1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 17:41:54.53 ID:STH+G06G0


―――――私の見ている今の咲さんが


―――――私にとっては、本当の咲さんなんですよ


―――――それがどんなに歪んでいても


―――――私にとっては…いつも迷子の咲さんが…




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2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 17:45:52.16 ID:STH+G06G0


―清澄、部室―






咲「カン」

咲「自摸。清一色、嶺上開花。3000、6000」


京「うおっ!親かぶりかぁ」

久「まくられた…」

優希「まーた咲ちゃんのトップだじぇ」


咲「うん、なんか今日は調子いいみたい」


久「なあに、ここからが本番よー!」


3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 17:48:15.20 ID:STH+G06G0





咲「…ツモ。嶺上開花のみ」


咲「400、700です。はい、私の勝ち」


京「くっそ、また焼き鳥かぁ」


久「はぁ…ほんと、憎たらしいほど強いわね」


優希「咲ちゃんやばすぎるじぇ!」


咲「へへ、次もがんばるよ」


5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 17:51:48.93 ID:STH+G06Go


わいわいがやがや




和「…」



まこ「どうじゃ和、咲の様子は」



和「そうですね、経過は良好です」



まこ「それは安心じゃ」



和「想定日までには、間に合うと思います」


6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 17:54:59.49 ID:STH+G06Go

咲(…?)



久「そろそろ疲れたわ…和、私のとこ入ってくれる?」


和「はい。部長、どこかお出かけですか?」


久「ええ、気分転換のついでに、ドリンク買ってくるわ。みんな飲みたいものある?」


京「買い出しなら、俺いきますよ?」


久「いいのよ、たまには。須賀くんにはいつもいってもらってるし…遠慮なく打ってて」


京「じゃあ、お言葉に甘えて。俺コーヒーで。」


まこ「わしは緑茶がええのう」


優希「私はコーヒー!なければタコス!」


和「私は午後ティーがいいですね、ミルクの」


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 17:58:38.38 ID:STH+G06Go


久「私はなににしましょうかねー…いてて」



咲(部長、腕がつらそう)



咲「部長、私もいきますよ!染谷先輩、代わりに入ってください」


久「…そう?ありがと」



まこ「はいよ、いってきんさい」




久「…さて」


久「じゃ、いきましょうか」



久「咲」



8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:03:09.50 ID:STH+G06Go






久「助かるわー、腕張っちゃってたのよね」


咲「今日はずっと打ってましたからね、部長」



久「ええ、インハイ予選も間近だし」


咲「そうか、もうすぐなんだ」


咲(そこで勝てば、全国。そしたらお姉ちゃんにあえるんだ)



咲「…あれ?」


久「自販機はこっちよ、咲」



咲「あ、…こっちか。」


久「そんなだから、いつも迷子になるのね」



咲「…気をつけます」



9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:04:47.42 ID:STH+G06Go




咲「…あれ?部長?」


久「こっちよ、咲」


咲「あ…すいません」


久「ほらね、いつも迷ってるわ」


久「学校の中なのに」



咲「…すいません」


10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:06:34.59 ID:STH+G06Go

久「もっと気を付けないといけないわ」


咲「…でも、あっち側には」


久「ええ」


咲「なにがあるのかなって」


久「そうね」


咲「気になりませんか?あっちのほう」


久「なるかしら」


咲「だって私、良く考えたら」


久「…」


咲「一度も行ったことがないんです」


咲「学校の中なのに」



久「…咲」



咲「はい」


久「自販機はこっち」



咲「…はい」


11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:09:50.25 ID:STH+G06Go






久「ほら。ここよ、咲」



咲「やっとついた」



久「咲が道を覚えないからよ」


咲「うう…」



久「咲、みんなの注文覚えてる?」



咲「たしか、珈琲、緑茶、珈琲かタコス、午後ティーのミルクでした」


久「そうね。記憶力は正常みたい」


咲「あたりまえですよ、そんなの」


12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:12:00.31 ID:STH+G06Go


久「自販機にも一人でいけないくせに」


咲「うう…」


久「いつもどうしてるの?」


咲「いつも?」


久「たとえば」


久「学校にはどうやってきてるの?」



咲「…?どうって、歩いてきています」


13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:14:47.76 ID:STH+G06Go


久「いいえ、そんなことじゃなくて」


咲「え?」


久「どういう道を通って、きてるの?」



咲「そんなの、ふつうに」



久「どの道を、どう曲がってる?」



咲「…」



咲(…あれ?)



咲(どうしてたんだっけ)



咲(わからない)



14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:19:12.50 ID:STH+G06Go


咲「…」


久「…咲」


咲「はい、部長。」




久「いいのよ」


咲「なにがですか?」




久「それでいいの」


咲「そうなんですか?」



久「そうよ」


咲「そうなんだ」




咲(はあ、よかった)


がたんがたん!



咲「ひっ」


久「自販機の音よ。あ、一本持ってくれる?」


咲「は、はい…」


久「さ、部室にもどりましょ、咲」


16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:21:33.74 ID:STH+G06Go





久「戻る道は簡単でしょう?つぎ、左に曲がるわよ」


咲「そうですね、言われたとおりにしたら。」


久「そうよね」


咲「はい、教えてもらえば迷わなそうです。けど」


久「けど?」


咲「どうして行きの時は教えてくれなかったんですか?」



久「どうして?」



咲「もしかして、からかうためにそうしてるのかなって」


17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:23:27.89 ID:STH+G06Go

久「そんなことないわ。つぎ、右ね」


咲「そうかなあ」


久「だってそうしないとあなた、わかってくれないじゃない」



咲「?」



久「一人じゃどこへもいけないってこと」


咲「え、それってどういう…」



久「あ、そうそう、咲」



咲「どうしました?」



久「こっちの通路みて」


咲「はい?」


18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:26:06.96 ID:STH+G06Go


久「こっちの通路は絶対通っちゃだめよ」



咲「こっちは通っちゃだめ…」


久「そうよ、何度も言うようだけど」



咲「先生にも言われました」


久「そうでしょうね」


咲「あの」


久「ふむ?」



咲「こっちになにがあるんですか?」



久「…さあ」


咲「さあって」


19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:27:48.16 ID:STH+G06Go

久「きっとつまらないものよ」


咲「そうなんだ」


久「きっとそうよ」


咲「もし通ったら?」



久「…咲」


咲「どうなるんだろう」



久「知らなくてもいいの」



咲「…」


久「べつにいいじゃない」




久「ただの通路よ」


咲「…」



久「ねぇ咲」



咲「は、はい?」



久「コーヒーもう一本持てる?」



咲「あ…はい」


20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:32:24.49 ID:STH+G06Go




京「あ、おかえり咲、部長」


和「おかえりなさい」


まこ「おかえりんさい」


優希「咲ちゃん迷わなかったかー?」


咲「うん、部長が教えてくれたからね。はい、珈琲」


優希「さんきゅーだじぇ」


京「咲、俺のもプリーズ」


咲「はい、京ちゃん」


京「さんきゅさんきゅ」


久「はい、まこ。緑茶ね。」


まこ「ありがと。咲は間違わんかったか?」


久「ええ、これは間違わなかったわ」


まこ「ほうかい。なら、これは異常なしか」


京「異常なしっすね」


和「異常なしですね」


優希「なくてよかったじぇー」


21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:34:20.95 ID:STH+G06Go

咲「もう、みんな馬鹿にして」


久「ふふ、馬鹿にしてなんかないのよ」



咲「そうなんですか?」


京「おう、大丈夫だよ咲」


咲「そうなの?みんな」



和「みんな安心してるんですよ」


優希「ホッとしたじぇ」



咲「そっか…」


咲(よかった、みんな安心してくれたんだ)


23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:37:40.39 ID:STH+G06Go


咲「あ、原村さん、午後ティー」


和「ありがとうございます」


咲「ううん」


和「その調子ですよ、宮永さん」


咲「うん?」


和「どんどんクリアして、みなさんを安心させるんです」



咲(くりあ…?)



和「県予選も近いですからね」


和「がんばれば、きっとお姉さんにもあえますよ」


咲「そっか、そうだよね」


和「もちろん」


咲「原村さん、私がんばるよ」



和「がんばってくださいね」



25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:40:21.71 ID:STH+G06Go





咲「遅くなっちゃったね」


和「そうですね、随分打ちましたから」


咲「うん」


和「さあ、いっしょに帰りましょうか」


咲「うん、帰ろう」



咲(そうか)


咲(登下校のときは原村さんと一緒だから迷わないんだ)



和「宮永さん?」



咲「ううん、なんでもない」

26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:42:09.54 ID:STH+G06Go


和「…」


和「…あの、宮永さん」


咲「うん?」


和「悩み事があったら、なんでも話してくださいね」


咲「ありがとう原村さん」



和「当然です、お友達ですから」


咲「うん。友達だもんね。あ、そういえば…」



和「はい?」



咲「私話したことあったっけ?お姉ちゃんのこと」


27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:44:46.84 ID:STH+G06Go

和「はい。みんな知っていますよ」


咲「そっかぁ」



和「ええ、お姉さんは有名ですからね」



咲「そうなんだ。やっぱり凄い、お姉ちゃん」


和「宮永さんも負けていませんよ」



咲「へへ、お姉ちゃんにはかなわないよ」


和「そんなお姉さんの前でも、プラマイゼロをしていたわけですし」


咲「うん、でも正面からぶつかったらきっと負けちゃうよ」


和「強くならなきゃですね」


咲「うん、強くなりたい」


28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:46:41.50 ID:STH+G06Go

和「インハイ予選ももうすぐですから」


咲「勝てばお姉ちゃんと会えるかな」


和「ええきっと会えますよ。でも」



咲「でも?」



和「またこっそり一人で東京まで会いに行ったりしたら」



咲「…?」



和「お話してくれないかもしれませんね」


29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:49:22.81 ID:STH+G06Go


咲「ね、ねぇ原村さん」


和「はい?」


咲「私、そんなことまで話したっけ」


和「ええ」


和「私は宮永さんから聞きましたよ」


咲(そうなんだ…いつ話したんだろう)


咲(覚えてない)


30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:52:20.25 ID:STH+G06Go

咲「…」


和「宮永さん」



咲「あ、うん」


和「つきましたよ」


咲「どこに?」



和「宮永さんのお家です」



咲「そっか、ここ」


和「はい」


咲「私の家」


和「はい、もちろん」



31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:53:59.87 ID:STH+G06Go


咲「いつもありがとうね、原村さん」


和「なにがですか?」


咲「いつも登下校一緒にしてくれて」


和「当然ですよ、私もこの近くですし」



咲「でも、家まで来たら回り道だよね」



和「いいんですよ、友達ですから」



咲「ふふ、ありがと」


和「それに、宮永さん一人じゃ」


咲「うん、迷子になるもんね」


和「そうですよ」



咲「うん、ありがとう」



和「では、おやすみなさい。また明日」



咲「うん、また明日」




32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:57:36.91 ID:STH+G06Go







咲「お父さん、ただいま」


咲父「…ああ、おかえり」


咲「ごめん、遅くなっちゃって」


咲父「ああ、いいよ」


咲父「今日はどうだった?」


咲「たのしかったよ」


咲父「道に迷ったりしなかったか?」


咲「うん、大丈夫」


咲「いつもついてきてくれる人がいるから」


33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 18:59:19.01 ID:STH+G06Go

咲父「そうか。…咲」


咲「うん?」


咲父「みなさんの言う事を、よく聞くんだぞ」


咲「うん、聞くよ」



咲父「お前はみなさんについていきさえすればいい」


咲「うん、よくわかってるよ」



咲父「ああ、それでいい。ごはん、できてるから」



咲「うん」


34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:01:02.31 ID:STH+G06Go

咲父「食べ終わったら、いつもの薬を飲むこと」


咲「うん、わかった」



咲父「お風呂も沸いてるから」



咲「今日は一緒に入るんだっけ」



咲父「いや、今日は違う」


咲「そっか」



咲父「お風呂からあがったら、あのシートに記入すること」



咲「うん、分かってる」



咲父「じゃあ、お父さんは寝室にいるから」



咲「うん、書き終わったらいくね」



35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:04:13.42 ID:STH+G06Go






咲(《その1、微熱はあるか》…なし)


咲(《その16、便秘気味か》…そうでもないね)


咲(えっと?《その128、知らない人に話しかけられなかったか》…なかったね)



咲(ふうー…《その567、妙に異性が気になることはあるか》…ないよねー)


36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:08:20.69 ID:STH+G06Go



咲(はぁ?っ…やっと1000問終わったよ)



咲(なんなんだろう、これ)



咲(お父さんの仕事に必要らしいけど)



咲(…ふふ。今日も結局、ほとんどの項目を“なし”にマルつけただけだよ)



咲(なんの意味があるんだろ。うーん)



咲(そういえば)



ぱらぱらぱら




咲(…《その999、最近、自分の身の回りで変だと思うことがあったか》)



咲(……ないけど、なんとなく)


咲(…マルにしてみよう、かな)


37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:13:12.25 ID:STH+G06Go




ぎしぎし、ぎしぎし




咲父「くっ…お前の体がっ!っ!悪いんだっ…!おいっ!咲!っ」


咲「…っ…んっ……んっ」



咲(…そろそろ終わるかな?)



咲父「咲…出すぞ…っ…」


咲「うん…おとう…さんっ………っ…」


38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:14:21.74 ID:STH+G06Go






咲「…」


咲父「よかったぞ、咲」



咲「…うん、お父さんの疲れがとれたならよかったよ」



咲父「じゃあ、自分の部屋に戻りなさい」



咲「はい」


咲父「風邪を引かないようにな」


咲「うん、気をつける」


39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:15:09.02 ID:STH+G06Go

咲父「…咲、もういちど確認するが」



咲「…どうしたの?」



咲父「父さんとこの遊びをしてることは、周りの人に話してないな?」



咲「うん、話してないよ」


咲父「あのシートの自由記入欄にも、書いてないか?」


咲「うん、書いてない」


咲父「よし、それなら行っていいぞ。おやすみ」



咲「おやすみ、お父さん」



40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:16:21.13 ID:STH+G06Go






和「おはようございます、宮永さん。お迎えにあがりました」



咲「おはよう、原村さん。いつもありがとう」




和「きょうもいいお天気ですね」



咲「うん、よく晴れてて気持ちいいね」


和「じゃあいきましょうか、学校へ」


42: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:18:05.06 ID:STH+G06Go





咲「…だよ??」



和「ふふふ、おかしい」



咲「ね、そうでしょ?ほんとに」



和「ですね…そういえば、宮永さん」



咲「うん?」


和「昨日、うかがおうとしたんですが」



咲「うんうん」


43: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:20:11.66 ID:STH+G06Go


和「東京に、お姉さんのお宅に行ったんですよね」



咲「あ、そうだよ」



和「一人で行ったんですよね?」



咲「うん、内緒で」



和「お父さんは怒ったでしょう?」



咲「ううん、そういう約束だったから」


和「約束ですか」



咲「そうだよ」



44: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:22:18.11 ID:STH+G06Go

和「約束…ふむ。それにしても、よく道に迷わなかったですね」



咲「ううん、とっても迷っちゃったよ」



咲「東京なんてどこにあるかもわからないし」



和「そうですよね。それでどうしたんですか?」



咲「うん。知らない人の車にね、乗せてもらったんだ」



和「すごい勇気ですよ。何度聞いてもびっくり」



咲「へへ…そうかな」




咲(何度聞いても…?)



咲(私、そんなことまで話したんだっけ)


45: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:24:45.64 ID:STH+G06Go


和「でも、よく乗せてくれましたね」



咲「よく考えたらそうだよね」



和「だってその男性、本当はその日は神戸に向かうはずだったんですよ?」



咲「そうだったんだ…」



和「はい、そうだったんです」



咲(男性…?)



咲(私言ったっけ、それが男の人だって)

47: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:27:53.88 ID:STH+G06Go

咲(それに…神戸って?なんでそんなこと)


和「宮永さん?」


咲「…どうして原村さんが知ってるの?」



和「ああ」


和「その人、私の知り合いだったんですよ」



咲「え!すごい、偶然だね」


和「偶然ですね。まぁ狭いですから、長野は」



咲「まあ、長野はせまいよね」



和「はい…。あと、気になったんですけど」


咲「うん?」


48: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:30:46.88 ID:STH+G06Go

和「どうやって東京に向かってもらったんですか?」


咲「えっと、頼んだんだ」


和「どんなふうにですか?」



咲「東京の、この住所につれてってほしいです…って」



和「……へえ」


和「住所、ですか」


咲「うん、お姉ちゃんの住んでるとこの住所」



和「よく知ってましたね」



咲「まぁ、家族の住所だもん。知ってるよ」


和 「そうですね、家族ですもんね」


咲「そうだよ」


和「よく聞き出せましたね」



咲「え?」



49: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:33:45.02 ID:STH+G06Go

和「だって」



和「お父さんは隠していたでしょう?」



咲「…え?」


和「なにかと引き換えに教えてもらったとか?」



咲「どういうこと?原村さん」



和「まぁ、いいです」


50: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:39:53.78 ID:STH+G06Go


和「それで、その住所に向かってもらったんですね?」


咲「う、うん」


和「その男性」


咲「うん?」



和「神戸で大事な仕事があったはずなんですよね」


咲「あ、そんなこと言ってたかも」


和「見返りは求められませんでした?」


和「お金とか」



咲「えっと…確か、最初は断られそうになったんだよね」


和「ふむ、それはそうでしょうね」

51: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:44:01.37 ID:STH+G06Go


咲「うん、それでお金を払おうとしたけど、そんなに持ってないし」


和「どうしたんですか?」


咲「しばらくどうしようって悩んでたら、『乗せてやるよ』って」


和「タダで乗せてもらえたんですね」



咲「うん、優しい人だったよ」



和「そうですか、それは運が良かったですね」



咲「うん、ラッキーだったよ」



和「車の中」



咲「え?」


和「車の中では、どんなことをして過ごしました?」



54: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:49:56.44 ID:STH+G06Go

咲「えっと、CDを聞いたり…、おしゃべりしたり…」



和「途中で車を止めませんでしたか?」


咲「あ、休憩をするために、止めたはず」


和「その時にはなにかしました?」



咲「ああ、そのおじさんが疲れてたからね」


咲「疲れのとれる遊びをしたよ」



和「…疲れの取れる遊び?」


55: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:53:07.18 ID:STH+G06Go


咲「うん、知らない?疲れの取れる遊び」



和「…ああ、そう」


咲「わかった?」



和「わかりました。普通のことでしたね」


咲「そうそう、みんな普通にするって言ってたよ」



和「ふむ、みんな普通にするんですか」



和「誰がそう言ってたんですか?」



咲「えっと、それはそのおじさんじゃなくて…」



56: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:55:58.49 ID:STH+G06Go


咲(…“お父さんとこの遊びをしていることは秘密だぞ”)





咲(この質問に答えたら、秘密じゃなくなっちゃう)





和「宮永さん?」


咲「ごめんね、原村さん。忘れちゃった」



和「そうですか。なら、仕方ないですね」



咲「ごめんね」



和「仕方ないですよ、口止めされているんだから」


57: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 19:59:32.84 ID:STH+G06Go

咲(………え?)


咲(どうしよう…話題、変えたほうがいい気がする…)




咲「え、えっと!そうだ」


和「どうしました?」


咲「原村さんさ、私をつれていってくれた人と知り合いなんだよね」


和「あ、そうですよ」


咲「お礼をしたいんだけど、連絡先教えてくれる?」


和「なるほど。でもむりですよ」



咲「え?どうして?」


和「その人は死んじゃいましたから」



咲「………え?」


59: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:15:45.89 ID:STH+G06Go

どくん、どくん、どくん…



咲「…しん、だ?」


和「ええ、つい最近のことです」


咲(なんで…なんで…)



どくん、どくん、どくん…



和「ねぇ、宮永さん」


咲「…っ!」びくっ



和「最後にひとつ、聞いても良いですか?」



咲「…う、うん」



和「あなたが東京に行ったのって」



和「いつの話でしたっけ…?」




どくんどくんどくんどくん




咲「そ、それは………」



咲「生まれて…数ヶ月の……」




どくんどくんどくんどくんどくんどくん

60: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:20:47.21 ID:STH+G06Go


咲(!?……?)


咲(私…どういうこと?いったい私、今なんて…)


私(わたし、…わたし、わたしは…)




和「宮永さん!」


咲「はっ…はい!」




和「ついちゃいましたね」



咲「え……?」



和「ほら」



和「学校です」




咲「………」



咲「………うん」

61: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:43:19.03 ID:STH+G06Go







きーんこーんかーんこーん





和「………」


和(二時限目の鐘)


和(そろそろのはず)





prrrrrr…



和「…はい、原村です」



和「はい…はい。報告のとおりです」



和「はい、間違いありません。今朝、確認もとれました」



和「………」



和「はい…申し訳ありません」



和「…わかりました」



和「……はい………え?」



和「………それは決定ですか?」



和「………いえ」



和「…いいえ……了解しました」




和「……」




和「もしもし、竹井さんですか?原村です…」



62: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:50:34.71 ID:STH+G06Go



―放課後、部室―








優希「先制親リーーーチ!!!」


咲「うわー早い」


和「これは厄介ですね」


京「ここでかぁ、じゃあ俺は…」




ぱんぱんっ!




久「…はいごめん、ちょっと打つのやめてくれるー?」




一同「…??」


63: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:53:26.05 ID:STH+G06Go


久「はーい、みんな注目ね」


優希「なんだじぇ部長?私のリーチを止めたということはタコス絡みかー?」


京「なんだなんだ?」


久「今日はみんなに大事な話があってね」



まこ「お前さんはもったいぶるのが好きじゃのう」


和「気になりますね、宮永さん」


咲「うん、なんだろう」



久「では発表します…じゃーん!」


64: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:55:43.94 ID:STH+G06Go

久「県予選の日程が2週間、早まりました!」






咲「………え?」


和「ふむふむ」


まこ「それは大変じゃ」


優希「なんの!清澄のエースたるもの、いつでも準備万端だじぇ」


京「いつからお前がエースになったんだよ!」



咲「み、みんな、ちょっと待って」


他の皆「…?」


咲「これって、普通のことなんですか…?」


66: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 20:57:41.04 ID:STH+G06Go


他の人「………………」




咲「部長…インハイって、大きな大会ですよね」


咲「あの、理由はなにかあるんですか?」



久「………」


咲「なにか事情があるはずですよね…?部長?」



咲「じゃなきゃそんなに大幅にスケジュールずれたり、普通ありえないと思うんですけど…」




他の皆「…………」



咲「え、事情、ないんですか?……あの、みんな?」



咲(みんな…どうしたの?)

68: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 21:01:44.88 ID:STH+G06Go


久「…まぁ、いいじゃない」


久「そうそう、スケジュールで思い出したわ」



久「これによって強化合宿はできなくなりましたので、みんなそのつもりで」



優希「えーーー!!」


京「せっかく卓球特訓しておいたのになぁ」



咲「え、ちょっと、みんな」




まこ「須賀、お前さんは卓球の前に麻雀をがんばらにゃいかんじゃろ」


京「唯一俺が活躍できるかもと思ったのに…」





咲「み、みんな…?無視してる、の…?」


咲(そんな…なんで)



咲「部長、話をk 「えーそれでは!!!!!」



咲(ひっ)

69: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 21:04:27.06 ID:STH+G06Go


久「3日後のインハイに備えてきょうはこれで解散します」




久「それと、インハイまでの2日は部活は休みにします。猶予は大事に使ってね」



咲(な……)


咲「いや、3日後って…そんな、早すぎませんか?」



和「大丈夫ですよ」



咲「そんな…原村さんまで…」


和「宮永さんの腕前なら、なにも心配ありません」


優希「そうだじぇ」


京「そうだよ、咲はつえーんだから」


まこ「なーんにも心配いらん」



70: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 21:06:50.85 ID:STH+G06Go


にこにこ、にこにこ

にこにこ、にこにこ、にこにこ




咲(なんで)


咲(なんで…そんなにみんな笑ってるの…?)


咲(なにがそんなにおかしいの…?)




咲「…みんな、不思議じゃないの?」


久「なにがかしら」


優希「ぜんぜんわっかんねーじぇ」


京「さては大会が近くなって、咲、焦ってきたんじゃねーか?」



咲(どうして…。私がおかしいの?)



71: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/14(土) 21:08:58.23 ID:STH+G06Go


咲「そんな…急に……ありえない」



和「よかったじゃないですか」


咲「…え?」



和「つまり、全国の日程も早まるということですよ」



和「このほうが、お姉さんとも早く会えますよ」



…そっか…そうじゃの…なるほど、そうよね…


おねえさんには私も会いたいじぇ…


そうですよ…そうね…そりゃあいいな…




和「よかったですね、宮永さん」



咲「……そ、それはそうだけど」



咲(でも、そっか……そうだよね)


咲(これでもっと早く、お姉ちゃんに会えるんだ)



82: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 01:45:56.96 ID:/ONpGwNeo




和「さ、帰りましょうか」


咲「原村さん…」


和「そんな不安そうな顔しなくても」


咲「でも…おかしいよ、理由もなく日程が早まるなんて」


和「だから、なんども説明したとおりです」


和「宮永さんは今年が初めてだから知らないだろうけど、麻雀の大会はそれが普通です」



咲「…ほんとうに?」


和「私が嘘をつく理由がありますか?」


咲「…うん。わかったよ…信じる」



83: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 01:48:42.04 ID:/ONpGwNeo


和「…何か話をしましょうか」


咲「何の話にする?」


和「そうですね…今朝の話の続きでも」



咲(今朝の話…?)



――むりですよ。


――その人、死んじゃいましたから。



咲(……)



和「宮永さん」



咲「…う、うん」


84: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 01:51:06.91 ID:/ONpGwNeo

和「東京は広かったですか?」



咲「う、うん、とっても広かったよ」



和「お姉さんのおうちはどうでした?」


咲「大きかったよ、とっても立派で」



和「じゃあ、東京でいっしょに住めたら素敵ですね」



咲「うん…そうだね」


和「その時、お姉さんとはどんな話を?」



85: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 01:59:12.48 ID:/ONpGwNeo

咲「…」


和「宮永さん?」


咲「なんにも…話してくれなかったんだ」



和「…」


咲「私ね、お姉ちゃんに無視されちゃって……」



和「あの…宮永さん…ごめんなさい、辛いことを…」



咲「ううん、大丈夫…それに」



咲「麻雀を通してなら、お姉ちゃんと話せる気がするんだ」


和「…好きなんですね、お姉さんのこと」


和「なんだか妬けてしまいます」


咲「えっ…ははは、そうかな」


和「話してくれますよ、きっと」


咲「うん。全国にいって、お姉ちゃんと…」



86: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:03:41.44 ID:/ONpGwNeo





和「つきましたね」



咲「うん、私の家」


和「次にあうのは大会当日ですね」


咲「うん、頑張ろう、原村さん」


和「はい、宮永さんも頑張ってくださいね」



咲「それじゃあ、おやすみ原村さん」



和「おやすみなさい…あの、咲さん」



咲「ん?」


和「…いえ、大会、がんばりましょうね」


咲「もちろん。がんばろう!それじゃあね」




ばたん、がちゃ



和「………」




和「…………………………」



87: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:05:40.49 ID:/ONpGwNeo





咲(気のせいかな)


咲(さっき原村さん、私のこと名前で…)


咲(ふふ、また仲良くなれたよ)




咲「…ただいまーお父さん」



……しーん



咲「お父さん…?」




咲「おとうさーん?」




……しーーーん



咲「いない。午後は家にいるはずなのに」



88: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:07:37.80 ID:/ONpGwNeo


咲「トイレかな」




がちゃ



咲「いない。お風呂かな?」



がちゃ


咲「いない…。寝てるのかな」




がちゃ、がちゃ、がちゃ



咲「…どこにもいない」





89: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:09:19.12 ID:/ONpGwNeo






咲「やっぱり、どこにもいなかった」


咲「お父さん、今日は帰り遅いのかな」


咲「……」


咲「お腹…すいた」



90: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:10:58.04 ID:/ONpGwNeo





咲「…もう夜の1時だ」


咲「今日はお父さん帰ってこないのかな」



咲「どうしよう、一人じゃご飯も作れない」


咲「そういえばお湯の沸かし方もわからない」



咲「どうしよう…」


咲「……」



咲「……Zzz」




91: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:13:31.48 ID:/ONpGwNeo









──県予選2日前──




咲「…はっ」


咲「いつのまにか寝ちゃった…もう朝」


咲「お父さんは今日も帰ってないのかな」



咲「お父さん?いるのー?」



しーーーーん



咲「……いないみたい」

92: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:18:59.70 ID:/ONpGwNeo


咲「…あれれ?リビングになにかある」



咲「マーガリンとジャムのパン…それと牛乳」


咲「こっちはオムライスと、フルーツジュースの瓶…」


咲「こっちは、うな重。お野菜もある。それに烏龍茶」


咲「これ、食べていいってことかな…」



咲「お父さんが置いてったのかな?」




咲「…そういえば見てないところがあった」


咲「冷蔵庫の中!」


咲「ほかに食べ物もあるかもしれないし」


咲「もしかしたらお父さんもそこに…」



咲「ってそんなことないと思うけど」

94: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:24:03.31 ID:/ONpGwNeo





咲(冷蔵庫はなぜか空っぽだった)


咲(それと、当たり前だけどお父さんもいなかった)


咲(ついでにパン以外の食べ物を、冷蔵庫にいれておいたよ)



咲「さて」


咲「朝ごはんにはパンがいいよね」


咲「いただきます」


もぐもぐ


咲「うん、おいしい」



咲「おいしいけど」



咲「ちょっとさびしい」


96: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:27:22.98 ID:/ONpGwNeo





咲「…ごちそうさま」


咲「さて、学校にいかなきゃ」


咲「……」


咲「……」



咲「…いつもとなにかが違う」



咲「なんだろう…」



咲「…そうか!原村さんが迎えに来てないんだ」


咲(えーっといまは…7時半)


咲「いつもこれくらいの時間にくるはずだよね」



咲「…もう少し待ってみよう」



97: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:30:29.78 ID:/ONpGwNeo




咲「…原村さん、遅いなぁ…」


咲「ふぇぇ、このままだと遅刻しちゃうよ」


咲「…って、いつも原村さん頼りじゃだめだよね」


咲「今日はひとりでいってみようかな」



98: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:32:01.44 ID:/ONpGwNeo






咲「というわけで、外に出てみました」


咲「朝日がまぶしいね」


咲「…」



咲(学校はどっちだろ…?)


咲(だめだ、わからない)


咲(でも、あきらめちゃダメ。がんばろう)



99: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:37:06.50 ID:/ONpGwNeo






咲「心配だから、お裁縫の毛糸を持っていこう」


咲「これを玄関に結んで」


咲「毛糸を道に垂らしながら進んでいけば」



咲「…ほら、迷ったときも、毛糸をたぐっていけば家に戻れる」



咲「本で読んだ、アリアドネの糸だね」


咲「ミノタウロスにあったら逃げないと」



咲(…いそごう)



100: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:40:51.77 ID:/ONpGwNeo





てくてくてく…


咲(んー、こっちじゃなさそう)



てくてくてく…


咲(こっちでもない)



てくてくてくてく…


咲(…こっちは行き止まり)



てくてくてくてくてく…


咲(ふぇえ)


咲(こんなことしてたら、遅刻しちゃうよ…)



101: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:43:53.34 ID:/ONpGwNeo





咲「だめだ、たどり着かない」


咲「やっぱり私一人じゃ学校にはいけないのかなぁ」



――あなた一人じゃどこへもいけないってこと




咲「…部長の言う通りだったね」




咲(もう足もクタクタだし、毛糸の長さも限界)



咲(家に帰ろう…)


102: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:46:39.45 ID:/ONpGwNeo




ガチャ、ばたん



咲「ただいまーお父さん」


咲(あ、お父さん、いないんだった)



咲(…いま何時くらいかな)




咲(うわあ、もう12時)




咲「はぁ…学校サボっちゃったよ」



咲「お腹も空いたし…」


咲「どうしよう…」



咲「…あ!」


103: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:48:15.04 ID:/ONpGwNeo





もぐもぐ、もぐもぐ


咲(ちょうどオムライスがあってよかったよ)


咲(夜ごはんにはうな重とサラダを食べればいいし)



咲(これなら生きていけるね)


咲(…あ、でも明日はどうしよう)


咲(うーん………でもいまは考えなくていいや)


咲(お父さんも帰ってくるかもしれないし…)



もぐもぐもぐ…

104: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:49:27.78 ID:/ONpGwNeo







咲「…はぁ」


咲(結局、夜になってもお父さんは帰ってこなかった)


咲(…どこにいっちゃったんだろう)


咲(…今日は誰にも会えなかった)


咲(…なんだか心細い)


咲(はぁ、みんなに会いたいなぁ)


咲(…もう、寝よっかな)


咲(みんなの夢がみれますように…)


咲(……)




105: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:52:17.41 ID:/ONpGwNeo










──次の日──



もぐもぐ、もぐもぐ



咲(夜が明けても、お父さんは帰って来なかった)

咲(だけど昨日と同じように、三食分のご飯がリビングに置かれてて)



咲「うん、ミートソースおいしい。でも少し薄味」



咲(結局、この日も原村さんは迎えにこなかったから、私は学校に行かず、家にいる)



咲「どうしよう」


咲「方向音痴なせいで不登校になっちゃうなんて」


咲「…ばかみたい」


咲「………はぁ」



106: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 02:54:44.72 ID:/ONpGwNeo

……



咲「もう夜」


咲「明日は県予選…」


咲「原村さんが来なかったら、会場にいけない…」


咲「そしたら、当然失格だよね…」


咲(そしたらお姉ちゃんにも会えないし…どうしよう)



プルルルルル、プルルルルル…




咲(電話だ!そうだ!電話があったよ!)


ガチャ


咲「はい、もしもし、宮永ですけど!お父さん!?」


和『…もしもし、原村です…宮永さんですか?』



107: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 03:03:40.65 ID:/ONpGwNeo


咲「あ!うん、原村さん!私!咲だよ!」



和『咲さん、大丈夫ですか…?』


和『二日間、学校をお休みしてたみたいですけど』


咲「あ…うん。ちょっと具合が悪くって…」


咲(道がわからなくて行けなかったなんて言えない…)


和『そうですか、それは心配ですね…』



和『明日の大会には出られそうですか?』



咲「う、うん、大丈夫。熱は下がったから」



和『そうですか…よかった…。それじゃあ、身体に障るといけないし、あまり長電話はいけませんね』


咲「あ、うん、そうだね。早く寝なくちゃ」



和『咲さんの声が聞けてよかったです。ご飯も残さず食べてくれて。それじゃあ、明日は頑張りましょうね』


咲「うん、おやすみ。がんばろうね!」


和『明日はお迎えにあがりますね。では、おやすみなさい…』



がちゃ



109: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/15(日) 03:14:01.86 ID:/ONpGwNeo


咲「はぁ…よかったよ、原村さんの声が聞けて。明日は迎えに来てくれるみたいだし」


咲(…そういえば電話があるってことは)


咲(お父さんに電話かければよかったんだ!)



咲(…ってあれ?そういえば私…)


咲(お父さんの電話番号しらない…)


咲(あれ?ちょっと待って?)



咲(私…自分の家の番号、原村さんに教えてないよね…)



咲(というかそもそも、自分の家の電話番号を知らない…)



咲(………なんで?)



咲(……とにかく、明日にそなえて寝ないと!)

121: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:37:39.88 ID:/KHzyUA9o





その夜、私は夢を見た。


まだ生まれて間もないころの私。


まだ言葉も満足に話せなくて、できることといったら、ただ手を伸ばすだけ。



122: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:38:56.55 ID:/KHzyUA9o


その先にいたのは、やさしそうな女の人。


私のおかあさんなのかな。


おいしいスープをスプーンですくって、私に飲ませてくれた。


私がひとくち飲み込むたびに、その人はうっとりして、幸せそうな顔で微笑むんだ。


とってもきれいなひと。


たぶん私は、このひとに見覚えがある。


素敵な桜色の髪。
お人形さんのような整った顔立ち。
それにおっきな胸。


このひとは……




────原村さん…?




123: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:40:06.86 ID:/KHzyUA9o



──県予選、当日──






咲「……ふぁー……朝?」


咲「えっと時間…時間」

咲「うわっ、もう6時だ!7時半集合だから、早く準備しないと…」



ぴんぽーん、ぴんぽーん


咲「あわわわ…原村さん、ちょっと待って」


124: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:41:28.61 ID:/KHzyUA9o

がちゃ


和「おはようございます…咲さん。…あら?」


咲「ご、ごめん…今起きたばっかりなんだ」


和「…ふむ」


咲「な、なに?」


和「…パジャマ姿の咲さんもアリですね」


和「とってもかわいらしいですよ」


咲「あ、はは、そう…?」


和「ええ…。それでは名残惜しいですけど、着替えてくださいね」


咲「あ、うん!ごめん原村さん、すぐに済ますね!」



125: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:42:27.50 ID:/KHzyUA9o

和「いえ、急がなくてもかまいません。ゆっくり着替えてください」


和「私はそのあいだに朝ごはんの用意をしていますから」


咲「え…でも原村さん、そんな時間あるの?今日大会だよ?」


和「はい、まだ時間の余裕があるので…キッチン、使わせてもらいますね」


咲「う、うん。じゃあ、着替えてくるね!」




126: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:43:33.92 ID:/KHzyUA9o





ぬぎぬぎ


咲(…よかった。原村さんは来てくれた)

咲(それどころか、うちで朝食まで作ってくれてる)


咲(……)


咲(…いや、そうじゃないって!)


咲(どうして朝食がないって知ってるの?)


咲(それって…)


咲(お父さんがいないってことも知ってるってこと?)


咲(それって……やっぱり、なにか隠してるってこと?)





127: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:44:38.04 ID:/KHzyUA9o





咲「…き、着替えてきたよ」


和「1人で着替えられましたね、えらいですよ」


咲「う、うん。ところでさ、お父さんのことなんだけど…」


和「朝ごはん」


咲「え?」


和「できましたよ」


和「シュガートーストと、ハムエッグ。あと野菜スープです」


咲「えっ、うわわ、すごい!」



和「飲み物はオレンジジュースでいいですか?」


咲「う、うん。…おいしそうだね」


和「じゃあ、一緒に食べましょうか」




128: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:45:42.43 ID:/KHzyUA9o




和「いただきます」


咲「いただきます…」



もぐもぐ



和「どうですか、お味は?」


咲「すごくおいしいよ!原村さん」


咲「それにしても、あんな短い時間でよく作れたね」


和「え?ああ、朝食はいつも自分で作っていますからね」


和「慣れているんだと思います」



129: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:46:49.14 ID:/KHzyUA9o


咲「そうなんだ…すごい」



咲(キッチンを使ったはずなのに、フライパンもなにも出てない…)


咲(そうだ、そもそも変だよ…)


咲(この家には食材がないはずなのに)


咲(冷蔵庫の中にはなにも入ってなかった…。いったい材料はどうしたの?原村さん…)



和「…ゆっくり食べていいですからね」


咲「あ、うん。そうしたいけど…」


咲「大会のこと考えるとさ、なんかそわそわしちゃって…」


和「大会のためを思えばこそ、しっかり食べましょうね、咲さん」


和「なんでも朝食をとらないと、脳の活性化が阻害されるんだそうですよ?」


咲「そ、そっか…うん。しっかりたべるよ」




130: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:48:18.85 ID:/KHzyUA9o

もぐもぐ


咲(シュガートーストもハムエッグも、出来立てにしては少し冷めてる…)


咲(たぶん、あらかじめ作ってきたんだ)


咲(原村さんがきたのは6時…いつもよりかなり早めだった)


咲(私が着替えてないことは、計算どおりだったんじゃないの?)


咲(つまり私を着替えるようにうながして、朝食を作ると言って、その間にあらかじめ作っておいた食べ物を盛り付けただけ…)


咲(でも…なんでそんな嘘をつくの?なんのために?)



131: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:49:35.56 ID:/KHzyUA9o


咲(……)じー


和「………」


和「咲さん」


咲「う、うん?」


和「怪しんでるでしょう?」


咲「…!え、いや、そんなことないけど…」


和「いいえ、変ですよね。たしかに」


咲「ま、まぁね、ちょっと変だとは思ってたけど…」



和「はい…」


和「あの…じつはですね」


132: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:52:10.25 ID:/KHzyUA9o

和「私の家、親が忙しくって。朝食も一人で食べることが多かったんです…」


咲「うん…そういえば、さっきも言ってたよね、自分で作ってるって」


和「だからね、家族との朝食って、憧れだったんですよ…だから」



咲「それで、わたしと?」


和「…はい。今日は大会ですからね。一人の朝食は、なんだか心細くなりそうで」



咲「…それで作ってくれたんだ?」



和「はい…なんだか強引なやり方ですみません…。引きましたか…?」



133: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:56:16.48 ID:/KHzyUA9o

咲「ぷっ…」


和「…咲さん?」


咲「はははっ。原村さんって、かわいいとこあるよね」


和「もう、わらわないで下さい…」


咲「そっかそっかぁ、なーんだそんなことかぁ」


和「もう、咲さん…」


咲「ううん、私もよくわかるよ。ひとりでご飯を食べる寂しさ」


咲「ここ2日、お父さんがいなくてさ。三食ぜんぶ一人でたべてたんだよ」


和「あ…そうだったんですか。そういえばお父さんの姿が見えないですね…」


和「朝早くだったので、てっきりお休みになっているのかと…」


咲「うん、でもいいんだ。和ちゃんが一緒に食べてくれるんだもん。」


咲「一緒にたべよう…和ちゃん」




134: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:57:40.25 ID:/KHzyUA9o


和「は、はい…。あっ、咲さん!いま名前で呼びましたね!?」



咲「へへへ」


和「ふむ…きょうは記念に残る日ですね。覚えておかないと…」



咲「はは、おもしろいね、和ちゃんは」


和「咲さんと食べれるなんて、嬉しくて…。あ、そのスープも飲んでみてくださいね、私の自信作なので」


咲「うん、いただきます」


ごくごく



135: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 02:58:35.78 ID:/KHzyUA9o

咲(………?)




…あれれ?おかしいな…


…なんで私、この味知ってるんだろう。




和「…咲さん?」


咲「…………うっ…うっ」


和「咲さん?泣いてるんですか…?」



136: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:00:10.17 ID:/KHzyUA9o

和「ご、ごめんなさい!あんまりお口に合わなかったですかね…」



咲「…ちがう」


咲「…ちがうよ、和ちゃん…」


咲「おいしいよ…とってもおいしい…」


咲「ただ、なんでだろうね…とっても優しくて、懐かしくて……私…」


和「咲さん…」





これ……


お母さんの味だ────





137: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:01:19.65 ID:/KHzyUA9o






咲「それじゃあいこっか、和ちゃん」


和「そうですね、参りましょう。会場へ」


咲「今日もいいお天気だね」


和「本当ですね。あ、ちゃんとついてきて下さいね」


咲「うん、はぐれないようにするよ」


咲「時間は大丈夫かな?」


和「大丈夫です。まだ6時半ですから」


咲(6時半…?起きてからまだ30分しか経ってないの…?)


咲(楽しい時間ほど早く過ぎるってやつかな…)




138: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:02:15.25 ID:/KHzyUA9o





和「こっちですよ?咲さん」


咲「あ、うん」


和「もう、そんなだから迷子になってしまうんですね」


咲「う、うん…よく言われる」



和「もっと気を付けなきゃいけませんね」


咲「うん…ごめんいつも」


和「…ちがうんですよ」


咲「え?」


和「ほんとうは、そんなことないんです」


咲「ほんとうって?」



和「いいえ…いそぎましょうね」


咲「…うん」



咲(いま、和ちゃん、少しだけだけど)


咲(悲しそうな顔してた…)





139: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:04:34.98 ID:/KHzyUA9o



和「…だったんですよー?」

咲「はは、おもしろいね」

和「ね、ほんとうにそう思いますよねー」



咲「…ねぇ和ちゃん」


和「どうしました?咲さん」


咲「…道…すごくすいてるね」


和「あぁ…たしかにそうですね」


咲「というか、誰も、いないよね…」


和「たしかに、めずらしいですね」


140: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:05:41.04 ID:/KHzyUA9o

咲「…」



咲「ねえ、和ちゃん。この道ってさ」


咲「この道ってさ、ほんとうに会場に向かってるの…?」


和「………」


咲「もしかして、道に迷ってたり?はは、そんなわけないよね…」


和「…」


咲「ね、和ちゃん?」


和「………それだけですか?」



咲「え?それだけって…?」


和「気付いたことは、それだけなんですか?」


咲「ど、どういうこと?」




141: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:07:43.95 ID:/KHzyUA9o


和「たとえばですね…そう、同じ理由で、一昨日のこととか」


咲(…一昨日?)



和「咲さんは、二日前に一人で外出しましたよね?私が迎えにこないから、一人で学校を目指して」



咲「…どうしてそのことを?」


和「…咲さんは裁縫用の毛糸を持って、あっちをいったり、こっちをいったり」


咲「…だから…どうして?」


和「そのとき、人には会いませんでしたか?」


咲「……え?」



142: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:08:44.26 ID:/KHzyUA9o

和「…人には会わなかったはずですよね。それどころか車にさえ出会わなかった。ちがいますか?」


咲(そういえば…そうだった)


和「人と会えば聞けるんですよね、学校への道なんて。誰かしら知っているはずなんですからね…」


咲「……」


和「でも、誰もいなかった。おかしいと思いませんか?朝の平日の出勤時刻に、人が誰もいないんですよ?」


和「これ、どういうことか考えました?咲さん」




143: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:09:52.95 ID:/KHzyUA9o


咲「たしかに、そうだけど…でも」


和「まだまだありますよ。私の昨日の電話」


咲「電話?」


和「内容を覚えていますか?私、おかしなことを言いませんでした?あの時」


咲「おかしなこと?」



144: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:12:48.89 ID:/KHzyUA9o

和「“ご飯も残さず食べてくれて”…そう言ったんですよ、私。」


咲(………!)


和「ありえないですよね?だって知らないはずなんですから」


和「三食分のご飯がリビングに運ばれてたことなんて」


咲(…まさか…!)


咲「まさか…あれ、和ちゃんが作ったの!?」


咲「もしかして、お父さんがいなくなった理由も、知ってるの!?」


和「…」


咲「答えてよ、和ちゃん…!」



145: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:14:01.17 ID:/KHzyUA9o

和「…………はぁ」


咲「ねぇ!原村さん!」


和「…どうしてもっと早く気付かないんですか…?」


咲「え?…なに?」



146: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:15:01.55 ID:/KHzyUA9o

和「…どうして!!もっと早くそれを聞かないんですか!!!」


咲「……っ」


和「どうして…こんな状況でも、私が本当のことを喋ってくれると思ってるんですか…?」


咲「……の、和ちゃん…」


和「どこまでお人好しなんですか…」


和「もっと…不審がってくださいよ…信用しないでくださいよ…!!」


咲「和ちゃん…なにを言ってるの…?私、わからないよ…」



147: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:16:12.58 ID:/KHzyUA9o

和「ほかにも…たくさんあったはずじゃないですか!!今までだっておかしなことは!!いくらだって…!」



和「どうして私たちの思い通りにさせてしまうんですか…」


和「これじゃ…このままじゃ咲さんが…」




咲「……らないで」


和「…はい?」


咲「…怒らないで、和ちゃん…わたし…こわい……こわいよ…」




148: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:17:05.27 ID:/KHzyUA9o


ぐすっ……うう、…ぐすっ…ううう




和「…咲さん…」


和「県予選…遅れてしまいますから…」



咲「ううぅ、こわいようう…おねえちゃん…おかあさん…おとうさん…」



和「咲さん……」




149: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:18:19.34 ID:/KHzyUA9o





咲「……」


和「……あの」


咲「…」


和「…もうすぐつきますから」


咲「…うん」


和「……あと2分ほどです」


咲「…うん」


和「……追求しないんですか?さっきのこと」


咲「…うん」


和「それは…どうして?」


咲「…和ちゃんを信じてるから。…それに」


和「それに?」


咲「嬉しかったから」

150: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:20:04.17 ID:/KHzyUA9o


和「な…なにが嬉しいんですか、あんなに怒鳴られたのに…」



咲「だってさ、いまの和ちゃんって」


咲「ほんとうの和ちゃんって感じがするから…」


和「…」


咲「いまの和ちゃんは演技をやめてくれてる。…いつも演じてたんでしょ?和ちゃんは…和ちゃんを」


和「…」


咲「だから、私はいまの本当の和ちゃんを信じるよ」



和「………」


和「…もうすぐ、会場です」



咲「うん」




────行こう







151: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:21:19.32 ID:/KHzyUA9o






和「つきましたね」


咲「ここが会場…?」


和「そうです」


咲「…なんかさ、殺風景だね」


和「そうですね」


咲「なんかさ…」


和「…」


咲「なんかさ、病院みたいだね…」


和「……ええ」


咲「と、とりあえず、中入ろうよ…」


和「…はい」




152: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:23:17.07 ID:/KHzyUA9o





咲「ここが…会場の中…?」


和「そうですよ」


咲「人、誰もいないね…」


和「いないですね」


咲「っていうかさ、ここ、やっぱり病院だよね…!」


和「そりゃあそうですよ」


和「県予選会場は病院なんですから」


咲「そ、そうなんだ…しらなかったよ…」


和「……」


和「…はぁ」


和「そんなわけないじゃないですか…」


咲「………そっか、はは…」


和「笑ってる場合じゃないですよ…」


咲「……」



153: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:24:46.77 ID:/KHzyUA9o




咲「…」


和「ねぇ、咲さん」


咲「うん?」


和「あの壁の時計、見えますか?」


咲「うん…見えるよ」



和「いま、何時ですか?」



咲「……」


和「…いま、何時ですか?」




154: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:26:02.13 ID:/KHzyUA9o

咲「…8時28分。」


和「そうですよね。待ち合わせの時間は何時でした?」



咲「…7時半…だったかな」


和「そうですよね。さぁ…どう思いました?」


咲「遅れちゃったなって。まいっちゃうよね…でも話過ぎたもんね、私達…はは…」


和「……」


咲「な、なに?」



155: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:27:42.31 ID:/KHzyUA9o

和「…わかるでしょう。私は嘘をついたんですよ」


和「会場は謎の病院で、待ち合わせ時間にもきちんと間に合わせなかった」


咲「…」


和「それでも、私を信用できますか?ほんとうにここが会場だと思えるんですか?ほんとうに?」


咲「…信じるよ」


和「今なら、逃げられますよ。私は追いかけませんよ」


咲「…逃げたりしないよ」


和「そうですか…」


和「それなら」


咲「…」


和「思い残すことのないように」





156: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:29:05.10 ID:/KHzyUA9o







和「じゃあ、いきましょう」


咲「うん…」


和「ここが、控え室です」



がちゃ



157: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:29:46.30 ID:/KHzyUA9o

…おー!咲!咲だ!やっときた!



咲「あっ!」


優希「遅いじぇ!咲ちゃん、のどちゃん!」

京「二人揃って道に迷ったのかー?」

まこ「まったく世話の焼ける後輩じゃのう」


咲「みんな…きてたんだね!」


久「…来ちゃったのね」


和「…はい」


久「…」



158: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:31:36.56 ID:/KHzyUA9o

咲「よかったよ、みんなに会えて!私ね、なぜかお父さんが帰ってこなくて!学校にもいけなくてさ…」


咲「でも和ちゃんの手料理たくさん食べたり、一緒に朝ごはん食べれたりしたんだ!」

咲「スープが美味しくてね、和ちゃんと道で大喧嘩して、でも嬉しくて、えっと、それから…」


和「咲さん」


咲「!…う、うん」


和「みんなの話を聞いてあげてください」


咲「あ、そっか…ごめんなさい、一人で喋っちゃって」


和「いえ…じゃあみなさん。ひとりずつ」


和「咲さんに挨拶を」




159: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:33:32.10 ID:/KHzyUA9o





優希「おはよ!咲ちゃん」


咲「おはよ、優希ちゃん」


優希「タコスがあるじぇ!咲ちゃんも食べるかー?」


咲「いいよ。優希ちゃんの大事な食べ物だし。ほら、タコスパワーでしょ?」


優希「そっか…でも、あげるといった渡されたタコスは、人に返すもんじゃないじぇ」


咲「え?ああ、じゃあ貰っちゃおうかな…」



160: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:37:31.77 ID:/KHzyUA9o

もぐもぐ


優希「咲ちゃんおいしいか?」


咲「うん、とっても美味しいよ」


優希「それはよかったじぇ…」


優希「………」


咲「優希ちゃん…あ!やっぱりこれ、食べたかった?」


優希「…ううん、そんなことないじぇ。咲ちゃんにあげるなら、わたしは惜しくない」


咲「あ、うん、そっか」


優希「…咲ちゃん、こうは思ったことはないか?」


優希「誰かの善意とか思いやりは、きっとそれをもらった人の栄養になる…」


優希「その栄養はまた誰かへの思いやりになって、そうやってずっと回り続けるんだじぇ」



161: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:40:32.56 ID:/KHzyUA9o

咲「えっ…あ、うん…哲学的だね」


優希「タコス学的といってほしいじょ」


咲「なにそれ…」


優希「だから…わたしが咲ちゃんにあげたタコスは永遠に世界をまわりつづける」


咲「う、うん」


優希「だから、ある意味私のタコスは永遠に滅びない。ゆえに、わたしは滅びない」


優希「咲ちゃんはひとを救うから…だから、咲ちゃんも、ずっと無くならない」


優希「わたしの中や、その他のいろんな人達の中を、咲ちゃんの善意が風になって吹き抜けるんだじぇ」


咲「えっと……そっか。そうかもしれないね」


優希「うむ…。きっとそう…」


咲「ありがとう、なんだか元気でたよ」


優希「うん…んじゃ、そろそろ先鋒戦。気合入れていってくるじぇ!」


咲「うん、またね」


優希「ああ、さよならだ!咲ちゃん!遊んでくれて楽しかったじぇ!」



162: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:45:54.65 ID:/KHzyUA9o







まこ「おはよう、咲」



咲「おはようございます。染谷先輩」



まこ「なんだか実感ないじゃろ…準備は万端か?」



咲「大丈夫だと思います…たぶん」



まこ「たよりないのう…」



咲「ぜ、全力をだしてがんばります!」



まこ「はは、言い直さんでもええんじゃ。咲は強い。それはみんな認めとるから」



咲「そ、そうでもないです」



まこ「打っとるときの咲は本当に頼りになるからのう。覚えとるか?Roof-topでバイトやったときのこと」


咲「あはは、よく覚えてます」


まこ「あのときの咲のメイド姿は、ほんとに似合っとった。常連客にもえらく評判じゃったよー?」



163: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:48:53.43 ID:/KHzyUA9o

咲「あ、あれは恥ずかしかったですよ…」


まこ「でも、まんざらじゃあなかったじゃろ?わしゃあ、あのとき本気でうちの看板娘になってもらおうか、悩んだくらいじゃ」


咲「ははは、和ちゃんはもっと似合いますから…和ちゃんのほうが」


まこ「店ってのはな、本当は別にカフェじゃないんじゃ。あれは嘘。本当はうちがやってたんは、しがない居酒屋でのう」


咲「は?…な、何言ってるんですか?」


まこ「咲みたいな気立てのいい子が、うちの看板娘をやっとったら、うちはもっと繁盛して…わしもこんな胸糞悪い仕事をしなくて済んだんじゃろうか…」


咲「なんなんですか?居酒屋ってなんのことですか…?染谷先輩?」


まこ「…いや、こっちの話じゃ。すまんのう」



164: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:50:07.49 ID:/KHzyUA9o


/先鋒戦が終わりました。各校の次鋒の選手は、所定の位置についてください\



咲「は、はや!早くないですか!?」


まこ「咲…いってくる。愚痴ばかり聞いてもらってすまんの。わしは咲のこと、忘れんから…じゃあいってくる」


咲「は…はい…がんばって下さい…」





166: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:53:49.81 ID:/KHzyUA9o






久「おはよう、咲。顔色悪いわね…大丈夫?」


咲「なんだか…みんなが変なんです…それで…」


久「そうかもしれないわね、なんせ全国への切符がかかってるんだから。緊張しないほうがおかしいわ」


咲「いえ、そんなことじゃないんです…なんていうか、みんな麻雀がどうしたって話じゃなくて、もっと他のことで悩んでるみたいで…」


久「咲…大丈夫。みんなそれぞれ色んな事情や、弱さを抱えてるのよ。それを吐き出さずにはいられないの。許してあげてね」


咲「そっか…大丈夫ですよね…みんな」



167: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:56:18.48 ID:/KHzyUA9o

久「大丈夫」


久「それに咲。私は演技をやめないから」


咲「…え?」


久「最後まで私は、あなたにとっての部長でいてあげる。私はあなたの世界を守る」


咲「どういうことですか?」


久「どうってことないわ。たとえば、あなたの世界観がパズルのピースで出来ているとするじゃない?」


咲「は、はぁ」


久「あなたの世界観が、パズルピースがバラバラと落ちるみたいに崩壊していっても、私というピースはそこに残してあげる」




168: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:57:45.87 ID:/KHzyUA9o


咲「あのー、部長…」


久「ん?」


咲「優希ちゃんや染谷先輩より、更にもっと意味不明なこと言ってますよ?」


久「いいのよ。わからないことは優しさよ」




169: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 03:59:05.02 ID:/KHzyUA9o

/次鋒戦が終わりました、中堅の選手は所定の位置についてください\



久「きたわね。いよいよ…」



久「咲。私はずっとなにがあっても貴方の部長よ。だからさよならなんて言わない。それじゃ、稼いでくるわね!」



咲「はい、いってらっしゃい…部長」


咲(全然意味わからない…部長は部長…当たり前だよ…そんなの)




170: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:00:50.26 ID:/KHzyUA9o




咲「京ちゃん、おはよ。どうしたのその荷物…」


京「おう咲。これは差し入れだよ。見ていいぞ、中身」


咲「え、うん…」


ごそごそ、ごそごそ


咲「え、なにこれ」



171: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:03:04.47 ID:/KHzyUA9o

京「驚いただろ?咲が欲しいって言ってた文庫本やら、絵本やら、好きだったお菓子やら、飲み物やら、集めて詰めてきたわ」


咲「うわ、重い!っていうか、私の欲しいものしか入ってないよね?これ」


京「なんていうか、まぁ…日頃レディースランチを取りに行ってもらってるお礼、だな」


咲「へぇ、そうなんだ…どうも」



172: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:07:36.72 ID:/KHzyUA9o

京「それ全部咲のだから。まぁ大将戦まで時間あるし、それで好きに時間つぶしてくれよ」


咲「え、あ、うん。ありがと…京ちゃん」


京「あのさぁ、咲。じつは俺、お前が好きだった」


咲「あ、うん………って、はい?京ちゃん?」


京「こういう出会い方じゃなかったら…お前が普通の高校生なら、きっともっと早く思いを伝えてたと思う」


咲「あ、そ、そうなの。ありがと」


咲(冗談だよね…?)

173: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:12:36.64 ID:/KHzyUA9o

京「俺は必死で我慢してたんだ。ずっと。褒めてくれよ咲」


咲「え…、うん、まぁ、えらいんじゃない?」


京「でもあの野郎は、自分の役割も守らないで欲望に従っちまったんだ」


咲「京ちゃん…誰のことを言ってるの?」


京「でもな、大丈夫だよ。俺が責任を持って処分したから。咲を汚したやつはもういない」


咲「きょ、京ちゃん…?何言ってるの?何かあったの?顔色悪いよ?」


京「実は、今日そのことで上の人に呼ばれてるんだ。でも俺は後悔してないから」


咲「京ちゃん…大丈夫?悩みがあるなら…」


京「お前と会えてよかったよ、咲。じゃあもう一回買い出しいってくるから…またな!」



咲「う、うん…いってらっしゃい…」



174: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:14:19.47 ID:/KHzyUA9o




咲(みんな、何を言ってるんだろう)


咲(内容はよく分からなかったけど…)


咲(でもなんだか…)


咲(こんなんじゃ、まるで、まるで……)



175: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:16:02.51 ID:/KHzyUA9o





和「咲さん」


咲「あ、おかえり和ちゃん。どこいってたの?みんなと話し終わったよ…?」


和「そうですか…じゃあ、いきましょうか」


咲「え、どこに?」


和「決まってます、そんなの。さあ行きましょう」


和「大将戦が行われる部屋へ」




176: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:17:58.29 ID:/KHzyUA9o





咲「ちょっと…!待って和ちゃん!副将戦まだやってないよね?」


和「いいんですよ、もうそんなことは。ついてきてください」


咲「そ、そんな!中堅戦が終わったって放送、まだ聞いてないよ…?」


和「ああ、あのアナウンス放送。うるさかったのでさっき切ってきました。どのみちもう必要ないですし…あんなもの」


咲「まって!痛い…!腕、ひっぱらないで…!足、早いよ、和ちゃん…」



和「いいから、こっちです!」




177: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/16(月) 04:19:25.20 ID:/KHzyUA9o





咲「はぁ…はぁ」


和「ここです。このドアの中が、大将戦の会場です」


咲「はぁ…はぁ…このドアの中が…?」


和「はい。…もう時間です咲さん。入って」


咲「う、うん…」



ガチャ…

189: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 02:51:45.73 ID:i6qQruYHo




咲「…和ちゃん?」


和「はい」


咲「部屋のなか、真っ暗だよ…?」


和「…照明が落としてあるんだと思います。じきに明るくなりますよ」


咲「そ、そっか…」


和「すぐに目も慣れてきますから。そのまま奥へ進んでください」


咲「うん…あ、あの、和ちゃんもきてくれない?」


和「…私は暗いのは怖いので、いきたくないです」


咲「…」


和「入り口で、見ていてあげますから」


咲「…うん。そこで見ててね」


和「はい、ここで見ています」


咲「…」






190: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 02:54:40.45 ID:i6qQruYHo






私は真っ暗な部屋を、そっとふみだした。


一歩、また一歩。


振り返ると、出口でドアを開け放したまま、和ちゃんが見ていてくれてる。


大丈夫。和ちゃんが見守ってくれるなら、進める…。




191: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 02:56:30.41 ID:i6qQruYHo


これで…五歩。



そこで目が慣れてきて、だんだん部屋の広さが把握できてきた。


そんなにひろくない…たぶん、九畳ってところ。


部屋は長方形で、コンクリートの壁。


入ったときは暗くて分からなかったけど、部屋一面、真っ白で、無機質な部屋。


周囲を見まわしてみると…とくになにもない。


あるはずのカメラも、照明も、それをつなぐ配線も、なんにもない。麻雀をする部屋にはとても見えない。





192: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 02:59:06.93 ID:i6qQruYHo


さらに目が慣れてくると、もうすこし奥がはっきり見えてきた。


中央になにかある。でも、雀卓じゃない。…細長い…箱のようなもの。


私は少しずつそれに近寄った。一歩、もう一歩…。


これは…なんだろう。何を入れる箱なんだろう。けっこう大きい。


193: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:00:21.51 ID:i6qQruYHo



振り返って、出口にいる和ちゃんを見る。


外からの光が逆光になって、和ちゃんの表情がよく見えない。


和ちゃん…なにを考えてるの?どうして私をここに連れてきたの?


この箱は…なんなの?…人が入れるくらいの大きさ。まるで…棺おけみたいな…。




194: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:02:46.26 ID:i6qQruYHo


和ちゃんを見る。


和ちゃんは、ちゃんと部屋の前にいる。逆光のせいで、もうシルエットだけだけど。


ただおびえる私を、和ちゃんは見つめている…。


和ちゃんの表情は分からない。


私にはもう、部屋の暗さよりずっと、和ちゃんが暗く見える。




195: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:05:12.90 ID:i6qQruYHo


部屋の中に視線をもどす。


初めて見る、棺おけみたいな箱…。でも私にはなぜだか、この箱に見覚えがある。


どうしてだろう。私はこの箱を知っている。どこで見たんだろう…




196: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:06:14.29 ID:i6qQruYHo



“その箱に見覚えがありますか?”



…不意に和ちゃんの声がひびいた。私は質問にうなずく。



“そうですか…なら、教えてあげます”



“それは、あなたが昔過ごしていた場所です”




197: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:08:51.60 ID:i6qQruYHo



…そうか。この箱、この形。やっと思い出した。


いつか私はこの箱の中で、目を覚まして…そこには、和ちゃんが────










────そのとき、ガン、と扉が閉まる音がした。





198: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:12:51.71 ID:i6qQruYHo







ドンドンドンドン



咲「開けて!!開けてよ和ちゃん!!!」


ドアについた小さな窓から、無表情な和ちゃんの顔が見えた。なにか私に話しているけど、声が聞こえない。


でも私にはわかる。どうしてだろう。和ちゃんは謝っている。私に謝ってるんだ。


耳をすます。何か音がする。部屋の隅だ…部屋の隅から、空気が漏れるような音が…!



────煙だ。煙がでてる…





199: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:18:54.85 ID:i6qQruYHo




「開けて、和ちゃん!おねがい、開けて…!」


喉から血が出そうなほどの私の叫びも、たぶん和ちゃんにはとどいていない。


和ちゃんの口が動いていた。おなじ口の動きを繰り返している。なにかを呪っているようにも見える。


煙が充満していく。私は咳き込みながら、それでも、開けてと叫んでドアをたたいた。


なのに和ちゃんは、ただ無表情で私を見ながら、聞こえない言葉を繰り返すだけ。




201: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:25:02.34 ID:i6qQruYHo


──突然意識が遠のく。たぶん、煙のせいだ…なんだか足がふらふらする。



視界が急に狭くなった。息が苦しい…。がくんと足が崩れ落ちて、ドアに倒れ掛かる。


扉に背をもたれながら、ずるずる身体が滑り落ちる。扉を叩いて痺れた腕が、くたりと床に転がる。



202: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:33:48.71 ID:i6qQruYHo



私は床にへたりこんだ。もう、声もでなかった。ドアをたたくこともできなかった。


うつろに上を見上げた。扉の窓に和ちゃんが見える。この角度じゃ、目元しか見えないけど。


きれいな瞳…。私は見上げながらそう思った。瞳がいつもより、ずっと輝いて見える。


それがなんでだか私にはわかった。和ちゃんは泣いているんだ。私を見て…泣いている。


和ちゃんはなにに対して謝ってるんだろう。私にはちっとも分からない。


煙がふわりと漂って、和ちゃんを見えなくする。私はもっと見ていたいのに。ずっと見ていたいのに。


煙は私を埋め尽くす。煙が何も知らない私を笑っている。私を馬鹿だと笑っている。和ちゃんは泣いているのに。









205: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:35:28.19 ID:i6qQruYHo


もう体は動かない。耳鳴りが頭にひびく。いま聞きたいのは、和ちゃんの声なのに…。


思いつきで耳をドアにあてる。微かだけど、声が聞こえる…。





――――ごめんなさい。



和ちゃんは、そうつぶやいていた。なんどもなんどもそうつぶやいていた。




206: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:38:01.75 ID:i6qQruYHo


意識が薄れていく。視界がぼやけて、部屋の壁も、ドアの形も、もうなんだかわからない。


ただひとつ、煙の向こうに和ちゃんの顔が見える。ただ私を見つめている…。もう私には、それしかわからない。


そのことが、なぜだかうれしかった。和ちゃんの顔が見れるなら、それでいい…。


景色の輪郭が溶けていく…。すべてが暗く吸い込まれて、ついに和ちゃんの顔まで塗りつぶされていく。


それだけは…それだけは消さないで…私は大きななにかに向けて願った。


207: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:39:50.12 ID:i6qQruYHo


最後に、闇の中で、ぽつんと彼女の瞳だけが残った。和ちゃんの瞳は泣いていた。


どうして泣いてるの…? 私には分からない。ただそのことがいまさらのように、悲しくなる。



泣かないで和ちゃん…。そうつぶやいて、意識が途切れた。





208: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:42:31.35 ID:i6qQruYHo














───…きさん



209: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:45:22.01 ID:i6qQruYHo



───…きさん







和「咲さん!!!!!!」





咲「…う、うわっ、和ちゃん!」


和「よかった…よかった…だいじょうぶですか!?」


咲「うん…ここ、どこなの?」


和「ここは…大将戦が行われる部屋…です…」



210: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:46:59.98 ID:i6qQruYHo


咲「え…っと、あぁ、そっか。明かりがついてるから、違う部屋にみえたよ」


和「…さっきは…おかしなことをしてごめんなさい…咲さん……」


咲「…ひどいよ和ちゃん、急に閉じ込めたりして……」


和「ごめんなさい……ごめんなさい」




211: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:52:44.41 ID:i6qQruYHo



咲「……」


和「……」



咲「…ねぇ和ちゃん、教えて」


和「はい…」


咲「どうしていま、私の身体、動かないの?」


和「……さっき吸った、ガスのせいです」


咲「ガスってさっきの煙…?」


和「はい…」


咲「…そっか。…和ちゃん」


和「はい…」


咲「私はいま、どこで寝てるの…?」


和「…箱の中です…」


咲「箱の中…?あの棺桶みたいな箱…?」


和「そうです……」


咲「そうなんだ…」





212: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:55:40.07 ID:i6qQruYHo


和「具合はどうですか?」


咲「…悪くないよ、怖かっただけ」


和「そうですか…」


咲「うん…」


和「…」


咲「…」


咲「この棺桶みたいな箱…懐かしい」


和「……」


咲「なんでかな…」



213: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:57:00.03 ID:i6qQruYHo




和「…今は大丈夫ですから」


咲「…ん?」


和「私がついていてあげます」


咲「…それは」


咲「…とっても心強いけど」


和「……」


咲「さっきさ…何を、謝ってたの?」


和「……」


咲「答えたくないなら、いいけど…」



214: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 03:58:27.13 ID:i6qQruYHo



和「…私は」


咲「…」


和「…まだ…話したいことがあったんです」


咲「…話したいこと?」


和「はい…だから…」


咲「うん…」


和「とっさにガスの注入を止めました…」


咲「ガスってあの煙だよね?」


和「…はい」


咲「あの煙を、吸い続けるとどうなるの…?」


和「……昏睡します…」


和「そしてずっと…生きたまま、目覚めなくなります…」




215: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:00:03.40 ID:i6qQruYHo


咲「それは怖いね…」


和「…」


咲「…じゃあさ、和ちゃんが私を助けてくれたんだ…?」


和「……」


咲「…うれしい」


和「……」



216: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:01:49.60 ID:i6qQruYHo






咲「…和ちゃん」


和「…はい」


咲「…私、どうしたらいい?」


和「…」


咲「…お姉ちゃんには、もう会えないの?」


和「…会えますよ…全国にいって」


咲「うん…」


和「…試合を勝ち抜いて…」


咲「…」


和「…そしたら…決勝で…」


咲「…ふふ、和ちゃん」


和「…」


咲「嘘ついてるでしょ」


和「…」

217: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:03:01.91 ID:i6qQruYHo



咲「…ねぇ」


和「…」


咲「話したいことって、なに?」


和「…」



和「まず…私達は」


咲「うん」


和「ずっと守ってきたんです…咲さんを…」


咲「…」


和「…病気や、怪我」


和「脳の異常や精神疾患…いろいろなものから」


咲「…」


和「咲さんの身体が…傷つかないように」


咲「…」


和「この擬似的な社会に閉じ込めることで…守ってきたんです」





218: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:05:03.85 ID:i6qQruYHo



和「…なのですが」


咲「…」


和「あなたは私達の仲間の一人に」


和「裏で傷付けられていたことがわかってしまいました…」


咲「……傷つけられた?」


和「それがきっかけで、別のプランに変更がなされたんです…」


咲「べつのプラン…?」


和「……そうです」


咲「…わからないよ」


和「…」


咲「そんな説明じゃ…わたしにはわからない…」


和「……」


咲「…きっとまだ、大事なことを隠してるんでしょ?」



219: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:06:18.21 ID:i6qQruYHo


咲「…和ちゃん」


和「…」


咲「私は…これからどうなるの?」


和「あなたは…」


和「このあと、あのガスで眠らされて、東京に運ばれます」


咲「…東京?」


和「…そうです。東京の病院で…」


和「ある人を救いに向かうんです」


咲「人を…救う…」


和「そうです」


咲「…誰?誰を救うの…?」


和「……」


咲「ねぇ…和ちゃん?」




220: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:07:55.86 ID:i6qQruYHo



和「彼女は高校生です…麻雀部員の」


咲「…高校生?麻雀部員…?」


和「彼女は、白糸台高校という学校の一年生なんです…」


咲「白糸台…お姉ちゃんと同じ」


和「……彼女は重い病気を患っています」


咲「病気…?」


和「余命いくばくもなく…もってあと2週間の命だそうです」


咲「そんな子を救えるの…?」


和「はい…救えるんです。咲さんなら」


咲「わたしなら…?」


和「咲さんにしか、できないことなんです…」



221: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:09:23.56 ID:i6qQruYHo


咲「…私にしか、できない…?」


和「そうです…」


咲「どうやって救うの…?」


和「………」


咲「…言えないんだね」


咲「…なんて名前の子なの?」


和「………」


咲「…それも、言えないんだね」


和「ごめんなさい…」




222: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:10:42.44 ID:i6qQruYHo






咲「…でもさ、よかったよ」


和「…よかった?」


咲「私、東京に行けるんだね…」


和「…」


咲「そしたらお姉ちゃんにも会えるかもしれないし…」


和「…」


223: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:14:48.65 ID:i6qQruYHo


咲「それにさ、その病気の人」


咲「お姉ちゃんと同じ高校の麻雀部員なんだもんね」


和「……」


咲「もしかしたら…お姉ちゃんのお友達かもしれないよね?」


和「……」


咲「そしたら…お姉ちゃんは喜んでくれるかもしれない」


和「…」


咲「“がんばったね咲”って、私を褒めてくれるかもしれない…」


和「……」


咲「もし、私が会えなくてもさ」


和「……」


咲「お姉ちゃんが喜んでくれるなら…すごくいいことだよね?」


和「…」


和「…そうですね」




224: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:16:21.66 ID:i6qQruYHo




咲「…なにかさ、気をつけることとかある?」


和「…気をつけること?」


咲「病気を治すんだよね?失敗したら大変だし…」


咲「私のせいで失敗したら…もうしわけないからさ…コツとかあるのかな?」



225: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:18:22.70 ID:i6qQruYHo

和「…咲さんは」


咲「…」


和「なんにも考えなくていいんです…」


和「その温かな気持ちだけあれば…それだけでいいです」


和「あとは穏やかにしていてください」


咲「…でも、不安だよ」


和「大丈夫ですよ」


和「きっとあなたのお姉さんは褒めてくれますから」


咲「…ほんとう?」


和「はい。嘘じゃありません」


咲「お姉ちゃんが………」


咲「お姉ちゃんが…褒めてくれる」


咲「それなら私は……もう充分…」


和「……」




226: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:19:52.56 ID:i6qQruYHo




和「……あの」


咲「…うん」


和「まだ、時間はありますからね…」


咲「…もう大丈夫」


和「…」


咲「私を東京に連れていって…和ちゃん」


和「…いいんですね?」


咲「道に迷っちゃだめだよ?」


和「ふふ、咲さんじゃあるまいし…迷ったりしません」


咲「そうだね、私じゃないもんね…はは」


和「本当はね、咲さん」


咲「うん?」


和「本当の咲さんは迷子になる子なんかじゃないんです…」


咲「どういうこと?」


和「私たちが見守りやすくするために、そういう風に変えただけなんです」


咲「…ぜんぜんわかんない」


和「でも、それはあなただけの個性なんですよ」


咲「うーん…?」



咲(本当の私…?個性?)



227: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:21:06.27 ID:i6qQruYHo






和「咲さん…そろそろ時間です」


咲「…そうなんだ」


和「時間がきたら…この箱にふたをします」


咲「和ちゃんが、見えなくなっちゃうね」


和「見えなくても、声は聞こえますから…」


咲「そっか、よかった」



228: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:23:22.88 ID:i6qQruYHo


和「ふたを閉じたら、箱の中にさっきのガスが噴射されます…」


咲「さっきのガス?ってことは私…ずっと目覚めることができないの?」


和「…そうなります」


咲「和ちゃんともお別れ…?」


和「…はい」


和「怖いかもしれませんが、我慢してくださいね…」


咲「…うん、お姉ちゃんに褒めてもらえるなら、がんばるよ」




229: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:26:38.46 ID:i6qQruYHo



和「ふたにはロックが掛かるので…ふたを閉めたらもう顔が見れません…」


和「だから…」


和「よく見せてください…咲さんの顔を…」


咲「…うん…よく覚えていてね」


和「はい…咲さん」


咲「…私にも…和ちゃんの顔をよく見せて」


和「…はい…咲さん…」


和「………」


咲「和ちゃん…?」


和「ごめんなさい…お姉さんに会わせられなくて」


咲「いいよ。これでお姉ちゃんを喜ばせられるなら…それに」


咲「私はお母さんには会えたから」



230: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:29:37.30 ID:i6qQruYHo


和「…え?」



咲「私ね、赤ちゃんの時の記憶があるの…」



和「…赤ちゃんの時の記憶…?」



咲「いつだか私は…この箱で過ごしてて…」



咲「そして…お母さんにスープを飲ませてもらってた…」



和「……ふむ」



咲「和ちゃんは…私のお母さんなんでしょう?」



和「…ふふ、咲さん、なに言ってるんですか?」



和「そんなオカルト、ありえません」


232: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:32:51.11 ID:i6qQruYHo





和「…じゃあ閉めますね」


咲「…うん」





ぱたん…ガチャ…


プシュー…






和「いま、中にガスが流れ始めました…」


咲「うん、ぷしゅーって音がしたよ」


和「中はどうですか?」


咲「へへ、真っ暗でなんにもわからない」


和「暗くても、声は聞こえますから」


咲「うん…よく聞こえるよ」



233: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:36:43.52 ID:i6qQruYHo


和「お話をしましょうね、咲さんが眠りに落ちるまで」



咲「おねがい。…そういえばさ」



和「…はい?」



咲「和ちゃんって、本当はいくつなの?」



和「え?なんでですか?」



咲「だって私のお母さんなんでしょ?」



和「まだそんなおかしなこと言ってるんですか…もう」



咲「だってそうなんだもん」



和「…15歳ですよ」



咲「私のお母さんなのに、それはおかしいよ」



和「…15を、3倍した数です」



咲「えーっ!?そうなの!?」



和「いや、冗談ですから」



咲「なんだ、はは」


和「あたりまえです」



234: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:38:33.19 ID:i6qQruYHo



プシュー………




咲「また、音がした…」


和「はい」


咲「この音がするたびに、和ちゃんとのお別れが近づくんだよね」


和「…」


咲「もう皆にも会えないね」


和「……」




235: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:39:47.24 ID:i6qQruYHo


プシュー……



咲「…まただ、ガスの音」


和「………」


咲「ふふ…やっぱり、ちょっと怖いね」


和「………」


咲「和ちゃん?」




236: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:40:18.15 ID:i6qQruYHo


プシュー……



咲「…また、ガスの音」


和「………」


咲「ふふ…やっぱり、ちょっと怖いね」


和「………」


咲「ねぇ、和ちゃん?」


和「あの…咲さん」


和「すごく大切なことを話しますから…よく聞いてください」


咲「う、うん」



237: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:46:57.82 ID:i6qQruYHo



和「…咲さんの年齢について…です」


咲「…え?」


和「いくつだと思います?」


咲「…私…私だよね?」


和「そう、あなたの年齢です…」


咲「えっ…15歳だよ?」


和「いいえ…違うんです」


咲「…?」





238: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 04:48:48.66 ID:i6qQruYHo



和「あなたは、生まれてほとんどたってません…」


咲「…どういうこと?」


和「あなたは15歳ではなく…」


咲「……」


和「たったの6ヶ月です」


咲「……和ちゃん…?」





和「…あなたは宮永咲さんの…クローンなんです」

240: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:15:40.05 ID:i6qQruYHo


咲(………どういうこと…?)






    ────普通の高校生だったら、もっと早く想いを伝えてた────




           ────生まれて…数ヶ月の────





咲(………たったの6ヶ月…?)








        ────咲さんの身体を傷付けないように────



        ────擬似的な社会に閉じ込めることで────







咲(………私が、クローン…?)






    ────世界観が、パズルのピースでできているとするじゃない?────





咲(………そんな…まさか…)

241: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:24:35.39 ID:i6qQruYHo




咲(………そうだ、この箱から)





          ────“本当の咲さん”は────


          ────迷子にならないんです…────





咲(………私は生まれたんだよ……)






          ────白糸台高校の1年生────


        ────彼女は重い病気を患っています───






咲(………それなら、病気の女の子っていうのは…)





咲(………そうか)




         ────咲ちゃんは人を救うから────



         ────咲ちゃんはなくならない────






咲(………そういうことだったんだ…)




242: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:27:17.16 ID:i6qQruYHo







       ────だからそれは“あなただけ”の────


          ────個性なんですよ────






咲(………そうか…私は、偽者だから)







    ────どうして早く気付いてくれないんですか…!────


       ────このままじゃ…咲さんが…────







咲(………だから私…)








     ────スープ、美味しいですか?咲さん…?────







咲(………だから私、死ぬんだ…)








243: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:29:01.99 ID:i6qQruYHo








咲「……まさか」


咲「…“本当の咲さん”は迷子にならないっていうのは…!」


和「……」


咲「“本当の”って…そういうことだったの…!?」



咲「まさか…まさか…!」



和「…ごめんなさい…」



244: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:30:01.62 ID:i6qQruYHo



咲「今までの和ちゃんの言葉、なにがなんだか…わからなかったけど」


咲「…ちょっと繋がってきたよ…でもまさか…そんな…!」


咲「ひどいよ…わたしは…」


咲「そういうモノだったの……?」



和「………」



咲「ねぇ和ちゃん…!」


咲「わたしは……ただの偽者だったの…?」


咲「わたしの…みんなとの毎日は全部…偽物だったの…?」




245: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:31:17.93 ID:i6qQruYHo



和「…いいえ、いいえ咲さん!」


和「それはちがいます…!」




咲「でも…」


咲「でも…私は……」


咲「私は…宮永咲の、クローンなんでしょう…?」


咲「本物の咲は…!!お姉ちゃんと同じ白糸台に通ってる一年生で」


咲「私はこれから、本物の咲の病気を治すのに使われるんでしょう…!?」


咲「私は、道具みたいなものなんでしょう…?」




246: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:42:23.01 ID:i6qQruYHo



和「…クローンがどうとか、そんなの」


和「そんなこと、どうだってかまいません…」


和「私の見ている咲さんが…私にとっては本当の咲さんですから…」


和「どんなに歪んでいても、作り物であっても…私にとっては」


和「私にとっては、あなたが、本物の咲さんです…」


咲「………」



和「私たちの毎日も、作り物じゃありませんよ…」


和「みんなとの思い出。笑ったこと、泣いたこと」


和「麻雀で負けて悔しかったこと…勝てて嬉しかったこと……」


和「それはぜんぶ、本物の宮永咲さんが知らない、私たちだけの本当の記憶…」


和「クローンのあなたとだけ分かち合った、本物の思い出です…」



247: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:47:16.85 ID:i6qQruYHo


咲「和ちゃん……」


和「…6ヶ月前のことです…」


和「私は、この箱から目覚めたばかりの、あなたの母親代わりをしていました…」


和「あなたは美味しそうに、私の作ったスープを飲んでくれました…」


和「私はそれがたまらなく嬉しかった……そしてそれを、あなたは覚えていてくれた…」


和「私の今の気持ちは…クローンのあなたがくれた、本物の気持ちです」


咲「…」



和「私は、あなたを失うことが…今とても、とても悲しい」


和「あなたはクローンですが…偽者ではありません」



咲「……」



248: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:50:17.41 ID:i6qQruYHo


咲「和ちゃんは卑怯だよ…こんな大事なこと…最後の最後に…」


和「そうです…!私は最低です…」


和「こんな綺麗事を言いながら、あなたを見殺しにすることしかできない……!」



咲「……」


咲「和ちゃんは…今日、私を逃がそうとしてくれたよ」


和「……」


咲「ありがとう…全部教えてくれて…」


咲「お母さん…」





249: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:51:45.67 ID:i6qQruYHo







プシュー………




咲「………和ちゃん」


和「どうしました…?」


咲「…私…みんなとまた会える…?」


和「…またいつか会えますよ」


咲「私、お姉ちゃんに、喜んでもらえる…?」


和「ええ、きっと」



咲「……」


咲「…ガスの効き目かな…眠くなってきちゃった」


和「…はい」


咲「和ちゃん。眠る前に、私に名前をつけて」



250: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:52:55.34 ID:i6qQruYHo


和「…名前?」


咲「私が、“宮永咲”じゃないんなら…私にも、本当の名前を付けて…」


咲「それを聞いたら…すこし、やすむから…」


和「…そうですね」


和「そういえば…麻雀部のみんなで、あなたを“迷子の咲”と呼んでたんですよ」


和「それはいかがですか?」



251: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:54:11.78 ID:i6qQruYHo


咲「ふふ、なにそれ…もはや名前じゃないよ」


和「すみません、冗談です」


咲「もっと…かわいいのにしてよ…」


和「うーん…そうですね」


咲「…」


和「じゃあ、こういうのはどうですか?」


咲「……」


和「あの…聞こえてますか?」


咲「……」



和「…咲さん…?」


和「…………」


和「咲さん…?咲さん…!!」






252: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:55:49.56 ID:i6qQruYHo



―3ヵ月後―









店員「えーそれじゃあ、このお花がいいでしょうか?」


和「あまりピンときません」


店員「むむ、困りましたね…そうだな」


店員「花を選ぶときのコツは、その人のイメージを思い浮かべることですよ」


和「なるほど…それでしたら、こっちの白い花を、二束おねがいします」


店員「二束ですか…?かしこまりました」



253: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:57:29.69 ID:i6qQruYHo


和「ちなみに、このお花の花言葉は、なんというんですか?」


店員「諸説ありますが…白い薔薇の花言葉は、“純潔・素朴”とかですかね」


和「ふむふむ、合ってますね」


店員「プロポーズにつかうんだったら、『誠実で尊敬できる』みたいな意味も」


和「なるほど…たしかに、誠実ですし、尊敬できますね」


店員「ということはプロポーズに贈るんですか?珍しいですね。女性から贈るなんて」


和「えっと、そういうわけではないんですが…」


和「ただ、お見舞いにもっていこうかと」



254: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:59:14.59 ID:i6qQruYHo




店員「お見舞い?ということは、相手は家族とか友人ですか?それとも同僚とか?」


和「いえ、初対面の他人なんです」


店員「えっ、初対面でお見舞いするんですか?…それ、怪しまれません?」


和「いや、初対面なんですが、久しぶりの再会でもあるので…」


店員「…は、はい?」




255: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 05:59:58.21 ID:i6qQruYHo









和(ついた。ここが入院先の病院ですね)


和「えっと……どこだろう」



?「あの、原村さん?こんにちは」



和「こんにちは、お久しぶりです…咲さんのお姉さん」


照「いえ…こちらこそ、本当にありがとうございました…」


照「妹の命を、救っていただいて…」






256: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 06:04:23.07 ID:i6qQruYHo










和「咲さんのリハビリは順調ですか?」


照「はい…着々と。今朝も廊下の端から端まで三往復も歩けたらしくて…。」


照「余命宣告をされたころと比べると…移殖手術後は見違えるほど回復しました…」


和「そうですか。よかった」


照「お医者様がいうには、年内に退院できるだろう、と…」


和「そしたらそのときは、お祝いしてあげないとですね」


照「はい…ケーキを買って…また家族みんなで麻雀を…」


和「そのときは、照さん…どうか忘れないであげてくださいね」


照「はい…忘れません。“もう一人ぶんの”ケーキ…」


和「そうです。そして、もう一人ぶん、彼女を褒めてあげてください」


和「彼女は眠る前に、それだけを望んでいましたから」


照「…はい」




257: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 06:06:01.12 ID:i6qQruYHo









照「咲の病室はこちらです…。咲、入るよ?」


咲「どうぞー」


和(…咲さんの声だ)




がらがら




258: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 06:07:22.95 ID:i6qQruYHo



照「こんにちは、咲…」


和「こんにちは、咲さん」


咲「お姉ちゃんこんにちは…。その人は…?」


咲(わぁ…すごいきれいな人)


照「咲、この人は…」


照「咲のことを、命を捨てて救ってくれた女の子の、そのお友達…」


咲「そ、それは…はじめまして…!白糸台高校一年生の、宮永咲ですっ」


和「はじめまして、咲さん。原村和と申します」


和「今日は、あなたを救った女の子のことを話しにきました。あ、その前に、このお花を…」




259: ◆2yqslpMZ1. 2015/03/19(木) 06:13:02.63 ID:i6qQruYHo




咲「わぁ、ありがとうございます…きれいな白い薔薇…」


咲「あれ?二束ありますよ…?」


和「はい。一束は咲さんに」


和「もう一束は、あなたの中で生きている、“迷子の咲さん”へ…」   



                            槓


引用元: 和「迷子の咲さん」