1: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 23:05:26.39 ID:ZeTEAN87o

復活を果たし、悪党としてではなく
英雄として生きる少年に待ち受けるのは
熾烈な運命だった。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373033126

引用元: とある熾烈の一方通行

とある魔術の禁書目録II Blu-ray BOX (初回限定生産)
ジェネオン・ユニバーサル (2013-09-25)
売り上げランキング: 4,215
2: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 23:07:43.54 ID:ZeTEAN87o
~前作紹介~

運命の歯車が入れ替わった世界で、
素晴らしき出会いと悲しき別れに
化け物は翻弄され、彷徨いながらも
人としての道を歩みだす

とある彷徨の一方通行 前編  

とある彷徨の一方通行 後編



残酷な世界で、ずっと望んできたはずの
死の淵で少年が望んだものは復活だった。

とある復活の一方通行


3: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/05(金) 23:08:46.25 ID:ZeTEAN87o


【注意事項】

・キャラ崩壊(主に一方通行)
・原作準拠という名の原作ブレイク
・更新は不定期


7: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 17:02:20.71 ID:GT1DFbwRo


八月三一日 午後三時一五分 とある学生寮


上条当麻は咆哮を挙げていた。

「もう! 何だこれ! 因数分解って何ですか!
 数学の癖に何で二つの答えがあるんだ!」

「うるせェな、俺が全部書いてやるから貸せ三下」

8: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 17:02:57.45 ID:GT1DFbwRo


見るに見かねたのか、一方通行は数学のプリントを引っ手繰る。

一方通行は喋り方こそアレだが、
一応は学園都市最優秀の生徒だ。

要は天才で、まったく知らなかった『古典』でさえも
教科書をパラパラ漫画のように捲り
全て覚えるというチートっぷりである。

9: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 17:03:23.98 ID:GT1DFbwRo

まさしく最強の味方をつけた上条にとって
もはや夏休みの宿題など敵ではない。


「お、ありがと―――」


そこで上条は思い出した。
―――補習で小萌先生が言っていた言葉を


『上条ちゃんに先生から有難い忠告です。
 賢くて白いお友達に宿題代行させたら
 今後、上条ちゃんの高校の思い出は
 補習で埋め尽くされると思ってくださいね~』

10: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 17:03:53.98 ID:GT1DFbwRo

「いやァァァああああああああああああ!!!
 俺の青春がァァ! 青い春がァァァああああああ!!!」

「うおッ!? 何しやがる上条!」

「おお、これがぷろれすというものなんだね。
 私も参加するんだよ!」


タイムリミットは残り一七時間一五分
―――状況は混沌を極めた。

19: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:20:25.01 ID:GT1DFbwRo
8月31日 午後4時 とある歩道


男は無人の街を静かに歩いていた。

男の身なりは、普通ではなかった。
残暑が続く八月末だという
上下共に黒のスーツを着込み、
ネクタイまでもが黒で統一されていた。

スーツの下に無骨な筋肉が収められていることが
容易に窺える程、巨大な体を持つその男は、
夏の暑さが平気なのか、汗一つかかず
涼しげに両目を閉じている。

20: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:21:13.49 ID:GT1DFbwRo


一見、マフィア関係の人間に思えるが、そうではない。

黒塗りの和弓が仕込まれた和風の籠手が
装着されている男の右腕がそれを物語っていた。

複雑な絡繰りで作られているそれは、
片手を動かすだけで弦を引き、
矢を放つことができる。

ただし、肝心の矢が装着されていないどころか
男が矢を持っている様子もない。

21: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:21:47.90 ID:GT1DFbwRo

科学の常識に囚われぬ者
―――人はそれを魔術師と呼ぶ、

闇咲逢魔

それが男の名だった。


「Index-Librorum-Prohibitorum
 ―――禁書目録、か」

無骨な男の唇から流れるような外来語があふれ出る。

22: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:22:14.94 ID:GT1DFbwRo

その言葉、正確には人物の名前なのだが
魔術サイドにおいてその名を知らぬ人間はいない。

その名は一〇万三〇〇〇冊の魔導書を所有している少女の名で
同時に、男の標的の名でもあった。

男は歩く、自身の目的を果たすために
目指す場所は、とある学生寮の一室だった。

23: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:23:10.15 ID:GT1DFbwRo

―――
――


八月三十一日 午後五時半 とある歩道


上条と一方通行とインデックスの三人は
炎天下の中、ひたすら歩いていた。

本来ならば、宿題をしてる手はずだが
宿題を行方不明になり、必死に探して
ようやく見つけたと思ったら他の宿題を失くす
という無限地獄に囚われていた。

探しても探してもどれもミスリード。
見つけたと思えば、また何かを失くしている,
といった感じだった。

24: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:23:36.29 ID:GT1DFbwRo

完全に戦意を喪失した上条は英気を養う為、
つまりは束の間の現実逃避をする為に
ファミレスへと向かっているのである。


「つか、別に俺が書いてもばれねェだろォ」

「いや、小萌先生ならすぐに分かる。
 生徒一人一人の筆跡を完全に判別できるあの人なら」

「何それ怖ェ」

「とうま、とうま。
 ファミレスでは、何を頼んでもいいのかな?」

「お前は自重という言葉を脳内に追加しやがれ!」

25: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:24:03.04 ID:GT1DFbwRo

刻々とタイムリミッドが差し迫る危機の真っ只中、
インデックスは上条の覚悟を察することが出来なかったらしい。


「駆逐してやる……、一ページ残らず!」


しかし、それに構わず上条は覚悟を決め
少し待っていろ、と二人に言い
原稿用紙を買う為にコンビニへと入っていた。

そもそも、夏休み初めに出す課題の量を
一日の徹夜で終わるように計算されているのだろうか
という疑問を一方通行は決して口には出さなかった。

26: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:24:41.24 ID:GT1DFbwRo


―――
――


同時刻、とある学生寮


闇咲逢魔は、閉じている目で
その建物の7階を見上げていた。


「風魔の弦」


矢が装填されていない和弓を
絡繰りで自動発動させた瞬間

ビシュン!という空気を裂く音が響き
轟!!!と風の唸りが鳴り響いた。

27: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:25:11.72 ID:GT1DFbwRo

視界にこそ捉えることが出来ないが
闇咲の足元にはビーチボールほどの
大きさの空気の塊があった。

闇咲は軽く飛んで、その上に着地した瞬間
グチュリ、という柔らかいものを潰す音が響き
パン!という風船が割れるような音と同時に
闇咲の体が建物の壁に寄り添うように、一気に飛翔する。

7階までたどり着くと、手すりを掴みながら
滑らかな動きでベランダに着地すると同時に弓を引いた。

28: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:25:41.55 ID:GT1DFbwRo


「衝打の弦」


刹那、鉄球のような塊の衝撃が窓ガラスを粉砕する。
パリィィィン!と悲鳴にも甲高い音が鳴り、
手榴弾のようにガラスの破片が室内を蹂躙する。

そして、一瞬の逡巡もなく闇咲が室内へと突入する。
弓を構え、警戒するも、すぐにあることに気付いた。


「……、いない?」

29: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/06(土) 23:26:13.38 ID:GT1DFbwRo


念の為、ユニットバスのドアを蹴り破り、
中を確認するもそこには誰もいなかった。

その事を知ると、闇咲はそのまま
ベランダへと引き返した。


「風魔の弦」


小さな音が、街中を嘗め回すように駆け巡り
闇咲にインデックスの現在位置を伝達した。

39: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:40:02.08 ID:XG2AYlBwo
「何か嫌な予感がする……」


ファミレスの中で、上条は一人そう呟いた。

別に予知能力に目覚めた訳ではないのだが、
なんかマフィア面の男が部屋を爆散してるような、
―――そんな予感がした。

40: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:40:31.29 ID:XG2AYlBwo



「まあ、宿題でもやるか」


上条と一方通行はコーヒーを、
インデックスは『日替わりランチA』を
そして、ここまで出番がまるで無かった
哀れな三毛猫は『ランチ猫C』を頼んだ。

このペット同伴のこのレストランでは
ペット専用のメニューまであるようだ。

料理が運ばれるまで時間がかかる。
上条は原稿用紙とシャーペンを取り出して
早速、読書感想文を片付けることにした。

41: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:41:04.05 ID:XG2AYlBwo

「とうま、とうま。
 一体何の感想文を書くの?」

「今年のテーマは『桃太郎』」

「…、うわー」

「あァ、あの謎のドーピング黍団子で無双する話か」

「うっせえ! 桃太郎は日本の誇る世界の名作童話なんだぞ!
 知らねえ癖にドン引きしたり、嫌な要約すんじゃねえ!」


ピクリ、とインデックスのこめかみが動いた。
どうやら、インデックスの説明大好き属性が
刺激されてしまったようだ。

42: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:42:04.89 ID:XG2AYlBwo

「昔話や子守唄は大抵、呪詛教義をカムフラージュしてる場合があって
 桃太郎には、道教における練丹術の秘儀が込められていて
 川は古来より此岸と彼岸を分ける境界線として―――」

「そこの字、ミスってねェか?」

「お、センキューな」

「無視するなんてひどいんだよ!」

「何でおれだk…ギャアアアアアアアア!!!」

44: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:42:45.96 ID:XG2AYlBwo

激しい妨害に遭いながらも、
上条はなんとか原稿用紙を3枚ほど書き上げた。

ふぅー、と一先ず一つの難関を乗り越え
安堵感と達成感に浸りながら上条は一息つく。

そして、タイミングを見計らったように
ウェイトレスさんがやってきた。


「大変お待たせしましたー、
 コーヒー二つと日替わりランチセットAとランチ猫Cのお客様」


46: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:43:25.46 ID:XG2AYlBwo

やっときたと思い、上条は原稿用紙をしまおうとするが
直後、何の予備動作もなくウェイトレスが盛大にこけた。

そして、当然のごとくトレイの上に載っていた料理が
テーブルの上へと落下していく。

ホカホカのご飯の山が上条の前に山のようそびえ立ち、
熱せられた鉄板が上条の太ももを直撃した。

本能的に飛び上がり、鉄板を振り落すと
割と本気の涙目で下手人を見た。

そこには、あうー、という情けない声を出しながら
床に突っ伏しているウェイトレスさんの姿が

みなさん、ドジっ子巨 ウェイトレスさんなら許せますか?

47: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:44:01.69 ID:XG2AYlBwo

「許すしかねェだろ」

「許せるわけねーだろ! ふざけんなこの牛女!
 老若男女敵味方平等パンチ地獄を披露してやる!」

「ま、まあまあ落ち着くんだよとうま。
 あれ、原稿用紙は?」

「…」


ない。
出来れば、このご飯の山の中から

48: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 13:44:33.77 ID:XG2AYlBwo



「ン? これのことか?」


見つかるはずもない。

一方通行の白い手には、しっかりと
無傷の原稿用紙が握られている。

その姿は上条にとって天使のように見えた。

57: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:02:51.38 ID:za2Xm+Lyo
8月31日 午後6時20分


「いやー助かった、マジ助かった。
 一方通行マジエンジェラレータ」

「こないだ、そのエンジェルのせいで
 散々な目にあったわけなンだが
 ……まァ、もういいか」


あの後、一方通行の活躍で事無きを得た原稿用紙をしまい
上条は数学の宿題に取り掛かっていた。

このままいけばギリギリ間に合う。
上条当麻はそう確信していた。

58: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:03:20.05 ID:za2Xm+Lyo

「あれ? ここ因数分解出来なくね?」

「あァ、そこは因数分解じゃなくて
 解の方程式をつか―――、ン?」

「どうしたの、あくせられーた?」

「いや、今なンか音がしたような―――」

59: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:03:46.46 ID:za2Xm+Lyo

それは突然の出来事だった。
ガシャン!と何かが窓ガラスをバラバラに砕け散り
思わず耳を覆いたくなる音が鳴り響く。

その正体は空気の刃

不幸中の幸いかガラスの破片が拡散することは無かったものの
音すら切り裂く空気の刃は止まることなく
テーブルを輪切りにしながら、上条へと襲い掛かる。

60: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:04:16.07 ID:za2Xm+Lyo

近くの席に座っていた人々が慌てて逃げようと試みた。
空気の刃、などという自然現象では有り得ない事象に
即座に反応を示せたのは学園都市の人間だからこそだろうか。
だが、安全地帯に逃げることは到底不可能だろう。

だが、悲劇は起きない。

ドン!と上条の右手が向かいくる空気の刃を
すべて消し飛ばしたからだ。

上条の右手に宿る能力『幻想殺し』は
あらゆる異能の力を打ち消すことが出来る。
夏休みの宿題には効かないが

61: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:05:36.36 ID:za2Xm+Lyo

その正体不明の現象を見て、周囲の人が息を呑んだ。

どうやら放たれたのは、真空の刃ではなく
空気を固めて作った圧縮空気の塊のようだった。

その証拠に打ち消した弊害なのか風が吹き荒れた。

透かさず一方通行は、吹き荒れる風の向きを操作し、
竜巻を作り上げ、空気の刃が来た方向に放った。


62: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:06:02.38 ID:za2Xm+Lyo

「透魔の弦―――こちらだ」


窓の外にいたはずの襲撃者がいつの間にか
上条たちの背後に回っていた。


「この結果は少々予想外だが、
 無益な殺傷が減るなら喜ぼう。
 少年、大人しく投―――」

「ああああ!? 何やってんだテメェ!!
 俺の数学のプリントが紙吹雪になっちまたじゃねえか!」

「安心しろ、俺の動体視力を侮るな」

「一方通行マジ天使」


予想外の反応だったのだろうか、
うむ? という表情を男は浮かべた。

63: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:06:28.28 ID:za2Xm+Lyo

刹那、ゴッ!!! と一方通行がテーブルの欠片を
男を目がけて蹴り飛ばした。

不意をついた上に、ベクトルを操作された欠片は
弾丸並の速度で男の肩に一直線に向かう。
普通に考えれば避けられるはずが無い。

だが、男の姿は突然虚空へ消え、
標的を失った欠片はそのまま壁へとめり込んだ。

辺りを見渡すと男はインデックスの背後に立っていた


66: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:33:48.37 ID:za2Xm+Lyo

「魔術師、か。やべェな」

「ああ、追うぞ!」


男を追うために出口に向かおうとするが
出口を塞ぐようにウェイトレスさんが立っていた。

しかもドジっ子巨 ウェイトレスさんから
高機動型戦闘少女へと進化した模様。


「お客様、お待ちしていただきますか?」


二人は改めて見渡すと、
さっきまで自分たちが座っていた席が
変わり果てた様子がよく見える。

67: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:36:14.01 ID:za2Xm+Lyo

「……はァ、駄目だなァ」

「はい?」

「見知らぬ男が突然、破壊行為を起こし客の一人を誘拐した。
 それで、お前らの取るべき行動は
 被害者の知人に言い掛かりをつける事なンですかァ?」

「そ、それは……」


一方通行の言葉に怖気づいたのか
高機動型戦闘少女からドジっ子ウェイトレスへと
ウェイトレスさんの姿が戻されていく。

それでも、一方通行は容赦をしない。


68: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:38:21.42 ID:za2Xm+Lyo


「どォなってンだろォな、ここの店はァ?
 犯罪が起きたら起きるたびに儲かる様に出来てンのかァ?」

「ち、違いま……」

「そォいえば、今丁度イイ風が吹いてンなァ。
 世の中には九死に一生っつゥ言葉があって、
 お前、それと今同じ状況なンだけどさァ、
 二度目はねェってことぐれェ分かるよなァ?」


人間の、それでいて人間とは思えない程の
冷徹な殺気が室内を満たす。

69: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/07(日) 21:39:34.43 ID:za2Xm+Lyo

「ごめんなさい! ごめんなさいぃぃ!!」


一方通行の身体から発せられる殺気に耐えられなかったのか
少女は呪文のようにそう言いながら店の奥へと帰っていた。


「……容赦ねーな」

「まァこォでも言わねェと、
 追い掛け回されかれねェからな。
 それにしても時間を無駄に使いすぎた。
 二手に分かれてヤツを追うぞ」

「分かった」


そういって、少年たちは夜の街を駈け出した

76: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 07:32:09.36 ID:KVklgXiso

「手短に済ます、子供の遊びに付き合うつもりはない」


そういって男は片手でインデックスを担ぎ上げた。
それと同時に振り落された猫は、慌てて男との距離をとった。


「断魔の弦」


男がそう呟いた瞬間、空気の刃が
ギロチンのように二人に襲い掛かる。

上条は幻想殺しで防ぎ、
一方通行は反射で弓を破壊しようとしたが
反射は正常に機能せず、空気の刃は斜め後方に逸れた。


82: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:15:14.95 ID:KVklgXiso
8月31日 午後7時 とある路地裏


上条と分かれた一方通行は
路地裏を走りながら、情報を整理していた。

反射がうまく機能しなかったことからして、
相手は魔術師であるのは明らかだ。

ならば、狙う理由はただ一つ。
恐らく一〇万三〇〇〇冊の魔導書だろう。

83: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:17:04.93 ID:KVklgXiso

そして、魔術の正体。

男は空間移動能力者ではない。
もし、そうだとするならば、指名手配を恐れ
入り口から入らなかった事の説明はついても、
”窓ガラスを割る”という派手な行動に出るのは不可解だ。

男が使っていた能力からして
空気を操る能力だろうか、と一方通行は簡単に予想した。

それならば、透明になったのは瞬間的に移動したのではなく
空気の屈折率を変えて体を透明にしただけだろう。

84: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:17:32.13 ID:KVklgXiso

(まァ、その程度なら勝手に自滅してくれるとは思うが
 多分、あのガキはそォいうのは許さねェよなァ。
 まずは監視カメラでも洗ってみるか)


そう思い、一方通行は自宅へと進路を変更した。
能力を使ってもいいのだが、恐らく残り四〇秒ぐらいだろう。
無駄なことに使いすぎた、と心の中で愚痴りながらも彼は走る。


85: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:18:18.11 ID:KVklgXiso


「ちょっと待ちたまえ君!」

「あン?」


振り返ると腰に特殊警棒や銃を携帯している男がいた。
服装を見る限り、恐らく警備員だろうか。
男は一方通行を引き留めると、小走りで彼に駆け寄った。


「近くのファミレスでガラスを割る被害があってね、
 君、昼間の能力者同士の喧嘩の当事者だろう?
 少し詳しく話を―――」


言葉は続かなかった。

一方通行が警棒を奪い、そのまま男の背後に回ったからだ。

86: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:19:38.27 ID:KVklgXiso

男は慌てたように拳銃を引き抜きながら振り返るも
瞬間、一方通行は警棒で男の顎を殴打した。

顎を打たれた男は、そのまま気を失い地面に倒れる。


「ったく、統括理事会の狗が。
 忙しい時に手間掛けさせンじゃねェよ」


そういって、一方通行は倒れた男に近づき、頭に触れた。
生体電気を操り、自分と会ったという記憶を消去する。

さらには能力で自身の声を男の声に変え、
無線機で男の部隊の隊長と思しき人物に、
魔術師の特徴を伝えた。

87: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:20:05.06 ID:KVklgXiso

『その男が侵入者で間違いないか?』

「ええ、その男は現在第七学区に潜伏していると思われます」

『分かったじゃん、至急全員にそう伝える。
 お前も捜索を開始するじゃんよ』

「了解」


一方通行は無線を切り、能力を解除する。
能力を使い始めて三〇秒が経過していた為、
能力が使える時間は、残り一〇秒ぐらいだろう。

88: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:20:32.29 ID:KVklgXiso

(能力をだいぶ使っちまったが、まァこれでイイ)


インデックスは外部の人間なので
警備員に保護されると面倒なことになるので
頼る事は極力避けるべきなのだが、
一方通行にはある確信があった。

89: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:20:57.92 ID:KVklgXiso




あの魔術師なら警備員ごとき潰してくれる、と




要はこういう算段だ。

警備員に魔術師を発見させる。
当然、警備員が勝てる訳がない。
戦闘が終わった隙をついて魔術師を倒す、というものだった。


(まァ、警備員をやってるからには、
 当然、覚悟ぐらいは出来てンだろ)


警備員に対する憎しみは、彼自身が思っている以上に
根深く彼の中に息づいていた。

90: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:21:42.05 ID:KVklgXiso

同時刻 とある歩道


「待つじゃんよ!」

「待つわけねーだろ、バーカ!」


上条当麻は必死に逃げていた。
見知った顔を含む警備員の一個小隊から


「速く走りなさいよ!!」


御坂美琴と共に

91: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:22:12.48 ID:KVklgXiso

何故こうなった、と上条は過去を振り返った。

ただがむしゃらに走ってたら美琴と鉢合せして
適当に返事して、立ち去ろうとしたら
(何故か)キレた美琴が電撃を放ち、それが警備ロボットに直撃し、
偶然集まっていた警備員の集団に見つかってしまい

そして、現在にいたる。


「不幸だァァァああああああああああ!!!」

「いい加減諦めるじゃん、このバカップル共!!!」

「かっ……!? かかかかかかカップル!?!?!!」


先頭の警備員の言葉に、美琴は思わず頬を赤く染めた(※逃走中)

92: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:22:43.39 ID:KVklgXiso

「ったく、んな訳ねーだろが」

「んだとゴラァァああああああああああああああ!!!」

「何でキレてんだ!?」


上条はがむしゃらに走る、色んなものから逃げる為に
なんだか、今まで回避できた不幸が一気に押し寄せてきたような
―――そんな気がした。

93: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:23:29.55 ID:KVklgXiso

―――
――



インデックスは自身の状況に首を傾げていた。

魔術師―――闇咲逢魔は、インデックスを連れ去ると
とあるホテルの屋上へと来ていた。

だが、拷問するはずのインデックスを拘束するだけで
特にこれといった危害を加えるでもなく、
視界の端で確認するだけにとどめていた。

インデックスを蔑ろにしてまで、
闇咲が行っているのは、細い注連縄を使って
辺りに結界を張る事だった。

94: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/08(月) 22:23:57.08 ID:KVklgXiso

拷問とは、オレンジジュースのようなものだ。
肉体を絞って、情報を取り出す。

捨てられるオレンジの痛みなど微塵も考えていない。

イギリス清教の中でさえも、それが出来る人間は少数だ。
戦闘に特化していないインデックスは勿論、
異端審問官でさえも何らかの手段で罪悪感を打ち消している。

もっとも、情報など無視して、とにかくオレンジジュースを
ひたすら絞った人間がいるのだが、今は関係ない。

とにかく、闇咲逢魔はそれが出来ない人間のようだ。

それは弱さか、それとも……

101: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:35:58.16 ID:kRsWKaN2o
ビルの屋上には無数の縄が張られていた。

給水器を頂点として四方八方に伸びたロープは
ビルの端のフェンスに縛り付けられ、
縄の途中には墨で印を描いた護符が、万国旗の様に
一定の間隔で何十枚も貼り付けられていた。


「これは神楽舞台?」

「そんな大それたものではない。
 差し詰め盆踊りの会場といったところか」

102: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:36:28.72 ID:kRsWKaN2o


神仏混合というヤツだ、と闇咲が答えようとした瞬間
ホテルの扉が弾けるように派手に開いた。


「そこを動くな!」


開きっぱなしになったドアから
装甲服を着た人間が何人も出てきた。

数にして三〇人。
その全員が自動小銃の銃口を闇咲に向けていた。


「武器を捨てて、両手を上げろ!
 無駄な抵抗はよすじゃんよ!」

103: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:37:01.32 ID:kRsWKaN2o

「邪魔立てするなら、闘うまで。
 いざ開戦の狼煙を上げん。断魔の弦」


瞬間、小さな竜巻が警備員たちを襲い
その手にあった凶器を薙ぎ払った。

何人かは慌てて予備の拳銃を引き抜くが
そこには既に闇咲の姿は無かった。

104: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:37:49.11 ID:kRsWKaN2o


「透魔の弦、こちらだ」


警備員の背後を回るように、
闇咲の姿は虚空から現れた。


「衝打の弦」


その声と同時に、先程より強い暴風が男の腕から放たれる。

警備員の殆どがそれに薙ぎ払われ
そのままフェンスに激突し、意識を失った。

105: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:38:32.97 ID:kRsWKaN2o

運よく攻撃を避けた数人の一人が拳銃を捨て
闇咲の腰に抱き着くように動きを封じようとするが
闇咲は、がら空きになった男の首の根元に手刀を入れ
ガクッ、と力が抜けた体を蹴り上げた。

それに続くように、残りの警備員が特殊警棒を持って
次々と闇咲に襲い掛かる。

106: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:39:33.52 ID:kRsWKaN2o

「私は負けるわけには行かぬのだ」


闇咲は正面から襲い掛かってくる男が
警棒を振り上げる瞬間を狙い鳩尾を殴り
返す刀で背後にいた男の顎を蹴り飛ばした。

バタバタッ、と人が倒れる音が重なるように鈍く響く。

107: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:39:59.53 ID:kRsWKaN2o

「うォォォおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


最後の一人となってしまった男は、
絶望感を振り切るように咆哮をあげ、
警棒を横一線に振るった。

しかし、闇咲は表情一つ変えず
それを籠手で簡単に防いだ。

多少の冷静を取り戻せたのか、
男は狼狽えることなく、その隙をついて、
闇咲の体を思いっきり蹴り飛ばした。

呻きをあげ、後退する闇咲を見て
男は勝利を確信する。

108: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:40:26.04 ID:kRsWKaN2o


だが、一見、見事な判断のように見えた行動は
致命的なミスだった。

男は自ら距離を取ってしまったのだ。
飛び道具を用いる闇咲との


「衝打の弦」


運よく最初の攻撃を受けることのなかった男は、
運が無かった大勢の警備員と同じ運命を辿ることになった。


109: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:40:52.14 ID:kRsWKaN2o

(肉体派!? だとしたら、
 とうまも勝てないかも―――痛ッ!)


お尻が何かを踏んづけたのか、と思い
もぞもぞと動いて確認すると、その正体は携帯電話だった。

〇円ケータイというおざなりなものなのだが
インデックスには使い方が分からないため、
最新式の携帯電話でも同じことだろう。

ひとまずインデックスは闇咲を刺激しない為に
縛られた手を何とか動かして携帯電話を隠した。
途中、いくつかのボタンを押してしまったが
彼女は気にしていないようだ。

110: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:41:44.26 ID:kRsWKaN2o

幸い、闇咲がそれに気が付くことは無かった。


「さて、次の邪魔が来ない内に
 早速、始めるとするか」


そういって、右腕に装着された弓矢を
誇示するようにインデックスに突きつける。

その道具の正体は、インデックスの知識の中にあった。

111: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:42:12.26 ID:kRsWKaN2o

梓弓―――矢を射る事ではなく、弦の音を鳴らす事で
魔を撃ち抜くと言われる日本神道の呪具。

本来、神楽に舞いに使われる道具で
巫女をトランス状態にして神を降ろす手助けをするためのものだ。


「コイツの元々の性能は精々、心の患部に衝撃を与え
 歪みを正す程度なんだが、こうして効果を増幅させれば
 相手の心を詳細に読むことが出来るんだ。
 たとえ、一〇万三〇〇〇冊の魔導書でもあってもな」


その言葉にインデックスがギョッとした瞬間、
縄を中心に屋上の空間が淡く輝き始めた。

112: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/09(火) 20:42:45.02 ID:kRsWKaN2o

「だ、ダメ! これはあなたが思ってるようなものじゃない!
 普通の人間なら一冊でも発狂しちゃうんだから!
 それを一〇万冊以上取り入れたら、何が起こるか
 あなただって分かっているでしょう?」


敵を心配するような声に、
今まで無表情だった男は静かに笑った。


「無論、百も承知」

147: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:03:14.57 ID:J0R4dto0o
8月31日 午後8時30分


上条当麻は、警備員と美琴を振り切り
『それ』を聞いていた。

恐らく、何かの拍子に偶然つながったのだろうか
向こうの音声は、くぐもっていて、
上条との会話を成立させる気もない。
さながら盗聴をしているようだった。

ギィン!と異音を立てて、遠くのビルの屋上が
光の柱が天に昇るように淡く輝き始めた。

上条当麻は、慌ててそこへと進路を定めた。

148: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:03:40.45 ID:J0R4dto0o


同時刻


一方通行もまた『それ』を聞いていた。

警備員の男から奪った無線機から、情報を手に入れ
とあるビルの屋上へと走っていた。


(チッ、予想より早ェじゃねェか)


目的地が淡く輝き始めたのを見て
走るペースを上げ、目的地に急ぐ。

と、不意に彼の携帯が鳴った。
表示された連絡先は見覚えのない番号だった。


149: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:04:06.40 ID:J0R4dto0o

―――
――


同時刻 


淡く輝いた空間の中で、闇咲は
自身の命が削られていくのを感じていた。

体は不自然に揺れ、視界は霞み、
平衡感覚が狂ったのか上も下も分からない。

150: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:04:34.73 ID:J0R4dto0o


「―――、―――――――――!!」


体を内側から破裂させるような激痛は、
闇咲に声を出させることさえ許さない。

闇咲は何も一〇万三〇〇〇冊の魔導書を欲したわけではない。

抱朴子―――『仙人』となる為の魔導書で
そこにはあらゆる病や呪いを解く薬を作る
『練丹術』というモノが載っているはずだった。

要は、その一冊だけが手に入ればよかった。

純度の低い偽物や写本ではなく、
限りなく原典に近い一冊だけが

151: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:05:02.40 ID:J0R4dto0o

「―――、――――――」 


闇咲自身、薄々気づいていたはずだ。

偽物や写本のように、毒を薄めなければ
目を通すことも敵わないのだ。

152: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:05:28.95 ID:J0R4dto0o

激痛が神経を支配する中、
自分を制止する声が微かに響いた。

それは一〇万三〇〇〇冊を溜め込んでいる少女の声だった。

それは人間の出来る所業ではない。
それを成し遂げた少女の方こそ異常だったのだ。

153: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:05:58.01 ID:J0R4dto0o


「―――。―――――!!」


弦を鳴らすたびに、猛毒の魔導書が体内に入り、
容赦なく闇咲の命を削り取っていく。

五臓六腑が掻き乱されるような苦痛が、
脳を切り裂かれるような激痛が、
体の内側から体中に浸透していく。

それでも闇咲は歯を食いしばって弓を引く。

154: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:06:43.73 ID:J0R4dto0o

ふと闇咲のスーツから何かが落ちた。

それは写真だった。
写っているのは、闇咲より二,三歳年上で
少女というより女性と表現すべき女だった。

その女は、病んでいた。
自然的な病気ではなく、
人の悪意が込められた呪いによって

155: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:07:10.00 ID:J0R4dto0o

別に女が、助けてください、と言ったわけではない。
彼女はもう疲れたように微笑むことしか出来ない。

その女は、闇咲にとって恋人でも家族でも
ましては、友人ですらない
―――つまり、赤の他人なのだ。

ある病院の中庭で時たま会話を交わすだけだったし
女は闇咲が魔術師であることさえ知らない。

本来ならば、立ち上がる理由などないはずだ。

156: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:07:37.88 ID:J0R4dto0o


「―――、――――――――!!」


魔術師になれば、何でも出来ると信じていた。
もう二度と挫折しない事を誓った。

だからこそ立ち上がった。

死が眼前に迫る中、助けを求める事さえ出来ず
弱弱しく微笑むことしか出来ない無力な女。

157: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:08:03.76 ID:J0R4dto0o

そんな人間一人助けられないのに、
『何でも出来る』『挫折しない』等と
どの口が言えたことだろうか。

全身から血が噴き出すが、
それでも闇咲は弓を引く。

(この瞬間、己を突き動かしているのは己の欲望だ。
 決して、あんなつまらない女の為じゃない!
 絶対に、そうであってたまるものか!)

158: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:08:31.97 ID:J0R4dto0o

―――
――



「違うよ、その梓弓―――威力が増幅されすぎて
 あなたの心が私の中に逆流している。
 だから分かるもの」


その声は悲痛で今にも泣きだしそうだった。
まるで、壊れていく心を理解するように


「あなたは、ただその女の人が好きだった。
 だからこそ、命を賭けても助けたかった。
 けど、その為には多くの人を傷つけて、
 罪を犯さなければならなかった。
 あなたは、その責任を絶対に、女の人に
 押し付けたくなかった、ただそれだけなんだよ!
 だから、あなたは呪いを解くにしたって、
 こんな薄汚れた魔導書に頼っちゃ駄目なんだよ!」

159: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:09:02.98 ID:J0R4dto0o

インデックスが闇咲を引き留める様にそう叫んだ瞬間、
フェンスから何者かが滑らかな動きで屋上に降り立った。

その正体は、とにかく白い肌を持つ本名不詳の少年
―――、一方通行だった。


「大体の事情は分かった。
 そこのお前、そンな無駄な事は今すぐ辞めろ」

160: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:09:33.09 ID:J0R4dto0o

闇咲は、目を見開き一方通行を睨んだ。

だが、その眼に殺気は無かった。
その眼は、どこまで澄み切っていて
魔術師というには相応しくない
純粋な子供のような目だった。


「……、そんなに悪い事か
 この命を引き換えにしてでも、
 誰かを助けたいと思うことは」

161: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:10:29.69 ID:J0R4dto0o


「いや、その点は素晴らしいの一言に尽きる。
 だがな、そォまでして救いたいと思える人間なら
 こンな方法じゃ救うことはできねェンだよ」


まァ俺も最近気づいた事だけどな、と
一方通行は自嘲するようにそう付け加えた。


「なら、どうしろと? 何もせずに、あの女が
 苦しんで死ぬ姿を見ていろとでも言うのか」

162: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:11:03.69 ID:J0R4dto0o

闇咲は弓を一方通行に向けた。

闇咲にはもう何が間違っていたのか気付いていたはずだ。

それでも、諦めきれなかった。

ただ大切な人に生きて欲しかったのだ。

163: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:11:30.57 ID:J0R4dto0o


「断魔の弦」


圧縮空気の刃を生み出す刃。
だが、一方通行は回避行動をとらなかった。

弓が引かれる前に前に、闇咲の身体が
力が抜けたようにガックリと倒れたからだ。

ジワリと紅い液体が体と床の間から
染み出すように広がっていく。

一方通行はゆっくりと、
倒れた魔術師の元まで歩いていく。

164: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:12:17.09 ID:J0R4dto0o


「たった、一冊読み取った程度でこの有様か、
 どうやら、私の小さな器では無理だったようだ。
 はは、私の人生は挫折ばかりだ。
 人生でもう三度も諦めてしまった」


闇咲の目から温かい液体が零れ落ちた。
それは優しすぎて弱すぎた男の涙だった。

はァ、と一方通行は溜息をつき
闇咲の親指を軽く踏んづけた。

165: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:12:46.08 ID:J0R4dto0o

「ぐがァァァああああああああああああああ!!!」

「話は最後まで聞けよ早 。
 俺と一緒にいた男は、異能の力を触れただけで
 打ち消すことが出来る謎の右手を持ってるンだが
 呪いとやらも打ち消せンだろ」


166: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:13:12.21 ID:J0R4dto0o


闇咲が信じられないような顔で一方通行を見た瞬間、
開きっぱなしのドアから少年が勢いよく飛び出して、
近くにあったロープに触れた。

刹那、触れたロープが消え去り
波紋が広がるように破壊が空間全体に広がり
気が付けば、そこはただのホテルの屋上に戻っていた。

167: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/10(水) 23:13:43.65 ID:J0R4dto0o

「なっ……!?」

「まァ、これで分かっただろ?
 後は土下座でも何でもして頼むンだな」


そういって、一方通行は屋上の出口へと歩き出した。

あれ? と状況が呑みこめず立ち尽くしている上条に
後は頼ンだ、とだけ告げて一方通行はそのままその場を去った。

174: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:33:11.62 ID:VLHjsG1Fo
8月31日 午後8時45分 とある研究所跡地


芳川桔梗から連絡を受けた一方通行が、
そこに辿り着いた時、その場は、
完全に日常から逸脱していた。

車は2台止まっているが内一台が半壊している。
無事な方の車のドアは開いており、
培養液が積まれていることが窺えた。

175: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:33:48.92 ID:VLHjsG1Fo

そして半壊している車の傍に、
一組の男女が倒れていた。

女の方に傷は無かったが、
男の方は右手首から上が無くなっており
さらに脇腹から血が滲んでいた。

そして、大量の血。
しかし、何かが破裂したように広がる血は、
どう考えても二人のモノではない。

後一人いたはずだ。
大量の血を流した人間が

176: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:34:16.16 ID:VLHjsG1Fo


(……空間掌握、か)


一方通行は分からなかった。

学園都市に服従していた彼を
上層部が切り捨てるとは思えない。

それでは攻撃者は天井亜雄だろう。
しかし、天井亜雄に彼の防御を打ち破る程の力はない。

177: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:34:45.49 ID:VLHjsG1Fo

何故、彼はそんな傷を負ったのだろうか
何が、彼をそこまでさせたのだろうか

ふと中古のステーションワゴンに積んである
培養液と思われるものを覗くとその答えがあった。

培養液には一〇歳程度の幼い少女が入っていた。
顔つきから察するに、恐らく妹達の一人だろう。

一方通行は何となくわかった気がした。
―――空間掌握が何のために立ち上がったか


(初めて自分の意思で動いた結果がこのザマ、か。
 まったく、世の中っつゥのは残酷なもンだな)

178: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:35:13.81 ID:VLHjsG1Fo

行間


いつからだろうか、と命が尽きていくのを感じながら
天井亜雄は、ぼんやりと思った。

昔は、ただ研究に興味があった。
自らの試みが、成功し現実のものとなる。
ただそれだけを夢見て、毎日を過ごした。

179: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:35:41.79 ID:VLHjsG1Fo

ところが、いつからか借金を背負うようになり
研究内容は、金になるものに変わっていった。

借金が膨らんでいる内に、彼は好奇心を忘れ
ただ、金を得ることに執着するようになった。

だからこそ、彼はその為ならばなんでもやった。

絶対能力進化計画を成就するために
一方通行の精神を砕こうとした。
新しい超能力者さえも作った。

180: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:36:09.58 ID:VLHjsG1Fo


だが、一方通行の制御をすることは出来ず
挙句の果てに、最後の希望さえも
造り上げた超能力者によって叩き潰された。

もはや、天井亜雄に明日などない。
だからこそ、彼は想う。



研究者になった頃が一番幸せだった、と

181: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:37:28.56 ID:VLHjsG1Fo

―――
――


天井亜雄は最後の力を振り絞って、
拳銃を自らのこめかみに押し当てた。

だが、一方通行はその手を足で踏みつけ
強引に奪い取り、それを手に取った。


「イイモン持ってンじゃン、天井君よォ」


一方通行はその拳銃を天井の身体に向ける。

182: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:38:11.88 ID:VLHjsG1Fo






ダンダンダン!! と銃声が響き
天井亜雄の股間が容赦なく撃ち抜かれた。





183: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:38:38.39 ID:VLHjsG1Fo


「ぁぐ、ぅぁ……」


天井は絶叫を上げたつもりだったが
身体が衰弱しているせいで、唇が動かず
声にすることは出来なかった。


「痛いか? つか、そォなる様にしたンだが」


気が済んだと言わんばかりに、
一方通行は拳銃を乱暴に抛り棄てた。

184: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:39:07.09 ID:VLHjsG1Fo

「まァ、こンぐらいが丁度イイだろォ。
 誰かを失う人の痛みが分からねェお前にはな」


どこか遠くから、救急車のサイレンが近づいてくる。
恐らく、そこに倒れている女の手配だろう。
もしかすると、搬送先の病院も指定してくれるのかもしれない。

185: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:40:38.96 ID:VLHjsG1Fo

「オメデトウ、天井くンよォ!
 冥土帰しの手にかかったら助かるかもしれねェぜ?
 これで、明日を迎えることが出来る訳だァ!
 一秒経ったら死体になるかもしれないスリリングな明日がなァ!」


そう言い残して、一方通行は去っていた。

やがて、入れ違うように救急車がやってきた。
本来ならば、それは喜ぶべきのはずだ。

186: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:41:12.24 ID:VLHjsG1Fo

しかし、天井は逆に戦慄した。
ここで病院に搬送され、一命を取り留めた先に待っているのは、
待っているのは両勢力に板挟みにされた挙句の死だ。

絶え間ない苦痛と絶望の中、
天井が望んだのは死だった。

だが、それは叶えられそうに無かった。

187: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:41:56.12 ID:VLHjsG1Fo


―――
――


同時刻 とある大型軍用車両の車内


空間掌握は生きていた。

どうやら瀕死の重傷を負った上での演算だったせいか
生体電気を逆流させる計算式に狂いが生じたみたいだ。

そして、彼が目を覚ました場所は
冷たいアスファルトの上では無かった。
詳細は分からないが、造りからして
車内であることは明らかだろう

188: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:42:24.40 ID:VLHjsG1Fo


「やっと目を覚ましたか空間掌握」


声を掛けてきたのは、聞きなれない男の声だった。
だが、男の冷徹な目つきと声が、
只者でないことを物語っていた。


「君は何故、最終信号を救った?
 もしかして、アレの重要性を理解してるのか?」

189: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:42:52.58 ID:VLHjsG1Fo

空間掌握にはその言葉の意味が分からない。
それでも、その男の言葉が見当違いなのは理解できた。


「あっはっはっはははははははははは!!!」

「何がおかしい?」


空間掌握は突然狂ったように笑いだしたが、
男には一切の動揺が見られなかった。

190: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:43:31.32 ID:VLHjsG1Fo


「重要性? 何を言っているんだ貴様は。
 アレはただの子供だろうが」

「ならば、君はどうしてそんな行動に出た?
 まさか合理的な思考を失ったのか?」

「そんなわけがないだろう、いいか?
 何を合理的とするかは私が決めることだ。
 貴様らのくだらん価値観を押し付けるな」


空間掌握は獰猛な笑みを浮かべ、
男の顔を睨みつけた。

もう貴様らのいう事は聞かない、と言わんばかりに

191: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:43:57.84 ID:VLHjsG1Fo

「そうか」


男は無表情のまま、注射針を空間掌握の首に突き刺した。
瞬間、空間掌握の身体から力が抜け意識が無くなった。

男はその様子を確認し、
とある場所に電話を掛けた。


192: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:44:23.46 ID:VLHjsG1Fo



『様子はどうだね?』

「思ったよりも、深刻です。
 このままでは造反もあり得るかと」

『構わんよ、再起動<<リセット>>するだけだ。
 そのままこちらに移送してくれ』

「了解」


空間掌握を乗せた車は走る。
―――闇の匂いが漂う研究所へ


193: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:45:16.18 ID:VLHjsG1Fo

―――
――

八月三一日 午後九時半 とある歩道


『そォまでして救いたいと思える人間なら
 こンな方法じゃ救うことはできねェンだよ』


落ち着きを取り戻し、自宅への帰路へと着く一方通行は
魔術師に言った自分の言葉を反芻していた。

少しの前の自分も魔術師と似た気持ちだった。
こんな人間一人で救えるものがあるのなら、
喜んで犠牲になるつもりだった。

194: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:45:41.81 ID:VLHjsG1Fo


だが、彼は知ってしまったのだ。


『―――二度と死なないでください。
 私は、もう何も失いたくない』


自らが死ぬことで誰かが哀しむことを


『だから、闇に行かないで……、
 私を……一人にしないで……』


自らが破滅してまで助けたところで、
その人間が絶対に救われない事を


195: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:46:16.01 ID:VLHjsG1Fo


(だが、その反面、俺が死ぬことを
 望ンでる奴らだっているはずだ)


一方通行が思い浮かべたのは、
スキルアウトのような人間ではない。

自分が殺した人間と親しかった人間だ。

196: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:46:43.28 ID:VLHjsG1Fo

家族がいたかもしれない。
友人がいたかもしれない。
恋人がいたかもしれない。

その全員から、大切な人を奪ったのだ。
到底許される行為ではない。

『上からの命令で仕方なかった』や
『本当は殺したくなかった』等という言い訳は
遺された人間に通用するわけがないし、
彼自身、絶対そんな事は言いたくなかった。

197: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/11(木) 20:47:24.17 ID:VLHjsG1Fo

大切な人の為に死ぬわけにはいかない。
だが、被害者側にしてみれば、それは身勝手な願いだろう。


少年は苦悩する。

―――答えが見つかりそうにない問題に

―――数え切れない程の罪を背負いながら


205: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:14:02.04 ID:+TodhHUPo
九月一日 午前七時 窓の無いビル


「どういうことだアレイスター。
 貴様は遊んでいるのか?」


土御門元春はイラついた口調で問いかけ、
バン! と紙の束をガラスの円筒へと押し付けた。

それはまさしく、数々の修羅場を乗り越えた上条を
地獄へと突き落とした夏休みの宿題

206: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:14:28.96 ID:+TodhHUPo


……ではなく、学園都市への侵入事件のレポートだ。
クリップで止められた紙の束の一ページには
隠し撮りされた写真が留められていた。

写っているのは二〇代後半の女で、
金色の髪と別の国の血を引いたような褐色の肌が特徴的だ。

ただし、髪の手入れは怠っているのか荒れており
服装は、豪奢だがすり切れたゴシックロリータと、
かなり異様な外見をしていた。

207: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:14:55.30 ID:+TodhHUPo

シェリー=クロムウェル

それが侵入者の名前だが、
彼女はテロ行為指定のグループの人間ではない。
それでいて、それよりも厄介な組織に属している人間だ。

彼女はイギリス清教『必要悪の教会』に属する魔術師だ。

学園都市に入り込む魔術師を波風立てずに倒した事件は
過去何回かあるものの今回は重みが違う。

何しろ今までは流れの魔術師だったのに対して
今回はイギリス清教という組織の魔術師だ。

208: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:15:24.11 ID:+TodhHUPo


イギリス清教にはその性質上、様々な派閥と考えがある。
学園都市協力派もいるが、その反面
全世界を英国の植民地にしたいと考えている人間もいる。

そして、インデックスが学園都市内にいるという事実が
それに拍車をかける要因の一つとなっていた。

土御門が情報を最小限に留めているからこそいいが
『インデックスのセキュルティが外れている』
何て事が知れたら学園都市討伐運動が起こっても不思議はない。

大げさなようだが、これが組織間の問題だ。
個人間の争いの常識は通用しない。

209: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:16:04.73 ID:+TodhHUPo


それを踏まえた上で考えると、
今回の侵入事件は深刻な問題だ。

シェリーは寓意画・紋章などに隠された意味を読み取る、
いわゆる暗号解読のスペシャリストだ。

そんな彼女が他勢力の手に渡れば、
イギリス清教が守り続けてきた暗号解析技術を
相手に伝えてしまうことになる。

210: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:17:41.46 ID:+TodhHUPo

「まあよほど間抜けな選択を取らない限り
 今回もそこまで波風は立たないだろう。
 とにかくシェリーは俺が討つ。
 同じ魔術師が倒せば波風も小さいだろう。
 まったく、これでスパイは廃業―――」

「君は手を出さなくていい」


遮るようなアレイスターの声に、
土御門は一瞬凍り付いた。

211: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:18:19.14 ID:+TodhHUPo

「アレイスター、お前は何を考えている?
 上条当麻に魔術師をぶつけるのがそんなに魅力的か?」

「プランを短縮できる、理由はただそれだけだが?」


プラン

それこそアレイスターが人生をかけて進めているものだ。
計画というより手順といった方がいいだろう


212: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:18:51.97 ID:+TodhHUPo


「虚数学区・五行機関の制御法か」


土御門は忌々しげにそう呟いた。

学園都市最初の研究所と言われており
様々な噂が飛び交っているが、全容を知るものはいない。

土御門はある程度の真相は知っているが、
到底言えるはずもなかった。

それこそが火種になりかねないからだ

213: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:19:36.96 ID:+TodhHUPo


命令を無視してシェリーを討ちたいところだが
土御門にはその選択肢をとることは不可能だ。

アレイスターと土御門

その差は、超能力者と無能力者の日ではない、


「お前、本当に戦争を回避する自信はあるんだろうな?」

「それは全て君次第だ。
 なに、君の努力次第じゃ死者を出さずに済むかもしれんぞ?」


ちくしょうが、と土御門は吐き捨てる。
それが土御門のいつもの役回りだった。

214: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:20:02.67 ID:+TodhHUPo

同時刻 とある病院の診察室


そこにはカエル顔の医者と一方通行が
向かい合って座っていた。


「うん、順調に回復してるんだね?
 この調子だったら三分間までなら大丈夫だね」

「ウルトラマンかっつゥの。
 マジでどォにかならねェのか?」

215: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:20:37.76 ID:+TodhHUPo


「それは無理なんだね?
 とりあえず、空間掌握という毒は取り除いたけど
 君の脳にはまだダメージは残っているんだ」


一方通行は軽く舌打ちした。

何しろ一年間、毒に侵されていたのだ。
むしろ、回復していることが奇跡というべきだろう。

もうこれ以上、話すのは時間の無駄と判断したのか
一方通行はその場から立ち去った。

カエル顔の医者はそれを困った様子で見ながらも
驚きはせずに、次の診察の準備に入った。

216: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:21:12.68 ID:+TodhHUPo

同時刻 とある学生寮


「とうまのとうまのばかばかばか!!!」

「ぎゃああ!?」


熾烈な闘いを終え、生還した上条当麻に待っていたのは
ヒロインの愛の鉄拳ならぬ鉄歯だった。

誰とは言わないが、この時点で意識不明になる者もいるだろう。

217: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:21:40.46 ID:+TodhHUPo


「まったく、魔術師と闘うっていうのに私を置いてくなんて!
 いくら不思議な右手を持っていても、
 とうまは魔術の素人なんだから!
 何かあったらどうするつもりだったの!?」


見れば、インデックスの顔は大層怒っていたが
その目は今にも泣きそうだった。

やがてインデックスは噛み付きをやめ
上条の頭を優しく抱きしめた。

218: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:22:14.54 ID:+TodhHUPo


「……本当にどうするつもりだったの?」


少女の声にはもう怒りは無く、震えており
その小さな体もまた震えていた。

恐らく上条が帰ってくるまでずっと心配していたのだろう。
その事実が、深い罪悪感となって上条を襲う

219: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:22:43.63 ID:+TodhHUPo


「ごめん」


自然と言葉が口から出る。
そして、それ以上何も言えなかった。

これ以上インデックスを不安にさせてはいけないな、と
上条は心の底から願うが、同時に想うことはある。

これでいいのか、と。

上条当麻は記憶喪失だ。
そして、インデックスはその事を知らない。

それはインデックスを傷つけない為に
上条が選択したことだ。

220: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:24:18.88 ID:+TodhHUPo
それでも、自分の選択肢が本当に正しいのか
―――そんな疑問を抱かずにはいられなかった。


(本当は俺が傷つきたくないだけなのか……)


記憶喪失を知らないインデックスが見ているのは
自分ではなく記憶を失う前の自分だ。

彼女はそれを知った時、どうするのだろうか
考えただけで怖かった。

221: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 06:24:45.27 ID:+TodhHUPo


少年は悩む。


―――守りたいという優しさ

―――騙しているという罪悪感


―――その狭間で

227: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:42:40.19 ID:+TodhHUPo
九月一日 午前七時二〇分 とある学生寮


『感動』という人間のプラスの心情を表す名詞がある。
意味は、『深く物に感じて心を動かす事』である。
まあ、これは誰でも知っていることだろう。

その言葉こそ、今の上条当麻の心境を表すのに
最も相応しい言葉だった。

228: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:43:18.57 ID:+TodhHUPo


絵画、映画、風景……
この世には感動する物が多々存在するが
今の彼はそれらを人生で一番感動している錯覚さえ覚えた。
(彼には記憶喪失で夏休み以前の記憶がないのだが)

229: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:43:46.73 ID:+TodhHUPo

今にも泣きそうな上条が見ているのは
自身の立つはずだった台所。

そこには―――

230: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:44:20.42 ID:+TodhHUPo



「えーっと、確かこんな風に炒めて、
 それで、これを入れて……」


何かを思い出しながら、
必死に料理をするインデックスの姿があった。


231: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:44:47.86 ID:+TodhHUPo

夏休み中は、家事を一切しなかった彼女が
何故、こうなったのかと言うと

『これ以上、とうまに負担かけたくないんだよ。
 これからは、私が支えるんだよ』

とのこと。

232: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:45:54.65 ID:+TodhHUPo


(やばい……、本格的に泣きそう)


涙を抑えつつ、上条が学校への支度を済ませていく。
最早、夏休みの宿題が終わっていないことなど
どうでも良くなっていた。

233: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/13(土) 22:46:20.65 ID:+TodhHUPo


「出来たんだよ!」


そう宣言し、テーブルに持ってきたのは
白ご飯、味噌汁、肉じゃがの三品だ。

出来立てと思わせる湯気が、
どの品からもおいしそうに上がっている。


「これは……うん、幸福だ」

238: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:40:12.17 ID:5tjeabzJo
九月一日 午前七時四〇分 とある学生寮


朝食を食べ終えた上条は自らの寝室と化したユニットバスで
顔を洗い、歯を磨いて、夏服に着替える。

本当はシャワーを浴びたい気分だったのだが
時間がないので断念することにした。

学校への支度を済ませ、ユニットバスのドアを開けると
ドアの前でインデックスが待っていた。

239: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:40:40.52 ID:5tjeabzJo


「とうま。本当にガッコー言っちゃうの?」

「あー、そっか。新学期始まると
 お前ずっとお留守番になっちゃうのか」


考えてみれば、それは大きな問題だった。

家から一歩も出るな、とまでは言うつもりはないが
彼女には学園都市における『常識』というものがない。

240: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:41:32.18 ID:5tjeabzJo

例えば、誰も避けて通る裏路地に入り、
大勢にスキルアウトに囲まれてしまう可能性もないとは言えない。

これまで通り上条とインデックスが一緒に居ることが
手っ取り早い解決手段なのだが、それは無理だろう。

魔術サイドと科学サイドは相容れないという風潮を
これまでの事件を通して上条は何となく感じていた。

下手に魔術側の重要人物であるインデックスを学校に入れて、
能力者にしてしまえば、いろいろと問題になるだろう。

241: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:42:10.18 ID:5tjeabzJo


「その辺も考えなくっちゃなー、悪いインデックス
 とりあえず今日は留守番頼むわ」

「とうま、はやく帰ってくる?」

「そうだな、分かった。
 帰ったら一緒にどこかに遊びに行くか」


少年の言葉はインデックスは素直な笑みを浮かべた。

242: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:42:38.52 ID:5tjeabzJo

上条はその笑顔を見るのが嬉しかったが、
同時に複雑な気分になった。

インデックスの人間関係は、
上条に依存するところが大きい。

つまりは、インデックスの繋がりは
上条、もしくはその友達であり
『上条を経由しない人間関係』が無いのだ。

その為、上条に協力しづらい問題でもあった。

243: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:43:38.50 ID:5tjeabzJo

(一方通行の奴にでも頼もうかなー、
 でも、アイツも友達居なさそうだよな。
 根はイイ奴なんだけど)


それにもし、一方通行を介したとしても
問題は根本的に解決したとは言いにくい。

何故なら、それはインデックス自身が自分で
造り上げた関係ではないからだ。

244: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:44:19.25 ID:5tjeabzJo


「じゃ、行ってくる」

「うん、いってらっしゃい」


何も出来ない上条は、問題を保留にして
学校へと急いだ。

245: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:44:47.37 ID:5tjeabzJo

五分後


インデックスは早速退屈に襲われていた。

彼女としては、上条についていきたいのだが
そうすると上条はきっと困ってしまうだろう。

自分の都合を相手に押し付けるのは良くない。
逆の立場で考えると、自分も困るのだから。

そう考えると、無邪気に彼の姿を追いかけるのも
気が引けるというものだ。


(とうまは帰ってきたらどこかに遊びに連れて行ってくる
 って言ってたんだし、我慢しなくちゃ。
 とりあえず食器洗いでもするんだよ)

246: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:45:38.62 ID:5tjeabzJo


同時刻 大通り


上条当麻は走っていた。

本当は電車を使う予定だったのだが、
どっかの悪戯カラスの仕業か、線路に小石があった為
電車が止まっていたのだ。

その為、学校に間に合うためには
走らなければならないのだ。

247: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:46:04.39 ID:5tjeabzJo

ちなみに上条の学校は電車通学を禁止している。
理由は、非行防止やトラブル防止などと言っているが
実際には学校が運営するスクールバスで通学させた方が
経営陣としては儲かるのだろう。

しかし、電車の二分の一で走るのにも拘わらず
料金が三倍もするバスを誰が利用するというのだろうか

実際、そんな校則を守っている生徒は極僅かで
ほとんどの生徒が内緒で電車を使っている。

248: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:46:35.19 ID:5tjeabzJo

教師陣も、その事情を察してるのか
駅を見回りすることはしない。

だが、そんな校則が存在する手前、
駅で発行される遅延証明書を持っても遅刻は取り消されない。

249: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:47:01.28 ID:5tjeabzJo

(もしかしたら、それが真の狙いかチクショウ。
 まあ今回は別に俺だけがついてないわけじゃないか)


かといって、その事実が上条を癒してくるわけではない。
ぼんやりとした頭を朝の感動を思い出しなんとか動かしながらも
走っていると、何者かが物凄いスピードで上条を追い抜かした。

常盤台中学の制服を着た茶髪の少女だ。
しかし、舞い上がるスカートを気にも留めず
下には短パンを履いてるから大丈夫と言わんばかりの
全力疾走はどう考えてもお嬢様のすることではない。

250: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:47:28.24 ID:5tjeabzJo


「あー、ビリビリか」


学園都市超能力者第三位、超電磁砲こと御坂美琴。
よくそんな少女と知り合いになれたと思う上条だが、
考えてみれば、一方通行だって第一位だし
インデックスに至っては一〇万三〇〇〇冊の魔導書を
所持する禁書目録である。

もしかした自分はすごい交友関係を持っているのだろうか
少なくとも組織に危険視されるぐらいに

251: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:47:58.83 ID:5tjeabzJo

「おっすー、若者は朝から元気だなぁオイ」


そんな事を思いながらも上条は一先ず
美琴に話しかけることにした。

彼の声を聞いた美琴は驚いた様子で
走る速度を落とし、上条のペースに合わせた。


252: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:48:25.63 ID:5tjeabzJo


「あ、アンタあの後大丈夫だったの?」


八月三一日、闇咲にインデックスが攫われ、
捜索中の上条を引き留めるために、
美琴は警備ロボットを破壊してしまい、
運悪くその場に居合わせた警備員に追い掛け回され
逃げていくうちに二人ははぐれてしまったのだ。

その事に関して、さすがの美琴も
後ろめたさを感じていた。

253: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:49:20.24 ID:5tjeabzJo


「まあ何とか逃げ切ったしな、そっちは?」

「私は、能力で特定されちゃったけど
 ……まあ、大事にはならなかったわ」


実は、超能力者が犯した犯罪というのは、
余程の事でない限り、見逃されることが多い。

254: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:49:46.23 ID:5tjeabzJo

その為なのか、災害保険の適用項目の一つに
『超能力者による被害』がある程だ。

今回の件にしても、闇咲が起こした事件に
埋もれて、有耶無耶になっているせいか
寮監のジャーマンスープレックスで済んだようだ。
それを軽くと言えるのかどうかは置いといて

255: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/14(日) 17:50:25.39 ID:5tjeabzJo


「つか、あの時なんか用事あったのか?」

「べ、別に特に用事があったわけじゃ……」

「じゃあ、別に呼び止める必要なんかねえじゃん。
 最近の若者は何を考えているのか分かんねえな」

「んだとゴラァァァアアアアアアアアアアアアアア」


テンションの落差の激しい二人は、
騒ぎながら学校への道を歩いていった。

263: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:00:36.52 ID:0wyM63Wwo
9月1日 午前8時20分 とある学校の教室


何とか遅刻を回避することにした上条は、
紆余曲折を経て自分の席についた。

それにしても、このクラス。
大半の生徒が夏休みの宿題をやっていないらしい。
青髪ピアスに至っては終わらせたのにも拘わらず
小萌先生に怒られるために、全て忘れてきたらしい。

264: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:01:14.24 ID:0wyM63Wwo

間に合わないと頭で分かっていながらも、
必死に終わらせようとした昨日の自分は
一体なんだったのだろうか

少しやりきれない思いを抱えながらも
上条は、青髪と世間話を始めた。

265: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:01:42.16 ID:0wyM63Wwo


「超能力者って七人おるんやけど、
 何と第二位の正体って天使らしいで」

「んなわけねーだろ」


超能力者―――学園都市に七人しかない最高レベルの能力者。
一方通行や御坂美琴がこれに該当している。

彼らのの戦闘能力は高いだろうが、
さすがに天使を超えるとは思えなかった。


266: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:02:09.31 ID:0wyM63Wwo


「超能力者って七人おるんやけど、
 何と第二位の正体って天使らしいで」

「んなわけねーだろ」


超能力者―――学園都市に七人しかない最高レベルの能力者。
一方通行や御坂美琴がこれに該当している。

彼らのの戦闘能力は高いだろうが、
さすがに天使を超えるとは思えなかった。


267: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:02:36.33 ID:0wyM63Wwo

「でさー、超能力者になれば奨学金たくさん貰えるし
 なんか問題起こしても見逃されるって噂なんやで」

「あー、何つーか羨ましい話だな」


考えてみれば、一方通行は買い物を全てブラックカードで
済ませていたし、美琴も一個二〇〇〇円もするホットドッグを
当然のように購入している。

超能力者になれば、インデックスの食費で苦悩することは
ないだろうなー、と上条は心の中で儚い夢を見た。

268: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:03:38.01 ID:0wyM63Wwo

「まあ、超能力者は人格破綻者っていうしな。
 そんなら無能力者バンザイってトコやけどな」


青髪の何気ない一言に上条は思わず目を見開いた。

青髪の言っていることは単なる戯言ではないのだろう。
『超能力者は人格破綻者の集まり』というのは
上条の意味記憶にも残っている。

269: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:04:09.53 ID:0wyM63Wwo


(本当にそうか?)


確かに、一方通行はキレれば手が付けられないし
美琴も平気で人に電撃をぶつけるし
空間掌握に至っては人を殺す事に対して何も思わなかった。
とても、普通とは言い難いとは思う。

270: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:04:37.31 ID:0wyM63Wwo

それでも、彼らだって喜怒哀楽の感情を持った人だ。

空間掌握だって、自身の感情を学習装置で
制御されるまではそれを持っていたはずだ。

当然、傷つく時も哀しむ時もあるだろう。

271: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:05:12.14 ID:0wyM63Wwo

それに、人格破綻者なんて無能力者の中にもいるはずだ。
超能力者だからと言って、ロクに知りもしないのに
そんな風に貶めていいはずがない。

他の超能力者はどう思っているのだろうか
自らの境遇に対して不満を持っているのだろうか
それとも中には本当に人格が破綻しているものもいるのだろうか

272: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:05:38.23 ID:0wyM63Wwo


「……」

「カミやん? おーい、カミやん?」


青髪ピアスの声で、ようやく上条は
思考の渦から引きずり出され我に返った。

273: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:06:06.18 ID:0wyM63Wwo


「あー、悪い。昨日眠ってなくて
 頭がボーっとしてたんだ」


自分がいくら考えたところで
彼らを取り巻く環境が変わるわけではない。

そう考え、上条は日常へと帰っていく。

274: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:06:34.38 ID:0wyM63Wwo

―――
――



「はいはーい、それじゃホームルーム始めますよー。
 始業式まで押しちゃってるので
 テキパキ進めちゃいますからねー」


小萌先生が教室に入ってきたときには、
教室の生徒は全員着席していた。
ただ一席を残して

275: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:07:00.28 ID:0wyM63Wwo



「あれ? 先生、土御門は?」

「おやすみの連絡は受けてませんー。
 もしかしたらお寝坊さんなのかもしれませんー」


上条の問いに小萌先生はそう軽く受け流し、
クラス全員に向けて話し始めた。


276: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:07:28.26 ID:0wyM63Wwo


「えー、出席を取る前にビックニュースですー、
 なんと今日から転入生追加でーす。
 ちなみにその子は女の子ですー
 おめでとう野郎どもー、残念でした子猫ちゃん達ー」


おおおおおお!! とクラスの全員が色めき立つ。
そんな中、上条は言い知れぬ不安に襲われていた。

277: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:08:04.05 ID:0wyM63Wwo

(何かとんでもないオチが付く気がする)


普通に考えれば姫神秋沙なのだが、世界は広い。

例えば、インデックスが教室に乱入して来たり
一方通行が『誰が女だァ!? あァ!?』と
激怒しながらプラズマで教室をぶっ壊したり、
羽根を隠した天使が『fyo宜gh』と言ってくるかもしれない。

普通に考えれば有り得ないとは思うが
有り得てしまうのが彼の人生だった。

278: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:08:30.25 ID:0wyM63Wwo


「とりあえず顔みせだけですー。
 詳しい自己紹介とかは始業式の後ですー。
 さあ転校生ちゃん、どーぞー」


そこに、長い黒髪の少女が入ってきた。

279: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:08:59.05 ID:0wyM63Wwo

「私の名前は姫神秋沙。よろしく」


予想外の展開が起こらなかったことに対して
上条は安堵のあまり机に突っ伏した。


「よ、良かった。地味に姫神で本当に良かった。
 巫女装束じゃなくて地味な制服に身を包んでくれて
 心の底から安心した……」

「君の台詞には。そこはかとない悪意を感じるのだけど」


280: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:09:24.64 ID:0wyM63Wwo

―――
――


九月一日 午前一〇時半 とある学校の体育館


始業式が始まり、上条を初めとした
全校生徒はそこで整列をしていた。


281: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:09:53.26 ID:0wyM63Wwo


(うう……辛い)


九月一日とはいえ、まだ残暑が残っており
蒸すような熱気が体育館を包み込んでた。

さらには、その状況下で立ったまま
長い校長先生の話を聞かなければならないのである。
しかも、上条には寝不足という
ステータス異常が追加されている。

282: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:10:20.99 ID:0wyM63Wwo

ちなみに校長先生の話が始まってから一時間が経ち
それはまだ終わりそうになかった。


(あー、そういや一方通行どうしてんのかな。
 一応学校行く、つってたけど
 この状況だとアイツも倒れそうだな)

283: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:11:06.87 ID:0wyM63Wwo



同時刻 長点上機学園の特別教室


上条の心配を余所に一方通行は始業式に出ることなく、
ソファで睡眠を取っていた。

この男、教室の場所を生徒の誰も知らず
尚且つ知っている教師も教室に来ない事をいい事に
教室に冷蔵庫とパソコン、ソファを持ち込む等
文字通りやりたい放題である。

284: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:11:32.89 ID:0wyM63Wwo


唐突に、パソコンが警告音を鳴らした。
それが耳に入ったのか一方通行は目を
しょぼつかせながらゆっくりと起き上がる。

実は、一方通行は昨日のような件に素早く対応させる為に
(勝手に)学園都市の警備システムと自身のパソコンを同期させ
特別警戒宣言が発令された瞬間、情報が(ばれない様に)
入ってくるように細工したのだ。

285: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:11:59.02 ID:0wyM63Wwo


(やべェな、こりゃ)


画面に映し出された情報を見た一方通行はそう判断し
すぐに戦闘服に着替え始めた。

286: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:12:42.52 ID:0wyM63Wwo


同時刻 とある学生寮


「皿洗い終わったんだよ!」


誰もいない空間に誇示するようにインデックスはそう叫んだ。
強いて言うならスフィンクスという名の三毛猫がいるが

上条が帰ってくるまでに、テレビで見た料理でも作ろうかと
思案した彼女だが、あることを思い出した。

287: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 15:13:13.39 ID:0wyM63Wwo

それは、冷蔵庫が空っぽだという事だ。
ちなみにスナック菓子などの類も
三毛猫が片っ端から食い散らかしてしまう為
もう買い置きは存在しない。


「こ、これは未曽有のピンチかも」


思わず呟いてから玄関に目を向けた。
ドアの向こうには、上条のいる外の世界が広がっている。

293: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:02:17.58 ID:0wyM63Wwo
九月一日 午後11時30分 とある学生寮


「一五分で戻る。ソレ以上過ぎたら
 お前はここから立ち去れ」


そういってタクシー運転手に1万円札を渡し
慌てる運転手に目もくれず一方通行は駈け出した。

能力を使った方が早いのだが、
時間制限が在る為無駄遣いするわけには行かない。

294: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:04:10.59 ID:0wyM63Wwo

エレベーターを使い、七階まで上がり
上条の部屋の前についた一方通行は
チャイムを2回ほど鳴らした。


(……出ねェな)


いくら科学に疎いインデックスでも、
さすがにチャイムぐらいは反応すると思うのだが

295: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:04:40.35 ID:0wyM63Wwo

ふとドアの隙間を見た一方通行はあることに気付いた。
―――鍵が掛けられていないことに


(出かけるたびに泥棒の心配するアイツが
 鍵をかけ忘れるはずがねェ。
 だとするとこれは……)


ドアを勢いよく開け、急いで部屋の中を確認する。

296: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:05:07.45 ID:0wyM63Wwo

インデックスの姿は無かったものの
代わりにテーブルの上に書置きがあった。


『上条へ

 インデックスの奴に頼まれたから
 お前の学校に連れていくんだぞ。
 これを見たとき一人なら、
 学校まで戻るんだな

              舞花』


一方通行は軽く舌打ちすると
その部屋から立ち去った。

297: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:05:43.38 ID:0wyM63Wwo


同時刻 とある学校の校門前


土御門舞花に案内されたインデックスは
学校に入ろうとしたのだが、
その直前で踏みとどまった。


(勝手に入ったら、とうまも困るかもしれないし
 しょうがないから、ここで待つんだよ)


そう思い、校門の傍に移動しようと
後ろを振り返った瞬間、何者かとぶつかった。

298: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:06:11.19 ID:0wyM63Wwo

同時刻 とある学校 面接室


長かった始業式も終わりを迎え
帰りのホームルームも終わった今
クラスの生徒は部活の準備をする者と
そのまま帰ろうとする者に分かれた。

299: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:06:38.41 ID:0wyM63Wwo

上条は後者だったのだが、
小萌先生に呼び止められ
何故か職員室の隣にある面接室で
待たされている羽目になっているのだ。


(何故だ、今日の上条さんは真面目な生徒だったはず。
 一体、今度はどんな不幸が―――)


300: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/15(月) 21:07:04.81 ID:0wyM63Wwo


そんな事を考えていると、
扉が開き、二人の女性が入ってきた。

一人は小萌先生だったのだが
もう一人は、確か昨日追い掛け回してきた警備員に
似ているような気がする。


「よう少年、久しぶりじゃん」

「……不幸だ」

307: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:09:19.13 ID:0sk9psryo
9月1日 11時50分 とある学校の校門前


「ここでイイ、釣りは要らねェ」


そう言い捨て、運転手を無視して
一方通行は、タクシーから降りた。

308: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:09:45.92 ID:0sk9psryo

タクシー運転手としても、
お釣りを返したいところだったのだが
一方通行の態度に諦めたのか
そのまま次の客を探しにその場を去った。


(乗ってる間に辺りを見たが壊れた様子は無かった。
 なら、ヤツはまだここまで来てねェはずだ)

309: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:10:21.15 ID:0sk9psryo


正直、学園都市の門に攻撃を仕掛けた女は
陽動だと一方通行は踏んでいたのだが、
その後、人混みに紛れるという行動を取っている辺り
恐らく彼女は単独犯だろう。

それも、隠密行動は好まないようだ。
襲撃時の映像を見る限り、単なる馬鹿というよりは
相当な面倒臭がりやのような気がしたが、
一方通行にとっては、どうでも良かった。

310: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:10:59.75 ID:0sk9psryo

ふと見ると校門脇にインデックスと
見知らぬ少女が仲良さげに話していた。

霧ヶ丘女学院の制服を着ているので
侵入者の仲間の類ではないことは分かるのだが
一応、確認はすべきだろう

311: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:11:26.43 ID:0sk9psryo


「オイ、誰だお前は?」

「ひっ……」


ビクッと見知らぬ少女の肩が震えた。
小動物のように震えるその姿に
こンな女って実際にいるンだな、と
一方通行は素直に驚いた。

312: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:11:52.50 ID:0sk9psryo


「あくせられーた、ひょうかを怖がらせちゃダメなんだよ
 ……大丈夫だよ、ひょうか。あくせられーたは
 服のセンスの無いチンピラだけどいい人だから」

「ひっでェ言われようだなオイ!」

313: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:12:35.23 ID:0sk9psryo


見知らぬ少女の肩がビクリと震えた。
自分は悪くないはずと思いながらも
一方通行は何故か罪悪感を感じた。


「あァ、すまねェ。
 俺は一方通行、お前は?」

「か、風斬氷華って言います」

314: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:13:08.65 ID:0sk9psryo


三〇分後


『不幸だ』

このセリフが反省してないと思われたようで
説教は長々と続き、ようやく解放された上条は
しなびた野菜のように凹みながら
上条は鞄を回収しそのまま昇降口へと向かった。

上履きと革靴をトレードし
そのまま学校の外へ出ようとすると
見知った少女と少年と見知らぬ少女が
校門のあたりで喋っているのが見えた。

315: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/16(火) 22:14:00.41 ID:0sk9psryo


「おーい」


上条は三人に声を掛けつつ、校門の外に出た。
見知った二人は何気なくそれに応じたが
何故か風斬はビクンと肩を震わせた。

それを見てインデックスが


「大丈夫だよ、とうまは血気盛んで優柔不断で
 軽薄で目に付いた女の子に片っ端から
 必死に自己アピールする珍種だけど、いい人だから」

「いきなり何だよ!?」

324: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 20:57:30.65 ID:VBa7Eskwo
9月1日 12時20分 とある校門前


(コイツ、怯え過ぎじゃねェか?)


風斬の上条に対する怯え方は尋常ではなかった。
それは、見知らぬ人に対する恐怖といったレベルではなく、
銃を持った人間と相対したかと思わせるような怯え方だった。

とは言っても風斬の性格からして不思議ではない。
そう思い、一方通行は大して気にすることは無かった。

325: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 20:58:04.62 ID:VBa7Eskwo

「せっかくだし、皆でどっかメシ食って
 そのまま遊びに行こうぜ」

「え……、私も、いいの?」

「当然だよ、二人もいいよね?」

「だな」

「構わねェよ」


上条と一方通行がそれぞれ即答すると
風斬は驚いたような表情になった。


326: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 20:58:32.81 ID:VBa7Eskwo


「えっと……ありが、とう」


風斬は、インデックスの顔を見て小さくそう言った。


「ん、一日遊ぶんなら金がいるか。
 コンビニで金降ろしてくるから
 ちょっと、ここで待っていろ」

「おォ、行って来い」

「テメェもこい!」

327: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 20:59:39.11 ID:VBa7Eskwo


はァ? と疑問符を浮かべる一方通行を引き摺りながら
上条は、学校の近くにあるコンビニに向かい
入り口に設置されているATMを操作する。

学園都市の生徒はもれなく奨学金制度に加入される。
月に一度、給料日のように振り込まれる。

能力実験の人体実験の契約料という側面を持つため
無能力者判定の上条には大した金額は振り込まれない。


328: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:00:06.77 ID:VBa7Eskwo

「いや、俺はブラックカードあるから問題ねェンだが」


対する一方通行は超能力者なので、
相当な額が振り込まれているはずである。


「いやですね、お前のブラックカード見ると
 インデックスが暴走しかねないからな」

329: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:00:34.14 ID:VBa7Eskwo



~蘇る過去の記憶~


禁書「たくさん食べたんだよ!」

一方「品切れになるまで食いやがって、
  お前の胃袋はブラックホールかっつゥの」

上条「本当にいいのか? 一方通行」

一方「ハッ、ンなもンどォせ大した金額じゃ……」


お会計 grgrh万nrghntr円


一方・上条「……何だこれ」


~回想終了~

330: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:01:02.55 ID:VBa7Eskwo


「そういえば、そンな事があったなァ」

「心配掛けちまったし、今日は朝食作ってくれたし
 ご褒美に、と言ってやりたいけど
 これからの事を考えるとなあ……」


これが父親の気持ちというものなのだろうか、
上条はぼんやりと思った。

331: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:01:44.15 ID:VBa7Eskwo



「そういえば、お前何でそんな戦闘服なんだ?」

「あァ、間違って着ている服を全部クリーニングに
 出しちまってよォ、着れる服がこれしかねェンだわ」


嘘だ。
一方通行は一度もクリーニングを利用したことが無い。

332: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:02:27.25 ID:VBa7Eskwo

(今回の侵入者は最早何の捻りもなく魔術師だが、
 理由や後ろ盾が無い以上、迂闊には動けねェな)


魔術師が侵入したことが今回が初めてではない。
だが、今までは、事件が引き起こされた後であったり
イギリス清教という後ろ盾があったのに対し
今回は、まだ学園都市に侵入しただけで
しかもイギリス清教からの連絡が無い。

この状態で、なまじ魔術を心得ている一方通行や上条が
魔術師を討てば、『魔術の技術を盗んだ』と
思われても不思議はないはずだ。

333: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:02:53.80 ID:VBa7Eskwo


そうなれば、『科学』と『魔術』
世界中を巻き込んだ二つの勢力の戦争が始まる。

科学サイドと魔術サイドに圧倒的な戦力差は無い。
だからこそ、戦争が起きれば泥沼のように長期戦と化すだろう。

そうなれば、必ず妹達が戦争に駆り出されるはずだ。
上層部にとって量産兵器としか思われていない彼女たちは
きっとゴミクズのように扱われてしまう。

334: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:03:22.23 ID:VBa7Eskwo


(恐らく、土御門辺りが頑張ってンだろォだけど。
 そいつにも限界はあるだろォな)


よって、まだ自分たちへの具体的な襲撃がない以上
こちらから行動を起こす事は絶対に避けなければならない。

知った所で動けないのなら意味がない。
―――そう判断した一方通行は上条に言わないでおくことにした。

335: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:03:50.48 ID:VBa7Eskwo


「ちょっと、話が耳に入ったのだけれど。
 あのメガネの女の名前って風斬氷華いいの?」


おわ!? と上条と一方通行が同時に飛びあがった。
気付けば後ろに姫神が立っていた。

姫神が見ているのは二人ではなく、
少し離れた校門のあたりで
インデックスと風斬がいるのが見える。

二人は何か楽しそうな様子で会話をしているようだが
それを見る姫神の視線はあまり好意的なものではなかった。

336: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:04:17.01 ID:VBa7Eskwo

「合ってるけど、もしかして仲悪かったか?」

「私が前に通っていた高校の名前は。
 霧ヶ丘女学院といって単純に能力開発分野だけなら
 常盤台に肩を並べる名門学校。常盤台が汎用性に優れた
 レギュラー的な能力者の育成に特化しているのに比べて。
 霧ヶ丘は奇妙で。異常で。でも再現するのが難しい。
 イレギュラー的な能力者の開発に専念している」

「そォいや、アイツの制服も霧ヶ丘だよなァ」

337: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:04:42.95 ID:VBa7Eskwo


ふうん、と上条は適当に相討ちを打った。

そういえば、彼女の吸血殺しだって凡庸性があるとは言えない。
そうなれば、幻想殺しも霧ヶ丘でなら重宝されるかもしれない。

もしかすると、奨学金も増えるかもしれないが
女子高に通ってまで得ようとは思わなかった。


338: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:05:11.65 ID:VBa7Eskwo

「てことは、風斬もなんか珍しい能力を持ってんのか?」


上条は驚く事もなくそう言った。
彼の隣にいる少年は、最強の能力を持っているし
何よりも自分自身も特殊な能力を持っている。

つまり上条は、特殊な能力というモノに慣れていたのだ。


339: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:05:37.14 ID:VBa7Eskwo

「分からない」

「「?」」

「風斬氷華の力は。誰にも分からない。
 彼女の名前はいつも成績上位者として
 学校の掲示板に張り出されていたけど」

「頭良かったのかアイツ」

「ううん。頭の良さは関係ない。
 霧ヶ丘は『能力の希少価値』によってランク付けされる。
 だから、風斬の能力が珍しかっただけ」

340: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:06:05.06 ID:VBa7Eskwo

けれど、と姫神は一区切り置いて


「霧ヶ丘の人間。誰も。彼女の姿を見たことは無い。
 名前は知っているのに。学年もクラスも誰も知らないの」

「……何だよ、それ」


霧ヶ丘を長点上機に置き換えた場合、
一方通行の事を指してるような気がしないでもないが
彼は敢えてその事を言わない事にしたようだ。

341: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:06:31.43 ID:VBa7Eskwo

「私は気になって先生に。尋ねた事がある。
 そしたら、内緒話するように。教えてくれた。
 風斬氷華は『正体不明』と呼ばれている」


そして、と姫神は一旦言葉を遮って


「いわく、風斬氷華は。
 虚数学区・五行機関の正体を知るための鍵だと」

342: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:07:05.39 ID:VBa7Eskwo

上条と一方通行は眉をひそめた。

虚数学区・五行機関
―――学園都市最初の研究所とされる場所だ。

現在の技術でも再現不可能な『架空技術』を有していると言われ
噂では裏から学園都市を掌握していると囁かれている程の
この街の深い暗部だ。

343: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:07:31.25 ID:VBa7Eskwo


「風斬氷華には彼女個人の能力を調べる為の研究所がある。
 それはとても珍しいことだから。
 実は虚数学区・五行機関を探る為だって。
 私も詳しい事は知らないけど、一応気をつけてね」


自分の役目は終わったとばかりに、
姫神はその場から立ち去ろうとする。

344: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:08:04.51 ID:VBa7Eskwo



「あっちょっと待―――」


だが、瞬きをした瞬間彼女の姿は消えていた。
辺りを見渡すが彼女の姿はどこにもいなかった。

あまり深く突っ込まない方がいいかもしれない、
上条は瞬間的にそう察した。


345: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/18(木) 21:08:29.64 ID:VBa7Eskwo



「虚数学区・五行機関、か。
 お前何か知ってる?」

「さァな、俺そォいうのあンま興味ねェし」


そんな会話を交わしながら二人は
インデックス達の元へ戻っていった。

彼女たちは二人を迎え入れる様に笑顔を作る。
三毛猫がみにゃーと鳴声を上げた。

不自然な所など、どこにもなかった。
―――少なくとも、その時点は

354: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:49:30.43 ID:7+dko4pNo
同時刻 とある駅前の大通り


始業式から解放された多くの中高生で形成された人混みの中
白井黒子は、人をかき分けながら歩いていた。

一週間程前、結標淡希に大怪我を負わされた彼女だったが
常盤台中学の夏服の右腕につけられている風紀委員の紋章が
もう既に完全に回復したことを物語っていた。

355: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:49:56.28 ID:7+dko4pNo


(……まったく、もう少し娯楽施設を分散させればよろしいのに。
 街の開発者は、交通心理学や環境心理学に乏しい方なのかしら)


白井黒子は、地価や集客効果を無視した評価を下す。
恐らく多くの人も同じ意見だろう。

人混みを好きな人間なんてそうそういない。
遊びの為なら我慢できる、というものだろうか。

356: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:50:25.04 ID:7+dko4pNo

しかし、白井黒子が人混みを歩く理由は
彼らとは全く違っていた。


(いましたわね……)


念の為に白井は、携帯電話を取り出し
画面に映る人物と見つけた人物を見比べた。
幸い、こちらに気付いている様子はないようだ。

357: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:51:20.22 ID:7+dko4pNo

今朝7時前、学園都市の外壁の二カ所から
何者かが同時に侵入した。

その内の一人はどうやら秘密裏に入ったようで
外壁の警備隊の証言によると、
『何故か許可証があると思ってしまった』
という証言をしているようだが警備員の管轄であるため、
白井は詳しい事情を知らなかった。

358: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:52:38.40 ID:7+dko4pNo

彼女が追っているのはもう一人の方だ。

あろうことか門の真正面から攻撃を仕掛け
重傷者一五四名を含む五七六名の負傷者を出した。

攻撃から三時間以上が過ぎた後に通信が途絶えた為、
増援が向かったもののそこには既に女の姿は無かった。

359: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:53:05.69 ID:7+dko4pNo

この時点で対テロ用の警戒レベル『特別警戒宣言』が発令。
学園都市内外の出入りが完全に封鎖され、
『風紀委員』には公欠と共に、侵入者の捜索命令が出された。

かくして、白井黒子は始業式を途中で抜け
数時間ほど街を歩き続けていた訳である。


(通常対応なら、応援を呼んで人払いも済ませてから
 被疑者確保といくべきところですが、
 下手に時間をかければ機を逃しますわね)

360: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:53:31.86 ID:7+dko4pNo



学園都市の治安維持部隊の系統は
『風紀委員』と『警備隊』の二種類に分かれている。

理由は内部腐敗を防ぐためなのだが
実際、最前線に立つのは警備員の面々だ。

考えてみれば当たり前のことだ。
教師陣で構成される警備員に対して
風紀委員は能力者である学生で構成される。

『子供を危険に晒す訳にはいかない』
『子供に危険を蹴り散らすだけの力を持たせない』
という二つの理由から、風紀委員には
基本的に重要な任務は与えられない。

361: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:53:57.55 ID:7+dko4pNo


白井の任務も本来ならば発見した時点で終了となり
後の仕事は警備員に任せる手筈になっていた。


(警備員の方には任せておけませんわね。
 実際、門の所でかなりの被害が出ているようですし)


白井の判断は、自身が大能力者という自信から来るものだった。
外壁での戦闘結果を見る限り、警備員の戦力には期待できない。
次世代兵器に頼る彼らより自分の方が強いと彼女は確信していた。

362: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:54:42.88 ID:7+dko4pNo

彼女はスカートのポケットに手を入れる。
中から取り出したのは一見小型の拳銃に見えるが
銃口の太さが3cm程あった。

兵器の類ではなく信号弾などを撃つためのデバイスだ。


(後で始末書を書かなければならないのは、
 あまり気が進みませんが、仕方がありません、ね!)

363: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:55:08.23 ID:7+dko4pNo

白井は銃口を真上に向け、一気に引き金を引いた。
ポン、と拍子抜けするような音を立てて口紅ぐらいの金属等が
ゆっくりと七メートルほど打ち上げられ、
ドカッ! 、と眩い閃光が辺りに撒き散らされた。

膨大な光量に反射的に反応し、顔を手で覆った彼らが
次に取った行動は迅速的だった。

悲鳴や怒号を上げながらその場から逃げていく。
愛車に乗っていた大学生や教員は
車を捨てて、その場から少しでも遠くに逃げようとする。

364: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:55:37.33 ID:7+dko4pNo

この街の住民であれば皆知っているのだ。
これは、治安部隊による避難命令。

これから戦闘を開始するので、
流れ弾に当たらない様に気をつけろ、
という意味が込められていることを

三〇秒も経たずに、駅前から活気が完全に消え去り、
白井黒子と信号の意味を知らない侵入者だけが取り残された。

365: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:56:23.78 ID:7+dko4pNo

侵入者は逃げる事も騒ぐ事もなく
ただそこに立ち尽くしていた。

白井黒子は改めて侵入者を見た。
金髪と青い目に、服装は所謂ゴシックロリータと呼ばれる
黒を基調として、端々に白いレースやリボンが
あしらわれている長いドレスだ。

金髪は、手入れを怠っているのか所々獣のように跳ねている。
ドレスも、着古したのか所々すり切れていた。
美人といえば美人なのだろうが、至る所に
荒んでいる感じが顕著に表れていた。


366: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:57:39.08 ID:7+dko4pNo



「動かないでいただきたいですわね。
 私、この街の治安維持を行っている風紀委員の白井黒子と申します。
 自身の身が拘束される理由は、言うまでもありませんわよね?」


白井の言葉に金髪の女は少しの狼狽も見せなかった。
余裕がある、と言うよりは単に興味が無いだけ、
と言った方が正しいだろう。

金髪の女としては、白井よりも
姿を消した人々の行動の方が気になるようだ。

367: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:58:29.87 ID:7+dko4pNo

辺りをゆっくりと見渡す事五秒。
ようやく金髪の女は、白井に目を向けた。


「探索中止。……手間かけさせやがって」


金髪の女は、侮蔑を含んだ声でそう言い放つと
そのまますり切れたドレスの破れた袖から
何かを取り出そうとした。

368: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 22:59:19.69 ID:7+dko4pNo


しかし、その時既に白井黒子は金髪の女の眼前に迫っていた。
一〇メートルの間合いが一気に詰められた事に
金髪の女がほんの少しだけ怪訝な表情を見せる。

白井黒子は大能力の『空間移動』だ。
その名の通り、一一次元を介して一瞬で移動することが出来る。
正確に言えば移動ではなく、転移と言った方が正しいだろう。

だが、白井に金髪の女にその事を説明する気はさらさらない。
白井は、そのまま手を伸ばし、女の手首を掴み、
女の身体が地面に仰向けで倒れるように転移させた。

369: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:00:11.22 ID:7+dko4pNo

金髪の女からして見れば、訳が分からないだろう。
痛みも、衝撃もなく一瞬で視界が街中から青空に移り変わる中
金髪の女は、それを得体の知れない武術だと推測する。

金髪の女が、回避行動として地面を転がり起き上がろうとした瞬間
ドカドカドカッ! という電動ミシンのような音が炸裂した。

金髪の女は一瞬、それが何の音なのか分からなかったが
すぐにその正体に気付かざるを得なかった。

見れば、ドレスやスカートの布地に金属矢が突き刺さっており
金髪の女を地面に縫い付けている。

370: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:00:38.59 ID:7+dko4pNo


「動くな、と申し上げております。
 日本語正しく伝わっていませんの?」


スカートの中に隠した金属矢を狙った場所に転移させる。
彼女が得意とする空間移動を応用した攻撃手段だ。

機銃並の威力と連射性を誇り、尚且つ
遮蔽物で防ぐ事は出来ず、流れ弾で他人が傷つくことも無い。

弱点と言えば、相手の身体を覆い隠すほどの遮蔽物があった場合
相手の座標をうまく把握出来ないので数歩動けば避けられる、
と言ったところだが、今の状況では気にすることではないだろう。

371: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:01:11.09 ID:7+dko4pNo

そんな風に勝利を確信した白井黒子だったが
ふと金髪の女のある様子が気になった。

金髪の女に表情には狼狽が一切ない。
そればかり、口は僅かな笑みを浮かべている。


「一体どういう……」


瞬間、白井の背後の地面が爆発した。

372: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:02:11.85 ID:7+dko4pNo


「これは―――」


振り返ろうとした瞬間、隆起したアスファルトが
彼女の細い体を容赦なく巻き上げ、宙に投げ飛ばした。

硬い地面に背中からぶつかる様に激突した彼女は、
咄嗟に受け身を取り、頭をぶつけることは避ける。

そして、激痛が体中を駆け巡る中
白井黒子はようやく背後を見ることに成功した。

373: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:02:43.56 ID:7+dko4pNo

そこに有ったのは巨大な腕。

一見、巨人の腕を石で再現しただけに見えるが
よく見れば、アスファルトやガードレール等
辺りにあるものをかき集めて粘土のように
捏ねまわして形を整えたようだった。

白井は慌ててその場を離れようとするが
足首に何かが引っ掛かり身動きが取れないようだ。

よく見ると、腕の付け根の隆起部分に足が挟まっている。
その隆起部分は人の顔のように見え、
まるで巨人の歯が彼女の足首に噛み付いているようだった。

374: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:03:15.47 ID:7+dko4pNo

(…ぁ……ぐ、外部の……人間の癖に能力者なん……て)


激痛が体内を駆け巡る中、地面に縫い付けられている女を見ると
彼女は、手にチョークのようなものを持っており、
それを使ったのか、アスファルトのような記号が刻まれていた。

それは方程式のような科学的な記号ではなく
オカルトじみた魔法の文字のように見える。

自己暗示を携帯の短縮メモリのように何パターンか用意して
能力を制御しているのかもしれない。

魔術の事を知らない白井は、自らが持っている知識を
繋ぎ合わせ、そんな風に推測した。

375: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:03:41.16 ID:7+dko4pNo

空間転移さえ出来れば脱出は容易だろう。
だが、空間転移は一一次元の座標と計測し、
移動ベクトルを演算しなければならない。

演算式に難解さは、他の系統の能力の比ではない。

よって、集中力がかき乱される状況下では
掲載能力がうまく働かず、能力が使えないのだ。

376: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:04:08.18 ID:7+dko4pNo

この状況がまさにそれだった。
アスファルトが食い込む足の激痛が
彼女の計算能力を奪っていた。

女はうっすらと笑いながら手首のスナップだけで
チョークを動かし、それと連動するように
巨大な腕が振り上げられる。

ゆっくりと狙いを定める様に

377: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:04:46.61 ID:7+dko4pNo


痛みに耐え、冷静さを取り戻せば
すぐにでも脱出できるはずだ。

その事を彼女は頭の中で充分に理解していた。
しかし、彼女は戦闘のプロではない。
風紀委員で鍛錬には励んではいるが、
特殊部隊のような過酷な訓練を受けた訳ではない。

頭では分かっていても、
死への恐怖が冷静を殺していき、
彼女は空間移動という脱出手段を有しておきながら
それを使うことは出来なかった。

378: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:05:15.39 ID:7+dko4pNo

まるで、核シェルターはあるのに、鍵穴に鍵を
うまく通す事が出来なくなってしまったように

やがて腕が空中で制止した。
攻撃準備はもう整ったと言わんばかりに

白井はその光景に既視感を覚えた。
それは、一週間程前に彼女の身に起きたことに
あまりにも似すぎていた。

身動きが一切取れず、能力も使えない状況で
理不尽な力によって自らの命が絶たれようとする瞬間だった。

379: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/19(金) 23:05:46.32 ID:7+dko4pNo

走馬灯、というものだろうか。
その時の光景が今の光景に重なって見える。

ここで死ぬのだろうか
―――そう思った瞬間だった。




走馬灯で見えたオレンジ色の光線が現実のものへと変貌した。

386: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:18:04.62 ID:nOEPuxE0o
轟!!! とオレンジ色の煌めきを放つ光線が
巨人の腕目がけて一直線に向かっていく。
しかし、その正体はレーザーでは無かった。

超電磁砲

それは音速の三倍で放たれた金属片の一撃。
あまりの速度に、人間の視界では捉えきる事が出来ず
レーザーのように見えてしまうのだ。

387: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:18:31.82 ID:nOEPuxE0o


凶悪な一撃は、巨大な腕に直撃し
辺り一帯に粉塵が撒き散らされる。

だが、光線のようなものから生じた烈風が
一瞬にして粉塵を薙ぎ払った為、
白井の視界が封じられることは無かった。

見れば、30メートル程離れた場所に
見知った少女が立っているのが見えた。

388: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:18:58.76 ID:nOEPuxE0o


「黒子!」


そう叫んだ人物は、御坂美琴。
学園都市第三位『超電磁砲』の異名をもつ少女だ。

その姿を見て、幾分かの落ち着きを取り戻した彼女は
御坂美琴の位置情報を計算式に組み込むことで
演算式を簡略化し、空間転移を実行した。

ヒュン! という風を切る音が小さく鳴り
白井の身体は美琴の背後に現われた。

それは予想外の事だったのだろうか、
美琴は慌てて背後を振り返る。

389: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:19:39.65 ID:nOEPuxE0o


「大丈夫!? 怪我とか無い!?」

「ええ、大丈夫ですの。それよりも……」


ええ、と美琴は適当に相槌を打ちながら
先程まで白井がいた場所に目を向けた。

そこには異形の姿をした巨大な石像のようなものが立っていた。
その周辺にあったガードレールや信号、更には
大学生や教員達が乗り捨てた車が消えていることから見て
恐らくそれらを身に纏っているのだろう。

390: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:20:05.17 ID:nOEPuxE0o


「ったく、何の騒ぎか知らないんだけどさ―――」


美琴はコインを向けて、スカートのポケットからコインを
取り出し、真っ直ぐと巨大な石像を見据えた。


「―――私の知り合いに手ぇ出してんじゃないわよ!」


轟!!! と空間が再びオレンジ色の光線に引き裂かれた。
それは、烈風の衝撃波を辺りに撒き散らしながら、一直線に進み
ドスン! と巨大な石像に直撃した。

バコン! と石像の腹が削り取られ、
石像の体は、一メートル程後退する。

391: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:20:34.87 ID:nOEPuxE0o


だが、起きたのはそれだけだった。

美琴は構わず、二発目を放とうとするが
石像が足を一歩踏み出した瞬間、
地面がまるで巨大地震に襲われたように揺れる。

体勢が崩れた美琴の手から放たれた超電磁砲は
見当違いな方向にオレンジ色の光線を描いた。

392: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:21:00.34 ID:nOEPuxE0o


石像が美琴達との距離を一歩ずつ縮める度に
地面の揺れは増していき、動くことすらままならなくなる。

そればかりか、踏み砕かれ宙をまた地面が
磁石で吸い寄せられるように、石像の腹に集まり
超電磁砲で削られた部分が修復されていく。

やがて石像と美琴達の距離が三メートルまで詰まった時
石像が動きを止め、腕を振り上げた。

393: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:23:11.78 ID:nOEPuxE0o

石像の歩みが止まり、腕が振り上げられると
同時に揺れが収まった瞬間、白井は即座に
美琴の腕を掴み、空間転移を実行した。

場所は、石像が向いている方向に一〇メートル程。
咄嗟の演算だった為、大した距離を稼ぐことは出来なかったが
ひとまず攻撃を避ける為には充分な距離だろう。

394: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:24:03.81 ID:nOEPuxE0o

石像は、誰もいない地面を叩き潰した後
腕を元に戻し、左足を宙に浮かせ、右足を軸にして
反対側に振り返ろうとする。

それは明らかな隙だった。

地面を叩き潰した時にも地面は揺れたが、
腕を元に戻す、という行動を間に挟んだため
左足を宙に浮かせた時には既に揺れは収まっていた。

395: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:25:02.81 ID:nOEPuxE0o

放てる超電磁砲は一発。
石像を完全に壊す事は出来ないし、
女を攻撃しても、石像が停止する保証はない。

美琴はすかさず超電磁砲を放った。
一撃で戦況を覆せる場所へと

そして、石像が右足をつけるより早く、
超電磁砲はオレンジ色の軌跡を描きながら直撃する。

396: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:25:39.19 ID:nOEPuxE0o






ゴーレムの左肩の絶妙な一点に

397: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:26:13.28 ID:nOEPuxE0o

石像の形状
超電磁砲の威力
超電磁砲を受けた時の石像の反応

これらの情報を元に演算し、美琴は一瞬の内に
確実に体勢が崩れる一点を正確に導き出していた。

美琴が頭で思い浮かべた通りに、
体勢を崩れたゴーレムは背中から地面に倒れ始める。


398: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/20(土) 21:26:54.51 ID:nOEPuxE0o

(さてと、後はあの女を気絶させるだけでいいわね。
 一方通行みたいに無意識下の状況でも
 能力使えるなんてのはさすがに無いわよね)


そう思い、女の方に振り返ろうとした瞬間
石像が内側から爆発するように崩壊した。

大量の粉塵が辺り一帯に拡散し、
美琴と白井の視界が灰色一色に染め上げられる。

美琴は咄嗟に超電磁砲を真上に放ち、
粉塵を薙ぎ払うも、既に女の姿はそこには無かった。

403: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 16:25:17.88 ID:jg1v8ldho
地面に縫い付けられている筈の女はどこにもいなかった。
代わりに、黒い布地の端切れがこびりついた汚れのように残されていた。


「まさか、超電磁砲を受けて耐えられるなんて……、
 あの女って何者な訳? もしかして第二位とか?」

「いえ、外部からの侵入者なのですけど……お姉様ぁ……」


404: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 16:26:19.14 ID:jg1v8ldho


白井はそこで力が抜けたように、美琴に抱き着いた。


「ちょっと、こら、アンタ! こんな時にまで―――」


美琴は慌てて引き剥がそうとしたが、あることに気付いた。
白井の身体が小刻みに揺れている事に

白井は美琴のサマーセーターの胸の辺りを掴んでいる。
たったそれだけの接点にも拘わらず、
その事実が痛い程に伝わってきた。

405: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 16:26:51.94 ID:jg1v8ldho


「ったく、アンタは何でもかんでも一人で解決しようとしすぎよ。
 武人じゃないんだし一対一にこだわる事もないでしょ」

「……………」

「もっと私を頼りなさい。ヤバい事が起きてからじゃなくて」
 少しでもヤバそうなら連絡を入れなさい」

「…………ハァハァ」

「私に迷惑かけたくないなんて思わないの。
 状況がヤバい程、私を信頼してるって証になるんだから。
 私がそれを拒絶するはずないでしょ」

406: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 16:28:06.75 ID:jg1v8ldho



何やら白井の息遣いがおかしいが、きっと気のせいだろう。
そう思った美琴は、ぽんぽんと、と白井の頭を軽く撫でた。


「……ウッ、……フゥ」

「黒子?」

「何でもありませんわ、お姉様。
 もう大丈夫ですの」


震えが一際大きくなったと思った瞬間
白井の体の震えは突然収まった。

そして、白井は美琴のサマーセーターから手を離すと
妙な真剣な顔つきになり、女がいた場所を
観察するように眺め始める。

407: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 16:28:34.31 ID:jg1v8ldho



「えっと……本当に大丈夫な訳?」

「ええ、それよりもこの侵入者は何者なのでしょう。
 もしや、外部にもまた学園都市は違う方式の
 超能力開発機関が存在するのでしょうか?」


その後も、白井は女の能力に関して、
自分なりに考察した結果を次々と語り始める。

訳が分からない美琴はただそれを聞き続けた。


413: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:41:00.73 ID:jg1v8ldho
8月31日 午後一時〇〇分


「おー、とうま。これがうわさの地下世界なんだね?」

「地下街な、地下街」


はしゃぐインデックスに、寝不足の頭を
必死に動かしながら上条はツッコミを入れた。

414: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:41:55.31 ID:jg1v8ldho

学園都市には地下街が多く、駅を中心として
各デパートの地下を繋げ迷路のように展開させている。
駅前の通り程ではないものの、多くの学生が
地下街を行き来していた。

警備ロボットや風力発電システムと同じように
地下街も学園都市の試験品という一面を持つ。

土地不足であると同時に地震大国でもある日本は、
必然と世界最高レベルの地下建設技術が求められる。
その為の実地テストとして、学園都市の各所が
掘り起こされる羽目になったのだ。

上条がここを遊びの場に選んだ理由は特に無く
自分以外の三人が地下街をよく知らなかったからである。

415: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:42:28.81 ID:jg1v8ldho


「とりあえず、メシでも食いますか。
 お前ら、何か希望あるか?
 あー、高い所と行列が出来る場所は禁止な」

「安くて美味しくて量が多くて、
 あまり人に知られてない所がいいんだよ」

「どこでも構わねェよ」

「正反対の意見でありながら 一番困るという
 共通点のある回答ありがとう、風斬は?」

416: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:42:54.57 ID:jg1v8ldho


そういって上条は風斬の方を見るが、何故か彼女は
びくっと肩を震わせて、一方通行の陰に隠れてしまう。


「あのー、上条さんは何かやったのでせうか?」

「あ……いえ、ごめん、なさい」

「男性恐怖症ってかァ?
 いや、だったら俺も駄目だよなァ」

417: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:43:30.98 ID:jg1v8ldho


それにしても、この風斬の怯え方は何なのだろうか。
先程から風斬は、妙に上条との距離を取っていた。
まるで、拳の射程範囲から逃げる様に

一方通行はそこまで考えて、風斬が不思議なそうな顔をして
自分をじっと見つめていることに気付いた。

418: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:45:08.43 ID:jg1v8ldho


「? どォした?」


一方通行は何気なくそう聞いた。
何か言いたげな表情なのは分かったが、
一体それが何だったのか彼には分からなかった。

419: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:45:41.23 ID:jg1v8ldho






「え、えっと……男なん、ですか?」






420: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:46:08.15 ID:jg1v8ldho


その一言は的確に一方通行の心を貫いた。

一方通行にしても、まさか風斬の口から
そんな言葉が出るとは思わなかった事だろう。

それに、風斬とて悪意をもって言った訳ではない。
純粋な疑問として口から出ただけである。
その事が尚一層、一方通行の心を抉っていく。

421: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:46:37.86 ID:jg1v8ldho



(オイオイ、見りゃ分かンだろォがよ。
 ―――分かる………よなァ……。
 今までも似た事を言われたきたが、
 どれもこれも、ふざけた冗談だったはずだ。
 だが、それがこォしてこの女の口から出た以上
 今までの奴も少なからずは―――)

422: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/21(日) 23:47:12.84 ID:jg1v8ldho


くかきけこかかきくけ、と口を三日月のように開きながら
乾いたように笑う一方通行からどす黒い何かがあふれ出た。


「ひっ……ごめんなさい!」

「あー、近くに自販機にねえか?
 この程度だったらコーヒー与えれば治るはずだ」

429: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:50:07.66 ID:G6Mzhar1o
「いいぜ、お前がいつまで放心状態でいるなら
 ―――まずはその面倒臭い幻想をぶち殺す!」

「モガッ!?」


上条は近くにあった缶コーヒーのプルタブを開けると
一方通行の顎を抑え込み、中身を流し込んだ。


430: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:52:43.94 ID:G6Mzhar1o

「少し……やりすぎなん……じゃ」

「止めなくていいんだよ、ひょうか。
 男の子は基本的に馬鹿だから」


そんな二人の様子を風斬は怯えながら
インデックスは呆れたように見ていた。

431: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:53:42.01 ID:G6Mzhar1o


「ふう、そろそろ空になったか」


持っている缶が大分軽くなってきたため
上条が一方通行から手を離し、
缶の空であることを確認しようと
中身を覗き込んだ瞬間だった。


「こンの、三下ァ!」


再起動を果たした一方通行が上条の持っていた缶を蹴り上げる。
缶はくるくると回転しながら、打ち上げられたが
最初の回転で中に残っていたコーヒーが上条の目を直撃した。

432: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:54:32.37 ID:G6Mzhar1o

「あぎゃああああああああああああ!!!
 目がァァあああああああ! 目がァァああああああああ!!!」

「アハ、ざまァねェなァ、上条くゥゥゥン?」


一方通行は、蹴り上げた勢いを使い
鮮やかにバク転を成功させ地面に着地する。
満面のしたり顔を浮かべながら

433: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:55:01.21 ID:G6Mzhar1o

「よーし、上条さんも少しばかりバイオレンスですことよ?」

「Either you or me」


いつの間にやら、上条は右手を誇示するように構え
一方通行は小太刀を引き抜き逆手で構えていた。


「あ、あの……」

「ちょっと二人とも! ひょうかが怖がってるんだよ!
 子供じゃないんだから、落ち着いて!!」

434: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:55:30.82 ID:G6Mzhar1o


「……まー、子供にそう言われちゃお終いか。
 確かに少しやりすぎたし。悪かったな一方通行」

「まァ俺もはしゃぎすぎたな。すまねェ」

「え、えっと……」

「とうま、私にも何かいう事はない?」

「えっ? はて何か……ぎゃああああああああああ!?」


平和が来たと思ったが、それは幻想だったようだ。
インデックスは上条の頭に噛り付き、上条は絶叫しながらも
インデックスをどうにかして振り払おうとする。

435: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/22(月) 21:56:04.70 ID:G6Mzhar1o


(まァ、ある意味いつも通りか……)


落ち着きを取り戻し、傍観者側に立った一方通行は
風斬が必死に何かを訴えている事に気付いた。


「オイ、シスター。その辺にしといてやれ!
 ―――ンで、どォした風斬?」

「あ、あの……お昼ご飯」


一方通行の制止で動きを止めた上条とインデックスは
消え入りそうな風斬の声を聞くと、彼女の方を振り返った。

風斬の指はどこかを指さしている。
その指先を目で追うと、一軒のレストランがあった。

440: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:17:37.18 ID:JXO3Rerqo
「それにしても、アレが上条当麻かぁ。
 月詠センセのクラスは面白いガキに恵まれてんじゃん!
 ウチはつっまんねえ生徒だから嫌になっちゃうじゃんよ」


がらんとした職員室で、黄泉川愛穂は大きく笑った。

美人なのだが、緑色のジャージを着用し
髪は後ろで縛っているだけと大雑把な恰好をしている。
その為、周囲からは、『もったいない女性』と言われているという


441: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:18:08.43 ID:JXO3Rerqo


「もう! 笑い事じゃないのですよ!
 保険が降りなかったらどうするつもりだったんですか!
 到底、上条ちゃんに支払える額ではないですし、
 大体、常盤台の超能力者も罪に問われないからって
 少し調子に乗りすぎなのですーっ!」


笑う黄泉川を小萌先生が思いっきり睨みつける。
だが、その眼には迫力が一切無かった。

442: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:18:35.73 ID:JXO3Rerqo



「あー、落ち着くじゃんよ。
 本人だって最後には反省してたじゃん。
 あの二人に見習わせたいぐらいじゃんよ」

「あの二人?」


小萌先生がそう聞き返すと、
黄泉川は悔しそうな表情を浮かべた。

443: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:19:05.41 ID:JXO3Rerqo


「昨日の侵入者と超能力者第一位のガキでね。
 アイツら妙に強いから、取り押さえられないじゃん。
 捜査しようにも、上から圧力が―――」


黄泉川がそこまで言った瞬間、
ピーッ! という電子音が鳴り響いた。

周りを見渡すと、どうやら電子音は
黄泉川のパソコンから響いているようだ。

444: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:19:35.87 ID:JXO3Rerqo


「ま、アイツらはまだ良い方か。
 本当に手に負えない馬鹿が来やがったじゃんよ」


やがて、黄泉川のパソコンから音声が流れだした。


『本部より、全警備員に通達。
 第15学区において、侵入者と思われる女を発見。
 現在、第一五一~一五九支部による包囲が完了。
 隣接する学区の警備員は至急現場に急行せよ』

445: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:20:02.17 ID:JXO3Rerqo


―――
――


同時刻 第一五学区のとある通り


「絶対にここで食い止めるんだ!」

「射殺許可はまだ下りてないのか!?」

「普通の弾丸では駄目だ! 衝槍弾頭を装填しろ!」


緊張と怒号が警備員達の間を駆け巡っていく。
騒動の中心にいるのは豪奢なドレスを着た女だ。

女は巨大な駐車場のような建物の壁と向かい合うように立っており、
その周りを取り囲むように警備員が配置されていた。

446: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:20:34.77 ID:JXO3Rerqo

透明な盾をもつ前衛部隊と銃を持った後衛部隊に分かれ
警備員の隊長らしき男が女に向かって叫ぶ。


「無駄な抵抗はするな!
 両手をゆっくりと上げて―――」


男の言葉を無視して、女はチョークのようなもので
建物の壁にオカルトめいた魔法の文字を書き殴った。

直後、建物が崩壊し粉塵が巻き上げられる。


「一体何が―――」


その問いに答える様に、何かが姿を現した。

その姿は、建物を粘土のように捏ねまわして整えた感じの
人型の石像のような異形だった。

447: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/23(火) 21:21:01.77 ID:JXO3Rerqo


「撃て! 本部から射殺許可が下りた!
 殺してでも食い止めろ!」


警備員の銃口が一斉に火を噴き、
耳を塞ぎたくなるような銃声が鳴り響く。

だが、それらは全て女の前に立つ石像に防がれる。
銃弾は全てはじき返され、衝槍弾頭の衝撃波の槍によって
ようやくつけられた傷も一瞬で再生されていった。


「まったく、手間取らせやがって」


雨のように降り注ぐ銃撃は女には一発も届かない。
その事が分かっているのか女の声には
相手を見下したような余裕が感じられた。


「やっちまいな、エリス」

454: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:17:15.53 ID:oAjw2qB3o
―――
――



「がくしょくれすとらん?」

「そう、学食レストラン」


地下街に入った時と同じく、よく分からない顔をする
インデックスに上条はそう返した。

上条達四人はごく普通のファミレスのような店に入っていた。

四人掛けのテーブルに、
上条とインデックスが向かい合うように、
インデックスの隣に風斬、上条の隣に一方通行
という位置関係で座っている。

ちなみに三毛猫はインデックスの膝の上だった。
どうやら、このレストランを経営してるのは
ペット同伴オーケーのファミレスと同系列の会社のようだ。

455: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:17:42.32 ID:oAjw2qB3o


「学園都市って大小無数の学校があるだろ?
 だから、街中の学食の美味いとこだけを集めても
 一軒の店が賄えるんだよ。ま、給食も混じってるけど。
 他の学校では何食ってんだろっていう疑問も解消って訳だ」

「とうま、そもそも学食とか給食とかって何?」


インデックスは画板のような巨大なメニューを睨みながらそう言う。
実のところ、記憶喪失である上条にも給食を食べた覚えがない。

だが、知識だけはあるのでどういうものかは分かっていた。
どうせどれも安いものばかりだろう、とメニューを流し読みしていくと
メニューを流し読みしていくと、メニューの最後のページに
とんでもないものを見つけてしまう。

456: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:18:28.39 ID:oAjw2qB3o






常盤台中学給食セット 四〇〇〇〇円





上条は瞬間的に、寝不足の頭をフル回転させ、
とある作戦を実行することにした。

457: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:18:55.92 ID:oAjw2qB3o


「あー、アレだ。学校の中でしか食べられないレアな料理だ」

「す、すごいかも!」

「そうそう、特にこの料理は特別だ」


そう言って、自分の持っているメニュー表をテーブルの上に倒すと
インデックスにもよくわかる様に写真の一点を指差す。

そこには妙に質素なコッペパンと牛乳に代表される、
ごくごく普通の給食の写真があった。

458: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:19:54.23 ID:oAjw2qB3o


「えー、なんか地味かも」

「ふ、分かってないなインデックス。
 このコッペパンはな、マーガリンがついてるんだが
 それを絶妙な具合に上手く塗れば―――」


ここで上条は次の言葉を選ぶように口を止める。
インデックスは、息を呑みながら尋ねた。


「う、うまく塗れば?」

「この先は直接食って体験してみろ。
 あの味を言葉で表現するのは無理だ」

459: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:20:22.70 ID:oAjw2qB3o

「つまり、イギリス清教の偶像作りにおける魔術で
 メインの魔術から身を守る為のサブ的な術式を置く場所が
 厳密に定められてるのと同じなんだね!」

「いや、そんな分かりにくい例えを言われても
 ―――まあ、そんなもんだ。頑張って見つけてみろ!」

「分かったんだよ!」


そう言うと、インデックスはメニュー表を閉じる。
よっしゃ、と上条は心の中でガッツポーズを決めた。


「……本当に……そん、なの……あるんですか?」

「給食にしては、中々奥が深いじゃねェか」


なにやら被害が予想より広がっているような気がしたが
上条は気にしないことにした。

460: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:20:51.09 ID:oAjw2qB3o

九月一日 午後一時〇〇分 第一五学区のとある大通り


黄泉川愛穂の部隊がそこに着いた時、状況は悲惨なものだった。

周囲の建物は粗方破壊されており、
ひび割れた地面には粉々になった透明な盾や銃と
負傷し、立つことさえ困難になった警備員達が転がっている。

辺り一帯の空間に蔓延する硝煙と血の匂いが
そこで起きた惨劇を静かに物語っているようだ。

黄泉川は辺りを見渡し侵入者の女がいないのを
確認すると、本部に無線を繋げた。


「こちら、第七三支部の黄泉川愛穂。
 衝槍弾頭を持った部隊が全員やられてるじゃん。
 しかも、女は絶賛逃走中と来た。
 この分じゃ衝槍弾頭では効果は期待できないじゃん」


無線機の向こうでどよめきが起きる。
衝槍弾頭が通用しないのは予想外だったのだろう。

461: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:21:16.76 ID:oAjw2qB3o



『了解』


それだけ言うと、無線の種類が切り替わった。
黄泉川愛穂個人の無線機との通信から
全警備員との通信に


『本部より全警備員に伝達。
 現時点を持って、侵入者を学園都市を滅ぼす脅威と見なす。
 如何なる手段を用いても、侵入者を逮捕せよ。
 生死は問わない、尚この件に関しては超法規的措置を取る』


警備員達の間に緊張が走る。
言い換えれば、どんな手を使ってでも侵入者を殺せという事だ。
普通なら一部の警備員からの反発もあっただろうが
皮肉にも侵入者の脅威がそれを抑え込んでいた。

462: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:21:42.73 ID:oAjw2qB3o


『尚、侵入者は第七学区の地下街に向かった模様
 至急、現場に急行し捜索を開始せよ』

「「「了解」」」」


その場にいた全員が無線にそう応答し
移動するために大型車両に戻っていく中
黄泉川愛穂は固まったように立っていた。


「黄泉川さん?」

「ああ、悪い。今行くじゃん」


部下の警備員に呼びかけられて
ようやく黄泉川は車両に戻り始める。


「どうかしたんですか? どこか具合でも悪いんですか?」

「……いや、一年前の事を思い出したじゃんよ」


黄泉川は苦々しい顔でそう言った。

463: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:22:26.52 ID:oAjw2qB3o



行間


それは、誰もがうだるような真夏の午後の事だった。

平和なはずの昼下がりの空間にに血飛沫が上がる。
血を流しているのは灰色のパーカーを被った少年だ。
黒髪に黒い瞳をしているが、それは自然のものではない。
だが、そんな事に誰一人として気づいていないようだ。


「やったか!?」

「油断するな、ヤツは超能力者だ!」

「警戒しろ! 動きがあればすぐに撃て!」


少年の周りを囲んでいる警備員や風紀委員の間を
怒号と緊迫が駆け抜けていく。


「クッ……ソ、タレが……」


少年が見ていたのは警備員や風紀委員ではない。
雲一つない澄み切った青い空に浮かぶ太陽だ。

464: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:22:57.66 ID:oAjw2qB3o


どんな暗闇に居ようと、きっと這いずり上がれると
手を伸ばせば届くと、信じていた。

他人を傷つけようなんて思わない。
それ以前に力なんていらなかった。

ただ、殺人が正当化されるような世界ではなく
善悪の判断を自分自身で行える世界で暮らしたかった。

これ以上罪を重ねることなく、
今まで犯してきた罪を償いたかった

ただそれだけの事だった。
それとも、それは過ぎた欲望だったのだろうか
確かに、傍から見れば身勝手な願いだろう

465: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/24(水) 20:25:05.20 ID:oAjw2qB3o

だが、そうだとしても
手を伸ばさずにはいられなかった。


「チッ、まだ動けるのか!」

「もうよせ! 彼はもう動けないじゃん!」

「否、彼は危険だ! 死にたいのか!?」


怒号が爆発的に高まり、能力と銃弾が少年に降り注ぎ
噴水のような血飛沫が少年の視界を覆い尽くす。

それを最後に少年の意識を失い、
怪我が完治されたのは、それから3ヶ月後の事だった。

その時からだ。
―――少年が再び闇に沈み、這い上がる事を諦めたのは


次回 とある熾烈の一方通行 後編