303: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:02:42.59 ID:GEEMDRZko




   年末スペシャル第三弾!!



   
             は り お ん !


       ~ 播磨拳児はうんたんに恋をする ~










引用元: 魔法少女とハリマ☆ハリオ

 

けいおん!  平沢 唯 (1/8スケールPVC塗装済み完成品)
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304: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:04:09.02 ID:GEEMDRZko

   プロローグ


 高校二年の新学期。

 この日の播磨のやる気はみなぎっていた。

(ついにこの日が来た! 俺の愛しのマイエンジェル、平沢唯ちゃんと同じクラスになることができたぞ!
これを機会に仲良くなって、ゆくゆくは付き合い……!)

 播磨の思い人である平沢唯。

 一年生の時は違うクラスだった上に、播磨自身恋愛に疎いため、ほとんど話をする機会がなかった
のだが、二年生になってからは同じクラスである。

 播磨が、これを大きなチャンスだと思ったのは言うまでもない。

「やっほ、ノドカちゃん」

 播磨の視線の先には唯の姿。

(こ、ここは自然に声をかけてみるべきか。何て声かけりゃいいんだ? ここは無難におはようとか。

いや、それは俺のキャラじゃねェな。よう、とかどうだろう)

「よう、播磨」

 しかしそんなことを考えている彼の前にぬっと、人影が現れた。

「な、なんだ田井中か」

「へへ。なんだはないだろう。せっかく同じクラスになったってのに」

「別に今更どうってことねェだろうがよ」

「ったく、つれないね。それじゃ女にモテねえぞ」

「うるせえ、大きなお世話だ」

「それがあたしの性格だからさ」

 田井中律は小学校時代の同級生である。たまたま同じ高校に入学しており、播磨がほぼ唯一気兼ねなく
話のできる女子生徒だ。

「ああ、そうかい」播磨は軽く律の言葉を軽く受け流す。

 その時である。

305: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:05:15.25 ID:GEEMDRZko

「ねー、みおちん。せっかく同じくらすになったんだから、今日遊びに行こうよお」

 しまりのない声が聞こえてきた。

「おっと、また澪が変なのに絡まれてるな」不意に律がその声の方向に視線を向ける。

「ん?」

「ちょっと行ってくる」

 そう言うと、律は早足で長い黒髪の女子生徒と、金髪の男子生徒の前に割って入った。

「はいはい、澪が迷惑してるだろ。帰った帰った」

「なんだよ田井中、邪魔すんなよ」

「うるせえな今鳥、早く戻れ」

「ちぇっ。みおちんまたねー」

 金髪の男はそう言って自分の席に戻っていく。

「やれやれ、やっと行ったか」律はそう言って腰に手を当てた。

 ふと、さきほど澪と呼ばれていた黒髪の女子生徒が播磨のほうを向く。

「……!」

 播磨と目が合うと(と言ってもサングラスをしているのだが)、はっと驚いたような顔をして、
すぐに目を伏せた。

「……」

 女子供に怖がられるのは慣れている。

 播磨はそう考えて強がってみたものの、少しばかりさみしい思いをしたのは確かだ。

306: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:06:31.55 ID:GEEMDRZko






   第一話 馴れ初め







 山中さわ子のマンション。それは播磨が居候をしている場所でもある。

「それで、拳児くんは好きな子とかいるの?」

 同居人の山中さわ子は酒臭い息で聞いてきた。

 今日はこれで缶ビール五本目だ(もちろん500ml)。

「飲みすぎだぞ、さわ子」

「これが飲まずにやってられますかっての。もう、拳児くん、話を逸らさないの!」

 ビシッと、アタリメを播磨にむけるさわ子。

「……」

 播磨は未成年なので、一応ビールではなく三ツ矢サイダーを飲んでいる。

「平沢唯ちゃんのどこが好きなの?」

「ブッ」

 思わず吹き出す播磨。

「あはは、きったなーい」

 酒を飲んでいるため、今日のさわ子はハイテンションだ。

「なんでお前ェ、そんなことを」

「あれれ? 軽音部をちょくちょく覗きにきてるの、私知ってるんだからあ」

「……」

「ねえ、そろそろ聞かせてくれてもいいでしょう?」

「いやだと言ったら?」

「ここで脱ぐ」

「勝手にしろ。ここはお前ェの家だ」

「ちょおっとー!」




   *

307: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:07:38.57 ID:GEEMDRZko


 あれは俺が入学してすぐのことだった。

 まだ学校の並木に桜の花が残っていたころなんだが。

「うんうん、それでそれで?」

「回想シーンに出てくんなさわ子!」


 その日、朝市で他校の生徒に絡まれて、十数人ほどボッコボコにして学校に行ったんだ。

 当然、そんなことをしてるから遅刻だわな。

 俺は、生徒のほとんどいない学校の敷地内を歩いていた。

 そしたら、

「ん?」

 一人の女子生徒がいた。

「おやおや、キミも遅刻かな?」

「なんだ?」

 その女子生徒は、俺の外見も気にすることなく気さくに声をかけてきやがった。

「いやあ、私もちょっと遅刻しちゃった。今日は憂が早めに学校行っちゃったから、
つい二度寝しちゃってねえ」

「……」

 憂って誰だ?

 なんて答えていいのかわからなかった俺は、じっと黙っていたら、彼女は不意に何かに気づいたようで、
鞄からハンカチを取り出した。

「どうした」

「動かないで」

 少女は言う。

「ん?」

 素早く近づいた女子生徒は、手に持ったハンカチでそっと俺の口元を拭く。

308: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:08:17.18 ID:GEEMDRZko

「何やってんだ?」

「血が、ついてるよ?」

「ん?」

 そういえば、少しばかり反撃を食らって怪我をしていたらしい。それでもかすり傷程度だったし、
そのときは興奮していて気が付かなかった。

「どこかでころんじゃったのかな? 私も時々やるんだ。気が付いたら膝とかすりむいてて、血だらけ。
もう、憂が心配しちゃってねえ」

「あ、おう……」

 天使だと思ったね。

 見知らぬ俺に対し、それもどこからどう見ても不良にしか見えない俺に対して、
なんのためらいもなくハンカチを差し出して血を拭いてくれた。

 これほどの天使がいたのか、と。

 俺は、一瞬にして惚れてしまったのさ。

 その優しさと、笑顔に。




   *

309: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:10:03.20 ID:GEEMDRZko


「ウィッヒッヒッヒッヒ」

「おい、聞いてんのかさわ子」

「いやあ、聞いてますよ。ほんと、拳児くんは純でいいわねえ……。あれ、もうない」

 さわ子は五本目のビールを空けてしまった。

「もうねェぞ」

「ええ? せっかく拳児くんのいい話を聞けたのにい」

「おい、言っとくが」

「ん?」

「絶対誰にも言うなよ! 絶対だ」

「はいはい、わかってますよ。私は教師よ。こう見えて口は堅いんですよお。
下の口も堅いから未だにカレシがオヨヨヨヨ~」

 さっきまで笑っていたかと思ったら今度は泣き出すさわ子。

 酔っ払いの世話をあきらめた播磨は、自分の部屋に戻るのだった。


   *


 翌朝、言うまでもなくさわ子は播磨との約束を破る。

「って、ことなんだけど、唯ちゃん覚えてる?」

「ふえ? 何の話ですか?」

 放課後の音楽室で、カスタードプリンを食べながら、世間話をしている中で、
さわ子はさりげなく昨夜播磨から聞いた話をしてみた。

「いや、去年の話なんだけど。拳児くんと会ったでしょう?」

「播磨くんとは今年初めて会ったんだよ? 一年のときはクラスも違ったし」

 そう言って唯は首をかしげた。

(ああ、拳児くん。かわいそうね)

 幸せそうにプリンを食べる唯の顔をみながら、自分の親戚の行く末を憐れむさわ子であった。



   つづく

310: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:10:41.51 ID:GEEMDRZko



   登場人物紹介(補足説明)


   播磨拳児

 主人公。バカ、不良。喧嘩は強い。

 平沢唯のことが好き。ただし、その思いは通じていない。


   平沢唯

 メインヒロイン(?)。あまり頭はよろしくない。天然。うんたん。

 播磨のことは、今のところ特に何とも思っていないようだ。


   山中さわ子

 サブヒロイン。播磨の同居人で、彼の従姉妹。

 独身。とにかく独身。怒ると怖い。



   田井中律

 播磨の幼馴染。軽音部部長。小学生のとき一緒のクラスにいた。

 活発な性格だったため、よく播磨と雷魚やナマズを獲りに行った。

 播磨のつけているカチューシャは、高校入学時に再会した際、律が渡したもの。



   秋山澪

 律の親友で同じ軽音部の部員。男が怖い。

 Dカップ。そのためDハンターの今鳥恭介に狙われている。


311: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:12:32.63 ID:GEEMDRZko




   第二話 将を射んとすればまず馬から







 平沢唯に恋い焦がれる播磨拳児は、なんとか彼女と仲良くなろうと思い、色々と考えていた。

 しかし彼は基本的にバカなので、いい考えなど浮かぶはずもない。

 というわけで、彼は同居人であり親戚であり、また同じ高校の教員でもある山中さわ子に教えを乞う

ことにした。

 他に教えてもらえそうなやつがいないのだ。

 不良だし、友達もいないし。

 そして保健室。

「そうね、まずは外堀から埋めていったらどうかしら?」

「外堀?」

「本人と仲良くなりたければ、まずその友達と仲良くなるとか」

「なんだか面倒くせェな」

「拳児くんダメよ! 恋愛に王道なんてないの! 回り道を恐れてはダメ!」

「今日も合コン行くのか?」

「当たり前よ! 今日こそいいの捕まえるんだから!」

 大人の言葉は矛盾ばかりだ。

 そう思った播磨は相談室代わりに使っていた保健室を出た。

312: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:13:25.32 ID:GEEMDRZko



 教室に戻る播磨。

 このクラスには、唯と仲の良い生徒が何人かいる。

 代表的なのは、同じ軽音部の田井中律と秋山澪だろうか。

 しかし、律とは顔なじみだし、今更仲よくなんていう間柄でもない。

 ということは――

 播磨の視線の先に、髪の長い女子生徒の姿が見えた。




   *



「ねえ、みおちん。今日遊びに行こうよ」

 金髪でチャラチャラした感じを絵に描いたような男子生徒、今鳥恭介が澪に話しかけてくる。

 ここ最近ずっとこうだ。

 彼女は正直うんざりしていた。

 だが、気の弱い澪は、律のように強く拒絶ができない。

 ただでさえ男性は苦手なのに。

「あの、今日は部活あるから」

「じゃあ部活終わってから」

「あの、困りまるから」

(早く律、戻ってきてくれないかな)

 彼女は内心、そう思っていた。一人では到底追い返せそうもない。

 その時、
 
「へ?」

313: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:13:59.45 ID:GEEMDRZko

 今鳥の後ろ襟を、まるで“猫つまみ”のように掴んだ大柄な男子生徒が現れた。

「なにをするだ!」

「うるせえ、来い小僧」

 その姿には見覚えがある。今年から同じクラスになった、不良で有名な播磨拳児だ。

 男性恐怖症の澪にとっては、今鳥よりもさらに話し辛い相手であった。

 それが今、

「話せばわかるって」

「……」

 先ほどまで澪に絡んでいた今鳥をどこかへと連れて行ってしまった。


 三分後、播磨は手ぶらで帰ってくる。

「あ、あの!」

 自分の席の前を通る播磨に対し、澪は勇気を振り絞って声をかけた。

「ん?」

 播磨は立ち止まってこちらを見る。

「今鳥くん、どうしたんですか?」

「捨ててきた」

「あ、そうなんだ」

「なんつうか……」

「え?」

「余計な世話、だったか?」

 少し照れたような仕草で、播磨は言う。

314: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:14:44.57 ID:GEEMDRZko

 その様子が、澪にはなんとなく可愛く見えた。

「いえ、ありがとうございます。助かりました」

「そりゃ良かった」

 そう言うと、播磨は自分の席に戻り、何かの本を取り出して読み始めた。

(男の人って、嫌な人ばかりだと思ってたけど……)

 ふと、澪の心にそんな思いが浮かぶ。

 それから、

「いよう、澪。調子はどうだい?」

 ここで田井中律、登場である。

「あ、律。うん。大丈夫だよ」

「今鳥のやつ、また絡んできたんじゃないの?」

「ああ、それなら、播磨くんが何とかしてくれたから」

「え? 播磨が? アイツ、なんでそんなことしたんだろうな」そう言って律は播磨のほうを見る。

「わからないよ」

「案外、澪に気があったりしてな」

「ちょっ、冗談やめてくれ! もう」

「うふふ。こりゃ、澪にも春が来たかな。相手がちょっとアレだけど」

「もう! 律!」

「あははは」




   *

315: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:17:05.33 ID:GEEMDRZko




 一方、播磨は『魁!!恋愛指南書』(民明書房)を読みながら心の中でほくそえんでいた。

(クックック。これで唯ちゃんの好感度も上昇だぜ)

 浅いのか深いのかよくわからない彼の作戦は、当然ながら彼の思惑とは別の方向に進むのであった。



   つづく

  

316: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:18:48.22 ID:GEEMDRZko




   第三話 隣のリズム



 播磨たちの通う高校では、中学校とは違い一学期に体育祭(正確には全校体育大会)が行われる。

 中間考査の後に行われるその行事は、どちらかというと新入生歓迎行事の色合いが強い。

 言うまでもなく不良の播磨はそういう行事にはあまり関心がないので、
その日も出場者と出場種目を決めるホームルームのときは漫画を読んで過ごしていた。

 しかし、今年は少し状況が違った。

「頑張ろうね、澪ちゃん」

「え? うん」

 同じクラスの生徒で、播磨の思い人である平沢唯がやる気を見せているのだ。

 その時、播磨のあまり出来のよくない脳内コンピュータが計算を始める。


 体育祭で活躍→「播磨くん素敵!」→唯の好感度アップ


(これだ!)


 そう思った播磨は立ち上がり、体育祭実行委員の一人に詰め寄る。

「俺に出られる種目はあるか?」

「え? 播磨くん出るの?」気の弱そうな男子生徒は困ったように言う。

「当たりめェだろうが。それで、何の種目だ」

「実はもう、一つしか種目が残っていないんだけど?」

「なに?」

「男女混合二人三脚」

「なん……だと……?」

 よりによって二人三脚、しかも男女混合である。

317: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:22:00.34 ID:GEEMDRZko

「ひい、だって播磨くん、ずっと漫画読んでたから、その間に決まっちゃって」

「く……」

 ここで無理やり誰かの枠を奪ったら、唯の好感度が下がりそうだったので彼は自重する。

 その代わり――

「おい、田井中」

「んあ? なんだよ播磨」

 播磨は、クラスメイトであり幼馴染の田井中律に声をかけた。

「お前ェ、二人三脚。俺と一緒に出ろ」

「はあ? いきなり何言ってんだ」

「ありゃあ男女混合種目だから、女じゃなきゃダメなんだよ。俺が出られる種目、
これしか残ってねェし」

「いやだよ。あたしはクラス対抗リレーにも出るんだよ」

「両方出りゃいいだろう」

「何でよ」

「わがまま言うな」

「わがまま言ってんのはアンタだろ!」

「く……」

 取りつく島もないといったところだが、そこは(余計な)世話焼きの律である。

「うーん」

 律は少しばかり腕を組んで考える。

 そして顔を横に向けた。

「ん?」

318: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:22:52.25 ID:GEEMDRZko

 律の視線の先には、数人の男子生徒に囲まれた秋山澪の姿があった。

「ねえ、秋山さん。一緒にやろうよ」

「いや、俺と」

「俺といこうよみよちん」

「秋山さん」

 そんな澪の様子を見て律はニヤリと笑う。

「あたしにいい考えがある」

(どうせまたロクでもないこと考えてんだろうな)

 播磨はそう思ったが、それは口に出さないようにした。




   *



 そして放課後である。

 学校のグラウンドには、上体操服に下ジャージ姿の播磨拳児と秋山澪の姿があった。

「おい、どういうことだ田井中」

「律……」

 二人は困惑した様子で、目の前にいる田井中律を見る。

「いやあ、播磨は競技に出場したい。澪は、周りによって来る男子どもを追っ払いたい。
その二つを同時にできる名案だと思ったんだけどねえ」

 そう言って得意げな顔をする律。

「何が名案だ。秋山は確か、男が苦手なんだろう?」

「まあ、その男嫌いを治すための治療も兼ねてるっていうかね、テヘッ」

 律は片目を閉じる。

「……はあ」

 この時点で、播磨は律との会話をあきらめた。そして、隣にいる澪に声をかける。

319: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:23:57.10 ID:GEEMDRZko

「秋山」

「は、はい!」

 緊張しているようだ。

「お前ェ、迷惑なら断ってもいいんだぞ。田井中(あいつ)が勝手に言ったことだし」

「いや、その……」

 澪は俯いて、何かを考えてる。

 そして、

「あの、播磨くん?」

「あン?」

「一緒に、出てもいい」

「本当か?」

「お? 澪もついにやる気になったかあ」

 と、律が身を乗り出す。

「田井中、お前ェは黙ってろ」

「播磨くんには、恩もあるし」

「ん?」

「いや、なんでもない。よ、よろしく」

「お、おう。こちらこそ」

 こうして、播磨と澪の二人三脚の練習が始まった。




   *

320: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:25:00.55 ID:GEEMDRZko


 二人三脚で大事なことは、いかにお互いのタイミングを合わせることか、だ。

 ふつうに走ったり歩いたりするのと違い、二人三脚には相手がいる。

 それを無視して進むことはできない。

 それ以前に、歩くときはお互いが身体を密着させなければならない。

 男に慣れていない澪にとっては、そこがまず第一の関門であった。

「……!」

「大丈夫か?」

 気遣う播磨。

 彼のその気遣いが、澪には心苦しかった。

「大丈夫」

 そう言うと、澪は意を決して播磨の身体に自分の身体を密着させる。

「……?」

「どうした」

「な、なんでもない」

(思ったほど、嫌じゃないかも)

 彼女にとって、父親以外の異性とこんなにも密着するのはほとんど経験のないことだった。

 それゆえに、恐怖心もあった。

 だが、いざ密着してみるとそれほど怖くはない。むしろそのぬくもりに安心さえしてしまう。

(ああ、いけない。そんなこと考えてる場合じゃない!)

 澪は自分の心に喝を入れて、練習をはじめる。

「いくぞ」

「うん」

「いちに、いちに、いちに……」

 だがしかし、

「うお!」

「ごめん」

 二人のタイミングが合わない。

321: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:26:38.80 ID:GEEMDRZko

 声を出しているのだが、どうも息が合わないのだ。

(どうしよう)

 焦る澪。

「もう一度やるぞ」

「うん、わかった」

 そして転倒。

「うわ!」

「ふぎゅっ!」

 情けない、と澪は思った。

「大丈夫か秋山」

「ああ、大丈夫。播磨くんこそ」

「どうってことねェ」

 播磨の気遣いが心に痛む。

(ああ、せっかく彼が我慢して付き合ってくれてるのに、これじゃあ……)

 澪が落ち込んでいるその時、

「みおちゃああああん、播磨くううううううん!」

 聞き覚えのある声がグラウンドに響いた。

「?」

 顔を上げると、友人の平沢唯が走ってきている。

「唯!?」

 そして、彼女は二人の前で立ち止まった。

「はあ、はあ、はあ……」走ってきたせいで、息を切らしている。

「どうした? 唯」

 と、澪は聞いた。本来なら、部室で練習をしている時間だ。

「なんか、澪ちゃんと播磨くんが二人三脚をやるって聞いて、これを持ってきたの」

「え?」

 彼女の手には、赤と青のカラーが懐かしいカスタネットがあった。

「カスタネット?」

「うん。なんかね、二人三脚はリズムが大事だって、体育の先生が言ってたから、
リズムならカスタネットかなあって、思って」

「……?」

322: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:28:06.90 ID:GEEMDRZko

 播磨は意味がわからず、黙っているようだ。

 澪も、一瞬意味が分からなかった。

「ほら、こうして」

 そう言うと唯はカスタネットのゴムを指にはめる。

「うんたん、うんたん、うんたん、うんたん、うんたん」

 そして、身体でリズムを取りながら軽快にカスタネットを鳴らした。

「あ、そうか……」

 不意に、澪は気付く。

「どうした、秋山」と、播磨。

「リズムだ」

「ん?」

「なんで、今まで上手くいかなかったのかわかった気がする」

「どうして……」

「あの、播磨くん。お願いがあるんだけど」

「なんだ」

「私がリズムをとるから、それに合わせてほしい。私のリズムに」

「ん? ああ」

 澪は今まで、播磨に合わそうとして必死になってきた。

 だから上手くいかなかったのだ。

 彼女は自分のバンドを思い出す。

(私の楽器はベース。ベースは文字通り、音の土台を作り出すもの。律のドラムと同じように、
自分で音楽を作らなきゃ)

 澪は大きく息を吸い、一歩足を踏み出す。

「いっち! にっ! いっち! にっ!」

 先ほどようりも力強く、自信を持って。

 澪の足に合わせるように、播磨も進む。

 今度は驚くほど歩調が合う。

 まるで楽器のセッションをしているような感覚だ。

「ペース上をげる」

「おう! いいぜ」

「いちに、いちに、いちに、いちに……」

 一度交わった波長は、なかなか止まらない。たとえスピードが速くても、狂うことがない。

 その日、澪と播磨は遅くまで二人三脚の練習をしたのだった。




   *

323: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:29:15.67 ID:GEEMDRZko



 体育大会当日。

 播磨たちの所属する2年3組は、隣の4組と激しい競争を繰り広げていた。

 そして、大会終盤。

 播磨の出場する、男女混合二人三脚の時間である。

「ふふ、3組よ。この二人三脚で引導を渡してやる」

 やたらマッチョな長髪男が話しかけてきた。

「誰だお前ェ」

 澪と一緒に出場準備をしていた播磨が言う。

「この東郷雅一(愛称:マカロニ)の名前をまぁだ覚えてないのか!!」

「ひっ!」

 あまりの暑苦しさと迫力に、澪は播磨の影に隠れてしまう。

「一体、何がいいてェんだお前ェ」

「ふふふ、ここで決着をつけようと言うのだライバルよ」

「誰がライバルだ」

「播磨拳児、貴様も二人三脚に出るのだろう」

「ああ」

「俺も出る!」

「だからなんだ」

「実は私も出るんですよ」

 不意に、東郷の背後から見覚えのある長い金髪の少女がひょっこり顔を出す。

「お前ェは確か」

「はい、二年四組、琴吹紬です。そちらの秋山澪さんと同じ軽音部の」

 ニコニコした笑顔に、太い眉毛が印象的だった。

「あ、ムギ……」

 知り合いの登場で、ようやく正気を取り戻す澪。

324: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:30:01.01 ID:GEEMDRZko

「ふふ。今日は負けませんよ」

「の、望むところだ。部活は同じでも今は勝負だからな」

「なかなか気合が入ってるな!」東郷は嬉しそうだ。

「お前ェは黙ってろ」

 そして競技開始。

 すでに三つの組が競技を終えており、四組とは二勝一敗。

 三組はここで勝って突き放したいところだ。

「播磨くーん! 頑張ってえー! 澪ちゃんもがんばれー!!」

 遠くから唯の声が聞こえる。

 声援に応えてガッツポーズでもやりたいところだが、そんな余裕はない。

 特に隣にいる者が。

「…………」

「秋山、秋山」

「へ?」

「大丈夫か」

「う、うん……」

 どうやら緊張しているようだ。

 学校行事ごときでこれほど緊張するものなのだろうかと思ったが、全校生徒が見守る中にいるから
無理もないかもしれない。

 これでは競技どころではない、と思った播磨は澪の緊張をほぐす手段を考えた。

(そうだ)

 そして思いつく。

「秋山」

「え?」

「その……、うんたん、うんたん」

 播磨は小声でそう言いながら、手を叩く。

 実に恥ずかしい。

325: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:32:05.86 ID:GEEMDRZko

「ぷっ……」

 思わず吹き出した澪。

「お前ェ、これ恥ずかしいんだぞ」

「どうしたんだ、いきなり」

「なんか、緊張してるみたいだったから、ほぐそうと思って」

「唯のマネ?」

「まあ、そんなところだ」

「なんか、ちょっと和んだかも」

「そりゃ、良かった……」

 先ほどよりは、表情が柔らかくなったようで、とりあえず播磨も一安心である。

「今度はお前ェがリズムを刻んでくれ」

「わかった」

 そう言って、二人はスタート位置につく。

「位置について」

 係の女子生徒がスターターピストルと呼ばれる陸上用の合図銃を上に構える。

 パンッ、と乾いた音が初夏の空に響き渡った。

「いちにっ、いちにっ」

 勢いよく飛び出す播磨と澪のペア。

 スタートダッシュは完璧だ。

 しかし、すぐに後ろから追いつかれてしまう。

「ふふ、どうした三組よ。その程度か」

 どうやら後ろは東郷のようだ。

 こっちはリズムをとるのに必死だっていうのに、よく話をする余裕があるな。

 そんなことを思いつつも、さらにペースを速める播磨たち。

「オラオラ、どうしたその程度か!」

「あんまりいらないこと言ってたら転ぶわよ、マカロニくん」

 紬の声が聞こえた。

「フハハハハ、それもまたよ――」

 何かが倒れる音。

 どうやら本当に転んだようだ

(これはチャンスだぜ)

 播磨は思う。

326: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:33:11.87 ID:GEEMDRZko

 最大のライバルである四組の東郷(マカロニ)琴吹ペアが倒れた今、播磨たちに死角はない。

 だが、それが最大の油断であった。

「いちにっ、いちにっ、いちにっ」

 ゴール直前。

「播磨くん頑張ってええええ!!」

 播磨の視界に、平沢唯の姿が入る。

「あ……」

 バランスを崩す二人。

「まずい!」

 転倒を防ごうと、播磨は澪の身体を支える。

 その時、




 むにゅっ




 そうとしか表現できない感触が、播磨の右手を通じて伝わってきた。

「え?」

 どうやら、播磨の右手が澪の左胸を“鷲掴み”していたようだ。

「い――」

「あ、これは……」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 次の瞬間、澪の左ストレートが播磨の顔面を襲った。

「ぐはああああ!」


 なおそれ以来、澪のまわりに集まっていた男子生徒たちは、あまり彼女に近づかなくなったそうな。

 めでたしめでたし……?


   つづく



327: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:35:52.60 ID:GEEMDRZko
少し休憩。

CMの後もまだまだ続くよ

328: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:39:39.83 ID:GEEMDRZko
ベン・トーって、なんだかんだで最後まで見てしまった。

ちなみに筆者が子供のころは、ベン・ジョンソンが流行った。失格になったけど。

329: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:40:52.69 ID:GEEMDRZko

   第四話 天国と地獄


 月末。

 それは播磨にとって憂鬱な時期でもある。

 学費以外の生活費諸々をアルバイトで賄っている彼は、急な出費などで月末にお金が無くなることが

多い。

 そして今月も、生活費が底をついた。

 同居人も金銭面ではあまり頼りにならないため、これからアルバイト代が振り込まれる三日間、
彼は昼飯無しで過ごさなければならない。



 昼休みになると、播磨は教室を抜け出して校舎の隅にある水飲み場で水を飲んで空腹を紛らわせた。

「んぐ、んぐ、んぐ……。ぷはあっ」

 喉も乾いていないのに水を飲むという行為ほどキツイものはない。

 それにいくら腹にいれたところで、それは所詮水である。汗か排せつ物になって外に出て行ってしまう。

「ああ、やっぱここにいたか播磨」

 聞き覚えのある声が響く。

「田井中か」

 同じクラスの田井中律である。

「お前、また金が無くなったのか? 月末になるとよくあるよな」

「うるせえな」

「ほれ、貸してやるから購買で何か買ってこいよ」

 そう言うと、律は右手に百円玉を二枚ほどつまんで播磨に差し出す。

 実にけち臭い。

「施しは受けねェ」

「施しじゃねえよ、貸しだっつうの」

「だったらなおさらいらねェ」

「腹減ったら授業に集中できねえぞ」

「もともと聞いてねェから問題ねェ」

 播磨はそう言って、教室に戻る。

「ったく、強情なやつだな」

 別れ際、律は吐き捨てるように言った。



   *

330: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:42:12.82 ID:GEEMDRZko



 翌日、播磨は昨日と同じ場所で水を飲む。

 言うまでもなく、腹は膨れない。

 いっそのこと、野草でも獲って食おうかとさえ思い始めた時、

「あ、あの」

 不意に誰かが声をかけてきた。

「田井中か? 別にいらねェって……」

 律かと思った播磨だが、どうやら違った。

 律よりも髪が長くてつり目の少女。

「秋山?」

「あ、ごめんなさい」

「いや、別に。どうした、こんなところで」

「その、播磨くんにお……、お弁当を」

「なに?」

 さすがに水飲み場で立ち話も気分が悪いので、播磨は中庭に場所を移した。

「何で急に弁当なんか。田井中になんか言われたか」

「いや、そうじゃない。まあ、律に言われて知ったってこともあるけど」

「ん?」

「播磨くん、今日はお昼持ってきてないだろう?」

「ん? ああ」

「だから、これはこの前のお詫びというか」

「お詫び?」

331: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:42:39.60 ID:GEEMDRZko

「た、体育大会で私、あなたに酷いことしてしまった」

「別に気にしてねェよ。いいストレートだとは思ったが。いや、フックだったか」

「ごめん、本当に」

「いやいや、身体が丈夫なのだけがとりえだから大したことはねェ」

「でも、ちゃんとお詫びとかもできてなかったから、それでこれ」

 そう言ってハンカチに包まれた箱を差し出す。

「それは……」

 その時、播磨の腹の虫が勢いよく鳴き出す。

 身体は正直である。

「悪い」

「ど、どうぞ」澪は差し出した。

「いいのか」

「うん」

「サンキューな」

 播磨は弁当箱を受けとり、それを空けた。

 中には数個のおにぎりが入っている。

「ごめん、何を作っていいのかわからなくて」

「いや、いい。最高だ」

 そう言って播磨はおにぎりにかぶりつく。

 久しぶりのまともな昼食に、思わず涙が出そうになった。




   *

332: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:44:43.97 ID:GEEMDRZko


 そんでもって次の日。

「播磨くん♪」

 授業が終わると、さっそく声をかけてくる女子生徒が一人。

(ゆ、唯ちゃん!?)

 平沢唯である。

「ど、どうした平沢」播磨は努めて冷静に対応してみせる。

「実は、私もおにぎり作ってきたんだけど、播磨くん食べる?」

(マジかあああああ!!!! なんてこったあああああ!!!)

 播磨は心の中で狂喜乱舞する。

「いいのか」

 しかし、表向きは冷静である。

「うん」

 平沢唯が作ったとされるそのおにぎりは、

「四角……」

 まるで豆腐のように四角かった。

 昨日食べた、澪のおにぎりのように三角ではないけれど、ごはんだから大丈夫だろう。

 そう思い播磨は一口食べる。

「ま……」

「どう? 播磨くん」

 唯は目をキラキラさせながら聞いてくる。

(まずうううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!!!!!!!)

 播磨は心の中でのた打ち回る。

(不味い不味い不味い不味い不味い不味い)

 心の中で、不味いという言葉がゲシュタルト崩壊しそうなほどの不味さだ。

(不味いってレベルじゃねェぞ!!! なんだこの不味さは! どうやったらおにぎりをこんなに
不味く作れるんだ!?)

 しかし、期待を込めて見つめてくる(可愛い)唯を前に、「マズイ」などと到底言えるはずがなかった。

「う……、うまいぞ、平沢」

 なんとか飲み込んだ播磨は、辛うじてそう言う。

「えへ、たくさん作ったからどんどん食べてね、播磨くん」

「お、おう……」

 この日、播磨は天国と地獄を同時に味わった。





   つづく

334: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:48:14.67 ID:GEEMDRZko

 

   第五話 勉強は大事だよ




 期末考査の時期である。

 当然、不良の播磨は、成績も不良である。

「ええーん、テストやだよー。律ちゃん助けてよお」

 平沢唯もあまり成績は良くないようだ。

「ねえ、花井くん。ここの問題なんだけど」

 クラスの女子が成績の良いメガネ生徒に質問している。

 その様子を見た播磨は、再び出来の悪い脳内コンピュータを働かせた。


 成績が良くなる→ 唯「播磨くん、勉強教えて」 → 仲良くなる


(これだ!)

 そう思った播磨は立ち上がる。

 しかし、これまで最悪だった成績がそう簡単によくなるはずもない。

(誰か成績のいい奴に教えてもらうとか)

 そして播磨は思いつく。




   *

335: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:49:35.58 ID:GEEMDRZko

 校舎の屋上。

 秋山澪は、播磨拳児に呼び出されていた。

 なぜか今日はやけに風が強い気がする。

(播磨くん、いったい何の用なんだろう……)

 播磨の意図が読めずに同様する澪。

 その時、以前親友の田井中律が言ったことを思い出す。


『案外、澪に気があったりしてな』


「……!」

 一気に顔が熱くなる。

(まさか、そんな……)

 ここで告白されたらなんて答えればいいのか。

(そりゃあ、確かに播磨くんはカッコイイところもあるけど、ちょっと怖いし……)

 澪の思考が頭の中でグルグル回る。

「おい」

「ひっ!」

「悪い……」

「あ、播磨くん」

「俺から呼び出したのに、待たせちまって悪いな」

「ううん、気にしてない。それで、用ってなに」

「実は」

 いつになく真剣な表情。

(来るか……!)

「勉強を」

「?」

「勉強を教えてほしいんだ」

「へ……?」

「こんなこと、他に頼めるやつがいねえ……」

「はあ……」




   * 

336: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:51:15.85 ID:GEEMDRZko


 校内の図書室。

「ねえ、澪ちゃんは今日はいないの?」

 テスト期間中にもかかわらず、まったくやる気のない様子の唯が言う。

「ああ、なんか用があるとか言って、帰っちまったな」律は問題集を見ながら答えた。

「そうなんだあ」

「唯。ちゃんとやらないと、また追試食らうぞ」

「うーん」

 律の注意にも関わらず、唯のやる気は出なかった。




   *



 秋山家――

 人に見られたくないという播磨の希望により、澪は自宅で勉強するという選択をする。

「本当にいいのかよ」

 遠慮がちに播磨は言う。

「だ、大丈夫だから」

 帰り際、澪は自分の携帯電話で家に連絡を入れておいた。

 反対するかと思っていたら、澪の母親は快く承諾してくれたので、そのまま家に連れてくることに
したのである。

「た、ただいま」

「お、よく帰ってきたな」

「ママ……」

 なぜか、玄関前で腰に手を当てて出迎える澪の母。

 いつから待ち構えていたのだろうか。

「やあ、キミが播磨くんか。澪からいつも話を聞いてる」

「ちょと、マ……! お母さん」

 いつものように「ママ」と呼んでしまいそうだった澪は(すでに呼んでいるけど)、

とりあえず播磨の前では「お母さん」と呼ぶように修正する。

337: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:52:40.17 ID:GEEMDRZko

「はっはっは。私が澪の母だ。よろしく。気軽に“お義母さん”と呼んでもらっても構わない」

「全然気軽じゃないよ! 思いっきり重いよ! というか、初対面の人に何言ってるの!」

「いや、すまない。澪が家に男の友達を連れてくるなんてはじめてだから、私もついうれしくなってな」

「はあ、そうなんっすか……」

 播磨は反応に困っているようだ。

「まあ、とりあえずあがりたまえ」

「し、失礼します」

「播磨くん、こっち」

 これ以上、播磨と母親を一緒にいさせたら、何を言い出すかわからない。

 そう思った澪は、速攻で播磨を自分の部屋に連れて行こうとするのだが、

「ご、ごめん。ちょっと待って」

 部屋の片づけをしていないことを思い出してしまう。

「どうしたのだ、澪」

 再び母登場である。

「なんでもない」

「部屋の片づけなら問題ないぞ。ウィ○パーはちゃんと隠しておいたからな」

「おおおおお母さん!」

 顔が真っ赤になっているのが自分でもわかる。

「いやいや、年頃の子供の部屋には、人に見られたくない物の一つや二つ、あるものだ。
なあ、播磨くん」

「はあ……」

「もう! 播磨くんに話を振らないで!」

「澪も私に似てナ○キン派だからな。貸し借りができて助かっている」

「サラッと何言ってるのよ!」

「最近のは性能がいいから、多い日もサラッサラ」

「まあああああまああああああああああ!!!」




   *

338: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:55:28.64 ID:GEEMDRZko

「はあ、はあ、はあ……」

 ドッタンバッタンの末に、播磨と澪は部屋に落ち着いた。

 いつもは軽く流している母親の言動だが、この日だけは許されない。

「ご、ごめん。播磨くん」

「なんで謝んだ?」

「マ……、じゃなくて母さんが、色々失礼なこと言ったみたいで」

「いや、別に失礼だとは」

「そうかな」

「しかし、お前ェとお前ェの母さん、やっぱ似てるな。特に声とか」

「声はよく言われる。でも性格は全然似てないけど」

「なんか学校だと大人しいイメージがあったから、あんなに叫ぶ秋山はちょっと意外かもな」

「んぐ……。そ、そんなことより」

「ああ、勉強か」

 色々あったけど、まずは勉強である。それが彼の目的のはずだ。

 テストも近いし、自分の勉強もしなければならない。

「数学の範囲はここからここまで、特に重要なのは」

「なるほど……」

 出来の悪い子を教えるのは唯で慣れている。

 播磨は、唯と同じくらい頭がよくないけれども、彼女と違ってやる気があった。

「ここ、違ってるよ」

「悪ィ」

 先ほどまで高まっていた興奮が、少しずつ覚めてくる。

 冷静になって考えてみると、急に恥ずかしくなってきた。

(私の部屋に、男の人がいる……)

 最近は自分の父親ですら入れたことがないのに。

「ひっ!」

 不意に部屋がノックされる。

339: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:57:07.64 ID:GEEMDRZko

 そして、部屋のドアが静かに開けられた。

「おやつだ、澪」

「もう、お母さん……!」

 先ほどの反省もあって、少し声を潜める澪。

「そうだ、播磨くん」

「はい?」

「キミにはこれを渡しておこう」

 そう言って母は播磨に黒い箱を差し出す。

「なんっすか?」

「どうも、ウチのパパには大きすぎるのでな、よかったら使ってくれないか」

 箱の表面には、『XL』という文字と北斗の拳のラオウの絵が描かれていた。

「どりゃあ!」

 澪は、その“アレ”が入っている箱を握りつぶさん限りに持って部屋の外に放り投げる。

「ああ、勿体ない」

「何出しとるかあ!」

「あまり興奮するな澪。生理が遅れるぞ」

「お、お母さん? 邪魔しにきたの?」

「いや、むしろ協力しに来たわけなのだが」

「お母さん」

「播磨くん、娘をよろしく頼む」

「早く出て行って!」

「ついでに私のこともよろしくたのむぞ」

「んもう……!」

 母のはしゃぎっぷりに、澪はいつも以上に疲れたのであった。
  




   *

340: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:59:21.48 ID:GEEMDRZko

 しばらくすると、母の来襲もなくなり、播磨はおとなしく勉強をしていた。

 体育祭の時もそうだったけれど、播磨は実は真面目なんだな、と澪は思うようになっていた。

「なあ、秋山」

 勉強をしながら、不意に播磨が話しかけてきた。

「え?」

「ちょっと聞きてェんだが」

「なに? わからないところ?」

「ああいや、そうじゃなくて」

「うん」

「なんでお前ェ、男が苦手なんだ?」

「それは……」

「ああ、悪ィ。言いたくないことだったか」

「いや」

 ふと、澪は何かを決意する。

「聞いて」

「ん?」

「中学校の時なんだけど、私、学校の先生にいやらしいことをされた。もちろん、律が助けてくれて、
大事には至らなかったんだけど」

「そうなのか。田井中のやつ、いいところあるな」

「律には助けられっぱなし。でも、それが原因で男の人が怖くなって……」

「そうだったのか」

「……うん」

「俺とは普通に話をしているように思うが」

「それは、よくわからないけど。播磨くんは、特別なのかな……」

 そう言うと澪は再び顔が熱くなるのを感じる。

「男の人は、今でも怖い。話くらいは、普通にできるようになったけど、それでもちょっと……」

「そうか」

「ダメだよなあ、このままじゃ」

341: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 20:59:57.12 ID:GEEMDRZko

「いや、でも世の中悪い奴も多いからな。警戒したほうがいいだろうよ」

「そう、なのかな」

「だけどよ、悪いやつも多いけど、いいやつも多いんだ。田井中みたいに。そう思うと少しは安心だろ

う?」

「そうだね」

「あのよ……」

「なに?」

「まあもうし、田井中とかがいないとき、困ったことがあったら」

「え?」

「俺が助けてやるよ。できることなら」

「……!」

「べ、勉強教えてもらった礼もあるからな。俺は、借りは作らん主義だし」

「播磨くん……」

「ん?」

「ありが――」


 バタンッ!!


 その時、急にドアが開いてプラスチックのコップを手に持った母が倒れこんできた。

「ママ!?」

 どう見ても、盗み聞きをしていた姿である。

 だが、

「播磨くん」

「え、はい」

 娘は怒り心頭だが、母は動じる素振りもない。

「澪をよろしく頼む」

 そう言うと、澪の母は親指を立て、軽く片目を閉じた。




   つづく

343: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:02:26.94 ID:GEEMDRZko



   第六話 人の噂も七十五日?

 うっとおしい雨の季節も終わりと告げようとしていた

 季節はもうすっかり夏だ。

 一学期という時期は本当に早く感じる。

「夏休み、楽しみだな。澪」

 田井中律は、隣を歩く親友の澪にそう話しかける。

「そうだな。それより、テストのほうは大丈夫か?」

「あたしは問題ないけど、唯がねえ……」

 ふと、律の視界に見覚えのあるガタイの大きな男子生徒の姿が目に入った。

(播磨だ)

 そう思った律は声をかけようとする。

 しかしそのとき、

「播磨くん」

「え?」

「おはよう播磨くん」

「おう、おはよ」

 律よりも先に声をかけたのは、なんと澪のほうだった。

 男嫌いで有名だったあの澪だ。

「調子はどうかな」

「ん、まあまあよ……」

 決して無理しているという感じではなく、自然に話しかけている。

(随分仲良くなったもんだな)

 ふと、律は友人との距離が遠くなったような気がした。

「律?」

「ん?」

 澪が振り返り、こちらの様子を見ている。

「どうした」

「いや、なんでもない」

 そう言うと律は早足で播磨の隣に行き、彼を挟むようにして一緒に学校へと向かった。

 



   *

344: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:03:34.63 ID:GEEMDRZko



 期末テストのほうは、秋山澪の教育もあってなんとか無事に乗り越えられそうな播磨。

 そんな彼は、最近妙な噂を耳にするようになる。

 もともと世間の評判など気にするタイプではない播磨だが、夏休み前の浮ついた雰囲気の中で、
その噂は決して看過できる物ではなかった。

 なぜならその噂とは、

《播磨拳児と秋山澪が付き合っている》

 というものだったからだ。

(冗談じゃねェぞ。そんな噂が出ちまったら、きっと唯ちゃんは――)


『播磨くん。澪ちゃんと付き合ってるんだね。お幸せに、オヨヨヨ……』


(こんな風になっちまうじゃねェか!)

 そう考えると、彼は少しばかり焦ってきた。

 教室に向かう途中、妙な視線に気づく。

「あの人が秋山さんと?」

「ウソー」

「でも不良っぽい人がモテるって聞いたし」

 彼の地獄耳センサーがいくつかのヒソヒソ話をキャッチする。

(こりゃ本格的にマズイな)

 高校生、特に女子生徒は噂話が大好きだ。

 それが恋愛関係となればなおさら。

345: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:05:17.33 ID:GEEMDRZko

「播磨くん?」

「うおっ!」

「どうした」

「いや」

 目の前に、教科書やノートを抱えた秋山澪の姿があった。

「それより、次の授業は教室移動だぞ」

「そうか」

「あの……、一緒に行かないか」

「ん? 田井中は?」

「律は選択している授業が違う」

「お、そうか。わかった」

 ここで澪に対する態度を変えたら、周りから露骨に怪しまれてしまう。

 そう思った播磨は、努めて平静に、いつも通り行動することにした。

 それでも頭の中では、事態の打開策を練る。

(女子は女子で、情報のネットワークみたいなものを持ってるはずだ。

 そこに俺のような男子生徒は割って入れねェ。

 ということは、この噂の“根本”を、誰かに切ってもらう必要がある)

 播磨にしては珍しくまともなことを考える。

(だとしたら秋山はダメだ。噂の張本人だし、何より性格が控えめすぎる)

「ん? どうした。私の顔に、何かついてる?」澪はそう言って顔を伏せる。

「ああ、いや」

(となれば、頼める人間は一人しかいねェ)

 播磨は、一人の女子生徒の顔を思い浮かべた。




   *

346: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:06:28.08 ID:GEEMDRZko

 その日の昼休み、律は播磨から屋上に呼び出されていた。

(播磨のやつ、話ってなんだ……)

 初夏の日差しの中、青い空を眺めながらぼんやりと考える律。

(澪と付き合ってるって噂もあるし、その辺も聞いてみたいな。でも、本当に付き合ってたら……)

 不意に胸が痛む。

(なんだよ。澪のやつもまんざらでもないようだし、別にいいじゃねえか。そりゃ、ちょっとは寂しいけどよ)

 そんなことを考えていると、播磨が現れた。

「すまねェ、待たせたな」

「お、おう……」

 律は平静を装う。

「それで播磨、話ってなんだ?」

「実は噂のことなんだ」

(来たか……!)

 律は心の中で身構える。

「俺と、秋山が付き合ってるんじゃねェかって噂」

「ああ、知ってるよ。まあ、澪本人はそういう話に疎いから、まだ知らないと思うけど」

「やはりか。それでな、その噂は」

「本当に付き合ってるのか?」

「ち、違う」

「ん?」

347: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:07:39.38 ID:GEEMDRZko

「俺と秋山は付き合ってねェ。そのことを、お前ェからほかの女子にも話してほしいんだ」

「そうなのか」

 律は、今まで身構えていた分、身体の力が抜けてしまう。

「借りは作らないんじゃなかったのか?」

「この際しかたねェ。緊急事態だ」

「ほほう」

 安心した律は、自分のペースを取り戻しつつあった。

「でもさあ、播磨」

「あン?」

「澪はいい女だぜ? 付き合ってもいいんじゃねえのか?」

「いや、まあ確かにアイツはいい奴だと思うけどよ」

「だったらそのまま付き合っちゃえよ」

「バカ言うな。秋山が迷惑するだろう」

(鈍いな……。相変わらずか)

 ふと、律はそんなことを思う。

「澪じゃ、ダメなのか?」

 調子に乗った律は、墓穴を掘るのも覚悟で突っ込んでみる。

「別に、そういうんじゃねえ。秋山はいい女だと思うぞ。だが、付き合うとか、好きとか、
そういうのは違うんじゃねェのかと」

「どうして」

348: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:09:28.97 ID:GEEMDRZko

「そりゃ、俺には……」

「ん?」

「他に好きな奴がいるんだよ」

 播磨は顔をそらし、少し照れながら言った。

 律はこんな播磨を見るのが初めてだったので、少し、いや、かなり新鮮な気持ちになった。

「その、お前の好きな相手って」

「言えるわけねえだろう!」

 播磨は語気を強める。

 この時、律の脳内にあるコンピュータが少々オーバーヒート気味に計算を始めた。


 播磨と澪は付き合っていない→それをわざわざ自分に言う→播磨には好きな相手がいる→その相手は……


(まさか、アタシ?)


 興奮のためか、律の思考回路が少し、いやかなりぶっ飛んでしまったようだ。

(いや、確かに播磨とは幼馴染だし、よく知ってるし、一緒に雷魚やナマズ釣りをした仲だし。

そりゃ、播磨のことは嫌いじゃないよ。でも……)

「ん?」

 改めて播磨の顔を見ると急に恥ずかしくなってきた。

「そ、そりゃあアンタのことは嫌いじゃないから、その」

「何言ってんだお前ェ」

「急にそういう風に考えろって言われたら、それは無理があるというか」

「グズグズしてたら夏休みになっちまうだろうが」

「まあ、夏休みに色々と話をすりゃあいいのかな」

「おい、田井中」

「はひ!?」

「大丈夫か。暑さでやられたか」


 その時、

349: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:11:20.83 ID:GEEMDRZko

 物凄い勢いで屋上の階段室のドアが開かれた。

 驚いた二人は、一斉にそちらの方向をみる。

 すると、そこには栗色の長い髪の毛の少女が立っていた。

 赤い髪留めが妙に印象的なその女子生徒のことを、律は知っている。

(確か生徒会の……)

 よく見ると、彼女の後ろには十数人の女子も続いていた。

「二年生の播磨拳児くんね」

 鋭い目つきの女子生徒が言った。

「何だお前ェら」

 播磨は訳が分からない、という顔をしていた。

「私は秋山澪ファンクラブ、会員番号一番、曽我部恵!!」

 ワ○ピースとかだったら、後ろに「ドン」という文字が見えてきそうなほどの堂々とした自己紹介である。

「はあ?」

「秋山澪に近づく悪い虫は、我々が排除する!」

「な……!」

「かかれー!」

 曽我部の合図で、一斉に襲いかかる女子生徒軍団。

「澪先輩に近づくな、このクズムシー!!」

「捕まえて!」

「何だお前ェら!!」

 その勢いに播磨は逃げ出す。

「え、あの、ちょっと……」

 そして、しばらくすると屋上には律一人だけポツンと残されていたのだった。

(播磨のこと、もう少しちゃんと考えてやらないといけないな)

 ついでにややこしい勘違いも残していた。





   第一部 完

350: 年末スペシャル ◆tUNoJq4Lwk 2011/12/25(日) 21:14:01.66 ID:GEEMDRZko
 ちなみに、澪と播磨は日本史、律と唯は地理を選択しております。