ある日のこと

~早朝・のぞホーム~

ピピピ ピピピ

希「んん…むぅ…」

けたたましく鳴り響くアラームが、なんだか今日はやけにうるさく感じる

頭に響く…

ピピピピピピ

希「うるさ…っ」

小さく呻いて、もぞもぞとアラームに手を伸ばして

かちりとボタンを押して停止

希「…大学、行かないと…」

今日も大学があるから、そろそろ準備始めないと…

希「はあ…よい、しょっ…」

と、立ち上がった瞬間に

希「…ぇ」

ぐらりと足元が揺れたような感覚に陥って

ぐんにゃりと視界が歪み

そのまま立っていられなくなって

ばたりとベッドに倒れこんだ

引用元: 穂乃果「ただいま」希「おかえり」 

 

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182: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:16:49.78 ID:lYc3AzTr0
希「ぁ、あれ…」

頭がぼやけた感覚

自分の見ている世界も、どこか薄い膜を一枚隔てているような

そんな奇妙な感覚

…ああ、これは…

風邪、ひいちゃったなぁ…

183: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:18:03.15 ID:lYc3AzTr0
・・・

絵里『分かったわ。ゆっくり休むのよ?』

希「ありがとえりち…」

絵里『気にしないで? …それより、穂乃果には伝えた?』

希「まだ…やけど、穂乃果ちゃんが知ったら学校放り出しても来そうやし…」

絵里『…ありそうだから困るわね…んん。とにかく無理はしないでね。お願いよ?』

希「だいじょぶ…無理する元気もないから…げほっ」

絵里『もう…身体に障るといけないし、切るわね』

希「うん…ありがと」

184: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:23:44.23 ID:lYc3AzTr0

希「はあぁ…んん、んっ」

電話を切って、大きく息を吐き出す

痰の絡みついた喉が気持ち悪い

あんまり動きたくないけど、水だけでも飲もうかな…

もぞもぞと布団を抜け出そうとしても、身体がそれを拒む

…ぁう…つらい

動くのもつらい…

なんとか壁伝いに台所まで移動して

コップに水を二杯飲み、ほっと一息

…とりあえず、穂むらにも電話しとかないと…

今日のバイト、行けないから…

pipipi

prrrr...

穂乃果『はい、高坂です!』

希「ぁ…ほのか、ちゃん…!?」

185: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:26:06.17 ID:lYc3AzTr0
穂乃果『希ちゃん? どうしたの、声変だよ?』

ぅわ…やっちゃった

穂乃果ちゃんが学校出てから電話すればよかった…

…まあ、仕方ないね

穂乃果ちゃんからお母さんに伝えてもらおう…

希「ちょっと風邪で寝込んじゃって、今日は…バイト、行かれへん」

穂乃果『え…そんな、大丈夫!?』

希「うん…だから、今日は…」

穂乃果『今からそっち行くから待ってて!』

…言うと思いました

186: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:26:58.09 ID:lYc3AzTr0
希「来なくていいから…穂乃果ちゃんは学校…やろ?」

穂乃果『うぅ…じゃ、じゃあ学校終わったらすぐ行くから!』

希「うん…じゃあお願いしよかな」

穂乃果『無理しちゃダメだよ?』

希「心配してくれてありがと…お母さんにも、伝えといてくれる?」

穂乃果『わかった! じゃあ…またね?』

希「うん」

pi!!

希「はぁ…喉、痛い…」

ひとまずこれでいいかな…

はぁ…きつ…

…声、聞かへん方がよかったかも

187: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:29:39.79 ID:lYc3AzTr0
・・・

ピピッ

希「熱…、39.1℃…」

こんな高かったら、そりゃあつらいか…

希「冷えピタ貼って寝よ…」

と思ったところで気がついた

一人暮らしが風邪をひくということが、どういうことなのか

希「冷えピタ…どこにあったっけ」

もともと風邪をひかないようにはしてたけど…

高校生になってから一人暮らしを始めて以来、いままで以上に風邪をひかないように努めてたん

特に熱になるようなことは絶対に避けてた

もしこんなことになったら、誰にも看病してもらわれへんし

だから家に風邪薬はあっても、冷えピタなんてないわけで…

はあ…やっちゃったなぁ…

やっぱり、一箱くらい買っとけばよかった

188: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:33:05.96 ID:lYc3AzTr0
希「…はあ」

悔やんだって仕方ないし、とりあえず薬飲んで寝よう…

…でも、そのためにはまず何か食べなきゃね

ちょうど昨日の帰りに買っておいたパンがあったからよかった

それを半分だけ食べて、薬を飲んで、はいおしまい

もそもそとベッドに潜り込むと、どっと身体のダルさが増したように感じた

息はどんどん荒くなって、手と足の先も…麻痺したように希薄

189: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/01(水) 23:33:45.90 ID:lYc3AzTr0
希「はぁ、はあ…」

身体が熱くて息苦しい…

こんな高熱、久々やなぁ…

…えっと、いつ以来やっけ

小学生、それとも…

うーん…わからない

……もういい、早く寝よう

希「はぁ…んんっ…」

風邪ひきのときは人肌が恋しくなるって聞いてたけど…

それって、わりと本当なのかも…

はあ…穂乃果ちゃんが、学校終わるまで我慢やね…

それまで寝てられたらいいけど

希「…」

はよ来てー…なんて

呼んだって来てくれへんけど…

194: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:40:09.97 ID:85lBiZ+zO
~穂むら~

ほのママ「電話、希ちゃん?」

穂乃果「うん。風邪なんだって」

ほのママ「そう…かわいそうに…」

穂乃果「うん…やっぱり私、ちょっと行ってきていいかなぁ。学校、ちゃんと行くから!」

ほのママ「希ちゃんに来てって言われた?」

穂乃果「…学校行けって言われた」

ほのママ「じゃあ学校行きなさい。希ちゃんに余計な心配させちゃダメ」

穂乃果「はーい…でも、帰りは行くからね!」

ほのママ「わかったわかった」

穂乃果「それじゃ、行ってきます!」パタパタ

ほのママ「行ってらっしゃい」

195: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:40:55.76 ID:85lBiZ+zO
雪穂「希さん、風邪なの?」

ほのママ「そうみたい…ちょっと心配ね」

雪穂「うん…」

ほのママ「って、なんで雪穂まだ行ってないのよ」

雪穂「亜里沙とそこで待ち合わせ。そろそろ来るし、行ってきます」

ほのママ「はいはい…」

ほのママ「…一人暮らしで風邪は、本当につらいわよね」

ほのパパ「…」ソウダナ

ほのママ「…お店、開けましょうか」

ほのパパ「…」ウム

196: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:42:26.27 ID:85lBiZ+zO
~音ノ木坂・三年教室~

海未「それは本当ですか?」

穂乃果「…たぶん、疲れがでちゃったんだと思う」

海未「希は健康管理は大事にしていそうなのですがね…」

穂乃果「うん…やっぱり私が悪いのかな」

ことり「なんで穂乃果ちゃんが?」

穂乃果「私がいつもベタベタしてるし、迷惑ばっかりかけてるし…」

ことり「深く考えすぎじゃないかな? ほら、大学とバイトがあったし、ちょうど五月くらいって疲れが出てくる時期じゃない!」

穂乃果「…うん」

海未「なに落ち込んでるんですか! 学校が終わったら看病しに行くんでしょう? シャキッとしなさい!」

穂乃果「えへへ…そだね、そうする」

197: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:43:22.63 ID:85lBiZ+zO
穂乃果「あっ! でも…練習…」

海未「…大目に見てあげます」

穂乃果「ほんと! 海未ちゃん大好きー!」ギュー

海未「はいはいわかりました…なので明日からは厳しくしますよ」

穂乃果「頑張るよ!!」

ことり「ぁ…」

穂乃果「ほえ?」

海未「どうしたんです?」

ことり「希ちゃん…一人暮らしだよね」

穂乃果「うん」

ことり「穂乃果ちゃんが行くまで…ごはんとか冷えピタとか、大丈夫かな…」

穂乃果「あーーー!!!」

穂乃果「ど、どうしよぉーー!!!」

海未「静かにしなさい!」

穂乃果「…あ、そうだ!」

ことうみ『??』

198: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:45:59.38 ID:85lBiZ+zO
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おかあさん…

『お熱が高いから、今日は学校、おやすみね…』

うん…

ねえ、あのね、おかあさん…今日だけでいいから、一緒に…

『心配しないで? 今日はおかあさんもおやすみするから』

ほんと?

『うん! あなたを一人でおいて行けないもの』

えへへ…うれしいな

『なにか食べたいもの、ある?』

んと…えっと、おうどんさんがいい

『うふふ…それはお昼ごはんにしましょうね』

うんっ

『他に、いま食べたいものは?』

いま…?

んと、えっと…じゃあ…

りんごさんの…すりおろしたやつがいい

『わかったわ、すぐに持ってきてあげるからね』

わぁい…ありがとう、おかあさん

『…え? はい、はい…そうですか…』

…なに? おかあさん? お電話してるの…?

『希…』

もしかして、お仕事…?

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199: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:50:15.95 ID:85lBiZ+zO

希「…」

額にひんやりした感覚があって

それで目が覚めた

そちらへ手をやると、ざらざらしたシートが貼られていて…

これって…冷えピタ…?

もしかして、穂乃果ちゃんがもう…

と思って起き上がろうとして

希「…ぁえ…?」

目の端に涙が溜まっていることに気づいた

夢を見た…から、それで…?

何か夢を見ていたことは覚えてるけど、なんの夢だったのかな…

思い出せない…

でも、なんだか懐かしい夢を見ていた気がする

200: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:51:39.44 ID:85lBiZ+zO
ふと横で人の気配を感じて、そちらに目をやる

ぼやけた視界でぼんやりと確認できたその姿は…

希「ほのかちゃん…?」

「穂乃果じゃなくて残念でした」

希「えっ!? ぅ…げほっ、けほっ…」

「ああもう、いきなり大声出すから…」

そう言ってウチの家にいた人は、優しく背中をさすってくれる

そ、そりゃびっくりするよ…

だって…目が覚めたらいきなり部屋にいるんだから

それに、間違えちゃったし…うぅ、はずかし…

…でも、なんでここに?

201: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:54:44.19 ID:85lBiZ+zO
ほのママ「心配だからに決まってるでしょ。希ちゃんのことは、おかあさんからも任されてるんだから」

希「ありがとうございます…でも、鍵は…」

ほのママ「ほら、バイト決まったときに合鍵渡してくれたでしょ? それを使ったの」

そっか…そういえば、渡してたんやった…

こんなこともあろうかと、って…

あれってなんでほんまに用意してるねんって思うけど…ふふ、おかげで助かったね

202: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:55:20.59 ID:85lBiZ+zO
希「お母さん…ありがとうございます」

ほのママ「いいのいいの。それより、食べたいものある? 果物とかゼリーとか色々買ってきたから、なんでも言って?」

希「ん…なんでも、いいんですか?」

ほのママ「私に作れるものなら何でもどうぞ!」

希「じゃあ…すりおろしたりんごが…食べたいです」

小学生の頃におかあさんに作ってもらったすりりんごが好きで…

…なんだか、とても食べたくなったん

小さい頃…熱がでたとき、おかあさんにお願いして…

ふふっ、懐かしいなぁ

203: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 17:57:17.50 ID:85lBiZ+zO
ほのママ「ふふふっ」

ウチのお願いを聞いて、お母さんはくすっと笑みをこぼした

ほのママ「希ちゃんも、それ食べたくなるんだ?」

希「すみません…」

さすがに子供過ぎたかな…

ほのママ「あはは、いじわる言ってるわけじゃないのよ? ただ、穂乃果と似てるなと思って」

希「穂乃果ちゃんと…?」

ほのママ「ええ。あの子も熱出して倒れたら、いっつもイチゴとすりりんごを食べたがるのよ」

希「そうなんですか…」

なんだか、穂乃果ちゃんらしいな…ふふっ

ウチと穂乃果ちゃん、ちょっと似てるところがあるのかもね

…ほとんど、正反対だと思うけど

206: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 23:01:09.72 ID:RXDwU5OU0
ダカラワーオワーオ! ユメナラバー♪

唐突のぷわぷわーお!

…な、なに?

ウチのケータイやないから…

ほのママ「おっと、電話ね」

希「は、はい…」

…うん

なんで着メロぷわぷわなん…

ほのママ「穂乃果ね…ちょっと待ってて」

希「は、はい」

穂乃果ちゃんから電話きたらぷわぷわなんや…

とウチの戸惑いもどこ吹く風、お母さんはケータイを耳に当てて話し始めた

207: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 23:03:07.21 ID:RXDwU5OU0
ほのママ「はいはーい」

ほのママ「あ、はいはい、はい」

ほのママ「言われなくても、もう来てるわよー」

ほのママ「えーって…心配なのはあんただけじゃないのよバカ」

ほのママ「うん、うん…伝えとく。じゃあね」

pi!!

ほのママ「穂乃果が来るまで、私が看病してあげてって電話だったわ」

希「穂乃果ちゃん…感謝しなくちゃですね…」

ほのママ「ふふっ、元気になったらまた遊んであげて? あの子、希ちゃんのこと大好きだし」

希「え、ええっ…///」

ほのママ「…またデートにでも誘ってあげてね♪」

希「は、はい…///」

うぅ…な、なんか、恥ずかしいなぁ…

…でも、お母さんがそう言ってくれるってことは…えへへ…

208: sageてた… ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 23:04:14.14 ID:RXDwU5OU0
ほのママ「ふふん、お待たせしちゃったわね。りんご、すぐもってくるから」

希「はい」

ほのママ「あ、穂乃果から伝言」

希「?」

ほのママ「私が行くまで泣いちゃダメだよ希ちゃん! …だって」

希「い、いや…そんなわざわざ真似しなくても…」

ほのママ「似てなかった?」

希「すごい似てました…」

…さすが親子やね

めっちゃ似ててびっくりやよ…

するとお母さんは嬉しそうにふんぞりかえり

ほのママ「でしょー? まああの子ってば単純だからね」

そういう問題かな…いや、穂乃果ちゃんが単純って意味やないよ!?

ひとりであたふたしていると、お母さんはようやく動き始めました

ほのママ「おっと、待たせてごめんね。今度こそやってくるから」

希「はい」

お母さんが作ってくれたすりりんご

少しハチミツが混ざったそれはとっても優しい味で、美味しかった

209: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 23:23:33.35 ID:RXDwU5OU0
・・・

ほのママ「お昼は何がいい? うどんとかの方が食べやすい?」

りんごを食べてしばらく寝付けなくてゆっくりしていると

リビングにいたお母さんが顔をのぞかせて言った

食欲はないわけじゃない

特に朝はパン半分だけだったからなおさらやね

希「それじゃあ…おうどんさんで…」

ほのママ「了解」

短く答えて、お母さんは台所へ行った

210: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 23:24:43.45 ID:RXDwU5OU0
ふう、と息をひとつ

お母さんが枕元に置いてくれたタオルで汗を拭き、ぐっと腕を伸ばす

糖分をとったから、ちょっと体が元気になったんかな?

でも倦怠感はずっしりとウチの体にのしかかってるし、頭も痛い

完全に疲れからきてるなぁ…

大学にバイトに…ちょっと四月の間、色々と頑張りすぎちゃったかも

と…そこまで考えて気がついた

希「あの…お母さん…」

ほのママ「はーいー?」

呼びかけると、すぐに声が返ってくる

ぱたぱたと歩いてきて、薄い板戸を開けるお母さん

ほのママ「どうしたの?」

希「あの…ほむらは…?」

ほのママ「おとーさん一人に任せてきた」

…えっ

211: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/02(木) 23:26:00.20 ID:RXDwU5OU0
希「な、なにしてるんですか!? …けほ、けほっ…」

ほのママ「ああもう、大声出さないで…」

背中をさすってくれるお母さん

だ、だって…お父さんひとりでお菓子作って店番もなんて…

ほのママ「いいのいいの、お昼間は常連さんしか来ないし」

希「だからって…」

ほのママ「高坂の婿さまを舐めちゃいけないのよ? おとーさん、実は接客業すごいんだから!」

接客業すごいってなんですか…

ほのママ「とにかく、心配しないで寝てなさい! じゃないと私が穂乃果に怒られるんだから」

希「は、はぁ…」

と無理やり話を締めくくられ、お母さんは台所へ戻り

ウチははだけてしまった布団を被り直した

217: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:16:15.64 ID:WZ7Oeiaa0
頭がぼーっとするため、目を閉じていると…

…静かにしてると、色んな音が聞こえてくるなぁ

誰かが家にいる音…こんなの、いつぶりかな

ウチは寝てて、誰かが動いてる

鍋を取り出すときの金属音

冷蔵庫を開け閉めする音

それが聞こえるだけで安心できる

ひとりじゃ不安で仕方なかった

寂しくて、不安で

だから寝込みたくないんよ…

ふふふ…今さら気づいたわ

ウチ…意外と寂しがりなんやなぁ…

218: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:18:58.82 ID:WZ7Oeiaa0
お母さんが来てくれて、本当に良かった…お父さんには申し訳ないけどね

穂乃果ちゃんもあとから来てくれるらしいし…もう寂しい思いはしないでええんかな

…ほんま、高坂家のみなさんにはお世話になりっぱなしやね…

いつか…ちゃんとした形でお礼、しないとあかんね

どんなお礼がいいやろ…

穂乃果ちゃんひとりなら、またデート誘えばいいかなって思うけど

家族全員やからなぁ…

また、ちゃんと考えんとね

と、思考にちょうど一区切りをつけたそのとき

ほのママ「うどんできたわよー」

希「あ…ありがとうございます」

ほのママ「食べさせてあげよっか?」

希「だ、だいじょうぶですから!」

ほのママ「あらそう…ふふん。どうせ穂乃果なら食べさせてもらうくせに」

希「なっ…!?」

ほのママ「あはははっ。ゆっくりでいいからちゃんと食べて薬飲むのよー? 私はお洗濯やってくるから」

希「ぅ、あ…はい…」

もうお母さんには勝てへんわ…

219: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:21:35.38 ID:WZ7Oeiaa0
希「ちゅる…ずずっ…はぁ、おいし…」

おうどんさんをいただいて

お薬もしっかり飲んで

ベッドに戻ると、すぐに眠気はやってきた

ふわふわした感覚があるから寝心地はよくないけれど…

それでも眠らずにはいられない

風邪ってそういうもんよね…

…おやすみなさい

次起きたときは、穂乃果ちゃんも来てるかな…

220: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:23:58.87 ID:WZ7Oeiaa0
・・・

高熱のときに限って、よくわからない夢を見たりするん

それも、夢だと分かるような夢とか

本当にあったらいいな、なんて思える夢

でもこの夢では、誰もいない真っ暗な部屋で、ウチがひとり静かに泣いてる夢

部屋には誰もいない

おかあさんも、おとうさんも

ともだちもいない

そう、少し昔…高校一年生の、一人暮らしを始めてすぐの頃だったかな

ホームシック、とはちょっと違うけど…家族に会いたくなったの

ひとりが寂しくて寂しくて、えりちと仲良くなるまでよく泣いてた

いまでもそのことは覚えてて、夢に見ることもあるんよ

というか…これが、その夢なん

221: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:25:13.82 ID:WZ7Oeiaa0
これが夢だと分かる夢の理由は、何度も見たことのある夢だからってわけやね

そして現実にあったことだから

だからその夢を見たとき、最初に思うことは…

…やっぱり一人暮らしは嫌だなーって

寂しいし、悲しいし、切なくなる

まだまだウチは弱虫やなぁって、痛いくらいに思い知らされてしまうんよ

自分では少し強くなったつもりでも

本当の根っこのところは弱いままだから…

すぐに不安になるし、寂しくて涙が出るときもある

…そんなときは、とにかく楽しいことを考えるん

ケーキバイキングとか

焼肉の食べ放題とか

歌ったり踊ったりとか

それでもダメなときは

誰かに一緒にいてもらえたらなーって、心から願うん

実は逆効果なんやけどね…それ

222: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:26:25.75 ID:WZ7Oeiaa0
それが、誰か…

高校生の、二年までは…

えりちだったり、にこっちだったり

そのふたりぐらいしか、本当の友達がいなかったから当然やね

…じゃあ、いまは?

いまは誰にいてほしい?

うーん…えりちでもいいし、にこっちでも、どっちでもいいけど…



…いちばんいてほしいのは…

223: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:28:04.37 ID:WZ7Oeiaa0


『あなた、ひとりなの?』

と、暗い部屋で一人だったウチのところに

明るい笑顔の女の子がやってきた



…なんで?



このときは、まだ…あなたとは知り合ってなかったよね…?

うちの学校にもまだいなくて…だから…

知り合ってるはずがない人が、夢に出てくるなんて…

こんな夢、はじめて…

224: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:29:42.15 ID:WZ7Oeiaa0
『ごめんね…でもね、あなたがすごく寂しそうだったから…』

女の子は少し悲しそうな顔をして

『だから一緒にいてあげたいなって、私、思ったの! 』

すぐに笑顔になって、ウチに手を差し伸べてくれた

あなたは、…私と一緒にいてくれるの?

『あなたが望むなら、私はずーっと一緒にいてあげるよ!』

ほんとに? ほんとにいてくれる?

『もちろんっ!』

その笑顔はとっても眩しくて、あたたかくて、優しくて

差し伸べてくれたその手を、私はぎゅっと握り返していた

えへへ…嬉しいな…ありがとう

…あ、あれ…えっと……

『どうしたの?』

…ねえ、あなたの名前、なんだっけ…

大切なことのはずなのに、思い出せなくて…


『仕方ないよ、まだ私たちは知り合ってないもん』


『だから教えてあげるから、すぐに私を呼んでね!』

225: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:35:39.36 ID:WZ7Oeiaa0








『私の名前は…』









226: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:37:48.05 ID:WZ7Oeiaa0

・・・

希「ぅ、ゎ…」

…また、夢

しかも今度は…はっきり覚えてるなんて…

うわぁ…なんて夢見てるんやろ…

自分で見たくせに、めっちゃ恥ずかしいし意味がわからへん…

唐突すぎるし適当やし…いや、夢ってそんなもんやけど…

顔が熱くなりそう…あ、いや…もう熱で充分熱いか…

『すぐに私を呼んでね!』

…私を、呼んでね…か

呼んだら、来てくれるんかな…なんて…ねえ…?

希「…ほのかちゃん」

「はーい」

返ってくるはずのない呼びかけに、返事があった

227: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:42:24.58 ID:Qk74BtmFO
希「…えっ」

少しデジャヴを感じて、それから現実を見直す

ドアとも呼べない薄い板戸を隔てた向こう側…リビングの方からバタバタとこちらへ向かって来る足音

う、うそ…ほんとに?

名前を呼んだら、ほんとに来てくれた…?

え、えっ!?

えっと…な、なに? どういうこと?

普段なら絶対にこんなに焦ったりしないけど…

この日の私は熱で頭も回らず、そのうえ寝起きだったということを言い訳にさせてください

一人で戸惑っていると、板戸を勢いよく

太陽のような女の子が現れた。

私を安心させてくれる…優しい笑顔と共に

彼女は私のそばに座り、布団からはみ出た手を握ってくれる

穂乃果「おはよ、希ちゃん!」

希「…ぁ、えと…う、うん。おはよう…」

228: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:45:32.58 ID:WZ7Oeiaa0

穂乃果「おまたせ希ちゃん。看病にきました!」

希「は、はい…」

戸惑いを隠せない

こんな狼狽した自分を見せるのは、とても嫌だ

だけどもう遅いから、諦めるしかないね…

と、心を決めたとき

穂乃果「えへ、すごい汗だね…拭いてあげるね」

やっぱ無理

まって、それはダメ!

希「ちょっ…ちょっと待って…」

穂乃果「?」

希「穂乃果ちゃん…いつから来てたの?」

穂乃果「学校が終わって、練習も早退して来ちゃいました! だから、三十分前の五時くらいかな」

希「そ、そうなんだ…」

えっと…お母さんが来てくれて、おうどんさん食べて寝たのが一時くらい…

希「そっか、けっこう寝てたんだね…」

穂乃果「うん。だから汗びっしょりだだよ。…替えのパジャマ、どこ?」

希「…タンスの、二段目…」

穂乃果「はーい」

すると穂乃果ちゃんはごそごそとタンスを探って

適当なパジャマを取り出して、ウチのそばに置いてくれた

229: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:47:43.03 ID:WZ7Oeiaa0

穂乃果「タオル蒸してくるから、服脱いどいてね」

希「う、うん…」

脱いどいてって…うん、脱がないと拭けないもんね…

もそもそとパジャマの上着を脱いで

下着も外して横に置いて、胸は腕で隠します

あとは穂乃果ちゃんを待つのみ

希「…なんか、すごい恥ずかしいこと平然としてるよね…」

…まあいいや

頭もぼやけてよく分かんないし

今日くらい…穂乃果ちゃんにぜんぶ委ねてもいいよね…

230: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:50:54.34 ID:WZ7Oeiaa0

・・・

背中を拭いてもらい

頼んでもないのに胸も拭かれ

お腹あたりまで綺麗に拭いてくださいました

穂乃果「…はい、これでおしまい」

希「ぁ…あ、ありが、と…///」

穂乃果「ぅう…て、照れないでよぉ! 私まで恥ずかしいじゃん…!」

希「だって…あんなところまで拭くなんて思わないもん…」

背中だけやと思ってたのに…

うぅ…まだ穂乃果ちゃんの視線が突き刺さる…

希「あんまり見んといてや…」

穂乃果「だ、だってぇ…///」

希「あーもう、思い出ししちゃダメー! ッげほ、けほっ…」

穂乃果「わ、わかった! わかったから、早く布団に入って!」

231: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:52:55.13 ID:WZ7Oeiaa0

希「むぅ…ほんとに忘れてよ?」

穂乃果「もちろんだよ」

希「…思い出したら、許さないんだからね!」

穂乃果「…」

希「…穂乃果ちゃん?」

穂乃果「あーんもう! 希ちゃんかわいい!」

希「ちょっと!?」

穂乃果「標準語の希ちゃんかわいい! 持って帰りたいよー!」

気づかんかった…そっか、さっきから標準語になってたんだ…

…いや、そんな話じゃなくて

希「か、風邪うつっちゃうから! はなして…!」

穂乃果「やだやだ~!」

希「こ、こらぁっ…ほ、穂乃果ちゃん…!」

穂乃果「えへへ、希ちゃ~ん」

こっちは怒ってるというのに…

穂乃果ちゃんは懲りずにむぎゅーって抱きついてくる

いつもなら可愛い可愛い妹が抱きついてくれるんだから、私も幸せいっぱいで頭を撫でてあげるんだけど…

今日ばかりはそんな気力もない…

232: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:54:43.67 ID:WZ7Oeiaa0
穂乃果「そっか、そうだよね…ごめんね…」

希「ぁ、いや…いいけど」

穂乃果「じゃあ、また汗かいたら拭いてあげるから」

希「どこでそんな話になったん…」

穂乃果「今度はズボンの中も…」

希「そこまでされたらお嫁に行けなくなるやろ?!」

穂乃果「じゃあうちに来ればいいよ!」

希「なっ…///」

穂乃果「だから私に任せて! うっひっひっひ~」

あんな恥ずかしいことを…またっ…!?

で、でもそんなことを簡単に言っちゃう穂乃果ちゃんなら…任せてもいいかな…

いやいやいやいや!

希「いいわけないやろ!!」

穂乃果「ちぇー…」

本気じゃなかったらしく、すぐ身をひいてくれました

…ちょっと残念だけど

穂乃果「ん? やっぱり拭いてほしかった?」

希「そっちじゃない!」

穂乃果「??」

希「…もういいです」

233: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 21:59:21.89 ID:WZ7Oeiaa0

希「ちょっと、しばらくぎゅってしてて」

穂乃果「…うん、いいよ」

私が穂乃果ちゃんに身体を傾けると

穂乃果ちゃんは優しく抱きしめてくれる

やっと求めてたものが手に入った…そんな気分だった

風邪のときは人肌が恋しくなるのだよ、うんうん

…特に穂乃果ちゃんくらいのあたたかさがね…ふふっ

あぁ…あったかい…

おかげで、ちょっと元気になれたかも…

と、しばらくぎゅーってしてもらって

希「ありがと」

穂乃果ちゃんから離れた

抱きしめてもらったおかげで余裕も出てきた気がするし

いつもの口調にも戻ったしね

穂乃果「…落ち着いた?」

希「そもそも誰のせいやと…」

穂乃果「えへへ、ごめんね…希ちゃんの看病が出来るんだって思うと、なんだか嬉しくて」

希「そうなん?」

穂乃果「だって、熱で寝込んでるときって寂しいもんね。しかも一緒にいてあげたくても、看病する人以外はダメって言われちゃうし」

穂乃果「…だから、私が看病するいまは、ずっと一緒にいられるでしょ?」

希「穂乃果ちゃん…」

234: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/04(土) 22:02:43.78 ID:WZ7Oeiaa0

とても優しくてやわらかな、その笑顔

文字通り夢にまで見た…それが、いま目の前にある

手を伸ばせば届く距離

希「…」

自然と手が伸びていた

空を掴むように、穂乃果ちゃんを求めて伸ばす

その手は穂乃果ちゃんに取られて

穂乃果「どうしたの?」

ウチの手を頬に当てて、にこりと微笑んでくれた

…あの夢って、ほんとなんかな…?

ウチが望むなら、ずっと…

希「ね、穂乃果ちゃん」

穂乃果「ん?」

希「ウチが治るまで…一緒にいてくれる?」

それは、自分の中では、ちょっとだけ踏み込んだ質問

ある意味、さっき見た夢の確認のようなもの

だけどウチの本心からの望み

言ってたよね…ウチが望むなら、ずっと一緒にいてくれるって…

穂乃果「うん! もちろんずっと一緒だよ」

希「…ほん、と?」

それが嬉しくて

穂乃果「の、のぞみちゃん…!?」

どうしてだろう…なんだか、涙がでてきちゃった…

希「ごめ…ごめんね…」

穂乃果「希ちゃん…」

やっぱり一人暮らしは嫌だ

寂しいし、不安だし

穂乃果「…大丈夫、私がずっと一緒だよ」

希「うん、うん…ありがとう、ありがとう穂乃果ちゃん…」

でも、この子がいてくれるなら

いままでの寂しさも不安も全部拭ってくれるなら

…こんな生活も、悪くないかもね

237: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 22:53:59.95 ID:xvDMveco0
・・・。

希ちゃんが眠って、しばらくして

穂乃果「今日は希ちゃんちに泊まるね」

ほのママ『はいよ。食べるものある?』

穂乃果「えっと…冷蔵庫にお米と梅干しがあったから、お粥くらいなら出来るよ」

ほのママ『そうじゃなくて、あんたの食べるものよ』

穂乃果「ああ、さっき来るときコンビニでパン買ってきたから…」

ほのママ『ったく…看病する側もちゃんと食べるないと』

穂乃果「えへへ…ごめんなさい」

ほのママ『希ちゃんは?』

穂乃果「今は寝てるよ。さっきまで起きてたけど」

ほのママ『わかったわ。ちゃんと看病してあげなさいよ?』

穂乃果「分かってる…じゃあね、また」pi!

238: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 22:55:08.14 ID:xvDMveco0
私がここに来たのが五時くらい

そのときまでお母さんが看てくれてたから、希ちゃんも寂しくはなかったと思うんだけど…

…でも、さっき泣いてた

それに…目が覚めたとき、私の名前…呼んだよね?

…希ちゃん…やっぱり寂しかったんだよね?

お母さんが看てくれてたとか、そんなこと関係なくて

ずっと誰かが看ていてあげなくちゃいけなかったんだよ

目が覚めて、部屋に誰もいなかったら不安だもん…

穂乃果「…よし、今日はとことん希ちゃんの看病だ!」

まずは冷えピタの交換だよね!

さっき汗拭いてあげたとき、もうスカスカになってたし

239: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 22:56:19.47 ID:xvDMveco0

というわけで替えの冷えピタと、蒸したタオルを手に希ちゃんのそばへ

希「はぁ、はあ…」

やっぱり息苦しいよね…

さっき拭いたのに、もうすごい汗…

とにかく拭いてあげなくちゃ!

それから冷えピタの交換だ!

穂乃果「よいしょっと」

まずは顔と首

熱で上気したほっぺたが色っぽく見えて、ちょっぴりドキッとしちゃった

けど、無心を心掛けて汗を拭きます

ほっぺたとおでこ、髪の生え際を優しく拭いて

首もうなじの辺りから

希「ん、はぁ…ぁ…」

拭き終わると、汗が気持ち悪かったのかな…少しだけ表情が安らいだような気がしました

240: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 22:56:55.54 ID:xvDMveco0
次は布団を少しだけはがして、パジャマの胸元をはだけさせる

希「はぁ…はぁ…」

荒い呼吸に合わせて上下する胸

そこを伝う汗を、蒸しタオルで優しく拭いてあげる

ブラは蒸れるから、さっき拭いたときに外してから付けてないみたい

さ、さすがに看病って言っても、照れるよね…

…いや、照れちゃだめだよ穂乃果!

鎖骨から胸にかけてを拭き終わると、最後に脇腹まで綺麗にしておしまい

…はあ、やっと終わった

次はえっと、冷えピタだね

ラベルを剥がして、そっと希ちゃんのおでこに…ぺたり

希「ん…」

ミッションコンプリート!

…ふう

241: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 22:57:30.69 ID:xvDMveco0

穂乃果「希ちゃん…」

希「んんっ…」

希ちゃんの頭を撫でると、小さく唸る希ちゃん

撫でられるの嫌だったのかな…ごめんね

穂乃果「早く元気になってね…」

242: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 22:59:25.69 ID:xvDMveco0
・・・

穂乃果「はい、あーん」

希「あーん…んふ、おいしい…」

穂乃果「ほんと? よかった~」

夜の八時ごろ

さすがに寝過ぎて疲れちゃったみたいで、希ちゃんも目を覚ましていました

時間も時間なので、夜ごはんです

希「穂乃果ちゃん…お粥作れたんやね」

穂乃果「お母さんに電話で聞きながらだけどね…」

希「ん…ふふん。おいしかったよ、穂乃果ちゃんのお粥。ごちそうさま!」

穂乃果「えへ、ありがとう」

初めて作ってあげた手料理を褒められるのって、嬉しいんだね、えへへ

それにぜんぶ食べてくれたし

希「おなかへってたし、美味しかったんやもん」

とてもいい食べっぷりでした…ありがとうございます

これだったら、すぐにでも治るね!

243: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:02:52.27 ID:xvDMveco0
穂乃果「次はお薬だね」

希「うん」

ささっとお鍋を片付けて

コップにお水と、お薬を持ってきました

私、粉薬ニガテなんだよなぁ…

希「ウチは両方いけるけど…」

穂乃果「すごいなぁ」

感嘆する私の前で、希ちゃんは簡単に粉薬を飲んでみせました

さすがお姉ちゃん

希「お薬ひとつで、お姉ちゃんは関係ないやん…」

穂乃果「あはは、それもそっか。ふふ、希ちゃんは強いね」

希「強いってなによー」

穂乃果「お薬も飲めて、一人暮らしもできて、風邪ひいたことだって滅多にないじゃん!」

穂乃果「もしかして、熱になるの初めてなんじゃない?」

なんてちょっと冗談を言ってたら

希「ううん…そんなことないよ」

希ちゃんは、また寂しそうな表情で私にもたれかかってきました

穂乃果「?」

そしてゆっくり、語り始めました

244: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:03:49.66 ID:xvDMveco0
希「ウチね…小学校のとき、一度だけ熱で寝込んだことがあるん」

それは、希ちゃんがまだ小さかった頃のおはなし

その頃から希ちゃんのご両親は共働きで、おうちに帰っても夜まで一人ということがよくあったの

だから熱で寝込んでしまうと、ひとりぼっちになってしまうんだ

いくら希ちゃんでも、まだ小さかったころだもんね

だからひとりぼっちにさせるわけにはいかないんだ…

希「そのときはお母さんが会社を休むって言ってくれたんやけど…」

希「会社から電話がかかってきて」

穂乃果「…」

イメージしやすい話だな、と思ってしまいました

私の家も両親で店を切り盛りしてるわけだから…

ずっと張り付いて看てくれるわけじゃなかった

それが寂しくて、ちょっとわがまま言って困らせたこともあったっけ…

でも、希ちゃんは私よりも寂しかったはずだよね…

私は希ちゃんの心を慮って、ぎゅっと肩を抱きしめてあげました

希「…お昼に見たのは、そこでおしまい」

穂乃果「そうだったんだ…」

一区切りをつけた希ちゃんはやっぱり寂しそうで

だけど次の話に変わったとたん、少し嬉しそうに表情を改めました

245: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:05:04.09 ID:xvDMveco0
希「でね、その先が思い出せなくて…ずっとなんやったかなーって思ってたん」

希「…そしたら、さっき…その夢の続きが見れたの」

目を細め、夢を思い出すように、ゆっくりと言葉をつむぐ

穂乃果「どんな続きだったの?」

希「えっとね…さっきは、仕事場から電話があったところまでだったよね」

希「だから…おかあさんは行かなくちゃいけない」

希「まだお仕事に行ってくるって言われてなかったけど、その瞬間に私は悟ったんよ」

希「おかあさんが仕事に行ってしまうんやって…いやだ、って」

希「でも風邪をひいたのはウチが悪いから、そのせいでおかあさんに迷惑かけるのはダメだって思って…」

希「寂しかったけど、いやだったけど、いってらっしゃい…って、言おうとしたん」

246: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:06:22.94 ID:xvDMveco0
希「そうしたらね…おかあさんが…電話にむかって、叫んだんよ」



『娘を一人で置いて行けるわけがありません!!』




希「…すごく嬉しかった。同時に、ごめんなさいって思ったよ…だって、ウチのせいでお仕事休まないといけなくなったんやからね」

希「おかあさん…その日はずーっとウチのそばにいてくれた」

希「ずっと手を握って、看病してくれたんよ」

希「…でも、もう迷惑かけたらダメだって思って」

希「その日から、ウチは熱出さないようにって頑張った。もう迷惑かけたくなかったから…ちょっと微熱でも嘘ついて学校行って、ね」

はあ、と熱い息を吐いて希ちゃんはおはなしを締めくくりました

私は抱きしめたまま希ちゃんの手に指を絡めて、

穂乃果「…やっぱり強かったんだね、希ちゃんは」

希「ううん…強くなんかないよ。ウチはいまも昔も弱いまま」

その表情はとても儚げで

触れれば壊れそうでさえありました

247: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:07:21.46 ID:xvDMveco0

希「…今朝、電話したやん」

穂乃果「うん」

希「あのとき、来なくていいって言っちゃったけど…ほんとは、すごく来てほしかった」

穂乃果「え…?」

希「声聴いたらね…穂乃果ちゃんに、会いたくなってしまったん」

少し恥ずかしそうに言い終えた希ちゃんは、そのまま私の胸に顔をうずめてしまいました

希ちゃんの頭を撫でてあげながら、私は自然と笑っている自分に気がつきました

だって…嬉しいじゃない?

私をこんなにも必要としてくれる人がいることが

絵里ちゃんやにこちゃんや、私より前から知り合ってた人たちじゃなくて

私を必要としてくれてる

いままで私が希ちゃんに甘えたことはあったけど、希ちゃんが私に甘えてくれたことはなかった

これが初めて、だよね…?

248: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:08:53.47 ID:xvDMveco0
穂乃果「…」

私はなにも言わず、希ちゃんの頭を撫でてあげると

希ちゃんは腕を回して、私を抱きしめてくる

私に会いたかったって…言ったよね

もしかして、最初に目が覚めたとき、私を呼んだのって…

その意味を想像して、私はたまらなく恥ずかしくなってしまいました

顔が熱くなってきたよ…

すごく、寂しかったんだよね…?

穂乃果「ねえ、希ちゃん…」

希「ん…?」

私が呼びかけると

希ちゃんは少し瞼の腫れた顔を持ち上げて、私と見つめ合うかたちになりました

穂乃果「もう寂しくないように、おまじないをかけてあげる」

希「おまじない?」

穂乃果「うん。だから、目をつむってくれるかな…?」

希「な、なにするん…?」

穂乃果「いいからいいから!」

希「う、うん」

249: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:09:39.89 ID:xvDMveco0
私は、少し怯えた様子を見せる希ちゃんに無理やり目をつむらせました

穂乃果「…ごくり」

あとはおまじないをかけるだけ

…なのに、なかなか身体が言うことを聞いてくれない

胸が高鳴って、動こうとしてくれない

だって…誰だって恥ずかしいよ…

希「ん…まだ…?」

しびれを切らしたように希ちゃんが言う

…仕方ない、覚悟を決めるんだ


私が顔を固定するように手を添えると、希ちゃんは一瞬だけびくっと身体を震わせた

穂乃果「…」

静かに息を吐いて、止める

そして

ゆっくりと……

250: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:10:32.56 ID:xvDMveco0










……………ちゅ











251: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:16:10.06 ID:xvDMveco0
希「……ぇ…」

希「…は、え…///」

穂乃果「…ぇ、えへへへ……しちゃった///」

希「ちょ…ぅ、わぁぁぁぁ…///」

顔を真っ赤にして、両手で覆う希ちゃん

それを見てると、私まで恥ずかしくなってきちゃう

穂乃果「お、おまじないだよ! おまじないだからね!」

希「う、うん…///」

穂乃果「…い、いやだった…?」

希「…そ、そりゃ…嫌やないけど…」

穂乃果「けど…?」

希「…ほっぺた…///」

ぐうっ…ほ、ほっぺた以外にないじゃん! お、おまじないなんだし!

おでこは冷えピタ貼ってるし、そんな…その…く、口なんて…もっとダメじゃん!

252: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:17:16.47 ID:xvDMveco0
希「…ぶぅ」

穂乃果「な、なにぃ…」

希「……なんでもないっ」

顔を真っ赤にしたまま、希ちゃんは布団に潜ってしまいました

ぅ…や、やめとけばよかったかな…

…ごめんね

希「な、なんで謝るんよ…ぃゃ、あの…嫌じゃ、ないし…」

…ほんと?

希「ほ、ほんとだよ! む…むしろ…その…嬉しかった、し…ぁぁぁあああもう忘れて! 無し、いまの無し!」

えへ、えへへ…そっかぁ、えへへへ…

希「に、にやにやせんといてー!」

穂乃果「だってぇ…えへへへ…」

253: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:18:01.55 ID:xvDMveco0
希「も、もうダメ…しばらく顔見られへん…」

穂乃果「そ、それは……私も」

…気まずい

この空気は私が作ったんだから、自業自得なんだけど…

希「…」

希ちゃんも顔真っ赤であっち向いちゃってるしぃ…

…とりあえずリビングに戻ろう

私もごはん食べないといけないし

穂乃果「じゃあ、私…リビングにいるからね。何かあったらすぐに呼んでね」

と言い残して立ち上がろうとしたら…

ぎゅぅっ…と、希ちゃんが私の手を掴んだのです

ぐいっと引っ張っても、離してくれません

すると、希ちゃんは消え入りそうな声で…

希「…一人にしないで」

254: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:18:49.62 ID:xvDMveco0
穂乃果「希ちゃん…」

希「一緒にいてくれるんやなかったん?」

穂乃果「…わかった」

それからずっと…希ちゃんが眠るまで、私は希ちゃんの手を握っていてあげました

特に何も話すことはなかったけど、不思議とさっきみたいな気まずさはなかったよ

ぎゅーっと手を握って、たまに頭を撫でてあげる

希ちゃんは嬉しそうに微笑んで、私も笑顔を返すの

えへ…風邪で苦しい希ちゃんの前で思うことじゃないかもしれないけど

……えへ、幸せ♪

おまじないの効果も…あったのかな?

私の方に、だけど

…ふふっ

今度は私が寝込んじゃおっかな~

それでね、希ちゃんに…おまじないやってもらうの

…ふふふっ

256: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:20:08.99 ID:xvDMveco0
・・・


…ピピッ

希「36.4℃…よかった、治った…」

穂乃果「ほんとだ…よかったね、希ちゃん!」

希「うん! 穂乃果ちゃんとお母さんのおかげやね」

穂乃果「そうかな…えへへ」

熱が下がって体調も快復したし、もう大学行ってもいいかな?

…いや、やめとこ

まだフラフラするし…大事をとって、今日もお休みしようかな

穂乃果「うんうん、その方がいいよ!」

希「ありがとう穂乃果ちゃん」

穂乃果「いいのいいの、希ちゃんが元気になってくれて私も嬉しいもん!」

希「ふふっ…穂乃果ちゃんのおまじないが効いたんかもね?」

穂乃果「えっ…ぁ、あはは…///」

自分で言ったけど…恥ずかしくなってきちゃった

ほっぺただったけど…ちゅー、されちゃったんやもん…

257: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:22:22.47 ID:xvDMveco0
乃果「…ね、ねえ…希ちゃん?」

不意に尋ねられて、ちょっとドキッとしてしまったけど…すぐに取り繕って聞き返す

希「なあに?」

穂乃果「あ、あの…あのね?」

顔を赤くしてもじもじする穂乃果ちゃん

せわしなく視線を動かし、ちらちらとウチを見たり逸らしたり

えっと、その…と口をもごもごさせて

穂乃果「…わ、わたしの…くちびる、やわらかかった…?」

聞いてきたのは、予想外のこと

予想外で、いっきに全身の体温が上がるのを感じた

希「なっ…!?」

穂乃果「ねえ…どうなの?」

ずいっと身体をこちらへ寄せる穂乃果ちゃん

ウチの視線はそのくちびるに釘付けになってしまい、離せそうもない

258: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:23:13.92 ID:xvDMveco0
希「お、おぼえてない…かなぁ…」

かろうじて絞り出した答えが、それだった

すると穂乃果ちゃんは

穂乃果「…じゃあ、もう一度…する?」

頬は赤く染まり、瞳は心なしか潤んでいる

いまの穂乃果ちゃんの表情は、とても…そう、とても蠱惑的だった

希「ぁ…ぁ、ぁぅ…」

声が出せない

何か答えないとと頭では思うのに

身体は動いてくれないし、何も言わせてはくれない

穂乃果「今度は…どこにしてほしい?」

すでに吐息のかかる距離

穂乃果ちゃんの瞳に映るウチの顔は、何かを期待するような表情をしていた



穂乃果「じゃあ、今度はよく分かるように…」

259: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/05(日) 23:23:54.73 ID:xvDMveco0












穂乃果「キス、しよっか」










269: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 20:35:50.28 ID:Ty8ZOqiM0


穂乃果「希ちゃん、キスしよう?」



穂乃果「私、希ちゃんとキスしたい」



穂乃果「希ちゃんのおいしそうなくちびる…ほしいな」



穂乃果「ね…しよ?」



穂乃果ちゃんの甘い声が耳朶をうつ

その声は不思議な魔力に満ちていて…

ウチの心と身体を完全に支配してしまった

だからこれはウチのせいじゃない

穂乃果ちゃんが悪いんだ

そんな声でウチを誘った…穂乃果ちゃんが悪いんやから

だから…蜜の如く甘いその言葉を受け入れてもいいよね


穂乃果「キスしていい?」



希「…うん」

270: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 20:37:46.78 ID:Ty8ZOqiM0

希「…したい、ウチも…穂乃果ちゃんとキスしたい…」

小さく頷くと、穂乃果ちゃんは嬉しそうに笑った

穂乃果「ふふっ…じゃあ、いくよ」

宣言されて、ウチはきゅっと目を閉じる

数秒の間を置いて

穂乃果ちゃんのくちびるが

ウチの…それに、そっと重ねられる

穂乃果「んんっ…」

希「ぁん…」

やわらかい感触が伝わると同時に、とても心地よい感覚が脳内を支配した

すごくふわふわしたものが頭を覆っている

気持ちよくて、痺れるような感じ

癖になってしまいそうなほどに心地よい…今まで感じたこともない感覚だった

271: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 20:40:24.27 ID:Ty8ZOqiM0

穂乃果「んっ…んふぅ、んっ…」



希「はぁ、はぁ…んぁ…んんっ…」




穂乃果ちゃんは、ウチのくちびるに吸い付いて離れない

ウチもそのやわらかくて気持ちいいくちびるを求めて、穂乃果ちゃんを抱きしめる



穂乃果「んはっ…はあ、はぁ…」



希「ぁ…」



力強く抱きしめ過ぎてしまったからか…穂乃果ちゃんのくちびるは、熱い息を吐いて離れてしまった

少し寂しそうに声が漏れる

それが自分の声だと気づいて、ウチは自分が抑えられなくなってしまった



まだ、まだほしいよ…



…もういちど、したい




希「もっと…いい…?」



穂乃果「…うん、私ももっとしたい」




穂乃果ちゃんは頷いて、またくちびるを重ねてくれた


 


276: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 20:50:41.96 ID:Ty8ZOqiM0



 


くちびるを… を重ね始めて、どれくらい時間が経っただろう



それほど長く長くキスしてる



この気持ちいいキスは、すべて魔力のような穂乃果ちゃんの声のせい



ウチの全身を支配して勝手に動かしたんも、穂乃果ちゃんの…ううん、ちがう




これはウチが望んだことなん




ウチが穂乃果ちゃんとしたかったことなんよ


だって…


ピピピ


私は


ピ ピ ピ ピ


穂乃果ちゃんのことが……


ピピピピピピピピピピ


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----
--

277: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:04:37.14 ID:Ty8ZOqiM0
ピピピピピピピピ

希「んぁっ…!?」

ピピピピピピピピピピピピ

希「…」

けたたましく鳴り響く、アラーム

希「…」

腹立つほどにやかましい…

希「…」

ピピピピピピ

希「…」

ピピピピピピ

希「…うるさいわ!」

ぐっと握りこぶしをつくって、思いっきりハンマーのように目覚まし時計にむかって振り下ろし…

がしゃっ! と、少し嫌な音をたててアラームは止まった

278: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:12:59.26 ID:Ty8ZOqiM0
希「………」

…おはようございます

東條希です……はい

……………また夢です


しかも…しかもあんな、あんな夢を……


『キス、しよっか』


脳内にフラッシュバックする、穂乃果ちゃんのあの表情

なんども貪ってしまった…あのくちびる

感触までイメージできてしまうなんて…

あんなリアルな夢…なんで見てしまったんやろ……

………でも

…夢でよかった

夢じゃなかったら…たぶん…

もう後戻りは出来なかったはずやから…

279: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:24:35.34 ID:Ty8ZOqiM0
穂乃果「すぅ…すぅ…」

床に大の字で眠る穂乃果ちゃん

その手にはタオルが握られている

穂乃果ちゃん…夜もずっと汗拭いたりしてくれてたんやね

希「ありがとう」

お礼を言いながら頭を撫でてあげると

穂乃果「んん…」

と口をもごもごさせてこちらを向いた

希「っぁ…!」

その瞬間、目がくちびるに行ってしまい…心臓が高鳴るのを感じた


280: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:26:49.35 ID:Ty8ZOqiM0
希「…ほ、のかちゃん……」

あんな夢を見たら…意識、してまうよ…

夢じゃない…現実で……

…あの感覚を……欲してしまう…

…もう、なんなんよ…

心の中にもやもやした感情がある


まるでそれはかいぶつのよう


そうだ…しょうどうとでもよぼうか


しょうどうというなまえのかいぶつは



わたしのこころにくいついてはなれない



かいぶつは、ただひとつのことをさけびつづけている





ほのかちゃんがほしい




281: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:29:27.30 ID:Ty8ZOqiM0
希「…そんなこと、出来るわけがないやろ…」

大袈裟かもしれないけれど…

衝動のように心を内側から突き上げてくる感情は…本物だ

その名前をわかっていても

ウチは知らないふりしかできなかった

夢で気づいた感情なんだから…それも全て………夢なんよ

それが夢に見るほどにまで膨れ上がってしまった感情だとしても

そう言い聞かせるしか、穂乃果ちゃんのそばにいられない…

この感情に付き従ってしまえば

ウチはもう、穂乃果ちゃんのそばにいられないかもしれない

誰が決めたわけじゃないのは分かってる

ただ自分自身が許せないだけ

この気持ちを認めてしまえば、ウチは穂乃果ちゃんと一緒にいる資格なんて…なくなってしまう

そう考えてしまって、仕方がなかった

282: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:35:42.70 ID:Ty8ZOqiM0
・・・

朝の七時

まだ穂乃果ちゃんは寝てるので、適当にパンとお薬を飲み込んでシャワーを浴びることに

一日分の汗を流してすっきり

まだ頭はフラフラするけど、もう明日には大学行けるかな

希「ふぅ…っ!」

ぐいっと背を伸ばし、固まった身体をほぐす

軽いストレッチを終える頃に、ケータイが着信音を発した

希「ん…」

発信者は…ウチのおかあさん

内心ドキッとしながら、その電話を取った

283: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:37:09.44 ID:Ty8ZOqiM0

希「…はい」

のぞママ『ああ…希? 元気そうでよかったわ…』

のぞママ『穂乃果ちゃんのお母さんから電話があって、心配してたのよ…』

希「そうだったんだ…」

希「穂乃果ちゃんたちが看病してくれたから、もう大丈夫。今日は大事をとって休むけどね」

のぞママ『そう? …本当に無理はしないでね、お願いだから』

希「もう…わかってるよ」

のぞママ『…本当に無理はしないでね。おかあさん、心配なんだから…』

希「ありがと」

のぞママ『…うん』

284: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:38:45.49 ID:Ty8ZOqiM0

希「…ね、来週のゴールデンウィークは来れるの?」

のぞママ『バッチリ! ちゃんと有給申請したし、許可でたから! お父さんも一緒に会いに行けるから…心配しないで』

希「うん…楽しみにしてるね」

のぞママ『ふふっ…どこか遊びに行きましょ? 穂乃果ちゃんも誘って!』

希「ん…うん」

のぞママ『どこがいいかしら…動物園とか?』

希「あはは、もうそんな子供じゃないよ? …でもいいかもね、動物園。穂乃果ちゃんも喜びそう」

のぞママ『そう…ふふ、なら決まりね』

希「うん…そうだね」

286: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/06(月) 21:44:33.43 ID:Ty8ZOqiM0
のぞママ『じゃあもう無理せずゆっくりしておくこと、わかったわね? それじゃ』

希「ありがとうお母さん。…大好き」

のぞママ『…どうしたの?』

希「ううん…なんでも。言いたくなっただけ」

のぞママ『そ、そう…? じゃあまた…私も大好きよ、希』

希「…ふふっ」

希「お母さんになら簡単に言えるのになー……なんてね」

そんな自分に、少し嫌悪感を抱いた

やっぱりウチ…自分のこと、嫌いかもしれんね

…なんてね、ふふ

希「さて…」

ケータイをテーブルに置いて、ぐっと身体を伸ばすと

凝り固まった筋肉が少し痛みを訴えてきた

希「いたたた…ふぅ」

もう、考えないようにしよう

じゃないと…また、あの感情が出てきてしまう

…これからも普通のお姉ちゃんでおらんと

そうじゃないと、穂乃果ちゃんに嫌われてまうかもしれへん

だから私は…ウチは、いつものように

希「穂乃果ちゃん、そろそろ起きよ!」

穂乃果ちゃんを起こすことで、逃げ出そうとしたのです



おしまい

306: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:30:28.38 ID:ezo5KB5o0

「あーもー!!」

目が冷めた瞬間に訪れたやり場のないモヤモヤした何かを、クッションと共に天井に力いっぱいぶつける。

まっすぐ天へ登ったクッションが、ぼふっと音を立てて天井に跳ね返り足元に落下した。

今度は枕に顔をうずめ、自分でも何かよく分からないことを叫ぶ。

そうしたってモヤモヤが晴れるわけじゃないのに、とにかく何かにあたらないとやっていられなかった。

それほどに心がぐちゃぐちゃになっていたのだ。

307: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:38:09.70 ID:ezo5KB5o0
「…はあ…」

風邪をひいて、穂乃果ちゃんが看病してくれてから三日…ウチはまだ穂むらの仕事に復帰出来ていなかった。


昨日にはもう快復していたけど、穂むらには…まだ体調が優れないと言って休んだ。

穂乃果ちゃんがまた見に来ると言ってくれたけど、それも断った。




だって…穂むらに行けない理由が…穂乃果ちゃんに会いたくないから、なんやから。

308: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:40:08.02 ID:ezo5KB5o0

大学には行ったけれど……えりちとにこっちには、変に思われたかもしれない。

あれから……穂乃果ちゃんへの思いに気づいてから、ウチはいつも通りの自分でいられなくなってしまっていた。

何かあれば穂乃果ちゃんのことを考えてしまうし、穂乃果ちゃんの話ばかりえりちたちに……いや、これは前からか。

えりちたちと話してても、穂乃果ちゃんの話題を避けようとしていた。

たぶん、それを二人は気づいている。前のウチと比べたらおかしいもん。穂乃果ちゃんを避けようとしてるなんて……


309: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:42:23.26 ID:ezo5KB5o0

……違う。


本当は、避けたくなんかない。


会いたい……穂乃果ちゃんに、会いたい。


本当は会いたくて会いたくて仕方ないから、だからこんなことになってるんよ…



でも会ってしまえば…たぶん、ウチは自分の気持ちを抑えられない。



ウチが穂乃果ちゃんにこの気持ちを伝えたらどうなるだろう。



そんなん…分かりきったことや。

ウチなんかが……ね?



でも、会っちゃったら…我慢出来ないと思う。

伝えずにはいられなくて、きっと…




「…大学、行かんと…」



もう考えているだけで胸が苦しくなるから…断ち切るように呟いて、ウチはベッドから這い出た。

310: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:48:20.77 ID:ezo5KB5o0
・・・

最寄り駅から大学までは、電車を使ってだいたい一時間くらい。

いつもその時間はイヤホンで耳を塞いで、適当な本を読みながら駅に着くのを待つん。

ゆっくりゆっくり、朝の時間を楽しみながら…今日も終わったらバイトやなーとか、レポートやりたくないなーとか、そんなことを考えながらの通学路。

ただ、今日と昨日の通学路は……なんだか色褪せて見えた。

今日も穂むらに行かない……それだけで身体の気力がまるで湧かないなんて、まるでひどい病気にでもかかったよう。



…本当にひどい、ひどい病気。



こんなときでさえあの子のことを考えてしまうくらいなんだから、相当なんやろうね。

311: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:50:37.84 ID:ezo5KB5o0
イヤホンから流れてくるμ'sの音楽。

自分も歌った、仲間たちとの曲。

その中に聞こえる穂乃果ちゃんの声だけで…心がきゅっと痛くなる。

そう、これは病気。

治るようには思えない、じわじわと心を埋め尽くしていく病気。

だというのに…………嫌じゃない。

嫌なんかじゃない。

穂乃果ちゃんのことを考えている時間は、本当に幸せで……心が暖かくなるのだ。

嫌なわけがない。


だというのに……

312: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/18(土) 23:54:19.05 ID:ezo5KB5o0

だというのに、ウチはそれを拒絶しようとしている。


穂乃果ちゃんを思うことをやめようとしている。


その理由は簡単だ。


ウチが思いを伝えて、その結果に傷つくのが怖いのだ。


もし気持ちを伝えて、そうして…もう今までのような関係ではいられなくなってしまったら。

そんなことになるくらいなら…ウチは、もう……

313: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:03:11.36 ID:KCNB6/mP0
それならいっそのこと、我慢してしまえばいい。


この思いを胸の内に閉じ込めてしまえばいい。


そうすれば……ウチも、穂乃果ちゃんも傷つかなくて済む。


希「…どうすれば…」

誰にも聞こえないように、口の中だけでつぶやく。

希「穂乃果ちゃんなら…どうする…?」

つぶやいたくちびる

こぼれるため息

…なんてね。

花陽ちゃんの曲が…こんな心に突き刺さるとは…思ってもみなかったよ。

314: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:04:34.16 ID:KCNB6/mP0
・・・

大学の正門を通り、手入れの行き届いた深緑色の樹々で埋め尽くされた中庭を抜けて校舎のひとつへ入る。

大ホールの講義室があるこの校舎は、もう校舎というより講堂と表現した方が分かりやすいかもしれない。

そんな大ホールの真ん中の列で、見慣れた金髪の女性が眠たそうにあくびをしていた。

315: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:06:46.16 ID:KCNB6/mP0

その女性はニヤニヤするウチを目に留めると、少し恥ずかしげに口元を抑えて小さく手を振ってきた。手を振り返してそちらへ行くと、ズルいことにカバンで占領していた横の席に座らせてくれた。

「おっきなあくびやったね」

「み、見てても言わないものでしょ…」

「あはは、あんまり大きかったもんやから」

「だったら尚更よ…」

開口一番に軽いジョークを交わし、改めて

「おはよう、えりち」

「ええ、おはよう。希」

えりちの顔を見て、ウチはなんだかホッとした。これで穂乃果ちゃんのことを考えなくて済む…そう思った。

もともとえりちには関係ない話やし、こうやって親友と会話してるだけで気も紛れるというものやしね。

316: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:07:53.99 ID:KCNB6/mP0
きっと今日も休んだら、またひとりでずっと悩んでたんだろうなぁ…と先ほどまでの自分を過去に追いやり、ウチはえりちとの会話に花を咲かせる。



「それでね、亜里沙が寝ながら言ったの。『お姉ちゃん…コーヒーとおしるこってなにが違うの?』って。しかもはっきりした口調でよ?」



久しぶりに聞く亜里沙ちゃんのお話。

いつもはウチが穂乃果ちゃんの話ばかりするから、あんまりえりちから話してもらうことも少なかったなぁ…なんて考えながら。

317: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:10:09.57 ID:KCNB6/mP0

「あはは、寝言やろ? 寝言の中でまでなんて…ふふふ、亜里沙ちゃんも不思議な子やね」

「それで私も慌てちゃってとっさに返事しちゃった。『えっ、なに…どうしたの?』って」

「え? 寝言に返事しちゃったん?」

「ダメなの?」

「えりち、知らんの? 寝言に返事したら、寝言を言った人の寿命が縮むんよ……?」

「ぇ…」

とたんにえりちの顔が青ざめていった。さーって音が聞こえるような気がするほど、見る見るうちに。

318: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:12:43.87 ID:KCNB6/mP0
「わ、わたし…亜里沙の寝言によく返事してる…」

「あ…あらら…」

それはそれは……またありがちな。

「どうしよう…」

そういえばえりちって、怖い話とか苦手やったね…うん、ごめんなえりち

「だ、大丈夫よね!? 亜里沙…早死になんてしないわよね!」

「しないしない、迷信やから安心して!」

「よ…よかったわ…」

ウチの言葉にようやく安心したのか、えりちは疲れ気味の表情でため息を吐いた。

「大丈夫?」

「え、ええ…」

見るからに大丈夫そうではないけれど、あまり言うのもよくないかと思い、ウチはそこで言葉を止めた。

319: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:16:17.42 ID:KCNB6/mP0

「そ…それで、昨日は聞けなかったんだけど……穂乃果の看病ぶりはどうだったの? 風邪のとき、来てくれたんでしょ?」

どくん…と、心臓が跳ねるのが分かった。

えりちはに特別な意味を含んだわけではなく、ただ話を変えたくて出しただけの話題。

でもウチにとってはその限りでは……ない。

「どうもないよ? それより…」

だからその話を無理やり変えてしまった。


あからさまなやり方に訝しむえりちの視線から、苦笑しながら目線をそらす。


それと同時にチャイムがなり、講義室の前のドアから講師が入ってきて、授業開始の音頭をとった。

320: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:18:32.53 ID:KCNB6/mP0
・・・

「あ」

「あ、にこっち」

「こっちよー」

午前の授業が終わり、ウチとえりちがカフェテリアにてボックス席を取った直後のこと。

これまた見慣れたツインテールがぴょんぴょこ跳ねながら人混みを歩いているのに気づいた。同じタイミングで当人も気づいたみたいで、ウチらに小さく手を振りながらこちらへ向かってきた。

「こっちよ、にこっち」

「ん、お待たせ。ちゃんと今日も来たわね」

「おかげさまで」

「ならいいけど」

ぶっきらぼうに言うにこっちやけど、本当はそれなりに心配してくれてたってことは、えりちが言っていたので知っている。

わざわざそれを本人に言うようなこともしないけど。

321: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:24:01.62 ID:KCNB6/mP0
「…」

「どしたん、にこっち」

するとにこっちはジトーッとウチのことを睨むように見つめてきた。ちょっと引き気味に問いかけると、

「あんた…やっぱりまだ万全じゃないんじゃないの? 昨日と変わらないくらいに見えるんだけど」

「…え?」

いきなり言われて、少し返事に窮した。万全じゃないと言えば…快復したばかりなのだからその通り。まだなんとなく気だるさも残っている。

でも、なんで…?

「あ…いや、その…」

「大丈夫やから…心配してくれてありがとうな、にこっち」

きっと本当のところは違う。

にこっちの言いたいことは、ウチの内面の話。

……よく見とるね、にこっち。

「希…無理しないでよ?」

「うん、えりちもありがと」

優しい、ふたりの友達。

本当に優しくて、そんなふたりがウチは大好き。

322: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:26:03.52 ID:KCNB6/mP0
「な、なによいきなり…気持ち悪いわね」

「やーん! せっかくの告白やんかー」

「平気な顔で大好きとか言うな!」

「えりちぃ…にこっちが冷たい…」

「誰のせいよ!」

「あ、あはは…落ち着いて、ふたりとも…」

ふたりになら、簡単に言えてしまうんよね…だって、大好きの意味が違うもん。

…本当に伝えたい人には…当然言えない。言いたくても、怖くて怖くて…会うことすら出来ない。

ああ…また考えてるわ、ウチ。いい加減にしっかりしないとあかんね…

323: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 00:39:17.47 ID:KCNB6/mP0
「ねえ、希」

「ん…なに?」

「今日、バイトは?」

「ああ…えっと、休み」

「じゃあ遊びに行くわよ。どうせふたりも次のコマで終わりでしょ?」

「いいわねそれ! いままで三人だけで遊ぶことなんてなかったし」

嬉しそうに無邪気に笑うえりちと、まるでお母さんみたいな微笑みのにこっち。

ふたりとも、ウチを元気付けようとしてくれてるんやね。

なにも話してなかったし、いつものウチのつもりやったのに…この二人には全て見透かされとるみたいやね。

「じゃあ、今日はたくさん遊ぼっか!」

今日くらい…いいやんな?

ぱーっと遊べば、気持ちに整理もつくやろうしね。

328: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 21:52:02.80 ID:KCNB6/mP0
・・・

授業が終わってすぐに近くの大きな公園までやってきたウチたち三人は、近所のホームセンターで買ったバトミントンやフリスビー、キャッチボールなんかをして遊んだ。

途中でにこっちがこけたり、えりちの投げたフリスビーが木の枝に引っかかったりして大変だったけど…

転んだにこっちをからかったり、どさくさに紛れてわしわししたり、やり返されたり。

フリスビーを知らなかったえりちを茶化したり、意味もなく抱きついてみたり、何故か追いかけっこになったり。

この三人で遊ぶことは新鮮で、本当に楽しかった。

息を切らすほど激しく遊びまわって、ようやく陽も傾き始めた頃…

ベンチに座って、近くのコンビニで買ったアイスを食べながら休憩することに。

329: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 21:53:15.55 ID:KCNB6/mP0

「はあ…もう足がガクガクよ…」

「明日は筋肉痛やなぁ…あはは」

「ダンスレッスンはこんなものじゃなかったのに…しばらくやってないだけでこんなに体力も落ちるのね…」

口々にぼやきながら、アイスを食べる。

動き回ってる間はなにも考えなくて済んでいたから、いまはとっても清々しい気分。

ふたりには感謝してもしきれないなぁ…あはは。

「…それで」

えりちが話しかけてくる。






「穂乃果と何かあったの?」






ほんまに、ふたりには隠し事は出来へんね、ウチは…

なんでも見透かされちゃうね。

330: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 21:55:30.12 ID:KCNB6/mP0
だからここで『何もないよ』なんて言おうものなら、ふざけんなーってにこっちに怒られちゃう。

本当、ふたりに問い詰められたら勝てないよ。




「…友達の話なんやけど」




だから、少し遠回しに…でもバレバレの方法で話すことにした。

バレバレやって分かってても、自分自身のこととして言うのは…怖いから。

331: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 21:59:22.03 ID:KCNB6/mP0

「その子はね、とっても仲良しの友達がいるん。よく一緒に遊んだりご飯食べたりお風呂入ったり、まるで姉妹みたいに仲良しで…

…やけど、気づいたときには、その子は友達のことを姉妹以上の存在に感じ始めたん。

そしたらその子はもう、友達のことを考えずにはいられなくて…でも、思いを告げるなんて出来ないんやって。断られて、いまの関係を壊しちゃうのが怖いから。

そう思うと会うことさえ怖くて…会いたくて会いたくて仕方がないのに、怖くて会いにいけないんやって。

そのままじゃダメやから、気持ちを押し殺そうとしてる…みたいなんやけど、どう思う?」

どう思う、と言う話ではないけれど……こういうやり方しか出来ないから。



弱い自分が情けない。



「めんどくさい性格の友達ね」

にこっちの鋭い視線が、ウチの瞳を貫く。

「姉妹から…ねえ」

と、えりちも意味深な目線。

332: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:04:47.08 ID:KCNB6/mP0

腕を組んでにこっちが唸り、真剣な顔でウチを見つめてくる。

「私はまだよく分かんないけど…文句だけ言わせてもらうわよ」

「…」

ウチは黙って頷く。

すぅ、とにこっちは息を吸って、一息に語り始めた。

333: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:06:55.15 ID:KCNB6/mP0
「勝手に相手を思って、勝手に我慢して…それで相手のことを思ってるつもり?」

うわ……さっそくやね、にこっち…

「そりゃあ…生きてる以上、何かしら嫌なこととか我慢すべきこととか色々あるわよ。でも、何を我慢すべきかくらい、自分でも分かってるんじゃないの?

我慢して何かあるの? 我慢して辛い気持ちになるくらいならあたって砕けちゃいなさいよ。そうすれば目も覚めるでしょ」

「…にこ」

「ふん」

弾丸のように有無を言わせぬ物言いを咎めるえりちの声に、にこっちは鼻を鳴らして少し遠くに目線をやった。少し雑にアイスをかきこみ、こめかみあたりをおさえる。

334: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:08:45.52 ID:KCNB6/mP0

「人を思うって、私は素敵なことだと思うわ」

対してえりちは優しい言葉。

「それは心から大切に思える人に出会えたってことでしょう? とっても素敵じゃない!」

心から大切に思える人…その友達にとっての、その子は…

「たぶん……そんなんやないかな」

たしかに心から大切に思える…そんな人。

335: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:11:05.01 ID:KCNB6/mP0
だからこそ、傷つけたくない。

告白することがその人を傷つけることになってしまったら、もう…



「大切だから、だから…相手が傷つくくらいなら自分だけが傷つけばいいって思って、我慢しようとする。

…そういうことでしょう?」



少し寂しげに表情を改め、手のひらでアイスのカップを弄ぶ。

「人は誰でも、傷つくのは怖いと思う…それが大切な人に関わってるのだとしたなら、なおさらね。

その子は優しいから、自分が我慢すればいいなんて思うんでしょうけど…」

336: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:14:44.42 ID:KCNB6/mP0
ひと呼吸おいて、えりちはウチの手を握る。これまでに何度も見た優しい笑顔で、

「買ってながら私は応援させてもらうわよ、その子のこと」

と話を打ち切った。

「あとはその人の勇気次第ね、まったく…」

反対側でつぶやくにこっち。ウチの反対の手を握りながら。

「そうやね…本当にありがとう、ふたりとも。しっかり…伝えとく」

力なくそう言って、ウチは少し顔を伏せた。

337: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:17:15.33 ID:KCNB6/mP0
いつものウチなら…どうするかな

励まして、頑張れって…応援するんかな……

………そんなん、なんとも言われへんよ

だって、ウチは…弱い

前にも進めないし、その場で留まることも出来ない

進む勇気も留まる覚悟もない

何もかもが中途半端

だからこんなに、バカみたいに…悲しくて、辛くて…



…なんでふたりに聞いたんかな




もう、自分でもわけがわからないね…

せっかく聞いてもらったのに

せっかく元気付けてくれたのに




ごめん、ふたりとも




ウチはやっぱり…

338: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:18:43.69 ID:KCNB6/mP0

「……のぞみ?」

「えっ…ぁ…」

いつのまにか。

自分でも気づかないうちに…涙を流していた。

目から溢れた滴が、頬を伝い流れてスカートに落ちた。

まるで心の苦しみを表すかのように、ぼろぼろと流れていく。

ひとしずくが零れるたびに胸が苦しくなって、息が詰まる。ウチはぎゅっと胸元の服を握りしめて、声を殺すように…噛み締めるように言った。




…ごめん。

339: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:20:13.55 ID:KCNB6/mP0
・・・






いつからなのか…それは知らない。でも気づいたのは、ついこの前…風邪をひいたウチを看病してくれたとき。







もしかしたら、ずっと前から思ってたのかもしれない。あの太陽のように暖かくて優しくて明るい人を、好きになったのは。





340: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:22:50.00 ID:KCNB6/mP0
好き



気づいた瞬間から、ウチの心に住み着くかいぶつが叫んでいる。



好き



感情が、心を支配している。



好き



きっとウチは、このまま彼女に会ったら抑えきれなくなってしまう。



好き



抑えきれなくて…きっと、彼女を傷つけてしまう。



好き



そうなってしまえば…ウチはきっと嫌われる。



好き



そんなの…嫌だ。それなら一人で我慢してる方が何倍も楽だ。



好き



だからもうやめてよ。



好き



もう言わないでよ。



好き



必死に我慢しようとしてるのに……なんでウチの邪魔をするの?

341: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:24:35.83 ID:KCNB6/mP0

『じゃあ聞くけど、誰かが頼んだの?』




……え?




『希に我慢しろなんて、誰が頼んだのよ』

…そんなの、誰かに頼まれるようなことやないよ

『そう、あんたが勝手に我慢してるだけ』

それの何が悪いんよ…




『悪くないと思うんだったら、悩むことなんてないはずでしょ? さっさと割り切って忘れちゃえばいいじゃない』




そんな簡単に…割り切れるわけないやん!!




ウチだって、ほんとは…ほんとは伝えたい…



伝えて、出来ることなら…ずっとそばにいたい…

342: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:25:39.25 ID:KCNB6/mP0
でも…伝えるのが怖いんや……

もし嫌われたら?

もし今までの関係でいられなくなったら?

そう考えてしまうと、胸が痛くて苦しくて…もう、嫌になるんや…



『そもそもあんたは何で我慢してるわけ?』



…にこっち…?

『答えなさいよ』

だ、だから……もしウチが告白して、あの子が傷ついたらどうするん…?

あの子はウチをお姉ちゃんやと思ってて、いままでもそんな風に過ごしてた

でもいきなり告白されたら、どう思うんやろ…

いまの関係が壊れるかもしれない…そんな危険を冒してまで…そんなこと、したくない…から

343: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:26:51.38 ID:KCNB6/mP0
だから全て忘れて、これからもお姉ちゃんでいようって…そうすれば、傷つかなくて済むし




『嘘ね、あんたはそんなことちっとも思っちゃいない』




嘘なんか…嘘なんかついてない…

『嘘に決まってるわ。あんたは忘れる気なんてさらさら無い』

そんなことない…!




『だったら、なんで絵里と私に聞いたの?』




え…?

344: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:28:32.54 ID:KCNB6/mP0

『わざわざ友達の話だってまで言って…なんで聞いたのよ』



そ、それは…



『あのときのあんた…これから前に進もうとしてるやつの目だったわよ。進みたくても進む勇気が出ない、そんな風に見えた。

背中を押してほしいってことじゃないの?

……少なくとも、こんなとこで我慢だのなんだのって…ウジウジ悩んで立ち止まってるようなやつの目じゃなかったってことは言える』



……そんなことないよ、にこっち

あの子の周りには…いい人ばっかりやもん

ウチが進んだって、どこかで跳ね返されちゃうよ

だから…ウチは今までのようにお姉ちゃんでいるほうが楽だし、誰も傷つかないん

345: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:30:00.11 ID:KCNB6/mP0

『自分の感情に従うのって悪いこと?』



…えりち



『たしかに思いを伝えるのは怖いわよね…でも、だからって希が我慢する理由にはならないんじゃない?

伝えたいなら、伝えればいいと思うわよ。希はとっても魅力的だもの、諦めることないわ』



やめてや…そんなこと言われたってウチは…



『あなたはもっと自信を持っていいの。自分を表現するのが苦手なことは、あなた自身がよく知ってるでしょ?』


…………ウチは

346: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:31:17.10 ID:KCNB6/mP0
『希はどうしたいの?』

ウチは……

『今までの希は…私と同じで、誰かのために頑張ってた。μ'sを作るために色々してたのも、他人のことを思ってばかり……

…ねえ、そろそろ自分のために頑張ってもいいんじゃない? 自分の感情に従って、行動してもいいんじゃない?』


『我慢なんてしなくていい、感情に従って、全力でぶつかってきなさい。もしそれで砕けたんなら、私たちがいつでも胸を貸してあげるから』


えりち、にこっち……

347: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:32:33.74 ID:KCNB6/mP0






『…ねえ、希』








『あなたの本当にやりたいことは?』





348: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:49:05.56 ID:KCNB6/mP0
・・・



「あ、起きた」

重たい瞼をこすり、ゆっくりと目を開けると……にこっちの顔があった。

西陽が眩しい…どうやら眠ってしまっていたみたい。

にこっちは険しい顔で、ふん、と鼻を鳴らしてウチを見下げている。

後頭部にあたる柔らかい感触は、にこっちのふととも。細身やけど…意外と弾力があって柔らかい

「おはよう、にこっち」

「ええ」

そっか…ウチ、寝てたんやね

「ひとしきり泣きじゃくった後でね」

「あ、あはは…できれば忘れてほしいかなぁ…」

「無理」

「はい…」

思えば、あんなに泣いたのは…穂乃果ちゃんと雪穂ちゃんの前で泣いたとき以来かな…

……すっきりしたかもね。

349: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:51:50.06 ID:KCNB6/mP0

「いい顔になったわね」

「…うん、ありがと」

「なんのことやら」

「それでも、ありがと。お礼にちゅーしてあげよっか?」

「思い人のためにとっときなさい」

「にこっちのいけずぅ」

「ふん、そんなこと言う元気があれば…もう大丈夫なんでしょうね?」

「…うん。もう大丈夫」

なんだろう…不思議と心に迷いはなかった。

あれだけウチを苦しめていた感情も、今は怖いくらいにおとなしい。

「まっすぐ進む道が見えた…にこっち、ありがと」

「今度…ほむまん奢りなさいよ。うちの分と絵里の分もね」

「…うん!」

にこりと笑って、頷いた。

350: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 22:58:46.05 ID:KCNB6/mP0
それくらいじゃ足りないものを、ウチはもらったから…今度、ほむまん以外にも付けてあげようかな。



ケーキを奢るのもいいかもね?



あの子も一緒に誘って、みんなで遊びに行って…うふふ、考えたら楽しくなってきたね!




「あ、希…起きてたのね」




にこっちと笑いあっていると、えりちがハンカチで手を拭きながら帰ってきた。

「長いトイレやったね」

「う、うるさいわよ…」

「ふふん」

「…もう元気になったのね」

「どうもご迷惑をおかけしました」

「びっくりしたわよ…泣き疲れて寝ちゃうんだから」

「…泣き疲れたんやないよ。ふたりに怒られて、自分の気持ちを見直して安心しただけやから…」

本当にありがとうと言って頭をさげるとふたりは小さく笑い、ウチの両脇を抱えて言った。

『じゃあ帰りましょ!』

「…うん!」


351: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:04:10.72 ID:KCNB6/mP0
・・・


東京都心の誇る電気街こと秋葉原からおよそ徒歩十分歩くと、静かな住宅街の中に目を引く木造建築のお店が見えてくる。


ウチがバイトしてる老舗和菓子店…穂むら。


えりちたちとは駅で別れて、ここに来たのはウチひとり。



店の前まで歩いてくると、さすがに少しずつ歩調が重たくなり始めた。

近づくたびに心臓が早鐘を打ち始める。

どくんどくんと胸の奥を震わせる鼓動…

うわ、緊張してきた…



「……」



大丈夫……大丈夫。

ぐっと身体に力を込め、穂むらの引き戸に手をかけて勢いよく開けた。


「いらっしゃ…あっ!!」


カウンターにいたのはこのお店の看板娘。ウチが店に入ったのを見ると、目をまんまるにして口をぽかんと開け放った。

352: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:07:48.18 ID:KCNB6/mP0



「希…ちゃん?」



「うん!」



おそるおそる尋ねてくる看板娘に、ウチは笑顔で頷いてあげた。すると彼女の表情も輝くような笑顔に早変わり。カウンターから出て、ウチの目の前までやってくる。

「き、来てよかったの…? まだ風邪が…」

「ふふん、穂乃果ちゃんに会いたくて来ちゃった」

「え…ええっ!?」

ウチの顔をぺたぺたと触りながら確認してくる穂乃果ちゃんに言い返すと、顔を真っ赤にして手を引っ込めちゃった。

「ぅ…えと、その…私に…?」

照れ気味に身体をもじもじさせながら問い返す穂乃果ちゃん。その仕草がなんだか可愛らしくて、ウチは彼女の身体に抱きついてしまった。

353: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:11:24.80 ID:KCNB6/mP0

「ちょっ…の、のぞみちゃん…!?」

「いつもしてることやろー?」

「で、でも…」

「はあ…あったかいなぁ、穂乃果ちゃんは」

すりすり、ふにふに。

いつも穂乃果ちゃんにやられてることをやり返してみて、なるほどと思ってしまった。

そっか…これは確かに、幸せやね…ふふふっ。

「のぞみちゃぁん…」

対してもぞもぞともがき苦しむ穂乃果ちゃん。まだ堪能してるんやから暴れないでよ。

「で、でもぉ…お店だし恥ずかしいよ…」

「むぅ…」

そこまで言うんなら、仕方ないかな。

354: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:13:23.67 ID:KCNB6/mP0
しぶしぶ離れると、穂乃果ちゃんは

「あの…いったいどうしたの…?」

と尋ねてきた。

はて、なんのこと?

「いや…その、希ちゃんから抱きついてくるなんて珍しくて…」

「そっちかい…」

「え?」

「いや…なんだかね、久しぶりに会ったから、穂乃果ちゃんをぎゅーってしたくなったんよ。いつもされてる分、しばらく風邪でしてくれてなかったからかもね?」

「ぁ、う……ぅん……」

顔を真っ赤にして俯いてしまう穂乃果ちゃん。

風邪の間に積もりに積もった感情が爆発してしまってるんよ。穂乃果ちゃんがいるってだけで幸せな気持ちになってくる。

もう店に入る直前の緊張なんてどこ吹く風やしね。

こほん、と小さく咳払いをして穂乃果ちゃんは、

「…心配したんだよ?」

「うん、ごめんね。明日からは復帰できるから…」

「…うん!」

ウチの返答に、にこりと笑ってくれる。

355: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:18:46.74 ID:KCNB6/mP0
やっぱり…幸せ。

穂乃果ちゃんがいてくれるだけで幸せだなんて……なんなんやろね。

こんなに心地よくて幸せなら…気持ちなんて伝えなくても……ううん、それはダメやね。

ふたりの親友にあれだけ言われたんや、ちゃんと…伝えないとね。

「…ねえ、穂乃果ちゃん」

「なに?」

「あの、それでね…? 今日は、穂乃果ちゃんに…話があって来たん」

「私に?」

「うん…だから、聞いてくれるかな?」

「うんっ!」

何も気づいてないであろう、穂乃果ちゃんは力強く頷いてくれた。

356: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:19:36.24 ID:KCNB6/mP0
今から伝える言葉を聞いたら、どんな顔をするんかな?

びっくりするのか、それとも嫌な顔をするのか…分からないし怖い。

でも逃げてばかりじゃダメ。もうウチは前に進むって決めたんやから…しっかりと、伝える。

いま、ここで。

もう我慢なんて出来ない、伝えずにはいられないから。

お店に人がいなくて…本当に、よかった。

357: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:20:23.37 ID:KCNB6/mP0
「そ、その…ウチ…」

さっきまでゆっくりだった心臓が、また早鐘を打ち始めた。どくんどくんと鼓動が音聞くなって、穂乃果ちゃんに聞こえていないか心配になってしまう。

緊張で喉が渇いていきて、声もうまく出せない。少し上ずったウチの声に、穂乃果ちゃんは頷く。

「は、はい」

ウチの纏う気配から何かを悟ったのか…穂乃果ちゃんは少し心配そうに表情を変える。

358: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:21:13.77 ID:KCNB6/mP0




…覚悟は出来てる。





だから、見ててな…かいぶつ。





ちゃんと伝えるから。





逃げたりせず、ちゃんと。





ウチの、私の口から。




359: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:22:09.33 ID:KCNB6/mP0






「ウチは…私はね…」





私は、あなたが…





「穂乃果ちゃんのことが………」





360: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/19(日) 23:23:17.30 ID:KCNB6/mP0








…………しかし、希ちゃんの声は最後まで紡がれることはなかった。



「あら、希ちゃん。来てたのね」




店に現れた、お母さんに遮られてしまったのだ。

「は……はい、先日はお世話に…」

すぐに希ちゃんは私から離れ、お母さんに頭を下げた。表情が微妙に強張っているのは、気のせいではないだろう。

対して私は…その場で立ち尽くして、目の前で会話する希ちゃんとお母さんをぼんやりと眺めているのだった。




いまの希ちゃんの言葉…




もしかして…………




わたし…………告白、されかけた…?




363: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:47:34.08 ID:dG6con5V0
~ほのルーム~



……恥ずかしくて、逃げてきちゃいました。



希ちゃんとお母さんが話してる間に、こそこそと、部屋まで……はい。



…まずいよ、頭に何も入ってこないよ。



何かで気を紛らわそうとケータイを開いても、ゲームを起動しても、パソコンを開いても…何も集中できないんだよ。

生まれて初めてだもん…私、その…告白されるなんて…

まだされたわけじゃないけれど、本当に…もし、本当にあれが告白だったなら……

364: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:49:38.48 ID:dG6con5V0



「ぁぁぁぁぁああああもーーっ!!」



枕に顔を押し付けて全力で叫び声をあげる。なんなのさ、もう……なんなのさ!! 恥ずかしくて、切なくて、でも……その……もーーっ!!

と叫び続けていると、ドンッ!! と、隣の部屋で雪穂が壁を叩いた。


……妹よ、ごめんなさい。


枕を放り投げて、天井を向いて……目を閉じる。


『穂乃果ちゃんのことが………』

すると浮かんでくる、あの一瞬の映像。

希ちゃんが私の目の前で、私に向かって、告白を……しようとした、あの瞬間の映像が頭に焼き付いて離れない。

365: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:51:20.43 ID:dG6con5V0
その映像が頭の中にフラッシュするだけで私の頬は熱が差し、胸の内側がきゅっと暖かくなる。


私のことがって…その、つまり…そういうことでしょ?


好きとか……愛してるとか、そういう……


うう、頭が回らないよ…


「希ちゃん…」

その名前を口に出してみると、くちびるが熱を帯びて、瞳も潤んで視界がぼやけてくる。

こぼれるため息はとても熱く、身体の火照りがそのまま吐き出される。そして熱い吐息は、私の心に戸惑いを生んだ。

366: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:53:24.31 ID:dG6con5V0

「…わたし……」

今はもう、希ちゃんのことしか考えられない。

ずっとずっと、心の中に希ちゃんがいて、私に笑いかけながら、あの言葉を何度も囁いてくる。

『穂乃果ちゃんのことが………』

でも、その先は言ってくれない。

その先を聞かせてはくれない。



……ねえ、希ちゃん。



家族として、お姉ちゃんとして……そういう意味じゃ……ないんでしょ……?



告白とはそういうことなんだ。


好きとは、そういう……意味なんだ。


367: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:54:58.69 ID:dG6con5V0
もしあの場にお母さんが現れなかったなら……私は告白されていたのだろうか。


そうしたら、私はなんと答えたのだろう。




……決まってるよ、そんなこと。





そう、決まってる。


希ちゃんは私に、本気なんだよね。



もし私に告白しようとしたんなら……それは、本気だったはずだよね。

もし私が断れば、今までの関係じゃいられなかったかもしれないから。

すべてを投げ打ってまで私に告白してくれたんだから、私はそれに応えなくちゃいけないんだ。



ちゃんと返事しなくちゃ…



…ちゃんと、返事を………

368: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:56:04.31 ID:dG6con5V0
「………………………………………………あ」

そういえば、いつからなのかな…って……まだ確証はないけど、確証はないけど考えちゃうんだよー!!

うわぁぁぁん……もう、なんなのさぁ…

「し、深呼吸しよう……うん」

大きく息を吸って、吐いて……吐いて、吐いて……三秒止める。

すると呼吸が整って落ち着くのです。

ふぅ…………えっと、希ちゃんと一緒にいるようになったのは、初めてのバイトのときからだし…

369: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:57:32.48 ID:dG6con5V0
そっか、あのときから…こんなに経つんだ…

私は三年生になって、希ちゃんは大学生に…なって、うちでバイトしてて…

私も、今まで以上に希ちゃんにベタベタするようになったんだよね…

初めてのバイトの頃は…私は希ちゃんをお姉ちゃんと思って接してた。

希ちゃんも…たぶん、お姉ちゃんとして接してくれたと思う。



じゃあ、いつから…なのかな。



私のこと……いったい……



……いつから?

370: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 00:59:34.70 ID:dG6con5V0


そんな風に頭を抱えながら唸っていると、リズム良くドアがノックされた。



その瞬間に心臓が飛び出るかと思うほどに強く跳ねて、私はバネのように居住まいを正した。

放り投げた枕も元通りにして、シーツの乱れも綺麗にして……



「は、はーい」



と、かろうじて声は裏返らずに返事が出来た。



「おじゃまするね」



そう言って入って来たのは……やっぱり、希ちゃんだ。少し寂しそうな顔……ああ、私が逃げたからだ。

……ごめんね、希ちゃん。流石に恥ずかしかったんだよ…

371: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:01:03.23 ID:dG6con5V0


「今日、ここでご飯食べさせてもらうことになったよ」



「う……うん」



ちょうど希ちゃんのことを考えていたから…目があった瞬間、私は顔がさらに熱くなるのを感じた。

そして希ちゃんは、ふんわりと微笑んでくれる。なぜか…その表情が、私にいつも通りの動きをさせてくれない。

いつもならのぞみちゃーんって…呼びかけて、隣に座ってもらうの。それからぎゅーって抱きついて、頭を撫でてもらう……それがいつもの私。

でも今日は……さっきのことがあったから、何を言ったものか躊躇ってしまって、視線もまるで避けるかように逸らしちゃった…

372: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:02:05.95 ID:dG6con5V0

「……となり、座るね」

だから希ちゃんは自分から、ひとこと断りを入れて私の隣に腰掛けた。ベッドのスプリングが軋み、私の身体が僅かに希ちゃんの方へ傾く。

希ちゃんがすぐ隣にいる……そのことだけで、私の心臓は、まるでライブ直前ってくらいにドキドキしてる。

希ちゃんはにこりと笑っていて……なのに、私は……もう、身体が熱くてしかたない。

373: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:03:07.64 ID:dG6con5V0


なんとも思わないのかな……希ちゃんは。

さっき、私に言いかけたこと……お母さんに止められちゃって、格好つけそびれちゃって。



……でも、格好つけるのは希ちゃんに似合わないよ。



だって、私はいつも通りの希ちゃんが…………



「ぁ、ぅ……」

少し俯いてひとりでもじもじしていると、私の肩に、希ちゃんが頭を乗せてきました。その途端、心臓は更に大きく跳ねる。

374: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:04:33.89 ID:dG6con5V0


「の、希ちゃん…?」


私がおそるおそる……顔を見ないように尋ねると、


「しばらく……こうしてていい?」


いつものトーンで、そう言った。頭を肩に乗せて、体重を私の方に預けて……優しく笑った。


「ぅあ………は、はぃ……」


私と希ちゃんの間に、もはや距離なんて呼べるものはない。完全に密着したこの状態で……私の身も心も正常ではいられなかった。

375: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:05:35.71 ID:dG6con5V0
どくんどくんと暴れまわる私の心臓。いままで自分でも感じたことがないくらい、心臓は大きな音で私の体内に鳴り響いている。



……希ちゃんに、聞かれてないよね…?



「……穂乃果ちゃん、ドキドキしてるね」



「っ……!」



み、見透かされてる……!

……じゃなくて、聞こえてるってことだよね!?



「ぁ、うぅ……は、離れます……!」




そう言って希ちゃんから離れようとお尻を滑らせると、



「離れんといて」



と、希ちゃんは私の腰に腕を回し、抱きつくようにしてくっついてくる。

376: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:06:46.09 ID:dG6con5V0

「おっ……お願いだから、離れて……」



「いいやん、減るもんじゃないよ」



「私の寿命が減っちゃうよ!」



テレビで見たことだけど、人間の心臓が動く回数は決まってるみたい。だからドキドキしっぱなしだと、寿命が縮んでしまうのです。

特に逃げの理由になってないけどね……と、とにかく私は恥ずかしくて死にそうなんです!!



「だから、離れて、お願い……」



「それならウチのもやから大丈夫!」



「大丈夫じゃな……え?」


377: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:08:26.12 ID:dG6con5V0
「希ちゃんもって……?」



「き……聞いてみる?」



そう言うと希ちゃんは、一度離れて……呆気にとられていた私を抱きしめ、その胸に頭を押し付けました。



「……聞こえる?」



「う、うん……」



「どんな風に?」



「えっ…ぇ、えと……すごくドキドキしてる……」



どくんどくんって、すごい速さで……私よりも激しく鳴ってる。

もしかして、希ちゃんも……?



「…うん、実はすごく緊張しちゃって……あはは」



私の問いかけに、そう言って希ちゃんは照れてみせた。

378: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:09:44.42 ID:dG6con5V0
耳元で鳴る、希ちゃんの心臓の音……なんだかとっても落ち着く。



それだけじゃなくて、希ちゃんに抱きしめられてるってことだけで……落ち着くし、幸せなんだ。



希ちゃんは私を抱いて、頭を撫でてくれる。久々のそれは……とても気持ち良くて、さっきまで大荒れだった私の心が……なんだか豊かになる気がした。

腕を回して、希ちゃんにぎゅっと抱きつく。すると希ちゃんの心音が、どくん……とひときわ大きく跳ねた。



「……希ちゃん」



「言わんといて」



……先回りされちゃった。


379: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:11:44.44 ID:dG6con5V0

仕方がないので、しばらく私はそのまま希ちゃんの心音を聴き続けた。

希ちゃんはときどき、やめてほしそうに身体をもじもじさせるけど、問答無用。私をあんなにドキドキさせたんだから、その罰だよ。



それでも抵抗し続けて数分……ようやく観念したのか、希ちゃんはまた私の頭を撫で始めました。



そのまま、また数分くらい……沈黙が訪れた。



私は静かに希ちゃんの胸に抱かれていて、とても幸せ。

希ちゃんは私の頭を撫でてくれる。



私、この沈黙が好きだ。



希ちゃんと私の間にある沈黙はとても居心地がいい。

互いのことを、言葉を交わさずに知れる気がして。



でも、伝えなければならないことは必ずあるから……



沈黙を破ったのは、希ちゃんだった。

380: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:12:44.41 ID:dG6con5V0

「…………ねえ、穂乃果ちゃん」



「……なに?」



「……さっきの話やけど」



「うん……」



さっきの話って……私に伝えようとした、あの言葉だよね。あんな真剣な顔で……伝えようとしてくれた……



お母さんが入ってきちゃったから、格好つかなかったんだけどね……えへへ。



だから、その続き……



「……聞かせて、希ちゃん」

381: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:14:07.26 ID:dG6con5V0




……でもね。





あんなに格好つけなくたって、私は……





「ウチはね、穂乃果ちゃんのことが……」


一呼吸置いて、希ちゃんはさっきの言葉の続きを口にする。

私は希ちゃんに抱きしめられたまま、その言葉を聞く。

ひとことひとことを噛みしめるように囁かれる言葉。



やわらかそうなくちびるから吐き出されるそれが耳朶を打ち、私の内側がじんわりと暖かくなる。

382: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:15:12.95 ID:dG6con5V0

なんだかとっても嬉しくなっちゃって……ひとつぶの涙が頬を流れた。


「穂乃果ちゃん……?」

「あ、あはは……」


でも、ぜんぜん嫌な涙じゃないの。




嬉しくて嬉しくて……ありがとうって、心がそう言ってるの。





だから、私の返事は決まってるんだ。




心して聞いてね、希ちゃん。





「…………私も、希ちゃんが」





383: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/21(火) 01:16:05.68 ID:dG6con5V0






……この日。






私と希ちゃんは、お互いにとってかけがえのない存在になりました。






388: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/22(水) 01:16:34.67 ID:/nFNJ6IB0


「希ちゃん、大丈夫?」

「……うん、穂乃果ちゃんがいてくれるから、大丈夫」



あれから数日経って……ゴールデンウィークになりました。



私たちの関係は少し……ううん、大きく変化して、それにも慣れ始めたかなってくらい。





もともと身体的には大きな違いはなかったから、あとは精神的に順応するだけやったからすぐに慣れちゃったんやけどね。

389: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/22(水) 01:17:36.09 ID:/nFNJ6IB0

そして今日は、希ちゃんのご両親がうちに来ていて……高坂家と東條家での食事会!

……えへへ、食事会なんて言うほど豪華なものじゃないけどね。




ウチたちは、この日を待っていたん。




約束してたんだよね……今日、みんなに発表するって。

私たちの関係をみんなに伝えて、認めてもらうって。




……大丈夫、怖くないよ。




……うん、怖くない。




だって私には希ちゃんが……




だってウチには穂乃果ちゃんが……




お互いがお互いの支えになってるんだから、大丈夫じゃないわけがないんだ。

390: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/22(水) 01:19:33.71 ID:/nFNJ6IB0
「……行こう希ちゃん」



「うん……そうやね、穂乃果ちゃん」



ここから始まる、私たちの新しい日々。




きっとこれからも、ずっとずっと楽しくて嬉しい毎日が待ってるん。





変わらない日々の、ちょっとした変化に戸惑ったり……ちょっとしたイベントにドキドキしたり。

ふふ、考えるだけで楽しくなっちゃうね!

391: ◆SFVLwYaa.o 2014/10/22(水) 01:20:34.17 ID:/nFNJ6IB0




……そろそろ時間やね。




みんなの集まった居間に、ふたりで……手をつないだまま足を踏み入れる。




私のお父さんとお母さん、それから雪穂。




ウチのおとうさんとおかあさん。





みんなの視線を感じながら……





私と





ウチは





声を揃えて宣言しました。





『今日はみんなにお話があります!』




おしまい