もざいくランブル! 第一部
208: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 20:57:14.86 ID:GoD3mSgZo
夏休み明けの九月。
制服が夏服、ということもあってまだ夏の気分が抜けない者も多い。
そんな学校の教室で、見慣れない長髪の生徒が入ってきた。
「失礼する!」
なんだか暑苦しそうな雰囲気をプンプン出している男子生徒だ。
「誰だろう?」
綾は言った。
「いい筋肉しているわね」
ペロリと舌なめずりする陽子。
「アンタはそこしか見ないのか」
綾たちが呆れていると、その生徒はずんずんと教壇の上に立つ。
「俺は1年D組、東郷雅一だ!」
東郷と名乗る暑苦しい男がそう叫ぶと、複数の人影が教室に入ってきた。
「ワタシは、メキシコカラの留学生! ララ・ゴンザレス!」
浅黒い肌に背の高い女子生徒がそう名乗る。
「アメリカからの留学生、ハリー・マッケンジーだ」
金髪の美形少年がそう言って、大きなサングラスを外す。
「きゃー」
「イケメンなのです!」
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209: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 20:58:03.46 ID:GoD3mSgZo
「スバラ!」
一部の女子から黄色い声が上がった。
「イギリスからの留学生! 日英ハーフの九条カレンデース!」
そして普通にイロモノ軍団の中にまじるカレン。
「カレン、何やってんだ?」
陽子は口に出してみた。
まったく訳がわからない状態だ。
あっけにとられるC組の面々を余所に、東郷は話を進める。
「俺たちD組は、C組に宣戦を布告する! 今度の体育祭で、お前たちをコテンパンに
負かせてやるぜ!」
東郷は拳を握って熱弁した。
「デース!」
カレンも、何故か腕組みをして得意気な顔をしている。
「……はあ」
しかし、他の生徒たちはポカンとしているようだ。
そんな中、東郷は再び歩き出し、とある男子生徒の前に立った。
「貴様、播磨拳児と言ったな」
「んあ?」
微妙な反応の播磨は、うたた寝をしていたようだ。
「よく聞け播磨拳児! 俺は貴様をブッ倒す! 覚悟していろ!」
「はあ!?」
いきなりの「ブッ倒す」宣言に面食らう播磨。
しかし東郷(とその仲間たち)は、特に理由も説明しないまま、教室を後にしたのだった。
「なんだったんだ?」
播磨は疑問を口にしたが誰も答えてくれる者はいなかった。
210: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 20:58:32.59 ID:GoD3mSgZo
もざいくランブル!
第10話 腑抜け brokenheart
211: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 20:59:27.17 ID:GoD3mSgZo
D組による謎の来襲を受けたその日の昼休み。
播磨はぼんやりとパンを食べていた。
「……」
あの日以来、なんとなく生活に張りがないというか、力が入らずにいた播磨。
その打開策も見つからないまま、二学期を迎えていた。
「……播磨くん。元気ないの?」
気を使ったのか、大宮忍が声をかけてくる。
ここ最近は綾や陽子とも距離をとっていた彼にとって、話しかけてくるの彼女くらいなのだ。
だが今の彼にとっては少々有難迷惑でもある。
「なんでもねェよ。それよか、カータレットのところに行かなくていいのかよ」
「アリスは今、お出掛け中だから」
「そうなのか?」
一学期の間は、一挙一投足も見逃さなかったアリスの行動。
だが、最近は見逃すことも多くなってきたのかもしれない。
「播磨くん、お弁当はそれくらいで足りるの?」
「んあ? 別に大丈夫だ」
播磨の昼食はパン一つ。お金がもったいない、ということもあるのだが、
あまり食欲が出ないのが一番の原因だ。
「おいおい、育ち盛りの男の子なんだからしっかり食べないとダメだぞ」
何かを食べながら幸せそうな陽子が言う。
「つうか、なんでお前ェら俺の席の周りでメシ食ってんだよ」
212: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:00:01.08 ID:GoD3mSgZo
「たまたま播磨くんがいるだけでしょうが」
スパゲティを食べながら綾は言う。
「播磨くん、新学期になって元気ないから」
「関係ねェだろうが」
「そう言う言い方ないだろう? 陽子だって心配してんだから」
綾は立ち上がる。
「別に心配してくれなんて頼んだ覚えはねェよ」
「もう、素直じゃないのね」
「どっちがだ、クソ」
険悪なムードになる二人。
だが、そんな空気を読めない者が一人。
「ほら、播磨くん。美味しい卵焼きですよ。あーん」
「おい、大宮。やめろこら」
「美味しいもの食べたら元気になれますよ」
「だからやめろって――」
ゴンッと、不意に後頭部に衝撃が走る。
「なんだ?」
振り返ると、小さな箱のようなものを持ったカレンが立っていた。
「……」
213: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:00:35.84 ID:GoD3mSgZo
「く、九条か」
あの日以来、播磨はまともに九条カレンと話をしていない。
カレンのほうも、積極的には話しかけないようになっていた。
この日は久しぶりに二人が向かい合ったことになる。
「どうしました? カレン」
「お弁当余ったから、みんなに食べてもらおうと思ってきまシタ」
ぶっきらぼうにカレンは答える。
「そうなんだ。へえ」
「……」
気まずい。
「か、勘違いしないで欲しいデス。別にハリマくんに食べて欲しいと思ったわけじゃないデスからね!」
「は?」
そう言うと、弁当箱を机の上に置いたカレンは、つかつかと教室を出て行った。
「何だったんだ」
その場にいた数人は、あっけにとられながらカレンの後ろ姿を見送った。
「それはそうと、この箱の中には何が入ってるんだろうね」
机の上に置かれた弁当箱に、陽子は興味津々の様子であった。
「ねえ、開けてみなさいよ、播磨くん」綾はそう言って播磨を促す。
「何で俺なんだよ」
214: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:01:12.74 ID:GoD3mSgZo
「そりゃあ……、ねえ」
そう言って綾は陽子のほうを見た。
「確かに。ハリー、早く」
「俺が食っちゃマズイじゃねェか」
「むしろ播磨くん以外に、誰が食べるのよって話よ。この場所で二つも三つもお弁当
が食べられる人なんて、播磨くんか陽子くらいのものよ」
「酷い綾!」
「早く」
綾は陽子の反応を無視して話を進める。
「……」
蓋を開けると、中にはサンドイッチが入っていた。
「サンドイッチ」
それには嫌な思い出がある。
不恰好だが、確かにサンドイッチだ。
「大丈夫なのか」
播磨は不安になるが、周囲の目はその場からの逃亡を許してくれそうにない。
播磨はサンドイッチの一切れを手に取り、そして口に入れた。
「……」
「どう?」
最初に聞いたのは陽子であった。
215: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:01:40.27 ID:GoD3mSgZo
「……普通に、美味い」
ちょっと不恰好だったけれど、それは正真正銘のサンドイッチであった。
かつて食べたことのあるカレンのサンドイッチは、わざとかと思うくらいの
不味さであったけれど、この日のサンドイッチはオーソドックスな味付けで、
不味くはない、というよりむしろ美味いくらいだ。
「あいつ、何でこんなことを……」
カレンの考えが読めない播磨は、少し混乱してしまった。
*
216: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:02:19.51 ID:GoD3mSgZo
翌日の昼休み――
播磨は屋上にいた。
普段立ち入り禁止のその場所にいられるのは不良の特権とも言うべきか。
ともかく、昼休みになるとそそくさと教室を脱出し、屋上に「避難」したのだ。
(なんでこの俺がこんなことをやらなきゃならねェんだよ)
愛しのアリスは教室で友人たちと食事を楽しんでいる。
その様子を眺めることも、播磨の楽しみの一つであったけれど、今は違う。
(俺がいると、あいつも来難くなっちまうからなあ。って、何考えてんだ)
播磨は頭の中に浮かぶ金髪少女の像を必死に振り払う。
「あー、アホらしい。そもそもアイツがいたから俺の青春が狂っちまったんじゃねェか。
むしろこっちの生活のほうが普通なんだよクソが」
「アイツって、誰のことだ?」
「な!」
不意に声をかけられたので、驚いて屋上の鳩小屋(ペントハウス)から落ちそうになる播磨。
「誰だ! ここは立ち入り禁止のハズだぞ」
「だったら何でお前がいる」
「お前ェは」
下を見ると、そこには暑苦しい長髪姿の男子生徒が立っていた。
「トウジョウ……」
217: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:02:53.64 ID:GoD3mSgZo
「東郷だ。東郷雅一。隣のD組の委員長だぞ」
「左様か。つうか何の用だ。委員長様が立ち入り禁止の場所にいたら、他の生徒に
示しがつかねェんじゃないのか?」
「お前はいいのか」
「俺は不良だからな」
「だったら俺は、その不良を注意するためにここにきた、という設定にでもしておこう」
「なんだよそれは。風紀委員の真似事なら余所でやってくれ」
「それもそうだな。だったら、そうだ。ここで梨でも食わんか」
「は?」
*
218: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:03:31.03 ID:GoD3mSgZo
何を思ったか、東郷は梨を取り出してそれの皮をむき始めた。
播磨に負けず劣らずのガタイをしているわりに、手先は器用なようで、上手く梨の
皮を向いている。
「どういうつもりだ」
「食わんのか」
「まあ、いただくけどよ」
今年初めて口にする梨は、甘さは控えめながらも瑞々しく、なかな美味であった。
「うめェ」
「それは何より」
「つうか東郷」
「なんだ」
「まさかこの俺に梨を食わせるため、ここに来たわけじゃねェだろうがよ」
「そうだな。たまたま見かけた、という話ではダメか」
「たまたま見かけて話をするような関係でもないと思うが」
「そうだな。じゃあ率直に言おう。ウチのクラスの姫(プリンセス)の元気がない。
原因は貴様だな、播磨」
「は?」
「違うか」
「ちょっと待て」
「なんだ」
219: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:04:22.03 ID:GoD3mSgZo
「そもそもプリンセスって誰だよ」
「一人しかいないだろうが」
「……メキシコからの――」
「ララも魅力的であるが、姫ではない。お前も良く知っている相手だ」
「……」
「九条カレン。この俺にここまで言わす気か」
「あいつ、プリンセスだったのか」
「まあな。俺たちにとっては太陽のようなものさ」
「太陽?」
「She is the sun for us」
「そのイタリア訛りの英語はやめろ、なんかムカツク」
「ふっ、彼女が俺たちにとっての輝きであることは間違いない」
「そうかよ。だがな、残念ながら俺と九条とは無関係だ」
「ほう……」
「確かに一時的に元気がなくなることもあるだろう。だが、時間が経てば元に戻る」
「本当にそう思っているのか?」
「何が言いたい」
「正直に言えばな、彼女の不調の原因であるお前を、この場で徹底的に潰すつもりだった」
「なんだと? やんのかコラ」
220: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:05:03.49 ID:GoD3mSgZo
「だがヤメだ」
「な……、どういうつもりだ」
「今のお前のような腑抜けをやったところで、何の得にもならん」
「おい!」
「梨、もう一つ食うか」
「お、おう、センキュー」
「美味いか」
「ああ、美味い……って、そうじゃねェだろう! 俺が腑抜けってどういうことだ!」
「無論、言葉の通りだ。せいぜい次の体育祭では潰されないよう気を付けるんだな。
まあ、逃げても構わんが」
「おい! 待てよ東郷!」
東郷は残った梨をタッパーに入れると、そのままどこかへ消えてしまった。
(くそっ、何なんだよ。あと、手がベタベタして気持ち悪い)
*
221: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:05:39.39 ID:GoD3mSgZo
別の場所。
アリスと忍が校内を歩いていた。
すると、ドジっ子な忍が校舎の角で何者かとぶつかる。
「ふにゃっ!」
「シノ!」
心配して忍に駆け寄るアリス。
ふと顔を上げると、忍とぶつかった生徒は見覚えのある人物であった。
「あなたは……」
「大丈夫かい」
「確か、D組の……」
アリスがそう言うと、男子生徒は忍を抱きかかえたまま自己紹介をする。
『失礼、私はD組のハリー・マッケンジーだ』
アリスとは違うアメリカ訛りの英語で、ハリーは言った。
『そういえば、今朝の』
『朝はウチの東郷が失礼した』
『そ、そんなことより!』
『ん?』
『いつまでシノを抱いてるんですか!』
『おっと、これまた失礼』
ハリー・マッケンジーは、ぶつかった瞬間、忍が倒れないように彼女の身体を支えていた。
222: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:06:18.98 ID:GoD3mSgZo
しかしすぐには手を放さなかったので、結果的に忍を抱いたままアリスと会話をする、
という事態になってしまったのだ。
「実に魅力的な女性だったもので、つい手を放すのが遅れてしまいました。大丈夫ですか?」
流暢な日本語に切り替えてハリーは言った。
「あ、いえっ。お構いなく!」
それに大して、忍は顔を紅潮させながら混乱を振り払うように答える。
「東郷のことだけではないけれど、自分も今週末の体育祭は期待している」
「え?」
「お互い、良い勝負をしよう」
そう言うと、ハリー・マッケンジーは甘いシャンプーの匂いを振りまいて、どこかに去って行った。
「何だったのよ……」
ハリーの後ろ姿を眺めながらアリスはつぶやく。
「……」
「忍?」
223: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:06:48.40 ID:GoD3mSgZo
一方、忍は先ほどから熱でもあるかのように、ぼんやりしている。
(大変、いつもボーッとしているシノがいつも以上にボーッとしている!)
アリスの目にも、彼女の異常はすぐにわかった。
「どうしたの? シノ! 何か具合でも悪いの?」
アリスがそう聞くと、忍はぼんやりしたままで答えた。
「もし、金髪の人と結婚したら、私の子は金髪になるのですかねえ」
(シノ!!)
ニッコリと笑う彼女の横顔に、アリスが危機感を持ったことは言うまでもない。
*
224: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/10(土) 21:07:28.20 ID:GoD3mSgZo
「ハリマくん!」
昼休みの終わり、播磨が教室に戻ってみると真っ先にアリスが呼びかけた。
(アリスちゃん? 彼女のほうから話しかけてくるなんて珍しいじゃねェか)
播磨の胸が高まる。
「ど、どうしたカータレット」
「今度の体育祭、絶対に勝とう」
「へ?」
「D組だけには負けちゃダメ!」
「お、おう。任せろ」
謎のやる気に、播磨は少しだけ戸惑っていた。
運動関係が苦手なアリスが、ここまで体育祭にやる気を出すのは何か理由があるのだろうか。
「なあ大宮。何かしらねェか」
播磨は、近くにいた大宮忍に聞いてみた。
しかし、
「ふへへ。金髪の子供。男の子でも女の子でも、可愛いだろうなあ」
何か意味不明なことをつぶやきながら笑っていた。
忍の笑い顔を見ながら、不気味に感じた播磨は、アリスについて聞くことをあきらめたのだった。
つづく
229: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:07:51.42 ID:rUlIBQy7o
ついにはじまった体育祭。
それぞれの思いを胸にその日を迎えるのだが、盛り上がる生徒たちの中で、
イマイチ乗り切れていない者もいた。
播磨拳児もその一人である。
(一体なんだっつうんだよ。クソが)
一応は、クラスの一員として参加しているものの、この日一日をどう過ごしていいのか
わからなかった。
午前中、百メートル走や障害物走、大縄跳び、綱引きなど定番の競技が次々に
行われる中、気持ちの整理がつかない男は一人黄昏ていた。
そして午後、この学校のメインイヴェントの一つとも呼ばれる競技が開始される。
「ハリマくん」
「はっ、カータレットか。どうした」
この日も、珍しく播磨に声をかけるアリス・カータレット。
彼女はなぜか、数日前よりD組に対して無駄に敵愾心を高めていた。
「次の競技は、播磨くんの出番だよ。頑張って」
「俺の出番? なんだっけな」
「もう、この前HR(ホームルーム)で決めたじゃない」
「?」
「借り物競争だよ。クラス対抗の」
「そうなのか」
「頑張って、応援しているから」
「お、おう」
単なる借り物競争に、なんでこんなに気合いが入っているんだ?
その時の播磨は、そう思っていた。
230: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:08:32.93 ID:rUlIBQy7o
もざいくランブル!
第11話 壁 obstacle
231: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:09:36.97 ID:rUlIBQy7o
《さあやってまいりました、矢神体育祭のメインイベント! 借り物競争だああああ!!!》
なぜゆえに借り物競走ごときでこんなにも盛り上がっているのか。
播磨にはすぐにはわからなかった。
「ふっ、ここでキミと戦うことになろうとはな、播磨拳児」
「誰だお前ェは」
一度会ったことがあるにも関わらず、播磨は名前を聞いた。
他人に興味を持たない彼は、本気でハリーのことを覚えていなかったのだ。
「私は、ハリー・マッケンジーだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「何言ってんだ」
「悪いが、この戦いでキミを潰させてもらう」
「D組の代表として、か」
「クラスは関係ない。私は個人的にキミを潰したい、そう思っただけだ」
「なんだってんだ」
《さあ、時間となりました。出場選手は続々とスタート位置についていきます》
なぜか、放送が競馬の実況のようにテンションが高い。
(一体どういうことなんだ)
播磨は不審に思いつつ、スタート位置に立つ。
「ハリマくん、ガンバレー!」
232: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:10:20.01 ID:rUlIBQy7o
ふと、アリスの声がした。
「ハリー! ファイト!」
陽子の声も聞こえる。
(おい、ハリーつったら、そこの金髪外国人もハリーだろうがよ)
しかし播磨に対する応援はその程度であった。
それ以外は圧倒的にハリー・マッケンジーの応援である。
「ハリーくん頑張ってえええ!」
「マッケンジー!!!」
「きゃー、素敵いいい」
「体操服姿もカッコイイのです!」
「スバラ!!」
よく見ると、同じクラスのはずのC組の女子もハリーを応援している。
(なんなんだクソ)
ほとんど敵だらけのような感覚に陥りつつ、播磨は首を振った。
(あー、バカバカしい。いくらアリスちゃんの頼みだからって、こんな勝負になんの
意味があるっていうんだ。だいたい、借り物競争でどうやって潰すってんだよ)
そんなことを考えていると、スターターが目の前に現れる。
「位置について!」
全員が構える。
「よーい」
233: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:11:06.26 ID:rUlIBQy7o
乾いた火薬の破裂音が秋空に響く。
クラスの代表者が一斉に走り出した。
播磨の足は遅くない。むしろ速いほうだとも言える。
ゆえに、多少力を抜いてもすぐに借り物の紙を拾うことができた。
(さて、俺は何を借りてくればいいんだ?)
そう思い紙を開くと、
九条カレン(1年D組)
と書かれていた。
「なんじゃこりゃあああああ!!」
思わず叫んでしまう播磨。
「くそっ、他の紙は……!」
周りを見回すと、すでに紙は全部取られてしまっていた。
(なんてこった。どうしてよりによって、九条がここに)
播磨は考えてみるが、答えなど出るはずもない。
応援席を見ると、アリスや綾たちが応援している。ちなみに他の生徒たちはみんな、
ハリーを応援している。
さすがにここで辞退するのはカッコ悪すぎる。
234: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:12:05.59 ID:rUlIBQy7o
(まあいい、九条には一緒に来てもらうだけでいいだろう。少しの間だけだ)
そう思った播磨は、気を取り直して1年D組の応援席に向かう。
しかしそこには――
「な!?」
播磨の目の前にあるのは、まさしく「人の壁」であった。
《おーっと、今回最難関であり、人気ナンバー1との呼び声も高い、1年D組の
九条カレンさんを引き当てたのは、C組の播磨拳児だあああああ!!!!!》
放送の声がさらに高くなる。
(なにィ!?)
《さあ、播磨選手はこの強力なD組の親衛隊を抜けて、見事九条カレンを『借りる』
ことができるのか!!》
「おいちょっと待て! ルールおかしいだろうが!」
播磨は本部に抗議をするも、誰も受け付けてくれない。
「おかしくはないぞ! 播磨拳児!!」
聞き覚えのある声が響く。
「貴様は」
暑苦しい長髪姿の男、東郷雅一である。
「ハッハッハ、俺の名は東郷。1年D組を統べる者だ」
一段高い台の上に乗って、腕組みをする姿はどこかしら滑稽であった。
235: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:13:30.76 ID:rUlIBQy7o
「貴様がわが姫(プリンセス)を欲しいというのなら、力づくで奪ってみせろ!」
「べ、別に欲しいわけじゃねェよ! この紙に書いてあるからちょとの間だけ、
借りるだけだ!」
「御託はいい。さっさとかかってこい!!」
「なんなんだコレは」
《みなさん、わかっていると思いますが、これはただの借り物競走ではありません。
“競争”なのです! 存分に争ってください! 流血しない程度に!!》
※ 全然関係ないけど、筆者は学生相撲をテレビで見た時、思った以上に流血するの
を見てかなりビビりました。相撲って怖い。
(明らかにおかしいだろうが。だがここで九条を連れ出さねェと終れねェみたいだからな。やるしかねェか)
播磨は覚悟を決める。
だが、行く手には数多くの生徒たちがいるのだ。
「ここは絶対に通さねえぞお!!」
「カレン姫を守るんじゃああ!!」
「ク・ジョーハ、私ガ守ル!!」
「いいぜ、お前が九条カレンを連れて行けると思っているのなら、まずはその幻想をぶち殺す!!」
(くそっ、仕方ねェ)
播磨は覚悟を決める。
236: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:14:12.12 ID:rUlIBQy7o
複数人の不良を相手に喧嘩をしたことなど星の数ほどある男である。
今更殺気立っているとはいえ、一般の生徒たちに怯むようなことはない。
「だっしゃりゃああ!!!」
気合を入れて突っ込む播磨。
この人数に小細工はいらない。
襲い掛かってくる生徒たちを千切っては投げ千切っては投げ、そしてその視線の
先には九条カレンがいる。
しかし、カレンの表情は暗く沈んでいるように、播磨には思えた。
(何て顔してんだお前ェは)
ふと、彼は思う。
(お前ェはもっとよ、明るくて楽しそうで、周りを元気にさせる笑顔が魅力じゃねェか)
だが今のカレンにはその面影はない。
もちろん笑顔も見せているけれど、どことなく寂しそうだ。
「戦いの中でよそ見か! 播磨!」
不意に登場の声が響く。
その瞬間、生徒たちが次々にのしかかってきた。
「ぐわっ!」
思わずバランスを崩し転倒する播磨。
「潰せ潰せええ!!!」
237: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:14:39.95 ID:rUlIBQy7o
「今だあ! 敵は怯んだ!!」
勢いを失った播磨に対し、ここぞとばかりに襲い掛かる男たち。
(くっそお……)
すでに目の前の視界は暗い。
このままだと、あのハリーとか言う外国人が言うように潰されてしまう。
そう思うと悔しくてたまらなくなる。
(こんなのってアリかよ)
そうは思っても、どうしようもできない。
結局、このままカレンを借りることができなければ、失格である。
*
238: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:15:37.17 ID:rUlIBQy7o
「……」
目の前で、播磨がクラス男子生徒たちに潰されていく様子をじっと眺めながら、
カレンは言葉が出なかった。
自分はどうすればいいのか。
何を言えばいいのか。
それがわからない。
(ハリマ)
ふと、彼の名を心の中でつぶやく。
すると不意に、彼女の中で言葉があふれてきた。
(な、何をやっているの私。別にハリマのことなんか全然関係ないのに)
あふれ出る思いに蓋をしながらカレンは首を振る。
彼がここで潰されてギブアップしようが、自分には何の関係もない。
そう、今のカレンと播磨拳児とは何の関係もないのだ。
だから、素直に時間が経つことを待てばそれでいい。
時間切れになって播磨は失格する。
そうすれば自分のクラスであるD組の勝利だ。
親友であるアリスたちは残念がるかもしれないけれど、仕方ない。
頭の中ではそう考えて納得するカレン。
239: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:16:04.52 ID:rUlIBQy7o
でも、頭でわかってはいても心の中で何かが納得しない。
(なんでイライラするの? どうして?)
カレンの胸の中でイラつきがどんどんと増していく。
腹が立ってしかたない。
そして、その怒りを爆発せずにはいられなかった。
カレンは大きく息を吸い、そして言葉を発した。
「どうしたハリマケンジイイイイイイイ!!!! それで終わりデスカアアアアア!!!!!」
カレンの大声に、一瞬会場が静まり返る。
マイクも使っていないのに、彼女の声は秋空によく通っていた。
*
240: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:16:36.85 ID:rUlIBQy7o
多数の男たちに潰されながら、播磨は思った。
このまま終わりでもいいのか、と。
だが、ここで奴らの言うとおり潰されたままじゃ、自分のプライドが許さない。
「潰せ!」
「ここを通すな!」
D組の生徒たちが叫ぶ。
だがそんな男たちの声をかき消すように、高い声が播磨の耳に飛び込んできた。
「ハリマケンジイイイイイイイイイイイ!!!!!!」
紛うことなき、九条カレンの声だ。
(うっせえなクソッ。お前ェに言われなくても、こんな所で終る気はさらさらねェよ!!)
とても不思議なことだが、まるで地下から吹き出すマグマのように力が湧いてくる。
それがまた腹立たしい。
「いつまで乗ってんだあああ!!!」
2、3人吹き飛ばすと、まるで鉄人28号のように力強く前進する播磨。
「くそっ、復活したか。だがこの俺が止めてやる!!」
「邪魔だ!」
「そげぶっ!」
241: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:17:13.47 ID:rUlIBQy7o
吹き飛ばされる男子生徒。
「一人じゃダメだ。スクラム組めスクラム!!」
「バカ野郎、よけられるだろうが」
「おい、来るぞ!!」
「うおりゃあああああああ!!!!」
体当たりで数人を吹き飛ばした播磨は更に進む。
「でりゃああ!!!」
そして最後にたどりついたのは、目的の姫(プリンセス)がいる場所だ。
少し息を切らしながらも、余裕の表情で播磨はカレンに先ほど拾った紙切れを見せる。
「九条、俺と一緒に来てもらうぜ」
「嫌デス」
「なっ!」
「ツーン」
そう言いながらカレンは顔を逸らす。
(コイツ、まだ怒ってんのかよ)
「どうしてもカレンを連れて行くというのナラ」
「あン?」
「力ずくで連れて行けばいいでショ?」
「……ああ、わかった。つまりこういうことか」
242: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:17:54.60 ID:rUlIBQy7o
「ひゃっ!?」
播磨は素早くカレンの後ろに回り込むと、彼女を一気に抱きかかえた。
いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
「しっかり掴まってろよ九条。落ちて怪我しても知らんぞ」
「その時は、責任取ってクダサイ」
「悪いが、保険には入ってないんでな」
このままゴールに行けるほど、状況は甘くなかった。
「播磨拳児、ここを通すわけにはいかん」
先ほどぶん投げられていた生徒たちが復活してこちらに向かってきていた。
「コイツらをかわして行くのか。なかなか骨の折れる作業だぜ」
播磨はつぶやく。
「私を連れて行くのなら、これくらいの障害は越えてもらわないとこまりマス」
耳元でカレンは囁いた。
「言ってくれる」
「はっ!?」
予告無く動き出す播磨。そのあまりの素早さに、周囲は意表を突かれる。
とても女の子を抱いた状態で動いているとは思えない。
先ほどの猪突猛進とは打って変わって素早い動きで周囲を翻弄する播磨。
(さすがに九条を抱いた状態で潰されるわけにはいかんからな)
243: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:18:40.14 ID:rUlIBQy7o
《女の子を抱いている、という極めてバランスの悪い状態にも関わらず、
播磨拳児の動きは実に素早い。なんということか! これが、これが、
これが姫の力(プリンセスパワー)なのかああああ!???》
放送係がやたら興奮気味に叫ぶ。
(訳の分からんこと言ってんじゃねェぞ!)
そう思った播磨だ。しかしカレンを抱いていなかった時よりも、明らかに状態が
良いことは確かであった。
「せりゃあ!!」
「アッー!」
次々に襲い掛かる男たちを全盛期のマラドーナ並みの動きでかわした播磨であったが、
ゴール前で最大の障害にぶち当たる。
「なんじゃコイツは!」
《で、出たあああああ!!! 身長190センチを超える巨体!!
フランスからの帰国子女でありながらスキンヘッドの巨漢!
天王寺昇くんだああああああああああああ!!!!》
やたらデカイ男が播磨たちの前に立ちはだかった。
190センチと言いながらも、見た目が10メートル以上あるように見える姿は
まるで大豪院邪鬼だ。
「ふっ、さすがの播磨もあの天王寺を超えることはできまい」
腕組みをした状態で東郷は言った。
244: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:19:25.45 ID:rUlIBQy7o
「お前ェは今まで何をしていたんだ」
「細かいことは気にするな。それよりどうする」
「グルルルル」
まるで野獣のようにこちらを威嚇する天王寺。
「今のお前にアイツが超えられるかな」
「へっ、何言ってやがる」
「なに?」
「楽勝だ」
そう言うと、播磨は今まで抱いていたカレンをクルリと背中に回す。
カレンも慣れたもので、すぐに播磨の背中におぶさった。
「どうするデス? この状態でテンノウジくんに勝てマスか?」
肩越しにカレンは播磨の耳元に囁く。
「俺単体なら楽勝だがよ、今はお前ェがいるからな」
「だったら、諦めマスか?」
「冗談言うな。俺はな、負けるのが大っ嫌いなんだよ。例えお遊びでもな」
「じゃあ、どうシマスカ?」
「きょ、協力してくれ、九条」
「……ホウ」
「べ、別にタダでとは言わねェよ」
245: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:20:13.10 ID:rUlIBQy7o
「何をしてくれるデス」
「ラーメンおごってやるよ」
「ラーメン……」
「お前ェ好きだろ、ラーメン」
「……別にそこまで好きじゃないデスケド」
「……」
「奢ってくれるナラ、ご馳走ニならないコトもナイデス」
そう言うと、カレンは掴んだ両腕の力を少し強くさせた。
(なんか背中に当たってる。いや、待て。集中だ集中)
カレンのアレに集中を乱される播磨。
(確か、海で見た時も結構。いや、違う)
「何イチャイチャしてんだコラアアアア!!!!」
二人の様子を見て天王寺の怒りが爆発する。
※確かに天王寺はキレていい(神の声)
「うおっ!」
カレンを背負った状態で天王寺の拳をかわす播磨。
本当に10メートルの巨漢が攻撃してくるような迫力だ。
「行くぜ、九条。いち、にい、さんだ」
「One Tow Threeのほうがいいね、ハリマ」
246: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:20:47.58 ID:rUlIBQy7o
「別にどっちでもいいが」
二人はタイミングを合わせる。
そして天王寺の次の攻撃。
大振りの右ストレートがさく裂しようとしたその時だった。
「いち、にい――」
「Three!!!!!」
掛け声と同時に、カレンは播磨の肩の上に乗る。
そして、大きく飛び出した。
「ぬわっ!」
それに驚く天王寺。
しかし、
「よそ見すんなデカブツ!!!」
天王寺のボディに播磨の蹴りが入る。
「ぐおっ!」
思わず身体をくの字に曲げる天王寺。
しかし、攻撃はそこでは終わらない。
「そぉい!!!」
247: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:21:16.39 ID:rUlIBQy7o
上から九条カレンの足が、天王寺の顔面を踏みつけるという、一歩間違えれば
ご褒美にもなりかねない攻撃が天王寺を襲う。
「うがあ!」
そして、
「よっと!」
上から降ってきたカレンを、下にいた播磨が受け止めたのだった。
ドスンと、大きな音とともに天王寺が倒れる。
その死に顔(死んでない)は、とても穏やかであったと、同じクラスのララ・ゴンザレスは後に証言した。
*
248: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:22:01.13 ID:rUlIBQy7o
天王寺昇という最大の壁を乗り越えた播磨とカレンは、無事にゴールにたどり着くことができた。
もちろん、カレンを抱いたままである。
「おらっ! 九条カレンだ! これで文句ないだろう!」
カレンをその場に立たせ、審判員に見せる播磨。
「確かに、九条カレンさんです」
審判員は笑顔で言った。
そして、
「おめでとうございます、播磨拳児さん。見事完走です」
「いよっしゃああ!!!」
なぜかわからないが、今までに感じたことのないほどの達成感を味わう播磨。
思わず両手ガッツポーズをやってしまった。
「おめでとー」
「おめでとう!!」
「感動した!!!」
「すげえよ播磨!」
そんな彼に対し、観客席からは惜しみない拍手と歓声が送られる。
「おめでとう播磨くん!」
「やったねえ!」
しかし、謎の達成感に浸る播磨に審判員は冷静に声をかける。
249: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/11(日) 21:22:43.46 ID:rUlIBQy7o
「まあ、この競技では最下位なんですけどね」
「…………はあ?」
そう、播磨拳児は最下位であった。
当たり前である。
あれだけの大立ち回りをやってのけたのだから、その間に他の選手たちはゴールをしていたのだ。
「なんじゃそりゃあああああ!!!!」
この世の理不尽を呪う播磨。
が、しかし、
「ハリマ」
ふと、後ろにいたカレンが体操服を引っ張る。
「んだヨ」
振り返って播磨は答えた。
「約束、忘れナイデくださいヨ?」
「……」
播磨は少しだけ考え、そして、
「わかってる」とだけ答えた。
つづく
253: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:51:46.41 ID:RGmsqeIFo
とある日の昼休み。
最近ちょっと太ったんじゃない? というアリスの軽い一言をきっかけに、
全員で体重測定をすることになった。
「失礼しまーす」
「あれ? 先生いないね」
保健室に入る、忍、アリス、陽子、綾、そしてカレンの五人。
「あ、体重計ありましたヨ。とりあえずはかってみるデス」
体重計を見つけたカレンが言った。
「待って、私が先に行くわ」
カレンを制して綾が前に歩み出る。
「大丈夫? 綾」
心配そうに陽子は言った。
「いや、ただ体重計に乗るだけだから」
そう言って、綾は体重計に乗った。
すると、
「……」
「どう?」
「……」
答えない綾。
「多分、上着が重いんだと思う」
そう言って、上着を脱ぐ綾。
「うむ……」
254: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:52:30.83 ID:RGmsqeIFo
「どうなの?」
陽子は再び聞いた。
「多分、もう一枚」
「ちょっと綾」
「たぶん、このブラウスを脱いだら軽くなるから!」
「ちょっと綾、現実を見なさい」
「はなして陽子。私の現実はそんなものじゃないわ」
ぎゃあぎゃあ言っている二人を眺める残りの三人。
ついに綾がブラウスのボタンに手をかけると、
「ああきっつ、胃薬ねェか」
見覚えのある長身の生徒が入ってきた。
「播磨……、くん」
「なっ、何やってんだお前ェら」
播磨の目の前には、ブラウスの第三ボタンまで外した綾、
そしてその綾の腕を掴んでいる陽子の姿であった。
「ああそうか、そういうことか」
何かを察する播磨。
「お幸せにな」
そう言うと、彼は保健室のドアを閉めてどこかに行ってしまった。
「いやあああああああああああああ!!!!」
「ハリー! 違うの! 戻ってきて!!」
播磨の誤解はすぐにとけたものの、事情を説明した綾は更に恥ずかしい思いを
することになったのだった。
255: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:52:58.63 ID:RGmsqeIFo
もざいくランブル!
第12話 桃 色 sweet
256: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:53:46.36 ID:RGmsqeIFo
体育祭に続く秋イベントといえば、そう、文化祭である。
播磨たちの通う高校でも、文化祭の準備が着々と進んでいなければ、ならないはずなのだが。
播磨たちのクラス(C組)では食品を出す店をやる、という点では一致していたものの、
その形態を巡って意見が割れていた。
「メイド喫茶がいいです。かわいいメイド服が売りですよ」
にこやかに、おそらく誰かのメイド姿を想像しながらであろう忍が言った。
「甘味処がいいと思います。メイド喫茶なんてありきたりですから」
それに対して、アリスが反論する。
アリスは日本文化が大好きなので、西洋的なメイドよりは日本的なお団子屋さん
みたいなもののほうがいいのだろう。
「メイド!」
「甘味!」
珍しく対立する忍とアリス。
こんなこともあるんだな、と播磨はぼんやりと思った。
「争いたくはありませんが仕方ありません! アリスとて容赦はしませんよ!」
忍は言った。
(一体何の勝負だ……)
「アリス! 引いてくれなければ夜トイレについていってあげません!」
「きゃああああああ! 今その話は関係ないでしょう!」
257: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:54:20.02 ID:RGmsqeIFo
意外な場所で親友の私生活(プライベート)を暴露する忍。
この女、意外と腹黒なのか。
「甘味処にしてくれなきゃ、シノのこと嫌いになるから!!」
「なっ、私だって……!」
「ぐぬぬ……」
「ぐぬぬぬぬ……」
「メイドがいいです……」
「かんみ……うっ、うっ」
ついに泣き出す二人。
(おいおい、委員長困ってんじゃねェか)
播磨はそう思っていると、
「ねえ、ハリー」
二学期最初の席替えで播磨のすぐ後ろになった陽子がシャーペンの後ろで播磨の
背中をつつく。
ちなみに播磨のことをハリーと呼ぶのは陽子だけだ。大半の生徒にとって、ハリー
と言えばD組のハリー・マッケンジーのことを言う。
「あン? なんだ」
「ハリーはどっちがいい?」
「何がだ」
258: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:55:11.17 ID:RGmsqeIFo
「だから、メイド喫茶と甘味処よ」
「お前ェはどっちがいいんだ、猪熊」
「もう、質問を質問で返すなって、先生に言われなかった?」
「いいから答えろよ」
「私はどっちでもいいかな。美味しいものが食べられたら」
そう言って陽子は涎をたらす。
「メイドは食べ物じゃねェからな」
飲食店をやったところで、自分が食べられるかどうかはわからない。
だがそんなことは、あまり陽子も気にしていないようだ。
「甘味」
「メイド」
播磨はふと考える。
ここで愛しのアリスの肩を持つことは簡単だ。しかしそうなると、あのコケシと
感情的な“しこり”が出来てしまう危険性がある。
女の知り合いとの、ぎくしゃくは、かなり厄介であることはすでにカレンとの
関係で経験済みの播磨は一つのアイデアを出した。
「面倒くせェな。だったら、両方やりゃいいだろう」
「両方?」
アリスと忍の二人がこちらを見る。
「だからよ、甘味を出すメイド喫茶ってやつ? 一粒で二度おいしいみたいな」
259: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:55:39.02 ID:RGmsqeIFo
「グ○コアーモンドチョコレート? 私好きだな」
陽子が口を挟む。
「猪熊、お前ェは黙ってろ」
「播磨にしてはなかなかいいアイデアだな。では多数決を取ろう」
メガネの男委員長(かなりウザい)の取り計らいで、1年C組の出し物は、
メイド甘味処というハイブリットな模擬店になったのだった。
*
260: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:56:13.16 ID:RGmsqeIFo
文化祭の醍醐味は本番よりも準備にあり、とはよく言ったものである。
実際、文化祭で遅くまで準備をすることで、相手を理解することもできるだろう。
時間には限りがあるけれども、店の内装から衣装の用意、肝心の料理の手配など、
やることは山ほどある。
播磨は店の飾りつけや仕入れなど、主に力仕事を任されることが多く、衣装を
担当していたアリスとの接点が少なかった。
(畜生。真面目に準備してりゃあ、アリスちゃんと接する機会が多いと思ったのによう。
これじゃあサボってたほうがマシだぜ)
のこぎりでズイッコズイッコと角材や板を切りながら播磨は思った。
ほかの連中は楽しそうだが、播磨は黙々と作業をこなすだけである。
「もうこんな時間か」
気が付くと、窓の外は暗くなっていた。
あまり遅くまで学校に残っていることの少ない播磨にとっては、少しだけ新鮮な光景であった。
そんな播磨を見つめるブラウンの瞳。
*
261: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:56:53.04 ID:RGmsqeIFo
(ハリマは一人で作業してマス)
(意外と真面目なところがあるわね)
教室の外から播磨の様子をうかがっていたのは、九条カレンと小路綾の二人であった。
「何やってんの? 二人とも」
偶然通りかかった陽子が二人に声をかける。
「しっ! 静かにデス」
そう言ってカレンは陽子をその場にしゃがませた。
「な、何だよ」
「ちょっとハリマの様子を見てたデス」
「なんでそんなストーカーみたいな真似してるの。堂々と教室の中に入ればいいじゃん、
いつものことなんだから」
「実は、ハリマについて知りたいことがあるデス」
「ん?」
「ハリマがどんな女の子が好きなのか、ちょっと気になるのデス」
「なんだよカレン。まだハリーに未練があるのか?」
「そ、そんなことないデス。な、ないんだからネ!」
「静かにしろって言ったのそっちじゃないか……」
陽子は半ば呆れながら言った。
「それで、どうするんだ」
262: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:57:27.81 ID:RGmsqeIFo
「播磨に質問して欲しいんデスよ」
「え? 好きな人は誰かって?」
「そそそ、そんなstraightな質問はしなくて良いデス。そんなことしたら、
播磨の好きな人が気になるみたいじゃないデスか」
「いや、事実気になってるんだろ」
「だから、例えばWhat kind of girls do you like?(どんな女性が好みですか)みたいな」
「もう、めんどくさいなあ。私がちゃっちゃと聞いてくるから」
「あ、wait wait」
「なんだよ。あまり過激なことは聞かないでくだサイ」
「あいよ」
そう言うと、陽子は教室の中に入って行った。
「大丈夫かな……」
綾は心配そうにカレンに言った。
「多分大丈夫です」
カレンの横顔は少し寂しげでもあり、それが綾の心を締め付けた。
(カレンには幸せになって欲しいけど、播磨くんの思い人も気になる)
そう思いつつ陽子と播磨のやり取りを、カレンと一緒に見つめる綾。
カレンに同情しつつも、やはり他人の色恋沙汰にはやはり興味深々である。
「ねえハリー」
263: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:58:14.74 ID:RGmsqeIFo
「あン?」
「からすちゃんから差し入れが届いてるよ。ハリーも飲む?」
「コーヒーか。一本貰うぜ。それはいいが他の連中は」
よく見ると、教室には播磨と陽子だけしか残っていなかった。
ほかの生徒たちは、別の場所に行っているようだ。
「料理の仕込みと、あとはしのたちは衣装の製作」
「今から作るってのも大変だな」
「既存の衣服にちょっとヒラヒラとかつけるだけみたいだから、大丈夫じゃない?
まあ座りなよ」
そう言いつつ、陽子は播磨の近くに腰掛ける。
(さすが陽子。男の子相手にも物怖じしないなんて)
陽子の姿を見ながら綾は感心する。
(もう、早く聞くデスヨーコ!)
カレンは二人の様子を見ながらギリギリと歯ぎしりをしていた。
(カレン、落ち着いて)
今にも教室に乱入しそうにしているカレンを宥めながら、綾は二人の会話に耳をすませた。
「ところでさあハリー」
「あン?」
「あなたの好きなタイプって、どんなの?」
264: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 21:58:56.34 ID:RGmsqeIFo
「ぶっ!」
飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになる播磨。
「アハハハ。今時ギャグ漫画でもそんな描写ないよ。ほら、ティッシュ」
「悪い。つうか、そんなこといきなり聞くな」
陽子から箱のティッシュを受け取った播磨は、何枚か取り出し手や口元を拭いた。
「だって気になるじゃない。あのカレンを振ってるんだよ? 普通の男子なら絶対
そんなことしないと思うけど」
「何言ってんだ」
「あんなに美人なのに。金髪美少女だよ。しのだったらヨダレが3リットルくらい
出そうなほどの」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねェ」
(ホント、ヨーコはキモチワルイデス)
(カレン、落ち着いて)
そんなことしていると、ふと陽子の顔が真顔に戻る。
「でもさ、カレンは美人だと思わない?」
「そりゃあ、キレイだと思うゼ。肌もそれにあの髪もよ」
(……!)
一瞬で真っ赤になるカレン。
この子、分かりやすいわ。
265: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:00:16.80 ID:RGmsqeIFo
綾は思った。
「だけどヨ、それとこれとは別だ。あと勘違いしているようだが言っとくけど」
「え?」
「別に俺はあいつ(カレン)を振ってなんかいねェ。初めて会った時の誤解を解いただけだ」
「誤解を、解いた?」
「だからよ。アイツとは元に戻ったんだ。ただそれだけだ」
「そうなんだ。だったらもし、またカレンがハリーのことを好きとか言ったら」
「バカなこと言ってんじゃねェぞ」
「アハハ。ごめんね」
ここであっさりと引き下がる陽子。
(ヨーコ、なんでそこは突っ込まないンデスか)
赤面しながらも陽子への不満を口にするカレン。
でもこれ以上陽子が突っ込んだら、カレンのほうが心配になる綾であった。
「それで話戻すけど」
「なんだ」
「ハリーの好きな人のタイプって、どんなの?」
「どんなのって言われてもなあ……」
(あ、そこは真面目に答えるつもりなんデスね)
カレンはつぶやく。
(やっぱり律儀なんだなあ。見た目に反して)
「だけどヨ、それとこれとは別だ。あと勘違いしているようだが言っとくけど」
「え?」
「別に俺はあいつ(カレン)を振ってなんかいねェ。初めて会った時の誤解を解いただけだ」
「誤解を、解いた?」
「だからよ。アイツとは元に戻ったんだ。ただそれだけだ」
「そうなんだ。だったらもし、またカレンがハリーのことを好きとか言ったら」
「バカなこと言ってんじゃねェぞ」
「アハハ。ごめんね」
ここであっさりと引き下がる陽子。
(ヨーコ、なんでそこは突っ込まないンデスか)
赤面しながらも陽子への不満を口にするカレン。
でもこれ以上陽子が突っ込んだら、カレンのほうが心配になる綾であった。
「それで話戻すけど」
「なんだ」
「ハリーの好きな人のタイプって、どんなの?」
「どんなのって言われてもなあ……」
(あ、そこは真面目に答えるつもりなんデスね)
カレンはつぶやく。
(やっぱり律儀なんだなあ。見た目に反して)
266: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:01:02.08 ID:RGmsqeIFo
綾も小声でつぶやいた。
「例えば、胸は大きい方がいい? 小さいほうがいい?」
「何言ってんだお前ェ」
「基本じゃない?」
「何の基本だ」
(何聞いてるデスかヨーコ!! それじゃ親父のセクハラじゃないデスか!)
(アンタがそれを言うのか、カレン)
「べ、別に大きさなんか関係ねェよ。胸の大きさが女の価値だとは思ってねェし」
「オー、なかなか男前な意見だね」
「普通だろ」
「それじゃあさ、料理ができる子とできない子、どっちがいい?」
「別にどっちでも構わねェ」
「そうなの?」
「料理なんて別にこれから上手くなっていきゃいいだろうがよ。プロになるわけでも
ねェし」
「それもそうだね。私も料理はするけど、味付けはパッパッと」
「お前ェは何でもかんでも、唐辛子をふりかける癖はやめたほうがいいぞ」
「あらまあ。でも美味しいよ」
「ものには限度ってモンがあるだろうよ」
「カプサイシンで美容に良いらしいし」
267: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:01:44.13 ID:RGmsqeIFo
「胃に悪いっつうの」
「なかなか心配性だね、ハリーは」
なんというか、普通に仲の良いカップルのような会話にちょっとイラついてくる綾。
(……)
だがカレンはそれ以上に怒っているようだ。小刻みに震えているし。
「うーん、それじゃあさあ。性格はどうかな。どんな性格が好み? やっぱこう、
積極的なほうがいいかな」
「そうだな」
ふと播磨は考える。
こんなバカバカしい質問にも真面目に考えて答える播磨は、相当のお人好しか、
もしくは正真正銘のバカなのだろうと綾は思った。
「ちょっとくらい恥ずかしがり屋のほうが可愛げがあっていいかもしれねェな」
(恥ずかしがり?)
その言葉に、綾は少しだけ反応する。
「ほほう、恥じらいってのは大事ですね」
「度が過ぎるのもアレだが、お前ェはもっと恥じらいをもったほうがいいんじゃねェか」
「旅の恥はかき捨てって言うし」
「旅はしてねェだろ」
「ふむふむ」
268: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:02:26.01 ID:RGmsqeIFo
陽子は笑いながら廊下のほうを見る。
隠れて見ている綾たちに目で合図を送っているのだ。
だいたい「よくわかったかな?」みたいなことを言いたいのだろう。
「それじゃあさあハリー」
「ん?」
「好きな髪型とかって、どんなの?」
「どんなってそんなん」
「私みたいなの?」
陽子はそう言って茶色がかったボブカットを見せる。
「違ェよ」
「じゃあ」
「そうだな、髪を二つに縛ってるのとか、いいんじゃねェか」
「なかなかの少女趣味?」
「違ェよ。例えばの話だ」
「ほうほう」
(……!!!)
綾は胸が急に締め付けられる感覚に襲われる。
(どうしましたアヤヤ)
心配そうにカレンが聞いてきた。
269: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:03:02.54 ID:RGmsqeIFo
(な、なんでもない)
綾はそう言って口元を抑える。
「?」
(もう、なんなのよう)
綾は持ち前の記憶力で、先ほどの播磨と陽子との会話を思い出した。
播磨は胸の大きさを気にしない、つまり小さくても良い。
料理ができるできないは気にしない。ちなみに綾は料理はするけれど、全体的に
薄味なので、カレンやアリスには不評であった。
性格的に恥ずかしがり屋のほうが好き。
髪の毛を二つに縛っている、つまりツインテールが好き。
それらを総合すると……。
(やだっ! 播磨くんの好きな人って、もしかして私!?)
カレンを目の前にして動揺する綾。
(どうしよう。播磨くんって男らしいところもあるけど、基本私の趣味じゃないし。
でもあんな太い腕で抱かれたら……、アババババ)
「あれ? 綾ちゃんいカレン。どうしました?」
「ふひぃ!!!」
心臓が飛び出るかと思うほど驚く綾。
「そこまで驚くことないじゃない」
そう言ったのはアリスだ。
270: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:03:30.25 ID:RGmsqeIFo
「Oh! シノにアリスじゃないデスか。どうしました、その格好は」
「模擬店の衣装ですよ。播磨くんにも見せようと思って」
そう言うと、忍はくるりと回って見せる。
ロングスカートのメイド服だ。
エプロンドレスの白が眩しい。
「あー、そうなの」
綾はまだ胸の動悸が収まっていなかったけれど、努めて平静を装った。
*
271: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:04:05.85 ID:RGmsqeIFo
翌日、まだ綾はドキドキが収まらないまま、学校へと向かった。
「おはよう」
「うん、おはよう」
クラスメイトや顔見知りの生徒たちとあいさつを交わしながら学校へ向かう。
(どうなんだろう。やっぱり播磨くんは私のこと。だからカレンとは)
そう考えるとどんどんと顔が熱くなる。
「どうしたの? 綾。顔が赤いよ」
一緒に登校していた陽子が綾の顔を覗き込みながら言った。
「なななな何でもない」
「あ、わかった」
「何よ」
「メイド服を着るのが嬉しいのね」
「ち、違うから。それに嬉しくもないし」
「そう」
(陽子は恋愛感情とかには疎いからあんまりわからないだろうなあ)
そう思いながら綾は一つため息をつく。
(もし、播磨くんに告白されたらどうしよう。確かに、文化祭で仲良くなって付き合う
カップルは多いけど……)
「オハヨゴジャイマース」
272: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:04:48.48 ID:RGmsqeIFo
変な日本語で挨拶をする生徒はあまり多くない。
「おはようカ――」
振り返ると、昨日とは違うシルエットが。
「ど、どうしたのカレン、その髪型」
「いえいえ、文化祭なのデ、ちょっとimage changeしてみまシタ」
カレンはそう言って笑う。
「イメチェンって言われても」
カレンは長いサラサラの髪の毛を綾と同じように二つに縛っていた。
ただし、髪の毛の量が多いのでツインテールではなくツーサイドアップではあったけれど。
つづく
273: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/12(月) 22:06:53.79 ID:RGmsqeIFo
277: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:44:58.88 ID:SkkjabPOo
文化祭の準備も終盤に差し掛かった頃、再び教室に入ってくる暑苦しい面々。
東郷雅一およびD組のメンバーだ。
今日はハリー・マッケンジーは来ていない。
「おいおい何の用だ? 文化祭に勝負するようなことはないと思うが」
男子生徒の一人が言った。
「よく聞けC組の生徒たちよ! わがD組は今度の文化祭で演劇を行う!」
「ENGEKI!」
ララ・ゴンザレスがなぜか得意気に同じことを言う。
「デース!」
そしてカレン。
「我々が行う演劇は、愛と感動の物語だ!」
「MONOGATARI!」
「デース!」
「午後から公演が始まる。皆の者、括目して見よ!」
「ミヨ!」
「デース!」
そう言うと、東郷たちはツカツカと帰って行った。
「あいつら、何しにきたんだ」
別の生徒がつぶやく。
「よく聞け! B組の生徒たちよ!」
ふいに、隣りのクラスからも声が聞こえてきた。
どうやら、宣伝に来ていたようだ。
しかし彼らは単純に演劇と言っただけで、具体的になんの劇をやるのかは、
C組の面々にはわからなかった。
278: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:45:25.79 ID:SkkjabPOo
もざいくランブル!
第13話 舞 台 shine
279: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:46:03.67 ID:SkkjabPOo
文化祭当日。
播磨たちのいるC組はイギリス風のメイドと甘味処を合わせたちょっとわけが
わからないものになっていた。
和菓子と洋菓子。
メニューも二種類、さらに店員の服(コスチューム)も二種類ある。
甘味処組は和服姿。メイド組はメイド服を着ている。
ふだんからヒラヒラしたものが好きな忍はメイド服を嬉しそうに着ていた。
一方、すでにお忘れのかたもいるかもしれないけれど、日本文化を愛してやまない
アリスは和服を着ている。
これで金髪でなければ、時代劇の団子屋に出てきてもおかしくないだろう。
なお、陽子はアリスと同じ甘味処の衣装、綾は忍と同じメイド服を着ているのだが、
「あれ? 綾は?」
陽子が周りを見回す。
「アレレレ?」
「あ、あっちにいるよ!」
別の女子生徒が教室の外を指さす。
「何してるのよ。早く入って」
陽子がわざわざ外に出て綾を引っ張り込む。
「ややややヤメテー!」
恥ずかしそうに綾は顔を伏せる。
280: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:46:33.33 ID:SkkjabPOo
「綾ちゃんカワイイー!」
「似合うー」
「もうっ、本当にやめて」
顔を真っ赤んした綾が怒る。
彼女は本当に恥ずかしがっているようだ。
「アリスも恥ずかしがり屋ですけど、綾ちゃんはそれ以上ですねえ」
忍はそう言って笑う。
「もうっ、笑い事じゃないんだから」
「そういえば、しのはメイド服だけど」
陽子が不意に忍に話をふる。
「はい、どうですか」
忍はくるりと回転して見せる。長いスカートがフワリと浮きあがった。
もう何回やったかわからない。
「まあなんていうか、普段の服装があんなんだから、別段驚きはしないけど」
「ん?」
「しのの場合はアリスみたいな和服のほうが似合ってるんじゃないかなあって思って」
「そうですよ! シノは和服のが似合います!」
アリスはいつになく強い口調で言った。
「そそそ、そんなこと言われましても……、私、メイド服好きだし」
281: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:47:11.78 ID:SkkjabPOo
「まあ、しのが和服来たら市松人形みたいだけどね」
笑顔で陽子は言った。
「え、それは褒めてるんですか?」
「もちろん!」
陽子の顔に迷いはない。
「おい、仕込みの材料はまだあんのか?」
不意に長身のサングラスが入ってきた。
播磨拳児だ。
「ひゃあっ!」
播磨の姿に驚いた綾が慌ててアリスの背中に隠れる。
「何やってんだ?」
「照れてるのよ、綾は」
陽子は笑って受け流す。
「それよりハリー。あんたエプロン姿似合うじゃん」
「うるせェ。制服が汚れるからこうしてるだけだ」
「またまたあ。それよりどう? ウチらの制服」
「制服?」
「喫茶店の制服と言えば、メイド服ですね」
忍は迷いなく言い放った。
「いや、多分それは違うと思うぜ……」
282: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:47:49.05 ID:SkkjabPOo
播磨は小さくつぶやく。
「それでハリー。うちらのフロアー衣装はどうなの?」
「感想言わなきゃダメかよ」
「せっかくの衣装なんだよ? 楽しまないと」
「和服のほうは……、いいな」
播磨は少し考えてからつぶやく。
「何よ、もっと具体的に言ってよ」
「いいつってんだろうがよ」
「照れてる?」
「照れてねェよ」
「じゃあメイド服のほうは?」
「メイド?」
播磨が視線を向けると、忍は笑顔を見せてスカートの裾をちょこっとあげて見せた。
「まあまあ」
「あれ?」
「綾はどう?」
「ちょっと陽子、やめてよ」
照れながら怒る綾を無理やり播磨の前に出す陽子。
しかし綾は恥ずかしさのあまり、アリスを抱えたままであった。
283: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:48:21.99 ID:SkkjabPOo
「どう? 綾のメイド服」
「……ふむ」
「何よ」
極度の緊張と恥ずかしさのためか、アリスを抱きしめながらキッと播磨を睨む綾。
「意外と似合うもんだな」
「い、意外とは余計だし!」
心なしか照れくさそうにする播磨。
(やっぱりこの人、私のことを……?)
「まあいい。俺は仕込みに戻るぜ」
「おー、頼むよ」
「ふわああ」
播磨は大きな欠伸をした。
「何なのよハリー。文化祭の当日にそんな緊張感のない欠伸しちゃって」
「昨日はろくに寝てねェんだよ」
「夜更かしはダメだよ。美容の敵だ」
「俺は別に肌質とか気にしてねェから」
そう言って、播磨は教室を出ようとすると、不意に綾に抱かれたままのアリスが声をかけた。
「あの、ハリマくん」
「どうした」
284: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:48:49.67 ID:SkkjabPOo
先ほどまでの眠たそうな顔が、一気に元に戻る播磨。
「色々頑張ってくれて、ありがとうね」
「お、おう……」
「どうしたのハリー」
「何でもねェよ」
なぜか、播磨は顔を赤くしながら教室を出て行った。
「なんなのよ、アイツは」
そんな播磨の大きな後ろ姿を見つめながら、綾はポツリとつぶやく。
*
285: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:49:28.72 ID:SkkjabPOo
「おはよゴジャイマース! 遊びにキタよ!!」
元気いっぱいの九条カレンがC組の喫茶店に遊びに来た。
「いらっしゃいませ」
人見知り気味のアリスが必死で挨拶をする。
「ひゃーっ、団子屋の娘みたいなアリスもカワイイデス!」
「きゃっ、やめてよカレン」
カレンは勢いよくアリスに抱き着く。
「甘味処とメイド喫茶の融合デスか。なかなかカオスデスネ」
「普段からカオスなカレンには言われたくないなあ」
珍しく皮肉で返すアリス。
「いらっしゃいませ……」
「ひゃあー! アヤヤ! アヤヤカワイイデース!」
「もうっ! やめてよ。やっと慣れてきたところなのに!」
綾のメイド服姿に興奮を隠しきれないカレン。
「カレン、私のメイド服はどうですか?」
物凄い笑顔で忍は言った。
「え? ハイ。可愛いデスヨ」
反応が薄い。それもそうだろう。普段からヒラヒラした服が好きな忍のことを
カレンは知っていたからだ。
286: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:50:07.18 ID:SkkjabPOo
「ナカナカいい雰囲気のお店デスネ。素人くささがいい味出してマス」
「それは褒めているのか?」
お茶を出しながら陽子は言った。
「いいデスネ。喫茶店。カレンもwaitressやってみたいデス」
「ほう、いいね」
その言葉に陽子は頷く。
「カレンが店員なら、すぐに店のナンバーワンになれるよ」
「ちょっと陽子。ここはそういう店じゃないから」
素早くツッコミを入れる綾。
「いらっしゃいませ! ご注文は何に致しマス? お団子? おケーキ?」
「……」
「おっとお客様! 私は商品に入りませんデスよ!」
「……」
「……それで注文は?」
「んもう、ノリが悪いデスね。それじゃあこの、和洋折衷セットをください」
「かしこまりました」
陽子は一礼すると、再びカレンを見る。
「どうしマシた?」
陽子の視線に気づいたカレンは、そう聞き返す。
「ハリーならいないよ?」
287: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:50:33.80 ID:SkkjabPOo
「ブッ!」
思わず吹き出すカレン。
「ゴホッ、ゴホッ。一体何を言ってるデス」
「あれえ? さっきから教室の中見回してたから、もしかしてと思って」
「べ、別にハリマのことなんて気にしていないんだからネ!」
「まあ、それならいいんだけど……」
「ヨーコ。私は午後から舞台があります」
「ああ、そういえばD組は演劇をやるんだよね」
「ぜひ見に来てくだサイ」
「もちろん行くよ。それで、演目は何?」
「え、知らないのデスか?」
「もう全然聞かされてないよ」
「それは――」
*
288: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:51:08.09 ID:SkkjabPOo
「白雪姫?」
「うん、カレンの言うにはそれがD組の劇の演目みたい」
「しっかし、白雪姫なんて古風だねえ」
午後になってから、模擬店の客足も少なくなったので、綾や陽子たちは連れだって、
体育館で行われるD組の演劇を見に行くことにした。
「あ、結構人が多い」
体育館に着くと、薄暗い体育館に並べられたパイプ椅子はかなり埋まっていた。
「まさかこんなに人気とは……」
人の多さに圧倒されるアリス。
「本当ですね」
忍も言った。
「そういえばしの、なんでまだ着替えていないの?」陽子は聞いてみた。
忍は未だにメイド服のままである。
「え? だって可愛いじゃないですか」
「……そうですか」
陽子はそれ以上言うことをあきらめる。
「もうすぐはじまるみたいですよ。早く席に着きましょう」
「やっぱり白雪姫っていうくらいだから、カレンが白雪姫なのかなあ」
まだ幕の開いていない舞台を眺めながらアリスは言う。
「確かに、カレンの白雪姫ならお似合いかもしれませんね」
289: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:51:54.46 ID:SkkjabPOo
忍もそれに同意する。
白雪姫は、継母(原作では実母)に殺されかけた姫が、森の中で7人の小人と暮らし、
その後リンゴ売りに化けた継母に毒りんごを食べさせられて死ぬ話である。
最後は、王子様が現れ、その王子様のキッスによって復活するという都合の良いお話である。
「高校生がやるにはちょっと子供っぽいかもしれないけど」
陽子はプログラムを見ながら言う。
「私は結構好きかも」
それに大して綾は言った。
「綾は恋愛ものがいいんでしょう?」
「べ、別にそんなんじゃ」
それぞれが話をしながら待っていると、ブザー音とともに幕が開いた。
「ワタシガ! 白雪姫!!」
カレンよりも更にカタコトな日本語が会場に響く。
浅黒い肌に長身、キレイな黒髪が特徴であるメキシコからの留学生、ララ・ゴンザレス
が白雪姫役として出てきたのである。
「……斬新な白雪姫だな」
全員がそう思った。
*
290: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:52:24.90 ID:SkkjabPOo
播磨拳児は朝からずっと眠気を我慢していた。
それでも模擬店の仕込みを午前中からずっとやってきたため、その疲労も重なって
眠気がピークになる。
(どこかで休めるところはねェかな)
そう思いながら校内を徘徊する播磨。
文化祭中は、いたるところに人がいるので寝ていると目立ってしまう。
こんな所で人に見られるのも嫌なので、なるべく人目のつかない場所を探していた。
そしてたどり着いたのが、体育館の舞台裏。
演劇用の大道具などが所せましと並べられている。
そんな中、なぜか置いてある巨大なベッド。
「お、ちょうどいい。このベッドで休ませてもらおう」
眠気がピークに達していた播磨は、ベッドに横にある。
遠くからは、何かバタバタやっているような音が聞こえるけれど、今の播磨には
そんなことを気にしている暇はなかった。
目をつぶった瞬間、一気に意識が途切れる。
*
291: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:53:29.58 ID:SkkjabPOo
「おのれえ! 白雪姫の仇いいいい!!」
「ギャアアアアアアア!!!」
継母とその護衛、そして7人の小人たちによる大規模な殺陣(たて)が終わると、
いよいよクライマックスである。
王子様のキスによる白雪姫の復活。
毒りんごによって死んでしまった白雪姫を王子様が発見するのだ。
幕が上がると、白雪姫が寝ていると思われる大きなフランスベッドが舞台上に
運び込まれていた。
しかしベッドに寝ている人物を見て、会場の一部がざわつく。
「え? あれって」
陽子は思わず声を出した。
「播磨くん?」
ベッドに寝ていたのは、お馴染みのサングラスをかけた不良、播磨拳児であった。
「なんであんなところに」
ただ、播磨を知っているC組のメンバー以外は、白雪姫役のララ・ゴンザレスの印象があまりに
も強かったので、今更白雪姫が男になっていてもあまり驚いていなかった。
292: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:53:57.37 ID:SkkjabPOo
(なんであそこに播磨くんがいるのよ!)
驚きと動揺の中、舞台上には九条カレンが登場した。
《そこに現れたのは、隣国のカレン王子でした》
ナレーターの声とともに、カレンが登場する。
ディ○ニーの映画に出てくるような典型的な王子様の格好だが、スタイルの良い
カレンにとって、男装は似合い過ぎていた。
「カレン、素敵」
カレンの男装を見て忍は溜息をつく。
*
293: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:54:33.61 ID:SkkjabPOo
満を持して舞台上に登場するカレン。
緊張の瞬間だ。
しかしそこには、
(!!!)
播磨拳児である。
播磨拳児が、本来白雪姫の寝ている場所で寝ているのだ。
(なななななん、なんでハリマがここにいるデス!)
驚きのあまり、頭の中まで日本語で考えるカレン。
(落ち着け、落ち着くのよカレン。これは何かの間違い。私は夢を見ているのよ)
そう思い、もう一度舞台隅にあるベッドを見るが、やはり播磨拳児であった。
これは緊急事態だと重い、舞台の前で指示を出す演出担当の生徒のほうを見ると、
『No problem. Continue.(問題ない。続けろ)』
と書かかれたスケッチブックをこちらに見せてきた。
(おのれサガラ、何を考えているデス)
怒ったところで仕方がない。
「ああ! なんとキレイな姫でありましょうか!!」
カレンは演技を続ける。
脚本によれば、ここでキスをして白雪姫が復活するのだが。
(うう、どうすればいいデスか)
294: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:55:14.41 ID:SkkjabPOo
カレンが近づき、播磨に触れると、
「ふわあああ! 少し楽になったな」
いきなり播磨が起き上がる。
「……」
「あれ? 何だ? 何で俺がこんなところに」
播磨は状況を理解していないようだ。
《なんということでしょう! 王子様の愛によって白雪姫が復活しました!》
強引なナレーションによって、物語は進む。
「えええええ!?」
突然の状況に驚いた様子の播磨。
(ちょっと起きるデス!)
そんな播磨を、カレンは強引に起こしてベッドから出させる。
(おい九条。これは一体何だ)
(こっちが聞きたいデスよ。それより、ここは上手く乗り切って欲しいデス)
(上手く乗り切る?)
舞台上で小声で会話をする二人。
この間数秒。
(とにかく、上手く話を合わせて欲しいデス。もうすぐ劇は終わりますから)
(お、おう)
295: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/13(火) 20:55:50.88 ID:SkkjabPOo
カレンの提案に乗って、播磨は彼女に協力することにする。
忍や陽子相手だと、しばしば誤解の生じるカレンのコミュニケーションだが、
播磨相手だとほとんど言葉を交わさずに話が通じてしまうから便利だとカレンは思う。
だが何をしたらいいのかわからない。
「さあ白雪姫! これから二人で未来を築こう!」
とりあえず台詞を言ってみる。
「は、はい」
それに対し、弱々しく、播磨(白雪姫)は返事をする。
《こうして、白雪姫と王子様は結婚して幸せに暮らす……》
やっと舞台が終わる、と思ったそのとき、
《――かのように思われましたが》
「え?」
「ふわっはっはっは! ちょっと待ったあ!!!」
「!!?」
聞き覚えのあるクソウザい声が会場内に響き渡ったのだ。
つづく
302: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 20:56:39.54 ID:vE9K5FRgo
なぜか白雪姫役として舞台に立つことになった播磨拳児。
演劇の中だけとはいえ、カレンが演じる王子様と結婚して幸せな結末を迎えると思われたその矢先、
「ふわっはっはっは! ちょっと待ったあ!!!」
「!!?」
聞き覚えのあるクソウザい声が会場内に響きわたる。
ここでナレーションが入った。
《どこからともなく登場したのは、王子様の国の隣りにある、トーゴー王国の姫、
トウゴウ姫だったのです》
「トウゴウ姫……?」
「王子様と結婚するのは、この私だあ!!!」
無駄のない筋肉のついた二の腕を惜しげもなく晒したドレス姿の東郷雅一が舞台の
中央に現れた。
ご丁寧にもスポットライトが当てられている。
(こいつ、なんつう格好をしてんだ)
女性用ドレスを着た東郷は、特に恥ずかしがることもなく堂々としている。
むしろ見ているこちらが恥ずかしいくらいだ。
「貴様! 白雪姫とか言ったな!」
トウゴウ姫役の東郷が播磨に向けて指をさす。
「なんだ?」
「この私を差し置いて王子様と結婚など許さない! 勝負しなさい!」
「なにい!?」
予想外の展開に驚く播磨。
(白雪姫ってこんな話だっけ)
頭の中にある童話の話を思い出すも、こんな展開はなかった。
「勝負って、何をするんだ」
「もちろん、決闘よ!」
そう言うと、東郷は竹刀を持った。
303: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 20:57:16.85 ID:vE9K5FRgo
もざいくランブル!
第14話 決 闘 crossroads
304: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 20:58:25.86 ID:vE9K5FRgo
「さあ、剣を取れ白雪姫!」
東郷はそう言うと、播磨に竹刀を投げてよこす。
「どういうことだこりゃあ……」
播磨がいきなりの展開に戸惑っていると、舞台そでからゾロゾロとスタッフが出てきて、
舞台上に置いてあった木々やベッドなどを次々に片付けて行った。
次いで、播磨と同じように竹刀を持った生徒たちがドカドカと入ってくる。
「衛兵の皆さん! そこの白雪姫をやっちゃいなさい! カレン王子には危害を加えないように!」
東郷は言い放つ。
「ちょっと待て! お前ェが戦うんじゃねェのかよ!」
播磨は東郷に向かって叫んだ。
「バカなことを、総大将がいきなり前線に立つはずがないだろう。俺を倒したければ、
衛兵を倒してからにしろ」
役を忘れたのか、男口調にもどった東郷がそう言い放った。
「ハリマ……」
不安そうに声をかけるカレン。
「九条、お前ェは下がっていろ。何、すぐ終わる」
「ワカッタ」
カレンは頷くと、舞台の隅に避難する。
305: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:01:05.92 ID:vE9K5FRgo
舞台を見回すと、総勢十人程度。
全員手に竹刀を持っている。
衣装はまちまち。西洋風の甲冑を身に着けている者もいれば、足軽みたいなやつもいる。
一体この物語はどこの国のいつの時代のものなのか、播磨にはわからない。
「とにかく、このまま黙って袋叩きにされる気はないぜ」
播磨がそう言うと、
「斬れい! 斬り捨ていい!!」
まるで悪代官のように言い放つ東郷。
「うおわあああ!!!」
その言葉を合図に、二人が斬りかかってきた。
「どりゃあ!」
それをかわして背中や頭などに竹刀を叩きこむ播磨。
ストリートファイトを多くこなした彼は、武器の扱いも慣れているのだ。
「いいぜ播磨。お前がカレン王子をモノにできると思って―― そげぶっ!!!」
一人の生徒が台詞を言い終わる前に播磨は竹刀を叩き込む。
容赦などしない。
「そっちがその気ならこっちも手加減しないぜえ!」
「どりゃあああ!!」
306: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:01:53.47 ID:vE9K5FRgo
バチンバチンンと竹刀がぶつかる音に合わせて、会場では《キンキン》という
効果音が響く。それがまるでチャンバラ映画を見ているような臨場感を生み出していた。
「おりゃあ!」
「ぐはあ!」
次々に襲い掛かってくる敵を斬って斬ってきりまくる播磨。
中には一度倒されたのに再び起き上がって戦おうとする者までいたが、そういう
奴は倒れた上に蹴りをかます。
戦うこと十数分、多少は苦戦したものの、播磨は粗方の敵を倒し終えた。
さすがに時代劇の敵役のように相手はあっさりとはやられてくれなかったようだ。
おかげで播磨の持っていた竹刀はボロボロである。
「はあはあ、ちょっとキツかったが、体育祭のアレに比べりゃ楽勝だぜ」
そう言っていると、再び舞台が暗くなる。
そしてまたスポットライト。
「ああ?」
光の先には、東郷雅一がいた。
しかも今度は先ほどまで来ていたドレスではなく西洋風の鎧を身につけている。
「なんだお前ェ、その格好は」
「ふっ、戦いに赴くのにドレスはなかろう。これが決闘における正装だ」
東郷がそう言うと、今まで倒れていた連中がよろよろと舞台そでに避難して行く。
307: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:02:35.52 ID:vE9K5FRgo
(まだ動けたのかよコイツら。意外と根性あるな)
そんなことを思っていると、東郷も誰かから竹刀を受け取る。
「俺は部下たちとは違う。このトウゴウ姫、貴様を倒すぞ! 覚悟しろ白雪姫!」
辛うじて設定を覚えていたようだが、もはや東郷は女言葉は使わなかった。
無理もない。舞台衣装からして、どう見ても女には見えないのだ。
東郷の着ている鎧は、見た目は光っていたけれども、よく見ると柔らかそうだった。
本物の鎧を着ていたのでは重くて上手く動けないだろうし、当たり前かもしれない。
「勝負だ! はり……、白雪姫!」
一度名前を間違いながらも、東郷は播磨に竹刀を向ける。
「ハリマ……」
舞台の隅からカレンが心配そうに声をかける。
「問題ねェ。パパッと済ませてやる」
播磨はそう言い放った。
(くそが。また九条に心配されるとは、俺もまだまだだな)
播磨は心の中でそう思いながら竹刀を構えた。
「いい構えだ」
《~♪》
体育館のスピーカーからは時代劇『三匹が斬られる』のテーマが流れる。
白雪姫のはずだったのに、雰囲気はもう完全に時代劇だ。
「行くぜ!」
308: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:03:12.04 ID:vE9K5FRgo
「来い!!」
乾いた音が舞台上に響く。
東郷と播磨の一騎打ちに観客席は弥が上にも盛り上がる。
「うおおおおおおお!!!」
「トーゴー! トーゴー! トーゴー!!」
D組のサクラがいるのか、やたら東郷コールが繰り返されていた。
播磨の応援も少しはいるけれど、東郷コールの前にかき消される。
(気分悪いぜ)
そう思いながら激しく竹刀がぶつかり合う。
「その程度か、播磨拳児」
「お前ェは姫様じゃなかったのかよ!」
振り払う竹刀が東郷の竹刀を叩く。
「まだだ、まだ負けん!」
「ぬ……」
一瞬の動き。
微妙な変化に播磨は対応しきれニア。
「ぐっ!」
あと一歩踏み込みが深かったらやられていた。
「くそが……」
筋骨隆々の東郷であったが、その剣は決して力任せではない。
309: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:04:34.70 ID:vE9K5FRgo
むしろ風のような鋭さすら持っている。
そしてここぞという場面での打撃は、
重い――
「ぐわっ!!!」
一歩、二歩と引く播磨。
ジワジワと舞台隅に追い込まれていくようだ。
(クソッ。こいつただのウザキャラではなかったか。明らかに天王寺よりも強いぞ)
体育祭で暴れた天王寺昇よりもはるかに大きい威圧感を播磨は感じていた。
「なんと手応えの無い。鎧袖一触とはこの事か」
「ほざけっ!」
今度は播磨が攻勢に出る。
一歩、二歩と東郷を押し返す。
だが東郷に焦りの色は見られない。
じっくりとこちらの動きを見ているようだ。
「確かにいい剣だ。しかし、怨恨のみで戦いを支える者に俺を倒せん!
俺は義によって立っているからな!」
「義だと?」
「貴様にはわかるまい」
鋭い衝撃によって播磨の竹刀は弾き返される。
「何い!?」
310: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:05:07.94 ID:vE9K5FRgo
そして上段からの一刀――
「!!!!」
その瞬間、当初の激戦の中で壊れかけていた播磨の竹刀が完全に崩壊する。
(しまった――!!)
そう思った時、既に東郷は竹刀を冗談に振りかぶっていた。
(負けるのか、この俺が!!)
播磨は腕を上げて衝撃に備える。
骨が折れるということはないだろう。
だが、そうとうの痛みはあるはずだ。
(くそ、この痛みは罰なのか)
竹刀が振り下ろされるまでの刹那の中、播磨はそんなことを考えていた。
だが、
「な!!」
乾いた衝撃音。
だが播磨は痛みを感じていなかった。
(何があった)
播磨が目を開いたその時、
目の前に一つの影があった。
「お前ェ」
「なに!?」
311: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:06:08.11 ID:vE9K5FRgo
九条カレンが竹刀で東郷の竹刀を防いでいたのだ。
東郷の体重の乗った打撃を受け流すカレンの守りの剣捌きは見事という他ない。
「カレン……。どういうつもりだ!」東郷は言う。。
それに対してカレンは、
「フェアじゃないデスよ、トーゴー。播磨の剣は壊れています」
「勝負の中でそんな不運はよくあることだ」
「勝負というのなら、なるべく対等になるように取り計らうべきデス。
すでにハリマはあなたよりも多く戦っていマス」
「キミはどちらの味方だ、プリンセス」
「今は“プリンス”デスよ。トーゴー姫」
「……そうだったな」
そう言うと、東郷は構えた竹刀をおろす。
「おい九条。どういうつもりだ」
播磨はカレンの後ろ姿に向かって問いかける。
「別にどうということはありまセン。私は対等な戦いが見たいだけデス」
カレンはそう言うと、自分の持っていた竹刀を播磨に渡した。
「九条」
「なんデス?」
「お前ェに助けられたのは、二度目か」
「二度目……」
312: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:06:40.79 ID:vE9K5FRgo
一度目はそう、夏にカレンの執事、ナカムラ(が変装した男)に襲われた時だった。
「余計なことしやがってヨ」
播磨はそうつぶやく。
「余計ですか……」
「お前ェよ。これで負けたら、本気で俺がかっこ悪いじゃねェか。女に護られた上に負けるってよ」
「だったら――」
「……」
「だったら勝ってクダサイ。それならイイでしょ?」
「ケッ、言われるまでもねェ」
そう言うと、播磨はカレンから受け取った竹刀を一振りする。
ヒュッと風を切る音が鳴り響いた。
気のせいかもしれないが、腕が軽くなったようだ。
「チッ、行くぜ東郷。仕切り直しだ」
「フッ、何度やっても同じことだ。播磨!」
もはや役名では呼ばなくなった二人は、再び竹刀を構える。
「……」
「……」
一瞬の静寂。
二人は互いの間合いを探る。
313: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:07:17.00 ID:vE9K5FRgo
どちらも自分の都合の良い間合いを探してるのだ。
(東郷の剣は早く、そして重い。だが、付け入る隙はあるはずだ)
「でりゃああ!」
「フンッ!!!」
ガチリと竹刀がぶつかり合う音。
そして数発の打ち合い。再び間合いを取って、更に打つ、打つ。
「どりゃあ!」
「甘い!」
剣道とは違うので、下半身の攻撃もある。
だが東郷は、巨体に似合わずふわりと播磨の剣をかわす。
防具も付けていないので物凄い緊張感だ。
「ウオオオオオオオオオ!!!」
「行けえええええ!!」
「東郷おおおおお!!!」
その真剣勝負に会場は再び沸いた。
後から考えれば、大けがにも繋がりかねないこの勝負をよくもまあ学校側は容認したものだ。
そんなことはどうでもいい。
とにかく播磨と東郷は打ち合う。
「トーゴー! トーゴー! トーゴー!」
314: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:07:56.50 ID:vE9K5FRgo
再び響く東郷コール。
コールに合わせて床を慣らす者もいる。
接近してのつばぜり合い。
顔が近くに寄った。
「往生際が悪いぞ、播磨拳児!」
「そいつはお互い様だろうがよ」
東郷の息遣いがわかるほどの近さ。
「お前は何のために戦う」
「戦いに理由なんてねェだろう」
「ウソだな」
「なに?」
「貴様、本当はカレン嬢のことをどう思っているのだ?」
「何で今そのことを」
「これは重要なことだ、播磨拳児」
「いちいちフルネームで呼ぶな気持ち悪い。あと唾を飛ばすな」
「俺はこの戦いに勝てば、告白しようと思う」
「……!」
「九条カレン、実に魅力的な女性だ」
「……そうかよ」
「ちなみに、劇中では王子様と結ばれた姫がキスをすることになっている」
315: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:08:37.71 ID:vE9K5FRgo
「はあ!? どういうことだそりゃあ!」
「今言った通りだ!」
バチンと竹刀を叩きつけた東郷は再び距離を取る。
「訳の分からんことばかり言いやがって」
「貴様が理解しないだけだ」
「理解する気もねェな」
「心に正義の無い者が、この俺を斬ることはできん」
再び距離を詰める。
「まだまだ!」
播磨は竹刀を払う。
だが東郷は止まらない。
「どりゃあ!」
肩口からのタックル、いわゆる体当たりが決まる。
「どわあっ!」
想定外の衝撃に思わず吹き飛ばされる播磨。
だが袴をはいていない彼はすぐに体勢を立て直して起き上がる。
そこに襲い掛かる東郷。
重い剣。
それは竹刀や筋力だけの重みではない。本物の重さ。気持ちの重さ。
316: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:09:17.12 ID:vE9K5FRgo
「トーゴー! トーゴー! トーゴー!」
「東郷おおおおおお!!!」
「おおおおおおおおおおお!!!」
東郷を応援するD組の生徒たち。
単純に勝負を見て興奮する者たち。
熱気と混沌が包む世界の中で、播磨は――
「ハリマアアア!!! しっかりするデエエエエエエス!」
不意に耳に飛び込んでくる、カレンの声。
すぐ近くにいるから。
それだけでは説明できないほど、明瞭に彼女の声だけを拾うことができる。
「終わりだあ!! 播磨拳児いいい!!」
再び上段に構えて向かってくる東郷。
「終わりなのは、テメーだああ!!」
脚力を全力で使い、そこにぶつからんほどの勢いで突進。
そして、
竹刀を全力で振り抜く。
「――なっ」
何度目かの静寂。
その戦いを見ていた、誰もが息をのむ。
317: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:09:52.73 ID:vE9K5FRgo
先ほどまで対峙していたと思われた、東郷と播磨の二人がいつの間にか背中合わせになっていたのだ。
「……見事だ」
その一言を残して、東郷はその場に倒れた。
「終わったのか」
播磨が振り返ると、そこにはうつ伏せに倒れた東郷の姿があった。
「うをおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「やったあああああああああああああ!!!!」
「すげえええええ!!!!!」
勝負の終わりとともに、一呼吸遅れて客席から大きな歓声が上がった。
(やっと終わった。これで帰れるぜ)
播磨はそう思いホッと胸をなでおろす。
「おめでとうデス。ハリマ」
そう言ってカレンが近づいてきた。
「こんなんでよかったのか。なんか滅茶苦茶になっちまったけど」
「滅茶苦茶なのは最初からデス。構いません」
カレンはそう言って笑う。
顔が紅潮して見えるのは、舞台の気温が照明の熱と観客席の熱気で上がっているからだろうか。
《こうして、トウゴウ姫との勝負に勝った白雪姫は――》
318: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:10:42.51 ID:vE9K5FRgo
ナレーションは続く、
《幸福なキスを交わしました》
「……は?」
「キスだあああ!!」
「きゃああああ!!!」
いきなりのキス発言に驚く播磨。
(確か東郷も、そんなことを言っていたような)
ふと見ると、先ほどまで紅潮していたカレンの顔が真っ青になっている。
これこそ予想外な展開であろう。
「キース! キース! キース! キース!」
先ほどまで東郷コールをしていた連中が、今度はキスコールを繰り返す。
「キース! キース! キッス! さっさとキスしろ!」
「しばくどっ!」
「羨ま死刑!!!」
会場が揺れる。
キスをしないと暴動でも起きかねないほどの盛り上がりだ。
(どうする! ここでキス……、んなことできるわけねェ!)
(ハリマ……!)
カレンの視線から播磨は彼女の思考を読み取る。
ここはもう、覚悟を決めるしかない。
319: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/14(水) 21:11:26.27 ID:vE9K5FRgo
播磨は決意し、手に持っていた竹刀を捨てる。
「キース、キース、キース!」
大きく息を吸い、そしてカレンの手を握った。
久しぶりに握った彼女の手は、相変わらず柔らかかった。
指に絆創膏があるのは、また料理の練習で失敗したからだろうか?
「九条」
「ハリマ」
怒涛のキスコールの中、二人の取った行動は、
escape(逃げる)!
二人は手を取り合って走り出すと、人垣を縫うように体育館の外に飛び出した。
暗幕で暗くされた体育館の中から急に明るい外に出ると、太陽の光が眩しい。
「ハリマ!」
「ん?」
「眩しいからサングラス貸してくだサイ!」
そう言うと、カレンは播磨のサングラスを奪い取る。
「おいっ! 何しやがる」
「返して欲しかったら、追いかけて!」
「もういいだろう! おい!」
播磨とカレンは、少しの間だけ追いかけっこをする。
二人とも、舞台の上での恥ずかしさが冷めるまで、しばらく走っていたかったのだ。
つづく
326: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:13:25.10 ID:REQcqqATo
「はい、とういうわけで、今日は学校ボランティア活動の一環としてゴミ拾いを
行いたいと思いまーす」
というわけで行われるゴミ拾いのボランティア。
参加する生徒の大多数は面倒だと思っているこの行事に、播磨拳児をふくむ
多くの一年生たちが強制で参加させられるのである。
しかも今回は、担任の烏丸教諭の思いつきにより、お楽しみ要素が加えられることになった。
ゴミ拾いは数人の組で行われるのだが、その組はくじ引きによって決められる。
(全くいらん要素だ。ゴミ拾いも嫌だが、くじ引きでグループ作りとは)
播磨はそう思いつつくじを引く。
しかし、少しばかり期待もしていた。
(もし、アリスちゃんと同じ組になったら……)
だが世の中そんなに上手くいくはずもない。
「あ、播磨くん」
「小路?」
播磨拳児は、同じクラスの小路綾と同じグループに入る。
なお、他のメンバーの名前はよく知らない。
327: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:14:24.37 ID:REQcqqATo
もざいくランブル!
第15話 ゴミ拾い preparation
328: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:15:30.11 ID:REQcqqATo
(あー、マズイマズイマズイ)
別に美味しくない料理を食べたわけではない。
小路綾の心の声である。
(今はあまり播磨くんとは会いたくなかったんだよなあ。なんていうか、
まだ心の準備ができていないというか)
動揺の中、必死に自分に対して言い訳をする綾。
なんのために言い訳をしているのかは定かではないけれど、とにかく焦っていた。
「おい、何してんだ」
「ひっ!」
播磨に声をかけられただけで、身体が大きく揺れる。
「おい、大丈夫か」
「アハハ、大丈夫大丈夫」
珍しく愛想笑いをしながら、綾は手を振る。
思えば、文化祭の準備をしていたあの夜から、綾は播磨のことを考えるようになっていた。
(どうしたらいいんだろう。そりゃあ、播磨くんはいい人だと思うけど)
彼女の苦悩は続く。
数日前、綾はそれとなく陽子に聞いたことがある。
☆
329: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:16:32.57 ID:REQcqqATo
「ねえ陽子」
「なに?」
「播磨くんのこと、どう思う?」
「え、ハリー? どうって」
「だからその、好きとか嫌いとか」
「好きだよ」
「えええ!!?」
あまりにもはっきりと言ったため、綾は腰を抜かさんばかりに驚いた。
「アハハ。でも好きって言っても友達としての好きだけどね。なんていうか、
ハリーとはあんまり恋愛とかの関係にはなりそうもないっていうか」
「どういうこと?」
「まあ何となく? ほかに好きな人いるみたいだし」
「誰?」
「わかんないよ。直接聞いてみれば?」
「い、いや。なんていうかもうっ!」
☆
330: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:17:35.12 ID:REQcqqATo
思い出しただけで顔が熱くなる綾。
(播磨くんの好み。胸は小さくて恥ずかしがり屋で髪の毛を二つに縛っているって、
やっぱり私なのかな)
播磨は好きな人がいるから、という理由でカレンとの関係を断ち切った。
一時期はいい感じだと思われていたその関係は、夏休みを境に終わってしまったのだ。
(あんな美人との関係を壊してまで、追い求める彼の想い人って)
そう思うと、自分に自信が無くなる綾。
(播磨くんは、カレンと一緒にいる時、すごく幸せそうに見える。それはカレンも同様。
あの二人は、とても相性がいいと思う)
ここ最近、綾は同じことばかり考えていた。
(でも、もし私が播磨くんと付き合うことになったら……)
「……」
(想像できねえええ!!!!)
「おい、本当に大丈夫かよ」
「いや、いやいや。大丈夫だから!」
「何怒ってんだ」
「怒ってないから。むしろ泣きたいくらいよ」
もはや自分が何を言っているのかわからなくなる綾。
(とにかく、今は心を静めて、冷静になるのよ綾)
綾は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやく。
*
331: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:18:30.40 ID:REQcqqATo
ジャージに着替えた生徒たちが、河原や公園などでゴミ拾いをする。
毎年の恒例行事である。
「じゃあね、綾。頑張って」
「う、うん」
親友の陽子と別れて、綾は自分のグル―プに入る。
空を見ると分厚い雲がかかっていた。
天気が悪くなりそう。
そう思うと少しだけ気分の沈む綾。
(まあ、そんなことを考えても仕方ないか)
気を取り直して、自分たちのやる作業を確認する。
綾たちのいるグループは、主に河川敷を中心にやるらしい。
堤防を超えた場所には、確かにゴミが多い。
大雨が降った時に上流から流されてきたゴミもありそうだ。
「おい」
「ひっ!」
播磨の声に一々驚く綾。
「そんなにビビンなよ。何もしやしねェよ。それとも、まだ体調がおかしいのか」
「べ、別に。それじゃあ私行くから」
「おい待てって」
「な、何よ」
332: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:18:57.51 ID:REQcqqATo
「軍手、忘れてっぞ」
「あ」
そういえば綾は素手であった。
ゴミ拾いに素手は不味い。
「ありがとう……」
そう言って綾は播磨から真っ白な軍手を受け取る。
「それじゃ行こうぜ」
そう言って、ゴミ袋や樋廻などを持った播磨が歩き出す。
「うん」
綾はその後ろに着いていくように歩いた。
トテトテと歩く綾。
元々インドア派で、それほど運動が得意ではなかった彼女にとって、歩幅の広い
播磨に着いていくのは少し大変であった。
(歩くの速いなあ)
そう思いながら綾は着いていく。
大きな後ろ姿は頼もしくもあるけれど、なぜか遠く見える。
*
333: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:19:39.34 ID:REQcqqATo
「ここら辺が担当区域よ」
グループ長の女子生徒がそう言って範囲を指さす。
「それじゃあ、時間まで安全にやりましょう」
そう言って、作業開始。
ゴミ拾いなので、それほど難しくはないけれど、わりと量が多いので大変である。
周りを見ると、楽しげにお喋りをしながらやっているグループもいる。
これはボランティアではあるけれど、同時にレクリエーションのような要素もあるのだろう。
これを機会に、ちょっと播磨と話でもしてみようか。
綾は急にそう思い立つ。
何が彼女を思い立たせたのか、自分でもよくわからない。
「あの……」
そう言いかけた瞬間、見覚えのある金髪が目に飛び込んできた。
「じーーーー」
「カレン?」
「ひょっ、私はカレンじゃアリマセンよ?」
草の束を両手で持ったカレンがそう言った。どうやら草で偽装したつもりだったようだ。
しかしそのツヤのある金髪は草原では目立ちすぎる。
「ク・ジョー。ココニイタカ。探シタゾ」
334: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:20:22.69 ID:REQcqqATo
不意に、別の場所からカレン以上にカタコトの日本語が聞こえてきた。
「ララ?」
長身で浅黒い肌。ツヤのあるキレイな黒髪が特徴的なD組のララ・ゴンザレス(メキシコ出身)である。
「何言ってるデス、ララ。カレンはずっとこの場所デスヨ?」
と、カレン入ってみるが、
「早クシロ。私タチノ場所ハココジャナイ」
そう言うと、ララはカレンのジャージの後ろ襟の当たりをチョンと掴んで連れて行った。
「もうちょっとこっちにいたいデース!」
「ハヤクシロ」
「カレンにはやることがあるんデース!!」
カレンの訴えも虚しく、彼女は元の作業場所に戻されて行った。
「なんだったんだありゃ……」
その様子を見ながら播磨はつぶやく。
「アハハハ」
綾は笑うしかなかった。
*
335: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:21:01.03 ID:REQcqqATo
作業を進めながら綾は考える。
(あまり播磨くんと二人きりになるような機会って、ないのよね。だったらここで、
聞いた方がいいのかしら。でもどうやって)
そんなことを考えていると、クラスの女子生徒が話しかけてきた。
「ねえ、小路さん」
「え、なに? 嵯峨野さん」
「小路さんって、播磨くんと仲いいよね」
そう言って横目で播磨を見る女子生徒。
「え? いや。別にそこまで仲良しってわけじゃないけど」
「やっぱりさあ、アレなの? D組の九条さんと付き合ってるの?」
「うーん、それはないと思うけど」
「え、ないの? あんなに仲良さそうなのに」
「確かに仲は良いみたいだけど、好きとかそういうんじゃないって、本人も言ってたし」
「じゃあ誰と付き合ってるの?」
「いないんじゃないかな。よくわからないけど」
「誰が好きなんだろう」
「気になるの?」
「ほら、アレじゃない。播磨くんって、あれで結構目立つから」
「そりゃそうだけど」
336: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:21:46.90 ID:REQcqqATo
「誰が好きなんだろうね。猪熊さんかな」
「それもないと思うけど……」
女の子は“そういう”話題に敏感だ。そして大好物でもある。
そして彼女の話をきっかけに、綾はもう一度考えてみる。
(播磨くんの好きな人が、忍でもなければ陽子でもない。ましてやカレンでもない。
だとしたら、やっぱり――)
そこまで考えて、いつも思考が止まる。
(もう、何考えてるのよ。確かに播磨くんは悪い人じゃないと思うけど。まあ、
不良だけど。でも文化祭の準備とかわりと真面目にやってたし、何だかんだ言って
先生の言うことも聞いているし、いい人なのかな)
グルグルと同じことを考える綾。
(ああ、わからない。やっぱり本人に聞いてみるしかないのかな。でもどうやって聞けば
いいのかしら)
迷う綾。
そして数分後、そんな彼女に天が味方(?)した。
*
337: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:22:49.68 ID:REQcqqATo
突然の雨。
いや、予想通りと言ったところか。
昼過ぎから泣きそうだった空がついに雨を降らす。
それもかなり強い雨を。
「おおい、こっちだあ」
散り散りになっていた生徒たちが軒のある場所に避難したり、学校に戻ったりしていく中、
綾たちも避難することになった。
「おい小路。何やってんだ。行くぞ」
雨空を見上げながらぼんやりと立っている綾に、播磨は声をかける。
「どうした。やっぱり体調が悪いのか?」
「あ、いや、そうじゃないけど」
「濡れると風邪ひくぞ。早くしろ」
うん。
播磨と一緒に移動。
やや駆け足で進むので、付いていくのが精いっぱいだ。
「ねえ、播磨くん」
突然、綾は播磨を呼び止める。
「あン? なんだ。どうした」
「こっちで、雨宿りしよう」
「??」
綾は学校とは別方向を指さして言った。
*
338: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:23:55.22 ID:REQcqqATo
河川敷にある橋の下。
漫画などでは、よく不良が喧嘩をしたり主人公がスポーツの特訓をしたりする場所だ。
橋は幅が広く、雨宿りにはちょうど良い場所でもある。
「ったくよ。学校も近いんだし、少し走ればいいじゃねェか」
肩口の雨粒を軍手で払いながら播磨は言った。
「ちょっとしたら雨も弱くなるよ。それに時間もわりと余裕があるから。それに私、
走るの得意じゃないし」
綾は厳しいと知りつつも言い訳をする。それは播磨に対して、というより自分に対する
言い訳でもあった。
「ね、ねえ播磨くん」
周囲には雨の音があり、自分の声がかき消されていくのがわかる。
「なんだよ」
「カレンとは、何ともないの?」
「ぶっ、何ともって何だよ」
「この前の文化祭の時だって、あんなに仲良さそうだったし」
「あれは成り行きだ。それに演劇の一部だからな」
「そうなのかな」
339: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:24:37.49 ID:REQcqqATo
「そうなんだ」
「カレンのこと、好きじゃないんだよね」
「……まあな」
少し間があった。
これはもしかして、迷いがあるのか。
綾はそう察する。
(言わなきゃ、ここで言わなきゃもうチャンスがないかも)
綾は意を決した。
周りには誰もいない。
「ねえ、播磨くん」
「なんだよ」
「私のこと……、好きなの?」
心臓が高鳴る。
興奮で頬が熱い。
自分でも何でこんなことを言っているのかわからない。
だけど、聞かないわけにはいかなかった。
「あ、その……」
しかし播磨の反応は――
「はあ?」
340: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:25:13.65 ID:REQcqqATo
「え?」
播磨の反応は綾の想像していたものとは違っていた。
もっとこう、焦ったりするのかと思ったのだが、
「え、何?」
「おい小路」
「ひゃいっ!」
動揺のために変な返事をしてしまう綾。
「なんで俺がお前ェのことを好きなんだよ」
「いや、そのだって」
「だって何だよ」
(違っての? ねえ、違ったの??)
小路綾、混乱。
「おい、本当に悪いモノでも食ったんじゃねェのか」
「だ、だけどその」
「なんだよ」
「播磨くんは、カレンのことは好きじゃないんでしょう?」
「な、なんでそこで九条の名前が出てくる」
「夏の終わりにあんなことになったんだから」
「ぐっ、確かにそうだが」
341: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:25:44.00 ID:REQcqqATo
「あなたが好きなのは、陽子でも忍でもない」
「うるせェな。だから何だって」
「あ……」
「おい」
「まさか播磨くんって」
「……おい」
「アリスのことが好きなの?」
「!!!」
明らかに今までと反応が違う。
「やっぱり」
「なにがやっぱりだ。違ェぞ!」
「だって変に汗かいてるし、目だって泳いでるし」
「うるせェ。目は見えねェだろうが。サングラスしてんだから」
「播磨くん、少なくとも私たちにウソをついたことがないもの」
「小路」
「やっぱり、アリスのこと」
「おい小路」
ガシリと播磨の大きな手が綾の両肩を掴む。
こんな風に父親以外の男性から身体を触られたのはどれくらいぶりだろうか。
「播磨くん?」
342: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:26:18.37 ID:REQcqqATo
「お前ェ、言うんじゃねェぞ」
「な、何が?」
「俺が好きな相手だ」
「アリスのこと?」
「だから言うなっつってんだろう」
正直というか単純というか、そんな態度を見せたらまるわかりである。
「やっぱりアリスだったんだね」
「うるせェよ」
「でもどうしてアリスなの」
「理由なんてわからねェよ。つうか、何で俺がお前ェにそんなことを」
「決まってるじゃない。私とアリスは友達なんだから。友達を気遣うのに、理由なんて
ないわ」
「そりゃそうだけどよ」
「ねえ、播磨くん」
「んだよ」
「カレンのことは、本当にいいの?」
「おい、今はそのことは関係ねェだろ」
「だけど……」
「いいか小路。このことは絶対に誰にも言うなよ」
343: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:26:55.24 ID:REQcqqATo
ぐっと、両肩を掴む播磨の力が強くなる。
痛くはないけれど、その気持ちは両手の体温からも十分伝わってくる。
「わかったから放して播磨くん。あなたの気持ちは十分わかったから」
「お、おう」
播磨が手を放そうとしたその時、
「アヤー!」
聞き覚えのある女子生徒の声が橋の下に響く。
「!!?」
振り向くとそこには、ビニール傘を持った金髪の少女。
「あ」
「え?」
向かい合う二人。
「ハリマくん、アヤ……」
アリス・カータレットであった。
「……ごめんね、邪魔しちゃったネ」
明らかに動揺した声でアリスは言った。
「いや、これは……」
播磨も動揺しているために上手く声が出ない。
「違うのよ、アリス」
綾も言った。
344: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/16(金) 20:27:29.82 ID:REQcqqATo
だが、
「二人とも、ごゆっくり!」
そう言うと、アリスは傘を持ったままその場を立ち去って行った。
「おい待てカータレット! 傘は置いて行け!」
播磨の訴えもむなしく、アリスは物凄いスピードでその場を去って行った。
「ああ、どうしよう」
明らかにアリスは誤解している。
「どうすんだよお前ェ!」
怒る播磨。
「なんで私のせいなのよ!」
「お前ェが変なこと言うからだろうがよ。アリスちゃんに誤解されちまった」
「アリスちゃんって」
「うるせェ」
「だいたい、播磨くんだって、私の両肩つかんでたじゃない! そんなことをしたら
誤解されるわよ」
「両手はもうはなしてるだろうが。それより、どうすんだこれ!」
頭を抱える播磨。
その姿を見て、複雑な思いにかられる綾なのだった。
つづく
349: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:10:03.67 ID:TuHdLUzTo
紅葉狩り。
それは風流な日本の心――
「紅葉狩り……。mapleをhuntingするのデスか?」
行きのワゴン車の中でカレンはやや興奮しながら言った。
「違うよカレン。紅葉狩りは直訳するとmaple-viewing、つまり紅葉(こうよう)
を見るんだよ」
日本に詳しいアリスはそう説明する。
「コウヨウ」
「赤く染まった葉っぱだね。銀杏の場合は黄色だけど」
「へえ、そうだったんだ。私はてっきり、カエデの葉っぱを大量に持ち帰るのかと思ってたよ」
陽子は笑いながら言った。
「陽子、カエデの葉っぱを大量に持ち帰って何をするのよ」
呆れながら綾は言う。
「そりゃあ、メープルシロップを作るとか」
「メープルシロップは、サトウカエデという木の樹液から作るんだ。日本の在来種の
カエデとは性質が違うわよ」
「そうなの? 綾は賢いんだね」
350: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:10:47.68 ID:TuHdLUzTo
そう言って陽子は綾の頭を撫でる。
「もう、やめてよっ」
「ところで、インドア派の綾が紅葉狩りを提案するなんて、どういう風の吹き回し?」
「それ前も聞いたよね。今年はアリスやカレンがいるから、もっとこう、日本の文化
を堪能してもらいたいと思って考えたの」
「そうか、そうだったね。うふふ。楽しみだなあ」
「陽子が楽しみなのは、マツタケや果物でしょう?」
「まあ、それもあるかなあ」
もちろん今綾の言ったことは正しい。
だが、この紅葉狩りにはまた別の目的も隠されていた。
自動車の運転席には、九条家執事のナカムラ、そして助手席には播磨拳児が座っていた。
「すまねェな。こんな時に運転手も頼んじまってよ」
助手席の播磨は言った。
「いえ、構いませんよハリマ殿。お嬢様も楽しみにしておられましたから」
運転しながらナカムラは答える。
「しかしよ、あんなことになっちまって、今更何かを頼める立場でもねェのに」
「問題ありません。“今は”お嬢様の笑顔が第一ですので」
「そうか」
ナカムラの言葉に少し引っかかりを覚えた播磨だが、とりあえず今はとある目的に集中することにした。
351: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:11:16.50 ID:TuHdLUzTo
もざいくランブル!
第16話 秋 Early winter
352: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:11:58.15 ID:TuHdLUzTo
小路綾の提案によって行われることになった紅葉狩り。
もちろん播磨に紅葉を愛でる気持ちがあったわけではない。
綾との関係の誤解は解いたものの、肝心の播磨の気持ちは伝えられていなかった。
そのため、絶好の機会としてこのレジャーが企画されたのである。
《いいこと? 気持ちってのははっきりと言葉にしないと伝わらないんだから。
ちゃんと言いなさい》
まるで姉か母親のように言い聞かせる綾。
彼女の言葉に根負けするように、播磨はアリスへの言葉を考える。
(一体何を言えばいんだよ)
この期に及んで及び腰の播磨。
「ねえ見てハリー。山がキレイだよ」
後ろにいた陽子が肩を叩きながら言う。
「ああ?」
車の助手席から窓の外を見ると、見事な紅葉が目に入る。
「うおっ、すげえな」
いつもは山野の自然など毛ほどにも興味がない播磨ですら、この光景は圧巻であった。
「夏場に見たときはあんなに青々してたのにねえ。変わるもんだねえ」
「当たり前だろう。季節が変われば変わるもんだ」
播磨はそうは言ってみたものの、秋の装いに少しだけテンションが上がっていた。
*
353: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:12:41.34 ID:TuHdLUzTo
「お昼には秋の味覚を存分に用意しておりますゆえに、まずは山の自然をお楽しみください」
「やっほーい」
ナカムラの言葉に喜ぶ陽子。
「陽子は食べることが一番の楽しみなんでしょう?」
付き合いの長い綾は言った。
「まあね」
陽子は笑いながら片目を閉じる。
色気よりは食い気、というのが今の彼女らしい。
その点では今日の播磨と対照的だと綾は思う。
「……」
播磨は見るからに緊張していた。
こんなんで大丈夫かな、と綾は心配になる。
「播磨くんどうしたんだろう。体調でも悪いのかな」
山には似つかわしいヒラヒラのついた服を着た忍が言った。
「しのは人の心配よりも自分の心配したほうがいいんじゃない?」
「え? 何がですか?」
「ここは山よ。もっと動きやすい服装をしないと」
「でも可愛いですよ?」
「いや、可愛いとかそういう問題じゃあいから」
354: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:13:22.62 ID:TuHdLUzTo
忍は相変わらず長いスカートをはいていた。
一方綾や陽子は、動きやすい綿やジーンズのボトムを着ている。
色が少し派手目だけれども、それは山の中で迷っても目立つ服装をしていたら、
発見されやすいという考えに基づくものである。
ハンターの着ているベストが蛍光色やオレンジ色なのに近い。
「そんなことよりも彼ね」
綾は播磨に近づく。
「もう、そんなんでいいの? 今日はちゃんと話すんでしょう? そのためにわざわざ
こんな山奥まで来たんだから」
周りに聞こえないよう、声を低めつつ綾は播磨に話しかける。
「お、おう。わかっている」
そうは言ったものの、不安の種は尽きない。
播磨のことだから、こちらの想定をはるかに超えるようなへまをしてしまいそうだと、
綾は持った。
「アヤヤー、何をしてるデス! 早く行きましょう」
向こうでカレンが呼ぶ声が聞こえてきた。
ここ矢神自然公園には、紅葉をよく見ることのできる散歩コースがいくつも用意されているのだ。
「さあ、何してるの。行くわよ」
355: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:14:05.50 ID:TuHdLUzTo
「でもよ」
「しっかりしなさいよ」
そう言って播磨の背中を叩く綾。
そして小声で彼に言う。
「アリスと二人きりの時間、作ってあげるわ」
「本当か?」
「ただし、長くは取れないわよ。決めるか決めないかはあなた次第。わかるでしょう?」
「お、おう……」
綾の言葉に勇気づけられたのか、播磨は立ち上がり背筋を伸ばした。
「じゃあ、行くか」
「まったく、男っていうのは手間がかかるわね」
そう口にした綾ではあったけれど、播磨の嬉しそうな後ろ姿を見ると、悪い気はしなかった。
*
356: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:14:58.00 ID:TuHdLUzTo
「陽子。ちょっと協力して欲しいんだけど」
移動中、綾は陽子に協力を求める。
「なに? 協力?」
「実は、理由は言えないのだけれども、あなたには忍の相手をしてほしいの」
「しの? どうしたのよ」
「私はカレンの相手をするわ」
「ん?」
唐突な情報に陽子は首をかしげる。
無理もない。自分もそう言われたら疑問に思うことだろう。
「どうしたのよ」
「本当、詳しくは言えないんだけど、播磨くんとね」
「ハリー? はりーがどうしたの」
「播磨くんがアリスに話があるっていうから、少しだけ時間を取ってもらいたいの」
「え、なんで?」
(鈍いなあ、この子は。もう昔から鈍いんだから)
中学校時代から男子生徒に異様にモテていた陽子のことを綾は知っている。
だが彼女は恋愛に関しては、ハーレム系ラノベの主人公並みに鈍いので、
ことごとく言い寄ってくる男たちは力尽きて行った。
「とにかく、二人だけの時間を作って欲しいの。ちょっと込み入った話があるみたいだから」
「そうなんだ。わかったよ」
特に詳しい理由を聞かないまま、陽子は頷く。
この場に陽子がいてくれたことは、彼女の作戦にとって大きなプラスになるのだった。
*
357: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:15:34.49 ID:TuHdLUzTo
「ちょっとしのー。こっちおいで。面白い遊びがあるんだよ~」
そう言って陽子は忍を別の場所へと誘い出す。
そして綾もカレンを連れてどこかへ行ってしまった。
十分後にナカムラの待つ中央広場で合流する。それが約束である。
つまり残された時間は長くても十分以内。
それまでに勝負を決めなければならない。
播磨に残された時間は、少なかった。
「はあ、ちょっと疲れちゃったかな」
差し入れのリンゴジュースを飲みながらアリスは言った。
播磨とアリスは、休憩用のベンチのある東屋で二人並んで座っている。
「……」
播磨は緊張していた。
無理もない。アリス・カータレットとこうして二人きりで話をするのは初めてのことなのだ。
出会ってからかなりの時間が経っているけれど、一対一で話したことが今までなかった。
このため、どう話していいのかわからない。
(くそ。これが九条とかだったら、雑談でもして緊張をほぐすこともできるのに)
そう思ったところではじまらない。
時間制限(タイムリミット)は刻一刻と迫っている。
358: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:16:12.22 ID:TuHdLUzTo
「なあ、カータ――」
「こんな風に二人で話をするのって、そういえば初めてだね」
アリスが播磨の言葉に被せる様に喋ってしまう。
お互いの呼吸がよくわからないので、会話のタイミングが噛み合わなかったのだ。
「そ、そういえばそうだな」
播磨は自分の言葉を飲み込んでアリスの言葉を拾う。
「播磨くんって、結構真面目だね」
「真面目?」
「そうだよ。体育祭でも文化祭でも頑張ってたし」
「別に、そんなことねェよ」
「そんなことないよ。初めはね、その、初めて播磨くんを見た時は、ちょっと怖い人
かなって思ってたんだ」
「……」
「でも、私にとっては誰でも怖い人なんだけど。ほら、私って人見知りするから」
「そうなのか」
「うん。だから、学校の先生とか、クラスの他の男子生徒とか怖かった」
「そうだな」
「でも、慣れるとそうでもないんだね」
「そうだな」
「それにしても、紅葉ってキレイだよね。私初めて生で見たけど、感動しちゃった」
359: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:16:49.91 ID:TuHdLUzTo
「ああ。俺もあんまり意識してなかったけど、確かにキレイだ」
ここで「お前のほうがキレイ」などという言葉は、たとえ冗談でも出てこない播磨であった。
(しまった。こんな世間話で時間を潰している場合ではない。ちゃんと話をしなければ)
「そういえば播磨くん」
「ああ?」
「最近はアヤとも仲がいいよね」
「あや? ああ、小路か」
「そう。この前も河原で仲良さそうに話をしていたし」
「あれはだな……!」
焦る播磨。
「わかってるよ。誤解なんでしょう? ちょっとした」
「当たり前ェだっ! あいつとは、何でもねェ。そこはちゃんとわかっていてくれ」
「そうなんだ」
「もちろん、猪熊(陽子)とも何でもねェぞ。アイツはアレだ、どんな奴にでも馴れ馴れしく
話ができるやつだから」
「羨ましいな。私は人見知りしちゃうから」
「まあ、俺も」
「播磨くんも人見知り?」
360: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:17:24.86 ID:TuHdLUzTo
「いや、人見知りっつうか、あんま人とは話さないしよお」
「勿体ないよ、そういうの」
「そうだな」
会話の主導権を奪われっぱなしだ。
ここで何とか挽回しないといけない。
時計の針は容赦なく回っていく。
(しかし、それにしても)
この時、播磨はふと思う。
こんな風にアリスと普通に話ができるなんて、出会ったころは想像もできなかった。
彼女は自分でも言うとおり人見知りな性格なので、かなり仲が良くならないと話ができない。
これはこれで、凄いことなのだ。
しかし、播磨にとってはこの程度のレベルで満足できるはずもない。
ないはずなのだが、
「……」
「どうしたの?」
「いや、なんでもねェ」
今のこの距離感で満足している自分がいる。
(俺は、アリスちゃんが好きなはずなのに。こんなんでいいのか)
「ねえ、ハリマくん」
361: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:18:12.27 ID:TuHdLUzTo
「ああ? どうした」
「カレンのこと、どう思ってる?」
「なんで今九条の話を」
「聞いて」
「?」
「あの子は、私と違って元気があって明るいけど、凄く寂しがり屋なの」
「……」
「多分、日本に来て私以上に心細い思いもしていると思う」
「……そうかも知れねェな」
不意に浮かぶカレンの笑顔。
なんでこんな時に。
播磨は思う。
答えなど出てこない。出てくるのは、カレンの姿だけだ。
「播磨くん。カレンのこと、もう一度よく考えてあげて」
「カータレット。俺は」
「ごめんね。二人の問題なんだから、こんなことを私が言うのも変だって。
でもあの子は私の大切な友人だから。そしてあなたは――」
*
362: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/17(土) 19:19:04.94 ID:TuHdLUzTo
別の場所。
播磨たちが見えない場所のベンチで、綾とカレンが風景を眺めていた。
「アヤヤはウソが下手デスネ」
秋の青空を眺めながらポツリとカレンはつぶやく。
「え? なに」
「私に話なんて、大したことないものでしょ?」
「そ、そんなことないよ」
「ハリマは……、アリスのことが好きだったんデスね」
「いやだから違うって」
今日気づいた?
いや、違う。
「いつから気づいていたの?」
「体育祭が終わった時デスでしょうか。夏の終わり、あの人と距離を取って、
冷静に周囲の関係を見ることができたデス」
「……カレン」
それでいいの?
その言葉が喉まで出かかった。
「ほんの少しの間でしたけど、男の人を好きになることができて幸せでした」
「……どういうことよ、それ!」
意味がわからない。
もう、恋はできないとでも言いたげな言葉だ。
「もう、時間がありませんからね」
「カレン?」
1人の少女の意味深な言葉を残して、彼らの秋は終わろうとしていた。
つづく
366: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:24:44.13 ID:4rbureFGo
「38度4分、かなり熱があるわね――」
「んなもん平熱だ」
「何言ってるの。もうすぐテストなんだから、ちゃんと寝ときなさい」
同居人に頭を抑えられた播磨は、そのままベッドの中に倒される。
普段ならこんなことはないのに、今の彼は弱い。
「他の先生がたには私のほうから言っておくから、今日はちゃんと寝ておくのよ」
同居人はそう言って体温計をケースの中に戻す。
「メシはどうすんだよ」
「冷蔵庫の中に入ってるから」
「豆腐しかねェじゃねェかよ」
「お豆腐は栄養満点なのよ!」
確かに豆腐は栄養満点ではあるけれど、病気の時に食べたいとは思わない。
「とにかく、今日は一日大人しくしておくこと。まあ、一日寝ていれば大丈夫よ。
元気になれるわ」
「本当かよ」
「本当です。じゃあね。外に出ちゃダメよ」
「出ねェよ」
そう言うと同居人は部屋から出て行く。
播磨はマンションの中一人、取り残された状態で天井を見つめていた。
367: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:25:10.87 ID:4rbureFGo
もざいくランブル!
第17話 秘 密 private
368: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:26:01.81 ID:4rbureFGo
播磨拳児、学校を休む。
「珍しいね、播磨くんが学校を休むなんて」
昼休み。昼食を食べながらアリスと忍は話をしていた。
「確かに、いつも健康そうでしたからね」
忍もそれに同意する。
「季節の変わり目って、体調を崩しやすいから、シノも気を付けてね」
「そういうアリスもですよ」
「わかってるよ」
そんな会話をしながら、忍はリンゴジュースのストローに口をつける。
「そういえば、播磨くんはどこに住んでいるのでしょう」
「へ?」
予想外の疑問に、アリスは驚く。
普通、クラスメイトがどこに住んでいるのかなんて、あまり関心がないものだ。
中学校や小学校などと違って、高校になれば色々な場所から通ってきている。
「以前お話した時、実家には住んでいないと言っていた覚えがあります」
「そうなの?」
「でも一人暮らしをしているようには見えませんけど」
「どうして?」
「だって、播磨くんの制服、とってもいい匂いがするんですよ」
369: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:26:33.79 ID:4rbureFGo
「え? っていうか、シノ。嗅いだの?」
「まあ、時々ですけど」
「うわあ……」
「男の一人暮らしでしたら、あんまり香りとかを気にするとは思いませんけど」
「そうなのかなあ」
「同居人がいるのかもしれませんね」
「同居人?」
「そう。アリスみたいな」
「っていうことは、播磨くんは女の人と一緒に住んでいるとか」
「はあ、それは」
「気になるデス!」
「わっ!」
不意に顔を出すカレン。
「カレン、どうしたのよ」
「ハリマの家、とっても気になります。私」
どこぞの黒髪少女のような言葉を発するカレンは、目を輝かせていた。
「正直、彼のprivateはmysteryに包まれていますからね。ここいらで、ちょっと
調べてみたいと思ったデス」
「なんで急に」
370: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:27:00.24 ID:4rbureFGo
「カレン探偵デス」
「……ええ」
「もしかしてカレン」
「ハイ?」
「播磨くんのお見舞いに行きたいのですか?」
「べ、別にそんなんじゃないデス。ちょっと、気になるだけデス。ハリマが病気なんて
珍しいネ」
心配なんだな。
忍はそう思ったがあえて口には出さないでおくことにした。
*
371: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:27:40.36 ID:4rbureFGo
「と、いうわけで職員室でハリマの住所を調べてきました」
「それって、大丈夫なのかな」
アリスは不安そうにつぶやく。
「大丈夫デス! あくまで人道的な理由デスからネ」
「うひひ。なんだか楽しそうだね」
一緒についてきた陽子がそう言って笑う。
「アヤヤも来たらよかったのに」
寂しげにカレンはつぶやいた。
「綾はちょっと家の用事があったんだって。まあ仕方ないね」
「そうデスね。アヤヤの分まで、しっかりお見舞いするデス」
「カレン……」
不意に、アリスがカレンの名を呼ぶ。
「ん? どうしマシタ?」
「ううん、なんでもない」
だがすぐに首を振った。
カレンが明るいのはいつものことだが、今日の彼女はいつも以上に寂しげに見えた。
「アリス?」
そんなアリスに、今度は忍が声をかける。
「大丈夫だよ、シノ。なんでもない」
アリスは先手を取って、彼女に笑顔を見せた。カレンと同じように、明るい笑顔を。
*
372: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:28:08.76 ID:4rbureFGo
「ここがあの男のhouseデスね」
「カレン、使いどころを間違ってるよ」
すかさずツッコむアリス。
最近はカレンへのツッコミも慣れてきたようだ。
「ふええ、結構いいマンション住んでるんだねえ」
陽子は建物を見上げながら言った。
「とりあえず行ってみるデス」
住所の書かれた紙を見ながら、カレンたち一行は目的の部屋まで突入する。
*
373: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:28:40.38 ID:4rbureFGo
マンション内にある、播磨が住んでいると思しき部屋の前。
玄関のドアの前に表示されている表札の名前を見て一同は驚く。
「KARASUMA?」
「カラスマって、あの」
その苗字に覚えがあるとすれば、彼女たちの担任である烏丸教諭の名前である。
「どうして播磨くんの住所がからすちゃんの家になってるの?」
陽子、混乱。
「落ち着いてくだサイ、ヨーコ。これは何かの罠かもしれまセン!」
玄関の前で騒がしくカレンは言った。
「どういうことなのカレン」
アリスは聞く。
「いわゆる同姓同名です。たとえば、烏丸大路という人と一緒にすんでいるかも
しれまセン」
「ああ、なるほど」
陽子は納得する。
「納得しないでください陽子ちゃん。っていうか、カラスマオオジって誰ですか」
「人気漫画家の二条丈の本名デス」
「知らないよ、そんなこと」
「とにかく、この家を訪ねてみようよ。そうすれば謎が解けるかも」
374: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:29:11.31 ID:4rbureFGo
「わかったデス。では、カレンがチャイムを押します」
そう言うと、カレンが前に出て、玄関のチャイムを鳴らす。
ピンポンと、家の奥に呼び鈴の音が響くのが聞こえた。
全員が息を殺し、耳を澄ます。
《ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン!!》
「鳴らし過ぎ! 鳴らし過ぎだよカレン!」
あまりのピンポン連打に、さすがのアリスもカレンを止めた。
「ちぇっ、今いいところだったのに、デス」
「どこがいいところなのよ」
しばらくすると、部屋の中からドタドタと物音が聞こえてきた。
これで別人だったら謝って住む問題じゃないな、とアリスは一抹の不安を抱えていた。
*
375: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:29:46.93 ID:4rbureFGo
「うっせえなあ」
カーテンが閉められて薄暗くなった部屋の中。
誰が来ても居留守を使ってやり過ごすつもりであったけれど、さすがに連打されると
腹が立ってきたので、頭痛と身体のダルさを抱えつつも、播磨は起き上がった。
(ったく誰だよ。どうせアイツの知り合いあろうけど)
そんなことを思いつつ、播磨は玄関のドアを開ける。
新聞の勧誘なら怒鳴り散らしてやろうかと思っていたその時、
「デース」
「……」
見覚えのある金髪が玄関先に立っていた。
「……」
播磨はドアを閉める。
「これは夢だ。夢に決まってる」
『ちょっと開けるデス! ハリマ! 開けなさい!』
ドア越しに怒鳴り声が聞こえてきた。
ドンドンとドアを叩く音も響く。
「やめろこら、近所迷惑だろうが!」
とうとう観念した播磨は、とりあえずドアを開けた。
「播磨くん?」
「あ、あの……」
「やっはろー、ハリー」
(アリスちゃん? と、その他……)
*
376: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:30:26.99 ID:4rbureFGo
マンションの居間。
「ったく、茶は出ねェぞ」
玄関先でこれ以上騒がれるとまずいので、とりあえず全員を部屋の中に入れる。
「小路はいねェのか?」
播磨は陽子に聞いた。
「綾は用事があるから来なかったよ。なに、気になるの?」
「いや、別に。ただ、いつも一緒にいるからどうなのかなと思ってよ」
「そういえばそうかな」
陽子は天井を見ながら何かを思い出すように言った。
「突然押しかけてごめんなさい。私たち、心配だったから」
顔を赤らめたアリスが申し訳なさそうに謝る。
「い、いや。別にいいんだ。急なことなんでびっくりしただけだ……」
「今日は連絡用のプリントとお見舞いの品を持ってきました」
そう言って、隣りにいた忍がスーパーの買い物袋を見せる。
「いや、別にそんなことをしなくてもよ」
親以外の人間にこんなことをされるのは初めてかもしれない。
播磨はやや緊張しながら部屋を見回す。
すると、
「アイツがいねェ」
*
377: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:31:11.52 ID:4rbureFGo
すぐに自室に戻った播磨は、ベッドの下の辺りをゴソゴソと探っているカレンを発見した。
「何やってんだお前ェ!」
「お、見ちゃイヤデス」お尻のあたりを押さえながらカレンは言った。
「ああ、すまねェ。じゃ、ねえよ! 俺の部屋で何やってんだよ」
「いやあ、ベッドの下は基本かな、と思ったデス」
「何の基本だまったく」
そう言うと、播磨はカレンのパーカーの背中のあたりを掴む。
「ひゃあー、やめて欲しいデス」
「やめて欲しいのはこっちだ。こい」
播磨はカレンのパーカーを引っ張ったまま、居間に戻る。
「体調悪いんだから手間をかけさせるな」
「ハリマこそ、体調が悪いなら寝てないとダメデス」
「誰のせいで起こされたと思ってんだ。お前ェらこなかったら寝てたわ」
とりあえずカレンを居間に戻した播磨は、頭痛がぶり返してきた。
「くっそ、気分悪いぜ」
「ところでハリー。表札の『カラスマ』の件なんだけど」
今度は陽子が面倒なことを聞いてきた。
「ああそれか、話すと長くなるんだが」
「ただいま拳児くん! 無事? 無事なの!?」
「!!?」
室内に聞き覚えのある声が響き渡る。
*
378: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:32:00.33 ID:4rbureFGo
「つまり播磨くんと烏丸先生は親戚同士で、今は烏丸先生の家に播磨くんが下宿している、
ということでよろしいですか」
「まあ、そんなところです」
烏丸さくら。
播磨の通う高校の教師である。
生徒たちからは「からすちゃん」の愛称で親しまれている彼女は英語を担当している。
「ああ、なるほど。だからハリーは英語の成績だけはよかったんだね」
「別にそんなんじゃねェよ」
播磨は否定する。
「まあ親戚同士とはいえ、一応生徒と教師ですから。変な誤解をされないために、
このことは隠していたんです」
「隠したほうがよっぽど誤解すると思いますが」
忍は言った。
もっともなことである。
「っていうか、俺戻っていいか」
「もう拳児くん。何やってるのよ。風邪が酷くなったらどうするの」
さくらは頬を膨らませて怒る。
「お前ェらがゴチャゴチャやってるからだろうが。つうか、寝るぞ」
379: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:32:32.09 ID:4rbureFGo
「ちゃんと温かくするのよ」
「わーってるよ。子ども扱いすんな」
そう言うと、播磨は部屋から出る。
「まったく、昔から変わってないんだから」
「先生は、播磨くんを昔から知っているんですか?」
忍が聞いた。
「そうよ。小さいころからね。小学校くらいの時は可愛かったなあ」
「へえ、どんな子供だった?」
陽子もその話題に食いつく。
「凄く素直でね、私のことを『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って言ってついてきてたの」
「うっそお。今じゃ信じられない」
「写真もあるのよ」
「あー、見たい見たい!」
「お前ェら余計なことすんな!!」
たまらず播磨が戻る。
ただでさえ酷かった頭痛が更に酷くなったことは言うまでもない。
*
380: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:33:06.94 ID:4rbureFGo
それからどれくらい時間が経ったろうか。
外はすっかり暗くなっていた。
騒がしかったマンションの居間はもうすっかり静かになっている。
「拳児くん」
同居人のさくらが播磨の身体を揺する。
「んあ。さくらか」
「お夕飯できたわよ。一緒に食べましょう」
「あいつらは?」
「もう帰ったわよ」
「そうか」
「大丈夫?」
「まあ、何とかな」
起き上がりながら播磨は思う。
(あいつらは何のためにきたんだ? 俺の見舞い? でも、どう考えてもさくらと
雑談していた時間のほうが長かった気がする。余計なこと、言ってねェだろうなあ)
そんなことを思いながら台所に行くと、ほんのりとごはんの匂いがただよっていた。
とてもいい匂いだ。
熱のせいで食欲が減退していたけれど、食べ物の匂いを嗅いだことで急にお腹が減ってきた。
「美味そうだな」
381: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:33:44.28 ID:4rbureFGo
「そうなの。実はね、お見舞いに来てくれた子たちが作ってくれたのよ」
「へ? あいつらが?」
「そう。元気になるようにって。ねえ拳児くん。ちゃんとお礼を言わないとダメよ」
「わーってるって」
「でも私嬉しい」
茶碗の用意などをしながら、さくらはふとつぶやく。
「何がだよ」
「拳児くんにこんなにもたくさんお友達ができて、お見舞いにも来てくれるんだから」
「別に大したことじゃねェだろう。あいつら、俺の普段の生活が気になっただけじゃ
ねェのか?」
「そんなことないよ。だって、どうでもいい人の普段の生活なんて、気にならないでしょう?」
「まあ、そうかもしれねェけどよ」
「ほら、冷めないうちにいただきましょう?」
さくらが出したのは、美味しそうな“おじや”であった。
野菜や鶏肉などがたっぷり入っており、見るからに栄養価が高そうだ。
「これを、あいつらが作ったのか」
「うん、特にカレンさんが頑張っていたわ」
「九条が?」
播磨はカレンの顔を思い出す。
382: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/18(日) 21:34:50.90 ID:4rbureFGo
「なんかね、凄く包丁の使い方とかも上手で。練習していたみたいね」
「そう、なのか」
「拳児くん?」
「んだよ」
「ちゃんと、お礼を言っとかないとダメよ」
「わかってるっつうの。何度も言うな。というか、肝心な味はどうなのかね」
播磨はいつか食べたサンドイッチの味を思い出しながら、おじや用に用意したレンゲを手に取る。
「味噌汁も作ってくれたのよ」
「……」
料理は普通に美味かった。
少し濃い目で不器用な味付け。
でも、それを口に含んだだけでも一生懸命に料理をするカレンの姿が頭に浮かんだ。
(ありがとよ)
播磨はそう思いながら、夕食を食べ続けた。
つづく
386: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:01:00.56 ID:nlDzuuAdo
「カレン、お誕生日おめでとう!」
クラッカーが一斉になる。
この日、12月1日は九条カレンの誕生日である。
「いやー、ありがとうデス」
カレンは照れながら後頭部をさする。
照れる時に彼女がよくする仕草の一つだ。
この日、忍の家で友達を呼んでささやかなカレンの誕生日パーティーが開かれていた。
パーティーには忍、アリス、綾、陽子のいつもの四人に加えて、忍の姉の勇(イサミ)
も加わっていた。
「はい、プレゼントだよ。シノと二人で選んだの」
アリスがそう言ってきれいにラッピングされたプレゼント用の箱を差し出す。
「ワオ、Thank you デスアリス~」
そう言ってカレンはアリスに抱き着く。
387: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:01:55.72 ID:nlDzuuAdo
「ちょっとカレン。シノもお金を出してくれたんだよ」
「シノもありがとうデス」
今度は忍に抱き着く。
「私たちからもね」
今度は陽子と綾からのプレゼントだ。
「私幸せデス。こんなにも皆に祝ってもらって」
「カレンも16歳なんだよね」
「これで大人の仲間入りデス」
「まだちょっと早いよ~」
「そんなコト、ないデスよ……」
ふと、悲しげな表情を見せるカレン。
「どうしたの?」
「なんでもありまセン。それより、素敵なpartyを始めるデス」
「そうだね」
「はあい、料理できてるわよ」
台所からイサミが出てきた。
「待ってましたデス!」
「早く食べようよ」
美味しい食事と楽しい仲間。
期末テストを前に、カレンたちはひと時の幸せな時間を過ごしていた。
*
388: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:02:32.79 ID:nlDzuuAdo
ふと、綾が気づいた時、カレンの姿が見えなくなっていた。
(どこだろう。トイレかな)
カレンはフリーダムな性格なので、時々目を離すととんでもないところに行っていたりする。
パーティー会場である居間から廊下に出てみると、玄関のドアが少し開いていた。
物騒だな、と思いつつ綾は靴を履いて、ドアを閉めようとすると、玄関先に立つカレンの
姿が見えた。
「カレン」
「あ、アヤヤ」
「どうしたの? こんなところで。寒いよ」
「ちょっと外の空気を吸いにきただけデス」
「そうなの」
季節はもう12月。すっかり日の暮れた外の空気は冷たい。
先ほどまであんなに楽しそうにしていたカレンだが、今はなぜか寂しそうに見える。
「ねえカレン。どうかしたの?」
「どうもしないデスよ? アヤヤ」
「でもだって――」
「アヤヤ」
「……なに?」
「大人になるって、どういうことなんでしょうネ」
「どうしたの? いきなり」
「別に、何でもないデス」
「カレン」
カレンの様子がおかしい。
アリスだけでなく綾もそう思ったけれど、期末テストや年末の準備など慌ただしい時期の中で、
一時的にそれを忘れてしまっていた。
389: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:02:59.46 ID:nlDzuuAdo
もざいくランブル!
第18話 贖い gravity
390: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:03:42.81 ID:nlDzuuAdo
12月後半。
受験生にとっては忙しい時期だが、それ以外の高校生にとっては期末テストも済んで、
比較的心に余裕が出てくる時期でもある。
12月24日は世間ではクリスマスイブと呼ばれている日だが、この日は学校では二学期の
終業式の日でもあった。
(不味いな……)
そしてこの日、播磨はとある女子生徒に呼び出されていた。
その子の名前は九条カレン。
隣のクラスのよく知っている女子だ。
(どうする)
播磨は焦っている。
彼女は自分に話があると言っていた。
何の話か、なんとなく想像がつく。
だが今の播磨には明確な答えが出せない。
(何やってんだ。俺の気持ちは決まってるじゃねェか)
そうは思っていても、心の中のモヤモヤは晴れない。むしろどんどんと大きくなっていく。
(そりゃ俺だって嫌いじゃねェさ。だがよ、モノには順序ってものがあるし、
何より気持ちの整理がついていないのに)
そんなことを考えているうちに、どんどんと時間は過ぎてく。
このまま待たせるわけにはいかない。
そう思った播磨は立ち上がった。
*
391: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:04:22.02 ID:nlDzuuAdo
播磨が屋上に行くと、すでに相手はそこで待っていた。
この寒空の下。腕を組んで待っている。
屋上は周りに障害物が無いので、風が強い。
「やっと来ましたネ」
九条カレン――
屋上は風が強かったけれど、彼女の高い声はよく届く。
「九条、話ってのは、なんだ……」
白々しいと思いながら、播磨は聞く。
「私、ハリマに伝えたいことがあるデス」
「……」
(待ってくれ。まだ言わないでくれ)
焦る播磨。
まだ心の準備ができていない。
半年前であったら、躊躇はなかっただろう。
だが今は違う。
彼女を拒絶するには、あまりにも二人の距離が近くなりすぎた。
「ハリマ。聞いて欲しいデス」
「待ってくれ九条」
「ゴメンナサイ。時間がありません」
392: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:05:03.14 ID:nlDzuuAdo
「時間?」
「ハリマ」
「……」
「Being able to meet you was my happiness.」
「おい」
「……」
「なんで……」
「……」
「なんで“過去形”なんだよ!」
「ゴメンナサイ」
「なんで謝る!」
その時だった。
『別れの言葉は済んだか? ハーフジャパニーズ』
不意に低い声の英語が耳に飛び込んでくる。
「誰だ!」
『くっくっく。そいつがお前の日本での王子様ってわけか。カレン』
『マックス……』
カレンにマックスと呼ばれたその男は、金髪で長身、そして碧眼。
どう見ても日本人ではない。
そして顔には無数の傷があり、どう見ても堅気ではなさそうだ。
393: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:05:38.35 ID:nlDzuuAdo
「おい、知り合いか九条」
「彼はマックス。中学時代の知り合いデス」
カレンは力なく答える。
いつもの元気さなど微塵も見せない。
むしろ恐れているようにも見える。
『マックス。まだ時間はあるはずじゃない』
カレンは英語で呼びかける。
『生憎、ウチの大将はせっかちなんでな。早く会いたがっているから、こうして迎えに
きたのさ』
『余計なお世話ね。一人でも行けるわ』
『いいことを教えてやろう。俺の目的はそこにいるゴミ屑のような奴と、
お前を接触させないようにすることもあるんだ』
『……』
『わざわざ日本まで来て、そこにいるような不良と恋愛ごっこでもしたのか?』
『彼をバカにしないで!』
『おっと、俺に怒ってもしかたないじゃねえか』
「おい、そこの外国人」
「ハリマ!」
カレンとマックス。二人の間に割って入るように、播磨はマックスの前に出た。
394: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:06:12.95 ID:nlDzuuAdo
播磨も日本人の中では十分長身だが、マックスは更に大柄だ。
「何好き勝手言ってやがる。俺はな、まだコイツと話があんだよ」
そう言うと、播磨は後ろにいるカレンに親指で指し示す。
「だから邪魔すんな」
「……クックック」
すると、マックスは再び笑う。
「何がおかしい」
「報われねぇな」
「日本語!?」
先ほどまで英語を喋っていた男が急に日本語を話し始めたので驚く播磨。
「おい、そこのジャパニーズ。誰だか知らんが、お前のその思いは、無駄になるんだよ」
「無駄だと?」
「今夜、九条カレンは婚約者と会う」
「なに!?」
「俺はそのescortだ」
「エスコート? というか、婚約者って何だよ。まだ高校生だろうが」
「知らねえよ。そんなの。まあ大人の事情って奴だろう」
「何が大人の事情だ馬鹿らしい。おい、九条」
『行きましょう、マックス』
395: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:06:45.38 ID:nlDzuuAdo
ふと、カレンは播磨の顔を見ずにすれ違う。
「九条……」
「これでさよならデス。ハリマ」
「お前ェ、それでいいのかよ! なんだよ、婚約者って!」
「いいんデス。特別な環境に生まれたからには、特別な運命を受け入れなければならない。
わたしはそう思いマス」
「わけわかんねェぞ。おい!」
「……」
「だからちょっと待て」
カレンを止めようとしたその時、播磨の目の前をモノ過ぎスピードで風が通り過ぎる。
いや、風ではない。
「なんだお前ェ……」
播磨の目の前を通り過ぎたのは、マックスの拳であった。
いつの間にか拳を握って戦いの構えを見せるマックス。
キレのあるパンチ。格闘技の経験もある播磨にはその凄さがすぐにわかった。
ほんの少しかすっただけでも、マックスの打撃は大変なダメージを負うであろうことを。
396: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:07:17.16 ID:nlDzuuAdo
「余計なことをすんなよジャパニーズ。次は当てる」
『やめなさいマックス! この人に危害を加えることは許さない』
『落ち着けカレン。こいつ何もしなければ、俺は何もしないぜ。大人しくしていればな』
『マックス……』
「おい、どうしたジャパニーズ。ビビッて声も出ないか」
マックスは日本語で挑発する。
「なあ九条。お前ェはそれでいいのか」
だが今の播磨には、マックスよりも重要なものがあった。
「九条!」
「いいんデス。これで。今までありがとうございます」
「九条……」
『さっさと行くぞ』
『わかっています』
マックスとカレンはゆっくりと階段を降りて行く。
そして今の播磨には、それを見届けるより他なかった。
(俺は、どうすればいいんだよ)
*
397: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:07:46.69 ID:nlDzuuAdo
「大人の事情って、何よそれ!」
教室で待ち受けていた綾が叫ぶ。
「知らねェよ。あの変な外国人がそう言ったんだ!」
播磨は言い返す。
「……」
アリスは黙ったまま。忍はオロオロしている。陽子もいつものようにご機嫌ではない。
「まだ高校生なのに、婚約者って凄いな……」
陽子は独り言のようにつぶやく。
「私だって信じられない。けど……」
ここ最近のカレンの行動を鑑みると、少しわかる気がする。
出会った頃のように明るかったカレン。だけど、時々見せる寂しげの表情は、
単なるホームシックではないだろうとは思っていた。
「たとしても婚約者って。アリスは知ってたの?」
綾は聞いた。
アリスはカレンにとって長い付き合いだ。
「ごめんなさい」
何かを言う前に、アリスは謝る。
「どうして、謝るの?」
398: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:09:43.74 ID:nlDzuuAdo
「カレンのこと、実は知ってたの」
「婚約者のこと?」
「うん。こんなに早いとは思わなかったけど」
「そんな」
「カレンの家はすごくお金持ちで、色々な業界とも知り合いがいるの。だから、
そういった家の事情に彼女も巻き込まれていたんだと思う」
「そんなのってないよ! だってカレンはカレンだよ。家のことなんかで」
「私たちにはわからない事情っていうのがあるのかなあ」
陽子は宙を見上げながら言った。
「もう、陽子もそんな他人事みたいな……」
「他人事だろうが――」
不意に播磨は口に出す。
「え?」
「あいつは自分の意思で婚約者のところに行くって言ったんだ。俺たちの出る幕じゃねェ」
「自分の意思って、まだ高校生じゃない」
綾は言い返す。
「高校生つっても、もう16歳だ。自分のことは、多少はわかってんだろう」
「そんなのってないよ!」
399: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:10:27.45 ID:nlDzuuAdo
「だから、俺たちがとやかく言う問題じゃねェつうの」
「酷いよ播磨くん! それでいいの? カレンがどうなっても」
「俺にはもう、関係のないことだ」
そう言うと播磨は席を立つ。
「どこに行くの?」
「帰るに決まってんだろう。もうここには用はねェ」
「ちょっと……」
「家庭の事情に他人の俺たちが首を突っ込むもんじゃねェ」
そう言うと、鞄を以て播磨は教室を出た。
すでに校舎内では人はまばらである。部活に出た者、廊下で喋っている者。
弁当を食べている者。
年末の浮ついた空気は、校舎内にも充満していた。
だが、播磨の気持ちは違う。
鉛のように思い気分が彼の胸に沈んでいる。
「尻尾を巻いて逃げるのか、播磨拳児」
「ああ?」
ふと目線を上げると、正面に腕を組んだ東郷雅一が立っていた。
冬だというのに上着も着ずに、ワイシャツ一枚である。
「東郷(マカロニ)かよ。何の用だ」
「負け犬を笑いに来た、と言えば満足か」
400: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:11:26.25 ID:nlDzuuAdo
「負け犬だと?」
「違うのか。家の事情ごときに、尻尾を巻いて逃げだした負け犬だ」
「どういう意味だコラ」
「ここまで言われてもまだ気づかんのか? じゃあ言ってやる。貴様は己の意思を
放棄した哀れな負け犬なんだよ」
「お前ェ、知ってんのか」
「わが九条カレン(プリンセス)のことならば、何でも知っている」
「見てたのか」
「俺に知らないことはない」
「だったらもうわかんだろう。俺らにどうこうできる問題じゃねェ」
「……播磨」
「なんだ」
「カレンを賭けてこの俺と闘った時のことを忘れたか」
「何を言ってやがる」
「それとも何だ。相手が俺なら戦うけれど、大人や巨大な組織であれば諦めるのか。
お前の九条カレンに対する思いはその程度なのか」
「その程度って、何だよ」
「見損なったぞ、播磨拳児!」
「なんで勝手に期待していやがる。最初から何もなかったんだよ」
401: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:11:57.39 ID:nlDzuuAdo
「ふっ、負け犬は家で大人しく寝ていろ」
「ちょっと待て、何をするつもりだ」
「知れたことよ。九条カレンを取り戻しに行く」
「お前ェ、そんなことをして」
「フンッ」
一瞬のことであった。
素早く距離を詰めた東郷の拳が播磨の腹に突き刺さる。
「ぐはっ」
不意打ちとはいえ、まともに攻撃をくらってしまった播磨はその場に崩れ落ちてしまった。
「哀れだな、播磨拳児。いつものお前なら、この程度の攻撃、防げないほどじゃないだろう」
「な、何しやがる」
「負け犬はそうやって床に這いつくばっていけばいい。だが、俺は違う」
「ま、待てよ……」
「さらばだ播磨」
「東郷!」
播磨の声に、東郷は振り向くことがなかった。
「くそっ、何なんだ」
*
402: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:12:36.90 ID:nlDzuuAdo
東郷の攻撃から回復した播磨はヨロヨロと立ち上がり、帰路についた。
その時、不意に後ろから声が聞こえてくる。
「播磨くん」
「アリ……、カータレットか」
走ってきたのか、アリス・カータレットの息は少し乱れていた。
「何やってんだ。まだ帰ってなかったのかよ」
「播磨くん、お願いがあるの」
「……なんだ」
「カレンを、カレンを取り戻してほしい」
「カータレット。お前ェ、自分が何を言ってるのかわかってんのか」
「カレンの家の事情のことは、他の友達よりもわかっているつもりよ。それでも、
いえ、それだからこそ、カレンを連れ戻してほしいの」
「……なんで俺なんかに」
「播磨くんだから頼んでいるの。いいえ、播磨くんじゃないと、ダメだと思う!」
「カータレット」
アリスの目には大粒の涙があふれていた。
婚約は家の人間が決めたことだ。
将来を決める重要な決定。
それを自分ごとき不良が壊すことが許されるだろうか。
403: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:13:20.85 ID:nlDzuuAdo
許されるはずがない。
(あいつの将来にまで責任が持てるのか? 今の俺に。いや、将来の俺に)
播磨は考える。
だが答えは出てこない。
「今、俺には答えが出せない」
「だったら答えなければいいんじゃない?」
「は?」
「まだ答えがわからないんだったら、無理に答えを出さなくてもいいってことだよ、ハリー」
「猪熊?」
猪熊陽子だ。
「わ、私もいるわ」
綾もいた。
「実は私もいました」
ついでに忍も。
「お前ェら、何を言ってるんだ」
「ねえハリー。あたしらって、まだ16じゃない。自分で言うのもあれだけど、
まだまだ若いんだよね。だから、焦って答えを出す必要もないんじゃないかと思うの」
陽子は言った。
「……」
404: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:13:54.04 ID:nlDzuuAdo
続いて綾も言う。
「だからね、カレンにも急いで答えを出してほしくないの。まだ、もっとよく考えて欲しい。
そのための時間も場所も。そして仲間も」
「お願い播磨くん。カレンに時間を。私たち、もっとたくさんカレンと同じ時間を
過ごしたいから」
アリスは再び播磨に訴える。
「酷いもんだな、お前ェら。他人任せかよ。親友だろうが」
「それはそうだけど……」
口ごもるアリスの前に、再び陽子が顔を出す。
「でもさ、ハリー。お姫様を迎えに行くのは男の役目でしょう?」
「……」
「ごめんなさい、播磨くん。勝手なお願いというのはわかっていますけど」
忍は頭を下げる。
「あーうるせェうるせェ。ちょっと黙れお前ェら」
「……」
「とりあえず、九条はこの俺が迎えに行く。だが戻る戻らないを決めるのはアイツ自身だ。
それでいいか」
「播磨くん」
405: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/19(月) 20:14:39.44 ID:nlDzuuAdo
パアッと花が開くようにアリスたちの顔が明るくなった。
「たのむよ、ハリー」
「お願いね、播磨くん」
「お願いします」
「……ああ」
考えても答えが出ない。
そう思った播磨は考えるのをやめた。
考えなくなったバカが次にやることは、動き出すことだ。
播磨は早足で学校を出る。
(だが、九条は一体どこに行ったんだ? どこへ行けばいい?)
こんなことなら、東郷からカレンの居場所を聞いておくべきだったと、今更ながらに
後悔する播磨。
「!?」
そんな播磨の前を、一台の見覚えのあるリムジンが停車した。
「この車は……」
ピカピカに磨かれた黒塗りのリムジンから、これまた見覚えのある長身の男が出てくる。
「アンタ、確か九条の家の」
「ナカムラです。播磨殿」
ナカムラは礼儀正しく、播磨に一礼をした。
つづく
409: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:19:44.53 ID:eWVoUPp2o
あまり高級車には縁のなかった播磨にとって、こういった社長とかお嬢様が乗るような
車に乗ることはなかった。
そのため、中は広いのにやけに窮屈に感じたものである。
下手をすれば、このまま冷えたシャンパンでも出てきそうな車の後部座席で、
播磨は運転席に座るナカムラに話しかけた。
「なあ、アンタ。本当にいいのか?」
「何が、でございますか? 播磨殿」
ナカムラは答える。
「いや、だってよ。アンタ、九条の家の人間だろう。だったら、トラブルを起こしに行く
とわかってる俺なんかを、その、お嬢様の所に連れて行ってもいいのかってことだ」
学校の前に停車したリムジン。
それを運転していたナカムラに、播磨は九条カレンの居場所を聞いた。
するとナカムラは、何も言わずに「乗りなさい」と言ったのである。
「私は別に、あなたをお嬢様のところへ連れて行くとは言っていません」
「どういことだ?」
「私は、お嬢様のお忘れ物を届けに行くだけです。そこにたまたま、あなたが同乗
しただけのこと。別にあなたをお嬢様に会わせるためではございません」
「なるほど、そういうことか」
表向きには一切関係がない、ということをナカムラは言いたかったようだ。
彼の意図を察した播磨は大きく息をつく。
410: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:22:25.28 ID:eWVoUPp2o
もざいくランブル!
第18話 選 択 power
411: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:22:58.95 ID:eWVoUPp2o
道中、ナカムラは運転し、播磨は後ろの席にずっと座っていた。
播磨はナカムラのことをほとんど知らないので、必要最低限の話が終わると、
ずっと黙っておくことにした。
この沈黙がどこまで続くのかわからない。
というか、この車がどこに向かっているのかも、今の播磨にはわからなかった。
「……」
「……」
しばらく続く沈黙。
その沈黙を破ったのは、ナカムラの方であった。
車が高速道路に入った時、彼は不意に言葉を発する。
「播磨殿。実はあなたに謝らなければならないことがあります」
「なんだ藪から棒に」
「以前、私があなたと戦った際、私はあなたを“試した”と申しましたと記憶しております」
「ああ、そんなこともあったかな」
何をやっているのか知らないが、播磨はナカムラの圧倒的な戦闘力に屈してしまった。
彼にとっては衝撃的な思い出である。
「実はあれは、ウソなのです」
「ウソ? 何が嘘なんだ?」
412: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:24:05.83 ID:eWVoUPp2o
「はい。旦那様からは、あなたを『潰す』ように仰せつかりました」
「俺を、潰す……?」
潰す、という言葉に覚えがある。
そうだ。D組の東郷雅一も確か同じようなことを言っていた。
「私は当初、軽い気持ちであなたを潰すつもりでおりました」
「潰すって、どうするつもりだったんだ」
「圧倒的な力の差を見せつけ、もう二度とお嬢様には近づかないように警告します。
もちろん、手切れ金も用意しておりました」
「もしかして、あの二千万円って……」
「あれは奥様のへそくりでございます。お金は別に用意しておりました」
(九条の母ちゃん何やってんだ?)
「とにかく、私はあなたを潰そうとしていました。しかし失敗した」
「失敗?」
「私にはあなたを潰すことはできませんでした」
「アンタは十分強かっただろうが。現に俺は気を失ったわけだしよ」
「確かに、力でねじ伏せることはできたかもしれません。しかし、心まではねじ伏せる
ことができなかった」
「……」
「それに、播磨殿に対するお嬢様の気持ちが、私が思っていた以上に強力であられた。
この二つが大きい」
413: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:24:57.99 ID:eWVoUPp2o
「だからお前ェは」
「はい、時間の許す限りあなたとお嬢様の行く末を見守ろうと思いました。それは、
旦那様の命に背く行為でありましたけれど、後悔などありません」
「……あのよ、今やっていることも相当やばいんじゃねェのか? やっぱり」
「確かに、九条の家としては喜ばしいことではないでしょう。ですが、お嬢様のことを
考えると、どうしても……」
「どうしても?」
「いえ、忘れてください。とにかく、今までウソをついていて申し訳ございませんでした」
「別に。アンタにはアンタの事情があるんだろうけどよ。済んだことを今更責める
気はねェ。ただ、もしそのことに負い目があって、こういうことをするんだったら、
やめてもらえねェかな。わかるだろう?
俺は九条に対し、多少なりと負い目がある。だけど、そうだからと言ってあいつを
迎えに行くわけじゃねェ。俺が行こうと思ったから行く。ただそれだけだ」
「別に私はあなたに負い目があるから協力しているわけではありません、播磨殿」
「ん?」
「あくまで私は、お嬢様のために、“忘れ物”を届けに行くだけでございます」
「……そうかよ」
*
「はい、時間の許す限りあなたとお嬢様の行く末を見守ろうと思いました。それは、
旦那様の命に背く行為でありましたけれど、後悔などありません」
「……あのよ、今やっていることも相当やばいんじゃねェのか? やっぱり」
「確かに、九条の家としては喜ばしいことではないでしょう。ですが、お嬢様のことを
考えると、どうしても……」
「どうしても?」
「いえ、忘れてください。とにかく、今までウソをついていて申し訳ございませんでした」
「別に。アンタにはアンタの事情があるんだろうけどよ。済んだことを今更責める
気はねェ。ただ、もしそのことに負い目があって、こういうことをするんだったら、
やめてもらえねェかな。わかるだろう?
俺は九条に対し、多少なりと負い目がある。だけど、そうだからと言ってあいつを
迎えに行くわけじゃねェ。俺が行こうと思ったから行く。ただそれだけだ」
「別に私はあなたに負い目があるから協力しているわけではありません、播磨殿」
「ん?」
「あくまで私は、お嬢様のために、“忘れ物”を届けに行くだけでございます」
「……そうかよ」
*
414: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:25:31.96 ID:eWVoUPp2o
九条カレンがいると思われる場所。
ナカムラという男の言葉が正しければ、彼女はそこにいる。
東京都内にある某高級ホテル。
正面入り口から入ると、そこはまるでファンタジー世界のお城のような幻想的な
光景が広がっていた。
外見がお城のようなホテルなら、播磨の地元にもたくさんあるけれども、このホテル
はそんな安っぽい城ではない。
照明から内装品にいたるまで、全てが本物だ。
「あの、お客様。どのようなご用件でしょうか」
ホテルの従業員と思わしき人物が駆け寄ってきた。
それはそうだろう。ホテルの雰囲気とはまるで会わないサングラスに学生服の
男が入ってきたのだから。
「九条カレンという女がここにいるはずだ」
「はい?」
従業員は驚く。
しかしそこは高級ホテルの従業員。すぐに冷静さを取り戻し、落ち着いた声で案内をする。
「御待ち合わせのお客様でしょうか。それでは、あちらのテーブル席でお待ちくださいましたら」
415: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:26:07.43 ID:eWVoUPp2o
「そんな暇ねェよ」
播磨はホテルのスタッフを押しのけるように、ずんずんと建物の奥に入っていく。
「申し訳ございませんお客様。他のお客様のご迷惑になりますので」
「うるせェ。このホテルに金髪の女子高校生が来ているはずだ。そいつは俺の同級生だ。
さっさと出せ」
「そうおっしゃられましても、お客様は多くおられますので」
『そいつの相手は俺がしてやる』
不意に癖の強い英語が聞こえてきた。
この低い声には聞き覚えがある。
「出やがったな」
播磨は思った。
マックス。
学校からカレンを連れ出した男。
本人はエスコートと言っていたが、実質強制連行のようなものだ。
(やはり、あのナカムラのオッサンが言っていたことは本当だったか)
播磨は確信する。
この男がいるということは、ここにカレンがいる。
「あの、お客様……」
先ほどの従業員が、どうしていいのか迷っているようだ。
416: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:27:04.34 ID:eWVoUPp2o
だが播磨もマックスも、すでに周りの状況は見えなくなっている。
「九条はどこだ」
播磨はサングラス越しに睨みつけながら聞く。
『俺が大人しく教えると思うのか?』
不敵な笑みを浮かべながらマックスは答えた。
「教えねェなら力づくでも聞き出してやる」
「クックック、報われねえなあジャパニーズ」
今度は日本語で言うマックス。
この男は日本語もかなり理解できるようだ。
「ここの場所を突き止めたことは褒めてやる。だが、それでおしまいだ。
お前はprincessを目の前にして、倒れることになる」
「やってみなけりゃわかんねェだろうがよ」
「果たしてどうかな」
パチンとマックスが指を慣らすと、どこからともなくガタイの良い外国人が
ズラズラと出てきた。中には日本人を含むアジア系も何人か見られた。
「ウチの主人のボディーガードだ。お前一人で、こいつらを相手できるか」
そう言うと、マックスは播磨に背を向け、ホテルの奥へと進んで行った。
「俺は主人の護衛をしなければならんのでな」
「おい! 待て!」
417: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:27:39.40 ID:eWVoUPp2o
播磨は叫ぶが、播磨とマックスとの間には、数人の屈強そうな男たちが立ちはだかる。
「糞が。お前ェらを相手にしている暇はねェが仕方ねェ。まとめてぶっとばしてやるぜ」
そう言うと、播磨は自分の上着を脱ぎ捨てる。
(しかしこの人数、一筋縄では行かねェぞ)
そう思った瞬間、不意に背後に気配を感じた。
ホテルの従業員か? いや、違う。
「少し遅れたか」
見覚えのある金髪、そして大きなサングラス。
「お前ェは……」
「D組のハリー・マッケンジーだ。覚えていてもらえると嬉しいのだがな」
「何でお前ェ、こんなところに」
「ワタシモイルゾ!」
「!?」
浅黒い長身の女子。
「ララ・ゴンザレスだ。ワタシ、ク・ジョーのトモダチ!」
「そうかよ」
そのララよりも更に長身の男。しかもスキンヘッド。
「確かこいつ、天王寺だったか」
ここまで、カレンと同じD組の生徒が来ている。
418: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:28:13.66 ID:eWVoUPp2o
ということは、
「ふっ、ヒーローは遅れてやってくると言うじゃないか」
暑苦しい長髪の大男が腕を組んでやってくる。
「東郷……」
「やはり来たか、播磨」
「お前ェ、俺よりも先に学校を出て癖に、なんで遅くなってんだよ」
「ふっ、勢いよく学校を出たはいいが、少々道に迷ってしまってな」
「アホかよ」
「そんなことより播磨」
「あん?」
「ここにいるザコどもは俺たちに任せろ」
「なんだと?」
「何度も言わせるな。三下どもは俺たちに任せろと言っている。お前はさっさと
プリンセスを迎えに行け」
「なんでお前ェなんかに指図されなきゃならんのだ」
「だったら、お前一人でこいつらを相手するか?」
目の前には十数人の男たち。
目つきが悪い連中だ。
「……それは」
「だったら早くしろ」
419: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:28:43.75 ID:eWVoUPp2o
『おい、簡単に行かせると思ってるのかよ!』
集団の中で、リーダーらしき金髪の男が英語で叫ぶ。
だが、
「……!」
一瞬であった。
前に出た東郷の右拳が先ほど叫んだ外国人の男を吹き飛ばす。
あまりのことに、その場にいた全員が言葉を無くす。
「いいことを教えてやろう。俺は自分の道は自分で選ぶ。だが、もし進むべき道が
ないのなら。自分でその道を作ってやる」
「東郷……、わかった。こいつらは任せる」
「必ず連れて帰ってこいよ」
「言われるまでもねェ」
播磨がそう言った瞬間、東郷は後ろにいた仲間たちに指示を出す。
「お前たち! 播磨の前進を支援だ! その後じっくり敵を殲滅するぞ!」
「おおう!!」
「うぉおおおおお!」
「ウリャアアアア!!」
普段はクールなハリーも、この日は熱かった。
冬にも関わらず、この日の夜は熱い。
*
420: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:29:25.36 ID:eWVoUPp2o
「くそっ、九条の奴どこにいる」
ロビーに多数現れたチンピラどもを東郷たちに任せた播磨は、ホテル内でカレンを探す。
しかし、高級ホテルだけあって建物内は広く、どこにカレンがいるのかわからない。
その時であった、
「播磨殿、こちらです」
「はっ」
聞き覚えのある声に振り返ると、頬かむりをした執事服の男が立っていた。
「ナカムラのオッサン。何をやってるんだ」
「私はナカムラという者ではございません。通りすがりの忍者です。ニンニン」
(今時ニンニンかよ)
呆れて声も出ない播磨。
しかし、今はこの変な忍者に頼るほかない。
「播磨殿、この先の部屋にカレンお嬢様はおられますニン」
「もうニンとかつけなくていいから」
播磨は、ナカムラの言うとおり先に進み、彼が指し示す部屋の前に立った。
「ここにるのか」
「はい」
ナカムラは答える。
421: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:30:05.13 ID:eWVoUPp2o
「そんじゃ、ちっと行ってくるか。ありがとな、色々と」
「いえ、私は自分の役目を果たしたまでです、播磨殿」
「役目? どう考えても役目とは違うだろう。むしろ裏切りじゃねェか?」
「いいえ、播磨殿。私は役目を果たしました。私に与えられた仕事は、お嬢様の
忘れ物を届ける、ということです」
「忘れ物……か」
「はい」
「じゃあ、しっかり届けないとな」
「……はい」
播磨は改めて前を向くと、大きな扉を開く。
扉の先にはダンスパーティーでも開けそうなほど広い部屋が広がっていた。
「ここにいたか、九条」
「……ハリマ?」
見るからに高級そうな絨毯の先に見えたのは、ドレス姿の九条カレンであった。
着ている服が違うからなのか、この部屋で見たカレンはいつも以上に輝いて見えた。
「ハリマ、どうしてここに?」
カレンは大きく目を見開いた。信じられない、という顔をしている。
「決まってんだろう、そんなの。お前ェを連れ戻しに来たんだよ」
「そんなのむりデス」
「無理じゃねェよ」
422: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:30:41.44 ID:eWVoUPp2o
「ハリマ……」
「あのなあ、九条。俺はお前ェのわがままに散々付き合わされてきたんだ。だから
今度は、俺のワガママに付き合ってもらうぜ」
「それは――」
「できない相談だぜ、ジャパニーズ」
「テメェは……!」
マックスだ。
上着を脱いだマックスがそこにいた。
着こんでいるとわからなかったけれど、この男も東郷と動揺に筋骨隆々である。
「ここまでたどり着いたことは褒めてやる。だが、ただで帰れると思うなよ」
『マックス! やめて!』
カレンが英語で叫ぶ。
『大人しくしておけ九条カレン。俺はこれから、このジャパニーズに制裁を加える』
『ぐっ、はなして!』
いつの間にか現れた二人の男たちに両腕を掴まれるカレン。
「おい、相手は女だぞ。手荒な真似をすんな!」
播磨が叫ぶ。
「心配ない。彼女は大事な婚約者だ。怪我などさせるつもりは毛頭ない。むしろ、
少しでも傷つけたら問題だ」
423: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/20(火) 20:31:09.48 ID:eWVoUPp2o
「……貴様」
「ここにたどり着いたこと、改めて褒めてやろう。だがその頑張りもここで終わりだ
ジャパニーズ。お前は憧れのprincessの前で、半殺しにされるのだからな」
「黙ってやられるつもりはねェ。いい加減にしやがれ」
「吠えるな。せめて俺の拳で、痛みを感じる前に葬ってやる」
「クソが……」
「ハリマ!」
カレンの声が響く。
「九条!」
それに対し、播磨は答える。
「黙って見ていろ。俺は必ず、お前ェを取り戻す」
大きく息を吐く播磨。
彼の目の前には、不敵な笑みを浮かべるマックスがいた。
つづく
428: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:03:25.23 ID:h3lev6Lro
播磨の運動能力がやたら高くなったのには理由がある。
それは時をさかのぼること6か月前。
播磨の同居人であり保護者を兼ねる親戚の烏丸さくらが風呂上りに、体重計に乗っていた時のことだ。
「なんということでしょう……、こんなのが許されるのか」
さくらは体重計の上で絶望していた。
「これは不味いわね」
そう言って身体に巻いていたバスタオルを自分ではぎとるさくら。
だが、その程度で体重計の重さが変わるわけもない。
「ぐぬぬ……」
彼女の視線が体重計に集中していたその時、
「さくら、風呂開いたか」
急に脱衣所のドアが開いた。
「が……!」
同居人の播磨拳児だ。
「いやあああああああああああ!!! 見ないでえええええ!!」
必死に体重計の表示を隠すさくら。
「おいさくら! もっと隠すべきところがあるだろう! 尻とか胸とか!」
「いやああああああん!!」
*
429: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:03:55.19 ID:h3lev6Lro
とりあえず二発ほど殴られた播磨は、さくらと話し合うことになる。
「運動をしましょう」
唐突にさくらは言う。
「はあ? 何言ってんだ」
「だから運動よ。やっぱりね、運動で体脂肪を燃やすことが一番いいと思うの。そうでしょう?」
ぐっとこぶしを握り締めるさくら。
「いや、そりゃわかるけどよ。やればいいだろう」
「ダメよ拳児くん! あなたもやるのよ」
「俺も? なんで俺が」
「同居人として、家主に従うのは当たり前でしょう!?」
「んな理不尽なことがあるかよ。なんでそうなるんだ」
というわけで渋々ながらさくらの運動に付き合うことになった播磨。
そして二週間後、
「おいさくら。走りに行くんじゃねェのかよ」
「もう5分ほど眠らせてよお」
「お前ェ、そんなんじゃ続かねェぞ」
「拳児くん、私の分まで走ってきてえ」
「……」
播磨は、さくらが挫折した後もトレーニングを続けた。
それが後に、彼の強靭な下半身とスタミナを作り上げた……らしい。
430: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:04:23.24 ID:h3lev6Lro
もざいくランブル!
第19話 血 戦 promise
431: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:04:54.80 ID:h3lev6Lro
「とりあえず、九条(コイツ)は連れて帰るぜ、外国人」
「お前はその意味がわかっているのか?」
マックスと向き合った播磨は、迷いなく言葉を発する。
もう、後には引けない。
「もう考えるのが面倒くせェ。細かいことは後で考えるぜ」
そう言うと、播磨は拳を上げて構える。
「そういう考えはキライじゃないぜ」
同様にマックスも構えた。
「だが――」
「あン?」
「貴様のその思いは、報われねェぜ」
一瞬で距離を詰めるマックス。
「ぬわっ」
播磨の顔のすぐ傍をマックスの拳が通り過ぎる。
鋭い。
まるで錐かナイフのような鋭さを持つ彼の拳。
「ぐっ!」
ガードをすると、突き刺さるような痛みが腕を走る。
すでにわかっていたが相当の手練れだ。
432: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:05:24.78 ID:h3lev6Lro
「でりゃあ!」
播磨の蹴り、拳。
しかし上手く躱されてしまう。
(こいつ、防御も心得ていやがる。ただの喧嘩屋じゃねェな)
元々わかってはいたけれど、拳を交えて確信した。
この男は強い。
それも、今まで戦ってきた者の誰よりも。
「ふっ、少しは楽しませろよジャパニーズ」
「くそがっ!」
一見すると動きは単調だが、微妙にリズムが変わっている。
重いパンチと軽いパンチ。そんな緩急をつけた攻撃が、じわじわと播磨を追い詰める。
そして何よりその足元。
(この打撃、ボクシングか?)
素早く放たれる左ストレート、そして重く強い右のフック。
その攻撃はボクシングそのものだが、足元はステップを踏まない、すべるような
すり足であった。
(そうだ、思い出した。この動きはあいつだ。マイク・タイソン)
播磨は昔見た映像を思い出す。
かつて最強と呼ばれたボクシング、ヘビー級王者。マイク・タイソン。
433: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:05:59.13 ID:h3lev6Lro
その足さばきは、普通のボクサーと違ってスッテップを踏まない、滑るような
“べた足”であった。
すり足は、障害物の多い屋外ならともかく、道場やこの部屋のように平らな場所
では理にかなった戦い方だ。
(確かに強ェ。だがこれはボクシングじゃあねェんだ。喧嘩なんだぜ)
次の瞬間、播磨は身を低くしてマックスの足元を狙った下段蹴りを繰り出す。
だがその動きを読んでいたマックスは素早く播磨の蹴りを受け流すと、素早く
ストレートの打撃を繰り出してきた。
「くそっ!」
ガードの上からでもわかる強力な打撃。
(殴り合いは不利。だが――)
かつて戦ったナカムラに比べれば、破壊力は劣る。
それは身長や体重のせいばかりではないだろう。
「ぐふっ!」
マックスの拳が播磨の腹に突き刺さる。
だがまだ浅い。
これで“重いパンチ”をもらったらまずかった。
次の攻撃を防ぐように播磨は中段の蹴りを繰り出す。
攻撃は最大の防御。
434: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:06:33.69 ID:h3lev6Lro
一気に畳みかけようとするも、マックスは独特なすり足で素早く播磨の攻撃をかわし、
体勢を立て直す。
恐らくガタイの違いから距離を取った殴り合いは不利。
そのことは播磨も相手も十分認識している。
だからこそ、マックスは素早い身のこなしで自分の得意な距離を保っているのだろう。
だがそこはひっくり返さなければならない。
播磨自身、まだ決定的な一撃は食らっていないものの、このまま戦い続けれは、
確実に攻撃を受けてしまうことは本能的に感じ取っていた。
「こんなものか、ジャパニーズの実力というものは」
構えながらマックスはわかりやすい挑発をする。
「勝手にほざいてろ。大和魂がこんなところで負けるわけねェんだよ」
「寝言も大概にしておけ」
再び距離を詰めるマックス。
「させるかっ」
播磨は前蹴りでカウンターを狙う。
だがそれは読まれていた。
「しま――」
寸でのところでマックスの打撃を防ぐ播磨。
しかし、その衝撃で彼のバランスが崩れてしまった。
435: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:07:10.00 ID:h3lev6Lro
均衡が崩れたかと思われたその時、
(なめんな――)
マックスの大振りの拳。
それを掻い潜るように播磨はマックスの懐に飛び込む。
(今だ!!!)
前に重心の乗った脚を、一気に薙ぎ払う。
「ぐわっ!!」
一瞬、無重力にでもなったかと思うほどに、マックスの身体が宙を舞う。
そして床に叩き付けられる。
普通の試合なら「待て」がかかる場面だだが、ここはそうではない。
一気に追撃を仕掛ける播磨。
播磨の蹴りがマックスに当たる。
手応えは十分だ。
更に追撃をかける。
衝撃が足から伝わってくる。
いくら鍛えていたからといって、脇腹や肩口を何度も蹴られて無事でいるはずがない。
「これで、終わりだあああああ!!!!」
渾身の力を込めて、播磨は自らの拳をマックスに突き刺す。
だが、その拳は絨毯を叩いただけであった。
436: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:07:36.43 ID:h3lev6Lro
(なにい!?)
次の瞬間、素早く床の上を転がったマックスはスッと立ち上がる。
先ほどまで何度も播磨の蹴りを受けていたとは思えないほどに、簡単に立ち上がったのだ。
「ふんっ、なかなかやるな」
コキコキと首を慣らしながらマックスは笑った。
「な……!」
『だが甘い。倒れた相手に対する攻撃は中途半端のようだ』
口元の血を拭いつつ、彼は再びファイティングポーズを取った。
ある程度ダメージを受けているようにも見える。
だが相手の戦闘力は全く衰えていない。
むしろより強力になっているようにすら見えた。
「どういうことだ、という顔をしているな」
「なに?」
「ハンデだぜ、ハンデ。これくらいやらないと、貴様ごときでは勝負にならんからな」
「勝負にならねェだと?」
「決まってるだろう。貴様のような甘っちょろい奴が、この俺に勝てるわけがない」
「やせ我慢してんじゃねェぞ!!」
再び距離を詰める播磨。
だが、
437: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:08:03.58 ID:h3lev6Lro
「な――」
視界の外から飛んでくる蹴り。
そして、
比較的高い場所からの打撃に身体がひっくり返る播磨。
一瞬何が起こっているのかわからなかった。
横になった彼の視界には、膝を高く上げるマックスの姿が。
「テメェ、蹴りも使えるのかよ」
起き上がりながら播磨は言った。
「蹴りを使えないとは言った覚えはないが」
拳だけの攻撃と素早いフットワーク。
とあるボクサーに似た戦い方。
ただそれだけで播磨は、マックスの動きがボクシングによるものだと思い込んでいた。
しかし、実際は違う。
マックッスの足さばきは明らかにボクシングのものとは違う。
強いて言うなら、
「せいっ!」
「ふんっ」
拳の軌道には覚えがあった。
「空手か」
438: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:08:44.45 ID:h3lev6Lro
「貴様が知っているような甘っちょろいスポーツ空手とはわけが違うぜ」
マックスの正拳突き。
それを両腕交差で防ぐ播磨。
重い――
更に前蹴り、後ろ蹴り。
「がはっ!」
耐え切れず後ろに下がる。
裏拳、そして肘。
隠していた技が次々と播磨を襲う。
一瞬、視界が飛んだ。
(いいのを貰っちまった!)
口の中が切れたか。
播磨は思った。
興奮していて、今は気にならないが、時期に口の中に鉄の味と臭い、そして唾とは
違う生暖かい液体があふれることはわかっていた。
ジンジンと耳鳴りが響く。
まだ倒れるほどのダメージではない。
更に接近――
(なめんな!!)
腰の入ったパンチをマックスの腹に入れる播磨。
439: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:09:24.92 ID:h3lev6Lro
今日初めてとも言える、クリーンヒットだ。
しかし、マックスはひるむことなく肘を繰り出した。
「がはっ!」
当たる寸前に、何とか手で防いだものの、ガードごと衝撃が播磨の頭部を襲う。
(なんてことだ、ガードの上から)
圧倒的な攻撃力。
そして絶望的な耐久力。
まるで壁と闘っているような圧迫感は、普通の人間なら心を折るのに十分だろう。
半年前の悪夢が蘇る。
「どうした! この程度かあ!!」
マックスの攻撃が更に威力を高める。
まともにガードをしてもダメだ。
できるだけかわし、後は受け流す。
そうして衝撃を最小限に抑えなければならない。
「どりゃあああ!!!」
物凄い気合いとともに、マックスの拳が播磨の二の腕に衝突した。
彼としては防御のつもりであったけれど、腕を挟んでもなお、その衝撃は胸を突き刺す。
「くそがああ!!」
こちらも負けずに気合いを入れる播磨。
440: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:09:59.14 ID:h3lev6Lro
だが、大振りの攻撃が当たるはずもない。
(もっと、もっと冷静になれ)
自分に言い聞かす播磨。
だが考えるよりも先に、マックスの攻撃は容赦なく播磨の身体に突き刺さる。
何発か、ガードの上からねじ込んでくる。
(強ェ。この強さ、技術とか筋力とか、そんなレベルじゃねェ。もっとこう――)
播磨は今までに感じたことの無い強さに戸惑う。
こんな相手は今までにいなかった。
それは外国人だから、というだけではないだろう。
(この強さはなんだ)
技術的なことではない。
「せりゃあ!」
左のカウンター。
(決まった!!)
播磨の拳がマックスの頬にめり込む。
だが、
ニヤリ――
不敵な笑みを浮かべたマックスはすかさず回し蹴りを撃ちこんできた。
(こいつ、痛みを感じねェのか!)
焦る播磨。
そして攻撃の手を緩めないマックス。
無限に続くと思われる攻撃に、播磨の心はぐらついていた。
*
441: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:10:38.54 ID:h3lev6Lro
「ハリマ!」
思わず叫ぶカレン。
序盤は対等かと思われた戦いも、その後はマックスのペースで進んでいる。
播磨の攻撃も当たるには当たっているけれど、其れ以上にマックスの攻撃が効いているようだ。
このままではやられる。
勘の良いカレンは本能的にそう悟った。
(止めないと)
無意識のうちにカレンの身体が動く。
いつもそうだ。
播磨の姿を見ていると、考えるよりも先に身体が動いてしまう。
『お待ちくださいお嬢様!』
『危険です!!』
マックスの手下の二人がカレンの両サイドからカレンの腕を掴む。
「私に触れるなデス!!」
「うわあ!」
カレンは一人の腕を振りほどくと、もう一人を合気道の技の要領で投げ飛ばす。
運動神経の良いカレンは、以前合気道教室で習った技を無意識にうちに習得していたのである。
不意打ちを食らった男たちは、思わず手を放してしまう。
その間にカレンは播磨の所に駆け寄った。
442: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:11:16.72 ID:h3lev6Lro
『もうやめてマックス!』
カレンは英語で叫ぶ。
『どけっ! まだ戦いは終わっちゃいない』
口から血を流しながらマックスは英語で返す。
負傷はしているけれど、今の播磨よりは幾分かマシだ。
すでにカレンの背後にいる播磨の身体はボロボロである。
『もう十分でしょう? 何をやっているの? これ以上彼を傷つけないで』
『そっちのジャパニーズが売ってきた喧嘩だ。それを返り討ちにして何が悪い』
『これ以上人を傷つける必要はない、と言っているの』
『そいつはどういうことだ』
マックスは未だに戦闘態勢を解いていない。
今にも自分に襲い掛かってきそうなほどの殺気を身に纏っている。
『私は言われた通り、婚約者と会います。だからこの戦いには意味はないわ。
だからこれ以上戦わないで』
『俺は別にそれでもいいが、後ろのそいつはどうかな』
血の混じった唾を床に吐きながらマックスは言った。
「ハリマ……」
振り返るカレン。
そこには血を流し、痣だらけになった播磨がいた。
「おい九条」
443: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:11:50.29 ID:h3lev6Lro
不意に播磨は声を出す。
「お願いハリマ。もうこれ以上戦わないでクダサイ。もういいんデス。カレンのことは、
もう放っておいて――」
「九条カレン!!」
「!!?」
カレンの言葉をかき消すように播磨は叫ぶ。
「お前ェは何度俺に恥をかかせる気だ」
「ハリマ、あの」
「俺はな、自分の意志でお前ェを連れて帰るって決めたんだ! 今更変える気はねェ!
例えお前ェが嫌だつっても連れて帰るぜ」
「もういいんデスハリマ。アナタの気持ちだけで私は幸せデス」
「俺は幸せじゃねェよ!」
「ハリマ!」
「どけっ!」
「……」
「今度邪魔したらタダじゃおかねェぞ」
播磨はカレンを横に押しのけながら言った。
「……」
「ラーメン、奢ってやんねェからな」
444: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/21(水) 20:12:24.66 ID:h3lev6Lro
「ハリマ? それって――」
もう随分前の話のように思える。
一学期のテスト勉強をしていた時、播磨と交わした約束。
まだ叶えられていなかったあの約束を、彼は覚えていた。
*
『クソが……』
マックスは小さくつぶやく。
これまで殴られてもけられても不敵な笑みを浮かべて攻撃を続けてきた男が、
初めて見せた感情的な表情。
(これは、まさか――)
播磨の心の中に一つの仮説が浮かび上がった。
つづく
447: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:13:08.59 ID:hF4oWyono
正直、俺はまともな教育を受けられるような環境に生まれ育ったわけではなかった。
一言で言えば、ゴミ溜めのような場所で、泥水をすすりながら生きる。
そんな言葉がお似合いの環境で生まれ、そして育った。
父親も母親もロクでもない奴らで、俺は早くに捨てられた。
そんな俺が、曲がりなりにもまともな教育を受けられたのは、腕っぷしの強さを
認められ、とある令息の用心棒をするようになったからだ。
そいつが俺の主人だった。
まあ、そいつにとって俺はたくさんいる召使いの一人であったわけだが、
少なくとも俺はそいつのために人を殴り、生きて行った。
すさんだ生活の中で心も荒んでいく。
当然、俺の周りには主人以外の人間が寄ってくるはずもない。
だが、そんな中で一人の例外が現れた。
九条カレン。
彼女だけは、周りが恐れて話しかけてもこないこの俺に対し、平等に接してくれた。
底抜けに明るい笑顔と、日本人とのハーフとは思えないほどの美しく艶のある金色の
髪の毛が、俺の心を癒してくれたのだ。
448: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:13:35.30 ID:hF4oWyono
しかし、そんな希望も打ち砕かれる。
九条カレンは、俺の主人の許嫁であった。
旧時代の話に聞こえるかもしれないが、金持ちの世界はわからない。
九条もまた、俺の主人と同様に別世界の人間だった。
そんな彼女が、ある日突然姿を消した。
聞けば日本に行ったというではないか。
それを聞いたとき、俺は悲しむよりも先にホッとしたのだ。
なぜなら、誰かに取られることを見るよりも、目の前から消えてくれたほうがいくらかマシだと思ったからだ。
どうせ結ばれない関係ならば、最初から無かったことになればいい。
だがそんな淡い気持ちは打ち砕かれる。
俺の主人は、婚約者を追って遠い極東の島国まで飛んで行った。
当然、用心棒の俺も同行することになる。
彼女と、九条カレンとの再会は苦いものとなった。
九条カレンは、俺の主人の許嫁であった。
旧時代の話に聞こえるかもしれないが、金持ちの世界はわからない。
九条もまた、俺の主人と同様に別世界の人間だった。
そんな彼女が、ある日突然姿を消した。
聞けば日本に行ったというではないか。
それを聞いたとき、俺は悲しむよりも先にホッとしたのだ。
なぜなら、誰かに取られることを見るよりも、目の前から消えてくれたほうがいくらかマシだと思ったからだ。
どうせ結ばれない関係ならば、最初から無かったことになればいい。
だがそんな淡い気持ちは打ち砕かれる。
俺の主人は、婚約者を追って遠い極東の島国まで飛んで行った。
当然、用心棒の俺も同行することになる。
彼女と、九条カレンとの再会は苦いものとなった。
449: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:14:01.70 ID:hF4oWyono
もざいくランブル!
第20話 思い distance
450: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:14:27.61 ID:hF4oWyono
目の前を覆うどす黒い感情。
其れを悪意というのなら、自分は喜んで悪に染まろう。
マックスはそう思い播磨に向かう。
ありったけの憎しみを込めて。
(なぜコイツは、なぜコイツは……!)
何度も拳を打ちつけながらマックスは問いかける。
(なぜ、この男はこんなにも彼女に愛されているんだ……!)
九条のカレンの表情を見ればわかる。
彼女が見ている先は決して自分ではない。
(俺は生きるために彼女をあきらめた。しかし、何の苦労もしていない、
日本というぬるま湯のような国で平凡に暮らしているような男が、
彼女を手に入れるというのか……!)
「くそがあ……!」
マックスの拳が血液で濡れる。
だが、次の瞬間彼の前進がはばまれた。
「な!!」
急に目の前に現れるサングラス。
頭が揺れる。
451: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:14:54.04 ID:hF4oWyono
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
だがすぐに腹に大きな衝撃が走った。
「ぐはっ!」
何とか踏ん張って倒れることを防いだマックスは大きく拳を振り上げて播磨を殴りつける。
手応えが軽い。
首をひねってダメージを殺したのか。
この男のどこにそんな余裕があるというのか。
*
452: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:15:22.56 ID:hF4oWyono
先ほどとは明らかに戦い方が違う、と播磨は確信した。
ついさっきまで、戦いを楽しんでいるようにも思えたマックスの拳からは、憎しみが
にじみ出ているようだ。
何があった。
いや、違う。
今まで隠していたものが漏れ出たというべきか。
渾身の一撃を放つため、大振りになったマックスの攻撃に合わせ、播磨は頭突きで
カウンターを食らわせる。
一歩間違えば顔面に思いっきり食らってしまいそうなほど、危ない攻撃であった。
しかしリスクを取った分、効果は大きい。
「ぐはっ……!」
自分も痛かったが、不意を突かれた相手もよろける。
だがすぐに反撃してきた。
(このくらいじゃあやられてくれねェか)
すでに足元も覚束ず、頭もガンガン痛んでいるにも関わらず心は冷静だった。
高鳴る心臓の音も、今はクラシック音楽のように落ち着いて聞いていられる。
まるで自分の身体が自分のものではないような感覚。
「くそがあ!!」
453: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:15:49.47 ID:hF4oWyono
マックスの拳を受ける。
もはやガードもまともにできない。
ボロボロだ。
だが、まだ戦える。
戦いの中で播磨は確信する。
この男は単純に命令だから戦っている、というわけでもない。
「おい、マックスとかいったな」
播磨は戦いの中ではじめて彼の名を呼ぶ。
「なんだ」
構えを崩さずに、マックスは答えた。
「お前ェ、もしかして」
「……」
「九条のことが好きなのか?」
「!!!」
「!!!!」
唐突な質問に、マックスだけでなく周囲の人間も絶句する。
「……お前、こんな時にふざけているのか」
「いや、そういうんじゃねェけどよ。なんつうか、そんな気がしてよ」
「今はそんなこと、関係ないだろうが!」
マックスは叫ぶ。
454: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:16:25.98 ID:hF4oWyono
「いや、別に好きじゃねェならそれでもいいけどよ、もし好きなら」
「なんだ」
「俺には勝てねェ」
「どういうことだ」
言葉と同時に蹴りを繰り出すマックス。
だが先ほどのようなキレはない。
播磨は寸でのところで上段蹴りをかわす。
鼻先をかすりそうになるほどの蹴りだ。
少し当たっただけでも大きなダメージは避けられないだろう。
だが今は、当たる気がしない。
大振りの攻撃を諦めたマックスは距離を詰める。
「やってやろうじゃねェかよ」
播磨も前に出る。
ゴツンと額と額がぶつかり合う。
いわゆるバッティングというやつだ。
ボクシングなら反則だが、今はそんなことはない。
ぐらつく視界を振り払うように播磨は拳を繰り出す。
それはマックスとて同様だ。
大振りのハイキックならばともかく、超接近戦の打撃はなかなか躱せない。
「ふぐっ!」
455: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:17:00.66 ID:hF4oWyono
「ぐはあ!!」
唇や口の中が切れ、何度も血を吐きながら相手に拳を当てる。
ぐにゃりと、柔らかい感触もあればやたら固い感触もある。
拳が切れて血まみれになる。
だが痛みなど感じない。
「そろそろ倒れたらどうなんだ、ジャパニーズ」
荒い息をしながらマックスは言った。
「それはこっちのセリフだブリテン野郎」
「ほざけ」
マックスの肘、それを防いだ播磨の拳。
それを叩き落とすマックス。すかさず播磨の頭突き。
だがマックスはそれに怯まず拳を繰り出す。
それに対し、播磨も攻撃を止めない。
すでに足は止まった。
最初の頃に見せていた、マックスの滑るような足遣いも今はない。
ただ、床を踏みしめて相手を殴るだけだ。
それは播磨も同様だった。
ここまでくるともはや技術は関係ない。
意地と意地とのぶつかり合い。
456: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:17:38.14 ID:hF4oWyono
どこまで耐えられるのか、どこまで闘志を燃やし続けられるのか。
バトルオブブリテン、はたまたガタルカナルの戦いを彷彿とさせる消耗戦の中で、
播磨はマックスの拳を掴む。
同様にマックスは播磨の拳を掴んだ。
「九条が好きなら、素直にそう言ったらどうなんだ」
「ああ? だから今そんなことは関係ないだろうが」
顔を突き合わせながら二人は睨みあう。
「お前ェが主人の命令で仕方なく戦っていると思っている限り、俺はお前ェには負けねェ」
「ジャパニーズが、粋がるな……!」
手を持ち替え、二人はお互いの両手を掴みあった。
プロレスで言うところの力比べの体勢だ。
「九条がお前ェの主人の許嫁とか言ったな。だったらお前ェは何のために戦う」
「邪魔者は排除する。ただそれだけだ」
「九条が無理やり結婚させられるのを、お前ェはそれでいいと思っているのか?」
「貴様に何がわかる」
「わからねェなあ、自分の意志で動かない奴のことはよお!」
「だったら貴様の気持ちはどうなんだ! 貴様は九条カレンのことをどう思っている!」
「な……!」
「その思いが、叶うとでも思っているのか」
457: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:18:12.51 ID:hF4oWyono
「俺の思いは――」
「ハリマ!!!」
不意にカレンの声が耳に飛び込む。
(いつもそうだ。いつもいつも、何で辛い時にコイツの、九条カレンの声が耳に入ってくるんだよ)
「ハリマケンジ! Never give up!!!!」
「言われなくともわかってんだよおおおおおおおお!!!!」
驚異的な力で体格で勝るマックスを押し返す播磨。
「お前にカレンを幸せにできるか! 一生面倒を見る自信が、能力があるのか!?」
「先のことなんか知るかああ!!!」
播磨は思いっきりマックスの頭に頭突きをくらわす。
「ぐわっ!」
思わずよろけ、手を放すマックス。
「確かに俺は迷ってるさ。だがな、お前ェほどじゃねェ。俺は今日、九条カレンを連れて帰る。
その目的のために命をかけるだけだ」
「命だと? 生ぬるい平和ボケした国民が命などと軽々しく口にするなあ!!」
マックスの右!
「!!!」
458: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:18:39.16 ID:hF4oWyono
それに反応した播磨が拳を繰り出す。
そして、両者の拳が交わる。
だが、両者の攻撃は互いに相手の顔を捉えていた。
いわば相打ち状態である。
一旦離れた二人は、更に打ち合う。
もはや防御などない。
ただただ打ち合うだけだ。
『いい加減倒れろ!』
「それはこっちのセリフだ!」
体当たりをしても、二人は倒れない。
すでに体力はつき、まともに腕も上がらない状態。
それでも二人は戦う。
汗と血が混じり前も良く見えない。
だけど、ただ一つの意地を貫き通すために。
「これで終わりだ! ジャパニーズ!!!」
マックスが拳を振り上げた瞬間、
播磨は飛び出し、彼の心臓に向けて拳を突きだす。
「……ぐふっ」
動きの止まる身体。
459: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:19:20.28 ID:hF4oWyono
「マックス、日本語で自信って言葉は、自分を信じると書くんだ。だけどお前ェは
自分にウソをついた。だから勝てねェんだよ」
「バカな」
播磨は拳を引くと、マックスはゆっくりと膝をつく。
すでに汗と血で汚れた絨毯が、やさしく彼を包み込むように見えた。
「ハアハアハア……」
「ハリマ!」
膝に手を当て、肩で息をする播磨に駆け寄るカレン。
『なんでいつもこんな無茶なことを……』
カレンは播磨のサングラスを外し、彼の顔をじっと見る。
怪我の様子を見ているのだろうか。
「俺がいつ無茶をしたつうんだよ」
「何を言ってるデス! いつもいつも無茶ばっかりしてるじゃないデスか!
本当にモウ!」
カレンは語気を強める。
「九条、帰るぞ」
「え……」
「さっき言ったろう。俺はお前ェを連れて帰るって」
「それって、お持ち帰りってことデスか?」
「いや、誤解を受けるような言い方はやめろ」
460: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:19:50.85 ID:hF4oWyono
「で、でも」
「俺のわがままだ。何度も言わすな」
「ハリマ、私やっぱり――」
「終わったか播磨!」
カレンの声に被せる様に、キザな男の声が部屋に届く。
「東郷!」
「ふっ、随分と手こずったようじゃないか」
「お前ェらこそ」
東郷の制服はビリビリに破け、顔や体中が痣だらけであった。
それは一緒にいた天王寺やララたちも同様だ。
ハリー・マッケンジーはサングラスを外している。
「播磨、歩けるのか」
東郷は聞いた。
「何言ってやがる、楽勝だ」
そこまで言いかけた時、プツリと意識が途切れた。
ここまで保っていた緊張の糸が、情けないことに東郷たちを見た瞬間切れてしまったのだ。
*
461: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:20:22.97 ID:hF4oWyono
見覚えのある天井。
そして頭が痛い。
いや、違う。痛いのは頭だけではない。
播磨は思った。
懐かしい感覚、そして懐かしい匂い。
『気が付いたかしら、王子様』
「九条……、いや、九条の」
九条カレンを大人にした感じの女性。
彼女の母親である。
暗がりの中でもそのはっきりとした目鼻立ちはすぐにわかる。
「またこのパターンか」
『お医者様にもちゃんと見せたから、問題ないわよ』
快活な英語でカレンの母は答える。
『それにしても、やってくれたわね』
「謝ればいいのか?」
『謝って済むような問題じゃないわ』
「だろうな。どうする。俺はこれから殺されるのか」
462: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:20:59.10 ID:hF4oWyono
カレンの家は超がつくほどの大金持ちだ。たかだか、日本の不良高校生一人を行方不明
にすることくらい、造作もないことだろう。
『……あなたは、なぜカレンを連れ帰ろうと思ったの?』
カレンの母は静かに質問をする。
月明かりに照らされた彼女の眼は、とても責めているようには見えなかった。
「なぜかって、そりゃあ……」
播磨は少し考える。
どう答えればいいのか。
彼は元々頭が良くないので、いい言葉が見つからない。
でも、何かを答えなければならない、ということだけはわかっていた。
「嫌だから、か」
『嫌?』
「なんつうかよ、まだ高校生なのに結婚相手がもう決まってるとか、嫌だろう、普通。
もっと色々な経験とかもしたいと思うだろうし」
『それはあなたの考えでしょう? カレンの考えとは違うかもしれないわ』
「わかんだよ。アイツの考えてることは」
『え……?』
「別にわかりたくもねェんだけど、なんかわかっちまう。自分の目の前にある現実に
対し、嫌って言いたいのに言えねェところとかよ」
463: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:21:34.59 ID:hF4oWyono
『それだけあの子のことを大切に思っているってことかしら?』
「いや、別にそういうんじゃなくて、単純に嫌なんだ。自由に生きられるのに生きねェ
やつを見るのが」
『あの子が拒否する、ということは考えなかった?』
「考えたさ。だからはじめは、今回の事態も無視しようかと思っていた」
『だけど?』
「ああそうさ。放っておけなかったんだよ。コイツは俺のワガママだ。ワガママで
許嫁との面会を滅茶苦茶にした。この罪を逃れるつもりはねェ。煮るなり焼くなり
好きにしろや」
『ミスターハリマ』
「あン?」
ふっと、身体を近づけたカレンの母は播磨の顔を両手で包み込む。
懐かしい匂い。
そうだ、これはカレンと同じ香りだ。親子なんだから当たり前なのだが。
『許嫁の件、カレンははっきりと断ったわ。無論、私もそれに同意した』
「……いいのか」
『あの子が自らの信念で出した結論よ。私はそれを尊重するわ』
「もしかしてこの騒動って」
『なに?』
464: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:22:13.65 ID:hF4oWyono
「九条が一言『嫌だ』って言えばそれで済んでたんじゃねェのか?」
『うーん、そうかもね』
「なんだそりゃ、イテテテ」
『ほら、大人しくしてなきゃダメでしょう?』
「何してるデェェェェェス!!!!!」
部屋が揺れるかと思うほどの大声が響く。
『あらカレン。まだ起きてたの? もう、早く寝ないとダメじゃない。明日は早いんだから』
『マムの姿が見えないと思ったら、ハリマの部屋で何をしているの?』
「おいちょっと待て九条。なんでここが俺の部屋なんだ?」
播磨はそう言ってみたが、カレンはその言葉を無視する。
『ハリマの面倒は私が見るって言ったでしょう? マムは大人しくしていて!』
『あらあら。こんな楽しそうなこと、ママにもさせてくれたっていいでしょう?』
「いつまでハリマを抱いてるデスかあ! 早く手を放してクダサイ!!」
興奮のためか、なぜか日本語に切り替わるカレン。
「ああもう、うるせェなあ! 静にしろよ、近所迷惑になるだろうが!」
『大丈夫よケンジ。このマンションは一棟まるごと借り切ってるから』
ニコニコしながらカレンの母はとんでもないことを口にする。
あと、何気に播磨のことを下の名前で呼び始めていた。
「はあ……?」
凄いとは思っていたけれど、ここまで凄い金持ちだったとは正直予想外である。
465: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:22:57.75 ID:hF4oWyono
『まあ、仕方ないわね。私はここでお暇するわ。後は二人で話なさい?』
そう言うと、スッと播磨から手を放したカレンの母は立ち上がる。
まるでモデルのようにスラリとした身体のラインは、とても子供を産んだ母親には見えない。
『でも興奮したからといって、いきなりやっちゃあダメだよ、ケンジ』
「おい! 何を言ってやがんだ!」
播磨がそう言っていると、カレンの母親は部屋を出た。
ドアの閉まる音が部屋の中に響いた。
「……」
「……」
静まり返る部屋の中。
今は時計の音だけが響く。
(今更何を話せばいいだろうな)
播磨は再び考える。
この場合、何と言っていいのかわからない。
「ハリマ」
不意にカレンが声を出す。
「なんだ」
「アリガト、デス」
カレンは消え入りそうな小さな声で言った。
「別に感謝されるようなことはしてねェ。俺はやりたいことをやっただけだ。怒られる
ならしかたねェけど」
「それでも嬉しかったデス」
466: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/22(木) 20:23:29.16 ID:hF4oWyono
「……そうか」
「でもそれ以上に、カレンは怒っているデス」
「は?」
「何回心配させれば気が済むんですか、ハリマは。何度も何度も何度も、私は凄く
心配だったんデス」
「……お、おう。悪い」
「本当にもう、無茶苦茶やって。そんなハリマも素敵ですが……、それより!」
「……」
「あまり心配はかけさせないでクダサイ」
「悪かったよ」
思わず播磨は、近くに寄ってきたカレンの頭を撫でる。すべすべしたキレイな金髪は、
さわり心地も柔らかかった。
「本当にすまないという気持ちがあるのなら」
「……なんだよ」
「怪我を直してください。それで、ラーメンを奢ってくださいネ」
「わかった……」
あの約束は、まだ忘れていなかったんだ。
そう思うだけで播磨は少し嬉しかった。
つづく
471: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:54:39.71 ID:uoVhRRAno
最悪、ある意味最悪の正月休みだったのかもしれない。
クリスマスイヴにマックスとの死闘を演じた播磨は、年末年始、ずっと戦いの疲れと
怪我の回復に努めざるを得なかった。
そして体力が回復したころには、冬休みは終わっていたのだ。
(別に休みの日に何をするってわけもねェけどな)
アルバイターにとっては稼ぎ時の年末年始を逃したのは、少し痛かったかもしれない。
1月の寒空の下、始業式のために播磨は学校への道を歩いていた。
「オッス、ハリー」
ふと、懐かしい声が聞こえる。
「猪熊か」
「私もいるわ」
小路綾もいた。
厚手のマフラーを巻いた綾の口元からは、白い息が漏れていた。
「怪我の具合は大丈夫?」
猪熊陽子はそう言って播磨の顔を覗き込む。
「大丈夫だ、問題ねェ」
「ふへえ、カレンの話だと随分ひどい怪我だと聞いていたけどねえ」
「そこまでヤワじゃねェ」
「綾も心配してたんだよ」
「な、何を言ってんのよ陽子!」
472: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:55:33.70 ID:uoVhRRAno
「あん?」
播磨が綾のほうを見る。
「べ、別に播磨くんの心配をしていたわけじゃないんだからね! まあ、カレンを連れ戻して
くれたことは感謝しているけど」
なぜか怒りながら、綾は顔を背けた。
「ったくよ。まあ、心配かけてすまんかったな」
「珍しい。今年のハリーは素直だね」
「別に俺はいつも正直だ」
「そうなの。あの子の前でも正直になってあげたらいいのに」
そう言うと陽子はニヤリと笑う。
「あの子?」
その刹那、背中に悪寒が走る。
何かが近づいている音、
だが反応するよりも先に、播磨の身体に衝撃が走った。
「な!!」
「ハリマアアアアアアアアアアアア!!!!」
「ぐおわあ!!!」
急に後ろから飛びつく人影。思わず前のめりに倒れそうになる。
子泣き爺か!?
いや、違う!
子泣き爺よりは軽く、何よりいい匂いがする。
473: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:56:24.18 ID:uoVhRRAno
サラリと、播磨の横の視界に見覚えのある長い金髪が朝日を反射して輝いていた。
間違えるはずもない。
「コラ九条! 朝から何やってんだ! また怪我したらどうすんだ」
「What are you talking about? この程度でやられるほど、私のハリマは弱くないデス!」
「さりげなく『私の』とか言ってんじゃねェぞ!」
「んフフン。カレンが故郷(イングランド)に帰っていた間、寂しかったデスか?」
「別に寂しかねェよ」
「素直になりなさい」
「ああもう! 早く降りろ」
「ついでだから教室まで連れて行ってください」
「いい加減にしろ。つうかお前ェと俺じゃあクラスが違うだろうが」
「ひゅー、お二人さん、仲がいいねえ」
冷やかすように陽子は言った。
綾はカレンと播磨のやり取りを見てなぜか赤面している。
そして他の生徒たちも、カレンの行動に注目しているようだ。
急に恥ずかしくなった播磨は、カレンの腕を無理やり外すとその場に立たせる。
「やめろ九条。恥ずかしいだろうが」
「恥ずかしがっちゃダメデス。羞恥心からは何も生まれナイ」
「何言ってんだお前ェは。とにかく、新年早々騒いでんじゃねェぞ」
「騒いではいまセン! ただちょっと嬉しかっただけデス」
「はあ?」
「ハリマに会えて、……嬉しかったデス」
そう言うと、カレンは照れくさそうに顔を赤らめながら目を伏せる。
「な……、何言ってんだ。バカらしい」
播磨は吐き捨てるようにそう言うと、学校へと向かった。
(嬉しい、か)
大きく息を吸うと、冬の空気が気持ちよかった。
474: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:56:50.96 ID:uoVhRRAno
もざいくランブル!
第21話 変 化 weather
475: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:57:41.66 ID:uoVhRRAno
昼休みの屋上。
誰もいない場所、というとこういう場所になってしまう。
風が少し、いや、かなり冷たい。
小路綾は、そんな場所でカレンと向き合っていた。
「大丈夫なの? カレン」
去年は色々とあったけれど、年末にカレンが母国に帰ってしまっていたので、
あまり話ができずにいた。
こうして二人きりで話すのは久しぶりだ。
「心配ありまセンよ。アヤヤは心配性デス」
カレンはそう言って笑う。
12月に見せた、力の無い笑顔とは違う。元の、あのカレン独特の輝くような笑顔がそこにあった。
「ねえカレン。まだ彼のことが好きなの?」
「ハリマですか」
綾はあえて名前を出さないようにしたにも関わらず、カレンは躊躇なくその名を出す。
彼女は、播磨の好きな人が自分ではないと知って以来ずっと悩んできた。
そして迷いもした。
ナカムラという執事の話から、その悩みの中で許嫁との婚約に踏み切ろうとした、
ということにもなりかけていたようだ。
476: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:58:24.33 ID:uoVhRRAno
結果的には、播磨を含む数人が乱入したためにご破算になったのだが、何よりカレン
自身が許嫁との結婚を拒否したことが大きい。
九条カレンは、自分の進むべき道を選んだのだ。
それがいばらの道であったとしても。
「アヤヤ。私は人を好きになると言うことは、とても素敵なことだと思っていました」
「違うの? カレン」
「ハイ。いざ好きになってみても、相手は自分の思うとおりにはなってくれません。
いっぱい悩むこともあったデス」
「……」
「でも、私は決めました」
「え?」
「この思いを最後まで貫くことを」
そう言うと、カレンは自分の胸に手を当てる。
「どういうこと?」
「私は、彼のことを好きでい続けようと思います。私の思いが届く、その時まで」
「ねえカレン。それって、とっても大変なことなんじゃあ」
「わかっていマス。でも、そうでないと、私の気持ちが収まらないのデス」
「……うう」
カレンの瞳に迷いはない。
477: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:58:50.32 ID:uoVhRRAno
いや、違う。
これまで散々悩んできたんだ。悩んで、悩んで、悩み抜いて、そして出した結論。
(カレン、あなたの思いは多分、届いていると思うよ)
ふと、綾はそう思った。
口には出さないけれど、すでにあの二人の間には、強い結びつきのようなものを感じ取っていたのだ。
*
478: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:59:24.16 ID:uoVhRRAno
「ヒックショ」
思わずくしゃみをする播磨。
「ハリマくん。また風邪?」
心配そうにアリスは言った。
「あーいや。そんなことはねェと思うけどよ」
播磨はハンカチで口元を拭きながらアリスのほうを向く。
「それでね、日本に帰ってきてからすぐに『三匹が斬られる』の年末スペシャルを
見たの」
「ああ、あれはいいモンだな」
「万石の殺陣のシーンが凄く迫力があってよかったよ」
「日本では珍しい、ワイヤーアクションだったからな」
「周星馳監督が協力してたんだって」
「どうりてな。それはともかく……」
「どうしたの?」
「暑くねェのか?」
「まあ、ちょっと。エヘヘ……」
アリスは苦笑いをする。
冬なのに、アリスが暑がった原因はすぐ隣にいる。
479: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 19:59:55.85 ID:uoVhRRAno
昼休みの間も、隣りにいた忍がアリスをまるで抱き枕のように抱っこしていたのだ。
「年末年始を一緒に過ごせなかったから、アリス成分が不足しているんですよお」
そう言いながら、忍はアリスのフワフワな髪の毛を撫でまわした。
「まあ、いいけどよ」
ふと、播磨は周りを見回す。
そういえば、今日はアイツをまだ見ていない。
なんというか、最近は一日一回は見ないと落ち着かない気がしている。
(何なんだコレはよ……)
自分の中の感情に戸惑う播磨。
「やあハリー」
ふいに、猪熊陽子が話しかけてきた。
「猪熊か。どこ行ってたんだ?」
「ちょっとからすちゃんに呼ばれていてね」
「そうかよ……」
そう言うと、播磨は話を打ち切る。
すると、
「……」
陽子はじっと播磨の顔を覗き込む。
「なんだ」
480: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:00:23.39 ID:uoVhRRAno
「カレンなら、綾と一緒に屋上にいたよ」
「誰もンなことは聞いてねェよ。なんだいきなり」
「いやあ、なんか知りたそうな顔していたし」
「してねェよ。勝手なことを言うな」
「そうか」
「べ、別に俺は九条のこととか気にしてねェし」
「ワタシがどうかしましたか?」
「げェ!」
「オハヨゴジャイマース」
そう言うとカレンは後ろから播磨に飛びつく。
「何しやがる」
「ハリマ、寂しかったんじゃないデスか?」
「んな訳ねェだろう。つうか引っ付くな」
「照れてちゃダメデス」
ふと、シャンプーの良い匂いが漂ってくる。
「別に照れてねェ。つうかよ、こういうのはよくねェんだよ」
無理やりカレンの腕を引き離しながら、播磨は彼女と向き合う。
「何がよくないのデスか」
「時間と場所をわきまえろ」
481: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:00:49.78 ID:uoVhRRAno
「ほっほう? 時間と場所をわきまえたらいいんデスか?」
「あと人も選べ」
「大丈夫デス。播磨以外のboyにこんなことはしまセン」
「余計悪いわ!」
「なんなんデスかもう」
そう言ってカレンは頬を膨らませる。
ちょっと可愛いと思ってしまう自分に苛立ってしまう播磨。
(なんなんだよコイツは)
こうなってしまった原因が自分にあることはわかっている。
だけど、それを受け入れられるだけの余裕が、今の播磨にはなかった。
*
482: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:01:21.54 ID:uoVhRRAno
三学期の時間の経過はやたらと早い。
気が付くと、カレンたちが豆を投げ合っており、忍が大量の鳩に襲われていた。
そして2月14日にはあの日がまっている。
そう、バレンタインデーだ。
「拳児くん、今年はどうかしらね」
朝食のパンを食べていると、パンにバターを塗りながらさくらが聞いてきた。
「どうって、何がだ」
「決まってるじゃないの。バレンタインデーよ。乙女の祭典なのよ」
「ケッ、アホらしい」
「何よ。今年は期待できるんじゃないの?」
「別に期待なんてしてねェよ」
「本当に?」
「お前ェはどうなんだ、さくら」
「え? 私?」
「誰か渡す相手でもいるのか」
「……うぇええええええん」
「おい、泣くな」
朝からいきなり泣き出す同居人に戸惑いながらも、播磨は学校に向かう。
もうすぐ学年末テストもあるし、バレンタインデーなどというイヴェントに浮かれてもいられないのだが。
*
483: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:01:54.70 ID:uoVhRRAno
2月14日。
この日はやけに学校内が浮足立っているように思えた。
だが一方で、ある種の緊張感も感じられる。
そんな緊張や期待など、播磨には縁のないものであった。
去年までは。
「ハリー」
「播磨くん」
ふと、見知った顔の二人が播磨に声をかけてくる。
「猪熊と……、小路か」
猪熊陽子と小路綾の二人である。
陽子はいつものようにニコニコ笑っており、綾は少し顔を伏せている。
「どうした」
「どうしたって、ハイ。バレンタインチョコだよ。私と綾の二人から」
そう言うと陽子は播磨にチョコを渡す。
手に取ると、コロコロと小さい球状のものが転がっているような音がしたので、
恐らく市販のアーモンドチョコレートにバレンタインらしい包装をしたものなのだろう。
「俺にか?」
「ほ、他に誰がいるっていうのよっ!」
なぜか機嫌が悪そうな綾はそう言って横を向く。
484: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:02:22.63 ID:uoVhRRAno
「何怒ってるんだ? 小路は」
「照れてるんだよ」
再び笑いながら陽子は言った。
「べ、別に照れてなんていないんだから」
綾はそう言うと、自分の席に戻って行く。
「いや、でもその……」
播磨が戸惑っていると、
「気にしなくても義理だから。お返し、期待してるね」
陽子はサラリと言った。
「お、おう。まあ別にいいけどよ」
播磨はとりあえず、陽子たちから貰ったチョコを机の上に置く。
「それで、もう貰ったの?」
目を輝かせながら陽子が聞いてくる。
「今貰っただろうが」
「違うよ。本命のほう」
「はあ?」
「つまり、カレンから貰ったのかってこと」
「ちょっと待て、なんでそこで九条の名前が出てくるんだ」
「そりゃ決まってるでしょう? ハリーの本命なんだから」
485: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:02:54.39 ID:uoVhRRAno
「あのなあ。別に俺たちはそんなんじゃねェって何度も言ってるだろうが」
「またまた~」
そう言うと陽子は播磨の腕を肘でつく。
「そういうんじゃ、ねェんだよ」
播磨はもう一度言った。
「ねえ、ハリー」
「あン?」
不意に真顔になる陽子。
「あんまり待たせるのは、可哀想だと思うよ」
「別に……、待たせてるわけじゃねェ」
「もう答えは出てるんじゃないの?」
「答えって、何だよ」
「私がカレンだったら、やっぱり耐えられないかも」
「……そりゃあ」
「おっと、もうすぐ授業はじまっちゃうな。じゃあね、ハリー」
そう言うとまたいつもの顔にもどった陽子は、自分の席へと歩いて行った。
(くそっ、俺はどうすりゃいいんだ)
「ハリマくんオハヨー」
不意に、アリスが声をかけてくる。
「お、おう。おはようさん」
486: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:03:28.35 ID:uoVhRRAno
動揺する播磨。
「どうしたの?」
「いや、何でもねェ」
「ふうん。もうすぐ先生来るよ」
「わかってる」
少し前の自分なら、アリスからのチョコレートを期待していただろう。
しかし今は違う。
そのことを、播磨自身が明確に感じていた。
*
天気の悪い昼休み。帰りには雨が降るかもしれない。
生徒たちが思い思いの場所で休憩時間を楽しんでいる間、播磨はいつもの屋上で
空を眺めながらそんなことを考えていた。
「うう、やっぱ二月は寒いぜ」
数か月ぶりにやってきた屋上は風が強い。
「こんな場所に隠れていたのか、播磨拳児」
「……ああ?」
聞き覚えのあるウザい男の声。
487: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:04:11.63 ID:uoVhRRAno
間違いない。東郷雅一だ。
「東郷(マカロニ)か。何の用だ」
「お前の行動はわかりやすすぎる。嫌なことがあったらすぐにここだ」
「……」
「それならいっそ、マグロ漁船にでも乗ったほうがいいんじゃないのか」
「嫌味でも言いにきたのか。だったら帰れ」
「まだ悩んでいるのか。九条カレンのことで」
「関係ねェだろう」
「確かにそうだ。だがな、播磨。お前が悩んだり苦しんだりするのは勝手だ。
だがD組(ウチ)の姫まで心配させるのは我慢ならん」
「……」
「どうした」
「いや。アイツには、悪いと思っている」
「だったらちゃんと話し合ったらどうだ」
「だけど、俺は……、今のあいつに」
「ふんっ。バカな男だ」
「なんだと貴様。喧嘩売ってんのか」
「喧嘩ならいつでも買おう。だが、今重要なのはそこではないだろう」
「……」
「貴様の本当の気持ちだ」
「あン?」
「もう答えは出ているんじゃないのか」
「それは……」
*
488: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:04:38.87 ID:uoVhRRAno
それから数分後。
東郷は教室に戻るために廊下を歩いていた。
「ねえ、東郷くん」
そこに声をかける女子生徒が一人。
C組の小路綾だ。
「播磨くんと、話をしてくれたんだね」
「ふっ、偶然通りかかっただけだ。他意はない」
東郷そう言って顔を逸らす。
「でもわざわざ播磨くんがいる屋上まで行ってくれるんだから」
「アイツには借りがあるからな」
*
489: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:05:32.63 ID:uoVhRRAno
放課後の屋上。
上空の雨雲は更に濃さを増している。
今にも振り出しそうな雰囲気の中、播磨はとある人物と相対していた。
それは、カレンではなく、
「急に呼び出してごめんね、ハリマくん」
「構やしねェよ、カータレット」
アリス・カータレット。
ふんわりとした彼女の髪型は、今日の湿度の高さで少し湿っているようにも見えた。
そのせいか、元気が良いように見えない。
「今日ここに来てもらったのは、確認したいことがあったからなの」
「確認……」
「うん。ハリマくんの好きな人だよ」
「……」
何となく想像はできた。
アリスの顔は真面目だ。他のクラスメイトのように興味本位で覗いてみたい、
というような表情ではない。本気で自分の親友を心配している。
そんな顔であった。
「カータレット」
490: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:06:00.92 ID:uoVhRRAno
「なに?」
播磨の頭の中に色々な思い出が去来する。
もしこの問いかけが、“あの時”だったら、彼は間違いなく目の前の彼女に思いを伝えていただろう。
だが今は違う。
人の心は変わる。
そんなのは当たり前だとおもっていた。
だけど自分だけは違うと思っていた。
それなのに、
「ハリマくん」
「……」
「あなたはカレンのことを、どう思っているの? いい加減結論を出したほうがいいと思う」
「そうだな」
播磨は再びカレンの顔を思い浮かべる。
屈託のない笑顔。
物怖じしない性格。
時々飛び出す思い付き。
友人だけでなく、彼女の行動には播磨も振り回されてきた。
最初は鬱陶しいと思っていたことも事実だ。
彼女のせいで、本命であるはずのアリスに接近できなかったのだから。
491: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:06:35.53 ID:uoVhRRAno
だが今は……、
「今は」
心の中の思いが声になるのにかなりの時間がかかった。
だがそれも仕方がない。
自分の気持ちがわからない時がある。ましてや他人の気持ちなど。
播磨は意を決して口に出す。
「俺は好きだ……!」
思わず力を込めて宣言する播磨。
「あ……」
しかしその言葉に対するアリスの反応は意外なものであった。
「なんだ?」
アリスの視線は播磨の背後にある。
(まさか)
恐る恐る振り返ってみると、屋上のペントハウスの入り口に立つカレンの姿が。
手には、プレゼント用に梱包された小さな箱があり、その表情は青ざめていた。
「アハハ……。邪魔しちゃったデスね」
すぐに気を取り直したカレンは、無理やり笑い顔を作った。
「いや、違うんだ。これは」
492: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:07:09.60 ID:uoVhRRAno
確実に勘違いしている。
播磨はそう確信した。
「ワタシはこれで失礼するデス」
そう言うとカレンは素早くその場から離れる。
「お……」
はぐれメタル並みの素早さに、播磨は一瞬動けなかった。
「はっ!」
先に正気を取り戻したのはアリスだ。
「何やっているのよハリマくん!」
「あン?」
「追いかけないと。絶対誤解されてるよ!」
「お、おう」
一足遅れて播磨はカレンを追いかける。
しかしカレンの走りは速い。とにかく速い。陸上部にスカウトされるくらいだから、
相当なものだろう。
いつの間にかカレンは学校の校舎を出ていた。
(あいつ、長距離は苦手じゃなかったのかよ)
そう思いながら昇降口で靴を履きかえた播磨は校外に出たカレンを追う。
一体どこまで逃げるつもりなのか。カバンも持たずに。
「おい待てええええ!!!」
493: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:07:41.86 ID:uoVhRRAno
思わず大声を上げる播磨。
「着いてくるな!」
「話を聞け!」
「Do not want to hear!(聞きたくない!)」
なんというワガママ。
いや、彼女のワガママは今に始まったことでもない。
水着選びの時も、海に行った時も、家に見舞いに来た時も、常にワガママだった。
徐々にスタミナが切れてきたのか、カレンのスピードが落ちてくる。
それを見逃さなかった播磨がカレンに追いつき、腕を掴む。
「どこに行くんだ!」
カバンも持たずに。
「ハリマには関係ないデス!」
播磨も腕を振り払おうとするも、そこは女子。男の力にはかなわな――
「!?」
と思った瞬間にカレンは素早く播磨の手をねじるように離すと、上段蹴りを放った。
(速い!)
すぐに体勢を立て直したカレンの掌底が播磨の 顎を襲う。
(これは!)
494: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:08:16.75 ID:uoVhRRAno
普通の女子生徒の攻撃ならば、そこまで焦る必要もないのだが、カレンの攻撃は確実に
人間の急所を狙ってきている。その上、運動神経がいいので攻撃が鋭い。
「放っといてくだサイ!」
(誰がこんなことを教えやがった)
播磨の脳裏に、オールバックで眼帯をした執事の姿が浮かび上がる。
『お嬢様。外は危険がいっぱいです。最低限の護身術はマスターするべきです』
(最低限どころか人もコ●シかねねェぞ)
そう思いながら播磨は攻撃を避ける。
幸い、夏の間にスタミナは鍛えられていたので、先ほどのダッシュでやや疲れの見える
カレンの攻撃ならば躱すことも難しくはない。
「って、話を聞け!」
「話ならアリスにしたらいいじゃないデスか!」
学校の前の橋で攻防を繰り返す二人。といっても、攻撃しているのは専らカレンのほうだ。
「なんだなんだ?」
「ケンカですかい」
放課後ということもあって、多数の生徒たちが周りに集まってきた。
こんな所でゴタゴタやっていては、教師連中まで呼ばれてしまいかねない。
「いい加減にしろ!」
495: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:08:43.61 ID:uoVhRRAno
そう言うと、播磨はカレンの一瞬の隙をついて彼女の身体を抱え上げた。
「ふえ!?」
思いもよらぬ行動に一蹴動きが固まるカレン。
「おおおおお!!!!!」
ついでに周りも興奮する。
「見せもんじゃねェぞ!」
そう言うと播磨は、カレンを抱えたまま学校へと戻って行った。
*
496: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:09:31.86 ID:uoVhRRAno
「ったく、手間かけさせやがって」
薄暗い教室。そこで播磨とカレンは二人きりになっていた。
「……」
カレンは先ほどの疲れと恥ずかしさでしばらく声も出ないようであったので、
播磨は彼女の気持ちが落ち着くまでしばらく待つことにした。
「コーヒー、飲むか」
なぜか播磨の鞄には缶コーヒーが二本入っていた。
「紅茶が飲みたいネ……」
カレンは力無く答える。
「紅茶はねェよ」
紅茶は無かったけれど、彼女の声が聞けて播磨は少しだけ安心した。
「なあ、九条」
「……」
「お前ェは大きな勘違いがしている。それはわかるか」
「…………!!!!」
つい先ごろまで青ざめていた彼女の頬が真っ赤に染まる。
カレンは自分の誤りに気付いたからだ。
しかも派手に暴れ回ったため、自分でもどうしていいのかわからなくなっていた。
「九条、息を大きく吸え」
497: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:10:03.50 ID:uoVhRRAno
「すー」
「吐け」
「はー」
「落ち着いたか」
「……少しは」
「そうか」
「ハリマ」
「なんだ」
「あの告白は、本当にアリスに対するものじゃないんデスネ?」
「ああ、そうだ」
播磨はそのことを何度も説明した。
「それじゃあ、アナタが好きな人は……」
「それは――」
そう言いかけて播磨の言葉は止まる。
これでいいのか?
一瞬、迷いが出た。
なぜ迷ったのか。
それは彼のかつての気持ちに折り合いをつけるためだ。
「なあ、九条。落ち着いて聞いてくれ」
「……ハイ」
498: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:10:44.92 ID:uoVhRRAno
「俺は、あいつが、アリス・カータレットが好きだった」
播磨はカレンの目を見据えて行った。
大きなブラウンの瞳ははっきりと播磨の表情を捉えている。
告白した相手はアリスではないという、前の話とは矛盾するかもしれない。
だが、これは彼なりのケジメの着け方であった。
「……だけど、今は違う。付き合ったとか、フラれたとか、そういうんじゃねェ。
今、好きなのはカータレットじゃあねェってことだ」
「だったらハリマ、今好きなのは誰ですか?」
「それは……!」
少し釣り目な大きな瞳。
流れるようなストレートな金髪。そして何より、明るすぎるその性格。
「九条……、俺はお前ェが好きだ。今度はウソじゃねェ」
「……」
播磨のその言葉に黙りこくるカレン。
「な、何とか言えよ。恥ずかしいだろうが」
先ほどまで播磨を見つめていたカレンの視線は、彼女の手元にあった。
「あ」
バレンタインデー用のチョコ。キレイな包装がなされたその箱は、先ほどの大立ち回り
ですっかりグチャグチャになってしまっていた。
499: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:11:27.18 ID:uoVhRRAno
「I'm sorry ハリマ。私がバカなばっかりに」
「まったく。貸してみろ」
そう言うと、播磨はグチャグチャになった箱をカレンから強引に奪い取る。
「ああ、どうするデス」
ビリビリと包みを破ると、高級そうな箱が出てきた。
いつもさくらが食べているチョコレートとは値段がヒトケタ違いそうなチョコレートである。
箱を空けるとチョコレートの香りが彼の鼻孔を刺激する。
甘いものはあまり好きではないけれど、ここは覚悟を決めなければならない。
「ほれ、外側はアレだけどよ。中身は無事じゃねェか」
そう言うと、播磨は一口サイズにしては少し大きめのチョコレートを口の中に放り込む。
(こりゃあ……)
美味いというよりは、いつも食べているお菓子類との違いに戸惑ってしまった。
でも不味くはない。決して不味くはない。
「あ、でも。これ食っても良かったのか」
そう言えば、カレンからこのチョコが播磨用だとは聞いていなかった。
もしかして、今はやりの「友チョコ」というものかもしれない。
「大丈夫デス。美味しいデスカ?」
「ああ、うめェよ。いつも食ってるようなのと、全然違う」
「私は、甘いものが大好きデス」
500: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:13:36.95 ID:uoVhRRAno
「そうか」
「でもそれ以上に――」
「……」
「ハリマケンジ、 I love you (あなたが好き)」
「……、Me too」
『ケンジの英語、とっても素敵よ』
「別に珍しくねェだろ。学校で英語習ってんだし」
「ねえケンジ」
「ああ?」
「もう一回言って欲しいデス」
「何をだよ」
「好きってことをデス」
「う、うっせ。そう何度も言えるか」
「いいじゃないデスか。減るもんじゃないデスよ」
「バカ野郎。それより――」
そう言うと、播磨は立ち上がり入口のほうに向かった。
そして勢いよく引き戸を開けると、そこには陽子、忍、ついでにララや東郷たちまでも集まっていた。
「お前ェら! 揃いも揃って、何やってやがる!!」
「し、親友として気になるといいますか」
501: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:14:04.70 ID:uoVhRRAno
照れくさそうに忍は言った。
「私は最後まで見届けようかと」
「ク・ジョー! 頑張れ!」
「これが若さか……」
「テメーら! さっさと帰れ!!」
「クックック。報われちまったなあ……」金髪のオールバックは言った。
「お前ェはイギリスに帰れ!!」
播磨がそう叫ぶと、集まっていた生徒たちは文字通り蜘蛛の子を散らすように解散していった。
「帰るのはあなたもよ、拳児くん」
「なに!?」
振り返ると、そこには播磨の従姉で担任の烏丸さくらがいた。
「もう下校時間は過ぎてるんですから」
「わーってる。すぐ帰る」
そう言って教室に戻ろうとすると、
「待って拳児くん」
不意にさくらが呼び止める。
「ンだよ」
「寄り道はあんまりしちゃいけないけど、今日くらいは最後までエスコートしないとダメよ」
と言って、さくらは軽くウィンクをした。
どうやら、彼女もある程度の事情を知っていたらしい。
「……!」
そう思うと急に恥ずかしくなる播磨であった。
*
502: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:14:49.97 ID:uoVhRRAno
「まいったな」
播磨とカレンの二人が生徒昇降口から外に出ようとすると、すでに暗くなっていた
空からポタポタと大粒の雨が降り出していた。
少しすれば本降りになることは間違いない。
そんな空を見たカレンが言った。
「今日もいい天気デス」
「はあ? 何言ってやがんだ。雨降り出してんじゃねェか」
「だからいい天気デスよ?」
そう言うと、カレンは傘を取り出して見せる。
「一度あなたとやってみたかったデス」
播磨とカレンの相合傘。
播磨のほうが背が高いので、彼が傘を持つ。
「おい、くっつき過ぎじゃねェのか」
「くっつかないと濡れちゃいマス」
「そりゃそうだがよ」
503: ◆4flDDxJ5pE 2014/05/23(金) 20:17:38.62 ID:uoVhRRAno
雨音をBGMにしながら二人は歩く。
言うまでもなく二月の雨は冷たい。ただ、コート越しに伝わってくるカレンの温もりは、
何より彼の心を温かくさせた。
「寒いから、ラーメン食って帰ろうか」
「奢りデスよ」
「わかってるよ。約束だもんな」
随分と前の約束を、やっと果たす時が来たようである。
「ラーメン一つ、ホットでお願いしマス」
「……いや、ラーメンは普通にホットだろ」
「ワタシの心も、ホットデス」
「ったく……」
もざいくランブル!
完
コメント
コメント一覧 (5)
キャラクターもイメージを損なわずに活き活きしている。
面白かったよ。
あと、播磨の暴走がもっと見たかった。このssだと常識的な立ち位置にいるし
アリスとの出会い方とカレンの押しの強さが心変わりのキッカケだったんじゃないかなと思う
つまり、お嬢と八雲ももっと素直に押していれば...
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