1: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/13(月) 23:43:45.74 ID:3lTmpGgo




――――そこは、暗い闇の中。




彼女は、ただひたすらに逃げていた。
恐怖を感じているわけではないのだろう。
人形が、恐怖するはずがないから。


「はぁッ、はぁはぁ……」


では、何故足は動き続けるのか。
何故、生き足掻いているのだろうか。




「見ィつゥけたァ」




そして、

暗闇の中から現れたのは、真っ白の歪んだ顔。

咄嗟に引き金をひく。
響く、凶悪な音色。この距離でこの軌道、外さない、外れない。
目の前の怪物は地に伏せるはず。いや、伏せなければおかしい。


「――――っと」

「……っ!!」


しかし、

あり得ない、物理法則を完全に無視した現象。
彼に向けて放たれた銃弾は、彼女の脇腹へと突き刺さったのだ。

思わず片膝をついてしまう。
ここで足を止めることは、即ち死を意味するはずなのに。

引用元: 「大好きだよ、一方通行」 

 

とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の一方通行 (1) (電撃コミックスNEXT)
山路新
KADOKAWA/アスキー・メディアワークス (2014-07-26)
2: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/13(月) 23:47:17.21 ID:3lTmpGgo




――――痛い。




彼女たちにも痛覚が存在する。
そんな当然の事実を知った時、少々驚いた覚えがある。
だがその痛みすら、今の自分には心地良く感じて。


「なンだなンだなンですかァあ? もォ終わりかァ??」


……彼女は、何を考えているのだろうか?
すぐに解放されたいのか。それとも次の一手を探っているのか――――


「ったく歯ごたえがねェ。……さァて、オマエはどォやって殺して欲しい?
選ばせてやってもいいぜ」




――――めちゃくちゃに犯して侵して壊して潰して食して欲しい。
願望が、口から漏れることはない。


「チッ、反応無しかよ」


舌打ちした彼は、少しだけ考える仕草。
――――そんなポーズまで洗練されていて、美しく、見惚れてしまう。






「決ィめた」


今度は、禍々しい笑顔。
コロコロ変わる表情を、ずっと眺めていたかった。

3: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/13(月) 23:48:53.59 ID:3lTmpGgo


 それでも、終わりは近づいていて。
迫りくる彼の顔。目をそらせない、そらしたくない。


「じゃァな」


反応を見せない彼女に、彼は特に苛立ちを見せることはない。
最期に見えた表情は、諦観、だろうか。






「……つまンねェ」


呟いた彼は、まるで泣いているかのよう。
もしいつか出逢うことが出来たなら、思い切り抱きしめてあげたい。
そう、強く想うのだった。




5: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/13(月) 23:59:46.73 ID:3lTmpGgo

…………





一方通行(アクセラレータ)は、扉を開けて現れた異世界に、頭が真っ白になっていた。








――――目の前の状況が、理解できない。






6: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:02:29.34 ID:avSACfMo





「やっほーう、ダーリン♪」






 もしかしたらこれが罠で、
テロリストが待ち受けていてくれたほうが色々と楽だったかもしれないが、
そんな気配はなく。





「警戒しないでいいよ、一方通行。
ミサカにあなたを攻撃するなんてオーダーは、一切インプットされていない」






彼の中で疑問は尽きない。
なぜ隠れ家であるこの部屋がわかったのか、
なぜこの部屋に入れたのか。



なぜ、自分がよく知る少女(ラストオーダー)が高校生ぐらいまで成長したような顔の女が、
ここにいるのか――――





「ミサカの目的はあなたを愛することだけ」




しかしそれらの疑問を抑えて、意外と常識的で紳士な彼には、耐えがたいことがある。

7: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:03:51.65 ID:avSACfMo



「ミサカはそのために、そのためだけに、わざわざ培養器の中から這い出てきたぜ!」キリッ

「いいから服を着ろよ……」






 そう、彼女はなぜか、裸エプロンだったのだ。




8: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:09:30.59 ID:avSACfMo
…………


一方通行は、今日も『グループ』の仕事に駆り出されていた。


親船最中からのバックアップを得てからも、その状態は変わらない。
そのことに特に不満はない。
今の彼はこういう風にしか生きることができないことは、
自分でもよくわかっているのだから。

打ち止めからの連絡も毎日あるが、たまに取り合ってやる程度。
こんなところに生きている自分は、打ち止めの世界から消えたほうがいいだろう。
段々連絡が途絶えていけば、彼女も忘れていくことができるかもしれない。


そう彼は考えているものの、未だに連絡が絶えることはない。
むしろ頻度は増している。
電話をとる声も鬼気迫るものになりつつあり、正直彼も対処に困っているのが現状だ。
仕事に対する理解も求め、心配するなとも言っている。
なにより彼が指名手配されていることも、ちゃんと知っているはず。


『アイテム』や『スクール』などの他組織が壊滅した今、
事実上裏世界のトップに君臨する組織『グループ』。
その構成員である彼を警備員ごときが逮捕できるかどうかは正直疑問だが、
堂々と表に出てはならないのは間違いない。

本来なら電話だってすべきではないのだが、そこはそれ、逆探知対策は万全。
『グループ』の下部組織である技術部は、他の組織を吸収し今では学園都市の中でも
かなりハイレベルな技術力を持つ。
よほどの能力者、例えば第三位の超電磁砲などでもない限り、干渉は不可能だろう。


しかも毎日寝床の変わる自分を捜すのは困難で、
捜すなと釘を刺しているはずだが、――――


9: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:16:35.31 ID:avSACfMo


「黄泉川が俺を捜しているだとォ……!?」



仕事が終わり、組織の行動範囲が大きくなったせいで必要になってしまった定例会。
『グループ』のリーダーを押しつけられた土御門元春から教えられた事実には、
一方通行が振り切れない、日常の輝きがあった。


「所詮一警備員だからここに辿り着くとは思わんが、また厄介なことに幻想殺しが
絡んできちまってな」

「彼が? ……それはまた難儀なことになりましたね。無能力者のくせに裏に首を
突っ込みすぎなんですよ、彼」

「しかもなんだかんだ言って上条派閥なんてものまであるらしいし、理事会にまで
影響を及ぼしているみたいだから、面倒なことになりそうね」


 彼ら、一方通行、土御門元春、海原光貴、結標淡希の四人で構成される『グループ』は
裏の組織であり、表で活躍する類の上条当麻とは本来関わらない存在。
しかし数々の事件を処理していくうちに、その不幸体質ゆえか面倒事の中心人物に
なりやすい上条当麻は、『グループ』にとってもすでに避けられない存在となりつつあった。


「三下は今どうでもいいンだよォ、どうして黄泉川が俺を捜してやがる!?」

「そりゃお前、いつまでも帰ってやらない家出少年が悪いんだろう」

「電話がかかってくるだけじゃ、保護者としてもやはり心配なのではありませんか?」

「別に顔を出すぐらい何にも禁止されていないじゃない。現にそこのシスコンは、
しょっちゅう義妹と逢瀬を楽しんでいるじゃないの」

「舞夏と会えなくなるぐらいなら死んだほうがマシだ」(キリッ


 真面目にシスコン宣言する土御門は置いておくとして、他人になんと言われようとも
一方通行は、今現在彼女たちに会うつもりはない。
それは、ただ単に指名手配されているからということだけではなく、
決意が揺らぎかねないような気がしたのだ。

悪に徹し、闇の頂点に君臨し、たとえ彼女たちに嫌われても、
陰ながら彼女の世界を守りたいという決意。

実は、今少しその決意にもひびが見える。
だからこそ、尚更会えない。

10: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:20:40.72 ID:avSACfMo

「……会う気は端からねェンだよ。あンなに何度も言い聞かせているってェのに、
バカなことしやがってェ……下手打つと殺されかねねェぞっ!」

「まぁな。だが仕方のないことでもあると思う」

「あァ!?」


 一方通行が凄むと、土御門が真剣な眼差しで睨み返した。
 彼でも、少しだけ気圧される。


「俺の担任と黄泉川は仲が良くてな、偶然相談しているところを聞いたんだ。
なんでも、どこぞの居候が帰ってこないって、可愛い娘が夜泣きするってな」

「…………」

「なるほど、そんなことを彼が知ってしまえば、動かないわけにはいかないですね」

「……俺は大切なものを守るためにココに身を置いている。一方通行が
どう考えているかはわからないが、大切なものを守るというのは、何も
身体的な意味ばかりじゃない。
大切な人の心も、身の回りの世界も守ってやることこそ、守るという意味だと
俺は思っている。
その世界の中には、自分も入っているということを忘れるなよ」

「……チィ」

「気をつけないと、取り返しのつかないことになるぞ」

「…………」



11: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:25:13.83 ID:avSACfMo

結局その場では結論は出なかったものの、一方通行は自宅へたまには顔を出すべき、
という方向に、彼にとっては不本意ながらもまとまってしまった。



(わかってンだよ、ンなことは……でもどの面下げて会いにいけってンだ、クソッ!)



そう、彼は良くわかっていた。
わかっているからこそ、いつ野垂れ死ぬかもわからない自分を、
彼女たちの世界に入れたくはなかったのだ。

彼女たちを守るものとして、自分みたいに誰かに狙われるような人間をそばに
置いておくことは、言語道断だったのである。


(だが、事実俺はあいつを泣かせている。この俺自身が、だ!!)


すでに自分は、打ち止めの世界に奥深くまで入ってしまっていたのだ。
電話ではわかったフリをしていても、物分かりのいいフリをしていても、
それはフリだけ。
帰ってきてほしいと、言いだせないだけ。
それは何故か?



(俺に迷惑をかけたくねェからに決まってンだろォが……)






      彼女を悲しませる自分が許せなかった。
             ―――――だが、決意を譲りたくもなかった。





12: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 00:27:54.48 ID:avSACfMo

どんなに悩んでも、どんなに物にあたっても、考えがまとまることはない。
今日の『仮眠室』に近いコンビニでコーヒーを自棄買いしても、
自慢の演算能力を駆使しても、見当たらない答え。



そして寄り道しつつもようやく辿り着いた『仮眠室』には、なぜか人の気配。
――――瞬時に頭を切り替える。 



(なンだ? 敵の襲撃……にしては妙だな)



『仮眠室』にある気配は、どうやら隠れる気もないらしい。
鍵を確認してみても、部屋は間違っていない。
念のため組織の連中に連絡しようかとも思ったが、ひたすら面倒。
ここは正面突破で行くことにする。
これまた存外自棄っぱちだが、最強の彼には関係ない、
首元のスイッチを入れ、堂々と鍵を開け放った。






するとそこには、何故か、裸エプロンの女が、いた。






21: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:01:10.78 ID:avSACfMo



一方通行は、闖入者の扱いに苦慮していた。



取り敢えず、彼女に服を着させることで仕切り直すことにしたらしい。
しかし、話を聞く限りでは服が無いとのこと。
仕方がなく備え付けのバスローブを渡し、文句を言う女に無理矢理着させる。


彼の混乱は、収まっていないわけだが。


(……ワケがわからねェが、まず間違いなく第三位の体細胞クローンの一体だな)


そう、彼女は自分のことをミサカと呼んでいた。
そこから考えると、他人の空似ということではないだろう。
だが、他の妹達(シスターズ)と違うところがいくつか見受けられる。

一つは見た目の年齢が違うこと。
身長も伸びていて顔もすっかり大人の女性に近づきつつある。
また彼女のスタイルは、成長したというには少し不自然なほど変わっていた。
さっきは裸エプロンだったためなおさら強調されていたが、
胸やヒップが随分大きくなっていたのだ。
身長が伸びたせいもあって、そこらのモデルでは到底敵わないレベルに達している。

そして極めつけは、その長い髪の毛だ。
腰まで到達しそうなほど伸びた髪の毛は見た目の年齢以上の艶めかしさ。
前に会った御坂美鈴と違うところは、癖っ毛というわけではないというところか。

こんな所謂『イイ女』が裸でここまで来たという事実に、彼は頭を抱えたくなる。
それでも、話を聞いてから処遇を決めることにした。
有無を言わせずに放り出すという選択肢が最初からなかったのは、彼らしいというべきか。


昔だったら、そうしたのかもしれない。
しかし今の彼には、守ると誓った少女たちとそっくりな女を夜の街に
放り出すなどということは、出来なかったのだ。
ファミレスに置き去りにした、小さな少女が彼の脳裏をよぎる。
その時感じた、後悔すらも。



22: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:07:06.18 ID:avSACfMo

「一方通行はコーヒーいるー?」

「……いや、今はいらねェ」

「そう? ……ならミサカもいっか。それで、話だったよね」

「こっちはサッパリ状況が掴めねェンだよ。そこンとこ考慮に入れて説明しろや」


見覚えのない毛布が隅に転がっているところをみると、彼女はいつぞやの少女みたいに
毛布一枚で研究所を飛び出してきたらしい。
とうに真冬を迎えている寒空の下、そんな姿で徘徊するのは、少々無茶が過ぎる。

すでに混乱も収まりつつある一方通行は、取り敢えず彼女の説明を聞くことにした。
すると、彼女は饒舌に語り出したのだった。



…………



「……第三次製造計画(サード・シーズン)……?」



「そう、第三次製造計画。この計画の目的は二つ。
一つは、旧くなりつつあるミサカ達を刷新し、ネットワークを拡大、再配備すること。
それによって、ミサカ達はさらなる性能の強化と躍進を遂げることができるの。
私はその、試作機(プロトタイプ)ってところかな?」

「なっ……!? ふざけンじゃねェぞォッ!!」

23: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:09:24.56 ID:avSACfMo



ネットワークの刷新、再配備。
それはつまり、クローンで言えば旧世代機の代わりに新世代機を置く、ということ。
そうなれば旧世代機は?
彼女たちはどうなるのか、想像に難くないだろう。



「大丈夫、落ち着いて一方通行っ! これは計画初期の考えで、統括理事会としては
そこまでやる必要はない、っていう結論に達したの。結局計画は軌道修正されて、
今いる個体のアップデートで対応していく、ということになったんだよっ」

「……そォか。悪ィ、取り乱しちまった」

「ううん、いいの。ミサカが悪かったね……ごめんなさい」


一方通行は、自分が疲れていることを自覚せざるを得なかった。
どうしても、彼女たちのことになると熱くなってしまう。
そして冷静になると、彼の目の前には守るべき少女と良く似た彼女が、
親に叱られた子供のように俯いていて。




「……オマエが凹むことじゃねェよ。気にすンな」




 不器用ながらも、慰めの言葉をかけることしか出来なかった。

24: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:21:39.32 ID:avSACfMo


「うん、ありがとう。……ごめんね」

「それはもォいい、続きを話せよ。もォ取り乱しはしねェ」

「ふふっ……うん、わかった」




 彼の心が伝わったのか、彼女はすでに明るい笑顔だった。
 一方通行は、そっと息をつく。


「計画の二つ目の目的は、もしあなたが裏切った場合、または邪魔になった場合、
始末するためのミサカを作り出す、ということ」


 笑顔は一瞬。
 厳しい顔になった彼女は、やはり緊張し少し震えた声で話す。
 澄まし顔で話すのは、少し難しいであろう内容。


「ふゥーん」


 それを、彼は興味なさそうに、鼻で一蹴する。


25: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:27:31.00 ID:avSACfMo

「ふーんってあなた……さっきとはリアクションがえらい違うんだね」

「別に今更その程度たいしたことじゃねェ。
俺は絶対能力進化(レベル6シフト)計画のために、
自分のためだけに一万体以上ものクローンをコワしたンだぜ?」

「そっか……そうだったね」


「それに十分理に適ってやがる、反吐が出るほどにな。
俺が統括理事会の立場だったとしても、きっとそォしているさ」


 そう言う彼は、自嘲の笑みを浮かべている。


彼自身、学園都市で最強であることを自覚していて、
自分の弱点も、重々承知していた。

一方通行を排除したいと考えた場合、首元の電極をどうにかするか、
彼の大事なものを人質にするか。
そこらへんは、統括理事会ぐらいなら簡単に思いつき実行するだろう。
彼の大事なものが、統括理事会にとって替えがききしかも簡単に手に入るものならば、
捨て駒にはもってこいである。



彼女たちに彼を殺させること。
それは倫理観の薄い統括理事会からすれば、あまりにもお手軽な方法だったのだ。



26: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:29:32.48 ID:avSACfMo

「まあそれも今や必要なし、ってことになっているけどね」

「……そォなのか?」

「うん。だってあなた、全然統括理事会に逆らおうとしてこなかったじゃない。
ずっとって言ってもほんの三カ月ばかりだけど、ちゃんと仕事もこなしてきて、
無駄な情報収集もしてこなかった。統括理事会は最初かなりあなたを警戒してたんだよ。
だから第三次製造計画なんてものが持ちあがったんだけど、今となっては
あなたたちのことを頼りにすらしているみたい」

「…………不本意、だがな」

「そうなの? でもそのおかげで無駄に警戒されずに済んでいるなら僥倖でしょ」

「……チッ」


彼としては統括理事会に良いように使われるのは癪で、出来れば逆らいたかったのだろう。
『グループ』発足時は、確かに四人は学園都市に逆らうという方針で纏まっていたのだ。
実際、統括理事の潮岸を失脚させるまでは、結構順調に事は進んでいたはずだった。

統括理事である親船に協力させて、『ドラゴン』『天使』などに関しても、
良いところまで情報を得ていたのだ。
しかし、そのあとが繋がらない。
そもそも、最初から親船は乗り気ではなかったのである。


27: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:36:12.83 ID:avSACfMo


『貴方達が統括理事会に対抗するために情報を集めたいと考えるのは、最もだと思います。
私も出来るなら協力したい。でも、貴方達が大切な人をこの学園都市に預けている以上、
これ以上迂闊に情報を探るのは得策じゃない。
だから、もっと違う正当な方法で学園都市に干渉していくべきじゃないでしょうか』


彼女はきっと、ずっと前から学園都市の在り方に疑問を持っていて、
彼ら『グループ』と同じことを考えていた時期もあったのだろう。





だが、しかし。
学園都市の闇は深すぎたのだ、――――そう、世界を巻き込むほどに。
その闇にとらわれれば、その身も、それ以上に大切なものも失ってしまう。


彼女はそれを良く理解していた。
もしかしたら、すでに何か大切なものを失くしていたのかもしれない。




彼女の説得と、仕事を通じて得ていく絶望感と、守るべきものの大切さ。
それらは四人にとって、学園都市に反抗する以外の選択肢を模索させるのに
十分なものとなっていった。



28: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:44:05.25 ID:avSACfMo

「……別に統括理事会の犬になり下がったわけじゃねェよ。
ただ単純に面倒臭かっただけだ。
俺の領域に手ェ出さないンなら、どォぞお好きにしてクダサイ、ってな。
だがもし害になるって俺が判断した場合は、
この俺がぶっ壊してやる。学園都市ごと全てを、な。
そうすりゃアレイスターの計画とやらに少なからず影響があンだろォぜ」


「……ははっ、あなたなら実現できそうで怖いね」


「ンで、第三次製造計画の本当の目的はなンだ?
今の感じからすると、どォも目的を見失っているように見えるンだが……」



そうだ。彼女の説明を真実だとするならば、もはや計画に目的はない。
ミサカネットワークの刷新もアップデートという形で対応可能。一方通行に叛意なし。
これでは完全に計画は頓挫である。


「んーと、まぁその通りなんだよね。結構見切り発車で計画は考えられたんだよ。
今は計画の練り直し段階、だからミサカは隙を見て逃げてこれたの。あなたの居場所は、
ミサカネットワークへの外部接続で把握したんだ。これも新機能なんだよ!」

「あァーハイハイ凄いデスネ。練り直し段階か……で、なンでオマエは外部接続してンだ?
 ミサカネットワークに直接接続できねェのか?」


第三次製造計画でミサカネットワークの稼働状況をモニターできるようになったことを
自慢したかったようだが、一方通行は適当にあしらう。
すると彼女は拗ねるように頬を膨らませた。
……どうやら見た目のようには、中身は成長していないらしい。

29: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:50:14.39 ID:avSACfMo

「ぶぅー……はぁ、まあいいや。言ってなかったかもしれないけど、ミサカは
無能力者(レベル0)なんだよ。
他のミサカと同じみたいに電波を飛ばすことはできないから、ミサカネットワークに
直接つながることはできないの。
唯一できるコトは、ミサカネットワークの掲示板に書かれることをROMることぐらいかな。
ミサカはあなたに守ってもらわないと、何にも出来ないカヨワイ乙女なんだよ?」


「――――はァ?」



 カヨワイ乙女の下りはともかく、無能力者であることには、一方通行も驚きを隠せない。
それはもはや御坂美琴のクローンなのか……? とすら思えてしまう。


「……そんなに驚かなくてもいいじゃない。無能力者だってあなたの役に立てるはずだよ。
お料理も、お洗濯も、お掃除も、夜伽も、全部学習装置で身につけているんだから、
あなたの身の回りの御世話ぐらいならできるよ?
そもそも、計画が頓挫したからはい用済み、なんて酷いと思わない!?」

「あァ、そう……なのか?」

「でしょう!? だからミサカはあなたの専属メイド決定!! いやっほうーっ!!」

「ちょっ、バカ、待て飛躍しすぎだろォがッ!
……まだ意味がわかンないところがある、確認させろ」

「ん? どっか説明足りないところがあったかな?
あ、ここのカギは学習装置で身に付けたピッキングで開けさせてもらったから」

「そォじゃねェっつーかなンだその学習装置は!?
 とにかく今から親船の奴に連絡する――――いいな?」

「……いいよ、ちゃんと確認してみて」



30: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/14(火) 21:52:33.75 ID:avSACfMo




疑いたくはない、ないが……今の彼は、慎重にしてし過ぎることはない。
彼はすでに昔の化物だった彼ではないのだ。
能力を使っていないときは無防備の、ただの人間。
油断することはあり得ない、あり得てはならない、だからこその、最強。





 結果から言うと、統括理事会は把握していた。
本当はすぐにでも回収すべきだという声もあったそうだが、親船が掛け合って
一週間だけ猶予をもらったらしい。
その後、親船のほうから一方通行の隠れ家を教えたそうだ。

……有難すぎて、一方通行は泣きたくなった。




「つまりだ……こいつには何にも問題はないってことだな。
俺が一週間もの間、匿わなくちゃならねェ事以外は」

『匿う必要はないですよ』

「はァ? そっちで誰か預けるやつがいるのか?
ンじゃなンで俺のところに送ったンですかァ? オイ嫌がらせかコラ!」

『いえいえ、匿うなんて必要はない、っていうことですよ。貴方には家を用意しました。
そこで一週間ほど彼女、番外個体(ミサカベスト)と偽りの夫婦としてでも
ゆっくりと休んでください。言うなれば、ちょっとした休暇ってところかしら』

「…………」



 彼は、今度こそ言葉を失った。



35: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 00:49:19.66 ID:qVKrkz.o
「ねぇねぇ怒っているの?
確かに、ちょこーっとだけ強引だったかなーなんて
思ったりするけどさ。いいじゃん? せっかく休暇も取れたんだし。
それに一週間とはいえ、これは試用期間みたいなものでぇ、
本当は一生養ってもらってもいいというか、
お願いできないかなーなんて思っちゃったりして……
きゃっ言っちゃった言っちゃった!」


「…………」


はしゃぐ彼女を無視して、彼は先ほどの電話のことを考えていた。


(何が長期休暇で骨休めしなさいだァ?
しかもご丁寧なことに、手ェ回して指名手配取り下げさせただとォ!?)


少し冷静さを失っていたのかもしれない。
しかし状況を整理すれば、明らかに胡散くさい。


(あまりにも手際が良すぎる、まるで下準備でもしていたよォだが……
チッ、取り敢えず様子見しかねェか。
――――それにしても、結局こいつが何を考えてここにいるのか良くわかンねェな)


さっき彼女はミサカネットワークを見たと言っていた。
つまり、一方通行がどういう人間なのかを良く知っているということになる。



打ち止めといい、彼女といい、クローン達の考えている事は、彼には理解不能だった。




37: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 00:54:32.05 ID:qVKrkz.o


(しっかし親船のヤロォ、長々とお説教をくれやがって……)



説教というのは、打ち止め達の話である。

この二カ月、クライアントである親船とは、あまり二人で話すことはなかった。
大概は土御門が窓口になっており、仕事については電話の男が潮岸の件があってからも
あいも変わらず連絡をよこす。
二人で話すような機会は、初めてかもしれない。


彼女はどうやら、ずっと一方通行のことを気にかけていたらしい。
親船は状況をよく把握している。
なぜ一方通行が打ち止め達に会いに行かないのかも、なんとなく察しているようだ。


『貴方は恐れているのね。意地になって、目をそむけている。
温もりを諦めないことを誓ったはずなのに、いざ温もりが近くにあると怖い。
溺れてしまうのではないかって考えてしまう』


(チィ……好き勝手言ってくれやがってよォ)


『もはや貴方は指名手配犯じゃない。
もう言い訳は聞かないですよ、学園都市最強の超能力者第一位さん?』


(わかってンだよクソォ……)


意地になっている事は、わかっていた。
色々と言い訳をしていたことも、自分で良く分かっていて。
ここまで言われては、
会いに行かないわけにはいかなくなっていることも、分かっていたのだ。



(本当に、ガキだな俺はァ……)



子供すぎる自分。
本当に、大嫌いだった。

38: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 00:58:44.79 ID:qVKrkz.o






不意に、

彼の顔が、柔らかく温かい感触に包まれる。





「……電話で何を話していたかは良く聞こえなかったけど、
きっと、やり直せないことなんてないよ。
気づいたなら、これからでも前に進めるから」




 それが番外個体の胸だということに気づくのは、少しだけ時間がかかった。




「一緒に歩いていこう? どんなに辛くても、苦しくても、私が傍にいてあげる」




 彼女の胸に包まれながら、
 彼は、今日会ったばかりなのに、何も警戒出来ていない自分に気がつく。
 そして、やはり今の自分の姿を考えて、






(本当、甘ったれたガキでしかねェな……)

 そう、思ってしまうのだった。




46: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 23:40:13.94 ID:qVKrkz.o



―――――そこは、どこだったのか。




 暗闇の中、呆然と立ち尽くしている。
 いつここに来たのかはわからない。
 どこかに行こうとしても、足はとらわれ動けない。


 地面を見るとそこには―――――足が落ちていた。


 そして気づく。
 周りは暗闇ではなく、沢山の人影に埋め尽くされている事に。


(量産個体……っ!? なンだってこンなに――――っ!)


 横たわる、御坂美琴の量産個体たち。
 よく見れば、皆どこか欠損している。


 右にいる奴は顔が無く、左にいる奴は右半分の体が無く、正面にいる奴は、下半身が無かった。
 ――――骨だけのモノも、沢山いた。


(そォ……か、こいつらは俺が殺した――――)


 よく見る夢だ。
 なんとなくだが、いつもの自分なら、狂ったように暴れ出すだろうなと思った。
 いっそ、暴れ出したほうが楽だったのだろう。
 ずっと、怒りにまかせて、全てを壊してきたのだ。
 だがそんなガキみたいなこと、もうやりたくはなかった。


47: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 23:44:53.23 ID:qVKrkz.o



(なンでだろォな……)



 心境の変化はよくわからなかったが、
 周りを見てみると、もう量産個体はいなかった。




 そうして、代わりに顕れたのは、
 
 どうしようもなくクソッたれの最強≪さいじゃく≫な自分を、
 思いっ切りぶん殴ってくれた最弱≪さいきょう≫なあの男の背中だった。




 そこで、なぜ暴れ出さなかったのかようやく気づく。


(なンだよ、本当に単純な奴だな、俺は)


 両手には、いつの間にか、温かな手が握られている。





(コイツらの前では、格好良い俺でありたいだけなンだ。
 ――――そォだ、俺は単なるすかした格好つけ野郎じゃねェか)





 前に見える背中が、顔は見えないのに少し笑ったような気がした。




48: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 23:53:01.67 ID:qVKrkz.o
…………









 窓からの日差しが、大きく射しこむリビングルーム。
 暖房の効く室内であっても、冬の澄んだ空気は感じられて。
 二つの人影にもかかわらず、まるでそこは時間が止まっているかのようだった。

 寝息も立てず眠っていた一方通行は、前兆もなくその薄いまぶたを開ける。
 そこには見慣れたような、それでいて新鮮な寝顔があった。




 二人はいわゆる、膝枕、という体勢。




(あァ、あの後寝入っちまったのか……)


 母親に抱かれて眠る、おそらくそういう感覚に近いのだろう。
 経験したことのない温もりに、少しだけ和む。


(コイツは……警戒心が足りないンじゃねェか?)


 自分のことを棚に上げながらも、
 彼は目の前の幼い寝顔を、少しばかり観察していた。



49: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 23:57:22.65 ID:qVKrkz.o




 そうして、
 どれほどの時間が経ったか。




 番外個体の睫毛が少し揺れ、瞼が震えた。
 そろそろ起きるらしい。
 昨日が昨日だったため、彼は少し気恥ずかしいのか、
 狸寝入りとしゃれ込むようだ。


「んっ……んっ、ぅん……むー」


「…………」


「……ん、んん? ……あぁ、そっか。昨日は……ふふっ、ようやく夢がかなったんだ」


「…………」


「かぁいいなーダーリンの寝顔…………えっと、無防備なダーリンが悪いんだよね、うん」


「…………?」



 ダーリンって誰のことだオィ!
 という突っ込みを入れたいところだったが、彼はそれどころではなく。
 彼女の端麗な顔が迫ってくるのを、気配で感じる。




(オィオィマジやべェよどォすりゃいいんだコレ今更起きられねェ)





50: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/15(水) 23:59:31.10 ID:qVKrkz.o
 




 かなりテンパリ気味な彼は、単なるウブな一人の少年に過ぎなくて。




 そうこうしているうちに、唇に息遣いを感じられるところまで来てしまう。
 鼓動は、即、マックススピードへ。





(…………~~っっ!!)






 このとき彼は、確かに永遠を感じていた。





51: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 00:01:28.37 ID:Za4F0vMo







 ピリリッ、ピリリッ



 ――――すると、唐突に足元のほうから軽快な音色が響きわたる。



「「……っ!!?」」



 一方通行が目を開けると、すぐそこには番外個体の顔。
 ……きまずい、非常にきまずい。
 ばつが悪い、そんな顔を二人で仲良く体現していた。


「……あー、うん。おはようダーリン♪」


「……何してやがる?」


「キスをしようとしただけだよっ!」


「…………はァ、いいからどけ」


 目の前の無垢な笑顔の前に、彼も怒る気が失せてしまった。


52: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 00:03:24.15 ID:Za4F0vMo


「はいはーい、っと。あーぁ残念」


 悪いことをしたとは一切思っていないらしい。
 一方通行としてもなんと言って怒ればいいのかわからない。



 頭を掻きむしり、
 彼は未だになり続ける救いの音色を止めるため、
 充電中だった携帯電話を取り無造作に通話ボタンを押した。


「――――どォした?」


『……やっと取ったか。まぁお前はすでに休暇中だから何してようと自由だがな』


「ンで、要件はなンなンですかァ? 俺はオマエに起こされたせいで機嫌が悪いンだ。
ちゃっちゃと吐いたほうがイイと思うがなァあ?」


 彼は、取り敢えず土御門に当たることにした。
 照れ屋で、意地っ張り。
 そんな彼の後ろで、彼女は小さく微笑む。


 それに気づかず、一方通行は無用心にもその場で話し出した。
 また、言われて初めて彼はもうすでに休暇が始まっている事を知る。
 どうやら、昨日の話は全くもってマジな話らしい。


54: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 00:07:46.36 ID:Za4F0vMo

『怒るな怒るな、俺だってお前の機嫌を損ねたいわけじゃあない。
ただお前に親船から伝言があったからな。
これでも、早朝から面倒なお仕事だったんだぜ?』


「……そりゃァご苦労なこった。ンで伝言「私の下着は?」
……チィ、ンなもンねェ!! 「えーーっ!!」……伝言を早く言え」

『…………』

「……オィ、早く伝言を「お風呂に入ってるね、待ってるよん♪」……言え」



『…………』


「…………」



――――沈黙。
 鈍い一方通行にもこの間の意味が解った。




『………………』

「……あ、あァ、えェっとなァ……そのォ、うン……」



『ヒグッ 伝言は グスッ メールれ ウッ おぐる アゥ』

「なンで泣く!!??」

『うるべーーっっ!! リア充はじねぇぇえええ』ピッ

「なッッ!?」ツーツー


 ……嫉妬だった。見苦しいまでの嫉妬だった。
 結局、かけ直しても通じることはなかったという。




55: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 00:17:23.14 ID:Za4F0vMo
…………



「いやぁ……たはは、なんというか、その、ちょっとだけ悪戯したくなったりして、ね。
うん、放置が寂しかったというか……正直調子ノリました、スミマセンでしたっっ!!」



 見事な土下座。
 リビングに戻ってきて早々の、ジャンピング土下座である。
 こういう知識まで、学習装置は網羅しているものなのだろうか……?


「…………」

「あのぉー、無言が一番キツいんだけど……」

「はァァァああああ…………」

「無言でため息も結構キツいよっ!」


 彼としては、こうしている時間も無駄な気がするので、
 休暇明けのことを考えると若干鬱になるが許すことにする。
 ……なんだかんだで、甘いような気がしないでもない。
 

「……もォこンなことするンじゃねェぞ」

「!! うんっ、絶対にもう二度としないよっっ!
もし破った場合はミサカ何でもするっ!!
具体的にはダーリンの老後の世話から下の世話まで――」

「何言ってんですかァア!? というかダーリンってなんだァオィィイ??!」



…………



「えっ?」

「えっ?」


 かなり、今更ですね。


64: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 20:59:11.45 ID:Za4F0vMo



 一方通行は、いわゆる“普通”な子供時代を過ごしていない。



 学校でも特別クラスという形で‘隔離’されていて、
 一般的に放課後と呼ばれる時間も、実験材料として能力開発に勤しむ毎日だった。


 家族のことも、記憶とともに捨てた。
 いつも独り、研究所を転々とするも周りには死んだような眼をした科学者ばかり。
 遊ぶような友達などいたことはなく。


 自分に好意を持つ人間には、ついぞ出会ったことが無い。
 芳川などは気軽に話しかけてきたものの、
 好意を持って話しかけられているとは、考えられなかったのだ。


 だからこそ、自分に直球で好意を示してくれる打ち止めには、
 どう接すればいいのかわからない。
 人を遠ざけるくせに、人一倍他者の悪意や好意に敏感だったから、
 彼女の好意に素直に応えてあげることのできない自分が嫌いで。


 結局ミサカたちによって生き延びてしまったことから、
 彼女たちを命に代えても守ることこそが贖罪の道であり彼女の好意への‘応え’である、
 と彼は結論付けていた。


 彼女の前でだけは、最強無敵のヒーローを演じ続けることを誓う。
 これは、生きる理由としての依存、
 勝手な自己満足に彼女たちを利用しているだけ、なのかもしれない。


 そもそも、彼女が自分になぜ好意を持ってくれているのかがわからないから、
 自分で好意への応え方を勝手に解釈するしかなかったのだ。
 嫌われる理由は掃いて捨てるほど思いつくのに、慕われる理由は全くもって思いつかない。
 が、もしそれを知ってしまったら、自分を保っていられるか、酷く不安で。


65: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 20:59:59.98 ID:Za4F0vMo










   そう、彼はただの、意地っ張りの臆病者で、
     ―――――そんな彼が、とても愛おしく感じたのだ。







66: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:03:13.35 ID:Za4F0vMo






「ミサカがあなたを最初に見たのは、ミサカネットワークのログの中で、かな。
第三次製造計画のカリキュラムには、ソレの閲覧も組み込まれていたんだよ」



 ミサカネットワークのログの閲覧。
ソレはつまり、一方通行によって殺された妹達の最期の記録を再生するということだった。



「あなたに一万回以上も殺されちゃったよ、あはは」

「……悪趣味、だな」

「……うん、ミサカもそう思う。きっとそれを見て、あなたへの憎悪が湧くんだね」


 大抵の個体は、途中で精神に異常をきたすか体調が悪化して気絶するか、
 目覚めた後には一方通行への恐怖と憎悪だけが残る。

 そして薬の投与によって恐怖を消し、立派な対一方通行専用兵器の出来上がりだ。
 負の感情が妹達よりも湧きやすく調整されているからこそ、出来る学習である。



67: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:07:19.55 ID:Za4F0vMo
「ミサカも最初は少しきつかったんだよ?
でも、何だろうな……段々またあなたに会える、
あなたの楽しそうな顔が見られるって思うとゾクゾクしてきて」

「……なンか変なものに目覚めそうになってるンじゃね?」

「まぁ、なんだろうな……つまり、あなたのせいだよ?」

「結構理不尽だろ……」

「大丈夫! 責任はちゃんと取ってもらうからね、ダーリン♪」

「……意味わかんねェっつゥかダーリンって呼ぶな」

「あぁ……今でもダーリンのアノ顔が目に焼き付いてはなれないよぅ……」

「話を聞け」



・・・・・・・・・・・・



「……そんな具合で楽しい実験もクリアして、
ミサカネットワークの現行ログや上位個体のバックアップ用ログ、
そして“特撰! 一方通行記念映像、『アルビノなあのヒト!』”
を数え切れないほど見直した結果、
ミサカは研究者にとっても興味深い進化を遂げたんだって!」


「へェ……途中、俺も興味深いモノが出てきた気がするンですが」


「それこそ、あなたに恋をしたおかげだったんだ!
……でもね、ミサカ頑張ったんだよ?
最高のミサカ、番外個体(ミサカベスト)になったのも、
ログを研究して、ダーリンに好かれるようなミサカになるために、
より魅力的な女性になろうとした結果なの」



68: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:12:13.42 ID:Za4F0vMo


 全く話を聞かない変態だった。


(……一度話し出すと、変態ってのは本当に手に負えねェな……)


 どこぞのサングラスとストーカーのことが頭に浮かぶ。



「大変だったなぁ……運動は軒並みやったし、健康食品も、
ちょっと怪しげな薬品にも手を出したよ、ふふっ」

「そこで笑う意味がわからねェ」

「でもこういう形で生き延びてダーリンに会えたから、結果オーライだね!
一週間だけ迷惑掛けるけどヨロシクぅ!」



70: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:13:54.74 ID:Za4F0vMo

 


 ようやく話は終わったようだ。
 というか、何気に迷惑かける気満々である。


「……あー、終わったのか?」

「うんっ! 経緯は良くわかったかな? かな?」


「……そォいうネタはやめろ、反応に困るから。まァ、そォだな、突っ込み所は多いが、
取り敢えず、なンで無能力者(レベル0)になってンだ?
お前が番外個体(ミサカベスト)ってンならおかしいだろォ」



 昨日は普通に流したものの、よく考えてみればおかしい話だ。
 彼が今まで見てきた個体の中で無能力者であるものは見たことが無く、
 クローン技術的にみても確率的にみても、先天的ということは考えづらい。
 ということは、後天的に能力を何らかの方法で失ったということになるのだろうか。


「うん、まぁミサカも、ちょっと前までは大能力者(レベル4)程度の能力はあったんだけど、
色々実験やっているうちに、いつの間にかなくなっちゃった。
おそらく御坂美琴(オリジナル)が、こうなることを本質的には望んでいるからじゃないかな?」


「……あァ?」


「だって、ミサカはクローンだよ? なんとなくわかるの。
御坂美琴は、‘普通の女の子’に憧れている、ってね。
だから研究員たちは拘ったんじゃないかな?
番外個体(ミサカベスト)は、能力の無い‘普通の女の子’にしようって。
ダーリンにもその気持ち、わかるんじゃない?」


 あくまでも推測だけどね、と彼女は笑った。




71: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:17:04.26 ID:Za4F0vMo




「……なンとなくだが納得してやる」

「むぅー、ちゃんと納得してよぉダーリン」

「わかったわかった、一時的に納得してやるからそのダーリンってのやめろって」

「それはムリ。
これから一週間、仮にも夫婦として過ごすんだから。形から入らないと、ね」


 確かに親船はそんなこと言っていたが、
彼からすれば寝耳に水であり、承諾しがたいだろう。


「……夫婦になる必要が見えねェンだが」

「そうじゃないと、あなたと一緒にいるミサカの説明が難しいでしょ。
知り合いには婚約者って方向でどう?」

「それにしたって一週間で別れるンだろォが……はァ、本当に俺ンところでいいンだな?
いくらオマエが奇特な変態だからって、俺は一万人以上の妹達を――」



「ミサカはダーリンを好きになってしまったの。
そこに理由はなくて、許す許さないの問題じゃない。……あなたと一緒にいたいよ。
お願いだから、一週間だけでも、隣にいて欲しい。
――――偽りでいいから、幸せを、下さい」




72: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:22:20.22 ID:Za4F0vMo







…………こんな顔を、この顔でされてしまったら、彼には断る術がない。





(事後承諾だろォが、今更変更不可能、この先一方通行ってわけか)



「ったく、俺の傍にいるってことは、危険だってことだ。そこンとこ承知しとけよ」

「……うん」




(ただただ、今は踊らされてやる――――)





 誰かの、何らかの意図が介在する事は、間違いがない。
 どんな意図であろうとも、どんな悪意からも、彼女を、守る。
 それは、彼が彼女に会ってしまった時点で、決まっていた事だったのかもしれない。






73: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:36:25.76 ID:Za4F0vMo
――――――








黄泉川愛穂は、体育教師である。
同時に、女性でありながら警備員(アンチスキル)に所属している女傑でもある。



学園都市はアビニョン侵攻後、ロシアと一触即発状態にあった。
危険な状態だったものの今は小康状態にあるが、いつ戦争が起こってもおかしくはない。

政情は未だ安定しないが学園は不自然なほど平和。
そんな中で、警備員の彼女はいつもどおりに過ごしていたはずだったのだ。



しかし、それでも。
彼女も身内の話になると、弱い。
行方知れずな彼への心配は、時が経つほど増すばかり。




(単なる居候にしては、気にかかる子じゃん)









74: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:39:40.82 ID:Za4F0vMo


「こっちはまだ情報は……うん、ああ、わかってる。そっちはどうじゃん?」


『………、…………』


「……そか、まぁ、あんまり心配しないほうがいいじゃん。芳川のほうも……うん」


『……。………、……』


「別にいいじゃん、気にするな」


「……! ……?」


「……きっと大丈夫、だから安心して家で待っているじゃん。もう少ししたら帰る。
それじゃあ――――ふぅ」



 自宅への電話も終わり、溜息一つ。
 今日も情報は手に入らぬまま、少し早めの下校時刻を迎える。
 冬休み直前のこの時期は午前授業のため、
 校舎に残る生徒は、部活動にいそしむ者たちぐらいか。
 


 めっきり冷たくなったリノリウムの廊下は、すでに赤く染まり始めていた。



75: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:43:04.91 ID:Za4F0vMo



(あーぁ、クリスマスもすぐだってーのに、あいつは何してんだろうね)



 考えるのはやはり、白い居候のこと。
 警備員のツテを最大限利用し捜しているものの、一向に見つかる気配が無い。
 痕跡が無いというより、意図的に消されている節がある。


 彼女も、警備員としてそれなりにこの学園都市に携わってきたから、
 ふれてはならない場所があることぐらい、よく承知しているつもりだ。
 それでも彼を捜しているのは、やはり最後に見た光景―――――


(あいつは私のために、あんなに怒ってくれたじゃん。
いくら暗部に触れているからって、諦めることなんてできない。
私はお前を必ず引きずり上げると誓ったじゃん)




 彼が謎の黒い翼を生やして暴れる姿を、彼女はその目で見ていたのだ。
 そして、止められなかった自分の無力さに歯噛みしている。





――――彼は、堕ちてしまったのか。

      黄泉川愛穂では彼を救えない、それが現実だったということだろうか。





76: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/16(木) 21:45:05.33 ID:Za4F0vMo




(でも、救えないわけじゃないじゃん。
あの娘なら、最後の希望(ラストオーダー)なら、きっと救うことができるはず)


 細いけれども、唯一の希望。


 だがその希望も、段々と繋がりを失いそうになっている。
 最近では携帯の電源を切っている事が多いのか、なかなか繋がらなくなってきていた。


(私は、絶対お前をあの娘のもとに引きずり出す。とにかく元気を出さなきゃ無理じゃん!
何か精のつくものを今夜は食べるかなっと)


 そんなことを考えつつ職員室のドアに手をかけると、突然彼女のポケットが震えた。
 すぐに携帯電話取りだし、画面を開くとそこには――――









88: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 21:36:55.16 ID:tafuo4.o
 


 とあるブティックの前、女性ばかり行き交うこの場所で。
 一方通行は、違和感なくモデルのように壁に寄りかかっている。
 彼は壁に寄りかかるだけで絵になるが、その恐ろしい顔と雰囲気が台無しにしていた。


(ったく、なンなンだよ……ちゃっちゃと行かねェと夜になるだろォが)


 遡ることこの日の正午。
 結局、納得しないまま番外個体(ミサカベスト)を預かることを了承した一方通行は、
 ランチをルームサービスで済ませた後『仮眠室』を出ていく際に、
 彼女が未だ備え付けの服であることに気づく。

 一旦スウェットを着させて出かけてみるものの、それは彼のプライドに触ったようで、
 服屋でもう少しマシな物を見繕うことにしたのだが――――


「こンなに待たせておいて、サイズが無い……だとォ……?」

「申し訳御座いませんお客様。
当店ではこの品物に関してサイズが限定されておりまして――」

「言い訳はいい。……チィ、次当たるぞ」

「うんっ!」


 存外、彼はファッションにこだわる性質で、
 彼女のこだわりもあり一層時間がかかっていた。
 時間を気にしつつもパジャマまで必死にコーディネートする彼自身は苛立っていたが、
 それを横目で見る彼女は実に幸せオーラ全開の様子。


89: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 21:39:39.79 ID:tafuo4.o

「これはどォだ?」

「うーん、いい感じかも。というか、ダーリンが選んだものならなんでもいいよ!」

「……ふン」


 どうやら手に取ったそれは気に食わなかったらしい。
 杖を器用に使い、またいそいそと陳列されたパジャマの物色に戻る。
 
 胸が大きく身長も高めな番外個体は、先ほどのようなサイズなしということがままあり、
 一式揃えるだけで大きく時間がとられてしまう。

 しかし、どちらかといえばこだわりのある一方通行に番外個体が付き合わされている状態だが、
 付き合わされているほうが幸せそうなので、デートとしては上々なのだろう。


 結局、番外個体は見た目かなり幸せそうながら怒ったふりをし、
 強引にアクセサリーまで買わせてその場は終了した。

 一方通行としては、最後に買ったアクセサリーがネックレスに指輪を付けるタイプで
 あったことが気がかりであり、既成事実的なものを積み上げられているような、
 そんな気がしないでもない。

 しかし、一週間だけでも婚約者のふりをしてくれと涙目で説得されると、
 彼には抗う術がなく。




 一方通行は二日目にして、すでに真綿でくるまれるように落とされつつあった。





90: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 21:43:10.99 ID:tafuo4.o
…………







 とある高級マンション、その一室。
 そこには、10歳前後の女の子が一人ソファーで寝そべっていた。


 彼女の名前はミサカ二○○○一号、通称≪打ち止め(ラストオーダー)≫。
 彼女こそ、一万体近く存在する御坂美琴の体細胞クローンの中で上位個体に位置し、
 妹達の反乱防止用の安全装置として存在する個体である。

 今現在もただ寝転がっているわけではなく、ミサカネットワークという
 妹達の電気操作能力を利用して作られた脳波リンクにアクセスしているところだった。


(あの人を見かけた個体はいる?
ってミサカはミサカはちょっとしつこいかなって思いつつも聞いてみたり)

(残念ながら未だ見かけた者はおりません、とミサカ一○○三二号は報告します)

(証拠はありませんが、データ上の彼の痕跡を何者かが意図的に消している可能性が
高いです、とミサカ一九○九○号は推測します)

(今現在治安部隊が出払っているため、学園都市では様々な裏組織が動いているようですが、
その中に紛れて彼も動いているのでは? とミサカ一三五七七号も推測を口にします)

(詳しく調べていきたいのですが、あまり調べると暗部の情報部隊とバッティングして
しまい危険です、と一○○三九号は僭越ながら忠告します)

(うーん、暗部に所属している事は間違いないんだろうけど……
ってミサカはミサカは避けられている可能性に怯えてみる)


 彼女たちの情報収集能力は高いものの、どうしても暗部にまで手は伸ばすのが難しい。
 しかも一方通行側が隠しているとなるとお手上げなのが現状だ。
 ただでさえ、今は戦争目前になりセキュリティの強度が上がっているため、
 捜索は困難を極めていた。


91: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 21:45:55.46 ID:tafuo4.o


と、
打ち止めが行き詰まりを感じていると、彼女の携帯が可愛らしいメロディを奏でる。


(黄泉川からメールあり、ってミサカはミサカは報告してみる!)

(!! どのような内容ですか? とミサカ一○○三二号はwktkを隠せません)

(同僚から連絡があって、本日深夜零時をもってあの人の指名手配が解かれていたんだって! 
ってミサカはミサカは突然の発展に目が白黒してるよ!)

(それは……なんらかの動きが期待できそうですね、とミサカ一三五七七号は
胸のドキドキを抑えつつも応えます)

(うん! ってミサカはミサカは期待してみたり! ……あと、皆に聞きたいことが
あるんだけど、ってミサカはミサカは唐突な話題転換をしてみる)

(? なんでしょう? とミサカ一九○九○号は少し重い空気になったので皆を代表し
気を引き締めます)

(あの人を捜してくれるのは本当にありがたいんだけど……皆は今、あの人のことを
恨んだり恐れたりはしていないの? ってミサカはミサカは聞きづらくて言いだせ
なかったことを言ってみる)

(! それは――――、とミサカ一○○三九号は応えあぐねます)



92: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 21:50:01.56 ID:tafuo4.o


 ミサカネットワークを使うことによって、他の個体と意識の共有は可能だ。
 しかしそれでも、他の個体の考えている事まではわからない。

 変化していく彼女たちが、他の妹達を殺害した一方通行に対して憎悪や恐怖を抱いても、
 打ち止めには責めることは出来なかったのである。


(……答えられない他の個体を代表して、直接相対して殺されそうになり上条当麻に
助けられた、ミサカ一○○三二号が答えましょう)

(ありがとうっ! あと他の個体も異論があったらヨロシク! ってミサカはミサカは
呼びかけてみる)

(イエッサー! とミサカ一三五七七号は他の個体を代表して返事をします)

(……結論から言うと、恐怖はありますが憎むことはありません、
とミサカ一○○三二号は断言します)


 彼女たちに彼への恐怖が無いと言えば、嘘になるのだろう。
 ある意味妹達にとって死の象徴ともいうべき存在が一方通行であり、
 感情の出てきた彼女たちが彼に恐れを抱いても無理からぬことである。


(彼に相対すればあの夜のことを思い出しますから少し怖いです、
とミサカ一○○三二号は正直に言います。しかしあの夜は、
あの人が私を助けにきてくれた、まさにアニバーサリーで、ドキがムネムネして……
とミサカ一○○三二号はモジモジします)


(ヒューヒュー、とミサカ一三五七七号は囃し立てます)

(うらやますぃーーっ!! とミサカ一○○三九号は本気で思ったことを口にします)

(負けられねぇ……漏れもそんな甘酸っぱい思い出手に入れちゃる!
とミサカ一九○九○号はここに誓います)


93: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 21:54:30.82 ID:tafuo4.o


(……おほんっ、とミサカはミサカは話の脱線を知らせてみる)


(あ、あぁーっと……続きを話します。彼を憎んでいないというのは、彼のおかげで
ミサカたちは存在できたのであり、彼に殺されることこそミサカたちの
存在意義であったため、彼に感謝こそすれど、憎むのは筋違いです、
とミサカ一○○三二号は皆を代表して答えます)

(そっか……ってミサカはミサカは予想通りの答えで安堵してみたり)


(確かに、妹達は彼を憎むことはあり得ませんが、お姉様はおそらく……、
とミサカ一○○三九号は言葉を濁します)

(そう、だよねぇ、ってミサカはミサカはうなだれてみる……はぁ)


 御坂美琴は、今まで殺された妹達もそれ以外の妹達も、皆本当の妹のように思っている。
 だからこそ一方通行を憎み、また実験を止められなかった自分すらも憎んでいるだろう。


(……あの人の演算補助をしているって知ったらお姉様は怒るかな、
ってミサカはミサカは呟いてみる)

(……さぁ? とミサカ一○○三二号は怒ったお姉様を想像し恐怖します)


 打ち止めも、広い高級マンションで独りである恐怖を今頃思い出し、
 彼の温もりに縋りつきたい想いで胸が張り裂けそうになっていた。
 彼女は赤い目を隠すように、彼の使っていた枕に顔をうずめ、呟く。





「…………会いたいよ、――――」






94: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 22:01:39.34 ID:tafuo4.o
…………






 買い物が一通り終わり、クリスマスムード一色なショッピングモールを後にして、
 番外個体と一方通行は、近くの公園に来ていた。
 閑散とした公園、子供が遊ぶには少し寒すぎるのだろう。


「ふんふんふーん、ふんふんふーん、ふんふんふーんふふーん……♪」


 番外個体は終始幸せそうに、先ほどモールで流れていた曲を口ずさみながら
 一方通行の腕に抱きついている。
 彼は少し歩き辛そうだが、特に何も言わない。


 公園には三人がけのベンチがあり、二人はそこで休むことにしたようだ。
 もうすでに日が傾いてきたが、この後に仕事があるわけでもない。
 柄にもなくセンチな気分になる自分に苛立った一方通行だったが、
 何かに当たることもなく、舌打ちもしなかった。


「今日はミサカの服買ってくれてありがとね。これ一生大事にするよ!」

「大袈裟なンだよ、オマエは」


 そんなことを言いながらも、杖をしまいつつ彼はベンチに腰掛ける。
 だが彼女はベンチに座ることなく、公園の中心に歩きだした。
 それを、一方通行は訝しげに見やる。


「………?」

「・……えへへ、見ててね」





          彼に振り向き軽く会釈をした彼女は、
                 唐突に、その場でダンスを始めた。




95: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 22:04:45.19 ID:tafuo4.o



 音楽はなく、観客も一人だけ。
 それでも彼女は笑顔で楽しそうに、踊る。


 まるで、彼に買ってもらった衣装を自慢するように。
 スカートが翻るのも構わず、踊り続けている。


 そんな彼女に、一方通行は言葉を失っていた。
 一言も話さず静かに舞う番外個体、だがそのダンスは雄弁に語りかけてきて。
 言葉にならない言葉、感情。その想いの奔流に圧倒されていたのだ。




 彼には目を離すことが出来そうにない。
 彼女の笑顔は、夕陽に溶けるように儚げで、どんなものよりも美しかったから。




 彼が見入っているうちに、どうやらそのダンスにも似たファッションショーは
 終わりを告げたらしい。
 始まった時のように一方通行へ一礼して、何事もなかったようにベンチに腰掛ける。
 そして彼女は、またなんでもないかのように口を開いた。


「……帰る必要なんてないよ」

「――――?」


 未だ呆然としている一方通行には、何を言われたのかわからなかった。




「もし会い辛いなら、上位個体に会いに行く必要なんてない。
この世界にはミサカがいる。この公園みたいに、二人だけの世界」




96: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 22:08:00.24 ID:tafuo4.o




―――――完全に見透かしていた、ということか。




人ごみに疲れたという名目で訪れた公園。
だが、実際は家出少年が迷子のように途方に暮れていた、というだけだったのだ。
帰るべきなのに、踏み出せない。
踏み出すには、あまりにも時間が経ち過ぎていたのかもしれない。



「それでも、もし上位個体に会いたい気持ちがあったなら、どうして迷っているの?」


 それは静かな声だったが、彼の耳朶に、心に、しっかりと響いていた。
 無垢な瞳が、彼を穏やかに糾弾する。
 まるで打ち止めに、妹達全員に責められているかのよう。


「あなたは一体、何を恐れているの? あなたが迷う必要なんてないはずだよ。
歩きたい道を歩く、ただそれだけ。その先に、たとえどんなに高い壁があろうとも、
最強のあなたに越えられない壁なんてないんだから、さ」


 彼女の言葉には、少しだけ責める色があったものの、その大部分は誇りに満ちていて。
 一方通行への絶対的な信頼が感じられる。




(――――なンでここまで言わせちまったンだ、俺は)


 番外個体は、その強い言葉とは裏腹に、少しだけ震えていた。
 その目には、かすかに怯えが見え。
 それでも、その感情を抑えつけようとする、強い意思も感じさせて。



 自分を信頼する彼女に、悲痛な説教をさせてしまった―――
 そんな後悔が、彼の心を蝕む。


97: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 22:12:54.14 ID:tafuo4.o

 そして一方通行は、思う。
 そもそも、自分は何を恐れているというのか、と。
 学園都市か、アレイスターか、それとも――――――打ち止めか。
 光のあたる道を歩くことは自分には許されない、だって?
 誰が決めたというのだろう、誰の許可がいるというのだろう。
 ただ自分が罪と向き合うことを恐れていただけ、じゃないのか。
 自分が幸せになることで、今までの罪を知ることが、怖かったんじゃないか。


 彼女達をそばで護ることも、目の前で失うことも、恐れている。
       ――――現実から逃げている、だけじゃないのか。


(小せェ、全然小せェなァ……そンなのは弱者の考えなンだよォ!)


 仕事で忙しかった、打ち止めに迷惑がかかると思った……
 彼女達のことを考えず無視した理由は、いくらでも思いつく。

 きっと、そんな言い訳をして逃げていた。
 臆病者の自分が、打ち止めの前でだけは最強として存在すると誓った自分に、 
 後ろめたさを感じていたのだ。




 今頃だが、本当に今更だが、彼は思い出す。

 第二位を殺した時。
止 めようとする黄泉川や打ち止めを、彼は殺そうとした。
 だが出来なかったのだ。



 結局、殺そうとしたことも、殺せなかったことも、弱さだと考えていた。



98: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 22:15:07.02 ID:tafuo4.o





『お前は、その程度の悪党なんかじゃないじゃんよ』





(何が、敵に回してでも闇から守る、だって?
俺はアイツら程度を敵に回さないと守ることが出来ない、弱い悪党だったってのかよ)






『良かった、ってミサカはミサカは言ってみる』







(あいつらに、これ以上弱さを見せてたまるかッッ!!)



これ以上、
逃げ回る自分を、見せたくなかったのだ。


99: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/17(金) 22:18:56.80 ID:tafuo4.o

「………オィ」

「……っ、なに?」

 逃げていた彼に弱さを突きつけたのは、彼女だ。
 彼女の手前、もう迷うわけにはいかない。


「……ありがとよ。そして、すまなかった」

「…………!」

「俺は、オマエの前でも、ずっと最強であり続けることをここに誓う。
もォ逃げも隠れもしねェよ。光のあたる場所を、正々堂々と悪党として
のさばってやるさ――――だから、泣くンじゃねェ」

「グスッ………うん!」


 彼女は少し泣いていた。
 ――――それでも、やはり笑顔だった。
 彼が守るべき、笑顔。
 心に、刻みつける。

 一方通行は、杖を使いながらも、しっかりと立ちあがった。
 彼女も、それに合わせるように勢いよく立ち上がる。


「……じゃァ帰るぞ」

「どこに?」


 彼女は、答えは知りつつも問いかける。
 すでに、悪戯っ子のような笑顔。



「……あいつらのところだよ。随分と寄り道しちまったが、な」



 彼らは、歩きだす。
 二人ともこの空のように赤い目をしていたが、どちらも曇りない眼差しだった。





106: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:12:54.22 ID:fZa1VsMo
――――






 芳川桔梗が帰宅した時、寄宿先である黄泉川のマンションには人の気配が無く。
 誰もいないのかと思えば、打ち止めがソファーで枕を抱いて寝ていて。
 このままだと風邪をひきかねないので、優しく毛布をかける。


(こんなに心配をかけて……彼も罪ね)


 寝ている打ち止めの顔には、涙の跡が残されていた。

 芳川も、今の今まで知り合いのいる研究所の手伝いを行っていた。
 絶対能力進化計画に参加していた彼女は、計画が頓挫した後も、
 その時培った人脈で色々と仕事を手伝い、日々過ごしている。

 ちなみに、元々は一方通行と打ち止めを預けるだけだったはずだが、
 彼女はいつの間にやら黄泉川家に転がり込んでいた。
 ……どのような心境の変化だろうか。余人には窺い知れない。


 そんな彼女は今、絶対能力進化計画について調べ直しているようだ。


 計画に深く関わった芳川だが、打ち止めに関しては妹達の叛乱防止としか聞かされていない。
 しかし、正直それだけではないだろうということは、ずっとわかっていた。
 かといって、どのような目的で生み出されたのか、突き止めるまでには至っていない。

 今では打ち止めも一方通行も家族同然に思っている彼女にとって、
 彼らの学園都市における不安定な地位を少しでも安定させるため、情報は不可欠。

 最近はそのつてを使い、もっぱら一方通行の行方を探っているのだが、どうも芳しくない。
 彼が『グループ』という組織に所属し暗部においては掃除屋のような働きをしており、
 学園都市のテロリストや叛乱分子をかたづけているということはわかったものの、
 居場所の特定には至らなかった。

 彼が噛んでいそうな事件といえば、二か月ほど前の『フラフープ』の起こしたテロや
 統括理事である潮岸の失脚か、他はそれこそ都市伝説レベルのものだろう。
 いずれもその残虐性、手段、身なりの特徴から言って間違いが無い。


107: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:17:37.07 ID:fZa1VsMo


 それでもここ一週間は大きな事件を聞かないので、追跡も途絶えている。
 追跡というのもただ暗部で起きた事件を辿るだけだが、
 一週間前までは抗争が絶えず辿ることが可能だったというだけ。

 また、暗部でも隠しきれない部分があり、都市伝説という形で噂されていたのも、
 足取りをたどるのに役立った。
 一方通行は、その身なりゆえに目立つので特定しやすく、
 都市伝説でも度々『白い悪魔』として現れ恐怖の対象になっているからである。


 かといって、現在の居場所がわからなければ意味が無い。
 せいぜい彼の生存がわかる程度のもので、それもここのところ目撃情報はなく。
 
 先ほど黄泉川から一方通行指名手配解除の報を受けたが、結局暗部に動きはない。
 最悪の展開が頭をよぎったのだが、おそらく大丈夫だろうと判断する。
 彼ほどの大人物が[ピーーー]ば、暗部の力関係は大きく変わるのは間違いないため、
 動きが無いということはあり得ないのだから。


(それでもこの二カ月のことを思えば大きな前進ね。
 ……全く、調べているほうの心臓のことも考えて欲しいわ)


 そう、彼女はこの二カ月気の休まることが無かった。
 第二位との決戦、『フラフープ』の立てこもりテロ、
 潮岸という大人物の失脚における抵抗戦、そのほかの事件も生存の報が来なければ
 死んでしまったと言われても納得してしまうほどの抗争だったのだ。

 それでも、事件の後はまた事件、そのあとは雲隠れ。
 この一週間、新着情報がまるでなかったことを考えると、
 この報告は生存を知らせてくれたようで、安堵せざるを得ない。


108: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:20:31.97 ID:fZa1VsMo

 また情報をチェックするためにパソコンの電源を入れようとした時、
 玄関のほうから鍵の開く音がした。
 どうやら黄泉川が帰ってきたらしい。


「ただいまーっと。あれ、打ち止めはどこじゃん?」

「おかえりなさい。あと打ち止めはそこのソファーよ。」

「……ぅ~ん………」


 寝返りを打つ打ち止めに黄泉川が気づき、しまった、というような顔をしている。
 少し声が大きかったのか、それとも起きそうだったのか。
 まぁ、そろそろ起こしてやる時間なのかもしれない。


「打ち止め、もう起きたほうがいいわよ」

「……むぅ~……」

「いやあ、悪いことしたな。起こしちゃったっぽいじゃん。
それで、桔梗のほうはどうだった?
こっちは調べたけど、指名手配解除の理由は未発表じゃん」

「そう……私の方は音沙汰なし、全くの消息不明ね」

「そっか、今回の件がいい方向に進むことを期待しとこう」

「……そうね」


 黄泉川は基本的に表の人間であり、
 裏の人間である一方通行のことを捜すべきではない。

 彼女は弁えているし、打ち止めたちを連れてきた時も深くは聞かなかった。
 預かる者としては失格なのかもしれないが、警備員として、
 触れてはならない領分をよく理解している。

 だが彼のことは、必ず連れ戻すと、引きずり上げると約束した。
 絶対諦めない、と誓っているのだ。
 芳川も説得したが無駄だったため、今では協力することにしている。


 これは非常に危険なことだと両者ともに理解してはいるが、
 打ち止めの笑顔のためなら―――――


109: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:22:19.34 ID:fZa1VsMo

「んん~……ふぁぁ……ん、……ぁれ、これは……? ってヨシカワにヨミカワ!?」

「ただいま、打ち止め」

「ただいまじゃん、打ち止め」

「うん、おかえり!! ってミサカはミサカは起きたばかりなのにハイテンション!」


 笑顔だった。
 笑顔だったが、ちょっとばかりテンションがおかしい。


「ははは、元気が良くてよろしいじゃん。
それじゃ起きたばかりだけど、食事でもしに行くか? 今日は外食にするじゃん!」

「外食? それはいいわね」

「やったぁ! ってミサカはミサカは大歓喜!」

「じゃあ、出かける準備してきなさい。……顔に跡が付いているわよ?」

「えぇーっ!? ってミサカはミサカは乙女の大ピンチ!」


 そういうと打ち止めは洗面所に駆け込む。
 残された二人は、自然と笑顔になっていた。


110: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:25:14.05 ID:fZa1VsMo



「……まるで嵐のようじゃん。それにしても、元気そうで良かった。」

「そうね。あんなに元気なのも久しぶりかしら? きっと愛穂の報告のおかげよ」

「そうか? 過度な期待は禁物じゃん。悪いことしたかな」

「いいんじゃない? 指名手配が解除されたってことは、何らかの決着があったって
ことでしょう。もしかしたら帰ってくる可能性だって否定できないわ」

「……甘いじゃん。指名手配が唐突に取り消しだなんて、何らかの取引の可能性も――――」

「もし取引でそれが極秘のものだったとしても、何らかの償いを行ったと考えるべきよ。
祝ってあげるべきだわ」

「つくづく、甘い」

「かもね。それでも、私たちだけでも信じて待ってあげなきゃ。
ここは彼の帰るべき場所で、光のあたる場所なんだから、ね」

「……わかってるじゃん」


 芳川も、甘いことはわかっていた。
 それでも、期待せずにはいられない。
 彼は自由を得て、ここに戻ってきてくれるのではないか、と。


「準備完了ぅっ!! ってミサカはミサカは報告してみる!」


「さて行きますか。何はともあれ腹ごしらえじゃん!」




111: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:28:38.83 ID:fZa1VsMo





 三人がマンションから出ると、すでにすっかり日は落ちていた。
 吐き出された息は白く、足早な人々、雑踏に紛れて消える。


「わーけっこうさむいねー、ってミサカはミサカは真冬を感じてみたり」

「昼はそんなに寒くなかったじゃん」

「そうね、この時期になると夜は冷えるわぁ」


 そんな益体の無い会話を交わしながらも、足を動かす。
 打ち止めはしきりに周りを見回し、はしゃぎ回っていて。
 黄泉川と芳川の顔にも、笑顔が張り付く。




「――――そういえば、もうクリスマスだね、
ってミサカはミサカはちらほら見える電球の明かりで思い出してみる」


 しばらく歩いて、そこは人通りの少なくなった坂道。
 クリスマスイルミネーションだけが煌々と道を照らすその場所で、
 打ち止めは振り向かず唐突に切り出した。


「……そうね、ツリーはうちにも飾ったわね」

「クリスマスは何か食べに行くのもいいじゃん?
そうなれば予約しないと、ってもう遅いか」


「……色々食べたいものはあるんだけど、どれも美味しそうに考えられないの、
ってミサカはミサカは自分の精神状態を話してみたり」


「…………そっか」

「…………うん、ってミサカはミサカは肯定しちゃう」


112: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:31:50.55 ID:fZa1VsMo


 俯く打ち止めは、顔が見えない。
 考えてみれば、今年のクリスマスは彼女にとって初めてのクリスマス。
 それどころか、初めての大きなイベントで。


「下位個体たちはみんな楽しみにしていて、道行く人皆楽しそうなのにミサカは
全然楽しみになれないよ、ってミサカはミサカはどうしようもない想いを打ち明けてみる」

「そう……」

「…………」


 先ほどのテンションも、無理をしていたのか。
 街のクリスマスムードにあてられて、沈んでしまっている。
 彼女はクリスマスをすごく楽しみにしていたのだろう。
 そう―――――彼と一緒のクリスマスを。


「どうしようもない事なのに、もっと明るくするべきなのに
こんなことを言い出すなんて、ミサカ悪い子だね、ごめんなさい、
ってミサカはミサカは謝るしかないよ……」

「別に大丈夫じゃん、無理してテンション上げても、痛いだけじゃん」

「――――そう、ね。あなたは無理なんかしなくていいの。
痛い時は痛いって、苦しい時は苦しいって言うべきなのよ」


 楽しみにしていたのは、なにも打ち止めだけではなかったのだ。
 彼女たちも、新しい家族での団欒なんてものを少しだけ夢想していたのだろう。
 打ち止めの気持ちは痛いほどに伝わっていて……悲痛な笑顔。



「ありがとう、ってミサカはミサカは――――っ!」



113: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:36:49.41 ID:fZa1VsMo





 打ち止めは彼女たちに礼を言おうと顔を上げ――――絶句。
 驚愕に目を見開き、遠く道の向こうに釘づけになっていた。


「……ッ!!」

「んっ?」

「打ち止め!?」


 そして、彼女は走り出す。
 保護者達も、咄嗟に追いかけて。
 角の向こうには、信じられないものを見たような表情で立ち尽くす打ち止め。


「……いきなり走り出してどうしたの? ――――っ!」

「本当じゃん、転ぶじゃ―――――」


 皆、そのあとの言葉を継ぐことができなかった。
 打ち止めの視線の先を辿るとそこには






―――――ばつが悪そうに立ち尽くす、白い少年がいたのだ。






114: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 13:39:22.49 ID:fZa1VsMo





少しの静寂の後、口を開いたのは彼だった。




「――――久しぶり、だな」


「うん」


「元気してたか……?」


「……うんっ、うんっ…… ヒクッ」


「まァとにかくだ、――――――ただいま」


「おがえりぃいい!」




 もう、限界だったのだ。
 少女を先頭に、彼女たちは、一方通行の胸に飛び込む。
 華奢だった彼は、少しだけ逞しくなっていて。
 杖をつきながらも、彼女たちを受け止める。
 そうして四つの影は、一つに重なったのだった――――







124: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 23:44:50.08 ID:ygYFXf6o

再会から、帰宅後。
一方通行他三名は、マンションのリビングで、向かい合って座っていた。

一方通行が腕を組み、他三人が俯いているので、
ちょっとした反省会、に見えなくも無い。


「確かに、何の連絡もせず仕事に逃げていた俺は本当に悪かったと思うンだが、
少しは手加減してくれよォ……オマエ体育教師だよな? そンなのに思いっきり
締められたら、いくらこの一方通行様でも落ちンぞ??」

「…………まぁ、やり過ぎたことは謝るじゃん」

「あと、電撃だってやばいからな? 失神するとこだったンだからな??」

「…………ははは、ってミサカはミサカは笑ってごまかしてみる」

「ンで、あンなに思いっきり踏んだら足折れるぜ?
オマエハイヒールだよな? ソレ単なる凶器だろォッ!?」

「――――私も甘いわね、折るまでには至らなかったわ」

「…………聞こえなかったふりしとくわ」


 再会を果たした面々は、一方通行を抱き締める形で縋りついたものの、
 少し気恥ずかしくなり、また安心し腹が立ってきたようで、
 それぞれ一方通行に思いのたけを暴力という形でぶつけたのだった。





「ハァ……そォだな。でも、悪ィのは全部俺だ。――――本当に、すまなかった」






125: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 23:49:44.32 ID:ygYFXf6o



 ――――そう言って、彼は深々と頭を下げた。



「言い訳なンていらねェだろォからしねェし、正直何をやっていたのかは
クライアントの都合上言えないンだが、色々と心配かけてすまなかった」


 あの、プライドの高い彼が、頭を下げたのだ。


 昔の彼だったなら絶対出来ないであろう、堂々とした謝罪。
 これには、三人とも目の前の光景が信じられず、言葉を失くさざるを得なかった。


「頭を上げるじゃん――――別に、そこまで怒っているわけじゃない。
お前が無事だったならそれでいい。でも、ちゃんと連絡は欲しかったじゃん」

「あァ、そうだな……」

「…………それにしても驚いたわ。どんな心境の変化?
キミがそんなに素直に謝罪するなんて。私としては、すごく興味深いのだけれど」


 一科学者として、また長く彼を見てきた者として、純粋に芳川は興味を抱く。
 それは、短い期間ではありながらも一緒に過ごしてきた打ち止めと黄泉川も
 同様だったようで、興味しんしんのようだ。
 彼は一度目を伏せると、覚悟を感じさせる眼差しを三人に向け、口を開いた。



「大した変化があったわけじゃねェ。ただ――――――ただ、
迷惑掛けたンなら素直に謝る、筋を通す、それが『最強』ってやつの
責任じゃねェか、って理解しただけだ。お前らは、俺の家族で、何よりも大切なモンだ。
……いつ、俺のせいで事件に巻き込まれるかなンてわからねェ。
『最強』としてオマエら守り通すのも、筋に決まってらァな……・
腹ァ括ってもらうぜェ――――黙って腕の中で守られていろよ、
いつだって駆けつけてやる。それが俺の義務で、もォ逃げねェって決めたンだよ。
――――そンだけだ」



126: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/18(土) 23:52:01.60 ID:ygYFXf6o



 それは、彼の決意表明だった。
 彼が絶対に覆してはならないもの――――




 ではあったが、やはり恥ずかしかったようでもうそっぽを向いてしまった。
 それでも、彼の白い肌が紅潮していることが良くわかる。


「うっ……えっと……」

「……そう、ね、こういう時はなんて言えばいいのかしら……?」

「うわっうわっ、ってミサカはミサカは嬉し恥ずかしの大混乱!」


 一方通行の真剣な眼差しと真摯な答えに、彼女たちも恥ずかしそうだ。
 彼をおちょくろうと思うものの、赤くなるのを止められない。


「…………まァそォいうわけで、飯でも食いにいくぞコラァ!」

「……逃げたわね」

「……逃げたじゃん」

「うっせェよ!」

「うーん、食事に行くのは大賛成なんだけど、ってミサカはミサカは彼女を気にしてみたり……」

「――――あ」

「…………」



 改めて出かけようとする彼ら。
 玄関の方を見ると、そこには、不貞腐れる番外個体の姿があった。






127: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:03:24.48 ID:1SFGj3oo


「それで、彼女はどういった方じゃん? なにやら打ち止めにそっくりみたいだけど……」


 居間ではまたもや話し合いが持たれている。
 先ほど作られた暖かい空気は、張り詰めたものに変化していたが。

 打ち止め、芳川、黄泉川はあからさまに不審がっているし、一方通行も
 説明が面倒くさいようで、口は重い。
 そしてその場への乱入者は、先ほどのやり取りが気に食わなかったのか、
 不貞腐れていて見るからに機嫌が悪い。

 一方通行のツレらしき人に「アンタ誰?」と聞くのもためらわれたので、
 彼女たちは彼に視線で説明を促す。
 彼も自分が話さないと事が進まないと判断したのか、億劫そうに口を開いた。


「……こいつは、簡単に言えば打ち止めの姉妹だ」

「えーっ!! ってミサカはミサカは生き別れの家族との再会にびっくりしてみる!」

「! ふーん……」

「っていやいや、打ち止めが驚いてるじゃん! 本当に姉妹なのかよっ!?」


 打ち止めは早々に一方通行の設定に合わせることにしたようだ。
 ミサカネットワークにつながっていない個体なので彼女が知るはずはないが、
 御坂美琴の量産個体であることは一目瞭然である。
 ……まぁ、天然の可能性も否定できないが。


「まァある種間違っちゃいねェだろォよ、っつーかいい加減オマエも説明しやがれ!」


「つーん……って、まぁ困っているようだし、許してあげるか。
うん、ミサカは打ち止めの姉妹だよ。彼女はミサカのことを知っているかどうかは
わからないけど、――――第三次製造計画(サードシーズン)って言葉、聞き覚えはない?」


「っ!」

「うーん……聞いたことないかも、ってミサカはミサカは正直に答えるよ」


128: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:05:57.66 ID:1SFGj3oo


 芳川は、瞬時にして顔色が変わる。


 彼女が一方通行について調べていた際、妹達を開発していた研究者たちの中の一人が
 話していたのだ。
 「計画は引き継がれた」と――――そして、目的も。

 それは本来なら絶対に漏らしてはならない機密だったが、
 彼らはあくまで妹達を開発する部隊であって、一方通行に関してはその後のことを
 把握しておらず、芳川が未だ計画に噛んでいると勘違いしたのだろう。

 そして、第三次製造計画は行われ、ここに量産個体が存在する。
 ――――一方通行の殺害という目的も存在する、個体が。

 これには芳川が危惧するのも当然であり、一方通行に目線で訴えかける。
 しかし彼は、問題なし、というリアクション。

 一つため息をつき、彼女も話を合わせることにしたのだった。

「さーどしーずん……? 芳川は知っているじゃん??」

「……ええ、第三次育成計画、これは優秀な人間を家族のもとから引き離し、
特別なカリキュラムで能力者を育てる計画だったはずよ。
きっと打ち止めの自我が確立されないうちに引き離されてしまったのね」


 裏の世界について詳しく知らない黄泉川には、このような筋書きが丁度いい。
 一方通行も彼女の意図を把握し、小さく頷く。


129: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:07:47.86 ID:1SFGj3oo

「本当に本当なの……? ってミサカはミサカは恐る恐る聞いてみる」

「まァな。なかなか信じがたいかもしれねェが、間違いねェ……よな?」

「そ、そうだよ。ミサカは打ち止めの姉妹だよっ!」


 脅すように目を向ける一方通行に押される形で答える番外個体。
 打ち止めにとって絶対的に信頼する一方通行が言うのだから、
 彼女にとってそれは間違いのない真実となった。


「本当なんだね、やったやった! ってミサカはミサカは大きな胸にダイブ!」

「ふわっ!? ち、ちょっと、もう……」

「こらこら、はしゃぎすぎよ……――――愛穂、どうしたの?」

「…………」


 先ほどから俯いてしまった黄泉川に、芳川は訝しそうに声をかける。
 ……怪しまれたのか、警備員の情報で怪しく感じたのか――――それとも、勘か。
 芳川の中で思考が巡る。


「ヨミカワどうしたの? ってミサカはミサカはの胸の中でひいへみふ」

「ぁんっ……ちょっと、くすぐったい、よぉ、ん」



130: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:09:44.14 ID:1SFGj3oo



 はしゃいで戯れる打ち止めと、言動とは裏腹に愛おしそうな番外個体は、
 傍目に見ても姉妹のように見えて。



 震えていた黄泉川が顔を上げる―――その顔は、涙で濡れていた。



「……どうしたもこうしたもないじゃん」

「――――あァ、そうだな。そンな軽い話じゃねェよな」

「そうじゃんっ!! 感動の再会じゃーーん!」

「うわっぷ!」

「な、なに? ふわ、ん」

「良かったじゃーーん! よがったなぁ、よがっだよぉ グスッ」

「――――ハァ、そういうことね」


 何の琴線に触れたのか。涙で濡れた黄泉川が、打ち止めと番外個体を抱き締める。
 ちょっと恥ずかしそうなものの、くすぐったそうで。
 それでいて嬉しそうな二人の姉妹が、そこには確かに存在したのだった。







131: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:18:18.20 ID:1SFGj3oo
――――






 ――――聞こえる寝息は、耳に優しく。


 一方通行にとって、こんなにも心地よい夜は初めてだった。
 この家に住んでからバカ騒ぎした夜は、何も今日が初めてというわけではない。
 だが、彼もその輪に入っていたかといえば、答えはNOだ。
 今日は、自分でも考えられないほど彼は笑っていた。
 ――――もう、十分だろう。

 打ち止めの毛布をかけ直し、キッチンへと歩き出す。
 火照る体に、暖房のかかる部屋は少々熱い。
 冷蔵庫から適当にミネラルウォーターを二つほど取りだし、客間へと足を運ぶ。
 するとそこでは、番外個体が頬杖をついて外を眺めていた。


「……どうしたの? 眠れない?」

「それはこっちのセリフだ。ほらよ」

「ん、ありがとう」


 窓越しに入るのが見えたらしい。
 彼女はミネラルウォーターを受け取ると、
 何が嬉しいのかホクホク顔で自分の隣の席を叩いて着席を促す。

 取り敢えず、彼は近くにあった椅子にどっかりと気だるそうに座り、
 ペットボトルに口をつけた。

 そんな彼を少し恨みがましく横目で見て、
 彼女はすぐにまた溶けるような笑顔に変わった。


「面白い人たちだね」

「ちィと騒々しいのが玉に瑕だが、あいつらといると暇にはならねェな」

「――――そんな、騒々しい場所が大好きで、守りたい場所なんだよね?」

「……あァ、そォだ」


132: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:20:41.33 ID:1SFGj3oo

 結局あの後、感動の再会と家出人の帰宅を祝して飲み会をすることになり、
 晩飯はあり合わせと出前で済ますことになった。
 最初少しぎこちなかった番外個体も、打ち止めとなにやら二人で内緒話をした後、
 すっかり打ち解けてバカ騒ぎに加わっていた。

 いつもの彼だったなら、このバカ騒ぎに加わらず時折絡みに来る女性陣をあしらう形で
 眺めているぐらいのものだっただろう。
 しかし今夜の彼は、積極的に彼女達の輪に加わろうとした。
 バカ騒ぎまではいかないものの、絡む彼女達を邪険にせず、
 一緒にぎこちないながらも笑い、時に騒いだ。

 そんな彼の笑顔が彼女たちの心をくすぐり、バカ騒ぎは暴走してしまって、
 終いには野球拳まで始めてしまったのだが。

 彼もさすがにそれは止めようとしたものの、
 またその困ったような、恥ずかしそうな笑顔が女性陣の心も体も熱くしたらしく、
 戦いは熾烈を極め、黄泉川が素っ裸になるまで続けられた。

 番外個体はもはや勝負など関係なく脱ぎだし、
 黄泉川と乳比べを始め引き分けまで持ち込んだことを、ここに追記しておく。

 ちなみに一方通行は、
 彼女達が女を捨てているのか、はたまた自分は男扱いしてもらえていないのか、
 どちらにしろへこむ想像をして、実際少しへこんでいたとかいないとか……



133: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:23:44.93 ID:1SFGj3oo


「だけどよォ、お前はいくらなンでも暴れすぎだろォが……」

「ふふふ、イイ身体していたと思わなかったかな?
あ、でもダーリンに裸見られちゃったなぁ、もうダーリン以外お嫁にいけなーいっ!
……責任、とってね☆」

「だから理不尽だろォ……
そォ言えばオマエ、始まる前に打ち止めとなンの話をしてたンだ?」


 彼は気になっていた事を聞いてみる。

 打ち止めと話し合った後の番外個体は、全く違和感のない家族だった。
 飲み会の中でも打ち止めに対し、時に姉のように叱り、時に妹のように叱られ、
 時に母親のように撫で抱きしめていて。
 ――――その姿は、一方通行から見ても微笑ましく感じたのだ。


「ふふっ、乙女の秘密だよ♪……っていう必要もないことなんだけど、まぁ確認だね」

「確認……? 第三次製造計画のことか?」

「そんなとこかなぁ。あとダーリンのことだよ? ……随分寂しそうだった。
ミサカがダーリン奪っちゃうんじゃないかって心配してたよ」


 打ち止めとしては一方通行に自分を女性として見て欲しいようだが、
 なかなか見てもらえない。
 見た目の年齢を考えればそれも当然なのだが、恋する乙女には関係なかった。
 番外個体に、劣等感を持たざるを得なかったのだろう。

 初見こそ嫉妬したようだが、話し合ううちに、やはりそこは仮にも姉妹、
 好敵手としての絆が生まれるのもまた早かった。



134: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:26:13.01 ID:1SFGj3oo


「――――そォか。俺はそンな度量の小せェ男に見えるか?
オマエらは全員俺のもンなンだから、無意味な心配してンじゃねェよ」

「…………ミサカとしてはその発言にびっくりなんだけど、純粋に嬉しくもある、かな?
どんな意図でそんなこと言うのかはわからないけどね」

「………俺は恋愛なんぞしたことがねェからよくわからねェが、
別に一人しか愛しちゃいけないなンてルール存在しないンじゃねェのか?
選べって言われりゃ迷うけどよ、俺はオマエらの誰も選びたくなンかないンだよ。
俺と一緒にいたいヤツだけでいいぜェ、
そいつらだけは俺の意地にかけて愛し通してやるから、な」


 無茶苦茶だった。無茶苦茶だったが、どこまでも優しい彼らしい考えだった。


「……ある意味潔いね、でも優柔不断と罵られても仕方が無いかも」

「ンなこと百も承知だっつーの。
受け入れられねェってやつがいるなら考え直してやってもいい。
ま、オマエらと違って恋愛事にはあンま興味がないンでな――――これから、考えていくさ」

「……そっか、うん、これから、だね」




「……あァ、これからだ。これからここで考えていく。あいつらの傍で、な。
――――だから、こいつは用無しだ」



135: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:29:58.03 ID:1SFGj3oo


 そんな彼の手には、一枚のメモリが握られている。


 そこには、
 土御門からのメールに添付されていた親船最中の伝言の一部が入っている。
 ちなみにそれは複雑な暗号文でバラバラに送られてきた。
 ……完全に嫌がらせである。

 暗号解読自体、学園都市一の頭脳である一方通行には大した労ではなかったが、
 その後にまたリンクが張ってあり、お前はどこぞの動画サイトの管理人かと
 突っ込みたくなるような面倒臭い仕掛けがされていたのだ。
 ……土御門に入念なお礼をしてやることを決意する、一方通行であった。


「? ……それにはなにが入っているの?」

「俺たちが一週間逗留するために用意された家の住所だ」

「あぁ、そか、それはいらないね。
二人きりで暮らせないのはちょっと残念だけど、ダーリンの選んだ世界だもん」

「そォだ。逃避行は、もォ止めだからな」


 二人だけの世界よりも、皆と一緒に歩いていきたい。
 これは、今日番外個体も思ったことだった。
 彼女にとっても、この空間は優しく素晴らしい場所に見えて。
 ずっとこの場所で、皆と穏やかに暮らしていきたいと思えたのだ。


 彼女は、窓から見える月に、そんな幻想を映し出す。
 その横顔に、彼は終末の気配を感じて。
 きっと彼らを、学園都市は放置しないだろう。




 幸せは、かくも得難く、また儚く。
 一方通行は、月を仇でも見るように、睨み付けていた。









136: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:34:33.93 ID:1SFGj3oo
――――





 上条当麻は、今日も補習のために学校に来ていた。


 二学期の半ばにほとんど欠席していた彼には、
 冬休みなんていうものはほとんど存在しない。
 せいぜい教員が休まざるを得ない日ぐらいのものだろう。
 それでも、かなりの量の宿題によってその休日も無くなってしまう。

 そしてこの日、教員は休みなので課題を出されて昼で終わり、
 これから帰るだけの状況だが……彼は不幸なので、そううまくもいかないようだ。


「またビリビリか……」

「ビリビリ言うな!」


 いつも通り御坂美琴が絡んできて、コレまたいつも通り電撃を食らわせてくる。
 一時期これも途絶え、少しだけ寂しかったものの、復活してみれば面倒なだけだった。

(コイツ暇すぎるだろ……それともなんですか?
上条さんに不幸を与えるのが生きがいなんですか?
どんな悪いことを俺がしたって言うんだよ……)


「はぁ……不幸だ」

「私の電撃をいなしながら、んなこと言ってんじゃないわよっ!!
取り敢えず、話を聞けぇえ!」


 実際は構ってほしいだけなのだが、乙女心はかくも難解なものだ。
 彼は特に鈍感なため、全く理解できない。日常の挨拶と化してしまっていた。



137: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:37:41.51 ID:1SFGj3oo
 
 そんなわけで決定的にずれている二人だが、
 彼らも話を聞けと言われれば聞くぐらいには仲良くなっているわけで。
 いい加減上条も御坂の相手をするために立ち止まり、
 まだ漏電しているようすの彼女の方を振り返った。


「それで、話っていうのは何なんだよ? 上条さんも結構忙しい身なんですが……」

「何が忙しいってのよ……ってそうか、あんた補習続きだっけ? 宿題でも出たの?」

「今日の宿題ももちろん出ましたし、もともとの課題に冬休みの宿題、
その他家事もこなさなきゃならないんだよ……はぁ」


 特に家事には特売に特攻も含まれるため一番苦労するところだが、
 彼の家には暴食シスターがいるので奨学金の少ない上条家としては
 節約しなければ野垂れ死ぬしかない。
 肉体的にも精神的にもおサイフ的にも厳しい現状だった。


「溜息ついてたら幸せが逃げるわよ……ってそうか、いやでも……」

「上条さんに逃げるような幸せはありません」


 そんな悲しくなるようなことを言う彼だが、
 その言葉を聞くことなく彼女は考え込んでしまった。
 寛容な彼でも、呼び止められた身としては面白くない。


「何か用があるのかよ? ……ないならもういくぞ。昼飯の準備もあるしな」

「……あ、いやちょっと待って! 私も課題手伝うわよっ!」

「はぁ?
意味がわからないし、さすがに中学生に手伝わせるほど切羽詰まってはいないぜ?」

「………アンタがなんで休んでたのか、少しは知っているつもりよ。
学校よりずっと大切なことだったんでしょう? その時手伝えなかったから、
―――肩代わりは出来ないけど、私にだって課題を手伝うことぐらいは出来るんじゃない?」

「…………」



138: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:41:12.12 ID:1SFGj3oo




 そう、上条当麻は一カ月以上学園を欠席した時期があった。
 別にひきこもったわけでもないが、学校側への説明としてはいわゆる『自分探しの旅』
 程度にしか話せないため、結局サボりみたいな扱いだ。


 『自分探しの旅』――――それにしては、彼が自分のことを振り返ることは少なかった。
 ただがむしゃらに助けを求める人々を助け続け、イギリスから始まり、
 フランスからロシアまで、気づいてみれば大陸を横断。

 彼の動きは世界に大きな影響を与え、一つの世界戦争を食い止めるまでに至った。
 それは彼の人望もさることながら、彼の『覚醒』をアレイスターも、
 またローマ正教も、神の右席ですらも甘く見たということだろう。

 神の右席である後方のアックア、右方のフィアンマを『覚醒』することによって退けた彼。
 その後上条は、持ちうる人脈の全てを使い戦争阻止へ動く。

 彼としては皆に協力を仰ぐのは心苦しかったものの、
 無数の悲劇を生みだす戦争だけは避けたかった。
 そのためには、彼は自分の命を投げ出すことすらも辞さなかったのだ。
 その想いに皆応え、世界規模の反戦運動が巻き起こる。

 そして彼が帰ってくるまでも学園都市内において戦争回避運動は行われ、
 生徒たちによる反戦デモは日に日に大きくなり、一部統括理事による協力も相まって、
 アレイスターの計画変更を促し戦争を回避することに成功したのだった。

 その時学園都市内で生徒たちの動きを先導したのが、
 学園都市超能力者第三位の御坂美琴である。

 それによって彼女は生徒たちの中で英雄となり、
 学園都市では知らぬ人のいない存在となった。

 だが彼女としては、彼の尽力に応じただけだと思っており、
 受ける賛辞に素直に応えられないでいる。




139: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:43:37.29 ID:1SFGj3oo



「……お前は十分応えてくれたじゃねぇか。別に気にしなくても」

「それでもっ! ……それでもやっぱりアンタのそばで戦いたかった、助けたかったの。
だからせめて、尻拭いぐらいは手伝うわ―――いいわよね?」

「別にいいけどその砂鉄の剣はなにマジやめて悪かったからどうしてこうなるの」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさーーーいっっ!!!!
脅さなきゃやらせてくれないでしょぉおおお!!」

「わかったわかったわかったわかったからストーーーーップっっ!!」





 恥ずかし紛れにどうしても攻撃してしまうのが御坂美琴の彼女たるゆえんなのだが……
 つくづく難しい二人で、進歩の無い二人だった。





140: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 00:46:18.81 ID:1SFGj3oo
…………




 そんなこんなで、結局上条宅に向かうことになった二人。


「それで、昼食はどうするワケ?」

「家にもやしが残っているはずだけど……」

「……ハァ、それじゃま、買い物して行きましょ!
私が料理するからもやしなんて食べる必要ないわ」

「いやいやいや、そこまでしてもらうわけには――――」

「い・い・か・ら! 私が調理実習の確認をしたいだけよ。
……それとも、そんなものは食べられない、って?」

「わかったよ……強引だな」

「……アンタは強引じゃないと、話聞かないでしょ」

「へいへい、アリガトウゴザイマス」

「何よその棒よ――――っ!」

「……ん? ――――どうした?」



 唐突に立ち止まる御坂、つられて怪訝そうに立ち止まる上条。
 どうやら彼女は何かを見つけたらしく、
 視線の先を辿るとそこには一軒のファミリーレストラン。
 そのそばにある三つの人影の中には―――――


「ここで昼ごはん食べよう! ってミサカはミサカはあなたの左手を引っ張ってみたり」

「ったく落ちつけ。別にレストランは逃げたりしねェよ」

「ふふ、いいんじゃないかな。そろそろ昼食の時間だしここでも――――あれ?」



 不器用な笑顔を浮かべた、一方通行が、いた。



148: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:26:45.46 ID:1SFGj3oo


 三人の中で御坂美琴に気づいたのは、番外個体(ミサカベスト)が最初だった。


「ん? ―――あれ、お姉様?」

「え? え? ってミサカはミサカはお姉様を探して……いたーーーーっ!
あの人も一緒っ! ってミサカはミサカは目を輝かせてみる!!」

「っ! …………」


 彼ら三人、一方通行と打ち止めと番外個体は一緒にショッピングをしていた。
 朝早く起こされた一方通行は、あれよあれよと言う間に連れ出され、
 二人に引っ張られる形でショッピングをし、お腹が減ったとごねる打ち止めに
 振り回されてここまで来ていたのだ。

 一方通行が御坂美琴に会うのはあまりにも久しく、あの実験凍結が決まった夜以来である。
 番外個体は、当然会うのが初めてだった。






「なんでよ………」





 そう、彼女とは初対面だったのだ。
 御坂美琴にとって、それは衝撃的な光景。
 彼女はあの時実験が終わり、妹達は皆助かったとばかり考えていた。


 しかし、これは何だ? なぜ一方通行はクローンを侍らせている?
 おかしい、アリエナイ……御坂美琴の中で、色々な思考が渦巻く。
 そしてそのアリエナイ光景の中で、一つだけ見えたものは




 ―――先ほどの幸せそうに話す、一方通行だった。



149: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:28:25.51 ID:1SFGj3oo



「なんで、何でなのよぉぉぉぉおおおお!!!」



 バチィィィイイイッッと、
 彼女の体より漏れ出る電流が、鞭のように暴れ狂う。
 近くにある街灯が砕け散り、ガラスの破片が砂塵に消えた。


「……あちゃー、キレてるねー」

「これはまずいよ、私たちで止めなきゃってミサカはミサカはのんびりしている
番外個体を促してみる!」

「そうだね、まずいねこれは……」

「アンタたちはどきなさいっ! 私はそいつに用があるの!!」

「…………」


 彼女の視線の先には、一方通行が微動だにせず立っている。
 前髪に隠れて表情は見えないが、その落ち着きがまた彼女にとっては腹立たしい。


「これは何? なんなわけ?? まだ懲りてないっての!?
何とか言いなさいよこの殺人鬼っ!! ……だからアンタたちはどきなさいって
言っているのよッ!!! 巻き込まれたいのッッ!!?」

「……ミサカたちはどかないよ、ってミサカはミサカはいくらお姉様でもこの人を
傷つけることは許さないって宣言してみる!」

「そう、だね。やるならミサカたちから―――」





「……オマエらはどいてろォ」





150: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:30:14.84 ID:1SFGj3oo

 そこでようやく動いた一方通行が、杖をついている事に上条は気づくものの、
 御坂美琴は気づかない。

 もう目の前の怨敵しか見えていないのだ。
 彼女は思いこむと周りが見えなくなる癖があるが、
 このように混乱した状況では、それが顕著だった。

 そんな、今にも超電磁砲(レールガン)を放ちそうな彼女の前に、
 彼は首元のチョーカーに手を伸ばすことなく歩み出る。

 制止しようとする打ち止めと番外個体と上条を目で制し、
 その身を彼女の前に曝け出した。


「それで、何の用だ?」

「何の用だ、ですって……? アンタこそ何のつもり?
どうして私のクローンをまるで自分の物みたいに連れているわけ!?
どの面下げてまた体細胞クローンを作って、どの面下げて笑ってるわけ!?!?」

「…………」

「私の体細胞は、アンタの玩具にするために提供したんじゃないわよっ!!」

「止めろ御坂!」


 見ている方も痛くなるような、そんな言葉の刃。
 それに耐えかねた上条は割って入ろうとするものの、
 御坂の目はもはや狂気に彩られていた。

 そこにあるのは本能的な恐怖と、相手と自分への怒り。
 彼女の中で忘れそうだった、忘れてしまいそうだった現実を、
 一方通行を見て思い出してしまった。
 そして、忘れようとしていた自分に対する怒りや失望すら渦巻いて、
 完全に我を忘れているようだ。



 上条も息を呑み、後ずさる。



151: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:32:07.37 ID:1SFGj3oo




「どけよ、三下ァ」




 そこに聞こえた声は、この中であって、異常なほど落ちついていて静かだった。
 この狂気を直接当てられている本人とは思えないほど、その顔は、その目は、力強く。

 上条も、沢山の人間と対峙し死闘を繰り広げてきたからわかる。
 これは『強者』の目だ。こういう目をした相手には、必ず苦戦させられる。
 彼の優れた危機察知能力が、戦わない方がいいと教えるのだ。
 実は彼自身戦う時このような目をしている事が多いのだが、それは自分ではわからない。


「アンタはどいて!! ……ねぇ、一方通行。まさか忘れたわけじゃあないわよね?」


 彼女はまた一歩、一方通行に近づく。
 ―――右手はポケットを探り、冷たいコインを握りしめる。


「――――あァ、俺はオマエの量産個体を一万人以上殺した。よォく覚えてるぜ」

「あ、そう。……だったら、ここで何してるワケ? なんで普通に生きていられるわけ??」


 これは、少し理不尽な問いかけかもしれない。
 彼女としても、それはわかっていたのだ。
 しかし自分に問いかけたかった問いを、目の前の男にも問いたかった。
 この男の答えが、知りたかった。





「そんなの決まってンじゃねェか――――俺が俺であるため、だ」




152: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:34:24.58 ID:1SFGj3oo





「……は?」

「アイツらは俺が‘最強’から‘無敵’になるために生み出され、
そうして、俺に殺されたンだ。
だったら俺はアイツらを血肉にして絶対能力者にならなけりゃ、
アイツらは何で生まれたのか、何で殺されたのかわっかンねェだろォが」




 これが彼の今の‘無敵’に対するこだわりの理由。
 ―――彼は今まで殺した妹達のためにも、絶対能力者にならなければならないのだ。

 予想外に正々堂々と応える彼、その様に御坂は気圧されその目の熱が冷めていく。


「どこの最強がビクビク怯えて引き籠ってンだよォ。
どこの最強が過去のことあーだこーだ引きづってンだァ?
アイツらのために俺に出来ることは、例の実験を『成功』させることだけなンだぜ?
いつか必ず絶対能力者になるためにも、絶対に最強を譲るわけにはいかねェンだよ」

「じゃ、じゃあその子たちは……」

「――――俺に出来ることはまだある。アイツらの残された同胞たちを、
都合のままに生み出されたコイツらを、誰一人として傷つけねェ、殺さねェ。
全員俺が生きている限り守り通すってことだ」


 そう言って打ち止めと番外個体を見やる。
 その横顔は自分の想い人に良く似ていて、御坂は戸惑いを隠せない。



「まァ経緯に関しては俺の言葉じゃ納得できねェだろォから、オマエの妹に聞きゃァいい。 
―――出てこいよ、そこにいるンだろ?」



153: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:36:23.78 ID:1SFGj3oo

「………バレていましたか、とミサカはすごすごと草むらから出てきます」

「!? アンタ……っ!」


 そう言って草むらから出てきたのは、ミサカ一○○三二号、通称『御坂妹』である。
 一方通行に実際殺されかけて、上条当麻に救われた個体だった。
 どうやらミサカネットワークで招集されていたらしい。


「オィ三下ァ」

「あ、あぁ、なんだ?」

「飯ィ奢ってやるからついてこい」

「へ? ……いやでも俺はちょっと」

「たっぷりお土産も持たせてやるんだがなァ……?」

「はいっ! 行かせていただきます!!」


 見事にお土産で釣り上げられた上条当麻は、御坂美琴のことを気にしつつも
 一方通行に追従する。
 御坂は俯いていて表情は見えなかったが、先ほどよりかは落ち着いた様子だった。
 彼女を任せる旨目配せをすると、御坂妹は紅潮しつつも頷く。
 ……なぜ紅潮しているのか、彼は気にしないことにした。


「もし話が終わったら連絡しろ、迎えに来る」

「……わ、わかった! ってミサカはミサカはいい返事をしてみる!」

「あと、これだ」

「ん、ありがと」


 番外個体にキャッシュカードを渡すと、彼は繁華街の方へと歩いていった。
 上条は何度か御坂たちを振り返りながら、一方通行と共にその場を立ち去る。



 残ったのは、同じ顔をし、それぞれの表情を持つ、四人のミサカたちだけだった。




154: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:39:49.07 ID:1SFGj3oo
――――









 そこは繁華街の中でも少し離れた場所にある、高級そうな飲食店。
 上条当麻は制服である自分の場違い感を気にしつつも、高級そうな椅子に腰かける。
 ちなみに、インデックスには電話で帰れない旨を報告しておいた。
 ……これはお土産を持ち帰らないと、また噛みつかれるだろう。

 貧乏な上条は緊張しっぱなしだが、一方通行は堂々とした様子で目の前のソファに腰掛ける。
 改めて、彼が違う世界の住人であることを思い知ると同時に、
 上条は、なぜこんなところで一方通行と二人で食事をすることになったのか考えていた。


(こいつはきっと御坂のことを考えてあの場を一旦離れたんだろうな。
意外だ……俺がなんで連れ出されたのかはわからないけど)


 正直、一方通行と上条当麻は仲がいい関係とは言えない。
 当然あの夜の死闘が原因だが、てっきり上条としては次会った時は出会いがしらで
 喧嘩を売られるのではないかと考えていたのだ

 先の御坂美琴と一方通行の対峙から、もう決闘が始まることはないだろうとは
 想像していたが……
 まさか一方通行と二人で食事をとることになるとは、彼としてはあまりに予想外だった。


「……オィ」

「は、はひ!」

「変な声だしてンじゃねェよ。オマエ食えないモンとかあンのか?」

「い、いえ、上条さんはそんな贅沢は言いません! なんでもイケます!」

「そォか」


 そう言って彼は手を挙げて店員を呼び止めると、和牛ハンバーグ定食を二つ注文していた。
 どうやら高級な肉を使っているらしく、壁には牛の飼育者の名前と顔が飾ってある。


155: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:41:57.76 ID:1SFGj3oo



「……ハンバーグは嫌いか? 出来うる限り無難な物にしたンだが」

「い、いえ、大好物です!」

「ならいいけどよ」


 上条はそんな咄嗟の呼びかけにビクつきながらも、一方通行がコーヒーについて
 あれやこれやと店員と話している姿を見ながら、少し考える。


――――コイツ、本当にあの一方通行か?


 最後に彼と会った時と比べると、あまりにも雰囲気が違いすぎる。
 最凶最悪残虐非道であると考えていた一方通行とは、姿が重ならない。

 あの夜上条と殴りあった時弱いと感じさせた線の細さや不安定さが消え、
 堂々とした振る舞いを見せる彼は、上条当麻が今まで戦ってきた中であっても
 強者の風格だった。

 一方通行に興味を抱き始めた上条は、
 店員の持ってきた水を吟味している様子の一方通行に、
 取り敢えず先の件を聞いてみることにした。


「それで、さっきのことなんだけど……」

「あァ、さっきはすまなかったな。またオマエを巻き込ンじまった」

「それはいいけどさ、お前と一緒にいたの確か打ち止めだろ?」

「……オマエアイツのこと知ってンのか?」

「偶然会ってさ、一緒に人探しをしたんだけど……
もしかして、お前が電話に出た『あの人』か?」



156: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:42:47.79 ID:1SFGj3oo

 そう、実は彼らは何度か電話で話をしている。
 その時はノイズでお互い良くわからなかったが、
 直接会ってみると声は合致するような気がしていた。


「打ち止めが探してたってンなら、それは俺だ。
オマエこそ、白いシスターが探していた『トウマ』だろ?」

「! ……インデックスのことを知っているのか?」

「あン時ソイツと一緒にいたのは俺だからな。……なンつゥか、ご愁傷サマ。
あンだけ食うやつと同居してンだろ? 心底同情するわ」

「あぁ、お前は理解してくれるのか……?」

「そォだな、年下のガキに振り回されンのは人間なら誰でも通る道だ」

「そう、そうなんだよな。わかってんだけど、本当にアイツは―――」





 彼の愚痴は止まることを知らず、ハンバーグが来るまで続いたのだった……。













157: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:45:40.98 ID:1SFGj3oo
――――







 ミサカ一行は、近くにあったレストランで食事をとることにした。

 今はドリンクバーの飲み物を各自取ってきて、お互い探りあっているような状況。
 レストランのその一角だけが、異様な緊張感に満たされている。

 と言っても、各自表情はバラバラでしている事も統一感が無かった。
 御坂美琴はドリンクを見つめるように俯いていて顔が見えないし、
 そんなオリジナルを影ではお姉様と慕う打ち止めは、彼女のほうをチラチラ見ながら
 そわそわしている。
 番外個体は、先ほどから一方通行に借りたキャッシュカードを見つめニマニマしている。
 ……探り合いに飽きたらしい。

 そんな彼女たちを見まわし、ミサカ一○○三二号はそっと溜息をつく。
 結局は彼女しか、この中で話を始められる人間はいなかったのだ。


「……お姉様、話を始めてもよろしいでしょうか? とミサカは切り出します」

「………そう、ね。うん、ちょっと熱くなってた。ごめんね、話してちょうだい」

「わかりました、とミサカは了解を得て早速話し始めます。」




158: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:47:43.90 ID:1SFGj3oo
…………



 一通り話し終わると、御坂妹は手元にある水を口に含んだ。
 喉が渇いたのは長く話をしすぎたせいでもあり、緊張しているせいでもあるのだろう。


「――――そう、だったの。あの男がアンタたちを、ね」

「一方通行はミサカたち妹達の暴走を防ぐために奔走し大けがを負い、
ミサカネットワークで演算補助を行われている状態です、とミサカは説明の概略を話します」

「そっか……それでアンタたちはあの男を許すことにしたってわけね」

「うん、ってミサカはミサカは頷いてみる。
……さっきは不快な思いをさせてごめんなさい。でもミサカは、
あの人とお姉様を比べたりなんて出来っこないんだよ、ってミサカはミサカは…… グスッ」

 彼女はミサカネットワークを通して、御坂美琴のことを良く知っている。
 たとえ会ったことがなかったとしても、本当に大好きで、本当の姉のように慕っているのだ。
 そんな彼女を、一方通行と比べられない、比べたくない。

 打ち止めの涙と、無表情ながら怯えた様子を見せる御坂妹を見て、
 御坂美琴はまたもや自己嫌悪に陥っていた。



(あの実験は一方通行だけが悪かったわけじゃないのに、
騙されたにしても安易に協力してしまった私も悪かったはずなのに、
それを八つ当たりのように暴れまわって、挙句この娘たちを悲しませている……
本当、オリジナル失格ね)


 御坂は心の中で自嘲するものの、これ以上彼女たちを不安にさせるわけにはいかない。
 一度ゆっくりと深呼吸し顔を上げた彼女は、


 ―――いつもの皆に慕われ尊敬される、御坂美琴だった。


159: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:50:35.97 ID:1SFGj3oo

「謝るのは私の方よっ、ごめんなさい! 打ち止め、ほら、泣かないで……ね」

「グスッ ……うん! 大好き、お姉様!」

「へっ? ……ふふっ、ありがとう、打ち止め」

「えへへ………」


 御坂美琴は元来世話焼き子供好きなので、打ち止めに惹かれない理由が無く、
 自分に向けるその純粋でとろけるような笑顔に、ある意味一目惚れしたのは
 必然だったのかもしれない。
 ここにまた、義理の姉妹が誕生した。

 その二人は御坂妹から見ても微笑ましくお似合いな姉妹だったので、
 少し嫉妬したものの、彼女も頬が緩むのを抑えられなかったのだった。



 そんな三人をぼーっと眺めているのは、一人カヤの外だった番外個体である。
 正直な話彼女は、一方通行のほうに付いていけばよかったと後悔し始めていた。
 あの時付いていかなかったのは、一方通行に目で促されたということも勿論だが、
 少し負い目があったからである。

 一方通行が御坂美琴に敵意を向けられた時、真っ先に飛び出したのは自分ではなく、打ち止め。
 一方通行を誰よりも愛していると自負する彼女にとって、それは非常にショックな出来事で。

 飛び出せば、無能力者の自分は確実に死ぬ――――そんな生存本能に、どうしても抗えなかった。
 自分がよくわからない。そしてひたすら、無邪気で一途な打ち止めが羨ましかった。


「―――それで、アンタは?」

「……へっ?」

「だから、アンタよアンタ! アンタの自己紹介をまだ聞いてないんだけど?」


 そんなことを考えているうちに、どうやら番外個体の話題になっていたらしい。
 三対のそれぞれの瞳が、彼女を映す。
 自分のことについては自分でもよくわからない彼女は、考えることを止め――――


「ミサカは番外個体(ミサカベスト)。一方通行専用クローンで、彼の愛人だよっ!」


 そんな、突拍子もない自己紹介を、口にしていた。


160: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:53:32.45 ID:1SFGj3oo
――――






 男二人、喫茶店でハンバーグを食べ終わった一方通行と上条当麻は、
 いつの間にやらすっかり意気投合していた。


「―――ってことで、俺がちょっと女の子を連れて帰るだけですぐ噛みつくんだぜ?
勘弁してくれっつーの!」

「カカッ! しかしそりゃオマエが悪ィと思うぜ三下ァ。
自宅にメス連れ込ンでやるこたァ一つ、
そォ考えりゃ邪魔モノ扱いされるって考えても仕方がねェだろ?」

「いやいやいや! 俺はそんな下心で連れてきたわけじゃないぜ!?」

「ハッ! どォだか。三下だって一男子高校生だからな。それともナンですかァ、
その歳でもう枯れちゃってンですかァあ?」

「枯れてねえよ! ……それと、俺は上条当麻という名前があるのであって、
いい加減三下はやめてくれませんでせうか……?」

「あれれェー、先に三下扱いしたのはドコのダレでしたっけェ?
それともアレか、俺の方が三下はふさわしいってことかァ?
……もォイッペンやンのかコラ」

「イエ、謹んで遠慮させていただきマス」


 ンだよつまンねェなァ、なんて本気で残念そうに漏らす一方通行に苦笑しつつ、
 上条は先程から聞きたかったことを聞いてみた。


「そう言えば、さっきお前と一緒にいたのは打ち止めと……もう一人は誰なんだ?
御坂とそっくりの顔だったけど、やっぱり――――」

「……アイツか、まァ想像の通り量産個体の一人なンだが、妹達とは違う意図で作られた
個体っぽいな。実験はもォ中止を確認済みだ」

「違う意図?」

「あァ、だがソイツもすでにお釈迦になっちまったと本人は言ってンだが、
正直まだ本当の意図は掴めちゃいねェ」


161: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:55:31.37 ID:1SFGj3oo


 なんだかんだ傍に置いてはいるものの、一方通行は番外個体という存在には、
 何か大きな意味があるような気がしていたのだ。
 彼にはまだわからないが、それが顔を出すまでは様子見することにしていた。


「意図か……それにしては警戒している風でもなく、お前ら楽しそうだったけどな」

「あァーー……なァンか、アイツにはどォしても警戒する気になれねェ」

「ははっ、それでいいのかよ」

「イインじゃねェの? なるよォになれってンだ」

「ま、そうだな。あの娘悪い人には見えなかったもんな。――――それにしても」

「あァ?」


 唐突に声色の変わった上条をいぶかりつつ、一方通行は顔をあげると、
 ――――予想外に穏やかな顔があった。


「お前、さっき会った時も思ったけど、やっぱり変わったよな」

「……そォか?」

「ああ。雰囲気も変わったし、顔つきも変わっているし、そもそもこんなにまともに
会話が成立するような奴じゃなかっただろ?」

「……まァ、な」

「教えてくれないか? どうして変わったのか。お前に何があって、
何を思って変わったのか」

「……聞いてどォすンだよ」


「どうもしないけどさ、すげー興味がわくんだよ。―――その進化の原点が、さ」


162: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 19:58:07.68 ID:1SFGj3oo

 そう言う彼のまっすぐな瞳が、一方通行には眩しかった。
 それでも、目をそらすことはしない。


「進化の原点、ねェ……そンなものがあるとしたら、オマエだな」

「は?」

「ナニ驚いてンだよ、当り前だろうが。オマエに殴られてから、よくわからねェ想いに
とらわれ始めちまったンだ。……そこで、あのガキが現れやがった」

「打ち止め、か」

「そォだ。そン時はわかンなかったけどよ、俺はきっとオマエみたいに
誰かを助けたかったンだ。オマエみたいなヒーローに、俺はなりたかったンだよ」


 俺はそんな大層なものじゃない―――そう言いたかったが、上条には言えなかった。
 一方通行の顔は真剣そのもので、その瞳は光を湛えていたから。


「それで、このザマだ……脳に障害を負って、妹達がいなけりゃ、
マシに生きることすらままならねェ身体になっちまった。
今の俺は杖が無きゃ、まともに歩けないンだぜ?」

「それで杖を……」


「それでもなァ、それでも、俺は後悔する気は起きねェ。
アイツらが笑顔でいられるなら、全然かまわねェンだ。
それにこの怪我のおかげで、大きなもン知ったよォな気がすンだよ」


 そこまで言うと、彼は目をつむりこの四カ月のことを思い返す。
 この四カ月、いつ死んでもおかしくなかった。
 しかしそれでも、自分一人じゃなかった。
 仲間がいた、協力者がいた、守るべき者も、いた。



「この世界には他人がいる。
自分の負債の重さに不貞腐れて、その事実から目をそらしていたンだ。
何も自分一人で返す必要はねェ。お人好しなアイツらと一緒に、
のンびりと返していきゃあイイ、そォ気づいたってワケだ。
……まァそォは言ったものの、まだ踏ン切りがつかなくて、
番外個体(ミサカベスト)のやつに覚悟を問われて、よォやく踏み出せたンだがよ」



163: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:00:46.17 ID:1SFGj3oo




 そう言う彼は、少し照れくさそうで。
 こちらも穏やかな気持ちになるような、澄んだ笑顔だった。


「そんなわけで、結局オマエのおかげで今の俺はいるってワケだな。
……一応、感謝はしてやる」

「素直じゃねえなあ」

「うるせェ」


 二人で少し笑う。
 それでも上条は、少しだけ言ってやりたいことがあった。
 そう、まだ自分を卑下する、この心優しい少年に。


「……俺は、大したことはしてねえよ」

「あァ? ンなわけあるかよ」


「確かに、俺がぶん殴ったおかげでお前のその幻想にヒビが入ったかもしれない。
でもさ、たとえ他人の力を借りたとしても、
お前は胸を張れるような選択を、お前自身で選びとってきたんだ。
この四カ月の間に、自分自身でぶっ壊したんだよ、その幻想!」


「……俺、が」




「お前はスゲー奴だぜ、俺が保証する! ―――お前は最強の男だよ」




164: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:01:53.67 ID:1SFGj3oo





「……っ! は、はは、なンだそりゃァ。意味がわかンねェ」

「あれ、そうか?」

「クククッ、そォだよ」

「そう、かな、はは」


 気づけば二人は、人目をはばからず大笑いをしていた。
 一方通行にとって、こんなに笑うのは、生まれて初めてで。
 彼に認められることが、こんなに嬉しいことだとは、思わなかったのだろう。

 彼の目から、自然と涙がこぼれ落ちる。
 それは、壊れた幻想のカケラ、そんな、美しいものだった。








165: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:05:03.52 ID:1SFGj3oo
――――






 突拍子もない番外個体による一方通行愛人宣言により、その一角は静寂に包まれている。
 しかし、それは嵐の前の静けさでしかなく、次の瞬間には皆それぞれ恐慌状態に陥っていた。



「あ、ああああ愛人ってぇ、どう言うことよおお!?」

「どひゃー、驚き桃の木びっくりドンキー、とミサカは驚愕します」

「あなたあの人の愛人だったの!?
ってミサカはミサカは正妻が私の可能性について考えて……きゃっ」


 一人は初心なのか顔を真っ赤にして叫び声をあげ、
 一人は無表情で本当に驚いているのか良くわからないことを言い、
 一人はなにやら的外れなことを言っていた。

 愛人発言を行った当の本人は、
 思いのほか愛人という言葉が自分にしっくりきてしまったがために少しヘコみ気味だが、
 その程度でくじけない、くじけてはならないのだ。
 そう、自分を奮い立たせる。


「落ちついて! 周りに迷惑だよ!!」

「ぁあ……コホン、そ、そうね。ちょっと取りみだしちゃったわ、ごめんなさい。
それで、あ、ああ愛人っていうのは、どどういうことなの??
どどどこまで進んでいるワケ??」

「お姉様落ちついて下さい、とミサカは平静を装って事態の鎮静化を図ります」

「はっ、愛人ってことはもうすでに……っ!
ってミサカはミサカはミサカの用済み説に戦慄してみたり!」



166: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:07:03.50 ID:1SFGj3oo


 ……全然落ち着いてない様子だが、彼女は取り敢えず話を進めることにした。


「愛人って言っても、ミサカとしては殺したいほど愛してるってところなんだけど、
まぁミサカの本来の量産理由には合致していると言えば、そうなのかもね」

「殺したいほど愛してるって……それはまた大層なもんねぇ」


 そこまで一方通行を愛する理由が御坂には全然理解できなかったが、
 慣れ染めを聞くような雰囲気でもなかったため、質問を続ける。


「それであなたが生まれた理由って言うのは、なんなの?」

「『第三次製造計画』―――簡単に言えば、
一方通行が学園都市に反抗したときに排除するミサカを作る計画なんだけど、
その時に生み出されたのがミサカ。そして色々あって計画が頓挫しちゃってね。
ミサカは用無しになったワケ。それで彼の物としてそばにいることにしたんだよ」


 古いタイプのミサカと交換するため、という事は言わなかった。
 言えば余計な心配をかけることになる。
 だからこそ、この理由と言うのも簡単に、大したことでもないふうに説明したのだ。
 他の二人は知っていたのか、特に反応しなかった。




 だがそれは、御坂美琴にとって、流すことのできない事実だった。




167: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:09:05.40 ID:1SFGj3oo



「そう、
――まだ私のDNAマップを使って、そんなくだらないことしてるって言うの……?
学園都市は、どこまで私を侮辱すれば、気が済むって言うのよっ!!」



 御坂美琴は、怒りに震える。
 彼女はDNAマップを提供したことを、妹達のためにも、後悔したくないのだ。
 それでも、提供したせいで誰かを苦しめてしまうことになるならば、後悔せざるを得なくなる。
 握ったこぶしが悲鳴を上げた。まだ悲劇は終わってないというのか―――


「お姉様」

「―――え?」



 彼女が呼び声に顔を上げると、妹たちが穏やかな顔でこちらを見ていた。
 そう、彼女たちは、心優しい姉に伝えたい言葉があったのだ。



「ミサカは、あの人に出会えた。あの人のことを愛することができた。
そして心優しい姉妹たちにも、出会えた。
理由はどうあれミサカは生まれてきて幸せだよ。―――ありがとう、お姉様」

「そうですね、ありがとうございます、お姉様、とミサカは感謝をなんとか言葉にします」

「お姉様ありがとう!
ってミサカはミサカは大好きなお姉様へ伝えきれない愛を伝えてみる!」



「……っ! あん、たたち」


 様々な思惑によって、生み出された少女たち。
 彼女たちは玩具のように、軽く扱われる命だった。
 それでも、生まれてきて本当に良かったと、そう思ってくれている。
 それは罪悪感をぬぐい去れない御坂美琴にとって、何よりも救いだったのだ。
 

 ―――涙が、出そうになる。



168: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:10:12.86 ID:1SFGj3oo




「でも、いくら同じDNAだからって、幸せは平等じゃないよね。
誰かさんたちと違って、この番外個体(ミサカベスト)の名に恥じない豊満な肉体を使って
アタックすれば、意中の人を落とすのはワケないはずだよん☆」



「―――へ?」

「……それはどういう意味でしょうか?
とミサカは空気の読めない彼女に青筋を立てながら問います」

「むむむ、ってミサカはミサカは強力なライバルの実質勝利宣言にカチーンときたり」


 そう呻く妹たちの視線の先には、魅力的な曲線美と破壊力抜群の胸、
 それらを強調しつつ誇らしげに笑う番外個体の姿があった。


「素直にアタックできないお姉様みたいに、
いつの間にか手遅れでしたーなんて結末は、ミサカは許容できないしね」

「なっ……あ・ん・た・ねぇぇええ」

「反論できるの?
あんなに毎度毎度電撃食らわせていたら、
相手は嫌われてるんじゃないかーって思っちゃうよ。
ミサカみたいに色々と食らわせてあげるならともかく、ね」

「アンタに言われる筋合いはないっての!! って何を食らわせてんのよっ!?」

「それはミサカも興味あるっ!」

「……はぁ、とミサカは不器用すぎる姉妹たちに呆れます」




 不器用な、姉妹たち。
 それでもそこは、日差しのように暖かく
 その騒がしさは、耳に心地よかったのだ。





169: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:13:11.09 ID:1SFGj3oo
――――




「いやあ、なかなか有意義な時間を過ごしたな!
ハンバーグもめちゃくちゃ美味しかったし、この土産もスゲー高級そうな肉だし……
マジでおごってくれてサンキューな!」

「俺が無理言って連れ込ンだンだから、別にかまわねェよ」


 御坂たちと別行動の二人は、すでに喫茶店から出てファミレスに向かう
 というのも、先ほど打ち止めから連絡があったからだ。
 声の調子からいって、無事和解できたのだろう。


「しっかしお前、さっき番外個体にキャッシュカード渡してなかったか?
なんでもう一枚持っているんだよ」

「ンなの、リスク分散のために必要に決まってンじゃねェか。一口とかあり得ねェよ」

「はいはい、ブルジョワブルジョワ、上条さんとは住んでる世界が違いますよっと」

「なンだそりゃ」


 そんな他愛ない話をしながらも、上条はさっきの会話を思い返す。


 この四カ月、奔走していたのは自分も同じだった。
 力が足りないと感じたことなんて、数え切れないほどある。
 それでもやはり、一方通行のように友がいた。
 最弱の自分を助けてくれた、仲間たちがいたのだ。
 その大事さを、また改めて知ることができたような気がする。
 そういう意味で、有意義な時間だったろう。


「で、まァさっきの愚痴でなンとなくわかるが、
あの暴食シスターは元気でやってるンだよな?」

「ああ、元気すぎるほどにな……良かったら家に会いに来ないか? 顔見知りなんだろ?」

「―――行ってもイイのか?」

「当り前だろ、俺たち友達なんだからさ」

「……そォか」


170: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:15:10.76 ID:1SFGj3oo


「機会があったらお邪魔するとするぜ、そン時はまたおごってやるよ」

「いやいや、それは悪いっすよ! もてなさせてもらうさ……モヤシだけどいいか?」

「俺が肉山ほど買ってくから、腹いっぱいシスターの奴にも食わせてやれや……」

「……サーセン」




 と、そんな話をしているうちに、二人はファミレスが見えるところまで到着。


「さーて、御坂たちはもう出てきてるかなーっと」

「―――オィ」

「? なんだ?」



 上条が呼び止められ振り向くと、そこには一方通行が真剣な顔で立っていた。




171: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:16:31.13 ID:1SFGj3oo



「……どうした?」

「一つ言い忘れたことがあったンだ、悪ィが聞いてくれ」

「いや別にいいけどよ」


「―――俺はもう二度と、ミサカたちを傷つける気はねェし、
傷つける奴は絶対に許さねェって決めてンだ」


「……あぁ当然だな。俺だって許さねえよ」



「だから―――たとえオマエであっても、許さねェってことだ。
量産個体についても、御坂美琴についても、な」



 改めて言う彼の目は、全く笑っていなかった。
 ―――まるで、すでに傷つけている相手に言うような、そんな責めている風ですらある。


「俺には全く傷つけるつもりねぇよ!?」

「どォだかな、案外お前が気づかないうちに傷つけてるかもしンねェぞ?
まァ、そォいう方面に関しては、俺が言えた口じゃねェがな」

「……? どういう意味だよ」


「言っちまえば、アイツらの事をちゃンと考えてやれってことだ。忘れンなよ?」



172: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:18:54.49 ID:1SFGj3oo



 そう言うと、彼は前を目で指し示す。
 上条もそちらの方を振り向くと、そこには御坂たちがいて。
 そのうち二人は思い切り駆け出す。


「久しぶりぃ、ダーリン! 愛してるお、ちゅっちゅしたいおっ、ん」

「あーーーっっ、ずるいずるいミサカもちゅっちゅしーたーいー、
ってミサカはミサカは胸に飛び込みながらふぁふぇんふぇみふ!」

「だーーっっ、コッチは杖ついてる人間なンですよォォ!? いたわれっつゥの!」



 そんな戯れる三人を横目に、近づいてくる二人のことを上条は思う。
 そう、一方通行に言われたように―――

(ちゃんと考えろ、か)

 なんとなくだが、言いたいことはわかる。
 確かに自分は忙しさにかまけて、
 彼女たちの言うことを真剣に聞こうとしていなかったかもしれない。
 そこにある気持ちも、流してきたかもしれない。


「どうかしたの? 珍しく考え事なんてしちゃって、雪でも降るのかしら」

「俺だってたまには悩みますよーっと。それで、あの娘たちと話は出来たのか?」

「はい、問題ありません、とミサカはお姉様に呆れつつ答えます。それで、そちらは?」

「な―――」




173: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:20:36.57 ID:1SFGj3oo


 何やら絶句している御坂を置いて、上条は御坂妹との会話を続ける。


「こっちも有意義な話ができてよかったよ。
アイツだいぶ変わったみたいだな、スゲーいいヤツじゃねえか」

「……そう、ですか。それは良かった、とミサカは後の言葉に驚愕しつつ、
それを隠しながらもなんとか返事します」

「隠せてないじゃない……」


 これまた、何やら脱力している御坂は、それでも律義に突っ込みを忘れない。


 そんな彼女も、一つ深呼吸をして、一方通行の元へ歩み寄る。
 鼻息荒く、ガニ股で鬼気迫る感じで近づいて行ったので、
 先ほどから戯れていた三人は若干引いていたが、それもお構いなし。


「ちょっとアンタ!」

「あ、あァ、なンだ?」

「………悪かったわね」

「……は?」



「突っかかって悪かったって言ってんの!! ―――完全に八つ当たりだったわ。
アンタのことは好きになれないけど、
私にはアンタに攻撃を仕掛けていい権利なんてないものね。
少し熱くなってたわ、――――ごめん」



174: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:22:30.21 ID:1SFGj3oo



 素直に謝る御坂美琴は、まるで叱られた犬ようなそんな可愛らしさがあったが、
 一方通行としては、謝られても困るだけだ。
 一方通行も、御坂に歩み寄る。


「……別にかまわねェよ」

「―――え?」

「オマエが笑顔でいられるなら、それだけで俺は満足なンだ。
いつだって突っかかってこい。サンドバックぐらいにはなってやる」

「…………」

「らしくねェなァ、オマエはバカみたいに突っ走ってりゃイインだよ。
ま、素直になれや。そうじゃなきゃ、欲しいもンは手に入ンねェぞ?」

「……うるさい、余計なお世話よ」

「そォか、ならもォなンも言わねェ。じゃァな、せいぜい頑張れよ」

「……おう、アンタも頑張りなさいよ」




 それを聞くと、彼は背を向け歩き出す。
 この二人が仲良くなる日は、そう遠くないかもしれないと、上条は思った。




175: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/19(日) 20:24:32.30 ID:1SFGj3oo





 そして、

 彼の元に、一方通行が近づく。
 あの夜から交わらなかった二人が、今ここで対峙する。


「さっき言ったこと忘れンじゃねェぞ。もし破ったら、俺がぶン殴ってやる」

「ああ、頼む」

「それと、俺の力が必要になったら遠慮なく呼べや。
オマエはそォいうの得意そォじゃねェけど、俺を頼ってみろ。
―――俺たちゃ、友達なンだからな」

「――――ああ、お前こそな」

「自覚しているさ。……頼ンだぜ、“ヒーロー”」


 すれ違いざま肩をたたき、彼は去る。
 それを追って、二人のミサカも去っていった。






 去りゆく男は笑っていて、残る男も笑っている。
 再び邂逅する日は、近い。
 そう感じさせるような、そんな別れだった。







184: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/20(月) 23:57:12.80 ID:jpPIoGwo
――――






 浜面仕上はスキルアウトの元リーダーであり、
 暗部組織であるアイテムの元パシリであったが、
 今現在は裏稼業から足を洗った、学園都市の一不良青年でしかない。

 フリーターとして細々と学園都市内で生計を立てているのだが、
 そのような境遇にあっても彼は幸せだった。


 というのも、彼には守るべき女性が存在するからだ。


 彼女はとある事情で検査入院を繰り返している。
 頻度は低くなっているものの、クリスマス前のこの時期まで入院しているのは、
 彼女と初めて過ごすクリスマスとして、少し残念だった。


「滝壺さんはクリスマスまで超入院ですか?」

「そうなるみたいだな……」


 浜面と一緒に歩いているのは、元アイテム構成員の絹旗最愛である。

 彼女は暗部から足を洗わずに未だに仕事を引き受けているようだが、
 学園都市内での『グループ』による暗部組織残党狩りには引っかかっていない。

 その網には引っかからないような簡単な仕事を引き受けているらしい。
 こういう人間は少なからずいるのだが、
 グループ側としては自分たちに敵対しなければ黙認しているのが現状だ。


「あーあ超残念です。
代わりに超下っ端な浜面が入院すればいいのにそうだ試しにやってみるか超有言実行ーっ!!」

「いやちょっと待て俺が入院しても滝壺は退院するわけでもいやマジでやるのおかしいだろ勘弁してーっ!!」



185: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:01:17.61 ID:Pdlg7fko


 この二人の所属していた『アイテム』という組織は、
 事実上空中分解のような形で解散してしまった。

 構成員であるフレンダは、リーダーである麦野沈利に処理されてしまい、
 麦野沈利は、無能力者でしかないはずの浜面仕上に滝壺争奪戦で敗れ、
 組織から離脱してしまった。


 その件について、実は浜面は危うく学園都市全体を敵に回すところだった。
 それは統括理事長であるアレイスター=クロウリーの実行している『プラン』に
 ダメージを与える因子を、無能力者浜面仕上は持ちうるのではないかと考えられたからだ。


 浜面は『プラン』の上では、
 『グループ』『スクール』『アイテム』『メンバー』『ブロック』による
 二カ月以上前に起きた抗争で死んでいなければならない人間だった。

 にも拘らず、彼は学園都市超能力者第四位である麦野沈利を撃破し、
 長らく存命している。

 そこからアレイスターは、
 浜面がアレイスター自身も知らないような新しい真価を得ようとしていると考え、
 その真価の『プラン』へのダメージを考慮し、浜面仕上を排除すべきだと考えたのだ。


 しかし、排除することを検討に入れた時、さらなる大きなイレギュラーが起こった。
 それは幻想殺しの『覚醒』である。
 これはアレイスターの完全な計算違いであり、
 それによって戦争の勃発前に情報が漏れるという、あり得てはならないことが起ったのだ。

 これによって、第三次世界大戦の勃発は事実上不可能となり、
 エイワスの興味は一方通行からそがれ顕れることが無くなり、
 そして『プラン』は致命的な変更を余儀なくされたのだった。


 それからというもの、アレイスターは柔軟な対応を取るようになる。
 浜面に関しては、一科学者でしかない天井亜雄が、
 学園都市第一位への致命的ダメージを与えたことなども考慮に入れ、
 浜面仕上は偶然にも情緒不安定な学園都市第四位が油断したところを狙い撃破出来た、
 単純に幸運な無能力者でしかない、と彼は結論付けたのだ。


186: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:05:04.10 ID:Pdlg7fko



「はぁ……まあ考えてみれば超役立たずの浜面を入院させたところで、
滝壺さんが退院するワケが無いんですけどね」

「それを先に気づいてほしかった。というか、俺は先に言ったけどっ!」

「えっ!? てっきり音姫様の音色かと思いましたよ、浜面超適職を得ましたね!」

「俺はトイレで音姫の役をするのが生業ですかそうですかそんなのあったら凄いですね
そんなのあるわけが無いけどねっ!!」

「……浜面、超不潔です!」

「理不尽っっ!!」


 アレイスターの決定により、彼の扱いは保留となった。
 その後は戦争回避運動などもあってか放置状態、
 彼は彼女とのつつましくも幸せな生活を送っている。


「それで浜面、本当にこんなモノで滝壺さんは超喜ぶんでしょうかね?」

「ヌルー!?? 華麗にヌルー!!??」

「超うるさいです、『公衆便所の壊れた音姫』」

「ナニそれ、俺の通り名? 結構最悪じゃね??」

「あーもう、超話が進みません!! それで、これで本当に超いいんですね?
文句言われても私は知りませんよ!?」

「まぁお前のせいで進まないんだけどなっ! それで、このお見舞い品か――」



187: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:07:19.11 ID:Pdlg7fko


 そう言い、二人の顔のあたりまで掲げたのが、今日のお見舞い品であるドリアンだ。
 その他に絹旗が別口でお見舞い品を持ってきたようだが、
 メインの品がドリアンでよかったのかどうかは、正直疑問だった。


「ま、まぁ大丈夫だろ。スキルアウトの頃は『ドリアン使いの浜面』といわれるほど、
ドリアン捌きで鳴らしてきた腕があるんだぜ?」

「それは……超音姫の方がいいと思います」

「それはねーよっ!!」


 引っ張る奴だった。


「……それと、なんでドリアンなんですか? 他にフルーツが超無かったんですか?」

「いや、滝壺がドリアンを食べたいって言っててさ。
なんとかバイトした金を費やして仕入れてきたってワケだ」

「それは……滝壺さんも超珍しいものを食べたがりますね」

「まぁな。
だがまさか、ここでドリアン使いの腕を使うことになるとは夢にも思ってなかったぜっ」


 うおーっ待ってろ滝壺ー!! なんて、病院の前で夕陽を浴びながら叫ぶ浜面を、
 何メートルか離れたところで絹旗は他人のふりをしながら、





「超キモいです」




 と、一言で切り捨てたのだった。





188: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:11:37.64 ID:Pdlg7fko
…………






 結局、絹旗は病室に辿り着く前に自分のお見舞い品を浜面に手渡して、
 さっさか仕事へ行ってしまった。
 携帯で話している様子だと、どうやら時間が早まったらしい。

 そして今浜面は、彼女であり検査入院している滝壺理后を車いすに乗せて、
 屋上へと向かっているところだった。


「はまづら大丈夫、ドリアンおいしいよ。ありがとう」

「――――そりゃよかった……」

「はまづら元気だして。ほらあーん」

「あーん……ウグッ うんめぇよぅ滝壺ォ ング」


 そんな彼は、絶賛凹み中である。
 というのも、持ってきた見舞い品、果物の王様ドリアンが原因だった。
 その臭いは強烈で、看護師さんから苦情が来たほどである。

 まぁそれも凹んでいる一因ではあるのだが、
 ドリアン片手に意気揚々と果物ナイフを取り出そうとする彼を、
 鼻をつまむ滝壺の一言が打ちのめしたのだ。


「はまづら……私ドリアン食べたいなんて言った覚えないよ?」

「―――へ?」


 軍手をした彼の手から、ドリアンがこぼれ落ちる。


「もしかしてドリアのことかな? この前食事の時、ドリア食べたいって言ったよね」

「ド、ドリア……?」



189: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:15:51.38 ID:Pdlg7fko


 呆然と、そんな気持ち悪い宇宙人の名前みたいなものを口走る彼だが、
 確かに思い出していた。

 そう、滝壺はドリアが食べたいと言っていたのだ。
 何を血迷ったのか、見舞い品に困った浜面は、
 苦し紛れに立ち寄った果物屋でドリアンの札を見て、即買いしていた。
 彼にドリアなどというハイカラな食べものは、思いつかなかったのである。


「うん、大丈夫だよはまづら。うん、大丈夫……」

「無理にフォローしなくていいんだぜ……? ありがとな滝壺。俺超バカでごめん……」


 そしてその臭いから看護師さんが駆け付ける事態となり、浜面は凹みつつも、
 切り分けたドリアンを持って屋上まで逃げることにしたのであった。



「……あっ! そういえば、絹旗のお見舞い品渡してなかったな!」

「きぬはたの?」

「あ、あぁ――――これだ!!」


 そう言って滝壺に渡すのは、A4ほどの雑誌らしき物が何冊か入った袋。
 浜面としては、それによって上手くフォローしてくれることを心から望んだのだが――




「これ……たまごクラブに、ひよこクラブ? 底の方には……精力剤?」

「」



 とうとう、浜面は病院の廊下に膝をついたのだった。







190: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:19:22.00 ID:Pdlg7fko
…………






 滝壺に励まされ、なんとか浜面は立ち直り、二人はようやく屋上に辿り着いた。

 そこは庭園となっており、周りは高いフェンスに囲まれているだけで
 風をさえぎるものはなく、十二月の風はかなり冷たい。
 寒いせいか、そこには誰もいないようだ。しかし二人が庭園の中心まで来てみると、
 陰で見えなくなっていた場所に一つの人影があった。


「しょちとる、こんにちは」

「リコウか……むっ」


 そこに車いすに乗っていたのは、影に溶けるような浅黒い肌に彫りの深い顔の少女だった。
 彼女は滝壺と知り合いらしく気軽にあいさつしたものの、
 浜面の姿を見て警戒心をあらわにする。


「お前、何者だ」

「えっと……こんにちは?」

「この人が前話したはまづらだよ」


 それを聞いたショチトルは納得した様子だったが、すぐに怪訝そうな顔をする。


「こいつがハマヅラ……? この便所が似合う男が?」

「……いや、もう突っ込まないよ。俺の生業だもんな」

「しょちとる、それは失礼だよ。はまづらはこんなだけど、便所男じゃない」

「むっ……悪かった。
ただここで読んだ漫画の、便所でたむろするような連中とよく似た風貌だったからな」

「フォローにあまりなってないけどありがとう滝壺。
あと、確かに見た目不良の下っ端なのは認めるわ……」


191: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:29:18.51 ID:Pdlg7fko

 浜面も自分の風貌については認めるところなので、
 別に今更気にすることでもなかったが、便所については本気で就職を考えることにした。
 そんな自分の人生について考え始めた浜面を横目に、
 滝壺は持っていた皿をショチトルに近づける。
 

「な、何だそれは……?」

「ドリアンだよ。一緒に食べよ、しょちとる」


 強い風の吹く屋外にもかかわらず漂う臭気。
 思わず鼻をつまむショチトルに、滝壺はなおも勧める。


「うっ……ドリアン? これは、フルーツなのか?」

「うん、『ドリアン使い』が調理してくれたんだよ」

「なんか恥ずかしくなるからやめてくれ滝壺……」

「なるほど、そちらの男は『ドリアン使い』なのか。――――納得だな」

「納得するなよ!」

「ん……」

「どう? 美味しい……?」


 最初は警戒し眺めていたショチトルも、好奇心には勝てなかったのか思い切って口に入れる。
 すると、意外と美味しかったのか驚いたような顔をし、少しだけ頬が緩んだ。


「――ああ、美味しいな。ハマヅラには悪いことを言った。見事だ『ドリアン使い』」

「……どうも」

「だよね。まるでチーズケーキみたいで美味しいよね。
見た目と臭いで敬遠しがちだけど、ぜひとも食べて欲しい逸品だよ」


 そう言いながらサムズアップする滝壺が誰に宣伝しているのかわからないが、
 浜面としても激しく同意なので、何も言わずにサムズアップする。
 そうして笑いあう二人を見て、ショチトルは二人が本当に恋人同士であることを確認し、
 また心を通わせる姿に、自分の義兄とその仲間たちを思い出すのだった。



192: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:35:14.61 ID:Pdlg7fko
――――









 もう日は落ちて夜を迎えたころ、
 一方通行は缶コーヒーをビニール袋いっぱいにぶら下げ、
 杖を器用につきながらも閑散とした路地を歩いていた。


 いつもではないが、彼はよくこのような時間にコンビニまで足を延ばす。
 缶コーヒーを買うのが主な目的だが、食後の軽い運動にもちょうどいい。


 首元に手を当てながら、彼は考え事をしていた。
 これは自分が臆病になったみたいで嫌だが、直せない癖になっている。

 今日昼に再会した二人は、
 もしかしたら、一方通行にとって大きなしこりのようなものになっていたのかもしれない。

 この数カ月、たまに聴くことがある名前、たまに見える影、
 この街にいれば必ず感じていた気配だった。
 それでも、出会うことはなく。

 
 そしてようやく出会うことができた今日、彼らに自分の思いのたけをぶつけた。

 果たしてそれは、正しかったのだろうか。
 彼らに想いは伝わっただろうか。
 自分は進むことができたのだろうか―――彼にはわからなかった。




 それでも、
 彼は家で今頃ゴロゴロテレビでも見ているはずの姉妹のことを考えると、
 反省せざるを得ない。
 自然と、苦笑いが出てくる。




193: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:38:02.15 ID:Pdlg7fko



 上条たちと別れた後、二人にこっぴどく叱られたのだ。

 曰く、自分の命を投げ出すようなことはするな―――と。


 正直に言えば、自分はあの時御坂美琴に殺されても構わないと思っていた。
 解決するならば、これで終わりになるのならば、それでいいと。

 だがそれは、彼女たちからしてみれば全然お気に召さなかったらしい。
 もしそんなことになったら自分が姉をヤる、なんて息巻くヤツまでいる始末。
 おまけにもう一人の方は泣くわわめくわで面倒なことこの上ない。


 面倒事の嫌いな彼は、二度と自分の命を軽んじないことを二人に誓い、
 なんとかなだめる事に成功した。
 そして自分の命を必要としてくれる人間がいてくれることに、
 少なからず心が温かくなる。


 随分と人間らしくなったな、と自分の変化に戸惑う。
 でもそれは、不快じゃなかった。






 そんなことを考えながら顔を上げると、周りの景色にデジャブのようなものを感じた。
 デジャブ―――というべきなのか、ここで起きたことがフラッシュバックしてくる。
 そう、ここはいつだったか―――








194: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:44:09.32 ID:Pdlg7fko
…………














 そんな考え事にふける一方通行を見つめる、一つの影があった。




 影は、その細腕に似合わない無骨な銃を抱えるように持ち、
 ビルの屋上からスコープを覗く。
 そこに獲物を狩るという必死さはなく、ただただ淡々とした仕草だった。


(風が強いね、……標準を二クリック左に修正っと)


 抱える銃は、
 対戦車ライフル『バレットM82A1』に無理やり連射機能を加えた鋼鉄破り(メタルイーター)。
 プロトタイプではなく、すでに実戦投入されている一品。


 そして向けられるのは、学園都市第一位の超能力者、一方通行。


(よし)


 相手は完全に気づいていない。

 今現在、一方通行は演算能力を著しく損なっている。


 これが意味するのは、
 遠距離からの狙撃が気づかれなければ確実に仕留めることができるということ。
 彼女の腕を鑑みても、100%外すことの無いイージータスク。



195: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/21(火) 00:49:17.91 ID:Pdlg7fko






(…………)



 与えられた仕事に、ほんの少しだけ物足りなさを感じつつも、
 彼女は今までのことを思い返す。


 自分の命は、全て一方通行のために在った。
 彼を憎み、彼を頭の中で何度殺したのかわからない。

 それでも、ここ数日観察した彼の様子を思い浮かべると、不思議な気持ちになる。
 しかし、引き金から指を離す気にはならなかった。


 彼の命を自分が蹂躙することを考えると、逆に鼓動が高鳴ってしまう。



(ばいばい、一方通行)



 そう、心の中で呟き、引き金を躊躇いなく、引く。
 暗闇に轟くのは、怪物の唸り声にも似た、狂喜の雄たけび。
 銃口の先にいる獲物は、静かな顔。





――――終わりが、始まろうとしていた。









203: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:26:17.64 ID:Cq2hHDco
――――









 騒がしい夕食を終え一方通行が出かけた後、
 黄泉川家の書室ではパソコンの前で芳川が一人、考え事をしていた。
 ちなみに黄泉川はキッチンで作業中、打ち止めはリビングでテレビに見入っている。


 芳川の悩みの種は、残りの一人である番外個体のことだ。


 彼女は一方通行が出かけた直後、体調不良を訴えて寝室に引っ込んでしまった。
 言われてみると顔色も悪かった気がする。
 一方通行に見せないように必死だったと考えるべきだろう。
 その健気さには、素直に感服だった。

 そんな彼女のことを、今更疑っているわけではない。
 だが芳川がどうしても気にかかるのは、
 彼女がどのような目的で一方通行の元に送り込まれてきたのか、ということだった。


(第三次製造計画の延長線上なのか、いやそもそも計画は本当に中止になったのか……)


 たとえ本当に彼女の言った通り研究所から逃げ出してきたとして、
 何故番外個体は番外個体(ミサカベスト)と呼ばれたのか見えない。
 そのような存在を作った理由も、だ。


(研究者たちが、意味もなくそんな呼び方をするはずが無いわ。
打ち止めは最終ロットのミサカだったとしても、じゃあミサカベストは?
研究者にとって、何にベストだというの?)


 あまりにも、存在が不確定すぎる。




「……ふぅ、OK、落ちつきましょう」



204: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:29:05.43 ID:Cq2hHDco


 そう一人つぶやくと、少しさめてしまったコーヒーを口に含み、
 パソコンのキーボードを片手で意味もなくいじる。
 目の前の画面には真っ白な用紙。
 そこへ適当に番外個体から聞いた彼女の特徴などを書き込む。


(ミサカベスト、製造後四カ月経過、見た目高校生か大学生、身長高め、長髪、
巨尻、肉付き良好、それでいて子供っぽい、性格は温厚、
一方通行好き、研究所から抜け出す、現在体調不良、無能力者……)


 これで少しは頭がまとまったかと言えば、そうでもない。
 しかし、ここまで書いて、とある事実が見えてきた。


(彼女は一方通行が脳に障害を受けた同時期に作り出された――?)


 それは、改めて考えるとよくわからないタイミングだ。
 まだ学園都市が一方通行を雇っていない段階で生み出されたということは、
 第三次製造計画はすでにその段階で考えられていたということか。


(一方通行がミサカたちという弱点を持ったのは確かにその時期だったけれど……
少し見切り発車じゃないかしら? それに彼女は無能力者、
警戒を解いて誘惑するって言うのならわからなくもないのだけれど……)


 そんな遠回しなことをするのだろうか。
 そのために敢えて、
 御坂美琴のDNAマップからは作りづらいはずの無能力者を作ったというのか



 そこまで考えて、――――芳川は唐突に立ち上がる。




205: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:32:19.70 ID:Cq2hHDco


「―――まさかっ!!」


 椅子が抗議の声を上げるが、それもお構いなし。
 書室から躍り出て寝室を覗くと、そこにはすでに誰もいない。
 そんな彼女の珍しく焦った状態に、
 リビングでのんびりしていた二人は目を丸くしている。


「どうしたじゃん? 桔梗」

「……番外個体はどこ?」


 少し自分を落ちつかせた芳川は、ゆっくりと問いかける。
 それに答えたのは打ち止めだった。


「番外個体は外に頭を冷やしてくるって言って出ていったよ、
ってミサカはミサカは二人の焦りっぷりに驚いてみたり」

「!! ―――そう」


 その話を聞くと一目散に玄関に向かおうとして――――彼女はずっこけた。
 その豪快な転びっぷりに、再び二人は目を丸くする。
 頭をおさえながら立ち上がる様を見ると、どうやら怪我などはないらしい。


「……運動しなさすぎじゃん?」

「――――私も甘いわね、シリアスに徹しきれなかったわ」

「そういうこと言うから……ってミサカはミサカはダメだししてみる」


(まぁ私が行ってもしょうがないわね。
……でも、もし例の計画も同時に進行していたとしたら、色々と納得だわ。
――――彼を信じましょう)


 色々な言い訳を自分の中でしながらもリビングの椅子に座り、
 真剣な顔でみかんを食べ始めた彼女を見て、
 他の二人は本気でこの怠け者の働き口を考え始めたのだった。




206: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:38:08.85 ID:Cq2hHDco
――――








 鋼鉄破りの獲物であった一方通行のいる、五〇〇メートル先の光景は、
 他人からすればにわかには信じがたい現象が起っていた。


(弾が避けた、か……)


 反射の能力が発動したのか、銃弾は彼の足もとに突き刺さる。
 おそらく何らかの方法で射撃が知られたのだろう。
 スコープ越しに目が合う彼は、依然静かな顔だった。――――鳥肌が立つ。


(ぎゃはっ、そう、そうだよ! そうこなくっちゃあ面白くない!!)


 屋上から飛び出すように駆けだした影は、先ほどの不満そうな顔とは打って変わり、
 鮮烈な、あまりにも醜い、まるで大好物の獲物を見つけた肉食獣のような顔を、
 仮面越しに浮かべていた。

 狙われているはずの一方通行は逃げ出すことはなく、
 自分の元へ迫ってくる影をつまらなそうに見やり、
 コーヒーの袋を適当なところに置いて口を開く。


「どこの誰だかしらねェが、誰に喧嘩売ったのか知ってンのか?
それでここまで態々ゴソクロウとは、単なる自殺志願者としか思えねェなァ」


 これは彼の自信というわけではなく、単なる事実。周知の事実だった。
 その言葉は虚空に吐いた独りごとのつもりだったが、




207: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:41:18.53 ID:Cq2hHDco





「嫌というほどわかっているよ、第一位」




 暗がりから、くぐもった声が答える。
 聞こえたほうに顔を向けると、そこにはまるで人形のような、機械のような、
 そんなヒトガタが直立していた。
 体の線がよく見える服を着ているため、女性であることが伺いしれる。
 しかし頭に卵型のヘルメットを被っているので、顔は見えない。


「でもよくあの距離の射撃を避けることが出来たね、絶対ばれないと思ったのになぁ」


 悪戯でもばれたかのように無邪気に拗ねるヒトガタを、一方通行は鼻で笑った。


「俺は何度狙われていると思ってンだ? あの程度の射撃読めなくてどォする。
わかりやすすぎンだよ、完全にあそこは射撃ポイントじゃねェか」


 自動的な反射が出来なくなってからの彼は、臆病なほどの警戒を欠かしたことはない。
 自分が出かける場所を考え、その道筋においてどこならば狙われやすいのか、
 その手段は何が妥当か、そういった事を常に考え行動している。


(それにあそこからは、一度射撃されたことがあったからな)


 何号の時だっただろうか、
 彼は、絶対能力進化計画の時同じ場所から射撃されたことがあったのだ。
 実験がこんな形で自分を救うとは思わず、心の中で苦笑する。




208: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:44:16.83 ID:Cq2hHDco


「へぇー、ま、どうでもいいことか。あなたは結局ここで死ぬんだから、さ」

「ハッ、ヤれるとでも思ってンのか?
止めとけ止めとけ、おうちに帰って寝ンねしといた方が有意義な時間を過ごせンぜ実際」

「……本当に、甘くなったね。そうやって、自分を殺そうとした人を見逃そうとしている。
でも無意味だよ。この顔を見れば、納得するんじゃない?」

「……なに?」


 そういって彼女はヘルメットをとる。
 そこから出てきた顔は、あまりにも見慣れた顔。
 先ほどまで一緒に過ごしていた、女。




「オマエ――――」


「やっほう。とうとう殺しに来たよ、第一位」




 番外個体の、姿かたち、声。




209: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:45:55.12 ID:Cq2hHDco




 彼の顔が、絶望の色に染まる。





「ぎゃははははは! その顔が見たかったんだ!!
ああ、あなたのその顔を見るだけでイキそうだよぉ……」


 目の前の女は、彼女がしないと思っていた、下品な顔と言葉をぶつけてくる。
 そしてその眼に宿っているのは―――明確な、殺意。




 想定していた。
 第三次製造計画というものの存在を知ってから、彼はこの展開を予想していたのだ。
 しかし、実際こうなるとどうすればいいのかわからない。
 間違いなく、今の自分は身も心も無防備だ。


「逃げても駄目だよ。
ワザワザあなた一人のところをミサカは狙ってあげたのに、
それを裏切って逃げる気だったら、今度狙うのはあの人たちだからね」


 彼の逃げようとしていた足が止まる。
 彼女の言うとおり、この状況で狙われたのは、ある意味僥倖だったのだろう。
 何といっても、守るべき者が後ろにいないのだ。
 しかしいなくても、意識することが出来た。それにより彼の思考は回り始める。



210: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:53:48.17 ID:Cq2hHDco




「……第三次製造計画は中止になったンじゃねェのか?」

「中止になったよ。でもあなたが狙われる理由なんて、いくらでもあるじゃない」

「……そォかよ」

「ようやくいつもの調子に戻ったかな?」


 彼のまともに回るようになった頭が導き出したこれからの行動は、


 戦闘を避ける――――不可能、
 だったら、彼女を傷つけずに気絶させる――――。


「あなたの考えていることは手に取るようにわかるよ。そしてその矛盾点も、ねっ!」


 彼女はその手に握っていたモノを、電流を利用し射出する。
 それは短い鉄釘のようなものだったが、拳銃程度の威力だ。難なく避ける。
 しかし、それは彼女の想定内。射出したのち、紫電とともに一気に距離を詰めた。
 彼からすればそれは遅い。完全に体勢は立て直っている。


 それでも、この顔を目の前にすると、どうしようもない。


 無様に転げて、近距離射撃を避けるしかない。


「どうしたの? ミサカを無力化して見せてよ。
あなたの中にあるルールに抵触しない程度で、攻撃して見せたら?
どうせ無理なんだろうけどね、ぎゃははははは!!」


 一方通行が自分の中で作ったルール、
 世界を敵に回してもミサカのクローンたちを傷つけないというルール、
 これに抵触せずに彼女を無力化する。それは可能なのか―――




211: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 02:57:00.14 ID:Cq2hHDco



(可能かどうか、じゃねェ。やるしかねェンだよォッ!!)



 ここにきてようやく、彼は攻撃の意思を見せる。
 足元のベクトルのみ操作し、一瞬にして彼女の懐まで迫った。
 傷つけないためには、接近戦で意識を刈り取るしかない。
 かなりの手加減が要求される。……精彩を欠いた動きだった。


 だがそのタイミングを完全に読んでいたかのように、
 彼女は空気を電流で爆破し威嚇すると、その勢いで上空に飛び上がる。
 そこから降り注ぐ、鉄釘の雨。
 停止した瞬間を狙われたため、彼はその餌食でしかなかった。


「がァっ……!」


 ――――何本彼の中に留まっただろうか、何本彼を貫いただろうか。
 いずれも致命傷には至らない。しかし、確実に彼へ大きなダメージを与えた。
 動くのが、難しいほどに。



「ぎゃひ」



 そして視界の中には、楽しくてたまらないといった風に、
 凶悪な顔を浮かべる彼女が、いた。


「なんであなたの思考が読めたか、わかるかな?
代理演算を行っているのはミサカたちだって事を考えれば、
今のあなただって想像はつくよね。つまりあなたに手加減は不可能ってこと。
あなたとミサカ、どっちかが死ぬしかないんだ、よ!」



 また射出される鉄釘は、今度こそ避けることが出来なかった。




212: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:00:00.02 ID:Cq2hHDco




精確に、一方通行の右肩を削り取っていく。



「がはっ……!」

「ぎゃはぎゃはぎゃはっ!!
思いだした思いだした、あなたがさっきの射撃を避けられたのって、
ミサカが昔あそこから射撃した時のことを覚えていたからなんだね!
何度も何度も殺されてきたから忘れてた!」


 そう言いながら何度も何度も同じ場所に、傷を抉り広げるように射出する。
 赤の中に白が見え始めていた。


「あ……がっ……!!」

「あぁ、あの時は痛かったなぁ。
まぁこれは一万三十一分の一程度のもの、利子も全然払えないよ」



 ――――そうだった、あの時彼が傷つけたのも、彼女の右肩だった。

 そう考えると、一方通行の熱くなっていた頭も、急速に冷えて行く。




「はっ、ははっ」





――――……これは、自業自得、じゃないのか?
 彼の頭によぎったのは、そんな、絶望的な、囁き。





213: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:04:13.49 ID:Cq2hHDco




「気づいたのかな?」




 目の前まで来ていた彼女は、禍々しい笑顔を浮かべ、死刑宣告を放つ。



「これは、全てが自業自得で、全てがあなたのしてきたことなんだよ?
その痛みは、ミサカが味わってきたものなんだ。わかる?
ミサカはあなたに、妹達二万体と、打ち止め、
そして第三次製造計画によって生み出されたミサカの、
未成熟な感情も含めた全ての憎悪を、代わりに伝えにきたの。簡単には死なせないよ」



 必死に彼が振り切ろうとしていた闇が、まとわり付く。
 息が出来ない。動くことが、出来ない。
 喉が異常なほど渇き、変な音が聞こえる。



「もし今生きているミサカたちが、あなたのことを許したと考えているなら、
相当おめでたい脳味噌してるね。ミサカたちは生まれたばかりなんだよ?
憎しみなんて、抱きようが無いじゃない。たとえあなたを慕っているように見えたって、
本能としてあなたの罪悪感を利用すれば生きやすいって感じているだけ」



 支えが、崩れていく。今まで縋っていた標が、見えなくなっていく。
 周りの景色が、全て色褪せていくような、気がする。
 心の中にある想いが、虚空に溶けていくような、そんな絶望が彼を支配する。



「ぎゃははは! 勘違いしないでね、何もミサカが適当に言っているわけじゃあない。
ミサカネットワークを介して知っている。つまりこれは事実なんだ、まさしく真実!
あなたは単なる妄想を、ミサカたちに押しつけているだけなんだよっ!!」




214: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:06:26.85 ID:Cq2hHDco




 壊れゆく、心。
 早く、自分を殺してほしかった。


 守るものを見失ってしまったら、彼は生きる理由を失うだろう。
 守ることが出来るということを知った彼は、成長すれば成長するほど、
 罪悪感が大きくなった。そう―――精神的に弱くなっていたのだ。



「あなたの罪は、永遠に贖えることは、ない。
あなたの理想とする未来なんか、ミサカがぶっ壊してやる。
―――いっそ、ミサカの物になっちゃおうよ。ペットとしてなら飼ってあげる。
他のミサカはわからないけど、それでミサカは許してあげても、いいよ」



 甘いささやきだった。


 もはや生気を失った彼には、彼女がさぞかし天使のように見えただろう。
 彼女は一方通行がもっとも欲しがっている許しを与えてくれる。


 心が動かないはずが、ない。




「もう、ヒーローごっこはやめて、一緒に行こう? 自己満足は、もう飽きたでしょう?
あなたは、絶対能力者<無敵>になんか、なれないんだから、さ」




215: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:08:13.99 ID:Cq2hHDco




 その言葉は、彼女からすればとどめのつもりだったのかもしれない。
 未来をへし折るような、そんな一言だった。





 しかし、
 彼女の放った言葉は、彼女が思っている以上に、彼の心の深いところまで届いていた。






「………なら…だ」

「え?」


 彼女は、ようやくまともな言葉を話した一方通行に驚きつつも、聞き返す。
 敗北宣言が聞けることを、信じて疑わなかった。


「俺は………」

「………何?」







「俺は、絶対能力者に、ならなきゃいけねェンだ!」






216: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:11:58.23 ID:Cq2hHDco





「――――はぁ?」




 出てきた言葉は、あまりにも稚拙。
 ヒーローに憧れる少年が、駄々をこねたようで。
 彼女としては、あきれるしかなかった。



 今の一方通行は、誰かを守るためにここにいるわけではない。
 彼にとって、今ここで死ぬことに何のためらいもなかった。
 だからこそ、彼が犠牲にした人々や上条当麻と交わした、原初の誓い。



 彼の中にある、絶対なる信念。
 ――――其の想いだけが、彼を突き動かす。



「――――ハッ!」

「なっ……!?」


 一つ大きく息を吸って、思いっきり笑い飛ばした彼は、
 すでにいつもの不敵で自信にあふれたような笑顔を浮かべていた。
 彼女にとって、それはあまりに予想外。


「ヒーローごっこ? 自己満足? 上等だコラァあ!!
オマエの真実が全てみてェにぬかしてンじゃねェっ! 
罪だろォが何だろォが、アイツらのために俺が全部食らい尽くすンだ!
殺してみろよ、クソ野郎。死んでも屈服しねェ。最強は、譲らねェよ」


 そう、彼は信じていた。
 彼女たちの遺志を、彼女たちの想いを。
 絶対能力進化計画の成功のために殉じた彼女たちの願いだけを、頑なに信じる。
 それだけのために、彼は最強として笑ったのだ。


217: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:14:04.88 ID:Cq2hHDco




「――――じゃあお望み通り殺してやるよ」




 番外個体は、完全にキレていて。
 ヤケクソみたいに叫ぶ、この男に失望していた。


 だが、それだけじゃない。
 一方通行の目は、確実に生き返っていた。
 その瞳が湛える光に気圧されたことが、彼女の苛立ちを加速させたのだ。


 これ以上、遊ぶ気にもなれない。
 首を絞め、額に釘を当てる。


「ぐゥ……」

「興ざめだよ。―――ちゃっちゃと地獄に行け、殺人鬼」

「ぐふゥっ……へへ」



 それでも、笑う一方通行。
 それは彼女にとって、嘲笑に見えた。首を絞める手に力がこもる。
 そして――――――







218: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 03:17:27.85 ID:Cq2hHDco






 そこに飛び込んでくる、一つの影。






「おらあああああああああああああああ!!!」


「ッッがぁっ!?」




 響き渡る、叫び。



 それと同時に、吹き飛ぶ番外個体。
 そう、まるでヒーローのように現れたのは――――





「これ以上ダーリンに手ぇださせるかよぉぉぉおおおッッ!!!!」






――――鬼のような形相をした、番外個体だった。










230: 以下、三日目金曜東Rブロック59Aがお送りします 2010/12/23(木) 17:14:04.50 ID:Cq2hHDco
………… 







 あの空間に飛び込めば、死ぬ。
 無能力者の自分が大能力者であるはずの彼女を、止められるはずが、ない。
 目の前の光景を見て、恐怖が彼女の思考を支配する。

 一方通行のためならば命も惜しくないと、そう思ってここまで駆けてきたはずなのに、
 目の前に来て足がすくむのだ。


(この程度の想いだったの……?)


 カタカタと揺れる視界。彼女は震えていた。
 想いに身体がついてきていないのだろう


 それでも繰り広げられる断罪は、留まることを知らない。
 一方通行に叩きつけられる言葉の刃は、音速で放たれる鉄釘よりも鋭く痛々しい。


 自分が否定してあげたい、盾になって護ってあげたかった。
 しかし彼女は、見ているだけ。

 彼女が葛藤をしているうちにも、一方通行は生気を失っていく。
 目が乾いていく、心臓が激しく急き立てる。


(このまま終わっちゃうの? 何も始められず、何も得られないままに)


 そんな深い絶望に染まる彼女を助け出すのは、いつだって彼だった。


 あんな子供っぽく叫ぶ一方通行を見るのは初めてで。
 そんな、彼の丸裸の信念は、番外個体の心を貫く。




 ――――気づけば、彼女は走り出していた。



231: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 17:18:04.36 ID:Cq2hHDco



 何かがブチブチと切れる音がする。
 ごまかすように声を出し、体重全てを乗せた蹴りを、その無防備な横っ腹に叩きこむ。


 頭痛が酷かった。が、最高に気持ち良かったのだ。


「何やってンだよオマエ……」


 呆れた声が後ろから聞こえる。
 振り向くとそこには、酷く傷ついた、彼女の愛する人。
 なんとか、笑顔を作る。


「助けに来たぜ、ダーリンっ!」

「………」


 軽いノリは彼のお気に召さなかったようで少々呆れ顔だが、
 その顔はすぐに真剣に闇を見据える。
 どうやら、襲撃者は立ちあがってきたらしい。


「クソッ、お前の出番じゃないんだよ番外個体(ミサカベスト)ッッ!!」

「あんたこそ、何やらかしてくれてんのぉ?? 番外個体(ミサカワースト)ぉお!!」


 どっちも尋常じゃないほどにキレていた。
 無能力者と大能力者、勝敗は決まっているはずだが、
 ミサカワーストはおそらくアバラが何本か折れており息すらマシに出来ない状態だろう。




 頭痛は極限、ブラックアウト寸前。
 だがミサカベストは、後ろに守るモノがある限り、死んでも引く気は、ない。

 


232: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 17:21:09.18 ID:Cq2hHDco



「チィ……――――っ!! はいっ……はい…了解しました、すぐに」



 舌打ちし、鉄釘をとりだしたところで、ミサカワーストは虚空に返事をし始める。
 何らかの通信を受けているらしい。



………ギリッ!!



 彼女は悔しそうに歯噛みして、ミサカベストを睨みつけると、
 闇に紛れるように去って行った。




 脅威は去り、路地裏に静寂が戻る。




「……無茶するンじゃねェよ、怪我はねェか?」

「……うん、こっちは、大丈夫。そっちこそ、大丈夫、なの?」

「あァ、こォ見えても、な」


 一方通行の怪我は、見た目は酷いものの血がさほど出ていない。
 ベクトル操作で血流を作っているからだろう。
 彼女は、心の底から、安堵する。



「そう……良、かった……」



 それしか彼女の口から言葉は出ず、
 彼女はアスファルトの上へ叩きつけられるように、倒れた。



233: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 17:23:59.91 ID:Cq2hHDco



ドチャッ



生々しい音が、暗い路地裏に響く。


「――なっ、オィ!!」


 硬直は一瞬だった。
 彼は彼女に駆け寄る。


「……は、はは、ちょっと、疲れ、ちゃった……」

「無理に喋るな! ……クソッ、どォいうことだよこの熱はッ!!」


 荒い息をする彼女は、信じられないほどの熱を発していた。
 すぐに医者へ連絡する。


 数コール後出たのは、冥土帰し。


「どう――」

「急患だッッ! 至急車をよこせッ!」

「ちょっと待――」

「場所は…「落ちつきなさい!」ッ!!」



 思いの外強い言葉に遮られ、彼は息を呑んだ。




「君は落ち着かなきゃ、ダメだ。
――――患者の容体はどうだね? 君の能力は使えるかい?」



234: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/23(木) 17:25:12.81 ID:Cq2hHDco



 言われて、自分が取り乱していた事を知る。
 今彼は、精神状態が不安定だ。


 一つ深呼吸をすると、ミサカベストの頭に手を乗せる。
 皮膚上の電気信号から脳の構造を解析することが出来る彼には、
 触れることで患者全身の情報を採取することは、朝飯前だった。


「――――な、に……?」


 そうして、彼は知る。
 ミサカベスト、その名の意味を。






240: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(金) 01:04:26.26 ID:8DNNsh6o
――――







 窓から差しこむ朝日は、夜が明けたことを雄弁に語っていた。
 空調整う病院の廊下は、忙しそうな看護師たちによって賑わいを見せ始めている。




そんな中、夜の静寂を未だに引きずる一つの影。
――――一方通行である。




 病院服に身を包んだ彼は、襟から覗く包帯が上半身全体を覆うものの、
 あり得ないほどの自己治癒能力によって昨夜の大怪我は鳴りを潜め、
 もう健常者と同じ様に動くことができる。
 麻酔を断って執られたオペは気付けにちょうど良かったのか、眠くはなさそうだ。



 そんな彼がいる場所は、自分の病室の前ではない。



 ミサカベストは、昨夜から目を覚ましていない。
 容体は安定を見せたようで現在はただ眠っているだけだが、
 一方通行にとっては酷く気がかり。
 そして結局、彼女の病室の前まで押し掛けている。


(ったく、馬鹿かよ俺は……)


 看護師はこちらをちらりと見るものの、特に不審には思っていないようだ。
 もしかすると、状況を理解しているのかもしれない。
 変な勘違いをされていそうだが、訂正するほど彼に元気はなかった。



241: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(金) 01:06:22.97 ID:8DNNsh6o




 一方通行がボーっとしていると、ここに向かってくる団体の足音が聞こえてきたので、
 そちらに顔を向ける。


「一方通行ーーーっ!! ってミサカはミサカは、きゃふっ」

「おはようじゃん一方通行。怪我は大丈夫か?」

「ハァハァ……、あなたたち、病院では、走っちゃだめよ、ふぅ」

「……オマエらうるせェ、怪我は大したもンじゃねェって電話で話しただろォが。
それとオマエ、この挨拶は恒例なのか?」


 いつもよりちょっと遠慮がちに突っ込んでくる打ち止めを、彼は受け止める。
 怪我に配慮したようだが、胸にぐりぐり頭を擦りつけられるのも、少し痛そうだ。


「……オィコラいてェよ」

「…………」

「……凄く、心配してたじゃんよ。帰ってこないなんて、何かあったんだーって」

「ハァハァ、ふぅ。……今回は完全にあなたが悪いわね。連絡するのも遅いし、嘘つくし」

「心配……したんだよ……?」グスッ


 三人とも、責める顔。
 芳川は汗だくでここまでどれだけ走ってきたんだという感じである。
 ……まぁ実際のところ、駐車場から病院の間ぐらいしか走っていないが。
 運動不足がたたっているようだ。




「……悪かった、ちと頭がうまく回らなかったンだ。珍しく動揺しちまってな、すまねェ」




242: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(金) 01:09:07.26 ID:8DNNsh6o



 そう言いながら、打ち止めの頭を優しく撫でる。


 彼女たちに連絡したのは病院に着くまでの車の中だが、
 出かけてからずいぶんと経っていたらしい。
 その時もえらく心配されたが、
 夜に病院へ駆け付けられても彼女たちが疲れるだけであるため、
 嘘をつき二人で友人宅に泊まるということを伝えていたのだ。


 今朝は電話越しにえらく怒られたものだが、責められても何も文句は言えない。


 ちなみに、怪我は医者も協力させてスキルアウトに襲われたことにした。
 そこは彼女たちも察したようで、心配そうだったものの理解してくれたのだった。


「――――はぁ、こっちに着いたら思いっきり叱ってやろうなんて考えていたけど、
そんな顔してたら怒る気失くすじゃん」

「……悪ィ」

「でもあの話は本当だったんだねって、ミサカはミサカは改めて驚いてみたり」

「そうよ、――――やっぱりあの計画は、水面下で継続していたってわけね」

「! ……芳川、オマエ知っていたのか?」

「知りはしなかったけど――――」





「皆さん、お揃いみたいだね?」





243: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(金) 01:12:48.48 ID:8DNNsh6o




 聞こえた声に皆で振り向くと、そこには一方通行がイの一番に電話した、
 カエル顔の医者が立っていた。


「……あいつはどォだ、まだ寝てンのか?」

「ようやく起きたみたいだから、私は呼ばれてきたんだよ?
ちょうどいいタイミングだったかな?」



「それで、診察はすでにしたんでしょう? ――――彼女は、どうなの……?」



 誰かが、息をのむ音がした。
 一方通行も、知っているはずなのに、汗が浮き出る。
 カエル顔の医者は重々しく口を開け、








「――――三カ月、だね。彼女は妊娠しているよ」







 と、告げたのだった。







256: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 22:46:43.87 ID:8DNNsh6o
…………








 そこはとある病院の産婦人科病室前。


 賑やかさが増していく中で、その一角は静寂が生まれていた。
 決して重苦しい空気というわけではなく、
 ただそれぞれどういうリアクションをとればいいのかわからない、
 戸惑っているといった雰囲気である。



「芳川、オマエは何か知っているのか?」



 切り出したのは一方通行だった。
 芳川は少し考えるように俯いていたが、まとまったのか、顔を上げる。


「……さっきも言ったけど、私も知っていたわけじゃないの。
ただ、そういった計画がちょっと持ちあがっていたのは事実よ。
君が彼に負けた、あの日からね」

「――――約五カ月前」

「そうね。まあその時は様子を見るってことで流れた話だったんだけど――」

「大真面目に研究しているやつがいたってことか」


「どんな計画なの? ってミサカはミサカは聞いてみる」


257: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 22:51:03.77 ID:8DNNsh6o



 打ち止めの言葉に、芳川はちらっと黄泉川の方を見た後、一方通行に目で問う。
 その視線を受けて、
 一方通行はまだ黄泉川に、自分たちの境遇を教えていないことを思い出す。
 腕の中から自分を見上げる打ち止めを見つめ、そして頭を少し掻いたあと、口を開いた。


「黄泉川、オマエはどォする?
この話は前提条件として、俺らの出自を知らないとわからねェンだが」


「――――もし、聞かない方がいいって言うなら、どこか行ってるじゃんよ」


「これはオマエに選択権があるンだよ。俺たちの話を、危険を顧みず聞くか?
ここから先は一方通行だ、話を聞いたらもォ元には戻れねェぞ」


「……キミたちはいいの?」


「ンなの今更だろォが。俺に隠すような恥じる過去は存在しねェ、
ただ下らない同情はいらねェってだけだよ。
黄泉川のことは信頼してンだ、後は本人次第だろォぜ。
……オマエはどォだ? 俺らの過去のこと、話してもいいのか?」


「んーと……ミサカたちは、あなたがいいなら別にかまわないよ。
ヨミカワに迷惑をかけるのは嫌だけど、
家族だもん、知っていてもらいたいよってミサカはミサカは正直に言ってみる!」


258: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 22:52:47.41 ID:8DNNsh6o



「私はお前たちを引き受けたじゃんよ。――――私たちは家族じゃん。
聞かないわけにはいかないよ」


「……本当にいいの? 愛穂」


「私だって警備員じゃん、色々と見てきた。危険なんて、今更じゃん?」


「……そォかよ。オマエも聞くか?」

「――――ふむ。僕は患者の事情にはあまり首を突っ込まないからね、
先に彼女の元に行っている事にするよ?」

「わかった。――――アイツを、頼む」


 頭を下げる彼にカエル顔の医者は無言で頷くと、病室にノックし入っていった。
 それを確認した後、彼は語り始めた。


 あの忌々しい実験と、その末路を―――






259: あぁ、間違えた…… 2010/12/24(クリスマスイブ) 22:54:56.82 ID:8DNNsh6o




 天使のように笑う打ち止めに、一方通行も頬を緩める。
 そんな彼らの姿は、黄泉川の守りたい世界を確かに感じさせて。


 彼らを引き受けると言った時に、すでに黄泉川の心は決まっていたのだ。
 それなのに、見ないふりをしてきた。
 隠し事の多い芳川に、甘えていたのかもしれない。


「私はお前たちを引き受けたじゃんよ。――――私たちは家族じゃん。
聞かないわけにはいかないよ」


「……本当にいいの? 愛穂」

「私だって警備員じゃん、色々と見てきた。危険なんて、今更じゃん?」

「……そォかよ。オマエも聞くか?」


「――――ふむ。僕は患者の事情にはあまり首を突っ込まないからね、
先に彼女の元に行っている事にするよ?」

「わかった。――――アイツを、頼む」


 頭を下げる彼にカエル顔の医者は無言で頷くと、病室にノックし入っていった。
 それを確認した後、彼は語り始めた。



 あの忌々しい実験と、その末路を―――






260: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 23:21:15.13 ID:8DNNsh6o
…………








「―――とまァ、大筋はこンなところだ」

「少しあなたは自虐的すぎるかも、ってミサカはミサカは説明を総括してみる」

「うるせェ」

「…………そ、れは」


 黄泉川は、明るく話すこの二人が信じられなかった。
 今までの二人の関係も、見えなくなりそうだった。
 それでも、目の前の二人だけを、見る。


「オマエがこれを聞いて、どォ考えよォと自由だぜ?
出て行けって言うならいつだって出て行ってやる。
コイツだってそのぐらいの覚悟はあるはず……だよな?」

「うん! ミサカはあなたと一緒ならどこでも生きていけるよ、
ってミサカはミサカはちょっとさみしいのを我慢してみたり」

「愛穂……」


 芳川は不安そうだが、一方通行の顔に翳りはない。
 自分の罪を自白してもなお明るく振舞えるのは、
 黄泉川への絶対的な信頼があるからなのだろう。





(そして過去を、受け入れている、っていうことか――――)




261: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 23:26:05.78 ID:8DNNsh6o



 彼女が話を聞き、最初に抱いた感情は、怒りだった。
 子供たちが好き勝手に作られ、子供へ好き勝手に罪を押し付ける。
 学園都市へのぶつけようのないモノ。無力感だけがつのる。


 そしてもう一つの抱いた感情が、喜びだ。


 打ち止めの身の上はおおよそ推測できる。
 クローンの都市伝説、二人目の御坂美琴、御坂美琴とそっくりな外見。
 それらを結びつければ、彼女でも見当はつく。
 それでも、学園都市超能力者第一位である一方通行との関係性については、
 全く分からなかったのだ。
 芳川たちも、そのことに触れることはなく。


 そして彼は、帰ってきて早々、彼女に教えてくれたのだ。
 もし自分だったら、いくら親しくなろうとも、
 いや親しくなればなるほど打ち明けられないだろうと、彼女は思う。
 それほどの、罪だ。

 何せクローンとはいえ、一万人以上の人間を殺害している。
 それは、普通の人間なら耐えられないほどのもので。

 その過去を、彼は受け入れている。
 それも彼の精神が異常をきたしているということではなく、
 押し潰されそうな罪悪感の中で、贖罪の途を探していて。


(本当に、強くなったじゃん)


 孤独に戦う強さ、ではなく、仲間と共に戦う強さを、今の彼は持っていた。
 それは、好意を向けることを恐れていないその笑顔が教えている。
 ココに戻ってきたということも、その証し。


(自分で暗闇から這い上がることが、出来たじゃん)


 引き上げてやると、黄泉川はそう言った。
 しかし彼は、自分で這い上がってきた。
 何があったか知らないが、
 それでも彼女は、自分の役目が無くなったとは思わない。



262: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 23:28:48.20 ID:8DNNsh6o




 彼女のすべきことは、軽蔑でも、同情でも、委縮でも、恐怖でも、忌避でもなく、
 ――――受容しか、有り得ない。




 いや、受容してやりたいのだ。
 黄泉川愛穂は、一方通行の家族として、生きていきたいのだ。
 彼女は、心の底から、そう思った。





「私はお前を絶対に諦めない、って言ったじゃん。
それは、これからもずっと支えてやるってことだからさ。年上に甘えて欲しいじゃん」


「そォか――――ありがとォな、黄泉川。俺もオマエをずっと守り続けると約束するぜ」


 彼が、彼女に真正面から感謝の気持ちを示したのは、初めてかもしれない。
 彼女が自分の想いをぶつけると、彼はそれに真剣な、それでいて自信満々な顔で応えて。
 どこまでも頼りになるような、身を任せたくなるような――――








「ってやば……っ!」

「あァ?」



263: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 23:29:49.26 ID:8DNNsh6o




 彼女のすべきことは、軽蔑でも、同情でも、委縮でも、恐怖でも、忌避でもなく、
 ――――受容しか、有り得ない。




 いや、受容してやりたいのだ。
 黄泉川愛穂は、一方通行の家族として、生きていきたいのだ。
 彼女は、心の底から、そう思った。





「私はお前を絶対に諦めない、って言ったじゃん。
それは、これからもずっと支えてやるってことだからさ。年上に甘えて欲しいじゃん」


「そォか――――ありがとォな、黄泉川。俺もオマエをずっと守り続けると約束するぜ」


 彼が、彼女に真正面から感謝の気持ちを示したのは、初めてかもしれない。
 彼女が自分の想いをぶつけると、彼はそれに真剣な、それでいて自信満々な顔で応えて。
 どこまでも頼りになるような、身を任せたくなるような――――








「ってやば……っ!」

「あァ?」



264: うわ、二回投稿しちまった…… 2010/12/24(クリスマスイブ) 23:33:13.68 ID:8DNNsh6o




 いつの間にか二人で見つめあう、そんな危険な雰囲気になっていた。
 とっさに黄泉川は顔をそむける。身体が火照るのを彼女は感じていた。
 事実、彼女の顔は真っ赤である。


(ちょっと前までは男か女かよくわからなかったくせに……っ)


 裸を見られても恥ずかしがらなかった黄泉川が、羞恥に身を悶えていた。


 改めて見ると、
 今の一方通行はホルモンバランスが整い始め性別がちゃんと定まってきている。
 身長が少し伸び、鍛えているのか少し体格も良くなってきていて、
 顔つきもずいぶん男らしくなっていた。
 外を歩いていれば女性が振り向くであろう、いわゆるイイ男になっていたのだ。
 男日照りの彼女は、彼に男を感じざるを得なかった。

 先ほどの言葉は、まるでプロポーズのよう。
 そう考えると、黄泉川は彼の顔を見ることが出来ない。
 その態度が、一方通行をいらつかせる。


「オィコラ、何がやばいってェ? 俺が頼りにならねェとでも言う気か?」

「……~~~~~っ!!」


 いつの間に迫っていたのか、彼に顎を引かれる。
 彼女の目の前には、一方通行の顔。
 無意識にも、甘い声が囁かれる






「学園都市超能力者第一位の力を、その身体に教え込ンでやろォか?」

「…………あっ………ん」





265: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/24(クリスマスイブ) 23:35:32.67 ID:8DNNsh6o




「「ストップ!」」


 完全に危険水域まで到達したところで、彼の肩が引かれた。
 おいてけぼりにされた二人が、半眼で睨んでいる。


「……ンだよオマエら」

「やり過ぎだよ! ってミサカはミサカはプリプリしてみたりっ」

「あなたたちは話の途中なのに、勝手に自分たちの世界に浸っちゃって……」

「そ、そんな大したものじゃないじゃん! なぁ一方通行ぁ!?」


 黄泉川としては、回らない頭でなんとかフォローしようとするが意味不明で、
 肝心の一方通行は完全に他人事。


「話の続きか、そォだったな」


 なんて、普通に話しだすもんだから、黄泉川は気が抜けたように座り込んだ。
 そして拗ねる。膝にのの字を書き始めた。


「…………ブツブツ…………」

「……ハァ、キミのせいよ」

「ったく面倒くせェなァ……」

「あなたデリカシーなさすぎかも、ってミサカはミサカは溜息混じりに言ってみたり」




 そんな、何故かのどかな、産婦人科病室前だった。




266: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(土) 00:52:30.08 ID:GcS1DpIo
…………






 絶対能力進化実験。



 ソレは結局成功することはなく、研究者たちの悲願である絶対能力者の誕生は、
 またもや先送りとなる。


 このとき、同時に彼らは悟る。
 一方通行も一人の人間であり、死ぬ可能性があるということを。
 一人の無能力者により、証明は開始されたのだ。

 事実、八月三十一日の事件では、一方通行は死んでも何らおかしくはなかった。
 絶対能力者にこだわる研究者は、心臓が止まりそうになっただろう。
 何せ樹形図の設計者によって、絶対能力者になれる人間は一方通行のみである、
 と算出されているのだ。
 彼が[ピーーー]ば悲願の達成は難しくなる、しかし弱体化した彼はいつ死んでもおかしくない。

 そこで研究者たちは――――


「――――絶対能力者になり得る人材を作り出そう、と考えたわけ」

「なるほどな、倫理をドブに捨てたクソどもらしい発想だ」

「クローンはオリジナル以上のレベルにはなり得ないって話じゃん……?」

「だからこその子供だね、ってミサカはミサカは自分で考えて嫌な気分になったり……」

「大丈夫か?」

「うん、大丈夫!」


 微笑ましい兄妹のようなやり取りを眺めつつ、芳川は思考を巡らせる。


 今、絶対能力者になれる人間がいなくても、
 未来の子供ならば、進化の可能性を秘めているのではないか?
 しかも七人の超能力者の上位の者たちの遺伝子を使い、
 学園都市の科学技術の粋を用いれば、可能性はずっと上がる。


267: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(土) 00:55:39.12 ID:GcS1DpIo


「彼女が無能力者なのは――――」

「おそらくだけど、胎児への影響を懸念してじゃないかしら。
……言っておくけど、これらは全て私の推測にすぎないわよ?」

「だが筋は通ってンだろ。
アイツらの絶対能力への執着を考えれば、
そンな計画が秘密裏に進められていても不思議じゃァねェよなァ」

「でもでも、なんでこんな時期までその計画は引き延ばしになったの?
ってミサカはミサカは疑問に思ったり」

「確かに、研究者なら思いついたら即実行ってイメージがあるじゃん」

「何か問題でもあったのかな、ってミサカはミサカは勘ぐってみる」

「「………」」


打ち止めと黄泉川は首をひねるが、他の二人はおおよそ見当がついているようだ。
一方通行はイラつきを隠さない。


「……一方通行の能力が制限されたからよ」

「あっ! ……え?」

「彼も細胞程度は研究のために提出していただろうけど、
――――精子までは、協力していなかったんでしょう?」

「チィ……人が寝ているうちに好き勝手しやがってェ」

「「なっ……」」


打ち止めはともかく、黄泉川まで顔が真っ赤になる。
先ほどの接近が、彼女を女にしてしまったのだろうか。


一方通行の精子ともなればレア度で言えばトップクラス、
かなりの高額になることは間違いないだろう。
病院の看護師が協力に応じる可能性は、高い。


268: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(土) 00:59:14.32 ID:GcS1DpIo



「細胞からも、理論上生み出すことは可能なはずだけど……」

「クローンがあの結果だからなァ、念を押したンだろォ。
クソッ、俺のモノ盗ンだ奴ァただじゃすまさねェぞ!」

「ま、まぁ私のほうで警備員に話しとくじゃん。は、はは……」


 本来性にあけすけなはずの友人が動揺する様に、
 芳川は一つ、ため息を零す。


 するとそのため息に呼ばれたかのように、病室からカエル顔の医者が出てきた。
 診察が終わったらしい。


「遅かったわね」

「ああ、検査も一緒に済ませてしまったからね?」

「……どォだった」

「母体も胎児も健康だよ? でも、確かに彼女は御坂君のクローンだったが、
いくつか人工的な相違点が見られるんだね?」


269: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(土) 01:01:18.69 ID:GcS1DpIo



「――――どういうこと?」

「彼女は母体としてどこまでも完璧に調整されている、ということだよ。
不自然過ぎるほどに、ね。彼女はどういった女性なんだい?」

「アイツは、ミサカベストだ」

「番外個体、――――いや、最適母体、か」

「詳しいことは芳川たちに聞け、俺はアイツと二人で話すことがあンだよ」

「……わかったわ。私たちはどこか話せる場所に行きましょう」

「そう、だな。あの娘はお前を待ってるじゃん。行ってあげな」

「……彼女の心は今酷くナーバスだ。くれぐれも慎重にね?」

「あの娘を癒せるのはあなただけだよ、
ってミサカはミサカは大好きなあなたにエネルギー注入!」

「……あァ、頃合になったら連絡する」


 一方通行は抱きついてくる打ち止めの肩を優しく叩くと、
 その場にいる人々を安心させるように、力強く笑う。





 杖をつき病室に向かう彼の背中は、誰よりも頼りになる、男の背中だった。








270: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:00:13.84 ID:GcS1DpIo
――――








 ミサカベストは、病室の窓から外を眺めていた。
 静かな時間と対称的に、何かを待つような、探すようなそんな戸惑いが、
 整った横顔に感じられる。

 まるで迷子のようにも見えるし、深窓のお姫様にも見えた。
 そう思わせるのは彼女の純粋さ故か、儚さ故か、
 それとも病院という場所が演出しているのか。



 閉じた世界に、ノックの音が響き渡る。
 予想していたからか、彼女は落ち着いて応えることが出来た。
 そして入ってきたのは――


「よォ」

「……やっほう」


 彼女が今、誰よりも会いづらくて、誰よりも会いたかった人。
 一方通行は椅子に腰かけ、彼女に静かな口調で語りかける。


「どォだ、調子は」

「うん、今は全然平気。あなたこそ大丈夫なの? たくさん血が出てた気がするよ」

「俺を誰だと思ってンだ? この程度の怪我でどォこォなるほどヤワじゃァねェンだよ」

「……そっか」

「……そォだ」


271: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:03:51.54 ID:GcS1DpIo


 自然なようで、不自然な会話。


 彼女はうつむき、彼は外を見る。
 少しだけ話すと、居心地の悪い静けさだけが残り。
 交わることのない視線、時間だけが過ぎていく。


「……悪かったね」

「……ン?」


 唐突に、彼女は謝った。


「あなたに、何も言ってなかった。言えることはあったはずなのに、ね」

「胎児のことか? ――――それとも、計画のことか?」

「何もかも、だよ。あーあ、こんなことになるつもりはなかったんだけどなぁ」

「……だから無茶すンなっつったろォが」

「そう、だね。ミサカは、気づかないうちに過剰な生存本能を与えられていたみたい。
本能に逆らったから、リミッターが働いたんだね」

「胎児を守るため、か」

「そ。実際、ミサカもあまり知らないんだけど、
間違いないのは、ミサカベストがこの子を産むためだけに生み出されたっていうこと」


彼女はまるで他人事のように淡々と話すものの、
自分の子供に向ける眼差しは暖かかった。
改めて、彼女が母親であることを彼は認識する。



272: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:10:09.65 ID:GcS1DpIo





「そして、――――『最高傑作(マスターピース)』」

「……あァ」

「それが、この子の通称、いや名前だってこと。
この子は、学園都市の科学技術を集結させて造り出された、
まさしく学園都市の最高傑作だよ」

「…………」


「だから勘違いしないでね。
いくら遺伝子データが参考になっているからって、あなたの子供って訳じゃない。
誰ともわからない男との、子供だよ」


 彼女は冷たく言い切る。
 一方通行を突き放すように。
 まるでこの二日間を、嘘にするかのように。


「いや、研究者たちに好き放題弄り回された結果産まれたんだから、あいつらの子供かな」

「……めろ」

「二日間も、ちょっとした遊びに付き合ってくれてありがとう。少しだけ楽しかった。
終わりはよくなかったけど」

「……やめろ」

「あの服は、貰うね。この指輪も……うん、あり、がとう」

「やめろっ――――」

「っ…………」




273: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:15:35.65 ID:GcS1DpIo


 心を抉るように自嘲する彼女を、
 眼の光を亡くした彼女を、これ以上見ていられない。



 気がつくと、一方通行は彼女を抱き締めていた。



「なん、で……穢いよ? 離してよ……」

「穢くなンてねェよ」

「離して……ごめんなさい。もう……終わりなんだよ……?」

「終わらせない、終わらせてたまるか!
こンなクソみたいな終わらせ方、誰も望んじゃいねェンだよッ!!」


 彼女は、泣くことを知らず、か細い声には、虚ろな瞳には、何も存在しない。
 まるで人形。
 魂を持たない、ただの人形だった。



 彼女はきっと、一方通行への愛だけを頼りに生きてきた。
 つらい実験も、一方通行を想い、耐えてきたのだ。


 そんな彼女が今、その想いを捨てようとしている。
 すぐに訪れるであろう終わりを、演出するために――


「ミサカの義務は、この作品を学園都市に提出することなの。
ミサカに自由なんて、ない。だから、だから……」

「関係ねェ」



見捨てられない。
彼女を離すことは、彼にはもう出来なかった。




274: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:18:32.89 ID:GcS1DpIo


「……オマエは、俺のもンだろォが。そンでもって、俺たちは家族だろォが」

「は、はは、そんなことも言ってた、かな」

「オマエが、学園都市の最高傑作を腹に宿していることの意味は、
俺も色ンな実験を引き受けてきたからよォく知ってンだ」


 学園都市の暗部に浸ってきた彼にとって、その計画の重要性も、逆らう危険性も、
 ――――彼女の末路も、容易に想像出来る。
 それでも彼は、自分を救おうとしてくれた人たちのことを思い出す。


「どンだけオマエが暗く深い世界にいよォが、俺は絶対にオマエを諦めない。
そこから必ずオマエを引きずりあげてやる」


 似合わない真似だと思う。
 それでも、――――彼はヒーローに憧れた。
 救われた者として、今度は彼が救う番だったのだ。


「俺が描く未来には、笑顔のオマエが、ソイツを抱いているンだ。
――――俺たちのそばで、な。……オマエはどォだ?」


「――ミサカ、は」


「俺たちに迷惑とか、そンなの関係ねェンだ。
オマエの描きたい未来を、教えてくれ」




すぐ近くにある、顔と顔。
見つめあう、目と目。





――――瓦解する、壁。





275: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:20:34.12 ID:GcS1DpIo







「……ミサカは、あなたと、ダーリンと一緒の未来じゃなきゃ、やだ」

「……あァ」

「ダーリンと一緒じゃない未来なんて、描きたくないよっ!
……ご、めんなさい、わがままで、ごめん」

「……ワガママなンかじゃねェよ。何としてでも実現させてやる、
――――だから、泣くンじゃねェ」


 彼女は、泣いていた。
 彼に頼ってばかりの自分が、ふがいない。
 それでも彼の温もりが、嬉しくて、優しくて。


「ヒグッ グスッ ……ゴメン、ゴメンね」

「謝ンなよ、――――家族だから、当然だろォ」

「……うん、うん!」



 腕の中で泣く彼女が、愛おしい。
 ヒーローになるために、これから来る困難に立ち向かうために、
 この想いだけで、彼には十分だったのだ。






276: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:24:37.14 ID:GcS1DpIo
…………







「そォ言えば……」

「え?」


 まだ少し赤い目をしたミサカベストが、彼を見つめる。
 名残惜しげな彼女からゆっくり離れると、壁によりかかり切り出した。


「さっきは、助かった。……オマエが来なくても、なンとかなったがな」

「ふふ、当然のことをしただけだよ、家族だもんっ!」

「……そォかよ」


 笑顔の彼女を見て先ほどの自分を思い出したのか、彼は少し恥ずかしそうに頬を掻き、
 誤魔化すように話題を変える。


「でも、なンでオマエがあそこまできたンだ?
……それと、あの女は誰だ。確か、ミサカワーストとか言ったか」

「…………」

「……第三次製造計画の個体か?」

「……うん」


 ミサカベストは、少し考えてから答える。
 それはためらっている、というより戸惑っているようだった。



277: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:27:27.91 ID:GcS1DpIo


「なんとなく、なんとなくだけど、ダーリンがコーヒーを買いに出掛けた時、
ミサカならこのタイミングで襲うだろうって思ったの。
そんな意味不明な、理解不能な悪寒がよぎったんだよ」

「無意識に刷り込まれた可能性はあるな……」

「うん……」


 だからこそ、いてもたってもいられず彼女は飛び出したのだ。
 自分では何もできないかもしれない。それでも。


「あの娘は大能力者である軍用個体、ミサカベストになれなかった失敗作、
対一方通行専用兵器である番外個体(ミサカワースト)だよ」

「なるほど、アイツがその一体ってワケか。
まさか失敗作が一体ってこたァねェだろ、何体いる?」

「ミサカワースト二百三十体のうち一体の確率でミサカベストは発現する、
って研究者は言ってたと思う。
ミサカベストの予備を考えても、二百体以上いるんじゃないかな」

「そォかよ……何で俺はそいつらに狙われてンだろォな……
第三次製造計画は結局続いてたってオチですかァあ?」




278: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:30:03.53 ID:GcS1DpIo



 あのミサカワーストが二百体以上自分を狙っているかもしれないという現実。
 二百三十という、学園都市人口数の一万分の一の数字に何らかの意味を感じつつも、
 彼は正直降参したい気分だった。


「第三次製造計画は間違いなく中止になったはずだから、
理由は……正直よくわからないけど、何か対策は考えた方がいいよ。
昨晩だって、ほとんど無抵抗だったじゃない」


「解ってンだよ、ンなことは。
でも、どォしてもあの顔を相手にすると敵意が失せるぜェ。
……オマエに会わなければ、もっと逃げ回る気になれたかもな」


「……それどういう意味?」

「オマエになら殺されてもいいってことだよ、言わせンな恥ずかしい」

「うっ……それは嬉しいけど、死んじゃダメだよっ!」

「ハイハイわかってマス」

「本当にわかってるの!? 対策ちゃんととってよ!」

「当たり前だろォが、俺はまだくたばれねェ」


真剣に怒っているはずの彼女だが、彼には伝わってないようだ。
簡単にあしらわれてしまう。



「……いまいち信じられないなぁ。
――――じゃあ、ミサカたちへの愛に誓ってよ!」




279: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:31:53.77 ID:GcS1DpIo





「――――はァ?」


 突然の意味不明な話に、目を丸くする一方通行。
 なぜそんな話になるのかサッパリわからない彼は、これが噂のスイーツ(笑)脳か、
 と理解するしかなかった。あながち間違いでもない……のか?


「だって、ミサカワーストに殺されても仕方がないってことは、
死んでほしくないって願うミサカたちとミサカワーストを秤にかけて
あっちが傾くってことだよね?」

「ンなこたァねェよ……」

「――そう言うなら、キスで示してよ」

「はァ!? 本当にナニ言ってるンですかァ? ……意味わかンねェ」

「やっぱりミサカは穢れてるから嫌なんだね……ううっ」


 泣いているように見えつつも、横目でチラッチラ彼を物欲しそうに見ている。
 明らかな嘘泣きだが、彼には放置も出来ない。


「だァーーっ!! ンなわけねェだろォがっ!」

「口だけじゃわからないよ、行動で示して……ん」



280: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:34:22.95 ID:GcS1DpIo



 彼女は目を閉じ、唇を示す。
 悪ふざけではなく、本気のようだ。
 強気な彼女だが、不安が彼まで伝わってくる。
 ――――痛いほどに。


(――ったく、不器用すぎンだろォ)


 同時に、自分ほどではないか、とも彼は思った。
 積極的な彼女に、少しだけ惹かれている自分には気づいていたのだ。
 応えてもいいのではないか? うちなる彼がささやく。
 しかし、微妙な距離が、どうしても踏み出せない。


 なんだかんだあの男のことを言えないな、なんて自嘲する。


(愛なンざよくわからねェが……)


それでも、彼女の想いを恐れたりは、したくなかったのだ。


「……オマエ一人だけを見ることは出来ねェ」

「ん……いいよ」



 ささやくのは、残酷な言葉。
 そして二人は、誓いの口づけを交わした。
 温度差を、唇に残して。
 それは、二人の距離を表していたのかもしれない。








282: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:37:35.28 ID:GcS1DpIo
――――








「……申し訳ございませんでした」



 ――――ミサカワーストは、ミッションに失敗した。


 難易度はイージー、もう少し時間があればクリア出来た自信があるため、
 彼女にも不満がないわけではない。
 しかし、決して目の前のマスターに見せることはなく。


「なに、あれでいい。大事にしても厄介だ。それに最低限の確認は出来た。
アレはやはりお前の前では無力でしかない」


 玉座で頬づえをつく彼女のマスターは、何がおかしいのかくつくつと嗤う。


「正直アレの回収を依頼されたときは最悪な気分だったが……条件がとても魅力的だ」


 ミサカワーストとしては、彼の話にさほど興味がない。
 ただマスターの機嫌が良さそうなのは、喜ぶべきことだった。しかし、


「……あの男の言うことを、信じるのですか?」


 いつもの過剰なほど慎重なこの男にしては、
 彼女から見ていささか軽率な判断のように思えるのだろう。


「確かに、私には第一位を押さえられないと高をくくっての好条件かもしれんね。
だが、私も色々と保険をかけてあるから、彼も早々に裏切れまいよ。
それに彼にとっても『グループ』の存在は邪魔になってきた頃合いだ。
あんな死に損ないども、脳を回収できれば文句は言わないだろう」



283: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 02:42:25.47 ID:GcS1DpIo



「わざわざあんな災いの塊にまた近づくことになろうとは、な。
復讐なぞ考えていなかったが、ついでに済ませてしまうか。唯一の心残りだ」


 口ではそういうものの、彼の瞳の奥には怪しく歪んだ光を宿していて。
 復讐を忘れた日は、一日たりともなかったのだ。
 押し殺していただけ、無理やり自分を納得させていた、だけ。


「この後はどうなさいますか?」


 マスターの負の情念が彼女にも伝わってくる。
 チリチリと、彼女の中のナニかが、焦げ付く音がした。


「ふむ、私は少々せっかちでね、いい加減この状態に飽き飽きしてきたところだ。
こういうことは、時間をかけることによって破綻し得るのだよ。
準備も整ったし、そろそろ決着をつけよう」


 男は、過去に一度命を落としている。
 今も、生きているとは言い難い。
 現世に蘇るために、彼は忌々しい『グループ』を滅ぼさなければならないのだ。
 その先にこそ精神的、肉体的な絶対的『安泰』がある。




「さて、今度は私が攻める番だ。せいぜい楽しませてくれよ、一方通行」




 男は、禍々しい笑みを浮かべる。
 そこにあるのは、恐ろしいまでの狂気。




 再び、戦いが始まろうとしていた。






293: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 20:38:26.03 ID:GcS1DpIo
――――








 退院手続きを行う黄泉川を待つのは、
 一方通行と打ち止めと芳川の三人である。
 もうすでに夕刻、退院するにしても朝には十分回復していた一方通行だが――


「チィ、もォこンな時間になっちまった」

「それは仕方がないわね、あなたは少し休んだほうがいいもの。
どうせ家に帰っても寝るだけだったんでしょう?」

「ンなことねェよ、ってオマエはいつまで黙ってンだ?」

「…………」


 結局午後いっぱい眠っていた彼は、時間を無駄にした気分で不満タラタラだが、
 打ち止めは芳川の後ろに隠れこれでもかっというほど赤面していた。
 一方通行が起きてから、ずっとこの調子である。


「……あなたのせいじゃない? あれはさすがに強引だったわよ。
まあ、煽った私たちにもちょっとだけ責任があるかもしれないけれど」

「……オマエは本当に自由だよな」

「甘い私は否定しないわ」

「いやしろよ」


294: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 20:41:19.25 ID:GcS1DpIo





 昼前の話。

 ミサカベストの病室に、カエル顔の医者とお茶していた三名が入ると、
 そこには不思議な空気が漂っていた。
 芳川が問いただすと、何やら面白そうなことになっている様子である。
 本人たちは至極真面目のようだったが、芳川としては楽しくて仕方がないので、
 さっそく煽る。
 彼女は、ミサカベストだけ不公平だと訴え始めたのである。
 それに便乗したのは、意外にもミサカベストだった。


『あなたは言ったよね、私たちの愛に誓うって。“私たち”、だよ』

『それオマエが言っただけだろ』

『そうなると、少なくとも打ち止めには愛を示さないとダメね。次点で愛穂かしら』

『聞けやっ!』

『な、なに言ってるじゃん! 私はすでにこんな歳で、えーと』

『ちょ、ちょっとやっぱり恥ずかしいかな
ってミサカはミサカはちょこっと羨ましくも思ってみたり』


 そんな混乱する二人も、なんだかんだ期待しているらしい。
 一方通行の唇をガン見である。


『ダーリンは前、ミサカたちを命懸けで守ってくれるって言ったよね。
でもその命を大事にしない。だったらミサカたちを大事にしていないのと一緒だよ。
愛が足りないんじゃないかな? かな?』

『あなた口だけは一人前ね。
約束するだけで許されるのは、今どき総理大臣ぐらいのものよ。
いい加減行動で示してみたら?』

『……好き勝手言ってくれるなァオマエら』




295: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 20:43:46.43 ID:GcS1DpIo


 色々な意味で好き放題言う二人に付き合うのも馬鹿らしいのだが、
 見た目に反して真面目な彼は、真摯に受け止める紳士だった。


(接吻程度は家族でもやるだろォから、別に気にする必要はねェ……のか?)


 そして彼は、そういったことに疎いことを自覚している。
 つまり、周りの信頼している人たちの言うことを否定出来るほど、
 自分の常識に自信があるわけでもなかったのだ。
 だからこそ、いじられやすいのだが。


『オィ』

『ひゃっ』


 意味不明な返事したのは、打ち止めである。
 そう言えば、彼女に好意を示すことのできていない自分に、彼は気づく。
 彼女なくして自分はあり得ないはずなのに、彼女を恐れている。
 一緒にいる理由を、贖罪という言葉に逃げているのかもしれない。


『俺は、……あァー…』

『な、なに? ってミサカはミサカは先を促してみたり』


 素直になれない自分、変わりたいと願う彼は、必死だった。
 それでも、上手く言葉が出ない。芳川のあなたは口だけだ、という言葉が引っ掛かる。
 何を言っても伝わらないような気がした。


『あァーもォ面倒臭ェ!』

『えっ?』


 打ち止めの肩に手を乗せ、彼は真正面から向き合う。
 考えてみれば、彼が彼女とこうやって真剣に視線を交わすのは初めてかもしれない。



『……愛してるぜ、打ち止め』



296: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 20:49:56.95 ID:GcS1DpIo




 一言に凝縮して想いを伝えると、一方通行には思いの外しっくりきた。
 これこそが、打ち止めにかける言葉だったのだと、彼としては納得する。



 失点を言うならば、他人からどう思われるかを考えなかったことだろう。



 言葉を発しない打ち止めの唇に彼はそっとキスをする。
 大切なものを優しく包み込むような、そんな口づけだった。


『さすがの私も赤面だわ……』

『うわ、うわ』

『じゃん、じゃん』


 ビデオを回す芳川でさえ顔が赤い。
 他の二人は推して知るべし、である。






297: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 20:54:07.22 ID:GcS1DpIo


「まぁ結局、私たちはしてもらってないけどね」

「オマエは何故かカメラを回していたけどな。ったくどこからだして――」


 最後まで、言えなかった。彼は何が起こったのかわかっていない。
 目の前にある芳川の顔。


 ――――口に割って入ってくる、舌。


「――っ!?」

「んっ……ちゅ……んむ……」


 ぴちゃぴちゃと、
 淫靡な音が、狭い待合室に響き渡る。
 長い長い、大人のキス。


「――ふぅ、……あなたは自分を軽視しすぎよ。
私は、キミのいない世界なんて退屈なの、わかる?」

「――――チッ、オマエみてェなダメ女、俺が見張ってなきゃ危なっかしいぜ」

「言うじゃないの……――――罪があるのは、何もキミだけじゃない。
一緒に探していきましょう、私たちみたいな人間でも享受できるような、
そんな、幸せの形を」

「……あァ、そォだな」


 強引すぎるキス、睦言。それを呆然と見ていたのは――


「ミ、ミサカはミサカは……」

「じゃん……」


 先ほどから同室にいた打ち止めと、手続きを終えて帰ってきた黄泉川だった。





298: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 20:59:18.82 ID:GcS1DpIo
…………









 ぎこちない雰囲気のまま、歩き出した四人。
 人の少ない受付を過ぎ病院の玄関までくると、
 不意に、カツッと杖をつく音が止まる。


「……どうしたじゃん?」

「――――あァ、チィと先に帰っててくンねェか?」

「? 何か忘れたの? ってミサカはミサカはあくまでも自然に問いかけてみる」


 前を行く三人が振り返ると、一方通行が億劫そうに首をなでていた。


「クソだよ」

「え?」

「クソに行きてェから先に行けっつってンだよ」

「」

「……良かったら待ちましょうか?」

「待たれてたまるか、先帰れ」





299: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:07:26.94 ID:GcS1DpIo



 シッシッと手で追い払う彼に、芳川は肩をすくめると歩き出してしまった。


「ち、ちょっと桔梗! ……じゃあ気をつけて帰るじゃんよっ! 食事作っとくじゃん」

「あァ」

「また怪我しないようにね! ってミサカはミサカは心配で仕方がなかったり」

「あァ。オマエこそ気ィ付けろ、黄泉川たちから離れるンじゃねェぞ」

「うん!」



 名残惜しそうに手を振る打ち止めの姿が見えなくなると、
 彼はトイレの方に歩き出す。




 そして受付をぬけ人気のないトイレを通りすぎて、



 
 ――唐突に、その姿をロスト。
 だが正確には、消えたように見える、と言うべきだろう。
 そのスピード、ベクトル操作を用いたクイックネスは視認すら許さない。





 瞬時に視界から消えた彼、追おうとする影は完全に無防備だった。




「よォ、クソったれ」

「……」




300: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:13:12.98 ID:GcS1DpIo







 その影は動じることなく、声の方へ振り返る。
 それは、見たことのあるような男。


「……驚いたな。これでも暗殺にはそれなりに自信があるのだが」

「馬鹿か、あンなのは暗殺じゃァねェよハゲ。本気で[ピーーー]気ねェだろオマエ」

「……確かに、目的は違うな。お前を[ピーーー]ことになんの興味もない。
復讐なんてものにまで付き合うほど、感傷に浸る気はないからな」

「ンで、潮岸の犬が今更なンの用なンですかァあ?
確か、杉谷とかいったか」


 その男は、過去に一方通行と殺しあった、甲賀の末裔である杉谷だった。
 一方通行の悪によって生き延びた一人。
 こういう人間が訪れる場合逆上した復讐者になってくると彼は思っていたが、
 どうやらそういうわけでもないらしい。


「もうすでに潮岸の犬というわけじゃないが、覚えて貰っているとは光栄だ。
ちょっとした野暮用でここに来ていたが、見た顔があったからな。
挨拶ぐらいはしておくのが礼儀だろう」

「……挨拶、ね。挨拶で俺をつけ回していたのかァ?
――――今度こそ本当に死にてェみたいだな」

「カリカリするな。お前はもう少し余裕をもったほうがいい。
その方が、色々と捗るぞ」



301: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:19:55.37 ID:GcS1DpIo


 こんなにしゃべる男だったのか、と少々ウンザリするものの、
 この男がここにいる理由には不吉さしか感じない。
 いっそ拷問でもしてはかせようか、と考えているとそれがわかったのか、


「まあ待て。
俺はただお前に忠告とお願いをしにきただけだ、殺されにきた訳じゃない」

「忠告もいらねェしお願いも聞く気がねェがな」

「忠告ぐらいは聞いておけ――――お前の大切なものに関することだ」


 ピクッ、と一方通行のこめかみが動く。
 その反応に満足したのか、杉谷は少し頬を緩めた。


「悪にはその確固たる理由が必要、というわけだな。
手助けをする気はなかったが、お前ほどの悪が簡単に散られても困る」

「……さっさと忠告とやらを言え」

「せっかちだな。――――お前、今自分が狙われていることに気づいているか」

「――――ハッ、ンなこと気づいているに決まっているだろォが」

「だろうな。だったらわかるだろう? お前の大切なものの危険性を」

「………」


当然だった。
彼にはわかりきったことだった。
それは常に命を狙われる彼にとっては決定事項と言ってもいい。
そうであっても、彼は逃げ回ることをやめたのだ。




「お前が大切なものの元に帰ってきたことを責めたいわけじゃない。
ただ覚悟しておけ――大切な人間が、自分のせいで死ぬという現実を」





302: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:22:56.04 ID:GcS1DpIo



 これは、彼が学園都市最強であることの宿命、なのかもしれない。


 離れて守るか、近くで守るか、
 彼は近くで守ることを選択した。それだけのこと。


「……それが忠告、か?」

「そうだ。
お前は守りきれなかったことを悔いて、何をするかわかったものじゃあないからな」

「この俺が、自殺でもすると思ったのか?」

「そこまではしないだろうが、学園都市から消えるぐらいのことはするだろう」

「……何か問題あンのかよ」


 自殺はハナからする気がなかった彼だが、
 学園都市から去る可能性は否定できない。


「まあ色々と問題はありそうだが、結論からいうと俺が困るな」

「……オマエには関係ねェだろ」





「そこで俺のお願いだ。
俺は今、学園都市の犬として動いているが、いい加減嫌になってきたんだ。
お前雇ってくれ」


「――――はァ?」




303: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:27:52.48 ID:GcS1DpIo



 全く意味がわからないという顔をする一方通行と、
 そして何故かため息をつく杉谷は、気にせずに続ける。


「俺が何故、学園都市の犬なんかしていると思う?
大怪我、失職、そこにつけこまれたからだ。
理由を突き詰めれば、お前以外いない」

「完全に言いがかりだな」

「お前のせいで俺は俺の正義のために生きられない。
……責任ぐらいとったらどうだ?
隣国じゃ、責任を取らなくてすむのは総理大臣ぐらいだと聴くぞ」

「……それ流行ってンのか?」


 今度は一方通行がため息をつく番だった。
 しかし言いがかりだろうと、杉谷の職を奪ったことは事実である。


「そもそも、なンの地位も権力も持たない俺に何を求めているンだ?」

「……俺はお前を高く買っているんだよ。
いつかお前は誰もが知るような強大な悪になるだろう、とな。
お前という悪のそばにいれば、俺は善になることが出来る。
――――いわゆる、青田買いだよ」

「そォかよ。オマエがそォ思うンならそォなンだろ、オマエン中ではな。
俺としてはそンな名誉欲しくもねェけど」



「ふん、――――お前もいい加減気づいているんじゃないか?
個としての最強なんてものには、全く意味がないことに」



「――――何?」





304: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:32:57.11 ID:GcS1DpIo



 その言葉に、一方通行は少しだけ苛立った。
 彼がこだわる最強。否定されれば反論したくもなる。
 しかし考えてみれば、彼が真に欲していたのは――――


「絶対能力進化実験、その詳細をお前は知らなかった。
それは何故か、お前に力がなかったからだ。
――――地位や権力を手に入れろ一方通行。
そうすれば、見えなかったものが見えてくるぞ」

「…………」


 『グループ』として活動していた一方通行は、単なる駒にすぎなかった。
 昔はあまり不満にも思わなかったが、学園都市の強大な闇に直面していくうちに、
 彼は権力の必要性を強く認識していた。





 ピンッと、
 唐突に杉谷の手から放たれたものが、一方通行の手に収まる。
 それは、杉谷の名刺。


「もし気が変わったら連絡をくれ。俺は自分でいうのもなんだが役に立つぞ」

「……考えといてやるよ」

「気長に待つさ。せいぜい殺されてくれるなよ、――――本物の悪党を見せてみろ」

「抜かしてンじゃねェ」




305: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 21:35:20.95 ID:GcS1DpIo





 好き勝手に言う杉谷、
 だが一方通行としても、受け止めるべきものがあった。

 この卑怯な正義すら、糧にしなければならない。
 それが、何がなんでも大切な物を守る、ということだろう。




「守るべきものがある俺にとって、敗北は許されねェンだよ。
――――悪は滅びねェ、絶対に勝つ」





「……そうか」


杉谷は満足げに笑い、背を向けた。




「大切なものを見失うなよ、そうすれば負けるはずがないんだ。――――なぁ、最強」




置き台詞を残して、彼は去る。
廊下に残された静寂は、来るべき硝煙を匂わせて。
暗雲は近い。








306: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:03:47.88 ID:GcS1DpIo
――――








 コツ、コツと、アスファルトの響く音は、周りの騒音にかき消される。
 杖をつく一方通行の目に写る景色は、すっかりクリスマスムードに色付いた街並みだった。


 病院からの帰り道、すでに日は暮れども、イルミネーションに彩られた大通りは、
 昼間のように明るく騒がしい。
 道行く人々はいずれも幸せそうで、彼は少しだけ浮いていた。


 かといって路地裏を歩くのは、
 昨夜のことを考えるとあまりに軽率と言わざるを得ないだろう。
 怪我でもしたら、自殺志願者か単なる馬鹿だ。

 それでも彼が表通りを歩くことを躊躇ったのは、昨夜ミサカワーストに出会ったせいか。
 それとも、先ほどの杉谷との会話が原因だろうか。


 今の自分は酷く感傷的だな、なんて彼は自嘲の笑みを浮かべる。
 今更なのに。今更なはずなのに。
 ――――本当に、らしくなかった。


 そんな時、携帯電話の揺れる感触。揺れ続ける彼のポケットは着信を知らせている。
 急かすケータイの画面に写る文字は、意外と珍しい名前。


『――――、一方通行かっっ!?』


 耳に飛び込んでくる家族の声、彼は少しだけほっとしてしまう。
 対照的に電話口の声には焦りが混じっていて、息が荒い。
 どうやら走っているらしい。


「黄泉川か」

『黄泉川か、じゃない! こんな時間まで何してたじゃん!?』




307: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:08:20.61 ID:GcS1DpIo


 どうやら、彼女はご立腹のようだ。
 確かに、トイレにしては時間が経ちすぎている。
 病院内では携帯の電源を切っていたから、その間も何度か電話をしたのだろう。


「悪ィ、知り合いに会ってな」

『……はぁ、もういいじゃん。今どこにいる?』

「病院から近い公園だ。そばに噴水が見えるぜ」

『あそこか……、じゃあ噴水のそばで待ってなよ。すぐ行くじゃん』

「あァ、わかった」


 携帯が切れると、また周りの喧騒が戻ってきた。
 人知れず、笑みをこぼす一方通行。
 そんな彼を、一体誰が想像できただろうか。


(心配してもらうってのも、悪くねェな)


 いくら病人とはいえ、過保護かもしれない。
 それでも、彼には嬉しかったのだ。

 
 そして、彼は思う。
 自分はもしかしたら、寂しかったのだろうか? と。
 そんな感情、彼はほとんど感じたことがなかった。


(そォいや、ここンとこ一人で行動してねェなァ……そのせいか?)


 彼は弱くなってしまったのか。


 しかし、悪くない。
 こんな気持ちも、嫌いじゃなかったのだ。


 噴水の前は人が多くいたが、もう疎外感はない。
 夜空を見上げる彼は、立派な待ち人だった。



308: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:16:48.23 ID:GcS1DpIo




「一方通行っ!!」



 彼を呼ぶ黄泉川は、この寒空の中でもいつも通りジャージ姿。
 膝に手をのせ肩で荒い息をするものの、一方通行に向ける目は離さない。


 彼はゆっくりと黄泉川に顔を向けると、笑いかけた。
 ただでさえ赤かった彼女の顔が、真っ赤に染まる。


(こんな顔もできるの……?)


 流し目と、その後見せた艶やかな笑顔。
 ――――美しかった。非現実的ですらある。

 噴水の前の白い彼は、儚げにもかかわらず圧倒的な存在感。
 赤い瞳の前に黄泉川は、動くことすらためらわれ。



 恋人たちの集う幻想的なその場所で、二人はしばし見つめ合う。



「……走ってきたのか」


 先に口を開いたのは一方通行だった。


「……? その手に持っているのは」

「あ、あぁこれか。マフラー、桔梗から借りてきたじゃん」


 ぎこちなく、右手に持ったマフラーをかかげて見せる黄泉川。
 そして強引に息を整えた彼女は、一方通行の元へ歩み寄る。
 不思議そうな顔をする彼の首に、マフラーを巻いて。
 必然的に、彼の顔が目の前。
 彼女は鼓動が速くなるのを感じた。



309: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:19:36.37 ID:GcS1DpIo



「病人はしっかりと防寒対策しないと」

「……あァ、そォだな」

「よっ……えっ……あれ……?」

「ン? ……そのマフラー、異様に長くねェか?」

「これ、まさか……」


 彼女の手にあるのは、明らかに一人では長すぎるマフラー。
 見ると、ご丁寧にも二人用のマフラーであることが印字されていた。


「カカッ、面白ェもン持ってくるじゃねェか」

「あっ……いや、そのぅ」

「ンだよらしくねェなァ。まァいいや、二人で使おうぜ」

「――――え?」


 彼女は一瞬思考が止まる。
 一方通行が冗談を言うとも思えなかったのだ。


「……本気?」

「オマエ、その格好じゃ風邪引くぜ」

「風邪は引かないと思うけど、恥ずかしくないの?」

「オイオイ今更そンなこと気にすンなよ」

「……わかった」


完全に口癖を忘れたような黄泉川を怪訝な顔で伺うものの、
こういう類のマフラーをするのが初めてなのか、彼は純粋に嬉しそうだ。
ちょっとだけ、憧れていたのかもしれない。



310: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:23:22.48 ID:GcS1DpIo


 マフラーをもふもふする一方通行を横目に、
 黄泉川も自分の首にマフラーを巻き、
 二人無言で歩き出す。


 するとどうだ。
 彼女には今まで全く見えていなかった、
 周りの景色が鮮明になってくるではないか。
 辺りを見渡せば、カップルばかり目についてしまう。


(――――私たちを見ている人は、どう思うのかな)


 隣を歩く彼は何を考えているだろう、そんなことが彼女の頭をめぐる。




 黄泉川愛穂は、あまり異性と付き合いが多いわけではない。
 彼女は魅力的で狙っている男性も多いが、色恋沙汰まで行き着かない。
 忙しいということもあるが、そういったものにあまりに無頓着だった。

 話しはあるものの、自分には必要がない。
 そう言って、時間だけが過ぎて。
 残念な美人と、評されるようになってしまった。

 もしかしたら彼女は、夢を見るタイプだったのかもしれない。
 恋愛を神聖化していた、のかもしれない。

 普通に話して、普通に仲良くなって、普通に恋をする。
 それが彼女には想像つかない。
 自分とは違う世界の話にしか、見ることが出来なかったから。



311: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:26:03.37 ID:GcS1DpIo


 彼女は、隣を見て思う。
 ひょんなことから預かった、整った顔つきの真っ白な男の子。
 学園都市超能力者第一位なんて大仰な肩書きだけど、
 見た目に反して常識的で人の心がわかる子供だった。
 だからこそ、自分のしたことを後悔している。

 ちょっと前まではふてくされたような、厭世的なところが見受けられたけれど、
 今の彼は楽しそうで、彼女には微笑ましかったのだ。
 この三ヶ月に何があったのか、
 保護者としては聞くべきかもしれないが未だ聞いていない。


(この子が無事なら、それでいいじゃん)


 そう楽観視させるような、立派な成長を遂げていたのだ。


 だがそのおかげで、
 三ヶ月前には考えられなかったようなことを、考えるようになってしまった。


(これが、母性本能をくすぐられる……ってやつなのかな)


 正直子供にも同性愛にも興味が湧かなかったが、
 成長した彼は彼女の心を捕えて離さない。
 意識させられるとこのざまで、いつもの調子はどこへいってしまったのだろう、
 彼女はうまく会話も出来なかった。




312: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:28:26.08 ID:GcS1DpIo




「……電話」




 永遠かとも思わせる時間を壊したのは、一方通行。
 急な声に彼女が驚いて横を見ると、彼が柔らかい表情浮かべていた。
 彼は少し俯き加減に、とつとつと語る。


「さっきので二回目だな、ケータイで話すのは」

「……そうね」

「クッ、それで思い出しちまったぜ、最初の電話。まさしくありゃァ黒歴史ってやつだな」

「黒歴史……?」


 彼は、照れくさそうに笑っていた。
 彼女は、自分が食い入るように彼を見つめていた事に気づく。
 思わず視線をそらしたが、彼女は名残惜しいのかチラチラ彼を見ていた。


「下らない不幸自慢みたいだっただろォがよアレは。
――――枯れた考えだったな」

「……そうかな?」

「そォだよ。闇の深さとか、自分の怪物性とか。
比べたって何にもならねェことぐらいわかるはずなのによォ。
ナニを腐ってたンだろォなァ俺は」

「………」



313: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:36:33.99 ID:GcS1DpIo



 黄泉川としては、厭世的になっていても仕方がないような気はする。
 なにせ病院で聞いた話が、一部でしかないのだから。
 あれ以上の地獄をずっと味わってきたのだから、
 本来狂っていても、おかしくはないはず。


「そんな腐ってた俺に手を伸ばしたヤツ、実はオマエが初めてなンだぜ?」

「……打ち止めは?」

「アイツは、どっちかっつゥと一緒にいた、って感じだな。
アレは地獄までついてくるタイプだ。それも珍しいがな」


 アイツもアイツでバカだ、と彼は笑う。
 そこに確かな絆を感じて、彼女の心はかすかにザワついた。


「オマエも、俺ン中ではヒーローなンだよ。
いつでも味方で、いつでも助けてくれる。
この三ヶ月、それこそが心強かったンだ。――――ありがとな」

「……それは、当たり前」


 彼にそこまで言ってもらえることはすごく嬉しいが、
 それは彼女にとって至極当然のことで。


「当たり前……か」

「そう、だって――――」






314: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:40:00.53 ID:GcS1DpIo




(家族、だから?)




 言ってしまえば、簡単。
 それでも、なぜかその一言が言いたくない。だから――――




一方通行の、唇を奪う。




 キョトンとした彼の顔を見て、黄泉川は満足そうな笑みを浮かべた。
 何か憑き物がおちたような、そんな爽快感。


「貴方を、愛しているから」

「………」

「それだけは、知っていてほしい」

「……あァ」


 全部、彼女の我儘だった。
 しかし必要だったのだ。



 きっともう、いつもの黄泉川愛穂。



315: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/25(クリスマス) 23:42:24.79 ID:GcS1DpIo





「――――さて、帰って食事じゃん!
アイツら、腹空かして待ってるよっ」

「また炊飯器か?」

「今日は洗濯機じゃん」

「…………冗談、だよな?」

「ハハッ」

「笑ってごまかすなァ!!」


 イルミネーションの中、
 じゃれあう二人はマフラーでつながっていて。


 もう人目は気にならない。
 彼女の胸の鼓動は、いつのまにかおさまっていた。






327: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 22:33:52.45 ID:7IAx.f6o
――――








「それでは、第一回チキチキ黄泉川家家族会議を始めたいと思います!」

「ヒューヒューっ!
ってミサカはミサカはチキチキは意味不明だけど突っ込まないで煽ってみたり」


 一方通行たちが帰りつくと、そこにはすでに食事を食べ散らかした風の
 打ち止めと芳川が異常なテンションで待ち受けていた。
 
 そして、黄泉川が伝えておいたのだろう、帰って早々の会議開始を要求している。



 お遊びではない会議が、お遊びになりそうな予感だった。



「……家主は置いてきぼりじゃん……というか、あのマフラーについての釈明は?」

「こまけえこたぁいいんだよ! ってね。良い思いしたんじゃん? じゃんじゃん?」

「よーしそこに直ってみようか桔梗てか直れ」

「ヨミカワ結構本気で怒ってる……?
ってミサカはミサカは恐くてあなたに擦りよってみたりぃ……へへぇ」

「オィ、って酒臭っ!! オマッ、オマエら酒飲んでたろっ!?
つゥか打ち止めにまで飲ませてンじゃねェッ!」

「こまけぇ(ry」

「きーきょーうー……」

「そもそも遅い君たちが悪い(キリッ ってちょまっやめ――そげぶっ!!」



328: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 22:36:40.50 ID:7IAx.f6o





 痛烈な拳が芳川の頭に降り、ゴンッと嫌な音が響く。

 芳川は頭を抱え悶えるしかない様子。



 一方で打ち止めは一方通行に絡む絡む。

 御坂家の女性は皆絡み酒なのだろうか?

 と頭を抱える一方通行の耳を、しゃぶり続ける打ち止め。






 会議は、果てしないカオスで始まった。






329: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 22:40:48.37 ID:7IAx.f6o
…………






「さて食事も終わったところで、改めて家族会議を始めるじゃん」

「……確かに調子に乗ったことは謝るわ。でもやりすぎだと思うの。
絶対こぶが出来てるわよこれ」

「オマエは自分に甘過ぎるだろォ…」

「……うぅー…んむ……」


 黄泉川に正座させられた芳川はすっかり酔いが覚めたらしい。
 先程のゲンコツが効いたようだ。


 打ち止めは一方通行の腕の中で幸せそうに眠っている。
 なんだかんだで、
 されるがままにいじられ続けた一方通行も十分甘いのだろう。

 本人は耳を犯され情けなさで涙目だったが。


「で、家族会議の中身はというと、――――まずは一方通行の怪我。
病院では詳しく聞かなかったけど、その怪我はどうしたじゃん?」

「……病院で言った通り、大したことねェよ」

「また恨みでも買ったの?」

「まァそンなところだな」

「お前を傷つけるなんてかなりの危険人物じゃん!?」




「――――気にする必要はねェ。
これは俺の支払うべきモノだ。……俺の、義務なンだよ」






330: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 22:45:28.70 ID:7IAx.f6o
 ミサカワースト、
 それは一方通行が精算すべき咎の結晶、
 乗り越えるべき壁だったのだ。


「だからオマエらは自分たちの身体だけ心配しとけ。
見ての通り、今の俺は無敵のヒーローってわけには行かねェンだ。
四六時中オマエらを守ってやることは出来ねェ、
悔しいことこの上ねェがなァ……」

「……わかったじゃん。こっちも出来る限り一人になることは避けるじゃん」

「そうね、私も気を付けるとするわ。だから君も気負っちゃダメよ?」

「あァ、わかってンよ」


 ミサカワーストが襲って来たとき、去り際に何者かとの通信を確認した。
 撤退のタイミングから、あまり目立ちたくなかったのだろうと推測できる。
 一人で行動しない限りそうそうなことにはならないとは思うが……
 結局、相手を掴みかねているのが現状だった。


(相手のことがわかってりゃ対処すンのは簡単なンだが、いくら調べても見えてこねェ)


 彼の破壊力は軍隊相手にも引けを取ることがなく、
 彼の防壁は核兵器でも突破不可能だが、
 その範囲はあくまでも自分のみだ。
 拠点防衛や護衛には適しておらず、
 下手をすれば、対象を傷つける可能性も否定できない。

 彼の能力は正しく一方通行であり、他者と自分は隔絶した存在。
 ――守る対象も他者でしかないから、手が届きにくい。

 だからこそ、ベクトル操作による情報収集によって先手を握り、
 こちらから乗り込み制圧するのが彼の常套手段だった。


(親船のヤツすらも掴めねェとはな……)


 親船最中は潮岸を失脚させたあと確実に力を伸ばし、
 学園都市の中でもかなり高度な情報権限を握っている。
 その彼女の力を利用しても、影すら掴めないのだ。


 油断なんて、毛ほども出来ない。


331: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:00:42.22 ID:7IAx.f6o



「二つ目の議題は、当然ながらミサカベストじゃん」


 一方通行があれこれ考えるうちに、次の議題に移っていた。


「基本的には彼女の意向に沿う形だとは思うけど、
正直、私たちも妊娠について詳しいわけじゃない」

「そうね、これに関しては彼にいい助産婦でも紹介してもらう必要があるわ。
私も科学者の端くれだけど、
いくらミサカクローンの一人でもちょっと分野違いね」

「知識だけならすでにあるンだが、何分俺じゃ実践経験が足りねェな……
不本意だが、他人の手も借りるか」


 一方通行は過去に妊婦の処置を施したことがあり、
 その経験から医学に関して勉強し直していた。

 今の彼は、医学知識に関して並の医者を凌駕しているだろう。
 それでも、残念ながら実地研修は確実に足りていない。
 免許も持たないから、心許ないのは事実だった。


 だが、心許ないのは彼としては、だ。
 他の二人からすれば、信じられないほど頼もしい。
 そしてその才能に、ため息をつくしかなかった。








「……さすがに、お父さんは違うわねぇ」




332: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:03:09.65 ID:7IAx.f6o


 そしてまた、要らぬ火種を注ぎたがる芳川を駆り立てるには、
 十分な一言でもあるようだ。
 

 ツボはイマイチわからないが。


「――――は?」

「……なるほど、予習するのは当然ってわけか。
あの突っ張っていた一方通行が、父親になると変わるものね」

「逆じゃん。そういう人間こそ、家庭を大事にしがちなもんじゃん」

「さすが教師兼警備員、わかっているわね」

「伊達に何人も更正させてないじゃん」


 ウンウン、なんて頷き合う二人と、それについていけない一方通行。
 彼にしてみれば、虚を突かれたのだろう。


「………ちょっと待て」

「なに? パパ」

「なんじゃん? パパ」

「俺は一言も父親になるなンて言ってねェしパパって呼ぶンじゃねェ!」

「「えっ……」」


 彼の悲痛な叫びは、驚愕の顔で返された。
 引かれるのは心外だが、
 負い目があるだけに硝子の心は傷つかざるを得ない。



333: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:05:25.63 ID:7IAx.f6o



「……もしかして、認知する気なしじゃん?」

「さすがの私もそりゃ引くわ……」

「イヤイヤイヤ、俺の子供じゃねェンだから当たり前だろォが!」

「子供はね、セッ○スしたら出来てしまうものじゃん」

「してねェよ! そもそも時系列的にオカシイっつゥの!」


 彼がミサカベストと初めてあってからまだ一週間も経っていない。
 そして彼女は妊娠三ヶ月、完全に冤罪だった。


「それでもお前の遺伝子も混ざっているじゃん?」

「……まァ俺の遺伝子データが少し参考になっていることは認めンよ」




「――――虐めるのはこれぐらいにして、
どう? 父親になる気はない?
きっとミサカベストも喜ぶと思うわ」




334: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:07:56.81 ID:7IAx.f6o



 冗談にしてはキツかったが、彼女たちにも良くわかっていた。
 彼に父親を押し付けても、全く意味がないことを。
 強制されるものでは、無いということを。


「……俺に父親なンざなる資格はねェよ」


 そして、彼は拒否する。


 資格なんていらない、と綺麗事を言うのは簡単で、
 責任放棄だ、と彼を責めることも簡単だ。
 だが彼の過去を考えれば、
 それはあまりに酷というものかもしれない。


「俺がアイツの親になるなンて、認めねェ。
こンな中途半端でどォしよォもねェ父親は、いちゃならねェンだよ」


 彼は幼少期に両親を失っている。温もりも、記憶すらも。
 だからだろう、親とはどうあるべきか、という理想を余計意識してしまう。


 遺伝子の話だけではなく、自分の罪も罰も生きざまも、
 背負わせるわけには、いかなかったのだ。


「……お前がそう思うなら、今は父親になる必要はないと思うじゃん。
いつかきっと、胸を張って父親になるじゃん」

「そうね、若いんだからまだまだこれからよ。
あと、キミはもう少し自分に甘くなるべきだと思うわ」

「……ま、考えとくぜ」


自分が親になる未来は想像がつかないが、不承不承に頷く彼。




「じゃあ、誰がキミの子供を最初に産むか、競争する?」



335: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:11:32.31 ID:7IAx.f6o



 拗ねる彼はまだまだ子供っぽさがあり可愛かったため、
 早速いじることにする芳川。
 彼女なりの和ませ方だが、顔は完全に悪戯っ子だ。


 ……暇すぎるからか、こういう余計な遊びを覚えてしまったようだ。
 不幸だった、主に周りの人間が。


「……なに言ってるじゃん」

「私は、何だかんだ甘い一方通行が年上の押しに負けて愛穂に搾り取られる、
に五百万ペリカ賭けるわ」

「なっ、なんでそーなるじゃん!!」


 そういいつつも良案だと考えた黄泉川は、おもむろに衣服を脱ぎ始めた。
 でてきたのは、
 布面積が小さすぎてその豊満な肉体を隠しきれていない紐下着――


「変なナレーションをいれるな! 脱いでなんていないじゃん!!」

「んもぅ、少しは童貞少年たちに夢を見させてあげなさいよ」

「そんなもののためにキャラ崩壊もキャラ被りも覚悟は出来ないじゃん……」


 うなだれる黄泉川、ニヤニヤする芳川。
 人間は暇すぎると歪むことを、一方通行は知った。


「……本当にオマエ、ハッちゃけたよな」

「最高の褒め言葉ね」

「褒めてねェ……」


 そして、開き直ったときの強さも。
 ……少し間違っているような気もするが。



336: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:16:10.72 ID:7IAx.f6o



「ん、ごほん! それでは最後の議題行くじゃん」


 咳払いし、黄泉川が一旦仕切り直した。
 話題が彼女には不利だったということもあるし、
 もうちょうどいい時間でもある。


「最後の議題……? まだ何かあったのかよ」

「……キミはもう少し世間に興味を持った方がいいと思うの。
まぁ色々あったから、気持ちはわからなくもないけど」

「明日はクリスマスイブじゃん!」

「――――マジか?」


 一方通行は基本的にイベント事はスルーしてきたが、
 それでも、仕事に必要な程度には把握していた。


(たるンでるってレベルじゃねェぞっ!)


 忙しかったにしても、全く頭になかったのは問題である。
 彼にとってはかなりどうでもいいイベントだが、
 祝日は蟲が湧きやすいから、
 もしかしたら緊急の仕事が舞い込んでくるかもしれない。


「……俺は仕事が入ンじゃねェかな」

「出来る限り夕方には帰ってくるじゃん!
私も警備員の仕事早く切り上げてくるから、さ」


 それでいいのか? と一方通行は思うが、
 本来忙しく走り回っている黄泉川だ、
 もしかしたら同僚は気を配ってくれるのかもしれない。



 ……同僚としては男でも見つけてこい、という意味かもしれないが。



337: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:18:51.14 ID:7IAx.f6o




「それにこの子たちが初めて過ごすクリスマスイブよ、
やっぱり、祝ってあげたいじゃない?」



「――――あァ、そォだな」



「……ふぅ、私も予定空けておくわ」


 さも大忙しのように言う芳川だが、当然予定はない。
 彼らは甘辛なので、生ぬるい視線とともにスルーした。


「じゃあ誰がケーキ買ってくるじゃん?」

「準備は全部芳川に任せればいいンじゃねェの?
見張り役で打ち止めをつければ、下手なことはしねェだろ」

「スルーの上にその仕打ち、やってくれるじゃない……」

「……じゃあ桔梗たちに任せるじゃん。大丈夫?」

「別にたいしたことじゃないんだから、ニートの私でもダイジョーブよ。
……あなたたちは、自分の身体を気遣いなさい」

「……あァ」

「わかってるじゃん」



 少しすねているようだが、それでもその目は真剣で。
 彼女が本当に心配していることがよくわかる。
 だからこそ、二人も真剣に頷いた。
 決意するように、
 誓いを立てるように。





338: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:20:24.99 ID:7IAx.f6o




「……さて、クリスマスイブは何をしようかしら。当然お酒は飲まないとね」

「ミサカベストを考えると病院でやるべきじゃん?」

「そうね、それがいいわ。彼に相談してちょっと大がかりなものにしようかしら。フフフ……」

「なァンか、スゲー嫌な予感がするンですケド……」

「あの医者がいるんだから、きっと変なことにはならないじゃん?
……多分だけど」


 嫌な笑みを浮かべる芳川を横目に、
 二人は不吉さを覚えずにはいられない。


 それでも、きっとなんだかんだ盛り上がるだろう。




 せめて、腕の中で眠る打ち止めに、幸せな日を。
 そう願わずにはいられない、一方通行だった。





339: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:24:05.91 ID:7IAx.f6o
…………








「ったくよォ、明日も飲むンじゃないンですかァ?
しかも一人は仕事じゃねェか……」


 家族会議も終わり、てっきり寝るのかとおもいきや飲みだした女性陣。
 そして酔いつぶれた挙げ句後始末を任されれば、
 一方通行も愚痴の一つ言いたくもなるのだろう。


(オマエら本当に行き遅れンぞ……)


 どこまでも無防備にだらけて眠る二人に、
 彼は危機感を覚える。


(まさかコイツら、一生このまま過ごすつもりか……?)


 考えてみればすでにコブつきでこの年齢、
 危険水域ではないだろうか。


 いや、下手すればこの二人で結婚ということも……


 そんな嫌な想像を振り払うように頭を振りつつ、
 自分のベッドに向かおうとすると、



「ふぁ……んんー…一方通行ぁー…」



 寝ぼけた顔をした打ち止めが、そこには立っていた。
 目を擦っている彼女は、
 先ほど着替えさせたパジャマにぬいぐるみを抱えた愛らしい姿。



340: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:27:25.20 ID:7IAx.f6o



「どォした打ち止め、もしかして起こしちまったか?」

「むぅ……おしっこ」

「あァーハイハイ、ちゃっちゃと行ってこい」

「……一緒にきて」

「はァ? 何言ってンだよオマエ。一人で行けンだろォが」

「今日ヨシカワと怖い話をしちゃって怖くなってきたの……
ってミサカはミサカは思い出して震えてみる」

「芳川のヤロォ……チィ、ったくわァったよ。オラ、行くぞ」

「……うん」


 お気に入りの白ウサギ人形に顔をうずめながら頷く彼女は、
 小走りで一方通行のに駆け寄り手をとる。
 そして背中に隠れてしまった。

 密着する打ち止めをみやり、
 軽くため息をつきつつも手を引き洗面所まで連れていく。

 といっても、そんなに遠いわけじゃない。
 きっと彼がそばにいることを感じていれば、満足なのだろう。


「ほら、ついたぜ。行ってこい」

「………ん」


 彼女は再び頷くと、トイレへと入っていった。




341: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:30:11.96 ID:7IAx.f6o




 そして一方通行は、
 さっきから打ち止めが全然自分の顔を見なかった理由に思い至る。



(そォ言えば、あン時はノリで口づけちまったが、
女にとってはかなりの大事なンじゃねェのか?)


 もしかしたらショックを受けているのかもしれない。
 一方通行としては、言い訳しようがない。


(クソッ、テンションに身を任せるとロクな事がねェな)


 どこかで聞いたような言葉を、彼は今更心の中で吐き捨てた。
 そんなとき、壁越しに声がかかる。


「一方通行、ちゃんといる? ってミサカはミサカは確認してみる」

「ちゃんといるっつゥの、終わったのか?」

「うん」

「だったら早く手を洗え」

「……うん」


 ちょっと強く言い過ぎたかもしれない、と後悔する彼。
 眠気からくる苛立ちが出てしまったようだ。
 出てきた彼女は、うつむいたまま手を洗い始める。




342: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:33:44.09 ID:7IAx.f6o





「――あの、ね」

「ン?」

「この家に帰ってきてくれて、本当にありがとうね、
ってミサカはミサカは感謝してみる」

「……感謝されるいわれはねェよ」

「それでも!
……それでもミサカは凄く嬉しかったから、
ってミサカはミサカは正直に言ってみる。
あなたがいなければ、ミサカも存在出来ないから……」


 それは一方通行も彼女に感じていた、依存の心。
 なんのことはない、二人は両者で依存しあっていたのだ。
 だが一方通行には、
 打ち止めが自分に依存する気持ちが、わからなかった。


 打ち止めは、何故自分のような死に損ないを求めてくれるのか――――
 これは彼の最大の疑問であり、恐怖の原点だった。


(金、力、名誉、いずれも感じねェ。コイツは欲がねェのかよ)


 彼は、理屈でしか好意を見ることが出来なかった。


 そう、出来なかったのだ。


(違ェよな、全然違ェ。そンなもンじゃねェ。
なンとなくだけど、わかってきたンだ)


 一方通行は、理屈じゃない愛を、
 幸運にも三人もの女性に教えてもらうことができた。


 とうとう、踏み出すべき時かもしれない。


343: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:36:40.87 ID:7IAx.f6o





「……今朝のことだけどよォ」

「っ!?」


 手を洗っていた打ち止めの肩が、ビクゥッ! と反応する。
 彼は構わず続けた。


「アレは冗談でもなンでもねェ。オマエを愛しているンだ、打ち止め。
だからこそ此処に帰ってきた。贖罪、同情、そンなもンは存在しねェ。
理屈じゃなく、オマエの傍にいたい、オマエを守りたいンだ。
……それを伝えたかったンだよ」


 彼は、結局謝らなかった。
 悪いことだと、思いたくなかったから。
 打ち止めの背中に投げ掛ける言葉は、彼の精一杯の好意だった。


「……本当に?」

「……本当だ」

「本当の本当に?」

「あァ、本当の本当に、だ。
俺は総理大臣じゃねェからな、嘘はつかねェよ」

「……何ソレ、ってミサカはミサカは笑ってみる」

「流行ってンだとさ。そこに突っ込ンでンじゃねェ」



344: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:42:33.47 ID:7IAx.f6o



 二人で少しだけ笑いあうと、
 打ち止めは一方通行の胸に背中を寄せた。


 そこは、彼女の定位置。
 これからも、ずっと。


「……ドキドキ言ってるね」

「……あァ」


 彼女の背中に伝わる鼓動が、
 彼が柄にもなく緊張していることを主張していた。
 好意を向けることになれない彼にとって、
 どれだけの勇気が必要だったのだろうか。


「……あのキスはね、ミサカの初めてだったんだよ、
ってミサカはミサカは貞淑宣言」

「そォか」

「誰にするのかも、決まってたんだよ、
ってミサカはミサカは一途をアピールしてみたり」

「……そォか」


 ここで初めて、彼女は彼と向き合う。
 ――――その目は、涙に濡れていて。
 一方通行の首に、打ち止めの腕が絡まり、
 唇が、重なる。




 これが、二度目のキス。
 セカンドキスは、打ち止めから。
 優しい、フェザーキスだった。




345: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/26(日) 23:46:50.34 ID:7IAx.f6o


「へへぇ……一方通行だーいすき!」

「――――あァ、俺もだ」

「……今夜は一緒に寝よう? ってミサカはミサカは大胆発言」

「別にかまわねェよ」

「ふふっ」

「ククッ……そォいや、今日はクリスマスイブだなァ」

「へっ?」


 時計を見ると、すでに短針は真上を過ぎていた。
 ――――もう、魔法は溶ける時間。

 彼は、彼女の手をとる。
 そこは魔法の介在しない、二人だけの世界だった。


「……昼間に備えて寝るか」

「うん!」

「家族会議で決まったンだが、オマエ芳川と宴の準備な」

「了解! ってミサカはミサカはいい返事」

「……ちゃンと見張っとけよ」

「……ははは」



 彼は、思う。
 この依存し合う関係は、脆く拙く幼いものかもしれない。
 それでも、此処こそが自分の帰る場所なんだ、と。


 手のひらの優しい温もりに、
 希望が存在することを、
 彼は確かに感じていた。




357: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/29(水) 01:14:12.06 ID:pe4j396o
――――









 十二月二十四日、クリスマスイブは、学園都市においても特別な祝日だ。



 雑踏は大いに賑わいを見せ、様々な色の飾り付けは街に彩りを与えている。
 店頭に並べられた商品は赤と白のコントラストを奏で、
 さながら店員はその中で踊るコンダクターか。
 街の中心には大きなもみの木がどっしりとかまえ、存在感を見せつけていた。


 浮き足立つようなそんな空気が、
 商店街から少し離れたこの寮の窓からも、伝わってきているはずである。
 伝わってきているはずなのだが、
 その一室は少しだけ不穏な空気が立ち込めていた。


「――――で、呼び出した本人はいないってわけ?」

「鍵を開けっ放しにするのは感心できませんね。
まあ、盗るものがあるようには見えませんが……」


 その一室はダンベルなどの筋トレグッズが無造作に転がっているが、
 男の独り暮らしの部屋にしては、それなりに片付いている。
 恐らくは、部屋の主の大事な義妹が片付けてくれているのだろう。


「こンなボロっちい寮に呼び出してどォいうつもりだ?
まさか此処で話し合いってわけじゃァねェよなァ?」

「いつもと違って此処にこいと指定されただけですから、
仕事や親船さんの私事ではないのでしょう」

「ことあるごとに、馴れ合うつもりはない(キリッ
って言ってたのはあのシスグラのくせに……」

「もはや言っているだけで、形骸化していますからね……」



358: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/29(水) 01:16:59.17 ID:pe4j396o


 話しているのは、
 『グループ』所属の一方通行、海原、結標の三人である。


 彼ら『グループ』も一緒に仕事を始めて約三ヶ月。
 始めの一ヶ月は全く仕事以外会うことがなかったものの、
 統括理事である親船最中がスポンサーについてから、
 仕事以外のことでも呼び出され始めた。

 彼女の庇護の下で働くことを余儀なくされているので断ることもできず、
 ホームパーティーやら子供たちの相手をやらをさせられた時は、
 彼らも本気で逃げ出したかったが。


 スポンサーは絶対。
 現実は非情である。


 まぁ、一人だけ心の中で大喜びなショタコンがいた事は、
 誰でも想像の付くことだろう。


「こンな狭い場所に呼ぶぐらいなら、
いつも通りキャンピングカー用意しろってェの」

「壁は薄そうで、会話に適していませんね」

「暖房がついていることだけが救いかしら」


 口々に文句を言うのは、待たされた苛立ちからか、
 それとも――――
 




「嫉妬は見苦しいにゃーーっ!」





359: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/29(水) 01:19:49.76 ID:pe4j396o




 ばたぁーーん、と 
 ドアを蹴破って現れたのは、ご存知シスコングラサンこと土御門である。


「…………(イラッ」

「……ここはあなたの部屋だから別にかまいませんが、扉壊れますよ?」

「で、誰に誰が嫉妬しているって言うのよ?」


 三者三様のリアクションを見せる三人だが、
 それに対して不満そうな顔の土御門。
 ……どうやら、彼は現在テンションがおかしいらしい。


「お前らテンションが低いにゃーっ!
……おいおい、恋人たちに嫉妬する暇があったら、
こういう日だ、自分たちで盛り上げていこうぜぃ?」

「別に嫉妬した覚えもないですし、
こういう日だからこそ、呼び出してほしくなかったのですが――」

「シャラーップ、シスロリストーカー!
クリスマスイブなのに家族ぐらいしか過ごす人間がいない奴らへの
粋な取り計らいを理解するにゃーっ!」

「……あなたにだけは言われたくないですね」

「で、なんの用よ? ちゃっちゃと言いなさい」

「急かすな急かすな、慌てるコジキはなんとやらだぜぃ」

「…………(イラッ」



360: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/29(水) 01:22:36.22 ID:pe4j396o
 約二名の苛立ちはMAXに近づいていたが、彼は気づかない。
 一旦両手の荷物を置いた土御門は、
 荷物から取り出してきたものを三人に渡す。


 それは、市販のクラッカーだった。


「メリーークリスマスイーーーーブ!」パンッ

「「「……」」」

「メリークリスマスイブ!」パンッパンッ

「「「…………」」」

「メリー……」

「「「…………」」」

「…………」


 自分だけでクラッカーを何個も鳴らしていた土御門は、
 ようやく不穏な空気に気づいたらしい。


 冷たい眼差し、嫌な沈黙。


「……なんか文句があるなら、言え」

「取り敢えず、今日呼び出した用件はなんですか?」

「このメンツ+αでクリスマスパーテーでもしようかと」

「はい解散」

「ちょ、ちょっと待つたい!
恋人もいない寂しいもの同士傷の舐め合いでぼばっ!!」


 出ていこうとする三人を止めようとした土御門、
 その顔に勢い良く当たり潰れたのは、
 白い物体――――豆腐だった。


 投げたのは、一方通行である。


361: 泥源氏 ◆88arEec0.g 2010/12/29(水) 01:25:23.58 ID:pe4j396o


「…………」ダラァ

「さァて、このまま帰ンのも馬鹿らしいし、カラオケでも寄るかァ?」

「それは良い案ですね。しかしこんな日ですから、きっと混んでますよ?」

「いざとなりゃ外でやりゃイインじゃねェの? 野外カラオケな」

「それは新しいわね……」

「オイ、一方通行」


 先程から俯いていた土御門に声をかけられた一方通行は、
 普通にスルーしようとも思ったが、
 後々面倒なので振り返ることにした。
 ちょっとした、嫌な予感とともに。


「……あァ? なンなンですかァあ?
あァあとメールの件は別に怒ってねェからな」

「…………」


「(絶対怒ってますね……)」

「(さっきの豆腐には、その恨みが入ってたのね……)」


 一方通行は昔に比べると、格段に温厚になっている。
 今の彼は滅多なことじゃないと暴力は振るわないはずだ。
 つまり土御門のメールは、今の彼の癇に障るほどだったようである。


 豆腐まみれな顔の土御門だが、彼らにはどうしても同情できなかった。
 彼は時折悪ふざけが過ぎる。


「……せたんだってな」

「あァ? 聞こえねェよ」