とある熾烈の一方通行 前編
 

476: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:07:19.25 ID:M+74CKHso
九月一日 午後一時一〇分 とある大通り 


学園都市を滅ぼす脅威と見なされた侵入者 
―――シェリー=クロムウェルは堂々と街を歩いていた。 

二〇代後半である彼女はこの町の住人ではない。 
イギリス清教対魔術部隊『必要悪の教会』の一員だ。 

女は、ところどころが破れたレース満点のドレスという 
異様な服装をしていたが、周囲の反応に特に目立ったものはない。 

それよりも、人口の八割が学生で構成される学園都市では 
二〇代後半という年齢が際立っているようだ。 



引用元: とある熾烈の一方通行 



とある科学の超電磁砲S 一方通行つままれストラップ
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477: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:07:52.55 ID:M+74CKHso

シェリーは、歌うように何かを呟きながら
袖からチョークのような物を取り出し
自販機やガードレール、街路樹などの進路上のあらゆる物体に
印のようなものを辻斬りのように書き殴った。

そして、最後の仕上げと言わんばかりに
両手を軽く打ち合わせた瞬間、
ぐちゅり、という膿を潰すような音と共に
泥が泡立つようにピンポン玉ぐらいの大きさに盛り上がる。

ゆっくりと、ピンポン玉の表面に亀裂が入り
白く濁った眼球が姿を現した。


478: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:08:31.80 ID:M+74CKHso


「チョークで書いた落書きがそうなんのか。
 やっぱり、魔術ってのはずるいよな」


ふと友人に話しかけるように気軽な男の声がシェリーの耳に入る。
どうやら声の持ち主はいつの間にかシェリーの後ろを歩いてたようだ。

その男は、シェリーとは違い学園都市の学生ではあったが
着ている服は制服ではなく、作業服のような服である。

傍から見れば、ただの平凡な少年にしか見えないものの、
作業服の下には暗器のように銃やナイフが仕込まれていた。


479: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:09:55.43 ID:M+74CKHso


「ただのチョークと一緒にすんじゃねえよ。
 聖別した塩を聖油で固めて作ったオイルパステルだ」


シェリーは、振り返らずにそう言い返しながら
ドレスの袖から葉書サイズの黒い紙を取り出す。


「自動書記。標的はこいつでいいか。
 ……かぜ、かざ……なんだこりゃ?」

「風斬氷華だ」


隣を歩いていた男が呆れたようにそう言う
その態度が気に入らなかったのかシェリーは軽く舌打ちをした。


480: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:10:23.71 ID:M+74CKHso

「まったく、この国の標準表記は象形文字なの?」

「英語よりは簡単だと思うけどな」

「そんなわけねえだろうが」


そう言いつつも、シェリーは頭の中の情報を
文字ではなく写真として処理し、
似顔絵をかく感覚で黒い紙に書き殴った。

風斬氷華と書かれた白く書かれた黒い紙は
シェリーの指に弾かれ、ひらひらと地面に舞い落ちる。

まるで鉛筆でノートに書いた文字をネガ反転させたような黒い紙が
地面に落ちた瞬間、何十もの泥の眼球がその一点に押し寄せた。

小さな紙切れの噛み千切り吸収した泥の眼球は
ゴキブリのような動きで四方八方へと散っていた。

ある者は地面を泳ぎ、ある者はコンクリートの中に潜っていく。
ギョロギョロと不気味な眼球をせわしなく動かしながら。


「あまり待たせんなよ、エリス」

481: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:10:55.72 ID:M+74CKHso

それだけ言うと、シェリーは初めて少年の方に見た。
その行動が予想外だったのか少年の顔には、
少しばかりの動揺が現われていた。


「それにしても、こんないい情報をバラして大丈夫なのか?」

「きっちりと報酬さえ貰えりゃ問題ねえよ」

「へえ、まさかお前らの口からそんな言葉が聞けるなんてねえ」


シェリーは、口元を歪めて笑う

482: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:11:25.95 ID:M+74CKHso






「なあ、死神部隊?」





483: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:11:51.41 ID:M+74CKHso


かつてイギリス清教には『必要悪の教会』と同系統の
対魔術部隊『死神部隊』が存在していた。

戦闘能力が高いが通常の軍事作戦に参加出来ない者や
SAS等の特殊部隊の隊員だった者もいれば、
路地裏のホームレスだった者もいる。

様々な事情を抱えた人間が在籍していたが
大半の者は粛清され、難を逃れた者は数名しかない。

その為、生き残った死神部隊の人間は
イギリス清教に対して憎しみを抱いてもおかしくないはずだ。

484: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/26(金) 20:12:26.58 ID:M+74CKHso

だが、少年の顔にそんな感情は一切ない。
ただ、平然とシェリーを見ていた。


「別に、俺はあいつらとは違って賢い生き方を選択しただけだ」

「そうかよ」


二人の会話はそこで途切れ、その姿は雑踏へ消えていく。

490: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:44:43.79 ID:nGhBqKO7o
9月1日 午後一時三〇分 地下街


食事を終えた上条達四人は店の外へ出た。


「うーん、不味くは無かったけど美味しくも無かった。
 この微妙な欲求不満気味なもやもやは……」

「毎日食うために作られたメニューだからな。
 美味い不味いより飽きられない様に工夫してんだろうさ」

「とうま、マーガリンのくだりは何だったのかな?」


あ、と上条は間抜けな声を出して、
自らの発言を猛烈に後悔するが、時すでに遅し


491: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:45:10.75 ID:nGhBqKO7o


「嘘、だったのかな? とうまは私に嘘をついたのかな?」

「ま、待て! 話せば分かる! きっと分かり合える!」


気付けば、獰猛な笑みを浮かべたインデックスが、
冷汗をダラダラと流す上条の眼前に迫っていた。


「せいやァァァああああああああああああ!!!」

「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」

492: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:45:37.55 ID:nGhBqKO7o


インデックスは鮮やかに飛翔すると、
そのまま上条の頭に一直線に噛み付く。

絶叫を上げながら、上条はのたうち回るが
インデックスの歯は上条の頭を決して離さなかった。


「あ、あの……止めた方が……」

「ほっとけ、馬鹿が二匹はしゃいでるだけだ」


自分の事を完全に棚に上げて、一方通行はそう言った。

493: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:46:11.11 ID:nGhBqKO7o
―――
――



しばらくすると、二人の喧嘩は収束し
上条達四人は地下街を歩いていた。


「あ、あの……これから、どこで遊ぶの……?」


敬語でないという事はインデックスに話しかけたのだろう。

会話に割り込めば辛辣なレッテルを貼られかねないので
男二人は風斬の問いを黙殺することに決めたようだ。


「分かんない、そもそも地下街って何があるの?」

「さァな、俺はよく知らねェけど」


インデックスはともかく、風斬と一方通行さえも
今まで地下街に行ったことが無い為、
必然と行動の主導権は上条の手に渡る。

494: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:46:41.06 ID:nGhBqKO7o


「うーん、地下街だと、ゲーセンとかに―――」


そこまで言いかけて上条はある事に気付いた。
―――周りの視線が明らかにおかしい事に

畏怖、警戒という感じの好意的ではない視線が
全員からではないが、所々からこちらに向けられていた。

それでいて、視線の先にある者は、
上条はもちろん、インデックスや風斬に向けられたものではない。

全て一方通行に向けられたものだ

495: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:47:14.08 ID:nGhBqKO7o


「おい、アイツ超能力者第一位じゃ―――」

「頭のおかしい超能力者の中でも一番イカレているっていう―――」

「噂じゃ何人も風紀委員や警備員を殺してるらしいぜ―――」

「本当かよ、何でさっさと研究所に隔離しねえんだよ―――」


そんな感じの悪意の籠ったヒソヒソ声が
四方八方から一方通行に向かって浴びせかけられる。


「あいつら……ッ!」


それを見た上条は、憤怒の形相を浮かべながら
殴らんばかりの勢いで彼らの元に歩き出そうとするが、
一方通行が彼の肩を掴み、それを制した。

496: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/27(土) 23:47:39.98 ID:nGhBqKO7o

「このままでいいのか、一方通行!?」

「やめとけ、相手にする価値もねェ奴らだ。
 それに、この歳で鬼ごっこつゥのも気が引けンだろ」


え? と上条は改めて周りを見渡すが
既にこちらを見つめる視線は消えていた。

どうやら、彼らはどこかに移動したようだ。
一方通行に対する当てつけではなく、単なる世間話の一環だったらしい。


「そンなシケた面浮かべてンじゃねェよ。
 ゲーセンの金は奢ってやるから元気出せよ三下」

「ああ……って、何で俺が慰められてんだよ!」


ハハッ、と上条のツッコミに対して一方通行は軽く笑う。

その笑いは珍しくまともな笑いだったが、
同時にその顔は泣いているようにも見えた。

508: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:19:21.92 ID:9ltsuU6Ko
「(ところで一方通行、ゲーセンってどこか知ってるか?)」

「(さァな、今まで地下街入ったことねェから知らねェよ。
  つか、お前知ってるンじゃねェのか? 後何で小声なンだ?)」

「(いや、ほら知っての通り俺って記憶喪失だろ?
  例によって、そういう記憶も消えておりまして……)」


あァ、と一方通行は納得した。

上条当麻は世間一般でいう記憶喪失であり
7月24日より以前の記憶が一切消えている。

だが、決して全ての記憶を失ったわけではない。
上条が失った記憶はエピソード記憶。
つまりは、思い出に関する記憶だ。

よって、第七学区といった地名は覚えていても
そこに何があるかまでは覚えてないのだろう。

509: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:20:10.63 ID:9ltsuU6Ko


「(まァ、適当に歩いてりゃ見つかるだろ)」

「(それもそうだな)」


上条はその事をインデックスには伝えていない。
知ればきっと傷ついてしまうと思ったからだ。

その為、上条は周りの人間にもその事を隠している。
知っているのは一方通行や冥土返しぐらいだろう。


(それが更に傷を広げなきゃいいけどな)


そう思いながらも、一方通行はそれに協力している。

本人がそう強い覚悟を以ってしてそう決めたのなら
それに対して口出しをするのは野暮に思えたからだ。

510: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:20:36.76 ID:9ltsuU6Ko

「さて、じゃあ行くぞ」


そういって上条はインデックスと風斬に声をかけたが
彼女たちはそれに応じず辺りをキョロキョロと見ていた。


「どうした? お前ら」

「えっと……頭の、中から……声が……」

「女の声が聞こえるんだよ」


うん? と上条は耳を澄ましたが何も聞こえない。

ふと一方通行の方を見れば、彼にも声は聞こえないのか
訳の分からない、という感じの表情を浮かべていた。

511: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:21:02.48 ID:9ltsuU6Ko


「もしかして、あれか?
 昔、学園都市の実験で死んだ少女の幽霊が―――」

「誰が幽霊よ!」


背後からいきなり怒鳴られ上条は思わず飛びあがる。
見れば、明らかに怒ってますという感じの少女が
ムッと眉を寄せて、こちらを睨めつけていた。


「ほら! そんな冗談言ってないで、さっさと逃げる!!!」

「ねえ、この人さっきから何を言ってるのでせうか?」

「さァ、頭の可哀想な人じゃねェの?」

「あなた達、ね……」

512: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:21:53.48 ID:9ltsuU6Ko


少女はひくひくとこめかみを引き攣らせながら、
上条と一方通行に怒鳴り付ける。


「だから、念話能力よ、念話能力!!
 くだらない冗談言ってる場合じゃないって!」

「ああ、あの糸電話みたいな奴か。
 しっかし、まだ開発研究続いてるなんてな。
 携帯電話の普及と共にポケベルみてーに消えたって聞いたけど」

「最先端科学の超能力なのに時代遅れ、か。
 抱きしめたくなっちまうぐれェ憐れだわ」

513: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:22:21.48 ID:9ltsuU6Ko


怒りを更に煽られた少女は念話能力を使い
二人の頭に直接、大音量の怒鳴り声を叩き込んだ。

だが、放った二つの声の片方は簡単に打ち消され
もう片方はそのまま反射され、少女の頭の中で響く。

自分の怒鳴り声が頭の内側で響き、軽い頭痛を催しながらも
少女はようやく二人には念話能力が通用しないことを理解した。


「いいでしょう、口頭で説明します。
 現在、地下街にテロリストが紛れ込んでいるので
 九〇二秒後に地下街を封鎖して、捕獲作戦を開始します」

514: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:22:56.60 ID:9ltsuU6Ko

わなわなと怒りに震える体を何とか抑えながらも
少女は矢継ぎ早に言葉を紡いでいく。

そこまで言われて二人は、少女の制服の袖に風紀委員の紋章が
つけられている事にようやく気付いた。


「当のテロリストにその事を知られない為に、
 音に頼らないあたしの優秀な念話能力が入用になったんですよ。
 分かったら騒がずにさっさと逃げてくださいね」


それだけ言って、風紀委員の少女は早歩きで立ち去った。

周りを見渡すと、学生達が僅かにどよめきながら
指示通りに自然に出口を目指している様子が分かる。
お世辞にも、上出来とは言い難いが

515: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/28(日) 20:23:32.91 ID:9ltsuU6Ko


「おいおい、まずいな……。
 とにかくここから出るか、インデックス」


その言葉はインデックスに向けたものだ。
だが、声は何もないはずの壁から返ってくる。
それでいて上条の言葉に対する受け答えではなかった。


『―――見ぃつっけた』


妖艶だが、どこか錆びついているその女の声が
上条達の日常を非日常に変える合図だった。

526: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:55:39.32 ID:j8m6/IKKo


『―――見ぃつっけた』


それは煙草か何かで喉を潰した女の声だった。

声のした方向は何もないはずの壁からだ。
上条達はそこに視線を向けると、絶句した。

壁の、ちょうど上条の目線あたりの高さに
掌サイズの吐き捨てたガムのような茶色い泥がついている。

その事自体には、特に驚く点はないだろう。
あくまで、泥の中央に人間の眼球が沈んでいなければの話だが

527: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:56:07.77 ID:j8m6/IKKo

ギョロギョロとせわしなく動く眼球を、
上条と風斬は上の空で見ていた。

目の前の光景があまりにも現実離れしてるせいか
情報処理能力が麻痺しているようだ。

しかし、一方通行とインデックスは
動揺を一切見せずにその眼球を眺めている。

泥の表面がさざ波の様に揺れ、その振動が女の声を作り出す。


528: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:56:39.51 ID:j8m6/IKKo


『うふ。うふふ。うふうふうふふ。
 虚数学区の鍵だけじゃなく、禁書目録に、幻想殺し。
 更には、一方通行まで揃っているのね。
 どれがいいかしら。それとも、どれでもいいのかしら。
 くふふ、選り取り見取りで迷っちゃうわぁ』


退廃的な女の声は、そこで一旦止まった。


『―――ま、全部ぶっ殺しちまえば手っ取り早えか』


そして、場末の酒場でも聞かれないような
粗暴な声色へと切り替わる。

魔術か、それとも超能力によるものか
上条がその判断を決めかねていると
それに答えるようにインデックスが口を開いた。

529: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:57:15.43 ID:j8m6/IKKo


「土より出でる人の虚像―――そのカバラの術式、
 アレンジの仕方が打ちとよく似ているね。
 特に、ユダヤの守護者たるゴーレムを無理矢理に
 英国の守護天使に置き換えている辺りなんか、ね」


上条はインデックスの変化についていけないが
とりあえず、自分なりにインデックスの台詞を
解釈しようとしては見るのだが、失敗に終わった。


「まァ、多分これは要するに動く監視カメラだ。
 どっかのクソ野郎が遠隔操作してンだよ」

『さすがは、元死神部隊と言ったところかしら。
 ま、類推だけで理屈なんざ理解してねえんだろうけどよ』


丁寧な女言葉と乱暴な男言葉が混じった声を聞きながら、
上条は一方通行の言葉は正しいのだろうと理解する。

 
 「じゃあ、この魔術師がテロリストなのか」 

530: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:58:18.86 ID:j8m6/IKKo

『テロリスト? テロリストってかぁ?
 別に私は学園都市に何かを要求したりしないわ。
 だからね、テロを起こす気は微塵もないわよ』 


ばしゃっ、と音を立てて泥と眼球は弾け、
壁の中へと消えていった。



刹那、ガゴン!! と地下全体が大きく揺れる。





531: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:58:47.28 ID:j8m6/IKKo

「なん……っ!?」


まるで嵐に放り出された小舟のように振動に
上条と一方通行は思わずよろめいた。

インデックスはあわや転びそうになったが
風斬が咄嗟に抱きかかえ事無きを得たようだ。

さらにもう一度、巨大地震のような揺れが地下街を襲う。
震源は遠いだろうが、その余波が地下全体に広がっているようだ。

パラパラと天井から粉塵のようなものが落ち、
バチッと全ての蛍光灯の光が消え、空間が暗転する。

時間の流れを感じさせない地下街の空間は一変し
不安と緊張を煽る暗闇と化した。

532: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:59:14.47 ID:j8m6/IKKo


ぎこちなく動いていた人々の波は、パニックを引き起こし
我先にと全員が一斉に出口を目指して駈け出した。

暴走した猛牛の群れのような足音が殺到する中、
今度は低く、重たい音が響き始める。

警備員達が予定を早めて、隔壁を降ろした始めたのだ。
災害用に作られた分厚い鋼鉄の城壁が、
人混みの最後尾を噛み千切るが如く、叩きつけられる。

幸いなことに、叩き潰されたものはいないものの
逃げ損ねた学生が混乱したまま隔壁を叩きだし
検問を敷いていた警備員に詰め寄る者など現われた。


533: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/29(月) 20:59:41.05 ID:j8m6/IKKo


「閉じ込められた、つゥ訳か」


隔壁の横には非常ドアが設置されているが、
そこには逃げ遅れた人々が殺到している為、
彼らの混雑が壁となり、上条達は近づけなかった。

もしかしたら、敵はあの泥の目玉を大量に作り出し
上条の立ち位置から建物の構造や人の流れまで把握したのかもしれない。


『私がこれから起こすのはテロではないわ』


ぐちゃりと潰れた泥から、女の声が響く。
眼球は既に壊れているせいか、声も不鮮明なものだ。


『戦争だ、その事をよく頭に叩き込みな』


そして、更に一際大きな揺れが地下街を襲った。

541: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/30(火) 22:23:13.49 ID:3gGre4ebo
上条達は完全に閉じ込められていた。

階段やエレベーターは封鎖され
ダクトは元より人の通れるようなサイズではない。

空調が切られたせいか、室内の温度が上昇していき
非常灯の赤い光が不気味な様子を醸し出し、
まるでオーブンの中に閉じ込められたような錯覚を覚えた。


「俺たちを狙って来やがったのか……」

「あァ、敵は一人だが相当のやり手だな。
 既に三桁台の被害者が出ている」

「……何でお前がそんな事知ってるの?」

542: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/30(火) 22:23:51.28 ID:3gGre4ebo

その問いに答えるべく、一方通行は侵入者に関して
朝の時点で警備員の通信から入手した情報を簡潔に説明する。

それが終わると、殴られそうになったので
今まで黙っていた理由に関しては事細かに説明した。


「幾らなんでも少し大袈裟過ぎねえか?」

「そォだな。だが、やらねェよりマシだ。
 何かが起きてからじゃ、遅ェからな」


スケールが大きすぎて信じられる話では無かったが
一方通行の真剣な眼差しがそれを真実であると裏付けていた。

543: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/30(火) 22:24:18.33 ID:3gGre4ebo

上条は薄暗い通路の先を見ながら、忌々しげにつぶやく。


「まあ、こうして宣戦布告された訳だしもういいだろ。
 インデックス、風斬と一緒にどこかに隠れてろ」


敵である魔術師は、既にこちらの位置を捉えている。
出口がない以上、いくら逃げ回っても見つかるのは時間の問題だ。

だとするならば、最も有効な手は一つ。
敵がインデックスや風斬に手を出す前に魔術師を討つしかない。

だが、インデックスの考えは上条達と少々違うようだ。


544: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/30(火) 22:25:19.64 ID:3gGre4ebo

「とうまこそ、ひょうかと一緒に隠れてて。
 敵が魔術師なら、これは私の仕事なんだから」

「アホか、お前の細腕でケンカなんか出来る訳ねえだろ」

「全く以って同感だな、お前は隠れていろ」

「む。所詮、どれだけ不思議な力を持っていたとしても
 二人は魔術の素人なんだから大人しくしててって言ってるの」

「イイ加減にしろ! 死にたくなきゃ身の程ぐれェ自分で弁えろ」

「おい、そこまで言わなくたっていいだろ」


三人の間に漂い始まる不穏な空気に風斬は
オロオロしながらも、、口を開いた。


「…あ、あの……私が……手伝うって方向は、ない……の?」

「「「ない」」」


一斉に否定の言葉を浴びせかけられ、
風斬はしょんぼりと項垂れた。

545: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/30(火) 22:26:06.31 ID:3gGre4ebo


ふと、カツンと足音が鳴り響く。
音源は手近な曲がり角からだった


「!?」


咄嗟に前に飛び出した上条とインデックスは
そのままぶつかり仲良く転んでしまう。

風斬は、両手を胸に引き寄せたまま固まっており
一方通行は、コートの内側から閃光弾を取り出し
薄暗い通路の先を睨みつけていた。

足音はそのまま上条達の方に近づいていく。

インデックスの腕に押しつぶされそうになっている三毛猫が
前脚をバタバタと動かしながら、みゃーみゃーと鳴いている。

546: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/30(火) 22:26:43.81 ID:3gGre4ebo


「あら? 猫の声が聞こえていますわね」


その声が曲がり角の向こうから飛んできた瞬間
一方通行は手に持っていた閃光弾のピンを引き抜き、
間取り角の向こうの壁に投げつけた。

カチン、と閃光弾は壁に弾かれ、上条達の視界から消えた瞬間、
バシュゥゥ、という音と共に閃光がまき散らされていく。


「あ」


そこで一方通行は気付いた。
―――その声の持ち主の正体を

556: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/31(水) 23:32:50.42 ID:/835JYIko
「あァ、不幸だァ」

「それはこっちの台詞だああああああ!!!
 失明したらどうすんのよ!!!」

「チッ、うるせェな………反省してまァす(笑)」

「そんなムカつく謝罪受けたの人生で初めてだわ!
 ったく、失明にでもなったらどうすんのよ!?」

「要人が人質になっている事を前提として開発された
 対テロ用閃光弾だからそこンところは、安心しろ」

「何でそんなもの持ち歩いてるんですの……」

557: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/31(水) 23:33:18.27 ID:/835JYIko

曲がり角から現れたのは御坂美琴と白井黒子だった。
―――もちろん、彼女たちは敵ではない。

一向に謝る気のない一方通行から目を離した美琴は
心配して損したと言わんばかりに項垂れる上条に奇異の眼差しを向ける。


「で、何でアンタはこんなトコで女の子に押し倒されている訳?」

「……あらあらこんな時間から大胆ですこと」


美琴は前髪からバチバチと火花を散らし
白井は冷ややかな目を向けながら、そう言った。

対して、インデックスは上条の上から
立ち退く気配を見せず二人を睨みつける。

558: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/31(水) 23:33:56.44 ID:/835JYIko



「とうま、この品のない女達は一体誰なの?」


一方通行は思わず噴き出し、白井が声を詰まらせる中
美琴は攻撃的な笑みを浮かべ始めた。


(何でこの人たちは閃光弾受けてもこんなに元気なんでせうか?)


閃光弾とは、一時的な失明・眩暈などの症状と、
それらに伴うパニックや見当識失調を誘発させて
敵を殺すことなく無力化する兵器であるはずだ。

三人の少女が言い争う中、上条は現実逃避気味にそう感じた、


559: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/07/31(水) 23:35:13.24 ID:/835JYIko

「「「………」」」


やがて、三人の少女が示し合わせたように沈黙したので
やっと終わったかな、と上条は呑気に考えたが、現実は厳しい。


「とうま! 私が見てない所で何やってたか説明して欲しいかも!」
「アンタ! 私が見てない所で何やってたか説明してもらうわよ!」
「上条さん! 私が見てない所で何やってたか説明してくださいですの!」


ぶつかり合っていた三つのベクトルが収束し
上条へと矛先を変更しただけだった。

付き合ってる訳でもねェのに偉そうだな、と思いながらも
いつしか自分の身にも起きそうな気がして助ける気が失せた一方通行は、
深いため息をつきながらも、その場から数歩離れて携帯を取り出す。

唯一の中立勢力たる一方通行が逃げ出したので、
孤立した風斬は可哀想だと思いながらもオロオロと
その場を立ち往生することしか出来なかった。


569: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/02(金) 23:27:45.42 ID:z51ic/4po
9月1日 午後1時50分 学園都市の地下街


(今は午後1時50分か……、
 こンな時間に電話したら迷惑だよなァ……)


背後で聞こえる三重奏の修羅場をスルーしながら
一方通行はしばらく逡巡した後に携帯を開いた。


(まァ、背に腹は代えられないか)


570: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/02(金) 23:28:12.71 ID:z51ic/4po


同時刻 英国『必要悪の教会』女子寮のとある一室


窓から穏やかな朝の陽光が差し始めた頃、
ジリリリリ、という音と共に受話器が揺れる。

電話と言っても広く一般に普及しているものではなく、
博物館に飾られてもおかしくないような代物で
趣があるとも言えるが、古臭いといっても過言ではない。


「……まったく、どこのド素人ですか。
 こんなに時間に電話だなんて」


電話の音に起こされたのか、
ゆっくりと瞼を開いた質素な浴衣をきた女が
不機嫌さが顕著に表れているうめき声をあげながらも
手を伸ばして受話器を手に取った。


「もしもし、神裂ですが……」

『おォ、神裂か。こンな時間に悪ィな』


へ? と神裂は思わず素っ頓狂な声を上げる。
声の持ち主は聞きなれた少年の声だった。

571: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/02(金) 23:29:12.06 ID:z51ic/4po


―――
――


同時刻 学園都市の地下街


『御使堕し』事件の後に土御門に(一方的に)教えられた番号を
携帯に入力して発信ボタンを押した一方通行の耳に入ってきたのは、
数コールの後に聞こえてきたのは、予想通りの見知った女の声だった。


『へ? あ、一方通行?』

「あァ、土御門から教わったンだよ。
 勝手に知ったみてェで、なンか悪いな」

『いえ、全く構いません。むしろ好都合です』


妙に嬉しそうだな、と思いながらも
一方通行はさっさと本題に入る事にする。

572: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/02(金) 23:30:22.99 ID:z51ic/4po


警備員の通信網から確認した侵入者の特徴
次に使用した魔術に関して要点を纏めて説明した後、
必要悪の教会にこういう人間はいないか聞いた。

ただ、それだけのはずだったのだが
神裂の機嫌が悪くなっているのがひしひしと伝わってくる。


「……どォした、神裂?」

『せっかく電話をしてきてくれたと思えば
 他の女の話題ですか、そうですか』

「あァ? 何言って……待て待て待て!
 切るな切るなよ切るンじゃねェぞ!?」


結局、一方通行は身内には弱かった。

583: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:12:55.20 ID:cor5cKpZo
それから学園都市最高位の頭脳による二〇分間の必死の説得により、
一方通行は、何とか神裂の機嫌を取り戻す事に成功したようだ。

自分も成長したものだな、と一方通行は感傷に浸りかけたが
思い返せば、昔とあまり変わらないような気がした。


『先程仰っていた特徴でいきますと、
 シェリー=クロムウェルにぴったり当て嵌まっていますね。
 ちなみに、彼女は休暇でどこかに出かけています』

「……そりゃまた分かりやっすい構造だな」


え? と話が見えない神裂は困惑したようにそう返す。
その声で自らの説明不足を思い出した一方通行は
その人物―――シェリー=クロムウェルの所業を簡潔に説明をした。

584: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:13:44.70 ID:cor5cKpZo

『そんな……大丈夫ですか!?』

「今の所は、な。だが、安心はできねェ。
 いざとなったら隔壁ぶっ壊すつもりだが、
 これ以上被害増やすのも、さすがに気が引けるな」


対魔術師部隊、死神部隊と言っても
魔術師と真正面から渡り合う事はあまりない。

彼らの強さは、単なる射撃能力や身体能力ではなく
『敵の隙をついて一瞬の内に殺す』という闘い方にある。

よって、今一方通行が置かれている状況は
理想の立ち位置が反転しているので、有利とは言い難い。


「とりあえず、シェリーとやらはこっちで片付ける。
 お前はこの事を絶対にほかの奴には言うな。
 お前以外は信用できね……いや、最大主教には伝えとけ。
 信用はできねェ奴だが、役には立つはずだ」

『分かりました、その旨を伝えておきましょう。
 ……もう死なないでくださいね?』

「ハッ、お前を悲しませる真似なンざするかよ」


じゃあ頼ンだぞ、とだけ告げて一方通行は電話を切った。

585: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:14:28.25 ID:cor5cKpZo

―――
――



一方通行が電話を切った瞬間、ブン! という羽音のような音が響き、
インデックス、美琴、白井の三人の姿が虚空へと消えていき、
残された上条と風斬は天井を見上げていた。


「何とか事無きを得たよォだな」

「まあな、風斬を残らせちまったけど」

「……う、ううん。
 私は別に、……最後でもいい、です。
 それより……あなた達の方こそ……」


ガゴン! と風斬の声を遮る様に地下街が大きく揺れる。
だが、これまでより鮮明に聞こえることからして
爆心地は確実にこちら側に近づいていた。

薄暗い通路の先から、爆発したような銃声と
人の怒号や絶叫まで聞こえてくる。

586: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:15:07.70 ID:cor5cKpZo


「本命のお出ましってかァ。また随分と早ェな」


魔術師は、泥の目玉を使い地下街をスキャンしてる可能性が高い。
よって、上条達の前まで迷わず突撃してきても不思議ではない。

隔壁の方を見れば、学生たちがパニックを起こしているのが見えた。
いくら特殊な能力が使えるとしても、その正体は学生だ。
少しでも安全な場所に逃げようと必死になってもおかしくはない。

数十人もの人々がいるこの場所で戦闘になれば、
犠牲が出るのは絶対に避けられないだろう。


「しょうがねえ、行くしかねえか」

「別に、ここでブルって震えててもいいンだぜ?」

「馬鹿言え、そんなの俺の柄じゃねえだろ」

587: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:15:38.34 ID:cor5cKpZo

それもそォだな、と言いながら一方通行はポケットから
スタンガンを取り出し、風斬に手渡した。


「お前はオドオドして危なっかしいからこのくらいの武器でいいだろ。
 使い時はあンましねェけど、暴発して死ぬよかマシだろ」

「え……あなた達は……?」


風斬の言葉を遮る様にゴン! と地下街が大きく振動する。
薄暗い通路の先から、生暖かい風に乗せられて
硝煙と血の匂いが漂ってくる。

徐々に増していく断続的な銃声や怒号の鮮明さが
暗に敵との距離が近くなっていることを告げていた。


「俺達は―――あれを止めてくる」

「要するにお片付けだ。―――すぐに終わらしてやる」


二人はそれだけ言うと、風斬の言葉を待たずに
一瞬の迷いもなく、闇へと走り出していく。

588: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:16:10.07 ID:cor5cKpZo


―――
――



警備員達が怒号を上げながら、一斉にアサルトライフルを連射する中
シェリー=クロムウェルは場違いな程優雅に歩いていた。

シェリーと警備員達の間には、彼女の盾となるように石像が立っている。
地下街のタイルや看板や支柱などを粘土の様に無理矢理固めて、
形を整えたその石像は、直立すれば4メートルにも達するが
天井はそこまで高く設計されて作られていない為、
石像の頭は天井に押し付けるように斜めに傾いでいた。


(これが、この町の対能力者部隊)


警備員達からシェリーの姿を見ることは出来ないが、
シェリーは石像を介して警備員達の姿を見ることが出来る。

彼らは、近くの喫茶店にあったテーブルやソファなどを通路に集め
バリケードのようなものを作り、そこから顔を出すように
アサルトライフルを連射していた。

装填の隙を見せない為か、織田信長の鉄砲隊のように
三人一組のチームとなって、一方のチームが装填している間は、
もう一方のチームが射撃を行っていく。

589: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:16:43.37 ID:cor5cKpZo

(腕はそこそこだが、品はないわ。
 やっぱ、あいつらって優秀だったんだな)


次世代兵器に頼るだけの平和ボケした治安部隊。
シェリーはそんな風な評価を下した。

あいつら―――死神部隊ならバリケードなど必要としない。
見つけ次第、魔術が発動する前にその場で殺して撤収する。

そんな彼らのやり方を知っているシェリーからしてみれば
風紀委員や警備員など、もはや脅威ではなかった。

弾丸が次々に石像に炸裂し、その巨体を抉り取っていくが
近くにあった壁のタイルが磁石に吸い寄せられるように剥がれ
破壊された部分を瞬間的に再生させていく。


590: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:17:16.13 ID:cor5cKpZo


「くそっ! 摩擦弾頭でもダメか」


不意にカチン、という金属音が鳴り響いた。
業を煮やした警備員の一人が手榴弾のピンを抜いたのだ。

恐らく、それで石像を破壊するのではなく
石像の股下を掻い潜るように投げ、石像の向こうにいる
シェリーに直接ダメージを与えるつもりなのだろう。


「エリス」


それに気づいたシェリーは、オイルパステルを一閃する。
直後、石像が地を踏み鳴らし地下街が大きく揺れた。

まさに、警備員が手榴弾のピンを引き抜いた瞬間の出来事だった。
バランスを崩された彼の手から手榴弾がポトリと落ちる。

591: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:17:45.26 ID:cor5cKpZo

怒号が鳴り響く中、それを打ち消すように爆発音が鳴り響く。
だが、何故か血飛沫は上がらなかった。

不思議に思ったシェリーはオイルパステルを振るい
石像の拳の一撃でバリケードを粉砕する。

多くの警備員が、一斉に薙ぎ払われていく中、
一人の警備員がうつ伏せに倒れているの見えた。

恐らく味方への被害を最小限に抑える為に、
自らが落とした手榴弾の上に覆いかぶさったのだろう。

その警備員の身体から滲み出るように
赤黒い液体が床へと流れていく。

微かにまだ息があるようだが、死ぬのは時間の問題だろう

592: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/07(水) 00:19:02.60 ID:cor5cKpZo

「勇敢ね、せっかくだから使ってあげましょうか」


シェリーはそう言うと、オイルパステルを宙で振るう。
直後、石像の腕が倒れている警備員まで届いた。

だが、警備員の身体を押しつぶす一歩手前で腕は動きを止める。
そして、ゴキッバリッ! という耳を塞ぎたくなるような音と共に
警備員の身体が石像の腕の中へと取り込まれていく。


「何をする、貴様ァァああああああ!!!」


バリケードと共に薙ぎ払われた警備員の中で
意識が残っている者は、何とか応戦しようと試みるが
衝撃でアサルトライフルを手放してしまった為に
反撃する手段は予備の拳銃以外に無く
この状況下において、それはあまりにも貧弱すぎた。

597: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/08(木) 23:42:51.43 ID:Og/PU5Gjo
戦場だ
―――それが上条と一方通行が抱いた感想だった。

眼前に広がる光景は、銃弾が飛び交う戦闘―――ではない。
どうやらこの場は第一線ではなく、負傷した者たちが一時的に撤退し、
傷の応急手当てをするための、いわば野良病院のような場所だった。

漆黒の装甲を纏っているのは警備員だろう。
数にして、二〇人程が柱や壁に寄りかかっている者がいた。

彼らの傷は何れも、応急処置でどうにかなるものではない。
中には、折れた腕の骨が皮膚を突き破っている者さえいる。

598: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/08(木) 23:43:26.69 ID:Og/PU5Gjo

(こんだけの警備員相手に、ここまで一方的だなんて)


負け戦

その言葉が現状に似合う最適な言葉だろう。
だが、彼らに撤退の意思は無い。

皮膚から腕の骨が突き出ている者でさえ、
呻き声を上げながら、骨を元の位置に押し戻し
止血テープで無理矢理固定しているのが見えた。

そして、少しでも怪我が軽い者たちは
近くの店にあったテーブルや椅子などを運びだし
バリケードのようなものを作ろうとしている。

本来ならば入院してもおかしくない程の怪我を負いながらも、
圧倒的な実力差を見せつけてるのにも拘わらず、
彼らは逃げるという手段を自ら捨てていた。

そこには、死んでも成し遂げるといった覚悟しかない。

599: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/08(木) 23:44:05.19 ID:Og/PU5Gjo


「そこの少年共! 一体ここで何してんじゃん!?」


女性の警備員の怒号に、その場にいた警備員達が一斉に振り返る。
上条と一方通行が特に反応することなく、口を閉ざしていると
大声を出した女性は苛立ちを表すかのように舌打ちをした。


「月詠先生んとこの悪ガキと、木山春生んとこの第一位じゃん。
 どうした、今回は普通に巻き込まれただけなの?
 くそっ、だから隔壁の閉鎖を早めるなと言ったじゃん!
 少年達、逃げるなら方向が逆! この先は戦闘の真っ只中だ。
 とりあえず、後続の風紀委員が待機しているA03ゲートまで退避!
 月詠先生んとこの悪ガキはメットも持ってけ。ないよりはマシじゃん!」


警備員の女性は怒鳴りながらも自身の装備品を外して上条へと投げつける。
ドッチボールのように投げられたメットを、上条は慌てて両手で受け止めた。

何故、彼らは決して逃げないのか
―――二人はその理由が何となくわかったような気がした。

600: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/08(木) 23:44:36.33 ID:Og/PU5Gjo


「情報と装備どォもアリガトウ。
 行くぞ上条、ここで時間を無駄にする余裕はねェ」

「……ああ、分かった」


上条と一方通行は再び歩き出した。
―――指示された方向とは逆の通路へと


「どこへ行こうとしてんの、少年!
 超能力者だからって勝てるとは限らないじゃん!
 ええい、誰でもいいからそこの民間人を抑えて!」


その台詞を言っている時点で、もはや勝ち目がない事は百も承知なのだろう。
現に、彼らは疲弊しきっており二人の少年に触れる余裕すらない。

601: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/08(木) 23:45:16.65 ID:Og/PU5Gjo

それでも彼らの目は死んでなかった。

プロとしての訓練を積んだ治安部隊といっても、正規の警察官ではなく
その実態は所詮、学校の先生でしかない。
言うならば、ボランティア活動といっても差し支えはないはずだ。

それでも、彼らは逃げることを選ばない。

迫りくる死の恐怖に怯えながらも、
深手をおった体を無理矢理にも動かし
自分の心の弱さと闘っている。

その全ては、子供たちを守る為にあった。


「なあ、一方通行。まだ警備員が憎いか?」

「さァな、今はそンな無駄な事を考えてる場合じゃねェだろ」

「……そうか」

602: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/08(木) 23:45:56.82 ID:Og/PU5Gjo

警備員の制止を振り切った上条と一方通行はある事に気付いた。
―――先程まで断続的に聞こえていた怒号や銃声が一切聞こえてこない事に


「一体……」

「戦闘終了っつゥとこだろ、
 どっちが勝ったかなンて考えるまでもねェけどな」


じわり、と上条の胃袋に重い何かがのしかかった。
何か取り返しのつかない事が起きてしまったような焦燥感が
瞬く間に、上条の全身に広がっていく。

薄暗く不気味な赤い照明が照らす通路の先へと二人は走った。
そして、その先に辿り着いた時、静寂を壊すかのように
錆びた女の声が薄暗い空間に反響していく。


「うふ。こんにちは。うふふ。うふふうふ」

610: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:49:03.78 ID:hLbURISGo
漆黒のドレスを着た、荒れた金髪に褐色の肌を持つ女が通路の中央に立っている。
ドレスのスカートは足首が見えない程長く、長い間引き摺られていたせいか
立派であっただろうそれは、汚れや傷が目立つようになってきていた。

だが、上条と一方通行からはその容姿を確認することは出来ない。
見えているのは、女の前に盾のように立ちはだかる巨大な石像だ。

石像といっても単純に大理石等で出来ている訳ではなく、
あらゆるものを粘土のように練り混ぜて、形の整えたようなものだ。

鉄パイプ、椅子、タイル、土、蛍光灯、そして―――


611: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:49:33.36 ID:hLbURISGo


「何、だあれ……」


上条の口から出た言葉は震えていた。
石像の腕の部分に、あってはならないものが見える。
―――石像に比べれば小さく見える人の腕だ。

腕の部分にある三又の矛をモチーフにした紋章から
警備員の一人であることは間違いない。

恐らく、石像を迎撃しようとして返り討ちにあったのだろう。
よく見れば、石像の周囲に即席のバリケードと共に
蹴散らされた7,8人の警備員が倒れていた。

手足が震えていることから、息があるのは確かだが
このまま放っておけば死に至るだろう。

612: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:50:01.12 ID:hLbURISGo


「くふ。存外、衝撃吸収率の高い装備で固めているのね。
 まさか、エリスの直撃を受けても生き残るだなんて
 ―――どうせなら、エリスの一部にしてあげようかしら?」


女の先方に立ち塞がる石像のせいで、直接こそ見えないが
女が残虐な笑みを浮かべているのが容易に想像できた。

エリスの一部にする。
意味こそ分からないが、ニュアンスは何となく分かった。

あらゆるものがグチャグチャに押し潰された石像。
恐らく、人体であっても材料にする可能なのだろう。
例えるならば、生ゴミの自動処理に放り込むようなものだ。


「どうして……、そんな事が出来るんだ……」


上条は震える声で言葉を紡いだが、
対して、女は特に感慨を持たなかった。

613: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:50:29.78 ID:hLbURISGo



「おや。虚数学区の鍵は一緒ではないのね。
 幻想殺しか、聖人が肩入れしてた死神部隊のガキか
 ―――どっちを殺した方が楽かしら?」

「うるせェな、それより射殺か刺殺かどっちか選べ。
 一〇秒以内に現実に変えてやるからよォ」

「粋がってんじゃねーよ、一方通行!」


女は乱暴にオイルパステルを一閃する、
その動きに連動するように、石像が大きくを地面を踏みつけた。

ガゴン! という強烈な振動が地下街を蹂躙し
上条と一方通行はその場で大きくよろめく。

一方通行は能力を振動を反射することで、
揺れを収めようとしたが、それは敢え無く失敗に終わった。

614: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:51:04.02 ID:hLbURISGo


(クソッ、単なる副産物じゃなくて、魔術かよ!)


ふと横を見れば、上条が地面に右手をつけているが見える。
それでも尚、振動が一向に収まらないところから察するに
アウレオルス戦の時のコインの表と裏の結界のようなもので、
魔術の核を潰さなければ意味がないのだろう。


「地は私の力。エリスの許可なしに誰も立つことは許されない。
 それでも私を地獄に突き落とせるかぁ、死神部隊?」


ゴーレムを介して、一方通行達の様子を見ていた女が
勝ち誇るように嘲りの言葉を一方的に浴びせかける。

死神部隊といっても、所詮は不意打ちを前提とした暗殺部隊。
即ちこの状況は彼らにとって負けたと言っても過言ではない。

必死に起き上がろうとする上条と一方通行だったが、
それを牽制するかのように再び石像が地を踏み、地が揺れる。

恐らく上条の幻想殺しが少しでも触れれば
石像は豆腐の様に崩れるはずなのだが、
触れることはおろか、動く事さえ出来なかった。

615: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:51:33.32 ID:hLbURISGo

「お、前……っ!」

「お前じゃなくてシェリー=クロムウェルよ。
 イギリス清教の『必要悪の教会』に属している、ね」


なに? と二人は眉をひそめた。
上条は、敵の魔術師がイギリス清教を名乗ったことに
一方通行は、自らの正体を聞いてもいないのに白状したことに


「あー、そういやお前らここで死ぬから意味ないんだっけ。 
 まあ、別にどっちか一方を殺せばそれでいいかしら。
 なあ、どちらが生き残った方が情報が広まるんだ?」


シェリーは薄く笑いながら、オイルパステルをくるりと回す。
それに連動するように石像が地を踏みしめ、拳を引き上げた。


「何せ学園都市とイギリス清教の戦争を起こすんだ。
 まずは、その為の火種は作らないと、ね?―――エリス」


616: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:52:18.67 ID:hLbURISGo

エリスと呼ばれた巨大な石像は拳の動きを停止した。
恐らく一気に上条か一方通行のどちらかに向けて放つつもりだろう。
その先の未来は、床に転がっている警備員を見れば一目瞭然だ。

上条と一方通行は、それぞれ類まれなき特殊能力を持っているが
足場が不安定なこの状況下において右手を構えるは困難であり
魔術で作られた石像を反射が適用されるか分からない。


「離れろ、少年!」


不意に横合いから叫び声が上がった。
見れば、警備員の一人が倒れたまま銃を掴んでいる。


「ッ! 伏せろォ!」


一方通行が上条の首根っこを掴み地面に倒した瞬間
アサルトライフルの銃口が勢いよく火を噴いた。

銃弾は音速の三倍を超えるスピードで空を引き裂き、
次々とエリスの脚部に激突していく。

617: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:52:46.62 ID:hLbURISGo



「うわっ!?」


頭上を駆け抜けていく烈風に上条は思わず声を上げた。

エリスは体は主に鉄やコンクリートで構成されている。
そんなものに音速の三倍を超えるスピードの弾丸をぶつければ
当然、銃弾は辺り一帯に乱反射される、

通常、警備員が現在使用している摩擦弾頭は弾丸に特殊な溝を刻み、
空気摩擦を利用して2500度まで熱した超耐熱金属弾である為、
普通の鉄やコンクリートでは、現象は起きないはずなのだが、
エリスに取り込まれた物質は完全に変異しているせいか
その常識が通用することはなかった。

それでも石像が壊れることはなかったが、動きを止める事には成功している。
脚部を集中的に撃たれているこの状況で足を動かせば
その後ろに控えているシェリーに被弾しかねない。
その事が分かっている彼女自身は石像を動かせないのだ。

しかし、それと同時に警備員が放つ銃弾は
四方八方へと無秩序に拡散されていく。

618: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/11(日) 23:53:17.92 ID:hLbURISGo


「どォやら、あの石像以外に当たっても乱反射はしねェよォだな。
 計算上は、このまま伏せときゃ大丈夫なはずだが」


一度、跳ね返った銃弾は着弾点を貫通し
再び跳ね返る事は無いものの安心はできない。

いくら、計算上は大丈夫と言われても、
空間を蹂躙していく銃声と閃光がが不安を煽っていた。


「奴の行動範囲からして、ステイルの魔女狩りの王みてェな
 ルーン系統の魔術師じゃねェことは確かだ。
 だとすると、さっきの振動の魔術の核はあの石像だ。
 だから、あの石像はお前の右手が触れれば一発で壊れるはずだ」

「なるほど、じゃあ狙うとすれば装填の瞬間か」

「あァ、だから弾幕が途切れたその瞬間、
 お前の足元のベクトルを操作して飛ばす、イイな?」

「ああ、分かった」


上条はいつでも飛び出せるように全身に力を行き渡らせ
一方通行は能力が使えるように集中力を高めようと深呼吸をした瞬間

カツン、と
不意に二人の後ろから小さな足音が聞こえた。

627: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:08:15.73 ID:r4qwAZp3o
凶悪な銃声が鳴り響く中、小さな足音が違和感として耳に残った。
二人は不思議に思いながらも、首だけを動かして後ろを見る。

足音は、後ろの通路から響いてきたことは分かったのだが
当然ながら最低限の順路のみを示す非常灯の赤い光は、
その先を照らす事はない為、足音の正体は分からない。

不思議と危機感は湧いてこなかった。
訓練された傭兵のような足取りでもなく、
新たな敵であるような不敵さも無い。

分かりやすく言えば、悪意というものを感じられなかった。
これから人を殺すといった物騒なものではなく、
お化け屋敷を怯えながら歩く臆病な人間や
夜の学校へ忘れ物を取りに来た子供を想起させる
―――頼りなく、ビクビクとした足音だった。

628: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:08:43.33 ID:r4qwAZp3o

二人の心に、危機感とは別の不安が湧き上がる。
こういった歩き方をしそうな少女を一人、彼らは知っている。


「……あ、あの……」


そんな二人の不安に答えるように少女の声がした。

非常灯では照らしきれない闇の奥から出てきたのは、
長いストレートヘアから一房だけ束ねられた髪が伸び、
線の細い眼鏡を掛けた少女―――風斬氷華だ。


「馬鹿野郎! 何で白井を待っていなかった!!」


上条は絶え間なく続く銃声に劣らぬ音量でそう叫ぶ。

駆け寄りたいところだが、頭上を飛び交う銃弾のせいで
上条と一方通行は立ち上がる事さえ出来なかった。

629: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:09:09.48 ID:r4qwAZp3o

実のところ、その気になれば一方通行は駆け寄れる。
彼は、ありとあらゆるベクトルを自在を操作する力も持っている。
魔術といった非科学的なものについては微妙だが、
通常の物理法則に従う銃弾ならば難なく受け流す事が出来るはずだ。

それでも、彼は動くことが出来なかった。
受け流すべき跳弾のベクトルを警備員に向けたい衝動が
一方通行の全身を駆け巡っていた。

まるで、獣が鎖を千切ろうと暴れ回る様に


「……あ。だって……」

「いいから早く伏せろォ!」


込み上げてくる狂気に抑制しなければならない事にうんざりしながら
一方通行は状況が掴めていない風斬に向かって叫んだ。

すぐにでも駆け付ける手段を持っておきながら、
それが使えない事にもどかしてたまらない。

630: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:09:38.27 ID:r4qwAZp3o


「え?」


二人の必死の形相と叫びの意味が理解できない風斬は
キョトンとした顔をした次の瞬間、

ゴン! と、彼女の頭が勢いよく後ろに跳ねた。
そして、少女の身体は何の抵抗もなく倒れこんだ。


「は?」


一方通行は思わず間抜けな声をあげていた。
横から上条も似たような声を出しているのが見えたが
一方通行にそれを気にする余裕は既に無い。

動体視力が人一倍優秀な一方通行には見えたのだ。
―――跳ねまわる弾丸の一発が風斬の頭に直撃する瞬間が

様々なものが一方通行の心を駆け巡る。
自責の念、良心の呵責、負い目、引け目、後悔、罪悪感
―――そして、疑念。

631: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:10:07.93 ID:r4qwAZp3o

眼鏡のフレームが千切れ、吹き飛ぶのが見えた。
頭の体表面の皮膚と髪の毛が飛び散るのが見えた。
眼鏡をフレームの端をつけたまま、耳が千切れるのが見えた。

しかし、本来なら噴き出すはずの血が見えなかった。
大量どころか一滴の血も彼女の頭から流れなかった。


「か、ざ―――きりィ!」


上条のその叫び声で我に返った一方通行は、
酔っぱらいのようにおぼつかない足取りの彼を負う様に
急ぎ足で風斬に駆け寄っていく。

そして、風斬の傷を見て二人は思わず絶句した。

いつの間にか、警備員は銃の引き金から手を放しており
シェリーでさえも動きを止めている。

632: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:10:34.22 ID:r4qwAZp3o

結論から言えば、風斬の傷は確かに悲惨だった。
よほど威力の高い弾丸を使用していたせいか
たった一発の銃弾にも拘わらず、顔の右半分が抉れている。

状況を知らない人がこの傷を見ても、銃弾が当たったとは思わないだろう。
体内に埋め込んだ爆弾が起爆したと言った方が納得がいくはずだ。

だが、問題はそこではない。
その惨状を超える問題が姿を現していた。

二人は、改めてその惨状を見つめる。
頭の右半分が消し飛ぶという死んでもおかしくない程の重傷
―――しかし、その中身はただの空洞だった。

肉も骨も脳髄も、人間としてあるべき構造が何もない。
悲惨なはずの傷が、紙で作った張りぼてのような作り物に見えた。
表から見れば間違いなく人間の皮膚だが、その裏側は
淡い紫色ののっぺりとしたプラスチックの板でしかない。

633: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:11:01.77 ID:r4qwAZp3o

空洞となっている頭部の中心の三角柱があった。
底面は一辺2センチの正三角形で、高さは5メートル。
側面には縦1ミリ、横2ミリの長方形の物体が隙間なく詰められている。

磁石を使っているかのように浮く肌色の三角柱は、
その表面にある長方形のキーをカチャカチャとせわしなく動かしながら
その場に固定されたまま、ひとりでくるくると回転していた。


「う……」


しばらくして、意識が戻ったのか風斬が小さな呻き声を上げる。
それに合わせて頭部の三角柱の回転速度が増していき、
側面のキーボードが電動ミシンのような勢いで叩かれ始めた。

634: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:11:38.71 ID:r4qwAZp3o

一目見ると、風斬の動きに合わせて三角柱が反応しているように見えるが
よく見るば実際は全くの逆で、三角柱の動きに合わせて
風斬の仕草や表情が作られているのが分かるだろう。

時が止まったように、その場にいる人間の動きが止まった中
豪雨のように響き渡るキーボードを叩くような音と共に
顔が欠けた少女がゆっくりと顔を上げた。

まるで寝起きのような仕草で、痛みを感じていないようだ。
四人の顔が驚愕に染まる中、風斬は上体を地面から起こした。


「あ……れ、めがね。眼鏡はどこ、ですか……?」


風斬は眼鏡を掛けていた辺りを何気なく指で触れようとして
熱湯に触れたかのように反射的にその指を引き戻し
恐る恐る再び自身の顔に指を近づけていく。

635: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:12:06.20 ID:r4qwAZp3o


「な、に……これ?」


震える手で頭部の空洞の縁を指でなぞる彼女の目が大きく見開かれる。
動揺で彷徨っていた視線が側にある喫茶店のウィンドウに反射された
自身の顔の惨状を鮮明に捉えていた。


「い、や……」


風斬の欠けてしまった顔から初めて血の気が引いていく。
残された眼球は焦点が定まっていない様子で
そのせわしない動きは、焦燥や不安を如実に表していた。


「いや……、いやぁ!」


まるで抑えていたものが一気に爆発するように風斬は叫ぶ。
そして、彼女は鏡に写る自分自身から逃げるように
おぼつかなく、それでいて勢いよく走り出した。

636: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:12:32.83 ID:r4qwAZp3o


―――あろう事か、巨大な石像のいる方向へと

さすがのシェリーもこれには黙っていなかった。
彼女がオイルパステルを一閃した瞬間、連動するように石像の腕が唸る。

巨大な石像は裏拳気味の拳で、鬱陶しい蚊を払うようで風斬を薙ぎ払った。
風斬の体はそのままノーバウンドで3メートル近く宙を舞い、
跳弾で穴だらけになった支柱へと叩きつけられた。

それでも、勢いは殺せなかったようで、風斬の華奢な体は
ピンボールのように跳ね飛び、エリスの股を潜り抜け
シェリーの足元まで転がり落ちた。

飛び降り自殺のような生々しい音が響き渡る。
見れば、風斬の左腕は肘から先が捩じ切れており
脇腹が、押し潰された菓子箱の様に歪んでいた。

それでも、風斬の身体は何事も無かったかのように動き出す。


637: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/14(水) 23:12:59.51 ID:r4qwAZp3o


「あ、あ、あああああああああああああああああああああああ
 あああああああああああああああああああああ!!!???」


壊れかけた身体から、絶叫を迸らせながら
風斬は前方に立っていたシェリーを体当たりで突き飛ばし、
体についた虫を振り払うように手足を振り回しながら
そのまま通路の奥に広がる闇へと逃げ込むように走り出した。

シェリーは、気怠そうにゆっくりと起き上がりながら
口を引き裂いたような残虐な笑みを浮かべ、
風斬が逃げた通路の先を見据える。


「エリス」


シェリーがそう呟き、オイルパステルを軽く指先で叩いた瞬間
何をやっても壊れなかったエリスの体が爆発するように崩れ始めた。

エリスの体を構成していた物体が、粉々に砕かれ
その場で砂嵐のように渦巻いていく。


「こンの……、三下がァァァ!」


一方通行は、エリスの体が弾けた瞬間に発生した衝撃波のベクトルを操作し
そのまま石像の残骸の嵐を一瞬で薙ぎ払った。

だが、その時既にシェリーの姿はそこには無かった。
―――無論、風斬の姿も

643: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/17(土) 00:00:04.21 ID:pAlM6wfoo
9月1日 午後2時25分 学園都市の地下街


「AIM拡散力場の集合体?」

「そォだ。それが風斬氷華、即ち『正体不明』の正体だ」


怪訝そうに聞き返す上条に、一方通行はそう答える。
しかし、上条は納得することが出来ないようだ。


「そんなことが有り得るのかよ?」


一方通行の話は、上条にとって信じがたいものだった。

能力者が無自覚に発生させるAIM拡散力場。
風斬の正体は、それが人の形をとったもので
簡単に言えば、体温は炎使いが、生体電気は生体電気が……という様に
力の集まりが一人の少女を生み出したというものだ。

644: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/17(土) 00:00:35.59 ID:pAlM6wfoo

「いくら何でも暴論すぎるだろ!
 何だってそんな考えに至ったんだよ!」

「アイツの頭の中にあった三角柱、アレと同じものを昔見たことがある。
 間違いねェ、アレはAIM拡散力場の集合体の核だ」


告げられた真実に、上条は思わず息をつまらせる。
認めたくないという心が必死に否定材料を探していく。


「でも、あいつは自分の姿を見て怯えてたんだぞ。
 あいつは自分の事を人間だって―――」

「生まれた時からそォ思ってたンだろ。
 そして、何の疑問を思い浮かべず今日を迎えた」


唯一の否定材料をいとも簡単に打ち消され、上条は今度こそ絶句した。
風斬氷華は学園都市に住む能力者によって生み出された存在。
つまり、彼女の持っている全ては外部から勝手に与えられたもの
―――信じる想いすらも

645: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/17(土) 00:01:07.08 ID:pAlM6wfoo

「結論から言えば、風斬氷華は人間じゃねェ。
 生物というより、AIM拡散力場がもたらした物理現象だな」

「そんな……でも、アイツは確かに人間の―――」

「だから人間じゃねェって」

「お、前……ッ!」


上条は思わず一方通行の胸倉を掴みあげていた。
一方通行の言葉自体にも腹が立ったが、それだけではない。
そんな内容を軽口を叩くように言い放ったことが気に食わなかった。


「あン? 俺なンか悪ィ事言ったか?」

「ふざけんじゃねえ! 何が言いてえんだよ!?
 単なる自然現象に感情移入するなって言いたいのか!?」

646: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/17(土) 00:01:33.87 ID:pAlM6wfoo

「単なる自然現象……お前の目にはそォ見えたのか?」

「そんな訳ねえだろ! お前はアイツの何を見ていたんだ!?
 インデックスと一緒に居る時のアイツは心から楽しそうだった!
 俺たちが喧嘩しそうになった時のアイツは怖がっていた!
 アイツには、人としての心があるんだよ!」

「なら、別にいいじゃねェか。人間じゃなくても」


え? と上条は素っ頓狂な声を上げる。
それと同時に一方通行の胸倉を掴んでいた手の力が緩んでいった。

一方通行は、その手を乱暴に振り払ないながら口を開く。


「まァ、何が言いたいかっつゥと右手で触れンなって事だ。
 それとも、人間じゃねェって理由で見殺しにでもすンのか?」

647: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/17(土) 00:02:25.70 ID:pAlM6wfoo


そんな訳あるか、と上条は即答する。

自身の正体を知ってしまった風斬は苦しんでいた。
受け入れがたい真実を突きつけられて、泣いていた。
そして、彼女には闇に逃げる他、道などなかった。

上条当麻は断言する。そんな一人の少女を見捨てる訳にはいかない。
例え、人間とは到底呼べない存在だったとしても
例え、右手で触れば一瞬で消え去ってしまう儚い幻想だっとしても


「イイ目してンじゃねェかよ、上条くゥン」

「ったく、変に脅かしやがって……、
 とは言っても障害はまだ残ってるけどな」


為すべき事は、はっきりと理解できたものの問題はまだ残っていた。
エリスと呼ばれていたシェリーが操作する巨大な石像。

あの巨大な石像が発生される壮絶な振動。
それが使われてしまえば、立っている事さえ困難になる。

648: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/17(土) 00:03:19.43 ID:pAlM6wfoo

「向こうも警戒してるだろォから、奇襲をかけるのも難しいな。
 風さえありゃ楽なンだけどなァ……、どォしたものか……」


深い溜息をつきながら石像の対処法を考える二人だったが
ふとウィンドウに目を落とすと誰かが後ろに立っているのが見えた。


「お悩みか、面白い悪ガキたち?」


風切り音が鳴る程、勢いよく振り返った二人の目に写ったのは
来る途中で出会った警備員の部隊の面々だった。

一人の女性が全員を代表するように二人の前に出る。


「話は聞かせて貰ったじゃんよ。
 本来なら、避難させるべきなんだが今回は特別だ。
 お前たちなりに我々の作戦を利用するといいじゃんよ」

751: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:20:45.83 ID:Frug62+uo
風斬氷華は当てもなく地下街を走っていた。
その眼に大粒の涙を浮かべながら


「う、ぐうう……っ!?」


今頃になって、焼けるような激痛が風斬を襲う。
顔面の半分、左腕、左の脇腹から感じる熱せられるような痛みに
走る事はおろか、立っていることさえ出来なくった彼女は、
体内を駆け巡る衝動に身を任せ、手足を振り乱しながら地面を転がり回る。

だが、それだけの重傷を負いながらも彼女はまだ生きていた。
発狂しそうになる程の激痛の中、死への逃避すらも許されない生き地獄。

752: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:21:14.73 ID:Frug62+uo

しかし、それも一瞬の内に終わる。


「あ……?」


ぐじゅり、とゼリーが崩れるような音と共に傷口が塞がり始めた。
まるでビデオを数百倍速にしたように開いた空洞を修復していく。

灼熱の激痛が覚めるように引いていき、
衣服やメガネさえも修復されていった。


「あ、ああ……っ!」


怪我が治った事で落ち着きを取り戻した頭が記憶を蘇らせる。

銃弾で撃ち抜かれた自分の頭の中身を
その中で動く気味の悪い三角柱を

753: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:21:51.95 ID:Frug62+uo


「あがっ……ぎっ! ぐ……ぅ、うううう!!」


言葉にならない獣のような咆哮が風斬の口から吐き出される。
まるで巨大な重圧に押し潰れた心から中身が漏れたように

ズシン! と、そんな彼女に追い打ちをかける様に
地下全体に壮絶な振動が襲い掛かる。

宙に投げ出されながらも、彼女は暗闇の先を見る。
そこには鉄とコンクリートで固められた歪な石像がいた。

石像の背後から下品な女の笑い声が上がる。
恐らく石像を操っている人物だろう。

754: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:22:58.08 ID:Frug62+uo



「ひ、……ぁ……」


風斬は、反射的に逃げ出そうとするも
石像の巨大な腕に殴られた記憶が鮮明に蘇ったせいで、
恐怖と焦燥が体中を駆け巡り、体を思う様に動かす事が出来なかった。

対して、女は何も告げずオイルパステルを一閃する。
瞬間、石像は風斬を狙いをつけ勢いよく拳を放った。

風斬は恐怖と焦燥に支配された体を何とか地に伏せようとする。
直撃こそ免れたものの、なびいた髪が石像の拳に巻き込まれてしまった。

バリバリッ! と人間の頭皮が引き剥がされる悍ましい音と共に
風斬の体は石像の腕に何メートルも引き摺られた挙句、砲弾のように投げ出される。


755: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:23:44.80 ID:Frug62+uo


「うぐ………」


ゴンギン!! と内側で凄まじい音を響かせる風斬りの体は
ズルズル!! と恐るべき勢いで地面を滑っていく。
まるで全身をヤスリで削られたような激痛が風斬に襲い掛かる。


「あ、あ、あ……」


風斬が転がった軌道上の地面には、
皮膚の破片や長い髪などが一直線に走っていた。

ぐずぐず、と皮を剥がされた風斬の顔から異音が鳴り響く。
彼女が恐る恐ると言った感じで、己の顔に手を伸ばすと
その手には不気味に波立つような感触が返ってくる。

凄惨な暴力によって、歪んだ顔が再生しようとしているのだ。

756: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:24:12.63 ID:Frug62+uo

「何なのかしらねぇ、これ」


石像の背後にいる女がようやく声を出した。
まるで道化師を見ているかのように笑いながら


「虚数学区の鍵とか言われてどんなものかと思えば
 その正体がまさかこんなものだったとはねぇ! あは、あはは!
 科学ってのは何時からこんなに狂っちまったんだ!」


女の一方的な会話の内に、破壊された風斬の顔は
ベチャベチャと湿った音を立てながら修復されていった。


「ぃ、ひ!」


自分の体に嫌悪と恐怖を覚えた風斬の様子を見て
シェリーは喜ぶように顔を歪ませて笑みを浮かべる。

757: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:24:47.66 ID:Frug62+uo


「ぶっあはははは! 何だこれ殺すのすげえ面倒臭ぇな。
 ひき肉になるまでグチャグチャにしても元に戻るのかしら?」

「ど、どうして……何で……こんな、こんな……酷い事……ッ!」

「んー? 別にあなたじゃなくてもいいんだけどさ。
 あなたが一番楽そうだったから、理由はそんだけ」


ズシン! と重々しい足音が近づいてくる中、
風斬の顔が初めて怒りに歪んだ。

己の命を軽々しく扱われた屈辱。。
そこまでの屈辱を味わわされた悔しさ。
それを感じていて事態を打開できない己の弱さ。

様々な感情が爆発した彼女の目から涙があふれ出る。
そんな風斬を見て、シェリーは興が削がれたような顔を浮かべた。

758: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:25:20.49 ID:Frug62+uo


「おいおい、どーした? その有り得ねえ面構えは?
 ひょっとしてあなた、死ぬのが怖いのかしら?」

「え……?」

「おいおいマジかよ、当然ですっつー顔しちゃってさあ。
 本当はもう気づいているのでしょう?
 自分がまともな人間じゃねえって事ぐれえさ」

「……」

「ナニ顔真っ青にして黙ってんだよ、考えりゃ分かる事でしょう。
 テメェがここで死んだところで誰が悲しむんだよ? 例えばさ、ほら」


刹那、巨大な石像が弾けるように砕け散る。
辺り一帯に粉塵が一通り吹き荒れた後、風斬は初めて女の顔を見る。

荒れた金髪に、チョコレートのような褐色の肌。
そして、すり切れたゴシックロリータを着込んだ女は笑っていた。
風斬の身に起きている惨状が喜劇だと言わんばかりに

759: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:25:55.22 ID:Frug62+uo


「私があなたにしてる事って、この程度でしょう?」

「あ……」

「世の中を知らねえお前に良い事を教えてやるよ。
 この世界はな、人間は救われるけど化け物は救われねえんだよ。
 正義だの愛だの、結局は自分が傷つきたくないだけ。
 だからね、自分達より力のある化け物なんて要らないのよ」


周囲のガラスや建材が独りでに動き出し、再び石像が作られていく。
偶然か否か、それは風斬の怪我が治っていく様と酷似していた。
まるで、この姿こそが風斬氷華の本質とでも言う様に


「これでもう分かったでしょう?
 所詮、あなたはエリスと同じ化け物。
 なのに、今更どこに逃げようってんだ?
 テメェの居場所なんざ、この世界のどこにもねえんだよ」

760: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:26:24.13 ID:Frug62+uo


その言葉に、風斬の呼吸が文字通り止まる。
いつまでも訪れない苦しみが魔術師の言葉を裏付けていく。

重圧のように圧し掛かる絶望が風斬の体をその場に縫いとめる。
その場から今すぐに逃げ出そうとする衝動は、
どこに? という疑問に抑制されていった。

風斬はある事に気付く。
今日経験した出来事の全てが初めてだったことを

昨日までの出来事を思い出そうとしても
浮かべることの出来るものなど何もなかった。


「うう……」


じわり、と胸を焦がすような激痛が風斬に襲い掛かる。
それは、石像に殴られた時よりも痛く感じられた。

761: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:27:00.66 ID:Frug62+uo

風斬は、シェリーに襲撃される直前に上条達が言っていた事を思い出す。
彼らはゲーセンという場所に行くと言っていた。

当然、風斬はゲーセンという場所を知らない。
だが、そこが遊び場である事は何となく想像できた。
もしも、シェリーの襲撃が無ければ、きっと今頃は
風斬は初めての友達との楽しい一時を過ごしていただろう。

だけど、それはきっと想像のままで終わってしまう。
上条と一方通行に正体を見られてしまったのだから。
インデックスにも自身の正体を知られるのは時間の問題だろう。

そうなれば、彼女は二度と笑ってくれない。
彼女が笑いかけたのは『人間』としての風斬に対してであって。
決して、自分たちとは違う『化け物』としての風斬ではないのだから

762: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:28:09.20 ID:Frug62+uo

風斬の頬に一筋の涙が流れる。

温かい世界にいたい、誰かに認めてもらいたい。
その為ならば、彼女は何にだって死に物狂いで縋ろうとしただろう。
しかし、縋るものなど彼女には何一つ無かった。


「致命傷が治って奇跡的に助かったと思ったの?
 違えよ、運悪く死ぬ機会を逃しただけだっつの」


シェリーは嘲笑うようにそう告げ、オイルパステルを振り回す。
その動きに応じるように、石像の腕が風斬に近づいていく。

763: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:28:41.46 ID:Frug62+uo

「面倒だから、エリスの体内に取り込んで上げましょう。
 泥臭え土とグチャ混ぜになりながら、永遠の絶望に沈んでろ」


石像の腕がゆっくりと風斬に近づいていく。
風斬はもはや声さえ出さなかった。

死にたくないという気持ちはあるものの、
どうしても生きる理由を見出す事が出来ない。

これから自分の身に襲い掛かる凄惨な暴力に対して
せめて辛い現実を見ない様に風斬は両目をぎゅっと閉じる。

764: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:29:39.81 ID:Frug62+uo

だが、悲劇は訪れない


石像の巨大な腕が風斬の腕に触れる直前、
何者かが恐るべき速さで風斬を掻っ攫った。


「……?」


恐る恐ると言った感じで瞼を開いた風斬の目に映った景色は
涙でぼんやりとしているだけでなく、上下が反転している挙句
半分が何か黒いもので覆われていた。


「悪ィな、某大佐が待てる時間しか能力が使えねェから遅れちまったわ」


その声はぶっきら棒だが、力強く頼もしかった。
そして、その声は聞いたことのある声だった。

765: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:30:19.82 ID:Frug62+uo

「どう、して……?」

「あァ、お前に渡したスタンガン。実は発信機付きで……」

「そう……じゃなくて。どう、して……私みたいな、化け物を?」

「じゃあ、俺と同じだな」


予想外の返答に、え? と風斬は思わず怪訝そうな顔を作る。
対して、一方通行は気にすることなく言葉をつづけた。


「確かに、お前は化け物かもしれねェ。
 でも、まァそンなに気を落とす事でもねェ。
 化け物よりも醜い人間だっているンだからよ」

766: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:30:46.11 ID:Frug62+uo


その言葉に風斬は驚き、シェリーは大笑いを上げる。


「くっ、はは、うふあはは!
 化け物同士の傷の舐め合いって事かしら?」

「―――あァ、はっきり言わなきゃ分かんねェか?
 お前の事を言ってンだよ、クソ野郎」


一方通行は殺意を込めて、シェリーに糾弾の言葉を叩きつける。
だが、彼女の顔から笑みが失われることは無かった。


「うふふ、確かにね。でも、それが普通なんじゃないかしら?
 そんな異常な綺麗事を常識みたいに考えちゃうなんて、馬鹿なの?
 あ、分かった。お前ってさ、友達いねえだろ?」

767: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:31:35.09 ID:Frug62+uo

「死ぬまで言ってろ、行き遅れがァ!」


轟! と一方通行は風斬を片手で抱えたまま勢いよく跳躍する。
そして、そのまま滑らかな放物線を描きながら石像との距離をとった。

瞬間、ドガッ!! と眩い閃光が異形の石像を照らし出した。
石像は十字路の一カ所の通路を塞ぐように立ち塞がっており、
閃光はそれ以外の三方全てから放たれている。

閃光の正体は銃の先端に取り付けられたマグライト。
数にして三,四〇程の銃口が石像に突きつけられていた。

一方通行の肩から地面に降ろされた風斬は周囲を見渡す。
そこには、一方通行と深手を負っているはずの警備員達
そして、上条当麻がそこに立っていた。

彼らが風斬に向けている目に敵意など籠っていなかった。
皆、風斬が助け出された事に安堵するような笑みを浮かべている。

768: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:32:03.16 ID:Frug62+uo

「……どう、して……?」


不思議そうに風斬は疑問の声を出した。

彼らは、見ているはずだ。
―――跳弾を浴びて顔が壊れた姿を
―――石像に殴れても平然と立ちあがった姿を


「友達助けるのに理由なんざ要らねえだろうが」


上条は一瞬の間も置かずにそう答える。
その顔には、何の疑問も無く、一片の翳りさえなかった。

思わず茫然とする風斬に、上条は優しく笑いかける。

769: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/20(火) 21:32:33.67 ID:Frug62+uo


「涙を拭って前を見ろ! 勇気を出して現実と向き合え!
 辛い現実に絶望する前に俺達を見ろ!
 ここにいる全員がお前を救うためにここにいるんだ!」


残酷な死か、それとも絶望の生か

そんな選択肢しかなかった闇に包まれていた世界は、
黎明のように明るく照らし出されていた。


「お前の居場所はここに在るんだ! 絶対に!!」

777: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:25:19.61 ID:8/Logwouo
「エリス―――」


石像の背後にいるシェリーは、醜悪な笑みを浮かべて叫んだ。


「―――ぶち殺せ、一人残らず! こいつらの肉片で体を作れ!!
 醜い化け物に与えられた微かな希望を絶望に塗り替えろ!」


同時に、シェリーはオイルパステルで宙を描く。
幾重にも重ねられた線が石像を動かす命令と化す。


「配置B! 民間人の保護を最優先!!
 我々の誇りと信念にかけて、死守しろ!!!」


一人の怒号を切っ掛けに全ての銃口が一斉に火が噴いた。

警備員達は、透明な盾を持って跳弾を防ぐ前衛と
ライフルで石像を攻撃する後衛の二組に分かれている。

778: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:25:47.94 ID:8/Logwouo


今この場にいるのは、地下街にいた警備員だけではない。
第七学区とその周辺の学区を管轄とする警備員に加え、そこにいるのは
シェリーに攻撃を受けた学園都市の門を守っていた者だった。

別に、命令が下ったからここに来たわけではない。
彼らは皆怪我を負い、それが治るまで休暇を言い渡された者ばかりだ。

しかし、だからこそ彼らはここに来ていた。
この街を、そこに住む人々を守る為に
自らの傷を癒す時間を犠牲にして


779: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:26:16.04 ID:8/Logwouo


ギギギザザザギギ!!! と警備員の持っている盾が悲鳴を上げる。
乱反射した跳弾が断続的にぶつかっていったせいか、
透明な盾は壊れこそしなかったが確実に表面が削り取られていった。

雷に怯える子供のように震える風斬を気にかけながら
上条と一方通行の二人は前方の石像の姿を見る。

脚部を集中的に狙われているせいか、その熾烈な歩みは止まっていた。
それでも無理矢理に歩こうとしているせいなのか、
壁のように大きく広がるその巨体は翻弄されているように見える。

かと言って、それが決定打になるわけではない。
脚部を構成しているコンクリートやガラス片が次々と削り取られていくが
それに劣らぬ恐るべき速度でエリスの脚部は周囲の床や壁、
挙句の果てには銃弾さえも体内に取り込み再生していった。

780: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:26:44.42 ID:8/Logwouo



「うふあはは!!!」


膠着状態と化したのにも拘わらずシェリーの笑いは止まる事はない。
それは、負けるはずがないという余裕から来るものだけでは無かった。
石像越しに見える一心不乱にライフルを撃ち続ける警備員達。
彼らの目が希望に満ちているのが彼女にとっては可笑しくてたまらないようだ。


「『神の如き者』『神の薬』『神の力』『神の火』!
 四界を示す四天の象徴、正しい力を正しき方向へ正しく配置し正しく導け!」


オイルパステルを振るいながら、シェリーは怒号を上げる。

恐らくそれは無理矢理な命令だったのだろう。
石像の全身の関節から、まるで黒板を爪で引っ掻いたような
不快な音がまるで苦痛を訴えているかのように鳴り響く。

781: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:27:17.92 ID:8/Logwouo

それでも、エリスは動き始めた。
声なき悲鳴を上げながらも、重々しい一歩を踏み出す。

これまでとは違って脚部を集中的に狙ったのが功を奏したのか
その歩みには勢いがなく、平衡感覚を狂わせるような振動は起きなかった。

しかし、このままでは石像が防衛網を突破するのは時間の問題だ。


「思い知れ! 絶対的な力の差を!!」


シェリーはその光景を見て、歓喜したように
よろ一層激しくオイルパステルを振り乱す。


「あ……あ、そんな……」


確実に迫りくる石像を見て、風斬は戦慄したが
対して、周りの者たちは対して感慨を抱かなかった。

782: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:27:44.77 ID:8/Logwouo

「あー、やっぱこうなっちまうのか」

「まァ粗方予想通りってトコだな。何の問題もねェ」

「ありまくるじゃんよ! 少年、本当にやる気なの?
 ここで逃げ出すのもまた勇気じゃん?」

「じゃあ何でアンタ達はここにいるんだ?
 理由はそれと同じ、そしてこの状況を打破できる右手を
 持っている以上、俺は絶対にやらなきゃいけないんだ」

「そりゃあ、確かに月詠先生もそんな事は言ってたけど……」


3人の会話を聞いた風斬は、妙な胸騒ぎを感じていた。
―――何か自分の知らない間に、大変なことが決まってしまったような

その間にもズン! と石像の重い足音が響く。
石像の歩みはじわじわと速さを増していき、
じりじりと着実に上条達との距離を詰めていた。

その距離はもはや10メートルもない。

783: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:28:10.82 ID:8/Logwouo



「ほら、チンタラしてねェでさっさと動け。
 手遅れになるのは婚期だけにしとけっつの」

「お前は後で私の全てを賭けてケジメをつけてやる。
 それにしても、最後に確認するけど本当にいいのか?
 指示を出したら、もう後戻りは出来ないじゃん」

「……、ああ」


上条の言葉には未練など一切無かった。
何をすべきかは既に理解していたからだ。


「イイ目をしやがって、やっぱセンセは生徒に恵まれてんじゃん」


女性の警備員は、満足そうに小さく笑いながら
小型の無線機を取り出し、起動した。

784: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:28:38.54 ID:8/Logwouo



「いいよ、付き合ってやろうじゃん。
 でも、やるからには必ず成し遂げろ。そして死ぬな。
 その為に出来る事なら、何だってやってやる」


その言葉と、必死に体の震えを抑えながら笑顔を浮かべる上条を見て
風斬はようやく今から何が起きようとしているのか気付く。


「ダメ、です……、そんな……」

「やめろ、そいつの右手に絶対に触れるな」


風斬は上条を止めるようと右手を掴もうとしたが
一方通行が、それを止めるように、その手首を掴んだ。

785: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:29:04.71 ID:8/Logwouo


「preparation<<準備せよ>>―――カウント3」


女の警備員は通信機に向かって命令を下す。

風斬の体を得体の知れない寒気が駆け巡った。
―――まるで、取り返しのつかない事が起こってしまったような


「―――カウント2」

「……何で、私を……止めるん、ですか……っ!?
 あなたが、……止めるべきなのは、彼の方でしょう!」

「止めるなよ風斬」


ほとんど錯乱しかけている風斬を制したのは
誰よりも危険なはずの上条の落ち着いた声だった。

786: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:29:44.28 ID:8/Logwouo

「いいか? 俺は死ぬ為にアイツに立ち向かうわけじゃない。
 また、4人でどっかに遊びに行く為にこうしてるんだ。
 だから、俺は死なない。何があっても、絶対に」


上条は、少しの迷いもない声でそう断言する。
一点の曇りもないその眼に風斬は気圧されたように押し黙った。


「―――カウント1」


何かを仕掛けてくる事を勘付いたシェリーが
さらに狂ったようにオイルパステルを振り回す。

それに合わせて銃弾の雨に逆らうエリスの足が
より力強く、より早く前へ踏み出されていく。

だが、上条はそれに見向きもしなかった。
彼はただ目の前にいる少女の顔をしっかりと見つめていた。

787: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/24(土) 00:30:13.54 ID:8/Logwouo

「そんな訳だから、お前も現実に立ち向かえ。
 辛いかもしれない、苦しいかもしれない。
 だけど、絶対にそれだけじゃ終わりやしない。
 それ以上に楽しい事や嬉しい事があるはずだ。
 だから、もう簡単に諦めたりなんてするなよ。
 お前には頼っていい友達がいるんだから」


そう言って、上条は一度だけ軽く笑いかけると
全ての未練を断ち切るかのように前を見た。

そして、後戻りの出来ない闘いの始まりを警備員は告げる。


「―――カウント0」

792: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/28(水) 00:25:34.26 ID:hvuHdogYo
「―――カウント0」


瞬間、エリスに降り注いでいた銃弾の雨が―――ピタリと止んだ。

それは、シェリーにとって予想外だったことだろう。
銃弾は、警備員にとって自身の身を守る最後の砦のはずだ。
それがなくなれば、たちまち彼らはエリスの餌食となる。
いくら、勝ち目がないと分かっていても簡単に諦めるはずがない。

しかし、そんな一見支離滅裂にも見える行動だが、成果はあった。

エリスの頑強な体が、突然バランスを崩して前に倒れた始める。
銃弾という強烈な向かい風に逆らう為の力が、
凶悪な慣性力となってエリスに襲い掛かったのだ。

そして、上条は透明な盾をハードルのように飛び越え、一気に駈け出す。
上条とエリスの距離は僅か7メートルぐらいだった。

793: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/28(水) 00:26:09.80 ID:hvuHdogYo


「くはははは! おもしれえ……、来いよ! 私はここだぜ、幻想殺し!!」


矢のように上条がエリスに向かって走りだす中
シェリーは狂笑を上げながら、オイルパステルを振り回す。

その命令に忠実に従ったエリスが拳を振り上げる。
だが、その時既にエリスの体はかなり傾いていた。
案の定、ぎりぎり保たれかけたバランスは完全に崩れていく。

遂に勝った、警備員の誰もがそう思ったその瞬間だった。

ズドン!! とエリスは殴りつける。
前方に倒れこむ中、誰もいない地面を


「なっ……」


エリスの拳を中心に蜘蛛の巣状の亀裂が半径8メートルに渡って広がる。
再び地下街に熾烈な振動が駆け抜け、上条の体は宙に投げ出された。
地下街の至る所から不安を想起させる不気味な軋みが地下街を走り抜ける。

794: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/28(水) 00:28:39.98 ID:hvuHdogYo

そして、エリスは自らが放った拳の反動で勢いよく跳ね上がった。
あまりの勢いにエリスの片脚は地面を離れ、その巨体が後ろへ倒れかけるも
エリスはギリギリの所でバランスを保ち、浮いた片脚を思いっきり地面に叩きつける。

ゴドン!!! と悪夢のような振動が再び地下街を激しく揺らしく。
激烈な振動に逆らえず、上条はその場に倒れこんだ。


「残念だったわねぇ?」


シェリーは歓喜しながらオイルパステルを一閃する。
巨大な歪な腕が、大きく振り上げられていく。
―――地を這う上条に狙いをつけて

例え、運よく右手で防げたとしても、数トンに及ぶ瓦礫の山が雪崩の様に
襲い掛かり、どのみち上条の体は潰されてしまうだろう。

795: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/28(水) 00:29:09.83 ID:hvuHdogYo



「うふあははははは!! 勝ったのは私だ!!!」

「ここまでは、なァ?」


早くも勝利の余韻に浸りかけていたシェリーはその声で我に返る。
そして、エリスと視界を共有している彼女には見た。
石像の目の前で、無防備に倒れこんでいる上条、
その後ろで必死に立ち上がろうとしている警備員達。

そして、常人では有り得ない程高く跳躍をした一方通行を


「悪ィが、俺達が勝つのはここからだァ!」


一方通行は、自身の華奢な足を叩きつけるように地面に降り立った。
その瞬間、その場に存在したあたゆるベクトルが操作され振動が発生する。
―――エリスによるものと、逆位相の振動が

796: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/28(水) 00:29:42.71 ID:hvuHdogYo

二つの激しい揺れがお互いに相殺しあったことにより
戒めていた枷が外れるように、上条は振動から解放された。

瞬間、上条は形振り構わず走りこんだ。
前方に見えるエリスの両足の空洞目がけて

普通の状態ならば、蹴り飛ばされてしまったことだろう。
だがしかし、エリスはこの瞬間大きく拳を振り上げていた。
よって、エリスの両足は全体重を支えなければならない為
その瞬間は絶対に動かすことが出来ない。

その事を経験則で知っていた上条は、
迷わずエリスの両足の空洞を潜り抜けた。

直後、ガガガギギギ! とエリスの体から火花が散る。
姿勢を立て直した警備員達が一斉に銃撃を再開させたのだ。

再びエリスの体は鎖に繋がれたように拘束されていく。
そして、皮肉にもその巨体は上条を銃弾から守っている。

797: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/28(水) 00:30:12.32 ID:hvuHdogYo

そこで上条は初めてシェリー=クロムウェルの姿を見た。
手入れを怠って荒れた金色の髪に、別の国の血を引いたような褐色の肌。
擦り切れたゴシックロリータを身に着けている彼女は驚いたような顔をしている。


「はは、本当に来やがったよ冗談のつもりだったのによ」


ここまで追い詰められて初めて、シェリーは焦燥と困惑を抱き
これまで余裕に満ちたものとは程遠い引き攣った笑いを浮かべた。


「お前も勇気を出して現実と向き合え」


上条は冷たくそう言い放つと、シェリーの顔面を容赦なく殴り飛ばす。
彼女の細い体は、流されるように勢いよく地面を転がっていった。

809: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/31(土) 23:17:15.88 ID:O5eOUOH+o
シェリーが倒れた事によって、エリスは熾烈な歩みを止めていた。
だがエリスの強硬な肉体に決定打が与えられた訳ではないので
警備員達は未だ尚、一心不乱に銃を撃ち続けている。

先程まで様々な戦闘音に彩られていたせいか
鳴り響く銃声が虚しく感じられた。

上条は自身が殴り飛ばしたシェリーから目を離し
エリスの巨大な背中を改めて見つめる。

流れ弾が飛んでこないかどうかを心配をしつつ
上条は恐る恐るといった感じでエリスの背中に手を伸ばしていく。


「ふ、うふはは」


不意に、女の笑い声が不気味に響き渡る。
上条は反射的にシェリーの方を勢いよく振り返った。

平凡とは言っても、仮にも上条は喧嘩慣れしている高校生男子だ。
そんな人間の本気の拳が、顔面にまともに直撃したとなれば
普通の人間はおろか、魔術という切り札に全面的に頼り切っている
貧弱な魔術師であれば意識を失ってしまうはずだろう。

だからこそ、シェリーは上条の拳が自身の頬に激突した瞬間
上条の拳に受け流されるように顔を逸らし、尚且つ衝撃を拡散するために
自ら後ろへ跳び、ダメージを最小限に抑えていたのだ。

810: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/31(土) 23:18:10.29 ID:O5eOUOH+o

「うふあはは、何ヒーロー気取ってんだよ化け物どもが。
 今は必要とされてるけど、そうじゃなくなればたちまちエリスと同じ。
 その身が朽ち果てるまで、ずっと傷つけられ続ける。
 あなた達の身体と心はそれにどこまで耐えられるでしょうね?」

「テメェが心配する必要はねえ、そこで黙って眠ってろ」


笑い声を上げるシェリーに右手を堅く握りしめた上条が近づこうと
一歩踏み出した瞬間、ビュバン! と抜刀術のようにオイルパステルが地面に走る。

模様にも記号にも見える、科学では解析できない何かが
勢いよく次々と床に殴り書きされていく。


「な……くそ! 二体目を作る気か!?」


上条はシェリーの行動を止める為、上条は慌てて走り出すが
書き終わったといわんばかりにシェリーはオイルパステルを地面から離した。


「うふあはは、二体同時に操るなんざ出来る訳ねえだろうが。
 大体、それが出来たら最初からエリスの軍団を作っているもの。
 無理に二体目を作ろうとしても、形を維持できず崩れてしまうの」


徐々に自らとの距離を詰めてくる上条に対して
シェリーは、恐れるどころか更に獰猛な笑みを深めた。

811: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/31(土) 23:18:39.81 ID:O5eOUOH+o

「こんな風にな!」


刹那、シェリーが描いた文字を中心点に半径2メートルあまりの地面が崩れ落ちる。
当然の結果としてそこに倒れていたシェリーは崩落に巻き込まれ、
地面に呑みこまれるように上条の目の前から姿を消した。


「くそっ!」


上条は急いで駆け寄り、空洞の中を見る。
穴は相当深く、その中には漆黒の闇が広がっているばかりだが
底の方から風のような空気の流れを感じることが出来た。


(やられた、この下には地下鉄の線路だ)


上条が舌打ちすると同時に爆発するようにエリスの体が飛散する。
それに応じ、銃声は止み辺り一帯は鉄のカーテンに覆われた。


812: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/08/31(土) 23:19:32.37 ID:O5eOUOH+o

(しかし、妙だな……)


薄気味悪い闇が広がる空洞を見つめながら上条はふと疑問に思った。

何故、シェリーはあんなにもあっさり逃げ出したのか。
彼女にはターゲットに対する執着心というものが感じられなかった。

彼女のこれまでの行動を踏まえて考えれば、あまりにも不自然すぎる。
ここまで来て簡単に逃げ出すようには思えなかった。

上条はしばらく難しい顔をして考え込んでいたが
ふと何かに気付いたように、おもむろに顔を上げた。


(ちくしょう、あいつは別に逃げた訳じゃねえ)


シェリーが学園都市を襲撃した理由は、戦争を起こす為だ。
恐らくそれは、風斬を殺す事で達成されるのだろう。

だが、もしそれが数ある手段の一つに過ぎないのなら
風斬を殺すのは困難だと判断し、他の手段に切り替えたと考えるのが妥当だ。

シェリーの言葉を信じるなら、彼女の標的は四人。
そのうちの三人は今この場にいる風斬、上条、一方通行。

残りの一人は、現在ここにはおらず、保護もされていない。


「くそ……、インデックスか」

818: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:08:08.29 ID:HntIaNQio
9月1日 二時三十分 とあるビルの屋上


ゲームセンターやカラオケ、ボウリング等、多くの娯楽施設が入っている
そのビルの屋上は、関係者以外立ち入り禁止の場所だ。

毎日、午前中に作業員がソーラーパネルを清掃する為に訪れるが
それが終われば、そこに訪れるものなど滅多にいない。

だが、そんな誰もいない静寂を壊すかのように屋上の扉が思いっきり開かれる。
中から出てきたのは黒いボストンバックを肩に掛けた作業服を着た少年。

その少年は、ビルの中央まで急ぎ足で移動すると
瞑想をするように目を瞑り、その場で立ち止まった。


「……捉えた」


しばらく微動だにしなかった少年はそう呟くと、北西に向かって歩き出し
その場にボストンバックを取り出し中から次々に何かを取り出すと、
手馴れた様子で、それでいて急ぐようにそれらを組み合わせ始める。

819: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:08:37.02 ID:HntIaNQio

―――
――


同時刻 とあるビルの屋上から北西に500メートル離れた路上


(? 今何か変な超音波が通り抜けたような……ま、いっか)


薄暗い地下街とは対照的に地上は目が眩むほどの炎天下で、、
そんな中、そこに美琴とインデックスはジッと立ち尽くしていた。

白井黒子は地下街に閉じ込めれた学生たちを
自身の能力を使い、運び出している為ここにはいない。


(はぁー)


美琴は、心の中で深い溜息をついた。

上条達が無事に戻ってこない以上、帰るのは薄情な気がしたが
かといって、インデックスと美琴には共通の接点も話題もない。

太陽が眩しい青空の下、居心地の悪い妙な沈黙が下りていた。

820: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:09:23.30 ID:HntIaNQio

(あーもう。黒子のヤツめ)


ここにはいない後輩に恨み言を告げる美琴だが、
当然の如く、そんな事で状況が変わるわけがない。

超電磁砲で地下街の隔壁を破壊しようも一瞬考えたものの
学生達に紛れてテロリストが逃げ出す恐れがある為、
美琴は大人しく現状維持の道を選択することにした。

暑さに耐えられない、と訴えるようにインデックスの腕の中で暴れる
三毛猫の鳴き声が美琴の耳には、ひどく虚しく聞こえる。

とうとう耐え切れなくなった美琴は、ポツリと口を開いた。


「……あついわね」

「そうだね」


破れた沈黙はたった2秒で復活する。

心に収まりきらない溜息をつこうとした美琴だったが
ふとインデックスの服装が目に留まった。

821: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:09:52.50 ID:HntIaNQio


「そういえば、そのアンタのその服は何なのよ?
 このクソ暑い中、よくもまあそんな長袖でいられるわね」

「別に慣れれば、大して気にならないかも。
 それに今では風通しも良くなっているし」

「うん? って。よく見たら布地を安全ピンで留めてるだけじゃない!
 何でこんなパンクな恰好になっちゃてるのよ?」

「うっ……、色々と古傷があるので言及しないで欲しいかも」


その話題をインデックスがそこで一方的に終わらせたので、
またもや会話の流れは断ち切られてしまう。

一度会話の味を覚えた美琴は、復活した居心地悪い沈黙に
耐え切れないと言わんばかりに慌てて口を開いた。


「にしても、遅いわねあいつら」

「……うん。どうしよう、あの魔術師はひょうかの事狙ってたみたいだし
 それに、術式もロンドン仕込みみたいな匂いがしたから心配なんだよ。
 本当になんにもなければ良いけど……」

822: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:10:20.37 ID:HntIaNQio

うん? と美琴は聞きなれない単語に首を傾げる。
そういえば、地上に連れ出された時もそんな単語を並べて
元の場所に戻すように抗議していた事を美琴は思い出した。

少しだけ考えて、インデックスの服装から何らかの宗教関係者だと察した美琴は
超能力を魔法か何かと勘違いしているのだろう、と解釈する。

確かに科学的知識がない人間からすれば、そう見えてもおかしい話では無い。
だからこそ、美琴は何の疑問も持たずにインデックスの言葉を聞き流した。


「ひょうか、ってのは一緒にいた女の子の事?」

「うん。あ、今回はとうまが連れ込んだ訳じゃないんだよ。
 私が先に会ったんだからね」

「今回は、ね。ほほう」


美琴は顔を逸らして、見る者を戦慄させる黒い笑みを浮かべるが
無邪気なインデックスは、それに気付かないまま腕の中で
暴れる三毛猫をあやすように体を左右に揺らし続けている。

823: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:10:49.69 ID:HntIaNQio

「うう、心配かも。あんな所に女の子が置き去りにされているのもそうだけど
 薄暗闇の中でとうまと女の子を一緒にさせているのが心配かも。
 あくせられーたもいるけど不安材料にしかならないかも」

「……何でかしら、この一点のみアンタとは友達になれそうな気がするわ」


思えば、性質の悪い悪戯を仕掛けてきていた同じ中学校に通っている超能力者が
第一位を配下に置こうとしたという噂が流れた一週間後に泣いて謝ってきた事があり
また、自身に対して数々の変態行動を働かせていた後輩が、残骸事件の後
すっかりと大人しくなり、更に第七学区のとある学校の通学路を
重点的にパトロールするようになった、という事もあった。

よくよく考えてみれば、そのおかげで美琴の学校生活の憂鬱が大分減っているのだが
それを認めるのは無性に腹が立つ(主に後半)ので、美琴は気にしないことにした。


「どうでもいいけど、アイツの身の安全は心配してない訳?」


それは、美琴にとって次の話題に移る為の何気ない一言のつもりだが
ピタリと、猫をあやしていたインデックスの体の動きが止まる。


824: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:11:15.43 ID:HntIaNQio


(あれ? もしかして地雷踏んじゃった感じ?)


動揺しかける美琴だったが、インデックスは一瞬の内にまた
猫をあやす作業に戻り、何事もないように口を開いた。


「ん、とうまの事を言ってるのかな? とうまなら心配ないよ。
 とうまは何があっても、絶対に帰ってきてくれるんだから」


彼女はそう答えたが、心配していないはずがない。
本当にそうならば、わざわざ待っている必要はないはずだ。

よって、彼女の言葉は無関心からではなく
上条への強い信頼から来たものだとみて間違いないだろう。


(ま、この状況で心配するなって言う方が無理な話よね。
 にしても、帰ってきてくれる、と来ましたか)


誰の元へ帰るのかは聞くまでもなく明白だ。
インデックスは特に特別な含みを持たせたつもりなど微塵もない。

つまり、それが彼らにとっての常識と言って言い程
いちいち確認するまでもない共通認識なのだろう。

825: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/04(水) 22:11:42.68 ID:HntIaNQio

そして、その事が美琴の心に鉛のように重く圧し掛かった。


(だから、何で、そこで、私が、ショックを受けなきゃならないのよ!?)


自分自身の心に燻る正体不明の感情と、それに翻弄される自分に
苛立ちを隠せず、それを少しでも発散するかのように前髪を弄り始める。


(あーもう、何かすごくイライラしてきた)


そして、再びその場を駆け抜けた超音波によって、
美琴の機嫌の悪さは更に激化していった。

831: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/08(日) 22:55:47.04 ID:OZMT5Ynco
九月一日 午後二時三五分 とあるビルの屋上


誰もいない筈の空間に、作業服の少年が身を潜めるようにうつ伏せになる。
組み立て終えた遠距離狙撃用のボルトアクション式のライフルを構えながら


(あれだな)


照準調整を終えた作業服の少年は、スコープ越しに標的の姿を確認する。
丸く切り取られた世界に写るのは長い銀髪に緑色の瞳、白い肌を持った
見た目一四、五ぐらいの安全ピンで布地を留めた修道服を着た少女の姿。

腕に抱えた猫をあやすその姿からは、危険的な印象は受けられない。
それどころか、見る者を安心させるような微笑ましさすらある。

832: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/08(日) 22:56:28.61 ID:OZMT5Ynco


(殺しやすそうだな)


だが、その様子を見て少年が抱いた感想はそれだけだった。
スコープを覗き込むその冷たい目には躊躇いなど一切感じられない。

別に少年は少女に特別な恨みを持っている訳ではない。
そして、人を殺す事で喜びを得られる快楽殺人者でもない。

あの少女を殺すだけで、多額の報酬が手に入る。
―――少年にとって、それ程度の認識でしかなかった。


(つっても、面倒臭え事には変わらねえけどな)


作業服の少年の目的は唯一つ。
スコープに写る人畜無害な少女を殺す事だった。

833: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/08(日) 22:57:00.09 ID:OZMT5Ynco

しかし、ただ殺せばいいという訳ではない。
クライアントからは、絶対に脳を傷つけるなと言われている為
頭部ではなく、胸を狙い心臓を撃ちぬく手筈だった。

少年にとって、それはコンビニの店員より簡単な仕事だ。
しかし、少年にとって思わぬ誤算が生じていた。

学園都市超能力者第三位、超電磁砲こと御坂美琴。
どういう経緯かは知らないが何故かその彼女が
標的である修道着を着た少女と並ぶように立っていることだ。

この状態で修道着を着た少女を撃ち殺すという事は、
即ち超能力者の怒りを買う事を意味している。

生憎と、少年にそれを真正面から受け止めるだけの力は無い。
少年は、しばらく考えた挙句、銃口を標的の隣にいる人物に向けた。


834: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/08(日) 22:57:30.61 ID:OZMT5Ynco


(なら先に、アイツから殺しておくか)


真正面から勝てないのなら不意を狙えばいい。
その方法で数え切れない魔術師を破ったという実績が
超能力者相手に挑む勇気を少年に与えていた。

そして、風の流れが安定してきた途端
引き金は引かれ、その銃口が火花が噴き出す。

轟音と共に放たれた銃弾は、音速の三倍で空を引き裂き
風に流されながらも少女の元へ向かっていく。

放たれた弾丸は外れる事無く少女の心臓を射抜き
胸に風穴を開けられた体は力なく崩れ落ちるはずだ。
その少女が普通の人間であればの話だが

瞬間、バチッと少女の身体が帯電し始め
青白い輝きは、銃弾を呆気なく弾いた。


「んな!?」


思わず驚きの声を上げながら、少年はスコープ越しに見た。
不敵な笑みを浮かべながら、自身を睨みつける超能力者の顔を

839: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:32:30.24 ID:sXCb9grdo
同時刻 とあるビルの屋上から北西に500メートル離れた路上


ガキィン、と美琴の身体から発生した紫電が
不意に飛んできた銃弾を振り落すように弾いた。

勢いを殺された銃弾は回転しながら地面に落ちていき
コツン、と虚しい音が辺りに小さく響き渡る。


(ったく、どこの誰だか知らないけど詰めが甘いわね。
 遠距離から気付かれない様に狙うっていうのはアイデアは
 認めるけど、速さが足りなかったわね)


美琴は、無意識でレーダーのようなものを張り巡らせこそしているが
かつての一方通行の様に常時防御を展開していた訳ではない。

ただ、自身に向かって飛んでくる弾丸を観測した瞬間、
反射的に能力を発動させただけの事だった。


840: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:33:00.77 ID:sXCb9grdo

「ふぇ!? 何? 一体何が起きたの!?」


突然の美琴の放電にインデックスは慌てふためく。
どうやら、美琴の放電が凄まじかったせいで
飛来してきた銃弾には気づいていない様子だった。


「あー、ごめんね? 蚊が飛んできたもんだから、つい」


そう誤魔化しながらも、美琴は銃弾が飛んできた方向を睨めつける。
その顔に浮かぶのは見る者に寒気を浮かべさせる攻撃的な笑みだった。


「ごめん、ちょっと急用思い出したから帰るわね?」

「分かった、外せない用事なら仕方ないんだよ。
 とうま達には私から言っておくね」

「そうしといてくれると助かるわ」


それだけ言うと、美琴はそのまま北西へと全速力で走り出した。
超能力者に喧嘩を売るという事の意味を分からせる為に


841: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:33:28.81 ID:sXCb9grdo

―――
――


同時刻 とあるビルの屋上


こちらに向かって走ってくる少女の姿を確認すると
作業服の少年はスコープから目を離すと、
深い溜息をつきながらゆっくりと銃から手を引いていく。


(あー驚いた。すげえな超電磁砲)


遠距離狙撃が失敗したばかりか、相手に勘付かれ
万に一つの勝ち目もない敵が刻々と迫りくるにも拘わらず
少年の顔に焦燥の色が現れる事は無かった。

少年は、頭の中で自身の行動指針を組み立て直し、
傍らに置いてある黒いボストンバックから金属製の四角い箱を取り出し、
表面に付いているパネルを一通り操作すると、
それをボストンバックの中に戻し、開け口を閉める

直後、タイミングを見計らったかのように屋上の扉が開いた。
中から出てきたのは至って普通の身なりの青年だ。

青年は、作業服の少年を見ると軽く頭を下げ
少年のいる場所へと歩き出していく。

842: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:34:18.10 ID:sXCb9grdo


「お、丁度いい所に来たな」

「まったく何ですか? アンタみたいな人がこっそり頼みたい事って」

「ああ、そんな大したことじゃない」


作業服の少年は、歩み寄ってきた青年の隣に立つと
懐に手を入れると、何かを取り出す。


「死ぬだけだ」


作業服の少年の手に握られているのは、黒光りする拳銃。
少年は、それを青年のこめかみに突きつけると
一切の躊躇いもなく引き金を引いた。

バン、と鈍い銃声が響くのと同時に青年の頭から勢いよく血が噴き出し
言葉を発する余裕さえなく、青年の身体は地面に崩れ落ちる。

あっという間に死体と化した青年の手に拳銃を握らせ、
指を引き金に掛けさせると少年はその場から立ち去った。

843: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:35:13.02 ID:sXCb9grdo

―――
――



数分後 同地点


御坂美琴は、とあるビルの壁を磁力を使って蜘蛛の様に軽々とよじ登り
そのビルの屋上―――弾丸の軌道から計算し導き出した狙撃地点へとたどり着いた。

美琴としては、銃の後片付けをしているであろう狙撃手を捕え、
雇った人間を白状させようと思っていたのだが
彼女の目には予想を遙かに上回る光景が映っている。


(……何よこれ?)


そこにあったのは、狙撃に使われたと思われる狙撃銃。
そして、その傍にはこめかみを銃で撃ちぬかれた青年が
目を不自然に見開きながら倒れていた。

物言わぬ死体と化した青年の手に拳銃が握られているところを見ると
恐らく自殺したのだろう、と美琴は結論付ける。


(……どうして?)


そう思った直後、ピー! という電子音が辺りに鳴り響く。
美琴がその音の正体について考えようとした瞬間

屋上一帯が爆炎と轟音に包まれた。

844: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:37:32.55 ID:sXCb9grdo

同時刻 とある大通り


作業服の少年は四ドアの車の助手席から、
ビルの屋上から炎が舞い上がる様子を眺めていた。

少年が屋上で仕掛けたのはC4爆弾の一種で、発電能力者が近づくと
その人間のAIM拡散力場に反応し、起爆するように設定したものだ。


「あれで超電磁砲は死にましたかね?」

「万が一そうなら俺は今年の運を使い果たした事になるな」


少年は運転手の問いに対して、そんな風に雑に答えると
腕時計に目をやり、憂鬱そうに深い溜息をつく。

直後、それに答えるように少年の携帯が勢いよく鳴りだした。
着信ボタンを押すと、スピーカーから退廃的な女の声が流れだす。


『首尾はどうだ?』

「すまねえ、思わぬ邪魔が入って狙撃に失敗した。
 悪いが、後一〇分時間をくれ。その間に片を付ける」

『丁度いい、事情が変わったわ。殺すのではなく生け捕りにして
 その場で待機しなさい。報酬は倍額に増やしてやるよ』

「……了解」

845: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:38:02.36 ID:sXCb9grdo



作業服の少年はしばらく何かを考えた後、そう言い電話を切った。
恐らくそのやり取りは聞いていたのだろうか、
運転手の青年がニヤニヤしながら口を開く。


「やったじゃないですか、倍額ですよ倍額」

「何言ってんだ馬鹿が、もうこの件からは手を引くぞ」


え? と運転手の青年は怪訝そうに眉を潜める。
言葉の意味が理解できない、というよりは
その言葉が出たことが信じられなかった。


「いやいや何言ってるんですか!?」

「聞いてたんじゃねえのかよ。まあいい、教えてやるよ。
 分かりやすく言うと、あの女にとって俺達はもう用無し。
 要するに消される前にさっさとズラがる、それだけの話だ」

846: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/11(水) 23:38:31.72 ID:sXCb9grdo

―――
――



同時刻 地下鉄の構内


通話が終わるとシェリーは、携帯電話をエリスに向かって投げる。
ゴキッ、と金属が砕かれる音を響かせながら、
携帯電話はエリスの体内へと取り込まれていく。

連絡用に、と作業服の少年に貰ったプリペイド式の携帯電話だったが
彼女はそれを使うことばかり触る事さえも嫌っていた。

本来なら浮遊術式を用いることでエリスによるダメージを逃れていた彼女だが
上条当麻の右腕に殴られた事によって跡形もなく崩壊してしまった為
今やエリスに抱かれながら移動する羽目になっている。

シェリーは周囲を見渡すと、徐々にその顔が怒りに染まっていく。
コンクリートの地下が、その据えた匂いが、それによって汚された空気が
こんなものを作り上げた人間が、それだけの事が出来る力が忌々しかった。

結論から言えば、彼女がこの街が嫌いだ。
世界から消し去りたいとさえ願うまでに

今頃になって、殴られた頬が熱を帯び始める。
こんな街さえなければこんな事にはならなかった、と彼女は思う


「エリス」


彼女は何か思い出すようにそう呟いた。
その名は、元々ゴーレムにつけられた名前ではない。

エリスとは、二〇年前に死んだ一人の超能力者の名前だった。

852: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/26(木) 21:50:42.43 ID:NUYEpYRdo
9月1日 午後二時三十五分 とある地下街


「だから! さっきのヤツはもう逃げたつっただろうが!
 さっさと地下街の封鎖を解除しろよ!」

「何度も言う様に、地下街の管轄はウチらとは異なるじゃん。
 こちらも連絡をつけてはいるが、命令系統がある以上
 封鎖が解かれるまでもう少し時間が必要じゃんよ」

「くそ!」


警備員の女性のその言葉に、上条は苛立ちを胡散するかのように壁を蹴る。
彼の顔には只ならぬ焦燥や不安がはっきりと浮かんでおり
その様子を見た警備員の女性が訝しむような顔をした。


「どうした? 何か問題でもあるのか?」

「それは……」

「お前らの顔を見たくねェだけっつの、クソババアが」


上条が何か答えようとする前に、一方通行は吐き捨てるように
そう言うや否や、そのまま一瞬の内にどこかへ消え去った。

恐らくベクトル変換を使って高速移動したのだろう。
足音どころか気配さえも完全に消えていた。

警備員の女性は一方通行を気にしている様子だったが
無線に連絡が入ったらしく、諦めたかのようにその場を離れ
専門用語のような略語を使って口論をし始める。

853: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/26(木) 21:51:16.95 ID:NUYEpYRdo

「…あ、あの……さっきは、ありがとう、ございました」

「ん? ああ、別にお礼を言われる程の事じゃあねえよ。
 それより、体の方は大丈夫なのか?」


風斬が近づいて話しかけると、上条は落ち着いた様子で応答したが
その姿は、どこか無理矢理に平静を取り繕っているように感じられた。


「あ、はい。平気、……だと思います。
 それより、……何か、あったんですか?」


風斬がそう言うと、上条は少しの間黙り込んだ。
本当の事を言うべきかどうか迷っているのだろうか、
彼は一度だけ深呼吸すると、ゆっくりと口を開いた。


「シェリー=クロムウェル、あの女は逃げたんじゃない。
 次の標的として、インデックスを狙いにいっただけだ」

「え……?」

「アイツの目的は、別に俺やお前を殺せなくても
 特定の条件を満たしていれば、誰でもいいらしい。
 で、その内の一人がインデックスって訳だ」


そう言われて、風斬はシェリーの言っていた言葉を思い出す。
狙うのは別に自分でなくてもいい、と。

風斬や上条、一方通行は大勢の警備員に守られていたが
インデックスは先に地上に避難している為、無防備だろう。

どちらでも良いなら、当然難易度の低い方を選ぶはずだ。

854: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/26(木) 21:51:48.15 ID:NUYEpYRdo

「それなら……、あの人達に、事情を説明して……、
 外にいる、警備員の人達に……保護して、貰えばいいんじゃ」

「駄目だ、それは出来ない」


風斬の提案を、上条は迷うことなく否定した。
間違いなく受け入られると思っていた風斬は不思議そうな顔を浮かべる。


「どう、して?」

「本当の事を言っちまうと、インデックスはこの街の住人じゃないんだ。
 だから、警備員に見つかると保護どころか逮捕されるかもしれない。
 ―――まあ、本当にそうなっちまうかは分かんねえけど」


会話の内容を警備員達に聞かれたくないのだろうか、
上条は内緒話をするように、声を潜めて風斬に話しかける。


「一応、アイツにも臨時発行のIDはあるんだ。
 でも、特別警戒宣言下じゃどこまで役に立つか分からない。
 そんなIDを見せても、免許証なりクレジットカードなんなり、
 他の身分証の提示を求められるかもしれねえからな」


そこで、上条は舌打ちすると周りを見渡した。
どうやら余程、警備員達に聞かれたくないようだ。


「ぶっちゃけ、そうなるとかなりヤバい。
 アイツには、『書類上の身分』<<パーソナルデータ>>が全く無いんだ。
 カード、保険証、住民票、果ては年齢、血液型、誕生日に至るまで。
 インデックスっていう名前も明らかに偽名だしな。
 こんな空白だらけの人間を奴らが黙って見過ごすとは思えない」


そこまで聞いて、ようやく風斬は上条が焦っている理由を理解した。
先程まで頼もしく思えた彼らは、風斬にとっては味方でも
インデックスの目の前では、たちまち敵となってしまうのだ。


「で、でも……私、だってこの街の、……住人じゃ無かったし……」

「確かに、お前もID登録されてないし、正体も普通じゃないけど
 言ってしまえばそれだけだ、完全に危険と判断される訳じゃない。
 でも、インデックスの場合はちょっと事情が違うんだ。
 簡単に言うと、学園都市とは系統の違う組織に属している。
 だから、属しているだけで危険だと判断されてもおかしくない」

855: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/26(木) 21:52:36.18 ID:NUYEpYRdo


そこまで言って上条が突然歩き出したので、風斬は慌ててその後を追いかける。
彼が歩みを止めたのは、シェリーが逃走用に空けた大穴の縁だった。


「やっぱ、行くとしたらここを通るのが一番手っ取り早いか。
 今、一方通行が警備員がいない隔壁から地上に出ようとしてるけど
 色々あってアイツの能力には時間制限がついちまってるからな。
 この際だから先回りは諦めて、さっさと追走することにするか」


風斬は、オドオドしながらも慎重に身を乗り出しながら大穴を見つめる。
灯りが全く無いせいか、暗闇が広がるばかりで底を見ることが出来ない。

正確な高さこそ分からないため、例え比較的浅かったとしても
着地・受け身のタイミングを取ることは極めて困難だろう。


「ま、待って……、まさか……一人で、行くん……ですか?」


上条がこれからしようとしていることを理解した風斬は
慌てながらも押し出すように言葉を紡いでいく。

シェリーの恐ろしさをその身を以って味わったからこそ
風斬は、上条を止めようと必死に頭の中で説得材料を考える。


「ごめん、こればっかりは譲れない」


直後、風斬は頭の中を一掃されたような錯覚を覚えた。
風斬が気圧されたのは、否定の言葉だけではない。

上条の目が、形容しがたい威圧感を放っていたからだ。
恐らく、何を言ったところで彼の意思を変えることは出来ない。
根拠こそないものの、風斬は直感的にそう確信した。

それでも、風斬は上条に戦ってほしくないと願う。
上条のインデックスを守りたいという気持ちは痛い程分かる。
でも、だからこそ上条に傷ついてほしくなかった。
彼は、この街では敵だらけのインデックスの数少ない味方なのだから。

856: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/26(木) 21:53:06.44 ID:NUYEpYRdo

そして、風斬はそれらを全て叶える為の結論を出した。


「大丈夫、……です。あなたが……行かなくても、助ける方法はあります」


その言葉に、上条は思わず眉を潜める。
対する彼女は微笑みを浮かべて言葉を続けた。


「化物の、相手は……同じ、化け物がすればいいんです」


直後、上条の表情が息が止まったかのように凍り付く。
そんな彼に、風斬は安心させるように話しかける。


「私は……化け物の癖に弱いけど、囮ぐらいなら出来ます。
 私が、殴られてる間に……あの子を逃がす事が、出来ます」

「駄目だ、絶対に駄目だ! それは何の解決にもならない!
 俺達が誰の為にここに来たかまだ分からねえのか!?」


驚きで硬直した上条の表情は、やがて激しい怒りへと変わっていく。
その裏にあるのは憎しみではなく、風斬への優しさだった。
その事実が、風斬の胸を静かに締め付けていく。


「お前が殴られているのを背にインデックスが逃げると思うか?
 有り得ねえだろ! アイツは絶対にそんな事はしない! できない!
 俺達がどんな思いでここに来たか、分からねえとは言わせねえぞ!」


上条の言葉を聞きながら、風斬は地面に散らばっている破片を見た。
それは、上条達が立ち向かったモノ―――彼女と同じ化け物の末路だ。

全身を銃で撃たれ、砕かれ、地面に崩れて落ちていく。
それでも、それに対して悲しみを感じた者などいないだろう。
人間ではない、という事は、そう言う事だった。


「あなた達の思いは、……痛い程分かります、それに嬉しかった。
 だから、……私のこの思いも……分からないとは言わせません」


風斬は真っ直ぐと上条の顔を見つめる。
その姿には、不安げな様子など微塵も感じられなかった。


857: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/09/26(木) 21:53:33.28 ID:NUYEpYRdo

「私は、化け物だから、あの石像に何度殴られても耐えられます。
 私が、化け物だから、あの石像に立ち向かうことが出来る」


どこか頼りなさそうで、途切れ途切れだった言葉は
次第にはっきりとした力強さを増していった。


「だから、私はもう逃げません。現実と向き合います。
 私の力で、私の大切な人を守って見せます。
 それが、化け物としての、私の幸せです」


にっこり、と心の底から幸せそうな笑顔を浮かべて
風斬は、暗闇に包まれた大穴に一瞬の躊躇いもなく飛び込んだ。


「風斬!」


上条は彼女の名を叫び、手を伸ばそうとするが
何かに気付いたかのように反射的に手を引っ込める。

差し出しかけたのは、奇怪な力を宿した右手だった。
―――それは、触れれば彼女を消し飛ばす絶対的な力だ。

重力に捕えられた風斬の身体は、ほんの一瞬で闇に沈んでいった。


「……そんなつもりで、言った訳じゃねえんだよ」


後悔で押しつぶされた心から滲み出る様に上条の口から呟きが漏れる。
しかし、風斬にその言葉はもう届かない。

彼女は落ちる、自らの意思で、深い暗闇へと

865: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/01(火) 22:29:17.66 ID:W1OOL7o8o
九月一日 午後二時三十八分 とある地下鉄の構内


大穴に飛び込んだ風斬が着地したのは、凹凸のある線路の上だった。
それに加えて、穴は人間が飛ぶにはかなりの深さがあったせいか
落下の衝撃は受け流されずに風斬の足に伝導する。

もし仮に彼女が人間であれば、足首の骨が粉々に砕かれ
それに伴う激痛で地面をのた打ち回っていただろう。

だが、そうはならない。

確かに着地した瞬間、風斬の足首からは嫌な音が鳴り
同時に彼女は耐え難い鈍痛を感じていた。

だが、痛みは五秒もしない内に綺麗さっぱり消え去っていく。
彼女は試しに爪先で地面を軽く叩き、何も問題がないことを確認すると
顔色一つ変えずに、そのまま薄暗い構内を走り出した。

つまるところ、彼女は人間ではない。

切れかかった蛍光灯の灯りと石像の物と思われる巨大な足音を頼りに
人が通る様に設計されていない暗く薄汚い空間を進んでいきながら、
風斬は脳裏に浮かんでくる記憶の破片を繋ぎ合わせていく。

866: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/01(火) 22:29:53.87 ID:W1OOL7o8o


今から一〇年も前のある日のことだ。

気付けば、風斬氷華はとある街の真ん中に立っていた。
そこは、学園都市と同じ座標に位置してるものの学園都市ではない。
学園都市に住む二三〇万人もの能力者たちが放つAIM拡散力場によって、
学園都市とピッタリ重なる様に形成された陽炎の街だ。

陽炎の街には、影や重さに空気の流れさえも存在せず
どこまでも薄っぺらで、夢のように現実味が無かった。
時折、電波が途切れたテレビの砂嵐のようにノイズを散らす
街の姿は、いい加減に作った出来の悪いCGのようにも見える。

ビルや道路、街路樹や車、人の流れに至るまで、
街の全てがAIM拡散力場で作り上げられた世界。
そして彼女もまた、そんな世界の一部分だった。

―――まるで厳重に繋がれた鎖が解かれていくように
―――自らの過去の映像が次々と脳裏に浮かんでいく。

それでも、彼女自身、自分が陽炎の街の中心のいた理由は分からない。
蘇った彼女の記憶は、自らの所持品の中から名前や住所、電話番号などの
個人情報を見つけたところから始まっている。

そして、困った彼女は近くの人に助けを求めようとしたところで
街の人間たちの様子がおかしいことにすぐに気づいた。

結論から言えば、その場に応じて人の姿が変わるのだ。
コンビニから客がいなくなると、店員が作業服を着た清掃員に
ぐにゃりと姿を変え手馴れた手つきで窓を拭きはじめる。

それだけでは終わらない。
窓拭きが終わると、子供の姿に変わるとアイスクリームをレジに持っていき
鞄から財布を取り出す主婦に変わり、お金を受け皿に置くと
元のコンビニの店員の姿に戻り、会計を済ませる。

―――改めて、自分の存在は『人間』ではなく『化け物』だと彼女は認識する。
―――途端に何かが息を吹き返すように全身に力が漲りはじめた。

867: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/01(火) 22:30:30.43 ID:W1OOL7o8o

それでも、彼女は勇気を振り絞って街の人々に声をかけた。
その瞬間、話しかけた郵便局員や女子高生たちが中年警察官へと変わり
皆、口裏を合わせたかのように中身のない言葉を話し出す。

『風斬氷華の疑問に答える』という役目を果たすために姿を変える人々。
それが、まるで彼らの元の人間を殺しているような気がして
段々と怖くなった彼女は人々に話しかけるのを怖がるようになった。

―――やがて、彼女の足音が次第に大きなっていく、
―――皮肉にも、それは石像と同じような音だった

何故、自分にはそうした変化が訪れないのか。
誰にも話しかけず考え続けた風斬はある結論を出した。

街の人間は、『役割』に応じて姿形を変えて行動する。
つまり、『役割』が無ければ行動することが出来ない。

そして、風斬に与えられた役目は。『役割』を与える『ゼンマイ』だ。
例えば、彼女はジュースを買おうとするばジュースを作る工場が動き
冷蔵室に電気を通す発電所が動き、コンビニの店員が動き
そして彼女がジュースを飲み干し、空のペットボトルを捨てると
ペットボトルの回収業者が動き、リサイクルの為の工場が動く。

家族の為に、自分の為に、何かを買う為に、生きるために。
様々な目的を持ちながら、それぞれの持ち場で一生懸命働く彼らを
彼女はどうしても命のない人形だと思うことが出来なかった。

そして、彼女は次第に自身の存在が恐ろしくなっていく。
自分が何か行動するだけで、周囲の人々の明日を奪っていく気がして
ついに、彼女は元いた場所から一歩も動けなくなってしまう。

―――勢い余って、彼女は構内の柱に頭から激突する。
―――大きな音が地下鉄内に木霊したのにも拘わらず、彼女の頭には傷一つ付かない。
―――そればかり、コンクリートで出来るているはずの柱が音を立てて崩れ落ちた。

だから、彼女は『陽炎の街』から逃げ出したかった。
その街での役目は、彼女にとってあまりにも重過ぎたようだ。

868: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/01(火) 22:30:59.20 ID:W1OOL7o8o

彼女に残された唯一の希望は、同じ座標にある町―――学園都市だった。
学園都市にさえ逃げ込めば、陽炎の街の人々に影響を与えずに済むはずだ。

だが、不幸な事に彼女の存在は学園都市の人々に気付いてもらえなかった。
学園都市の学生達の目の前に立っても彼らの視界に彼女の姿は映らず、
どんなに手を伸ばしても彼らに触れることは無く、すり抜けてしまう。
どれだけの人間がいようと、彼女は孤独でいる事しか出来ない。

それでも、彼女は声をかけることを辞められずにはいられなかった。
自分の心の傷が深くなることを覚悟で、出来ることは何でもやった。

そして、そんな彼女の努力は驚くほどあっさりと報われる。
とある学校の校門で、白いシスターの肩に触れることが出来たのだ。

―――空っぽのはずの体が、見えざる何かで満たされていく。
―――体を縛り付けていた鎖が解かれたような錯覚さえ覚える。

奇跡のような偶然が幾つも重なり、彼女は望みを叶える事が出来た。
きっと、それを失うのが怖くて彼女は化け物としての記憶を封じたのだろう。
しかし、彼女は封印した忌まわしい記憶を自らの意思で取り戻した。

―――風斬の走りが段々と速くなっていき、やがて弾丸並の速度となる。
―――同時に彼女の目には大粒の涙がどんどん溜まっていく。

彼女にとっては、石像と戦う事は元より見る事すら恐ろしかった。
手足を無造作に引きちぎられる苦痛、全身を雑巾のように絞られる激痛。
そして、死という逃避すら許されず汚い地面を這いずる事しかでいない屈辱。

理屈ではなく体に刻まれた恐怖は彼女の心に錘の様に重圧を掛けていく。
そして、それ以上にようやく出来た友達に化け物としての本性を見られて
恐れられるかもしれないという憶測が、彼女の心をきつく締め上げる。

しかし、それでも彼女は走るのを辞めなかった。
例え、ようやく得た安らぎを手放す事になっても
何よりも大切な友達を守る為に

869: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/01(火) 22:31:37.95 ID:W1OOL7o8o

―――
――



同時刻 とある地下街


一方通行は、音速を超えるスピードで地下街を駆け抜けていた。
向かう先は、四〇分程前まで自身がいた場所の近くの隔壁だ。


(このまま行けば、後数秒で隔壁につくな。
 念の為、その場にいる風紀委員は黙らせて―――)


常人を遙かに超えるスピードで展開されていく思考は、そこで途切れた。
轟!!! と何かがハエを叩き落とすように一方通行を直撃し、
彼の華奢な身体は、横合いに吹き飛ばされ思いっ切り壁に激突する。


「クソッタレが……」


壁から落ちる前に、一方通行は何とか体制を立て直し
そのまま地面を転がることなく、一方通行は着地した。

壁に直撃した瞬間、咄嗟に能力で衝撃を拡散させたものの
何者かによる攻撃は、一方通行にかなりの傷を負わせている。

あばらの骨が何本か折れ、全身の骨にヒビが入ったが挙句
内臓がいくつかやられたのか、口から血が流れるように吐き出された。


「……誰だ? シェリーっつゥ女の、仲間か?」

「経過は良好、変異種・ダークヒーローの制止に成功。
 これにより、ヒューズ=カザキリへの幻想殺しによる死の
 デモンストレーションを滞りなく進められます」


暗がりから虫の息の一方通行の前に現われたのは、看護師の服装をした女だった。
至って地味な外見の女だが、背中に取り付けられているメタリックな赤い花と
おしべやめしべにように見える多数の金属棒のせいで、そう感じることは出来ない。

しかし、一方通行はそれら全てを無視して何か怯える様に目を見開いた。
彼の目に写ったのは、闇よりも黒く光をも呑み込む正体不明の翼。
それは、彼の負の人生の始まりとも言える存在と言っても過言ではない。


(あの翼は……!?)


背中を押されるように再開した思考は、意識と共に一瞬で潰えた。

877: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:00:19.46 ID:MEPvjn9ao
九月一日 午後二時四〇分 とある路上


目が眩むほどの炎天下にも拘わらず、インデックスは上条達を待ち続けていたのだが
突然、比較的大人しくなっていたはずの三毛猫が暴れだし、彼女の腕から逃げ出した。


「あっ!」


インデックスは思わず叫び声を上げるが、時既に遅し。
三毛猫は華麗に着地すると、俊敏な動きで走り去っていく。

彼女は、急いでその後を追おうとするが何かに気付いたように動きを止めた。
先程、美琴が帰ってしまったのでインデックスが猫を追いかける為に、
この場を離れれば上条達を待つ者は誰もいなくなってしまう。


「えーっと、えーっと………こらーっ! スフィンクス!」


おろおろと数秒間迷った後に、彼女は猫を追いかけることを選択した。
捕まえてからまた戻ればいい、と軽く考えながら。

しかし、走り出したインデックスは気付かなかった。
―――自身の後ろで、様々な物が奇妙に揺れていることに

878: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:00:47.77 ID:MEPvjn9ao

―――
――


九月一日 午後二時五〇分 とある地下鉄の構内


上条はようやく大穴から降りることに成功した。
ロープの代わりになるものを探し、さらにそれを結びつける場所を
探すのに時間が掛かったことで、上条の心に焦りが生まれる。

彼は、降下に使った太い消火ホースを乱暴にその辺に抛り棄てると
エリスの巨大な足跡を目印に、暗く薄汚い構内を走り出した。

構内の中央には上り線と下り線を隔てる様に等間隔で四角いコンクリートがある。
どこまで走っても、そんな光景ばかりが続くので上条の神経はすり減らされたが
それでも、上条は走る速度を落とさず歯を食いしばりながら前へ進む。

上条の心を支えているのは、去り際に見せた風斬の笑顔。
一見幸せそうに見えて、その裏には破滅しか見えない儚い微笑。


(嫌だ、絶対に嫌だ。そんなつまんねえ結末で終わらせてたまるか!)


無意識に右手に強く握りしめ、上条が改めてそう決意した瞬間
不意に、すぐ側のコンクリートの柱が弾けるように崩れ始めた。

まるで見えざる巨大な手に叩き壊れたような不自然な現象
―――物理法則とは一線を画したもう一つの法則、”魔術”だ。


「なっ……!?」


自身に向かって倒れてくる柱に驚きながらも、上条は咄嗟に横合いに跳んで避ける。
直後、派手な音を上げながらコンクリートの粉塵が辺り一帯に舞い上がった。


879: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:01:13.35 ID:MEPvjn9ao

「流石に、この程度じゃ潰れねえか……」


闇の先から一方的な独り言が上条に投げかけられる。
咳き込みながら声のした方向を見た上条の目に写ったのは、
薄汚れたドレスを引き摺る様にして、立ち塞がるシェリーの姿だった。

上条とシェリーの間の距離は約一〇メートル程しかない。
再び右手を握りしめる上条だったが、ある事に気付く。

彼女に忠実な僕であり、暴虐の象徴たるエリスの姿が見えなかった。


「ふふ、うふふ、うふふうふ。エリスなら先に追わせたわよ。
 殺人タイムまであと数分ってとこかしら。 さて、どうする?」

「テ、メェ……!!」


オイルパステルを使わなくても、エリスを操る手段はあるのだろう。
そんな事を考えながら、上条は腰を低く落とし拳を握りしめる。


「ふふ、それでいいわ。あなたは私に夢中になってなさい。
 ここから先は一方通行、エリスの元には絶対に行かせない」


そこまで聞いて、上条はシェリーの意図を完全に把握した。
シェリーにとって一番厄介なのはエリスを一撃で破壊出来る上条だ。
だからこそ、敢えて彼より前にここを通ったはずの風斬をわざと見逃し
その後に来るであろう彼を足止めする為に待ち伏せていたのだろう。

既にシェリーの計画は、インデックス一人を殺す事に切り替えられていた。
恐ろしい程、機転が利いた上に合理的で無駄のない冷徹な判断。
その裏に見え隠れする彼女の最終目的は、ただ一つ。

”イギリス清教と学園都市との間の戦争の火種を作る”

彼女の言動から、そうである事は問い質さずとも明らかだった。
しかし、上条にはどうしてもそれがイギリス清教全体の考えとは思えない。
自分が知ってるイギリス清教の人間がそんな事を考えそうにないからだ。

880: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:01:44.25 ID:MEPvjn9ao

「戦争なんざ起こして何になる!? それがどれだけの悲劇を生むか分かってんのか!?
 くだらないテメェの欲望なんざで引き起こしていい事じゃねえんだよ!」


激昂する上条に対して、シェリーはただ底意地の悪そうな笑みを浮かべるのみ。
それでいて、目に悪意を漲らせながら彼女は静かに口を開いた。


「聞いたことはないかしら? 超能力者が魔術を使うと肉体が破壊されるって」

「何?」


質問に質問で返され、上条は怪訝そうな顔をするが
シェリーはそれに構わず、言葉を続ける。


「どうして、そんな事が分かってると思う?―――実例があるからよ」


シェリーの言葉は、氷水のように上条の怒りを冷やし
疑問となって、上条の心に深く沈み込んでく。


「お前が生まれるよりも前、今から約二〇年ぐらいに時計の針を戻そう。
 科学と魔術、この二つを統合しようという働きがウチの部署で生まれてな。
 私達は、お互いの知識や技術をとある一つの施設に集約させた。
 魔術と能力を兼ね備えた新たな術者を作ろうを生み出すためにな。
 ―――なあ、どうなったと思う? 言わなくても分かるだろ?」


その言葉通り、上条は最後まで彼女の話を聞かなくても容易に結末が読めた。
能力者が魔術を使えば破裂する―――上条は三沢塾での出来事や
土御門がそう言っていたことを思い出す。


「……その、施設はどうなったんだ?」

「もう潰れた、いや潰されたつった方が正しいか。
 科学側と接触していた事が知られてしまったその部署は、
 同じイギリス清教の手によって、狩り出され粛清されたわ。
 互いの知識や技術が流れるのは、攻め込むのに立派な理由だからな」


科学と魔術を協調させようとした者も、それを止めようとした者も
決して、誰かを傷つける為の行為ではなかった事だろう。

しかし、そんな二つの思いが衝突したことが悲劇を生んだ。


881: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:02:13.05 ID:MEPvjn9ao


「エリスというのは、私の親友の名前」


シェリーはポツリと呟くように、そう言う。
その顔からは既に歪んだ笑みが消えていた。


「彼は、その時学園都市の一派に連れてこられた超能力者の一人だった」


エリス、その名はシェリーの使役するゴーレムの名前でもある。
彼女が一体どんな想いで、ゴーレムにその名を付け呼んだのか
それは彼女以外の誰にも理解する事は出来ない。


「私が教えた術式のせいで、エリスはたちまち血まみれになった。
 それでも、施設を潰そうとやってきた騎士派から私を守る為に
 超能力を使って騎士派に挑んで、棍棒に打たれて殺されたの」


暗い地下鉄の構内に、葬式のような静寂が訪れる。
シェリーは、ゆったりとした口調でさらに言葉を続けた。


「だから、悟ったのよ。私達はちゃんと住み分けするべきだってね。
 分かり合う? 協調する? うふふ、そんなものはただの悪い冗談だ。
 魔術は魔術の、科学は科学の、それぞれを領分を定めることだけが
 同じ過ちを繰り返さずに、お互いに平和に暮らせる唯一の方法なのよ」


そう言うと、シェリーは荒んだドレスの袖からオイルパステルを取り出す。
上条は、その指先の動きに厳重に警戒しながらも口を開いた。


「クソ、何か話が噛みあわねえな、お互いを守る為に戦争?
 いや、お前の目的はあくまで火種であって戦争じゃない。
 だとすると、実際に戦争を起こす気なんてねえんだろ?」

「中々に面白い冗談だけど、そろそろお喋りはお終いの時間。
 考えが至らなかった自分自身を呪いながら、地獄に行きなさい」


瞬間、シェリーは空を引き裂くようにオイルパステルを横合いに振るう。
直後、壁や天井が淡く輝き始め、地下鉄の構内が明るく照らし出された。

882: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:02:41.54 ID:MEPvjn9ao


「これは……!?」


上条は驚愕し、反射的に体を捻らせ辺り一帯を見渡していく。
壁や天井、柱に至るまで、上条の後方もシェリーのその先全てにおいて
構内のありとあらゆるものがオイルパステルで描かれたと思われる模様で
寸分の隙間も作らず、びっしりと埋め尽くように刻み込まれていた。

例外として、床にはそう多くは刻まれてはおらず
天井が滴り落ちたように点々と描かれている。

思えば、シェリーの行動は不自然だったと上条は思い返す。
何故、彼女は闇にまぎれて不意打ちをしなかったのか
何故、一本道なのにこの地点で待ち伏せをしていたのか

その意味の全てを上条はようやく理解する。
先程、シェリーは逃走する為に床を崩し大穴を空けた。
その時に使われた紋章が地下街中に描かれている目的は唯一つ。


(くそ……トンネルを丸ごと潰す気か!?)


シェリーの描いた魔法陣は、ビルの爆破工事に用いられる爆弾の様に
一つの巨大な魔法陣ではなく、複数の魔法陣を細かく設置されている。
当然、上条には具体的な数こそ分からないが、少なくとも一つや二つを
消した程度では意味がないという事は、彼にも容易に理解できた。


「地は私の味方。しからば地に囲われし闇の底は我が領域」


シェリーは何の脈絡も無く、まるで詩を読むようにそう告げる。

彼女の周囲の壁や床にも数多くの魔法陣が描かれており、
このままでは彼女も崩壊に巻き込まれてしまいそうだが、
彼女とて、自らの仕掛けた罠にかかるほど愚かではないだろう。

当然ながら、彼女の周りには何らかの安全策が施されてはずだが
上条が全速力で彼女の元まで走っても到底間に合わないだろう。


「全て崩れろ! 泥の人形の様に!!」


絶叫に呼応するように、構内の輝きがより一層強さを増していき、
その上、構内全体が何かに耐えているかのように不気味に蠕動し始める。

上条は慌てて周りを見渡すが敵が用意した罠に退路が見つかる筈がない。
極度の焦燥と緊張で絶望しかけた上条だが、ある事に気付いた。

883: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:03:09.35 ID:MEPvjn9ao

(何で、床にも魔法陣が描かれているんだ?)


単に上条を生き埋めにする為ならば、天井や壁を崩すだけでいいはずだ。
床を崩す必要はない以上、わざわざ床に魔法陣を描くのは非合理的すぎる。

だとするばらば、床の魔法陣には別の意味があると考えるのが妥当だろう。
そこまで考えた上条は、インデックスが学食レストランで言っていた事を思い出す。

『つまり、イギリス清教の偶像作りにおける魔術で
 メインの魔術から身を守る為のサブ的な術式を置く場所が
 厳密に定められてるのと同じなんだね!』


(じゃあ、あの魔法陣は―――)


上条は、確信した。

床に描かれた魔法陣の意味は唯一つ、メインの魔術から身を守る為のサブ的な術式
―――つまり、シェリーが構内の崩壊から自身を守る為の安全装置。


「愚者を呑みこめ! 泥の中へと練り混ぜろ!
 私はそれでテメェの体を肉付けしてやる!」


刹那、上条は収縮したバネが弾けるように勢いよく走り出す。
余裕の笑みを浮かべながら、歓喜するように上げられるシェリーの絶叫、
耐久度を失い、土砂の重みに根を上げ風船のように膨らんでいく天井。
―――それら全てを無視して、ある場所へと

彼の狙いは唯一つ、シェリーの身を守る床に描かれた魔法陣。

それに気づいた彼女は、慌てて上条の近くの壁や柱を砕くが時既に遅し。
上条はすり抜けるように自身に向かって倒れてくる柱や壁を全て避け
汚い地面をスライディングしながら、床の魔法陣に手を伸ばし、触れた。

瞬間、その魔法陣は熱湯を浴びせられた氷のように消えていく。


「クソッ!」


上条の読み通り、その魔法陣はシェリーの身を守る為の安全装置であった為
それを取り上げられた彼女は慌ててオイルパステルを振り回し、
今にも堰を切って崩壊しようとしていた天井を固定していく。

そして、地面に滑り込んだ上条はクラウチングスタートの要領で駆け出し
術式の停止に気を取られているシェリーの懐深くへと入り込む。

それに気づいた彼女は咄嗟にオイルパステルを振るおうとするが、
上条は、それを軽々と追い抜いてシェリーを容赦なく殴り飛ばした。

884: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:03:57.93 ID:MEPvjn9ao

直後、シェリーは髪もドレスも振り乱しながら思いっきり投げ出される。
彼女の体は、汚い地下鉄の構内の地面を何メートルも転がり、ようやく動きを止めた。
先程の攻撃に余程自信があったのか、その顔には焦燥が色濃く浮き出ている。


「……くそ、ちくしょう」


シェリーは忌々しげにそう呟きながら、よろよろと立ち上がった。
怒りに染まるその表情は、余裕という仮面が外れた様にも見える。


「戦争を起こさなきゃ、火種を作らなきゃいけねえんだ、止めるな!
 学園都市はどうもガードが緩くなっている。イギリス清教にしても
 あの『禁書目録』を余所に預けたり、死神部隊の亡命に目を瞑るなんて
 甘えを見せ始めている。言うなれば、エリスの時と全く同じ状況なのよ。
 エリスの死から奴らは何も学ばなかった! だから、私が教えてやる!
 エリスの死を無駄にさせるものか!! 多少の犠牲はしょうがない!!!」


シェリーの叫びは、地下街に反響し上条の耳と心を揺るがしていく。
だが、上条はどうしても、それに共感することが出来なかった。


「多少の犠牲はしょうがない? ふざけるのもイイ加減にしろ!!!
 確かに、お前がエリスを失った哀しみや怒りは俺には一生分からない。
 だから、幾らだって泣けばいい、憤ればいい、殺したいと思えばいい。
 だけどな、それを何の罪もない人々に向けるのは絶対に許さねえ!
 お前が今殺そうとしているインデックスやお前が虫けらのように扱った
 風斬や警備員の人たちにだって、帰りを待つ大切な人がいるんだ!!!
 お前がエリスを失って哀しみに暮れて怒りに支配されたように!
 お前が多少の犠牲で済ませた人間にも、涙を流す人間はいるんだ!」


上条は、自分の胸にある想いを吐き出すように叫んだ。
どうしても、納得したくないからこそ彼は叫ぶ。


「甘ったれんじゃねえ! 自分だけが特別だなんて思うな!!
 火種を作る? 馬鹿馬鹿しい! その為にどれだけの人を苦しめた!?
 お前も、エリスを殺した奴らと何一つ変わらねえじゃねえか!」

「……うるせえ」


ギリ、とシェリーは奥歯を噛みしめる。
その顔には憎しみと悲しみが錯綜していた。


「わざわざテメェに言われなくても、そんな事ぐれえ分かってんだよ!
 私の行動は、所詮ただの八つ当たりだ! 御大層な理由なんざねえよ!
 でもな、本当に魔術師と超能力者を争わせたくないと思ってんだよ!」


相反する矛盾した叫びが、地下鉄の構内に響き渡っていく。
シェリーもそれに気づいたかの、自らを引き裂くように絶叫する。

885: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/06(日) 20:04:24.03 ID:MEPvjn9ao

「大切な友達を失いたくなかった! 死んでも守りたかった!
 でも、無理なんだ! たったそれだけの願いはもう永遠に叶わないんだ!
 もう私に揺るがない信念なんて無いんだ! 笑いたきゃ笑え!
 星の数程の寄せ集めの信念を持つことでしか、自分を保てないんだ!
 一つや二つ消えた程度で、どうだっていい!! 胸が痛むものか!!!」

「……それだけで充分だ」

「何ですって?」

「そこまで考えられるなら、分かるはずだ!泥の目を使って、俺達を見ていたお前になら!
 お前の目には、俺とインデックスが住み分けしなきゃ争いを起こすように見えたのか?
 違えだろ! 俺達はお互い望んで一緒にいるんだ! 住み分けなんてされてたまるか!」


上条には、シェリーがまるでインデックスを失った自分のように見えた。
だからこそ、上条は命令ではなく懇願するように叫んだ。


「さっきの下らないという言葉は撤回する! それでも、お前の手なんか借りたくない!
 頼むから、俺からインデックスを! 大切な人を奪わないでくれ!!!」


シェリーの肩がびくりと、叱られた子供のように震える。
上条の言葉は、ナイフのように彼女の心に深く突き刺さった。
彼の願いは、かつて彼女が抱き踏みにじられたものだから。


「―――Intimus115<<我が身の全ては亡き友の為に>>!!!」


心に突き刺さったナイフを抜き取る様に、シェリーは絶叫する。
放たれた言葉は、自らの覚悟を象徴する魔法名。

シェリーには、上条がまるでエリスを失わなかった自分のように見えた。
だからこそ、自分と同じレベルまで突き落としたい。
そんな負の衝動がシェリーの心を支配していく。

ビュバン!! とシェリーはオイルパステルを一閃し、
自身のすぐ横にあった壁を粉々に砕いた。

巻き上げられ、迫りくる粉塵に上条が気が取られかけた瞬間、
シェリーは粉塵を突き破り、弾丸のような勢いで上条に飛びかかる。

その手に握られているオイルパステルを見て上条は驚愕した。
オイルパステルに紋章を刻まれた物は、鉄であろうとコンクリートであろうと
その全てをエリスの材料に変質させてしまう、例えそれが人体であっても


「死んでしまえ、超能力者!!!」


鬼のような悪意の籠った罵声を放つの女の顔は、
泣き出す寸前の子供のようにしか見えなかった。

恐らく、シェリーの行動はただの悪あがきだろう。
この方法で上条を仕留められるなら、最初からそうしてるはずだ。
そうでなければ簡単に殴られるはずがないし、罠を張る必要もない。

そして、きっと彼女は苦しんでいる。
根底を失い、暴走している自らの信念に

ふとそんな事を考えながら、上条は右手を握りしめる。


「ここでお前を止めてやる! だから生きろ!
 エリスを想う方法は、もうそれしかないんだ!!!」


バキ! と上条の拳がオイルパステルを粉々に砕く。
そして、その勢いのまま彼の拳の軌道は捻じ曲がり
シェリーの顔面に容赦なく突き刺さった。

889: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:26:50.85 ID:hYzcSBUeo
九月一日 午後二時五四分 とある裏路地


「こらっ!!」


必死に逃げていた三毛猫を、インデックスが捕えたのは一四分後の事だった。
猫特有の俊敏さを生かし、様々な場所に蛇の様にすり抜るように走り
インデックスを翻弄した三毛猫に、彼女は修羅の如き怒りの表情を向ける。

最も、大声で喚きながら鬼の形相で三毛猫を追い掛け回し
逃走本能を最大限に煽った彼女にも非があると言えるだろう。

腕の中でバタバタと暴れる三毛猫を胸に抱きながら、インデックスは周囲を見渡す。

一言で言えば廃墟としか言いようのない場所だった。
正確に言えば背の低い雑居ビルに囲まれた裏路地なのだが
周囲のビルは例外なく取り壊しが決まっており、既に看板は下ろされ
窓ガラスやドアも撤去され、入り口が無造作に開いている。

そこから窺える内部も、内装が全て外され剥き出しのコンクリートの柱しか見えない。
どうやら、辺り一帯のビルを全て壊し、何か大規模な施設を建設するらしい。

三毛猫は、しぶとく雑居ビルに逃げ込もうと短い足を必死に動かすが
怒ったインデックスが、ほっぺたを膨らませながらそれを制した。


「む! あんまり聞き分けない事言ってるとホントにお仕置きしちゃうかも!」


そう言って、インデックスは三毛猫の耳に息を吹きかける。
途端に暴れるのを辞め、嫌そうな鳴声を上げながら小刻みに震えあがった。

それを確認したインデックスは呆れたように溜息をつきながら三毛猫を抱え直す。


890: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:27:18.53 ID:hYzcSBUeo

「ほら、とうま達が帰ってくる前に戻るよ。お返事は?」


銃を突き付けられたかのように、三毛猫は嫌々そうな声で一度だけ鳴く。
しかし、その直後、ピクン、と三毛猫は何かに気付いたように顔を上げた。
そして今までにない程強く、インデックスの腕から逃げ出そうと三毛猫は暴れだす。

あまりの強さに、インデックスは怒るどころか慌て始めた。
腕の力加減を誤ったのかと思い、いろいろと試すが、どれも功を奏さない。

そうこうしている内に、ぱらぱら、とインデックスの頭上に何かが落ちてくる。
彼女は怪訝そうな顔をしながら髪を掻き上げ手を見ると、コンクリートの粉がついていた。
さらに頭上を見れば、廃ビルからそれらしき粉末が降ってくるのが確認でき、
挙句の果てに、かたかた、とマンホールの蓋が不自然に揺れている。


「……、足元が、揺れてる?」


不可解な現象に、首を傾げ怪訝そうな顔を深める彼女だが、ある事を思い出す。
―――学園都市に侵入した魔術師が、地下に潜んでいるという事に

瞬間、インデックスの足元の地面が、生き物のように蠢いた。


「!?」


得体の知れない危機感を覚えたインデックスが咄嗟に後ろに飛んだ直後、
先程まで彼女が立っていた場所が爆発し、大量の道路の破片が舞い飛んでいく。

爆心地からは煙の代わりに泥を固めて作ったような巨大な腕が
地を見下すキリンのようにインデックスの前にそびえ立つ。

そして、異形の腕がインデックスのすぐ傍の地面を叩きつけた直後
彼女の顔のすぐ横の地面を、巨大なアスファルトの塊が突き上げた。

慌てて三毛猫をお腹にしまうように抱きかかえ身を屈めた彼女の頭上を
暴風のように、数え切れないほどの破片が駆け抜けていく。

ビルに破片の豪雨が衝突する不気味な音を背に、インデックスは前を見る。
そこには墓場から蘇る亡者のように、巨大な石像が姿を現していた。

それを見たインデックスは目を細めながら、三毛猫を抱え素早く立ち上がると
石像を背にして振り返る様に石像を見ながら小さく走り始める。


891: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:28:07.10 ID:hYzcSBUeo

(基礎理論はカバラ、主要用途は防衛及び適正の排除、抽出年代は一六世紀。
 ゲルショム=ショーレム曰く、その本質は無形と不定形)


彼女の頭に、イギリス清教第零聖堂区『必要悪の教会』禁書目録としての膨大な知識が
次々と浮かび上がっては一瞬を過ぎない内に整理され、異形の石像の正体が暴れていく。

結論から言えば、石像の正体はゴーレムというものだった。
カバラにおいて、神様が土から人間を作った手法を人間が真似て
出来上がった不完全な代物、言うなれば『出来損ないの複製人間』だ。


(応用性あり、オリジナルにイギリス清教を混合、言語系統はヘブライから英語に変更。
 人体各部を十字架に照応、人の複製というより天使の組み立てに近い)


ただ、彼女の目のの前のゴーレムは人間ではなく天使を作るという事を目的にしている。
だが、人間にはそんな事は出来ない、差し詰め『出来損ないの天使』と言ったところだろう。

逃げるインデックスの後を追う様に、石像はゆっくりと一歩ずつ踏み出していく。
彼女は、膨大な魔術の知識を持っているが大抵の魔術に必要な魔力を寝ることが出来ない。
かと言って、超能力を使える訳でもなければ、優れた武術が使える訳でもない。

実のところ、彼女は術者の頭の中で組み立てられる魔術の命令を狂わせる手段を
持っているのだが、彼女の見立てではゴーレムは遠隔操作ではなく自動制御で動いている。


とどのつまり、彼女はゴーレムに対抗する手段を何も持っていない。

ドスン!! とゴーレムが大きく地面を踏みしめた瞬間、まるで地震でも起きたかのような
熾烈な振動が地面を激しく揺らし、インデックスは思わずその場に倒れこんでしまう。

身動きを封じられながらも、三毛猫を胸に抱え、抱え少しでも距離を稼ごうと
地面を這うように動く彼女にゴーレムは腕を振り上げながら狙いを定める。

そして、ゴーレムの拳が空気を薙ぎ払い、インデックスが思わず目を瞑った瞬間
ぐしゃり、と生肉が叩き潰されるような不気味な音が辺り一帯に木霊した。

892: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:28:33.36 ID:hYzcSBUeo

だが、それはインデックスの身体から発せられた音ではない。
不思議に思った彼女は恐る恐る顔を上げ、ゆっくりと目を開く。

そこにいたのは、ふわりと羽根のように宙を舞う風斬氷華だった。
その先では、ゴーレムが空中を三回転もしながら地面に激突している。

恐らく、インデックスの頭上を飛び越した風斬が蹴り飛ばした事であろう事は
簡単に予測できたが、彼女はそれを素直に信じることは出来なかった。

数トン単位の重量の誇る巨体を数メートルの吹き飛ばす程の飛び蹴り。
常識的に考えて、人間が扱う事の出来る力ではない。

そして、地に舞い降りる天使のように風斬は蹴りを放ったのとは逆の足で着地する。
瞬間、重たい振動が駆け巡り、半径二メートルに渡る蜘蛛の巣状の亀裂を形成した。


「ひょう、か……?」


インデックスは、声を掛けようとしたが途端に息を詰まらせる。
跳び蹴りを放ったと思われる風斬の右脚の膝から下が完全に消失していた。

恐らく、先程の強烈な一撃の反動に体が耐えられなかったのだろう。
しかし、彼女の足の切断面には骨や肉等、人間としてあるべきはずのものがなく
ただ不自然な空洞が広がり、当然の如く血は一滴も流れない。

しかし、インデックスが驚いて瞬きした後には既に傷は治っていた。
まるで、その傷がただの見間違いだったような錯覚を抱かせる程の速度。
彼女は反射的に人間の体に細工する魔術に関する情報をを頭の中から引き出すが、
目の前で起きた現象を説明できる材料は一個もなかった。


「逃げて」


インデックスに背を向けたまま、風斬は告げる。
―――まるで彼女の顔を見るのを避ける様に


「早く、逃げて。ここは、まだ危ないから」


その声色は確かにインデックスが良く知る風斬氷華のもので間違いなかったが
その口調はインデックスが良く知る怯えた感じなど一切なく、凛としていた。
心に燻る疑念が、友達に声を掛けるという簡単な行為さえをも制限する。

893: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:29:00.48 ID:hYzcSBUeo

その時、うつ伏せに倒れていた石像から歯車に何かが挟まったような音がした。
恐らく立ち上がろうとしているのが、風斬の一撃が構造を歪めてしまったのだろう。
そして、込められる力に比例して軋む音は徐々に大きくなり不気味さを増していく。

そして、ついに耐え切れなくなったというように骨が折れたような音が鳴る。
瞬間、ゴーレムの体中の関節が強引に動かされ不協和音が辺りに響き渡る。
それは、まるで声を発する事が出来ない石の化け物があげる悲鳴のようだった。
立ち上がる事も出来ないゴーレムは、地を這いずり回りながら天に吠える。

刹那、ゴーレムを中心として竜巻のような烈風が轟いた。
―――全てを薙ぎ払う類ではなく、全てを呑み込む渦巻のように

小石や空き缶、ガラスのない窓枠が片っ端からゴーレムの元へ吸い込まれ
見えざる力で一瞬の内に圧縮され、ゴーレムの体と同化していく。


(ま、ず……。さっきのでゴーレムの再生機能が暴走しているのかも……ッ!)


必死に暴れる三毛猫を必死に抱き留めながら、インデックスは思わず身震いする。
そんな彼女の予想通り、ゴーレムは風斬の一撃で致命的なダメージを与えていた。

恐らく、それは内部構造が二度と元に戻らなくなってしまうほどのものだったのだろう。
だが、自動制御である石像にそんな事を考える演算機能は備わってない。
故にただひたすら決して治る筈のない事故の傷を傷を修復しようと、
手当たり次第に周囲の物をかき集め、体の再構成を試みる。

当然、目的は達成されるはずもなく修復作業は永遠に続く事になる。
結果、ゴーレムの体は必要以上の部品を体内に取り込み、どんどん膨張していく。

そして、元より四メートル近くの大きさを誇っていたゴーレムの巨体は、
三〇秒も経たないうちに、四倍近くに膨れ上がり、インデックス達に覆いかぶさる。

やがて暴風の揺れる木々のように軋み始めるビルに、インデックスは戦慄した。
このまま行けば彼女たちの周りのビルでさえも呑み込まれるのは火を見るよりも明らかだ。
そうなれば、ビルはたちまち崩壊し、彼女たちはその瓦礫の下敷きになってしまうし
それ以前に、竜巻がそこまでの威力になれば、彼女達の体を簡単に吸い込んでしまう。


「ひょうか、早く逃げよう!」


唸りを上げる暴風の轟音に負けないように、インデックスは大声で叫ぶ。
目の前で起きた現象を理解することは彼女には全く出来ないが、それでも分かる。
―――目の前に立っているのは自身の友達である風斬氷華だ、と

その時、廃ビルの壁が薄く剥離し、空に思いっきり投げ出される。
自らに向かってくる石塊に気付き、インデックスは慌てて顔を伏せる。

彼女の頭上を通り過ぎた石塊はアスファルトの地面に直撃し、
砕け散った地面の破片と共にゴーレムの元へと向かっていく。

894: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:29:42.67 ID:hYzcSBUeo

それでも、風斬氷華は微動だにせず、ただ目の前のゴーレムを見据えていた。
―――まるで、切腹する覚悟を決め呼吸を整える侍のように


「私の事はいいから、あなたは早く逃げて」

「そんな……ひょうかはどうするの!?」


暴風の渦に呑み込まれそうになる三毛猫を必死に押さえつけながら、
インデックスは、一向に振り返ろうとしない風斬を問いただす。

その時、うつ伏せに倒れていた石像が膨れ上がった右腕を振り上げた。
ゆっくりと動くその様子は、無理矢理押さえつけられるバネを思わせる。

辺りのビルごと彼女たちの体を吹き飛ばせそうな暴虐の一撃。
だが、それ程の危険が目前に迫っても風斬は一切動じない。


「私は、あの化け物を止めないと」


そして、静かに高度を上げていったゴーレムの拳がピタリと止まる。
絶対に外さないよう正確に狙いを定めようとしているかのように


「駄目だよ、ひょうか! あれは、私達の手に負えない化け物なんだよ!
 だから、無理に戦おうとしちゃダメ! 早く逃げよう、ひょうか!!」


必死に訴える様に叫ぶインデックスに、風斬はようやく振り返った。
そして、何か諦めたような弱弱しい笑みを浮かべながら口を開く。


「私も化け物だから、心配ないよ」


風斬の言葉に、インデックスは思わず息を呑み言葉を失ってしまう。
そんな彼女の表情を見て、風斬は耐え切れなくなったように前を向く。


「ごめんね、ずっと騙してて」


震える声でそう告げた瞬間、墜落する隕石のようなゴーレムの拳が放たれた。
轟!!! と空気が押しつぶされ、その余波だけでインデックスは思わず縮こまる。

895: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:30:26.90 ID:hYzcSBUeo

風斬は何も言わず、インデックスの盾になるように両手を思いっきり広げた。
泥で塗り固められた屈強な肉体を持つ石像と華奢な身体を持つ少女。
傍から見れば、力量差など比べるはずもないはずの組み合わせ。

ゴガン!! と、風斬の細い両腕がゴーレムの拳を正面から受け止めた。

衝突のエネルギーは、風斬の体のありとあらゆる関節に瞬く間に伝わり
ともすれば張り裂けそうな激痛が彼女の体中を凄まじい速さで駆け巡っていく。

腕の長さが一気に5センチも縮み、瑞々しい肌に不気味な凹凸が生まれた。
人間なら骨が突き出ているだろうが、生憎と彼女の身体には骨がない。

やがて、ゴーレムのギザギザとした表面が彼女の手の皮膚を削り取り
絶望的な力が彼女の体をアスファルトごとジリジリと押し込んでいく。

重圧に耐え切れないふくらはぎが、ミシミシと軋んだ音を立てる。
そして、それと連動するように、ゴーレムの力が容赦なく強まっていく。


「あ、ァァあああっ!!」


風斬は暴れ回る痛みを少しでも発散しようと、獣のような咆哮を上げた。
直後、圧倒的な力によって無残に押しつぶされたはずの彼女の手足が、
風船に息を吹き込んだように膨らみ、強引に元の形を取り戻す。

治まる事を知らず、絶え間なく降りかかる激痛に風斬の視界は明滅した。
ゴーレムの重圧がさらに増し、同時に体が元に戻る速度が速まっていく。

絶え間ない破壊と再生の狭間に放り込まれた少女の体から
黒板を爪で引っ掻くような不気味な音が鳴り響いた。


「あ……ぁ……」


そんな風斬の背後で、インデックスは呆然としたような声を出す。
止むことのない暴力の嵐の中でも、その声は風斬の耳に鮮明に残った。
そして、それは鋭いナイフのように風斬の心を深く抉っていく。

それでも、風斬はゴーレムの拳から決して手を離さない。
どれだけ心と体が、傷つけられ、潰され、踏みにじられようと。
―――彼女にとって、最初で最後の大切な友達を守る為に

共に過ごした時間は少ない、それでも風斬にとっては人生で最高のひと時だった。

896: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/13(日) 19:30:56.28 ID:hYzcSBUeo


「ひっ……ぁ……!?」

「ふぎゃあ! しゃァァあああ!!」


風斬の背後で、インデックスが怯えた声を出し三毛猫が威嚇するように鳴声を上げる。
それを聞いた風斬はふと考えた、彼女たちの目には自分がどう映っているのだろうか。
自分にとって、かけがえのない思い出は彼女の中でどうなっているのだろうか。


「あ、ァ、あああああああああああああ!!!」


風斬は、絶叫のような唸りを上げ、全身に力を込めた。
―――いつまでも心に蔓延る未練を振り切る様に

そして、覚悟を決めた様に顔を振り上げた風斬は視界の端に捕えた。
―――業を煮やしたゴーレムが、もう片方の腕を振り上げているのを

彼女の両腕はゴーレムの右腕を抑え込む事で塞がれており、
もう一度蹴り飛ばす余裕がない以上、撃ち出される拳を防ぐ手段はない。

ゴーレムの左腕が空中の一点で制止した瞬間、風斬は目を固く閉じた。
間もなく訪れるであろう破滅を受け入れ、せめて背後の少女だけでも助けよう。
そんな覚悟を決め、諦めたようで満足したような笑みを浮かべた。


「風斬ィィィいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


その瞬間、上条当麻の絶叫と全力疾走の足音が辺り一帯に響き渡る。
驚き目を見開く風斬の横を、上条は一瞬で投槍のように追い抜いた。

そして、同時に射出されたゴーレムの拳に、一切の躊躇いも戸惑いもなく
立ち止まった上条は、右腕を堅く握りしめて、思いっきり正面に突き出す。

そして、二つの拳が鈍い音を立てながら激突する。

直後、ゴーレムのギザギザとした拳の表面に削られた上条の拳から血が噴き出した。
しかし、その時既にゴーレムの拳は威力を失い、それ以上の悲劇は起こらない。

刹那、風斬に地獄の苦しみを与えていた重圧があっさりと消え去った。
そして、肥大化したゴーレムの全身に亀裂が入り、瞬く間に崩れ落ちる。
その残骸が粉塵と化し、その場にいた全員の視界を奪い去っていく。


(終わった……)


風斬の体が修復されていき、何事も無かったように元に戻る。
しかし、風斬は全てを失くしたような気がした。

やがて、粉塵が風に流され、穏やかな陽光が辺りを包み込む。
その場に風斬氷華の姿はどこにもなかった。

902: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/16(水) 18:49:12.58 ID:azkn5kaNo
九月一日 午後三時 とある廃墟の屋上


恐らくそこは元々空中庭園として使われていたのだろう。
だが、水を与えられなくなった土は、すっかり乾いてひび割れており
肥料を与えられなくなった花は、枯れ果てて萎み、風に揺らされている。

そんな楽園の墓場のような虚しさを感じずにはいられない場所の隅に
風斬氷華は、落下防止のようの手すりに身を預けるように座り込んでいた。

ゴーレムから受けた傷は完全に治り、特にこれといった後遺症もない。
だが、風斬はジワリと胸の奥がきつく締め付けられるような痛みを感じていた。
異形の石像に殴られた時よりも、銃弾で撃たれ自らの正体に気付かされた時よりも
比べ物にならない程の苦しみと哀しみを彼女の心にゆっくりと与えていく。

表情を隠すように、顔を伏せる風斬はぼんやりとした頭でふと考えた。

もしかしたら、インデックスはまだ笑いかけてくれるかもしれない。
優しい彼女の事だ、きっと何事もなかったかのように接してくれるだろう。

しかし、それは自身の感情を押し殺した結果なのかもしれない。
自らの心を同情や憐れみで塗り固め、無理をする彼女は見たくない。

そんな風な疑心暗鬼に囚われる風斬の耳に、カツン、と足音が響いた。


「……ひょうか」


風斬のよく知る少女の声がその場に響き渡る。
しかし、彼女は依然として顔を伏せたまま返事すらしない。
ぽたぽた、と俯く彼女の顔からは透明な雫が落ちていく。


「もう、いきなり黙っていなくなっちゃうから、ホントにびっくりしたんだよ。
 とうまも何故かボロボロになっててすぐに倒れちゃうし、ほら、早く戻ろ?」


インデックスの言葉には、一欠片の恐怖や疑念と云った負の感情は無かった。
ただ、突然何も言わずいなくなった友達を心配する思いやりと優しさがあるのみ。

その声を聞いた風斬は伏せていた顔を震えながらもゆっくりと上げる。
彼女の目に写ったのは、迷子を見つけた母親のような顔をしてる少女の顔だった。


「どうしたの? 何で泣いてるの?」

「どうして……そんな顔を浮かべられるの? 私は、人間じゃないのに……、
 外部に作り出されて、……心を、与えられただけの醜い化け物なのに……」


予想外のインデックスの様子に、風斬は思わず否定するように言葉を紡ぎだす。
インデックスが単なる同情や憐れみで行動しているとは彼女にはどうしても思えない。
それ程までにインデックスの表情は、これ以上にないくらい純粋で澄んでいた。


「私はひょうかの事はよく分からないけど、別に対して気にならないんだよ」


その言葉に風斬は驚き、寒さに震える様に体を揺らし始める。
そんな彼女に、インデックスは聖母のような笑みを浮かべながら近づいた。


「人間はね、生まれた時は何も持ってないの。そして、色んな事を積み重ねて
 色んな人と出会って、与えられたものを形を変えて自分のものにするんだよ。
 例え、うっかり忘れちゃったりしても、その人自身の魂に残っているはずかも」


だから、と風斬の目の前に立ったインデックスは一拍置いて


「ひょうかの持っている心は、紛れもなくひょうか自身のものなんだよ。
 ひょうかは胸を張っていいの。怯えないで堂々としていればいいんだよ。
 あなたには、この世界を精一杯生きて、幸せをつかみ取る権利がある」


瞬間、風斬は溢れるような涙を流しながら力が抜けた様に膝から崩れ落ちる。
そんな彼女の胸にインデックスが飛び込み、勢いに負けて少女たちは倒れこんだ。

風斬は恐る恐るといった感じで、インデックスの背中に手を回し抱きしめる。
それに満足したような笑みを浮かべたインデックスは顔を上げ、風斬を見つめた。

903: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/16(水) 18:49:41.82 ID:azkn5kaNo







「これからも私の友達でいてくれると嬉しいな」






909: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/18(金) 23:25:21.76 ID:xQpdFSOlo
九月一日 午後三時半 とある地下街


シェリー=クロムウェルは、その場に仰向けに倒れていた。。
意識ははっきりしているが、彼女には動く体力も気力も残されてない。

何故自分は殺されず未だに生きているのだろう、とシェリーは考える。
彼女としては、殺される覚悟を以って上条に特攻を挑んだつもりだった。
彼の大事なものを踏みにじり、挙句の果てに奪おうとしたのだから

しかし、上条はシェリーを無力化させただけでそれ以上は何もしなかった。
それはモラルに縛られる心の弱さなのか、はたまた憎しみに打ち勝つ強さなのか。
彼女には、その両方の気持ちが理解できる。

カツン、とそんな事を考えてる彼女の耳に突き刺さるような足音が響いた。
シェリーは起き上がれない体を無理矢理動かし音のした方向を振りかえる。

そこにいたのは、黒を基調とした質素な服装の一七歳ぐらいの少年。
それだけ見れば単に迷い込んだだけの一般人にも見えなくもないが、
土星の輪のように少年の頭全体を覆っている金属製のゴーグルが
至って平凡そうな印象を完膚なきまでに払拭している。

そのゴーグルには三六〇度に無数のケーブルが挿し込まれており
それら全ては少年の腰に付けられた機械に繋がっていた。


「お前が昼間から騒ぎを起こしてる馬鹿な魔術師でいいんだな?」


彼の口から出る言葉には少年とは思えない程の敵意と殺気が込められており
その目には捕虜を見下すような軍人のような冷徹さと恐ろしさが滲み出ている。


「……だったらどうした? というよりあなたは誰なの?」

「正体なんてどうでもいい、重要なのは仕事だ」


そう言って少年は倒れているシェリーに早足で近づき
自販機のボタンを押すように彼女の右手首を指で軽くつつく。

瞬間、シェリーの右手首が爆弾が埋め込まれていたのかのように叩き潰された。


「ァ、ああああああああああああああああああああああっ!?」


地面でのた打ち回るシェリーは激痛と驚きに彩られた目で少年を見上げる。
対する少年は、顔色一つ変えずにシェリーの左手首を右手で掴んだ。


「落ち着け魔術師、まだ一回残ってる」


その言葉と同時に、彼女は右手首同様に左手首を叩き潰され
両手首を失った彼女は激痛のショックに耐え切れず気を失う。

それでも少年はろくに表情も変えずにシェリーを抱きかかえると
そのまま、薄暗い地下鉄の構内をゆっくりと歩き出した。

910: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/18(金) 23:27:21.58 ID:xQpdFSOlo
―――
――



午後四時ジャスト 第一〇学区、とある雑居ビル


車から降りた作業服の少年と彼の運転手は、その建物の中に入っていく。
そこは空きテナントの多いビルで、彼らの目指している部屋もその一つだ。
恐らくすぐ近くにある学園都市唯一の少年院が関係しているのだろう。

作業服の少年は扉を開けて中に入り、運転手の男もそれに続いていく。


「さてと、さっさと証拠隠滅するぞ。まずは―――」


チャキ、と少年の言葉を遮る様に無機質な金属音が小さく鳴った。
少年は言葉を詰まらせながら、首を軽く回し自身の背後を見やる。

そこには、少年に向けて拳銃を向ける運転手の姿があった。


「アンタに今回の出来事を真面目に隠蔽する気があるなんて到底思えない。
 どうせ、俺をこの場所で殺して全ての罪を擦り付けるつもりなんだろ?
 ―――狙撃地点の屋上でアンタに殺され、炎に包まれた仲間のように」


その言葉に少年は微かに眉を潜めたが、それ以上表情を変えることはない。
そんな少年を憎悪の目で睨みつけながら、運転手の男は声を荒げた。


「俺だって馬鹿じゃない! そんな事ぐらい少し考えればすぐに分かる。
 今までずっとそうやって俺達は闇の中で必死に歯を食いしばって生きてきた。
 アンタにはゴミクズのように見えるかもしれないが、俺にもプライドがある!
 ここで惨めに殺されるぐらいなら、アンタも地獄に道連れにしてやる!!!」


涙を流しながら怒りに震える男は自らの覚悟を決める様に絶叫する。
だが、対する少年は顔色一つ変えないどころか柔和な笑みを浮かべた。


「いやいやいや、俺は一度たりともお前たちをゴミクズだと思ったことはないぜ?
 銃器やナイフ、爆弾やパソコンのように我々の組織にとって必要不可欠な存在だからな。
 どうしてもってんなら止めはしねえけど。俺を撃ちたいなら安全装置ぐらい外しとけ」


何? と運転手の注意がほんの一瞬だけ作業服の少年から拳銃へと移る。
瞬間、少年はその隙をついて駆け出し運転手との距離を一瞬で詰めた。

運転手は慌てた様に引き金を引くが、ろくに狙いも定めずに放たれた銃弾は
少年の作業服に掠りすらせずに全く見当違いの方向に飛んでいく。

薬莢が排出され二発目が自動で装填される僅かな空白の時間に
少年は運転手の二の腕を左手で掴み、拳銃を持つ手を右手で掴むと
そのまま、左手を支点として運転手の腕を一八〇度正反対に折り曲げた。


「ぐっ……」


激痛に顔を歪ませながらも、運転手は一矢報いようと我武者羅に銃の引き金を再び引く。
だが先程とは違い銃口は運転手の方を向いている為、銃弾は零距離で運転手自身に炸裂した。


「ごふっ……!」


腕を折り砕かれた挙句、腹に風穴が空いた運転手を少年は容赦なく蹴り飛ばす。
薄れゆく意識の中で、運転手が見たものは地震から奪った銃をむける少年の姿だった。
運転手を見つめる彼の目は人間のものとは思えない程、感情が無く冷め切っている。


「山手、貴様ァ!」

「とにかく安くて、いくらでも替えが効く。お前達ほど便利な道具はねえよ」


そして、閑静な雑居ビルに銃声が数回鳴り響いた。

917: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/20(日) 21:40:23.54 ID:ivDFo0iyo
九月一日 午後四時三十分 窓の無いビル


「これで満足か?」


外界との繋がりを持たず、まるで世界から遮断されたようなビルの一室で
土御門は空中に浮かぶ映像から目を離しながら吐き捨てる様にそう呟いた。

対してガラスの円筒の中で逆さに浮かぶアレイスターはうっすらと笑うのみ。
返事を返されることはなく、気味の悪い沈黙が辺りの空間を支配していく。
言葉で言い表せない圧迫感に耐え切れず、土御門は矢継ぎ早に言葉を紡いだ。


「かくして様々な信念や矜持を持ったヒーロもヴィランも駒のように操られ、
 また一つ虚数学区・五行機関の掌握する為の鍵の完成に近づいたという訳か。
 あまりにも話がうまく進みすぎている。正直、俺にはお前が化け物に見えるぞ」


暗部組織、超能力者、警備員、風紀委員、魔術師、そして幻想殺し。
そんな面子をアレイスターは直接命令を下さずに思惑通りに動かしている。
その技量と度胸に土御門は戦慄を覚えずにはいられなかった。


「虚数学区・五行機関―――その正体がAIM拡散力場そのものだろう。
 学園都市に住む学生たちが無意識に発生させている力に作られているなど」


AIM拡散力場によって作られる虚数学区・五行機関。
実際のところ、それが有害か否かさえも未だに分からないままだ。

世界地図を塗り替える程の脅威なのかもしれないし、
空から降ってくる雨粒より大したことないのかもしれない。

しかし、今回の一件で一定の衝撃を与えれば爆発的に力を増す事が分かった。
風斬氷華がゴーレムと渡り合った時の力こそその片鱗とも言えるだろう。


「何が起こるか分からないから、滅ぼさずに制御するという方法が考えられた。
 その為の鍵こそ、AIM拡散力場によって生み出された風斬氷華という訳か。
 だからと言って、自我を植え付けて実体化の手助けをするなど、正気とは思えない」


生命体は『生きる為』『死から遠ざかる為』に本能や欲求といった自我をもつ。
つまり、生死を理解できない者に自我など芽生えるはずもなく心を持つことはない。

だが、幻想殺しという善悪など関係ない絶対的な力による死を教え込めば
心を持たぬ幻想は同時に生を理解し、自我を持つようになる。


「何をするか分からないままより、ある程度の思考能力を与えれば
 行動は予測できるし、上手く立ち回りさえすれば脅迫も交渉も出来る」

「生み出される心がお前の予測範囲の簡単に制御できる善人なら問題ないがな。
 もし世界が燃え上がるのを見て楽しむ悪人ならどうするつもりだったんだ?」

「その方がむしろ有難い、差し出すカードを変えればいいだけの話だ」


ふざけやがって、と土御門は思わず心の中でそう毒づいた。
アレイスターにとって、人間とは所詮その程度の認識でしかない。

918: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/20(日) 21:41:05.38 ID:ivDFo0iyo

「まさかとは思うが学園都市の脅威が虚数学区だけだと思ってないよな?
 今回の一件で、イギリス清教の正規メンバーは警備員の手を借りて撃退したのだ。
 その上、回収命令を受けた死神部隊の手によって両手首を叩き潰された。
 聖ジョージ大聖堂の面々がこんな事を黙って見逃すとは到底思えない。
 この街一つで世界中の魔術師を勝てるなどと本気で思っているのか?」


脅迫めいた土御門の言葉にも、アレイスターは一切動揺しなかった。
一切崩されないその笑みは、土御門を馬鹿にしてる様にも見える。


「魔術師など、あれなど掌握できれば取るに足らない相手さ」

「何? ―――まさか!」


土御門は一瞬眉を潜めたが、すぐにその表情が驚愕に染め上げられた。

虚数学区―――人間には見ることの出来ないもう一つの世界。
風斬氷華―――ある種の力の集合体によって構成させる生命。

彼は知っていた、それらの存在を魔術的にどのような意味を持つのかを


「アレイスター……お前はまさか、人工的に天界を作り上げるつもりか?」

「さあね」


アレイスターはつまらなそうにそう答えたが、土御門にとっては気が気でなかった。
人工的に天界を作り出す、しかも科学的な力によるものだけとなると
既存する言葉で言い表せない新しい『界』を生み出す事になる。

例えば、地球上の重力や浮力の数値が劇的に変化した場合
既存の数値で物体に掛かる力を計算しても解が出るはずがない。

それと同様に新たな『界』―――つまり魔術界のルールが掻き乱されれば
魔術はどうやっても発動せず、術の失敗は魔術自身の身を滅ぼす事に繋がる。

そして、その為の下準備はとうの昔に完成していた。
一方通行や上条の働きによって救われた数にして一万弱の妹達。
彼女たちは現在、治療目的で世界中の学園都市の協力機関に点在している。

つまり、現在世界中がAIM拡散力場に覆われている状態なのだ。
この状態で虚数学区が完成すれば、この世界で魔術を使う事は不可能になる。
そうなれば、科学サイドと魔術サイドが争えば勝敗はわざわざ考えるまでもない。
何も出来ないどころか自滅していく魔術師達に止めを刺せばいいだけの話だ。
もはや戦いと呼べるものではなく、処刑と言っても差し支えないだろう。

にも拘わらず、イギリス清教はそんな事態に全く気付いていない。
妹達が世界中に送り込まれた件には気付いている人間もいるだろうが、
せいぜい学園都市の内輪の問題の後始末程度にしか思っていない。


919: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/20(日) 21:41:34.59 ID:ivDFo0iyo

「イギリス清教がこんな事実を知れば、即座に開戦だな。
 まあ、死神部隊のサイコパス連中にしたら吉報だろうがな」

「何を言ってるのやら。万が一、君のその馬鹿馬鹿しい妄想が正しいとするならば
 私はオリジナルの天国について熟知している魔術サイドの人間と言う事になる。
 残念ながら私は科学にいる人間だ、容疑ならもっと私より詳しい人間にかけろ」

「ぬかせ、そんな奴いるはずがないだろう―――魔術師、アレイスター=クロウリー」


それは世界で最も優秀で、同時に最も魔術を侮辱したとされる魔術師の名前だった。
そう言われるようになったのは、彼は歴史にその名を遺すほど魔術を極めておきながら
突然、人が変わったかのようにそれを一切捨て去り、科学を極めようとしたことだ。

例えるならば、散々選挙の時に立派な公約を掲げておきながら政権を勝ち取った途端
一切それらを守らず、まるで見当違いの政策を次々に施行するようなものである。

もっと分かりやすく言うならば、魔術師代表として科学に屈したようなものだ。
故に、アレイスターは素人からプロに至るまで全世界の魔術師を敵に回した。

だが、そんな彼の正体は未だ誰にも看破されていない。
現在彼を捜索する手掛かりは全て彼自身が意図的に掴ませた誤情報だ。
元の情報が狂っている以上、それを元にアレイスターを調べても
科学的にも魔術的にも一致する点など一つも出る訳がなかった。
結果として、彼は同姓同名の別人もしくは偽名ということにされている。

それを実行出来ることと実行した事に土御門は思わず舌を巻いた。
土御門は勿論、普通の人間には無いものをアレイスターは持っている。
世界から称賛されたキング牧師のように、逆に批判されたヒトラーのように
―――世界を相手取れるほどの揺るぎない信念と堅い意思を


「負け惜しみがてら、お前に一つ忠告しておこうアレイスター」

「ふむ、聞こうか」

「この世界を動かしているのは魔術サイドの力でも科学サイドの技術でもない。
 時に過ちを犯しながらも、前へ進み、世界を作り、変えてきた人間の魂だ。
 あまり舐めすぎていると、取り返しのつかないしっぺ返しを食らうぞ」


彼がそう告げると、タイミングを見計らったかのように空間移動能力者が入ってきた。
露出狂のような格好の少女にエスコートされ、土御門はビルから出ていく。

誰もいなくなった部屋の中、アレイスターは誰に聞かせるでもなく呟いた。


「ふん、さすがに同じ失敗を二度も繰り返すつもりはないさ」

927: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/23(水) 23:43:51.97 ID:VEIDHCZ5o
九月一日 午後五時 とある病院


「ほら見てくださいよ、今回俺全く以って無傷じゃないですか?
 いやー、やっぱ人間って経験を積んで進歩する生き物ですよね」


診察室で上条がカエル顔の医者に対してはしゃいだ声を上げると
程なくしてその場にいた全員から冷たい目線が彼を容赦なく射抜いた。


「何故この状況下でそう呑気でいられるのでしょうか?
 とミサカは深刻な顔であなたの精神状態を危ぶみます」

「……、はい?」

「一歩間違えていたら今頃あなたの拳は複雑骨折していました、
 とミサカはランナーズハイ状態であろうあなたに警告します」

「や、やだなぁー。ご冗談がキツ過ぎるのでございますよ御坂妹さん」

「決して冗談ではないよ、むしろそうならなかったのが不思議なくらいだね?
 人間の拳は精密な動きを可能とする分、関節が多いが故に衝撃に弱いんだね?」


医者と看護師二人からの三方向から説得力のある脅しを受けた上条の顔が真っ青になり
そうして途端に大人しくなった彼の手を手際よく包帯でぐるぐる巻きにしていく。


「まあ、仮にそうなっていたとしてもまだいい方だと言えるだろうさ」

「……御坂と一方通行の事ですね」


その言葉で上条は病院に運ばれる際に白井黒子から聞いたことを思い出した。
何者かが総合娯楽施設の屋上で自爆テロを図り、それに御坂美琴が巻き込まれた事を
そして、地下街で一方通行が瀕死の重傷を倒れている所を警備員が発見したことを


「あいつ等は無事なんですか?」

「彼女の方は咄嗟に隣のビルの壁に飛びついたようだから比較的軽傷で済んでるんだね?
 でも、彼の方は強力な衝撃をまともに受けたようで予断を許さない状況だったんだね?
 まあ、今はもう心配ないさ。そろそろ目を覚ます頃合いなんじゃないかな?」


上条は改めてカエル顔の医者の腕前に心から感嘆した。

928: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/23(水) 23:44:36.40 ID:VEIDHCZ5o

九月一日 午後五時三〇分 とある病室


入院患者用のベットの上で一方通行はゆっくりと目を覚ました。
自身が何故ここにいるのかを理解できない彼は訝しげな表情をし
さらに体を全く動かせない事を知ると更に不思議そうな顔をする。


「どォなってンだこりゃ……」

「目は覚めましたか?」


ふと声のした方向を見れば、見知った女性がジト目を一方通行に向けている。
体全体で怒りを表しているその様子に一方通行は辟易しながら口を開いた。


「何だ、神裂か」

「何だとは何だこのド素人が」


この場合、いつもなら神裂に対しては何らかの謝罪の言葉を言うはずなのだが
何故か彼は憂い気な表情をしながらまともに彼女の顔を見ようとさえしない。

神裂もその様子に気付いたのか、怒りに満ちていた表情はすぐに心配へと変わる。


「……どうかしたのですか?」

「何故か分かンねェが、昔の事をいろいろと思い出したンだ」


やがて、一方通行は視線を彷徨わせたまま独り言のように口を開いた。
その顔には遠目から見ても分かる程、苦悩の色がはっきりと浮き出ている。


「一年前、見せしめに殺された仲間の死体を見た時は今でも昨日の事の様に思い出せる。
 自分も同じような事を他の人間に散々やってきた癖に、烈しい怒りで骨まで軋ンだ。
 頭の中で捏ね繰り回した理屈や幻想なンて入り込む余地なンざ微塵も無かった。
 だから、仲間を殺した奴に考え付く限りの死よりもはるかに重い報復をした。
 だが、その後で気付いたンだ。俺がその時抱いた怒りを、悲しみを、苦しみを
 今まで数え切れないほどの人間に、あろう事か自分自身が与えていたことに」


一方通行は自身の胸のわだかまりを吐き出すように言葉を紡いで聞く。
神裂は、口を挟まずにそれを黙って神妙な面持ちで聞いていた。


「学園都市に来て、差別こそしたがある程度の人間は救ってきたつもりだった。
 それでも俺に向けられている憎しみが消える日は永遠に訪れることは無い。
 そいつらの怒りに俺は耐えらない。ハッ、笑えよ。俺は所詮この程度の人間だ」


自嘲するようにそう言う彼の目からは、普段の他人を見下すような鋭さは消えている。
その目には、他愛ない悪事が暴かれた小さな子供のような怯えが籠っていた。

しばしの沈黙が流れ、やがてそれを破る様に神裂がゆっくりと深呼吸し、口を開く。

929: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/23(水) 23:45:23.10 ID:VEIDHCZ5o

「甘えるなこのド素人が!!!」


突然放たれた絶叫に、一方通行は思わず体を震わせ、驚きの表情で神裂を見た。
その表情は怒りに染まっていたが、目だけは泣く寸前の子供のように揺らいでいる。


「いいですか? 確かにあなたは多くの人間の尊い命を殺し、未来を奪った罪人です。
 それがどんなに不本意なものであったとしても、その罪は決して軽くはなりません」


それでも、と神裂は一拍置いて


「その一方で、あなたの幸せを心から願い、その為に命まで賭した人間がいます。
 だから耐えてください! 自らの罪と真正面から向き合って、前に進んでください!
 それがどんなに痛みを伴うものだとしても、あなたにはそれが出来るはずだ!」


神裂の言葉は、彼に気に入られるためのおっべかなど微塵もない。
そこにはただ一人の人間を想う優しさと厳しさと温かさがあるのみ。


「途中で転んだぐらい何ですか! 起き上がればいいだけの話でしょう!?
 もう起き上がれないと感じてしまったとしても、絶対に諦めないでください!
 それでも起き上がれないなどと戯言を抜かすなら、私が手を差しのばします!!
 たとえあなたがどんなに嫌がろうと、私はその手を引っ込めたりしません!!!」


その気になれば、彼は差しのばされた手を振り切り、自分の罪から逃げることが出来ただろう。
でも、彼には出来なかった―――自身に向けられた彼女の想いを踏みにじる事が

超能力者第一位と称される最強の能力を持ち、人格破綻者まで呼ばれた残虐な男は
たった一つの、何の害もない純粋な好意にあっさりと打ち負けた。

そんな自分自身を鼻で笑いつつ、一方通行は何かを諦める様に
それでいてどこか胸の奥がすっきりしたように口を開く。


「―――まだ見捨てねェのか?」

「永遠に」


神裂は、曇り一つない笑顔ではっきりとそう答えた。

930: モヤシンズグリード  ◆TspHqBVqH9jK 2013/10/23(水) 23:52:42.86 ID:VEIDHCZ5o
今回の投下はここまで

おかしいな、ラストだと思って結構書いたはずなのに
たった3レスで終わった、解せぬ

次スレは最初の冒頭が少々出来てから作ります。
最近、更新スピードが亀になってしまいすいません。


【次回予告】


「何だ! その!! しかめっ面は!!!」
―――学園都市超能力者第一位、一方通行



「歯ぁ食いしばれ一方通行ぁぁぁアアアアアアアアアアアアアア!!!」
―――とある無能力者、上条当麻



とある愛憎の一方通行、近日スレ建て