1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:24:32.25 ID:dPV8JCxjO
「お疲れ様でした、あずささん」

三月最初の日曜日
今日はあずささんのソロパートを録音するために、二人でスタジオに来た

「難しいですね、今回の曲」

「でも、予定より早く終わりましたよ。流石ですね、あずささん」

「うふふ、ありがとうございます」

少し髪の伸びたあずささんが、照れたように微笑んだ



4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:29:54.75 ID:dPV8JCxjO
「時間が余ったから、ちょっと寄り道してもいいですか?」

帰りの車の中、暖かくなってきた日差しを窓越しに受けて、あずささんは少し眠そう

「どこに寄るんですか?」

「私の通ってた小学校に」

「小学校?」



5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:36:33.30 ID:dPV8JCxjO
「はい。取り壊されることになりまして。古い校舎ですから」

「まぁ…」

「最後に見ておきたいなって」

これも感傷ってやつなのかしら?

「構いませんよ。お付き合いします」

「ありがとうございます」

腕時計の針は15時ちょうどを指していた



7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:40:35.98 ID:dPV8JCxjO
「卒業以来です、小学校に行くのは」

「行く機会が無いですからね、なかなか」

7年ぶりになるのかしら?
いま思い返せば生意気な小学生だったわね、私

「いまも生意気じゃない」

って伊織の声が聞こえたけど、気のせいよね、きっと



9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:44:41.98 ID:dPV8JCxjO
「小学生の律子さん、可愛いかったでしょうね」

「いえいえ、何をおっしゃいますやら」

「いまも可愛いですよ?」

「…恐縮です」

慣れてないのよね
"可愛い"って言葉に

生意気ですから、私

10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:50:18.75 ID:dPV8JCxjO
20分ほど車を走らせると、目的地に着いた

こんなに近かったのね、ここ

当時は家から歩いて20分
学校までずいぶん遠く感じたものだけど

これも成長なのかしら?
まぁ、"車のおかげだ"って言われればそれまでだけど



13 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:53:57.53 ID:dPV8JCxjO
「着きました。ちょっと見てきますね。あずささんはどうします?」

「せっかくだから一緒に見学していきます」

見て学ぶような物は無いと思いますけど…
どこにでもある小学校ですから

他より古くなってしまっただけの、ね

14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 02:58:50.69 ID:dPV8JCxjO
「わぁ~、小学校だ~」

…我ながら、なんて間の抜けたコメント
あまりにも懐かしかったから、つい

童心に返るって、こういうことを言うのね

「小学校ですね~」

あずささんは…
何と言うかいつも通り

いえ、もちろん良い意味で



16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:06:11.32 ID:dPV8JCxjO
グラウンドの隅には二本のニワウルシ

当たり前だけど、当時のまま

「写生のときはここに座って校舎を書いてました」

日除けにはもってこいなのよね、この木

おかげで場所取りの競争率高かったけど



17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:12:57.21 ID:dPV8JCxjO
当時と同じ目線になるように、膝を屈めてみた

視線の先では、西日を受けた校舎が静かに佇んでいる

取り壊されちゃうのね、もうすぐ

安全性を優先するためには仕方ないんだろうけど、やっぱり残念



18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:18:22.82 ID:dPV8JCxjO
「この鉄棒、こんなに低かったんだ!」

ニワウルシの近くにある鉄棒
支柱のペンキはほとんど剥がれてしまっていた

たしか…
緑色のペンキだったかしら?

「律子さん、逆上がりできました?」

「もちろん。あずささんは?」

「手伝って貰えば何とか…」

胸は…
関係ないわよね
小学生の頃だもの

19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:23:29.78 ID:dPV8JCxjO
「ここ、スタート地点だったんです」

「なんのスタート?」

「休み時間の一輪車競争です」

ここからスタートしてグラウンドを横切り、反対側のフェンスにタッチして戻ってくる

「けっこう速かったんですよ、私」

「うふふ、律子さん負けず嫌いですからね」

否定はできませんね、残念ながら

20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:28:03.27 ID:dPV8JCxjO
「あずささんはどんな小学生でした?」

「うーん…どんなだったかしら?」

「モテたでしょ?」

「うふふ、忘れちゃいました」

あっ
ズルいなぁ、あずささん

私も一つくらいそんな思い出が欲しかったですよ



21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:32:01.06 ID:dPV8JCxjO
「よく迷子になりました」

「…はい」

「何か言いたそうですね、律子さん」

「いいえ、何も」

「修学旅行のときは担任の先生が付きっきりでした。自由行動のときも」

「あぁ、なるほど…」

お察しします、先生殿


24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:38:31.57 ID:dPV8JCxjO
「あずささんは小学校の修学旅行どこでした?」

「栃木と福島でした。律子さんは?」

「私も同じです。枕投げやりました?」

「もちろん。その後は朝まで恋愛談義」

みんな同じなのね、やっぱり


25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:45:07.80 ID:dPV8JCxjO
「あずささんの好きだった男の子って、どんな感じですか?」

「えぇっと…ひょうきんな感じです」

「あぁ、人気あるんですよね、そういう男の子」

「うふふ、そうですね。律子さんは?」

「…格好良くて運動神経も良くて勉強もできました」

「あらあら~。みんなが憧れのプリンス、ですね?」

子供でしたから、私
分かりやすいのが好きだったんです

26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:54:41.07 ID:dPV8JCxjO
校門の側に立っている桜は、直に訪れる春を待ちわびているよう

満開になったこの桜に迎えられ、私の小学校生活は始まった

そして、満開になったこの桜に見送られ、小学校時代を終えた

迎えるべき新一年生はもういない
だけど今年も、桜は咲く

なーんてね

27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 03:59:22.98 ID:dPV8JCxjO
「やっぱり寂しいですか?」

「…はい」

生きていれば"思い出の場所"は勝手に増えていく

だけど…
それが一つ消えてしまうのは、やっぱり寂しい



28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 04:05:56.99 ID:dPV8JCxjO
校舎に取り付けられたアナログ時計はまだ動いていて、もうすぐ17時になることを教えてくれた

「ごめんなさい、長い時間付き合わせてしまって」

「いいえ。私も懐かしい気持ちになれましたから」

夕暮れの中、古びた校舎は静かに佇んでいる



29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 04:12:04.58 ID:dPV8JCxjO
「帰りましょうか。寒くなってきましたし」

「もう少しいても大丈夫ですよ?」

「いえ、あずささんに風邪を引かせるわけにはいきませんから」

「素直じゃないですね、律子さん」

「…何のことやら」

「うふふ。あんなことやこんなことです」

さすがあずささん
いろいろとお見通しのようですね

30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 04:18:23.07 ID:dPV8JCxjO
エンジンをかける前に、もう一度校舎を見た

何十年もの間、小さな子供たちを見守ってきた校舎
私もその中の一人

そんな柄では無いかもしれないけど

「お疲れ様でした」

って小さく呟いた

助手席のあずささんも、そう言ってくれた




32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2012/03/02(金) 04:28:16.21 ID:dPV8JCxjO
車のライトが、まだ裸の桜の木を照らす


冬は勝手に終わり、春も勝手にやってくる
迎える人がいようといまいと、お構いなしに

そして私が素直じゃなくても、やっぱりお構いなし

バックミラーに写る校舎が、少しずつ小さくなる

もうすぐ消えてしまう、思い出の景色

満開の桜が、きっと見送ってくれる



お し ま い