鈴「あっづー……」セシリア「な、何ですのコレは……」前編 

鈴「あっづー……」セシリア「な、何ですのコレは……」中編  

463: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/06(水) 02:45:58.36 ID:kR1NWqSe0


―――――― 一方その頃、日本


「何だと!?付き添いだと!?」

セシリアのベッドの上でジュースを飲みながらでラウラが教えてくれた内容は、本来なら即刻一夏のところへ殴り込みに行く内容だけれど、付き添いでいないとなれば、今頃は機中だろう。道理で今日の夕方見かけたときにはバタバタと慌しかったわけだ。

「な、なんで、どうして一夏がセシリアの付き添いでイギリスなのに私達は日本で留守番なのだ!?こういうときはセオリーとして私達も着いて行って、セシリアがどーしてこーなりますのーって展開だろう常識的に考えて!!」

「そうは言っても、もう行ってしまった以上は……我々に出来るのは、無事を願うことだけだ……」

「しかし……!」

箒は焦る。セシリアは今回実家にも寄ると言う。
一夏が一緒に行くかは知らなかったが、付き添いということはきっとそうなのだろう。

「これではまるで……まるで……」

「……アンタたちさー……」

ラウラと箒の会話を聞いていた鈴は、頬杖を着いたまま会話に割り込む。

「何がそんなに心配なわけ?」

「お前はどうしてそんなに落ち着いていられるんだ!鈴!」

「落ち着きなさいって、箒……今回の事ってセシリアも当日まで知らなかったのよ?空港まで見送りに行ったらカート引っ張って付き添いって現れたときはアタシもセシリアもそりゃぶったまげたもんよ」

「確かに私だって今ラウラに聞いたばかりだが……セシリアも知らなかったというのか!?」

「そ、セシリアはまったく準備をしていない。それに"あんな状態"で変なこと出来るわけ無いじゃん」

あんな状態とは、つい昨日のお仕置きという名の見せしめにされた事のこと、
あの状態でGOが出せるほどセシリアも暴走はしない筈だ。きっと、たぶん。

「しかし鈴!私は普段からあんな状態だぞ?」

ラウラがさらりと爆弾発言をし、部屋の中に沈黙が走る。
皆のリアクションの不思議そうに首を傾げるラウラは寝間着の着ぐるみをいそいそと脱ぎ始めた。

「見るか?」

「いや!ラウラ!いい、見せんでいいッ!!」

「……と、とにかく……何より、一夏だけじゃなくて……千冬さんも一緒よ?」

「……」

「……」

再び静寂。とっくに豪華なベッドに気持ちよさそうに眠ってしまったシャルの寝息だけが微かに聞こえる。

「なら平気だな」

「教官の姿も見えないと思ったら、そうかそうか」

箒もラウラも途端に穏やかな表情になる。
むしろ今心配なのは、強引な色仕掛けに走ったセシリアが無事かどうかの心配だけだ。



―――― 機中

「GYAAAAAAAAA…………」

「NOOOOOOOOOO……deathわ……」

高校生二人が頭を掴まれて吊り上げられる。

「少しは眼をつぶろうと気を利かせてやれば貴様ら……限度を知れ!限度を!!このまま到着まで仲良く寝ているがいいッ!!」


みしり、嫌な音がして、二人の体がダラリと弛緩した。


―――― 







引用元: 鈴「あっづー……」セシリア「な、何ですのコレは……」 




468: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 00:25:43.94 ID:J4gNwXVv0


――――



雲海を見下ろして、飛行機はイギリス首都ロンドンの西部、英国空軍のノーソルト空軍基地へと向かう。
あと4時間ほどもすれば目的地だろう。出発してからこれまで、窓の外は常に夜だ。当然といえば当然なのだが、こうも長く日を見ていないと、太陽が恋しくなる。
うすく鏡のように自身の姿を映す窓越しに見える雲の上の空は、何にも遮られない星空を見せてくれる。千冬はこの景色は好きだった。

「初めてISで飛んだときだったか、あれは……」

懐かしさに眼を細め、小さく笑っていると、寝かせて、ブランケットをかけておいた生徒の一人が眼を覚ましたようで、ブランケットがもぞもぞと動き、やがて金色の髪と青い眼をした少女が顔を出す。

「――っぷぁ……し、死ぬかと思いましたわ……」

「殺すか馬鹿者」

「お、織斑先生……!?  ずっと……起きていらしたんですか?」

アレからずっと起きていたのかと眉をハの字にセシリアが問うのを聞いて、千冬は肩を揺らしてクツクツと喉を鳴らした笑いを浮かべ、パチンと指を鳴らして客室乗務員にシャンパンとサイダーを頼む。

「別に畏まらんでいい。どこかの色狂いのおかげでな、おちおち眠れもせんよ」

「……も、申し訳ございません。面目ございませんわ……」

しゅんとなって謝るセシリアを見て、千冬の笑みは更に深くなる。



469: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 00:36:15.04 ID:J4gNwXVv0


「いい、気にするな……まあ、そんなに気になるならオルコット……こっちへ来て酌の相手をしろ」

「は、はい……って、酌!?お、お酒ですの!?」

離陸した後から何か頼んでは飲んでいるのは気付いていたが、まさか酒とは思っていなかったのか、セシリアは大きな驚きの声をあげる。

「静かにしろ、一夏が起きる。それにしても、なんだ?私が酒で驚くか?……っくっくっく、お前も気付いていると思っていたぞ?」

「ぁ……っ」

一夏はまだ寝ているのだから起こしてはいけない、慌てて声を潜め、座席をするりと抜けると、早速とちびちびやっている千冬の隣へ移動する。

「……も、とは、一夏さんは気付いて居られたんですのね。さすが、ご姉弟です」

「単に、生活習慣から行動パターンまでお互いに知っているというだけだ。悪いところもな。ほら、お前も飲むといい」

ずいと千冬は、運ばれてきたグラスの一つをセシリアに差し出す。

「……えっ?い、いえ……その……よろしいのですか?」

「ぁん?別にいけないとは言っていないだろう。飲みたくないのならば無理にとは言わないが」

「いいえ!い、いただきます……って、先生……これ……サイダーではないですわ??」

意を決してぐいとグラスのものを飲んだセシリアは、思っていたものと違うと気付いて、千冬に向けて首を傾げる。

「当たり前だ、未成年に飲ますか馬鹿者……なんだ、酒のほうが飲みたいなどとは言うまいな?」

にやりと笑ったまま、窓から顔を離してセシリアの顔に近付け、からかう様に問う。
別に千冬自身、未成年のうちに酒をちょっと飲んだことくらいはあったし、ましてや相手はイギリス人。

イギリスでは未成年というくくりではなく、18歳になれば堂々と酒を嗜む事が出来る。
それだけでなく、家で食事中に大人と一緒にビール、サイダー、ワインを飲む事は5歳以上であれば良いとされている。
16歳、丁度セシリアの年齢であれば、パブでも大人と一緒に食事中ならビール、サイダー、ワインを嗜むことも出来るようになる歳だ。

ましてや、セシリアは会食の席やパーティへの出席も多い貴族の生まれ、当然のようにアルコールは経験済み。
それを知っている上での、千冬の悪戯だった。

サイダーといえば甘いノンアルコール炭酸飲料を想像しがちだが、イギリスとフランスではサイダーといえばリンゴ酒の名称。フランス語のシードルと言えば響きが違う為日本人でもリンゴ酒であることは判るが、日本では戦後炭酸飲料としてのサイダーが爆発的に普及している為、第二次世界大戦後以降はサイダーといえばそれをさす単語となってしまった。
イギリスでは前述の通り、サイダーは子供でも飲めるお酒として親しまれている。

「サイダー、そ、そっちのサイダーですのね……もう」

「はっはっはっは、怒るな怒るな。なんだ、お前さては結構飲むのか?」

イギリスのサイダーは、発泡性のあるリンゴ酒、実はフランスのシードルは発泡性がないもののほうが多い。
日本ではリンゴ酒は発泡性のものが売れており、ほぼ全てシードルと呼ばれている為、シードル=発泡性のリンゴ酒なんて認識の人もいる。

「そ、それは……私もオルコット家の一人娘として、嗜む程度には」

「嗜む程度だと?ふん、そういう事にしておいてやる」



470: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 00:38:29.68 ID:J4gNwXVv0


そして千冬は、ぱちんと指を鳴らして客室乗務員を呼ぶと、流暢な英語でリンゴ酒のほうのサイダーを注文する。
甘く、発泡性のある飲み物であるサイダーは、セシリアにとって初めて飲んだお酒であり、実は好物でもあった。

「せ、先生……よろしいので……すか?」

「何、今は非番だ、先生はやめろ。もう日本国内ですらない。それに少々嬉しくてな……。ただし!寮では飲むなよ?」

何が嬉しいのか、千冬は問われないように最後に付け足す。
そんな気恥かしい事聞かれてはたまらない、相手は弟と同い年の小娘なのだから。

「の、飲みませんわ!」

実はセシリアは入学前、寮に入っても食堂でなら、先生もいるしいいのではないかと、お気に入りの銘柄のサイダーを持ち込もうとした事があった。
勿論入寮前に全てイギリスに送り返されたが。

千冬はやってきたグラスをセシリアに渡し、シャンパンのグラスを掲げる。

「では、いただきますわ……その……千……千冬……さん」

先生と呼ばなければ何と呼べと言うのか、千冬の意図はわからないけれど、
ぶっちゃけお義姉様と呼びたいくらいだが流石にそれを口走ると危険な気がして、精一杯の願いを込め、
千冬さん、と、呼ぶ。

「ああ……セシリア。乾杯だ」

それを受ける千冬の表情は、一瞬寂しそうなものに見えて、セシリアは戸惑うけれど、
すぐにその表情は満足げな物にかわって、オルコットではなくセシリアと名前を口にし、乾杯と言葉にした時にはとても優しい笑顔だった。


「乾杯。でも何に乾杯しますの?」


「目の前にいる馬鹿な生徒にでもしておくさ」


「では、わたくしも一夏さんの………………お姉様に」


二つのグラスが、小気味のいい音を周囲に響かせた。




471: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 00:51:36.47 ID:J4gNwXVv0


――――――

ノーソルト空軍基地はロンドンの西の端に位置する英国軍の基地で、現在は英国のIS関連の拠点の一つとなっている。
セシリアはIS学園のいつもの制服に着替え、一夏や千冬とは一旦別れ、メディアの前に降りてそのままホテルに向かう段取りになっている。

流石に現在どこの国にも所属していない唯一の男性IS操縦者である一夏を堂々とその付き添いとして出すのは国際問題に発展する。
特に先日の3on3では、国家所属無しの二人が一応のチームリーダーとされていたが、実質英中vs仏独の4国家の戦闘ともいえた。
その結果、コンビネーションと数多くの偶然もあったろうけれど、2対0で英中の勝利となった。

敗北した仏独としては次のモンド・グロッソは勿論のこと、その他の面でも英中二国にはより負けたくない。
その状況でまたイギリスが欧州を刺激するような事があれば……それは戦争にすらなりかねない。

「では一夏さん、千冬さん、また後ほど」

「うむ、セシリア、堂々と胸を張って行って来い」

「はい!」

千冬と一夏に見送られ、セシリアは昇降タラップの方へと移動する。
外でこの深夜と言うのに待機していた報道の焚くフラッシュが大量に瞬いて、その中を美しい金髪をなびかせ、セシリアが悠然と歩く。窓からその光景を見る一夏には、まるでセシリアが別の世界の人間の様な気がして、少しだけ、心がさざめいた。

「立派なものだな、セシリアは……それに比べてお前と着たら……」

隣で千冬が口元に笑みを浮かべてその姿を見ている。
何でか判らないけれど、それもほんの少し一夏に些細な影を落とす。

「……あぁ…………」

「ふん、浮かない顔をしおって……セシリアが他の男に愛想を振りまくのは嫌か?」

「な、違ッ……!第一俺とセシリアはそんなんじゃないし」

千冬の言葉に、一夏は慌てて否定する。その否定が、完全否定で無い事は千冬には手に取るように分かる。
これは行く前と全く同じだ、何も進展していないし、そんなんじゃないと言い切れる踏ん切りもついていない。

「……貴様、さっきまであれだけの時間二人きりにしてやったというのに…………」

「二人っきりッて!?千冬姉ずっといたよね!?むしろ俺はほとんど寝てたんだけど!?」

今回の付き添い、千冬は正式に付き添いとして、学園の仕事があってイギリスに訪れている。
それに一夏が突然連れてこられたのは勿論理由がある。
一つは、千冬が付き添いに行っている間、篠ノ之、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識姉妹、これらの一夏に対する暴走を止めるのが山田だけになってしまう。むしろアレも暴走しかねない。その予防としての教師としての理由。
もう一つは、姉として、現時点で最もオススメ物件であるところのセシリア・オルコットと二人で過ごさせ、仲を進展させたいという理由。なんならキメてしまえるものならそれでも構わない。日本残留組の思惑と違い、今回は千冬が危険な起爆剤と言う状況だった。

そんな好条件の結果としては、初日からいきなりアクセル全開でトバシ過ぎなセシリアといつも以上にいいところでズレる弟に千冬はアイアンクローを決め、セシリアとの仲を進展させたのはむしろ一緒に飲んだ自分という事になってしまった。



472: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 00:57:55.14 ID:J4gNwXVv0


――――――

ノーソルト空軍基地はロンドンの西の端に位置する英国軍の基地で、現在は英国のIS関連の拠点の一つとなっている。
セシリアはIS学園のいつもの制服に着替え、一夏や千冬とは一旦別れ、メディアの前に降りてそのままホテルに向かう段取りになっている。

流石に現在どこの国にも所属していない唯一の男性IS操縦者である一夏を堂々とその付き添いとして出すのは国際問題に発展する。
特に先日の3on3では、国家所属無しの二人が一応のチームリーダーとされていたが、実質英中vs仏独の4国家の戦闘ともいえた。
その結果、コンビネーションと数多くの偶然もあったろうけれど、2対0で英中の勝利となった。

敗北した仏独としては次のモンド・グロッソは勿論のこと、その他の面でも英中二国にはより負けたくない。
その状況でまたイギリスが欧州を刺激するような事があれば……それは戦争にすらなりかねない。

「では一夏さん、千冬さん、また後ほど」

「うむ、セシリア、堂々と胸を張って行って来い」

「はい!」

千冬と一夏に見送られ、セシリアは昇降タラップの方へと移動する。
外でこの深夜と言うのに待機していた報道の焚くフラッシュが大量に瞬いて、その中を美しい金髪をなびかせ、セシリアが悠然と歩く。窓からその光景を見る一夏には、まるでセシリアが別の世界の人間の様な気がして、少しだけ、心がさざめいた。

「立派なものだな、セシリアは……それに比べてお前と着たら……」

隣で千冬が口元に笑みを浮かべてその姿を見ている。
何でか判らないけれど、それもほんの少し一夏に些細な影を落とす。

「……あぁ…………」

「ふん、浮かない顔をしおって……セシリアが他の男に愛想を振りまくのは嫌か?」

「な、違ッ……!第一俺とセシリアはそんなんじゃないし」

千冬の言葉に、一夏は慌てて否定する。その否定が、完全否定で無い事は千冬には手に取るように分かる。
これは行く前と全く同じだ、何も進展していないし、そんなんじゃないと言い切れる踏ん切りもついていない。

「……貴様、さっきまであれだけの時間二人きりにしてやったというのに…………」

「二人っきりッて!?千冬姉ずっといたよね!?むしろ俺はほとんど寝てたんだけど!?」

今回の付き添い、千冬は正式に付き添いとして、学園の仕事があってイギリスに訪れている。
それに一夏が突然連れてこられたのは勿論理由がある。
一つは、千冬が付き添いに行っている間、篠ノ之、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識姉妹、これらの一夏に対する暴走を止めるのが山田だけになってしまう。むしろアレも暴走しかねない。その予防としての教師としての理由。
もう一つは、姉として、現時点で最もオススメ物件であるところのセシリア・オルコットと二人で過ごさせ、仲を進展させたいという理由。なんならキメてしまえるものならそれでも構わない。日本残留組の思惑と違い、今回は千冬が危険な起爆剤と言う状況だった。

そんな好条件の結果としては、初日からいきなりアクセル全開でトバシ過ぎなセシリアといつも以上にいいところでズレる弟に千冬はアイアンクローを決め、セシリアとの仲を進展させたのはむしろ一緒に飲んだ自分という事になってしまった。



475: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 01:14:05.79 ID:J4gNwXVv0



「……ハァ……全くお前達はどうしてこう……では、お前とセシリアはどんなのだというのだ、話してみろ」

「い、いや!そこは、話してみろって言われたって……ただ千冬姉、セシリアの事セシリアって呼ぶようになったんだなって……それが気になって」

千冬が珍しく目を丸くして一夏を見ている。まじまじと、気恥かしそうにそう言う一夏の目を覗き込み、それから声を上げて笑った。

「なんだお前!それで?私がセシリアに取られて寂しいとか、そう言う事か?あははは、ははははは」

こんなに声を上げて笑うのはいつ以来だろう。
弟というものがシスコンになるのは当たり前だと思っているし、実際にうちの弟は重症だ。
小さなころからずっと後ろをついてきたし、自ら姉の為にと料理の腕を磨き、家事もこなす。
自慢の弟だ、どこに出しても恥ずかしくはない、まだまだ出す気もないが。

(私はブラコンでは無い。一夏がシスコンすぎるのだ)

「まったくバカ者め、心配せんでも未来永劫私の弟はお前一人だ。さっさとホテルに行くぞ。たまにはマッサージさせてやろう」

「……は?何言ってるんだよ千冬姉、逆だよ……セシリアも千冬さんとか呼んでるし、俺が寝てる間にセシリアと何があったんだよ……!?」

「…………ほぅ、心配なのはセシリアの方か」」

「…………い、いや……今のは……ちょっとした言葉のあやと言うか、も、もちろん千冬姉の事だって心配してたんだぜ?」

真っ青になって否定する一夏に、千冬は冷たい視線を投げる。

「嘘なら殴る。が、今なら許してやるかもしれ「すいませんでしたッ!!!千冬姉のことは全く心配してませんでしたーッ!」

ゴン、と重い音が響いて、一夏は再び意識を手放した。



480: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/07(木) 01:34:15.79 ID:J4gNwXVv0


数十分後、一夏を荷物とまとめてカートで引き摺る千冬が入国手続きを終え、
今夜の宿泊先である外見からして立派なホテルに到着した、千冬の給与はかなり高い、何しろ元世界一だ。
その給与にして丸一月分を一日でとる部屋、いわばスイート。

さらさらと署名して、意識のない一夏をそこに放り込むのは実にイージーなミッションだった。

「あとは、セシリアが帰るのを待つばかりか……ふっふっふ……フゥーハハハハハ!!!」


                      とぅーびーこんてぃにゅーど!



486: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 00:58:12.26 ID:zM2r5eXa0


「……ふう、深夜だと言うのに皆様お元気ですこと」


白いリムジンの座席で、歓迎の嵐を抜けて一息吐きつつ呟く。
こういう歓迎ムードは決して嫌いではないけれど、実に12時間ぶりに降りた地上ではやはり疲れもたまる。
出来る事なら、早く実家に帰って寛ぎたい所だが今回はそうもいかない。

ブルー・ティアーズは無事だろうか。
強烈な体当たりを受けてブルーティアーズは見た目以上に深刻なダメージを負っていた。
満足に飛行もできない状態になっていたのに、その状態でシャルロット、ラウラとの激戦を繰り広げたパートナー。
深刻なダメージを負ったまま無理を重ねた事で後遺症のように障害が残ってしまう事もある。
体当たりをしたのが一夏というのも、無理をさせたのも自分の為複雑な気分だが、心配は当然だ。

「お嬢様」

チェルシーの声が目的地への到着を教え、車が停まり、ドアが外からゆっくりと開かれる。
するりと開けられたドアから降車しながら、セシリアは先に下りて控えている専属メイドで幼馴染のチェルシーに笑いかける。

「オルコットの家には明日の夕方ごろに戻ります。迎えはそのようにお願いしますわ」

「かしこまりました……ではお荷物は私どもが織斑千冬様に確認をしてお部屋にお運びいたします。……それと、お嬢様」

「なんですの?」

「流石に黒のシースルーは織斑様もドン引きかと思われます」

「――」

「以前申し上げましたが、派手すぎる下着は却って逆効果です。しかも前回より悪化しておられます。完全に逆効果どころでは済まないかと……。是非織斑様にお会いになられる前にお召し換えを」

「あ、あの、これは――」

「では、これで……」

セシリアが言い訳のように何かを言おうとする前に、チェルシーは恭しく一礼を残して他のメイドと共にホテルへと荷物を運び込んでゆく。
なぜ今着けている物を彼女が把握しているのかは判らないけれど、セシリアは恥ずかしさに顔を真っ赤に染めてホテルの入り口前で震えていた。



488: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 03:15:04.07 ID:zM2r5eXa0


――――


「ま、まったく、どうして知ってますの……!?」

使用人たちと別れたセシリアはホテルの廊下を少し早足で歩く。
わざわざ一度着替えた為、思ったよりもアレから時間は経ってしまっている。

化粧室へ駆け込み。勝負も勝負、決戦下着を素早く脱ぎ、着替え自体はさっさと終わったのだが、
一つがそうだと、今度は他のものが気になってくる。具体的には服の乱れや髪の乱れ、化粧が気になる。

入念なチェックをしている最中に、あまりの遅さに心配したチェルシーから電話を受けて、もう午前三時になると聞いて慌てて化粧室を出てきたところだ。

「…………」

どうせ千冬もいるのだし、二人きりというわけには勿論行かない。
それでも、心臓は激しいビートを刻み、一夏との一時間少々ぶりの再会を、体が待ち焦がれている。

目的の部屋、このホテルのスイート・ルームの前にやってくると、心臓は更に鼓動を強くし、手が震えてしまうかのような錯覚さえ覚える。
喉がひどく渇く、サイダーが飲みたい。今すぐ一夏に会いたい、一夏、一夏さん、私は、あなたの事が…………。

扉はスムーズに大した音もなく開き、薄暗い室内が眼に入る。

「……ただいま戻りましたわ?……一夏さん?……千冬さん?」

反応はない、もしかして部屋を間違えたんじゃないかと周囲を見回せば、チェルシーに任せた自分のスーツケースを見つけた。近くには一夏のスーツケースも見える。
ここで部屋は間違いない……しかし、千冬と一夏の姿は見えない。どうしたのだろう、
それとも……二人はもう眠ってしまったのだろうか?

ベッドに近付くにつれ、そこに誰かが横になっているのが眼に入った、ほっとしてセシリアはそこへ近付いていき……

「……」

そこには一夏が無防備な寝姿を晒していた。

「…………一夏さん……」

周囲の様子を伺う、いつものパターンだとこの辺りで千冬がやって来ている筈だ。
そして暴走した自分は鉄拳によって意識を失う、そのパターンの筈だ。
きょろきょろと周囲を見回しながら、そろそろと一夏の体にかかるシーツをめくり、するりと体をそこに滑り込ませ、そろっとめくりあげたシーツを自分と一夏にかける。

(そそそそそそ、添い寝成功ですわァァァァァァァァ!!!!)

心中では一つの山を踏破したかのイメージで雄叫びを上げる。



489: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 03:15:46.05 ID:zM2r5eXa0



「う……ん……」

「えっ!ちょっ!?」


一夏が小さく呻きながら寝返りを打ち、シーツを手繰ってゆく。
背中を向けられてしまったセシリアは体の半分がシーツから出てしまった。

「……い、一夏さん……っ!ひ、ひどいですわ」

ぐいぐいとシーツを引っ張るけれど、
一夏は思ったよりも確りとシーツを掴んでしまっており、軽く引いたくらいではびくともしない。

「……はっ!?」

一瞬、セシリアは視線を感じて部屋を見回す。暗い部屋は、しんと静まり返っており、自分たち以外に気配はない。

「…………き、気のせい……ですの? いえ、それよりも……」

この如何ともしがたい現状を打破しないと。
とりあえず……IS学園の制服のままというのは色気がない。

セシリア・オルコットは勝負に出た。
制服を脱ぐ。丁寧に脱いだ制服を畳み、下着姿になって背中を向けている一夏の背中に寄り添おうと再びベッドの上に上がる。

(密着してしまえば……こちらのもの……ッ)

ぎゅっと眼を閉じながら、一夏の背に後ろから体を添える。これは添い寝よりも難易度が高い筈だ。
このまま眠ってしまえば、起きた一夏はこの状況に何を思うだろう。明日自分を起こすのはどんな状況だろう


(し……幸せですわ……)



492: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 04:46:25.73 ID:zM2r5eXa0


一夏の背にぴったりと体を沿え、体を覆うべきシーツは無くて、心なしか背中は寒い。
でも、早鐘を打つ心臓のせいでむしろ体感温度は暑い。
自身の心音さえ聞こえてきそうな静寂の中で、早く眠ってしまおうと思っても眠れやしない。
一夏の背中から伝わる彼の呼吸のリズム、響く彼の心音。

(や、やはり地味ではないかしら……笑われないかしら……はしたないと思われる……?でも、でもわたくしは……わたくしは……)

背伸びしたそれから、いつものお気に入りでもある、シルクの白い上下に着替えたセシリアは、不安そうに眉尻を下げる。
もうここまできたら後戻りはできない。
あとは天の采配と一夏の判断に全て委ねる。

(…………鈴さん……祝福してくださるかしら)

自分の心が、セシリアにはわからなかった。
なぜ?ここで?どうして鈴の顔が浮かぶのだろう。同じ男性を好きになった、中国からの(二組への)転入生。
一夏のセカンド幼馴染で、中国の国家代表候補生。
IS学園で出会った、対等な、親友と呼べる少女。


きゅっと一夏の服の背を白い指が掴みながら。涙が、勝手にぽろぽろとこぼれた。

(どうして、わたくし……涙なんか…………)



497: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 23:39:36.82 ID:zM2r5eXa0



「……せ、セシリア…………」

突然かけられた一夏の声に、びくっと全身が震える。
起こしてしまった。
応え様にも、声が擦れてうまく喋れない、本当にもう後戻りはできない。
セシリアだってまったく知識がないわけは勿論ないし、一夏とそうなることは望んでいる。
男の矜持、強い意志、家族の為に、仲間の為に、滾る魂を持ち、どこまでも真剣な。

自分の全てを委ねて甘えることができる男性。


「…………泣いて……るのか?」

「……ま……せんわ」

泣いてませんわ、そう言おうとした唇は、うまく言葉を紡ぐことができなくて。


「…………」


長い沈黙のなか、さめざめと嗚咽を漏らすセシリアの息遣いだけがスイートルームに響く。

「……その……セシリア。泣かないでくれないか」

「泣いて……なんか……ッ……そんな……言い方」

ぼす、と片手を握り、一夏の背中を叩く。
好きで泣いているわけではない、自分でも涙のワケがわからない。

「俺は…………俺は誰にも泣いて欲しくない、誰にも涙なんか似会わない……特に……セシリアには泣いて欲しくない。……言ったろ?セシリアには笑ってる顔が一番似合う。」

一夏の声が、セシリアの耳に届く、でも、涙は止まらず。とめどなく溢れてはシーツを濡らす。
このまま背中に寄り添い、セシリアが涙を流し続けるのが耐え切れず、一夏は無理矢理にセシリアのほうを向こうとするけれど。

「此方を……向かないでくださいまし……っ!」

「うわっ……っと、判ったよ……」

セシリアが、そうさせないよう、背中から一夏の胴に腕を回してしがみつく。
密着した体がセシリアの体の感触を一夏の背に伝えるものだから、一夏はその感触に心臓が飛び出るくらいに驚いて。
以前にシャルロットが湯船の中で体を押し付けてきたこともあったけれど、その時以上に、鼓動は早くなっていた。

「…………で、でもセシリア……」

「泣き顔なんて、もう見られたくありませんの。一夏さんには、わたくしの一番をいつも見ていて欲しいから。だから、このままで」

彼が笑顔を望むなら、涙はもう見せちゃいけない。
彼の包容力が、甘えさせてくれる強さが好きならば、甘えてはいけない。
セシリア・オルコットとして、彼の傍で咲き続けなければ、パートナーとはいえない。
それは、鈴もそう。
思えば、いつも鈴に頼っていた。
辛いときも、何も言わずにただ、欲しい言葉をくれた。ずっと一緒だと、そう言ってくれた、それを失いたくなくて泣いた。
もし、今夜文字通り身も心も一夏のものになったのなら……それを知った鈴が悲しむことを想像して涙を流した。
鈴が自分から離れて行ってしまうかも知れない。



498: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 23:47:15.64 ID:zM2r5eXa0

でもそれは違う。間違っている。

「わたくし、間違っていましたわ」

まだ、その声は震えている。それを感じて、一夏は体に回されたセシリアの手に自分の手を添えた。

「セシリア……」

「わたくしは……わたくしとして……鈴の傍にも居続けますわ。例え、どんな事があっても……だから……」


何かセシリアが小声で紡いだその先の言葉は、一夏の耳には届いていなかった。
えっ?と間抜けな声で聞き返してしまいそうになるのを必死で抑える。聞き返したいのは聞こえなかった言葉ではない、鈴のことだ。
重ねた白い手は、すべすべで、背中に感じる大きな二つの柔らかさは、眼を向けずとも少なくとも制服は着ていないことは判る。
弾に言ったら確実に首は絞められるであろう状況。数馬に言ったらそれどこのメーカーの新作?と聞かれそうな状況。
16歳の誕生日を過ぎ、10代も半分を過ぎていわゆるハイティーンになった、

自覚は最近までなかったが、セシリアが自分を好きでいてくれていると思っていた。
それが正直嬉しかったし、セシリアの事ははっきり言ってしまえば好きだ。これってひょっとして両思いなんじゃないだろうかなんて思うと、自然と心が弾んだ。ひょっとしたらこの旅行でという淡い期待もあった。





499: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/08(金) 23:48:01.24 ID:zM2r5eXa0




(……り、鈴……?え?鈴???セシリアが好きなのは…………鈴……!?)

カタカタと奥歯が鳴る、一夏は、自分がとんだ勘違いというやつをしていたのではないか。
そう考えると、心が軋む音を立てる。期待という城に無数の亀裂が走る。

(セシリアは鈴が好きで、流されそうになっていた自分に泣いていたのか!?う、うそだろ……だから、間違ってるって!?だから、こっちを向くなって!?それって……それってつまり……俺は……?)

弾と数馬が二人でプギャーと指を差して笑う姿が脳裏に浮かぶ。
3on3の戦場で言えなかった時は、後から考えればあんなところで言うのもおかしいと思った。
飛行機で起きてるかの確認をしたときには、眠ってるセシリアに向ける独り言ということで言ってしまうべきだったんじゃないかと後悔した。

言っておけばよかった、気持ちを伝えて置けばよかった。
そうしたら、振り向くな何ていわれずに、そのまま大人の階段を駆け上っていたかもしれない。

(な、なんだよ……なんだよ俺……告白もする前に…………ふられたのか……?俺 ……なんだよこれ……こんなに辛いのかよ……!?)

この程度の肩透かし、今まで自分がしてきた事とは知らず、
そして、セシリアの言葉が、鈴の傍に も であったことにも、その意味にも気付かず。


一夏は初めての失恋をした。



504: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/09(土) 23:42:21.12 ID:FbjyHVG40



「―――ちかさん?一夏さん……?」


 心配そうなセシリアの声で、現実に引き戻される。

(……やめてくれ)

 セシリアの声は優しくて、とても安らいでしまう。その対象が自分であっても、セシリアの優しさは隔てなく与えられる。それがとても、とても嬉しくて。好きになったのがセシリアで良かった、そう思えた。

 そして、とても惨めで。


 いっそ、欲望の赴くままにセシリアを、その体を自分のものにしてしまおうか。男にはその力と能力がある。男の寝床に滑り込んできたのはセシリアだ、泣いても喚いても……
 セシリアを自分のものにしてしまいたい、自分の女にしてしまいたい。

(たとえ……セシリアの思い人が鈴でも?)

 ぐっと、セシリアの手を握る腕に力が入る。

「い、痛いですわ……一夏さん……?」

 セシリアの声色が体の柔らかさが、脳を痺れさせる。そして何かが、一夏の中で弾けた。

―――― この女が欲しい。

「せ……セシリアッ!!」

 突如、強引にセシリアの抱擁を解いた一夏の顔が眼前に迫る、体勢を入れ替えさせられた。組伏せられて下着姿を晒すことになったセシリアは、真っ赤に頬を染めて、それから。惑う声を上げる。

「……えっ……い、一夏さん……!?」

「セシリア……俺ッ!!俺は!!!」

 セシリアは一夏の眼が、初めて怖いと感じた。覚悟はしていた、けれど、それが真実となるとそれはまた別の話で……一夏の手が下着に伸びる。

 そこに愛情は無い。

「い……いや……一夏……さん」

「セシリア……畜生……ちくしょう……セシリアぁぁああ!!」

「…………ぁ」

 強引に抑えつけられ、下着を引き剥がされんとしている恐怖に体が震える。でも、それでも尚愛しい人。乱暴に、欲望のまま花を摘もうとする一夏の声に、悔しさの色を感じたセシリアは、これが一夏の本意ではない事を悟る。

(一夏さん……苦しいの……ですのね)

 だから……セシリアは受け入れる事にした。そこに愛情が無くても構わない、自分を見ていなくたって構わない。そんな事で揺らぎはしない。一夏が苦しむなんて、その方がよっぽど嫌だ。抵抗の力を弱めたセシリアの腕は、スイートルームの柔らかなベッドの上に抑えつけられ、肩ひもが背中に一瞬食い込んで、ブチっという音と共に解放感が胸元に訪れる。

(お気に入り、でしたのに)




505: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/10(日) 00:05:27.01 ID:t1RbcGVx0



 視界の隅へ、白いそれが放り捨てられて落ちていく。金具が弾け飛び、ワイヤーもひしゃげていた。スローモーションのようにそんな光景を見てから、もう着れないなんて思いながら、最後に残った恐怖を硬く目を閉じて押し込めると。ゆっくりと目を開き、一夏に微笑みかける。戸惑いの中に獣の本能が覗く一夏の瞳を見つめるセシリアの目の前で、どこに隠れていたのか、突然現れたフリース姿の千冬のストレートが一夏の顔面にめり込んだ。

「ぶふあ!?」

「!?」


「そこまでだこの……大馬鹿者!!!!」


 先程感じた視線の気配は間違いではなかった。吹っ飛んだ一夏に馬乗りになって追い討ちを決めている千冬を見て、シーツで体を隠しながらセシリアはそう実感するのであった。

(あれ?これって……次はわたくしの番ではございませんの?)

 上下フリース姿の鬼神がゆらりと立ちあがる。倒れ伏した一夏はピクリとも動かない。否、恐らくはもう、動けない。千冬は、途中で壊れてしまったブラを拾い上げながらゆっくりと近づいてくる。

 パン、と、渇いた音が室内に響いた。

「――――…………粗末にするな!馬鹿者……ッ」

 顔以外への拳も覚悟していたセシリアには、意外な一撃。頬への掌打、ビンタ一発。そして、体が大人の女性に抱き締められる。7つ以上は年上だ、正確な年齢差は聞いていないが、一夏の持っているアルバムの一番小さい頃の写真では既に中学のものと思われる制服姿の千冬が写っていたと鈴に聞いた事がある。鈴も正確な年齢は確認していないらしい。そりゃ命は惜しい。それはさておき。

「怖かったろうに……お前は……どこまで……どこまで……ッ」

 こんなものは、もう暴行と変わらない。まさか、弟がそんな行動に出るなど俄かには信じられなかった。そして、そんな弟の暴走さえ受け入れてしまうほどセシリアが弟を想っているとは、思っていなかった。自分の判断ミスを千冬は深く悔やんだ、この夜の出来事が、二人の心に深い傷を残してしまうんじゃないかと思うと、情けなくて涙が出そうになる。

「怖くなんて……わたくしは……」

 怖くなんかない、怖くなんかないと言い聞かせた心の蓋から溢れたものが、体を震わせる。それでも、セシリアは決して泣く事は無かった。だから千冬も、泣いてはいけないと、強く唇をかみしめ、セシリアが疲れから眠りにつくまで、ずっと背中を撫で続けるのであった。




506: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/10(日) 00:12:08.86 ID:t1RbcGVx0



――――――




「い、一夏さん?大丈夫……ですか?」

 翌日、ISの研究施設へ三人で赴いた後、セシリアのブルー・ティアーズは無事、セシリアの元に帰ってきた。青い守護騎士は今はイヤカフスの形態でセシリアの耳元で輝いている。キャノンボール・ファストでの大破からそう日を空けていないうちに、ここまで深刻なダメージを負ったことに、セシリアは結構担当官に絞られたようだが、BT偏向制御射撃【フレキシブル】をフル活用しての実戦データは、セシリア・オルコットにブルー・ティアーズが与えられた事に間違いがなかったことを確信させるに至った。
 フィードバック機であるサイレント・ゼフィルスをテロリストに強奪されるという失態で一時はBT計画が凍結される恐れもあった。しかも現在サイレント・ゼフィルスは各国の研究機関を襲撃し、ISの強奪を次々に行っているという。奇しくも、望まざる状況ではあったにせよ、イギリスのIS開発技術の高さとBT兵器の優秀さを大々的に世界各国へ知らしめる事になっていたが、同時に、サイレント・ゼフィルスが"活躍"すればするほど、本来の成果を生み出せないままのブルー・ティアーズの存在を疑問視する声も多く出始め、BT研究機関の首は絞まってゆく。今回のセシリアの成果は自身の、そしてBT兵器計画の生命線を繋いだと言えた。

 そこで今後、本来ならばサイレント・ゼフィルスで行われる筈だった実験の一部もセシリアとブルー・ティアーズが行うようになる。単純に言えば、ブルー・ティアーズが運用するBT兵器が更に増設されるという。相変わらず実弾兵装は腰部ミサイルしかないが、それも改良された。その吉報を、施設の屋上でようやく見つけた一夏に嬉しそうに話すセシリアだったが……

「……あ、ああ」

 今日の一夏は覇気がない。無理もない、昨夜、よりにもよって一夏はクラスメイトに、想いを寄せる相手に暴行を加える所だったのだから。結局あの後、一夏は強制的にシャットダウンさせられたまま目を覚まさず、セシリアが目を覚ました時には千冬共々既に出発した後だった。
 セシリアにとっても、昨夜は想いを寄せる相手に、その想いを受け止められるのではなく、ただ欲望のままに純潔を散らされる所だった。初めて見る一夏のそんな一面に、恐怖さえ抱いた。もしかしたら、想いが絡み合うかもしれなかった一夜だっただけに今にして思えば残念という感情もある。

(でも……全くの無駄ではございませんでしたわ)

 昨夜の一件は、自身の気持ちを、本当の意味で明確にしてくれた。今なら鈴にだって、本当の意味で堂々と言える、一夏と結ばれたい。一夏を、愛している。その為なら、何も怖くない。

(きっと、一夏さんも……)

「……セシリア……」

 一夏が、重い口を開く。目線はセシリアの瞳を見ようとしては彷徨い、そこには悔恨の色が濃く浮かんでいる事に気付いて、淡い期待をよせていた一夏の心が自分とは違う事を感じ、セシリアの心にもその影が暗くかかる。



507: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/10(日) 00:23:08.63 ID:t1RbcGVx0

「セシリア……ごめん……な。謝って済むような事じゃないのは、判ってる。だけど……」

「……あ、謝らないで…………くださいまし……」

(そうですわよね、そんな都合のいい事ありませんもの……)


「すまない……一時の感情で……あんな事……」

 想い人に全てを捧げる時を、覚悟を、その行為を。恋人同士が行き着く終着点、Make Love. 愛の交わり。未遂に終わったけれど、確かに一夏との間に生まれたと思っていた絆。それを一夏の口から改めて否定される、謝罪される。

「――――ッ……」

 謝罪するという事は、昨夜の一夏がオスとしての欲望をぶつけようとしただけという事を意味している。セシリアもそれを判っていた。それは告白でも、想いを受け入れてくれた事でもない。だとしても、その欲望さえもセシリアは受け入れようとした。それで一夏が満たされるならそれでも良かった。
 それが、間違いだという事は、セシリア自身がよく判っている。それが"既成事実"という卑怯な方法に繋がる事も自覚している。きっと、あのまま"既成事実"が作られてしまっていたなら、否応なしに形式上の恋人となり、結果として両者の心にどうしようもない程に深い罪悪感を残して想いは受け入れられたのだろう。

 否定よりも、謝罪よりも、一夏の謝罪はその事をセシリアに突き付けている気がして、それがとにかくつらかった。

 今自分はとても醜い顔をしている筈だ、セシリアは一夏にそれを見られたくなくて顔を背ける。考えても見ればそれは昨夜の時点では当然だ、セシリアと一夏はそもそもまだ恋人同士ですらない。セシリアは一夏を愛しているけれど、一夏がどう思っているのかの確認をセシリアはしていない。だからこそ、一夏の中に自分という存在を焼き付けたかった。この期に及んでかもしれないけれど、告白は、最後の意思表示は一夏にして欲しい。一夏がそういうことに鈍感なのも判っているし、あえて無意識に避けようとしているフシさえある事もセシリアは承知している。

 だから最後の決断を一夏がする事に意味があるし、そうであってはじめてこちらの想いを受け入れてくれたという事になる。

(……謝るのは、卑怯なわたくしの方ですのに)

 きっと千冬は、全て判っていたのだろう。だからこそ、二人が罪悪感を抱く事になる結果は、殴ってでも阻止したかった。結果として罪悪感は小さなもので済んだのかもしれない。一夏は、一時の感情に溺れそうになった事。セシリアは、それを利用しようとしてしまった事。

「わかりましたわ、ですから……」

「……すまない、もう……できる限り、近づかないようにした方がいいなら、そうするから……」

「そっ……! それは絶対ダメですわ!?」



508: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/10(日) 00:36:39.32 ID:t1RbcGVx0



「……え、ダメって……」

(ダメとかそういう事なのか?それ以前に、離れるなって事は……近くで、苦しめって事なのか……?許してもらえるわけ……ないよな……見ちゃったもんな、◯◯◯◯)

 どうしたらいいのか、今日、姉に起こされてから一夏は一夏で本気で考えていた、こんなに異性の事を考えるのは初めてかもしれない。異性という括りを考え、一夏はそれを否定する。異性では無い、セシリアだと。彼女の為に何が最も良いのか。セシリアは鈴が好き、ならば、未練を捨てて二人を応援するべきか。鈴はたぶん弾が好き、ならば弾を誰かとくっつけてしまう手伝いをするべきではないか、姉とか。

 何れにしても、自分はセシリアの傍にいてはいけない、昨夜の事を思い出させてしまう事は、セシリアの笑顔を曇らせてしまう筈だから。好きだから、離れる事が正解なんだ、◯◯◯◯は思い出の中に永遠に。そう思っていた。

「ダメったらダメですわ!! 近付かないなんて絶対に許しませんわ!!」

 結果として、物凄い剣幕で怒られてしまっている。

「……居ても……いいのか……?」

「居なければ……絶対に……許しませんわ……わたくしは……わたくしは……一夏さんを……」

 そう言いながら、セシリアの体が、一夏の胸元にそっと飛び込んでくる。一夏の胸元に手を添え、西日を背に受けたセシリアの金髪が、一夏の目の前にで風に泳ぐ。何も言葉は無く、二人は互いの目を見つめ…………。




「―――― 茶 番 だ ね 。 反 吐 が 出 る 。 」



 スターブレイカー≪星を砕く者≫のレーザーが、二人めがけて上空から降り注いだ。



                To Be Continued...



515: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 01:52:03.45 ID:ZBLQCw1f0



 始めに気付いたのは、一夏だった。

「お前は!エム……ッ!!」

 もう白式の展開は間に合いそうもない。このまま生身で、あの高出力BTライフルの直撃を受けたら……。考えるより先に、体が動いた。この場で最優先すべき事は、セシリアを、セシリアだけでも安全な所に……一夏はセシリアの体を抱きしめ、跳ぶ。どこまで避けられるか判らない。でも、セシリアに傷一つ負わせてたまるものか。 すぐ後ろで、施設の屋上に着弾の気配と熱量、そして衝撃がセシリアを庇った体を駆け巡った。


――――


「……っ!何だ、今の衝撃は!」

 千冬は、本来己がそう問う権利はないイギリスのIS機関オペレーターに向かってそう問いかける。緊急事態に国籍など関係ない。オペレーターは手早くキーボードを叩き、襲撃者の特定を急ぐが……その襲撃者は、すぐに特定できた。サイレント・ゼフィルス。

「しゅ……襲撃です!襲撃者は……これは! BT試作二号機! サイレント・ゼフィルスです!!」

「対空監視はなにをやっていた!出せる機体は!?」

 現れたのは過去にIS学園への強襲を敢行した亡国企業に強奪されたイギリスの第三世代ISだった。千冬はギリと歯を食いしばりながら、セシリアの姿を求めて走り出す。このタイミング、胸騒ぎがする。目的は恐らく……。


――――


「へえ、アレを避けるんだ?やるじゃないかついうっかり殺しそうになっちゃったよ……避けてくれて助かった」

 上空に浮いたままの青いISから聞こえる言葉は、嘲笑の気配を含む。蝶を想わせるそのシルエットに一夏は見覚えがあった、いや、忘れるものか。一夏は瓦礫を大量に背中で受けて跪いたまま、亡国企業のエムとその機体を睨む。頭をどこか打ったのだろうか、額に伝う血が鼻元を通って滴っていた。

「っへ、そう簡単に、やられてたまるかよ……っ」

「い、一夏さん!!血が!!血が!!」

 一夏の額を伝う出血は結構多くて、覆い被さられた格好のセシリアの頬に、ぬるりとしたそれが落ち、セシリアはこの世の終わりを見たような、まさに顔面蒼白の様子でヒステリックに叫ぶ。そんな顔、セシリアには似合わない。

(……ま、少しヒステリックに叫んでるのは結構似合うけど……そんな、心配そうな、不安そうな顔……似合ってたまるか)



516: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 01:54:11.96 ID:ZBLQCw1f0


「大丈夫だって、こんな怪我、怪我のうちに入らない……から」

 一夏はふらつく足で、そんな様子見せてはいけない人の前だからこそ確りと立ち。上空のサイレント・ゼフィルスを睨み付けながら腕のブレスレットを突き出し、そこにもう片方の手を添え、そしてセシリアにシニカルな笑みを向けた。セシリアはそれを、その表情に一瞬見蕩れたけれど、その覚悟を見れば、それ以上は何も言わない。大丈夫だと彼が言うなら、それは大丈夫。

 真剣な眼をして、そっと一夏に寄り添いながらサイレント・ゼフィルスを睨みつけ、左半身を前に踵をそろえ、俯き気味に左手の親指で頬についた一夏の血をグイと拭ってから、その手をイヤカフスへと添える。


(セシリアに……あんな顔させやがって……!)


(一夏さんに……よくも怪我を!)


「セシリアッ!!」

「承知しましてよ!一夏さん!!」

 二人の待機形態のISが、白と蒼の輝きを其々に放つ。


「―― 来 い ! 白 式 ! ―― 応 え ろ !! 雪 羅 ッ !!」



「―― 共に舞いますわよ! ブ ル ー ・ テ ィ ア ー ズ !!」



 二人の体が光に包まれ、その光が消えた後に、互いに白の機体と青の機体に身を包んだ二人が其処にいた。神々しき白の翼に禍々しさすら宿す第4世代多目的武装腕【雪羅】を装備した、世界で唯一の男性IS操縦者、織斑一夏専用機、白式・雪羅と、実験機故の線の細さ、芸術品のような繊細なデザインと、美しい蒼が映える、イギリス代表候補性、セシリア・オルコット専用機、ブルー・ティアーズ。

しかし……今日のブルー・ティアーズの姿はそれまでとは大きく違っていた。



517: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 01:56:07.51 ID:ZBLQCw1f0



「ぃい!? セシリア!?なんだその機体……まさかセカンド・シフト【第二形態移行】したのか!?」

 一夏が、セシリアとその愛機の姿に驚きの声を上げる。特徴のあるシールドバインダーは更に大型化され、装着されたブルー・ティアーズ(ビット)のマウント数がバインダー上下に一基づつ増えている。単純なスタピライザーユニットだったリア・アーマーにもビットのマウントが増設され、一見するとプロペラントにも見える腰のミサイルビットはそのままに、そのさらに外側に大型のスラスターユニットが装備され、いつかのストライク・ガンナーパッケージを連想させるスカート状に増設されたウェストアーマーにも左右一基づつビットが装備されていた。頭部ハイパーセンサーもストライク・ガンナーのブリリアント・クリアランスのバイザーに形状が近くなっており、総合強化が図られているのが一目でわかった。

「残念ながらセカンド・シフト【第二形態移行】ではありませんわ……鈴さんの甲龍に装備された崩山の総合強化パッケージというコンセプトを参考にしたブルー・ティアーズのBT強化パッケージ、クイーンズ・グレイス(Q.G.)と申しますの、いかがですか?一夏さん♪」

 一夏の前でセシリアは、まるで新しい洋服を恋人の前でお披露目するかのようにくるりとステップを踏むように一回転しつつ、腰部の強化スラスターを吹かし、一気に上空へと上がってゆく。腰部のスラスター・ユニットはかなり稼働範囲が広く作られており、フレキシブル・スラスター・ユニット【テンペスト】と名付けられている。ざっと見ただけで四基だったBTビットが一気に十二基に増え、全体重量は見るからに肥大化しているが、その重量を本来のスラスターと、両腰に増設された【テンペスト】により無理矢理相殺している。むしろ上昇速度は、従来のブルー・ティアーズを遥かに凌ぐ出力でその体を空へと舞わせた。

(…………)

 スカート状になった腰アーマーの隙間からISスーツに包まれたセシリアの腰がちらりと見えると、なんだかいつもの状態よりもとても、視線を引き付ける。こんな時に不謹慎かもしれないが、一夏はいつかのテスト勉強のとき、誘惑に負けて覗いた今は青いスーツに包まれる白く形のいいそのヒップラインを思い出していた。一瞬惚けた一夏は、軽く視線を逸らしてから深呼吸をする。もう自分のものにはならないだろうその体。あのときああしていれば、こうしていれば、そんな後悔は浮かぶけれど、酷く気分は晴れ晴れとしていた。

「やっぱり……いい女だよな、セシリアは……。 ……俺みたいな男でも、傍に居てもいいって言うなら……俺は例え一方通行でも構わない。……俺は、俺はセシリアの傍で、セシリアを見つめ続ける……」

 セシリアを見送りながら、自分に暴行しようとしかけた男にさえ傍にいて良いと言ってくれたその言葉を、そう言って寄り添ってきたセシリアの瞳を思い返し。決意を胸に右の手に雪片を出現させながら一夏もまた、セシリアを追って上空へと上がって行った。



518: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 02:03:00.73 ID:ZBLQCw1f0


 長く伸びたいくつものビットが作り出す末広がりのシルエットは、ゴテゴテの重武装にも拘らず豪奢なドレスのようなデザイン性を保ち、セシリア・オルコットを彩っている。が。明らかに歪な、強引なコンセプトの強化だった。それは、本来搭載される筈の無かった装備を無理矢理調整したという事を如実に表している。

「イギリスの代表候補生……なるほど、その大きすぎるスラスター……。その装備は私の追加パッケージだな……? まさか旧型に装備して持ちだしてくるなんて、いよいよ英国もヤキが回ったか」

 上空で待機したままセシリアを迎えたエムの指摘通り、これはイギリスのIS開発機関の苦肉の策だった。揶揄めいた嘲笑の態を崩さないエムに、バイザー越しの鋭い視線をセシリアは投げ続ける。

「あなた用?世迷言を!……その機体、サイレント・ゼフィルスは我が国イギリスのものですわ!……そして……このクイーンズ・グレイスは私とブルー・ティアーズの為に調整されたオートクチュールでしてよ!」

 セシリアが虚勢を張る。オートクチュール等では無い、実際にエムの言う通りなのだから。しかし、そんなことは関係ない。揺るがぬ誇りと自信が、虚勢を現実にしてくれる。

「フン……何がクイーンだ、全身火器のハリネズミが……」

 大型のシールドバインダーに連結された左右4つづつのビットを切り離しながら、セシリアはさらに上昇する。

「……面白い……抵抗するがいい……抵抗してもしなくても……泣きながら命乞いさせてやる……さぁ、たっぷりともがけ」

 本来、サイレント・ゼフィルスに装備される筈だったBT兵装強化パッケージ。その強奪の為に再びイギリスの空に現れたエムは、バイザー状のヘッドアーマーの隙間からのぞく口元を酷薄な笑みに歪め、手にしたライフルの先端にブレードを展開して瞬時加速【イグニッション・ブースト】を行い、一気にセシリアとの間合いを詰めようとする。

 そこへ、白い影が割り込んできた。銃剣を雪片で受けながら、一夏はエムの突撃を許さない。IS学園で学び、いくつもの戦いの中を進んで来た一夏の経験が、セシリアとブルー・ティアーズ.Q.G.の欠点を理解させる。近付かせちゃいけない。
 Q.G.装備は【テンペスト】による高推力と高機動の両立を成しえている。ともすれれば無敵とも言えるそのコンセプトはそもそも機体重量が重いという欠点を無理矢理解消させる為の副次的要素に過ぎない。確かに推力は高く、そのスラスターをフレキシブルに稼働する事で尋常ではない機動を見せる、しかしその重さ故に生まれる慣性は、逆噴射による静止行動にさえ極めて低い運動性として現れるはずだ。高機動と一口に言っても、それにも種類はある。ここまでくるともはやジェットエンジンを積んだ航空機に近いかもしれない。高速移動しながらの高機動戦闘こそがQ.G.の舞台であり、高機動高運動性を求められる近接格闘戦闘は今まで以上に苦手になったと考えていいはずだ。

―――― だったら、やる事は一つだろう?

「やらせるかよ!俺がいるんだぜ!!」



519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 02:07:45.68 ID:ZBLQCw1f0


 白式はほぼ完全に格闘戦に特化されていると言って良い。運動性云々の話だけではなく、武装の面で。雪羅になって荷電粒子砲の使用は可能になったがあんなものは牽制の役にしか立たないと言ってもいい。実際学園で模擬を行う時はあんなもの身内にさえまともに当たった事が無い。だったらいっそ、出力を絞ったシールドといつも通り雪片での近接戦闘のほうがまだマシというだけだが。

「っは!お姫様気取りのハリネズミが調子に乗ってると思ったら、今度は偽者がナイト気取りか……学芸会か?」

 エムが、セシリアを護るように立ちはだかる一夏に嘲笑を浴びせかけながら、ビットを切り離す。数基をセシリアへの攻撃に、数基は自身の周囲に展開する。

 エムは知らなかった事だが、以前セシリアのクラスのライバルは、ブルー・ティアーズを女王の騎士と呼んで、自らとその黒い機体を黒騎士と呼んだ。ならば今日、この戦場において女王の青騎士団よりも傍で女王を護るその勇者は、白い機体になぞらえて"白騎士"とでも呼ぶべきだろうか。奇しくも伝説の名、奇しくもそれは白式の真実の名。

「ナイト気取りでもなんでもいいぜ。白騎士参上、なんつってな!」

 それを聞き、エムの表情から余裕が消える。沸き上がるのは、憎悪、憤怒、嫉妬。殺すなと言われている?構うものか、必ず殺してやる。姉の名はこのようなつまらない女を護る為に立つような男が名乗って良いわけが無い。

「お前……白騎士を……白騎士を名乗っていいのは……ねえさんだけだぞ……? もういい、ここで死ね!!」

 激昂したエムが一旦銃剣を引き、もう片方の手でナイフを出しては、次々と投げつけながらながら後退し、セシリアへと狙いを変える。ナイフは牽制、払い除けていては、セシリアへの攻撃を実行させてしまう。そう判断した一夏は防御もせず、一夏は体でそれを受け、シールドエネルギーが削られるが、そのまま一気に間合いを詰め、エムに斬りかかる。

「なにッ こ……こいつ!?」

「やらせねぇって、言っただろうが!」

 咄嗟に近接ブレードでその剣を受け、凌げば、流れる動きで二撃目、三撃目が迫る。一夏の武器は近接ブレード一つだった、実際に一夏はそれを扱う事の方が得意だったし、千冬も言っていた、一つの事を極めるほうが向いていると。逆に言えば、それならば、どのようなエースにももはや引けは取らない。四合目に鍔競り合いとなり、一夏は額から口元まで流れてきた己の血をぺろりと嘗める。


520: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 02:14:22.56 ID:ZBLQCw1f0


「一夏さん!!援護いたしますわ!!」

 運動性の低いISは基本存在しない。勿論サイレント・ゼフィルスも高い運動性を備えているのだが、どうしても動いた時に慣性が多少は働く。よってIS同士の射撃戦闘はその慣性制御の瞬間をいかに撃ち抜くかがキモとなり、当然それをさせない為に常に移動を繰り返しての戦闘が基本となる。ただしそれは通常の相手ならばの話。相手は、BT偏向制御射撃【フレキシブル】を使いこなす相手、フレキシブルの真の恐ろしさは、エネルギーの直接制御により、慣性法則を無視した偏向制御を瞬間的に行える事。つまりこの慣性制御の瞬間を確実に撃ち抜く事が出来るという即応性にある。

 先程切り離した八基のビットが其々エムに照準を合わせ、レーザーを放つ。その内のどれがフレキシブル射撃なのか判らない以上確実に防ぐと判断したエムは、シールドビットをばら撒きつつ、四基のレーザービットをフレキシブルで射撃しレーザー同士をぶつける事で相殺し、それで足らない手数は一本に一基のシールドビットを意図的にぶつける事でそれを防ぐ。

 同じ精神制御マニューバー同士であれば、相殺はわけもない。しかしこれではワリにあわない、そもそもまだあのハリネズミは全部のビットを切り離してさえいない。そもそも、まさか八本全てがフレキシブルで射撃されていた事に、エムは驚きを隠せない。

「同時八基の完全精神制御……!? これを才能で片付けろとでも言うのか!化け物め!!」

 たかが候補生という認識をエムは改める。早くその間合いに飛び込み、この化け物を仕留めなければ。レーザービットを飛ばしてセシリアを追わせるが、圧倒的な推力と機動性にビットが間合いを保って牽制を続けることさえままならない。そうこうしているうちに今度は一夏が切りこんできて、制御のままならなくなったレーザービットが撃墜された事を認識する。直撃は受けていないし、シールドの残量は十分にある、しかし、こちらも全く有効打を与えていない……それどころか

(完全に押されている!?こんな、たかが代表候補生と偽者の学生コンビなんかに……!)

 エムの表情からは完全に余裕が消えていた。別に侮ったわけではないつもりだった、常に戦いにおいては冷静、冷徹、確実に作戦をこなす為の一つの機械のように、正確に敵を撃つ。それだけだ。しかし……俄かには信じられない。

(このままでは……私が落とされる……?)

≪撤退しなさい、エム≫

≪なん……だと……私はまだ……≫

≪エム、わかって。 ま だ あなたを失うわけにはいかないの≫

 スコールからの一方的な通信が切れる、撤退だ、悔しいが、仕方が無い。……仕方が無い筈なのに、内心安堵の溜息が出る事が悔しくて唇を噛む。勝てない、このままでは勝ち目はない、それを心が認めていた。



521: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 02:17:53.52 ID:ZBLQCw1f0


 エムの誤算は二つある。最もエムにとって予想外だったのは、セシリア・オルコットの急成長。その成長の切欠が、自身がイギリスの専用機を奪って使用している事にあるのだから、侮っていたと言えば侮っていたとも言える。セシリア・オルコットの前にこの機体で現れるのならば、覚悟をしておくべきであった。市街地での追撃戦の際に、自機の稼働限界も省みずに追い縋り、機体を破壊されながらもBT偏向制御射撃【フレキシブル】で一矢を報いたのは他ならぬセシリアだったのだから。

 そして二つ目は、相手コンビの本質を見極め損ねた。例えば織斑一夏の変化、初めて、本気で好きになった女性を護る。俺の女に手を出させない。今の一夏は揺るがぬ男の矜持を以って立っている。本人的には自分の女というわけでもでもないかもしれないが、実際の所、二人は完全に両想いであり、やってる事は恋人同士のそれ、しかも姉公認。ただの即席コンビどころか、心から信頼したもの同士だった事。



「くっ……くそ……!! ―― 動くな、動けばあの建物を吹き飛ばす!」


 スターブレイカーを真っ直ぐと先程屋上を破壊した施設に向ける。今度は威嚇などでは無い、最大出力の一撃を撃ち込むとそう宣言した。スコールによってISを使っての殺人だけは禁止されている以上実行はできない、もはや作戦の続行は不可能と判断したエムは撤退の時間稼ぎのために人質をとる戦術をとった。なりふりなど構っていられない。

(屈辱だ…………ッッッッッ!!このような真似をしなければ撤退も見込めないのか私は!!!)

 あの圧倒的な推力を見る限り、ブルー・ティアーズ.Q.G.相手にサイレント・ゼフィルス単機の撤退が成功するとは思えない。むしろ、人質をとったところで逃げ切れる保証さえ無いのだから。エムは内心の焦りを酷薄な笑みを浮かべる事で隠しながら、二人の応答を待つ。



522: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/11(月) 02:18:31.61 ID:ZBLQCw1f0


≪……一夏さん≫

≪判ってる……ここは学園じゃない、障壁があるにしたってさっきの様子じゃ施設は……≫

 プライベートチャネルで短く言葉を交わす。セシリアにとってここは自身の未来に等しい施設、一夏にとっても、それは同様だ。セシリアは自力でもオルコットの家を維持し続ける手腕があると千冬がベタ褒めしているのを聞いた事はあったけれど、国家の庇護無しとなればその責務は今の比では無い。

 BTの研究機関であるこの施設を失いブルー・ティアーズがその価値を失ったなら、国家による庇護を失ったセシリアは学校を辞めてしまうだろう。IS学園の特例条項がその身柄を護ってくれるラウラやシャルロットとは違い、セシリアが背負うものは自分自身の事ではない。その肩に掛かっているのはオルコット家全体なのだから。

 そして今この施設には、千冬がいた。あの人を人間扱いすることは間違ってる。日ごろ一夏はそう思っていないわけではない。間違いなく化け物の部類で超人で、鬼で悪魔で神で邪神。素手でIS用の刀を振り回し、金属バット一本で専用機を秒殺する、自称Great Teacher Orimura.

(それでも……たった一人の、俺の肉親)

 それはセシリアも同じ気持ちで。厳しくも優しい人、女性としての憧れの対象。柔らかな笑顔で家族を見守り、無償の愛を捧ぐ人。いつかあんな風に強くなりたい。憧れのお姉様、と言っても少しだけ、クラスメイトのそれとは意味が違う。憧れの……お義姉さま。

(家族を……見放せるわけありませんわ……)

 人質に取られて、敵を逃がしたとあっては千冬は怒るだろうか。ちらりと一夏がセシリアの方を向くと、丁度セシリアも一夏の方を向いている所だった。何も言わなくても、プライベートチャネルを使ったわけでもないのに、不思議とその意思が伝わってくる。


―――― 一緒に怒られよう。


 二人の心は一つだった。



 幾度か前後にスラスターを吹かせながら空中での待機状態を作るセシリアと、エムからいったん離れ、雪片を納める一夏を見て、エムは満足げに唇の端を上げ、そして……欲を出した。




540: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/12(火) 02:28:53.18 ID:ZsGqx1fD0


「いい子だ……動くなよ?」

 口の端を大きく歪め、エムは銃口の先を一夏に向ける。それを見て、セシリアが構えるけれど、その機先をエムの言葉が制す。

「動くな、聞こえなかったか化物……ビットもだ、戻せ……」

「……ッ!!!」

 セシリアの顔に悔しさが浮かぶ、それを横目で見ると、エムの心には言いようのない満足感が満ち足りる。ああ、満足だ、とても満足だ。浮遊していた八基のビットがブルー・ティアーズ.Q.G.のシールドバインダーに戻ってゆく。エムには信じられない、こんな甘い小娘が、八基ものビットを同時に操り、その光条さえ支配下に置いたということが、信じられない……冗談にも程がある。

「セシ……なんとかと言ったな……確か……オルコットの当主だったな」

 エムが独白のように呟きを漏らす。それは問いかけのように、セシリアの耳に届いた。しかし、それにセシリアは答えない。そんな事よりも、この状況について考えることが先だ。

 一旦間合いを離した一夏は、剣を収めている。瞬時加速を行えば如何様にも詰められる間合いだけれど、果たして、その隙をエムが与えてくれるかは疑わしいし、武装の再展開が間に合うか……。かといって、ビットは切り離しのタイムラグが生じる。更にセシリアはメイン武器であるQ.G.装備にで採用されたチャージ可能型高出力BTレーザーライフル【スター・ゲイザーVer.1.2】をいまだ展開していなかったのも大きい。流石に普段の近接ブレード展開ほどの時間はかからないにせよ【テンペスト】の大推力任せに重量計算無視に搭載された大型ライフルは若干展開に時間がかかる。

「……答えろ、セシナントカ・オルコット」

「…………セシリア・オルコットですわ……何を答えろと仰いますの?Q.G.パッケージを寄越せとでも仰いますなら差し上げますわ。ですが、先程も申し上げましたがこの装備は既にブルー・ティアーズに最適化、再調整されておりますの……どうしても、と仰るのならば……今は武器を引いていただけるのでしたら……わたくしの、オルコットの名にかけて武装を解除して頂けるならば、をご用意しましてよ」

 名を間違えられた事に現実へと帰ると、セシリアは口惜しげに名乗りを返しながら、エムがそんな交渉を呑む訳が無いだろうし、セシリアもこの装備を譲る気など無かったし、譲りたくも無い。このクイーンズ・グレイスがエムの手に渡れば、恐らくはもはやセシリアには本当の意味で手に負えなくなる……Q.G.パッケージは、イギリスの汚名返上を賭けた装備、それは英国にとっての誇り、自身にとっての誇り。エムは当初、この装備を奪いに来た筈だ。回答を求められた問いは判らないけれど……セシリアの勘が、それを聞くべきではないと告げるから、誇りよりも大事なものが、敵の手中にあるから……誇りさえも、交渉の道具にする。

「ふん、今更そんなビットだらけの欠陥機などいらん……」

 そう、覚悟を一蹴されてセシリアの美しい顔が歪む、それを見ることができただけでもエムはこの卑劣な選択に価値を感じた。実際の話、このような大量に搭載されたビットは過剰としか言いようが無い。現在見た限りではあるけれど、八基ものレーザービットを同時使用することに価値が全く見出せない。それを全てBT偏向制御射撃する等出来て堪るものか。この女はその異常性に気付いているのだろうか、いや、気付いてはいまい。セシリアからは、大嫌いな人種のにおいがする。白人が嫌いなわけでもない、勿論好きでもない。ライミーが嫌いなわけではない、勿論好きでもない。

("持つ"者の臭いだ、恵まれた者、託された者、願われる者、好かれる者、望まれる者、才能ある者、愛される者、富を持つ者、地位ある者、この女は持つ側の人間だ)

 嫉妬、この世の不公平を具現化したような存在を前に、エムの心が逆立つ。そして、寄り添っていた二人の姿を思い出すと、エムの口元は今までにない愉悦に歪んだ。

「なぁに、簡単なことだ……。 織 斑 一 夏 を 、 お 前 が 殺 せ 。 さもなくば……撃つ」

 その言葉に、金髪の少女の顔から血の気が見る見る引いていく、その顔だ、その顔が見たかった。絶望に彩られたその顔が、何よりエムの逆立った心を安らがせていた。



542: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/12(火) 05:30:00.49 ID:ZsGqx1fD0


 その言葉が、セシリアの心を抉る様が、一夏の眼にも良く判る。腕部アーマーの内で拳はその動きをトレースした白式の拳の外装に傷がつくほどに強く握り締められていた。一夏はあまり、人を嫌いになる性質ではない。歳相応の粋がった言葉遣いもするし、喧嘩をしないわけでもない。怒る事だってある。それでも、今湧き上がる感情は、それとは比較にならなかった。

「……ってめえ……」

「なんだい?織斑一夏……喜べ、恋人の手で死なせてやると言っているんだ」

 エムが嬉しそうに笑みながら、とんだ勘違いの言葉を吐く。恋人なものか、恋人なんて言うのはセシリアに対する侮辱だ。セシリアには殺されたっておかしくない、しかしそれは、セシリアの意思で行われるならばの話。そしてセシリアはそのような選択をする女ではない。それを深く、深く実感したのはついさっきの事だったけれど……。あんな目に合わせた相手を自然に許せる優しく誇り高い女だ。

 その誇りを踏み躙ろうとしているヤツがいる。

「絶対に……ゆるさねぇ……ッ」

「……フン、お前に何ができる……これから殺される貴様に。 さあ……セシリア?」

「……くっ」

 エムは促すようにセシリアに声をかけながら、スターブレイカーの銃口を建物に向ける。逆らえば撃つ。その意思を受けて、苦渋の表情で一夏を見つめるセシリアが、その右手にチャージ可能型高出力BTレーザーライフル【スター・ゲイザーVer.1.2】を出現させる。それは、もはやレーザーライフルではなかった、一瞬エムも目を見張り、一夏は吹きそうになる。スターライトMk-IIIもかなり大きかったが、円筒型から全体をスマートな直方体型に変更されて更に大型化しているせいか、まるで角材、ライフルというよりはもはやバズーカ、大砲だった。


「一夏さん…………」


 セシリアは今にも泣き出しそうな顔で一夏を見つめながら、その銃口を一夏へと向ける。BT強化パッケージ、やり過ぎだろう。状況は状況だけれど、一夏はそう思わずにはいられなかった。砲身の奥、チャンバー部から先端に伸びるスリットがゆっくりと光を強めてゆく。一瞬で楽になれるだろうか、セシリアの真剣な眼差しを見つめ返しながら、一夏は……


「……あぁ、いいぜ……セシリアがそう決めたんなら」


「……ごめんなさい……ごめんなさい一夏さん……」


「……謝るなよ、セシリア……セシリアは笑ってんのが一番だって」


 二人の会話が、処刑する者とされる者の癖にイラつく甘さで、最高の気分に水を差されたエムは見ちゃいられないと舌を打つ。その瞬間、セシリア手によってトリガーが引かれ、砲身さえ内側から破壊しながら、眩い光が一条、ロンドンの空を真っ直ぐに引き裂いた。



548: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/13(水) 02:11:24.20 ID:bCtYOwM/0


 セシリアの放ったレーザーは発射の直前にエムのほうに向けられて放たれた。千冬がいて、自身の生命線でもある施設を無視し、エムが施設への凶行に出る前に決着をつける。放出される膨大な熱量に耐えられずに暴発を起こして手元で爆発する試作ライフルは全くの計算外だった。身内ともいうべき英国のIS研究機関を悪く言いたくはないが、BT兵器オンリーのド実験機兵装で他国の第三世代より良い成績を残せ、実験データを残せと言ってみたり、いつの間にか強化パッケージをサイレント・ゼフィルスの分しか作っていなかったり、いざブルーティアーズにそれを搭載しようとなれば、重さを出力で相殺する突貫工事仕様だったりと本当に常々いい仕事をしてくれる。嫌いではないが、手元で爆発するメインウエポンは流石に無い。半分ほどシールドエネルギーを持っていかれながら、駆動系の異常がないことを確認し、セシリアはQ.G.のテンペストスラスターを全開に開いた。

 エムの敗因は二人に時間を与えたことだ。プライベートチャネルを用いた通信等いらない。この状況ならばどう動くかを想像する。兼ねてより織斑千冬が授業中に幾度も教え子達に言って来た事が、二人のタイミングにラグを発生させなかったセシリアの射撃という名前の自爆とほぼ同時に一夏は雪羅のシールドを発動しながら、エムへと間合いを詰める。

 セシリアの謝罪の意味を、その真剣な視線から理解した一夏は、すぐさまそのタイミングを計算していた。尤もこの状況の場合それは簡単だ、人質を取りながらもセシリアに火器の使用を許可したエムが浅慮か間抜けか余裕なのかは知らない。或いは一夏という存在が彼女に冷静な判断をさせなかったのかもしれない。それはともかく、仕掛けるならば射撃の瞬間しかありえない。セシリアならばどのタイミングでトリガーを引くか、

 そのタイミングはほぼ完璧だったと言えた。爆風に包まれるセシリアは当然心配だったけれど、どう見ても銃の暴発による誘爆だった。ISの武装にはそういった場合の安全装置が通常は搭載されており、まず大事には至らない。筈だ。

「……貴様ら、人質を見殺しにするつもりか!!」

 砲身を破壊しながら伸びる光の渦を小刻みな瞬間加速で回避しながら、エムは残っているビットを全て分離しながら、ライフルの銃口を施設へと向ける。

「撃ってみろよ!そのかわり……撃って逃げられると思うなよ?」

 凄味をきかせた一夏の言葉はゆっくりとしたものだったけれど、その動きは早い。エムのマニューバをサイレント・ゼフィルスのスラスターの明滅から読み取り、迎撃に展開されるビットから放たれるBT偏向制御射撃の雨の中を小刻みな瞬間加速で避けながらぐんぐんと間合いを詰める。避けきれないBTエネルギーは雪羅で展開した対エネルギー兵器最強の盾、零落白夜のバリアシールドで叩き落とす。

「これで……終わりだ!エム!!」

 一夏の全身全霊の怒りを具現化したように雪片弐型が変形し、巨大なビームブレードを形作る。

「――なァめるなァァァッ!!!!」

 エムは常から他者を見下した態度を隠しもせず、敵であれ味方であれ、冷静な、冷酷な戦士としての態度を貫いてきた。シャルロットとも全く違う完全な実力に裏打ちされた上から目線。そのエムが、訪れた危機に絶叫にも似た雄叫びを上げて、スターブレイカーを実弾モードに切り替え、後方への瞬間加速という離れ業をやってのけながら乱射した。



549: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/13(水) 02:14:55.68 ID:bCtYOwM/0



 三人の戦いを基地の外、高層ビルの屋上から自身のISのセンサーを使い"視て"いた女性が、小さく笑いその戦いから背中を向ける。

「だから退けって言ったのに……仕方のない子ね」



550: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/13(水) 02:15:39.68 ID:bCtYOwM/0



「うおおおおおおおおッ!!」「ッらああああああああああああ!!!!」

 二人の咆哮がイギリスの空へ響く。セシリアを庇った負傷が響き、一夏は精彩を欠く動きを、強引な突貫で補う。零落白夜のシールドはエネルギー武器には無敵の盾だが、実弾兵器には途端に無力となる。雄々しき咆哮を上げながらも、みるみるうちに一夏はシールドを削られて行くが、執念の一撃が、エムの左肩ユニットを真っ二つに切り裂いた。

「ぐっ……ぅ!よくもッ」

 苦渋の表情浮かべつつも、体勢を整えたエムは、シールドビットを一夏にぶつけんばかりの勢いで放出する。破れかぶれにしか見えないが。

「こんなもので!!!」

 一夏の剣がシールドビットを切り裂いた。

「!?」

 次の瞬間一夏の体が至近距離で起こった爆発の衝撃に弾き飛ばされる。口の中を切っただろうか、濃い鉄の味が口内を満たす。失敗した、相手はエムなのだ、一筋縄でいくわけがない。

(ばらまいたシールドは……防御でも苦し紛れでもなくこのためかよ……ッ)

 精神感応機雷とでも言うべきのシールドビットが一夏にトドメを刺すために迫るけれど。その主は次の瞬間そこにはいなかった。サイレント・ゼフィルスが高速接近する敵機への警告を発した次の瞬間。近接センサーが認識できる範囲の外から、推力全開の巡航から瞬間加速を使い一気に飛び込んできたブルーティアーズの巨大な爪に掴まれながらエムは音を遥かに超えた速度域に浚われ、呑み込まれていた。


551: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/13(水) 02:17:07.30 ID:bCtYOwM/0

――――


 ブルー・ティアーズ.Q.G.の大型シールドバインダーは、上側に一つ、下側に三つのビットを搭載している。他のビットより若干よく見ると大きい左右八基のビットは実は単純なレーザービットではなかった。BT固定試験型と銘打たれたそれは、レーザーの指向性を操作できる偏向制御を応用し、レーザーを纏うことができるように小型の砲口が複数装備されているタイプで、言うなれば」、レーザーソードビットという装備だった。試験型と武装のインフォメーションに表示されているのを見ると、つい先程の自爆兵器を思い出すが、この装備の原点はセシリアだった。
 以前にセシリアがビットで殴り付けるという戦法をとった情報を聞き、BT兵器新武装開発局の腕っこきエンジニア達が嬉々として即座に制作を始めたという。シールドバインダーに搭載したままブレードを出す事が出来るようにし、ビットマウントに可動域を設定したのも彼らだ。両腕とは別に特大のクローを装備しているかの状態の為、説明を受けてもセシリアはそんなゲテモノのような真似、と使いたくはなかったが。使ってみると思った以上にこのQ.G.装備の加速性にマッチしているのがちょっと癪に障る。

「――っ…………!! き、貴様ァァァァァ!!!」

 レーザーブレードの爪に対し間一髪、ギリギリで銃剣を使い受け、致命傷を避けたエムだったが、の壁に叩きつけられて過剰なGを受け続けるサイレント・ゼフィルスのアーマーが限界を示すように火花を散らし始める。

「贖いなさい!あなたはわたくしの、オルコット家に銃を向けた!!!」

 あっという間にロンドンの街が遠のいてゆく、都市部を離れたテンペストのスラスター口を稼働させ、エムを森林に叩きつけるように放り出しながら、セシリアは全身の十二基の騎士達を解放する。

「お往きなさい!!わたくしセシリア・オルコットの名の許に! ナイツ・オブ・ザ・ラウンド≪円卓の騎士≫!!」

 少し、ラウラの病気が伝染ったかもしれない。しかし、これは高揚した精神には少し気持ちがいい。十二基のビットが空を舞い、十基が発する光条は、すべてが非同期射撃、全てが偏向制御のホーミングレーザー。キンと耳鳴りがするほどに意識を集約させ、追撃のレーザーソードビット二基がエムを切り裂いた。

「この……ば、化け物が!!!うぁぁあああああああああっ!!!!!!」

 地表近くまで音速域から投げ出されたエムは満足な回避運動も取れないままに光の乱舞に全身を撃ち抜き、切り裂かれ、サイレント・ゼフィルスを強制解除させられて意識の紐を断たれた。そのおかげか、音速のまま地上に叩きつけられることは免れ、それでも十分すぎるほどの勢いではあったが、木々の中へPICによる慣性制御の保護を受けながら落ちて行った。




552: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/13(水) 02:17:48.23 ID:bCtYOwM/0





====RESULT====

○セシリア・オルコット [35分08秒・円卓の騎士] ×エム





「さあ、回収させてもらいますわ、サイレント・ゼフィルスを……」

559: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/14(木) 21:17:04.56 ID:obN4rc4/0



≪セシリア!セシリア!大丈夫か!?≫

 コア・ネットワークを介して、一夏の声が聞こえる。未だ緊迫している様子をその声色から察すると、戦いを終え戻って来た騎士たちをマウントしながらセシリアは大きく深呼吸をして声を整え、安心させるよう、努めて穏やかな声を返す。

≪大丈夫、終わりましたわ。一夏さんは施設の方にエムさんの収容を準備するよう伝えて頂けますか≫

≪落としたのか……!?やったなセシリア!すげえよ!≫

 弾む一夏の声が嬉しくて、祖国の誇りを自らの手で守った事が嬉しくて、コア・ネットワークなら日本の鈴にも届くだろうかなんて思ってしまって。でも、それは今夜実家に帰ってからゆっくりと部屋の電話からしようと思いなおすと、森へと落ちたエムを回収しようと、スラスターの出力を調整しながらゆっくりと降りて行く。

「なかなか取り回しに難のあるパッケージですけれど……慣れれば低速域での近接戦闘もカバーできそうですわね」

 その使いこなすのがまず難しいのが問題だけれど、と苦笑いを浮かべながら森の上に差し掛かったセシリアの右スラスターが突如飛来した光弾に撃ち抜かれ、機能を停止する。

「……えっ!?」

 エムの落ちた方角とは別の方向。森の中からの狙撃かと身構えようとするが、テンペストの片方だけを失った状態ではバランスの維持さえ容易では無い。このまま足の切れた凧のように回りながら落ちてしまう前に、もう片方の出力も切れば、PICは辛うじて働いているものの重量過多により徐々にではあるけど落下してゆく。

≪頑張った所悪いけれど、エムもサイレント・ゼフィルスも失うわけにはいかないのよ≫

 突如耳に入ったプライベートチャネルにセシリアはぞくりと背筋を震わせた。敵がまだいる。先程の攻撃はその何者かが行ったのであろう事は想像に難くない。ほぼ自然落下状態のセシリアは格好の的の筈だ、センサーの感知範囲を広げると、驚くほどあっさりその存在は感知できた。スーツ姿の女性が悠然と倒れたエムの元に向かっている。ISは展開していないが間違いなくISを所有しているだろう、それも、国家代表クラスの使い手と軍用機の

 即座に十二の騎士を切り離し、その存在を囲むように展開させるが、一定の距離までその人物に近付いた瞬間からビットが次々と落とされてゆく。精神感応兵器である以上、セシリアが認識できない攻撃は回避できない。このままでは全て落とされると判断したセシリアがビットを引き上げる時、残ったビットはたったの二つだった。

≪腕を上げたのね、ふふ、サイレント・ゼフィルスよりも"あなた"を真っ先に奪うべきだったかしら≫

 余裕の言葉が圧倒的な実力差を感じさせて、セシリアは恐怖を感じた。仕留めようとこの女が本気で思えば、その瞬間に命を落とすであろう事をじっとりと纏わりつくような視線から感じる。生殺与奪を握られている。プライベートチャネルで一夏に救いを求める事さえ、この女を刺激するかもしれないと思うと躊躇われた。

≪うふふ、可愛い子……心配しなくても、あなたをどうこうするつもりはないわ。今日のところは≫

≪…………ッ≫




560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/14(木) 21:18:00.14 ID:obN4rc4/0



≪ねえ、セシリア・オルコット。国も、過去も、背負うものも、全てを捨てて、楽になってみたいと思わない?あなたはしたいように生きる事が出来る、何も強制されず、何の不満も抱かず……あなたは自分でも判っているのでしょう?どうせこのまま候補生をやっていても、BT兵器実用化に向けた実験台として使われ続け、あなたの成果 だ け が、より実戦に即した経験を積んだ国家代表と共に世界の舞台へ羽ばたく……あなたという存在はその為の踏み台って≫

 女の言葉は、まるで、一人枕を濡らした日々を見ていたかのようで。より実戦向きな武装を許されていれば取らなかった不覚の日々。このQ.G.装備さえ、きっと一夏には歯が立たずに敗れるだろう。箒を削り切ることはできないかもしれない。鈴には近づかれてしまえばクイックな挙動に翻弄されるだろう、シャルロットは対策をすぐに立ててくるだろう、ラウラは本来有利なはずの状況でありながら、以前からの通算ではまだ負け越して漸くイーブン程度だろう。簪とはまだ対戦した事はないが、マルチ・ロックオンシステムでビットを狙う事が出来る打鉄弐式の性能はカタログスペックしか知らないが相性は悪そうだ。

 確かに、偏向制御はモノにしたが、ブルー・ティアーズはまだセカンド・シフトできていないし、ワンオフ・アビリティだって発動できていない。じきに二年になり、一般生徒も実力を着けてくる頃だ。場合によっては、武装に極端な偏りがあるブルー・ティアーズは負ける可能性すらある。しかし、それでいいとされる屈辱、セシリアはBT兵器のデータ収集こそがIS学園入学の第一目的であり、本国は勝敗よりもそれを重視する。データを収集して、足らないところを報告したからとブルー・ティアーズにフィードバックされることは殆どなく、その代りに自分以外の誰かのためにサイレント・ゼフィルスが作られた。

 不満を感じないわけがない。


――― でも。


≪……ふふっ。 気に障ったならごめんなさい。もし亡国企業に就職したくなったなら、いらっしゃい。いつでも歓迎するわ……また会いましょう、セシリア・オルコット≫


―――― でも。


「…………ッ」

 重量過多で動けなくなりながら、森の中、セシリアは何の言葉も返せぬまま、抵抗もできないまま、女が立ち去るのを黙って見ているしかできなかった。



 一時間後、一夏から連絡を受けた機関の職員がISを解除してロンドンに向けて一人歩くセシリアを発見してかけた言葉は、彼女への労いの言葉よりもエムとサイレント・ゼフィルスを撃墜しながらまんまと取り返されてしまった事に対する叱責だった。




561: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/14(木) 22:39:44.06 ID:obN4rc4/0

========================================================================

番外 IS解説

■ブルー・ティアーズ クイーンズ・グレイス [ BT-01.qg ]

 中国の「甲龍」に搭載された機能増幅パッケージ「崩山」のコンセプトを参考に、「サイレント・ゼフィルス」の為に用意されていたBT兵装の機能増強パッケージを「ブルー・ティアーズ」に搭載する為に再調整したパッケージ。
 「女王の寛容」という名に反した超重装パッケージで、豪奢なドレスを思わせる外見と裏腹の、BTビットが十二基に増設されたほぼ全身火器という重火力が特徴。従来の四基から一気に三倍ものBTビットの搭載は、そのマウントユニットを含めた全体的な機体重量の肥大化に繋がり、実弾兵装を積まないが故の軽さというブルー・ティアーズの長所を完全に殺すものだった。そこで打開策として搭載されたのが大推力で重量を強引に相殺する腰部大型フレキシブル・スラスター・ユニット「テンペスト」である。

 武装面では、試作型チャージ式BTレーザーライフル「スター・ゲイザーVer.1.2」を装備しており。出力最重視のチャージレーザーは余りの長大さに保持の為のショルダーアーマーと一体化され、取り回しが極めて悪いと言う欠点を抱えている上に、フルチャージした場合には砲身が一射で融解するという問題点がある。欠陥品?とんでもない、ただの試作型です。

 更に増設されたBTビットのうち、大型化したシールドバインダーに搭載されているビットはBTエネルギーの固定展開が可能なモデルを採用しており、従来のオールレンジでの射撃戦闘は勿論のこと、ソード・ビットとしてのオールレンジ近接戦闘や、直接マウントしたままシールドスパイクのように使用する事も出来る。

 唯一の実弾兵器であるミサイルは弾頭にBTエネルギーを含み、精神感応で手動誘導させるという仕様。

 

 高機動+高火力を実現し、欠点らしい欠点のないように見える同パッケージだが、機体重量は極めて重くなっており、特に慣性制御にモロにその影響が現れており、致命的な迄に繊細な挙動が行い難くなっている。その為、これまで以上に極端に近接戦闘を苦手とする。更に装甲面の強化が薄く、ブルー・ティアーズでの問題点でもあった構造の精密さから来る特有の打たれ弱さはそのままであり、むしろ制御系統の増加によりこれまで以上に総合的な耐久力は減少していると考えられ、前述の突撃攻撃はあまり使用できないと考えていい。特にテンペストへの被弾はそのまま即移動不可能へと繋がる。


武装

 チャージ式レーザーライフル「スター・ゲイザーVer.1.2」 × 1
 ブルー・ティアーズ(BT固定展開可能多機能モデル) × 8
 ブルー・ティアーズ(BT) × 4
 ブルー・ティアーズ(BT弾頭搭載型ミサイル) × 2



一夏「えー、一号機と強奪された二号機の決戦ときたらフルバーニアンだろJK!!」
弾「わーいフルバーニアンだー、っておいいい!一夏ァ!これもうフルバーニアンどころじゃねーぞ!?」
一夏「こまけえこたいいんだよ、決戦仕様なんだから。セシリアがステイメンの代わりにちょこんと載ったデンチョロビウムの予定だったんだからマシになったろ」
弾「マシ……なのか?」


========================================================================




563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/14(木) 22:44:44.09 ID:obN4rc4/0


――――――


 オルコット邸へと向かうロールスロイスの車内で、一夏、千冬とセシリア、チェルシーの四人は、横向き向かい合わせの座席で長い無言の気まずい時間を過ごしていた。

「…………」

 見るからに、セシリアはその瞳に涙をいっぱいに溜めており、押し黙っていた。一夏と二人で施設への襲撃を退け、世界中のIS機関が成し得なかった、サイレント・ゼフィルスの撃墜を成しえたセシリアを迎えたのは、Q.G.装備の肝であるテンペストを破壊され、撃墜したにも拘らず逃げられた事と、亡国企業への内通の容疑をかけられるという追求だった。それを聞いた一夏は勿論講義したけれど、いかなる国家にも所属していない一夏に向けられたのは講義への反論でも同意でもなく、英国への帰化の薦めと白式を調査したいという一方的な要求だった。

「……セシリアの国を悪く何か言いたくはねーけど……くそ、なんなんだよ……あいつら……こんなの……こんなのあんまりじゃねぇか」

「…………黙れ、織斑」

「千冬姉!千冬姉はこれが正しいと思うのかよ!……これじゃ……これじゃあ……セシリアは、あんなに何の為に苦しんで、悩んで……泣いてきたんだ……やりきれねぇよ!」

(……?   ………一夏さん……どうして見ていたかのように知っておられるんですの……?)

 ふと、一夏の言葉に違和感は感じるけれど、突っ込む気力は今はなくて、セシリアは少しだけ姉弟に視線は向けるけれど、言葉は発さずに二人の会話を聞く。

「黙れと言っている!…………一夏。お前の言葉が正しかろうと、それが専用機を与えられた者の責務だ……お前はそれを言ってはいけない人間だ。……それ以上、セシリアを責めるな、それを言って苦しいのはお前でもイギリスの機関でもない、セシリアだ」

「お二人とも、お嬢様の為にありがとうございます……」

 千冬が声を荒げて語る言葉は、どうしようもないほど正論で、だからって納得なんかできなくて千冬に抗議をしようとした機先にチェルシーに礼を告げられると、一夏はそれ以上千冬に反論を続けることもできず、丁度正面になるセシリアを、眉尻を下げて見つめる。



565: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/14(木) 23:09:47.19 ID:obN4rc4/0


「…………セシリア」

「…………ごめんなさいチェルシー。一夏さん、千冬さん……仕方ありませんわ!今回はわたくしが失敗してしまったのが原因ですもの……施設の方にも、千冬先生にもお怪我が無くて何よりですわ。それに、わたくしの勝ちは勝ちですもの」

 漸く顔を上げたセシリアの表情は至極穏やかで、目尻に堪った涙を指でそっと拭いながら柔らかく笑う。今回の事件での怪我人は約一名。一夏が、縫うほどではないにせよ頭に怪我をして、今は包帯を巻いている。髪を剃られるのは拒否したせいか、バンダナかヘアバンドのように巻かれた包帯が痛々しいけれど。

「……ぷっ」

「セシリア!?」

「……っくく」

「千冬姉!?」

 セシリアが、一夏を見て小さく噴出し、続けて千冬が喉を鳴らして笑う。痛々しいほどに似合っていない。

「……お前、別に患部周りを少し剃るくらいいいだろう、小さな頃はスポーツ刈りにしてやったこともあったじゃないか」

「あれって千冬姉がバリカンの切れ味を実感したいって無理やりやったように記憶してるんだけど!?いいんだよ、もう血も止まってるし、剃るほどの怪我じゃないから包帯だって念の為巻いてるだけだし」

「んん?聞こえんなァ……またやって欲しいって?」



566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/14(木) 23:10:55.01 ID:obN4rc4/0



 やがて車が止まり、運転手が外を回り、ドアを開けると、まずはセシリアの専属メイドであるチェルシーがするりと慣れた仕草で社外へと歩み出て、一夏と千冬を促す。彼女に手を借りて車から降りると、すっかり暮れた空の下、まるで博物館か資料館を思わせる佇まいの屋敷を見上げ、一夏は目を見張り、周囲を見回すと玄関らしき大きな扉から車まで、数人の使用人が並び頭を垂れていて、びくりと身じろいだ。

「……ぅぉ……」

「何がうお、だ馬鹿者、しゃんとせんか」

 スパン、と千冬の手が一夏の頭を叩く。傷口に響き、存外の痛さが走って蹲る一夏を、最後にチェルシーの手を借りながら下車したセシリアが見つけ、心配そうな声を上げた。

「い、一夏さん!?大丈夫ですかっ?」

「あ……ああ……」

 一夏とセシリアの時間が始まりそうになったが、それは居並ぶ使用人たちの中で初老の男性が一歩前に出て恭しく頭を垂れる声で中断された。

「お帰りなさいませ、セシリアお嬢様」

「「お帰りなさいませ」」

 男性の挨拶を合図に一糸乱れぬ仕草と揃った声が続き、館の主を迎える。セシリアは蹲った一夏の傍らで名残惜しそうにしながらも先ずは背筋を伸ばし。

「ただいま戻りましたわ。お変わりはなくって?」

 その言葉を合図に、使用人たちが怪我人の手当てと、荷物の運び込みに迅速に動き始める。おそらく、仕事の関係者なのであろうスーツ姿の女性等がセシリアを囲み、手にしている資料を次々とセシリアに差し出す。一夏に肩を貸そうとするメイドの一人を千冬は片手で制し、弟の首根っこを掴んで立たせる。

「ち、千冬姉、俺怪我人なんだけど……」

「一夏さん、千冬さん」

 仕事の関係者を片手で制しながら、セシリアが二人に向けて笑いかけているところだった。恐らくはここで一旦別れて、彼女は溜まっている仕事を片付けにいくのだろう。少しだけ残念そうな顔をしているのが分かって、その残念そうな気持ちが、一夏に少し伝染する。

「わたくしは一旦失礼いたしますわね。お部屋をご用意させていただきました。チェルシー、二人をお通ししなさい。何かございましたら、遠慮なくお申し付けください。ごゆっくり、お寛ぎくださいまし」

 堂に入った仕草でお辞儀をひとつ、一夏に寂しさが伝染したことが嬉しくて、その声は先程まで落ち込んでいたことを感じさせないほどに弾んでいた。



568: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/15(金) 00:03:55.60 ID:fLADhKDz0


―――


「それでは織斑様、何かございましたら、お声をおかけください」

 恭しく頭を垂れ、部屋を出て行こうとするチェルシーの肩を、がっしと千冬が掴む。

「待て」

「……は、はあ?如何なさいましたか?」

 部屋は上等の調度品が揃えられ、寮の部屋よりぜんぜん広かった、が、先程一夏が案内された部屋に比べれば随分と質素だ。そもそも先程一夏の部屋は本当に客間なのか、いろいろ聞きたいことはあるが。

「この部屋割りを決めたのは誰だ?」

「出発前にお嬢様から指示をいただきました」

 浮かれきったセシリアの顔が思い浮かぶ、一夏を放り込んだ部屋は恐らくはセシリアの自室。昨日の今日でもう仕掛けるつもりかと痛い頭に軽く手を添え、深く深く溜息を吐く。確かに昨夜の仕掛け人は自分だったがそう連日は過剰だろうとなぜ気付けないのか、これが若さか、単純にセシリアがバカなのか。

「……チェルシー君、と言ったか。キミはこれでいいと思うのかね?」

「……その……寮では別々の部屋でしょうし、たまには急接近などもお嬢様がアドバンテージを握るには必要かと思いまして……織斑様、織斑先生様と致しましては、教職と言う立場を今宵はどうか……」

 申し訳なさそうな顔をしながらも、チェルシーは主人のため、二つ年下の可愛い妹のような、幼馴染のため、元ブリュンヒルデにも一歩も引かずに、今夜は見逃せと、そう告げる。

「……チェルシー君…………昨夜もスイートまでとって二人きりにさせたのだ、暴走しそうだったので、私が止めたがな…………間違いしか起こらん、今のままでは」

「…………」

 無言でチェルシーは千冬に深々と頭を下げ、どこかからか取り出したトランシーバーを使い、他の使用人に連絡しているようだ。 そして、通信を終え……

「織斑様、スイートの料金は、当家がお支払いいたします。それで、一夏様は別の部屋でよろしいでしょうか」

「いや、ここに放り込んでくれ」

「かしこまりました」




 その頃、一刻も早く部屋に戻るために仕事に全力を尽くしているであろうセシリアは、自身の目論見が崩れたことを知らない。『昨夜は清楚系で行ったからいけなかったんですわ!ここはやはり、せくすぃー&◯◯◯で攻めますわ!』なんて妄想を膨らませていた。


573: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/16(土) 00:19:52.27 ID:9UgcdOyJ0



 最後の書類にさらさらと署名を書き込むと、ペンを机のホルダーに戻して深く息を吐き、黒革の椅子に深く背を預ける。終わった。財閥というものは巨大な回遊魚のようなもの。動きを止めたら、衰弱し、やがて死んでしまう。動きを止めないために普段学園に持ち込んでいる端末からできる仕事はしているし、国からの支援や、各傘下企業の従業員たちにほぼ任せ切りでも回らないわけではない、しかし、大きな舵を取るその決定と言うものは、自分がとらなければならない。そこには大きな責任があり、きっともっと有能な者もいるだろうけれど、責任を負うことができるのはセシリアだけなのだから。

「おわりましたわー……!」

 満面の笑顔でうんと両腕を高く伸ばす仕草は、未だ恋も未熟、経験も未熟な10代の少女そのもので。まるで、溜まった宿題を片付けて喜んでいるかのような印象さえ受ける。

「お疲れ様でございます、セシリアお嬢様。湯浴みの準備は整っております。手筈どおりに夕食はお嬢様がお部屋に一度お戻りになられた後に」

 控えていた初老の執事が恭しく頭を垂れる。両親を喪った12歳のあの日から、セシリアはオルコット家の当主となった。その華奢にも見える双肩にはオルコットに連なる者全て、その歴史の全てを背負い、更に国家の威信をかけた第三世代IS技術のテストパイロットとしての責務までを背負っている。

 事故の後、これでオルコット家は終わりなどと言う声も聞かれた。敏腕で知られたセシリアの母は、非常に優秀な人であったが、一人娘であるセシリアには非常に甘く、やや過保護な一面もあった為、当初セシリアが当主を引き継ぐことに難色を示すものが大半だった。しかし、セシリアはそれらの声を撥ね退けて、母の跡を継ぎ、オルコット家の当主となった。蝶よ花よと育てられた無垢な思春期の少女は、自分自身を犠牲にしながら、文字通り全てを賭して家の為に尽くした。

 あどけない瞳に精一杯の決意を宿し、未だ可愛らしいという表現の似合う容姿から想像される様々な中傷もものともせず突き進むセシリアを見つめる、オルコット家の使用人たちもまた二つに割れた。今こうしてオルコットに仕え続けている者には一つの共通認識がある。『仕えているのはオルコット家ではない。両親の死を超え、遺された全てを護る決意に進み続けるセシリアに仕えているのだ』と。



574: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/16(土) 00:20:35.47 ID:9UgcdOyJ0



「ありがとう。それで部屋割りのほうは……?」

 この笑顔の為ならば、例えこの先セシリアの失策があってオルコットの家が没落したとしても、決して主を違えぬ決意。しかし……内心は至極複雑だ。この老執事にとってセシリアは単に主君というだけではない。まだ言葉も話せぬ頃から知っている少女はまさに孫娘のようにも感じている。いや、使用人全てにとってセシリアは孫娘であり娘であり妹なのだけれど、その時間が長い分その感情の傾きも大きい。

「……は、お嬢様の仰せのままに…………しかし……」

「ありがとう、じいや♪ うふふ……一夏さん……」

 正直、未だ婚約の約定さえ交わしていないどこの馬の骨とも知らない……いや、世界唯一の男性IS操縦者で、元ブリュンヒルデであるチフユ・オリムラの弟君であるという事とイチカ・オリムラという名前であることは良く知っている。それだけだ、女性遍歴は?セシリアを泣かせる男か?16になるとはいえ流石に早いんじゃないか?どうせならもっとこう、婿養子なりなんなり、逃げられなくしてからが良いのではないか。

(そもそも紳士と呼べるのか!?ワシはまだ認めてなどおらぬぞ……ッ!!)

 しかし幸せそうなお嬢様の笑顔を見ていると、それを無碍に否定もできない。せめてチェルシーがこちら側ならいいのだが、チェルシーはどちらかといえばセシリアの味方だった。憎い、イチカ・オリムラが憎い、お嬢様をどうするつもりだ、渾身の右ストレートを叩き込む事にならなければいいが……。スキップしながら執務室を出て行くセシリアを見送りながら、じいやはギリっと拳を握り締めていた。



575: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/16(土) 00:27:42.25 ID:9UgcdOyJ0


―――― セシリアは薔薇の花びらいっぱいのお風呂を済ませると、薄手のワンピースに軽くショールを羽織った姿で自室へ足早に戻ってゆく、今にも踊りだしてしまいそうな気分で廊下を歩むセシリアの気分に水を差す使用人は一人もいなくて。

「一夏さん……昨夜はアレでしたけれど、今度こそ、今度こそ……うふふ、うふふふ」


 自室への入室にノックはいらないと思うけれど、今は部屋の中に一夏がいるはずだ。案内された部屋が誰の部屋なのか気付いているだろうか?

「あ、ク、クローゼットやチェストを調べられていたらどうしましょう……いろいろ見られてしまいますわね……困りますわ……んふふふふふ……」

 困ったと言いながら、緩んだ笑みに頬を緩めると、ドアを軽く叩く。 反応はない。

「……一夏さん?」

 もしや、気付いて……出て行ってしまったのだろうか。昨日あんな事があったのだし、何か思うところがあるのかもしれない。

 一抹の寂しさを抱きながらドアを開けて、とぼとぼと室内に入るセシリアは、寮に持ち込んだものより遥かに大きいベッドに向かって。



576: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/16(土) 00:38:55.88 ID:9UgcdOyJ0


「……!!!」


 ぱあっと表情が華やぐ。ベッドには誰かが眠っている盛り上がりが一つあった。いてくれた、きっとノックに応えなかったのは本当に眠ってしまっているのだ。弾む気持ちでベッドにゆき、シーツを頭までかぶって、黒髪を覗かせる一夏の傍へ腰を下ろして

「……一夏さん、ご夕食の準備はもうすぐ整いますわよ……一夏さん……起きてくださいまし」

 甘い声色で、一夏に優しく声をかける。『夕食よりも……』なんて展開を期待してしまうのは贅沢でもなんでもないはずだ。それとも、お目覚めのキスが要るだろうか?そもそも一夏はキスしすぎだ、ラウラともそうだし、箒とも未遂。知らないところで他にもあると踏んでいる。

「で、でででで、では……ッ!このわたくし、セシリア・オルコットが目覚めのキスを…………ッ!」

 そっと髪を耳にかけ、一夏の顔まで覆っているシーツをするりと下げて……

 唇を突き出して目を閉じたまま、がっしと顔面をシーツの中から伸びてきた手に掴まれた。

「ちゅ……ぅ……ふぇ?え?えっ!?」

「セシリア……いや、オルコット……二日連続を教師が許すと思ったか?」

 聞こえてきた、一夏だと思っていた人物の声に動きが凍りつく、心臓が止まるんじゃないかなんて錯覚も覚えてということはこの頭をがっしり掴んでいる手は、サザエの壷焼を食べて、中の汁を出す為に殻を素手で割ったという伝説を持つ織斑千冬のアイアンクロー。

「ち、ち、ち、千冬さん……」

「……今は先生だ、オルコットぉ……」



578: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/16(土) 01:30:28.17 ID:9UgcdOyJ0



 亡国企業のエムを迎えに来た女と対峙した時よりも、正直怖かった。

「な、なぜ、どうしてここに!?」

 狼狽しながら問うセシリアの眼窩が左右から押し込められてメキメキと音を立てている気がした、やばい、眼球が飛び出てしまう、そんな錯覚さえ覚える。

「何……チェルシー君が『先に』一夏をこの部屋に通したものでな……この部屋はもしや、と思ったわけだ……」

「くっ……!チェルシー……ぬかりましたわね……っ!!」

 口惜しげに呟くセシリアの頭が更に締め付けられる。

「痛いですわ!痛いですわ!痛いですわ!痛いですわ!」

「ですわを付ける余裕はまだあるようだな。チェルシー君は私にも引かず、今日は見逃せと言っていたよ。忠臣だな、オルコットよ」

「ま、まさかそれでは千冬さん……!?チェルシーを!……殺ったんですの!?」

「貴様、教師を何だと思っている」

 指が更に食い込む、しゃれにならない痛みにピンと伸びた手足がびくびくと痙攣する。

「痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!痛い!」

 痛みを訴える声からですわが消えたのを確認して、千冬はセシリアをベッドの上に放り出す。

「全く、本当に油断も隙もないな……いや、油断だらけ隙だらけだが暴走だけは一人前だな」

 油断も隙もない、とは何かが違う気がした千冬はわざわざ言い直しながらベッドを降り、部屋の電気をつける。

「まぁ、セシリア。お前の今日の成果は見事だ、それなのに、随分と責められていたようだな……心中穏やかでなかろう……それも専用機を与えられたものの責任だ、とも言ったが……それを癒されたいと感じることは誰にも責める事はできない」

 千冬が腕を組んで部屋の中を見て回りながら、ベッドの上のセシリアにかける言葉は、年長者として、一夏の姉として、教師として、そして、いつか義妹になるかもしれない少女への優しさに満ちていて、セシリアは傷むこめかみをさすりながら、ベッドの上で上体を起こす。

「織斑先生……千冬さん…………」



579: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/16(土) 01:32:38.77 ID:9UgcdOyJ0





「だから、今夜は私が朝まで一緒にいてやろう」





「………………は?」




 セシリアの頬を一筋の汗が伝う。今夜は暑くなりそうだった。




584: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/17(日) 00:21:13.83 ID:7Sgz/XQm0



 夕食に並べられた料理は、どれもとても美味しくて、一夏も目を見張るものだった。

「うんセシリア!これ美味いな!」

 はじめ案内された部屋とは別の部屋に移動させられた一夏は、はじめの部屋が誰の部屋なのかも気付いていなかったのか、何の屈託もなく食卓を囲んで、料理に舌鼓を打つ。一夏の隣では無く向かいの席に座らされたセシリアは食事を続け、一夏の隣にいる千冬を警戒していた。

(今夜ずっと一緒って……千冬さん、どういうつもりですの……)

 いくらなんでも昨夜のはサービスが過ぎるというか、一年専用機持ちのグループでは、千冬は最大の障壁の筈だった。それにも関わらず、セシリアは他でもない千冬の手配したホテルで三人で休む筈が実際部屋についたセシリアは一夏と二人きりになり、愛を深める機会を与えられた。

 それが、千冬に認められたのだと認識するのは無理もない事だろうし、誰が同じ立場でもそう思う筈だ。ついに姉公認なのだと。

 ところが結果としては愛を深めるどころか、一夏が暴走してしまった為に水入りとなってしまった。

(わたくしはあのままでもよろしかったのですのに……)

 セシリアは内面こそ初心だが、ハッキリ言ってしまえばムッツリ◯◯◯に分類される。興味は人並み以上にあるし、男を誘惑する魔性の女が男性にとっての理想像だと結構本気で思っている。だからこそちょっと◯◯◯な下着で迫ったりもするし、一夏とプールと聞けば水着も布地面積を減らしたビキニを用意したりと、専用機組の◯◯◯担当とか言われる始末である。

 当然そうなって後悔はしたかもしれない、だからこそ千冬も止めたけれど、後悔しなかったかもしれない可能性はある。そんな風に考えられるのは持ち前のポジティブさ、こんな時にそれを発揮するのもセシリアらしいと言えばらしい。プライドを支える自立心の強さ。時に扱いにくいとされるそれは、他の専用機持ちに比べて、自ら甘え難い壁を作ってしまうものではあった。けれどその強さが、とうとうサイレント・ゼフィルスの撃墜を成し得たのだから。

(きっと……はじめは後悔するかもしれませんけれど……何があろうとわたくしは一夏さんを信じていますわ。一夏さんも後悔してしまうのかもしれないけれど……でも、でも……負い目だけで傍にいてくれる人ではない筈。わたくしが好きになった人ですもの、きっと……)

 千冬の心を理解していないというわけではないし、それはそれで凄くうれしい、でもそれはそれとして、一夏に抱かれたっていいじゃないかなんて思ってしまう。食事を続ける一夏を見ていると、いつかこの先、10年後もこうして食卓を囲んでいる夢想がある。一度きりで満足するつもりもないし、10年20年先を見れば、強ち後悔ばかりでもないんじゃないかなんて考えて、僅かに頬を染めながら一夏を見つめてしまう。



585: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/17(日) 00:26:43.51 ID:7Sgz/XQm0



「あれ?……セシリア、どうしたんだ?イギリスには不味いものしかないって認識を改めさせてやるみたいな事いつも言ってたじゃんか。この料理本当に美味しいぜ!」

「え、ええ、と、当然ですわ。オルコット家の料理人は超一流ですもの」

 視線に気付いた一夏が、ナイフとフォークを持ったままじっとしているセシリアに笑いかける。どこかドモるように回答するセシリアに一夏は不思議そうに首を傾げるも、そんな不思議そうな一夏に気付いたセシリアがまた柔らかく微笑むから、一夏にはそれがなんだか嬉しくて、安心して食事に再び手をつける。そんなやりとりをしていると、千冬の考え通り、急ぐ必要が本当に無いのかもしれないと思うから、ミルクをたっぷりと入れたノンシュガーの紅茶を軽く啜る。

「ところでセシリア、風呂はどうすればいいんだ?先に入るか?」

「ぶっ!」

 あまりに唐突な大胆発言に咄嗟に横を向いてセシリアは紅茶を盛大に吹いてしまい、丁度隣に控えていたじいやに思い切り吹きかけてしまった。じいや自身は全く動じる様子もなく、何故か拳をプルプルと震わせながら眼鏡の奥で一夏を睨んでいたし、部屋に控えている使用人たちの間に動揺が走る。

「ご、ごめんなさいじいや!チェルシー、お願い」

 慌てて気遣うセシリアの姿を見て、一夏は朗らかに笑い。

「あはは、セシリアどうしたんだよ、そんなに慌てて」

「い、一夏さん。……わたくしは……勿論やぶさかではございませんが……」

 ちらちらと千冬の様子を伺いながら、耳まで赤くなりながらもじもじとするセシリアを見て、当の一夏は不思議そうに目をぱちくりと瞬きさせていた。

「……一夏、うちとは違うのだぞ…………この規模の邸宅に風呂が一つなわけ無かろう。先も後もない」

 見れば千冬も少し恥ずかしそうに頬を染めながら、目頭を押さえて溜息を吐いている。

「あ、そっか、そうだよな、使用人さん達もいるんだもんな」

 一夏の家は、二階建ての一軒家だ。もうずっと千冬と二人で暮らしているその家には風呂場は当然のように一つしかない。故に、その使用時間は厳密に区切られている。といっても千冬は滅多に帰って来ない為基本的に一夏が好きなように使えるのだが、稀に運悪く一夏が少し出かけている時に千冬が帰って来てしまい、一夏が気付かず千冬の入浴中の風呂に入ってしまった事がある。その時は一夏は本気で死を覚悟した。もしも警察が家宅捜査に入る事があったら、風呂場からは所謂ルミノール反応が大量に出た事だろう。単純に一夏はそれを懸念して、自分はいつごろ入るのかを聞いただけなのだが、

 風呂など好きな時に好きな人が入ればいい、と言うより、自分専用のシャワールームが当たり前のようにあるセシリアにとっては、先に入るか?との問いはつまり、『先に入っててくれ、セシリア……すぐに行くから』くらいの意味に聞こえたし、むしろ使用人たちもそっちの意味に取っていたから。

「…………そんな気はしてましたけれど……はぁ」

 肩透かしにセシリアはがっくりと頭を垂れるしかなかった。

「セシリア……?大丈夫か??」



586: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/17(日) 00:50:00.51 ID:7Sgz/XQm0



「一夏さん!一夏さんは、いつもいつも……っ!」

 心配するような声をかける一夏に、つい、セシリアは声を荒げてしまう。どうしてこう、わざとやってるようなボケで振り回すのだろう、どうしていつも肩透かしなのだろう、でも好き!大好き!一夏さん大好き!I Love ICHIKA!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!一夏さん!…………充填120%。セシリアはガタンと椅子を蹴って立ちあがり。

「わたくしは、わたくしはこんなにも……!!一夏さんをおした「はいそこまでー」

「」

 千冬に割りこまれ、口をパクパクとさせながらセシリアは二の句が継げず、千冬を唖然と見つめていた。昨夜は二人きりにさせようとしてみたり、一世一代の告白を潰したり、セシリアはこの人が判らなかった。

「織斑。食べ終わったのならさっさと風呂に行ってとっとと寝ろ。明日はもう日本に発つんだぞ……どうせ、お前は酌に付き合わんのだろう?」

 いつか弟と酒を交わしたいなんて思っているけれど、中々適うまい、なにせ一夏ときたら健康オタクというかなんというか、不摂生をとにかく嫌う。姉が酒を飲むのも余りいい顔はしない。

 もっとも、文句を言えば痛い目を見る事が明らかだから文句は言わないけれど、少し千冬には心配だった、なにせ、日本は20歳だが他の国はアルコールの規制が違う。イギリスのように年齢制限の緩い国もあれば、そもそも年齢制限が存在しない国も存在する。酒との付き合い方と言う文化の違いと言えばそれまでだが、残念ながら、惜しむらくは……。

 千冬お気に入りの義妹候補はイギリス人だ。イギリス人だから全員がそうとは言わないが、セシリアは結構飲む。千冬にとっては、将来、家族として酒を酌み交わすのも楽しみではあったけれど、問題は一夏だ。

(今のうちに免疫をつけさせておいて損はあるまい……)

 セシリアの懸念は、杞憂そのもので。千冬は千冬なりに、二人を応援する立場は崩していなかった。何せ、ここしばらくの連続事件で最もセシリアにデレたのは千冬なのだから。千冬にとっては、この名門貴族当主のお嬢様が最終的な国籍をどうするのか、既にそこが問題だった。

「酌って、千冬姉また飲むのかよ……俺は未成年だし、酒なんて健康に悪いだけだって何度も……なあ?セシリア」

「ぇえっ!…………ぇ、ぇぇ……」

 一夏に話を振られ、酒はいけないと言っている一夏の手前、サイダーが大好きですわ!何て言えなくて、セシリアは動揺しつつ、サイダーの瓶を持って控えているチェルシーに目配せする。

「目が泳いでいるぞ、オルコット」

 目配せされて、チェルシーがやれやれと肩を小さく竦めながら一歩前に出て、一夏に微笑みかける。

 同性でも一瞬どきりとする柔らかな空気と、大人を感じさせる色気。セシリアにとっての理想の美女は、姉のように思っているチェルシーの姿で。セシリアも少し、見蕩れてしまいつつ。少し見蕩れてる様子の一夏を見て、ギリギリと悔しそうに奥歯を鳴らすのだった。

「一夏様、イギリスでは…………(以下略)」

「そ、そうなのか……?じゃあもしかして……そんな……まさか……セシリアも……?」

 セシリアを指さす一夏の手が何気に震えている。まさか呑むのか?と言いたげなその仕草に、セシリアは内心汗を流す。まずい、ここは慎重に答えるべきだ。

(……ひょっとして一夏さんは、お酒を飲む女は嫌い……や、やっばいですわ……)

「そそそそっそんな筈がございませんわっ!!わ、私お酒はきらいでしてよ!」

「ではお嬢様、こちらのストロング・ボウは処分いたしますがよろしいですか?」

(チチチチチェルシィィィィ!?ナナナナナナナ何を仰ってますのぉぉぉぉ!?)

 控えていたチェルシーが真っ先に反応するのをキッと泣き出しそうな眼で睨みつける。チェルシーは、泣く位ならさくっと呑むと仰ればいいのです、とアイコンタクトで主人であり幼馴染であり妹のようなセシリアに微笑みかけていた。




592: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/18(月) 00:12:48.73 ID:n8jOy/hh0


「ストロング・ボウ?」

 一夏が首を傾げる、ストロング・ボウと言えばイギリスではサイダーの銘柄だが、日本人からしてみればなんかよく判らない名前に過ぎない。しめた、とセシリアは笑みを深める。これならごまかせるかもしれない。

「こちらはサイダーでございます。ストロング・ボウは英国で最も親しまれているサイダーのブランドでございますわ」

(チェェェェェェェルシィィィィィィィィィィィィ!?)

「おや、セシリアはサイダーが好きだと言っていたが?どうした、遠慮しなくていいのだぞ?」

(お義姉さまァァァァァァァ!?)

 微笑みながら一夏にすらすらと説明するチェルシーと、セシリアの嗜好を事もなげにバラす千冬を、セシリアは追い詰められた表情で交互に見る。姉のように慕う幼馴染と、どさくさまぎれに義姉と内心で叫んだ未来の小姑(予)にハメられたと感じたセシリアは本当に泣き出しそうに両目を潤ませていた。

 その表情が、幼馴染の専属メイドと担任教師にはとても嗜虐心を刺激させて、可愛くて仕方が無い反応で、もうちょっと意地悪してやりたくなる悪循環を生んでいる事にセシリアは気付いていなかった。

「なんだ、セシリアはサイダーが好きなのか、隠す事ないじゃないか、結構可愛い所あるんだな」

「…………!!!」

 対面の一夏の言葉にナチュラルに赤面させられてセシリアは俯き加減に膝の上できゅっと手を握る。もう頭の中はお酒がどうこうではなく、可愛いと告げられた事でいっぱいになっていた。

(……ふむ)(……あら)

 面白くないのは、二人の小姑達で。一番可愛い反応を引き出したのが一夏の天然ボケである事が少し気に入らない。そもそも、セシリアが酒を飲むという事を暴露したつもりが、一夏は日本で言うサイダーのイギリス版であると思っているようだ。



593: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/18(月) 00:15:37.82 ID:n8jOy/hh0


「ではお嬢様、一夏様もああ仰っておられますし、お注ぎ致しますね」

「チ、チェルシー……!」

 トクトクと炭酸飲料がグラスに注がれて行く。一夏は良く知っている無色透明ではないサイダーに少し驚いたようにマジマジと見ていた。イギリスサイダーの色合いはクリアな琥珀色で、一見すると日本のビールを薄くしたような黄金色をしている。

(……あぁ……そ、そんなに……み、見ないで……くださいまし…………)

 キメの細かな微炭酸の泡がうっすらと表面を飾る様子等から、一夏にそれがお酒だと気付かれてしまうんじゃないかと思い、恥ずかしさにセシリアは顔を赤くして、潤んだ瞳で一夏を見つめる。

「なあセシリア……これって…… ――ど、どうしたんだセシリア?」

 ふと感じた疑問を口にしようとしてセシリアに目を向けた一夏は目を丸くして身じろぐ。一瞬で鼓動が速くなるようなそんな、同級生とは思えない色気をセシリアの仕草から感じた。セシリアは一夏の目から見て美人だったし、とても無防備で可愛い所があるのも判っている。セシリアが鈴の事を好きでも構わない、傍で見守りたい。その心の誓いに嘘はないけれど、そんな顔をされると、また、欲望が頭をもたげてしまう。さすがにここでゴーサインを出せる程理性はぶっ飛んでいないが。

(なんだ、サイダーを注いだくらいで何なのだこいつら……)

 至近距離でそれをあてられる千冬は軽くうんざりとした顔で体を引いていた。どこから見つめ合って雰囲気を作る流れになった、全く理解できない。若いからか?と思いサイダーを注ぎ終えたチェルシーを見れば、やはり二人が見つめ合ってもじもじしている空気にあてられて頬が微かに引き攣っていた。



594: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/18(月) 00:24:45.31 ID:n8jOy/hh0



「……で、何か言いかけていたな、一夏?」

「……あ!ああ、そうそう。イギリスのサイダーって黄色いんだな。なんかビールみたいな……」

「そ、そうですのよ、イギリスのサイダーはリンゴの発泡……いえ、リンゴの炭酸飲料なのですわ!!」

 千冬の追撃に話が蒸し返され、危うく発泡酒とぶちまけそうになって慌ててセシリアが言いなおす。小姑ズの舌打ちが聞こえた気がしたがもうそれに構っている場合では無い。一夏は見蕩れていた気恥かしさからそれで納得したようだったけれど、

「よろしければ、一夏様もいかがですか?」

 チェルシーが微笑みながら一夏の方へ回る。千冬としては日本国内の法律的に弟に飲ませるのは抵抗があったが、ここは英国。郷に入らば郷に従えとも言うし、今はプライベートの食卓なのだ、それに、チェルシーが一夏にも薦めに行った時のセシリアの表情は傑作だった。ここは止めはすまい。別の使用人が運んできたパイントグラスのエールをちびりと傾けながら、一夏の様子をにやにやと眺める。

「あわわ……」

 オロオロしているセシリアは酒のつまみには丁度いい。イギリスのビター・エールは冷えていないのが日本人の舌には不味いと思われがちで、イギリス人自身も大抵は不味いと思っている。しかし、だんだんとクセになっていく味わいの深さが特徴とされており、海外生活が長く、渡航経験も非常に多い千冬にとってはイギリスに着たらこれと決めている程お気に入りの酒だった。

「へえ、これがかぁ……ありがとうございます、チェルシーさん。セシリア、いただきます」

 初めて飲むサイダーの匂いを嗅いだりしつつ、一夏は笑みを深める。フルーティなリンゴの甘い香りが鼻腔を擽り、とても美味しそうだ。セシリアに笑いかけてから、ハーフパイント程注がれたそれを一夏はごくごくと飲み始めた。

(お、終わりましたわ…………流石にこれはバレましたわ……ああ、お酒を飲むなんて幻滅されてしまったかもしれませんわ、うう、チェルシーも千冬さんもどうして今日はこんなに意地悪ですの……)

 深々と溜息を吐きながら、セシリアはがっくりと肩を落とす。

「ふふふ、セシリア。別にいいじゃないか。好きなのだろう?好きな物を嫌いと言うような事の方が一夏は嫌がるぞ」

 言葉は優しく、尤もな事を言っているけれど、千冬の口元はニヤニヤと楽しそうな笑みが浮かんでいる。

「そ、それは……そうかもしれませんけれど……っ……ぅぅ、一夏さん、ごめんなさい、わたくしサイダーが好きなんですの……」

 千冬に抗議の声を上げつつも、観念したように一夏に打ち明け、サイダーをくぴりと小さく飲む。



595: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/18(月) 00:26:55.45 ID:n8jOy/hh0



「セシリア!これすっごく美味しいな!!チェルシーさん、もう一杯く ら さい」

「「ぶーっ!」」

 聞こえてくる一夏の明るい声に、セシリアは思わず口に含んだサイダーを、千冬は口に含んだエールを二人同時に吹き出してしまう。

(ま、まさか気付いていないのかこの馬鹿者は……ッ!?)

(せ………………セェェェェフ!ですわ!)

 二人して咳き込みながら、一夏という人物の認識を二人して改める。酒を普段口にしない一夏にとって、イギリスサイダーのように甘く、炭酸のすっきりしたリンゴ味の酒等全くの未体験の味。酒と言われていれば、お酒なのかと予備知識から酒っぽい所が判ったかもしれないが、今回の一夏の中の認識はあくまでサイダー。しゅわっとして甘い炭酸飲料。実際しゅわっとして甘いのだから、少し頭がぼうっとする気はするけれどサイダーとしか思えない。

 ちなみに、ストロング・ボウ・サイダーのアルコール度数は5.3%、大体ビールと同じくらい。イギリスでシェアNo1を誇るサイダーで、日本国内でも洋酒を扱う販売店ならば国内でも気軽に買う事が出来る。



596: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/18(月) 00:30:34.69 ID:n8jOy/hh0


「かしこまりました、一夏様」

「チェルシーさんって、リアルメイドさんれすよね……いい匂いがする」


――!?


「あら、いやですわ一夏様ったら……ええ、リアルメイドさんですわ、ご・主・人・様♪なんて」

「ぉぉ……り、リアルご主人様……ッ セシリアはいつもチェルシーさんにお世話して貰ってるんですよね?いいなぁ、俺もチェルシーさんみたいなメイろさんが傍にいてくれたら……きっと毎日が幸せなんらろうな……ねえチェルシーさん今夜は……」


――――!?


 超アウトだった。というかアウトであって欲しい。素面でこんな風に口説きまくる一夏など想像したくもない。そもそもサイダー一発で酔っぱらう等セシリアと千冬が思った以上に一夏は酒に弱すぎる。呂律がやや回っていないのできっと酔っているのだろう。口説き上戸とでもいうのだろうか、煩悩のタガが外れているのか、ジゴロ上戸か、兎も角、一夏がチェルシーを突如口説き始めた。

「い、い、い、い、い……一夏さんッ!!な、ななななな何をしていらっしゃいますの!!!!」

 口をパクパクとさせながらわなわなと震える指で一夏を指さすセシリアを見て、その怒りの表情にも一夏は動じずにへらリと笑う。そもそもタレ目なセシリアが怒っても怖いよりもちょっと可愛いと一夏は思う。

「へへへ、なんらよ、妬くなって……心配しなくたって、俺が愛してるのはセシリアだけらぜ……?」

「――――――!!!!!」

 サイダーをくいと煽ってから、ウインクしながら告げる一夏の笑顔は、酔っていると判っていても鈴の拡散衝撃砲より、箒のブラスターライフルより、ラウラのレールカノンより、シャルロットのパイルバンカーより、簪のマルチロックミサイルより、一撃でセシリアのハートをズギューンとブチ抜いた。ボンと言う音が聞こえそうなほど一瞬で真っ赤になって、セシリアは倒れる。





 薄れる意識の中で、千冬がまるで滑るように残像を残しながら一夏に近づいてゆくのが見えた気がした。


「―――― 酔った勢いとかどんだけだ貴様!!」





597: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/18(月) 00:31:25.49 ID:n8jOy/hh0





====RESULT====

○織斑 一夏 [41分28秒 甘い言葉] ×セシリア・オルコット


○織斑 千冬 [41分29秒 姉・瞬獄殺] ×織斑 一夏





603: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/19(火) 00:36:03.31 ID:OzJ+eqmA0


――――


「う……ん……」

 セシリアは、懐かしい寝心地の中で目を覚ました。毎日丁寧に手入れされたシーツがとても心地よくて、ここが学園では無いと思い出す。

「……!!!!」

 そして、自分が何故ここにいるのかを思い出して、顔を真っ赤にしながらがばと起きて、部屋を見回す。

「……さすがに、そ、そんな甘い事はございませんわよね」

 あのとき一夏が言ったのは、酔った勢いなのだろうけれど、それでも、とてもとても嬉しくて、目が覚めたら隣に一夏がいて二人とも裸でも全然構わない、というかバッチコイ。流石にチェルシーも千冬もいた以上はそれ以上なんかありえないのだけれど。

「もう……こんな時間ですのね」

 ベッドに運ぶ時に、序でにチェルシーが着替えさせてくれたのだろう、シルクの肌触りが心地よいパジャマを着ている。バルコニーに明かりが見えて、のそりとベッドから降りてそちらへ向かう。


「おう……セシリア、目を覚ましたか」

 カラ、とロックグラスを掲げてバルコニーのテーブルで酒を楽しんでいたバスローブ姿の千冬が笑いかける。

「千冬さん……また飲んでいらしたのですか?」

 緩く笑いながら近づいて行き、椅子を引いて隣に腰を下ろす。今夜はこの季節には珍しく雲が遠く、月が美しい。

「……あの、一夏さん……は?」

 あんな所で、愛してるなんて言われてしまって、それを思い出すたびに心臓が軽快なリズムを刻む。少し酔っていたあの声が耳からも離れなくて。もう暫くは何の栄養も無くても平気かも知れない。



605: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/19(火) 00:47:18.07 ID:OzJ+eqmA0



「うむ、滅殺した」

「――――はい?」

 たった一言。千冬の言葉が一瞬セシリアには何を言っているのか判らなかったが、ぐっと拳を握る千冬を見ると、要はボコったのだとすぐに理解する。そこまでしなくても、と眉をハの字に苦笑いするセシリアへ、ロックアイスを入れたグラスを用意しながら、千冬は首を振る。

「まったく、あいつはムードと言うものが全く無い!お前もだセシリア。もうすこしこう……年齢相応にだな、青春をしろ!青春を!お弁当を作って食べさせるとか、手を繋いで赤面したりとか、あるだろう普通……そもそも貴様ら告白も済ませていないと聞いているぞ!?」

 やたらと高級そうな酒瓶を開け、用意したグラスに少し注ぐとセシリアの方へ突き出しながら千冬は息を荒げる。あげた例えの中に弟の死亡フラグが混ざっているがそれはさておき。

「そ、そう仰られましても……わたくしには……って、千冬さんっ!?スコッチはマズいですわよ……!?わ、わたくしまだ年齢的に……」

「ん、そうか……」

 しょんぼりとした顔でグラスを手前に引き、千冬はそれをグイと呷る。思わず見えた千冬のちょっと可愛い表情に、セシリアは小さく肩を揺らして笑っているけれど……ふと、セシリアはそのスコッチの瓶に見覚えがあって、じっと見ていた。

「ん?どうした」



「――……いえ、あの、千冬さん、こちらのロイヤル・サルートは…………」


「うむ、お前の部屋のチェストに隠してあったやつだ。下着の奥に隠すとは念入りだな」

「やっぱりいいいい!!」




607: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/19(火) 01:14:04.92 ID:OzJ+eqmA0


――

 セシリアとてまだまだ少女と言っていい女の子、隠し酒のスコッチを一人コッソリとチビチビやるのは、実家に帰ってきたときのお楽しみの一つ。あまり女の子は関係ないが。

「なななな、何で勝手に飲んでいるんですのっ!?それはわたくしの……!!」

 ロイヤル・サルートは、名前にロイヤルがつくとおり王室にちなんだ高級酒で、安いもので日本円で一万円くらい、高いものなら世界に250本しか存在しないヴィンテージがあったりする高級ブランド。勿論、今千冬が呑んでいるのは結構高いほうの酒で

「おやぁ……セシリア、おかしいな……?貴様はまだ年齢的にスコッチがいける年では無いと記憶しているのだが……」

 先程断られた事をやや拗ねているのか、随分ともったいぶった口調で千冬が睫を伏せながらそう告げる。セシリアの隠し酒だと判っていて言っている。なにせ、千冬が発見した時点で開封した後があり、中身も減っていたのだから。

「ぅ……っ……わたくしの……わたくしの……わたくしの~~…………18の誕生日に飲もうと、取っておきましたの……」

 一生懸命言い訳を考えて、なんとか取り戻そうと足掻くセシリアが可愛くて、千冬は喉をクツクツと鳴らし、また一口呷る。

「開封済みで結構減っていたが?」

「そそそ、それは~…………ち、チェルシーが~……」


「ほほう……――だ、そうだが?チェルシー君」

「お嬢様ったら、心外です。お疑いになるだなんて。前回の御帰省の際に内密に買ってくるようにと頼まれてお屋敷を抜け出してまで買ってきましたのに」

「」

 言い訳に困り、頼れるチェルシーに内心謝りながらチェルシーのせいにしたところ、既にチェルシーもグルだったようで……ぎぎぎと振り返るセシリアの背後で、ハンカチを目元に添えて、くすくすと笑っているチェルシーがいた。


「ふん!セシリア・オルコットよ、語るに落ちたな? 代表候補生が自室でコソコソこんないい酒などけしからんにも程がある。貴様はサイダーでも飲んでいろ」

 今回の帰省では少しだけ、こっそりと一夏と飲んだりしたらいいことあるかもなんて思っていた品が、世界最強ののんべえに呑まれてしまう。流石に一人で残り全部は飲みすぎというものだから、大丈夫だろうけれど。


 なんて思ったセシリアがチョロかった。

「――チェルシー君、君はいける口かね?」

「はい、お嬢様に付き合っていつも……織斑様、よろしいのですか?今日は飲みたい気分だったんです」

「ちょっ!!ダメに決まってますわ!?」

 セシリアの記憶では、チェルシーはかなり強い。セシリアが飲みたいときには必ずじいやとチェルシーが席を共にしていた。時々飲みすぎてしまうセシリアをいつもベッドに運ぶのはチェルシーの役目。セシリアはチェルシーが潰れた所を見たことがない。飲み方が上手いというのもあるのだろうけれど、何度か潰そうとしたセシリアは三日間は頭ががんがんするような酔い方を経験する羽目になった。



608: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/19(火) 02:01:38.75 ID:OzJ+eqmA0



「ふん、貴様が付き合わぬからだ。そら、起きてくると思ってサイダーもあるぞ」

 ドンとテーブルにサイダーを瓶ごと置くと、早速とチェルシーと乾杯を交わす千冬。千冬もたいがい冷たいが、今日のチェルシーは更に冷たい。

「……え?あら?チェルシー……?どうして……注いでくださいませんの?」

 恐る恐る問うセシリアだったけれど、チェルシーはそれを無視してくいっとグラスを傾ける。

「申し訳ありませんお嬢様、本日の営業は終了です」

「……あの、チェルシー……ひょっとして……怒ってませんこと?」

 恐る恐る伺うように言いつつ、注いでもらえなかったサイダーを自分でグラスに注ぐ。

「お嬢様、あちらをご覧ください」

 大きく深呼吸してから、チェルシーが庭の一角を指差す。言われるがままにセシリアは庭の一角に眼をやる。焚き火だろうか?こんな時間に、誰が?イヤカフスにそっと手を沿え、コンソールだけを呼び出してその焚き火を拡大する。

「…………あの、チェルシー……どうして藁人形を火刑に処してますの?」

「おわかりいただけませんか?よーく、藁人形の着ているものをご覧ください」

「……?」

 着ている物といわれると、どうやら、黒いビキニのようなものを着ている。

「って!あれわたくしの……!!」

「お嬢様、何度も何度も何度も何度も言いましたが、黒はやりすぎです」

「うむ、百年早い」

 うんうんと二人が頷きあっているのをセンサーは感知していたけれど、今はそんなものどうでもいい。バチバチと燃える藁人形と勝負下着に、セシリアはガタンと立ち上がってチェルシーに怒りをぶつけようとしたけれど、その機先を目の笑っていないチェルシーの微笑みに制されて、小さくなって椅子に座り込む。

「それではお嬢様、お説教タイムです」

「今日は緊急の三者面談といこうか、オルコット」

 大人二人に挟まれてセシリアはどちらとも目があわせられない。子一時間後、部屋の中から着信を告げる携帯電話の音が鳴り開放されるまで、セシリアはこってりと担任教師と実質保護者に挟まれて絞られることになった。



614: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/20(水) 01:01:22.26 ID:1R0JHdC90


――――


「……セシリア、電話が鳴ってるぞ?出なくていいのか?」

「い、いえ!出ます!!」

 部屋の中から、セシリアの携帯がけたたましく洋楽を鳴らしている。部屋の中へパタパタとパジャマのまま駆けて行くセシリアの背を見ながら、千冬は小さく笑みを零す。

「千冬様、いかがなさいましたか?」

 隣にいるチェルシーも、目で追いながらそっと微笑んでいたけれど、千冬の様子に、その答えが判っているのにあえて問いかける。

「ふっ……いいや……ああしていると本当に愛らしいと思ってな……つい口を出してしまう、すまないな」

 担任で、弟の恋人候補だからと少々過保護だったろうかと困り顔でチェルシーに謝罪の言葉を向けるけれど、チェルシーはそれに首を振る。

「いいえ、それだけお嬢様が愛されているのだと感じます。ふふ……自慢の主です、気高く、美しく、そして強い」

「確かにな、強いよ……」

 ギシ、と椅子の背もたれを小さく鳴らしながら寄りかかる。ああして友達と電話している姿を見ると、まるで日本を発ってから今日までが平和な日々だったかのようだ。

「あら、ブリュンヒルデのお墨付きだなんて、光栄です。きっとお嬢様もお喜びになります」

「……そういう意味ではないよ……そちらの強さの話ならまだまだだ、伸び悩んで塞ぎ込んで、一つの壁は越えたようだが……な」

 IS操縦技術についての強さではないと軽く肩を竦めながらチェルシーに返す。確かに強くはなったがまだまだだ、まだ、ブルー・ティアーズを本当の性能で稼働できただけに過ぎない。それで勝てる程世界は甘くない。同時にまだまだ伸びしろがあるという事だが。

「ふふふっ、判っております……ありがとうございます、お嬢様の事、お任せ致します」

「……まったく、キミは人が悪いな……私は担任だぞ?生徒の事は当然見るさ」

 年下のチェルシーにからかわれた気がして、でもそれも悪くは無いと千冬は小さく口の端を上げる。

「………………………………護り切ったものに内通の容疑などかけられて、心中穏やかでないのだろうに……もう今はそんな事があったのかさえあの姿からは見えん、それどころか、とても楽しそうだ……その心の強さだよ。」

 そして、強いと評した内容を、改めて言葉にした。自分には無い強さ。勿論千冬自身弱いつもりなど無い、ただその質が違う。千冬はそれでも、セシリアの強さが羨ましいと感じて目を細める。

「お嬢様には、本当に辛いことは受け容れてしまう……悪癖、がございますから……。もっと甘えてほしい、頼って欲しいと思うこともあります」

「ックク、そこは寛容……と言ってやれ。だがなるほどな、悪癖か。確かに甘え下手だよ……泣いて甘えたがるのであれば私も邪魔をせんつもりだったというのに……平気で浮かれて背伸びパンツときた。前向きもあそこまで行くと確かに悪癖だな」

 呆れたように庭の燃えカスの方を眺める。丁度使用人たちが残骸を片付けている所だった。黒はいい、実際千冬自身も下着にはそれなりに拘る、相手もいないがそこは女のたしなみという奴だろうと。

(いきなりセクシーランジェリーというのは悪癖で片付けるレベルで無い気もするが……な)

「そんなお嬢様だからこそ、私たちはオルコット家に仕え続けているのです」


「なるほど、良い家だここは。また家庭訪問に来るかもしれん……卒業後もな」


「いつでもお越し下さいませ、お待ちしております。千冬様」




616: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/20(水) 02:56:11.96 ID:1R0JHdC90


――


 少し時間は遡って、電話を取りに戻ったセシリアの部屋の中では、セシリアのイメージとは少し違う、ロックの着信音が流れていた。イギリスはウェールズ出身のロックバンド、LostprophetsのCan't Catch Tomorrow。この着信音を設定しているのはたった一人、鈴からの着信だと判るから、セシリアはできる限りの早足で、ベッドサイドの携帯電話を取る為にシーツの上にダイブする。

「もしもし、鈴さん!」

 自然と声が弾む、久々に鈴の声が聞こえると嬉しくなってしまう。まだ離れて二日くらいしか発っていないのに、随分長く離れていた気がする。

『あ、出た出た、んじゃそっちからかけ直して』

「鈴さ――は?ちょっと!?鈴さん?……切れてますわ……」

 ツー、ツー、と通話終了を知らせる電話口に深く溜息をついてから、着信履歴を見て最新の着信をコールする。ほぼ呼び出しまでのタイムラグなく、すぐにまた鈴の声が聞こえた。

「もしもし?遅いわよ!かけ直してって言ったでしょ!時差?」

「……はぁ……全く……電話に時差なんかありませんわよ全く。大体何ですの今のは」

『あー、ごめんごめん、ほら、国際電話って高いじゃない?ってか、何やってんのよー、朝からずっと電話待ってたんだから!』

 つまり電話代はセシリアもちにしろとの事、一瞬切ってしまおうかなんて思ったけれど、掛けなおしてくれる保障は無いし、鈴と楽しく話せるのならその程度のことは些細なこと、ベッドにヘッドスライディングした態勢のまま、自然と足をゆらゆらと動かしてしまう。

「ごめんなさい、いろいろあって少し眠っていましたの……」

 謝罪の声も少し弾む。

『ふーん、ま、いっか。一夏は?そこにいんの?』

 鈴の問いは、今が朝の9時である日本にいる鈴から考えれば自然なことなのだけれど、セシリアにしてみれば現在時刻は0時。そんな時間に男女が二人きりなどとんでもない。と、言っても……計画では思い切り今頃は一夏と一緒だった筈なんだけれど。

「お、おりませんわよ……」



617: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/20(水) 02:57:04.83 ID:1R0JHdC90



『そっかそっか、良かった良かった。それより聞いたわよ!あんたサイレント・ゼフィルス落としたんだって!?すっごいじゃない!』

 気のせいか、いや、気のせいではないのだろう。鈴の声がとても嬉しそうに弾んでいる。千冬は毎日学園に定期連絡をしている様子だったし、どこからかそれを聞きつけたのだろう。それとは別になんとなく、それにはラウラの諜報能力が一枚噛んでる様な予感がした。

「でも、逃げられてしまいましたわ」

『いいじゃん、また出てきたら倒すんでしょ?』

「…………」

 沈んでいる様子を見せる前に、鈴の明るい声が耳に届く。この親友の明るい声は、どうしてこんなに、胸に届くのだろう。どうしてこんなに、励ますのが上手いのだろう。

『あれ?聞こえなかった?』

「……聞こえませんでしたわ……………………」

 聞こえた言葉を、もう一度聴きたくて、強請るように言ってしまう。

『アンタんち電波弱いんじゃないの? 次出てきたらまた倒すだけでしょ、って言ったの!』

「……うん、うん……聞こえましたわ……。ふふっ!勿論倒しますわ!ですから、その時は鈴さんは先にやられてくださいな?」

 その強請りを鈴は気付いているのだろうか、それは定かではないけれど。からかう様に返す鈴の声に、セシリアもからかうように告げる。こうして二人で話しているととても心が弾んでくる。互いに。

『ちょっと?調子乗ってんじゃないわよ、そんな事言うやつは次にカマセになるフラグよそれ~?』

「そんな法則、わたくしが曲げて差し上げますわ、ふふふっ」

 偏向射撃の使い手だけに、なんて楽しげに言葉を向ける。親友と呼べる存在はこれまでいなかった。強いて言えばチェルシーがそうだけれど、チェルシーは少し違う。仕事に忙しい母、あまり構ってはくれない父に代わり、いつもいつも傍にいてくれて、優しく、姉のような存在。本当に対等な、共に在る事が嬉しい存在。かけがえの無い友。

『なによその笑い方、きっもち悪いわねぇ!』

「うふふふふっ…………ありがとうございます、鈴さん」

 だから、感謝の言葉が、自然に紡がれる。

『……ん』

 だから、電話の向こうの返事も小さく、言葉少ない。



618: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/20(水) 03:00:21.76 ID:1R0JHdC90



「そういえばそちらはどうですか?散らかしていませんこと?」


『……………………………………ん』


「…………今のなっがーい間は何ですの……?

 今鈴はセシリアの部屋にいるはずだ、もうすぐエアコンも必要なくなるけれど、鈴の部屋のエアコンが直るまでは鈴はセシリアのルームメイトである。セシリアの心配としては、部屋にある自分のベッドが先ず第一。何せ鈴が着てからというもの大きいベッドは毎日二人で眠っていたわけで、セシリアがいないなら、鈴が一人で使うことになる。

 一つ、ベッドの上で飲食禁止。

 一つ、ベッドの上に上がるときは寝間着が基本。

 一つ、友達と遊ぶときは友達の部屋で。

 イギリスに発つ前に課した制約だけれど、まず守られているとは思っていない。とりあえずはどのくらいやらかしたのかを確認したい。

『……まぁまぁ、そんな事いいじゃん!金持ち喧嘩せずって言うじゃない?』

「喧嘩になるようなことをなさったんですのね……?」

 思った以上に酷かったようだ、どれも守られていない可能性がある、帰る時には一度チェルシーにも着てもらうべきだろうかなんて思いながら、目頭を押さえる。

『なるようなことって言うかなんていうか…………あー、うん。 ごめんね』

 言い訳を続けようとする鈴の声が言いよどむ。返す言葉がなくなったのか、単に面倒くさくなったのかはセシリアには窺い知る事はできなかったけれど、明るい明るい謝罪がセシリアの耳に入る。不思議と謝罪の筈なのに、とてもとてもイラッと来た。



623: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/21(木) 00:16:26.89 ID:G45MzjEu0



「ちょっと鈴さんっ……人の部屋に居候の身で何やらかして下さいましたの!?」

 少し怒ったような声、多分実際に怒ってるのだけれど、あまり強い声色では無い。それはセシリア自身がこのやりとりも楽しいと感じているからで、それは、鈴も同じように感じている。

『あはは、いやほら……ちょっとパジャマパーティを』

「どーしてわざわざ人の部屋でやるんですの!?」

 パジャマパーティはちょっと予想外だった、というか……なにそれ、参加したかった。きっといつものメンバーが集まったのだろうとすぐに想像できる。

『えー、いいじゃん。あーあ、アタシも行きたかったな―、イギリス』

「ですから、次の日にでもエコノミーで自力でおいでになれば迎えに行きますと……」

『いや、片道何時間かかると思ってんのよ!?同じ飛行機で行けばいいじゃないの。大体一般じゃ最速でもほぼ日帰りじゃない……明日の朝そっちを発つんでしょ?』

「時差が理解できて他国の代表候補生がどうして政府機に乗れない事が理解できないんですの?ちょっと考えれば当たり前ですわよ。大体今回はブルー・ティアーズのメンテナンスを本国で行うついでなのですから仕方がありませんわ」

 LHRに向ける航空便の出発は大体昼前、到着は大体夕方になる。セシリア達が出発したのが夜間だったから、運良く翌日の昼の便にうまく席が取れたなら、到着は丁度サイレント・ゼフィルスと交戦していた時間帯だから、今頃は鈴も一緒だった筈だ。

 しかも、翌日の便が取れなければ、確実に入れ違いになる。

『まぁいいわ、今度ゆっくり連れて行きなさいよね~。そんで夏はどうなのよ~?』

「な、何もありませんでしたわ!」

『…………ちょっと、何があったのよ?』

 一発で何も無かったというのが嘘だとばれて、鈴が低めの声で問い詰めてくる。鋭い、というかセシリアの嘘が下手すぎた。

「そ、それは秘密ですわ。でも、鈴さんが心配するようなことはございませんわよ。まあ男女二人で旅行したのですから、これはもうわたくしの勝利は確定的かしら。一夏さんとの愛が深まったのを感じますわ!」

『はぁ……あっそ、よかったわね。……アンタの事だから絶対この前買ってた◯◯下着で勝負掛けると思ってたけれど……やっぱり千冬さんに邪魔されたんでしょ、あんたも懲りないバカねぇ』

 安堵したような溜息の後、いつもの軽口が帰ってくる。その声色に少し切なそうな色を感じるから、セシリアはそれ以上の自慢はしない。同じ男性を愛した者同士、恋のライバルだけれど、それ以上に鈴は大切な親友なんだから。

「懲りる理由がございませんわ。鈴さん……わたくし、どなたにも負けるつもりはございません。一夏さんを心からお慕いしております」

「はいはい、ごちそーさま……一夏がそれに気付いてるとは思えないけどねー。」

 鈴からも負けるつもりが無い強気な言葉を予想していたセシリアには、鈴の返す声は素っ気無くて、少しセシリアにはそれが寂しい気がした。




630: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:17:01.28 ID:GiXgpw5l0



『…………なによ?』

 僅かな言葉の隙間も、この鋭い親友の前では明確な違和感として伝わってしまうよう。それはちょっと嬉しいななんてセシリアは思うけれど、違和感を感じる側としては黙ってもいられないもので。鈴は少しぶっきらぼうな態度で問いを投げる。

「いえ、なんだかこう、張り合いが無いというか……ひょっとして鈴さん、今生死の境をさまよう怪我でもしていらっしゃいます?」

『してないわよ、どういう意味よそれ』

「どうもこうも、そのままですわ?なんだか、一夏さんから身を引いてるような……ま、まさかついにわたくしに負けをお認めになられたんですの!?」

 嬉しい事の筈だ、いつか、一夏の隣で純白のドレスに身を包む時、そこに鈴の姿が無いのはとても寂しい。認めてくれたのなら、それは。そこに鈴がいてくれるということ、の筈なのだから、とても嬉しい事の筈だ。でも、嬉しさの中に違和感がどうしても生じてしまって、セシリアは言葉を泳がせる。

『……』

「鈴さん?……鈴」

『うっさいなぁ…………どうしろってのよ……認めてなんかいないわよ……でも、でも……あんたが嬉しいって事をアタシがどうこう言いたくないだけで……』

「そんな事で……」

『そんな事って何よ!仕方ないじゃない、アタシはそりゃ好きだけど……そりゃ好きなんだけど……でも……』

 鈴は一夏が好きだ、でも、その気持ちは届かなかった。何度も届かせようとしているうちに、一夏の心の向き先を知った。はじめは簡単に負けるつもりなんて無かった。だからこそ、その向き先を良く知る必要があると思った。

『……あたしは……』

 知れば知るほどに、その存在が大きくなっていった。その姿を追っていた筈が、だんだんと目が離せなくなっていた。そして自分の心の向き先を自覚したとき、気持ちが一気に楽になった。

「鈴……さん?」

『……あ、あんたと一夏の事なんか、ぜーったい応援しないんだから!!』


 精一杯の言葉を吐いて、鈴は一方的に電話を切る。応援なんかしたくない、隣にいたいのは自分だ。負けを認めるつもりなんか無い。


 あんな朴念仁、認めるもんか。


 一 夏 に な ん か 負 け る も ん か 。




631: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:20:38.36 ID:GiXgpw5l0



――――




632: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:26:22.03 ID:GiXgpw5l0



「帰りは政府機じゃないんだな」

 後部のハッチが大きく開いているその飛行機は、所謂大型輸送機というやつ。今回IS学園へ提供されるイギリスのIS機関からの機材の数々と共に帰路に着くことになる。一夏が男子特有の好奇心でそのディテールをまじまじと見ては目を輝かせている。

「織斑、あまり子供のようにはしゃぐな恥ずかしいやつめ。何なら貨物と一緒に乗るか?手配してやるぞ」

「ははっ、何言ってるんだよ千冬姉。貨物と一緒なんてひでぇなあ」

「……手配してやるぞ?」

「ごめんなさい、織斑先生」

 そんな姉弟漫才を、一緒に居るセシリアが見ていて楽しげに笑って……いなかった。正しくは二人のやり取りさえ見ていない。ぼうっとしながら、空を見上げている。セシリアの笑顔を期待して視線を向けていた一夏は姉から離れ、セシリアの傍に行くけれど、セシリアはそれにさえ気付いている様子が無い。

「……セシリア?」

「――……は、はい!?如何なさいましたか?一夏さん」

 すぐ近くからかけられた声に、はっと我に返りながらセシリアは一夏に微笑み返す。その様子から、セシリアが何か物思いに耽っていた事はすぐにわかって、一夏の勘が、セシリアの物思いの原因は祖国を離れることにあると導き出した。


「セシリア……イギリスを離れるのが寂しいのか?大丈夫だって、また来ればいいじゃないか」

「……は、はあ。そうですわね」



633: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:28:43.78 ID:GiXgpw5l0


 違ったようだ。セシリアは判り易い苦笑いで相槌を打っている。じゃあ何が原因だ?考え始めた一夏の頭に衝撃が走り、視界がぶれる。

「機微に疎いくせに思ったまますぐに口にするな馬鹿者」

「ってて、千冬姉……いきなり……うお!?ち、血が出て……っ」

「い、一夏さん、大丈夫ですか!?き、傷口が開いたのでは……チェルシー!一夏さんに手当てを」

 昨日の怪我の傷口がまた開いたのか、たらりと額を赤い物が伝う。駆けつけたチェルシーにより一夏は手当てのために一足先に座席の方へと向かった。

――

「大丈夫でしょうか……」

「大丈夫だ、今更このぐらいでどうにかなる頭ではない。そんな事よりセシリア、貴様こそどうかしたのか?浮かない顔だが、また一夏が?」

 一夏を心配するセシリアの肩を軽く叩いてから、教師としてではない顔でセシリアに問う。何か弟がやらかすようなタイミングは無かった筈なのだが、見えないところで何かがあったのだろうか。二人の仲を応援したい身としては、いい加減にしてほしい程の頻度でやらかしてくれる弟には先程の一発は加減したほうだ。

「い、いえ……一夏さんは何も……」

「む……そうか」

「ありがとうございます、大丈夫ですわ。 さ、機材の積み込みも終わったようですし参りましょう?」

 輸送機の後部ハッチが閉まり始めたのを見て、セシリアは千冬の手をとり、乗り込みタラップのほうへと軽く引く。鈴のことは、学園に着いたら直接聞けばいい事なんだから。


 チェルシーやオルコット家の面々に見送られながら、三人を乗せた輸送機がイギリスの空へと飛び立つ。フライト時間は約11時間15分。現在は正午に近い時間だから、到着は日本時間で連休の終わった明け方4時過ぎの予定。機中で眠っておかないと授業中に舟を漕ぐ事になってしまう。三人は行きよりも座り心地の悪い座席でしばしの休息を取る。



 筈だった。




634: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:31:36.73 ID:GiXgpw5l0


 事件はあと1時間ほどで到着すると言うときに起きた。けたたましく鳴る警報音が、三人の安眠を妨害する。かけられているブランケットを跳ね除け、千冬は事態を把握しようと操縦席へと向かう。イギリス国籍の軍用機といえども、学園に向かう以上IS学園の有事指令権を持つ千冬がこの機の全権を持っていた。

「織斑教員、IS学園の管制とつながりました!どうぞ」

 輸送機の副操縦士が千冬にヘッドホンを差し出す。頷きながらそれを受け取った千冬の耳に緊迫した山田教員の声が聞こえてきた。

『織斑先生!織斑先生!』

「聞こえている、山田君、その様子ではそちらでも捉えているな?亡国企業か!」

 輸送機に積んでいるレーダーよりも、衛星とのリンクが行える学園の設備のほうが遥かに正確だ。千冬はヘッドホン越しに聞こえる声で、あまり良い自体ではないことを把握する。IS学園関係者とイギリスの軍事関係者両方をまとめて敵に回すなど正常な者なら当然のように避けるものだ。イギリスでも襲撃をしてきた彼らのリベンジだろうかと、確認するべく声を荒げる。

『いえ……敵は無人機!恐らくゴーレムタイプです!!恐らくあと数分で輸送機を捕捉すると思われます』

 千冬は失念していた。最も危険な、最も厄介であろう敵の存在を。山田の言葉に、千冬は額を押さえて天を仰ぐ。

 ゴーレム・タイプが相手となれば、その標的は絞られてくる。自分自身、それか一夏だ。篠ノ之束も恐らく現状を把握している頃、今回の標的は恐らく箒ではない誰かに思いを寄せてしまった一夏に絞られている。当然その対象となったセシリアを狙っている可能性もある。

 戦力的な分析をしてみれば、一夏を迎撃に出して、高高度で輸送機を護衛しながらの戦闘を行うには、白式はエネルギー不足。セシリアが迎撃に最も適している。しかし……一夏と千冬に関してならば、恐らく、比較的過激な事はしてこないだろうけれど。その標的がセシリアだった場合、その目的は恐らく破壊、輸送機ごとでも攻撃してくると見て間違いない。千冬もISがある以上一夏もそれくらいでは簡単に死なない。

 ただし輸送機と言っても、現在機内にはイギリスの軍関係者もIS学園の研究者も同乗している。このまま撃墜されるのを待っていれば彼らの死は確実だ。狙われているかもしれないと判っていながら、それでも出撃させなければいけない状況。今回の目的はほぼ間違いなくセシリアの破壊と見て間違いはないだろう。

(……私達以外の命などお構いなしか)


 千冬は強く舌打ちをしながら、山田に指示を出し、自らもセシリアの下へ早足にむかっていった。



635: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:37:36.82 ID:GiXgpw5l0



――――――



≪セシリア、聞こえるか。飛行型の無人機はこちらで補足しているだけで3機いる、そして今回のやつらには自律機動兵装の装備が確認されている≫

 ブルー・ティアーズ.Q.G.は前述の通り巨大な腰部スラスターユニットが搭載され、相当な重量がある。ISを装着した状態でセシリアは輸送機の後部ハッチを背に、スラスターユニットからランディングギアを下ろして、投下待機状態にあった。その手には以前自壊したチャージ式ライフルではなく、使い慣れたスターライトMk-IIIが握られている。

≪自律機動……ビット!?≫

≪そうだ、だが厳密にはやや違う。紅椿のものと近いな。ブルー・ティアーズに搭載されているイメージ・インターフェースのものとは違う。IS自身の遠隔操作によって自律機動を行うという兵装だ≫

≪なるほど、無人機に精神感応ができるわけもなし、廉価版と言うわけですのね≫

 ほっとしたように返すセシリアの声に、千冬は眉尻を下げて唇を僅かに噛む。

 本音を言えば、行かせたくは無い。この高高度で強制解除されたら、間違いなく助からないだろう。それでも狙われている対象を切り離すことで輸送機の安全を確保するのは、作戦上は非常に正しい。それをセシリアは理解していた。



636: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/22(金) 23:43:13.30 ID:GiXgpw5l0


 数分前


「―――― と、いうわけだ。セシリア、行けるか?」

「はい!」

「ちょっ……ちょっと待ってくれセシリア!千冬姉!行かせられる訳ねえだろ!!」

 近くで聞いていた一夏が、血相を変えて二人の間に割ってはいる。今千冬は敵の狙いはセシリアだと言った。本当に死んでしまうかもしれないとも言った、それなのに千冬はセシリアに行けと言う。それなのにセシリアは行くと言う。そんな不条理は一夏には理解できないししたくも無かった。

「セシリアが狙うならセシリアを残して俺が全部落とせば良いだけだ!そうだろう!?俺が行く!!」

「……一夏さん、箒さんはいないんですわよ?三機も落とせまして?それに、白式の推力では輸送機自体を狙われたときの対処が難しいですわ」

「だったら、二人で……!」

「お前が落ちても確かに殺されはしないだろうが、忘れていないか?お前は身柄を狙われているという事を」

「一夏さん、敵機は三機、というのも今のところはの数値です。IS学園のレーダー網に一度もかからずに襲撃を行っているゴーレムがこんなに堂々と現れた、伏兵がいると考えるべきですわ……大丈夫、わたくしは落とされるつもりなどありません。ですから、いざという時の為に、一夏さんはここを守っていてください」

 食い下がろうとした一夏も、千冬とセシリアの言葉を覆せる言葉が見つからなくて、唇を噛んで立ち尽くす。その表情を見つめるセシリアの顔に、一抹の不安の色を見た千冬は、「以上だ、速やかに準備するように」と言い残して二人に背を向けて離れていく。


「……一夏さん……」


「…………ん……っ!?セシリア……今の」


「……お、おまじない、ですわ ―― 行って参ります!」


 背後の二人のやり取りが聞こえてきたが、千冬はそこで振り返る野暮ではなかった。惜しむらくは、もっとムードのある場にしてやりたかったとは思ったけれど。




637: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/23(土) 00:05:29.15 ID:9nBZY4oZ0


――――


≪侮るなよ、自律機動故に、本体の状態如何に関わらず攻撃が可能だ…………明確にお前を意識した装備ということだ≫

≪了解しましたわ……廉価版のビットなど全て落とします、わたくしを狙っている以上大丈夫かとは思いますが、輸送機には一機も近付かせませんわ!≫


≪……そうだ、奴らの狙いは一夏の身柄の可能性もまだ捨てられない。一夏がここに残る以上即座に輸送機が落とされる事はなかろうが、かといって取り着かれてしまえばその意味も無くなる。現在既に学園から凰、篠ノ之、更識が迎撃に上がっていると連絡が来ている。三人と合流できれば多少は楽になるはずだ、あまり焦らず、防御に徹して時間を稼いでくれても構わん≫

≪…………わかりましたわ! セシリア・オルコット ブルー・ティアーズ クイーンズ・グレイス、参ります!≫

 セシリアの言葉を合図に輸送機の後部ハッチが開く。一気に流れ込んで、吸い出されそうな風の中ゆっくりとPICで浮き上がり、ランディングギアを格納するセシリアの耳に、教師としてではない千冬の言葉が届く。

≪セシリア……死ぬな!≫

 PICによって軽く浮き上がりながら、青いISは背後の開いたハッチへと流れてゆき、まるでぽろりと輸送機から落とされたように宙に投げ出された。輸送機から十分に高度が離れてから、腰部スラスターを前に向けて思い切り一度吹かすと、輸送機との距離が一気に離れた。もはやハイパーセンサーのズームを使わなければハッチ開閉の確認も不可能だ。スラスターの向きを再度変えて逆噴射で距離を保つと、そのまま巡航状態に入りながら後方より接近してくる機体の反応を確認する。

 未だ目視できる距離ではない、だが、恐らくスラスターの光だろう。星とは違う光が三つ、雲海の上に輝いていた。

 夜明けにはもう少し時間がある。地上よりも星に近いせいか、空の月はとても明るく周囲を照らしている。美しい景色。もしかしたら、最後に見ることになる空。弱気になる心を、首を左右に振って否定するとセシリアは左手の装甲を解除して、ゆっくりと自身の唇をなぞる。

 自身の心に、確かな強さが宿っていくのがわかる。これで落ちたら笑い話だ、篠ノ之束が自分の妹と一夏の関係を応援している事は知っているけれど、そんな事セシリアには関係ない。鈴達が来るまでまだ少しかかるだろう。既に捕捉している三機はセシリア自身が落とすくらいのつもりでなければ勝ちは無い。


「さて……はじめましょうか、篠ノ之束博士。箒さんにならともかく、あなたに一夏さんの事に口を出される筋合いはございませんわよ!!」

 稀代の天才科学者、ISの母、篠ノ之束が無人機事件の背後にいる。同級生である篠ノ之箒の実姉で、極度の差別主義者。曰く、織斑千冬、織斑一夏、篠ノ之束、篠ノ之箒以外の人間に存在価値無し。一夏の為に白式をハッキングにより調整し、篠ノ之箒が一夏の傍にいる為に、オーバーテクノロジー甚だしい第四世代IS紅椿を制作し、時折IS学園に無人機を使って干渉する。

 ブルー・ティアーズのセンサーが無人機から複数の反応が切り離されたのを捉えた。その数を数えていたセシリアだったけれど、20を越えたあたりでセシリアは数えるのをやめる。精神感応ではない自律起動である利点が理解できた。

「数あれば良いというものではございませんわよ……!」

 12基のビットを切り離しながら、セシリアは最も近い反応へ向けてスラスターを吹かした。



643: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/24(日) 00:43:19.72 ID:6To5FtMx0



 セシリアの視界に黒く無骨なISが映る。幾度となく学園に襲撃をかけた全身装甲型の機体は、本来必須の筈の操縦者が存在していない。

 背中に大きな翼のついたバックパックを搭載し、両腕のレーザーカノンをそのままに、下半身はもはや足ですらない。

「美しくありませんわね」

 先手を取ったのは飛行型ゴーレムのほうだった、巨大な両腕から熱線が照射され、その余波で雲を大きく巻き込みながらセシリアに迫る。対するセシリアはテンペスト・スラスターを巧みに動かして、速度を殺さないままにロール回避、回避からスムーズに射撃体勢へと移行し、構えたスターライトからレーザーを放つ。

 互いに、まるでフェンシングの試合前にフルーレ同士を合わせるかのような挨拶的行動。続けて互いの放出したビットによる光の嵐が夜の空を明るく照らした。

「この程度の動き……!」

 ビット単体としての性能差は歴然だった。篠ノ之束が自ら製造した無人機といえど、その性能に無人機としての限界を彼女自身が感じているように、自律制御で稼働するビットではイメージインターフェイスを介した精神制御の即応性には敵いようもない。

「―― いただきましてよ」

 まして、セシリアの使うBT兵器はその光条そのものが第二のビットであるかのようにセシリアの制御下に入る。瞬く間にいくつもの爆発が起こり、無人機の放出したビットのその過半数が破壊された。

 無人機は自身の制御下から一瞬でビットの大半が失われた事で一旦速度を緩め、両腕のカノンによる射撃戦に切り替えてセシリアに追撃を行う。生き残ったビットも合わさった弾幕は、少し前のセシリアとブルー・ティアーズならば回避できなかったかもしれない。

 弾幕を正面から、かつてのイギリス国家代表とその愛機メイルシュトロームの得意とした渦を描くようなロール機動で回避する。それを可能にしたのはブルー・ティアーズ.Q.G.のテンペストスラスターの存在と、偏向射撃を使いこなすエムとの激戦の経験だった。真っ直ぐと伸びるだけの光条に今更不覚を取るセシリアでは無い。

 残るゴーレムの自律機動ビット6基の迎撃を背部腰部そして左シールドバインダーのBTビット計8基に回し、右シールドバインダーのBTビットをマウントしながら、スターライトMK-IIIから放たれた高出力のレーザーが、ゴーレムの頭部を破壊せんと放たれる。

 発射後の光条が回避運動に併せて小刻みに動く様は、対人でセシリアと初見に対峙した人間ならば恐怖さえ感じる事だろう。しかしそこは無人機、恐怖等は無く、冷静に次の手を用意する。

 本来人間がそこに入る場所にあるマネキンのような人形の腹部が縦に割れて開く。まるで本当に操縦者の体が裂けているかのようにも見えて、セシリアは悪寒を感じてしまい、一瞬スラスターやBTの制御が乱れてしまう。




644: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/24(日) 00:46:18.71 ID:6To5FtMx0



 ――いや

 その悪寒は、本能的に危険を察知したものだったのかもしれない。

「――な……ッ!?」

 無人機の頭部を貫く筈の光が、開腹されたマネキンの内側から現れた円盤に当たると、真っ直ぐと跳ね返されて来たのだから。

 スラスターの制御が乱れていなければ逆に直撃だった。

「対BT用リフレクター……!? ば、バカじゃありませんの!そんな装備……!!」

 精神制御による偏向射撃もビットも万能ではない。あくまで精神制御である為、セシリアが認識できない攻撃をビットは回避する事が出来ないのと同様に、セシリア本人が認識できない状態になれば制御を離れてしまう。まさか跳ね返されるなんて思っていなければ跳ね返った時点から、跳ね返った光条を再びセシリアが支配下に置くまでは完全に制御不能となる。非常に対BT兵器には有効な手段であり、イギリスの研究機関でもBT試作3号機への搭載に向けた研究が進められていたという。

 ただ、その開発計画は現在順延されている。

 実現可能か不可能かのレベルでは無く、あまりにも意味が無い。なにせ BT兵装搭載機は現時点でイギリスにしか存在していないからだ。今後EUにおける第三世代開発のトライアルでBT兵装が採用された際には、このリフレクター技術を持つイギリスが圧倒的なアドバンテージを持つ事になる。加盟国の間でBT兵装の採用が慎重視される最大の問題はBT兵装にはIS適正と別にBT適性を必要とするという敷居の高さだが、これも各国が慎重な姿勢を見せている要因の一つになっている。

 少なくとも、現時点でそれを装備しているという事はブルー・ティアーズかサイレント・ゼフィルスの二機との戦闘だけを焦点に据えているという事に他ならない。

 無人機の向こう側に、クラスメイトの実姉であり、無人機を製造して学園に干渉していると目される篠ノ之束の姿とその意思を見た気がして、セシリアは緊張感に唾を飲み込む

「そうまでしてわたくしを落としたいのですね…………ですが、その兵装の弱点も承知しておりましてよ!」

 リフレクターに関してセシリアは一度稼働試験に参加した事がある。BT兵器は光学兵装の為、弾体に質量が存在せず、熱量にさえ耐えられれば鏡で反射する。ただし光でありながら曲がる特性を持つ為、単純な鏡面では反射させるどころか乱反射を鏡面で起こす可能性があった。そこでBTを反射する為には反射に指向性を持たせる為ミリ単位の角度調節をリアルタイムで行う必要がある。

 イギリスで実験したものとゴーレムが搭載しているものはほぼ同じ構造と考えて良い筈。ならば、その欠点として反射の持続時間が短く、再反射までに一瞬の隙がある。もっとも、それもコンマミリ秒程度であり、ただの乱射程度ならば十分なのだが、持続的な照射には耐えられない。




645: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/24(日) 00:49:17.11 ID:6To5FtMx0



 そしてセシリアのQ.G.には、それを破る為に最適な兵装が存在している。自爆ライフルとオルコット邸に向かう車の中で一夏が命名していたスター・ゲイザーVer1.2はチャージ時には照射型となる為にリフレクターを破壊できるが今日はあの不良品は装備していない。それ以外。断続的にレーザーを照射し続け、敵を切り裂く為の刃を偏向制御の応用で作り出す、BT固定展開可能多機能モデルのビットならば、リフレクターごと切り裂ける。

「参りますわよ!!」

 残る自律機動ビットを破壊し終えた女王の騎士が戻ってくると、先に戻っていた右肩のユニットからBT固定展開可能多機能モデルのビットを切り離し。意識をレーザーソードビットモードに切り替えると、4基のビットがレーザーブレードを展開しながらセシリアを中心としたフォーメーションを取る。エムとの戦闘では、シールドバインダーにマウントしたまま三本を文字通りクローのように使ったが、本来はこの使い方が正しい。

 そしてセシリアがスラスターを全て後方に向けて、ゴーレムめがけて正面から全力で突撃する軌道に入る。待ちうけるゴーレムもまた右腕の砲口からブレードを出現させ、セシリアの機動と交差するように加速。

 セシリアが加速したままスター・ライトMK-IIIを構え、BTエネルギーの光条を放った。当然のように、セシリアの主武器である偏向射撃ライフルをこの高速域で回避するのに最も適した装備であるリフレクターが展開され、セシリアは反射されて来たレーザーを、レーザーブレードビットを3基残して左にロールしてかわす。

 そして二機はスラスターの炎を弱める事無く高速で交差した。


――――


 ゴーレムのブレードを弾いてセシリアを守ったブレードビットが、まずシールドバインダーの上側にマウントされ、続けて残りの三つが下側に戻る。セシリアは振り返りもせず、Q.G.のバイザーを起こし、片目を閉じる。


「……―― ちょろいですわね」


 セシリアの背後で、腕を、胴からスラスターを、展開したリフレクターごと頭部を其々切り裂かれたゴーレムが力を失い、加速による慣性とGをまともに受けて空中分解しながら、いくつもの光球となって爆発していった。

 一機目を撃破し、次の無人機を捉えようと逆噴射をかけて輸送機の方向へ向かい、再び間合いを離そうとする。一機づつをヒット&アウェイで撃破し続ける事で数的優位を持たせないつもりだったが……流石にそれは甘かったようだ。

「――ッ!!!」

 まさか輸送機側にもう入られているとは思わなかったセシリアの眼前に無人機二機分の無数のビットが迫る。一機目を一瞬で撃墜されたからか、元々そのつもりだったのかは判らないが、これで輸送機は伏兵のいない限り無事が確認された。

 ホッとしている暇も無く、慌てて左右のテンペスト・スラスターを前後に向けて一度吹かし、クイックにロールを入れてから一気に片側に揃えて吹かし、ほぼ直角に進行方向を変える。凄まじい圧に機体各所への警告が次々と表示されるが、直撃されるよりはましだ。なんとか態勢を整えながら、無数の自律機動兵器が此方の未来位置を予測して射撃してくる弾幕を、その予測よりも速く動く事で避ける。

 レッドアウトやブラックアウトこそISでは起こりようもないことだけれど、過負荷による機体への損傷は免れない。苦し紛れに近くても、セシリアにはビットを出して自律機動型ビットを少しでも多く減らす必要があった。




652: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/25(月) 00:01:59.38 ID:epDWrxqo0




――――




 夜明け前の空、雲を超えた満天の星空の世界を三機のISが駆ける。

「鈴、待て!先行し過ぎだ」

「あんた達もっと飛ばしなさいよ!チンタラやってられる状況じゃないのよ!!」

「……凰さん、心配なのは判るけれど……あなたが一人で先行しても意味が無いわ」

 先頭は中国代表候補生 凰 鈴音 の甲龍・高速機動パッケージ「風」装備。最後尾は日本代表候補生 更識 簪 の打鉄弐式。そして二機の間をもつように、一般生徒 篠ノ之 箒 の紅椿が、織斑姉弟とイギリス代表候補生 セシリア・オルコットが乗る輸送機が無人機の襲撃を受けた報せを聞いて対空迎撃に空へと上がっていた。

 第二世代ゆえの明確な出力不足が否めないフランス代表候補生 シャルロット・デュノア のラファール・リヴァイヴ・カスタムIIは学園に残り、上級生と共にもしもの時の最終防衛ラインとして待機している。

≪鈴、箒、更識、こちらラウラだ。まもなく私も上がれそうだ。……今の所此方からは伏兵の存在は確認できていない、だが、上空に上がるまでは各自警戒は怠らないでくれ≫

 そして、ドイツの代表候補生 ラウラ・ボーデヴィッヒ のシュヴァルツェア・レーゲンは、ラウラが軍属である事から用意されていた指揮官機用パッケージ、[梟王]オイレ・ケーニッヒ(E.K.)を装備する為、現在、学内の専用機を担当している整備課生徒総動員で換装をすすめている所だった。

 大型のレドームユニットを背面に搭載し、目元を完全に隠すように下ろされたバイザー、機体各部の攻撃武装がオミットされ、全体が特徴的なステルス装甲に覆われている。機能面では旧世代のAWACS機としての機能を有し、登録したIS同士を自機を仲介にデータリンクさせる事が可能であり、高性能レーダーの搭載による策敵能力の他、データリンクシステムとの同時使用は不可能ながら、強力なECM兵器の使用も可能な電子戦特化型兵装となる。

 ここまで明確に軍隊としての運用を前提としたパッケージを開発していた事は、以前VTシステムによる不祥事を起こしておきながら大胆としか言いようがない、学園での使用はこれまで禁止されていたが、今回の有事に際し千冬の鶴の一声で急遽使用許可が下りた形になる。

「教官、あなたの期待に私は必ず応えます……」

 遅れての出撃となるが、オイレ・ケーニッヒの哨戒能力ならば、伏兵の存在を事前に察知して対処ができる。束にしては判りやすい襲撃を行ってきた所から、高確率で罠があると千冬はきっと読んでいる。今はその情報に確証が欲しい筈だ。

(ならば、私がその手助けをする!)

 ラウラは、整備室のモニターに映し出される広域レーダーの光点を見つめながら、ぐっと拳を握った。真っ先に飛び出したかった気持ちを抑え、前衛を預けた先行の三人の光点は既に学園から遠く離れている。

「それまで……頼むぞ」



653: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/25(月) 00:14:09.03 ID:epDWrxqo0



――――


「……もうすぐ輸送機が見えてくる頃…………」

 他の二機よりも、兵装の性質上センサー類の強い簪が、手元に出現させたパネルを片手で操作しながら二人に告げる。今日の空は厚い雲に覆われていて、眼下には雲海がどこまでも広がっていた。

「伏兵がいるなら……仕掛けてくるのはそろそろか」

 箒は両手に二本の刀を呼び出しながら、慎重に周囲を見回す。その様子に、前方の鈴が呆れたような声を投げる。

「あんたねぇ、センサーの広角視野は何のためにあんのよ……それにあんたは戦っちゃだめよ?」

「な、何故だ!」

「……篠ノ之さん、織斑先生の話を聞いていなかったの?」

「あんたは輸送機に到着次第一夏とセシリアのサポートに入るんでしょうが、いくら絢爛舞踏が使い放題だからってその前に落とされたらどーするつもり!」

 簪も鈴も、出撃前の簡易ブリーフィングでも言っていたし、一番元気にハイと返事していたのが箒だっただけに、少し呆れたような色が声に滲む。箒のそういう所は嫌いでは無かったが。


「し……しかし!………………お前達だけでは……」


「――」「…………」


 自分だけ第四世代だからと最近このモップ調子に乗ってないかと、鈴も簪も今のは結構カチンときた。


「……今なんか言った?あはは、良く聞こえなかったんだけれど」


「……篠ノ之さん、私あなたとはまだ戦ってない」


 鈴が天牙双月を呼び出しながら苦笑いしつつ振り返り、箒の背後からはロックオンアラートが大量にディスプレイに表示される。

「ま、まてお前達!私は別にそんなつもりで言ったのでは……!!」

「素で言ってんのが尚悪いのよ!」

 緊急事態であってもこうやって騒いでしまうのは、女子高校生、所謂JKの特権なのだろうか。ふと箒は背後からのロックオン警告が一気に消えた事に気付き、簪の方を振り返る。

「凰さん!正面に……ッ!!」

 簪のそんな声を聞いたのは初めてで、でもだからこそ、それほどの事だと判断できる。

 前を向いた鈴の視界には、ISの一部分、どこかのパーツのようなものがいくつも浮いていた。どこか見慣れているようで、それとは全く感じが異なるもの。


(……あれ?そういえば今回のゴーレムは確か……何か、装備がって山田先生が……)



「―― 鈴!避けろ!!ビットだ!!」



 正面、そして雲海の中から、光の乱舞が三人全員に襲いかかった。







「きゃあああああっ!」




654: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/25(月) 00:47:27.70 ID:epDWrxqo0


――――


 最初の被弾は簪だった。最も実戦慣れしていない専用機持ちだけに多少の被弾は仕方が無い。強制解除になる前に彼女を逃がさなければ。箒がそう思っていると、爆炎が晴れて見れば簪は物理シールドを即座に呼び出して辛うじて防御している。初陣の相手がゴーレムタイプだった簪はある意味で純粋な実戦だけの経験を積んでいるとも言えるか。

「驚かせるな、動けるか?」

「――ッ! と、当然でしょ……」

 一方、正面と下方の二面攻撃をまともに受ける事になった鈴は被弾こそしたが被害を最小限に留めていた。

「……くっ、こんなモンに当てられるなんて、セシリアに合わす顔が無いわね……!」

 損傷が軽微である事を確認しつつ、鈴は加速しつつ衝撃砲を雲の中に向かってばら撒く、元々キャノンボール・ファスト用に調整された風はやはり高機動時にこそその真価を発揮する。

≪こちらラウラ、換装は終わった!私もすぐに上がる。敵か?全員落ちるなよ!≫

≪こちら箒!伏兵と思われるゴーレムと遭遇、交戦状態に入った。敵は雲海に潜っており数は不明!≫

 箒も紅椿のビットを切り離しながら、ラウラからのオープンチャンネル通信に回答する。ラウラが所定の高度に達すれば、敵の位置は全て見えたも同然になる。せめてそれまでの間だけでも、誰一人欠ける事無く切り抜けなければならない。自律機動兵器、所謂ビットのスペシャリストは身近にいるし、自身にもその兵装は搭載されている。だが、狙撃手である彼女との模擬はいつも開始位置から、限られた互いを常に視認できるフィールド内での戦いだった。これで模擬最弱と言われても確かに不満も漏らしたくなるかもしれない。

「なるほど、これが真骨頂とすれば、確かにこれは想像以上に厄介だ!」

 雲海の中は激しい気流と水蒸気、そして大量の静電気のせいでセンサーがほぼ役に立たない。見えない敵、見えないビット。これほどに厄介な事も無い。もし模擬戦の戦場が隠れる場所があったなら……いや、セシリアはなんとなく隠れない気がした。

「更識!雲の中の敵をロックオンできないか!?」

「無茶を言わないで……すぐは無理。30秒だけ時間を頂戴……」

 無茶を承知で口にした箒の言葉を、事もなげに30秒で実現すると返す、日本の代表候補生の言葉に、嬉しさを感じるのは自分があくまで日本人だからだろうか。自分の祖国を代表するかもしれない少女はやはり本物だ。

「よし、簪!私がそれまでお前を護る!頼むぞ!!」

「……!」

 簪に背中を向けて刀を構える箒の背中を見て、簪は、簪と呼ばれた事に目を丸くする。本当は一夏だけにそう呼んで欲しかったけれど、悪い気はしない。そういえば、他の専用機持ちは皆ファーストネームで呼び合っていたと思い出し、なんだか、頬が緩んでしまう。クールなキャラでいたかったのに。


「…………任せて、箒……」


 簪が両手で空中に浮かんだ二つの仮想キーボードを叩く。ピアニストの演奏のように十本の指が、雲の密度や現在の気温、時刻、気圧、その他諸々の情報を演算し、知るべき解を求める。数式の向こうに、雲海に隠れたターゲットの姿を捉える為に。




655: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/25(月) 00:49:40.71 ID:epDWrxqo0



――――



「――っこのォ!!」

 風の衝撃砲はどうしても出力が機動に支障が生じ無い程度に抑えられている代わり、これまで以上の指向性と連射が可能になっている、空間を圧縮する兵器という特性上、衝撃砲は雲海に着弾すれば大きく雲を巻き上げ、水蒸気の絨毯を次々に抉り取って行く。

 鈴には紅椿のような火力も無いし、打鉄弐式のような高感度のセンサーも、簪のようにその場で兵装のプログラムを調整書き換えする技術も無い。天性の勘と、こと戦いにおける冷徹さ、あくまで冷静に、その瞬間における最善手を引き出す。それは才能と言えるのかもしれない。あの窮地において一年最強のシャルロットを撃墜した事でついた自身が、鈴自身の戦闘における勘の働きを進化させていた。

 めちゃくちゃな砲撃のようにも見える衝撃砲の連射は、確実に無人機の放つビットの数を減らしていく。ビットの動きが、センサーに頼らなくても今の鈴には視えている。それは、ビットのスペシャリストであるセシリアとの生活が長い事にも起因しているのかもしれない。本当にそうかは判らないけれど、鈴の感情はその理由に昂っていた。

「ブルー・ティアーズ相手に比べればこんなもん……ちょろいってのよ!」

 にぃっと口端を上げて健康的な笑顔を見せると、糸切り歯が特徴的な歯がちらりと見えた。

「―― !」

 その時、雲の奥から、大きな熱量が周囲の水蒸気を更に蒸発させる光線が放たれて来た。すんでの所で鈴は回避したが、これはとてもではないがビットの火力では無い。つまり……。

「ビンゴ……ビットに高出力のレーザー……まるでセシリアもどきじゃない!そーいうの気に入らないよ!」

 ぐっと足に力を込めるように前のめりになりながら、その射線から逃れるように鈴は雲の中へと飛びこんでゆく。視界の悪さなんか吹き飛ばせばいい。相手は無人機、親友を真似た代償は高くつく。遠慮なくやらせてもらうまでだ。




668: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 00:33:54.05 ID:GFBiLOqo0



 セシリアを真似たような武装なだけあって、無人機は鈴の甲龍との近接戦闘は不利と判断したのか、鈴との距離を保つため背中を向けて逃げ始めた、当然格闘戦に持ち込む為に鈴が追い、無人機と鈴のチェイスが始まった。

「鈴!あまり追い過ぎるな!鈴ッ!」

 後方で簪に迫るビットに対処しながら、箒が叫ぶ。敵機を逃がすわけにはいかないのは判るのだが、明らかに自律機動ビットの数が多すぎる。コントロールしているゴーレムが逃げに入っても簪への攻撃の手を緩めないのは、それが自律機動型だからというだけの事なのかもしれないけれど、最低でももう一機伏兵がいると考えておく方が無難。

 歯がゆい思いで鈴が飛び込んでいった辺りの雲を見下ろす。巻き起こった風圧にちぎれた雲が靄のように揺らめく其処へ今飛び込めば間に合うのだろうか、手にした二刀でビットを斬り落としながら悩む箒の耳に、雲の中の反応を拾えるようにその場でセンサーのシステムを修正していた簪の声が聞こえる

「……箒!いけるわ、離れて!」

「わかった!」

 紅椿が離れると同時、打鉄弐式のミサイルポッドのカバーが開き、雲の中まで含めたマルチロックオンが完了する。以前のタッグマッチの際には未完成だったマルチロックオン機能は、和解した姉の楯無や布仏姉妹、黛先輩らの協力を得て遂に完成した。ポッドから次々とミサイルが発射され、雲の中の対象を追ってゆく。

 そして、まるで雷鳴のような音を響かせて、いくつもの弾頭が次々と炸裂する。爆風によって荒れた雲海の奥から、右腕の大口径ビームの砲門からレーザーソードを発生させて無人機が飛び出してきた。鈴の追う相手とは逆に、簪と間合いを離す事が不利と判断したのだろう。

「やらせるかっ!」

 飛び込んでくるゴーレムに対し、簪を守る為に立ちはだかる箒が刀を交差させて両手でゴーレムの攻撃を受ける。刀身の帯びているエネルギーフィールドとレーザーが激しく火花を散らした。

「箒っ!もう一回、今度は集中させて行くわ、離れて……!」

「くっ……難しいことを言ってくれる……な、簪」

「……ぁ、ご、ごめんなさい……つい」

 やっぱり少し馴れ馴れしかっただろうか、不安げに簪の顔が曇る。

「ふっ……何を謝る!守ると言ったろう? やれるさ!私と、この紅椿なら!!頼むぞ!簪!」

 箒の力強い言葉が、簪の不安を晴らしてくれる。仲間の背中、長いポニーテールの揺れるその背中が簪から離れてゆく。ただ離れるだけなら誰にでもできる。だがただ離れれば簪を敵の眼前に晒すことになる。簪はそれでも切り抜けて再びマルチロックオンミサイルの弾雨を降らすつもりであった。




669: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 00:40:51.33 ID:GFBiLOqo0




「うおおぉぉぉおおおっ!」

 箒は裂帛の気合を吐き、紅椿の肩付近のアーマーをスラスターへと変形させ、鍔迫り合いのまま無人機を一気に押し出して、簪から一定の距離を取る。

 距離を確認し、思い切りゴーレムを今度は蹴り飛ばす。堪らず仰け反りながら離れる無人機に対し、紅椿のビットが左右からの追撃を入れ、更にゴーレムの動きを止めた。簪が言った「離れて」とは違う状況ではあったが、その位置取りならば、マルチロックオンミサイルの弾道上に箒も無く、ましてロック中に迫撃される心配も無い。

 完璧すぎる箒の仕事、ここで自分が失敗するわけには行かない簪は一つ大きく息を吸ってから、先程のセンサーによるエイミングから、イメージインターフェイス操作による視線を注ぐだけでできるマニュアルロックオンに切り替え、動きの止まったゴーレムに対し全弾のロックオンを集中させる。

「……これで、決める……っ!」

 ミサイルポッドから放出される無数のミサイルが一度大きく花の様に広がり、煙を引きながらゴーレムに向け集約してゆく。一発一発の火力はそうあるわけではないけれど、幾度も連続して起こる爆発の回数は確実に着弾数を上回った。


「簪!」


「……うん!」


 四散して雲海へと落ちてゆくゴーレムの残骸を見てから、ぐっと片手で拳を握り、軽く掲げる箒の姿は、丁度空けはじめた日を背にしていたから眩しくて、簪は眩しそうに目を細めて箒と同じ仕草をした。




670: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 00:57:19.93 ID:GFBiLOqo0



――――



≪こちら織斑、凰か?そちらの状況はどうなっている!?≫

 雲の外の様子はわからないけれど、千冬からオープンチャネルでの通信がダイレクトに入った。鈴は追跡しながら中距離レーダーを開き、思った以上に輸送機の近くまで来ていたことに小さく舌を打つ。逃げに入っているとはいえ相手はIS。輸送機ともし接触したならば、一瞬で航空機など破壊してしまう。それをさせない為、輸送機を危険から遠のける為に迎撃に出ていて敵を輸送機に辿り着かせたのでは、何の為に上がったのか判らない。

≪こちら鈴音!ゴーレムがちょこまかと……!雲の中をそちらに向かって追撃中!――ます!≫

 話し口調で返してしまった言葉を、無理やり語尾だけ整えて千冬に返す。

≪やはり伏兵がいたか……!≫

≪鈴!大丈夫か!? 千冬姉!ハッチを開けてくれ!俺も出る!!≫

 オープンチャネルに一夏の声が飛び込んでくる。久しぶりに聞く幼馴染の声は、とても、とても切羽詰まったもので。それが少し嬉しいと感じてしまうのは、別に親友への裏切りではない筈だ。だって一夏が幼馴染で、優しくて、ちょっと優柔不断だったり、凄く鈍感で、わざとやってんのかってくらい天然ジゴロで、一番好きな異性である事には変わりはないのだから。単純に性別問わずなら……

≪一夏!セシリアは無事なんでしょうね!?≫

 何かあったらぶっ飛ばす。それは言葉にして言われなくても一夏に伝わった。

≪無事……だと思う≫

≪はぁ!? だ と 思 う !? 一夏あんた男でしょ!ねェ!?≫

≪う、うるせぇな……俺だって心配なんだよ!≫

≪いい加減にしろ貴様ら、今は戦闘中だぞ。オルコットは先行して現れた無人機三機の迎撃に出た。今二機目の敵機反応が消えた所だ≫

 千冬のドスの効いた声が二人の言い合いを中断させる。そして告げられた内容に鈴はぎょっとした。サイレント・ゼフィルスを撃墜したと聞いた時は、純粋に凄いと思えたが、箒と簪が二人がかり、自分は仕留めきれずにチェイス中のゴーレム三機と戦って二機を既に撃墜している。異常だ、セシリアに何があったのか、心配にすらなってくる。



671: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 01:02:35.79 ID:GFBiLOqo0



≪良かった……セシリア、流石だな≫

 鈴の耳に聞こえた一夏の声が嫌に優しい。昨日、セシリアには昨夜のことだが、鈴には昨日の話。電話口で聞くセシリアの声はとてもとても弾んでいて、嬉しそうに一夏の事を話していた。まぁどうせいつもの事かとタカをくくっていたが、まさか

≪ちょっと一夏……セシリアとなんかあった?なんかいつもと違うじゃない≫

≪ぃいッ!?≫

 明らかに動揺した声が返って来た。という事はつまり、一夏の方から見ても動揺するような何かがあったという事。以前の一夏なら「久々に故郷に帰ったからじゃないか?」くらいしれっと言いそうなもの。誤魔化しているのではなく、結構本気で。全く鈍感極まりないこの一夏にそこまでの反応をさせる何かをセシリアはしたのだろう。

 一夏にしてみれば、セシリアが出撃する直前のあの出来事が脳裏に浮かぶ。ふわりと薫るバラの匂い、唇に触れる感触。姉の目の前ではあったけれど、何故鈴がそれを知っているんだという気持ちになる。姉か?この非常事態に姉がばらしたのか?尤も、それが無くても何かあったのかと聞かれれば色々あったわけで同じような反応を返したろうし、ばらされていなくても一夏の言葉も鈴の反応もきっと変わらなかったろう。

「ったく……かんっぺきに先を越されてるじゃない」

 一夏側の気持ちさえ動かしたのかと理解した以上、もう一夏に聞くことはない。一方的に通信を終えて追撃を再開する。一夏はそのまま輸送機のハッチ内で待機していればいい。その為にも、このゴーレムは何が何でも落とさなければいけない。ぎり、と奥歯を噛みしめ、更に加速しつつ、衝撃砲の出力を落として左右二点射でばら撒く。一発目はゴーレムを真っ直ぐ狙い、二発目はゴーレムが雲海の奥へ逃げようとするであろう位置を予測して撃つ。偏差射撃なんて、特筆することも無い基本技能だけれど、これは二点射であることに意味がある。

 無人機の挙動は即ち、自律機動。搭載されたコアが即応性によって回避を行う。視覚できない筈の衝撃砲を避ける程となれば相当のもの。しかし、避けられることを前提にした射撃ならば――。

「やっぱりね」

 ゴーレムは人間には不可能な回避を行う。なにしろ人間のような脆い内臓や稼動域の限られた関節などなんか無いのだから。必ずその攻撃に対する最善を選択して回避する事ができる。しかし、それ故に……対人ならば発射間隔の短い偏差射撃は初動前に発射されている為容易に読まれてしまうものだが、はじめの攻撃に対して、無人機としての最善である雲海の奥に向かう回避先に置かれた射撃が、吸い込まれるようにゴーレムに命中する。



672: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 01:14:08.70 ID:GFBiLOqo0



「正確過ぎるなんて、やりすぎじゃない?」

 予想通りの結果に笑みを深くすると、鈴は追撃の為に同じ二点射を連続で発射する。しかし、一度直撃したことで学習したゴーレムは、二射目からの回避方向を、二発目に反応し、一発目を二発目の置かれた方向と反対側へと回避する。一度通用した手は二度は通用しないと言うことだろう。厄介な相手だ。


―― でも


「最も反応の遠い位置、最も安全なポイントを選択する。ほんと……セシリアそっくり……回避方向の誘導がしやすいのよアンタ達って!」

 乱れた雲海の表面より少し深い位置で戦っていたゴーレムが、東から昇る太陽の光に薄く照らされた雲の上へ飛び出る。姿が見えてしまえばこちらのもの。輸送機のビーコンが西の空に目視できる。身を隠すものが無くなって、ゴーレムが再び雲海へと飛び込もうとするが、そこへ最大加速の鈴が突っ込んだ。「風」パッケージの特徴として、胴体部分に鋭角的な機首状のパーツが取り付けられている点がある。勿論そんな使い方は想定されていないが、鈴はその機首をゴーレムにめり込ませるように突撃した。

 メキメキと互いの装甲が悲鳴を上げる。不自然な体勢のまま甲龍の最大加速に浚われながらも、ゴーレムはブレードを展開して足掻くように鈴への攻撃をしようとするが、それも、鈴には計算のうちだった。「風」パッケージの緊急パージ。増設されたパーツを残し、鈴の体が離れてゆく。虚しくブレードが宙を切ったと同時、脱出した通常パッケージ状態に戻った甲龍の両肩、そして両腕から衝撃砲が連続して放たれ、パージしたパーツごとゴーレムの各部位を打ち砕く。

「次はアタシを真似た方が良いんじゃない?セシリアはセシリアだから強いのよ」



673: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 01:32:02.84 ID:GFBiLOqo0



≪こちら織斑、よくやったな、凰。しかし大丈夫なのか?パッケージのパージを行ったようだが≫

≪大丈夫です!セシリアは!?≫

≪まあ待て、もっと頼りに奴が来た……≫

 鈴のせっつくような言葉の勢いに、千冬は耳に添えていたヘッドホンを離しながら返す。もっとも、コアネットワークを介しての通信である以上そんなものは無意味で、鈴の声は千冬の鼓膜に突き刺さったけれど。……鈴が戦闘中に教え子からまもなく所定の高度に到着すると連絡があった。恐らくそろそろ……


―― イメージBGM Ace Combat 6 Misson12 -Fires of Liberation-


≪こちらシュヴァルツィア・レーゲン.E.K. ラウラ・ボーデヴィッヒだ。レーダーの感度良好。 各機データリンク開始。鈴、箒、更識。待たせたな……と、言っても、もう二機とも落としたのか……一夏も聞こえるか?そういうわけだ、バックアップに入らせて貰う。此方から情報を送るので情報の更新をしてくれ……隠れている伏兵は全て焙り出す。各機奮戦せよ≫

≪ラウラ!遅かったわね、奮戦……?殲滅戦の間違いでしょう?≫

≪ふっ……何機来ようと私と簪ならば落としてやるさ、一夏も聞こえているな?お前は今回は出番がなさそうだぞ!≫

≪……えっ?えっ!?な、何ですの?どうして急にラウラさんからの通信が……えっ!?鈴さん?箒さんに、更識さんまで??わ、わたくしまさか、ゴーレムに誘導されて輸送機の空域まで……っ!?≫

 急に賑やかになる通信にセシリアのうろたえる声が聞こえる。通常の通信と違う、まるでプライベートチャネルでの通信のように聞こえる沢山の仲間の声。輸送機から敵を引き離しながら戦っていた筈のセシリアにとっては、それはまるで自分のミスに感じられているかもしれない。そう思うと、非公式な私闘含めてとはいえ二連敗しているラウラにとっては少しばかりいたずら心を擽られるけれど。今はそれはいい。自分の声がセシリアにも届いているのだ、それはつまり、このオイレンケーニヒの性能を保証するものであり、そして、セシリアが落とされる前に間に合ったということ。

≪セシリア、借りを返しに来たぞ?≫

≪ラウラ……さん……≫

 本来の意味でのこの「借り」は別の意味だけれど、ラウラにとっては同じ意味で、セシリアも同じ意味を共有しているのか、驚きつつも、少しばかりの嬉しさが声音に滲む。

 そうなると、鈴としては若干面白くない。

≪ずるいわよラウラ!!セシリア、すぐにそっちに合流するから!アンタは何もしなくてももう大丈夫よ!≫

≪……落ちついて、凰さん……何もしなかったら落ちちゃう……≫

≪みんなッ!セシリア!無事なんだな!?よかったぜ≫

 一夏は、通信のおかしさに気付いていないのか、それとも気付いていて仲間を鼓舞する為に言っているのか、単純に皆が近付いていることに喜んだのか。明るい声を戦場に出た全員の耳に届ける。それは、誰もが聞きたかった声音で。全員が意図していたのならきっと優れた指揮官になれるのだろう、

≪……こほん、一夏よ。それにセシリアも、よくレーダーを見て欲しい……≫

≪……全員いるよな?≫

≪え?ええ……あ、あの、わたくしまだ戦闘中なのですけれど……≫

≪理解できたか?このレーダー情報は私のシュヴァルツィア・レーゲンに搭載された指揮官仕様パッケージ『オイレンケーニヒ』のものとリンクしている広域レーダーなのだ。範囲内にいる限り私の目から逃れられるものはいない。そら、セシリア。右から来るぞ≫

 冷静に戦況を把握しているラウラの声が、皆の耳に状況をいち早く知らせ、レーダーにその情報を正確に映し出す。もはや負ける気はしない、新たに伏兵や敵増援の機影を発見したが、それももはや脅威にはならない。これでもし負けるのならば……きっと、どんな援軍でも負けただろう。

≪オイレンケーニヒ……ケーニヒはドイツ語で王様、だよな……オイレン…………油の王?≫

≪……一夏さん、オイレはドイツ語でフクロウ、梟の王ですわ……≫




676: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 23:39:51.25 ID:GFBiLOqo0


========================================================================

番外 IS設定

■シュヴァルツィア・レーゲン オイレン・ケーニヒ

 旧世代の戦争において勝敗を分けたのは火力でも装甲でもなく、情報能力である。世界からは抑止力たるISの登場により「戦争」は消え、世界大会「モンド・グロッソ」こそが世界のパワーバランスを明示化させる戦いの舞台であった。故に、本来IS同士の集団戦闘を前提としたパッケージには必要性が存在しない。

 「梟の王」と名付けられたこのパッケージは、本来必要とされるはずの無い……いや、必要とされてはいけないIS用の早期警戒管制パッケージで、旧世代のあらゆるAWACS機を凌駕しているどころか、イージス艦に匹敵する管制システムを搭載していた。VTシステム搭載事件以降にリリースされたこのパッケージは欧州のみならず、世界中にその存在を危険視され、完成されつつも日の目を見ることが無かったが、織斑姉弟および英国代表候補生を乗せた輸送機が急襲を受けた際に、IS学園緊急時統括指揮権を持つ織斑千冬により換装許可を与えられ、出撃する運びとなった。

 武装面では、レールカノン、ブラズマ手刀をオミットしており、辛うじて腰アーマーに内蔵されたワイヤーブレードのみが使用可能と貧弱極まりないが、全身にステルス装甲が使用されており、最大稼動時には光学迷彩さえ使用可能になる設計となっている。背面の大型のレドームの索敵範囲は極めて広く、更にドイツの軍事衛星とのリアルタイムリンクにより広域のカバーリングが可能。

 両腕には強力なECMジャミングユニットを搭載しており、王の名に相応しい、本来存在する筈の無い電子戦機最高位の機体である。

 欠点としては、ジャミングとレーダーの同時使用時に若干の電障が発生してしまう為、近距離に死角が発生してしまう事と、貧弱な武装がある。

武装

 ワイヤーブレード × 2

========================================================================



679: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 23:51:28.36 ID:GFBiLOqo0




 学園に併設された滑走路に着陸した輸送機から機材が運び出されている。すっかり昇った日は厚い雲の上から淡く地上を照らしていた。

「やれやれ、ひと雨きそうだな……」

 管制室で山田と合流し、ヘッドセットを装着した千冬が、窓からどんよりと曇った空を見上げる。夜明け前に始まった雲海の上での戦闘は、ラウラの駆る電子戦機の登場により三重、四重の伏兵はあったものの、結果としては一年専用機部隊の圧勝に終わった。

「この程度で諦めはせんのだろうな……束」

 幼馴染の顔を思い浮かべて、千冬は苦笑いを漏らす。

(約束を違える事になった私を束は恨んでいるのだろうか…… いや、私を恨んでくれた方がマシか)

 どうやら親友とは家族にはなれないようだ。千冬自身が気に入ってしまったし、弟の望む相手なのだから、そもそもそれに口は出せない。今回の襲撃は来るべくして来たものだった。尤も、まさか移動中の他国領空内で仕掛けてくるとは思わなかった。撃墜したゴーレムの残骸は幸いにして都市部に落ちる事は無く、二次災害は軽微だったという。現在学園の研究班が回収に向かっているが……おそらく束の事だ、既に対策はとっていて、回収班は無駄足を踏む事になるのだろう。

 今回の襲撃は一夏とセシリアのどちらがターゲットだったのか、結局輸送機に無人機は一機たりと近づく事は無かったけれど、優先的にセシリアを攻撃していたように見えたという事はやはりセシリアの撃墜が目的だったのだろう。

「……そんな事をしてもあいつは喜ばんぞ、バカ者が」

 束は妹と一夏、そして千冬の事になると少々走り過ぎるきらいがある。あれはあれで、けして悪いやつでは無い。天才科学者等ともてはやされようが、無人機を操って攻撃を仕掛けてこようが、千冬には束を敵と断定する事はできなかった。

≪コントロール、こちらラウラ。周囲に追撃の敵影は確認できません≫

 輸送機の着陸後、念の為と哨戒を行う生徒達の実質的な現場司令官であるラウラから通信が入る。もっとも学園にまで追撃をしかけた所でメリットは無く、例えセシリアを撃墜した所で学園の医療設備ならば命までは落とすまい。あくまでも警戒の為だったが、杞憂で済んでくれたようで、千冬の顔から険しさが消える。

「うむ、ご苦労だった。全機哨戒を解除、学園に帰投するように」

≪はっ!≫

 遠くから、ISが空気を割く音が近づいてきている気がする。帰って来たのだ、日本に。IS学園に。




682: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/07/31(日) 23:59:13.17 ID:GFBiLOqo0


「……ふぁ…………」

「あら、織斑先生。寝不足ですか?少し休んでいらっしゃっても構いませんよ。いいなあイギリス、私も行ってみたかったです♪」

 漸く落ちついた千冬がつい漏らした欠伸に、即座に飛びつき、からかおうとする山田。心なしか目がきらきらと輝いている。

「……そうだな、昨夜は語り明かしたものだから眠っていない」

「え、ええぇぇええっ!?せ、先生!昨夜はオルコットさんの家にって……!」

 顔を真っ赤にして狼狽する山田を見て内心でほくそ笑む。やはり山田は打たれてこそ輝く。

「ああ、オルコットの使用人と打ち解けてな」

「そ、そんな、織斑先生!み、乱れています!!あ!どこに行くんですか!?」

「君が休んで良いと言ったのだろう?少し仮眠をとってくる。全員の帰投が済んだらブリーフィングを行って解散しておいてくれ」

「え、ええっ!?先生!先生ーっ!」

 背に受ける山田の救いを求める声は心地よい、堪能したと上機嫌に笑むと、襟を正して久々の自室へと向かう。軽く休むだけで、ブリーフィングには遅れて向かうつもりだ、帰りのHRのノリでもたもたとうろたえる山田がきっとそこにはあるだろうから。



683: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/01(月) 00:04:17.27 ID:EV57Pla20



――――



「おっかえりーぃ、かーんちゃーん」

 着陸後、ピットに戻った簪を迎えたのは幼馴染であり、自身の傍役である布仏本音の緊張感の無い声だった。

「……本音、だからその呼び方は…………」

 ピットには早朝から実戦に出撃した一年生の為に、整備科の生徒達が詰めている。早朝の出撃時は一部の人間だけだったが、ISによる集団戦、しかも実戦とあって、朝食前に作業服に着替えてピットに集まってしまうのは整備科の性か。

 整備科には基本的に2年生以上しかいない為、簪にとっては全員が上級生。本音も当然一年生だから本来は整備科ではないのだけれど、そこにいるのが当然のように整備科の作業着に身を包んでいた。

 丈の合っていない袖を軽快に振り回しながら、日本代表候補生である幼馴染をサポートする関係は、縁の下の力持ちを自任する整備科生徒から見ればとても微笑ましくて。そんな風に微笑ましそうに見られる事が簪には気恥かしかった。

「お帰りなさい、簪。いいえ、か~んちゃん♪」

 ウインナーの絵の描かれた扇子で口元を隠した簪の二年生の姉、IS学園生徒会長更識楯無が近づいてくる。口元は隠れているけれど、確実に笑っているのが感じられるのは、姉妹だからだけではないと簪は思った。

「……お、お姉ちゃんまで……やめて……」

「照れちゃって、簪ったらかーわいい。か~んちゃん♪」

「かーんちゃーん♪」

「……も、もう……お願いだから……」



692: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/03(水) 00:02:20.14 ID:MfeqTh3C0



――

「箒、お疲れ様!」

 簪から暫く遅れて、二機目、赤いISが帰投してきた。長いポニーテールを軽く振りながら、駐機状態にしてISを降りる箒に、一足先に制服に着替えていたクラスメイトからタオルが手渡される。

「シャルロット、ありがとう。すまないな、お前の出番を奪ってしまったよ」

「箒、ダメだよそんな事言っちゃ……僕の出番があるって事はそれだけみんなが危険な状況って事でしょ」

 窘める様に言いながら、スポーツドリンクのボトルを手渡すシャルロットに、すまないと苦笑いを零してから箒はピット内を見回す。

「む、簪はいないのか?

「簪……?ああ、四組の更識さんならシャワーに行ったよ、箒もブリーフィングの前にちょっと汗を流すと良いんじゃないかな?」

 なるほど確かに打鉄弐式の所ではクラスメイトの本音が上級生に混ざって整備を始めている、箒もシャワーに向かいたいのは山々ではあったけれど、第四世代という特異性から、紅椿のメンテナンスには教職員が中心となった三年の整備班で行われる。担当の教師の姿を探していると、ピットの外からどよめきが起こった。

「あ、この音は一夏が帰ってきたみたいだね♪それじゃ箒、僕は行くね」

「――――あっ!シャルロット……待て!」

 はっとしてシャルロットを引き留めようとする箒の手は、あと一歩届かなかった。



693: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/03(水) 00:03:15.57 ID:MfeqTh3C0



―― 数分前、IS学園上空



「セシリア?」

 学園に戻る途中、青い機体がスラスターを吹かして近付いてくるのが見える。大方、パッケージをパージして戦っていた自分が無事なのか、落ちついたから見に来たのだろう。それは嬉しい、それは嬉しいのだけれど……。

「…………」

 そのさらに後ろから、白い機体も近付いてきている。一夏だ、セシリアと旅行中に何かやらかしたと思われる一夏が近づいてきている。

「ったく、空気読みなさいよあのバカ……」

 そうこうしているうちにセシリアがその表情が見えるくらいの距離に近付いてきて、スラスターを一度逆に入れて速度をあわせて鈴に併走する。

「大丈夫ですの?鈴」

「何がよ、あんたこそ大丈夫なのその機体。制動がまともにバランス取れてないじゃない」

「わたくしの操縦技術をもってすればこんなのちょろいですわ♪」

「あーはいはい」

「……なんですの?」

「……何よ?」

 口を尖らせたセシリアと、じっと睨みあいながら無言の時間が過ぎる。先にこの睨めっこに白旗を上げたのは鈴の方だった。けらけらと笑いだしながらセシリアに腕を伸ばす。二人とも主武器は既に格納していた。

「……お帰り、セシリア」

「ただいま帰りましたわ……鈴……」

 ISを装備したまま、手を取り合い、二人とも表情を和らげて笑う。土曜日の3on3からまだ一週間も経っていないというのに、ここの所続いたトラブルは、なんとなくだけれど今日の戦いが最後のような気がする。

 まだ聞いただけだけれど、サイレント・ゼフィルスは強制解除まで追い込まれたと聞くからおそらくダメージレベルはC相当まで達している事だろう。ましてや亡国企業にはサイレント・ゼフィルスがあってもイギリスの運用データそのものは存在していない筈。そうなると再出撃まではそれ相応の期間を要する。暫くの間亡国企業絡みの事件は起こらない可能性がある。

 そして、無人機とはいえ、一国の保有数を遥かに超えるISを製造、投入し、全てを撃墜されたとあっては、無人機による襲撃も少しの間は無いと考えていいかもしれない。



694: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/03(水) 00:26:54.51 ID:MfeqTh3C0



「はー、大丈夫とは言ったものの、こりゃ怒られるでしょうねぇ」

「当り前ですわ、パッケージを強制パージしてぶつけるなんて正気の沙汰ではございませんわよ?あの高度でPICにエラーが発生したらどうするつもりでしたの?」

「いや、すぐ近くに一夏もいたし何となるかなって思ってさ……っ」

 鈴は、真面目に心配している様子のセシリアに、にぃと笑ってみせると、手をつないだまま甲龍の装着を解除する。当然のようにPICが慣性を殺し、セシリアに引っ張られる形で鈴はぶら下がる格好になり。

「ちょっと!ななな何をなさってますの!?」

 一瞬真っ青になりながらセシリアは慌てて鈴を追うように素早くターンし両手で抱きとめる格好になりながら、空中で何度も逆噴射をいれて制動をとる。

「ほら、やっぱり制動バランスとれてない」

「い、いきなりだったからですわ。それに装備が重いんですから仕方が無いでしょう?」

 抱きあう格好でにへらと笑いながらそんな風に言う鈴に、むすっと口元をへの字に結んでセシリアは睨みつけていた。

「あ、そーだ。だったら戦闘終わったんだししまえばいいじゃん、重いのってその肩の盾でしょ??」

「…………」

 ぽかん、とセシリアが口を半開きで鈴の言葉を聞いている。鈴としては冗談のつもり。急に重量負荷が消えたらどうなるのかなんて、普段のセシリアなら失念する筈も無いのだけれど、連日の戦闘やら一夏さんフィーバーナイトやら強制家庭訪問やら高高度戦闘やらでちょっぴりハイなセシリアには難しい話だったのかもしれない。

(…………そ、そう言われてみればそうでしたわ……)

「な、なによ、アンタまさか……」

「そ、そんな事ありませんわよ!?」

 言うが早いか、セシリアは両肩のシールドバインダーを粒子化する。今までより一回り大きくなった上に、四基のビットはソードビットとしても使える大型のモデル。その重量が無くなった途端、当然のごとく重量を相殺していた分が速度にグンと上乗せされる。

「――――ちょっ……やっぱそんな事あんじゃん!!!」

「――えっ!?どういう……ひゃああああぁぁぁぁぁあああ!?」

 急な加速に二人して悲鳴を上げ、なんとか制動を取ろうとセシリアが逆噴射を入れるけれど、軽くなった機体での逆噴射は単純にすっ飛ぶ方向が逆方向へ変わるばかりで、行ったり来たりを繰り返すばかり。完全にパニックに陥ったセシリア、ぎゅっとしがみつかれている為下手に動けず、しっかりとセシリアに捉り返すしかない鈴。このままいったら学園沖に代表候補生二人墜落なんてニュースに顔写真つきで載ってしまう。

「せ、せしりああぁぁぁぁ!!」「り、りんんんん!!」




695: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/03(水) 00:37:58.89 ID:MfeqTh3C0



 互いの名前を叫び、強く抱き合う二人の視界に、血相を変え、全速力でこちらに向かってくる一夏の姿が見えた。

「セェシリアァァァァアッ!!」

 その声から、一夏が本当に必死なんだと伝わって来て、鈴は、少しだけ、セシリアを抱く手に力を込める。

「い、一夏さん!一夏さん!!」

「落ちつけセシリア!今すぐISを解除しろ!!」

「ちょっと一夏!そんな事したら……!!」

「いいから!! 心配するな鈴、二人とも俺が受け止める!!」

 毅然と言い放つ一夏に、鈴の鼓動が一瞬で早くなる。

(ああ、ずるいなー……昔からそう、いつも、いつも、ド天然のくせにこういう時は…………これじゃ、かなわないじゃない……)

「わかりましたわ!」

 セシリアが頷きながらブルー・ティアーズを粒子化する。つい先程までパニックに陥っていたのが嘘のように、笑みさえ見える。ISスーツだけの姿で、セシリアと抱き合ったまま空中に投げ出されつつ、どうしてセシリアはそんなに無条件に信じられるのだろうと鈴は思うけれど、そう言えば自分もこんな時の一夏は信用してるとついさっき思ったことを思い返し、少し不満げに口を尖らせていた。



701: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/08(月) 00:50:24.75 ID:thp7Lc8H0


――


 セシリアの背中側から一夏が二人を抱きとめる。ふわりとした浮遊感が、とても心地いい。

「二人とも大丈夫か?まったく……何やってんだよ」

 少し呆れたような一夏の声に、肩越しに振り返りながらごめんなさいと少し気恥ずかしそうにセシリアが返す。背中から抱き締められてそんな風に振り返ったら、顔同士があんなに近づいてしまっていて。鈴からしてみれば少し照れたように頬に朱が差す一夏を見ていると無性に殴りたくなる。

「ふん、別にあんたに助けて貰わなくたって自力で何とかできたわよ」

「お前なぁ、どうしてありがとうの一言が言えないんだ全く…」

 つんけんとする鈴をよそに、このままではずっと抱きしめていなければいけない為、二人をそれぞれ両腕に抱え直す。丁度IS装甲に覆われた前腕に腰かけ、手が膝を抱える形だ、セシリアと鈴が其々一夏の肩を掴む体勢が一番安定するとなるまで、結構な時間を要した。



702: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/08(月) 00:52:59.72 ID:thp7Lc8H0


――


「ちょっと一夏、変なとこ触るんじゃないわよ?」

「さわらねーよ……全く。セシリアは大丈夫か? ……セシリア?」

 二人を抱えてゆっくりと学園へと戻る。時々鈴がこうやって文句を言ってくるほかは静かな物だ。ふと、先程から静かなセシリアに話を振った一夏だったが、セシリアからは反応がない。どうしたのだろうと一夏が横目にちらりと視線をやると、そこには顔を上気させ、潤んだ瞳で見つめているセシリアの表情があった。急な様子の変化に一夏はドキリとして咄嗟に顔の向きを鈴の方へと向けてしまう。

「……ぁ」

 一夏の背後から少ししゅんとしたセシリアの声が聞こえた。眉をハの字に切なそうにしている表情まで妙にリアルに想像できる。一夏は、そんなつもりでは無いと弁解したくなったけれど……。

「なぁによ」

 眉を逆ハの字にして睨む鈴の顔が目の前にある。

「……いや、なんでもね……(……参ったなぁ)」

 上を見上げ、軽く溜息を吐くと、黒い機体が上空から高度を下げてくるのが見えた。

「何をしているんだお前達、さっさと帰投しろ――――……って、な、なんだこれはーっ!」

 高度を合わせ、目元を完全に覆っているバイザーを粒子化しつつラウラが話しかけてくるが、改めて肉眼で三人の状態を見ると、素っ頓狂な声を上げて一気に詰め寄ってくる。

「先程から何をしているかと思えば貴様ら!なんだその格好は!破廉恥な!!」

「は~ぁ?何が破廉恥よ!アンタに言われたくないわよ白のISスーツなんて着ちゃって!」

 ISスーツはその性質は兎も角、言ってしまえばスク水+ニーハイみたいなものだ。見た目的に。水着じゃないから恥ずかしくないもんとかそういう問題なのかもしれないが。入学当初はそりゃクラスメイトのISスーツ姿に一夏は何度賢者タイムを迎えたくなったか判らない。

 特にラウラと箒のスーツは白い。驚きの白さだ。白水着一つで膨大な画像ファイルを持っている中学時代の悪友に言わせれば「白水着はエルドラド」だそうだ、一夏もその考えは嫌いでは無い。

「色は関係ないだろう色は!いいから降りろ!」

 しかし、ひと山越えて見れば賢者どころか日常になってしまうのだから慣れは怖い。おかしな格好をされない限り今更一夏も前屈みになってしまう事も無ければ赤面する事も無い。元々◯◯に淡泊な一夏だから、慣れるのも結構早かった。



703: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/08(月) 01:09:45.62 ID:thp7Lc8H0




「落下中にIS展開なんて失敗したらどうすんのよ!?」

「その時は私がワイヤーで受け止めてやる!」


「でしたら、ラウラさんもISを解除すればよろしいのではなくて?」」


 それまで、二人のやりとりもうろたえる一夏の様子もどこ吹く風と、一夏の首に手をまわしてぴったり寄り添っていたセシリアからの発言に鈴も一夏も、言われたラウラまでが唖然とする。今までだったら「お二人はどうぞお降りになってくださいな!今日の撃墜数はわたくしがトップなのですから当然の権利ですわ」くらい言いそうなものなのに。

「…………」「…………」

 鈴もラウラも、訝しげなジト目でセシリアに顔を近づける。

(なんだ、この……これは『余裕』とでも言うのか……!?)

 セシリアの態度に違和感を感じる。とはいえ、あまりここで時間を食うわけにもいかない、元々ラウラは一番最後に着陸する予定ではあったが帰投命令が出てからもう結構経ってしまっているし、先程一番学園から遠い位置にいた箒が着陸しているのを確認している。本来とっくに着陸していなければいけない筈のこの三人がおかしいのだ。

「意外な所から意外な提案だったので少々面食らったが、そうだな、ここはあまり時間をかけて学園から迎えが上がって来る前にお言葉に甘えるとしよう。うむ。」

 セシリアの策は判らなかったが、良いというのなら甘えるとしよう。ラウラはそう決めると、一夏の前でISを粒子化させる。

「っとと……」

 一夏がそっとラウラが落ち始める前に下側に入り、ラウラの華奢な体が、同じく華奢な鈴の隣に抱きかかえられる。




704: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/08(月) 01:17:58.78 ID:thp7Lc8H0




「――……ん?」


「ちょっと、あんまり詰めないでよ、狭いじゃない!」

「さ、一夏さん。戻りましょう?」

 ISを装備すると、普通の人体骨格よりも前腕部が長い状態になるのは御存知の通り。鈴とラウラが並んで抱えられるくらいの幅は確かにある。

「ちょっと待て、おい、何故こうなる?」

「何故って、スペース的に仕方がありませんわ?」

 そして確かにセシリアが抱えられている左腕側は確かに狭い。セシリアが余裕のある座り方をしているせいもあるのだろうが……。

「ちょっとラウラ……っちゃんと掴まりなさいよ危ないでしょ!」

 鈴は、セシリアが一夏の首に手をまわしている為二の腕にしがみついている。ラウラの位置的に捉まるのは鈴の体になるわけで……

「――不公平だ!謀ったなセシリア!」

「ラウラさんったら、人聞きが悪いですわ、仕方ないじゃないですの」

 ラウラは見た、してやったりと口端を上げて笑うセシリアの姿を。鈴は鈴で複雑な表情でじっと一夏の腕にしがみついて頬を寄せている。

「くっ!一夏!やり直しを要求する!」

「む、無茶言ってんじゃないわよ!こんなトコでどうやって位置の入れ替えすんのよ!!」

「ええい鈴!お前すこしくっつきすぎじゃないのか!?大体何だセシリア!貴様、その体勢はなんだその体勢は!」

 左腕で抱きかかえられ、首に手をまわしているなんて特等席も良い所じゃないか、

「――……っと、とにかく戻るぞ……っ」

「ぅっ一夏、急にそんな!?」

 一夏が白式のスラスターを吹かす。急に勢いが加わったものだから、ラウラは危うくバランスを崩しかけ、慌てて一夏の胸に顔を埋めるように抱きつく形になってしまう。

「ああっ!ら、ラウラさん!一夏さんッ!ずるいですわッ!!」

「ぇ、ぇぇえ、俺かよ……」

 狼狽するセシリアの声に、ラウラは一矢報いた気がして、一夏の胸に頬をすりよせたままセシリアの方を向く。口を尖らせているセシリアと目があって、この現状でもやはりセシリアの位置は羨ましい。向うにしてみればこちらも羨ましいのかもしれないが……とりあえず今回は引き分けには持ち込めたか、ラウラはふっと小さく笑った。

「ふふん、詰めが甘いなセシリア?」

「ふん、何の事ですの?」

 そう返すセシリアも、少し口を尖らせつつも目元は笑んでいる。

「あんたイギリス帰ってちょっと白々しくなったんじゃないの?」

 其処に鈴も絡んできて、着陸までの短い間だったけれど、一夏を余所に女三人は姦しく話し続けていた。一夏はと言えば、首筋に触れる手の感触に気が行っててそれどころでは無くて無言を貫いていた。もっとも、口が挟める状態だったとしても、口を出したら出すだけ話がこじれただろうから、結果的にはこれでベストだったのかもしれない。




719: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:30:24.81 ID:tJ/GqQkH0


――――――



720: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:31:29.53 ID:tJ/GqQkH0



「待て……シャルロット!!」

 箒の伸ばした手は、外から聞こえたどよめきに声を阻まれて届かなかった。ピットの入り口をふさぐように集まっている人混みの中へ身軽に身を滑り込ませていくその髪を追って箒も人混みの中へと追いすがる。

 箒はそこにある光景は知らない。しかし、大体予想はつく……ずっと一夏を見ていたから、分かってしまう。一夏は『特別』を見つけた、そういう顔をしていた。その特別になりたかった。けれど……もうそれは不可能なのかもしれない。そもそもこのタイミングで見つけたということは相手はセシリア以外にはありえない。

「―― 一夏ァ!?お姫様抱っこしながら帰還するなどいくらなんでも……!!」

 人混みから一歩飛び出した箒の目に飛び込んできたのは、一夏に三人の女子が抱き着いていて、それをシャルロットが呆然と見ているという光景だった。もはやそこまで覚悟していても、言葉にしないといられない。そんな光景がそこにあった。

「な、なんだこれはぁあぁぁぁぁぁああ!?」

 セシリアをお姫様抱っこで帰ってくるくらいは予想したが流石に三人とか訳が分からない。箒は、シャルロットを止めに来たことも一瞬で忘れて思い切り叫んでしまった。呆然としていたシャルロットがそんな箒の叫びではっと我に返る。

「あれ、箒?シャルロットも、もしかして出迎えてくれたのか?」

 この期に及んでこの一夏と言う名前の大ボケ男はわざとやっているのだろうか。シャルロットも箒も一夏の表情から一夏が本気で言ってるのだとはわかるけれど……本気で言っているからこそたちが悪い。そんな状況で降りてきてどう思われるか全くわかっていない。シャルロットはプルプルと肩を震わせている。

「い、い、一夏……どういうつもり、だい?」

 漸く、絞り出すようにシャルロットが口を開く。その端正な顔立ちの眉間には深く皺が刻まれ、少女の一夏への想い、というよりも、この場にいる大多数の生徒が似たような思いを抱いていて、クラスメイトである彼女はその思いが特に強い部類ということ。思いの強さで言えば、いま、一夏の腕に抱かれている三人もまた其々がそれぞれの想いであることはまた別。

 するりと、三人の中でラウラが抱擁から逃れるように飛び降りる。特にシャルロットと仲がよく、ルームメイトでもあるラウラにとって、親友であるシャルロットの機微は大きな意味を持つ。鈴も鈴でいちいちここで揉める必要は無いと一夏の腕から飛び降りた。

「――セシリア?お前も……」

 着地したラウラが、セシリアがまだ降りていないことに眉を顰めて振り返ると、そこには降りようとして狼狽えるセシリアと、セシリアを抱いた腕を引き寄せている一夏がいた。





721: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:40:58.15 ID:tJ/GqQkH0



「何もねーよ、箒。シャル。俺がセシリアをこうしてることに、何もおかしなことなんかねぇんだ」

「え、ちょっと……い、一夏さん!?」「一夏……」「い、いち……か……」「……ふぅ」「ちょ、アンタまさか……」

 一夏の言葉にセシリアは一夏が何を言い出すのかと狼狽えつつも、僅かな期待を持ってその横顔を見つめる。その表情を見て、各人の顔色が変わる。或いは諦めにも似た色を見せるラウラ。普段の素直さ、穏やかさにはない、絶望にも似た色を見せるシャルロット。睫を伏せ、全てを受け止めようとする箒、呆れたように半笑いを浮かべる鈴。



「――俺は、織斑一夏は、セシリア・オルコットが好きだ。愛してる!!  ――……個人として、男として、心から、そう思ってる」



 既に朝のエマージェンシーにコールのかからなかった生徒達も寮から登校し始めているのだろう、そんな朝の学園の話し声さえ遠くに聞こえる程、うみねこが鳴く声さえ聞こえる程に、周囲が静まり返った。

 一夏は白式を解除し、顔を真っ赤に染め上げ瞬きする事さえ忘れたセシリアに一度視線をやると、僅かに頬を朱に染めてセシリアを抱えたままピット内へ向け歩き出す。入り口をふさいでいた整備科生徒達の人の群れが二人の進む先だけ綺麗に割れた。




722: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:42:09.82 ID:tJ/GqQkH0


――


「……はぁ、ったく……アンタってほんっと、相変わらず空気読めないわよね!」

 鈴が呆れ顔で深々と溜息をつきながらその背に続く。一夏の告白がショックじゃないわけではない。少なくとも一番好ましいと感じている異性は一夏であることは変わりはない。だからと言って今回の一夏の判断に異議を唱えるつもりもない。セシリアが一夏を慕っていることは前から知っていたし、最近は殊更セシリアからも主張されている。セシリアにとって望む結果になったということはとても嬉しい。幸せそうなセシリアを見るのは実にいい気分だ。なにより鈴は「セシリアを選んだ」その一夏の判断に心から同意ができた。

(まだゲームセットじゃないし、だってアタシは軸が違うもの)

 だって、セシリアを一番理解してるのは自分なのだから。「一番好きなのはアタシだ」そこにブレがないからこそ、少しそれは人間として軸がずれてるかもしれないと思ったが、IS学園ではそう珍しくもないはずと思えば気は楽だった。



723: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:48:25.00 ID:tJ/GqQkH0


――


「…………そうか」

 大きく深呼吸してから、晴れ晴れとした表情で箒がそれに続く。箒はすぐ手が出るし一夏のことになると冷静になれないという面があったけれど、それと同時にクラスメイトを大切に思っていたい。IS学園に来るまでは、篠ノ之束の実妹であることが様々な重荷だった。IS学園でも時折それは重荷だった、誰も彼もが腫物を触るように接する。それがたまらなく嫌で、そんな中でそうではない、ISが開発される以前の幸せだった時期の思い出に、幼馴染に縋る気持ちは間違いなくあった。

(……私は、一夏の優しさに甘えていただけなのかもしれん。)

 今、箒の周りには沢山の仲間がいる。誰の妹であることを前提としない友人たち。一夏の幼馴染としての自分を、箒を箒として、同じ男に惚れた恋のライバル達。特に、実質的なクラス代表ともいえるセシリアは孤立しがちな箒にとっては、特に……そんな自分を対等に見てくれる仲間に恋で敗れたのなら、それは、どんな感情を起こすのだろう、ずっと疑問だった。

「なんだ、思ったよりも……嬉しいものなのだな……」

 もし一夏がセシリアを泣かすことがあったら一夏を殴ろう。セシリアが一夏を裏切ることがあっても一夏を殴ろう。自分はどこまでも自分で、それ以外ではないし、それ以外になる必要なんかないのだから。



724: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:52:59.79 ID:tJ/GqQkH0


――


「……嘘だ……嘘だよね、一夏……」

 去ってゆく一夏の背を見つめながら、うわ言のように呼びかけるシャルロットの声に応える者はいなかった。

 その問いに対する正確な回答ができる人間は織斑一夏を措いては他にいなかったし、その一夏がこのような嘘を言う人間ではないことは何よりシャルロット自身もよくわかっていたし、膝から崩れ落ちるシャルロットの傍らにいるラウラにだってわかっている。

 織斑一夏の心はセシリア・オルコットに向いている。それは抗いようのない事実としてこの場に存在していた。

「僕は、これからどうすれば……」

 シャルロットにしてみれば、突然はしごを外されたようなものだった。父親の命令でIS学園に男子生徒として入学したシャルロットは、一夏に接して彼に恋をして、自身をまっすぐ見つめてくれる彼の為に、女であることを偽らず、堂々と彼の前に在る事を決めた。一夏の為ならそれこそなんだってできる覚悟はあったし、なんだってするつもりだった、一夏とは自分を殺してでも公私共にベストなパートナーであるために努力した、尽くした。

 それが、彼の傍にありたいと願い、自己に縁って自身を輝かせてきたセシリアとの最大の違いだった事は、もうシャルロット自身が分かっていた。

(ずるいよ、セシリア……キミを憎むのは筋が違うってわかっているけど……)



725: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/18(木) 23:59:15.20 ID:tJ/GqQkH0


――


「……シャルロット、大丈夫か?」

 ラウラは、思った以上に冷静にこの状況を観察していた。

(むぅ……これで三連敗か)

 セシリアにしてやられるのはこれで三度目だ。しかも連続。別に一夏がセシリアが好きだろうと、あれは自分の嫁であることには変わりはないし、正直何が変わるのかイマイチ理解できない。セシリアは尊敬できる級友の一人だし、やられっぱなしでは堪らないとは思うのだが、少なくとも現時点では自分よりも強い。

(何、優秀な遺伝子はたくさん残すに越したことはない。)

 セシリアの才能と一夏の学習能力の速さと特異性を持った遺伝子、実に興味深い。本人に言ったらどう思われるかは別としてそんな風に思う。

「行こう、シャルロット……そうして俯く者を誰が尊敬する?」

 尽くしたいという健気な感情は美しい、故にシャルロットは美しい。だが、ただそれだけではないのだ、優しく、一途で、愛らしい、そんなものは全員がそうだ。尊敬される要素がほんの少しセシリアには強くて、一夏にとってその要素が好ましいもので、一夏がそれを知りそれに触れる機会が多かった。ただそれだけなのだ。悔しいならば、尊敬される自身になればいい。

「……ラウラ……うん」

 眦にいっぱい涙をためたシャルロットがラウラの手を借りて立ち上がる。周囲の整備科の先輩たちは、ピット内に戻ったセシリア、鈴のISのメンテナンスを開始すべく、ピット内に向けて歩き始めていた。




726: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/19(金) 00:02:38.08 ID:Zxz67M/S0


――


「あ、あの……一夏さん?」

 セシリアをいわゆるお姫様抱っこした体勢のまま、白式のメンテナンスを行う整備科の面々の前でじっと立っている一夏に、整備科の面々もどうしたものかと顔を見合わせている。その中にはイギリスからの留学生の姿も見え、ブルー・ティアーズ担当の先輩方もいることに気付いたセシリアが、少し名残惜しさを感じながらも、公衆の面前での大告白をやってのけた、想い人……今となっては、想い人というよりは「彼氏」の顔を覗き込みつつ声をかける。とりあえず降ろしてもらって愛機を預けなければブリーフィングに向かうこともできない。

「ああ、大丈夫だ」

 少し離れたところでは、中国語の怒号が飛び交っていた。キャノンボール・ファスト専用パッケージともいえる「風」パッケージを強制パージなんかしたのだから、鈴がきっと上級生に大層怒られているのだろう。

「……え、あの、一夏さん?」

「大丈夫だ、誰が何と言おうと、俺はセシリアを……」

 ぐっとセシリアの背を支える腕に力がこもる。僅かに頬を染めた一夏の顔が近づき、少し熱っぽいような眼差しで瞳を見つめられると、セシリアも一瞬呆けたようにじっと見つめ返してしまう。

「ん”っん-!」

 イギリスの整備科上級生の咳払いではっとセシリアは持ち直したけれど、一夏は未だに二人の世界から帰ってきていない。そもそも今まで一夏は想われる側にずっといた。しかも自覚症状がない状態でだ。それが、惹かれつつあった状態からイギリスでの短くも濃密なハプニングの連続で、一気に気持ちが高まった状態となり、帰りの機中で、死地に飛び立つセシリアから受けた「おまじない」が先程の一夏の行動に結びついたわけで。

「いえ、そーではなくて……っ!?」

 告白するというのは。膨大なエネルギーを生む。好きという気持ちを抱え込むことは言ってしまえばだれにでもできる。それを相手一人に伝えるだけでも結構大変な労力を必要とする。傷つけてしまうかもしれない、自分が傷つくかもしれない、それでも想いを伝える、言葉にする。ただでさえそんな経験がなかった一夏にそこまでさせたエネルギーはすさまじく、そんな簡単に覚めるわけがない。

「セシリア……好きだ……」

「え、ええっ!?ちょっと、い、一夏さん!?そんな場合では……お、およしに……」

 ぐぐとセシリアをさらに引き寄せ、唇を交わそうとする。セシリアも抵抗を試みるように手で一夏の胸元を押して、顔を近づけさせまいとするけれど、ISスーツ越しの一夏の胸板に触れているという感触に自然と力が緩んでしまい、そして二人の顔と顔が近づいて……



727: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/19(金) 00:05:24.43 ID:Zxz67M/S0



――パシーン

 高らかに竹刀の音がピットに響いた。

「いい加減にせんか!この……バ、バ、バ、バカップルが!」

 一夏の顔面を払い胴気味に撃ち抜いた箒が、両手を腰に見下ろす。セシリアはといえば、打たれながらも落とさないようにとゆっくり抱擁を解く一夏の腕の中からするりと降りて、顔面を抑える一夏に心配そうに寄り添っていた。

「い、一夏さんっ、大丈夫ですの!?  箒さん!……助かりましたケド……いきなり顔を狙うなんてあんまりですわ!」

「セシリア、いまのうちにブルー・ティアーズを預けたほうがいいのではないか?」

 いつの間にか、いや、多分箒と一緒にいたのであろうラウラが肩を竦めながらちらと整備科の上級生のほうを見る。

「まったく、やっぱりセシリアじゃ……って思っちゃうよ」

 その傍らには、未だに不服そうにしているシャルロットもいた。

「ちょーっと、アンタ達まだぐだぐだやってるわけ?さっさとしなさいよね、ほらセシリア、IS出して」

 甲龍を預け終えた鈴も輪に戻ってきて、一夏をいたわるように寄り添っているセシリアの腕をつかみ、強引に引きはがす。セシリア自身もいいかげん機体を預けなければブリーフィングどころか一限目に遅刻してしまうことは分かっていたから、口では抵抗しつつも素直に従って。

「ぁっ、ひ、引っ張らないでくださいまし……まったく、もぅ……」

「そら!一夏もいつまで鼻を抑えてうずくまってるつもりだ!全くお前たちときたら……」

 箒が一夏の腕を掴んで立たせたところで。

「…………みんな……山田先生が困ってる……」

「あらあら……ふうん、へぇ」

 制服に着替え終えた簪が姉の楯無と共に輪に戻ってきて未だ機体を預け終えてもいない二人と、それを取り巻く一年専用機持ち達を見回す。一夏とセシリアを取り巻く状況は、大きく変わっていたけれど、やっぱりというか、結局というか。


「相変わらず世話が焼ける」


 結局は。その一言に尽きた。




728: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(長屋) 2011/08/19(金) 00:10:37.22 ID:Zxz67M/S0


――――


「はー、やっと部屋でゆっくりできますわ……」

「ま、念願かなったんだしいいじゃないの。まさか一夏があんなに積極的になるなんて、イギリスで何があったのよ?」

 ブリーフィングもその日の授業も無事終えて、寮の廊下を鈴と二人で部屋に向かう。休み時間のたびにクラスメイトや他クラスの生徒にまで押しかけられて質問攻めにあったセシリアはぐったりと肩を落として疲れ切った表情だったけれど、それでもどこか嬉しそうにしている横顔を見ながら、鈴はニヤニヤと笑っていた。

「も、質問は明日にしてくださいな……」

「いいわよ別に、話してくれる時に話してくれれば ――――あ、そうだ……」

「なんですの?」

「――おめでと、セシリア」

 ドアのロックを解除しながら笑いかける鈴の表情は、本当にうれしそうで、本当に祝福してくれていることが伝わってきて、セシリアは思わず目を丸くして鈴が先に部屋に入っていくのを見送った。勿論、誰に祝福されなくても構わない、セシリアが一夏を好きだという気持ちは何者にも揺るがすことはできないし、ゆらぐつもりだってない。ただ、クラスメイト達はともかく鈴をはじめとした、一夏を想っていた仲間たちは特にそんな簡単に祝福してくれるようになると思っていなくて、ずっと心残りだったから、本当にうれしくて。

「――……っ!」

 感極まって、というのはこういうものなのだろう。引いていたキャリーバックから手を放して、両手で顔を覆う。涙があとからあとからあふれるけれど、悲しくなんてない。嬉しい、嬉しくて涙が止まらない。キャリーバックを廊下に置いたまま、居ても立っても居られないセシリアは涙も拭わないで鈴を、親友を追って部屋の中に駆け込んだ。


「――鈴っ!!」

「――なぁによ、気持ち悪いわね、泣くことないじゃない……」

 床に転がるコンビニ袋を蹴飛ばして鈴にひしと抱き着くセシリア、それを抱き返しながら、瞼を閉じてセシリアの背をなでる鈴。

「わたくし、わたしくは……最高の友人を持ちました…………わ………………ところで今何か蹴ったような……ぇ?」

「何よ今更、じゃ、親友。一緒に部屋を片付けよっか?」

 二人が抱き合う周囲に散らばるコンビニ袋、お菓子の袋、空のペットボトル、出しっぱなしのゲーム機、ボードゲーム、ぐちゃぐちゃのシーツ、起き抜けのままと思われるベッド。惨憺たる状況の部屋に今更気づいたセシリアが幸せな嬉し泣きの表情から一変、あんぐりと口を大きく上げて息を呑む。




「……な、な、何ですのこれはぁぁぁあああ!?」



IS-ifストーリー Cecilia Alcot「イギリス旅情編」

      -fin-

第一部『鈴「あっづー」セシリア「な、何ですのコレは……」』 一旦 完



735: IS ifストーリー Cecilia Alcot  ◆l5R7650ANI 2011/08/23(火) 01:05:51.57 ID:VgP8bmRI0



― エピローグ ―


「おい、愚弟よ」

「……いや、千冬姉、さすがにその呼び方はないんじゃ……」

 帰ってきた日の夜、セシリアと鈴が騒ぎながら部屋を片付けている頃、織斑姉弟の部屋。

「お前、セシリアに告白をしたらしいなぁ?しかも帰投直後の他の生徒もいる目の前で」

「な、なんだよ、千冬姉は……文句あるのかよ」

「いいや、無い。ふふっ、お前にしては実に情熱的でいい告白じゃないか、それで?どうしてオルコット、いや、セシリアを選んだ?」

 上機嫌にタンクトップに短パン姿で缶ビールを美味そうに飲みながら、千冬が告白の結果ではなく告白の理由を問う。結果は聞くまでもない、暴行未遂を赦す程にあの少女が弟を心底想っているのは知っていたし、例え答えをセシリアが保留していたとしたって、それは時間の問題だろう。

「……どうしてって、セシリアが好きなんだよ」

「また下半身で考えてるんじゃないのか?このケダモノめ」

「ちげーよ……ったく。……いや、あんな事しちまった俺には、本当はこんな告白なんて許される立場じゃないのかもしれないけど……そんな俺でも、赦してくれてるんだ、そんな俺を、セシリアは好きでい続けてくれるんだって……それで、学園に帰ってきたらみんながいて、また、前みたいに着かず離れずになるのかと思ったら、居ても立ってもいられなくて」

 一夏の回答に千冬は驚いて目を丸くする。

「……お前……まさかあいつらに想われてることはひょっとして気づいていたのか?」

「……どうして俺なんか、とは思ってたけれど、流石に今回の旅行でセシリアはそれなりに俺を想ってくれてるって自覚はあったよそりゃ……ただ……って、なんだよ千冬姉、その顔は……」

「…………いや、我が弟ながら、とんだクソ野郎だと思ってな。まあ、いい、私から見てもよくわかるほどだったがな」

 セシリアにしか思われていないと思っていたと真顔で言う弟に軽い眩暈さえ覚えながら、結局収まった所がセシリアで良かったと深く溜息を吐く。

「な、なんだよ……」

「お前が思っている以上に、セシリアの想いは深いぞ?」

「……わかってるよ、でも、愛したいんだ、セシリアを」



「…………ふん、上出来だ」



千冬の声はいつになく優しいものだった。



                     END