2: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 22:44:30.40 ID:+vbQXdqG
ミア・テイラーがラクダになった。

三日月の出た晩の、次の日の朝だった。

3: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 22:48:23.56 ID:+vbQXdqG
ラクダ。英語ではCamel

哺乳類・偶蹄目・ラクダ科・ラクダ属の、あのラクダである。

砂漠や動物園でよく見る、あのラクダである。

ミアの背中には二つのコブがあった。つまり、ミアはフタコブラクダであった。

フタコブラクダと人との関わりは深く、それは新石器時代にまで遡る事ができる。

初めのうちは肉を取得する為に狩猟された。
これに画期が起こったのは新石器時代以降である。

紀元前2500年ごろにイランでドメスティケーションが起こり、乳利用・若しくは牛や馬に変わる使役動物として使われ始めた。

ラクダは、暑さ・寒さ・飢餓に強い。

その特性を利用し、交易の運搬を荷う動物として、中央アジア地域に、人為的に拡散して行ったと考えられる。

シルクロードの交易を支えたのもこの動物だ。

フタコブラクダはドメスティケーション以前の野生種と家畜種の2種が現存しており、家畜化以前の野生種は絶滅危惧種に指定されている。

しかし今はそんな事はどうでもいい。

ミアは虹ヶ咲の寮に住んでいる、アメリカ生まれの温室ラクダだ。

環境保全も、絶滅危を危惧されるラクダ達の保護も、どこ吹く風であった。

5: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 22:53:22.49 ID:+vbQXdqG
ミア「……」モグモグ

ミアは今日も干草を食べる。

ミア「ごくごく」

ラクダは一度に大量の水を飲める事で知られている。ミアも例外ではない。

食事が終わったら、虹ヶ咲学園の構内を徘徊する。

ミア「……」のそのそ

徘徊して、疲れたら休み、催したらラクダになってしまったミア専用のトイレで用を足す。

また気の済むまで構内を徘徊し、そして最後に自室に戻り、寝る。

それがミアの穏やかな1日だ。

しかし、時折この日課を邪魔する者がいる。
近所のちびっ子達だ。

ちびっ子「ミアおねーちゃん、ミアおねーちゃん」グイグ


ちびっ子「乗せて乗せて」

ミア「……」

ミアは何も言わずその場へ跪く。

ちびっ子達はきゃっきゃと笑いながら、ミアの背中のふたつのコブに股がったり、叩いたり、毛を引っ張ったり好き放題。

ミア「……」

それでもミアは何も言わずゆっくり起き上がる。

そして、子供達を乗せたまま歩き出す。

のそ、のそ、のそ。

また一歩ゆっくり歩き出す。

背中の子供が落ちないように。

6: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 22:57:18.60 ID:+vbQXdqG
ミアがラクダになって、もう随分と久しい。

あの特徴的な前髪は、ラクダになっても健在だった。

今となっては、ミアが人間だった頃の唯一の名残になってしまった。

その前髪が、少しベタつきを覚え始めた頃、水浴びが始まる。

愛「おはようミアチ」

ミア「ボエ~」

ラクダと牛は同じ仲間なので、ラクダは牛の様にボエ~と鳴く。

おはようと言ったのかもしれない。

話しかけられたから反射的に鳴いたのかもしれない。

ミアはラクダだ。

ラクダの言葉はラクダにしかわからない。

愛「今日は水浴びの日だね!」

愛「シャンプーもしちゃおっか!」

8: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:01:48.45 ID:+vbQXdqG
愛はバケツとホースを巧みに使い、ミアの体を洗い上げていく。

シャカシャカ

シャカシャカ

愛「気持ちいい?」

ミア「……」

愛「気持ちいいよね」

ミアは何も答えない。

だってラクダだから。

シャカシャカ

バシャバシャ

愛「はい、おしまい。タオルで拭くからもうちょっと待っててね」

ランジュ「愛!遅くなってごめんなさい!」

愛「ランジュー遅かったね。今日はどしたん?」

ランジュ「学級日誌の書き方について、先生に怒られちゃって。まあいいわ。手伝うわ」

ランジュ「ミア、タオルとドライヤー掛けるからじっとしててね」

ブオオオオオ!

ランジュ「髪の毛は女の子の命よ。その前髪がなかったら、あなたはミア・テイラーじゃなくて、ただのラクダになっちゃう」

サラサラ

ランジュ「じっとしてていい子ね。今日はヘアオイルも塗っちゃう」ぬりぬり

ランジュ「はい完成。今日も可愛いわ」

愛「ばっちり決まってイケメンさんだねぇ。ランジュー、後は任せた!」

10: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:05:09.59 ID:+vbQXdqG
ミアがラクダに変身した事への反応は、皆様々だった。

ラクダになってしまった事に、責任を感じる者。

変身して以降部室に姿を見せなくなった者。

その中でもランジュは、献身的に世話をする者だった。

ランジュ「ミア、寮に帰るわよ」

ミア「……」

ミア「ブルルン」

ランジュ「いい子ね。いい子いい子」

学園の権力者の娘という立場を利用し、寮をミアの住みやすい様に改装した。

特設トイレを設置したのもランジュである。

ランジュ「今日は新しい干草敷いたのだけど、どうかしら?」

ミア「……」

ランジュ「あっ、こらこら、食べないの」

ランジュ「たまには、ラクダじゃなくて、人間になってもいいのよ?」

ランジュ「お願いだから、早く人間に戻って頂戴」

ミア「ボエ~」

ランジュ「……」

ランジュ「そっか....」

ランジュ「ミア、おやすみ。私は自分の部屋に帰るわ」

ランジュ「また明日」

11: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:08:39.30 ID:+vbQXdqG
こうしてまた1日が終わる。

ミア「もぐもぐ....」

ふかふかの干草の上で、ミアは何も考えていなかった。

瞼を閉じても、人間だった頃の記憶は蘇らず、そのままウトウト寝入ってしまった。


⭐⭐⭐⭐

12: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:11:17.82 ID:+vbQXdqG
⭐⭐⭐⭐

栞子「はぁ...」

栞子「最近、学園生徒からラクダに付いての苦情が多く来ます」

栞子「実に困ったものです」

以前にもはんぺんという例があったものの、栞子は対応に困って居た。

有史開闢以来、生徒がラクダに変身したという事例は一つもないからだ。

栞子「どうしたらいいのか...」

栞子「それに、ミアさんの行動は予想が付かず、様々な場所でへたり込みます」

栞子「陸上部のトラック、野球部のマウンド、挙句の果てには体育館のど真ん中」

栞子「一体どうした物やら...」

13: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:14:59.64 ID:+vbQXdqG
栞子「今はラクダになったものの、ミアさんは昔は人間でした」

栞子「形が変わっても人権が適応されます」

栞子「つまり、居住・移転の自由があるので檻の中に閉じ込めていく訳にはいかないのです」

栞子「どこかに、ラクダ使いでも居たらいいのに...」

「ボエ~!」

栞子「!?!?」

栞子「ミアさん、来ていたのですか?」

ドア「ガチャ」

栞子「一体どこから入ってきたのですか?」

栞子「もしかして今のも....」

ミア「....」

栞子「い、いえ。ミアさんは思考もラクダになったと璃奈さんが言っていました。人間の言葉はわかる筈がないのです」

栞子「さ、ミアさん。外へ出ましょう」

栞子「楽しくお散歩を...って自由に出歩いている事に苦情が来ているのでした」

栞子「はぁ。何をどうすればいいのか分かりません」

栞子「問題を全て放り投げて楽になりたい」

15: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:18:48.84 ID:+vbQXdqG
果林「ミアの付き添い?」

栞子「はい、そうです」

栞子「ミアさんのフリーダムさには手を焼いています」

栞子「かと言って、ミアさんは一応元人間という事で、閉じ込めておく事は出来ません」

栞子「そうなると、ミアさんの行動をコントロールする人が近くにいたらいいんじゃないかって」

栞子「コントロールと言っても、人の迷惑になる所で休ませない、とかそんな感じです」

栞子「ミアさんが変身してしまった事で、迷惑を被っている人もいます。それを拭うのは、私達同好会メンバーじゃないかって...」

エマ「わかった。私もね、少しモヤモヤする事があって」

エマ「ミアちゃんって、今も昔も何も言わないから」

エマ「今は少しでも近くにいてあげたらなって」

栞子「では決定です。現在残っている同好会メンバーで、ミアさんの付き添いをしましょう」

栞子「シフトを組むので、後で連絡を入れてください。先生方には、私から話を通しておきます」

16: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:22:01.58 ID:+vbQXdqG
ミア「.........」

ミア「.....ぶるるん」

果林「という訳でよろしくね」

ミア「..............」プイ

果林「改めて近くで見ると、ミアってとても大きいのね」

果林「高さが2m弱あるんですってね」

果林「私よりも50cmも高い」

ミア「.....」

果林「そんな不機嫌な顔しないで」

果林「別にあなたに危害を加えようって訳じゃないの」

果林「ちょっとだけ側に居たいだけなの」

17: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:26:48.24 ID:+vbQXdqG
テクテク

果林「こうやって一緒に歩いていると、奇跡の2000マイルっていう映画を思い出すわ」

果林「ミアは知ってる?」

ミア「.....」

果林「じゃあオーストラリアは行った事あるかしら?」

果林「これは、1977年にたった一人でオーストラリアの砂漠を踏破した女性、ロビン・デヴィッドソンの回顧録よ」

果林「ロビンは何もかも上手くいかない24歳の女性。最初はくよくよしていた彼女だけど、冒険をするにつれて、どんどん強くなっていって」

果林「オーストラリアにはカンガルーとか、ワニとか、危険な動物がいっぱいいるのだけど」

果林「それでもなんでも、みんな銃で打ち払ってしまうの」

果林「ミアは今はどう?」

果林「ラクダに変身して、少しだけ気が楽になったら、それはよかったなって。逆に強くなってるんだったら、もっといいかなって」

18: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:30:09.81 ID:+vbQXdqG
果林「私はね、東京の、小さな小さな離島で生まれて」

果林「これも離島なのだけど、伊豆大島っていう島に行ったことがあるの」

果林「そこにもラクダが居てね、私は初めてラクダを見たのよ」

果林「ガイドさんも歌とか歌って」

果林「月の砂漠って言う歌を知ってるかしら?」

果林「月の~砂漠を~はるばると~」

果林「旅のラクダが~行き~ました~」

ミア「.....ボロボロ」

果林「えっ?」

果林「ミア、泣いてるの?」

ミア「......ボロボロ」

果林「ど、どうしましょう?」

果林「だ、誰かぁ~」オロオロ

19: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:32:52.94 ID:+vbQXdqG
果林「誰かぁ~!誰かぁ~!」

訳も分からず叫ぶ果林の姿を、菜々は窓辺から見ていた。

菜々「どうしましょう...」

菜々「でも、ミアさんが」

菜々「いえ、私は何も見ていない」

菜々「見ていない。今回も、何も...」

菜々「...」グッ

口ではそう言っているものの、菜々の唇は血が滲むほど、深く噛み締められていた。

21: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:37:32.82 ID:+vbQXdqG
ミア・テイラーがラクダになったと聞いて、始めに、菜々は「これは天罰」だと思った。

それから、もうしばらく経って、「自分勝手だな」とも思った。

22: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:43:49.15 ID:+vbQXdqG
菜々「(私が先に好きだったのに)」

菜々「私がっ...!」

ギュッ


ある日の放課後の事である。菜々は少し遅れて部室に到着した。

「ねえ、ミアちゃん。こっち向いて」

「なに?」

ドアを開けようとしたが躊躇した。

それが普通の声ではなく、恋人に向ける甘い声であったから。

菜々「....」

菜々「(彼方さんとミアさん...)」

菜々「...」ドキドキ

彼方の事となると、菜々の心臓は、何故か鼓動が速くなる。

この時も、甘い声を、彼方だと認知した瞬間、鼓動が速くなるのを感じた。

23: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:46:45.06 ID:+vbQXdqG
「ちょっ、何するんだ!」

「いいじゃん。ね?」

「あっ...ちゅっ...」

「んっ...んっ...」

明らかに様子がおかしい。

菜々「(どうしよ、どうしよう)」

菜々「と言うか、この声って」

心臓が口から飛び出そうだった。

よくない事だったと思う。
あのまま、踵を返せば、何もみなかった事に出来ただろう。
心のモヤモヤも、ここまでではなかった筈だ。

チラッと透かし窓から中を覗いてしまった。

菜々「....!」

キスをする、2人の姿。



菜々「(彼方さんとミアさんとイケナい事をしている)」

菜々「....はぁ...はぁ」ドキドキ

菜々「私は、何も見ていない。何も」くるり

菜々「....」ぐっ

菜々はその日、同好会を休んだ。

24: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:48:24.13 ID:+vbQXdqG
菜々「果林さんが大声で叫んでいますが、今回も何も見ていないのです」

菜々「....」テクテク

しずく「あっ、菜々さん」

菜々「!!」

菜々「し、しずくさん、おはよう御座います」

しずく「菜々さん、グラウンド見ましたか?」

菜々「な、なんのことでしょうか?」

しずく「果林さんとミアさんが、今大変見たいで」

菜々「こほん。そうなんですね。なら先生に伝えに行きます」

しずく「お願いします。それじゃあ私は二人の所に」

タッタッタッタ.....

しずくは走り去っていった。

菜々「やっぱり、先生に言った方がよかったかな」

菜々「.....」

菜々「.....」テクテク

菜々「辞めよう」

菜々「私は何も悪くない」

26: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:50:58.10 ID:+vbQXdqG
果林「誰かぁ~誰かぁ~」

しずく「果林さーん」

果林「えっ?しずくちゃん!?」

しずく「友達から連絡入って。果林さんとミアさんが大変だって」

果林「あのね、今ね、ミアが急に泣き出して」

しずく「ミアさんが泣いた?」

果林「そう、ほら見て!」

ミア「....ボロボロ」

ミア「....うるうる」

しずく「ラクダが泣いてる...じゃなくて、ミアさんが泣いてる!」

果林「こんな事、一度もなかった筈なのに」

しずく「どこか具合が悪いのかもしれません。一旦寮に避難して、ランジュさん達に連絡を!」

果林「わかったわ!」

果林「ミア、歩ける?」

果林「大丈夫。ほら、寮に帰るわよ」

ミア「...ボロボロ」

27: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/15(水) 23:55:29.32 ID:+vbQXdqG
獣医「結果から見て、ミアさんにはなんの悪い所もないです」

ランジュ「よかったぁ」ホッ

獣医「それにしても妙ですね、ラク....ミアさんが目から涙を流すなんて」

獣医「普通、目に物が入ってしまったとか、眼球そのものが傷ついたとか要因は様々なのですが」

獣医「お台場はこんな都会ですから、ミアさんを傷つける外因もありませんし、風も今日は弱い」

獣医「何かメンタル的な物なのかもしれません」

果林「メンタルねぇ...」

ランジュ「でも璃奈が、ミアは精神もラクダになったんだって言ってたわ!」

獣医「それに関連して、気になることが一つあります」

獣医「ミアさん、CTとったら、脳みそに大脳新皮質がありまして」

ランジュ「何それ?」

獣医「人にしかないとされている部位です。知覚、記憶、思考、随意運動、言語などをつかさどっています。思考はラクダになったと璃奈さんは言いましたが、まだどこかで理性が残っているんじゃないかと」

獣医「それで、メンタルがどうこう」

ランジュ「.....」うーん

獣医「人間がラクダになること自体信じ難いですが...人知を越える何かがあるのかもしれません」

ランジュ「獣医さんでもわからない事はあるのね。今日は大変お世話になったわ!」

獣医「では私はこれで失敬」

33: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:09:54.74 ID:5kzc7nB6
ランジュ「ミア、あなたもしかして」

ミア「.....」

ランジュ「...もしかして、だったら良かった、なんて」

果林「そんなに落ち込まないで」

しずく「璃奈さんが今、人間に戻す為の薬を開発してるそうですし、落ち込むのはまだ早いですよ」

ランジュ「ありがとう」

果林「そういえば、しずくちゃん、会うの久しぶりね」

しずく「....」うつむき

しずく「そうですね...」

しずく「....お久しぶり、です」

34: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:13:27.34 ID:5kzc7nB6
果林「元気だったかしら?最近連絡入れても返事なかったから、心配してたのよ」

しずく「それに関しては、すみません。演劇部の方が忙しくて、それどころじゃ無くて」

ランジュ「そうだったのね。今日は忙しい中ありがとう。しずくのお陰で助かったわ」

ランジュ「ミアもちょっと嬉しそう、かもね」

ミア「....」

しずくはミアの黒い瞳を覗き込む。

この瞳の前では何も嘘は付けない。

演劇部が忙しかったなんて、本当は嘘だ。

しずくは瞳の黒の深さにくらくらして、吸い込まれてしまった。

35: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:18:36.27 ID:5kzc7nB6
深さに吸い込まれてクラクラして、そして足元がふわふわした。

ひと呼吸も、ふた呼吸も置いたあと、しずくは思い出す。

あの日の言葉を思い出す。




ミア「昔、しずくに約束を反故にされた事があったけど」

ミア「僕はしずくの事見直したと思ってたんだ」

ミア「...嘘つき」

ミア「やっぱりしずくはしずくだ」

ミア「ボクは、しずくの事なんて大っ嫌いだ!!」






しずく「(大っ嫌い...)」

しずく「(ラクダに変身してから、あの日の言葉を思い出して、ミアさんとは距離を置いてしまっていた)」

しずく「(でも、誰かが、果林さんが、ミアさんが、困っている姿を見過ごせなかった)」

しずく「(このままじゃ、絶対後悔する)」

しずく「(これは、私の贖罪)」

しずく「やります」

果林・ランジュ「?」

しずく「ミアさんのお手伝い、私にもやらせてください!」

36: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:23:32.22 ID:5kzc7nB6
ランジュ「ですってミア」

ミア「....」モゴモゴ

ミア「ボエ~」

ランジュ「あらあら、今日はよく喋るわね」

果林「栞子ちゃんに連絡入れておいて。シフト表が渡されると思うから」

果林「今日はランジュに任せる事にして、私達は帰りましょう」

しずく「ランジュさん、果林さん」

しずく「改めてよろしくお願いします」ぺこり

37: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:28:37.50 ID:5kzc7nB6
⭐ ⭐ ⭐ ⭐


月の砂漠を 遥々と

旅の 駱駝が 行き ました



「イスファハーンが世界の半分なら、ボクの世界は一体なんだ?」

「ティーンエイジャーの世界なんて、ちっぽけで、狭くて」

「そしてそれが全てで」

「その中で生きていくしかないんだ」

「でも、もし、ちっぽけな世界から、煩わしい人間関係も、将来の不安も、全部逃げ出せるとしたら?」

「もうこの手しかないんだ」

「ボクの小さな世界にさようなら」



金と 銀との くら 置いて

二つ 並んで 行き ました



⭐⭐⭐⭐

38: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:35:43.87 ID:5kzc7nB6
教師「ぺちゃくちゃ」

教師「であるからして、シルクロードを通して、様々な物が極東地域にもたらされました」

教師「ここまでは皆さん知識として持っているはずですね」

教師「ではここで課題に戻ります」

教師「歴史やシルクロードをテーマに作曲してください」

教師「イメージでもいいですし、中央アジアの民族音楽を参考にするのもいいでしょう」

教師「大切なのは曲を深く掘り下げることです。提出期限は、ちょっと長めに2週間後」

教師「今回の課題は...」ベラベラ

あなた「(難しい課題だな)」

何気なく窓の外を見る。

あなた「(あっ!)」

39: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:40:06.71 ID:5kzc7nB6
エマが走っていた。

エマ「待って~ミアちゃん待って~!!」

ミア「スタッタタタタ」

ミアも全速力で走っていた。

ラクダの走るスピードは60kmほどとされている。

参考までに、人類最速の男ウサイン・ボルト氏で40kmほどである。

いくらあのスクールアイドルであったとしても、ボルト氏の様には走れない。

エマは息を切らし、絶え絶えになりながらもミアを追いかけていた。

40: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:43:33.18 ID:5kzc7nB6
エマ「待って~ミアちゃん待って~!」ゼェゼェ


全力で駆けているので、ミアもエマも、どんどん、どんどん小さくなってゆく。

そして、建物の影に入って、二人は見えなくなった。


あなた「ミアちゃん、久しぶりに見たな」

音楽科は学園で一番と噂されるほど多忙である。

毎日何かしらの作曲課題、楽器練習。

それらをこなしながらスクールアイドルのマネージャーをこなすあなたは超人であった。

あなたが超人ならミアは鉄人である。

夜ふかし、不摂生は当たり前。ハンバーガーばかり食べてる...等々。

通常なら体調を崩してしまう生活に耐える鉄人であった。

前にも述べた様に、音楽科は忙しい。

ミアがラクダになってしまったから、あなたは顔を出していない。

ラクダに構っている余裕なんてないのか、はたまた自分が元来薄情な性格であったのか。それは自分でもわからない。

41: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:45:50.44 ID:5kzc7nB6
あなた「久々にミアちゃんに逢いにいってみようかな」

あなた「テーマがシルクロードだったよね。シルクロードってラクダのキャラバンが物品を運んできたんだっけ?」

あなた「ミアちゃんの曲とか作っちゃおっかな」

あなた「ミアちゃん...」

あなた「またヴァイオリン教えてほしかったな...」

あなた「しょんぼり」


ため息を吐こうが、深呼吸をしようが、午後は過ぎていく。

次の授業を受ける頃には、ミアの事なんて、頭の隅に追いやられていた。

42: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/16(木) 22:59:46.46 ID:5kzc7nB6
⭐⭐⭐⭐

エマは走っていた。

こんなに走ったの、いつ以来だろう?

雪崩に巻き込まれそうになった時か、それともバスに乗り遅れそうになった時か?


エマ「待ってええ~」

エマ「はぁ、はぁ」

全力疾走をしたのち、エマは膝をついた。

虹ヶ咲学園は広すぎる、とこの時初めて思った。

エマ「み、ミアちゃん」

ミア「プイ」

エマ「(やっぱり)」

47: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:40:00.70 ID:1hyL3hhn
エマ「(ミアちゃん、思考もラクダになったって言われてたけど、まだ自我が残ってるのかもしれない)」

エマ「(ラクダになる以前から、少し避けられてた気がしたけど)」

エマ「(今も二人っきりになると逃げられたり、そっぽむかれたりする」

エマ「(もしかすると、人間の言葉も、本当は理解しているのかも)」

エマ「(だったら....)」

エマ「ミアちゃん」

エマ「ねえ、本当は」

ミア「ボエエー!!!」

エマ「ビクッ」

48: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:43:34.45 ID:1hyL3hhn
ミア「ボエ~!!」

エマ「あっ...うぅ」

エマ「....シクシク」

エマ「...何で」

エマ「ラクダになる前も、ラクダになった後も、ミアちゃん何も言わなかった!」

エマ「私は、もっとミアちゃんの助けになりたかった」

エマ「人間だもん。辛いことは沢山ある。沢山あったら、その分、誰かと半分こすれば良い」

エマ「ずーっと、ずーっと心配してたのに!」

エマ「いっつもそうやって意地張って。そのくせ自分だけは繊細で!」

エマ「いつも威張ってるくせに打たれ弱くて!」

エマ「人の事も知らないで!!」

エマ「もう!」ズビズビ


エマは目に涙を湛えながら、ミアに訴えた。



ミア「....」


ミアはもはや人間ではない。ラクダであるから、何も答えなかった。

49: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:46:11.59 ID:1hyL3hhn
ミアが歩く。その後ろをエマが歩く。

エマは今にも泣きそうな顔でミアの後ろを歩く。

エマ「(ミアちゃんがラクダを続けているのは、ただの意固地だからなんだ)」

エマ「(形だけラクダになって、ラクダのフリをして、今ある問題から逃げているだけ)」

エマ「(中身は人間のままなんだ。獣医さんだって、大脳新皮質があるって言ってたし、そうに違いない)」

エマ「ミアちゃんの意地悪。みんなの気持ちも知らないで」ぶつぶつ

ミア「.....」 のそのそ


その後、校内を2、3周してミアは寮に戻った。

いつもより、早い帰りだった。

50: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:49:29.30 ID:1hyL3hhn
ラクダは砂漠に適応した動物である。

砂漠というのは、暑いイメージばかりであるが、夜は氷点下まで冷え込む。

この急激な冷え込みが起こる原因として、乾燥がある。

乾燥している、つまり、空気が熱が蓄えられないという事で、砂漠の夜の気温はめっぽう下がる。

それに適応出来たいくつかの動物たち。 

ラクダは乾燥にも、寒さにも強いのだ。



さて、ここは虹ヶ咲学園の寮の中。

ランジュによって快適に改造された部屋の中では、乾燥も寒さも、何もなかった。

ミア「....」

ミアは都会派ラクダである為、砂漠の乾燥・寒さなど知らない。

ぬくぬくと穏やかに夜を過ごす。



コンコン

ドア「ガチャ」

51: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:52:07.06 ID:1hyL3hhn
歩夢「ミアちゃん、こんばんは」

ミア「....」

歩夢「今日もこれ、買ってきたんだよ」

歩夢「食べれる?」つ🍔

ミア「ふんふん、くんくん」

ミア「....」ぷい

歩夢「あはは、だよね」

しかし、歩夢は知っている。

ミアが時折、羨ましそうにヨダレを垂らすことを。

52: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:54:41.48 ID:1hyL3hhn
歩夢「今日はね、こんなことがあったんだよ」

ミア「....」

時折、歩夢はハンバーガーを土産にしてはミアの部屋を訪れた。

ミアは草食動物である為、肉・ハンバーガーはそもそも消化出来ないのではあるが。

一方的な会話を繰り返す内、歩夢は不思議な気分を味わっていた。

生前の?ラクダ以前のミアを深くは知ろうとは思わなかった。

ツンケンとした、あの独特な態度が、歩夢には合わなかったからだ。

しかし、ラクダになった今、ミアの事を、ラクダの事を深く知りたいと思っている。

歩夢「ねえミアちゃん。寒くない?」

歩夢「ラクダってね、寒さと乾燥に強いって聞いたけど」

歩夢「これね、ブランケットと湯たんぽ」

歩夢「よいしょ、よいしょ」

53: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/18(土) 23:57:13.92 ID:1hyL3hhn
歩夢「あはは、ちょっと長さが足りないね」

歩夢「湯たんぽも...ミアちゃんのサイズに合ってないね」

歩夢「今日も冷えるから、体調には気をつけてね」

歩夢「....」

歩夢「最後に、なんだけど」

歩夢「...あのね、彼方さんに会ったよ」

歩夢「会った、って言っても、ちょっと違う」

歩夢「遠目に見ただけなんだけど」

歩夢「だいぶ元気そうだった」

歩夢「ミアちゃんも、さ、彼方さんに」

歩夢「....ううん、やっぱりなんでもない」

歩夢「じゃあね。ミアちゃん」

歩夢「今日は帰るね」

彼方の名前を出した際、ミアの瞳が一瞬揺らいだ気がした。

そんなの気のせいだ。

そう思って、歩夢は部屋を後にした。

54: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:00:29.03 ID:sFm8uU4J
⭐⭐⭐⭐

彼方「はぁ....」

彼方の朝はため息から始まる。

遥「お姉ちゃん、おはよう」

彼方「おはよう」

遥「今日もため息してるね。どうしたの?」

彼方「ううん、なんでもないよ。はいお弁当」

彼方「いってらっしゃい」

遥「うん。ありがとう。お姉ちゃんもいってらっしゃい」

55: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:04:23.78 ID:sFm8uU4J
虹ヶ咲学園への足取りは重い。

かと言って学校に行かないと言うてはない。

彼方は特待生である。

学校からいくらかの支援を受けている身であるから、何か人間関係に問題を起こしたとしても、学校に通わざるを得ないのだ。

自分の身の上は、どんなに足掻いても変わらないが、皆が羨ましいとこの時思った。

彼方「....」テクテク

彼方「(私が、夜、寝ている間に学校が爆発してればいいのに)」

彼方「(それか、知らず知らずのうちに、私と言う存在がこの世から消えていればいいのに)」

彼方「(楽になりたい。あの時あんな事しなければ)」

彼方「(あぁ、神様)」

56: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:07:50.72 ID:sFm8uU4J
モブ「おはよう近江さん」

彼方「おはよう」

モブ「ねえねえ、見た?今日、ラクダがさぁ...」

朝から、夕方の帰る時間まで、皆、ミアの事を話す。

日常生活にラクダがいる学校は、全国探しても何処にもない。

みんな物珍しがって話題にあげるが、彼方にとってはなんとも居心地の悪いものであった。

彼方「....!!」

彼方「(今日もだ...胃が痛い)」

モブ「近江さん大丈夫?」

彼方「ちょ、ちょっと調子が悪いみたい」

彼方「トイレ行ってくるね」

57: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:09:22.76 ID:sFm8uU4J
彼方「うえっ....」

胃袋の中身はそもそもない。

それでも胃液でもなんでもいいから吐きたかった。

その後、口や手を洗ってブロンを飲む。

いつもならこの量で、心がふわふわしてくるが、今日はこない。

ブロンの錠剤を瓶から出している間、昔のことをおもいだしていた。

彼方「(私がミアちゃんにキスしたから」)

彼方「(あのとき、揶揄わなければこんな)」

彼方「うう..」

彼方「ごっくん」

58: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:13:28.69 ID:sFm8uU4J
胃に少しのムカつきを覚えながら教室に戻る。

この辺りから、ブロンの高揚感で、彼方は、過去も、未来も、全てこちゃ混ぜになっていた。


教師「えー、ここはベクトルが」

数字も頭に入ってこない。

形だけが、大げさに、彼方を馬鹿にした様に笑い出す。

一直線の矢印は過去へ、過去へと突き抜けた。

公式はただの記号と化し、黒板の端から端へ、教壇へ、クラスメイトの机へ、隊列を組み始める。

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59: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:16:06.40 ID:sFm8uU4J
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彼方「ねえ、ミアちゃん」

ミア「なんだよ」

彼方「ミアちゃんさ、最近璃奈ちゃんとどうなの?」

ミア「どうって、別に」

ミア「彼方に話して、彼方に得があるの?」

ミア「ボクだって、利益にならない。そうだろ?」

彼方「彼方ちゃんはぁ、ミアちゃんにちょっとだけ大人になって欲しいのだ~」

彼方「今は二人っきりだしぃ、これは二人だけの秘密♡」

彼方「ねえ、ミアちゃん。こっち向いて」

ミア「なに?」

ちょっとした揶揄いのつもりか、それとも本気かよくわからない。

他人の恋愛茶化して、自分が優位に立ちたかったのかもしれない。

マウントなのか、素なのか、自分でも区別がつかない。

60: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:17:16.00 ID:sFm8uU4J
彼方「(かわいい...)」

彼方「(でも、ちょっとぐらいなら)」

ミア「ちょっ、何するんだ!」

彼方「いいじゃん、ね?」

彼方「(後は本棚、逃げ場ゼロ♡)」

彼方「(かわいい、かわいい顔がもっと見たい)」

「あっ...ちゅっ...」

「んっ...んっ...」

彼方「ぷはっ」

彼方「(やば、楽しい)」

彼方「ミアちゃん♡これからもよろしくね♡」

ミア「.....」ぽけ~

61: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:18:25.60 ID:sFm8uU4J
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彼方「(なんて馬鹿な行動だったんだろう)」

彼方「(私は、自分の中に加虐性があるなんてこれっぽっちも思ってなかったけど」

彼方「(その次も、またその次も)」

彼方「(揶揄ってキスばかりして)」

彼方「(好きでもないのに、その先も....)」

彼方「(ミアちゃんがそんな気になってるのを、嘲笑ってた)」

彼方「(ミアちゃんだけじゃない。しずくちゃんも、かすみちゃんも)」

彼方「(年下にちょっかい出して、どんな反応するのか楽しんでたんだ)」

62: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:18:48.93 ID:sFm8uU4J
彼方「(あの日もそうだった)」

彼方「(何か悪い事があったみたいで、ミアちゃんは泣きながら廊下を歩いていたのが目撃されてた」

彼方「(そんな事、知りもしないで、しずくちゃんを呼び出して、弄んでた)」

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63: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:20:32.19 ID:sFm8uU4J
彼方「しずくちゃん♡」

しずく「ちょっと、ここじゃダメですって」

彼方「ねっ、キス♡早く♡」

しずく「あっ、そんな」

しずく「んっ♡」

彼方「ちゅぷっ♡」

ミア「彼方!!」ドアドンガラガッシャーン

彼方しずく「!?!」

ミア「彼方はここに....」

ミア「....ってどう言う事だよ」

ミア「なんで、なんで彼方としずくがキスしてるんだよ!!」

彼方「い、いやっ、これは!」

ミア「...っ」

64: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:22:01.79 ID:sFm8uU4J
ミア「しずくとそう言う仲なのに、ボクを誑かして!!」

ミア「しずくもしずくだよ!!」

ミア「正直、僕はしずくの事見直したと思ってたんだ」

ミア「ちゃんとしずくと仲良くなってきたって!!」

ミア「でも、やっぱりしずくはしずくだ」

ミア「ボクは、しずくの事なんて大っ嫌いだ!!」

ミア「.....うっうぅ」

ミア「....うわぁああん」ドタバタ

彼方「あっ、ちょっ、ミアちゃん!」

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65: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:22:26.59 ID:sFm8uU4J
彼方「(あれ以来、怖くなってみんなにも会ってない)」

彼方「(果林ちゃんとかは勘が鋭いから、今回の事件薄々わかってるかも)」

彼方「(ラクダになったミアちゃんを見る度に、心臓が口から跳ね上がりそうになる)」

彼方「(お医者さんに行くのにも、どうしてこうなったのか、理由を話すのが怖い)」

彼方「(ネットで買ったブロンが手放せなくなった)」

彼方「(ブロンの所為でお金足らなくなってきちゃったよ。どうしよう)」


以前として、数字たちは、黒板の上、机の上で踊り狂っている。

彼方「@#^2n8&」

彼方「= @4-
    7#% σ
       cos
     42θ %^}
       %#* 1{%^vector 」

66: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:23:07.90 ID:sFm8uU4J
数式が踊り狂って、なにも認識出来ない。

ならば、と、彼方はゆっくり目を閉じた。

彼方は、自分もラクダになりたいな、なんて、強く思った。

67: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 00:23:36.78 ID:sFm8uU4J
キリがいいのでここまで

70: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 14:46:06.47 ID:sFm8uU4J
⭐ ⭐ ⭐ ⭐ ⭐

テイラー家は有名な音楽家一家である。

その元、祖父母はアメリカ南部の上流階級出身で、ミアの英語の発音が時折古いそれになるのはその所為である。

自分の家柄、それだけでミアの心臓はドクンと波を打つ。

かつて一度危機を乗り越え、ミアは立ち直った。

しかし、立ち直っただけで、心の中で風化している訳ではない。言葉や感情を上手く飲み込めないのだ。

家族の話をすると、泣き出してしまう時が稀にあった。

そんな時、背中をさすってくれたのが璃奈だった。

71: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 14:52:03.09 ID:sFm8uU4J
ミア「璃奈...あのさ」ズッズッ

璃奈「なに?」

ミア「こんなみっともない姿、本当は誰にも見せたくない」

璃奈「...ミアちゃん」

璃奈「大丈夫、大丈夫。そんな風におもわないで」

璃奈「どんな人だって泣きたい時ぐらいあるよ」

ミア「...ありがとう」ズビズビ



泣きながら、ミアは考える。

人には輪郭がある。

自分が何者でありたいと思い、実行した時、自ら作り出す内枠と、何者であるかを押し付けられた時に出来上がる、鋳型の様な外枠。

そこに魂が入り込み、人は完成する。

現在の自分は、テイラー家という外枠を押し付けられていて、実に息苦しい。

外枠を外して、テイラー家という名の重みも、全て無くして、できる事なら自由に生きたい、と。

72: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 14:53:38.26 ID:sFm8uU4J
ミア「璃奈...あのさ」ズッズッ

璃奈「なに?」

ミア「こんなみっともない姿、本当は誰にも見せたくない」

璃奈「...ミアちゃん」

璃奈「大丈夫、大丈夫。そんな風におもわないで」

璃奈「どんな人だって泣きたい時ぐらいあるよ」

ミア「...ありがとう」ズビズビ

73: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 15:01:41.16 ID:sFm8uU4J
璃奈の優しい所に、ミアはどんどん惹かれていった。

付き合うまでに、そんなに時間は掛からなかった。



ミア「(時々背伸びしちゃうけど、こうやって誰かと付き合うって本当は初めてなんだ)」モグモグ

ミア「(誰かと一緒にいるだけで嬉しいって思えるの、久しぶりだ)」モグモグ

璃奈「ミアちゃん、何か考え事?」

ミア「んっ、なんでもないよ」

璃奈「そっか」

璃奈「ミアちゃんのおすすめしてくれたサンドウィッチ、すごく美味しい」

ミア「本当かい?」

璃奈「本当だよ!」

ミア「(やっぱりボクはこうでなくっちゃ)」


ミアは、ただ単に璃奈に喜んで貰えばそれでよかった。

でもいつのまにか、璃奈に満足してもらおう、璃奈の一番でありたいと言う気持ちに支配されていった。

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74: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 15:05:41.74 ID:sFm8uU4J
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彼方「ねえ、ミアちゃん」

ミア「なんだよ」
彼方「今は二人っきりだしぃ、これは二人だけの秘密♡」

彼方「ねえ、ミアちゃん。こっち向いて」

ミア「なに?」

「あっ...ちゅっ...」

「んっ...んっ...」


あの時、拒絶すればよかった。

何回ミアは思った事だろう。

ミア「(時々彼方が言ったんだ)」

ミア「(これは、璃奈を気持ちよくさせる練習って)」

ミア「(リードしてあげなきゃ、みっともないって)」

ミア「(璃奈の1番になりたかった、快楽的に、欲求を満たしてあげたかった)」

ミア「(そんなくだらない理由を盾にして、関係をずるずる続けてしまった)」

ミア「(心が時々痛んだけれど、誰にも、何も言えなかった)」

ミア「(彼方と秘密を共有してる時、ちょっとだけ安心してる自分も居たんだ...)」

ミア「(あぁ、神様)」

75: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 15:12:34.01 ID:sFm8uU4J
「昔、しずくに約束を反故にされた事があったけど」

「僕はしずくの事見直したと思ってたんだ」

「...嘘つき」

「やっぱりしずくはしずくだ」

「ボクは、しずくの事なんて大っ嫌いだ!!」







彼方としずくの逢い引きを目撃した後、ミア・テイラーは璃奈の研究ラボへ向かった。

時々、璃奈はこのラボに篭って研究を行う。ミアもラボの出入りを許されていた為、鍵を渡されていた。

ガチャン!

慣れた手つきで解錠を行う。

イヤホン「ザー!ザー!ザー!」

周りの音を極力シャットアウトしたかった。
なのでミアは、ラジオの、局のあっていない時の砂嵐の音をイヤホンで聞く。


ラジオ「ザー、ザー、ザー」


一つの棚の前で立ち止まる。

この棚は、璃奈が失敗した薬品を置いている棚である。

飲むと体が透明になる薬、翼が授けられる薬などなど、まるで魔法の様な効力を得られる薬が置いてある。

76: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 15:26:03.55 ID:sFm8uU4J
そんなの、今はどうだっていいんだ。

棚から薬品を取ろうとして、ミアのポケットからラジオが落ちた。

ラジオは、鳴り続けていたが、落とした拍子で局が合い、佐々木すぐるの月の砂漠が流れ始めた。

ラジオ「月の砂漠を 遥ばると」

ラジオ「旅の ラクダが 行き ました」

ラジオ「金と 銀との 蔵 置いて」

ラジオ「二つ 並んで 行き ました」



ミア「(昔、ラクダにあった事があったっけ)」

ミア「(まだ小さい頃の、家族みんな仲が良かった頃)」

ミア「(久々の、家族旅行で...ぐすっ)」

ミア「(オーストラリアに行って、ラクダに会って...ズビズビ)」

ミア「(あれは、家畜化されたものが再度逃げ出した、野良ラクダだってガイドが言ってた)」

ミア「(オーストラリアの砂漠を悠々と歩くラクダは、どこか自由で、開放的で)」

ミア「(柵や枠に押し込まれたボクとは、大違いで...)」

ミア「もういいや、そんな事思い出しても」


ミア「....ゴクッ、うっ」

なんの種類かわからない錠剤を一気に飲み込む。


ミア「ボクの小さな世界にさようなら....」ゴクゴク

77: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 15:29:33.74 ID:sFm8uU4J
14歳の小さな心は、何物にも耐えきれず、壊れてしまった。


かくして、ミア・テイラーはラクダになった。

ミアが発見されたのは、三日月の出た晩の、次の日の朝の事である。

⭐ ⭐ ⭐ ⭐ ⭐

78: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 22:45:39.82 ID:sFm8uU4J
⭐⭐⭐⭐

薄暗い部屋の中で、中須かすみはスマートフォンを弄っていた。

アプリのタブを、交互に開いては消し、また開いては消す。

動画サイトとSNSアプリが2秒おきに交互に開かれる。

かすみ「....」

かすみ「.....今日も、学校、行きたくない」

かすみ「でも、学校以外の何かがしたい訳じゃない」

かすみ「はぁ」

79: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 22:47:03.60 ID:sFm8uU4J
ミアがラクダになった後、風の噂で、しずくと彼方が付き合っていることを知った。

よりにもよってしずくだなんて。

「私の事は遊びだったんだ」

そう気づいてから、かすみは自室に引きこもっている。

誰にも会わず、スマホの連絡を一歳無視し、家族ですら顔を合わせない。

今のかすみは不潔極まりない姿だ。

異変前のかすみが見たら、劣化の如く怒り狂うだろう。

かすみ「あぁ、めんどくさい」

かすみ「人間、なんてめんどくさいんだ」

かすみ「私自身もいつの間にか、相当面倒くさい分類に入ってしまった」

かすみ「あぁ、人間じゃない別の何かになりたい」

かすみ「動物は....そうだなぁ、ラクダは脳みそがあるから、自我も感情もある」

かすみ「そうじゃなくて、単純な脳みそしかない、原始的な生物に生まれ変わりたいな」

かすみ「あぁ....」頭ポリポリ

80: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 22:53:45.71 ID:sFm8uU4J
かすみ「はぁ....SNS巡りがやめられない」

人間から解脱したい、そう思っても、人間の叡智の集合体である、スマホを弄る事は辞めなかった。

人間であるから、他の動物よりも手が器用で、脳みそもあるから、スマホをいじることが出来る。

これが、ラクダや、原始的な脳みそしか持たない微生物なら、そうはいかなかったであろう。

人間は、物や構造を認知する能力に優れている。

これは、サヘラントロプスチャデンシス以来、大脳新皮質の発達が示す通りの事実である。

原始的な脳みそしか持たない微生物は、己が生きている事を認知出来ても、己の運命や外の世界を認知しない。

かすみは、己の運命や構造を認知出来る事・これまでの問題を認知する事を、認めたくなかった。

だが、人間に生まれてしまった以上、老衰・病気・突発的な事故でも起こらない限り、人間を辞めることは出来ない。

人間として生きる以上、認知や構造の把握は続く。

人間に生まれてしまった以上、惰性で人間を続けるしかない。

かすみも同じく、惰性でスマホをいじり、人間を維持している。

この時のかすみはあまり何も考えていないようだったが。

かすみ「....」

かすみ「あぁ~」

81: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 22:54:41.90 ID:sFm8uU4J
コンコン

「かすみ~、ご飯置いておくから、食べてね」

かすみ「.....うぅ」

かすみ「....ガチャ」

バタン

かすみ「もぐもぐ」

かすみ「.....惨めだ。私、とっても惨めだ」

かすみ「....でも、仕方ないじゃん。誰だって、心が折れちゃう時もあるよ」

かすみ「うっ、うっ」

かすみ「うわあああん」

かすみ「....これでいいのかな、ずっと逃げてるだけで、いいのかな?」

かすみ「.....モグモグ」

かすみ「ご飯、美味しくもない、不味くもない」

かすみ「はぁ....」

82: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 22:56:10.53 ID:sFm8uU4J
スマホ「ピコン!」

かすみ「またメッセージの通知だ」

かすみ「無視しよ」

そう口ではつぶやいたものの、かすみの中の野生的直感が、これは見たほうがいいと告げていた。

かすみ「...」スッ

かすみ「なんかの、動画のリンク?」タップ

かすみ「....へっ?これって」

83: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 22:57:55.82 ID:sFm8uU4J
【暴露】なぜ虹ヶ咲学園にラクダがいるのかお話します【衝撃】

その様な、いかにもな感じのゴシップタイトル。

動画に映るのは、顔も学科も知らない、誰か。

きっと虹ヶ咲の生徒であろうが、そんな事気にしている暇はなかった。

動画中では、これまでの同好会の人間関係が、有る事無い事飾られながら流れている。

名前が伏せられていた事は幸いだったが、このゴシップ動画が、世間に、かすみ達ティーンエイジャーの小さな世界にどう影響を及ぼすのか、火を見るより明らかだ。


かすみ「どうしよ、どうしよ」

かすみ「消してもらわなきゃ」

かすみ「でも、どうやって?」

かすみ「.....」

かすみ「う、うわああああああ!!!」

84: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:04:13.50 ID:sFm8uU4J
⭐⭐⭐⭐

愛「りなりー、コード半分打ち終わったよ」

璃奈「ありがとう。じゃあその半分をコピペして」

璃奈「あともう少し書き足せば」

愛「コンピュータウイルスの完成...」

璃奈「うん、ミアちゃんの動画が拡散されるのを防ぐためのコンピュータウイルス」

璃奈「さて、次はハッキング」カタカタ

璃奈「データ書き換えて動画非公開っと」

璃奈「後は学校のサーバー偽装して、生徒に一斉メールを送る。そのメールの中に忍び込ませておいて」

愛「生徒個人の中にダウンロードされた動画データのクラッシュをウイルスにやってもらうんだよね?」

璃奈「そう。データを持ってる人にだけ害をあたえるトロイの木馬」

璃奈「送信っと」

85: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:06:15.68 ID:sFm8uU4J
愛「メールが、来た」

愛「一応、ウイルスも作用してるみたい」

愛「....」

愛「(これで、良かったのかな?)」

愛「りなりーの幸せは愛さんの幸せ。)」

愛「(りなりーとミアちが2人仲良くしてる、それだけでよかったんだ)」

愛「(そう割り切って、ここまで来たけど、最近悩んじゃうよ)」

愛「ミアちに振り回されてるりなりーの姿、アタシだって見ていたくない」

愛「ミアち、これからどうなるんだろ?」

璃奈「よくなって、人間に戻ってくれる、はず」

愛「だといいね」

璃奈「....うん」

86: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:08:58.71 ID:sFm8uU4J
「別れよう」

その時、そう言ったのは璃奈だ。

彼方との関係も、全て璃奈の耳に伝わってきていた。

相手が不貞を働いているから別れる。

当たり前の事だ。

ミア「そっ、そんなっ....」

87: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:11:09.82 ID:sFm8uU4J
ミア「別れようだなんて!ボクは璃奈の1番になりたいだけなのに!!」

ミア「1番の為で、彼方の事、愛してとか、そんなんじゃ!」

璃奈「ミアちゃんの気持ちは、ちょっとだけわかる気がするよ」

璃奈「みんな、誰かの1番になりたいって思ってる。私だけを見てほしいって思ってる」

璃奈「でも、誰かの1番になりたいって、失敗を恐れる事ではないし、ましてや不貞を働く事でもない」

璃奈「ミアちゃん、もっと自分に、自信を持って。私はミアちゃんの事が、等身大のミアちゃんが大好きなの」

ミア「なら、何で別れるんだ!?」

璃奈「それはさっきも言った。これ以上は堂々巡りになっちゃう」

璃奈「そう言うのが理解出来るほど、私達、まだ大人じゃなかったんだよ。だから、別れよう」

ミア「っ...!!」

ミア「...ぐすっ、ズビ」

ミア「...」タッタッ

璃奈「(走って行っちゃった)」

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88: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:13:22.87 ID:sFm8uU4J
その次の日、ミア・テイラーがラクダになって発見された事は言うまでもない。

璃奈は、この一件について、ものすごく責任を感じていたし、1番に解決を望んでいた。

璃奈「....愛さん」

愛「ん?どしたん?」

璃奈「多分、ここからが正念場になると思う」

璃奈「人の口には戸が立てられない。彼方さんも、しずくちゃん達も、そして私達も」

璃奈「同好会全員が、岐路に立たされる。絶対」

璃奈「...それでも、それでも愛さんは、私達の味方でいてくれる?」

愛「....」

愛「...正直、よくわかんない」

璃奈「....」

愛「りなりーの幸せは、愛さんの幸せだと思ってた」

愛「でも、こうやって、手伝えば手伝う程、りなりーの気持ちとか、愛さんの気持ちがごちゃごちゃし始めちゃって」

愛「それって、アタシが未熟だからそんな事思うのかな」

璃奈「そんな事!」

璃奈「そんな事ない!」

璃奈「だったら、私は、こんな事を招いてしまった私は、もっと未熟で!」

璃奈「ちっぽけで、卑怯者で...」

璃奈「もう一度、ミアちゃんとお話し、したい」

愛「....」

89: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:16:10.65 ID:sFm8uU4J
愛「アタシも、」

愛「アタシも、もう一度みんなで一緒にアイドル活動したい!」

愛「同好会で、みんなでくだらない事やって笑っていたい」

愛「.....」

愛「弱音吐いちゃって、ごめん」

璃奈「ううん。私こそごめんなさい」

璃奈「愛さん、やる事は一つ」

愛「ミアちを元に戻して、同好会も元に戻す」

璃奈「この前のデータ、ある?」

愛「もちろんここに!」

璃奈「(待っててね、ミアちゃん)」

90: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:17:51.19 ID:sFm8uU4J
⭐⭐⭐⭐

ヒソ ヒソ

彼方「(やっぱり、そうなるよね)」

彼方「(もう、どこにも居場所がないのかな。まあ、当たり前っちゃ当たり前か...)」

ぽこん!

彼方「(いてっ!)」

クスクス

彼方「(なんだよこれ、消しゴム?)」

彼方「な、なんだよぉ!」

おい見ろよ、怒ったぞ

彼方「(怒っちゃ悪いかよ)」

彼方「(もう嫌だ...)」

彼方「(自分という存在を消し去りたい)」

彼方「(そうやって、趣味の悪いいじめをするぐらいなら、いっその事、私をこの世から葬り去ってくれ!!)」

彼方「あぁ...あぁ...」ぐすっ

見てみて、自分が加害者の癖に泣いてるよ

自己中だねぇ~

91: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:20:32.06 ID:sFm8uU4J
ギャハハ!

彼方「...うぅ」

彼方「(罪には罰がある。耐えなきゃ)」

彼方「....うぇっ」

彼方「(やばい。吐きそ)」

彼方「(トイレ行きたい)」

彼方「....」すくっ タッタッタッタ

あれ~、どうしたんだろ?

どうせ仮病じゃない?

だよね~

92: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:22:35.53 ID:sFm8uU4J
彼方「...おぇええ」

彼方「けほっ、けほっ」

彼方「...かっ」

彼方「....うっ」

彼方「はぁ、はぁ」

彼方「...どこか、人のいない場所に」

彼方「あはは、こんな時にお昼寝スポットが役に立つのか」

彼方「嫌だなぁ、全く、おぇええ」

93: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:25:42.61 ID:sFm8uU4J
⭐⭐⭐⭐

「おい、ラクダ」

ミア「....?」

ざっぱん!

ミア「....!!」

「ラクダ、なんか言えよ」

「人の言葉喋れよ」

「自分だけ、勝手にラクダになりやがって」

「人の恋路を、邪魔しやがって」

「ラクダ、おいラクダ」

ミア「!?!?」


⭐⭐⭐⭐

94: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:27:26.33 ID:sFm8uU4J
ミア「ボエー ボエー!」

栞子「ミアさん、どうしたのですか...あっ!!」

ミア「ボエー!! ボエー!!」

栞子「誰がこんなことを...ミアさんの体に落書きがしてあります」

栞子「なんてひどい...」

栞子「ミアさん、落としますので、さあこちらへ」

95: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:28:36.11 ID:sFm8uU4J
栞子「(やはり、動画の影響でしょうか?)」ゴシゴシ

栞子「(人の口には戸が云々と言いますが、正義感のブレーキも同じ事が言えます)」ゴシゴシ

栞子「(虹ヶ咲学園はこんなに大きな学校ですから、尚更集団心理が働きやすい)」

栞子「(さらに、ミアさんが無抵抗なのをいい事に、やりたい放題)」

栞子「(第二、第三の動画が出てくるのも時間の問題です)」

栞子「果たして...」

ミア「ぼえぇ~」

栞子「安心してください、ミアさん。あなたは私達が守りますよ。絶対」

ミア「ボエー」

96: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:30:09.57 ID:sFm8uU4J
しずく「ミアさん輸送作戦、ですか?」

栞子「はい。最近、ミアさんに対するいたずらが多く観測されています。落書きの頻度は高まるばかりです」

栞子「そこで、動画などの直接の被害を、これ以上広げない為にも、ミアさんを一時三船家で保護しようと思うのです」

エマ「でも、それってミアちゃんの意思じゃないよね?」

栞子「痛い所を突かれてしまえば、そうなのですが....」

栞子「おそらく、ミアさんには多少なりとの意思はある。でも、被害が出ている以上、なりふり構っていられないのです」

果林「...深刻な問題ね。寮からミアが居なくなるのは少し寂しいわ」

栞子「私も、学園からミアさんが去らざるを得ない状況に、少し寂しく思います」

栞子「今、ランジュにトラックの手配を頼んでいます」

栞子「皆さんのスケジュールでは、三日後がフリーでしたので、三日後に作戦を開始します」

栞子「当日の流れは、後で送ります」

栞子「...ミアさんを、よろしく、お願い、します」ぺこり

しずく「任せてください」

エマ「うん、頑張ろうね」

果林「そのほかにも、やる事あったらなんでも言って頂戴。なんでも手伝うから!」

栞子「ありがとうございます...」

97: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:32:13.33 ID:sFm8uU4J
🌟🌟🌟三日後🌟🌟🌟


エマ「はじめに、私達だね」

果林「えぇ、寮からトラックの発着場まで、ミアを誘導する」

エマ「ミアちゃん、おはよう」ガチャ

ミア「....」

エマ「ミアちゃん、栞子ちゃんから、お話は聞いた?」

エマ「ミアちゃんを守る為にね、ミアちゃん別の場所に行くんだよ」

エマ「ついて来てくれる、かな?」

ミア「...........」モグモグ

果林「理解しているのか、私達が理解出来ないわね」

果林「ラクダだから、仕方ないわ。でも、ラクダだからって容赦しないわよ」

果林「ちょっと強引だけど、縄をかけて」ふん よいしょ

果林「ミア、来て貰うわよ!」

98: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:34:00.66 ID:sFm8uU4J
ミア「すくっ」

ミア「ブルルン、ブルルン」

果林「あら、案外素直なのね」

エマ「素直なのは、いい事だよ。昔も、このぐらい素直であって欲しかった」小声

果林「ミア、ついて来て」

ミア「....のそ、のそ」

果林「いいわ、その調子、その調子」

エマ「もうすぐ、道路に出るね」

99: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:36:09.26 ID:sFm8uU4J
ミア「のそのそ」

ミア「....ボエ~」

エマ「日本人は、みんな優しいって言うけど、案外、東京の人は無関心」

エマ「そう言う所、少し不思議に思ってたけど、今日は好都合だね...」

ミア「....」

果林「みんな、そうだったら良かったのにね」

果林「無関係、無関心な振りをしているのに、本当は他人の事を知りたい」

果林「SNSは、初めは人と人を繋ぐツールだったのに、いつのまにか、安全地帯から石を投げるツールへと変化してしまった」

果林「グローバリゼーション、ユビキタス社会って言っていた頃が懐かしいわね」

果林「その頃の予想とは違って、個人の世界は、繋がるどころか、どんどん狭くなっていっている」

果林「自分の見たい物しか、見えない世界になってしまったわ」

果林「そのまま、狭くなって、先細って、途切れてしまえばいいのに....」

エマ「....果林ちゃん」

エマ「ミアちゃんの事、みんな忘れてくれるかなぁ?」

果林「だと、良いわね...」

ミア「....」

果林「こんな暗い話をしてしまって、ごめんなさい」

果林「もうすぐ発着場よ」

エマ「うん。頑張ろうね」

ミア「....のそのそ」

100: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:37:58.18 ID:sFm8uU4J
エマ「見えて来たね、おっきなトラックも」

果林「発着場到着よ。これから先はバトンタッチ」

ランジュ「ミア!さあトラックへ」

ミア「....」

しずく「どうしたのでしょう?動きませんね」

ランジュ「ミア、行きたくないかもしれないけど、これは貴方を思ってやってるのよ。少し強引だけど、わかって頂戴」

ミア「....耳ピクピク」

しずく「何かを聴いている様です。ラクダだから、遠くの音も聞こえるのでしょうか?」


しずくがそんな事を言い終えるか否かの刹那、ミアとランジュ達の間に風が吹いた。

ミアの前髪が、風に揺れる。

あら、サラサラね、なんてランジュが思っていた、その瞬間、ミアは駆け出した。

ミア「....!」すたたっ すたたっ

ランジュ「あっ!!」

エマ「ミアちゃん!待って!待って!」

101: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:40:26.54 ID:sFm8uU4J
果林「どうしましょ!!どうしましょ!」

しずく「とりあえず、家で待機中の栞子さんにも連絡を」

しずく「至急トラック前に来てもらって」

エマ「私とランジュちゃんはミアちゃんを追いかける」

ランジュ「任せなさい!」

ランジュ「ミア、止まって!」

ランジュ「止まって!!」

前にも述べた様に、ラクダの脚はすこぶる速い。

ランジュとエマはあっという間に距離を離され、小さくなっていくミアの姿を見送るだけだった。

102: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:41:29.94 ID:sFm8uU4J
🌟ミアが逃げ出すよりもちょっと前🌟

彼方「お、おぉ...」

彼方「うっ...」

彼方「はぁ...はぁ...」

彼方「彼方ちゃんの、お昼寝スポット」

彼方「ようやく、1人に...あっ」

モブ「クスクス」

モブ「...スッ」


名も知らぬ、学科も知らぬ誰かは、ポケットから、何かを取り出す。

スマホだ。

スマホで、撮られていると理解するには、瞬きの一瞬程でも十分だった。

彼方「はっ!」

彼方「やめ、やめろよ!!」

モブ「クスクス」

103: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:44:22.92 ID:sFm8uU4J
彼方「やめろって、言ってんじゃん!」


彼方はスマホを手で遮ろうとする。

名も知らぬ誰かは、不機嫌そうな、それでも面白そうな顔をしながら、ニヤニヤしていた。

モブ「加害者の癖に、それ、言うんですね」

モブ「遂に本性表しましたね!これ!全世界に配信してるんで!!」

モブ「もっと、もーっと面白い事、言ってくださいよ!」

彼方「は?はぁ??」


彼方の肩が、ワナワナと笑う。
虚無が、彼方を襲う。

ふと、視線を感じ、周囲を見渡す。


モブ「あはははは!」

モブ「こっち見ろよ!」

いつのまにか人集りが出来ていた。
あちらにも、スマホ。こちらにも、スマホ、スマホ。


スマホ、スマホ、スマホ。


彼方「わああああああああ!!!」


野獣の様に雄叫びを上げ、彼方は走り出した。

104: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:46:25.74 ID:sFm8uU4J
周囲の好奇心の目など、もう気にしていない。

己の計画の遂行のために、彼方は獣の様に走った。

髪を振り回し、スカートなぞ気にせず、息も絶え絶えに、走る。走る。

彼方「はぁ、はぁ」

たどり着いたのは、璃奈のラボの前。

扉に手を掛けようとしたその瞬間。





せつ菜「彼方さん」





意外な人物だな、と彼方は思った。

しばらく顔を合わせてない。私に罰を与える存在は、せつ菜以外が相応しいのでは?なんて思った。

105: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:48:16.40 ID:sFm8uU4J
せつ菜「その扉は、どうせ鍵が掛かっているので開きませんよ」

彼方「....」

せつ菜「彼方さんも、あの何処かの自分勝手なラクダに憧れているのですか?」

彼方「........」

せつ菜「配信動画、見ました。他の生徒が彼方さんを見つけるのは、時間の問題ですね」

せつ菜「どうして...」

せつ菜「どうして、私を見てくれなかったのですか!」

彼方「な、なんだよいきなり...」

せつ菜「かすみさんも、しずくさんも、ミアさんも。どうして有象無象ばかりに手を出してしまったんですか!!」

せつ菜「私は!ずっと貴方の事が好きだったのに!」

彼方「し、知らないよ!いきなりそんな事言われたって、知らないに決まってるじゃないか...!」

彼方「私の好きと、せつ菜ちゃんの好きは、別の方向いてただけじゃん」

彼方「逆ギレはよしてよ!」

せつ菜「なんで、なんで」 グッ

せつ菜は地面の石を掴み上げる。

一瞬、何かを思うように、顔の前で握り締め、そして大きく振りかぶった。

せつ菜「なんで貴方は!人の心を逆撫でするのが、なんでそんなに上手なんですか!!」ブン


ドスッ!

鈍い音が響く。



彼方「あう...い、痛い」

せつ菜「私はあなたを愛していたのに、ずっとずっと、あなたの側で支えていたのに!!」

彼方「...わからないよ。ごめん、わからないんだ...」

せつ菜「...んっ!」

怒りと悲しみに支配されたせつ菜は、二つ目の石を握る。

大きく、彼方へ振りかぶった、その瞬間!

106: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:51:53.74 ID:sFm8uU4J
彼方「あれ?痛くない」

ミア「ボエー」

なんと、ミアがせつ菜と彼方の間に割って入って座っていた。

ミアの大きな身体に、彼方は守られている。

石に当たってしまった様で、額からは血を流していた。

せつ菜「ちょうど良い所に来ましたね」

せつ菜「私はミアさんの事、大っ嫌いですから、ちょうど良い機会です」

ラボの前はゴロゴロとした砂利で補充されている為、石は無限にある。

せつ菜はまた一つ拾い上げると、ミアを睨んだ。

彼方「ひっ....当たったら、怪我しちゃう」身を屈める

せつ菜「せめて、人語が喋れればよかったのにね!!」

せつ菜「抵抗したら、やめるつもりだったから!」ブン

ドス

今度はミアの首に命中した。

107: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:52:41.40 ID:sFm8uU4J
⭐⭐⭐⭐

かすみ「はぁ...はぁ...」

かすみ「確か、この辺りに...」

かすみ「動画が、役に立つなんて。はぁ、はぁ」


「なんで、なんで!!」

「お前なんかに!なんで!」


かすみ「...!!」

かすみ「せつ菜先輩の声...しかもヒステリックな」

かすみ「そろり...そろり...」

かすみ「....っ!!」

108: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:54:43.47 ID:sFm8uU4J
血まみれの頭を、地面ぎりぎりに、なんとかもたげようとしているラクダのミア。

その腹部で、体をワナワナ震わせながらかがみ込む彼方。

石を片手に、ミアを睨みつけるせつ菜。

周囲には、ラクダ独特の匂いと、血の混じった不思議な匂いが漂っていた。

せつ菜「このままじゃ埒が開かないですね」ゴト

せつ菜「この石、あなたの頭をかち割るにはちょうどいいぐらいの大きさですね」

せつ菜「今楽にしてあげますよ」

せつ菜「勝手にラクダになって、自分勝手で」

せつ菜「人の復讐を邪魔するラクダには、お似合いの最後です」ザッ

せつ菜「さようなら!」ブン!

かすみ「ちょ、ちょっとなにこれ!!」

かすみ「!!」

109: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:55:38.32 ID:sFm8uU4J
かすみ「....ぐぐぐ」

せつ菜「ちょっと、誰ですか?!」

かすみ「せつ菜先輩...それ以上はミア子が!」

かすみ「なんでそんな事するんですか!!」

かすみ「私達、仲間だったじゃないですか!」

せつ菜「こいつは!!このラクダは!!」

せつ菜「私から奪った!全てを奪った!!」

せつ菜「離せ!!」

かすみ「じゃあ、ミア子より先に、私をやればいいじゃないですか!!」

かすみ「私の罪は、ミア子よりも重い!」

せつ菜「...そういえば、そう、でしたね」クルッ

110: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:56:33.03 ID:sFm8uU4J
ドスっと、鈍い音が聞こえる。

かすみの頭を、血が赤く染める。

かすみ「....うぅ」

ふらふらしながら、かすみはまだ立っていた。
足元に、ぽつりぽつりと血溜まりが出来る。

せつ菜「私が、私がどれ程、好きだったか、わかりますか?」

せつ菜「ずーっと待っていました。この不埒なラクダを仕留める機会も、かすみさん、あなた達の機会も!!」

せつ菜「これは神様がくれたチャンスなのです!」


せつ菜がまた石を大きく振りかぶった瞬間!

かすみ「なに言ってんだお前~!!」

かすみは重心を低く取り、素早く構えた。

そして、かすみの渾身の右ストレートが、せつ菜の顔面を撃ち抜いた。

111: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:58:00.82 ID:sFm8uU4J
せつ菜「ぶはっ!」

せつ菜はよろけて、後ろに倒れる。

その隙を、かすみは逃さない。

素早く馬乗りになり、何度も殴る、殴る、殴る。

かすみ「ずーっと好きだったからってなんだ!」

かすみ「何にも言わなかった癖に!勝手に期待して、勝手に自爆していった癖に!」

かすみ「彼方先輩が好きなら、好きって言えばよかったのに!」

かすみの頭から、血が荒ぶる。

周囲に鮮血を撒き散らしながらも、かすみはまだ止まらない。

かすみ「口が付いてるんだから!私達はラクダじゃないんだから!言いたいことあったら、あらかじめ言え!!」

かすみ「全部知ってるんだから!ミア子に落書きしてたのもせつ菜先輩ってことも!」

かすみ「先輩こそ自分勝手!自分勝手をふり撒いて、権利ばかり主張して!!」

かすみ「臆病者!小心者!ど三品!」ボコボコ


清々しいまでの逆ギレである。

112: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/19(日) 23:59:05.27 ID:sFm8uU4J
かすみ「めんどくさい、めんどくさい奴め!」ぼこっ

かすみ「後ろのラクダよりも、不器用な奴め!」ぼこっ

かすみ「はぁ...はぁ...」

かすみが手を休める頃には、せつ菜は既に虫の息であった。

せつ菜「...かっ!」

せつ菜「ごほっごほっ」

青あざで顔を膨らませ、鼻血を垂らすせつ菜。

せつ菜の視界は、徐々にぼやけていく。
それと一緒に、瞼も重くなっていく。

ああ、海風が綺麗だなとか、そう思いながら目を閉じた。

113: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:00:10.36 ID:Q6hmgJCA
かすみ「ミア子、彼方先輩」

かすみは最後の力を振り絞ろうとしたが、途中で力尽きた。

かすむ「バタン」

かすみは電池が切れた様に倒れ込んだ。

114: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:02:09.42 ID:Q6hmgJCA
彼方「...あっ...ああ」

彼方「みんな、なんなの?大丈夫なの?」

自分を巡って、乱闘が繰り広げられ、そして誰も起き上がらない。

事の大きさに気づいた時から彼方の膝は笑っていた。

彼方「起きて、起きてミアちゃん!」

ミア「.....ボエ」

彼方「今死んだらラクダになっちゃう!!だから死なないで!」

ミア「.....」

ミアはゆっくり目を閉じて、首を地面に伏せた。

115: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:02:52.77 ID:Q6hmgJCA
彼方「あっ...あっ....」

彼方「こういう時は....」

パシャ

彼方「!?」

モブ「いい所とったぞー!」

彼方「...」

彼方の顔がサーっと青くなっていく。

モブ「これ全部一人でやったんでしょ?傷害沙汰で退学じゃね?」

モブ「退学したくない様に口合わせてやるから、今までの事に対して土下座しろ」

モブ「(まあ本当は隠し撮りして拡散するつもりだけど)」

モブ「どーげーざー!どーげーざー」

彼方「(うぅ...)」

彼方「(自分の蒔いた種だし)」

彼方は両膝を抱え込み、額を道路につけた。

モブ「申し訳ございませんでしたって言え」

彼方「申し訳...」

半分言いかけたその時。

116: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:04:54.84 ID:Q6hmgJCA
あなた「何してるの!!」

歩夢「ミアちゃんが逃げたってランジュちゃんから聞いて...あっ」

モブ「(変なやつらが来たけど仕方ない。こいつらまとめて配信してやろ)」

あなた「ねえ、今悪いこと考えたでしょ」

あなた「スマホ見せてよ!」

モブ「えっ、ちょっ!」

あなた「やっぱり!カメラ回してた!」

あなた「ダメだよね、悪意のある動画撮ろうとしてたんでしょ」

あなた「こんなの、こんなの!!」

ピッ!削除

モブ「あっ!」

あなた「今のやり取り録音したから。彼方さんが悪いのはそうだけど、行動が行き過ぎてるよね?」

モブ「ちっ」

モブ「後で覚えとけよ!」

117: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:05:42.14 ID:Q6hmgJCA
あなた「彼方さん、この惨劇は?」

彼方「かすみちゃんと、せつ菜ちゃんが、殴り合ってて、相打ちになって」

彼方「ミアちゃんも...」

あなた「とりあえず、医務室、でいいのかな?救急車は大袈裟かも」

歩夢「ミアちゃん!ミアちゃん!」

歩夢「ミアちゃん、起きて!」

歩夢「血が、止まってるけど...」

ミア「.....」

彼方「ミアちゃん、お願い、まだ死なないで」

彼方「私、ミアちゃんに謝りたい事、いっぱいあるの。だから!!」


パタパタパタパタ

118: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:08:23.59 ID:Q6hmgJCA
ランジュ「ミア!ミア!」

ランジュ「ミア!しっかり!!」

あなた「ランジュちゃん!ダメ、今揺すったら!」

ランジュ「...っ!!」

彼方「...ぐすっ」

彼方「ミアちゃんは、私を守って...」

ランジュ「何よ、彼方!この機に及んで泣くの!?」

ランジュ「アナタの撒き散らした種なの。泣くんじゃないわよ!泣きたいのはコッチなの!」

ランジュ「彼方には罪をキチンと贖って貰うためにも、無傷で居てもらわなきゃいけないの」

ランジュ「彼方!」べチン!

彼方「いたっ!」

彼方「何するんだよぉ!」

ランジュ「私からの一発。本当は退学にしたいところだけど」

彼方「.....」

ランジュ「もうすぐ璃奈達が来るわ」

ランジュ「それまでに、ミアを動かさないと...」

119: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 00:09:39.34 ID:Q6hmgJCA
結局、人間二人は担架で、ラクダ1匹は大きな台車で運ばれていった。

獣医「人間がラクダになったと言うのも初めて聞きますし、その処置と言われましても、私達にもわかりませんので」

璃奈「それは、重々承知しています」

璃奈「あの...」

璃奈「あの後、人間に戻す薬を開発しました。錠剤タイプだから、目が覚めないと、飲ませる事は出来ないんだけど...」

獣医「それまではなんとかしてみます」

璃奈「...」バッ!物凄い速さのお辞儀

璃奈「ミアちゃんの事、お願いします....」

璃奈の声は、蚊の鳴き声の様な、小さな小さな声だった。

124: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 23:02:14.29 ID:Q6hmgJCA
くすくすくす

クラスメイト「ざわざわ」

歩夢「ねぇ、あなた」

あなた「歩夢ちゃん....」

あなた「私ね、絶対学校休んだりしない」

あなた「カメラ向けられても、怒ったりしない」

あなた「ミアちゃんの事ね、ラクダになってから、ずっとやだなって思ってた」

あなた「だって、ラクダだもん。異質だもん」

あなた「でもそうやって避けてても、何かがあるわけじゃないんだ」

あなた「逃げた先に、何かある訳じゃないの」

歩夢「.....うん」

歩夢「私も、逃げない」

あなた「......」

あなた「....すぅ」

125: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 23:06:07.61 ID:Q6hmgJCA
あなた「見てろよ!虹ヶ咲の全員!」

あなた「私はミアちゃんの事から逃げない!!」

あなた「学校も休まない!」

あなた「そうやって、安全な所から、石を投げて楽しいか!」

あなた「来るなら正々堂々とかかって来い!」


「.......」シーン


ざわざわ  ざわざわ




歩夢「ポカーン」

あなた「あははっ、思った事、叫んじゃった」

あなた「らしくないや。ほんと、不器用だね、みんな」

126: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 23:09:52.05 ID:Q6hmgJCA
⭐⭐⭐⭐

ラジオ体操~ 第一~

いちにっ さんしっ~


軽やかなメロディと共に、かすみは目を覚ました。

どこか遠くで、体育の授業を行っているらしい。

柔らかな日の光と、優しい風がかすみの肌を撫でる


かすみ「....」パチリ

かすみ「...っ!」ズキズキ

かすみ「いっ、たぁ」



「ようやく、目覚めましたね」


かすみ「!?」

127: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 23:17:48.66 ID:Q6hmgJCA
「虹ヶ咲の教員は何を考えているんでしょうね」

「先程まで、殴り合ってた生徒二人を、同じ病室にするなんて」

かすみ「せつ菜、先輩...?」

せつ菜「よくも私の鼻折ってくれましたね。スクールアイドルは顔が命なのに」

かすみ「それを言ったら、先輩こそ」

せつ菜「痛くて口しか動けません」

かすみ「....認めたくないけど、かすみんも」

せつ菜「.....」

かすみ「.....」

せつ菜「私、どこで間違えたんでしょう」

かすみ「.....」

せつ菜「かすみさんが言った通り、口で言えば良かった。私達人間には、言葉を話して理解する能力がある」

せつ菜「私は、人間に生まれたのに、このツールを使えない。人間に生まれたのに、人間じゃなかった」

かすみ「.....」

かすみ「なんなんでしょうね、人間」

128: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/20(月) 23:21:28.81 ID:Q6hmgJCA
かすみ「先輩、私の事殴ってスッキリしました?」

せつ菜「....はい」

かすみ「じゃあ今度は、彼方先輩ビンタしに行きましょう」

せつ菜「....はい」

132: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 19:16:53.52 ID:LZKkfm4S
⭐⭐⭐⭐

四角い小さなはめ殺しの窓を背に、嵐珠が座る。

ランジュの前には、机、椅子、そして彼方。

彼方が逃走しない様に、しずく、果林、エマ、栞子が出口を塞ぐ。

密室となったこの部屋には、息もできない様な空気が流れていた。


彼方「.......」

ランジュ「...今回の件」

ランジュ「...処分は重くつくわ」

彼方「...」

133: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 19:24:05.18 ID:LZKkfm4S
ランジュ「しばらくの間、停学って所ね。あなたの進路も、全て白紙。事情はあなたから説明しなさい」

彼方「....はい」

彼方「....」

ランジュ「やけに塩らしいじゃない。いつもの飄々とした態度はどこ行ったの?」

ランジュ「本当はさっきの一発でも、退学にした所でも済まされない。八つ裂きにしても、済まされないぐらいよ」

ランジュ「あなたの、彼方の人生が、この先どんなに酷くなっても、私は因果応報だと捉えるわ」

ランジュ「詫びて。そして、地を這いつくばって、惨めに生きなさい」

彼方「....うぐっ」

ランジュ「....泣いてるんなら、初めからこんな事するんじゃないわよ」ぼそっ

彼方「ごめんなさい」ズビズビ

ランジュ「私じゃなくて、ミアに言うべきよ!」

ランジュ「本当どこまでも!「彼方さん」」

134: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:04:24.41 ID:LZKkfm4S
しずく「彼方さん!」

しずく「最後に、最後に聞かせてください」

しずく「私達を誑かして、どんな気持ちでした?」

彼方「....」

しずく「どんな気持ち、でした?」

彼方「....ごめんなさい。自分でも、よくわからない」

彼方「みんな、私には眩しすぎるんだ。地位も、
頭も、お金も」

彼方「みんな、私より上で、恵まれてて」

彼方「そんな人達を、自分と同じ水準に引き摺り下ろしてるみたいだった」

彼方「だから、楽しんでいたのかもしれない」

しずく「.....」テクテク


しずくは彼方の前に立つ。そして。


しずく「...!」パァン!

彼方「....っ!」じんじん

しずく「最低」

しずく「一生、許しませんから、私も」

彼方「....うん」

135: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:18:54.26 ID:LZKkfm4S
⭐⭐⭐⭐

ぴっぴっぴっ

ミア「.....」シュコー


鼻に繋がれたチューブのせいで息がしづらい。

点滴のせいで、身動きも取れない。 

様々な管が身体に繋がれ、大怪我をしている様に見える中、ミア・テイラーは目を開くのを拒んでいた。

本当は意識だってあるし、人間の言葉だってわかっている。

砂漠に耐えうる動物のラクダである。ちょっとやそっとではくたばらないし、生命力だって強い。


璃奈「ミアちゃん....」

愛「ミアち...」


璃奈や愛が、ベッドの脇に立っている。実にバツが悪い。


ミア「(結局、自分のわがまま所為で、他人が傷つく)」

ミア「(それは、とっても嫌だ)」

ミア「(そう思って行動したけれど、結局、僕のわがままの所為で、みんなが傷ついてしまった)」

ミア「(あぁ、今度は本当に、人間を辞めて、全部ラクダになってしまいたい)」

ミア「(全部ラクダになって、人間の記憶も、全部消してしまいたい)」

136: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:23:17.26 ID:LZKkfm4S
ミア「ボエ~」

璃奈「ミアちゃん!」

ミア「(はっ....!)」

ミア「(もっと病人になり切らないと)」

ミア「.....」耳ピクピク


動物の耳というのは、言葉の様に内面をそのまま現す。

人間が、目は口ほどに~と言うならば、ラクダの耳は人語のほどに~と言った所か。

それを、璃奈が見逃す訳がない。

璃奈「ミアちゃん、もしかして、起きてる?」

ミア「....!」

137: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:28:57.36 ID:LZKkfm4S
ミア「....」

璃奈「ミアちゃん、聞いて」

璃奈「起きてないんだったら、私の独り言」

璃奈「あのね、実はね」

璃奈「ラクダから、人間に戻れる薬を作ったの」

璃奈「でも、これ、錠剤だから、昏睡状態のミアちゃんに無理矢理投与も出来ない」

璃奈「ましてや、薬を飲みたいって言う、ミアちゃんの意志もないし...」

璃奈「でもね、ミアちゃん」

璃奈「私ね、ミアちゃんにもう一度人間に戻って欲しいの」

璃奈「ミアちゃん、前に言ってたよね」

璃奈「人間には、内枠と外枠があるって」

138: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:33:35.10 ID:LZKkfm4S
璃奈「その枠って、ある意味、自分はそこまでだって決めつけてるんじゃないかな?」

璃奈「別の人から見たら、別の枠組みがあるし、それを模索しないで、ただ喚いてるだけじゃ」

璃奈「ミアちゃん。ミア・テイラーはそんな人じゃないでしょ?」

璃奈「もっと、傲慢で、鼻が、文字通り高くて、そのくせ実力も玄人で」

璃奈「他をコテンパンにやっつけちゃう実力の持ち主だった筈だよ。勇気も持ってる。じゃなきゃ、彼方さんを助けなかった」

璃奈「お願い、ミアちゃん。人間に戻って」

璃奈「戻って、もう一回、好きって言って」

ミア「.....」

ミア「..........」

ミア「.................」

139: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:42:42.76 ID:LZKkfm4S
ミア「(ボク、またわがまま言ってる)」

ミア「(わがままの所為で璃奈が悲しんでる)」

ミア「(ラクダって、なんだったんだろう。ラクダになっても、問題が解決された訳でもなかった)」

ミア「(でも、心のどこかで、まだ人間でありたいって気持ちが大きくなってる)」

ミア「(喋れない事、何にもやらないって返って不自由だ)」

ミア「(ラクダを辞めることも、ある意味わがままだ)」

ミア「(わがままは、もうやめにしよう)」

ミア「(ラクダは、もうやめにしよう)」ムクリ


ミア・テイラーはムクリと起き上がる。

そのまま、まっすぐな黒い瞳で、璃奈と愛を見つめて、ボェ~と鳴いた。

そして、璃奈の手から、錠剤を口で器用に舐めとると、ゴクッと全て飲み込んだ。


ピカ~っとミアの身体が光る。

140: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:50:04.79 ID:LZKkfm4S
光は、ラクダから、ミアの形にメタモルフォーゼした。

光の後には、ミア・テイラーが残った。

ミア・テイラーは人間になった。


璃奈「おかえり、ミアちゃん」

ミア「ただいま、璃奈」

愛「人間に戻って、何かしたい事はある?」

ミア「ハンバーガー食べたい」


しばらくミアは、質素なベッドに寝かされ毛布がかけられた。

ボーっと待っていると、璃奈が息を切らしながら戻ってきた。

璃奈「これ、コンビニのだけど」

ミア「ありがとう」ぱくっ

ミア「.....うまい」


ラクダ期を経たためか、いつも散々酷評している、コンビニのハンバーガーさえ、とても美味しく感じられた。

141: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 22:54:44.92 ID:LZKkfm4S
⭐⭐⭐⭐

ちびっ子「ねえ、今日もミアちゃんの所いこー」

ちびっ子「あれ~、ミアちゃんいない~?」

ミアは校門を優雅に歩く。ラクダの様に、優雅に歩く。

そこには、かつての弱気なミア・テイラーは居ない。

今のミア・テイラーは、自信にあふれている。

テクテク  

テクテク


「あっ」

「あっ」

142: 名無しで叶える物語(らっかせい) 2023/03/21(火) 23:00:45.51 ID:LZKkfm4S
彼方「あっ」

ミア「あっ、うん」

彼方のほっぺは大きく腫れている。


彼方「あっ、あのーっ!」

ミア「知ってる。しばらく、停学になるんだろ?」

ミア「ボクも、みんなも、彼方の事許さない」

ミア「だけれど、ボクだけは、彼方が戻ってくる事、待ってるから」

彼方「....ありがとう」

ミア「Until the next time we meet, be well」

彼方「.....うん」




ミア「ははっ、次会うときまでお元気で、かぁ」


木漏れ日の下でミア・テイラーは静かに笑った。






ラクダになったミア・テイラー  


おしまい

引用元: 【SS】ラクダになったミア・テイラー