比企谷「ぼっち過ぎて暇だからSAOやる」 前編
俺達は、第一層のフロアボスを倒した。
SAO開始1カ月にして、とうとう最初の階が突破されたのだ。
ボスを撃破した瞬間から、攻略組は大歓声を上げていた。それほどに、この勝利は大きいのだ。この勝利は、SAOの世界に閉じ込められた全員にとっての希望となるだろう。そして、この強力な敵を倒したことにより、大きな自信をつけることができたはずだ。
攻略組はこう思うはずだ。”いつか絶対にこのゲームをクリアしてやる!”と。
SAOの生き残りは思うはずだ。”いつか現実に戻れるかもしれない!”と。
だから、俺もこの勝利を喜ぶべきなんだ。
…………喜べるわけ、ねえだろ。
今まで俺達攻略組を引っ張ってきた、ディアベルは死んだ。
あいつは、今までずっとこの攻略組をまとめてきたんだ。なんで、あいつが死ななければいけなかったんだよ。
ディアベルは、人々の希望となるための攻略を初めて本格的にやった英雄だ。なんで、こんなやつが死ぬんだよ。ディアベル、お前はもっと人の希望となるべきだろ? お前は、そういう奴じゃないのかよ。俺がいくら努力しようが全くかなわない、俺が持っていないようなものをたくさん持っているやつだったじゃねえか。
ディアベルは、なぜ1人で先を急いだんだ。
そういえば、キリトはディアベルが死ぬ直前、何か叫んでいた。ええっと確か、
”駄目だ、全力で後ろに跳べ”
…………。
もしかして、キリトはボスがなんの武器を使っているか知っていた?
……知ってて、言わなかったのか?
いや、冷静に考えろよ俺。
あの状況で叫んだってことは、予想できなかったからだろうが。使っている武器がなんだったかを知っていただけで、ボスがそれを使うとは予想していなかったのだろう。
それに結局、ディアベルが死んじまった事実は変わらないんだ。
……だが、なんでお前らは、そんなに喜べるんだ? お前らを今まで引っ張ってきたのは、誰だと思ってんだよ。
アスナ「お疲れ様」
……ビックリした。いつの間に後ろにいたんだ。
アスナは、同じチームの3人に声をかけた。まだ、俺を含めて3人とも疲れきった顔で座り込んでいる。
エギル「見事な連携だった。コングラチュレイション! この勝利は、あんた達のものだ!」
続けて、エギルもそう言った。……その”あんた達”の中に、ディアベルは含まれていないようだった。
クライン「ああ、お疲れ!」
クラインは、笑って答えた。
それを聞いていたのか、周りにいた連中が拍手をしだした。俺達の活躍を称えているらしい。
お前らも、なんでこんなに笑えるんだよ。……いや、俺が卑屈なだけか?
まあ、わざわざクリア後に蒸し返すことが良いことなわけないしな……。
「…………なんでや!」
俺が無理に納得しようとした瞬間、誰かがそう叫んだ。……キバオウだ。
キバオウ「なんでディアベルはんは、死ななあかんかったんや!」
キバオウは、俺が思っていたことを、代弁した。
いや、そう思っていた奴はもっと多いかもしれない。今思えば、この勝利に水を差さないように、あえて口に出さなかっただけかもしれない……。
キバオウ「なんで、自分、ディアベルはんを見殺しにしたんや……」
キバオウは、キリトに向かってそう言った。……さっきのキリトのセリフを、こいつも聞いていたらしい。
キリト「見殺し……?」
キバオウ「そうやろが!! 自分はボスの使う技知っとったやないか! 最初っからあの情報伝え取ったら、ディアベルはんは死なずにすんだんや!」
キバオウは涙ながらに、そう叫んだ。
いや、それは違うぞキバオウ。
俺は、さっき自分が考え直したことを、説明しようとした。
だが、その時。
「きっとあいつ、元βテスターだ! だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ! 知ってて隠してたんだ!」
フロアにいる一人が、そう言った。
「他にもいるんだろ!? βテスター共、出てこいよ!!」
攻略組全体が、ざわつき始めた。
そして、その言葉を聞いた奴の数人が、同じようにβテスターを責めはじめたのだ。
「あのβテスターの情報屋も、わざと偽情報を流していたんだ!」
……そんなことして何の意味があるんだよ。
「βテスターが全部情報を明け渡していれば、今までだって死なずに済んだ人は大勢いる!」
……お前、昨日の俺の話聞いてたのか?
いや、もしかしたら俺の話をまじめに聞いてたやつなんて、キバオウとエギルくらいかもしれない。昨日のも、ただ仲裁に入った程度の認識しかなかったんだろうか。
やっぱり、俺が何を言ったところで、聞く奴なんかほとんどいないじゃないか。
そいつらはもはや、キリトだけでなく”βテスター全員”を責めていた。
だがそれは、ディアベルの死を認められない奴がいるということだ。
こいつらは、何かを責めずにはいられないんだろう。……そしてそれは、俺が何を言っても無駄なんだ。こいつらは、責める相手を求めているんだ。
キリトの方を見ると、拳をギュッと握りしめているようだった。
クラインは、困惑した表情で黙っている。
俺が口八丁で説明すれば、きっと騒ぎは収まるだろう。
……だが、それに何の意味がある?
この先、SAOクリアにはβテスターとの協力は不可欠だ。しかし、この調子ではいつ再び内部崩壊が起こってもおかしくない。それは、俺がここで庇ったとしても、だ。
こいつらはこのデスゲームの元凶である茅場という、目に見えない敵でなく、目に見える奴らを責めている。こいつらの中から、”βテスターが悪者”という認識は、消えないかもしれない。
βテスターと、一般プレイヤーに違いはない。
両者とも、無理やり茅場に集められた被害者なんだ。
だからこそ、全員で協力しなきゃ駄目なんだよ。
キリト、お前のような奴がゲーム攻略に必要だ。
……俺は、それをこいつらにわからせなきゃならない。
「はは、あっはははははははははは!」
俺は、フロア全体に聞こえるように、高笑いした。
聞いた全員が、一発で不快になるような笑い方をした。
中学の頃の話だ。
俺のクラスに、仲の悪い同士の二人がいた。俺の話じゃないぜ? 俺の場合、そもそも”仲”すらないからな。
その二人はいつも反発していて、いつだったかとうとう殴り合いの喧嘩にまで発展したのだ。そいつらは職員室に呼び出され、教師からきつく説教を受けたらしい。するとどういうことか、そいつらの仲は悪くなくなった。
それは決して、教師の説教が効いたとか、改心したとかいう理由ではない。
そいつらが教室に戻ってきたとき、2人とも自分たちを説教した教師の悪口を言っていたのだ。悪口という共通の話題と理念は、今までの不仲を解消するかのように、2人の仲を良くさせた。
結論。
仲の悪い者同士を協力させるにはどうしたらいいか?
それは、共通の敵をつくればいい。
俺はフロア全体に聞こえるように笑い声をあげた。
それはまるで、フロア中にいる奴全員を嘲笑っているように見えたことだろう。
俺はひとしきり笑うと、困惑する連中に対し、こう言い放った。
比企谷「フフ、まったくてめえらは、どこに行ってもマヌケばかりだな」
……突然の言葉に誰も答えない。
俺がそういうと、周りが一気にざわついた。まだ、俺が何を言ってるのか測りかねている奴がいるらしい。俺はそいつら全員まとめて敵にすべく、最悪の一言を言うことにした。
比企谷「その通りだろ。死んじまったディアベルも、ただ雑魚だったから死んだって言ってんだよ」
比企谷「情報云々なんか以前の問題だ。あの攻撃すらかわせないお前らが、情報が足りなかったとか言うのを見ると反吐が出るぜ」
キバオウ「……! よくも、ディアベルはんの事を……!!!」
いいぞ、その調子だ。言っている俺ですらこんなにムカついてるんだ。お前らも、もっとなんか言ったらどうだ?
比企谷「しかしディアベルのやつも馬鹿だよなぁ……。なんでこんな連中と一緒にやって敵が倒せると思ったんだ? ボスの攻撃パターンが違ったくらいで怖気づくようなやつらなのによ!」
「…………!」
「………………くそっ」
俺の言葉に、誰も言い返せない。実際は俺も怖気づいてたが、こいつらにとってはたんなる事実でしかない。人は、図星を突かれることに対しどうしても嫌悪するんだ。
キバオウ「自分、何が言いたいんや…………!」
比企谷「簡単なことさ。てめえらじゃ、一生かかってもこのデスゲームをクリアすることなんかできないって言ってんだよ」
俺は、高笑いしながらそう言った。
キバオウ「自分、ちょお黙りや! ワイらは、絶対にこのクソゲームをクリアしたる! あんさんの言うとおりにはならん!」
比企谷「フフ、そうかよ。せいぜい頑張って無駄死にでもしてろよ。俺は一層に戻ることにするぜ」
そう言うと俺は、転移門の方を向いた。
比企谷「情報屋らしく、てめえらのマヌケさ加減を”みんな”に伝えなきゃなんねえからなぁ! このゲームをクリアすることが、どんなに無理なことかをしっかりと伝えに行ってやるよ!」
キバオウ「なんやと……!」
比企谷「あばよ、雑魚共。面白いもんが見れて楽しかったぜ」
俺はそう捨て台詞を吐いて、ドアの方へ歩き出した。
…………完璧だ。
これで、俺は攻略組とっての共通の敵になることができたはずだ。絶望を煽り死者すら冒涜する最悪の情報屋と、その絶望に立ち向かう攻略組。
あいつらは、きっと今まで以上に攻略に力を入れることだろう。それこそ、βテスターと協力しても、だ。とくに、キバオウがみんなを煽ってくれるはずだ。あいつが、言われたまま終わるはずがないことは、ここに来るまでに知っているからな。
俺はこれ以上何もいうことなく、ボス部屋の奥の出口から出ようとした。
だが、あいつが俺を呼び止めた。
クライン「ちょっと、ちょっと待ってくれよヒッキー!!!」
……ああ、お前は来ると思ってたよ、クライン。お前がここで来ないわけないもんな。俺はお前という人物を、この一カ月で良く知ったと思ってるぜ。
だから、俺は最後の仕上げをしなけりゃならないんだ。
比企谷「……ついてくるな。もうお前らとつるむ気はない」
そう言いながら俺は、腕に巻きつけたバンダナを剥ぎ取った。この趣味の悪いバンダナは、クラインからもらった”風林火山の証”だ。そして、俺たちの”仲間の証”だ。こんな物をつけてたら、クライン達も俺の仲間だと思われちまうからな。
俺は、手に取ったバンダナを、全員に見えるように床に捨てた。
クライン「な……!?」
クラインは、驚いた顔でこちらを見た。それに対し俺は、以前出会った時に言った言葉を、少し変えてもう一度言う。
比企谷「つまり、ここでサヨナラだ」
クライン「…………!」
クライン、お前なら俺がこうしている意味がわかるだろう? お前は今までずっと俺の事を心配して、理解してくれた。理解しようとしてくれた。
だから、今俺がこうしている意味を、お前もわかってるはずなんだ。そうだろ、クライン?
俺が目指しているのはいつだってSAOクリアだ。だからこそ、俺はここでこうするんだよ。
……だからクライン、俺をそんな目で見るのを、やめてくれ……。
クライン「ヒッキー、俺は、俺はよお…………!」
比企谷「…………」
クラインは、言葉を続けることができないようだった。
俺は、クラインの言葉を待たずに扉から出て行った。
SAOには、転移門という大きなゲートが存在する。
転移門とは全部で100層あるアインクラッドの、層を行き来するためのワープホールのようなものだ。だが、このワープホールは初めから使えるわけではない。各階層にある転移門を有効化(アクティベート)することで初めて、その階層にワープが可能なのである。
俺は第二層に入って転移門を有効化する、なんてことはしなかった。わざわざ有効化しに行かなくても、ボスが倒されてから二時間後に自動的に開くシステムになっているからだ。本来なら俺は、”最悪の情報屋として一層に悪報を流す”ことになっているが、そんなことしなくても俺の悪名はすぐに広まるだろうから必要ない。
”悪事千里を駆ける”と言い、悪い噂は何もしなくても勝手に広がっていくもんだ。ソースは俺。
……今は、とにかく誰にも会いたくなかった。
だから、まだ誰もいない二層で、1人でずっと走っている。
こんな早い段階で誰かに追われるとは思っていない。でも、”追う”ことはなくても”会おう”とする奴ならいる気がした。
…………………
第二層は、転移門がある街以外はずっと自然が広がっていた。一見して”遊牧エリア”ってとこか? 一層ごとに違うテーマでステージが造られているらしいが、ここよりももっと美しい景色もあったりするんだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら走っていると、前方に森が見えた。ひとまず、あの一帯で休むことにしよう。もう、20分ほど走り続けて疲れちまった。……いや、どんだけ人に会いたくないんだよ俺。走りすぎだろ。
比企谷「ふう……」
俺は森の中へ入ると、ひとつため息をついた。……何というか、本当に孤独だな。実際的な意味でも、この層には俺しかいないから孤独だ。だが、俺が言っている意味はそうじゃない。SAO全体での意味だ。
これほど嫌われることは人生で初めてだろうな。
俺は小学、中学、高校1年とずっと友達がいなかった。だが、それは嫌われていたというよりも無関心だったという方が正しいだろう。だから、今回のように全員から嫌われるようになるのは初めてかもしれない。
俺がやったことだから後悔はしてない。 だが、純粋に寂しさを感じ始めていた。ボッチに慣れてるはずの俺がこう思っちまうようになったのも、全部クラインのせいだ。……あいつがいたから、孤独を感じずにすんでいたんだ。
比企谷「はあ……」
さっきからため息ばっかり出やがる。ため息ばかり出していると幸せが逃げていくって誰かが言ってたぞ。……もう遅いか。
……さて、俺はこれからどうしようか。
あれ? 俺さっきまでずっと走ってたよね? なんで追いつけんの? しかも隠蔽スキル使ってたのになんでみつかんの?
キリト「どうやら、俺の索敵スキルの方が上だったみたいだな」
………マジかよ。俺は一層にしては結構上げたと思っていたんだが……。
いや、そんなことよりこいつは何しに来たんだ? 正直、お前が追ってくるなんて思わなかったぜ。
比企谷「……何の用だ?」
俺はできるだけ、そっけなく答えた。もしかしたらこいつも、俺の事を”悪く”見ているかもしれないからな。だったら、そのイメージを崩さないようにすべきだろう。
キリト「…………アンタに、謝らなきゃいけないと思ったんだ」
どうやら、杞憂だったようだ。キリトは俺の芝居を見抜いてるらしい。
だから、俺は普通に喋ることにした。
比企谷「さっきのことなら、何も謝る必要はないさ。俺が勝手にやったことだしな」
キリト「…………それでも、すまなかった」
……こいつも義理堅い奴だな。
ほんとに俺はクリアの事しか考えてないってのに。
比企谷「言っておくが、俺はβテスターを庇ったわけじゃないぜ? あれは、SAOクリアという目標のために、必要だと思ったからやっただけだ。お前が思ってるほど、俺は他人の事なんか考えてねえよ」
俺は、正直にそう言った。覚えのない好意ほど、気味の悪いものはないしな。
キリト「でも、なにもヒキがそれをしなくてもよかったんだ……」
キリトは、拳に力を入れてそう言った。こいつにも、何か考えるところでもあったんだろうか?
でも、こいつがそんなに思い悩む必要はない。合理的で、簡潔に済む問題だったんだ。あれが、一番確実だった。
比企谷「……そうだな。あの役目は、俺がしなくてもよかった。むしろ、誰でも良かったんだ。……誰でもいい役目を、俺がやった。ただそれだけの話なんだよ」
キリト「それでも……!」
比企谷「キリト、お前はこのSAOクリアに必要な人材だ。俺なんか、比較にならないくらいに、な」
キリト「……!」
ディアベルが死んだ時、一番初めに敵に立ち向かったのはキリトだった。俺は、その場にのまれて動くことができなかった。それが、俺とキリトの差だ。……絶対に埋まることのない、決定的な差だ。
キリトのようなプレイヤーが攻略組の中心で活躍すれば、きっと皆の希望になるだろう。だって、俺の希望にすら成り得たんだ。そうそうないぜ? 俺が希望を頼りにするなんてよ。
俺がそう言うと、キリトは黙り込んだ。
……沈黙は金というが、気まずい雰囲気はやめてくんない? ああ、そうだ。俺はこいつに聞きたいことがあったんだ。いっそ、今聞いちまうか。
比企谷「キリト、ひとつ聞いていいか?」
キリト「……え? あ、ああ」
比企谷「ディアベルは、なんであの場面で一人でボスを倒しに行ったか、わかるか?」
キリト「……!」
これは、さっきからずっと考えていたことの一つでもある。
もしかしたらディアベルは、皆の象徴になるものが欲しかったのかもしれない。攻略組を、これから引っ張って行くための象徴となるものが。
比企谷「…………そう、か」
俺は、力なく答えた。
キリト「ディアベルは、どうしてもラストアタック・ボーナスを取りたかったらしい」
キリト「もし、初めからアイテムをディアベルが貰うことになっていたら、あいつは死なずに済んだかもしれない」
……そうだな。
口には出さなかった。後からならいくらでも後悔できちまう。そんなこと、今さら考えたって無駄なことは、俺にだってわかっている。……わかっているはずなのに、
比企谷「あいつには、ボスのアイテムを貰う権利はあったかもな。……少なくとも俺は、文句は言わねえよ」
こんなことを口走ってしまった。
………………
あれから再び、しばらく沈黙が続いた。
俺もキリトとも、結構長いこと考え事をしていたらしい。いつまでもそうしてる訳にはいかないから、俺から声をかけた。
比企谷「俺、もう行くわ。気が向いたら、情報でも買いに来いよ」
安くはしねえけどな。
そう言って俺は、後ろを向いて歩きだした。
キリト「…………ヒキ!」
比企谷「……?」
キリト「…………死ぬなよ」
俺は、振り向かずに答える。
比企谷「当然だ。俺は石橋を叩いて渡る男だからな。適度に適当に、頑張りすぎないように頑張るさ」
もう、俺でも何言ってんのかわかんねえな。
キリトから見えなくなるくらいまで歩いた後、俺は再び走り出した。さっき別れたばかりのキリトにまた会っちまったら気まずいからな。
……くそ、キリトのせいで余計に走る破目になっちまったじゃねえか。
俺は、気が済むまで走り続けた。長時間走って精神的に疲れていたが、さっきより少しだけ、心が軽くなっていた。
つけられてる…………?
俺がそう感じたのは、第一層が突破されてから3日後のことだった。俺は今、”最悪で災厄の情報屋”として、ソロ活動している。な
んじゃそりゃ。
この”最悪で災厄の情報屋”とかいう長ったらしい蔑称は、俺が名乗っているものではない。3日前から徐々に広がっていった呼ば
れ方なのだ。俺は今、時の人となりつつある。
俺の噂を流したのは、おそらくあの場にいた攻略組の誰かだろう。そして、噂が噂を呼び、”情報屋が攻略組を全滅させようとした”
だとか、”情報屋がアイテムを独占していた”とか、酷い噂があふれている。まあ、それも想定済みだけどな……。
それと、その噂と一緒にとある警告も広まっていた。”情報不足のプレイヤーは、情報が集まるまで攻略に参加しないこと”。
……どこのモヤットボールだか知らねえが、やるじゃねえか。
それにしても、”最悪で災厄”って語呂はいいけど呼びにくいな。もっと他になかったのかよ。
俺がその異名で呼ばれ始めてから、今まで三人の奴が俺に会いに来た。1人目は、俺がどんな奴かを興味本位で見に来ただけだったので適当に巻いた。二人目は、俺から情報を買いに来た。どうやら、悪名と同時に情報屋としても名が広がっていたようで、俺はレア情報を多く持っていると思われていたらしい。まあ、適当に情報を売って終わりだ。
問題は三人目だ。そいつは、俺のことを殺しに来た。そいつ曰く、”悪を断つべく参上した!”らしい。正義の味方を気取るなら、攻略組に入ってろよ……。まあ、全力で逃げたんですけどね。今頃あいつは、悪を追い詰めた! とかほざいて武勇伝にしていることだろう。
だから、今俺が”つけられている”と感じているのは、決して自意識過剰ではない。
誰が俺のことを追っていてもおかしくないからだ。
俺は俺で、一応索敵スキルを上げている。
だが、俺を付けている奴の隠蔽スキルも高いせいか、”つけられている気がする”レベルでしか判別できない。くそ、さっきから気になってるんだけどな……。
ちなみに、俺は一応正体を隠すために、覆面を付けている。まあ、覆面といっても眼から下を覆ってるだけだけどな。想像しづらい奴は、”カカシ先生”でググればいい。正直、この覆面が役に立ったことはない。
……ダメ元で、カマをかけることにした。
比企谷「そこにいるのは分かっている。さっきからこそこそしてないで、出てきたらどうだ?」
………………どうだ?
情報屋だ。しかも、俺とは比較にならないレベルの本物の情報屋である。ボス攻略情報を出したのも、こいつらしい。俺も、直接話したことはないとはいえ、こいつの情報を大いに活用している。
というか、女だったのか。勝手な想像だが、鼠って言われるくらいだから男だと思ってたぜ。
こいつが、いったい俺に何の用だ……?
比企谷「こそこそつけてたって事は、俺に用があるんだろ? さっさと言え。聞くだけなら聞いてやる」
俺も、この3日で悪人が板についてきた気がする。まあ、このキャラのほうが相手が威圧されてくれるから便利なんだけどな。
だが、こいつは全く威圧された様子はないようで、平然と答えた。
アルゴ「何もないサ。ただ、悪名高い”最悪で災厄の情報屋”がどんな奴か見ておこうと思ったダケダ」
ああ、はいはいパターン”1人目”ね。安心したぜ。こいつレベルのプレイヤーに殺されそうになったら、逃げ切れるか怪しいしな。
比企谷「もう、十分見たろ? いい加減、つけまわしてほしくないんだが」
アルゴ「……そうはいかないヨ」
比企谷「……?」
なにがだよ。
こいつは、俺が黙っても何も言おうとしない。めんどくせえな。無視して進むか?
あれ?
……そういえば、こいつの”ひげ”見覚えがあると思ったら”エクストラスキル”の奴じゃねえか。
”エクストラスキル”とは、通常の方法では取得することのできない、特殊なスキルである。
俺は、3日前に走っているときに道に迷い、偶然そのスキルを所得できる場所を見つけた。とあるNPCのおっさんが、”体術スキル”を教えてくれるというのだ。剣の世界で対術とは珍しい。
だが、勢い余ってスキル取得に乗り出したら、そのおっさんは俺の顔に”参加証明”という名の落書きをしやがった。
この落書きは、スキルを取得するまで消せないらしい。ふざけんな。しかも、スキルの獲得難易度は恐ろしく高く、今の俺に到底できる代物ではなかった。……ふざけんな。
と、いうわけで、俺はバックレた。俺の顔には、今も落書きが残っている。カカシ覆面スタイルは、この落書きを隠すためのものでもあるんだ。
俺がアルゴのヒゲをまじまじと見ていると、アルゴはその視線に気づいたようで、
アルゴ「このヒゲの秘密を知りたいナラ、10万コル払えば教えてやらないこともないヨ」
と言った。
比企谷「エクストラスキルの情報としては、高すぎるんじゃないか? 俺はあの情報を一人3万で売ったぞ」
アルゴ「……! ……さすが、知っていたのカ」
偶然だけどな。
アルゴ「その目と相まっテッ……まるでやさぐれたネコダナッ……フフフフッ……」
比企谷「お前だって顔に同じものがあるだろうが。あのスキル習得投げてきたんだろ? 俺ばっか笑ってないで鏡でも見てろよ」
アルゴ「俺っちのはただのペイントだヨ。そーカ、”最悪で災厄の情報屋”は途中で諦めたんだナ」
…………畜生、無駄に情報を与えちまった。いや、ほとんど自爆だけど。
それより、俺の呼び方はその長い蔑称で固定なのか? 別にいいけどよ。
比企谷「そんなことはいいから、早く教えてくんねえかな。なんで俺をつけまわしてんだ?」
アルゴ「俺っちに情報を聞きたいナラ、カネを出しナ」
……こいつ、俺以上にがめついぞ。いや、別に俺ががめついって訳じゃないぞ?
比企谷「そんなことに金を使うほど、俺に余裕はない。だが、これ以上ついてこさせる気もないぜ」
俺はそう言って、その場から全力で走りだした。もちろん、覆面はちゃんとつけなおした。
俺のバックレスキルを舐めんじゃねえぞ。中学の頃、文化祭準備を途中で抜けても誰も気づかなかったレベルだ。うん、誰も気にもしなかったよ……。
……だが、
アルゴ「…………」
何こいつ、超早い。こいつ俊敏上げすぎだろ……?
比企谷「……いくらだ?」
アルゴ「追いかけまわしてる理由ナラ、1000コル」
比企谷「……追いかけないようにするのはいくらだ?」
アルゴ「さあナ? 交渉次第じゃないカ?」
足元見やがって……。
アルゴ「儲かってんダロ、素直に払えヨ」
なんでこんなに偉そうなの? というかなんでかつ上げ気味に言ってくるんだよこいつは。
仕方ねえ、とりあえずつけまわしてる理由を聞いてみるか……。
比企谷「ほら、1000コル。早く言え」
アルゴ「……よし、いいダロ」
俺が金を渡すと、アルゴは答えを言った。
アルゴ「とある人物が、お前さんを定期的に見張ってほしいと頼んできたのサ。それも、結構な金額でネ」
比企谷「……誰だ? そんな物好きなマネする奴は」
アルゴ「別料金だヨ」
貴様……!!!
……あれ? ”定期的に見張る”? ただ定期的に見張るだけなら追いかけまわす必要無くないか?
こいつ、俺に金出させるためにワザと追ってきやがったのか……!
いいだろう、ここまできたなら払ってやる。払えばいいんだろ? 払うよ!
アルゴ「いくら出す?」
固定金額じゃなかった。
比企谷「ご、500コル」
アルゴ「……ケチなヤツ……。まあ、これで教えると決まった訳じゃないけどナ」
俺は、”どういうことだ?”と言おうと思ったが、また金を取られそうなのでやめた。
だが、アルゴは俺が聞くまでもなく説明し始めた。
アルゴ「お前さんが提示した金額を、俺っちの依頼主に教えた後、依頼主がそれ以上の金額を出せば教えナイ」
……なるほど。それじゃ500コル程度じゃ聞き出せるわけないか……。どうする? 今手持ちは7万そこそこだ。おそらく、こちらから値段を釣りあげれば余裕で情報をつかめるだろう。余計な出費はしたくないが、正体さえ掴んじまえばなんとでもなるしな。
アルゴは、メールを送っているようだ。もちろん依頼主当てだろう。
俺はメールが帰ってくるまでの間、こいつから情報を引き出そうとした。
比企谷「”鼠のアルゴ”よ、お前はなんで第一層攻略に参加しなかったんだ?」
俺がそう聞くと、アルゴは少し顔を曇らせてからこう答えた。
アルゴ「情報屋としての仕事は果たしたはずダヨ……オイラが参加しなきゃいけない理由はナイ」
……そう言いながらも、少し後悔しているようだった。
アルゴ「メ、メールが返ってきたヨ!」
アルゴはホッとしたようにそう言った。この話題を変えられると思ったんだろう。
だが、アルゴはメールを見た瞬間、首を横に傾けた。
比企谷「……どうした?」
アルゴ「……教えてもいいそうダ」
なんと。500コル程度で済むとは思わなかったぜ。……ずいぶん太っ腹な依頼主だな……?
比企谷「で、誰なんだ? 俺をつけ回すように言った依頼主の名前は?」
仕返しに、別の情報屋を雇ってつけ回させてやる。そう思った俺は、アルゴに答えを促した。だが、アルゴが言った人物は、俺のよく知っている奴だった。
アルゴ「”クライン”という名前ダ」
クラインは俺の安否を知りたいがために、わざわざ情報屋を雇い、安否確認させた。しかもアルゴが言うには、相当の金額を払ったらしい。それしか、俺の安否を確認する方法がなかったんだ。
……いや、ちょっと違うか?
いくらなんでもクラインがそんなことを思いつくとは思えんな。じゃあ、他に考えられることと言えば……。
ああ、キリトか。
キリトはアルゴと知り合いっぽいしな。クラインがキリトに相談し、キリトがアルゴを使うことを提案した。そんなところだろう。プロデュースバイ、キリト。余計なことをしてくれたもんだ。
アルゴは、雇い主の名前を言った後、俺にたずねた。
アルゴ「で、どうするんダ? 俺っちに後をつけられたくないナラ、依頼人より多く払って交渉するしかないゾ」
比企谷「いや……もう、いい」
俺は、その提案を断った。
俺が値段を上げれば、きっとクラインはそれ以上の値段を提示するだろう。そんな手間掛けることないさ。
……それに、アルゴが唯一の連絡手段になるかもしれないからな。
俺は、少し考えた後アルゴに確認した。
比企谷「お前の仕事は、俺の安否を定期的に確かめることだな?」
アルゴ「ああ、その通りダヨ」
比企谷「じゃあ、今日はもういいだろ? お前の目的は達せられたはずだ」
そういうとアルゴは、少し考えるそぶりを見せた後、こう言った。
アルゴ「まあナ。お前さんがどんな奴かもだいたいわかったし、今日のところは帰るサ」
正直、もう来なくていいんだけどな。一応、ダメ元で交渉してみることにした。
比企谷「なあ、俺がお前にメッセージを送るだけじゃダメなのか? 安否確認ならそれで充分だろ?」
アルゴ「駄目ダ。お前さんとメッセージのやり取りなんかしたくナイ」
なんてことを言うんだ。
そんなこと言われたの、中学校以来だぞ……。
俺が、とある女子にメール交換を頼んだ時に”えー、今携帯持ってないんだよねー”と思いっきり断られた。ちなみに、その女子は次の瞬間に隣のやつとアドレス交換していた。はあ、なんで当時の俺は交換できると思ったんだよ……。
アルゴ「それに依頼料が発生してるカラ、中途半端な仕事はできナイ」
まあ、それもそうか。
…………………
あの後、結局俺のヒゲの口止め料まで払う破目になった。……畜生、あいつと会ったのは一回だけなのに、なんで三回も情報料取られるんだよ……。さっさとスキル獲得しときゃよかった……いや、すぐ獲得しに行こう。
アルゴ、お前は俺の”絶対に許さないリスト”に入れておいてやる。いつかし返してやるぜ……。
フフフ、とひき笑いしながら、俺は街に入った。
俺は今、大して攻略に参加できていない。俺は、”隠れたβテスター”とより多くの情報を交換することに専念していた。正直、見つけるだけでも一苦労だ。
そうやって集めた攻略に必要な情報は、さまざまな情報屋を介して一般プレイヤーにも伝わることになっている。だから、もしかしたらアルゴも、俺が芝居を打ってることに気が付いてるかもしれない。
まあ、十中八九気が付いてるだろう。
だが、アイツがそれをばらす事はないはずだ。アイツもβテスターだから、俺が全員の標的となってる方が都合がいいしな。
一方、攻略組メンバーは、着々と攻略を進めている。
キリトは相変わらずソロらしいが、アスナはクラインのギルドにいるらしい。……風の噂だと、キリトはアスナを風林火山に押しつけて逃げたとか。あいつも、根っからのボッチプレイヤーなのか?
そしてキバオウは、攻略組のまとめ役になっているらしい。……アイツが、まとめ役? 面白い冗談だ。
まあ、だいたいそんな感じだ。俺は、俺に出来ることをやる。
それこそ、俺に出来ることなんざたいしてないけどな。
俺たちは、前に進み続けるしかないんだ。
そして、前に進みさえすれば、いつかゴールできる。
”努力すれば夢はきっと叶う”とか、”頑張った分だけ力になる”とかいう大層な奇麗事は嫌いだが、信じないわけじゃない。
俺たちは、絶対にこのデスゲームを終わらせるんだ。
この後、俺が情報を売った忍者に髭の事で逆恨みされることになるが、それは”別のお話”といったところだ。
……俺?
もちろん参加してるさ。攻略会議にも出てるし、迷宮の攻略もしてる。むしろ、全部のボス攻略に参加してる。”最悪で災厄の情報屋”としてな。
俺のポジションは、ちょいちょい攻略組にちょっかいを出しつつ、
比企谷「ハッハッハ、てめえらまだこんな所を攻略してんのかよ。この先のマッピングはもう俺が終わらせてんだよ、さっさと帰れ雑魚」
とかいう感じである。
……正直、最近皮肉のバリエーションが尽きてきてつらい。
前まで時折、俺の所に暗殺者が来ていたことがある。そいつらは俺の情報を狙ったり、単純に”悪い奴を殺しに来た”とかだったりさまざまな理由で来ている。俺ってマジ人気者じゃん?
まあ、今では俺を見つける事が出来るプレイヤー自体が少ないから、その心配はない。攻略情報と一緒に、嘘の俺の場所情報を流しているおかげで、居場所を特定されたことはない。
…………こいつ以外はな。
アルゴ「なーにブツブツ言ってんのサ。オネーサンが会いに来てやったってのニ」
なんで会いに来れるんだよ。俺の隠蔽スキル、仕事してる?
比企谷「毎日毎日、どうやって俺の場所を特定してるのか教えてくれませんかね?」
アルゴ「その情報は2000コルだヨ」
……はいはいどうせ金とるって知ってたよ。それに、どうせ払っても碌なこと聞けないって知ってるよ。
比企谷「クラインとは毎回攻略会議で会ってんだから、もういいだろ? お前も自分の仕事があるんだからそろそろその依頼断ったらどうだ?」
アルゴ「依頼が無くなるまで辞めるつもりはないヨ。それに、大した労力払ってないしナ」
比企谷「俺を見つけるのは大した労力にならないのかよ」
アルゴ「ヒッキーを見つけるのが大した労力? 何の冗談ダ?」
言ってくれるじゃねえか……。
でも正直、お前に見つからないようにするのは無理な気がしてきた。俺の情報屋としてのプライドが粉々になるレベル。むしろ、情報屋って名乗るのが恥ずかしくなるまである。
ちなみに、アルゴを”ヒッキー”と呼び始めたのは、もうだいぶ前からだ。どうせクラインの差し金だろう……。俺は深く突っ込まない。
比企谷「まあいい、今日も交換するんだろ?」
アルゴ「ああ、そのつもりだヨ」
交換、とはもちろん情報交換のことである。前までは金で売っていたが、どうせお互い情報を扱っているのでお互いの情報を交換することになったのだ。まあ、アルゴはまださっきみたいに下らない情報を売ろうとしてくるけどな。
そして、交換する情報はそれぞれの情報に相応しい物と決めている。初めに聞いた方が、後で見合った情報を与える。それがルールだ。そして、情報を与える順番を決めるのは、交代式でもランダムでもない。
俺は情報交換の後手を取るため、精神統一した。自分の精神を加速させ、相手の手の内を見抜く。そして精神状態が最高潮に達した時、俺は構えながらこう叫んだ。
比企谷「じゃーんけーん!」
アルゴ「ホイ」
俺の手はパー。……アルゴはチョキだった。
畜生、これで4勝32敗だ……。なんでこいつこんなにジャンケン強いんだよ。つーか俺が弱いのか?
比企谷「ジャンケンスキルとかあるんだったら、早めに言っとけよ? それじゃあ不公平になるからな」
アルゴ「そんなものあるわけないダロ! お前さんが弱すぎるだけダヨ!」
やっぱり俺が弱いのか……。
まあいいさ、俺にはとっておきの情報がある。この情報なら先手でも十分有利なはずだ。
その情報とは、”死者蘇生アイテムの存在”である。
茅場は、このSAO内部での死者蘇生アイテムは機能しないと言った。だが、このアイテムの情報はNPCから直接聞いたものだ。本当にこのアイテムが存在するなら、SAO唯一の蘇生アイテムとなるだろう。
俺は、自信満々にその情報をアルゴに教えた。……だが、
アルゴ「その情報、もう知ってるからノーカウントだヨ」
……なんてこった。
アルゴ「ついでに、そのアイテムが手に入るクエストと日時も知ってるヨ」
………………あれ? どうしよう俺より詳しい。
アルゴ「ってことはまた一つ貸しだネ。もう6回分貸しがあるケド、いつ返してくれるんダァ?」
比企谷「…………もう少し待ってください」
俺は、できる限り綺麗に土下座した。
………………
現在SAOでは、攻略に参加するグループと、参加しないグループで綺麗に分かれている。攻略に参加するなら出来る限り情報を与え、参加しないならば危険なクエストを取らない、といった具合だ。
来るものは拒まず、去る者は追わず。それが攻略組の理念となっている。
もちろん、足手まといになるような連中はレベルが安定するまで攻略に参加させない。俺が知ってる中では、”月夜の黒猫団”とかいうギルドが、育成組だったはずだ。キリトが命を救った連中らしいが、”命が危険になるような事をしてる時点で野良にしとくのは危ない”という理由で攻略組に入れたらしい。
このスタンスがずっと続いてるおかげで、攻略スピードも速く、SAO全体の犠牲者も少ない。
……だが、だからと言って”死者蘇生アイテム”が必要とされない訳じゃない。
”情報不足の奴は無理なクエストをとるな”といくら言っても、やるやつは結構いる。その流れで、当然犠牲者が出る事はある。それに、SAOが始まってからの総合的な犠牲者でいえばとてつもない数であることに変わりはない。
情報によれば、蘇生アイテムは1つ。
そして、生き返せる人数も1人だ。
だから、俺はその蘇生アイテムを取りに行く。
このクエストの存在が広まれば、他のプレイヤーを殺してでも取ろうとするやつが出てもおかしくない。だから、俺がアイテムをゲットして使う。そうすれば、恨みを買うのは俺だけで済むはずだ。
アルゴ「……何を考えてるんダ? ヒッキー?」
比企谷「……さあな」
とんでもなく、最悪なことさ。
クエスト出現時間まであと数日ある。それまでに、もっと攻略が進むだろう。
……その時まで、絶対に死者が出ないようにしないとな。
お前ら、ゲームの中でどうやって恋人を作ったんだよ。出会い厨か? 出会い厨なのか?
俺は健全なプレイヤーだからそんなことしねえよ? お前らもっとオンラインゲームのマナーをわきまえろよ。それに、いつか現実に戻ったらどうせ疎遠になっちまうんだ。今こんなことしたって全部無駄なんだよ無駄無駄無駄ァ! そうだ、こいつらに現実を見させるために早くこのSAOをクリアするべきだ、そうすべきなんだ……。
アルゴ「なァ、いつもに増して目が腐ってないカ? 目薬と同じ効果のアイテム、売ってやってもいいゾ?」
俺がベンチに座ってリア充に呪いをかけていると、突然誰かが声を掛けてきた。というかこの口調は間違いなくアルゴだ。いつの間に後ろにいたんだ?
比企谷「うるせえ、俺の目はこれがデフォルトなんだよ」
アルゴ「なんダ、いつも通りの腐り具合だったカァ……」
比企谷「なんでこんな日まで馬鹿にされなきゃなんないの? 俺のライフはとっくにゼロなんだよ。オーバーキルはMPが勿体ないだろうが」
アルゴ「魅せプレイのためのオーバーキルなら、多少のMP消費は構わないダロ?」
……誰に魅せるんだよ。
比企谷「それより、何しに来たんだ? 今日の情報交換はもうやったはずだぞ」
アルゴ「今日のクエストの事で、ちょっとネ」
比企谷「…………ああ」
今日は数日前から分かっていた、”蘇生アイテム”が報酬となるクエストがある。
運のいい事に、数日前から今日まで攻略組で死者は出ていない。本当に、大した奴らだよ。
だから、俺は今日あのアイテムを手に入れる。そして俺が使い、すべての妬み恨みを”災厄の情報屋”に向けるんだ。
アルゴ「まさかとは思うケド、1人で行く気じゃないだろうナ?」
……それを聞きに来たのか? お前も心配性な奴だな。いや、こいつが俺の事を心配するはずないし、興味本位ってところかもしれんな。
比企谷「んな訳ねえだろ。……周囲を索敵してみろよ。俺をつけてる奴が10人以上いるから」
アルゴ「……そうみたいだナァ。ワザとつけさせたのかヨ?」
比企谷「ワザとじゃなくてつけてこられるのはお前しかいねえよ」
マジで、なんでつけてこられるんですかね……。
蘇生アイテムが報酬のクエストが、1人でクリアできる難易度だとは思ってない。だから、このクエストを嗅ぎつけた奴らを釣って協力させることにした。それにどうやら、クエストの場所と日時を把握してるのは俺とアルゴだけらしい。
俺をつけてる連中は、”最悪で災厄の情報屋”なら知ってると思っているようだ。だから俺は昨日から、自分の場所を隠していない。……このためにな。
こいつらにクエストを協力させて、ラストアタック・ボーナスだけ俺が頂く。それがシナリオだ。
いつかの、ディアベルのように。
アルゴ「それにしても、ヒッキーに生き返らせたい奴なんているのカァ? 一層以来、知り合いで死者は出てないんダロ?」
比企谷「ああ、出てない」
一層以来、な。
アルゴ「……もしかして、お前さんの生き返したい奴は……」
比企谷「さて、そろそろ時間だな」
俺は、その質問に答えずに立ち上がった。答える気は、ない。
アルゴ「……オレっちも手伝ってやろうカ? もちろん、報酬はコルでもらうけどナ」
……こいつがこんなこと言うとは珍しい。というか、俺が知る中では初めてなんじゃないか?
ま、断るけどな。
比企谷「いらん、余計な出費はしない主義なんだよ」
アルゴ「オイラに無駄に口止め料払いまくってるヒッキーが言っていいセリフじゃないナァ」
比企谷「俺の個人情報を売り物にするお前が悪いんだろうが……」
それに、アルゴにはすでに頼みごとをしてあるしな。”風林火山には俺がこのクエストに挑戦する事を言わない”という、無理な口止めを頼んである。本来の情報屋アルゴなら、金さえ出せばどんな情報でも売る。だが、この情報だけは漏らさないと約束してくれた。それだけで、十分だ。
俺の私用で風林火山を危険に合わす気はない。それに、風林火山メンバーはだれも死んでないし、必要ないはずだ。クラインならきっと危険を顧みず俺に協力してくれるだろう。だが、再び俺が恨まれるような所を見せるのは忍びない。
俺は周りを見回して、聞き取りやすい大きな声で出発の意を発した。
比企谷「それじゃあ、いっちょいってくるかあ!」
アルゴ「…………」
……………………
数分後俺は、大きなモミの木の前についた。クリスマスの飾りつけがしてあるから、クリスマスツリーと呼んだ方がいいもしれない。
ここが、目的の場所だ。
そう、ここで蘇生アイテムが手に入るんだ。
俺は大きく深呼吸した後、大声で言った。
比企谷「いつまでも大勢で隠れてんじゃねえよ、雑魚共が! 昨日からずっとバレバレなんだよ。そのお粗末な隠蔽止めて出てきやがれ!」
…………こんなもんだろ。
すると俺の後ろの木陰から、出るわ出るわで15人。よくもこんなについてきたもんだな。
そして誰かはわからないが、こうつぶやいた。
「気づいてたのかよ……」
当たり前だ。逆に、なんで気づかれないと思ったんだよ。
そいつらは仲間に合図を送っていたようで、後からまた20人ほど増えた。……合計35人か。
比企谷「どいつもこいつも、攻略で見る顔ばかりだな。てめえら揃いも揃ってクエストの場所さえ掴めなかったのかよ」
俺がそう言うと、全員ばつの悪そうな顔をして俯いた。よし、この調子なら俺の想定通りに動かせるかもしれん。
全員、攻略組だった。それぞれ、いろんなギルドから来ているようだ。
「あなたについていければ、場所が分かると想定していたんですよ。だから、私たちは場所を探す必要がなかった」
そんな生意気な事を言ったのは、攻略組のギルドの1つ、聖龍連合の団員だ。なかなか言うじゃねえか。まあ、もし俺がついてこさせなかったらどうしたのか、という疑問は置いといてな。
比企谷「ふん、てめえらも例の報酬目的できてんだろ? ならここで争って死人を出すことの無意味さも、当然わかってんだろうな?」
聖龍団員「ええ、もちろんです」
比企谷「だったら、とりあえず全員でクエストに挑んで、アイテムは取ったもん勝ちでいいだろ?」
聖龍団員「……それで構いませんよ。我々が一番恐れているのは、”最悪で災厄”と呼ばれる貴方に、抜け駆けされることですからね」
随分と、俺のことを評価してるじゃねえか。まあ、そのおかげて予定通り事を運べそうだ。
そんなやり取りをしていると、モミの木の上から鈴の音が聞こえてきた。
……どうやら、お出ましのようだぜ。
この戦いは、もはやただのクエストではない。クリスマス中止をかけた命がけの戦争なんだ。毎年毎年よくも絶望を届けてくれたな、サンタクロースよ。やっと引導を渡す時が来たんだ、俺はうれしいぜ……!
お前の赤服を、さらに真っ赤に染め上げてやろうじゃないか。
そいつが現れた瞬間、ほぼ全員が息をのんだ。そのサンタクロースのHPが、フロアボスのように4段階表示になったからだ。
まず、1人では絶対に無理だっただろう。
だが、ここには攻略組の前線部隊が35人もいる。余裕のはずだ。
……さあ、誰がこいつらを指揮するんだ?
俺がラストアタックボーナスを横取りするにしても、まずはHPを削らなきゃ話にならんぞ。
聖竜団員「とりあえずは、我々が主体でよろしいですか?」
全員が様子を窺っていると、聖竜連合の奴がこう提案してきた。
まあ、それで構わないさ。俺に指揮を丸投げされるかも知れんと思ったが、その心配はなかったようだ。こいつらからしてみても、俺に出し抜かれたくないなら自分で指揮を執るのが一番だろう。
俺以外のやつらも、そいつの言葉に異議を唱えない。
聖竜団員「では、行きましょう」
その掛け声とともに、血みどろの聖戦が幕を開けた。
……………………
……過程? そんなものは、ばっさりカットだ。
生憎、俺はキリトみたいな魅せプレイが得意じゃないんでな。
あのサンタクロースのHPバーは残り1本。ここまでの犠牲者は、当然ゼロ。
俺達は、フロアボスと戦うときのように慎重になって攻撃した。よくいえばヒットアンドアウェイの頭脳戦法。悪く言えば芋プレイだ。実に、地味である。
HPバーこそ4本あったが、このサンタクロースはフロアボスほどの強さはないようだ。このクエストを作ったやつも、こんな大勢で攻略にかかると思ってなかったんだろうな。
さて、そろそろ俺は動き出そうじゃないか。”最悪で災厄な情報屋”として。
ラストアタック・ボーナスを取りにな。
俺の作戦は、第一層でやった時とほぼ同じだ。
隠蔽スキルで後ろに回り込み、気づかれないように突撃する。あの時と違うのは、とどめをさすのがキリトじゃなくて俺って所だな。
……そう思って前に出ようとした瞬間、聖竜連合の連中が6人ほど、俺を取り囲んだ。
聖竜団員「抜け駆けは、させませんよ?」
比企谷「…………」
おいおい、いくらアイテムを手に入れたいからって、そんなにあからさまに止めに来ちゃだめだろうが……。一応ルールを守った上で取らねえと、蟠りは無くならねえぞ? まあ、俺相手なら問題ないって事だろうけどよ。
ま、こうなるとは予想してなかった訳じゃない。こいつらも馬鹿じゃないからな。聖竜連合が指揮をとると言ったのも、俺の動きを制限するためだろう。
……でも、予想よりも随分と甘いんじゃないか?
6人程度で俺を見張れると思ったのかよ。俺の影の薄さを舐めたことが、てめえらの敗因だ。
俺を囲んで安心したのか、他のプレイヤーはラストスパートをかけに行った。
だが、
「……!? あれ? 消えた!?」
「な、さっきまで確かにそこにいたのに!?」
聖竜団員「!? な、何をしているんですか! ……情報屋はどこに!?」
……残念、情報屋はもう赤服のおっさんの後ろです。
もちろん消えたわけじゃない。
俺へのターゲットを無理やりはずしただけだ。あいつらからみれば、ターゲットが急にいなくなったように見えるだろう。
これは、隠蔽スキルを上げるとできるようになるヘイト避けの小技みたいなもんだ。俺が誰かを巻くときはだいたいこれを使って逃げてんのさ。これで見失わない奴はどっかのネズミくらいなもんだな。
比企谷「言ったろ? お前らの隠蔽はお粗末だってな」
俺ほど隠蔽に特化してるやつは、そうそういない。
「ま、まて!」
誰かが叫んだ制止の声を無視して、俺は瀕死になったサンタクロースの背中に走りこんだ。
それは第一層でやった攻撃と同じ、首筋への直撃。
そいつは呻き声を上げながら此方を向いたが、俺は短剣を刺し続けた。
その攻撃でピッタリそいつのHPはゼロとなったらしい。
サンタクロースはまぶしい光のエフェクトを発しながら、消滅した。
……どうやら、今年のクリスマスは無事に中止となったようだ。
…………………………
”You got a last attack bonus!”
俺の目の前に、このメッセージが表示された。
俺は、やり遂げることができたんだ……。
手に入れたアイテムは、片手サイズの大きさの球体だった。
見れば、まさにレアアイテムといった外形をしている。
……これで、ディアベルを生き返すことができるんだな。
周りが結構騒がしいが、今の俺の耳には全く入ってこない。
俺は急いで、入手したアイテムの使用方法を確認した。
…………あれ? なんだ?
疲れすぎて、目が悪くなっちまったのか……?
アルゴから目薬買っときゃよかったかもな。
俺は目をこすり、もう一度説明文を見た。
しかしその説明文は、さっき見た文章と全く変わらなかった。
”対象が死亡してから、10秒以内に使用”
10秒、以内?
10秒以内ってどういう意味だ?
ディアベルが死んでから、何秒たったと思ってんだよ……?
このゲームが始まった時、萱場は言った。
”今後一切ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない”
俺はこのアイテム情報を見つけた時こう思った。
”なんだ、あのセリフはただの脅しだったのか”
だが、実際はそうじゃなかった。
このアイテム自体が、”完全な蘇生アイテム”を否定する絶望だったんだ。
このアイテムが、このSAOでの唯一最高の蘇生アイテム。そして、これ以上のものは存在しないのだろう。
このアイテムは、あのセリフを裏付けるものだったんだ。
……10秒以内で、誰を生き返せって言うんだよ。
「……さん、情報屋さん!」
誰かに、呼ばれた気がした。
聖竜団員「情報屋さん! 聞いていますか!?」
なんだお前かよ。今忙しいんだ、後にしてくれ。
つーか”情報屋さん”って呼び方何とかなんねえのかよ。
聖竜団員「情報屋さん、そのアイテム使わないのなら、どうかお譲りして頂けないでしょうか。 お願いします! 自分たちに払える代償なら、払います!」
さっきまで俺をハブにしてくれた癖に、ひどい手のひら返しじゃねえか。
使わないんじゃなくて、使えないんだよタコ野郎。
聖竜団員「どうしても、生き返したい人がいるんです! どうか、お願いします!」
おいおい、土下座は俺の十八番だろうが。勝手にやってんじゃねえよ。
こんなアイテム、要らねえからくれてやる。
比企谷「…………! いや、駄目だ」
……あれ、今俺は何て言った?
こんなもん使えないんだからくれてやればいいじゃねえか。
聖竜「ならば、なぜ使わないんですか!?」
…………あ、そうか。
こいつらはこの絶望にまだ気づいちゃいないんだ。
まだ、このSAOに蘇生アイテムが存在するという希望を捨ててない。
そりゃそうか、このアイテムがそのもののはずだしな。
・・・・・・じゃあ、このアイテムが10秒しか使えないものと知ったら、こいつらはどう思うんだろうか。
俺のように、絶望するんじゃないか?
生き返す可能性があると信じていたのに、それをあっさりと否定される。そうなればやがて、このSAOに蘇生アイテムなんか存在しないってことに気がついちまうだろう。
こいつらは攻略組だ。こんなところで絶望されちゃ困る。
……そうか、俺がこう言えばいいんだよ。
”このアイテムを譲れだって? 馬鹿かお前ら。このレアアイテムは俺のもんだ、使わねえけどお前らになんかやらねえよ。最大まで値段が釣り上がるまで俺が持っておくさ”
これでいい。
これでこいつらはこのアイテムの効果を知ることができないから、絶望しなくて済む。俺が使わずに持っている限り、あいつらはこれが完璧な蘇生アイテムと思い込むはずだ。
そうすりゃ、蘇生アイテムへの希望を捨てずに済むかもしれない。
ここ以外でも、また蘇生アイテムが出現するかもしれないという希望を。
こんなことを言えば今度こそ、俺の命を奪いに来るかもしれない。だが、ここで絶望させるよりはそのほうがずっといいんじゃないか?
問題の解決にはなってないが、問題の引き延ばしにはなる。
俺が生きてる限りのな。
どうせ”最悪で災厄”と呼ばれてるんだ。いまさら更に嫌われようが、問題ないじゃないか。
嫌われるならいっそ、とことん最悪でいようじゃないか。
俺は、意を決して口を開いた。
比企谷「このアイテムは……」
「”対象のプレイヤーがゲームオーバーになった時(10秒以内)、このアイテムを使用する”」
比企谷「……!?」
俺のすぐ後ろで、誰かが大きな声でそう言った。
というかこの声は、
アルゴ「……だってサァ。お前さん達、10秒以内に生き返したい奴なんているのカァ?」
アルゴだった。
なぜそんな事を言った?
いや、なんでお前がここに?
俺が今から言おうとした事を、突然現れたアルゴが台無しにした。
こいつは、アイテムの内容を全部喋っちまった。こんなスタンドプレイ、お前のキャラじゃないだろ?
……これじゃあ、希望もくそもないじゃねえか。
俺はアルゴに文句を言うべく、後ろを向いた。
って顔ちけえ! あ、そうかアイテムの説明文読んでたんだから当たり前か。
アルゴ「…………」
…………なにか、言えよ。
アルゴは俺の目をじっと見続けるだけで、何も言わない。
やめてくれ、そんなに真っすぐ見られんのは得意じゃないんだ。俺の目が余計腐ったらどうする。
聖竜団員「10秒、以内……?」
少し間が空いたが、アルゴのセリフにやっと反応を示した。
そいつの言葉に呼応して、周りの参加者もどよめき始める。……これで、こいつらも絶望の仲間入りってわけか。
アルゴ、お前は何しに来たんだ。
わざわざそんな事を言うために来たってのか?
一体、なんで……?
比企谷「……なんで、お前がそれを言うんだ?」
アルゴは、まっすぐな目で此方を見続けている。
アルゴ「そりゃ、ヒッキーが言わないと思ったからだヨ」
…………なんでそんなことわかるんだよ。
いくら情報屋でも、俺の行動パターンまで把握してんのはおかしいだろうが。何お前、ストーカーなの? 俺の趣向全部知ってんの?
つーか、知ってたなら尚更なんで言ったんだよ。
アルゴ「お前さんが全部背負い込まなきゃダメなホド、攻略組はヤワじゃないサ」
アルゴ「ヒッキーが一層でやったことは必要だったのかもしれないケド、なんでもかんでも面倒なきゃいけない理由はどこにもないんダ」
アルゴは、凛としてそう言い放った。
……お前、やっぱり俺が一層でやったことの意味、知ってたんだな。
知ってて、俺がまたやらかさない様に見に来たのか? ずいぶん暇な奴だな……。もしかしたら同じ情報屋だからこそ、俺のやろうとした事がわかったのかもしれない。
……だが、俺は少し自分を安売りし過ぎたのかな。
実際安いけどよ。
売り時は、今じゃなかったらしい。
アルゴ「……もしこれ以上何かを背負い込みたいのナラ、もっと別のことにしてくれないカ?」
比企谷「別のことって、なんだよ……?」
そんなものがあるのか?
アルゴ「さあナァ。ま、もっと自分の周りに目を向けるがいいサ」
アルゴは、教えてくれなかった。
……………………
聖竜団員「……我々は、お先に失礼させていただきます。そのアイテム、無駄にしないでくださいね?」
しばらくした後、聖竜連合含む攻略組は順に帰って行った。
やはり、全員蘇生アイテムの有無について、完全に見切りをつけたのだろう。一人一人の顔に、絶望の2文字が張り付いていた。
だが、その中の一人が去り際にこう言ったんだ。
「また、攻略会議で会おう」、と。
……強いな。
アルゴ、お前の言う通りだったよ。こいつ等はヤワじゃない。
やっぱり、俺がやってる事なんかたいして重要なことじゃないんだな。
ずいぶんと頼りになるじゃないか。
攻略組が去った後、クリスマスツリーの下に俺とアルゴだけが残された。もし現実なら、俺と小町2人だったかもしれんな。いや、小町は友達とクリスマス会とかありそうだし、やっぱ俺ボッチか? うん、そっちのほうが現実的だ。
アルゴ「こんな形で、クリスマスを迎えるとは思いもよらなかったヨ」
俺がぼーっとツリーを眺めていると、隣でアルゴがそんなことをつぶやいた。
比企谷「ネットゲーマーなら本望なんじゃないのか?」
アルゴ「ま、そうかもしれないナァ……」
アルゴは、クスクスと笑いながらそう答えた。なんだか、今までずっと肩を張ってた俺が馬鹿みたいだぜ。俺は、少しだけ心を休めていいのかもしれんな。
もうすぐ日付が変わる。
ああいっそ、渡しちまってもいいかもしれない。
日が、変わる前にな。
比企谷「……アルゴ、このアイテムお前にやるよ」
俺は、手に持った即席蘇生アイテムを差し出しす。
比企谷「俺が持ってても、イザという時までとっといちまうかもしれないからな。目の前で人が死んでも使わないかもしれん」
正直、俺にこれを使う勇気はない。”あの時使わなければ……”とか後悔したくないからな。
アルゴ「……それで6回分の貸しを帳消しにしようってのカァ?」
比企谷「そうしてくれるならそれでもいいぞ」
アルゴ「……タダなのかヨ?」
比企谷「……」
俺は、沈黙で答える。答えは沈黙。
アルゴ「なら、貰えるもんは貰っとくサ。貸しは別で返してもらうって事でいいんだナ?」
比企谷「ああ、それでいいさ」
お前になら、一回くらい気まぐれで掛け値なしの善意を見せても、誰にもバレないだろうしな。
俺がそう言った辺りで、日付変更を伝える鐘が鳴った。
ゴーンと響く除夜の鐘のような音色は、なんだか空気を落ち着かせるような、そんな感じがする。
鈴の音もサンタクロースもいないが、こんなクリスマスも悪くないのかもしれない。
比企谷「……さっさとクリアして現実の空気を吸いたいもんだ。こんなに現実じみたゲームに長居しちまうと、戻った時の感動が薄くなっちまうかもしれん」
アルゴ「ヒヒ、まったくだナ」
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507: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:47:34.53 ID:jKAY7paro
俺達は、第一層のフロアボスを倒した。
SAO開始1カ月にして、とうとう最初の階が突破されたのだ。
ボスを撃破した瞬間から、攻略組は大歓声を上げていた。それほどに、この勝利は大きいのだ。この勝利は、SAOの世界に閉じ込められた全員にとっての希望となるだろう。そして、この強力な敵を倒したことにより、大きな自信をつけることができたはずだ。
攻略組はこう思うはずだ。”いつか絶対にこのゲームをクリアしてやる!”と。
SAOの生き残りは思うはずだ。”いつか現実に戻れるかもしれない!”と。
だから、俺もこの勝利を喜ぶべきなんだ。
508: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:48:27.72 ID:jKAY7paro
…………喜べるわけ、ねえだろ。
今まで俺達攻略組を引っ張ってきた、ディアベルは死んだ。
あいつは、今までずっとこの攻略組をまとめてきたんだ。なんで、あいつが死ななければいけなかったんだよ。
ディアベルは、人々の希望となるための攻略を初めて本格的にやった英雄だ。なんで、こんなやつが死ぬんだよ。ディアベル、お前はもっと人の希望となるべきだろ? お前は、そういう奴じゃないのかよ。俺がいくら努力しようが全くかなわない、俺が持っていないようなものをたくさん持っているやつだったじゃねえか。
ディアベルは、なぜ1人で先を急いだんだ。
509: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:48:59.81 ID:jKAY7paro
そういえば、キリトはディアベルが死ぬ直前、何か叫んでいた。ええっと確か、
”駄目だ、全力で後ろに跳べ”
…………。
もしかして、キリトはボスがなんの武器を使っているか知っていた?
……知ってて、言わなかったのか?
510: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:49:29.48 ID:jKAY7paro
いや、冷静に考えろよ俺。
あの状況で叫んだってことは、予想できなかったからだろうが。使っている武器がなんだったかを知っていただけで、ボスがそれを使うとは予想していなかったのだろう。
それに結局、ディアベルが死んじまった事実は変わらないんだ。
……だが、なんでお前らは、そんなに喜べるんだ? お前らを今まで引っ張ってきたのは、誰だと思ってんだよ。
アスナ「お疲れ様」
……ビックリした。いつの間に後ろにいたんだ。
511: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:50:29.88 ID:jKAY7paro
アスナは、同じチームの3人に声をかけた。まだ、俺を含めて3人とも疲れきった顔で座り込んでいる。
エギル「見事な連携だった。コングラチュレイション! この勝利は、あんた達のものだ!」
続けて、エギルもそう言った。……その”あんた達”の中に、ディアベルは含まれていないようだった。
クライン「ああ、お疲れ!」
クラインは、笑って答えた。
それを聞いていたのか、周りにいた連中が拍手をしだした。俺達の活躍を称えているらしい。
お前らも、なんでこんなに笑えるんだよ。……いや、俺が卑屈なだけか?
まあ、わざわざクリア後に蒸し返すことが良いことなわけないしな……。
512: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:51:17.79 ID:jKAY7paro
「…………なんでや!」
俺が無理に納得しようとした瞬間、誰かがそう叫んだ。……キバオウだ。
キバオウ「なんでディアベルはんは、死ななあかんかったんや!」
キバオウは、俺が思っていたことを、代弁した。
いや、そう思っていた奴はもっと多いかもしれない。今思えば、この勝利に水を差さないように、あえて口に出さなかっただけかもしれない……。
513: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:51:54.91 ID:jKAY7paro
キバオウ「なんで、自分、ディアベルはんを見殺しにしたんや……」
キバオウは、キリトに向かってそう言った。……さっきのキリトのセリフを、こいつも聞いていたらしい。
キリト「見殺し……?」
キバオウ「そうやろが!! 自分はボスの使う技知っとったやないか! 最初っからあの情報伝え取ったら、ディアベルはんは死なずにすんだんや!」
キバオウは涙ながらに、そう叫んだ。
いや、それは違うぞキバオウ。
俺は、さっき自分が考え直したことを、説明しようとした。
だが、その時。
514: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:52:33.96 ID:jKAY7paro
「きっとあいつ、元βテスターだ! だからボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ! 知ってて隠してたんだ!」
フロアにいる一人が、そう言った。
「他にもいるんだろ!? βテスター共、出てこいよ!!」
攻略組全体が、ざわつき始めた。
そして、その言葉を聞いた奴の数人が、同じようにβテスターを責めはじめたのだ。
515: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:53:01.74 ID:jKAY7paro
「あのβテスターの情報屋も、わざと偽情報を流していたんだ!」
……そんなことして何の意味があるんだよ。
「βテスターが全部情報を明け渡していれば、今までだって死なずに済んだ人は大勢いる!」
……お前、昨日の俺の話聞いてたのか?
いや、もしかしたら俺の話をまじめに聞いてたやつなんて、キバオウとエギルくらいかもしれない。昨日のも、ただ仲裁に入った程度の認識しかなかったんだろうか。
やっぱり、俺が何を言ったところで、聞く奴なんかほとんどいないじゃないか。
516: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:53:49.73 ID:jKAY7paro
そいつらはもはや、キリトだけでなく”βテスター全員”を責めていた。
だがそれは、ディアベルの死を認められない奴がいるということだ。
こいつらは、何かを責めずにはいられないんだろう。……そしてそれは、俺が何を言っても無駄なんだ。こいつらは、責める相手を求めているんだ。
キリトの方を見ると、拳をギュッと握りしめているようだった。
クラインは、困惑した表情で黙っている。
517: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:54:17.34 ID:jKAY7paro
俺が口八丁で説明すれば、きっと騒ぎは収まるだろう。
……だが、それに何の意味がある?
この先、SAOクリアにはβテスターとの協力は不可欠だ。しかし、この調子ではいつ再び内部崩壊が起こってもおかしくない。それは、俺がここで庇ったとしても、だ。
こいつらはこのデスゲームの元凶である茅場という、目に見えない敵でなく、目に見える奴らを責めている。こいつらの中から、”βテスターが悪者”という認識は、消えないかもしれない。
518: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:54:57.31 ID:jKAY7paro
βテスターと、一般プレイヤーに違いはない。
両者とも、無理やり茅場に集められた被害者なんだ。
だからこそ、全員で協力しなきゃ駄目なんだよ。
キリト、お前のような奴がゲーム攻略に必要だ。
……俺は、それをこいつらにわからせなきゃならない。
519: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/03(木) 12:55:31.19 ID:jKAY7paro
「はは、あっはははははははははは!」
俺は、フロア全体に聞こえるように、高笑いした。
聞いた全員が、一発で不快になるような笑い方をした。
544: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:42:51.42 ID:lJu7f7ZYo
中学の頃の話だ。
俺のクラスに、仲の悪い同士の二人がいた。俺の話じゃないぜ? 俺の場合、そもそも”仲”すらないからな。
その二人はいつも反発していて、いつだったかとうとう殴り合いの喧嘩にまで発展したのだ。そいつらは職員室に呼び出され、教師からきつく説教を受けたらしい。するとどういうことか、そいつらの仲は悪くなくなった。
それは決して、教師の説教が効いたとか、改心したとかいう理由ではない。
そいつらが教室に戻ってきたとき、2人とも自分たちを説教した教師の悪口を言っていたのだ。悪口という共通の話題と理念は、今までの不仲を解消するかのように、2人の仲を良くさせた。
結論。
仲の悪い者同士を協力させるにはどうしたらいいか?
それは、共通の敵をつくればいい。
545: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:43:34.69 ID:lJu7f7ZYo
俺はフロア全体に聞こえるように笑い声をあげた。
それはまるで、フロア中にいる奴全員を嘲笑っているように見えたことだろう。
俺はひとしきり笑うと、困惑する連中に対し、こう言い放った。
比企谷「フフ、まったくてめえらは、どこに行ってもマヌケばかりだな」
……突然の言葉に誰も答えない。
546: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:44:26.73 ID:lJu7f7ZYo
だから俺は、わかりやすいようにこう続けた。
比企谷「てめえらのマヌケさ加減には、流石の俺でも笑っちまうレベルだよ」
キバオウ「……どういう意味や?」
俺の言葉に、キバオウが反応した。そう、お前なら乗ってくれると思ってたぜ。
俺は今からお前らの共通の敵になる。キバオウ、お前がその主軸になるんだ。
比企谷「わかんねえのか? てめえらが雑魚だから、こんなに手間取ったって言ってんだよ。このボス相手に普通、死者が出るか? 情報不足? 馬鹿じゃねえの?」
比企谷「単純に、てめえらが雑魚だったから死んだだけだろうが」
キバオウ「な、なんやと!?」
比企谷「てめえらのマヌケさ加減には、流石の俺でも笑っちまうレベルだよ」
キバオウ「……どういう意味や?」
俺の言葉に、キバオウが反応した。そう、お前なら乗ってくれると思ってたぜ。
俺は今からお前らの共通の敵になる。キバオウ、お前がその主軸になるんだ。
比企谷「わかんねえのか? てめえらが雑魚だから、こんなに手間取ったって言ってんだよ。このボス相手に普通、死者が出るか? 情報不足? 馬鹿じゃねえの?」
比企谷「単純に、てめえらが雑魚だったから死んだだけだろうが」
キバオウ「な、なんやと!?」
547: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:45:09.38 ID:lJu7f7ZYo
俺がそういうと、周りが一気にざわついた。まだ、俺が何を言ってるのか測りかねている奴がいるらしい。俺はそいつら全員まとめて敵にすべく、最悪の一言を言うことにした。
比企谷「その通りだろ。死んじまったディアベルも、ただ雑魚だったから死んだって言ってんだよ」
比企谷「情報云々なんか以前の問題だ。あの攻撃すらかわせないお前らが、情報が足りなかったとか言うのを見ると反吐が出るぜ」
キバオウ「……! よくも、ディアベルはんの事を……!!!」
いいぞ、その調子だ。言っている俺ですらこんなにムカついてるんだ。お前らも、もっとなんか言ったらどうだ?
548: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:45:52.54 ID:lJu7f7ZYo
比企谷「しかしディアベルのやつも馬鹿だよなぁ……。なんでこんな連中と一緒にやって敵が倒せると思ったんだ? ボスの攻撃パターンが違ったくらいで怖気づくようなやつらなのによ!」
「…………!」
「………………くそっ」
俺の言葉に、誰も言い返せない。実際は俺も怖気づいてたが、こいつらにとってはたんなる事実でしかない。人は、図星を突かれることに対しどうしても嫌悪するんだ。
キバオウ「自分、何が言いたいんや…………!」
比企谷「簡単なことさ。てめえらじゃ、一生かかってもこのデスゲームをクリアすることなんかできないって言ってんだよ」
俺は、高笑いしながらそう言った。
549: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:46:32.34 ID:lJu7f7ZYo
すると、とうとう周りにいたやつらも口々に言い返し始めた。
「何だと……」
「ふざけんじゃねえ! お前に何がわかるってんだ!」
「いい加減なこと言ってんじゃねえよ!」
比企谷「いい加減なこと言ってんのははたしてどっちかな? ボスの武器が情報と違うものだってことくらい、一般プレイヤーの俺にだって一目で気づいたんだ。敵の攻撃が情報と違った?」
比企谷「バーカ、武器が違うなら攻撃も違うにきまってんだろ。そんなこともわからない雑魚共が、どうやってゲームをクリアすんだよ!」
「くっ………!」
キバオウ「な、なん………」
キリト「…………」
ここでキリトも俺に何か言ってくれたら完璧なんだがな。まあ、そんなこと考えなくても俺のイメージはもう最悪か。人と仲良くなるのはあんなに難しいのに、嫌われるのはなんでこんなに簡単なんだろうな……。
「何だと……」
「ふざけんじゃねえ! お前に何がわかるってんだ!」
「いい加減なこと言ってんじゃねえよ!」
比企谷「いい加減なこと言ってんのははたしてどっちかな? ボスの武器が情報と違うものだってことくらい、一般プレイヤーの俺にだって一目で気づいたんだ。敵の攻撃が情報と違った?」
比企谷「バーカ、武器が違うなら攻撃も違うにきまってんだろ。そんなこともわからない雑魚共が、どうやってゲームをクリアすんだよ!」
「くっ………!」
キバオウ「な、なん………」
キリト「…………」
ここでキリトも俺に何か言ってくれたら完璧なんだがな。まあ、そんなこと考えなくても俺のイメージはもう最悪か。人と仲良くなるのはあんなに難しいのに、嫌われるのはなんでこんなに簡単なんだろうな……。
550: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:47:11.93 ID:lJu7f7ZYo
キバオウ「自分、ちょお黙りや! ワイらは、絶対にこのクソゲームをクリアしたる! あんさんの言うとおりにはならん!」
比企谷「フフ、そうかよ。せいぜい頑張って無駄死にでもしてろよ。俺は一層に戻ることにするぜ」
そう言うと俺は、転移門の方を向いた。
比企谷「情報屋らしく、てめえらのマヌケさ加減を”みんな”に伝えなきゃなんねえからなぁ! このゲームをクリアすることが、どんなに無理なことかをしっかりと伝えに行ってやるよ!」
キバオウ「なんやと……!」
比企谷「あばよ、雑魚共。面白いもんが見れて楽しかったぜ」
俺はそう捨て台詞を吐いて、ドアの方へ歩き出した。
551: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:47:54.99 ID:lJu7f7ZYo
…………完璧だ。
これで、俺は攻略組とっての共通の敵になることができたはずだ。絶望を煽り死者すら冒涜する最悪の情報屋と、その絶望に立ち向かう攻略組。
あいつらは、きっと今まで以上に攻略に力を入れることだろう。それこそ、βテスターと協力しても、だ。とくに、キバオウがみんなを煽ってくれるはずだ。あいつが、言われたまま終わるはずがないことは、ここに来るまでに知っているからな。
俺はこれ以上何もいうことなく、ボス部屋の奥の出口から出ようとした。
だが、あいつが俺を呼び止めた。
552: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:48:52.86 ID:lJu7f7ZYo
クライン「ちょっと、ちょっと待ってくれよヒッキー!!!」
……ああ、お前は来ると思ってたよ、クライン。お前がここで来ないわけないもんな。俺はお前という人物を、この一カ月で良く知ったと思ってるぜ。
だから、俺は最後の仕上げをしなけりゃならないんだ。
554: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:49:33.41 ID:lJu7f7ZYo
比企谷「……ついてくるな。もうお前らとつるむ気はない」
そう言いながら俺は、腕に巻きつけたバンダナを剥ぎ取った。この趣味の悪いバンダナは、クラインからもらった”風林火山の証”だ。そして、俺たちの”仲間の証”だ。こんな物をつけてたら、クライン達も俺の仲間だと思われちまうからな。
俺は、手に取ったバンダナを、全員に見えるように床に捨てた。
クライン「な……!?」
クラインは、驚いた顔でこちらを見た。それに対し俺は、以前出会った時に言った言葉を、少し変えてもう一度言う。
比企谷「つまり、ここでサヨナラだ」
クライン「…………!」
555: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:50:09.84 ID:lJu7f7ZYo
クライン、お前なら俺がこうしている意味がわかるだろう? お前は今までずっと俺の事を心配して、理解してくれた。理解しようとしてくれた。
だから、今俺がこうしている意味を、お前もわかってるはずなんだ。そうだろ、クライン?
俺が目指しているのはいつだってSAOクリアだ。だからこそ、俺はここでこうするんだよ。
……だからクライン、俺をそんな目で見るのを、やめてくれ……。
557: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 11:50:36.40 ID:lJu7f7ZYo
クライン「ヒッキー、俺は、俺はよお…………!」
比企谷「…………」
クラインは、言葉を続けることができないようだった。
俺は、クラインの言葉を待たずに扉から出て行った。
595: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 21:58:38.03 ID:lJu7f7ZYo
SAOには、転移門という大きなゲートが存在する。
転移門とは全部で100層あるアインクラッドの、層を行き来するためのワープホールのようなものだ。だが、このワープホールは初めから使えるわけではない。各階層にある転移門を有効化(アクティベート)することで初めて、その階層にワープが可能なのである。
俺は第二層に入って転移門を有効化する、なんてことはしなかった。わざわざ有効化しに行かなくても、ボスが倒されてから二時間後に自動的に開くシステムになっているからだ。本来なら俺は、”最悪の情報屋として一層に悪報を流す”ことになっているが、そんなことしなくても俺の悪名はすぐに広まるだろうから必要ない。
”悪事千里を駆ける”と言い、悪い噂は何もしなくても勝手に広がっていくもんだ。ソースは俺。
……今は、とにかく誰にも会いたくなかった。
だから、まだ誰もいない二層で、1人でずっと走っている。
こんな早い段階で誰かに追われるとは思っていない。でも、”追う”ことはなくても”会おう”とする奴ならいる気がした。
596: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 21:59:10.09 ID:lJu7f7ZYo
…………………
第二層は、転移門がある街以外はずっと自然が広がっていた。一見して”遊牧エリア”ってとこか? 一層ごとに違うテーマでステージが造られているらしいが、ここよりももっと美しい景色もあったりするんだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら走っていると、前方に森が見えた。ひとまず、あの一帯で休むことにしよう。もう、20分ほど走り続けて疲れちまった。……いや、どんだけ人に会いたくないんだよ俺。走りすぎだろ。
比企谷「ふう……」
俺は森の中へ入ると、ひとつため息をついた。……何というか、本当に孤独だな。実際的な意味でも、この層には俺しかいないから孤独だ。だが、俺が言っている意味はそうじゃない。SAO全体での意味だ。
597: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 21:59:42.10 ID:lJu7f7ZYo
これほど嫌われることは人生で初めてだろうな。
俺は小学、中学、高校1年とずっと友達がいなかった。だが、それは嫌われていたというよりも無関心だったという方が正しいだろう。だから、今回のように全員から嫌われるようになるのは初めてかもしれない。
俺がやったことだから後悔はしてない。 だが、純粋に寂しさを感じ始めていた。ボッチに慣れてるはずの俺がこう思っちまうようになったのも、全部クラインのせいだ。……あいつがいたから、孤独を感じずにすんでいたんだ。
比企谷「はあ……」
さっきからため息ばっかり出やがる。ため息ばかり出していると幸せが逃げていくって誰かが言ってたぞ。……もう遅いか。
……さて、俺はこれからどうしようか。
598: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:00:08.56 ID:lJu7f7ZYo
正直、何も考えずに飛び出したもんだからこれからはノープランだ。いや、自由って言い方した方がいいな。そうしよう。俺は自由だ!
…………。
……情報屋らしく、情報でも集めるとするか。転移門が開くまでの2時間で、できるだけ情報を集めておいた方がいろいろと都合が好さそうだ。
俺はそう思い立って、どこかの町へ向かおうとした。
だがその瞬間、突然後ろから声をかけられた。
「ずいぶんと、探したよ」
比企谷「…………!?」
キリトだった。
…………。
……情報屋らしく、情報でも集めるとするか。転移門が開くまでの2時間で、できるだけ情報を集めておいた方がいろいろと都合が好さそうだ。
俺はそう思い立って、どこかの町へ向かおうとした。
だがその瞬間、突然後ろから声をかけられた。
「ずいぶんと、探したよ」
比企谷「…………!?」
キリトだった。
599: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:00:42.59 ID:lJu7f7ZYo
あれ? 俺さっきまでずっと走ってたよね? なんで追いつけんの? しかも隠蔽スキル使ってたのになんでみつかんの?
キリト「どうやら、俺の索敵スキルの方が上だったみたいだな」
………マジかよ。俺は一層にしては結構上げたと思っていたんだが……。
いや、そんなことよりこいつは何しに来たんだ? 正直、お前が追ってくるなんて思わなかったぜ。
比企谷「……何の用だ?」
俺はできるだけ、そっけなく答えた。もしかしたらこいつも、俺の事を”悪く”見ているかもしれないからな。だったら、そのイメージを崩さないようにすべきだろう。
601: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:01:18.31 ID:lJu7f7ZYo
キリト「…………アンタに、謝らなきゃいけないと思ったんだ」
どうやら、杞憂だったようだ。キリトは俺の芝居を見抜いてるらしい。
だから、俺は普通に喋ることにした。
比企谷「さっきのことなら、何も謝る必要はないさ。俺が勝手にやったことだしな」
キリト「…………それでも、すまなかった」
……こいつも義理堅い奴だな。
ほんとに俺はクリアの事しか考えてないってのに。
602: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:01:56.85 ID:lJu7f7ZYo
比企谷「言っておくが、俺はβテスターを庇ったわけじゃないぜ? あれは、SAOクリアという目標のために、必要だと思ったからやっただけだ。お前が思ってるほど、俺は他人の事なんか考えてねえよ」
俺は、正直にそう言った。覚えのない好意ほど、気味の悪いものはないしな。
キリト「でも、なにもヒキがそれをしなくてもよかったんだ……」
キリトは、拳に力を入れてそう言った。こいつにも、何か考えるところでもあったんだろうか?
でも、こいつがそんなに思い悩む必要はない。合理的で、簡潔に済む問題だったんだ。あれが、一番確実だった。
603: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:02:29.42 ID:lJu7f7ZYo
比企谷「……そうだな。あの役目は、俺がしなくてもよかった。むしろ、誰でも良かったんだ。……誰でもいい役目を、俺がやった。ただそれだけの話なんだよ」
キリト「それでも……!」
比企谷「キリト、お前はこのSAOクリアに必要な人材だ。俺なんか、比較にならないくらいに、な」
キリト「……!」
ディアベルが死んだ時、一番初めに敵に立ち向かったのはキリトだった。俺は、その場にのまれて動くことができなかった。それが、俺とキリトの差だ。……絶対に埋まることのない、決定的な差だ。
キリトのようなプレイヤーが攻略組の中心で活躍すれば、きっと皆の希望になるだろう。だって、俺の希望にすら成り得たんだ。そうそうないぜ? 俺が希望を頼りにするなんてよ。
604: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:02:56.41 ID:lJu7f7ZYo
俺がそう言うと、キリトは黙り込んだ。
……沈黙は金というが、気まずい雰囲気はやめてくんない? ああ、そうだ。俺はこいつに聞きたいことがあったんだ。いっそ、今聞いちまうか。
比企谷「キリト、ひとつ聞いていいか?」
キリト「……え? あ、ああ」
比企谷「ディアベルは、なんであの場面で一人でボスを倒しに行ったか、わかるか?」
キリト「……!」
これは、さっきからずっと考えていたことの一つでもある。
605: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:03:24.58 ID:lJu7f7ZYo
あそこの、あの場面でディアベルが一人で突っ込まなければ、だれも死なずに済んでいたのかもしれないんだ。だから、俺はどうしても理由が知りたかった。
キリト「…………」
キリトは、答えを言うのを渋っているようだ。だが、知っているのは間違いなさそうだな。
俺は、キリトが口を開くまで黙った。
キリト「ディアベルは、フロアボスの”ラストアタック・ボーナス”を取りに行ったんだ」
少し待って聞いた答えは、そんなものだった。
……ラストアタック・ボーナスってあれか? 最後に敵にダメージを与えるとドロップするレアアイテム。ああ、なるほど、そうだったのか。
俺は、その可能性を完全に抜かして考えていた。ボスのアイテムなんか狙って取れるもんじゃないと思っていたし、命をかけて取るほどの物でもないと思っていたからだ。だが、それはただの先入観で、思い込みに過ぎなかったようだ。
キリト「…………」
キリトは、答えを言うのを渋っているようだ。だが、知っているのは間違いなさそうだな。
俺は、キリトが口を開くまで黙った。
キリト「ディアベルは、フロアボスの”ラストアタック・ボーナス”を取りに行ったんだ」
少し待って聞いた答えは、そんなものだった。
……ラストアタック・ボーナスってあれか? 最後に敵にダメージを与えるとドロップするレアアイテム。ああ、なるほど、そうだったのか。
俺は、その可能性を完全に抜かして考えていた。ボスのアイテムなんか狙って取れるもんじゃないと思っていたし、命をかけて取るほどの物でもないと思っていたからだ。だが、それはただの先入観で、思い込みに過ぎなかったようだ。
606: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:04:04.03 ID:lJu7f7ZYo
もしかしたらディアベルは、皆の象徴になるものが欲しかったのかもしれない。攻略組を、これから引っ張って行くための象徴となるものが。
比企谷「…………そう、か」
俺は、力なく答えた。
キリト「ディアベルは、どうしてもラストアタック・ボーナスを取りたかったらしい」
キリト「もし、初めからアイテムをディアベルが貰うことになっていたら、あいつは死なずに済んだかもしれない」
……そうだな。
口には出さなかった。後からならいくらでも後悔できちまう。そんなこと、今さら考えたって無駄なことは、俺にだってわかっている。……わかっているはずなのに、
比企谷「あいつには、ボスのアイテムを貰う権利はあったかもな。……少なくとも俺は、文句は言わねえよ」
こんなことを口走ってしまった。
607: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:04:46.37 ID:lJu7f7ZYo
………………
あれから再び、しばらく沈黙が続いた。
俺もキリトとも、結構長いこと考え事をしていたらしい。いつまでもそうしてる訳にはいかないから、俺から声をかけた。
比企谷「俺、もう行くわ。気が向いたら、情報でも買いに来いよ」
安くはしねえけどな。
そう言って俺は、後ろを向いて歩きだした。
608: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:05:13.16 ID:lJu7f7ZYo
キリト「…………ヒキ!」
比企谷「……?」
キリト「…………死ぬなよ」
俺は、振り向かずに答える。
比企谷「当然だ。俺は石橋を叩いて渡る男だからな。適度に適当に、頑張りすぎないように頑張るさ」
もう、俺でも何言ってんのかわかんねえな。
609: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/04(金) 22:05:47.01 ID:lJu7f7ZYo
キリトから見えなくなるくらいまで歩いた後、俺は再び走り出した。さっき別れたばかりのキリトにまた会っちまったら気まずいからな。
……くそ、キリトのせいで余計に走る破目になっちまったじゃねえか。
俺は、気が済むまで走り続けた。長時間走って精神的に疲れていたが、さっきより少しだけ、心が軽くなっていた。
638: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:42:50.78 ID:a6ZGagCMo
つけられてる…………?
俺がそう感じたのは、第一層が突破されてから3日後のことだった。俺は今、”最悪で災厄の情報屋”として、ソロ活動している。な
んじゃそりゃ。
この”最悪で災厄の情報屋”とかいう長ったらしい蔑称は、俺が名乗っているものではない。3日前から徐々に広がっていった呼ば
れ方なのだ。俺は今、時の人となりつつある。
俺の噂を流したのは、おそらくあの場にいた攻略組の誰かだろう。そして、噂が噂を呼び、”情報屋が攻略組を全滅させようとした”
だとか、”情報屋がアイテムを独占していた”とか、酷い噂があふれている。まあ、それも想定済みだけどな……。
それと、その噂と一緒にとある警告も広まっていた。”情報不足のプレイヤーは、情報が集まるまで攻略に参加しないこと”。
……どこのモヤットボールだか知らねえが、やるじゃねえか。
639: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:43:49.22 ID:a6ZGagCMo
それにしても、”最悪で災厄”って語呂はいいけど呼びにくいな。もっと他になかったのかよ。
俺がその異名で呼ばれ始めてから、今まで三人の奴が俺に会いに来た。1人目は、俺がどんな奴かを興味本位で見に来ただけだったので適当に巻いた。二人目は、俺から情報を買いに来た。どうやら、悪名と同時に情報屋としても名が広がっていたようで、俺はレア情報を多く持っていると思われていたらしい。まあ、適当に情報を売って終わりだ。
問題は三人目だ。そいつは、俺のことを殺しに来た。そいつ曰く、”悪を断つべく参上した!”らしい。正義の味方を気取るなら、攻略組に入ってろよ……。まあ、全力で逃げたんですけどね。今頃あいつは、悪を追い詰めた! とかほざいて武勇伝にしていることだろう。
だから、今俺が”つけられている”と感じているのは、決して自意識過剰ではない。
誰が俺のことを追っていてもおかしくないからだ。
640: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:44:42.95 ID:a6ZGagCMo
俺は俺で、一応索敵スキルを上げている。
だが、俺を付けている奴の隠蔽スキルも高いせいか、”つけられている気がする”レベルでしか判別できない。くそ、さっきから気になってるんだけどな……。
ちなみに、俺は一応正体を隠すために、覆面を付けている。まあ、覆面といっても眼から下を覆ってるだけだけどな。想像しづらい奴は、”カカシ先生”でググればいい。正直、この覆面が役に立ったことはない。
……ダメ元で、カマをかけることにした。
比企谷「そこにいるのは分かっている。さっきからこそこそしてないで、出てきたらどうだ?」
………………どうだ?
641: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:45:17.38 ID:a6ZGagCMo
………………どうだ?
すると、以外にもあっけなく、後ろの草陰からその女は姿を現した。
あれ? お前は、一層での攻略会議で見覚えがあるな。たしか、会議に来ただけで参加はしてなかった奴だ。塀に座ってた小柄な奴。
???「よく気づいたナ。さすがは噂通りの情報力ってカ?」
そいつは、特徴的な話し方で俺の様子を伺った。
そいつの顔には、両頬に三本のひげがペイントされている。
俺はそいつを知っていた。
比企谷「”鼠のアルゴ”、か?」
すると、以外にもあっけなく、後ろの草陰からその女は姿を現した。
あれ? お前は、一層での攻略会議で見覚えがあるな。たしか、会議に来ただけで参加はしてなかった奴だ。塀に座ってた小柄な奴。
???「よく気づいたナ。さすがは噂通りの情報力ってカ?」
そいつは、特徴的な話し方で俺の様子を伺った。
そいつの顔には、両頬に三本のひげがペイントされている。
俺はそいつを知っていた。
比企谷「”鼠のアルゴ”、か?」
642: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:45:47.72 ID:a6ZGagCMo
情報屋だ。しかも、俺とは比較にならないレベルの本物の情報屋である。ボス攻略情報を出したのも、こいつらしい。俺も、直接話したことはないとはいえ、こいつの情報を大いに活用している。
というか、女だったのか。勝手な想像だが、鼠って言われるくらいだから男だと思ってたぜ。
こいつが、いったい俺に何の用だ……?
比企谷「こそこそつけてたって事は、俺に用があるんだろ? さっさと言え。聞くだけなら聞いてやる」
俺も、この3日で悪人が板についてきた気がする。まあ、このキャラのほうが相手が威圧されてくれるから便利なんだけどな。
643: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:46:23.14 ID:a6ZGagCMo
だが、こいつは全く威圧された様子はないようで、平然と答えた。
アルゴ「何もないサ。ただ、悪名高い”最悪で災厄の情報屋”がどんな奴か見ておこうと思ったダケダ」
ああ、はいはいパターン”1人目”ね。安心したぜ。こいつレベルのプレイヤーに殺されそうになったら、逃げ切れるか怪しいしな。
比企谷「もう、十分見たろ? いい加減、つけまわしてほしくないんだが」
アルゴ「……そうはいかないヨ」
比企谷「……?」
なにがだよ。
こいつは、俺が黙っても何も言おうとしない。めんどくせえな。無視して進むか?
644: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:47:24.48 ID:a6ZGagCMo
あれ?
……そういえば、こいつの”ひげ”見覚えがあると思ったら”エクストラスキル”の奴じゃねえか。
”エクストラスキル”とは、通常の方法では取得することのできない、特殊なスキルである。
俺は、3日前に走っているときに道に迷い、偶然そのスキルを所得できる場所を見つけた。とあるNPCのおっさんが、”体術スキル”を教えてくれるというのだ。剣の世界で対術とは珍しい。
だが、勢い余ってスキル取得に乗り出したら、そのおっさんは俺の顔に”参加証明”という名の落書きをしやがった。
この落書きは、スキルを取得するまで消せないらしい。ふざけんな。しかも、スキルの獲得難易度は恐ろしく高く、今の俺に到底できる代物ではなかった。……ふざけんな。
645: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:47:50.25 ID:a6ZGagCMo
と、いうわけで、俺はバックレた。俺の顔には、今も落書きが残っている。カカシ覆面スタイルは、この落書きを隠すためのものでもあるんだ。
俺がアルゴのヒゲをまじまじと見ていると、アルゴはその視線に気づいたようで、
アルゴ「このヒゲの秘密を知りたいナラ、10万コル払えば教えてやらないこともないヨ」
と言った。
比企谷「エクストラスキルの情報としては、高すぎるんじゃないか? 俺はあの情報を一人3万で売ったぞ」
アルゴ「……! ……さすが、知っていたのカ」
偶然だけどな。
646: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 05:48:27.28 ID:a6ZGagCMo
ちなみに、俺が売った相手は忍者みたいな姿をした奴だった。俺に会いに来た2人目でもある。そいつは、もう一人の仲間と一緒にそのスキルをとりたがっていたようなので、1人3万、計6万コルで売った。
……同じ仲間なのに別料金なのかって? いいんだよ、そいつは快く払っていったんだから。
俺は、アルゴに顔の落書きを見せることにした。こいつと同じ落書きを見せれば、説明不要だろう。まさか、笑われることもあるまい。
比企谷「ほら、こういうことだよ」
俺は覆面を取って、顔に書かれたひげを見せた。
……だが、
アルゴ「ぷっ……」
ぷ?
アルゴ「にゃハハハハハハハッハアッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
そいつは盛大に笑い飛ばしやがった。
……同じ仲間なのに別料金なのかって? いいんだよ、そいつは快く払っていったんだから。
俺は、アルゴに顔の落書きを見せることにした。こいつと同じ落書きを見せれば、説明不要だろう。まさか、笑われることもあるまい。
比企谷「ほら、こういうことだよ」
俺は覆面を取って、顔に書かれたひげを見せた。
……だが、
アルゴ「ぷっ……」
ぷ?
アルゴ「にゃハハハハハハハッハアッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!」
そいつは盛大に笑い飛ばしやがった。
666: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:45:50.75 ID:a6ZGagCMo
俺が覆面をはずして見せた瞬間から、アルゴはずっと笑い続けていた。こいつが笑い続けているせいで、話が全然進まない。
……俺、泣いていいかな?
比企谷「いい加減にしろ……。つーか、そろそろ俺の質問に答えてくれ」
アルゴ「ヒーッヒーッ……ッにゃっハハハハハハハハハハ!!!!」
まだ笑い足りないというのかこいつは。いい加減にしないと本当に泣くぞ? マジで泣くぞ? つーか泣きたい。
……俺、泣いていいかな?
比企谷「いい加減にしろ……。つーか、そろそろ俺の質問に答えてくれ」
アルゴ「ヒーッヒーッ……ッにゃっハハハハハハハハハハ!!!!」
まだ笑い足りないというのかこいつは。いい加減にしないと本当に泣くぞ? マジで泣くぞ? つーか泣きたい。
667: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:46:39.62 ID:a6ZGagCMo
アルゴ「その目と相まっテッ……まるでやさぐれたネコダナッ……フフフフッ……」
比企谷「お前だって顔に同じものがあるだろうが。あのスキル習得投げてきたんだろ? 俺ばっか笑ってないで鏡でも見てろよ」
アルゴ「俺っちのはただのペイントだヨ。そーカ、”最悪で災厄の情報屋”は途中で諦めたんだナ」
…………畜生、無駄に情報を与えちまった。いや、ほとんど自爆だけど。
それより、俺の呼び方はその長い蔑称で固定なのか? 別にいいけどよ。
比企谷「そんなことはいいから、早く教えてくんねえかな。なんで俺をつけまわしてんだ?」
アルゴ「俺っちに情報を聞きたいナラ、カネを出しナ」
……こいつ、俺以上にがめついぞ。いや、別に俺ががめついって訳じゃないぞ?
668: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:47:48.99 ID:a6ZGagCMo
比企谷「そんなことに金を使うほど、俺に余裕はない。だが、これ以上ついてこさせる気もないぜ」
俺はそう言って、その場から全力で走りだした。もちろん、覆面はちゃんとつけなおした。
俺のバックレスキルを舐めんじゃねえぞ。中学の頃、文化祭準備を途中で抜けても誰も気づかなかったレベルだ。うん、誰も気にもしなかったよ……。
……だが、
アルゴ「…………」
何こいつ、超早い。こいつ俊敏上げすぎだろ……?
669: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:48:31.55 ID:a6ZGagCMo
あかん、全然振り切れる気がしない。隠蔽スキルで隠れようにも、この情報屋の索敵能力から逃げられる気がしない。あれ? 詰んでね?
10分ほど走り続けたが、全く差が広がることはなかった。むしろ、俺の後ろを余裕でキープしてくる。
……無理。諦めて金払ったほうが早い。
俺は走るのをやめて、アルゴの方に向き直った。
いつの間にか街のほうまで来ていたようで、かすかにざわめきが聞こえる。
アルゴは、走るのは終わりか? というような顔をして立っていた。……マジで余裕だなこいつ。
早めに諦めてよかったぜ。
……”ついてこさせる気はないぜ”なんて言うんじゃなかった。すっげえ恥ずかしい。
10分ほど走り続けたが、全く差が広がることはなかった。むしろ、俺の後ろを余裕でキープしてくる。
……無理。諦めて金払ったほうが早い。
俺は走るのをやめて、アルゴの方に向き直った。
いつの間にか街のほうまで来ていたようで、かすかにざわめきが聞こえる。
アルゴは、走るのは終わりか? というような顔をして立っていた。……マジで余裕だなこいつ。
早めに諦めてよかったぜ。
……”ついてこさせる気はないぜ”なんて言うんじゃなかった。すっげえ恥ずかしい。
671: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:49:03.50 ID:a6ZGagCMo
比企谷「……いくらだ?」
アルゴ「追いかけまわしてる理由ナラ、1000コル」
比企谷「……追いかけないようにするのはいくらだ?」
アルゴ「さあナ? 交渉次第じゃないカ?」
足元見やがって……。
アルゴ「儲かってんダロ、素直に払えヨ」
なんでこんなに偉そうなの? というかなんでかつ上げ気味に言ってくるんだよこいつは。
672: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:49:55.13 ID:a6ZGagCMo
仕方ねえ、とりあえずつけまわしてる理由を聞いてみるか……。
比企谷「ほら、1000コル。早く言え」
アルゴ「……よし、いいダロ」
俺が金を渡すと、アルゴは答えを言った。
アルゴ「とある人物が、お前さんを定期的に見張ってほしいと頼んできたのサ。それも、結構な金額でネ」
比企谷「……誰だ? そんな物好きなマネする奴は」
アルゴ「別料金だヨ」
貴様……!!!
673: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:50:32.72 ID:a6ZGagCMo
……あれ? ”定期的に見張る”? ただ定期的に見張るだけなら追いかけまわす必要無くないか?
こいつ、俺に金出させるためにワザと追ってきやがったのか……!
いいだろう、ここまできたなら払ってやる。払えばいいんだろ? 払うよ!
アルゴ「いくら出す?」
固定金額じゃなかった。
比企谷「ご、500コル」
アルゴ「……ケチなヤツ……。まあ、これで教えると決まった訳じゃないけどナ」
俺は、”どういうことだ?”と言おうと思ったが、また金を取られそうなのでやめた。
だが、アルゴは俺が聞くまでもなく説明し始めた。
674: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:51:49.74 ID:a6ZGagCMo
アルゴ「お前さんが提示した金額を、俺っちの依頼主に教えた後、依頼主がそれ以上の金額を出せば教えナイ」
……なるほど。それじゃ500コル程度じゃ聞き出せるわけないか……。どうする? 今手持ちは7万そこそこだ。おそらく、こちらから値段を釣りあげれば余裕で情報をつかめるだろう。余計な出費はしたくないが、正体さえ掴んじまえばなんとでもなるしな。
アルゴは、メールを送っているようだ。もちろん依頼主当てだろう。
俺はメールが帰ってくるまでの間、こいつから情報を引き出そうとした。
比企谷「”鼠のアルゴ”よ、お前はなんで第一層攻略に参加しなかったんだ?」
俺がそう聞くと、アルゴは少し顔を曇らせてからこう答えた。
アルゴ「情報屋としての仕事は果たしたはずダヨ……オイラが参加しなきゃいけない理由はナイ」
……そう言いながらも、少し後悔しているようだった。
675: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:52:39.98 ID:a6ZGagCMo
こいつが言っている情報とは、”ボス攻略ガイドブック”のことで間違いないだろう。あのアルゴがつくったであろうガイドブックは、NPCの店に委託し無料で売っている。だから、こいつの言い分は正しい。
まあ、後悔している理由もわかる。”この情報はβ時のものです”という注意書きがあったとはいえ、情報が違ったせいで一人死んじまったんだ。罪悪感を感じないわけがない。
俺はそれ以上その話題には触れず、別のことを聞き出すことにした。
比企谷「お前ってさ、キリトの身近な知り合いか?」
アルゴ「……!? いや……」
今度は、別料金とも言わない。ほとんど答えだな。
俺がキリトとこいつが知り合いかもしれないと思ったのは、第一層攻略会議での事が理由だ。アルゴは、キリトとクラインをずっと眺めていた。クラインはアルゴと知り合いじゃなかったはずだから、アルゴが見ていたのはキリトということになる。キリトはソロプレイヤーだし、この情報屋と交友関係を持っていてもおかしくない。
そして、なぜこいつが言い渋っているか。
それは、こいつが情報屋だからだ。俺ほどじゃなくても、情報屋は怒りを買うことが多々ある。まあ、大半が理不尽な理由だけどな。その情報屋と身近な知り合いであると知られれば、もしかしたら怒りがそいつに飛び火するかもしれない。たとえ金を貰っても、言えないだろう。
俺が、そうだからだ。
我ながら、いやらしい質問をしたもんだ。
まあ、後悔している理由もわかる。”この情報はβ時のものです”という注意書きがあったとはいえ、情報が違ったせいで一人死んじまったんだ。罪悪感を感じないわけがない。
俺はそれ以上その話題には触れず、別のことを聞き出すことにした。
比企谷「お前ってさ、キリトの身近な知り合いか?」
アルゴ「……!? いや……」
今度は、別料金とも言わない。ほとんど答えだな。
俺がキリトとこいつが知り合いかもしれないと思ったのは、第一層攻略会議での事が理由だ。アルゴは、キリトとクラインをずっと眺めていた。クラインはアルゴと知り合いじゃなかったはずだから、アルゴが見ていたのはキリトということになる。キリトはソロプレイヤーだし、この情報屋と交友関係を持っていてもおかしくない。
そして、なぜこいつが言い渋っているか。
それは、こいつが情報屋だからだ。俺ほどじゃなくても、情報屋は怒りを買うことが多々ある。まあ、大半が理不尽な理由だけどな。その情報屋と身近な知り合いであると知られれば、もしかしたら怒りがそいつに飛び火するかもしれない。たとえ金を貰っても、言えないだろう。
俺が、そうだからだ。
我ながら、いやらしい質問をしたもんだ。
676: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:53:56.42 ID:a6ZGagCMo
アルゴ「メ、メールが返ってきたヨ!」
アルゴはホッとしたようにそう言った。この話題を変えられると思ったんだろう。
だが、アルゴはメールを見た瞬間、首を横に傾けた。
比企谷「……どうした?」
アルゴ「……教えてもいいそうダ」
なんと。500コル程度で済むとは思わなかったぜ。……ずいぶん太っ腹な依頼主だな……?
677: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/05(土) 11:54:27.11 ID:a6ZGagCMo
比企谷「で、誰なんだ? 俺をつけ回すように言った依頼主の名前は?」
仕返しに、別の情報屋を雇ってつけ回させてやる。そう思った俺は、アルゴに答えを促した。だが、アルゴが言った人物は、俺のよく知っている奴だった。
アルゴ「”クライン”という名前ダ」
707: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:41:21.35 ID:8KRR/GIGo
SAO第一層をクリアしたその日、俺はクラインたちと別れた。
その後すぐにクラインから何通ものメッセージが来ていたが、俺は、
”次の攻略会議で会おう”
とだけ返して、後のメッセージはすべて無視した。
もし、クラインと俺の間でやり取りがあるとばれてしまったら、クラインまで標的になりかねない。だから、無暗にメッセージを返すわけにはいかなかったのだ。
そう、その結果がこれなんだ。
その後すぐにクラインから何通ものメッセージが来ていたが、俺は、
”次の攻略会議で会おう”
とだけ返して、後のメッセージはすべて無視した。
もし、クラインと俺の間でやり取りがあるとばれてしまったら、クラインまで標的になりかねない。だから、無暗にメッセージを返すわけにはいかなかったのだ。
そう、その結果がこれなんだ。
708: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:41:59.82 ID:8KRR/GIGo
クラインは俺の安否を知りたいがために、わざわざ情報屋を雇い、安否確認させた。しかもアルゴが言うには、相当の金額を払ったらしい。それしか、俺の安否を確認する方法がなかったんだ。
……いや、ちょっと違うか?
いくらなんでもクラインがそんなことを思いつくとは思えんな。じゃあ、他に考えられることと言えば……。
ああ、キリトか。
キリトはアルゴと知り合いっぽいしな。クラインがキリトに相談し、キリトがアルゴを使うことを提案した。そんなところだろう。プロデュースバイ、キリト。余計なことをしてくれたもんだ。
709: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:42:37.16 ID:8KRR/GIGo
アルゴは、雇い主の名前を言った後、俺にたずねた。
アルゴ「で、どうするんダ? 俺っちに後をつけられたくないナラ、依頼人より多く払って交渉するしかないゾ」
比企谷「いや……もう、いい」
俺は、その提案を断った。
俺が値段を上げれば、きっとクラインはそれ以上の値段を提示するだろう。そんな手間掛けることないさ。
……それに、アルゴが唯一の連絡手段になるかもしれないからな。
710: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:43:09.50 ID:8KRR/GIGo
俺は、少し考えた後アルゴに確認した。
比企谷「お前の仕事は、俺の安否を定期的に確かめることだな?」
アルゴ「ああ、その通りダヨ」
比企谷「じゃあ、今日はもういいだろ? お前の目的は達せられたはずだ」
そういうとアルゴは、少し考えるそぶりを見せた後、こう言った。
アルゴ「まあナ。お前さんがどんな奴かもだいたいわかったし、今日のところは帰るサ」
正直、もう来なくていいんだけどな。一応、ダメ元で交渉してみることにした。
711: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:43:41.58 ID:8KRR/GIGo
比企谷「なあ、俺がお前にメッセージを送るだけじゃダメなのか? 安否確認ならそれで充分だろ?」
アルゴ「駄目ダ。お前さんとメッセージのやり取りなんかしたくナイ」
なんてことを言うんだ。
そんなこと言われたの、中学校以来だぞ……。
俺が、とある女子にメール交換を頼んだ時に”えー、今携帯持ってないんだよねー”と思いっきり断られた。ちなみに、その女子は次の瞬間に隣のやつとアドレス交換していた。はあ、なんで当時の俺は交換できると思ったんだよ……。
アルゴ「それに依頼料が発生してるカラ、中途半端な仕事はできナイ」
まあ、それもそうか。
712: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:44:22.15 ID:8KRR/GIGo
……俺は、その依頼料を建て替えようかと思った。だが、そんなことすればその情報がアルゴにとってのネタになりかねない。これ以上、俺に出来ることはないだろう。
アルゴは、もと来た道を戻りながらこう言った。
アルゴ「じゃあナ。やさぐれ猫男」
……あれ? もしかして俺の顔の落書きも情報ネタになるの?
アルゴは、もと来た道を戻りながらこう言った。
アルゴ「じゃあナ。やさぐれ猫男」
……あれ? もしかして俺の顔の落書きも情報ネタになるの?
713: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:44:49.16 ID:8KRR/GIGo
…………………
あの後、結局俺のヒゲの口止め料まで払う破目になった。……畜生、あいつと会ったのは一回だけなのに、なんで三回も情報料取られるんだよ……。さっさとスキル獲得しときゃよかった……いや、すぐ獲得しに行こう。
アルゴ、お前は俺の”絶対に許さないリスト”に入れておいてやる。いつかし返してやるぜ……。
フフフ、とひき笑いしながら、俺は街に入った。
714: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:45:21.38 ID:8KRR/GIGo
俺は今、大して攻略に参加できていない。俺は、”隠れたβテスター”とより多くの情報を交換することに専念していた。正直、見つけるだけでも一苦労だ。
そうやって集めた攻略に必要な情報は、さまざまな情報屋を介して一般プレイヤーにも伝わることになっている。だから、もしかしたらアルゴも、俺が芝居を打ってることに気が付いてるかもしれない。
まあ、十中八九気が付いてるだろう。
だが、アイツがそれをばらす事はないはずだ。アイツもβテスターだから、俺が全員の標的となってる方が都合がいいしな。
716: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:45:51.89 ID:8KRR/GIGo
一方、攻略組メンバーは、着々と攻略を進めている。
キリトは相変わらずソロらしいが、アスナはクラインのギルドにいるらしい。……風の噂だと、キリトはアスナを風林火山に押しつけて逃げたとか。あいつも、根っからのボッチプレイヤーなのか?
そしてキバオウは、攻略組のまとめ役になっているらしい。……アイツが、まとめ役? 面白い冗談だ。
まあ、だいたいそんな感じだ。俺は、俺に出来ることをやる。
それこそ、俺に出来ることなんざたいしてないけどな。
俺たちは、前に進み続けるしかないんだ。
そして、前に進みさえすれば、いつかゴールできる。
717: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/06(日) 12:46:18.57 ID:8KRR/GIGo
”努力すれば夢はきっと叶う”とか、”頑張った分だけ力になる”とかいう大層な奇麗事は嫌いだが、信じないわけじゃない。
俺たちは、絶対にこのデスゲームを終わらせるんだ。
この後、俺が情報を売った忍者に髭の事で逆恨みされることになるが、それは”別のお話”といったところだ。
758: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:49:36.35 ID:nirroH1Wo
ソードアート・オンライン、略してSAO。
このゲームが娯楽からデスゲームに成り果てて、随分と時間がたった。
俺たちは今、28層を突破したところにいる。
正直、攻略組がここまでの階層に来るのは、もっと時間がかかるかと思っていた。だが、予想をはるかに上回る速度で、攻略を進めている。そのおかげで情報屋も情報収集に力を入れやすくなり、活動しやすいらしい。
攻略組を引っ張るキバオウ、少数精鋭の風林火山、そしてソロプレイヤーのキリトが中心となって、犠牲者も出さずに進めている。もちろん他にも大型ギルドが参戦しているが、あくまで引っ張っているのは前者だ。
このゲームが娯楽からデスゲームに成り果てて、随分と時間がたった。
俺たちは今、28層を突破したところにいる。
正直、攻略組がここまでの階層に来るのは、もっと時間がかかるかと思っていた。だが、予想をはるかに上回る速度で、攻略を進めている。そのおかげで情報屋も情報収集に力を入れやすくなり、活動しやすいらしい。
攻略組を引っ張るキバオウ、少数精鋭の風林火山、そしてソロプレイヤーのキリトが中心となって、犠牲者も出さずに進めている。もちろん他にも大型ギルドが参戦しているが、あくまで引っ張っているのは前者だ。
760: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:50:03.10 ID:nirroH1Wo
……俺?
もちろん参加してるさ。攻略会議にも出てるし、迷宮の攻略もしてる。むしろ、全部のボス攻略に参加してる。”最悪で災厄の情報屋”としてな。
俺のポジションは、ちょいちょい攻略組にちょっかいを出しつつ、
比企谷「ハッハッハ、てめえらまだこんな所を攻略してんのかよ。この先のマッピングはもう俺が終わらせてんだよ、さっさと帰れ雑魚」
とかいう感じである。
……正直、最近皮肉のバリエーションが尽きてきてつらい。
761: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:50:30.20 ID:nirroH1Wo
前まで時折、俺の所に暗殺者が来ていたことがある。そいつらは俺の情報を狙ったり、単純に”悪い奴を殺しに来た”とかだったりさまざまな理由で来ている。俺ってマジ人気者じゃん?
まあ、今では俺を見つける事が出来るプレイヤー自体が少ないから、その心配はない。攻略情報と一緒に、嘘の俺の場所情報を流しているおかげで、居場所を特定されたことはない。
…………こいつ以外はな。
アルゴ「なーにブツブツ言ってんのサ。オネーサンが会いに来てやったってのニ」
なんで会いに来れるんだよ。俺の隠蔽スキル、仕事してる?
762: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:51:05.79 ID:nirroH1Wo
比企谷「毎日毎日、どうやって俺の場所を特定してるのか教えてくれませんかね?」
アルゴ「その情報は2000コルだヨ」
……はいはいどうせ金とるって知ってたよ。それに、どうせ払っても碌なこと聞けないって知ってるよ。
比企谷「クラインとは毎回攻略会議で会ってんだから、もういいだろ? お前も自分の仕事があるんだからそろそろその依頼断ったらどうだ?」
アルゴ「依頼が無くなるまで辞めるつもりはないヨ。それに、大した労力払ってないしナ」
比企谷「俺を見つけるのは大した労力にならないのかよ」
アルゴ「ヒッキーを見つけるのが大した労力? 何の冗談ダ?」
言ってくれるじゃねえか……。
763: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:51:37.12 ID:nirroH1Wo
でも正直、お前に見つからないようにするのは無理な気がしてきた。俺の情報屋としてのプライドが粉々になるレベル。むしろ、情報屋って名乗るのが恥ずかしくなるまである。
ちなみに、アルゴを”ヒッキー”と呼び始めたのは、もうだいぶ前からだ。どうせクラインの差し金だろう……。俺は深く突っ込まない。
比企谷「まあいい、今日も交換するんだろ?」
アルゴ「ああ、そのつもりだヨ」
交換、とはもちろん情報交換のことである。前までは金で売っていたが、どうせお互い情報を扱っているのでお互いの情報を交換することになったのだ。まあ、アルゴはまださっきみたいに下らない情報を売ろうとしてくるけどな。
そして、交換する情報はそれぞれの情報に相応しい物と決めている。初めに聞いた方が、後で見合った情報を与える。それがルールだ。そして、情報を与える順番を決めるのは、交代式でもランダムでもない。
俺は情報交換の後手を取るため、精神統一した。自分の精神を加速させ、相手の手の内を見抜く。そして精神状態が最高潮に達した時、俺は構えながらこう叫んだ。
764: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:52:17.49 ID:nirroH1Wo
比企谷「じゃーんけーん!」
アルゴ「ホイ」
俺の手はパー。……アルゴはチョキだった。
畜生、これで4勝32敗だ……。なんでこいつこんなにジャンケン強いんだよ。つーか俺が弱いのか?
比企谷「ジャンケンスキルとかあるんだったら、早めに言っとけよ? それじゃあ不公平になるからな」
アルゴ「そんなものあるわけないダロ! お前さんが弱すぎるだけダヨ!」
やっぱり俺が弱いのか……。
765: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:52:57.29 ID:nirroH1Wo
まあいいさ、俺にはとっておきの情報がある。この情報なら先手でも十分有利なはずだ。
その情報とは、”死者蘇生アイテムの存在”である。
茅場は、このSAO内部での死者蘇生アイテムは機能しないと言った。だが、このアイテムの情報はNPCから直接聞いたものだ。本当にこのアイテムが存在するなら、SAO唯一の蘇生アイテムとなるだろう。
俺は、自信満々にその情報をアルゴに教えた。……だが、
766: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:53:24.59 ID:nirroH1Wo
アルゴ「その情報、もう知ってるからノーカウントだヨ」
……なんてこった。
アルゴ「ついでに、そのアイテムが手に入るクエストと日時も知ってるヨ」
………………あれ? どうしよう俺より詳しい。
アルゴ「ってことはまた一つ貸しだネ。もう6回分貸しがあるケド、いつ返してくれるんダァ?」
比企谷「…………もう少し待ってください」
俺は、できる限り綺麗に土下座した。
767: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:54:00.25 ID:nirroH1Wo
………………
現在SAOでは、攻略に参加するグループと、参加しないグループで綺麗に分かれている。攻略に参加するなら出来る限り情報を与え、参加しないならば危険なクエストを取らない、といった具合だ。
来るものは拒まず、去る者は追わず。それが攻略組の理念となっている。
もちろん、足手まといになるような連中はレベルが安定するまで攻略に参加させない。俺が知ってる中では、”月夜の黒猫団”とかいうギルドが、育成組だったはずだ。キリトが命を救った連中らしいが、”命が危険になるような事をしてる時点で野良にしとくのは危ない”という理由で攻略組に入れたらしい。
このスタンスがずっと続いてるおかげで、攻略スピードも速く、SAO全体の犠牲者も少ない。
……だが、だからと言って”死者蘇生アイテム”が必要とされない訳じゃない。
768: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:54:55.75 ID:nirroH1Wo
”情報不足の奴は無理なクエストをとるな”といくら言っても、やるやつは結構いる。その流れで、当然犠牲者が出る事はある。それに、SAOが始まってからの総合的な犠牲者でいえばとてつもない数であることに変わりはない。
情報によれば、蘇生アイテムは1つ。
そして、生き返せる人数も1人だ。
だから、俺はその蘇生アイテムを取りに行く。
このクエストの存在が広まれば、他のプレイヤーを殺してでも取ろうとするやつが出てもおかしくない。だから、俺がアイテムをゲットして使う。そうすれば、恨みを買うのは俺だけで済むはずだ。
769: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/07(月) 16:55:21.14 ID:nirroH1Wo
アルゴ「……何を考えてるんダ? ヒッキー?」
比企谷「……さあな」
とんでもなく、最悪なことさ。
クエスト出現時間まであと数日ある。それまでに、もっと攻略が進むだろう。
……その時まで、絶対に死者が出ないようにしないとな。
811: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:54:40.38 ID:mOLYqZ8Ro
ゲーム内の設定かどうかは知らないが、相当寒くなってきた。
俺が寒いと感じる要因は温度のせいもあるが、温度以外にもっと大きな原因がある。それは、この街の景観だ。
…………クリスマス仕様なんか、糞くらえ。
攻略が順調なおかげで、人々はこのゲームのイベントを楽しむ余裕ができたんだろうか。クリスマス仕様に彩られたこの街を楽しむカップルが、たくさん、それはもうたくさんいるのだ。……リア充爆発しろ。
いや、別に嫉妬なんかしてないぜ? こんな風に楽しめる奴なんかどうせ攻略に参加してない一般プレイヤーだろうし、俺は攻略組だから楽しむ余裕がないだけだし、そもそもこんなゲームの中で偽りのイベントを楽しむ気なんて更々ないだけだし……。
俺が寒いと感じる要因は温度のせいもあるが、温度以外にもっと大きな原因がある。それは、この街の景観だ。
…………クリスマス仕様なんか、糞くらえ。
攻略が順調なおかげで、人々はこのゲームのイベントを楽しむ余裕ができたんだろうか。クリスマス仕様に彩られたこの街を楽しむカップルが、たくさん、それはもうたくさんいるのだ。……リア充爆発しろ。
いや、別に嫉妬なんかしてないぜ? こんな風に楽しめる奴なんかどうせ攻略に参加してない一般プレイヤーだろうし、俺は攻略組だから楽しむ余裕がないだけだし、そもそもこんなゲームの中で偽りのイベントを楽しむ気なんて更々ないだけだし……。
812: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:55:13.04 ID:mOLYqZ8Ro
お前ら、ゲームの中でどうやって恋人を作ったんだよ。出会い厨か? 出会い厨なのか?
俺は健全なプレイヤーだからそんなことしねえよ? お前らもっとオンラインゲームのマナーをわきまえろよ。それに、いつか現実に戻ったらどうせ疎遠になっちまうんだ。今こんなことしたって全部無駄なんだよ無駄無駄無駄ァ! そうだ、こいつらに現実を見させるために早くこのSAOをクリアするべきだ、そうすべきなんだ……。
アルゴ「なァ、いつもに増して目が腐ってないカ? 目薬と同じ効果のアイテム、売ってやってもいいゾ?」
俺がベンチに座ってリア充に呪いをかけていると、突然誰かが声を掛けてきた。というかこの口調は間違いなくアルゴだ。いつの間に後ろにいたんだ?
813: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:56:35.97 ID:mOLYqZ8Ro
比企谷「うるせえ、俺の目はこれがデフォルトなんだよ」
アルゴ「なんダ、いつも通りの腐り具合だったカァ……」
比企谷「なんでこんな日まで馬鹿にされなきゃなんないの? 俺のライフはとっくにゼロなんだよ。オーバーキルはMPが勿体ないだろうが」
アルゴ「魅せプレイのためのオーバーキルなら、多少のMP消費は構わないダロ?」
……誰に魅せるんだよ。
比企谷「それより、何しに来たんだ? 今日の情報交換はもうやったはずだぞ」
アルゴ「今日のクエストの事で、ちょっとネ」
比企谷「…………ああ」
814: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:57:09.70 ID:mOLYqZ8Ro
今日は数日前から分かっていた、”蘇生アイテム”が報酬となるクエストがある。
運のいい事に、数日前から今日まで攻略組で死者は出ていない。本当に、大した奴らだよ。
だから、俺は今日あのアイテムを手に入れる。そして俺が使い、すべての妬み恨みを”災厄の情報屋”に向けるんだ。
アルゴ「まさかとは思うケド、1人で行く気じゃないだろうナ?」
……それを聞きに来たのか? お前も心配性な奴だな。いや、こいつが俺の事を心配するはずないし、興味本位ってところかもしれんな。
比企谷「んな訳ねえだろ。……周囲を索敵してみろよ。俺をつけてる奴が10人以上いるから」
アルゴ「……そうみたいだナァ。ワザとつけさせたのかヨ?」
比企谷「ワザとじゃなくてつけてこられるのはお前しかいねえよ」
マジで、なんでつけてこられるんですかね……。
815: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:57:40.27 ID:mOLYqZ8Ro
蘇生アイテムが報酬のクエストが、1人でクリアできる難易度だとは思ってない。だから、このクエストを嗅ぎつけた奴らを釣って協力させることにした。それにどうやら、クエストの場所と日時を把握してるのは俺とアルゴだけらしい。
俺をつけてる連中は、”最悪で災厄の情報屋”なら知ってると思っているようだ。だから俺は昨日から、自分の場所を隠していない。……このためにな。
こいつらにクエストを協力させて、ラストアタック・ボーナスだけ俺が頂く。それがシナリオだ。
いつかの、ディアベルのように。
816: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:58:16.56 ID:mOLYqZ8Ro
アルゴ「それにしても、ヒッキーに生き返らせたい奴なんているのカァ? 一層以来、知り合いで死者は出てないんダロ?」
比企谷「ああ、出てない」
一層以来、な。
アルゴ「……もしかして、お前さんの生き返したい奴は……」
比企谷「さて、そろそろ時間だな」
俺は、その質問に答えずに立ち上がった。答える気は、ない。
817: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:58:53.65 ID:mOLYqZ8Ro
アルゴ「……オレっちも手伝ってやろうカ? もちろん、報酬はコルでもらうけどナ」
……こいつがこんなこと言うとは珍しい。というか、俺が知る中では初めてなんじゃないか?
ま、断るけどな。
比企谷「いらん、余計な出費はしない主義なんだよ」
アルゴ「オイラに無駄に口止め料払いまくってるヒッキーが言っていいセリフじゃないナァ」
比企谷「俺の個人情報を売り物にするお前が悪いんだろうが……」
それに、アルゴにはすでに頼みごとをしてあるしな。”風林火山には俺がこのクエストに挑戦する事を言わない”という、無理な口止めを頼んである。本来の情報屋アルゴなら、金さえ出せばどんな情報でも売る。だが、この情報だけは漏らさないと約束してくれた。それだけで、十分だ。
俺の私用で風林火山を危険に合わす気はない。それに、風林火山メンバーはだれも死んでないし、必要ないはずだ。クラインならきっと危険を顧みず俺に協力してくれるだろう。だが、再び俺が恨まれるような所を見せるのは忍びない。
俺は周りを見回して、聞き取りやすい大きな声で出発の意を発した。
比企谷「それじゃあ、いっちょいってくるかあ!」
アルゴ「…………」
818: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 22:59:28.88 ID:mOLYqZ8Ro
……………………
数分後俺は、大きなモミの木の前についた。クリスマスの飾りつけがしてあるから、クリスマスツリーと呼んだ方がいいもしれない。
ここが、目的の場所だ。
そう、ここで蘇生アイテムが手に入るんだ。
俺は大きく深呼吸した後、大声で言った。
比企谷「いつまでも大勢で隠れてんじゃねえよ、雑魚共が! 昨日からずっとバレバレなんだよ。そのお粗末な隠蔽止めて出てきやがれ!」
…………こんなもんだろ。
819: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 23:00:03.70 ID:mOLYqZ8Ro
すると俺の後ろの木陰から、出るわ出るわで15人。よくもこんなについてきたもんだな。
そして誰かはわからないが、こうつぶやいた。
「気づいてたのかよ……」
当たり前だ。逆に、なんで気づかれないと思ったんだよ。
そいつらは仲間に合図を送っていたようで、後からまた20人ほど増えた。……合計35人か。
比企谷「どいつもこいつも、攻略で見る顔ばかりだな。てめえら揃いも揃ってクエストの場所さえ掴めなかったのかよ」
俺がそう言うと、全員ばつの悪そうな顔をして俯いた。よし、この調子なら俺の想定通りに動かせるかもしれん。
全員、攻略組だった。それぞれ、いろんなギルドから来ているようだ。
820: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 23:00:47.89 ID:mOLYqZ8Ro
「あなたについていければ、場所が分かると想定していたんですよ。だから、私たちは場所を探す必要がなかった」
そんな生意気な事を言ったのは、攻略組のギルドの1つ、聖龍連合の団員だ。なかなか言うじゃねえか。まあ、もし俺がついてこさせなかったらどうしたのか、という疑問は置いといてな。
比企谷「ふん、てめえらも例の報酬目的できてんだろ? ならここで争って死人を出すことの無意味さも、当然わかってんだろうな?」
聖龍団員「ええ、もちろんです」
比企谷「だったら、とりあえず全員でクエストに挑んで、アイテムは取ったもん勝ちでいいだろ?」
聖龍団員「……それで構いませんよ。我々が一番恐れているのは、”最悪で災厄”と呼ばれる貴方に、抜け駆けされることですからね」
821: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/09(水) 23:01:16.40 ID:mOLYqZ8Ro
随分と、俺のことを評価してるじゃねえか。まあ、そのおかげて予定通り事を運べそうだ。
そんなやり取りをしていると、モミの木の上から鈴の音が聞こえてきた。
……どうやら、お出ましのようだぜ。
862: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:42:05.41 ID:2hvfbEXto
モミの木の上から、鈴の音を鳴らしながら舞い降りたそれは、
比企谷「おい、てめえら。クリスマス中止のお知らせだ。……なんせ、主役がいなくなるんだからな」
どう見てもサンタクロースだった。
サンタクロースといっても5、60のおっさんではなく、目の焦点が合ってない化け物じみた大男だ。だが、この赤服、鈴、帽子。どれをとってみてもサンタクロースだろう。
よろしい、ならば戦争だ。
比企谷「おい、てめえら。クリスマス中止のお知らせだ。……なんせ、主役がいなくなるんだからな」
どう見てもサンタクロースだった。
サンタクロースといっても5、60のおっさんではなく、目の焦点が合ってない化け物じみた大男だ。だが、この赤服、鈴、帽子。どれをとってみてもサンタクロースだろう。
よろしい、ならば戦争だ。
863: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:42:36.50 ID:2hvfbEXto
この戦いは、もはやただのクエストではない。クリスマス中止をかけた命がけの戦争なんだ。毎年毎年よくも絶望を届けてくれたな、サンタクロースよ。やっと引導を渡す時が来たんだ、俺はうれしいぜ……!
お前の赤服を、さらに真っ赤に染め上げてやろうじゃないか。
そいつが現れた瞬間、ほぼ全員が息をのんだ。そのサンタクロースのHPが、フロアボスのように4段階表示になったからだ。
まず、1人では絶対に無理だっただろう。
だが、ここには攻略組の前線部隊が35人もいる。余裕のはずだ。
……さあ、誰がこいつらを指揮するんだ?
俺がラストアタックボーナスを横取りするにしても、まずはHPを削らなきゃ話にならんぞ。
864: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:43:10.40 ID:2hvfbEXto
聖竜団員「とりあえずは、我々が主体でよろしいですか?」
全員が様子を窺っていると、聖竜連合の奴がこう提案してきた。
まあ、それで構わないさ。俺に指揮を丸投げされるかも知れんと思ったが、その心配はなかったようだ。こいつらからしてみても、俺に出し抜かれたくないなら自分で指揮を執るのが一番だろう。
俺以外のやつらも、そいつの言葉に異議を唱えない。
聖竜団員「では、行きましょう」
その掛け声とともに、血みどろの聖戦が幕を開けた。
865: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:43:37.78 ID:2hvfbEXto
……………………
……過程? そんなものは、ばっさりカットだ。
生憎、俺はキリトみたいな魅せプレイが得意じゃないんでな。
あのサンタクロースのHPバーは残り1本。ここまでの犠牲者は、当然ゼロ。
俺達は、フロアボスと戦うときのように慎重になって攻撃した。よくいえばヒットアンドアウェイの頭脳戦法。悪く言えば芋プレイだ。実に、地味である。
HPバーこそ4本あったが、このサンタクロースはフロアボスほどの強さはないようだ。このクエストを作ったやつも、こんな大勢で攻略にかかると思ってなかったんだろうな。
866: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:44:06.63 ID:2hvfbEXto
さて、そろそろ俺は動き出そうじゃないか。”最悪で災厄な情報屋”として。
ラストアタック・ボーナスを取りにな。
俺の作戦は、第一層でやった時とほぼ同じだ。
隠蔽スキルで後ろに回り込み、気づかれないように突撃する。あの時と違うのは、とどめをさすのがキリトじゃなくて俺って所だな。
……そう思って前に出ようとした瞬間、聖竜連合の連中が6人ほど、俺を取り囲んだ。
聖竜団員「抜け駆けは、させませんよ?」
比企谷「…………」
867: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:44:40.99 ID:2hvfbEXto
おいおい、いくらアイテムを手に入れたいからって、そんなにあからさまに止めに来ちゃだめだろうが……。一応ルールを守った上で取らねえと、蟠りは無くならねえぞ? まあ、俺相手なら問題ないって事だろうけどよ。
ま、こうなるとは予想してなかった訳じゃない。こいつらも馬鹿じゃないからな。聖竜連合が指揮をとると言ったのも、俺の動きを制限するためだろう。
……でも、予想よりも随分と甘いんじゃないか?
6人程度で俺を見張れると思ったのかよ。俺の影の薄さを舐めたことが、てめえらの敗因だ。
俺を囲んで安心したのか、他のプレイヤーはラストスパートをかけに行った。
だが、
868: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:45:10.54 ID:2hvfbEXto
「……!? あれ? 消えた!?」
「な、さっきまで確かにそこにいたのに!?」
聖竜団員「!? な、何をしているんですか! ……情報屋はどこに!?」
……残念、情報屋はもう赤服のおっさんの後ろです。
869: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:45:40.24 ID:2hvfbEXto
もちろん消えたわけじゃない。
俺へのターゲットを無理やりはずしただけだ。あいつらからみれば、ターゲットが急にいなくなったように見えるだろう。
これは、隠蔽スキルを上げるとできるようになるヘイト避けの小技みたいなもんだ。俺が誰かを巻くときはだいたいこれを使って逃げてんのさ。これで見失わない奴はどっかのネズミくらいなもんだな。
比企谷「言ったろ? お前らの隠蔽はお粗末だってな」
俺ほど隠蔽に特化してるやつは、そうそういない。
「ま、まて!」
誰かが叫んだ制止の声を無視して、俺は瀕死になったサンタクロースの背中に走りこんだ。
870: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:46:11.91 ID:2hvfbEXto
それは第一層でやった攻撃と同じ、首筋への直撃。
そいつは呻き声を上げながら此方を向いたが、俺は短剣を刺し続けた。
その攻撃でピッタリそいつのHPはゼロとなったらしい。
サンタクロースはまぶしい光のエフェクトを発しながら、消滅した。
……どうやら、今年のクリスマスは無事に中止となったようだ。
871: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:46:38.12 ID:2hvfbEXto
…………………………
”You got a last attack bonus!”
俺の目の前に、このメッセージが表示された。
俺は、やり遂げることができたんだ……。
手に入れたアイテムは、片手サイズの大きさの球体だった。
見れば、まさにレアアイテムといった外形をしている。
……これで、ディアベルを生き返すことができるんだな。
872: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:47:04.44 ID:2hvfbEXto
周りが結構騒がしいが、今の俺の耳には全く入ってこない。
俺は急いで、入手したアイテムの使用方法を確認した。
…………あれ? なんだ?
疲れすぎて、目が悪くなっちまったのか……?
アルゴから目薬買っときゃよかったかもな。
俺は目をこすり、もう一度説明文を見た。
しかしその説明文は、さっき見た文章と全く変わらなかった。
873: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/12(土) 18:47:30.48 ID:2hvfbEXto
”対象が死亡してから、10秒以内に使用”
896: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:41:48.12 ID:sHqA+hhBo
10秒、以内?
10秒以内ってどういう意味だ?
ディアベルが死んでから、何秒たったと思ってんだよ……?
897: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:42:18.59 ID:sHqA+hhBo
このゲームが始まった時、萱場は言った。
”今後一切ゲームにおいてあらゆる蘇生手段は機能しない”
俺はこのアイテム情報を見つけた時こう思った。
”なんだ、あのセリフはただの脅しだったのか”
だが、実際はそうじゃなかった。
898: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:42:55.58 ID:sHqA+hhBo
このアイテム自体が、”完全な蘇生アイテム”を否定する絶望だったんだ。
このアイテムが、このSAOでの唯一最高の蘇生アイテム。そして、これ以上のものは存在しないのだろう。
このアイテムは、あのセリフを裏付けるものだったんだ。
……10秒以内で、誰を生き返せって言うんだよ。
「……さん、情報屋さん!」
誰かに、呼ばれた気がした。
899: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:43:27.53 ID:sHqA+hhBo
聖竜団員「情報屋さん! 聞いていますか!?」
なんだお前かよ。今忙しいんだ、後にしてくれ。
つーか”情報屋さん”って呼び方何とかなんねえのかよ。
聖竜団員「情報屋さん、そのアイテム使わないのなら、どうかお譲りして頂けないでしょうか。 お願いします! 自分たちに払える代償なら、払います!」
さっきまで俺をハブにしてくれた癖に、ひどい手のひら返しじゃねえか。
使わないんじゃなくて、使えないんだよタコ野郎。
900: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:44:03.44 ID:sHqA+hhBo
聖竜団員「どうしても、生き返したい人がいるんです! どうか、お願いします!」
おいおい、土下座は俺の十八番だろうが。勝手にやってんじゃねえよ。
こんなアイテム、要らねえからくれてやる。
比企谷「…………! いや、駄目だ」
……あれ、今俺は何て言った?
901: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:44:36.37 ID:sHqA+hhBo
こんなもん使えないんだからくれてやればいいじゃねえか。
聖竜「ならば、なぜ使わないんですか!?」
…………あ、そうか。
こいつらはこの絶望にまだ気づいちゃいないんだ。
まだ、このSAOに蘇生アイテムが存在するという希望を捨ててない。
そりゃそうか、このアイテムがそのもののはずだしな。
902: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:45:13.27 ID:sHqA+hhBo
・・・・・・じゃあ、このアイテムが10秒しか使えないものと知ったら、こいつらはどう思うんだろうか。
俺のように、絶望するんじゃないか?
生き返す可能性があると信じていたのに、それをあっさりと否定される。そうなればやがて、このSAOに蘇生アイテムなんか存在しないってことに気がついちまうだろう。
こいつらは攻略組だ。こんなところで絶望されちゃ困る。
903: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:45:50.93 ID:sHqA+hhBo
……そうか、俺がこう言えばいいんだよ。
”このアイテムを譲れだって? 馬鹿かお前ら。このレアアイテムは俺のもんだ、使わねえけどお前らになんかやらねえよ。最大まで値段が釣り上がるまで俺が持っておくさ”
これでいい。
これでこいつらはこのアイテムの効果を知ることができないから、絶望しなくて済む。俺が使わずに持っている限り、あいつらはこれが完璧な蘇生アイテムと思い込むはずだ。
そうすりゃ、蘇生アイテムへの希望を捨てずに済むかもしれない。
ここ以外でも、また蘇生アイテムが出現するかもしれないという希望を。
904: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:46:24.04 ID:sHqA+hhBo
こんなことを言えば今度こそ、俺の命を奪いに来るかもしれない。だが、ここで絶望させるよりはそのほうがずっといいんじゃないか?
問題の解決にはなってないが、問題の引き延ばしにはなる。
俺が生きてる限りのな。
どうせ”最悪で災厄”と呼ばれてるんだ。いまさら更に嫌われようが、問題ないじゃないか。
嫌われるならいっそ、とことん最悪でいようじゃないか。
905: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:46:57.88 ID:sHqA+hhBo
俺は、意を決して口を開いた。
比企谷「このアイテムは……」
「”対象のプレイヤーがゲームオーバーになった時(10秒以内)、このアイテムを使用する”」
比企谷「……!?」
906: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 00:47:24.64 ID:sHqA+hhBo
俺のすぐ後ろで、誰かが大きな声でそう言った。
というかこの声は、
アルゴ「……だってサァ。お前さん達、10秒以内に生き返したい奴なんているのカァ?」
アルゴだった。
933: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:47:08.48 ID:sHqA+hhBo
なぜそんな事を言った?
いや、なんでお前がここに?
俺が今から言おうとした事を、突然現れたアルゴが台無しにした。
こいつは、アイテムの内容を全部喋っちまった。こんなスタンドプレイ、お前のキャラじゃないだろ?
……これじゃあ、希望もくそもないじゃねえか。
俺はアルゴに文句を言うべく、後ろを向いた。
934: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:47:39.40 ID:sHqA+hhBo
って顔ちけえ! あ、そうかアイテムの説明文読んでたんだから当たり前か。
アルゴ「…………」
…………なにか、言えよ。
アルゴは俺の目をじっと見続けるだけで、何も言わない。
やめてくれ、そんなに真っすぐ見られんのは得意じゃないんだ。俺の目が余計腐ったらどうする。
935: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:48:09.01 ID:sHqA+hhBo
聖竜団員「10秒、以内……?」
少し間が空いたが、アルゴのセリフにやっと反応を示した。
そいつの言葉に呼応して、周りの参加者もどよめき始める。……これで、こいつらも絶望の仲間入りってわけか。
アルゴ、お前は何しに来たんだ。
わざわざそんな事を言うために来たってのか?
一体、なんで……?
比企谷「……なんで、お前がそれを言うんだ?」
936: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:48:38.16 ID:sHqA+hhBo
アルゴは、まっすぐな目で此方を見続けている。
アルゴ「そりゃ、ヒッキーが言わないと思ったからだヨ」
…………なんでそんなことわかるんだよ。
いくら情報屋でも、俺の行動パターンまで把握してんのはおかしいだろうが。何お前、ストーカーなの? 俺の趣向全部知ってんの?
つーか、知ってたなら尚更なんで言ったんだよ。
937: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:49:31.15 ID:sHqA+hhBo
アルゴ「お前さんが全部背負い込まなきゃダメなホド、攻略組はヤワじゃないサ」
アルゴ「ヒッキーが一層でやったことは必要だったのかもしれないケド、なんでもかんでも面倒なきゃいけない理由はどこにもないんダ」
アルゴは、凛としてそう言い放った。
938: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:50:22.45 ID:sHqA+hhBo
……お前、やっぱり俺が一層でやったことの意味、知ってたんだな。
知ってて、俺がまたやらかさない様に見に来たのか? ずいぶん暇な奴だな……。もしかしたら同じ情報屋だからこそ、俺のやろうとした事がわかったのかもしれない。
……だが、俺は少し自分を安売りし過ぎたのかな。
実際安いけどよ。
売り時は、今じゃなかったらしい。
アルゴ「……もしこれ以上何かを背負い込みたいのナラ、もっと別のことにしてくれないカ?」
比企谷「別のことって、なんだよ……?」
そんなものがあるのか?
アルゴ「さあナァ。ま、もっと自分の周りに目を向けるがいいサ」
アルゴは、教えてくれなかった。
939: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:51:04.32 ID:sHqA+hhBo
……………………
聖竜団員「……我々は、お先に失礼させていただきます。そのアイテム、無駄にしないでくださいね?」
しばらくした後、聖竜連合含む攻略組は順に帰って行った。
やはり、全員蘇生アイテムの有無について、完全に見切りをつけたのだろう。一人一人の顔に、絶望の2文字が張り付いていた。
だが、その中の一人が去り際にこう言ったんだ。
「また、攻略会議で会おう」、と。
941: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:51:36.97 ID:sHqA+hhBo
……強いな。
アルゴ、お前の言う通りだったよ。こいつ等はヤワじゃない。
やっぱり、俺がやってる事なんかたいして重要なことじゃないんだな。
ずいぶんと頼りになるじゃないか。
攻略組が去った後、クリスマスツリーの下に俺とアルゴだけが残された。もし現実なら、俺と小町2人だったかもしれんな。いや、小町は友達とクリスマス会とかありそうだし、やっぱ俺ボッチか? うん、そっちのほうが現実的だ。
アルゴ「こんな形で、クリスマスを迎えるとは思いもよらなかったヨ」
俺がぼーっとツリーを眺めていると、隣でアルゴがそんなことをつぶやいた。
942: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:52:03.47 ID:sHqA+hhBo
比企谷「ネットゲーマーなら本望なんじゃないのか?」
アルゴ「ま、そうかもしれないナァ……」
アルゴは、クスクスと笑いながらそう答えた。なんだか、今までずっと肩を張ってた俺が馬鹿みたいだぜ。俺は、少しだけ心を休めていいのかもしれんな。
もうすぐ日付が変わる。
ああいっそ、渡しちまってもいいかもしれない。
日が、変わる前にな。
943: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:52:30.12 ID:sHqA+hhBo
比企谷「……アルゴ、このアイテムお前にやるよ」
俺は、手に持った即席蘇生アイテムを差し出しす。
比企谷「俺が持ってても、イザという時までとっといちまうかもしれないからな。目の前で人が死んでも使わないかもしれん」
正直、俺にこれを使う勇気はない。”あの時使わなければ……”とか後悔したくないからな。
944: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:52:58.15 ID:sHqA+hhBo
アルゴ「……それで6回分の貸しを帳消しにしようってのカァ?」
比企谷「そうしてくれるならそれでもいいぞ」
アルゴ「……タダなのかヨ?」
比企谷「……」
俺は、沈黙で答える。答えは沈黙。
アルゴ「なら、貰えるもんは貰っとくサ。貸しは別で返してもらうって事でいいんだナ?」
比企谷「ああ、それでいいさ」
お前になら、一回くらい気まぐれで掛け値なしの善意を見せても、誰にもバレないだろうしな。
945: ◆Ah4JR3K0.Got 2014/04/13(日) 22:53:25.26 ID:sHqA+hhBo
俺がそう言った辺りで、日付変更を伝える鐘が鳴った。
ゴーンと響く除夜の鐘のような音色は、なんだか空気を落ち着かせるような、そんな感じがする。
鈴の音もサンタクロースもいないが、こんなクリスマスも悪くないのかもしれない。
比企谷「……さっさとクリアして現実の空気を吸いたいもんだ。こんなに現実じみたゲームに長居しちまうと、戻った時の感動が薄くなっちまうかもしれん」
アルゴ「ヒヒ、まったくだナ」
俺は、久々に世間話をした。
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…待ってるね(。・ω・。)
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