1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:24:09.28 ID:aSwZMWdb0

※ウルトラマンオーブのSSです。

※ほぼオリキャラだけで話が進みます。

※過去作品の怪獣・宇宙人が登場しますが、大幅に設定を変更しています。ご注意ください。

※実在の人物や組織とは一切関係ありません。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1487856249

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:27:07.90 ID:aSwZMWdb0
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3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:27:39.09 ID:aSwZMWdb0

 僕の位置というものは、いつも一筋の細い線で表される。

 それはどこまでも届きそうな大音量の底をまるで暗渠のようにひっそり流れるベースの音だ。
 ボーカルは人を酔わせ、ギターは人を虜にし、ドラムスは人を扇動する。僕はそのどこにも位置しない。
 いつでも僕はガラスのドームの中で演奏している気分になる。跳ね返る音を集めてそれを導く、地味な仕事だ。

 そんな地味な仕事が僕は大好きだった。

 今日は今までで一番大きなステージだった。山梨のスキー場のステージ。
 七月の陽射しは強く、それに晒されている観衆は皆薄いシャツを汗ばませている。
 それでもボルテージが収まることはない。僕たちの音に合わせて体を揺らせ、手を叩き、腕を振る。

 その一体感が、僕は大好きだった。

 視線を感じてちらりと横を見ると、風介がギターには目もくれず僕の方を見ていた。
 目が合うとにやりと笑って走り出した。やれやれと思いながら僕もそれに付き合った。
 拓実のドラムビートが加速する。ルリ子のウィスパーボイスにもどことなく熱が入る。

 僕はこのバンド「モノクロクロウ」が大好きだった。

 でも、大好きという気持ちは得てして危機を迎えるものなのだ。

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:28:12.29 ID:aSwZMWdb0

 僕はぼんやりと空を見ていた。非の打ちどころのない深い青空だった。
 あの色を言葉に表すならどうなるだろうと思いながら弦を弾いていた。

 その中に飛行機を発見した。小さな小さな黒いシミだ。
 咄嗟に僕は異変を感じ、演奏に集中した。あれを見続けていたらきっと失敗してしまうと思ったからだ。

 キィィィィィン……という遠い音が聞こえた。ハウったのではなかった。その音は遠かった。
 僕は恐る恐る手元から目を上げて、再び空を見た。シミがさっきより明らかに大きくなっていた。

 ゴォォォォォオ……という低い音が聞こえた。それはまさしくジェット機の音のようだった。
 僕の中で何かが切れた――のだと思う。風介が何か叫んだ気がした。でもそれは聞こえなかった。
 歌が止まった。ドラムスの音がゆっくりと減衰していった。ギターだけがマイペースに響いていた。

「ヘイレン……」

 僕は驚いてルリ子の顔を見た。彼女は空を見上げて、顔色一つ変えずにそう呟いた。
 やっとギターが止まった。観衆にざわめきが走る。彼らも背後の空を振り返る。

 シミはもうシミではなかった。それは確実に影だった。
 戦争でも始まるのかと僕は思った。しかし最初にロックフェスに爆弾を投下する戦闘機なんて存在するのだろうか。

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:28:40.11 ID:aSwZMWdb0

「ゴオオオオオオッッ!!!」

 影は更に巨大な影になって、地上に降り立った。
 それは銀色の――怪獣だった。短い二本の足で地面を踏みしめ、短い二本の手を駄々っ子のように振り回している。
 長い長い首の上には小さな顔がちょこんと乗っかり、丸い円らな瞳はまるで鳩か何かを連想させた。

 しかしながらとにかくそれは怪獣だった。要するに巨大だった。
 突然高層ビルが空から落ちてきたようなものだ。着地と同時に地面が揺れ、足元の木々はへし折られた。

 観衆は火のついたように三々五々に逃げ始めた。僕たちはというと全く動けなかった。
 何故なら怪獣は明らかに僕たちを敵視していたからだ。その視線と全身から放出されている敵愾心はステージ上の僕たちに一直線に向けられていた。

「ゴオオオオオオッッ」

 怪獣が口を開ける。その中がオレンジ色に光った。実に非現実的な眺めだった。

「ガアアアアアアアゥッッ!!」

 オレンジ色の光が怪獣の口から飛び出した。隕石が頭にぶつかって死ぬ確率ってどんなものだったっけ、と僕はぼんやり思った。
 最期に指を動かそう。弦を弾いた。ボーンという地味な低音が鳴った。

 すると、光の巨人が現れた。

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:29:08.00 ID:aSwZMWdb0

 よくテレビで報道されているウルトラマンオーブだった。
 僕たちの目の前に現れてステージに向かっていた火球を防いでくれたのだ。

「――シュアッ!」

 オーブが駆け出すと地面が大きく揺れて、僕たちは体勢を崩した。
 それでようやく現実感が戻ってきた気がした。僕は倒れたルリ子の腕を引いて立ち上がらせた。

「シュアッ!」

「ゴオオッ!!」

 オーブと怪獣が格闘戦を繰り広げていた。
 怪獣は腕は短いけれど、長い首を使って互角に渡り合っていた。

「テヤッ!」

 オーブの手のひらの上に拍車のような円盤が回転し出した。
 それを怪獣に向け投げつける。しかし怪獣の姿が一瞬にして消失した。

「!」

 ルリ子が顔を上げた。オーブも同じ動きをしていた。僕と風介と拓実は一歩遅れてそれに倣った。
 怪獣が青空の中で影になっていた。オーブが地面を蹴って飛び立つ。僕たちはまたよろけた。

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:29:39.37 ID:aSwZMWdb0

 オーブと怪獣が空中で追いかけっこをしているようだったが、僕にはついていけなかった。
 でも何故かルリ子の目には見えているようで、彼女の視線を追うと戦いの様子がわかった。

「シュッ……」

「ゴオオオオオオッッ!!」

 どうやらオーブでも怪獣のスピードに追いつけていないようだった。
 怪獣は包丁の刃のような形状の翼を広げ、縦横無尽に空中を駆け回る。
 追うのは無駄だと判断したのかオーブはとどまって攻撃の機会を窺うが、怪獣の動きを目で追うことすら困難だった。

「シャギャアアアアオオオ!!!」

 甲高く吠える怪獣。オーブを翼で切りつけ、そしてそのまま旋回せず飛び去っていく。
 オーブは腕を十字に組んで光線を放ったがそれすら躱され、怪獣の影は小さなシミとなって終いには青空の中に掻き消えた。

「……シュアッ」

 オーブもまたどこかへ飛び去った。残ったのは空っぽになった野外ステージだけだった。

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:30:11.46 ID:aSwZMWdb0

「ルリ子」

 とりあえず楽屋に戻ることになって廊下を歩いている途中、僕はルリ子に訊いてみた。

「あの怪獣のこと、何か知ってるの?」

 意外にもルリ子は素直に頷いた。

「ヘイレンって言ってたように聞こえたけど」

「はなすよ。みんなに」

 いつも通りの静かな声でルリ子は答えた。

 楽屋に戻ると風介と拓実はくたびれたようにソファに体を預けた。
 その向かいのソファに僕とルリ子が並んで座った。彼女はとても行儀よく、まるで面接に臨む就活生のような雰囲気だった。

「みんな、おどろかないで聞いてほしいんだけど」

「うん」

「わたしね、宇宙人なの」

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:30:40.39 ID:aSwZMWdb0

   ◆

 僕がベースを始めたのは高校二年生の夏だった。
 何故ベースなのかと問われると回答に困る。本当にただ何となくシンパシーを感じたのがベースだったのだ。

 僕は卒業までの一年半ずっとひとりで練習を続けた。
 他に興味を惹くものもなかったし、ベースの低音の虜になっていたというのもある。
 そんなわけだったから大学は良い所へ入ることなんてできなくて、適当な私立にセンター出願して二次試験すら受けなかった。

 大学に入ってようやく僕はバンドに入ることになった。
 その年は奇跡的にベーシストが僕一人しかいないという状況で、僕は軽音楽部の三つのバンドを掛け持ちすることになった。

 三つのバンドはそれぞれ特色が違った。
 ひたすらビートルズをコピーするバンド、ひたすらアニメ楽曲をコピーするバンド、そしてひたすら下手な曲を作り続けるバンドだ。

 一番楽しかったのはビートルズだった。他三人のメンバーは全員三年から四年で、みな腕が良かった。
 新入りかつバンドをやるのが初めてということでついて行くのが大変だったが、貴重なベーシストということで僕はちやほやされた。
 丁寧に指導もしてくれたし、今の僕がいるのは九割方ここのおかげだと言っていい。

 アニメバンドもそれなりに楽しかった。曲はほとんど知らなかったけれど、みな楽しそうに演奏していた。
 大学祭に出ると漫画同好会の連中が熱心にコールを送ってくれた。そういう一体感が僕は大好きだった。

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:31:08.88 ID:aSwZMWdb0

 一番つまらなかったのはオリジナルバンドだ。

 ギターの鈴木風介とドラムスの河島拓実は二つ年上の一学年上という微妙に距離感を取りづらいコンビで、部内でもちょっと浮いたところがあった。
 そんな厄介者二人が共謀して作る曲は本当に、練習するだけで憂鬱になるほどつまらない曲だった。

 王道ポップスに刃向うようなサブカル系を目指しているというのは理解できるが、それにしても奇を衒いすぎなのだ。
 コードを左右対称にしてみたり歌詞に暗号を散りばめてみたり、色々手は込んでいるがそれが伝わる確率は火星人が見つかるより低いだろうと思われた。

 ただ彼らの良い所は自分たちの悪さを改善しようとする努力ができることにあった。

「もっとキャッチーな見た目のメンバーが欲しいな」

 ある日の練習後、風介がそんなことを言い出した。
 僕はそうじゃないだろと言いたかったが黙っていた。

「やっぱり俺たちって華がないよな」

「一目で観客の注目を集められる人材が欲しいんだよな」

「だよなあ」

「そういうやつ知らないか?」

 風介は突然僕に水を向けた。僕はもう無関心に片づけにかかっていたから、一瞬何のことかわからず首をひねった。

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:31:39.28 ID:aSwZMWdb0

「だから、一目で『こいつら違うぞ』って思わせるオーラを持ったやつだよ」

 残念ながら、と僕は答えた。すると風介は溜め息を吐いて、演技ぶった仕草で首を振った。

「知ってるだろ、お前は」

 僕はまたしても首を傾げた。そして数少ない知り合いを順々に頭に浮かべてみた。しかしそんな人材は一人として思い当たらなかった。

「知らないです」

「お前の幼馴染みだよ。空見ルリ子」

 みたび僕は首を傾げた。こんなにも短時間の内に何度も首を傾げたのは今になってもこの時くらいしか覚えがない。

「あの子、この大学にいるんですか?」

「何言ってんだよ。あの子まだ高校生だろ」

 風介と拓実はしばらく顔を見合わせた。何がそんなに呆れることなのか、僕は内心で首をひねった。

12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:32:07.05 ID:aSwZMWdb0

 空見ルリ子は僕より二歳年下の女の子で、当時はまだ高校二年生だった。

 幼馴染みと言われるとその単語の定義を疑う程度の付き合いしかなかった。
 僕が小学生の三年の頃、近所にルリ子の家族が越してきた。彼女は一年生だったからしばらく一緒に通学路を案内してあげたとか、僕の友達グループに混ぜて遊んであげたとか、そのくらいだ。
 彼女も学校で友達は作るから、そういう関係もすぐに解消された。今になってその名前を出されても僕にはピンとも来なかったのだ。

「あの子の普段着知ってるか?」

 だから知らないというのに風介はもったいぶった言い方をする。

「一言で言うとRockだな、ありゃあ」

「うん」

 何が何やらちんぷんかんぷんであったが、風介がスマホで写真を見せてくれた。完全なる盗撮だった。

「この子が入ってくれたらバンドの人気も上がると思うんだよ」

 確かにこれは人目を引く容貌だった。ゴシックロリータというのか、西洋人形のような黒づくめに身を包んでいたのだ。
 髪型はもっと奇抜だった。大人しくしてれば人形といった感じなのに、ソバージュヘアを銀髪に染めてところどころに赤・青・緑の三原色のメッシュを入れている。

「校則違反じゃないんですかこういうの」

「学校にいる時は普通なんだよ。たぶんそれウィッグなんだろうな」

「ふぅん……」

 しかしよくこんな恰好で外を出歩けるものだ。小学一年生の彼女もこんな度胸ある性格だったかと思い返そうとしたが、記憶には引っ掛からなかった。

13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:32:38.70 ID:aSwZMWdb0

「お前幼馴染みなんだろ? ちょっと頼んでみてくれないか?」

 気が乗らなかったが、僕は二か月間の代返を条件に承諾した。
 ちょうどこのバンドの曲よりつまらない講義が朝一にあってうんざりしていたところだったのだ。

 とはいえ、どうしたものかと僕は悩んだ。
 あちらだって僕の顔なんて忘れているだろうし、それで突然バンドに入ってくれなんて無茶な注文にも程がある。
 せめて菓子折りくらいは持っていくかと思ってデパートの地下でチョコレートの箱を買った。
 後はもう、どうせ失敗しても損するのは先輩二人だけだという思いきりで家のインターホンを押した。

 ドアが開くと、ルリ子らしき女の子が出てきた。
 清潔な白いセーラー服を着ていて、盗撮写真の雰囲気は微塵も感じられなかった。

「僕のこと覚えてる?」

 と切り出して、言葉を間違えたといきなり僕は後悔した。だが彼女は、

「そろそろ来るような気がしてた」

 そう言って微笑んだ。時間の流れが遅くなりそうな柔らかい笑みだった。

「あがって」

 彼女は呆けている僕を促した。

14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:33:09.69 ID:aSwZMWdb0

 そうしてルリ子は風介たちのバンドに加わることになった。
 歌わせてみると彼女は非常に特徴的な声をしていることが判明し(声も聞いたことがなかったというのだから呆れたものだ)、すぐさまメインボーカルに据えられた。

 彼女は物怖じしない人間だった。初めてステージに立って観客たちを相手にしても全く怯むことなく自分の歌声を披露した。
 そのハスキーボイスで囁くように歌う彼女は風介たちの目論見通り一躍注目の的となった。

「わたしも曲つくっていいかな」

 加入してから二か月ほど経った日に彼女は突然そう言った。
 そして書き上げた曲は今までの僕らが塵芥に思えるほど素晴らしいものだった。

 彼女の歌声とマッチする不思議な曲だった。
 楽器を鳴らすだけでその場をこの世のどこでもない世界に塗り替えるような非現実的な曲だった。
 僕たちはおろか部内の誰もがその曲を称賛した。ライブをすれば毎回観客は信じられないほど沸き上がった。

 風介と拓実はそれから曲を作るのをやめた。どう考えてもルリ子の方が才能に満ち溢れていたからだ。
 彼らの良いところは自分たちを改善しようと努力できるところにあった。

 そうしてたちまちのうちに僕らは知る人ぞ知るバンドになっていった。
 ライブイベントに参加すれば小さなライブハウスが満員になった。大学祭に出ればキャンパスがいつもの三倍賑わった。

 そうなったのは曲の素晴らしさもあっただろうが、僕にはルリ子のカリスマ性も大きく関与しているように思えてならなかった。

15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:33:44.38 ID:aSwZMWdb0

「君は手がきれいだよね」

 と言ってみたことがある。練習が終わって風介と拓実がトイレに行って、久しぶりに二人きりになった時のことだ。

「ありがとう」

 ギターをケースに仕舞いながら静かな声で彼女は答え、いつもの柔和な笑みを浮かべた。
 その笑みだけでこの殺風景な練習室も別世界に変わるような錯覚を僕は覚えた。

「雪花石膏みたいだ」

 こんな歯の浮くようなことが言えたのもたぶんそのせいだと思う(思いたい)。
 でも事実として彼女の手は美しかった。新雪のような美しい肌、冬の梢のようにほっそりとしながらも蜘蛛の脚のように軽やかに動き回る指、そしてマニキュアを塗らなくても薄いピンク色に染まっている形の良い爪。
 それらが重なり合った彼女の手は奇跡の結晶としてアラバスターの彫刻を僕に思わせるのだった。

「でもわたし、あなたの手も好きだよ」

 僕は目をぱちくりとさせた。冗談かお世辞だろうかと思った。
 僕の手は肌も荒れているし毛の処理もしてないし爪の形は悪いし一般的なベーシストのそれとはまるで乖離していたからだ。

「あなたが弦をはじくと、鳥があるくの」

「それは僕の指が鳥の足のようってこと?」

 ルリ子は笑みを浮かべたままこくんと頷いた。

「カラス?」と僕は訊いた。ルリ子は首を振った。

「サギ」と彼女は答えた。

 その後彼女は「ヘレン・スウィンダラー」という曲を書いた。
 クロサギが自らを白いカラスと偽る曲で、デモテープとして売ると一瞬にして売り切れた。オークションを見ると三万円で落札されていた。

「カラスは黒いものじゃないの?」と僕は訊いてみた。ルリ子は首を振ってこう答えた。

「カラスは真っ白なの」

16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:34:35.05 ID:aSwZMWdb0

 バンド名を決めたのもだいたいこの時期だった。
 当初は「DADA泉」というセンスの欠片もない名前を使い続けていたが、我慢ならなくなったので僕が改名を提案した。

「じゃあどういう名前にする?」

 風介的には渾身のネーミングだったらしくとても不服そうな顔をしていた。

「この四人に合う名前にしましょう。『DADA泉』は僕もルリ子も加入する前のものですし」

「じゃあ好きなものでも挙げていくかー。『ロック』」

「DADA」と拓実。僕は「卵かけごはん」。

「パンダ」これはルリ子。

「宇宙戦争」

「雷撃機」

「鮭のムニエル」

「カラス」

「白と黒だな」と、突然風介が結論付けた。

「卵かけごはんと鮭のムニエルは白と黒ですか?」

「お前のは除外だ」

「じゃあ宇宙戦争と雷撃機はどうなるんですか」

「何かモノクロ映画的な趣があるだろ」

 よくわからなかったが、僕は頷いた。

17: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:35:15.62 ID:aSwZMWdb0

「モノクロパンダ……モノクロカラス……」

「あっルリ子ちゃんそれいいじゃん。モノクロカラス」

 拓実が手を叩いた。不服そうに風介が低く唸って、それからぽつりと言った。

「モノクロクロウ……」

 僕は「やめよう」と言おうとした。その時だった。

「いいね」

 とルリ子が賛同してしまった。

「風介もたまにはやるじゃん。じゃあ『モノクロクロウ』で決定!」

 相変わらず僕は蚊帳の外に置かれていたが、まあ別にいいやと思って諦めた。
 しかしながら僕の心配は杞憂だったらしく、「モノクロクロウ」はファンの間にすんなり浸透した。「DADA泉」が酷すぎたせいかもしれない。

 その後も順調に「モノクロクロウ」は成長を遂げていった。
 大手のレーベルと契約し、ルリ子は曲を書き続け、CDを出すごとに売り上げは良くなっていった。

 そうして僕は二十二歳になった。ルリ子も同じ大学に入って今年で二十歳になる。
 風介と拓実は一年遅れで大学を卒業して今は音楽活動に専念している。

 僕らの関係はこのままゆるゆると続いていくものだと思っていた。
 僕は気付いていなかったのだ。ルリ子の描く非現実の世界が、彼女の目に映っているそのままの世界だということに。

 大好きなものは得てして危機を迎えるものだ。

18: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:35:44.83 ID:aSwZMWdb0

   ◆

「わたしね、宇宙人なの」

 部屋が静まり返った。風介と拓実は聞いているかすらも危うかった。
 二人とも喉を見せて打ち上げられた魚のようにぐったりとしていた。

「ラセスタ星人っていうの」

 僕は黙ったままルリ子に目配せした。彼女は頷いて続けた。

「母星が死にかけていたからわたしの両親は地球に逃げて来たんだって。
 でも出発の前に、母星が死んだら新しい星を見つけにいこうって星のみんなと約束したの。
 でもラセスタ星人は姿を変えたまま大人になったらもう戻れなくなるの」

「君の両親はもう新しい星を見つけに行けないってこと?」

「うん。だからわたしがいかなくちゃいけない」

「悲しい話だね」

「ほんとうだよ」

「信じるよ」

 ルリ子は「ありがとう」と呟くように言った。風介と拓実は相変わらずぴくりとも動かなかった。

「ヘイレンっていうのは?」

「あれはラセスタ星にすんでた怪獣。怪獣も逃げ出したんだね」

「……解散だな」

 風介が体を起こして僕たちを見、自嘲的ににやりと笑った。拓実はまだ死んだ魚のままだった。

19: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:36:24.10 ID:aSwZMWdb0

「いつ発つんだ?」

「七月二十七日」

 ワンマンライブが入っている日だった。

「じゃあその日のライブが解散ライブだな」

 ふうっと大きく溜め息を吐くと風介はソファの背もたれに身を預け、目を閉じた。

「解散の理由が種族の違いによる諸事情っていうのも面白いよな。伝説になれる」

「……それは」

 すると入れ替わるように拓実が身を起こした。目が充血していた。

「本当の話なのか?」

「ほんとうだよ」

 ルリ子は静かに答えた。拓実も目を閉じてどさりと倒れた。こうして見ると二人は兄弟みたいだ。

「ルリ子」

 信じてはいるけれど、と前置いてから僕は言った。

「君はまだラセスタ星人の姿に戻れるんだよね? 一度その姿を見せてくれないかな」

「わかった」

 一分後、僕は「ありがとう」と言った。
 その日の内に僕たちは「モノクロクロウ」の解散を発表した。

20: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:36:52.97 ID:aSwZMWdb0

   ◆

「解散かあ」

 拓実のグラスの中の氷がカランと音を立てた。
 三時を回ったバーの中は閑散としていてカウンター席の僕たち三人以外にはもう誰もいなくなっていた。

「解散かあ……」

 拓実は壊れたおしゃべり人形のようにずっと言い続けている。

「しょうがないだろ、事情が事情なんだから」

 風介はぐいっとグラスをあおった。五杯目のウィスキーが彼の喉に滑り落ちていく。

「風介さんはこれからどうするんですか」

「俺? 俺ねえ……どうしようかな。音楽は続けていきたいけど……」

「ルリ子ちゃんが抜けても、俺たち三人で『モノクロクロウ』続けていけないかな」

「バカお前、ルリ子が入ってくる前の俺たち考えてみろよ。今の人気なんて99.9%あいつだぞ」

「だよなあ……ルリ子ちゃんがいない『モノクロクロウ』なんて……」

 溜め息を吐いて、拓実はグラスに七杯目のビールを注いだ。

21: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:37:25.61 ID:aSwZMWdb0

「むしろお前が一番大変だろ。四年の夏になっていきなり就活始めなきゃいけなくなるなんて」

「そうですね」

 そういえば僕自身のことを考えていなかったことに気付いた。
 このままバンド活動を続けていけると信じていたのに、突然将来への道が崩落したのだ。
 崩れた道の前で僕はじっと奈落を見下ろしている。今まで数え切れないほどの命を吸い込んできた魔の谷底だ。

「どうすればいいんでしょう」

「俺がどっかに顔が利くようになったら仕事紹介してやるよ。ベース続ける気があるんならな」

「そうですね」

 ベース。僕はこれからベースを続けていけるのだろうか。僕の低音と響き合える居場所を見つけられるのだろうか。
 僕の居場所はいつだって一筋の細い線だ。いつ切れてもおかしくない、か弱くか細い線……。

 僕は十杯目のウィスキーをあおった。酒に強くて上手に酔えないのがたまらなく寂しく思えた。

「兄ちゃん。隣、いいかい」

 僕はびっくりして顔を上げた。すぐ横に二十代半ばくらいの男が立っていた。
 身なりが妙な男だった。ブルージーンズに黒地のシャツ。その上に焦げ茶色のジャケットを羽織っていて、頭にはパナマ帽が被せられている。

22: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:37:54.89 ID:aSwZMWdb0

「どうぞ」

「悪いな」

 男は僕の左隣の席に腰を下ろした。店の中はがらがらなのに。

「マスター。いつもの」

 マスターは恭しく礼をすると冷蔵庫を開けて中からラムネのビンを取り出し男の前に置いた。
 男は蓋を押し込むとグラスに注ぎもせずそのまま飲み始めた。僕たちはそんな様子を驚愕しながら眺めていた。

「次のライブ、二十七日だったか」

 男はひとりごとのように言ったので、それが僕に向けられた言葉だと気付くのに時間がかかった。
 頷いてから何故、と思った。何故この人は僕たちの素性を知っているのだろう。

「忠告しておくが……中止するか別の日にした方がいいぞ。またあの怪獣が来る」

「…………」

 僕は頭が混乱して絶句していたが、既に酔っている拓実と風介にとっては細かいことはどうでもよかったらしい。

「そんな権限ないよ。ちょっと売れてきたって言っても所詮マイナーバンドだよ俺ら」

「中止もあり得ない。絶対やり遂げなきゃなんないんだ」

 男はまたも呟くように言った。

「それは、彼女が宇宙人だからか?」

23: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:38:28.11 ID:aSwZMWdb0

 今度こそ三人とも凍りついた。男はどこ吹く風、マイペースにラムネを飲み続けている。

「ごちそうさん」

 代金をカウンターに置いて男が立ち上がる。僕は我に返って叫んだ。声が裏返った。

「どうして、そのことを!?」

「…………」

 男はそれには答えず僕たちに背を向けた。
 出入口の前まで歩くと、首だけこちらに回して言った。

「あの怪獣は、あんたらの音楽が嫌いなんだ」

「は……?」

「あんたらの音楽は彼女が作ってるんだろう? だからだよ」

 僕は何か言おうとしたが、言葉を探しているうちにドアのベルが音を立てた。
 空虚な響きだった。

 僕は十一杯目のウィスキーを飲んで、生まれて初めて酔った。

24: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:39:15.30 ID:aSwZMWdb0

   ◆















 アパートに戻ると、部屋の前にルリ子が立っていた。















   ◆

25: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:39:56.70 ID:aSwZMWdb0

「酔ってるの?」

「大したことないよ」

 僕は台とも机ともつかない机の上のスリープ状態にしたままのノートパソコンの上に突っ伏した。
 本当は大した問題だった。体が熱くて頭がふわふわしていた。明日世界が滅ぶと言われても今なら信じられそうだった。

「ごめんね」

「君が謝ることじゃないよ」

「うん……」と消え入りそうな声で言って、それきりルリ子は黙った。
 そんな彼女を見るのは初めてだった。

「君は、君の星のことは知らないの?」

「え? ……うん。わたしは地球で生まれたから」

「じゃあ、地球生まれのラセスタ星人ってわけだ」

「そうなるね」

「君は、ラセスタ星人としての自覚はあるの?」

 ルリ子は押し黙った。答えを探しているようだった。酷いことを言ったな、とぼんやり思った。
 勝手に口が動いたけれど酒のせいにはしたくなかった。これは僕が僕の意思で口に出した言葉だ。

26: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:40:25.59 ID:aSwZMWdb0

 ルリ子はしばらくして、こぼれる言葉を繋ぎとめるように喋った。

「ある……と言えば、うそになるかな。
 わたしもおどろいたんだよ。お母さんからそれを聞かされたとき」

「だろうね」

「わたし、むこうでうまくやれるかな」

「やれるさ」

「怪獣にもきらわれるんだよ。わたしの曲」

「自信持って演奏すればいいよ。そしてラセスタ星人の間でも広めてくれ」

 ルリ子はくすりと笑った。

「ごめんね」

「何が?」

「わたしのつくった曲は、もともとラセスタ星人の曲なの」

「なるほど」と僕は言った。ヘイレンが反応するはずだ。

27: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:41:05.53 ID:aSwZMWdb0

「あなたはベースつづけるの?」

「わからない」

「わたし、あなたのベース好きだよ」

「そうなんだ」

「あなたのベースはね、ゴーシュみたい」

「『セロ弾きのゴーシュ』のこと?」と訊くと、彼女は頷いた。

「それは、僕が下手くそっていうことかな」と訊くと、彼女は首を振った。

「孤独とたたかっているの」

 僕は押し黙った。何も言うことができなかった。

「負けたらだめだよ」

「僕も、君の歌が好きだよ」

「ありがとう」

「君も、負けたら駄目だよ」

「そうだね……」

 ルリ子はカーテンを開いて、街灯の光が入ってくるのを見るとまた閉めた。

28: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:41:44.85 ID:aSwZMWdb0

「だいじょうぶかな」

「大丈夫だよ」

「あなたはだいじょうぶ?」

 僕は言葉に詰まった。どう答えていいものか迷った。
 ルリ子は腰を上げて壁際まで歩いた。ぱちり、と音がした。部屋が闇に落ちた。

「目をとじて」

 僕は言われるがまま目を閉じた。机に突っ伏した僕の背中にルリ子が覆い被さった。
 僕は何も言わなかった。恐ろしいほど脳は静かだった。静かに熱かった。

「だいじょうぶかな」

「大丈夫だよ」

「あなたはだいじょうぶ?」

「……わからない」

「わたしもわからない」

「うん」

 わかるわけがなかった。
 僕たちの未来は、誰にもわからない。

 暗闇の中で、僕たちの存在はか細い息遣いだけだった。
 ときどき外から車の走行音が聞こえてきた。それは僕たちの鼓膜を微塵も震わさなかった。

 沈み込んだ部屋の中で、僕は彼女の心臓を聞いた。彼女も僕の心臓を聞いた。
 そのまま僕たちの意識と体は溶け合ってひとつになった。闇の中に流れる細い低音を、夜が明けるまで僕たちは分かち合った。

29: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:42:14.96 ID:aSwZMWdb0

   ◆

 七月二十七日は弾丸の速度でやってきた。

 そのあいだ景気が好転しただの自殺者数が過去最悪になっただの遠い国でテロが起きただのウルトラマンが南米とモンゴルで怪獣を倒しただの様々なニュースが通り過ぎていったが、僕たちには関係なかった。
 この日、最高のライブをすること。それしかなかった。僕たちの思いはひとつだった。

 会場は大阪のこぢんまりとしたライブハウスだった。
 サブカルチャー溢れるゴミゴミした街の一角にひっそりと生きている小さなライブハウスだ。
 地下だから怪獣もここまでは聞きつけてくるまいと風介は言った。実際リハ中は来ることがなかった。

「君たちはどこへ行くのかな」

「新しい星といっても難しいよね」

 リハが終わると僕とルリ子は近くの公園に行ってコンビニで買った菓子パンを食べた。
 どこからともなく野良猫がやって来て僕の足元に体を擦りつけた。僕はパンをちぎって分けてやった。

「白と黒だね」

 ルリ子は静かに笑った。猫は白と黒の二毛猫だった。

「僕たちもこんなふうに自由に生きれたらいいのにね」

「自由ってなんなんだろうね」

「充分自由か」と僕は溜め息を吐いた。「自由すぎてどこへ行けばいいのかわからない」

「この子もきっと同じだよ」

 僕は猫の喉を撫でながら、確かにそうかもしれないと思った。
 猫はそんな中でも生きていく方法を見つけ出したのだ。僕はまた溜め息をついた。

30: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:43:44.56 ID:aSwZMWdb0

 午後六時半になって、開場になった。
 ステージ裏の楽屋で僕たちはいつものように談笑していた。

 七時になると僕はステージに上がった。小さなライブハウスに人がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
 風介と拓実と僕とでイントロを奏でた。徐々に観衆がひとつになる。ルリ子が姿を現したと同時にボルテージは最高潮に達した。

 ライブが始まった。

 風介はギターを大音量でかき鳴らし、ルリ子のハスキーボイスはその中で美しく踊った。
 拓実のドラムスは二人を導くようにビートを刻み、客は煽られ飛び跳ねた。

 僕はいつもと同じだった。弦を弾くたびに頭の中でサギが歩いた。
 ガラスドームの真空もいつも通りだった。心地よい低音が僕の中で乱反射し会場に響き渡った。

 僕は、この瞬間が大好きだった。
 心の底からそう思った。

 風介と目が合った。僕らは笑い合った。
 僕は客席に背を向けて拓実に体を向けた。一心不乱にスティックを振るう拓実も笑った。

 そして歌うルリ子の横顔を見た。
 白い肌は色とりどりの照明を受けて透明に澄んでいた。
 雪花石膏のような手は優しくギターを奏でていた。

 歌を終えてアウトロに入る。閉じていた目を薄く開いて、彼女は柔らかく笑んだ。
 きっとこの瞬間、彼女は世界の誰よりも美しかった。

31: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:44:21.24 ID:aSwZMWdb0

 四曲目を終えると、突然会場の扉が開いた。遠くサイレンの音が聞こえた。

「怪獣警報が出ました。皆さん、避難してください!」

 慌てふためいて中に入ってきたスタッフの声に、観客は名残惜しそうに会場を出ていった。
 僕はベースを下ろして床に座り込んだ。不安そうな表情のルリ子を見上げて、「行ってらっしゃい」と言った。

 ルリ子は僕たちに別れを告げて、会場を出ていった。

「逃げないの? お前らは」

 風介がギターを下ろしながら言った。

「怪獣を呼び寄せたの僕たちですし」

「それもそうだな」

「怪獣は空気を読めない」

 拓実が真面目なトーンで言ったので僕と風介は苦笑いを突き合わせた。

32: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:44:53.48 ID:aSwZMWdb0

 僕たちがのろのろと地上に出ると、ちょうど怪獣が街に降り立つところだった。
 案の定フェスで見たのと同じ怪獣だった。銀色のボディで街の光を反射して輝いているように見えた。

「あの怪獣いいよなあ」

 拓実がそんなことを言い出して、僕は驚いた。

「何がです?」

「だって翼があるんだぜ。自由に空飛べるじゃん」

「でも音楽はわからない」

「ああ……それは嫌だな」

 怪獣は叫び声を上げて近くのビルに短い腕を振り下ろした。
 古びたビルはまるでウエハースのように粉々に砕ける。一階に入っていたコスプレ専門店が潰れた。

「もったいない」

「損害賠償払えるか? 今までの稼ぎ分で」

「払えませんよそんなの」

「最低だな、俺たち」

「そうですね」

 僕は溜め息を吐いた。

33: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:45:29.05 ID:aSwZMWdb0

 しかしありがたいことに、怪獣がこれ以上被害を出す前に正義の味方が現れてくれた。

「――セアッ!!」

 紫にくすんだ空の向こうから青い流星が降ってきた。
 ヘイレンの首を蹴り飛ばし、その反動でくるりと宙返りし、地面に降り立つ。僕らの足元もぐらりと揺れた。彼らと僕らの地面は繋がっているのだ。

 ウルトラマンオーブはこの前と違って青い姿をしていた。
 頭には二つのトサカ(?)が生えている。そこから光線を発射するのだとこの前特集番組で見たことがある。

「シャアアオオオオオン!!」

「テェヤッ!」

 怪獣が走り出す。重い音が夕暮れの街に響き渡る。その度に足元から瓦礫と土埃が舞う。
 腕を振るがオーブは軽やかにそれを回避し、回し蹴りを繰り出した。しかし怪獣も素早く身を曲げてそれを躱す。

「ゴオオッ!!」

 怪獣が火球を放つ。至近距離のため躱せるはずもなく、オーブが吹っ飛ぶ。

「ギィィイッ!!」

 怪獣は鋭い翼を大きく広げた。その背中にジェット機の噴射口のような穴があった。
 そこに青白い光が帯び、怪獣の巨体が空に舞い上がった。

「――スアッ!!」

 立ち上がったオーブはそれを見上げる。額のランプが淡い光を放った。

34: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:46:14.48 ID:aSwZMWdb0

   ☆

「ティガさん!」

『ウルトラマンティガ スカイタイプ!』

「マックスさん!」

『ウルトラマンマックス!』

「――速いやつ、頼みます!」


『フュージョンアップ!』


『ウルトラマンオーブ スカイダッシュマックス!』

   ☆

35: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:46:55.54 ID:aSwZMWdb0

 僕は目を見張った。オーブの全身に光が纏い、弾けた。その中から現れた彼の姿がさっきとは一変していたからだ。

 頭部は縦に長くなり、額に埋まったランプは緑色になっている。
 胸の円状のランプの周りには金色のプロテクターが。腕や肩にも同じような意匠の装備を纏っている。
 体色は青から紫を基調としたものに。そして何より目を引いたのは首に巻いた水色のストールだった。

「…………」

 オーブは首を上げて空を仰いだ。

「――――テヤッ!!」

 ドンッ! という大きな音が立ち、衝撃波がビルの間を吹き抜けた。
 僕たちの体にもそれは吹きつけた。足腰を踏ん張らないと倒れてしまいそうだった。

 風が止むとめちゃくちゃになった前髪を元に戻して視界をクリアにした。
 急いで顔を上げ、目を凝らす。怪獣らしき影が見える。オーブは全身に光を纏っていて夕暮れの中でも分かりやすい。

「シュアッ!」

「ゴオオッ」

 ぐんぐんと速度を上げていくオーブだが初動の差があってヘイレンには追いつけない。

36: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:47:31.16 ID:aSwZMWdb0

「ハァァ――テャッ! ジュアッ!!」

 指先から光弾を放つオーブだがそれらも虚空へ消えていく。
 僕はヘイレンの目を思い出した。鳥のように後ろも見えるのかもしれない。ならば背後からの攻撃も無駄だ。

「ギャアアッ!!」

 ヘイレンが叫ぶと急速に高度を上げ始めた。
 オーブはその場にとどまる。ヘイレンは上空でUターンすると弧を描くように眼下の街へ飛ぶ。

「シュアッ!!」

 オーブは怪獣の行く先を予測したように光弾を連射する。しかしそれらも縦横無尽に飛び回るヘイレンの前では無力だった。
 ヘイレンはある程度まで来ると再び方向転換した。その軌道はオーブを中心にした楕円だった。

「ジュアッ……!?」

 その中心にいるオーブに衝撃波が集まる。
 加速したヘイレンは何度も何度も飛び回る。押し潰されそうな風圧にオーブは身動きが取れない。

「グッ……デアアッ……!」

37: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:48:04.99 ID:aSwZMWdb0

「風介さん、拓実さん」

 僕は二人に顔を向けた。意外にも二人とも同じことを考えていたようだった。頷き合い、ライブハウスに戻る。
 アンプと楽器を運び出す。ドラムセットは三人で分担した。表の道路がステージに生まれ変わる。

「路上ライブなんて久しぶりだな」

「誰がボーカルやります?」

「お前がやれよ。幼馴染みだろ」

 変な理屈だと思ったが断る理由はなかった。拓実がスティックを鳴らす。演奏が始まった。
 曲は初めてデモテープを出した「ヘレン・スウィンダラー」。真っ白なカラスに憧れるクロサギの歌。

「ゴオオッ……」

 予想通りヘイレンの動きが鈍った。その怒り狂った目は僕たちを真っ直ぐに睨みつけている。
 来るなら来いだ。マイクもないステージで僕は声を張り上げ叫んだ。

「キギィィィッ!」

 ヘイレンが僕たちの方向へ突っ込んでくる。だが恐れることはなかった。

「――テエヤッ!!」

 解放されたオーブが追いつき、ヘイレンの体を捕まえたのだ。

「ゴォォッ!!」

「シュアアアッ!!」

38: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:48:36.79 ID:aSwZMWdb0

 そのまま強引に軌道を逸らす。地上を掠めてぐいっと上昇する。
 僕たちは演奏をやめない。人が逃げ出した街はまるで空っぽのゴミ箱のよう。思いっきりに音を反響させてやるのだ。

「――テヤッ!」

 しばらく上昇した後でオーブが怪獣を離し、蹴り飛ばした。
 間を置かず虚空を蹴る。吹っ飛ばされた怪獣の背後に凄まじい速度で回り込んだ。

「――サアアッ!!」

 右の拳に光を溜め、怪獣に叩き込む。再び吹き飛ばされた怪獣の背後に回り、今度は蹴り上げる。
 それを何度も繰り返す。抵抗できず怪獣の体はピンボールのように空中を跳ねる。
 しまいには組んだ両手をハンマーのように振り下ろし、怪獣を地上に叩き落とした。

 「ヘレン・スウィンダラー」は約三分の曲だ。それも佳境に差し掛かろうとしていた。
 それと時を同じくしてオーブの胸のランプが赤く点滅し始めた。

「ジュワッ! ハァァ――――!!」

 オーブが左腕を掲げ上げると、腕の手甲に光が集まった。
 右手を添え、居合切りの構えのようにそれを腰に構える。

 ――次の瞬間、オーブの姿が消えた。

39: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:49:46.72 ID:aSwZMWdb0

「キギィッ!」

 ヘイレンが驚いたような短い声を上げる。オーブが一瞬にしてその懐に潜り込んでいた。

「――テャーーッ!!」

 オーブが右手を突き出す。その指先から光弾が放たれ、ヘイレンの喉元を突き破った。
 後方へオーブが飛び退く。静かに着地し、ストールがふわりと落ちる。それと同時に怪獣の体が倒れ、爆発した。

 僕たちの演奏も終わった。

「はあー……」

 大きく長い溜め息を吐いて僕はベースを背中に回した。大声を出し続けて喉が痛かった。
 オーブが僕たちを見下ろしていた。どうしたのだろうと思っていると、西の空を顎で指した。

「…………」

 そこにはひとつの光が浮かんでいた。テントウムシのような姿をした宇宙人だ。
 宇宙の仲間を目指して飛ぶ彼女の背には、白い翼が生えていた。

 その光が消えてしまうまで僕らは声もなく景色を網膜に焼き付けていた。

「……元気でね」

 もう二度と会えないとしても、僕らの分かち合った時と音と思いはきっと生き続ける。
 そして君がくれたこの光景も。たとえ一筋の細い線を綱渡りのように歩き続ける人生であったって、僕は一生このことを忘れないだろう。

 僕たちの翼は真っ白だ。


                                                  ――了――

40: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2017/02/23(木) 22:50:52.15 ID:aSwZMWdb0

[登場怪獣・宇宙人]


“瑠璃色宇宙人”ラセスタ星人(空見ルリ子)
・身長:155cm~54m
・体重:45kg~38,000t

母星が死を迎えようとしていたため地球に逃げてきた宇宙人。
『ウルトラマンダイナ』20話「少年宇宙人」より。


“超音速怪獣”ヘイレン
・体長:52m
・体重:38,000t

ラセスタ星から地球に逃げてきた怪獣。
背中にジェット機の噴射口のような器官があり、マッハ10で飛行することができる。
ラセスタ星ではヘイレンを怯ませる音楽があり、それが苦手。
両親からそれを聞いていたルリ子がバンドの曲にアレンジしていたため、その曲に敵意を向けることになった。
『ウルトラマンマックス』12話「超音速の追撃」より。


どちらも元作品とは大幅に設定が異なります。
特に「少年宇宙人」は名作なのでこんなふうに改変してしまい申し訳ないです。
>>1も好きなエピソードなのでもうちょっと上手くやりたかったです。

それでは読んでくださった方、ありがとうございました。

引用元: ウルトラマンオーブ 【僕たちの翼は真っ白】