ラブ・ランブル! ~播磨拳児と九人のスクールアイドル~前編
 

 
307: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:13:54.59 ID:gqdeW3fao

 にこを押しのけるように播磨は真姫の前に立つ。

「本当、すまねェな」

「いえ。私、待ってますから……」

「でもよ、西木野くらい能力があるんだったら、一人でも大丈夫なんじゃねェのか?」

「いえ、そんな!」

「?」

「いえ、私なんてまだまだですから」

「……そうか。すまねェ。なるべく早く片付ける」

「はい」

「拳児くん。何やってるの?」

 いつの間にか帰り支度を済ました穂乃果が呼んだ。

「お前ェ、いつの間に」

「置いてくよ」

 穂乃果の妙に冷たい視線が播磨の横顔に突き刺さる。

「待てって。それじゃあな、西木野。また明日」

「はい。また明日」

(絢瀬絵里にばかり構ってられねェんだよな。色々とやることがあり過ぎる)

 真姫と別れた播磨は、そんなことを考えながら帰り支度を急いだ。




   *

引用元: ラブ・ランブル! ~播磨拳児と九人のスクールアイドル~ 


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308: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:14:51.14 ID:gqdeW3fao




「それにしても何で雪穂は、私じゃなくて拳児くんに直接メールしたんだろうね」

「お前ェじゃあ言い忘れると思ったんじゃねェのか?」

「え? 失礼な。そんなに忘れっぽくないよ」

「お前ェ、そういや妹の体操服持ってきたことあったよな。去年だったか」

「あ、あれは雨で体操服が渇かなかったからで……!」

 夕闇に染まる歩道を、そんなバカな話をしながら播磨と穂乃果は歩いて行った。

 そして穂乃果の家である『穂むら』に到着。

「ただいまー」

「こんちわーッス。雪穂いますか」

 暖簾をくぐると、穂乃果の母が店じまいの準備をしている最中だった。

「おかえり穂乃果。拳児くんもいらっしゃい」

 口をモゴモゴしているので、つまみ食いでもしていたのだろう。

 別にいいけどさ、と播磨は思った。

「あ、ケン兄おかえり。ついでにお姉ちゃんも」

 店の奥から雪穂が顔を出した。

「おい雪穂。ここは俺のウチじゃねェぞ」

 播磨が反論する。

「何言ってるの、半分家みたいなものじゃない」

「雪穂、私はついでなの?」

 穂乃果も顔を膨らませて不満げな表情を見せる。

「お姉ちゃんも、そんな細かいこと気にしないで。それよりケン兄。会わせたい人

がいるんだ。私の友達なんだけど」

309: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:15:30.99 ID:gqdeW3fao

「会わせたい人?」

「とにかく奥に来てよ」

「ああ、わかった」

 そう言って店の奥に入ろうとすると、志穂が穂乃果を止めた。

「穂乃果は店の片付け手伝ってくれる?」

「ええ? なんで私が」

「お姉ちゃんでしょう?」

「ブーブー」

「わがまま言わないの」

 というわけで、穂乃果は店の手伝いをして、播磨は店の奥にある居間に通された。

「ケン兄、こっちだよ」

 雪穂に手を引かれながら居間に行くと、見覚えのある金髪の少女が座っていた。

「お前ェ、どこかで見たことが」

 播磨は記憶の糸を手繰り寄せる。

「あっ、会長のところの」

「やっぱり知り合いだったんだね」

 雪穂は言った。

「どうも。絢瀬絵里の妹の絢瀬亜里沙です。姉がいつもお世話になっております」

 亜里沙は立ち上がって一礼する。

 姉と似ていて姿勢が良い。ストレートの金髪は、姉と少しだけ色が違っていた。

 髪の右側に付けている髪留めが妙に印象的だと播磨は思った。

「雪穂、音ノ木坂(ウチ)の生徒会長の妹さんと知り合いだったのか」

 播磨は雪穂に言った。

310: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:16:05.02 ID:gqdeW3fao

「うん。同じ中学校の友達だよ」

「そうなのか」

「とりあえず座ろうよ」

「ああ」

 播磨がテーブルの前に腰掛けると、向かい側に雪穂と亜里沙が座った。

「あの時の女の子か。会長の妹さんだったんだな」

「あの、播磨拳児さんですよね」

「ああ。そうだが」

「やっぱり。μ’sのSIPですよね」

「え? 何。その言い方流行ってんのか?」

 ちなみにSIPはスクールアイドルプロデューサーの略である。にこの造語だと

思っていたが、どうやら一般的な名称になっているらしい。

「まあ、μ’sっつうか、音ノ木坂のアイドル部の副部長はしている。ちなみに部長は

今、外で手伝いをしている雪穂の姉な」

「それは知ってます」

(反応薄いな)

 穂乃果自身にはあまり関心がないようだ。

 メインボーカルなのに。

「そうそう、この前のお台場でやってたスクールアイドルのイベント、お姉ちゃんと見に行きました!」

 急に興奮した口調で亜里沙は言った。

311: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:16:46.34 ID:gqdeW3fao

「二人でか?」

「はい!」

(なんでいアイツ。やっぱり見に来てたんじゃねェか。下手なウソつきやがって)

 ふと、絵里の顔が思い浮かぶ。

「μ’sのライブは、どうだった」

「凄かったです。私、感動しました! とっても良かったです!」

「そ、そうか……」

「亜里沙ってば、学校でもμ’sの話ばっかりするんだよ。アハハ」

 雪穂はそう言って笑った。

「μ’sが何だって!?」

「うおっ!」

 急に顔を出す穂乃果。

「あ、亜里沙ちゃん、ハラショー」

 亜里沙を見た穂乃果はそう言って手を振る。

「ハラショー、穂乃果さん」

 亜里沙も手を振り返した。

「何だお前ェら、知り合いだったのか」

 播磨は少しだけ驚く。

「うん。この前も遊びに来てたからねー」

 穂乃果は嬉しそうに言った。

「穂乃果、まだ終わってないわよ」

 遠くから志穂の声が聞こえてきた。

312: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:17:40.06 ID:gqdeW3fao

「わかってるよお母さん。それじゃ、後でね」

 そう言うと、穂乃果は店に戻って行った。

 絢瀬絵里の妹の亜里沙が雪穂の友達で、μ’sが好きで、穂乃果とも顔なじみで

あることはわかった。

「で、その妹さんが俺に何か用なのか?」

「あ、はい。先日、お姉ちゃんと玄関前で言い争っていたのは、播磨さんですよね」

「ん? アレのことか。まあ、そうだな」

「背が高くてサングラスをした音ノ木坂(おとこう)の生徒の話を雪穂ちゃんにしたら、

それって播磨さんのことじゃないかって話になったんです」

「それで、雪穂が俺をここに呼んだと」

「そういうことデス」

 雪穂はなぜか嬉しそうに頷いた。

「あの、どうして播磨さんが姉と言い争いをすることになったんでしょうか。差し支え

なければ聞かせていただけないでしょうか」

「どうして知りたいんだ?」

「もし、それがμ’sのことだったら、とても気になるというか」

 この子は、天然っぽい外見をしているけれど、意外と鋭いのかもしれない。

 播磨は考えた。

 下手なごまかしは通用しないだろう。何よりμ’sを好きでいてくれる人に対して、

ウソを付きたくない。

313: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:18:16.72 ID:gqdeW3fao

 それが播磨なりの筋の通し方である。

「悪いが、そいつは教えられねェ」

「え……」

「あれは俺とお前ェのお姉さんとの間の問題なんだ。もし、今お前ェに話をしたら、

何かしら上手くいくかもしれねェけど、妹を利用するってのは、ルール違反な気が

してよ」

「もしかして、“痴情のもつれ”ってやつですか?」

「バ、バカ。違ェよ! 何言ってんだ」

「ケン兄、あたしというものがありながら!」

「雪穂、お前ェはちょっと黙ってろ!」

「え? 何々? 修羅場? 修羅場なの!?」

 再び顔を覗かせる穂乃果。

「お前ェは戻れ穂乃果! そしてお前ェらちょっと落ち着け!」

 穂乃果を店に戻し、亜里沙と雪穂を落ち着かせた播磨は一息つく。

「まあ、妹さんよ。お前ェのお姉さんとは、また話し合いをするから、心配はしなくて

いい。μ’sの活動もちゃんとする」

「そうですか。あっ、もうこんな時間。そろそろ帰らないと」

 居間の時計を見た亜里沙が言った。

「ええ? 夕飯食べて行けばいいのに」

 雪穂は残念そうに言った。

「今日、両親が不在なんです。だから家にはお姉ちゃんしかいなくて」

314: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:18:51.53 ID:gqdeW3fao

「そっか、一人だと不安かもしれないしね。それなら仕方ないね」雪穂は言った。

「待てよ妹さん」

 そんな亜里沙に播磨は声をかける。

「はい?」

「家まで送るぜ。暑くなると変質者がよく出没するって言うしな」

「ええ? ケン兄も帰っちゃうの?」

「中学生を夜中に一人で歩かせるわけにはいかねェだろうが」

「じゃあ私も行く」

「帰りはどうすんだ」

「ケン兄送ってよ」

「やだよ面倒くせェ。つうか、夕飯の準備を手伝え」

「はあい」

 雪穂は渋々納得したようだ。

 穂乃果の前ではしっかり者の雪穂も、播磨の前では少しワガママになってしまう。

 ただ、昔からそうだったので、播磨は特に気にしてはいない。

 帰り支度をした播磨と亜里沙は、店の母親に挨拶をする。

「すんません、お邪魔しました」

「お邪魔しました」

 育ちが良いのか、亜里沙はキレイなお辞儀をする。そこは姉にそっくりだ。

315: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:19:18.57 ID:gqdeW3fao

「あら、もう帰っちゃうの?」

 志穂は残念そうに言った。

「そうだよ、夕飯食べて行きなよ」

 穂乃果も残念そうだ。

「いえ、姉が心配しますので」

「俺が家まで送って行く」

 播磨は言った。

「拳児くんが一番物騒なんじゃないの?」

「バカなこと言うな。じゃあな」

「気を付けてね」

 そう言って穂乃果は手を振った。

「失礼します」

 もう一度礼をした亜里沙は播磨と一緒に店を出る。外はすっかり暗くなっていた。




   *

 

316: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:20:08.58 ID:gqdeW3fao



暗くなった帰り道、播磨と亜里沙は並んで歩く。

「今日はすみませんでした。ご足労かけて。しかも送ってもらうなんて」

「なに、気にしてねェよ。ついでだ、ついで」

「ありがとうございます。播磨さんは噂に違わぬいい人ですね」

「ただのお人好しって言い方もできるがな」

「そんなことないですよ。今日話してみた感じでも、雪穂ちゃんの話を聞いても、

とってもいい人です」

「そうかい。そりゃありがとよ」

「はい」

「それで、妹さんよ」

「亜里沙です」

「ん?」

「亜里沙って呼んでください。雪穂ちゃんも雪穂って呼んでるでしょう?」

「そういや、そうだけど」

「絢瀬だと、お姉ちゃんと一緒になっちゃうから」

「わかったよ、亜里沙」

「はい。それで――」

「どうした」

「何か、聞きたいことがあるんじゃないですか?」

317: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:20:45.75 ID:gqdeW3fao

「あン?」

「雪穂ちゃんたちの前では聞き難いこととか」

「それは」

「お姉ちゃんのことですか」

 鋭いな。やっぱりこの娘は鋭い。

 播磨は確信した。

 そんな鋭い妹に話をしていいものなのか、少しだけ逡巡する。

「大丈夫です、秘密は厳守しますよ」

「別に秘密にするような、大層なことを聞きたいわけじゃねェが」

「お姉ちゃんのスリーサイズですか?」

「ブッ! 知ってんのかよ」

「妹ですから、何でも知ってます」

「いや、別に知りたくもねェから。っていうか、今はそんなことは重要じゃねェ」

「亜里沙はまだ小さいけど、将来的にはお姉ちゃんくらいになると思うのですが」

「何の話をしてんだ」

「エヘヘ」

(いかんな。年下に会話のペースを握られてしまっている)

 播磨は少しだけ焦った。

「なあ、妹……じゃなくて、亜里沙」

「はい?」

318: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:21:19.69 ID:gqdeW3fao

「お前ェの姉さんがバレエをやっていたのは知ってるよね」

「はい、中学までやっていました」

「そうなのか。それで、どうしてバレエを辞めたのか、わかるか?」

 こういうのは聞いていいのだろうか。

 自分の中で少しだけ葛藤するが、今は彼女に聞く他ない。

 本人に聞いても取りつく島もないだろうから。

「ええと……、お姉ちゃんが中学二年生の時だったと思うんですけど、怪我をしたんです」

「怪我か」

 怪我で選手生命を失う。そんなことはスポーツ界ではよくあることだ。

「それで、バレエを辞めたのか」

「いえ、怪我自体はそこまで酷くなくて。半年ほど休んだら完全に治ったんですけど」

「なに?」

「でも、それからお姉ちゃんはバレエをやらなくなりました。完全に断ち切ったというか」

「……怪我が治ったのに、バレエは再開しなかった」

「はい」

「何があったんだ」

「わかりません。そのことは何度か聞いたことがあるんですけど」

「ああ、いや。いい」

「はい?」

「人にはそれぞれ事情があるんだろう。それ以上は本人以外の口から聞くもんじゃ

ねェな」

319: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:21:52.07 ID:gqdeW3fao

「お姉ちゃんのこと、気遣ってくれてるんですね」

「別にそんなんじゃねェよ」

(怪我をして一時期バレエをやらなかった時期がある。その間に何かがあって、

絢瀬絵里はバレエをやらなくなった。一体何があったのか)

 ここから先は妹も知らない事情があるのだろう。

「お姉ちゃん、あんなにバレエが好きだったのに……」

 そう言うと、亜里沙は俯く。

「亜里沙はバレエ、やらなかったのか?」

「私もやってましたよ」

 そう言うと、亜里沙は播磨の二歩前に出てクルリと一回転した。

「おい、危ねェぞ」

「でも小学校で辞めちゃいました」

「どうして」

「私、才能なかったみたいで」

「才能か……」

 バレエのことはよくわからないが、人一倍才能が必要であることは素人の播磨にも

わかる。

「でも踊ること自体は好きです。だから、楽しそうに踊っているμ’sの皆さんを見てると、

見ているこっちも楽しくなります」

「……そうか」

 才能だけが踊りじゃない。

 ふと、播磨はそう思った。




   *

320: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:22:35.85 ID:gqdeW3fao



 絢瀬家、玄関前――

「今日は送ってくださってありがとうございます。話し相手にもなっていただいて」

 亜里沙は丁寧にお辞儀をした。

「いや、どうってことねェ」

「今度はもっと、μ’sの話を聞かせてくださいね」

「まあ、時間があったらな」

「それでは」

 そう言って亜里沙が玄関を開けようとした瞬間、彼女がドアノブに手を駆ける前に

扉が開いた。

「ちょっと亜里沙! 遅くなるならちゃんと連絡しなさい。ただでさえ、最近は物騒なんだか……」

 エプロン姿の絵里がドアを開けたまま固まる。

 彼女の視線は、亜里沙のすぐ後ろにいる者に釘付けになっていた。

「播磨……、くん?」

「ど、どうもッス」

 急な再会に戸惑う播磨。正直、今はあまり顔を合わせたくなかったのだ。

「どうして、亜里沙と一緒に」

「送ってきたんだよ。夜道は危ねェだろう」

「それは……、ありがとう」

 素直に礼を述べる絵里。

321: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:23:07.64 ID:gqdeW3fao

 そこは生徒会長。道理はきちんと通す女。

「そいじゃ、俺はこれで」

 気まずくなってきたので、そそくさと帰ろうとする播磨。

 しかし、

「ちょっと待ちなさい」

 それを引き留める絵里。

「何か?」

「夕食、まだ食べてないでしょう?」

「へ? まあ、そうッスけど」

「ウチで食べて行かない? 今日は両親いないから、材料が余ってしまって」

「は?」

 唐突な申し出に戸惑う播磨。

「あっ、それいい考え! ありがとうお姉ちゃん」

 絵里の申し出に、亜里沙は賛成のようだ。

「行こう? 播磨さん。どうぞ、あがって」

「お、おう」

 意外な展開に戸惑いを隠せない播磨。

 そして他人の家というのはどうも落ち着かない。

 穂乃果の家は何度も来ているので問題はないけれど、それ以外では雷電や海未の

家くらいしか行ったことがないのだ。

322: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:23:34.14 ID:gqdeW3fao

「そこで座って待ってて」

「お、おう」

 絵里は髪を後ろにまとめたいつもの髪型だが、家では当然ながら制服ではなく私服

である。

 ぴったりとしたデニムのパンツとライトブルーのTシャツ。それに白いエプロンドレス

はかなり新鮮な驚きを播磨に与えた。

「なによ。ジロジロ見て」

「いや、会長さんの私服姿って見たことねェから、珍しくて」

「バ、バカ。見世物じゃないのよ。あまり見ないで」

「すンませン」

「お待たせ播磨さん」

 私服に着替えた亜里沙が居間に現れた。

 何だか救われた気がする播磨。

 なぜなら絵里と二人きりだと気まずかったからだ。

「亜里沙、いつも何食ってんだ? ボルシチとか」

「ウチはそこまでロシアじゃないよ。まあ、ビーフストロガノフは時々作るけど」

「そうかい」

 この日の夕食はカレーライスであった。

 何だか普通の日本の食卓のようだ。

「当たり前じゃない。私も亜里沙も、見た目はこんなだけど日本人なんだから」

(なんでそんなにツンツンしてるんだ)

323: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:24:18.62 ID:gqdeW3fao

 播磨は気まずいを思いをしながら夕食をいただいた。

 カレーはとても美味しかった。

「意外と料理上手なんッスねえ」

「それ、どういう意味?」

「いやいや、会長さんはお嬢様っぽいんで、自分で料理しないのかと」

「お父さんもお母さんも忙しいから、私がこうして亜里沙のために夕食を作っているわ。

それでも、高校に入ってからだけどね」

(バレエを辞めてからか)

 播磨はそう思ったが口には出さなかった。

 食事が終わると、絵里は紅茶まで出してくれた。

 絵里のキツイ言葉とは裏腹に、そのもてなしは至れり尽くせりと言った感じだ。

 意外な厚遇に心が揺れる播磨。

 そんな中、亜里沙が“あるもの”を持ってきた。

「播磨さん、お姉ちゃんのアルバムだよ」

「ちょっと亜里沙。なぜそんなものを」

「ほう」

 焦る絵里。

 しかし亜里沙はペースを崩さずに、アルバムを開いた。

「ほう」

 そこには大きく脚を上げる絵里の姿があった。

 顔は今より幼いけれど、面影ははっきりと見て取れる。

324: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:24:52.34 ID:gqdeW3fao

 チュチュと呼ばれるバレエの衣装を着た絵里は、髪の毛をお団子にまとめていた。

 何かの発表会の時だろうか。

「ちょっと亜里沙、勝手に出さないでって言ってるでしょう?」

 エプロンで手を拭きながら絵里は居間のテーブルまでやってくる。

 こんな家庭的な光景は、学校では決して見ることはできないだろう。

「綺麗ッスね」

 ふと、播磨は声に出す。

「え?」

 絵里の動きが止まった。

「いや、身体のラインとか、動きとか」

「映像もあるよ、見る?」

 調子に乗った亜里沙が笑いながら言う。

「やめなさい」

「いや、さすがにそこまでは」

「でも凄いでしょう? お姉ちゃん」

「ああ、凄いな」

「んぐぐ……」

 褒められて悪い気持ちはしない。でも恥ずかしい。

 そんな感情が絵里の紅潮した顔にあふれ出ていた。

 この人も、思ったより分かりやすいのな。

 そう思うと播磨は少しだけ安心した。




   *

325: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:25:22.69 ID:gqdeW3fao

 食器の片付けも終わり、エプロンを外した絵里が向い側のソファに座る。

 この時亜里沙はお風呂に入ってくると言って席を外したので、播磨は絢瀬家の

居間で絵里と二人きりになってしまった。

 亜里沙という緩衝剤が無くなったことで、当然絵里も気まずい。

「それで、亜里沙を使うなんてどういう意図があったの?」

 最初に言葉を発したのは絵里のほうからであった。この気まずい空気に耐えられなかったからかもしれない。

「別に、使うなんて人聞きが悪い。偶然ッスよ」

 播磨はそっけなく答える。

「亜里沙ってば、随分とあなたのことが気に入ったみたいね。年下に人気があるのかしら」

「それは買いかぶり過ぎッスよ」

「そうなの」

 絵里はゆっくりと、開かれていたアルバムを閉じる。

「これはもう、過去のことだから」

 そして独り言のように言った。

「あの、聞いてもいいッスか」

「何?」

「どうして、バレエを辞めたのか」

「……!」

 どっからどう見ても百パーセント地雷であることがわかりきっているのに、あえて

それを思いっきり踏み抜く播磨拳児という男に、絵里は驚きを飛び越えて尊敬すら覚えた。

326: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:26:01.75 ID:gqdeW3fao

 こうなったらもう、行くところまで行ってやれ、という気持ちもあったかもしれない。

 亜里沙は今、ここにはいない。本音をぶつけ合えるのは、今しかないだろう。

「どこまで知っているのかしら?」

「中学の時に、バレエを辞めたってことくらいッス」

「……」

 辛い記憶。

 心の中の殻に入れて、恐れながら護ってきた記憶。

「この話をするのは、あなたがはじめてよ。亜里沙にも、もちろん希にも言っていない」

「……」

 播磨はまっすぐに絵里を見据えている。

 まるでこれから決闘にでも行くかのような、怯えと闘争心が入り混じった表情のように、

絵里には思えた。

「私はバレエの練習中に怪我をして、しばらくバレエができなくなったの。怪我自体は

たいしたことなかったんだけど、大事をとって、半年ほど休むことになった」

「……」

「その時、私は夏休みを利用してお祖母ちゃんのいるロシアに行くことにしたの。

毎日、バレエの練習ばかりでずっと行くことができなかったから。この際、行って

みようと思って」

「……それで、どうだったんッスか?」

327: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:26:29.70 ID:gqdeW3fao

「この時にね、私はお祖母ちゃんに地元のバレエ学校に連れて行ってもらったの。

知ってる? ロシアには各地にたくさんのバレエ学校があるの」

「バレエの本場ッスからねェ」

 本場、というか盛んな国である。サッカーで言えばブラジルみたいなものだろうか。

「そうね。私はそんなバレエ学校の一つに連れて行ってもらった。ほんの興味本位

だったの。本場のバレエはどんなものかっていう。そこで見たものは……」

 絵里は言葉を詰まらせる。

「圧倒的な実力差……」

「……え?」

「私はその頃、日本でそれなりに評価されていたから、正直天狗になっていたのよね。

でも、ロシアのバレエ学校の生徒たちはそのプライドを打ち砕いた」

「……」

「知ってる? ロシアのバレエ学校では、二千人以上の受験者がいて、その中で

六十人くらいしか受からないの。更にそこから絞り込まれて、最終的に十数人、

プロになれるのは数人しかいないというくらい厳しいものなの」

(※木村公香『バレエを習うということ』頁143/健康ジャーナル社刊/平成13年7月27日)

「それは……」

「私の中で何かが大きく崩れ去った。本物を見た時の衝撃。だから私はバレエを辞めたの。

表向きには、怪我をしてから、上手く身体が動かなくなったからって言い訳してたけど、

本当は自信が無くなったのよ」

328: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:27:33.80 ID:gqdeW3fao

「……」

「どう? こんな私でも、協力して欲しいと思うの?」

「身体は、身体はもういいんッスよね」

「そ、それはそうだけど」

「じゃあ問題ないッス」

「ちょっと播磨くん」

「はい?」

「今の話聞いてたの?」

「はい」

「じゃあなんで、今まで通り協力しろっていう結論になるのよ」

「いやあ、なつうか、自分の直感?」

「直感?」

「ああ。初めてアンタを見た時、いや、違うな。初めて絢瀬絵里という存在を意識

した時に思ったんッスよ」

「何を」

「凄くキレイだなって」

「…………!」

 思わず顔が熱くなる絵里。

(どうしよう、顔、隠したい!)

 絶対、今、耳まで赤くなっているだろうことはわかった。

 こんな顔、親しい人には絶対に見られたくない。亜里沙が近くにいないのが大きな

救いだ。

329: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:28:18.24 ID:gqdeW3fao

「き、キレイって。何が」

「いやその、歩き方とか立ち振る舞いとか。バレエ習ってただけあって凄くキレイだ

なって思ったんで」

「そ、そう。そのこと……」

 絵里は大きく鼓動する心臓を鎮めようと、深めに息をした。

(何なのよこの子は。年下の子にこんな気持ちにさせられるなんて!)

 絵里は心の中でハンカチを噛む。

「だから踊ったら凄くキレイなんじゃないかと思って、それだけッス」

「それだけ」

「はい」

 一気に身体の力が抜ける。

「おっと、もうこんな時間か」

 播磨は腕時計を見て言った。

「え?」

「結論は、明日聞かせてもらえませんか。俺も色々考えたいことがあるんで」

「え、ちょっと」

「いつもの中庭で待ってるッス」

「あの中庭?」

「ええ!? もう帰っちゃうの?」

 廊下から急に亜里沙が飛び出してきた。

330: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:28:45.80 ID:gqdeW3fao

「亜里沙? あなたお風呂に入ってたんじゃ」

 亜里沙の服装を見ても、風呂上りには見えない。

「うん、入るって言ったよ。でも今すぐとは言ってない」

「何屁理屈こねてるのよ!」

「そんなことより、お姉ちゃん。お顔真っ赤だよ」

「うそっ!」

 そんな姉妹のやり取りを余所に、播磨は立ち上がる。

「世話になりました」

「また来てね、播磨さん。玄関まで送るよ」

 亜里沙はそう言って播磨の横にくっついた。

「いや別に。気にしなくていいから」

「……」

「それじゃ、失礼するッス」

 播磨はそう言って絵里に一礼する。

「気を付けてね」

 絵里はそう言うのが精いっぱいであった。

 こんなにも心をかき乱された日は久しぶりかもしれない。



『だから踊ったら凄くキレイなんじゃないかと思って、それだけッス』



 播磨の言葉が頭の中で繰り返される。

「踊る……、か」

 誰もいない居間で、絵里は一言つぶやいた。





   *

331: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:29:12.95 ID:gqdeW3fao




 翌日、絵里は確固とした結論も出せずにいた。

 午前中の授業にも身が入らず、昼食もほとんど喉を通らない。

「どうしたの?」

 クラスメイトにも心配される始末だ。

(私らしくない。もっとしっかりしなくちゃ)

 そう思ったが、ふともう一人の自分が語りかける。

(私らしさって何?)

 そんなのわからない。

 辛いことから逃げて、心を殻で覆うことで辛うじて自己を保ってきた自分。

 包容力の大きい親友に頼って生きてきた自分。

 勉強に励み、生徒会の仕事などを率先してこなすことによって、不安をかき消して

きた自分。

 どこに本物の自分があるのだろうか。

 気が付くと、絵里は約束の場所、つまり学校の中庭にいた。

 既に中庭のベンチには播磨が座って待っていた。

(彼の問いかけにどう答えればいいのか)

「あの、生徒会長さん」

「は、はい」

 心臓が高鳴る。

332: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:29:39.46 ID:gqdeW3fao

 しかし次の瞬間、彼は予想外のことを口にした。

「今まで協力してくれ、とか言ってたけど、それは取り消す」

「……え?」

 意味がわからない。

 昨日言ったことは嘘だったの?

 なぜ急にそんなことを?

 しかし播磨は言葉を続けた。

「俺と、いや、俺たちと一緒にやらねェか」

「それって……」

「μ’sに入るってことだ」

「そんな、私は。どうしてそんな今更」

「ステージに立つ絢瀬絵里が見たい。それだけの理由じゃあ、不足ッスか?」

 頭の中が真っ白になる。

 顔は紅潮しなかったけれど、心臓の鼓動は相変わらず高いままだ。

 こんな気持ちになったのは何年ぶりだろうか。

「条件があるの」

 絵里は言った。

「何だ」

「私のことは、絵里と呼びなさい」

「え?」

「それと、敬語はいらないわ」

333: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:30:30.95 ID:gqdeW3fao

「ん?」

「もう、仲間ですもの」

「……わかった。よろしく、絵里」

 そう言うと播磨は右手を差し出す。

 大きく、温かい手を絵里はガッチリと握り返した。

 すると、

「やったあー!!!」

 不意に校舎の影から人が出てきた。

「ひゃっ!」

「やったにゃあ!」

 高坂穂乃果や星空凛など、μ’sのメンバーだ。

「やったね! はりくん」

「手間かけさせるんじゃないわよ」

 南ことり、矢澤にこもいる。

 よく見ると、全員いるようだ。ずっと隠れていたのだろうか。

 メンバーの中から一人が絵里の前に出た。

「あの、改めまして、私リーダーの高坂穂乃果と申します」

「絢瀬、絵里です」

「μ’sへようこそ」

 そう言うと、穂乃果とも握手をした。

334: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/14(日) 20:31:14.92 ID:gqdeW3fao

「それにしても昨日電話があった時はびっくりしたよ。まさか生徒会長をメンバーに

加えるなんて言うんだもん」

 穂乃果は笑いながら言った。

「正直、穂乃果から聞いたときは成功するとは思いませんでした」

 そう言ったのは園田海未だ。

「うむ」

 すぐ傍にいた雷電も海未の同意している。

「これでμ’sは八人だね!」

 穂乃果は元気いっぱいに言った。

「八人のフォーメーションも一から考えねェとな」

 腕を組んだ播磨が言った。

「これでラブライブもいただきにゃ!」

 なぜかはしゃぐ凛。

「凛ちゃん、気が早いよお」

 小泉花陽はそんな凛を宥めるように言った。




「――九人やで」




「え?」

 この時、全員の動きが止まる。

「μ’sはウチも入れて、九人や」

(え、なんで?)

「…………」

 笑顔でVサインをする東條希を見て、その場にいた全員が言葉を失ってしまった。


 
 


    つづく!!

347: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:48:33.02 ID:d/vzvJwZo




 前回、色々あって生徒会長の絢瀬絵里と東條希が音ノ木坂学院アイドル部、

通称μ’sに加わることになった。

 彼女たちの加入は、μ’sを色々な面で変えることになる。

 一番変わったことは、絢瀬絵里の意向によりチーム内の先輩後輩の壁を取り払う

ことであった。

 つまり、少なくとも部活動中は「先輩」と呼ぶことを禁止したのである。

 この方針をすぐに受け入れた者もいれば、

「拳児くーん」

「うわっ!」

 星空凛はそんな絵里の方針をすぐに受け入れた者の一人である。

「おい星空、いきなり背中に飛びつくな」

 凛は何を思ったのか、播磨の背中に飛びついた。

「照れない照れない。これもスキンシップにゃ。それと、凛ちゃんのことは凛って

呼んでほしいにゃ」

「んだよ面倒くせェ」

「にゃあああ!!」

 凛は両腕両脚で播磨を後ろから締め付ける。最近ずっと筋トレで鍛えているから

かなり苦しい。

「ああ! わかった、わかったから。力を緩めろ。つうか、離れろ」

348: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:49:04.56 ID:d/vzvJwZo

「わかったらいいにゃ。はいっ」

「はい?」

「はいっ」

 凛の意図を理解した播磨は、小声でささやくよに言った。

「り、凛。これでいいか」

「照れなくてもいいにゃあ」

「べ、別に照れてねェよ!」

「かよちんも下の名前で呼んで欲しいでしょ?」

 播磨の背中におぶさったまま、凛は小泉花陽に話を振った。

 急に話を振られた花陽は、恥ずかしそうにモジモジしている。

「え? あの……。できれば」

「わかったよ。花陽、これからもよろしくな」

「は、はい。拳児さん」

 播磨は花陽の頭を軽く撫でた。

「ふしゅうー」

 すると顔を真っ赤にさせて俯く花陽。

「ああっ、かよちん照れてるにゃあ。照れてるかよちんもかわいいにゃ」

「わかったからお前ェは降りろ、凛」

「あの、先輩」

 ふと、別方向から話しかけてきたのは西木野真姫であった。

「どうした」

349: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:49:45.34 ID:d/vzvJwZo

「ごめんなさい、私はまだちょっと……、今まで通りでいいですか?」

「あン? まあ構わねェぞ別に」

「真姫ちゃん、部の方針に逆らうのはよくないにゃ」

「凛、ちょっと黙れ」

 播磨は凛の顔を掴んで黙らせる。

「ふにゃ!」

「まあ、人にはそれぞれ事情ってもんがあるんだ。そうそう強制はできんだろ」

「拳児くんは見かけによらず優しいにゃ」

「見かけによらずってどういうことや」

「ありがとうございます」真姫はそう言って頭を下げる。

「そうだ、西木野」

「はい?」

「懸案も解決したことだし、そろそろ新曲の作曲に取り掛からねェか」

「は……、はい」

「ん?」

 反応が悪い、と播磨は思った。

 ずっと新曲を作りたがっていたにも関わらず、この反応は何かあったのだろうか。

「むむむ。拳児くん、真姫ちゃんが難しい顔してるにゃ」

「お前ェはいつまで俺の背中にいるつもりだ」

350: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:50:33.60 ID:d/vzvJwZo

「楽ちんだから、このまま外にランニングに出かけてもいいにゃあ」

「うるせェ。降りろ」

「モテモテやね、拳児はん」

 ニヤニヤしながら東條希が近づいてきた。

「副会長、じゃなくて希?」

「うふふ、なあに?」

「いや、何でもねェ」

 東條希という人物も謎は多いけれど、彼女の謎は今の所放置しても問題はない、

と判断した播磨であった。















        ラブ・ランブル!

    播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第十六話 デート・ア・ラブライブ~前編~

351: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:51:03.35 ID:d/vzvJwZo





「真姫ちゃんの様子がおかしい?」

 昼休み、教室でパンを食べながら播磨は穂乃果たちに、西木野真姫のことを話して

みた。

「ふむ、確かに少し元気がないかもしれんな」

 雷電は頷く。

「知っているの? 雷電くん!」

 穂乃果は言った。播磨は何となく台詞を取られた気がして少し悔しいと思った。

「ふむ、練習中もあまり集中できていなかったというか、声にも力が無かったな」

 さすが雷電、よく見ている。と、播磨は感心する。

 ここの所絢瀬絵里のことに集中していたため、他のメンバーの様子をなかなか

見ることができなかったからだ。こういう時に頼りになる。

 播磨は海未に作ってもらった可愛らしい弁当箱を丁寧に持つ雷電を見ながらそう思った。

「でも何があったんだろう。心配事かな」

「年頃の娘には心配事の一つや二つあるもんだろ。穂乃果、お前ェはないかもしらねェけど」

「し、失礼な。私だって色々悩みとかあるよ」

「どうせ体重と成績のことだろ」

「はっ! なぜわかったの? 拳児くんは超能力者?」

352: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:52:00.72 ID:d/vzvJwZo

「まあ、高坂のことは置いておいて、拳児。お前は西木野真姫をそうするべきだと思う?」

 雷電は穂乃果を無視して話を続ける。

「え? 雷電くん酷い」

「うーん。年頃の女子には悩みの一つや二つあるもんだしなあ。そっとしておくのが

一番かもしれねェが――」

「そんなことでええの?」

「うわっ!!」

 不意に顔を出す東條希。

「希、なんでこんなところに!」

「ふふ。悩みある所に希ありやで」

「何ちょっと決め台詞っぽいこと言ってんだこの人は」

「そんなことより、西木野真姫ちゃんのことやろ?」

「知ってたのか」

「さっきから話をしとったからな」

「聞いてたんならさっさと出てこいよ」

「まあそれはともかく、拳児はん」

「え?」

「真姫ちゃんはウチらμ’sの作曲を担う大事な要やで。それが悩みを抱えたままで

ええと思うとる?」

「そりゃあ、不味いとは思うけどよ」

353: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:52:29.39 ID:d/vzvJwZo

「SIPとして彼女の悩みを解決する。これが今回のミッションやね!」

 そう言うと、希は笑うセールスマンのごとく播磨に人差し指を向ける。

 ドーンって感じに。

「エスアイピーって、何? 雷電くん」

 穂乃果は首をかしげて雷電に聞いた。困った時の雷電である。

「ふむ、SIPとは、スクールアイドルプロデューサーの略で、スクールアイドルの

ライブスケジュールや宣伝など、一切のことを統括する立場だと聞いたことがある」

「へえ、そんなのがあるんだあ」

「別にSIPとかになるつもりはねェが、作曲の要である西木野の不調は放置できねェか」

 播磨は吐き捨てるように言った。

「そういうことやね」と、希。

「それじゃあ、今日の放課後、ちょっと話を聞いてみよう」

「ウチも同行するで」

 希はなんだか嬉しそうだ。

「じゃあ私も部長として」

 穂乃果も続いた。

「お前ェはもっと練習しろ」

「ええ?」

「雷電、練習のほうはお前ェと海未に任すからな」

「心得た」そう言って雷電は頷く。

354: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:53:00.68 ID:d/vzvJwZo

 絢瀬絵里も加入して、ダンスや歌もレベルアップしなければならないこの時期、

一人でも多く上手くなって貰わなければならない。

 それは西木野真姫とて同様だ。

 この日の放課後、播磨と希は、真姫を練習場とは別の教室に呼び出して事情を聞く

ことにした。




   *





「ストーカー?」

 放課後、練習場とは別の教室で真姫の話を聞いた播磨と希の二人はその言葉に驚く。

「最初は気のせいかと思ったんです。帰り道に人の気配がしたり、学校に行く時に

誰かに見られたりした気がして」

「……」

 播磨たちは真姫の言葉を黙って聞く。

「でも最近、私の知らない写真がネット上にアップされたていたり、変なハガキが

家に届くようになったりして」

「変なハガキってのは?」

「差出人が書いていないハガキに『応援してます』みたいなメッセージが書かれているものです」

355: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:53:51.92 ID:d/vzvJwZo

「確かにストーカーかもしれへんね」

 希は頷いた。

「警察には相談したのか?」

 播磨は聞いた。

「は、はい。でも犯人がわからなくて……」

「どういうことだ?」

「拳児はん。ストーカー規制法っていう法律はあるけれど、それは基本的にストーカー

の正体がわかっている時に有効なものなんや」

 真姫に代わって希が説明する。

「は?」

「つまり、知り合いとか友達とか、それから元交際相手とか、そのストーカーが

誰かはっきりわかっとったら、逮捕するなり警告するなり、それなりの措置がとれる

けど、誰がやってるのかわからへん場合は、それはできへんのや。せいぜい家の周り

のパトロールを強化するくらいやね」

「なんてこった」

「このままストーカー事件が長引けば、私、両親からμ’sを辞めろって言われるかも」

 そう言うと真姫は両手で顔を抑えた。

「なんでアイドル部が関係あるんだ? 老人ホームでボランティアライブはやった

ことあるけど、まだ公式の大会には一回しか出てねェぞ」

 播磨は聞く。

356: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:54:36.68 ID:d/vzvJwZo

「拳児はん。世の中には初物が好きって言うアイドルマニアもいるんやで。まだ

人気の出ていないアイドルに目を付けて、自分がそのアイドルを育てたつもりに

なるんや」

「はあ……」

 播磨にはよくわからない世界だ。

「真姫ちゃんは一年生の中でもことのほか可愛いからなあ。目を付けられるのも無理

ないわ」

「そんな、可愛いなんて」

 真姫は恥ずかしそうに目を伏せる。

「しかし、このまま放置するってわけにもいかねェだろう」

 播磨は言った。

「そうやね」

「ストーカーの行為がどんどんエスカレートして、障害や殺人に至るケースがあること

くらい俺だって知ってるぜ」

「ひいっ!」

 播磨の言葉に真姫は顔を青くする。

「こら、拳児はん。そないに不安にさせたらアカンで」

「ああ、悪い悪い」

「とにかく、真姫ちゃんは大事な仲間や。ラブラブを前にこの子を手放すわけには

いかへん。何とか安全策を考えへんと」

357: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:55:30.23 ID:d/vzvJwZo

「実際どうすんだ? 現状、警察は頼りにならんだろう」

「ウチにいい考えがあるんやけど」

「何か嫌な予感がするんだが」

「ウソの恋人、略して“ウソコイ”作戦や」

「何だその、週刊少年ジャン●で連載されている漫画のタイトルみたいな作戦は」

「つまり、真姫ちゃんのストーカーは真姫ちゃんが好きなんやろう? せやけど、

その真姫ちゃんに恋人がいるとわかったら、彼奴も諦めるはずやで」

「はあ? そんなもんかね」

「真姫ちゃん。今、好きな人とかおる?」

「え!? あ、あの……」

 希は遠慮がない。答えにくい質問もズバズバしてくる。

「いませんけど」

「せやったら、拳児はん」

「なんだよ。まさか……」

「せや、真姫ちゃんの恋人になってくれへん?」

「ええ!?」

「なにい!?」

 驚く二人。

 しかし希は涼しい顔をしている。

「ちょっと待ったあ!!!」

 そんな話をしていると、急に教室のドアが開いた。

358: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:56:48.52 ID:d/vzvJwZo

「にこ!?」

「にこっち?」

 なぜか矢澤にこが乱入してきた。

「話は聞かせてもらったわ。地球は滅亡する、じゃなくて、その作戦はいかがなものかしら」

 にこはそう言いながら教室に入ってくる。

「お前ェ練習はどうした」

「今はそれどころじゃないでしょ。それより希」

「なあに? にこっち」

「ウソコイ作戦って何よ。アイドルに男はご法度ってことは、常識のはずよ!」

 なぜかにこは凄く怒っている。

どうでもいいが練習着姿で廊下から教室の中の話を聞いているにこのすがたを想像

するとおかしかった。

 一方、希は落ち着いた表情を崩さない。

「現状これが一番ええ方法やと思うけどなあ」

「バカねえ、アイドルといえばある種の●●性が求められるものなのよ。恋人なんて

もってのほか! 例え彼氏がいたとしても、仲の良い兄か弟とか言ってごまかすのが

常識でしょうが!」

「そんなもんかね」

 播磨は軽くつぶやく。

「そういうものよ! 一昔前のアイドルなら、トイレや汗をかくことすらご法度と

言われていたのよ。今はさすがにそれほどでもないけど、恋人とか、何考えてる

のよ!」

359: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:57:59.49 ID:d/vzvJwZo

「にこっち、それは確かにアイドルとしては大事なことかもしれへんけど、今は

真姫ちゃんの安全が最優先や。このまま親御さんに止められてμ’sを辞めること

になったらどないするの?」

「それは……」

「ウチらは仲間や。仲間同士助け合っていかなアカン。そうやろ? にこっち」

「でも恋人は不味いわよ。せっかく人気が出始めたところなのに……」

「にこっち、だったら他に何か案があるの?」

「これよ! にこ特製の変装セット。外出するときはいつもこれを装着するの!」

 そう言うと、にこは大きいマスクとサングラスを取り出した。

 そういや、秋葉原で会った時、コイツはこんな格好をしていたな、と播磨は思い出す。

「あの、私そういうのはちょっと……」

 しかし真姫は拒否した。

「なんでよ! 邪悪な紫外線からお肌も守れて一石二鳥よ!」

「にこっち。ちょっと落ち着きなさい」

「うう……」

「話を戻すけど、拳児はん。真姫ちゃんの恋人兼ボディーガードになってくれへんかな。

この件が解決する間だけでええんやけど」

「何で俺なんだよ。雷電でもいいんじゃないか」

「それを海未ちゃんが許すと思う?」

 播磨はその質問に少しだけ考える。そして、

「……無理だな」

360: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 19:59:52.79 ID:d/vzvJwZo

 との結論に至った。

「お願い」

「でも、俺なんかでいいのか? つうか、西木野本人に意向を聞かねえと」

「え? 私ですか」

 先ほどから真姫の顔はずっと紅潮している。

「西木野、俺なんかでいいのか。もし嫌だったら他の奴を紹介――」

「あの!」

 播磨の言葉を止めるように真姫は声を出した。

「ん?」

「先輩で、いいです」

「……」

「いや、先輩がいいです!」

 真姫は恥ずかしそうにそう言った。

「ウフフ」

 その様子を見て希は嬉しそうに笑う。

「うう……」

 にこは不満そうだ。

「それじゃあ、皆にはそういう風に説明するで」

 そう言って希は立ち上がった。

「わかった」

 播磨は頷く。

「これからしばらくの間、二人は一緒に登下校してもらいます。外出する時も、極力

一緒に行動すること。ええな」

361: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:00:38.28 ID:d/vzvJwZo

「……はい」真姫は頷く。
 
「そこまですんのかよ」播磨は言った。

「せやないと、ストーカーを騙せへんやろ? 拳児はんの都合が悪い時は、他の子を

呼んで、極力一人では行動せんことやな」

「わかりました」

「どうしても不安な時は、このにこちゃん変装セットで」

「にこっち、行くで」

 そう言うと、希はにこの後ろ襟を掴むようにして歩き出す。

「ああ! ちょっと待ってよ、希!」

 教室に残される真姫と播磨。

 そこには気まずい空気が漂っていた。

「本当によかったのか。ウソとはいえ、俺なんかが恋人でよ」

「いえ、それは問題ないと思います」

「嫌だったらはっきり言っていいんだぞ」

「嫌じゃありません!」

 そう言うと、真姫は立ち上がる。

「れ、練習に合流します。先輩も急いでください!」

「お、おう!」

 なぜか急に怒り出した真姫に戸惑う播磨。

「それと、作曲も始めますからね。準備お願いします」

「そうだな」

 こうして、大会に向けた作曲作業と、播磨と真姫のウソ恋人関係がはじまったので

ある。




   *

362: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:01:12.95 ID:d/vzvJwZo




「二人が付き合う!!?」

 練習場で事情を説明すると、真っ先に驚いたのが穂乃果であった。

「つつつ、付き合うって、あんなことやこんなことを!!!」

「落ち着け穂乃果」

「ふぎゃあ!」

 播磨は穂乃果の頭に手刀を当てて彼女を黙らせた。

「でもストーカーっていうのは、確かに見過ごせないわね」

 そう言ったのは絵里である。

「メンバーの安全のため、一時的にこうすることに決めたんよ」

 希はそう説明する。

「私は反対したけどね」

 と言ったのはにこだ。

「にこ、あなたは練習抜け出して何やってるの」

「うるさいわねえ、アイドルに恋愛はご法度でしょう?」

 絵里の注意にも彼女はひるまない。にこはあくまで原則にこだわるようだ。

「それでも安全には代えられないわ。皆もいいわね、一応拳児と真姫は付き合っている

ってことで話を合わせてちょうだい」

 絵里ははっきりと言い放った。 

「ええ?」

「穂乃果、落ち着いてください」

363: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:01:51.04 ID:d/vzvJwZo

 不満そうな声を出す穂乃果を海未が嗜める。

「ニセの恋人なら、月光くん(※十三話参照)でもいいんじゃない? 強そうだし」

「月光くんはマザコ……、じゃなくてお店のお手伝いがあるから無理だね」

 ニコニコしながらことりは言った。

「これから作曲で、播磨くんと真姫が一緒に作業することが多くなるから、ちょうど

いいんじゃないですか?」

 そう言ったのは海未だ。

「拳児くんには、秋葉原で五人の変質者に襲われそうになった時、助けてもらった

ことがあるにゃ。拳児くんだったら安心にゃ」

 凛はそう言って真姫の肩を抱く。

「そ、そうなんだ」
 
 真姫はその話を聞いて苦笑した。

「……」

 一方、同じ一年生の花陽は複雑な表情を浮かべている。

「それじゃあ、拳児と真姫が付き合うということで、異存はないわね!」

 絵里が手を叩いて話をまとめようとする。さすが生徒会長。

「他に手はなかったんですか?」

 穂乃果もにこと同様不満そうな表情を崩さない。

「あら、寂しいんやったらお姉さんが相手してあげようか?」

 希はそう言うと素早く穂乃果の背後に回った。

 まるで忍者のような素早さ。

364: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:02:25.74 ID:d/vzvJwZo

「あ、いえ。それは……」

 あまりの素早さに言葉を失う穂乃果。

「ウチは“どちらも”いける口や。優しくしたるで」

「女同士はノーサンキュー……」

「遠慮せんでええんやで」

「ひぎゃあああああ!!!!」

「お前ェら静かにしろ」

 こうして、ウソの恋人関係は部内でも了承事項となった。

「本当によかったのか?」

 改めて播磨は真姫に確認する。

「仕方ありません。これから、よろしくお願いしますね」

「一つ問題があるんだけどよ、聞いてもいいか西木野」

「え? はい。何でしょうか」

「付き合うって、具体的に何するんだ?」

「え? はい?」

「何をしたらいいんだっけ」

「先輩、女の人と付き合ったことないんですか?」

「うっ、うるせェよ。仕方ねェじゃんかよ。こんな外見してんだしよ。それよりお前ェ

はどうなんだよ」

「わ、私もその……、男の人と付き合ったことは……、ありません」

「どうすりゃいんだ」

 途方に暮れる二人の間に悪魔、じゃなくて救いの女神が舞い降りる。

「ウチが教えてあげるさかい、その通りにすればええんやで」

365: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:03:40.69 ID:d/vzvJwZo

 東條希の登場。

「希、その小脇にかかえている穂乃果をはなしてやれ」

「あら、失礼。ことりちゃん。この子お願いね」

「かしこまりました~」

 ことりはぐったりとした穂乃果を希から受け取り、両脇を抱えてズルズルと引きずって

行った。一体何をされていたんだろうか。

 そんなことより、今は真姫とのことだ。

「とりあえずこの一週間、ウチの言うとおりに行動しておけば、二人はバッチリ

付き合ったってことになるからな」

「あんまり大事(おおごと)にはしたくはねェんだがよ」播磨は言った。

「それもそうですね」真姫も同意する。

「拳児はん、真姫ちゃん。何かを得るためには何かを犠牲にせなアカン時もあるんやで」

「何かもっともらしいこと言ってるけど、自分が楽しんでいるようにしか見えねェんだがな」

「私もそう思います」真姫も同意する。

「気のせいや気のせい」

 希は満面の笑みで手を横に振った。





   *

366: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:04:16.72 ID:d/vzvJwZo



 その後、希のアドバイス通り、二人は付き合う“フリ”をすることになった。

 やるなら徹底的にやらなアカンという希の言葉に従って、朝からその演技は

始まる。

「あ、おはようございます!」

「おお、相変わらず早ェなあ」

 朝、二人は待ち合わせをしてから一緒に登校する。

「こんにちは先輩。一緒にお昼、食べましょう?」

「お、おう」

 昼は一緒にお弁当を食べる。もちろん二人きりだ。

 場所は日によって変えた方がいいと言うので、色々な場所で昼食を食べた。

「先輩、部活に行きましょう?」

「そうだな」

 放課後、部活の練習に行くのも真姫が迎えに行く。

 当然部活中も一緒だ。

 一通りの練習が終わると、真姫は播磨や海未、それに雷電たちと作曲の打ち合わせをする。

 当然帰りは他のメンバーよりも遅くなるので、家まで播磨が送って行く。

「お疲れ様でした、先輩」

「お、おう。明日も頑張れよ」

「先輩こそ」

367: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:04:51.21 ID:d/vzvJwZo

「おう」

(しかしデカイ家だな)

 少し前に行った絢瀬絵里の家も大きいと思った播磨だが、西木野真姫の家はそれ以上に

大きかった。

(本当に金持ちなんだな。さすが大病院のご令嬢)

 播磨は暗がりの中、帰りながら色々考える。

(朝は感じなかったが、夜は何か視線を感じたような気がする。確かに、これじゃあ

アイツが不安に思うのも無理はねェか)

 そう思った播磨は、真姫と別れた後しばらく彼女の家の付近を歩き回ってみた。

(高級住宅街ってところか。特に変わった場所はねェが、どこかに誰が隠れている

かもしれねェ)

 播磨は念入りに周囲を伺っていると、

「ちょっとキミ」

 不意に声をかけられる。

「あン?」

 振り向くと懐中電灯の光を当てられた。

「うおっ、まぶしっ!」

「見かけない顔だね、ここら辺りの人かい?」

「ああ……」

 播磨に声をかけてきたのは、紺色の制服に身を包んだ警察官であった。

「最近不審者がいるという情報が署に寄せられてね、ちょっと話を聞かせてもらえるかな」

「はあ……」

 ここで抵抗しても仕方ないので、播磨は警官の職務質問に答えることにした。




   *

368: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:05:36.99 ID:d/vzvJwZo



 翌日、教室に雷電の笑い声が響いた。

「ハッハッハッハ」

 珍しく声を出して笑う雷電。

「笑い事じゃねェぞ。こっちはいい迷惑だ」

「なるほど、不審者を探していたら不審者に間違えられたと」

 播磨は昨日の話を雷電にしたのだ。

「まあ、そういうことだな。俺は高級住宅街には似合わねえ庶民だから、空き巣か

何かと間違えられたんだろう」

「しかし、不審な気配を感じたのは本当なのか」

「ああ。なんつうか、背筋が寒くなるような感じ。まあ、上手く説明できねェけど、

西木野が不安になるのもわからんでもねェなあ」

「何だかんだで、結構心配しているんだな」

「当たり前ェだろうが、同じ仲間なんだからよ」

「仲間か……」

「先輩」

 噂をすれば影、西木野真姫が弁当を持って教室にやってきた。

 ざわつく教室。

「ああ、西木野か。すぐ行く」

 播磨も自分の弁当持って教室から出て行った。

369: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:06:13.70 ID:d/vzvJwZo

 彼女と一緒にいるところをクラスメイトに見られるのは照れくさいのだろう。

「播磨はええのう。あんなかわいい下級生と付き合えて」

 二人の様子を見ながら松尾は言った。

「まあ、色々事情があるのさ」

 松尾をたしなめるように雷電は言う。

 二人がウソの恋人同士であるということはアイドル部、つまりμ’sのメンバー

以外には知らされていない。犯人(ストーカー)は校内にいるかもしれないからだ。

「雷電、お前にはわしらの気持ちはわからんじゃろうな」

 そう言うと、松尾鯛雄はどこかへ行ってしまった。

(何を言ってるんだ?)

 そう思っている雷電のもとに海未がやってきた。

「遅くなりました雷電。今日のお弁当ですよ」

 そう言って、布の包みを差し出す。

「ああ、いつもすまないな。そうだ、海未」

「どうしました?」

「今日は一緒に食べないか。播磨は西木野と一緒に飯を食いに行ってしまったからな、

俺は一人なんだ」

「仕方ありませんね」

「南はどうした」

「ことりは、多分部室だと思います。穂乃果と一緒でしょう」

「そうか」

「私もお弁当、取ってきますね」

「ああ」




   *

370: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:07:09.95 ID:d/vzvJwZo

 

「いつまで続くんだろうなあ」

 部室では、不満げな表情を浮かべた穂乃果がパンにかじりついていた。

「穂乃果ちゃん、仕方ないよ。犯人が見つからない限り安心できないし」

 宥めるようにことりは言った。

 ここの所、ほのかはずっと部室で昼食を食べている。

 今までは教室で雷電や播磨たちと食べていたのだが、今はそれができないからだ。

「でも真姫ちゃんって、最近はよく笑うようになったよね」

 サンドイッチを食べながらことりは言った。

「笑う?」

「ほら、入ったばかりのころはもっとツンツンしてた感じがあったけど」

「そういえば、そうだねえ」

「これもやっぱりはりくんと付き合ってる効果なのかなあ」

「それはそれでいいけどさあ。うう~」

(わかりやすいなあ)

 最近、播磨と一緒にいる時間が極端に減ったので穂乃果の機嫌が悪い。

 ことりにはそれが手に取るようにわかるけれど、あえて言わないようにしていた。





   *

371: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:07:47.60 ID:d/vzvJwZo


「今日もお世話になりました」

 すっかり暗くなった自宅の前で、真姫はそう礼を言う。

「礼には及ばんよ。明日も頑張ってくれ」

「はい。一応、今日までの曲は、データでまとめておきますね」

「すまねェな。こっちはコンピュータ関係には疎いもんで」

「私も得意ってわけじゃありませんけど」

 そう言うと、真姫は門扉を開いて家に入ろうとする。

 その時、郵便受けに何かが入っていることに気が付いた。

「きゃあ!!」

 思わず声を出す真姫。

「どうした!」

 帰ろうとした播磨は、踵を返して真姫のもとへ向かう。

「あ、ああ……」

 真姫は震えており、言葉にならないといった感じである。

「どうかした!」

 播磨は聞いた。

「あれ……」

 辛うじて声を出し、郵便受けを指さす真姫。

「ん?」

 彼女の指さす方向にある郵便受けの中を調べると、

「な!!」

 そこには血まみれのハムスターの死骸が入れられていた。

 明らかに嫌がらせである。それもかなり悪質な嫌がらせだ。





   *

372: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/16(火) 20:08:30.92 ID:d/vzvJwZo



 翌日、播磨たちはそのことを希に報告した。

「拳児はんと付き合っている様子を見て、犯人は行動を変えたみたいやね。これで、

ストーカーの存在は明らかやわ」

「んなことはわかってる。どうすりゃいいんだよ!」

 播磨は言った。

 このままハムスターの死骸だけで済みそうもない。

 猫や兎の死骸でも投げ込まれたりしたら、それこそ真姫は精神的に潰れてしまうだろう。

「わかっとる。こうなったらウチにも考えがあるで」

「考えって?」

「デートや!」

「はっ!?」

 予想外の言葉に、播磨は言葉を失ってしまった。




   つづく

381: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:02:42.86 ID:C60PwB3Go


 日曜日。

 西木野家では、希と穂乃果、それに絵里の三人が訪れていた。

「できたで」

「これが、私……」

 鏡の前で自分の姿を見て驚く真姫。

 彼女にメイクを施したのは、東條希であった。

「素材がええからなあ、特に良さを殺さへんように苦労したわ」

 そう言いながら化粧道具を片付ける希。

「真姫ちゃん、キレイ……」

 穂乃果は単純に感想を述べる。

「凄いわね希。何でもできるのね」

 絵里も驚いているようだ。

「ウフフ。さっきも言うたけど、素材がええからよ。さ、服も着替えましょう」

「あ、はい」

 この日、西木野真姫は播磨とのデートのため、メイクや着替えの準備を入念に

行っていた。

 服も希の指示により彼女のイメージカラーである赤を基調としたワンピースを着た。

 恐らく彼女自身が選んでいたら何時間もかかっていただろう。

(これを見て先輩は、どう思うんだろう)

 西木野家の大きな鏡を見ながら真姫は心の中でつぶやく。

 この日、真姫は播磨とデートをするのである。

382: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:03:20.99 ID:C60PwB3Go





        ラブ・ランブル!

   播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第十七話 デート・ア・ラブライブ~後編~

383: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:04:20.03 ID:C60PwB3Go



 デート作戦。

 それは希が考え出した最終兵器(リーサルウェポン)。

 単に学校の中でイチャイチャするだけではもう足りないと判断した希は、週末に

デートをさせることによってストーカーを誘い出そうと考えたわけである。

 この作戦にはいざと言う時のための監視要員として、穂乃果、絵里、そして希の三人が

参加することになっている。

 更に予備要員として別の場所で雷電と海未が待機。他のメンバーは参加していない。

 作戦の主役である播磨拳児は、指定の場所で待ち合わせをすることになった。

『もしもし拳児はん。聞こえる?』

 希の声が聞こえてきた。

 播磨は希から無線機を受け取っており、それを身体に装着している。なお、受信機

は骨伝導式のイヤホンであり、送信機は襟元につけた小型のマイクなので、傍目には

無線機を持っているようには見えない。まるでスパイかシークレットサービスのような

装備である。

「ああ、バッチリ聞こえているぜ」

 播磨は襟元の小型マイクにそう返事する。

『これから色々と指示を出すけど、ちゃんと指示通り行動するんやで』

「わかってる」

『くれぐれも行き過ぎた行動はせんようにな』

「わかってるって。お前ェらはどこにいるんだ」

384: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:05:17.38 ID:C60PwB3Go

『一応、二人が見えるところに待機しとるさかい、そこは気にせんでいいで。今から

真姫ちゃんがそっちに向かうわ』

「お、おう」

 播磨はわざとらしく顔を逸らす。

 そこに早足で真姫がやってきた。

「ごめんなさい、先輩。待たせちゃいました?」

 緊張しているのか、少し息が上がり顔をほんのりと赤らめている真姫が声をかけて

きた。

「いや、待ってねェぜ。今来たところだ」

「そ、そうですか」

 真姫は何か言いたそうな顔をしている。

『服のこととか、ちゃんと見てあげて』

 無線から希の声が聞こえてきた。

(そうか、そういうものか)

 女心に疎い播磨は、希の指示を鬱陶しいと思いつつっも少し感心しながら聞いた。

「その服、似合ってるぜ」

「ほ、本当ですか? 希ちゃんと絵里ちゃんが選んでくれたんです。私のイメージ

ピッタリだって」

 真姫は嬉しそうだ。

 確かに、ピンク色に近い赤のワンピースは派手すぎず、それでいてちょっと気の強そう

な真姫のイメージに会っているかもしれない。

385: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:06:20.46 ID:C60PwB3Go

「確かにキレイだ」

「はうっ!」

「どうした」

「ごめんなさい。褒められるの、慣れてなくて」

「俺だってそうだぞ」

「もう先輩ったら」

 真姫は照れ隠しに、播磨の二の腕を軽く叩いた。

「これからどこ行きゃいいんだ?」

 播磨は、真姫ではなく無線機で希に聞いてみた。

『普通に遊べばええんちゃうの? デートっちゅうのは、何をするかよりも誰と行く

かが重要なんやで』

「んなこと言われてもよ……」

「先輩?」

「ああ、いや」

 自分の襟元に向かってブツブツ喋っている姿は傍から見たら危ない人に見えるだろう。

 とりあえず無線の使用を自重した播磨は、真姫と二人で適当に遊びに行くことにした。

(しっかし、人と遊ぶってどうすりゃいいんだろうな)

 基本、単独行動派の播磨にとって、女性のエスコートというのは苦手な行動の一つ

でもあった。

(だがこれもストーカーをあぶり出すための作戦。何とかしなけりゃな)

 そう自分に言い聞かせつつ、二人は駅に向かった。




   *  

386: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:07:02.33 ID:C60PwB3Go



「二人は上手く合流したみたいやね」

 遠くから二人の行動を監視しながら、希は言った。

 監視班は大人数だと目立つので、希、絵里、そして穂乃果の三人に限定している。

「何だか覗き見しているみたいで、あまりいい気持ちはしないわね」

 一緒にいた絵里は言った。

「そないなこと言うてもしゃあないやろ? ストーカーをあぶり出すためや」

「そんなこと言って、なんか希ちゃん、楽しんでませんか?」

 口を尖らせながら穂乃果は言った。

「ええ? 全然そんなことないで?」

 希は苦笑しながら穂乃果から目を逸らす。

「もしもし拳児はん。聞こえる?」

 無線の送信マイクに向かって希は話しかける。

『どうした』

「どこに遊びに行ってもええけど、カラオケとか個室はアカンで」

『なんでや』

「そりゃあ決まっとるやないの。ウチらの監視が届かへんようになるからや」

『そうか。そりゃそうだな』

「とりあえず、アミューズメントパークなんかどないや? 場所は携帯に送信しとくで」

『助かる』

 そう言うと、希は携帯電話を取り出し、手際よくデータを送信した。

「絵里ちゃん、絶対希ちゃん楽しんでるよね」

 希の様子を見ながら穂乃果は言った。

「そう言えば希はスパイ映画とか好きだったような気がするなあ」

387: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:08:09.00 ID:C60PwB3Go

 絵里は独り言のように言った。

「二人とも何言うてんの。これはあくまでストーカー対策のためやで」

「本当かなあ」

 穂乃果、疑惑の目。

「もちろん他にも目的はあるんやけどな」

「他の目的?」

「せやで。真姫ちゃんは作曲というクリエイディブな作業もせなアカンのや。それは

単に練習ばかりしてたらできるってものでもないやろう」

「はあ」

「今みたいに、デートをして胸をキュンキュンさせたら、ええ曲ができるんやないかな

と思うてな」

「胸をキュンキュン?」

「後は、ストーカー事件で消耗した心の癒し、という意味もあるな。今回の作戦は

一石二鳥どころか三鳥やで」

 そう言って希は片目をつぶった。

「そんなに上手くいくのかなあ……」




   *

388: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:09:03.64 ID:C60PwB3Go




 都内のアミューズメントパーク。ここにはゲームセンターだけでなく、バッティング

センター、ボウリング場、カラオケ、カフェ、レストランなど一通りの施設がそろって

いる。

 ここにいれば(少なくともお金が続く限り)一日中退屈しそうにない。

 悪くない場所だと播磨は思った。

 ただ、人が多いので怪しい奴を見つけるのは困難かもしれない。

 播磨は周囲を見回す。

 怪しい人間は……、多いな。容疑者が多すぎてわからん。

「先輩」

 そんな播磨の袖を引っ張る真姫。

「どうした」

「私、こういうところで遊んだことないんで、どうしたらいいかわからないんですけど」

「実は俺もだ」

 播磨は正直に答える。

「アハハ。同じですね」

「ああ、同じだな」

 ふと、播磨は思った。

(あれ? 西木野のやつ、こんな風に笑うことがあったのか)

389: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:09:51.09 ID:C60PwB3Go

 何だか新鮮な発見をしたような気がした。

「そうだ、アレなんかどうですか?」

「アレ?」

 真姫が指さしたのは、足の動きでリズムを取る、いわゆるダンスゲームだ。

 まあダンスと言えばアイドルなので、練習にもなるかもしれない。

「そうだな、ちょっとやってみるか」

「先輩も一緒にやりましょう?」

「俺はちょっと」

「自信ないんですか?」

「ンなこたぁねェけどよ」

 播磨と真姫は二人でダンスゲームをやる。目の前に流れてくる画面に矢印が現れる

のだが、その矢印の方向に合わせて、足もとの矢印を踏むのがこのゲームの特徴だ。

 やってみると意外と難しい。タイミングの取り方が難しいのだ。

 かかってくる音楽のリズムに合わせて矢印を踏めばいいのだろうが、初心者の播磨

は矢印を見てから踏むので、どうしても1テンポ遅れてしまう。

 だが、真姫の方はすぐにコツを掴んだらしく、播磨よりもかなり良い点数を叩き出していた。

「運動は苦手なんじゃなかったか」

 一曲終わった後、ハアハア言いながら播磨は真姫に聞いた。

「確かに球技系は苦手ですけど、これはわりと面白かったです」

390: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:10:18.35 ID:C60PwB3Go

「そうか」

 次にレースゲーム、更にその次に射撃ゲーム等もやってみる。

 リズム系は得意な真姫も、射撃やレースは苦手なようだ。

「ひゃっ、ひゃああ!」

 運転しながら叫ぶ真姫。

「おい、こっちにぶつかってくるな!」

「だって、全然言うこと聞かない。きゃあ! 誰よ、バナナの皮を置いたの!」

「うおっ、赤い甲羅が飛んできた!」

 一通りゲームセンターで遊んだ二人は、ボウリング場にも行ってみることにした。





   *




 一方その頃、音ノ木坂学院高校では――

「ウノ!」

 部室でにこと凛、それに花陽の三人がカードゲームをしていた。

「どうして私たち、わざわざ日曜日に部室でUNOをやってるんですか?」

 花陽はうんざりした様子で聞く。

「うるさいわねえ、私たちはいざと言う時のための予備要員なのよ。何かあった時の

ために学校で待機しとかなきゃダメなの。ほら、カード取って」

391: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:11:11.38 ID:C60PwB3Go

「凛ちゃんも行きたかったにゃあ」

 凛は残念そうに言った。

「あんまり大人数で行くと目立つからって、言われたからね。しょうがないわ」

「スキップです」

「あっ、何するのよ!」

「あがりにゃあ!」

「ああ!」

「にこちゃんカードゲーム弱いにゃあ」

「そんなことはないわ! まだ花陽だって残ってるし」

「私もあがりです」

「うそ!?」

 三人は三人で、それなりに楽しんでいるようである。





   *

392: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:11:49.96 ID:C60PwB3Go



「うっし!」

 播磨の三連続ストライクが決まる。

「凄いですね先輩」

「お、おう。久しぶりだからちっと緊張したがな」

 とりあえず真姫とハイタッチをかわす播磨。

「ようし、私も」

 そう言ったが、真姫のボールは右側にそれてしまった。

「ああ、残念」

「諦めるな。まだスペアが狙えるぞ」

「わかってます」

 真姫はボウリングはあまり得意ではないようだ。

『やったで、ターキーや!』

 不意に無線から希の声が聞こえてきた。

「お前ェらも遊んでるのかよ」

 よく見ると、反対側のレーンで三人がプレイしている。

『だって待ってるだけやと退屈やろ?』

 無線越しに希は言った。

「怪しい奴は?」

『今の所わからんなあ』

「そろそろ出ようと思うんだが」

『もう1ゲームやらへん?』

「そっちの都合に合わせられねェよ」

  


   *

393: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:12:21.18 ID:C60PwB3Go


 というわけで、お腹もすいてきたので少し遅めの昼食にすることになった。

「どうするよ。あんまり金持ってないから高級なところには行けねェが」

「気にしなくてもいいですよ。先輩は普段、どんなところに行くんですか?」

「まあ、ラーメン屋とかかな」

『ウチはおうどんさんがええなあ』

『私はかつ丼』

「お前ェらには聞いてねェ」

 なんで送信機のボタンを押してもいないのに、あいつらにこっちの会話がわかる

のだろうか。盗聴器でも別につけてるんじゃないかと思う播磨であった。

「私、ラーメン屋さんに行ってみたいです」

 真姫は言った。

「いいのか? あんま、女の子ってラーメン屋とか行かねェとか聞くけど」

「そうですね。女一人ではラーメン屋さんには入り難いですかね。だからこそ、

行ってみたいというか」

「なるほどね、そんなものか」

「そんなものです」

 金持ちの家だから、逆に庶民的な店が新鮮なのかもしれない。

 そういえば、月光の店に行った時もやたら楽しんでいたっけ。

 真姫の提案により、播磨たちは近くのラーメン屋に向かった。

 まあ、ラーメン屋ならばはずれもないだろう。

 そんな播磨の予想通り、普通のラーメンを食べた二人はまた別の場所に移動

することにした。




    *

394: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:13:05.67 ID:C60PwB3Go



 海が見に行きたい。

 そんな真姫の要望を受けて、午後からはとある海浜公園に行くことにした。

「そういえば、この前のお台場の大会も海の近くでしたよね」

「ああ。でもあん時は海なんて見てる暇なかったけどな」

「確かにそうですね」

 電車での移動中も真姫は楽しそうであった。

 播磨は真姫に気づかれないように周囲を警戒する。

 都心からは離れた少し遠い場所の海浜公園を選んだのには理由がある。

 もし、ストーカーが尾行しているのであれば、長い距離を移動したほうが、

見覚えのある人物を特定しやすいと思ったからだ。

 希の方にも、怪しそうな人物を何人かピックアップするように要望していた。

「先輩、もうすぐですよ」

「お、おう」

 真姫と一緒に、播磨は電車を降りて駅を出てから海浜公園に向かう。

 随分歩いた気がする。

 こんなに歩いたのは久しぶりだ。

「潮風、気持ちいいですね」

「そうだな」

 近くで見ると、ゴミが浮いている海も遠くから眺めればキレイに見える。

 富士山みたいなものだ。

395: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:14:16.38 ID:C60PwB3Go

 海浜公園にはいくつもベンチがある二人はそこに座って海を見た。

 海は広くて大きい。

 当たり前のことだが、改めて見ると少しだけ感動する播磨であった。

「何か飲み物買ってきましょうか」

 不意に真姫は言った。

「じゃあ、俺が買ってくるぜ」

「いえ、私が」

「今日はお前ェを一人にするわけにもいかねェからな」

「そ、そうですか……」

 真姫が用を足すときも播磨はトイレの前で待っていた。

 あれはかなり恥ずかし。多分、真姫はもっと恥ずかしかったことだろう。

 二人が同時に立ち上がった時、真姫は言った。

「あの、先輩」

「ん?」

「実は私、その、お兄ちゃんに憧れていたんです」

「え?」

「私、一人っ子だから、その、頼れるお兄ちゃんとかいたらいいなって思って」

「そうなのか」

「だから先輩――」

「ん?」

 と、その時である。

 播磨に向かってくる人の気配。



 ストーカーか!!



 警戒する播磨。

396: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:15:25.74 ID:C60PwB3Go

 だが――

「ケン兄! こんな所で会えるなんて奇遇だねえ!」

「雪穂!?」

 穂乃果の妹、雪穂であった。

「ケン兄!」

 勢いよく播磨の身体に抱き着く雪穂。

「なんでお前ェ、こんな所に」

 雪穂を両手で引きはがした播磨は聞いた。

「いやあ、亜里沙ちゃんが海を見たいって言うから」

「亜里沙?」

 雪穂の後方を見ると、照れくさそうに笑う絵里の妹、亜里沙の姿があった。

「そんなことより、ケン兄こそこんな所で何してるの?」

「いや、それは……」

 播磨が戸惑っていると、雪穂は彼の後ろにいる真姫の姿に目を止めた。

 ふと、雪穂の瞳から光沢(ハイライト)が消える。

「ケン兄と一緒にいる人って、μ’sの人だよねえ……」

「あ! 西木野真姫さんですね!」

 μ’sファンの亜里沙は喜んでいるようだ。

 しかし、

「亜里沙、ちょっと黙ってて」

 雪穂に動きを止められる。

「どうしてケン兄と西木野さんが二人きりでいるの?」

「雪穂、これには色々と事情があってだな……」

「二人、付き合ってるの?」

397: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:16:55.25 ID:C60PwB3Go

「いや、実は」

 ここでストーカーをおびき出すための作戦、などと言うわけにはいかない。

 もしそんなことを言ったら、作戦がパーだ。

「そうよ、付き合ってるのよ」

 グイッと強引に真姫は雪穂の前に立った。

 腕を組んでおり、あまり機嫌はよろしくないようだ。

「あなた、確か穂乃果“先輩”の妹さんよね」挑戦的な目で真姫は聞いた。

「そうですね。はじめまして、高坂穂乃果の妹、高坂雪穂です」

 雪穂も腕を組み少し顎を引いた状態で真姫を睨みつける。

 そういえば、二人がこうして顔を合わすのは初めてだ。

「西木野先輩。あなたはケン兄とどういう関係ですか? 私の聞き違いでなければ、

付き合っているとか聞こえたんですけど」

「ええ、付き合ってるわよ。私と“拳児さん”は」

「いつからですか?」

「あなたに関係あるのかしら?」

「“ウチの拳児くん”がお世話になってるんですから、ご挨拶もしとかなきゃと

思いましてね」

「おいちょっとお前ェら、落ち着け」

「あなたは黙ってて!!」

「ケン兄は大人しくしてて!!」

 二人同時に怒鳴られる播磨。

 凄い迫力だ。

(おい、どうすりゃいいんだこの状況)

 播磨は襟元の送信機に話しかける。

『この状況はウチも予想外やでえ……』

 困惑した希の声が聞こえてきた。




   *

398: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:17:46.06 ID:C60PwB3Go




「あわわ、どうして亜里沙ちゃんと雪穂がこんな所に!」

 突然の雪穂&亜里沙の登場に焦る穂乃果と絵里。

「穂乃果。焦ってないで妹に連絡するのよ!」

 絵里は言った。

「絵里ちゃんも連絡してる?」

 穂乃果は聞く。

「私も妹に連絡してるけど出てくれないの」

「そりゃそうや。こんな状況で携帯に出る余裕なんかないやろ」

 近くの生垣から身を隠しながら様子を伺っている希は言った。

「クククッ、それにしても突然の修羅場発生に草不可避や」

 そう言って希は肩を揺らした。

「希ちゃん、絶対この状況を楽しんでるでしょう」

 穂乃果は呆れたように言う。

「間違いないわね」

 絵里もそれに同意した。

「絵里ちゃん、もう一回電話を」

「わかったわ」

 絵里はもう一度亜里沙に電話をかける。

『もしもし?』

「つながった!」

399: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:18:25.66 ID:C60PwB3Go

 幸いにも、亜里沙は携帯に出てくれたようだ。

『ごめんお姉ちゃん、今取り込んでるから』

 その気持ちはよくわかる。

「わかってるわ亜里沙。とにかくその場から雪歩ちゃんを連れて離れて」

『え? なんで私が雪穂ちゃんと一緒だって知ってるの?』

「事情は後で話すわ。急いで!」

『え? でも……』

 次の瞬間、通話が途切れた。

「諦めたかあ」

 絵里は頭を抱える。

「しょ、正直雪穂は怒ったら超怖いですから、亜里沙ちゃんじゃあ無理かと」

 穂乃果は恐る恐る言った。

「そんなの見たらわかるわよ。なんか禍々しいオーラが漂ってるし」

「でも真姫ちゃんも負けてないよ」

「女のプライドってやつね」

「拳児はん、刃傷沙汰になる前に止めて」

 無線機に向かって希は言った。

『刃傷沙汰とか、物騒なこと言ってんじゃねェよ!』

 現場の悲痛な叫びが無線を通じて聞こえてくる。




   *

400: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:19:07.30 ID:C60PwB3Go



「一回デートしたくらいで、カノジョ面しているんですか? センパイ」

 先制パンチをくらわしたのは雪穂の方であった。

「はあ? 何言ってるの。私たちは正式に付き合ってるのよ」

「じゃあどこまで進んだんですか」

「進んだって」

「言っておきますけどセンパイ。私、ケン兄と一緒にお風呂だって入ったことあるし」

「バカッ、幼稚園の頃の話だ!」

 思わず口を出す播磨。

「ふっ、そんな昔のこと自慢にもならないじゃないの? 大切なのは今よ」

「だったら、キ、キスとかしたんですか?」

「え? それは……」

 真姫の顔が赤くなる。

「キスもまだなんですか? そんなんでよく付き合えたとか言えますね」

 煽る煽る。

「キスくらいだったら、いつでもできるわよ」

(おい、挑発に乗るんじゃねェ!)

 そうは思ったが、女と女の意地のぶつかり合いはそう簡単に収まりそうもない。

(くそっ、ここはどうやって収めりゃいいんだ)

 だが、救いの手は意外な所からやってきた。

「ん?」

「き、貴様……!」

 いきなり姿を現したチェック柄のシャツを着た男。

 どこにでもいるような平凡な男。だが、黒縁メガネ越しに見える目には憎しみが

溢れていた。

401: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:20:01.01 ID:C60PwB3Go

 本能的に危険を察知した播磨は叫ぶ。

「真姫! 雪穂! 亜里沙! 俺の後ろに回れ!」

 目の前の真姫と雪穂の腕を強引に掴んだ播磨は自分の後ろに行かせた。

 亜里沙はそんなことをしなくても自主的に播磨の背中に回る。

「な、なに? アレ」

 男が発するただならぬ雰囲気に驚く真姫と雪穂。

「説明は後だ。俺の後ろから離れるんじゃねェぞ」

 そう言うと、播磨は男と正対した。

「手前ェが、西木野真姫のストーカーか」

「ストーカー? 何を言っている。僕は真姫たんを見守っていただけだ。ずっとね」

「それをストーカーって言うんだ」

「お前、真姫たんだけでなく中学生にまで手を出していたとは、許せん……!」

 それは誤解なのだが、あえて播磨は何も言わないことにした。

「だったらどうした」

「この僕が成敗してくれる」

 そう言うと、黒縁メガネの男は黒いモノを取り出す。

 先端にはバチバチと音を立てる光が見えた。

 いわゆるスタンガンというやつだろう。

「先輩」

「ケン兄」

 真姫と雪穂が心配そうに呼ぶ。

402: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:21:15.11 ID:C60PwB3Go

「安心しろ。お前ェらには指一本触れさせねェ」

 播磨は二人を見ずにに言った。

「正義のヒーローのつもりか、この二股野郎!」

「そいつは誤解だが、まあいい。そんなオモチャでこの俺がやれると思ってるのか?」

 あえて播磨は犯人を煽った。

『拳児はん、どないするの』

 心配そうな希の声が無線越しに聞こえてくる。

「心配すんな。まだ出てこなくていい。それより警察に通報だ」

『了解や』

 希との通信を終えた播磨は、スタンガンを持った黒縁メガネのストーカーに一歩

近づいた。

 するとストーカーは一歩引く。

 恐れているのか。

(間違いない)

 播磨は確信する。こいつは喧嘩慣れしてない。

 だからこそ危ない、ということもある。

 喧嘩慣れしていないということは、予想外の行動に出てくることもあるのだ。

(だったら先手必勝だ!)

 播磨はすり足で一気に距離を詰めると、右手に持ったスタンガンめがけて回し蹴り

をくらわした。

「ぐわっ!」

403: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:22:04.75 ID:C60PwB3Go

 思いっきり蹴り上げた腕からスタンガンが吹き飛び、そして海に落ちた。

「ああ! 僕のスタンガンが! 一万四千円もしたのにいい!!」

(知るか!)

 播磨は距離を取って再び男に呼びかける。

 このまま畳みかけてもいいのだが、日本の法律では過剰防衛になってしまう危険性

がある。

 何より、雪穂や真姫たちの前であまり残酷なシーンは見せたくない。

「おい、どうする。手前ェの大事なおもちゃは海の底だぜ」

「このぉ、許さねぇ……!」

(不味いな、目が据わってやがる)

 すでに判断力まともな判断力を失っているようだが、スタンガンを失ったことで

余計におかしくなってしまったらしい。

 こういう頭のおかしい人間の対応は難しい。まともに脅して逃げてくれるような、

チンピラだったらどんなに楽なことか。

(まあ、今回は誰だろうが逃がさねェけどな)

 播磨は腹式呼吸をして心を落ち着かせる。

「ぐおおお……」

 ストーカーの男は持っていたリュックサックから、今度はコンバットナイフを取り出した。

(これで銃刀法違反も加わったな)

 播磨は自分でも驚くほど冷静に観察していた。

「真姫、雪穂、亜里沙」

「はい」

404: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:22:37.90 ID:C60PwB3Go

「なに?」

「……はい」

「俺が合図したら、一斉に後ろに走れ。わかったな」

「は、はい」

「わかりました」

「わかったよ、ケン兄」

 三人の顔は見えないけれど、恐らく不安な表情をしているのだろう。

 播磨はもう一度すり足で相手との距離を詰める。

 通販で買ったと思われるコンバットナイフはさび止めに油が塗ってあるらしく、

怪しい光を放っていた。

「ぐそう、バカにしやがって……」

 男はナイフの柄を両手で握りしめた。

 そして、一歩前に出る。

「走れえ!!!」

 播磨が叫ぶ。

 その瞬間、後ろにいた三人は一気に走り出した。

 それと同時に前にいた男はこちらにナイフを構えて向かってくる。

 播磨はカッと目を見開いて男の動きを見る。

 直線的な動き。

 播磨は素早く横に動き、一直線に向ってくるナイフの動きをかわした。

 それと同時に足を引っ掛ける。

「あがっ!」

 バランスを崩した男の後ろ襟を掴み、アゴに一発右の掌底をぶち込む。

 骨の感触が手のひらから伝わってきた。

405: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:23:14.68 ID:C60PwB3Go

 後ろ襟を掴んでいるので衝撃がもろに入ったのだ。

「くそがあ!」

 本当はナイフを持った犯罪者など、どうなってもいいのだが、このまま大けがを

させるわけにもいかない。

 播磨は男のシャツを放さないように思いっきりつかむ。

 ぐっと男の体重が彼の左腕にかかった。

 金属音が響き、コンバットナイフが地面に落ちる。

「……」

 男はアゴにちょうど良い打撃が加わってしまったため、気絶してしまったようだ。

「ふう……」

 このまま手を放すと、頭を打って最悪死んでしまうこともあるので、とりあえず

ゆっくりと地面におろす播磨。

「拳児はん、大丈夫!?」

「拳児くん!」

「拳児!」

 希や穂乃果たちが駆け寄ってきた。

「希、何か縛るものとかないか?」

 犯人が意識を取り戻して拾わないよう、足元のコンバットナイフを蹴りながら播磨は

言った。

「バッチリ、持って来とるで」

 そう言うと、希は荒縄を取り出す。

(●●●りとかしねェだろうなあ)

 播磨の心配をよそに、希は手早く男を後ろ手にして腕に荒縄をガッチリと撒きつける。

406: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:23:42.12 ID:C60PwB3Go

「お姉ちゃん!? 一体何ごと」

「お姉ちゃん! それに穂乃果ちゃんも!」

 雪穂と亜里沙の二人は、突然の自分たちの姉の登場に訳が分からないという顔をしていた。

「希、穂乃果、誰でもいい。雪穂たちに事情を説明してくれ。俺は疲れた」

「先輩、大丈夫ですか」

 真姫は播磨に駆け寄る。

「怖い思いをさせてすまなかったな。だがもう大丈夫だ」

「すまなかったって、私はあなたの方が」

 そう言うと、真姫は顔を伏せた。播磨のシャツを握った手は、微かに振るえていた。

「お、もう来たんやね」

 遠くからサイレンの音が聞こえる。警察が来たようだ。

 これから事情聴取をされると思うとうんざりする播磨であった。





   *

407: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:24:18.90 ID:C60PwB3Go




 地元の警察署での警察官からの聴取を終えると、待合室には西木野真姫だけが待っていた。

「他の連中はどうした」

「先に帰りました。何か用事があるとかで」

「なんだよそりゃ。まあいい、お前ェの方はもう聴取終ったのか」

「はい」

「そうか。じゃあ、帰ろうぜ」

 警察署の入り口には、西日が差し込んでいた。

「はい」

 そう言って真姫は立ち上がる。

「はあ、それにしても今日は疲れたな」

「そう、ですね。でも」

「ん?」
 
「た、楽しかったですよ? 前半は」

「ああ、前半はな」

 播磨も同意する。

「あの、あんまり思い出したくはないんですが」

「どうした」

408: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:24:58.34 ID:C60PwB3Go

「その、ストーカーに襲われていた時、先輩、私のこと『真姫』って呼んでませんで

したか?」

「そうか? 悪い、必死だったもんであんまり覚えてねェや。嫌だったら――」

「あの!」

「ん?」

「全然嫌じゃないですから、これからも下の名前で呼んでください」

「そうか、わかった」

「私も、下の名前で呼んじゃいますね」

「別にいいぜ」

「ありがとうございます」

「んあっ! これでやっと終わるなあ」

「え?」

「いや、だからよ。ストーカーも捕まったわけだしよ。これで終るっていうんだよ、

恋人ごっこは」

「……あ、はあ」

「これからは付き合うとかしなくていいからよ、お前ェも迷惑だったろ」

「いえ、全然そんなことは」

「無理すんなって」

 そう言って、播磨は肩を抑える。

409: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/17(水) 20:25:28.80 ID:C60PwB3Go

「もしよかったら、その……」

「どうした?」

「これからも……」

「……」

「……なんでもないです。よろしくお願いしますね! SIP」

「お前ェもその言葉使うのかよ。ははっ、ラブライブも近いし、作曲も仕上げて

行かなきゃならんな」

「はい!」

「気合入れていこうぜ」

「……はい」

 警察署から駅に向かう途中、夕日に染まる海が見えた。

 それはとても幻想的で、少し切ない気持ちにさせるものだったと、播磨は思った。



   つづく
 

416: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:36:08.65 ID:4TzFNGh7o


 六月のとある日。

 次の大会に向けて部活でのミーティングを行った。

 練習場では播磨と雷電が中心に立ち、それを囲むようにメンバーがその場に座って

いる。

「プレ大会?」

「そう、ラブライブのプレ大会だ。次の大会はこれに出場する」

 播磨は言った。

「プレ大会って、予選とは違うの?」

 穂乃果は全員を代表するように聞く。

「ああ、ちょっと違うんだが、雷電。説明してやってくれ」

 細かい説明は雷電に任せるに限る。

「仕方ない。では俺が説明しよう。プレ大会とは、ラブライブの予選大会前にやる

最後の大規模大会と言ってもいいだろう」

「最後の?」

「ああ、我々は新参だからラブライブの予備予選に参加しなければならないけれど、

A-RISEなどのシード権を持っているチームは、予備予選を免除される。

そこで、コンディションを調整するための大会として、ラブライブのプレ大会、

いわゆるプレ・ラブライブが各地で開催される」

417: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:36:38.23 ID:4TzFNGh7o

「なるほど」

「このプレ・ラブライブには先ほど言ったA-RISEやゴールデンブックスなど、

シード権チームも参加する。彼女たちと同じステージに立てる数少ない機会だ。

このプレ・ラブライブで活躍することは、後のラブライブ予選でも有利に働く

ことになるだろう。同時に、ライバルチームの仕上がり具合も見ることができる」

「まあ、実戦に勝る練習なしって言うし、頑張って行こうやないの」

 希は落ち着いた様子で言った。

「その通りだな」

「じゃあその、プレ・ラブライブに向かって頑張ろう」

 そう言うと、穂乃果は立ち上がった。

 それにつられるように全員が立ち上がる。

「μ’s、ファイト―!」

「オオー!!!」

 練習場には、メンバーの声が響き渡った。

418: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:37:07.35 ID:4TzFNGh7o






       ラブランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル

    第十八話 食 と 身 体

419: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:37:36.05 ID:4TzFNGh7o





 プレ・ラブライブという当面の目標を得た、音ノ木坂学院アイドル部のμ’s。

 練習にも熱が入る。

 そんな時、事故は意外なところで起こった。

「痛っ!」

 ダンスの練習中、急に小泉花陽が座り込んだのだ。

「ちょっと音楽止めて!」

 海未が練習を中止させる。

「大丈夫? 花陽」

 そして急いで駆け寄った。

「あ、大丈夫です。少し膝に痛くなっただけですから。すぐに治ります」

(膝の痛み? 確かに最近、花陽の動きはあまりよくなかったような)

 播磨がそんなことを考えていると、花陽に絵里が近づいた。

「花陽、その痛みはいつ頃から?」

「いえ、その気になるほどの痛みではなかったので」

「いつごろからと聞いているの」

 有無を言わせぬ威圧感が絵里にはあった。

 自身も中学時代、怪我で練習できなくなくなったことがあるので、怪我に関しては

かなり敏感になっているようだ。

「その、一週間くらい前から」

420: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:38:19.97 ID:4TzFNGh7o

「ふう。ねえ拳児」

 不意に、絵里は播磨のほうを見て名前を呼んだ。

「どうした」

 播磨は返事をする。

「今から花陽をお医者様の所に連れて行ってくれるかしら」

「ああ? 今からか?」

「そうよ。今ならまだ間に合うから」

 時間は五時過ぎ。大抵の病院は六時に受け付けが終わるので、急げば間に合うだろう。

「で、でも練習は?」

 そう言ったのは花陽だった。

 彼女は今、練習がしたくてたまらないらしい。アイドル活動に関する彼女の情熱は、

あまり目立たないけれどにこや穂乃果に匹敵するくらい高いものがある。

「何言ってるの。大会前なのよ! 大事になったらどうするの」

 そんな花陽に絵里はぴしゃりと言った。

「そうですね、小さな怪我が大怪我に繋がる例もありますし、早めに診てもらった

ほうがいいかもしれません」

 海未もそれに同意した。

「わかったなら花陽、すぐに着替えなさい。今日の練習はもういいわ。それでいいわね」

 花陽を見た後、絵里はすぐに播磨を見た。

「まあ、仕方ねェ」

「さあ、行きなさい」

「は、はい」

 花陽は早足で、更衣室も兼ねている部室へと向かった。

「あまりきつく言うつもりは無かったのだけど……」

421: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:39:49.55 ID:4TzFNGh7o

 花陽が去った後、ふと絵里は言った。

「何言ってんだ絵里。花陽を心配してのことだろう?」

 播磨はフォローするように言う。

「ええ、そうね。怪我は怖いから」

「ええ? 絵里ちゃん怪我したことあるのお!?」

 マヌケな声で穂乃果が言った。

 そういえば絵里の怪我のことを知っている人間はこの中では播磨以外はいなかった

はずだ。希は何となく知っていそうな気もするけど、今回はなぜか黙っていた。

「拳児。ちょっと待って」

 そう言うと、絵里は小さなメモ紙に何かを書きはじめた。

「どうした」

「拳児のことだから、生まれてからこのかた、お医者様の世話になったことなんてない

でしょう?」

「なんでわかるんだよ」

「本当だったんだ。ま、それより」

 さらさらと何かを書き終えた絵里が播磨にメモ紙を渡す。

「腕の良い整形外科の先生よ。私もお世話になったことがあるの。ここに連れて行って

ちょうだい」

「この住所、近いな」

「ええ、だから今から行けば間に合うわ」

「すまねェな」

「何言ってるの。ここで仲間に大怪我をされたら、ラブライブどころじゃなくなる

のよ」

「ああ」

「それじゃ、練習のほうは頼む」

「うん。行ってきて。花陽のこと、お願いね」

「でもよ、絵里」

「なに?」

422: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:40:21.94 ID:4TzFNGh7o

「花陽(アイツ)も子供じゃねェんだし、一人で行けるんじゃねェのか」

 播磨はふと疑問に思ったことを言ってみた。

「何言ってるのよ拳児!」

 不意ににこが絵里の横から顔を出す。

「にこ?」

「いいこと? メンバーの体調のこともちゃんと把握することがSIPの勤めよ」

「またSIPかよ……」

「花陽は遠慮しがちなところがあるから、怪我のことも素直に言えないこともある

かもしれないわ。だからお願いね」

「わーったよ。お前ェら、ちゃんと練習してくれよ」

「了解」

 そう言うと、絵里は片目をつぶった。

「言われなくてもわかっているわ」

 と、にこも言う。

 練習は再開された。播磨は別室で素早く着替えると、すでに着替え終わっていた

花陽と合流して学校を出る。

「こんなに早く学校を出るなんて、久しぶりです」

 歩きながら花陽は言った。

 そういえば、ここのところ毎日練習で、いつも帰りは遅くなっていた。

「これから病院に行くんだからな。遊びに行くわけじゃねェぞ」

 そんな花陽に播磨は言った。

423: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:41:01.91 ID:4TzFNGh7o

「はい。わかってます。でも、そんなに痛くないのに」

 花陽は残念そうに俯く。

 痛みよりも練習ができない、というほうが彼女にとっては辛そうだ。

「バカ。大怪我してからじゃあ遅いんだぞ。しっかり診てもらえ」

「はい、わかりました」

 そう言うと、花陽は笑顔を見せた。

 夏の近づく空はまだ明るく、道もはっきりと見えた。





    *




「ここか、絵里の紹介した医者ってのは」

「なんか、雰囲気ありますね」

『王整形外科医院』と書かれた禍々しい雰囲気のある小さな診療所。

 ここが絢瀬絵里の紹介した“腕の良い医者”のいる場所らしい。

 なんだか妖怪でも出てきそうな雰囲気の建物だが、中に入ってみると意外と清潔

にしていた。

 白や薄ピンクを基調とする内装は、診療所らしく落ち着けるものとなっている。

「いらっしゃいませ」

「初診なんですけど……」

 受付を済ませた花陽は、待合室のソファに座る播磨の横にちょこんと座った。

 遠慮がちに座る姿は、他の一年生やにこたちとは対照的である。

 どうしてこんな子がアイドルを目指そうと思ったのか。よくわからない。

 図書委員でもやってそうな雰囲気なのに。

(そういえば、花陽とはあんまり話したことなかったな。これを機会に少し話でも

してみるかな)

424: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:41:52.07 ID:4TzFNGh7o

 ふと、播磨がそんなことを思った矢先、

「小泉さーん。小泉花陽さん。中へどうぞ」

 診察室から看護師が呼んできた。

「じゃあ、拳児さん。行ってきますね」

「おう」

 花陽が診察室に行ってしまったので、播磨は待合室に残る。

(待てよ、一緒に診察室に行ったほうがよかったのか? いや、でもそうしたら)

 ふと、播磨の脳内で診察室の中を想像する。

『では、聴診しますのでシャツを脱いでください』

『は、はい』

 スルスルと白いブラウスを脱ぐ花陽の後ろ姿。彼女の白い肩や背中が露わになる。

(いかん、いかん!)

 播磨は一瞬で妄想を振り払った。

(一緒に診察室に入るなんてできねェよ。やっぱり俺着いてくる意味なんてなかったん
じゃねェのか)

 改めてそう思う播磨。

 だが診察はそう簡単には終わらなかった。

「ありがとうございます」

 そう言って診察室から出てくる花陽。

 診察は意外に早く終わったようだ。

「どうだった、花陽」

 播磨は立ち上がる。

「疲労による膝の腱の炎症だそうです。少し休めば大丈夫だと先生もおっしゃられました」

425: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:42:34.17 ID:4TzFNGh7o

 花陽は笑顔で言った。

 どうやら大したことはなさそうだ。

「そうか」

 ホッとする播磨。骨に異常があったらどうしようかと少し不安になってしまったところだ。

 だが、診察はそこで終らなかった。

「あの、播磨拳児さん?」

 不意に看護師が播磨の名前を呼ぶ。

「あン? なんッスか」

 播磨が返事をする。

「先生がお話があるというのですけど……」

 戸惑いながら看護師は言った。

「俺だけッスか?」

「はい」

(一体何ごとだ?)

 そう思いながら、播磨は診察室へと向かった。





   *

426: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:43:12.97 ID:4TzFNGh7o






 診察室に行くと、そこにはラーメン丼を被ったような頭をした男が白衣を着て待って

いた。顔にはドジョウヒゲ。額には八竜と書かれている。

「汝(なんじ)、播磨拳児か」

「お、おう」

「我は王大人(ワンターレン)、此の整形外科医院を統べる者也」

 只ならぬ雰囲気と変な喋り方に少々戸惑う播磨。と、同時にこの男に診察された

にも関わらずニコニコしていた小泉花陽の精神にも少しだけ敬意を表したい気持ちに

なった。

「小泉花陽の身体の事にて話有り」

「なんで俺に言うんだよ。本人に話せばそれで十分だろうがよ」

「汝には学校阿衣度瑠製作人(スクールアイドルプロデューサー)として、彼女の身体

について知っておく義務有り」

「ちょっと待て、なんで俺がスクールアイドルに関わってるってこと知っているんだ」

「我と汝の学校、音ノ木坂学院理事長江田島平八とは旧知の仲也」

「あのオッサンか」

 播磨はあの髭の男のことを思い出す。あまり思い出したくない記憶ではあるが。

「そんで、花陽の身体に何かあるのか。まさか……」

「心配無用。軽い疲労による痛み也。大事には至らず」

「だったら何だってんだ? 湿布薬か痛み止めでも出しときゃ済む問題じゃねェのか?」

「喝っ!!」

「ぬわっ!」

 あまりの気合に播磨は椅子から転げ落ちそうになる。

427: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:44:10.58 ID:4TzFNGh7o

「なんだってんだよ……」

「痛みを甘く見る無かれ。大怪我に繋がる可能性も有り」

「なんだって?」

「そんなことで愛舞歌(ラブライブ)に参加出来ると思うべからず」

「ラブライブのことも知っているのかよ」

「尚、我が一押しは園田海未也」

「知らんがな」

「話を戻す」

「お前ェが話を逸らしたんじゃねェか」

「小泉花陽、彼女の身体には負担有り。膝はその一部に過ぎず」

「花陽の身体に負担? まあ人一倍練習を頑張る奴ではあるが」

「此のまま続ければ、いずれ大きな負傷をする危険性有り」

「危険性?」

「早急に彼女の生活を見直す必要有り」

「見直すって、どういうことだよ」

「我は医者也。小泉花陽の私生活については知らず。只、食生活などについて気になる

こと有り」

「食生活?」

「話は以上」

「お、おい! どういう意味だよ畜生」

ラーメン丼頭の医師、王大人はその場で話を打ち切り、奥へと行ってしまった。

「何なんだよこの野郎……」





   *

428: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:44:37.23 ID:4TzFNGh7o



 その後、花陽を家まで送った播磨は雷電に電話をかける。

「もしもし、雷電か」

『どうした拳児』

「花陽のことで話がある。今いるメンバーで、話が出来る奴を集められるだけ集めて

くれ。場所はいつもの『月詠亭』だ」

『何があった』

「話は後だ。とりあえず花陽の怪我は大したことない。それだけは伝えといてくれ」

『わかった』

 電話を切った播磨は、月詠亭に向かった。




   *

429: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:45:18.48 ID:4TzFNGh7o



 
「皆、集まってくれてすまねェな」

 月詠亭に集まったのは、雷電と海未の他に絢瀬絵里、東條希、南ことりの五人だ。

 現時点で、μ’sを支える主要メンバーと言っても差し支えない。

 もちろんここにいないメンバーも重要なのだが、今は気にしている場合ではない。

「花陽の容態は?」

 真っ先に聞いたのは絵里であった。やはり怪我の経験者は人一倍心配をしている。

「心配ねェ。疲労による一時的な痛みだそうだ。今の所は問題はない」

「せやったら、どうしてウチらを呼び集めたん?」

「医者から少々気になることを言われてな、それでみんなの意見を聞きたいと思った」

「気になることですか?」

 海未は聞いた。

「ああ、そのことだが」

 播磨が話をしようとすると、不意に月詠亭の女主人、月子が出てきた。

「いらっしゃい皆さん。お話合いも結構ですが、先に注文をしてくれると嬉しいのですが」

「ああ、すまねェ月子さん。今日、月光はどうした」

「月光くんなら、拳法部の練習の手伝いと言っていました。遅くなるそうです」

「そうか、今日は月子さん一人か。大変だな」

「別に人はこないのでそこまで大変ではないのですが。それで」

「ああ、注文な」

 一応、ここは中華料理屋である。

「とりあえず、六人分すぐに出せそうなメニューはあるかい?」

「それだったら、サバの味噌煮定食なら、すぐに用意できるのです」

「じゃあ俺はそれで。皆はどうだ?」

 播磨は集まった六人に聞く。

430: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:45:53.44 ID:4TzFNGh7o

「私たちも同じでいいです」

 絵里は言った。

「いいよー。月子さんの料理は何でもおいしいからね」

 ことりも言った。

 他のメンバーも頷く。どうやら異存はないようだ。

「じゃあ、七人全員同じで」

「わかりました」

「え? でもここ、そういえば中華料理屋だよね」

 絵里は驚きながら言った。

「絵里ちゃんは(ここに来るの)二回目だから驚くのも無理ないね~」

 ことりは嬉しそうに言う。

「この店は中華飯店の看板出してるけど、基本何でも出るんだよ」

 播磨は補足説明をした。

「スピリチャルやね」

 希はそう言って頷いた。

「それでは、準備しますので」

 そう言って月子は厨房に入る。

「あ、私も手伝います」

 海未がそう言って立ち上がる。

「私も手伝っていいですか?」

 絵里も言った。

「ウチも手伝おうか。その方が早くできるやろうし」

 希もゆっくりと立ち上がる。

「ありがとうございます。エプロンは奥にありますので、使ってもらって構わない

のです」

431: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:46:35.41 ID:4TzFNGh7o

「はーい」三人は一斉に返事をした。

「希も料理できるんだな」

 厨房に向かう希を見て播磨は言った。

「ウチ、一人暮らしをしとるからな。料理もやるで」

「そうなのか」

「今度、家に来てみる?」

 そう言うと、希は片目を閉じた。

「……いや、遠慮しとく」  

 播磨はそう言って目を逸らした。




   *



 メインのサバの味噌煮は作り置きがしてあったらしく、その他の料理も概ね準備

ができていたこともあって、サバの味噌煮定食は思ったよりも早く出来上がった。

 播磨や雷電たちも配膳を手伝い、月子さんも加わって八人の夕食となった。

「美味しいです、これ」

 絵里は月子の料理に素直に感動しているようだ。

「後で作り方教えてもろうてもええですか?」

 希も笑顔で聞いた。

「そういや、ウチのメンバーって、料理できる奴多いな」

432: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:47:07.98 ID:4TzFNGh7o

 播磨はメンバーの顔を思い浮かべる。

 現時点で、絵里、希、そして海未の三人は料理ができる。今回は不参加だったにこ

も、妹や弟たちの世話で料理をしており、味も悪くなかった。

「南は料理、するようになったか?」

 播磨は聞いてみた。

「私は全然だねえ。お菓子ならちょっと作るけど」

 ことりはそう言って苦笑いする。

 秋葉原でカリスマメイドをやっていたわりには、あまり家事は得意ではないようだ。

 まあ、元がお嬢様だから仕方がないと言えば仕方がないのだが。

 そんなこんなで食事も終わり、お茶を飲みながら会議をすることになった。

「それで、花陽ことで話があるって言ってたわね」

 絵里が思い出したように言った。

「ああそうだ。現時点で、花陽の怪我は大したことはない。そのことはもう、みんな

知ってると思う」

 播磨は、あの怪しげな医者の顔を思い出しながら話を続ける。

「それで、問題っていうのは何なん?」

「医者が言うには、花陽の普段の生活、特に食生活に何か問題があるんじゃないかって

言うんだ」

「食生活?」

 全員が顔を見合わせる。

「このままだと、もっと大きな怪我に繋がってしまう危険性もあるらしいのだが、

お前ェたち、何か心当たりはあるか」

433: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:47:35.56 ID:4TzFNGh7o

「確かに現在は、スポーツでも食の重要性が言われていますね」

 元スポーツ少女の海未は言った。

「それってつまり、花陽ちゃんがケガをしやすい食生活をしているってことでいいのか

なあ」

 ことりは言った。

「まあ、まだよくわからねェが、医者の話だとその可能性もあるみてェだな」

 播磨はそう言って腕を組む。

「にしても、怪我をし易い食生活ってなんだ?」

「身体の調子を悪くさせるような食事は、基本的に怪我の可能性を高めるわね」

 絵里は言った。

「例えば?」

「油分の多い食事は、消化が良くないので胃の中で滞留している時間がかかるから、

その分身体に負担がかかると聞いたことがあるわ」

「それで調子が悪くなって怪我をすると」

「ジャンクフードなんかは消化に良くないから、怪我をしやすくなるかもしれへんね」

 希は絵里の言葉にそう付け加える。

「ジャンクフードってファーストフードとかか?」

「あとスナック菓子とかも。穂乃果ちゃんが大好きなんだよねえ~」

 ことりはチラリと言う。

「今度あいつにも注意しとかねェとな」

「しかし拳児よ。小泉花陽はそんなにジャンクフードが好きなイメージはないのだが」

 ふと、雷電は言った。

434: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:48:14.55 ID:4TzFNGh7o

「確かに、穂乃果みてェに休憩中お菓子ポリポリ食ってるのも見たことねェしなあ」

「拳児はん。花陽ちゃんの食事をちゃんと見たことがある?」

「ん?」

 そういえば、穂乃果や雷電たちと一緒にメシを食べることはよくあるけれど、

花陽と一緒にメシを食べることは少ない。

(何か引っかかるな。花陽は何を食べていたのか)

 播磨は記憶を手繰り寄せる。

(あいつは何かおかしい食い方をしていたのか)

 悩む播磨。

「拳児はん。明日、花陽ちゃんと一緒にご飯食べてみたらどう? 何かわかるかも

しれへんよ?」

 希はそう言った。

「そうだな。実際に見てみるのが一番だ。あとそれと、絵里、海未」

「なに? 拳児」

「はい、何でしょう」

 二人は返事をした。

「花陽のトレーニングメニューだけ少し変えといてくれ。なるべく膝に負担がかから

ないように」

「わかったわ」

「わかりました」

 トレーニングメニューは大体この二人に任せている。体力的なメニューは海未が、

技術的なメニューは絵里が担当しているのだ。

 ちなみにボイストレーニングは意外にも雷電がやっている。

 意外にも。




   *

435: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:48:46.49 ID:4TzFNGh7o


 翌日、播磨は小泉花陽、星空凛、そして西木野真姫という一年生メンバー三人と部室

で昼食を食べることになった。

 本当は花陽だけしか呼んでなかったのだが、他の二人も付いてきたのだ。

 同じ一年生同士、仲が良いのだなと播磨は勝手に思った。

「拳児くんと昼食なんて嬉しいにゃあ」

 楽しそうに凛は言った。

 何がそんなに嬉しいのか播磨にはよくわからない。

「私は、この前まで一緒に食べてましたから」

 照れくさそうに真姫は言った。

(そう言えば、そんなこともあったな)

 今となっては懐かしい思い出である。

「よ、よろしくお願いします」

 花陽はなぜか遠慮がちにそう言った。

「別にそんな堅苦しくする必要なねェよ。ただ一緒にメシを食うだけだからよ」

「はい」

 播磨は花陽の弁当が気になっていたので、じっと見ていた。

「なんで拳児くんはかよちんのことをずっと見てるにゃ?」

 不意に凛が言った。

「あの! 私何かしました!?」

 花陽は驚いているようだ。

「べ、別に何でもねェよ」

「へえ、“先輩”って花陽みたいな子が好みなんですねえ」

436: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:49:19.49 ID:4TzFNGh7o

 なぜか真姫は不機嫌になる。

「だから、特に意味はねェつってんだろ。早くメシ食おうぜ」

「ごはん食べるにゃあ!」

 というわけで、一年生三人に播磨を加えたお弁当タイムが始まった。

 播磨は朝買ったパンを食べながら花陽の昼食を注意深く見守る。

(思ったよりも小さい弁当だな)

 花陽は小さな弁当箱を取り出す。そこにはかわいらしい、卵焼きやウインナーなど

が入っている。

 どこにでもあるような普通の弁当だ。

 しかし、弁当箱はもう一つあった。

(え?)

 こっちの方は大きい。

 弁当箱を開くと、中には白いご飯がびっしりと詰められていた。

(おいおい、バランスおかしくねェか)

 花陽は小さなおかず用の弁当箱と、大きなご飯用の弁当箱を持っていたのだ。

 しばらくすると、ものの数分でごはんは無くなっていた。

「今日も白いご飯、美味しいです」

 とっても幸せそうな顔をした花陽。

 その後、花陽はまたカバンから何かを取り出した。

(おいおい、まさかデザートまであるのか)

 しかしデザートにしては奇妙だ。タケノコの皮で包まれたデザートって。

「……」

 そこには大きなオニギリが三つ並んでいた。

437: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:49:47.35 ID:4TzFNGh7o

「やっぱりおにぎりは一味違いますねえ」

 花陽はそのオニギリも幸せそうにパクパク食べ、こちらも数分で完食した。

「……」

「拳児くん、どうしたにゃ?」

 播磨の様子がおかしいと思ったのか、凛は聞いてきた。

「これか」

「へ?」

「これが原因かああああ!!!」

 思わず声を出してしまう播磨。

「どどどどうしたんですか? 拳児さん!」

 播磨の大声に驚く花陽。

 だが播磨は花陽以上に驚いていたのだ。





   *

438: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:50:43.79 ID:4TzFNGh7o



 そう言えばおかしいと思っていた。

 月詠亭に初めて来た時も、チャーハンセットに白ご飯大盛りを頼んでいたからだ。

 だがその時は特に気にしてはいなかった。

(まさかそのツケがこんな所でこようとは……。まあ、大事に至る前で良かったの

かもしれないが)

 昼食後、播磨はすぐに緊急の会議を開くべく主要メンバー、つまり昨日月詠亭に

来たメンバーを招集した。

「ごはん大好き人間。それは盲点でしたね」

 海未は言った。

「いや、大好きとかいうレベルではなかったぞ」
 
「ここの所、練習もハードやったから、それだけ多く食べるようになったのかもしれ

へんなあ」

 希は言った。

「しかしあの様子じゃあ、家でも結構食ってるみたいだしなあ。どうすりゃいいのか」

「とにかく、放課後花陽に直接話してみましょう」

 海未の言葉に全員が頷く。

 幸せそうに白いご飯を口にする花陽の姿を想像すると、それを断たれた時の悲しげな

顔は、播磨にも容易に想像できた。

「過ぎたるは、及ばざるがごとしか……」

 播磨は論語の一節を口にする。




   *

439: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:51:21.56 ID:4TzFNGh7o



「ええええええええええええ!!!!???」

 放課後の練習場では案の定、花陽の悲痛な声が響き渡った。

「ご飯食べちゃダメなんですか!!?」

「食べるなとは言わん、だが今のお前ェは食べ過ぎだ」

 播磨は慎重に、しかしはっきりと言い渡した。

「食べた分、動けばいいんじゃないですか?」

 花陽は反論した。

「確かに男だったらそれでもいいかもしれねェ。だがお前ェは女だ。俺や雷電みたく、

筋肉だって少ない。無理に身体を動かせばオーバーワークで怪我をしちまう。現に、

お前ェは膝を痛めたじゃねェか」

「でも、でも……!」

 花陽は目にたくさんの涙をためている。

「ああ、かよちんいじめちゃダメにゃあ」

 悲しげに凛は言った。

「俺だってこんなことは言いたくはねェ。だが食生活がパフォーマンスに影響する

ことは確かなんだ」

「うう……」

(そんなにご飯が好きか)

440: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/18(木) 19:51:56.39 ID:4TzFNGh7o

 だが、まるでオバQのようにご飯をバクバク食べる花陽の食生活はなるべく早く

改善する必要がることは間違いないだろう。栄養学とかいう以前に食べ過ぎなのだ。

「しかしどう改善していくかなあ」

 播磨は悩む。

 弁当はともかく、朝夕休日の食事までこちらで管理するわけにはいかない。

「あの、播磨くん?」

 不意に海未が話しかけてきた。

「どうした園田」

「私に考えがあるの」

「考え?」

「ええ、食生活を変えるための考えよ」

 なぜか園田海未の顔は自信に満ちている。

「……」

 何だか嫌な予感がした播磨だったが、それは口にしなかった。
  
 

 
   つづく

442: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 19:59:32.00 ID:I+wewI7ro




 前回のラブ・ランブルは!

 練習中、膝の痛みを訴える小泉花陽。

 絵里の紹介した怪しい医者に連れて行ったところ、食生活に問題があるのでは、

と言われてしまった。

 会議の結果、花陽の食生活を観察した播磨はありことに気が付く。

「ご飯の量が半端ねェ」

 花陽はごはん大好き女子高校生であったのだ。

 ご飯に偏った食生活が怪我の原因になると確信した播磨だったが、それをどう改善

していくかよくわからない。

 そんな時、同じメンバーの園田海未がとある提案をしてきた。

 その提案とは!

443: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:00:31.16 ID:I+wewI7ro

「合宿だと?」

「はい、食生活を改善するために、二十四時間体制でサポートするにはそれが一番

だと思います。ただ、全員参加することはできませんが……」

「合宿って、どこでやるんだ」

「雷電の実家です。彼の家はお寺なので、多少の広さもありますし、雷電と彼のお母さん

にはご迷惑をおかけしますが」

「ウチは一向に構わないぞ、海未」

 海未の言葉に、雷電は男前な返事をする。

 見た目が普通なら、確実にモテモテになるであろうほどの男前さである。

「しかし海未、大会まで時間がないのよ。そこまでする余裕はあるの?」

 絵里は聞いた。

「練習はいつも通り行ってもらいます。ただ、今回の合宿は生活の場を雷電の家に

するだけです」

 海未は答える。

 つまり、花陽には、自分の家からではなく雷電の家から通えと、つまりそういう

ことなのだな。播磨はそう理解する。

「あの、私なんかのためにそこまでしていただかなくても……」

 花陽は遠慮がちに声を出す。

「何を言っているのです花陽。あなたは立派な仲間です」

 そう言って海未は花陽の両肩に手をかけた。

「まあ、どうしてもあなたが嫌だと言うのならやりませんけど、食生活の改善は

必要だと私も思います。やってみませんか?」

444: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:01:05.03 ID:I+wewI7ro

 いつにもまして海未はやる気だ。

 デビューライブであんなに衣裳を着るのを嫌がっていた人物の同じとは思えない播磨。

「あ、はい。でも、男の人の家に私が行くなんて……」

(まあ、そういう不安はあるわな)

 播磨は思った。

「安心してください。私も一緒に泊まります。とりあえず一週間ほど、食生活改善

合宿をしていきたいと思います。あなただけに苦しい思いはさせません」

 海未は明るい声で言った。

「とか何とか言ってよ、本当は雷電の家に泊まるの嬉しいだけじゃねェの……」

 播磨が言葉を言い終わる前に、彼の足の甲に鋭い痛みが走った。

「痛ったああああ!!!」

 いつの間にか播磨の傍に来た海未がカカトで踏みつけたようだ。

「何しやがる!」

「では、準備しましょう。ご両親には連絡を」

 痛がる播磨を無視して、海未は話をすすめる。

「は、はい」

「おいっ、園田!」

 そんな播磨にするするっと希が近づいてきた。

「拳児はん」

「何だよ」

「もう少し乙女の純情を理解したほうがよろしいようやね」

 彼女は嬉しそうに言った。

 こうして、部の合宿とは別に、小泉花陽の食生活改善合宿がスタートすることになったのである。

445: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:01:37.78 ID:I+wewI7ro







       ラブ・ランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル

    第十九話 日々是修行  

446: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:02:05.12 ID:I+wewI7ro


 急遽始まった小泉花陽、食生活改善のための合宿。

 翌日、準備を整えた花陽たち一向は練習後に雷電の自宅に向かった。

「すまねェなあ、雷電。こんなこと、急にたのんじまってよ」

 言いだしっぺは海未ではあるけれど、一応チームの代表として謝る播磨。

「何、気にするな。ウチの家族は皆人がいいからな。こういう頼みでも受け入れてくれる」

「お前ェも十分お人よしだぜ」

 荷物を抱えた播磨は言った。

「っていうか、なんで俺まで参加しなきゃならないんだよ、園田」

 播磨は後ろを歩く園田海未に文句を言う。

「何を言ってるんですか、チームの代表としてメンバーの体調を管理するのはあなたの

義務です。メンバーと苦楽をともにしてこそのSIP」

「お前ェもその肩書きを言うか……」

「みなさんすみません、私のために」

 花陽はすまなそうに言った。

 今の彼女は白米を大量に食べられないことよりも、他のメンバーの手を煩わせて

いることのほうが辛いようだ。

「何、気にすることはありません。皆で助け合ってこそのμ’sです」

 そう言って海未は花陽の頭を撫でる。

「そうですよね、穂乃果」

「うひい……」

447: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:02:32.17 ID:I+wewI7ro

 最後尾には足取りの重い高坂穂乃果がいた。

「何で私も参加なの? 怪我してないのに」

「何を言ってるんですか穂乃果。ネタは上がってるのですよ」

 そう言って海未は携帯電話の画面を見せる。

「わ、私のプライベート写真!」

 見ていないけれど、多分夜中に菓子を食べている場面でも写っているのだろう。

「食生活の改善が必要なのは、花陽だけではないということです」

「うう……」

 辛そうなのは花陽よりも、むしろ穂乃果のような気もしないでもない播磨であった。




   *





 そうこうしているうちに、長い石段を登り雷電の家に到着した。

「ここに来るのも久しぶりだな。花陽、膝のほうは大丈夫か」

 播磨は花陽の膝を気遣う。ここにくるまでに、大分歩いたからだ。

 花陽にはその気遣いが嬉しかった。

「はい。王大人の薬のおかげで、そこまで痛みはありませんでした」

「左様か」

「母さんにはすでに事情を伝えてある。皆遠慮はしないことだ」

448: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:03:16.43 ID:I+wewI7ro

 雷電はそう言うと、お寺の本堂の隣りにある自宅に向かった。

 表札には「工藤」と書かれている。

「あの、雷電さん?」

 花陽は雷電に聞いた。

「どうした」

「表札に工藤とありますが」

「ああ、俺の苗字だが」

「ええええ!!!?」

 驚く花陽。

「雷電さんって、姓じゃなかったんですか?」

「雷電なんて苗字がそうそうあるわけないだろう」

「いや、でも」

 驚くのも無理はない。

 工藤とか、あまりにも普通の苗字。

 工藤雷電。それが彼の本名である。ちなみに後から知ったことだが月光の

苗字は佐々木。

こちらも普通だ。

 だが花陽は、工藤家でそれ以上に驚くことになる。

「おかえりなさい雷電。待ちくたびれたわ!」

「ただいま母さん」

 玄関先で雷電たちを出迎えたのは――

「え!?」

449: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:03:49.62 ID:I+wewI7ro

 どう見ても小学生か中学生にしか見えない少女であった。

「雷電さん、この人は……」

 動揺する花陽。

 しかし雷電はサラリと言ってのけた。

「ああ、ウチの母親だ」

「えええ!??」

 月光の母、月子と同じかそれよりも小柄な女性。

 小学生とか言われても思わず納得してしまうような外見をした彼女こそが、雷電の

母であった。

「あなたが小泉花陽さんね。雷電から聞いてるわ」

「あ、はい。小泉花陽です。よろしくおねがいします」

 髪留めと八重歯がキュート女の子。

 そんな印象であった。

「私はそこにいる雷電の母、雷(いかずち)よ、カミナリじゃないわ。そこんとこ、

よろしくね」

「イカズチさんですか」

 見た目もぶっ飛んでるが、名前も結構ぶっ飛んでいると花陽は思った。男ならとも

かく女の人に雷とはこれいかに。

「ちわっす、おカミさん」

「ご無沙汰してますおカミさん」

 播磨と穂乃果は、雷のことを「おカミさん」と呼んでいるようだ。何だか相撲部屋

のようだが、おそらく雷が「カミナリ」とも読めるので、そのカミを取っておカミさん

と呼んでいるのだろう。

450: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:04:17.11 ID:I+wewI7ro

 自分もそう呼んだほうがいいのだろうか。花陽が迷っていると、早速雷の指示が

飛んだ。

「海未ちゃん、穂乃果ちゃん、疲れているところ悪いけど、着替えたら早速夕食の

準備を手伝ってちょうだい。男どもはさっさとお風呂に入りなさい。臭いから」

「はーい」

 全員が玄関先で返事をする。

「あの、おカミさん。私は何をすれば」

「あら、花陽ちゃん。今日はゆっくりしていていいのよ。ケガしてるんでしょう?」

「いえ、怪我のほうは大したことありませんので」

「そう? だったら、お夕飯の手伝いをしてちょうだい。海未ちゃん穂乃果ちゃん、

花陽ちゃんを来客用の部屋に案内してあげて。悪いけど、あなたたちは三人一緒の

部屋だけど、いいわよね」

 そう言って雷は笑った。眩しい笑顔だ。

「はい!」

 花陽は元気に返事をする。

「いい返事ね。女の子はそうでなくっちゃ。ほら、男どもはちゃっちゃとお風呂に入り

なさい」

「へいへい」

 播磨は慣れた様子で返事をする。

 播磨と雷電は幼馴染という話を聞いたことがあるので、雷のこともよくわかって

いるのだろう。

 彼女はそれほど乱暴な言い方をしつつも、男子を先に風呂に入らせているあたり、

男の人を立てる古風な女性なのかもしれない、と花陽は思った。





   *

451: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:04:44.66 ID:I+wewI7ro



 夕食の準備はなかなか大変であった。

 花陽自身はそれほど大したことをしていないのだが、料理という行為に慣れていない

ため、中々うまくできないのだ。

 普段、母親に任せっぱなしにしていたけれど、食べ物を作ることがいかに大変か、

思い知る彼女。

「ここは私に任せて!」

 海未は手馴れているらしく、手早くそして効率よく調理をこなしていく。家庭科の

調理実習で同じ班になると頼もしいだとうな、と花陽は思った。一方、同じ二年生の

穂乃果はまるでお話にはならなかった。

「にゃはは、料理は食べる専門で」

 苦笑いしながらそんなことを言った。

「……」

「ハイ、花陽ちゃんにはコッチをお願いね」

 そんな中、テキパキと指示をする雷電の母雷。

 雷の指導のおかげもあって、夕食は無事に完成した。




   *

452: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:05:13.47 ID:I+wewI7ro


「お、なかなかいい匂いをさせてるじゃねェか」

 風呂から上がったと思われる播磨が、ジャージとTシャツ姿で台所を覗きに来た。

「拳児くん、お風呂から上がったら、雷電と一緒に配膳を手伝ってくれるかしら」

 雷は言った。

「わかりましたよ」

 わりと素直に言うことを聞く播磨を見て、花陽は少しだけおかしいと思った。

 配膳はすぐに終わり、午後七時過ぎには夕食の運びとなる。

「それでは、すべての自然と生物に感謝をささげ、いただきます」

「いただきます!」

 この家の主の代理である雷の号令で夕食が始まった。

「……ん」

 どこにでもあるような、平凡な和食である。

 お寺の食事とはいえ、肉や魚が一切使われていないということわけではない。

 ただ、

「どうしたの? 花陽ちゃん」

 ふと、隣りにいた穂乃果が言った。

「ああ、いえ。ごはんが」

「ああ、雑穀米だね。雷電くんの家はいつもそうだよ。玄米の日もあるよ」

「へ、へえ……」

 ご飯といえば白いご飯が当たり前だと思っていた花陽にとって、雑穀米のような

白さの足りないご飯はあまり食欲をそそるものではなかった。

 しかし、

453: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:05:45.08 ID:I+wewI7ro

「美味しい……」

 口にしてみると意外な美味しさがある。

 臭みがないと言えばウソになるけれど、その臭みとて自然本来の味と思えば、

なかなか悪くない。

 ご飯以外にも、工藤家の食卓は平凡そうに見えてかなり手間のかかったものが

多い。例えば糠漬け。スーパーで買ったものではなく、本物の糠を使った漬物だ。

更に野菜も、いつも食べているものと比べて味が違う気がする。

 普段あまり意識することのなかった食卓の料理の味。それを今はとても重用に

感じる花陽。

(これがこの合宿の目的なんだろうか)

 ふと、そんなことを思った。




    *




 夕食の後片付けが終わり、軽く休憩した後はお風呂タイムである。

 雷電の家の風呂は大きいので、節水の意味もあって女子は三人が一緒に入ることに

なった。

「何だか緊張します」

 着替えの寝間着を胸に抱きながら花陽はそう口にした。

454: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:06:14.93 ID:I+wewI7ro

「何言ってるの花陽ちゃん。同じ女の子同士じゃない!」

 穂乃果はいつも以上にハイテンションだ。

「確かに、一緒にお風呂に入るなんて修学旅行や林間学校でもない限り、あまり機械

はありませんからね」

 態度には出ていないけれど、海未も何だか嬉しそうだ。

 風呂場は広く、浴槽も十分に三人で入れる広さだった。

「ここの家には地方から来た信者さんが泊まることもあるので、お風呂や寝室など

は余分に作られているのです」

 脱衣場で服を脱ぎながら海未はそう説明した。

「昔はよくことりちゃんたちとここに泊まってたよね」

 穂乃果は嬉しそうに言った。

「昔と言っても小学校くらいですかね。つい最近のような気がしますけど」

「あの頃に比べたら成長してるからね」

「どこを見て言っているんですか穂乃果」

 そう言って脱ぐのを止める海未。

「冗談だよ、冗談。さ、入ろう」

「まったくもう」

 海未も穂乃果も慣れているのか、(女だけど)男らしい脱ぎっぷりで服を脱ぐと

浴場に向かった。

「花陽、何をしているのです?」

 振り返り、海未は聞いた。

「ああ、すぐに行きます」

 花陽は慌てて下着を脱ぐと、すぐに後に続いた。





    *

455: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:06:42.54 ID:I+wewI7ro

 
「それにしても大きいよねえ」

 持参したシャンプーで頭を洗っていると背後から穂乃果の声がした。

「な、何の話ですか穂乃果ちゃん」

「いや、花陽ちゃんの胸だよ。着やせするのかなあ。生で見ると大きいねえ」

「やめてください」

 恥ずかしくなった花陽は洗髪を止めて胸元を抑える。

「絵里ちゃんや希ちゃんも大きいけど、花陽ちゃんも中々いいモノを“おもち”だよ」

「そんなことないですって」

「ちょっと揉ませてもらってもいいかなあ」

 まるで●●オヤジのような言動。

「こら、止めなさい穂乃果」

 先に湯船に入っていた海未が止める。

「だってえ。女同士じゃない?」

「希に女同士はノーサンキューと言っていたのはどこの誰でしたっけ?」

「あれ? そんなこと言ってたっけ」

「言ってました。自分より立場の弱い人間に対して、嫌がる行為をするのは鬼畜の

所業ですよ」

「ちぇっ、海未ちゃんのケチ。あ、そうだ。それなら花陽ちゃんにも私のを触らせて

あげるよ。それなら5:5(フィフティフィフティ)でしょ?」

「何を言ってるんですか穂乃果ちゃん」

「穂乃果、いい加減にしなさい」

 海未は語気を強める。

456: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:07:09.90 ID:I+wewI7ro

「なんだよ海未ちゃん。いい考えだと思ったのに」

「だいたいあなたと花陽ではサイズが違うではありませんか。全然フェアではありません」

「え……?」

 穂乃果はしばらく固まる。

 どうやら海未の言っていることがすぐには理解できなかったらしい。

 そして、

「酷いよ海未ちゃん! 私だってちょっとはあるもん!」

「ちょっとはねえ」

 海未は鼻で笑った。

「そう言う海未ちゃんだって大して無いじゃない!」

「わ、私だって少しはあります! 穂乃果には言われたくないです!」

「あわわわ……」

 女子二人の無益な言い合いに、最初は慌てていた花陽も次第におかしくなってきた。

 何だかんだ言い合っていても、この二人は仲が良いのだと思ったからだ。




   *

457: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:07:36.25 ID:I+wewI7ro



 お風呂に入った後は、しばらく勉強タイムである。

 合宿だからといっても、明日は普通に授業があるし、テストも近いので勉強は

しなくてはいけない。

 本堂に集まったメンバーは、各々必要な勉強をすることになった。

「んん……」

 今日一日、色々あって疲れたのか、穂乃果はコクコクと早速舟を漕ぎ始めていた。

「こら穂乃果」

「ふにゃ!」

 30センチ物差しで頭を叩かれる穂乃果。

「今度のテストで赤点を取ったら、ラブライブに出場できなくなるんですよ。ちゃんと

勉強なさい」

「わ、わかってるけど……」

 穂乃果は頭を押さえながら言った。

 お風呂に入って温まると眠くなるなんて、まるで赤ちゃんのようだと花陽は思った。

 花陽の向かい側には、男子陣の雷電と播磨がいる。

 播磨は穂乃果と動揺、あまり集中していなさそうだが、隣りにいる雷電は見た目に

反してしっかりと勉強をしている。とても意外だ。

「どうした、小泉」

 花陽の視線に気づいたのか、雷電が顔を上げる。

「い、いえ。何でもないです」

458: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:08:06.05 ID:I+wewI7ro

 花陽は慌てて首を振る。

 未だに雷電は慣れない。

 そんな花陽に海未は声をかけた。

「わからないところがあったら、私か雷電に聞くといいですよ」

「ふえ?」

「雷電はこう見えて成績はいいですからね」

「……」

 海未にそう言われると、雷電は照れくさそうに目を伏せた。

 なんだか可愛い。

「間違っても穂乃果には聞かないように」

「酷いよ海未ちゃん」

「事実です。この前の模試の結果、何位でしたか?」

「それは聞かない約束で」

「ほら、さっさとやる」

「ふいい」

「播磨くんもちょっとは頑張って」

「へいへい」

 海未の話を聞き流す播磨は、何か別のことを考えているようにも見えた。





   *

459: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:08:37.87 ID:I+wewI7ro



 その夜、勉強も終えて髪を乾かすと穂乃果はすぐに寝入ってしまった。

 さっきまで一番騒いでいたのに、眠るときは突然である。本当に本能で生きている

ような人だと花陽は思った。

 一方、騒ぐ穂乃果を諌めていた海未もストンと眠りに落ちていた。

 とにかく寝つきがいい。布団に入ってから数秒すると、もう呼びかけても返事が

なくなってしまったのだ。

「……」

 花陽は何だか置いて行かれたような気分になった。

 明日も早いので、早く寝なければならないのはわかっているのだけれど、なぜか

すぐに寝たいとは思えない彼女は、電灯を消してからそっと部屋を出た。

 ふと、暗い廊下を歩いていると、雨戸が開いており、そこから外の灯りが差し込んでいた。

「拳児さん?」

「おう、花陽か」

 播磨拳児である。

「どうされたんですか?」

「ああ、いや。大したことじゃねェ。月がキレイだったもんで見てたんだ」

 播磨の視線の先には、満月とまではいかないけれど、優しい光を放つ月が見えた。

 その下には都会の灯りが広がる。

「あ、あの」

460: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:09:12.92 ID:I+wewI7ro

 花陽は勇気を振り絞る。

「どうした」

「隣り、座っていいですか?」

「ああ、構わんぞ」

「ありがとうございます」

 花陽はどきどきしながら播磨の横に座った。

 微かに、彼の温もりを感じるような気がする。

「そういや、お前ェのメガネ姿を見るのは久しぶりだな」

 ふと、播磨は言った。

 コンタクトレンズは寝る時に外すので、今の彼女はメガネをかけている。

「そ、そうですね」

 何だか急に恥ずかしくなる花陽。

(そうだ。こんな機会、滅多にないから何か話を聞いてみよう)

 ふと、花陽は思い付いたけれど、何を聞いたらいいのか、そこが思いつかなかった。

(ああ! 私のバカバカ。そういうのは事前に考えとけばよかったのに)

 だが、

「あのさ、花陽」

「はい?」

 話は播磨のほうから振ってきた。

「前から気になってたんだけどよ、何でお前ェはアイドルになりたいと思ったんだ?」

461: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:09:47.07 ID:I+wewI7ro

「え? 私は……」

 あまりにも単純、されど根本的な問いに戸惑う花陽。

「それは……」

「別に答えたくなけりゃ答えなくても構わねェけど」

「いえ、そんなことありません」

 播磨の言葉を否定する花陽。

「あの、つまらない話になると思うんですが、いいですか?」

「構わんよ」

「私、凛ちゃんと出会う前はこんな性格だからよくいじめられていて……」

 不意に蘇る小さなころの思い出。

 それは決して楽しいことばかりではなかった。

 スクールアイドルをはじめてからは、苦しいこともあるけれど、決して嫌な思いは

していない。

 だが、幼い頃は嫌な思い出も少なくはなかった。

「だけど、そんな嫌な気持ちの中で、私を支えてくれたのがアイドルだったんです」

「アイドル?」

「はい。テレビに出ているアイドルを見てると、凄く元気になって。寂しくても

心細くても、頑張って行こうっていう気持ちになりました。アイドルの歌を聞き、

踊りを見て、すごく勇気づけられたんですよ」

「そうか」

462: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:10:20.56 ID:I+wewI7ro

「だから、私と同じように寂しいとか悲しいと思っている人にも、私の歌を聞いてもらって、

元気になってもらったらとっても嬉しいなって思って、アイドルを目指そうと思ったんです」

「……」

「なんか、単純ですよね。そんなに簡単になれるわけでもないのに」

「いや、単純なのがいいのかもしれんぞ」

 そう言うと花陽の頭を軽くなでる。

「お前ェは優しい奴だってことは今まで見てたからよくわかるぜ。その気持ち、大事に

しろよな」

「……はい」

「あと、人に迷惑かけるとか、今はそんなことは気にしなくてもいい。俺や雷電たち

は迷惑をかけられるのが仕事だ。十分に頼れ」

「拳児さん……」

「ん?」

「あの、私も聞いてもいいですか」

「なんだ」

「貴方はなぜ、スクールアイドルのプロデュースを引き受けようと思ったんですか?」

「ぬ……!」

 花陽の質問に言葉を詰まらせる播磨。

「何でだろうな」

 腕を組んだ播磨は首をかしげる。

463: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:10:51.03 ID:I+wewI7ro

「ええ……」

「何でかよくわからんが、気が付いたらこうなってた。でも多分、人生ってそんな

もんじゃねェかと思うぞ。でもまあ、しいて言うなら」

「はい」

「今より明日は楽しく生きたい、そう思ってたらこうなったって所か」

「楽しく、ですか」

「実際はキツイ方が多いんだけどよ、穂乃果たちに振り回されんのは慣れてるし、

何より何かが変わる気がする」

「変わる?」

「ああ、世界はどうせ放っておいても変わっちまうんだ。だったらよ、少しでも面白い

方向に変えて行ったほうがいいと思わねェか」

「そうですね」

「お前ェらが変えるんだよ。世界を、面白い方向に」

「私たちがですか?」

「それがアイドルの可能性じゃねェかな」

「大げさ過ぎます。でも――」

「ん?」

「好きです、そういう考え方も」

「世の中、色々な考え方の奴がいるからな。これから色々出会っていくだろう。まあ、

俺は一々考えるのは面倒だから苦手だけどよ」

「アハハ」

「お前ェも考え込むのは苦手だろ? 穂乃果」

 不意に、播磨は身を逸らして廊下の奥に声をかける。

464: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/19(金) 20:11:25.65 ID:I+wewI7ro

「え? 穂乃果ちゃん……?」

「えへへ……」

 照れ笑いをしながらパジャマ姿の穂乃果が顔を出した。

「何やってんだお前ェ。盗み聞きとは趣味が悪いな」

「ごめんごめん。何か二人、いい雰囲気だったから通るに通れなくて」

「バカな気を使ってんじゃねェぞ。ああ? トイレか」

「もうっ、拳児くんったら。そう言うのはっきり言わないで」

「図星かよ」

「まあ明日も早いんだ。さっさと寝ろよ」

「わかってるよ。花陽ちゃんも」

 そう言うと、穂乃果は花陽を見た。

「はい」

 花陽は立ち上がる。

「俺も寝るわ」

 そう言うと、播磨は雨戸を閉める。

「あ、私もトイレ行きます」

 そう言って、花陽は穂乃果に付いて行った。

「何の話をしていたの?」

 ふと、穂乃果は聞いた。

「色々です。気になります?」

「うん? 別に?」

(わかりやすいなあ、この人)

 穂乃果の態度を見て、花陽はそう思った。




   つづく

468: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:10:37.10 ID:vVRGsHFdo





雷電の実家、龍電寺の朝は早い。

 午前五時。木の板に木の棒を叩きつけられたら起床の合図だ。

「総員起こし! 総員起こしよ!」

 寺内に住職の妻であり雷電の母である雷の声が響きわたる。

 寺内に居住している者は素早く布団を片付けると、朝の作務に取り掛かる。

「はい! まずは本堂の掃除。それが終わったら女子は朝食の準備。男子は境内の

掃除に取り掛かりなさい!」

 雷の指示が素早く飛ぶ。

 ここでは彼女に逆らうことは許されない。例え誰であろうとも。

 一週間、ここで小泉花陽の食生活改善合宿を行っている音ノ木坂学院アイドル部は、

播磨拳児以下雷電、園田海未、高坂穂乃果、そして花陽の五人が参加している。

「はあ、眠い」

 眠い目をこすりながら播磨は掃除をする。

「こら拳児くん! ぼやっとしないの! シャキッとしなさい!」

 ボーッとしていると雷のカミナリが落ちる。

 彼女は身体は小さいけれど声は大きい。

 そしてその動きは素早い。まさに電光石火。

「はいはい」

「はいは一回!」

 バタバタと作業を進めているうちに、朝食である味噌汁の良い匂いが漂ってきた。

 この合宿の主役である小泉花陽は、普段あまり家事を手伝うことはないのだが、

ここでは掃除や料理など、慣れないことも頑張らなければならない。

 しかし、彼女にとって本当の試練は掃除でもなければ洗濯でもなかった。

469: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:11:25.31 ID:vVRGsHFdo






      ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

     第二十話 苦 行

470: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:12:19.57 ID:vVRGsHFdo




 午前中の授業。

 小泉花陽は空腹を抱えていた。

(お腹すいた……)

 以前なら朝からどんぶり飯三杯は食べる彼女にとって、お寺の質素な食事は当然

足りるものではなかった。ちなみに朝はおかゆ、昼と夜は雑穀米や玄米のご飯である。

 花陽がお腹をさすっていると、前に座っている同じクラスの星空凛がこちらを見た。

(かよちん、かよちん)

 小声で凛が呼ぶ。

(なに?)

 花陽も小声で返事をした。

(お腹空いてるにゃ? これで気を紛らわせてほしいにゃ)

 そう言うと、凛は小さな飴玉を一つ花陽に手渡す。

(あ、ありがとう)

(頑張ってにゃ)

(うん)

 友達の応援が心に染みる。

 飴玉の甘さが少しだけ花陽の心を癒してくれた。




   *

471: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:13:00.02 ID:vVRGsHFdo


 放課後。

 練習の合間に、播磨と絵里、それに雷電と海未が集まって話し合いをする。

「花陽のパフォーマンスが悪いわ。やっぱり怪我の影響かしら」

 絵里は言った。

「いや、ケガのほうは心配ないと主治医も言っているぞ」

 播磨は言った。

 あの怪しげな医者を本当に信用していいのかわからないけれど、今はあの男に頼る

ほかない。

「だったらどうして?」

「恐らく白米中毒による禁断症状ではないか」

 雷電は言った。

「白米中毒?」

「ふむ、昔読んだ文献に書いてあった気がする」


   白米中毒とは、白米の食べ過ぎによる依存症の一種である。

  江戸時代、江戸の町で脚気が流行した。原因は、江戸の庶民や武士が白米を常食

  していたからと言われている。現在では、脚気はビタミンB1の不足によって

  起こる病気であることが広く知られており、ビタミンB1の含まれた麦や蕎麦

  などを食べることによって予防できる。

   しかし、江戸の住民は断固として白米を食べ続けた。このため江戸では脚気が

  蔓延し、脚気は“江戸患い”などと呼ばれることもあった。なぜ江戸の住民は

  脚気になってまで白米を食べ続けたのか。それは白米の持つ依存性が原因であると

  考えられる。

   副食の多くなった現代では、白米の持つ依存性に影響される者は少なくなったと

  言われているけれども、一部では今でも白米を異常に好む「ごはん癖の悪い」人間
 
  がこの白米中毒者であると言われている。白米中毒者は白米を断たれると、集中力  
  の低下、頭痛、倦怠感などの禁断症状に苛まれると言われている。


   大原正太著『東京の生活と病気』民明書房刊 1966年

472: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:13:57.61 ID:vVRGsHFdo



 その時、急に教室のドアが開く。

「話は聞かせてもろうたで、人類は滅亡する」

 そこにいたのはキバヤシ、ではなく東條希であった。

「希、あなたどこ行ってたの!」

 急に練習場から姿を消した希をしかりつける絵里。

 しかし希は動じなかった。

「ちょっと図書室で調べものを、それよりも白米中毒の話をしとったようやね」

 希は腕を組んだ状態でこちらを見る。

「それが何か?」

「よく考えて見なさい。人類が現れてから約二百万年(石器時代)、そのうち農耕を

初めて穀物を食べるようになったんはたった四千年から二千年くらいや」

「だったら、何だっていうの?」

「わからへん? 人が米や麦のような穀物を育て食べるようになったんは、長い人類の

歴史の中でもごく最近のことや。そして、その結果、人類の数は急激に増加した」

「……」

「今、家畜の牛が何を食べとるか知ってる?」

「草か?」

「それがちゃうんや。今の牛は、特に輸出用に大量生産されとる牛はトウモコシ等

穀物を原料にした餌を食べて育てられとる。この餌のおかげで育ちがようなって、

ウチらはたくさんの牛さんを食べられるようになったんや」

「つまりどういうことだってばよ……」

473: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:14:34.78 ID:vVRGsHFdo

「ようするにウチらは、牛や豚と同じで、穀物を食べさせられることによって増やされた

家畜と同じなんや。人類が穀物を食べるということは、人類を家畜化させようとする

何者かによる大いなる意志が働いとるんやで!!!」

「な、なんだってー!!!」

「……」

「……」

「はいはい、わかったからさっさと練習しろ希」

 播磨は吐き捨てるように言った。

「今はそんな世迷言に付き合ってる暇はないのよ」

 絵里も言った。

 希が練習にもどった所で話も戻る。

「とりあえず、あのご飯のドカ食いは花陽にとって精神安定剤的なものになっていた

可能性はあるわね」

 絵里はそう言う。

「ご飯に含まれるでんぷん質は口の中で糖質に変わるから、甘いお菓子を食べた時

と同じような状態だと考えればいい」

 雷電はそう付け加える。

「つまり、甘いものは別腹みたいな感じで、花陽にとってごはんは別腹って奴なのか?」

 播磨はそう言ってみた。

「近いかもしれない」

474: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:15:26.58 ID:vVRGsHFdo

「でも少しならともかく、大量の摂取はいただけないわ。それはお菓子もご飯も同じ」

「何らかの代替策があればいいんだがな」

 播磨は言った。

「代替策?」

 雷電は聞く。

「例えば、白米に代わる別のものを食べるとか」

「そしたらその代替食の中毒になっちゃったらどうするのよ。麻薬の代わりに覚せい剤

の中毒になるようなものよ」

 絵里は一刀両断する。

「でもよ、本で調べた限りでは白米はスイーツと同じように血糖値を上げるんだろ?

だったら、血糖値を上げないような食べ物を食わせりゃいいんじゃねェか?」

「それで心が満たされるかしら?」

「どういうことだよ」

「ちょっと穂乃果、来てくれる?」

 絵里は穂乃果を呼んだ。

「なあに? 絵里ちゃん」

 穂乃果はまるで子犬のように小走りで駆け寄ってくる。

「穂乃果、ケーキは好き?」

「うん大好き! 特にいちごのショートケーキは大好物だよ!」

 思わずよだれをたらさんばかりに最高の笑顔を見せる穂乃果。

 彼女が甘いものが好きなのは、播磨にもわかる。

475: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:15:56.35 ID:vVRGsHFdo

「じゃあね、今度からケーキの代わりに“酢昆布”にしてって言われたら我慢できる?」

「……え?」

 穂乃果の顔が露骨に落胆の色を示す。

「じゃあ、カリカリ梅は?」

「えええ?? ケーキはケーキだよお。代わりは許されないよ。何言ってるの絵里ちゃん」

 今にも泣き出さんばかりの悲しい顔をする穂乃果。

「冗談よ。休憩してていいわよ」

「もー、何訳の分からないこと言ってんだよお」

 そう言いながら穂乃果はことりたちのいる場所に戻って行った。

「つまりこういうことよ」

 腕組みをした絵里は言った。

「簡単に代替物は見つからねェってことかよ」

 それにしてもケーキの代わりに酢昆布やカリカリ梅はないだろう、と播磨は思ったが

面倒な話になりそうだったのでそれ以上追及することはしなかった。

「一生我慢しろってわけじゃないわ。私だって、バレエをやっていた時は、舞台の前に

は食事制限をしていたもの。でも一年中ずっと制限をしていたわけじゃないのよ。

シーズンオフには好きな物を食べてストレス解消するのも練習の一環みたいなものね」

「だがそれにも限度があるよな」

「そうね」

「身体が満たされなければ心を満たせばいいのよ!」

「ぬお!」

 急に話に入ってきたのはにこであった。

476: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:16:35.80 ID:vVRGsHFdo

「何を言ってやがんだお前ェは」

「いいこと? 拳児。花陽はこれまでたくさんご飯を食べることによって精神の安定

を保ってきたの。でもそれはアイドルとしては致命的よ。だから、ご飯以外のことで

精神の安定を保たせる必要があるわ」

「どうやるんだよ」

「それはあなたが考えなさい。にこはアイドル以外のことを考えるのは苦手だから」

「お前ェ、酷ェなあ!」

「ねえ拳児。アイドルはね、人を笑顔にさせる仕事なの。そのアイドル自身が笑顔

でなければ、人は笑顔にはならないわ」

「だったらなんだ」

「そのアイドルを笑顔にさせるのがあなたの仕事よ。SIPとしてのね!」

「だからそのSIPってのは止めろよ」

「頼むわよ。プレ・ラブライブまで時間が無いんだから」

「ぐぬぬ……」

 白いご飯をこよなく愛する少女、小泉花陽。

 彼女の精神をご飯なしで安定させることができるのか。

 プレ・ラブライブまでの時間は残り少ない。

 どうする播磨拳児、どうするμ’s。




   *

 

477: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:17:04.84 ID:vVRGsHFdo


 播磨たちが花陽のことで悩んでいる時、当然花陽自身も自分のことで悩んでいた。

 今までご飯をたくさん食べてきた。それでいいと思っていた。高校に入り、アイドル

としての活動をするうちに運動量も増え、必然的に食べる量も増えて行った。

 しかし、ご飯自体は好きだったのでそれを止める気はなかった。というか、

起きなかったのだ。

 巷には糖質制限ダイエットの情報があふれていたけれども、花陽はそんな情報には

目もくれず、ひたすら白米を愛した。

 その結果、怪我をした。今は軽い膝の痛みで済んでいるけれど、この先どうなるか

わからない。

(何とかしなきゃいけない。でもごはん食べたい)

 雷電の家である龍電寺で食生活改善合宿をしている花陽は、食後のほんの少しの間

の休憩時間、縁側に座って外を見ていた。

 昼間は蒸し暑いこの時期も、夕方になると多少は涼しくなる。

「元気ないわね、そんなんじゃダメよ」

 不意に誰かが声をかけてきた

「おカミさん……」

 雷電の母、雷であった。

「隣、いいかしら?」

「あ、はい」

 この家の実質的な主である雷は、その小さな身体のわりに活動的だ。

478: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:17:42.34 ID:vVRGsHFdo

 黙って本を読んでいるよりも、いつも何か家事や仕事をやっているように見える。

 とにかく働き者なのだ。

 だからこんな風にのんびりとした雰囲気の中で雷を見るのは花陽には新鮮であった。

「辛いことあったの?」

 ふと、雷は言った。

「え? いや、それは……」

 思わず口ごもる花陽。

 どう答えていいのかわからない。数日前に会ったばかりの部活仲間の母親に、自分の

気持ちを吐露していいものか、少し迷ったのだ。

 だが雷はそんな花陽の気持ちを見透かしたように言った。

「ねえ花陽ちゃん。自分にウソをついちゃダメよ。素直でいなきゃ。一つウソをつけば、

そのウソを隠すために更にウソを重ねることになる。そうなったらどんどんとウソは

積み重なっていくわ。するとどうなると思う?」

「どうなるんですか?」

「心はね、そのウソの重みで潰れちゃうのよ。もっと素直になりなさい」

「素直……」

「ねえ花陽ちゃん。少しだけおばさんの昔話を聞いてくれるかしら?」

「え? はい」

 おばさんと言うにはあまりにも幼い外見に少し違和感を覚えるが、今は素直に従って

おこうと思う花陽。

479: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:18:24.42 ID:vVRGsHFdo

「私の夫、つまり雷電の父親はね、船乗りなの」

「船乗り」

「だから一年のほとんど工藤家(ここ)に帰ってこないのよ。その間、私は工藤の家

とこのお寺を守るのが役目なの」

「……」

「最初は大変だったわ。私、横須賀生まれなの。だからここら辺にあんまり知り合いが

いなかったのよ」

「おカミさん、神奈川の人だったんですね」

「そうよ、意外かしら?」

「いえ、ちょっと想像つかないかなって」

「もう東京(こっち)での暮らしが長いからね。今でも横須賀にはよく行ってるわ」

「そうなんですか」

「それで、お寺の暮らしってあなたも二、三日暮らしたらわかると思うけど、無駄に

広いから大変なのよね」

「アハハ。確かに」

「それを一人でやるのは大変だったし、何より寂しかったわ」

「……」

「でもね、そんな私のもとに横須賀から姉妹たちが遊びに来てくれたの。そのうち、

東京(こっち)でも知り合いが出来て仲良くなったわ。知ってるかしら? 月詠亭

の月子さんとか」

「あ、はい。知ってす。月光先輩のお母さんですよね」

480: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:19:08.82 ID:vVRGsHFdo

「そうそう。月光くんは雷電と同い年よね。だから月子さんとは同じ病院で知り合ったの」

「へえ」

「そうこうしているうちに、私はここにいるのが辛いとは思わなくなった。そりゃあ、

パパに会えないのは寂しいけど、それ以上にここの生活にはやり甲斐があるわ」

「遣り甲斐、ですか」

「ええ。あなたのように、迷っている子もここに来るわ。そんな子を受け入れるのも、

私の役目だと思うの」

「迷ってますか、私」

「違うの?」

「いえ、迷ってるかもしれません。というか、迷っているのかもわからないかも」

「うふふ。若い時って、そんなものよ。何が正しいかわからないもの。もしかしたら、

一生わからないかもね」

「おカミさん」

「ねえ花陽ちゃん、私のこと、もっと頼ってもいいのよ」

「いえ、そんな」

「遠慮しないで。龍電寺にいる限り、私の娘みたいなものよ。もちろん、ぼやぼや

していたら叱っちゃうわよ」

「アハハ。なるべく叱られないよう頑張ります」

 花陽は苦笑いした。

 そんな二人に、声をかける男が一人。

「ここにいたか、花陽」

「拳児さん?」

481: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:19:40.99 ID:vVRGsHFdo

 播磨拳児である。

「拳児くん、花陽ちゃんに用事?」

「え? まあ」

「じゃあ、邪魔者は退散しますかね」

 そう言うと、雷はすくっと立ち上がる。

「いや、別に大した用じゃないんッスけど」

「それじゃあね、花陽ちゃん」

「あ、はい。ありがとうございます」

 花陽も立ち上がってお辞儀をした。

「それで、用事ってなんですか?」

 播磨のほうを向きなおった花陽が聞く。

「いや実は、明日の練習メニューを少し変えようと思うんだ」

「練習メニューを?」

「ああ。お前ェの膝のこともあるしな」

「はあ」



    *  

482: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:20:33.03 ID:vVRGsHFdo




 この日の練習は、都内の屋内プールにおける水泳であった。

 これも花陽の膝の状態を考慮してのことであったが、同時に練習がマンネリ化

しないようにとの雷電のアイデアでもあった。

「理事長に相談したら、タダ券を貰ったわ」

 プールに向かう途中、絵里は小声で言った。

「タダより怖いものはないっていうからな」

 播磨は少しだけ警戒する。

 μ’sのメンバーは基本的に全員参加であったけれど、ことりと海未は毎月のアレ

の影響のために残念ながら見学となった。

「あーあ、ことりちゃんたちと一緒に泳ぎたかったなあ」

 穂乃果は残念そうに言った。

「どうでもいいが、何で俺まで泳がなきゃいけねェんだよ」

「何言ってるの拳児。苦しみや喜びを共有してこそのSIPでしょうが」

 にこは言った。心なしか声は嬉しそうだ。

「SIP言うな」

 そうこうしているうちに、屋内プールに到着する。

 空は曇りだが、屋内なのでそんなことは関係ない。



   *

483: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:21:13.06 ID:vVRGsHFdo


 播磨と雷電は素早く着替えを済ませてプールサイドで待っていると、真っ先に現れた

のは凛であった。

 これは予想通りである。

「やったー、プールにゃあ!」

「嬉しそうだな」

 播磨は凛に言った。

「そりゃ嬉しいにゃあ。凛ちゃんプール大好きにゃあ♪」

 まるで小学生のようなはしゃぎっぷりである。

 次に出てきたのは、穂乃果である。彼女も嬉しそうであった。

「体育のプールは苦手だけど、こういうのは嬉しいよ」

 穂乃果は言った。

「おいおい、遊びに来たわけじゃねェんだぞ。わかってんのか」

「はあい」

「穂乃果、凛。あんまり騒がないで、他のお客さんの迷惑になるでしょう」

 絵里と希も出てきた。

 でかい。

 何がとは言わないが、とにかくでかい。

「んん? どないしたん? 何か気になるんかなあ?」

 やたらニヤニヤしながら希が寄ってきた。

「何でもねェよ。それより花陽はどうした」

「花陽ちゃんならもうすぐ来るんとちゃうかな」

 噂をすれば、花陽が恥ずかしそうに出てきた。

484: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:22:24.07 ID:vVRGsHFdo

「おい花陽。早く来いよ」

 播磨の声がプール内に響く。

「は……、はい」

 花陽は覚束ない足取りで播磨に近づく。

「大丈夫か?」

「え? はい」

 播磨の視線は足元から胸元に移動した。

(意外とデカイな)

 希や絵里ほどではないけれど、彼女の胸もかなり大きい。

  間が見える。

 花陽は恥ずかしそうにモジモジしていた。

「ご、ごめんなさい。コンタクトレンズを外しているから、ちょっと見えにくいんです」

「そ、そうか……」

 播磨は視線を逸らそうとするが、どうしても気になってしまう。

「うりゃあ!」

「ぎゃあ!」

 いきなり頭に何かが当たった。

 どうやらビート板が縦に飛んできたようだ。

「何しやがる!」

 犯人はだいたい想像がつく。

 矢澤にこだ。

「何●●い目で後輩を見てるのよ」

485: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:23:30.47 ID:vVRGsHFdo

 にこは肩にビート版を抱えて言った。

 ビート板を投げる奴はクラスに一人や二人いるものだ。

「べ、別に見てねェし。それよりお前ェ、何て格好してんだ」

「はあ? にこちゃんの格好に何か問題でも?」

「他の連中は皆、競泳水着かスクール水着なのに、何でお前ェだけヒラヒラが付いて

んだよ。遊びに来たわけじゃねェんだぞ」

 にこの水着はヒラヒラの付いたビキニである。

「いいじゃない。折角の校外活動なんだし。アイドルはいついかなる時も主張しないとダメよ」

(主張するほどのモノは持ってねェだろ)

 播磨は小声で呟くが……、

「セクハラ!」

 にこが再びビート板で叩いてきた。

「お前ェ、ビート板は人を叩くもんじゃねェぞ」

「ほら、そこの二人何やってるの。ちゃんと準備運動しなさあい」

 絵里の声が響いた。

「ったく、お前ェのせいで怒られたじゃねェか」

「アンタが●●いこと考えるからじゃないの」

「別にお前ェを見ても●●いことは考えられねェぞ」

「もう一回殴ってやろうかしら」

486: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:23:57.05 ID:vVRGsHFdo


 水泳は全身運動として有効だ。

 しかも膝や腰に負担がかからない。

 膝を痛めた花陽にはとても効果的な練習である。

 またそれ以外にも、違う環境に行くことで気分転換になる。

 花陽よりも、にこや穂乃果のほうが喜んでいたような気もするが、チーム全体に

とって良いことならそれもいいだろう、と播磨は思った。

 しかし、いつもと違う環境ということはその分疲れもたまる。

 播磨はこの日、なぜかμ’sのメンバー以上に泳がされてしまったため、帰る頃

には身体が泥のように疲れ切ってしまった。




   *





 帰りのバスの中、花陽は播磨の隣りに座った。 

 いつもは穂乃果か凛が座っている場所に自分がいる。

 身体は慣れない水泳で疲れ切ってはいるけれど、男の人がすぐ傍にいるということ

で胸はドキドキしていた。

「今日はすみません、私のために」

487: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:25:01.52 ID:vVRGsHFdo

 花陽は遠慮がちに言う。

「別にお前ェのためじゃねェよ。たまにはこういう気分転換も必要だ。疲れたけど」

「確かに疲れましたね」

「絵里のやつ、ガチで水泳させやがって」

 プールの中でボールを使うようなぬるい水遊びなどさせてくれるはずがなかった。

 これは練習の一環なのだから。

「でも、楽しかったですよ」

「そうか、そりゃ良かった」

 プレ・ラブライブまで時間がない。

 でも、だからこそこういう日も必要なのではないかと花陽は思う。

「……」

 気が付くと穂乃果と凛は眠っていた。

 本能のままに生きる彼女たちはまるで子供のよう。だが、今はそれが羨ましかった。

「……」

 ふと、横を見ると播磨も疲れているのか、コクリコクリと舟を漕ぎ始めていた。

 花陽はそっと身を寄せる。

 すると、播磨の頭が傾いて肩に乗った。

(お疲れ様です、拳児さん)

 花陽は心の中で呟く。

 皆と一緒に練習をする。そして何より播磨拳児という人が隣りにいる。

 それだけで、彼女は幸せであった。





    *

488: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:25:54.29 ID:vVRGsHFdo



 一週間の食生活改善合宿は終わり、またμ’sのメンバーは日常に戻って行く。

 元に戻ってしまうのではないか、と心配している播磨の元にとある人物から

電話がかかってきた。

「もしもし?」

『あの、播磨拳児さんですか? 私、小泉花陽の母です』

 それは花陽の母親からであった。

「あ、それはどうも。娘さんにはいつも迷惑をかけて」

『いいえ、迷惑だなんてとんでもない。今日はお礼を言いたくて、電話で失礼しますが、

お電話を差し上げたんですよ』

「お礼? ですか」

『はい。娘のことです。以前のように白いご飯をドカ食いしなくなりまして』

「そりゃ良かった」

『それから、家の手伝いも積極的に協力してくれるようになりました』

「そうなんですか」

『なんだか料理にも興味が出てきたらしくて、教えて欲しいと言ってきたんですよ』

「はあ」

『これも播磨さんのおかげだと、娘が話をしておりましたから』

「別に俺は何もしてませんよ。娘さんが頑張ったからじゃないッスか」

 それと、合宿先にいた雷電の母の影響も大きいだろう。

『それでも、娘は高校に入ってから変わりました。私、とても嬉しくて』

「それは、良かったですね」

 花陽の母親は何度もお礼を言って電話を切った。

489: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/21(日) 19:27:00.23 ID:vVRGsHFdo

 そこまで感謝されるようなことはやった覚えのない播磨であったけれど、悪い気は

しない。

 そして昼休み。珍しく花陽の方から播磨の教室にやってきた。

「どうした、花陽」

「なんじゃ? また別の一年女子が播磨のところに来たぞ?」

「羨ましいのう」

 クラスメイトの言葉は無視して、播磨は廊下に出る。

「何かあったか?」

「いえ、その……」

 花陽は恥ずかしそうに目を伏せる。

「ん?」

「お弁当、作ってきたのでご一緒にどうですか?」

「ん、ああ。別に構わねェよ」

 播磨がそう言うと、花陽の顔はまるで太陽のようにパッと明るくなった。

「ありがとうございます」

「別にそんなに感謝されるようなことは」

「じゃあ、行きましょう」

「おい待てよ、まだ俺の昼飯が」

「拳児さんの分も作ってきました!」

「へ?」

「どこで食べましょうか」

「ああ」

 何だか以前よりも積極的になった花陽を見て、播磨は少し戸惑ったけれど、同時に

頼もしくも思えたのであった。




   つづく

493: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:27:37.54 ID:CGMQiqlao






 ついにプレ・ラブライブの日がやってきた。

 関東地区で予選のシード権、つまり予備予選への参加を免除された六チームのうち、

四チームが参加するという豪華な顔ぶれ。

 そこに音ノ木坂のμ’sも参加するのである。

 場所は、さいたまスーパーアリーナ。

 お台場のオープン大会よりも多い合計二十二チームが参加。

 ラブライブ予選前における最後の大会だけに、注目度も高い。

「いっぱい人がいるねえ、ことりちゃん」

「ええ。何だか緊張してきちゃった」

 穂乃果とことりはそう言って身を寄せ合う。

「お前ェら、迷子になるんじゃねェぞ」

 播磨はメンバーに注意を促す。

 今回はお台場よりもアクセスが容易な分、観客も参加者も多いのだ。

「そういや、三年生の三人は、これが実質デビュー大会になるんだったな」

「ん、そういえばそうね」

 と、絵里は言った。

 三年生は、一年生と違って緊張している様子はない。ただ一人を除いて。

「……」

「おい」

「……」

「おい、にこ」

494: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:28:16.71 ID:CGMQiqlao

「ふにゅっ」

 播磨はにこの両頬を掴む。

「にゃにすんのよ」

「大会前はあんだけ偉そうなこと言ってて、当日は緊張か? ったく」

「べ、別に緊張なんてしてないわよ。むしろ待ちに待ったって感じね、へっへっへ」

 元々白いにこの顔が更に青白くなっている。

「いつも通りで行けよ、お前ェならできるぜ」

「ふんっ、にこはいつだっていつも通りよ」

「ならいいがよ」

 播磨はひるがえって一年生組に目を向ける。

「お前ェらも、平気か?」

「凛ちゃんはいつでも大丈夫にゃ!」

 凛はいつも通りだ。彼女に緊張という言葉はないのだろうか。

「前よりは、マシだと思います」

 花陽はまだ不安そうな顔をしている。後でフォローを入れておくか、と播磨は考える。

「真姫」

「はい」

「お前ェの曲、今回もいい出来だぜ。絶対に受けるからよ」

「違いますよ拳児さん」

「ん?」

「私だけでなく、皆で作った曲です」

 そう言うと、真姫は片目を閉じて見せた。

「そうだな。まあ、雷電や海未も手伝ったしな」

「それに、拳児さんも……」

495: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:28:47.25 ID:CGMQiqlao

「ん?」

「何でもありません。今回も頑張ります」

「そうだな。一発かまして行こうぜ」

「拳児くん、言い方が下品だよ」

 そう言ったのは穂乃果である。

「うるせェ。俺はこういうのしかできねェんだ。出場登録を済ませておくから、お前ェ

らは準備しとけよ」

「はいっ」

 空を見上げると、白い雲に覆われていた。

 お台場の時のような青空はない。

 今回は屋内なので、天気は気にする必要はないけれど、できれば晴々とした気分で

大会を終えたいと思う播磨なのであった。










        ラブ・ランブル!

   播磨拳児と九人のスクールアイドル

     第二十話  好 敵 手

496: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:29:18.76 ID:CGMQiqlao




 ライブの開催に先立ち、穂乃果達μ’sのメンバーは衣装検査のため、先に楽屋入り

していた。

 ラブライブには衣装規定というものがあり、あまりにも過激な衣装や安全性に問題

のある衣装は規定違反で失格になることもある。ことりのデザインした衣装は、服飾

の専門大学に通う彼女の兄が監修していることもあり、万が一にも規定違反になること

はないだろう。

 ただ、衣装検査をしている間、男である播磨や雷電はその場に立ち会うわけにも

いかないので(着替えもあるから)、しばらくは暇を持て余すことになる。

 というわけで、席を確保した播磨と雷電は少しの間会場を見て回ることにした。

 すると、不意に見かけない顔の人物が声をかけてきたのだ。

「キミが播磨拳児くんだね」

「あン?」

 変な色のTシャツを着たやたら体格の良い男である。

 ノースリーブなので、太い腕が目立つ。

 ちなみに播磨と雷電は学校の制服を着ている。

「そうだが、どちらさんで」

「あ、失礼。自分、こういう者です」

 そう言うと、変な柄のTシャツを着た男は名刺を差し出した。

497: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:30:03.32 ID:CGMQiqlao

「『UTX学院 新井タカヒロ』?」

 播磨は名刺に書かれた名前を読み上げる。

(UTX学院……!?)

 聞き覚えのある学校だ。というか、春先に穂乃果と一緒に行ったあの学校ではないか。

「新井タカヒロだと……?」

 顔色を悪くした雷電がつぶやく。

「知っているのか雷電!」

 播磨はいつものように聞いた。

「ああ、聞いたことがある。広島でHRS25というご当地アイドルを成功させ、

その後は関西の芸能事務所に移籍し、HSN25を成功させたアイドルプロデューサー。

だと聞いている。ここ数年は芸能活動から遠ざかっていたと言われていたけれど、

UTX学院に勤めていたとは……」

「おお、ご存じいただけていたとは光栄ですね。そうです、私がその新井タカヒロです。

そして、UTX学院のスクールアイドル、A-RISEのSIP(スクールアイドル

プロデューサー)ですよ」

(この人、こんなこと言って恥ずかしくないのか)

 播磨は心の中で思ったが口には出さなかった。

「新井タカヒロ氏のプロデュースだから、A-RISE(アライズ)……」

 雷電は言った。

 何だか言ってはいけないような気がしたので、播磨はあえて言わなかったけれど、

この男は言ってしまった。

498: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:30:36.25 ID:CGMQiqlao

「はい、その通りです。これまで様々なアイドルグループをプロデュースしてきました

が、A-RISEはその完成形と言ってもいいでしょう」

「まさかプロの芸能関係者が学園アイドルに参戦するなんてよ……」

 播磨はそうつぶやく。

 プロアマ協定とかは、アイドル業界にはないらしい。

「ふっ、時代の最先端を行くのが芸能を生業にする者の勤め。ならば、ナンバーワン

スクールアイドルを作り出すこともまた私の使命と考えていますよ」

(何言ってんだコイツは)

 新井タカヒロは自信満々に言っていたが、播磨にはその真意がイマイチ理解できなかった。

 プロの芸能関係者なら、プロの世界でやっていけばいいものを。

 というか、こっちは全員素人でやってんのに。

「それで、そのA-RISEのプロデューサーさんが、こんな弱小学校の俺に何の

用ッスか」

 やや皮肉を込めた言葉で播磨は聞く。

「そんな敵対的な目で見なくてもいいじゃないか。こちらも宣戦布告をしに来ている

わけじゃないんだから」

 ライバル、と言うにはおこがましい。向こうは全国区の学校。こちらは創設間もない

弱小零細のスクールアイドル。そもそも正面から相手になるような存在ではないはずだ。

「お台場でのパフォーマンスを見てね、僕らはキミたちに注目したんだよ」

「お台場?」

 前に参加したスクールアイドルの大会のことだ。

499: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:31:21.01 ID:CGMQiqlao

 確かその時は、三年生組はまだ参加しておらず六人でエントリーしていた。

「ラブライブでは、キミたちμ’sが、僕のA-RISEの最大のライバルになると見ているんだ」

「はい?」

 一体何を言い出すのだこの男は。

「確かに、歌も踊りもまだまだ荒削りなところがある。でもね、その中で大きな輝き

を見て取れたよ。特にリーダーの高坂穂乃果さん、それからええと、西木野真姫さん

かな」

(こっちのメンバーの名前も憶えているのか。こっちはA-RISEのメンバーの

名前すらうろ覚えだというのに!)

「あれだけ個性豊かな人材に加えて、今回は新たに三人のメンバーを加えてきたらしい

ね」

「何で知ってるんッスか?」

「キミたちの公式ホームページで発表していたじゃないか。もちろん、アイドル関係

のニュースは常にチェックしているから、そういう話もメールなんかでガンガン入って

くるけど」

 物凄い情報収集能力。

 これがプロのアイドルプロデューサーの在り方なのだろうか。

いや、単純な情報収集なら松尾や田沢のほうが上かもしれない。

 だが、情報に関する感覚は敏感なのだろう。その敏感な感覚がμ’sを捉えたと

いうのか。

「このプレ・ラブライブはキミたちと共演できる数少ないチャンスだ。お互いに学び

合っていこうじゃないか」

 新井はそう言ってニヤリと笑う。

「俺たちはともかく、そっちに学ぶところはあるんッスかね。こちらは素人集団ッスよ?」

500: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:31:55.46 ID:CGMQiqlao

「アイドルというものは、単純な技術だけの存在じゃない。どれだけ人を引きつけ

られるか。それが重要だ。天性のカリスマ性というのかな、そういうのを君たちは

持っていると僕は思うんだが」

「買い被り過ぎッスよ」

 そんな立ち話をしていたら、廊下で小さな歓声が上がった。

(あれは!)

 見覚えのある前髪がやたら短い少女、とその後ろに二人。

「プロデューサー、衣装検査、終わりました」

 前髪の短い少女がそう言った。

 上には学校のジャージを着ているけれど、下には舞台衣装を着ているのがわかる。

 つまり今大会の出場者だ。

「ああ、お疲れだったね。問題はなかったかい?」

「はい。何も問題はありません。ん?」

 不意に、前髪の短い少女がこちらを見た。

「プロデューサー、この方々は……」

「ああ、この子がこの前言ってたμ’sのSIP、播磨拳児くんだよ。それと、後ろの

人は――」

「雷電です」

 雷電は自己紹介した。

「ああ、雷電くんだったね。失礼」

「あなたが播磨拳児さんですね」

 不意に、前髪の短い少女がプロデューサーを押しのけるように前に出てきた。

「あン?」

 意外な行動に驚く播磨。

 距離が近い。

501: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:33:03.46 ID:CGMQiqlao

「私、綺羅ツバサって言います。A-RISEではセンターボーカルを勤めさせて

もらってます」

「あ、はい。知ってます」

 名前は忘れていたけれど、前髪のやたら短い女の子がいたな、ということくらいは

覚えている播磨であった。

「ちなみに私は統堂英玲奈」

(まるでアンドロイドみたいな硬い喋り方だな)

「私は優木あんじゅよ、よろしくね」

(こっちはイライラするくらいねっとりとした喋り方だ。こういうのが人気あるんだろうか)

 播磨はそれぞれのメンバーの自己紹介を聞きながらそんなことを考えていた。

「そろそろ、ミーティングだ。移動しよう。ここじゃあ人目が多すぎる」

 新井タカヒロがそう言った。

 確かに周りを見ると、他の学校の生徒や一般客がチラチラとこちらを見ている。

 やはりA-RISEは注目度が高いのだろう。

「はーい、わかりました」

 新井の方を見た綺羅ツバサが素早く振り向いて進もうとする、その時だった。

「あっ」

 急にバランスを崩し倒れそうになる。

「危ねェ!」

 思わず播磨は左腕を出してツバサの身体を支えた。

「きゃあ」

 柔らかいものが腕に当たったような気がしたけれど、今はそんなことを考えている

状況ではなさそうだ。

502: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:33:59.17 ID:CGMQiqlao

「おい、大丈夫か」

「ご、ごめんなさい」

 体勢を立て直して播磨の前に立ったツバサは、そう言ってチロリと舌を出した。

「ツバサはしっかりしているように見えて、わりとおっちょこちょいだからな」

 統堂英玲奈は特に焦った様子もなくそう言った。

「よくあることですよ。ライブでは完璧だけど、その分私生活がねえ」

 笑いながら優木あんじゅも言った。

「おいおい、本番前に怪我とかよしてくれよ。播磨くんもありがとう、ツバサを助けて

くれて」

 三人を宥めるように新井は言う。

「いえ、俺は別に」

「ほ、本当にありがとうございます」

 もう一度頭を下げるツバサ。

「大したことねェから。それじゃ」

 周りの目が痛い。

 これ以上一緒にいたら、ネット上でも何を言われるかわからない。

 それほど現代は怖い時代なのだ。

「あの、播磨さん?」

 不意にツバサは顔を近づける。

「あン?」

「また会える予感がします」

 ふっと、彼女は播磨の耳元でつぶやいた。

「ラブライブなら、俺たちも出場登録をしているぜ」

 播磨は言った。

503: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:36:53.55 ID:CGMQiqlao

「いえ、そういうわけじゃなく」

「ん?」

「私の予感、よく当たるんですよ」

 そう言うと、ツバサはくすりと笑う。

「……」

 何が言いたいのかよくわからない。

 ただ、彼女を抱いた左腕には、彼女の匂いがついているような気がした。




   *





 新井タカヒロおよびA-RISEとの謎接触を終えた播磨拳児と雷電は、選手控室、

つまり楽屋に顔を出した。

 そこには着替えを終えたスクールアイドルたちがひしめいている。

 今回は二十チーム、それが選手と関係者合わせれば百人以上になるから当然か。

 さいたまスーパーアリーナは会場も広いが控室もまた広い。

「拳児くん、雷電くん、こっちだにゃあ!」

 そんな多くの人がごった返す関係者控室で真っ先に播磨を見つけたのは凛であった。

 よく見つけるものだ。まるで野生動物のような目の良さ。

「もうっ、遅いにゃ!」

 凛は少し怒って見せた。

504: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:37:23.15 ID:CGMQiqlao

 服装検査の終わりを知らせてきたのは凛だったからだ。

「悪い悪い。ちょっと迷っちまってよ」

「ふーん。皆待ってるにゃ」

「おう」

「お疲れ」

「お疲れ様です」

 播磨の眼の前には、舞台衣装の上にジャージやパーカーを羽織ったメンバーたちが

いた。全員、パイプ椅子などに座ってリラックスしている状態だ。お台場の時のような

無駄な緊張は無さそうで安心する播磨。

「凄い人の数だな」

 播磨が周りを見渡しながら言う。

「当たり前じゃない。プレ大会とはいえ、全国レベルのチームが四チームも出るのよ。

しかも、シードには入れなかったけれど、相当の実力のあるアイドルも参加している

んだから注目度も半端ないわよ」

 腕を組んだニコは言った。

 相変わらずスクールアイドル関係については詳しいようだ。

「くんくん」

「ん?」

 気が付くと、播磨の真横で凛が鼻を鳴らしていた。

「何してんだ」

「なんだか良い匂いがするにゃ」

「は?」

「拳児くん、女の子と会っていたのかにゃ?」

「なんでそうなるんだよ」

505: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:39:14.51 ID:CGMQiqlao

「拳児くん! 私たちが大変な時に何やってるんだよ!」

 先ほどまでカロリーメイトを口にしていた穂乃果が立ち上がって言った。

「大声出すな。つうか凛、何言ってんだよ」

「μ’sのメンバーとは違う女の人の匂いがするにゃ」

(こいつは警察犬か)

 播磨は凛の鼻の良さに驚く。

「こんだけ人が多いんだ、誰かとぶつかることもあるだろう」

 播磨は適当に誤魔化そうとしたけれど、一緒にいた雷電が言ってしまった。

「実はここに来る途中、A-RISEのメンバーとプロデューサーに会ったんだ」

「えええ!!?」

 A-RISE、その名前を聞いてそこにいた全員が驚く。

「どどど、どうして会ったんですか?」

 花陽が詰め寄ってきた。

「そうよ、何があったのよ。まさかサイン会でもやってたの?」

「んな訳ねェだろうが! 大会前だぞ」

 播磨はA-RISEに会った経緯をかいつまんで説明した。

「A-RISEのプロデューサーって、新井タカヒロのことよね。あの背の高い」

 にこは聞いた。

「ああ、そうだな。ダサイTシャツを着ていた」

506: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:39:46.81 ID:CGMQiqlao

「それが何で拳児のことを知ってるのよ」

「こっちが聞きたいわ」

 公式ホームページにはメンバーの紹介はしてあるけれど、播磨の写真などないはず

だ。それでも新井タカヒロは播磨のことを知っていた。それだけμ’sを警戒している

ということなのか。あるいは――

「とにかく、A-RISEもそうだが、この大会は全国クラスのチームと同じ舞台で

やれる数少ない機会なんだから、大事にしていけよ」

「はい」

「わかってるわよ」

「了解」

 反応はまちまちである。

 出番までには時間があるので、まだそれほど気持ちが高まっていないといことなのだろうか。

 播磨は一人ずつ顔を眺める。

「絵里」

「何?」

 絵里は小さなポータル携帯プレイヤーで振付の確認をしていた。

 イヤホンをしていたけれど、播磨の声は聞こえていたようだ。

「初めての大会だけど、緊張はしてねェか」

「そりゃしてるわよ」

 そう言って絵里は笑った。

「そうは見えねェけどな」

「でもね、私の動きにこのチームが、そして学校の存続がかかっていると思ったら、

緊張なんてしている暇はないわ」

507: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:40:21.94 ID:CGMQiqlao

「そんなふうに考えられるなんて、強いな。普通はプレッシャーでがちがちになっち

まうもんだが」

「そうかしら?」

「唇、青くなってるぜ。後で希か海未にメイクしてもらいな」

「……」

「どうした」

「私の心、見透かすのやめてもらえるかしら」

「余裕ぶってんのもいいけど、素直に緊張しているお前ェも可愛いと思うけどな」

「ちょっ、何言ってるの、……バカ」

「ま、大丈夫そうだな」

 播磨は目を他のメンバーに目を向ける。

「そういやお前ェも初舞台だな。にこ」

「そ、そうね」

 こちらは露骨に緊張している。

「緊張するなって言う方が無理か」

「べ、別ににこは緊張なんてしてないし」

 お台場の大会では、サポートに回ってもらったので、選手(パフォーマー)として

舞台に立つのは今回が初めてだ。

「無理すんな、最初は皆そんなもんだ」

「舞台に立たないあなたが言っても説得力ないわよ」

「逆だぜ」

「え?」

508: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:40:49.33 ID:CGMQiqlao

「自分で舞台に立てねェから、パフォーマンスが始まったらどうすることもできねェ。

それって凄く怖いことじゃねェか?」

「……まあ、そうね」

「自分で何とかできるってことは、悪くないことだ」

「ふん。にこちゃんのパフォーマンスで、記者や観客を魅了しちゃうんだから」

「頼りにしてるぜ」

「ふん、当たり前よ」

「ああ」

 にこの緊張も多少収まったところで、今度は二年生組に声をかける。

「穂乃果は相変わらずだな。口の周りをふけよ」

「ふぐ?」

 大会直前だってのに凄い食欲だ。ある意味羨ましくなる肝っ玉。

「この大会って、全国には繋がらないけど、有名なスクールアイドルが沢山出場して

いて、注目度が高いんでしょう?」

 穂乃果は聞いた。

「そうだな」

 播磨は答える。

「そう言われると緊張しちゃうよ~」

 隣にいたことりが苦笑しながら言う。

「別に、私たちはいつも通りやればいいだけです。ねえ雷電」

509: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:41:24.47 ID:CGMQiqlao

 海未は播磨ではなく雷電に語りかける。

「ああ。その通りだ。ま、撮影の方は任せてくれ」

「ありがとう」

 雷電は今回も撮影係である。純粋に観客席で彼女たちのパフォーマンスを見ることが

できるのは播磨だけだ。

「この大会でも活躍すれば、ウチの学校も注目されて廃校の危機からまた一歩脱出

できるわけだよね」

 穂乃果は嬉しそうに言う。

「確かにその通りだ」

「よおーし、頑張るぞお!」

 守りたいものがある。この場合、学校の存続。それが彼女にとってなによりの

モチベーションになっている。

 彼女に比べると愛校心の若干欠ける播磨ではあったけれど、幼馴染の願いはできる

だけかなえてあげたい。それが彼にとってのモチベーションでもあった。

 続いて一年生組だ。

 別に学年ごとにグループを作っているわけではないけれど、心細い時は親しい者

同士で集まってしまうのは仕方がないのかもしれない。

「どうだ、花陽」

 播磨は花陽に声をかけた。

「はい、私は大丈夫です」

 強がっているようには見えない。

510: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:41:58.21 ID:CGMQiqlao

 大きな舞台はこれで二回目。そして何より、あの雷電の家での合宿が彼女の何かを

変えたらしい。

「そうか」

 頼もしいのは言葉だけではなかった。

「正直凛ちゃんはちょっと不安にゃあ」

 照れながら凛は笑った。

 素直なのがこの娘の良いところなのかもしれない。

「大丈夫だよ凛ちゃん。いっぱい練習したからね」

 花陽はそう言って凛を励ます。

「かよちんがそう言うなら大丈夫にゃ」

 他人を励ます余裕も出てきた。

 ここ最近、一番成長しているのは彼女なのかもしれない、と思う播磨なのであった。

 服の上からでもわかる胸の膨らみも含めて……。

 そんなことを考えている播磨は睨み付けるつり目の少女。

「どうした真姫。機嫌が悪いのか」

 播磨は真姫に声をかける。

「別に、そうでもないですけどね。でも一瞬、拳児さんからいやらしい空気を感じ

取ったので」

(こいつ、エスパーか)

 男だったら、そこら辺を気にするのは仕方のないことだろう。普段は、なるべく

考えないようにしているんだから勘弁してくれ。

511: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:42:27.05 ID:CGMQiqlao

 などと言い訳めいたことを言いたくなったけど、そこはグッと我慢することにする。

 真姫も本番前でナーバスになっているのだろう。

「A-RISEの人とは何を話をしたんですか?」

 腕を組んだまま、真姫は聞いた。

「話? ちょっとした自己紹介をしただけだ。周りの目もあったしな、そんなに話

なんてできる余裕はない」

「嬉しかったですか?」

「はあ? 何でだ」

「だって、大スターですよ、スクールアイドルの中では」

「確かにそりゃあな、凄い奴らかもしれねェよ。控室も何か、ここみたいな大部屋

じゃなくて、別にあるみてェだし」

「サインでも貰って来ればよかったんじゃないですか?」

「そうか! 私もサイン欲しかったな」

 真姫の言葉に花陽が反応した。

(そういえばコイツもアイドル好きだったっけ)

「サインなんていらねェよ」

「どうだか」

「確かにA-RISEは人気かもしれねェ。でもな、真姫」

「?」

512: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:42:56.71 ID:CGMQiqlao

「俺にとっては今のお前ェらのほうがよっぽど魅力的だ」

 そう言うと、播磨は真姫の頭を軽く撫でる。

「な、何するんですか!?」

 真姫はガッチリと組んでいた両腕を放し、両手で顔を覆った。

「いや、何って、頭を撫でただけだが」

「べ、別に嬉しくなんかないですからね!」

 そう言うと真姫は顔を逸らす。

(緊張を解そうと思ったんだがな)

 播磨の意図とは裏腹に、真姫は別の意味で緊張してしまったようだ。

「凛ちゃんも撫でてほしいにゃ」

 そう言って凛が飛びつく。

「ああ、わかったわかった」

 そう言って凛の頭を撫でる。短いけれどやわらかい髪の毛。まるで猫のようだと

思ったが、実際に触れてみると本当に猫のようである。

「花陽も撫でてやろうか」

 播磨が笑いながらそう言うと、

「わ、私は結構です! 子供じゃないんですから!」

 どうやら彼女も怒らせてしまったようだ。

「悪い悪い。じゃあ、コイツをよろしくな」

 そう言うと、播磨は凛のジャージの後ろ襟の当たりを掴んで花陽に渡した。

(さて、あと一人、どこへ行きやがったか)

 播磨は九人目のメンバーを探す。

 ここにはいないようだ。




   * 

513: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:43:27.04 ID:CGMQiqlao




 会場入り口付近――

「ここにいたか」

 身長はそんなに高くないけれど、彼女の長い髪の毛は遠くからでもよくわかる。

「あら拳児はん。よくここにいるのがわかったわね」

 雲で白く染まった空を見上げているのは三年生の東條希だ。

「控室にいなかったんでな。心配したぞ」

「集合時間は把握しとるさかい、心配いらへんよ」

「そこら辺は心配してねェよ」

「ふうん。でも、こうしてウチを見つけたってことはそれなりに気にしてたってこと

でしょう?」

「メンバー全員の体調や精神状態を把握すんのが俺の役目だ」

「大分、SIPとしての自覚が出てきたみたいやね」

「勘違いすんな。今の俺に出来るのはそれくらいだけだからだ。別にSIPなんかに

なるつもりはねェ」

「せやけど、拳児はんが来てくれて嬉しいわ」

「そうかよ」

(この女についてはわからないことが多い)

 播磨はそう思っていた。

514: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:44:36.38 ID:CGMQiqlao

 絵里は昔バレエをやっていたし、海未は日本舞踊、真姫は音楽と、それぞれに

バックボーンがある。しかしこの女に関してはまったくわからない。にも拘らず、

踊りも歌も完璧にこなしているのだ。他の誰よりも。

 そしてこの精神的な余裕。

 まるで何年も前から自分がここに来ることをわかっていたかのような立ち振る舞いだ。

「そういや、お前ェには色々と礼を言っとかなきゃならねェな」

 播磨は言った。

「何のこと?」

 希は首を傾げて見せる。

 そして二、三歩ほど播磨に近づいた。

 豊満な胸のせいか、大きく見える彼女も身長はそれほど高くない。

 そのため、彼女は播磨を見上げるような姿勢になる。いわゆる上目遣いというやつだ。

「まあ、色々と世話になっただろう。真姫や絵里の加入のこととか、チームの運営とか」

「そんなん、気にせんでええのに。仲間やろ?」

「仲間だからこそだろ。特定の人間に過度の負担をかけることは俺の流儀に反する」

「別にウチは負担やなんて思うてへんよ」

「それでもだ。お前ェはなんつうかその、ウチには無くてはならない人材っつうか、

そういうことを言いたかったんだ」

「そうなん?」

「改めて言うと恥ずかしいけどよ、その、ありがとうな。今まで」

515: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:45:03.37 ID:CGMQiqlao

「んふ?」

「なんだよ」

「拳児はん、可愛いなあ」

「か、可愛い!?」

 予想外のコメントに戸惑う播磨。

 子供の頃ならばともかく、高校に入ってからそんなふうに言われたのは初めてだ。

「ええんやで、もっとウチに頼っても。ウチは頑張っとる人の味方や。それに」

「それに?」

「学校を潰したくない、いうんは、ウチも同じ気持ちやからね」

「そうか」

「こんなに楽しい仲間と出会わせてくれたウチらの学校やで。貴方もちっとは感謝

したらどうなん?」

「まあ、感謝はしてる……、かな」

「なんやその曖昧な態度は」

 そう言うと、希は播磨の右腕を抱え込んだ。

「ぬわっ!」

 当然、彼の右腕にはやわらかいものが当たる。

「何すんだ!」

 慌てて播磨は希を引き離す。

「ああん、冷たいなあ」

516: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:46:14.88 ID:CGMQiqlao

「時と場所を考えろ」

「あら、時間と場所が良かったらええの?」

「アホなこと言ってんじゃねェぞ」

「A-RISEの子と会ったみたいやね」

 不意に話題を変える希。

「お前ェ、何でそのことを」

「ウチは何でもお見通しやで」

「どっかで見てやがったのか」

「秘密や。それより、どうやった? 直接会った感想は」

「どうって言われても、なんかよくわからんな。初対面の相手にも物怖じすることが

ないってのは、さすがトップアイドルって感じかもしれんけど」

「そうなん? 他には」

「俺はどっちかっつうと、A-RISE自身よりもそのプロデューサーの方が気になったぜ。

新井タカヒロっていう男だ」

「新井、タカヒロ……」

 ふと、希の顔が曇る。

「どうした」

「いや、何でもないんよ。それより、そのプロデューサーがどうしたん?」

「ああ、やたら体格が良くてダサイ柄のTシャツを着ていたのが印象的だったな」

「そう」

517: ◆4vAOEnBXr2 2014/09/22(月) 19:46:16.08 ID:Hs+YvKEu0


音石 「そうだチリペッパー!」


音石 「合体だッ!」


音石 「俺を電気化してお前と同化するッ!」


音石 「俺の精神とお前の精神が合わさってッ!」


音石 「最強になるはずだッ!」


音石 「多分なァ!」



518: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:46:43.54 ID:CGMQiqlao

「後はなんつうか、俺たちのこともよく知ってたみたいで。情報通というか、

気持ち悪いほど何でも知ってたな。でも俺の偏見かもしれねェけど、人を人と

見てないって感じがして、あんまり好きになれんっつうか」

「そうなんや。相変わらずやね、新井タカヒロさん」

「知ってんのか?」

「そ、そりゃあアイドル業界では有名やで。数年前からスクールアイドルに興味を

示して、UTX学院でA-RISEを結成。それだけやなくて、全国優勝までして

まうんやからね」

「希……?」

「え、どうしたん?」

「いや、何でもねェ」

 ふと、希の声に違和感を覚える播磨。

(A-RISE、いや、違う。新井タカヒロの名前を出した時点で何かおかしい。

動揺しているような、焦っているような)

 普段、播磨の前で余裕の表情を崩さなかった希が初めて見せる動揺。

 そのことが播磨の心の中にひっかかった。




    *

519: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/22(月) 19:47:31.81 ID:CGMQiqlao

 会場内、A-RISE専用控室――

 プロデューサーの新井タカヒロはそこで出場者名簿に目を通していた。

「何をしていらっしゃるの?」

 メンバーの一人、優木あんじゅがまとわりつくように新井の首に手を回してきた。

「他チームのメンバーを確認していたんだ」

 しかし、あんじゅの行為にも動じることなく、新井は名簿を見つめ続ける。

「あなたの“おめがね”に適うアイドルがいるのですか?」

「さあ、どうかな」

 あんじゅは腕だけでなく、脚も絡ませてきた。

 他のメンバーは「また始まった」とばかりに顔を逸らす。

「……」

 新井自身は特に気にすることなく名簿をめくる。

 そして、目当ての名前を探しだした。

「これか」

 そこに書かれていたのは、音ノ木坂学院高校のスクールアイドル、μ’s。

 そのメンバーの一人の名前に彼は注目した。

「東條希……」

「え? 誰ですか、それ」

「キミは知らない人だよ」

 そう言うと、新井は名簿を閉じる。

(東條希、また会うことになるとはな……)

 名簿に書かれた文字を思い出しながら、新井はそんなことを考えていた。




   つづく



 ※新井タカヒロは完全オリジナルキャラクターです。モデルなんていません。

  辛いです。

529: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:40:05.40 ID:eI5xnLyMo



ついに始まったプレ・ラブライブ。

 A-RISEをはじめ、有力チームと共演できる最後の大会だ。

 播磨たちのいる音ノ木坂学院のμ’sは、最初から七番目の登場となる。

 遅すぎず、そして早すぎない。

 最高の順番だ。しかも七とは縁起のいい。

 播磨は最後のミーティングで全員に声をかける(ちなみに雷電は撮影に向かった)。

「希、絵里、全体のフォローは任せた。お前ェらの力ならやれるはずだ」

「わかったわ」

「わかってるで」

 絵里と希はそう言って頷く。

「花陽、凛、真姫。お前ェらは遠慮せずに行け。大丈夫、練習通りやればきっとできる」

「はいっ」

「了解にゃ」

「わかりました」

 三人も明るく返事をした。

「海未とことり。穂乃果を頼んだぜ」

「わかっています」

「大丈夫だよはりくん」

 海未は力強く頷き、ことりは笑顔で返事をした。

「穂乃果、お前ェはセンターなんだ。思い切っていけ」

「ガッテン!」

 そう言うと穂乃果はグッと拳を握った。

530: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:40:34.38 ID:eI5xnLyMo

「後は、にこか」

「……」

 わくわくした顔でにこが播磨を見つめる。

「まあ頑張れ」

「ちょっと! 何で私だけそんなにテキトーなのよ!」

「いや、別に特に言うことはねェよ」

「もうちょっと気を使いなさいよ」

「どうしろっつうんだよ」

「アハハハ」

 にこと播磨のやり取りを見て、全員が笑った。

 これも狙い通り。

 ピンと張りつめた空気が一瞬だけ緩む。

「皆を笑顔にしてくれ、もちろん仲間も、観客も」

「当たり前よ。人を笑顔にするのがアイドルの務めなんだからね」

 腕を組んだにこは、パチリと片目を閉じた。

 播磨にできるのはここまでだ。

 後は観客席で見守るしかない。これまでの練習の成果がどう出るのか。

 期待と不安を抱えつつ、彼は観客席に向かった。

531: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:41:08.42 ID:eI5xnLyMo






     ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

    第二十一話 今の全力

532: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:41:36.74 ID:eI5xnLyMo



 μ’sの順番が近づいてくると弥が上にも緊張が高まる。

 播磨は観客席で固唾をのんで見守った。

「フレッフレッμ’s!!!」

「頑張れ頑張れμ’s!!」

 松尾や田沢たち、クラスメイトも応援にきてくれたらしい。

 今日は月光も来てくれているようだ。あのスキンヘッドの巨漢はよく目立つからわかる。 

 まるで野球の応援のような声援だが、この声はアイツらに届いているだろうか。

 播磨はふと思う。

(いや、間違いなく届いているだろうな)

 播磨は確信した。

 俺たちは孤独ではない。たくさんの人たちの支えや協力でここまで来たのだ。

《次は、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ’sの皆さんです》

 会場のざわめきが一瞬だけ止まる。

 九人の登場。

 そういえば、九人でステージに立つのはこれが初めてだ。何だか感慨深いものがある。

 さっきまでやかましかった応援団もこの時ばかりは静かになる。

 真ん中の穂乃果が顔を上げた。

 前奏、そして歌。

533: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:42:04.21 ID:eI5xnLyMo

 彼女の声が会場内に響き渡ると、大きな拍手と歓声が起こった。

(うっし!)

 播磨は心の中でガッツポーズをする。

 つかみはバッチリだ。

 出だしで躓くと後々まで響いてくる。

 ここで順調に流れればかなりいいところまで行けるはず。

 播磨はそう確信していた。

 特に新たに加入した絵里と希の動きが良い。まだぎこちなさの残る一年組を上手く

カバーしている。とても初舞台とは思えない二人。

 そこの舞台慣れしてきた穂乃果たち二年生組が前に出る。

(よし、いいぞ。練習通りだ)

 すべての練習を把握しているわけではない播磨だが、彼女たちの歌や踊りは誰より

も知っているつもりだ。

 高校生レベルであれば、並みのスクールアイドルには負けないくらいの実力がある。

 上手くいけば、お台場の時の大会よりもいいところまで行けるかもしれない。

 荒削りなところは確かにある。

 だが、それを補って余りある勢いが今のμ’sにはあるのだ。

「行ける!」

 思わず声を出してしまう播磨。

 だが、それほどの完成度であった。

 特に大きなミスもなく、歌いきった九人は肩で息をしながらピタリと止まった。

 今まで見た中で最高のフィニッシュかもしれない。

「うおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 歓声がこだまする。

534: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:42:30.78 ID:eI5xnLyMo

「感動したんじゃあああああ!!!」

 松尾の声がここまで聞こえてきた。

 田沢や富樫も涙を流している。

(いいぞ。ひいき目に見てもこれはかなりいけるんじゃないか)

 播磨の心は高揚した。




   *





「よくやったなお前ェたち!」

 控室に来た播磨は開口一番、そう言った。

「ふええん、疲れたよお」

 穂乃果はそう言いつつも、その表情には充実感にあふれていた。

 今の自分たちにできる精いっぱいのパフォーマンス。

 それができた時の感動は何事にも代えがたいものがある。

「これはもしかしたら、もしかするかもしれないぜ」

 播磨は言った。

「それは言い過ぎよ」

 顔を紅潮させたにこが言った。

535: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:42:57.81 ID:eI5xnLyMo

「何でだよ」

「まだA-RISEなんかが終わってないわ。彼女たちを、この前のお台場の大会の

時と同じと思わないほうがいいわよ」

「どういうことだ」

「大会に向けて、もちろん本選のラブライブに向けて仕上げてきているということ」

「なんだって?」

「まだ結果が出たわけじゃないんだから、はしゃがない」

「でもあんなに上手くできたのは初めてかもしれません」

 花陽が言った。

「そうだにゃあ。かよちんかっこよかったよ」

「凛ちゃんだって」

 花陽と凛は互いに褒め合っていた。

「お疲れ」

 播磨は真姫にも声をかける。

「ありがとうございます」

「お前ェの曲、よかったぜ」

「拳児さんの協力があったからです」

「歌も悪くなかった」

「ありがとうございます」

 播磨は視線を横に向ける。

 そこには希と絵里が座っていた。

「どうだった、今日のステージは」

536: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:43:29.87 ID:eI5xnLyMo

 播磨は聞いた。この二人の場合は、恐らく自分を客観的に見ることができるだろう、

と思い、自分の感想よりも先に聞いてみた。

「まだまだ課題は多いわね」

 スポーツドリンクを口にしながら絵里は言った。

「でも、悪くはなかったわ」

「エリチは久しぶりの舞台で緊張してたもんね」

 希は笑顔で言った。

「うるさいわね」

 絵里はちょっとだけ怒る。だがすぐに平静を取り戻した。

「一、二年の動きは確かに良くなっている。この前の大会よりはね。確実に成長している

と思うわ」

「そうか」

「あなたはどう思う?」

「いや、よかったと思うぞ」

「もっと具体的に見て」

「そう言われても踊りは素人だしな」

「素人なりに分析してちょうだい。動画は撮影しているんでしょう? 明日、確認するわよ」

「わかった」

537: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:43:56.29 ID:eI5xnLyMo

 絵里はいつも厳しい。その厳しさが、今のチームには必要なのだろう。

「お疲れ、穂乃果」

 播磨は穂乃果に声をかける。

「ことりも、園田もお疲れだったな」

「大変だったよ~」

 ことりは笑顔で言った。

 どんなに大変な時でも、彼女は笑顔を絶やさない。

「緊張しました」

 海未は少しホッとした表情で言った。

「そうだ、今回はかなり早めに終わったから、他のスクールアイドルのパフォーマンス

も見られるんでしょう?」

 と、穂乃果は言う。

「そういえばそうだな」

 今回は七番目。μ’sの後にもまだまだチームは出場する。

「一度、じっくり他のチームのパフォーマンスを見てみたかったんだよね、特に

A-RISEの」

「そういえばそうだな」

 全員で、他のチームのパフォーマンスを見る。これも勉強の一つかもしれない。

 それからしばらくして、全員舞台衣装から制服に着替え終わり、観客席に向った。

 松尾たちの計らいにより、九人分の席を確保できていたので、全員座ることが出来た

のは幸いである。




   *

538: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:44:23.15 ID:eI5xnLyMo

 播磨は、観客席で改めてライブを終えたメンバーの顔を見た。

 全員、自分たちの出番を終えた緊張から解放されて朗らかな笑顔を見せている。

 ただ一人を除いて。

 東條希。

 彼女だけは一人表情を崩さない。

 いつもとそれほど違いはないけれど、他のメンバーと違って緊張感から解放され

たような気配はない。むしろまだ緊張しているように見える。

(どうしちまったんだ)

 播磨は声をかけようと思ったけれど、席が遠かったので話しかけることはできなかった。

 そして迎えるA-RISEの出番。

 会場の異常な盛り上がりに驚く播磨。

(何ごとだ!)

 空気を変える、と言ったらいいのだろうか。

 とにかく、A-RISEの三人が登場した途端に会場の雰囲気がガラリと変わった。

 そして始まる前奏。

 すでに広いアリーナの観客席がA-RISEのリズムに支配されているようだ。

(これがライブ、これが全国レベル)

 播磨は思った。

 お台場の時とはくらべものにならないほどの会場支配。

 この日のため? いや、違う。気たるべきラブライブの本番のために仕上げてきている

のだ。

539: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:44:49.60 ID:eI5xnLyMo

 つまり、この状態でもまだ絶好調ではない。

 彼女たちの照準はあくまで全国にある。少なくともあのプロデューサーなら、

新井タカヒロならそう考えるだろう。

 にも関わらずこのパフォーマンス。

 圧倒的な力の差を見せつけられている状態。

 穂乃果たちの表情を見ると、あまりの力の差に歴然としている状態だ。

 今回のプレ・ラブライブにおけるμ’sのパフォーマンスは悪くなかった。

むしろ、今までで最高の舞台であったと言っても過言ではないだろう。

 そのμ’sを軽く超えるパフォーマンスを今、A-RISEは見せつけているのだ。

 茫然とする一同の中で、東條希だけはその表情を崩さなかった。

 まるでこの展開がわかっていたかのように。




    *

 

540: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:45:17.49 ID:eI5xnLyMo



 夕方、順位が発表された。音ノ木坂学院のμ’sは全体で八位という成績である。

 お台場のスクールアイドルフェスタよりも参加チームが多かったとはいえ、自信

を付けられるほどの順位ではない。

 このままでは予備予選の通過すら危ないかもしれない。

 帰り道、メンバーの表情は一同に暗かった。

 全国レベルを見せつけられた衝撃というよりも、自分たちのパフォーマンスが思った

よりも評価されなかったことへのショックが強かったのかもしれない。

 今回は、前回のように打ち上げなどはせず(そんな気分にはなれなかった)、

それぞれ駅で解散することとなった。

 この時、播磨は穂乃果を送って行く予定であったけれど、彼女を雷電たちに任せて

とある人物を追った。

 その人物とは、





   *

541: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:45:44.49 ID:eI5xnLyMo



「よう」

 播磨は一人で帰っている東條希に声をかける。

「どないしたん? 拳児はん」

「一緒に帰らねェか」

「何言うてんの、拳児はんとウチの家じゃあ正反対やないの」

「まだ日も高いし、遠回りして帰るのもいいんじゃねェかな」

 播磨はそう言ってみる。

「まあええわ。ちょうど、話し相手が欲しい思うてたところやし」

 希はいつも通り、余裕の表情を崩さず微笑んだ。

「なあ、希」

「ん? どうしたん」

「少し聞きたいことがあるんだが」

「今日は疲れたから、手短に頼むわね」

(ん?)

 いつもの希ならこんなことは言わないはずだ。

 播磨は思った。

 何か拒絶されているような感覚。

「なあ、希」

「なあに?」

「今日のお前ェ、こうなることがわかってたのか?」

「こうなることって?」

542: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:46:11.29 ID:eI5xnLyMo

「そりゃあ、A-RISEのパフォーマンスに圧倒されること、それからこの大会

における結果とかよ」

「そんなのわかるわけないやないの」

「占いとかしなかったのか?」

「自分に関することは占わない。これ、占い師の鉄則やで」

「そんなもんがあるのか」

「そうやね」

「でも、なんだかお前ェの表情が全然変わらなかったもんでよ。ずっと前からこうなる

ことを予想でもしていたんじゃねェかと思っちまってよ」

「そんなん……、わかるわけないやん」

 ふと、希の言葉が詰まる。

「率直に言って、今のμ’sのレベルで予備予選を通過できると思うか?」

「なぜそれをウチに聞くん?」

「俺の勘だがな、今のお前ェが一番μ’sのレベルをよく把握しているような気がする」

「それは買いかぶり過ぎやで、拳児はん。ウチなんかより、海未ちゃんやエリチのほう

がようわかっとるはずや」

「俺はお前ェの意見が聞きてェ」

「……」

「……」

 しばしの沈黙。だが播磨は沈黙を恐れなかった。

 彼女は、今考えているのだ。

543: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:46:37.71 ID:eI5xnLyMo

 自分の意見を。

「正直言うと、今のままでは難しいかもしれへんね」

(やはりか)

 播磨は思った。

「何が足りないと思う。歌か、踊りか、それとも曲か」

「全体的に不足はないと思うけど、強いて言うなら経験やね。今の段階から、更に

もう一段階、いえ、二段階は上のレベルに到達しないことには全国は難しい」

「随分と辛辣だな」

「でも事実や。今のスクールアイドルの評価基準では、荒削りなグループを許容する

余地は少ないやろう」

「荒削りか、そういやアイツにも言われたな」

「……!」

 アイツ、という言葉に希は反応した。

 具体的な名前を出したわけではないけれど、恐らくあの人物のことを思い出したの

だろうと播磨は推測する。

「新井タカヒロ」

「……」

「A-RISEのプロデューサーだ」

「……」

 希の表情が険しくなる。

544: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:47:09.29 ID:eI5xnLyMo

 やはり、この男と彼女には何等かの関係があるのだろう、と播磨は確信する。

「ま、そんなことはどうでもいいけどよ」

 播磨は強引に話を逸らす。

「……聞かへんの?」

 ふと、希は言った。

「何がだ」

「ウチと、新井タカヒロとの関係」

「……」

 今度は播磨が考える番だ。確かに気になると言えば気になる。

 だが、

「お前ェが言いたくないなら、言わなくてもいいさ。いつか言いたくなったら言ってくれ」

「拳児はん?」

 播磨のその言葉に、希は驚いたようだ。

「そんなことよりもよ」

「そんなことって……」

 播磨は自分の鞄の中からゴソゴソと何かを取り出す。

「おお、あったあった」

 播磨は何かを見つけたようだ。

 それは小さな箱であった。

「一体何なん?」

「いや、そのよ。絵里から聞いたんだけどよ。誕生日だったんだろう? 六月九日」

「!!」

545: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:47:36.26 ID:eI5xnLyMo

「すまねェ。花陽の合宿とか今回の大会とかで、随分と遅くなっちまったけど。これ、

誕生日プレゼント」

「な、何でウチなんかに」

「いや、別に深い意味はねェよ。ただな、お前ェには色々と世話になったし、何か

お礼をしときたいと思ってよ。そんな時、絵里からお前ェの誕生日を聞いてよ」

 播磨は少し恥ずかしそうに箱を突き出す。

「……ありがとう」

 希はその箱を優しく受け取った。

 まるで卵を受け取るように優しく。





   *




 播磨と別れた希は、一人帰路につく。

 誕生日は、正直嫌いだった。

 一人でいることが多かったからだ。

 両親の転勤で転校を繰り返したため、小さい頃はあまり友人ができず、漫画で見る

ような誕生日パーティーなどはしたことがない。

 更に親も忙しく、なかなか家に帰ってこない。

 薄暗い家の居間で、彼女は外の風景を見つめる。そんな思い出があったから、

546: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:48:31.77 ID:eI5xnLyMo

彼女は自分の誕生日を人にはあまり言わないようにしていた。

 そして、自分自身も誕生日のことを忘れようとしていたのだ。

 播磨拳児はそんな事情など知らない。だからこそプレゼントを渡すことができたの

だろうけど。

 希は帰り道に、播磨から貰ったプレゼントの箱を取り出す。カバンの中に無造作に

突っ込まれていたと思われる箱は所々凹みがあった。そこがまた彼らしい。

 プレゼントの包装を丁寧に開き、中の箱を開けると小さな首飾りが出てきた。

 紐を持ち上げると、球体のクリスタルが付いている。

 夕日に掲げたクリスタルは、微かに七色の光を帯びていた。

「素敵やね」

 不意に、言葉に出す希。

 こんなプレゼントを、あの無骨な播磨が熱心に選んでいたのかと思うと少し面白かった。

 それと同時に、胸の中に熱いものがこみ上げてくる。

 自分の過去について、すべてを仲間たちに話したわけではない。

 でも、いつか話す時がくるだろう。

 その時は、真っ先に彼に言おう。希はプレゼントを丁寧に箱に戻しながら、そう決意した。



   *

547: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:49:01.26 ID:eI5xnLyMo


 翌日の学校では、部活動自体は休みであったにも関わらず、部員全員が練習場に

集まり喧々諤々の議論を開始していた。

「ラブライブの予備予選までに何をすればいいのか!」

 そう言って園田海未はホワイトボードを叩く。

「もっと練習時間をふやすべきです!」

「そんなことをしたら作曲時間がなくなってしまうわ!」

「根性で何とかするにゃ!」

「もっと科学的に!」

「歌を中心に鍛えましょう」

「いいえ、ここはダンスを中心に鍛えるべきだわ!」

 議論は次第に各々のメンバーが勝手に意見を言い合う場になりはじめた。

 それはともかく、播磨の心配とは裏腹に、プレ・ラブライブの出場はメンバーの

心に火をつけたらしい。

「俺はこいつらを見くびっていたのかもしれねェ」

 興奮するメンバーを後ろから眺めながら播磨は言った。

「見くびっていた?」

 隣にいる雷電は聞いた。

「こんなことくらいで、ショックを受けてラブライブへの挑戦を諦めるような連中

なら、こうはならなかったんだよな」

548: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:49:39.85 ID:eI5xnLyMo

 さすがにライブ当日はショックを受けていたそれぞれのメンバーであったけれども、

翌日には元気を取り戻し、逆転への方向性を話し合っていた。

 しかしあのA-RISEに勝つのは容易な道ではない。

 それにまずは、ラブライブの予備予選にも勝ち抜かなければならないのだ。

「こうなったら合宿しかないと思うの」

 穂乃果は立ち上がって言った。

「合宿?」

 全員が顔を見合わせる。

「ほら、花陽ちゃんの食生活改善合宿も上手くいったじゃない。今度は全員の能力を

底上げする合宿だよ」

「どこでやるんですかそれを」

 海未は聞いた。

「さすがに雷電の家では無理がありますよ」

 確かに、五、六人ならばともかく十人以上は厳しい。

「真姫ちゃん、別荘とか持ってない?」

 不意に穂乃果は真姫に聞いた。

「え? なに?」

「いや、真姫ちゃんの家なら別荘とかあるんじゃないかなと思って」

「穂乃果ちゃん、いくらなんでも」

 穂乃果を止めようとすることり。

 しかし、

549: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:50:05.87 ID:eI5xnLyMo

「いや、あるけど……」

「あるの!?」

 何と、西木野真姫の家には別荘があるらしい。

 別荘なんて、漫画の中の世界だとばかり思っていた播磨にとっては意外である。

「じゃあそこで合宿をしよう」

「ちょっとまって、そんないきなり」

「そうよ穂乃果、何を言っているの」

 絵里も注意をした、その時である。


「わ し が 音 ノ 木  坂  学 院 理 事 長 


 江 田 島 平 八 で あ ー る !!!!!!!!」


 まるで地震が起こった時のようにガラスが揺れる。

 教室のドアをブチ破らんばかりに練習場に侵入してきたのは、当学院の理事長、

江田島平八である。

「お祖父ちゃん!?」

 スキンヘッドの巨漢、和服、ヒゲ、そしてケツ顎。

 迫力満点の理事長だがこう見えて南ことりの祖父である。

「り、理事長! どうされましたか!」

 生徒会長でもある絵里が立ち上がる。

「うむ、今『合宿』という言葉が聞こえたのでな、わしも一つ協力しようかと思ったのだ」

550: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:50:32.74 ID:eI5xnLyMo

「理事長が協力……?」

 何だか無性に嫌な予感がする播磨であった。

「わしが阿衣度瑠(アイドル)部の合宿先を紹介しよう! そこで存分に己らの技術

を高めてくるがよい!!」

「え? でも私たち、そんな部費とかは」

 穂乃果がそう言うと、

「心配はいらん! 経費は全て学院が持つ!!」

 理事長はそう言い放った。

 志望生徒数が少なすぎて廃校になるかもしれない、という学校にしては太っ腹過ぎる。

 これは何かウラがあるな、と播磨や雷電は思ったけれど、勢いに乗った穂乃果はすぐに

理事長の提案に飛びつく。

「待て穂乃果、これは罠だ」

 たまらず播磨は飛び出す。

「放して拳児くん。女には、例え罠でも踏み越えなければならないものがあるんだよ!」

 何だか自分に酔っているようなセリフだ。

「よおく言った高坂穂乃果! では早速合宿の準備をせい!」

「でも理事長! まだ授業があります!」

 海未は言った。さすが優等生だ。頑張れ、もっと頑張れ。

551: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:50:58.33 ID:eI5xnLyMo

「うるさい! 勉強などいつでもできる! だが青春は二度と戻ってこぬのだ!!」

 それでも理事長は引かない。

 理事長が勉強の邪魔をして、それでいいのか音ノ木坂。

 播磨の抵抗もむなしく、播磨と雷電、そしてμ’sのメンバーは火曜日の早朝、

幌の付いた大型トラックに乗せられて合宿場所へと向かった。





   それから三日後――





「あの糞ジジイがああああああ!!!!!!!」

 学校に戻ってきた播磨は真っ先に理事長室へと向かう。

 元々生やしていた髭は更に濃くなり、体中は葉っぱやら泥やら垢やらで滅茶苦茶に

汚れていた。

 しかも着ている服は制服ではなくOD色の作業服である。

「おいジジイ!!! この野郎!!」

 播磨は理事長室のドアを蹴り開けて中に入る。

「おい、よせ拳児!」

 少し遅れて雷電が入ってきた。雷電も播磨と動揺、かなり汚れている。

552: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:51:24.41 ID:eI5xnLyMo

「そうだよ拳児くん!」

 同じく、ボロボロになった穂乃果が播磨を止めようとするが播磨は止まらない。

「よく帰ってきたな、若人よ!」

 腕を組んだ理事長は満足げな表情を浮かべている。

「糞ジジイ! 何がアイドルの合宿だ!」

「なかなかの合宿だったであろう?」

「ふざけんな! コンパス行進やロープ渡りや岩登りや拠点襲撃のどこにアイドル

要素があるっつうんだよクソ畜生!!」

「ふふ、我が教え子、大豪院邪鬼(だいごういんじゃぎ)の指導に耐えたのだ、

誇りに思っても良いぞ」

「何が誇りだ! こっちは蛇やカエルまで食わされたんだぞ!」




「 わ し  が 江  田  島  平  八  でああああある!!!!!」





「ぬおわあ!!」

 江田島の気迫の自己紹介に、播磨はドアをぶち抜いて廊下まで吹き飛ばされた。

 そして廊下の壁に激突。だがすぐに彼は起き上がって理事長室に戻ってきた。

「何しやがる!!」

553: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:51:51.71 ID:eI5xnLyMo

「フフフ。普通ならここで骨折でもしたところだが、今の貴様はピンピンしておろう。

これも鍛えられたおかげだ」

 江田島理事長はそう言うとニヤリと笑った。

「そこが鍛えられても意味ねェだろうがあ!! 凛が樹海で行方不明とかになった時

とかクソ心配したぞ!! しかも教官役のモヒカンが川に転落するし!」

「それもまた良い思い出よ」

「何が思い出だ畜生」

 暖簾に腕押しとはこのことである。

 いくら罵倒したところでこの男には効果は無いようである。

 一発ぶん殴ってやろうかと思た播磨だったが、既に体力は限界に来ていた。

 もう三日は寝ていないのだ。

「拳児くん!」

「拳児!」

 よろよろとバランスを崩す播磨。それを支える穂乃果と雷電。

「高坂穂乃果よ」

 そんな穂乃果に理事長は語りかけた。

「はいっ!」

 穂乃果は播磨を雷電に任せ、不動の姿勢をとる。

「お前は良い絆に恵まれておる。これからも大切にするのだぞ」

「はい、わかりました理事長!」

554: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/24(水) 19:52:19.72 ID:eI5xnLyMo

 そう言うと、彼女は挙手の敬礼をした。

「普通は、帽子をかぶっているときにするものだが、まあ良い。帰ってゆっくり休め」

「はい! わかりました!」

 そう言うと、穂乃果は再び播磨の肩を抱く。

「帰ろう? 拳児くん」

「穂乃果、お前ェ絶対騙されてるから……」

 薄れゆく意識の中で、播磨はそうつぶやいた。

 ちなみに他のメンバーは、帰ってくるなり王大人の診療所に一時的に入院した

けれど、全員何の異常もなく退院したという。



   つづく 

556: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:34:39.11 ID:RD8Rf/Dlo





 とある昼休みの部室。

 こに日は昼食も兼ねて播磨とにこが話し合っていた。

 ついでに凛もいる。珍しい組み合わせだなと播磨は思った。

「足りない部分はたくさんあると思うのよね」

 にこは腕を組みながら言った。

「そりゃわかってるって」

 パックの牛乳を飲みながら播磨は答える。

「歌もダンスも、もっと練習が必要だにゃあ」

 既に弁当を食べ終わった凛は、机に突っ伏す。

「この前の合宿では、全体としてのチームワークを確立したわ。今度は個々人の

レベルアップが必要よ」

「合宿のことは言うな、思い出したくもねェ」

 理事長に騙されて死にかけた思い出しかない播磨。

「でも楽しかったにゃあ。キツかったけど」

 凛は楽しそうだ。

 彼女の中ではすでに思い出になっているようだ。

「今回は、凛に課題を克服してもらおうかと思うのだけど」

 にこはそう提案する。

「ふえ? 凛ちゃんの課題?」

「身体が固いってことか?」

「まあそれもあるけど、それ以外にも色々と課題があるじゃない」

「なんだよ」

 もったいぶるな、という態度で播磨は聞いた。

「女の子らしさが足りない!」

557: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:35:06.51 ID:RD8Rf/Dlo

 そう言うと、にこは凛に向かって人差し指をビシッと向けた。

「女の子……、らしさ?」

「いいこと? アイドルは男の子の憧れであると同時に女の子の憧れでもあるの。

そこには当然、女の子らしさが求められるものよ」

「そんなあ……」

 凛は戸惑っているようだ。

「でもよ、にこ」

 播磨はそれに反論する。

「何よ」

「A-RISEだって、男みてェなんがいるし、それは個性でいいんじゃねェのか?」

「アンタ、各方面を敵に回すようなことは言わないほうがいいわよ。まあ、それは

ともかく、凛にはもっとこう、女の子らしくなって貰いたいわけさ。アイドルとして」

「いきなりそんなこと言われても……」

 凛はそう言って顔を伏せる。

「待て待て、無理やり個性を修正して、本来の良さを消してしまうってこともあるん

じゃないのか?」

 わりと真面目なことを言ってしまう播磨。らしくないな、とは思うが仕方ない。

「拳児のくせにまともなことを言うじゃない。でもね、これは修正ではないの」

「ん?」

「新たな可能性を開くってことよ」

「新たな可能性……?」

「私や絵里たちはもう三年生だから先はないわ。でも一年生の凛には未来がある。

未来を担う凛には新たな可能性を開いて欲しいの」

「具体的にどうすんだよ」

 播磨は聞いた。

「星空凛、改造計画よ!」

「はあ?」

558: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:35:34.74 ID:RD8Rf/Dlo




     ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第二十二話 星空凛改造計画    

559: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:36:04.84 ID:RD8Rf/Dlo



 放課後、練習前のミーティングで播磨はにこに昼間の話の続きを聞いた。

「そんで、星空凛改造計画って、具体的に何をするんだ? メカ鈴凛でも作る気か」

「なんともまあ、懐かしいネタを。アンタ本当に高校生?」

「どうでもいいだろう。それより、何すんだよ」

「それを考えるのがあなたの仕事でしょうが」

「ちょっと待てコラ!」

「かよち~ん、凛の知らないところで凛に関する計画が勝手に進められているにゃあ」

 凛はにこたちの話に怯えていた。まあ無理もないだろう。

「ちょっと、何の無駄話をしているの?」

 絢瀬絵里が腰に手を当てて播磨たちの方を向く。

「無駄話じゃないわよ。μ’sの未来に関わることなんだから。絵里も協力しなさい」

「μ’sの未来? 一体どういうこと?」

「コイツ(にこ)は昼間食ったアンパンが腐っていたので、そのせいで頭がおかしく

なってしまった」

 播磨は冷徹に言い放った。

「こら拳児! こっちは真面目な話をしているのよ!」

「真面目な話って何よ……」

 絵里は呆れたように言う。

「凛のことよ」

「はい? 凛が何かやらかしたの?」

「酷いにゃ絵里ちゃん。凛は何もやってないにゃあ!」

 凛は直接抗議するがそれでも話は止まらない。

「実は――」

560: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:36:31.24 ID:RD8Rf/Dlo

 と、ここでにこは昼休みに播磨たちと話し合ったことを絵里に説明した。

 播磨は、絵里がにこの話を聞いて呆れると思っていたけれど違った。

「なるほど、それは由々しき問題だわ」

「へ?」

「全員集合よ! お願い!」

 絵里は練習場でストレッチなどをしていたメンバーを全員集めた。

 ちなみに雷電は視聴覚室で、先日のライブの映像を編集していたのでここにはいない。

「何々? 絵里ちゃん真っ先に穂乃果が寄ってきた」

「これから大事な練習があるというのに、どういうことですか」

 準備体操で乱れた髪を直しながら海未も聞いてきた。

「星空凛の改造計画よ」

「は?」

 事情を知らないメンバーの頭の上に?マークが浮かぶ。

「どういうこと? 絵里ちゃん」

 穂乃果は聞いた。

「凛はとっても魅力的だと思うの。でも今の状態ではその魅力を十分に生かし切れて

いない。そうは思わない?」

「にゃっ!?」

 絵里の言葉に驚く凛。

「それは確かにあるかな」

 花陽は頷く。

「かよちん!?」

「もっとこう、凛の魅力を引き出すことがμ’s全体のレベルアップにも必要だと

思うの。どうかしら」

561: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:36:59.20 ID:RD8Rf/Dlo

「オー、ハラショー!」

 真っ先に反応したのは穂乃果であった。それにしても「ハラショー」て。

「だけどよ、具体的にどうすりゃいいんだよ」

 播磨は聞いた。先ほどにこにも同じ質問をしたが明確な答えは得られなかったものだ。

「ふむ、そうね。どうすればいいと思う? みんな」

 ここで全員に意見を求める絵里。

(お前ェも考えてなかったんかい)

「可愛いお洋服とか着たらいいんじゃないかなあ」

「ことり!?」

「そうそう。元々可愛らしんだから、もっと可愛い女の子らしいお洋服を着たら、

もっと素敵になると思うなあ」

 南ことりは笑顔でそう述べた。

「そ、そうだね! そういえば私、制服以外で凛ちゃんの女の子っぽい服装とか見て

いないかも。それにお化粧とかもしないし」

 穂乃果はことりの言葉に反応する。

「うん、新たな魅力を発見する。これも一つの手かもしれないわね」

 絵里は頷いた。

「ちょちょちょ、ちょっと待つにゃ!」

 その流れを、凛本人が止めた。

「勝手に話を進めないでほしいにゃ。凛ちゃんは別に可愛い服とか、そういうのは

似合わないにゃあ」

562: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:37:26.89 ID:RD8Rf/Dlo

「そう思っているのは本人だけかもしれないわ!」

「かよちんも何とか言って欲しいにゃ」

 凛は親友の花陽に援護を求める。

 が、

「私は何とも言えないなあ」

 全体の勢いに圧されて花陽は何も言えなかった。

「そ、そんにゃあ……」

「それで、どんな風にやればいいのか」

「はい、私にいい考えがあります」

 そう言って手を挙げたのはことりであった。

「ことり、どんな意見なの?」

 絵里は聞いた。

「ここに、衣装制作用にあずかったお金があるのですが」

 そう言ってことりは茶封筒を取り出す。

「!!」

 そんな金があったのか。播磨には初耳である。そりゃそうだ。

 いくらことりの家が裕福だからと言って、自腹で全部の衣装を用意できるはずもない。

「このお金で、凛ちゃんに似合う女の子らしい服を買ってきてもらうの」

「え?」

「なるほど、いい考えかもしれませんね」

 常識人のはずの海未まで頷いている。

「ちょっと待て!」

563: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:37:53.70 ID:RD8Rf/Dlo

「何? はりくん」

「衣装用の金は部、全体の金だろう。そんな風に個人的に使っていいのかよ」

「はりくん、違うよ。これは個人の問題を超えた全体の問題なんだよ」

「なんでや」

「凛ちゃんの新しい可能性を見出すことで、私たちは更に上を目指すんだよ」

「……」

 何だその強引な論理は。

 播磨は頭が痛くなってきた。

「名目は、新しい衣裳のアイデアを得るための資料、ということにしたいと思います」

(名目はそれっぽいけど、なんか個人的に楽しんでいないか?)と、思う播磨。

「凛ちゃんもいい?」

 ことりは聞いた。

「凛には必要ないと思うにゃ」

 しかし凛は頑なだ。

 天真爛漫なところが凛の魅力でもあるので、今更女の子らしい服を着たところで、

むしろ元の魅力を減じるかもしれない。

 だが計画は進む。

「甘いわねことり。それだけじゃあ、足りないわ」

 先ほどまで黙って話を聞いていたにこが発言する。

「なに? にこちゃん」

 ことりは聞いた。

「ただ単に、服を買うだけじゃダメよ。誰かと一緒に買いに行く、そこが重要よ」

 腕組みをしたにこは言った。

「凛はかよちんと買い物に行ったことがあるにゃ」

「どうせ、花陽の買い物のついでに、自分のを適当に買っただけじゃないの?」

「うぐ」

564: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:38:20.30 ID:RD8Rf/Dlo

 どうやら図星だったようだ。

 あまり真剣に買い物をしたことがない。そういう意味では播磨も同じだ。

 男はあまり買い物に時間をかけない。買い物をする時間そのものを楽しむ女性

とは根本的に違う存在なのだ。

「そこで、男と一緒に買い物をするの」

「!?」

 全員の動きが止まる。

「そう、この世界は男と女。女っぽさとは、つまりは“男っぽくない”こと。

男の視点を加味した服選びをすることで、余計に女というものを意識することが

できるのよ!」

 矢澤にこにしては珍しくまともなことを言ったような気がする播磨。

「そりゃあいいけどよ、にこ」

 播磨は聞いた。

「なに?」

「凛と一緒に買いものに行く男って、誰なんだよ」

「はあ? 何言ってんの?」

 思いっきりバカにされたような声。

「な、何だよ」

「誰って目の前にいるじゃない」

「は!?」

「にゃ!?」

 播磨と凛、両者が驚く。

「別に雷電くんでもいいけど、彼の場合は優し過ぎるから何を買っても『良』としか

言わない気がするのよね。何より海未が許さないだろうし」

565: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:38:48.07 ID:RD8Rf/Dlo

「な、何を言っているんですかにこ!」

 顔を赤くして海未が抗議する。しかし彼女はその抗議を無視した。

「どうかしら、絵里」

「ふむ。中々いい考えね」

 絵里は頷く。

(絵里も段々毒されてきたな)

 と、播磨は思う。

「というわけで、今度の日曜日。拳児と凛は、新しい衣装の資料のため、女の子らしい

服を買ってくる。この作戦でいいかしら!?」

「え? 二人きりなの?」

 ふと、穂乃果が逡巡する。

「当たり前じゃない穂乃果」

 にこは穂乃果の肩を抱いて言った。

「大丈夫よ、拳児はヘタレだから大事にはならないと思うわ」

「おい、聞こえてるぞチビツインテール」

「うっさい、ヘタレジゴロ」

 どうやら新し悪口が誕生した模様である。

 それはともかく、播磨と凛は一緒に買いものに出かけることになった。

 だが播磨には凛よりも、もう一つ気になることがあった。

(希のやつ、今日はやけに大人しいな)

 こういう話題には真っ先に食いついてきそうな、希が今日はほとんど喋っていない。

 意図的に言葉を抑制している風でもあった。

566: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:39:16.25 ID:RD8Rf/Dlo

 ただ単純に議論の行方を見守っていたのか、それとも“あの日”のことが影響して

いるのか。

 ふと、播磨の視線に気づいた希は、笑顔を見せた。

「……」

 特に変わった様子はない。

 ウチはいつも通りやで、何も心配いらへん。

 そんなことを言っているような笑顔であった。




   *





 そして色々な過程をすっ飛ばして運命の日曜日である。

 この日は午前中に練習があったので、買い物は一旦家に帰ってから再び合流する

という形で開始されることになった。

 待ち合わせの駅前で播磨は昨日にことの会話を思い出す。

『しっかし、何で二時なんだ? 別に一時でも余裕で間に合うだろう』

『バッカじゃないの? それだから男って奴は。女の子にはね、色々と準備があるの』

『飯食って着替えるだけじゃねェのか?』

『違うわよ!』

 播磨の想像力の欠如をなじるにこ。

567: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:39:45.04 ID:RD8Rf/Dlo

 ただ、今回はストーカーをおびき寄せるなどという物騒な目的はないので、わりと

軽い気持ちで行くことが出来るだろうと彼は勝手に思っていた。

「お、おまたせにゃ……!」

 いつもよりあまり元気の無い星空凛の声が聞こえてきた。

「凛……」

 凛は少し丈の短いジーンズに、Tシャツの重ね着をしていた。

 なんというか、真姫と偽装デートをした時と比べるとそれほどの新鮮味はない。

 むしろ、いつも練習で見ている練習着に似ているなと播磨は思った。

「ほ、本日はよろしくお願いします」

「何かしこまってんだよ、お前ェらしくもねェ」

「そ、そんなことないですわ。凛はいつも通りですのよ」

「言葉づかいからしけ明らかにおかしいじゃねェか。熱でもあんのか?」

「ないない! 全然ない!」

 凛は両手をブンブンと振って全力で否定する。

 フワリと、シャンプーのいい香りが漂ってきた。

(コイツ、シャワーでも浴びたか)

 ふと、播磨は思った。

 確かに午前中の練習で汗をかいたので、シャワーなどを浴びたい気持ちはわかる。

 播磨も、家に帰ってからすぐにシャワーを浴びていたのだから。

「じゃあ、行こうぜ。凛」

「は、はいにゃ」

 ちょっと様子のおかしい凛を連れて、播磨たちは「女の子らしい服」を買いに

出かけた。

 服なら渋谷か原宿辺りに行けば、何かあるだろう。

 そんな軽い気持ちで電車に乗り込む二人。だがそこが甘かった。




   *

568: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:40:11.88 ID:RD8Rf/Dlo



 同時刻、少し離れた場所でとある人物二人がサングラスの長身高校生、播磨拳児

を監視していた。

「にこちゃん、これ苦しいよお」

 サングラスとマスクを外した花陽が言った。

「ちゃんと着けてないとバレるでしょう? バレると色々と面倒なんだから」

 同じく、大きなサングラスとマスクをつけたにこが言う。

「余計目立つと思うんだけどなあ」

 花陽は独り言のようにつぶやくがにこは無視した。

「あっ、二人が合流した。行くわよ」

「待って、にこちゃん」

 にこと花陽の二人は、播磨と凛を追跡するのであった。




   *

569: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:40:40.81 ID:RD8Rf/Dlo



「やっべ、わかっていたけど人が多いな」

 渋谷駅を降りた播磨は開口一番にそう言った。

「そうだにゃあ」

 酔ってしまいそうな人の流れ。

 それほど東京には人が多い。わかってはいたけれど。

「とりあえずよ、色々と調べてみたんだが、渋谷109とかいう所に、女性物の

服やアクセサリーを売っている店が多いんだってよ」

「そ、そうだにゃ。そこなら、凛にも似合う服があるかもしれないにゃ」

 “こういう環境”に慣れない二人はギクシャクした会話をしながら、109へと

向った。

 やはり109には人が多い。日曜日ともなれば当然か。

 しかしそれ以上に驚いたのが店の多さだ。色々な種類の店が何店舗も軒を連ねている。

 しかも一つのフロアだけではないのだ。地下二階から八階まである。

(なんつう所だここは……)

「ふにゃあ……」

 播磨の狼狽が伝染したのか、凛も元気がない。

(さっさと帰りたい)

 播磨は思った。

 彼には買い物をゆっくりとする時間をも楽しむ、という女性特有の思考は理解

できないのだ。

 しかも女物の商品という自分にまったく興味のないものであれば猶更だ。

 適当にフロアの店を見て回っていると、やたら色の黒い女性店員が話しかけてきた。

「お二人カップルですか? カノジョにピッタリのウェアがあるんですけどお」

「んな!」

570: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:41:12.91 ID:RD8Rf/Dlo

「ふにゃ!?」

 店員のやたら馴れ馴れしい言葉づかいに一歩引いてしまう二人。

「いや、凛はいいにゃ」

「おい待てよ」

 凛は、そそくさとその店を出て行ってしまった。

「ふむむ……」

 その後も、二人の混乱と迷走は続く。




    *




「ったく、何やってんのよあの子たちは」

 二人の様子をイライラしながらにこは監視していた。

「もう止めようよにこちゃん」

 花陽は止めようとするも、にこは諦めない。

「何バカなこと言ってるのよ。これじゃあ目的を達成するどころか、何か変な方向に

言ってしまうわよ」

「変な方向ってなんだよ~」

 二人は熱心に監視していたが、一向に買いものを楽しむ姿は見られない。

(おかしい、こんなハズではなかった)

 にこの予想では、試着室で恥ずかしそうにする凛とそれを褒める播磨姿があった。

 そんなキャッキャウフフな買い物風景はそこにはない。

 狼狽する一組のカップルがいるだけであった。




   *

571: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:41:39.39 ID:RD8Rf/Dlo




 とうとう観念した播磨は、凛をベンチに座らせてとある人物に電話をかける。

『はい』

 ほとんどコールを待つことなく、その人物は電話に出る。

「希か。早いな」

 東條希だ。謎の多い彼女ではあるけれど、困った時は頼りになる。

『そろそろかけてくる頃やろうと思うたからよ』

「なんだ。また俺たちを監視してんじゃねェだろうな。さっきから不穏な気配を感じる

んだが」

『ウチは今、家におるよ』

「そうなのか」

 少しだけ安心する播磨。

『ウチに電話してきたっちゅうことは、困っとるんやな』

「悔しいがその通りだぜ」

『今、どこにおるん?』

「渋谷の109ってところだ」

『ああ、初心者に渋谷はちょっと敷居が高いんちゃうかな。お店が多すぎて目移りして

まうやろう』

「まったくその通り。二人揃って迷い猫状態だ」

572: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:42:07.11 ID:RD8Rf/Dlo

『うん。わかった。したらウチの知っとる店の場所を何件か送るさかい、そこに行って

みて。きっといいコーディネイトをしてくれるはずやで』

「さんきゅーな。いつもすまねェ」

『気にせんでエエよ。誕生日プレゼントもくれたしな』

「いや、あれはその……」

『フフフ。今、凛ちゃん待っとるんやろ? あまりレディを待たせるもんやないで。

早う行ってあげて』

「わかった。すぐに行く」

『ほなな、拳児はん』

「あ、希!」

 不意に声を強くしてしまう播磨。

『どないしたん?』

 だが希は落ち着いた声のままだ。

「いや……、ありがとう。それだけだ」

『ふふふ。どういたしましてや』

 電話を切ると、播磨は急いで凛のもとへ向かう。




   *

573: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:42:34.40 ID:RD8Rf/Dlo


(こんなつもりじゃなかったのににゃあ……)

 109内にあるベンチに座った凛は、そんなことを言って項垂れていた。

 播磨を困らせ、自分も困る。

 最悪の状態だ。

 本当は、播磨と二人で買い物に行く、ということ聞いて少しだけ、いや、かなり

嬉しかった。

 にもかかわらず、歯車は上手くかみ合わず虚しく空回りするばかり。

 人混みによる疲労ばかりが積み重なる。

(やっぱり、もう帰ったほうがいいのかもしれない)

 そう凛が思った時、播磨が駆け足で戻ってきた。

 随分息を切らしているあたり、かなり急いで走ったのだろう。

 そんなに遠くへ行っていたのか、と凛は思った。

「ここはちょっと“俺たち”にはレベルが高いみたいだ。他の店に行こう」

 そう言うと播磨は凛の腕を掴む。

「え?」

「悪い、痛かったか」

「いや、痛くないにゃ。できれば」

「ん? できれば?」

「なんでもないにゃ!」

 出来れば手を繋ぎたい。そう言いたかったけれど、凛の羞恥心はその言葉を発する

ことを強く強く邪魔した。




   *

574: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:43:02.55 ID:RD8Rf/Dlo


 電車に乗って再び移動。

 それから二人は、しばらく歩いた。

 歩きながら何かの緊張感から解放された二人は、ポツポツと会話を始める。

「拳児くんは、嫌じゃないのかにゃ?」

「何がだ?」

「いや、その、凛と買い物に出かけることとか」

「確かに面倒くせェな」

「ガーン!」

「ああ、悪い悪い。そうじゃなくて、女の買い物に付き合うこと自体が面倒ってだけ

だ。決して、お前ェといることが嫌ってわけじゃあねェぞ」

「そ、そうなんだ」

 その言葉を聞いて少しだけ安心する凛。

(こんなことで安心してどうするにゃ!)

 心の中のもう一人の凛が叱りつける。

 今は、こうして二人で並んで歩いているだけでも幸せだった。

 ほんの少し日が傾き始めた空も、良い雰囲気を醸し出している。

「なあ、凛」

「どうしたにゃ?」

「お前ェ、普段スカートとかはかないのか?」

「ふにゃっ!」

「ど、どうした」

575: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:43:32.14 ID:RD8Rf/Dlo

「うう。拳児くんは地雷原を目隠しで行進するタイプにゃ」

「何か悪いこと言っちまったか」

「もういいにゃ。昔のことだから、話します」

「昔のこと?」

「小学校の時のことにゃ。凛は昔から男の子っぽいというか、乱暴な所があったから、

男子からよくからかわれていたにゃ」

「まあ、お前ェは花陽とかと違って、いじめられて泣くようなタイプには見えねェよな」

「酷いにゃ!」

「いや、あくまで客観的な見方としての意見だ」

「まあ、そう言われてもしかたないかにゃ。木登りとか虫取りとかも大好きだったし」

「ははっ、昔の穂乃果もそんなんだったぞ」

「ん……」

「どうした」

 デート中に他の女の子の話をするのはマナー違反などと言いたくもなったけれど、

そもそもこれはデートではないと思い出して言うのはやめた。

「何でもないにゃ!」

「ああ……」

「それで、話を戻すけど」

「おう。それからどうした」

「あの、ある日、凛もかよちんみたいにスカートをはいて、つまり女の子っぽい服装

で学校に来たことがあったにゃ」

「……」

「その時、散々クラスの男子にからかわれて、それ以来女の子っぽい格好をすることも、

女のらしい仕草をすることも恥ずかしくなってしまったにゃ」

「……」

576: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:44:05.21 ID:RD8Rf/Dlo

「つまんない話をしてごめんなさい」

「いや、俺の方こそ、辛いことを思い出させちまってすまなかったな」

「い、今は全然辛くないにゃ。昔のことにゃ」

「そうは言うけどよ、小さい頃の心の傷ってのは、結構後々まで残っちまうものだしよ」

「……心の傷ってほどでもないけど」

「そうかもしれねェが、今の生活にも多少なりと影響してるんだろ?」

「……」

 凛は無言でうなずく。

「俺もそういうことはあるさ。中学時代は無駄に反抗してみたりよ、でもいつかは

それに向かい合わなくちゃいけなくなる時もあるんだよな」

「向かい合う……?」

「お前ェの本当の気持ちはどうなんだ? 今のままでいいか? それとも、もっと

女の子らしく生きてみたいか」

「凛は、凛は……」

 凛は立ち止まった。

「……」

 播磨も同時に立ち止まる。

「凛も女の子らしくしたいにゃ! 可愛いお洋服とか、着てみたいし、メイクもやって

みたい。それで――」

 気が付くと涙がぽろぽろと零れ落ちていた。

577: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:44:31.85 ID:RD8Rf/Dlo

 今まで、もう何年もたまっていた気持ちが一気にあふれ出るように。

「危ねェ」

 そう言って播磨は凛を歩道の端に寄せると、ハンカチを取り出して彼女の顔を拭く。

「あんまり顔をくしゃくしゃにしてると、折角の美人が台無しだぞ」

「ふにゃ!」

 播磨の言葉に凛の顔が熱くなる。

 不幸中の幸いというか、今は泣いているのであまりそれは目立たない。

 播磨からハンカチを受け取った凛はそれで涙を拭う。

「おい、返さねェのかよ」

「洗って返すにゃ」

「ん?」

「り、凛ちゃんの涙やら涎やら鼻水やらが付いたハンカチを返せるわけないにゃ!」

「俺は別に、そんな気にしねェけど」

「凛が気にするにゃ! もう! デリカシーがないにゃ」

「わーったわーった。まあ、明日か明後日にでも返してくれ。欲しけりゃやるよ」

「ちゃんと返すにゃ」

「そうか。じゃあ、行くか」

「え?」

「いや、だから店だよ。可愛らしいお洋服を売っている店」

「……やっぱり行くのかにゃ?」

「行きてェんだろ?」

「……うん」

 凛は小さく頷いた。



    * 

578: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:45:01.77 ID:RD8Rf/Dlo

 希の紹介してくれた店は、わりとこじんまりとしていたけれど、雰囲気の良い店構え

であった。

「いらっしゃいませ」

 中に入りやすく、店員の態度も良い。

 店員は三十代くらいの女性で、服装も化粧も年齢にマッチしたシックなものであった。

「あの、コイツなんですけど」

 そう言って播磨は凛の頭に手を乗せる。

「ふにゃっ?」

 驚く凛。

「コイツにピッタリの可愛らしい服を選んで欲しいんッスけど」

「まあ、可愛い子ですね。カノジョさんですか?」

「ふにゃにゃ!?」

 再び驚く凛。

「部活の後輩です。そんなんじゃねェッス」

 しかし播磨はあっさりと否定する。

「俺もコイツも、同世代のお洒落ってのがよくわからなくてよ、似合う服を見繕って

欲しい」

「ご予算はおいくらくらいで?」

「高校生なんで、なるべく安く」

「ふふ。かしこまりました」

 そう言うと、店員は凛を連れて店の奥へと入って行った。

(客が全然いないけど、大丈夫なのかな、この店は)

 店の中を見ながら播磨はそんなことを考えていた。




   *

579: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:45:28.55 ID:RD8Rf/Dlo


 しばらくすると、試着室の前で女主人が呼んだ。

「お連れ様の着替えが終わりましたよ」

 落ち着いた笑顔で店員がそう言う。

「そうッスか」

 試着室のカーテンがゆっくりと開く。

 そこには、

「あ……」

 ふわふわ系のワンピースを着た凛の姿が。

 それはまるで、おとぎ話の世界から飛び出したヒロインのような。

 それでいて大人っぽさもある。

「ど、どうかにゃ」

「凄ェな」

「女の子の服装を見てその感想はどうかと思うにゃ」

「ああ、悪い悪い。あまりにもアレでよ、びっくりしたよ」

「あれって何だにゃ」

「いや、その、可愛いというか美人というか」

「……!」

 凛の顔が一気に赤くなる。

「あらあら」

 店員はその様子を見て更に笑顔になった。

580: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:45:54.95 ID:RD8Rf/Dlo

「お前ェはどう思う、凛」

「え?」

「周りがいくら良いっつってもよ、自分自身が気に入らなきゃ意味ねェだろ?」

「凛は、凛はとっても気に入ったにゃ」

「よっしゃ、じゃあそれにしよう」

「ありがとうございます♪」

 店員は嬉しそうにそう言った。

「んで、いくらかかるんだ?」

 播磨は少し警戒しながら聞く。

 最近はジュニアの服でも高いのだ。それくらいは知っている。

「髪飾りと靴下も含めて7,980円でいかがでしょうか」

「え? そんなんでいいのか!?」

 驚く播磨。

 当初、ことりから預かっていた予算を大幅に下回る価格だ。

「それなら――」

「待って、拳児くん」

 凛が呼び止める。

「どうした」

 播磨は聞いた。

「この服は、凛が自分のお小遣いで買うにゃ」

「え?」

「これは凛の服だから、部活のお金で買うのは違うと思うにゃ」

581: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:46:21.13 ID:RD8Rf/Dlo

「……凛」

「だから、お願い」

「いいな、そういう筋を通す女は好きだぜ」

「ふにゃ!?」

 再び赤くなる凛。

 コロコロと顔色の変わる今日の彼女の顔は随分と忙しいな、と播磨は思った。




   *



 帰り道、店の紙袋を抱えた凛はとても満足で、今までに感じたことの無い幸福感

に浸っていた。

「よかったな、凛」

 そんな凛に播磨は声をかける。

「うん」

「そんなに嬉しいなら、写真に撮って、明日みんなに見せてやったらどうだ」

「そ、それは恥ずかしいにゃ」

 凛はそう言って恥ずかしそうに顔を伏せる。

「それに」

「ん?」

「拳児くんに美人だって言われたし、凛はそれだけでいいにゃ」

582: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:46:47.69 ID:RD8Rf/Dlo

「どういうことだよ」

「そ、そういうことにゃ! もう!」

 そう言うと凛は早足で播磨の数メートル前に出た。

「おい、危ねェぞ!」

 播磨は声をかける。

「大丈夫にゃ!」

 凛は、播磨が追いついてくるまでの少しの間、息を整えた。

 そうしないと、彼の顔をまともに見られないと思ったからだ。






   つづく

583: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:52:56.08 ID:RD8Rf/Dlo
某地方コミケのコスプレに参加したんですけどね、ラブライブは凛ちゃんとミナリンスキーしか

撮れませんでした。真姫ちゃんとかスピリチャルさんもいたけど、異常に背が高くてイメージが違ったかな。

ちなみに筆者、艦これが好きだったんで、そっちのほうの写真が多いです。

秋雲さんと那珂ちゃんのクオリティが高かったよ。那珂ちゃんにいたっては、ちゃんと艤装まで付けてくれて

よかったね。

584: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/25(木) 20:54:01.61 ID:RD8Rf/Dlo


   おまけ

 その頃、播磨と凛を追っていたにこと花陽は――

「はい、雷電。あーんしてください」

「おい、人が見てるだろ」

「大丈夫ですよ、知り合いはいま……」

 ガラス越しに海未と雷電が一緒にいるところを目撃していた。

「本当、こっちは気楽なものね」

 にこは二人の姿を見ながら吐き捨てるように言った。

「拳児さんたち、どこ行ったんですかねえ」 

 花陽は疲れた表情で空を仰ぐ。

 梅雨もそろそろ明けそうであった。

589: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:20:14.40 ID:lgRC4ZgGo




 ラブライブの予備予選が刻一刻と近づいてくる七月。

 放課後の練習で播磨は南ことりから声をかけられた。

「はりくん、お願いがあるんだけど」

「どうした」

「ライブ用の衣装の進み具合が、結構ギリギリなの」

「なんだって?」

 思えば衣装のことは常にことりに任せきりであった。

「だから、手伝ってもらえるとありがたいんだけど」

「まあ、部員に力を貸すのも副部長の務めだしな。それは問題ないぜ。だけどよ、

俺あんまり裁縫とか得意じゃねェけどいいのか」

「うん。少しでも人手があったほうがいいと思うの」

「じゃあ、雷電も呼ぼう。アイツはああ見えて、手先が器用だしよ」

「そうだね、雷電くんも来てくれたら百人力だよ」

「何の話をしてるにゃ?」

 不意に星空凛が話に入ってきた。

「衣装の話だよ。予備予選までに舞台用の衣装が間に合わんかもしれねェから、

俺と雷電で手伝いをしようって話をしてたんだ」

「それなら凛も手伝うにゃ!」

 そう言って凛は右手を上げる。

「待てよ。練習とかもあるんだし、あんま無理しなくてもよ」

590: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:20:45.48 ID:lgRC4ZgGo

「練習があるのはことりちゃんだって一緒にゃ」

「私は服飾とか好きだから」

「凛も裁縫は好きにゃ。これだって、自分で作ったんだにゃ」

 そう言うと、凛は自分の携帯電話を見せる。

「わあ、可愛い」

 そこには小さなクマのぬいぐるみのようなものがぶら下がっていた。

「これ、お前ェが作ったのか」

 播磨はストラップを見ながら聞いた。

「そうだにゃ」

 凛は得意げに胸を張る。

「ねえ、はりくん。本人がやりたいって言ってるんだし」

 ことりは全てを言わず、その後の言葉は目で合図をした。

「わかったよ。ただし、無理はすんなよ。あんまり遅くなるのも許さねェからな」

「わかったにゃ!」

 凛はとても嬉しそうだ。

「フフフ。青春してるね、凛ちゃんも」

 そんな凛の姿を見ながら、ことりは静かに笑っていた。

591: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:21:50.51 ID:lgRC4ZgGo






     ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第二十三話 南 家(みなみけ)
 

592: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:22:22.77 ID:lgRC4ZgGo




 その日、早めに練習を切り上げた播磨たち四人(播磨、ことり、凛、雷電)は、

作業場でもあることりの家へ向かった。

「学校の設備を使っても別に文句は言われねェだろう」

 播磨は言う。確かに学校にもミシンはある。

 しかし、

「家のほうが設備も揃ってるし、何より使い慣れた道具のほうがいいんだよ」

 笑顔でことりは言った。

 もはや職人である。

「ああ、しかしことりの家かあ~」

 そう言うと播磨は深くため息をつく。

「拳児くんはことりちゃんの家に行くのが嫌なのかにゃ?」

 凛は聞いた。

「別に嫌ってわけでもねェけどよ」

 ちなみに、穂乃果とことりは幼馴染なので、当然穂乃果と幼馴染の播磨も、ことり

とは幼馴染である(海未も同様だ)。ただ、穂乃果の家ほど深い付き合いはない。

「もしかして、怖いお父さんがいるとか……」

 凛はそう言うと肩をすくめる。

 確かにことりの母方の祖父はあの江田島平八である。

 怖い人がいてもおかしくはない。

593: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:23:03.22 ID:lgRC4ZgGo

「いや、親父さんは普通の人だ。本当に。良くしてもらってる」

「ふうん、じゃあどうしてにゃ?」

「なんつうかそのよ、こいつの兄貴がよ」

 そう言って播磨はことりの頭を指さす。

「ことりちゃんのお兄ちゃんがどうしたにゃ?」

 凛は首をかしげた。

「まあ、行けばわかる」

 播磨はそれだけしか言わなかった。

「アハハハ……」

 その話を聞きながら、ことりは苦笑した。

「どういう意味にゃ?」

 あまり多くを語ろうとしない播磨に見切りをつけた凛は雷電に聞く。

「うむ、ことりの兄はあまり拳児のことをよく思っていないようでな」

「そうなのかにゃ?」

「何と言うかその、ことりにとっては良い兄なのだがな……」

 そう言うと、雷電もそれ以上は言わなかった。

「良いお兄さんなら、何で苦手なのかにゃ?」

 凛は首をかしげる。

 彼女の疑問は、実際にことりの兄を見なければ解消しそうにもなかった。




   *

594: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:23:34.25 ID:lgRC4ZgGo


「ただいまー」

 玄関にことりの声が響く。

 真姫の家ほどではないが、それでも一般家庭の水準からするとかなり良い家に

住んでいることり。玄関も広くてキレイである。この家に来るのも久しぶりだと

思う播磨であった。

「あらことり、おかえりなさい。今日は随分と多いのね」

 最初に家の奥から顔を出してきたのはことりの母親である。

 彼女はことりをそのまま大人にしたような外見である。母親の遺伝子が強いけれど、

母方の祖父に似なくて本当に良かったなと思う播磨であった。

「あら拳児くん、いらっしゃい。雷電くんも久しぶりね」

「どうもッス」

「お邪魔します」

 播磨と雷電は幼馴染なので、ことりの母親を知っている。

「そっちのお嬢さんはμ’sのメンバーね」

 ことりの母は凛を見て言った。

「は、星空凛です。よろしくお願いします」

 そう言って凛は深々と頭を下げる。

「まあ、立ち話も何だから上がりなよ」

 ことりは言った。

「別に俺たちは遊びに来たわけじゃねェんだからな」

595: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:24:13.97 ID:lgRC4ZgGo

「わかってるよ、衣裳作りのお手伝いに来てくれたんだよね」

 ことりは笑顔で言った。

「うふふ、青春ね」

 ことりの母は、娘とその友人たちのやり取りを微笑ましく見ているようであった。

「それじゃ、私はお夕飯の準備があるから」

 そう言って、ことりの母は奥に戻って行った。

「私たちはアトリエに行きましょう」

「アトリエ……」

 どうやら、ミシンなど服飾関係の道具を置いてある部屋のことを彼女はそう呼ぶ。

 まあ、アトリエといえばアトリエか。
 
「私、ちょっと着替えて来るね。アトリエはその部屋の奥だから、先に行ってて」

 そう言って、ことりは二階に駆け上がる。

 播磨と雷電は、ことりの家に来たことがあるので、どこにアトリエがあるのかわかって

いる。ことりの家は、父親以外は皆裁縫などが得意らしく、自分で服を作ることもする

という。

 子供の頃、ことりは母の作った服を着て小学校に来たことがあったけれど、既製品の

服とそん色の無い出来であったと記憶している。

「……!」

 その時、嫌な予感がした。

「どうした、拳児」

596: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:24:51.27 ID:lgRC4ZgGo

 雷電が聞く。

「奴が来る」

「なに?」

「殺気!」

「にゃああ!!!」

 いきなり後ろから黒い影が襲ってきた。

 播磨は辛うじてかわしたけれど、その勢いに凛は驚いて尻餅をついてしまったようだ。

「な、なにごとにゃ!?」

 床に座り込んだ凛が言った。

「ふっ、この私の鶴嘴千本(かくしせんぼん)をかわすとは、なかなかやるように

なりましたね。播磨拳児」

「野郎、何しやがる!」

 播磨たちの前には、長髪の美男子が一人。手には細長い棒のようなものを持っている。

「おっと失礼。レディを驚かしてしまったようですね。大丈夫ですか?」

 男は播磨たちを無視して凛に手を伸ばす。

「あ、ありがとうございます」

 凛は男に手を引かれて立ち上がった。

「貴方とは初めましてですね。私、南ことりの兄の、南飛燕と申します。妹ともども

よろしくお願いします」

 そう言うと飛燕は一歩下がって凛に一礼した。

597: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:25:37.78 ID:lgRC4ZgGo

 女性に対しては実に礼儀正しい。

 だが、

「ふんっ!」

「のわあ!」

 細長い棒が廊下の壁に突き刺さる。

 至近距離からの攻撃は本気で危ない。

「だから何しやがるんだ!」

「おのれ播磨拳児! 我が家に何しに来た」

 凛に対する言葉とは全く違う、乱暴で憎しみのこもった声で飛燕は聞いてきた。

「ライブの衣装作りの手伝いに来ただけだ」

「そんなことを言って、妹の貞操を狙いに来たんだろうが!」

「て、貞操……」

 凛は飛燕の言葉で明らかにドン引きしていた。

「お前ェは何言ってんだ」

「ああっ! ことりほどの可愛らしい妹に、お前のような下種な輩が釣り合うと思っているのかあ!!」

「拳児くんは下種なんかじゃないにゃ」

 凛は抗議するが、そこは雷電が止めた。

「星空、今のあの人にまともな言葉は通じない」

 そう言って、凛を二、三歩後ろに下げる雷電。

598: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:26:09.29 ID:lgRC4ZgGo

「何度も言ってるように、俺はことりに対して特別な感情なんざ持ってねェ。ただの

幼馴染だ」

「き、貴様ああ!! ことりに魅力がないというのかあ!! 恋人にしたい女子

ナンバーワンだろうがあ!」

「そりゃあ、あいつはお袋さんに似て美人だと思うけどよ」

「この下種野郎! 妹だけでなく我が母親まで射程に入れているのか!」

「だから違うつってんだろうが!」

「この私が直々に成敗してくれる!」

 飛燕は再び長い棒を取り出す。

 どこに入れていたんだコイツは。

 だが、次に飛燕の攻撃が発動することはなかった。

「お兄ちゃん!」

 着替え終わったことりが降りてきたのだ。

「こ、ことり……!」

 明らかに動揺している飛燕。

「お兄ちゃん。編み棒で遊ばないでって、いつも言ってるでしょう!?」

「あ……」

 よく見ると、壁に突き刺さっている鶴嘴千本は編み物なので使う編み棒であった。 




   *

599: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:27:22.00 ID:lgRC4ZgGo



 南飛燕。

 ことりの兄である。

 両親に似て容姿端麗、成績優秀、更に運動神経抜群と非の打ちどころの無い人物で

あるのだが、一つだけ大きな欠点があった。

「ことりいいい、許してくれええ!!!」

 アトリエのドアをドンドンと叩く男が響く。

 言うまでもなく声の主は飛燕である。

 彼はシスターコンプレックス、俗にいうシスコンなのだ。それも、かなり強烈な。

「もうはりくんのこと、いじめたりしない?」

 ドア越しにことりは聞いた。

「しないしない、したこともない」

「嘘吐きは嫌いです」

「ウソウソウソ! もうしない! 少なくとも今日はもうしない!」

 正直な男である。それはもう思いっきりぶん殴ってやりたいくらい正直な男だ。

「まったくもう」

 根負けしたことりが、アトリエのドアを開く。

 すると、飛燕は素早く中に入ると播磨の隣りに座った。

「おい、播磨拳児。あんま調子に乗るなよ。ちょっとことりに気に入られてるからと

言って、俺はまだ認めたわけじゃないからな」

「だから、俺はことりとそういう関係になりたいとは思ってねェし、お前ェに気に

入られようとも思ってねェよ」

600: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:28:08.17 ID:lgRC4ZgGo

「貴様、ことりに魅力がないと言うのか!」

「だからその話はもうやっただろう」

「表に出ろ! 決闘だ!! 大威震八連制覇だ!」

「お兄ちゃん!」

 ことりの一喝で、飛燕はまるで叱られた犬のようにシュンとなる飛燕。

 いい加減鬱陶しい。

 だがこの男がいないと、良質な衣装が仕上がらないことも事実だ。

 中身は妹好きの変態だが、服飾の才能は人一倍あるらしく、有名デザイナーも

一目置いているという。

 そうこうしているうちにことりの母がアトリエにやってきた。

「みんな、お夕食まだでしょう? 作業は食べてからおやりなさい」

 エプロン姿のことり母はそう言った。

「いや、そんな悪いッスよ。ウチらは作業を手伝いに来ただけなんで」

 播磨はそう言って遠慮する。

「何言ってるのよ拳児くん。今更遠慮しなくてもいいのよ。雷電くんも、あなた、

凛ちゃんもね」

 ことり母はそう聞いた。

「は、はい」

 凛は戸惑いながらも返事をする。

「食事は大勢で食べたほうが美味しいわ。さあいらっしゃい」

「はあ」

 ことり母にせかされるように、全員がアトリエから食卓へと移動する。

 すでにキッチンからは夕食の良い匂いが漂っていた。




   *
   

601: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:28:35.85 ID:lgRC4ZgGo



 南家の食卓。

「おい、なぜ播磨拳児がことりの隣りなのだ。ふざけるな、コ●スぞ」

「飛燕くん?」

 ことりの母が飛燕に睨みを効かせると、

「シュン」

 飛燕は大人しくなった。

 どうやらこのシスコンは母親にも頭が上がらないらしい。

「今日はお父さんが出張でいないけど、賑やかな夕食になってよかったわ」

 ことり母は笑顔で言った。

「すんません、急に押しかけてしまい」

 播磨は遠慮がちにことり母に言う。

「いいのよ、よくあることだから」

(よくある?)

 播磨は深く考えるのはやめた。南家には謎が多い。それでいいと思った。

「そういえば、はりくんがウチでごはん食べるのって、初めてだよね」

「まあ、そりゃな」

 原因は彼の目の前にいる。今にも襲い掛かってきそうな殺気を放っている長髪

(残念)イケメンのせいだ。

「穂乃果ちゃんの家にはしょっちゅう行ってるのにねえ」

602: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:29:02.58 ID:lgRC4ZgGo

 ことりは少し口をとがらせて言った。

「いや、そりゃあ穂乃果の家とは親同士も仲がいいしよ」

「貴様、ことりというものがありながら……!」

 飛燕の恨み声が聞こえてきた。

「おい待て、一体どうすりゃいいんだよ」

「死ねばいいと思うぞ」

「飛燕くん?」

 ことり母の声が強まる。

「……はい」

 もう本当に面倒くさい、このシスコンは。と、播磨は思いながら夕食をいただいた。

 なお、雷電と凛は完全に蚊帳の外に置かれていた。




   * 

603: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:29:30.78 ID:lgRC4ZgGo



 夕食を終えてから作業開始である。

 服飾のことはあまりよくわからない播磨であったけれど、できるだけのことはしよう

と思った。

「これ、お兄ちゃんのデザイン。凄いでしょう?」

 そう言ってことりはスケッチブックを見せる。

 何だかよく分からないけれど、かなり上手い絵が描かれていた。

 デザインも斬新、というかもっとこう、力がみなぎるような。

「デザインの才能もあるんだな」

 天はあの変態に二物どころか三物も四物も与えたらしい。

 どんだけ恵まれているんだ。

 播磨は少しだけ悔しくなった。

「さあ、時間もない。一気に進めよう」

 雷電は言った。

「頑張るにゃ!」

 夕食も食べて眠くなる時間ではあるけれど、雷電も凛も頑張って作業をする。

 播磨も負けないようにミシンを動かした。

 しかし、慣れない作業は予想以上に疲れる。

 そして時間はあっという間に過ぎて行った。




    *

604: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:29:59.08 ID:lgRC4ZgGo




「やべっ、もうこんな時間だ」

 時計を見て驚く播磨。

「どうした、拳児」

 そんな播磨に雷電が聞く。この男はゴツイ外見に似合わず手先が器用だ。

「悪い雷電。凛を駅まで送って行ってくれねェか」

「ん? 確かに遅くなったな」

「ちょっと待って拳児くん。凛はまだやれるにゃ」

 凛は播磨の言葉に反論する。

「ダメだ。あんまり遅くなったら親御さんが心配すんだろう」

「でも、まだ作業が」

「後は俺たちで何とかする。お前ェは早く帰って身体を休めろ」

「ぐぬぬ……」

「お前ェの気持ちはありがたいけどなあ、凛。親御さんも心配するし、何よりお前ェの

身体も心配だ」

「凛ちゃんは身体が丈夫なだけがとりえだにゃ」

「わかってるけど、それでもだ」




   *

605: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:30:34.39 ID:lgRC4ZgGo


 嫌がる凛を何とか説得して、播磨は彼女を送り出すことに成功した。

「あいつ、あんなに裁縫が好きだったっけな。あんまイメージないけど」

 凛が出て行った後、静かになった部屋で播磨はポツリとつぶやく。

「好きなのは裁縫じゃあ、ないんじゃないかな」

 播磨の向かい側で作業をしていることりが言った。

「あン? どういことだ」

「そのままの意味だよ」

「ん?」

「凛ちゃんとのデートは楽しかった?」

「あ? デート? 何言ってんだお前ェは」

「服を買いに行った日のことだよ」

「あれは別にデートってわけじゃあ……」

 まあ、傍から見たらデートに見えないわけがないか。

 むしろデート以外の何に見えるというのだろうか。

「正直、女物の服なんてどこで買っていいのかわかんなくてよ、それは凛も同じ

だったんで二人して迷って大変だったぜ。ははは」

 播磨はあの日のことを思い出しながら笑う。

 二人して迷っている姿は本当に滑稽であった。

「でも、凛ちゃんは変わったね。あの日から」

「変わったか?」

606: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:31:24.54 ID:lgRC4ZgGo

「わからない?」

「どういうことだ」

「前より、女の子らしくなったっていうか。可愛くなった」

「そうか? 元々アイツは……」

 そこで言葉は止まる。

(そういや、アイツ人前で抱き着いたりしなくなったな。前はもっとこう、

子供っぽかったというか)

「何か心当たりがあるの?」

 ことりは播磨の心を見透かしたように笑う。

「いや、気のせいだろう」

「本当に?」

「うるせェな。作業に戻るぞ」

「……ねえはりくん」

「ンだよ」

「雷電くんに行かせたのは、狙ったからじゃない?」

「……あン?」

「本来なら、手先が器用な雷電くんを残してはりくんが凛ちゃんを送ったほうが、

作業的にも効率がいいし、凛ちゃんも納得した気がするの」

「……」

「どうかしら」

「勘のいい女は苦手だね」

「私と二人きりで話がしたいの?」

「まあ、そうだな。あんまりそんな機会もなかったしよ」

607: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:31:51.45 ID:lgRC4ZgGo

「何? もしかして、愛の告白?」

「いや、それはない」

 播磨ははっきりと否定した。

 ロマンスのかけらもない。

「もう、本当につまんないね」

「お前ェもその気もねェのにそんなことは言うな」

「まったくその気がないわけでもないんだよ?」

「い!?」

「びっくりした?」

「してねェよ」

「ふふ。ごめんね」

 そう言うと、ことりは笑う。

「別にいいけどよ」

 再び作業を始める二人。

 しばらく沈黙の後、播磨は口を開いた。

「なあことり、聞いてもいいか」

「なに?」

「後悔、してねェか」

「後悔って?」

「その、μ’sに入ったことだ。アイドルをやって、こうして衣装を作ってることに」

608: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:32:25.80 ID:lgRC4ZgGo

「どうして?」

「なんつうかよ、穂乃果の思いつきから始まって、成り行きでこうなっちまったわけ

じゃねェかよ。だから、本当は後悔してんのかなと思って」

「なんでそんなことを聞くの?」

「他のメンバーは、高校からの知り合いだったし、色々と事情を聞くこともできた

けどよ、お前ェや海未は幼馴染だったし、そのまま当たり前のように一緒にいたから、

改めて話を聞く機会がなかったからよ。それで……」

「はりくん、そんなこと気にしてたの?」

「うるせェな。これから大変なこともあるんだからよ、改めて確認しときてェなと

思っただけだ。あのまま、メイド喫茶でアルバイトしてたほうが良かったと思って

たと思ったことは無かったのか?」

「うーん……」

 ことりは少しだけ考える。

 そして言葉を発した。

「ねえ、昔のこと覚えてる?」

「昔?」

「うーんと、小学校の頃」

「随分と前の話をするな」

「私、よくいじめられていたのよね。男の子たちから」

「お前ェは結構、いいところの娘だったからな。男も興味を持ってんだろう」

609: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:32:59.38 ID:lgRC4ZgGo

「そんな時、真っ先に助けに来てくれたのが穂乃果ちゃんだったの。穂乃果ちゃんは

私にとってヒーローだったな。あ、女の子だからヒロインかな」

「でもよ、結局多人数を相手にするから太刀打ちできなくて、俺や雷電が助けに行く

ことになったじゃねェか」

「そうそう。真っ先に穂乃果ちゃんが動いて、それをキミや雷電くんや海未ちゃんが

フォローする。それがお決まりのパターンみたいになってたよね」

「……そうだな」

 播磨は昔のことを思い出しながら返事をした。

「なんか、今の状況に似ていない?」

「ん?」

「特に深い考えがあるわけでもないけど、穂乃果ちゃんが学校を救うために真っ先に

動き出して、それをはりくんや雷電くんが手伝う」

「……」

「私もね、憧れてたの。穂乃果ちゃんみたいにすぐに行動できる子に。だけど、私は

穂乃果ちゃんにはなれない。だから、はりくんや雷電くんみたいに、穂乃果ちゃんを

フォローする側に回ろうって思ったの」

「だから、こうして衣装を作ってるってことか」

「うん。これが私にやれること。歌も踊りも中途半端だし」

「お前ェも頑張ってるぜ」

「頑張ったって限界はあるよ。それは私自身が一番よくわかってるし」

610: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:33:26.73 ID:lgRC4ZgGo

「そう謙遜するもんでもねェぞ。アイドルってのは、必ずしも技術が重視されるわけ

でもねェし。お前ェにはお前ェの魅力があんだろ」

「魅力?」

「秋葉原では伝説のメイドになってたしよ」

「その話はよしてよ」

「ミノフスキーだっけ?」

「ミナリンスキーです。もう終わったことだから」

「ハッハッハ」

「あの時はりくんに見つかった時は、口から心臓が飛び出そうになったよ」

「もし、あの時俺がお前ェを見つけなくても、お前ェは俺たちに協力したか?」

「……わからない」

「……」

「協力したかもしれないし、しなかったかもしれない。でもそれは、他のメンバー

だって同じだと思うよ」

「そりゃあ……」

「ただ一つ言えることは、穂乃果ちゃんなら何かやってたってことだね。今と同じ

方法ではなくとも、何かをやっていた。彼女は行動する女だよ」

「行動する、女か」

「ねえ、はりくん」

「あン?」

611: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:34:00.75 ID:lgRC4ZgGo

「もし、穂乃果ちゃんじゃなくて私が『やろう』って言っても、あなたは協力して

くれた?」

「え、何を?」

「いや、何かしらの行動を」

「まあ、よくわかんねェけど、協力はしたかもしれねェな」

「本当に?」

「その時になってみなけりゃわかんねェよ。何度も言うけど、このメンバーが集まった

のも偶然に偶然が重なったようなもんだし、何よりラブライブを目指すってのも、

偶然だったわけだからよ」

「そうだね。もしも、の仮定なんて無意味だよね」

「無意味ってことはねェと思うけど、穂乃果だったら確実にお前ェを助けると思うぜ」

「それで、それに引きずられてはりくんや海未ちゃんたちも」

「ああ、そうだな」

「ウフフ」

「クックック」

 播磨とことりは苦笑する。

「!!」

 その時、廊下をドタドタと走る音が聞こえた。

 雷電、でははない。彼は他人の家でそんな行儀の悪いことをするような男ではない。

612: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:34:27.39 ID:lgRC4ZgGo

 だとすれば犯人は一人。

「どりゃあああ!! 播磨拳児いい! ことりと部屋で二人きりとはどういう了見だあ!」

 ことりの兄(シスコン)の飛燕が強くドアを開けて入ってきた。

「うわっ、何だよお前ェは!」

 驚く播磨。

「くそう、羨ましい、じゃなかった。許せん。私のこの鳥人拳で地獄に葬ってやるぅ」

 そう言うと、カギ爪のようなものを取り出す飛燕。

 実に物騒だ。

「お兄ちゃん!」

 たまらずことりが立ち上がる。

「こ、ことり。これはお前を守るために……」

 そして早くも苦しい言い訳をはじめる飛燕。

「お兄ちゃん、課題は終わったの?」

「ふっ、課題などこの俺にかかればすぐに終わる」

 無駄に有能な男、それが飛燕。だが変態的なシスコンである。

「だったら早く寝たら?」

「妹が男の毒牙にかかる危険性があるのに、眠れるわけがないだろう!」

「毒牙て……」

 酷い言われようである。

「だったら衣裳作り、手伝ってくれる?」

613: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/26(金) 19:34:54.21 ID:lgRC4ZgGo

 ふと、ことりが上目づかいをした。

 心なしか、身体の周りにはキラキラしたものが見える。

「ぬっ!? 例の衣装作りか。ふん、この俺にかかればちょちょいのちょいだ。

どけ、播磨」

 そう言うと、飛燕は播磨を押しのけるようにミシンの前に座る。

「おい、何をするかわかってのんのか」

「お前に言われなくてもわかっている。俺を誰だと思っているんだ」

 飛燕は瞬時に、何をしなければならないのか把握したらしく、物凄い早さで準備を

整えた。

「そりゃああああ!!!」

 うるさい、けれど作業スピードは速い。播磨の四倍、いや五倍くらいか。手先が

器用な雷電ですら敵わないくらいの素早さ。

 まるで大量生産の機会のように衣装が形作られていく。それもかなり正確に。

「なんか、凄ェ奴だな、お前ェの兄貴は」

 居場所を無くした播磨はことりにつぶやく。

「例の病気(シスコン)さえなければ、とってもいいお兄ちゃんなんだけどな」

「どりゃどりゃどりゃどりゃあ!」

 その後、雷電も戻ってきた南家では衣裳作りが急ピッチで進んだ。

 かなり遅れていたスケジュールも、飛燕の謎パワーによって急速に進み、何とか

ラブライブの予備予選には間に合いそうであった。




   つづく

618: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:36:29.98 ID:CPJzR2pqo




 ラブライブ予備予選。

 それはシード権を持たないスクールアイドルがラブライブに出場するために、

出なくてはならない大会である。

 通常、前大会における全国出場チームと秋期大会における優秀チームの合計六

チームが、既にシード権獲得チームとして予備予選を免除されている。

 しかし音ノ木坂学園のμ’sは新規のチームであるため、まずはこの予備予選を

突破しなければならない。

「前回のプレ・ラブライブの成績から見ても、この予備予選での突破はギリギリに

なるかもしれねェ。だが、そこを越えないと、話にならねェってわけだな」

「うむ」

 練習前の雑談の中、播磨の言葉に雷電は頷いた。

「大丈夫だよ拳児くん」

 そんな二人に声をかける穂乃果。

「穂乃果」

「私たちは絶対にやってみせる。だって、こんなに素敵なチームなんだもん」

「まあ、そうだな」

 穂乃果の瞳は光り輝いていた。

 そこに明確な根拠があるわけではない。ただ、彼女はいつだって希望を捨てない女

なのだ。

「そういや全員揃ったか?」

 播磨が練習場を見回すと、一人足りない。

619: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:36:55.15 ID:CPJzR2pqo

「誰だ」

「花陽ちゃんじゃないかな」

 穂乃果が言った。

「アイツが遅刻なんて珍しい」

「……」

 露骨に顔を背ける雷電。

「知っているのか雷電」

「いや、知らん」

「ウソをつくな」

「ウソなどつかない」

「だったらこっちを向け」

 そんなことを言っていると、廊下から人の慌ただしい足音が聞こえてきた。

(何ごとだ?)

 そして強引にドアが開けられた。

「た、大変ですう!」

 花陽である。すでに制服から練習着に着替えている。

「何やってんだお前ェ。練習はじめるぞ」

「そ、そんなことより、皆さん。屋上に来てください!」

 花陽は焦りながらそう言った。

「むぅ、もうできたのか」

 不意に雷電が口にする。

「やっぱり何か知ってんじゃねェか雷電!」

「とにかく屋上へ行くぞ」

 そう言うと、雷電は真っ先に教室を出る。

「さあ、拳児さんも早く」

 そう言うと、花陽は播磨の腕を掴んで引っ張った。

「わかった、わかったから」

 播磨と、μ’sの全員は急かされながら屋上に向かった。

(本当に、何があったんだ?)

620: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:37:38.38 ID:CPJzR2pqo





      ラブ・ランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第二十四話 ラブライブ予備予選 

621: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:38:14.74 ID:CPJzR2pqo



 勢いよく開けられた屋上のドア。

 薄暗いペントハウスから急に外へ出たので太陽の光が眩しい。

「ぐっ!」

 いつもサングラスをしている播磨でも少し眩しく感じたくらいなので、他のメンバー

も目をしかめていた。

 しかし、すぐに目が慣れてくる。

「ほら、こっちですこっち!」

 花陽がグラウンド側を指さす。

「なんだよ」

 ダルそうに歩く播磨。

「え、何々? 何があるの?」

 一方穂乃果達は興味深々だ。

「おおっ!」

「は、ハラショー……」

「何これ」

 屋上から見たグラウンドには、大きな人文字が作られていた。


 μ’s


 それがグラウンドに描かれたメッセージ。


 そんな人文字の前に、一人の生徒が前に出る。

622: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:38:46.57 ID:CPJzR2pqo

 クラスメイトの松尾だ。

「フレー! フレー! μ’s!!」

 拡声器もマイクも使わない。生の大声が学校中に響く。

「これって……」

 海未はつぶやく。

「応援だ。クラスの有志が全校の生徒に呼びかけて作ってもらった」

 雷電は言った。

 どうやら彼は知っていたようだ。

「そんなの、聞いてねェぞ」

「私も」

 播磨と穂乃果はつぶやく。

「フレッフレッμ’s!! フレッフレッμ’s!!」

 人文字を構成する全員の声が響いた。

「音ノ木坂学院スクールアイドルー! μ’sの予選突破を祈念してええええ!!!」

「フレー! フレー! μ’s!!!!」

「皆を驚かせようと思って、秘密にしてたんだとさ」

 雷電はそう言うと、珍しく笑顔を見せる。

「ったく、勝手なことしやがって」

 播磨はそう言うとグラウンドから目を逸らす。

「拳児くん。そんな言い方ないでしょう!?」

 そんな播磨を穂乃果が注意した。

「これで、予備予選を突破できなかったら、カッコ悪いじゃねェかよ」

623: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:39:12.43 ID:CPJzR2pqo

「拳児くん……」

「照れているんだよ、拳児は」

 雷電は播磨の行動を解説する。

「うるせェ。別に俺は照れてなんかいねェよ!」

「うそだあ、顔赤いもん」

「だいたい、出場するのは俺じゃなくてお前ェたちだろうが」

「私たち、か。そうだね」

 穂乃果は軽く頷く。

 そして次の瞬間、

「フレー! フレー! ほ・の・か!!」

 不意に穂乃果の名前が聞こえた。

「え?」

 思わず、フェンスを握りしめてグラウンドを見つめる穂乃果。

「フレー! フレー! うーみ!!!」

「私まで」

「フレー! フレー! こ・と・り!!!」

「ありゃま」

「フレー! フレー! まあああき!!!」

「何だか変な言い方ね」

 真姫はそう言って苦笑する。

「フレー! フレー! は・な・よ!!」

「恥ずかしい」

624: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:39:39.91 ID:CPJzR2pqo

「フレー! フレー! 星空凛!!!」

「なんで凛ちゃんだけフルネームにゃ」

「フレー! フレー! エ・リ・チ!!!」

「チは余計よ。チは。まあいいけど」

 絵里も肩を揺らしながら言った。

「フレー! フレー! の・ぞ・み!!!」

「あら、ウチも応援してくれるんやね!!」

「フレッフレッμ’s! フレッフレッμ’s!」

 有志の生徒たちによる応援はしばらく続き、最後に学校の校旗が高々と掲げられた。

「まるで甲子園に出場したみたい」

「まだ予備予選の段階なのに」

「そんだけ期待されてるってことよ」

 メンバーが口ぐちに言い合っている中、一人の少女がフェンスから身を乗り出して

叫んだ。

「ちょっとお!! 何でにこだけ名前呼んでくれないのよおおお!!!!!」

 矢澤にこである。

「あ……」

(そういえば忘れていた)

 播磨はそう思ったが口には出さなかった。

「九人もメンバーがいるんだから、一人くらい忘れられる人もいるよ」

 ことりはにこの肩に手をかけて言った。

625: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:40:06.40 ID:CPJzR2pqo

「全然慰めになってないから! 明らかにイジメでしょうこれ!」

「フレー! フレー! にっこにっこにー! にっこにっこにー!」

 忘れたころにやっとにこの名前が呼ばれる。


「今更叫んだって遅いのよおおおお!!!」


 にこの声は、他の誰の声よりも大きく響いていた。




   *




 七月某日、土曜日。

 ついにやってきたラブライブ予備予選。

 この日のために、振付、ダンス、歌、そして衣装などすべてを調整してきたと言っても

過言ではない。無論、これはラブライブに出場するための一里塚であるけれど、同時に

個々を越えなければラブライブには到達できない。

 シード権の無い新参のμ’sにとっては最大にして最後の大会とも言える。

「いよいよだね」

 身震いしながら穂乃果は言った。

「声が震えてるぞ」

 人の多く集まるアリーナのロビーで播磨は穂乃果に言った。

「これは武者震いだよ拳児くん」

 穂乃果は苦笑する。

626: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:40:37.35 ID:CPJzR2pqo

「ほのかちゃん、落ち着いて。いつも通りヘマしなければ大丈夫だよ」

 ことりは穂乃果の肩を叩いた。

「ことり、余計なことを言うな」

 そう言って播磨はことりの頭に軽くチョップ。

 今、大会前で全員の心はナーバスになっている。

 それは絵里やにこも同じだ。

「ラブライブに出て、学校を救うんだ」

 決意めいた声が穂乃果の口から洩れる。

「だからあんまり力むなっての」

 播磨は言ったものの、穂乃果の耳に届いているのかどうもよくわからない。

「緊張しているのは誰も同じよ。穂乃果ばかりに構ってられないわよ」

 と言ったのはにこだ。

 確かにその通り。μ’sのメンバーは九人。

 全員の調子が良くなければ予選突破はありえない。

「前回のプレ・ラブライブでの順位は八位。シード権を持っているチームは除けば、

全体で四位。十分に予選突破圏内にある」

 雷電は言った。

「だが油断は禁物だぜ。あのA-RISEみたいに本選に向けて仕上げてくるチーム

だってあるはずだ」

「今回は出場校は二十八校で、予備予選を突破できるのは上位六校まで。普段通りの

パフォーマンスを見せれば必ず行ける」

627: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:41:14.19 ID:CPJzR2pqo

(普段通りか。普段通りの実力を普段通りに出すってのが、一番難しいんだよな)

 緊張したメンバーの表情を見ながら播磨は思う。

(いかんいかん、この俺が弱気になってどうすんだ。何とかして周りを鼓舞しなきゃ

ならねェってのによ)

「拳児さん」

「ん?」

 ふと、話しかけてきたのは意外にも花陽であった。

 こういう時、緊張してこちらから話しかけないと口を開かないタイプだと思っていた

のだが。

「どうした、花陽」

「私たち、いけますよね」

 そう言って、花陽は手をグーに握った。

「当たり前ェだろうが」

 播磨は自信たっぷりに答える。

 本当は不安しかないのだが、ここで弱気を見せるわけにはいかない。

 平常心平常心。

「お前ェらはできるよ。なあ、凛」

「にゃっ!」

 急に話しかけられた凛が肩を揺らす。

 コイツも緊張しているのか。

「だ、大丈夫にゃ」

 そう言って凛は親指を立てた。

628: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:41:44.94 ID:CPJzR2pqo

「……」

「凛ちゃん。皆で頑張ったんだから大丈夫だよ」

 そう言って、花陽は凛の肩を抱く。

「強気のかよちんも、凛は好きだよお」

 少し緊張が収まったようで、固い表情が柔らかくなった。

(花陽、コイツも強くなったな)

 ふと、感慨深くなる播磨。

 怪しい連中に絡まれて泣きそうになっていた彼女が、いつの間にか仲間を励ます

ようになるとは。

「真姫、お前ェのほうはどうだ」

 播磨は真姫にも声をかける。

「大丈夫よこのくらい。ちょっと人が多いだけでしょう?」

「そうこなくちゃな」

 そう言うと、播磨は真姫の頭を軽くなでた。

「ひゃっ、何するのよ!」

「いや、いつも通りで安心した」

「もうっ!」

 真姫は顔を逸らすが、それほど嫌がっているようには見えなかった。

 真姫から距離を取られてしまった播磨は、近くにいたことりに声をかける。

「ことり」

「なに? はりくん」

629: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:42:34.45 ID:CPJzR2pqo

「衣装、間に合ってよかったな。お兄さんにもよろしく伝えといてくれ」

「それはよした方がいいかな」

 ことりの兄は病的なまでのシスコンである。

 そして、なぜか播磨を異常なまでに敵視している。

「……確かに。だが感謝はしている。あの技術のおかげで衣装はできたんだから」

「μ’sとしてお礼はしておくよ」

「すまんな」

「そうだ、園田」

「……」

「園田?」

「はっ、ごめんなさい。聞いてませんでした」

 海未は驚いたように播磨の顔を見る。

「拳児、ここは俺に任せてくれ」

 雷電は言った。

 播磨は雷電に海未を任せることにする。やはり餅は餅屋である。

 海未のことを雷電に任せた播磨は三年組に目をやる。

 相変わらずにこは青い顔をしていた。

「おい、にこ。まだ慣れねェか」

「うるさいわねえ」

 にこは顔を逸らし、悪態をつく。

「緊張してんだな」

630: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:43:03.84 ID:CPJzR2pqo

「当たり前よ。これが最後のライブになるかもしれないんだから」

「おいおい。お前ェらしくねェなあ。予備予選を突破すりゃあ、本予選に上がれるん

だぜ」

「にこはいつも通りよ」

「ん?」

「私はね、拳児。常に目の前のライブが最後の出番だと思ってやっているの」

「……」

「誰がいつ見ているかわからないでしょう? にこたちを見ている人にとって、

これがもし最初のライブだとして、気に入らなかったらそれ以上見ないと思うのよ」

「一期一会って、やつだな」

「だからいつだって全力よ。チャンスが少ないスクールアイドルなら猶更」

「お前ェってば、相変わらず凄ェなあ」

「にこはいつだって凄いの。他の面子、特に拳児。あなたが甘いだけ」

「悪かったよ」

「私のことはいいから、他のメンバーに声かけたら? 今回は時間も無いから、

この前みたいに楽屋でグタグタ話をしている暇は無いわよ」

「わかったよ」

 にこの事を少し見直した播磨は、絵里と希にも声をかける。

「よお、お前ェら。調子はどうだ」

「さっきも言ってたけど、上々よ」

 絵里は言った。

631: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:43:44.87 ID:CPJzR2pqo

「ウチも悪くないで」

 希も答える。

 この二人については、特に何も言うことはない。

「別に、プレッシャーをかけるようなことは言いたくねェから、とにかく怪我をしねェ

ように頑張ってくれよな」

「あら、随分弱気なのね」

 絵里はそう言って微笑する。

「別に弱気じゃねェよ。俺はお前ェらが心配なだけだ」

「心配するなら、予選のことを心配しなさい。ラブライブに出場して、学校を救うんで

しょう?」

 絵里は言った。

「確かにその通り。今まで、色々とありがとうな。絵里、それに希も」

「過去を振り返るんは、全てが終わってからでもええんちゃうん?」

 希はそう言って笑う。

「確かに。俺は観客席で応援しているから」

「一番わかりやすいところにいなさいよね」

 ふと、絵里は言った。

「あン? 何でだ」

「あなたがいるってわかったら、少し安心できるっていうか……」

「はあ?」

「べ、別に気にしてるとかじゃないの! 私たちの努力をちゃんと見なさいってこと」

632: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:44:18.03 ID:CPJzR2pqo

「あ、ああ。わかってるって」

「エリチは素直やないねえ、拳児はんが近くにおらへんと寂しいって、素直に言うたら

ええのに」

 そう言って希は絵里の頬を人差し指でツンとつつく。

「ななな、何言ってんのよ希!」

「そんだけ言えりゃあ大丈夫だな」

 こんな自分でも少しは勇気づけることができたのだろうか。

 播磨は自分自身の無力さ、小ささを改めて認識する。

 他人事には思えない。

 学校存続、夢の実現、心の成長、それぞれの思いが交錯しながらチームは一つに

まとまり、そして舞台へと旅立っていく。

「穂乃果!」

 最後に播磨は穂乃果に声をかけることにする。

「俺は舞台には上がれねェ。だから、頼むぜ。リーダー」

「……うん。任せといて」

 少しぎこちない笑顔で親指を立てる穂乃果。

 これから彼女たちは衣装の検査がある。

 だから急がなければならない。

「お前ェは一人じゃねェ。仲間もいる!」

 ゆっくり離れながら、播磨は言葉を続けた。

「う、うん」

「そうだよ穂乃果ちゃん」

 そう言ってことりは穂乃果に抱き着いた。

633: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:44:46.93 ID:CPJzR2pqo

「頑張りましょう、穂乃果」

 海未も穂乃果を励ます。

「穂乃果ちゃん、頑張るにゃ」

「頑張りましょう」

「一生懸命やるだけやで」

「全力を出すのは当然よ」

「皆がいれば、怖くないわ」

 それぞれのメンバーがそれぞれの言葉で励ます。

 一人は皆を支え、皆は一人を支える。

 これがチームだ。

 そのチームにたくさんの人たちが協力して、そしてもっとたくさんの人たちが応援

する。

 遠ざかるメンバーの姿を見ながら播磨は考える。

 この先は何が起こるかわからない。

 だが、後悔だけはしてほしくない、と。



   *