかな?』


ザワザワザワザワ


歩夢『……』プルプル


教室がざわつく。──やめて。


『ちょっと、みんな騒がしいよ! 上原さん困ってるじゃん』

■■『私の名前は■■だよ! これからよろしくね、上原さ〜ん』ニコッ


──この人の事は名前すら覚えていない。

96: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 01:54:09.35 ID:nZPZXIYr
■■『ねぇ、みんなとは違う上原さん!』

■■『これから私と仲良くしよーよ!』

歩夢『……え?』

■■『お父さんがいないかわいそーな上原さんと仲良くしてあげるよ!』

歩夢『…………』


嘘だ。絶対に裏がある。

この人は、わたしと仲良くしたいだなんて絶対に思っていない。悪意が見える。


■■『ねっ! 可哀想な可哀想な』

■■『うーえーはーらーさん!』

歩夢『──っ……!!』ジワッ


涙が出そうになる。こんな人と仲良くなりたくない。

怖くて目を瞑ってしまう。

怖い。──助けて。


歩夢(若葉ちゃんッ!!)


スタスタ──バンッ!!


歩夢『──え?』


わたしの机を思いっきり叩く音がする。


若葉『………………』

歩夢『若葉ちゃん……?』


目を開けると、そこには若葉ちゃんがいた。

97: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 02:09:28.77 ID:nZPZXIYr
■■『え? きゅ、急に何よあなた……』

若葉『隣のクラスの五十嵐若葉だよ。歩夢ちゃんに会いに来たんだけどさぁ』ニコニコ

若葉『途中からキミと歩夢ちゃんが会話してるのを聞いたの』ニコニコ

■■『そ、そうなんだ』

若葉『……』

若葉『そうなんだ、じゃないでしょ?』ギロリ

■■『!?』ビクッ!!

若葉『お父さんがいない? みんなとは違う子? 可哀想な可哀想な上原さん?』

若葉『……なんでそんな事平然と笑いながら言えるのさ……!!』

歩夢『わ、若葉ちゃん……わ、わたし……大丈夫だから……』

歩夢『ね?』

若葉『謝りなよ』

■■『へ?』

若葉『歩夢ちゃんに、謝りなさいよッ!!』ガシッ

■■『いっ、……いったいわね!! 離せよ!!』

歩夢『わ、若葉ちゃん!! だ、ダメだよ!! やめて!!』


そこからはもうその人に掴みかかる若葉ちゃんを止めるのに必死だった。ケンカが始まってしまった。

クラスはもう大騒ぎ。

ざわつく教室。二人のケンカに止めに入ろうとする学級委員長もいて、先生が来るまでそのパニックは続いた。




98: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 02:18:53.54 ID:nZPZXIYr
───────────

■月〇日

若葉ちゃんにケンカをさせてしまった。若葉ちゃんを怒らせてしまった。

わたしがすぐにあの子に「そんなひどいこと言わないで!」って言い返せばよかったのに……出来なかった。

若葉ちゃん。ごめんなさい。

弱いわたしのせいで、あなたがケンカをする原因を作ってしまった。

でも、若葉ちゃんはわたしを守ってくれるって言ってた。

本当に、ごめんなさい。弱いわたしを許してください。

あのひどい子も、泣いちゃってた。若葉ちゃんを絶対に許さないって言ってた。

……新しいクラス。嫌だなぁ。

学校に行きたくない。

けど、若葉ちゃんがいるから頑張れる。

明日も頑張ろう。

おやすみなさい。

───────────

99: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 02:34:29.60 ID:nZPZXIYr
若葉『歩夢ちゃん。その後はクラスメイトから酷いことされたりしてない?』

歩夢『え? う、うん。何もされてないよ』

若葉『ほんと?』

歩夢『うん。ほんと』コクリ

若葉『まぁ、歩夢ちゃんは嘘つかない子だし本当なんだろうなぁ』

若葉『よかったよかった!』ニッコリ

歩夢『よくないよ……』

歩夢『……若葉ちゃんがいない教室なんて……つまらないもん……。ずっと若葉ちゃんと一緒にいたかった』

若葉『歩夢ちゃん……!』キュンッ

若葉『あーもう! 歩夢ちゃんは可愛いなぁ!!』ギュッ!!

歩夢『わ、若葉ちゃん!?////』

歩夢『うぅ……恥ずかしいよ……』

若葉『そういう恥ずかしがっちゃう所も可愛いYO!』

歩夢『も、もぉ〜!///』

若葉『えへへ!』ニコニコ

歩夢『……もうっ若葉ちゃんったら……』ニコニコ

歩夢『──そう言えば若葉ちゃんも、新しいクラスはどうなの?』

若葉『え?』

歩夢『楽しい?』

若葉『………………』

若葉『うん! 楽しいよ!』

若葉『でも、歩夢ちゃんいないから私も前のクラスの方がいいかなぁ〜!』

歩夢『おぉ、同じ考えだね〜』

若葉『うん!』

若葉『……歩夢ちゃん』

歩夢『ん?』

若葉『歩夢ちゃんは私が守るからね』

歩夢『──うん!』ニコッ



──どうしてわたしは、この時の若葉ちゃんへの違和感に気がつけなかったんだろう。

一生後悔する。

100: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 02:41:21.82 ID:nZPZXIYr
───────────

×月◇日

書くことない。

若葉ちゃんがいない教室はやっぱりつまらない。

若葉ちゃん、今日も可愛かったし、かっこよかったなぁ〜!

大好き! すきすき! 大好き!

そうだ。若葉ちゃんの好きな所をひたすら書いていこう。そうしよう。

えーと、まずはわたしより背が小さいのに勇気があって、かっこいい。でも優しくて可愛くて愛おしくて可愛い!

あれ? 可愛いがいっぱい書かれちゃってる。

まぁでもいいか。

若葉ちゃんが可愛いのは当たり前だもんね。

───────────

101: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 02:49:57.27 ID:nZPZXIYr
───────────

〇月△日

若葉ちゃんの様子がおかしい気がする。

前より、笑わなくなった気がする。多少は笑うけど、前みたいに常に楽しそうな感じはなくて、なんか疲れてる気がする。

何があったんだろう?

それに、一緒に帰る時、たまに髪が濡れていることもあるし、上履きも何故か持ち帰っている。それに上履きの交換頻度が多い気がする。

なんなんだろう。……もしかして、あの時のケンカが原因でなにかされてるのかな?

そう思って若葉ちゃんに聞いてみても、若葉ちゃんは「歩夢ちゃんのせいじゃないよ」って言う。「私は大丈夫だから」とも言う。

……若葉ちゃん、本当に大丈夫かな?

本当に……同じクラスが良かったな。

会える時間が減ったから、何が起きているのか分からない事もある。

今日も早く寝よう。

おやすみなさい。

───────────

102: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 02:57:07.60 ID:nZPZXIYr
───────────

◇月■日

若葉ちゃんの様子がおかしい。

帰り道、突然泣き始めちゃった。

若葉ちゃんが泣いている所、初めて見た。

どうしたの? 若葉ちゃん。

何を聞いても、若葉ちゃんは「なんでもない。歩夢ちゃんのせいじゃない」って言う。

本当に? 本当にわたしのせいじゃないの?

……とにかく、明日学校に行ったらすぐに若葉ちゃんの教室に行こう。

……集団登校ルールのせいで、若葉ちゃんと一緒に学校行けないのほんとやだ。

同じ東雲なのに、グループ違うし……。早く会いたい。

明日に備えて、早く寝よう。

おやすみなさい。

───────────

103: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:05:34.65 ID:nZPZXIYr
歩夢『若葉ちゃん、どこにいるの?』


朝学校に来て、若葉ちゃんの教室に行く。

でもそこに若葉ちゃんの姿はなかった。

若葉ちゃんのクラスの子に「若葉ちゃんはどこ?」って聞くと、まだ来てないねって言われた。

色々な所を探す。学校内全てを、探す。

──見つからなかった。


歩夢(若葉ちゃん、どこにいるの?)

歩夢(あと行ってない箇所は……うーん……)

歩夢(屋上はまだ行ってないよね?)

歩夢(でも、先生から入っちゃいけないって言われてるよね……?)

歩夢『……とりあえず、行ってみよう』


屋上目指して、早歩きをする。


──本当に、ごめんなさい。

104: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:08:05.19 ID:nZPZXIYr
重い扉を開いて、屋上に入る。

──若葉ちゃんは、いた。


若葉『………………』


歩夢『わ、若葉ちゃん?』

歩夢『なんでそんな所に立っているの?』


若葉『………………』

若葉『……見つかっちゃったか……』


若葉ちゃんが屋上にいた。

フェンス越しに立っていた。

──なんでそんな所に立っているの?

105: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:11:28.91 ID:nZPZXIYr
歩夢『わ、若葉ちゃん……だ、ダメだよ』

歩夢『危ないから……戻ってきて? ね?』


──声が震える。


若葉『………………』

歩夢『危ないから……ほら……』

若葉『疲れちゃった』

歩夢『え?』

若葉『歩夢ちゃん』

若葉『私もう、疲れちゃったよ』

歩夢『な、何言ってるの……?』

若葉『……どうやったら楽になれるか、考えてたの』

若葉『そしたら……ここに立ってた』

歩夢『』

歩夢『だ、ダメだよ若葉ちゃん』

若葉『………………』

歩夢『戻ってきて……?』

若葉『…………疲れちゃったよ……歩夢ちゃん』

歩夢『や、やめて』


わたしの脳裏に、最悪な事態が想像される。


歩夢『やめて……やめてやめてやめて!!』

歩夢『若葉ちゃんッ!!』

歩夢『やめてッ!!』

若葉『………………』

106: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:14:43.72 ID:nZPZXIYr
歩夢『お願い、戻ってきて』

歩夢『わ、若葉ちゃんまで……いなくならないでよ……』


いなくなっちゃったお父さんと、若葉ちゃんの姿が重なる。

わたしは必死に若葉ちゃんへ声を掛け続けた。


歩夢『お願いだから……やめて……っ……!』

若葉『………………』

歩夢『ほ、ほら!』

歩夢『や、約束したじゃない』

歩夢『わたしがスクールアイドルになって、若葉ちゃんがわたしの歌を作る』

歩夢『……ね?』

若葉『……そんな約束、してたね』

歩夢『え?』

若葉『もうさ』

若葉『いいよ、そんなの』

歩夢『』

若葉『それにさ』

若葉『私が……こんなに……辛い思いをするようになったのは』

若葉『──歩夢ちゃんのせいじゃん』


歩夢『──え?』

107: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:19:29.56 ID:nZPZXIYr
歩夢『わたしの……せい……?』

若葉『!?』

若葉『え? いや……ち、違う……!』

若葉『わ、私……そんな事思ってなかったのに……!!』プルプル

歩夢『──わ、若葉ちゃん! 危ないよ!!』

歩夢『早く、戻ってきて……!!』

歩夢『お願いだからッ!!』

若葉『歩夢ちゃん……』

歩夢『お願いだから……戻ってきて……』

若葉『…………』クルッ

若葉『歩夢ちゃん』ニコッ

歩夢『!!』パァァァァ

歩夢『若葉ちゃん! 戻ってきてくれ──』



若葉『ごめんね。それは……できないや』



歩夢『──へ?』

108: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:23:21.33 ID:nZPZXIYr
若葉『私……もう……心に余裕が無いんだ』

若葉『歩夢ちゃんのせいじゃないのに……私……』

歩夢『わ、若葉ちゃん……』

歩夢『お願い、やめて……!!』プルプル

若葉『えへへ……歩夢ちゃん』

若葉『ごめんね』ニコッ



──若葉ちゃんの姿が、わたしの視界から消えた。

109: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:26:30.33 ID:nZPZXIYr
歩夢『』

歩夢『』

歩夢『』

歩夢『』

歩夢『』

歩夢『ぁぁ……!』

歩夢『ああああ……』

歩夢『いや……いやぁ……ぁあ……!!』

歩夢『───────』

歩夢『あああぁぁぁああああああああッ!!』

110: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:28:33.33 ID:nZPZXIYr
───────────

■月■日

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

わたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだわたしのせいだ

───────────

111: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:33:46.90 ID:nZPZXIYr
───────────

〇月〇日

若葉ちゃんは生きていたと聞いた。

木に引っかかって、衝撃が緩和され、両足の骨折で済んだと聞きました。

でも、誰も会えない状態らしい。

精神的問題で。

……わたしのせいだ。

本当にごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

なんで若葉ちゃんの様子がおかしかった事を、もっと気にしなかったんだろう。

わたしのせいだ。

わたしは、世界で一番大切な子の人生を、壊してしまったんだ。

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

───────────

112: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:40:22.28 ID:nZPZXIYr
───────────

◇月◇日

若葉ちゃんのクラスの子から、若葉ちゃんのことを聞きました。

若葉ちゃんは酷いイジメにあっていたようだ。

わたしは自分のおろかさを呪います。



なんでもっと若葉ちゃんによりそわなかったんだろう。

わたしは、ばかだ。

若葉ちゃんのじんせいは、わたしのせいでこわれてしまいました。

ほんとうに、ごめんなさい。

───────────

113: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:50:52.54 ID:nZPZXIYr
───────────

■月◇日

神様はなんでこんなに残酷なの?

なんでわたしから大切な人ばかり奪っていくの?

お父さん。仕事で忙しくなってしまった、お母さんとの楽しい時間。

世界で一番大切な若葉ちゃんとの日々。

わたしは若葉ちゃんとずっと一緒にいたかった。それだけなのに。

なんでわたしから全部奪うの?

分かってる。わたしのせいでしょ?

でも、あまりにも理不尽過ぎる。

なんでわたしから全部奪うの?

……なんで若葉ちゃんがイジメられなくちゃいけなかったの?

わたしのせいだよね? そんなのは知ってるよ。

じゃあ、なに? わたしはこの世に産まれちゃいけなかったの?

若葉ちゃんとわたしの大切な日々は、なくなっちゃったのに。

若葉ちゃんとずっと一緒にいたいという夢は、叶わなくなっちゃったのに……。


な ん で 楽 し そ う な 人 達 が た く さ ん い る の ?

───────────

114: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/08(火) 03:52:53.69 ID:nZPZXIYr
───────────

■月□日

絶対に許さない。

───────────

131: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 17:35:53.18 ID:O8e54w7C
『ね、ねぇ■■ちゃん。五十嵐さんの事……本当に隠すつもりなの?』

■■『当たり前でしょ! なに、あなた先生にでも言おうと思ってるの!?』

『ち、違うよ! でもだって……あんな事になるだなんて……』

■■『う、うるさいよ! 他クラスの事なんだから……わ、わたし達は関係ないよ!!』

■■『このまま静かに過ごせば……バレないよ』

『……■■ちゃんが五十嵐さんのクラスの子達に指示出てたんじゃん……』

■■『!! あんた達だって楽しんでたじゃない!!』

『そ、それは■■ちゃんが!!』



歩夢『おはようございまぁす』


■■『!?』ビクッ

『『!?』』ビクッ!!

133: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 17:48:04.23 ID:O8e54w7C
■■『う、上原さん……』

歩夢『みんな早いね〜。どうしたのこんな朝早くから下駄箱前で集まって』

『な、なんでもないよ』

『う、うん!』

■■『たまたま早く登校しただけ! 行きましょうみんな』

歩夢『動いたら殺す』

■■『──へ?』

歩夢『動いたら殺す』

■■『……な、何言ってるの……?』

バァンッッッ!!

『ひぃ!!』ビクッ!!

歩夢『聞いてる? 動かないで。全員だから。──わかった?』

『う、うん……わかった』

『…………』

歩夢『……』

バァンッ!!

『わ、わかった!! わかったから下駄箱叩かないでよ!! こわいよ!!』

■■『……』

歩夢『……ねぇ、あなたも聞いて──』

■■『やだ! こわーい』

歩夢『…………』

134: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 17:59:06.42 ID:O8e54w7C
■■『上原さん、そんな子だったっけ? もっと大人しい子だも思ったのにどうしたの? 急にイキリ始めてない?』

■■『それに、殺すってひどくな〜い? 暴言だよそれー』

『た、たしかに……』

『せ、先生が殺すとか死ねとか言っちゃいけない事だって言ってたもんね!』

歩夢『じゃあ隣のクラスの五十嵐若葉ちゃんの事はイジメても良かったの?』

■■『──へ?』

歩夢『ふーん、そっかぁ』

歩夢『殺すとか暴言はダメで、イジメはやってもいいんだ』

歩夢『すごいねぇ』

■■『な、なんで……』

歩夢『隣のクラスの子達に普通に聞いたら教えてくれたよ?』

■■『な、なんで!!』

『みんな言わないって言ってたのに……』

■■『!! ちょっとあんた、変な事言わないでよ!! ──上原さん、嘘だよそんなの。隣のクラスの子達の嘘だよ!!』

『そ、そうだよ!!』

歩夢『そうなの?』

『う、うん!』コクリコクリ

135: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 18:09:14.49 ID:O8e54w7C
歩夢『全部■■さん達の指示だったって聞いたけど……嘘なの?』

歩夢『へ〜』

歩夢『ほんと?』

『あ、当たり前じゃん』

歩夢『ほんと?』

『な、何回聞くの!?』

歩夢『ほんと?』

『……う、うん』

歩夢『ほんと?』

『……』

『み、■■ちゃん……こ、この子怖いよ……』ガクガク

■■『……』ゴクリ

■■『……証拠出しなさいよ証拠!』

歩夢『は?』

■■『わたし達が五十嵐さんをイジメてたって証拠を!!』

歩夢『……』

■■『ほら、証拠ないじゃん! 証拠ないんだったらその子達の嘘に決まってるよ!!』

136: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 18:23:46.48 ID:O8e54w7C
ピッ ──ザザッッ

『……■■ちゃんが五十嵐さんのクラスの子達に指示出てたんじゃん……』

『!! あんた達だって楽しんでたじゃない!!』

『そ、それは■■ちゃんが!!』


■■『……え……?』

歩夢『ついさっきあなた達が話してたじゃない』

■■『──』サァァァ

歩夢『最近の録音機って音質良いよね〜』ニコニコ

歩夢『お小遣い無くなっちゃったけど、良いのが買えたよ』

歩夢『あっ、何を指示していたかしっかり録音されてないって言うかな? 大丈夫安心して。若葉ちゃんのクラスの子達の証言も録音してあるよ』

歩夢『トイレの中で水掛けたりとか上履きに落書きしたり捨てたりとか典型的なイジメもやってたんだってね』

歩夢『しかも指示出すだけじゃなくてあなた達も参加してたこともあったんでしょ? よくそれで他クラスだから関係ないとかバレないなんて言えたね〜』

歩夢『ね?』ニコニコ

『……』

歩夢『……』ニコニコ

『……』

歩夢『……』ニコニコ

■■『……え、えっと……』

歩夢『…………』

歩夢『あと……なんだっけ……?』

歩夢『画鋲で……若葉ちゃんの……ッ、身体に……穴、開けて遊んでたんだって…………?』

137: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 18:34:21.06 ID:O8e54w7C
『う、上原さん! 違うの!! 全部■■さんの指示なの!!』

『そ、そうだよ!! 私達は巻き込まれただけ!!』

■■『ふ、ふざけないでよ!!』

『黙っててよ! 最低な人の癖に!!』

■■『う、上原さん!』

歩夢『なに?』

■■『お、お願い……先生に言わないで……』

■■『ま、ママ達に……お、怒られちゃう』

歩夢『』ピキッ

歩夢『怒られる?』

■■『ん、ん!』コクリコクリ

■■『わ、私の家……親が厳しいから……こ、こんな事バレたら』

歩夢『怒られる?』

■■『……う、うん』

歩夢『怒られる?』

バンッ!! ──バン、ガンガンッ!! バァンッッッ!!

『『『!?』』』ビクビク

歩夢『怒られる?』ボタ、ボタ

『……』ガクガク

『ひ、ひぃ……! ち、血が……手から……』

■■『…………』プルプル

139: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 18:46:21.18 ID:O8e54w7C
歩夢『──』ボソボソ

『へ?』

歩夢『こんな時にまで自分の心配してるのおかしいでしょなんで若葉ちゃんがこの子がああなればよかったのにわたしの世界で一番大切な若葉ちゃんへの謝罪よりも自分の心配──』ブツブツブツブツ

■■『ヒッ……!!』

歩夢『』

歩夢『』

歩夢『』

歩夢『……』ニコッ

歩夢『大丈夫!』ニコニコ

歩夢『先生には言わないよ』ニッコリ

歩夢『というか言うつもりは無かったもん』

■■『!? ほ、ほんと?』

歩夢『うん!』

143: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 19:02:02.98 ID:O8e54w7C
歩夢『ねぇ、■■さん』

歩夢『親に怒られるのが怖いんだよね?』

■■『う、うん』

歩夢『なら、わたしから良い提案があるの!』

■■『い、良い提案……?』

歩夢『うん』

歩夢『屋上から飛べば良いんだよ』

■■『は?』

歩夢『そうしたら、二度と怒られる心配もないよ』

■■『い、いやいや……何言ってるの……?』

歩夢『え? いやなの?』

歩夢『仕方ないなぁ』

ガシッ

■■『え、ちょ、ちょっと』

歩夢『ほら、屋上行こうよ。連れてってあげる』

歩夢『あっ、なんなら一緒に飛ぼうよ! わたしも一緒に飛ぶっ』ニッコリ

歩夢『うん。そうだよね。若葉ちゃんがイジメられちゃったのは──わたしのせいだもんね!』ニコニコ

■■『』

歩夢『さっ、一緒に行こう』ズル、ズル

■■『』

歩夢『これで怒られなくなるよっ』ニッコリ

■■『や、やだ……』

■■『やだやだやだやだ!!』

■■『やだぁ!! 離してよぉ!!』

146: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 19:18:40.06 ID:O8e54w7C
歩夢『でも羨ましいなぁ……怒ってくれる親がいるなんて幸せだよね』スタスタ

■■『助けて! だ、誰かぁ!!』

『『……』』

歩夢『わたしはあんまり怒られたことないからなぁ……すっごく寂しいの』スタスタ

■■『離して! 離して離して!!』グイ、グイッ!!

歩夢『あっ、でも若葉ちゃんはわたしに優しくしてくれるだけじゃなくて、たまーに怒ってくれるの。そういう所も大好きなんだぁ』スタスタ

歩夢『若葉ちゃんに会いたいなぁ』

■■『う、上原さん……聞いてる!?』

歩夢『若葉ちゃん、サスケの事大事にしてくれてるかな? もう捨てられちゃったかなぁ』スタスタ

歩夢『若葉ちゃんが飛んじゃったのはわたしのせいだもんね』スタスタ

歩夢『若葉ちゃんに会いたいなぁ』

■■『ひぃぃぃ……!』ガクブルガクブル

■■『──助けてぇぇぇ!!』




──この後、騒ぎに気がついた先生から止められた。

わたしはその後、呼び出しをくらって、お説教を受けました。

ケンカのやりすぎは良くないって言われてね。

わたしは黙ってそのまま怒られ続けた。特に何も言わず、黙って怒られた。

わたしの様子を■■さんはオドオドしながら見ていた。──わたしが先生に若葉ちゃんの事を言わないか、心配してたんだろうな。

甘やかされて育った、親の見ていないところで好き勝手するずるい人。──わたしと二度と関わらないでほしい。

心の底からそう思った。

147: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 19:26:15.78 ID:O8e54w7C
───────────

◇月△日

今日、初めて先生に怒られた。

初めての経験だ。あんな感じなんだね。

それにしても、今日はいけない事をたくさんしてしまった。


他人の下駄箱なのに、いっぱい叩いてしまった。

物に当たっちゃダメだよね。

歩夢ちゃん。若葉ちゃんがいたらそう言って怒ってくれるかな?

基本的には甘やかしてくれるから、どうだろ?

まぁ、もう若葉ちゃんはわたしに会いたくないだろうから、考えるのはやめよう。

おやすみなさい。

───────────

148: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 19:30:41.26 ID:O8e54w7C
───────────

●月〇日

若葉ちゃんが転校した。

若葉ちゃんのクラスの担任から聞きました。

もう二度と会えないんだろうね。

本当にごめんなさい。

───────────

149: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 19:42:57.96 ID:O8e54w7C
『う、上原さん』

歩夢『……なに?』

『い、五十嵐さんの事……他のクラスの子から聞いたの……』

歩夢『……』


ある日、突然一人のクラスメイトから話をかけられた。

確かこのクラスの学級委員長の子だ。

若葉ちゃんと■■さんがケンカした時に止めに入った子。


『えっと……その……友達だったんでしょ?』

歩夢『……いきなりなに?』

『その……残念だったなって思って』

歩夢『は?』

『わ、私達になにか出来ることあったら言って! 同じクラスメイトなんだし!』

歩夢『』


この子の掛け声に連動するかのように、クラスのみんなが騒がしくなる。

ざわざわざわざわと、騒々しい。

とても耳障りだった。

150: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 20:04:08.23 ID:O8e54w7C
『なにかしてほしい事とかあったら言って! わたし、なんでもす──』

歩夢『──じゃあ時間を戻してくれる?』

『え?』

歩夢『すっごく後悔してることがあるの』

『そ、それは……』

歩夢『ほら、何も出来ないよね?』

『……』

歩夢『意地悪な事言ってごめんね。──でも、大抵何も出来ないよね?』

『そ、それでも!』

歩夢『……あなたすごいね』

『え?』

歩夢『よく事情も知りもしないのに、この個人の問題に首突っ込めるなんて……本当にすごいよ』ニッコリ

『……』

歩夢『……』スタ

ガシッ スッ──

『え? 急にイス持ち上げて……ど、どうしたの?』

『あ、危ないよ……?』

151: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 20:18:33.30 ID:O8e54w7C
歩夢『ッ!!』ブンッ!!

──ガンッッ!!

『へ? ──え?』ペタン…

歩夢『……』

ザワザワザワザワ

『な、何……なんで急にイス投げたの……?』

『こ、こっわ……!』

『あの子、上原さんの為に色々言ってたのに……』

ザワザワザワザワ

歩夢『ッ……!!』ギリッ

歩夢『……るさい』

『へ?』

歩夢『うるさいんだよ……どいつもこいつも……ざわざわざわざわと──うるっさいんだよッ!!』

歩夢『全員黙っててよ!!』

歩夢『──それにあなたも……中途半端な偽善が!! 一番いらないのッ!!』

『ひっ……! ご、ごめんなさい! ごめんなさい!』ビク、ビク

歩夢『……っ……』

歩夢『──次は当てるから』ギロリ

歩夢『わたしに二度と話しかけないで』

154: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 20:25:16.34 ID:O8e54w7C
『『『…………』』』

歩夢『……』


教室が静まり返る。

昨日のテレビの話題で楽しく会話してた子達も、楽しそうにじゃれあっていた子も──わたしとこの子の様子を見て話していた子も……みんな静かになる。

──わたしのせいで。


歩夢『…………』


とある子の声が、私の耳に届く。

静かな教室だったから、よく響いた。


■■『あの子、狂ってるよ……』



──わたしの幸せな日々は、もう無くなってしまった。

158: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 20:32:06.12 ID:O8e54w7C
───────────

●月●日

また物に当たってしまったし、わたしに話しかけてくれた子にひどいことを言ってしまった。

でも、我慢できなかった。イライラしちゃったんだもん。

あと、狂ってるって言われた。

その通りだね。

あの子の言う通り、わたしは狂ってる。

だから誰もわたしに話しかけないでほしい。

人が嫌いだから。

誰もわたしに関わらないで。

───────────

161: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 20:43:33.55 ID:O8e54w7C
───────────

■月●日

今日から中学生。

変わった事は特にない。

お小遣いが少し増えるくらい。

あと制服か……なんか少し大人になった気分。

お母さんからお小遣い増えるの嬉しい? って聞かれたけれど、何も答えずに家を出て学校へ向かってしまった。

無視しちゃってごめんなさい。でも最近、どうやってお母さんと話せばいいのか分からないの。

本当にごめんなさい。

───────────

163: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 21:14:17.69 ID:O8e54w7C
───────────

◇月●日

中学生活にも少し慣れてきた。小学生の頃みたいな、みんなで仲良く! みたいな雰囲気も無くなって、グループでいる子達が増えた。

その為、他人に関わろうとしないわたしには皆あまり話しかけてこない。楽。

ただ、変な子に目をつけられた。

所謂不良という感じの子。

あまりにもしつこい。それに、その不良の周りにもわらわらと人が集まっている。

ご主人様に従う犬みたいだ。

毎日毎日楽しそうにしている。

ムカつく。本当にムカつく。

わたしに関わらないで。

───────────

164: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 21:22:32.53 ID:O8e54w7C
───────────

△月■日

不良の子を無視し続けていたら、遂に手を出された。

ひっぱたかれた。

痛かったなぁ……。

まさか手を出されるとは思わなかった。無視されるのがイライラするって言ってた。

わたしはその事に無性にイライラしてしまって、やり返してしまった。

楽しそうな日々を送っているあなた達が、無視された程度でイライラしないでよ。

本当にムカつく。ムカつくムカつくムカつく。

わたしの身体を傷付けていいのはあの子だけなのに。

───────────

165: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 21:32:25.69 ID:O8e54w7C
───────────

■月〇日

今日もケンカしてしまった。

最近、ケンカしてばかりだ。髪型も動きやすいポニーテールに変えてしまった。そっちの方がやりやすいから。

なんなんの? 本当に。

わたしはケンカをする為に身体を鍛えていたわけじゃない。

誰かとケンカすると、その人の仇だって感じで別の誰かがケンカを吹っかけてくる。

馬鹿なんじゃないの?

勝手にやっててほしい。わたしを巻き込むな。

……でも、やられっぱなしは腹が立って仕方ないから、わたしはやり返してしまう。

わたしも馬鹿なんだよね。

ケンカは同じレベルの子達でしか起こらない。

お父さん、お母さん。こんな子に育っちゃって、ごめんなさい。

───────────

168: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 21:49:20.76 ID:O8e54w7C
───────────

◇月■日

明日から高校生だ。

選んだ高校は、虹ヶ咲学園。

虹ヶ咲学園を選んだ理由は、何となく。自由な校風に惹かれた。

あと、制服かな。若葉ちゃんが着たらすごく似合いそうな制服が目に映って、受験することにした。

若葉ちゃんと一緒に着たかったなぁ。虹ヶ咲学園の制服。

最近、自分がどういう風に生きたいのかわからない。

このまま生きていて良いのかもわからない。

若葉ちゃん、今あなたはどう過ごしていますか?

幸せな時を過ごせていますか? 過ごせていたのなら、嬉しいです。

わたしは高校生になっても、中学生の頃と変わらない生活しか送れないんだろうな。

どうせ同じ事の繰り返しなんだ。

生きていて、良い事なんて何も無い。

───────────

169: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 21:59:26.80 ID:O8e54w7C
歩夢(校舎……でっか……)


今日からわたしが通う虹ヶ咲学園。

虹ヶ咲学園前駅があり、そこからですらよく校舎が見える大きい学園だ。

中学校とはレベルが違う。少し、すこーしだけワクワクする自分がいた。

校舎内を目指し、歩く。


歩夢『……ん?』ピタッ



愛『おぉ〜……!』パァァァァ



歩夢『……』


キラキラした表情で、虹ヶ咲学園を見上げる金髪の女の子がいた。

170: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:06:19.42 ID:O8e54w7C
歩夢『……』


別にそのまま気にせず校舎に入ればよかったのに、わたしにはそう出来なかった。


歩夢『ねぇ』

歩夢『そこに立たれるの』

歩夢『邪魔なんだけど』


こんなこと言うつもりもなかった。

でも──楽しそうな表情が少し気に食わなかった。


歩夢(本当に、どうしようもないな。わたし……)


自分で自分が嫌になる。

──ただ、金髪の女の子からは意外な反応が返ってきた。


愛『あ?』

愛『こんなに道広いんだから少しズレて歩けば良いだろーが』

歩夢『……』

歩夢(あっ、この子)

歩夢(わたしと同じか)


──こんな子に育ってしまって、ごめんなさい。

171: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:11:09.00 ID:O8e54w7C
歩夢『こんな道のド真ん中で校舎見上げながら立たれると邪魔なんだって言ってるんだけど?』

歩夢『日本語分からないの? 頭悪そ〜』


──嫌い。


愛『……アタシ、この学校で一番成績の良い情報処理学科の新入生なんだけど。普通科と偏差値の差が凄いの知ってるか?』ニコニコ

歩夢『…………』

愛『はっ』

愛『ちゃんと調べてからマウント取れよ。ばーか』

歩夢『……』

歩夢『ふふっ』

愛『あ?』

歩夢『頭の良い情報処理学科の人も、あんなお子ちゃまみたいな表情で学校見るんだね』

歩夢『頭脳は大人、見かけはお子ちゃまなんだね』クスクス


──嫌い。


愛『』ピキッ

愛『おい』

愛『今アタシの事、馬鹿にしただろ?』

歩夢『……最初から馬鹿にしてるよ?』

歩夢『頭良くても、そんな事も分からないんだねぇ』


──こんなこと言ってしまう自分が大嫌い。

175: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:16:58.52 ID:O8e54w7C
愛『……』

歩夢『……』

愛『表出ろ』

歩夢『……ここ外だっつの』

歩夢『ばーか』

歩夢(自然と煽ってしまう。本当にろくな人間じゃないなぁ……わたし)

愛『ッッ……!!』プルプル

愛『ケンカする時のお約束だろうが!!』

歩夢『知らないっての』

歩夢『てか、声デカいんだけど』

歩夢『それに、さっきから余計な事ばっかペラペラ喋ってさ』

愛『』

歩夢『ほんっと』

歩夢『弱い犬ほど良く吠えるんだよなぁ』

愛『』ブチッ


わたしの入学式初日は、こんな感じだった。

176: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:26:44.55 ID:O8e54w7C
───────────

◎日■日

今日から高校生。

中学の頃と変わらず、またケンカをしてしまった。

本当に、どうしようもない。

消えたい。こんな自分が大嫌い。

すぐにイライラしてしまう、自分をコントロール出来ないわたし。

本当に、なんのために生きているんだろう。

他人の人生を壊す、親不孝者。上原歩夢。

今日の金髪の女の子とケンカしてしまった原因。明らかにわたしのせいだ。

……虹ヶ咲学園はとても広いから、学科も違うし二度と関わらないだろうけど、本当に悪いことをしてしまった。

ごめんね。

───────────

177: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:41:44.04 ID:O8e54w7C
愛『おい』

歩夢『……』

愛『昨日はよくもやってくれたなぁ……!』

歩夢(まさか連日話すことになるなんて思わなかったよ)

歩夢『……はぁ……』

歩夢『なんの用?』

愛『決着付けるぞ』

歩夢『はぁ?』

歩夢『10対0でわたしの勝ちでしょ』

愛『まだアタシは負けを認めてねーんだよ』

歩夢『……そんなくだらない事言う為にわざわざ普通科の教室まで探しに来たの?』

歩夢『こんな広い学校の中でご苦労さまだね〜。暇人だね〜』


正直、こんなこと初めてだった。わたしとケンカして負けた子は、二度とわたしに話しかけてこない子しかいなかったから。


歩夢『その頭のしっぽを揺らしながらここまで来たんだね』

歩夢『んー、えらいえらい。可愛いワンちゃんだぁ〜……ナデナデしてあげよーか?』

愛『……ッッ』プルプル

愛『てめぇもアタシと同じ髪型してんだろーが!!』バンッ!!

歩夢『……机叩くなよ』

歩夢『うるさい』

歩夢(適当に煽って、時間を稼いで帰ってもらおう。ホームルーム始まって先生が来たら追い出してもらえるでしょ)

178: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:49:30.95 ID:O8e54w7C
ザワザワザワザワ

『え? なに? ケンカ?』

『こわ……』

『……絶対にあぁいうヤンキーっているよねぇ』

ヒソヒソヒソヒソ


歩夢『!!』

───────────

ザワザワザワザワ

『な、何……なんで急にイス投げたの……?』

『こ、こっわ……!』

『あの子、上原さんの為に色々言ってたのに……』

ザワザワザワザワ

───────────

歩夢『…………』


ざわつく教室は、あの時の事を思い出してしまう。


歩夢『ねぇ』

歩夢『静かにしててくれる?』

歩夢『うるさいんだけど』


──イライラするなぁ。

179: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 22:54:27.73 ID:O8e54w7C
『『『……』』』

歩夢『……』


教室がシーンと静まり返る。


歩夢(決着付けに来た、か)

歩夢『……場所変えよ』

愛『!!』

歩夢『昨日みたいにまたボコボコにしてあげるよ』

歩夢『このバカ犬が』


こんな完全に八つ当たりだ。

──本当に、ごめんなさい。

180: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:03:07.36 ID:O8e54w7C
───────────

〇月◎日

入学から2日目。

まさかの邂逅でびっくりした。

いや、まぁあの子が教室に乗り込んで来たから邂逅ではないか。そんなことはどうでもいいね

ケンカする気は無かった。

あんな事する気は無かったのに、騒々しい、ざわつく教室にイライラしてしまってダメだった。

本当にごめんなさい。

ごめんなさい。

生まれてきてごめんなさい。

───────────

182: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:11:22.50 ID:O8e54w7C
───────────

■月◎日

入学してからしばらく経った。

今日も変わらず、金髪の女の子に声をかけられる。

名前は宮下愛。ヤンキーだ。

彼女は執拗にわたしと決着を付けようとする。

最初は無視してケンカを断っていたけれど、あの子は何回もわたしにケンカを吹っかけてくる。

決着付けるぞ! って何回も言ってくる。

なんなんだろう。いったい。

こんなのはじめて。

いやまぁこんなはじめて嫌なんですけどね普通に。

明日も学校だし、早く寝よう。あの子とのケンカで怪我したくないし。

そうだ。宮下愛の為に仕方ないから救急セットも持っていこうかな?

舐めんなって怒られそうだけど。まぁいいや。

おやすみなさい。

───────────

184: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:18:52.45 ID:O8e54w7C
───────────

△月△日

今日も今日とて宮下愛とのケンカの日々。

でもなぜかお昼ご飯を一緒に食べた。

というか勝手に横に座られた。

なんなんだろう。本当に。

それだけじゃなく、あの子のファンの子達の愛トモ? とかいう集団ともご飯を食べた。

意味わからない。

あの子達もケンカ仕掛けてきたから1回ボコボコにしたけど、「めっちゃ強いね〜」とか言いながら翌日普通に話しかけてきた。鋼メンタル過ぎるでしょ。

……調子が狂う。

私に関わらないでほしいのに、虹ヶ咲学園の子達は、なんか違う。

今日も早めに寝よう。

おやすみなさい。

───────────

187: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:25:46.12 ID:O8e54w7C
───────────

○月✕日

最悪!

なんかわたし、虹ヶ咲学園の狂犬って呼ばれてるんだけど!?

わたしは犬じゃないもん!

ムカつく、ムカつくムカつくムカつく!!!!

これも宮下愛とのケンカの日々のせいだ!!

許さない!

明日に備えて、今日も早く寝よう。

おやすみなさい!!!!

───────────

191: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:33:06.25 ID:O8e54w7C
───────────

○月■日

わたしが虹ヶ咲学園の狂犬って呼ばれている原因はあなただって言ったらなぜかすっごく笑われたのでボコボコにした。

宮下愛だって狐みたいな髪型してるのに!

なんでわたしは狂犬であの子は愛さんなの!?

納得いかない!

虹ヶ咲学園の狂狐ってあだ名を誰か命名してよ。
↑なんか人狼の役職みたい。

……宮下愛、変な子だよね。

なんか、グイグイ来る感じとニカッて笑う雰囲気が



少し若葉ちゃんと似てる気がする。

───────────

197: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:50:11.32 ID:O8e54w7C
愛『はぁ……はぁ……!!』

歩夢(今日も今日とていつものケンカ)

歩夢『ほんと毎回毎回──あなたしつこいんだけど』

歩夢『そんなに殴られるのが好きなの?』クスクス

歩夢(宮下愛……本当に変わった子)

歩夢(こんな感じでやられても、普通に話しかけてくるんだもん)

愛『好きなわけ、ねぇだろうが!!』 ヒュッ!!

歩夢『おっとっと』ヒョイ

歩夢『あははっ。女の子の顔を狙うなんて、ナンセンスだね♪』

愛「ッ!! こ、この……ッ!!」プルプル

愛『絶対一発入れてやるからなァ……!!』

歩夢『……やれるもんならやってみなよ』

歩夢(すごい子だよ、あなた)


周りの野次馬は邪魔だったけれど、正直この時間も嫌いではなかった。

わたしと宮下愛はこうすることでしか気持ちを表現出来ないんだ。

それもそうだ。別にわたし達は友達ではないから。

──お昼ご飯も、たまに一緒に食べるけれど、特に笑うような会話もない。

お互い無言の時だってある。


歩夢(でもなんだろうね)

歩夢(あなたの事は、嫌いじゃない)


──そんな風に思っていた時だった。


エマ『だ、ダメッ!!』

愛『へ?』

歩夢『は?』


──わたしは結局、あの時と変わらない、自分をコントロール出来ない人間なんだってこの時に気が付いたんだ。

199: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/09(水) 23:54:58.05 ID:O8e54w7C
歩夢『…………』

歩夢(え? 誰? この人)

エマ『…………』

愛『お、おいあんた! 何して……危ねぇから離れろって!』

エマ『やだ!』

愛『!?』

エマ『ケンカ……ダメ』

愛『え、えぇ……』

歩夢『……ふふっ』クスクス

エマ『!!』ビクッ!

歩夢『なんですか? あなた急に』

歩夢『ケンカを止めるのが美徳とでも思ってるんですか? 何か漫画やドラマでも見て影響されたんですかぁ?』

歩夢(邪魔しないでよ)

歩夢(早くどこかへ行って)

エマ『ち、違う! でも、ケンカ……ダメだよ』

歩夢『……』

200: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 00:03:57.94 ID:DFifZNka
歩夢『!!』

───────────

『えっと……その……友達だったんでしょ?』

『その……残念だったなって思って』

『わ、私達になにか出来ることあったら言って! 同じクラスメイトなんだし!』

───────────

歩夢『……』


──部外者が入ってこないでよ。


歩夢『ムカつくなぁ』

愛『!! ──おい、上原! カンケーねぇ奴は巻き込むなよ!!』

歩夢『は? 関係ない?』

歩夢『ケンカ止めに介入して来たんでしょ? ならもう関係あるんじゃない?』

愛『ッッッ』

歩夢『それにさぁ……』

歩夢『ムカつくんだよねぇ』

歩夢『──こういう偽善者が、いっちばんね』ギロリ

エマ『……』ジッ

歩夢『……』

201: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 00:17:44.44 ID:DFifZNka
エマ『なんでケンカしちゃったの……? 理由があるなら、わたし聞くから』

歩夢『……』

歩夢『話して何かしてくれるんですか?』

エマ『で、できること……あるかもしれない』


───────────

『なにかしてほしい事とかあったら言って! わたし、なんでもす──』

───────────


あの時のあの子と、この人の姿が重なって仕方がない。


歩夢『ははっ、面白いこと言いますねぇ』

歩夢『そういう場合、大抵なにも出来ませんよ?』

エマ『……』

歩夢『……個人の問題に首突っ込んでさ。あなたみたいな人は……最終的には何もしてくれないんだよ』

愛『……上原?』

歩夢『このケンカ見てるだけの野次馬よりもタチが悪いね』

歩夢(あっ、ダメだ)

エマ『……』

歩夢『──中途半端な偽善が一番いらないの』

歩夢(わたしやっぱり)

シュッ!!

愛『!! 避け──』

歩夢(──自分をコントロールできない、ダメな人間なんだ)



パシッ

歩夢『──へ?』

エマ『……』ギュュュュ

愛『……と、止めた?』

歩夢『』ポカーン

歩夢(う、うそ……止められた……?)

202: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 00:27:22.85 ID:DFifZNka
歩夢『……離してよ』


──最近、わたしは少しずつ変わってきていたと思っていた。

でも、違かった。


エマ『……ケンカやめるって言わなきゃ離さない』

歩夢『──ッ!! わたしに触んないでよ!!』

エマ『!!』ビクッ!

エマ『……ねぇ。何があったのか話してみてよ』ギュュュュ

エマ『何か出来ること──』


ピピー!!


菜々『あなた達! 何してるんですか!! この騒ぎはなんですか!?』


愛『やっべ、生徒会だ』

歩夢『……』

歩夢(力が緩んだ)

パシッ

エマ『あっ……ま、待って!』

歩夢『待ちません。帰ります。さよなら』スタスタ

愛『おい! 上原! ──待てよ!』タッタッタッタ!!


エマ『…………』


歩夢(……一般の人を巻き込んじゃった)

歩夢(最低だな、わたし)

歩夢(こんなわたし)

歩夢(大嫌い)

203: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 00:35:31.26 ID:DFifZNka
───────────

●月□日

変われたと思っていた。

でも、違った。

結局、わたしはイライラするとすぐに手を出してしまう最低のクズなんだ。

それに、わたし……なんで最近学校生活を楽しんでいたの?

わたしは世界で一番大切な、若葉ちゃんの人生を壊した人間なのに。

そんなわたしが、なんで楽しい日々を過ごしているんだ。

ダメだ。そんなの。

最低でクズなわたしは、幸せになっちゃダメなんだ。

若葉ちゃん。こんなわたしが楽しい日々を過ごしてしまってごめんなさい。

ごめんなさい。

───────────

233: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 08:16:37.18 ID:DFifZNka


───────────

○月◎日

昔の日々に戻った。

ケンカばっかりの、あの日々に。

わたしにはこれがお似合いなんだ。

ただ、宮下愛から不良同士以外でケンカをするなってルールを言い渡された。エマさん? からの約束だって言われた。誰。

まぁ元よりそのつもりだったから、別にどうでもいい。

もうすぐ、高校2年生になる。

若葉ちゃん。わたし達、もうすぐ大人になっちゃうね。

あなたも今、こんな風に思っているかな?

本当にごめんね。

───────────

205: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 00:49:37.19 ID:DFifZNka
歩夢『ねぇ』

歩夢『もうわたしに、関わるのやめてよ』


わたしは放課後、宮下愛にそう告げた。

今日はケンカではなく、本当にたまたま出会えた。


愛『は?』

歩夢『……』

愛『なんでだよ』

歩夢(あなたと過ごすと、楽しんじゃうからだよ)

歩夢(でも、そんなこと言えない)

歩夢『……嫌いなの』

歩夢『人が』


もう、全部終わらせよう。そう思ったんだ。

楽しい日々とは、決別だ。


愛『…………』

歩夢『だから、もうわたしに関わるの──』

愛『いやだね』

歩夢『!!』


でもこの子──愛はそうさせてくれなかった。

206: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 00:54:05.40 ID:DFifZNka
歩夢『はぁ?』

愛『なんでアタシがお前の言うこと聞かなきゃいけないんだよ』

歩夢『……』

愛『……それに』

愛『アタシはまだお前に負けたって思ってないから』

愛『決着付けるまで、付きまとってやるからな』


──本当に、こんな子初めてだった。


歩夢『…………』

歩夢『……ふふっ』


自然と笑みが零れてしまう。


愛『んだよ』

歩夢『少しはわたしに攻撃当てられるようになってから言いなよ』

歩夢『宮下』

愛『うるせぇ』

歩夢(ありがとうね、愛)

歩夢(あなたにはだいぶ救われたよ)


──もっと早くあなたと出会えてたら、友達になれていたかもね。


歩夢(さようなら)

歩夢(愛)

207: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 01:11:08.22 ID:DFifZNka
───────────

4月30日

明日から学校がお休みになる。今年のゴールデンウィークは土日が重なるから少し長い。その為明日の5月1日からゴールデンウィークみたいなものだ

お父さんからもらったこの日記、すっごく分厚いのにだいぶ残りのページが少なくなってきた。

まるで辞書みたいな分厚さなのに、だいぶ書いたなぁ……。

お父さん、この日記はわたしの大切な物です。本当にありがとうね。

そっちにもう少ししたら、わたしも行きます。

お母さん、ごめんなさい。

わたし、生きるのが辛くなっちゃった。

生きてて、申し訳なくなっちゃうんだ。

夢の中で、若葉ちゃんの人生を壊したのにって、自分に言われ続けるの。

これ以上は、あの子に申し訳ないの。

だからごめんなさい。

死にます。

今度生まれ変われたなら
わたし、可愛くて優しくて、真っ直ぐな子で生まれたいな。

あっ、でもお母さんから生まれたい。

……前に見た映画で、パラレルワールドっていう言葉が出てきたんだ。

自分の住んでいる世界ではなく、別の世界。そこは別の可能性から想像された世界。

……わたしが、わたしの思い描く理想の女の子である上原歩夢になれる世界もあったのかな?

可愛くて、優しくて、真っ直ぐな上原歩夢に、さ。

長くなっちゃったね。

ごめんなさい。

若葉ちゃん。本当にごめんなさい。

大好き。

───────────

208: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 01:24:45.46 ID:DFifZNka
歩夢『……』スタスタ


適当に、お台場を歩く。

虹ヶ咲学園は、大好きだった。なんだかんだ思い出もあって、楽しかった。

──わたしは楽しんではいけないのにね。


歩夢(ダイバーシティ、あんまり寄ったことないんだよなぁ)

歩夢(最後くらい、ちょっと行ってみようかな)


本当に、適当に歩く。

──そんな時だった。


歩夢(……なんか、騒がしいなぁ)


ワー、ワー!!


しずく『さーさ! 期待の新人スクールアイドル中須かすみちゃんのライブがもうすぐ始まるよ〜!』

しずく『場所はあそこ! かっこいいユニコーンガンダム先輩が立っているあそこ! えーっと……と、とにかくあそこの階段です!』

しずく『詳しくは地図アプリで検索して下さーい! そこでライブがあるよー!』

しずく『あの子はひゃくぱ〜伸びるスクールアイドルだよ! 古参を名乗りたい民よ! 今すぐ我に続くのじゃ〜!!』ブン、ブン!


歩夢『!?』


メガホンを使い、ライブ告知をする女の子。その声に誘導されるお客さんの列。なんだかお祭りの雰囲気に似ている。


歩夢『スクールアイドル……?』


とても懐かしいワードだった。

209: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 01:33:27.28 ID:DFifZNka
歩夢(若葉ちゃんとの約束だった……スクールアイドル)

歩夢(……最後くらい)

歩夢(見てみよう)


わたしはそう思い、列に混ざり移動する。

ライブなんて、初めて見る。

スクールアイドルになるなんて約束を若葉ちゃんとしていた割に、わたしはスクールアイドルについて何も知らなかった。

しばらくすると、無事に会場へとたどり着く。

会場の雰囲気は、なんともいけない感じだ。

静かに待つ人。
友人? 知人? 年齢層が離れていそうなのに、今から出てくるスクールアイドルの子について語っている人達もいる。

どんな関係?

女の子もわりと多い。よく見ると虹ヶ咲学園の制服の子もいる。

さっとわたしは帽子を被る。バレたら面倒くさそうだ。

──そんな事をしていたら、スクールアイドルの子がステージに出てきた。

210: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 01:40:01.49 ID:DFifZNka
かすみ『みっなさーん! こんにちは〜!』

かすみ『宇宙一可愛い、かすみんだよ〜?』


歩夢『』

歩夢(か、かすみん……? 宇宙一?)

歩夢(な、何言ってるのあの子──)

『きゃー!!』

『かすみーん!! かわいいよ〜!!』

『L! O! V! E! かすみん!!』

歩夢(すっごいウケてる!?)


わたしの知らない世界だった。


かすみ『こーら! まだラブコールは早いですよ〜?』

かすみ『でもぉ、かすみん嬉しいっ。ありがとう♡』

かすみ『きゅんきゅんさせちゃうぞ?』キャピッ

『『『かわいい────!!』』』


歩夢『』

歩夢(い、胃もたれしそう)

212: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 01:50:57.11 ID:DFifZNka
かすみ『さぁ、MCもそろそろ終わりにしますよ〜』

かすみ『……本日は皆様お集まり頂き、誠にありがとうございます』ペコリ


歩夢(いきなり雰囲気が変わった!?)


かすみ『私の為にライブを見に来てくれた方、たまたま通りかかって見に来てくれた方……色んな方々がいると思います』

かすみ『また、色々と悩みを抱えた方々もいるかもしれません』


歩夢『!?』


かすみ『でも、そんな方々も──ここにいる方々全員! 今は何も考えず!』

かすみ『──かすみんのワンダーランドを見てくださいっ!』キャピッ

かすみ『さぁ、いきますよ〜!!』

かすみ『──』スゥゥゥゥゥ


──若葉ちゃんが、よく使っていた。ときめきという言葉。

わたしはあまり使うことはなかった。

けど──この日、わたしは生まれて初めてときめきを感じた。

世界が──変わり始めた。

213: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 01:59:02.16 ID:DFifZNka
見ている景色が、切り替わる。

わたしの目に映ったのは、まさにワンダーランド。

先程いたお台場とは違う世界へと変化する。

メルヘンチックなその世界に、スクールアイドルの中須かすみちゃんがまるでお姫様のように歌い、踊る。

動きの激しい所は激しく、可愛い所は可愛く。一つ一つの動作が洗練されていた。

声が出なかった。

周りのお客さん達のコール、中須かすみちゃんのパフォーマンス。それらが一帯となり、夢のような時間を作り出す。

なんて表現していいか、わからない。

ただ──この瞬間だけは、わたしの中にあったごちゃごちゃとした思考は消え去り、スクールアイドル中須かすみの歌に魅力されていた。

214: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:12:58.25 ID:DFifZNka
かすみ『ありがとうございましたー!!』タッタッタ!!


歩夢『……』


数曲のライブとMC、その後のアンコールが終わり会場からも少しずつ人が減っていく。

わたしはただただ、立ち尽くしていた。


歩夢『……』

歩夢(これが……スクールアイドル)

歩夢(若葉ちゃんと約束した)

歩夢(わたしの……なろうとしていたもの)


───────────

若葉『歩夢ちゃん! スクールアイドルになってみない!?』

若葉『うん! 歩夢ちゃん可愛いし絶対になれるよ! スクールアイドルに!』

若葉『歩夢ちゃんがスクールアイドルになってなって歌を歌う! そしてその歌を私が作る!』

若葉『歩夢ちゃんならすっごいスクールアイドルになれるよっ』ニコッ

───────────


歩夢『っ……っ……!!』ポロ、ポロ

歩夢『簡単に……言うなぁ、若葉ちゃんは……』

歩夢『こんな……すごいの……簡単には、なれないよ……っ』

歩夢『若葉ちゃん……っ……!』ニコッ


──なぜだか、涙が止まらなくなってしまった。

216: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:24:12.29 ID:DFifZNka
歩夢(若葉ちゃん)

歩夢(わたし、ただ逃げようとしていた)

歩夢(わたしはあなたの人生を壊してしまった)

歩夢(許されない事をしてしまった)

歩夢(わたしを守ってくれたあの時のケンカが原因で、あなたはイジメられてしまったんだよね?)

歩夢(本当に、ごめんなさい)

歩夢(その罪を償うために、わたしは今日、死のうと考えていた)

歩夢(──でも、そんなのはただの逃げだ)

歩夢『わたしはまだ……あなたに謝ることが出来ていない』

歩夢『直接、会えていない』

歩夢(……会って、謝りたい)

歩夢『わたしは、若葉ちゃんと会いたい』

歩夢『そして……約束も果たせていない』

歩夢『わたしはスクールアイドルに……なるよ』


果てしない苦労が待っていると思う。

こんなろくでもない、不良のわたしがいきなりスクールアイドルになるだなんて……妄言かもしれない。
周りからもきっと受け入れてもらえるまで時間がかかると思う。

──でも、わたしはやるよ。若葉ちゃん。


歩夢(すごい子のライブが見れて)

歩夢(わたしもスクールアイドル、好きになれたもん)

歩夢『あの子みたいにすごい子になって、どんどん有名になれば』

歩夢『若葉ちゃんに会えるかもしれない……!』

歩夢(いこう、上原歩夢)

歩夢(若葉ちゃんに会うために)

歩夢(今、わたしはここで)

歩夢(スクールアイドルへの夢への一歩を、歩み始めるんだ!)

220: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:40:39.60 ID:DFifZNka
歩夢(中須かすみちゃん、かぁ)

歩夢(本当に可愛い子だったなぁ)

歩夢(どうやら虹ヶ咲学園の生徒みたいだし、会ってみたい)

歩夢『……虹ヶ咲学園の狂犬って呼ばれている不良のわたしがスクールアイドルになるなんて言ったら……怒るんだろうなぁ……』

歩夢(でも、わたしはやるよ)

歩夢(スクールアイドルになるんだ! あの子との約束だもん!)

歩夢『まず、色々準備しないとだよね?』

歩夢『スクールアイドルになるためには、もっと可愛い服とか持っておかないと……だよね?』スタスタ

歩夢(スクールアイドルとしての上原歩夢。今のわたしと違う、可愛くて優しくて、真っ直ぐな……まごころ溢れる子にならないと!)

歩夢(頑張ろう、歩夢)

歩夢『わたしの目指すスクールアイドル像は、今のわたしとは全然ちが──』スタスタ



わたしは新たな目標ができて、色々と考えながら歩いていた。──そんな時だった。

その光景を見て、わたしは一瞬で悟った。ああ、これはいままで色々な人を傷付けてきたわたしへの裁きなんだろうなぁ。

──本当に、神様って意地悪なんだね。


キィィィィィィ!!

歩夢『──へ?』


──視界に映るのは1台の車。

わたしの意識はここで途絶えた。

221: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:43:32.21 ID:DFifZNka
5月1日 16時29分

虹ヶ咲学園 普通科2年生 上原歩夢

居眠り運転により走行していた車と衝突し意識不明となりお台場総合病院へと搬送。

222: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:47:40.66 ID:DFifZNka
「歩夢! 歩夢っ!!」

「う、うそだ……うそだよ!! こ、こんな……ことって……!!」

「だ、だめです! 侑さん!!」

「歩夢!!」

「──歩夢ッ!!」

223: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:54:39.06 ID:DFifZNka
10月5日 16時29分

虹ヶ咲学園 普通科2年生 上原歩夢

同好会活動中。校外をランニングしていた途中。
公園から道路に飛び出す子供と走行中の車が衝突しそうになる。上原歩夢が身を呈し、走行していた車と衝突。飛び出した子供は無事であるも、上原歩夢は意識不明。お台場総合病院へと搬送。

命は助かるも、ずっと眠りについたままである。

医師はまるで魂だけが抜け落ちた状態だと語る。

224: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:57:24.53 ID:DFifZNka
5月5日

上原歩夢の意識が回復。

225: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/10(木) 02:59:45.05 ID:DFifZNka
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ピー ピー

歩夢「…………」

歩夢(……え?)

歩夢(ここ……どこ……?)


「え? 上原さん?」


歩夢「……?」

歩夢(視界がぼやける。知らない天井と、横から知らない人の声が、耳に届く)

歩夢(頭がぼーっとする)


「せ、先生! 上原さんが目を覚ましました!! 先生ー!!」 タッタッタッタ


歩夢「?」



歩夢『な、なんでわたしの身体……勝手に動いているの……?』

239: 1(茸) 2021/06/11(金) 08:14:44.76 ID:s04LDY0E
自分の意思とは関係なく自分の身体が動く。

何をしようとしても、わたしの思いは一切の行動に映されないし、何を言っても意味がなかった。


歩夢『ねぇ、あなた……誰なの?』


こんな体験をすることになるだなんて思わなかった。

──しかも、それだけじゃなかった。


歩夢母「よかった……よかった……!! 先生、本当にありがとうございます」

歩夢『お母さん……』


歩夢(泣きながらお医者様? に頭を下げるお母さん)

歩夢(私、病院にいるみたいだった)

歩夢(どこの病院だろ? というか私、なんでこんな所にいるんだろう?)

歩夢(同好会の皆は、どこ?)

歩夢(……分からないことが多すぎる……)


歩夢『……』


今のわたしを動かしている“この子”の考えている事は、わたしにも伝わってきた。

240: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/11(金) 08:20:03.43 ID:s04LDY0E
歩夢「うぅ……侑ちゃん……ぅぅ……」グスグス


歩夢『………………』


今のわたしを動かしている子は、自分を上原歩夢と認識している。

どういうことなんだろう? あなたは、本当に誰?

上原歩夢なの?

ただ、分かる事もあった。


歩夢「ひっぐ……うぅ……」

歩夢「……侑ちゃん……!」


歩夢『…………』


──この子には大切なものが沢山あったんだろう。それが突然なくなってしまったんだ。


歩夢『………………』

歩夢『……ごめんね……』


なぜだか謝りたくなってしまい、わたしは意味の無い謝罪を行う。そして──夜が明け、時間は無情にも過ぎていった。

241: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/11(金) 08:23:59.56 ID:s04LDY0E
歩夢「行ってきます……」


歩夢『…………』


ずっと泣いていたこの子だったけれど、しっかりと学校に行く準備をしていた。

今は学校を目指し歩いている。


歩夢『学校……なんか久しぶりな気がするなぁ……』


スタスタ

歩夢「……侑ちゃん……」ウルウル


歩夢『…………』


愛「よぉ」

歩夢「え?」

愛「……」

歩夢『っ!! 愛……』

歩夢「──!!」


目の前には宮下愛。──なんだかひどく懐かしく感じた。

242: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/11(金) 08:30:06.17 ID:s04LDY0E
愛「……ひさ──」


バッ──ギュッ!!


歩夢『!?』

愛「は? は……?」

歩夢「……愛ちゃんだ……愛ちゃん……!!」

愛「ちゃ、ちゃん!?」

歩夢『ちょ、ちょっと!? な、ななななな……!!』

歩夢『なにして!?』

歩夢「ひっぐ……! ぁぅ……っ……!!」ポロポロ

愛「え、えぇ……」

歩夢『え、えぇ……』

歩夢「ごめんね……急に泣いて……でも……でも……」

歩夢「愛ちゃんに会えて……嬉しくて……!!」ギュッ

愛「…………」

歩夢『…………』

243: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/11(金) 08:32:01.80 ID:s04LDY0E
この子は、しっかりと前を向いて歩く子だった。

突然今までの自分の生活は無くなってしまい、いきなりわたしとしての生活が始まったこの子。


歩夢「はぁ、はぁ」

歩夢(適当に走って来ちゃって……)

歩夢「──!!」

─スクールアイドル同好会─


歩夢『!! スクールアイドル……』


歩夢「あっ……!」

歩夢(同好会のプレート……!)

歩夢「って事は……同好会はあるんだ!」

歩夢「……」

歩夢(でも……愛ちゃんみたいに……)

歩夢「っっ!」

歩夢(……怖がるな、歩夢)

歩夢(怖がったって、何も変わらない)

歩夢(自分で、歩み始めるんだ)

歩夢(……中に、入ろう)


歩夢『…………』


──わたしなんかとは比べ物にならないくらい、強い子だった。


歩夢「……」ゴクリ

歩夢「失礼します」

244: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/11(金) 08:33:37.04 ID:s04LDY0E
しずく「ふわぁぁぁ……」

しずく「ん〜……」

しずく「誰?」


歩夢『!!(この子、中須かすみちゃんのライブを宣伝していた子だ)』


歩夢「えっ、えっとぉ……」

歩夢「わ、私はその……」

しずく「……」

しずく「!?」

しずく「う、上原歩夢さん!?」ガタッ

歩夢「う、うん……」

しずく「え、えぇ……」

歩夢「……」


歩夢『………………』

歩夢『わたしの事……やっぱり知ってるんだ』

歩夢『まぁ……悪い意味で有名だもんね、わたし』

245: 続きは夜更新します(茸) 2021/06/11(金) 08:38:43.06 ID:s04LDY0E
しずく「……」


歩夢『……まぁ、受け入れてくれないよね……』


しずく「──まぁ、とりあえず。座りません?」

しずく「あとなにか飲みますー?」

歩夢『!?』

歩夢「え?」

歩夢「い、いいの……?」

しずく「だって」

しずく「なんかよーじがあったから来たんですよね?」

しずく「ならお客様じゃん」

しずく「座って座って〜」

歩夢「!!」パァァァァ

歩夢「うんっ!」ニコッ

しずく「」ポカーン

歩夢「ん?」

しずく「上原歩夢さん……ですよね?」

歩夢「うん」コクリ

しずく「……」

しずく「ふふっ」クスクス

しずく「ようこそ、虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会へ」ニコッ

歩夢「!! ──うん!」


歩夢『……』


優しい子だなって、心の底から思った。


歩夢『…………』

歩夢『あ、ありがとう……!』


届かないお礼を呟く。
当然声には出ないけれど……いつか直接伝えたいな。

そう思った。

252: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/12(土) 00:49:47.78 ID:TtkQCqqO
今の上原歩夢になって、わたしの学校生活は一変し始める。

後輩の、桜坂しずくちゃん。生徒会長である中川菜々。新しい交流が増えていった。

──本当に、何者なんだろう。この子は……。

ただ、本当に強い子なのは確かだ。

ケンカばかりしていたわたしとしての生活は辛いはずだろうに、腐らずに頑張っている。


歩夢『……すごいよ、本当に……』


ただ、今はショックを受けているみたいだった。

先程、中川菜々と会話してから、元気がなくなってしまった。


歩夢『(どうしたんだろ?)』


スタスタ

歩夢「……」

歩夢(ショックだった)

歩夢(せつ菜ちゃんが……スクールアイドルじゃないし、興味もないなんて……)

歩夢(私の憧れのせつ菜ちゃんが……大好きなライバルのせつ菜ちゃんが……)

歩夢(ここにはいないの……?)


歩夢『せつ菜って生徒会長の裏垢なんじゃないの? スクールアイドル? 憧れの大好きなライバル? ど、どういうこと……?』


歩夢「っっ……!!」

歩夢(泣くな、上原歩夢。泣いちゃダメ)

歩夢「……」

歩夢「……っ……!!」ポロポロ

歩夢「……ひっぐ……ひぐ……っ、……!!」ポロポロ

歩夢(せつ菜ちゃん……!)


歩夢『……な、泣かないでよ……』

歩夢『(なんかわたしまで泣きそうになってしまう)』


スタスタ ──ピタッ


「!?」ビクッ

「…………」

「……」

スタスタ


歩夢『ん? いま誰かいた……? なんか足音聞こえたし気配も感じたんだけど……』


歩夢「っ……うぅ……!!」グスグス


歩夢『……な、泣かないでって……』

歩夢『うぅ……』

歩夢『……若葉ちゃんだったらこんな時、どうしてたんだろう……』

歩夢『自由に身体も動かせないし……はぁ……』

歩夢『(不自由だし、この子に申し訳ないよ……)』

253: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/12(土) 01:01:16.16 ID:TtkQCqqO
この子が泣き止むまで、結構な時間が掛かった。

でも今は再び歩き始めた。

今はスクールアイドル同好会の部室に入る所だ。


歩夢『本当にすごいね、あなた』


パンッ!! パーン!!

歩夢「へ!?」ビクッ!!

歩夢『!?』

歩夢(く、クラッカー!?)

しずく「ようこそ!」ニコニコ

かすみ「スクールアイドル同好会へー!」ニコニコ

歩夢「」ポカーン


歩夢『!? な、中須かすみちゃん!?』


しずく「いやぁ、待ってましたよ〜?」

かすみ「しずくから聞きましたよ? 新しく入部してくれる人が来──」

歩夢『な、生の中須かすみちゃんだ……か、かわいい……!!』


自分でもビックリするくらいテンションが高くなってしまった。

直接話せないのが辛いレベル。


歩夢『世界一かわいい子は若葉ちゃんだけれど! 次にかわいいのはかすみちゃんだね!! ……あぁ……本当にかわいい……!!』


恐るべし、スクールアイドルの魅力。


歩夢「あ、あはは」ニコニコ

かすみ「──は?」

歩夢「え?」

歩夢『え?』


──ただ、現実は甘くない。

それもそうだ。わたしは不良。
虹ヶ咲学園の狂犬、上原歩夢だもん。──受け入れて貰えることの方が、珍しいんだ。

255: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/12(土) 01:11:18.35 ID:TtkQCqqO
かすみ「えっと、上原先輩?」

歩夢「あっ、は……はい」

かすみ「お引き取りいただけますか?」ニコッ

歩夢「──え?」


歩夢『………………』


当然の反応だ。……これが、普通なんだ。


しずく「何考えてんのかすみ! 入部希望者の人に!」

かすみ「しずくこそ何考えてんの!?」

かすみ「この人は、不良だよ!?」

かすみ「そんな人が急にスクールアイドル同好会に入りたいなんておかしいでしょ!」

歩夢『!!』

歩夢「わ、私は! 本当にスクールアイドルになりたくって!」

かすみ「はっ!! どうせ思い付きですよね?」

かすみ「なんです? 何かスクールアイドルの動画でも見て、感化されたんですか?」

かすみ「でもですね。私はあなたの入部、認めませんから!」プイッ

しずく「なんでそんな酷いこと言うのさ! なりたいって言ってんだから、入れてあげればいいじゃん!」

かすみ「触らぬ神に祟りなしって言葉があるでしょ!? この人を入部させて、この人を狙う人とかに……しずくとか彼方先輩が巻き込まれたらどーすんのさ!!」

しずく「っっ……! 心配してくれてるのは嬉しいけど──心配し過ぎだって!」

歩夢「…………」


歩夢『……ごめん、ね……』


謝ることしか出来なかった。

スクールアイドルになるって決めた、わたしがやるべき事なのに……やろうと決意していた事なのに。

それをやらせてしまっている。

今、わたしは──この子の行動を見ていることしかできないんだ。

258: 1(茸) 2021/06/12(土) 09:39:07.43 ID:jA78hoVo
かすみ「まぁ、そういう事です。上原先輩。もう一度言いますが、お引き取りいただけますか?」ピシッ

かすみ「だいたい、不良でケンカばかりしているあなたがスクールアイドルになりたいって言っても、信用できません」

かすみ「部室から出て行ってください」プイッ

歩夢「……」

歩夢「わかった」

かすみ「……聞き分けがよくて──」

歩夢「そうだよね。不良の私がスクールアイドルになりたいって言っても、信用出来ないよね?」

かすみ「は?」

歩夢『!!』


──でも、この子は立ち止まらなかった。不良のわたしになってしまったことを受け入れて、一歩一歩進もうとする。


歩夢『な、なんでそんなに……強くいられるの? 前を向いて歩くことができるの……?』


最初は困惑した。その後はこの子がなんでこんなに強いのか気になり始めた。


歩夢『(もっと……この子の事、見ていたい)』

歩夢『(この上原歩夢の事が)』


この想いは──いつか憧れへと変わっていた。

259: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/12(土) 09:40:04.68 ID:jA78hoVo
歩夢「行ってきます!」


歩夢「よーし」グッ

歩夢(まずは、クラスのみんなから認めてもらわないと。どうやっ──)

スタスタ

愛「……よぉ」

歩夢「!! 愛ちゃん」

愛「だから愛ちゃんって呼ぶなって……」

愛「まぁもういいや。──昨日ぶりだなぁ、上原」

歩夢「……もしかして、ケンカのお誘い?」

愛「おっ? 話が早いじゃん。やっと調子戻って──」

歩夢「やらないよ」

愛「は?」

歩夢「私、もう二度とケンカしない」

歩夢(した事ないけど……前の私はしてたみたいだし、ハッキリ言わないとダメだよね?)

愛「な、なんでだよ! 本当お前どうしたんだよ!!」

歩夢「スクールアイドルになりたいから」

愛「は? はぁ!?」

愛「す、スクールアイドル!?」

歩夢「うん。だから、不良もやめる」

愛「」ポカーン


歩夢『…………』

歩夢『ごめん、愛』

歩夢『うん……』

歩夢『もうケンカ、しないよ』

歩夢『わたし』


この子との日々は続いていく。

260: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/12(土) 09:41:30.42 ID:jA78hoVo
かすみ「単刀直入に聞きます」

かすみ「なんで……スクールアイドルになりたいんですか?」

歩夢「!!」

歩夢「私がスクールアイドルになりたい理由……?」

歩夢『…………』

かすみ「はい」

かすみ「私にあれだけ言われても諦めないんです。何か理由があるんですよね?」

かすみ「不良を辞めて、善行を尽くしてまでやりたい理由が」

歩夢「…………」

歩夢「かすみちゃん」

歩夢「私」


歩夢「『──わたしね』」

歩夢「『あの子と約束したの』」

歩夢「『スクールアイドルになるって』」

歩夢「『わたし、本当はケンカなんてしたくない』」

かすみ「!!」

歩夢「『わたしは……あの子と一緒に、ずっと一緒にいたかっただけ……!』」

歩夢「『でも……それはもう叶わない夢だから』」

歩夢「『だから……だから……わたしは……それが許せなくて……!!』」


──ただ、八つ当たりしていただけなんだ。本当に、わたしって馬鹿だよね。

──って、あれ?


かすみ「」ポカーン

歩夢「!! あ、あれ……?」

歩夢(私、何言ってるの!?)


歩夢『!?』

歩夢『今……わたしの言葉……この子の口から出てた……?』


見ているだけじゃなく、わたしの気持ちを吐き出せる時もあった。
理由は分からなかったけれど……。

この子との日々は続いていく。

261: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/12(土) 09:42:52.31 ID:jA78hoVo
歩夢「新人スクールアイドルのあゆぴょんだよ〜!」

歩夢「臆病だから、寂しいと死んじゃうの〜」

歩夢「だから、皆であゆぴょんの事を応援してね?」

歩夢「えへへ」ニコッ

歩夢「ぴょん♪」


ピピッ

かすみ「」

しずく「」

歩夢『』

歩夢『な、ななななななな……!!』

歩夢『何してるのよ!?』


歩夢「はぁ、はぁ、はぁ……////」

歩夢(は、恥ずかしかったぁ……!!)


歩夢『わ、わわわ……わ、わたしの身体で……////』

歩夢『なにしてるのよぉ!!』


恥ずかしい時もあった。ふざけるなって思った時もあった。

262: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/12(土) 09:44:09.38 ID:jA78hoVo
歩夢「──皆さん」

歩夢「本日はお集まり頂き、ありがとうございます」ニコッ

歩夢「……余計な事は言いません」

歩夢「今はただ」

歩夢「私の歌を聞いて下さい」ニコッ

歩夢「──」スゥゥゥゥ


それでも──この子はわたしの理想のような子だった。

もちろん、全てが全て、憧れになったわけじゃない。
わたしの持っていないものをたくさん持っているこの子は、少しだけ嫉妬の対象でもあった。

ただ、その持っていたものを無くしたのにも関わらず歩み続けるこの子は……本当に強い子だ。

264: 名無しで叶える物語(茸) 2021/06/12(土) 09:48:34.57 ID:jA78hoVo
でも──


歩夢「幸せな日々が、無くなっちゃったんだよ!」

歩夢「同好会の皆と過ごしてた日々が、急に無くなってて!」

歩夢「気が付いたら私は一人になっちゃってて! みんな私の事を不良の上原歩夢だって怖がってて!」

歩夢「ケンカなんて、した事ない私を……怖がって!」

歩夢「みんな……みんな……別人になってて……」

歩夢「でも……それでも……前に進まなきゃいけないと思って……頑張って……!」

歩夢「皆もいい子で……やっぱりみんなのこと好きなんだって思えて……!!」

歩夢「楽しいけれど……嬉しい事もあるけど……」

歩夢「……私は……私は……!!」

歩夢「……前の……上原歩夢の日々に……!」

歩夢「もどりたい……!」

愛「…………」

歩夢「……っ……!!」ポロポロ

歩夢「ゆうちゃんに……」

歩夢「会いたいよぉ……っ……!!」ポロポロ

愛「…………」

歩夢『…………』


──辛くないわけがない。


歩夢『ごめんね』

歩夢『本当に……ごめんね……』


それでもこの子は歩み続ける。

この子との日々は、まだまだ続く。

265: 続きは夜に更新します(茸) 2021/06/12(土) 09:49:42.53 ID:jA78hoVo
この子のおかげで、愛と仲良くなることができた。

交流する子達も増えた。

愛。せつ菜ちゃん。かすみちゃん。しずくちゃん。璃奈ちゃん。エマさん。果林さん。彼方さん。

人が嫌いだったわたしだけど、この子を通して皆との関わりが増えた。

直接話が出来た子はほとんどいないけれど、わたしは皆が好きになっていた。


歩夢『ねぇ』

歩夢「──え?」


そしてわたしは、夢の中で今の上原歩夢と少しだけ対話した。

271: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/12(土) 23:57:39.19 ID:TtkQCqqO
歩夢『(うそ……目の前に私がいる……?)』

歩夢『(夢の中でなら、直接話が出来る時があるんだ)』

歩夢「え? わ、私……?」

歩夢『……』


話したい事は沢山あった。聞きたいことも沢山ある。

でも──わたしは素直になれなかった。

人と話す機会が減り、ケンカばかりしてきた弊害かもしれない。


歩夢「あ、あの──」

歩夢『人の身体で好き勝手するのは楽しい?』ニコッ


素直になれない自分は、やっぱり好きになれない。

あなたみたいな子になりたいけれど、難しいや。


歩夢「──え?」キョトン

歩夢『ふふっ』クスクス

歩夢「す、好き勝手……?」

歩夢『あなたの行動、わたしはずっと見てるよ』

歩夢「え? ……え?」

歩夢『……まぁ、別にいいんだけどね。感謝してる事もあるし』


──感謝している事ばかりだ。


歩夢『だから何したって構わないよ。……別に、未練も何も……ないし』


──これも嘘。


歩夢「…………」

歩夢『でもね』

歩夢「!?」


歩夢『わたしと若葉ちゃんの思い出には関わらないで』


──あなたはもう、わたしではなく……あなたとして過ごしてほしいから。

272: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 00:13:03.14 ID:cdZKLA7N
ガバッ!!

歩夢「はぁ……!! はぁ……っ……はぁ……!!」

歩夢「ゆ、夢? い、今の……私……?」

歩夢「ッッ!! ──あたま……いたい……ッ……!!」ズキズキ


歩夢『……それに、あなたは……』

歩夢『……わたしの記憶や、自分の記憶を……思い出すほど』

歩夢『頭痛を引き起こしてしまう』

歩夢『だから──』


歩夢「はぁ、はぁ、はぁ……!」

歩夢「…………」

歩夢「……」


歩夢「『わたしと若葉ちゃんとの思い出に、関わらないで』」

歩夢『その方が……幸せだよ』


歩夢「──え?」

歩夢「私……今……勝手に……?」

歩夢「喋った……?」


歩夢『…………』

273: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 00:22:35.87 ID:cdZKLA7N
でも、そんな事はお構い無しに、この子は苦しみ始めてしまった。


歩夢「──ッ!!」ズキッ!!

歩夢「は、ぁ……ッ……!!」

せつ菜「あ、歩夢さん!?」

歩夢(頭が、割れる)

歩夢「痛い……いたい!!」

歩夢「あたまが……痛いよぉ……!!」


歩夢『な、なんで……頭痛の頻度が増えすぎてる……!』

歩夢『(まるでわたしの中からこの子を追い出そうとしているみたい……な、なんで!)』

歩夢『今日だっていきなり倒れちゃったし……ど、どうすればいいの……?』


せつ菜「あ、頭が痛いんですか!?」

せつ菜「え、えっと……こ、氷! なにか冷やせるものを!!」タッタッタッ

歩夢「はぁ、はぁはぁ……っ!!」

275: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 00:40:38.52 ID:cdZKLA7N
でも、この子は歩み続けてしまう。


歩夢(五十嵐若葉ちゃん)

歩夢(夢で見たあの景色は)

歩夢(過去? それとも、ただの……夢?)


歩夢『ダメ! 思い出したら、また痛むよ!?』


歩夢「…………」

歩夢「──ッ!!」ズキッ!!


歩夢『もう、何も考えず……頭痛を治す方法を考えようよ』

歩夢『璃奈ちゃんとかに相談してみたら……』

歩夢『……ッ……やっぱり夢の中じゃないと対話できないか』


歩夢「……はぁ、はあ、ッ……」ズキ、ズキ

歩夢(侑ちゃんに……会いたい)

歩夢『ッ!!』

歩夢「『わたしは若葉ちゃんに会いたいよ』」

歩夢『──ただ、今はあなたが……って、今……あー! もう! 不便すぎる!』

歩夢「──え?」

歩夢「……や、やっぱりこの子は……」


歩夢『残ってるよ、最初から!』

歩夢『はぁ……』

歩夢『……ただ、最初よりはわたしの言葉が出る頻度も増えてる』

歩夢『頭痛で、この子の意識が薄れてきているからかもしれない……あまり良い事とは言えないけれど……タイミングがあって対話出来れば!』

歩夢『伝えられる』

歩夢『もう、やめた方がいいって』

276: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 00:55:07.07 ID:cdZKLA7N
──そしてようやく、わたしはこの子と再び対話することが出来た。


歩夢「『もう、やめた方がいいよ。上原歩夢』」

歩夢「!?」

歩夢(また勝手に、話し始めた!?)

歩夢(この世界の……歩夢……)

歩夢「『頭、痛いでしょ? 日記を探せば探すほど、痛くなるでしょ?』」

歩夢「……痛くないもん」

歩夢「『嘘だね。わたしの意思が表に出やすくなってる。前はたまにしか出られなかったのに。──それ、あなたの意識が薄れてきている証拠だよ?』」

279: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 01:05:23.34 ID:cdZKLA7N
歩夢「……私はまだ、あなたについて何も知らない」

歩夢「『わたしの事なんてどうでもいいでしょ? なんで別世界のわたしの事を気にするのよ。もうこの身体はあなたのものなんだから、自分の生活をしなさいよ』」

歩夢『(もう……楽になろうよ。歩夢)』

歩夢『(わたしになって、苦労したでしょ? でもあなたは頑張った)』

歩夢『(だから、あなたは今は自分の事を考えようよ)』

歩夢「私の身体じゃないよ。それに……あなた、言ったよね? ──若葉ちゃんに会いたいって?」

歩夢『!!』

歩夢「『若葉ちゃんは関係ないでしょッ!?』」

歩夢「関係あるよ。若葉ちゃんに会いたい気持ちが、あなたの願いでしょ? 私はその願いを叶えてあげたい」

歩夢「『なんで……わたしの願いを叶えたいのよ……』」

歩夢「私は勝手にあなたの中に入ってしまった。理由は分からないけれど……その結果、あなたの今までの生活を変えてしまった」

歩夢「人の身体で、好き勝手しちゃったんだもん。そのお詫びとして、あなたの願い事を叶えてあげたい」

歩夢「『そんなの、偽善だよ』」

歩夢「わかってる。余計なお世話だと思う。……でも私、約束したの」

歩夢「侑ちゃんと、“みんなの為のスクールアイドル”になるって」

歩夢「そのみんなの中には、あなたも含まれてる。だから……あなたの為にも何かしたいの」

歩夢「余計な事しようとしちゃって、ごめんね」

歩夢『…………』


この子は、歩む事を止めなかった。

自分が一番苦しいはずなのに。

280: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 01:12:11.36 ID:cdZKLA7N
──歩む事を、止めなかった。


歩夢「!! 日記、見つけた」

歩夢「す、すごい奥に入れてあるんだね」

歩夢「『誰かに見られたら、嫌だもん』」

歩夢「……気持ちは凄くわかるけど、取り出し辛くない?」

歩夢「『うるさいよ』」

歩夢「ふふ、ごめんごめん」

歩夢「……見るね?」

歩夢『…………』


もう、何を言っても聞かないことが分かった。

この子と一緒の日々も、わりと長いから何となく分かる。


歩夢「『勝手にすれば? ……今だって頭痛がひどいはずなのに、どうなっても知らないからね?』」

歩夢「ごめん。ありがとう」

歩夢『……っ……!』

歩夢(行こう、歩夢。この子の過去を知るために)


ペラッ


──そして、この子との日々も……終わりが近い。

そんな気がしてしまった。

281: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 01:15:44.83 ID:cdZKLA7N
歩夢『…………』


世界が──景色が変わる。

そこは、真っ白な世界。周りには何も無く、目に映るのは、一人の女の子。


歩夢「……」

歩夢『……』

歩夢『こんにちは』

歩夢『上原歩夢』


ここは、わたしとこの子が最初に対話した──夢の世界だ。

私達は再び邂逅し、対話した。

282: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 01:22:21.25 ID:cdZKLA7N
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


歩夢(ここは……どこ?)

歩夢(さっきまで見ていた光景は……?)


真っ白な世界に囲まれている。

そして──目の前にいるのは、もう一人の私だった。


歩夢『こんにちは』

歩夢『上原歩夢』

歩夢「あなたは……私と同じ、上原歩夢だよね?」

歩夢『うん』コクリ

歩夢『愛の言っていた、パラレルワールド理論を元に考えると』

歩夢『この世界の上原歩夢だね』

歩夢「!!」

287: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 10:17:19.85 ID:cdZKLA7N
歩夢「…………」

歩夢『その様子だと、わたしの事……全部わかったみたいだね』

歩夢「……うん……」

歩夢『……そっか……』

歩夢『若葉ちゃんの事も、知れた?』

歩夢「……うん」

歩夢「全部、見てきた」

歩夢「あなたの人生、全てを……」

歩夢『……そっか……』

歩夢「……めんね……」

歩夢『え?』

歩夢「ごめんね」ポロ、ポロ

歩夢『ちょ、え!? な、なんで泣いてるの!?』

歩夢『謝るのはわた──』

歩夢「軽々しく後を追うとか言っちゃって……」

歩夢『!!』

歩夢「あなたに対して……言っちゃいけない事だった……!」ポロポロ

歩夢『……』

歩夢『あなたってさ』

歩夢「?」

歩夢『細かい事に気を使いすぎだよね』

歩夢「!?」

288: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 10:25:31.24 ID:cdZKLA7N
歩夢『もっと自分の事考えなよ』

歩夢『そんな細かい事、わたし自身全く気にしてなかったよ?』

歩夢「だって……」

歩夢『しずくちゃんの事、何も言えないよ。あなたも周りに気を使いすぎ』

歩夢「……」

歩夢『……まぁ、それがあなた達の良い所か』

歩夢『すごいと思うよ、そういうところ』

歩夢『憧れるし、尊敬してる』

歩夢「……な、なんか変な気分。自分に褒められるなんて」

歩夢『自分と言っても別人みたいなもんだからね』

歩夢『あなたはわたしと違って優しくて、いい子だもん』

歩夢「……そんなことないよ」

歩夢『謙遜しないでよ。あなたはわたしの憧れなんだから、堂々としていてよ』

歩夢「……」

歩夢「あなただって……優しいよ」

歩夢『それはない』

歩夢「そ、そんなことあるもん!」

歩夢『どんな感覚してるのよ。わたしが優しいわけないでしょ』

歩夢「……」ムスー

289: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 10:44:51.57 ID:cdZKLA7N
歩夢『じゃあ、本題に入ろうよ』

歩夢『あなたは恐らく今、気を失っていると思う』

歩夢『目覚めたあとの事を考えよう』

歩夢「うん」

歩夢『とにかく、まずは頭痛をなんとかしないといけないから、璃奈ちゃんあたりに相談──』

歩夢「──違うよ」

歩夢「今……私が戻った後にするのことは、そんなの事じゃない」

歩夢『え?』

歩夢「若葉ちゃんに会いに行くことだよ」

歩夢『──は?』

290: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 10:57:44.99 ID:cdZKLA7N
歩夢『何言ってるの?』

歩夢『……まだそんなこと言ってるの?』

歩夢『わたしの事じゃなくて、今はあなたの事──』

歩夢「あなたの身体は、私の身体じゃない」

歩夢「だからあなたのやりたい事をすぐにするべきだよ」

歩夢『ッ!』

歩夢『それが若葉ちゃんと会うって事!? わたしは──』

歩夢「それがあなたの一番やりたいことでしょ?」

歩夢『違う! もうわたしは!』

歩夢「違くない!!」

歩夢「私は!! あなたの全てを、見てきたの!!」

歩夢「だから、分かるの……」

歩夢『……っ……』

歩夢『違う、わたしはあなたを!! ──もういいの!! いいんだよっ!! もういいの!!』

歩夢「自分の気持ちに嘘ついちゃ、ダメだよ!」

歩夢『嘘じゃないッ!!』

歩夢「じゃあ若葉ちゃんと会いたくないの!?」

歩夢『──!!』

291: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 11:10:07.34 ID:cdZKLA7N
歩夢「あなたはずっと思っていたし、何回も口に出していた」

歩夢「若葉ちゃんと会いたいって」

歩夢「スクールアイドルになろうとしたのだって……若葉ちゃんの為じゃない」

歩夢『……本当に、全部見てきたんだね』

歩夢「見てきたよ。私があなたになってからの事も」

歩夢「ずって見てくれていた事も」

歩夢「──私の世界の私が、どうなったのかも」

歩夢『!?』

歩夢「事故にあって……目覚めたらあなたの中に入っていた。私の精神があなたの中に入ってしまったって事は……つまり……もう私は……」

歩夢「私の世界の私は……いないんだと思う……」

歩夢「行き場を失ってしまって……あなたの中に入っちゃったんだと思う」

歩夢「ちょうど同じ時刻で意識を失っていたあなたの中に」

歩夢『っ……』

歩夢『なら……もうわたしの身体を使って、生きていけば良いじゃない……』

歩夢「……自分の事だから、分かるのかもしれない」

歩夢「私はもう、長くないと思う」

歩夢「感覚で、分かっちゃうの」

歩夢「自分の終わりの時が近いって」

292: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 11:23:53.77 ID:cdZKLA7N
歩夢「分かっちゃうんだ……」

歩夢『…………』

歩夢「……死の感覚って言うのかな……」

歩夢『…………』

歩夢「それに」

歩夢「一人分の陽だまりに、二人は入れないの」

歩夢「無理やりあなたの中に入っちゃった私は……最初から長くここにはいられないんだよ」

歩夢『……でも……それじゃ、あまりにもあなたが……』

歩夢『可哀想……だよ……!』ポロポロ

歩夢「…………」

歩夢『わたしのやってきてしまった、自分とは無関係の償いをして……良い事をして……皆から認められて……!』

歩夢『この世界でも……スクールアイドルになれたのに……!!』

歩夢『なんであなたが……っ……!!』

歩夢「…………」

293: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 11:37:43.14 ID:cdZKLA7N
歩夢「やっぱりあなたは、優しいよ」

歩夢「他人の為に泣ける子が優しくないわけがないよ」

歩夢『……』

歩夢「ねぇ、この世界の歩夢」

歩夢「一緒に、あなたの願いを叶えようよ」

歩夢『──え?』

歩夢「私はあなたになった時、侑ちゃんに会いたくて頑張ったの。たとえそれが私を知らない侑ちゃんでも、私はあの子に会いたかった」

歩夢「……この世界の侑ちゃんは、若葉ちゃんだよ」

歩夢『……』

歩夢「だから私は」

歩夢「──若葉ちゃんに会いたい」

歩夢『……』

歩夢「……あなたの一番やりたい事は──あなたの願いはなに?」

歩夢「わ、わたしの願いは……!」

歩夢「もう、我慢しなくていい」

歩夢「あなたの願いは、私の願いと一緒だから!」

歩夢「私が一緒に、歩むから」

歩夢「だから! 手を伸ばして!」スッ

歩夢『……』

歩夢「一緒に夢を叶えようよ!」

歩夢「上原歩夢!」

歩夢『──ッ』

ギュッ

歩夢『わたしは!!』

歩夢『若葉ちゃんと──会いたいッ!!』

歩夢「──うん!」

歩夢「一緒に、会いに行こう」

歩夢「『若葉ちゃんに!!』」

294: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 11:47:24.26 ID:cdZKLA7N
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

歩夢「うっ……うぅ……」

歩夢「……うーん……」

歩夢「!!」ガバッ

歩夢「今何時!?」


夢の世界から、戻ってきたのだろう。

私は横たわっていた床から飛び起きる。


歩夢「!? 嘘……もう……夕方前……?」


昨日の夜、日記の中身を見てから相当長い間気を失っていたみたい。

お母さんに見られていたら絶対病院に運ばれていたと思う。幸い、お母さんは夜中に仕事へ出かけてから帰ってきていないみたい。


歩夢(余計な心配かけさせちゃう所だった……良かった)

295: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 12:00:48.14 ID:cdZKLA7N
歩夢(あっ……みんなからすごい沢山連絡が来てる)


スマホにはスクールアイドル同好会の皆からの着信やらメッセージ等が多く届いていた。

昨日の事もあったから、学校をサボってしまったのにも関わらず私を心配する内容のものばかりだった。


歩夢(……みんな優しいなぁ)

歩夢「ありがとうね、みんな。大好きだよ」


スマホを胸で抱え、皆の事を思う。

──再び頭痛が襲いかかってくる。


歩夢「ッ、大丈夫……痛くない。まだ動ける……」

歩夢「私とこの子の願いを叶える為に……若葉ちゃんが今どこにいるのか調べないと」

歩夢(それに……)


──他にもやるべきことがある。

私は同好会のみんなに向けて、メッセージを送った。

私の家に来てほしいと言う内容のものを──

297: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 14:23:17.34 ID:cdZKLA7N
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

エマ「歩夢ちゃん、大丈夫?」

果林「ほんと心配したんだからね!?」

歩夢「あはは……ごめんなさい。平気ですよ」

せつ菜「私は大事を取ってお休みしているはずですって思っていたし言ってましたので大丈夫でした! 案の定その通りでしたし、やはり歩夢さんの事は私が一番理解してますね!」ペカー

愛「おーい。マウント取るなー?」

せつ菜「申し訳ないです!!」ペカー

彼方「テンションたっかいね……」

璃奈「まぁ気持ちは分かるよ」

しずく「本当に無事で良かったよ歩夢さん……なんならこうやって家に呼ばれる前に家凸する!? って話してたからね?」

かすみ「ちょっと皆、騒ぎすぎだよ。歩夢先輩病み上がりなんだから少し静かに」

「「「はーい」」」

歩夢「…………」

歩夢「ふふっ、みんなありがとう」

歩夢「わざわざ家に来てくれて、ありがとうねっ」ニコッ

歩夢「私ほんと……皆のこと大好き」

かすみ「な、なんですか急に……」

せつ菜「私も大好きですよ!!」

璃奈「せつ菜さん、しー」

せつ菜「あっ……ごめんなさいつい……」

298: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 14:36:22.86 ID:cdZKLA7N
歩夢「……」


皆が私の部屋に集まる。

雰囲気は本当に明るい。皆、もうとっても仲良しだ。

私達は最初はバラバラで、集まったきっかけもそれぞれ異なっていて、私の知る皆とは違う部分もある。けれど、私はスクールアイドル同好会の皆が大好き。

──お別れは寂しいけれど、ちゃんと伝えないのいけない。

歩夢「皆に、聞いてほしいことがあるの」


皆の視線が一斉に私に集まる。

私は、愛ちゃんに目を向ける。


歩夢「愛ちゃん」

愛「どうした?」

歩夢「みんなに話すね」

愛「え?」


私は深呼吸をして、語り始める。


歩夢「皆さん……初めまして」

歩夢「改めて、挨拶をするね」

歩夢「私の名前は上原歩夢」

歩夢「──別の世界からやって来ました」


私の体験した、不思議な物語を──

299: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 14:48:22.85 ID:cdZKLA7N
この世界の上原歩夢としての事ではなく、私の事を語る。

幼馴染である高咲侑ちゃんと一緒にせつ菜ちゃんの歌を聞いた事がきっかけで、スクールアイドルを始めた事。

そこから体験してきた事、全てを語る。

最初は皆、何を言っているんだと困惑していた。
けど、私は真剣に語る。

──私の世界で聞いた、この世界で聞いていない皆の情報も混ぜて語る。
この世界の皆と共通している内容のものもあったようで、なぜその事を知っているんだと言いたげな子もいた。

全部、全部話した。

私が事故にあって、今の上原歩夢──この子として行動するようになってからの事も、話した。

上原歩夢は別人のように変わった。そう思っていた皆の思いが、言葉の通り──別人になっていたんだという状況へと結び付く。

300: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 14:57:31.60 ID:cdZKLA7N
せつ菜「そんな……事って……ありえるんですか?」

歩夢「私も最初はそう思っていたの」

歩夢「でも……事故にあって、この子になって……事実を受け入れるしかなかったの……」

せつ菜「そんな……」

璃奈「…………」

愛「……」

璃奈「愛さん、もしかして……昨日聞いたことって……」

愛「……」

璃奈「……ごめん。なんでもない」フイッ

璃奈「…………」


───────────

『──つまり、魂というのは、肉体とは別のものなのです。精神的実体として存在する、想像上の概念なんですね』

『そんな魂と呼ばれるものが肉体から離れそうになる瞬間。例えるなら大きな事故にあった時などですね。生きるか死ぬかの時。その時に私達人間は、不思議な体験をす──』

───────────


璃奈「……前にテレビで、流し見したやつの内容みたいだ……」ボソッ

301: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:01:49.13 ID:cdZKLA7N
エマ「別人みたいだなってことは思っていたけれど……」

彼方「本当に別人になっていたなんて……思わないもんね」

果林「歩夢ちゃん。状況は分かった。でも、どうして急にそんな話をし始めたの?」キョトン


皆の疑問点はそこに落ち着いたようで、再び私へと視線が集まる。


歩夢「…………」

歩夢「私がもうすぐ」

歩夢「──消えるからだよ」

302: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:12:04.32 ID:cdZKLA7N
せつ菜「──え?」

しずく「嘘……ですよね?」

歩夢「ううん。嘘じゃないの」

歩夢「昨日倒れちゃったことも……今日学校に行けなかった事も……昨日と同じで気を失ってしまった事が原因なの」

歩夢(今日、気を失っていたのは日記を見た事が原因でもあるけれど……身体が耐える事が出来ず意識を手放してしまったんだ)

歩夢「今だって……正直、いつ気を失うか分からない」

歩夢「そして多分なんだけれど」

歩夢「次、意識を手放したら」

歩夢「私は戻れないと思う」

歩夢「そのまま……消えると……思う」

歩夢「自分の事だから、よく分かるんだ」

「「「…………」」」


皆の表情が、暗くなる。青ざめてしまっている子もいる。

ごめんなさい。


歩夢「いきなりこんな信じられないような話をした後なのに……ごめんなさい」

歩夢「でも……言わなきゃ一生後悔するから」

歩夢「最後だから……みんなには伝えたかったの」

303: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:17:04.55 ID:cdZKLA7N
部屋の中が、先程までワイワイ盛り上がっていたとは思えないくらい静まり返る。

でも、その沈黙の中──


「……──だ……」

歩夢「え?」


一人の女の子の呟いた。





かすみ「いやだ」

歩夢「かすみ……ちゃん?」

305: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:21:37.31 ID:cdZKLA7N
かすみ「やだ……いやだ」

かすみ「いやだいやだいやだ」

かすみ「……い、嫌だよ!!」

かすみ「いやだッ!!」

歩夢「か、かすみちゃん?」

かすみ「なんで……?」

かすみ「なんで……歩夢先輩が消えちゃうの……?」

かすみ「歩夢先輩!!」バッ

ギュッ

歩夢「かすみちゃん……」

かすみ「じょ、冗談ですよね? 歩夢先輩……?」

かすみ「わ、私がいつまでも……あなたに素直にならないから……そ、そうですよね?」

かすみ「い、意地悪……なんですよね……?」

歩夢「……かすみちゃん……」

かすみ「やだ……いやだ」

かすみ「やだ……やだやだやだやだやだ!!」

かすみ「歩夢先輩が消えちゃうなんて……」

かすみ「──嫌だッ!!」

歩夢「…………」

307: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:34:36.26 ID:cdZKLA7N
かすみ「いやだ!! 嫌だよ!!」

しずく「……かすみ……」

かすみ「す、素直になるから……! ──あっ、あれですか!? 私が最初に意地悪してしまった事も原因なんですか……?」

しずく「かすみ」

かすみ「謝るから……ごめんなさい……最初に部室で会った時に……酷いこと言っちゃって……ごめんなさい……歩夢先輩」

かすみ「だから……だから……!」

歩夢「…………」

かすみ「いなくならないでよぉ!!」

しずく「かすみッ!!」

かすみ「!!」

しずく「……歩夢さんが……困っちゃう……よ」

しずく「一番……辛いのは……歩夢さん……なんだから」

しずく「……だから……!!」

かすみ「ッッッ……!」

しずく「困らせちゃ……だめ……」

しずく「……」ポロポロ

しずく「っ……! ご、ごめんなさい……」

しずく「ぁ……っ……わ、わたし……泣くつもりなんて……ないのに……!」

しずく「……うぅ……っ……!」ペタン

しずく「ひっぐ……ひぐ……!!」

歩夢「しずくちゃん……」

308: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:39:46.98 ID:cdZKLA7N
せつ菜「………………」

せつ菜「ッッッ!!」

バンッ! タッタッタッタ!!

エマ「!! せ、せつ菜ちゃん!!」

愛「──ッ、追うな!!」

エマ「!!」ビクッ

愛「……アタシ……さ。せつ菜が悲しい表情をしてるの、見たことないんだ。多分、皆に見せないようにしてるんだと思う」

愛「でもアイツ……歩夢の事……大好きだから……」

愛「今は……そっとしといてあげてよ……エマさん……」

エマ「……ごめんなさい……」

愛「……ううん……アタシこそ大きな声出してごめん」

歩夢「…………」

309: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 15:49:57.08 ID:cdZKLA7N
璃奈「……ねぇ、歩夢さん」

歩夢「璃奈ちゃん……」

璃奈「私、さ」

璃奈「天才なんだよね」

歩夢「え?」

璃奈「あなたの話……本当だとしたら……世の中まだまだ研究することが沢山あるよ……」

歩夢「…………」

璃奈「沢山研究して……なんとか……するから……」

璃奈「消えないでよ。もう少し……待ってよ……歩夢さん」プルプル

歩夢「璃奈ちゃん……」

歩夢「ごめんね」

璃奈「ッ!!」

璃奈「……わ、私は……泣かない!!」

璃奈「泣か……ない……!」

璃奈「泣かない!」

果林「……璃奈ちゃんも……みんな、さ」

果林「我慢しなくていいと思うんだよね」

彼方「果林ちゃん……っ」

果林「歩夢ちゃんが……勇気を持って話してくれたんだから……」

果林「わたし達も……思い残すことは……ないようにしなきゃ」

果林「だから、だから……泣きたいって思ったら……」

果林「泣いていいと……思う……!!」ポロポロ

璃奈「果林さん……」

310: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 16:00:14.17 ID:cdZKLA7N
その果林さんの一言がきっかけで、皆の泣き始める。

私は……泣かないように我慢した。必死に。

ここで私が泣いちゃったら、ダメだ。

私のこんな話を受け止めてくれた皆に、申し訳ないもん。


──暫く経って、目を赤くさせたせつ菜ちゃんが部屋に戻って来る。


せつ菜「歩夢さん」

せつ菜「勇気を出して話してくれて、ありがとうございます」

歩夢「せつ菜ちゃん……」

せつ菜「私達に、その事を話してくれたってことは」

せつ菜「何か、あるんですよね?」

歩夢「うん」

歩夢「皆にお願いがあるの」

かすみ「おねがい……?」

歩夢「うん」コクリ

312: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 16:10:12.02 ID:cdZKLA7N
歩夢(ごめん、皆に教えるね。あなたのこと)

歩夢「──“この子”の事を、知ってほしい」

愛「この世界の歩夢の事か……?」

歩夢「うん」

歩夢「この日記に、全部書いてあるから」

歩夢「かすみちゃん、受け取ってくれる?」スッ

かすみ「……はい」ギュッ

歩夢「ありがとう」ニコッ

歩夢「私が消えちゃった後……この子の事、よろしくね?」

かすみ「……」

歩夢「もうひとつは──」

せつ菜「五十嵐若葉さんの事、ですよね?」

歩夢「え? な、なんで分かるの?」

せつ菜「ふふっ……実は私、超能力者なんです!」

歩夢「……」

せつ菜「じょ、冗談ですよ」

せつ菜「……あなたが保健室で起きた時に、呟いていたからです」

歩夢「せつ菜ちゃん……若葉ちゃんの事知ってるの?」

せつ菜「はい」

歩夢「ど、どうして……?」

313: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 16:14:57.63 ID:cdZKLA7N
せつ菜「私が虹ヶ咲学園の生徒会長だからです」

歩夢「え?」

せつ菜「私は、“全生徒”の事を覚えています」

歩夢「──え? 生徒……?」

せつ菜「はい」

せつ菜「歩夢さん。五十嵐若葉さんには、ちゃんと会えますよ」

せつ菜「──音楽科2年生。五十嵐若葉さん」

せつ菜「彼女は今年の4月に」

せつ菜「虹ヶ咲学園へ転校してきた」

せつ菜「私達と同じ、虹ヶ咲学園の生徒です」

314: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 16:19:23.88 ID:cdZKLA7N
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「五十嵐さーん。まだ練習してくの?」

若葉「うん。もう少しだけ弾いてから帰ろうと思ってるの」

「そっかぁ」

「あんまり無理しないでね?」

若葉「うん! ありがとう!」

若葉「学生寮の門限前にはちゃんと帰るから大丈夫だよ! ありがとうねっ」ニコッ

「いえいえー」

「またね〜」

「音楽室の鍵閉めはよろしくねっ」

若葉「うん! 皆またねっ」フリフリ

若葉「……」



若葉「……歩夢ちゃん……」

328: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 20:37:49.62 ID:cdZKLA7N
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

歩夢「……」

歩夢(若葉ちゃん……虹ヶ咲学園にいたんだ)


せつ菜ちゃんから聞いた、五十嵐若葉ちゃんの事。

今年の4月に転入してきたってことは、私の事も知っているはずだ。

──でも、会えていない。


歩夢(この子が虹ヶ咲学園にいること、知らないだけ? それとも……会いたくないの……?)

歩夢(若葉ちゃんに直接会って……確かめないとだね)

329: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 20:43:49.66 ID:cdZKLA7N
せつ菜『とりあえず皆さん。今日は一度家に帰って……気持ちを整理させましょう』

せつ菜『……色々と思うこともあると思うので……』

せつ菜『歩夢さん』

せつ菜『明日は土曜日で学校も休みですけれど、若葉さんは音楽室でよくピアノを練習していると聞きます』

せつ菜『…………』

せつ菜『明日会えるように、段取りは組むので』

せつ菜『今日はとりあえず、ゆっくり休んでください』

せつ菜『また、連絡します』


せつ菜ちゃんがそのようにみんなに指示を出して、本日はお開きとなった。

330: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 20:48:13.97 ID:cdZKLA7N
歩夢「明日……か……」

歩夢「もう……私は……そこで……」

歩夢「……」フリフリ

歩夢「大丈夫、怖くないよ……歩夢」

歩夢「若葉ちゃんに、会おう」

歩夢「──ッ!!」ズキンッ!!

──ガタンッ!!

歩夢「ッ……ぐぅ……頭……いた……!」

歩夢「はっ……はぁ、ッ……──痛くない……!」


再び、激しい頭痛が襲いかかってくる。

頭に出来た傷口に、何度も鈍器で殴られるような感覚。

──床に倒れ伏せてしまう。


歩夢「痛くない……痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない……!!」

歩夢「痛くない……ッ!!」


意識を他の所へ向けないといけない。

このまま気を失ったら、戻って来れなくなる。


歩夢「……皆の……歌……」


私はスマホに手を伸ばし──スクールアイドル同好会の皆の歌を聴く。

331: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 20:54:31.22 ID:cdZKLA7N
♪〜

歩夢「…………」

歩夢「……良い歌……」

歩夢「……璃奈ちゃんが言ってた……」

歩夢「歌には……人を癒す力があるって……」

歩夢「…………」

歩夢「大丈夫、痛くない」

歩夢「……若葉ちゃんと……会おう……」

歩夢「……みんな……今まで本当にありがとうね」

歩夢「大好き」


──そのまま、夜が明けた。

332: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 21:09:12.74 ID:cdZKLA7N
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

歩夢「…………」

歩夢(朝……だ……)

歩夢「ずっと皆の歌を聞いてたら……朝になってた……」

ピローン

歩夢「ん?」


───────────

せつ菜ちゃん:歩夢さん

せつ菜ちゃん:おはようございます

せつ菜ちゃん:準備が整いました

せつ菜ちゃん:若葉さんは音楽室にいますので、歩夢さんの準備が整い次第、学校にいてください

せつ菜ちゃん:待ってます

───────────


歩夢「……ありがとう……せつ菜ちゃん……」

歩夢「でも……待ってます……? どういう事だろ?」


頭がぼーっとしてしまい、上手く考えられない。


歩夢「……準備して、行こう」

歩夢「若葉ちゃんに会いに」


──でも、私は歩み続けるよ。私とこの子の夢の為に。

夢はここから始まるんだ。


身支度を整え、家を出る。


歩夢「行ってきます」

歩夢「──え?」


家を出るとそこには──


しずく「おはよ、歩夢さん」


──しずくちゃんがいた。


歩夢「しずくちゃん……?」

しずく「……最後の」

しずく「皆との通学時間だよ」ニコッ





333: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 21:21:04.01 ID:cdZKLA7N
しずく「せつ菜さんがさ、一人一人の時間を作ろうって提案したの」

しずく「歩夢さんと一緒にニジガクを目指しながら……それぞれ歩く場所を分けて……歩夢さんと話す時間をね」

歩夢「私も皆と話したかったから……嬉しいや」ニコッ

しずく「パシャリ!!」パシャッ

歩夢「!?」ビクッ!!

しずく「えっへへ〜! 歩夢さんの笑顔、ゲットだぜ〜!」

歩夢「もー……いきなりビックリしちゃうよ」

しずく「いやはや、ごめんごめん」

しずく「家宝にするね」

歩夢「家宝!?」

しずく「じゃあ国宝?」

歩夢「国にまで巻き込んじゃうの!?」

しずく「良いツッコミするね〜歩夢さん!」

歩夢「したくてしてるわけじゃないよぉ……」

しずく「あはは!」ニコニコ

334: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 21:30:48.79 ID:cdZKLA7N
しずく「──こんな感じの会話が、大人まで続くと思ってたんだけどなぁ」

歩夢「!!」

しずく「一緒に大人になって、お酒飲めるようになったら一緒に飲んで……昔話に花を咲かせて……楽しく過ごせると思ってたんだ……」

歩夢「…………」

しずく「……歩夢さん……」

しずく「もう……おしまいは近いの……?」

歩夢「……うん」

歩夢「なんとなくだけど……もう数時間も……持たない気がする」

しずく「……そっか……」

歩夢「……ごめんね……」

しずく「謝らないでよ」

しずく「一番辛いのは、歩夢さんだもん」

歩夢「…………」

しずく「歩夢さん」

しずく「私……バッドエンドが嫌いなの」

歩夢「え?」

しずく「古い映画とか小説が好きなんだけどさ、その中でもバッドエンドで終わる作品……好きじゃないんだ」

歩夢「……」

しずく「バッドエンドとハッピーエンド、どっちで終わる方が良いのか11万人にアンケート調査した所……どんな結果になったと思う?」

歩夢「……50パーセントくらい?」

335: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 21:41:04.72 ID:cdZKLA7N
しずく「結果はね」

しずく「93パーセントの人がハッピーエンドが良いって答えたみたいだよ」

歩夢「そ、そんなに!?」

しずく「うん」

歩夢「……そ、そうなんだ……ちょっと意外かも」

しずく「別にバッドエンドの全てを否定するわけじゃないんだけどね」

しずく「私はハッピーエンドの方が好き」

しずく「物語は綺麗に終わった方が、絶対にいいよ」

歩夢「…………」

しずく「まぁ、つまりね」

しずく「私は……あなたの物語が……」

しずく「このままバッドエンドで終わってほしくない」

歩夢「しずくちゃん……」

しずく「ハッピーエンドを迎える事が出来るって……信じてるから」

しずく「こんなに優しくて……頑張っていた歩夢さんが報われない世の中なんて嫌だし」

しずく「そんな運命にした神様がいたら──私は絶対に許さない」

歩夢「……」

しずく「歩夢さん」

しずく「今まで、本当にありがとう」

しずく「私、歩夢さんの事……本当に大好き」

歩夢「うん」

歩夢「私もしずくちゃん、大好きだよ」

歩夢「最初に私の事を受け入れてくれて、本当にありがとうね」ニコッ

しずく「──ッ!!」

しずく「……っ……」

しずく「うん……うん!」

しずく「さ、最後は……笑顔で……お別れ……!」

歩夢「……うん」コクリ

しずく「歩夢……さん」

しずく「──」スゥゥゥゥ



しずく「今まで、ありがとう!」ニコッ

336: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 21:55:28.57 ID:cdZKLA7N
彼方「見て見て! 歩夢ちゃん!」

彼方「じゃじゃーん!!」

彼方「我が愛しの妹の一人、遥ちゃんでーす!!」

遥「…………」

遥「お姉ちゃん、うるさい」

彼方「遥ちゃん辛辣!?」

歩夢「あはは……」

歩夢「はじめまして……だね。遥ちゃん」

遥「はい! うちの姉としーちゃんがいつもお世話になっています」ペコリ

歩夢「礼儀正しい……」

彼方「えっへん!」

遥「なんでお姉ちゃんが偉そうなのさ……」

歩夢「遥ちゃん、退院出来たんだね」

遥「はい! その節はお世話になりました」

歩夢(……遥ちゃん、しずくちゃんから少し変わった子だって聞いたけれど、全然普通な気がするんだけど。なんならいい子な気が……)

歩夢「ううん。私は何もしてないよ」

歩夢「彼方さんが信じ続けた結果だと思うの」ニコッ

遥「お姉ちゃん、歩夢さん良い人過ぎて私惚れちゃいそうなんだけど」

遥「お持ち帰り予約受付ってしてますか?」

彼方「予約でいっぱいですね〜」

遥「まじか」

歩夢「……」

歩夢(やっぱり少し変わった子かも)

歩夢(でもこんな遥ちゃんも新鮮で可愛いなぁ)

338: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:01:30.78 ID:cdZKLA7N
歩夢「……」

歩夢(でも、彼方さん……思いの外元気そう)

歩夢(いや、良い事なんだけどね!? 最後なのに少し寂しい気持ちも……)

彼方「…………」

彼方「歩夢ちゃん」

歩夢「え?」

彼方「彼方ちゃんは、お姉ちゃんだからさ」

彼方「妹の前では強くいなくちゃダメなの」

歩夢「!!」

彼方「今日遥ちゃんを連れてきたのも……こうでもしないと……悲しくって……上手く会話できないからさ……」ボソッ

歩夢「彼方さん……」

遥「ん? お姉ちゃんどうしたの?」

彼方「……」

彼方「んーん! なんでもないよ〜!」ニコッ

彼方「さっ! 虹ヶ咲学園を目指して皆でお散歩しよ〜!」

遥「うん!」

歩夢「……はい!」ニコッ

341: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:12:47.41 ID:cdZKLA7N
彼方「歩夢ちゃん」

彼方「私、調理師目指してるんだ〜」

歩夢「え? お医者様は?」

彼方「遥ちゃんが治ったからもういいの!」

彼方「今は自分のやりたい事を真っ直ぐ目標にして頑張りたいんだぁ〜!」

歩夢「ふふっ、良いと思います」ニッコリ

彼方「でしょでしょ?」ニコニコ

彼方「それと歩夢ちゃんが言っていた、夢を口に出すといつか叶うっていうやつあるじゃん?」

彼方「あれもやってみてるよ! 私は調理師になるぞ〜って!」

遥「歩夢さん。お姉ちゃん家でいつも騒がしいんですよ?」

彼方「ひどい!」

遥「でもそんなお姉ちゃんがすき」

彼方「私も遥ちゃんすき!」

歩夢(仲良し過ぎる……)

彼方「──とまぁ! そういうこと」

彼方「歩夢ちゃん」

歩夢「?」

彼方「歩夢ちゃんは元の世界に戻れるよ」

彼方「絶対に、戻れる」

歩夢「え?」

彼方「私はそう信じてる」

彼方「ずっと……そう言い続けるから」

彼方「夢は口に出すと……いつか叶うんだから……」

歩夢「彼方さん……」

342: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:25:02.64 ID:cdZKLA7N
遥「せ、世界……?」

彼方「ふふふ……大人の話だよ遥ちゃんや」

遥「何言ってるのさ……」

歩夢「あはは……」

遥「でも、世界かぁ……」

遥「私も入院中でずっと寝ていた時、世界に関わる夢を見てた気がするから……少し気になるなぁ」

歩夢「え?」

遥「あ、夢の話ですよ? もうほとんど内容も覚えてないんです。なんか別世界? 私のいる場所とは同じなのに全然違う所に……いた気がするんだけどぉ……」

遥「……うーん……やっぱり上手く思い出せない」

遥「──あっ、でも目覚めるきっかけになったのは覚えてます」

遥「お姉ちゃんの歌が聞こえてきたんです」

歩夢「歌……?」

遥「はい」

遥「どこかへ引き寄せられて、歩いていた気がしたんですけれど……後ろからお姉ちゃんの歌が聞こえて……お姉ちゃんの歌の方に向かって歩いたんです」

遥「そして気が付いたら、起きてました」

歩夢「…………」

遥「そ、そんな真剣な表情で聞くことですか?」

歩夢「え? あっ……ご、ごめんね。気にしないで!」

遥「?」

彼方「……まぁ、そういう事だよ。歩夢ちゃん」

彼方「私は、信じてるから」

彼方「あなたが遥ちゃんと同じように、戻れるって!」

彼方「だから、悔いのないように」

彼方「若葉ちゃんとお話してくるんだよっ」ニコッ

歩夢「──はい!」ニコッ

彼方「うんうん! いい笑顔だ!」ナデナデ

歩夢「えへへ……照れます」

遥「あ、歩夢さん……なでなでずるい……!」ジトー

歩夢「えぇ!?」

彼方「あはは〜。順番だよ〜?」ニコニコ


彼方(歩夢ちゃん)

彼方(今までありがとうね)

343: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:32:33.53 ID:cdZKLA7N
璃奈「──ほうほう。それでそれで?」

歩夢「えっと、その後璃奈ちゃんが『りなちゃんボード』って言うのを作ってね」

璃奈「『りなちゃんボード』? 良いネーミングセンスだ。さすが別世界の私。非常に興味深いね」

歩夢「……」

歩夢(璃奈ちゃんからものすごく私の世界の璃奈ちゃんの話を聞かれる)

歩夢「やっぱり気になる? 別世界の自分の事」

璃奈「歩夢さんや」

歩夢「おばあさんやみたいな言い方だね……」

璃奈「そもそもこれはすごい話なんだよ」

歩夢「え?」

344: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:37:34.12 ID:cdZKLA7N
璃奈「今まで私達人類で可能性理論としてしか語られていなかった、アナザーワールドの存在が確定したんだからね」

璃奈「本当にすごい事だよ」

璃奈「端的に言って、胸が熱くなるね」

歩夢「そ、そっか」

璃奈「うん!」

歩夢「璃奈ちゃんが楽しそうでなによりだよ」

璃奈「撫でていいよ?」

歩夢「甘えん坊さんだぁ……」

歩夢「でも可愛いからなでなでしちゃうね」ナデナデ

璃奈「優しい。さては歩夢さん、私の事が好きだね?」

歩夢「うん。大好きだよ」

璃奈「え? ……ぁぅ……////」

歩夢(かわいい)

璃奈「か、からかわないでよ……歩夢さん……」

歩夢「からかってないのに」

345: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:44:03.97 ID:cdZKLA7N
璃奈「──と、とにかく!」

璃奈「私はこの事について、たくさん研究するよ」

璃奈「そして、また皆であなたと……繋がれるようにしたい」

歩夢「!!」

璃奈「それが私の夢だよ」

歩夢「……璃奈ちゃんは……強い子だね」

璃奈「みんなのおかげでこうなれたんだよ」

歩夢「……嬉しいよ」

璃奈「でも、私は歩夢さんに一番感謝してる」

歩夢「え?」

璃奈「あなたは私が同好会に入るきっかけの人。憧れの人」

璃奈「あなたがいなかったら……こんなに素晴らしい仲間とは出会えていなかった」

璃奈「お母さんが私のライブを見てくれる事も、一生なかった」

歩夢「……あれはかすみちゃんとしずくちゃんが……」

璃奈「ううん。そうじゃない」

璃奈「あなたがいなかったら、その出来事すら起きていないんだよ」

歩夢「璃奈ちゃん……」

346: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 22:48:08.00 ID:cdZKLA7N
璃奈「今は少しの間……お別れかもしれない」

璃奈「でも、絶対に……最後のお別れにだなんてさせないから」

璃奈「だから、さよならは言わないよ。歩夢さん」

歩夢「……うん……」

歩夢「私も、言わないよ。璃奈ちゃん」

歩夢「ありがとうね」ニコッ

璃奈「っ……!」

璃奈「……」ゴシゴシ


璃奈「歩夢さん」

璃奈「今まで本当にありがとう」

璃奈「あなたはいつまでも、私の憧れだよ」

璃奈「またいつか、会おうねっ!」ニッコリ

347: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 23:18:37.77 ID:cdZKLA7N
果林「わたしさぁ」

果林「──田舎の雰囲気が苦手だったんだよねぇ」

歩夢「え? そ、そうなんですか?」

果林「うん」

果林「いや、すっごい良い所なんだよ?」

果林「自然も豊かだし、ご飯も美味しいし。周りの家の人達も優しいし」

果林「……でも、プライベートが全部筒抜けなんだぁ」

歩夢「うーん……なんかイメージが湧かないです」

果林「ずっと都会に住んでると分からないと思う」

果林「昨晩22時半くらいに部屋の明かり付いていたけれど勉強でもしてたの? 声が聞こえたから友達と通話かな? って言うのを別の家のおばちゃんから聞かれるよ」

歩夢「」

歩夢「え? そんな細かく……?」

果林「そんなの日常茶飯事だよ?」

歩夢「えぇ……」

果林「ぜーんぶ筒抜けなの! 田舎ネットワークは凄いのさ」

歩夢「本当にごめんなさい……なんかちょっと怖いかもです……」

果林「うんうん。それが普通の反応だよ」

果林「私もさっき言った通り、苦手だったしちょっと怖かったの」

348: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 23:24:02.58 ID:cdZKLA7N
果林「そんでね、わたしと同じ考えを持つ、わたしの憧れの人が近くに住んでたの」

果林「その人が突然いなくなっちゃったの」

歩夢「え?」

果林「都会に行った親不孝者だってみんな言ってた。何も挨拶されずに出ていかれちゃったから……寂しかったなぁ」

歩夢「……」

果林「その人、どうなったと思う?」

歩夢「え? えっと……」

歩夢「有名人に……なってた?」

果林「おぉ! せいかい!! さっすが歩夢ちゃん!」

歩夢(合ってたんだ……)

果林「雑誌モデルになってたの! すごいよねぇ」

歩夢「あっ……だから果林さん……モデルになりたいんですか?」

果林「そーいうこと!」

349: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 23:31:41.84 ID:cdZKLA7N
果林「セクシーで、すごいのよ? こんな感じでね」

歩夢「本当に声変わりますね、果林さん」

歩夢「最初会った時、ビックリしちゃいましたよ」

果林「え? そうなの? 歩夢ちゃんの世界にいるわたしってどんな感じなの?」

歩夢「セクシーです」

果林「セクシー」

歩夢「あと情熱的です」

果林「情熱的」

歩夢「そしてクールです」

果林「クール」

果林「わたしがスクールアイドルやってる時のキャラまんまじゃん!」

歩夢「そうなんですよね……だからビックリしちゃいました。声高!? って」

果林「へぇ〜……会ってみたきゃ〜」

歩夢(あなた誰よ!? 本当にわたしなの!? って反応しそうだなぁ……果林さん)

350: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 23:41:40.68 ID:cdZKLA7N
果林「あっ、もうエマと交代する場所に着きそう」

歩夢「え? 本当ですか? 時間経つの早い……」

果林「ねー!」ニコニコ

歩夢「なんか……最後って感じしなかったです」

果林「うん。だって最後じゃないもん」

歩夢「へ?」

果林「いつかまた、わたしの憧れの歩夢ちゃんとわたし達は会えると思ってるからさ」

果林「ポジティブに考えた方が、絶対幸せだもん」ニッコリ

歩夢「果林さん……」

歩夢「ふふっ、私もそう思います!」ニコッ

果林「でしょでしょ〜?」

歩夢「……果林さんのポジティブには、みんな救われていると思います」

果林「そっかなぁ……別にあんまり深く考えてないんだけどなぁ」

歩夢「果林さん。本当に、ありがとうございました」ペコリ

果林「……お礼を言うのはわたしの方だよ」

果林「こんなに楽しいスクールアイドルになるきっかけを作ってくれたのは、歩夢ちゃんだもん!」ニッコリ

果林「また、会おうね」

果林「──絶対に!」ニコッ

歩夢「はい!」ニコッ


果林(本当にありがとうね。歩夢ちゃん)

果林(風邪……ひかないようにね)

351: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 23:52:38.34 ID:cdZKLA7N
歩夢「……」

エマ「……」

歩夢「……」

エマ「あ、歩夢ちゃん……喉乾いてない?」

歩夢「喉は……はい。大丈夫です」

エマ「そ、そっかぁ……」

歩夢「……」

エマ「……うぅ……」

エマ「ごめんなさい……」

歩夢「え、えぇ!? ど、どうしたんですかエマさん……」

エマ「何て話していいか……わかんなくて……」

歩夢「…………」

エマ「わたし……3年生なのに……」

歩夢「エマさん」

歩夢「いつも通りでいいですよ」

エマ「え?」

352: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/13(日) 23:59:43.25 ID:cdZKLA7N
歩夢「ここに来るまでに、私はみんなと色々な話をしました」

歩夢「みんな、私の事を……本当に良く思っていてくれて……」

歩夢「また会おうねって言ってくれるし、私が元の世界に戻れるって信じてくれているんです」

エマ「……」

歩夢「本当に……大好きです。みんなの事」

エマ「……」

歩夢「もちろん、エマさんも大好きですよ」

エマ「わ、ワッツ!?////」

歩夢「正直に今の気持ちを伝えてくれて、謝ってくれる。本当に心優しい人です」

歩夢「正直になるのって、中々難しい事ですよ」

エマ「歩夢ちゃん……」

353: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:07:27.96 ID:IMaCiRB2
歩夢「それにエマさんは、この子の話を聞こうとしてくれた」

歩夢「愛ちゃんとこの子がケンカしていた時」

エマ「あっ……あの時の」

歩夢「この子も本当は、嬉しかったと思います」

歩夢「あの時は……少し複雑な時だったから……エマさんを巻き込んじゃったけど」

歩夢「その事も後悔していました」

エマ「……そう、なんだ……」

歩夢「はい」

歩夢「エマさん」

歩夢「……この子は、本当に色々と苦労してきた子なんです」

エマ「……」

歩夢「だから、エマさんの優しさで──包み込んであげてください」

歩夢「この世界の歩夢の事……よろしくお願いします!」ペコリ

エマ「──うん!」

エマ「わたしに、任せて」

エマ「いっぱい甘えさせちゃうからっ」ニッコリ

歩夢「よろしくお願いしますっ」ニコッ

エマ「……歩夢ちゃん」

エマ「最後に、これだけ言わせて?」

歩夢「?」

エマ「あの時、わたしに勇気をくれて……夢への一歩を歌ってくれて!」

エマ「本当に──ありがとう!」

エマ「だいすき!!」ニッコリ

354: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:14:05.03 ID:IMaCiRB2
愛「歩夢」

歩夢「なぁに? 愛ちゃん」

愛「アタシ」

愛「神様嫌いだわ」

歩夢「……急にどうしたの?」ジトー

愛「そんな目で見るなっつの」

愛「だってさ、意地悪じゃん」

歩夢「い、意地悪?」

愛「こんなに頑張ってる歩夢と、頑張ってきた歩夢が共存できない運命を作っちゃったんだからさ」

歩夢「…………」

愛「な?」

歩夢「…………」

歩夢「全部神様が悪いわけじゃないと思うんだけど」

愛「マジレス!? なんか今日の歩夢辛辣じゃね!?」

愛「さてはお前この世界の歩夢だな!?」

355: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:19:15.07 ID:IMaCiRB2
歩夢「ふふっ、どっちだと思う?」

愛「……」ギュュュュ

歩夢「いひゃいいひゃい〜!」

愛「からかい過ぎだぞ」

歩夢「ご、ごめんなさい」

愛「たくっ……」

歩夢「──愛ちゃん」

愛「ん?」

歩夢「お別れしたくない」

愛「……」

歩夢「……みんな、優しくってさ……」

歩夢「……色々言ってくれる度に……」

歩夢「みんなと……お別れしたくない気持ちが……強くなってきちゃった……」

愛「歩夢……」

356: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:24:57.36 ID:IMaCiRB2
歩夢「だ、ダメだよね……また会えるって信じてくれてる人や、私が元の世界に戻れるって信じてる人達もいるのにさ……」

愛「みんな同じ気持ちだよ」

歩夢「──え?」

愛「アタシだって……歩夢とお別れしたくない」

愛「この世界の歩夢も好きだけど……アタシ……今の歩夢だって……好きなんだよ……」

歩夢「愛ちゃん……」

愛「……あの時、酷いこと言っちゃって……ごめんな……」

愛「アタシの知っている上原を返せって言っちゃった事」

歩夢「……ううん」

歩夢「あの時、愛ちゃんと話せたから……私はまた前に向けたの」

愛「……」

歩夢「愛ちゃん」

歩夢「弱音吐いちゃって、ごめんなさい」

歩夢「愛ちゃんにはつい……色々心置き無く言えちゃうんだよね」

歩夢「あはは……」

357: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:32:21.67 ID:IMaCiRB2
愛「歩夢」

愛「絶対これを、お別れになんてさせねぇから」

歩夢「!!」

愛「璃奈と一緒にたくさん勉強して、お前と必ず再会出来るようにする」

愛「約束だっ」

歩夢「愛ちゃん……」

歩夢「──うんっ!」

歩夢「約束っ!」ニッコリ

愛「歩夢」

愛「また会おうな」グッ

歩夢「……うん! また、会おうね」グッ

愛「……っ……」

愛「……歩夢……」

愛「大好き」ポロ、ポロ

歩夢「私も、大好きだよ。──愛ちゃん」ニコッ

コツンッ

358: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:37:58.87 ID:IMaCiRB2
歩夢(校舎内に入る)

歩夢(もうすぐ、若葉ちゃんがいる所に……辿り着く)

せつ菜「それでですね、私はあなたの歌を聞いて──」

歩夢「うん」

歩夢(せつ菜ちゃんのマシンガントークが止まらない)

歩夢「せ、せつ菜ちゃん」

せつ菜「ん? どうしました?」

歩夢「疲れない? 凄く喋ってるけど」

せつ菜「全然疲れません! 歩夢さんと話すの、楽しいですから!」

せつ菜「なんなら一緒にいられるだけで、幸せですっ」ギュッ

歩夢「あはは……なら良いんだけど。無理はしないでね?」

歩夢(この光景を侑ちゃんに見られたら……羨ましいって言われそうだなぁ)

360: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:43:36.03 ID:IMaCiRB2
歩夢「せつ菜ちゃん。そう言えば若葉ちゃんと話したの?」

せつ菜「えぇ。少しだけですけれど」

せつ菜「音楽室で大切な話があるので、ピアノ弾いて待っててくださいって伝えました」

せつ菜「今頃私を待っていると思います」

歩夢「えぇ!? それで急に私が現れたらビックリするんじゃ……」

せつ菜「それも狙いのひとつなので!」ペカー

歩夢「せつ菜ちゃん?」

せつ菜「じょ、冗談ですよ」

せつ菜「あなたとお話したい子を連れていきます。私は行けない可能性があるって事は伝えてあります」

歩夢「もう……」

歩夢「けど、色々と準備してくれて、ありがとうね」ニコッ

せつ菜「……」

歩夢「せつ菜ちゃん?」

361: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:47:14.94 ID:IMaCiRB2
せつ菜「これだけしか……できないんですよ」

せつ菜「本当なら……あなたがいなくなること自体……なんとかしたい」

せつ菜「魔法や超能力が使えたら……使いたいですよ」

歩夢「せつ菜ちゃん……」

せつ菜「私は……あなたに……憧れて……スクールアイドルになりました」

せつ菜「あなたが私に、大好きを教えてくれたんです」

せつ菜「そんなあなたの為に……私はこれくらいの事しか」

歩夢「──これくらいの事なんかじゃない」

363: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 00:58:39.72 ID:IMaCiRB2
歩夢「私はこの世界でもあなたの歌に救われたし、自分の世界でも……スクールアイドルになるきっかけを作ってくれたの」

せつ菜「……」

歩夢「せつ菜ちゃん」

歩夢「スクールアイドルになってくれて」

歩夢「本当にありがとう」ニコッ

せつ菜「!!」

せつ菜「……んでそんなに……」

歩夢「え?」

せつ菜「なんでそんなに……優しいんですか」

歩夢「せつ菜ちゃん?」

せつ菜「が、我慢しようと……思ってたのに……」



せつ菜「そんなこと言われたら……」

せつ菜「泣いちゃうじゃないですか……!!」

364: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:06:45.72 ID:IMaCiRB2
せつ菜「なんで……!!」

せつ菜「なんで歩夢さんが……そんなに辛い目に合わなくちゃいけなかったんですか!!」

せつ菜「どうしてあなたが……消えなきゃならないんですか!!」

せつ菜「まだ! あなたとたくさんやりたい事、いっぱいあるのに!!」

せつ菜「なんで! ──なんで!!」

せつ菜「いなくなっちゃうのよッ!!」

歩夢「…………」

せつ菜「お別れしたくない!! ──したくないよ!!」

せつ菜「もっと歩夢さんと……一緒にいたいよぉ!!」

歩夢「……っ……!」

せつ菜「どうして……歩夢さんが……っ……!」

歩夢「……せつ菜、ちゃん……」

ギュゥ

歩夢「私、幸せだよ」

歩夢「せつ菜ちゃんにそんなに思って貰えて……本当に──幸せ」

せつ菜「ひっぐ……ひぐ……!!」

せつ菜「歩夢……さん……!」ギュュュュ

365: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:16:25.31 ID:IMaCiRB2
歩夢「私、本当に……嬉しかったんだ」

歩夢「──菜々ちゃんが……この世界でもスクールアイドルになってくれて」

せつ菜「!!」

歩夢「私の大好きな歌を歌ってくれて」

歩夢「本当に……嬉しかった」

せつ菜「歩夢さん……」

歩夢「あの時とは、逆だね。菜々ちゃん」

せつ菜「……」

歩夢「──あの時の、お返し」

歩夢「我慢しなくて、いいよ」

歩夢「誰だって沢山泣きたい時はあるもん」

歩夢「だから今は」

歩夢「思いっきり泣いていいよ」ギュュュュ

せつ菜「!! 歩夢さん……!!」

せつ菜「ッ──」


ギュッ!!




せつ菜「──うああぁぁぁあああああああああッ!!」




せつ菜(歩夢さん)

せつ菜(今まで、ありがとう)

せつ菜(大好きです)

366: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:24:26.71 ID:IMaCiRB2
かすみ「歩夢先輩」

かすみ「この世界の歩夢先輩って、今どうしてるんですか?」

歩夢「え?」

歩夢「あ、あんまり考えてなかったなぁ」

歩夢「──あっ、もしかして私の目を通して、ずっとこのやり取りを見てるかも」

かすみ「え? そうなんですか?」

歩夢「うん」

かすみ「なら、この世界の歩夢先輩」

かすみ「聞いてください?」

歩夢「……」コクリ

かすみ「スクールアイドルへの道は厳しいですからね。ビシバシ教えますから、覚悟して下さいね!」ピシッ

歩夢「!! かすみちゃん……この子の入部認めてくれるの!?」

かすみ「あ、当たり前じゃないですか」

かすみ「……でも、まぁ……その反応されても仕方ないか」

かすみ「私……酷いこと言っちゃいましたもんね」

歩夢「かすみちゃん……」

367: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:30:07.13 ID:IMaCiRB2
歩夢「そんなこと、ないよ」

歩夢「あの時だって、しずくちゃんと彼方さんを巻き込まないように──」

かすみ「違うんです。歩夢先輩」

かすみ「その理由も一つではありますけど……私が……」

かすみ「単純に不良が嫌いだったから……あぁ言っちゃったんです……」

歩夢「…………」

かすみ「しずくの言う通りだったんだよ」

かすみ「誰だって好きで……不良になったわけじゃないんだ……」

かすみ「考えが子供だったんだよ……私」

歩夢「──そんな事ない」

歩夢「そうやって自分の行動を振り返って反省できるの……すごく大人だよ」

かすみ「歩夢先輩……」

歩夢「自分にストイックで、努力家で……かっこよくて優しくて可愛いかすみちゃん」

歩夢「私、大好きだよ」ニコッ

かすみ「……」

歩夢「尊敬してる」

かすみ「……」

368: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:32:59.53 ID:IMaCiRB2
かすみ「本当に……お別れしたくないですよ……」

かすみ「もっとあなたと一緒に……いたかった……」

かすみ「素直になれば……良かった……」

歩夢「……」

歩夢「かすみちゃん」

かすみ「え?」

歩夢「スクールアイドルの基本って、なんだっけ?」

かすみ「!!」

かすみ「笑顔……です」

歩夢「だよね? かすみちゃんが教えてくれたんだよ?」

かすみ「……」

歩夢「悲しい顔をしてるの、似合わないよ」

歩夢「私……かすみちゃんの笑顔が見たいなぁ」

かすみ「…………」

369: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:35:41.43 ID:IMaCiRB2
かすみ「もう! 歩夢先輩は仕方のない人ですね!」

かすみ「そんなに私の笑顔が見たいなら、もっと早く言ってくださいよー!」ニコッ

歩夢「あはは! ありがとう」

歩夢「可愛いよ、かすみちゃん」ナデナデ

かすみ「……」

かすみ「歩夢先輩って、タラシですよね」

歩夢「え!?」

かすみ「しかも天然タラシ。タチが悪いよ」

歩夢「悪口言われてる!?」

かすみ「褒め言葉ですよ」

歩夢「嘘だよね!?」

かすみ「はい」

歩夢「もぉー!!」

かすみ「あっはは!」ニコッ

370: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 01:41:48.76 ID:IMaCiRB2
かすみ「歩夢先輩……見えてきました」

かすみ「この道を真っ直ぐ進んで、突き当たりを右に進むと音楽室です」

歩夢「うん。分かった」

かすみ「では、お見送りはここまでです」

かすみ「歩夢先輩」

かすみ「行ってらっしゃい!」ニッコリ

歩夢「──うん!」

歩夢「笑顔を作ってくれて、ありがとうね。かすみちゃん」

かすみ「スクールアイドルの基本をかすみんが破るわけにはいきませんからね!」

歩夢「ふふっ、かすみちゃんらしいや」

歩夢「かすみちゃん……今まで本当にありがとうね」

歩夢「またいつか、会おうね!」

かすみ「はい!」ニコニコ

歩夢「この子の事……よろしくね!」

かすみ「任せてくださいっ!」ニッコリ

歩夢「じゃあ、またね!」

歩夢「本当にありがとう!」

スタスタ



かすみ「…………」

かすみ「行っちゃった、か……」

372: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:01:21.05 ID:IMaCiRB2
かすみ「…………」

かすみ(日記……読んだよ、歩夢先輩)


歩夢『だから、かすみちゃんに信用してもらえるように頑張る。ケンカも絶対にしない。もう、悪いこと絶対にしないから』

歩夢『私、本気だから』


歩夢『……皆とまた一緒にいたいから……』


かすみ(自分の事じゃなかったのに……お人好し過ぎますよ。歩夢先輩は)


歩夢『飛び立てる Dreaming Sky』


歩夢『かすみちゃん!』

歩夢『ありがとう……!』

歩夢『私、頑張るから!!』ギュュュュ


歩夢『うんっ。放送聞いてたよ。ありがとうねかすみちゃん』


歩夢『ふふっ、そうなんだ』ニコッ


歩夢『かすみちゃん!』

歩夢『かすみちゃん?』

歩夢『おはよっ、かすみちゃん』ニコッ


歩夢『私……かすみちゃんの笑顔が見たいなぁ』


かすみ「…………」

かすみ「ごめん、歩夢先輩」

かすみ「私……!」

かすみ「スクールアイドルの基本……っ……!!」

かすみ「破っちゃう……!!」



かすみ「──ああぁぁぁあああああんッ!! ひっぐ! ぅ、……ッ……──うあぁぁぁぁあああああああああッッ!!」




かすみ(歩夢先輩)

かすみ(大好き)

373: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:05:42.73 ID:IMaCiRB2
歩夢「……」


──音楽室から、ピアノの音が耳に届く。


歩夢「……ここに……若葉ちゃんが」


目の前には音楽室の扉。


歩夢「……行こう、歩夢」

歩夢「若葉ちゃんに会いに」


一呼吸、またその後に深呼吸。緊張を和らげる。

そして私は──音楽室の扉を開けた。

374: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:10:33.27 ID:IMaCiRB2
♪〜

耳に、ピアノの音が良く聞こえる。

ピアノを弾いている子は、愛しの子。

私の大好きな侑ちゃんと、同じ見かけをした女の子。

──この世界の、高咲侑ちゃん。


若葉「──へ?」

若葉「あ、歩夢ちゃん……?」

歩夢「……」


私に気が付いたみたいだ。


歩夢「若葉……ちゃん……」

歩夢「会いたかった」ニコッ


みんな、ありがとう。


───────さよなら。

375: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:13:25.90 ID:IMaCiRB2
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

歩夢「あれ……?」

歩夢「え?」

歩夢「わたし……あれ?」

若葉「あ、歩夢ちゃん……?」

若葉「どうしたの……?」

歩夢「!! わ、若葉ちゃん……」

歩夢「歩夢は……?」

若葉「へ?」

若葉「歩夢ちゃんは……キミじゃん」

歩夢「……」ポカーン


この日、この瞬間──わたしの憧れの上原歩夢が消えてしまったことが分かった。

377: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:18:03.54 ID:IMaCiRB2
若葉「ふふっ、変な歩夢ちゃん」

歩夢「…………」

若葉「久しぶり、だね。歩夢ちゃん」

歩夢「……うん……」

若葉「……」

歩夢「……」

若葉「あ、あはは……久しぶりだと……何話していいか分からないね」

歩夢「……そう、だね……」

歩夢「……わ、若葉ちゃん」

若葉「……うん」

歩夢「わたし、若葉ちゃんにずっと」

歩夢「謝りたかった」

若葉「……どうして……?」

378: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:22:03.73 ID:IMaCiRB2
歩夢「若葉ちゃんは……わたしのせいで──」

若葉「私も歩夢ちゃんに言いたいことがあったの」

歩夢「え?」

若葉「ずっと、ずっと……言いたかったことがあるの」

歩夢「……」

若葉「歩夢ちゃん」

若葉「あなたのせいじゃないよ」

歩夢「!!」

若葉「ずっと……後悔してた」

若葉「あの時の……言葉を……」

若葉「謝りたかった」

若葉「ずっと……ずっと……!!」

歩夢「若葉ちゃん……」

379: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:27:43.21 ID:IMaCiRB2
若葉「それだけじゃない……」

若葉「歩夢ちゃんとした約束も……そんなのいいって酷いこと言っちゃって」

若葉「本当に、後悔してる」

歩夢「…………」

歩夢「でも……いま、ピアノを弾いてるって事は」

若葉「うん」

若葉「中学から、始めたの」

若葉「歩夢ちゃんとの……約束だったから」

歩夢「……覚えててくれたんだね」

若葉「それは私だけじゃなくて、歩夢ちゃんもでしょ?」

歩夢「へ?」

若葉「歩夢ちゃんも……すっごいスクールアイドルになってた」

若葉「感動しちゃったよ」

歩夢「あれは……」

若葉「……本当はさ……もっと歩夢ちゃんに早く会いに行くつもりだったの」

若葉「でも……声掛けられなかったの」

380: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:40:28.57 ID:IMaCiRB2
スタスタ

若葉(虹ヶ咲学園……ひ、広いなぁ)

若葉(学生寮があるし、音楽のこともっと学びたいから転入したけれど……迷っちゃうよ)


スタスタ

歩夢『……』


若葉(──え?)

若葉(今の女の子……あ、歩夢ちゃん!?)

若葉(お、追ってみよう!)


歩夢『っっ……!!』

歩夢『……』

歩夢『……っ……!!』ポロポロ

歩夢『……ひっぐ……ひぐ……っ、……!!』ポロポロ

歩夢(せつ菜ちゃん……!)


スタスタ ──ピタッ


若葉『!?』ビクッ

若葉(やっぱり、歩夢ちゃんだ! え? ……な、泣いてる!? ど、どうし──)

若葉『…………』

若葉(でも……今更私が声掛けたって……困らせちゃうだけだよね……歩夢ちゃん……)

若葉『……』

若葉(ごめんね、歩夢ちゃん……)

スタスタ

381: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 02:51:42.81 ID:IMaCiRB2
若葉「すぐに謝るべきだったのに……逃げちゃったんだ、私……」

歩夢「……」

歩夢(あの時の気配と足音は……若葉ちゃんだったんだ)

歩夢「こんなに近くにいたんだね。若葉ちゃん」

若葉「……だね」

歩夢「若葉ちゃん」

歩夢「わたし、若葉ちゃんと話したいこと沢山あるの」

歩夢「今までの事、不思議な体験をしたこと……色々あるの」

若葉「……私も同じだよ、歩夢ちゃん」

歩夢「一緒に……やり直そう」

若葉「うん……」

歩夢「若葉ちゃん」

歩夢「これからもわたしと、一緒に歩んでくれる?」

若葉「歩夢ちゃん……」

若葉「──うん!」

若葉「一緒に……やり直そう」

若葉「もう、離れたりしないから」

若葉「絶対に!!」

歩夢「──うん!」




歩夢(わたしの憧れた。優しくて可愛い、まごころ溢れる……わたしの憧れのスクールアイドル。──別世界の上原歩夢)

歩夢(わたしの願いを叶えてくれて)

歩夢(ありがとう)

382: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 03:01:27.89 ID:IMaCiRB2
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

──白い世界に私はいた。

目の前には、どこまでも続く道があった。


歩夢「…………」

歩夢(なんだろ……これ……)

歩夢(この道を進めば、いいんだよね?)

歩夢「…………」

歩夢(身体が、導かれる)


──後ろから、音が聞こえてくる。


歩夢(え? なに、これ……)

歩夢(ピアノ……?)

歩夢(歌も……聞こえる……)

歩夢「………………」


『──へ引き寄せられて、─────────────ど──後ろから────歌が聞こえて……─────歌の方に向か───歩いた───』


歩夢「………………」

歩夢「前じゃない」

歩夢「後ろに歩くんだ」

歩夢「音の聞こえる……方へ……」


────────────

383: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 03:08:02.51 ID:IMaCiRB2
とても長い夢を見ていた気がする。

頭が上手く、働かない。照明が、眩しい。

耳に、ピアノの音と歌が届く。


侑「♪〜」


歩夢「」

歩夢「ゆう……ちゃ……ん」


侑「──へ?」


歩夢「ピアノと……うた……じょうずに……なったね」


私の横に、愛しい子がいた。

侑ちゃんに会いたくて、ずっと……長い夢を見ていた気がする。

いつか会うって、約束もした気がする……。

──でも、今は気持ちを整理できない。上手く、考えられない。


歩夢「会い、たかった……!!」


涙が溢れ出てしまった。

384: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 03:11:30.70 ID:IMaCiRB2
侑「あ、あぁ……うそ……」

侑「あ、歩夢……」

侑「歩夢!!」バッ

ギュッ!!

歩夢「くる、しいよ……侑ちゃん……」

侑「歩夢……!! 歩夢!!」ギュュュュ

歩夢「……侑、ちゃん……」

侑「!!」

歩夢「ただいま」ニッコリ

侑「──ッ!!」

侑「うん……っ……うん!」

侑「おかえり!!」

侑「──歩夢っ!!」

385: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 03:21:42.12 ID:IMaCiRB2
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


「みんな、準備はOK?」

「モチのロンだぜ」

「愛さん、それ古い」

「ねー!」

「今時それ使う子いないよね〜」

「あれ? なんでしずくちゃん目を逸らしてるの?」

「そ、ソラシテナイデスヨ!?」

「わぁ……カタコトだぁ〜……」

「こーら皆さん! ライブ前なんですから! 集中です!」

「せつ菜先輩の言う通りですよ」

「──では、歩夢先輩。いきましょうか」

「うん」

「あなたの努力を……見せる時ですよ」

「ふふっ、期待しててね。かすみちゃん」

「わたしの憧れのスクールアイドルを目指して、頑張ったから!」

「……はい!」

「じゃあ、一曲目……いこう!」



「──夢がここからはじまるよ!」

386: 名無しで叶える物語(しまむら) 2021/06/14(月) 03:22:13.32 ID:IMaCiRB2
歩夢「パラレルワールド?」


おしまい。

引用元: 歩夢「パラレルワールド?」続