1: イチジク ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:14:34.53 ID:IFdEPb8do

 アリスちゃん、わが命の光、わが腰の炎。アリスちゃん――

 冒頭から気色の悪いポエムを脳内に垂れ流している人物こそ、本作の主人公

播磨拳児である。

 学校の教室では、彼の右前に彼女、アリス・カータレットの席がある。

 後ろから見るアリスの姿はまた幻想的であった。

 金色に輝く髪、青い瞳、小柄な身体、そしてなぜか頭には簪(かんざし)。

 抱きしめたくなるような愛くるしい雰囲気を持ちつつ、やや控えめで恥ずかしがりな

性格が彼の心を掴んで離さなかった。

 中学生時代から素行が悪く、遅刻や欠席が頻繁にあった彼が高校に入ってから、

ほとんど休まなくなったのは彼女の存在が大きい。

 なぜ彼はこれほどまでに彼女に魅かれたのか。

 きっかけは本当に単純なものであった。

 小柄で金髪のイギリス生まれの少女。

 普通の高校なら、注目されて当然だが、彼らの通う学校には、留学生や帰国子女

も多かったため、それほど目立つこともない。

 とはいえ、多くの外国人生徒の中でもアリスの存在が際立っていたことは間違いない。

 珍しい物を見る様な目で周囲から見られていた彼女は入学当初、まるで小動物のように

怯えていたような気がする。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1398856474

引用元: もざいくランブル!

 

きんいろモザイク 九条カレン (1/8スケールPVC塗装済み完成品)
グリフォンエンタープライズ (2014-03-28)
売り上げランキング: 10,229
2: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:15:35.20 ID:IFdEPb8do

 彼女がホームステイしている同居人で、同じクラスの……、名前はよくわからないが

遠くから見るとコケシみたいな形をした女子生徒といつも一緒にいた。

 播磨はというと、出会ったばかりのころはその存在は認識してはいたけれど、周りの

生徒ほど興味は持っていなかった。

 否、彼の場合自分以外の人間に興味を持つこと自体少なかったかもしれない。

 身長180センチ以上の大柄な体格に、サングラス、そして髭。どこからどう見ても不良の彼に対し、

積極的に話しかける者は一部を除いてほとんどいない。

 彼のほうも、人間関係が面倒だったのでそれでいいと思っていた。

 彼は一人だった。

 なまじ腕っぷしが強いばかりに、彼を支えるような人物は身近には現れない。

 もちろん彼の周りにも人はいたけれど、どいつもこいつもガラの悪い連中ばかりである。

 誰もが認める不良。そして自分も自分のことを不良だと認識していた。

「アリス、携帯電話持ったの?」

「うん、最近は物騒だからってね」

 アリスはそう言って真新しい携帯電話を友人たちに見せていた。

「お揃いですよお」

 隣の大型こけしがそう言って色違いの携帯電話をアリスと同じように見せる。

 その時、

《~♪》

 不意に鳴った着信音。

3: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:16:33.94 ID:IFdEPb8do

 そのメロディに播磨は聞き覚えがある。

「きゃっ」

 自分の携帯電話の音に驚くアリス。

「何やってるのよよ。授業中に鳴らすと怒られるから、ちゃんとマナーモードにしておいてよ」

 黒髪のツインテールが呆れるように言った。

「でもさ、アリスの今の着信音、なんだか珍しいね」

 茶髪で、少し大柄な女子生徒がそう言って携帯を覗き込む。

「ああ、これ好きなんだよ」

 アリスは照れながら言った。

 アリスの持っている携帯電話の着信音、それは偶然にも――


《~♪》


 播磨のものと同じであった。

「あれ、今の音って」

「俺のだ」

 滅多に入ることのない着信が、この時偶然にも播磨の携帯に入ったのだ。

「今の音、アリスの携帯のと同じだよね」

 ツインテールが言った。

「何の音だっけ」

「確かアリスが好きなテレビ番組なんですけど」

4: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:17:10.74 ID:IFdEPb8do

 こけしはそう言って首をかしげる。

「あ、あの!」

 不意にアリスは声を出した。

「!!」

 その声に、播磨は驚く。

 これまで借りてきた猫のように大人しかった小柄な少女が急に目を輝かせ始めたのだ。

「あ、あの……、今の着信音って」

 そして恐る恐る、こちらに話しかけてきた。

「あ、ああ。『三匹が斬られる』のテーマだけど、それがどォした」

 教室内で滅多に話しかけられることもがない播磨は、異国の少女に急に声をかけられたことに少し動揺していた。

「……」

 周囲の女子生徒たちは心配そうにこちらを見ている。

(大丈夫。別に取って食ったりはしねェよ)

 播磨は心の中でそう思いながら、アリスの表情を見た。

 不安そうな瞳。

 彼女なりに勇気を振り絞った結果なのだろうか。

「時代劇、好きなんですか?」

「ああ、好きだな」

「三匹がきられるの中で一番好きなのは――」

5: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:17:45.85 ID:IFdEPb8do

「もちろん、万石だ」

「わ、私もです」

 そう言って、アリスは笑顔を見せた。

「あ……」

 その笑顔は、彼が今まで見てきた中でも一、二を争うほど眩しい笑顔であった。

「時代劇好きな人がいて、嬉しいな」

「そ、そうだな……」

 外国人にしてはやたら流暢な日本語を話す彼女は、相当の日本マニアなのだろうか。

 そんな風に思っていると、いつの間にか彼は右前に座る彼女のふわふわの髪に突き刺さった

簪を見るのが日課になっていた。










      もざいくランブル!
 


    第1話 突 然 encounter
 

6: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:18:28.22 ID:IFdEPb8do


  
 アリスが日本に来てから数か月。

 彼女は少しずつであるけれど、クラスの連中と打ち解けてきた。

 固かった表情も次第に柔らかくなり、花のような笑顔も見せる様になった。

 一方、播磨は相変わらず孤独である。

 ただ、彼の心の中ではアリスに対する思いが強くなっていた。

(くう、今日も可愛いぜアリスちゃん!)

 こんなことを考えている間、彼は無表情であり、サングラスに隠された瞳の思考を読み取れる者はいない。

 というか、誰も彼の思考を理解しようとは思わなかった。

 なぜなら彼は不良だから。

(しかし、こんなことをしていたのでは埒が明かないな)

 播磨は足りない脳を使ってアリスとの関係が進展する策が無いか少しずつ考え始めていた。

 いつまでも後ろの席から彼女の簪を眺めるだけの日々から卒業したい。

 一言二言、声をかけるチャンスはあったけれども上手くモノにできなかった。

いや、たとえモノにできたとしても、その会話を上手につなぐことはできなかったであろう。

 そもそも播磨は、女の子と付き合ったことはおろか、まともに友達づきあいすらしたことがなかったのだ。

 人と仲良くなる方法など知る由もなかった。

(何とかしねェとな。このままじゃあ夏休みになっちまう)

7: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:19:27.58 ID:IFdEPb8do

 夏休みになると、当然会える数は減ってしまう。

 播磨はそう考えると不安になった。

(夏になると人は解放的になる。そうなると、アリスちゃんにも悪い虫がついてしまう可能性も。

ああー、それは不味い。非常に不味いぞ……!)

 播磨は心の中で頭を抱えて身悶えていた。

 もちろん、そんな風に悩んでいることなど、当のアリスは知らない。というか余計なお世話である。

(なんとしても早くアリスちゃんと仲良くなって、不埒な輩が近づくことを阻止しなければ)

 彼の頭の中で、自分がその“不埒な輩”であるという認識が微塵もないことは言うまでもない。
 
(だめだ。やはり俺一人の知能では限界がある。いっそ誰かに相談を……。くっ、バカ野郎。俺は不良だぞ。

一体どこの世界に女の子と仲良くなる方法を相談する不良がいるってんだ)

 播磨が一人、悶々と悩んでいると、

「どうしたの? 具合悪いの?」

 不意に声をかけてくる生徒が一人。

(アリスちゃん!?)

 変な期待をしつつ、顔を上げるとそこには黒髪でおかっぱ頭の女子生徒がいた。

(コイツは確か、いつもアリスちゃんと一緒にいる)

「アマクサ?」

「大宮。大宮忍です。すぐ前の席なんですから、覚えてください」

「オオミヤ……」

8: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:20:12.13 ID:IFdEPb8do

「この前自己紹介したのに」

「そうだったっけかな」

 播磨は今、アリス以外の女子生徒、というか人間自体にほとんど興味を持っていない。

 ゆえに他の生徒の名前を覚える必要性すら感じていなかった。

「何だか具合悪そうだったけど、風邪でも引いきましたか?」

「あ? 別にそんなんじゃねェよ」

 播磨は生まれてこの方、風邪などひいたこともない健康優良児である。

「そうなんだ。私、保健委員だから、何かあったら言ってくださいね」

 そうだったのか、と播磨は納得する。

 というか、委員会自体播磨には興味のないことだ。

「ところでよ、大宮」

「何?」

「お前ェ、アリスちゃ……、アリス・カータレットといつも一緒にいるよな」

「ええ? アリスと!? そこまで一緒ではないと思うんですが」

(自覚なしか)

「そういや入学した時からずっと仲良かったけど、どういう関係だ?」

「関係? そんなの改まって言うほどでも」

 大宮忍はそう言って身をくねらせる。

(ウゼェ……、さっさと答えろ)

9: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:20:42.85 ID:IFdEPb8do

 播磨は胸の底からわき上がるイラつきを抑えながら忍の答えを待った。

「アリスはですね、今ウチにホームステイしてるのです」

「ホームステイ……、だと?」

 そういえばそんな話を聞いたことがある、と播磨は思った。

「正しくは、Home stay かな」

(発音なんかどうでもええわ)

 播磨は心の中でツッコミをする。

「実は私も、中学の時にイギリスにあるアリスの家にホームステイしていたことがあったんですよ。

その縁で、今はアリスが日本でホームステイしているんです」

「そうだったのか。それでいつも一緒に」

 何も知らない異国の地で、数少ない知り合いを頼ることはよくあることだ。

 播磨は未だに外国に行ったことはないけれど、何となく想像することはできた。

「ところで大宮」

「なんですか?」

「お前ェ、イギリスに行ったんだよな」

「そうですよ」

 エッヘン、という音が聞こえてきそうなほど、彼女は得意気な顔で胸を張る。

 胸はあまり大きくない。

「だったら英語とか得意なのか」

10: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:21:17.34 ID:IFdEPb8do

「えー、それは……」

 そう言って忍は目を逸らした。

「I live in Tokyo.を過去形に直してみろ」

「か……、過去形?」

 忍は口ごもる。

(コイツはどうやって高校に入れたんだ……)

「過去は振り返らない主義なんです」

(どんな主義だ貴様)




   *

11: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:21:57.22 ID:IFdEPb8do



 人間何がきっかけになるのかよくわからないが、その日以来播磨は忍とよく話をするようになった。

 バカ同士で波長があったのかもしれない。

(ふむ。本来の目的とは少し逸れるが、将を射んとすればまず馬からとも言うし。

アリスちゃんと仲の良いダチと関係を築くことも大事かもしれん)

「播磨くんって、英語が凄く得意なんだね~」

「お前ェがバカすぎるだけだろ」

「酷いよお」

(悪いな大宮。お前ェはアリスちゃんと仲良くなるための踏み台になってもらうぜ)

 そんな野望を抱きつつ、アリスに接近する播磨。

 しかし、

「フーッ!」

 アリスはまるで子猫を守る母猫のごとく、警戒心丸出しで播磨を威嚇していた。

(どういうことだ!)

 アリスと仲良くなるために彼女の親友に接近した播磨は、その目算が狂ってしまったことになる。

(一体何があったんだ)

 アリスの態度の急変に困惑する播磨。

 もっとたくさん時代劇の話とかしたいのに。もっと歴史の話とかもしたいのに。

 あわよくばイチャイチャとかもしてみたいのに。

12: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:22:52.58 ID:IFdEPb8do

 そんな淡い希望は、敵意に満ちたアリスの視線にかき消されてしまった。

(どういうことだ)

 そんなアリスに戸惑っていた播磨の前に、今度は別の女子生徒が現れる。

「ねえ、播磨くん」

「あン?」

 大宮忍か、と思ったら違った。

 忍と同じ黒髪だが、長い髪を二つに縛っている、いわゆるツインテールの女子生徒だ。

 髪型と目つきからして、何となく気が強そうに思える。

「誰だ」

「小路(こみち)よ。小路綾。いい加減クラスメイトの名前くらい覚えなさいよね」

「前にも同じことを誰かに言われた気がした」

「まあそんなことはどうでもいいんだけどさ」

「いいのかよ」

「聞きたいことがあるの」

「なんだ」

「播磨くん。あなた、忍のことが好きなの?」

「俺はむしろ忍びよりは剣豪のほうが」

「誤魔化さないで」

 ぐいっと顔を寄せるツインテール。

13: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:23:28.14 ID:IFdEPb8do

「んだよ」

「“しの”のことが好きなのかって聞いてるの」

「シノって……誰だ?」

「しのぶよ。大宮忍」

「ああ、アイツか」

「それで、あの子のことが好きなの?」

「なんでそうなんだよ」

「だって、最近よく話してるじゃん」

「よく話してたら好きってどういう状況だ。つうか、そんなに話してねェし」

「そうなの?」

「ったりめェだ」

「うーん、私はてっきり播磨くんがしのに気があると思ってたんだけどなあー」

「酷ェ勘違いだ」

「おかげで最近アリスが機嫌悪くてさあ」

(アリスちゃん……!?)

 その名前に播磨の心は反応する。

「なんで、その、アイツが機嫌悪くなんだよ」

「うーん、やっぱりあれかな」

「アレ?」

「ヤキモチってやつなのかな、やっぱり」

14: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:24:02.46 ID:IFdEPb8do

(アリスちゃんが俺と大宮の関係を疑ってヤキモチ? 嫉妬か。そいつは一体、どういうことなんだ)

 播磨は一瞬考える。

 そして、

(そうか。つまり、アリスちゃんは俺と大宮が仲良さそうにしているのを見て嫉妬したんだな。

つまり、彼女も俺のことを)

 という結論に至った。

(ふっふっふ、ありがとうよアリスちゃん。俺も同じ気持ちだぜ)

「おーい、播磨くーん。聞いてる?」

 小路綾の声はすでに播磨拳児には届かなかった。




   * 
 

15: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:24:38.34 ID:IFdEPb8do

 別の場所。

「ああ、つまりシノは別にハリマくんとお付き合いしているわけではなかったのね」

「そうだよアリス。なんでそんな考えになるんですか」

 忍とアリスが廊下を歩きながら話をしていた。

 アリスは、ここ最近忍と播磨がよく話をしているのを見て二人の関係に嫉妬してた。

 ただし、嫉妬の対象は播磨ではなく親友の忍のほうである。

「シノが獲られるんじゃないかと思って心配したよ」

「とられないから……」

 忍はそんなアリスの言動を苦笑いしながら聞いていた。

 アリスはかなり嫉妬深いようで、忍の友達だけでなく学校の先生にもヤキモチを焼いていた。

 そんな二人の前に、大きな人影が一つ。

「播磨くん? どうしたの?」

 忍が言った。

 その言葉にアリスが反応する。

「いや、その、なんつうかよ……」

 いつもより歯切れが悪い。 

「俺は別に、その、大宮とは何ともないからな。ただのクラスメイトってだけだ」

「はい?」

16: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:25:05.78 ID:IFdEPb8do

「それを言いにきた」

「はあ」

 そう言うと、播磨は足早に去っていく。

「一体なんだったんだろう」

 アリスは首をかしげた。

 もちろん、忍にもよくわからない。

 わからないけれど、それ以降アリスが播磨に対して敵愾心をむき出しにする事態は、

一応収まったようである。





   *

 


 
 場所は戻って教室。

「ねー綾」

 先ほど播磨に話しかけていたツインテールの小路綾が席に戻ると、彼女に話しかける女子生徒が一人。

「ああ、陽子。どうしたの?」

17: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:25:42.04 ID:IFdEPb8do

 少し茶色がかった髪の毛に、(比較的)豊かな胸を持つその女子生徒は、

綾の中学時代からの親友である、猪熊陽子である。

「さっき播磨くんと話をしてたよね」

 陽子は興味深そうに聞く。

「え? ああ。しののことで少しね。それがどうしたの?」

「播磨くんってどんな感じ? ちょっと近づき難いところあるけど」

「いや、別に。普通だよ。見た目があれだけど。まあ何考えてるのかわかんないところもあるけど」

「そうなんだ」

「……、まさか陽子も彼に気があるとか言うんじゃないでしょうね」

「……え?」

 一瞬言葉を詰まらせる陽子。

「本当に気があるの?」

「違うよ綾。私が興味あるのは――」

「興味あるのは?」

「播磨くんのカラダ」

「身体?」

「いや、なんていうか。服の上からでもわかるけど、すごく筋肉ありそうじゃない?」

(そうだった。陽子は筋肉マニアだったか)

 綾は中学時代のころを思い出す。

「写真、撮らせてくれないかなあ」

18: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:26:10.33 ID:IFdEPb8do

 いつの間にか陽子はデジタルカメラを手にしていた。

「いや、本当に待てっよ陽子」

「私は播磨くんの身体にしか興味がないから、安心して綾」

「安心できねー!」

 綾の心配は続く。




   * 




 まるで人形のような可憐さを持つアリスは、留学生や帰国子女の多いこの学校内でも

一際目立つ存在であった。

 当然、同級生や上級生からも注目される。

 入学当初、彼女は色々な男子生徒から声をかけられていた。

 ただ、人見知りなアリスははっきりとモノを喋ることができず、いつも戸惑っていた。

 だが、いつの間にかあまり声をかけられなくなっていく。

「わたしとしてはそっちのほうが嬉しいな」

 アリスは言った。彼女は静かに暮らしたいタイプである。

「飽きられたか」

 陽子は言ってみる。

「ちょっと、そこは慣れたとか馴染んだとか言ってあげてよ!」

19: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:26:45.89 ID:IFdEPb8do

 と、すかさず綾がツッコんだ。

 中学時代の同級生らしく、二人のコンビネーションは息ピッタリである。

 もちろん、アリスが男子生徒から声をかけられなくなったのには理由がある。

 少し前の話。

「ねー、キミ。一年のアリスちゃんだよね」

 アリスに見知らぬ男子生徒が話しかけた。

「え? はい」

「俺さあ、A組の佐野だけど」

「はあ」

「キミに凄く興味あるんだ。今度、キミの友達と一緒に遊び――」

 そこまで言いかけて、二年生は言葉を止めた。

「どうしました?」

「いや、何でもない」

 そう言うと、アリスに声をかけた二年生はそそくさと走り去っていった。

 そんなことが何度も続くうちに、少なくとも男子生徒が気軽に声をかける、ということはなくなっていた。

「へー、不思議だねえー」

 忍はそんなアリスの話をまるでおとぎ話のように聞いていた(つまり、あまり深く考えていないということ)。

 もちろんこの話にも裏がある。

20: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:27:14.66 ID:IFdEPb8do

 二年生の佐野という男子生徒は、異性に対して積極的な男で有名であった。

 なまじ顔も良いため、女にはモテた。

 そんな彼がアリスに食指を伸ばすのはある意味必然だったかもしれない。

 しかし――

 アリスの後方約十数メートルにいた、播磨拳児という男の存在が、彼女を他の男たちから

遠ざけていたことは、あまり知られていない。



 

   *

21: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:28:26.18 ID:IFdEPb8do


 播磨の観察によると、アリスには仲の良いクラスメイトが三人いることがわかった。

 まず、1人はホームステイ先の住人である大宮忍。遠くから見るとコケシに見えなくもない彼女は、

性格はおっとりしていてあまり頭がよろしくない。

 二人目は、最近話しかけてきたツインテールの小路綾。

 そして小路の親友らしき、猪熊陽子。

 正直、播磨にとってはアリス以外はどうでもいい存在なのだが、アリスが仲良くしている時点で、

無視できない存在であった。

「言葉って難しいですね。改めて思います」

 英語の教科書を見ながら忍がつぶやく。

「そうなのかな」

 アリスが答えた。  

「だって心で通じ合うとか言っても、やっぱり言葉がわからなきゃ誤解しちゃいことも

あると思いますし」

「そうかもね」

「だから私も、アリスのことを理解するために、英語の勉強頑張りますね」

「頑張って、シノ!」

(そうか。言葉か)

 播磨は二人の会話を聞きながら何かを思う。

(確かにアリスちゃんが俺のことを好いていても、俺がそれに対してはっきりと言葉に

してあげないと、相手も不安になってしまうな)

 言うまでもなく播磨の勝手な解釈である。

22: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:29:01.71 ID:IFdEPb8do

(やはり思いははっきりと口に出したほうが良さそうだな)

 だがしかし、いつもアリスの周りには例の三人がいる。

 さすがに公衆の面前で思いを告げることは避けたい播磨。

(別に恥ずかしがってるわけじゃねェぞ。アリスちゃんに変な思いをさせねェためだ)

 播磨は自分自身に言い訳するように心の中でつぶやく。

 そしてチャンスは意外にも早くやってきた。

「シノ。帰りましょう」

 授業も終わり、アリスがシノを誘う。いつもの光景だ。

「ごめんねアリス。今日はちょっと先生に呼ばれているからすぐには帰れません」

「じゃあ待ってる」

「補習なので、時間がかかると思います」

「あ……」

 何かを察したように、アリスは頷いた。

「ですから、みんなと先に帰っていてください」

(これは……)

 いつも一緒にいる大宮忍が今日は一緒ではない。

 それだけでも彼にとっては大きな好機であった。

(もしかして、アリスちゃんと二人きりになれるチャンスがあるかもしれねェ)

 そう思った播磨は急いで帰り支度をする。

「アリスー。一緒に帰ろう」

23: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:29:45.12 ID:IFdEPb8do

「はーい」

 しかし、アリスのすぐ近くにはツインテールの小路綾とやや大柄な猪熊陽子がいた。

(この二人を何とかしねェとな)

 播磨は三人を尾行するように下校する。

 その姿はまるでストーカー、否、ストーカーそのものである。




   *



 帰り道、アリスたち三人は駅前のペットショップに寄ったり、雑貨屋の商品を見たりと、

色々より道をしていた。

(何やってんだよあいつら。さっさと帰れよ! 真っ直ぐ帰れよ!)

 播磨は電柱の陰に隠れて三人の様子を伺いながらそう思った。

 彼の姿を見た通行人はギョッとしていたが彼は気にしない。

 今の播磨にはアリスしか見えていないからだ。

(こんなチャンスは滅多にねェんだ。何としても、何としても告白を成功させてやる)


 イライラに耐えながら尾行を続ける播磨。

 そして時は来た――

 アリスが綾と陽子の二人と別れたのだ。

 これから家に到着するまでのわずかな時間。

24: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:30:41.97 ID:IFdEPb8do

 これがチャンスだ。

 彼女の家までの道のりはだいたい頭に入れている播磨は、頭の中で瞬時の

告白プランを練り上げた。

(長編ラブストーリーを期待していた連中よ、残念だったな。今日でこの物語も終わりだぜ。

俺とアリスちゃんの幸せな結末(エンディング)によってな!)

 播磨の頭の中にはすでにエンディングテーマが鳴り響いていた。

(待っていてくれアリスちゃん。今キミのもとへ!)

 そう思った矢先、

「ちょっとキミ」

 何者かが声をかけてきた。

「あン?」

 振り返るとそこには、紺色の制服に身を包んだ警察官が二人。

「サングラスをかけた学生服姿の不審者がいると通報があってね。ちょっと、話を聞かせてもらえないかな」

「不審者?」

「ちょっとお話をするだけだから」

 言葉は丁寧だが、有無を言わせぬ威圧感を出す警察。

 これが職務質問というやつか。

 中学時代、ヤンチャをしていた播磨はあまり警察にいい思い出がない。

「キミ、どこの学校? 高校生?」

「……」

25: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:31:29.19 ID:IFdEPb8do

(冗談じゃねェ。この大事な時に警察なんかの相手してられるか)

 あまり懸命ではない彼は、目の前の告白という目標しか見えていなかった。

 そして後先も考えずに……、

 逃げ出した!

「あ、待てええ!!」

(ふざけんな! こっちは一世一代の大告白をしなきゃいけねェんだ! こんな所で立ち止まっているわけにはいかねェ!)

 そう思い、播磨は一気に駆け出す。

 走る、走る、走る。

 警官も怒って追いかけてくる。

「職務質問って任意なんだろうが! 断ってもいいんだろうが!」

「ちょっと待てええ!!」

 理屈の上では任意である職務質問。だが、いきなり何も言わずに逃げだしたら警察官も怪しいと思うはず。

 だがそんなことは今の播磨には一ミリも考えられなかった。

(俺がどれだけ待ったと思ってんだ。この一言、この一言を伝えてやる。後はどうなってもかまわねェ)

 すでに告白に命をかける覚悟をした播磨は止まらない。

 走り過ぎて心臓と肺が悲鳴を上げていることも構わず、とにかく進む。

 そして、路地で警官の追撃を振り切る。

 元々身体能力の高かった播磨は、追いつめられて更に大きな力を発揮したのだ。

26: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:32:09.10 ID:IFdEPb8do

(いよっしゃ、警官の追跡を振り切ったぞ。早くアリスちゃんのもとへ)

 再びアリスの姿を探した播磨。

 そして捜索の末、彼女の後ろ姿を発見した。

(よかった、見失っていなかった)

 可憐な金髪。その後ろ姿はアリス・カータレット。

 しかしそんな彼女の姿も、すぐに建物の影に隠れてしまった。

「やべェ、早く追わなけりゃ!」

 急いで歩道橋の階段を降りる播磨。

 だが久しぶりに全力で走った彼の脚は、限界に近づいていた。

「待ってくれ!」

 もはや心の中の声を隠そうともしなくなった彼は、全力でアリスのもとへ向かう。

 しかし、

「ぐっ!」

 脚の疲労が彼の前進を妨げる。

 そして、彼は大きくバランスを崩す。

(こんなことならもっと普段から運動しときゃよかった)

 転倒しながら、播磨はそんなことを考えていた。

「ぐわああ!!」

 何とか受け身を取ったので怪我をしていない。

 早く立ち上がって彼女を追わなければ。

27: ◆4flDDxJ5pE 2014/04/30(水) 20:32:47.71 ID:IFdEPb8do

 逸る気持ちを抑えて顔を上げた時、夕日に輝く金色の髪の毛が見えた。

「大丈夫デスか?」

(アリスちゃん!?)

 見えないところまで行ってしまったと思われたアリスが、すぐ近くにいた。

(そうだ、俺たちは通じ合っている。これしきの障害など)

 そう思った播磨は、差し出された手を強く握る。とても細く、柔らかい手であった。




「キミのことが好きなんだ!! 付き合ってくれ!!」




 周りの人間が驚くほど大きな声で、彼は告白した。

(言った、言ってやったぞ)

 胸の高鳴りを抑えるように大きく息を吸った播磨は、ゆっくりと顔を上げる。

 そこには、

「What?」

 金髪ではあるけれど青いパーカーを着た全くの別人がそこにいた。


(……誰?)


 アリスとは明らかに違う金髪少女の手を握ったまま、播磨は硬直してしまった。





   つづく

28: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:54:35.65 ID:foCa0LDfo


 夕日に染まる街。

 買い物客や下校中の学生もいる中で、播磨拳児は一世一代の告白をした。

 ただし、相手は全然知らない相手だ。

 それも金髪の少女。灰色の瞳が印象的である。

「あ……」

 間違えました。

 そう言えば済むことかもしれない。しかし、あまりにも全力で告白してしまった彼は、

引っ込みがつかなくなっていたのだ。

(しまった、早く、早く何とかしなければ)

 手を握ったまま考え込む播磨。

「あ! いたぞ!」

 そこにさきほどの制服警官が現れる。

「やべっ!」

 警官の姿を見た播磨は反射的に手をはなし、その場から立ち去った。

 何か言い訳をしないと不味い、とは思ったけれど警官に捕まることは避けなければならない。

(大丈夫。相手は外国人だ。たぶん、日本語とかわかんねェだろ)

 そんな希望的観測をもとに、播磨は走り去った。

29: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:55:03.17 ID:foCa0LDfo







         もざいくランブル!

       第2話 友 達 relation

30: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:55:58.34 ID:foCa0LDfo


 翌日――

「昨日は散々だったな……」

 その後、播磨は警察官に捕まって二時間以上説教されてしまった。

 別段何も悪いことはしていなかったので事なきを得たけれど、逮捕でもされたら危ないところであった。

(しかし、昨日の女は一体なんだったんだろうか。間違えて告白しちまったけれど、

多分変な外国人から手を握られて、何かを叫ばれくらいにしか思わねェだろう。

それより問題はアリスちゃんだ。告白に失敗しちまったから、また新しい作戦を

考えねえと)

 そんなことを考えながら、播磨は教室に向かった。

「はあ」

 朝からテンションも低く、教室に入ると、教室内で人だかりができていた。

(何やってんのかね)

 人混みが好きではない播磨は、そんな集まりを横目に自分の席に向かう。

「あ、播磨くん」

 そんな播磨に声をかける生徒が一人。

「あン?」

 大宮忍だ。

 言うまでもないが、クラスで播磨に声をかける者は少ない。

 忍はなんだか変わっているので、特に問題なく声をかけてくる。

31: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:56:29.85 ID:foCa0LDfo

「どうした大宮」

「大変ですよ播磨くん。転校生ですよ転校生」

「こんな中途半端な時期にか?」

「そうなんですよ。しかもその転校生っていうのが――」

 忍がそこまで言いかけた時、人垣がまるで出エジプト記のごとく割れる。

 そして播磨の目の前には、見覚えのある金髪と青いパーカーが姿を現した。

「あー! アナタは昨日の人デスねー!」
 
「お前ェは!!」

 忘れるわけがない。

「え?? 播磨くんと知り合いだったの?」

 周囲の生徒たちは驚く。

 無理もない、ほとんど人と関わりを持とうとしない不良が外国人らしき金髪

少女の転校生と知り合いだったのだ。

「ハイ。この人、昨日警察に追われてました」

「まあ、不良だからな」男子生徒の一人がそう言って頷く。

「しょうがないよね」女子生徒も同意した。

「待て! 警察に追われていたのはちょっと事情があったからだ。俺は何もしてねェ!」

 とはいえ、狼少年のごとく、不良のその言葉を信じる者は少ない。

「そういえば自己紹介、してなかったデスね」

32: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:56:57.81 ID:foCa0LDfo

 金髪の少女は、ややカタコトの日本語でそう言って笑う。

「私、九条カレンと申すデス。イギリスから来ました!」

「……」

「むぅ。こっちが自己紹介したのだから、あなたも名乗ってください」

「お、おう……。播磨拳児だ」

 播磨は九条カレンのハイテンションにやや圧倒されていた。

 同じ金髪でも、アリスとこうも違うものかと。

「ハリー・マッケンジー。外国人みたいデスね」

「播磨だ! 播磨拳児。っていうか、外国人はお前ェだろうが」

「オーケー。ハリマね。わかったネ」

「ったく」

 そんな会話をしていると、横から一人の少女が入ってきた。

「カレンは播磨くんのことを知っているの?」

(アリスちゃん!?)

「お前ェ、この外国人と知り合いなのか」

 播磨はアリスに聞いた。

「カレンは、私のイギリスにいたころの友達です」

 アリスは答えた。

「NO! 今も友達デース!!」

 カレンはそう言ってアリスに抱き着く。

33: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:57:24.31 ID:foCa0LDfo

「う、うん。そうだね」

 アリスは戸惑いながらそう言った。

(いいな。女同士だとあんなことできてよお)

 播磨は心の中で少しだけカレンを羨ましいと思った。

「ところで話を戻すけど」

 不意にアリスは真顔に戻る。

「カレンと播磨くんはどうして顔見知りなの?」

「いやっ、それは……」

 昨日のことを思い出し言葉を詰まらせる播磨。

「イヤー、なんかShockingな出会いだったネ」

 しかしカレンは、特に躊躇なく話始めた。

「おいよせ、やめろ!」

 播磨は前に出て、カレンの話を止めようとするも、彼女の言葉は止まらない。

「昨日、街中でカレに告白されたんデス」

「え?」

 一瞬で凍りつく教室内。

「ああ……」

 播磨の全身の力が抜ける。

「告白って、あの告白?」

34: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:57:54.09 ID:foCa0LDfo

 恐る恐るアリスは聞いた。

「ハイ、LOVEの告白デス!!」

「おいバカ、やめろ!」

「ハリマは私の手を握って言ったんデス。『キミのことが好きなんだ!! 付き合ってくれ!!』ってネ」

「きゃあああ」

「うそおー!」

「なんだとー!?」

「あぎゃあああ!!!」

「おまかせあれ!」

「スバラ!」

 カレンのその言葉に、クラス中のざわめきは一気に台風クラスの混乱へと発展していく。

「おいっ! 違うんだ!」

 そんな混乱の中で、播磨の言葉が届くはずもなかった。 

「すごく強い力で握られマシタ。思い出したら今もドキドキデス」

「やーめーてーくーれえええええ!!!」

 播磨拳児、魂の嗚咽。

「あらあら、ウフフ」

「凄いのです。告白なのです!」

「すげえな、播磨。この子のどこが気に入ったんだ?」

35: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:58:21.16 ID:foCa0LDfo

「だから違うと――」

「でもゴメンなさいデス」

「へ?」

 不意に頭を下げるカレン。

 その言葉に、周囲は押し黙る。

「せっかくの告白、とても嬉しいデスけど、アナタとはおつきあいできません」

「あ……」

「パパも言ってました。よくわからない男の人とお付き合いするのはいけないって」

「そりゃそうだろうな」

 誰かがボソリと言う。

「いや、だから」

 必死に言い訳しようとする播磨。しかし、精神的ダメージと疲労によって彼の言葉は弱々しかった。

「本当にゴメンなさいネ」

「その……」

 播磨の全身の力が抜け、その場に膝をつく。

「あ、そろそろ時間デスね。私、職員室に行かねば」

 そう言うと、カレンは早足で教室を出て行った。

(何? 俺は振られたのか)

 播磨は混乱した状況の中で自分の頭を整理しようとする。

「だ、大丈夫? 播磨くん」

「はあ……」

 心配そうに話しかけてくる忍の声も、今は彼のもとには届かない。

(一体何が起こっているんだ)





   *

36: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:58:53.85 ID:foCa0LDfo



 九条カレン――

 それが彼、播磨拳児が間違えて告白してしまった少女の名前である。

 アリス・カータレットとはイギリス時代からの親友であるという。

 アリスと同じく金色に輝く髪の毛が特徴的だが、アリスの髪は少しが癖があり、

フワフワなのに対し、カレンの髪はストレートでサラサラしている。

 また、瞳の色は、アリスが青、カレンはブラウン。

 慎重は、カレンのほうがやや高い。

 性格は、まだあまり付き合いがないのでわからないけれど、

カレンは少なくともアリスのように人見知りするような性格ではないだろう。

「まあ元気出せよ播磨。別に女の子はカレンちゃんだけじゃないんだし」

「うるせェ、消えろ」

 冗談半分に声をかけてくる男子生徒を追い払った播磨は、再び悶々とする。

「カレンって、ウチのクラスじゃなかったんだね」

「隣りのD組だって」

「へえ」

 幸い、彼女は同じクラスではなかったので、普段から顔を合わすということはなかったのだが、

それにしても気が重い。

37: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 19:59:35.80 ID:foCa0LDfo

 振られたことがショックではない、と言われればさすがに嘘になるが、それよりも

自分の思い人であるアリスに、別の女のことが好きだと誤解されたほうが彼にとって

は問題であった。

(くっそ、ショックを受けてる場合じゃねェ。この状況をなんとか打開しなけりゃ)

 そう思い顔を上げる播磨。

 すると目の前には、小路綾と猪熊陽子という二人の女子生徒がいた。

 元々自分とアリス以外の生徒には興味のない播磨だが、この二人はアリスと

友人なので、名前を覚えていたのだ。

「なんだお前ェら」

「ねえ播磨くん。ちょっと聞きたいんだけど」

 ツインテールの綾がそう質問する。

「ンだよ」

「あの子のどこが気に入ったの?」

「お前ェにゃ関係ねェだろ」

「何よ。人がせっかく心配しているのに」

「心配してくれなんて頼んだ覚えは――」

 そこまで言いかけて播磨は考える。

(待てよ。コイツらはアリスちゃんの友人。だったら、コイツらを通じて誤解を

解くというのも一つの手なんじゃねェか?)

 そう考えた播磨は、出かかった言葉を飲み込んで、新しい言葉を発した。

38: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:00:04.53 ID:foCa0LDfo

「なあ、大道」

「小路よ。小路綾」

「どっちでもいいだろ」

「よくない」

「とりあえず聞け」

「何よ」

「アイツの告白の話、覚えてるな」

「カレンの? それが何?」

「あれは間違いなんだ」

「間違い?」

「そうだ。あの告白はあいつの勘違いなんだ。だから、俺がアイツを好きなんてことはねェ」

「そ、そうなんだ……」

「ん?」

「わかったわよ。まあ、頑張ってね」

 なぜか悲しい目をした小路綾とその友人(陽子)は、足早にその場を去って行った。

(まあよくわからんが、これでアリスちゃんの誤解が解ければ安いものだ)





   *

39: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:00:36.00 ID:foCa0LDfo

 少し離れた場所。

 播磨の前から離れた小路綾に、忍が近づく。

「どうでした? 播磨くんの様子は」

 少し心配そうに聞く忍。

 それに対して綾は、一つため息をついてから答えた。

「かわいそうに。振られたショックだろうな。告白したこと自体、無かったことにしているよ」

「そんなにひどいのですか?」

「そりゃそうだろう。なんか、思い込み強そうな顔してるし」

「うーん」

「しかし播磨も変な奴だよな。出会っていきなり告白だもん。そんなの断られるに決まってるのに」

「でも、でも、カレンって凄く可愛いじゃないですか。好きになる気持ちもわかるかも」

「気持ちはわかるけど、物事には順序ってものがあるしなあ」

「たぶん、播磨くんは女の子とお付き合いしたことがなかったんですよ。だから女の子の

気持ちとかもよくわからなくて」

「あたしもあんまり男の気持ちとかわかんないけど」
 
「熱い思いを終わらせるのって、凄く勿体ないと思います。ねえ、陽子ちゃん!」

 忍はいきなり陽子に話を振る。

「え? ゴメン。お菓子食べてたからよく聞いてなかった」

「まだ午前中じゃないですかー!」

40: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:01:03.02 ID:foCa0LDfo

「それはいいけどさ」

 忍の肩を掴み、強引に話を戻す綾。

「なんですか?」

「しのはなんで、そんなに播磨のことを気にするんだよ」

「え?」

「別にどうでも良くない? 男子が女子に振られたくらい」

「それはそうですけど、でも、でも」

「ん?」

「播磨くんって、いっつも一人で、凄く寂しそうです」

「そうかな」

「もし、人を好きになることで、誰かと繋がることの素晴らしさに気づくことができたら、

それはとっても素敵なことだなって」

「よくわかんない」

「それに、言われたカレンも、なんだかまんざらでもないって顔をしてたし」

「まあ、人に好かれて嫌なやつはあんまりいないかもしれないけど」

「でしょう? 私もアリスに『好き』って言われたら幸せだなあ~」

 それはまた違うんじゃないか、と綾は思ったが言わないでおくことにした。





   *

41: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:01:32.72 ID:foCa0LDfo


「ケッ、今日も散々だったぜ」

 放課後、授業を終えた播磨は下校する。

 すると、前方にアリスを含む女子グループが目に入った。

(あ、アリスちゃん。くそっ、夕方のアリスちゃんも可愛いぜ!)

 だが今の播磨は、彼女に声をかけるだけの気力は残っていなかった。

 昨日の告白(誤爆)で、ほとんどの情熱を使い果たしてしまったためだ。

(しかし、今日ばかりはアリスちゃんとも顔を合わせづれェ……)

 そう思いつつ、やや顔を伏せて歩いていると、

「あ、播磨くーん!」

 大宮忍が声をかけてきた。

(くっ、なんなんだあのコケシ女は。こんな時に限って)

 播磨は無視して帰りたかったけれど、アリスの手前、あまりそっけない態度は取ることはできなかった。

「なんか用か」

 できるだけ心の動揺を悟られないよう、低い声で播磨は返事をする。

「播磨くん。これから帰りですか?」

「おう、そうだが」

「へえ、そうなんだあ」

「何なんだよ一体」

 忍がそう言っていると、

42: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:02:09.83 ID:foCa0LDfo

「Hey!」

「ぬおっ!」

 忍の背中の辺りからひょっこりと金髪の少女が顔を出した。

「Good afternoon ハリマ!」

「ロバート」

「NO! 九条デス! カレン・九条デスヨ!」

「一体何なんだ」

 播磨はカレンから視線を外し、忍に聞いた。

「昼間、播磨くんのことをカレンに話したら、また会いたいって言ってね」

(このコケシ、余計なことを……!)

 播磨のイラつきに気づく素振りもなく、忍は笑っていた。

「ねえハリマ」

 再びカレンが声をかける。

「私、アナタの告白とても嬉しい。でも付き合うことデキナイ」

「いや、だからアレは違うんだ」

「stop! 話を聞いてクダサイ。世の中にはprocessというものが大事だとカレンは

思うデス」

「はあ?」

「だから、まずはFriendから始めるのがヨロシイと思うデス」

「友達……?」

43: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:03:06.35 ID:foCa0LDfo

「Exactrly(そのとおりでございます)。今日からカレンとハリマはフレンドデス!」

「……は?」

「やっぱり、段階はしっかりしないとネー」

「ちょっと待てよ。俺とお前ェが友達ってことはつまり」

「ん?」

「アイツらとも?」

 播磨の視線の先には、先ほどから一切喋っていないアリスが一人。

 ちなみに陽子や綾もいるのだが、今の彼には目に入っていない。

「はい、当然デス! トモダチのトモダチはフレンド!」

「……」

「世界に広がる、FriendのWA!」

「お前ェ本当にイギリス人か?」

 というか、高校生であることすら怪しい。

「カレンはイギリスと日本のハーフデス」

「そうだったな。まあどうでもいいけど、お前ェらはいいのかよ」

 播磨はアリスたちのほうを見て言った。

「構わんよ」

 ツインテールは答える。

「よろしくね」

44: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:03:33.42 ID:foCa0LDfo

 と、陽子は言った。

「やったね、播磨くん」

 忍はそう言うと、親指を立てる。

 こいつも何か勘違いしてそうだ、と播磨は思った。

「よ、よろしくね。播磨くん」

 他の三人とは違い、少し控えめにアリスは言った。

(いよっしゃあああああああああああああああああ!!!!)

 顔には出さないが、播磨は心の中で大きくガッツポーズを決める。


 アリスちゃんと友達→関係進展→恋人関係


 播磨の頭の中にある出来の悪いコンピュータがカシャカシャと音を立てながら計算する。

「わかった……。九条、お前ェとトモダチにならせてもらうぜ」

「オオー!」

 播磨のその言葉に、周辺から声が上がった。

 そして拍手。

 何か激しく選択肢を間違えた気のする播磨だが、とりあえずアリスのためにカレンの

申しでを受けることにしたのだった。


「それでは、Friendとして一緒に帰るデス」

45: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/01(木) 20:04:00.47 ID:foCa0LDfo

「いや待て九条。いくらダチだからって、別に一緒に帰る必要はね――」

 播磨がそこまで言いかけた時、不意にカレンは彼の右腕にスルリと自分の腕を絡ませる。

「な!?」

「きゃあああああ!!!!!!」

 九条カレン。まさかの腕がらみ。

『何やってるのよカレン!』

 あまりの衝撃で、思わず英語が出てしまうアリス。

『パパが言ってたよ。ニッポンでは、友達同士はこうして腕を組んで歩くんだって』

『そんな事実はありませーん!!』


「ちょっと待てお前ェ!! どうでもいいから手を放せ!」

 こうして、播磨拳児には初めての友達ができたのであった。

 ただし、これによって彼の恋が前進するかは定かではない。




   つづく

47: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:32:38.89 ID:puv3FLSCo


 九条カレン。イギリスからの転校生。

 日本人の父とイギリス人の母の間に生まれたハーフ。

 元気。

 とにかく元気。どうしようもないくらい元気。

 彼女がきたことで、静かだった一部の人間の生活が一気に賑やかになったことは確かだろう。

「カレン、大丈夫かなあ」

 朝の教室で、アリスはカレンのことを心配する。

「大丈夫ですよアリス」

 特に根拠はないが、アリスのホームステイ先の娘である忍はそう言って彼女を安心させようとする。

「ほら、カレンは明るくて元気だから、すぐにお友達もできますよ」

 カレンは、現在D組である。ちなみにアリスや忍たちはC組だ。

「私もこっちに来てすぐのころは、シノたち以外とはすぐに仲良くできなかったし」

「心配なら見に行ってみる?」

 忍がそう言うと、不意に教室のドアが開いた。

「オハヨゴジャイマス みなさん!」

 ストレートの金髪で、髪の一部が若干お団子になっているカレンが教室に入ってきた。

「あ、カレンだ。もしかして寂しくてC組(こっち)に来たんじゃあ」

 カレンの姿を見たアリスは心配そうにつぶやいた。

48: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:33:07.16 ID:puv3FLSCo

 しかし、

「ヘイ、アリス! シノ! New friendを紹介するデ-ス!」

「フレンド?」

 カレンと一緒に教室に入ってきたのは、やたら背が高く、浅黒い顔をした外国人であった。

「メキシコからの留学生、ララ・ゴンザレスだよー!」

「ワタシ、ララ。クジョーと同じクラス! ヨロシク!」

(うわあ、濃いなあ)

(はわわわわ……)

 まるで肉食動物のように目つきの鋭いメキシコ人留学生に対して、アリスがおびえたことは言うまでもない。

 

 




    第3話  食べ物 life

49: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:33:37.83 ID:puv3FLSCo



 
 昼休み。学校の生徒たちが思い思いの場所で食事や休憩をする時間。

 カレンはしょっちゅう、アリスたちのいるC組に顔を出す。

「みんなー、遊びに来たデスよー」

 彼女の両手には、色々なお菓子がある。

「また貰ってきたの? カレン」

 飽きれたような感じでアリスは言う。

「そうデス。みなさん、親切デス」

 カレンは、クラスの生徒たちからお菓子やパンなどをよく貰うのだ。

「かわいい動物にエサをあげる感覚なのかしらねえ」

 綾は言った。

「ちょっとは遠慮しなよー」
 
 少し羨ましそうにしながら、陽子も言う。

「ミンナトテモ優シイ、私嬉シイ、ミンナハッピー!」

「カタコトにしてもダメ!」

 動揺するカレンに、アリスは追い打ちをかける。

「カレン、日本に来てから太った?」

「ええ!? そんなバナナ!!」

「毎日たくさん食べてたら太るよー」

「うう、でもミナサンの気持ちを無駄にするわけにはいかないのデス」

50: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:34:28.27 ID:puv3FLSCo

「いや、そりゃそうだけど。少しは数を減らしたほうがいいと思うよ」

「あと、半分以上は陽子が食べてマス」

「え?」

 気が付くと、カレンが持ってきたお菓子類の半分以上が無くなってた。

「……陽子、アンタ」

 周囲の視線が集まる中、口元にチョコレートを付けた陽子は照れくさそうに笑う。

「いやあ、今日も早弁しちゃったから、食べるものがなくて。てへっ」

「じゃあ早弁しないでよ!」

「えー」

 全員の関心が陽子に向かったところで、カレンは周囲を見回した。

「どうしたの? カレン」

 先ほどから空気になっていた忍が声をかける。

「あ、シノ。今日もハリマが見えないようデスが」

「ああ、播磨くんね」

「知っておられマスか」

「ここ最近は、昼休みになるといなくなるんだよね」

「先週までは、ここでパン食ってたけどなあ」

 綾はそう言って、播磨の席を指さす。

「一体どこで何してるんだろう」

51: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:35:26.67 ID:puv3FLSCo

「モクでも吸ってんじゃないかね、不良だし」

 カレンが持ってきたポロツキーを食べながら綾は言った。

「こら綾。未成年者の喫煙は法律違反だよ」

 スナック菓子をモシャモシャ食べながら陽子は言う。

 というか、この女はいつまで食べる気なのだろうか。

「例えばだよ、例えば。別に何しててもいいじゃない。他人のプライベートにそこまで踏み込まなくてもいいじゃない」

「アヤヤは冷たいデスねえー」

 少し寂しげにカレンは言う。

「プライバシーを尊重してるって言ってよ」

「トモダチなんだから、もっと関心持って」

「関心って言われても」

「あ、そうだ」

 陽子が何かを思い出したようだ。

「どうしました、ヨーコ」

「そう言えば、昨日いつものように早弁をして、お昼に何も食べるものがなかったので、

購買にパンを買いに行った時なんだけど」

「うん。その話に早弁のくだりはいらないね。それで、何があったの?」

 綾はなぜか笑顔で相槌をうつ。

「購買からの帰り道なんだけど、校舎の外にある水飲み場があるじゃない?」

52: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:35:55.29 ID:puv3FLSCo

「ああ、体育の時とかに手を洗ったりする」

「そうそう。そこで播磨くんを見たよ」

「え、そうなんだ。何をしていたの?」

「遠くなんで、あんまりよくわからなかったけど、水を飲んでいたかな」

「水デスか」

「そう、水」

「ウォーター」

「なぜ水」

「喉が渇いていたから?」

「わざわざ昼休みに飲みに行かなくてもいいじゃない。水道なら校舎内にもあるわけだし」

「それもそうだねえ」

「ちょっと行って見てきマス!」

 そう言うや否や、カレンは素早く教室から出て行った。

「あ、待ってカレン」

 綾はそう言ったが、カレンの耳には届いていない。

「無駄です。カレンは昔から思い立ったら止まりませんから」

 アリスは冷静に親友の行動を分析する。

「そんなこと言ってる場合じゃない。とにかく追わなきゃ!」

 そう言って綾も立ち上がった。

53: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:36:26.21 ID:puv3FLSCo

「ええ? まだお菓子残ってるし」

 陽子は不満そうに言う。

「帰ってからでも食べられるでしょう。とにかく行かなきゃ」

「なんで?」

「だって、このままだと播磨くんとカレンが二人きりになっちゃうかもしれないでしょう?」

「それが何か問題でも?」

「大ありのオオアリクイよ。お父さんが言ってたわ。男は狼なんだって」

「生きてる限り狼よね」陽子は言った。

「播磨くんは、一匹オオカミって感じかなあ」忍も続く。

「千代の富士、いいよね」アリスはそう言って笑う。

「そうじゃなくて、とにかく追うわよ」

「はわわわー」

 こうして、綾たちもカレンと共に、校内のどこかにいるであろう播磨拳児を探しに行くことになった。





   *

54: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:37:07.14 ID:puv3FLSCo


 数分後、カレンと合流した忍たちは、昨日陽子が播磨を見た、という校舎外の手洗い場に

行ってみることにした。

 するとそこには、播磨拳児がいた。

(あ、いまシタ。ヨーコ凄いデス)

(しっ、カレン静かに)

 忍が声を殺してカレンに注意する。

 彼女たちは、校舎の影に隠れて見つからないように播磨の様子をうかがっているのだ。

(それにしても、何やってるんだろう)

 アリスがそう言うと、不意に播磨が蛇口に向かう。

(あ、水を飲んでる)

 陽子が話した通り、播磨は昨日と同様、外の手洗い場で蛇口から水道の水を飲んでいたのだ。

(でも何で水なんて飲んでるんだろう)

 ひとしきり水を飲み終えた播磨は、腕で口元を拭くと空を見上げた。

「ふう、バイト代入るまであと数日。なんとかやり過ごさなけりゃな。チッ、にしても腹減ったぜ。

水を飲むくらいしかやることはできねェけどな」

 空腹のためか、やたら大きな独り言を言った播磨は、そのままどこかへと行ってしまった。

「行ったようデスね」

 カレンは全てを理解したように言った。

55: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:37:42.82 ID:puv3FLSCo

「どういうことですか?」

 しかし、忍は理解していないようである。

「確かバイト代とか言ってたよね」と、陽子。

「つまりアレね。播磨くんは今、お金が無いのね」

「お金ですか?」

 アリスが驚いたように聞き返す。

「そう。お金がないから、ああしてお水を飲んで空腹をごまかしてたのね」

「ダイエットしているわけではないようデス」

「男の人はあんまりダイエットしないと思うわ」

 綾は言う。

 確かにそうだ、と全員が頷いた。

「でも、お昼が食べられないっていうのは辛いよねえ。育ちざかりの食べ盛りだし」

 と、陽子はしみじみと言う。

「トモダチとして、何とか助けてあげたいデス」

「どうするの? カレン。お金でも貸してあげる?」

 と、綾が言うと、すかさずアリスは否定した。

「いけませんよ、綾。お金の貸し借りは人間関係を壊します。シェイクスピアの本にも

書いてありました」

 さすがのイギリス人。

56: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:38:14.20 ID:puv3FLSCo

「まあ私の予想だと、彼のあの性格だと私たちの援助とかは受け付けないと思うなあ」

 陽子は少し諦めたように言った。

 確かに。

 全員が思った。

「時期に、バイト代(?)が入るみたいだから、放っておけばそのうち普通に昼食を

食べるんじゃないかしら」

 綾はそう言って、その場を収めようとするも、1人納得しない者がいた。

 カレンだ。

「そんなんじゃいけまセン! 食事は人生における宝デス。それを放棄することは

生きることを放棄することに等しいと思うのデス!」

 食事に関してはお察し(イギリス)出身とは思えない食へのこだわりを見せるカレン。

「じゃあ、どうするのよ」

「私にいい考えがありマス」

「いい考え?」

「ウフフフ」

 そう言うと、カレンは不敵な笑みを浮かべるのであった。 

 


   *

57: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:38:41.80 ID:puv3FLSCo


 翌日の昼休み。

「今日、カレン休みかなあ」

 心配そうにアリスは言った。

「そう言えば、今日は見てないですね」と、忍は言う。

 二人がそんな話をしていると、無言で播磨が立ち上がった。

 この日も彼は、空腹を紛らわすために水を飲みに行こうとしたのだ。。

 すると、

「ちょっと待ったああー!」

 息を切らしたカレンが教室に入ってきた。

「カレン?」

「どうしたの?」

 アリスと忍が同時に声をかける。

 しかし、カレンはその二人ではなく播磨に話しかけた。

「ハリマ、ちょっと待ってくだサイ」

「ああ? 何か用か」

「こ、これ。lunchを作ってきたデス」

「昼?」

 よく見ると、カレンの両手には可愛らしいバスケットが見えた。

「なんだって急に」

「Lunchtimeは大事にしないとネ!」

58: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:39:12.79 ID:puv3FLSCo

「別に俺はいい。施しは受けねえ」

 カレンの誘いを断り、播磨は教室を出ようとする。

 そんな彼のベルトをカレンは掴んだ。

「待ってくだサイ! 一緒に食べましょう!」

「こら、放せ」

 播磨が言ったその時、

 大きな腹の虫の音が鳴り響く。

「……!」

「お腹空いてるじゃないデスか」

「ほらほら」

 空腹には勝てなかったのか、播磨は諦めたように自分の席につく。

 そして、カレンはそんな播磨に自分の持ってきたバスケットを差し出した。

「ちょっと食べるだけでもいいデス」

「なんだってこんなことを」

「トモダチですから」

「あン?」

「困った時、助け合うのがトモダチでしょ?」

「いや、だからってこんなことまでしてくれなくてもよ」

「いいから開けてくだサイ」

59: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:39:38.39 ID:puv3FLSCo

「わーったよ」

 ブツブツ言いながら、播磨はバスケットの蓋を開ける。

 すると、中にはこれまた可愛らしいサンドイッチが入っていた。

「イギリスと言えば、サンドイッチデス」

「まあ、昼の定番かもな」

「メシアガレ」

「いただく」

「……」

「これは普通の――」

 食べながら、播磨の言葉が止まる。

 そして口に手を当てて苦しむ。

「だ、大丈夫デスか!?」

 それを見て焦るカレン。

「ンー! ンー!」

「あわわわわ」

 ひとしきり苦しんだ後、なんとか飲み込んだ播磨はカレンに言った。

「不味いじゃねェかこのヤロー!」

「ひっ!」

「どうやったらサンドイッチをこんなに不味く作れんだよ! おかしいだろ!」

「色々と思考錯誤の結果でシテ」

60: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:40:22.65 ID:puv3FLSCo

「思考よりも錯誤のほうが上回ってんじゃねェか! 異次元過ぎんぞ!」

「うう……」

「おいおい、播磨くん。そんなに言うことないじゃないか、折角持ってきてくれたのに」

 宥めるように、陽子が二人の間に割って入ってきた。

「猪熊か。だったらお前ェも食ってみろよ」

「え? いいの? ちょうどよかったあ。今日のお弁当は少なかったか――」

 陽子の動きが止まる。

「ヨーコ?」

「ううう……、死ぬ」

 大抵のものは何でも食べる陽子であったけれど、顔を真っ青にして綾に助けを求める事態になってしまった。

「お前ェよ、メシマズは食材に対する冒涜だぞ。そう思わねえか、九条」

「はあ、こんなハズでは……」

 いつも元気印なカレンが、項垂れている。

 こんなに落ち込んだカレンを見るのは初めてかもしれない、と忍は思った。

「アイムソーリー、ハリマ。出直してくるネ」

 そう言うと、カレンはサンドイッチを片付け、バスケットを抱えて教室を出ようとした。

「おい、ちょっと待て九条」

「What? 何ですか」

61: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:40:50.05 ID:puv3FLSCo

「それ、そのサンドイッチ、どうすんだ」

「捨ててきます。このまま置いていても、腐ってしまうカラネ」

「待てよ。捨てるんなら、ここに置いて行け」

「どういうことデスか?」

「貸せ」

 そう言うと、播磨はカレンの持ったバスケットを無理やり奪い取る。

 そして、中にあったサンドイッチを鷲掴みにして、口に放り込んだ。

「うぐっ!」

 口に入れた瞬間、苦悶の表情を浮かべる播磨。

 だが播磨は咀嚼をやめない。

「ハリマ!」

「水持ってこい、水」

「OK。ちょっと待ってて」

 カレンがそう言うと、忍が素早く水筒のお茶を紙コップに注いだ。

「カレン。これを」

「Thank you シノ」

 忍からもらった紙コップを播磨に渡すカレン。

 播磨はそのお茶を飲み込むと、残りのサンドイッチも食べ始めた。

「ハリマ、もうやめてください」

62: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:41:23.38 ID:puv3FLSCo

「うるせェ!」

 カレンが止めるのも聞かず、ハリマはサンドイッチを食べ続ける。

「ハリマ、どうして」

「黙ってろ」

 そしてついに完食。

 播磨は食べきったのだ!

「ハア、ハア。やりきったぜ」

「ハリマ。どうしてそんな……」

「バカ野郎。捨てるなんて勿体ないだろ」

「でも、味が」

「確かに味は最悪だ」

「うぐっ」

「だけどよ」

「?」

「お前ェがその、手をそんなにしてまで作ったモンを捨てさせるなんて、そんなことは

俺にはできねェ」

「ワタシの手……」

 忍たちがカレンの手に注目する。

「カレン、あなた」思わず陽子が声を出す。

63: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:41:57.60 ID:puv3FLSCo

 すぐには気が付かなかったけれど、カレンの両手には絆創膏や小さな切り傷が無数にあった。

 細くてキレイな指や手が傷だらけになっていたのだ。

「料理、やったコト無くてね。エヘヘ」

 カレンは恥ずかしそうに傷だらけの手を隠す。

「今回は全部食ったけど、次やるときは気をつけろよ。何度も言うけど不味い料理は、

食材に対する冒涜だ」

「わかりまシタ。ハリマは優しいネ」

「ケッ、腹が減ってただけだ。それに――」

「それに?」

「お前ェの気持ちはちょっと嬉しかったぜ。ありがとな」

「……ハリマ」

 そう言うと、播磨は立ち上がり、教室から出て行く。

「カレン」

 教室から出て行く播磨の後ろ姿をじっと眺めているカレンに、忍は声をかけた。

「大丈夫ですか?」

「Good idea だと思ったんだけどナー」

 目にうっすら涙を浮かべたカレンは、そう言って虚空を眺める。

「カレン……」

「ねえ、シノ」

64: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/02(金) 20:42:25.34 ID:puv3FLSCo

 不意に忍の名を呼ぶカレン。

「はい?」

「ハリマは、いい男ネ」

「……そうだね」

「助けるつもりが、助けられちゃったかも」

「うん」

 人を助けるって、どういうことなのだろうか。

 忍にはそれがまだ、よくわからなかった。




   *





 別の場所。

(クックック。なかなかいい男っぷりだったんじゃねェか? この俺はよう)

 先ほどの自分の行動を思い出し、悦に浸る播磨。

(これで、アリスちゃんの好感度もうなぎ上りだろうよ)

 そんなことを考えていると、

「うっ!」

 腹部を襲う激痛。

(やべえ。やっぱ、あのサンドイッチ、食うんじゃなかった)

 激しく後悔しながらトイレに駆け込んだ播磨は、午後の授業を休むことになった。

 ちなみにそのことを、カレンは知らない。



   つづく

65: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:20:57.32 ID:6usa3Y81o


 彼女の名前は烏丸さくら。

 アリスたちのいる、C組の担任でもある。

 優しく、生徒たちの任期も高い。

 メガネをかけており、なぜかいつもジャージの上を着ている。

 英語に堪能であり、忍が憧れている人間の一人でもある。

「からすちゃーん」

 忍の同級生、猪熊陽子は彼女のことを「からすちゃん」と呼んでいる。

「先生を『ちゃん付け』で呼ぶのはどうなんだろう」

 そう思う生徒や教員がいることも少なくない。

 しかし、烏丸さくらは広い心で陽子のような生徒も、忍のように(あまり出来の良くない)

生徒も受け入れている。

「からすちゃん。この問題なんですけど」

 今日も、烏丸を慕う生徒たちが彼女に話しかける。

「カラスマ先生は『からすちゃん』と呼ばれているんデスね」

 そんな様子を見て、カレンは言った。

「そうだね」

 たまたま隣にいた綾が相槌をうつ。

「ほかに、あんな風に呼ばれている先生はいないデス」

「確かに。からすちゃんは特別かな」

 そんな話をしていると、不意に烏丸さくらに近づく人影が。

66: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:21:24.11 ID:6usa3Y81o

「あ、ハリマデス」

 播磨拳児である。

 普段、教員に近づくことのない播磨が、烏丸に話しかけようとしていた。

「さくら、この前のプリントのことなんだがヨ」

「ちょっと拳児くん? 学校では烏丸先生って呼ぶようにいつも言ってるでしょう?」

 烏丸は顔を真っ赤にして怒る。

「うるせェな。他の生徒には『からすちゃん』とか呼ばせてるじゃねェか」

「け、ケジメが大事なんですよ。もー!」

 そう言うと烏丸は頬を膨らます。

「それにカラスマって苗字、なんか嫌いなんだよ」

「だったらせめて先生って呼びなさい」

「お前ェが先生って柄かよ」

「今更なんなのよ!」

「……」

 二人のやり取りを見ながら、カレンと綾は絶句する。

「……アヤヤ」

「なに?」

「ハリマとカラスマ先生との関係って、何なんでしょうか」

「……わからない」

「拳児くん? ちゃんと期末テストの勉強してる?」

「うるせェな。つうか、お前ェこそ学校で『拳児くん』とか呼んでんじゃねェ!」

67: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:21:58.83 ID:6usa3Y81o









     もざいくランブル!


   第4話  勉 強  means

68: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:22:25.39 ID:6usa3Y81o

 テスト。

 期末テストが近づいている。

 光陰矢のごとしと言うけれども、学生にとっての一学期(4月から7月の間)の早さ

は2学期の比ではない。

 すぐに終わってしまうような感じだ。

 慌ただしく過ぎて行く時間。

 それは忍たちも例外ではない。

「しの、あなた大丈夫なの?」

 心配そうに問いかけたのは綾である。

「ふえ? 何がですか」

「テストよテスト。期末テスト」

「ああ、期末テストですか」

「随分と呑気なものね。まあ、呑気なのはいつものことだけど」

「酷いですよ綾~」

「この前の小テストもあんまり点が良くなかったし、このままじゃあヤバいわよ」

「何がヤバイんですか?」

「だから、期末で赤点とか取ったら、補習や追試があるんだから」

69: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:22:55.47 ID:6usa3Y81o

「そうなんですか? 二回もテストを受けられるなんて、いいじゃないですか」

「よくないわよ。補習は夏休み中にやるんだから。そうなったら、夏に遊ぶ時間とかも無くなっちゃうよ」

「え?」

「アリスたちは、8月には本国に帰るっていうし、そうなったら、結局今年の夏はアリス

と遊べなくなっちゃうってこともあるんだから」

「ええええ? そそそそ、それは困ります」

「やっとやっとことの重要性を認識したか」

「どどど、どうしましょう」

「どうしたもこうしたもないわよ。ちゃんと勉強しないと」

「べ、勉強はしていますよ。毎日海外の本とかを読んで」

「それが点に結びつかないと意味ないでしょうが」

「うう……、学校教育なんてキライですう」

「まったく」

 綾はそう言って一息つく。

「ねえ、これから勉強するわよ」

「勉強、ですか?」

「そう。苦手な教科を中心に勉強よ。あなたは特に英語の成績が悪から、そこから

攻めるわ」

「英語なら毎日アリスの英語を聞いているんだけどなあ」

「それが成績に影響しないのは、よっぽどあなたの頭がテストを拒絶しているから、

なのかしら」

70: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:23:21.32 ID:6usa3Y81o

「ふむふむ」

「とにかく、勉強よ。幸い、テスト期間になったら校舎の一部が自習用に開放されるから、

そこに行って皆でやりましょう?」

「アリスも一緒ですか?」

「もちろんよ! あの子も苦手教科とかあるから、お互いに教え合って頑張ればいいと思うわ」

「勉強会ですね」

「そうよ」

 そんな綾と忍の会話を聞いていた者が一人。

 アリス、ではなく忍のすぐ後ろに座っていた播磨である。




   *

71: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:23:54.21 ID:6usa3Y81o

 播磨は考える。

(テスト勉強。そして英語。そうか、英語をアリスちゃんに教えてもらえれば、

成績も上がって、更にアリスちゃんとも仲良くなれる。一石二鳥じゃねェか)

 なんという素晴らしいアイデアだろうか。

 彼は思い込みが激しい性格なので、一度そう思ったら、ほかに考えられないのだ。

(アリスちゃんと一緒に勉強。なんだか青春のようだ)

 そう思った播磨は、忍に声をかける。

「よう、大宮」

「ふえ? なんですか? 播磨くん」

「その、なんつうかよ。俺もその……、テスト勉強してもいいか?」

 不良がテスト勉強なんておかしい。播磨自身もそう思っていたけれど、目的の為ならやむを得ない。

「ええ? 播磨くんも一緒ですか?」

 ダメか。

「大歓迎ですよ。嬉しいなあ。一緒にやってくれる友達は何人いてもいいですよ」

「お、おう」

 あまりの歓迎っぷりに戸惑う播磨。

「ね、綾ちゃんもいいでしょう?」

「そ、そうね」

 綾も明らかに戸惑っている。

72: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:24:49.19 ID:6usa3Y81o

 こうして、播磨はテストに向けて忍たちと一緒に勉強することになった。

 もちろん、彼の頭の中にはアリスしかいないことは言うまでもない。




   *




 自習用に学校が用意した教室には、すでに多くの生徒たちが集まっていた。

 それだけ自宅では勉強に集中できないということなのだろうか。

 それは播磨も同様ではあるけれど。

「それじゃあ、今回はマンツーマンで苦手分野の克服をしましょう」

 今回の勉強会の仕切り役である綾がそう提案する。

「はーい」

 全員、その提案には依存がないようだ。

「私、今度こそ英語を頑張ります」

 英語のテキストを持った忍が言った。

「英語ならアリスが適任よね」

 と、綾。

「はい。シノ、一緒に頑張ろうね」

 アリスはそう言って忍に笑いかける。

73: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:25:17.04 ID:6usa3Y81o

 それは見た播磨は言った。

「お、俺も英語を――」

「マンツーマンデス!」

 いつの間にか播磨の目の前には、九条カレンが座っていた。

「English なら任せてください」

「あー、うん」

 播磨のたくらみは最初から暗礁に乗り上げていた。

 


   *

  


「うーん、ニッポンの英語は難しいデス」

「意外だな。お前ェの故郷は英語の本場だろうが」

「ニッポンで教えている英語と私の知っている英語とでは、やっぱり違いマス」

「そんなもんか。でもお前ェ、日本語も上手いよな」

「パパがニッポン人デスからね」

「日本語と英語のバイリンガルってやつか」

「No、家では英語onlyだったネ。パパも普段は英語を喋っていたよ」

「それじゃあ、お前ェの喋ってる日本語は誰が教えたんだ?」

74: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:25:43.71 ID:6usa3Y81o

「ああ、もちろんパパからも教えてもらったヨ。でも、最初から覚えていたわけではないのデス」

「後から覚えたから、そんな変なイントネーションになっちまったわけか」

「ま、そういうコトネ。でも気にしない」

「別に気にしちゃいねェよ。でもよ、アイツは、違うわけだろ」

「アイツ?」

「その、アリ……、カータレットのことだ。あいつはハーフでもないわけだろ」

「そうデスね。なぜかよくわからないケド、日本のことが大好きになって、日本語を物凄く

勉強していたヨ。私のパパもアリスに教えていました」

「大変だよな」

「確かに大変かもしれないネ。日本語だけじゃなくて、日本の文化とか、違うところが多いから」

「苦労してんだな」

「ワタシも苦労しているんデスよ。こう見えても」

「ああ、そうかい」

「そうなんデス」

「お前ェ、あいつみたいにホームステイしているわけじゃねェよな」

「そうですね。ホームステイはしてまセン」

「一人暮らし、ではねェよな」

「一家そろって移住したんデス」

「は?」

75: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:26:09.94 ID:6usa3Y81o

「私もニッポンに行きたいって言ったら、パパが移住してくれました。イギリスから」

「なんじゃそりゃ。凄いな」

「ハイ、凄い人デス」

「お前ェ、兄妹とかいないんだよな」

「ハイ」

「だったら、親父さんとお袋さんと、お前ェの三人で暮らしてんのか?」

「オフクロさん?」

「マザーだよ、マザー」

「オー、ママのことですね。確かにパパとママも一緒に来ました。でも、パパは仕事が忙しくて、

あまり家に帰ってくれません」

「だったら、二人暮らしか? つうか、お前ェの母さんは、日本語大丈夫なのか?」

「ママの日本語、少し不自由デス。でも大丈夫」

「ん?」

「日本のことをよく知っている執事(butler)がいるから、OKデスよ」

「はあ? 執事!?」

 思わず大きな声を出してしまう播磨。

 周囲の生徒たちが一斉にこちらに注目する。

「ああいや、何でもねェ」

 そう言って、播磨は大きく息を吸う。

(執事? 何言ってんだこの娘は)

76: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:26:36.71 ID:6usa3Y81o

「もしかしてお前ェ」

「ん?」

「お嬢様なのか」

「オジョウサマ? どういうことデスか?」

「いや……」

 よくよく考えたら、思いつきみたいな発想で家族ごと日本に移住できるくらいだから、

相当のお嬢様であることは間違いないだろう。

 だとしたら、自分のような庶民と考え方の面で大きな違いが出てきても仕方ないか、

そんなことを思う播磨であった。




   *

77: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:27:02.52 ID:6usa3Y81o


 1時間後。播磨は自習室から逃げるように、中庭の自販機前にやってきた。

 休憩、と言えば聞こえはいいけれど、早い話がサボりである。

 不良の彼にとって、1時間以上机の前でじっとしていることは拷問に等しい。

(バイト代も入ったことだし、ジュースでも飲むか)

 そんなことを考えながら、自動販売機の前に向かうと、近くのベンチに見覚えのある

コケシが座っていた。

「大野じゃねェか」

「大宮ですよ、播磨くん」

 葡萄ジュースの缶を持った大宮忍である。

「何やってんだ? いや、まあいい。聞くまでもねェか」

「休憩ですよ。アリスが先生に呼ばれましたから」

「何? 何かあったのか」

「ちょっと授業のことで話があるみたい。留学生は色々と面倒だから」

「そうだな」

 播磨はこのままどうしたらいいか迷っていた。

 すると、忍のほうから何かを察したのか、こう言ってきた。

「そんなところに立ってないで、座ってください」

「あ、ああ。悪いな」

 女子の隣りに簡単に座っていいものなのか、播磨自身躊躇があったものの、

忍は異性をそれほど意識していないようだ。

78: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:27:29.33 ID:6usa3Y81o

 播磨は冷たい缶コーヒーを持って忍の隣りに座る。

 ただし、彼女からは少し離れた場所だ。

 そのため、彼はベンチの端に座ることになる。

「播磨くんは凄いですね」

 唐突に忍は言った。

「何が凄いんだよ」

「だって、ちゃんと勉強しているし」

「お前ェだってしてるだろうがよ」

「真面目だねえ」

「不良が真面目なわけあるかよ」

「じゃあ、どうして勉強するの?」

「あン? そりゃあ、ガリ勉すんのは似合わねェけどよ、でもそれ以上に留年とかしち

まったらカッコ悪いだろうがヨ」

「確かにそうだね」

「お前ェも、留年しねェように気をつけろよ」

「はーい」

(本当にわかってんのかよ)

 播磨は少しだけ心配してみたけれど、基本的に彼はアリス以外の人間にはそれほど

興味はないので、其れ以上は追及しないようにした。

79: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:27:56.44 ID:6usa3Y81o

「テストで点を取るって、なかなか難しいですよね」

「まあな」

「播磨くん、わたしね?」

「あン?」

「通訳になるのが夢なんです」

「通訳。通訳って、あの通訳か」

「そう、外国の人と日本の人を結びつける通訳」

「そうか」

「でもやっぱり難しいですよね」

「まあ、そりゃあな」

 通訳なら普通に英語を喋るよりも難しい。

 そんなことは播磨でもわかる。

「皆からも言われて、私も薄々気づいていたけど、今の英語力じゃあ通訳どころか、

受験だって危ないかも……」

 確かに、大宮忍の成績は、お世辞にも良いとは言い難い。

「でもよ、大宮。九条も言ってたけど、学校教育の英語だって完全じゃねェんだろう?

そこにこだわるのもどうかと思うぜ」

「そうですけど」

「それによ、通訳ってのは言葉の壁のある連中を、言葉を通じて結びつけるのが仕事だろ?」

80: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:28:22.52 ID:6usa3Y81o

「はい」

「だったらよ、その……、俺はお前ェがいたから、九条や……、カータレットとも知り合いになれたわけだ」

「え……?」

「だったらよ、それも一つの通訳なんじゃねェかなって、俺は思うわけよ」

「それが、通訳ですか?」

「人間、言葉の壁以外にもいろんな壁があるわけで、それを乗り越えて結びつくには、

まあ色々努力しなきゃならねェだろ?」

「あ、はい」

「悪いな。俺は頭悪ィから、上手く説明できねェけどよ、とにかく、俺はお前ェのおかげで

友達(ダチ)と呼べるかどうかは疑問だけど、異性の知り合いができたわけだ。

それはそれで、十分凄いことだと思うぜ」

「私が、凄い……?」

「まあ、通訳のことはどうかわからねェけども、お前ェにはちっとは感謝してるってことだ」

「そんなこと、初めて言われました」

「俺だって初めて言ったぞクソが」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちのほうだっての」

「私、頑張ります」

81: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:28:48.49 ID:6usa3Y81o

「おう、まあ適当に頑張れよ」

「はい」

「ったく。柄にもねェこと言っちまったぜ」

 そう言いつつ、播磨がコーヒーに口を付けると、

「あ、アリスとカレンです」

 不意に忍は言った。

「ぶっ」

 その声に播磨は驚き、思わずコーヒーを吹き出しそうになる。

 顔を上げると、確かにアリスとカレンが二人並んでいる。

 でもなにか様子がおかしい。

「シノ! こんな所でsabotageしちゃダメでしょ!」

 アリスは明らかに怒っているようだった。

「ごめんなさい。そんなつもりじゃ」

「ほら、行くよ」

「あわわわ、播磨くん。またね」

 忍はアリスに引っ張られるように、自習室へ戻って行った。

 しかし、カレンはそんな二人のやり取りにはほとんど目もくれず、

じっと播磨を睨んだ。

「な、なんなんだよ」

「ズイブンと楽しそうでしたね」

82: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:29:14.42 ID:6usa3Y81o

 カレンは腕組みをした状態で言った。

 どうも機嫌が悪い。

 何があった。

「いや別に、そんなつもりはねェぞ」

「これは思ったよりもしっかり手綱を握っておかないとダメみたいデスね」

「何言ってんだお前ェ」

「Shut up!(静に!)、まだ課題は残ってマス! 綾と陽子にしっかり教育

してもらわないと、ダメみたいデス!」

「おい、なんで機嫌悪いんだよ」

「別に悪くはナイデスケド」

「サボったのは悪かったよ。だけど休憩とかしたかったんだ。元々机に向かうのは

好きじゃねェからよ」

「だったら」

「ん?」

「ラーメン、奢ってくれたら機嫌がなおるカモ知れませんネー」

「ラーメン? そんなんでいいのか」

「本当に奢ってくれます?」

「いや、悪い。ちょっと金が」

「ま、冗談デスケド」

83: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/03(土) 15:29:41.85 ID:6usa3Y81o

「お前ェ、ラーメン好きなのか。意外だな」

「冗談って言ってるじゃねいデスカ! モウ!」

「おい怒るなよ」

「怒ってマセン!」

「わかった。奢ってやるよラーメン。バイト代入ったらな」

「本当ですか?」

「ああ」

「約束デスよ?」

「男に二言はねェ」

 その後、カレンの機嫌がすぐに元に戻ったことは言うまでもない。




   つづく

85: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:07:51.15 ID:xjHXm05Po



 それはいつもより夏の気配の濃い朝の出来事。

 日差しが強くなり、ひんやりとした空気の中から、新緑の季節の到来を感じさせる。

「おはよう、シノ。アリス」

「おはようございます。綾ちゃん、陽子ちゃん」

「オハヨー。アヤ、ヨーコ」

 忍、アリス、綾、そして陽子の四人は、いつものように通学していた。

 彼女たちが学校の付近に到着するころ、校門の前で大きなリムジンが停車していた。

「あの車、どこかで見たことがある気がする」

 車を見て、アリスがそうつぶやいた。

 すると、運転席から背の高い紳士が現れ、素早く後ろに向かうと、後部座席のドアを開く。

「あ、カレンです」

 忍は言った。

 自動車の後部座席から出てきたのは、九条カレンその人であった。

「お、皆さん、オハヨゴジャイマース! 」

 アリスたちの存在に気付いたアリスがそう言って手を振った。

「おはようカレン。にしても凄い車だな」

 陽子はピカピカに磨かれたリムジンを見てため息交じりにそう言った。

86: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:09:38.46 ID:xjHXm05Po

「はい。日本に来るときにパパが買ったそうです。日本の道には日本の車がいいみたいデス」

「移住した上に車まで買うって、どれだけブルジョアよ」

 綾は言った。

「お嬢様。カバンを」

「うん、Thank you ネ」

 やたら背が高く、ガタイの良い男性がカレンにカバンを手渡す。

 すでに夏であるにも関わらず、彼は黒いスーツに身をかためていた。

「カレン、この人は?」

 恐る恐る忍が聞く。

 確かに、怖い。良く見ると、眼帯をしており、髭も生えている。

「ああ、シノたちは初めてだったネ。彼はButler(執事)の『ナカムラ』デス」

「執事!?」

 アリス以外の全員が顔を見合わせる。

「執事って、本当にこの世に存在したんだ」

 そう言ったのは陽子だ。

「凄い……」

「ナカムラさん、お久しぶり」

 どうもアリスとは面識があるようだ。

87: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:10:07.72 ID:xjHXm05Po

「今日はちょっと出かけるのが遅くなっちゃってね。それで、ナカムラに送ってもらったデス」

「はあ……」

「お嬢様。私めはこれで」

 そう言うと、執事のナカムラは一礼する。

「ハイ、ご苦労様デス」

「くれぐれもお気をつけて」

「ハイハイ、わかってマス。ナカムラは心配性デスねー、本当に」

「ご学友の皆様も、よろしくお願いいたします」

 そう言うと、ナカムラはこちらが恐縮するほど深々とお辞儀をしてから、車に乗り込んだ。

「へえ、やっぱりカレンってお嬢様だったんだなあ」

 感心したように陽子が言った。

「オジョウサマって、この前ハリマにも同じこと言われマシタ」

「そりゃ言うでしょう? あんな凄い車見せられて、しかも執事まで」

「そうデスか?」

 カレンは首をかしげた。

 自分自身特別だという認識が、このお嬢様には無いらしい。

88: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:10:39.25 ID:xjHXm05Po





    もざいくランブル!


   第5話 女 心 difficult

 

89: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:12:00.97 ID:xjHXm05Po



 期末テストも終わり、学校内ではひと時の解放感に包まれていた。

「いやー、やっと終わったねえ」

「なかなか大変でした」

「あの問題どうだった?」

 テストのことを気にする者、これからの予定を考える者、部活動へ勤しむ者。

 それぞれ、自由な行動をしている。

 そんな中、播磨はどうすればアリスと一緒にいられるか考えていた。

(テストのほうは、まあ大丈夫だろう。それよりアリスちゃんだ。確か、8月中は

実家(イギリス)に帰るみてェだし、一緒に遊べるのは7月中くらいしかないようだ。

 それなら早いうちにケリをつけねェと、ひと夏のアバンチュールも危ういぜ)

 ちなみに播磨はアバンチュールの意味をよく知らない。

「ハーリマ!」

「ぬわっ!」

 播磨は一人ブツブツと考え事をしていると、それをぶち破るように隣りのクラスから

カレンが飛び込んできた。

「なんだ九条か」

「なんだとはなんデスか。もっと興味持ってくだサイ!」

「何か用かよ」

「用が無ければ話しかけちゃダメなんデスか?」

90: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:12:32.12 ID:xjHXm05Po

「面倒くせェだろ」

「酷いデスよ。最近冷たいデスね」

「冷たくねェよ。それよりどうした。大宮たちならそこにいるぞ」

「No、確かに今日はシノたちにも用がありますが、ハリマにも用があります」

「なんだ、用があんのかよ。で、なんだ?」

「実は、Shopping に付き合って欲しいのデス」

「は? なんでそんなこと」

「ダメデスか?」

「女の買い物は長ェから嫌いなんだよ。あれでもないこれでもないって、

全然買わねェものまでご丁寧に見てまわりやがる」

「それも楽しみじゃないデスか」

「でもよ」

「シノやアリスも一緒デス」

「なに……!?」

 播磨の心が揺れる。

(アリスちゃんと一緒に買い物。一緒にお出掛け。つまりこれは、アリスちゃんとデート!!)

 ※違います。

 播磨の頭の中が暴走する。

「ちなみに、何を買いに行くんだ?」

91: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:13:12.54 ID:xjHXm05Po

「Swimsuitデス!」

「水着か」

「Yes! 夏デスからネー!!」

 いやでもよ、そういうのはその、男と行くもんじゃねェだろ。

 アリスと一緒に買い物には行きたい。

 だが水着コーナーは恥ずかしい。

 播磨の心は揺れる。

「つうか水着売り場って、男女別になってるし、男と行くものか?」

「実はデスね、数日前にパパとSpeakした際、水着を買う時は Boyfriend と一緒に

行って見てもらうべきだって言われたネ」

「は?」

「However、ワタシには Boyfriendと呼べるようなトモダチは、今の所ハリマくらい

しかいない。Accordingly こうしてハリマを誘ったというわけデス」

「なんでお前ェの親父さんはそんなことを言ったんだ?」

「Reasonはよくわかりませんが、日本にはそういうculture があるのでしょう」

「ねえよ!」

(しかし)

 と、播磨は思う。

(アリスちゃんと買い物。しかもアリスちゃんの水着)

 忍と楽しそうに話をするアリスを見ながら播磨は思った。

「わかった、一緒に行こう」

「Thank you ハリマ! ふふ、今から楽しみデス。アリスー」

 そう言うと、カレンは笑顔でアリスの所に行った。




    *

92: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:13:59.95 ID:xjHXm05Po



 買い物で駅前にくるのは久しぶりかもしれない。

 大型のショッピングセンターには、特設の水着コーナーもあり、そこでは気たるべき

季節に備えて、若い女性たちが水着選びに精を出しているようだった。

 そんな光景の中で、むさ苦しい男である播磨の存在が明らかに浮いていたことは言うまでもない。

「水着を日本で買うのは初めてだからドキドキするなあ」

 照れくさそうに笑うアリス。

 ちなみに今回、綾と陽子は来ていない。

 水着と聞いて、綾の具合が悪そうになったのは気のせいだろうか。

「アリスなら、何を着ても似合うと思いますよ。こんなのでも」

 そう言うと忍は旧スクール水着を取り出して見せた。

「シノ! よくわからないけどそれは犯罪の臭いがするよ!」

 というか、そんなものどこに置いてあったんだ。

「試着コーナーがありマス! 早速選んで行きましょう」

 水着を前に、更にテンションを上げるカレン。

 水着以外にも、店内には海を思わせるポスターやビーチボールなどが展示されており、

弥が上にも夏を意識せざるを得ない。

(夏か……)

 特に夏に思い入れがあるわけではない。

93: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:14:51.76 ID:xjHXm05Po

 ただ、夏は人を開放的にすると誰かから聞いたことがある。

(アリスちゃんに変な虫もたかりやすい。ここは全力で守らなければ)

 密かな決意を胸にする播磨。

 しかし、周囲の人間はそんなことを知る由もない。

「アリス~。これを試着してください」

「シノは着ないの?」

「わ、私は大丈夫だから」

「……」

 忍とアリスの会話を見ながら、居心地の悪さを感じる播磨。

(くそっ、アリスちゃんとは一緒にいてェが、この場には長くいたくねェ。つうか、

この場所は“女度”が高過ぎるだろ)

 高鳴る心臓を抑えるように、播磨は上を向く。

「ハリマ!」

「うおっ、なんだお前ェ」

 急に声をかけられて驚く播磨。

「こっちとこっち、どっちがいいデスか?」

 二つの水着を持ったカレンが聞いてきた。

「どっちでもいいんじゃねェか」

「ちょっとは真面目に選んでクダサイ!」

「つうか、俺は水着とかよくわからねェし」

94: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:15:45.98 ID:xjHXm05Po

「知識とかどうでもいいデス! 何より feeling を大事にしないとネ」

「んなこと言われてもよ、こういうのは」

 そう言いつつ、播磨は手前の水着を見る。

(この水着、アリスちゃんに似合いそうだな)

 ふと、そんなことを考えながら播磨は一つの水着を手に取る。

(しかしビキニか。くそっ、こんなのを着たらただでさえ魅力的なアリスちゃんが

更に魅力的になってしまう。それこそ、天使と言っても過言ではないくらいに……!)

「お、ハリマはそれがいいデスか!?」

「うわっ、よせっ。何やってんだよ」

「ハリマ、なかなか Good sense してるデス!」

「いや、それはその……」

「ちょっと子供っぽい感じもしマスケド」

「いやだから」

「とりあえず試着デス!」

「おい、待て!」

 カレンは、まるで忍者のような素早い動きで試着室に入ると、シャッとカーテンを閉めた。

(くそっ、あの中に入られたら手出しできねェ)

 苦虫を噛み潰したような顔をしながら、播磨はアリスたちのほうに目をやる。

「播磨くん。カレンはどうしました?」

95: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:16:33.70 ID:xjHXm05Po

 水着を手に持った忍が聞いてきた。

「今試着中だ」

「へえ、もう選んだんですね」

「カレンは昔から決断が早かったですからね」

 アリスは言った。

「そうなのか」

 そういえば、アリスとカレンはイギリス時代からの親友だったという話を思い出した播磨。

「でも、決断が早すぎて間違うこともしばしばあったよ。それで迷子になったりとか、

よくあったなあ」

「まあ、なんとなくわかる気がするな。考える前に行動する、みてェな」

「うん。ハリマくんもカレンのこと、だいぶわかってきたみたいだね」

「あ? 別にそんな」

 確かに、最近はアリスよりもカレンと会話している時間のほうが長い気がする。

 カレンのほうが話しやすい、というか向こうから積極的に話しかけてくるから、

自然と会話が増えただけなのだが。

(いかんいかん。今は金髪お嬢のことを気にしているわけにはいかねェ。折角、

アリスちゃんが目の前にいるんだ。しっかりアッピールしねェと)

 そう思いつつ、播磨は並んでいる無数の水着に目をやる。

「なあ、カータレット。この水着なんて――」

96: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:17:29.14 ID:xjHXm05Po

 そこまで言いかけたところで、いつの間にか姿が見えなくなっていた忍が戻ってきた。

「アリス、この水着なんていいんじゃないですか?」

 明るい色だが、ヒラヒラが付いており、播磨には少し子供っぽく見えた。

(おいおい、それだったらまだコッチのほうがアリスちゃんの魅力を十分に引き出せると思うがなあ……)

「ありがとうシノ。早速試着してみるよ」

 しかし、播磨の考えとは裏腹に、アリスは忍の選んだ水着を持って試着室に入る。

「うふふ。きっと似合うと思うなあ」

 忍は幸せそうに笑う。

「お前ェは買わねェのかよ」

 播磨は忍に聞いてみた。

「私のは、お姉ちゃんのおさがりとかあるし」

「姉がいるのか」

「うん」

「だけどよ、姉のおさがりとか嫌じゃねェか? 体操服とかならともかく、水着だぞ」

「ええ? 洗濯すれば平気だよお」

「いや、まあそういう問題じゃねェと思うけど」

「HEY、ハリマ! Try is over!」

 不意に別の試着室からカレンの声を聞こえた。

97: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:18:20.99 ID:xjHXm05Po

「お前ェうるせえぞ。ほかの客の迷惑になるからやめろ」

 面倒くさそうに播磨は、カレンが入った試着室の前に歩き出す。

「急にいなくなるから焦ったデス」

「どこにも行きゃしねェよ。ったく」

 試着室の前に行くと、カレンは首だけ外に出していた。

「何やってんだお前ェ」

「ちょっと恥ずかしいデス」

「今更恥ずかしがってどうすんだ」

「もうっ、ハリマは乙女の気持ちがわかってないデスね!」プンプン

「別にいいだろ。んなことはよ」

「ジャーン!」

 シャーッとカーテンを開けると、そこには見事にビキニを着こなしたカレンの姿があった。

 カレンは夏服の上に更にパーカーを着ていたので、あまり意識していなかったけれど、

胸も結構あるようだ。

「あ……、いいんじゃねェか……」

 予想外のお色気に、思わず顔を背ける播磨。

(何やってんだ俺。アリスちゃん以外の女にドキドキするとか、ありえねェだろ)

「ちょっと、ちゃんと見てくだサイ!」

 そう言うと、カレンは播磨の顔を掴んで、強引にグイッと顔をまっすぐに向かせた。

98: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:19:04.98 ID:xjHXm05Po

 播磨の目の前には、カレンの胸の谷間が飛び込んでくる。

「おまっ、その……、なんつうか」

「どうデス? 私のスタイル」

「いや、まあ……、その」

「そこは『姉ちゃん、ええ体してまんな」と言ってほしい所デス」

「セクハラじゃねェか!」

「水着も見てくだサイ」

「いや、いいな」

 少し子供っぽいかとも思った水着だが、カレンが着ると随分大人っぽく見える。

 自分で選んどいてなんだが、かなり似合っているのではないだろうか。

「わあ、あのこカワイイ」

「モデルかなあ」

 他の買い物客がカレンを見て、ヒソヒソと言い合っていた。

「わかったろう、よく似合ってるよ」

「うーん、まだ不安デスね」

「は?」

「もう一着選んでくだサイ」

「ちょっ、おまっ!」

「早く、早く。ハリーハリーハリマー」

「うるせェ、もういいだろ」

99: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:19:42.95 ID:xjHXm05Po

「お願いしマス。青春の水着選び、Don't wanna regret(後悔したくない).」

「水着なんていつでも買えんだろうがよ」

「今日というこの瞬間は、二度と戻ってはこないのデス」

「安っぽい歌の歌詞みたいな台詞言いやがって。ったくしょうがねェ。もう一回だけだぞ」

「Thank you ハリマ!」

「ったくよ」

 ブツブツ言いながらも、カレンの水着選びを手伝う播磨、結局、その後4回試着を

繰り替えした後、最初の水着に落ち着いた。

「今までの試着はなんだったんだ」

「Don't be afraid!(気にしちゃダメ!)」

「お前ェはちっとは気にしろ! ったくよ、だから女との買い物は……」

 そう言いつつ、忍たちの所に戻ると、すでにアリスの試着と買い物は終わっていた。

「……終わったのか」

「はい、とてもよく似合ってましたよ」

 ニコニコしながら忍は言った。

「シノが真剣に選んでくれて、楽しかった」

 アリスも笑顔だ。

(ああ、アリスちゃんの水着姿、見たかったなあ)

 播磨は危うく心の声が漏れ出てきそうなほど後悔しながら心の中でつぶやく。

100: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:20:24.82 ID:xjHXm05Po

「そういえば、カレンの水着、まだ見てなかったね」

 アリスはカレンに聞く。

 今日は播磨の前にもかかわらず、珍しくよく喋る。

「まあ、それは本番の時の楽しみにしておいてくだサイ」

 と、カレンは答えた。

「ハリマくんが選んだの?」

「Yes! ハリマはなかなかイイセンスしてるデス」

「別にしてねェよ! 女の水着とかわからねェし」

「またまた~、What you have to choose me seriously, I know(あなたが真剣に選んでいてくれたこと、私は知ってマス)」

「別に真剣じゃねェし。つうかお前ェ、試着長すぎなんだよ!」

(おかげでアリスちゃんの試着を見れなかったじゃねェか)

「ハリマがせっかく選んでくれたんデスから、しっかり試着しないとネ」

「いらん気を回すな」

「カレン、これからどうするの? お茶でもしていく?」

 アリスは聞いた。

(ナイスだアリスちゃん! これでアリスちゃんとお茶ができる!)

101: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:20:53.93 ID:xjHXm05Po

「Oh,お誘いはありがたいのデスが、これから家の用事があるのデス。アイムソーリー」

「そうなんだ、残念だね」

(お前ェ、用事があるんだったらもっと早く試着を済ませろよ!)

 播磨の常識的なツッコミは、ここでは効かなかった。

「それじゃあしょうがないですね、みなさん帰りましょう」

 忍のその言葉で、その場にいた全員は帰路につく。

(くそう、アリスちゃんの水着が、お茶が)

 そんな後悔をしながら、播磨たちはショッピングセンターを後にした。





    * 

102: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:21:28.10 ID:xjHXm05Po

 


 建物の外に出ると、強かった日差しが更に強さを増していた。

「この日差しを見ると、夏って感じですね」

 忍はしみじみと言った。

「日本の夏はちょっと蒸し暑いから苦手かも」

 少しげんなりした感じでアリスは言う。

 確かに、比較的涼しいイギリスから来たアリスたちにとって、日本の夏は厳しいかもしれない。

 しかも最近は温暖化の影響か、昔よりも夏が暑いという話も聞く。

「まあ、カレンはあんまり季節とか気にするタイプではないけどね。って、カレン?」

「ん?」

 気が付くとカレンの姿がない。

「どうしよう。またカレンが迷子に」

「おいおい、いくらなんでもこんな距離で迷子には」

 と、播磨も思ったが確かにカレンの姿が見えない。

「どこだ」

103: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/04(日) 20:21:55.62 ID:xjHXm05Po

 周囲を見回すと、

「あ、あそこ!」

 忍が叫んだ。

「なっ!?」

 忍の指さす方向には、カレンが。

 しかもしの周りには、見るからに怪しい黒服の男たちがいたのだ。

 この暑い日に。

「ちょっとやめるデス!」

「一緒に来てもらいます!」

「早くしろ」

「タスケテくださいデース!」

「カレン!?」思わずアリスは身を乗り出す。

「お前ェらはここにいろ!」

 アリスを抑えるように、播磨は走り出した。

 考えるよりも先に、身体が動いていた。




   つづく

104: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:51:22.80 ID:aJPGqIJbo


 前回のあらすじ

 九条カレンが水着を買いに行った帰り、正体不明の黒服の男たちに囲まれていた。

「どどどどうしようシノ!!」

「おおおおお落ち着いてくださいアリス」

 動揺する二人。

「そういえば、カレンはお金持ちで有名でしたので、イギリスでも誘拐とかを心配してました」

「そんな」

「大変だ。日本は安全だって聞いていたけれど」

「大丈夫だよ、播磨くんが行ったから」

「でもでも、拳銃とか持ってたら」

「はわわ、とにかく通報しましょう」




   *

105: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:51:48.73 ID:aJPGqIJbo



「ちょっと放してクダサイ」

「了解、このまま連れて行きます」

 黒服の一人は、そう言うと軽々とカレンを抱える。

「ちょおおっと! 何するデース! 助けて、help!」

「静かにしろ」

「Help me ハリマ!!」

「うっせえな、俺は近くにいるつってんだろ」

「ハリマ」

 カレンの下に駆けつけた播磨。

 しかしその間には、体格の良い男たちが二人並んでいた。

「どういうつもりだ。ああ?」

 だがそんな相手にビビるような男ではない。

「ここを通すわけにはいかない」

「さっさと帰れ」

「悪いな。ここで素直に言うこと聞くような性格じゃあ、ねェんだ」

「ハリマ!」

106: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:52:15.36 ID:aJPGqIJbo






    もざいくランブル!


   第6話 大和魂 pride 

107: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:52:58.02 ID:aJPGqIJbo


「事情はよくわからねェが、その娘は返してもらうぜ」

 二人の大男の間をすり抜けるように播磨はすすむ。

 だがそれを察して、進路を塞ぐ男たち。

「どうしても行きたいというのなら、力づくでこい」

 一人の男が言った。

「そうさせてもらうぜ」

 スーツを着た男たちは明らかに身体を鍛えている。

 ちょっとやそっとの打撃で動くようには見えない。

 だが、普通の人間ならば必ず鍛えられない場所がある。

「ふんっ」

「な!」

 一瞬、ほんの一瞬播磨の手のひらが男の胸に当たる。

 どんなに鍛えても鍛えられない場所が人間にはいくつかある。

 それが弱点や急所と呼ばれる場所。

 だが、播磨の狙いは違う。

「貴様」

「でりゃあ!」

 ほんの一瞬、播磨が力を加えると、右側の男が崩れ落ちた。

「発勁か!」

108: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:53:25.15 ID:aJPGqIJbo

「遅い!」

 もう一方の男の腹にも、播磨は平手で一撃をくらわせる。

 中国拳法の発勁、それは外側の筋肉ではなく直接内臓など、内部の器官に打撃を与えるもの。

 内臓はどんなに外側を鍛えていても鍛えられない場所だ。

 派手に吹き飛ぶような技ではないが、確実に相手にダメージを与えられるため、

昔は播磨もよく多用していた。

 早くも崩れ落ちる二人。

 だが敵はそれだけではなかった。

「待て!」

 残った黒服は、倒れた仲間には目もくれず、カレンを抱えたまま走り出す。

「くそが!」

 播磨もそれを追う。

 走る、走る、走る。

 かつて告白に失敗した播磨は、その失敗を反省して多少なりと身体を鍛えるようにしていたので、

多少の追いかけっこならできるようになっていた。

「そこか!」

 狭い路地に逃げ込む男。

 だがそれは罠であった。

「そんなこったろうと思ったぜ」

109: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:53:52.62 ID:aJPGqIJbo

 薄暗い路地に入ると、どこからともなくチンピラ風の男たちが出てきた。

 その数は5人、いや、6人か。

「随分と手の込んだことしやがって」

「さっきのようにはいかねえぜ、兄ちゃんよ」

 先ほどの黒服よりは明らかに弱そうなチンピラ風の男が言った。

「試してみるかよ」

「どりゃああ!!」

 一斉に襲い掛かる男たち。

「ぐっ!」

 パンチを掻い潜り、播磨は一人にカウンターで拳をくらわす。

 ぐちゃりと、肉が潰れる感触が拳を伝わってくる。

 今度は後ろから迫ってくる敵に後ろ蹴りをくらわせた。

 すると、蹴りは上手く腹に入り、男は悶絶した。

(一人倒したか)

 そう思った瞬間、別の黒服が蹴りつけてきた。

「くっ!」

 何とかガードで受けたものの、鍛えているためか、衝撃も大きい。

 次に別の大男が大振りの右ストレートを放ってくる。

 防御は危険だ。

110: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:54:19.63 ID:aJPGqIJbo

 腕を十字にして攻撃を受ける播磨は、すぐに体勢を立て直そうとする。

(ここで畳み込まれたら終わり!)

 そう思った播磨は倒れないように強く踏ん張り、丹田に力を込める。

(ん?)

 その時、播磨の脳裏に違和感が浮かぶ。

(こういう1対多の戦いなら、相手に反撃されないよう、一気に潰すのが基本のはず。

だけど奴らはご丁寧にわかりやすい攻撃を仕掛けてくる。こいつら何だ。素人か?)

 そう思った瞬間、ハイキックが飛んできた。

 膝を曲げてそれをかわした播磨は、ローキックで相手の軸足を払う。

「うわっ」

 支えを失った男は一気にその場に倒れ込む。

 受け身を取ったようだが、すぐに起き上がらないよう播磨は男の鳩尾をふみつけた。

 こういう闘いの場で情けは無用。

 今度は二人一緒にかかってきたので、1人の服を掴むと、それをもう一方に投げつけた。

 体重差があったので、もう一人は簡単に投げられ、それをぶつけられたもう一方は無様に倒れ込んだ。

 一人一人の技のキレは決して悪くない。

 だが、集団での戦い方が明らかに稚拙に思えた。

「どりゃあ!」

「ぐはっ!」

111: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:54:53.13 ID:aJPGqIJbo

 何度か打撃はくらったものの、致命傷にはならず、なんとか播磨はその場にいた数人を倒したのだった。

「ソイツから手を放せ」

「ぬおっ!」

 最後に、カレンを捕まえていた黒服を投げ飛ばすと、播磨はその場に血の混じった唾を履いた。

「ハリマ! 大丈夫でしたか!」

 思わず播磨に抱き着くカレン。

「ケッ、どうってこのねェよ」

「でも、血が」

「こんなのかすり傷だ。つうか、コイツら誰だ」

「知りません。全然知らない人です」

「誘拐って奴か?」

(それにしてはおかしい。誘拐なら武器でも隠し持っているはずだが)

 播磨は違和感を抱えたまま、その場を離れようとした。

 しかし、行く手を阻む影が一つ。

「誰だ!」

「……」

 そこには無言で立つ大男が一人。

 帽子を深々とかぶり、マスクをしているので顔がよくわからない。

112: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:55:25.31 ID:aJPGqIJbo

「ハリマ」

 不安そうにカレンは血の付いた播磨の制服をぎゅっと握りしめる。

「大丈夫だ九条。お前ェは頭でもおさえて目をつぶってろ」

「……」

 逆光で顔はよく見えないけれど、目の前にいる大男は、先ほどの黒服やチンピラども

とは明らかに異なる雰囲気を持っていた。

「ここでラスボス登場ってことか。どうすんだ? もう俺のツレが警察に通報しているところだぜ。

このままやってもお前ェは警察に捕まるだけだ」

「……」

 播磨が挑発をするも、帽子の男は何も答えず、右手の手のひらを上にして、人差し指で

チョイチョイと手前に引いて見せる。

 挑発をするつもりが、逆に相手が挑発をしてきたのだ。

「なるほどね、とにかくお前ェを倒さねえと帰れねェってわけだな」

 全てを察したように播磨が言うと、

「……」

 帽子の大男は軽く頷いた。

「クソ弱い連中ばかりで退屈してたところだ。楽しませてくれよな」

「ハリマ」

「わーってる。あくまで正当防衛の範囲内でやる。心配すんな」

「でも」

 恐らくカレンの心配はそれだけではない。

113: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:55:52.07 ID:aJPGqIJbo

 それは播磨にもわかっている。

 彼らの目の前にいる帽子をかぶった大男は、明らかに今までの相手の比ではない殺気を放っていた。

 カレンはそれなりに運動神経が良いと言われているので、相手の只者ではない雰囲気を感じ取っているのだろう。

「わかったから手を放せ。すぐに終わらせる」

 そう言うと、播磨は優しくカレンの右手を外す。

(そういやコイツの手を握るのって、あの時、あの間違えて告白しちまった時以来だな)

 そんなことを思いつつ、播磨は一歩前に出た。

「……」

 帽子の男は構えない。

 だが張りつめた空気の中で相手が只者ではないことがよくわかる。

 自然体というやつだ。

「いくぜ」

 相手の攻撃を待って、などということはない。

 先手必勝。

 これこそが勝つための手段。

「どりゃあああ!!!」

 相手は強い。ならば、小細工は無用。

 正面からぶっ壊す。

114: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:56:18.62 ID:aJPGqIJbo


 しかし、


「なっ!?」


 男はよけることも反撃することもせず、腕を十字にして播磨の拳を受け切った。

「ソノテイドカ……」

 押し殺したような声で男はつぶやく。

「なに!?」

 不意に視界の外から何かが飛んできた。

 スピードに乗った鋭い上段蹴り(ハイキック)が播磨の右頭部を襲う!

 辛うじて右腕でガードしたものの、スピードがあっただけに衝撃も段違いであった。

 なんだこの蹴り。

 ほぼノーモーションから放たれた蹴りは、まるで刃のように痛みを与えてくる。

(強いなんてレベルじゃねェぞ!)

 次の瞬間、今度は左の下段蹴り。バチンと勢いよく当たった蹴りは播磨のバランスを

崩してしまう。

「んにゃろ!」

 何とか態勢を立て直して反撃に出ようとするが、今度は裏拳が飛んできて、思わず

のけぞってしまう。

(なんつう身体バランスだ!)

 体格差から見て遠くからの殴り合いは不利。

115: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:56:50.48 ID:aJPGqIJbo

 そう思った播磨は、今度は距離を詰めようとする。

 しかし、一瞬のフェイントとともにボディに一発入る。

「ぐほっ!」

 鍛えていなければ危なかった、というほど見事なボディブロー。

「この野郎!」

 もう一発入ってきたが、今度は辛うじて肘でガードする。

 だが、次の瞬間再び下段蹴りを繰り出し、そして距離が離れたところで前蹴りを放った。

「だはっ!」

 思わず三歩、四歩と後ろに下がってしまう播磨。

「ハリマ!」

 そんな播磨をカレンが受け止める。

「下がっていろ九条、危ねェぞ!」

「相手は強い」

「んなこたぁ百も承知だ畜生が」

「デモ!」

「いいから下がれ!」

 多少イライラしながら播磨は叫んだ。

(普通ならここで一気に仕掛けて行くはずだ。さっきのチンピラといい、何かおかしいぞ)

116: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:57:16.63 ID:aJPGqIJbo

 そう思いつつ、播磨は構える。

 相手は息一つ乱れていない。

「そりゃあ!」

 足でフェイントからの右ストレート。

 だがそれは読まれる。

 だったら今度は左フック。

 それもガード。

 まるで動きが全て読まれているような錯覚に陥る播磨。

「な?」

 そんな播磨の小細工を嘲笑うかのように、男の右ストレートが放たれる。

 見え見えのパンチ。

 防御からの反撃を試みる播磨だったが、

「!?」

 左のガードから押し込むようなパンチは、播磨の防御を破って一気に頬まで到達してしまった。

「ぐはあっ!」

 一瞬、視界にノイズが走る。

 だが次の瞬間、拳が襲い掛かってきた。

 今度は止まらない。

 右、左、そしてまた右、さらに右の回し蹴り。

117: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:57:43.73 ID:aJPGqIJbo

 防御が追つかない。

 息ができない。

 何より、膝が立たない。

「舐めんなコラア!!」

 起死回生のアッパーを繰り出すも、それも十字で止められてしまった。

(何なんだコイツは!)

 播磨は男の服を掴む。

 今度は投げ技を繰り出そうとするも、すぐに外され、逆に投げ飛ばされてしまう。

 合気道の小手返しという技だ。

 激痛とともに、アスファルトの地面に叩き付けられてしまう。

 こんなにも鮮やかに投げ技を決める人間を、播磨は知らない。

 かつて柔道三段の相手とも戦ったことがある播磨ですら、ここまで見事に投げられた

ことはなかった。

 更に追い打ちをかけるような蹴り。

「ぐわっ」

 播磨の身体は、まるで藁の束のようにくるくると転がってしまう。

「畜生が!」

 すぐに立ち上がる播磨だったが口の中は鉄臭く塩辛い液体で充満していた。

 さきほど殴られたショックで、口の中が切れたのだろう。

「ハリマ! 頑張れ!」

118: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:58:14.42 ID:aJPGqIJbo

 背後からカレンの声が聞こえる。

「……」

 前方にいる大男は何も喋らず、まるで機械のように佇んでいる。

 機械との違いは、その圧倒的な殺気であろうか。

 恐怖――

 そんなものは感じたこともなかった。

 だが今は違う。

 圧倒的な力の差を感じている。

(コイツ、本当に人間か)

「アキラメロ」

 不意に耳に飛び込んでくる低い声。

「冗談言うな、クソが」

 ペッと、再び血の混じった唾を吐いた播磨は再び距離を詰める。

 少しでも攻撃を当ててやる。

 そう思い、相手の懐を目指す。

「……っ!」

 ノーモーションで放たれる拳と蹴り、それをサイドステップで上手くかわしながら、

肋骨の当たりに一撃をくらわす。

「ぐ……っ」

119: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:58:40.97 ID:aJPGqIJbo

 入った!

「どりゃあ!」

 今度はストレート。

 しかしそれは防がれる。

(まだまだ!)

 次に中段蹴りで相手の態勢を崩す。

 更に腕を掴んで、投げようとするも、すぐに外されてしまう。

(しまった)

 次の瞬間、相手のパンチを予想した播磨。しかし放たれたのは、拳でも蹴りでもなく、

体当たり。

 今まで感じたことのない衝撃が身体を襲う。

 身体がふわりと宙に浮いたかと思ったら、硬い壁にぶち当たってしまう。

「ぐはっ!」

 ぼんやりする頭を必死に回復させ、次に大男が放つ拳を寸でのところでかわす。

(危ねェ)

 だが、更に放たれる波状攻撃に播磨のスタミナはどんどんと削られていく。

(コイツの体力は底なしか?)

 と、次の瞬間、男の拳が播磨のガードを破る。

 集中、集中だ。

120: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:59:08.25 ID:aJPGqIJbo

 そう思ったが、思考に身体が追いつかない。

(調子に乗りやがって)

 次々に放たれるパンチの前に、なす術のない播磨。

(くそっ。もうちょっと待て)

 播磨は心の中でタイミングを計る。

 そして、相手が大振りを狙ってきたところで――

(ここだあ!!)

 右ストレートを放った!!!

「ハリマ!!」

 脳に衝撃が走る。

「ぐ……」

 播磨の右ストレートは、上手く相手にカウンターを返されてしまった。

(い、今のは……)

 思いっきり入った拳。

 遠のきそうになる意識は辛うじて保ったけれども、両ひざは限界にきていた。

 がっくりと、その場にひざをつき、崩れ落ちる播磨。

 その場にうつ伏せに倒れることはなんとか耐えたけれども、このままでは蹴りの的に

なることは火を見るより明らかであった。

「もうやめるデス!!」

 不意に、播磨の目の前に人影が立つ。

121: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 20:59:44.91 ID:aJPGqIJbo

(九条……)

 九条カレンだ。

 帽子をかぶった大男と播磨の間に、カレンが仁王立ちした。

 遠のく意識の中でも、カレンの声だけははっきりと聞こえた。

「アナタの目的は私なのでしょう!? だったら、私だけ連れていきなさい! もうこれ以上、

彼に危害を加えることは許しません!」

「……」

 男は無言である。

(九条、お前ェ)

「早くしなサイ。私は、逃げも隠れもしまセン!」

(ふざけやがって)

 九条カレンのその言葉を聞いて、播磨の心の中に沸いた感情は、何よりも「怒り」

であった。

(あのなあ、九条。男にとっては、ケンカでボコボコにされるよりも、中途半端に情けを

かけられるほうがよっぽど辛いんだよ)

 播磨は大きく息を吸う。

 もう、まともに戦うだけの体力は残っていない。

 ボクシングで言えば、クリンチを繰り返すくらいしかできないだろう。

 だが、それでもまだ身体は動く――




   *

122: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:00:16.44 ID:aJPGqIJbo


 帽子をかぶった大男がゆっくりとカレンに近づく。

 なぜ自分がこんなことをしたのかよくわからない。こんなことをしても播磨は喜ばないだろう。

 むしろ怒るだろう。

 それはわかっていた。だがやらずにはいられなかった。

 目の前で傷つく姿は、其れ以上見たくはなかったのだ。

 今、自分のすぐ後ろにいる男は、自分を守るためにボロボロになるまで戦った。

 それだけで十分嬉しかった。

 もうそれだけでいい。

 男の手が迫る。

「ふっぐ!」

 カレンは恐怖のあまり、両目を閉じた。

 しかし、次の瞬間彼女の身体は暖かいものに包まれた。

「え?」

 大男に抱きかかえられた、というわけではない。

 カレンのよく知る人間の匂いだ。

「なに?」

 カレンが目を開くと、先ほどまで膝をついていた播磨が立ち上がり、そしてカレンの

身体を抱き寄せていた。

123: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:00:44.17 ID:aJPGqIJbo

「悪いなオッサン。ここでこの娘を渡すわけにはいかねェ。男のプライドにかけてもな」

「ハリマ、一体何を……」

 恥ずかしさと恐怖と驚きと、その他色々な感情の入り混じったカレンは何が何だかわからなくなっていた。

 ただ、全身熱い。それだけはわかった。

「九条。俺がコイツの動きを止める。その間に逃げろ」

「でも播磨は」

「いいから言うことを聞け。近くに大宮たちもいるはずだ。すぐに合流すりゃ大丈夫だ」

「ハリマは」

「お前ェはお前ェの心配だけすりゃいいのよ。俺は自分の意地を通す」

「ダメだよハリマ」

「うるせェ。あと……」

「あと?」

「お前ェの制服、血で汚してすまなかったな」

「――!」





   *

124: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:01:21.36 ID:aJPGqIJbo

 カレンを放した播磨は、倒れそうになる自分の下半身を励ますように一度叩くと、

大きく息を吸って大男と正対した。

「ここは通してもらうぜ! 化け物が!」

 そう言うと全力で男に突っ込む。

 相手はそれに合わせてカウンター気味にストレートを決めようとするが、播磨はそれを掻い潜って、

男の懐に入る。

「ぬがああ!!」

 もはや技術も体力も関係ない。

 全力でぶつかるのみ。

 男にタックルをかました播磨は、そのままビルの壁に男を押さえつけた。

 大したダメージにはならないことはわかっている。

 だが、少しくらい動きを止めることはできるだろう。

「早く行け九条!!!」

「は、ハイ!!」

 播磨の心情を察したカレンは全力で走り出す。運動神経抜群の彼女は走るのも速い。

「……!」

 男は播磨を振り払おうと身体をよじる。

 だが播磨は簡単には離れない。

 ゴツゴツと背中に肘や拳が当たる衝撃が走る。

 それでも今の播磨には、それほど痛みを感じなかった。

(残念だったな。お前ェの目的は――)

 そこまで考えたところで、後頭部に大きな衝撃が走り、そして播磨は気を失う。

 真っ暗な闇の中で、カレンの笑顔だけがやけにリアルに映し出されていた。







   *

125: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:01:50.01 ID:aJPGqIJbo


「はっ!」

 目を開くと、そこは見たことの無い天井。そして見たことの無い部屋であった。

(どこだここは)

 かなり広い部屋に、播磨は寝かされていた。

(病院……、ではないか)

 少なくとも病院ではないことは確かだ。

 身体を起こすと、身体のいたるところに絆創膏や包帯が巻かれていた。

(治療されている。一体誰が)

「気ガ付かレマシタカ?」

「は?」

 入口のほうを見ると、金髪の女性が立っていた。

「九条……? いや」

 九条カレンに似ているけれど、明らかに雰囲気が違う。

なんというか、大人っぽい。大人のカレンだ。

「カレンの母デス」

「ああ、どうりて」

 九条に似ていると思った。

 ただ、カレンよりも更に日本語がたどたどしいのは、純粋な英国人だからだろうか。

「英語でかまわないッスよ。喋りにくいでしょう」

『あなた、英語がわかるの?』

126: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:02:25.45 ID:aJPGqIJbo

「まあ、人並みには。同居人がアレなもんで」

『そうなんですか』

「それよか、今の状況説明してくれねェか。何が何だかわけがわからねェ」

『それもそうですよね。入ってきなさい』

 カレンの母がそう言うと、見覚えのある大男が入ってきた。

「お前ェは……。どういうことだ!」

 昼間、播磨と闘った帽子をかぶった大男である。

 男は帽子を脱ぐと、オールバックに眼帯という、明らかに堅気には見えない自分の

素顔を晒し播磨の前で片膝をつく。

「昼間は大変失礼いたしました。私、九条家の執事をやっております、ナカムラと

申します」

 男は流暢な日本語でそう挨拶をする。

「執事? 九条家? 一体どういうことだ。なんであんなマネを」

『ごめんなさいミスターハリマ。全てはウチの夫が仕組んだことなの』

 カレンの母は言った。

「は? 仕組んだ?」

「カレンお嬢様に思い人ができたということを知った旦那様が、カレンお嬢様に相応しい人物であるか、

確かめるよう命令したのです」

「それで、何であんな事態に」

127: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:02:55.55 ID:aJPGqIJbo

「お嬢様を見捨てて逃げるような輩であれば、その場で成敗するつもりでありました。

しかし、あなたは違った」

「……」

『本当にごめんなさいケンジ・ハリマ。このお詫びは何でもいたしますから』

 少し泣きそうな顔をして言うカレンの母。

「滅茶苦茶だぞ。どこの世界に、娘によってくる男をぼこぼこにする家があるんだ。暴力団かよ」

 自分も、アリスに近づく男を威嚇していたことは棚に上げる播磨であった。

「本当に申し訳ございません。このお詫びは何でもいたします。私をいくら恨んでも

構いません。ですがどうか、どうかお嬢様だけは」

「その九条は、お前ェのところのお嬢様は“このこと”を知ってたのか?」

「いえ、内密にことを進めておりましたので」

「ったくよ。まあ気持ちはわかるぜ」

「と、申しますと?」

「俺も男親だったら、可愛い一人娘に男が近づくことは嫌だろう。ましてや俺みたいな

不良だとよ」

「それは……」

「だけどな、一つ言っておくが」

「はあ」

128: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:03:27.58 ID:aJPGqIJbo

「俺と九条はただの知り合いってだけで、別に付き合ってるとかそんなことはねェんだぞ」

「はい?」

「What?」

「だからよ。せいぜい友達(ダチ)ってところだ。お前ェらが心配するようなことはねェ」

「いや、でも播磨様」

「様とかやめろバカ」

「ですが、お嬢様は播磨様のことを」

「トモダチって言ってただろ。まあ、そんなところだ。特別でもなんでもねェ」

「だとすると」

「お前ェらの早とちりってところだ」

『まあ』

「そんな……」

「よっこいしょっと。さて、じゃあ俺はそろそろ帰るわ」

『まだ動かれてはまずいですよ』

「身体が丈夫なことだけが取り柄なんでね」

 そう言うと播磨はベッドから降りて立ち上がる。

「痛てえ。オッサン強ェな」

「まあ、執事の嗜みですので」

(執事のたしなみってなんだよ)

129: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:04:00.83 ID:aJPGqIJbo

『今夜は泊まって行かれては』

 不意にカレンの母がそんな提案をする。

「奥さま!」

 今度は執事がビビっていた。

「同居人が心配するんでな、帰らせてもらう。お詫びがあるんだったら、治療費くらいは貰うぜ」

『でしたら、ナカムラ』

『かしこまりました、奥様』

 そう言うと、ナカムラはアタッシュケースを取り出す。

「現金で二千万ございます。どうぞお受け取りを」

「ブー!!」

 思わず吹き出す播磨。

「足りませんでしたか」

「多すぎるわボケ! 何やらかしとんじゃ!」

「ですが、治療費だけでなく慰謝料や迷惑料などを込みで」

「こんなにいらねェっつうの。せいぜい数万ありゃ足りる」

「播磨様」

「様はやめろバカ」

『ですけど、私どもの気持ちが』

 カレンの母も言った。

130: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:04:30.20 ID:aJPGqIJbo

「何でもかんでも金で解決できるもんでもねェだろ。そんなにも受け取れねェ」

「ですが……」

「それはそうと、九条はどうした」

「お嬢様のことですか?」

 ナカムラが答える。

「そうだが」

「お嬢様は居間におられます。お会いになられますか」

「ああ、そうだな。挨拶くらいして行くか」

 そう言って、部屋から出て、ナカムラに案内されるまま居間に向かう。

(というかこの家広すぎだろ。マンションってレベルじゃねェぞ)

 そう思いながら歩いていると、今に見覚えのある金髪が座っていた。

「ハリマ!?」

 人の気配に気づいたカレンが、播磨の姿を見ると、素早く立ち上がった。

「よう、九条」

「ハリマ! 無事だったデスか!!」

「ぬわっ!」

 まるでダイビングヘッドのように勢いよく飛びつくカレン。

 そしてそれを受け止める播磨。

「あんなにボロボロになって、心配したデス」

 よく見るとカレンの瞳が充血している。

131: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:04:56.62 ID:aJPGqIJbo

「心配すんな。身体だけは丈夫なんだ」

「あの、お嬢様。あまり抱き着かれると播磨様にご迷惑が」

 オロオロしながらナカムラが言う。

 今のこの男がとてもあの時の戦闘マシーンのようには見えない。

「ベーっ、だ。ナカムラとはもう口きいてあげないデス」

「お嬢さま~、仕方が無かったんですよ~。もう少し手加減はするつもりだったんですが~」

 ナカムラは情けない声を出す。

『カレン、あまりナカムラを困らせないで。元々はパパが悪いのだから』

『だからって、アレは酷いわ。やり過ぎよ! 私、どれだけ心配したことか』

 カレンは英語で怒っている。

 相当興奮しているのだろう。

「あのよ、九条。そろそろ腕をはなしてくれねェか。帰らなきゃいけねェんだ」

132: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/05(月) 21:05:23.58 ID:aJPGqIJbo

「ダメデスハリマ。ハリマは今日、ウチに泊まるデス」

「そりゃ不味いだろ」

「カレンが一晩中看病するネ」

「いや、病気じゃねェし」

「脳に障害とか残ってたらどうするつもりデスか」

「その時は病院行くから」

「今日は一緒に寝るデス!」

『あらあら』

「お嬢様! それだけは! それだけはご勘弁を!!!」

 ナカムラは半分涙目で訴えた。

 なんとかカレンを宥めて、播磨が家路についたのはかなり遅くなってのことであった。

 同居人に怒られたことは言うまでもない。




   つづく

133: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:35:49.21 ID:eZb7s2v2o


 夏、それは心躍るイベントが目白押しの季節。

「なんでこうなったんだろうな」

 播磨はその日、8人乗りワゴンの2番目の席に座っていた。

「Never mind(気にしちゃダメデス)」

 そして隣にはなぜかカレンが座っている。

 運転席では九条家の執事ナカムラ、助手席にはメイドの格好をしたマサル

(どう見てもオッサンにしか見えない)が座っていた。

(なぜあのメイドを見て誰も気にしないのか。名前がマサルとか言ってるし、明らかに

男じゃねェか)

 播磨の懸念をよそに、ワゴン車は進む。

 この日は、カレンの家の車で、アリス、忍、綾、そして陽子などの友人を連れて海にでかけていた。

 そしてその中で、播磨も呼ばれたわけだ。

 ナカムラの話では、以前迷惑をかけたから、ということらしい。

 慰謝料を含めた治療費も貰っているわけだし、播磨にとっては特に気にする必要もないのだが、

アリスが行くとなれば話は別だ。

 行かないわけにはいくまい。

「随分と楽しそうだな」

 隣に座るカレンに、播磨は言った。

「I was looking forward, today(今日という日を楽しみにしていたデス)」

134: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:36:41.77 ID:eZb7s2v2o

 満面の笑顔でカレンは答える。

「それはいいが、なんで俺はこの席なんだ?」

 播磨は三列シートの真ん中の、窓際に座っている。

 参考までに、行きの車ではこのような座り順となった。

(後部)( 忍 )(アリス)(陽 子)

(中部)(播 磨)(カレン)( 綾 )

(前方)(ナカムラ)    (マサル)

「うう、陽子の隣りに座りたかったのに……」

 俯いた状態で綾はつぶやく。

「え? 何? 綾、どうしたの?」

 後ろに座っていた陽子が聞いた。

「べ、別に何でもないんだから」

 綾は顔を赤らめながら吐き捨てる。

「俺が助手席でよかったんじゃねェのか」

 播磨も言った。

「カレンの隣りは嫌デスか?」

「いや、そういうわけじゃねェけどよ」

(本当はアリスちゃんの隣りがいいなんて言えねェ)

 それぞれの思いが交錯する中、車は海へと向かう。



  

135: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:37:08.75 ID:eZb7s2v2o


  

    もざいくランブル!


    第7話  海   voyage

136: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:37:39.67 ID:eZb7s2v2o

 海、それは心躍る場所、なのか。

「オッサン、熱くねェのか」

「いえ。この格好は執事の嗜みですので」

 執事のナカムラは暑苦しい執事服のままだ。ちなみにマサルの姿は消えていた。

「アロ――――――ハ~~~~~~~~」

 遠くでは忍が海に向かって何かを叫んでいた。

 登山か何かと間違えているのだろうか。

「ところで播磨殿。貴殿は着替えないのでしょうか」

「あン? 着替えはもう済ませてある。水着は下に着てんだ」

「チッ、しまったな」

「おい、なんで今舌打ちをした」

「いえ、別に何もしておりません」

 ナカムラは軽く咳払いをした後、遠くを見る。

「お、お嬢様方が戻ってまいりましたぞ」

 全力で話を逸らされているような気もしたが、其れ以上は追及しないようにした。

「おーい、ハリマくーん」

「!!」

 播磨の名前を呼ぶその声を聞き間違うはずもない。

 アリス・カータレットその人だ。

(あ、アリスちゃん)

137: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:38:06.69 ID:eZb7s2v2o

 播磨が顔を上げると、そこにはヒラヒラのついた水着のマサル……、

「ムッ!」

「テメー! 今までどこに隠れてやがった!」

「ムー!!」

 メイドのマサルを押しのけると、そこにはアリス、綾、そして陽子の三人がいた。

 もちろん水着姿だ。

 綾が恥ずかしそうにしているけれど、播磨の視線はアリスに釘付けであった。

 ワンピースタイプの水着。胸のあたりには可愛らしいリボンがついている。

(さすがアリスちゃんだぜ。かわいすぎる)

 播磨の興奮を余所に、アリスは忍に話しかける。

「シノは水着に着替えないの?」

「昔の外国では、着古したお洋服が水着だったそうです」

「へー、そうなんだ」

「では、ちょっと行ってきます」

「へ?」

「大変だ! シノが、シノが大自然に戦いを挑もうとしている!!」

 波打ち際まで走る忍。

 だが、波に足を取られて転倒してしまった。

「うわああん!」

(何がしてェんだこの女は)

138: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:38:33.95 ID:eZb7s2v2o

 着衣水泳をあきらめた忍は、その後普通の水着に着替えることにした。

「それにしても熱いなあ」

「播磨くーん」

 次に声をかけてきたのは意外にも陽子である。

「どうした。オイル塗ってあげようか」

「は? いや、別にいい。上にTシャツ着てりゃあ、多少は違うしよ」

「遠慮しないでえ。浅黒い男の子とかモテるかもしれないよ」

「かもしれないって、なんだよ」

 オイルの瓶を片手に笑っている陽子は、正直不気味であった。

「ちょっとでいいからさ、その上のシャツ脱いで見せて」

「なんか手がいやらしいぞお前ェ」

「ほらほらあ」

「おい、やめろ!」

「陽子! 正気に戻って」

「あごっ」

 後ろから見慣れたツインテールが、シャチの浮き輪みたいなので陽子の頭を叩く。

「まったく、目を離すとすぐこれなんだから」

 綾はそう言って、ため息をつく。

「はっ、私は一体何を!」

「ようやく落ち着いたみたいね」

「どうしたの? 綾」

(何やってんだこの二人は)

139: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:38:59.93 ID:eZb7s2v2o

 わけのわからないコントを見せられた播磨は、一緒に車できたとある人物の

姿がまだ見えないことに気が付く。

「そういや、あいつ、どこへ行ったんだ?」

「ムッ!」

 マサル登場。

「お前ェじゃねェよ!」

「おや、カレンお嬢様のことが気になりますか?」

 ニヤニヤしながらナカムラが聞いてきた。

「別に気になるっつうか、1人いねェとおかしいだろう」

「お嬢様なら、播磨殿のすぐ後ろにおられますよ」

「うおっ!」

 いつの間にか、カレンも播磨たちのところへきていたようだ。

「なんだ、来ているなら来ているって言えよまったく」

「べ、別に最初からいまシタ」

 なんだか様子がおかしい。

「水着に着替えたんだろ?」

「ソウデスケド?」

「はあ」

 カレンは水着の上に白いパーカーを着こんでいた。

 それだけならよくあることだが、裾の部分を抑えてモジモジしている。

140: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:39:27.04 ID:eZb7s2v2o

「あまり見ないで欲しいデス」

「何恥ずかしがってんだ? 試着の時にあんなに見せてたくせによ」

「バカ!」

「なんなんだよ」

「乙女心と秋の空ということです、播磨殿」

 耳元でナカムラが囁く。

「今は夏だぞ」




    *



 
「私、泳ぐのが苦手なんだ~」

 忍との会話の中で、アリスは何度かそう言っていたことを播磨は聞き逃していなかった。

(よし、ここはアリスちゃんに泳ぎを教えて、好感度アップといこうじゃねェか)

 そう考えた播磨は、マンツーマンで泳ぎの練習をすることを提案してみた。

「播磨くんにしてはまともな提案をするのね」

 と、陽子は関心する。

「わ、私は別に泳げなくても」

 綾は遠慮がちだ。

141: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:39:52.37 ID:eZb7s2v2o

「なによ綾。せっかく海に来たのに泳がないのはもったいないよ」

「私は陽子みたいにアウトドア派じゃないし」

「アヤヤ、これをきっかけに泳げるようになるデス!」

 いつの間にか元気になったカレンが言った。

「いや、別に私は泳げるし。普通に泳げるんだけど」

 綾は恥ずかしそうに反論した。

「じゃあさ、私が泳ぎを教えてあげるわ。それでいいでしょう?」

 そう言って陽子は自分の胸をたたく。胸のあたりが揺れた。

「べ、別にいいから」

「いいからいいから~、ヨーコを信じて~」

「もう、カレンまで」

 そんな彼女たちの会話を聞いていたアリスは言った。

「シノ。私も泳ぎが苦手だから、教えてくれたら嬉しいな」

「はい。テストでは英語を教えてもらったお礼に、今度は私が泳ぎをお教えしましょう」

 忍は嬉しそうに言った。

(あれ? 俺がアリスちゃんに泳ぎを教えるはずだったのに……)

 当初の思惑と異なる展開になってしまったことに戸惑う播磨。

「デース」

 そして彼の目の前には、カレンが立っていた。

142: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:40:24.58 ID:eZb7s2v2o

「何やってんだお前ェ」

「そういえばカレンも、泳ぎを教えて欲しいデス」

「ウソつけ、お前ェ泳げるだろう」

「そんな、私はカナヅチですよカナヅチ」

「お前ェ運動神経はいいじゃねェか」

「もー、みんながみんな泳ぎのレッスンしているのに、こっちはつまらないじゃない

デスか」

「スイカ割りでもすりゃいいだろ」

「それは後でやりマス」

「ったくよ」

「私も、手を繋いでバシャバシャってやるヤツやって欲しいデス」

「浮き輪膨らましてやるから、それで我慢しろ」

「手取り足取りやるヤツがしたいんデース」

「わがままだな。意味ねェだろうがよ」

「ハリマと一緒にいることに意味があんじゃないデスか」

「……何バカなこと言ってやがる」

「バカじゃいデス」

 正直なところ、カレンの言葉に少しドキリとしたことに播磨は認めざるを得なかった。

「きゃあああー!」

143: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:40:50.55 ID:eZb7s2v2o

 不意に聞こえたアリスの声。

「なんだ!」

 播磨は声のした方向に急いで走り出す。

 すぐに駆けつけると、波打ち際で泣きじゃくる忍と動揺するアリスの姿があった。

「おい、何があった!」

 忍に駆け寄る播磨。すると、

「私も実は泳げなかったんです……」

 と、忍は言った。

「何やってんだ」

「ちょっと見栄を張ってみたくて」

「ったく。心配させてんじゃねェぞ」

 見栄をはりたい、という気持ちは播磨にも理解できたので、忍を責める気にはなれなかった。





   *  

144: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:41:19.40 ID:eZb7s2v2o

     
 
「ということで、お願いします」

「待て待て」

「はい?」

「なんで俺が大宮を教えることになったんだ」

 播磨の目の前には水着姿の大宮忍がいた。

「すみません。アリスも泳げませんので、教えていただけるのが播磨くんしかいないんです」

「なんだよそれは」

(アリスちゃんに教えたかったのに……)

 播磨は心のなかでそう思ったが、当然のごとく口には出さなかった。

「と、とにかくよろしくお願いします。アリスのためにも、泳げるようになりたいんです!」

「……わーったよ。とりあえずどんぐらい泳げるか見てやる」

「や、やった。ありがとうございます」

 というわけで、播磨は忍を連れて海に行くことになった。

「あ、あの……」

「あン?」

「私……、(海で泳ぐのは)初めてなんで、優しく(指導)してください」

「お前ェ、わざと言ってんのか! 誤解されるようなこと言うな」

「すすす、すみません」

「はあ……。とりあえず、お前ェはどれくらい泳げるんだ?」

「それがもうさっぱりで」

145: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:41:45.79 ID:eZb7s2v2o

 エヘヘ、と言って忍は笑う。

「小学校でプールの授業とかあるだろうが」

「全然身体が浮かばなくて事故になりかけたことがありまして、それ以来プールにも

入ってません」

「マジかよ。とりあえず、ちょっとそこいらで浮いてみろ」

「浮く?」

「そうだ。海はな、塩水だからプールの水よりは浮力が高いんだ」

「フリョク?」

「水に浮く力だ。船が浮かんだりするだろう」

「サ○エさんにそんなシーンがありましたっけ」

「そっちのフネじゃねェよ。とにかく、筏みたいに水に浮いてみろ」

「ど、どうやって」

「こうやってだな、風呂に入っているみたいな感覚で」

「お風呂で水着は着ませんよ」

「お前ェおちょくってんのか!」

「ごめんなさい」

「まあいい。とにかく、こう膝を曲げて水に浸かってみろ」

「こうですか」

「ああ、それで、海底からゆっくり足を離して」

146: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:42:12.09 ID:eZb7s2v2o

「……ん」

「こう、浮かぶだろ?」

「ゴボゴボゴボ」

「うわ! 何やってんだ!」

「ぶはあ! ウガビバゼン、全然うがびばぜん」

「何言ってんのかわかんねェよ。あと鼻水出てるぞカッコ悪い」

「ひい。全然身体が浮かないじゃないですかー、播磨くんの嘘吐き」

「ウソじゃねえよ。つうか、お前ェちょっと力入れ過ぎなんだよ」

「力、入れ過ぎですか?」

「ああ、あんまり力んでっと、浮かぶものも浮かばねェ」

「はあ」

「もっとこう、リラックスしてだな」

「で、でも怖いですよ。足に何か当たったりしても」

「まずは恐怖心をどうにかしなけりゃな」

 ちなみに現在、播磨と忍がいる場所は、だいたい腰くらいの深さの海域である。

「とりあえずアレだ。俺が手を握っておいてやる」

「ふぇっ?」

「だから、沈まねェように手を持ってやるって言ってんだ。だからそれで浮かんでみろ」

「わ、わかりました」

147: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:42:39.07 ID:eZb7s2v2o

 そう言うと、忍は播磨の両手を握る。

 かなり力が強い。

「そんなに強く握ったら力んじまうだろうが」

「だってだって」

「大丈夫だ。とにかく、大きく息を吸ってみろ」

「は~、ゴホッ、ゴホッ」

「やり過ぎやり過ぎ。つうか、どんだけ不器用なんだお前ェ」

「ズビバゼン」

「鼻水なんとかしろ」

「ふい」

「まあいい。続けるぞ。こうして両手を持ったまま、うつ伏せになる感じで水に浸かるんだ」

「犬かきみたいですね」

「喋ってるとまた口の中に海水が」

「ボホッ」

「ほら言わんこっちゃない」

「播磨くんは意地悪ですよおお」

「意地悪じゃネェ」

 とりあえず、呼吸を整えた忍は再び海に挑戦する。

「こうして、手を取って。力を抜け」

148: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:43:06.25 ID:eZb7s2v2o

「うう……」

「大丈夫だから」

「放さないでくださいよ」

「放さねえよ。ほらっ」

「おっ」

「お、いいぞ。そのまま足をばたつかせてみろ」

「……」

 播磨に言われた通り足をばたつかせた忍。ぎこちないバタ足であったけれど、

ゆっくりと体が浮かぶ。

「ほれ、浮かぶじゃねェか」

「ぶはあ。今、身体が浮きましたよね」

「そうだな」

「凄い! どんな魔法ですか」

「魔法じゃねェよ。人間の身体はそうなるようにできてんだ。俺も詳しくは知らんが」

「もう一度いいですか?」

「いいけどよ、もっとバタ足を練習したほうがいいな」

「もう一回お願いします。はいっ」

 そう言うと忍は自分の両手を差し出す。

 最初は恐る恐るだったものが、慣れると段々と積極的になってきた。

「まあ、こんなモンだろ。ビート板でもありゃ、もっとちゃんとした練習ができるんだがな」

「凄いですよ播磨くん! 英語だけじゃなくて水泳の才能もあったんですね!」

149: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:43:40.41 ID:eZb7s2v2o

「別に才能じゃねェ。こんなの普通だろうが。お前ェが出来なさすぎるだけだ」

「はうう……」

「とにかく、もう一通りやったら……」

 そこまで言いかけたところで、播磨たちのいる場所に大きな波が襲い掛かってきた。

「きゃあ!」

「大宮!」

 二人に大量の海水がかかる。しかし、幸いにも海水に浸かっただけで、波にさらわれる

ということはなかった。

「大丈夫か」

「え? はい」

 いつの間にか、忍は播磨の身体にしがみついていたのだ。

「きゃっ、ごめんなさい。怖かったからつい」

「いや、別にいいけどよ」

 播磨から忍が離れたその時、

「HEY!」

「ごわっ!」

 播磨の背中に衝撃が走る。

 そのまま、播磨はうつ伏せの状態で海面に倒れ込んでしまった。

「播磨くん!」

150: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:44:07.14 ID:eZb7s2v2o

「ぶはあ! 何があった!」

 立ち上がって後ろを振り返ると、

「Hellow ハリマ、シノ」

 何やら変な板に乗ったカレンがいた。

「何やってんだ九条!」

「ボディーボードデス。なんだか面白そうだったので、マサルに用意してもらいました」

「こんな所でやってんじゃねェ!」

 ※ 海水浴場でのボディーボード、サーフィン等は危険なので、絶対にやってはいけません。



   *




「というわけで、私にも泳ぎを教えてほしいデス」

「お前ェは普通に泳げるだろうが」

「カレンも手取り足取り教えて欲しいデース!」

「わがまま言うな!」

「だったらアレですか? シノには丁寧に教えてましたケド、あれは特別な感情があったからとか」

「ん……、そんなわけあるか! アレはあいつが不器用すぎるからだ」

「だったら私にもシノと同じように教えてください」

151: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:44:34.17 ID:eZb7s2v2o

「基礎は大事デス。SLAM DUNK にも書いてありました」

「これまた懐かしい漫画を出してくるな。つうか、俺も好きだったけどよ」

「ハイ、漫画は大好きデス」

「とりあえず、どっから教えたらいいんだ?」

「そうですねえ。『私……、(海で泳ぐのは)初めてなんで、優しく(指導)してください』というところからお願いしマス」

「お前ェどこで聞いていやがった! つうかモノマネ上手ェな」





   *



  
「I want to split up a watermelon!(スイカ割りするデース!)」

 海と言えば恒例のスイカ割りである。

 カレンは高々にスイカ割り大会の開会を宣言したようだ。

「つうか、スイカなんてどこにあんだよ」

 播磨は聞いてみる。

「ここに二つあるデース」

 そう言うとカレンは陽子の胸を指さす。

「●●オヤジか貴様!」

152: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:45:00.57 ID:eZb7s2v2o
 そう言って、陽子は自分の胸を腕で隠した。

「スイカはここに用意してございますお嬢様」

「ん!」

 いつの間にかナカムラとマサルが、大きなスイカと木の棒を用意していた。

 ボディーボードといい、ビーチパラソルといい、こいつらはどこから道具を出しているのだろうかと不思議に思う播磨。

 あの車にはあんなにも荷物は乗らないはずだが。

「私スイカ割りってはじめてー」

 アリスはそう言って笑う。

(ああ、アリスちゃんカワイイ)

 アリスの笑顔に癒される播磨。

 そんな播磨を、カレンが呼んだ。

「ハリマ! こっちに埋められて欲しいデス」

「なんで俺が埋められなきゃならんのだ」

「スイカ割りと言ったら、スイカの近くに人が埋められていて、スリルを楽しむのが

日本の伝統デス」

「そんな伝統はない!」

「お嬢様、穴を掘り終わりました!」

 円ピ(シャベル)を持った中村が報告する。

「掘るなあ!」

153: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:45:27.50 ID:eZb7s2v2o

「いやあ、播磨くんがいるとツッコミをやらなくていいから助かるわあ」

 そう言って陽子は播磨の肩に手を置く。

「俺だって好きでツッコンでるわけじゃねェ」

「まずはシノからやるデス!」

「おい待て九条! 一番やらしちゃダメな奴だろ、そいつは」

「シノ! 頑張れ!」

「カータレットも煽るな!」

 忍がスイカではなく海に向かって突き進んで行ったことは言うまでもない。



   *



  

「だあ、なんかどっと疲れたぞ」

 そう言って、ナカムラが用意したパラソルの下に腰を下ろす播磨。

「お疲れ」

「ん?」

 不意に横から差し出されるジュースが一つ。

 横を向くと、見慣れたツインテール少女の綾が体育座りの状態でジュースを差し出していた。

「お、おう。サンキューな」

154: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:45:55.40 ID:eZb7s2v2o

 とりあえずジュースの缶を受け取る播磨。

 手渡されたジュースは水滴がついており、程よく冷えている。

「お前ェ、遊ばねえのか」

「さっき泳ぎの練習したから疲れちゃった」

「相方は九条たちと遊んでっぞ」

「相方言うな。まあ陽子は身体を動かすのが好きだからね」

「お前ェは苦手なのか?」

「別にそんなんじゃないけど」

「ん?」

「あんまり外に出るのが好きじゃないだけ」

「ふうん。猪熊のほうはそうでもねェみたいだけど」

「陽子は、そうだね。昔から外で遊ぶのが好きだった」

「でも仲いいよな、お前ェら」

「まあね。一応、付き合いも古いし、親友だと思ってる」

「そうか。でもよ、タイプが違うのに仲がいいって珍しいよな」

「そう?」

「普通はよ、なんつうか、類は友を呼ぶみたいな感じでよ、似たような連中がつるんだりするもんじゃねェか」

「ああ、確かにそれはあるかも」

「お前ェらはそうでもねェな」

155: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:46:21.71 ID:eZb7s2v2o

「まあそうかもしれないわ。でも、アレよ」

「あれ?」

「全く違うタイプだったからこそ、今日まで上手く付き合ってこれたってこともあるんじゃないかしら」

「ふん?」

「お互いに誤解しあったこともあるけどさ、それでも私は陽子と友達でいたいなって思うってるの」

「……」

「磁石のS極とN極ってあるじゃない? あれって、同じ極同士だと反発しちゃうけど、

違う極同士だとガッチリと繋がりあう。そういう関係が理想なのよ。私にとっては」

「そういうもんか」

「そうよ」

「……」

「ねえ、播磨くん」

「あン?」

「あなた陽子のこと、どう思う?」

「は? 何言ってんだお前ェ」

「いやだからさ、その、異性として見てるかっていうか、その……」

「恋愛対象かってことか?」

「ま、まあそうだけど」

156: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:46:47.38 ID:eZb7s2v2o

「別に見てねェよ。いい奴だとは思うけどな」

「そうなの?」

「ああ」

「陽子って魅力ない?」

「なんだいきなり」

「だってほら、胸だって大きいし、ちょっと大ざっぱなところあるけど、

女の私から見てもこう、魅力的っていうか」

「ああ、確かにいい女だとは思うぜ」

「やっぱり」

「でもよ、俺の好みじゃねェっつうか、そういう感情はねェよ。そこまで見境の無いわけじゃねェからな」

「……そっか」

「なんなんだよ一体」

「男は狼ばっかりだと思ったけど、播磨くんは違うのね」

「はあ?」

「ううん、ゴメン。こっちの話」

「なんか失礼なことを言われた気もするが」

「それじゃ、やっぱりさ――」

「なんだ」

 そう言うと、播磨は渡されたジュースを口に含む。

157: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:47:16.83 ID:eZb7s2v2o

「播磨くんはカレンのことが好きなんだ」

「ブーッ!!」

「ちょっと、どうしたのよ」

「ゴホッ、ゴホッ、いきなり何を言い出すんだテメー」

「いや、だって。今日だって凄く仲良かったし」

「たまたまだ。つうか、アイツは、九条は誰とでも仲良くなってんだろう」

「そうかなあ。カレンは播磨くんに対しては特別っていうか、あなたも好きなんでしょう?」

「いや、違うつってんだろ。九条は違うんだよ。猪熊も違うけ――」


「そぉい!!」


「ぶふぁ!!」

 いきなりビーチボールが飛んできて、播磨の顔に激突した。

「きゃあ! 播磨くん!」

「痛ェ、何しやがんだテメエ!」

「ソーリーハリマ」

 どうやらカレンの打ったビーチボールのようだ。

 しかしカレン自身は口では謝っているものの、特に悪びれる様子もなく、腰に手を当てて立っていた。

「ハリマ、アヤヤ。ビーチバレーするデス」

「私は遠慮しとくよ」

 綾は即答する。

「俺も」

 播磨も同調したその時、

「そぉい!!」

 今度は播磨たちの目の前でボールが跳ねる。

「だから危ねェっつってんだろうが!」

158: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:47:43.01 ID:eZb7s2v2o

「ほっといたら、またハリマは誰かとイチャイチャするデス」

「してねェよ。つうか、なんだイチャイチャって」

「シノとしたような……」

「おいバカやめろ」

「播磨くん、本命はしのだったの?」

 隣にいた綾が口元に手を当てて後ずさる。

「違う。あれは事故だ」

「やっぱり男は狼だったのね。危ないところだったわ」

「だから違うつってんだろうが!」

「ハリマくん。シノにそんなことしたの? 最低」

(アリスちゃん!?)

「いや、違うんだカータレット」

 アリスに誤解されて焦る播磨。

「つうか、こんな時に大宮はどうした」

「忍様でしたら、マサルとかき氷を買いにいきました」

 いきなり現れる執事、ナカムラ。

「うおっ、びっくりした。つうか、なんでこんな時にいねェんだよ」

「近づかないで!」

「だから違うつってんだろう」

「ハリマは罪な男デース」

「つうか、お前ェのせいで誤解されてんだろうが」

「そんなことよりビーチバレーするデス」

「こんな状況でできるかあ!」






   *

159: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:48:40.38 ID:eZb7s2v2o

 そんなこんなで、海の一日は終わり、播磨たちは帰路につく。

 全員、海の家のシャワーで落としきれないほど潮の香りを染みこませつつ、

帰りの車のなかは気だるい空気に包まれていた。

「It was fun today ハリマ!」

「俺は疲れた……」

 帰りの車の中でもカレンのテンションは高い。

 結局、スイカ割りやビーチバレーなど、カレンは遊びっぱなしであった。

 播磨も播磨で、アリスたちと一緒に砂のお城(姫路城)を作ってそれなりに

楽しんだけれど、カレンのハイテンションに終始圧倒されっぱなしであった。

「I am happy that I am able to spend time with everyone today(今日という日を、

みんなと一緒に過ごすことができて、私はとっても幸せ).」

「随分と大げさだな言い方だな」

「It is not exaggeration(大げさなんかじゃないよ)」

「そうかよ。確かに、友達と一緒ってのは、いいのかもしれねェな」

「Of course I'm very happy that you came(もちろんあなたが来てくれたことも、とっても嬉しい).」

「……ああ、そうか」

 文化なのか性格なのか、カレンのはっきりとした物言いは、播磨にとっては照れくさいものであった。

「……ハリマ、今日はありがとうデス」

 興奮が少し収まってきたのか、カレンは日本語に切り替えて改めて礼を言う。

160: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/06(火) 11:49:07.69 ID:eZb7s2v2o

「俺は何もしてねェよ」

「そんなことないデスよ」

「そうか?」

「私がこんなにも楽しい気持ちになれたのは……」

「……ン?」

 そこまで言いかけて、カレンの言葉が止まる。

「どうした」

 横を見ると、カレンは播磨の肩にもたれかかって寝息を立てていた。

(いきなり寝やがった。まるで赤ん坊みたいだな)

 そう思って周りを見ると、運転席のナカムラ以外は全員眠っていた。

 今日カレン以外の連中もはしゃいでいたので、相当疲れたのだろう。

 ビーチパラソルの下で日焼け止めを熱心に塗っていた綾ですら、

最終的にビーチバレー大会でハッスルしていたのだから。

 播磨は、そんなことを思いながらアリスの姿を探す。

(アリスちゃん。寝顔も可愛いぜ)

 後部座席で、忍にもたれかかって寝息を立てているアリスを見ながら播磨は思う。

「もう、よそ見しちゃダメデス」

「!?」

 不意に聞こえるカレンの声にビビる播磨。

 だが改めて隣りを見ると、彼女は先ほどと同じように寝息を立てていた。

(寝言か……)

 播磨は改めて肩、というか二の腕辺りにもたれかかるカレンを眺める。

 まるで人形のようなキレイな肌が、夏の夕日に照らされていた。

(寝てる時くらい、大人しくしてくれよ)

 そうは思ったけれど、決して悪い気はしない播磨であった。




   つづく 

163: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:45:11.68 ID:PITVGUFRo


 夏祭りの日。

 カレンはアリスたちと一緒に、忍の家で浴衣の着付けをしてもらうことになった。

「これがユカタデスか。私感激デス!」

「カレンは何を着ても似合いますねえ」

 忍にとって長い髪をアップにまとめ、藍色を基調とした浴衣に身を包んだカレンは、

とても幻想的に見えた。

「シノ、私は? 私は?」

「うん、アリスも可愛いですよ。持って帰ってしまいたいくらい」

 カレンと違い、クリーム色を基調としたアリスの浴衣は、暖かい周りを暖かい

気持ちにさせるように思える。

「フッフッフ。コレで夢だったアレができマス」

「夢?」

「それでは早速ハリマを呼びましょう」

 そう言うと、カレンは携帯電話を取り出して播磨にメールを送り始めた。

「夢だったって、何ですか?」

「やだなあ、そんなの決まってるじゃないデスか~」

「??」

「帯をこう引っ張って、くるくる回って『あ~れ~』ってやるヤツデス!」

 そう言うと、カレンはその場をくるくると回転した。

「ダメだよカレン!」

 驚いたアリスが必死に止める。

「それはまだ早すぎます!」

 二人の必死の説得により、何とかその場は踏みとどまったカレン。

 だが将来的には、やってみたいという希望は残していたようだ。

164: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:45:38.03 ID:PITVGUFRo








   もざいくランブル!

    
第8話 花 火  moment

165: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:46:31.98 ID:PITVGUFRo



「祭りか……」

 正直、播磨は人が集まるところはあまり好きではなかった。

 どちらかと言えば一人で静に過ごしたいタイプなのだが、この祭りにアリスが

来ると聞いて黙っているわけにはいかない。

 矢神夏祭りは、矢神市における夏の前半の大イベントの一つだ。

 当然、屋台や出店だけでなく、花火大会もある。

 日本文化に興味があるアリスが食いつかないわけがない。

「おーい、ハリー」

 待ち合わせ場所に立っていると、不意に声をかけてくる者が一人。

「ちょっとやめなさいよ、恥ずかしい」

「お前らか」

 同じクラスの猪熊陽子と小路綾の二人組である。

「随分早いのね。もしかして楽しみだった?」

 赤を基調とした浴衣に身を包んだ陽子が悪戯っぽい笑みを浮かべて顔を覗き込む。

「そうでもねェよ。たまたま今日は暇だったから早くきただけだ」

「そうなんだ。実はね、綾もさっき待ち合わせ場所に30分も早く着てたのよ」

「ちょっとやめてよ! そういうこと言うの。まるで私が楽しみでいてもたってもいられない人みたいじゃない」

「実際その通りじゃん」

 綾は怒っていたけれど、その実楽しそうに見えた。

166: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:47:04.84 ID:PITVGUFRo

 もちろん陽子も同様だ。

「しのたちはまだ来てないの」

「そうだな。さっき九条からメールが来たから、もうすぐ来るんじゃねェか」

「ところでさ、ハリー」

「どうでもいいが、さっきからハリーって何だよ」

「いいじゃん。ハリマだからハリー。可愛いでしょう?」

「可愛いって何だ」

「それよりさ、ハリー。綾の浴衣どう思う?」

「あ?」

「ちょっと、やめてよ」

 播磨と陽子の二人に見られて恥ずかしそうに身体をよじる綾。

「意外と似合ってんな」

「意外とは余計よ」

「髪型はともかく、体型は日本の着物に合ってんじゃねェか」

「それって私が寸胴ってこと!? ああ?」

「いや、別にそこまでは言ってねェだろうが」

「本当、男って不潔。女のことをそういういやらしい目でしか見ていないんだから!」

「なんでそうなんだよ」

「そうだよ綾。そんな偏見はよくないからね」

167: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:47:35.81 ID:PITVGUFRo

 陽子は言った。

「ところで猪熊よ」

「何?」

「何でさっきから俺の腕を触ってんだ」

「いやあ、そこに筋肉があるから?」

 陽子はニコニコしながら答えた。

「意味がわかんねェ。痛いから止めろ」

「いいじゃん、減るもんじゃないし。ねえハリー、力こぶ作って見せてよ」

「だからやめろって」

「ちょっと陽子! あんまり播磨くんに触らないで! 臭いとか移ったらどうするのよ」

「おいツインテール、俺を何だと思っていやがる」

「この僧帽筋がええわあ」

「キャラ変わってるぞ」

「てりゃあ!」

「ぬおっ!」

 どこからともかく女物の下駄が飛んでくる。

「『父さん、やりました!』『でかしたキタロー、次は毛針じゃ!』」

「お前ェ一人で何やってんだ」

「グッドアフタヌーン、ハリマ。ゲゲゲの鬼太郎ごっこデス」

168: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:48:23.23 ID:PITVGUFRo

 下駄を片一方だけ履いたカレンがこちらにやってきた。

「カレン、あなたも浴衣なのね」

 綾が思わず声を出す。

「エヘヘ。シノのママが着付けしてくれたネ。あと、髪の毛もアップにまとめてもらったよ」

 照れくさそうにカレンは笑った。

「なんだか大人っぽい」

「ペガサス昇天盛りデス」

 いや、それは違うだろ。

「せっかく着付けしてもらったんだから、もっと大人しくしろや。リモコン下駄とか

懐かし過ぎんだろうがよ」

 そう言って、播磨は受け取った下駄をカレンに返す。

 浴衣は激しく身体を動かす時に着る着物ではない。

「いやあ、下駄を履いたら一度はやってみたかったんデスよね。鬼太郎ごっこと

明日の天気占い」

「占いのほうがやったのか」

「ハイ、明日もいい天気デス」

「そりゃよかったな……」

「ちょっ、反応薄い。もっと興味持って!」

「そんなことより、あいつらはどうした。一緒に来たんだろう?」

169: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:48:58.35 ID:PITVGUFRo

 播磨は背筋を伸ばして周囲を見回す。

 すると、そこには光り輝く天使の存在が!

「お待たせしましたー」

 明るい色の浴衣が、アリスの可愛さを引き立てている。

 播磨はそう思った。

 外国人ではあるけれど、体型はそれほどアレではないので浴衣もよく似合う。

「ハリマ!」

「んだようるせェな」

「カレンの浴衣の感想、まだ聞いてないデス」

「ああ、似合ってる似合ってる」

「Look properly(もっとちゃんと見て!)」

 播磨の顔を強引に自分のほうに向けるカレン。

 彼の視線は自然と胸のあたりに……。

(くっ、またこのパターンかよ)

 播磨は体にまとわりついた蔦を外すようにカレンの手を振り払うと、彼女の頭にポンと手を乗せた。

「ああ、似合ってるぜ。見違えるくらいだ」

 播磨は目を逸らしながらそう答える。

 なんだか、ドキドキしたら負けなようなきがしたからだ。

「ハリマも素直じゃありまセンネ」

170: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:49:31.85 ID:PITVGUFRo

 そんな播磨の様子を見て、カレンはなぜか満足そうに言う。

「男の子だからしょうがないよね。ウチの弟もそうだわ」

 陽子が嬉しそうにそう言った。

「うっせェな」

 そんなことよりもアリスちゃんだ、と思っていた播磨はアリスの姿を目で追うが、

彼の正面にはコケシが立っていた。

「播磨くん。私の浴衣、どうですか?」

(もう、何回聞くんだよその質問)

 いい加減うんざりしてくる播磨。 

 正直、今の播磨にはアリス以外の浴衣には興味がないのだが。

「なかなか可愛いんじゃねェのか?」

 播磨は適当に言った。

「ほ、本当ですか!?」

 しかしその言葉に忍は予想以上に驚いているようだ。

 優しい播磨は、「和服を着ているとますますコケシみたいだな」と思ったけれど、それは言わなかった。

 次の瞬間、右足の先に激痛が走る。

「いった! 何しやがる」

「I’m sorry ちょっと踏んでしまったネ」

 悪びれる様子もなく、カレンは言った。

171: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:49:58.96 ID:PITVGUFRo

「お前ェ、下駄は痛ェんだぞクソが!」

「大丈夫デス。爪の当たりは踏まないように狙ってましたから」

「やっぱりわざとじゃねェか!」

「さあ、お祭りを楽しむデス。ブーン」

 そう言うと、カレンは両手を翼のよに広げてアリスたちと合流する。

「カレンも初めてのお祭りで浮かれているんですよね」

 そんなカレンを見て忍は言う。

「浮かれるだけならいいが、実害が出るのは勘弁して欲しいぜ」

 播磨は踏まれた右足をさすりながら、アリスたちに合流する。




   *

172: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:50:31.82 ID:PITVGUFRo


 夏祭りと言えば、色々な屋台があってそれなりに楽しめるものである。

「Perfectデス!!」

 カレンは射的が上手かった。

 というか、彼女の場合何をやらせても器用にできてしまうのだが。

「んがあ、できないなあ」

 陽子は片抜きが苦手であった。

 彼女の場合、金魚すくいなどの繊細な作業は苦手である。

「しょうがないわね、私がとってあげるわ」

 そう言って綾が変わりに金魚すくいに挑戦するも、彼女の場合は慎重すぎて失敗する。

 金魚すくいは慎重さだけでなく大胆さも求められるのだ。

 アリスは焼きそばやトウモロコシなど、食べ物類に興味津々のようだ。

「この綿菓子はフワフワで、まるでアリスみたいだね」

 嬉しそうに忍が言った。

「甘くておいしい」

 祭りを満喫しているようで何より。今の播磨はそんな嬉しそうなアリスを見るだけで

満足であった。

「HEYハリマ。リンゴ飴欲しいデス」

 そんな播磨に声をかけるカレン。

173: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:51:08.62 ID:PITVGUFRo

「んなもん自分で買えばいいだろう」

「ハリマに買って欲しいデス」

「なんでだよ」

「もう持てません」

「……」

 カレンの手には、綿菓子やら射的の景品やらお面やらが色々抱えられていた。

「何やってんだお前ェ」

「普通に歩いてたら、お店の人がくれたりしたデス」

 ここでもカレンは人気者だったようだ。

「それじゃあ、リンゴ飴買っても持てねェだろうが」

「すぐに食べるから平気デス」

「腹こわすぞ」

「モー!」

「わーったよ。買ってやる、ちょっと待ってろ」

 自分でも押しに弱い男である自覚は多少ある播磨。

 だが、カレンの場合はそれ以上に押しが強かった。

(このままでいいのか)

 播磨はリンゴ飴を買いながら考える。

(全然、アリスちゃんと仲良くできねェよな)

 リンゴ飴を持ってカレンのところに戻ると、カレンは言った。

174: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:51:38.97 ID:PITVGUFRo

「食べさせて欲しいデス」

「自分で食え」

「もう持てません」

「どっかで置いておきゃいいだろう」

「いいじゃないデスかあ」

「なんつうわがまま」

 よく考えたら、彼女はお嬢様なのだからワガママなのは仕方のないことかもしれない。

「今回だけだぞ」

 そう言いつつ、播磨はリンゴ飴の包みを外して、カレンの口元に近づける。

「ハグッ!」

 するとカレンは勢いよくリンゴにかぶりついた。

「おいっ!」

 だが、固い飴にまもられたリンゴはびくともしない。

「固いデスー」

「当たり前ェだろう、飴なんだから」

「これはリンゴ飴を甘く見ていたデス。飴(キャンディー)だけに」

「上手くねェからな」

「お嬢様、お待たせしました」

 不意に現れる執事のナカムラ。

175: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:52:05.96 ID:PITVGUFRo

 神出鬼没は執事の機能なのか。

「モー、ナカムラ。出てくるのが早いデス」

「ああ、失礼しました」

 何言ってんだこの二人は。

 余分な荷物などをナカムラに持たせたカレンは、リンゴ飴だけを持った状態になる。

「お嬢様、そろそろお時間かと」

「Oh,もうそんな時間デスか」

「なんだ。もう帰るのか」

「NO,違いマス。メーンイヴェントデスよ」

「ん?」

「早く行きマース」

 そう言うと、カレンはリンゴ飴を持っていない方の手で播磨の手を引っ張る。

「おい、ちょっと待てよ」

 播磨は引かれるままに、駆け足でカレンに着いて言った。




   *

176: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:52:37.51 ID:PITVGUFRo


「アリス、シノ!」

「あ、カレン。どこに行ってたのよ」

 カレンの視線の先には、アリスや忍たちがいた。

「Sorry リンゴ飴を食べていたら遅くなってしまったヨ」

「あれれー? ハリーとカレン、随分と仲良くなったみたいですなあ」

 なぜかオッサンのような喋り方で陽子が言った。

「いや、これは! 九条が勝手に」

 そう言って播磨はカレンの手を振り払う。

 そう言えば、先ほどからずっと手を繋ぎっぱなしであったのだ。

「ハリマがグズグズしているから引っ張ってきたんデス」

 カレンはそう言って胸を張る。

「ハリーって、やっぱ尻に敷かれるタイプなのかな」

 ニヤニヤしながら陽子は言った。

「何の話だ」

「わ、私も陽子のお尻ならひかれてもいいかな……」顔を赤らめながら綾は言った。

「お前ェも何の話をしているんだ小路」

「そんなことより、fireworks(花火)デスよfireworks!」

「そういえばそうだね」

 気が付くと、周囲には同じように花火を見物しようとしている祭り客たちがいた。

177: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/07(水) 19:53:59.98 ID:PITVGUFRo

「はじまるよ、花火」

 誰かがそう言うと、夏の夜空に大きな大輪の花が咲き始める。

「ボールショオオオップ!」

 そんな花火を見ながら忍は叫んだ。

「何言ってんだお前ェ」

「播磨くんも言います? キーショップって」

 おそらく、玉屋と鍵屋のことだろう。

 修正するのも面倒なので、播磨は放置しておくことにした。

「ハリマ」

 不意にカレンが播磨の名を呼ぶ。

「何だ?」

「キレイデスね」

「イギリスにも花火くらいあるだろう」

「ロンドンでも花火は見たことあるヨ。でも今日の花火は特別デス……」

「特別か」

「Because there is you together……」

「……俺が、一緒」

 思わず胸元で腕を組む播磨。

 そんな彼に、カレンはそって身体を寄せた。

 浴衣越しに、彼女の二の腕の温もりが伝わってくる。

 それは単純な体温だけでなく、彼女の中にある感情を伝えるには十分過ぎる行為であった。




   つづく

179: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:17:29.03 ID:cDs5xEjmo


 夏祭りから数日後、カレンとアリスは実家のあるロンドンへ里帰りして行った。

 そして播磨は日本で残された夏を過ごす。

 九条カレンのいない夏は、とても静かに感じた。

「……」

 眠れない夜。彼は特に興味もない深夜アニメを見ながら物思いにふけっていた。

「コダカ、ワタシハオマエノコトガ」

「エ? ナンダッテ?」

「イチカ、ワタシトツキアッテクレ!」

「カイモノクライナラツキアウゼ」

「カミジョウサン、アナタノコトガ」

「ソノゲンソウヲブチコロス!」

「イチジョウクン」

「ゴメン、ネテタ」


(なんでコイツら、ここまで鈍くなれるんだ。残酷すぎんだろ)

 アニメを見ながら播磨は思う。

 だが一方で、今はこの連中の鈍さが羨ましく思える自分もいた。

 九条カレン。

 間違って告白してしまった相手。

 今、彼女は自分のことをどう思っているのか。

 そのことがわからないほど、播磨もバカではなかった。

180: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:17:58.34 ID:cDs5xEjmo








   もざいくランブル!


   第9話 現 実  grief

 

181: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:22:17.47 ID:cDs5xEjmo

 空港。

 出会いと別れが交錯する場所。

 この日、播磨はナカムラに頼んで空港でカレンを出迎えさせてもらうことにしていた。

「ハリマー!!」

「ぬわあっ!」

 予想通りというか予想外というか、空港で久々に再開したカレンは人間技とは

思えないほどの跳躍力を見せて播磨に飛びつく。

 播磨でなければのけぞって倒れてしまいそうなほどの勢いであった。

「しばらく見ない間に大きくなったデスねえ」

「たった二週間だろうが! そんなに変わらねえ。つうか離れろ」

「ワオ、照れてるんデスか?」

「カレーン、ちょっと待ってよおー」

 遠くからカレンを呼ぶ声が聞こえる。

 カレンと一緒にイギリスに里帰りしていたアリス・カータレットだ。

「アリスー」

「ひゃあ! シノ!」

 今度は一緒にきていた忍のほうからアリスに抱き着いていた。

 どうやらカレンが抱き着いたところをアリスには見られていないようだ。

182: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:22:51.44 ID:cDs5xEjmo

 そこだけは安心する播磨。

「なあ、九条」

「ん? What happened ハリマ?」

「戻ってきたばかりで悪いんだけどな――」





   *






 数日後、播磨はとある海浜公園をカレンと一緒に訪れた。

「ハリマのほうから誘ってくれるなんて、私感激デース」

「……」

「どうしたのデスか? 元気がないデスね」

「いや、その」

「あ、あれはミカサですね!」

「ん?」

 カレンは公園の一角に保管されている昔の軍艦を発見して駆け寄る。

「私と同じ英国で生まれた戦艦デース」

「そうなのか」

183: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:23:33.25 ID:cDs5xEjmo

「ハリマは日本人なのに知らないデスか? 日露戦争で活躍した艦よ?」

「……ああ」

「どうしマシた。前から様子がおかしいと思いましたが」

「わかるか」

「私を誰だと思っているデス」

「……ちょっと、向こう行こうぜ」

 そう言うと、播磨は展示館から少し離れた場所にある噴水の前のベンチに座った。

「九条、お前ェに大事な話がある」

「ふん? なんデスか?」

「お前ェ、俺と初めて会った時のこと、覚えているか」

「……忘れるわけ、ないじゃないデスか。あれは、とても衝撃的でした」

「ずっと言おうと思ってたんだがよ、あの時のこと。あれから全然話していなかったから」

「最初は私もびっくりしたデス。見ず知らずの人からあんなことを言われたんデスからね。

でも、今は違います」

「九条」

「あれから数か月、ハリマと話をして、ハリマのことをたくさん見てきました。

それで、カレンは思ったデス。私も、ハリマのことが――」

「九条、聞いてくれ!」

「へ?」

184: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:24:37.11 ID:cDs5xEjmo

「あれはな、間違いなんだ」

「……間違い?」

 カレンは首をかしげる。

 言いたくはない、だが言わなければならない!

「いいか、俺はお前ェに告白してしまった。今更その事実を否定する気はねェ。だけどよ、

これだけは言わなければならねェ」

「……はい」

「あの告白は、“間違い”だったんだ」

「ハリマ?」

「人違いだったんだよ。こうして、二人きりでゆっくり話をする機会がなかったから、

ちゃんと説明できなかったけどなあ」

「ハリマ、なんでそんな冗談を」

「冗談なんかじゃねェ!」

「ハリマ!」

「すまねェ、九条。俺には、他に好きに奴がいるんだ。それは、お前ェじゃく……」

「ずっと騙していたんデスか」

「そういうつもりじゃ」

「なんで、今更……」

「悪いと思ってる。だけど――」

185: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:25:10.64 ID:cDs5xEjmo

「……うう」

「九条」

「バカ!!! I hate to be you!  Not even want to talk to!」

「九条!」

 カレンは怒り出し、そしてその場から駆け出して行った。

「くそ……」

 言うんじゃなかった。そんな後悔が頭を過る。

 だが、其れ以上にカレンの笑顔を見た播磨の、良心が抉られていた。





   *

186: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:26:05.24 ID:cDs5xEjmo

その日の夕方、忍とアリスは夏休みの宿題をやりながらカレンのことを話していた。

「カレン、凄く楽しみにしていましたねえ」

「ハリマくんと初めて二人で出かけるって言ってたけど、大丈夫かな」

「大丈夫でしょう。播磨くんだし」

「カレンったら、結構はっきりとモノを言うタイプだし、ケンカとかになっていなければいいけど」

「ならないと思うよ、播磨くんは優しいですから」

「シノ、その計算間違ってる」

「え? 本当ですか?」

 そんな話をしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「ア○ゾンから何か荷物が届いたのでしょうか」

 忍は独り言を言いながら立ち上がる。

「実家から荷物が届いたのかも」そう言ってアリスも立ち上がる。

 この日、大宮家では姉も母親も帰りが遅くなるという話なので、今の所家には

忍とアリスしかいない。

「はーい」

 忍の家には、インターフォンにカメラがついているのだが、そのカメラの映像をモニター

で見ると、見覚えのある金髪の少女が見えた。

 俯いていたけれど、後頭部の当たりのお団子を見れば誰だかすぐにわかる。

「カレン?」

187: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:26:39.66 ID:cDs5xEjmo

 そう言うと、忍は素早く玄関のドアを開ける。

 すると、やはり九条カレンが立っていた。

 夕闇に照らされたカレンの表情がよく見えない。

「カレン? どうしました?」

 忍が恐る恐る聞く。

 いつもと様子が違う。

「シノー? カレンが来たの?」

 少し遅れて、家の中からアリスが出てきた。

 すると、不意にカレンが忍に抱き着く。

「カレン、一体何を」

「う、うわあああああああああああ!!!!!」

 今まで聞いたことの無いような、悲痛な声でカレンが泣き出してしまったのだ。

「どどど、どうしましょう」

 予想外の展開に焦る忍。

「と、とにかく家にあげよう。落ち着かせないと」

 オロオロしつつも、アリスは適切な提案をする。

 その後、泣き叫ぶアリスを抱えた二人は、彼女を自分たちの部屋に案内するのだった。




   *

188: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:27:30.57 ID:cDs5xEjmo

 翌日、市内某所にある喫茶店。

「随分と情報が早いじゃねェか」

 四人掛けの席に、陽子と綾、そしてその向かい側に播磨が座っている。

「カレンが大泣きしてしのの家に駆け込んだって言うじゃない。聞くところによると播磨くん、

あなたと一緒に出掛けた後にああなってしまったみたいね」

「……」

 まるで刑事のように強い口調で喋る綾。

 隣の陽子は黙っており、向かい側に座る播磨も座っている。

「あなた、カレンに何をしたの」

「何もしてねェよ。それは言える」

「だったら、何か言ったの? 傷つけるようなことを」

「……許さないわよ。当然じゃない。カレンは親友なんだから」

「……」

「播磨くんに限って、無闇に傷つけるようなことはしないと思ってたけど、

あのカレンが理由も言わずに泣きじゃくるなんて異常でしょう? 聞かせて欲しいわ」


「……」

「黙秘? それとも、プライベートのことだから、喋りたくないとか」

「そんなんじゃねェよ」

「じゃあどうして」

189: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:28:08.15 ID:cDs5xEjmo

「本当のことを告げたんだ」

「本当のこと?」

「あいつが、九条が勘違いしていたことだ」

「それって、何?」

「九条が初めて学校にきた時、あいつは言っただろう。俺が出会ってすぐに告白したって」

「そういえば、そうね。あれは衝撃的な発言だったわ」

「うんうん。まさかハリーがそんなキャラだったとは思わなかったね」

 いつの間にか頼んでいたパフェを頬張りながら陽子は言った。

「ごめん陽子。しばらく静にしていて」

 やや不機嫌そうに綾は言う。

「はい」

「話を戻すわね。それで、あの告白が何だっていうの?」

「あれが間違いだってことだ。お前ェらには言っただろう」

「告白が、間違い」

「あれは、九条(あいつ)に対してやった告白じゃねェ。ほかの女にする予定だった。

だがあいつは、自分への告白だと勘違いした。全ての発端がそこにある」

「え、じゃあ前に言ってたことって、やっぱり本当だったんだ」

「おい、俺が嘘ついてたと思ったのかよ」

「ごめん。振られたショックで記憶が混濁しているのかと」

190: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:28:58.01 ID:cDs5xEjmo

「んなわけあるか!」

「なんで、今になってそんなことを……」

「もしも、だ」

「もしも?」

「ああ、今までの関係がずっと変わらねェなら、その、特にアレを言う必要はなかったかもしれねェ」

「……」

「だが、俺はそうはならねェと思った」

「それはつまり、カレンの感情が、その……」

「友達以上の関係を望んでいたかもしれねェってことだ」

「そんな。でも、播磨くん」

「あン?」

「仮にそうだとして、何か不都合があるの?」

「それは……」

「カレンってさ、凄く可愛いじゃない? 髪もサラサラで。校内だけでなく、校外

からも人気なんだよ」

「そうなのか?」

「うん。だからその」

「なんだよ」

「そのまま付き合ったって、いいんじゃないかなって」

191: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:29:33.86 ID:cDs5xEjmo

「……悪いが、それはできねェ」

「どうして? ほかに好きな人でもいるの」

「それもあるが、その……、あいつはふざけているように見えて、いつも真剣で、

素直だった」

「……」

「そんなやつに、中途半端な気持ちで向かい合いたくはねェんだ」

「それって」

「仮に俺があいつのことを好きになったとしてもだ、その時は真正面からぶつかっていきたい」

「だから、真実を告げた、と」

「ああ。できれば傷つけたくはなかった。だけど、それを告げないでズルズルと

時を過ごしていったら、必ず“しこり”になると思ったからだ」

「馬鹿ね、播磨くんって」

「……」

「確かに道理としてはそうかもしれないけど、でもこれでカレンとの関係は終わって

しまうかもしれないのよ? それでもいいの?」

「構わねェ」

「播磨くん」

「……どのみち、出会うことのねェ相手だったんだ。仕方のねェことだ」

「……ふう」

192: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:30:12.81 ID:cDs5xEjmo

「綾?」

 綾のため息を聞いて、陽子が心配そうに顔を覗き込む。

「行こう、陽子」

「え? どうして」

「もし、播磨くんが身勝手な理由でカレンを傷つけたのなら、一発ガツンと言ってやろう

かと思ったけど、どうやらそうでもないらしいから」

「……」

「あとはもう、当人同士の問題ということにします」

「じゃあ、どうするの?」

「播磨くん」

「なんだ」

「私たちにはどうすることもできないけど」

「ん」

「もし、相談したいことがあったらいつでも言って。話だけなら聞いてあげる」

「別にねェよ」

「んもう、素直じゃないのね。まあいいわ」

 そう言うと綾は立ち上がる。

「支払は俺がやっとくぜ」

 と、播磨が言うと、

「格好つけないで。私と陽子の分は自分たちで払っておくから」

193: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:31:10.93 ID:cDs5xEjmo

 そう言って伝票をピラピラと振ってレジへと向かおうとした。

 しかしその時、不意に陽子が播磨の顔を覗き込む。

「ねえ、ハリー」

「なんだ」

「ハリーの好きな人って、誰? カレンじゃなかったら誰なの?」

「!!?」

「ちょっと陽子!」

 たまらず、綾は陽子の肩に手をかけて止める。

「私だって気になってたのに、あえて無視してたっていうのに」

「ねえねえ、教えてよお」

「それこそ教えられねェよ!」

「ええ、もしかして綾だったりして」

「ちょっと陽子、何言ってるの!」

 いきなり名前を呼ばれて顔を赤らめる綾。

「うるせェよ、早く帰れ」

「んもう、ハリーのケチ」

「他のお客さんの迷惑にもなるから、行くわよ、陽子」

 そんなこんなで、綾と陽子は播磨よりも先に店を出た。

「あ、天気悪いね。早く帰ろう」

 店を出た綾は空を見上げて言う。

 この日、夏の終わりを告げるように長い雨が降り続いた。




   *

194: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:31:53.69 ID:cDs5xEjmo

 少し、時間は戻って大宮家。

 急に転がり込んできたカレンを忍とアリスはとりあえず出迎える。

「……」

 しばらくの間カレンはずっと泣きっぱなしで、さらに時間が経つと黙り込んで何も話さなくなった。

 心配した忍は陽子と綾に電話したため、後に播磨が彼女たちと面会することとなる。

『カレン、少しは落ち着いた?』

 ミルクティーを差し出しながらアリスは言った。

 本当は緑茶のほうが好きなのだが、今はカレンを元気づけるために実家から持ってきた

紅茶を淹れて出したのだ。

『めいわくかけて、ごめんね』

 弱々しい英語でカレンは答える。

『気にしてないわ。落ち込むことなんて、誰でもあるもの』

 忍のいる前では遠慮して日本語で話すアリスも、二人きりのときはこうして英語で話す。

『ハリマくんと何かあったの? もちろん、話したくなければ言わなくていいけど』

『……アリス』

『なに?』

『私、フラれちゃった』

 ふと、遠い目をしながらカレンはつぶやいた。

『フラれた? それって』

195: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:32:52.49 ID:cDs5xEjmo

『ハリマは私とは恋人の関係にはなれないって、そう言ったの』

『そんな、あんなに仲が良かったのに』

『仲良しだったのは私の勘違い。いえ、確かに仲は良かったと思うけど』

『けど?』

『それは友達(フレンド)としての仲の良さだったってこと』

『カレン』

『最初、私は彼が私のことを好きだと思っていたわ。彼が私のわがままを聞いてくれるのも、

私のことを好きだからって』

『……』

『でもそれは勘違いだった』

『勘違い?』

『ええ。ハリマは他に好きな人がいたの。そのことをわざわざ教えてくれた』

『じゃあ二人きりで出かけたのって』

『そういうこと。てっきり、「付き合ってくれ」って言われるのかと思ってたから、

正直ショックだった』

『それって、何かの間違いじゃあ』

『間違いじゃないよ。彼ははっきり言ったんだから。今時律儀に』

『……』

 今度はアリスが言葉を無くす番であった。

196: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:33:32.06 ID:cDs5xEjmo

 恋愛経験の少ないアリスにとって、今のカレンにどう声をかけいいのか、

よくわからなかったからだ。

『でも、初めてハリマに手を握られた時、何て言ったらいいんだろう、凄く嬉しかった』

『嬉しかった?』

『うん。例え間違いであったとしても、あんな風に愛してもらえる人は、凄く幸せだなって、

思っちゃったよ。ただ、それが私じゃないだけ……』

『カレン、そんなことが』

『情けないネ。こんなにショックだとは思わなかった……』

『大丈夫だよカレン。私がいるから』

 そう言うと、アリスはカレンの頭を軽く抱く。

 サラサラした髪の毛が雨のためか、しなやかさを失っているようにも感じる。

『……』

 その後カレンは何も喋らなかった。

 アリスも言葉を発せず、カレンの気持ちが落ち着くまで静に時を過ごした。






   *
 

197: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:34:13.41 ID:cDs5xEjmo


 9月1日。

 夏休みの終わりと同時に、長かった雨もやみ、さわやかな晴れ間の中での登校となった。

「おはよう」

「久しぶり」

「おはようなのです」

「焼けたねえ」

「ずっと部活だったんだ」

 久しぶりの旧友との再会に元気な声が飛び交う。

「おはよう、忍、アリス」

 校門付近で綾が二人に声をかける。

「おはようございます、綾ちゃん」

 忍は挨拶を返す。

「おはよう。私もいるぜ」

 綾のすぐ後ろには陽子もいた。

「おはよう」

 四人は口ぐちに挨拶をする。

 彼女たちは夏休み中もよくあっていたので、久しぶりという感じはしなかったけれど、

夏の終わりには天気も悪いこともあって、少しだけ疎遠になっていた。

「カレンは大丈夫なの?」

198: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:34:50.01 ID:cDs5xEjmo

 心配そうに綾は聞く。

「あれからメール以外では会っていないんですけど」

 少し目を伏せながらアリスは言った。

「メールでは元気そうでしたけどね」

 と、忍も続く。

「メールだけじゃあな。今日も休んでいるとか」

「新学期早々、休むなんてことはないんじゃない?」

 陽子は言った。

「でも、あんな風に落ち込んでいるカレンは初めてだったし」

「カレンにとっては初めての経験って奴なのかも。私はよくわかんないけど」

 綾がそう言って一息つくと、

「HEY!」

「!?」

 聞き覚えのある声が遠くから聞こえてきた。

「これは……!」

 振り返ると、見覚えのある金髪、そしてノースリーブのパーカーを制服の上に着た

女子生徒の姿が。

「カレン!」

 真っ先に言ったのはアリスであった。

199: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/08(木) 21:35:44.76 ID:cDs5xEjmo

「カレン、今日はちゃんと登校したんだね」

「はい、今日もいい天気デスね!」

 カレンに抱き着きながらアリスは笑う。

「もう気持ちのほうはいいのか?」

 ふと、陽子が聞いた。

「あ、こら陽子」

 まずいな、と思ったらしい綾が止めようとするも、カレン自身は気にする様子もなく答える。

「まあ、ショックがないと言えばウソになるネ。でも、暗い表情で学校に来たんじゃあ、

楽しくないデス」

「偉いですね」忍がカレンの言葉に感心する。

「二学期も長いデスから、気合、入れて、行くデース!」

 そう言うとカレンは拳を大きく突き上げた。

「おー!」

 それに便乗するように忍が拳を突き上げる。

 アリスが空を見上げると、雨上がりに空に大きな虹がかかっていた。













   もざいくランブル!


   第1部   完