ラブ・ランブル! ~播磨拳児と九人のスクールアイドル~前編
 

ラブ・ランブル! ~播磨拳児と九人のスクールアイドル~中編 

 
634: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:45:15.03 ID:CPJzR2pqo



 そしてついに始まったラブライブ予備予選大会。

 直前のくじ引きで決まった順番によると、μ’sの出番は二十三番目。

 かなり後の方になる。

正直、歌も踊りも凡庸なチームばかりだ。

 多少主観は入っているものの、これなら一位通過も夢ではないのではないかと思って

しまう播磨。

 だが、今の彼には安心感よりもイライラのほうが強かった。

(早く出番が来い)

 前回のプレ・ラブライブでは比較的早い時間に順番が回ってきたので、余裕を持って

見ることができた。だが今回は終盤でのパフォーマンスだ。

 穂乃果たちの顔が見られない時間が長い。

「少しは落ち着いたらどうなんだ、拳児」

 隣にいた雷電が言った。

 いつもは撮影係の彼だが、ラブライブは予選も含めて公式以外の録音が特別な理由

の無い限り許されていないので、今回は彼も一緒に観客席での観賞となる。

「早くμ’sの出番が見たいのお」

 近くに座っていた松尾が言った。

「もう少しじゃ、もう少し」

 田沢もいる。

 全員ではないが、かなりの数の生徒たちがμ’sの応援に来てくれている。

 それだけ期待値が高いというわけだ。

引用元: ラブ・ランブル! ~播磨拳児と九人のスクールアイドル~ 

635: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:45:44.27 ID:CPJzR2pqo

「雷電よ」

「何だ、拳児」

「何もできねェってのは、こんなにももどかしいものなのかね」

「どうしたんだ、お前らしくない」

「いや、ちっとな」

「子供を送り出す親の心境というやつか?」

「いや、そんなんじゃねェと思うが。思うんだが」

 舞台の上と下。

 直線にしてみれば、そんなに遠くないはずなのに、なぜ今こんなにも遠く感じて

しまうのだろうか。ステージとは、それだけで異世界のような場所なのだろうか。

「難しい顔をしておるな。らしくないぞ」

 雷電は言った。

「うるせェ。まあ、確かに考え込むのは俺らしくもないと言えるが」

 播磨は大きく息をつく。

 μ’sの出番までまだ時間がある。

「悪い、雷電。ちょっと水でも飲んでくるわ」

「ああ、すぐ戻って来いよ」

「わかってる」

 播磨はどうしても落ち着かず、席を立った。



   *

636: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:46:32.69 ID:CPJzR2pqo


 仲間のことは信頼している。

 たくさん練習していることはしっている。

 だけど、なぜこんなにも不安なのか。

 自動販売機でミネラルウォーターを買いながら播磨は思った。

「やあ、こんな所で会うなんて奇遇だね」

「あン?」

 不意に男の声が聞こえた。

 ミネラルウォーターのボトルを取って顔を上げてみると、見覚えのある大柄な男が

そこにいた。

「新井、タカヒロ……さん」

「やあ、播磨拳児くん」

 ダサいTシャツと立派な体格の新井タカヒロである。

「どうしてアンタがこんなところに」

 A-RISE(UTX学院)は予選を免除されているのでここにはいないはずである。

「まあ、偵察だよ。今年のライバルになりそうな高校のね」

「他のメンバーは?」

「あら? 気になるのかい? キミのお気に入りは誰かな。綺羅ツバサくんかな?

それとも優木あんじゅくんかな。意外にも統堂くんだったりしてな」

(ウゼェ……)

637: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:46:59.28 ID:CPJzR2pqo

 正直、A-RISEのメンバーの名前はよく覚えていない。

 辛うじてセンターボーカルの前髪パッツンの少女が、某サッカー漫画の主人公と同じ

名前である、というくらいしか知らない。

「別にA-RISEは気にしちゃいません。今は予備予選に集中してるだけッス」

「おお、自信満々だね。A-RISEは眼中にないと」

「んなことは言ってねェッスよ。今は、目の前の舞台に集中しなきゃいかんってこと

ッス。上ばっか見てると足もとすくわれるからな」

「ふむ。良い心がけだ。キミは良いプロデューサーになれる」

「プロデューサーなんか興味ねェよ。俺はただ……」

「ただ?」

「何でもないッス」

 播磨はペットボトルを握りしめる。

 ひんやりとした感触が手から伝わってきた。

「じゃ、失礼するッス」

 播磨は一礼して新井の前から足早に去ろうとする。

「ああ、そうだ」

 そんな播磨に新井は声をかけた。

「何ッスか」

「予備予選の突破、願っているよ。我々としても、注目しているμ’sとは戦いたい

からね」

638: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:47:32.71 ID:CPJzR2pqo

「相手になりますかね」

「今が一番伸びる時期だ。それに、ステージ上はある種の異界だよ。何が起こるか、

わからないからね」

「……あっ」

 その時、播磨はあることを思い出した。

「どうかしたかい?」

「いや、その……。東條希という人物を、ご存じありませんか」

「……いや」

 新井は首を振った。

 しかし、

「鈴谷瞳(すずやひとみ)という人物なら知っている」

「スズヤヒトミ? 誰ッスか」

「昔の知り合いさ、それじゃ。僕は人を待たせているので」

「あ、ちょっ」

 何やら意味深な言葉を残した新井は播磨とは反対方向に去っていた。

 恐らく奴は特別な存在なので、VIP席か何かで観賞するのだろう。

(俺たちのような一般の生徒とは違う)

 そう思うと少し腹が立ってきた。

(見てろや、庶民の力を思い知らせてやる)

 ふつふつとわき上がる闘争心を鎮めるため、播磨はペットボトルのフタを開け、中の

ミネラルウォーターを一気飲みした。

639: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:48:16.75 ID:CPJzR2pqo

冷たい液体が喉を通って胃に流れ込んでいく。

 すると、少しだけ脳が落ち着いた気がした。

(スズヤヒトミ……。何者だ?)

「おおい、播磨」

 聞き覚えのある声が播磨の名を呼ぶ。

「ん?」

 振り返ると特徴的な髪型の生徒が一人。

「松尾か」

「どうしたんじゃ。もうすぐμ’sのステージがはじまるぞ」

「何言ってんだ、もう少し先だろう」

「ステージ前の緊張感も楽しむのがプロのアイドルファンってものじゃ」

「何のプロだよ……」

 播磨は松尾と一緒に観客席に戻る。

 待ち時間が長く、応援団も多少ダレてしまったけれど、μ’sのメンバーはそんな

ことはないと信じて、会場へと向かう。
 




   *

640: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:48:44.69 ID:CPJzR2pqo


 随分と長く待っていた気がする。

 彼女たちのパフォーマンスを待っている、大勢とは言えないけれど、何人か集まって

くれた音ノ木坂の生徒たちの集団の中では恐らくかなり長い時間に思えただろう。

 圧倒的な実力を持つチームは、ほとんどがシード権を得て予備予選を免除されて

いるので、ここでは凡庸なチームばかり出ているような気がする。

 そんな気持ちが時間を更に長く感じさせた。

「次だぞ、拳児」

 雷電は言った。

 何度か休憩を挟んで、ついにμ’sのパフォーマンスが始まる。

 播磨は緊張してきた。今までにない緊張だ。

 どうすればいいのかわからない。とにかく、今は何も考えずに彼女たちの動きを

ただ目で追いかければいいのだろうか。

 どんな顔をして見たらいいのだろうか。

 色々な思いが交錯する。

 思えばこの数か月、スクールアイドルのことばかり考えて生活してきた。

 今までの彼ならば、当然ながらありえない生活だ。

《次は、音ノ木坂学院スクールアイドル、μ’sの皆さんです》

 アナウンスが流れると、一部で歓声が起こる。

 松尾たち、音ノ木坂の生徒たちの声だ。

 暗くなったステージに光がともる。

641: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:49:13.55 ID:CPJzR2pqo

 そこに現れる九人の少女たち。真ん中には、播磨がよくしっている穂乃果の姿が

あった。

 少し離れているので表情はよくわからない。恐らく緊張はしているだろう。

 だがそれはいつも通りだ。

 ピンと張りつめた空気、それを切り裂くように前奏が始まった。

 田沢や吹奏楽部の協力で編曲されたμ’sの曲。それは、彼女たちだけでなく、

音ノ木坂学院全員の音と言っても過言ではなかった。

 第一声は、穂乃果からはじまる。

(いい歌い出しだ!)

 再び歓声。

 一人、また一人と歌に加わり、九人全員の声が合わさった時、観客席にいる人たち

もその熱気に包まれていく。

 一つ一つの動きが播磨には手に取るようにわかる。毎日毎日、地味な基礎練習から

振付をはじめ、何度もの何度も確認した。

 時にビデオに撮り、何度も見返すメンバーもいた。

 疲れた、痛い、休みたい、そんな弱音を吐く者は誰一人としていなかったのだ。

 彼女たちの努力の結晶。そして今、応援している連中もまた、何らかの形で協力

してくれた者ばかりだ。

(わかるか穂乃果。それにみんな。お前ェらは一人じゃねェ)

 1コーラス目が終わり、緊張がほぐれてきたのか、メンバーの動きにキレが増してきた

642: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:49:44.94 ID:CPJzR2pqo

ような気がする。

(これは……)

 身内なので、どうしてもひいき目に見てしまうけれど、今のμ’sはA-RISE

にも匹敵するパフォーマンスができているかもしれない。

 播磨は立ち上がりたい衝動に駆られる。

 普段通りの実力?

 いや違う。

 其れ以上のものがそこにはあった。

(頑張れ、穂乃果、園田、ことり、真姫、花陽、凛、にこ、絵里、希)

 一人一人の名前を頭の中で繰り返す。

 それしかできない。

《ウオオオオオオ!!!!!》

 まだ終わってもいないのに、拍手と歓声が会場を包んだ。

 会場を支配する。

 一部のスターにしかできないと思っていたその情景を、今彼女たちがやっている。

 彼女たちの一挙一投足に会場が揺れる。

 そんな錯覚すら覚える。

(これは一位通過もあるか)

 播磨がそう思った瞬間であった。

「あっ!」

 ごく初歩的なステップ、そこで穂乃果のバランスが崩れる。

643: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:50:17.97 ID:CPJzR2pqo

「なっ!!!」

 ど真ん中のかなり目立つ位置で、穂乃果が転倒したのだ。

 観客席にどよめきが起こる。

 音楽はまだ続いているけれど、要であるセンターボーカルの転倒で、全員の動きが

止まってしまった。

(まずい!)

 播磨は立ち上がる。


「立て穂乃果ああああああ!!!! 曲はまだ終わってねえぞおおおおおおお!!!」


 今までの人生の中で渾身の叫びと言っても過言ではないほどの大音声で播磨は叫んだ。

あまりの大きさに、会場は舞台ではなく播磨に注目してしまう。

「ん!」

 穂乃果はすぐに立ち上がり、フォーメーションを組み直そうとする。

 だが、テンポの早い曲なので、かなり長い時間、空白ができたように見えた。

 それでも、何度も何度も練習した曲だ。彼女たちは曲の途中から始める。

「そうだ、行け!」

 播磨は言った。

 一度崩れてしまったリズムを取り返すのは難しいかもしれない。

 いや、難しいに決まっている。どんなに優秀なアスリートでも、リズムを崩すと

調子が一気に悪くなることもあるのだ。

644: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:50:53.52 ID:CPJzR2pqo

「行け! 行け!」

 何が一位通過だ、何が予選突破だ。

 播磨はにこの言葉を思い出す。

 いつだってこれが最後のステージだと思う。

 その言葉の重要性に今更ながらに気づく。

 足元をすくわれないように気を付けていたつもりであったけれど、油断があったの

かもしれない。

「頑張れええ! μ’s!」

 松尾や田沢、富樫たちも応援する。

 再びあの時のような熱気を取り戻すことは不可能かもしれない。

 だが曲が続く限り、曲が続く限り踊り続ける。

 それしかない。

「……」




   *

645: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:51:22.34 ID:CPJzR2pqo

 曲が終わる。

 全てが完璧であった。あの転倒事故までは。

 だが、今そんなことを言っても仕方がない。

 播磨は考えた。穂乃果に何と声をかけようかと。

「拳児、高坂を責めないでやってくれ。アイツも一生懸命にやったんだ」

 心配そうに雷電は言った。

「そんなつもりはねェよ」
 
 播磨は観客席を出て、楽屋近くで待機する。

 もうすぐ舞台袖から穂乃果たちμ’sのメンバーが出てくるのだ。

(どう声をかけようか)

 重たい扉が開き、九人のメンバーが出てきた。

 皆、一様に暗い顔をしている。

 言葉を必死で探す播磨。

 だが、今この状況で何を言っても上滑りするような気がした。

「……」

 雷電も黙ったままだ。

 ステージ終了直後の紅潮した顔で、穂乃果は播磨を見た。

「拳児くん……」

 穂乃果は笑顔を見せた。

 今までに見たことの無い悲しい笑顔がそこにあった。

「拳児くん。……ごめんね、私の――」

646: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:51:56.88 ID:CPJzR2pqo

 すべての言葉を言う前に、播磨は穂乃果を抱きしめる。

 パフォーマンスを終えたばかりの穂乃果は、とても熱く感じた。

「よかったぞ、穂乃果」

 播磨は穂乃果の頭を撫でた。舞台用にセットした髪だったが、構わず強く撫でる。

「う……、うはああああああああああん!!!」

 堰を切ったように泣き出す穂乃果。

 元々熱かった身体が更に熱くなった気がした。

「よしよし、気が済むまで泣け」

 穂乃果の身長は小さいので、彼女は播磨の胸に顔をうずめてわんわんと子供のように

泣きじゃくる。

 播磨は穂乃果の頭越しにメンバーの表情を見た。

「お前ェたちもよく頑張った。今まで見た中で、最高のステージだったよ。あの状況

よく立てなおせたな」

「でも、ラブライブが……」

 ことりは言った。

 それは確かに気になるところだ。

 しかし、

「別に、んな事は関係ねェよ。俺がいいつってんだ。なあ、雷電」

「……ああ、いいステージだった」

「何がいいステージよ。これが最後かもしれないのに!」

 そう言ったのはにこだ。目にはたくさんの涙をためている。

「でもいいものはいいんだよ。お前ェも最高だったぜ、にこ」

647: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:52:23.95 ID:CPJzR2pqo

 そう言って播磨はにこの頭も撫でた。

「ば、ばかああ!!!」

 そう言うと、一気ににこの目から涙があふれ出す。

「やめてよにこちゃん」

 彼女を止めたのは真姫だった。

「かよちん……」

「大丈夫だよ」

 花陽と凛は抱き合って泣いている。

 ことりや海未も泣いていた。絵里や希は、下級生の手前我慢しているようであった

が、目に涙をためていることは一目瞭然であった。

 本当は全員に声をかけたかった播磨であったけれど、廊下でわんわん泣いている姿は

とても目立つので、これ以上この状況を続けるわけにもいかなかった。

「すまねェな、穂乃果。楽屋で化粧落として来い。折角の美人が台無しだぜ」

 穂乃果の両肩を掴んだ状態で播磨は言う。

 泣きじゃくった穂乃果は、涙と涎と鼻水でぐしゃぐしゃな顔をしていた。ヒロインに

あるまじき泣き顔である。

「げんじぐん……」

 そして変な声を出した。

「ほら、穂乃果ちゃん。行くで」

 そう言って穂乃果の肩を抱いたのは希であった。

「悪いな、希」

648: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:52:50.60 ID:CPJzR2pqo

「ウチも辛いんやで……」

「後で死ぬほど慰めてやるよ」

「本気にするよ?」

「絵里、お前ェもあんまり無理すんなよ。生徒会長とか、この場では無しだぜ」

「私は大丈夫よ」

 気丈に振る舞う絵里の姿がまた切なかった。

 一年生組や二年生組は互いに声を掛け合いながら、楽屋へ戻って行く。

 播磨は、彼女たちが着替え終わるまでロビーで待つことにした。

 もう、残りの学校のステージをゆっくり見ている気にはなれなかったからだ。

「雷電、色々迷惑かけてすまなかったな」

 播磨はとりあえず雷電に謝る。

「何を言っている拳児。まだ終わってないだろう」

「だけどよ」

 パフォーマンスの最中にあれだけ派手に転倒したチームは他に無い。

 これで予備予選を通過する、というのはかなり難しいだろう。

 播磨は携帯電話を取り出した。

「確か、登録してあったはずだが……。あった」

 とある番号を見つける。

「もしもし、月子さん?」

 播磨がかけたのは、月光の家、月詠亭だ。

『拳児くんが電話してくるなんて珍しいのです。何かあったのですか?』

649: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:53:24.08 ID:CPJzR2pqo

 月光の母、月子の声が聞こえてきた。

「今夜、十一人分の食事、予約できっかな」

『何がいいですか?』

「夕食、何がいいかって」

 播磨は雷電に聞いた。

 すると、雷電は無言でうなずく。

 任せる、という意味なのだろう。

「そんじゃあ、一番いいのを頼む。思いっきり美味いのをな」

『わかりました。準備して待っているのです』

 


   *


 

 しばらく待っていると、全ての学校のパフォーマンスが終わり、後は結果を待つ

だけとなった。

 しかし、穂乃果たちμ’sのメンバーはまだロビーには現れない。

「心の整理というか、そういうのがまだついていないのだろう」

 雷電はそう好意的に解釈する。

「お待たせ」

650: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:53:51.82 ID:CPJzR2pqo

 ふと、聞き覚えのある声が響いた。

 穂乃果の声だ。

「おお、穂乃果か」

 穂乃果だけでなく、他のメンバーも制服に着替えてロビーにやってきた。

 みんな暗い顔をしているけれど、先ほどよりは幾分か落ち着いたようだ。

「お前ェも少しは落ち着いたようだな、穂乃果」

 そう言って穂乃果の頭を撫でる播磨。

「なんか、大泣きしたら逆にスッキリしちゃって。ありがとう、拳児くん。あのまま

我慢してたら、もっとくよくよしてたかも……」

「そういや、ジョジョの第二部で戦闘中でも泣いたら気分が落ち着くって奴がいたな」

「え? 拳児さん、ジョジョ好きなんですか?」

「は?」

 なぜかジョジョという言葉に食いつく真姫。

「どうした、いきなり」

「いえ、何でもないです」

 恥ずかしそうに顔を伏せる真姫。

 一体何があったんだ。

「そういや、もうすぐ結果が発表されるな」

「うっ、もう帰っていいかな」

651: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:54:18.08 ID:CPJzR2pqo

 穂乃果がそう言うと、全員が顔を伏せる。

「何バカ言ってんだ。まだ結果は出てねェんだぞ。リーダーのお前ェがそんな弱気

でどうする」

「でも、私のせいで大きな減点を貰ったわけだし……」

「誰も責めてねえっつってんだろ。悪く言う奴がいたら、俺がぶっとばしてやるよ」

「拳児くん……、ありがとう。でも暴力はダメだよ」

「モノの例えだよ」

「あの……」

 不意に凛が近寄ってきた。

「どうした、凛」

 恥ずかしそうにモジモジしている。

「あの、凛ちゃんも穂乃果ちゃんみたいに、その……」

「ん?」

「撫でて欲しいんだよね、凛ちゃん」

 凛の代わりに花陽が言った。

「か、かよち~ん」

 恥ずかしそうに花陽をポカポカ叩く凛。

「なんだ、そんなことかよ」

 そう言うと、播磨は大きな手で凛の頭を撫でる。

「くふふ」

 凛は嬉しそうだった。まるで本物の猫のように。

652: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:54:45.60 ID:CPJzR2pqo

「ちょっと勇気出たにゃ」

「何の勇気だ?」

「結果を受け止める勇気だにゃ」

「結果を、受け止める……」

 凛の言葉が播磨の心に重くのしかかる。

(そういや、コイツらのほうが俺なんかよりもよっぽど苦労しているし、ショックは

デカイはずなんだよな)

 播磨は自分勝手な考えに少しだけ後悔する。

「私は自分の出来る最高のパフォーマンスをした。だから後悔はないわ」

 そう言ったのはにこである。

 さっきまで半べそだった彼女も、今は腕を組んで心を保とうと努力している。

「はりくん、私もだよ」

 ことりも言った。

「播磨くん。私もです。後悔はありません」

 海未もそれに続く。

「そういうのは穂乃果に言ってやれよ」

「穂乃果に言ったら、慰めみたいに聞こえるじゃないですか。だから、あなたに言います。

アイドル部の副部長のあなたに」

「そうか」

 女は強い、改めてそう思った。

653: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:55:12.56 ID:CPJzR2pqo

 しかし、あんな短時間で気持ちが切り替えられるものか。

 恐らく無理だろう。

 結果がでなければ、ジワジワと真綿で首を絞められるように絶望感が襲ってくるはず

だ。

 そんな時、自分はどうすればいいのか。播磨にはわからなかった。

「なあ、雷電」

 播磨が隣にいた雷電に声をかけようとしたその瞬間、

「結果が出たぞおお!!!!」

 男の声が聞こえた。

 大会の役員らしき人物が大きな紙を持って掲示板の前に歩く。

 あの紙に順位が書かれていることは間違いない。

「拳児」

 雷電は言った。

「俺が行く」

 播磨は立ち上がる。

 最後まで見届けるのが、ここまでチームを作ってきた自分の務めだと思ったからだ。

「私も行くよ、拳児くん」

 不意に穂乃果も立ち上がった。

「穂乃果?」

「私、リーダーだからね」

 そう言って穂乃果は片目を閉じた。

654: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:55:39.73 ID:CPJzR2pqo

「わかったよ。全員で行くと混むから、お前ェらは待っててくれ」

「はい」

「わかりました」

 播磨の言葉にその場にいた全員が頷く。

 順位の発表。上位六チームまでが予選大会に進むことができる。

 張り出される順位表。

 紙の前には大勢の人だかりができていた。

「拳児くん」

「手、繋いでやるよ」

 そう言って播磨は穂乃果の手を取る。

 何だかよくわからないが、そうしたほうがいいと思ったからだ。

 少し汗ばんだやわらかい手は微かに震えていた。

「……ありがとう」

「ん?」

 穂乃果は独り言でもつぶやくように小さな声でお礼を言った。

 播磨は意を決して順位表を見る。

 第一位に、μ’sの名前は無い。

(当たり前か)

 そう思いながら上から順に見て行く。

 第二位、

 第三位、

655: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:56:06.52 ID:CPJzR2pqo

 第四位、

 第五位、

 そこまで見て目線が止まる。

 これ以上見るのが辛かった。

 もし第七位とかだったら……。

「け、拳児くん?」

 穂乃果の握った右手に力が入った。

 声が震えている。

「どうした?」

「あ、あれ」

 穂乃果は、握っていないほうの手で順位表を指さす。

「あ……」



 第六位、音ノ木坂学院高校 μ’s


「ああ!」

 六位。ギリギリ。でも! 予備予選突破!

「うおあああ!!」

 言葉にならない言葉が出た。

 しかし、周りがうるさそうにしていたので声を殺す。

(間違いねェか!)

 声を潜めて穂乃果にもう一度確認させる。

(間違いないよ!)

 興奮した声で穂乃果は言った。

656: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:56:32.99 ID:CPJzR2pqo

 あんだけ派手な転倒を見せて、曲の流れを止めてしまったにも拘らず、何とか予選

を突破。

 ギリギリだけど、突破した。

 播磨と穂乃果は人垣をかき分けるようにして他のメンバーの元に戻る。

「どうでしたか?」

 真っ先に聞いたのは海未だった。

 不安そうにしていたメンバーに対して、穂乃果はVサインを見せる。

「え?」

「第六位、ギリギリだが予備予選突破だ」

「うっそおおお!!!」

「やったあああ!!」

「やったにゃああああ!!!!」

 互いに抱き合ったり万歳をしながら喜ぶμ’sのメンバー。

 そんな中、絵里や希は静かに喜びをかみしめていた。

 絵里の目元に薄らと涙が浮かぶ。

「泣いてんのか、絵里」

 播磨は少し意地悪を言ってみる。

「うれし涙はいいのよ」

 そう言って絵里は涙を拭った。

「ふん、にこちゃんの実力なら当然よね」

 にこはそう言って強がっているが、目には涙が浮かんでいた。

「お前ェ、次は本予選だぞ。んな所で泣いてる場合じゃねェだろう」

657: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:57:02.74 ID:CPJzR2pqo

「当たり前でしょう? また明日からバリバリ行くわ」

「明日は休みにしようぜ。こっちはヘロヘロだ」

「何よ、情けないのね。実際にステージに立ったのは私たちなのに」

「しょうがねェだろうがよ」

 播磨は、希にも目をやる。

 他のメンバーほど派手ではないけれど、喜びの表情は見て取れる。

「悪いな、希。死ぬほど慰めてやるって約束、ありゃキャンセルだ」

「あら、残念やね」

 希はそう言って笑った。

「俺みてェな男に慰められるよりも、もっと嬉しいことがあるさ」

「それは何?」

「さあ、よくわからん」

 メンバー同士で喜び合っていると、応援に来ていた田沢や松尾たちも駆け寄ってきた。

「予備予選、通過したみたいじゃのお!」

 開口一番、松尾が言った。

「お前ェら、どこでそれを」

「スマフォの速報に出てたぞ」

 そう言って、スマートフォンの画面を見せる松尾。

「祝勝会じゃ、祝勝会!」

 田沢はそう言って騒いだ。

「つうか、コイツらにも世話になったからなあ」

658: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/28(日) 19:57:31.47 ID:CPJzR2pqo

 播磨は残念会の予定で、月子の店に予約を入れていた。

 だが変更しなければならいようである。

 そしてもう一度携帯電話を取り出す播磨。

「もしもし、月子さん? さっきの予約、追加で。二十人前、いや、三十人前かな?

なに? 材料がない? 月光に買いに行かせてくれ。とにかく美味い料理を頼む」

 携帯をポケットにしまった播磨は、ほっと一息つく。

 これで終わりではない。

 それはわかっているけれど、一気に身体の力が抜けたように膝から崩れ落ちる。

「だ、大丈夫? 拳児くん」

 そんな播磨を右隣から支える穂乃果。

「いやあ、ホッとしたら力が抜けちまって」

「拳児さん」

 左隣では、真姫が腕を支えた。泣き腫らした目でじっと播磨を見ている。

「大丈夫だからよ」

(そういや、コイツらが一人じゃないように。俺も一人じゃなかったな)

 そう思うと、少しだけ安心する播磨なのであった。




   つづく

659: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:15:22.55 ID:GcqR+MbJo

 予備予選突破、それは奇跡でもなければ偶然でもない。

 当然の結果だったはずだ。

 ただ、運命の歯車がほんの少しズレてしまったため、実にスリリングな展開になって

しまったようである。

 予備予選大会終了後、播磨たちは月光の家である中華飯店月詠亭で祝勝会を行う

ことになった。今回は、メンバーだけでなく関係者や応援してくれた生徒たちも呼んだ

ので、かなり大勢の客が入ったようだ。

 こんなにも人でいっぱいの月詠亭は初めてみるかもしれない。

「それでは、μ’sの予備予選突破を祝して、カンパーイ!」

 穂乃果の音頭で祝勝会がはじまる。

 ただ、そこは高校生である。

 あまり遅くまではやっていられない。

「結局、明日の予定はどうなるの?」

 隣りに座ったにこが聞いてきた。

「明日は休みだ。完全にオフ。お前ェらも少し休め」

 播磨は言った。

「そんなんで大丈夫なの?」

「休むことも練習のうちだって、スポーツの本にも書いてあったぞ」

「アンタが本を読むなんてねえ」

 ニヤニヤと笑いながらにこは言った。

「別に俺が本読んだっていいだろうがよ。自分のことだけだった、こんな勉強なんかも

しねェよ」

 そう、今は自分のことだけでなくメンバーや大会のことを考えなければならない。

 でもそこは高校生だ。

「明日は、自分のことだけを考えて過ごしてェ」

 そう言って、播磨はオレンジジュースを一気飲みした。

 学校も、勉強も、スクールアイドルも、何もかも忘れて、ただ純粋に自分のためだけ

に過ごす一日。

660: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:15:57.48 ID:GcqR+MbJo





     ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

   第二十五話 播磨の休日

661: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:18:24.23 ID:GcqR+MbJo



 突然だが、播磨は途方に暮れていた。

(何すりゃいいんだろうか)

 春先から夏にかけて、完全な休みというものを全く経験していなかった彼にとって、

まったくやることがない日というのはかなり困るものであった。

 高校生ならこの際しっかり勉強でもすればいいのだろうけども、とても天気の良い

さわやかな夏の日に部屋にこもって勉強をする気にはなれなかった。というより、

もともと播磨は勉強が好きではない。

 家にいても弟や親がうるさいので、彼は外に出ることにした。

 しかし、外に出たところでやることがあるわけでもない。

 図書館で静かに読書、とか喫茶店で優雅にお茶、などというのも柄ではないので、

ほとほと困り果てていた。

 そして、電車を乗り継いて彼が行きついた場所は――

(何でこんな所に来ちまったんだろうか)

 秋葉原であった。

 なぜ彼が秋葉原(ここ)に来たのか、はっきりとした理由や目的はない。

 ただ、播磨にとってこの秋葉原はアイドル活動にかかわる原点と言っても過言では

なかった。

 家電製品やアニメ・漫画などの店の他に、最近はアイドルグッズを扱う店も出てきて

いるらしい。

662: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:19:08.28 ID:GcqR+MbJo

 そしてこの秋葉原にそびえ立つ巨大な学校、UTX学院。播磨たちにとっては、最強

にして最大のライバル、A-RISEが通っている学校でもある。

(そういや、この街では色んなことがあったよなあ)

 そんなことを考えながら、播磨はUTXの前を通りかかる。

 中にはこの学院の生徒や関係者しか出入りできないようになっているので、今は外

から眺めるだけである。

 予備予選を突破できたとはいえ、未だA-RISEとの実力差があることは明白で

ある。とにかく、本予選がはじまるまでの短期間でA-RISEとの実力差を埋めな

ければならない。

 そう考えると気が重くなる。

 改造手術でもしない限り、身体能力が飛躍的に向上するということはない。だったら、

今の能力を伸ばして少しでも彼女たちに近づかなければならない。

 それはどうすればいいのか。難問である。

 ここまで考えて播磨は首を振る。

(いかんいかん、今日はスクールアイドルのことは考えないって決めてたのによお)

 長い間の習慣とは恐ろしいもので、播磨の頭の片隅からメンバーや大会のことが

離れることはなかった。

(ダメだ。こんな所にいるから変なことを考えちまう。神保町にでも行って、蕎麦を

食うか)

663: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:19:58.89 ID:GcqR+MbJo

 そんなことを思いながらぶらぶらと歩いていると、不意に地味な服装の女性とぶつかった。

「あいたっ」

「おい、大丈夫か」

 急にぶつかられたけれど、女性とぶつかって転ぶほど播磨は弱くない。

 相手も、少しバランスを崩しかけたけれど、すぐに体勢を立て直す。

(ほう、いい運動神経だ)

 思わず感心してしまう播磨。

 身長はそれほど高くない。年のころは自分と同じ高校生くらいだろうか、播磨は思った。

 だが、

「ん?」

 目の前の女性、というか少女はベージュのハンチング帽を目深にかぶり、メガネを

かけているけれど、その顔の輪郭や匂いには覚えがあった。

「あなたは!」

 意外にも、先に声を出したのは彼女のほうである。

「ん?」

「確か、播磨拳児さんですよね。プロデューサーと話をしていた」

 メガネの少女はそう言って笑う。

「あン?」

 彼女の声は確実に覚えている。

 そしてその笑顔も。

664: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:20:58.59 ID:GcqR+MbJo

「お前ェは、確かA-RISEの……、大空」

「違います」

 そう言うと、彼女はメガネを外す。

「覚えていません? A-RISEの綺羅ツバサです」

 ツバサは上目づかいでクスリと笑った。

「あ、ああ」

 ようやう思い出す播磨。

 名前が出てこなかったのだ。

「帽子かぶってるからわかんなかったぜ。あの、前髪パッツンの娘か」

「前髪で覚えてたんですか? 失礼ですねえ」

 そう言うと綺羅ツバサは頬を膨らます。

(あれ? こいつこんなキャラだったっけ?)

 プレ・ラブライブで顔を合わせた時は、もう少し落ち着いた感じの喋り方をしていた

ような気がしたのだが、今の彼女は少し子供っぽい。いや、年相応と言ったほうがいい

だろうか。

 メガネをかけ直したツバサは再び質問をした。

「今日はどうされたんですか? こんな所で」

「ああいや、今日は休みなんだがな。恥ずかしい話、休みに何したらいいのかわからず、

こんな場所まで来ちまったってわけよ」

「あ、そうなんですか? 私と同じですね」

665: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:21:27.06 ID:GcqR+MbJo

「同じ?」

「はい。今日はちょっと学校に用事があって、それが今終わったんです」

「ふうん」

「今日は私もこれからはオフなんですよ」

「そうか。良かったな。お前ェも忙しいからなかなか休みは取れねェだろう」

「そうですねえ。地方公演とかもやってるんで」

「そりゃ大変だ。まあ、ゆっくり休めよ。俺は行くわ」

 そう言うと、播磨は軽く手を振ってツバサの横を通り過ぎて行く。

「ちょっと待った」

「んが」

 不意に播磨のシャツを掴むツバサ。

 意外と腕力が強く、思わず播磨は仰け反ってしまった。

「何すんだよ」

 振り向きざまに播磨は言う。

「私、これからオフなんです」

「だから何だよ。ゆっくり休めよって言ってんだろう? 大会も近いんだし、明日から

また練習始まるんだろう? 俺たちもそうだ」

「そうなんですけどお」

「なんだよ」

「もうっ、播磨さんってよく鈍いって言われるでしょう!」

「何でそうなるんだよ」

666: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:22:21.30 ID:GcqR+MbJo

「ちょっと、甘いものでも食べに行きません?」

「はあ? 何だいきなり」

「私だって、久しぶりのオフをエンジョイしたいんですよ」

「すりゃいいだろ」

「エスコート役が必要だと思いません?」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ」

「……」

「……」

「もうっ、一緒にお茶でもどうですかってことですよ。女の子にここまで言わせる

なんて最低です!」

 そう言って怒り出すツバサ。

 なぜここで怒る。

 というか、なぜ自分をお茶に誘うのか、まったくわからない播磨であった。




   *

667: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:22:56.77 ID:GcqR+MbJo



 明るいけれど、落ち着いた感じの店であった。

 人の声は聞こえるけれど、うるさくなく、何より仕切りがあって変な視線を感じ

ないのがいい。

 ここは有名パティシエが経営しているというちょっと高級なスイーツショップである。

「ったくよう、お前ェらのプロデューサーといい、お前ェといい、ちっとは考えたら

どうなんだ」

「何がですか? このパフェが美味しいってことですか?」

 ツバサの前には大きなパフェが、甘い物が苦手な播磨の前にはブラックコーヒーが

置かれていた。

 いつもよりコーヒーの香りを強く感じる。きっと豆が良いのだろう。

「この店、一度来てみたかったんですよね。ほら、アイドルやってると、食事制限とか

あるから、あんまりこういうモノが食べられなくて。はあ、幸せ」

 本当に幸せそうにパフェを頬張るツバサ。

 秋葉原で会った時に身に着けていたハンチング帽とメガネを外しているので表情が

よくわかる。

 その笑顔は穂乃果や花陽に通じるものがある、と播磨は感じた。

「いや、そうじゃなくて」

 播磨は再び首を振った。

「どうしました?」

668: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:23:27.36 ID:GcqR+MbJo

「何でお前ェと俺が仲良く向かい合ってパフェ食ってんだ?」

「播磨さんはコーヒーですよ?」

「いや、だからそうじゃなくてな」

 播磨はもう一度落ち着こうと大きく息を吸う。

 どうも流されてしまうのは自分の悪い癖だと思う。

 思えばアイドル部を作ったのも穂乃果の情熱に流された結果であった。

「俺とお前ェは別々のチームなんだ。いわば敵同士だぞ。それがこんな、ちょっと

いい店でパフェなんか食ってだなあ」

「へ?」

 播磨の言葉にツバサはキョトンとしている。

 言っている意味がわからないのだろうか。

「だからよ、お前ェらにとっては取るに足らないチームかもしれねェけど、俺たちに

とってはお前ェらA-RISEはライバルなわけよ。それが、こんな所で仲良く

パフェなんか食ってるのはおかしいんじゃないかってことだよ」

「今日はオフですよ? いいじゃないですか」

「よくねェよ」

「意外と固い考えなんですね。ここまで来ておいて」

「お前ェが無理やり引っ張ってきたんだろうが」

669: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:24:14.43 ID:GcqR+MbJo

「だってえ、一人で入るのって怖いじゃないですかあ。この店カウンターとかもないし」

「それから、さっきからずっと気になってたんだけどよ」

「はい?」

「お前ェ、プレ・ラブライブで会った時と喋り方違うくねェか?」

「ああ、あれは演技です」

「そうか、演技か……。はあっ!?」

 意外なことをあっさりと言い放つツバサ。

「演技……?」

「A-RISEをやっている時は、綺羅ツバサという役を演じているんですよ」

「もしかして、あの時倒れ込んだのも」

「はい、あれも演技です」

「なんであんなことを」

「あそこであなたが助けてくれるか否か、ちょっと試してみたんです」

「試す?」

「実はですね、事前に播磨(あなた)のことはプロデューサーから聞いてたんですよ。

高校生なのに、凄腕のSIPがいるって」

「……」

670: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:25:25.84 ID:GcqR+MbJo

「でも小手先の技術や知識でスクールアイドルを育てるなんてできないと思ったから、

ちょっと試してみることにしました」

「それで、倒れ込んだと」

「はい。とっさに助けてくれる人なら、きっといい人なんだろうな、と」

「あそこは普通助けるだろう。もし俺が助けなかったら、怪我してたかもしれねェん

だぞ?」

「その時はその時です」

「はい?」

 この女のことがますますわからなくなってきた播磨。

「私、賭けには強いんですよ。A-RISEのオーディションにも合格できましたしね」

「まったくわからん」

「そうですか? 私は私で納得してますけど」

「そうかよ。で、もしかしてその綺羅ツバサって名前も偽名なのか?」

「はい。そうですよ?」

「ぶっ!」

 言い難いこともはっきり言う。

「だいたい、綺羅なんて苗字があるわけないじゃないですか」

「松の廊下で斬り付けられた人とかいるじゃねェか」

「それは吉良上野介の吉良でしょう? 私の本名は山田です。山田早紀」

671: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:26:25.48 ID:GcqR+MbJo

「はあ?」

「普通でしょう?」

「ヤマダサキ? いや、確かに普通だけどよ」

「はい」

「どういう字を書くんだ?」

「山田は普通の山田です。早紀は早いにノリと書く紀です」

 本当に普通の名前だった。全国に同姓同名が何人もいそうなくらい普通の名前。

 ただ、雷電とか月光とか、播磨の知り合いには奇抜な名前が多いので、普通の名前

は聞いていて落ち着く。

「へえ。いい名前じゃねェか。ご両親が付けてくれたのか」

「お祖父ちゃんが付けてくれたんです」

「そうか」

「でも初めてですよ?」

「何が?」

「私の名前、良いって言ってくれた人」

「本当か? シンプルでいいと思うけどな」

「お世辞でも嬉しいですよ。普段からそれくらいの気遣いができれば、もっと女の子

にモテると思うんですけどね」

「別にお世辞じゃねェし。あと、女云々は余計なお世話だ」

「こりゃ失礼しました」

672: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:27:00.04 ID:GcqR+MbJo

 そう言うと綺羅ツバサ、いや、山田早紀はペロリと舌を出す。

「なあ、山田」

「せめて早紀って呼んでもらえません?」

「なんだよ、自分の名前気に入ってんだろ?」

「下の名前だけです。苗字は違います」

「何でだよ」

「いいじゃないですか。それに結婚したら苗字も変わるし」

「男が変わるって場合もあるだろうがよ」

「播磨さんは婿入りするんですか?」

「はあ? んなことは考えてねェよ」

 播磨は結婚、特に婿養子のことは考えないようにしている。

 なぜなら、婿養子になったら某和菓子屋で和菓子を作っている未来しか想像できない

からだ。

「それじゃ、二人きりの時だけ『早紀』って呼んでください」

「この先二人きりになることがあるのか?」

「わかりませんよ? 未来のことなんて誰にもね」

 そう言って早紀は笑った。

 彼女の自然の笑顔はどこか心を落ち着かせる。

 それは舞台上で見せている笑顔とは、何か異質のものであった。

 例えるなら、ライブで見せる笑顔がキチンと計量したプロの料理だとすれば、播磨

の前で見せる笑顔は目分量で味付けした素人の料理。どちらが良いとか悪いという

わけではない。ただ、彼女は完全に綺羅ツバサと山田早紀を使い分けているのだと

いうことはわかった。

673: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:27:41.38 ID:GcqR+MbJo

「そんな風に人格を使い分けて、辛くないのか?」

 播磨は、もうすっかりぬるくなったコーヒーに口を付けながら聞いた。

「辛いですよ?」

 答え難そうな質問であったにも関わらず、早紀はあっさりと答えた。

「そうなのか?」

「でも綺羅ツバサの時は辛くありません。別に二重人格ってわけじゃないけど、

スイッチの入れ替えかな。アイドルスイッチ、オン! みたいな」

「なんつうか、プロフェッショナルみたいだな」

「確かにそうかもしれませんね。ウチらA-RISEは、オーディションで選ばれた

時点で学費や寮費などが免除されるし、奨学金もいくらか出るので、実質プロみたい

なものですよ」

「……」

 なんというか、レベルが違う。

 スクールアイドルとして同じ土俵に立つことがおこがましいほどの意識の違い。

 音ノ木坂のμ’sにも、矢澤にこのようなプロ意識(?)らしきものを持っている

メンバーはいるけれど、到底彼女たちには及ばないだろうと播磨は思った。

(いかんいかん、気持ちで負けてどうすんだ。天皇杯だって、高校生がプロのチーム

に勝つことがあるんだぞ)

 全然関係ないサッカーのことを思い出して心を落ち着かせようとする播磨。

 だが、

「はあ、もうちょっと食べたいなあ」

674: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:28:24.42 ID:GcqR+MbJo

 幸せそうにパフェを食べる山田早紀という少女には、そんな厳しい世界に生きる

アイドルの顔はなかった。

「他のメンバーのことも聞いていいか」

 播磨は言った。

「他のメンバーって、A-RISEのことですか?」

「ああ」

「おや、情報収集ですか。やりますね」

「そんなんじゃねェよ。でもまあ、気にならないと言えばウソになる」

「どっちのことが知りたいですか?」

「どっち?」

「統堂英玲奈と優木あんじゅです」

「統堂って、あの棒読みっぽい喋り方の子か」

「それ、本人の前で言ったら傷つくから言わないほうがいいですよ」

「言わねェよ」

「まあ、彼女の棒読みにも理由があるんですけどね」

「本当か?」

「彼女、岩手出身なんです」

「ん?」

「中学校までずっと岩手で過ごしていたから、まだ東北の訛りが抜けなくて、

インタビューの時とかも、ああいう固い喋りになってしまうんです」

675: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:28:56.06 ID:GcqR+MbJo

「お前ェ、それってかなり重要な情報じゃねェのか」

「まあ、出身地はプロフィールにも書いてあるからいいんじゃないですか?」

「もう一人のほうは……」

「優木あんじゅですね」

「まあ、そっちはどうでもいいか」

「いいんですか?」

「歌よりはキャラで売ってるって感じだよな」

「ああいうタイプは好き嫌いが分かれるかもしれませんねえ」

「なんでちょっと評論家っぽい口調になってんだよ。同じメンバーだろうが」

「プライベートで話をすることって、あんまりなくて」

「……そうなのか」

「そうですよ?」

 さも当然のように早紀は言った。

 いや、そうなのだろう。

 プライベートでのつながりだけでやっていけるほどアイドルは甘くない。

「じゃあ、わかんねェこともあるんだな」

「そうですね。お互いに」

「そうか」

「それじゃあ播磨さん。今度はこっちが聞いていいですか?」

「あン? まあ、仕方ねェ」

676: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:29:26.03 ID:GcqR+MbJo

 情報交換は5:5(フィフティフィフティ)が原則だ。

 あちらの情報だけを聞いて、こちらの情報を一切明かさない、というわけにもいかな

いだろう。

「そんで、何が聞きたい」

「μ’sって、九人メンバーがいますよね」

「そうだな」

「ぶっちゃけ、誰と付き合ってるんですか?」

「な!?」

 思わず声を上げてしまう播磨。
 
「す、すんません」

 播磨は近くにいるウェイトレスに謝った。

「いきなり何聞いてんだ」

声を殺しながら播磨は言う。

「だって、あんな可愛い娘たちが九人もいるんだから、誰かと付き合ったってたって

不思議じゃないと思うんですけど」

「別に誰とも付き合ってねェ」

「本当にぃ?」

「本当だ」

「怪しいなあ」

「あのな。俺は別にSIPとかいう肩書きを持つ気はねェけど、一応音ノ木坂学院

アイドル部の副部長として、連中をラブライブまで導くっていう仕事があるんだ。

677: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:30:08.83 ID:GcqR+MbJo

そのためには、メンバーとは平等に接しなきゃならねェ。特定の人間を贔屓する

わけにはいかねェんだよ。そんなことしたら、チームがバラバラになっちまう」

「据え膳食わぬは男の恥っていいますよ?」

「据え膳じゃねェから」

「いっそのこと全員食べたらどうですか?」

「何言ってんだバカ野郎」

「野郎じゃなくて女ですよ? 私」

「そこは重要じゃねェだろ」

「そうですか?」

「なんか調子狂うなあ……」

 播磨は頭をかく。

 綺羅ツバサとしてでなく山田早紀としての彼女はかなりの天然のようで、しかも

何というか、天真爛漫だ。

「じゃあ、俺は帰るぜ」

 そう言うと、播磨は机に千円札を置いた。

 高級ホテルでもないので、さすがにコーヒー一杯に千円以上かかることはないだろう。

が、ここは男として大目に出すことにする。また、奢ってあげるほどの仲でもないから、

これくらいがちょうどよいのかもしれない。

「これからどうするんですか?」

678: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:30:43.64 ID:GcqR+MbJo

「うーん、神保町で蕎麦でも食って、紀伊國屋書店にでも寄ってから帰ろうかな」

 播磨は何となく予定を話した。

 真剣にそこへ行きたいというわけでもないが、大体の予定は頭の中で組み立てて

いたのだ。

「あの、播磨さん?」

「あン?」

「私、行ってみたいところがあるんです」

「何?」

「一緒に行ってくれません?」

「は? 何だよ、一人で行けよ」

「こんな弱々しい少女を都会に一人、置き去りにするんですかあ?」

 早紀はそう言って口を尖らせた。

「その都会の学校に通っているんだろうがよ、お前ェは」

「いいじゃないですか」

「だから一人で行けよ」

「女の子一人じゃ行き難い所なんですよ」

「なんだ、ラーメン屋か、牛丼屋か」

「ああ、それもあるけど」

(藪蛇だったか……)

「すぐ近くなんですよ、電車で」

「んん?」




    *    

679: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:31:24.39 ID:GcqR+MbJo

  

 市ヶ谷。

 駅のすぐ近くに防衛省の巨大な建物があるあの場所に、播磨と早紀はいた。

「なんだここは」

 駅を出ると、防衛省の反対側へと向かう。

「市ヶ谷の釣り堀ですよ。知ってます?」

「ん? ああ。知ってるが」

「私、いつか行ってみたいと思ってたんですけど、なかなかチャンスが無くて」

「それで俺を誘ったってことか?」

「はい。播磨さんなら、釣りの経験とかあるでしょう?」

「まあ、小学校の頃ちょっとだけなら」

「やっぱり。私の見立ては正しかった」

 そう言うと早紀はニヤリと笑う。

 受付で料金を払い、餌と竿などを貰って中に入ると、かなりの人がいた。

 満員、というわけでもないけれど、椅子代わりと思われる黄色のプラスチックケース

の上には何人もの親子連れやおじさんたちが据わって、糸を垂らしていた。

(太公望か)

「これ、どうやるんですか?」

 早紀は釣竿を眺めながら言った。

「釣りくらい見たことあるだろう」

680: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:32:11.61 ID:GcqR+MbJo

「餌のつけかたとかも全然わからなくて」

 そう言って彼女は苦笑する。

 播磨はとりあえず、餌のつけかたや簡単な釣りの方法などを教える。

 ここの釣り堀にいるのは鯉なので、そんなに難しいことはないとは思うけれど、

とにかく下手くそな奴は何をやってもダメなわけで、釣れない奴は釣れない。

 さて、山田早紀はどうなのだろうか。

 播磨が付けてあげた餌を釣り堀の中に入れる。

「うはあ。テレビで見たことあるんですけど、癒されますね」

「水、汚ねェけどな」

「もう、そんなロマンのないこと言わないでくださいよ」

「釣り堀にロマンもくそもあんのかね」

「これ、どうやってやるんですか?」

 早紀はエサや竿などを見ながら聞いてきた。

「本当にやったことねェんだな」

「だからそう言ったじゃないですか」

「いいか、この餌はこうやって」

 播磨は小学校の頃を思い出しながら餌を付けて釣り糸を垂らす。

「小学校の池にも鯉がいてな、そいつを釣って怒られたことがあった」

「アハハ、播磨さんって結構ヤンチャ小僧だったんですね」

「そうかよ」

681: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:34:04.84 ID:GcqR+MbJo

「あ、それじゃあ見たまんまか」

「なんだそりゃ」

「それにしても楽しいですね、釣り堀」

「まだ何も釣れてねェぞ」

「いやいや、こうやって人と話しながら並んでのんびり釣り糸を垂らす。こういうのって

憧れていたんですよねえ」

「何だか年寄りみたいだな」

「ひ、酷い。毎日忙しかったから憧れがあったんです」

「ああ、悪い悪い。そうだよな。確かに俺も、まあお前ェほどじゃねェけど、こんなに

落ち着いた時間を過ごすのは久しぶりかもしれん」

「そうですそうです♪」

「あんまり落ち着きがねェと魚が逃げちまうぞ」

「シャクリとかしなくていいんですか?」

「それこそ、鯉がビビッて来なくなるぞ」

「ふうん」

 早紀は楽しそうに肩を揺らす。

 すぐに飽きてブーブー言うかと思ったけれど、わりと忍耐力もあるようだ。

 いや、忍耐力がなければアイドルなど勤まらないか。

 そんなことを考えていると、ふとプロデューサーの新井タカヒロの言葉を思い出す。

「なあ、早紀」

「はい? なんですか」

682: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:34:37.94 ID:GcqR+MbJo

「鈴谷瞳って名前に、何か覚えはないか?」

「スズヤヒトミ……、誰ですか? 播磨さんの元カノとか」

「違ェよ。お前ェん所のプロデューサーから名前を聞いたんだ。何か知ってんじゃねェ

かと思ってよ」

「へえ、あの人絡みの人物ですか……」

 早紀は少しだけ水面を見て考える。

「やっぱりわかりません。私、こう見えて人の名前を覚えるのは得意なんですけど」

「そうか? 悪いな、変なこと聞いちまって」

「別にいいですよ。っていうか、私はあの人とはUTX(ウチの学校)に入ってから

知り合ったんで、それ以前のことはあんまり知らないんです」

「関西や広島でご当地アイドルをプロデュースしてたってこともか?」

「ああ、そういう情報ならちょっと知ってましたけど、詳しくは」

「まあ、そうだな」

「アイドルのことだったら、アイドル本人よりもそこら辺のアイドルマニアの人の

方が詳しいかもしれませんよ?」

「あ、確かにそうかもな」

「播磨さんはアイドルマニアじゃないんですねえ」

「当たり前ェだろ」

「私もあんまりアイドルには詳しくないけど、μ’sのメンバーの名前なら全員言えますよ?」

683: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:35:08.99 ID:GcqR+MbJo

「え、マジか?」

「はい。まずリーダーの高坂穂乃果、園田海未、……ナンことり」

「おい、三人目でいきなり躓いているじゃねェか」

「失礼、南ことり」

「ほう」

 播磨は感心する。

 こっちはA-RISEの三人の名前すら、最近まで覚えていなかったというのに。

「一年生は、西木野真姫、星空凛、それに小泉花陽。この六人が、お台場のオープン

大会に出たんですよね」

「そういやそうだったな。この大会で初めてμ’sを見て、これは他のチームとは

違うなって思ったんです」

「本当かよ。まあ、正確に言うと、一緒にいたプロデューサーが気にしていたんで、

自分でも調べたんですけど」

「なんだ、そういうことか」

「でも、魅力的なパフォーマンスでしたよ。私たちとは違った方向性ですけど」

「まあ、お前ェに褒められるんだから、それなりに良かったんだろうな。例えお世辞

でもよ」

「お世辞なんかじゃありませんよお。踊りは未熟でしたけど」

「辛口だな」

「あと三年生ですよね、ええと、絢瀬絵里と東條希と矢澤にこ」

「お、凄い。九人全員正解だ」

684: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:35:40.53 ID:GcqR+MbJo

「ちなみに矢澤にこさんは、よくお花を送ってくれたりしてたんですよ。まさか私たち

と同じスクールアイドルになっているとは思わいませんでしたけど」

「アイツ、そんなことをしてたのかよ」

「そうなんですよ。高校三年生なのに、あんな可愛らしい外見だとは思いませんでした

けどね」

「性格はわりとキツいぞ」

「ツンデレって奴ですかい?」

「デレの部分はあんまり見たことがない」

「きっと恥ずかしがってるんですよ」

「だといいんだがな。それにしても、よく知ってるな」

「名前だけですけどね」

「しかしなんつうか、自分のチームの話をするより楽しそうだな」

「そうですか? ああ、でもそうかもしれません」

「ん?」

「なんていうか、μ’sの皆はなんだか楽しそうっていうか」

「それなりに苦労してんだぞ」

「それはわかってるけど、皆すごくやる気があるっていうか」

「そりゃあ、自分からやるつってんだから、やる気はあんだろう」

「うーん、そういうことじゃないんだけどなあ」

「ん? そうだ。お前ェ、一番気に入ってるメンバーとかいるのか? よくアイドル

マニアの間じゃあ、押しメン(一押しメンバー)とかいうのがあるみてェじゃねェか」

「ああ、それならややっぱり穂乃果ちゃんですね!」

685: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:36:17.26 ID:GcqR+MbJo

「穂乃果か」

「あのフリーダムな感じが凄く素敵」

「案外アイツとは気が合うかもしれねェな。つうか、アイツは誰とでも仲良くなれる

から」

「んふふ。でしょう?」

「他に気になるメンバーとかいるか?」

 播磨は頭の中で少しだけ彼女の思考を予想してみた。

 絢瀬絵里か、もしくは小泉花陽辺りではないか、と。

 しかし、彼女の答えは違った。

「ええと、東條希さんですかね」

「希? 何でまた」

「うーん。何でかわかんないんですけど、彼女を見ると何となく懐かしく感じると

いうか、その」

 早紀はそう言って首をかしげる。

「懐かしいって、何だよ」

 と言った瞬間、

「きゃっ!」

 急に早紀の持っている竿が揺れた。

「食ったみたいだな」

「どどどどど、どうしましょう!」

「落ち着け! ガッチリ食ってる。しっかり引け」

「引けってなに? 何するんですか?」

「いや、だから釣り上げるんだよ、釣り堀なんだから」

「揺れます揺れてます」

686: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:36:45.16 ID:GcqR+MbJo

「当たり前ェだろ、魚なんだから。おい」

「きゃああああ!!」

「だから落ち着けって。ほら、竿を立てろ」

「ちょっと●●な表現ですよ?」

「うるせェよ。冷静なのか焦ってんのかはっきりしろ」

「おい、兄ちゃんたち、このタモ使えや」

 隣にいたおじさんがタモを播磨に差し出す。

「ああ、すまねェ。ありがとうさん」

「よしっ、引っ張れ」

「んん~!」

「見えた見えた」

 この日、早紀は三十センチ声の鯉を二匹釣り上げる。

 初めての経験だったので、大層喜んでいた。

 市ヶ谷の釣り堀では釣った魚は計測され、そのサイズに応じてポイントが貰える

らしい。このシステムは初めて知った。

 ちなみに播磨は四匹釣り上げた。ただ、いくらポイントを貰ったところで、次に来る

機会は当分やってこないだろうな、とも思っていた。




   *

687: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:37:11.69 ID:GcqR+MbJo




「今日はありがとうございました」

 結局、夕方まで播磨は山田早紀と一緒に過ごしてしまった。

 一人でぶらぶら過ごす予定であった彼にとっては意外な一日である。

「これからどうすんだ?」

「はい、夕方のレッスンがあるので、それを受けに行きます」

「はあ? 今日は一日フリーじゃなかったのか」

「はい、そうですよ?」

 早紀はサラッと答える。

「じゃあ何でレッスンに」

「フリーだから、レッスンに行くのもフリーです。一日練習しないと三日は遅れる

っていいますからね」

 そう言って早紀は笑った。

「そうなのか。やっぱり凄ェな」

「全然凄くないですよ。私には、これしかないから」

 ふと、寂しげな表情を見せる早紀。

 レッスンが嫌なのだろうか?

 播磨は思った。

「あのよ、早紀」

「はい」

688: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:38:02.15 ID:GcqR+MbJo

「きょ、今日は楽しかったぜ。最初は迷惑だとか思ったけどよ、お前ェも可愛いところ

あるじゃねェか」

「え?」

 口元を両手で隠す早紀。

「ああ、だから。実際に喋ってみると印象が変わるっつうか。わりと話しやすいっつうか」

「私も、楽しかったです。久しぶりに“本当の自分”になれたような気がします」

「本当の自分?」

「ああ、ごめんなさい。忘れてください」

「いや……」

「こういうのって、滅多に機会がないから面白いんですよね。釣り堀、楽しかったです」

「そうか」

「あと、お蕎麦も美味しかった」

 釣り堀の後に、神保町の蕎麦屋にも行ったのである。

「じゃあ、私は行きますんで」

「わかった。じゃあな」

「んー!」

 そう言って早紀は大きく伸びをする。

「ぷはあ!」

「どうした、いきなり」

 播磨は聞く。

「今日は本当にありがとうございます。次に会う時は、本予選ですね」

「あ、ああ」

689: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:38:38.52 ID:GcqR+MbJo

「手加減しませんよ?」

「俺たちも全力で行くつもりだ。もっとも、やるのは穂乃果たちだけど」

「アハハ。そうですね。それじゃあ」

 名残惜しそうにその場を去って行く早紀。

 播磨はその後ろ姿をしばらく眺めていた。




   *




 この日の夜、播磨は再び月詠亭に来ていた。

「いらっしゃいです。拳児くん」

「月子さん。一人かい?」

「そのようです」

 月詠亭では、テーブル席に座っていた月子がテレビを見ていた。

 昨日はあれだけ人でごった返していた月詠亭に、今日は一人も客がいない。

 本当にどうやって経営を成り立たせているのか謎の店だ。

「何か食べますか?」

「ん、ああ。頼む。何でもいい」

「じゃあ、野菜炒め定食とお煮しめを出します」

690: ◆4flDDxJ5pE 2014/09/29(月) 19:39:09.52 ID:GcqR+MbJo

「ああ、月子さんの煮しめは美味いからな」

 そう言うと、播磨は店の椅子に座る。

 そして、先ほどまで月子が見ていたテレビに目をやった。

『こんばんは! 今日は今大ブームのスクールアイドルの特集です』

 テレビ局のアナウンサーはやたら高いテンションでそう言う。

『何と言っても注目は、昨年度ラブライブで優勝した東京代表、UTX学院の

A-RISEですね』

「……」

 播磨は昼間のことを思い出す。

『中でも注目なのは、センターボーカルを務める綺羅ツバサさん。そのルックスだけ

でなく、ダンスや歌も大注目です』

 画面には綺羅ツバサの映像が流れる。

 そこには、昼間会った山田早紀の面影はほとんどない。

「そうか……」

 播磨は何かに気づいたようにつぶやく。

「こいつは、綺羅ツバサなんだ……」

 そう口にすると、なぜか大きなため息が漏れた。




   つづく 

 

694: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:49:40.70 ID:vZ0/dDsXo


 ラブライブ予備予選を突破した穂乃果たちμ’sのメンバーは、本予選に向けて

本格的な練習に突入した。

 ちょうどタイミング良く一学期も終わり、夏休みに入ったため練習にも集中できる

環境が整った。

 播磨たちはここで再び合宿の計画を立てる。

「今度はちゃんとした合宿なんだろうな」

 播磨は再度確認した。

「うむ、間違いない。理事長の紹介というのは少し気になるが、少なくとも富士の

樹海ではないことは確かだ」

 雷電は言った。

 前回、合宿と称して自衛隊のレンジャー訓練に参加させられたことを未だに恨みに

思っている播磨。

 おかげでチームの結束力と精神力が高まったことは確かだが、レンジャー訓練の技術

がアイドルのライブに役立つとは到底思えない。あと、教官に蛇やカエルを食わされた

ことも恨みに思っているのだ。

 学校での通常練習も最後という日、練習場に見慣れない人物が現れた。

「あン?」

「邪魔をする。生徒会室にいないと聞いたから、ここに来てみた」

 やたらガタイの良い男が入口に立っている。

「先輩!?」

 真っ先に反応したのは絢瀬絵里であった。

(知り合いか?)

「先輩、お久しぶりです」

 希も立ち上がって一礼する。

 どうやら三年生は知っているらしい。

 その男はやたら男前で、顔にはなぜか無数の傷跡があった。

695: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:50:30.99 ID:vZ0/dDsXo




       ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第二十六話 応援する者、される者


  

696: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:51:12.46 ID:vZ0/dDsXo


「紹介するわ。二年生以下は知らないわよね。私たちが一年生だった時に生徒会長

(三号生筆頭)だった、伊達臣人(だておみと)先輩よ」

 絵里は少し懐かしそうに皆に紹介する。

「こんにちわー!」

 全員がそう挨拶した。

「ふむ、そう固くなるな。エリチカ。東條も、元気そうだな」

「え、はい」

「元気にやっております」

 絵里と希は笑顔で答える。

(おい、お前ェもアイツのことを知ってるのかにこ)

 播磨は小声で近くにいたにこに聞く。

(当然知ってるわよ。生徒会長なんだから。有名だったわよ)

(有名?)

(変人生徒会長として)

 そう言うと、にこは少し苦い顔をする。

(変人生徒会長……?)

「伊達先輩は偉大な先輩なのよ」

 絵里は懐かしそうに語る。

「偉大とは大げさだな」

 伊達はそう言って笑う。少し照れくさそうだ。

697: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:51:49.23 ID:vZ0/dDsXo

「絵里ちゃんの先輩ってことは、大学生なんですか?」

 穂乃果は聞いた。

 人見知りをしない彼女は、播磨よりも背の高い伊達にも臆することが無い。

「ああ、一応大学で応援団をやっている」

「へえ、それっぽいですね」

「伊達先輩はTK大学に入ったんですよ」

 なぜか絵里が得意気に言う。

「ええ!? あの大学ですか」

 驚く穂乃果。

「おいおいエリチカ、なんでお前が自慢げに言うんだ」

 伊達は苦笑しながら言った。

「まあ、先輩は私の恩人でもありますから」

「恩人?」

「ええ、恩人よ。高校に入ったばかりの時、私はバレエを辞めて人生の目標を見失い

かけていたの。そんな時、伊達先輩が声をかけてくれたわ」


『おい、そこの金髪。湿気た面をしてるんじゃない』

『え?』

『お前、なかなかいい目をしているな。生徒会に来い』


「そう、半ば強引に一年生だった私は生徒会執行部に生徒会長補佐として入れられたの」

「……」

「その時、希とも出会ったのよ。まさかその後、自分が生徒会長になるとは思わなかった

けどね」

698: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:52:17.72 ID:vZ0/dDsXo

「その先輩が今日は何の御用なんッスか?」

 播磨は言った。これから大事な練習があるのだ。あまり無駄話で時間を浪費したくはない。

「おお、そうだ。実は音ノ木坂OBやOGに声をかけてな、カンパを集めてきたのだ。

それを今日、渡そうと思って」

 そう言うと、伊達は懐から紙袋を取り出し絵里ではなく播磨の前に立つ。

「お前が播磨拳児だな」

「え、そうッスけど」

 凄い。何だかわからないけれど、圧倒的な威圧感がある。これが元生徒会長(三号生

筆頭)の迫力というやつか。

「コイツを少しでもμ’sのため、そして学院のために役立ててくれ」

 そう言うと、紙袋を手渡した。

「なっ、こんなに!」

 紙袋の中には、かなりの額のお金が入っている。

「ありがたいッス、色々入用なんで」

 播磨はそう言って一礼した。

 この男、顔は怖いけれど生徒会長もやっていたということで、かなり人望も厚いの

だな、と播磨は思った。

(なんだ、にこの奴。変人生徒会長とか言いやがって。どんな変態なのかと思って、

ちょっとビビったじゃねェか)

「先輩も、μ’sの活動については知ってたんッスね」

「ああ、ネットのニュースも色々と見ているからな。ホームページも見ている」

「ありがたいッス」

 そんな話をしていると、

「ところで先輩」

「!?」

699: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:52:47.40 ID:vZ0/dDsXo

 急に穂乃果が顔を出してきた。

「ん、キミは」

「高坂穂乃果です」

「そうか、キミがリーダーの。どうかしたかい」

 女子生徒に対してはかなり声が優しい。見かけによらずフェミニストなのか。

「先輩の顔のその傷、どうされたんですか?」

(あ、そこ聞いちゃいますか)

 播磨は不味いと思った。

 何だか聞いてはいけないような気がしたからだ。

「ふむ、飼っていた猫を可愛がり過ぎてな、やられてしまったのだ」

(しょうもなっ!)

 播磨は思わず口に出しそうになった。

「愛情も過ぎたら傷つけることになる。それを学んだ」

「ちなみにいつのことですか?」

 穂乃果は聞いた。

「高校二年の夏だな」

(もうちょっと早く学べよ)

 やはりにこの言うとおりちょっと変人であると、播磨は思った。

 しかし、後輩のためにカンパを集めてくれるなど、かなりいい人でもある。

 絵里が尊敬するのも少しは納得できた。変人だけど。




   *

700: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:53:20.12 ID:vZ0/dDsXo



 伊達臣人が帰った後、練習場にまた一人訪問者がやってきた。

 今度は知っている人間だ。

「播磨」

 特徴的な髪型をした松尾鯛雄である。

「どうした松尾」

「この前調べて欲しいと言ってた案件、調べてきたぞ」

「おお、悪い」

 そう言うと、播磨は松尾を連れて教室の外に出る。

 人に聞かれないよう周囲を警戒しながら、松尾との話を再開した。

「で、どうだった」

「播磨、お前の言っていた鈴谷瞳についての情報じゃ。ここにまとめておいた」

 そう言うと、松尾はA4の紙を一枚取り出して播磨に見せる。

 そこには顔写真と一緒に、鈴谷瞳に関する経歴が書かれてあった。

「……やはりか」

 内容は、概ね播磨の予想通りのものであった。

 彼は誰にも見られないように、情報の書かれた紙を折りたたんでポケットに入れる。

「松尾、このことは――」

「安心せい。誰にも言うとらん」

「悪い。感謝する」

 本当に、この男の(アイドルに関する)情報収集能力については頭が下がる。

「なあ、松尾」

「なんじゃ」

「ちなみに、山田早紀って知ってるか?」

「何を言っとるんじゃ。綺羅ツバサの本名じゃろう?」

「やっぱお前ェは凄ェや」

 播磨は改めて仲間の凄さを確認するのだった。





   * 

701: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:53:52.20 ID:vZ0/dDsXo



 七月後半、ラブライブ本予選直前の合宿が始まった。

 場所は播磨にも知らされていない。

 手配は理事長とその部下がしたというのだから、不安にならないほうがおかしい。

 しかしながら、μ’sのメンバーたちは一部を除いて楽しそうであった。

「“ちゃんとした合宿”は初めてだから楽しみだねえ」

 花陽は隣の凛に言った。

「凛ちゃんも楽しみにゃ」

 そんな会話を聞きながら、マイクロバスの最後列で播磨は思う。

(お前ェら、そんなまともな合宿がこれから行われるわけがねェだろう)と。

 今回の合宿にも、あの理事長江田島平八が関わっているのだ(ゆえに合宿費用は

すべて無料)。

 バスはどうやら長野県辺りに向かっているらしい。前回は合宿と称した、サバイバル

訓練であったけれど、今回こそはラブライブに向けた合宿であって欲しいと願うものだ。

もし仮に、そうではなかったら、今度こそ合宿を中止し、理事長室を襲撃する覚悟の

播磨である。

 彼の頭の中では合宿中の練習計画と理事長襲撃計画が半々で交錯していた。

「到着だ」

 鬼髭と呼ばれる学校職員(教員ではない)がそう言って、全員に呼びかける。

 かなり山深い場所にあるそこは、古い寺であった。

(また寺か)

702: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:54:18.97 ID:vZ0/dDsXo

 合宿と言えば寺、寺と言えば合宿。

 だがよく考えてみれば、大人数で泊まれる場所といえば寺が適当なのかもしれない。

「それでは、生きて帰れよ」

 そう言うと、播磨たちを乗せてきたマイクロバスは、去って行った。

「つうかここはどこだ」

 不安を胸に、寺へ向かう石段を上ると、境内には数人の人物が待っていた。

「な!?」

「にゃ!」

 驚いたことに、そいつらは全員白い衣装にKKK団のような顔まで隠れる三角帽子の

ようなものを被っていた。

 そして、その三角帽子集団に中心にいる人物には見覚えがあった。

「我が名は王大人。此乃合宿を任された者也」

「王大人!」

「王先生!!」

 なんと、学校近くにある整形外科医院の院長、王大人(ワンターレン)であった。

「なんでアンタがここにいるんだ」

「我が友、江田島よりの依頼。断ることあたわざる也」

(あのジジイの知り合いだからロクでもねェ奴だと思ったけれど、まさかこの怪しい

整形外科医だったとは……)

「つうか、アンタはアイドルの指導とかできるのか」

703: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:54:54.65 ID:vZ0/dDsXo

「無論、阿衣度瑠(アイドル)に必要な歌、踊り、体力、笑顔、全ての鍛錬をこの、

阿衣度瑠寺にて行う事が可能」

「阿衣度瑠寺?」


   阿衣度瑠寺とは、安土桃山時代に活躍した女性芸能者、出雲の阿国の

 「かぶき踊り」に魅了された浄土宗の僧が建立したと伝えられる。

  以来、特に女性芸能者の修行の場として、松●聖子や山口●恵など、様々な

  トップアイドルが修行したと言われている。

               松尾鯉雄著『日本アイドル史』民明書房刊



「我、様々な阿衣度瑠事情に精通。中国三千年の歴史、侮るなかれ」

「いや、そうは言うけど、お前ェさん医院はどうすんだ」

「部下に委任。心配無用」

「ああ、そう」

 不安そうにする一部のメンバーに対して、絵里は言った。

「大丈夫よ皆。王先生は医者でもあるのだから、怪我の心配もないわ」

 なんでそんなに、このドジョウ髭を信頼できるんだ、と播磨は思った。

「怪我の心配はないかもしれないが、命の心配はありそうだぞ」

 今すぐにでも「死亡確認」とか言いたそうな顔をしているこの怪しい医者に、播磨は

警戒を隠さない。

「ラブライブの本予選まで時間無し。各々、早速修行の準備をなされよ」

 そう言うと王大人は着替えの場所を指示する。

 怪しい白服たちに案内されたメンバーは、着いて早々に練習に取り掛かることになった。

 そして境内に残される播磨と雷電の二人。

 その二人に王大人は言った。

「貴様らにも修行有」

「は?」

704: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:55:32.06 ID:vZ0/dDsXo

「特に播磨拳児」

 そう言って播磨を指さす王大人。

「何でだよ」

「貴様は阿衣度瑠製作人(アイドルプロデューサー)としては甚だ未熟也。要修行」

「いや、ちょっと待て。修行って、何すんだ」

「即着替える也」

「どうすんだよ! 答えろよ!」

「拳児、行くぞ」

 白服に案内されて、雷電と播磨は着替えに向かった。

 そして、運動用の服に着替えての集合。

 女子は柔軟体操を行い、男子は裏山に連れて行かれることになる。

「拳児くん、頑張ってね!」

 穂乃果はそう言って応援してくれた。

「一体何を頑張ればいいんだよ。つうか、お前ェらも頑張れよ」

「今度はヘマをしないように一生懸命練習するよ」

 穂乃果はそう言って笑った。

「あの、拳児さん?」

 ふと、真姫が近づいてきた。

「お、どうした真姫」

「もし、怪我をした時のためにこれ」

 そう言うと、彼女は絆創膏の箱を取り出して渡してくれた。

「おう、サンキューな」

(でも、絆創膏ごときで済むかな)

 播磨は心の中でそう思ったが、不安になるので口には出さないことにした。

「拳児くんも頑張ってにゃ!」

705: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:56:01.07 ID:vZ0/dDsXo

 凛はそう言って応援した。

「拳児さん、頑張ってください」

 花陽も言った。

「拳児、怪我しないでよ」

 絵里は腰に手を当てて言う。

「拳児はん、朗報ウチらも頑張るさかい、朗報待ってるで」

 希は笑顔で言う。

「拳児、死ぬんじゃないわよ」

 目を逸らしながらにこは言った。

「播磨くん、雷電。どうか無事で」

 祈るように海未は言う。

「はりくん、雷電くん。二人ならきっと大丈夫だよ」

 そう言ってことりは笑顔を見せた。

「ちょっと待て、何で俺が応援されているんだ。頑張るのはお前ェらだろうが」

「確かに私たちが頑張るのは当たり前だよ。でも、拳児くんにも頑張ってもらわない

とね。私たちのパートナーとして」

 穂乃果はそう言うと親指を立てた。

「なんだそりゃ」

「元々アイドルっていうのは、不特定多数の誰かを応援するための存在でもあるのよ」

 そう言ったのはにこだ。

「ん? どういうことだ」

「私たちの歌を聞いて、踊りを見て、それで元気になってもらう。それがアイドルの

義務なの。だからあなたの頑張りは私たちの頑張りでもあるの。わかった?」

「何だかよくわからんけど、わかった」

「時間だ。行くぞ」

 王大人がそう言って後ろから声をかける。

「え、何でお前ェが一緒に行くんだよ。あいつらの指導は誰がするんだ」

「我が部下が行う故、心配無用」

「はあ?」

「三日後には、見違えた姿を見ることになるだろう」

「おい! 三日後って何だよ。三日も山に籠るのか? おいってば!」

「頑張ってね! 拳児くん! 雷電くん!」

 μ’sの九人に見送られ、播磨と雷電は山に向うのであった。




   *

706: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:56:37.62 ID:vZ0/dDsXo

 播磨と雷電は、王大人と共にわずかな食糧と水を持たされただけで険しい山の中に

入って行く。さすがにここいらの山は歩くだけでしんどくなってくる。

「なあ、王大人よ」

 それでも播磨は気になったことがあったので前を行く王大人に声をかけた。

「何か」

「今の実力で、俺たちがA-RISEに勝てると思うか?」

「……無謀也」

 少し考えた後、王大人は答えた。

 正直な答え、なのかもしれない。

「じゃあこの合宿は何をするんだ」

「僅か数日で飛躍的に実力が伸びることは不可能。故に今ある能力が最大限まで

引き出すことがこの合宿の目的也」

「それでもA-RISEには敵わねェんだろう?」

「当然也。しかし――」

「ん?」

「それは同じ方法でやれば、という話也」

「同じ方法?」

「つまり、A-RISEと同じ踊り、同じ歌であれば勝ち目無し。実力、向こうの方が

はるかに上也」

「だったらもう、ダメじゃねェか」

707: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:57:04.08 ID:vZ0/dDsXo

「故に、A-RISEとは異なる土俵で勝負すべし」

「異なる土俵? どういうことだ」

「それを考えるのが貴様の役目」

「チッ、何だよそれは」

「確かに、今の状態ではまともにやり合ってもA-RISEには敵いそうにないな」

 そう言ったのは後ろにいる雷電である。

「それは……」

「プレ・ラブライブの映像も見ただろう。彼女たちは歌も踊りも完璧だ。ちょっとや

そっとの練習であそこまで出来るものではない」

 播磨は、ふと山田早紀とのことを思い出す。

 毎日のように練習を繰り返し、そして彼女たちは舞台に立っているのだ。実力では

敵わないことは明白であった。

「だったら諦めろってことか? んなことしたら、学校がなくなっちまうかもしれねェ

んだぞ」

「それはわかっている。だが、勝機が全くないとは王大人先生もおっしゃっていない」

「そうなのか!?」

「……」

 それについて王大人は答えない。

 簡単に答えを出してくれないことは、わかっていた。



   * 

708: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:57:32.51 ID:vZ0/dDsXo
 


 同じころ、穂乃果たち女子陣営も寺での練習(修行)に取り掛かっていた。

「さっさと準備なさい。午前中はダンスレッスンよ」

 三角頭巾を白装束の人物が言った。

 全員白装束で顔を隠しているので性別とかはわからないけれど、声からして確実に

女であることはわかる。

 よく見ると、王大人の仲間、白装束軍団には色々な人がいるようだ。なぜ顔を隠して

いるのかは不明であるが……。

「高坂穂乃果、星空凛、この二人は運動神経のわりに柔軟性が欠けているわね。最初は

別メニューよ」

 どこから取り出したのかよくわからない紙を読み上げながら白頭巾(といっても全員

白頭巾)のコーチは言った。

 寺全体に張りつめる緊張感はまるで大会に出た時と同じような気持ちに穂乃果をさせ

た。

(拳児くんがいてくれたら)

 穂乃果は自身の心細さを、遠くにいる幼馴染に思いをはせることで少しだけ紛らわせる。

 だが、これから三日間にわたって始まる練習は、そんな思いを忘れさせるほど激しい

ものとなるのだった。



   *

709: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:58:13.86 ID:vZ0/dDsXo


「大丈夫か、雷電」

「お、おう」

 大きな岩から雷電を引き上げる播磨。

 まるでリポ●タンDのCMのような状態だ。険しい山道をただひたすら歩く播磨と

雷電。そして指導役の王大人。

 播磨と雷電の二人が苦労して歩いて行く山道を王は特に苦も無く軽い足取りで歩いて

いる。

 音ノ木坂の理事長、江田島平八と互角かそれ以上の実力を持った男、という噂は聞いて

いたが、確かにそうかもしれない。

「急ぐべし。本日の予定は遅延状態也」

 独特の喋り方で二人を急かす王大人。

「わーってるよ」

 ただ、播磨たちは一度富士の樹海で現役自衛官(?)によるレンジャー訓練もどき

を受けているので、険しい山道もそれほど苦にはならない。その意味では江田島に

感謝するべきなのかもしれない。ただ、この山中行軍がどれだけアイドルの修行に

役に立つのかはまったくもって不明である。

 その日の夕方、播磨たちはわずかな食糧を雷電と分け合い、食べられる草を調理して

腹の足しにした。さすがに蛇やカエルは食べなかったけれど、ここでもレンジャー訓練

が役に立っている。

(あのクソジジイはこのことも見越していやがったのか?)

 スキンヘッドでケツアゴの男の顔を思い出しながら、播磨はあく抜きした野草を食べる。

 夜は交代で仮眠して、熊などの野生動物の襲撃に備えた。

 幸い、熊や野犬の襲撃はなかったものの、それよりもっと恐ろしい物と対峙しなけれ

ばならないことを、その時の播磨たちは知る由も無かった。




   *

710: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:58:40.25 ID:vZ0/dDsXo



 二日目、それも夜だ。

 丸二日間歩きっぱなしだった播磨たちの疲労はピークに達していた。

 風呂にも入れず、やわらかいベッドで寝ることもできなかったため、身体の節々が

痛い。幸い、水や食糧は、途中の補給ポイントでいくつかもらえたので空腹だけは

なかった。

「目的地也」

 そう言って王大人は立ち止まる。

 そこには巨大な洞窟が姿を現していた。

「何だここは。今夜はここに泊まれってか?」

 野宿するよりはマシかもしれないけれど、寝ている間に虫が顔の上とかに落ちてきそう

で嫌な場所だ。

「否、ここには不泊。此の奥に荒ぶる神有り、討伐すべし」

 そう言うと、王大人はどこから持ってきたのか、布に包まれた棒状の物を播磨に

渡した。受け取るとずっしりと重い。

「なんじゃこりゃ」

「……」

 王大人は答えない。

 仕方ないので自分で紐を解いて中を見ると、見事な日本刀が出てきた。素人の播磨

にも、これがかなりの銘刀であることはわかる。

711: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:59:07.90 ID:vZ0/dDsXo

 星明りに鞘が黒光りしていた。

「ど、どうすんだこれ」

「荒ぶる神と戦う為の武器也」

「荒ぶる神? どういうことだ」

「おい、拳児!」

 雷電が播磨の肩を掴む。

「ん!?」

 ふと洞窟を見ると、闇の中に八つの赤い点が見えた。

 ボンヤリと見えていた赤い光はやがてはっきりとした色になる。

 大きな二つの光と、小さな光が六つ。

 星明りに照らされたその光は、巨大生物の一部であること知るのにはそれほど時間は

かからなかった。

「なんじゃこりゃあああああ!!!!!」

 播磨の叫び声が山中に響く。

「土地神也。下界の恨みと環境破壊に対する怒りを吸い取り巨大化した」

 王大人は冷静に解説する。

「ちょっと待て! ここは生物学者と自衛隊を連れて来るべきだろうが!!」

 播磨たちの眼前に現れた荒ぶる神、それは巨大なクモであった。

 八つの怪しく光る目と八本の長い脚。

 体長は十数メートルはあろうか。昔動物園で観たアフリカ象と同じくらいの大きさである。

712: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 17:59:46.80 ID:vZ0/dDsXo

 それは山の主と呼ぶにふさわしい巨体。

「荒ぶる神を鎮めるにはその刀より他無し。死亡せぬよう努力せよ」

 そう言うと、王大人は物凄い跳躍力でその場を離れる。

「あっ! あの野郎逃げやがった!」

 播磨は言ったが無駄なことである。

 今はこの荒ぶる巨大蜘蛛をどうするか、ということが問題だ。

「どうする拳児、逃げるか」

「バカ言え、後ろをよく見ろ」

 播磨は目で雷電に合図する。

 よく見ると、遠くには昨日の朝、到着したばかりの阿衣度瑠寺が見える。随分と

高い場所まで来たようである。

「あそこには穂乃果たちがいるんだ。もし、このクモンガ(>>0�があの寺に行ったら、

大変なことになるぞ」

播磨は言う。

(※クモンガ:南太平洋のゾルゲル島のクモンガの谷に生息していた巨大なクモ。

『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』、『怪獣総進撃』などゴジラ映画のシリーズに

 登場したことで有名)


「だったらここで足止めする他ないな」

 雷電も覚悟を決めたようである。

(しかしどうやって倒せばいいのか)

とてもまともにやって人間の敵う相手ではないことは明白だった。

 ギロリ、と赤い八つの目のいくつかがこちらを見た。

713: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:00:19.43 ID:vZ0/dDsXo

「まずいっ!」

 山中行軍で限界まで研ぎ澄まされた播磨たちの神経が危険を警告する。

 素早くその場を離れると、巨大蜘蛛は白い糸を吐き出した。

 粘性がありそうなその糸は、触れれば身動きが取れなくなってしまうだろう。

「後ろに回れ、後ろ!」

 刀を持ったまま播磨たちは巨大蜘蛛の後ろに回ろうとする。

 しかし、八つの目を持った蜘蛛は播磨たちの場所を適切に捉えているようで、

正確に長い脚を伸ばしてきた。

「ぬおっ!」

 足の先には鋭い爪のようなものがあり、地面が大きく破壊された。

 バチバチと泥や石が飛んでくるがそんなものを気にしている暇はない。

「二手に分かれよう。彼奴の視界の広さは驚異だ」

 雷電は言った。

 彼らしい合理的な判断だが、一つ問題もあった。

「武器はどうする。俺にはあるが、お前ェには」

「大丈夫だ。何とかする」

「わかった」

 考えている暇はない。

 播磨と雷電は別々に移動し、巨大蜘蛛の攻撃を拡散しようとした。

「やるしかねェか」

 雷電と別れた播磨は、王大人から貰った刀の濃口を切る。

 時代劇好きな播磨は、何度か模造刀を扱ったことはあるけれど、本物は初めてで

ある。

714: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:00:46.23 ID:vZ0/dDsXo

 鞘を脱ぎ捨てた刀は怪しく光る刀身を露わにする。

 星明りに照らされた波紋は狂気を感じるほどに美しい。

(感心してる場合じゃねェ。とにかくコイツを何とかしねェと)

 播磨は目の前の巨大蜘蛛に対し、日本刀を正眼に構えた。

 素手の喧嘩ならほぼ負けなしの彼であったけれど、ダンビラを使った戦いは初めて

だ。

 しかも今回は、恐らく命がかかっている。

(もうちょっとリーチが長けりゃな、弓矢。せめて槍でもありゃあ)

 そんなことを言っても仕方がない。

 今、与えられた武器で戦うしかないのだ。

(そうだ。無いものは無い)

 播磨は自分たちには無いものをたくさん持っているA-RISEと戦うμ’sの

面々と自分を重ねあわせる。

 大蜘蛛の脚が播磨を襲う。それをかわす播磨。

(そういや蜘蛛って、異常に身体が軟らかかったよな。カブトムシとかと違って、

殻が無いから、案外行けるかもしれねェ)

 そう思った播磨は刀を構え直し、蜘蛛の脚部に狙いを定める。

「おりゃああああああ!!!」

 気合とともに横一線に刀を振るう播磨。

 しかし、

「な!!?」

 手応えが、無い。

(どういうことだ!?)

715: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:01:13.25 ID:vZ0/dDsXo

 原因はすぐにわかった。

 毛だ。

 蜘蛛の表面に生えている無数の毛の一つ一つが針金のように硬いのだ。

 その硬い毛が鎖帷子のように重なっており、蜘蛛本体の軟らかい身体を守っている。

(どうすりゃいいんだクソッ)

 播磨は考える。

 命がかかっているのだ。全力で考える。

(そうだ、突きだ)

 播磨は蜘蛛に近づき、突きを繰り出す。

 だが、大蜘蛛はそれを見切っていたのか、自分の身体の中でも数少ない硬い部分

である爪でそれを防いだ。

(こいつ! 頭がいいぞ!!)

 そして別の脚が播磨を襲う。

「ぬわっ!」

 次の瞬間、大蜘蛛の攻撃が止まった。

「なに!?」

 チャンスとばかりに距離を取る播磨。

 よく見ると、反対側から雷電が弓を放っているではないか。

 どこから持ってきたんだあんな物。

「拳児! 援護するぞ!!」

 雷電の声が夜の山中によく響く。

「恩に着るぜ雷電!」

 播磨は再び刀を振るう。

 だが、やはり普通の攻撃は効かない。

「何とか本体に攻撃を加えることができれば」

「そりゃっ!」

 雷電の放った矢が大蜘蛛の目のひとつに当たる。

716: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:01:47.42 ID:vZ0/dDsXo

「ギシャアアアアアアアアアアア!!!!!」

 苦しみの声(?)を上げる大蜘蛛。

 どうやら目が弱点のようだ。

「ナイスだ雷電!」

 そう思った次の瞬間、大蜘蛛の糸が雷電に向かう。

「な!!!」

 避けようとする雷電。だが、ギリギリのところで大蜘蛛の粘り気のある糸は雷電の

右脚に絡まった。

「雷電!!!」

 ズルズルと引っ張り込まれる雷電。

「くそっ!」

 雷電は引っ張られながらも弓を横に構えて矢を放つ。

 だが、そんな体勢で当たるはずもない。

「雷電!!」

 助けに来た播磨が、大蜘蛛の糸を日本刀で断切る。

「すまない拳児」

「礼は後だ! すぐに立て!」

 今度は大蜘蛛の脚が襲ってくる。

「くそがああ!!!」





   *

717: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:02:29.70 ID:vZ0/dDsXo


 阿衣度瑠寺本堂。

 厳しい練習は夜も続けられていた。

 すでにメンバーの体力は限界に近づいていた。

 しかし、実際に舞台に立つ彼女たちのラブライブにかける意気込みは、播磨たち以上である。 

 限界をはるかに超えた状態でも、歌う。そして踊る。

 その時である。

「あの方々に命の危険が迫ってきているようです」

 唐突に練習を止めた白頭巾の一人が言った。

「あの方々?」

 穂乃果は聞く。

「播磨拳児殿と、雷電殿です」

「どうしてそんなことがわかるのですか?」

 雷電、という言葉を聞いて海未が反応する。

「あの蝋燭を見てください。あれは命の炎です。今、かなり揺らめいております」

 いつの間にか、本堂の奥に二本の蝋燭が立てられていた。

 蝋燭には「播磨」と「雷電」と、名前が書かれてある。

「そんな……」

 不安な声を出す穂乃果。

「そんな非科学的なもの、信じられるわけないでしょう? あの二人だったら、殺しても

死なないわよ」

718: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:03:08.24 ID:vZ0/dDsXo

 にこは腕組みをしながら言った。

「そ、そうですよね。あの二人は強いからね」

 不安そうな顔を噛み殺すように花陽は同意する。

「でしたら、科学的な方法でお二人の状況をお見せいたしましょう」

「え?」

「お願いします」

 白頭巾の一人がそう言うと、本堂に大きな薄型テレビが運ばれてきた。ちなみに

運んできたのも白頭巾である。

 電源は繋がっているようだ。

 スイッチを入れると、薄らと夜の山間部の映像が映し出された。

 暗視カメラで撮られているのか、画質はあまりよくない。

 右上には「LIVE」と書かれており、これが生放送であることがわかる。

「播磨くん!」

「雷電も!」

 テレビには播磨と雷電が映っていた。そしてのその先にいるものは……。

「何あれ!」

「ええ!!」

 μ’s一同は驚きの声を上げる。

 そう、播磨たちが立ち向かっているのは、巨大な蜘蛛の化け物なのだ。

「何が起こっているの?」

 穂乃果は独り言のようにつぶやく。

「どうやら荒ぶる山の神と闘っているようですね」

 白頭巾の一人が冷静に答えた。

719: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:03:59.88 ID:vZ0/dDsXo

 というか、白頭巾は全員同じ姿なので、誰が誰だかわからない。

 唯一声で、男か女かがわかる程度だ。

「荒ぶる神って」

「このまま、あの神を放置しておけば、いずれ下界におりて人類に仇をなすことでしょう。

今、彼らはそれを食い止めようとしているのです」

 白頭巾は言った。

「な、なんでそんなことを拳児たちがしなきゃならないのよ! つうか、そんなの警察

か自衛隊の仕事でしょう?」

「荒ぶる神は、普通の武力では倒すことができません。神聖なる力でないと」

「神聖なる力?」

「大変だよ! 今すぐ助けに行かなきゃ!」

 穂乃果は叫んだ。

 幼馴染のピンチ。この娘がじっとしているはずがない。

「今行ったところで間に合いませんよ、高坂さん」

 白頭巾は言った。

「でも! こんなところでじっとしているわけにはいかないよ」

「貴方たちには貴方たちの戦い方があるはずです」

「私たちの……、戦い?」

720: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/01(水) 18:04:29.35 ID:vZ0/dDsXo

「そう。アイドルは多くの人たちの応援で成り立っています。そして応援された

アイドルは、逆に応援してくれた人に応えなければなりません」

「……?」

「アイドルは応援される存在であると同時に、応援する存在なのです」

 白頭巾はそう言いきる。

「それじゃあ、私たちにできることって」

 穂乃果はつぶやく。

「一つしかありません」

「え?」

 いつの間にか、白頭巾の集団はギターやキーボード、それにドラムなどを本堂に

持ち込んでいた。

「生演奏?」

「そう、アイドルの応援。それは、歌です!」

「歌……」

 テレビの中では、播磨たちが大蜘蛛相手に必死に大立ち回りをしていた。




   つづく
 

729: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:36:23.68 ID:3j7CaiHGo



「雷電! 怪我はないか!?」

 星明りの中、播磨は雷電に聞く。

 目の前には巨大な蜘蛛が今にも襲い掛かろうとしている。

「大丈夫だ、問題ない」

 雷電は答えた。手には弓を持っている。

「ところでその弓はどうした」

 播磨は気になっていたので聞いてみた。

「そこの茂みの中に落ちていた。恐らく王先生が用意してくれたものだろう」

(あの野郎、こうなることを知っていやがったな)

 播磨は思う。

 探せば宝箱でも出てきそうな展開だ。

「他にも武器があるかもしれんが」

 雷電はそう言って言葉を切る。

「まあ、お前ェが新しい武器を見つけられるまで、俺たちが生きていけるかな」

 巨大蜘蛛の目は怪しく光っていた。

 血のように赤い目をしている。

「もう一回二手に分かれるぞ。俺が囮になる。お前ェはもう一回、遠距離から攻撃

してくれ」

「大丈夫か?」

「やるしかねェだろう!」

 本当は播磨だって怖い。

 だが、なぜか目の前の非現実的すぎる光景が、その恐怖感を少なからず弱めていた

ことは事実である。

730: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:36:56.69 ID:3j7CaiHGo




      ラブ・ランブル

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

   第二十七話 勝利の歌

731: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:37:35.93 ID:3j7CaiHGo

 同時刻、阿衣度瑠寺本堂――

 穂乃果たちμ’sのメンバーは固唾を飲んで播磨たちの戦いの様子を見つめていた。

「どうしよう、このままじゃあ拳児くんたちが……」

 不安そうな声が穂乃果から漏れる。

 戦況が不利なことは誰の目にも明白だ。

 あんな巨大な蜘蛛を相手に、ちょっと強い人間二人が戦えというほうがおかしいのだ。

「だったら歌うしかないじゃない!」

 そう言ったのはにこだ。

「いいこと!? アイドルの歌は自分が気持ちよくなるために歌うものじゃないのよ。

誰かを幸せにさせるために歌うんだから!」

 にこは拳を握りしめて力説する。

「楽器の準備、できましたよ。どうします?」

 白頭巾の一人が言った。

「どうする?」

 にこは言った。

「どうするって……」

「迷っている暇はありません」

 海未が穂乃果の肩に手を置いた。

 彼女とて雷電が心配なのだ。それはよくわかる。

「わかったよ! 歌うよ!」

 そう言うと、穂乃果はマイクを取った。

 届くかどうかなんてわからない。

 だけど、何もしないよりはマシだ。

(拳児くん、雷電くん。貴方たちなら、きっと助かる)

 彼女はマイクを握る手に力を込める。

 穂乃果の表情を見た白頭巾軍団は、互いに頷き合い演奏を始める。

 聞いたことのある曲だ。

「この曲は……」

 キーボードの音が鳴り響く。

 続いて重厚なギターの音。

 穂乃果は大きく息を吸った。

732: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:38:03.70 ID:3j7CaiHGo



   『ライオン』

  作詞 Gabriela Robin 作曲 菅野よう子 編曲 菅野ようこ


   ♪



  星を廻せ 世界のまんなかで 

  くしゃみすればどこかの森で蝶が乱舞


  君が守るドアのかぎ デタラメ 

  恥ずかしい物語

  なめ合ってもライオンは強い



  生き残りたい

  生き残りたい

  まだ生きていたくなる

  星座の導きでいま、見つめ合った


  生き残りたい

  途方にくれて

  キラリ枯れてゆく

  本気の身体 見せつけるまで

  私 眠らない   




   *

733: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:38:36.34 ID:3j7CaiHGo



 巨大蜘蛛の糸を寸前でかわす播磨。

「雷電!!」

 播磨の声に反応した雷電が矢を放つ。

 しかし、上手く当たらない。

「くそっ、ダメか」

 日本刀の一閃が効かない相手に、弓矢で対抗しようという方が間違いなのかもしれ

ない。

 敵も学習してきたようで、弱点である目の辺りを保護するようになってきた。

(もっとこちらに注意を振り向けなければ。しかし、このままじゃあ囮にもなれねェ)

 播磨がそう思っていた時である。

「!?」

 不意に熱いものを感じた。

「これは……」

 光っている。

 播磨の手に持っている日本刀が光っているのだ。

 星や月明かりに反射して光っているわけではない。

 もっとこう、根本的な光だ。ぼんやりとしたその光は微かに熱を帯びていた。

(どういうことだこりゃ)

 王大人が渡しただけのことはあり、こん刀でないとあの蜘蛛はやれないってことか。

 播磨はそう理解する。

「どりゃああああ!!!」

 播磨は再び刀を振り上げた。

 まだ、効かない。

734: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:39:04.42 ID:3j7CaiHGo

 そう簡単に、あの針金のような剛毛に守られた本体は斬れそうにない。

 だが、先ほどよりも確実に身体が軽くなり、一方で力が強くなったように感じる。

 巨大蜘蛛の脚が播磨を襲う。

「ぬおっ!」

 播磨が後ろに飛ぶと、普段の数倍の跳躍で下がった。

 まるで忍者のような跳躍。

(俺って、こんなに身軽だったか!?)

 自分の身体能力に自分で驚く播磨。

 手に持っている日本刀の光は更に強くなっていく気がする。


  生き残りたい

  生き残りたい

  まだ生きていたくなる

  星座の導きでいま、見つめ合った


  生き残りたい

  途方にくれて

  キラリ枯れてゆく

  本気の身体 見せつけるまで

  私 眠らない  


(頭がおかしくなったのか)

 播磨は思った。

735: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:39:33.64 ID:3j7CaiHGo

(さっきから、穂乃果の声が頭の中に流れて込んできてやがる)

 だが、不思議と嫌な気持ちはしなかった

 むしろ勇気が出ている気がする。

(生き残りたいか。そうだな。ここで死にたくはねェ)

「おりゃあああああああ!!!」

 全力で刀を振るうと、大蜘蛛の脚に当たる。

 絶望的な手応えから、ほんの少しだけ希望が見えてきた。

 もし、硬い脚部ではなく本体に攻撃することができたら。

 播磨の脳裏にその考えが過る。

 ついさっきまでだったら、それはダメだったかもしれない。

(だが今なら、今のこの刀ならば)

 薄光りする刀身越しに大蜘蛛と対峙する播磨。



  風はやがて東へ向かうだろう

  高気圧 この星の氷河を襲う

  さそい水を飲んだ胸がつらい

  遠巻きな物語

  かじり合う 骨の奥まで


  生き残りたり

  生き残りたい

  まだ生きていたくなる

  星座の導きでいま、見つめ合った


  生き残りたい

  途方にくれて

  キラリ枯れてゆく

  本気の身体 見せつけるまで

  私眠らない







   *

736: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:40:07.82 ID:3j7CaiHGo


「うう……」

 よろめく穂乃果。

「穂乃果!」

 すぐ隣にいた海未が彼女の身体を支える。

「何でだろう、普通に歌っただけなのに……」

 汗びっしょりになった穂乃果は見るからに体力を消耗していた。

 一緒に歌っていた海未も、実は立っていられないくらい膝がガクガクしていたのだ。

「穂乃果ちゃん、海未ちゃん」

 二人を支えるようにことりが抱きかかえる。

「二人は休んでなさい」

 そう言って前に出たのは絵里だ。

 そして、

「ここからはお姉さんたちの出番やで」

 希も前に出て片目を閉じた。

「続けますか」

 白頭巾の一人が言った。

「もちろんです!」

 絵里は大きな声で答える。

 まるでバトンを受け取るように、穂乃果たちからマイクを受け取ると、彼女らは

前奏に身体を揺らす。

737: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:40:43.68 ID:3j7CaiHGo



   『ノーザンクロス』

  作詞 岩里祐穂/Gabriela Robin 作曲 菅野よう子 編曲 菅野よう子


   ♪



  旅のはじまりは もう思い出せない

  気づいたら ここにいた

  季節が破けて 未発見赤外線

  感じる眼が迷子になる


  たぶん失うのだ

  命がけの想い

  戦うように恋した

  ひたすらに夢を掘った

  その星に降りたかった

  君の空 飛びたかった


  誰か空虚の輪郭をそっと撫でてくれないか

  胸の鼓動にけとばされて転がり出た愛のことば

  だけど 困ったナ 応えがない

  宿命にはりつけられた北極星が燃えてる

  君をかきむしって濁らせた

  なのに 可憐に笑うとこ 好きだったよ

738: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:41:14.09 ID:3j7CaiHGo


  君がいないなら意味なんてなくなるから

  人は全部消えればいい

  愛がなくなれば 心だっていらないから

  この世界も消えてしまえ!


  ずっと苦しかった

  命がけの出会い

  もがくように夢見た

  やみくもに手を伸ばした

  その胸に聞きたかった

  君と虹架けたかった


  誰か夜明けの感傷で ぎゅっと抱いてくれないか

  夢の軌道にはじかれて飛び散るだけの愛のなみだ

  それがむき出しの傷みでもいい

  宿命に呼び戻された北極星が泣いてる

  どうせ迷路行く抜くなら

  君を尽きるまで愛して死にたいよ




    *

739: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:41:59.02 ID:3j7CaiHGo


 二手に分かれて戦っていた播磨と雷電が再び合流する。

 若干息の切れた声で播磨は言った。

「このままあの脚を叩いていても埒が明かねェ。一気に本体をやろうと思う」

「どうするんだ。お前ェが遠くから彼奴の注意をひきつけてくれ。その間に俺は

崖を駆け上って、そこからジャンプする」

「上から攻撃するのか? 危険だぞ!」

「んなことは百も承知だ。このままいけばジリ貧だぞ。他に何か考えはあんのか」

「うむむ……。わかった」

 雷電は苦渋の表情を見せつつ播磨の意見に同意する。

 友を危険に晒すことを誰よりも嫌う男らしい反応と言える。

「幸い身体の調子は絶好調だ。恐らく今だけだと思うがな。だから倒すのも今しかない」

「わかった。だが絶対に無茶をするな。ダメだと思ったらすぐに引き返せ」

「おう!」

 播磨は強く返事をした。

 しかし、今の彼に引き返すという選択肢は、当然なかった。



   ♪



  そして始まるのだ

  命がけの終わり

  戦うように愛した

  ぐしゃぐしゃに夢を蹴った

  その星に果てたかった

  君の空 咲きたかった


  誰か空虚の輪郭をそっと撫でてくれないか

  時の波動にかき消されて

  救えなかった愛のことば

  だから モウイチド 応えがほしい

  宿命にはりつけられた北極星が燃えてる

  君をかきむしって濁らせた

  なのに 可憐に笑うとこ好きだったよ




   *

740: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:42:39.25 ID:3j7CaiHGo


「こっちだあああ!!!」

 雷電の大音声で大蜘蛛の注意を引きつける。

 そして矢を放つ。

「くっ、もう矢がない」

 十数本あった矢はすでに尽きようとしていた。

 いざとなれば投石か。

 雷電は考える。

 ダメだ。そんなものが通用する相手ではない。

 現に、弓矢だって気休め程度の効果しかないじゃないか。

 大蜘蛛の硬い毛の隙間に数本の矢が刺さっているのが見えたけれど、それがほとんど

効果がないことくらい、彼にはわかっていた。

 近くの崖を駆け上る播磨の姿が見えた。

 もう少し、もう少しだ。

 その瞬間、不意に大蜘蛛の身体が浮き、腹を見せた。

 弱点を晒す、というわけではない。

 そこから物凄い早さで白糸が飛んできた。

「ぬわあ!」

 ギリギリの所で糸をかわす雷電。

 しかし、

「なにい!?」

 先ほどの糸と違い、今度の糸は太く、しかもカーブを描いていた。

「ぐわああ」

 脚ではなく胴体に絡まる大蜘蛛の糸。そして物凄い力で引き込まれていく。

 持っていたサバイバルナイフで糸を切ろうとするも、粘性が強くてうまく切れない。

 播磨に助けを、

 一瞬その考えが頭に浮かんだ。しかし、今播磨は大蜘蛛を倒すために崖の上を駆け上

っている最中だ。

741: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:43:06.34 ID:3j7CaiHGo

 ここで戻ってきたら、またやり直しになってしまう。

 そうなると、倒せるものも倒せなくなるかもしれない。

 しかも、自分だけでなく親友である播磨の命も危険に晒してしまうことになるだろう。

(くそっ、ここで俺が餌になっている間に、拳児がやってくれれば)

 雷電はバランスを崩して倒れ込み、ズルズルと大蜘蛛の糸に引っ張られていく。

「……ぐっ」

 必死に声を殺して耐える雷電。ここで声を出せば播磨が戻ってきてしまう。

 だったら、ここは静かに――

 そう思った瞬間だった。

 雷電が上を向いた時、

(月?)

 大きな満月が彼の目に飛び込む。

 いや、違う。

「無様な姿だな、雷電」

「お前は!?」

「覇月大車輪(はづきだいしゃりん)!!!」

 物凄い回転が発生し、大蜘蛛の太い糸を断ち切る。

「それでも俺の強敵(とも)か、雷電!」

 満月に見えたそれは、雷電の親友でもあり元拳法部の仲間、そして月子の息子でも

ある月光の頭であった。

 スキンヘッドが星明りの中で眩しく感じる。

「くっ、助けに来てくれたのか」

 よろよろと立ち上がる月光。

「俺だけじゃないぜ」

742: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:43:39.75 ID:3j7CaiHGo

 月光がそう言うと、見覚えのある人影が二つ見えた。

「妹の友人の危機です。助けないわけにはいかないでしょう」

 長髪が美しい飛燕。

「後輩を死なすわけには、いかんからな」

 そして、音ノ木坂OBの伊達臣人である。

「あなたたちは……」

「か、勘違いするなよ。俺はμ’sのために来たんだ。播磨(アイツ)のために来た

わけではない」

 腕を組んだ伊達は恥ずかしそうに言った。

「わ、私も同様だ」

 飛燕も同様に恥ずかしそうである。

(何この人たち)

 雷電はそう思ったが口には出さなかった。

「とにかく、あの大蜘蛛の注意をひきつけてください。あとは播磨が何とかします!」

 雷電は簡単に説明した。

 長々と喋っている暇はない。

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

 飛燕は、両手に棒状のものを多数持って言う。

 今度のは“編み棒”ではなく、先端の尖った鉄の細棒だ。

「構いませんが、播磨は倒さないでくださいよ」

 一応、雷電は釘をさす。

「ちっ、わかっている」

(コイツ、本当にやるつもりだったんじゃあ……)

 飛燕は南ことりの兄であり重度のシスコンである。

 ことりと親しい播磨を目の仇にしている(第二十三話参照)。

「まあ、最近都会生活に退屈していたところなんだ。ちょっとは楽しませてくれよ」

 そう言って、伊達は槍を構える。

「それ! 行くぞ!!」

 四人が一斉に大蜘蛛に襲い掛かった!




   *

743: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:44:08.75 ID:3j7CaiHGo



「お兄ちゃん!?」

 テレビを見ながらことりが叫ぶ。

「月光先輩や伊達先輩もいるよ!」

 花陽も言った。

「け、拳児くんは? 拳児くんはどこ……?」

 よろめきながら穂乃果が起き上がる。

「いませんね……」

 海未が不安そうにつぶやく。

「もしかして負傷とか……」

 ことりも言った。

「そんな!」

「安心なさい穂乃果。播磨くんは殺しても死ぬような人じゃありません。必ず、どこか

にいるはずです」

 海未は自分に言い聞かせるように穂乃果を励ます。

「皆が頑張ってるんだから私たちも頑張らないと」

 穂乃果は胸を張る。

「頑張る?」

「うん。みんな、協力して!」

「協力」

「皆で歌うんだよ!」

「穂乃果、あまり無理をしない方が」

 海未は彼女の身体を気遣う。

「そうですよ穂乃果ちゃん」

 後輩たちも気にしているようだ。

 しかし、穂乃果は立ち上がった。

 そして本堂、否、舞台の中央に立ち大きく腹で息を吸う。

744: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:44:42.47 ID:3j7CaiHGo




  今、あなたの声が聴こえる

 「ここにおいで」と

  淋しさに負けそうな わたしに




 穂乃果は一人で、しかもアカペラで歌い出す。

 伴奏もない彼女の歌は本堂の中に響き渡り、外に漏れだす。


  『愛・おぼえていますか』

  作詞 安井かずみ 作曲 加藤和彦 編曲 清水信之


   ♪


  今、あなたの姿が見える

  歩いてくる

  目を閉じて 待っている わたしに

  昨日まで 涙でくもってた

  心は今…… 




 穂乃果の身体が微かに光始めた。

 まるで蛍のようなボンヤリとした光が、はっきりと明るく見えるようになる。

 

 
  おぼえていますか

  目と目が あった時を

  おぼえていますか
  
  手と手が触れあった時

  それは始めての

  愛の旅立ちでした

  I love you so

745: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:45:13.53 ID:3j7CaiHGo


 2コーラス目からはバンド演奏がはじまり、海未たち他のμ’sのメンバーも歌

に加わった。

 穂乃果の身体を包む光は更に大きくなる。



  今、あなたの視線感じる

  離れてても

  体中暖かくなるの

  今、あなたの愛信じます

  どうぞわたしを

  遠くから 見守ってください

  昨日まで なみだでくもってた

  世界は今……



  おぼえていますか

  目と目が あった時を

  おぼえていますか

  手と手が触れあった時

  それははじめての

  愛の旅立ちでした

  I love you so






    *

746: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:45:41.15 ID:3j7CaiHGo



「ぐわああ!!」

 月光の両脚に蜘蛛の糸が絡まる。

 バランスを崩した月光は転倒した。

「月光!」

 雷電が叫ぶ。

「俺に構うな雷電! 相手の気を引くことを考えろ!」

「しかし!」

「月光の言うとおりだ! 雷電!!」

 大蜘蛛と正対している伊達が叫ぶ。

「渦流天樓嵐(かりゅうてんろうらん)!!!!」

 凄まじい風が大蜘蛛を翻弄した。

 だが、どんなに技を放ったところでそれは人間に対して行う技。

 化け物には限界がある。

(くそ、播磨! 早く来てくれ)

「渦流回峰嵐(かりゅうかいほうらん)!!!!」

 伊達の連続攻撃。

 恐らく、大蜘蛛の正面を担当している伊達が最も負担が大きいはずだ。

 しかし彼は弱音など一切吐くことなく、ただ、戦い続けた。

 これが元音ノ木坂学院、通称・漢(おとこ)学院の筆頭(生徒会長)の戦いか。

「伊達ばかりにいい格好はさせられません! 十字打ち!!」

 負けずに飛燕も攻撃を繰り出す。

(俺も負けていられん!)

 雷電がそう思った瞬間である。

 彼の視線の上部に光るものが見えた。

747: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:46:17.23 ID:3j7CaiHGo

(隕石!? いや、違う)

 長い帯を引くように落ちてくるその光は、播磨拳児であった。

 刀だけでなく全身に光を帯びた播磨だったのだ。

「拳児!!!!」

 遠くから見ると、長い光の柱のように見える。

 その光が、巨大な蜘蛛の背中に突き刺さった。


「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 播磨の叫び声が山中に響き渡る。

「拳児いい!!!」

 雷電は再び播磨の名前を呼ぶ。

「やったか!?」

 月光は言った。

 しかし、次の瞬間大蜘蛛の背中から大量の“黒い泡”が吹き出す。

 月光を助けながら、雷電はその様子を見た。

「何だあれは……」

 蜘蛛の糸から助けられた月光がつぶやくように言う。

「あれは、呪い」

「知っているのか雷電!」

「山の神は、体内に呪いや恨みを溜めこんで巨大化すると、王大人はおっしゃられた。

だとしたら、あの黒い泡のようなものは、呪いそのもの」

「おい、そんなものをまともにくらったら」

「ただでは済まないかもしれない」

 そんな話をしていると、いつの間にか伊達が近くにやってきて言った。

「確かに普通の人間なら、アレを食らうとマズイかもしれないな」

「そんな、じゃあ拳児は……!」

748: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:47:12.76 ID:3j7CaiHGo

 動揺する雷電と月光。

 しかし、腕組みをした伊達は動こうとはしない。

「だが播磨(ヤツ)は違う。播磨は一人ではない。見ろ、まだ光は消えていない」

 黒い泡の中で、微かに光が見えた。






   もう ひとりぼっちじゃない


   あなたが いるから





(なんじゃこりゃあ。息もできねェ)

 薄れゆく意識の中で、播磨は思った。

(俺はこのまま、呪いの渦に巻き込まれて死ぬのか? こんな非現実的な状況で)

 不思議と後悔は生まれなかった。

 これで雷電たちが助かるなら。

 穂乃果たちが助かるなら。

(助かる……?)

 ふと、あることを思い出す播磨。

(もう一度、穂乃果たちがステージに上がるところを見て見たかった。今度は転倒

していない、完璧なステージを……)

 その時だった、

 播磨の眼の前が白い光に包まれる。

「……」

 すでに声も出ない。

 息もできないのだから、声が出ないのは当たり前だ。

749: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:47:46.07 ID:3j7CaiHGo

 しかし、意外と苦しくはなかった。

(ここは……!?)

 播磨が目にしている光景には見覚えがあった。

(ここは、穂むらの奥の部屋。穂乃果の家だ)

 そう、穂乃果の家である。

 少し前に播磨が夕食を食べに行ったあの部屋。

 ちっとも変わっていないように見えるが、少しだけ違った。

 穂乃果の母が小さな子供を抱えている。

『にいにい……』

 赤ん坊はそう言って播磨に手を伸ばす。

『あらあら、雪ちゃんはケンジくんのこと、気に行っちゃったみたいね』

(コイツは、雪穂か?)

 一歳くらいの小さな子供には、確かに雪穂の面影が見て取れる。

(だとしたら……)

 播磨はそれが、自分の小さい頃の思い出であることに気づくのに、それほど長い

時間は要しなかった。


(走馬灯って奴かな。死ぬ直前に見る)


『穂乃果ちゃんはいないんですか?』

『おかしいわね、さっきまでいたんだけど』

 穂乃果の母と播磨の母が会話をしている。

 そしてその話に出てくる「穂乃果」という名前。

750: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:48:20.19 ID:3j7CaiHGo

(あれは?)

 ふと、播磨の視線の先に特徴のある髪型が見えた。

 隠れてこちらの様子を伺っていたようだ。

「待てよ」

 播磨は立ち上がり、廊下に出た。

『ひゃあ』

 見覚えのある髪型の少女は、怯えているようで、播磨から顔を逸らした。

(これが本当に穂乃果か?)

 どんなにガラの悪い連中にも気軽に話しかけるあの穂乃果が怯えている。

 涙目で、彼女は播磨を見つめていた。

「オレ、ハリマケンジ。よろしく」

 そう言って播磨は右手を差し出す。

『……』

 クマのぬいぐるみを抱えた穂乃果は何も言わない。どうしたらいいのかわからない

ようだった。

「バカだな。こういうときは、握手って言って、同じ右手をだすんだぞ」

 当時の播磨は得意げに言っていた。

 何だか恥ずかしくなってくる現在の播磨。

『あくしゅ』

 そう言うと、震えながら少女は右手を差し出した。

『わたし、ほのか。こうさかほのか……』

 やはり穂乃果だった。幼い頃からこの髪型はかわっていない。そしてつぶらな瞳も。

「ハリマケンジだ」

751: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:48:49.37 ID:3j7CaiHGo

 播磨はもう一度自分の名前を名乗り、彼女の手を握る。

 感触は、よく覚えていない。

 でも彼女の顔はよく覚えていた。

 顔の感じもあまり変わっていないんだな、と播磨は思った。

『おとこのこ、イジワルする……』

 怯えた表情で穂乃果は言った。

「イジワルされるのか? だったらおれにいえ」

『え?』

「おれがぶっとばしてやるぜ」

『ケンジくん……』

「おう、だからなにも、こわくねェぜ!」

『こわくない……』

『あら、あの二人も仲良くなったようね』

 穂乃果の母親の声が聞こえてきた。

『そうね、ウフフ』

 播磨の母の声もだ。

『ひとりじゃないから、こわくない』

 穂乃果は独り言のようにつぶやく。

『そう、ひとりじゃねェからこわくない』

 播磨はその言葉を繰り返した。

 



   もう ひとりぼっちじゃない


   あなたが いるから

 
 

752: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:49:18.53 ID:3j7CaiHGo



『拳児くん!』

 聞き覚えのある声が播磨を呼ぶ。

「穂乃果?」

 顔を上げると、高坂穂乃果の姿がそこにあった。

 しかし、今度の穂乃果は幼い彼女ではなく、今の穂乃果だ。

『大丈夫、私がいるから。一人じゃないよ!』

 そう言うと、穂乃果は両手でグッと拳を握る。

『私もいますよ、播磨さん』

 と、言ったのは海未だ。

 海未の姿もはっきり見える。

『はーりくん♪ まだお別れなんてイヤだよ』

 笑顔でそう言ったのはことりである。

 なぜかメイド服であった。

『け、拳児さん。いつも応援ありがとうございます。今度は、私が応援します』

 小泉花陽。

『拳児くん! ……、また一緒に買いもの行きたいにゃ!』

 星空凛。

『拳児さん? まだまだ、たくさん曲を作りましょう?』

 腕を組み、少し視線を逸らしながら恥ずかしそうに言う西木野真姫。

『拳児、アンタは私のファン代表なんだから、早く帰ってきなさいよ!』

 矢澤にこ。

『拳児。スクールアイドルで学校を救うんでしょう?』

 絢瀬絵里。

753: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:49:49.78 ID:3j7CaiHGo

『あなたはきっとウチらの元に帰ってくる。信じてるで』

 そして、東條希。

 憎しみ、苦しみ、怒り、負の感情が詰まった呪い。

(受け止めてやるよ。今の俺ならな)

 播磨は両手に力を込める。




「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」








  おぼえていますか

  目と目が あった時を

  おぼえていますか

  手と手が触れあった時

  それははじめての

  愛の旅立ちでした

  I love you so





  もう ひとりぼっちじゃない

  あなたがいるから

754: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:50:23.95 ID:3j7CaiHGo




 どれほどの時間が経っただろうか。

 数時間だろうか。

 それとも数秒。

 時間の感覚がよくわからない。

 ただ一つわかることは――

「おおーい、拳児いいいい!!」

 自分が生きているということだ。

「はっ!」

 気が付くと、播磨は地面の上に膝立ちになっていた。

 両手に持った刀は地面に突き刺さっている。

「拳児、大丈夫か」

 横を見ると雷電が心配そうに呼びかける。

「雷電……」

「よかった、意識はあるようだ」

 安心したように雷電は言った。

「山の神は……?」

 播磨がそう言うと、

「あそこだ」

 と、伊達がアゴで場所を示す。

 するとその先には、ソフトボールくらいの大きさの蜘蛛が歩いていた。

 平均的な蜘蛛と比べると明らかに大きいが、自分たちが戦った蜘蛛とは比べものに

ならないほど小さな蜘蛛になっていた。

「あれが本来の姿なのだろう。恨みなどの呪いを解放したら、ああなった」

 小さくなった蜘蛛は、ちょこちょこと急ぐように、元いた洞窟の中へと戻って行った。

755: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:50:55.70 ID:3j7CaiHGo

「見事也播磨拳児。此の難関を良く通過した」

「あ! オッサン! 今までどこへ行っていやがった!」

 いつの間にか、王大人が姿を現していた。

「王大人。お久しぶりです」

「お久しぶりです」

 伊達と飛燕と月光の三人が直立してお辞儀をする。

(このオッサン、どんだけ偉いんだよ)

 暴力団も裸足で逃げ出すような伊達や月光よりも凄いことは確かだろう。

「ふむ。伊達、飛燕、月光。助力多謝」

「勿体なきお言葉」

 伊達は言った。

「この刀は返してもらおう」

 そう言うと、王大人は地面に突き刺さったままの刀を抜いて、鞘に納める。

(つうか、普通の喋り方もできんじゃねェかこのオッサン)

 ふと、播磨は思った。

「ていうかよ、オッサン。この修行に何の意味があったんだ? デッカイ蜘蛛を倒した

だけじゃねェか」

「貴様、独りで山神を倒せたと思うか?」

「それは……」

「雷電や伊達たち、それに阿衣度瑠寺で貴様を応援してくれたμ’sの

構成員(メンバー)。それらの協力や応援があったからこそ、呪いの浄化が

可能であった。貴様一人では到底不可能也」

756: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/02(木) 19:51:23.50 ID:3j7CaiHGo

「そりゃ、そうだけどよ」

「今回の修行、仲間同士の協力無しには達成不出来。是最大の狙い也」

(本当かよ)

「見ろよ、拳児」

 そんな疑念を抱く播磨の方を雷電が叩く。

「あン?」

「朝日だ」

 いつの間にか空が白み、朝日が昇ってきた。

 戦っているうちに朝になってしまったようだ。

「まあ、悪い気分ではないな」

 何だか知らないうちに、播磨はSIP(スクールアイドルプロデューサー)としての

修行を終えて、合宿先の寺に戻ることになるのだった。





   つづく
 

761: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:13:50.25 ID:z00UIWoZo


山の神(巨大蜘蛛)との死闘を終えた播磨たちは、一日かけて下山した。

 しかし、二日間も徹夜したため、途中休憩が長引いてしまい、合宿先の寺にもどった

のは結局その日の夕方遅くになってしまった。

「へっ、出迎えもなしか」

「仕方あるまい。皆、三日間のレッスンで疲れているのだ」

 一日中ダンスや歌のレッスンでみっちりしごかれる経験は、彼女たちには初めての

ことだろう。疲れているのも無理もないかもしれない。

「先輩たちは無事に帰ったかね」

 播磨は独り言のようにつぶやく。

 途中、飛燕と伊達と月光の三人は車に乗って帰って行った。どうせなら寺まで車で

送ってくれれば良かったものを、それでは修行にならない、と王大人が止めたため、

結局歩いて帰ることになってしまった。

 おのれ王大人。

「随分と静かだな」

 二日ぶりに見る阿衣度瑠寺(あいどるじ)の境内はかなり静かであった。

 王大人の部下らしき白装束・白頭巾軍団の姿も見えない。

「二人共御苦労。風呂に入るべし」

 王大人は言った。

「そういや、ここの風呂って天然温泉だっけ?」

 播磨は雷電に聞く。

762: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:14:19.51 ID:z00UIWoZo

「数々の有名アイルドルが修行した場でもあるからな、サウナや露天風呂などの、

リフレッシュ施設も充実しているのだろう。寺なのに」

「俺たち全然利用できていなかったけどな」

「明日の朝には帰るのだ。今日くらいはゆっくり利用していくといい」

 雷電は言う。

「まあいい。早く風呂に入りてェぜ。丸二日風呂に入ってねェから、身体がかゆくて

仕方ねェ」

 播磨はそう言って背中のあたりをかく。

「我、用有り。今宵は合宿の打ち上げ。故に念入りに身体洗うべし」

 そう言うと、王大人は寺の奥へと向かって行った。

「雷電、俺たちも行こうぜ」

 播磨がそう言うと、

「すまない拳児。俺は少し用がある。先に行っていてくれないか」

 と、雷電は言った。

「……まあいい。早く来いよ」

 播磨は自分たちの荷物を置いた寝室に向かい、そこでタオルや着替えなどを取って

風呂に向かった。

763: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:14:49.84 ID:z00UIWoZo





     ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

  第二十八話 ありのままの姿

764: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:15:19.84 ID:z00UIWoZo


「うおっ、凄ェ!」

 寺の露天風呂を見た播磨の第一声である。

 かなりでかい。

 有名温泉旅館並みの温浴施設に驚く播磨。

 風呂の中にはいくつかの岩もあり、遠くには山々も見える。

 群青色に染まる空がまた、露天風呂の良さを引き立たせてくれる。

「ひゃあ、こんなにいい風呂に入ってたのかアイツら。そりゃ疲れも吹っ飛ぶって

もんだ」

 そう言いつつ、播磨はシャワーを浴びて頭をシャンプーで洗った。

 数日風呂に入らない、などということは現代ではあまり経験のないことなので、

とにかく疲れよりも解放感に癒されていた。

(ふう、早く湯船に浸かりてェぜ)

 そう思いながら、身体と頭を洗っていると、脱衣室の扉が開く音が聞こえてきた。

 どうやら雷電が来たようだ。

「おう、雷電。遅かった――」

「拳児はん?」

「は?」

 播磨が視線を上げると、そこには雷電とは思えないほどの艶めかしい腰付きと、

大きな胸が……

「みぎゃあああっおごごごごぼ……!」

765: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:15:49.66 ID:z00UIWoZo

 思わず叫びだしたところ、口元を押さえつけられる播磨。

「なんで拳児はんが大声出すの。普通、叫ぶのってウチのほうでしょう!?」

(希!?)

 播磨の口を押えながら東條希は言った。

「何やってんだ、こんなところで」

「何って、お風呂に決まってるやん」

「……!」

 思わず目線を逸らす播磨。

 大事な部分はタオルで隠しているとはいえ、今の希は生まれたままの姿なのだ。

「それよりいつ帰ってきたん?」

「ついさっきだよ。臭ェから、すぐに風呂に入ったんだ。ってか、マズイだろ」

 かなりマズイ状況だ。

「の、希。お前ェがここにいるってことは……」

『はあ、疲れたねえ』

『早く入るにゃ!』

 脱衣室から女子軍団の声が聞こえてきた。

「おいっ、アイツらを早く止めろ!」

「無茶言わんで!」

「どうすりゃいいんだよ」

 播磨の頭の中で最悪の事態が過る。

(まずい。このままではメンバーとの信頼関係が云々)

 しかし焦っているのでまともなことは考えられなかった。

766: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:16:16.01 ID:z00UIWoZo

「こっちよ拳児はん」

「はあ!?」

 そう言うと、希は播磨の手を引く。

 播磨はなるべく希の肢体を見ないように進むが、どうしても見てしまう。

 足元が熱くなった。

 どうやら湯船に入ったようだ。

(何をするんだ)

 声を殺しながら播磨は聞いた。

(皆が出て行くまでここの岩の影に隠れておいて。せやったえらバレへんから)

(お前ェ、それって)

 突然の希の提案に戸惑う播磨。

 だが迷っている暇などなかった。

「希ちゃーん。先に入るなんてズルいよおー」

 穂乃果の声が聞こえてきた。

「お風呂は嬉しいにゃあ」

「今日も疲れました」

 どうやらμ’sのメンバーが次々に風呂に入ってきているようだ。

(逃げ場がねェ)

「あら、堪忍な。さあ、今日は打ち上げがあるさかい、早めに入って準備しようと

思うて」

 希の声が聞こえる。

767: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:16:53.38 ID:z00UIWoZo

「ええ? せっかく最後なんだから、もっとゆっくり入りたいよお」

 穂乃果は言った。

「そうだねえ、普通の旅館でもこれだけの露天風呂はなかなかないよねえ」

 ことりの声も聞こえてきた。

(くそっ、コイツら)

 播磨はそう思ったが、今声を出すわけにもいかない。

「あら? どうしてこんなところに手ぬぐいが?」

 絵里の声だ。

「あ、ああ。これはウチが入る前からあったんよ。誰か忘れて行ったんやろうな」

 希がそう言ってごまかす。

 ナイスだ希。

「はあ、それにしてもこの合宿も最後かあ」

 感慨深そうなにこの声が響く。

「思えば初めて合宿らしい合宿だったね」

 これは花陽の声か?

「それにしても花陽はいいモノ持ってるわねえ」

「きゃあ! にこちゃん。掴まないで。っていうか、全然合宿と関係ないじゃない!」

(あいつら風呂で何やってんだ)

 岩陰に隠れて、播磨の想像力は膨らむ一方である。

「ねえ、拳児くんたちって帰ってきたんだよね」

 穂乃果の声である。

768: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:17:21.15 ID:z00UIWoZo

「そうだねー。さっき王先生を見たから、もう帰ってきたんだろうね」

 ことりは答える。

「そういえば海未ちゃん、まだ来てないね」

「雷電くんと何か話をしているんじゃないかな」

 顔は見えないけれど、恐らくいまのことりの顔はニヤニヤしているのだろう。

(あの野郎、園田と会うから遅れたのかよ)

 その結果、播磨だけが“こういう状況”に陥ったわけである。

 播磨はそう思うと少しだけ腹が立った。

 だが、ムカついてばかりもいられない。この温泉は、結構熱い。

 お風呂で女の子とバッタリ。ラブコメではよくある展開である。

 しかし、

「ことりちゃん、もう湯船に浸かっても大丈夫なの?」

 と、穂乃果。

「うん、もう生理も収まったしね」

 ことりは答えた。

「ずっとシャワーだけじゃあつまんないもんね」

 穂乃果がそう言うと、

「かよちんは、重い日が長いから大変にゃあ」

 と、凛は言う。

「もう、凛ちゃんったら。変なこと言わないでよお」

 花陽の恥ずかしそうな声が聞こえた。

769: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:17:53.87 ID:z00UIWoZo

「合宿前に生理が終わってて助かったけどね」

「……」

(聞きとうはなかった。こんな話、聞きとうはなかった)

 恐らく男子の前では言うことはないであろう生々しい話を平気でする。

 これが真のガールズトークというやつなのだろうか。

(うーん、わからん)

 播磨は考えるのをやめた。

 とにかく熱い。

 早く出て行って欲しい。

 元々早風呂気味の播磨にとって、こんなに長く温泉に浸かっている趣味はない。

(それにしても長いな)

 播磨の頭の中に一つの言葉が浮かぶ。

 女の人生は風呂と買い物とお喋りで出来ている。

 何だか名言っぽいけど、これを口にしたらフェミニストの団体とかに怒られそうな

ので、そっと自分の心の中にしまうことにした。

「温泉気持ちいいねえ」

 穂乃果たちが湯船に浸かったようだ。

(まずいな、こっちに来るなよ)

 播磨は出来るだけ深く身体を沈めて目立たないようにする。

 それでも限界はある。

(たのむ、もう少しだけ)

770: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:18:23.74 ID:z00UIWoZo

 播磨は祈るように時間の経過を待つが、バストーク(お風呂での話)は止まらない。

「あ、花陽ちゃん。そっちは」

 不意に希の声が聞こえた。

「ぷはっ!」

 人の気配を感じた播磨は思わず顔を上げる。

 するとそこには、

「ジー」

「……」

 花陽がいた。

 生まれたままの姿の花陽。

 “謎の湯気”(>>0�により、大事な部分は見えなかったけれど、間違いなく素っ裸の
花陽だ。

(※ DVD/ブルーレイでは消えている例の湯気)

 かなりデカイ。

(いや、そうじゃねェ! これはピンチだ! ピンチ過ぎる! このまま花陽を捕まえて

口を塞ぐか。バカッ、それじゃあただの●●●魔じゃねェか! ●●でラブライブ出場

停止とか、廃校まっしぐらだぞ!)

 播磨は頭の中で議論する。その間、0.5秒。

「?」

 しかし、花陽は首をかしげていた。

(どういうことだ?)

771: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:18:52.68 ID:z00UIWoZo

「花陽ちゃーん。こっちにお猿さんがいるよー!」

 穂乃果の呼ぶ声が聞こえた。

「お猿さんか……」

 花陽は納得したように頷くと、穂乃果たちの方へ向かった。

(お猿さん?)

 播磨は浮上して息を整える。

(あ、そうか。今、花陽はコンタクトレンズを外しているんだ)

 播磨はプールでのトレーニングのことを思い出す。

 彼女はとても目が悪いので、メガネやコンタクトレンズなしには、まともにモノが

見えないのだ。

 だから、播磨を見ても猿か何かと勘違いしたようである。

(何はともあれ助かった。猿に見られたことは心外だが)

 ホッとして、岩にもたれかかる播磨。

(危ないところやったなあ、拳児はん)

 岩越しに希の声が聞こえた。

(危ないってレベルじゃねェぞ。花陽じゃなかったら一発アウトだ)

 それくらい危険であった。

(それにしてもよく耐えたなあ。もしかして、拳児はんは小さいほうが好みなん?)

(何バカなこと言ってやがる。それより、早く皆を風呂から出してくれ。こっちは

死にそうだ)

 色々な意味で死にそうである。

(わかった、わかったから。でもこの借りは高くつくで)

772: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:19:24.78 ID:z00UIWoZo

(事故だろうが、これは)

(せやけど、ウチの生まれたままの姿も見てもうたやろ?)

(だからあれも……)

 不意に思い出したところで播磨の言葉は止まった。

 希といい花陽といい、若い身体の魅力は、●●の播磨には刺激が強すぎるのだった。

 ちなみに、なぜ播磨が若きリビドーを爆発させなかったかというと、山の神の呪いを

浄化した際に、自身の煩悩もかなり浄化してしまったためである。




   *




 誰が用意したのかよくわからないけれど、合宿最終夜の打ち上げにはかなり豪華な

食事が出された。お寺であるにもかかわらず、肉や魚もかなり出ているのだ。

 ただし、参加者は全員未成年なので王大人以外はアルコール類無しである。

 それでも若い力は大いに盛り上がるのだ。

 乾杯の音頭は播磨が取ることになった。

「なんで俺なんだよ。部長の穂乃果じゃねェのかよ」

「穂乃果にそんな大役ができると思いますか?」

 海未は言った。

「穂乃果ちゃんじゃあ無理だねえ」

773: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:19:51.33 ID:z00UIWoZo

 何気に酷いことを言うことり。

 よく見ると、ほのかの顔がほんのり赤くなっている。

「何で赤くなってんだよ。コイツ。まさか酒を飲んだのか?」

「違うよはりくん」

 播磨の言葉をことりは否定する。

「じゃあ何で」

「穂乃果ちゃん、お風呂上りに呑んだ炭酸に酔っちゃったんだよ」

「うにゃあ。ケンジく~ん。元気だったきゃ~い?」

「……」

 そういえば、穂乃果は炭酸が苦手だったっけな。

 播磨は古いことを思い出す。

「仕方ねェ」

 そう言うと播磨は立ち上がった。

「お前ェら。ちょっとだけ聞いてくれ」

 そう言うと、播磨はジュースの入ったグラスを持ったまま全員に呼びかける。

「今まで俺は、アイドル部の副部長として、お前ェらを助ける立場にいると思ってた。

だが今回の合宿では、まあ、なんつうか、お前ェらに大いに助けられたと思う。それと

伊達先輩や月光たちにもだがな」

 あえて飛燕の名前は出さなかった播磨。

「俺は今までアイドルっつうもんは、一方的に誰かに応援されるものだと思っていた。

だけど、アイドルの歌で、踊りで、そして笑顔で、誰かが勇気づけられることもある

ということを、今回大いに感じた。正直、技術的な点でA-RISEや他のスクール

アイドルに敵うかはわからねェ。ラブライブに出場できるかも、微妙なところだ。

774: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:20:23.24 ID:z00UIWoZo

だけど、今は、そんなことは関係ねェ。ありのままのお前ェたちが、一番いいと俺は

思う。こんなことしか言えねェけど、勘弁してくれ。それじゃあ、乾杯するぞ。

グラスを持て」

「はーい」

 そう言って全員がジュースの入ったグラスを掲げる。

「乾杯!」

「カンパーイ!!」

 三日間の苦しい合宿。μ’sのメンバーはずっとレッスンを受け続け、播磨たちは

山道を歩き続けたけれど、最後はこうして全員無事に終わることができた。

 それだけでも彼は嬉しかった。

 しかし、合宿はあくまで手段に過ぎない。

 本当の目的は、本予選に勝ってラブライブに出場することだ。

 いくら厳しい練習をしたところで、一日や二日で驚異的に技術が伸びることはあり

えない。

 だとすれば、どうしたらいいのか。

 どうしたらA-RISEに勝てるのか。

 未だに勝機は見いだせない。

 血のにじむような練習をしてきたのはどこの学校も同じだ。ここが特別というわけで

はない。

 打ち上げの盛り上がりの中、播磨はじっと考えていた。

775: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:20:50.61 ID:z00UIWoZo

「どうしたの? はりくん。何か考え事?」

 不意にことりが話しかけてきた。

 彼女も実は、妙に察しがいい人物の一人である。

「ん? いや、そういうわけじゃねェけどよ。ちょっと疲れちまってな」

 播磨は曖昧な返事で誤魔化す。

 正直、何が不安かと言われたら、全部という他ない。

 だったら、心配していても仕方がないのだ。

「ふうん。でもあんまり考えすぎないほうがいいよ」

「わかってるっての。俺はあんまり頭良くねェからな」

「そういうことじゃないけど。あと」

「ん?」

「ラブライブの本予選までに、出来るだけ気になることは取り除いたほうがいいかもね」

 そう言ってことりは笑った。

「気になること……」

 播磨は色々と思い出す。

 確かに気になることはある。

 A-RISEのプロデューサー、新井タカヒロに言われた言葉。

 そして、東條希のこと。

「ちょっと便所」

 播磨は立ち上がり、寝室へと向かった。

 そして、自分の鞄の中を調べて松尾鯛雄から貰った紙を取り出す。

(今しかないか)

 播磨は心の中でそうつぶやいた。




   *

776: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:21:18.75 ID:z00UIWoZo



 打ち上げも大分盛り上がってきた頃、播磨は外に東條希を呼び出す。

 彼女も何かを察したようで、素直に彼の誘いに乗ってきた。

 外に出ると、山の空気が冷たくて気持ちがいい。

 昼間の暑さが嘘のようだ。

「どうないしたん? 拳児はん? もしかして、お風呂場のことを思い出して 情

したの? 浴場だけに」

「くだらねェ駄洒落を言ってんじゃねェぞ。お前ェも何となく察しはついてるだろう」

「うん。そうやね……」

 希は何かを諦めたように頷く。

「悪いが、お前ェのことを少しだけ調べさせてもらった」

「……そう」

「鈴谷瞳(すずやひとみ)。この名前に覚えはあるな」

「懐かしい名前やね」

「否定はしねェか」

「だって事実やもん。拳児はんにはウチの恥ずかしいところ全部見られたわけやし、

今更隠し事なんてするつもりはあらへんで?」

「ば、バカ。あれは事故だ。それに全部見えたわけじゃねェ!」

「何焦っとるんよ」

 そう言って希は笑った。

「お前ェが変なこと言うからだろうが」

777: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:21:46.93 ID:z00UIWoZo

「でも見たことは事実やろ?」

「まあ、そうやけど。話を戻すぞ」

「どうぞ」

 播磨は、松尾から貰った紙を開く。

「鈴谷瞳、関西地方のアイドルで、現在A-RISEをプロデュースしている新井

タカヒロがプロデュースしていたHSN25のメンバーの一人」

「その本名は、私。東條希や。さすがやな、拳児はん。そこまで調べてるなんて」

「調べたのは俺じゃねェよ。だが安心しな。このことは秘密にしている」

「別に秘密にするようなことじゃないんやけどな」

「まあ、俺もこのことを知った時は驚いたさ。だが同時に納得もした」

「納得?」

「だってそうだろう? 絵里や海未と違って、お前ェの経歴ってのはよくわからな

かったんだ。それなのに、歌や踊りを完璧にマスターしている。不思議に思わねェ

ほうがおかしい」

「そうやね」

「お前ェの原点が“本物のアイドル”にあったってのは意外だったな。だけど解せない

ことがある」

「なんやの?」

「希、お前ェは人を支えることが好きだって言ってたな。それなのに、なぜ自分も

またアイドルをやろうと思い立ったんだ? そこが知りてェ」

778: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:22:17.31 ID:z00UIWoZo

「……」

「このまま、俺や雷電みたいに、外から支えるっていう立場でもやれたはずだ。だが、

お前ェは自分も参加した。再び舞台に上がる道を選んだ。それはなぜだ」

「わからへんよ。生来ステージが好きやったんかもしれへんなあ」

「……そうか」

「それともう一つあるとすれば」

「もう一つ?」

「鈴谷瞳としてやなくて、東條希として舞台に立ちたかったってことがあるかもしれへん」

「東條希として舞台に?」

「拳児はん。ちょっとつまらん昔話をするけど、ええか?」

「構わねェよ。あと、つまんねェかどうかは俺が判断する」

「ふふ、ありがとう。ウチは中学時代、大阪でHSN25っていうアイドルグループに

所属しとったんよ。もちろん、プロデュースはあの新井タカヒロや」

「……」

「そこでウチはあの人から『鈴谷瞳』という名前を貰い、その鈴谷瞳という人物を

演じることを指示された」

「演じる?」

「そう。舞台はもちろん、ファンとの交流会なんかでも、鈴谷瞳というキャラクター

をずっと演じとるんや。それはウチの性格とは乖離したものやった」

「……ん」

 ふと、播磨はA-RISEの綺羅ツバサこと、山田早紀のことを思い出す。

779: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:23:27.88 ID:z00UIWoZo

 彼女も、綺羅ツバサという人物を演じていると言っていた。

「何だか自分が人形になったような気がしてな。それでアイドル活動が嫌になったんや。

せやから、当初はスクールアイドルにはなるつもりはなかった」

「だけど、お前ェは」

「穂乃果ちゃんたちの活動を見ていてな、思ったんよ。あの子たちはありのままの姿で
アイドルをやっとるって。それはとっても羨ましいことやった」

「ありのままの姿」

「そう。飾らず、気取らず、何よりも別の人格を演じることもなくありのままの人間

としてステージに立つ。ウチも、それがやりたかったんかもしれへん」

「……希」

「ん、どないしたん? やっぱりウチの話、つまらんかった?」

「それだ!」

 そう言うと、播磨は希の両肩を掴む。

「ひゃっ! 何すんの? そういうのは付き合うてからにしてくれへんと」

 恥ずかしそうに視線を逸らす希。

「アホッ、何勘違いしてんだ。そうじゃねェ」

「へ?」

「少しだけ見えた気がしたんだよ。A-RISEに勝つ道がよ」

「A-RISEに、勝つ?」

「ああ、ほんの少しだけどな」

 そう言うと、播磨は空を見て自分の腰に手を当てる。

780: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/03(金) 20:25:41.64 ID:z00UIWoZo

 自分の確信が正しいか、それはわからない。

 ただ、彼の心の中にある希望は、満天の星空のように輝いていた。

「ねえ、拳児はん?」

 ふと、希は呼びかける。

「どうした」

「瞳と希って、どっちの名前が好き?」

「何言ってやがんだよ、お前ェ」

「……」

「そんなもん、希に決まってんだろ。親御さんに貰った、大事な名前ェだろ?」

「……そうやね」

 暗がりの中で、希は嬉しそうに笑った。






   つづく

788: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:31:09.94 ID:yguzjLR4o

 雷電の母、雷(いかずち)は身体が小さかったため、雷電の出産はかなりの難産で

あったという。

 出産には十二時間近くかかったようで、一時は帝王切開も検討されたが、何とかして

通常の分娩で出産することができた。

 出産後、ほぼ体力も精神力も使い果たしたと思われた雷は、生まれたばかりの我が子

にこう言ったという。

「こんにちは、私の赤ちゃん。……随分と待たせちゃってごめんね。私がママよ。

生まれてきてくれてありがとう。出てくるのに苦労した分、あなたの人生がとっても

幸せでありますように」

 初●を飲ませ終えた母は、そのまま気を失った。

 母親はその後、弟や妹を産むことはできなかったけれど、生まれた息子を大切に

育て、今や立派な高校生となったのである。

「ちょっと立派過ぎやしませんかね」

 縁側でお茶を飲みながら海未は言った。

「何言ってるの。まだまだよ」

 同じく、お茶を飲みながら雷は言う。

 彼と彼女の視線の先には、雷の一人息子である雷電が、上半身裸で鍛錬をしていた。

 見た目はちょっと怖いけれど、誰よりも仲間想いで、誰よりも心優しい男と、その

幼馴染の物語である。

789: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:31:43.24 ID:yguzjLR4o





      ラブ・ランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル

   第二十九話 一人の力 

790: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:32:10.64 ID:yguzjLR4o



 海未と雷電の家はとても近く、物心つく前からお互いのことを知っていた。

 いわゆる正真正銘の幼馴染である。

 二人が本格的にお互いのことを知るのは、幼稚園の頃から通っていた拳法道場での

ことである。

 運動神経が良く発育も早かった海未は、上達も早く、小学校に上がる頃には同世代

の男子ではとてもかなわないほどの使い手になっていたという。

「まったく、雷電は相変わらず弱いのね」

 気の強そうな長髪の少女が隣の少年に言う。

「そうかな……」

 雷電と呼ばれた隣の少年は静かに返事をした。

「そんなんじゃダメでしょう。もっと強くないと。男でしょう?」

「強さだけがすべてじゃないと思うけど」

「もう、本当に何言ってるのよお。お爺ちゃんみたいなことを言って」

「僕のお父さんが言ってたんだけど」

「ん?」

「知ってると思うけど、僕のお父さんは船乗りなんだ。だから滅多に家に帰ってこないんだ」

「知ってるわよ、そのくらい」

 少年と少女は、物心つく前からの知り合いである。

「でもたまに帰ってきた時に話をしてくれるんだけど」

「へえ、どんな話? ウチはお父さんとはあんまり話とかしないけど」

791: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:32:38.48 ID:yguzjLR4o

「うーん。海の上ではね、陸(おか)のように他に助けてくれるひとがいるわけじゃ

ないから、船に乗っている仲間同士でキチンと助け合いをしなきゃいけないってこと」

「それじゃあ、仲間を助けるために強くならないといけないじゃない」

 少女は言った。

「確かにその通りだけど、皆が皆海未みたいに強いわけじゃないし、それに、それぞれ

得意な分野も違うわけだから」

「もう、本当に雷電は理屈っぽいわねえ。男だったらこう、悪い奴は全員倒す、みたい

に正義のヒーローとかに憧れなさいよ」

「正義のヒーローだって、無闇やたらに暴力を振るっているわけじゃないよ」

「ああ、もう! そうやって自分が弱いことの言い訳にしてるんでしょう? 格好悪い」

「……」

「もっと鍛えて強くならないとダメよ」

 そう言うと、海未と呼ばれた少女は、雷電少年の背中を平手でパンと叩く。

「うぐっ」

 道着越しではあるけれど、かなりの衝撃だったようで雷電は少しよろめいてしまった。



 それから数年――


 

792: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:33:12.93 ID:yguzjLR4o


 
 海未は拳法道場で学んだ体力と精神力を糧に、正義感の強い少女へと成長していく。

 対する雷電は幼い頃のまま、心優しい少年に成長していった。

 二人の性格は真反対であったけれど、それでもわりと上手くいっていたようである。

「雷電くん、海未ちゃん! おはよう!」

 二人の登校中、元気に挨拶してきたのは同級生の高坂穂乃果であった。

 彼女はとても元気がいい。

「おはよう、穂乃果」

「おはよう」

「二人は相変わらず仲良しだね」

 穂乃果は言った。

「もう、穂乃果までそんなこと言わないでよ」

 この時期になると、二人の仲をからかう同級生も出てくるけれど、穂乃果は純粋に

二人の仲を羨ましがっているようだ。

「ケンジくんなんか、最近一緒に登校してくれなくなっちゃってね」

 そう言うと、穂乃果は少し寂しそうな顔をする。

「きっと、恥ずかしがってるんだよ」

 と、雷電は言った。

「そうかなあ。それに、下の名前で呼ぶと怒るんだよ」

「周りに冷やかされるのが嫌なんじゃないかな。拳児はきっと、穂乃果のことを大事

に思っているよ」

 雷電はあくまで優しく答える。

793: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:33:43.83 ID:yguzjLR4o

「そっか、そうだよね。今度また誘ってみよう」

 小学校も三、四年ぐらいになると、互いに男子や女子を意識するようになり、次第に

距離が開いていくものである。

 幼い時は、下の名前で呼び合っていたという播磨と穂乃果も、いつしか苗字で呼び合う

ようになっていた。しかし、海未と雷電は相変わらず一緒にいることが多かったし、

呼び方もお互いに変わらない。

 そんな二人を冷やかす者もいたけれども、基本的に海未が制裁を加え、それを雷電が

止めるという構造が出来上がっていたようである。

「訳のわからない連中に色々と言われて悔しくないのですか?」

「言いたい奴には言わしておけ」

 雷電は小学生にしてはやけに達観した物の見方をしていた。

 留守がちな父に代わって、家と家族を守るという役目を受けていたからかもしれない。

「海未ちゃん見て見て! 蝉の抜け殻だよ!!」

 雷電に比べると、小学校入学以来の友人である穂乃果は明らかに幼く見えた。

(まあ、今はこんなのですが、中学校に上がれば少しは大人しくなるでしょうね)

 まさかこの幼さが高校に上がっても基本的には変わらないとは、その時の海未には

想像できなかったであろう。

 後に音ノ木坂学院に進学してスクールアイドルを結成する海未、穂乃果そしてことり

の三人は同じ小学校の出身であった。そして男子では雷電と播磨が同級生である。

 当時の播磨は今よりも気が強く、やたら腕力も強かったため、周りから避けられて

いたけれども雷電だけは、よく播磨の相談相手になっていた。播磨の方も、あまり人

とは関わらなかったけれども、雷電だけは例外であったようだ。

794: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:34:17.06 ID:yguzjLR4o

 誰とでも分け隔てなく接する雷電は、時には教師にも頼られる存在であった。しかし、

学級委員をやるような目立つ存在ではなく、あくまで裏方として生きることを好んで

いたようにも見える。

 実はそのことも海未には少し不満であった。

 雷電のことは、クラスでももっと評価されてもいいのではないか、と。

 海未も雷電ほどではないけれど、女子の間からはそれなりに頼られる存在であり、

学級委員など、クラスの代表も何度か勤めていた。しかし、彼女が無難にクラスの

代表をこなせていたのも、雷電の助力があってこそである。

 自分が評価されるのはそれは嬉しい。でも、雷電は滅多に評価されないし、あえて

評価されようとも思わない。ただ黙々と、他人を助けるだけの存在。

「雷電、あなたはもっと自分をアピールした方がいいと思いますよ。このままじゃあ、

あなたは損ばかりしてしまいます」

 学校からの帰り道、よく海未はそんなことを言っていた。

 だがそんな時、決まって彼は言う。

「誰もが平等に評価されることなどありえない。別に俺は目立たなくとも構わない」

 彼はあえて主役になることを望まず、わき役に徹しているようであった。

 海未はそんな雷電を見て、損をしていると思っていた。

 今思えば、雷電のおかげで助かっていた自分に対する後ろめたさがあったのかもしれない。

 そんなある日のことである。

 同級生の南ことりが別のクラスのいじめっ子に絡まれているのを海未が見かけた。

「なんでお前、とさかがあるんだ? ニワトリか? 鳴いてみろよ」

 ことりは大人しそうな外見をしていたので、よくいじめられていた。

795: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:34:44.63 ID:yguzjLR4o

 また、ことりは小学校のころから可愛らしかったから、男子としては好意を

はっきりとは表に出せず、つい意地悪をしてしまったのだろう。

「こらあ! やめなさい」

 正義感の強い海未は、そんな現場を見過ごすはずもなかった。

 周りの児童たちは、体格の大きいいじめっ子に恐れをなして何も言えなかったけれども。

「なんだあ? 二組の園田かよ。何か文句あんのか」

 いじめっ子はそう言って睨み付ける。

 だが、海未はまったく動じない。

「女の子をいじめるなんて、随分格好の悪いことをするのですね」

「別にいじめちゃあいないさ。ちょっと話をしただけだ」

「……!」

 海未の後ろに隠れたことりが涙目で首を振る。

「本人は嫌がっていたようですが?」

「うっせえなあ。お前には関係ないだろうが」

「人に迷惑をかける行為を見過ごすわけにはいきません。あなた、南さんに謝りなさい」

「は? 何だお前。何様のつもりだ」

 いじめっ子はイライラを募らせる。

 どう見ても海未の方が正しいのだが、彼女の高圧的な言い方に反発してしまったようだ。

「女の癖に俺に意見しようってのかよ、コイツ」

「きゃあ!」

796: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:35:14.83 ID:yguzjLR4o

 周囲の女子児童が叫ぶ。

 傍若無人な振る舞いはともかく、男尊女卑的な言い方も海未には気に入らなかった。

「言ってもわからないようですね、あなたは」

「うるせえ!」

「海未ちゃん」

 涙目でことりはつぶやく。

「ことり、下がってなさい」

 海未はことりを静かに後ろに下がらせた。

「いい度胸だテメエ。柔道教室に通っているこの俺を怒らせたらどうなるかわかってん

のか?」

「さあ、どうなるのですか?」

「こうなんだよ!」

 いじめっ子の右手が海未を掴もうとする。

 しかし、海未は素早い体さばきでそれを躱すと、いじめっ子の脚を引っ掛けた。

 すると、勢いの余ったいじめっ子は廊下にうつ伏せに倒れてしまった。

「イテテ……」

「どうなると、言うのですか?」

 海未は言った。

「くそがあ! 女のくせに……!」

 憎しみを込めた声でいじめっ子が立ち上がろうとすると、

「おい! 何をしている!」

 ジャージ姿の教師がこちらに駆けつけてきた。

「やべっ! 先生だ」

797: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:35:41.90 ID:yguzjLR4o

 そう言うと、素早くその場から逃げ出すいじめっ子。

「こらあ! 森田あ!」

 教師の声が廊下に響く。

「お、園田か。何があった」

「いえ、何もありませんよ。森田くんが勝手に転んだだけです」

「そうか」

 海未はそう言って誤魔化す。

 いじめっ子のほうも、まさか女子生徒にしてやられたとは言えないため、その事件は

その場で収まったかに見えた。




   * 
   


 数日後の放課後――

 海未自身、“あの日”のことを忘れかけた日のことである。

「海未ちゃん、一緒に帰ろう?」

 そう言って誘ってきたのは、先日いじめっ子から助けた南ことりであった。

 ことりは穂乃果と仲が良く、彼女を通じて穂乃果とも親しくなったと言っても過言

ではない。

「それでね、穂乃果ちゃんが体育の時にね」

 ことりはよく穂乃果の話をする。

798: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:36:18.89 ID:yguzjLR4o

 クラスがかわっても、二人の友情は変わらないようだ。

 海未とことりはランドセルを背負って校舎の外へ向かった。

「今日はあの……、工藤くんはどうしたの?」

「工藤? ああ、雷電のことですか。雷電なら教室で補習の手伝いをしていますよ」

 ずっと下の名前で呼んでいたので、海未は雷電の苗字を忘れそうになっていた。

 そう、彼の上の名前は工藤である。

 ただし、某探偵とは何の関係もない。

「へえ、前から思ってたけど、工藤くんと海未ちゃんって仲がいいんだね」

「幼馴染ですからね」

「今でも時々一緒に帰ったりするもんね」

「拳法の道場に行くときだけですから」

 そんな他愛もない話をしながら生徒昇降口で上履きから外履きに履き替え、校門へ

向おうとしたその時、海未たちの前を数人の人影が待ち受けていた。

「……!」

 一瞬で殺気を感じ取る海未。

「どうしたの? 海未ちゃん」

 ことりはすぐにこの雰囲気を感じ取れずにキョトンとしている。

「園田海未だな」

 腕組みをしている背の高い男子が海未の名前を呼ぶ。

 見かけない顔なので、上級生なのだろう。

「俺はこの学校を仕切ってる川城だ。この前はウチの舎弟に面白いことしてくれた

らしいじゃねえか。ちょっと面貸せや」

 そう言って首で合図する男子。

799: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:36:52.28 ID:yguzjLR4o

 よく見ると、そいつの後ろには、先日転倒させて恥をかかせたいじめっ子の姿も見えた。

 どうやらこの上級生は、このいじめっ子の親分みたいなものなのだろう。

 自分の仇を取って欲しくて上級生に頼む。

 どこまでも卑怯な人間だ、と海未は思った。

「わかりました。付き合いましょう。ただし、この子は関係ないのでこのまま家に

帰してください」

 海未はそう言ってことりを指さす。

「おっと、そうはいかねえぜ」

 そう言ったのは、確か森田とか呼ばれたいじめっ子である。

「そいつが先生に通報(チク)るかもしれないからなあ」

 よく肥えたそのいじめっ子はそう言って不敵な笑みを浮かべる。

(どこまでも下衆な連中だ)

「そんなことはしませんから安心してください」

 海未は集団のリーダーである川城の目を見てはっきりと言う。

「ことり、あなたはこの場を離れなさい。決して先生には言わないように」

 海未は語気を強くして言った。

「……」

 無言で頷くことり。目が少し、いや、かなり涙ぐんでいた。

「これでいいでしょう?」

 海未は川城に向けて言う。

「けっ、仕方ねえ。おい小娘。絶対にチクんじゃねえぞ」

800: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:37:25.29 ID:yguzjLR4o

 川城はそう言ってことりを睨みつける。

「ひいっ」

 ことりは小さな悲鳴を上げて肩をすくめた。

「こいっ、こっちだ」

 七、八人の集団は海未を囲むようにして移動していく。

 その場に残されたことりはどうしたらいいのかわからず、茫然としていたようだった。 



   *



 体育館裏。

 このジメジメとした場所は、よく不良が喧嘩をしたりタバコを吸ったりする場所と

して学園モノでは有名だ。

 ただ、まさか自分がこのような形で連れてこられようとは、海未は思いもよらなかった。

「こ、これからどうするのです?」

 動揺を隠すように海未は質問した。

「ああ? 決まってんだろう。舎弟(コイツ)に恥をかかせた落とし前をつけて

もらうんだよ」

 そう言うと、川城は親指で太ったいじめっ子(森田)を指し示す。

「落とし前、ですか」

 Vシネマの中でしか聞いたことの無いような言葉だ。

 小学生の癖に一丁前な口を利く川城の姿が少し滑稽に思えた。

801: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:37:51.28 ID:yguzjLR4o

 だがこの状況は滑稽ではすまされない。

(不味いですね)

 一対一なら、例え上級生にも負ける気はしない海未。だが、数人に囲まれた今の状況

は違う。人数の差は戦力の差と同等だ。例え一人一人は弱くても、これだけの人数に

一斉にかかってこられては、さすがの海未も対処できない。

「……どうすればいいんですか」

 海未は聞いた。

 何となく答えは想像がついたが。

「そうだな。土下座したら許す。これでどうだ」

「フハハハハ」

 下品な笑い声が響く。

「どうして土下座しなければならないのですか?」

 その笑い声に、海未は少しイラついた。

「ああん? 女の癖に男に楯突いたからに決まってんだろう」

「私は悪いことをしたとは思っていません。もとはと言えば、そこの男子がウチの

クラスの女子をいじめていたのが悪いのではありませんか」

 海未は一瞬だけ森田に目をやると、すぐに川城に視線を戻す。

 心臓が高鳴っている。

 これから戦闘がはじまるのだろうか。

 そう思うと怖くてたまらない。

 拳法の試合でもこれほど怖いと思ったことがない。

 それは、大怪我をする可能性がほとんどないとわかっているからだ。

 だが今は違う。

802: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:38:18.82 ID:yguzjLR4o

 生身の人間が殴り合う。そんな状況だ。

 それも多数対一人。

 不利。

 圧倒的に不利。

 どう対処する。

 隙を見て逃げる。

 そんな選択肢は彼女にはなかった。

 意地でもこの卑怯な男子連中に一撃を加えてやりたかった。

「悪いが助けはこないからな」

 そう言うと、川城はわざとらしく指を鳴らした。

 北●の拳のように上手くボキボキとは鳴らず、マヌケな音が少し聞こえただけであった。

 だが上級生はそんなことも気にしてはいないようだ。

「こんな多人数で、私一人を襲うのですか?」

 海未は挑発するように言った。

 こうすれば一対一に持ち込めるのではないか。

 そう思ったからだ。

「ああん? 舐めてんのかクソが。本当に生意気な奴だ」

「そうですよ川城さん。やっちゃってください!」

 いじめっ子の一人がそう言った。

 典型的な小者っぷりに頭が下がる思いだ。

803: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:38:50.51 ID:yguzjLR4o

「言われなくてもやってやるよ!」

 大きく振りかぶって殴りかかってくる川城。

 動きがバレバレだ。

 まるでスローモーションである。

 海未は足場が悪いのも気にせず、素早く川城の攻撃をかわす。

 そして彼の拳は大きく空を切った。

「おっとっと。クソが……!」

 川城のイラつく声が聞こえてきた。

 感情を表に出せば、攻撃は単調になる。

 再び右ストレート、そして左。蹴り。

 空手か何かをやっていたようで、それなりに型にははまっていたけれど、いかんせん

動きが単純すぎた。

「せいっ!」

 関節を狙って、海未は回し蹴りを放つ。

「ぬわっ!」

 力の弱い女子でも、相手の鍛えられない部分に攻撃を仕掛ければ、それなりに効果

はあるものだ。

「あがが……」

 川城は無様に膝から崩れ落ちた。

 確かに体格が良いので、川城の攻撃は当たれば大きなダメージになることだろう。

 だがそれは当たれば、の話だ。

 彼の攻撃は大振り過ぎて、海未の目にはスローモーションにしか見えなかった。

「川城さん!」

 数人が駆け寄る。

「うるせえ!」

804: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:39:21.62 ID:yguzjLR4o

 だが川城はその手を振り払うようにして立ち上がった。

「おい、太田! 嶋中!」

「はい!」

「その女の両腕を抑えろ!」

「え?」

「早くしろ!」

「はい!」

「ちょ、ちょっと!」

 二人の男子が川城に言われた通り、海未の両腕を掴む。

「何をするんですか!」

 必死に振りほどこうとする海未。だが二人掛かりではさすがの彼女でも振りほどくの

は難しい。

「卑怯者!」

 海未は叫んだ。

 しかし頭に血が上ったこの状況ではカエルの面にションベンである。

「ワレ、俺にも恥をかかせてくれたな。その落とし前もつけてもらうぞ」

 怒りに震えた川城が拳を握る。

 さすがに今度は避けられそうもない。

「川城さん、顔はヤバいッスよ。腹にしましょう、ボディーに」

 男子の一人が心配そうに言う。

 だが川城は聞かない。

「うるせえ!! 俺に指図すんな!」

 海未は衝撃を覚悟し、歯を食いしばった。

 この男は女子でも関係なく殴るだろう。それだけどうしようもない存在だ。

 しかし、そんな理不尽な暴力に屈するわけにはいかない。

 絶対に屈しない!

 海未は強く目をつぶった。

 その時である。

805: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:39:48.93 ID:yguzjLR4o




「待ってください!!」




 聞き覚えのある声が体育館の裏に響く。

「ああ!?」

 海未が目を開くと、そこには見覚えのある人物が立っていた。

「雷電?」

 そう、雷電である。

「おお? 誰かと思えば腰抜け(ヘタレ)の雷電くんじゃないか」

 ニヤニヤしながら川城が言った。

「ヘタレ……?」

 海未は小さくつぶやく。

「川城先輩。約束が違いますよ」

「はあ? 約束だあ? ヘタレとの約束と言われてもなあ」

「どういうことなの!?」

 海未は雷電に聞いた。

「それは……」

 雷電は海未から顔を逸らす。

「コイツ、川城さんに土下座したんだぜ」

 そう言ったのはいじめっ子の森田であった。

「土下座?」

「ああ、自分が土下座する代わりに園田海未に手を出さないでくださいってな」

 その続きを言ったのは川城自身であった。

「どうしてそんなことを……」

 海未はつぶやくように言う。

「お前を守るために決まっているだろう」

 雷電は言い切った。

 そういう男なのだ。

「おうおう、美しい愛だこと」

806: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:40:35.51 ID:yguzjLR4o

 冷やかすように川城は言う。

「それより先輩、約束が違うじゃないですか。なんですか、この状況は」

「はあ? 気が変わったんだよ。つうか、お前が土下座したことなんて、この女は

知らねえじゃんかよ。だから園田(コイツ)は生意気なまんまなんだよ。だから、

教育してやらなきゃならねえと思った。それだけだ」

「酷い……」

 海未は絞り出すような声で呟く。

 それは自分のために土下座までした雷電にか、それとも雷電との約束を易々と破る

川城の外道っぷりにか。

「はは。ヘタレの彼氏を持つと大変だな園田」

 川城は邪悪な笑みを浮かべながら言った。

「雷電を悪く言わないで!」

「糞生意気な女だ。多分、二、三発ぶん殴ったところで謝りはしないだろうよ。だった

らまずはコイツからボコボコにしてやる」

 そう言うと、川城の視線は海未から雷電に移る。

「まさか……」

「そうさ、お前の見ている前で雷電をぼこにしてやるぜ」

「やめて!! 貴方たちの目的は私でしょう!? だったら私だけを狙いなさい!」

「うるせえ! 俺に命令すんな! おい、お前ら!」

「はい!」

 海未を取り押さえている二人組以外の男子が一斉に返事をする。

「雷電をボコボコにしろ!」

「はい!」

 そう言って、ほぼ全員が戦闘態勢を取った時であった。

「腐れ外道が、吐き気がするぜ」

807: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:41:03.41 ID:yguzjLR4o

「ん?」

「ぐわあ!!」

 不意に一人の男子が膝から崩れ落ちた。

「お前は……」

 川城の声が今までと明らかに違う。

「ったく、随分と面白いことになってんじゃねェかよ」

 酷く目つきの悪い少年がそこにいた。


「播磨拳児!!」


 播磨はすでにそのころから暴れん坊として有名であった。

 ゆえに学校のいじめっ子たちも播磨にだけは手を出さなかった。

「お、お前には関係ないだろうが」

 川城は震えながら言う。そこには上級生の威厳など欠けらも存在していない。

「そこの雷電には色々と借りがあるんでなあ。放っておくわけにはいかねえんだよ。

それより、色々と珍しい光景だな」

 ニヤニヤと笑いながら言う播磨。

 川城の笑いとは違う、本物の狂気を含んだ笑いだ。

「これは……」

 川城が後ずさる。

 そんな播磨に雷電は言った。

「相手は八人。いや、今お前が一人倒したから七人だな。七対二。やれるか」

「おいおい、雷電。俺を誰だと思ってんだ?」

 播磨は雷電の質問に鼻で笑う。

「楽勝だぜ」

 そう言うと、播磨と雷電は一斉に飛び出した。





    *

808: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:41:32.59 ID:yguzjLR4o


「イテテテ、おい南。もういいって」

「ダメだよはりくん。バイキンが入ったら危ないんだから」

「バイキンごときに俺が負けるかっての」

「はしょーふー菌は危ないって、保健の先生が言ってたよ」

 夕闇に染まる保健室で、南ことりは播磨拳児の顔に赤チンを塗っていた。

 そんな二人の様子を、雷電と海未は黙って見ている。

 幸い雷電と海未には大きな怪我もなく、播磨が数か所擦り傷を作った程度で喧嘩は

終った。

 もっとも、相手になった川城たちは擦り傷程度では済まないほどの心の傷(トラウマ)

を負ったようだが、それはまた別の話である。

 ことりの話によると、雷電を呼んだのはことりであった。

 その時雷電は、教室で播磨に算数を教えていたという。

 彼はことりの話を聞いてすぐに教室を飛び出し、播磨もそれに続いた。

 そしてあの大参事である。

「ごめんなさい、雷電。色々と迷惑をかけたようで」

 思い切って、海未は話を切り出す。

「別に、俺が勝手にやっただけだ」

 雷電は何ごともないように答えた。

「それにしても――」

809: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:42:00.51 ID:yguzjLR4o

「……」

「海未、お前に怪我が無くて本当に良かった」

 そう言って雷電は笑う。

 無愛想な彼が笑うのは、とても珍しい。

「……ごめんなさい」

 ふと、涙が流れる。

 自分のことよりも他人のことをまず心配する。雷電はそんな男だ。

 それを思うと、ひどく悲しく思えた。

「なに、気にするな。俺はいつでも傍にいる」

 雷電のその言葉に海未の顔が一気に紅潮する。

 播磨とことりは気を使って顔を逸らしてくれたようだった。

「南、首が痛んだけど……」

「我慢なさい」

 二人のその声に思わず笑みが漏れる。

 海未は笑いながら、泣いた。


 


   つづく

810: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/05(日) 17:42:28.80 ID:yguzjLR4o


   おまけ


 男を覗くμ’sのメンバーで昔のアルバムを見ていた時の話。

「あの、海未ちゃん。ちょっと聞いてもいいですか?」

 ふと、花陽が遠慮がちに聞く。

「なんですか?」と、海未。

「この海未ちゃんの隣りに写っている美少年は、誰ですか?」

「あ、それ凛ちゃんも気になるにゃ!」

「そういえば、結構たくさん写ってるわね」

 絵里も写真を見ながら言う。

「え? 何を言ってるんですか? 当たり前じゃないですか」

 しかし、海未の方は不思議そうな顔をしている。

「まさか……」

 凛たちは顔を見合わせた。

「この子が雷電ですよ。小学生の頃の」

「えええええ????」

 まるで女の子のような中性的な雰囲気を持つ美少年。

 小学校時代を知っている穂乃果やことりは驚かなかったけれど、高校から知り合った

面々は一様に驚いていた。

「ちなみにこれが、中学校の卒業式の写真です」

 そう言って海未は一枚の写真を指さす。

「あ……」

 そこには、幼気な少年の面影はすでになく、今とほとんど変わらない雷電の姿があった。

(中学校の三年間で一体何があったのか)

 穂乃果たち以外の全員がそう思ったけれど、あえて口には出さなかった。

811: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:44:54.77 ID:AiPFpAVso

 ラブライブ本予選(最終予選)まであとわずか。

 合宿を終えたμ’sのメンバーに休んでいる暇はなかった。

 夏休みでも学校で練習をし、夕方に帰る。

 帰る頃にはみんなヘロヘロになっていたことは言うまでもない。

「しっかりしろ穂乃果」

「ういい。大丈夫だよお」

(そういや、こうして穂乃果と一緒に帰るのは久しぶりかもしれねェな)

 ふと、播磨はそう思った。

 夕方の学校を穂乃果と二人で歩く。

 いつも元気な彼女も、今日ばかりは口数が少ない。

(無理もねェ。ここ数日ろくに休みもなく練習しまくってるからな)

 休ませてやりたかったけれど、いかんせん時間がない。

 何より、彼女自身が休むことを拒否するであろうことは言うまでもないことだ。

 それだけ、今穂乃果は真剣だった。

(こんなにも真剣な穂乃果を見るのは初めてかもしれねェ)

 播磨は心の中で感心する。

 そんな時である。

 校門の辺りで見かけない人影を発見する。

「誰だ」

 ストーカー事件のこともあるので、わりと警戒する播磨。

「あわわ。失礼しました。決して怪しい者ではありません」

 ポニーテールにした女性は焦りながらもそう言った。

「本当に怪しくない奴は、ンなこと言わねェだろうがよ」

812: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:45:40.10 ID:AiPFpAVso

「ほ、本当ですよ。私はあの『週刊アイドルウォッチ』の記者をやっております、

青葉と申します。どうも、恐縮です」

「はあ? 妖怪アイドルウォッチが何だって?」

「妖怪じゃありません。週刊アイドルウォッチです」

「あ、その雑誌知ってる」

 ふと、穂乃果が声を出した。

 先ほどまでヘトヘトで声も出なかった彼女が急に顔を上げたのだ。

「時々コンビニで立ち読みすることがあるよ」

「できれば買っていただきたいのですが……」

「それで、雑誌の記者が何のようだ。悪いが、もう練習は終っちまったぞ」

「いや、実はスクールアイドルではなく、あなた。播磨拳児さんにお話を伺いたい

と思いまして」

「あン? 俺か? なぜ」

「今話題のSIP、スクールアイドルプロデューサーについての特集をやろうと思い

まして」

「何で俺なんだよ。つうか、後ろの女は誰だ。そっちも記者さんか?」

 ふと、播磨は青葉の後ろに隠れるように立っている女性に目が行った。

 だがその女性が目深にかぶったハンチング帽を取った時、思わず声を出してしまう。

「あっ!」

「お久しぶり、播磨さん」

 見覚えのある前髪がひょっこりと顔を出す。

「早紀か」

 本名山田早紀。全国的には綺羅ツバサとして知られている、A-RISEのメンバー

であった。

「どういうことだ、こりゃ」

 意外な人物との意外な再開に戸惑う播磨。

「青葉さんとは知り合いだったので、ついでに連れてきてもらったんですよ?」

 早紀は播磨の動揺を気にすることもなく自然に言ってのける。

「ちょ、ちょっと拳児くん。A-RISEの綺羅ツバサさんと知り合いなの!?」

 驚いたのは播磨だけではない。

 一緒にいた穂乃果も当然驚く。

 綺羅ツバサこと、山田早紀との関係は誰にも言っていないので当然なのであるが。

「いや、これは……」

 播磨が口ごもっていると早紀は播磨を素通りして、後ろにいた穂乃果の手を取った。

「μ’sの高坂穂乃果さんね! 一度会ってお話してみたかったの!」

「んん!?」

 

813: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:46:08.17 ID:AiPFpAVso

 


 
     ラブ・ランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル

    第三十話 邂 逅

814: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:46:47.26 ID:AiPFpAVso


 駅前のファミリーレストラン。

 そこで播磨は雑誌記者の青葉から三十分という条件で取材を受けることにした。

 ちなみに穂乃果は別の席で綺羅ツバサ(山田早紀)と話をしている。

 彼女たち曰く、男子には聞かせたくない話だという。

 それにしても、よく初対面の相手と二人きりで話ができるな、と播磨は思う。

 女はともかく、男はわりと警戒心が強いので初対面の相手に対して、そう簡単に

心を開いたりなどしない。

「それじゃあ、お話よろしいですか?」

 ICレコーダーとメモ帳を用意した青葉は言った。

「ああ、構わねェぜ」

 元々廃校を防ぐため、学校のアピールをするために始めたアイドル活動だ。雑誌の

取材というのも、一種の広報だと思えば受けても損はないか、と播磨は思う。

 ただ、とても面倒くさい。基本的にお喋りが好きなほうではないので、上手く説明

できるかどうかも定かではない。

 一応、現場(ここ)に向かう途中に、東條希に電話をしてみたのだが「ええんやないの?」

の一言で片づけられてしまった。

(さて、何をどう話せばいいのかね)

 播磨が迷っていると、青葉から質問が発せられた。

「では質問、よろしいですか?」

「構わねェよ」

 播磨は注意深く返事をする。

 変なことをいったらそれが記事になり、μ’s全体のイメージにかかわることになる

かもしれない。

「そんなに怖い顔しないでください。大丈夫ですよ、別に叩いたりする気はありません

から」

 こちらの緊張を察したのか、青葉は笑顔でそう言った。

「べ、別にそんなことは気にしちゃいねェよ。こっちは新鋭のチームなんだ。粗がある

ことは承知の上だぜ」

815: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:47:24.40 ID:AiPFpAVso

「まあまあ、技術的なことはひとまず置いておいて、まずはそうですね、スクール

アイドルを結成した動機なんかを教えてもらえますか。聞くところによると、μ’s

は今年結成されたばかりの新鋭のSI(スクールアイドルの略)だと思うのですが」

「こういうことを言うと、真面目にSIやってる連中に怒られるかもしれねェが、

ほぼ思いつきに近いもんがあるな。ウチの学校は、その」

「音ノ木坂学院がどうしました?」

「ああ、音ノ木坂は近年の少子化で志望生徒数が減ってるんだ。このままでは、

生徒の新規募集を中止して、廃校になるかもしれねェって話も出ている」

「ほほう、それは……」

「だからそれを阻止するために、スクールアイドルで学校を盛り上げて廃校を防ごう

と考えたのが、今のウチのリーダーだ」

「高坂穂乃果さんですね」

「そうだな」

「少し話はズレますが、学校を盛り上げるのならば、別にSIである必要はなかった

のではありませんか?」

「まあ確かにそうだな。だけど、アイツは、高坂穂乃果は直感的にスクールアイドル

が、学校を盛り上げるのに最適だと思ったんだろうよ。別にウチは特別な学科がある

わけでもないし、スポーツが強いわけでもない」

「そうですか。それで、SIのチーム作りはどのようにはじめたのですか? 聞く

ところによると、播磨さんが一から立ち上げたと言われておりますが」

「まあ、そうだな。一応、顧問教師みたいなのはいるけれど、基本的に活動内容は

俺たちが自主的に決めている」

「それでラブライブの予備予選を突破するって、凄くないですかねえ」

「たまたま、運が良かっただけだろう。あと、即戦力になるメンバーが何人かいたのも

大きい」

「即戦力と言いますと」

「まず、バレエ経験のある絢瀬絵里かな。踊りの基礎ができてる。初期のメンバーだ

と、運動神経のいい園田海未。全体的に能力の高かった東條希と言ったところか」

「そういった即戦力となるメンバーがμ’sの予備予選突破の原動力になったとお考え

ですか?」

「いや、もちろんそれだけじゃねェと思うぜ。一年生の西木野真姫は、音楽の才能に

恵まれているし、同じ一年の星空凛や小泉花陽は、技術的にはまだまだだが、誰より

も努力している。そういった姿勢は重要だ。二年生の南ことりや、三年の矢澤にこ、

もちろんリーダーの高坂穂乃果もムードメーカーとして頑張っている」

「ムードメーカーですか」

816: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:47:58.90 ID:AiPFpAVso

「チーム内のムードというか、空気は重要だと思うぜ。こういう人数の多いグループ

なら猶更だ。今回俺たちが参加するラブライブの北関東地区ブロックの予選は、

UTX学院のA-RISEをはじめ実力者揃いだ。そんな中、周囲や会場に呑まれず

のびのびとパフォーマンスができるのは、それぞれのメンバーの技術もそうだが、

それを補って余りある前向きな気持ちが重要だと俺は考えている」

「今、A-RISEの名前が出てきましたが、やはり今回の最終予選での最大のライバル

はA-RISEですか?」

「A-RISEは確かに凄いと思うが、俺たちとは少し路線が違うと思う。まともに

やりあったら勝てる相手ではないけれど、違う路線で攻めれば勝機も皆無ではないと

思ってるけどな」

「路線ですか」

「そもそも、A-RISEとμ’s(ウチ)じゃあ、同じアイドルといってもタイプが

違う。こいつは友人に聞いた話だがな、少なくともA-RISEは今のアイドルグループ

のコンセプトからズラすことで人気になったと言われているな」

「それはどういうことですか?」

「それに関しては、俺たちよりも雑誌(そっち)の方が詳しいんじゃねェのか?」

「ウチは播磨さんの現状認識が聞きたいと思ってます」

「ったく。面倒くせェなあ。まあアレだ。A-RISEは、これまで流行ってきた

多人数アイドルの路線とは反対に、少人数実力者を集めたハイレヴェルな技術を武器

にしたアイドルグループとして支持されているんじゃねェのか?」

「まったくその通りですね」

 青葉はそう言って頷く。

「ウチらは多人数アイドルではあるけれど、ご当地アイドルのように人数は多くない。

だからといって、A-RISEほど少数精鋭でもない。中途半端かもしれねェが、

そこらの間隙を突く形攻めていきてェと思う。もちろん、それを決めるのは審査委員

なんだがな」

「ラブライブに話を戻しますが、予備予選のあの『事件』は衝撃的でしたね」

「ああ、あの穂乃果の転倒な」

「大きな怪我が無かったのは何よりですが、我々がそれ以上に関心を持ったのは、

その後のことです」

「それは……」

 播磨は不意にあの時のことを思い出す。

「ステージに向けて大声を出したのは、播磨さんですよね」

817: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:48:44.03 ID:AiPFpAVso

「……まあな」

 正直あまり思い出したくない。

 今でもあの時のことを思い出すと恥ずかしくて顔が熱くなる。

「我々はあの時の声がμ’sの予備予選突破を決定づけたと我々は思っているのですが」

「そりゃ言い過ぎだろう。転倒が無けりゃあもっと楽に突破できた」

「それはそうですけど、播磨さんのあの声がメンバーたちの頭を切り替えさせ、最後

までパフォーマンスを続けられた原動力になったと思っているのですが」

「そいつは買いかぶり過ぎだ。俺の声が無くったって、あいつらは立ち直ったし、

予選も突破できた。それだけの練習は積んできたと思っている」

「私(青葉)は、あなたがご自身のことを過小評価しているように思えるのですが」

「過小評価?」

「ええ。少なくともあの子たち、つまりμ’sのメンバーにとってあなたの存在は

もっと大きいものだと思っています」

「それこそ過大評価だろう」

「私たちは、あなたのことを今回の東京ブロックで最年少のSIPとして見ています」

「SIP、スクールアイドルプロデューサーか」

「そうです」

「他の奴には何度も言っているけどな、俺は自分のことをSIPなどと思ったことは

ねェぞ」

「それではあなたは何を」

「俺はただ、アイツらがやりたいと思っていることを手伝っているだけだ、と思って

いる。部活動のマネージャーみたいなもんだな。正式な肩書きは副部長だが」

「そうですか? 私はしっかりプロデュースできていると思いますけど」

「SIPってのは、A-RISEの新井タカヒロプロデューサーみたいな存在のことを

いうんじゃねェのか?」

「ええ、そうですね」

「それなら、俺はSIPじゃねェ。あくまでわき役だ」

「随分と謙遜なさるんですね。意外です」

「謙遜でもなんでもねェ。ここまでこれたのはメンバーのおかげだ。俺は大したことは

してねェ」

「はあ」

818: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:49:12.75 ID:AiPFpAVso

「練習だって本番だって、基本的にはメンバーの自主性に任せている。ただ、その責任

は俺が取る。それだけ。特別な仕掛けなんて何もねェ」

「……」

「意外か?」

「いいえ、何となくμ’sがこれまでやってこれた理由がわかったような気がします」

「本当かね。俺自身、よくわかってねェのに」

「客観的に見たらわかるものですよ」

「そうかよ」

「そうですよ」

 そう言うと、青葉は手元にあったメロンソーダに口をつけた。

「最後に、もう一つ聞いていいですか?」

「なんだ」

「最終予選でA-RISEに勝てる自信はおありですか?」

「確かにA-RISEは手強いな」

「……」

「だが、勝てる可能性はゼロじゃねェ。挑戦する限り可能性はあるもんだ。俺はそれを、

メンバーから教えられた」

「今日はありがとうございます」



   *

819: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:49:56.28 ID:AiPFpAVso


 同時刻、同じファミレス内の別の席で綺羅ツバサと高坂穂乃果は向かい合って座って

いる。

「……」

「……」

 そして流れる気まずい空気。

 わりと話が弾んでいる青葉と播磨の席とは対照的である。

 穂乃果はコップに入ったストローに口は付けてはいたが、ほとんど飲んではいなかった。

否、水分を飲む余裕が無かった、と言ったほうが正しいかもしれない。

「あの、綺羅ツバサさん?」

 ジト目のまま声をかける穂乃果。

「はい、なんでしょう」

「ウチの拳児くんとは、どういった御関係で?」

「ああ、やっぱりそこがきになりますかあ」

 綺羅ツバサは苦笑いしながら言った。

「当たり前ですよ。だって、うちの副部長が他の学校の、それもA-RISEの

メンバーと知り合いだったなんて、知らなかったんですから」

「別にそんな、特別な関係というわけではないんですよ? ただちょっと、偶然

お会いして、知り合いになっただけで」

「偶然、ですか」

「そんなに怒るってことは、やっぱり穂乃果さんが播磨さんのカノジョさんなんですか?」

「へ、へえ!?」

 綺羅の言葉に動揺を隠せない穂乃果。

「べ、別に拳児くんとは幼馴染というだけで、別にそんな、特別な関係というわけじゃ」

「だったら彼がどこで何をしてもいいじゃないですか」

「よくないよ。だって拳児くんはウチのチームの要なんだし」

「要、ですか」

 ふと、綺羅ツバサは視線を落とした。

「……」

 しかしすぐに顔を上げ、穂乃果に言った。

「安心して。本当に、播磨さんとは何にもないわよ」

「本当ですか?」

「ただちょっと、一緒にスイーツを食べて、釣り堀に行っただけだから」

820: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:50:25.06 ID:AiPFpAVso

「え?」

「この前の日曜日だったかな?」

「そそそそ、それって、デートじゃないですか!?」

 穂乃果の声に、周囲の客や店員が一斉にこちらを向く。

「あ、すみません」

 穂乃果は笑ってごまかすと、椅子に座り直した。

「それって、デートじゃないですか」

 落ち着いた彼女は、もう一度同じことを言う。

「別にやましいことはしていませんよ? ちょっと一緒に遊んだだけだし」

「うう。釣り堀なんて、私だって一緒に行ったことないのに」

「気になるのはそこですか」

「そういえば、あなたのことを、拳児くんは『サキ』って呼んでましたね」

「私がそう呼ぶように頼んだの。私の本名」

「本名?」

「ええ。山田早紀。平凡な名前でしょう?」

「あ、いや。いい名前だと思いますよ。綺羅ツバサも素敵だけど」

「ありがとう。播磨さんもそう言ってくれたわ」

 そう言うとツバサ、あらため山田早紀は微笑する。

「でも、どうしてあなたがその、ウチの拳児くんと一緒に遊びに出かけるなんてこと

をしたんですか? どう見ても、そんな接点があるようには見えませんが」

「確かにそうですよね。何度か会った程度だし、デートは言い過ぎかもしれないけど、

一緒に遊びに行くなんてことはしないかもしれない」

「わかっててやったんですか……?」

「私興味があったの」

「興味?」

「播磨拳児という人物に。だから出来るだけ長い時間一緒にいてみたいと思ったの」

「それで、スイーツショップや釣り堀に」

「お蕎麦も一緒に食べたな」

(いいなあ……)

「どうしました?」

「なんでもありません」

 思わず本音が漏れそうになる穂乃果。

821: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:54:54.93 ID:AiPFpAVso

「どうしました?」

「なんでもありません」

 思わず本音が漏れそうになる穂乃果。

「でも彼、なかなかガードが固いのね」

「ガードが、固い?」

「ほら、私は自分で言うのも何ですけど、結構スクールアイドルの中では有名な方

だと思うんですよね」

「本当に自分で言うんですね」

 穂乃果は早紀の自信に呆れるとともに、少し羨ましいと思った。

 これだけ自分に自信があれば、もっと彼に近づけるのではないかと考えたからだ。

「そんな私が遊びに誘ったのに、播磨さんはあまり乗り気ではなかったんですよ?」

「本当ですか?」

「だから半ば強引に誘ったって言いますかね。そこの所は安心してください」

「何の安心ですか……」

「まあまあ。でも少しわかった気がします」

「わかった?」

「貴方たちが、ここまで来た理由ですよ。予備予選を突破して、本予選まで来られた

理由」

「……」

「やっぱり、彼の存在が大きかったんですね」

「それは、否定しません」

 穂乃果はジュースのストローに口をつけ、今度は一口飲み込んだ。

822: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:55:29.15 ID:AiPFpAVso

 心を落ち着かせるためだ。

「私は、走り出したら止まらないところがあるし、周りが見えなくなることも

しょっちゅうだから、拳児くんや他の子たちのサポートが無ければ、ここまでは

来れなかったと思います。その中でも、やっぱり拳児くんの支えは、特別というか」

「やっぱり好きなんですか?」

「ふや! そ、そんなんじゃなくて、ててて」

「日本語になっていませんよ?」

「も、もう。今は“そういうこと”は考えないようにしてます。ラブライブの前です

し、大会に集中しないといけないから」

「それは私もわかりますよ? でも好きな人がいると、心が強くなると思いませんか?」

「……よくわかりません。男の人と付き合ったことがないから」

 穂乃果は正直に答える。

「こんなに可愛いのに」

「山田さんこそどうなんですか」

「私も実はさっぱり」

「ウソだ」

「ウソじゃありませんよ? 小さいころから、レッスンばっかりで、なかなか遊びに

行ける余裕がなかったんです」

「でも拳児くんを遊びに誘ってましたよね」

「あれでも結構勇気がいったんですよ? まあ、ステージに立つよりは緊張しません

でしたけど」

(ライブで鍛えた精神力がここで出たということか)

 穂乃果は少し納得する。

 高坂穂乃果と綺羅ツバサとでは、場数が違い過ぎる。

 例の予備予選での転倒事故も、穂乃果の経験の浅さが生んだ、単純なミスだ。

「それで、どうでしたか」

 穂乃果は聞いた。

「何がですか?」

「拳児くんと遊びに行って、何かわかりましたか?」

823: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:55:55.31 ID:AiPFpAVso

「うーん、そうですねえ」

 早紀は少しだけ考えてから、ポンと右の手の平を左の拳で叩く。

「私も好きになっちゃったかも」

「ぶっ!!」

 思わず口に含んだジュースを吹き出しそうになる穂乃果。

「ななな、何を言ってるんですか!」

「だって播磨さんって、μ’sの皆に好かれてるわけでしょう?」

「ええと、それは……」

 穂乃果は考える。

 嫌われてはいないことは確実だ。

 μ’sのメンバーの中で、もし播磨が告白したら付き合いそうな人は……。

 メンバーの一人一人の顔を思い浮かべる。

(海未ちゃんはまずないな。雷電くんがいるし。でも他のメンバーは)

 まずは一年生の西木野真姫。

 彼女は入った当初からすでに怪しかった。一緒に作曲をした、という所も心惹かれる

要素になるだろう。

 ストーカーをおびき寄せるためとはいえ、一時的に付き合っていたり、デートをした
ことも大きい。

 次に同じ一年生の小泉花陽。

 この子も参加当初から憧れ的なものがあったけれど、食生活改善合宿(第十九話)

辺りからかなり本気で彼を信頼するようになったかもしれない。

 そして星空凛。

 小さな子供が大きいお兄さんに憧れるような関係だった彼女も、最近はなぜか女

らしくなってきた。

824: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:56:27.45 ID:AiPFpAVso

 同学年の南ことりと三年生の東條希は、時々何を考えているのかわからないことが

あるけど、嫌ってはいないだろう。

 案外、ことりが一番のライバルになるかもしれない。

 希と同じ三年生の矢澤にこと絢瀬絵里はどうだろう。

 彼女たちも、播磨が連れてきたメンバーだ。特に絵里は親友の希ですら知らない過去

を播磨に話したこともあるようで、相当信頼している。
 
 穂乃果はもう一度考えた。

 播磨と恋愛的な関係になりそうなメンバーは……。 

 恐らく海未以外全員ではないか、と。

 当然自分も含めて。

「ライバルは多いようですね?」

 早紀は言った。

「これは作戦ですか?」

「え? 何がですか?」

「そうやって私を動揺させて、また失敗させる作戦なのでは」

「考え過ぎですよ。私はただ、μ’sのリーダーである、あなたとお話しがしたかった

だけです」

「でも話をしている内容は、拳児くんのことばかりじゃないですか」

 そう言って穂乃果は口を尖らせた。

「それはあなたが聞いてきたからでしょう?」

「ぐぬぬ……。でも負けませんから」

「え?」

「ラブライブでも、恋愛でも、私は負けない」

825: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:56:54.89 ID:AiPFpAVso

「ふふっ、いいですね。それ」

 そう言って早紀は笑った。

「こういう展開、好きですよ?」

「私はあまり好きじゃありません」

「いついかなる状況でもパフォーマンスをすることが、アイドルには求められるもの

ですよ?」

「それは……」

「本予選、楽しみにしてますね」

 ふと、山田早紀の顔つきが変わった気がした。

 何というか、山田早紀から綺羅ツバサに代わった、と言ったらいいだろうか。

「北関東ブロックからの選出校は一校のみ。つまり、私たちか貴方たち、どちらかが

勝たないといけません」

「……」

「では、失礼します」

 そう言うと、早紀は伝票を取って素早くレジに向かった。




   *

826: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:57:22.77 ID:AiPFpAVso


「おい、何で怒ってんだ?」

 夕闇に染まる道を、播磨と穂乃果は歩く。

 だが並んで歩くのではなく、穂乃果は播磨より少し前を歩いていた。

 彼女の機嫌が悪い時はいつもこんな感じだ。

「だって拳児くん。早紀ちゃんとデートしたこと、私たちに黙ってたじゃない」

 ポツリと穂乃果は言った。

「あ、あれはなあ。変に誤解されねェように黙ってたんだよ。つうか、おかしいだろう?

ライバル校のメンバーと一緒に遊ぶなんてよ」

「でも黙ってるなんて酷いよ」

「お前ェみたいに変な誤解するからだろうが」

「誤解って何よ。もしかして、早紀ちゃんのこと、好きなの?」

「だから違うっつってんだろうが!」

「ぷいっ!」

 そう言うと、穂乃果は露骨に播磨から顔を逸らす。

「そりゃあ、綺羅ツバサちゃんは有名だし、スタイルも歌も踊りも、私なんかより

よっぽど上手だしね」

「何言ってんだ」

「そのまま付き合っちゃえば?」

「お前ェ、焼いてんのか?」

「はあ!? 何言ってるの!!?」

 図星を突かれて思わず声を荒げる穂乃果。

 自分でも醜いとは思ったけれど、感情のざわつきは収まらない。

「もうお家帰る!」

 そう言うと、早足で穂乃果は前に出た。

「おい待て穂乃果!」

 そんな穂乃果の肩を掴む播磨。

「はなしてよ!」

827: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/07(火) 19:57:58.64 ID:AiPFpAVso

「落ち着け! 確かに綺羅ツバサは人気あるかもしれねェけどよ」

「当たり前じゃない!」

「でも、今の俺にはお前ェの方がよっぽど魅力的だぞ」

「……へ?」

「いや、だからよ。努力してたり苦しんだり喜んだり、色々見てきたわけだしよ、

お前ェの魅力は俺が一番わかってるつもりっつうかよ」

 播磨は照れながら顔を逸らす。

「ひょひょっ、にゃにを言ってるのかにゃ!」

「お前ェこそ、何言ってんだ。日本語を喋れ日本語を」

「私の方が、魅力的」

「ああ。ずっと魅力的だぜ」

「本当に?」

「本当だ」

「ありがとう……」

 穂乃果は恥ずかしそうに顔を下げる。

(こりゃあ、もしかして拳児くんは私のことを……)

「もちろん、ことりや海未、希、絵里、花陽、凛、真姫、ついでに矢澤にこも

A-RISEより魅力的だと思ってるぜ」

「……」

「あン? どうした」

「なんでもありません! 帰るよ!」

 そう言うと穂乃果は歩き出す。

 思った展開とは違う。

 でも今はそれでいいと思った。
 
 今度は播磨の少し前ではなくすぐ隣を歩いた。

 お互いの歩幅はよく知っているから、並んで歩くことは苦にならなかった。

(今はラブライブに集中しよう)

 穂乃果は心の中で決意する。

 だが、

(でもいつかは)

 そう遠くない未来にも思いをはせる穂乃果であった。



   つづく 

832: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:49:31.36 ID:MHW71Ydlo

 遂に二日後に迫った本予選。

 合宿も終え、準備万端のメンバーたち。

 仕上げの練習にも緊張感が感じられる。

 ただ、少し気を張り過ぎなのではないかと心配する播磨。

(どうにかする必要があるのか、それともそのままでいいのか)

 播磨は考えた。

 このままでも十分良い気がする。

 だが何かが足りない気がするのも確か。

(足りない? 一体何が足りない?)

 自問自答する播磨。

 真剣にレッスンに打ち込むメンバーの横顔を見ながら播磨はそこに不安を感じ取った。

(そうか、不安なのかもしれねェ)

 予備予選で派手に転倒した穂乃果。

 その結果、予選突破はギリギリであった。他のメンバーも、失敗をしないように、

細心の注意を払って練習をしている。

(だが少し緊張し過ぎではないか)

 播磨はその緊張を解す方法を考えてみた。

(あまりいい考えではないかもしれねェが)

 そう思いながら播磨は雷電に声をかける。

「なあ雷電」

「どうした、拳児」

「ちょっと頼みがあるんだが」

「なんだ?」

 雷電は改めて播磨に向きなおった。

833: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:50:02.64 ID:MHW71Ydlo







     ラブ・ランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル


   第三十一話 前 夜 

834: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:50:35.43 ID:MHW71Ydlo


「合宿!?」

 練習後のミーティングで、播磨は自分の思いつきを全員に話してみる。

「ていうか、またですか?」

 海未は言った。

 合宿ならすでに何回もやっている。

「まあ、そんな大それたもんじゃねェんだ。ただ、前日に全員で雷電の家に泊まるって

だけど。一緒にメシを食って、風呂に入って寝る。ただそれだけ」

「ただそれだけのため……?」

 ことりは言った。

「目的は何なの?」

 そう聞いたのは絵里である。

「お前ェら全員、ちょっと肩に力が入り過ぎだと思ってな。そう言った不安や緊張を

話し合うのにもいい機会なんじゃないかと思ったわけだ」

「つまり合宿というより、お泊り会みたいなものにゃ!」

 凛は嬉しそうに言った。

「まあ、そうだな」

 播磨は答える。

「確かにいいかも」

 真っ先に同意したのは穂乃果である。

「ですが、雷電の家というのはいいのですか?」

「雷電にはすでに了解をとってある。もちろんおカミさんにもな」

 そう言うと、播磨は雷電を見た。雷電は自分の携帯電話を軽く上げて見せた。

「まあ参加は自由だ。あえて強制はしねェ。希望者がいなけりゃ中止」

「はいはい、私は参加するよ拳児くん!」

835: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:51:05.70 ID:MHW71Ydlo

 そう言って真っ先に手を挙げたのは穂乃果であった。

「そうですね、私も参加します。穂乃果が迷惑をかけないように」

 腕を組んだ海未が言った。

「どういうことよ海未ちゃん」

 そう言って穂乃果は頬を膨らませた。

「私も参加するよ」

 と、ことり。

「ウチも参加させてもらうで」

 希も言った。

「凛とかよちんも参加するにゃ!」

「は、はい」

 凛は花陽の肩を抱いて言った。

「わ、私も参加しようかな」

 遠慮がちに言ったのは真姫だ。

「チームワークは重要だもんね。私も参加するわ」

 絵里。

「しょうがないわねえ、私も参加してあげる」

 なぜか偉そうににこは参加を宣言した。

 結局、μ’sのメンバー九人全員が参加することになった前日合宿。

 場所は雷電の家である龍電寺である。

 練習やミーティングをするわけではない。

 ただ一緒に泊まるだけのその行為にどんな意味があるのかわからない。

 それでも、やってみる価値はあるのではないか、と思う播磨なのであった。




   *

836: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:51:37.25 ID:MHW71Ydlo


 翌日、練習を終えた音ノ木坂学院μ’sの一行は、龍電寺にやってきた。

 ここで何をするというわけでもない。

 練習は学校ですでに終えている。

 ここでは、ともに風呂に入り、ともに食事をして、そしてともに寝る。

 ただそれだけ。

 最後になるかもしれないステージを前に、人間として当たり前の行為を、苦楽を

ともにしてきた仲間たちとしていくのだ。

「お世話になります!」

「お世話になりまーす!」

 玄関前。播磨の号令で、メンバー全員がこの家の主に頭を下げる。

「みんな、いらっしゃい! 遠慮しなくていいのよ! 食事の手伝いとかはしてもらう

けどね!」

 雷電の母、雷(いかずち)である。

 エプロン姿の彼女は、一児の母にはとても見えない幼い容姿をしているけれど、

その性格は周囲から「おカミさん」と呼ばれるにふさわしいほど世話好きで、豪快だ。

「いや、本当、スンマセンおカミさん。急なお願いを聞いてくださって」

 播磨は小声で雷に耳打ちをする。

「拳児くんのことだから、何か考えがあるんでしょう? 一度だけの青春。困った時

は何でも相談しなさい」

 雷はそう言って笑った。チラリと見える八重歯が愛らしい。

 まるで本当の母親のような優しさで、雷は突然の訪問者、約十名を受け入れた。

 家がお寺で広いからといって、気軽にできるものではない。

「さあ、働かざる者食うべからずよ。拳児くん。みんなには練習で疲れているところ

悪いけど、家の仕事を割り振ってちょうだいな」

「この前みたいにおカミさんがやってくれるんじゃないんですか?」

837: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:52:55.95 ID:MHW71Ydlo

「そうしたいのは山々だけど、私のよく知らない子もいるしね」

「お久しぶりですおカミさん」

 南ことりがそう言って雷の前に身をかがめる。

「あらことりちゃん。少し見ないうちに美人さんになったわね。飛燕くんは元気?」

「あ、はい。元気すぎるほど……」

(嫌なことを思い出させるなよ)

 播磨は心の中でそう思ったが口には出さなかった。

「にゃー!」

「はあ?」

 いきなり飛び出したのはなぜか星空凛であった。

「おい凛。何やってんだ」

「きゃあああ」

 凛は雷に抱き着いて頭を撫でる。

「雷電くんのお母さん、可愛いにゃあ! 可愛過ぎて我慢できなかったにゃあ!」

「こら失礼だぞお前ェ」

 先輩の母親に対する態度ではない。

 播磨は凛の後ろ襟をつかんで大人しくさせる。

「いやあ、元気いいわねえ。元気のいい女の子は嫌いじゃないわよ」

 少し呆れながらも雷はそう言った。

「優し過ぎるッスよもう。礼儀っつうもんを教えとかないと」

「ごめんなさいだにゃ」

「まあいいわ。じゃあ拳児くん、後は頼むわよ。わからないことがあったら雷電くんに

聞いて。私は見ていられないから、あんまり無茶したらダメよ」

「あン? どういうことッスか?」

 播磨は聞いた。

 すると、雷ではなく雷電がその疑問に答える。

838: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:53:25.19 ID:MHW71Ydlo

「今日、母さんは月子さんの家に泊まるんだ。だから風呂や飯の用意とかは、俺たち

が自分でしないといかん」

「なるほど。そういうことか」

「それじゃあ、頑張ってね」

 そう言うと、雷は家の奥に入って行った。これから出かける準備をするのだろう。

「なあ雷電。これからどうすりゃいいんだ?」

「とりあえず夕食の準備だな。後は風呂の用意。寝室の掃除もしなければいかん」

「ああ、わかった。お前ェら。聞いただろう? とりあえず手分けして仕事を片付ける

ぞ」

「はーい」

 最後の練習は軽めの調整だけだったので、それほど疲れていなかったメンバーは、

元気に返事をする。

 とりあえず播磨は全員を家の中に入れてから、仕事の割り振りを行った。

「料理と言えばこの私だね」

 そう言って、(半袖なのに)腕まくりの仕草をする穂乃果。

「穂乃果、お前ェは掃除だ」

 そしてその穂乃果を止める播磨。

「そんなあ」

 残念がる穂乃果を無視して播磨は話を続ける。

「料理は、園田とにこ。あと絵里。頼めるか?」

「構わないわよ」

 絵里は言った。

「私も構いません」と、海未。

「まあ、しょうがないわね。でも今日は数が多いから、もう少し人が欲しいわね」

 にこは言った。

「じゃあ花陽。頼めるか」

「わかりました」

839: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:53:57.68 ID:MHW71Ydlo

 花陽は素直に返事をする。

「ごはん、炊き過ぎるなよ」

「わ、わかってます」

 花陽は少し赤面しながら頬を膨らませた。

「ははっ、冗談だよ」

「あははは」

 全員が笑う。

(そういや、花陽の食生活改善合宿をやったのも、この家だったな)

 ほんの数か月前のことなのに、随分前のことのように感じる播磨。

「残りは寝室の掃除と風呂の用意だな」

 播磨がそう言うと、絵里が質問してきた。

「ねえ拳児。食材はどうするの?」

 当然の質問である。

「あ、そういえば……」

 播磨が迷っていると、雷電が言った。

「食材なら、昨日から母さんが用意してくれた。裏の畑で取れた野菜なんかもあるぞ」

「マジか。何か色々と悪いな」

 急な頼みにも関わらず、そういった手配は怠らない雷に、改めて頭の下がる播磨

であった。




   *

840: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:54:26.35 ID:MHW71Ydlo


 前の合宿では練習に次ぐ練習でまともに食事を楽しむ余裕はなかった。

 その前の合宿では携帯用のコンバットレーションである。

 だからこんな風に皆で食事を楽しむということは初めての経験かもしれない。

 お昼のお弁当とはまた違った、温かい食事。

 和やかな雰囲気。

 あふれる笑い声。

 食材は雷の用意してくれた手作りの野菜などもあるけれど、それ以外は普通のお店

で買えるものばかりだ。特別なものはほとんどない。

 だけど、皆で作り、皆で用意して皆で食べる。

 ただそれだけのことが新鮮に思えるのは不思議だ。

「おいしいね、ことりちゃん」

「そうだねえ」

「相変わらずにこっちは料理上手やねえ」

 希はそう言ってほほ笑む。

「まあ、万能アイドルにこちゃんにかかれば、こんなの朝飯前よ」

「にこちゃん、今はお夕食だよ」

 穂乃果は真面目な顔をしてそう言った。

「あのねえ、穂乃果。朝飯前ってのは、『簡単にできる』って意味よ」

 にこは呆れたように言う。

「へえ、そうなんだ。勉強になったなあ」

「穂乃果に作詞を頼まなくて本当によかったですね」
 
 海未がそう言うと、みんなが一斉に笑った。

 


   *

841: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:54:58.97 ID:MHW71Ydlo

 夕食が終わり、全員で片づけをしてお風呂に入る。

 全員が風呂に入り終えた頃にはもう時間は九時を回っていた。

 決して遅い時間ではないけれど、明日のことを考えれば早めに休まなければならない。

 夕方に穂乃果達が掃除をした女子用の寝室には九枚の布団が敷かれており、入口には

『男子禁制』と書かれていた。

 そう、ここは男子が入ってはいけない場所。

 ゆえにここでは男子にはとてもではないが、聞かせられない話が繰り広げられる。

「何だか修学旅行みたいだねえ、海未ちゃん」

 布団の上でゴロゴロ転がりながら穂乃果は言った。

「穂乃果、あんまりはしゃがないでください。明日は早いんですから」

 海未は落ち着かない穂乃果を注意する。

「そんな海未ちゃん。冷たいよう」

「穂乃果……」

 呆れる海未にことりが声をかけた。

「海未ちゃん。一番緊張しているのは穂乃果ちゃんだと思うよ」

「ことり……」

「ああやって気分を落ち着かせてるんだと思うんだ」

「まったくもう。ねえ、穂乃果」

「なに? 海未ちゃん」

「私も拳法や弓道の試合の前、緊張して眠れない日がありました」

「海未ちゃんでもあったの?」

「ええ。でも、大丈夫です。私たちはこれまでずっと努力してきたんですから、なる

ようになりますよ」

 そう言って海未は微笑みかける。

842: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:55:32.29 ID:MHW71Ydlo

「なるようになる……、か。うん。そうだね」

 穂乃果の気持ちが少しだけ軽くなった気がした。

「ありがとう、海未ちゃん。どういたしまして。じゃあ、私は寝ますので」

「いや、ちょっと早すぎるよお」

「……」

「海未ちゃん」

「……」

「うーみちゃーん」

「……」

 布団に入った海未は、すぐに寝入ってしまった。まだ電気ついているというのにこの

寝つきの良さ。

 本当に、緊張して眠れないという日があったのだろうか、と疑う穂乃果であった。

「絵里ちゃんはバレエやってた時、緊張して眠れなかったって時はあった?」

 ふと、穂乃果は絵里に話を振る。

「ん? そうねえ。確かにあったかもしれない」

 絵里は寝る前にも入念なストレッチを欠かさない。

 脚を大きく広げた姿はまるでヨガの動きのようでもあった。

「でもあの頃は幼かったから、不安というよりも楽しみもあったかも」

「楽しみか」

「凛ちゃんも楽しみにゃ」

 パジャマ姿の凛は言った。

「わ、私はあんまりスポーツとかの経験がないから、不安です。今も」

 凛の隣りにいる花陽は言った。

 確かに不安そうな顔をしている。

「大丈夫にゃ。かよちんは凛たちとたくさん練習したから、きっとうまくいくにゃ」

 そう言って花陽に抱き着く凛。

「凛ちゃん、苦しいよお」

「まあまあ、落ち着いて二人とも」

 そう言って二人を宥める穂乃果。

「真姫ちゃんはどう?」

843: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:56:02.15 ID:MHW71Ydlo

 穂乃果は髪をとかしている真姫に話を振る。

「私? そうねえ。あんまり、皆で何かをするっていう経験が無かったから、よく

わからないかも」

「そうなんだ。でも真姫ちゃんって、本番に強そうだから大丈夫だよね」

「あんまりそういうこと言わないでよ。逆に緊張しちゃうじゃない」

「えへへ。ごめんごめん」

「穂乃果ちゃんは不安じゃないんですか?」

 花陽は逆に質問してきた。

「私? 私は……、やっぱり不安だよ……。でもね」

「……でも?」

「こうして、皆も同じ気持ちだと思うと、少しだけ気が楽になるかも」

「わ、私もそうです」

 花陽は言った。

「ウチもそうやで」
 
 先ほどから穂乃果たちの話を黙って聞いていた希も言う。

「希ちゃんも? あんまり緊張しなさそうに見えるけど」

「ウチかて不安やで。このメンバーでやれるのは最後かもしれへんし。そうやろ?

にこっち」

「もうっ、話しかけないでよ。集中してるんだから」

 先ほどからにこの様子がおかしいと思っていたら、どうやら瞑想をしていたらしい。

気持ちを落ち着かせようとする彼女なりの方法なのだろう。

「にこちゃんも不安なんだね」

「うるさいわね。これは拳児にも言ったことだけど、私はいつだって、これが最後の

ステージになるかもしれないと思って臨んでいるわよ」

「そうなの?」

「見ている人は初めてかもしれないし、もしかしたらそれで最後になってしまうかも

しれないでしょう? 最後に見たにこのパフォーマンスが、中途半端なものだったら、

見てくれた人にも申し訳ないし、何より私自身が許せないわ」

「凄いなあ、にこちゃん」

844: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:57:54.30 ID:MHW71Ydlo

「そんなのアイドルにとっては常識よ。いえ、芸能を志す者なら常識ね」

「にこにしては珍しく、まともなことを言うのね」

 ストレッチを終えた絵里が言った。

「にこにしてはってどういうことよ」

「まあまあ、落ち着いて」

 そう言ってにこを宥める穂乃果。

「でもこうやって皆で集まると、修学旅行みたいだね」

「修学旅行って……」

「ウチらは北海道やったなあ、エリチ」

 希は言った。

 三年生組はすでに修学旅行を経験しているのだ。

「そうだったわね。スキーは慣れているから問題なかったわ」

 絢瀬絵里は見た目通り、ウィンタースポーツも得意なようだ。

「私はあんまりいい思い出なかったわね」

 と言ったのはにこだ。

「そういえばにこっちは修学旅行中に熱を出してもうたんやったなあ」

「もう最悪よ」

「へえ、絵里ちゃんたちは北海道なんだ」

「穂乃果たちはどこなの?」

 絵里は聞いた。

「沖縄だよ」

「正反対ね」

「正反対だね」

 そう言って二人は笑った。

「ところで修学旅行といえば絵里ちゃん」

「え? どうしたの」

845: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:58:21.49 ID:MHW71Ydlo

「ちょっとみんな集まって」

「ああん? どうしたのよ」

 その場に起きている全員を集める穂乃果。

 当然、海未は部屋の隅で寝息を立てていたの集まっては来ない。

「トランプとかならやらないわよ。明日早いんだから」

 にこは面倒くさそうに言った。

「そんなんじゃないよ。もっと修学旅行っぽいことだよ」

「何よソレ」

「みんなは、その……、好きな人とかいるの?」

「!!!!!」

 この時、その場に集まった全員の頭に電流が走る。

 それは言いだしっぺの穂
乃果も例外ではない。

「はわわわ、穂乃果ちゃん。何を言ってるんですか」

 花陽は顔を真っ赤にして焦っていた。

「か、かよちん。顔真っ赤にゃ」

 そう言った凛も顔が赤かった。

「ちょっと穂乃果。いきなり何言い出してるのよ」

 顔を赤らめながら絵里は言った。

「そ、そうよ。小学生じゃあるまいし」

 にこも明らかに動揺している。

(みんな、やっぱり好きな人がいるんだ)

 その反応を見て恋愛方面には鈍い穂乃果もさすがに確信する。

「あら、でも面白い話やない?」

 希は微笑しながら言った。

「ちょっと希」

 絵里は注意してみたが、どうやら希のエンジンがかかってきたようだ。

 こうなると彼女は止められない。

846: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:58:49.38 ID:MHW71Ydlo

「せやなあ。ここは一つ、好きな人の発表会といこうやないの」

「はい?」

「にゃ!?」

「うう……」

「……」

 希のその言葉に、言いだしっぺの穂乃果が一番動揺してしまった。

「バッカじゃないの? 子供じゃないんだから、そんなの発表してどうするっていう

のよ。第一アイドルに恋愛はご法度よ」

 にこは腕組みをしながら言う。

 しかし希はにこを無視して話を続けた。

「せやねえ。一番はじめに発表した人が、一番最初に告白する権利を有するっていう

のはどうや?」

「!!!???」

「ど、どういうこと? 希ちゃん」

 穂乃果は恐る恐る聞いた。

「抜け駆けとか駆け引きとか、そんなん面倒やろ? せやったら最初に宣言した者が

いくのが一番やと思うんやけど」

(希ちゃん、明らかに知ってる。知っていてこう言ってるんだ)

 穂乃果はそう思った。

 この部屋にいる全員(寝ている一名を除く)が一人の人物に好意を持っているという

ことを。もちろん希自身も。

(不味いなあ。このままじゃあ、大会前にチームが崩壊してしまう危険性も)

 今更ながら、自分の言ったことの重大さに気が付く穂乃果。

 しかし状況は更に悪くなってしまう。

「り、凛ちゃん発表しちゃおうかな」

「!?」

 恐る恐る手を上げる凛。

 この子、こんなに恋愛に対して積極的だったか?

「じゃあ、私も」

 凛の親友である花陽もそれに続いた。

(花陽ちゃんまで!)

「わ、私も……」

847: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:59:16.95 ID:MHW71Ydlo

 真姫はゆっくりと手を上げる。

「せやったらウチもやね」

 そう言って希は手を挙げた。

「わかったわよ。私も」

 絵里も手を上げる。

「しょうがないわねえ。にこも発表してあげる」

 と、にこも手を挙げた。

(まずい、このままでは)

 そう思った穂乃果は勢いよく手を上げる。

「わ、私も発表します」

 彼女がそう言った瞬間。

「「「「「「「どうぞどうぞ」」」」」」」

 全員が一斉に手をおろす。

(は、はめられたあ!!)

 思わず言葉を失ってしまう穂乃果。

 その場にいる全員の目が穂乃果に集中する。

(言うのか? 言ってしまっていいのか?)

 彼女は限界まで迷う。

「うう……」

 しかし、その時穂乃果はある異変に気付いた。

「あれ?」

「?」

 穂乃果の感じた違和感に、他のメンバーも気付いたようだ。



   *

848: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 19:59:43.83 ID:MHW71Ydlo



 龍電寺、つまり雷電の家には播磨にとってお気に入りに場所がある。

 庭先にある縁側だ。

 そこの雨戸をあけて夜景を見ると落ち着いた気持ちになれる。

 時期が良ければキレイな月が見ることもできるのだ。

「はーりくん」

 ふと、特徴的な声が闇の中から聞こえてきた。

「ことりか、どうした」

 パジャマ姿のことりが少し恥ずかしそうに笑顔で立っていた。

 風呂上りのためか、少し顔が火照っているようにも見える。

「隣り、いいかな」

「あン? 別にいいけどよ。どうした」

「そうしたい気分だったの」

「なんだ。何かたくらんでンのか?」

「もう、私ってそんなに腹黒キャラに見える? たまにしか考えないよ」

「たまには考えるのかよ」

「あはは」

 笑いながらことりは播磨の隣りに座る。

 心なしか距離が近い気がした。彼女の体温が感じられるほどに。

「ねえはりくん」

「あン? どうした」

「緊張してるでしょう」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながらことりは言う。

「べ、別に。何でだよ」

「はりくんは昔からすぐ顔に出るからねえ」

「昔からって……」

「直接舞台に立たないはりくんが緊張するなんて、おかしい」

849: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 20:00:16.47 ID:MHW71Ydlo

「お前ェは緊張しねェのかよ」

「私だって緊張してるよ。でもね、怖くないよ」

「怖くない?」

「だって、この気持ちをわかってるくれる人がたくさんいるし」

「仲間たち、か」

「うん。それに、はりくんもいるしね」

 そう言うと、ことりは座ったまま播磨の肩にもたれかかる。

 微かに感じていた彼女の体温が、布越しに伝わってくるのがわかった。

「お、おい。ことり?」

「家じゃあこんなこと、できないよね。お兄ちゃんがいるし」

「まあ、そうだな」

 播磨はあまりことりの兄のことを思い出したくない。いい思い出がないからだ。

「ねえはりくん。わたし、あなたに言いたかったことがあるの」

「なんだよ、改まって」

「ありがとうね。私をスクールアイドルに誘ってくれて」

「あン? 何で今更」

「はりくんが誘ってくれなかったら、多分私は協力していなかったかも……」

「ことり、お前ェ……」

「はりくん。私、ずっと前から――」

 ことりが何かを言おうとしたその瞬間、闇の中から怪しく光る瞳が!

850: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/08(水) 20:00:44.57 ID:MHW71Ydlo


「くぉーとぉーりぃーちゃぁーん?」


「ありゃりゃ、バレてしまいましたか」

 そう言ってことりは後頭部をかいた。

「一体何をやっていたのかな?」

 穂乃果である。

 顔は笑っているけど、目が笑っていない。

「何でもないよ。明日の話をしていただけ」

「それにしては“いい雰囲気”だったわね」

 穂乃果の後ろでは、腕を組んでギロリと睨み付ける真姫の姿が。

「あらあら」

 希はそんな光景を見ながら笑っていた。

「おい、一体何があったんだ?」

 播磨はことりに聞く。

 この期に及んで彼は、今の状況がよくわかっていないのだ。

「さあ、なんだろうね」

 ことりはそう言って笑った。



   つづく

854: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:20:45.97 ID:wl+HBWq5o

 決戦の朝は早い――

 早めに朝食の準備をと境内の掃除を終えた音ノ木坂学院アイドル部のメンバーは、

誰もいない龍運寺に一礼をする。

 ちなみに昨夜。

 メンバー“八人”の間である協定が結ばれたことを播磨は知らない。


「ラブライブが終わるまで、恋愛の話はしない」


 今はラブラブに集中する。

 穂乃果たちは、そう決意して出発した。

 目的地は最終予選会場。


 ラブライブ南関東ブロック最終予選。

「なんじゃこりゃ……」

 会場に到着した播磨は驚愕する。

 予備予選の時は学校関係者が多かった周辺だが、今回は一般の観客と思しき人たち

が圧倒的に多い。

「そんなの当たり前じゃない」

 腕組みをしながらにこは言った。

「北関東ブロックといえば、A-RISEを含む超激戦区よ。はっきり言えば、全国

大会以上に注目されていると言っても過言ではないわ」

「いや、それにしても」

「大丈夫だよ拳児くん」

 にこを押しのけるように穂乃果が播磨の隣りに立つ。

「穂乃果?」

「みんながいるから大丈夫。拳児くんも安心して」

「そうだよはりくん」

855: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:21:18.14 ID:wl+HBWq5o

 ことりも笑顔で言った。

「今までやってきたことをしんじてやれば、問題ないわ」

 と、絵里。

「せやね。余計なことは考えんほうがええね」

 希。

「やれるだけやりましょう」

 海未。

「が、頑張ります。まだちょっと怖いけど」

 花陽。

「凛ちゃんも頑張るにゃ! かよちんや皆がいるなら、やれるにゃ!」

 凛。

「私と拳児さんの曲なら、きっと予選も突破できますよ」

 真姫。

「お前ェら、えらい自信だな」

 そう言って播磨はメンバーの顔を見渡す。

「けど」

 雷電は播磨の視線に無言でうなずく。

「俺も、信じてるぜ。観客を、ライバルたちをあっと言わせてやろうぜ」

「おー!!!!」

 全員が拳を握り、大きく腕を振り上げた。

856: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:22:01.78 ID:wl+HBWq5o





      ラブランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル

    第三十三話 宣戦布告 

857: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:22:52.99 ID:wl+HBWq5o


 大会前の簡単なミーティングを終えた穂乃果たちは、衣装検査のために更衣室へと

向った。

「さて、俺たちはしばらく暇になるのかね」

 伸びをしながら播磨は言う。

「何を言っているんだ拳児」

 しかし、そんな播磨に雷電は言った。

「あン? 受付も済ませたし、他になんかやることあったっけな」

「パフォーマンスの順番を決めるくじ引きに決まっているだろう。通常は、部長の

仕事だが、今回は顧問教員かSIPがやることになっている」

「はあ? そンなもん、今までなかったぞ」

「出演順はかなり重要になってくるから、公平を喫するために最終予選からは、公開

の場で抽選をやることにしている」

「マジかよ。つか、何で俺なんだ?」

「出場アイドル以外の代表と言ったらお前しかいないだろう。紙にもそう書いたし」

「あ、あの登録の時の『代表』ってそういう意味だったのかよ。くそっ」

「何を嫌がっているんだ」

「人前に出るのは苦手なんだよ。雷電、俺の代わりに出てくれねェか」

「そういうわけにもいかない」

「どうしてだよ。俺の顔なんて、そんなに知られてるわけもねェし、お前ェでもいいだろう」

 播磨がそんな話をしていると、カメラなど持った報道関係者らしき集団がこちらを見た。

(何だ? A-RISEでも見つけたか?)

 この時、まさか予備予選再開通過の自分たちが注目されていると、播磨は思わなかった。

 だが、

「あ! 播磨くんだ!」

 一人の男が叫ぶ。

858: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:23:45.08 ID:wl+HBWq5o

 すると、二の腕に腕章をした連中がドシドシと駆け寄ってきて播磨を取り囲んだ。

「うわっ、何すんだお前ェら」

 報道関係者、それも大勢のマスコミに囲まれるなど、播磨の今までの人生では

なかったことだ。

「播磨拳児さんですよね! 音ノ木坂学院の!」

 マイクを持った男が言った。

「そ、そうだが……。何なんだ?」

「初出場ですが、A-RISEにも勝つ自信があるというのは本当ですか!?」

「奇跡の予備予選通過と呼ばれることについての感想は!」

「身長はいくつですか!?」

「付き合っている人はいますか!?」

「好きな食べ物は何ですか!」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に狼狽する播磨。

「おい、一体何なんだこれは」

「知らないんですか! 今日、公開された『週刊アイドルウォッチ』の電子版で、

播磨(あなた)のインタビュー記事があるんですけど」

「はあ?」

 播磨は自分の記憶を手繰り寄せる。

 確か、青葉とかいう記者からインタビューを受けたことがあった。それが記事に

なったということか。

「これですよ」

「な!?」

 記者の一人がタブレット型のパソコン画面を播磨に見せてくれた。

 そこには、予備予選の時に舞台に向かって叫んでいる時の播磨の写真とともに、

『A-RISEとの勝負にも自信』などという見出しが書かれていた。

859: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:24:13.71 ID:wl+HBWq5o

「な、なんじゃこりゃ!」

 播磨は記者の持っているタブレットを奪い取るようにして見る。

 確かにインタビューの内容は、自分が話をした通りだ。しかし、よく見るとかなり

脚色されていたり、変な意味で書かれていたりする部分もあった。

 簡単に要約すれば、音ノ木坂学院のSIP(スクールアイドルプロデューサー)、

播磨拳児は今回の最終予選に相当の自信を持っており、A-RISEにも勝てると

豪語しているらしい。

 もちろん、播磨自身はそんな意図は全くない。

「A-RISEとの勝負に自信がある、とありますが!」

 別の女性記者が言った。

「勝てる可能性がある、というだけだ! それは出場する限りどこのチームも変わらねェ」

「しかし、相当の自信がなければこんなことは言わないのでは?」

「自信はある。だが、勝利を確約しているわけでもねェ」

「A-RISEの新井タカヒロプロデューサーも、音ノ木坂のμ’sライバル視している

という話もありますが」

「は? どういうことだ?」

 初耳である。

「この記事です。知りませんか?」

 親切な記者は、別の記事を見せてくれた。

 そこには、相変わらずダサイTシャツを着た新井タカヒロの画像と、そのインタビュー

記事が掲載されていた。

「『新井氏、最も注目しているチームはμ’s』だと……?」

 予備予選以降、練習や準備に集中し過ぎていたせいで播磨たちは、世間の情報に疎く

なっていた。いわゆる浦島太郎状態だ。それはラブライブ関係の情報も例外ではない。

860: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:24:46.72 ID:wl+HBWq5o

「まあ注目してくれんのは嬉しいが、俺たちはただ……」

「今回のラブライブにかける意気込みを一言!」

「高校生SIPとしてのパイオニアと呼ばれていますがそれについては」

「作曲に関わっていたのは本当ですか?」

 再び怒涛の質問ラッシュ。

(こいつら、まともに答えさせる気はねェのか)

 今すぐここからダッシュで逃げ出してしまおうかと思っていた矢先、

「キミたち、彼が困っているだろう。これでも播磨くんはまだ高校生なんだよ」

 芝居がかった声が廊下に響いた。

「アンタは……」

 クソダサイTシャツにマッチョな体型。そして特徴的な唇と声。

 間違いない。A-RISEのプロデューサー、新井タカヒロ本人である。

「新井さん! 彼が注目の播磨拳児プロデューサーですか!?」

「新井さん! 本当にμ’sが今大会の最大のライバルとなるんでしょうか!」

 厚かましいマスコミ関係者は、新井にも容赦なく質問を浴びせかける。

「質問は後にしてくれないか。“ぼくたち”は、これから重要な用事があるんだから」

(ぼくたち?)

 播磨は少しだけ考える。

「さあ行こうじゃないか播磨拳児くん。僕たちSIPが最も注目される時間だよ」

 新井は、その太い腕でマスコミをかき分けるようにして播磨に近づいてきた。

「どういうことだ」

「何を言っているんだい? パフォーマンスの順番を決める重要なくじ引きだよ」

「……そうだったな」

 雷電に代わりに行ってもらおうかと思っていた播磨だが、これだけ顔が知られている

のでは、替え玉もできそうもない。

 観念した彼は、雷電に一言挨拶すると、新井とともに会場のメインアリーナに向かう

ことにした。





   *

861: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:25:26.01 ID:wl+HBWq5o



選手控室――

 着替えを終えた穂乃果たちは、控室に設置してあるモニターに注目していた。

「海未ちゃん、拳児くんがステージに上がっているよ! 何してるんだろう」

「順番の抽選会ですよ。今回から、当日に順序を決めることになるんです」

「え? だったら、一番はじめにやるっていうこともあるの?」

「まあ、そういうこともありますね」

「うう……、初っ端は緊張するわね」

 その話を聞いていたにこが少し青ざめた表情で呟いた。

「いや、まだ決まったわけではありませんから」




   *

862: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:26:26.26 ID:wl+HBWq5o


(チッ、ただのくじ引きなのに、何でこんなにマスコミが集まってんだよ)

 ステージ上の播磨は緊張するとともに腹が立ってきた。

《それでは、UTX学院、A-RISEの代表の方、どうぞ》

 司会の男性に呼ばれた新井が歩き出す。

「お先に失礼するよ」

 行き際に新井はそう言ってムカツク笑顔をこちらに向けた。

(どうでもいいが、こんなに注目されているのにあえてあのダサイTシャツなんだな)

 播磨は本当にどうでもいいことを考えて自身の緊張を解そうとする。

 新井が前に出ると、一斉にカメラのフラッシュがたかれた。

 物凄い注目度だ。

 これが全国区のSIPの存在感という奴か。

 主催者が用意した箱の中に手を突っ込み、順番の描かれたボールを取り出す。

「11番」

 新井はそれを高く掲げる。

《おーっと、A-RISEの新井プロデューサー、11番を引きました。最後から二番目。

これはメーンイヴェントと言っても差し支えない順番でしょう。やはりくじ運も強かっ
たか》

 何だか訳のわからないことを言っている司会者。

《それでは、音ノ木坂学院の代表の方、どうぞ》

 播磨はそう言われて立ち上がる。

 すると戻ってきた新井が静かにつぶやく。

「まあ、頑張ってね」

(何を頑張ればいいんだよ)

863: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:26:56.66 ID:wl+HBWq5o

 完全に運だけの世界では、何をしても仕方がない。

 播磨は大きく息を吸いこんではこの前に立った。

「はあー」

 その瞬間、パシャパシャとまたフラッシュが光る。新井ほどではないが、こちらも

凄い注目だ。

(俺はただ静かに生きたいだけなんだけどなあ)

 そう思いながら箱の中に手を突っ込んだ。

(一番最初だけは避けたいところだが)

 穂乃果やにこと同じことを考えているとはつゆ知らず、播磨は一つのボールを手に

とった。

「これは……」

 ボールに書かれた番号、それは。

「12番……?」

《おーっと! ここで出ました。大トリはまさかの音ノ木坂学院、μ’s!》

「オオオー!!!」

 観客席からどよめきのような声が聞こえる。

(何いい!?)

 後半出演ということはよくあったけれど、一番最後というのは初めてだ。

 しかもA-RISEの直後。

「直接対決と呼ぶにふさわしい順番じゃないですか」

 播磨が戻ってくると、新井は言った。

「敵は俺たちだけじゃないっしょ」

「僕たちは眼中にないってことかな?」

「んなことは言ってねェ。ただ」

「ん?」

「前ばかり見ていると、足もとすくわれるぜ」

 そう言うと播磨はニヤリと笑った。

 彼なりの精一杯の強がりである。




   *

864: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:28:03.06 ID:wl+HBWq5o


 一方その頃、控室のモニターで抽選の様子を見ていた穂乃果たちは、

「きゃあああ、どうしようどうしよう! 一番最後だよ。こんなの初めてだよお」

「落ち着きなさい穂乃果」

 動揺しまくる穂乃果を止める海未。

「いいですか、確かに順序は重要かもしれませんが、一番重要なのは、いかに良い

パフォーマンスをするか、です」

 海未は人差し指を上に向けて言った。

 それはまるで、自分に言い聞かせるようにも見える。

「そうよ穂乃果。最初だろうが最後だろうが、自分のやれることを精一杯やる。それ

がアイドルってものでしょうが」

 にこは腕を組んだ状態で言う。

 しかし、あまり顔色が良くない。

 プレッシャーがあるからだろうか。

「大丈夫かなあかよちん」

「大丈夫だよ凛ちゃん。あんなに頑張ってきたんだから」

「……そうだよね。ねえ、真姫ちゃんも」

「あ、当たり前じゃない」

 互いに励まし合う一年生組。

 一方三年生の絵里と希は落ち着いていた。

 少なくとも、見た目は落ち着いているように思えた。

「高校最後のパフォーマンスが、一番最後にできるんやったら、それはそれでええん

やないかな」

 希はそう言って笑う。

「よしなさい希。縁起でもない」

865: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:28:56.90 ID:wl+HBWq5o

「次を期待できるほど、ウチらは経験を積んでへんのよ。ただ、一つ一つのステージを

全力でこなすだけ」

「そうだけど」

「そうだよ! 希ちゃんの言うとおりだよ!」

 穂乃果は希の言葉に同意する。

「ねえ、ことりちゃんもそう思うでしょう?」

 先ほどからずっと黙っていることりに、穂乃果は言った。

「そう、そうだね」

 ことりはそう言って微笑みかける。

「それにウチらには強い味方がおるやん?」

 そう言うと、希はメンバー全員を見渡す。

「拳児くん!」

 真っ先に穂乃果が言った。

「拳児さん」

「拳児」

「拳児くん」

「拳児さん」

「はりくん」

「拳児」

「拳児くん」

「ら、雷電のことも忘れないでください」

 少し顔を赤らめながら海未は言った。

「わかってるよ海未ちゃん。雷電くんのことも忘れてないよ」

 穂乃果は慌ててフォローする。

「せやね。ウチらは一人やない。ステージには九人の仲間がおる。それにステージ以外

にも、たくさんの人たちが応援してくれとるんや」

 希は言った。

「……たくさんの人たち」

866: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:30:28.14 ID:wl+HBWq5o

 希の言葉に、穂乃果はこれまでの大会を思い出す。

 確かに同じ学校の生徒たちが応援してくれた。

 グラウンドに集まって、μ’sの文字を作って応援してくれたこともあった。

 予備予選を突破した時は、学校の皆が祝ってくれた。近所の人たちもおめでとう

と言ってくれた。もちろん、家族も。

「そうだね。そうだよね!」

 そう思うと力が湧いてくる気がした。

 しかし、その時である。

「あら、μ’sの皆さん、ごきげんよう」

 ふと聞き覚えのある声がした。

(この声は)

 穂乃果が振り返ると、見覚えのある前髪が。

 山田早紀、不意にその名前が出そうになったけれど、寸前で止まった。

 目の前にいる女性は山田早紀ではない。

「綺羅ツバサ、さん」

 A-RISEの綺羅ツバサだ。

 後ろには他の二名もいる。

「何の御用ですか?」

 穂乃果は少し警戒心をにじませながら言った。

 どんな相手でもフレンドリーに接する彼女が敬語を使うということは、それなりに

心の中で警戒している証拠でもある。

「そんなに警戒しないで。別に挑発をしにきたわけでもないんだから。穂乃果ちゃん」

「……」

 舞台用のメイクもバッチリと決めて、μ’sよりもはるかに仕立ての良い特別な舞台

衣裳に身を包んだA-RISEのメンバー、特に綺羅ツバサは先日会った時とはまるで

別人のような雰囲気を醸し出していた。

(これが、本気を出した彼女の姿)

 芸能人をあまり見たことがない穂乃果でも、彼女たちA-RISEのメンバーが、

売れている芸能人と同じようなオーラを放っていることを肌で感じる。

 絶対的な自信とでも言えばいいのだろうか。自分たちとは違う何か。

 息をのむμ’sのメンバーに対し、ツバサは気にせずに話を続けた。

867: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:30:54.91 ID:wl+HBWq5o

「私たちA-RISEが最後から二番目、そして貴方たちμ’sが最後。お互い、

順番が隣同士でしょう? 一緒にがんばりましょうと言いに来たの」

「……はあ」

 先日の件もあるだけに、この人はどうにも油断できない。

 そう思う穂乃果であったけれど、ツバサは特に気にしている様子はなかった。

「では、お互い頑張りましょう」

 そう言って彼女は右手を差し出す。

「はい」

 穂乃果も右手を差し出した。すると、不意にツバサは穂乃果の身体を抱き寄せる。

「!?」

「“彼”も来ているのよね。狙っちゃおうかしら」

「!!?」

 あまりにも直接的な表現に、一瞬言葉を失う穂乃果。

「……しません」

「え?」

 握手の手を放した穂乃果は言い放つ。

「拳児くんもラブライブも負けません!」

 高坂穂乃果の宣戦布告。

 だが穂乃果のその言葉に、ツバサ以外のその場にいた全員がキョトンとした。

 何を言っているのかよく理解できなかったからだ。

「ウフフ。面白くなりそうね。それじゃあ、失礼いたします」

 そう言うと、ツバサは踵を返して自分たちの場所へ戻って行った。

「一体どういうことです? 穂乃果」

 ツバサたちがいなくなると、穂乃果に海未が詰め寄る。

868: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:31:30.07 ID:wl+HBWq5o

「いやあ、これには少し訳がありまして……」

 穂乃果は笑ってごまかそうとしたが、そうはいかなかった。

「誤魔化せると思っとるん?」

 彼女ごときが誤魔化せる相手ではないのだ。特に東條希辺りは。

「うう……、わかりました」

 観念した穂乃果は、綺羅ツバサ(本名山田早紀)と播磨の関係について一通り説明

した。

「はあ!? 何でそんな重要なことを黙ってたんですか!?」

 興奮した真姫が穂乃果の両肩を掴む。

「真姫、落ち着きなさい」

 そんな真姫を絵里が止める。

「いやだって。もしかしたら私たちを混乱させるための罠かもしれないし」

「考えすぎだよ真姫ちゃん」

 穂乃果も真姫を宥める。

「やはり首輪でも付けとくべきでしたね……」

 花陽が小声でブツブツと何かつぶやいていた。

「かよちん、目が怖いにゃ……」

 そんな親友を見て恐怖する凛。

「ふんっ、男なんてみんなそうよ」

 腕組みをしたにこは不機嫌そうに顔を逸らした。

 明らかに雰囲気が悪くなってきたことを感じ取った穂乃果は声を出す。

「ちょっと待ってよ皆!」

「?」

 全員が穂乃果に注目する。

「拳児くんは、早紀ちゃん、じゃなくて綺羅ツバサちゃんとは何にもないって言って

いるんだよ。だから、信じてあげよう? 拳児くんはそう簡単に流されるような人

じゃないよ」

「どうしてそう言いきれるのよ。相手はあのA-RISEの綺羅ツバサよ」

 にこは言った。

 確か、にこはA-RISEの大ファンであった過去を持つ。

「幼馴染の信頼って奴ですかね」

 不意に海未が言った。

「そ、そうだよ。拳児くんは言ってくれたもん。A-RISEよりも、私たちのほうが

ずっと魅力的だって」

「私たち……?」

869: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:33:08.97 ID:wl+HBWq5o

 全員がそれぞれ顔を見合わせる。

「よく考えてみてよ。あの人が私たちの期待を裏切るようなことを今までしてきた?」

「……」

 穂乃果はそう言って、自分も播磨との記憶を手繰り寄せる。

 少なくとも彼が彼女の期待を裏切ったことは、一度もない。

(初めて会った時から)

 まだ妹の雪穂が生まれたばかりの頃。

 播磨と穂乃果の親は知り合いで、初めて播磨が家に訪ねてきた日のこと。

 当時、人見知りが激しかった穂乃果は、播磨のことを怖がっていた。

 でも彼は、穂乃果をいじめるどころか優しく手を差し伸べてくれた。

(そう、今思えばあの時から私は)

 特別な意識などしていない、と言えばウソになるけれど、困った時はいつも一緒に

いた。そんな頼りになる存在。

「だから、私は拳児くんを信じるし、A-RISEにも負けない」

 穂乃果は両拳をぎゅっと握りしめて言った。

「ウチは信じとるで。拳児はんのこと」

 穂乃果の言葉の後、最初に声を出したのは希であった。

「希ちゃん」

「ウチらが信じてあげな、誰が信じてあげられるん? ねえ、エリチ」

 そう言って希は絵里に視線を送る。

「そ、そうね。そうよ。あなたたちもわかっているんでしょう? 彼のことを」

 絵里は腰に手を当てて言った。

「もちろんですよ」

 と、真姫。

「当然です」

 花陽も力強く言った。

「信じてるにゃ」

 凛。

「まあ、私のファン代表なんだから当たり前じゃない」

870: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/12(日) 20:33:44.35 ID:wl+HBWq5o

 にこは少し照れながら言う。

「そうだねー。一緒に頑張ってきた仲間だもんねえ」

 そう言ってことりは微笑む。

 多少のことはあっても、彼に対する信頼は揺らいだりしない。

 ただ、

「でも、綺羅ツバサのことをにこたちに黙っていたことの落とし前は、大会が終わったら

きっちりつけてもらいましょうか」

 妖しい笑みを浮かべながらにこは言った。

「ウフフ。それには同意や」

 希もそれに合わせるように笑う。

「あ、もうすぐ最初の組が歌い始めるよ」

 モニターを見た穂乃果が言った。

 すでにラブライブ最終予選ははじまっていた。





   つづく

873: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:36:24.63 ID:EsHgPiDqo


「おーい、ケン兄!」

 会場の廊下で聞き覚えのある声が播磨の耳に入ってきた。

「おお、雪穂か」

 ショートカットの少女は穂乃果の妹、雪穂だ。

「お兄さん、お久しぶりです」

 雪穂の隣りには、金髪の少女が立っていた。こちらは絢瀬絵里の妹、亜里沙だ。

「亜里沙、だったかな。お前ェらも応援か」

「うん。予備予選は部活で観に来れなかったから、今回は応援するよ」

 雪穂は元気にそう言った。

「そりゃいい。穂乃果も喜ぶぜ」

「本当はお父さんたちも来る予定だったんだけど、仕事があるから」

「そりゃ仕方ねェな。親御さんも分も応援してやれ」

「もちろんだよ。ケン兄も一緒だよ!」

 そう言うと雪穂は播磨の右腕に飛びつく。

「お、おい。何してやがんだ?」

「ええ? いつもやってるじゃん」

「おお、ハラショー。雪穂とお兄さんは親密な関係なのですね……」

 二人の様子を見ながら亜里沙は顔を赤らめる。

「バカ、やってねェよ。ほら、亜里沙も勘違いしてんじゃねェか」

 そう言うと播磨は雪穂を引きはがした。

「は!」

 気が付くと、周りの人間がジロジロとこちらを見ている。

874: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:40:51.16 ID:EsHgPiDqo

「中学生にも手を付けているのか」

「流石やなあ」

「あの金髪の子、可愛いなあ」

 何だかあらぬ噂が立ってしまいそうだ。

 先ほどマスコミに絡まれ、順番の抽選のために舞台上に立ったので、播磨は嫌でも

目立ってしまう。

「そういえばケン兄、やけに注目されてるけど何かあったの?」

 雪穂は無邪気に聞いてきた。

 彼女たちは今来たばかりなので、これまでの経緯とかは知らないのだろう。

 無理もない。

「まあ、色々あってな。お前ェらも会場行ったらどうだ」

「ええ? でもさっき発表の順番が書き出してあったけど、お姉ちゃんたちって、一番

最後でしょう?」

「まあ、そうだな」

 播磨はくじ引きをした本人なので、それは一番よくわかっている。

「でも雪穂よ。他にも強いチームはたくさんいるんだぜ。それを見ねェとせっかく来た

のに勿体ねェだろう」

「強いチーム?」

「A-RISEですね」

 そう言ったのは亜里沙だった。

「ん、ああ」

「お姉ちゃんが言ってましたよ。今大会で一番優勝に近いチームだって」

「確かにその通りだが」

「大丈夫なんですか?」

875: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:42:45.35 ID:EsHgPiDqo

「あン? 何がだ」

「いや、だから。そんな強いチームと同じブロックで」

「問題ねェよ」

「?」

「どこの誰と競演しようが、一番いいパフォーマンスをすりゃあいい。相手が前回

優勝校だとしても関係ねェ」

 播磨は自分に言い聞かせるように言う。

「お兄さん……」

「どうした」

「カッコイイです!」

 そう言うと、亜里沙は播磨の左腕に飛びついた。

「ぬわっ!」

「お姉ちゃんが見込んだだけの男だけありますね!」

「おい! 気持ちは嬉しいがそういうのは」

「あ! 亜里沙ばっかりズルい!」

 そう言うと、雪穂は播磨の身体に飛びついて首に腕を回す。

「こら! お前ェもやめろ!」

「……拳児、何やってんだお前」

 たまたま通りかかった雷電が呆れたように聞く。

「こっちが聞きてェよ」

 飛びついてきた雪穂と亜里沙を引きはがしながら播磨は言った。

876: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:43:47.35 ID:EsHgPiDqo






      ラブランブル!

 播磨拳児と九人のスクールアイドル

   第三十三話 覚 悟

877: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:44:26.72 ID:EsHgPiDqo



「うおーい、播磨―」

「む、その声は」

 観客席に行くと待っていたのは松尾鯛雄や田沢慎一郎たちがいた。富樫や虎丸もいる。

「月光、お前ェも来てたんだな」

「当たり前だ。強敵(とも)の晴れ姿を見ないわけにはいくまい」

「俺や雷電は出ないけどな」

「わしはことりちゃんの活躍が楽しみじゃのう」

 松尾は本当に嬉しそうに言った。

「貴様、ことりの名前を呼ぶとは」

「ぎゃっ!」

 いつの間にか後ろに座っていたことりの兄、飛燕が松尾の髪の毛を掴む。

「アンタ、きてたのかよ」

 播磨は呆れながら言った。

「妹の晴れ姿を見ないわけにはいかないだろう」

「こら飛燕。周りの迷惑になるだろう」

「お」

 飛燕を注意したのは、両頬に各三本ずつの傷を持つ伊達臣人であった。

「センパイも来てくれたんッスね」

 播磨は言った。

「勘違いするなよ。俺は修行の成果を確認しにきただけだ。別にμ’sが気になった

わけじゃない」

878: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:45:16.17 ID:EsHgPiDqo

 伊達は少し恥ずかしそうに言った。

(気にならない人が、OBやOGからカンパを集めるかね)

 播磨は伊達の言葉と行動の違いに少しおかしく感じ苦笑する。

「月光、お前ェも来てくれたんだな」

 伊達の隣りに座る、大柄なスキンヘッドにも播磨は声をかける。

 合宿では世話になった恩人の一人である。

「無論だ。ここまで来たのだから応援しないわけにはいくまい」

 月光は腕組みをしたまま言った。

「店のほうはいいのか?」

「今日は休みなのです」

「ん?」

 大柄な月光の影に隠れて見えなかったけれど、彼の隣りには小柄な月光の母、月子

が座っていたのだ。

「月子さん!」

「私もいるわよ」

 ひょこっと顔を出したのは、雷電の母、雷(いかずち)である。

「おカミさんまで。寺のほうは」

「家に帰らずに直接来たわ」

「そうッスか。わざわざすんません」

「海未ちゃんたちの活躍は、私も気になるからね! 気にしなくてもいいわよ」

「そういや海未といえば……」

 播磨はとある人物を思い出す。

879: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:46:01.22 ID:EsHgPiDqo

 もう一人海未ファンの男がいたような気がする。

「あっ!」

 やっぱりいた。

 特徴的なラーメン丼を頭に被ったような刺青(?)を頭にしたドジョウ髭の男、

王大人である。

「王大人……」

「我教え子の成長を見に来た。只唯一の目的也」

 何というか、濃い面子が勢ぞろいと言った感じだ。

 最終予選は、シード組も予備予選組も関係ない、ここだけの決戦だ。

 一発逆転もありうる。

 だからこそ、多くの応援が心強い、そう思う播磨。

「いよいよはじまるのう、播磨」

 松尾は嬉しそうに言った。

 そういえばコイツはアイドル好きだったな。

「今まで世話になったな、松尾、それに田沢」

 ホームページ更新やSNSでの宣伝など、ネット関係を一手に引き受けたのは、

松尾と田沢である。彼らのおかげで播磨たちは練習に集中できたと言っても過言

ではない。

「何、いいってことよ。それより、この面子でいけばもしかして本当にラブライブに

出場できるんじゃないか?」

 田沢は『週刊アイドルウォッチ』を見ながら言った。

「そんな甘いもんじゃねェよ。確かに自信はあるけどよ」

 播磨は言う。

880: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:46:35.86 ID:EsHgPiDqo

 そう、そんなに甘いものではない。それはわかっている。だが、播磨にも自信は

あった。それは決して根拠のないものではない。

「お、いよいよ始まるぞ」

 最初の高校のパフォーマンスがはじまった。

 ここまでくるのに随分と長かったような気もするけど、短かったような気もする。

 この半年間は、本当に不思議な気持ちの時間だったと播磨は思う。

 次々に出てくるスクールアイドルたちを眺めながら、自分がこんなチームを作るなど

とは夢にも思わなかった。

 そして今、本気でラブライブ、つまり全国大会に出場しようとしている。

(これまでの学校を見る限り、飛び抜けた実力は見いだせない。それは予備予選組も

シード組も同じ。だとすれば最大のライバルはやはり……)

 播磨は不安を抱えつつ席を立つ。

「ケン兄、どこへ行くの?」

 ふと、播磨の行動に気づいた雪穂が声をかけてきた。

「ちょっとトイレだ」

 そう言うと播磨は会場の外に出る。




   *

881: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:47:03.01 ID:EsHgPiDqo




 既に予選は始まっているので、会場外の廊下は人がまばらであった。

 閑散としている道を播磨は一人歩き、そしてトイレで用を足すと再び会場に戻ろう

とした。

 しかし、その時ふと足を止める。

「……」

 恐らくこの後、A-RISEのパフォーマンスを見ることになるだろう。

 これは確実だ。

 彼は初めてA-RISEのライブを観た時のことを思い出す。

 まるでプロのようなパフォーマンス。

 本当に勝てるのか、と不安に思ったこともある。

 だが今、彼女たちは同じステージに立っているのだ。

 播磨が観客席に戻ることを躊躇していると、意外な人物が声をかけてきた。

「やあ、播磨くんじゃないか」

「あン?」

 振り向くと、そこにはダサイ柄のTシャツを着たガタイの良い男がいた。

 新井タカヒロである。

「何をやっているんだい?」

「いや、ちょっとトイレに」

「そうなんだ。もうすぐ僕のA-RISEのパフォーマンスが始まるよ」

882: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:47:34.23 ID:EsHgPiDqo

「……」

「キミには是非見てもらいたいと思っている」

「……俺に?」

「ああ、彼女たちは僕の最高傑作なんだ。そしてラブライブで二連覇を果たすことが、

彼女たちに課せられた使命だ」

「使命ッスか」

「もちろんμ’sのパフォーマンスにも期待しているけどね」

「随分と自信がおありなんッスね」

「いや、いつも不安で一杯さ。キミと同じで」

「俺と、同じ?」

「ああ。不安だからたくさん練習をする。不安だから、常に振付や歌い方を考える。

不安だから、選曲を慎重にする。そういえば君たちの今度の自由曲は、また新曲らしいね」

「はあ」

 今回の最終予選は、ラブライブの決勝と同じく課題曲と自由曲を歌わなければなら

ない。

 そして、その自由曲は播磨と西木野真姫が作曲し、雷電と海未が作詞したオリジナル

曲だ。

「それ、すごく楽しみにしているんだよ。毎回、君たちの曲は素晴らしい」

「どうも」

 本気なのかお世辞なのかよくわからない。

883: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:48:06.89 ID:EsHgPiDqo

 この新井タカヒロという男は表情が豊かではあるけれど、なぜか言葉の真意が読み

取れない部分がある。

「あなたもこんな所でグズグズしていていいんですか? 他のチームのパフォーマンス

があるでしょう?」

「それはお互い様なんじゃないかな、播磨くん」

「まあ、そうッスけど」

「正直言えば、今回はμ’s以外は警戒していない、と言っても言い過ぎではないね」

「!?」

 慢心?

 いや、違う。

 このレベルのプロデューサーが油断するはずもない。

 だとしたら、プロとしての勘がそうさせているのか?

「いずれにせよ、楽しみにしているよ。じゃあ」

「失礼します」

 新井が去った後も、播磨はその場で茫然と立ち尽くしていた。

 プロデューサーの絶対的な自信。

 負けることなど一ミリも考えてはいない。

(もしそれが、その自信が突き崩されたとしたら……)

「うっし」

 播磨は覚悟を決める。

884: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:48:45.52 ID:EsHgPiDqo

(こうなったら槍でも鉄砲でも持って来いってんだ)

 播磨はそう思いながら携帯電話を手に取る。

(大丈夫かな)

 少し不安に思いながら着信履歴からある名前を見つけだし、そこに電話をした。

『……もしもし?』

「穂乃果か? 俺だ」

『ど、どうしたの? ライブ前に』

 電話をした先は高坂穂乃果の携帯電話である。

 まだ控室にいるらしく、電話に出ることはできたらしい。

「もうすぐ出番だろう? その前に声を聞いときたくてな」

『そんな、心配しなくても、大丈夫だよ』

「声、震えてるぜ」

『これはいきなり拳児くんが電話かけてきたから驚いただけ』

「そうかよ」

『でも、ありがとう。ずっと不安だったから。あなたの声を聞けて、よかった』

『ちょっと、誰から電話ですか?』

 後ろで海未の声が聞こえてきた。

「他のメンバーとも代わってくれねェか」

 播磨は言った。

『ええ? なんでよお』

 穂乃果は明らかに不満そうな声を漏らす。

885: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:49:19.18 ID:EsHgPiDqo

「そう言うなって。今の大会が終わるまで、俺はお前ェら全員に対して責任があるん

だ。お前ェだけを構ってるわけにもいかねェからな」

『……わかった。誰がいい?』

「誰でもいい」

『んじゃ、海未ちゃん』

 そう言うと、穂乃果は海未に携帯電話を渡したらしい。

『もしもし?』

 海未の声が今度は、はっきりと聞こえてきた。

「園田か? 俺だ。悪いな、雷電じゃなくて」

『べ、別に彼を期待していたわけじゃありませんから。それに、雷電とならいつでも

お話はできますから』

「そうだな。なあ園田」

『はい、何ですか?』

「今まで言えなかったけど、俺たちに付き合ってくれてありがとうな」

『なんですかいきなり』

「悪い。ずっと言ってなかったからよ。ことりとかには言ったんだけど」

『今更そんなことを気にする関係でもないでしょう? あなたたちに振り回されるの

は慣れてますから』

「でも変わったよな。人前に出るのが苦手なお前ェがアイドルなんてよ」

『それはお互い様でしょう?』

「俺は今でも苦手だぜ、まったく」

『そうでしたか。そろそろ代わりますね』

886: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:50:11.59 ID:EsHgPiDqo

「ん?」

『じっとこっちを見ている子たちがいるもので』

「そうかよ」

『にゃにゃっ、け、拳児くん?』

「その声は、凛か」

『そうだにゃ。凛にゃ。こんなに近いのに、電話で話すなんて、不思議な気分にゃ』

「今まではステージ前に声をかけてやることができたけど、今回はできなかったから

な」

『うん。拳児くんの声を聞くと元気になるにゃあ』

「そりゃ言い過ぎだろうがよ」

『そんなこと無いにゃ』

「そりゃ、ありがとうな。今はどうしてやることもできねェけど」

『そんなこと、ないにゃ』

「そうか?」

『あの……』

「あン?」

『もし、大会が無事に終わったら。また、その……』

「……」

『お買いものに付き合って欲しいにゃ』

「ああ、それくらいなら。おやすい御用だ」

『本当だにゃ! 約束にゃ』

「ああ」

『それじゃあ、かよちんに代わるにゃ』

887: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:50:56.48 ID:EsHgPiDqo

『ええ? 私は別に』

 花陽の声が聞こえてきた。

「花陽か」

 播磨は言った。

『あ、はい。私です』

 電話越しでもわかる、恥ずかしそうな声で花陽は言った。

 ここ数か月で一番成長したのは彼女かもしれない、と播磨は思っていた。

 彼女自身はどう感じているか知らないけれど。

「膝は大丈夫か」

『はい、もうすっかり。腰の方も問題ありません』

「そりゃ良かった」

『あの、私』

「どうした」

『いえ。が、頑張ります』

「そうだな。お前ェならできるよ」

『ありがとうございます』

「あんまり食べ過ぎるなよ」

『もう! 今はそんなに食べてません!』

 そう言うと、花陽は恥ずかしそうに誰かに携帯を渡す。

 今度は誰だ。

『あの、拳児さん』

「その声は、真姫か」

『はい。作曲、手伝ってくれてありがとうございます』

「そりゃこっちの台詞だろ。作曲作業が無けりゃ、もっとお前ェも練習ができただろう

し。第一、作曲の主体はお前ェのほうじゃねェか」

『そ、そんなことありません!』

888: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:51:30.44 ID:EsHgPiDqo

「え?」

『拳児さんがいたから、作曲も練習も頑張れました。とっても、楽しかったです』

「楽しかった、か」

『もちろん大変でしたけど……』

「大変だったな。よく頑張ったよ」

『ありがとうございます』

「思い出に浸るのは大会が終わってからのほうがいいんじゃねェのか?」

『わ、わかってます』

「お前ェの曲はいいぜ。自信持って行け」

『私と、あなたの曲です。いえ、μ’s全員の曲と言ったほうがいいかもしれませんけど』

「そうだな」

『早く変わりなさいよ』

 後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 まあ、喋り方だけで誰かわかる。

『ふん。待たせたわね。みんなのアイドル、にこちゃんよ』

 矢澤にこのやけに演技っぽい声が聞こえてきた。

「別に待ってねェよ」

『何よ、無理しちゃって』

「別に無理なんてしてねェ」

『本番前に電話してくるなんて、相当の心配性ね、アンタ。そんなにあたしたちのこと

が信用できない?』

889: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:52:09.70 ID:EsHgPiDqo

「そんなことはねェよ。信用してる。だけど、不安ではあった。俺自身がな」

『弱い男ね』

「男ってのは、弱いもんだ」

『随分素直じゃない。まあ任せなさいよ。あなたが多少弱くっても、あたしが支えて

あげるから』

「そりゃ嬉しいね」

『人を元気にするのがアイドルの務めですもの。そしてあなたはそのアイドルを元気

にすることが役目よ』

「わーってる。本当に世話になったな」

『ファンサービスもアイドルの勤めね』

「別に俺はお前ェのファンじゃねェけどよ」

『素直になりなさい。今更嘘ついてもしょうがないでしょう?』

「なんだよそりゃ。まあいい。今はお前ェのファンだよ。にこ、頑張れ」

『お任せあれ』

 そしてまた電話の声が変わる。

『拳児。本番前に電話なんて、感心できないわね』

 絢瀬絵里の声だ。

「悪かったよ」

『でもよかった。私もあなたの声が聞きたかったから』

「そうか。お前ェにも色々苦労かけたな」

『どうってことないわ。もう一度ステージに立つことができた。それだけで私は満足よ』

「随分と謙虚なもんだ」

『あなたはどうなの?』

890: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:52:36.42 ID:EsHgPiDqo

「わかんねェ。お前ェらが無事なら、それが一番かな」

『あなたも十分謙虚じゃない』

「そうか」

『今度またウチに来なさいよ』

「あン?」

『美味しいロシア料理をご馳走するわ。亜里沙も楽しみにしているみたいだし』

「そうか。楽しみにしてるぜ」

『ふふ。じゃあ、隣りに代わるわね』

 そう言うと、少しだけ間が開き、特徴のある怪しい関西弁のイントネーションが耳に

入ってきた。

『さすがの拳児はんも不安みたいやなあ』

「そういうなよ、希」

『ちょっと意地悪やったかなあ。でも、ウチも本番前にあなたとお話しができて嬉しいで』

「そうかい」

『特に言いたいことはあるん?』

「技術的なことは何もねェ。だけど、お前ェには特に礼を言っときてェな」

『お礼?』

「ああ。練習でもそれ以外でも、色々世話になった。心強かったぜ」

『拳児はん』

891: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:53:09.96 ID:EsHgPiDqo

「それに、過去のことも話してくれた。お前ェにとっては辛い思いでかもしれねェのに

話してくれて感謝している」

『それはウチの台詞や。あんなつまらん話を聞いてくれて』

「別につまらなくはねェよ。なあ、希」

『なに?』

「いや、お前ェにはなんか全部見通されてるような気がすっから、これ以上は何も

言わねえことにするわ」

『そうなん? 淋しいなあ』

「大会終わったら、色々話してやるよ」

『うふふ。約束やで』

「ああ」

 次で最後だ。

 順番から行くと、最後は、

『はーりくん』

 ことりの声が聞こえてきた。

「ことり……、大丈夫か」

『何が? 私は大丈夫だよ』

「そうか。ならいい。お前ェの兄貴も応援に来てたぜ」

『その情報はちょっといらないかなあ』

「酷ェなあ。兄妹だろうが」

892: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:53:53.64 ID:EsHgPiDqo

『アハハ。お兄ちゃんが来ると、周りに迷惑かかっちゃうかもしれないし』

「それは、あるかな」

『ねえ、はりくん』

「どうした」

『今までありがとう』

「どうしたいきなり」

『私の気持ちは、昔から変わらないよ』

「は?」

『じゃあね。もうすぐ時間だから』

 そう言うと、まだ携帯電話が誰かの手に渡る。

『拳児くん!』

「穂乃果か」

『呼び出しが来たから、もう行くね。拳児くんも観客席に戻って』

「お、おう」

『私たちのステージを見逃したら、許さないよ』

「わかってる。頑張れよ」

『うん。じゃあ、またね』

「ああ、また」

 播磨は電話を切ると、しばらく携帯電話のディスプレイを見つめた。

 μ’sの出番が近づいたということは、そのすぐ前に行われるA-RISEの出番

はもうすぐのはずだ。いや、既に始まっているかもしれない。

893: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:54:41.22 ID:EsHgPiDqo

 播磨は急いで観客席に戻る。

 観客席は多数の観客でにぎわってた。

 会場もようやく温まってきたところだ。

 今日は最高のライブが期待できそうだと、播磨は確信した。




   *




『さあ、全国のスクールアイドルファンの皆様お待たせいたしました。ついに十一番目、

A-RISEの出番がやってまいりました。実況は引き続き猫館伊知郎、解説は

秋友康夫さんでお送りいたします。秋友さん、いよいよ来ましたね』

『そうですね、前回のラブライブ優勝校A-RISEの登場ですね。今年も優勝候補

ナンバーワンですので、相当のパフォーマンスが期待できると思いますよ』

『秋友さんの注目はどの子でしょうか』

『当然、メインボーカルの綺羅ツバサです。彼女の成長はプレ・ラブライブでも確認

済みですので、A-RISEは今大会に向けて死角なしと言ったところではないでしょうか』

『そこまで言ってしまいますか?』

『ええ。彼女はプロの芸能事務所も注目のアイドルですからね。当然と言えます』

 音ノ木坂学院の理事長室で、理事長の江田島平八は自分で淹れたお茶をすすりながら、

ケーブルテレビでライブの様子を見ていた。

『さあ、いよいよ開始です。イントロが流れてまいりました』

 実況の声が聞こえなくなり、課題曲の音声のみとなる。





    *

894: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:55:26.67 ID:EsHgPiDqo





 完璧。

 一言で言えばそんな所だ。

 さすがプロデューサーが最高傑作と言うだけのことはある。

 とにかく完璧なのだ。

 歌も、踊りも。

 非の打ちどころがない。

 パフォーマンスを終えた時、一瞬の静寂が会場内を包んだ。

 肩で息をするA-RISEの三人。

 その静寂を破るように誰かが拍手をする。

 それにつられるように拍手が鳴り響き、更に指笛や声援が飛ぶ。

「ウオオオオオオオオ!!!」

《凄い、凄すぎる! これが今年のA-RISEかあ!!!》

 実況の興奮ぶりが観客席にも聞こえてきた。

 会場が割れんばかりに拍手に包まれている中、播磨は冷静であった。

 ぐっと会場を見つめながら腕を組む。

 一瞬、綺羅ツバサがチラリとこちらを見たような気もしたが、恐らく気のせいだろう。

「……」

「拳児……?」

895: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:56:12.22 ID:EsHgPiDqo

 隣に座っていた雷電が心配そうに声をかける。

「あン? どうした」

「大丈夫か」

「何がだ」

「……いや」

「何動揺してやがる。これから俺たちの学校のパフォーマンスが始まるんだぜ」

 まだ鳴り響く拍手の中で、播磨は静かに言葉を紡いだ。

「どうしよう、大丈夫? こんなのに勝てるの?」

 応援に来てくれた音ノ木坂の生徒がそんな言葉を口にしていた。

 確かにそう思うのも無理はない。

 それだけA-RISEのパフォーマンスは完璧だったのだ。

 プレ・ラブライブよりもはるかに良くなっている。完全に仕上げた、という感じだ。

 これまでのライブで手を抜いた来た、ということはないだろうが、彼女たちなりに、

その時期に応じて出来ることをやってきたのだと思う。

 そしてここでピークに持ってきた、そんなところだろう。

 パフォーマンスも完璧ならば、そこに至るまでの調整も完璧といったところか。

 まるでトップアスリートのような綿密に計算された練習計画のもとで行われてきた

のだろう。

 素人には真似できない芸当だ。

「なあ、播磨。大丈夫じゃろうな。あいつらは化け物じゃ」

 不安そうな声を出す松尾。

 数々のアイドルを知っている松尾だからこそ、A-RISEの凄さがわかるのだ。

896: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:56:49.86 ID:EsHgPiDqo

 それでも播磨は冷静さを崩さない。

「松尾、お前ェらは知らねェと思うがな、俺たちは化け物と闘って勝ってるんだぜ」

 播磨は言った。

「何を言っとるんじゃ?」

「覚悟だけなら、A-RISEにも負けねェってことだよ」

 そう言うと播磨は笑った。

 会場の興奮が冷めやらぬ中、満を持してμ’sが登場する。

 このままでは消化試合にもなりかねない状況の中、音ノ木坂の九人が姿を現す。

《次は、音ノ木坂学院、μ’sです》

 アナウンスが流れると、一部で拍手が起こる。

 播磨も腕組みを解いて拍手をした。

 これが最後のパフォーマンスだと思ってステージに上がる。

 そんな覚悟が伝わってきているようだ。

 イントロが流れる。

 課題曲は手堅く、自由曲は大胆に。それが通常のやり方だ。

 だがμ’sはそうも言っていられない。

 何のために今まで練習してきたと思っているんだ。

「最初から全力だ」

 播磨は小声で、しかし力強くつぶやく。

 会場内がざわつく。

 何かがおかしい、と感じたのだろう。

897: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:57:24.80 ID:EsHgPiDqo

 播磨は空気の変わり目を感じて少しだけ身体がうずいた。

 これまで完全にA-RISEに流れていた風が、少しずつ変わって行く。

 単純に歌や踊りを視聴したければ、別にテレビやインターネットのストリーミング

配信でもいいだろう。

 だが、ここは違う。ライブなんだ。

 観客の前にはアイドルがいる。

 そしてアイドルの前には観客がいる。

 フェイストゥフェイス。

 生の息遣いを感じて欲しい。

 どんなに規模の大きい会場であろうが、人がそこにいることは変わりない。

 播磨は真っ先に立ち上がった。

(頑張れ、俺はここにいるぞ!)

 声にこそ出さなかったけれど、播磨は心の中でそう叫んだ。

 一瞬、穂乃果がこちらを見た気がした。

 そして満面の笑みを浮かべる。

 播磨は右手を伸ばし、親指を立てる。

 播磨につられるように一斉に立ち上がる音ノ木坂応援団。

 現役生もOB、OGも立ち上がって手拍子をした。

(そうだ、お前ェらは一人じゃねェ。こんなにも心強い仲間がいるじゃねェか。ちょっと

変な奴もいるけど、頼もしく楽しい連中だ)

898: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:57:52.64 ID:EsHgPiDqo

「ウオオオオオ!!」

 流れが、少しずつ激流に代わって行く。

 小さかった川が、支流が合流することで大きな川になっていくようだ。

 課題曲が終わり自由曲に移った時、すでに会場は総立ちになっていた。

 一つ一つの仕草が大きな波となって心を揺さぶる。

 そうだ、これがこれまでやってきたこと。

 九人が作る奇跡。

 九人?

 いや、違う。

 メンバーを支えてきた多くの人たちが作ってきた奇跡だ。

「穂乃果あああああ!!!!」

「海未ちゃあああああん!!!!」

 誰かが叫ぶ。

 とにかく叫ばずにはいられなかったのだろう。

「ことりちゃああああああああああああん!!!」

 松尾の声も聞こえてきた。

 そう言えばあいつはことりが好きだったな。

 一人一人、まったくタイプが違うのに、不協和音も出さずによくやっていると思う。

 自分の曲だけれども、まったく異次元の曲のように感じながら播磨はその場に立ち

尽くしていた。

 これが今、あいつらに出来る最高のパフォーマンスなんだと。




   *

899: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:58:24.57 ID:EsHgPiDqo



 すべてのパフォーマンスが終わり、本格的な審査に入ると少しだけ時間がかかった。

 その間に、ゲストのアイドルグループが会場で歌を歌ったりしている。

 正直、播磨は他のアイドルには興味が無かったのでアリーナを出て、廊下で缶コーヒー

を飲むことにした。

「拳児、こんなところにいたのか」

 そんな播磨に雷電は声をかける。

「ん? ああ。雷電も何か飲むか」

「いや、俺は別に。それより、あいつらに会いに行かないでいいのか」

「あいつら?」

「高坂たちだよ」

「ん。まあ、着替えとかあるし、別にいいんじゃねェか?」

「なあ、拳児」

「なんだよ」

「勝てると、思うか?」

「わからん。だが、今のあいつらが出来る全力だと思うぜ」

「そうか」

「むっ!」

 不意に人の気配を感じた。

「拳児くん?」

「のわ、お前ェら。もう着替え終わったのか」

 そこには制服に着替えた穂乃果たちμ’sのメンバーがそろっていた。

 舞台の興奮が冷めていないのか、まだ顔が紅潮している。

900: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 21:58:57.72 ID:EsHgPiDqo

「拳児たちと一緒に結果を聞くんだって言って、急いで着替えをしたのよ。穂乃果は」

 ニヤニヤしながら絵里は言う。

「もう、やめてよ絵里ちゃん!」

 絵里の言葉に穂乃果は少し恥ずかしがった。

「なんだよ、そんなことか」

「そんなことって。今まで一緒に頑張ってきたんだから、その結果を」

「拳児くーん!!」

「ふがあ!」

 いきなり飛びついてきたのは凛であった。

 そういや、最近はあんまり飛びついてこなかったから油断していた。

「なんだ凛。どうした」

「べ、別に……。色々、不安だったから」

 凛は播磨の首に両腕をまわしつつ、顔を逸らした。

「ちょっと凛ちゃん。周りの目もあるから」

 花陽が凛に言った。

「かよちんも抱き着いたらいいじゃん」

「何をいってるのよ」

 一気に顔を紅潮させる花陽。

「いい加減にしろよ」

 播磨は凛を引きはがしながら言った。

「なあ、お前ェら」

「?」

 播磨は全員に呼びかける。

901: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 22:00:43.74 ID:EsHgPiDqo

「どうしたの? 拳児くん」

「いや、良かったぜ。今日の舞台」

「……そっか」

 穂乃果はそう言うと、ほっとしたように微笑む。

「当たり前にゃ」

 凛も言った。

「ありがとうございます」

 と、花陽。

「あ、当たり前じゃない」

 そう言ったのはにこだ。

「とっても緊張したんですよ」

 真姫。

「真姫も緊張するのね」

 絵里。

「ウチも久しぶりに緊張したわ」

 希。

「とてもそうには見えねェがな」

「あれ? そういうこと言うん? 拳児はん。生意気な後輩にはこうやでえ!」

「ぬわ!」

 そう言うと、希はいきなり播磨に飛びかかる。

「おわっ、ちょっと何しやがる」

902: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 22:01:11.26 ID:EsHgPiDqo
「そうだよ希ちゃん」

「ウチだって甘えたい時があるんやから」

 そう言うと、希は播磨を抱きしめた。

 柔らかいものが当たる。

(これは……!)

 この前のように、疲れてはいないので播磨の若いリビドーが発動しそうになる。

「離れろ!」

「我慢せんでええのに」

「結果がでたら、いくらでも好きにさせてやるよ」

「ホンマに?」

「あ、いや……」

 勢いで言ってしまったことに後悔する播磨。

「やあ、播磨くん」

 ふと、聞き覚えのある声が響く。

(また現れやがったか)

 播磨の視線の先には、ダサイTシャツにガタイの良い新井タカヒロがいた。

 後ろにA-RISEはいない。彼一人のようだ。

「随分とメンバーと仲が良いみたいだね。さすがカリスマSIPと言ったとこかな」

「俺はカリスマでもなければSIPでもないッスよ」

 播磨は冷静に返す。

903: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 22:01:39.98 ID:EsHgPiDqo

「もうすぐ結果が発表される。メンバーは所定の位置に行かないといけないんじゃないかな」

 新井は、播磨の後ろにいるμ’sのメンバーの顔ぶれを見ながら言った。

「そうッスね。お前ェら、結果発表だぞ」

「わかってるよ。拳児くんも行こう」

 そう言うと、穂乃果は播磨の手を引っ張る。

「何すんだ」

「何って、一緒に行くんだよ。あなたはアイドル部の副部長なんだから」

「やめろ。俺は人前に出るのが苦手なんだ。順番を決める抽選だって行きたくなかった

んだしよ」

「そんなこと言ってないで。皆」

 穂乃果がそう言うと、凛や花陽が播磨の両腕を掴んだ。

「さあ、連れて行くよ」

「アハハ。本当に仲がいんだね」

 その様子を見ながら新井は言った。

「わかった。わかったから手を放せ。人が見てるだろうが」

「ダメにゃあ!」

「そうですよ拳児さん」

 ゲストアイドルのパフォーマンスも終わると、遂に結果が発表される。




   * 
  

904: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 22:03:38.67 ID:EsHgPiDqo

 緊張の瞬間である。

 どんな結果でも受け入れるだけの心の準備はできているはずだ。

 それでも心臓の高鳴りは止まらない。

「……」

「不安なの? 拳児くん」

 隣に座った穂乃果が小声で聞いてきた。

「別に。お前ェらのほうが不安なんじゃねェか?」

「そうかもね」

 そう言うと、穂乃果は静かに播磨の手を握る。

「おい」

「不安だから、こうさせて」

「ったく。変わらねェな。お前ェは」

「拳児くんもね」

《大変長らくお待たせいたしました。ラブライブ南関東最終予選の結果を発表したい

と思います》

 会場にアナウンスが響く。

 心臓が再び高鳴る。

《ラブライブ全国大会に出場するのは――》

 もったいぶるアナウンス。

 さっさと言え、と播磨は思う。

 と、次の瞬間。

905: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/13(月) 22:04:22.69 ID:EsHgPiDqo
 そして次の瞬間、会場は大きな歓声に包まれた。

「ウオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

「ぎゃあああああああああああああ!!!!」

「やったぞおおおおおおおお!!!!!!」

 訳がわからない興奮の坩堝の中、播磨は戸惑いながら立ち上がる。

「何やってんだお前ェら。早く檀上に行けよ」

「こ、腰が抜けて立ち上がれない」

「ったく」

 播磨はそう言うと、穂乃果の右手をもう一度掴み立ち上がらせた。

「ひゃあ」

 しかしバランスを崩して播磨のほうに倒れ込む穂乃果。

「おっと、大丈夫か」

「アハハ。びっくりびっくり」

 播磨に抱かれながら、照れ笑いを見せる穂乃果。

 そこに大量のフラッシュが。

「ぎゃあ!」

「何やってんのよ! アンタたち!」

 にこが怒鳴る。

「ウチもやるでえ!」

 そう言うと、希が抱き着いた。

「凛ちゃんも抱き着くにゃあ!」

 競うように、播磨に抱き着くメンバー。

「わ、私も」

 普段冷静ぶっている真姫も、思い切って播磨に抱き着いた。

「ぐはあ!」

「もう、さっさとステージに行きなさいよ!」

 そんなメンバーに大して海未は怒ってみるけれど、喜びを爆発させた彼女たちは、

しばらく止められなかったことは言うまでもない。

 数日後、音ノ木坂学院の廃校の話は一旦白紙に戻され、来年度も生徒を募集すること

が発表された。





   つづく

910: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:00:40.35 ID:ZF7oeVNYo









       ラブランブル!

  播磨拳児と九人のスクールアイドル


     最終話 奇 跡


 

911: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:01:37.55 ID:ZF7oeVNYo




奇跡――

 それを奇跡と言うのは言い過ぎではないだろう。

 結成からわずか半年。数々の苦難を乗り越え、新たなメンバーを加えて作り上げられた

スクールアイドルグループ、μ’s。

「奇跡、そう言われても仕方ありませんね」

 チーム最高学年である三年生の一人、絢瀬絵里はそう言った。

「だって当事者である私自身が未だに信じられませんから」

 絵里はそう言って笑う。

 かつてバレエを経験した彼女は、年長者としての精神的な支柱だけでなく、華麗な

ダンスでチームを盛り上げ、そして全国優勝へと導いた。

「最初は生徒の不足で廃校の危機にあった学校を助けたいという動機ではじめたんです。

それが全国優勝することなんて夢にも思いませんでしたよ。本当に」

 結成したばかりのμ’sは、北関東予選を突破した後、ラブライブ全国大会に出場。

 そこで優勝した。

 前回優勝チームであるUTX学院のA-RISEに予選で競り勝ったのだ。全国優勝

はある意味必然だったのかもしれない。

 しかしμ’sはラブライブ終了後、解散した。

「そう、解散。活動休止ではなく、解散したわ」

912: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:02:19.02 ID:ZF7oeVNYo

 絵里はそう言って耳元の髪をかき上げる。

 ラブライブで優勝したがゆえに、解散を惜しむ声も多かった。

 しかし彼女たちは解散を決意し、それを実行した。

 それはなぜなのか。

「ご存じの通り、私は三年生で、これから受験があります。アイドルをやっている時間

はもうありません。だからアイドル部は引退しました。これは、同じ三年の希やにこも

事情は同じですよ」

 絵里は解散の理由を淡々と説明する。

「私たち三年生が抜けたら、当然μ’sは九人ではなくなります。元々、μ’sとは、

ギリシア神話で文芸を司る九人の女神、ムーサから付けられた名前なんですよ。まあ、

知ってますよね。だから、この九人でチームを結成できなくなったら、もうμ’s

ではない、というのがリーダーである高坂穂乃果の判断です。私たちも、それに従い

ました」

 別のメンバーを加えて、新しいμ’sを作るという考えは無かったのだろうか。

「それは私たちが決めることじゃあありません。この先、音ノ木坂のアイドル部に残る

二年生や三年生が決めることです」

 μ’sに対して未練はないのだろうか。

「ない、と言えばウソになりますけど、やはりラブライブは高校生活の中にあるから

こそ貴重なのだと思います。野球の甲子園や花園のラグビーのようにね。ただ、歌や

踊りについては、また興味が出てきましたので、大学に入ったらまたやってみようか

な、とは思っています」

913: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:02:54.50 ID:ZF7oeVNYo



 次に記者が訪れたのは、学院内の弓道場であった。

 静かに放たれた矢が的のど真ん中に突き刺さる。

 すっと背筋を伸ばした園田海未の姿は、遠くから見ても美しい。

 園田海未は二年生ではあったけれど、ラブライブ後、つまりμ’s解散後は、

アイドル部を辞して自分がかつて所属していた弓道部へと戻る。

 練習の合間、少しだけ話を聞くことができた。

「アイドル活動? 確かに、最初は嫌でしたね。でも今は違いますよ。皆と一緒に

ライブができたこと、そして学校の統廃合を阻止できたことはとても誇りに思って

います」

 園田海未は、その類まれな運動神経から当初よりμ’sの体力作りの指導を担当し、

チームで歌うオリジナル曲の作詞も担当していた。

「作詞に関して言えば、一緒に活動してくれた幼馴染の協力が大きいですね。もちろん

私自身も色々と勉強はしましたけど」

 ラブライブ後もアイドルを続けるという選択肢は無かったのだろうか。

「確かに、多くの人に続けるよう言われましたけど、元々は弓道が好きでこの弓道部に

入部したわけですから、できれば最後は弓道部で終りたいな、という思いはありました。

もちろん、アイドルが嫌になったってことはありませんよ?」

 園田海未は結成当初からのメンバーであり、一番長くμ’sを見てきた一人である。

914: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:03:35.00 ID:ZF7oeVNYo

「基礎体力は重要だと思っていましたから、穂乃果や新しく入った一年生の子たちに

もちょっと厳し過ぎるかなって思うくらいの指導はしてきました。でも、今となって

はそれが正しかったと思っています。欲を言えば、もう少し柔軟性を鍛えていれば

もっといいパフォーマンスが出来たと思いますけど、ダンスの技術は絢瀬絵里さんに

は敵いませんから」

 海未はそう言って苦笑する。

 もう一度アイドルをやろうという気はないのだろうか。

「今はありませんね。でも、弓道が一段落ついたら、また考えるかもしれません。

でも受験もありますからね。三年生の先輩たちのように勉強をしないと」

 プロのアイドルになるという選択肢は無かったのだろうか。

「複数の事務所の方々からオファーがあったことは事実です。でも、私にとっての

アイドルは、μ’sだけだと思っています。それ以外は考えられません」

 少し勿体ない気もするが、海未には後悔している様子はない。

「これまでチームのため、学校のため、何より友人たちのためにパフォーマンスをして

きました。これからは、少し自分のために努力したいと思います。後、特にお世話に

なった人にも恩返しをしたいですし」

 特にお世話になった人とは?

「それは秘密です。プライベートな事情ですので」

 海未は少し照れながら、口元に人差し指を当てた。

915: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:04:02.17 ID:ZF7oeVNYo



 学院の校舎に入ると、音楽室から聞き覚えのあるピアノの音色が流れてきた。

 μ’sの曲の旋律である。

 音楽室に入ると、μ’sの元メンバー、西木野真姫がピアノを弾いていた。

 彼女は幼い頃からピアノを習っており、μ’sが歌うオリジナル曲のほとんど

の作曲を手掛けていた。

「私がμ’sに参加したのは、本当に偶然に偶然が重なったからなんです。でも、

今はその偶然に感謝しています」

 落ち着いた表情で西木野真姫は言った。

 真姫は初期のメンバーではないけれども、どういう経緯でμ’sに参加することに

なったのだろうか。

「元々、アイドルとして参加する予定ではありませんでした。ただ、アイドル部の副部長

をされていた方が作曲もしていて、私はそのお手伝いをする、という形で活動に協力

したんです。その縁でチーム入りすることになって、最終的にラブライブにまで出場

することになりました」

 何だか運命を感じてしまう。

「運命。確かにそうかもしれません。私にとってアイドル部、それにμ’sとの出会いは

運命だったのかもしれません」

 ラブライブ後、一年生で唯一アイドル部を退部した。

916: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:04:53.13 ID:ZF7oeVNYo

「確かにアイドル活動には未練が無い、と言えばウソになりますけど、私には他にも

目標がありますので」

 目標?

「ええ。医学部に進学することです。親が病院を経営していますので、それを継ぐため

に医師になることが今の私の目標です」

 確かに医学部を目指すとなると、相当の勉強をしなければならないだろう。

 しかし、一年生で活動を辞めるというのは少し早すぎではないだろうか。

「これは私自身のケジメでもあります。あの人もいなくなった、というのも確かにありますけど」

 あの人?

「な、なんでもありません! それより、私なりのケジメをつけるために部活動は辞め

ました。これからは勉強に専念するつもりです」

 西木野真姫の作る曲を支持しているファンは今も多い。

「望まれるのなら、また作るかもしれませんけど、これからはアイドル活動よりも勉強

を優先です。将来のためにも、私自身のためにも」

 彼女の決意は固いようだ。

 それでもまた九人が集まる機会があるのならば、真姫も参加するだろうか。

「その気持ちは、皆同じだと思いますよ。私たちの心は、今でも一つです。ただ、進む

べき道が違うだけですから」

917: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:06:52.64 ID:ZF7oeVNYo



 進むべき道。

 同じ一年でも西木野真姫はアイドル部を退部した。しかし、残った者もいる。

 小泉花陽はラブライブ後もアイドル部を辞めなかった者の一人だ。

「μ’sは確かになくなってしまいました。それは残念なことです」

 アイドルグッズが数多く並ぶアイドル部の部室で、練習着姿の小泉花陽はそう言った。

「ですけど、μ’sが活躍したという事実は消えません。私たちは、それを受け継いで

行くべきだと思います」

 三年生が引退し、一、二年生の中でも一部のメンバーが退部していく中、小泉花陽は

アイドル部に残った。

 それはなぜだろうか。

「私自身が、アイドルが大好きということもあると思います。いつかアイドルになり

たい、という思いは小さい頃から持っていました。その思いは、この夏に叶ったと

思います」

 それでもアイドル部を続ける理由とは?

「確かに、スクールアイドルとしてラブライブに出場して、優勝まですることはでき

ましたけど、その多くは先輩方の力があったからだと思います。これからは、私たち

だけの力で、新しいアイドルユニットを作って行こうと思います。それがこれからの

目標です」

 プロになるという選択肢はあるのだろうか。

918: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:08:21.58 ID:ZF7oeVNYo

「まだ、そこまでは決めていません。今は、新生アイドル部を盛り上げて行き、来年

もまたラブライブに出場したいと思います」

 彼女はそう言って目を輝かせる。

 部室のすぐ隣にある空き教室が、アイドル部の練習場である。

 そこを覗くと、練習着姿のショートカットの少女がストレッチをしていた。

 小泉花陽と同じ一年生の星空凛である。

「μ’sに入ったばかりの頃は、凛が一番身体が固かったんだにゃ」

 両脚を開き、今ではピタリとお腹がつくようになった星空凛はそう言った。

「(絢瀬)絵里ちゃんや(園田)海未ちゃんがつきっきりで指導してくれたから、

素人の私でもここまで頑張ることができたにゃ」

 ストレッチを終え、しっとりと汗ばんだ額をリストバンドで拭いながら凛は笑う。

 素人、とはいえ星空凛は小学校、中学校時代は陸上競技を行っており、それなりに

運動神経は良かったはずだ。

「中学の時に駅伝の選手に選ばれて、長距離の練習をしていたから、それで身体が

固くなってしまったのかもしれないって言われてましたにゃ。でも今はこの通り」

 凛は立ち上がり、前かがみになると両手の手の平がピタリと床についた。

 ここまでくるのには相当の時間がかかりそうである。

「辛いことも一杯あったけど、かよちん(小泉花陽)もいたし、あの人もいてくれた

から、凛は頑張ることができたにゃ」

 彼女の顔の笑顔は消えない。

 チームのムードメーカーと言われてきただけのことはある。

919: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:08:48.93 ID:ZF7oeVNYo

「どんな時にも前向きでいることの大切さを学んだ気がしますにゃ」

 彼女の笑顔は、単なる可愛らしさだけではなく、安心感や頼もしさすら感じさせる。

 ラブライブの後、退部者が相次いだことについてはどう思っているのだろうか。

「それは、確かに寂しかったにゃ。特にお世話になった三年生の先輩や、(西木野)

真姫ちゃんがいなくなったのは残念だけど、みんなそれぞれ事情があるから仕方ない

にゃ」

 一瞬、寂しそうな表情を見せた星空凛であったけれど、すぐに元の笑顔に戻る。

「でも、そう言っても仕方ないにゃ。せっかく、学校の廃校の件も無くなったん

だし、この学校を救ったアイドル部の伝統は消したくないと思いました」

 このアイドル部は、学校にとっては救世主かもしれない。

 ただ、星空凛自身はこれからどうするのだろうか。

「どうもこうも、スクールアイドルとして活動は続けて行くつもりですにゃ。それは

かよちんも一緒だにゃ。(部長の)穂乃果ちゃんも残っていてくれるから、まだまだ

続けて行くつもりにゃ」

 今後の展開などに不安はないのだろうか。

「不安が無い、と言えばウソになるけど、そこで立ち止まっていたらなにも始まらない

にゃ。凛は先輩たちからそう学びました」

 具体的には誰から?

「直接言われたわけではないけれど、なんというか、あの人や穂乃果ちゃんの姿を

見ていたらそう感じたんですにゃ」

920: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:09:17.02 ID:ZF7oeVNYo

 人が減り、寂しくなったと思われる練習場の中で、星空凛は力強く言葉を紡ぐ。

 そんな練習場に一人の生徒が訪ねてきた。

「あ、にこちゃん」

 黒髪をツインテールでまとめた小柄な少女。

 矢澤にこである。

「凛、ちゃんと練習してる?」

 制服姿のにこはそう声をかける。

「花陽と穂乃果は?」

「かよちんは部室にいるにゃ。穂乃果ちゃんは生徒会」

「ったく、呑気なものね。ん? あら、あなたはあの時の記者さん」

 にこは記者の存在に気づいて一礼する。

「どうも、今日はμ’sについての取材? 一時期はうるさかったけど、今頃来るなん

て遅いわね」

 そう言ってにこは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 今日は、その後のμ’sについての取材に来た、と記者はこの日の取材の趣旨を伝える。

「あらそう。他のメンバーにも話を聞いたの?」

 時間があれば、矢澤にこの話も聞きたい。

「まあ、構わないわよ。部室で話を聞きましょう?」

 場所は再び部室で戻る。

 それまで部室にいた小泉花陽は練習場に行き、入れ替わるように、にこは部室の

椅子に腰を下ろす。

921: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:09:44.05 ID:ZF7oeVNYo

 三年生になってアイドル部を引退した矢澤にこは、これからどうするのだろうか。

「(絢瀬)絵里や(東條)希のように進学はしないわ。にこはあの子たちみたいに、

勉強とか好きじゃないし」

 では就職?

「プロを目指そうと思うの。実際に何件か話が来ているし」

 スクールアイドルからプロのアイドルへ。

 しかし、その道は厳しい。

 既に何人もの先輩たちが挫折を経験している。

 甲子園で活躍した高校球児が必ずしもプロで活躍できないように、スクールアイドル

で活躍したからといってプロの世界で売れるとは限らない。

「覚悟の上よ。でも私は小さい頃からアイドルになることを目標に頑張ってきたの。

そりゃあ、ラブライブの優勝が嬉しくないって言ったらウソになるけど、この矢澤にこ

にとっては通過点の一つに過ぎないわ」

 プロのアイドルはスクールアイドル以上に厳しい世界である。

「そんなの承知の上よ。それでも、家族のことや今まで一緒に頑張ってきた仲間たち

のことを考えたら、プロを目指す人がいてもいいんじゃないかと思ってね」

 ずっと無愛想だった矢澤にこがこの時はじめて笑った。

 舞台の上とは違い、普段のにこはあまり笑わない。

 いつも笑顔の星空凛とは対照的である。

922: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:10:36.36 ID:ZF7oeVNYo

「そりゃあまあ、私だっていつも笑顔でいたいけど。でも、ちょっと疲れるじゃない?

まあ、それは冗談だけど。私はステージの上で全力を尽くしたいの。それを考えると、

ちょっと無愛想になってしまうことはやむを得ないわね。プロになったら、いつ誰かに

見られるかわからないから、もっと気をつけなきゃだけど」

 にこはあくまでも淡々と喋る。

 ラブライブについてはどう思っているのだろうか。

「ん? そうね。楽しかったわ。とってもね。辛いこともあったけど、高校時代の

一つの目標でもあったから」

 今、その目標を達成したわけだが。

「そうね。だから次の目標を見つけて、それに向けて歩き出そうとしているの。すでに

他の子たちはそうしているでしょう? 同じ三年の絵里や希は受験のために勉強を

しているし。私は、プロを目指してオーディションの準備をしているわ」

 先ほどラブライブを「通過点」と呼んでいたけれども、具体的にはどういう意味か。

「通過点は通過点よ。そこでは終わらないってこと。世の中には、甲子園を目指して、

そこに出場したら満足っていう人もいるみたいだけど、それだけじゃつまらないでしょう?

人生は長いんだから」

 確かに。

「でも、いくら通過点と言っても大事じゃないって言ってるわけじゃないのよ?

私にとってラブライブは、苦しいこともたくさんあったけど、仲間たちと共に

頑張った大切な思い出。素敵な出会いもあったし、人と喜びを共有することの

大切さも知った。だから、この思いでを糧に前に進んで行こうと思うわ」

 ついこの間のことにも関わらず、矢澤にこの語るラブライブは随分と前のことのを

話しているような感じがした。

923: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:11:14.81 ID:ZF7oeVNYo


 その後、記者はμ’sの元メンバーが活動しているという生徒会室へと向かった。

 ドアを開けると、そこにはトサカのような特徴的な髪型をした南ことりが出迎えて

くれた。

「生徒会執行部の会計を担当しています、南ことりです。会長の(高坂)穂乃果ちゃん

をサポートするために頑張ってます」

 南ことりはそう自己紹介する。

 μ’sの元リーダーであり、アイドル部の部長である高坂穂乃果は、ラブライブの後、

自校の生徒会長選挙に立候補して、見事に当選したという。

 彼女の親友だったことりは、執行部の役員として彼女に協力することにしたという。

「穂乃果ちゃんとは、アイドルを始めた時もお手伝いをしたからね。今回も、生徒会

の仕事を手伝おうと思ったんです」

 ことりは笑顔で言う。

「海未ちゃんも、一応生徒会のメンバーなんですよ。今は部活動があるから参加して

いないけど、部活が終わったらこちらに顔を出す時もあります」

 生徒会の仕事は忙しい?

「いえ、今はそんなに忙しくありませんよ。引き継ぎとかはありますけど。後、引退

した希ちゃんや絵里ちゃんも手伝ってくれますから。あ、(絢瀬)絵里ちゃんと(東條)

希ちゃんは、生徒会の会長と副会長だったんです。色々と覚えることがたくさんあって、

生徒会活動とスクールアイドルを兼任していたあの二人は凄いなあって、今更ながらに

思ってます」

924: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:11:42.02 ID:ZF7oeVNYo

 メンバーのことを語ることりは本当に楽しそうである。

 ただ、今回は南ことり自身のことも聞いてみたいと思う。

「私のことですか? うーん。確かに、穂乃果ちゃんのためってこともありますけど、

折角廃校を免れた母校ですから、もっと楽しい学校になれたらいいなと思って、穂乃果

ちゃんのお手伝いをすることに決めました。本当は“あの人”にも手伝って欲しかった


だけど、『自分はそんなガラじゃねェ』って言って断られました」

 あの人とは?

「え? ああ。μ’sでお世話になった人です」

 そう言ってことりは言葉を濁す。

「それより、他に何か聞きたいことはありますか?」

 ラブライブの思い出について聞いてみることにした。どうしてスクールアイドルに

参加しようと思ったのか。まずはそこから。

「そうですね。私は、実のところ穂乃果ちゃんほどウチの学校に思い入れは無かった

んです。こんなことを言うと生徒会執行部の役員としては失格かもしれませんけど、

もちろん今は違いますよ?」

 確か、学院の理事長の孫娘という話だが。

「そうですね。私の母方のお祖父ちゃんが理事長です。だから、この学校とも深い関わり

はあります。でもだからこそ、周りから変に勘ぐられたくないと思い、少し学校とは

距離を取っていました」

925: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:12:13.25 ID:ZF7oeVNYo

 理事長の孫娘だから、特別扱いをされている、と思われたくないということだろうか。

「そうですね。その通りかもしれません。でも、穂乃果ちゃんの想いにほだされて、

自分も学校を救おうと思うようになりました」

 高坂穂乃果の想いとは、一体なんなのだろう。

「彼女は、とってもこの学院を愛していました。イマイチ特徴のない学校だったんです

けど、穂乃果ちゃんのお母さんもお祖母様もこの音ノ木坂学院の出身らしく、強い

思い入れがあったみたいですね。そう言えば、中学時代の話なんですけど」

 そう言うと、ことりは少しだけ声を低くする。

「実は、穂乃果ちゃんはこの学校に入学するには、ちょっとテストの成績がギリギリ

だったので、懸命に勉強していたのを覚えています。それくらい苦労をして入ったから、

思いも一入だったのでしょう」

 ことり自身は楽に入ったのだろうか。

「もちろん私も勉強をしましたよ? 理事長の孫娘だからと言って、受験で有利に

扱われると思われたら嫌でしたからね」

 あえて別の学校に入るという選択肢は無かったのだろうか。

「うーん。それも考えてはいたんですけど、何というか、家も近いし。まだやりたい

こととかも見つかっていなかったので、音ノ木坂に行くことに決めました。それに、

あの人も行くと言ってくれたから……」

 ふと声を小さくすることり。

「い、いや。何でもありません……!」

926: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:12:39.41 ID:ZF7oeVNYo

 こちらは何も聞いていないのに、なぜか必死に手を振って否定することり。

 ラブライブでは、主に衣装のデザインを担当したと言うが。

「元々裁縫は得意で、ぬいぐるみとかよく作っていたんです。兄がデザイン系の大学

に進学することに決めていたので、何となくいいなあとは思っていたんですけど」

 そう言えば、ことりの兄はあの有名な南飛燕である。

 学生でありながらプロのデザイナーからも注目されており、何より美男子である。

「ああ見えて、実は家ではだらしないところもあるんですけど、まあ、兄のファンも

この雑誌を読んでいるかもしれないので、詳しくは言いませんけど」

 兄のことについても聞きたいところではあるけれど、ここは話を戻しラブライブに

ついて聞く。

 デザインは全て自分が?

 兄も協力したのか。

「兄の影響が無かった、と言えばウソになりますけど、基本的には全部自分で決めました。

 でも、メンバーにも意見を聞いて、手伝ってもらったりもしたので、全ての作業を

自分一人でやったとは言いません。あえて言うなら、μ’s全員の力です」

 振付や歌だけでなく、衣装の評価も高かったと言うが。

「確かに、衣装を評価してくだされたのは素直に嬉しいです。でも、それはあくまで

オマケみたいなものです。皆だったら、多分学校のジャージで踊ってもキレイだった

と思いますよ。特に絵里ちゃんなんかは」

 南ことりにとってスクールアイドルとは何だったのだろうか。

927: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:13:06.18 ID:ZF7oeVNYo

「うーん。今もよくわかりませんねえ。何だか、今でも夢みたいな気持ちですよ。

現実感が無いと言うか。辛いこともたくさんあったけど、終わってみたら一瞬と

いうか」

 ことりは少しだけ考え込む。

「でも、あんなにも必死になったことって、今までなかったかな。だから、とっても

充実していたと思います」

 これからの展望について聞かせてほしい。

「うーん。まだわかりません。アイドル部は続けて行きますけど、学校存続という目標

は達成されたので、今とはまた違う活動になって行くかもしれません。あと、私自身

のことですけど……、やっぱりデザイン系の学校に進学しようかと思っています」

 それは、衣裳作りの経験から?

「もちろんそれもありますけど、元々やってみたかったことですし、兄の影響も少し

ありますけど、原点に戻って自分のやりたいことをやってみようと、そう考えてます。

また変わるかもしれませんけど、今はそれくらいですかね」

 ちょうど、南ことりから話を聞き終えた頃、生徒会室に人が訪ねてきた。

 生徒会長の高坂穂乃果かと思ったら、違った。

「あら、見かけない顔やね。お客さん?」

 ちょっと変な関西弁の少女は、東條希であった。

 決して目立つ立場ではなかったけれど、手堅い実力でチームを支え、練習でもその

包容力でチームをまとめていた影の実力者だと言われている。

「それは褒め過ぎやわ。ウチは自分のできることをやっただけやから」

 かつてアイドルをやっていた経験が生きていたのだろうか。

928: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:13:32.53 ID:ZF7oeVNYo

「さすが記者さんや。よく御存じですなあ。別に隠すつもりはおまへんから、正直

言いますけど、本当は自分がスクールアイドルに加わる気は、最初は無かったんですよ」

 それはなぜだろうか。

 東條希ほどの、能力のあるアイドルが舞台に立たないのは勿体ない気もするのだが。

「ウフフ。ありがとう。お世辞でも嬉しいわ。せやけど、ウチは人を支えることが

好きやったから、あの人を通じてわが校のスクールアイドルを育てていければええな

って思ったんやけどな」

 音ノ木坂学院のμ’sはラブライブで優勝までした。

「優勝は出来過ぎやと思うけど、南関東大会で、前回優勝チームのA-RISEに

勝ったんやから、ある意味当然なんかもしれへんなあ」

 元々参加するつもりがなかったスクールアイドルに参加したきっかけは何だったのか。

「実は、μ’s結成当時から、影ながら応援はしとったんよ。色々と手伝いはしててな。

せやけど、ウチはその当時まだ生徒会の役員やったさかい、表だっての支援は出来へん

かったけど」

 それがどのような心境の変化でμ’sに参加することになったのか。

「せやねえ。何て言うか、熱い心ってやつかなあ。そう言うのは、傍から見てても

わかるものやん? ウチは、A-RISEに勝てたのはそういう心の部分が強かった

からやと思うんや。それで、リーダーの(高坂)穂乃果ちゃんをはじめ、熱くて

強い心を持った子たちを見てたら、自分の血も騒いできたって言うかな」

929: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:13:59.61 ID:ZF7oeVNYo

 昔を思い出した?

「それとはちょっと違うかな。昔のウチは、正直アイドルをやってても楽しくなかった

というか。もちろん遣り甲斐は感じていたけど」

 昔のアイドルと、μ’sの違いは?

「仲間を思うってことかな。親友やったエリチ(絢瀬絵里)がμ’sに参加したがって

いるってことは、薄々感じるようになってから、自分も参加したくなってきたんよ。

かつて大阪でアイドルをやっていた頃は、自分のことで精一杯で、仲間のことを考える

余裕とか全然無かったし」

 当時はまだ中学生でしたよね。

「まあ、ローカルアイドルやったし、ここら辺(東京近郊)の人にはあんまり知られて

へんかったから、自分がアイドルをやっていたことは心の中に封印しとったんやけど、

学校を廃校から救うという目的のために一致団結していたチームを見て、自分も仲間に
入りたい、当事者になりたいって思うようになってきたんかなあ」

 傍観者ではいられなかった、と。

「そうやね。辛いことも苦しいこともあるけど、それがあるから喜びがあるんやと思うんや。

これは観客の立場では絶対に味わえへんことやと思うわ。それに、あの人とも、

もっと近くにいたかったから……」

 ふと、希は言葉を濁す。

「さて、そろそろ主役のお出ましやで」

 そう言って、希は生徒会室の出入り口の方を見た。

930: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:14:49.87 ID:ZF7oeVNYo

 廊下から足音が聞こえる。

「ごめんなさい! 遅くなりましたあ!」

「生徒会長が遅刻とは許されへんわねえ」

 悪戯っぽい笑みを浮かべながら希は言った。

「あ、希ちゃん。来てたんだ。久しぶり。ことりちゃんもごめんね」

「大丈夫だよ穂乃果ちゃん。書類の方はちゃんとまとめておいたから」

 ことりは笑顔で分厚いファイルを取り出す。

「あ、ありがとう。ところで記者さんは今日も取材?」

 先日、学校を通じて話を通していたはずなのだが、彼女はすっかり忘れてしまって

いるらしい。

「ご、ごめんなさい。別に忘れてたわけじゃあないんだけど、色々と忙しくて」

 学校を救ったヒロインも、今は生徒会長として、またアイドル部の部長として、

何より一人の高校生として日常の仕事に忙殺されているようである。

「ここだとちょっと話しづらいから、場所を変えましょうか」

 穂乃果の提案により、記者と彼女は学校の屋外テラスで取材をすることになった。

 すでに外は夕闇に染まりつつある。夏が終わり、段々と日が短くなっていくのが

わかる。

 高坂穂乃果はラブライブの時と同じように、忙しい毎日にも関わらず元気いっぱいだ。

「私の場合、暇な方が元気がなくなるかも。何かをしていないと落ち着かなくて」

931: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:15:25.96 ID:ZF7oeVNYo

 穂乃果はそう言って笑った。

 確かに、高坂穂乃果は考え込むタイプよりも行動するタイプかもしれない。

 その行動が学校を救ったのだから、侮れないものがある。

「UTX学院でA-RISEの姿を初めて見た時、これだって思いました」

 スクールアイドルで学校を救う。

 不可能と思われた廃校の撤回を成し遂げたことは、実はラブライブの全国優勝より

も凄いことなのかもしれない。

「でも、結局私は他の人たちに比べたら何もしていないんですよ」

 穂乃果は言った。

 何もしていない、とはどういうことだろうか。

「作詞は海未ちゃんと雷電くんがやってたし、作曲は真姫ちゃん、編曲は田沢くん

たちがやってくれたし。振付は絵里ちゃん、食事はにこちゃんや絵里ちゃんが作って

くれたなあ」

 穂乃果は懐かしそうに頷く。

「そして何より、このμ’sという奇跡のチームを作ってくれたのは、私の大切な人」

 播磨拳児。

 記者が何度も取材をしたが断られた相手だ。

「うふふ。拳児くんは目立つことが嫌いだからね。まあ、昔から恥ずかしがり屋だった

んだけど。アイドル部を辞めてからは、一切表には出ないって頑固に貫き通しているよ」

932: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:15:53.72 ID:ZF7oeVNYo

 彼には聞きたいことが山ほどある。

 しかし、アイドル部を退部した彼は、一切の取材を受けず沈黙を貫き通している。

 結成からわずか半年のμ’sが、前回優勝チームのA-RISEに勝てた要因とは、

何だろうか。本人はどう考えているのか。

「そうですね。拳児くんは人形と人間の差だって言ってましたけど」

 人間と人形?

「はい。こんなことを言うと、A-RISEファンに怒られるかもしれないけど、

A-RISEはプロデューサーの新井タカヒロ氏が作り上げた最高のアイドルらしい

んです。だから、普通なら素人の私たちが対抗できるはずがない」

 しかし現実には勝った。

「はい。拳児くんは、A-RISEは完璧過ぎたと言ってましたけど」

 完璧すぎだ?

「新井氏の理想を具現化したものがA-RISEならば、その具現化が完璧すぎて、

かえって周りの共感を得られなかったんじゃないかって」

 共感。

「ライブの醍醐味は何より、アイドルと観客が共感することだと教えられました。

だから私たちは何より、皆で楽しむことを第一に考えたんです。単純に、パフォーマンス

では敵わなくても、観客を楽しませることに全力を尽くすと」

 それがμ’sの方針。

933: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:16:21.67 ID:ZF7oeVNYo

「方針というほど明確ではないんですけど、私はそう解釈しました。私が、他のメンバー

と通じ合ったように、応援してくれた人たちとも通じ合い、協力してくれた人とも通じ

合う。そこに私たちの強さがあったんじゃないかなって、今は思います」

 今後の活動はどうしていくのか。

「まだ決めていません。もう、拳児くんは協力してくれないけど、時々なら相談に

乗ってくれるし。追々決めて行くつもりです。スクールアイドルは続けて行きますよ。

私に素晴らしい出会いと感動をくれた活動ですから。これから入学してくる子たちに

もそれを感じて欲しいと思います」

 感動を受け継ぐ。言うは容易いが、行うのは難しそうだ。

「そうですね。毎年優勝できるわけでもないでしょうし。でも、勝つことだけが全て

じゃないって、私は思います。たぶん、きっと、拳児くんもそう思っているはずです」

 迷いの無い瞳で、穂乃果はそう言い切った。

 そしてもう一言付け足す。

「それと奇跡と呼ぶのなら、……ラブライブの優勝じゃなくて、たくさんの仲間たち

に出会えたことが私にとっての一番の奇跡だと思います」

 太陽は沈み始め、辺りは暗くなりはじめる。

 秋も深まり、空気は冬の寒さを少し含んだ冷たいものになっているようだった。
 



    *

934: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:16:50.51 ID:ZF7oeVNYo




「拳児くん」

 ふと、明るい声が暗くなった空に響く。

「穂乃果か」

「待っててくれたんだ」

「まあ、そうだな」

「今日は雑誌の記者さんが取材に来てたんだよ。拳児くんもインタビューを受ければ

よかったのに」

「勘弁してくれ。俺はああいうのは苦手なんだ」

「取材の申し込みも全部断ったんだよね」

「過去の行為について、あれこれ聞かれるのは嫌なんだよ。俺は頭が悪いから、あんまり

覚えてねェし」

「今までどこへ行ってたの?」

「雷電の所」

「拳法部の道場?」

「まあそうだ。おかげで稽古に付き合せれちまってよ、イテテ。明日は筋肉痛だぜ」

「鍛え方が足りないんじゃないのか? 拳児」

 ふと、男の声が聞こえてきた。

「雷電」

 雷電と、その後ろには園田海未もいた。

935: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:17:18.89 ID:ZF7oeVNYo

「そうですよ播磨くん。この際、正式に拳法部に入部して、雷電に鍛えてもらったら

いいんじゃないですか? ただでさえ、無駄に力が強いのに」

「無駄には余計だ無駄には。ったく、お前ェらも今から帰りか」

「そうだな」

「私たちだけじゃありませんよ」

 海未がそう言うと、後ろを見る。

「にゃあ! 拳児くん。一緒に帰るにゃ」

「あの、拳児さん。たまにはその、私とも」

 元気いっぱいの凛と、少し恥ずかしそうにした花陽が言った。

「そういやお前ェらと話をすんのも久しぶりだな」

「このにこちゃんも忘れないで欲しいわね」

 いつの間にか現れた矢澤にこ。

「お前ェも帰ってなかったのか」

「今日はお母さんが早く帰るから、少し遅くなっても大丈夫なの」

「拳児、待っててくれたの?」

 ふと、別の声も聞こえてきた。

「絵里か。勉強してたのか」

「まあ、そうね」

 絢瀬絵里の隣りには、東條希もいる。

936: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:17:55.58 ID:ZF7oeVNYo

「ねえ拳児はん? 今日はウチの家で夕食していかへん? 材料多く買い過ぎたかも

しれんし」

「ちょ、ちょっと希ちゃん」

 焦った様子で穂乃果が播磨と希の間に割って入る。

「ななな、何を言ってるの」

「ええやんたまには。穂乃果ちゃんの家ではよく食べてるんやろ?」

 焦る穂乃果に対し、希は余裕の表情を崩さない。

「私と拳児くんは幼馴染だから」

「だ、だったら、私と夕食いかがですか?」

 少し緊張した声で、播磨の制服の袖を引っ張ったのは西木野真姫であった。

「何だ、お前ェもいたのか」

「取材を受けていましたから」

「そういや、μ’sのメンバーは全員受けてたみたいだな」

「私も受けたよー」

 不意に現れたことりが播磨の腕に飛びつく。

「うおっ! 何だいきなり」

 にこや凛には無い、やわらかい感触が腕に当たる。

「ちょっと、ことりちゃんズルいにゃ!」

「そうですよ! 不潔です」

 凛と花陽が抗議する。

「ちょっと離れなさいって、もう」

 穂乃果は、今度はことりと播磨を引き離す。

「何なのよもう」

937: ◆4flDDxJ5pE 2014/10/15(水) 20:18:26.92 ID:ZF7oeVNYo

「そういや、μ’sのメンバーが全員揃うなんて久しぶりだな」

 そんな様子を見ながら雷電は懐かしそうに言った。

「そうですね。解散して以来かしら」

 海未もそれに合わせる。

「なに落ち着いていやがるんだ。この状況を何とかしてくれ」

「知るか。お前の撒いた種だろう」

 雷電はそう言って冷たく突き放す。

「俺が撒いた種?」

 播磨は不思議そうに首をかしげた。

「呆れた。一回くらい死なないと治りそうもありませんね」

 海未は溜息をつきながら言う。

「そうだな」

 雷電も似たような顔で同意する。

「なんだっつうんだよ!」

「そうだ! 久し振りに月子さんのお店に行ってみようか」

 穂乃果の急な提案に、全員が賛成することになる。

 今はバラバラになって、それぞれの道を進み始めたμ’sのメンバーとプラスα。

 でもたまにはこうして集まる日があるのも悪くない。

 播磨はそう思いながら、暗くなった道をわいわいと話をしながら歩いて行った。







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