1: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:32:54.59 ID:UEjw3Gk2o
もしも、とある少年と少女たちが出会っていたら。
そんな出会いと努力が生み出す小さな(?)奇跡の物語――
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第一話 スクールアイドル
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1409481164
引用元: ・ラブ・ランブル! ~播磨拳児と九人のスクールアイドル~
2: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:35:03.02 ID:UEjw3Gk2o
三学期の平和な昼休み。
播磨拳児はクラスメイトの雷電と静かに昼食を食べていた。
「パンうめェなあ」
パンを食べながら播磨は言った。
「そのパンは何のパンだ」
と、雷電。
「たまこっぺとかいうやつだ」
「そうか」
「お前ェはいつも弁当だな」
雷電の弁当を見ながら播磨は言う。
「まあな」
どうということのない平和な会話である。
しかし、そんな静かな環境を足音が迫っていた。
(またか)
播磨にはわかる。騒ぎを起こすのはいつも“彼女”だ。
勢いよく開いた教室の扉。
そしてそこから一人の女子生徒が飛び込んできた。
「大変だよ播磨くん! 雷電くん!」
高坂穂乃果。播磨拳児の幼馴染でもあり、あらゆる面倒事の配達人でもある。
「どうした、高坂」
「のんきにパンなんて食べてる場合じゃないよ! 大変なんだ。あ、それたまこっぺ?」
3: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:35:57.11 ID:UEjw3Gk2o
「いるか? 食いかけだけどよ」
「いただきまーす。ふがふが。って、それどころひゃない!!」
「全部飲み込んでから話せよ」
穂乃果がパンを飲み込んでから呼吸を整えるまで少しだけ時間がかかった。
その間、騒然としてた教室はまたいつもの落ち着きを取り戻していく。
「一体どうしたんだよ」
改めて播磨は穂乃果に話を聞く。いつのまにか、穂乃果は播磨の牛乳も飲んでいた。
「ああ、そうそう! 思い出した。廃校だよ廃校!」
「廃校?」
「そう、この音ノ木坂学院がなくなっちゃうんだよ!」
「ああ、その話か」
落ち着いた声で雷電は言った。
「知っているの? 雷電くん!」
「ああ、もうすっかり知れ渡ってしまったと思ったがな。知らないのは高坂くらいじゃないのか」
「いやあ、どうしよう! 私編入試験とか受かりそうもないから、学歴が中卒になっちゃうのかなあ」
穂乃果はそう言って頭を抱えた。
「落ち着け高坂。話が極端過ぎんだろ」
昼食をすっかり奪われた播磨は穂乃果の頭を軽く叩く。
「落ち着いていられないよ。我らの母校が無くなるんだよ!」
4: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:37:16.09 ID:UEjw3Gk2o
そんな穂乃果に雷電は言った。
「無くなると言ってもすぐになくなるというわけではない。来年から入学する一年生の
募集をしなくなるというだけだ。俺たちは今二年生だが、一個下の一年生が卒業する
までは学院は存続する」
「でもその後はなくなっちゃうんでしょう? 廃校なんでしょう?」
「まあそうだな」
「これも少子化の影響か……」窓の外を見ながら播磨は言った。
「ダメだよそんなの。お母さんも通った音ノ木坂が無くなっちゃうなんて、悲し過ぎるよ」
「生徒数が増えんことにはどうにもならぬと思うが」
「生徒数?」
「そうだろう? 今の音ノ木坂(ここ)は三年が三クラス、二年がニクラス、そんでもって
今年入学してくる一年生は」
「一クラス……」
入学者数は確実に減っている。このままではじり貧であることは間違いない。
だが穂乃果は諦めてはいなかった。
「じゃ、じゃあ」
「ん?」
「入学志願者がもっと増えればいいわけだね?」
「何が」
5: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:38:05.03 ID:UEjw3Gk2o
「だから、音ノ木坂(ここ)に入学したいっていう生徒が増えたら廃校は免れるって
ことでしょう?」
「まあそうなるな」
「しかし難しいのではないか? この少子化の時世に」
腕組みをしながら雷電は言った。
「わ、わかってるよ。それなら!」
「それなら?」
「入学志願者が増えるようなことをしたらいいんじゃないかな!」
「どうやって?」
「例えば、部活動で成果を出すとか、進学率を上げるとか」
「今更か?」
「だってだって、智弁学園とか灘高校とかが廃校になるなんてことはまずないでしょう?」
「音ノ木坂(ウチ)にそんな強みがあんのかよ」
「そ、それは……」
「なあ」
「ぐぬぬ……」
「高坂」
「明日までの宿題とします!」
そう言うと穂乃果は立ち上がった。
「はあ?」
6: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:40:21.51 ID:UEjw3Gk2o
「明日、もう一度穂乃果会議を開くから、それまでにこの学校が廃校にならないような
アイデアを考えてきて欲しいの」
「やだよ面倒くせェ」
「……播磨くん?」
「わーったよ。考えりゃいいんだろ。ってかお前ェも考えろよ」
「わかってます。そうと決まったら、ちょっと校内を巡回してくる」
「何でだよ」
「この学校のいいところを見つけて来るの! 何かのヒントがあるかもしれないし」
「ほどほどにしろよ」
「わかった!」
そう言うと、高坂穂乃果は風のように教室から飛び出して行った。
まったく、竜巻のようなやつだ、と播磨は思う。
「どうしたのですか? 穂乃果が随分騒いでいたようですが」
穂乃果が去って一息つくと、髪の長い女子生徒が話しかけてきた。
「園田か」
園田海未。穂乃果の友人でもあり、播磨の向かい側に座っている雷電の幼馴染でもある。
「海未、今日も弁当美味かったぞ」
雷電がそう言うと、海未は顔を背ける。
「べ、別に一つ作るのも二つ作るのも同じことですから」
7: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:43:12.38 ID:UEjw3Gk2o
だったら俺の分も作ってきてくれよ、と前に播磨が言ったことがあるのだがはっきり
と断られてしまった。基本的に海未は雷電以外の男には厳しい。
「何の話をしてるの? さっき穂乃果ちゃんが凄い勢いで教室から出て行ってたけど」
もう一人話に加わってきたのは、これも穂乃果の親友の南ことりである。
「廃校問題についてだよ」
「ああ、その話ですか」海未は全てを察したようにため息をついた。
「ついに穂乃果ちゃんも知っちゃったんだね」
と、ことりも言う。
彼女は理事長の孫娘なので、その辺りの情報は早く知ることができる。
しかし、親友の穂乃果がショックを受けることもわかっていたので言わないでいたのだ。
というか、播磨が口止めをした。
「そんで、廃校にならないための手段を考える様に、アイツに言われたわけさ。
明日の昼までにアイデアを出せと」
「アイデアと言われましても」
「どうすればいいんだろう……」
二人とも困り顔だ。
「とりあえず、明日の昼に会議をやるつってたから、お前ェらも参加してくれねェか」
「それは構いませんが……」
「まあ、高坂のことについては何とかしてみる」
8: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:44:40.92 ID:UEjw3Gk2o
と、播磨は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「お願いね、はりくん。あの子、一つのことに集中したら周りが見えなくなっちゃう
タイプだから」
心配そうにことりは言う。
「それは知ってる」
穂乃果との付き合いは、おそらく播磨が一番長い。
*
夕方。疲れ切った顔の穂乃果と播磨は家路についていた。
ちなみに雷電と海未は部活、ことりは用事があると言って街に消えて行った。
「何か成果はあったか? 高坂」
項垂れる穂乃果に一応聞いてみる播磨。
「全然」
穂乃果は首を振る。
一応、過去には色々なスポーツや文化活動で成果を残したこともあった学院では
あったけれど、最近は少子化の影響で生徒数も減り、相対的に目立つような成果
も減ってきているのだった。
9: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:46:07.14 ID:UEjw3Gk2o
「あー、お腹すいた」
「そうだな」
夕陽が赤く輝く。
真冬も過ぎたので、もうずいぶんと日が長くなったと播磨は思った。
と、不意に穂乃果が顔を上げる。
「ねえ播磨くん。今日、ウチで夕飯食べて行くでしょう?」
「はあ? なんだいきなり」
「作戦会議だよ。明日の会議に備えて予備会議を開こうと思って」
「ンなことして意味あんのかよ」
「だって、環境が変わればいいアイデアが生まれるかもしれないでしょう?」
「お袋さんに悪いんじゃねェのか?」
「そこは大丈夫、あなたが今日来ることはもうお母さんにメールしといたから」
「見切り発車かよ!」
「でも来るでしょう?」
「……まあな」
小学校の頃などは、よく穂乃果の家に遊びに行き、そこで夕食を食べていた気がする。
最近はあまりそういうのがなくなったから、随分と久しぶりだ。
「お母さん、播磨くんが来るってわかったら夕食に気合い入れてくれるから私も嬉しいんだ」
「そんな理由かよ」
10: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:47:24.71 ID:UEjw3Gk2o
先ほどまで項垂れていた彼女が嘘のように満面の笑みを浮かべている。この切り替えの
早さが穂乃果の良さなのかもしれない、と播磨は思った。
「ほら、夕食の買い物リストがメールで送られてきた」
そう言って穂乃果は播磨に携帯の画面を見せる。
「つうか、今から買いに行くのかよ」
「当たり前じゃない」
「もしかして俺、荷物持ちか?」
「タダで夕食が食べられるんだから文句言わないの」
穂乃果は夕闇に染まる道を少し早足で歩いた。
彼女なりに気持ちを切り替えようと頑張っているんだな、ということは播磨にもわかる。
そんな彼女を放っておくことは、彼にはできなかったのだ。
*
「ただいまあ!」
穂乃果の家は、和菓子屋を営んでいる。その名も『穂むら』。
穂乃果の穂の字はこの店名から取ったのだろう。
和風の店の扉を開けると、セミロングの婦人が店番をしていた。
穂乃果の母である。
「おかえり穂乃果。あら拳児くん、いらっしゃい」
11: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:48:37.90 ID:UEjw3Gk2o
「どうもっす」
播磨は軽く会釈をした。
「買い物の荷物持ちさせちゃって、ごめんなさいね」
志穂はそう言って笑う。
「いえ、こっちもご馳走になる身なんで」
「そんなことを気にしなくていいのよ。ささっ、奥に上がって。穂乃果はちゃんと手を洗うのよ」
「わかってるよそんなこと。さあ、こっちだよ播磨くん」
そう言って穂乃果は播磨を手招きした。
「お邪魔します」
店の奥に入ると、普通の住宅。昔ながらのお店のようで、職場と家との境界が曖昧
なのだ。
居間に入ると人の気配がした。
穂乃果の妹の雪穂だ。畳の上に寝っころがり、煎餅を食べながら雑誌を読んでいる。
「こら雪穂、みっともないよ!」
そんな妹を見て姉は言った。
(お前ェも十分みっともねェ姿を学校でさらしてるじゃねェか)と播磨は思ったが、
ここは武士の情けで言わないことにした。播磨にも弟がいる。弟の前では少しでも
兄らしくしたいものだ。
「そんな格好しちゃって、播磨くん来てるんだよ」
12: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:49:55.61 ID:UEjw3Gk2o
「え? ケン兄来てるの!?」
穂乃果の言葉にいきなり飛び上がる雪穂。
「どうしてそれを早く言わないのよ!」
立ち上がった雪穂は手櫛で髪を整えようとする。
「もう! お姉ちゃん、ケン兄来るんだった事前に教えてよ」
「教えてたよ、お母さんに」
「私にも! あ、ごめんねケン兄。ちょっと着替えてくるから」
ちなみに雪穂はその時、学校指定のダサイジャージを着ていた。
「着替えるのもいいけど、早く戻って夕飯の支度手伝いなさいよお!」
自室に戻る雪穂に穂乃果はそう言った。
「わかってるー!」
賑やかな家族である。父親が寡黙な分、余計にこの姉妹の賑やかさが際立つ。
*
夕食は和やかな雰囲気の中ではじまった。
播磨の隣りには穂乃果の妹の雪穂が座っている。
やたら播磨に身体をこすりつけているのだが、乾燥肌でかゆいのだろうか。
穂乃果の言葉にいきなり飛び上がる雪穂。
「どうしてそれを早く言わないのよ!」
立ち上がった雪穂は手櫛で髪を整えようとする。
「もう! お姉ちゃん、ケン兄来るんだった事前に教えてよ」
「教えてたよ、お母さんに」
「私にも! あ、ごめんねケン兄。ちょっと着替えてくるから」
ちなみに雪穂はその時、学校指定のダサイジャージを着ていた。
「着替えるのもいいけど、早く戻って夕飯の支度手伝いなさいよお!」
自室に戻る雪穂に穂乃果はそう言った。
「わかってるー!」
賑やかな家族である。父親が寡黙な分、余計にこの姉妹の賑やかさが際立つ。
*
夕食は和やかな雰囲気の中ではじまった。
播磨の隣りには穂乃果の妹の雪穂が座っている。
やたら播磨に身体をこすりつけているのだが、乾燥肌でかゆいのだろうか。
13: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:50:46.29 ID:UEjw3Gk2o
「ねえケン兄、今日はお風呂入って行かないの?」
「何言ってるのよ雪穂」
思わず穂乃果が声を出す。
「お姉ちゃんには聞いてませーん」
「あらあら」
そんな姉妹の会話を聞きながら母は笑っていた。
「……」
そして父親はノーコメント。
「まだ夜は寒ぃし、入って帰ったら湯冷めしちまうよ」
「ええ? だったらウチに泊まればいいじゃん」
「明日も学校だ」
「久しぶりに一緒に入ろうか、お風呂」
「ぶっ!」
思わず味噌汁を吹き出しそうになる播磨。
「ちょっ、雪穂! 何言ってるのよ」
播磨の代わりに向い側に座った穂乃果が怒る。
「昔は一緒に入ってたじゃん。お姉ちゃんとケン兄と私の三人で」
「昔って、幼稚園くらいの時でしょう? 年を考えなさい雪穂」
「じゃあ私、水着を着るよ。それならいいでしょう?」
この妹は、普段しっかりしている分、時々本気なのか冗談なのかよくわからない時がある。
14: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:51:40.31 ID:UEjw3Gk2o
「おやめなさい雪穂」
彼女の母が止めた。
さすが母親。
「水着を出したら、しまうの面倒なんだから。夏まで待ちなさい」
「そっちッスか」
穂乃果の母親も、穂乃果同様ちょっとズレているところがあると思う播磨であった。
「それより聞いてよお母さん。大変なのよ学校が」
穂乃果は母に言った。
「もしかして統廃合のこと?」
「知ってたの?」
「お母さんの母校だからね。話は聞いたわよ」
「いつ知ったの?」
「うーん、先週くらいかなあ」
「どうして教えてくれなかったのよ!」
「もう穂乃果も知ってると思って」
「今日知ったのにい」
「そうなの?」
「なくなっちゃうんだよ」
「これも時代の流れかしらね。少子化だし」
ふと、母親は悲しげな表情を覗かせる。
15: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:52:40.54 ID:UEjw3Gk2o
「でもでも……!」
「……」
穂乃果の父は相変わらず何も言わない。
「雪穂も音ノ木坂(ウチ)に来たいよね」
助けを求めるように穂乃果は妹に聞いた。
「わ、私はUTX学院に行こうかと思ってるんだけど」
「なんじゃそりゃあ!」
「落ち着け高坂」
*
「まあ適当にくつろいでよ」
高坂穂乃果の部屋に入ったのは何年振りだろうか。
きっちり片付いているのは、きれい好きの母と妹のなせるわざか。
しかし少女マンガの単行本がギッチリ詰まっている本棚を見ると巻数や漫画の種類
がバラバラであったりする。そこら辺はあまり気にしない人間、それが穂乃果である。
何かのドラマか映画で、本棚を見ればその人の人間性がわかると言われていたけれど、
確かにその通りかもしれない。
「それにしても、UTXとはねえ……」
16: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:53:48.26 ID:UEjw3Gk2o
妹から借りた(というか強引に奪い取った)UTX学院のパンフレットをパラパラと
めくりながら穂乃果はつぶやいた。
「テレビCMとかもやってる、結構有名な学校らしいなあ。近年希望する生徒数が
急増しているとか」
「『最新の設備に、最高の講師、最高の立地……』」
パンフレットを見ながら穂乃果はブツブツとそこに書かれている文章を読んでいる。
「この学校みたいに志願する生徒数が多くなれば、ウチの学校も無くならずに済むのかなあ」
「多分な」
しかし、子供の絶対数が減っている限りそう簡単にはいかないかもしれない。
「ねえ播磨くん」
「あン?」
「明日ちょっと行ってみようと」
「行ってみようって、どこに」
「UTXだよ」
「はあ?」
「人気の秘密が少しでもわかるかもしれないし」
「高坂にしてはまともなことを言うなあ」
「何よ、それじゃあ私がいつもまともじゃないみたいじゃない」
「実際そうじゃねェか?」
「もう! デザートあげない」
17: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:54:51.62 ID:UEjw3Gk2o
「おい! こら! 俺の栗羊羹」
そう言うと穂乃果は、播磨の前にあった羊羹を一口で飲み込む。
「ったくよう」
だがまあ、こういうのも実際慣れているので播磨も一々怒る気にはなれなかった。
*
「今日はごめんね、引き留めちゃって」
甘味処『穂むら』の前。
これから帰宅する播磨を穂乃果が見送る。
言うまでもないが空はすっかり暗くなっていた。
「俺のほうこそ、夕飯ごちそうさん。お袋さんにもよろしくな」
「うん。言っておくよ」
「頼む」
「それより明日ね」
「あン?」
「UTX視察の件、会議で言おうと思うんだ」
「好きにしろよ。俺はさっきもそう言ったぜ」
18: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:55:48.69 ID:UEjw3Gk2o
「播磨くんは反対しないの?」
「別に、今更お前ェのワガママに反対する気もねェ」
「ありがとう。キミは相変わらず素直じゃないね」
「俺はいつでも素直だっつうに」
「じゃあ、明日。よろしくね」
「おう」
暦の上では一応は春。とはいえ、夜の空気は冷える。
穂むらの前から離れる際に、ふと後ろを振り返ると穂乃果がまだ手を振っていた。
「風邪ひかないでよ」
「わーってる。お前ェももう戻れ」
大きく、大きく手を振る彼女の姿が印象的であった。
*
19: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:57:03.08 ID:UEjw3Gk2o
翌日の昼休み。
予定通り穂乃果会議が開かれた。
会議参加者は穂乃果、播磨、雷電、園田海未、そして南ことりの五名だ。
「それじゃあ会議をはじめるよ」
パンの包み袋を開けながら穂乃果は言った。
会議は昼食と一緒に行われるらしい。
「はい雷電。今日のお弁当です」
「ああ、いつもすまないな」
海未は雷電に弁当を渡し、ことりはかわいらしい自分の弁当箱に手を付けた。
「それで昨日色々と考えたわけなのですが」
「……」
全員は息をのむ。
「UTXはご存じでしょうか」
「UTX……」
「知っているの? 雷電」海未は聞いた。
「UTX学院といえば、秋葉原に存在するエスカレーター式の高校。数年前に新設
された新設校ではあるが、最新式の教育設備や優秀な講師陣を備え、今では全国
屈指の人気校になっているという……」
「伝統に胡坐をかいて生徒数が減った音ノ木坂(ウチ)とは正反対だねえ」
南ことりは時々、さらっと毒のあることを言う。
20: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 19:58:28.45 ID:UEjw3Gk2o
仮にも自分の祖父が理事長をやっている学校だというのに。
「そのUTXがどうしたというのですか? 穂乃果」
海未が話を進めてくれた。
「今日の放課後、そのUTXの視察に行こうと思うんだよ」
「え?」
「『彼を知り己を知れば百戦して危うからず』って言うでしょう?」
「おお! 何だか穂乃果ちゃんが真面目なことを言ってるよ」
本当に失礼だな、このことりは。
「穂乃果、そんな言葉どこで覚えたのですか」海未は聞いた。
「この前播磨くんから借りた漫画に出てきたの」
「漫画で得た知識ですか」
ちなみに出典は中国の古典『孫子』である。
敵のことを知って、自分のことを知っていれば百回戦っても負けることはない、
という意味だ。あくまで負けることがないということで百回勝てるとは言っていない
ことがポイントである。
「というわけで、今日の放課後、UTXに行くんだけど一緒に行ってくれる人はいる?」
そう言って穂乃果は右手を上げる。
「私は弓道部の練習がありますので」
真っ先に海未は言った。
「俺も拳法部の練習がある」
雷電も言った。
21: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 20:01:38.59 ID:UEjw3Gk2o
「私もちょっと用事が……」
と、ことり。
「裏切り者おおおおお!!!」
「落ち着け高坂! 人には事情ってもんがあるだろうが」
播磨はそう言って穂乃果の頭を押さえつける。
「確かに私たちも、音ノ木坂(ウチ)が無くなって欲しいとは思えません。ですが
やれることには限界があります。今は、自分たちができることをやることしか」
すまなそうに海未は言った。
「……ごめんね穂乃果ちゃん」
ことりも謝る。
「わかったよ皆」
穂乃果は残念そうにつぶやく。
(あら、今日は意外と素直だな)
ふと、播磨は思った。
「でもUTXの視察は実施するよ。明日、報告会も兼ねてまた会議をやるから」
「わかりました」
視察に参加できない後ろめたさからか、海未は素直に承知する。
「右に同じだ」
雷電は言った。
「わかったよ穂乃果ちゃん」
ことりも同意したようだ。
「じゃあ視察は播磨くんと二人で行くから」
22: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 20:02:43.34 ID:UEjw3Gk2o
「は?」
思わず声を出す播磨。
「どうしたの?」
穂乃果は聞いた。
「お前ェ一人で行くんじゃねェのかよ」
「だって私、UTXまでの道知らないもん」
「調べろよ、グー●ルとかで調べりゃわかんだろうが」
「あんな危険地帯に一人で行けって言うの?」
「別にそこまで危険じゃねェだろう」
「昨日夕飯をウチで食べたくせに」
「あっ、汚ェ! そういうこと言うのかよ!」
「私、部活の会合がありますのでお先に失礼します」
そう言って海未は弁当箱を片付ける。
「俺も昼の自主練をするか」
そう言って雷電も小さな弁当箱を片付けた。身長178㎝、体重95㎏の巨体が
その量で足りるのかといつも疑問に思う播磨。
「私はお昼寝しよっと」
そしてことりはマイペースだ。
「風邪引くなよ」
「大丈夫だよ」
「……播磨くん」不意に穂乃果が名前を呼んだ。
「わかってる」
こうして、播磨と穂乃果は放課後、UTXに視察へ行くことになったのだ。
もちろんアポなしである。
*
23: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 20:04:40.95 ID:UEjw3Gk2o
東京秋葉原は平日の夕方にも関わらず人が多い。
いや、秋葉原(ここ)は平日でも休日でも人が多いのだが。
「おかえりなさいませご主人様~」
遠くからメイドの格好をした女の子がビラを配っているのが見える。
ガチャガチャの数もここは多い。
「うえええん、人が多いよおお」
穂乃果は半泣きで播磨の制服の袖を掴んでいる。
人混みで迷子にならないためには仕方のない措置だ。
「着いたぞ、ここがUTXのようだ」
パンフレットを片手に、播磨は建物を見上げる。
まるで地球防衛軍本部のような立派な建物。それがUTX学院である。
白い制服の生徒たちが多数出入りしているのだが、どうも様子がおかしい。
UTXの生徒以外にも多数の一般人が出入り口にたむろしているのだ。
オープンキャンパスでもないのになぜこんなことになっているのか。
「もうすぐだよリンちゃん」
「カヨちん落ち着いてにゃあ」
中学生らしき二人組が興奮気味に話をしている。
一体何を待っているというのか?
次の瞬間、ドッと群衆が沸いた。
24: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 20:06:37.78 ID:UEjw3Gk2o
(何ごとだ!)
入口付近にたむろしていた人混みがまるでモーゼの十戒の一シーンのようにさっと
わかれていく。
「播磨くん、あれなに?」穂乃果が聞いた。
「俺にわかるわけないだろう」
ドアが開くと、三人の女子生徒が出てくる。
「わあっ」っと歓声が上がると同時にカメラのシャッター音が響きフラッシュが瞬く。
UTXの他の生徒たちと同じ制服を着ているのに、あの三人組は明らかに雰囲気も
周りの扱いも違う。
「はあい」
前髪パッツンの生徒がそう言って笑顔で手を振る。
「うおおおおおおお!!!!!」
その行動に一部の男たちが興奮して声を出した。
一通り写真を撮られた三人組は、何者かが用意した黒いリムジンに乗り込んだ。
「ありゃ何者だ?」
「A-RISE(アライズ)よ、知らないでUTX(ここ)に来たの?」
「は? 何者だお前ェ」
ふと横を向くと、小柄で黒髪ツインテールに大きなサングラス、そして大きなマスク
を付けた女が立っていた。
「私が何者かなんてどうでもいい。それよりUTX前にいるのにA-RISEを知らない
なんてどうかしてるわ」
25: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 20:08:14.83 ID:UEjw3Gk2o
「そのアライズってなんなんだよ」
「UTX学院のアイドル、つまりスクールアイドルよ」
「スクールアイドル?」
「あなた何も知らないのね。スクールアイドルって言ったら、学校を代表するアイドル
のことよ。今、物凄く人気なの。プロのアイドル人気をしのぐほどにね」
「そうなのか」
機嫌が良くなったのか、グラサンマスクの女は話を続けた。
世の中、教えたがりの人間は多いものだ。
「A-RISEはそんなスクールアイドルの中でもトップクラスの人気と実力を
兼ね備えたアイドルよ。去年の『ラブライブ』でも初出場ながら優勝したんだから」
「ラブライブってなんだ」
「スクールアイドルの甲子園みたいなものよ。毎年夏に開催されるの。知らないにも
ほどがあるわよ」
「うるせェなあ。知らねえものは仕方ねェだろう」
「アライズか……」
ふと、逆隣りにいた穂乃果が目を輝かす。
26: ◆4flDDxJ5pE 2014/08/31(日) 20:10:21.45 ID:UEjw3Gk2o
A-RISEと呼ばれる三人組は黒いリムジンに乗り込んでどこかへ行ってしまった。
「UTXの人気は、あのアライズっていうアイドルの存在が大きいのかもしれねェなあ」
播磨は独り言のようにつぶやく。
「それでそのスクールアイドルってのは……、ってあれ?」
気が付くと、播磨の隣りにいたはずの小柄なグラサンマスクはどこかに消えていた。
そしてもう一方の隣りに立っている穂乃果は……、ぼんやりとしている。
「おい高坂。どうした」
「スクールアイドル」
「ああ?」
「そうだよ、スクールアイドルだよ!」
「なに!?」
「スクールアイドルで学校を救おう! そうしよう」
拳をぎゅっと握りしめて穂乃果は叫んだ。
「お前ェ、なにいってやがんだ」
わけがわからない、と播磨は思った。
だが彼の前にいる少女の目に、もはや迷いなどなかった。
つづく
29: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:40:29.89 ID:WS99sdT7o
「スクールアイドルだよ!」
朝のホームルーム前、高坂穂乃果は友人たちの前でそう切り出した。
「スクールアイドル?」
播磨は昨日のことを知っているから何となく言っている意味がわかるけれど、
ほかの連中はそうもいかない。
「待て高坂。落ち着け、順を追って説明しろ」
播磨はやや前のめりになる穂乃果の頭を押さえながらそう言った。
播磨たちの前には、雷電、海未、そしてことりの三人がいる。
前日の穂乃果会議の参加者でもある。
「スクールアイドルというのは、最近流行っている学校のアイドルって奴ですよね」
やや首をかしげながら海未は聞いた。
「そうだよ!」
「まさか穂乃果、そのスクールアイドルを私たちにやれと」
「そうだよ!」
「『そうだよ』じゃありません! いきなり過ぎます」
「海未ちゃんの言うとおりだよ穂乃果ちゃん。スクールアイドルなんて唐突過ぎるよ」
「うむぅ……」
雷電は穂乃果の突然の提案に戸惑い、腕を組んで俯いている。
「私たちでスクールアイドルをやって、この音ノ木坂を全国的に有名にするんだよ」
30: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:41:12.21 ID:WS99sdT7o
「気持ちはわかりますが、スクールアイドルをやったくらいで、有名になるのですか?」
海未は当然とも言える疑問を口にする。
「ふっふっふ。実はUTXから帰ってから私、妹のパソコンでスクールアイドルについて
調べてみたんだよ」
「また雪穂のパソコン勝手に使ったのか? お前ェが機械類触ると壊れるからやめろ
ってこの前も言われてたろうが」
播磨は昨年のことを思い出しながら言った。
「昨日はちゃんと許可を得て使ったよ。っていうか、今はそんな話じゃないでしょう?」
「じゃあ何の話なんですか?」
相変わらず上手く軌道修正してくれる海未。
「じゃーん、これです」
そう言うと、穂乃果は何かがプリントされたA4の紙を全員に見せる。
そこには、三人組のアイドル、A-RISEの写真が掲載されていた。
「何ですか? これは」
「ラブライブ。ラブライブだよ皆!」
「ラブライブ?」
「ラ、ラブライブだと……!」
「知っているのか雷電!」
「うむ、聞いたことがある」
「じゃあちょっと説明してあげて、雷電くん」
31: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:41:41.40 ID:WS99sdT7o
穂乃果はノリノリでそう言った。
「お前ェが説明すんじゃねェのかよ」
確かに穂乃果は主語を省略するなどコミュニケーションに難があるので、雷電に
説明してもらったほうがいいかもしれない。
「ラブライブとは、各地区の高校のスクールアイドルがライブパフォーマンスで競い、
全国ナンバー1スクールアイドルを決定するいわばスクールアイドルの甲子園だ」
「だから、そのラブライブで活躍すれば全国的にも注目されて入学志願者が増える
こと間違いなし。そしたら廃校も免れるよ」
穂乃果はそう付け加えた。
「そんなに上手くいくでしょうか」
ため息をつきながら海未は言った。
「いくでしょうかじゃないよ、いくんだよ!」
穂乃果は両手で机を叩く。
「海未ちゃんと雷電くんは、スクールアイドルとして活動するには何が必要か調べて
おいて。私は学校の皆に応援してもらえるよう、宣伝してくるから」
「穂乃果」
「おい高坂」
播磨も声をかけてみたが穂乃果はとまらない。
「もう時間が無いんだよ。来月には新一年生も入ってくるし、それまでには活動を
はじめておかないと」
しかしアイドル活動と言ってもどうすればいいのか。具体的なイメージが掴めないまま、
音ノ木坂学院スクールアイドルプロジェクト(仮)は動き始めた。
32: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:42:11.34 ID:WS99sdT7o
ラブランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第二話 本 物
33: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:42:55.56 ID:WS99sdT7o
スクールアイドルの設立に向けて動き始めた穂乃果たち一行。
しかし、組織作りや運営などは雷電と海未のほうが詳しいので正直播磨にはやる
ことがなかった。
「富樫くん! 虎丸くん! 私たちスクールアイドルを始めるんだよ!」
「お、おそうか」
「よくわからんが応援しとるぞ」
穂乃果は人見知りしない性格なので、誰にでも話しかけて宣伝活動を頑張っている。
(そして俺は何をすればいいのか)
そんな播磨に一人の人物が声をかけてきた。
「播磨くん。播磨拳児くんやね」
「あン?」
振り返ると見慣れない女子生徒が立っていた。強いて言いうなら長い髪を二つに
まとめており、あと胸がでかい。
「……誰だ」
基本的に人見知りしない穂乃果とは違い、播磨は他人に対する警戒心が強い。
「自己紹介がまだやったね。ウチは二年の東條希。生徒会の副会長をしてるんよ」
「先輩ッスか。そいつは失礼しました」
「そんなにかしこまらなくてええんよ。ウチ、そういう先輩とか後輩とかあんまり
好きやないし。もっとくだけた感じでかまへんから」
「そうっすか。で、その副会長さんが何の用で?」
生徒会など、播磨にとってはもっとも関係の薄い部署であることは間違いない。
「ここでは目立ってまうから、ちょっと場所を移さへん?」
「え? ああ」
*
34: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:43:54.95 ID:WS99sdT7o
人通りの少ない中庭のベンチに、播磨と希は腰を下ろす。
「聞くところによると、播磨くんたちはスクールアイドルを作るみたいやねえ」
「まだはじまったばっかりで、何も成果はねェけどな」
「それでも、何もしないことよりは行動するほうが大事やん? ウチはそう思うんやけど」
「そうッスか。だけど……」
「だけど?」
「具体的に何したらいいのか、まだよくわからねェっつうか。今は俺の幼馴染が
前のめりに突っ走ってる状態だから」
「そうなん?」
「何か協力でもしてくれるんッスかね」
「生徒会としては、すべての生徒に平等にせんとアカンのよ。せやから特別な便宜は
はかるつもりはないし、できひんのやけど……」
「ん?」
「でもこれを渡すくらいなら、許されるんやないかなって思って」
そう言うと、希は一つの封筒を取り出す。
「なんッスかこれ」
「開けてみて」
言われるままに、封筒の中身を出す。どうやら何かのチケットらしい。
「これは……」
35: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:46:25.22 ID:WS99sdT7o
「今度行われるスクールアイドルのライブチケットや。といっても、主催はあの
UTX学院やから、A-RISEの存在を宣伝することが目的なんやろうけどな」
A-RISEはUTXのスクールアイドルだ。昨日、播磨も直接見ているのでその
存在は知っている。
「どうしてこんなものを俺に」
封筒には、五枚のチケットが入っていた。
「このチケットはUTX学院近隣の学校の生徒会執行部に配られたんよ。当然ウチらの
ところにもにも送られて来たの。せやけどウチの生徒会長は、スクールアイドルの活動
には興味ないみたいやから、扱いに困っとったんよ」
「それで、これを俺たちに」
「そう。スクールアイドルの活動の参考になるかと思うてね」
「それこそ便宜供与じゃねェのかよ」
「もう、固いこと言わへんの。それとも何? どうしてもいらん言うんやったら
引き取るけど」
「ああいや、貰っときます。スクールアイドルのライブなんて俺はよくわからんし」
「ウフフ。素直でよろしいな」
「……ありがとう、ございます」
「ウチはな、頑張ってる人の味方なんよ」
「頑張ってる人ッスか」
「努力は必ずしも実を結ぶとは限らへんけど、成功してる人はみんな努力しとるもんや」
「『はじめの一歩』ッスね」
36: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:47:03.34 ID:WS99sdT7o
「よく知っとるやないの。ウチら、気が合うかもしれへんなあ」
「冗談はよしてくれ」
「まあ、何かあったら、相談くらいは乗るで。いつでも生徒会室に来てや」
「はあ……」
いつでも、と言われても播磨はすぐ生徒会室に行く気にはなれなかった。
*
「凄いよ! スクールアイドルのライブチケット!」
希から貰ったチケットの話をしたら、案の定穂乃果が真っ先にくらいついてきた。
「ああ、今度の日曜日にあるやつだ」
「凄い。A-RISEだけじゃなく、ほかにも有名なスクールアイドルが出演する」
チケットをマジマジと見ながら穂乃果は鼻息を荒くしながらつぶやく。
「でもこんなもの、どこで手に入れたのですか?」
海未は聞いた。当然の疑問だ。
「生徒会で貰って処理に困ってたから、俺たちにくれたんだと」
播磨はそう説明する。
「しかし、まだ正式な活動もはじめていない私たちに、こんな風にしてもらうのは
少々気が引けますね……」
37: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:48:27.36 ID:WS99sdT7o
そう言って海未は視線を落とす。
彼女の懸念も最もだ。
「それだけ生徒会も私たちに期待してるってことだよ!」
穂乃果はどこまでも行ってもポジティブだ。
「それにしてもスクールアイドルのライブって、最近凄く人気なんだよね。ヤ●オク
とかに出したら凄く高く売れそう」
さらりとことりがまた酷いことを言う。
「お前ェは何を言ってるんだ」
播磨はことりにデコピンをくらわせた。
「いたあああい。はりくんが私のおでこをデコピンしたよおお!」
「いや、今のはことりが悪いと思いますよ」
呆れたように海未が言う。
「まあしかし、ここいらで『本物』を見ておくことは重要かもしれないな。今後の方針の
ヒントになるやもしれん」
顎をさすりながら雷電も言う。
「チケットは五枚あるから、今度の日曜日に全員でこのライブに行く。それでいいな」
播磨はチケットのヒラヒラさせながら言った。
「異議なーし」
全員が答える。
「雷電も、問題ないか」
播磨は聞く。
38: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:48:57.12 ID:WS99sdT7o
「大丈夫だ、問題ない」
「そういえばこの五人でお出掛けするなんて久しぶりだね、海未ちゃん」
ふと穂乃果が言った。
「去年江の島に行ったじゃあいですか」
海未は答える。
「ありゃ中坊(ちゅうぼう)の頃だから一昨年だぞ」
播磨は言った。
「あら、よく覚えていますね」
少し悪戯っぽい笑みを浮かべて海未は言った。
「たまたまだ、たまたま」
少し照れくさそうに播磨は顔を逸らす。
*
39: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:50:10.19 ID:WS99sdT7o
東條希が生徒会室に戻ると、そこには金髪碧眼の生徒会長が黙々と書類の整理を
していた。
絢瀬絵里。ロシア人の祖母の血を引くいわゆるクォーターである。髪が金色なのも
そのためだ。
「遅かったわね、希」
絵里は書類から目を離すことなく言った。
「ちょっと下級生とお話しをしてたんよ」
悪びれる様子もなく希は答える。
「……」
「……」
室内にこもる一瞬の静寂。
それを先に破ったのは希のほうであった。
「本当に“アレ”を彼らに渡してよかったん?」
不意に希が聞く。
「あれ?」
ふと、絵里の手が止まった。
「スクールアイドルのライブチケット。ウチらの学校に割り当てられたやつやん」
「ああ、あれね。いいんじゃないの。必要なものは必要な人のもとへ」
「それが彼らってわけなん?」
「あなたも、私の意図はわかるでしょう。そんなに付き合いが短いわけでもないんだから」
40: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:51:12.73 ID:WS99sdT7o
「せやけど、エリチの口からちゃんとした理由を聞きたいわ」
「はあ、しょうがないわねえ」
絵里は書類を持つ手を完全に止め、机を整理し始めた。
「紅茶でいい?」
「ウチが入れるわよ」
「私に入れさせて」
そう言うと、絵里は手慣れた様子でお茶の準備をする。
準備をしながら自分の考えをまとめている、希にはそんな風に見えた。
「お待たせ」
「いただくわ」
「それで、彼らにチケットを渡した理由だけど」
「それは?」
「あの子たちに目標を見せるためよ」
「目標?」
「ええ。現時点でUTXのA-RISEは全国でもトップクラスの実力を持っているわ。
そのライブを生で見ることで、自分たちが“そこ”に行けるかどうか見極めてもらう
の。自分自身の目でね」
「ほう……」
「何もわからずに闇雲に進むより、しっかりとした目標があったほうがいいと思わない?」
41: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:51:54.30 ID:WS99sdT7o
「でも最近はネットやテレビでもスクールアイドルのライブは放送しとるよ」
「映像で見るのと実際に生で見るのとでは印象が違うわ。特に本物のダンサーわね」
「本物?」
「ええ。とある本に書いてあったわ。素晴らしいダンサーは、観客の心を捉え、
観客の呼吸を支配する。一挙一投足が千人、二千人の観客の呼吸を完全に支配するの。
映像ではそれを伝えることはできないと」
(※注 三浦雅士『バレエ入門』新書社 頁247 2000年11月15日)
「確かに、生のライブに勝るものはないわね」
「もし彼らが他のスクールアイドルのパフォーマンスを見て、とても敵わないと思った
のなら、恐らくスクールアイドルの活動もそこで終るわね」
「それならもし、そのライブを見て『自分たちもやれる』と思ったら?」
「……それでもまだ、障害は多いわよ」
*
42: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:52:50.21 ID:WS99sdT7o
日曜日の秋葉原はいつにも増して人が多い。
人人人、人の洪水だ。
「雷電、園田、南。高坂がはぐれないようにしっかり見といてくれ」
「なんで私だけ!?」
穂乃果は驚いて言った。しかし、
「了解だ」
「わかりました」
「穂乃果ちゃん。手をつなごう」
三人は当然のように穂乃果を取り囲む。
彼女がはぐれそうなのは想定内のようである。
「くそっ、なんだこの列は」
ライブ会場となるUTX学院の前にはすでに長蛇の列が出ている。
『当日券は売り切れデース』
『真っ直ぐ並んでくださーい』
蛍光色のビブスと帽子をかぶったスタッフらしき人たちが群衆を整理している。
(まいったね。こりゃプロのライブと全然変わらん)
「チケット売るよー。チケット」
ダフ屋も横行しているようだ。
最近東京ドーム周辺では見ないと思っていたけれど、ここにはいたのか。
そんなことを思いながら播磨たちは列に並ぶ。
43: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:53:25.66 ID:WS99sdT7o
「楽しみだね播磨くん」
まるで遠足に来た子供のようにはしゃぐ穂乃果。
「ったく、遊びにきたんじゃねェんだぞ」
一応、今回のライブの趣旨を説明してはいるけれど、穂乃果がどれほど理解している
のかは不明であった。
「はあ、人が多くて酔ってきそうです」
海未は人が多いのが苦手である。
「大丈夫か海未。水、飲むか」
「ありがとう雷電。平気ですよ」
そんな海未を気遣う雷電。これもまたいつもの光景か。
「はわわ、なんだか変な格好している人がいるよー」
「おい南! 指をさすな指を」
南ことりの視線の先にはピンク色の特攻服のようなものを着た男たちの集団がいた。
確かに異常な光景。いや、アイドルのライブというものはこういうものなのかも
しれない。
今回のライブは、UTX内に作られた特設ステージで行われるものである。
ライブ会場に入りながら播磨は周囲を観察する。特設ステージと言っても、
田舎の市町村レベルのステージとは違う。明らかにプロが使うような器材が
設置されている。そして何より観客席の多さ。しかもその観客席にはほとんど
人で埋まっている。
44: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:54:08.04 ID:WS99sdT7o
《本日は『スプリングスクールアイドルフェスタ』にお越しいただきありがとう
ございまーす! 最後まで楽しんで行ってくださいねええ!!!》
やたらテンションの高い女性司会者がそう言うと、客席から大きな歓声が上がる。
地面が揺れるとでもいうのだろうか。
まだライブが始まってもいないのに凄い熱気だ。
こんな場所でパフォーマンスがはたしてできるのだろうか。
《まず最初は、前年度東北大会優勝校、宮城青葉学園高校のスクールアイドル、
ゴールデンズでーす!!!》
前座というのだろうか。
よく聞いたことのない名前の高校のスクールアイドルがステージに現れた。
五人組のユニットのようだ。
一旦照明が落とされ周囲が暗くなる。それと同時に観客席も静かになった。
「……」
不意にはじまる音楽。
それに合わせて踊るアイドルたち。
(上手い!)
播磨は一瞬でそう思った。
踊りに詳しいわけではないけれど、高校の文化祭レベルではないことだけは確かだった。
(何だコイツら)
《うおおおおおおおお!!!!》
46: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:55:07.49 ID:WS99sdT7o
歓声が響く。
これがスクールアイドルのライブ。
「ふんっ、まあまあね」
「お前ェは!」
気が付くと、黒髪ツインテールに大きなマスクとサングラスをかけた女が隣りに
座っていた。
「あら、また会ったわね。サングラスの人」
「確かお前ェは、UTXの前にいたグラサンメガネ」
「あら、覚えていてくれたのね。まあ当然よね。ニコ……、じゃなくて私の魅力は
サングラスくらいじゃあ隠しきれないのね」
「あんな変な格好してりゃあ、誰だって覚えてんだろうが」
「変な格好とは何よ! 身バレしないためには仕方ないでしょうが」
「お前ェは逃亡中のテロリストか何かか」
「面白いこと言うわねあなた。確かに、世界を変えるという意味では、アイドルは
テロリストと同等かもしれないわ」
(何言ってんだコイツ)
「そんなことより、こんな素人のお遊戯にビビっているようじゃあ、A-RISE(アライズ)
のパフォーマンスは理解できないわよ」
「なんだと」
「もうすぐA-RISEが出て来るわ。他のアイドルとは格が違うんだから」
47: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:55:49.27 ID:WS99sdT7o
それから数組のアイドルがステージでパフォーマンスをした。
確かに上手いとは思ったけれど、どれも似たり寄ったりといった感じに思えてきた。
そしていよいよ問題のA-RISEの登場である。
「あなた、A-RISEのメンバー名は知ってるの?」
グラサンツインテールは不意に聞いてきた。
「よくわからん。あの前髪が短いのが真ん中ってことくらいか」
播磨は答える。
「その子はおそらく綺羅ツバサね。身長は低いけどキレのあるダンスと歌唱力
でメンバーの中心的な存在よ。そして優木あんじゅ。甘いボイスとゆるい
キャラクターで男性人気が高いわ。最後に統堂英玲奈。長身で大人っぽい雰囲気
の彼女は、優木とは逆に女性人気が高い」
(何だか宝塚みてェな名前だな)
播磨はそう思った。
そうこうしているうちにA-RISEのパフォーマンスがはじまる。
「!!」
雰囲気が明らかに変わる。
音響が変わった、というわけではない。
先ほどグラサンマスクが説明した三人のアイドルがステージに上がるだけで、
会場の雰囲気が一変したのだ。
まるで観客の呼吸を支配しているような感覚。
それは播磨にも十分わかった。
*
48: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:56:19.77 ID:WS99sdT7o
「播磨くん。播磨くん。そろそろ帰ろうよ」
そう言って穂乃果が播磨の肩を揺らす。
「お、そうだな」
全てのユニットのパフォーマンスが終わり、会場が明るくなっていた。
「さっき隣りの人と話をしていたけど、知り合いなの?」
「いや、別にそういうわけじゃあ」
播磨の隣りにいたグラサンマスクのツインテールは、A-RISEのステージが終わると、
まだ時間が残っているにも関わらずさっさと会場を出て行ってしまった。
もっともそれは、あのグラサンマスクに限ったことではないのだが。
「凄いステージだったねえ」
「そ、そうですね」
「私感動しちゃったよお」
女性陣は口ぐちに今日のライブの感想を言い合っていた。
気楽なものである。
UTXを出ると空はオレンジ色に染まっていた。
「なあ高坂」
「なに? 播磨くん」
駅に向かう途中、播磨は穂乃果に聞いた。
「お前ェに、あれくらいのパフォーマンスができるのか」
49: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:56:50.11 ID:WS99sdT7o
あれくらい、というのは今日見たスクールアイドルのステージのことである。
「うーん」
穂乃果は少し考える。
そして、
「わかんない」
思わずズッコケそうになる播磨。
「あのなあ」
「わかんないけど――」
「ん?」
「やってみなくちゃわかんないよ」
「ああそうか」
コイツは昔からそうだった。
無理かどうか、まずやってみて決める。
そういう人間なのだ。
問題は周りがどうしていくかだ。
「あー、それにしてもお腹すいたねえ。何か食べて帰ろうよ」
「穂乃果。あなたは食べるものに少し気を付けたほうがいいですよ」
「私パスタが食べたいなあ」
(何で女ってのは、こう食い物の話が好きなのかね)
そう思いながら播磨は歩いていると、
「!!」
不意に嫌な感覚に襲われる。
50: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:57:23.12 ID:WS99sdT7o
「雷電」
「どうした拳児」
「少しの間、この三人を見といてくれ」
「……やれやれ、またか」
「自分でも嫌になる」
「播磨くん、どうしたの?」
穂乃果が首をかしげながら聞いた。
「ちょっとした野暮用だ。すぐに終わる」
播磨の代わりに雷電が答える。
次の瞬間には、すでに播磨は穂乃果の隣りからいなくなっていた。
*
秋葉原に限ったことではないが、東京には無数の裏路地が存在する。
日の当たらないその場所にはあまり良い人間は集まらない。
播磨が通りからチラリと見かけたその先では、彼の予想通りの光景があった。
「お嬢ちゃんかわいいねえ。中学生かなあ? それとも高校生?」
「お兄さんたちと遊ばない?」
51: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:57:55.66 ID:WS99sdT7o
「ち、近づいちゃだめにゃ! カヨちんには指一本触れさせないにゃ」
「そんなに警戒しなくてもええやろう? 優しくしたるでえ」
五人くらいのガラの悪い連中が中学生くらいの二人の少女を取り囲んでいた。
顔はよく見えないが、二人が怯えているのはよくわかる。
「おいっ、何をやってるんだ」
播磨は声をかけた。ビルの谷間なので声がよく通る。
「ああ? なんだテメー」
五人の男たちが全員こちらを見る。どいつもこいつも頭の悪そうな顔をした連中だ、
と播磨は自分のことを棚に上げて思った。
男たちの中心には、髪の短い活発そうな少女と、セミロングでメガネをかけた気弱
そうな少女の二人組がいた。メガネをかけているほうは涙目、髪の短い方はまるで
子猫を守る母猫のように威嚇しているが明らかに恐怖を感じているようだった。
「そこの二人、嫌がってるみたいじゃねェか。無理なナンパはカッコ悪いぜ」
「あんだとテメー。関係ない奴は引っ込んでろ」
「そう言われても、目の前で不快なモン見せられて、黙っているほど俺も寛大じゃないんでな」
「舐めやがって。やんのかコラ!」
五人組の一人が一歩前に出て威嚇してくる。
播磨は大きく息を吸った。
「……何をやるってんだ?」
静かだが、ドスを効かせた声で睨みつける。
「……!」
52: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:58:28.42 ID:WS99sdT7o
「だったらなんだ?」
播磨は一歩前に出た。
刀は持っていないけれど、一瞬でも動けば――
斬る。
そんな雰囲気を漂わせて。
「くっ、行くぞテメーら」
「しかしリーダー」
「リュウ、お前もだ」
「畜生、折角の上玉だったのに」
播磨の気迫に気圧された五人組はそそくさとその場を去って行った。
実にカッコ悪い。
「ふう」
播磨はもう一度大きく深呼吸をして、心の中の戦闘態勢と解く。
そして近くにいた二人の少女の声をかけた。
「大丈夫だったか?」
「え? はい。大丈夫にゃ」
「あ……、はい」
メガネの少女は今にも泣き出しそうな顔である。
「この辺は治安が悪いんだから気をつけろよ」
「すみません」
53: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:58:56.54 ID:WS99sdT7o
「ごめんなさいにゃ。かよちんが欲しがってたアイドルグッズを探してたら迷って
しまって」
髪の短い少女はそう言って頭を下げる。
「まあいい。今度はああいう輩に見つからないようにしろよ。それじゃあな」
「あ、あの!」
「ん?」
不意にメガネの少女が声をかけてきた。
「あの、お名前は……」
「……名乗るほどのもんじゃねェよ」
そう言うと播磨は少女たちの前から足早に離れて行った。
この時、播磨はとても嬉しかった。なぜなら彼にとって今の言葉は、一生のうちに
言ってみたい台詞のベスト5に入る言葉だったからだ。
*
54: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/01(月) 19:59:28.71 ID:WS99sdT7o
「遅いよ播磨くん!」
駅前で穂乃果たちと合流すると、彼女は怒っていた。
「もうお腹ペコペコのペコちゃんだよ」
どうやら不機嫌の原因は空腹のようだ。
(上手く行ったようだな)
小声で雷電が聞いてきた。
(ああ、サンキューな)
事情を知っているのはこの中では雷電だけ。
でもそれでいい。穂乃果たちにいらない心配をかけたくはない、と播磨は思うのだった。
つづく
59: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:39:24.91 ID:n65k5j03o
A-RISEのライブを生で観た高坂穂乃果は、自信を無くすどころかむしろやる気
に火が付いたようである。
いつものように学校で五人を集めると、スクールアイドルの結成を宣言した。
「校則によれば、五人集めれば部として成立するらしいよ!」
文章を読むのが苦手な穂乃果が校則という全く面白味の全くない文章を読むとは。
穂乃果を除く四人は絶句する。
「私と播磨くんと海未ちゃん、ことりちゃん、それに雷電くんの五人でアイドル部を
結成するんだよ。そうすれば新一年生が入ってくるまでに活動ができる」
「それで、どうするんですか?」
海未が聞いた。
「もちろん新入部員を獲得するんだよ。私たちだけでなく、後輩にも継続的に
アイドル活動をしてもらわないと、学校が無くなっちゃう」
穂乃果にしては珍しくまともなことを言っているな、と播磨は思った。
「というわけで、じゃーん。部活設立申請書、書いてきました」
そう言うと穂乃果は紙を見せる。
「お前、勝手に名前を」
そこには「アイドル部」と書かれた部活設立申請書が。
名簿には播磨たちの名前が並べられていた。
「でもそんなに上手くいくのかなあ?」
ことりは首をかしげる。
「上手くいくんじゃあいんだよ、いかせるんだよ!」
穂乃果はなぜか自信満々だ。
(なんか、絶対上手くいかない予感がする)
播磨はそう思ったが、あえて口には出さなかった。
60: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:39:51.92 ID:n65k5j03o
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第三話 本 気
61: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:40:46.42 ID:n65k5j03o
「認められないわ」
生徒会室で書類を一読した生徒会長の絢瀬絵里は一言切り捨てた。
生徒会長の後ろには、副生徒会長東條希が立っている。その落ち着いた表情は、
この展開を予想していたようにも思える。
生徒会室には生徒会役員として、生徒会長の絢瀬絵里、東條希。アイドル部(仮)
からは穂乃果、播磨、海未、雷電、そしてことりの五人が来ていた。
「どどどどどういうことですか!?」
生徒会長に詰め寄る穂乃果。
「落ち着け」
播磨は穂乃果の後ろ襟をつかんで、生徒会長の机から彼女を引き離した。
「申請の要件は満たしていますよね」
穂乃果はそれでも食い下がる。
「確かに五人は集まっているわね。でもそこにいる二人」
絵里は海未と雷電の二人に視線を向ける。
「確か園田さんは弓道部、雷電くんは拳法部に所属していたわね」
「はい」
「確かに」
「ウチの校則では、部活の兼部はできへんのよ」
絵里の後ろで希が言った。
「うむむ……」
「そこは知らなかったのかよ雷電!」
思わずツッコンでしまう播磨。雷電でも知らないことくらいあるさ。
62: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:41:31.16 ID:n65k5j03o
「それにこの前のライブを見たのならばわかるでしょう? スクールアイドルという
活動は、部活動やアルバイトの片手間で出来るようなことじゃないのよ」
鋭い視線で絵里は言った。
播磨はそんな絵里の言葉の一部に引っかかりを感じた。
(アルバイト……?)
確かに穂乃果は実家の和菓子屋の手伝いをすることもあるが、あれはアルバイトと
呼べるようなものじゃない。
(だとすれば俺のことか)
播磨は時々、小遣い稼ぎのために引っ越しやエアコン取り付けのアルバイトをしている
のだ。
しかし学校側にはバレないようにやっているつもりだが、なぜそれがわかったのか。
播磨は希のほうを見る。
(あの女、俺たちの行動をどこまで把握していやがる)
自分の考えていることを全て見透かされているような気がして不安になる播磨。
一方希の方は、播磨の視線に気づいて優しく微笑んだ。余裕すら感じさせる微笑み
であった。
「とにかく、アイドル部の設立は認められません。出直してきなさい」
そう言うと、絵里は申請書を突き返した。
返された書類を両手で握る穂乃果。
「帰るぞ」
そんな穂乃果の肩に播磨は手をかけ、生徒会室を後にする。
*
63: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:42:01.16 ID:n65k5j03o
夕日に染まる学校の中庭。
穂乃果たち五人はそこに座って反省会(?)をしていた。
「やっぱりそう上手くはいきませんよね」
海未は言った。
「海未ちゃん、そんな弱気なことを言っちゃだめだよ」
穂乃果はそう言うと思わずベンチから立ち上がる。
「落ち着け高坂」
それを止める播磨。
「もう少しよく考えさせてください」
「海未ちゃん」
そう言うと、海未は穂乃果たちから離れて行った。
「私も、もうちょっと考えさせてもらっていいかな」
「ことりちゃん?」
いつも笑顔のことりも、この日は暗い顔をしている。
「それじゃあ」
そう言うと、ことりも穂乃果たちから離れて行った。
「そんな、海未ちゃん、ことりちゃん」
その場にしゃがみこむ穂乃果。
「なあ高坂」
64: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:42:27.58 ID:n65k5j03o
「……何」
「園田は弓道部があるし、南だって理事長の孫娘っている立場もある」
「……」
「そう簡単には動けないものだ」
「……確かに、そうだけど」
「高坂よ」
不意に雷電が声をかけてきた。
「どうしたの? 雷電くん」
穂乃果は顔を上げる。
「海未のことは、俺に任せてもらえないか」
「え?」
「少し話をしてみる」
「……うん。そうだね」
そうだ。まだ完全に火が消えたわけではない。
まだ完全には。
*
65: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:43:07.52 ID:n65k5j03o
翌日、播磨は一人で生徒会室を訪れていた。
穂乃果たちがいると色々と揉めてしまうかもしれないからだ。
生徒会室のドアをノックすると、見慣れない役員の女子が出てきた。
「失礼する。あの、副会長さんはいるか」
あえて副会長と言ったのは、何かあったら相談しにきてね、という東條希の
あの言葉があったからだ。できればこういう状況にはなりたくなかったのだが。
あと、あの会長はどうも苦手であった。
「副会長ですか? 今日は会長と別の学校で会議がありますので」
「そうか」
残念ながら副会長も会長も不在のようだ。
播磨は落胆すると同時に少しだけ安心した。
「あの」
「ん?」
「帰ろうとする播磨に、生徒会の役員が声をかける」
「播磨拳児さんですよね」
上目遣いで確認するように女子生徒はそう聞いた。
「ん? ああ、そうだが」
66: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:43:38.14 ID:n65k5j03o
「あのこれ、副会長からあずかっていたんですけど。もし、播磨という生徒がたずねて
来たら、これを渡すようにと」
「なんだこりゃ」
よく見ると折りたたまれた紙である。
「さんきゅーな」
「はい」
播磨はとりあえずそれを受け取り、生徒会室を後にする。
(何だこれは)
とりあえず中庭まで来た播磨は折りたたまれた紙を開いてみた。
するとそこにはきれいな文字でこう書かれていた。
『ミナリンスキーを探せ』
(ミナリンスキー? なんだそりゃ)
とりあえず何かの手がかりということなのだろうか。
*
67: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:44:33.04 ID:n65k5j03o
『ミナリンスキーだと?』
「知っているのか雷電!」
その日の夜、播磨は雷電の家に電話をかけて聞いてみた。
『ふむ、聞いたことがある。確か秋葉原でもごく一部で有名なカリスマメイドとのこと』
「ごく一部で?」
『ああ、俺も詳しくはわからんのだがな。そのあまりの人気ゆえに滅多に会えること
がないと言われている。また、ミナリンスキーのサインはネットでも高額で取引
されているという噂もある』
「写真とかはないのか」
『ミナリンスキーは画像を撮られることを極端に嫌うからな。その顔を知っている者は、
直接会った客にしかわからないらしい』
「しかしメイド風情がなんでそんなに人気なのかね。秋葉原にメイドなんてたくさん
いるじゃねェか」
『聞くところによると、ミナリンスキーはその外見だけでなく、とろけるような声や
愛くるしい仕草で人気を得ているらしい。俺は実際見たことないので、どういうもの
かはわからないのだが』
「なるほどな」
『ところで、なぜ急にメイドのことなど聞いてきたのだ。今更メイドに目覚めたのか』
68: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:45:11.60 ID:n65k5j03o
「そ、そんなんじゃねェよ。つうか、ある情報筋からヒントを貰ったんでな、一応
調べておくことにしたんだ」
『その情報筋というのは……、いや、今はその話はよしておこう』
「話は変わるが、園田のほうは大丈夫か」
『まだ話はしていない。ただ、アイドル活動について海未自身は決して悪くは思って
いない。それだけは確かだ』
「でも、アイドル部を作るとなると弓道部を辞めなくちゃならねェしなあ。それは
キツイよな」
『なあ拳児』
「どうした」
『もし、海未が自分の意志でアイドルをやりたくないと言っても、彼女を責めないで
やってくれ。あいつの決断なのだ』
「もとより責めるつもりはねェよ。すべてはそれぞれの意志を尊重させる」
『すまない。ありがとう』
「じゃあ、園田のことは頼んだぜ」
『明日はどうする』
「ああ? まあ、ミナリンスキーでも探してみるかね。何かあるかもしれんし」
『そうか、こちらも出来る限り協力しよう』
「恩に着るぜ」
*
69: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:46:32.99 ID:n65k5j03o
翌日の放課後、播磨が秋葉原に行くと見覚えのある制服とメガネを発見した。
「おう、田沢じゃねェか」
同じクラスの田沢慎一郎である。
高校生のくせに九九を間違える一方で、ガラクタからロボットを作り出したりと、
意外な特技を発揮する男。確かにこの男なら秋葉原にいてもおかしくはない。
「オッス、播磨か。こんなところで会うとは意外やのう」
「何してんだ」
「いや、機械の部品を探しにきたんじゃ。この辺りは珍しい部品も多いからな」
「最近じゃあインターネットで注文する奴も多いだろうに」
「そうだが、実際に店で見るのもええもんだぞ」
「そうかい。それでよ、田沢」
「なんじゃ」
「お前ェ、秋葉原には詳しいのか」
「まあ、普通の奴よりは詳しいと思うが」
「それじゃあ、ミナリンスキーってのを知っているか」
「ミナリンスキーだと……?」
田沢の顔色が変わる。
「知ってんのか」
「いや、まあ。俺も見たことはないんだが……、どうも伝説のメイドらしいな」
70: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:47:15.85 ID:n65k5j03o
「それは雷電からも聞いた」
「どうした播磨。まさかメイドにでも目覚めたか」
「いや、そういうわけじゃねェんだが。ちょっと故あって、そいつを探さなきゃなら
ねェことになっちまってな」
「なるほど。深くは聞かん。とはいえ、俺も女の子は大好きだが噂程度にしか
知らんのだが」
「まあそれでもいい、聞かせてくれ」
「何でもメイド喫茶、『メイド・ラテ』という店で働いているメイドらしい。
松尾が愛読しておる『週刊秋葉原(民明書房刊)』によると、デビューして一ヶ月で
メイドランキングトップに躍り出たという話じゃ」
メイドランキングとは一体どういう基準で算出したものなのだろうか、と播磨は
気になったけれど今はそれどころではない。ちなみに松尾は田沢の親友である。髪型
がサザエさんみたいである。
「それじゃあ、そのメイド・ラテとかいう店に行きゃいいのか」
「ああ、待て待て播磨よ。某巨大掲示板の噂じゃと、ミナリンスキーちゃんは、
超人気らしく、整理券が無いと会えないほどらしい」
「はあ? 整理券?」
「ああ、そうじゃ。それだけ人気ということじゃのう」
「なんだよ整理券って、それじゃあまるでアイドルじゃねェか」
「アイドルなら松尾のほうが詳しいがな。まあ俺の知っとるのはそれくらいだ」
71: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:47:57.41 ID:n65k5j03o
「サンキュー田沢。役に立ったぜ」
「うむ。では、これにて」
田沢と別れた播磨は自分の携帯電話で『メイド・ラテ』の場所を確認する。
しかし整理券が無ければ会えないとなると、何か策を講じなければならない。
とすると、
「ん?」
携帯電話をいじりながらふとあることを思い付く播磨。
*
ミナリンスキーが働いているという『メイド・ラテ』という店はとある雑居ビルの
フロアの一角にある。メイドカフェと言えば、文化祭の模擬店に毛が生えた程度の
店構えだと思っていた播磨の予想に反し、メイド・ラテはなかなか立派な店構えを
しているように思えた。
播磨自身は、以前アルバイトをしていた運送屋の制服を借りて帽子を目深にかぶり、
そこら辺から拾ってきた段ボール箱を持って店に入った。
「おかえりなさいませご主人様って、あら?」
「まいどー。コバヤシ運輸と申します」
播磨は口から出まかせの運送会社の名前を名乗る。
72: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:48:36.68 ID:n65k5j03o
店の入り口では、若い黒髪でセミロングの店員(メイド服)が少し困ったような顔をしていた。
「すみませーん。このお店に『ミナリンスキー』さんという方はおられますかー!?」
播磨はわざと大きな声で店内に響くように言った。
「あのすみません、ミナリンスキーは今……」
「すみませーん! ミナリンスキーさーん! お荷物でーす! 東條希さまよりお荷物
をお預かりしていまーす!」
播磨を制しようとするメイドを無視してもう一度叫ぶ。
「と、東條先輩!? そんな、ウソでしょ!?」
驚いた顔をした“ミナリンスキー”が播磨の目の前に飛び出してきた。
それを見た播磨はゆっくりと借りた帽子を脱ぐ。
「ああ、うそだぜ。だがマヌケは見つかったようだ」
「はりくん……!」
播磨が心の中で何となく予想した通り、ミナリンスキーの正体は、南ことりであった。
*
73: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:49:23.09 ID:n65k5j03o
メイド・ラテの休憩室で、播磨とことりは向い合う。
「まさかお前ェもアルバイトをしていたとはな、南」
「隠すつもりは無かったんだけど、ちょっと恥ずかしくて」
メイド喫茶ということもあって、ことりは長いスカートのメイド服を着ている。
しかもかなり似合っている。
これは人気が出るのもわかるな、と納得する播磨であった。
「仕事は楽しいか」
「うん。接客業だから辛いこともあるけど、店の皆も優しくしてくれてとっても
楽しいよ」
「そうか」
「あの、はりくん」
「あン?」
「私ね、お店を辞めようと思うの」
「おい、どういうことだ」
「だから、このお店を辞めて穂乃果ちゃんたちとのアイドル活動に専念しようと思うの」
「それは、俺に見つかったからか?」
「ううん、そうじゃないの。ちょっと前から考えてた」
「メイド喫茶でのアルバイトは高校を卒業してからでもできるけど、スクールアイドル
は今しかできないでしょう?」
74: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:49:50.88 ID:n65k5j03o
「……」
「それに、お祖父ちゃんが理事長をしている学院にも恩返しがしたいし」
「南」
「だから、ミナリンスキーは今月でお休みします。これからは南ことりとして、
音ノ木坂学院のスクールアイドルを頑張ります」
そう言うとことりは立ち上がる。
「当然、はりくんも協力してくれるよね」
「……まあな。高坂(アイツ)のワガママに振り回されるのは慣れてっからよ」
「それじゃあ、よろしく」
ことりは笑顔で右手を差し出した。
「よろしく」
播磨は立ち上がりことりの手を握る。
やわらかく、まるで子供のような手だと思った。
*
75: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:50:39.83 ID:n65k5j03o
播磨がミナリンスキーこと南ことりを探していたのと同じ頃、園田海未は学校の
弓道場で弓道の練習をしていた。
「くっ」
放たれた矢は的を外し、土の部分に突き刺さる。
「集中が乱れているようだな、海未」
不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。
雷電だ。
「どうしました? 雷電。部活中ではないのですか」
海未は一つ息を吐き、手に持った弓を下ろす。
「迷っているのだろう? スクールアイドルのこと」
「それは……」
図星である。さっきからずっとライブのことが頭に浮かんでいた。
スクールアイドルをやるか、このまま弓道を続けるか。
弓道部に不満はない。このままいけば、都大会でもそれなりの成績は残せるだろう。
そういう青春も悪くない。
ただ、目をつぶると思い出す。UTXで見たあのステージを。
あれを自分たちでやることができれば。
「海未の家は、日本舞踊もやっていたんだよな」
「アイドルのダンスとはまた別物です」
「だが踊りにはかわりない」
76: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:51:54.13 ID:n65k5j03o
「一体何が言いたいのですか雷電」
海未は自分の弓を弓置場に置きながら聞く。
「雷電、先ほども聞きましたがあなた、部活は」
「拳法部は辞めてきた」
「え?」
「辞めたと言った」
「そんな……」
「俺は学校存続のため、高坂穂乃果と播磨拳児に協力する。だから辞めた」
「雷電、それでいいのですか」
「後悔などしている暇はない。学校存続の期限は迫っているのだからな。だけど海未」
「はい?」
「お前にはそれは強制しない。自分のやりたいことをやってほしい。それが俺の願いだ」
「雷電……、あなたは卑怯です」
「……なぜだ」
「あなたにそこまでさせておいて、私が何もしないというわけにはいかないじゃない
ですか」
「海未。俺は――」
「責任、取ってください」
「何?」
「責任を」
「ああ。一生かけても取ってやるさ」
「明日は何が食べたいですか?」
「随分唐突だな」
「今日はあなたのリクエストを聞いてあげたくなりました」
「……鶏のから揚げでたのむ」
いつの間にか学院の弓道場は、夜の帳に包まれていた。
*
77: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:52:37.97 ID:n65k5j03o
早朝――
つい最近まで寝坊の常習犯であったはずの穂乃果は、この日家族の誰よりも早く
起きて街を走っていた。
ライブでパフォーマンスを続けて行くには体力が必要である。それを実感した彼女
は、まずは体力作りをしようと考えたからだ。
穂乃果がジャージ姿で道を走っていると、見覚えのある大きな人影が目に入ってきた。
「播磨くん?」
クラスメイトで幼馴染の播磨拳児であった。
こんな朝に珍しい。
「よ、よう。高坂」
「どうしてここに」
「お前ェが朝早くから走るようになったって、雪穂に聞いたんでな。ちょっと待ち伏せを」
「なんで?」
「お前ェに伝えたいことがある」
「伝えたいこと?」
息を整えながら穂乃果は聞いた。
「お前ェのアイドル活動、俺たちも協力するぜ。今度は本気だ」
「俺たちって、まさか」
「穂乃果」
78: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/02(火) 19:53:37.93 ID:n65k5j03o
「穂乃果ちゃん」
播磨の後ろには、穂乃果と同じようにジャージ姿の海未とことりがいたのだ。
「俺もいるぞ」
「雷電くんまで!」
「まあ色々考えた結果な、お前ェ一人じゃ危なっかしくてしょうがねえ。だから――」
「私たちも手伝うことにしました。いえ、『手伝う』ではありませんね」
そう言って海未は首を振る。
「そう、私たちも一緒に頑張るんだよ、穂乃果ちゃん!」
そう言うとことりは両手をグーに握った。
「皆、みんな……」
若干涙ぐむ穂乃果。
目の前が少しぼやける。
「みんな大好き!!!!」
そう言うと、穂乃果は目の前にいる海未やことりに抱き着く。
こうして、音ノ木坂高校のアイドル活動はスタートした。しかしそれは、これから
続く多くの苦難のはじまりにすぎなかったのだ。
つづく
82: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:01:39.51 ID:kkH+5AE9o
部活動の成立要件を満たした播磨たちは、新たにスクールアイドルとして活動する
ことを決意する。
しかし、そこには大きな壁が立ちはだかっていたのである。
「……」
書類をじっと見つめて考え込む生徒会長の絢瀬絵里。
彼女の持っている書類は、もちろん部活動設立許可証である。
「じょ、条件は満たしているはずです。私たちは本気なんです!」
両手の拳をぎゅっと握って穂乃果は言った。
「それはわかっているのだけど……」
にもかかわらず絵里の顔は浮かないままだ。
「どうしても私たちの活動をお認めにならないというのですか?」
たまらず海未が声を出す。
彼女の声の中に、微かな怒気がまじっていたことは播磨にもわかる。
「そういうわけやないんよ。ただね、一番の障害というか」
たまらず、後ろに立っていた副会長の東條希が助け舟を出した。
「障害?」
「理事長のことです」
絵里は言った。
「今の理事長は、学院のアイドル活動についてあまり理解がないというか……」
「反対するというんですか?」
穂乃果は身を乗り出して聞いた。
「そ、それは」
「だったら直接談判してきます! 理事長、いらっしゃいますよね」
そう言うと、穂乃果は回れ右して生徒会室を出る。
「あ! お待ちなさい」
思わず立ち上がる絵里。
「ったく、しょうがねェなあ」
生徒会室を出て行く穂乃果を播磨たちは追いかける。
83: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:02:06.45 ID:kkH+5AE9o
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第四話 壁
84: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:03:14.39 ID:kkH+5AE9o
「わ し が 音ノ木坂学院理事長 江田島平八である!!!!!!!!」
理事長室にある、優勝トロフィーやらアルバムなどが入ったガラスケースが粉々
に割れる。
「きゃあ!」
「いやあ!」
思わず耳を塞ぐことりと海未。
「よし、帰ろう高坂。こいつは人間の敵う相手じゃない」
播磨は迷うことなく言った。
「ちょっと待ってよ播磨くん! ここまで来て何言ってるのよ!」
穂乃果は播磨の右腕を強く掴んだ。
「どう考えてもこの理事長を説得すんのは無理だろう」
音ノ木坂学院理事長、江田島平八。
身長195センチ体重110キロ、スキンヘッドに髭。元陸上自衛隊の陸将で、北海道での
演習中にヒグマを素手で倒したという伝説もあながちウソでもない、と思わせるほどの
迫力がある。
「大丈夫だよ播磨くん。ちゃんと話せばわかってくれるかもしれないし」
85: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:04:03.82 ID:kkH+5AE9o
穂乃果よ、その自信はどこからくるのか。
ふと、播磨は思った。
「あ、あの。私は高坂穂乃果と申します」
「ふむ。今日はどういう要件だ」
「生徒会長からもお聞きしていると思いますが、わが音ノ木坂学院でもスクールアイドル
の活動をしたいと思い、参りました」
「 な ら ん !!!!」
即答かよ!
しかも『ならん』って。
「ええ!!??」
「スクールアイドルなどというチャラチャラしたこと、この伝統ある音ノ木坂学園で
許されるとでも思うたか!!!」
「ですが今やスクールアイドルは全国でも認知されておりますし」
穂乃果も引かない。
意外と根性がある女だ、と播磨は少しだけ感心する。
「教育者たる者、流行り廃りに惑わされてはならんのだ」
「しかし」
「はあ、やれやれ」
見かねた播磨は、穂乃果の前に出る。
改めて江田島を見据えると、カタログスペックよりも大きく見える。
86: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:05:31.00 ID:kkH+5AE9o
「理事長さんよ、んなことを言ってるから生徒数が減少して、廃校の話が出るんだろうがよ」
「廃校となるのも時代の流れと言うのならば仕方あるまい」
「仕方あるまいって、アンタ理事長だろうがよ! 学校が惜しくないのかよ」
「生き恥を晒すくらいなら、花と散った方が日本男児としてふさわしいわい!!」
(この野郎)
だんだんムカムカしてきた播磨。
「どうしてもダメだって言うのかよ。音ノ木坂(ここ)は生徒の自主性を尊重するん
じゃなかったのか?」
「確かにその通り、だが道を踏み外すことは許さん!!!!」
こうなってくると播磨も意地になってくる。
基本的に負けず嫌いなのだ。
「どうしても諦めないというのだな」
「そうだ」
「ふむ。そこまで言うのなら仕方がない。『理事長パンチ』で決着をつけようではないか」
不意に理事長が提案した。
「は?」
「理事長パンチ……」
雷電が震えながら言う。
「知っているのか雷電!」
87: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:06:39.59 ID:kkH+5AE9o
「ああ聞いたことがある。生徒がどうしても要求を通したい時、理事長の渾身の一撃
を耐え抜くことができたら、その要求を通すことができるという……。ただし、これ
までの成功者はたった三名だったという(『音ノ木坂学院三十五年史』民明書房刊)」
「つうか三人もいるのかよ! そっちのほうが驚きだぜ」
「それ以前は江田島理事長ではなく、別の人物が理事長をやっていたから可能だった
のかもしれん」
「ちなみに今の理事長は何年目だ」
「確か四年目か」
「……」
生徒数の減少と廃校危機は、もしかしてこの理事長が最大の原因なんじゃないかと
思う播磨であった。
「グタグタ言っとるんじゃない。ここでは物が壊れる。お前ら、表に出ろ!
わしが音ノ木坂学院理事長、江田島平八である!!」
既に窓ガラスなどが粉々に割れているのだが、本人は気にしていないようである。
「播磨くん、どうしよう」
「くそう。こうなったら覚悟を決めるしかねェ」
本気になった江田島は、ただでは許してくれそうにないだろう。
「わしが音ノ木坂学院理事長、江田島平八である!」
*
88: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:07:54.34 ID:kkH+5AE9o
「ふん、逃げずに来たな。そこだけは褒めてやろう」
学校のグラウンドの真ん中。
上半身の着物を脱いで袴だけとなった江田島平八は腕組みをしている。
齢六十を過ぎているにも関わらず凄い筋肉だ。
こんなのに殴られたらと思うと……。
「古い考えは修正されてしかるべきなんだよ!!!」
播磨は恐怖心を吹き飛ばすために大声を出す。
「その意気やよし。しかし、阿衣度瑠(アイドル)活動など認めんぞ!!!!!」
「うるせえ! この石頭!!」
「硬いのは頭だけじゃないぞお!!!!」
「もういいよ播磨くん! 降参しよう」
そう言って後ろから抱き着いてきたのは穂乃果であった。
「高坂」
「ごめん、私のワガママでこんなことになって。私、こんな事態になるなんて思わなかった」
「俺だって思わねェよ」
「だったら、もういいから。諦めるから」
「お前ェの思いはその程度だったのかよ」
「え?」
「ラブライブに出て、全国的に学校を有名するんじゃなかったのか」
89: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:08:33.62 ID:kkH+5AE9o
「でも……」
「ここまできたらやるしかねェだろう。まだ始まってもいねェんだぞ」
「播磨くん」
「大丈夫、理事長だって人間だ。殺しはしねェさ」
「……」
そう言ってもう一度江田島を見る播磨。上半身裸の江田島からはドス黒いオーラ
のようなものが見えた。
(あ、ヤバイ。これは本当に死ぬかもしれない)
「覚悟はいいか、小僧!!!」
「いつでも来いや!!」
そう言うと播磨は腕を十字に構える。
吹き飛ばされるかもしれない。骨が折れるかもしれない。だが男には引いてはいけ
ない時がある。
「播磨くん!」
そう言うと、再び穂乃果が播磨の背中に飛びつく。
「高坂!」
「拳児! 俺たちも支えるぜ」
雷電もそう言って播磨の背中を抱えた。
「わ、私もです」
「ことりも、役に立つかわからないけど」
海未とことりも播磨の背中を抑えている。
90: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:09:21.38 ID:kkH+5AE9o
彼の後ろには、四人の仲間がいる。
ただそれだけで、少しだけ、ほんの少しだけ播磨の恐怖は弱まった。
「早くしろおおおお!!!!!!」
「言われなくてもやってやるぞおおおおお!!!!」
塾長、ではなく理事長は大きく拳を振り上げた。
でかい。
拳が直径十メートル以上の球体に見える。
それはまるで大型トラックが時速百キロ以上で迫ってくるような迫力。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!
!!!!!!!」
理事長の気合で周辺の建物が揺れる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!」
播磨も負けずに声を出した。
声を出さないと失神してしまいそうなほどの迫力だからだ。
「ぐわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
死――
普通の高校生活では感じることの無い感覚。
かつで、数十人の不良に囲まれた時ですらこんな恐怖はなかった。
播磨の頭の中に、これまでの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
そこには屈託のない笑顔を浮かべ大好きな歌を歌っている穂乃果の姿もある。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
――――!
91: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:10:10.62 ID:kkH+5AE9o
一瞬の静寂。
もしかして死んだか。
即死だったか。
それならよかったのかもしれない。両腕が砕けて一生不自由な思いをして生きる
よりはよっぽど良い。
だがそうではなかった。
止まっていたのだ。
「え?」
理事長の拳は、播磨の両腕のわずか数センチ先で止まっていた。
「よくぞここまで堪えたな、播磨拳児よ」
「理事長……?」
「だいたい本気で殴ったら学校どころか、ここいら一帯が壊滅してしまうからな、
ガハハハハ」
「じゃ、どういうことッスか」
「阿衣度瑠(アイドル)活動、認めようではないか。貴様らの根性、しかと見届けた」
「本当ですか?」
播磨の後ろから穂乃果が顔を出して言った。
「男に二言はない! わしが音ノ木坂学院理事長、江田島平八である!!!」
「やったああああ!!!」
「やったね海未ちゃん」そう言ってことりは海未に抱き着いた。
92: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:12:21.53 ID:kkH+5AE9o
「え、ええ」
海未は戸惑っているようだった。播磨や雷電も戸惑っている。
「おめでとう、みんな」
不意に別方向から声が聞こえてきた。
「会長さん、副会長さん!」
穂乃果は言った。
会長の絵里と副会長の希だ。
なぜか二人とも黄色いヘルメットをかぶっていた。
「ふう、わしは戻るぞ」
生徒会長たちを見た江田島理事長はそう言って、上半身の着物を着る。
「お疲れ様でした」
「ご迷惑をおかけいたしました」
そう言って絵里と希は深々と理事長に頭を下げる。
理事長は満足そうに自分の部屋へと戻って行った。
「希、私は仕事があるから。あとは任せるわね」
ヘルメットを脱ぎながら絵里は希に言った。
「わかったわ。ウチもすぐ戻るから」
希もヘルメットを脱ぎながらこたえる。
「おめでとう皆。とりあえず最初の関門はクリアしたみたいやね」
希は笑顔で播磨たちに語りかける。
「そ、そうなんッスかね」
播磨は答えた。
「せやけど、スクールアイドルの活動はこれからが本番やで。みんな頑張って」
「はあ」
93: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:12:54.04 ID:kkH+5AE9o
「はいっ! 頑張ります」
播磨の戸惑いを余所に、穂乃果はやる気満々だ。
「とりあえず、当面の目標はどうするん?」
希は聞いた。
「ラブライブですよラブライブ!」
穂乃果は答えた。
「確かに最終目標はそうかもしれへんけど、これから色々とやることがあるやろ?」
「はい?」
「まずは、新入生の勧誘とか」
「そ、そうか」
「四月には新入生歓迎行事もあるし、そこでライブでもやってみらどう?」
「そうですね」
「ちょっと待ってください穂乃果」
不意に海未が穂乃果の肩を掴んだ。
「どうしたの? 海未ちゃん」
「新入生歓迎行事まであと一ヶ月もありませんよ。間に合うんですか」
「あ!」
94: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:13:49.17 ID:kkH+5AE9o
設立したばかりのスクールアイドルがすぐにステージに上がれるのだろうか。
素人の播磨にはよくわからない。
「とりあえず、空き教室の一つを部室に使ってええから、しっかり頑張ってな」
希は笑顔で言った。
「はい、ありがとうございます!」
穂乃果は深々とおじぎをする。
「さあやるよ皆! 播磨くん、海未ちゃん、ことりちゃん、雷電くん!」
穂乃果はやる気満々だ。
「ほな、ウチも失礼するで」
そう言って校舎に戻る希。
「はい。お疲れ様でした」
穂乃果はもう一度お辞儀をした。
*
95: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:14:42.66 ID:kkH+5AE9o
夕闇に染まる学校の中庭で、東條希はベンチに座っていた。
「隣、失礼するぜ」
播磨はそう言うと、少し距離を取って希の隣りに座る。
「そないに離れないでも、もう少し近くにきたらどうなん?」
播磨と希の間には人二人分くらいのスペースがあった。
「これくらいの距離感の方がいいんじゃないッスかね。生徒会としちゃあ、一つの
部活にあんまり肩入れするわけにもいかんでしょう」
「考えすぎや。私とあなた、個人的に会ってることにすればええやないの」
「そんなことより」
播磨は話を変える。
「この前のアレ、ありがとうございます」
「ん? なんのこと?」
希は少し首をかしげた。
「ミナリンスキーのことッスよ」
「ああ、南さんのことやね」
「どうしてアイツのバイトしてる店がわかったんッスか? もしかして行ったことある
とか」
「ふふふ。副会長は何でも知っとるんよ。カードの導きによってね」
そう言うと、希は一枚のカードを取り出す。
96: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:15:30.58 ID:kkH+5AE9o
よく見ると、タロットカードだ。
漫画で見たことがある。
「何なら、播磨くんの好きな人も調べてあげようか?」
「はい?」
「うふふ。冗談や。本当はな、違う学校に通うウチの知り合いが南ことりちゃんと
同じ店でアルバイトをしとったんよ。それでわかったの」
「なんだ。そんなことか。しかし回りくどいこどするッスね」
「せやけど面白かったやろ?」
「面倒でした。それに南はもう、アイドルをやることを決めてたみたいだったし、
俺が何かをする必要もなかったみたいからなあ。いわば無駄足ってやつかな」
「播磨くん」
「あン?」
「世の中、無駄なことなんて何一つないんよ。今この瞬間やって、必ず意味があるの」
「そうッスか」
「それにしても律儀やね。わざわざお礼を言いに来るなんて」
「まあ、一応……」
「また、何かあったら相談に来てな」
「いや、でも生徒会は」
「生徒会やなしに、個人的に」
「……はあ」
97: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/03(水) 20:16:26.41 ID:kkH+5AE9o
「ああ、そうや」
「あン?」
「アイドル結成の記念にウチからプレゼントや」
「は? いや、そんなものは」
希が取り出したのは見覚えのあるピンク色の紙であった。
「こいつは……」
「ユニット名、まだ決めてへんかったやろ? ウチからの提案。よかったら使ってな」
「はあ」
播磨は貰った紙を広げる。するとそこには、
「ミクロンズ……」
「ミューズって読むの」
「ミューズ?」
「薬用石鹸やないで」
「……これは」
「今のあなたたちにピッタリやと思うてな」
「そうッスか」
ユニット名なんて考えるのも面倒だったので、正直ありがたかった。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
「μ's(ミューズ)か……」
不思議な感じがする言葉だと播磨は思った。
つづく
99: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:55:17.08 ID:iR4Hhd9+o
「μ’s(ミューズ)? それが私たちのユニット名?」
穂乃果は聞いた。
「ん? ああ」
「どうしてμ’sなの?」
「いや、とある人物がこれがいいんじゃねェかって提案してくれて。どうかな」
「いいんじゃないかな。ねえ、海未ちゃん」
「私は異存ありません。雷電はどうですか」
「俺も、別に構わない。いいんじゃないか。シンプルで」
「私も気に入ったなあ」
ことりは笑顔で言った。
「さあ、チーム名も決まったことだし、これからバンバン行くよお!」
穂乃果が気合いを入れる。
気合いが入るのはいいことなのだが。
「それで、何をするんだ? スクールアイドルって」
播磨は聞いた。
「あれ? 何すればいいんだっけ」
穂乃果は首をかしげる。
「はあ、あなたって人は」
その様子を見て、海未と雷電は頭を押さえていた。
100: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:56:04.57 ID:iR4Hhd9+o
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第五話 出来ること
101: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:57:19.36 ID:iR4Hhd9+o
春休み。
それは進級や入学などを控えてバタバタする時期。
新生アイドルグループにとっては、初舞台のために急ピッチで準備をしなければ
ならない時期でもあった。
「まずは体力錬成ですよ!」
ウォーミングアップ代わりに、学校近くの神社の石段を駆けあがるμ’sの一同。
「はあ、はあ、はあ」
播磨は息を切らしながら石段を駆けあがる。
「さすがですね、播磨くん」
ストップウォッチを持ったジャージ姿の海未が笑顔でそう言った。
「つうか、何で俺まで走らなきゃならんのだ! 俺関係ねェだろう!」
アイドルとしてステージをこなすには体力が必要。それはわかる。
しかし播磨自身はアイドルではないのだ。
「気持ちを共有してこそのチームではありませんか。私と雷電は部活で鍛えられて
いましたが、あなたたちは基礎体力が不十分ですからね」
「いや、だからな。俺はステージには立たないっつうの」
そうこうしているうちに、フラフラになりながら穂乃果が石段を上がってきた。
「頑張って穂乃果。ほら、播磨くんも声をかけて」そう言って海未は播磨の背中を叩いた。
「頑張れ頑張れ! 出来る出来る!」
102: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:58:12.03 ID:iR4Hhd9+o
「どこの松●シュウゾウさんですか。それはともかく、頑張ってください」
「ふいい、キツイよお……」
泣きそうな声で穂乃果は言った。
「アイドルには何より体力が必要だって言ったのはお前ェだろうがよ、高坂」
手すりを持ちながら石段を上る穂乃果に播磨は言った。
「言ったけど、十往復はさすがにやりすぎだよお」
「時間が無いんです。とにかくやり抜きましょう」
確かに時間はない。
「ああ、私はトリになりたい……」
膝をガクガクさせながら、半ば夢の世界に旅立とうとしていることりがそう
言いながら石段を上る。すぐ後ろには雷電がついていた。
「ちょっと水飲んでくる」
そう言って播磨は神社の境内に向かう。
すると、見覚えのある人物が箒を持って立っていた。
「あら、頑張っとるやないの」
「アンタは、副会長さん」
「希でええよ。播磨拳児くん」
生徒会副会長の登場希だ。白い上衣に赤い袴という典型的な巫女服を着ている。
髪も普段は二つにまとめているのに、この日は一つにまとめており、少し印象が違う。
103: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:58:49.20 ID:iR4Hhd9+o
「何してるんッスか。こんなところで」
こんな所というか、神社である。
「ちょっとしたお手伝いやで。ここにはスピリチャルなパワーが集まるさかいな」
「スピリチャル……?」
何だか関わってはいけないような空気を感じる播磨。
「さっきも言うたけど、アイドル活動、頑張っとるみたいやねえ」
「まだ基礎の基礎の段階ッスよ。時間もないし大変ッスわ」
「その基礎が重要なんよ。いきなりステージでやれるなんて自惚れてたらどうしよう
かと思うとったけど、この分だと安心やね」
「そうッスかね」
「それより、せっかく神社の敷地を練習に使わせて貰っとるんやから、後でお参り
くらいはしておきなさいよ」
「わかってますって」
播磨自身、信心深いわけではないが、最低限の礼儀ぐらいはわきまえているつもりである。
「ほな、頑張ってな。応援してるからね」
「はあ。失礼するッス」
東條希。どうも、わからない人物だと播磨には思えた。
*
104: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:59:15.44 ID:iR4Hhd9+o
基礎練習後、学校の練習場所では初ライブに向けての話し合いも進められていた。
「それで、選曲はどうするのですか?」
海未は聞いた。当然の疑問だ。
「できればオリジナルがいいな。ほら、A-RISEとかもオリジナルの曲を
いくつも持っているし」
確かにA-RISEはオリジナルの曲を何曲も持っており、CDすら発売している。
だが我々は違う。
「ですが、今から曲を作るとなると難しいのでは」
「っていうかよ、お前ェら」
ここで播磨が発言した。
「何ですか?」
と、海未は聞く。
「この中で作曲できる奴とかいんのかよ」
「……」
「……」
「……」
「いないみたいだね」
ポツリとことりが言った。
踊りの基礎は、日本舞踊をやっていた海未がいれば大丈夫だろう。
105: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 17:59:57.24 ID:iR4Hhd9+o
歌唱力も多分問題ない。
だが作曲となると話は別だ。
専門の作曲家に作詞や作曲を依頼するか?
そんな金がどこにある。
「とりあえず、課題曲からやってみてはどうだろうか」
そう言ったのは雷電であった。
「課題曲? なんだそりゃ」
「知っているの? 雷電くん」
不意に穂乃果が声を出す。
「お前ェそれが言いたいだけだろ」
「ゴメンピ」
そう言って穂乃果は笑った。
「ふむ、聞くところによるとラブライブの出演には課題曲と自由曲の二つをやらなけ
ればならないらしい」
「そうなのか?」
「ああ。合唱コンクールなどとも同じだな。それぞれが違う曲を歌うと曲の良し悪し
によって評価がわかれてしまうことがある。ゆえに課題曲も設定されるのだ。特に
予選では課題曲が重要視されているという」
さすが雷電だ。
「ちなみに去年のラブライブの課題曲はこれだ」
106: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:00:28.75 ID:iR4Hhd9+o
そう言って雷電はCDを取り出した。
相変わらず準備のいい男だ。優秀すぎる。
「あ、この曲聞いたことある!」穂乃果は言った。
「有名な曲ですよね」
「そりゃ課題曲つうくらいだから有名だろうな」
播磨は言った。
「とりあえず、新入生歓迎行事のこれでいこう。まずは基本が重要だ」
雷電はそう提案した。
「確かにそうかもしれませんね」
海未もそれに同調した。
「ちょっと残念かも」
穂乃果は少し残念そうだ。
「自分の足元を見ようよ穂乃果ちゃん」
ことりは言った。
夢見がちな外見に反してことりは意外と現実的な思考の持ち主なのかもしれない。
「とにかく、皆はこの曲を完全に覚えるまで聞き続けましょう。それぞれ、携帯や
ポータブル携帯プレイヤーにダウンロードして時間が許す限り聞いてください。
それこそ曲が身体に染み付くほど」
海未は言った。
107: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:00:57.56 ID:iR4Hhd9+o
「えー? ちょっと厳しくない? 海未ちゃん」
穂乃果は不満そうに言う。
「油断は禁物です。誰もが知っている曲だからこそ、十分に理解しておかなければ、
粗が目立ってしまいますからね」
「海未の言うとおりだ。歌詞だけでなく、リズムも身に着けて欲しい」
雷電もそれに続いた。
「というか、雷電って結構音楽やダンスに詳しいんだな。意外だったぜ」
播磨はふとそう言ってみた。
「ん? ああ。海未が好きだからな。それに影響されてしまった」
「ちょっと雷電!」
「なるほどな。はいはい、わかったわかった」
ある程度察した播磨は話を打ち切る。
「何々? どういうこと」
穂乃果はよく理解していないようだ。
「ことりも詳しく聞きたいなあ」
ことりの場合はわざと天然を装っているように見える。
「そ、そんなことよりも練習です。まずは基礎のステップの練習をします! 曲の練習
はそれからです!」
「ええ? でも時間が無いんじゃないの?」
「ですから練習です。課題曲は家でもちゃんと聞いてくださいよ」
時間や場所に制約のある中、彼女たちの練習は続く。
*
108: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:02:04.10 ID:iR4Hhd9+o
春休みの学校内は人もまばらで静かだ。
しかし、新生スクールアイドルμ’sの練習は連日続けられていた。
ダンスと歌唱の指導は海未と雷電がやっている。
ステージに上がるのは穂乃果、ことし、そして海未の三人であることが決まっている。
そんな中播磨は、
(あれ? 俺ってあんまりやることなくね?)
ふと気づいてしまった。
(何やりゃいいんだろうな)
部活申請のために副部長に就任した播磨であったが(ちなみに部長は穂乃果)、
特に歌唱やダンスに自信があるわけでもない。
楽器は多少できるけど、作曲ができるわけでもないし。
(作曲? 作曲かな。いや、しかし)
自分の在り方に迷う播磨。
熱気に包まれた練習用の空き教室の中で、播磨は一人孤独を抱えていた。
それはまるで会社の窓際族のように。
「ちょっと飲み物買ってくるぜ」
「ああ」
繰り返しの練習も見飽きた播磨は、雷電にそう言うと教室を出た。
飲み物は学校の購買近くにある自動販売機で売っている。
だがすぐに行って帰ってきても何だかつまらないので、とりあえず彼は学校内を
歩いて時間を潰すことにした。
*
109: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:03:04.46 ID:iR4Hhd9+o
スピーカーから響く音楽が段々と遠ざかっていく中、播磨は自分の行く末を考えてみた。
確かにこれまで穂乃果を支えるために色々としてきたけれど、実際にスールアイドル
は結成されたのだからこれでいいのではないか。校則では、結成時に五人いれば部活動
として認められるらしいので、ここで一人抜けたところで影響はないかもしれない。
元々面倒くさがりな播磨は、彼女たちから距離を取ることを考え始めていた。
そんな時である、ふとどこか別の教室からピアノの音が聞こえてきた。
吹奏楽部か何かが練習をしているのか。
そう思いながら、播磨はまるで光に吸い寄せられる夜の虫のごとくピアノの音の方
へ向かっていった。
そして教室の前に立つ。
第三音楽室だ。
この学校には元々「音楽科」というあったものの、生徒数減少の影響で今は廃止され、
普通科だけの学校になっている。しかし、音楽科があった頃の名残りでこうして音楽
練習用の教室が多く残されているわけだ。穂乃果たちが練習場所を確保できたのも、
今はなき音楽科の「遺産」によるところ大きい。
それはともかく、播磨は教室の中を覗き込む。
するとそこには見覚えのない少女がピアノを弾いていた。
髪はセミロングで、よく見ると制服ではなく私服を着ている。
新任の音楽教師か?
110: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:03:49.73 ID:iR4Hhd9+o
いや、違う。
教師にしては顔が幼すぎる。
だとしたら何者だ。
そんなことを思いながら教室の中を見ていると、
「誰?」
不意に少女が演奏を止め、教室の外を見た。
見つかったか。
播磨は観念したように教室のドアを開け、中に入った。
「ああ、演奏の邪魔をしてすまんな。俺はこの学校の生徒だ。見かけない顔がいたんで
少し気になってさ。私服だしよ」
「ごめんなさい。一応許可は取ってあるんですけど」
「ん? ここの生徒か」
「あ、はい。いえ、正確には来月からここの生徒になります」
「つうことは、新入生か」
「はい」
「新入生がなんでこんなところでピアノを」
「ここにはいいピアノがあると聞いたものですから。スタインウェイのある学校って、
あんまりなくて」
「スタインウェイってなんだ?」
「ピアノのメーカーです。かなりいい奴ですよ、これ」
そう言って少女はピアノを撫でる。
111: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:04:45.09 ID:iR4Hhd9+o
ピアノ素人の播磨には、楽器の良し悪しはわからない。
だが彼女が言うんだから多分いいやつなのだろう。
「ふうん。まあ、新入生が入学前の学校でピアノを弾くなんて、今まで聞いたこと
ないけどなあ」
「そうですね」
「ためしに何か弾いてくんねェか」
そう言うと播磨は近くにあった椅子を引き寄せてそれに座った。
「ええ!?」
「いやな、ここ最近同じ楽曲ばっかり何回も何回も聞かされてちょっと食傷気味
なんだ。ちょっと別の曲も聞きたくてな」
「同じ曲って、あの上の階で聞こえている」
「ん? そうだが。興味あるか?」
「いえ、別に」
「何か弾いてくれよ」
「……わかりました。何が聞きたいですか?」
「リクエスト聞いてくれんのか」
「できるものなら」
「そんじゃ、ショパンのスケルツォ第二番を」
「そんな難しい曲弾けるわけないじゃない!」
「ハハッ、悪い悪い。そんじゃ、お前ェの好きな曲でいいぜ」
「私の好きな曲、ですか」
112: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:05:43.97 ID:iR4Hhd9+o
少女は少し考えてから、指を動かす。
水が跳ねるような高音が躍る。
「こいつは」
「ラ・カンパネラです」
曲を弾きながら少女は言った。
「聞いたことあるな」
「……」
少女は演奏に集中し始める。
段々と曲の中に吸い込まれていくようだ。播磨にピアノの上手い下手はよくわからない。
ただ、嫌いな音ではないと思った。
数分の演奏が終わる。
パンパンと播磨は拍手をした。
「上手かったよ」
まるで料理を食べたかのように播磨は言う。
ポップな曲を聞き飽きていた播磨の頭には、甘い物を食べた後に辛いものを食べた
ような感覚だ。
「また聞きにきていいか」
「え? いいですけど」
気の強そうな外見に反して、わりと素直であった。
「また弾きに来いよ」
113: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:06:13.94 ID:iR4Hhd9+o
「……はい」
ちょっと釣り目で気の強そうなセミロングの髪の少女。
「あの」
不意に少女が立ち上がる。
「どうした」
「私、西木野、西木野真姫っていいます。先輩のお名前は」
「播磨、播磨拳児だ」
「ハリマ、ケンジ」
「じゃあの」
彼女の曲を聞いた播磨は、ふとあることを考えた。
*
穂乃果たちが練習している教室に戻ると、音楽が止まっていた。どうやら休憩を
しているらしい。
しかしそれ以上に気になったのは、教室の前に怪しい人影があることだ。
どうやら中の様子をうかがっているようである。
114: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:07:05.69 ID:iR4Hhd9+o
西木野真姫と違って、普通に音ノ木坂の制服を着ているので、この学校の生徒だと
いうことはわかる。しかし、どこかで見たことのある髪型。特にツインテール。
「お前ェ……」
「はっ!」
播磨が声をかけるとツインテールは驚いたようにこちらを見た。
随分熱心に覗いていたようだ。
童顔だがリボンの色が希たちと同じなので上級生とわかる。
「お前ェ確か、秋葉原にいた」
「あの時のサングラス!」
ツインテールは言った。
「つうか、お前ェもサングラスかけてただろう。何してやがる」
あの時、サングラスとマスクをしていたが、顔の形や髪型からすぐにわかった。
しかしまさか同じ学校の生徒だとは思わなかったけれど。
「ち、違うわよ。にこは別にUTXで行われたスクールアイドルのライブになんて
見に行っていないから」
語るに落ちたとはこのことか。
「アイドルに興味あんのか? それともダンス?」
「べ、別に興味ないから。あんな素人芸。じゃあね」
「お、おい」
そう言うと、ツインテールは素早くどこかへ行ってしまった。
(ったく、何なんだ)
115: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:07:34.58 ID:iR4Hhd9+o
そんなことを思いながら播磨は教室のドアを開ける。
「あっ、播磨くん。どこ行ってたのよ」
穂乃果は責めるように言った。練習で疲れているようで、べたりと床に直接尻を
ついて座っている。
「随分時間がかかったではないか。どこまで飲み物を買ってきたのだ?」
「あっ、やべっ。忘れてた」
「何をしているのですか。穂乃果じゃあるまいし」
そう言って海未は頭をかかえる。
「海未ちゃん、それどういう意味?」
「なあ、お前ェら、ちょっと聞いてくれねェか」
そんな彼女たちに播磨は呼びかけた。
「なんですか?」
と、ことり。
「俺よ、その……」
「……」
「作曲、してみようかと思う」
「ええ?」
全員が驚いた。
無理もない。播磨と作曲。まったく結びつかない組み合わせだ。
「作詞ではなく作曲ですか?」
海未は聞いた。
116: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/04(木) 18:08:16.29 ID:iR4Hhd9+o
「ああ」
「でも楽器とかは……」
と、ことりが言うと、
「そういえば播磨くん、ギターを弾けたよね」
穂乃果は言った。
「まあな。別に楽器ができりゃあ作曲ができるわけじゃあねェけどよ」
「なるほどな。どういう風の吹き回しだ」
雷電が腕組みをしながら聞く。
「俺にも何かできることがあるかと思ってよ。そんで」
「それだけですか?」
海未は呆れたように言う。
「播磨くんは頑張ってると思うけどなあ」
と、穂乃果。
「きっとハリくんなりに、何か新しいことに挑戦したいと思っているんだよ」
ことりが笑顔でそう言った。
「別にそういうわけじゃねェし、本当にできるかもわかんねェけど」
「わかった。できるだけ我々も協力しよう」
と、雷電。
「まあ、協力すんのは俺のほうなんだけどな。もう一回飲み物買ってくる」
そう言うと播磨は練習場の教室を出る。
(やっぱ言うんじゃなかったか)
少し恥ずかしがりながら、播磨は自動販売機へと向かった。
つづく
118: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 19:56:39.76 ID:cvTK6/Euo
《わしが 音ノ木坂学院理事長 江田島平八でえええある!!!! 以上!!》
入学式は、まあ普通に執り行われた。
江田島理事長に比べて、生徒会長絢瀬絵里の挨拶はきわめて丁寧なものであったこと
が非常に印象深い。
それはともかく、音ノ木坂学院スクールアイドルμ’sには新入生歓迎のための
ライブという大仕事があった。
μ’sが校内で認められるか、新入部員が出るかどうか。
そして何より初ライブ。
色々大切な要素を含んだライブだ。
ただ、初ライブなだけにトラブルも尽きない。
「どういうことですかこれは!」
練習場に海未の怒号が響く。
「え? 舞台衣装だけど?」
ことりが持ってきた舞台衣装に対して海未は文句があるようだ。
「と、当初の予定よりも布の面積が狭いじゃないですか! は、ハレンチな!」
つまりスカートが短いと。
「ええ? でも海未ちゃんが一番似合うと思うよ。スタイルもいいし」
舞台衣装に着替えた穂乃果はやる気満々といったところだろうか。
「は、恥ずかしいでしょうが!」
「人前に出るのに恥ずかしいもクソもないだろう。さっさと着替えてこいよ!」
119: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 19:57:05.54 ID:cvTK6/Euo
播磨はイライラしながら言った。今更ゴネられても不味い。本番はもう明日なのだ。
「播磨くんにはわからないんですよ! この恥ずかしさが」
「こんなん、他のA-RISEとかの衣装と変わらねェじゃんかよ。むしろA-RISEよりも
いいぜ」
「でも、でも」
「おい、雷電からも何か言ってやれ」
さっきからずっと黙っている雷電に播磨は声をかけた。
「……」
「雷電?」
「……海未」
「はい」
「似合うと思うぞ」
「……わかりました」
そう言うと、海未は更衣室に使っている別の教室に、衣装を持って歩いて行った。
(雷電の言うことなら聞くんだな)
海未の気持ちとライブの成功。この二つの間で複雑な思いを抱える雷電の横顔を
見ながら播磨は思った。
(絶対に成功させてやろう)
と。
120: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 19:57:33.33 ID:cvTK6/Euo
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第七話 はじまり
121: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 19:58:31.03 ID:cvTK6/Euo
μ’sの初ライブは、スクールアイドルらしく学校行事からはじまった。
だが学校行事とはいえ参加は自由。
どれだけの人が集まるかわからない。
午後四時過ぎに体育館で行われるのが彼女たちのライブだ。
ちょうど良い時間は吹奏楽部など、別の部活動に取られてしまったため、仕方ないと
いえば仕方ないのだが。
「うう、緊張してきた……」
ライブ当日。舞台衣装に着替えた穂乃果が振るえていた。海未も顔が青ざめている。
「確かにはじめてだからねえ。緊張するよねえ」
言葉とは裏腹に、ことりはそこまで緊張しているようには見えない。やはりミナリンスキー
で秋葉原ナンバーワンメイドを経験したからなのだろうか。
「客は、あんまり入ってねェなあ」
舞台袖の小さな窓から客席を見る。
人はまばらであり、とても満員にはなりそうもない。
「すまんのう播磨。こっちも色々宣伝してみたんじゃが」
そう言ったのは、μ’sのホームページデザインを担当してくれた松尾鯛雄である。
「いかんせん、年度末の結成だし、知名度が低いからな」
同じくホームページの製作を担当した田沢が言った。
122: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 19:59:10.00 ID:cvTK6/Euo
「いや、今の俺たちにはこれで十分さ。例え観客が一人だろうが百人だろうが、
いつもと同じパフォーマンスをする。そうだろう?」
「そうですね」
海未は答えた。
「え? 何? 聞いてなかった」
だが穂乃果はそれどころではなかったようだ。
「高坂」
そう言うと、播磨は穂乃果の前に立ち頬を引っ張る。
「はにふるの」
頬を掴まれた穂乃果は上手く喋れない。
「いつまで青い顔してんだ。観客の前では笑顔だぜ。お前ェはアイドルなんだからよ」
そう言って手を放す。
「私は、アイドル……」
「そうだ」
「そうだね。うん、ありがとう。なんかちょっと楽になった気がするよ」
「海未も大丈夫か」
雷電も海未に声をかける。
「大丈夫よ。覚悟は決まったわ」
そういいつつ、脚の当たりを気にしている海未。やはりまだ恥ずかしいようだ。
しかし幕が開けばそうも言っていられないだろう。
123: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 19:59:38.56 ID:cvTK6/Euo
「松尾、田沢、音響と照明は頼んだ」
「了解じゃ」
「雷電、撮影のほう頼むぞ」
「わかってる」
「高坂、南、園田。失敗とかは気にすんな。思いっきりやってこい」
「はい!」
「はーい」
「わかってます」
三人は元気に返事をした。
「ねえ、円陣とか組まないの?」
ふと、穂乃果はそう提案する。
「ん?」
「そうじゃのう。一度やってみたかったしのう」
松尾は言った。
確かに、ライブとかではスタッフが円陣を組んだりしている映像を見たことがある。
「んじゃやるか」
穂乃果の提案により、関係者全員が手をつなぐ。
「かけ声は何にしたらいいのかな、播磨くん」
穂乃果は聞いた。
「んなもんお前ェが決めろ」
124: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:00:06.05 ID:cvTK6/Euo
「ええ?」
「早くしろ。時間がない」
「わかったよ。じゃあ、μ’sファイト―、オー、で行こう」
「何と戦うんだ」
「いいの! いくよ」
「……」
「μ’sファイト―!」
「オオー!!!!」
こうして、μ’sの初ライブが始まった。
実の所、一番緊張していたのは播磨自身だ。
先ほどから膝の震えが止まらない。
幕が上がる。
広いホールにはほとんど生徒がいない。
でも、最初はこんなものだ。いつかは、大きな会場を満員にしてみせるさ。
スポットライトを浴びた穂乃果たちは、いつも以上に輝いて見えた。
*
125: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:00:36.77 ID:cvTK6/Euo
結果から言えば、μ’sの初ライブは成功したと言ってもいいかもしれない。
観客動員に関しては満足の行くものではなかったけれど、それでも見知った顔が
何人か来てくれたのは嬉しいものだ。
穂乃果たちも大きなミスもなく、ラブライブの課題曲を歌いきった。
結成からわずか一ヶ月でこれは凄いことだと播磨は思う。
協力してくれた松尾や田沢たちにも謝礼として、後日穂むらのお菓子セットを渡しておいた。
デビューライブの様子は雷電によって詳細に撮影されており、一部では反省の材料に
また一部では初めてのライブの記念として残されることになる。
「あの、先輩」
初ライブから数日後、不意に播磨は校内で女子生徒に声をかけられた。
聞き覚えはあったが、それほど聞き慣れない声に振り返ると、メガネをかけた
小柄な一年生の女子生徒であった。
「播磨先輩ですよね」
「ああ、そうだが」
どこかで見たことがあるようだが。
「かよちん、ガンバ」
後ろの方で、これまた見覚えのあるショートカットの女子生徒が両手を握ってメガネ
女子を励ましていた。
「あ、あの。私、少し前に秋葉原で助けてもらった者です」
126: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:01:21.08 ID:cvTK6/Euo
「ん? ああ」
播磨は思い出した。
確か秋葉原で不良に絡まれていた中学生らしい少女の二人組がいた。
たまたま見つけた播磨がその子たちを助けたのだ。
「私、小泉花陽と申します。ずっとお礼が言いたくて」
「そうか。別に気にしなくてもいいのによ」
「あの、本当にありがとうございます。あの時の先輩、凄くかっこよかったです」
「そ、そうか。ところで……」
「はい?」
「後ろでぴょんぴょん飛び跳ねてる奴は誰だ」
「凛は星空凛にゃ!」
ショートカットの女子生徒が言った。
「かよちんとは親友にゃ」
「お、おう……。それともう一つ聞きてェことが」
「はい?」
「何で俺の名前知ってたんだ?」
「あの、生徒会の人から教えてもらいました。何でも、アイドル部の副部長をして
いらっしゃるようで」
「ん、まあ成り行きで」
「この前のライブも見ました。素晴らしかったです。あのライブのプロデュースも
なされたんですよね」
127: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:01:56.57 ID:cvTK6/Euo
「プロデュースなんて、そんな大したことはしてねェよ。仲間を集めて色々やって
もらっただけだ。俺自身はほとんど何にもしてねェ」
「でもでも、μ’sって、結成してから一ヶ月ちょっとしか経ってないっていうじゃ
ないですか。それであのクオリティは凄いですよやっぱり」
アイドルのことになるとやたら饒舌になる花陽に少々引き気味の播磨だったけれど、
一方であのライブが十分に効果があったことがわかってホッとする。
「μ’sのほうでは部員募集してっからよ、まあ興味があったら練習、見学しにきて
くれ」
「いいんですか?」
「構わんよ。いつもの練習場所は――」
播磨は練習場所の空き教室の場所を花陽に教え、その場を離れた。
*
教室に戻ると、穂乃果が手を振って播磨を呼んでいた。
「この前のライブ、かなり評判よかったよ。見ていた人は少なかったけど、褒められる
と嬉しいものだねえ」
播磨が自分の席に座ると、穂乃果はそう言った。
128: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:02:37.68 ID:cvTK6/Euo
「あんまり調子に乗るな。あの日はたまたま上手くいったようなもんだぞ。歌唱だって
安定していなかったし、ダンスのステップもまだまだ」
「わかってるよ。でも嬉しい。新入生の子も、何人か声かけてくれたんだよ」
「そうか。そりゃよかったな」
「今回のライブが高坂たちの自信につながったのなら、それでいいんじゃないか、拳児」
そう言ったのは隣りに座る雷電であった。
「確かに、本人の自信につながるのが一番重要なのかもしれんな。園田のほうはどうだ」
「海未もほうも、多少は自信がついたみたいだ。ただ、次の衣装はもう少しスカート
を長くしてくれと言っているみたいだが」
「普段の制服のほうがスカート短い気がするがなあ」
「そうか……」
雷電と播磨が話をしていると、不意に穂乃果が思い出したように言った。
「そういえば播磨くん」
「あン?」
「作曲のほうは上手くいってる」
「う……。ライブの準備に忙しくてそっちまで手が回ってなかったな」
「A-RISEみたいにオリジナル曲、歌いたいなあ」
「オリジナルか。そうだな」
(高坂たちも頑張ったんだし、今度は俺が頑張る番か)
播磨は携帯を取り出し、とある人物にメールを送った。
*
129: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:03:16.49 ID:cvTK6/Euo
「悪い、待たせたな」
「いえ、そんな」
放課後の第三音楽室。ピアノの前で待っていたのは音ノ木坂の制服に身を包んだ
西木野真姫であった。
「随分久しぶりな気がするな」
「そうですね。先週くらいなんですけど」
「その制服、似合ってるぜ」
「え? あ……、ありがとう、ございます」
そう言って顔を背ける真姫。
よく考えたら真姫の制服姿をじっくり見るのは今日が初めてかもしれない。
「入学したばっかで忙しいところすまねェな。早速はじめていいか」
「あ、はい。かまいませんよ」
「今日は放送部からICレコーダーを借りてきた。上手く録音できりゃあいいが」
「私は前まで作ってきたところを譜面にしてきました」
「おおっ、凄ェなあ。音楽の先生みてェだ」
「いや、そんなことないですけど」
再び顔を背ける真姫。
「そ、そういえば。新入生歓迎会のライブ、よかったですよ」
「お前ェも来てたのか」
130: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:04:01.36 ID:cvTK6/Euo
「はい」
「そいつはありがてェ。そう言ってもらえれば、あいつらも喜ぶぜ」
「『あいつら』ってその、舞台に出ていた」
「ああ、そうだけど?」
「いえ、何でもないです。それより作曲を進めましょう?」
「そうだな」
西木野真姫との作曲作業はその後急ピッチで進められることになる。
しかし高校生という身分ゆえに制約も多い。
「さてと、今日はこのくらいにしとくか」
「もう終わります?」
「ああ。仲間の練習も見とかないといかんしね」
「じゃあ私、帰ってから音のデータまとめておきますね」
「おう。すまねェな」
「いいんです。音楽、好きですから」
「そうか」
作曲作業という地味な作業にも楽しげにはげむ西木野真姫の横顔を見ながら、
播磨はふと言葉が漏れた。
それは後から思えば不用意な言葉だったのだが、その時の播磨は真姫と仲良く
なったことで少し油断していたのかもしれない。
131: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:04:47.77 ID:cvTK6/Euo
「そんなに音楽好きだったら、普通科の音ノ木坂(ウチ)じゃなくて、音楽科とか
ある高校に進んだほうがよかったんじゃねェか?」
「え?」
一瞬、真姫の手が止まる。
「どうした」
「いえ。私にそんな才能……、無いですから」
「そ、そうか」
彼女の顔の動揺を見て、何か不味いことを言ってしまったかと思い焦る播磨。
(もしかして、音楽科のある学校を受験しようとして、失敗したとか、何か嫌なことが
あったのか?)
微妙な空気の中、真姫は帰り支度を整え、先に帰宅する。
「じゃあ、お先に失礼します」
「おう。気を付けてな」
「はい」
「……」
廊下に一人残された播磨は、ケースに入れたギターを持って練習場所である空き教室
に向かう。
(やれやれ、またか)
教室の前に行くと、廊下で見覚えのあるツインテールが練習場の中様子をうかがっていた。
「おいっ」
132: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:05:41.52 ID:cvTK6/Euo
「ひっ!」
ギリギリまで近づいた播磨が声をかけると、ツインテールは驚いて逃げようとする。
「待てコラ!」
そのツインテール少女の後ろエリを掴む播磨。
「毎回毎回何なんだお前ェはよ」
「べ、別に邪魔してるわけじゃないし、いいじゃない」
「スクールアイドルに興味あんのか」
「別に」
そう言うとツインテールは顔を背けた。
(ウソをつけ、興味がないならわざわざA-RISEのライブまで見に行くわけねェだろうが)
「ちょっと、はなしなさいよ」
「おお、悪い」
播磨は後ろエリから手を放した。
向かい合うと、かなり身長差があることに気が付く。
三年生なのに小さいなと、播磨は思った。
「今チビだなって思った?」
「いや、別に。そんでウチに何か用か」
「別に用なんかないわよ。たまたま通りかかったから練習を見てただけ」
「やっぱ興味あるんじゃねェか」
「う、うるさいわね」
133: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:06:24.37 ID:cvTK6/Euo
「うるせェのはお前ェだろうがチビ」
「チビって言うな。私には矢澤にこっていう立派な名前があるんだから」
「一個、二個」
「サンコン! って、違うわよ! にこよ、にこ」
割とノリは良いようだ。
調子が出てきたのか、矢澤にこは変なポーズを取って自己紹介を始めた。
「にっこにっこにー。あなたのハートににこにー。笑顔とどける矢澤にこにこ~。
にっこにーって、はがっ!」
「ああ、もういいっ。止めろ」
無性に腹が立った播磨は片手でにこの口を塞いだ。
「ちょ、ちょっと。にこの大事なお顔、汚い手で触らないでよ」
「うっせ」
「まあとにかく――」
そう言うと、にこは腰に手を当てて胸を張る。
「アンタたちのライブ、見たわよ」
「それはサンキュー」
「どういたしましてって、そうじゃなくて」
「ん?」
「ステップも全然なってないし、声も出てないじゃない。何より、キャラが生かし切れて
いないわキャラが」
134: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:07:06.17 ID:cvTK6/Euo
「は?」
「アイドルにとって一番重要なのはキャラを立てることよ。まだアンタたちは、その点
で未熟」
「技術的なことを言われても、まだ一ヶ月くらいしかやってねェし」
むしろよくもまあ、一ヶ月であそこまでできたもんだと思う。
「バカね、アイドルにとっては技術的なものは重要じゃないわ。もちろん、最低限
の技術は必須だけど」
「あいつらは、初舞台でそれなりに感覚を掴んだって言ってるし、これから生かして
いきゃいいだろう」
「何言ってるの。やってるほうが満足しても仕方ないでしょう。アイドルっていうのは、
見ている人を満足させるのが仕事なんだから」
「そうですか」
「あっ、もうこんな時間。まったく、無駄なことで引き留めないでよね」
「お前ェが勝手に覗いてたんだろうが」
「うるさいわね。それじゃ、帰るから。バイバイ」
そう言うと、矢澤にこは足早にその場から離れた。
「一体何なんだアイツは」
にこを見送った播磨は大きく息をつく。そして教室に入ろうとした時、別方向から
足音が聞こえてきた。
135: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:08:06.07 ID:cvTK6/Euo
ふと顔を上げると、やたら目立つ金髪の生徒会長、絢瀬絵里と副会長の東條希
が歩いてきていた。
「おつかれッス」
無視するのもアレなので、とりあえず播磨は挨拶してみた。
「お疲れ様播磨くん。今から帰るの?」
意外にも普通に話しかけてくる絵里。
「いや、もうちょっと練習あるんで」
「そう。そのギター、作曲をやってるって話は本当みたいね」
黒のソフトケースに入ったギターを見た絵里はそう言った。
「まあ、そうっすね」
「でも、いくらオリジナル曲を作ったところで、この前みたいなライブじゃあこの先
やっていけないわよ」
「この前のライブ、見てたんッスか」
「ええ。最後列でだけど」
「そりゃどうもッス」
「中途半端にアイドルをやるくらいなら、学校の恥になるからやめてもらえないかしら」
「が、学校の恥って。あいつらは懸命にやったんだぜ」
「そうかしら。好きなことをやって、望みが叶うほど、世の中甘くないわよ。じゃあ」
そう言うと、絵里は歩き出す。喋り方はムカツクけど、相変わらず背筋の伸びたキレイな
歩き方だと播磨は思った。
136: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:09:17.45 ID:cvTK6/Euo
不意に、後ろを歩いていた東條希が播磨に顔を近づける。
「エリチはああ言うてるけど、あれはあれで結構評価しとるんよ?」
「え?」
「ウチも一緒に見てたからな。なかなかいいステージやったって、思うとるんとちゃう
かな」
「そうッスか」
「エリチも素直やないからな」
「希! 何してるの。行くわよ」
しばらく進んだところで、振り返って絵里は言った。
「ほなな、播磨くん。練習頑張ってな」
「は、はあ。お疲れ様ッス」
希は笑顔で手を振り、そして早足で絵里に追いついて行った。
「おっと、そんなことより」
播磨は練習場の空き教室のドアを開ける。
「あ、播磨くん」
播磨の存在に真っ先に気づくのはいつも穂乃果だ。
「高坂、練習は進んでるか」
「もちろんよ。播磨くんこそ、作曲は進んでる?」
「ああ、それなりにな。今週中には何曲かあがりそうだ」
「本当に? 凄い凄い」
137: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/05(金) 20:09:57.51 ID:cvTK6/Euo
「作詞のほうはどうする。こっちも一応やるつもりだが」
「作詞は海未ちゃんにも頼もうよ」
「私?」
急な指名に驚く海未。
「園田が?」
「そういえば海未ちゃん、中学の時はノートに詩とか書いてたよねえ」
笑顔でことりは言った。
「やめてっ! 言わないでことり!」
黒歴史とか言うやつか。
「まあ何でもいい。とにかく今は、レパートリーを増やすことが先決だ」
「後は次の舞台もな」
そう言ったのは雷電である。
「確かに、場数を踏まないことには上手くはなれねェ」
「とにかく頑張るよ! 播磨くん」
そう言って穂乃果は気合を入れる。
「お、おう」
「そう言えば、廊下で誰かと話をしてたみたいだけど」
「まあちょっと先輩方とな。大した話じゃねェよ。気にすんな」
「そっか。じゃあ、明日も頑張って行こうね」
「ああ」
穂乃果の笑顔を見ながら、これからが本当のはじまりだと播磨は思った。
つづく
142: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:05:30.38 ID:WLBj1604o
播磨拳児と西木野真姫。
二人が共同で作った曲がついに完成した。
録音した曲は、真姫が家のパソコンで編集してMP3携帯プレイヤーに入れた。
「ついにできたか」
「はい、聞いてみます?」
「ああ」
「今、イヤホンしかないんですけど」
「お、おう」
「あの」
「ん?」
「一緒に、聞いてもいいですか?」
「ああ、別にかまわねェけど」
というわけで播磨が右の、真姫が左のイヤホンを耳につけて音楽を再生する。
ここ数か月、胸の中でモヤモヤと漂っていた自分の中の音楽が、今こうして
はっきりとした音になって再生されていることに播磨は感動してしまった。
それもこれも、今彼の目の前にいる西木野真姫という存在なしにはありえない。
「ここの部分、いいな。自分で言うのも何だけど」
「はい。私も好きですよ」
寄り添うように一つの音楽を聴く二人。
絵や彫刻が完成するのとはまた違う、達成感のようなものがあった。
曲を聞き終えた播磨は真姫に礼を言う。
「ありがとう、西木野。本当に世話になった」
143: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:05:57.55 ID:WLBj1604o
「いえ、そんな」
「こんな作業、俺一人じゃあ絶対無理だったからな。本当に助かったぜ」
「先輩のお役にたてて光栄です」
「今度礼をさせてくれ」
「いえ、礼なんてそんな」
「ライブにも来てくれよな」
「あ……、はい」
「ようし。コイツをコピーして皆に聞かせるぜ。ちょっと借りてていいか」
携帯プレイヤーを握りしめた播磨が言った。
「は、はい。あの、それと」
「ん?」
「メンバーの方には、私が協力したということは言わないで欲しいんですけど」
「え? なんでだよ。この曲はお前ェなしじゃあできなかった、実質お前ェが作った
ようなものじゃねェか」
「それでも、お願いします」
「何か事情があるんだな」
「……」
「まあ、わかった。でも一応、協力者がいたってことだけは伝えておくぜ」
「はい」
「よっしゃ、行くぜ」
そう言うと、播磨は勢いよく教室を出て行った。
そして一人残される真姫。
「……また、会えますよね」
誰もいない教室で、彼女はポツリとつぶやいた。
144: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:06:23.50 ID:WLBj1604o
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第八話 新 人
145: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:06:49.17 ID:WLBj1604o
「凄い、遂にできたんだね!」
穂乃果の声が練習場に響いた。
「いや、それほどでもねェよ」
「でも凄いです。あの短期間で作曲なんて」
海未も言った。
「そうじゃねェんだよ」
「どういうことですか?」
と、ことり。
「協力者がいたんだ。そいつがいなけりゃ、こんな風にちゃんとした曲にはならな
かった」
「協力者って、松尾くんや田沢くんみたいな?」
穂乃果は聞いた。
確かにあの二人にも世話になった。
「そんなところだ」
「じゃあお礼をしなくちゃだね。ウチの生徒なんでしょう? 何組の人?」
「いや、それはその」
「どうしたの?」
「なんつうか、本人の希望で名前は出してほしくないとか」
「ええ? 何それ」
「お礼は俺の方からしとくからよ」
147: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:09:17.59 ID:WLBj1604o
「ええ? 残念」
「こんないい曲が作れる才能、勿体ないな」
雷電も独り言のように言う。
「確かに」
(何で名前を伏せなきゃならんのだろうな)
播磨は気になったけれど、今はそればかり気にしている場合ではない。
「んなことより、曲も出来たことだし、予選に向けて動き出すぜ」
「そうだね! あと、新入部員も入ってくるかもしれないし」
穂乃果は言った。
「……新人か」
忘れていたけれど、確かに新入部員が入ってもらわないと不味い。スクールアイドル
も、一過性のものではなく継続的に活動していかなければ意味がないからだ。
*
149: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:09:58.48 ID:WLBj1604o
翌日の昼休み。意外な人物が播磨のもとを訪ねてきた。
見覚えのあるショートカットだ。
「あの、播磨先輩いますか……」
「ん? 播磨か? おーい、播磨。面会じゃぞー!」
「あン?」
よく見ると一年生の、確か星空凛とかいう女子生徒であった。
今日は一人だ。
「何の用だ」
播磨は廊下に出て、凛と向かい合った。
数日前にあった時はもっと元気なイメージであったけれど、今日の凛は何だか元気
がない。友人と喧嘩でもしたのか。
「播磨先輩。ちょっとお願いがあるにゃ」
「お願い?」
また面倒なことになるのかな。
そう思いつつ、播磨は場所を変えた。穂乃果たちがじっと見ていたからだ。
*
150: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:10:36.17 ID:WLBj1604o
「ここならいいだろう」
いつもの中庭。困った時はよくここに来る、播磨のお気に入りの場所の一つだ。
ベンチに腰かけた播磨は凛に聞いた。
「お願いってなんだ」
「かよちんのことにゃ」
「かよちんって誰だ?」
「かよちんはかよちんにゃ。小泉花陽」
「もしかして、お前ェと一緒にいた、メガネの」
ボブカットの少女が頭に浮かぶ。
「そうにゃ。かよちんのことでお願いがあるにゃ」
「何があったんだよ」
「私とかよちんは幼馴染で、小学校のころから知り合いにゃ。それで、あの子が
アイドル好きっていうことも知っているにゃ」
「そうなのか」
「それで、凛ちゃんはかよちんにもスクールアイドルになってもらいたいと思ってる
にゃ。それだけの才能があの子にはあると思うから」
「……はあ」
「でも、その話をしたらかよちんは『自分にはそんな才能はない』って言って断るにゃ」
「……」
151: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:11:16.94 ID:WLBj1604o
「かよちんは十分かわいいと思うし、アイドルになれると思うのに、イマイチ自信が
持ててないから、スクールアイドルになろうとしないと思うにゃ」
「で、俺にどうしろと」
「先輩からスクールアイドルになってくれってお願いして欲しいにゃ」
「あン?」
「かよちんは秋葉原で先輩に助けられた時から、先輩のことを憧れていると思うから、
先輩の頼みだったら聞いてくれると思うにゃ。お願いします」
そう言うと、凛は立ち上がって頭を下げた。
「星空」
「はい」
「お前ェ、勘違いしているかもしれねェが、俺は誰かを無理に参加させるつもりはねェ」
「……でも」
「例えお前ェの友達にアイドルの才能があるとしよう。だがここはあくまで学び舎で
あって、プロダクションじゃねェんだ。自分でやろうとしねェ奴に強制することは
できねェ」
「そんな、強制とかじゃないにゃ。なんていうか、ちょっと背中を押してあげれば、
かよちんもその気になるというか」
152: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:11:57.24 ID:WLBj1604o
「その気になるのもならないのも本人次第だろうが。今、ステージに立ってる二年生
も、皆自分の意志でアイドルやってんだ。誰かに頼まれたわけでもねェ。自分のために
やってる。そうじゃないとやっていけねェと思う」
「先輩。凛にはわかるにゃ。かよちんがアイドルやりたがってること。でもそれを
言い出せないことも」
「そんなの、本人次第だろ。本当にやりたくてもやらない、そんなの普通は通じねェぞ。
やりたくないのと同じだ」
「先輩は薄情にゃ」
「何とでも言え。この先厳しい状況が続くことはわかってるんだ。そんな中途半端
な覚悟で入られても困る」
「でも……でも」
そう言うと、凛は播磨の制服を掴んだ。
「おい、バカ。掴むな」
「せっかくのチャンスなのに」
「あのな、星空。落ち着け」
「うにゅう」
「お前ェの気持ちもわからんでもない。だったらアレだ。練習の見学に来い」
「練習?」
「この前も言っただろう? アイドルってのはステージだけが全てじゃねェ。
つうか、俺もやってて初めてわかったけど、そのほとんどが練習だ」
153: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:12:25.58 ID:WLBj1604o
「……」
「見学くらいだったら別に来ても構わないぜ」
「それだけでいいにゃ?」
「その練習を見て、そのかよちんだっけ? そいつがどう思うかは勝手だ」
「わ、わかりました。それじゃあ今日の放課後、かよちんを連れて練習の見学に
来ますにゃ」
そう言うと、凛はなぜか挙手の敬礼の格好をした。
「まあそう肩に力を入れるなっての」
新人は欲しい。でも覚悟無く来てもらうのも困る。それは播磨の偽らざる思いで
あった。
*
「きょ、今日はお願いします」
「お願いしますにゃ」
その日の放課後、星空凛と小泉花陽の二人が練習の見学に現れた。
「ま、ゆっくり見てくれや」
その相手をするのは播磨の役目だ。
「見られてると思うと、緊張するなあ」
そう言ったのは穂乃果だ。
154: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:13:01.55 ID:WLBj1604o
「お前ェらはいつも通り練習すりゃいい。それを見せるのもいい訓練だ」
「その通りです穂乃果。アイドルはいつも見られていることを意識することが重要
だと、『世界アイドル入門』(民明書房刊)にも書いてありました」
そう言ったのは練習を実質的に取り仕切る海未である。
「でも、どうして練習場ではなく、神社なんですか?」
そう、今彼女たちがいるのは、学校ではなく学校の近くにある神社である。
「んなこと決まってるだろ。これから石段登りをするからだよ」
播磨はそう説明する。
「へえ?」
神社の境内で準備体操をした後、石段登りがスタートした。
近所でも、これほどの段数を持つ階段は多くない。練習には最適だ。
「アイドルは時に何ステージもこなさないといけないことがあるからな、それを支える
ための基礎体力と足腰を鍛えるために、こうして天気のいい日は階段登りをするのさ」
「よーい、スタート!」
雷電の掛け声で一斉に階段を上りはじめる、穂乃果、海未、そしてことりの三人。
「今日は一番取っちゃうよ!」穂乃果は言った。
最初のうちは余裕の表情を見せていたほのかたちも、往復を重ねるうちに段々と
表情を無くしていく。
「はあ、はあ、はあ」
「頑張れ! まだ半分はあるぞ」
「ふあい!」
156: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:13:43.05 ID:WLBj1604o
季節は春。とはいえ、夏前のきつい紫外線が降り注ぐ。
全員汗まみれになりながら階段を上る。
だがこんなものはまだまだ序の口だ。
階段登りを終えた穂乃果たちは急いで学校に戻り、練習場でストレッチを始める。
身体が冷えないうちにストレッチを行う。
「うわあ、柔らかい」
穂乃果たちのストレッチを見て花陽はつぶやいた。
「最初からみんな、こんなに柔らかかったわけじゃねェぜ」
メンバーの中では、今の所一番身体が柔らかい。大きく脚を広げペタリとお腹を床に
つける。
「高坂なんかは、かがんで床に手を付けるのでさえ危うかったんだからな」
「もう播磨くん! それは言わないでよ」
そんな穂乃果も、今では股割りもできるくらい柔らかくなっている。
「体の柔軟性だって一朝一夕でできるもんじゃねェ。普段からの練習の繰り返しで
得られるもんだ」
「……」
「……」
単純なストレッチ。それだけでも言葉を失う二人。
更に練習は続く。
腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットなどの筋力トレーニングなどの基礎練習を
行ったあと、やっと発声練習などに入る。
158: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:15:12.17 ID:WLBj1604o
もちろんスクールアイドルには、発声だけでなくダンスなどの動きも加わる。
今回は、雷電の考えたステップの練習を覚えなければならない。
しかも新曲だ。
「基礎体力を維持しつつ、しかも覚えることも多い。こいつがスクールアイドルの
日常だ。派手なものなんて何一つない」
「……か」
不意に、花陽が声を出す。
「ん?」
「感動しました、先輩!」
「お、おう」
「私、アイドルってもっとこう、特別な人たちなのかと思ってたんです」
「んなわけねェだろ」
「でもその、やっぱり特別なことなんてないんですね」
「まあな。天才にしかできない、なんて世界じゃねェよ。もちろんそれなりの努力
は必要だと思うがな」
「わたし、やってみようと思います」
「かよちん……」
「やってみるって?」
「みなさんと、先輩たちと一緒にスクールアイドル、やりたいです!」
「かよちん!」
「……そうか」
159: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/06(土) 20:15:41.27 ID:WLBj1604o
播磨は軽く頷くと、右手を差し出した。
「よろしく。ええと……」
「こ、小泉花陽です!」
「よろしく、小泉。音ノ木坂学院アイドル部、μ’sへようこそ」
「よろしくお願いします!」
そう言うと、花陽は播磨の右手を力強く掴んだ。
「凛ちゃんもお願いするにゃ」
「ん?」
「かよちんだけじゃないにゃ。凛ちゃんも一緒にゃ」
そう言うと、凛も播磨の手を両手でつかむ。
手さぐりではじめたアイドル活動。今だってこれでいいのかよくわからないけれど、
それでも新しい仲間が加わった。
立ち止まるわけには行かない。
前に進まなければ。
つづく
161: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:10:54.53 ID:mnqOCDlBo
「みんな、歌詞が完成しましたよ」
そう言ったのは新曲の歌詞を担当した海未であった。
「マジか?」
「早いねえ!」
昼休みの教室。
海未の突然の発表に驚くメンバーたち。
「なんでそんなに早くできたんだ?」
播磨は当然の疑問を口にする。
「今までノートに書きためておいたアイデアを、繋ぎ合わせただけですけど……」
(今までそんなことしてたのか)
歌詞として生かすことが無ければ確実に黒歴史化するところだったノートが、
こうして日の目を見た。それだけでも海未にとってアイドル活動は良かったのかも
しれない。
「見せて見せて」
歌詞カードを見る穂乃果。
「とりあえず、新曲を次のライブまでに覚えておかんとな」
雷電は言った。
「次のライブってなに?」
「すでに予定は入れている」
「はい? 本当に? 播磨くん」
「ん? ああ。来月、スクールアイドルのイベントがあるでな、そこに出ようと
思う。一年生も入ったことだし、少しでも場数を踏んで行かんとな」
「やったあ! 凄いよ」
飛び上がる穂乃果。
「喜ぶのはまだ早いぞ。時間が無いんだからな」
「うん!」
新曲が完成したところで、播磨はこの曲の生みの親のことを考えた。
(あいつもいい声してたし、もしあいつが歌ったらどうなってたんだろうな)
あいつとは、言うまでもなく西木野真姫のことである。
162: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:11:21.32 ID:mnqOCDlBo
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第九話 家 族
163: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:12:12.89 ID:mnqOCDlBo
昼休みの後半。新曲の完成で喜んでいるメンバーを後目に、播磨はいつもの中庭
でベンチに座り、とある人物を待っていた。
「播磨くん」
「どうもッス」
一年年上の生徒会副会長、東條希である。
「嬉しいわ。播磨くんからお呼び出しなんて。それで、何か相談?」
「まあ、そうッスね」
希は播磨の横に座る。
(ちょっと近くないですかねえ)
希はほんのりとバニラエッセンスの香りを漂わせていた。
「あの、その……。相談なんッスけど」
「うん?」
「女の人っつうのは、どんなことをしたら喜ぶんッスかね」
「好きな人やったら、一緒におるだけも嬉しいもんよ」
「いや、そういうんじゃなくて」
「え? ウチの素直な気持ちやけど」
「いやいや、もっとこう一般的な」
「話が見えへんなあ。一から説明してくれへんと」
そう言うと更に距離を詰めてきた。
「いやだから近い近い」
164: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:12:59.30 ID:mnqOCDlBo
思わずバランスを崩す播磨。
「ウフフ。意外とウブなんやねえ」
(この女、絶対遊んでいやがる)
播磨はそう思ったが、“こういう相談”は希以外に出来そうにないので我慢する
ことにした。
改めて座り直す播磨。
「実は、μ’sの新曲を作曲したんッスけど、その作曲を手伝ってもらった人が
いるんッスよ」
「あら、そうなん」
「んで、手伝ってもらったお礼に何かしてやりてェと思ってるんですがね。男だったら
特に気にすることないんッスけど、相手が女子生徒なもんでどうしたらいいのか
わからなくて」
「それでウチに相談したってことやね」
「はい。まさか金を渡すわけにもいかんし、どうすればいいのか」
「うーん、せやったら一緒に食事にでも行ったらどない?」
「食事?」
「何かのお礼に食事をご馳走するって、よくあることやない?」
「そ、そうッスね。そういえば。だけど」
「ん?」
165: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:14:22.41 ID:mnqOCDlBo
「俺はあんま、女が喜ぶようなメシ屋を知らねェんだよなあ。ラーメン屋とか、
小汚い大衆食堂くらいしか行かねェし」
「まったく、世話のかかる後輩やねえ」
「え?」
「ウチがオススメのお店を何件か教えてあげるから、そこ行ってき」
「うおっ! 助かるッス」
「ウフフ。これは貸しにしとくからね」
希の目が怪しく光る。
「……わかりました」
何の要求をされるのだろうか。
それを考えるとちょっと怖くなる播磨なのであった。
*
166: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:15:33.52 ID:mnqOCDlBo
その後、教室を移動している時播磨は真姫とすれ違った。
「こんにちは、先輩」
「よう。お疲れ」
彼女はいつものように挨拶をしてくれた。
つり目で気が強そうな外見をしているけれど、決して悪い子ではないことは播磨が
よく知っているつもりだ。むしろお節介なくらい親切な少女である。
「今の一年と知り合いのか? 拳児」
隣にいた雷電が聞いてきた。
「お、おう。ちょっとな」
「確か西木野真姫だったかな」
「え? 知っているのか雷電!」
「ああ、聞いたことがある」
今更ながら雷電の情報力に驚く播磨。
「確か都内にある医療法人錦会病院院長の一人娘だとか言ってたな」
「錦会病院って、結構でかい病院だぞ」
播磨も聞いたことがある名前だ。
(まずいな。結構いいところのお嬢さんだな。簡単に誘って大丈夫なのか)
播磨は少しずつ不安になってきた。
*
167: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:16:20.78 ID:mnqOCDlBo
「畜生……」
その夜、播磨は携帯電話を睨みながら悩む。
穂乃果や雷電相手なら、こんなに悩むこともないのだが相手はお嬢様だ。
(くそっ、んなこと気にしてどうすんだよ。ちっと礼をするだけじゃねェか)
播磨は勇気を振り絞り、電話をかける。
呼び出し音が鳴り、相手が出た。
『……はい』
やや不安そうな声。
だが間違いなく真姫の声だ。
「もしもし、西木野か? 播磨だけど」
『ど、どうされたんですか? 播磨先輩。電話で』
「ん? ああ」
真姫と連絡を取る際は、いつもメールを使っていたのだ。こうして電話をかけたの
は初めてかもしれない。
「そのよ、明日の土曜日なんだけどよ。夕方時間あるか?」
『夕方ですか?』
「まあ、だいたい六時ごろかな」
『あると、思いますけど。また作曲の話ですか?』
「ああいや、そうじゃねェんだ。もちろんそれも関係あるんだけだよ」
『え? どういうことです』
168: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:16:55.73 ID:mnqOCDlBo
「その、作曲を手伝ってくれたお礼によ、メシでも一緒にどうかなと思って」
『そ、そんな。気にしなくていいのに!』
「いや、世話になりっぱなしじゃあ俺の気が済まねェ。だから、ちっと付き合って
もらえねェか」
『……』
「嫌か。無理にとは言わんけど」
『いえ、全然嫌じゃないです。むしろ私なんかにそんな、気を使ってもらわなくても!』
「気使うとかじゃなくてよ、その俺の気がすまねェってだけだ。他意はねェ」
『あの……、わかりました』
「そうか。すまねェな。昼間はμ’sの練習があるから、夕方になっちまうけど」
『練習、ですか』
「ああ、次のステージも近いからな」
『とりあえず、待ち合わせ場所を決めようぜ。生徒会の副会長さんにいい店を紹介して
もらったんでよ』
「は、はい」
*
169: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:17:21.80 ID:mnqOCDlBo
西木野真姫の部屋――
真姫は先ほどから天井を見つめながら呼吸が収まるのを待っていた。
(そんなつもりじゃあ無かったのにな)
思わぬ人物からの思わぬ誘いに戸惑っていた。
(どうしよう、男の人と食事に行くなんて初めて……! でも播磨先輩は女の人に
慣れてるんだろうな。スクールアイドルをプロデュースするくらいだし)
真姫は顔を両手でおおってベッドの上をゴロゴロと転がった。
(んああ。なんか改まって誘われると凄く恥ずかしい。ど、どうしよう)
「はっ!」
急に起き上がる真姫。
「ま、眉毛とか大丈夫かな。肌とか荒れてないかな」
鏡を取り出して自分の顔を確認する真姫。
(ああ、今からじゃあ美容院とかも間に合わないし。明日朝一で予約入れようかな)
播磨からの誘いに、完全にテンパっていた。
*
170: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:18:04.29 ID:mnqOCDlBo
翌日――
「はい、今日の練習はここまで」
海未がそう言って手を叩く。
「はあ、はあ。疲れた」
「疲れたにゃあ」
新しく入った一年生二人は初めの体力作りですでにかなりのダメージを受けたらしい。
「もう、凛ちゃんも花陽ちゃんも、情けないぞ」
そう言ったのは穂乃果だった。
「お前ェだって、一か月前まではあんなだっただろうが」
「え? そうだっけ」
少し先輩というだけで、一年生と二年生との間にそれほど差はないと播磨は考えて
いる。むしろ、運動神経だけなら星空凛のほうが穂乃果よりも高いかもしれない。
ちなみにメガネが特徴的だった小泉花陽はいつの間にかコンタクトレンズにかえていた。
「日曜日はお休みにするから、しっかりと身体を休めてね」
そんな一年生達に海未は言った。
「やったにゃー。遊びに行くにゃかよちん」
「そんな元気ないよ凛ちゃん」
凛はまだまだ元気がありそうだ。
「ねえ播磨くん」
「あン?」
171: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:19:14.35 ID:mnqOCDlBo
不意に穂乃果が話しかけてきた。
「今日ウチに来ない? 実は今夜は手巻き寿司パーティーなんだよ。人が多いほうが
楽しいでしょう?」
「相変わらず二人は仲がいいな」
雷電が言った。
「そうですね」
それに海未が同意する。
「悪い高坂、今日はちょっと約束があるんだ。また今度な」
「ふえ? もしかしてアルバイト? 播磨くんまだやってたの?」
「いや、そうじゃねェんだが。まあ人と約束があってな」
「誰?」
「お前ェは知らなくていい」
「なんか怪しい」
「べ、別に怪しくねェし」
播磨は穂乃果から目を逸らす。
「ちょっとメシを食いに行くだけだ。大したことじゃねェ」
「じゃあ私も行く」
「お前ェは家で手巻きマキマキしてろ!」
「ほら穂乃果。播磨くん困ってるでしょう? 相手にも事情があるんだから」見かねた海未が止める。
「そ、そうだぞ高坂。俺にも事情があるんだ。んじゃな」
「ちょっと播磨くん」
後ろめたさが無い、と言えばウソになるが。今の時点で真姫との関係を人に言うわけ
にはいかない。
播磨はそう考えて、足早に学校を後にした。
*
172: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:20:11.25 ID:mnqOCDlBo
午後五時五十分――
(また居合わせの時間に三十分も早く来てしまった)
緊張した真姫は遅れてはいかんと思い、午後五時半にはすでに待ち合わせ場所に立っていた。
ちなみにこの日の服選びには、前日二時間かけて選んだにも関わらず、さらに二時間
三十分かけてしまったのだ。
(何を緊張してるの私。たかだかごはんを一緒に食べに行くだけじゃない。別に他意は
無いって先輩も言っていることだし。何もないのよ)
さっきからそう自分に言い聞かせているけれど胸の高鳴りがなかなか収まらない。
「おお、悪い。待たしちまったか」
「ひっ!」
「西木野?」
「あっ、ごめんなさい。わ、私も今来たところですから」
真姫は心にもないことを言う。
彼女の目の前には、制服ではない私服姿の播磨がいる。
「なんか、私服姿の先輩って新鮮ですね」
「そういや、お前ェの私服は春休みの時に見たな。今日はあの頃とだいぶ違うけどよ」
「そ、そうですか? 普段着なんですけど」
ちなみにその“普段着”を、彼女は昨日から延べ四時間三十分かけて選んだ。
「それじゃ行くか。あんま遅くなると親御さんも心配するだろうしよ」
173: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:20:51.34 ID:mnqOCDlBo
「え? はい」
きびきびと歩く播磨の後ろをついていく真姫。
親以外の男の人と一緒に歩いたことがないので、そのペースがよくわからない。
「ん? どうした」
「いえ、別に」
「歩くの、ちょっと早かったか」
「あ、はい」
「遠慮すんな。そういうのはちゃんと言ってくれよ」
「別に、遠慮なんか」
「……」
「……」
二人並んで歩く。
これはまるでデートのようだ。そう思うと真姫は大いに意識してしまう。
「すまねェなあ。俺の自己満足につきあわせちまってよ」
「そんな、自己満足なんて」
「だってよ。すげえ世話になったんだぜ。何かお礼がしたいじゃねェか。でも俺バカ
だから、こういうことくらいしかできねェんだよ」
「べ、別にあのくらい大したことはしてませんよ」
「ははっ、お前ェすげえなあ」
「……凄くないですよ」
ぎこちない会話を交わしながら二人は歩く。
174: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:21:24.02 ID:mnqOCDlBo
しばらく歩いたところで、小さな洋食屋が見えた。
「予約してた播磨だけどよ」
「お待ちしてました」
(へえ、こんなお店があったんだ)
外から見ると小さいけれど、中は思ったよりも広く、何より雰囲気が良かった。
「いいお店ですね」
「先輩から教えてもらった。俺はこんなんだからあんま、女が喜ぶような店とか知らねェ
からよ」
「そうなんですか?」
「ああ」
「普段はどんな店に」
「普段? そりゃ、ラーメン屋とか大衆食堂みてェな」
「そっちの方がよかったかも」
「え?」
「私、行ったことないんで」
「え、ラーメン屋とか牛丼屋も?」
「そうですよ?」
「本当か?」
「え……、はい」
「お嬢様ってのは本当だったんだな」
175: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:22:01.70 ID:mnqOCDlBo
播磨は小声でブツブツとつぶやく。
「え、何ですか?」
「ああいや、何でもねェ」
「いらっしゃいませ。メニューをどうぞ」
ウェイターがそう言って二人にメニューを渡す。
*
食事はとても和やかな雰囲気で進んだ。
こんな風に落ち着いてメシを食うのも久しぶりかもな。
播磨が行くような店では、大抵店内が騒がしく、急いで食べないといけないような
場所ばかりだ。
(でも高ェ……)
高級フランス料理店などにくらべればはるかに良心的な値段の店ではあるけれど、
それでも高校生である播磨にとっては大きな出費であった。ただでさえ、最近は
アイドル活動の支援でアルバイトができないわけだから。
「あの、半分出しましょうか?」
会計の際、真姫は気を使って財布を取り出した。
176: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:23:07.70 ID:mnqOCDlBo
なんだか高級そうな財布。
「いや、誘ったのは俺だから、俺が全部払うよ」
食後のコーヒーも含めて総額三千四百八十円。決して高くはないが、今の播磨に
とってはかなりキツイ金額だ。
来週からの昼食は卵サンドではなくパンの耳になるかもしれない。
そう思いつつ、播磨は会計を済まし、真姫と店を出た。
店を出るころには外はすっかり暗くなっていた。
「済まねェな。遅くまで引きとめちまってよ」
「いえ、大丈夫ですよ。子供じゃないんだし」
「そうか」
外の風は、ちょっと冷たかった。
「そういや、前から気になってたんだけどよ」
「はい?」
「何でお前ェ、学校でピアノ弾いてたんだ? 聞くところによると、お前ェの家って
金持ちみたいじゃねェか」
「そんな、お金持ちって」
「いや、別にいやらしい意味じゃねェんだ。ただ、家にもピアノがあるんじゃねェかな
あと思ってよ。わざわざ学校で弾かなくても……」
「そうですよね。まだ入学もしていないのに、学校でピアノを弾かせてもらうって、
やっぱり変ですよね。それも音楽科でもない普通科の生徒が」
177: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:23:51.21 ID:mnqOCDlBo
「……ん」
やはり悪いことを聞いちまったかな、と思う播磨。
しかしそんな播磨を気遣うように、真姫は話はじめた。
「先輩の思った通り、理由はあるんです。確かにウチにもピアノはありますよ。
でも、家出は弾き辛くて」
「隣りの人が苦情を言うとか?」
「い、いえ。一軒家なんで、苦情が来たことはありませんね」
「そうか。じゃあ、どうして」
「私の親って、病院で院長をやっているんです」
「そうか」
(雷電から聞いたことがある、というのは黙っておこう)
播磨はそう思った。
「それで、ウチは子供が私一人しかいないから、私が家業を継ぐことなっちゃって」
「つうことは」
「はい、親からは医学部に行くよう言われています」
「……」
「昔はそんなことはなかったんですよね。女の子の嗜みとして、音楽だけでなく、
お花や踊りなんかも習ってて、その中でもピアノが一番好きで、毎日のように
弾いてました」
「そうか。だからあんなに上手かったんだな」
178: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:24:42.69 ID:mnqOCDlBo
「でも中学校に上がったころから、ウチにはもう弟も妹も生まれそうにないってわかって、
まあ、母親の年齢の問題ですね。それで、必然的に私が家のために医者になることが
決まったわけです」
「…………」
「だからウチの親は、音楽よりも勉強するように言うようになったんです。特に私の
お父さんは、私がピアノを弾くのをあまり良く思わなくて。昔はそうでもなかったんで
すけど」
「だからあんなにピアノ上手かったのに、音楽科じゃなく普通科に」
「私より上手な人なんてたくさんいますよ。ピアノではね」
「だけど、作曲は」
「え?」
「作曲は良かったぜ」
「あれは、先輩がイメージを伝えてくれたんで」
「実は、音楽は私にとって一種の逃避でした」
「逃避?」
「はい。親から医学部に入るために勉強しろっていうプレッシャーからの逃避。
医師になることにそれほど抵抗は……、ないんですけど、やっぱり好きなこと
もしたいから」
「……」
「だから、先輩と一緒に作曲をしていた時は楽しかったです」
179: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:25:09.45 ID:mnqOCDlBo
「へ?」
「人と一緒に何かを作るって、なかなかできないじゃないですか。先輩の役に立てる、
人の役に立つために私の音楽がある。自分の好きなことが人の役に立つなんて、
こんなに嬉しいことはありませんよ」
「西木野、お前ェ。いい奴だな」
「そんな……。身勝手なだけです」
「……」
「……」
*
その後、しばらくの間二人は無言で歩いた。
しかし、その無言は重苦しいものではなく、むしろ心地よい無言であったと思う。
夜の音を聞きながら、真姫はもう少しだけ一緒にいたいと思った。
けれども終わりはやってくる。
「もうすぐウチです。送ってくれてありがとうございます」
そう言うと、真姫は改めて播磨にお辞儀をした。
「きれいなお辞儀だな。育ちの良さってのは、こういうところで出るのかね」
180: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:25:48.28 ID:mnqOCDlBo
「べ、別に育ちの良さなんて」
「あの、いきなりで悪いんだが」
「はい?」
「一緒に、やらねェか」
「な、何を」
「アイドル」
「はい?」
「その、お前ェの音楽を、もっとたくさんの人に伝えたいっていうんだったらよ、
俺たちとμ’sで活動したらいいんじゃねェかって、考えちまって」
「それは……」
「すまねェ。勝手な思いつきだ」
「そんなに簡単に言わないでください」
「ああ、悪かった」
「もし言うんだったら、本気で言ってください」
「は?」
「私が必要だって」
「……わかった。西木野真姫、お前ェが欲しい」
「……!」
播磨の一言に真姫の心拍数は一気に高まる。
別に“そう言う意味”ではないことはわかる。でも、滅茶苦茶嬉しい。
「責任、取ってくださいね」
「ああ、任せとけ。医学部を目指すインテリ系アイドルも悪くねェだろ」
「なんですか、それ」
そう言って真姫は笑った。
*
181: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/07(日) 21:26:17.95 ID:mnqOCDlBo
「というわけで、新しい仲間だ」
月曜日、播磨はμ’sのメンバーに西木野真姫を紹介する。
「西木野真姫です。よろしくお願いします」
「ほえ?」
「西木野さん!?」
一年生グループは驚いていた。
「今まで黙っていたけど、作曲を手伝ってくれてたのは彼女なんだ」
「何でそんな大事なことを」
穂乃果や海未も驚いていた。
「よろしくね真姫ちゃん」
ことりは相変わらずマイペースだった。
「むぅ……、播磨の協力者が西木野真姫であったとは」
腕組みをして顔をしかめる雷電。
(修行が足りねェぜ雷電)
それを見て播磨はほくそ笑んだ。
こうして、西木野真姫は三人目の新メンバーとして加わった。
だが、新たなメンバーは彼女だけではなかったのである。
つづく
185: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:10:24.56 ID:03bClRGKo
昼休み。いつもの中庭いつものベンチ。
播磨はそのベンチのやや右寄りに座る。
そして左寄りに座るのは、生徒会副会長東條希だ。
「先日は、お世話になりました」
播磨は少し低い声で言った。
「あら、意外と律儀なんやね」
希は微笑みながら言った。
「筋を通すのが俺の主義なんで」
「そっか、でもさすがやわ。あの西木野真姫を仲間に引き入れるなんて」
「知ってるんッスか?」
「大病院のご令嬢よ。知らないわけがないじゃない」
確かに、雷電も知っているくらいだからそれだけ有名なんだろう。
「ちょっと気難しくて、同世代とはあまりお話をしていなかったみたいやけど、
どうやって仲良くなったんかな」
「まあ、偶然ッス」
「そう。まあ、真姫ちゃんの話はこれくらいにして」
「……」
「ウチの頼み、聞いてくれるかな?」
「お金以外のことなら何でも」
「別にお金は取らへんよ。それじゃあ今度の日曜日、秋葉原にこれを買ってきて
くれへん?」
そう言うと、希は封筒を手渡す。
「なんッスか、これ」
「開けてみて」
186: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:10:50.76 ID:03bClRGKo
「ん」
言われるままに、中を開けると、そこには紙に書かれたリストのようなものが
書いてあった。
「こいつは……」
「同人誌のリスト。これを全部買って来て欲しいの」
「……はあ?」
「お願いね。お金も渡すわ」
「ちょっと待ってくれ先輩」
「なんや?」
「何で俺が同人誌を買わにゃならんのか」
「うーん、カードの思し召しかな?」
そう言うと、希はポケットからタロットカードを取り出す。
「何か他にやることあるでしょう」
「ウチ、こう見えてなかなか忙しいんやで。それに、ウチのおかげで真姫ちゃんが
仲間になったと思うたら、安いもんやろ?」
「ぐぬぬ。しかし……」
ふっと、希が顔を近づけ耳元でささやく。
「頼むで、播磨くん」
「……わかりました」
副会長には借りがあるので、無碍にはできない。
こうして次の日曜日、播磨は同人誌を買いに秋葉原に行くことになった。
187: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:11:17.76 ID:03bClRGKo
ラブ・ランブル
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第十話 笑 顔
188: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:11:45.93 ID:03bClRGKo
秋葉原。相変わらず人が多い。それも日曜日となれば当然かもしれない。
播磨は、希から預かった同人誌のリストと実弾(現金のこと)を持って、
秋葉原の同人誌ショップを巡った。
なぜか一店舗では全部買えなくて、実に面倒くさい。
午後三時前には帰れると思っていたのだが、思ったよりも遅くなってしまった。
「はあ、やっと買い終わったぜ」
リストをチェックしながら播磨は溜息をつく。
ベテランの同人誌ハンターなら、小一時間で済むようなことだろうけれど、
素人の播磨にはかなり難しい仕事であった。
おやつ代わりにうどんでも食って帰るか、そう思ったその時。
また嫌な予感がした。
「いやっ」
播磨のお節介センサーが反応する。
(今の声、中学生? いや、もっと幼いな)
播磨は声のした方向に向かって走った。
かなり薄暗い路地だ。見るからに危なそうな場所であることはわかった。
*
189: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:12:43.16 ID:03bClRGKo
「へっへっへ。お嬢ちゃん。こんな所で何をしてるんだい?」
「お兄さんたちと遊ばないかい?」
見るからに気色の悪い二人組が背の低い少女を囲んでいる。
一人はチェック柄のシャツをジーンズの中に入れてバンダナを撒いている痩せ型の男。
もう一人はデブだ。髪の毛の頭頂部がやや薄い。
「も、申し訳ございませんが、わたくしはお姉さまを探さなければいけませんので」
少女は、やけに礼儀正しい喋り方をしている。どこかの家のご令嬢か。
それにしても背が小さく声も幼いので、かなり小さい子なのだろう。
「だったら僕たちが一緒に探してあげるよ。ぐへへ」
こいつはヤバいな。
播磨は本能的に悟る。
あの二人は、いわゆるロリコンという種類の人間であろう。
だとしたら少女が危ない。
「テメェーら! 何やってる!」
ドスを効かせた声で播磨が叫ぶ。
「ひいいい!!」
「べ、別に何もしてましぇええん。イエスロリータノータッチ!」
「本当だろうな」
「いやあああ!!」
190: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:13:20.12 ID:03bClRGKo
ロリコン(推定)の二人組は播磨の凄みに恐れをなし、早々に走り去って行った。
「ったく、何て連中だ」
後ろ暗いところが無けりゃ、逃げることもないだろうに。
そう思いつつ、播磨は目の前にいる少女を見る。
「なっ!」
その少女の顔を見て思わず驚きの声を出してしまった。
「矢澤にこ!?」
目の前にいる小さな少女は、矢澤にこそのものと言っていいほどそっくりであった。
しかし、サイズは更に小さく、髪の毛も左側だけを縛っている。
「ほえ? お姉さまをご存じなんですか」
にこそっくりの少女は言った。
「お姉さまって、もしかしてお前ェ矢澤の妹か何かか」
「はい、わたくし、矢澤にこの妹の矢澤ココロと申します」
「あ、ああ。播磨拳児だ。矢澤とは同じ学校に通ってる」
「ハリマケンジ? あ、お姉さまから聞いたことがあります」
「何?」
「確か播磨さんはお姉さまのファンクラブ代表の方ですよね」
「ファン……、クラブ?」
「凄く熱心に応援してくれていると聞いております。いつもありがとうございます」
そう言うと矢澤こころは深々と頭を下げた。
191: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:13:49.07 ID:03bClRGKo
「ああ! こころ! こんな所にいたのね!」
不意に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「はい。危ないところでしたが、この方が助けてくださいました」
「ゲッ、アンタ!」
播磨の顔を見てにこはたたらを踏んで立ち止まった。
「どうも、ファン代表の播磨拳児です」
「……」
「事情を聞かせてもらおうか」
「うう」
「おねーちゃん、この人誰?」
「誰?」
にこの両隣には、これまたにこにそっくりな男の子と女の子が立っていた。
*
192: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:14:17.95 ID:03bClRGKo
近くの公園。播磨はにこと同じベンチに座り、事情を聞いていた。
公園では、にこの妹のココロが、下の二人の妹ココアと弟の虎太郎の相手をしている。
「秋葉原にあんな小さい子供を三人も連れて行くなんて、危なすぎんだろう。
現にさっき怪しい奴らに声をかけられてたぞ」
「それについては申し訳ない。親が仕事で出かけていて、あの子たちだけで留守番
させるわけにもいかなくて。どうしても欲しかったアイドルの限定グッズがあったのよ」
「今日じゃなくてもいいだろう」
「今日じゃなきゃダメなのよ! 購入特典とかもあったし」
「ああそうかい。それともう一つ」
「ギクッ」
「俺がファンクラブ代表ってどういうことだ」
「……まあ、言葉のあやというか、当たらずとも遠からずでしょ?」
「全然当たってねェよ! かすりもしてねェ!」
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃない」
「つうか、俺とお前ェは学校では何の関係もないじゃねェか」
「ま、まあそうだけど……」
「とりあえず、終わっちまったことを言っても仕方ねェ。次は気をつけろよ」
「はいはい」
「本当に反省してんのかよ」
193: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:14:45.94 ID:03bClRGKo
「ねえ、迷惑ついでにもう一つお願いがあるんだけど」
「何だよ」
「妹たちを連れて帰るの、手伝ってくんない?」
「はあ?」
「ほら、私商品持ってるし、三人一緒に連れて帰るのって不安なのよ。さっきも
こころが勝手にどっか行っちゃったし」
「お前ェなあ、どこまで図々しいんだよ」
「いいじゃない。夕食食べさせてあげるから」
「ん……」
ふと、うどんでも食べて帰ろうかと思っていたことを思い出す播磨。
「しかたねェ。チビどもに罪はないんだ。今回だけだぞ」
「ありがとう、播磨くん」
そう言ってにこは満面の笑みを浮かべた。
*
194: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:15:16.33 ID:03bClRGKo
帰りの電車の中で、播磨は矢澤ココロと末っ子の虎太郎の手を引いて帰ることになった。
「おじちゃん誰~?」
弟の虎太郎が播磨は言った。
「おじちゃんじゃねェ、お兄ちゃんと言え」
「お兄ちゃんはお姉ちゃんの恋人なの~?」
「ち、違うわよ虎太郎!!」
前を歩いていたにこが振り返って否定する。
「おい、ちゃんと前見て歩け」
播磨はそれを注意する。
「わかってるわよ」
「違いますわ虎太郎。この方はお姉さまの恋人ではございません。アイドルに恋は
御法度ですわよ」
播磨の右隣にいたココロがそう言った。
「じゃあなにー? お友達?」
「彼はお姉さまのファン代表ですわ」
「それも違うっつうの」
「あら、そうですの?」
ココロには悪気はないようだ。ただ、にこの言うことを純粋に信じているのだろう。
195: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:15:48.66 ID:03bClRGKo
電車に乗り、家に着くころには虎太郎は播磨の背中ですやすやと寝息を立てていた。
「助かるわ播磨くん。こういうことは、男の子じゃないとできないからねえ」
にこは楽しそうに言う。
「別にこれくらいいいけどよ」
虎太郎はそれほど大きくないので、別に負担にはならない。
「ここか……」
矢澤にこの家は大きな団地にあった。典型的な庶民の家という感じだ。
エレベーターに乗って、矢澤家の部屋に向かう。
典型的な団地のマンションであり、中は広くも無ければ狭くもない。
子供が三人もいるわりにはきれいに片付いていた。
壁にはA-RISEのポスターが貼られていた。ファンなのだろうか。
「それじゃあ、今から夕飯の支度するから、妹弟たちの面倒を見てて」
「見ててって、何すりゃいいのさ」
「バトスピやろー!」
家に着いた途端、虎太郎は起き上がった。
お昼寝も完了して元気いっぱいといった感じだ。
「ねえねえ、播磨のお兄ちゃんはお姉ちゃんのことが好きなの?」
今度はココアのほうが聞いてきた。
もう否定するのも面倒になってきた播磨。
「そういうんじゃねェの。ただ、同じ学校ってだけ」
「じゃあ片思い?」
196: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:16:16.64 ID:03bClRGKo
「だから違うつってんだろう」
「バトスピやろうよお」
「もう、虎太郎はお子様ですわねえ」
洗濯物を畳みながらココロは言った。
いつの間にかエプロンをつけたにこは、手早く鍋などを取りだし食事の準備をしている。
「随分と手馴れてるな」
「まあね、親が留守な時も多いし。そん時は私が妹や弟たちの面倒を見なきゃならないから」
「苦労してんだな。学校じゃあわかんなかったけど」
「ふん、一流のアイドルは生活の苦労など見せないものよ」
そう言いながらにこは野菜を洗う。
「ねえねえ、兄ちゃん」
「わかった、わかったから」
播磨は虎太郎やココアと遊びながら時間を潰した。
「アンタ、意外と子供の扱い慣れてるね」
その様子を見ながらにこは言う。
「弟が一人いるからな。それと、幼馴染の妹ともよく遊んだりしてたしよ」
「へえ、そうなんだ」
「といっても、最近じゃあ弟も大人ぶりやがって、一緒に遊ぶなんてことはなくなった
けどなあ」
「ふーん」
197: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:16:43.75 ID:03bClRGKo
「お兄ちゃん! 腕相撲しよう」
「ようし、両手でかかってこい」
「うにゃああ」
「ココアも手伝う」
「まだまだだな」
居間で遊んでいるうちに、その日の夕食が出来上がったみたいだ。
「随分と早いな」
「今朝作っておいたものとかあるし。それにお母さんが作り置きとかもしれくれるの。
学校もあるし、家事は効率的にこなさないとね」
「お、おう」
矢澤にこの意外な女子力(主婦力?)の高さに驚く播磨。
「さっ、夕食の準備するから、ココロ。手伝って」
「はい、お姉さま」
ココロも慣れているらしく、てきぱきと夕食の準備をすすめる。
「こっち、お皿並べて」
「わかったよ」
播磨も一部手伝った。
そして、
「いただきまーす」
豪華、とは言えないけれど一般的な過程の夕食が目の前には用意されていた。
198: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:17:19.59 ID:03bClRGKo
サラダに肉じゃが、漬物、味噌汁。どれも美味しそうだ。
特に子供の相手をして疲れていた播磨にとってはとても美味に感じた。
(お袋の味って感じだな)
「すげェなあ、矢澤。料理もできるなんて」
「当たり前です。お姉さまは料理もできるスーパーアイドルなんですから」
ココロは誇らしそうに言った。
「いやあ、アハハ」
スーパーアイドルと言われて、苦笑いするにこ。
「おい虎太郎、ちゃんと箸を使えよ」
播磨は隣に座る虎太郎に箸の握り方を教えつつ、食事をした。
夕食を終え、しばらく遊んでいるとココアと虎太郎の下の子供たちは眠ってしまった。
まったく、子供はフリーダムで羨ましい。
よくよく考えたら、これから彼らを風呂に入れなければならないのだから、子育て
というのは本当に大変だと思う播磨。
「それじゃ、俺は帰るぜ」
あんまり長居してもアレなので、播磨は希から頼まれていた同人誌の入った紙袋を持って
帰ることにする。
「そう、もう帰るの」
ふと、寂しげににこは言った。
まさか泊まって行くわけにもいくまいて。
「あの、拳児お兄さま?」
199: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:17:45.69 ID:03bClRGKo
「あン?」
不意に、まだ起きていたココロが播磨に近づいてきた。
「どうした、ココロ」
「あの、お姉さまをよろしくお願いします」
「え、何で」
「アイドルはファンが育てるといいますし、お兄さまの応援でお姉さまを一流の
アイドルにしてくださいませ」
「あのなあ……」
俺はお前のお姉さまのファンじゃない、と言おうとしたが彼女の後ろにいたにこの
顔があまりにも悲しそうだったので、言うのをやめた。
「わかった。お前ェのお姉ちゃんを一流のアイドルにさせてやるぜ」
そう言って、播磨はココロの頭を撫でる。子供らしいやわらかい髪の毛だった。
「播磨くん。表まで送るわ。ココロ、虎太郎とココアをお願いね」
二人の様子を見ながらにこは言った。
「はい、お姉さま」
「行きましょう、播磨くん」
「お、おう」
にこに連れられるように、播磨はマンションを出た。
*
200: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:18:22.99 ID:03bClRGKo
「今日は色々とありがとうね」
すっかり暗くなった空の下で、にこは礼を言った。
「まったく、いい迷惑だぜ。ただでさえ、面倒な買い物を頼まれたっていうのによ」
そう言って右手の紙袋を見る播磨。
「あの、妹たちに変なこと言って、その……、ごめん」
俯きながらにこは言った。
「らしくねェな」
「う、うるさいわねえ。人がせっかく素直に謝ってるっていうのに」
「わかった、わかったよ。お前ェはアレだな。妹弟たちのアイドルなんだな」
「……そうね」
「あのよ、矢澤」
「何よ」
「もし、お前ェがよければ、本物のアイドルにならねェか?」
「え?」
「俺はお前ェのファン代表にはなれねェけどよ、スクールアイドルにはすることが
できる。一緒にラブライブに出場することだって」
「それって、私をスクールアイドルに誘ってるわけ?」
「まあ、そうなるな」
「……いいわよ」
「まあ、無理にとは言わんが……、ん?」
「しょうがないわねえー」
201: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/08(月) 20:18:49.90 ID:03bClRGKo
そう言ってにこは腕を前に組んだ。
「そこまで言われたら断れないじゃない。よし、にこが音ノ木坂のスクールアイドルを
日本一に、いえ、世界一にしてあげるわ! よろしくね!」
そう言うと、にこは右手を差し出す。
「お、おう」
播磨はにこの手を握り返す。思ったよりも小さな手だ。この手で妹や弟たちの世話
をしていたのだと思うと少し感慨深いものがある。
「あと、にこのことは『にこ』って呼びなさい。にこにーでもいいわよ」
「なんだそりゃ」
「とにかく、苗字で呼ばれるのって、あんまり好きじゃないのよね。わかった」
「わーったよ、にこ」
「よろしい。じゃあ明日からバンバン行くわ」
そう言って、にこは腰に手を当てた。
「バンバン行くって」
「にこに任せなさい」
暗くてわかり難かったけれど、にこは今日一番の笑顔を見せていたと播磨は思った。
無理に作った笑顔ではなく、心からの笑顔を。
つづく
202: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:42:36.66 ID:Q2Gs7voYo
月曜日の昼休み、播磨はいつもの場所で東條希に頼まれていた“例の物”を渡した。
「一、二、三、四……、うん。間違いないわ、ご苦労様」
紙袋の中身を確認した希はそう言って頷いた。
「ったく、男になんてもん買わせんだよ」
「ちょうど用事があったから、行けへんかったのよ。ごめんね」
「まあいいッスけど」
「それより、にこっちを引き入れたそうね」
「情報早いッスね」
にこっち。つまり矢澤にこのことだ。どうやら希はにこのことをそう呼ぶらしい。
「本人から聞いたからね」
「そうッスか」
そういえば、にこと希は同じ三年生だった。
「あのプライドの高いにこっちが人の下につくなんて、中々ないんやで」
「この先も苦労しそうな予感はするぜ」
「播磨くん」
「あン?」
「あなた、なかなかの“たらし”やねえ」
「べ、別にそんなんじゃねェから」
203: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:43:02.65 ID:Q2Gs7voYo
「ウフフ。でも予想以上やわ。やっぱり、カードの示したものは正しかったんやね」
「俺は占いとか信じないッスから」
「あら、でも今の所カードの通りになってるんよ」
「そんじゃあ、次のライブ、どうなるかわかりますか」
「ああ、今度お台場でやるっているスクールアイドルのライブ? そういえば、
出場登録したんやったねえ」
「まあ、そうッスけど」
「それはまだ占ってないわ」
「……」
「でもこういうのは、占わないほうがいいでしょう? 結果はわからないほうが、
楽しいってこともあるし」
「なんッスかそれ」
「うふふ。播磨くん見てると、退屈せえへんわ」
「俺は暇つぶしの手段ッスか」
「人生なんて一生暇つぶしよ」
「人生とか、まだまだわからねェよ」
播磨は空を向いて言った。
季節はもう夏、そう言ってもいいくらい強い日差しが差し込んでいた。
204: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:43:31.25 ID:Q2Gs7voYo
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第十一話 思い出
205: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:44:00.50 ID:Q2Gs7voYo
放課後、播磨拳児は練習場でμ’sのメンバー全員に矢澤にこを紹介した。
「今度入ることになった、三年の矢澤にこ先輩だ」
播磨がそう言うと、にこは一歩前に出てメンバーを見回した。
「にっこにっこにー! あなたのハートににこにこにー。笑顔届ける矢澤にこにこ~。
にこにーって覚えてラブにこ~!」
「……」
「……」
「……!」
「……」
「ちょっと拳児。なんで皆ドン引きしてんのよ!」
「知るか! 自己紹介なら私に任せろっつうからお前ェに任したんだろうが」
「どうすんのよこの空気!」
「お前ェが撒いた種だろうが!」
メンバーを後目に言い合いをしている二人に、西木野真姫が声をあける。
「あの、お二人はどういう関係なんでしょうか」
「たまたま知り合っただけだ」
播磨は言った。
しかしにこは、
「私のファンクラブ代表よ」
「ええ!? そうだったの!?」
206: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:44:29.84 ID:Q2Gs7voYo
穂乃果は驚きながら言った。
「テメー! まだそんなこと言ってやがんのか!」
「何よ! 秋葉原でも声かけてきたし、別に大して違わないでしょう!?」
「大違いだバカ」
播磨はにこの頬を引っ張りながら言った。
「いひゃひゃひゃ。はにふんのよ!」
頬をつまんでいるので、にこが何を言っているのかよくわからない。
「随分と仲がいいみたいだけど、この人も『協力者』の一人ですか?」
そう聞いたのは南ことりであった。
協力者というのは、田沢や松尾のようにアイドル部(μ’s)のメンバー以外で、
活動を支援してくれる人のことを言う。かつては西木野真姫も協力者の一人であった。
「コイツの場合、協力者っつうより邪魔してたな」
「誰が邪魔者よ!」
「うっせ」
「仲がいいのか悪いのかわからんな」
雷電は両手を合わせながらつぶやく。
「親愛の表現は人それぞれですから」
海未は、にこたちを見ながら言った。この二人は、まるで何かを悟っているかのようだ。
「コイツはアイドル好きだからよ、小泉」
「は、はい」
207: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:44:58.29 ID:Q2Gs7voYo
名前を呼ばれた小泉花陽が一歩前に出る。
「お前ェと話が合うんじゃねェのか?」
「へえ、あなたアイドル好きなの?」
花陽に対してにこは言った。
「はい」
花陽は緊張した面持ちで返事をする。
「ふーん」
にこが花陽の身体を舐めるように見回す。
「何か」
「アイドル好きっていうくらいなら、ピンクレディーのUFOの振り付けくらいマスター
してるわよね」
(おいおい、世代が違うだろ。お前ェも小泉も)
播磨はそう思ったが、
「できます!」
花陽は即答した。
「え? できるの」
「ちょっとやってみなさいよ」
「はい」
「デデデデッデッデ、デデデデッデッデ」
矢澤にこの口のイントロに合わせて花陽が躍る。
208: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:45:26.22 ID:Q2Gs7voYo
それに合わせてにこも踊り出した。
「UFO!」
完璧だ。
よくわからないけれど、多分完璧だと播磨は思った。
「じゃあ次はウインクよ」
「どんと来いです!」
「なんでそんな古いの知ってんだよ。お前ェらの世代なら、KSJ48※とかじゃねェ
のかよ」
(>>0�SJ48:北千住を中心に活動するアイドルグループ。当初は48人いたが、
メンバーの不仲のために分裂。現在は24人しかいない)
「バカね、真のアイドル好きなら基本を大事にするものよ」
腕組みしながらにこは言った。
「そうです。新しいコンセプトのアイドルと言っても、実は過去に流行ったアイドル
の焼き直しということもありますから」
花陽も何だか生き生きとしている。
「ああ、そうですか」
と、播磨はテキトーに答えた。
「あなた、なかなかやるわね。名前は」
「一年の小泉花陽と申します。花陽とお呼びください!」
「わたしもにこでいいわ! 中々見どころのある一年生ね」
「恐縮です!」
花陽のおかげで、どうにかにこも孤立せずに済みそうだ。
そこは少しだけ安心した播磨であった。
*
209: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:45:59.11 ID:Q2Gs7voYo
生徒会室――
「矢澤のにこっちがμ’sに入ったみたいやで」
不意に希が言った。
室内には、絢瀬絵里と東條希の二人しかいない。
「……どうしたの急に。それが何か?」
「あの頑なな彼女が他人のグループに籍を置くなんて、凄いなあ思うて」
「誰だって考えが変わることくらいあるでしょう? にこの場合、成長が遅かったって
だけよ」
「せやけどあのにこっちに気に入られるって、凄いと思わへん? 彼」
「播磨拳児……?」
「ええ。なんや運命みたいなものを感じるわ」
「あなたがちょくちょく会っているのはその、カードのお導きか何か?」
「うーん、それもあるかもしれへんけど、やっぱ個人的に興味があるからかな」
「あなたが男子生徒に、それも後輩に興味を持つとはね」
「あら、ウチだって男の子に興味はあるんよ。女の子もええけどな」
「変なこと言わないで」
「エリチかて気になっとるんとちゃうん?」
「べ、別に私は……」
「二週間後、お台場でスクールアイドルの大会があるんやけど、ウチの学校も出場
するみたいやで」
「……そう」
絵里は書類に目を落とす。
それ以上は何も言わなかった。
*
210: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:46:26.96 ID:Q2Gs7voYo
「ちょっと拳児! どうして私は出場できないのよ!!」
播磨に詰め寄るにこ。
かなり興奮しているようで、白い肌が紅潮している。
「落ち着けにこ。だいたいもう時間がないだろう」
「大会まで二週間あるのよ! 二週間もあれば、象だって倒せるわ!」
「お前ェは何と戦う気だよ」
練習場で播磨に対して怒りをぶつけるにこの姿を、他のメンバーは遠くから眺めていた。
「いいかにこ、今からじゃあ衣装も間に合わねェ。それにフォーメーションだって
変えなきゃならなくなる」
「大丈夫よ、私はただのアイドルマニアとは違うわ。どんな振付だって覚えて見せる」
「お前ェが優秀なのはよーくわかった。だがな」
「え?」
「確かにお前ェにはアイドルの才能があるかもしれねェ」
「えへ、そんなあ」
「だけど他のメンバーはどうだ」
「……他の」
「μ’sは一人でやるもんじゃねェんだ。他のメンバーは、少し前まで普通の女子生徒
だったんだぞ」
「そりゃ、そうだけど……」
211: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:46:54.46 ID:Q2Gs7voYo
「それに俺たちの目標はあくまでラブライブだ。舞台に慣れるために出場する大会
に、俺たちの秘密兵器を出すわけにはいかねェだろう」
「秘密兵器って、にこのこと?」
「当たり前ェだ。お前ェ以外に誰がいるってんだ」
「そ、そうなの」
「一年生の、特に花陽や凛あたりは経験が少ない。だから指導者としてサポートして
くれるメンバーが必要なんだよ」
「そうなの」
「だから今回はその、裏方としてメンバーを支えて行ってほしい」
そう言うと播磨はにこの小さな両肩に手をかけた。
「今回は五人で行く。お前ェは次の舞台に備えてくれ」
「……」
しばらく考えた後、
「しょーがないわねえー!」
そう言ってにこは胸を張った。
「まあ、この最終兵器にこちゃんを、あんな草大会に出すのはもったいないっていう、
あなたの気持ちもわからなくはないわ」
「にこ」
「わかった。今回はサポートに回ってあげる。ただし、私がサポートするからには、
中途半端は許さないわよ。A-RISEにだって勝んだから」
「その意気だ」
212: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:47:24.69 ID:Q2Gs7voYo
播磨はチラリと横目で、花陽と凛を呼んだ。
「せ、先輩。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします!」
そう言って花陽は頭を下げる。
「凛ちゃんもお願いするにゃ!」
「まったく、仕方ない子たちねえ。そうと決まれば、早速ステップの確認よ」
「はいです!」
「はいにゃ!」
二人は元気よく返事をした。
「ふう」
そんな様子を見て一息つく播磨。
(にこの奴が予想以上にチョロくて助かったぜ)
「播磨の奴、ここのところ対人スキルがかなり上がったな」
にこと播磨のやりとりを見ていた雷電が言った。
「確かにそうですね。何かに目覚めつつあるようです」
海未も同意する。
「へ? 何かってなに?」
穂乃果はまだよくわかっていないようだ。
「穂乃果ちゃんはこっちでストレッチしましょうねー」
そんな穂乃果をことりが呼んだ。
こうしてチームは一丸となり、『お台場スクールアイドルフェスタ』に挑むのであった。
*
213: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:48:11.71 ID:Q2Gs7voYo
本番が近くなり、最近は練習にも熱が入ってきた。
そのため、放課後はバタバタするので、播磨にとって昼休みが唯一の安らぎの時間
となっていた。
(暑い)
いつもの中庭のベンチも最近は暑くなってきたので、新たな癒しポイントを探さな
ければならない、と思う播磨。
「随分と余裕そうね、播磨拳児くん」
「誰だ」
東條希、ではない。
顔を上げると見覚えのある人物がそこにいた。
「生徒会長さんかい」
生徒会長の絢瀬絵里だ。
彼女のほうから話しかけてくるとは珍しいかもしれない。
「珍しいな、アンタのほうから話しかけてくるなんてよ」
「あら、私はどの生徒に対しても平等に接しているつもりだけど?」
「ああ、そうですか」
希とは違い絵里は播磨の隣りには座らず、目の前で立ったまま話を続けた。
「今度のスクールアイドルフェスタ、出場するんですってね」
「聞きましたか」
「ええ、希から。随分と手が早いじゃないかしら」
214: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:48:45.26 ID:Q2Gs7voYo
「ラブライブの予選まで時間がないッスからね。少しでも場数を踏ませとかないと」
「ふーん。色々と考えているわけね」
「学校、無くなっちまってもらっちゃ困りますからね」
「……!」
その言葉に絵里はピクリと反応する。
やはり生徒会長として何か思うところがあるのだろう。
「それで何か用ッスか? みっともないから大会への出場は止めろとでも言うんですか」
播磨は少し嫌味たらしく言ってみた。
絵里からは今までも何度か厳しいことは言われているのだ。
「別に、今更そんなことは言わないわ。第一、他人にやめろと言われてやめるような
人たちじゃないでしょう? あなたたちは」
「よくお分かりで」
「技術的なことを今更言っても仕方ないわ。大会まで時間がないから」
「……」
「でも、メンバーの体調には気を付けておいた方がいいわよ。そういうのを把握する
仕事も重要なんだから」
「はいよ。肝に銘じておきます」
「特に精神的なものね」
「精神的」
215: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:49:12.78 ID:Q2Gs7voYo
「リーダーは高坂穂乃果さんよね」
「そうッスけど」
「あの子のことは特に注意したほうがいいわね」
「一年生じゃなくて、高坂ッスか」
「そうね、ああいうタイプの子は、危ういわ」
「危うい……」
「おっと、私としたことが。少し話過ぎたみたい。じゃあ失礼するわ」
「お疲れッス」
播磨は座ったまま軽く会釈をする。
「高坂か……」
播磨はふと思う。
確かに大会前で、色々考えることが多すぎて、メンバー一人一人のことをよく見て
いなかったかもしれない。
自己管理と言ってしまえばそれまでだが、μ’sのメンバーはアイドルとしても、
また人間としても未熟なのだ。
*
216: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:49:52.35 ID:Q2Gs7voYo
放課後の練習後。
疲労感の中にも充実感の詰まった練習場を出た播磨は、練習用の服から制服に
着替え終わった穂乃果が出てくるのを待っていた。
「高坂、一緒に帰ろうぜ」
「んん? どうしたの?」
播磨からの若干戸惑う穂乃果。
「たまにはいいだろうがよ」
「そういえば、最近一緒に帰ってなかったね」
「そうだったかな」
「それじゃあ、今日は夕飯食べて行きなよ。お母さんにも電話しとくから」
そう言うと、穂乃果は携帯電話を取り出した。
「お? おう」
穂乃果と一緒に薄暗くなる道を歩く。
もう夏も近いので日は長くなったけれど、見えにくいことには変わりない。
外灯が点灯すると、街に夜の訪れを告げているみたいだ。
「はあ、今日も頑張ったね、播磨くん」
「そうだな」
「……」
「……」
どうも穂乃果の口数が少ない。普段なら放っておいても二、三時間は喋り続ける
子だけに播磨は少し不安になってきた。
217: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:50:29.67 ID:Q2Gs7voYo
「高坂、ちょっと顔見せてみろ」
「ふえ!?」
そう言うと、播磨は穂乃果の両頬を抱えてじっと彼女の顔を見つめた。
外灯の光に照らされた彼女の顔。目の下には“クマ”ができているようだ。
(やはり疲れがたまっているのか……)
昼間に絵里に言われたことを思い出す。
「いきなり何するのよ! もう!」
穂乃果は顔を真っ赤にして怒り出す。
「悪い悪い、最近お前ェの顔、あんまりじっくり見てなかったもんでよ」
「だだだ、だからって、そんなことすることないんじゃないかな……!」
なぜかわからないが、穂乃果は肩で息をしていた。
「おい高坂、やっぱお前ェ疲れてんだろ」
「ぜ、全然疲れてないよ。まだまだ行けるよ」
そう言いつつ、穂乃果の足元はおぼつかなかった。
このままだと道路に出て車に轢かれてしまいそうだと播磨は思った。
(こいつは無理をすると、抑えが利かないタイプだからな)
そう思った播磨は強引に穂乃果の腕を掴んだ。
「な、なに?」
「手、繋いで行こう。それなら危なくねェ」
218: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:51:09.14 ID:Q2Gs7voYo
「……え、ちょっと」
「どうした」
「もうっ、繋ぐならちゃんと繋いでよ。こうやって」
そう言うと、穂乃果は播磨の手を握り返す。
「こうか」
「……うん」
気持ちが少し落ち着いたのか、穂乃果は大人しくなった。
「こうやって手をつないだのって、凄く懐かしい感じがするよ」
「小学校以来か」
「小学校か……」
随分昔のように感じるけれど、つい最近のようにも感じる。
十代の時間の感覚は複雑だ。
「そういえば話変わるけどさ」
「あン?」
「播磨くんって、にこ先輩と仲がいいよね」
「別にそこまでよくわねェ。アイツが馴れ馴れしいだけだ」
「で、でも……」
「でも?」
「下の名前で呼び合ってるし」
「そりゃ、あいつが呼んでくれって頼んだからだ。別に俺はどっちでもいい」
「それじゃあ、何で私のことは苗字で呼ぶの?」
219: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:51:45.15 ID:Q2Gs7voYo
「え? なんでかな」
「昔は穂乃果って呼んでたのに」
「あー」
播磨は昔のことを思い出す。
「確か、同級生に下の名前で呼んでるの聞かれて、からかわれたことがあったな」
「そう言えば」
「それ以来、女子は基本的に苗字で呼ぶようになった気がする」
「でも雪穂は今も雪穂だよね」
「そういえばそうだな。まあ雪穂の場合は学年も違ってたし、からかわれることも
なかったからじゃねェかな」
「ねえ、播磨くん」
「なんだ?」
「こうやって、昔みたいに手を繋いだついでにさ、呼び方も変えてよ」
「どうした急に」
「わ、私たちはμ’sという一つのチームでまとまらなくちゃいけないんだよ。
だ、だから、できるだけ、こう精神的な距離を縮めておきたいというか」
「そうなのか?」
「そうなの!」
「いや、別にいいけどよ。お前ェがいいんだったら」
「私はいつでもOKだよ」
220: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:52:34.12 ID:Q2Gs7voYo
「ああ、そうかい」
「じゃあ、私も播磨くんのことは、拳児くんって呼ぶから。昔みたいに」
「昔みたいに、ねえ」
「いい?」
「ああ、わかった。わかりましたよ高坂」
「違うでしょう?」
「いきなりはちょっと恥ずかしい」
「私だって恥ずかしいもん!」
「うう、わかったよ。穂乃果。これでいいか」
「え? なに? 聞こえない」
穂乃果はやや上目遣いで言った。
「その顔ムカツクからやめろ」
「ちゃんと言って」
「穂乃果」
「よろしい。拳児くん」
呼び方を戻し、手を繋いで、本当に昔に戻ったような気になる播磨。
しかし二人は確実に変わっていたのだ。身体も、当然心も。
*
221: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:53:14.74 ID:Q2Gs7voYo
穂乃果の家である『穂むら』の近くまで行くと、店先で人影が見えた。
誰か立っているようだ。
「おおい、お姉ちゃん! ケン兄!」
エプロンをつけた雪穂がそう言って大きく手を振った。
「雪穂、何してるの?」
「もうすぐ帰ってくるんじゃないかと思ってお出迎え」
雪穂は満面の笑顔で言った。
「もうケン兄、最近全然来てくれなかったじゃないのさあ」
そう言うと、雪穂は播磨の腕にしがみついた。
「その水商売の女みたいな言い方やめろ」
「さあさあ、あがってあがって」
雪穂に引っ張られるように、家に行くとすでに夕食の準備が整っていた。
何と言うか、至れり尽くせりといった感じだ。
「拳児くんのご両親にはお世話になってるからね、これくらい当然よ」
穂乃果の母はそう言ってくれた。
こういうところで両親に感謝するべきなのか。あんまり家にいない両親に。
播磨は洗面所で手を洗い、穂乃果は自分の部屋で着替えてから食卓についた。
「いただきまーす」
賑やかな夕食。
高坂家の食事はこういうところが好きだ、と播磨は思う。
222: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:54:07.47 ID:Q2Gs7voYo
しばらく飯を食べていると、ふと穂乃果の様子がおかしことに気づく。
さっきから目の焦点が定まっておらず、しまいには舟をこぎはじめた。
「もうお姉ちゃんったら、食事中に寝るなんて幼稚園児みたい」
そう言いつつ、雪穂は穂乃果の顔が味噌汁に突っ込まないように体を支えた。
「穂乃果も大分疲れがたまっているからな」
その様子を見ながら播磨が言った。
「今度、大会に出るんでしょう?」
「ああ」
「お姉ちゃん、張り切っちゃうと抑えがきかないからなあ」
「遠足の前日に楽しみ過ぎて熱出しちまうタイプだしな」
「アハハ、ケン兄よく覚えてるね」
「雪穂、拳児くん。悪いんだけど穂乃果を」
穂乃果の母親が言い終わる前に、播磨は立ち上がった。
「わかってますよ。部屋まで運びましょう」
「ごめんなさいね」
「いいッス。メシまでご馳走になってるんッスから」
そう言うと、播磨は眠っている穂乃果をひょいと抱えて彼女の部屋まで連れて行った。
「赤ん坊もそうだが、なんで眠ってる人間ってのはこんなに重いのかね」
播磨の腕の中で気持ちよさそうに寝息を立てている穂乃果をベッドに寝かせた後、
播磨は残りの夕食を食べ終えて帰ることにした。
*
223: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:54:51.93 ID:Q2Gs7voYo
夕食後、すっかり暗くなった穂むらの店の前で播磨は雪穂と少しだけ話をした。
いつもなら穂乃果がそこにいるのだが、この日の穂乃果はベッドの中だ。
「今日はごめんね。お姉ちゃんが迷惑かけちゃって」
「別にこんなの迷惑のうちに入らねェよ」
「お姉ちゃん、走り出したら止まらないタイプだからね」
「空回りすることもあるけどな」
「アハハ」
「クックック」
そういえば、雪穂とこうして二人きりで話をするのも久しぶりかもしれない。
ふと、播磨はそう思った。
「これからも迷惑かけるかもだけど、お姉ちゃんのことよろしくね」
「まあ、ほどほどに。アイツももう少し成長してくれりゃあ、楽になるけどな」
「もうちょっと先かもね」
「そうかもしれねェな」
「本当、ごめんね」
「何今更遠慮してんだよ。穂乃果の迷惑は今にはじまったことじゃねェだろ」
「……うん。ケン兄は優しいね」
「お前ェも遠慮しなくていいぞ、雪穂。今更だ今更」
そう言うと、播磨は雪穂の頭を撫でる。
「もう、子ども扱いしないでよ。ケン兄はいつもそうなんだから」
224: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:55:23.48 ID:Q2Gs7voYo
「そうか? なんつうか、昔のイメージが抜けなくてな」
「雪穂も少しずつだけど大人になってるよ」
「そうか。まあ、お前ェは穂乃果よりはちょっとはしっかりしてるしな」
「ちょっとだけなの?」
「俺からしたらちょっとだ」
「あ、そうだケン兄」
「何だ」
「今度友達とお買いもの行くんだけど、ケン兄も付き合ってよ」
「なんで友達同士の買い物に俺が」
「だってさあ、最近治安悪いじゃない?」
「荷物持ちさせるつもりか」
「えへへ、バレたか」
「まあ時間ができれば付き合ってやるよ」
「本当? ケン兄大好き!」
「好きなんて言葉、そう軽々しく使うもんじゃねェ」
「でも、私は好きだよ?」
「は!?」
「好きって言葉」
「ああ、そういうことか。じゃあ、俺帰るぞ」
「うん。気を付けてね、ケン兄」
225: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/09(火) 21:55:56.97 ID:Q2Gs7voYo
「雪穂も身体に気をつけろよ」
「お休み、ケン兄」
「おやすみ」
*
播磨と別れた後、雪穂はふとあることに気が付いた。
(そういえばケン兄、いつの間にお姉ちゃんのことを下の名前で呼ぶようになったんだろう)
雪穂の記憶の中では、播磨は姉のことをいつも苗字で呼んでいた気がする。
(今度お姉ちゃんに聞いてみよう)
そう思いつつ、雪穂は家に戻って行った。
つづく
229: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:26:16.66 ID:PRFcnf1Ro
大会を直前に控えた音ノ木坂学院アイドル部、μ’s。
本番前ということで、練習にも熱が入る。
そんな中、ほんのわずかな変化に気が付く者がいた。
「拳児くん、この前のステップなんだけど」
穂乃果が播磨に話しかける。
だが、いつもと様子が少しだけ違う。
「あン? 変更はなしって言っただろう」
「だってことりちゃんが」
「穂乃果、直前に変更して失敗したら意味ねェだろうがよ」
「ちぇっ、拳児くんのケチ」
「試合はまだあるんだ。焦ってやることはねェ」
「だったらやれるうちにやっといたほうがいいよ。ラブライブの本場で失敗しない
ためにも」
「まずは足元を見ろ。それと、ちゃんとストレッチしろよ」
「もー。拳児くんったらあ」
穂乃果はこれまで、播磨のことを苗字で呼んでいたのだ。それがいつの間にか、
下の名前で呼ぶようになっていた。それは播磨も同様。
一体何があったのだろう。
「あの、先輩」
230: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:26:54.47 ID:PRFcnf1Ro
「どうした西木野」
気になった西木野真姫は、思わず声をかけてしまった。
「その、ストレッチするので、ちょっと背中を押してもらえますか?」
「あン? まあいいけど、過度なストレッチは身体に悪いって、園田が言ってなかった
か?」
「自分の身体のことは把握してます。無理しない程度にやりますから。これでも私、
医者の娘なんですよ」
「そういやそうだったな」
播磨は笑って真姫の背後に立つ。
「これでいいか」
そしてゆっくりと彼女の背中を押した。
大きくて温かい手。それを服越しに背中に感じる。
他のメンバーはどうかわからないけれど、真姫はこの瞬間がとても好きだった。
「あの、先輩。少し聞いていいですか?」
背中を押されながら、努めてさりげなく真姫は聞いた。
「どうした」
播磨は返事をする。特に何かを意識しているという様子はなさそうだ。
「その、穂乃果先輩のこと、どうして下の名前で呼ぶようになったんですか?」
「ああ、そのことか」
播磨は意外にも冷静だった。
231: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:27:26.59 ID:PRFcnf1Ro
「なんかよ、チームの結束を固めるとか言って、下の名で呼んで欲しいとか言い出しからよ、
最近はそう呼ぶようになった」
「そ、そうなんですか」
「まあ、最初はちっと恥ずかしかったけどよ、昔はそう呼んでたわけだから、昔に
戻った感じかな」
「そんな理由ですか」
「ああ、そんな理由だ。でもアイツらしいだろう?」
「え? はあ」
アイツらしい、というほど真姫は穂乃果のことを知らない。でも、播磨は長いこと、
彼女と同じ時間を過ごしてきていたのだということはわかる。
(だったら私も――)
そこまでの言葉が喉の奥まで出かかる。
「どうした、西木野」
一瞬の動揺が背中を通じて伝わったのか、播磨が声をかけた。
「いえ、何でもありません。ありがとうございます」
そう言うと、真姫は立ち上がった。
(いつか私も)
胸が少しだけ苦しくなった真姫は、大きく深呼吸をした。
232: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:27:55.12 ID:PRFcnf1Ro
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第十二話 ライブ
233: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:28:30.73 ID:PRFcnf1Ro
実戦に勝る訓練無しとは昔から言われているけれど、今回の大会がμ’sのメンバー
にどれだけの影響を与えるか、まだよくわからない。
参加チーム十六。決して多くはないが、さりとて少ないわけでもない。
何より今回もあのUTX学院のA-RISEが出演するのだ。
下馬評では圧倒的にA-RISEが有利のこと大会に、新しいμ’sがどれだけやれるのか、
内輪の生徒たちではない一般の観衆の前でどれだけやれるのか。確かめなければならない
ことは多い。
「随分落ち着かない顔をしてるわね、拳児」
お台場へ向かう「ゆりかもめ」の車内でにこが話しかけてきた。
「別にそんなことはねェが」
「アンタがそんな調子だと他の子も不安になってくるでしょう?」
「お前ェは余裕だな」
「にこは出場しないからねー。誰かさんのせいで」
「ルールだからしょうがねェだろう」
この二週間、にこは練習のサポートに回っていた。
しかし、単純にサポートをするだけでなく、その間に新曲の歌詞や振付を完全に
マスターしていたのである。もし、メンバーの誰かが事故や病気で急遽出場できなく
なった時に、最低限代役をこなせることも不可能ではないだろう。
234: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:29:06.84 ID:PRFcnf1Ro
(口ばっかりじゃなくて、本当にアイドルの才能があるのかもな)
にこの横顔を見下ろしながら播磨は思った。
「何よ、にこの顔に何かついてる?」
「いや、お前ェすげェなと思って」
「ば、バカ。褒めても何も出ないんだからね」
「にしても今回、人が多いな」
周りを見回すと、見慣れない制服の生徒たちが多くいた。
出場チーム数はそう多くないけれど、応援の生徒たちもいるのだろう。
「大会の規模が小さかろうと大きかろうと、全力を尽くすのがアイドルの使命よ」
「そうです。にこ先輩の言うとおりです」
いつの間にか隣りに来ていた花陽が両手を握って大きく頷く。
(さてと、どうなることか)
会場近くの台場駅に到着すると、一気に人が降りる。
「お前ェら、はぐれるなよ! 特に穂乃果」
播磨が声を出すと、
「失礼だなあ、はぐれないよ。きゃっ!」
早速ころんだ。
「もう、穂乃果。手間を駆けさせないでください」
「大丈夫か」
海未と雷電に保護された穂乃果は、何とか人混みを抜けて会場へと向かう。
*
235: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:29:42.52 ID:PRFcnf1Ro
「一、二、三、四、五、六、七、八……、よし。全員いるな」
会場の受付前で全員の顔を確認する。
「小泉、星空。今回が初舞台だが大丈夫か」
「はいにゃ!」
「……はい」
星空凛は余裕そうだが、小泉花陽は不安そうである。後でフォローを入れておく
必要があるな、と播磨は思う。
「西木野は、まあ大丈夫だろう」
「どういうことですか?」
真姫は言った。
「言葉の通りだ。それから穂乃果」
「ふひい」
「もうコケるなよ」
「はい、反省してます」
「園田」
「はい」
「お前ェも大丈夫か」
「こ、こう見えて緊張してるんですよ」
「雷電も見てるし、心配すんな」
「ら、雷電は関係ないでしょう!」
顔を赤らめる海未を無視して播磨はことりの方を向く。
236: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:30:20.20 ID:PRFcnf1Ro
「南」
「はい」
「今更だが、衣裳作り、ありがとうな」
「本当、今更過ぎるよお、はりくん」
「悪かったよ」
「お兄ちゃんが頑張ってくれたからねえ」
「ご家族にもよろしく言っといてくれ」
「はーい」
「それじゃ、雷電」
「おう」
「いつものように撮影、頼むな」
「心得た」
「にこには何かないの?」
不意に矢澤にこが顔を出してきた。
「いや、特にない」
「この薄情モンが!」
「わかったよ。今までサポートしてくれてありがとうな、これからは主力として頼むぜ」
「任せなさい」
そう言うと、にこは胸を張った。
「それじゃあ、私たちは衣装に着替えてきますね」
237: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:30:46.64 ID:PRFcnf1Ro
海未はそう言った。
南ことりがデザイン、製作してくれた衣装を着て今回のライブに挑むμ’s。
どうなるかわからないけれど、とにかくやるしかない。
播磨は静かにそう思った。
*
「まずいわね」
「どうした、にこ」
大会のプログラムを眺めながらにこは顔をしかめる。
他のメンバーは着替えに向かい、雷電は撮影に向かったので会場前には播磨とにこ
の二人だけが残っていた。
「いや、実は順番なんだけど」
「順番がなんだ?」
「今回十六チームが参加するけど、ウチらの順番は十五番目なの」
「それが何か?」
「大問題よ」
「大問題?」
238: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:31:27.06 ID:PRFcnf1Ro
「いいこと? まず、順番が後になるほど待ち時間が長くなるの。そうすると、それ
だけ疲労が増すのよ。特に経験の浅いウチらのようなチームは、そう言ったストレス
がマイナスに作用する可能性があるの」
「確かに今日は暑いしな、今回は屋外のステージだから」
「それと、もう一つのポイントはA-RISEよ」
UTX学院のA-RISEは、今回も優勝候補筆頭だ。
「A-RISEがどうした」
「A-RISEの順番が十一番目。うちらの三つも前なの」
「三つ前」
「A-RISEが注目されていることは、言うまでもないことだわ。だから、A-RISE
の前のパフォーマンスであれば、前座的な意味で注目されたかもしれない。でも今回は
A-RISEの後になるの。会場が消化試合のような空気になる危険性があるわ」
「そういやスプリングフェスタでも、にこはA-RISEのステージが終わった後、
すぐ帰ったもんな」
播磨は思い出したように言った。
「ち、違うのよ。アレはちょっと用事があったからなの!」
「本当かよ」
「本当よ! 妹たちを保育園に迎えに行かなきゃならなかったからねって、今はそんな
ことどうでもいいでしょう!」
「まあどうでもいいが」
「とにかく、こちらに不利な状況が二つもあるってことよ」
239: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:32:03.58 ID:PRFcnf1Ro
「まあ、待ち時間はともかく、A-RISEの件はそれほど心配するようなことじゃ
ねェんじゃないか?」
「はあ? どうしてよ。こんな小さな大会でも、アイドルは注目されてナンボなのよ」
「あんまり注目されてもやりにくいって奴もいるしよ」
「そんなのアイドル失格よ。プレッシャーに潰れるくらいなら、お寺で修行でも
していればいいわ」
「それいいな。お寺」
「はい?」
「お、もうすぐ開会式だ。急げ」
「ちょ、ちょっと」
「ほら、行くぞ」
そう言うと播磨はにこの手を引く。
「大丈夫よ、私は」
「人が多いんだ、迷うぞ」
「大丈夫……、だと思うけど」
「ん?」
「アンタがどうしてもって言うなら、にこの手を引かせてあげてもいいわよ」
「ああそうかい」
「なんで放すのよ!」
「いや、何となく」
「もう、行くわよ」
そう言うと、今度はにこが播磨の手を引いて会場に向かった。
*
240: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:33:05.81 ID:PRFcnf1Ro
なかなかの盛り上がりで始まった第○回お台場スクールアイドルフェスタ。
大会中、にこはパンフレットの出場チーム名に何個か赤丸を付けてよこした。
「なんだこりゃ」
「一応、今回注目のスクールアイドルよ。敵はA-RISEだけじゃないんだから」
「なるほど、そこを注意して見ろと」
「もちろん、ノーマークのグループにも注意しなきゃね。今年になって急に台頭
してくるチームだってだるんだから」
「ウチみたにか?」
「ふふ、いい自信ね。そういうの嫌いじゃないわ」
「お、次のグループは『ゴールデンブックス』か」
「去年の大会ではA-RISEに敗れたけど、ここも侮れないわね」
地響きのような歓声が上がった。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
凄い盛り上がりだ。
今日の気温も高いが、暑さの原因はそれだけでもないようだ。
「パフォーマンスの前には、必ずメンバーの所へ行って、状態を確認するのよ。
必要があればアドバイスもする」
会場の盛り上がりの中、にこは冷静に言った。
「あんまり言い過ぎるのも逆効果じゃねェか?」
241: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:33:35.92 ID:PRFcnf1Ro
「こっちから言うだけじゃないわ。メンバーから悩みを聞いたり、問題点を見つけたり
することだってわるから」
「ほう」
「それがSIP、あなたの仕事よ!」
そう言うと、にこはビシッと人差し指を播磨に向けた。
「エスアイピー? なんだそりゃ」
「School Idol Producer 、略してSIP。カッコイイでしょう?」
「だせェ。俺はただのサポート要員だ。それ以上でもそれ以下でもねェ」
「ワガママ言わない。今更逃げるわけにはいかないんだからね」
「うぐ」
何グループかのパフォーマンスが終わると、会場はいい感じに温まってきた。
そう考えると、A-RISEの登場の順番はかなり仕組まれているように思える。
だが、今はそんなことを言っても仕方がない。
メンバーはこの日のために一生懸命に練習してきた。雷電も撮影を頑張っている。
だったら、自分も何かをするべき。
そう思う播磨であった。
*
242: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:34:05.12 ID:PRFcnf1Ro
何曲か終わってから、播磨たちはμ’sの控室を訪ねた。
「あっ、拳児くん」
最初に声をかけてきたのは穂乃果だった。
「大丈夫か」
「う、うん、問題ないよ」
思ったよりは元気そうだったが不安の色は隠しきれない。
控室は冷房も利いており、暑さによる疲労という心配はなさそうだ。
そこは少しだけ安心した播磨。
「私は花陽のフォローに回るから、アンタは他のメンバーの様子を見なさい」
耳元でにこがそう言った。
「わかった」
播磨は頷くと、とりあえず目の前の穂乃果の顔を見る。
「穂乃果」
「何? 拳児くん」
「お前ェならできるさ。初舞台のことを思い出してみろ」
「あの時は全然お客さんいなかったね」
「だが今日は違うぞ」
「え?」
243: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:34:46.44 ID:PRFcnf1Ro
「たくさんの人が集まってる。もちろん、俺たち目当てではないかもしれねェ。
でもよ、そういう連中にμ’sという存在を忘れさせないようにする。それって
面白ェとおもわねェか?」
「う、うん。確かに面白いかも」
「だろ? だから、やれるだけやってこい。音ノ木坂の存在を世間に知らしめてやれ」
「そうだね! 頑張るよ!」
先ほどまでの緊張が解け、目に光が戻ってきた。
(単純だな)
播磨は思った。
だがその単純さが、今は大きな武器になる。
「今度はこっちか」
目を転じてみると、真っ青な顔をした海未の姿があった。
「人があんなに。どうしよう……」
両腕を抱えて何かブツブツ言っている。
なるほど、これはフォローが必要だ。
そう思った播磨は声をかける。
「そ、園田」
「……なんですか播磨くん」
辛うじて反応はできるようだ。
不安に支配された園田海未。だが彼女には特効薬があるのだ。
244: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:35:13.71 ID:PRFcnf1Ro
「雷電から、手紙を預かってる」
「え?」
そう言うと、播磨はポケットから紙を取り出して海未に渡す。
「あの人……」
海未は紙に書いた文章を読みながらしばらくボーッとしていた。
「雷電(アイツ)は今、このクソ暑い中撮影を頑張ってんだ。お前ェも頑張れよ」
「わ、わかってます」
「アイツは近くにいるんだ。心配すんな」
「だからわかってますって、もう」
先ほどまでの青い顔がいつの間にか赤い顔になっていた。
この娘もわりと複雑なようで単純なので、わりと助かると播磨は思った。
次は南ことりだ。
「南」
「なに? はりくん」
「その衣装、似合ってるぜ」
「ふふふ。ありがとう」
初夏の衣吹を感じさせる、青と白を基調とした衣装。今大会のコンセプトには
ピッタリかもしれない。
「お兄ちゃんが頑張ってくれたからねえ」
「……そうか」
大学で服のデザインを勉強しているということりの兄。
245: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:35:39.88 ID:PRFcnf1Ro
初舞台の時もそうだが、彼の存在が衣裳作りに大きく貢献していることは言うまでもない。
「今日、会場に来てるのか?」
「いいや? 来てないよ。大学の用事があるんだって。凄く残念そうにしていたけど」
「そうか、そりゃ残念だな」
言葉とは裏腹にホッとする播磨。
正直、ことりの兄はあまり得意なタイプではない。というか、南家の女は普通なの
だが、男はあの学院理事長をはじめ、“濃い”メンツが多いのだ。
「緊張は、してねェみたいだな」
「やだなあ。緊張してるよ。こう見えても」
「秋葉原でカリスマメイドやってる時とどっちが緊張する?」
「そ、それは言わない約束でしょ!?」
この日、はじめてことりの焦った顔をみた播磨。
「ははっ、その様子なら大丈夫だろう。海未や穂乃果たちのこと、頼んだぞ」
「言われなくても、海未ちゃんも穂乃果ちゃんも大丈夫だよ」
「ならいいが」
二年生グループと話し終えた播磨は、今度は一年生の方に目を向ける。
案の定、西木野真姫は不安そうな表情をしていた。
それだけなら他の二年生と同じだ。
だが彼女の場合少しだけ事情が違う。
246: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:36:07.34 ID:PRFcnf1Ro
「どうした、西木野」
「あ、先輩」
「随分と心配そうな顔してんな。そんなに不安か」
「そりゃそうですよ、初舞台ですし。それに」
「それに?」
「私と、その……先輩の作った曲が流れるわけですよね」
「ああ」
「もし評判が悪かったら、そのやっぱり私」
「西木野」
「ひゃいっ」
播磨は拳を作って、真姫の額を軽く殴った。
「何するんですか」
「何もかも全部一人で背負い込む必要はねェだろう。俺たちはチームでやってんだ。
もし曲の評判が悪かったんなら、それは何より曲作りの協力を頼んだ俺が悪い」
「先輩」
「お前ェはいらない心配しなくていいんだよ。今は舞台のことだけを考えろ」
「でも先輩」
「西木野、気が強そうなのは目つきだけか?」
「ちょっと、目つきは関係ないでしょう?」
「おっと、調子が戻ってきたな」
「は……」
247: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:36:36.89 ID:PRFcnf1Ro
「よし、大丈夫。強気でいけ強気で。俺とお前ェが作った曲だ。世界中の誰もが無視
しても、俺が絶対に認めてやるからよ」
「はい」
「それと、その衣装似合ってるぜ」
「ひゃう!」
そう言うと顔を赤らめる真姫。
「ははは。何今更恥ずかしがってんだ」
「もうー、先輩!」
「ようし」
播磨は立ち上がり、残った花陽と凛のもとへ行く。
「調子は良さそうだな、星空」
「はい、バッチリですにゃ!」
「待ち時間長いけど、退屈してねェか」
「かよちんがいるから大丈夫。こうして先輩たちも来てくれましたからね!」
「そりゃよかった」
「小泉の方は」
「はい。にこ先輩が色々話を聞いてくれたんで、大分落ち着きました」
確かに、本人の言うとおり顔色もよくなっている。先ほどの海未や真姫のように、
青い顔はしていない。にこのフォローが効いたようだ。
「初舞台だけど、怖くねェか」
248: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:37:03.10 ID:PRFcnf1Ro
「はい、怖いです」
「素直だな」
「で、でも」
「あン?」
「あの秋葉原で、変な男の人たちに囲まれたときの方が怖かったです」
「なに?」
「あの、先輩が助けてくれた時のことです」
「ああ、あれか」
「あの時先輩が助けてくれなかったら、危なかったかもしれないにゃあ」
凛も言った。
「そんなこともあったな」
播磨は軽く笑う。
「本当に怖かったんですよ」
「そうだよな。でもな、小泉」
「はい」
「あの時助けたのは偶然かもしれねェ。でも今は違う」
「え……?」
「今はすぐ傍にいる。すぐ助けに行ける。だから安心しな」
「……あ……、はい」
一瞬にして花陽の顔が真っ赤に染まる。
「あー! かよちんの顔真っ赤になってるにゃー!」
249: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:37:30.87 ID:PRFcnf1Ro
隣にいた凛が言った。
「ちょっと拳児! 折角花陽を落ち着かせたのに、何やってんのよ!」
そう言うとにこは播磨の背中を叩き、その場からどかせるともう一度花陽と向き合った。
「なんか不味いこと言ったかな、俺」
そう言って播磨が首をかしげていると、
「んが!!」
急に足を踏まれた。
「あらごめんなさーい」
足を踏んだ犯人は穂乃果であった。彼女は満面の笑みで謝る。
どう見ても謝っている態度には見えない。
「くっそ、何しやがるあいつ」
舞台衣装の靴はハイヒールっぽくなっているので、踏まれるととても痛い。
「穂乃果ちゃんが怒るのも無理ないよはりくーん」
その様子を見ていたことりがニコニコしながら言った。
「何でアイツが怒るんだよ」
それに対して播磨が反論する。
「そこに気づかないとはやはり大馬鹿者ですか……」
腕を組んだ海未が言い放つ。
《ウオオオオオオオオ!!!!!!》
不意に遠くから地面が揺れる様な歓声。
「A-RISEが出るみたいね」
控室のモニターを見たにこが言った。
「これが人気ナンバーワンの注目度ってやつか」
250: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/10(水) 20:38:15.09 ID:PRFcnf1Ro
播磨もつぶやく。
全員が一斉にモニターの前で固まっていると、控室のドアをノックする音が聞こえた。
「μ’sの皆さん。そろそろ準備のために会場入りしてください」
大会スタッフのようだ。
「……いきましょう」
海未は言った。
「……」
先ほどまでの和やかな空気が一変し、メンバーの顔つきが引き締まる。
舞台が始まるのだ。
(頑張れよ)
控室には播磨とにこの二人だけが残された。
「会場、行きましょう」
にこは言った。
「こっからでもA-RISEは見れるぞ」
播磨はモニターを指さして言った。
「バカね。会場と映像じゃあ、感じられる空気が違うから。それに――」
「それに?」
「私たちが見なきゃいけないのは、A-RISEじゃなくて、μ’sのほうよ」
「そういえばそうだな」
というわけで、播磨とにこは会場の観客席に戻ることにした。
A-RISEの盛り上がりはさすがだ。
しかし本当の戦いはその後にある。
つづく
252: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:38:12.28 ID:vgRugnX2o
前回のラブ・ランブルは!
お台場で行われるスクールアイドルの大会に出場した音ノ木坂学院アイドル部、
通称μ’sのメンバー。
都内を中心とする小規模な大会ながら、UTX学院のA-RISEも出場するという
こともあって注目度の高い大会だ。
μ’sのメンバーたちは、初めての学外大会ということで緊張を隠せない様子。
そこで播磨は、今回はサポート役に回ったにこと協力してメンバーの緊張を解すために
奮闘する。播磨の努力もあって過度な緊張感から解放されたメンバーたちは、
播磨たちに見送られてステージへと向かうのだった。
*
253: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:39:33.55 ID:vgRugnX2o
A-RISEの出場で会場のボルテージは一気に上がる。
さすが、前回のラブライブの覇者は格が違った、といった感じか。
それにしても、前回は屋内のライブであったけれど、今回は屋外のライブ。
それぞれ印象は違うけれど、屋内・屋外どちらでもA-RISEは安定した
パフォーマンスを見せてくれる。
メンバーそれぞれの才能もさることながら、それなりの訓練も施されているのだろう、
と播磨は思う。UTX学院のパンフレットを見たけれど、練習環境も音ノ木坂とは
段違いであろうことは想像に難くない。
「やっぱり凄いわね、A-RISEは」
にこが感心したように言う。
「何言ってやがる、今回俺たちは観客じゃねェんだぞ。わかってんのか」
播磨はにこの頭の上に手を置きながら言った。
「わ、わかってるわよそのくらい! 相手の弱点とか良いところを見習おうと思ってるの!」
そう言いながら、にこは播磨の手を振り払った。
こうして、A-RISEのパフォーマンスが終わると、会場は気だるい雰囲気に包まれる。
A-RISEの直後にやるチームは可哀想だと播磨は思った。
それだけ彼女たちのインパクトは強かったのだから。
254: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:40:05.81 ID:vgRugnX2o
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第十三話 応 援
255: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:40:31.44 ID:vgRugnX2o
矢澤にこが懸念した通り、A-RISEのパフォーマンス後の雰囲気は非常に悪く
なっていた。
A-RISEの圧倒的な実力を前に、誰もがA-RISEの優勝を信じて疑わない
状況。このため、応援にも力が入らない。
野球で言えば消化試合のような状態になってしまったのだ。
(コイツはマズイ)
播磨はそう思ったけれど、A-RISEが終わってからすでに二チームのパフォーマンス
が終了している。
次はいよいよμ’sの出番だ。
しかしこの雰囲気の中でパフォーマンスをして、どれだけ審査員の、そして観客
の心を捉えることができるだろうか。
そう思った時だった。
「フレー! フレー! μ’s!!!」
聞き覚えのある声が観客席の中央の辺りから聞こえてきた。
「フレッフレッμ’s!! フレッフレッμ’s!!!」
「お前らも声出さんかい!!」
「フレー! フレー! μ’s!!! 頑張れ頑張れμ’s!!!」
「松尾!!!」
「え? 誰?」
256: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:40:58.30 ID:vgRugnX2o
にこが聞いた。
「同じクラスの松尾鯛雄だ。おっ、あそこには田沢もいるぞ!」
よく見ると巨漢の椿山清美やチビの秀麻呂、それに富樫や虎丸までいる。
「根性じゃ高坂穂乃果ああああああああああ!!!!!」
「音ノ木坂の意地を見せたれ園田海未いいいいいいい!!!!!」
「ことりちゃあああああああああああああん!!!!」
「踏んでください真姫さま!!!」
「凛ちゃんかわいいにゃああああああ!!!!」
「かよちいいいいいいいいいいいいいいんんん!!!!」
《観客席の応援の方、周りの迷惑になりますのであまり騒がないでください》
たまらず放送が入るほど、彼らの応援はやかましかった。
「フレー!!! フレー!!! μ’s!!!」
しかしそのおかげで会場は爆笑の渦に包まれる。
そして満を持してμ’sの登場。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
松尾たちの応援が大地を揺らす。
そうなのだ、アイドルは応援されてナンボなのだ。
ちょっと迷惑かもしれないけれど、必ず穂乃果たちの力になるはず。
播磨は思った。
「フレー!!! フレー!!! μ’s!!!!」
播磨も声を張り上げる。
257: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:41:30.60 ID:vgRugnX2o
「ちょっと拳児、何やってんの!?」
「お前ェもやれ、にこ! ステージは孤独じゃねェってことをあいつらにわからせて
やるんだよ!」
「も、もう! フレー!!! フレー!!! μ’s!!!!」
「フレッフレッμ's!! フレッフレッμ’s!!!!」
*
薄暗い舞台そでは緊張感に包まれていた。
それは穂乃果とて例外ではない。
いや、むしろセンターヴォーカルでリーダーの穂乃果だからこそ、緊張するのだろう。
そんな彼女の耳に微かに聞こえてくる声。
(これは……)
「フレー! フレー! μ’s!」
応援の声だ。
μ’sを応援している声。
258: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:42:00.84 ID:vgRugnX2o
観衆のざわめきの中に微かに、でも確実に聞こえてきた。
「あなたも聞こえますか、穂乃果」
すぐ隣にいた海未が言った。
「聞こえるよね、穂乃果ちゃん」
ことりもだ。
「先輩、播磨先輩の声も聞こえますよ」
花陽が言った。
「ちょ、ちょっと恥ずかしいわね……」
腕組みをした真姫はそう言って顔を背ける。
「でも嬉しいにゃあ」
凛はそう言って笑った。
「うん」
不安が無いと言えばウソになる、でも自分たちは、自分たちだけでステージに立って
いるわけではない。
「さあ、行くよ!!」
「おお!!」
「μ’sの皆さん、ステージにどうぞ」
スタッフのその声に、一斉に駆け出す五人。
暗い舞台袖から出てきたステージは、とても明るく、眩しかった。
*
259: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:42:36.06 ID:vgRugnX2o
「うおおおおおおお!!!!」
「きゃああ! 穂乃果ちゃあああん!!」
大きな声援を送る音ノ木坂の生徒たち。
絶対数は少ないけれど、その声は確実に穂乃果たちに届いているはずだ。
播磨はそう確信する。
「にこ」
「なに?」
「ここまで来るのに、たくさんの人たちの協力や応援、それに努力があったんだな」
「そんなの、当たり前じゃない」
「そう言った力や思いを繋げるのも、アイドルの仕事なのか?」
「うーん、半分正解ね」
「半分」
「その繋がりの力が人々に感動を呼ぶ。その感動がまた新たな繋がりを生み、大きく
なっていく。その繰り返しを促すのがアイドルの使命よ」
「使命って」
「だから、立ち止まってなんていられないの。今度はにこもステージに上がるわ。
そしたら、今よりももっと、盛り上げて見せるんだから」
「フッ、頼もしいな」
「もっと頼ってもいいのよ。これでもにこは、お姉さんなんだから」
「考えとくぜ」
曲のイントロが始まり、会場が一瞬静になる。
そして歌がはじまった。
多くの人たちの思いが詰まった、μ’s最初のオリジナル曲だ。
*
260: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:43:09.25 ID:vgRugnX2o
「六位入賞か……」
「むしろ出来過ぎじゃない?」
帰りの電車の中、大会の結果を見ながら播磨とにこはつぶやく。
「俺的には優勝でもよかったんだけどな」
播磨は言った。
「ひいき目過ぎよ」
「悪かったな。あいつらが頑張ってるところを間近で見ちまってるから、どうしても
辛口にはなり難い」
「甘いわね拳児は。そんなことじゃあ一流のSIP(>>>0�には慣れないわよ」
(>>>0�IP:スクールアイドルプロデューサーの略)
「そんなもんにはならねェ」
「だいたい努力なんて、他のスクールアイドルだってやってるのよ。ウチだけが特別
に凄いことをしたわけじゃないの」
「そうだろうけどよ」
「A-RISEだってね」
「A-RISEか……」
「ねえねえ、何の話してるの?」
そんな二人の間に、穂乃果が入ってきた。
「大会の結果の話をしてたんだ」
「一位はA-RISEでしょう? 凄いよね」
261: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:43:36.06 ID:vgRugnX2o
「まあそっちははじまる前からわかってた部分もあるけどな」
「そうね」
A-RISEの安定度は段違いだ。
審査員の評価も桁違いであり、その点は誰もが認めるところ。
一方のμ’sは安定感に欠ける。
活動期間が短いので当たり前と言えば当たり前なのだが、何より基礎が欠けている
のが痛い。
これからどうしていけばいいのだろうか。
播磨はまた頭を悩ます。
「ねえ拳児くん」
「あン? どうした」
「そんな怖い顔してないでさ、打ち上げ行こうよ。みんなで」
「打ち上げ?」
「そうそう。ここの所、みんなで集まって食事とかしてないでしょう?」
「そうなのか」
「まあ、私が入った時女の子同士でファーストフード店には行ったけど、拳児や
雷電を含めた、部員全員で集まったことはないわね」
と、にこは言った。
「そういやそうだな。しかし、俺はあんまり女が喜ぶような場所を知らんぞ」
一瞬、東條希の顔を浮かんだ。
262: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:44:03.32 ID:vgRugnX2o
(いかんいかん。アイツの紹介する店はちょっと高い。だいたいカップルばっかり
で入りにくい店ばかりだ)
「どうしたの? 拳児くん」
「いや、何でもねェ。あんまり高い店はちょっと」
「ファミレスとかでも十分だよ」
「ファミレスねェ。俺はあんまり」
「じゃあ、あそこ行こうよ」
「あそこ?」
「拳児くん、好きでしょう?」
「どこだよ」
「あんたたち、何の話をしてるの?」
にこが腕組みをしながら聞いてきた。
「それは着いてのお楽しみ」
そう言って穂乃果は笑った。
*
263: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:44:33.11 ID:vgRugnX2o
中華飯店『月詠亭』
あまり中華料理店らしくない店名だが、播磨がよく行く店の一つだ。
庶民的なメニューがそろっていて、なにより安い(←ここ重要)。
小さな店構えは、他の店に比べても見劣りする。だが昔からこんな感じである。
「私こういう店はじめて」
目をキラキラさせながら真姫は言った。
(そういえばこいつはお嬢様だから、こういう庶民的な店は来ないんだろうな)
ふと、播磨は思った。
夕闇に染まる空の下、播磨は月詠の暖簾をくぐる。
「邪魔するぜ、相変わらず人いねェなあ」
そう言って播磨が引き戸を開けると、やたらガタイの良いスキンヘッドの男が
エプロン姿で出迎えてくれた。
「いらっしゃい。って、拳児か」
「おう、月光。今日も店の手伝いか。偉いな」
「親父が商店街の会合に出かけたものでな。今日は俺とお袋の二人で店番だ」
「ど、どなたですか……」
怯えた表情で花陽が聞いてきた。
無理もない。スキンヘッドはともかく、身長190センチもあり、筋肉ムキムキなの
だから。
「俺と隣りのクラスの月光だ。何、悪い奴じゃねェよ」
264: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:45:03.59 ID:vgRugnX2o
「は、はあ。ウチの学校のかたでしたか」
一年生組は怖がっているけれど、二年生はそうでもないようだ。
「こんばんわ、月光くん」
そう言って穂乃果は手を出し、月光とハイタッチを交わした。
「ご無沙汰してます。月光さん」
海未は相変わらず丁寧にあいさつする。
「おう、園田か。雷電もよく来た」
「ここに来るのも久しぶりだな」
雷電は言った。
「月光くん、今日はよろしくね」
ことりは笑顔で言う。
「南、お前のところのお祖父さんにはいつも世話になっている」
「そうだね。ウチのお祖父ちゃん、ここの炒飯大好きだから」
ことりの祖父と言えば、あの理事長である。
「一年生組は初対面の奴もいると思うから、ついでに挨拶しとけ」
播磨はそう言って、一年生の三人とにこを前に出す。
「は、はじめまして。小泉花陽です」
「西木野真姫と申します」
「星空凛だにゃー!」
「矢澤にこよ。三年生。一応、先輩なんだからね」
265: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:45:40.36 ID:vgRugnX2o
なぜかここで先輩風を吹かすにこ。それだけ月光が怖いのだろうか。
「それにしても拳児。今日は随分たくさん女の子を連れてきたじゃないか。ハーレム
でも作るつもりか」
「バカ野郎。部活の仲間だよ」
「部活と言うと、アイドル部の」
「まあ、そんなところだ」
「今日は大会だったんじゃないのか。富樫から聞いたぞ」
「お、知ってたのか」
「俺も応援に行きたかったが、店の手伝いがあってな」
「何、気にするな。他の連中がしっかり応援してくれたからな。気持ちだけで十分だ」
「とりあえず座れ。ええと、何人だ」
「今日は、全員で九人か」
「テーブルを動かそう」
「悪いな」
店には客がいないので、テーブルの配置は自由自在だ。
「お客さんですか」
全員が席についたところで、店の奥から人が出てきた。
「ああ、学校の友人だ。気にしなくてもいい」
「ええ?」
店の奥からは、身長150センチにも満たないと思われる小さな女性がエプロン姿
で現れた。
266: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:46:14.00 ID:vgRugnX2o
「きゃあ、かわいい!」
「月光先輩の妹ですかにゃ?」
真姫と凛がその女性に飛びつく。
「おい、お前ェら。その人は……」
播磨が説明しようとする前に月光は言った。
「母さんだ」
「え?」
「俺の母さんだ」
そう言うと、真姫と凛の二人は女性からゆっくりと離れる。
「はじめまして、月光の母の、月子と申します」
「ええええええ!!!!?!?」
この店に初めて来た一年生組とにこは驚愕の表情を見せる。
まあ無理もない。
「ここここ、こんな小さなお母様から、こんな大きなお子様が」
花陽は明らかに動揺している。
「落ち着け小泉」
「みんなそう言いますけど、月光くんも昔は小さかったのですよ」
それに対して月子は冷静に返答する。彼女が感情を表に出すことは滅多にない。
「いやいや、それにしても」
動揺を隠せないにこ。
「月子さんは昔から全然変わらないッスよね。月光はこんなになっちまったのに」
267: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:46:42.18 ID:vgRugnX2o
「こんなにってどういうことだ」
「立派に成長したってことだよ」
播磨は笑いながら言った。
「そんなことより注文しようよ。今日は初ライブの打ち上げだよ」
穂乃果は笑顔で言った。
疲れはある。けれども、其れ以上にやりきったという達成感が彼女を突き動かして
いるのだろう。
「とりあえず飲み物から注文してくれ」
月光は言った。
「月光くんのお友達なので、飲み物代はサービスでいいのです」
母月子はそう付け加える。
「ええ? いいんですか? 月子さん」
と、穂乃果。
「今日は何かの大会だったそうですね。だからそのねぎらいも兼ねてです」
「やったあ! 月子さん大好き」
ことりも言った。
ただでさえメニューが安いのに、その上飲み物代をサービスとは、この店は
商売する気があるのだろうか。
月詠に来るたびにいつも思う播磨であった。
「それじゃあ、ラーメンチャーハンセットとごはん大盛りでお願いします」
268: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:47:13.20 ID:vgRugnX2o
メニューを見ながら花陽は言った。
「まずは飲み物つってんだろう」
播磨はすかさずツッコむ。
「何でこの子はチャーハンセットと一緒にご飯を頼むんだ?」
月光は不思議そうに聞いた。
「気にするな、花陽(コイツ)にとってごはんは別腹らしい」
「ごはん♪ ごはん♪」
「私ウーロン茶」
「私はオレンジジュース」
「えーと、にこは……」
それぞれが注文を終えて、まず飲み物が出てくると乾杯タイムだ。
ここで部長の穂乃果が乾杯の音頭をとることになった。
「今日は本当にお疲れ様。特に一年生のみんなは少ない練習時間で、本当によく
頑張ってくれてありがとう。他にも応援してくれた人とか、ここにいない人たち
にもたくさんたくさんありがとうって言いたいです。
でも、私たちの目標はあくまでラブライブ! ライブの予選までに実力をつけて、
次はA-RISEにも負けないくらいのパフォーマンスをしましょう。
そして、学校を有名にして廃校も防ぎましょう!!
それでは、乾杯!」
「カンパーイ!」
穂乃果の乾杯で、打ち上げは和やかに始まった。
269: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:47:41.67 ID:vgRugnX2o
「回鍋肉おいしいね」
「この八宝菜もなかなか」
だがそんな和やかな空気の中、播磨は悩んでいた。
圧倒的な実力不足。
今のままではラブライブの本選はおろか、予選すら通過できない。
「ただ単純にスクールアイドルがやりたい、というだけならそれでもいいだろう。
このまま、実力を高めて行けば、来年あたりには本選に出場できるくらいの実力
がつくかもしれない。だがそれでは遅い」
播磨自身も目の前の課題に夢中になり過ぎて忘れていたが、スクールアイドルの
活動はあくまで手段でしかないのだ。
「……」
そのことは穂乃果が一番よくわかっている。
だから、わざわざ乾杯のあいさつでもそのことに言及している。
「どうしたにゃ? 播磨先輩」
不意に凛が話しかけてきた。
「あ? いや、色々今後のことをな」
「早く食べないと冷めちゃうにゃ。このワンタンとか」
「そ、そうだな」
「そうだ! 凛ちゃんが食べさせてあげるにゃ」
「は!?」
「こうすると、パパが喜んでくれるんだにゃ」
270: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:48:08.74 ID:vgRugnX2o
「おい、そのパパっていうのは、父親って意味だよな」
「そんなの当たり前にゃ。ほら、あーんして」
「おい、よせよ」
「あーんしてくれるまで止めないにゃあ。はい、あーん」
「あー……」
凛の背後では真姫と穂乃果が凄い目で睨んでいた。
ゴクンッ。思わずワンタンを噛まずに飲み込んでしまう播磨。
「あのよ、星空に他意はないと思うぜ。おふざけだからな」
「何で言い訳してるの?」
穂乃果は氷のように冷たい目線でそう言い放った。
「イミワンナイッ」
真姫はそう言って顔を背ける。
「女ってのは難しいよな、雷電」
たまらず播磨は雷電に話しかけた。
「なぜ俺に話を振る」
そう言って雷電は顔を背ける。
「雷電に変なこと言わないでください」
ついでに海未も不機嫌になってしまったようだ。
「は、播磨先輩」
今度は花陽が話しかけてきた。
271: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:48:38.76 ID:vgRugnX2o
「どうした、小泉」
「私の炒飯も食べてくれますか?」
「は?」
レンゲですくった炒飯を播磨に向ける花陽。
「頼むから普通に食ってくれえ」
「凛ちゃんはよくて、私はダメでしょうか」
「いやいや、ダメってことはねェけどさ……」
「モテモテだねえ、はりくーん」
遠くのほうからニヤニヤしながらことりが言った。
「お前ェ、絶対楽しんでいやがるだろう南」
「えへへ、そんなことないよー。あーここの天津飯おいしー」
「先輩」
「わかったわかった」
何の罰ゲームだよこれ。
初ライブの直後にもかかわらず、μ’sの分裂を危惧する播磨であった。
*
272: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:49:04.86 ID:vgRugnX2o
帰り道、播磨は穂乃果を家まで送っていた。
「モテモテでしたね、“播磨先輩”」
「うるせェよ。おふざけだっつうの」
「わかってるよ」
「それより穂乃果」
「なに?」
「廃校の件、まだ忘れてなかったんだな」
「当たり前じゃない。そのためにアイドル活動をはじめたんだから」
「そうか。で、今日のステージ、どうだった?」
「今日の、ステージ?」
「ああ」
「最高だった!」
「……」
「……とは言い難いかな」
「でも初出場で六位は凄いぜ、実際のところ」
「確かにね。でもそれじゃダメだよね。もっと注目されないと」
「やっぱ、お前ェもそう思うか」
「うん。とっても緊張したし、楽しかったし、学校の皆の応援も嬉しかった。
でも、それだけじゃダメなんだって思うと、ちょっと苦しいかも」
273: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/12(金) 19:49:34.31 ID:vgRugnX2o
楽しいだけではダメ、自分がやりたいだけではダメ。
それはそうだ。
世界は自分一人だけが存在しているわけではないのだから。
「穂乃果」
そう言うと、播磨は彼女の頭の上に手を置いた。
「ふにゅっ」
「お前ェ一人で苦しむんじゃねェぞ。何のための仲間だ」
「……わかってるよ」
「お前ェがステージに集中できるよう、俺たちが全力でサポートしてやる。心配せず、
前に進もうぜ」
「うん!」
そう言うと、穂乃果は数歩前に出て、そして振り向く。
「どうした」
「拳児くん、ありがとう。そしてこれからも、よろしくね!」
「おう」
穂乃果の笑顔は、外灯の光で逆光になっており、少し見えづらかった。
つづく
275: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 19:56:50.93 ID:eYzoIdaRo
お台場スクールフェスタの翌日。
その日は、メンバーの疲労も考慮して練習は無しとした。
しかし播磨と雷電は、昨日撮影した大会の映像を視聴覚室で見直していた。
A-RISEのパフォーマンスもすべて見たわけではなかったので、雷電の撮影した
映像はありがたい。
「……コイツはな」
A-RISEのパフォーマンスを見て播磨は溜息をつく。
「なかなかの完成度だ。本選ではもっとクオリティを上げてくることだろう」
腕組みをした雷電は言った。
映像にしてみるとよくわかる。直接会場で見ると、その熱気や盛り上がりで細かい
所には目が行かなくなるけれど、こうして冷静になって映像を見返してみると、
その実力の違いがよくわかる。
歌やダンスを完璧にこなすA-RISEに対して、μ’s側は歌もダンスも荒削り
過ぎる。
よくこれで六位に入れたものだと播磨は思う。もちろん荒削りであっても、いいところ
はあるので、そこを評価されたことは嬉しい。
「このままでは、ラブライブ出場どころか、予備予選の突破すら危ういかもしれん」
雷電は言った。
「予備予選? そりゃあ何だ雷電」
276: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 19:57:21.56 ID:eYzoIdaRo
「知らないのか。ラブライブは毎年出場校が増えているので、南関東地区の予選では、
予備予選を実施して地区予選出場組を選抜しているんだ」
「なに」
「もちろん、A-RISEなどの前回優勝校などは予備予選を免除されるが、ウチの
ような無名校は予備予選から這い上がって行くしかない」
「くっそ」
とにかく時間がない。播磨は逸る気持ちを抑えるように、視聴覚室の出口に向かう。
「どこへ行く」雷電は聞いた。
「ちょっと練習場にな。去年の資料があったはずだ」
「そうか」
「雷電、悪いけど他に気になるチームがあったらチェックしていてくれ」
「わかった」
薄暗い視聴覚室を出ると、廊下の光ですら眩しく感じた。
「……」
播磨は早足で練習場の教室へ向かう。
すると、話し声が聞こえてきた。
(どういうことだ、今日は練習が休みだというのに。知らない奴が、勝手に入って
きたのか)
そう思い、教室の中に入ると、穂乃果や他のメンバーたちがストレッチや筋力トレーニング
をしていた。
277: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 19:57:48.25 ID:eYzoIdaRo
「お前ェら、何してんだ」
「あ、拳児くん。まだ帰ってなかったんだね」
播磨の姿を見て穂乃果は言った。
「あの、自主練習です」
花陽も遠慮がちに言う。
「私たち、昨日の大会で色々と課題とかも見えてきたしね、大会まで時間もないし、
少しでも練習して良くしていかないと」
「そうにゃ。μ’sで学校を盛り上げるにゃ!」
凛はそう言って両手を上げる。
何がそんなに嬉しいんだろう。
「……そうか」
「先輩? どうかされましたか」
心配そうに真姫が顔をのぞきこんできた。
「いや、何でもねェ」
こいつらの前で不安そうな顔を見せるのは止めておこう。
「心配すんな。俺がお前ェらをラブライブに連れて行ってやる」
「もうっ、拳児くんが躍るわけじゃないでしょう? 変なの」
穂乃果はそう言って笑う。
「ははっ、確かにな」
確かに自分が舞台に上がるわけではない。だがやれることはあるはずだ。
播磨は置きっぱなしにしていた資料のファイルを持つと、視聴覚室へと戻った。
278: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 19:58:19.49 ID:eYzoIdaRo
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第十四話 心の殻
279: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 19:59:13.30 ID:eYzoIdaRo
「歌はともかく、当面の課題はダンスだな」
資料をめくりながら播磨は独り言のようにつぶやく。
視聴覚室のスクリーンには、A-RISEのダンスが映し出されていた。
今度のは、別のライブの映像である。
「しかしダンスと言っても、今更劇的に変わる方法があるとも思えんが」
「振付はともかく、今ウチらのメンバーに、まともなダンスを習ったことがある
やつがいないってのが何より問題だ」
一人一人のプロフィールを確認しながら播磨は言った。
「海未はどうなんだ」
スクリーンを見ながら腕組みをした雷電が聞く。
「アイツのは日本舞踊だからな、ステージダンスとはかなり違う。もちろん、アイツの
ダンス能力の高さは認める。だが、今のままでは限界がある」
「ダンスのコーチでも雇うか」
「そうしたいのは山々だが、俺にそんなダンサーの知り合いなんかいねェぞ」
そう言って播磨は頭を抱える。
「ここいらで基礎上げをしておかねェと、大会までに間に合わねェ。そうなったら」
廃校――
穂乃果が一番悲しむ結果だ。
「誰かダンスの上手いやつが身近にいれば……」
「ダンスの上手い奴か……」
「知っているのか雷電!」
何だか久しぶりにこの科白を言ったような気がする播磨。
「ふむ、心当たりはある」
「……誰だ?」
「お前もよく知っている人物だ」
*
280: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 19:59:40.59 ID:eYzoIdaRo
翌日の昼休み。播磨はいつもの中庭のベンチにいた。
日に日に日差しが強くなってくるのを感じる。それはまた、ラブライブの予選が
近づいていることも意味している。
しばらく待っていると、ふと足元に影がさした。
雲でもかかったかと思い見上げると、そこには黒の日傘を携えた東條希が立っていた。
「相変わらずこの場所なんやねえ、播磨くん」
希は微笑みながら言った。
「悪いな。あんまり他に気の利いた場所をしらねェもんで」
「横、ええかな」
「どうぞ」
希が横に座ると、日傘の縁が播磨の頭に当たった。
「いたっ」
「あらごめんなさい。堪忍やで。この時期日差しがキツイもんでなあ」
「そうッスか」
希は日傘の位置を少し高くする。
なんだか相合傘をしているような状態だ。
「それで、今日はなんの用なん?」
そう言うと、希は距離を詰め自分の二の腕を播磨に当てる。
意図的な行為でこちらの心理を探っているようだ。
281: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:00:07.09 ID:eYzoIdaRo
油断はできない、と播磨は思った。
「生徒会長と、絢瀬絵里と話がしてェ」
「なんや、播磨くんの好みはエリチやったんかいなあ」
そう言うと、希はわざとらしくため息をついた。
「わざとらしい演技はそれくらいにしてくれ。大事な話なんだ」
「別に取り次ぐのはかまわへんけど、μ’sのこと?」
「まあ、そうッス」
「ふーん。エリチは“表向きには”アイドル活動にはあまり良い感情を抱いていない
ようやけど、それでも話がしたいん?」
「なるだけガッツリと。相手は嫌かもしれねェが」
「ふうん、随分と本気みたいやねえ」
「まあ、そうッス」
「また、貸し一つやで」
「わかってるッス」
「それじゃあ交渉成立やね。さて、播磨くんへの要求は何にしようかなあ」
そう言うと希は立ち上がり、日傘をクルクルと回した。
嫌な予感がするけれど、今はそのことは考えないようにする播磨であった。
*
282: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:01:16.21 ID:eYzoIdaRo
その日の生徒会室では、絢瀬絵里と東條希の二人だけで残務整理をしていた。
二年生の役員はすでに帰らせている。
(妙ね……)
絵里は異常に気付く。
希の仕事のペースがやけに遅いからだ。
いつもなら何でもスラスラとこなす希も、今日はやけにのんびりしている。
「どうしたの、希。体調でも悪い?」
「なんや急に。そんなこと聞いて」
「いつものあなたらしくないわ。作業だって遅いし」
「たまにはエリチと二人きりでいたいと思っただけやないの」
「そんなことしなくても、さっさと仕事を終わらせて家で話でもすればいいでしょう」
「うーん、そうなんやけどねえ」
そう言うと、希は時計を見た。
「うん、そろそろええやろう」
何かに納得したように彼女は立ち上がる。
「今日はこれくらいにしよう、エリチ」
「希?」
「さっ、帰ろう帰ろう」
希に急かされるように生徒会室を出た絵里。希は自分の荷物を持つと、手際よく
生徒会室を施錠して職員室に向かった。
(まったく、何なのよ)
未だに絵里は希の意図がわからない時がある。
*
283: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:02:03.99 ID:eYzoIdaRo
すっかり暗くなった校舎の外に出ると、希は自分の携帯電話を取り出し時間を見た。
「ああ、予定通りやね」
そう言うと、携帯をポケットにしまう。
「何がどうしたの?」
ふと校門付近を見ると、大きな人影があった。
「ウチな、ちょっと予定があるから、帰りには“彼”に送ってもらって」
「はい? 何を言ってるの。それに彼って」
訳の分からないまま、希は素早くその場から去って行った。
残されたのは絵里と、怪しい人影。
「どうもッス」
希の言う「彼」は軽く会釈をした。
「播磨拳児……」
長身でサングラスの男。アイドル部を結成し、アイドル活動で学校を救おうなどと
分不相応なことをやろうとしている集団のリーダー。
そして希がここのところ最も気に入っている男でもある。
「あなた、噂と違って随分と回りくどいことをするのね」
「申し訳ねェ。どうやっていいのかわからなかったもので」
概ね、希に頼んで二人きりになれるような状況をセッティングしてもらったのだろう。
普段、素早く仕事をこなす希がこの日はやけにゆっくりだったのも納得がいく。
284: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:02:32.47 ID:eYzoIdaRo
この時間に彼と会わせるためだ。
「アイドル部の練習はもう終わったの?」
「はい。これから帰るところッス」
「ああそう、じゃあさようなら」
絵里はわざと意地悪をしてみた。
「ちょちょちょ、ちょっと待った」
そんな絵里を播磨は引きとめる。
年下の男子生徒が困る姿がちょっとだけ可愛く見えたのは秘密だ。
「家まで送るぜ。いや、送らせてくれませんかね」
慣れない敬語で頼み込む播磨。
そんな彼に、絵里はこれ以上意地悪をする気にもなれなかった。
だいたい、彼女が気に入らないのはアイドル部自体であって、播磨自身に嫌悪感
などがあるわけではなかったからだ。
「……」
「……」
二人で並んで歩く。
歩幅はかなり違うようだが、播磨は絵里の歩く速さに合わせてくれるようだった。
「ほ、星がキレイッスね」
不意に播磨が言った。
「星なんて全然見えないわよ」
285: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:03:14.79 ID:eYzoIdaRo
山奥ならともかく、この辺りでは街の光が明るすぎてあまり星は見えない。
「ああ、そうッスねえ」
「回りくどい言い方なんてあなたらしくないわね。さっさと本題を言ったらどうなの」
「そ、それじゃあ言いますが」
「……」
部費の増額?
学校をあげての支援?
生徒会長の自分に改まって何の要求があるのか。
それは気になっていた。
「ウチの、μ’sのメンバーにダンスの指導をして欲しいッス」
「ダンスの……、指導?」
意外な言葉に少し驚く絵里。
「なぜ私なの? 希に聞いた?」
「ああいや、風の噂で、音ノ木坂(ウチ)でダンスが上手い生徒と言ったら、
生徒会長さんの名前が出てきたもんで」
「……私の」
確か、一年生の時にモダンダンスを披露したことがある。
以来ダンスは封印してきたけれど、それを知っている者は少ないはずだ。
「バレエやってたんッスか。クラシックバレエ」
「どうしてそれを!? まさかそれも希から」
「いやいや、予想ッス予想。会長さんの歩き方見てたら、多分そうなんじゃねェかな
と思って」
286: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:03:42.71 ID:eYzoIdaRo
「……歩き方って、どうして」
「ほら、普通の人は踵から先に着地するじゃないッスか。でも、会長さんはたまに
つま先から着地するっしょ。これってバレエやってる人の特徴って聞いたことあるんで」
「……よく見てるのね」
「たまたまッス」
「観察力はあるのね」
「はい?」
「何でもないわ」
「でもなんで私に頼むの」
「ほら、バレエって、西洋ダンスの中では基本的な動きが凝縮されてるっていうじゃ
ないッスか。そのバレエの経験がある人がいれば、動きの幅がでるんじゃないかと
思って」
「……」
「確か宝塚音楽学校の入学試験の実技科目にもバレエってあるんですよね」
「そうかもしれないけど」
「お願いするッス」
「……」
「会長さん」
「はあ」
播磨の言葉に絵里は大きくため息をつく。
「あの……」
「協力は、できない」
287: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:04:24.81 ID:eYzoIdaRo
「どうしてッスか」
「どうしてもよ。今の私にはそんなことをする資格はないわ。何より、アイドル部の
活動自体、まだ認めたわけでもないし」
「それでも、協力して欲しい」
「何で私なの」
「同じ気持ちの奴と一緒にやりたいからに決まってるじゃねェか!」
「同じ、気持ち……?」
その言葉に絵里は立ち止まる。
「学校が廃校になってほしくない。それはアンタも同じだろう」
興奮したのか、播磨は敬語を使わなくなっていた。
「それは……、確かにそうよ。私だって生徒会長だし、祖母がこの学校の出身だし、
音ノ木坂には無くなって欲しくないと思っている。でも」
「だったら――」
「でもアイドル活動に協力する気にはなれないわ。私は私のやり方でやる」
「わがままな奴だな」
「わがままなのはあなたでしょう? 何よ、いきなり帰りにに着いてきて協力しろだなんて」
「そりゃあ、いきなりなのはわかってる。だけど時間がないんだ」
「私にだって時間はないのよ。もう三年生だし」
そう言うと絵里は早足で突き進む。
「どこ行くんだ」
288: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:04:59.68 ID:eYzoIdaRo
「お家帰るの! 決まってるでしょう?」
「なあ、頼むって」
「あんまりしつこいとストーカーとして訴えるわよ」
「アンタはそんなことはしない」
「どうして」
「ウチの生徒が不名誉なことをすることをアンタは望まないからだ」
「本当、卑怯ね。貴方って」
「なりふり構っていられねェんだよ」
「だいたい私にダンスの指導をしてもらいたいのなら、最低限の基礎は身に着ける
べきよ」
「最低限の基礎って、なんだよ」
「この前の大会よ。お台場であったやつ。アレはなんなの? 全然なってないじゃないの」
「……」
「曲とダンスが全然会ってないし、メンバーの動きもバラバラ。基礎体力は確かに
あるかもしれないけれど、動きが固すぎるわ。会場の盛り上がりに助けられて、
六位入賞とかしたみたいだけど、実際にはラブライブの予備予選を通過できるか
すら怪しいものね」
「……あのよ」
「なに」
「よく知ってるな。観に来てくれたのか」
「はっ!」
289: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:05:27.06 ID:eYzoIdaRo
思わず顔を逸らす絵里。
確かにその日は希と一緒にお台場までライブを観に来ていた。
だがそれは秘密にする予定であった。特に播磨たちには。
「あ、あ、あの、アレよ。い、インターネットでライブの生中継とかやってたから、
それで見たのよ」
「そうなのか」
「そ、そうよ。とにかくまだまだ修行が足りないってこと」
「そんだけわかってるなら指導してくれよ」
「私は先生でもないのよ」
「A-RISEのパフォーマンスはどうだった」
「……まあ完璧と言えば完璧ね。ただ、まだ仕上がってないというか」
「仕上げ?」
播磨の話に乗って思わず喋り続けてしまう絵里。
そして気が付くと家に到着してしまった。
(やだっ、私ったら調子に乗ってこんなに喋っちゃって。というかこの男が悪いのよ!
なんでこんなのに聞き上手なの!?)
心の中で理不尽な逆切れをしながら絵里は別れの挨拶をする。
「きょ、今日は送ってくれてありがとう」
「協力の件は」
「しつこいわね。協力はできないわ」
「でもあんだけ歌やダンスが好きならよ」
「貴方に私に何がわかるっていうの?」
290: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:06:17.60 ID:eYzoIdaRo
「わからねェよ!」
思わず絵里の右腕を掴む播磨。
大きな男の人の手。温もりが制服の袖を伝ってくる。
心臓が激しく鼓動した。
「わからねェよ。心を殻で閉ざしているお前ェのことはよ」
「心を殻で閉ざす……」
その時である、
「お姉ちゃん、帰ってたの?」
不意に玄関が開いた。
「亜里沙!」
絵里の妹、亜里沙が出てきたのだ。
「あ、ハラショー。お邪魔でしたか」
そう言うと、亜里沙は玄関の扉を閉じた。
「ち、違うのよ亜里沙。ちょっと、放しなさいよ」
「お、おう」
播磨は手を放す。
「じゃあ、さようなら!」
そう言うと、絵里は玄関の扉を開け、素早く家の中に入った。
まだドキドキが止まらない。
(心を殻で、か……)
同じことを数年前にも親友に言われたことがある。
「ねえねえお姉ちゃん、今の誰? カレシって奴ですか?」
291: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:06:52.85 ID:eYzoIdaRo
ニヤニヤしながら亜里沙が寄ってきた。
「何でもないわよ」
そう言うと、絵里は自分の部屋に早足で向かった。
*
翌日の視聴覚室。播磨は雷電と海未の三人で秘密の会議を行った。
「絢瀬絵里をこちらに引き入れるって、本気ですか?」
そう言ったのは海未である。
「そうだ。雷電も認めている実力の持ち主らしいしな。実際に話をしてみて、確信した」
「確かに、生徒会長に踊りの心得があることは知っていたが、早速声をかけるとは、
拳児も恐ろしいことをする」
雷電は冷や汗をかきながら言った。
「だいたい、生徒会長は私たちの活動には批判的だったじゃないですか、そんな人に
協力を頼むなんて非常識です」
海未は怒っている。
生徒会長云々よりも、自分たちに黙って行動した播磨に対しても怒りがあるのだろう。
292: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:07:20.03 ID:eYzoIdaRo
その気持ちはわかる。
だが、
「今の俺たちには必要な力だ」
「私たちだけでは不足だと?」
「ああそうだ」
「拳児!」
思わず声を出す雷電。
これまで振付やダンス指導は基本的に海未を中心にやってきたのだ。
その実績を無視するわけにはいかない。
「確かに私は、日本舞踊を少しかじった程度ですけど、それでもダンスのことは勉強
してきました……」
「お前ェには本当に感謝している。素人ばかりのこのチームを、一応はアイドルグループ
として成立させることができたのは、お前ェが基礎体力をつけてくれたおかげだ。
だけど、おめえ自身もわかってるだろう。このままではいけねェってことを」
「……それは」
「もうちっと時間があれば、お前ェも優秀な指導者として成長できる余地があるかも
しれねェ。しかし今は時間がないんだ。この夏のラブライブまでに結果を出さなきゃ
ならねェんだ。わかってるだろう」
「わかってますけど」
293: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:07:53.77 ID:eYzoIdaRo
「拳児」
「雷電?」
「少し、海未を話をさせてくれ」
「……」
「生徒会長のことに関してはお前に任せる。協力してもらうにせよ、そうでないに
せよ。今のままではいけないというのは俺たちに共通した考えだからな」
「わかった。すまねェな園田」
「……いえ」
*
播磨が出て行った視聴覚室で、雷電は先日の大会のビデオを流した。
流れる映像は、A-RISEのステージ。先日播磨と一緒に見たものと同じやつだ。
「播磨くんが言ってることもわかります。実際自分が躍ってみて、こうして雷電
が撮ったビデオを見ても、今の私たちがA-RISEに勝てないことは……」
「海未……」
「でも悔しいですよね。自分の実力不足を認めることは」
294: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:08:33.54 ID:eYzoIdaRo
「別に拳児だってお前が実力不足だと言っているわけではない。ただ」
「今のままではダメだ、そう言いたいんでしょう?」
「ああ、恐らくあいつの考えでは今のμ’sは未完成なんだろう」
「未完成?」
「そう。だから、何かを加えて完成形にしたい。それをあいつは今、模索している
のだと思う」
「それに必要なのが、生徒会長の絢瀬先輩だと」
「わからんけど、アイツはそう考えているようだ」
「でも大丈夫でしょうか」
「何がだ」
「先ほどもいいましたけど、絢瀬先輩は私たちの活動には批判的ですよね。そんな
人が協力してくれるでしょうか」
「そうだな。だが拳児なら何とかしてくれるかもしれん」
「え?」
「現にお前も俺も、こうしてμ’sに参加しているじゃないか」
「そういえば、そうですね」
そう言って海未は笑う。
「……」
雷電はそんな海未を黙って見つめていた。
「さあ、行きましょう雷電」
「行く?」
「練習に決まってるじゃないですか」
「いいのか」
「今は迷っている暇はありません。会長のことは播磨くんに任せて、今できることを
やりましょう」
「……そうだな」
二人は再生していたDVDを片付けると、視聴覚室を後にした。
*
295: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:09:05.70 ID:eYzoIdaRo
雷電や海未たちにはああ言ったものの、播磨自身は迷っていた。
今の所絢瀬絵里を説得する糸口がまったく見えていないのである。
せっかく、東條希に一緒に下校するというチャンスを作ってもらったにもかかわらず、
協力を得る確約は取れなかった。
それどころか、余計拒絶されているようにすら思える。
(このままではいけねェ。しかしどうすりゃいいんだ)
迷いながら歩いていると、廊下の角で柔らかい物とぶつかった。
「うわっ」
「きゃあ」
倒れはしなかったものの、誰かとぶつかってしまったらしい。
「す、すまねェ」
「こら、ボーッとして歩いてたら危ないで」
「アンタは……」
生徒会副会長の東條希であった。
「ふむ。その様子やと、エリチとの話し合いは上手くいかんかったみたいやね」
「わ、わかるのか」
「播磨くんは正直すぎやもん。顔に書いてあるわ」
「マジか」
そう言って播磨は自分の顔を触る。
「副会長さん」
「なあに?」
「話があるんッスけど、ちょっと時間いいッスか」
「うーん、どないしようかなあ」
希はわざとらしく逡巡してみせた。
*
296: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:09:49.49 ID:eYzoIdaRo
放課後、雷電と海未が練習場の教室に行くと、他のメンバーたちが小さなモニター
を全員で見ていた。
「何を見ているのですか?」
海未が聞いた。
「あ、海未ちゃん」
海未の存在に気付いた穂乃果が立ち上がる。
「この前のライブのビデオだよ。雷電くんが撮ってくれた」
「ああ、あれか」
「自分たちがステージに立っているとわからないことも、こうして外側から映像
で見せられると、よくわかりますよねえ」
苦笑しながら花陽は言う。
「これで六位入賞なんだから、ある意味奇跡よね」
そう言ったのは真姫だ。
「A-RISEのライブも見たけど、全然レベルが違うにゃ。何とかしないとダメにゃ」
楽天的な凛が珍しく真面目なことを言う。
何とかしなければならない。
その意識は他のメンバーも同じだと、海未は思った。
「そう言えば播磨くんはどうしました」
「ええ? 拳児くん? なんか、用事があるとかで先に帰っちゃったけど。この
大変な時にもうっ」
「播磨くんには播磨くんなりの考えがあるのでしょう。それより、私たちは今自分たち
にできることをしましょう」
「ねえ、新しい技に挑戦したりするの?」
297: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/13(土) 20:10:33.64 ID:eYzoIdaRo
穂乃果は嬉しそうに言った。
「まずは基礎固めです。体力錬成に行きますよ。さあ皆さん、準備してください!」
海未がそう号令をかけると、にこ以外が一斉に動き出す。
「にこ先輩も早く」
「わかってるわよ」
そう言ってにこは立ち上がる。
「ところでさあ、海未」
お尻の辺りのホコリを払いながらにこが聞いてきた。
「なんですか?」
「ここのところ拳児ってば、コソコソ何をやってるの?」
「え?」
ドキリとする海未。
“あのこと”を言っていいのか、少し迷った。まだ言うべきではないかもしれないからだ。
「このにこが気づかないとでも思った?」
「それはその……」
「まあいいけどね。深くは追及しないわ」
「はあ」
海未はそれを聞いてホッとした。にこも空気が読めないタイプの人間ではない。
「でもさ、拳児に会ったら伝えといてよ」
「なんですか?」
「アンタは深く考えるよりも行動するタイプでしょうって。グチグチ考えてるより、
当たって砕けたほうが上手くいくのよ。にこはそう思うわ」
「……はい」
「じゃあ、練習練習」
そう言うとにこは軽くノビをした。
海未が隣りにいる雷電を見ると、彼はすべてを悟ったように深く頷いた。
つづく
299: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:08:04.29 ID:gqdeW3fao
学院内の自動販売機コーナー前。
昼休みなどは多くの人で賑わうこの場所も、放課後にはほとんど人はいない。
時々、部活動をサボる生徒がこっそりとジュースが買うくらいだろうか。
「これで、いいんッスか」
「上々やね」
播磨からコーヒー牛乳のパックを受け取った希はそう言った。
何が上々なのかよくわからないけれど、今は希の機嫌を損ねるわけにはいかないので、
播磨は黙っておくことにした。
播磨は希の隣りに座る。例によって希は距離を詰めてきた。
純粋な好意というわけではなく、彼女の場合はこういった細かい行動でこちらの
真理を読み取ろうとするから注意が必要だ。
「エリチとの話し合いは、上手くいかんかったようやねえ」
「スンマセン。折角セッティングしてもらったのに」
「ええのよ別に。まああの子の頑固なところは、ウチでも時々苦労することあるからなあ」
「それで、教えて欲しいことがあるんッスけど」
「なあに? ウチの知ってる範囲でなら答えるけど」
「その……、絢瀬会長って昔バレエやってましたよね」
「そうやねえ。よく知っとるなあ」
「はあ、そんで、今はやってる様子がないんッスけど、なぜバレエを辞めたのかと
思って」
「エリチがバレエを辞めた理由……」
希は少し考え込む。
「……」
300: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:08:35.53 ID:gqdeW3fao
言い難いのだろうか、と一瞬播磨は思った。
だが、
「それは、わからへんねん」
「え?」
「ウチがエリチと知り合ったんは、高校に入ってからや。せやけど、あの子がバレエ
をやってたんは中学までやって聞いてるから」
「辞めた理由とかは、聞いてないんですか」
「そこまでは教えてくれへんかったなあ」
「そんな」
親友とも言うべき副会長の東條希にも教えなかった理由。
それは一体何か。
「ウチもわからへんことやから、それを聞き出すのは難しいかもしれへんで」
「そこのところ、聞いてもらえませんか」
「ダメやね」
播磨の要求を希はバッサリと断った。
いつもなら、冗談めかして思わせぶりな態度をとることもある希だが、その時は
はっきりと断ったのだ。
「エリチはバレエをやめても、バレエやダンスに関する興味は失ってへんよ。にも
関わらず、その理由を親友やと思うてるウチにすら打ち明けてへんのやから、それは
彼女の心の中に深く関係することやろうね」
「……」
「いくら親友とはいえ、関わってはいけないあると思うんや。自分かてそうやろ?」
「それは……」
「もしも気になるやったら、自分で直接聞きなさい。そういうデリケートな部分は、
例えウチが知っていても教えへんよ」
「……わかりました」
「うん、素直でよろしい」
そう言うと、希は播磨の頭を軽くなでる。
「な、何すんだ」
「うふふ。照れちゃってかわいいなあ。年下もええかもしれん」
そう言って希は笑う。
かわいいなんて言われたのは何年ぶりだろうか。
「そ、それじゃあ失礼するッス」
ほとんど口を付けていない、パックのジュース(いちご牛乳)を持ったまま、
播磨はその場を立ち去って行った。
301: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:10:25.65 ID:gqdeW3fao
ラブ・ランブル!
播磨拳児と九人のスクールアイドル
第十五話 過 去
302: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:10:55.98 ID:gqdeW3fao
播磨が立ち去った後、希はすぐにはベンチから立ち上がらずその場に座っていた。
「どこから聞いてたん?」
よく通る声で、希は言った。
ドキリとする。希は自分の存在に気づいていたのだ。
知らない振りをすることを諦めた“彼女”は、希の前に姿を現す。
「盗み聞きとはあなたらしくないやないの――」
「……ごめんなさい」
「エリチ」
彼女こと絢瀬絵里は、校内で東條希を探していたところ、偶然希と播磨が話を
していたところを見つけてしまう。
とっさに身を隠した彼女は、彼らの会話に耳をすませていたのだ。
「私がバレエを辞めた理由……、というところかしら」
生徒会執行部で使うファイルを両手で抱えた絵里は、希の前に出てそう言った。
「ウチはあなたのプライバシーに関することは一切言うてへんで」
「それはありがとう」
「あの子は気にしてるみたいやけどね」
「……」
「播磨拳児」
「……!」
その名前を聞くとドキリとする。
「なかなかかわいい子やないの。あんまり無碍にせんでもええんちゃう?」
303: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:11:23.33 ID:gqdeW3fao
「あの人をかわいいなんて言えるのは、あなたくらいよ」
中華飯店の息子、月光ほどではないが播磨も180㎝を超える長身である。
日本人平均では十分大男である彼をかわいいと言える希の包容力には、さすがの
絵里でも敵わない。
「なぜあなたは、あの人に肩入れするの」
絵里は聞いた。あの人とは、言うまでもなく播磨拳児のことだ。
「生徒会副会長として、生徒の悩みを聞くのは当然やと思わへん?」
「それでも、限度ってものがあるんじゃないかしら?」
「まあ、個人的に気に入ってるっていうのもあるかもしれへんな」
「それって、播磨くんのことを」
「うーん、恋愛的な意味やのうて、彼、頑張ってるやろ? 色々と」
「それは……」
「そういう頑張ってる人を応援したくなるのが、ウチの性分やねん」
「だからって」
「安心して? この件に関してはウチは中立やで。決めるのはエリチ。貴方自身や」
「私は……」
絵里は言葉が出なかった。
何と言えばいいのか。
今、希に何を言っても意味はない。
「生徒会長として協力はできない。今度彼に会ったら、そう伝えてちょうだい」
「……」
304: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:11:55.33 ID:gqdeW3fao
「それじゃ、生徒会室で待ってるわ」
絵里はその場から逃げるように踵を返す。
しかし、
「待ってエリチ」
希はそれを止めた。
絵里は振り返らず、歩みだけを止める。
「なに」
「あの子は生徒会長としての貴方ではなく、絢瀬絵里個人としてのあなたに頼んでる
やないの? 立場とか関係なしに」
「それは……、わかってる」
それでも……。
絵里は胸のあたりをぎゅっと抑える。
「行くわ」
そう言うと、絵里は早足で生徒会室へと向う。
*
305: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:12:44.29 ID:gqdeW3fao
この日の練習は海未の早めに切り上げることになった。
「えー? まだやりたりないにゃあ」
凛は体力が有り余っているらしい。
「部の方針が定まっていないうちは何をやっても無駄よ」
ハアハア息を切らしながらにこは言う。
確かににこの言うとおりだ。
このまま進むか、方針を変えるか。
早いうちに結論を出さなければならない。
ラブライブの予選の日は刻一刻と迫っている。決断が遅くなれば、それだけ不利に
なるのだ。
あと、ここ最近ろくに休養もなく練習漬けだったので、メンバーの疲労も一部を
除いてピークに達している。
それは傍から見ている播磨や雷電にもすぐにわかった。
「なあ、穂乃果」
帰り支度をしている穂乃果に播磨は声をかける。
「どうしたの? 拳児くん」
「お前ェ、雪穂から何か聞いてないか?」
「え? 雪穂? 雪穂がどうかしたの?」
穂乃果は首を傾げる。頭の上に?マークが浮かんでいるように見える。
「いやな、俺の携帯に雪穂からメールが入ってたんだ。帰りに家に寄ってくれって。
お前ェなんか知ってるか」
306: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:13:27.43 ID:gqdeW3fao
「全然? 何も聞いてないよ」
「そうか」
「じゃあ一緒に帰ろう?」
「そ、そうだな」
「あの、播磨先輩」
そんな話をしていると、不意に真姫が後ろから声をかけてきた。
「どうした、西木野」
「その、新曲の件なんですけど、そろそろ決めておいたほうが」
「ああ、そういやそうだな」
もうすぐラブライブの課題曲も発表される。同時に新曲も作って行かなければならない。
「今取り込んでる一件が終わったら、すぐに取りかかる。すまねェ、準備だけは進め
といてくれ」
「今取り込んでるっていうのは……」
「振付とか、練習方針について色々。悪いな、俺は同時に二個も取りかかれるほど頭
良くねェんだ」
「え? にこのこと呼んだ?」
急に顔を出してくる矢澤にこ。
「呼んでねェよ」
播磨はそんなにこの頭を押さえつける。
「こらあ! にこちゃんの超絶プリティな頭をそんなに粗末に扱うなあ!」
「ああ、悪い悪い」
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