1: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 01:57:16.70 ID:YMemoW+Xo

             乙 >―'て_ノ、__.∠∨(   o ⌒\ノ
             /:〈∨ )o ∧八 ⌒\`丶 人ノ\_,_  \ハ `⌒>
            ':<ノ∨<  `フ^::ー┘⌒∨::::`ーヘ人\< フ⌒)\
            i:::: ノ⌒レイ〈__厂:::::::: /::::::::::::::::::::::::::::::::::`:⌒∨ヘ_人⌒
            |::(__厂∨ヽ/::::::::::::/:::::::/::::::::: /:::/:::::::::::::::::::::乂人o \
                !::/::::::::::|::::::::::::::/:/::::::,厶::/:::::::::/::::::::::: |:::::::::::::::マ フ⌒
.              j厶/::::/j:::::::::: /:/l::::::」⌒メ|::::::!::|:::::::::j::::j:::::::::::::::::∨
           /:∨/}/|:::::::::::i:::「 ̄ --  L:/l/|:::::::厶イ::::j:::ハ::::::|
             /::::∧ゝ、八 ::::::::i:孑==ミ     \/⌒}:::/ ::::::j::::::|
.           厶イ::::\_  \_ :i:::|、、、       -  ∨:::/:::;':::::;′
                |:/::::::小   \|        -=ミ /∨:::/::::/
            厶/:::|              ,  、、..::::::::::∨}/
            ∠:::::::リ       、       ∧:::::::ト、_>
              r<∨     \   ` 一   /  Vヘ|
           ノ////\    ヽ、___..  イ
           _/////////ヽ   ∧___
          / ´ ̄ ̄`\///∧_ { ∨//∧
       //  ´     \//∧__}///l |\
.      ///         ∨/∧///|///l |  ヽ
      l/´         \  |∨/∧//|///リ   !
      |l           \| l∨/∧/|// /   |

垣根「初春飾利…かぁ…」前編  

垣根「初春飾利…かぁ…」後編 

引用元: 初春「花束をあなたに」 

 

4: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 02:03:54.87 ID:YMemoW+Xo


                     【俺の未元物質にその常識は通用しねえ】


◆前半あらすじ

学園都市の暗部組織『スクール』の元リーダー垣根帝督。
『ピンセット』と呼ばれる物品を巡っての抗争は、彼の敗北を持って終わりを告げた。
序列第一位の能力者“一方通行”に殺害されていたかと思われた垣根だが、
その高い演算能力は電子化された脳内データとして学園都市の超大型サーバー“ANGEL”内に生きていた。
同時期に、同じく抗争に巻き込まれていた学園都市のジャッジメント、初春飾利は、大脳生理学者である木山春生から呼び出しを受ける。
出向いた先にいたのは、かつて初春を襲った垣根帝督の無残な姿だった。
戸惑いつつも、過去を清算して交流をはじめる二人。
そんな中、学園都市の『闇』はひそかに魔の手を伸ばしていた。

メルヘン野郎とメルヘンお花畑が交わるとき、物語はまじメルヘン―――ッ!


◆後半あらすじ←いまここ

第三次世界大戦が終わり、平穏を取り戻した学園都市。
博士らの元暗部組織による“兵器化計画”を乗り切った垣根帝督と初春飾利だったが、心の闇はいまだ拭い切れず、どこかすれ違いを感じていた。
あいまいな依存関係に疑問を投げかけるも、垣根は答えない。
初春は垣根が抱える奇妙な感情に接触することができず、不安に包まれてしまう。
そんな微妙な関係が続く中、戦争を終えた学園都市の第一位と第二位は再び出会ってしまった。
再戦を望む垣根帝督に、本意ではないにしろ初春も協力することになったが……。

メルヘン野郎とメルヘンお花畑が交わるとき、物語はまじメルヘン―――ッ!



●主な登場人物

垣根帝督:主人公。元レベル5の超能力者だが、現在は車椅子生活。脳はデータ化されている。甘えんb(

初春飾利:ヒロイン。演算処理によって垣根の能力の“仲介人(トランスフォーマー)”を担う。

白井黒子:ジャッジメントで変態。だけどたまにかっこいい。垣根奪還作戦に加担。

御坂美琴:レベル5でファンシー野郎。だけどたまにかっこいい。垣根奪還作戦に加担。

佐天涙子:初春の親友。かわいい。かわいい。

木山春生:大脳生理学者。幻想御手を改造して初春と垣根の脳波共有システムを構築した。

博士:垣根帝督のデータを巨大サーバに移した張本人。自身もデータ化された存在だった。

一方通行:学園都市序列第1位。戦争終結と共に帰国していた。

エイワス:垣根の電脳空間に時折出現する天使のような存在。



●用語説明(独自設定、解釈あり)

幻想御手:木山春生が生み出した脳波共有システム。調和した垣根と初春の脳波を共有させ、能力を顕在化させた。

超大型サーバー“ANGEL”:学園都市に眠る巨大なサーバー。表向きにはゲーム用のサーバーだが、内部には垣根帝督の脳がデータ化されて移植されている。

イヤホン型デバイス:“ANGEL”に眠る垣根の脳波を、低周波を使って初春と接続する装置。初春が耳に装着することで能力を取り戻すことが可能。制限時間は15分。

23: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 22:52:59.42 ID:ypt9zfofo

                           ※

学園都市の夜。とあるマンションのとある一角。
普通の人間ならとっくに寝静まるような時間帯。

見計らったかのように、一人の少年がその瞳を光らせ、密かに立ち上がった。


(……、……)


彼はある戦争の側面を担った、兵器と言っても差し支えのない存在。
その外見は悪魔に等しく、抱える潜在能力は見間違えることなくこの世のそれではない。

デバイスを確認して、能力を確かめる。
攻守に特化したそのチカラは唯一無二の領域へと踏み込んでいた。

少年の名は不明。
中性的な顔立ちに、白い髪、燃えるような赤い瞳。



コードネームは……―――通称“一方通行”。



その表情からは何も推し量ることはできなかった。
ただ、機械的に、ひっそりと、己のなすべきことをこなしていく。

瞳はどこか遠くを見つめている。


(―――クソガキは寝たか)


そのままソファへと進み、今や彼の目印になったといっても過言ではない杖を手に取る。

これは仕事でもなんでもない。
なのに、無視するという選択肢は最初からなかった。


なぜかを考えるのはそれなりに哲学的であったが、今はそっちを無視することにして、部屋から出る。

25: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 23:06:13.39 ID:ypt9zfofo


「―――おやあ? 結局出陣するのかな」


ドアを開けた先にいたのはかつての敵。
彼に悪夢を思い出させた相手でもある。

ロシアで向かい合った時点の彼女は彼の罪の象徴だった。
見ているだけでも胸が締め付けられる存在だった。
どちらも傷つき、どちらも悪意に流されてここまできた。
その経緯はどうであれ、ここで今こうして一緒に暮らしている。


平穏をかみ締めている。

数秒の間視線を合わせると、一方通行は彼女の待遇に驚くことなく、無視して進もうとする。

が、一歩目を踏み出したところで肩をつままれた。
軽く手で手を払って、それからはき捨てるように伝える。


「……オマエ、ずっと起きてやがったな」

「もちろん。……しかし、いやあ、果たし状ってなんだかなあ。ミサカはもっと下衆な発想の方が好きだけど」

「どの道オマエには関係ねェ」

「―――上位個体には関係あるって?」

「………、」


くつくつと笑い出す相手は悪意を集めた存在であるので、今更取り合うようなことはしない。
それでも彼女は頭の後ろで腕を組みながらこう続けた。


「古典的な手だね。当時の事情は今日の発信から、カケラほどしか伝わってないけど。あなたってアチコチで恨み買ってる」

「身に振る火の粉を払ってくるだけだ。すぐ終わる」

「―――はてさて、本当にそうかな?」

「……、……何が言いてェンだ」

26: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 23:26:53.77 ID:ypt9zfofo


「届いた伝達、最終信号のおチビは何やらモゴモゴしてたけど、ミサカはそのまま伝えたよ?
 だってすごくミサカ好みの言い方だったんだもん。
 『よう、クソ悪党。相変わらず泥の中か?』だって。ぷぷぷ、言い得て妙とまではいかないけれど。
 ―――ああ、別に上をかばったわけじゃないからね? 伝えたほうが面白くなりそうだし」


わかっている。
垣根帝督はかつて彼の守るべきものを狙ってきた。
今回は少し事情が違うようだが、無視するわけにはいかない。
取り戻した平穏にヒビを入れてくるような輩は、始末しなくてはいけない。

それが悪夢を乗り切った彼に与えられた、戦争の対価だからだ。


「あのメルヘンが言いそォな言葉だ」

「へえ、ミサカそっちの人のほうが仲良くなれそう」

「勝手にしろ」


玄関まで進むが、相手はひたひたと彼の後ろについてきた。
手荒い見送りだろう。歩きながら言葉を交わす。


「……対応はそれでいい。クソガキはどうせ俺を止めるつもりだったンだろ。
 一日中挙動不審だったしな。黄泉川たちに伝えなかったのがせめてもの救いだ。めンどくせェことになる」

「―――それで? 始末するの?」

「危害を加えてくる輩に俺が躊躇すると思うか?」


なるほど、と一呼吸置いてから、番外個体は口元を吊り上げた。
一方通行の感情をゆさぶるように、あえてためてから伝える。


「―――ところで、昼間にたずねてきたお花ちゃんは随分必死だったねえ。恋する乙女ってかんじで」

「………、」


表情が一瞬だけ固まる。


「ミサカに色恋を語らせるのは勘弁願いたいんだけど、いやあ、果たして第一位はどっちの肩を持つのやら」

「持ちようがねェな。殺しに来るなら殺される覚悟をもってこそだろォが」

「へえ、ミサカに対してもそうだった?」

「オマエのときとは事情が違う。論点のすり替えだ」

「ふーん」


微笑は消えない。
煮え切らない態度にイライラしてくる自分に気づく。
いや、こいつはそういう存在なのだ。言わんとしていることも、態度も理解している。

27: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 23:42:46.12 ID:ypt9zfofo


「アイツの事情がどうだろォが知ったこっちゃねェンだよ。潰しに来るなら潰す。花飾りのガキにもそう伝えた」



「―――それで、頭を下げられた。涙を流された。あなたは黙った。即座に沈黙した。返す言葉がなくて、帰れとだけ伝えた。
 学園都市の第一位の中に芽生えた何かしらの感情を刺激された気がして、あなたにはそれ以上の手が浮かばなかったから」



振り返って目を見つめた。
微笑は消えていないが、見透かすような瞳がそこに輝いている。
今度は目をそらさないで伝える。


「それで争いが避けられるなら、戦争なンか起こったりはしねェ。オマエもわかってるはずだ。これはボランティアじゃねェ。
 平穏はその覚悟を備えたやつにしか訪れない。俺たちは戦争で学ンだはずじゃねェのか」

「おやあ、急にスケールが大きくなったね。ボランティアか、なるほど」

「ふン」


靴を叩いて準備を整える。
鍵だけは閉めておけ、と注意を促して、そのまま出発するつもりだった。

ところが、


「―――ミサカも行ってあげよっか」

「……あァ?」

「ほら、なんとなくわかるんだよ。ここぞというときに悪意に支配されることを拒絶するあなたが。
 もし本当に相手を始末することだけが目的なら、ミサカなら何の躊躇もなく殺すことができるよ?
  一石二鳥。付いていってもデメリットはないと思うけど」

「………、」


思わぬ提案に少し頭をひねる。
もちろん、彼女の言葉は上等な皮肉だ。どこかで一方通行の善意を揺さぶろうとしていることは明らかである。

28: ◆le/tHonREI 2011/03/16(水) 23:57:16.21 ID:ypt9zfofo


「……相手は腐っても学園都市の第二位だ。オマエの出る幕じゃねェよ」

「それこそ論理のすり替えじゃないかな? ミサカが言ってるのはそういうことじゃない。
 “ギリギリの状況で甘い判断を下しそうなあなたを悪意に促す”ってこと。
 あなたって見かけによらずセンチメンタルなとこあるようだし、―――本当に始末する気ならね?」


要するに、判断に苦しむ自分が想像できるということだろう。
本気で提案しているわけではないのが手にとるようにわかった。
これ以上はなしていても時間の無駄だと思い、会話を切る。

戦の前の軽い交わしだ。そろそろ頃合だろう。


「―――ガキは多分夜中に目を覚ますかもしれねェが、見張っておけよ」

「はいはい。……、お土産話、楽しみにしているよ」


舌打ちをしてから、扉を閉めた。
無機質で乾いた音が深夜の街に響く。

意志が感じられない音は、寸分も彼の心に影響を与えない。


呼吸も脈拍も正常。

演算能力も正常。

ため息をついてから携帯電話のダイヤルをタップする。
コールが鳴り響く時間が妙に長く感じた。多分今頃相手も、同じことを考えているはずだ。

時間にして数秒、相手が出る。


―――最初の一言は決めていた。

29: ◆le/tHonREI 2011/03/17(木) 00:16:11.25 ID:W/9QThPBo




「―――招待状ありがとよ。クソったれの死に損ないが。肉塊にするだけじゃ足りねェみたいだな」




電話の向こう側では懐かしき格下の男の声がした。
一度負けているくせに、妙に余裕ぶった声。

表情まで想像できてしまうのが余計に癇に触る。

学園都市、序列第二位。―――垣根帝督。
しばらくして、やや早口で返答が帰ってきた。


『おいおい、久しぶりなのにつれねえな。これでも気は遣ったんだぜ? 文面で伝えるのは苦手だからな。手紙のほうがよかったか』

「あーァ、ダメだな。頭がイカれてるやつは俺も大概見てきたが、オマエの場合はもう手遅れだよなァ?」

『イカれてるのはテメェだよ、このヤク中面が。相変わらず偽善の●●●●に酔ってる最中かよ?』

「どの口がそンな余裕を吐かせるンだ。クソみてェに花火咲かせたミジンコ野郎」


一方通行は階段を下りながら、彼とのコンタクトをとぎらせることなく続けた。
垣根帝督がどのような状態になっているかはいまいちわからないが、あれだけの攻撃を受けてマトモな身体でいられるとは思えない。

何かしら外部からの手が加えられていると考えたほうがいいだろう。
この街はそれを現実に起こす場所だ。


『……ひさしぶりに啖呵切ってみるのも悪くねえ。アガってきたところで、場所を決めようか』

「死に場所くらい選ばせてやる」

『死ぬのはテメェだ。―――といいたいところだが、は、体が体なもんでな。こっちで決めさせてもらう』

「好きにしろ」

30: ◆le/tHonREI 2011/03/17(木) 00:28:47.12 ID:W/9QThPBo


「―――あの花飾りのガキは」

『………ッ』


突然思いついたそんな台詞を、本当に何ともなしに伝えた。
意図もないし、意味もない。

さきほどの番外個体との会話が影響しているからとか、そういうわけでもない。
単純に会話のペースを保つために、ただ投げただけだった。


すると。


『……、テメェ、初春に何をした』


声色が急変したことに気づく。
違和感だった。頭の中にいる垣根帝督からは到底想像できない。
いや、これは、あの時、追い詰めた際に無意識に聞こえた彼の断末魔に近い。

逼迫しているわけではないが、どこか感情が揺らいだように聞こえる。


「―――さァな。勝手に想像しろ」

『クソ野郎。今度こそ殺してやる』


プツッ―――。

電話はそこで切れる。
後には夜の静けさが保たれていた。


(………、………)


自分の中に芽生えた違和感を分析しながら、一方通行は再戦の場所へと赴く。
地獄の門が開いているだけかと思っていたが、どうやら事情はもっと複雑らしい。
番外個体をやはり連れてくるべきだった。

シンプルな二元論で終わらせておけば、大義名分を鑑みることなく相手を始末できたはず。
感情を裏付ける理屈を求めてしまうのは、戦争が終わっても変わっていない。
何かをするには理由が必要なのだ。自分が歩んできた道が、そうすることを自分に強要している。

しかし―――。


(―――めンどくせェな)


帷の中に消える彼の背中からは、それ以上の何を推し量ることもできなかった。


………

……


38: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 21:12:06.51 ID:FC372KGUo

                           ※


そして、両雄は向き合う。


「妙な場所を指定してくると思ったら、そォいうことかよ」
 

風が吹き付ける深夜の学園都市。
垣根が戦いのフィールドに指定したのは十九学区のとある広場だった。
冬も近いこの季節、再開発に失敗したことで有名なこの地区には独特の雰囲気が漂っている。

初春飾利はそんな二人の超能力者を、映画でも見るかのような感覚で眺めていた。
現実感は一向に沸いてこない。
自分は今、学園都市の頂点がぶつかり合うところを見届けようとしている。


「……、廃れた街で廃れたガラクタになりてェンだな」

「………、」


一方通行がつぶやいた先、車椅子の垣根帝督が笑いながら口元を閉める動作をした。
先ほどの電話でのやり取りは当然、初春の力を借りてのものである。

隣で様子を伺っていた初春は、電話をつないですぐに垣根に怒鳴られたところだった。
何を思って一方通行に接触したというのか。
その意図を限界まで問い正したが、遂に感覚を掴むことはできなかった。

気づかないうちに、デバイスを通じてでも心にフィルターをかける術を習得していたらしい。
しかしどうやら直接的な危害を加えられているわけではないと察したようで、半ば強引に納得させる形でここまで来た。

初春はどこか虚ろな表情をして、視線をどこに止めようか決めかねていた。
そうして、呪文のような、慰めのような言葉を一定のリズムでつぶやいていた。


(―――まだ、まだ方法は……、方法は………、ッ……!)

39: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 21:25:30.60 ID:FC372KGUo


「その付き添いのガキから多少は聞いている」

(マダ、まだ方法はある)

「言語処理能力を失ってンのか。演算能力もなくなっちまってるンだろ」

(―――頭をひねらせろ。神経を集中しろ。だめなんだ。ここでこの二人に決着をつけさせても、何の解決にもならないんだ)



【初春】


はっ、と我を取り戻して携帯を見る。
垣根は無表情のまま、静かに指示をした。


【もういい、つなげ。開園の時間だ。これ以上の焦らしは観客が萎える】

「でも……、えっと……、わ、私は……」

【―――初春飾利】


まっすぐに一方通行をとらえていた瞳は、ゆっくりとこちらに向けられる。
相手に向けていたものとはどこか違う、優しさと悲しさを含んだ瞳だ。
それから垣根は一瞬だけ初春から見て左下に視線を動かし、これ以上なく申し訳なさそうに笑った。
二人でいるときに時折見せた表情も、これに似たようなもの。
初春は彼のそんなところも、好きだった。


【テメェはまた動いてくれてたんだろ。こんな俺のために。もうわかってるよ。………なんていうか、すまなかったな】


その言葉は今までで一番、初春の心を貫く一言だった。


「どうして謝るんですか……。謝られることなんて……、ま、まだこれからどうなるか……!!」

【ああ、そうだな。この戦いがどうなるかはわからねえ。だけどな、何を言われようが俺はアイツと殺し合うことを止めるつもりはねえ。
 それでも、この安いプライドにテメェを付き合わせちまったのは俺のミスだ。だから、今のうちに謝っておく。二度は言わない】

「……、私は……、」

40: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 21:40:58.57 ID:FC372KGUo


【離れてろ。テメェは俺が送る信号を変換してくれてりゃいい。俺を想ってくれるなら、尚更だ】


初春はその言葉の裏側にある意味を察する。
自分が演算処理の手を抜いた瞬間に、垣根帝督が殺されてしまう可能性があるということだ。

争いを止めたくても、止められない。自分が垣根を救うための最大の努力は、彼が放つ信号を嘘偽りなく“変換”することだ。
たとえそれが地獄への後押しになるとしても、“垣根帝督を救うためには彼を地獄へと送らなければならない”。
二人の戦闘を積極的に増進することしか、選択肢は残されていない。

この心理状況は、あの時と似ていた。

戦争が始まる前に、彼を救おうとしたときに感じた、無力感。



(私は……、何なんだ。情報の処理能力に優れていても、何も救えない。彼の心の闇を取り除くことなんてできていない)

(言葉で何を変えられるんだ。この街に潜んでいるものを、形のないものでどうやって取り除けっていうんだ)

(こんなに、好きなのに。こんなに想っているのに。何もできないの……? 何も、してあげられないの……?)

(何がジャッジメントなんだろう。私は……、何て無力なんだろう……)

【花言葉、覚えているか】

「え?」


垣根はもうこちらを見てはいなかった。


【ナンバーワンとかオンリーワンとか、正直なところどうなんだろうな。俺は確かに序列自体にはもう執着がないのかもしれねえ】

「……、……」

【つないでくれ。タイムリミットだ】


そして、

初春は、

うつむいたまま、静かにイヤホン型デバイスを耳に装着した。


一体感が二人を包んで、調和する。

41: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 22:06:41.33 ID:FC372KGUo


それから、爆風が二人を中心に扇形に広がった。
中心地にいるのは比翼の鳥。
―――いや、今は片翼だった。

垣根帝督は右手を握って感覚を確かめながら、悪意のある表情を取り戻す。
演説のような口調は今回は胸に押し留まっていた。

首をこき、こきと鳴らしながら、気だるそうに一言吐いて捨てる。


「……戦争はどうだった」

「オマエには関係ねェと言いたいところだが、ひとつだけ教えてやる」


対する一方通行もそれを合図と取ったようで、チョーカー型デバイスを解放する。
学園都市に内在する影のエネルギーが二人の間ですでに放電し、火花を散らせているようだった。


「何かを守りたかったり、何かを求めたりするためには覚悟が必要だ。捨て身なンてもンじゃねェ。
 それは一つのためにすべてを捨てる覚悟ということだ。浄罪する気があるならな」

「相変わらず吐き気がする。偽善者になった気分はどうだ? 俺は断罪に興味はねえ」

「……、二元論にこだわっているうちは三流だ」


二人の間にある持ち時間には15分の差がある。
チョーカー型デバイスの制限時間は30分。
イヤホン型デバイスは15分。

語っている時間はロスには違いないが、垣根は落ち着いていた。
―――違う。


その心の温度を、ゆっくりと上昇させていた。


「オマエには覚悟が足りていない。それをこれから教えてやる。後には何も残らねェが」

「大層にありがとよ。だがくだらねえな。俺からはテメェにもっと大事なことを教えてやる」





「―――ムカつく野郎がいるからぶち殺す。俺たちが戦う理由なんざそれで十分だ」



それが、狼煙だった。

43: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 22:31:48.13 ID:FC372KGUo


言葉を放つとほぼ同時、垣根帝督は足元の物質を変容させて爆発を起こした。
空気抵抗をカットする形で演算を展開し、一瞬にして間合いをつめる。


「小手調べだ。遊ぼうぜ第一位」

「接近戦をご所望かよ。足りねェ頭は治ってねェみたいだな」


同じく一方通行もそれ以上の会話は無駄だと悟ったようで、詰められた間合いの先の手を脳内に展開させていた。

地面に両腕を突き刺して、地盤を操作する。
瞬間的に遠心力を利用して、土の壁を生み出した。


(―――、さすがに迎撃はしてこねえか。クロスカウンターに合わせて『未元物質』をぶちこんでやろうと思っていたが)


一度戦った際に相手の能力はある程度知りえている。
この世とは違う法則をぶつけることで多少のダメージを与えることができたが、二度目にはすでに解析されていた。
暗号を出したつもりが、解読を一瞬のうちに済まされてしまったようなものだ。

垣根は一方通行が生み出した壁を、片翼の羽で破壊しながら、身の回りに揮発性の爆発物を生成していた。。
対する一方通行は竜巻を操作して垣根に遠距離から攻撃を仕掛ける。

爆炎があたりを包みはじめ、烈風が大地に吹きすさぶ。


お互いの力はすでに通常の戦闘におけるような小規模なそれではない。
極限まで高められた能力は往々にして一瞬で決着がつく。実際前回はそうだった。

それなのに、今回のこれはどこかお互いの手を探り合っているような印象を受ける。

44: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 22:44:49.18 ID:FC372KGUo


(ナメやがって……!!)


心の中に濁った感情が沸き立つのを感じる。


垣根帝督は僅かながら、一方通行にダメージを与えることができた数少ない人間だった。
小手調べとは言ったが、一戦目を省みるに相手はまだ本気を出してはいない。

それどころか、何か様子を伺っているような戦い方だ。


(こちらの誘いに乗ってくるかどうかが問題だった。案の定、何てことはねえ、遊んでやがる)

(翼での攻撃に生成した『未元物質』での応戦、―――どれもただ受けているだけで、こちらに放ってくる攻撃も屁みてえなもんだ)

(……、ナメ、やがって………ッ)


垣根帝督の多角的な戦い方に対して、一方通行はどこか後手に回って攻撃をいなしているようだった。
それが、気に入らない。



「余裕たっぷりじゃねえか、いい身分だな一方通行……ッ!」

「………、………」


瞳は何も語らない。
垣根の上空に飛び上がったまま、一方通行は見下すようにこちらを見据えていた。


「……何か策があるンじゃねェのか」

「小出しは無用ってことかよ。はっ、上等だよクソ野郎。―――後悔してもしらねえぞコラ」


垣根はそれだけ言うと、展開させた演算をやめ、静かに翼を広げた。
念じるように息を潜めて、その場に佇む。

45: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 23:01:08.87 ID:FC372KGUo


「……、今度は月光で焼かれて死ね」

「………、あァ?」


一方通行は広がった羽の先から伸びるベクトルが奇妙に捻じ曲がっているのを感じた。
以前戦ったときに垣根がベクトル操作打破のためにこしらえてきた戦法だ。

一方通行が反射と非反射を分けているフィルタを識別して、異物を混入させる。
対象が今回は月光に変わってはいるが。


「……、何をするかと思えばそンなことか。以前言ったはずだ。
 オマエが新しく生成した物理法則がいかなるものでも、俺はほんの数秒あればそいつを再定義してベクトルを操作することができる。
 ―――期待はずれだな。小学生レベルの発想展開だ。太陽光と月光の質の違いは問題じゃねェ」



「―――“数秒あれば”な……ッ!」



言った側、垣根の翼のスリットを通過した光線が一方通行に襲い掛かる。
もちろん会話をしながら、一方通行は光線に適応される物理法則を再定義しなおしていた。

計算を終えて、反射する。
今回の光線には3万程度のベクトルが注入されていた。
すべての矢印の方向性を瞬時に解析し、発生源である垣根帝督にそのまま攻撃を叩き込む。

そうして、断末魔の声は垣根帝督から沸き起こる。


………はずだった。



「ッ!? が……ッ!?」

「―――逆算終了。続けてチェックメイトだ、第一位……ッ!!」

46: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 23:20:06.22 ID:FC372KGUo


「……ッ!? これは……、ちィ……!!」


一方通行の体に襲い掛かった衝撃は烈風によるものと月光を回折したことにより発生した殺人光線によるもの。
胸を圧迫するような痛みが広がり、口元からは血があふれていた。
背中から伸びていた竜巻が物理法則を操作されたことにより閉じて、一方通行は地面へと叩きつけられる。


「気づいたかよ? さすが第一位。同時に、こいつがどれだけの破壊力を持っているか、わかるよなぁ!」

「……、そォいうことかよ。あの花飾りのガキ……!!」


一方通行の視線が初春へと向けられる。

その表情は苦痛に満ちていた。
当然だ。


“この世の物理法則をリアルタイムで次々と変換しているのだから”。

今度は地に伏す一方通行を垣根が見下していた。



「確かに、テメェの言うとおり俺がいくら物理法則を捻じ曲げようが、数秒もあれば法則は解析されちまう。
 一旦解読された物理法則はテメェの能力の餌食となり、俺にそのまま跳ね返ってくる。
 だが、そいつをリアルタイムで次々と変更した場合はどうなる?」

「………、」

「初春は元々凄腕のハッカー、暗号を打ち込む能力は学園都市の折り紙つきだ。
 『書庫』を守るためにプログラムをリアルタイムで書き換えちまうくらいのな。
 この守りに特化した演算処理能力を“幻想御手”で応用し、共有された脳内で次々と新たな物理法則を生み出す。
 多元的に生み出された物理法則を解析するタイムラグを利用して、テメェのチンケな体をぶち壊してやる。
 わかるか? 暗号を生み出すより、解読するほうが手間がかかるのは当然だろ」

「俺がオマエの能力を解析するまでのほンの数秒の間に、新しい法則を生み出した……!」

「その通りだ。そしてこいつは絶対的な壁。
 能力者同士の戦いにおいて、この数秒が持つ意味はあまりに大きい。こいつが俺の切り札だ。

                      デュアルマター
        あえて名づけるなら、『多元物質』」

48: ◆le/tHonREI 2011/03/18(金) 23:32:04.34 ID:FC372KGUo


答えながらゆっくりと立ち上がる一方通行と向かい合う形で、垣根帝督は啖呵を切った。


「さあどうするよ第一位! これで終わりじゃねえだろ!! こんなもんじゃねえはずだ!! 
 本気を出せ!! テメェのクソみてえな美学を俺にぶつけるんじゃなかったのか!!
 失望させるなクソ野郎!! あの時のテメェはこれで終わるようなタマじゃねえ!!」

「……この後に及ンでその言葉か。オマエはただの戦闘狂だ。何も学ンじゃいねェ」


多少のダメージはあるにしろ、垣根の攻撃はいまだ致命傷を与えてはいない。
切り札と垣根は言ったが、どちらかというと本気を出させるための布石といったほうがより的確だ。



「おもしれェ。そンなにいうなら本気でやってやる」



乱れた物理法則を解析して、再び演算を開始する。
こうしている間にも世界の法則はすさまじいスピードで変容していた。
うまくベクトルをとらえることができない。

垣根は垣根で、脳内に展開した式をコンピュータが有する数倍のスピードで発展させていた。
脳がきしむような印象をうける。

初春飾利の演算能力はたしかに優れているが、これは大きなリスクを伴う方法だ。
かつての戦いで一方通行が放った攻撃は常軌を逸していた。

法則無視の攻撃に対応できるそれではない。
その前に、決着をつける必要がある。



「―――俺がオマエの法則を潜り抜けて、一撃必殺の攻撃を打ち込むのが先か」

「―――それとも、テメェのモヤシみてえな体が時間の壁に押しつぶされるのが先か」


時間切れという言葉はなかった。
両者は悪魔的な笑いを浮かべる。



「「先に相手を殺したほうが、勝者だ」」


当たり前の文句が確かな重みを持って、静かに響いた。


………

……


78: ◆le/tHonREI 2011/03/20(日) 00:08:48.49 ID:/e60sHHTo


――――――


初春は、脳内で炸裂する痛みに表情を歪ませていた。


(……ッ!! ……ッッ!!)


鏡がないので確認のしようがないが、多分自分の表情は醜く写るに違いない。
頭が割れそうに痛い。
呼吸が整わないし、余計なことを考えていたらすぐにでも倒れてしまいそうだ。

目の前で戦う二人の天使は、なるほど確かに自分とは住む世界が違う。
もちろん垣根帝督の『未元物質』を変換する際でも、その情報量は生半可なものでなかった。

たしかに、理論構築の基礎的な部分は垣根が担っていて、理屈を理解する必要はあまりない。
そういった意味では初春の行っている演算処理は作業的な意味合いを持っていた。


それでも、神経構造、効果範囲、垣根が戦闘中に感じるであろう微妙な環境の変化を余すことなく変換しなくてはいけないのだ。

常人ならとっくにオーバーヒートしているだろう。


加えて、現在の戦いでは垣根が言うところの、『多元物質』なる戦法に自分の演算能力を注ぎ込んでいる。

もしも初春飾利に強靭な『自分だけの現実』があれば、少なく見積もってもレベル4程度の能力は発現しているだろう。
いや、その上にでも手が届いていたかもしれない。

ただでさえ並外れた処理速度を必要とする、超能力者の“仲介人”。


初春は視界が黒く塗りつぶされるのを、なんとか気力で保とうとする。


(―――ッ!! 頭が……ッ!! 割れそうに……ッ……痛い……!!)


両手で花飾りを押さえつけるが、ちっとも症状は回復しない。

79: ◆le/tHonREI 2011/03/20(日) 00:19:41.28 ID:/e60sHHTo


(……、……? ……、)


垣根が啖呵を切る前から、あることが気になっていた。


それは、一方通行の視線。

垣根はどうやら気づいていないようだが、時折こちらをチラチラと伺って、様子を見ている。
何かを合図しているのかと希望的観測を送ったが、こっちに仕掛けてくるような素振りは一向に見せない。

タイミングを見計らって自分を拘束しようとしているのかと、悪い方向に考えを寄せようとしたが、そうでもない。
垣根が言っていた、【本気】ということがどういう内容なのかは、ノイズが混じって観測することができない。

二人は一進一退の攻防を繰り広げている。
初春の背中から噴出する羽は、やはり白かった。


(何を……?)


「……なァ、メルヘン野郎」

「あぁ?」


突然、合図もなしに一方通行が戦闘を区切った。
視線は自分に向けられている。

何かを、仕掛けるとしたら今だ。初春は構えて、演算処理を怠らないように、崩れかける自分の体を押さえつけた。


「―――気になってたことがあるンだ」

81: ◆le/tHonREI 2011/03/20(日) 00:43:14.91 ID:/e60sHHTo

一方通行の語り方は(あくまで初春の直感だが)、作為的なものを含んではいなかった。
純粋に疑問に思ったことをぶつけるときのそれ。


だから、警戒していなかった。


「そこのガキは、……どォいうことだ」


指を指されて、立ちすくむ。一方通行はじっとこちらから目を離さない。
演算処理は続けられるが、初春の体は金縛りにあったように動かなくなった。


「何をいうかと思えば。俺とテメェの戦いには関係ねえ。こいつは俺の、片割れだ」

「ほォ?」


言葉に違和感を感じた。
彼の言葉は、まるで手品の種を知らない子供に諭すような言い方だった。
何をするつもりだというのか。

自分を捕捉して、始末するならもっと早くにやっていたはずだ。
それを何故しない。

何故、このタイミングでこちらに注意を向けてくる。


「あいつは部外者だ。クソったれな事情でこんな戦いに借り出しちまったが、関係ねえ。
 テメェの美学になぞらえるなら、罪もないやつを巻き込むのはご法度だ」

「罪がない? ……は。なるほどな」


言葉を受けた一方通行は、一瞬だけあきれた顔をして、何かを確認するように頷いた。
体の周りに収束していた風が、その勢いを弱めて消えた。
垣根は様子を伺って、疑いの視線を彼へと向ける。

そして、一言。


「だからオマエは二流なンだよ」

82: ◆le/tHonREI 2011/03/20(日) 00:56:05.78 ID:/e60sHHTo


(―――あ)


その瞬間、初春飾利は一方通行の意図を理解した。
それは初春が触れたくても触れられなかった部分。

二人でいたときに、何回もその接点を疑うことはあった。
いや、当初から奇妙な違和感を感じていた。

ずっと、ずっと。

―――だけれど、今更掘り返しても何の特にもならない。
目をつぶって、ごまかしていた。

それは無意識になんとなくある、漠然とした妄想。

これを言ってしまったら、垣根帝督の心を光に留めておく釘が、抜かれてしまうような気がして。

もちろん垣根帝督が罪悪感をかぶるような性格ではないのはわかっている。
……それでも、今の垣根を支えているものは、世界に一つだけ咲いている花を守るようなものだと信じたかった。


だからいえなかった。

だから、


「―――ッ! 言わないで!!!」

「……どういうことだ? 初春?」


一方通行は表情を変えなかった。
ゆっくりと、初春に向けていた指を、垣根へと向けて、



       「自分が踏みつけた花の名前すら覚えてねェ。偽善者はオマエだ、メルヘン野郎が」

83: ◆le/tHonREI 2011/03/20(日) 01:15:29.47 ID:/e60sHHTo

瞬間。

初春飾利の抑圧されていた感情が一斉に垣根帝督に流れ込んだ。
演算処理だけでも手一杯だった。
それなのに、感情をかき乱す一言の刃によって、
今まで溜め込んでいたものが心のダムを打ち破って決壊する。

それはかつての戦いに、自分が垣根帝督に向けた感情の数々。
思い出したくなくても、心の変化を止める手立てがない。
不安や、拒絶、憎しみ、痛み。
コントロールを失った当時の傷が、あますことなく垣根に伝わる。

不意に、右肩が急にうずきだした。
透明な痛みは、いつまでたっても体から抜け切らない。


あの日。

あの場所で、

“垣根帝督に踏みつけられた右肩が”。


「………、………、どういう……ことだ……?」

「おかしいと思ってたンだ。『ピンセット』強奪のときにこのガキを踏みつけて、それが今では仲介人?」

「違う……、違うんです、垣根さん………、」

「何も違わねェ。外野は黙っていろ。どォしたよ、第二位。さっきまでの処理能力はどこにいった」


初春が脳内で変換していた垣根帝督の『自分だけの現実』は、音も立てずに崩れていた。
何も変換することはできない。

情報は音を立てず、シナプスを代理させる信号しか飛んでこない。


「……、知ってたのか、お前は……。知ってて、俺に接触したのか」

「……、私は………」


言葉が出てこない。

それもそうだ。

言葉にしなくても伝わっているのだから。
―――光の速度で。

84: ◆le/tHonREI 2011/03/20(日) 01:30:55.81 ID:/e60sHHTo


「やはり覚えてなかったみてェだな。なら俺から教えてやる。
 “オマエが守ろうとしていたそのガキは、他でもないオマエが始末しようとした存在だ”。
 あァ、俺はハッキリと覚えてる。あの日、あのカフェで、オマエはそいつを殺そうとした。
 断罪に興味がない? 偽善者? 笑わせるンじゃねェ。そのままそっくり返してやるよ、クソ野郎」


一方通行が言葉を言い終える前に、二人の接続は解除されていた。
調和していた脳波が、バラバラに砕けて消えていく。
二人の想いが、すれ違う。


「垣根……さん?」


あれだけの地獄から自分を救い出して、甘えていた、唯一無二の存在は、かつて自分が摘み取ろうとしていた花だった。
それなのに、何度も、何度も、自分はその花に救われた。

まるでピエロだ。
垣根帝督のプライドが砕け散る。


【俺は……、お、俺が、掴んでいたものは……、】


地に堕ちた天使。
垣根の下半身からは力が抜け、何かに打ちひしがれるような体勢で地面をにらんでいた。


「俺の意見をオマエに押し付ける気はねェし、義理もねェ。
 だから一言だけ言わせてもらう。―――オマエみたいなクズ野郎を見たのは初めてだ。虫唾が走る。
 それを踏まえた上で言わせてもらおォか」



                  「オマエにとって、そいつは何だ?」



そして、


物語は冒頭へと、戻る。

106: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 21:03:26.39 ID:lfGEutYSo


「―――無様だな」


一方通行はここにきて、その攻め手を取り下げることなく、極めて冷静に言葉を紡いだ。
対峙した二人にとっての会話は、コミュニケーションツールではないからだ。

相手の感情を悟り、手中におさめ、戦況を自分にとって有利にするために注ぐもの。
だから、容赦はしない。

心の傷と体の傷の重みは確かに等価ではないだろう。
ただ、少なくともこの状況を有利に、かつ差し支えなく収めるためにはそれが一番近道に思えた。

それだけのことだ。

白髪の悪魔はゆっくりと垣根に近づき、膝を落としてつぶやく。


「なンでオマエが勝てないか教えてやる」


この瞬間、初春の脳裏に一つの単語と光景が過ぎった。

―――砂上の楼閣。
垣根が自分に伝え、また誇示していたプライド。
能力の質の違いではなく、シンプルな言葉の暴力によって壊され、今は風化しつつある。

そのまま放っておいたら砂になってしまいそうだった。


「俺とオマエの間にあるチカラの差は、もしかしたら工夫次第でひっくり返せるかもしれねェ。
 だが、オマエがどンな趣向を凝らせて俺に対抗しようとも、
 自分が守るべきものに気づいてないうちは、絶対に俺には勝てない。
 ……勝たせてたまるか。俺があの戦いで守ったものは、オマエごときに崩せるほど安くはない」


垣根は押し黙ったまま、震えていた。
肩をつかんで、孤独を味わっている。
その姿は、初春が垣根を最初に見たときに感じた彼の姿そのものだった。

寒さに震えて、どうしようもない。誰かに暖めてほしい。
だけど、甘え方がわからない。

そんな姿。

107: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 21:13:48.92 ID:lfGEutYSo

次に初春が垣根に近寄り、手を触れようとしたそのとき、瞳からは明確な拒絶が伺えた。
でもそれは単純な拒絶ではない。

何層にも折り重なった、複雑な否定だった。
言葉にはならない、寂しさと悔しさを含んだ否定だった。


―――どうしてこんなことになってしまったんだろう。

初春も、一方通行が言っていることの意味はよくわかる。

垣根の弱さは、きっと自分が第一位に対して抱いているコンプレックスの中にあるのだ。
越えたくても越えられない壁。
かつて暗部にいたときの彼を自分は知らないが、暴力が唯一の対抗手段であったことは想像に難くない。

学園都市が抱える『闇』から解き放たれたとき、居心地の良い場所に甘えている自分が許せない、とか。
今のままでいいのか、とか。
絶対に譲れないものは他にあるんじゃないのか、とか。

ある意味ではストイックだし、ある意味では病的なまでに闇に固執している。
でも、そんなものは清算しようと思えばいくらでもできるはずだ。
気づかせてあげられなかったのは、彼を介護すると決めた自分に覚悟が足りなかったから?

彼の気持ちなんて、気づいてたじゃないか。明確な言葉なんてなくてもよかったじゃないか。
照れとか、不安とか、そんなの放っておいて、優しく包んであげればよかった。
こんなことになる前に、自分が教えてあげればよかった。
もっとシンプルに、できたはずだ。
答えなんかいらない。今ある状況に満足するべきだった。


闇から目をそらしていたのは自分も同じかもしれない。
彼と一緒に罪を背負うと決めたのに。

自分がしてきたことは、何だったんだろう。


―――私は、やっぱり無能だ。

思考が黒い海に堕ちて、圧力で体がばらばらになりそうだった。
目の前で大切なものが壊れる姿を見るのは、こんなにも辛い。

心に直接訴えかけてくる。
それだけ、彼が愛しい。愛しいから、痛い。

109: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 21:23:21.64 ID:lfGEutYSo


「それでも……私は」

【……、……】


精一杯強がって、笑顔のまま初春は涙を流した。
もはやこの感情を名づける言葉は一言しか存在しない。
黒い波に流されそうになっている自我。

どうにかあがいて、心が伝えてくる諦めの津波を押し止める。
こんな状況だけど、やっぱり変わらないものだってある。


自分に今できることはそれしかない。

だから、ようやく、一言伝えた。



「―――ッ! これが愛じゃないなら、何が愛だっていうんですか。
 私は、大好きです。垣根さん。……そんなあなたが大好きです……ッ!!」



【……、初春……飾利……】


「だから―――」


だから?


言葉はそこで途切れた。


花飾りが地に堕ちる。気を失った初春を、学園都市の第一位と第二位は確かに目撃した。

110: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 21:29:52.70 ID:lfGEutYSo

垣根が反応するより早く、すさまじいAIMの波が辺りに収束する。
一方通行が展開していた風よりも、もっと範囲が広い。

突風というよりは自然災害に近い。

初春飾利を支点にして、“何かがそこに降りてくる感覚”を感じた。


「……ッ!? なンだ………!? いや……この感覚……!!」

【初春……? 初春!?】


音はしなかった。
閃光が周囲に飛び散って、留まる。
一方通行の演算能力をもってしても、そのポテンシャルを測ることは不可能。
だが、かつて彼が、一人の少女を救おうと奔走していたとき、この感覚は感じたことがあった。

懐かしい、血みどろの思い出。
やがてあたり一面を閃光で照らしたその存在は、初春の体の上部に留まる。

そして、


『―――ふむ。気dasgがfah変わった』


天使がこの世に姿を現した。

112: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 21:53:24.19 ID:lfGEutYSo


「な……、」

『ほう。これは久しい。元気そうでなによりだ。その後はどうだ。禁書目録には会えたか?』


余裕のある表情で舞い降りた天使―――エイワスはまるで旧友に出会ったかのようにそう言い放った。
警戒すらしていない。
挨拶程度の注意しか向けていないようだった。


【テメェ……、クソ天使!!! 初春に何をした!!】

『おや、まるで私が何かしたような言い草だな。君の『多元物質』とやらが彼女にどれだけの負荷をかけていたかもわからないのか』

【何……?】

『まあ、理由はそれだけではない。君があまりにも不甲斐ないのでな。
 こんなことで興味を削がれては困る。だからこちらで処置をとらせてもらった。失望させるなと言っただろう、垣根帝督』


エイワスの表情には相変わらず喜怒哀楽が存在しなかった。
言葉尻からなんとなく状況を楽しんでいるようだが、実際の真意はすくい取ることができない。


『木山春生は15分と明示していたようだが、それはあくまで通常の場合の話だ。
 放っておいても彼女の意識は数分のうちにサーバー内に取り込まれていた。
 だが、それじゃあつまらないだろう? 君の翼をもう少し見ていたいのだ。
 ああ、こういったことに積極的に私が関わるのは稀だ、光栄に思ってくれ』

【ふざけ……やがって……!!】

『うむ……、やはりこちらだとdkmagヘッダがfsg足りdahないな。座標が安定しない。
―――この娘の意識は預からせてもらおうか、垣根帝督。
 どの道電子の海にまぎれて風化する意識だ。こうでもしないと盛り上がらない』

114: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 22:07:54.19 ID:lfGEutYSo


「―――おい」


垣根とエイワスの会話を区切って、一方通行が間に入る。
その表情は垣根と対峙したときには見せていなかった凄みが含まれていた。


「オマエには借りがあったはずだ」

『はて、いつのことやら。
 申し訳ないがそんな昔のことは忘れてしまったよ。取り合うほどのことでもない』

「上等かましてくれるじゃねェか……、クソったれが……!!」

『―――やれやれ。今は君の相手をしている暇がない』


言った側、エイワスの背中から数枚の羽が噴出する。
電脳空間で対峙した際に見せたものとはまた違う。
ゆっくりと形をこの世に留めて、それからまた垣根に告げた。


『さて』


『君にとってのアキレスをこちらで抑えておくよ、垣根帝督。
 電子の海に囚われた君の大切な“何か”。答えが出ていないならここでゲームオーバーだ。
 忘れていないだろう? あの時に交わした会話はそれほど無意味でもなかったはずだ』

『さあどうする。君はヒーローたりえるか? 片翼をもがれても尚、抗うことができるか? 
 見せてもらおうか。君が真に価値ある生命なら、電子の海に飛び込んでこい。
 初春飾利は私が預かる。対価を払う覚悟があるなら、―――待っているよ』


表情からは伺えないにしろ、最後の言葉からは明確な挑発する意図を感じた。
垣根は地面に拳を叩きつける。
演算能力を失った自分にできることは何もない。

心を失った初春飾利の体が、広大な空間にただ残されていた。

115: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 22:16:34.84 ID:lfGEutYSo

垣根はエイワスが飛び立ってすぐ、電脳空間への潜入を試みたが、うまくいかない。
どうやら何らかの方法によってプロテクトをかけられているようだ。

意識は明確にあるのに、こちらから潜入することができない。
しかし―――もしも仮に飛び込むことができたとして、初春飾利の意識を取り戻すことはできるのか?

あの天使は確かに、“預かる”と言った。

預かる、ということは手中に収めたということとほぼ同意義。
あのサーバー、“ANGEL”の中にとらわれていると見ていいだろう。
彼女を救うためにはエイワスと向き合う必要があるが、しかし、過去に戦った結果は足元にも及ばなかった。


(……、あのサーバーの名前……!!)




“ANGEL”―――!!何故気づかなかった……―――ッ!!」

116: あう、みすった ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 22:25:52.83 ID:lfGEutYSo

垣根はエイワスが飛び立ってすぐ、電脳空間への潜入を試みたが、うまくいかない。
どうやら何らかの方法によってプロテクトをかけられているようだ。

意識は明確にあるのに、こちらから潜入することができない。
しかし―――もしも仮に飛び込むことができたとして、初春飾利の意識を取り戻すことはできるのか?

あの天使は確かに、“預かる”と言った。

預かる、ということは手中に収めたということとほぼ同意義。
あのサーバー、“ANGEL”の中にとらわれていると見ていいだろう。
彼女を救うためにはエイワスと向き合う必要があるが、しかし、過去に戦った結果は足元にも及ばなかった。


(……、あのサーバーの名前……!!)

(“ANGEL”―――!!何故気づかなかった……―――ッ!!)


暗部にいたときに、垣根もこの街の動向については多少の知識を有している。
0930事件。
その際に使用された、ミサカネットワークを利用したウィルスの名称も、同じくANGEL。
こんな偶然があるわけがない。

自分がいままで留まっていた場所は。


(……天使召喚のためのシステムの総称か。だから俺の意識が他のクローンに移らなかったんだ。
 ミサカネットワークのように、生み出したクローンを何かしらの手段で天使召喚の媒体に使用しようとしていた。
 人工のモノか天然のモノかはわからねえが、あのクソ天使が不完全にしろ顕在化していたのはそういうことか……!)


点でつながれていた事象がつながっていくのを感じる。
こんなときでも頭を回してしまうのは暗部にいた頃の名残だった。

そして、今打つべき手は―――。

117: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 22:34:25.74 ID:lfGEutYSo


(―――ない。見つからない………ッ)


どんなに頭をめぐらせていようが、この学園都市で序列が第二位の存在であろうが。
この危機的状況を打破する手立てが見つからない。

いや、それよりも―――。


(なんなんだ、この気持ちは。俺は、一方通行とケリをつけられりゃ、それでいいんじゃなかったのか)

(なんでアイツがいなくなった、危機に瀕しただけで、こんなに………、)

(俺が―――守るもの? わからない。俺は一体何がしたいってんだ)

(俺は………、俺にとって、本当に一番大切なことは……、)



「おい」


思考の切れ目を遮って、一方通行が言った。


「あの天使があのガキを捕まえたのはわかった。それでオマエはどうするンだ」

【……うるせえ。テメェには関係ねえ。失せろ。勝負はこれで、おしまいだ】

「関係あるンだよ」


言った先、胸倉を掴まれる。
拳には演算処置が加えられていなかったが、確かな重みを感じた。

118: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 22:46:41.10 ID:lfGEutYSo


「俺はかつてこの街の『闇』に言った。俺の周りでおかしなマネをするようなら、徹底的に潰すと。
 今のは何だ? あのガキと天使はどォいう関係だ? なぜオマエがあのオカマ野郎に接触している?
 ―――答えろ。答える気がないならこのまま殺す」

【……、もうおしまいだ。俺は、もう……、ガラクタに……戻る……】

「おい」


首元を掴んでいた拳に、さらに力が加えられる。
瞳は張り付いたように垣根の方に向けられていた。

殺意が宿っていることは言うまでもない。


「オマエがどこでのたれ死のうが。どこでガラクタみてェな人生を歩もうが。
 俺には関係ねェ。勝手に死ねばいい。
 だが、あのガキはオマエにとって存在をかけて守るものじゃなかったのか」

【………、……】

「答えろ……ッ!!」


垣根の脳波を受信する携帯電話からは何の信号も出ていない。
それは諦めの合図にも見えた。

だから、それが一方通行には許せない。
鏡を見ているような不思議な感覚が彼を支配する。


「二度も殺すのか。あのガキを。ふざけるな。誰の前でそンなへたれたことをするつもりだ。
 いいかよく聞けよメルヘン野郎。これは忠告でもなく、警告でもない。強者からの命令だ」

「―――他でもねェこの俺の前で見捨ててみろ。絶対に許さねェ。今度こそぶっ殺してやる」


それが言葉そのままの意味であることを、理屈ではなく、感情で垣根は直感した。

120: ◆le/tHonREI 2011/03/21(月) 23:00:52.18 ID:lfGEutYSo


【……テメェに言われちゃおしまいだ】

「……、」


垣根は言葉を受けて、体をひきずりながら車椅子に体勢を落ち着けた。
それから携帯を一方通行に預けて、脳波で情報を発信する。


【テメェが俺たちの話に関わるってのか。どういう風の吹き回しだよ、クソ悪党】

「悪党? そンな小さな括りにもう興味はねェ。それにオマエらだけの話ってわけじゃねェンだよ。
 とにかく情報を開示しろ。協定を結ぶわけじゃねェ。オマエが何もしなくても、俺は『ドラゴン』に話がある。
 へたれてるならここでずっと地に堕ちていればいい。
 俺はオマエが何もしなくても、あのクソ野郎に会いに行く」

【―――はっ】


言うなり、垣根帝督は思考を通常通りに安定させて、一方通行に向き直った。
それから倒れた初春飾利の側へと車椅子を移動させていく。


【……、初春は助かるのか】

「さァな。それはオマエ次第だ。俺は救済をしに行くわけじゃねェ。
 ―――どォしたよ、ヘタレ野郎。少しはやる気になったとでも?」

【やる気?】


ゆっくりと、車椅子越しに初春を見つめる。
まだ頬には涙が濡れている。意識は今どこにあるのだろう。

もちろん一方通行に何を言われたかといって、今現在、打つ手立てはない。
それにさきほどまで対峙して殺しあった相手と手を取り合うなど、垣根のプライドが許さない。

それでも、

悔しいが、今は彼の意見を否定する手立てもまた、見つからなかった。



【―――知るかよ。テメェにだけいいカッコウさせたくないだけだクソボケ】



………

……


150: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:48:36.10 ID:O9abxa3Ao
                    
                     
                        #TIPS3『窓際の定温物質』



カーテンを透明な粒子群が揺らしていた。

頬を撫でる空気の層。特有の揺らぎを秘めていて気持ちがいい。
いつもならばこういう状態のときには感性が鈍るのに、今日はどうしてだか非日常を楽しんでいる自分がいる。
私は布団の中でもぞもぞと体を丸めて、暖かい膜をそこに留めるように、体を空間に定着させていた。


【調子は?】


携帯にメッセージが入る。とはいっても遠距離の誰かから受け取ったものではない。
目の前にいる、少し不器用で甘えん坊の誰かからの発信だ。

額の上に乗せられたタオルを取り替えられる。
熱量の保持が私の能力とはいっても、体調がこんな状態では演算もまともに組むことができない。


「……多少はましになりました」

【無理するな。いい機会だ。身の程を知れよ】

「平気ですよ。私、体のほうは昔っから丈夫にできてるんです」

【それがこのザマか? 俺も大概強がる方だが、テメェはさらにタチが悪い。気づくのが遅すぎるんだよ】


彼の言葉に刺はあっても毒はない。
こういう言葉遣いをしてしまう理由は、彼の性格がそもそも至極シンプルに形成されているからだと思う。

私は諦めたようにため息をついて、口元までシーツを引っ張りあげた。
彼はそんな私を見て薄く笑う。

馬鹿にしているような態度。どうも楽しんでいるようだ。


【やっぱり風邪だな】

151: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:49:39.54 ID:O9abxa3Ao

垣根さんはわかりきったことを口にして、私に言い聞かせた。


そう、これは風邪だ。ウイルスが体内に侵入して私の体が異常事態を宣告している。

本当なら今日は彼と二人で久々に外出する予定だった。
なのに、昨日の夜からの発熱。なんとなく言い出し辛くて、今日の今日まで黙っていたのだが―――。


【ごまかせると思ったか? 玄人でも体調不良をごまかすのは至難の業なんだ。
 テメェみたいな素人が、この俺の目をやり過ごせるとでも? ナメんなよガキんちょ】

「だって、今日は久しぶりに遊ぶって言ってたし、……垣根さんだって楽しみにしてたくせに」

【別に外に出ることが楽しみなわけじゃねえよ。テメェが隣にいることに意味があるんじゃねえの?】

「……、……ぅ」


言葉に詰まる。
とある事情から彼の思考は、ダイレクトに手元にある携帯に流れ込む仕様となっている。
こういう言い方をされると、彼の言葉がオブラートに包まれていないのは元々の性格もあるだろうが、
やはりデバイスの不良もあるのではないかと思う。

ストレートにそういわれると、正直対応に困る。
だって私は、まだ中学生だし。


「あめとむち……」

【? どうした?】

「―――鈍感なのかずるいのか、どっちかにしてくださいよ」

【は?】


それ以上は告げないで、そっぽを向いた。

152: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:50:35.59 ID:O9abxa3Ao


「それはそうと、垣根さん。あとは私が自分でやりますし、もう平気ですよ?
 こんな状態だとお話相手にもなれませんし……」

【ん? 帰れって?】

「そ、そんな言い方はしてないです! ほら、あんまり引き止めても垣根さんに迷惑だし……、」

【……、】


私がそう言うと、垣根さんは一瞬だけ呆れたような顔をした。
失言だったかな、と焦って私が言葉を探しているうちに、もう携帯には次のメッセージが入ってきている。


【弱ってるテメェを見てるのも楽しいからな。たまには俺に甘えてもいいんだぜ?】

「茶化してる場合ですか。ばか」


頬杖をついて私を眺める垣根さんは、相変わらず余裕たっぷりだ。
学園都市で7人しかいない超能力者の第二位。
とある事情から私と接点を持つことになったけど、彼の本質はいまだそこにあるような気がする。

私にはちょっと理解できないけど、色々と考え事も多いようだ。


【さて。何か食べるか】

「え」


食べる?

食べるって、ご飯のこと?


「―――『未元物質』って、そんなこともできるんですか……ッ!?」

【盛大にボケてるところすまねえが、俺の能力は料理人向けじゃねえ】


ぽか、と頭を小突かれた。
……割と本気で期待していたのに。

153: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:51:33.00 ID:O9abxa3Ao


【とはいってもまあ、そうだな。こんな機会は滅多にねえし、何かつくってやるよ。出前じゃ華がねえしな】

「え? か、垣根さんがつくるんですか?」

【へえ。なんだその表情は。障害者には料理を作る資格もねえって?】

「……そういう言い方は冗談でもやめてください」


皮肉った言い回しは彼の専売特許でもあるようだ。
何かにつけて自虐的な言葉で自分を蔑む。

垣根さんにしてみれば悪意はないんだろうけど、言われるほうは結構辛い。
早くそんなコンプレックスを解消してあげたいって、いつも思ってるのに。


【悪かったな。癖みたいなもんだ。俺みたいなプライドの塊には他人から見下されるのが我慢ならねえ。
 そういう意味での保険だ】

「わかってますけど、私の気持ちも少しは考えて―――」

【知らん。んじゃ、適当になんかつくるからな】

「え。ほ、本気ですか? でも……」

【この部屋なら椅子さえあれば台所に向かうこともできるだろ。準備だけ手伝え】

「……、」


なんだかそれじゃあ本末転倒な気もする。
子供が母親の看病をすると言い張って、逆に気疲れさせる光景が咄嗟に頭に浮かんだ。

……でもこの人は、やらないと満足しないだろうな。
さっき自分で言ってたように、この人は身体にハンデを負っている。
その分普段からサポートが必要なのだが、料理なんてできるのだろうか?

まあ、どの道自分の身の回りのことは自分でやらなくてはいけない。
私は気だるさをベッドに置き去りにして、垣根さんがキッチンへと向かえるように準備をすることにした。

154: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:52:20.09 ID:O9abxa3Ao

――――――

なんとか用意を済ませてベッドへと戻る。
どうやらお粥のようなものを作ってくれるらしい。

最初はちょっと面食らったけど、正直気持ちは嬉しい。というかかなり嬉しい。
垣根さんは基本的に何でもそつなくこなせるイメージがある。

私みたいなお子様よりやっぱり人生経験が豊富だろうし、何だかんだ包容力もあると思う。
ちょっとワガママなところが玉に瑕だけど。

どんなお粥が出てくるのか楽しみで仕方がなくて、ついつい携帯電話を覗きたくなる。
不意に顔がにやけてしまう。
きっと今頃悪戦苦闘しつつも、一生懸命料理をつくっているはずだ。
さすが垣根さん。そういうとこ大好き。


すると。



【―――あ。間違えた】


間違えたらしい。


【うわこれ砂糖じゃねえか】


それは砂糖らしい。


【あ。やっべ】


やばいらしい。


【もうこれでいいか。腹に入れば一緒だろ】


腹に入れば一緒らしい。


【あっ。あっ】


何かが起きたらしい。


「か、垣根さーん! えーっと私なんだか急にお腹が……」

【ん? おう、もうちょっと待ってろ。すぐにお腹に入れてやる】


気づけば逃げ場はなくなっていた。

155: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:53:26.95 ID:O9abxa3Ao

毎度のことながら不思議な縁だと思う。
自分と彼の最初の接点は、ろくでもないものだったのに。

唐突に自分の前に現れて、悪意と暴力を広げて、唐突に消えた。
何の因果か今はこんな醜態を見せるような仲になってはいるけれど。


……彼は。垣根さんは。当時のことを覚えていないみたい。
だからどうだというわけじゃないけど、これは言い出すべきことなのかたまに悩む。

ファーストコンタクトで相違があったのは事故みたいなものだろうけど、それはそれだ。
なんとなく、すれ違いを引き伸ばしたらよくない、と第六感が私に告げるのだ。

反面、その過去は私にとっても彼にとっても辛いことだし、もうちょっとタイミングってものがあるような気もする。
何かの拍子に切り出せたらそれが一番いいのだけれど。


―――実は、垣根さんに踏みつけられてました!


なーんて軽い調子で言うようなことではない。これは確かだと思う。
イヤイヤ、私自身はもう気にしてないんだから、いいのかな。
でも、垣根さんはどうだろ。


【―――よし、できたぞ。おい初春、取りに来い】


しばらくして、私の意識をつなぎとめるようにそんなメッセージが受信された。
不安でもはや気が気ではないけど、せっかく作ってくれたのだから食べないわけにはいかない。

台所に移動しておそるおそる様子を見てみると―――


「お、おいしそうです……!!」

【なんでそんなにびびってんだコラ】

156: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:54:14.93 ID:O9abxa3Ao

――――――


「じ、自分で食べられますってば」

【だめだ】

「ふぐ……」

【ちゃんと口開けろ。テメェには以後反論する権利を与えねえ】


さっきから口元に無理矢理お粥を詰め込んでくる。
なるほど……垣根さんはこんな気持ちだったんだ。

私は女だからまだいいけど、やっぱり恥ずかしかったのかな……。


【俺の気持ちが少しはわかったかよ?】

「うぅ……、だ、だって、介護するならとことんやりたいじゃないですか……」

【まあ、否定はしねえ。それで、あれだろ、嫌々ながら悪い気はしねえんだよな】

「うぐ」

【知ってるさ。俺もそうだったからな】


……なんだか今日の垣根は素直だ。
いや、これは素直なんじゃない。私の反応を見てからかっているんだきっと。
ほんと一筋縄ではいかない性格してるなあ。


【おいしい?】

「……はい。正直どんな『未元お粥』が出てくるか不安でしたけふぁっ!?」

【返事は一言でいいんだよボケ。―――ん】


話しながら、垣根さんの視線が一点に留まった。
私の口元を見てにやにやしている。

それから、それから……。


「? 何かついてま―――ッ!?」

【これでとれた。相変わらずふにふにだな】


……。詳しくは書かない。かけない。
指でとればいいのに、もう。

157: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:55:06.29 ID:O9abxa3Ao


【なあ初春】


食べ終わってすぐに、垣根さんは窓際のカーテンを眺めながら私に尋ねてきた。


【思い出とか記憶とか。俺は精神感応系の能力者じゃねえからわかんねえんだけどよ】

「……?」

【たまに考えたりしねえか? 自分にとっていいことだけ残していられたらいいのに、とか。
 大抵の場合、いい思い出よりも悪い記憶のほうがいつまでも残ってたりするだろ】


急にどうしたのだろう。
普段の彼はそんなことを言わない。意図してないにしろ立場が変わって、感傷的になっているのだろうか。


【どういうカラクリなのかしらねえが。まあ、そのおかげで俺たちは進歩するんだろうが】

「……、……」


垣根さんにとっての“悪い記憶”とは何のことなんだろう。

私とかつて出会ったこと―――ではないか。それ以外の何か、ということだろう。
残念ながらその胸中をまだ告げてもらっていない。

だけど、言わんとしていることはなんとなくわかる。

進歩、か。


「辛いことがあるから成長できるっていう理屈はわかりますけど、無理に釘を打つ必要はないんじゃないんでしょうか」

【というと?】

「うまくはいえませんけど……。そうですね。
 たとえば垣根さんが過去にどんなことをしていても、当事者でない私にそれを責めることはできないと思うんです」

【……】

「悪い記憶は誰に言われなくても覚えてるっていうなら、いい思い出だけ二人で話しませんか? そのほうが……よっぽど建設的です」

【そうかもな】


なんとなく、私の言葉は彼の意図するところではなかったようだ。
が、それとは別の意味で理解したといったところだろうか。

こういうケースはよくある。

158: ◆le/tHonREI 2011/03/31(木) 10:56:21.12 ID:O9abxa3Ao


【ま、バカみてえにくだらない散歩の毎日も飽きるけどなぁ】

「う、うるさいですね。散歩したい散歩したいって、垣根さんが言うからそうなるんじゃないですか」

【テメェはさ。そうやって何でも俺が~したいからっていう言い方をするよな。
 それってズルくねえか? じゃあテメェはしたくないのかよ?】

「う……、そりゃまぁ……私だって……えっと……、」

【―――わかってる。イイヤツだよ、お前は】


言って、頭を撫でられる。
もう抵抗する気力はなくなっていた。

過去の話をするのは、もういいだろう。私と垣根さんに今求められているのは、そういう後ろ向きの考えじゃない。
今は色々あって、垣根さんも気持ちが混乱しているに違いないのだ。
かつての出来事を清算するのは、やっぱりもう少し時間が経ってからにしよう。

もっというなら。
黙っていてそれで二人の関係が安定するなら、きっとそれでもいい。

悪い記憶は他人が言わなくても心に残っているんだし、それは個人の範囲で胸にとどめておくべきことだ。
透明な痛みは今でもたまに私の右肩を締め付けるけど、少なくとも、今は視点をそちらに移すべきじゃないんだ。

これは優しさではないかも。自己満足かもしれないけど。

今はもう少しだけ、この関係に身をゆだねていたいから。


「少しだけ眠っていいですか?」

【ああ。寝顔見ててやるよ】


垣根さんの手のひらに頬を寄せながら、私は目をつぶる。

―――いつかすべてを話せる日が来ると信じて、その日の出来事を“いい思い出”にするために。



#TIPS3:終

214: ◆le/tHonREI 2011/04/25(月) 01:46:23.81 ID:Iei0SqEko

                              ※

「ほら、やっぱりミサカの言った通り」


時刻はすでに明け方に近い。
垣根の住居に集合したのは、かつてこの街の『闇』に翻弄された四人の若者だった。
うちの一人は昏睡状態。今回の一件のキーマン、初春飾利である。

彼女以外の残りのメンバーも、それぞれ何かしらのハンデを負っている。
暗部に触れた代償といっても差し支えはない。


「事情が変わっただけだ。黙って座れ」

「ほんとにそれだけ?」

「二度言わせるな」


垣根は一方通行が視線を合わせずにこちらを見る様子を見て、この二人の関係に疑問を抱いた。
というか、どこかで見たことがあるような気がする。
デジャヴではないとは思うが、記憶の錯覚と呼ぶには違和感があった。


「そっちの二枚目が第二位でいいのかな? 困るなあ、ミサカにだって複数プレイの前は心の準備が」

「いいから黙れ」


深夜の密会には最適な場所とはいえ、殺しあった両者はソファを挟んで険悪な雰囲気を維持していた。
番外個体だけが一人、ニコニコと悪意のある笑みを振りまいている。

―――というか、ミサカ?


【―――なんだこの目つきの悪いのは。テメェの女か?】

「適当に想像しろ。説明するのも面倒臭ェ」

【あぁ? ここに呼ぶ必要があるのかって聞いてんだよバカ】

「オマエが開示する情報の内容によるが、まァ必要だろォな」

【障害者つかまえて尋問かよ。さすが偽善者は言うことが違う】

「また説教されてェのか?」

「……、……?」


垣根の携帯電話を使ってやり取るする二人を訝しげに眺める番外個体だったが、
すぐに事情を察したようで特段突っ込みを入れることなく腰を下ろした。


「前置きはいい。話の続きだ」


夜は明けても闇はまだ明けない。誰かが光を当てるまで、ずっと。
こちらの世界に自転周期はないのだ。

215: ◆le/tHonREI 2011/04/25(月) 01:49:33.16 ID:Iei0SqEko


「あの花飾りのガキはオマエの“仲介人”と言ってたな」

【ああ】


未元物質の唯一の仲介人初春飾利。
卓越した演算能力を誇るくせに、脆弱な『自分だけの現実』しか備えていないお人よし。


「オマエの意識はデータ化されて学園都市の中枢サーバーに保存されている。
 トランスフォーム、コンバータ。言い方はどォでもいいが、
 変換装置としてあのガキを使っていたわけだ。そこまではいい」

【……、】

「問題はその中枢サーバーとやらに別のデータが混じっていることだ。
 つまり今現在オマエの脳内には三つの意識が混在している。
 垣根帝督としてのオマエ、仲介人である初春飾利、そして―――」

【クソ天使。あいつは以前から意識化に存在していた。バグみてえなものだ。
 尤も、今はプロテクトがかけられているみたいで俺の方からアクセスをかけることはできないけどな】


そして、そのバグがどういう経緯か初春飾利の意識を連れ去った。
目的は現段階では推察することしかできない。
ただ、サーバーの名前からしておそらくは―――。


【0930事件。覚えているか】

「あァ」

【中枢サーバーの名前は“ANGEL”。
 あの事件のときに学園都市に現出したのは俺たちの常識が通用しねえ存在だった】

「……ANGEL、か」

【仮説だが、名称もあくまで現時点とものということで抑えておく。
 ありゃあ当時の暗部に出回っていた資料のものとは幾分か見た目も違う。
 それでも尚、学園都市の中枢に匿われるくらいの存在だ。
 テメェのミサカネットワークを使った処置と同じと見て間違いねえ。
 俺を以前捕獲した奴らが言っていたのは『兵器』として俺を使用することだったが、アレイスターのクソのことだ、
 目的に合わせて予備のプランを用意していたとしか思えねえな】

「……、クソったれが。あれだけ言わせておいてまだ足りねェってのか」

216: ◆le/tHonREI 2011/04/25(月) 01:51:21.24 ID:Iei0SqEko


「外部からアクセスする手段がないわけじゃねェ」

【何?】

「ミサカネットワークだ」


一方通行は首元のデバイスを軽く指で叩き、横目で番外個体に目をやる。
視線の先の女は首を傾けて、唇に手を当てる様子はそのまま。
瞳の奥には人を食ったような態度が光っていた。


【……そうか。どこかで見たことあると思った。この女は―――】

「あァ、こいつは第三位のクローン体。俺に演算補助を施している無線回路の一部だ。
 コンソールはオマエも知ってのとおり別枠だが、場所さえわかれば手は打てる。
 あとは俺とオマエがどうやってサーバーに侵入するか」

【おいちょっと待てコラ。さっきから気になってたんだ。テメェとあの天使はどういう関係だ。
 当時の事情と照らし合わせてみりゃあ、俺にはテメェらの関係もよくわからねえ。
 なぜあの天使にこだわる。仮に協定を組んであのサーバーに侵入するとして、テメェのメリットはなんだ?
 こちらの情報を開示した以上、テメェのカードも差し出してもらう。じゃなきゃ協定は成立しねえ】

「……はっ」

【あ?】


一方通行は鼻で笑う。


「話す必要はねェな。それにオマエに拒否権はねェ」

【……、ちっ】


確かに一方通行の言う通りだった。
悔しいが、今の垣根に自律という言葉は存在しない。
普通の生活を送るならまだしも、初春飾利の能力があってこそ、かつてのチカラを取り戻せるからだ。


「オマエにできることは俺を電脳空間に案内することだけだ。それ以上でもそれ以下でもねェ。
 だが、目的だけなら教えてやンよ。
 前にも言ったよォに、俺の目の届かないところでおかしなマネをさせないようにする。
 あの花飾りのガキは暗部の人間じゃねェ。オマエが自滅するだけなら知ったことじゃねェが、
 ガキを巻き込ンで笑っている野郎がいるなら誰だろうが徹底的に潰す。
 その点で俺とオマエは利害が一致してる。
 ―――質問は?」

【……、暗部組織が解体したのはテメェの仕業だったってのか。余計なマネしやがって】

「馬鹿か、オマエは」


そこまで言ってから、一方通行はため息をついた。
もう何度となく考えてきたことを、それでも理解させるのにうんざりといった態度だった。

217: ◆le/tHonREI 2011/04/25(月) 01:53:23.95 ID:Iei0SqEko


【何?】

「全然わかってねェよ。―――“アイツ”がオマエみたいな輩を見ても、同じ台詞を吐く。
 単純にオマエは闇に依存しているだけだ。
 物足りないとか、自分には似合わないとか、体のいい言葉を使って自己矛盾をごまかしている」

「誰かさんと一緒だねえ……あたっ」


番外個体を叩いてから、学園都市第一位は続けた。


「もうとっくに答えは出てンだろォが。二度も言わせるな。それにオマエが言葉を伝えるべきなのは俺じゃねェだろ」

【……、】

「話を戻す。いい加減飽きてきた。さっさと終わらせるぞ」


言い終わってから一方通行は立ち上がった。
番外個体は肩をすくめて垣根を見つめている。
他にも視線を感じた気がしたが、果たして気のせいだっただろうか。


「その回線にプロテクトがかかっていようがいまいが、
 俺の能力なら電子の流れを逆転させることも、ハッキングをかけることもできる。
 そして、肝心のサーバーへの侵入方法については、オマエのイヤホンを俺に解析させろ。
 三日以内にあのサーバーに風穴を空ける。正規の方法とは違ったやり方でな。
 ―――ンで、」

「はいはい、わかってるよ。まったくミサカ使いが荒いんだから」

【……この女に後方支援をさせる】

「時間がねェのはわかるが、あの天使の言い分じゃあ意識を解体するまでにはそれなりに時間をかけそうな様子だった。
 コイツに“外”でナビゲーターをしてもらった状態で、俺とオマエで電脳空間に飛び込む。
 目的は―――三つの意識を完全に分離させること。腹ァくくったかよメルヘン野郎」

【黙れ】


言い終わる前に垣根はデバイスを一方通行に向かって投げていた。
納得はできない。それに、さっきまで殺しあっていた仲なのに今更仲良く打ちとめられるわけがない。

それでも、彼女を救うためには他に方法がない。
苦渋の選択だった。

218: ◆le/tHonREI 2011/04/25(月) 01:55:35.83 ID:Iei0SqEko


「連絡は三日以内だ」


言い残して二人は部屋を出て行った。
静寂が戻って、初春と垣根だけが室内に残される。

なんだか自分はすごく遠回りな道を歩んでいる気がする。
もっとシンプルに、こうなる前に達成できるような事象なのに、あえてそうでない方法を選んできたような気もする。

好意とプライドを天秤にかけたつもりだった。
でも、実際には釣り合いなんて取れていなかったのではないか。

重さに負けたと言ったが、果たしてそれは本当に負けだったのか。
だとすれば、諦めていないこの胸のうちの衝動は何なのか。


(あの時と逆だな)


頬を撫でると、体温はまだそこにあった。
おそらく彼女の体は正確に時を刻んでいるのだろう。
意識下に潜んだ彼女の優しさに身をうずめてしまいたくなる。


―――そこまで考えて、ようやく自分は今まで甘えていたことに気づかされた。


彼女に対してではない。
暗部に、この街の闇に身を置いていたという事実に、甘えていた。
失うまで、甘えていることにも気づかないくらい、呆けていた。


(必ず助ける。必ず。何を引き換えにしたとしても、必ず)


手を握って、肩を抱いた。

こんな小さな体で、何の能力も持っていないくせに、体を張って自分を救おうとした馬鹿がいる。
まったく理にかなっていない。それでも、確かに彼女は自分を引きずり上げた。


だから、助ける。
借りをつくったからではない。
彼女は無力さを嘆いていたが、一体この娘が無力だとしたら自分は何だっていうのだ。
なぜなら―――。

それ以上を考えようとして、やめた。
この言葉を紡ぐのは、次に会ったときだ。


【―――待っていろ】



………

……


235: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 13:41:27.06 ID:Olvh0Yavo

                                  ※

彼女の意識が定着するまでにどれくらいの時間が経ったかわからなかった。

夢の中で自分が意図的に、誰かに対話を求めても答える相手がいないように、
初春飾利の思考は空間を彷徨う。

やがて実体を伴って自分の思考が安定したとき、目の前に広がっていたのは花畑。
状況を理解するより早く、何かが彼女に語りかける。


【ようfhこhsfjgfそ、こちらhsfdhのafghaq世界へ】


それが自分をこの地に招いた存在だと知覚するまでは早かった。
だが、とっさの機転をきかせて、精一杯の皮肉を言ってやろうとしても思いつかない。
だから、次の言葉は自然とこうなった。


【―――あなたみたいな人を、本当の悪人っていうんです】

【興味深いな。高説賜ろうか】


ジジ、というノイズを伴って、眼前に思念体が姿を現した。
彼と呼ぶにも彼女と呼ぶにもふさわしい言葉が存在しないような姿。

天使は中性なのかと自分の頭の知識を引っ張るが、どこにも情報は蓄積されていないようだ。


【興味本位に人を弄んでいるから。あの人は悪人かもしれないけど、人を納得させるだけの理屈は持っていました。
 それが間違っているか、正しいかの判断を他人が下せるほどの筋が通っていました。
 でもあなたは違う。―――貴方はあの人を子供だといったけれど、私から言わせればあなたのほうが子供です。
 倫理観に筋を通せないというなら、人にものを説くことなんてできませんから】

【なるほど、私と論争を交わす気でいるのか? 本当に面白いな君は。
 卓越した演算能力と倫理観を伴った存在は、私の歴史の表舞台でもそうそういない。
 そうだな、私見でいうならば後者のほうが適切だ。
 あの街では実体化した事象に視点が向かうものだが、このようなケースは珍しい。
 物語を紡いでおいて申し訳ないが、君の最たる特異はその卓越した倫理観にあるのではないか。
 ―――よろしい。余興もこれくらいならば魅せる価値があるというものだ】


次いで、円卓が出現した。


237: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 13:47:37.12 ID:Olvh0Yavo


【嗜虐性の話だ】


天使の一言目はそれだった。感情の所在はつかめない。


【私にとっての興味の対象は、ある対象の未知の反応。
 既成概念に囚われたカンケイに興味はない。毒を落としたらどうなる? 蜜を落としたらどうなる?
 あの少年はその度私に予想できない動きを見せてくれる。いや―――正確には予想できるのかもしれない。
 私の考えとは反対側に進んでくれるからな】

【最初から見据えていたんですか。この“物語”を】


初春が思い出すのはかつての誘拐事件。
博士と名乗る壮年の男性。垣根と脳波をはじめて共有させたあの日。


【誤解しないでくれ。直接的に絵を描いたのは私ではない、アレイスターと名乗る男だ。
 理解してくれなくて構わないが、私は存在自体がある種の概念に近い。
 君たちがグラフに点をプロットするのと同じように、座標を自由にこの世界に置くことができる。
 今は仮初の場所としてここを選んだだけだ。私はこの世界のどこにでも、存在できる】

【たまたま選んだのがこのサーバーだった……?】


これは直感的に嘘だと感じた。
利害についてはさておき、垣根の意識を囲えるような黒幕がいるのだとしたら、事態を想定していないわけがない。


―――いや。

あるいは、この存在とは別にストーリーを描いていた何者かがいて、想定していたプロットから身を乗り出した?

―――何のために。


もちろん、鑑賞に耐える作品にするために?



【退屈が輪を描いて私の周りを常に彷徨っているのだ。気を悪くしないでくれ】

【無理な相談ですね】


言うと、対話者は口元を吊り上げて感情を示した。
どうやら本気で自分に興味を持っているようである。

―――なら、ここで耐えてやる。

自分の脳細胞が音を立てて分裂するのを知覚する。


【君と彼は対照的だな】

【?】


238: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 13:50:48.50 ID:Olvh0Yavo


【すなわち様式美だ。私の記憶では西洋の考えに近いが……。君と彼のバランスについて私なりの考察がある】

【長くなるんですか? 紅茶がほしいですね】

【君は敵意を持った存在に容赦がないな。かつての垣根帝督と対峙したときもそうだっただろう】

【………、】

【君の持つ色が白ならば、彼は黒。重要なのは決して交わることはないということだ。
 つまりグレーなる色は存在しない。君と彼は重なり合うことでバランスを保っていることは確かだが、
 君たちの立ち位置自体が調和しているわけではない。客観的に見て、そう見えるだけだ。
 実際は混じることなく、お互いに足りないものを補いあっている。それがなんとも、美しく見えるだけの話だ】

【へえ、そうなんですか。それで、紅茶はまだですか?】

【君の思念は私の管理下にある。強気だな】

【脅したところで、私が貴方にとって興味ある反応を示すと思いますか?】

【その指し手も見事だ。プライドは彼譲りか?】

【関係ないですね。私の“卓越した倫理観”とやらの産物です】

【そうかな? 君も少なからず彼に影響されているはずだが】

【まぁ、否定はしません】


この間、初春は思考を平常に保つことに必死だった。

ここで折れたら思う壺になる。


この天使―――いや、正確にはただの電子の集合体だ。
自分にとって発見として定義される物語を紡ぐことが彼または彼女の目的なのだ。


【垣根帝督は一方通行と共闘するようだな】

【……え】

【思考が揺らいでいるね】

【………、】

239: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 13:52:26.66 ID:Olvh0Yavo


【彼に答えは見つかったのだろうか。あれだけ煽っておけばさすがに焦るとは思うが】

【……、】


微弱な振動を感知した。
どこかのプログラムに不具合が生じているのかと思いきや、自分の肩がふるえていることに気付く。

そう、自分も垣根に答えを求めていた。
安心させてほしいから、彼に言葉を強要してしまったのではないか。

悩んでいたのは知っていたのに。


【答えなんて……、見つからなくたってよかった……】

【……】

【もやもやしていて歯がゆいけど、明確な言葉なんかなくたってよかったんです。
 初めて心が通じ合った日にわかっていたのに。私が無力だったから、彼を理解してあげられなかった。
 焚きつけられるまで理解できなかったのは私のミスです。だから、そういう意味ではあなたに感謝もしている。
 どうしようもなく悔しいけど、私にはあの時解決策が見つからなかった】


その語りはやはり、朗読のような独特の響きがあった。
余裕を見せている天使は興味深そうに耳を傾けている。


【私も】

【私もあの人もそれ単体では輝いたりなんかしません。でも、断じてそれはガラクタなんかじゃない。
 不必要な存在なんかじゃない】

【その結果、君が闇に堕ちることになるかもしれない】

【光も影もない世界なんて、リアリティに欠けます。だから、この街の闇を受け入れた上で、それでも私は光から目をそらさない】

【聖女だな】

【いいえ。これがジャッジメントです】





240: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 14:04:05.36 ID:Olvh0Yavo


【どうやら彼らは我々の意識を分解するつもりらしい。
 結構なことだが、本気でやってしまえば一瞬で終わってしまうよ。
 どうあがいてくれると思う? 彼はどう抗うと思う? 私に説いてみれくれないか】

【最後に勝つのは私たちですよ】

【ほう?】


考えを悟られないように精一杯強がって見せた。
嘘はついていない。


【私は甘いって言われるし、垣根さんは繊細で不器用だし……。
 それでも、最後には私たちが必ず勝ちます】

【精神論だな】

【いいえ。あなたがこの物語を紡いでいるというなら、とんだ駄作だと私が思っているだけの話です。
 あの人はああ見えて演出にはうるさいですから。こんな物語に出演するくらいなら、私と垣根さんでお話を変える。
 リテイクはありませんよ? 私も垣根さんも、次のお話が待っているので】

【それだけ囀ることができれば上出来だ。役者は揃ったな。
 それでは見せてもらう。かつてあの男が私の元に現れたように、“こちら側の世界”に啖呵を切るということがどういうことなのか】


こちら側の世界、という単語は垣根と出会ってから何度となく初春がきいた言葉だ。

 
【私があの男と出会ってから何度となく使ったことがある言い回しを、再度この場で。
 
       システム        システム
 “君たちの科学が、こちらの魔術にどこまで抗うことができるのか”。
 
 脚本の書き直しなら喜んで受け入れるよ。
 だが、演出が三流だった場合は迷わず廃棄する。私はハッピーエンドにこだわる気はない。
 凄惨な結末も乙なものだ。セオリー通りの展開が悪いとはいわないが】


閉じた世界が広がる。

次の瞬間、電子の海への侵入者を初春もエイワスも知覚した。
終章の扉が開き、スポットライトがいまかいまかと役者を照らすべく疼いている。


【同感ですね。ただし】


震える手は透けてエイワスに伝わっていた。
それでも初春は視線をそらさない。光から目をそむけようとしない。

想いを糧にして、この場所にステイする。体がまだ震えていたが、心の震えはおさまった。

            セオリー
【私たちにあなたの常識は通用しませんよ】


241: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 14:12:27.80 ID:Olvh0Yavo

――――――


垣根と一方通行はすでに電脳空間に潜入していた。

以前とはまた違う景色にうんざりする。サーバーの負荷はどうなっているのだろうか。

隣にたたずむ復讐の相手。簡単にデバイスを解析してしまった。
手をにぎったり開いたりして、意識の接続を確認しているようだ。


【へいお待ち。ミサカの声、きこえてる?】

【あァ】


それならよし、と信号が頭に飛んできた。
学園都市の中枢サーバーの場所を特定するまでに要した時間は一日。

つまり垣根が再戦をのぞんだ次の日にはもう戦う相手がかわっていたということだ。

垣根としては白井黒子や佐天涙子に報告してからこの場所に出向きたかったが、
肝心の初春をないがしろにしては意味がない。報告をあいまいにしてこの地に降り立った。


現実の拠点は垣根の部屋だ。

一同がソファの上でサーバーのプロテクトをはずすのに要した時間も、ほんの数分だった。


(悔しいが認めてやるよ。テメェの演算能力は大したもんだ。最終信号の頭をかっさばいただけはある。
 初春のあれとはまた別種の天才)


学園都市の頂点に君臨する男は当然そのCPUも高性能でしかるべきだ。
別段口にすることもなく当たり前に作業をこなす。

垣根とも違う。完全性が似合う無機質な男だ。


【オマエがどう思ってるかは興味ねェが、個々の能力を使いきらなきゃアイツには勝てない。
 ……いや、正直なところ、俺が対峙したときのアイツがそのままのチカラでここにいるなら、
 オマエと俺で全力を尽くしたとしても無理だろォな。
 工夫でギリギリ引き分けに持ち込めるかどうか。
 あとはこの環境を利用するしか手はねェ。いわゆる地の利ってやつだ。
 言っておくが俺も反吐が出るくらいなンだよ。少しは頭をやわらかくしろ】

【作戦について言ってるんじゃねえよ。思想の問題だ。それよりさっさと演算体系を確立させろ。こっちのルールは現実のそれと違う】

【もォ終わってる】

【……ちっ】


本当に腹の立つ男だった。

242: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 14:36:05.07 ID:Olvh0Yavo


【さすがに無制限で能力使用はできねェようだ。俺のデバイスのリミットはあちらと同じだろうな。
 オマエのデバイスを経由して脳波を直接リンクさせたはずだが】

【当たり前だ。テメェは俺と違って、脳みそ自体がダメージくらってるんだろ。
 あっちの世界での補助はそのまま引き継がれる。
 それに……本来俺の意識は初春としか調和しないんだ。
 テメェの“自分だけの現実”が強固じゃなかったら、テメェもとっくに意識不明になるか、
 俺たちと同じように電子の集合体になり下がっている】


ある意味では賭けだ。
突入した瞬間に視界がブラックアウトしてもおかしくはない。

初春の様子を見るからに、脳波が調和せずとも瞬間的には意識をこちらに保てる様子ではあったが。


【この戦いにおいての能力使用時間は関係ねェ。ケリがつくとしたら長期戦はありえねェしな。
 問題は………出力できて8割くらいか。法則性が完全に取り込めない。空間がゆがンでいるな】


合計で四つの意識を取り込んだ電脳空間には、たしかに昔よりもノイズが増えていた。
おそらく限界値だろう。
博士が空間に身を構えていたときの許容量が、あの天使を含めても三つだったからだ。
 

【オマエの『未元物質』はどォなンだ】

【9割以上再現できる。ま、俺にとってはこっちがホームだからな。
 しかし、失敗したな。テメェとやるときもこちらで勝負をつけりゃあよかったんだ】

【ハンデつけて勝ったら満足だったのかよ腰ぬけ。……あとは『ドラゴン』の調子次第、か】


一見して理想郷のように見える花畑が二人の目下に広がっていた。
だが、その違和感は隠し切れていない。

ノイズが混じることもそうだが、完成されすぎた美術品に付随する、特有の気味の悪さを感じた。

243: ◆le/tHonREI 2011/05/01(日) 14:53:41.65 ID:Olvh0Yavo


【いやあ、お二人さん仲がよろしいようで】


続いてまた、通信が入る。
後方支援と言ったが、実際には垣根たちと同等かそれ以上の効果を期待するポジションだ。


【そっちの動きはミサカのほうで確認できるけど、何せ一人でまわしてるから勘弁してね。
 男の扱いには慣れてないのさ☆】

【おい、この下品なアマの頭はかっさばけねえのか。たまったもんじゃねえ。
 この際ついでにこいつの脳を電子化しちまったほうがいいんじゃねえのか】

【我慢しろ。そもそもそこらの女とはOSが違う】


ため息をつく様子からしてそれなりに苦労はしているようだ。
昔なら笑って馬鹿にしていただろうが、どうもこちらまで気がまいってくる。


【……それよりクソガキに情報は漏れてねェだろォな?】

【言ってないよ。しらないの? ミサカ達にだってプライバシーの権利はあるんだぜ】

【ならいい。ミサカネットワークを使って場所を特定するときにバレてもおかしくねェンだがな】

【まあ言ったら言ったで? 面白くなりそうだけど? うひひ】

【あ? 何が面白くなるんだコラ。詳しくきかせろ】

【それは帰ってからのお楽しみってことで。第二位のワルの美学も聞きたいし。
 その人の美学は最高のエンターテイメントだったからさあ】


嘲笑が後に響いた。
彼女なりのジョークだと思い、垣根は肩をすくめて笑おうとしたが、寸前に一方通行に詰め寄られる。

目が真剣だった。真剣と書いてマジだった。


【おいメルヘン野郎】

【あ? なんだコラ、ここでやろうっての……】

【オマエとの殺し合いならいつでも引き受けてやるが、これが終わったらまずはアイツの脳を移植する方法を一緒に考えろ。
 リカバリーしてここに閉じ込めてやる。何がエンタメだ】

【……、……】


それからブツブツと何かをつぶやきながら、一方通行は空間を進んでいく。
番外個体の下品な笑い声がしばらく響いた。

262: ◆le/tHonREI 2011/05/02(月) 22:42:18.64 ID:UzB1rRXMo

それからしばらく、花畑にそって伸びる道を二人で歩いた。
ジョークをいう時間はもうない。

あとはこの道の先に居座る存在を消し去ることだけが目的だ。


【おい】


時間はそれほど経っていなかったが、一方通行は遠くを見つめたまま垣根にふとつぶやいた。
それ以上は言う必要がない。

垣根も思っていたことだからである。


【あぁ。さっきから気になってた】


それからすぐに演算を初める。
視線を受け入れる感覚は暗部のお墨付きである。


【よおクソ天使。そこにいるんだろ。―――……何のマネだ】

『さすがに早いな。おそろいでようこそ。おや、一方通行も一緒か。風の吹きまわしが気になるな』


声だけがどこからともなく聞こえてくる。
感覚的にそう離れた場所ではないようだが、いまだその姿は視界に入らない。


【知っているクセにとぼけるンじゃねェ。オマエに聞きてェことが山ほどあるンだよ】

『また性懲りもなくここに来たのか。しかしその問いに答えるにはいささか私の存在は不安定すぎる。
 だが、ふむ。君の心は複雑そうでいてシンプルだな。ガラスのような繊細さと鋭利さを兼ね備えている。
 行動原理の推察はたやすそうだ。垣根帝督と君の共通項はそうそう多くはないが』

【……おい、このバカは何を言ってる? 何の話だ?】

【……、戯言だろォが】

『くっくっく、成る程、あdagのときdagのキミに重ねているからか。確かにある意味では同じような状況だな。
 よく這い上がってきたものだ』

【関係ねェな。俺は俺のためにしか動いてねェ。こいつがどォなろうと知ったことじゃねェ】

『それで偽悪的に生きているつもりだろうが、私の前で建前は通用しないよ。
 垣根帝督と初春飾利は、うむ、確かに似ている。かつての君とあの少女に』


会話を交わしながら、垣根と一方通行は手を読むことに全神経を集中していた。


263: ◆le/tHonREI 2011/05/02(月) 22:46:47.40 ID:UzB1rRXMo


【御託は必要ねえな。俺とこいつがどういう行動原理でテメェの前に現れても、結果は同じだ。
 吐き気がするようなこのタッグを組ませたのもテメェなんだろ? 償ってもらうぜ】

『そのまえに、聞かせfagfhてもらおうかifha君の答えを。見つけてきたんだろう?』

【……ああ】


答え。そう、答えだ。

初春飾利の占有する心の範囲。
その問いかけがすべての始まりだった。垣根帝督の心にある彼女の居場所。

すべてはそれに名前をつけることから。

あたりをつつんでいたノイズが眼前に収束した。
この街の最高機密である高次元の存在が、目の前にその姿を現そうとしている。


【だが、俺が言うべき答えは、俺が認めたやつにしか受け入れる資格はねえ。
 その代わりテメェにかける言葉はちゃんと用意してあるぜ。なぁ一方通行?】

【もともとひとつしか存在しねェからな。オマエにぴったりの言葉だ。
 俺とこのクソメルヘンは昔から気が合わない。ところが、今回に限って全会一致で決まったンだ、珍しくな】

『ほう。聞いておこうか。さぞかし高尚な言葉だろう』


風が吹いて、もうすでにエイワスはそこに存在していた。
学園都市、科学の頂点を担う二人の思考が交錯する。

そして、


【わからねえのかよ】

【決まってンだろ】



暴力的なカーテンコール。
啖呵を切るなら、これだ。



【【―――ぶっ潰す】】



視界の切れ端で天使の微笑を確認した。

265: ◆le/tHonREI 2011/05/02(月) 23:22:43.49 ID:UzB1rRXMo


【暴力性を解放するにはここが一番適しているか。よろしい、おいで無知な少年たち。
 私があの男に説いたように、君たちにも教えてあげよう】

【初春を―――返せ……ッ!!】


電子の流れを解析するとともに、二人はエイワスに接触を試みる。
その背中からは例の翼が広がっていた。

空中から展開した『未元物質』が、ことごとくなぎ払われる。
傷一つつけることができない。


【……ッ! この羽がやばい……! おい一方通行!! テメェは早く……ッ!!】


爆風が広がる最中、一方通行もまた上空に飛びあがっていた。
大気というものがこの空間に存在するかどうかはわからないが、プログラムされた環境をなんとか解析して能力を発動しているようだ。


【あまり無理をいうな。“あれ”はそこらの科学的な事象とは少し法則が違う。そうだろう一方通行?】

【……チッ!! クソったれがァ……!!】


垣根帝督が一方通行に負けた要因は、あの正体不明の黒い翼にある。
演算の発現率は8割程度と言っていたが……。

すると。


【はーーいこちらミサカ。データが解析できそうだから報告するよん。こりゃあだいぶ分が悪いねえ。
 サーバーの情報量のうちの半分以上をそこにいる変態が占めてるみたい。
 お兄さんたち、マトモにやりあったらしんじゃうかもよ? 頭を使わなきゃ、ぎゃはっは!】

【うるっせえ!! もうやってる!!】


エイワスからの攻撃は一瞬の気の緩みすら許されないくらいの激しさだった。
地盤が隆起して、上空の二人の周囲にプラチナの羽が攻撃をしかけてくる。

かわすことで精一杯だ。


266: ◆le/tHonREI 2011/05/02(月) 23:46:51.74 ID:UzB1rRXMo


【防戦だな。さあどうする? 物語はすでに終焉に向かって走り出しているぞ。
 いまかいまかと観客が結末を待ちわびている。
 いや……、脚本家も、演出家も、君たちにかかわるすべてが、その心の渇きをいやそうとしている。
 血を以て彼らに身を捧げるか? それとも花を以て? 私は選択させてあげているのだよ少年たち。
 まさか何も考えずにここに来たわけではあるまい】

【―――答えると思ってンのか。それとも駆け引きのつもりか?】


煽る一方通行の額には汗が浮かんでいた。
彼には以前、“魔術”と呼ばれる法則の解析を試みた経験がある。

プラチナの羽に触れることでその攻撃を逆手にとれないかと画策していたが、
そもそも触れた段階で自分が死傷を負っては意味がないのだ。

結果、どうしても攻撃が後手に回ってしまう。


【駆け引きなどしないさ。初春飾利を私が消してしまえば終わりだ。
 “この物語は初めから私の手の中で収まっている”】

【……初春……、……初春飾利……ッッッ!!】


何度もリフレインした。
心のつぶやきがそのまま顕在化する。それでも恥ずかしげもなく連呼する。

目の前の存在を一瞬でいいから拘束するだけなのだ。
作戦を展開しようにも、こうも圧倒的に攻め立てられてはこちらから手が指せない。

無能という言葉が頭をめぐる。

初春飾利と初めて外を歩いた日、無能力者に堕ちた自分を笑うスキルアウトの顔が浮かんだ。



【―――それにしても脆弱だな】


表情がうかがえなくても、実力が離れていても、目の前のこいつは自分を哂っている。
当時との違いは目的にあった。


(初春が助かれば……、アイツを保護できれば……ッ!!)


自分がどれだけ笑われようが構わない。

267: ◆le/tHonREI 2011/05/03(火) 00:17:32.02 ID:FiaDs7dvo


【君たちの欠点を教えてあげようか】

【……あァ?】

【また高説か。耳から反吐が出そうだ】


会話をしている間も両者の間の応戦がとどまることはなかった。


【しなやかな思考回路、すなわち戦略性の欠如だ。学園都市の頂点に君臨する両雄。
 火力に任せて敵を叩き伏せる戦術に関しては疑いようがない。
 だが、同時に君たちは弱者との戦いに慣れすぎている。
 制限つきの能力者になったところでそれは変わらない。
 工夫の仕方を人が身につけるのは、力を失ってこそのものだ。
 根本的な力量差を持つ相手にたいしての指し手を心得ていないようだな】

【丁寧にありがとよ。だが悪いな、俺にとってはテメェも小物だよクソ天使】


垣根の体には無数の切り傷が浮き上がっていた。
電脳空間において体力の違いは存在しない。

だが、人間である垣根や一方通行には精神的なスタミナが要求される。

一方通行を見やると、やはり傷を受けていた。
あの無敵の能力者にも通用しない法則無視の攻撃が牙を剥いている。


【そして君たちは本来チームワークを組んで敵と戦うことにも慣れていない。
 タッグを組むのは自由だが、失敗だったようだな。
 結局のところは単純な足し算だ。
 垣根帝督、君はかつて徒党を組む暗部の組織を馬鹿にしていたようだが、それは果たして適切だったのか?
 相性も考えずに立ち向かってくるのは馬鹿だけだ。
 コンビネーションが成立しないのならば私にとっては何の脅威でもない】

【ぎゃはっはっ! 当たってるねえ、図星つかれちゃった? ちなみにミサカも個人主義だからよろしく】

【テメェはどっちの味方だクソが】

【ほら、余裕なくしてたらだめだよ。ヒントだってさ。悪党同士が力を合わせていかないと。
 それともタイマンを張るのがワルの哲学なのかな?】


そんなことにこだわっている余裕はとっくになかった。
できるならば泥を飲んででも一方通行と協力して相手を拘束するつもりだった。

この存在の輪郭をデータとして切り取り、デリートしてしまえば終わるのだ。


279: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 17:26:40.27 ID:QyN3OI+eo


【―――ッ!?】


番外個体の声に気をとられた次の一瞬、エイワスのプラチナの羽が二人を襲った。
追撃している余裕はなかった。距離にして数十メートル。
二つの体がきりもみ状になって宙を舞う。


(どうなってんだ……、アイツの能力の再現率が、俺たち二人よりもさらに上回っているというのか?)


隣に視線をやると、現実の世界では向かうところ敵なしの能力者が、
その体に無数の傷跡を残して座していた。


【クソったれが。こうも差があるとはな。完全に想定外だ】

【……何?】


若干の落ち着きを取り戻した第一位。
口元の血を拭いながら、呼吸を整えているようだ。


【どォやらアレは俺たちみてェなのとは格が違う。
 確かにアイツのチカラは抑えられているンだろォが、
 単純に抑えられたチカラが俺たち二人分よりも勝っているってだけの話だ。
 おそらくこの空間においてあいつを拘束する手段は存在しねェ。
 あいつは足し算だと言ったが、俺とオマエの力を掛け合わせても大した値にはならねェよ。
 イチかバチか俺とオマエの脳波を共有して、
 『未元物質』×『一方通行』で無理矢理に拘束するって手筈だったよなァ】

【そんなもん、やってみなきゃわかんねえだろ。確かに、見る限りあいつの攻撃は得体が知れねえ。
 だけど、さっきまでのやり取りで指し手は読めてる。あいつも言ってただろ、戦略性を持って迎え撃てば…】

【それ以前の問題だ。オマエ、戦ってて気づかなかったのか】

【あ?】


立ち上がる一方通行の額には汗がにじんでいた。
電脳空間における発汗は心理状態を示す。すなわち―――。


【ハナから勝負になっていない。
 ―――さっきまでのあれが本気だと誰が言い切れるンだ】

280: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 17:34:53.70 ID:QyN3OI+eo


『おや、気づいていたか。うまく君たちに合わせていたつもりだったが』


声が空間に響く。姿は未だ見えない。


【化け物め】

『作戦タイムは終わりか? くっくfahfh足掻いてくれるならもう少し待っていてやる』

【さっきのオマエのチカラは何割なンだよ、クソ野郎】

『正確な基準がないので答えかねる。サーバーの許容量以内で済ませているつもりだ。
 本気を出すと君たちの意識が飛んでしまうのでな』


嘲笑が管を巻いて二人を包んだ。


【聞いたかよ。玉砕覚悟で立ち向かってどォこうっていうレベルじゃねェ。
 本気を出す前に俺たちの意識を吹っ飛ばせるンだよ、アイツは】

【……ふざけんな!! ここまできて諦めるってのか!! ふざけんなよ!!!
 テメェ、学園都市の第一位なんだろうが!!
 この街の闇から“最終信号”を守った男なんじゃねえのかよ!!
 引き下がるってのか。ここで? 寝言なんざ聞きたくねえ。
 俺は引かねえぞ。絶対引いてやるものか。やる気がねえなら黙ってろ!!】

【ほらほら、喧嘩しないの】


サポートに入る番外個体の声が今は心底憎たらしい。


【何が第一位だ。何が序列だ……!! 何の役にも立たねえじゃねえか!!
 あんなガキ一人救えないで、天下のレベル5がどの面さげて生きていられる】

【……、】

281: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 17:49:33.64 ID:QyN3OI+eo


【……やっとわかったんだ】

【あン?】


そこからは、言葉が勝手に出てきた。


【ずっと考えてた。テメェとやりあう前も、初春が俺の前からいなくなった後も】


【訳のわからないプライドにこだわってた俺が、
 あいつが目の前から消えちまっただけでこんなに取り乱した。
 テメェらに言われても、何度計算を重ねても、電子の脳細胞をつぎこんでも答えなんかでなかったのに。

 ……でも】



【こんな状況に追い詰められて、ようやくわかったんだ】


【“自分の中にある信念を貫く”とか、

 “浄罪を求めて誰かを救う”とか、

 “大切な誰かを守ってやる”とか……。

 そんな大口は叩けないし、そんな生き方はできねえ。
 
 だから決めた。
 俺たち二人の周りにある世界を壊そうとするようなやつがいるなら、俺はどんな道でも歩んでやる。
 大事にかかえてた安いプライドなんか捨ててやる。

 “守る”のでも“守られる”のでもなく、俺たち二人で道を照らしてやる。それが―――】



【この電子の脳みそに残された、たった一つの答えだ。今さら考えなおせるか】


言い終わってから、傷ついた六枚の羽を再び展開する。

瞳にもう迷いは写らない。


【初春飾利を返せ。あれは俺の半身だ。
 たとえテメェが神だったとしても、俺はこんな結末認めねえ。
 こいよクソ天使。終わりにしてやる】


右手を差し出して手招きをした。
勝てる道理などなかった。それでも、その瞳には光りが灯る。

勝利を信じてやまない、唯一の光が瞬く。

282: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 18:19:40.91 ID:QyN3OI+eo


【―――いいね。いい悪党になったじゃねェか。それを待っていた。
 その言葉、忘れンなよ】

【……?】


声がすると同時、一方通行がデバイスに再び電源を入れた。
赤い瞳には垣根帝督と似たような光が宿っている。


【まさかオマエからその台詞を聞くとは思わなかったけどな。いいだろ、貸しにしといてやる。
 ―――おい、クソガキに帰りが遅くなると伝えておけ】

【ちょっと。ミサカに方便を説けっての? 駄々をこねられる身にもなってほしいなあ】

【知るか。たまには損な役回りも引き受けろ。オマエとの契約は一旦停止だ】

【What are you talking about? 勘弁してよ第一位】


何の話をしているのか頭が廻らない。
意識が朦朧とする。
どうやら自分が受けたダメージは彼のものとは釣り合っていないようだ。


【いいかクソメルヘン。オマエの覚悟に免じて、俺もたった今から命を賭けてやる。
 アイツはおそらく“魔術”と呼ばれる特別なシステムの塊だ。
 解析した場合俺の意識がぶっ飛ぶかもしれねェが、まァそンときはそンときだ】

【……魔術? ……解析?】

【ここではない世界の法則。俺も詳しいことは知らねェよ。戦争中には色々経験しててなァ。
 よォクソ天使。オマエからは以前一発もらってたよなァ?】

『……なるほど。大戦時に最終信号を救うべく、君が編み出した魔術を応用した方程式か。
 科学の庭の羊が紡いだ奇跡。だが、果たしてその公式が私に当てはまるか?』

【あらゆる事象に適応させてこその“公式”だ。復習は知識の定着に不可欠なンだよ。
 どの道これから先オマエらと一戦交えることになるンなら、こいつを使えないと話にならねェ。
 ―――あの時の『歌』はまだミサカネットワークに保存されてるンだろ。
 電子化してここに流すくらいわけねェはずだ】

【簡単に言ってくれるなあ。ま、一応用意はしておいたけどさ】

284: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 18:38:34.86 ID:QyN3OI+eo


【どういうことだ? 何の話をしている?】

【詳しく説明している暇はねェから簡単に言う。
 あの天使を電脳空間におけるウイルスとして再定義する。
 おそらく初春飾利の意識はエイワスの意識と同化し始めているはずだ。
 俺がウイルスを駆除している間に、
 オマエは脳波を本体と共有させてクソガキを引っ張り出してこい。
 この役目はオマエにしかできねェ。そォだろ。
 なぜなら花飾りのガキの意識はオマエとしか調和しない】


魔術だの、歌だの公式だの。
次から次へと出てくる単語に頭がどうにかなりそうだった。

科学の庭の人間がその単語を使うことだけでも違和感があるのに、
この男は何を真顔で言っているのか。

だが、冗談で済ませるような状況ではないことは誰の目にも明らかだった。
彼の瞳に写った覚悟が嘘ではないことも。

そして、ためらいながら手をさらした理由も少なからず理解できる。


【……テメェ、そいつを使ったら……】


一方通行は答えない。


【正直さっきまでこいつを使うか悩んでいた。
 もちろんアイツを拘束して分離させるという案に落ち着けばそれでよかったンだけどな。
 面倒臭ェことに、俺の命も俺だけのモノじゃなくなっちまった。
 あとはオマエの答えが鍵だった。そいつを賭けるに値するモノかどうか】

【はっ、人を試すようなマネしやがって。―――だからテメェは嫌いだ】

【気が合うな。俺もオマエが大嫌いだよ】


それっきり、二人の視線が交わることはなかった。

285: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 18:54:36.02 ID:QyN3OI+eo

一瞬の間があってから、エイワスが目の前に現出する。
無言の承諾だった。

どうやら正面から受け止める気らしい。
彼の興味を引くに足る演出だったということだろうか。

次いで、ミサカネットワークを介してこちら側の“音”に変換された『歌』が、
楽譜を伴ってあたりを包む。

賛美歌にも鎮魂歌にも聞こえる。
旋律は悲しいくらいに美しかった。


そして―――。


【―――ほう。音に呼応して反応しているようだな。電脳空間特有の現象か】


一方通行に旋律が収束すると同時、その背中に翼が出現した。
純白の羽。

あの時と、同じ。


【―――似合わないな、メルヘン野郎】

【心配すンな。自覚なんざねェよ】


自重気味に笑う二人の天使。

すぐ後に三人目を指差して、目を閉じる。


【エイワス。オマエには聞きたいことがあると言ったはずだ。
 方程式を展開している間、その答えをすべて聞かせてもらおうか。あとはこっちのバカに任せるとしてな】

【うむ、よろしい。言葉だけが対話を構成するものではない。それはそこの男が教えてくれた。
 そうだろうヒーロー?】

【知るかクソボケ。おい一方通行。まだ決着はついてねえ。死んだら殺すぞ】

【ケリがついたら相手してやるよ。さっさと行ってこい、クソったれ】


辺りを取り巻く天使の旋律が激しさを増していく。
転調を迎えたところで、番外個体が声をおろした。


【―――時間だよん。伴奏に文句があったら言ってね】

287: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 19:15:06.42 ID:QyN3OI+eo


                             ※


漂う意識は自我を形成しうるのか。

初春飾利の意識は流体になって海を泳いでいた。
天使の海。いや、正確には“彼(または彼女)”の呼称は天使ではないらしい。

意識が同化し始めて、分かる。

この存在の意識には悪意も善意も均等に配分されている。
同時にそれは、二つの感情を超越した部分にエイワスが存在しているということを示す。


(暖かい……)


この流れのうち、自分を構成する意識や感情はどれだったのか。
一つにまとまることはなく、どれもが他者のモノのように辺りを流れている。

客観的に見た場合の自分の意識は、思ったほど汚れていないということか。
たとえ汚れていてもそんなに驚かなかったとは思う。

それでもあの人は自分のことを認めてくれたようだけれど……。


(まだかな)


待ちぼうけには慣れていた。
あの人の意識が回復してからは、散歩するときも、家に行くときも、
自分は待たされる方が多かった。


(ほんとわがままだからなあ)


一度たりとも待たなければよかったと思ったことはない。

289: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 19:30:49.52 ID:QyN3OI+eo


自分は悲劇のヒロインになるような器ではない。
人並みに汚い感情も持ち合わせている。

あの人にしたって過大評価をしすぎだ。

初春自身も垣根の汚い部分や弱い部分は知り尽くしている。

だけど、どういうわけだかそういった部分がたまらなく愛しいのだ。
完璧を演じる垣根ではなく、不完全な彼の心のシルエットが、初春の心を捉えて離さない。


出会ったときから何となく感じていた、胸の奥を小突くノックの音。
いつしか一定の温度を保ってそこに存在していた。

目には見えない。
見えなくても確かにそこにあると確信できる。
名前のいらない唯一無二の物質だ。


自分はまだ中学生だし、大人になるのはずっと後だし、
よくこういう気持ちを代弁した人とか、雑誌とか、
そういうのは読んだりして知っているけれど、どうなんだろう。

多分これは経験しないとわからない。


そこにいてくれるとなぜか幸せなんだと思う。
野暮な人が答えを見つけたがるから、複雑怪奇な言い方が世の中に溢れているのだ。



(―――そのくせ、いざ迎い合うとやり取りをかわさずにはいられねえんだよな)



意味のない言葉を紡ぐのが対話。
真理はその姿を決して語らない。


(毎回の売り文句を考えるその瞬間が、どうしても癖になるんですよね)

(なんでだかなあ。テメェみたいなクソガキに。昔の同僚が聞いたら泣くぜ。暗部のリーダーが骨抜きだ)

(私のせいにするんですか? さんざん甘えておいて)

(そりゃテメェが悪い。甘えさせるからだ)


本当に口が減らない。
鏡のように映しあう二人の意識が、調和する。

290: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 19:41:46.04 ID:QyN3OI+eo


(悪かったな)

(え?)

(いやその……、右肩? ほら、初めて会ったときの……)

(似合いませんね。別にいいですよ)

(うそつけ。テメェは引きずるタイプだろ。後で何かのときに引き合いに出すタイプだろ)

(なっ……、そ、そんな腹黒い女じゃありません!!)

(ほんとかよ? タイミングを見失ってるとか言ってたけど、あれもブラフじゃねえのか?)

(……前言撤回します。垣根さんのそういうとこ嫌いです!)

(うそつけ)

(………うそです……)


心の居場所、魂の存在を一度認めた相手に対して、もう言葉はいらない。

いらないのに、わざわざこんなところに来てまで、
彼はお得意のキザな言い回しを好むようだ。


(外は……そうですか、第一位さんが……)

(早く戻らねえとあのクソ野郎にまた借りをつくっちまう。
 だが、どうやら健闘してくれてるみたいだな。
 意識が分離し始めている今なら、テメェを引っ張り出せる)

(ここもここで居心地はよかったんですけどね)

(言うね。……冗談は置いといて、戻るぞ。情けない役回りはこれで終いだ)

(その前に、私に言うことないんですか? 天使さん?)


思考が定着して、初春飾利の意識が形を成して垣根の前に姿を現す。
こう振られたら、こう返すしかない。

いつからこんなに頭が廻るようになったのか。

………いや、出会ったときからか。




【―――ばかやろう。もう離さねえぞ。どこにも行くな。ずっとここにいろ】

【はい。―――離さないでください】



驚きもしない。
つかまえられて抱きしめられて、当たり前のように返事をした。


………

……


292: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 19:58:14.61 ID:QyN3OI+eo


                             ※


一方通行の全身に、この世のすべての痛みを集めたような軋みが走っていた。

“解析”にいたるまでの苦痛は経験済みだ。

だが、どうやらエイワスのシステムはそこらの『魔術』とは次元が違うらしい。
“駆除”には至らない。初春飾利の意識と分離することが精一杯のようだ。

電脳空間に走っていたノイズが最高潮に達している。

それでも、エイワスの座標も無事とまではいかないようで、
不安定な歪みを常時あたりに撒き散らしていた。


【見fhgk;la事hflkafalkhm,a/だ】


これ以上ない賞賛の言葉を送る。
言葉がすでに乱れてきている。


【へいへいお兄さん。表情に余裕がなくなってきてるぜっ。息があがってるぜっ】

【……うるせェ……黙って……ろ……】


心理状態を反映するように、一方通行のデータが崩壊を始めていた。
脳細胞がいくつか死滅しているかもしれない。

補助演算のタイムリミットがあとどれだけ残っているかはわからなかった。


【ここであなたが死んだらミサカが困るんだよね。ほら、上位個体に報告するのも面倒だしさ。
 ミサカネットワークを介してとっくに伝えちゃってるんですけどー?】

【……ガキは……なンて……言っている……】

【自分で確かめなよ。ま、想像はつくでしょ。
 それにしても、よく折れる気になったね。
 あの第二位があなたの何だっていうの? 
 確かに花飾りの子は無関係だし、動機は理解できるよ。
 でも、命を投じてまで守るようなものなのかな? ミサカにはわからないなあ】

【………オマエには一生わからねェ…………、
 ……といいてェところだが………。
 あァ、俺にもわからねェよ……。
 どっかのバカのウイルスが移ったみてェだな……】

【?】


右手に信念を宿した少年の顔が一瞬、頭に浮かんだ。

294: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 20:25:10.66 ID:QyN3OI+eo


【……なるほどなァ……そォいうことかよ……、そりゃァ、そォだな……。
 ヒーローなんざいらねェ……。
 誰かの描いた物語なんざクソ食らえだ……がフッ!!】


吐血が止まらない。

垣根帝督は目的を果たしたのだろうか。

果たしたなら早く戻って来い。

このクソったれな物語を終わらせろ。
もう誰かの手の上で踊るのは散々だ。
たとえ踊っているのが、他人だとしても。


【あーれー? 死んじゃうの第一位さん? ミサカ興奮しちゃうよー? ぎゃははっはっ!】

【……クソ野郎が、余計なことしてンじゃねェよ……。
 俺の神経データの送信量をオマエがさっきから制限してンのは知ってる……】

【なんのことやら?】

【オマエがストップかけてたらできるもンもできねェだろォが……、安心しろ、約束は守る。
 ただ、俺が死ンだ後はクソガキから目を離すンじゃねェぞ……】

【………、柄じゃないね。やめてよ】

【やれよ……、二度は言わねェ。クソメルヘンが諦めてねェンだ、俺が逃げ腰でどうする……うグッ!】



エイワスは攻撃してこない。
いや、微動だにしない。
意識に一方通行の足掻きを焼き付けるかのごとく、たち伏したまま動かない。


【努力賞だなeatnk。ここのafgam結末はadga譲ってdsagもaいいafga】

【―――ッ!! うざってェッッ!! 消えちまえ、クッソ野郎がァァァッァァッ!!!!】


咆哮。

全身から出血する。


光が全身から放たれて、空間全体が閃光に包まれた。


通信が途切れる。

音が消える。

デバイスの電源が尽きて、旋律が止まる。


エンドロールに合わせてその場に立っていたのは―――。

295: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 20:59:53.78 ID:QyN3OI+eo
   

                 【あと一歩だっadgたなga】



―――物語の担い手。

態度はやはり変わらない。
すべてを見透かす瞳。中性的な容姿。乱れたノイズが、次第に安定していく。


【―――ァ……が……】

【君の咆哮は確かに聞き届けたよ。―――そちらの君たちも聞いていただろう?
 美しい歌声だった】

【……、ムカつくが、今回ばかりは同意してやる】


地に堕ちる一方通行を寸前で受け止めていたのは、―――垣根帝督。
傍らには花飾りの少女。

一方通行は白目を剥いて意識を失っていた。
彼の周りのAIMが、拡散していく。


【死んではいないよ。神経がヤラれる前に外部から補助を断ち切ったようだな】

【……あの女か。いいところで引き上げたな】


通信回路が切断されているようで、もう悪態をつく声は聞こえない。
一方通行の体が、現実の世界へと戻っていく。
粒子の束が輪を描いて、崩壊を始めた。

初春飾利は隣でその姿を無表情のまま見つめている。


【半身を取り戻したか。―――まあ、及第点といったところだ】

【何?】

【あの第一位に救われたな。私の筆を君たちに返すことになるとは】

【逃がすかよ。このまま終わるわけがねえだろ】

【冷静さを失ってはいけないよ、垣根帝督。せっかくの幕引きなんだ。
 私の興味を一定の時間引いただけでも誇ってほしい】


言葉では強気に出たものの、垣根は心底安心していた。
どうやら戦意は失ったらしい。

おそらく初春飾利を救出できるとは思っていなかったのではないか。

隣にいる少女の肩を抱いて、垣根はそれ以上煽るようなことはしなかった。
不完全燃焼には変わらないが、初春の無事には変えられない。

296: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 21:11:24.48 ID:QyN3OI+eo


【元々私の存在はこの上なく不安定でな。同じ空間を占有すること自体にエネルギーを消費する。
 一定量のエネルギーを同じ場所に留めることは、私にとってのタブーなのだ。
 存在することが痛みに変わるといってもいい。アレイスターが苦労しているのはこの点なのだ】


なるほどと思った。

かつての事件では、虚数学区を構成して人工の天使を現世に置くために、
巨大なネットワークを必要としていた。

いくらこのサーバーが巨大だとは言っても、垣根と意識を共にした時間は短いものではない。

そう考えるなら、彼の言葉にも納得ができる。
どうやら心底、本気でこの余興を楽しむためにこの場所にいたということらしい。


【結末ってのはそういう意味か。テメェはどの道いなくなっていたんだな。
 最後の切り札は自壊か。どこかのジジイと同じような発想だ】

【それなりに楽しめただろう】

【ふざけるな。二度と俺たちの前に姿を見せるんじゃねえ】

【それはどうかな】


どこかで見たような景色。

そういえば垣根が能力を取り戻したときも似たような結末だった。

なんとなく腑に落ちない。

だが、背に腹は変えられない。


【またどこかで会うことになるかもしれない】

【願い下げだ】

【そちらの小さな天使にも、よろしく】


言って、エイワスは羽ばたく。
彼の存在がどこからやってきたのかはわからないが、
その仕草が別れを告げていたことは誰の目にも明らかだった。


―――が。


【―――何を言ってるんですか?】


どうやらまだ、終わらせるつもりのない人間がここに、一人。

298: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 21:29:00.79 ID:QyN3OI+eo


【たしかに私はジャッジメントですから、争いが起きないに越したことはありません】

【―――ほう?】

【な……、おい、ういはr……】

【―――でも、あなたは別です。人を弄んでおいて、垣根さんを傷つけておいて……。
 このまま何もせずに逃がすとでも? 許しませんよ。あなたには手加減しない】


この女は何を言い出すのか。
すぐに脳波を共有して思考を読み取ろうとする。

だがつぎの瞬間、電脳空間に風が吹いた。


烈風。

垣根は起こしたりはしていない。


なら、誰が?

―――まさか、


【私が何もしないでいたと思ってるんですか。言ったでしょ、垣根さん。
 このままこの人の物語の上で踊っておしまいですか?】

【初春……?】

【なるほど。私と同化している間に……、これは油断していたな。これこそまさに想定外だ】

【“自分だけの現実”が強固でない私の能力はレベル1です。
 第一位さんが言っていた『マジュツ』に対してのアプローチは私にはできませんが、
 代わりにあなたのシステム自体を科学側のセオリーに乗っ取って捉えることならできます。
 ほら、さっきまであなたと同化してたでしょ?】

【一方通行がやったことを、私の内側から行っていたと?
 だが、科学の庭の人間にこちらのシステムを取り入れることはできない。
 君があの公式を使うというのなら、吐血では済まないぞ。あの少年がそうだったように】

【ええ、ですからあなたを“駆除”したりはしませんよ。さっき言ってましたよね?
 あなたは“存在すること”自体がタブー。痛みを伴ってこの場に姿をとどめる。
 ―――レベル1の能力で、あなたに痛みを教えてあげます。
 垣根さん、力を貸してください】

300: かなり無茶してますが目をつぶってください ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 21:37:48.43 ID:QyN3OI+eo


言ってすぐに、初春と垣根の背中から件の翼が現れた。


【あなたのエネルギーは元を辿れば『マジュツ』にいたるんでしょうが、
 データの上でならあくまでも電子的なものです。
 今なら、あなたと意識を共有した私のほうにアドバンテージがある。
 『定温保存』は温度を操る能力なんですけどね。
 垣根さんの法則を取り入れれば、エネルギーをこの場に保つことくらいはできますから】


次に、飛び立とうとしていたエイワスの両腕両足に、鎖が現れた。
カチカチと音を立てて揺れる。

身動きがとれないようだ。

すなわち、この場にエイワスを留めることで拷問を行う。
初春飾利の普段からは想像ができないくらいの残酷な仕打ちだった。


【―――物体のエネルギーを一定に保つ。そうか、君を取り込もうとしたのはミスだったな。
 やれやれ、支配する側というのも難儀だな。
 よafgaくもそれでhafhaレベルafha1afdhに収まったものasgagだ】

【現実の世界では熱量ですけどね。さようなら、天使さん。私を本気で怒らせた罰です。償ってくださいね】

【ふむadgaagaこれはafhahなかなasgaかafgam久しいaskmga痛asgaみ―――kagfah―――】


一秒、また一秒とエイワスの体が崩壊していく。

もちろん、彼の存在がこれでなくなるわけではない。
プロットした点が元に戻るだけだ。


【―――これくらいは、いいですよね】

【ああ、よくわかった。テメェを怒らせたらどうなるかってな】



くすりと笑う初春。
ふと目をやると、もうエイワスはそこにいなかった。


………

……


301: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 21:54:39.81 ID:QyN3OI+eo

――――――


「お帰り。うまくいって何よりだね」


目を開くと、垣根の部屋にいた。
しゃべりかけてきたのは、どこかで見たことがあるような女性。

自分はというと、ソファに寝転んでいたようで、体が重い。

どれくらいの間自分が横になっていたのかわからなくて、時計を見ようとしたら、
目の前に垣根帝督が立っていた。

片手を挙げて、照れくさそうにこちらを見ている。


―――あれ?


「えっ。あ、あれ垣根さん? どうして……?」


聞いても返事はない。
代わりに番外個体が解説してくれた。


「さっきまでそれを話していたんだけどね。
 あの空間を占有していたなんちゃらってのが彼の半身付随の原因だったみたいだよ?
 言語能力は相変わらず取り戻せないみたいだけど」


笑いながらしゃべる彼女の膝元では、一方通行が寝息を立てていた。
番外個体は何やら、
「うーん、マジックないかなあ? すっごいイタズラしたい」とかなんとか言いつつ、顔をいじっている。


それからテーブルの上の携帯電話を手にとって、通信を試みた。


「じゃあ……もう歩けるんですか」

【……ん。ああ、いや。安定して歩行できるまではもう少しかかりそうだ】


なんだかふわふわと浮かんでいるようなのは筋肉が追いついていないからだろう。

303: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 22:04:26.35 ID:QyN3OI+eo


【―――能力もなくなっちまったみてえだ】

「え」


びっくりして、初春がイヤホンを耳に当てる。
……何の反応も示さない。

脳波を共有させようとしても、うまくいかない。


【んー、テメェが寝てる間、あっちに潜ったりしてみたんだが、どうもうまくいかねえ。
 推察だが、俺の能力使用にはアイツのシステムが補助的な役割を果たしていたのかもな。
 それなら色々と納得がいく。何回演算を組んでも顕在化しねえんだよ】


右手を握ったり開いたりしながら、垣根は淡々と語る。


【ま、どうだっていいさ】

「そんな……、せっかくあれだけの才能を取り戻したっていうのに……」

【些細なことだ。それより無事でよかっ……ッ!?】

「あ……」


バランスを崩した垣根が初春に倒れこんできた。
とっさに体が動いて、体勢的に抱きかかえるような構図になってしまう。

初春はすぐに視線を横にやったが、案の定番外個体がにやにやとこちらを見ていた。


「ひゅー。見せ付けるねえ、ぎゃっはっは」


そんなつもりじゃ……。

304: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 22:12:48.15 ID:QyN3OI+eo


「さて、ミサカたちはもう行くね。お幸せにお二人さん。
 ……あー、そうそう第二位。次に悪巧みをするときはミサカも誘ってよ。
 この人に一杯食わせたいなら相談のっちゃうよ?」


肩で一方通行を抱きかかえて、番外個体は立ち上がった。
口元を吊り上げて笑う様子がなんともおかしくて、つられて垣根も笑ってしまった。


【そりゃ愉快な誘いだが、受け取れねえな。そいつに伝えておけよ。決着は初春に預けた。
 こいつが許可してくれねえと続きはできねえってな】

「へえ、どして?」


垣根はにやりと微笑を浮かべて、初春の花飾りに手を乗せた。


【怒らせたら怖いんだよ、うちの初春は】

「~~~っ!」


ばしばしと肩を叩くが、垣根は笑って受け流す。

そして玄関から出て行く瞬間、番外個体が立ち止まったかと思うと、
一方通行の腕がゆっくりと動くところを確認した。


中指を立てて、こちらに合図する。

もちろん垣根も、同じように返した。

305: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 22:23:28.96 ID:QyN3OI+eo

―――ばたん。


役者の退場を受けて、部屋には二人っきり。
窓からはすでに冬の始まりを告げる空気が流れ込んでいる。

沈黙を愉しんでいるうちに、初春の脳裏に一つの光景が過ぎった。


―――あれ、この状況、どこかで見たことがあるような―――。


「……はッ!?」

【残念でした。逃がしません】


首を抱えられてソファに押し倒された。
暴れるが、上半身の力では対抗できない。

この人は……この後に及んで……。


「だ、だぁめです!! 垣根さんの●●●!! すぐにそうやって!! 誰かー!!」

【あ? なんでだよ。全部終わっただろ。後はすることして終わり。
 ハッピーエンドだ。文句あるかコラ。ねえよな。あるはずがねえ】

「脚本の書き直しを申し立てます!!
 なんでこの人はすぐにそっちに話を持ってくんですかーーー!?」


ばたばたと暴れる。
首筋に噛み付いてやった。
「afgah」とかなんとか、意味不明の言語を話して垣根が床に転がる。


【いってえな。DVだDV】

「もお! またこのパターンですかっ! か、帰ります私帰ります実家にかえりますぅ!! 探さないでください!!」


瞬時に荷物をまとめて逃げ出した。

―――まったく何の進歩もしていない。
照れ隠しなのはわかるけど、デリカシーのなさは自分より子供だ。


ドア越しでため息をつく。
ちょっとこのままでは貞操が危ない。
多分彼なりに気持ちを整理したいとか、そういう事情もあるんだろう。


仕方がないから、メッセージだけ入れておいた。




【明日、ちゃんとした形で会いましょう】



………

……


307: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 22:38:36.93 ID:QyN3OI+eo


                                     ※


場所は変わって、とある空間のとある座標。
エイワスと呼ばれる学園都市の最高機密が、珍しく意識を個人に向けていた。


『もういいのかい』


対談は久しいが、旧知の仲だ。気を使う必要もあるまい。


『―――あんなものだろう。今回はそちらのプランに支障が出るレベルまで至ったかもしれない』

『見方の問題だ。やり方によってはうまく短縮できる。しかし“四人目”か。
 イレギュラーがこれ以上増えるようなら私も黙ってはいられないな。これで終わってくれて助かる』

『“終わる”? それはとぼけているのか、ジョークなのか。 これが“始まり”だよ、アレイスター。知っているだろう』


手術衣を纏った、エイワスとは対になるような容姿をした『人間』アレイスターが、言葉を受けてかすかに笑った。。

両者ともに戦意はない。
彼もまた、エイワスとおなじく、物語の紡ぎ手であるからだ。


『彼には余興と言ったが……、この舞台において終わりと始まりは等価だ。
 私は君の舞台に役者を輩出しただけ。
 おそらくそちらの役者に勝らずとも劣らずの傑物だぞ。
 可愛がってやってくれ。
 ―――さて、私はしばらく身を隠す。表舞台に出るのは柄じゃないな。あとはそちらのお好きなように』

『ふむ、確かに。コマが増えればいいというものではないが、
 抱き合わせることで私の目的に近づけることもあるかもしれないな。うまく使わせてもらう』

『でaahgkvnは、まafghahたfdh』


言って、エイワスは再びその座標を彼方へと追いやった。
対談はそれっきりだ。

―――いや、最後に一言。


『感謝するよ。彼の使い方は、こちらで決めてやろう』


………

……


308: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 22:47:24.19 ID:QyN3OI+eo

                              
                                  ※


翌朝、初春飾利は目覚めるとすぐに出かける支度を始めた。


昨日はなかなか寝付けなかったのだ。

なんでって、いざ日を改めて向かい合うはいいが、あんなことがあった後で間が持つのだろうか?
いや、持つだろうけれど。


「初春ー、予約してたの、できあがってるってー」


キッチンで佐天涙子がなにやら言っているが、まるで耳に入ってこない。

こうして改めてデートとなると……。
失敗した。


(デート。デ、でーと……。垣根さんと、散歩じゃなくて、で、でで)


正直言ってしまって傍から見ていれば今までしていたことも同じ類のことなのだが、
悲しいかなうら若き乙女である初春にはその違いがわからない。

一応、朝から親友を呼んで色々とアドバイスを受けていたけれど、
服装から何からすべてにおいて一向に決まらない。

待ち合わせ時刻が刻一刻と近づいてきている。


「……ねえ、初春? 大丈夫? 目がくるくる廻ってるよ?」

「さ、佐天さぁん……どうしましょう……、今日一日の行動を演算してたら頭が破裂しそうです……」

(朝っぱらから人を呼んでおいてこの様子……。うー、たまらないなあ。
 からかってあげたいけど、さすがに……)


鏡の前から動こうとしない初春。
あきれてついたため息で、彼女の花飾りが揺れた。

310: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 22:59:04.50 ID:QyN3OI+eo


「まったく子供なんだから。……って初春? さっきから何してんの?」

「こ、この花、変じゃないでしょうか。逆に気合入れすぎてて引かれないでしょうか。
 垣根さんは結構うるさいんですよこういうのきっと。
 あー、やっぱりここはあえて外していこうかな……。
 いや、でもこれは今日に限って外せないし……」

「……、いいから、そろそろ出かけなよ……。誰も気にしてないよそんなの……」

「なっ! 何を言うんですか佐天さん!? 花と私と垣根さんは切っても切れない関係なんです!
 比翼の鳥なんです! ここで適当に済ませてどうしますか!!」
 
(こりゃ白井さんがいたら暴れてそうだなー)


ふああ、とあくびをしながら、佐天は時計を見やった。

……どう考えても遅刻だ。

取りに行ってから待ち合わせ場所に行ってたら間に合わない。
まあ、それはそれでいい経験になるだろう。


「ほら、そろそろ出かけないと。まっすぐ待ち合わせ場所に行くんじゃないんでしょ?

「……はっ!! もうこんな時間じゃないですか!! 佐天さん!! 何で言ってくれなかったんですか!!」

「わかってるなら早く家を出なさいって。そろそろ取りにいかないと呆れられるよ」

「……うう、そうですね……」


最後に鏡を2~3回チェックして、初春は荷物をまとめる。
それだけの気力があれば今日は夕方まで持つだろうと逆に安心していた。


「うーん、でもなかなか粋じゃない? あたしは好きだよ、そういうの」

「……、い、いってきます。佐天さん、後はよろしくお願いします!」

「あいよー。今度ケーキおごってねー」


まったく世話のかかる親友である。

312: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 23:10:14.65 ID:QyN3OI+eo

――――――


【ごめんなさい! 今向かってます!】


初春から連絡があったのは待ち合わせ時間を30分ほど過ぎた頃だった。
今まで散々尽くしてくれたのだから文句のいいようがない。

おとなしく待っていようかと思ったが、どうやら近くまで来ているらしいので、
垣根も彼女がいる場所まで足を運ぶことにした。

まだ松葉杖をつかなければ歩けないが―――。


【遅え。どんだけ気合いれてきたんだよテメェは。ドレスで来てねえよなまさか】

【……その手がありましたか……!】


勘弁してくれ。


【どうせ朝からあーでもねえこーでもねえって、てんてこまいだったんだろ。
 簡単に想像できる。ほんとガキんちょだなテメェは】

【……垣根さんだって、昨日は色々考えて眠れなかったんじゃないんですか。
 わかってますよ私には。ほんと子供ですね】


黙らせる手段がわからない。
文字の上でも口が減らない。

お互い様だが。

315: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 23:16:10.33 ID:QyN3OI+eo


【遅刻はこれからはちゃんと怒るからな。気をつけろバカ】

【いいじゃないですかー。たまには甘えさせてください、天使さん?】


歯が浮くような台詞も大概にしてほしい。

しばらくして、GPSで初春の居場所が送信されてきた。
画面上にある点がお互いの距離。

少しずつ、その感覚が狭くなっていく。


【なあ初春】

【はい? なんですか? ……あ。きょ、今日だって●●●なことはしませんよ。
 私のほうとしてもそこはしっかりと線引きをしていこうと思っていたところでですね……】

【バーカ。そんなんじゃねえよ】

【?】


こんなにも能天気に街を歩くのは久しぶりだった。
いや、それどころか生まれて初めてかもしれない。

あれほど邪魔だった木漏れ日が、今は気にならないのだ。


【……テメェは無力なんかじゃねえ】

【……はい?】


唐突に言われて戸惑っているようだ。

それもそうか。
だが、これだけはどうしても伝えなくては気がすまない。

316: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 23:35:07.01 ID:QyN3OI+eo


【俺を闇から引きずりあげたテメェが無力なわけがねえだろ。
 テメェの才能は誰よりも俺が知っている。俺の、才能も……。
 それに―――いつか言ってたよな。テメェは俺にとって何なのかって】


返信はない。


【あれがやっとわかってさ。
 ほら、あの歌にもあっただろ。なんだっけ。
 ナ、ナンバーワンじゃなくて? 
 えっと…………つまり。……俺が言いてえのは……んっと……】


気づけば頭が混乱してきた。
おかしい。

昨日あれほど考えたのに。
いざこれから伝えるとなるとどうしてもこうなってしまう。


【……あー、そういえば、白井黒子とか何してんだろうな。
 アイツもほら、今回のこと知ったら何ていうかわからねえし……】

【う、初春? 聞いてるのかよ?】


そこまで打って、気づいた。

画面上の点が重なり合っている。

ということは、つまり。


【聞いてますけど。―――もう、なんていいますか】

「最後くらいうまく決めてくださいよ、ばか」


目の前に、花飾りの少女が立っていた。

317: ◆le/tHonREI 2011/05/08(日) 23:48:19.81 ID:QyN3OI+eo


【……、……】

「うーん、やっぱりこうしてみると顔整ってますね。さすが垣根さん。
 私のか、か、かかっ、かれ、かれひ、か、」

【テメェも落ち着けよ。………というか、おいおい、それのために待たされたのか】

「いいじゃないですか。花言葉、ちゃんと覚えてくれたって言ってましたし。
 ―――ついに垣根さんの口からオンリーワンは聞けませんでしたけどっ」


初春の両手に抱えられていたのは、とある花。
花束にするのは相当珍しいだろうが、無理を言って頼んでおいた。

多分自分たちにはこれからも、多くの言葉はいらない。
飾った言葉よりも、この花を贈れば、それで気持ちが伝わると確信していたから。


【……ちっ。俺が言おうと思ってたのに。しかし珍しいな。学園都市の改良種か?】

「嘘ばっかり。恥ずかしくていえない垣根さんのために、わざわざ用意したんですよーだ」


気づけば花の香りが二人を包んでいた。
花の名前は、アケビ。

その花言葉は―――。


「お帰りなさい垣根さん。私からあなたに、花言葉にのせて―――」




                      「花束を、あなたに」



fin.