1: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:34:18.96 ID:qJ5PnGe/o




 諸君は戦争に関心を持たないかもしれないが、戦争は諸君に関心を持っているのだ


                                             トロツキー

引用元:  IS大戦 〈インフィニット・ストラトス×サクラ大戦〉 

 

IS<インフィニット・ストラトス>2 OVA ワールド・パージ編 [Blu-ray]
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3: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:36:48.16 ID:qJ5PnGe/o

 この日、彼は横須賀の総監部へと出頭した。

 あの上野恩賜公園での事件以来、こういう日が来るのではないかと覚悟をしていたけれど、

その日は彼が思った以上に早かった。

 総監室の前に立つといつも以上に緊張する。

「大神三尉、入ります!」

 いつも以上に背筋を伸ばし大神は部屋に入る。士官とはいえ所詮は若手、こんな場所に
くることは滅多にない。

「来たか大神」海将の階級章が輝く三川忠信総監が、やや緊張した面持ちで彼の名前を呼ぶ。

「はっ!」

 彼は再び姿勢をただした。

「大神、こちらは統合幕僚本部の三隅一佐だ」

 総監室のソファで見慣れない陸自の制服を着ている男性を見て総監は言う。

 階級は一佐だが、その眼光の鋭さは総監以上だ。

「三隅だ、よろしく。キミが大神三尉か」

 三隅一佐は立ち上がると右手を差し出した。どうやら握手を求めているらしい。

 敬礼を交わすのが習わしの自衛隊において、こんな風に右手を差し出す人は珍しい。

 大神は一佐の目を見据えつつ、彼の手を握った。

 がっちりとした体格にふさわしく、握る力も強かった。大神も細身の身体に似合わず

力には結構自信があったほうだが、この人にはかなわないかもしれないと思わせる。

そんな力強さ。

「上野公園での件は大変だったな」

「いえ、自分はたまたまそこに居合わせただけです。何もしておりません」

4: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:38:45.02 ID:qJ5PnGe/o

「謙遜するな。小さな子どもを助けたと聞いている。あの状況でなかなかできるもの
ではない」

「市民を守ることは自衛官として当然の責務だと考えております」

「ふむ、なかなかの優等生ぶり。幹部学校主席は伊達ではないか」

「それで、自分は……」

「そう焦るな。帝都周辺では、貴官が上野公園で遭遇したような『降魔』が出現している
ことはもう知っていると思う」

「はい」

「わが自衛隊でも、すでに警察などと共同で降魔を倒すための特殊部隊を編制中だ。
そこで大神三尉」

「はっ」

「キミにもその対降魔部隊に入ってもらう」

「……はい」

 覚悟はしていたけれど、いざ言われると不安になってくるものだ。

「若いキミには色々な仕事を経験してもらいたいとは思う。しかしあいにく対降魔翌霊力を
持った自衛官は限られている」

「日本の平和を守るためならば、どのような職務にも邁進していく覚悟はあります」

「ふむ、いい心掛けだ。それでは、大臣から配属先を預かっている。急で悪いが明後日、
この場所に出頭してもらいたい」

 そう言うと三隅一佐は一枚の紙を俺に差し出した。

「大神宗一郎、粉骨砕身の決意で任務を遂行していきたいと……」

「どうした」

「ここは……」

「キミの配属先だ。大神三尉」

「いえ、でも」

「これは特務である。質問も拒否も許されない」

「わかりました。大神三尉、明後日指定の場所に出頭いたします」

 防衛大臣の名前入りで書かれた配属先、

 それは――

5: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:39:41.37 ID:qJ5PnGe/o





        I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第一話 大神、IS学園に着任す

6: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:43:18.81 ID:qJ5PnGe/o

 
 IS学園――

 そこはIS搭乗者を養成するための専門の教育機関だ。

 軍の訓練施設を除けば、ISの搭乗者教育をする「高校」はここしかない。

「初めてきたけれど、随分と新しいなあ」

 学園の敷地は広く、そして設備は新しい。自衛隊の施設とは雲泥の差だな、と大神は

心の中で思い、苦笑する。

 学園内は静かであった。この日は日曜日なので当然といえば当然かもしれない。

 正門には、警備員の詰所があり、彼はそこに顔を出す。

「あの、すいません。海上自衛隊からきました大神と申します。校長にお会いしたいの

ですが」
 
「え? はい。わかりました。少々お待ちください」

 IS学園は生徒も職員も女性ばかりと聞いていたが、警備員も女性であった。

 本当に女性ばかりの場所。

(男ばかりの職場にいた身としては、ちょっとキツイかもしれない。しかしそんな心配

をしていても仕方がないか。とりあえず、校長に会って話を聞こう)

 大神はそう考え気持ちを切り替える。切り替えの早さは彼の特技でもある。

(それにしても校長はどんな人なんだろう)

 IS学園の校長は陸上自衛隊の元陸将補で、自衛隊IS部隊の創設者でもあったと彼は
聞いていた。

 いわばIS運用のエキスパートだ。

 一昨日に会った三隅一佐よりも、もっと厳しい人なのかもしれない。

 女性ばかりのIS部隊を編成した人なのだから、相当精神的にタフでなければやって
いけないだろう。

 そんなことを考えながら待っていると、校舎のほうから髪の短い女性が胸をタユンタユン
させながらこちらにやってきた。

 大きな眼鏡が印象的な女性である。

 近づいて見ると、背が小さい。

7: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:44:32.92 ID:qJ5PnGe/o

「はははは、はじめままして、私、山田まひゃっ、噛んじゃった」

「あの、大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。お……、大神宗一郎さんですよね、海上自衛隊の」

「ええ、はい。大神です」

「は……、はじめめまして。私、IS学園教諭の山田真耶と申します」

 随分挙動がおかしい。

「本当に大丈夫ですか?」

「え、ええ。大丈夫です。私こう見えて身体は丈夫なんです」そう言うと真耶は両手の

拳をギュッと握って見せた。

 反動で胸がタユンと揺れる。

「どど、どこ見てるんですか!」

「ああ、すいません」

「ふゆゆ……。こ、こちらこそ、ごめんなさい。私、男の人はあんまり慣れていない
ものでしゅて……」

 また噛んだ。

「ああ……、ダメですね私」

「ふふ……」

「どうしました?」

「いや、随分可愛い先生だなと思いまして」

「か、カワイイ……!」

 元々赤らんでいた真耶の顔が更に赤くなっていく。

「だ、大丈夫ですか」

「ちょ、ちょっと待ってください……」

 真耶は大神に背を向けて、深呼吸らしき動きをしはじめた。

8: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:46:14.88 ID:qJ5PnGe/o

「スーハー、スーハー、ヒッヒッフー、ヒッヒッフー」

「……」

「じゃ、行きましょうか」

「……はあ」

 色々と無理している感じの教員、山田真耶に連れられて大神は校長室に向かうことに
なった。

「何かわからないことがあったら聞いてくださいね。私に答えられることであれば、何でも
答えますから」

「どうも」

(何を聞こうか)

 大神は少しの間考える。

「せっかくなんて、山田先生のことを色々教えてください」

「わ、私ですか……!? 私なんて……そんな。じゃ、じゃあその、大神さんのことも
教えてください……」

「わかりました」

 テッテレテッテッテー♪

(何だ今の音は……。これが世に言う好感度上昇音というやつか?)

「あ、ごめんなさい。メールです」

「そうですか」

 それから大神と真耶は他愛のない話をしながら校長室へと向かった。

 日曜日の静かな構内は気持ちがいい、と大神は思う。時折飛ぶ小鳥のさえずりが、多少の
緊張を和らげてくれる。

「着きました。ここです」

 構内でも一際大きな建物の一室に、校長室はあった。ドアも立派だ。

9: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:47:45.83 ID:qJ5PnGe/o

「では、入りましょう」そう言って、真耶はドアをノックする。

「山田です。大神さんをお連れしました」

「おう、入れ」

 ドア越しに男性の声が聞こえてくる。心なしかその声は楽しそうだ。

「失礼します」

 ドアの向こうは、予想通り広々した室内で立派なテーブルやソファが並べられていた。

 一昨日見た総監室よりもはるかにいい。

 そんなことを思いつつ、大神は部屋の奥にある大きな椅子と机を見る。


 そこには――


「くうーっ、うめえな、このシャンパン」


 酔っ払いがいた。

「んもうっ、校長先生! また校内で飲酒ですか?」

「いいじゃねえか、たまの日曜日くらい」

「いつだって飲んでるじゃないですか。もー」

「あんまりモーモー言ってると牛になっちゃうぞ、山田先生。あ、胸はもう牛ちゃんか」

「何を言ってるんですか」

「!」

 不意に、入口から人の気配がした。

「あんまり冗談が過ぎるようでしたら、セクハラで訴えられますよ校長」

「おう、千冬か。早かったな」

 そう言うと校長(らしき酔っ払い)は、シャンパングラスを軽く上げた。

10: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:49:10.59 ID:qJ5PnGe/o

「たまたまそこの二人が歩いているところを見かけましてね。呼び出される前に来ました」

 黒髪の美人がそこにいた。

 スラリと長い脚を引き立てる黒のスーツ姿。意志の強そうな目つき。大人っぽい雰囲気。

 そのすべてが大神の好みであった。

「あなたは……」

「申し遅れました。私、そちらの山田と同じくIS学園で教師をしております、
織斑千冬(おりむら ちふゆ)と申します」

 千冬は姿勢を正し、マナーの教科書に出てくるような美しいお辞儀をした。

 何か武道をやっている人の動きだ、と彼女を見た大神は感じる。大神自身も、剣の使い手
であるからわかるのだ。

「堅苦しい挨拶はなしだ。それよりお前も自己紹介しろ、もう皆お前のことを知ってるけど」

 校長が大神を見て言った。

「あ、はい」

 酔っ払いに促されて、大神は自己紹介をする。

「このたび、このIS学園に配属されることになりました、海上自衛隊の三等海尉、
大神宗一郎です!」

 大神は姿勢を正し、はっきりした口調で自己紹介をする。

 伝統ある海上自衛隊の士官として第一印象は大事だ。

 しかし酔っ払いはそんな挨拶が気に食わなかったようだ。

「おめえよお、大神。ここは自衛隊じゃねえんだからもっとこう、親しみやすい挨拶をしろよ」

「親しみやすい、ですか」

「とりあえず好みの女のタイプを教えろ」

11: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:50:19.13 ID:qJ5PnGe/o

「はい?」

「校長」たまらず千冬が口を挟む。

 しかし酔っ払いの勢いは止まらない。

「とりあえず、ここにいる山田先生と千冬、どっちがお前の好みだ」

「え、そんな……」

「校長っ! いい加減にしてください」

 そう言うと千冬は校長の机に拳を打ちつける。物凄い音が部屋に鳴り響いた。

「悪い悪い、そんなに怒るなよ。冗談だっての」そう言いつつ、校長はシャンパングラス
に残った液体を飲み干す。

「では、校長も自己紹介をしてください」と、千冬が促す。

「ああ、わかったわかった。俺がIS学園校長の米田一紀(よねだ かずのり)だ。
大神、お前をここに呼んだのはほかでもないこの俺だ」

「はい。それで、自分をここに呼んだ理由は」

「お前、得意教科はなんだ」

「はい?」

「得意な教科だよ、特に高校時代に成績が良かった教科」

「あの……、数学ですか」

「なるほど。おい千冬」

「はい」

「数学の教員の空きはあったな」

「はい。一般教養の教員は軒並み人手不足です」

「よし、じゃあ大神、お前は明日から数学教師な」

12: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:51:38.12 ID:qJ5PnGe/o

「え、はい? ちょっと待ってください」

「なんだよ」

「いきなり意味がわかりません」

「お前、俺の言ってる言葉が理解できんのか? お前は明日から数学教師としてこの
学校で働くんだよ」

「いやだから」

「あんだよ面倒くせえ」

「いきなり数学教師なんて言われてもわけがわかりませんよ。自分は自衛官ですよ」

「んなこたあわかってるよ」

「じゃあ何で」

「大神、お前ここに来るとき“特務”って言われなかったか?」

 不意に、米田の目つきが鋭くなる。

「え? はい」

「特務に質問も拒否も許されない。わかるな」

「……はい」

 有無を言わせぬ迫力。とてもさっきまでの酔っ払いと同一人物とは思えない。

「よし、じゃあ職員用の寮へ行け。明日から仕事だ」

「わかりました」

「ああ、それから大神」

「はい」

「ここの生徒は女子ばかりだ」

「はい、わかっています」

 ISは女性にしか動かせないと聞いていた。

13: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:53:01.95 ID:qJ5PnGe/o

「しかもオメー、とびっきりの美少女が揃ってる。それも世界中のだ」

「……」

「もし生徒に手を出したら、分かってるな」

「……はい」

 懲戒免職では、済まされないだろう……。

「それから」

「まだありますか」

「特務でここにきているということは、秘密にしろよ。何せ特務だからな」

「職員の人にも言ってはダメですか?」

「できるだけ、人前では言わんほうがいいな。生徒たちには特に」

「わかりました」

「お前は一応、海上自衛隊との人事交流できたということにしておく」

「はい……、わかりました」



   *



 大神が出て行った後、校長室には校長の米田と千冬の二人が残った。

「これでよかったのですか校長」

「ああ、すぐには教えねえ」

「ですが、大神三尉も随分戸惑っていたようですが」

「この程度で戸惑うくらいじゃあ、“あいつら”の隊長は務まらんよ」

「どういうことです?」

「つまり、“試験”みたいなもんだ。いきなり学校の先生やれって言われて、困らない
奴はいないだろう。しかも相手は女子生徒ばかりだ」

「それは、困るでしょうね」

「それを乗り越えてこそだ。まあ、ISのことについては、随時教えて行ってくれ」

「わかりました」



   *

14: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:54:43.74 ID:qJ5PnGe/o



 米田校長に対して「わかりました」、とは言ったけれど、実際は全然意味が
わからなかった。

(俺は自衛官なのに、なんで教師なんてやらなければならないんだ? 
教師になるための教育なんて、一つも受けていないのに……)

 自分は本来、降魔と戦うための特殊部隊に入ると言われていた。

 しかし配属先は学校。もちろん、IS操縦者を養成するための特別な学校では
あるけれど、そんな学校で何をするかと言えば教師をするというのだ。

 平和を守るために自衛隊に入り、厳しい訓練に耐え、トップの成績で幹部学校を
卒業した大神にとって、この処遇は当然納得できるものではない。

「あ、あの、大神さん。大丈夫ですか?」

 心配そうに真耶は大神の子を覗きこむ。

「いえ、大丈夫ですよ。ただ、ちょっと混乱しているだけで」

「私も米田校長の考えていることはよくわからないのですが、あの人のことですから、
必ず何かお考えがあるものだと思っています」

「そうなんですか?」

「ええ」

 大神にはただの酔っ払いにしか見えなかったけれど、山田真耶もあの織斑千冬も、
米田に対しては一目置いている様子であった。

 確かに時折見せるあの鋭い目つきはただの俗物ではないことを感じさせる。

 だが彼の本当の意図を理解するには未だに至っていない。

(本当になぜ自分が教師を……)

 何度考えても答えはでるわけもなく。しばらく歩いている職員用の寮に到着した。

「ここが職員用の寮です。大神さんの荷物は今朝届いていましたので、お部屋に入れて
おきました」

「わざわざありがとうございます」

15: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:56:12.69 ID:qJ5PnGe/o

「いいえ。でも気を付けてください」

「はい?」

「この学園は生徒たちだけでなく、職員も女性ばかりなのであの、……シャワーとか」

「は、はい。気を付けます」

「私たちのほうも気を付けるようにしますので……」

「そうですね。じゃあ、よろしくお願いします」

「こちらこそ、ふつつか者ですがよろしくお願いします」

 そう言って山田真耶はペコリと頭を下げた。しかしこの言い方だと、まるで嫁入り
みたいだ。

 それはともかく、大神は彼女の案内で寮の中に入る。

 玄関を抜けると、甘く、それでいて酸味のある果物を煮込んだような強い匂いが鼻腔を
刺激した。これが女性の多い空間の匂いだろうか。

 今まで生活していた護衛艦の中や自衛隊の隊舎のニオイとは明らかに違う空間である。

 不意に、目の前にパンツ丸出しの女性の尻が目に入る。

 ドーンという効果音がピッタリなほど実に堂々とした尻だ。

「もう、坂本先生! スカートかズボンをはいてくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「おお、山田先生か。むっ、そちらの殿方は恋人か?」

「ふぇ? ち、違います! 新しく入った先生です!」

(どうやら、俺が先生になることは決定事項らしい)大神はふと心の中で思った。

「そうか、私は坂本良子だ! よろしく。趣味は温泉めぐりだ。温泉施設のタダ券とかも沢山
持っているから、必要な時は私に言ってくれ」

「あ、ありがとうございます……」

16: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:58:36.56 ID:qJ5PnGe/o

 なんだか男性よりも男前な女性である。

 ここの学校はこんな人ばかりなのだろうか。

「坂本先生、何かあったんですか?」

「ねえ、私のナプキン知らない?」

「うわあ、頭痛い……」

「わっ、男だ!」

 しばらくすると若い女性たちがぞろぞろと出てきた。皆この学校の職員たちなのだろう。
見事に、職員も女性ばかりだ。

 それにしても日曜日だというのに、なんでこんなに人がいるのだろう。

 外に出たりとかはしないのだろうか。

「おお、あなたが新しく入るという男の先生ですな」

「ちょっと、聞いてもいいですかあ」

「あの、独身ですか」

 いきなり現れた女性軍団に囲まれた大神は質問攻めにされてしまう。男が相当珍しい
というのは本当らしい。

「もー、皆さん! 大神先生は今日こられたばかりでお疲れなんですから! 
質問は後にしてくださーい!」

 真耶のおかげで、なんとか大神は自分の部屋に行くことができた。

 部屋には、真耶の言った通り彼の荷物がすでに置かれていた。転属の多い幹部自衛官は、
なるべく身軽な方が良いと先輩から教えられていたので、荷物はそう多くない。

 寮なので、生活必需品はそれなりに揃っているから尚更少ない。

「しかし、早速こいつを着なければならないとは」

 大神は、自分の荷物から私物のスーツを取り出す。

(どうやら自分が今着ている海自の制服は、しばらく出番がなさそうだな)

 大神はふとそんなことを考えたが、実際その通りになってしまう。

「ああ、疲れた」

 何もしていないのに、ドッと疲れが出る。荷物を一通り整理し終わった大神は、ベッドに
倒れ込んだ。そして、夕食までの少しの間眠りに落ちることになった。

17: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 19:59:38.59 ID:qJ5PnGe/o



   *

 

 大神は夢を見た。

 あの日以来、何度も見てしまう夢。

 桜の花びらが舞い散る上野恩賜公園に突然出現した降魔と呼ばれる化け物。

 それを刀一本で倒した少女がいた。

 風に舞う花びら越しに見た彼女の、後ろで束ねた長い髪の毛が印象的であった。

 キミの名前は?

 そういえば名を聞いていなかった。

 名も知らぬ少女。

 あんな少女が戦っているのに、自分が戦わないわけにはいかない。

 大神は手を伸ばす。

 力が欲しい。平和を脅かす降魔を倒すための力が。



 ムニュ。



「ん?」

 柔らかい感触が手から伝わってくる。低反発枕は買っていなかったはずだが。

「あ……」

 真っ赤な顔をした山田真耶の姿がそこにあった。

「きゃああああああ!!」

「いったあああ!」

 目の前に星が光る。



   ☆

18: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 20:00:35.42 ID:qJ5PnGe/o


「イテテテ……」

 大神は頬を抑えながら歩いていた。

「ごめんなさい、いきなり胸を掴まれたのでびっくりしちゃって」謝る真耶。

「いや、いいんです。こちらこそ失礼しました」

「私が勝手にお部屋に入ったから」

「いや、いいんです。気にしてませんから。おかげで目が覚めましたよ」

「はう……」

 二人で寮の食堂へ行くと、そこはすでに騒がしかった。

「ん? なんだ?」

「やっと来たな」

「いくよ、せーのっ」


「大神先生、ようこそIS学園へ!!」


 パーティー用のクラッカーが鳴り響き、大神の頭に紙吹雪が舞った。

 よく見ると、食堂の壁に大きく『歓迎・大神宗一郎君』と書かれていた。

 いつの間に用意したんだこんなの。

「おう、大神。おせーぞ」

「校長?」

 昼間と違い、ワイングラスを片手に持った米田校長が赤い顔で大神に呼びかける。

「これは一体……」

 戸惑う大神に、誰かが声をかける。

19: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 20:02:40.86 ID:qJ5PnGe/o

「これから一緒に働く仲間が増えるのだから、歓迎会はやらないければならない、
というのが校長のお考えだ」

「織斑先生?」

 スーツ姿の織斑千冬がいつの間にか大神のすぐ近くに立っていた。

「まあ、校長のことだからお酒が飲めれば理由なんてどうでもいいのかもしれないけどな」

「そ、そうかもしれませんね」

 校長が無類の酒好きであることはもうわかっていたので、そんな理由でも驚かない。

「まあ、校長だけでなく、私たちもキミを歓迎したという気持ちはあるさ、大神君」

「は、はい」

「そうかしこまらなくていい。気を張ったままだと持たないからな」

「そうですね」

 グラスを傾ける千冬の横顔は、まるで新雪のような美しさがあった。

 正直、大神は校長よりも彼女の隣にいるほうが緊張する。

 ふと、千冬は声を小さくする。

「校長のことだが」

「え?」

「キミが不信感を持つのはわかる。何も説明をしていないわけだからな。ただ、信じて
あげて欲しい」

「……」

「校長もキミには期待しているからな」

「校長が……」

 大神が顔を上げると、そこには今にも服を脱ぎ捨てようとしている米田校長の姿があった。

20: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 20:04:18.02 ID:qJ5PnGe/o

「ああ、織斑先生ばっかり大神さんを一人占めしてズルイ!」

 教職員の一人がそう言って声をかけてきた。手にはキリンライガービールの瓶が
握られている。

「ああ、すまないな。これ以上大神君を独占するつもりはない。後はキミらの好きに
すればいい」

「やった! ほら、宮藤先生。こっち来てよ」

「ああ……」

 本当なら、もう少し彼女に“独占”されていたかった。大神はそう思ったけれど、
彼女の後姿を眺めることしかできなかったのだった。




   *



 
 校長以下数人の女性教師たちによる狂乱の宴が終わったのは、寮の消灯時間(11時)
間際のことであった。

 やっと終わったと思い、部屋に戻ってくつろいでいると誰かがノックしてきた。

(ん、誰だ? まさか織斑先生か?)

 妙な期待を胸に、大神をドアを開ける。するとそこには、誰もいなかった、と見せかけて
視線を下げると山田真耶がいた。風呂上がりなのか、顔が火照っている。

「山田先生、どうされました?」

「お疲れのところ申し訳ありません大神さん」

「いえ、別に」

 昼間に少し寝ていたので、それほど疲れていはいない。

21: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 20:05:45.19 ID:qJ5PnGe/o

「実は、この学園では夜に先生たちによる見回りがあるんです」

「見回りですか?」

「はい。で、でも、今日はみんなその、大神さんの歓迎会で……」

「グテングテンに酔っぱらっているんですね」

「はい、実は私もちょっと頭が痛くて……」

「わかりました、山田先生。不肖大神、学園内の夜の見回りに行ってきます」

「あ、なんでしたら私も一緒に……」

「いや、大丈夫ですよ。頭、痛いんでしょう? 一人で行けます」

「そうですか」

「学園の案内図と懐中電灯は借りて行きますね」

「はい、あの……」

「なんですか?」

「いえ、何でもありません」

「ええ、それじゃ。行ってきます」

 ということで、大神は夜の学園の見回りをすることになった。寮の管理人室に行くと、
見回りルートの書かれた紙と懐中電灯を貰うことができたので、それを持って職員用
の寮を出る。

 学園内は広いので、見周りをする時はいつも自転車を使うらしい。

 大神もそれに乗った。夜の学園は、昼間とはまた違う表情を見せる。

 ふと、体育館のほうを見ると、灯りがついているのが見えた。

(こんな夜遅くに、誰かいるのか?)

 この日は日曜日でもあるし、職員は皆寮で寝ているので、人は出入りしていないはず
なのだが。

22: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/30(土) 20:06:37.57 ID:qJ5PnGe/o

 もしかして侵入者かもしれない。大神は心の中で身構えて体育館へ向かう。

 足音が響く。

 どうやら、灯りがついているのは体育館の中でもその一部だけらしい。

(人の気配がする)

 誰かが照明を消し忘れているというわけでもない。

 そして彼が到着した場所は、

「シャワールーム……?」

 体育施設には付き物のシャワールームである。

 更衣室の中に入ると水の流れる音がする。

(い、いかん。頭がクラクラしてきた。しっかりするんだ大神!)

 大神は必死に自分に言い聞かせる。

 だが、


 か、身体が勝手に……。


 大神はシャワー室のドアを開けた。

 するとそこには、人影が見える。

 湯気の中で、髪の長い女性がバスタオルを一枚巻いただけの状態で立っていたのだ!

「キ、キミは……」

「……!」

 その鋭い瞳には覚えがあった。





   つづく

26: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:01:28.38 ID:yOs4HpOGo





 愚者は教えたがり、賢者は学びたがる。

                     チェーホフ

27: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:02:43.96 ID:yOs4HpOGo


 日曜日の夜、なぜかIS学園に数学教師として勤務することになってしまった海上
自衛隊の自衛官、大神宗一郎は学園内の夜の見回りを行っていた。

 そして、体育館の一部で怪しい光を発見する。

 中に入ると、シャワー室の照明がついており、人の気配がする。

 正義感あふれる大神は(←ここ重要)、勇気を振い起し、シャワー室の中に突撃して
行った。


 そこで見たものは!


「キ、キミは……」

「……!」

 目の前にいる、バスタオル一枚を巻いただけの少女。

 その鋭い瞳には覚えがあった。

 あれは確か、大神がIS学園に来る以前、とある人物と東京の上野恩賜公園で
待ち合わせをしていた際、偶然出会った少女である。

 彼女は、持っていた日本刀で降魔と呼ばれる化け物に立ち向かい、そして不思議な
力でそれに打ち勝った。

 その時は、長い髪の毛を後ろで結んでいたけれど、今はシャワーを浴びたばかり
なのか、髪をおろしている。

 けれども、その鋭い瞳はしっかりと覚えていた。そして、服越しにもわかったあの
胸のふくらみも、今はよく見え……。

「いやああああああああああ!!!」

「いや、違うんだ! これは」

「ちぇすとおおおおおおおおお!!」

 どこから取り出したのか、デッキブラシを振り上げる彼女。

「うわ! そんなに腕を上げると」

 ハラリと落ちるバスタオル。
 
「いやぎゃあああああああああ!!!!」

 天が震えた。

28: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:03:18.56 ID:yOs4HpOGo








    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第二話 新任教師

29: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:04:29.89 ID:yOs4HpOGo


 シャワー室を出た大神は急いで職員用の寮に戻り、なぜかロビーでうたた寝
をしていた山田真耶を抱えて再び体育館へと戻って行った。

「ちょ、ちょっと。何があったんですか? 大神さん?」

「とにかく一緒に来てください!」

「ふひゅぅ……」

 真耶を抱えた大神は、大急ぎで体育館に戻り、そこで事情を説明する。

「わかりました。ちょっと行ってきますね」そう言うと、真耶はヨタヨタと歩きながら
体育館の中に入って行く。

 そして数分後、パジャマの上にカーディガンを羽織った真耶とジャージ姿の
少女が出てきた。

 後ろで髪を束ねている髪型を見て、大神は改めて上野恩賜公園で会った
彼女だと認識する。

「彼は大神さんと言って、明日からこの学校で先生をする人なんですよ。
不審者じゃありません」

「……先生?」

 顔を真っ赤にしたその少女は、モジモジしながら目をそらした。

 無理もない。年頃の少女が裸を見られて平気でいられるはずもないだろうし。

「それと篠ノ之さん、ちゃんとシャワールームの使用時間は守らないとダメですよ」

「すみません、寮のシャワーが使えなくなっていて……」

 どうやら真耶も知っている生徒のようだ。まあ、学園内なのだから当り前かもしれないが。

「山田先生、この子は」

 大神は恐る恐る声をかける。

「ああ、この子は篠ノ之箒(しののの ほうき)さんです。私の受け持っているクラス、
2年1組の生徒です」

「ああ、そうなんですか」

30: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:04:57.61 ID:yOs4HpOGo

 篠ノ之箒、変わった名前だ。

 そんな彼女が、険しい目つきで大神を睨む。

 今にも斬りかかってきそうな目である。

(まずいな、凄く怒っている)

 大神は不安になった。

 ゴツイ男相手なら投げ飛ばせばいいが、女性相手にはそうもいかない。

「篠ノ之さん、今日のところは早く部屋に戻りなさい」

「……はい、すいませんでした」

 箒は、体育館のドアを施錠すると、カギを山田真耶に渡してトボトボと歩いて行った。
どうやらあの方向に、生徒用の寮があるようだ。

「それでは山田先生、俺たちも戻りましょうか」

 大神がそう言うと、真耶は無言で両手を広げる。

「……」

「あの……、どうしました?」

「靴がないんで、また運んでもらえますか?」

 足元を見ると、彼女は裸足であった。




   *

31: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:05:50.79 ID:yOs4HpOGo



 翌日、大神は上野動物園のパンダの気持ちを味わうことになる。

 IS学園の職員はほとんど女性なので、男の大神はすでに全校の注目の的になって
いたのだ。

(何が特務だよ。こんなに注目されてたらやりにくいじゃないか)

 何をどうするのかすら、聞かされていないけれどもできるだけ目立たないように過ごそう
と考えた大神の計画はすぐに破たんした。

 元々この状況では無理があったのだ。

「ええ、みなさんにお知らせがあります。もうご存じかと思いますが、今日から海上自衛隊
より人事交流でいらっしゃいました、大神宗一郎さんが数学の先生として勤務されます」

 山田真耶がいつもの数割増しの声で大神を紹介する。

 教室のざわつき。

 はじめて見るが、生徒は皆女子だ。女子生徒しかいない。男所帯に慣れた大神にとっては
異様な光景ですらある。

 そして、教室での匂いは職員用の寮とはまた違うものを彼に感じさせた。

 窓際の席を見ると、昨日見た長い髪を後ろで束ねた少女の姿があった。

 名前は篠ノ之箒。

 ふと、箒と大神は目があった。

 すると箒は強烈に睨みつけ、そして目をそらす。

「……」

 大神は考え込む。

(やっぱり怒っているよな。あれは事故だと思うけど……)

「センセイ……」

(ん?)

32: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:06:40.78 ID:yOs4HpOGo

「せんせい、大神先生?」

「え? はい」

「自己紹介をお願いします」

 真耶がこちらを見て言う。

 “先生”なんて言われ慣れていないので、反応が遅れてしまったということもある。

「はい。あの、海上自衛隊から来ました、大神宗一郎といいます。担当教科は数学
です。みなさん、よろしくお願いします」

 そう言うと大神は深く頭を下げる。

 すると、一斉に歓声が上がった。

(一体何事だ)

 よく見ると教室の外にも生徒の姿が見えた。

「はいはい、先生、質問いいですか?」

 一人の元気のよさそうな女子生徒が手を上げる。

「今おいくつですか?」

「潜水艦に乗ったことありますか?」

「血液型は?」

「身長いくつですか?」

「星座は」

「趣味はなんですか?」

「武道とか、やられているんですか?」

「孤独のグルメは好きですか?」

「休日の過ごし方を教えてください」

「女性は、どんなタイプが好みですか?」

 立て続けに湧き出てくる質問に戸惑う大神。

33: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:08:13.16 ID:yOs4HpOGo

「お前たち! 何をやっている」

 学年主任・織斑千冬、降臨である。

「お前たちは別のクラスじゃないか、さっさと教室へ戻れ」

 千冬のその言葉に生徒たちは、文字通り蜘蛛の子を散らすように戻って行った。

 やっと静けさを取り戻す教室。

「お前たち、もう二年生なんだからあまり浮かれたことをするんじゃない。あと、大神先生
に迷惑をかけるな」

 毅然とした態度がとてもカッコイイ。

 大神はそう思った。それと同時に自分が情けないとも思った。

「……」

 相変わらず篠ノ之箒は何の感情もあらわさない。

 大神は昨夜のことを思いだす。それにしても大きかった……。

(いかん、何を考えているんだ。しっかりしろ大神!)

 顔を上げると、篠ノ之箒が再び睨んできた。



   *

34: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:09:04.40 ID:yOs4HpOGo


 さすがに、赴任してすぐ授業などできるはずがないので、最初の一週間は授業の様子などを
見学して仕事のやり方を学ぶことになった。

 それにしても高校の授業は懐かしい。大神はそう感じた。幹部学校を出て以来だから、
約五年ぶりの高校ということになる。

 ただ、この学校は普通の高校とは違いISの教育が第一にあるため、ほかの教科もレベルが
高い。

 また、世界中から留学生がきているらしく国際色も豊かだ。

 よく見ると英語で授業をやっている。

(え? 英語。大丈夫か……)

 大神は多少語学には自信があった(ご先祖様は色々な国の女性を相手にしてきたのだからな!)。

 だが、それで授業ができるかどうかはまた別問題だ。

(これは大変なことになりそうだ……)

 先のことに不安を感じつつ、大神は研修を続けた。

 しかし大変なことはすぐにやってくる。

 その日の昼休みだ。

「先生! 一緒にお昼食べましょうよ」

「食堂行きましょう、食堂」

「何が食べたいですか?」

 授業が終わると、物凄い早さで複数の女子生徒が大神の元に集まってきたのだ。

「いや、ちょっと」

 ぐずぐずしていると、また別の生徒も集まってくる。

「ああ、ズルーイ。私も私もー!」

「あんたたちはいいじゃない、私たちにも話させなさいよ」

35: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:10:00.45 ID:yOs4HpOGo

「先生、早くう!」

 これはマズイ、と大神は思った。

 恐らく、誰と食べても不公平になってしまうことは明らかだ。そして、そういった不満
は悪い噂をも招きかねない。

 女の嫉妬は怖いぞ、ということを彼は祖父から教えられていた。

「キミたち、今日はちょっとね」

 そう言って大神は女子生徒の集団から逃げ出した。

 生徒たちとはある程度距離を取らないとな。

 少し寂しい気もするが、生徒と教師という人間関係を考えれば心を鬼にしなければ
ならない。

 大神は生徒たちの誘いを振りきると、やっとの思いで職員室にたどり着いた。

「大神先生! お昼ご一緒しませんか?」

「大神先生、こっちで食べましょうよ」

「ねえ、大神先生? 今日、手作りなんですよお」

「大神君、一緒にどうだ」

(こっちはもっとヤバイ……!)

 職員室には、学園の職員が集まっている。無論、女性ばかり。生徒たちのほとんどは、
興味本位で近づいてくるのに対し、彼女たちの目は、まるで獲物を狩る肉食動物のように
見える。

(これが肉食系女子という奴か……)

 いや、女子というには少し年齢がいっていると思うぞ大神。

 混乱の中、大神は職員室からも逃げ出し、購買でパンと牛乳を買うと安息の地を求めて
走りだした。

36: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:10:48.42 ID:yOs4HpOGo

 こんなもの、戦場に比べれば大したことはない。そう思う大神であった。戦場経験は
未だにないが。

「ふう……、ここなら人はいないか」

 大神がたどり着いたのは、学校の屋上だった。本来なら立ち入り禁止のはずのこの
場所なのだが、なぜか鍵が開いている。

「今はしかたがないので、ここで昼食を取ろう」

 イスとテーブル、などという贅沢は言ってられない。

「――ここは立ち入り禁止ですよ、大神先生」

「あん?」

 頭の上から声がした。

 ふと見上げると、人の影が見える。

「あ」

 今しがた、大神が出てきた屋上の階段室の上に人立っていたのだ。制服を着ているので、
ここの学校の生徒だろう。

(パンツの中が見えそうだ……)

 大神がそう思った瞬間、生徒は飛び降りた。

「キミは確か……」

 その後ろで束ねた長い髪には見覚えがある。

「篠ノ之箒くん……?」

「あ、はい。名前、覚えていてくださったんですね」

「そりゃあ、昨日の今日だし……」

「……!」

 大神のその言葉に箒は反応し、そして顔をそむけた。

37: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:11:30.74 ID:yOs4HpOGo

「いや、その! 謝ろうと思っていたんだ。キミの、その……」

 口に出すと、昨日見た光景が脳裡に蘇ってくる。

 文字通り、一糸まとわぬ姿。そしてたわわに実った二つの果実……。

(うっ、イカン!)

「大神先生」

「な、なんだい」

「昨日のことは、その、秘密にしていただくとありがたいです」

 そう言うと、箒はどこから取り出したのかよくわからない日本刀の鯉口を切った。
鯉口三寸から見える刃が怪しく光る。

「も、もちろんだよ。二人だけの秘密」

「二人だけの秘密……?」

 そう呟くと箒は再び顔をそらした。

「ところで箒くん、こんなところで一体何をしているだい?」

「それは……、昼食を食べようと思っていまいした」

「こんな場所でかい?」

「いや、その。恥ずかしくて」

「恥ずかしい?」

「お弁当を作ってきたんです」

 彼女の手には、布の巾着袋があった。

「確かここの生徒は皆寮暮らしと聞いていたけれど」

「はい。でも宗教上の理由などで食べられないメニューもありますので、自分で食事を
作ることもできます」

38: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:12:20.35 ID:yOs4HpOGo

「ああ、なるほど」

 大神は授業風景を思い出す。海外からの留学生も多く、中には肉を食べられない
人などもいるだろう。

「でもどうしてお弁当を自分で? ダイエットかい?」

「いえ、たまたまです。料理は練習をしないと腕がなまってしまいますし」

「なるほど、武道の稽古と同じだね」

「は、はい」

「そうだ、俺もここで一緒に食べてもいいかな」

「どうしてですか?」

「いや、どうも沢山人が集まっちゃって、落ち着いて食べられないんだよ。男の先生は
珍しいらしくてね。多分、数日経ったら大人しくなるとは思うけど、今日は」

「あ、私は構いませんよ。でも……」

「なんだい?」

「それだけで、足りますか?」

 箒の視線は、大神の手元にあった。

 彼の手には、購買で何とか買ったアンパンと牛乳だけである。

「まあ、昼はこれくらいで我慢するよ。周りが落ち着いたら、食堂で食べようかと思っているし」

「あの、先生」

「なんだい、箒くん」

「もしよかったら、私のお弁当すこしいかがですか?」

「いいのかい? いや、でも悪いよ。キミのだろう」

39: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:13:01.59 ID:yOs4HpOGo

「いえ、本来なら誰かに食べてもらうためのものですし、味を見てもらって、感想を
聞かせてもらえれば私としても嬉しいですから」

「……そうか。それじゃ、お言葉に甘えようか」

 大神と箒の二人は、誰もいない屋上の影で、昼食をとることになった。

「あの、お口に会うかわかりませんけど……」

「いやいや、とんでもない」

 大神はそう言うと、箒が作ってきたという唐揚げを一つ口に入れた。

「……ん」

「……」

 不安そうに大神の顔を覗き込む箒。

「美味しいよ、とっても」

「本当ですか?」

 ふと、彼女の緊張した表情が緩む。

 自然な笑顔が見えた。

「うん、味付けもいいよ」

「ありがとうございます」

「ああ、でも俺の好みで言ってるから、参考になるかどうか」

「そんなことないです。とても嬉しいです」

「そうかい? 料理は好きなのかい」

「いえ、そういうことではないのですが、祖父からの教えがあって」

「教え?」

「ええ、自然から力を得るためには、食事が一番重要だと教えられました。空の恵み、
土の恵みに感謝して食事をしようと」

40: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:14:06.11 ID:yOs4HpOGo

「いいお祖父さんだね。俺はずっと寮暮らしが続いているから、こういう風に自分で作る
ということがほとんどなかったよ」

「そうなんですか」

「こういう、手作りのものが食べられるなんて、嬉しいな」

「あ、大神先生」

「なんだい?」

「もしよろしければ、そのまた――」

 その時、箒の言葉を遮るように校内放送が流れた。

《大神先生、大神先生、至急校長室まで来てください。大神先生、大神先生、至急校長室
まで来てください》

「参ったな、何かあったのかな」

 いきなりの放送による呼び出しに困惑する大神。

「……」

「どうしたんだい、箒くん」

「いえ、何でもありません。それより」

「ああ、わかってる。お弁当、ありがとう。少ししか食べられなかったけど、本当に美味しかっ
たよ」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃ」

「あ、あの!」

 ふと、箒が大神を呼びとめる。

「なんだい?」

「上野公園では、助けていただきありがとうございます」

41: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:14:32.47 ID:yOs4HpOGo

「覚えていたのかい?」

「忘れるわけ、ないじゃないですか。私、ずっとお礼を言いたくて」

「俺は何もしていないよ」

「でも、とても勇気づけられました」

「そうか……」

「お引き留めして申し訳ありません」

「いや、構わないよ。それじゃ」

 今度こそ大神は箒に挨拶をし、放送で言われた通り校長室へと向かった。

(しかし、何で鍵のかかっているはずの、屋上に彼女はいたのだろう)

 体育館の時もそうだったが、彼女は施錠された場所によく侵入しているのだろうか。




   *

42: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:15:47.81 ID:yOs4HpOGo

「大神、入ります」

 校長室に入ると、校長のほかに千冬と真耶という、いつもの二人が待っていた。

「遅かったな大神。どっかで女と◯繰り合ってたのか?」緑茶をすすりながら校長が
聞く。

「……!」

(なんだこの男は、まさかエスパーか?)

「まさか図星とな?」

「そんなことあるわけないじゃないですか!」

 大神は動揺を隠すため、少し強めに声を出した。

「それで、何か御用でしょうか」

「ああ、お前の今後の活動についてだが」

「はい」

(いよいよ特務か……)

 大神は緊張する。

「放課後、山田先生と千冬の指導で、ISの搭乗実習をしろ」

「はい?」

「だからISの実習だよ。ISについての知識は幹部学校で習っただろう」

「基礎的なことは一通り」

「お前にIS適性があることは、もう報告が来ている」

「しかし校長、自分の適性はCマイナスと聞きました。適性としては最低ランクではない
でしょうか」

「最低だろうが最高だろうが、適性があることには変わりねえ。ISが動かせることは
わかってんだ。さっさと実習をしろ」

43: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:16:27.08 ID:yOs4HpOGo

「それが特務ですか?」

「まあ、その一部だな」

「わかりました。大神、全身全霊をもってISの実習を行います」

 大神は不動の姿勢を取った。

「まあそう固くなるな。千冬も山田先生もIS乗りとしてはベテランだ。彼女たちの
言うことをよく聞くんだぞ」

「わかりました」

(しかし教師としてだけでなく、ISの実習とはどういうことだろう)

 大神はまたもや戸惑う。この学園にきてからわからないことが多い。

 校長は色々と隠し事をしている。もちろん、千冬や真耶もだ。一体なにを隠して
いるのか。しかも、今度はISの搭乗実習ときた。

 ISの操作方法を学ぶのなら、確かにIS学園はぴったりだ。

 しかし、操作方法を覚えるだけなら自衛隊のIS部隊でも行えるはずだ。そのための
教育部隊もある。

 心にモヤモヤを抱えつつ、大神は午後の勤務に向かった。



   *

44: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:17:47.33 ID:yOs4HpOGo



 そして放課後。大神はIS訓練用のアリーナに呼び出される。

 空の見える大きな透明なドームは出雲ドーム、じゃなくて福岡ドームよりもはるかに
大きい。

「お待たせしましたあ」

 IS用のアンダーギアを身にまとった山田真耶がこちらを見て手を振ってきた。隣には、
アシッタスのジャージを着た千冬がいる。

 それにしても、なぜ女性はISを操縦するときは、あんなスクール水着みたいな服を着る
のだろうか。しかも、山田真耶は胸が大きいから、それがやたら強調されて……。

「何を見ている」

 千冬の鋭い声が大神の心をえぐる。

「いえ、何も」

 大神は目をそらして応える。

「それでは大神先生、早速だが起動試験を行う」

 アリーナ―の床が開いて、そこから二体のISが出てきた。

 ゆっくりと登場する様子は、まるでSF映画のようだ。

「第二世代量産型訓練機、打鉄(うちがね)だ。キミも見たことがあるだろう」

 やや緑がっかったその機体は、自衛隊の主力IS、「銀河(第三世代型)」によく似ている。

 無駄なものが一切なく、基本的な機能が満たされた姿は、まさに訓練機のための訓練機
と言っていい。

「はい、これは大神先生のですよ」

 真耶は小さなUSBメモリのようなものを大神に手渡した。

「これって、まさか」

45: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:19:16.64 ID:yOs4HpOGo

「はい、IS用の外部補助装置(サードコア)です」

「いつの間に……」

 IS用外部補助装置とは、ISのコアと搭乗員をつなぐ、いわゆる接続具(ジョイント)
のようなものだ。

「では、早速乗ってみましょう」と笑顔で真耶は言った。

「いきなりですか?」

「時間がありませんから」

(時間……?)

 真耶の言葉が少し引っかかったけれど、とりあえず大神はISに搭乗することにした。

 訓練機にサードコアをセットすると、機体にインプットされたプログラムが次々に動き
出す。

『大神先生のデータは、自衛隊から提供されております。今回は、予めそのデータを
サードコアに入れておきました』

 無線越しに千冬の声が聞こえる。

 大神はIS学園に来る前に、目黒の防衛研究所で色々なデータを取られていた。
その時は、まさかこのデータがISを操縦するために取られているなどとはつゆほども
思わなかったけれど。

「出力、よし。バッテリー、よし。起動状況、良好。データリンク、40%」

 マニュアルに書かれたチェック項目を一つ一つ確認していく。ちなみに訓練機には
電子マニュアルが常備されているのでわかりやすい。

『それでは、いきなりで悪いが起動だ。山田先生がバックアップを行う』

 千冬の硬質な声は無線越しでも健在だ。

 彼女の声を聞くと、大神の不安は少しだけ和らいだような気がした。

「よし……。訓練機、打鉄、起動」

 緊張で身体が熱くなる。

46: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:20:26.27 ID:yOs4HpOGo

 しかしそれ以上に、何かが解放された気持ちになった。

 フワリ、と身体が宙に浮く。

 ヘリコプターに乗った時の感覚とはまるで違うその感じは、IS独特のものだろうか。

『上昇、ゆっくり上昇しろ』

「はい」

(高度調整……)

 ゆっくりと上昇操作を行おうとする大神だったが、

「うが!」

 機体が一気に上昇した。

(くそっ、調整が効かん!)

 このまま行くとドームの天井にぶつかってしまう。

「ふんっ」

 気合いを入れて上昇から水平飛行に切り替えると、今度はアリーナにある観客席に
ぶつかりそうになる。

 速い、速すぎる。

(これがISの機動力というものなのか。想像していたもよりもはるかに速い)

 一気に身をよじって、なんと旋回するも、こうなると一体どうやって止めればよいのか
わからなくなってきた。

(減速、減速……)

 頭の中で強く念じながら減速を試みるも、なぜかISはクルクルと錐揉み状に機動しはじめた。

『オオガミセンセーイ』

47: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:21:45.70 ID:yOs4HpOGo

 無線越しに山田真耶の声が聞こえてくるけれども、それに応えている余裕がない。

(こんなに広かったアリーナが、今はこんなにも狭く感じる。これあISという乗り物
なのか)

 大神は、昼食にパンと牛乳、それに箒の作った唐揚げくらいしか食べていなかった
けれど、今となってはそれがよかったと思った。

 というのも、多く食べていたらそれを全部吐き出してしまいそうだったからだ。




   *



 数分後、何とかISを停止させた大神が機体から降りる。

「どうだった、初めてのISは」

「あの、いえ」

 足もとがふらつく。

「おっと」

 倒れそうになる大神を、千冬は優しく支えた。微かにシャンプーの香りがする。

「す、すみません」

「無理をするな。初めてにしてはよくやった。危うくアリーナを破壊するところだったがな」

「いえ……」

 正直、言葉を発することすら億劫なほど大神は憔悴しきっていた。

 体力には自信のあった大神だが、ISの操縦は体力以上に大きな精神力を必要とする
ようだ。

「大丈夫ですか、大神先生」

「もう、大丈夫です」

 大神は(本当はもっとひっついていたかったが)千冬から離れ両足でしっかりと立つ。

 空を見上げると夕日に染まる空が赤く染まっていた。

「山田先生、大神くんを部屋までおくってあげなさい。ISの処理は私がやる」

「でも、織斑先生」

「大神先生は、初めてのIS搭乗でそれどころではないだろう」

「はい」

 二人はアリーナのシャワー室でシャワーを浴びた後、着替えて寮に戻った。

 しかし部屋に戻った大神は、そのままばったりとベッドの上に倒れて、夕食も食べずに
眠ってしまった。

48: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:22:38.84 ID:yOs4HpOGo



   *




 世界がグルグルと回る。

 激しい痛みとか苦しみとか、よくわからない不快な感触が身体を襲った。

 なだろう、この感覚は。

 大神は宇宙空間を漂っているように感じる。

 元々ISは宇宙での活動を目的に作られたものらしい。重力から解放され、あらゆる
衝撃をも凌駕するそれは、人類をまた別の段階に引き上げるだけの能力を持っている
と言っても過言ではないのかもしれない。

 ただ、それを動かせるのはほとんどが女性。

 それも、今ならわかる。

 あの苦しみは、男性では耐えられないのかもしれない。

 言うならば出産の苦しみに似ている。男では失神してしまうほどの痛みに、妊婦は耐える
という。

 ふと、暖かいものを感じた。

「ん?」

「気がついたか、大神くん」

「千冬……さん?」

「なんだって?」

「ああいや、織斑先生」

「構わんよ。今は学校ではないからな」

 大神の顔のすぐ近くに、優しい目をした黒髪の美女が、彼の髪をそっと撫でていた。

49: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:23:46.53 ID:yOs4HpOGo

(こ……、この状況は!)

 説明しよう、年上好きの大神には理想的な状況(シチュエーション)がいくつかある。

 その中の一つがこの、膝枕なのである!!

「ああ、すまない。なんだか変な体勢で寝ていたもので、そのままだと寝違えてしまい
そうだったからな」

「あ、ありがとうございます」

 大神は急に恥ずかしくなり起き上がった。

「でも先生、なぜ俺の部屋に」

「いや、山田先生から大神くんが夕食に出てきていないと聞いてな。それで訪ねてみたら、
鍵が開いていたもので……。悪いと思ったが」

「いや、別に」

 むしろ大歓迎です、と言うにはまだ勇気が足りない大神であった。

「あ、夕食」

 時計を見ると、既に午後十時を回っている。夕食というには遅すぎる時間帯だ。

 まあ、疲れているのでこのまま眠ってしまえば朝になるとは思うのだが。

「それでその、夜食を持ってきた」

「へ?」

 よく見ると、部屋のテーブルの上に皿に乗った二つのおにぎりがあった。

「これは、織斑先生が?」

「ああ、普段作り慣れていないから、不格好かもしれんが」

 確かによく見るとそのおにぎりは、あまり上手に三角形にはなっていない。海苔もはがれ
かけている。

50: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:24:29.20 ID:yOs4HpOGo

 だが、形などは関係ない。大事なのは、自分の好みの女性が自分のためにおにぎりを
作ってきてくれた、というその事実なのだ。

「ありがとうございます。その、食べてもいいですか」

「そのつもりだ」

「い、いただきます」

 大神は千冬の作ってくれたおにぎりをほおばる。

「少し、塩加減が強いかもしれんが」

「大丈夫です」

 疲れた身体には塩が良いと誰かが言っていた気がする。

 一瞬で食べ終えた大神は、千冬に礼を言った。千冬はなんだか照れくさそうに目をそむける。

「それで、今日のことだが」

「ISの搭乗実習のことですね」

「ああ」

「随分恥ずかしいところを見せてしまって」

「いや、初めてであれだけ動かせるなんて大したものじゃないか」

「そんな、ただ必死だっただけですよ」

「だがこれで、キミがISを動かせることがわかった。それもかなり高いレベルでだ」

「はあ……」

「どうした?」

「あ、いや。あの、ISを動かすというのは大変なんだなと思って」

「そうだな。あれは普通の乗り物ではない。言いかえれば、自分のもう一つの身体とも言って
いい」

51: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:25:23.20 ID:yOs4HpOGo

「もう一つの身体?」

「そうだ。人間では到達できない領域に踏み込ませることができる、第二の身体」

「……」

「よく分からないか?」

「いや、分かるような分からないような」

「まあそれでいい。私だって、未だに分からないことだからけだからな。ISについては」

「そうなんですか」

「だからこそ、こうして研究をする意義があるというものだ」

「そうですね」

「その、大神くん」

「なんでしょう」

「ISに乗るのは、嫌になったか?」

「え……」

 なんでそんなことを聞くのだろう、と一瞬思った。確かにISの操縦は大変だ。

 しかし、それが嫌かと言われれば、

「いえ、そんなことはありません。確かに操縦は難しい上に、精神的にも肉体的にも大変
だと思いますよ。でも、男の自分が乗れるというなら、それをやってみる価値はあると思い
ます」

「よかった」

 そう言って千冬は柔らかい笑顔を見せた。

「……!」

「どうした」

「いえ」

 彼女の笑顔が、大神の心をISに乗った時よりも揺さぶったことは言うまでもない。




   *

52: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:26:44.35 ID:yOs4HpOGo



 翌日も新任教師として現場で教育を受けながら、夕方からはIS実習を行った。

 まさに二足の草鞋。

 どちらか一方だけでも辛いのに、それを二つこなすのである。これが大変なわけが
ない。

「くっそおおおおおお」

「その調子ですよ大神先生!」

 アリーナで山田真耶の機体と並んで飛ぶ大神。最初のうちは、後ろについて行くだけ
でも精一杯だったが、段々追いかけっこができるくらいまで飛ぶことができた。

 三日、そして四日とどんどんと時が流れて行く。

 一日が物凄く濃い。それでいて一瞬で過ぎ去るようだ。

 部屋に戻ると、すぐにストンと眠りに落ちてしまうような生活が約一週間続いた。

 そして日曜日である。

 日曜日の授業は休みのため、朝からもうずっとISの訓練である。

「よし、15分ほど休憩だ」

 織斑千冬のその声で、緊張感が一気に和らぐ。

「いやあ、大神くんとの訓練は初めてだが、なかなかやるねえ」と坂本先生は言った。

 休みの日なので、山田真耶や千冬だけでなくほかの教職員も大神の訓練に付き合って
くれたのだ。

 確かにありがたいことではあるけれど、お前ら休みの日に何かやることはないんかい、
と彼は心の中でつぶやくのであった。

(それよりトイレだな。あと、水分補給もしなければ)

 訓練用のISを下りた大神は、アリーナ内のトイレへと向かう。基本的に女子トイレばかり
の施設なので、男子トイレいに行くのも大変だ。

53: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:27:34.39 ID:yOs4HpOGo

「まったく、無駄の多い飛び方ですわね」

「ん?」

 廊下を見ると、学園の制服を着た女子生徒が立っていた。

 教室で見たことがある、二年生の生徒だろう。長い金髪と青いカチューシャが印象的な
少女であった。

「キミは、誰だい?」

 確か、この日のアリーナは生徒の出入りを禁止していたはずなのだが。

「私を知りませんの? 一年生の時に、学年トップの成績を修めたこの私をしらないとは、
何をしているんでしょうか」

(いや、だから誰だよ)

 着任以来、一週間。大神はとにかく忙しすぎてまともに生徒の顔と名前を覚える暇が
なかったのである。

「まったく、不器用な飛び方といい、私のことを知らない無知さといい、こんなかたが私たちの
リーダーだなんて、信じられませんわね」

「リーダー?」

「何をやっているオルコット!」

 廊下に厳しい声が響いた。

「織斑先生……」

「オルコット、“そういうこと”はまだ言ってはいけないと注意したはずだ」

「もし訳ありません。どうしても気になったもので」

「言い訳はいい。ここは生徒立ち入り禁止だ」

「でも先生」

「さっさとしろ」

54: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:28:45.92 ID:yOs4HpOGo

「……わかりましたわ」

 千冬に注意された金髪の生徒は、トボトボと歩いてアリーナを出て行った。

「織斑先生、あの子は」

「セシリア・S・オルコット。イギリス出身の生徒だ」

「なぜ彼女がここに」

「さあな……」

 千冬の眉が少しだけ動いた。何かを隠している、と大神は思ったけれど、それ以上は
詮索しないことにした。

(それにしても、さきほどのセシリア・オルコットという生徒は、イギリス人なのにも関わらず、
妙に日本語が上手かったな。しかもなんか変な喋り方だったし)

 そんなことをぼんやりと考えていたら、自分がトイレにまだ行っていないことに気づき、
大神は急いでトイレへと向かった。




   *


 
 午後からの訓練で、千冬は意外なことを言い出した。

「せっかくだから模擬戦をやろうと思う」

「模擬戦ですか?」

「そうだ。大神くんもだいぶ慣れてきたようだからな」

「しかし織斑先生」

「なんだ」

「俺は、この刀しか使えないのですが」

 実習の大部分は機動訓練に費やされている。当然、戦闘まで頭が回らなかった。

55: ◆tUNoJq4Lwk 2011/07/31(日) 13:30:26.27 ID:yOs4HpOGo

 大神は生身の時と同じく、日本刀型の近接戦闘武器を二刀流で使用している。

「それだけ使えれば十分だろう。実際、私も刀一本で世界選手権を戦い抜いたぞ」

「いや、それでも」

「大神くんは、二本使えるから実質四倍」

 その計算はおかしい、と言おうとしたがやめた。

「でも先生、大神先生はまだ乗り始めて一週間も経ってないんですよ。いきなり模擬戦
なんて早すぎませんか?」

 山田真耶が当然すぎることを言う。確かに、乗り始めて約一週間で模擬戦なんて、
ちょっと乱暴だ。

「時間がない。むしろ実戦形式の訓練は遅すぎるくらいだ」

「実戦形式? 時間がない?」

 大神の頭の中に浮かぶ様々な疑問をよそに、千冬は話を続けた。

「模擬戦の相手はもう呼んである」

「え? 山田先生じゃないんですか?」

「ああ」

「一体誰が……」

「入ってきていいぞ」

「はい」

 IS用アンダーギアに身を包んだ一人の少女が入ってくる。

 長い髪を後ろで束ねた髪型が印象的な生徒。

「キミは……」

「二年の篠ノ之箒だ。彼女がキミの相手になる」

「よろしくお願いします」

 千冬に名前を呼ばれた箒は、ゆっくりとお辞儀をした。




   つづく





 ※ IS原作では、入学試験が模擬戦闘という設定だが、当スレでは違うよ。

59: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:11:17.38 ID:VP7i6s5vo




 人間嫌いと孤独への愛は、互いに交換できる概念である。

                         ショーペンハウアー





            

60: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:12:04.79 ID:VP7i6s5vo


「二年の篠ノ之箒だ。彼女がキミの相手になる」

「よろしくお願いします」

 千冬に名前を呼ばれた箒は、ゆっくりとお辞儀をした。

 目の前にいるのは、間違いなく大神に弁当の唐揚げを食べさせた篠ノ之箒であった。

「なぜ彼女が」

 大神は千冬を見て言う。

「大神先生の初めての相手には、彼女が適任だと思ったからな。同じ近接戦闘武器を
使う者同士でもあるし」

「初めての相手……」

「私もはじめての相手は大神さんがいいです」なぜか山田真耶はそう言って顔を赤らめる。

「山田先生、ちょっと黙って」

 千冬がそう言うと、真耶は坂本たちによって大神から離された。

「それでは、準備はいいか篠ノ之」

「はい、いつでも」

「大神先生も」

「え? はい」

 篠ノ之箒の乗るISは、専用機と呼ばれるものである。

 その赤い機体は、大神たちが使っている訓練用のISとは全く違う空気を放っていた。

「織斑先生、あの機体は……」

「紅椿(あかつばき)、篠ノ之箒の専用機だ。機動力に優れた第四世代型の機体」

「……ほかには」

「以上だ」

「いや、もっと詳しいスペックとか」

「戦いの中で確認しろ。敵が一々自分のことを教えてくれると思うか」

「いや、そうですけど」

「試合開始だ!」

(何だか今日の織斑先生はおかしいぞ……!)

61: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:14:40.46 ID:VP7i6s5vo









   I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



          第三話  初 陣

62: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:15:30.82 ID:VP7i6s5vo

 大神にとって専用機と対峙するはこれが初めてのことである。

 しかも相手は顔見知りの二年生。

 相手のスペックはよくわからないが、普通の機体でないことだけは確かだ。

『一応、ルールを説明しておく。武器は付属のものだけを使用。勝敗は、相手の正面、
横、後方のシールドエネルギーをいずれかゼロにすれば勝ち。ゼロにされれば負けだ。
つまり、相手に攻撃されず、こちらの攻撃が当たれば勝ちということだな』

 無線越しに簡単な説明が入る。

「それだけですか? ほかにルールは」

『実戦にルールなんてあると思うか?』

「いや……」

『ほかに質問はないな。篠ノ之は』

「ありません……」箒は静かに答えた。

『よし、それでは10秒後に試合を開始する』

 こちらが心の準備をする間もなく、模擬戦のカウントダウンが開始される。

(くそ、やるしかないのか)

 篠ノ之箒の持つ武器は、大神と同じような日本刀のような形をした近接格闘用の剣だ。

 対する大神は、同じように日本刀型の剣だが、こちらは二刀流である。

『5秒前、4、3、2.1……』


 緊張の一瞬、


『試合開始』

63: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:16:20.72 ID:VP7i6s5vo

 合図と同時に、篠ノ之箒の機体が恐ろしい速さでこちらに迫ってきた。

 小細工など一切ない、気持ちの良いほどの直進だ。

「うおおおおおおおおおお!!!」

 彼女の気迫が伝わってくるようだ。

(真っ正面から抑えるのは、恐らく不可能)

 そう判断した大神はぶつかる寸前で機体をかわした。

 箒の剣が空を斬った、と思った瞬間。

《左側面(レフトサイド)、損害率10%》

 視界に赤の警告画面が点滅した。

「なに!?」

 確かによけたはずだが、わずかにかすっていたらしい。

(しかしそれにしても、かすっただけでここまでダメージを与えられるものなのか。
恐ろしいな、専用機というものは)

 再び向かい合う二人。

 大神にとって箒の目は、屋上で会ったあの少女と同一人物とは思えないほど鋭く、
気合いの入ったものに見えた。

 再び剣を構える箒。

 大神も二本の刀を構えた。

(守っているだけでは勝てない、俺も攻めないと。行くぞ、箒くん!)

「どりゃああああああ!!!」

 大神は勇気を振り絞って距離を詰める。

「てりゃあああああああ!!」

 箒も同様に距離を詰めてきた。物凄いスピードだが、直前で正面衝突を避ける。

64: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:17:18.81 ID:VP7i6s5vo
 だが、

「んぐう!」

《正面(フロント)、損害率15%》

 再び攻撃をくらう大神。痛み分けどころか痛み損だ。しかもかなり損害率が高い。

(正面からの打ち合いは明らかに不利だな。基本的なパワーが違いすぎる。
だったら)

 大神は機体を旋回させる。

(ドッグファイトならどうだ)

 ドッグファイトとは、戦闘機などが行う相手の後方を取る戦い方で、クルクルと追い
かけまわす姿から、犬のような戦いかたと言われたことが、名前の由来らしい。

 だが、篠ノ之箒と紅椿は旋回性能もかなり高く、回っているうちに大神の機体に
追いつかれそうになった。

(少し負担がキツイが)

「ぬう!!」

 大神は機体を急上昇させ、相手の後を取ろうとする。だが、箒はヒラリとまるで花びらの
ように機体を反転させ、持っている剣で斬りかかった。大神は必死に、刀で防御する。

《右側面、損害率30%》

(今度は派手に斬られた)

 心なしか、戦っているうちに箒の攻撃力がどんどん上がってきているような気がする。

「くそっ」

 焦る大神。しかし焦れば焦るほど動きが単調になって行く。

《後方面、損害率18%》

(機体性能ではほぼ勝つのは不可能。だったら)

 大神はISの飛行速度を落とし、相手の動きを見据えた。

65: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:18:09.70 ID:VP7i6s5vo

「でりゃあああああ!!!」

 箒が剣を構えてこちらに向かってくる。

 大神は、落ち着いて箒の剣を打ち払った。単純な剣の技量なら大神ほうが上なのだ。

 金属と金属のぶつかり合う音が鳴り響く。

 箒の持っている剣は一本、しかし大神にはもう一本剣が残っていた。

「そりゃあ!」

 大神の剣が箒の左側面のシールドを斬り裂く。

 だがすぐに箒は体勢を立てなおし、剣で突きを放った。

 大神は辛うじてその突きをかわした、つもりであったが……。

《右側面、損害率48%》

 直撃は免れたはずなのに、やたら損害が大きい。

『大神さん! 相手の特性をよく見極めてください』

『こら、山田先生。口出しするなという命令だぞ』

『でもこのままじゃ一方的ですよ』

 無線越しに聞えてきた山田真耶の言葉。

(相手の特性を、見極める……) 

「そりゃ!」

「ふんっ!」

 打ち合い、離れる。

「でりゃあ!」

「そいっ!」

 斬り合い、そして離れる。

66: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:18:52.14 ID:VP7i6s5vo

(なぜ離れる?)

 飛びながら、斬り合いながら大神は考えた。

(相手の特性。箒くんの機体の特性は、その高い機動力)

 一本の長い刀という、近接戦闘用の武器を持っているけれども、機動力が高いので、
それを生かした戦い方をしているのだ。

 つまり、近接用の武器に高い機動力を付加することによって、中距離の戦い方の
ような戦闘をすることができる。

(なるほど。旋回とか急上昇とか、俺は箒くんの得意な分野で戦っていたということか)

 単純に機体の性能のせいにしてしまうのは簡単だ。

 しかし、それで諦めてしまうのは軍人として、なにより戦う一人の男として許されない。

(だったら)

 再び接近した。そして箒の攻撃を受け止める。

「ぐっ!」

 距離を取ろうとする箒を、大神は追った。

《正面、損害率68%》

 ダメージを覚悟した戦いだが、やむを得ない。

「逃がさない!」

 大神は箒と接近したまま飛んだ。

「うっ!」

 箒の顔が真っ正面に見えた。

 驚愕の表情を浮かべているようだ。

 再び刀を振う。

67: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:19:29.19 ID:VP7i6s5vo

 相手のダメージが赤く表示される。

 まだ、足りない。

 箒は急上昇するも、大神はISの腕を箒の機体に絡ませた。

「うわ!」

 今まであまり経験のない負荷を感じたためか、箒は機体のバランスを大きく崩して
しまう。

「え?」

 その結果、ISの直進する力が、大きく下の方向へ向かってしまった。

「な!」

 絡み合った箒と大神の機体が錐揉み状に回転しながらアリーナの地面に向かって
墜ちて行く。

 いくら訓練用アリーナが広いとはいえ、その高度はあまりにも低い。

「しまった!」

 大きな衝撃音とともに、大神と箒の機体は、両方地面に激突した。




   *

68: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:20:16.78 ID:VP7i6s5vo

 一時間後、地下司令室――

 先ほどの模擬戦の映像を見ているのは、校長の米田と千冬であった。

「訓練機は大破して使用不能か、なかなかやるな大神は」

「幸いにも搭乗員は二人とも無事です」

「さすがはISだな。で、箒の機体はどうだ」

「それが……」

「なんだ?」

「まったくダメージがないんです」

「ほう……」

 米田は御猪口にある日本酒を飲み干す。

「自分の身を呈して“部下”を守る、上官の鏡じゃないか」

「しかし一歩間違えれば」

「そんな小さいことを気にするようなやつなら、俺は推薦しねえよ」

「そう……、ですね」

「ほかに何か変わったことは?」

「篠ノ之箒の戦闘データです。つい先ほど解析が終わりまして」

 そう言って千冬は一枚の紙を差し出した。

「ほう、これは」

「機動力、攻撃力ともに大幅な上昇を見せております。以前出動した時よりもはるかに
高く」

「やはり、思った通りだな」

「はい……」




   *

69: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:21:22.65 ID:VP7i6s5vo


 暗い闇の中。光は見えない。

 感覚もない。今、生きているのか死んでいるのかすらわからない状況。

 何があるのだろう。

 ただ、温かい。

 懐かしい温もりだ。

 このままずっとこうしていたいけれど、そんなことをしてはいられない。

 大神は意を決して目を開けた。

「あ……」

 目の前に見覚えのある顔が見える。

「箒くん……?」

「す、すいません」

 あの温かい感触は、箒が大神の頭を撫でていたからだった。

「大丈夫なのかい?」

「私は大丈夫です。でも、大神先生の訓練機が」

「ああ、よくわからないけどキミが無事ならそれでいい」

「先生……」

「それにしても凄いな、キミは」

「え?」

「俺、模擬戦は初めてだけどキミのISは本当に強いよ。さすが、一年間みっちり訓練
しているだけあるね。一週間の付け焼刃では敵わない」

「いえ、そんな。それに、大神先生も強かったです」

「いや、俺はキミについて行くので精いっぱいだったよ」

「ああ、いえ……」

 大神は、ゆっくりと起き上がった。

 周囲を見ると、ここは保健室らしい。

70: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:22:12.67 ID:VP7i6s5vo

「あの、先生」

「なんだい?」

「ああ、その。地面にぶつかったとき、守ってくれてありがとうございます」

「守った?」

「先生が私を激突から守ってくれなかったら、私もISもただでは済まなかったと思い
ますし」

「ああ、いや。よく覚えてないな。なんか色々必死だったから」

「でも、先生が私を守ってくれたことは事実です」

「そうか。でもよかった」

「何がです?」

「箒くんのキレイな顔にキズがつかなくて、本当に良かった」

「……!」

「どうかしたかい?」

「なに行ってるんですか」

 箒の右ストレートが大神の顔面に当たる。

「ふが!」

「ああ、すいません」

 二人がは足をしていると、誰かが保健室に入ってきた。

「大神さん……、じゃなかった。大神先生、気がつかれましたか?」

 山田真耶だ。

「ああ、起きてましたね大神先生。ケガがなくて本当によかったです。
あれ? どうして鼻を押さえているんですか?」

「今さっき怪我をしたところなんですがね……」

 大神はその後、真耶と一緒に職員寮へと戻って行った。




   *

71: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:23:30.67 ID:VP7i6s5vo

 翌日からまた授業がはじまる。

 なんだか月曜日という気があまりしないけれど、とにかく仕事だと自分に言い聞かせる
ようにして、大神は登校した。

 昼間は授業の準備や先生方のセクハラ……、ではなく雑用に精を出し、放課後はIS
の訓練をする予定であった。

 しかし訓練機は昨日壊してしまったので、この日は何をするのだろう。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、いきなり警報音が鳴った。

「なんだ? 火事か、地震か!?」

 大神が戸惑っていると、向こうから山田真耶が走ってきた。

「大神先生、こんなところにいましたか! すぐに来てください」

「どうしたんですか」

「いいから、こっちです!」

 真耶に連れられるまま、進んで行くと地下室の方へと向かっていくのがわかった。

「山田先生、こっちは立ち入り禁止区域のはずじゃあ」

「今はいいんです! いえ、もうこれからはいいんです」

「へ?」

 訳がわからぬまま、大神は真耶と一緒に立ち入り禁止区域に入って行った。

「ここで着替えてください。すぐに!」

 そう言われ、小さな更衣室に連れて行かれた大神は、訳がわからないまま戦闘服を
着せられてしまった。

(なんなんだこの格好は)

 無駄に最新技術を使った更衣室を出た大神は、いつの間にか戦闘服に着替えた真耶に
連れられてある部屋に通された。

72: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:24:21.43 ID:VP7i6s5vo

「来たか、大神」

「こ、校長!」

 陸上自衛隊の制服に身を包んだ米田校長がそこには待っていた。

 よく見ると、その隣には山田真耶と同じような戦闘服姿の千冬もいる。

「織斑先生も、一体なにが……」

 しかしその疑問に答えたのは米田であった。

「何がってオメー、出動に決まってるだろう」

「出動?」

「そうさ、大神。お前には帝國華劇団IS部隊、別名『花組』の隊長として出撃してもらう」

「帝國華劇団!?」

 その名前には覚えがあった。

 かつて降魔のような邪悪な敵から帝都を守った伝説の秘密部隊。

「実在していたのか……」

「俺が、その華劇団の司令長官、米田一紀だ。そして愛人一号の千冬――ごほっ!」

「誰が愛人だ、誰が」

 千冬の拳が容赦なく米田を襲う。

「くそ、千冬め。これでも俺、一応ここの司令官だぞ」

「話を進めてください、司令」

「わかったよ」

 そこで大神は質問する。

「米田司令、俺が隊長ということは、やはり部下が」

73: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:25:43.12 ID:VP7i6s5vo

「その通り、彼女たちがお前の部下だ。入ってこい」

 米田に言われ、二人の少女が司令室に入ってきた。

「キミたち」

 その二人には見覚えがあった。長い髪を後ろで束ねた少女、そして青いカチューシャ
が印象的な金髪の少女。

「箒くん、それに……」

 金髪の少女がニヤリと笑う。

「誰だっけ」

「セシリアですわ! セシリア・オルコット! 私の名前を忘れるなんて、酷い野蛮人ですわ
ね!!」

「まあ落ち着けセシリア。とにかく大神、お前は彼女たちの隊長として、ISに乗って戦って
もらう」

「戦うって、降魔とですか?」

「ああ。だが降魔と言ってもただの降魔じゃねえ。これを見てみろ。千冬」

「はい」

 米田の指示で、千冬は司令室の巨大モニターを起動させた。

 そこには、見覚えのある山奥と、複数のヘリコプターが見える。

「ここは?」

「東京の奥多摩だ。よく見ろ、あそこ」

 モニターの画面に映し出された風景が少しずつ拡大していく。画面の中心に見えるもの、

 それは――

「IS……、ですか」

「そうだ。降魔は単なる化け物じゃねえ。俺たち人間の使う兵器に擬態することができる。
これを俺たちは魔操兵器と呼ぶ。そして奴らは最強の兵器に擬態した」

74: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:26:41.56 ID:VP7i6s5vo

「それが、IS」

「そうだ。しかも、見た目だけじゃなく、その性能もISにきわめてよく似ている。
もうわかると思うが、ISに対抗できるのはISしかねえ」

「それなら、自衛隊のIS部隊で」

「残念だが、降魔を倒せるのは対降魔霊力と呼ばれる特別な霊力の持ち主しか
できないんだ。そこにいる箒やセシリアのようにな。もちろん、お前にもあるぞ」

(だから、彼女たちがこの部隊に……)

 大神は、箒とセシリアの顔を交互に見る。

「時間がない、大神。ISを使って、あの魔操兵器を倒してくれ」

「いやしかし、魔操兵器を倒したいという気持ちはありますが、訓練用のISも昨日壊して
しまったわけで」

「その点なら問題ないですよ、大神さん。いえ、大神隊長」

 そう言ったのは山田真耶である。

「山田先生?」

「ついさっき、隊長用のISが届きました。すぐに展開できます」

「本当ですか?」

「大神、今から調整している暇はねえ、すぐに現地へ向かってくれ」

「わかりました!」

 大神たちは、海上自衛隊から貸与されたV‐22Jに乗って、奥多摩へと向かった。



   *

75: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:27:38.39 ID:VP7i6s5vo

 東京、奥多摩上空――

「今回、セシリアは待機だ」

「なんでですの?」

「まだお前のISは万全ではないからな」

「量産機でもいけますわ」

「その量産機は、昨日隊長が壊した」

「ぐぬぬぬ……」

(俺を睨まれてもしかたないんだけどな)

 どうやらセシリアは待機らしい。

 というわけで、大神は箒と二人で出撃するということになった。

「箒くん、俺と一緒で不安かもしれないが、よろしく頼む」

 大神は隣に座っている箒にそう語りかけた。

「いえ、不安だなんて。大丈夫です。私はその、初めてではないので、出来る限り
頑張ります」

「え? ああ、ありがとう」

 大神もノリでここまで来てしまったが、冷静に考えたらかなりヤバイ状況であることは
間違いない。

 どうすればいい。

(そうだ、箒くんが不安にならないよう、安心できる言葉をかけよう。それが大人としての
義務だ)

「箒くん」

「は、はい。何でしょう」

76: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:28:04.92 ID:VP7i6s5vo

「俺は、何があってもキミを守り抜く! だから安心してほしい」

「え……!!!」

 ティンティロリロリン♪

「あら、メールですわ」

「オルコット、任務中は携帯電話の電源を切れと言っているだろうが」

「す、すみません」

 千冬がセシリアを叱っているのを横目に、大神たちは出撃の準備をした。




   *

77: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:29:01.02 ID:VP7i6s5vo


 奥多摩山中に出現したIS型魔操兵器。その討伐のため、新・帝國華劇団花組こと、
IS学園部隊が出動する。

 そして、その部隊を率いたのが、海上自衛隊三等海尉、大神宗一郎である。

 彼は、かつて帝國華劇団花組を率いた初代隊長、大神一郎の子孫でもあったのだ。

 そしてこの日、大神は初めての戦闘を経験することになる。

 現場近くの広場に機体を着陸した後、大神は織斑千冬と最後の打ち合わせを行った。

「敵は自衛隊の実験機、飛燕に極めて似た形状の無人型ISだ。コードネームは
“黒兜(ブラックヘルム)”。主な武器は近接戦闘用の大太刀と、小型の特殊誘導兵器、
それに高レベルのエネルギー弾も発射する」

「はい」

「戦闘データに関してはすでにISの内部記憶装置にインプットしてある。だが敵は魔操兵器だ。
まだ、我々が知らない攻撃方法を持っているかもしれない」

「わかりました」

「それから、キミのISだが、ここに用意してある」

「は、はい」

 この戦いにおいて、大神の使用する機体には、大神専用機が用意されていた。 

「これが、俺のIS」

 それは兵器と言うにはあまりにも白い機体であった。

 まるで実験機のようだ。

「白はどんな色にも染まる。この機体を彩るのはキミ次第、と言ったところかな、大神くん」

「俺次第、ですか」

「基本的にISというものは操縦者の資質に大きく影響されてしまうのだ。教えただろう」

78: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:29:36.84 ID:VP7i6s5vo

「はい、わかりました」

 大神は自らの専用機に搭乗する。

『基本的な操作は量産機とは変わらん。だが、そのスペックはキミ専用にカスタマイズ
できる。ISをどう“成長”させるかはキミ次第ということだ』

「なるほど。しかし、どんなタイプなのかな」

『出撃準備』

「了解。帝國華劇団花組、出撃します!」




   *

79: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:30:28.41 ID:VP7i6s5vo


 はじめての出動で喉が渇く。

 今のところ敵に動きはない。

「大丈夫かい、箒くん」

『はい、今のところは』

 闇に染まる奥多摩山中で、白と紅色の機体が空を飛ぶ。

 訓練用アリーナと違って広さに限りのない外の戦闘はどうしても不安になる。

 しかも今回は模擬戦ではなく本当の戦いである。

『間もなく戦闘領域に突入します』山田真耶の声が聞こえてきた。

(さあ、いよいよだ)

 大神がそう思った瞬間、眩しい光の塊がこちらに向かって飛んできた。

「うわっ!」

 大神は辛うじて避ける。

(もう攻撃してきたのか?)

 次の瞬間、ISの警告音がけたたましく鳴り響いた。

(近い!!)

 大神のすぐ横を通り過ぎる黒い影。

「なに!?」

 IS型魔操兵器、コードネーム黒兜が狙った先は、

「せりゃ!」

 篠ノ之箒専用機であった。

 黒兜は大太刀を振りおろし、箒はそれを自らの刀で受ける。

80: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:31:16.99 ID:VP7i6s5vo

「箒くん!」

 素早く救援に向かう大神だが、そのまま黒い機体は真上に飛び上がった。

「大丈夫か、箒くん!」

『はい、ダメージはありません」

「よし、行くぞ」

 大神は三次元レーダーで黒兜を探索する。

 すぐ真上、こちらに向かってくる。

「こいつ!」

 大神は二本の刀を出して黒兜を迎え撃つが、黒兜の狙いは箒に集中していた。

「こいつ、なぜ」

 大神は一気にISを加速させる。

 加速性能は量産機よりも段違いにいい。

(これならいける)

 大神は二刀流で敵に斬りつけた!

 だがすぐに離れる黒兜。

「逃がすか!」

 再び追撃態勢に入るも、機動が上手く行かず取り逃がしてしまう。

(まだ慣れていないということもあるが、正直、量産機に比べても専用機の旋回性能は
イマイチだな)

 そして再び黒兜は凶刃を振う。

 その相手は、箒。

『ぐわああ!』

81: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:32:13.30 ID:VP7i6s5vo

「箒くん!」

(どうしたんだ、箒くんの動きが昨日よりも明らかに悪いぞ)

『ISも対降魔霊力も、本人の精神状態に大きく依存するらしい』

 無線から千冬の声が聞こえた。

「どういうことです?」

『篠ノ之箒はあまり本番に強いタイプではない。極度の緊張と不安が、ISの機動に
影響を与えているのだろう』

「そんな……」

 大神は黒兜を追う。だが、そいつは巧みに攻撃をかわすと、再び箒に攻撃の矛先を
向けた。

『篠ノ之の心を何とか解きほぐす必要がある。出来ますか、大神隊長』

「俺に、出来ること……」

 箒と黒兜が正面からぶつかり合う。

 強烈な光の後、金属と金属とがぶつかり音が鳴り響いた。

(俺は……)



   *

82: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:32:48.76 ID:VP7i6s5vo


「来るな!!」箒は、剣を振った後、逆噴射で距離を取った。

 この空間には、大神と箒の二機がいる。

 しかし敵の黒兜は執拗に箒ばかりを狙ってくる。

(心をを読まれているのか)

 自分自身の弱い心。

 恐怖、絶望、不安、降魔はそんな人間の弱い心に付けこんでくる、と聞いたことがある。

 だから敵が攻撃を集中してくるのも無理はない。

 弱いほうから叩くのは兵法の常道だ。

(負けてたまるか!)

 箒はなんとかして自分の心を奮い立たせようとするが、大きな不安が心を覆った。

(ぐっ!)

『箒くん!』

 無線越しに大神の声が聞こえた。

 あの人はなんと強いのだろう、と箒は思った。

 模擬戦闘で、圧倒的な実力差を見せつけられても決して諦めることなく戦いを続ける。

 そういう人だからこそ、隊長に選ばれるのだ。

 それなのに自分は――



 彼女の動きが止まる、その一瞬の隙をついて、巨大なエネルギー弾が襲いかかってきた。

83: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:33:26.09 ID:VP7i6s5vo




『どりゃあああああああああ!!!!』




 物凄い爆風と衝撃。巨大な爆発が正面で起こった。


 しかし、


「あれ? 何ともない」

 
 箒の身体も、そして機体もまったくの無傷。

(どういうことだ)

『大丈夫かい、箒くん』

「大神隊長……」

 彼女の目の前には、大神の白い機体があったのだ。

『約束しただろう、何があってもキミを守り抜くって』

 箒の胸が、恐怖とはまた違う高鳴りを覚えた。



   *

84: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:34:06.88 ID:VP7i6s5vo


 大神は作戦を考えた。

 作戦と呼べるほど“ち密”なものではないが、それでもないよりはマシだと思った
からだ。

「箒くん」

『はい』

「攻撃はキミに任せる。キミの防御は俺に任せてくれ!」

『でも、そうしたら隊長が』

「俺のことなら大丈夫だ。それより、キミの攻撃ならあいつを倒せるはずだ」

『わ、わかりました』

 箒が長刀を構える。

 心なしか、大神には先ほどよりも彼女の機体が大きく見えるような気がした。

 何やら赤いオーラも漂っている。

『行くぞ!』

 箒は武器を構えなおし、黒兜に挑んだ。

『でりゃああああああああ!』

 黒兜は箒の長刀を払いのける。そして、反撃。

 しかしその間に、大神が滑り込んで攻撃を防いだ。

「もう一度だ!」

『はい!』

 再び箒の攻撃。

《ゴガアアアアア》

85: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:34:38.61 ID:VP7i6s5vo

 ノイズのような音が頭に響く。

(これが、魔操兵器の鳴き声なのだろうか?)

 黒兜の肩の装甲が崩れ落ちた。

「よし! 効いているぞ箒くん!」

『はい!』

 無線越しにも、箒が元気を取り戻してきたことがわかる。

 今度はエネルギー弾を放ってくる敵。

 それも大神は全弾防いで見せた。

 損害率は合計で14%

 機動性は悪い代わりに、大神の専用機の防御力は恐ろしく高い。

『すごい……』

「行けえ! 箒くん!!』

『どりゃああああああ!!!』

 今度は左肩の装甲を斬り落とした。

 たまらず距離を取ろうとする敵。

「逃がすかあ!」

 箒と大神は同時に追撃をかける。

『大神隊長』

「なんだい」

『一緒に、トドメを――』

「わかった」

86: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:35:13.87 ID:VP7i6s5vo

(これまで耐えてきた分まとめてお返しだ!)

 そう思い大神は箒とともに刀を構えた。



「破邪剣征――」


 機体が白く輝きはじめる。

 これがISの力なのか。


「桜花放神!!!!!」


 とてつもない光が、黒兜を襲う。

 敵のエネルギー弾など目ではない。


「うおおおおおおおおお!!!」


「でりゃああああああああ!!!!」


 二人のエネルギーにお混ざり合った攻撃によって、敵は跡かたもなく消え去って行った。




   *

87: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:36:56.38 ID:VP7i6s5vo

 地下司令部では、先ほどの戦闘の映像を司令の米田がゆっくりと見ていた。
 手には、酒類ではなくコーヒーを持っている。

「隊員の強さを引き出せる男とは聞いていたが、まさかここまでとはな」

「正直、私も驚いています」

 米田の言葉に、隣に立っていた千冬が返事をする。

「大神機のISの特徴はなんだ」

「機動力、攻撃力等はそれほど高くありませんが、なんと言ってもあの防御力は注目に
値します」

 千冬は戦闘データの表示されたタブレット型コンピュータを見ながら言う。

「防御重視型だが、その防御力は味方を守る時に使うと更に上がるということか」

「自分も、こういうタイプのISを見るのは初めてです」

「確か、大神の機体の核(コア)は、前は千冬の機体のものだったんだろう?」

「そうです。だから尚更驚きました」

「どうしてだ?」

「私のISは、自分の防御力を犠牲にしてでも、相手にダメージを与えるものでした。ですが、
大神くんの機体はその逆……」

「そうだな。真逆だ。お前さんが攻撃特化型なら、大神のは防御特化、それも仲間の防御特化だ」

「ISに操縦者の特性が出やすいと言うのですが、まさかこれほどとは……」

「まあ、そういう特性だからこそ、アイツが隊長にふさわしいと言えるんじゃないか」

「はい。大神隊長は、おそらく最も隊長に適任な人材でしょう。今はまだ粗削りですが、これから
成長していけば、より理想的なリーダーになれる可能性を秘めています」

「お前よりもか?」

「私は、戦えませんから。……降魔相手には」

 千冬はそう言って目を伏せる。

「……そうか」

 米田は、何かを悟ったように残ったコーヒーを飲みほした。



   *

88: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/01(月) 20:38:06.16 ID:VP7i6s5vo

 初出動を終えた日。疲れてはいたけれども、大神は少しだけ上機嫌だった。

 というのも、この日は特別に大浴場の使用許可が下りたからである。ここ数日、
シャワーばかりの日が続いていたので、大きなお風呂でゆっくりできるのは嬉しい。

 もちろん、艦内生活も多い海上自衛官にとって風呂は入れる日よりも入れない日の
方が多いのだが、そのことが彼を余計風呂好きにさせてしまったようだ。

 深夜の誰もいない大浴場に大神が入る。

「久しぶりのお風呂だな。ゆっくり湯船につかって、明日からまた頑張ろう」

 そんなことを言いながら大神は服を脱ぐ。

 その時!

 浴場のほうから人の気配がした。

(まさか、誰かいるのか?)

 そんなはずはない。大浴場は、大神が使うということで立ち入り禁止になっているはず。

(誰かが入っている、ということは中にいる人はもちろん女の人だから、ここは戻ったほうが
いいのか)

 大神の頭の中にそんな思いが一瞬よぎったが、すぐにかき消えた。

(い、いかん……。頭がクラクラしてきた……。しっかりしろ、大神!)

 そして、

(ぐっ、だめだ、身体が勝手に風呂場の方へ……)

 大神は、ガラリと入口のサッシを開けた。

「え?」

 そこには、一糸まとわぬ篠ノ之箒が身体を洗っていたのだった。

「みぎゃああああああああああああ!!!!」

「うわああああああ!!!」





    つづく

95: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:01:19.42 ID:pOhxSdW0o



 世の中には幸も不幸もない。ただ考え方ひとつで、どうにでもなるのだ。

                                 シェイクスピア

96: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:01:45.88 ID:pOhxSdW0o


 彼女がかつて生まれ育った街では、霧が多かった。

 だからこそ彼女は憧れたのである。

 抜けるような青空に。

 包み込まれるような白い雲に。

 輝く太陽に。

 空を飛ぼう。

 あの憂鬱でうっとうしい霧を抜けて、空へ飛び出そう。

 そして身体全体で青を感じよう。

 今、彼女には翼があった。

 その翼に彼女は名前を付ける。ブルーティアーズと。


「セシリア・オルコット!」


 教官の硬質な声がグラウンドに響く。

「はい!」

 セシリアは背筋を伸ばし腹から声を出すように返事をする。

 彼女の後ろには、多数の生徒たちが見ている。

「お前のISの調整が終わった。本日より飛行を許可する」

「了解しました」

「では早速起動させてみろ」

「はい!」

97: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:02:22.97 ID:pOhxSdW0o







   I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



       第四話  青空の雫

98: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:03:28.40 ID:pOhxSdW0o

 その日、授業と授業の合間に、少し時間が出来たので、大神はIS実習の授業を見学
することにした。

「ここで実習ですか」

 大神の目の前には見渡す限り青々とした芝のグラウンドが広がっていた。

「ええ、アリーナよりも広いのでのびのびと訓練できますよ」

 なぜか一緒に山田真耶も大神についてきた。

 まあ、解説役がいたほうがいいのかな、と大神は思う。

 隣にいる真耶の表情を見ると凄く楽しそうである。

(彼女は本当にISが好きなんだなあ……)

 真耶の顔を見て、大神はぼんやりとそんなことを思った。

 しばらくすると、一人の女子生徒がISに搭乗した。

 いつも見ている訓練機とは違う、青の機体である。

「先生、あれは」

「あ、あれはセシリアさんの専用機ですよ」

「専用機?」

「ええ、彼女も篠ノ之さんと同じように専用機を持っています。調整が終わって、今日
から乗れるようになったんですね」

「なるほど」

 遠くから見ているので、セシリアの表情はよく見えない。

 だが、ふとブロンドの髪が揺れたと思ったら、大神には彼女がこちらを見たような
気がした。
 
(気のせい、だよな……)

 大神は心の中で思った。

 それからすぐに飛行訓練が始まる。

99: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:05:19.41 ID:pOhxSdW0o

 この日は快晴。

 輝く太陽と白い雲、そして気持ちの良いほどの青空の中で、セシリアの操る青い機体
が優雅に、それでいて速く飛んで行った。

「そういえば、何か大きい銃みたいなものを持っていますね」

「あれは、彼女の専用武器です。狙撃用のビームライフルです。彼女の狙撃の腕は、
学年でも一、二を争うほどのものなんですよ」

「そうなんですか。でもあんな大きいものを持っては機動が大変そうですが……」

「確かに、セシリアさんの機体は遠距離支援型のものなので、篠ノ之さんのような
近接戦闘型の機体に比べたら機動力はあまりよくないかもしれません。
でも、見てください」

「ん?」

 真耶の視線の先にはセシリアの機体がある。

「彼女の機動をよおく、見てください」

「……」

 セシリアの機体がクッと横に動く。

「あ!」

「凄いでしょう? 彼女は、機体の旋回性が劣る部分を技術でカバーしているんですよ」

「先生、あの動きは」

「無反動旋回(ゼロリアクトターン)と言います。あれが出来る生徒は、この学校ではオルコット
さんくらいのものですかねえ」

「カットバックドロップターン?」

「それは別のアニメです。ゼロリアクトターンですよ。つまり反動のない動き」

「反動がない動きですか……」

100: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:05:54.67 ID:pOhxSdW0o

 セシリアの動きを例えるならば、群れで動く魚の動きのようだ。

 大神は子どもの頃に水族館で見たことがある。なんの前触れもなく一斉に方向転換を
する魚たち。

 右かと思えば左、左かと思えば右。

 予備動作がないので、どこへ行くのかわからない。

 それによって、魚群は敵から身を守っているのだ。

(もし自分にもあの動きができたら……)

 大神はそう考えた。

 旋回性の劣る自分の機体を、もっと効率よく動かすことができるのではないか、と。




   *

  

 その日の午後、校内でセシリアを見つけた大神は早速声をかけた。

「セシリア」

「あら、大神三尉。どうされましたの?」

「キミに教えてもらいたいことがある」

「は、はい?」

 そしてその日の夕方、セシリアと大神は訓練用アリーナに集合した。

「今日はありがとう、セシリア」
 
 訓練用のアンダーギアに着替えた大神が言う。

「ちょっと、勘違いしないでいただきたいのですが」

101: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:07:23.43 ID:pOhxSdW0o

「なんだい?」

「私は、私のISの調整のついでに、あなたに教えるんですからね。おわかりですの?」

「ああ、わかってるよ」

「それに――」

「それに?」

「あなたに、この前のような無様な戦いを、今後もずっと続けられたら、私としては非常に
迷惑です。ですから、あなたのため、というより私のために学んでもらいますからね」

「はい、わかりました。セシリア先生」そう言って大神は姿勢をただした。

「茶化さないでください三尉(サブ・ルテナント)。ISは遊びではなくてよ」

「そうだね」

「それから、ISの操縦には熟練を要します。一気に何もかもできるようになろう、とは
思わないでください」

「山田先生にも言われたよ」

「私はまだ、ランドセルを背負っていた頃からISに乗っていたのですから、年季が
違いますわ。まずは基礎をしっかりとやってもらいますからね」

(ランドセル?)

 大神は彼女の言葉が少し引っかかった。イギリスの小学生もランドセルを使うのだろうか。

「聞いてますの? 大神三尉」

「ああ、はいはい。聞いてます」

「では、早速はじめましょう」

 セシリアはISに搭乗する。

102: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:08:35.94 ID:pOhxSdW0o

 夕日に染まった青の機体は、昼間見たものとはまた違った印象を受ける。

「さ、大神三尉もお早く。時間は有限ですわよ」

「わかった」

 黄昏の空に白と青の機体が交錯する。

『私についてきてください。まずは基礎からいきますわよ』

 無線越しに彼女の声が聞こえてきた。

 大神の目の前にあるセシリアの機体がゆっくりと旋回する。

 大神もそれに続く。ゆっくり飛ぶのは、速く飛ぶよりも難しい部分がある。自転車と
同じだ。

『それでは次の機動。ゆっくりから早く』

 セシリアは、ゆっくりと前進してから素早く右に曲がった。

「おわ!」

 まったく予備動作が見えない。本当に、いきなり曲がったという感じだ。

(俺も……)

 大神はセシリアの動きを真似ようとするけれど、どうしても一挙動遅れてしまう。

(これでは敵にやられてしまうな)

『いきなり素早くやろうとしてもダメですわ。とにかく、基本となる動きを身体に染み付けて
ください』

「身体に……、染み付ける」

“染み付ける”といういかにも日本人らしい表現に大神は再び驚いた。

 本当に彼女はイギリス人なのだろうか。

『ISの機動は人体の動きに通じるものがあります。つまり、人の動きに無駄が多ければ、
ISの動きにも無駄が出てしまいますわ』

103: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:09:16.01 ID:pOhxSdW0o

「なるほど」

 再び曲がるセシリア。本当に無駄がない。

『自然体で機体を動かしてください。無駄な力を入れず、それでいて周囲の環境を感じる
ように。難しいかもしれませんが』

「自然体……。まるで武道のようだ」

『そ、そうですわね』

 大神は昔のことを思い出した。

 小さい頃から通っていた道場で、剣の師匠に言われた言葉だ。

 武術の中で最も強い型、それが自然体であると。

 自然体に目立った構えはない。しかし、攻撃だろうが防御だろうが、次の行動に素早く
移ることができる。そして、急な状況変化にも対応できる。

 大神は精神を研ぎ澄ました。

 風の感触、温度、湿度、太陽の光、雲の動き、そして目の前にいる一人の少女。

 あらゆるものを身体全体で感じ、そして行動する。


 右へ――


 機体が、まるで急な風に吹かれた花びらのように、ふっと横にずれた。

『え?』

 セシリアの声が聞こえる。

 踏んばったり力んだりする必要はない。

 この空間の中にある空気と一体化するように。

104: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:09:41.76 ID:pOhxSdW0o

 
 左へ――


 景色が変わる。

(もしかして、この動きを利用すれば)

 大神はあることを思いつく。

 ゆっくりと、空中にホバリング状態で停止しているセシリアに近づく。

 そして力を抜いて、


「……!」


 気がつくと、目の前わずか十数センチ先にセシリアの顔が見えた。

「あなた……」セシリアは顔を赤らめながら聞く。

「なんだい」

「一体何者ですの?」

「何者と言われても……」




   *

105: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:10:40.66 ID:pOhxSdW0o

 夕闇に染まるアリーナを眺めながら、大神とセシリアは二人並んでベンチに座っていた。

 大神が無反動旋回(ゼロリアクトターン)を初めて成功させたことを祝して、スポーツドリンクで
乾杯したのだ。

「まさか一日で成功されるとは……」

「セシリアの教え方が良かったんだよ」

「そ、そうですわよね。って、それでもおかしいですわ」

 しかし出来てしまったのもは仕方がない。
 
「セシリア」

「なんですの?」

「聞きたいことがあるんだけど、いいかな」

「また質問ですの? まあ、よろしくてよ」

「セシリアの話を聞いていると、すごく日本語が上手いんだけど、キミは何年日本にいるんだい?」

「……どういうことですの?」

 ふと、セシリアの表情が固くなる。

「いや、キミの日本語の表現力から考えて、一年や二年でそこまでできないと思って」

「そうですか?」

「それに、キミの説明仕方や立ち振る舞いを見ていると、何か武道でもやっているように思えたんだ。
千ふ……、織斑先生のように」

「ん……」

「どうしたんだい?」

「乙女のプライベートを詮索するような男は嫌われますわよ」

「ああ、いや、ゴメン。どうしても気になって」

106: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:11:24.48 ID:pOhxSdW0o

「ハア」

 セシリアは大きく息を吐いた。

「まあいいですわ。無反動旋回(ゼロリアクトターン)を成功させたこともありますし、
少しだけ話してさし上げますわ。私のことを」

「ああ」

「私が祖国のイングランドから、日本に来たのは十歳の時です。ですから、今から
約六年前ですわね」

「どうして日本に……」
 
「両親が、亡くなりましたの。鉄道の事故で。向こうでも身寄りはいましたけど、私の
母方の祖父の希望で、日本にある祖父の家に引き取られることになりましたわ」

「母方の祖父?」

「私、こんな髪の色をしていますけど、実は四分の一ほど日本の血が流れていますのよ」

「ええ!?」

 大神にとって衝撃の真実であった。

「祖父の名は、神崎茂治」

「神崎しげはる……、どこかで聞いたことがあるような」

「神崎重工の会長ですわ」

「神崎重工? それってISの開発にも関わったあの神崎重工?」

「そう、それです」

 神崎重工は日本のみならず、世界的な企業である。鉄道車両や船舶、二輪車をはじめ、
宇宙航空産業事業も行っており、ISの開発にも参加している。

 しかし、神崎重工の名前を口にした時のセシリアの表情はさえなかった。

「正直、神崎の家はあまり居心地がよくありませんでしたわ」

107: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:12:47.63 ID:pOhxSdW0o

「どうしてだい? お祖父さんの家なんだろう?」

「私のお母様は、ロンドンへ留学中にお父様と知り合いましたの。そして恋をして、結婚。
でもお父様は、あまり裕福な家庭の出身ではありませんでしたから、家族は反対しましたの。
 それで、半ば駆け落ちのような形で結婚。しばらく神崎の家とは絶縁状態だったらしいのです」

「……」

「それなのに、ある日突然、その娘の子どもが家に来たのですから、ほかの一族からしてみれば
厄介者が来たと思われても仕方ありませんわね」

「そんな……」

 セシリアが日本に来たのはまだ十歳の時だ。

 そんな小さな少女が、見知らぬ異国に来る。母親の生まれ故郷とはいえ、辛かっただろう。

 その上、親類からあまり温かく迎えられなかったとしたら。

 大神は幼いころのセシリアを思うと胸が痛んだ。

「何度か、神崎家の養子にならないかと言われましたけど、私は断りました」

「……」

「私、お父様とお母様のことがとても好きでしたから。もし私が神崎家の人間になってしまったら、
両親のことを皆忘れてしまうと思いましたの。
 私は、お父様のこともお母様のことも大好きでしたから。仕事が忙しくて、滅多に会えることが
ありませんでしたけど……、絶対に忘れませんわ」

「セシリア……」

「私、神崎の血は引いておりますけど、神崎に頼らず自立して行こうと決めておりました。
そんな時、偶然IS適性で最高レベルの評価が出たことがわかったので、このIS学園に入学しよう
と思いましたの。この学園は授業料が免除されますし、何より卒業後の進路も色々ありますから」

「……」

 不意にセシリアが立ちあがる。

108: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:13:34.15 ID:pOhxSdW0o

「いいですか、大神三尉。私は神崎の力でこの学園に入ったわけでも、専用機を
あてがわれたわけでもございません!」

「ああ、わかってるよ」

「でも世間ではそうは参りませんわ。神崎の血縁だから成績を水増しされているとか、
代表候補生になれたと言う者もおります。
 だからこそ、私はトップを取らなければなりませんの。
 そういう連中を見返すために、勉強でもISでもトップを取らなければまいりませんわ!」

 グッと拳に力を入れ、彼女は熱弁する。

 しかし、少しして自分の言ったことが恥ずかしくなったのか、顔を赤らめて俯いてしまった。

「三尉……」

「なんだい」

「こ、このことは誰にも言わないでいただきたいですけど」

「このこと?」

「今日、大神三尉とお話ししたことですわ」

「ん、ああ。わかった」

「絶対ですわよ」

「セシリア……」

 大神もゆっくりベンチから立ち上がる。

「なんですの?」

「キミは偉いな」

「あ、当り前ですわ」

「とても素敵だよ」

 そう言って、大神は笑顔でセシリアの頭を撫でた。

 ふわりとしたブロンドの髪がとても柔らかいと感じた。

「……!」

 そしてセシリアは、再び顔を真っ赤にして俯いた。

   


   *

109: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:14:19.92 ID:pOhxSdW0o
 

 夢と言うものは明け方によく見るようで、大神もまた夢をみていた。

 どこまで続く青い空に吸い込まれてしまいそうだった。

 そうだ、ISに乗ったらどんな気持ちだろうか。

 ふと、人の気配がした。

 ドアをノックする音。随分リアルな音が出る夢だ。

「大神さん、お、起きてます? あ、開いてる」

 暗がりの中、誰かが入ってくる気がした。

 大神は眠たい目をこすりながら、周りを見る。まだ外は暗い。

「あ、大神さん。起きましたか。大変なんで――、きゃあ!」

「ふが!?」

 再び大神の目の前が闇に閉ざされた。

(何なんだこれは! 夢か?)

 大神はいきなり視界が奪われたことに混乱してしまった。

「あん、大神さんうごかなああ、眼鏡が」

「ふが、ふがが」

 大神は何か大きなものが二つほど顔の上に乗っかってしまい、息が出来なくなって
しまったようだ。

「メガネー、どこ? あああん」

「ふがー! ふがあああー!」

「何をやっているんだお前たちは」

 急に、顔の上で暴れていた“柔らかいもの”が大人しくなった。

110: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:14:46.49 ID:pOhxSdW0o

 そして世界が明るくなる。

 誰かが部屋の灯りをつけたらしい。

 やっと回復した視力で部屋を見回すと、すぐ目の前に山田真耶がいた。

「やまだ先生?」

「ご、ごめんなさい」

 眼鏡をかけ直した真耶が大神から素早く離れる。

「起きたようだな、大神くん」

「え……」

 横を見ると、戦闘服姿の千冬がいた。

(これはなんだ? 早朝ドッキリか?)

 大神は一瞬、何がなんだかわからなっくなった。

「朝からすまない。実は魔操兵器の出現情報が入った、すぐに地下司令部にきてくれ」

「え、はい」




   *

111: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:15:21.05 ID:pOhxSdW0o


 IS学園、地下司令部――

「大神三尉、以下三名到着いたしました」

 米田の前で不動の姿勢を取る大神。その後ろにはセシリアと箒の姿がある。

「きたか大神」

 早朝にも関わらず米田も、隣にいる千冬も寝むそうな顔一つせず大神たちに向き合う。

「早速だが、埼玉県と群馬県の県境近くで降魔反応が出た。自衛隊の偵察部隊が現場に
急行した結果、IS型魔操兵器が確認された」

「……」

 大神たちは、米田の説明を黙って聞いていた。

「しかし、どうも偵察部隊の報告では、今まで俺たちが見てきた魔操兵器とは違う種類のもの
らしい」

「違う種類ですか?」

「ああ、降魔反応自体はあるのだが、はっきりとした形が把握できないようなんだ」

「はっきりとした形というのは」

「これを見てくれ。――千冬」

「はい」

 そう言うと、米田は司令室の巨大スクリーンに注目した。大神たちも同じように注目する。

「これは偵察部隊が先ほど撮影した映像なんだが」

「……?」

 確かにISらしき影が見える。だが、以前見たようなはっきりとした姿が見えない。

「霧が、濃いようですが」

112: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:15:59.64 ID:pOhxSdW0o

「ああ、昨晩から濃霧注意報が出ている。だが見えにくいのはそれだけじゃない。
おそらく光学迷彩を装備しているようだ」

「……光学迷彩?」

「そうだ。どうやらこのISは、自分の姿を見せないようカムフラージュをしているって
ことさ。それも最新技術でな。さらにこの霧だ」

「霧がはれるまで待つというのは」

「現場は市街地に近い。ここで時間を費やして市街地に逃げられたら厄介だ。
なるべく早い段階で叩きたい」

「わかりました。帝國華劇団花組! 現場に急行します!」




   *



 緊急発進したV-22Jに乗った大神たちは、一路現場へと向かう。

 ただ、今回は時間がないので途中から機体から直接発進するという。ISに乗って入れば
大丈夫とわかっていてもやはり少し不安だ。

 大神は、機内で隊員たちに声をかける。
 
「あの、箒くん」

「……」

「箒くん?」

「なんでしょう」

 篠ノ之箒の機嫌はすこぶる悪かった。

 寝起きだからだろうか。もし、そうでなければ機嫌の悪い理由は、色々ある。

(いや、しかしあの時のことは事故だと思うのだが)

113: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:16:30.58 ID:pOhxSdW0o

 大神は、風呂場で遭遇事件のことを思い出した。

(やはり大きい……、いや、イカンイカン)

 これからの任務のことを考えて集中しようとする大神。

 そんな大神に箒は言った。

「昨日、セシリア・オルコットと自主訓練をしたそうじゃありませんか」

「え? ああ。それが何か」

「私も、時間はあったのですが……」

「え? ああ。誘ったほうがよかったかな。でも」

「でも何ですか?」

「いや、でも昨日の訓練は二人のほうが」

「……ほう」

 彼女の背中からゴゴゴという効果音が聞こえてきそうなほどの迫力である。

(なんでこんなに怒っているんだ彼女は)

「ほら、セシリアとはまだ一緒に飛んだことがなかっただろう? だから色々と知って
おきたいと思ったのさ。それに、彼女の技術も教えてもらったし」

「それで、セシリアと二人きりで……」

 そう言って箒は顔をそむける。

「箒くん」

「……」

「箒くん、俺を見て」

 大神は彼女の肩を掴む。

114: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:19:08.12 ID:pOhxSdW0o

「俺だって、キミたちと同じようにISの操縦が上手くなりたい。なぜなら、俺が上手く
なればキミを守ることができるから……!」

「……隊長は」

「ん?」

「隊長は卑怯です」

「卑怯?」

「明日……」

「え……」

「明日、一緒にお昼を食べましょう」

「お昼? どうして?」

「いいから、食べましょう」

「ああ、わかった」

「約束ですよ」

「ああ、約束だ」

 心なしか、箒の態度が先ほどよりは、柔らかくなってきたような気がした。

(やはり、寝起きで機嫌が悪かったのか。箒くんは低血圧なのかな)

 箒の気持ちをよそに、大神は一人そう考えて納得した。

「お二人とも、そろそろ出発ですわよ」

 セシリアがそう報告してくる。

「ああ、わかった」

「了解だ」箒も返事をする。

 まもなく展開地点に達する。




   *

115: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:19:47.52 ID:pOhxSdW0o

 現場は埼玉県の秩父市付近と言われている。最初の目撃情報は、熊谷市付近だという
からかなり移動したことになる。

「それにしても酷い霧だ」

 現場に漂う霧に、視界が遮られる。ISに搭載されたカメラを頼りに進むしかない。

 ISの計器類を信頼してはいるけれども、二つの目で生活している身としては、こういった
飛行には慣れが必要だろう。

「箒くんもセシリアも無事か」

『紅椿、問題ありません』やや緊張しつつも、平静を装う箒の声を聞えてきた。

『ブルーティアーズ、こちらも問題ありませんわ』セシリアの声のほうが、若干余裕が見える。

 だがその余裕が命取りになることもある。大神は心の中でつぶやく。今度の敵は、なんだか
やばそうだ。

 しかもこの霧。

『大神隊……長、聞……えるか。織斑……だ』

「すいません、よく聞こえないのですが」

『妨害……電波……、おそらくその……霧に、何か問題がある……ようだ』

「霧に、問題?」

《 WARNING 》

 その時、ISが警告を発する。

(降魔反応!?)

 警告の直後、光の筋が大神たちを襲った。

「うわ!」

『くうっ!』

116: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:20:22.46 ID:pOhxSdW0o

『なんですの?』

 天空に伸びる一筋の光は見覚えがあった。

『隊長、狙撃です』と箒の声。

「フォーメーションを崩すぞ、各機散開!」

『紅椿、了解』
 
『ブルーティアーズ、了解ですわ』

 固まっていては的になるだけだ。大神はある程度距離をとって散開することにした。

「各機、狙撃の場所に気を付けろ。恐らく前方の山地だ」

『りょ、了解です』

『ブルーティアーズ、了解』

《 WARNING 》

 再び警告音。

「旋回! 狙撃くるぞ!!」

 再び一本の光の筋が大神のすぐ横を流れる。

 しかしこれで、だいたいの敵の位置は把握できた。

『三尉、大神三尉』セシリアの呼ぶ声が聞こえてきた。

「どうした、セシリア」

『私に提案がありますわ』

「提案?」

『今回の敵、私にやらせてはもらえませんでしょうか。どうやら敵は遠距離攻撃を得意
としているようですので、同じ遠距離武器を持っている私にその相手はぴったりですわ』

117: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:20:57.67 ID:pOhxSdW0o

「しかし……」

『大神三尉も、篠ノ之さんも、近接戦闘向きの機体ですので、この戦いならば私の出番
かと」

「わかった。だが無理はするなよ」

『了解ですわ。無理などしなくてもこのセシリア・オルコット、やってみせますわよ』

 大神はセシリアをフォーメーションの真ん中に据える。

 大神たちは、セシリアをサポートするように彼女の斜め後方に位置した。

 セシリアは大型の狙撃用のレーザーライフルを構える。

『先ほどの狙撃で敵の位置は完全に把握いたしました。風はほぼ無風。
絶対に外しません。』

(セシリア……)

『発射(fire)!!』

 先ほど撃たれたものと同じような光の弾道が山肌に吸い込まれた。そして爆発。

 しかし、敵を撃破した形跡は……、ない。 

『ど、どういうことですの?』

「敵が、いない?」

 
《 WARNING 》


 三度警告音が鳴る。

「右だ! 二時の方向!!」

 先ほどとはまったく違う角度からビーム兵器が襲いかかってきた。

(まさか、敵は二体いるのか?)

118: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:21:26.78 ID:pOhxSdW0o

 予想外の角度からの攻撃に大神は戸惑う。
  
 だが戸惑ってばかりもいられない。

『こ、今度こそ外しませんわ』

 再び射撃体勢に入るセシリア。

『発射!』

 再び吸い込まれる光線。

 だが、

『手ごたえが、ありません……』

「セシリア、作戦変更だ! 俺と箒くんで敵に接近する。キミは支援射撃を頼む」

『三尉、危険です!』

「そんなことはわかっている、だが現時点でキミの射撃では倒せない」

『……!』

「箒くんは俺の後に」

『紅椿、了解』

「セシリアは火力支援だ」

『ブルーティアーズ、了解ですわ……』

「行くぞ! 箒くん!!」

『了解!』

 大神の専用機も、箒の紅椿も加速性能にはそれなりの自信があった。

《 WARNING 》

「左旋回!」

119: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:22:04.10 ID:pOhxSdW0o

 大神と箒は大きく左に旋回する。

 彼らの右側に光の柱が見えた。

「逆方向だ、行くぞ」

『了解』

 しかし――

《 WARNING 》

「右旋回!」

 今度は逆方向から光線が飛んできた。

(一体どういうことだ? この山にはどれだけの敵が潜んでいるというんだ?)

 あらゆる方向から飛んでくる敵の攻撃に、大神たちはすっかり混乱してしまっていた。

《 WARNING 》

(近い!)

 後方で爆発が起こる。

『うわああああ!!』
 
「箒くん!」

《 WARNING 》

「くそっ! 一時撤退だ!!」

 大神と箒はジグザグに動きつつ、その場を離れた。敵がどこに潜んでいるかわからない以上、
いたずらに接近しても的になるだけだ。



   *

120: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:22:50.90 ID:pOhxSdW0o


「箒くん、大丈夫か」

『右脚部がやられただけです。損害率15%、まだやれます』

 ふと、霧越しに箒の笑顔が見えた。

(部下に気を使われるなんて、俺はなんてダメな隊長なんだ)

 大神がそんなことを考えている時、

『大神隊長、聞えるか。織斑だ』

 先ほどの通信よりは比較的はっきりした声が聞こえてきた。

「え、はい。聞えます。大神です」

『現場に近くなって、大分通信の状態がよくなってきた。おそらくこの通信妨害は霧の
せいだ』

「霧ですか?」

『そうだ。それもただの霧じゃない。電子機器の働きを阻害するために開発された
電子霧(エレクトリック・フォグ)の可能性が高い』

「電子霧?」

『霧にの中に超小型のナノマシンを混ぜておくことによって、計器類やレーダー、それに
無線の働きを阻害する。そして、視界も』

「視界、妨害……」

『魔装兵器が使っているものだが、恐らく原理は同じだろう』

「しかしどうすれば……」

『計器類に頼り……すぎない……、ISの……力を……信じ……』

 再び通信が途切れる。

(霧が濃くなっているのか?)

「何はともあれ、敵の位置がわからないと」

121: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:23:35.83 ID:pOhxSdW0o
『隊長、いっそ山ごと燃やしてしまったらどうでしょう』箒が物騒な提案をしてきた。

「却下だ」

 大神は即答した。

(敵が霧を使って自らの位置を秘匿して、こちらに攻撃を仕掛けてくる。相手には
こちらが見えるけれど、こちらから敵は見えない……)

 日の出の時間が迫る。

 霧が晴れれば奴はまだ別の場所に移動するだろう。そうなる前に、ここで仕留め
なければならない。

(敵には見える、計器類は使えない。ということは)

「セシリア! 箒くん!」大神は無線でセシリアを呼ぶ。

『は、はい。なんでしょうか』

「俺に考えがある。協力してくれないか」

『え? はい。わかりましたわ』

『了解しました』

 最初にセシリアが、そして次に箒が困惑しながらも大神の話を聞いた。



   *




 計器類が使えない。

 それは恐らく向こうも同じこと。だとすれば、敵の頼みはやはり目視になるはず。

 大神はそう考えた。

122: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:24:18.67 ID:pOhxSdW0o

 大神は単独でISを加速させ、敵の射程内に入る。

《 WARNING 》

 警告音が鳴った。

 間髪いれず、相手は攻撃してくるはずだ。

(来い……!)

 大神は静かに、それでいて集中した状態で霧の中を見据えた。

 狙撃用ビームが大神の機体を襲う。

 だが、その光線は天空を貫いた後に消えて行く。

 墜落したわけではない、大神の機体は健在だ。

 そして再び前進をはじめる。

《 WARNING 》

 再び警告音。

 だが敵の攻撃は当たらない。

 的外れの方向に飛んでいく。

 そして大神は前進を続けて行く。

 距離が近くなればなるほど、狙撃地点が絞られてくる。

「どうした、魔操兵器!」

 大神の機動は誰にも読めない。

 ただ一人、大神しか知らない動き。

 それが、セシリアから教えてもらった無反動旋回(ゼロリアクトターン)の特徴。

(敵は必ず、自分たちを目視してから攻撃している。通常の旋回ならその動きを
予想できるかもしれないが、この動きでは予想もできない)

123: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:24:57.10 ID:pOhxSdW0o

「そろそろ限界が見えてきたな!」

 大神は主要武器である2本の刀を構える。

 再び敵の狙撃――

「見えた!」

 敵との距離はすでに50メートル以下まで迫っていた。ここまで距離を詰めれば、
いくら霧が濃くても相手の姿は視認出来る。

 大神の武器は、ここから更に距離を詰めなければならない。

 だが、その必要はなかった。 

(なぜなら俺は――)


「破邪剣征――」


「囮だああああ!!」


「桜花放神!!!!」


 敵が大神に気を取られているうちに接近していた箒。

 彼女の放った技が山の木々に直撃する。

 凄まじい爆発が起こり、その結果いぶり出されるような形で一体のISが姿を現した。

 巨大なビームライフルを携えたIS型魔操兵器。近接戦闘に特化した黒兜とはまた
違う意味で不気味な雰囲気を醸し出していた。

 敵は不意に攻撃してきた箒に向かいライフルを構える。

 だが姿を現した狙撃手ほど脆弱なものはない。

124: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:25:49.86 ID:pOhxSdW0o

「セシリアアアアアアー!!」

 大神は叫ぶ。



 わたくしの狙撃で――




 お逝きなさい!!



 眩しい光の筋が、まるで吸い込まれるように魔操兵器の胸部へと当たる。

 最大出力で放たれたビームは、ISの命とも言える、核(コア)のある部分を正確に
撃ち抜いた!

 そして、撃ち抜かれたIS型の魔操兵器は、糸の切れた操り人形のように、地面へと
落下して行ったのだった。




   *

125: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/02(火) 20:27:05.64 ID:pOhxSdW0o

 すっかり霧の晴れた空は抜けるような青空だ。

 大神とセシリアは、集合地点となっている航空自衛隊熊谷基地のグラウンドで
空を眺めていた。

「キミの教えてくれた無反動旋回のおかげで助かったよ。あれがなければ、敵の
的にされるところだった」

「しかし驚きですわ。習得したばかりの技を、実戦でいきなりお使いになるなんて」

「いや、必死だったからね。でも、やれると信じていたよ」

「そういえば、大神三尉は無反動旋回のやり方のことを、まるで武道のようと
おっしゃってましたね」

「そうかい? ああ、確かに言ったかもしれない。実際やってみても、確かに昔習った
剣術の動きと似ていたから」

「私も、あれを成功させた時、神崎家で習った薙刀の動きをイメージしていましたの」

「薙刀?」

「神崎家の女は、基本的にみんな薙刀を習います。私とて、例外ではありません
でしたわ」

「そうなのか。だから、キミの立ち振る舞いは、織斑先生や箒くんに似ていたのか」

「結局、私に神崎の血が流れていることは変わりありませんし……」

「……」

「ねえ、三尉?」

「なんだい」

「私のフルネーム、ご存じです?」

「え、確か、セシリア・S・オルコットだったよね」

「ええ、そのミドルネームのSなんですけど……」

「ああ」

「スミレ、と言いますの」

「スミレ……?」

「私が生まれた時、お祖父様がつけてくださった名前です……」

「いい名前だね」

「……はい。ありがとうございます」

 そしてセシリアは一息ついて言った。

「今なら、私も素直にそう思えそうですわ」





   つづく

132: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:07:37.12 ID:BAdFfFJXo



 子の曰く、徳は孤ならず。必ず鄰あり。

                   『論語』




 

133: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:09:02.36 ID:BAdFfFJXo

 その日、IS学園に戻ってきた生徒がいた。

(約二週間ぶりか。何も変わっていないわね)

 特徴的なツインテールを風でゆらし、彼女は校舎へと続く長い道を歩く。

「あれ?」

 ふと立ち止まる。

 見覚えのない人物が彼女の視界に入った。

(男?)

 スーツ姿の人物は、髪も短く刈り込まれており、ガッチリとした体型。それは確かに
男性であった。この学園で男性は珍しい。

(ははーん、あれが新しい“隊長”だね)

 彼女は、すでに“あのこと”を知っていた。

 それもそのはずである。

 二週間入院していたとはいえ、彼女もまた“隊員”なのだから。

「はーい、そこのお兄さん」

「ん?」

 短髪の男性がこちらに気づく。

「ねえ、あなたは新しく来た先生?」

 少女は、出来るだけ上目づかいで可愛い子ぶって聞いてみた。男と言うのは、
こういう感じの女性に弱いのだということを、入院中に雑誌で読んだからである。

「……」

 男性は少し考えているようだった。

134: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:09:46.35 ID:BAdFfFJXo

(ありゃ、いきなり離しかけられて戸惑っている。もしかしてこの年で、結構純情ボーイ
なのかな? それはそれでちょっとキモイなあ)

 少女がそう思っていると、

「ねえキミ、ここは高校だよ」

「はあ?」

「どこかの先生の娘さんかな。それとも生徒たちの妹?」

「な、なにを言っているの?」

「ダメだよ。小学生はまだここには入ってきちゃいけないんだ」

 そう言うと男性は笑顔で頭を撫でた。

「小……学……生……?」

 少女は小刻みに震える。

「ど、どうしたんだい? 具合でも悪いのかい?」

「アタシは、こう見えて――」

「!?」

「十六歳なのよおお!!!!!」

 少女の下段回し蹴りが、男性を襲った。

「うわあああああああ!!!」

 

 

135: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:10:53.40 ID:BAdFfFJXo
 

 




   I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



         第五話   信 頼

136: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:11:53.81 ID:BAdFfFJXo


 校長室の中で笑い声が響いた。

「カッカッカ、小学生か。そりゃ失礼だな」

 校長の米田が湯のみを手に膝を叩いて笑う。

「もうっ、笑いごとじゃないですよ校長」

 先ほど大神の脚に下段回し蹴り(ローキック)を放った少女が起こりながら言う。

「はは、悪い悪い」

 校長室には、校長の米田、織斑千冬、大神、そしてツインテールの女子生徒がいる。

「校長、この子は……」

 大神はだいたい察しはついたけれど、一応聞いてみることにする。

「ああ、もうわかってると思うが、彼女が帝國華劇団花組、三人目の隊員、凰鈴音
(ファン・リンイン)だ。まあ、気軽に鈴(リン)と呼んでやってくれ」

「はあ……」

「ま、中国人だが日本在住期間は長いから、言葉のほうは問題ない」

 大神は鈴と呼ばれたツインテール(正式名称:サイドアップテール)の少女に目を向ける。

「よろしく。自分が隊長の大神です」

「……ふん」

 大分ご機嫌斜めのようだ。

「こら、凰。目上の人に向かってなんて口のきき方だ」たまらず千冬が注意する

「はい、すいませんでした」

 心のこもっていない声で鈴はそう言った。

137: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:12:24.11 ID:BAdFfFJXo

 どうやら、先ほど小学生に間違えられたことに相当腹を立てているようだ。

「まあまあ、鈴。そんなに怒るなよ」

「だって」

「若く見られるんだったらいいじゃねえか」

「でも小学生ですよ」

「ここだけの話だが千冬なんてこの前な、政府のお偉いさんに、歳は三十じゃないかって――」

「校長……」千冬の氷のような冷たい言葉が発せられる。

「はい」

「……潰しますよ」

「ゴメンナサイ」

 一体なにを潰すのだろうかと大神はふと考えたが、怖くなったので忘れることにした。

(それにしても……)

「なによ」

(またえらく気の強そうな子だな)

「今何か失礼なこと考えたでしょう」

「な!? そんなことは……、ないよ」

 大神は力なく答えた。




   *

138: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:13:06.36 ID:BAdFfFJXo



 昼休み――

 大神は女子生徒(と一部教職員)の食事の誘いを振りきって、立ち入り禁止になって
いるある校舎の屋上に行った。

 この日、篠ノ之箒と昼食を食べる約束をしていたからだ。

「なぜお前がここにいる」

 しかし、今朝会った鈴と同様、箒の機嫌もあまり良くない。

「あら、食事は大勢でしたほうが楽しいでしょう? ね、三尉」

「はは、そうだね」

「……!」

 屋上には大神と箒のほかに、セシリアも来ていたのだ。

「あら、箒さん。お弁当が二つもあるじゃないですか。気が利きますわね」

「それはお前のじゃない、セシリア」

「じゃあ、私のサンドイッチ、食べます?」

「殺す気か……」

(なんだこの嫌な予感は……)

 大神にはセシリアのランチボックスから、妖気が立ち上っているように見えた。

「あ、そういえば今日は花組の隊員が帰ってきたぞ」

「ええ、聞いてますわ、凰鈴音さんでしょう?」セシリアは笑顔で答えた。

「ああ、随分優秀な生徒と言われていたけれど」

「まあ、私ほどではありませんが、それなりに優秀ですわね。箒さんや三尉と同じ近接格闘
タイプですのよ」

「へえ、そうなのか」

139: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:13:40.72 ID:BAdFfFJXo

 ふと、大神が横を見ると目を伏せる箒の姿があった。

「……」

「どうしたんだい、箒くん」

「……、いえ、何でもないです」

 何か嫌なことか、悲しいことを思い出しているような顔だ。

「そんなことより、お昼、食べましょう。時間もありませんし」

「……そうだな」

(箒くん、鈴と仲があまり良くないのかな)

 箒の持ってきてくれた弁当を開けながら、大神はふとそんなことを考えた。



   *




 その日の放課後、凰鈴音も加わり花組の合同訓練をすることになった。

 場所はいつもの競技用アリーナで、集まったメンバーは鈴のほかに大神、箒、セシリア、
そして教職員の山田麻耶と織斑千冬もいる。

「凰、久しぶりの起動だが大丈夫か?」

 ジャージ姿の千冬が腰に手を当てた状態で聞く。

「ええ、平気です。それより早くISに乗りたくてウズウズしてたんですから」

 鈴の表情を見ていると、本当に嬉しそうである。

(彼女は心底ISが好きなんだな)

 大神は鈴を見ながらそう思った。

140: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:14:30.26 ID:BAdFfFJXo

「なによ、アンタ」

「え?」

 不意に鈴が大神のほうを睨みつけてきた。

「アタシのISの腕を疑ってんの?」

「いや、そんなことないよ。何だかすごく嬉しそうだなって思って」

「当り前よ。アタシはISに乗るために生まれてきたと言っても過言ではないわね」

 そう言って鈴は腰に手を当て、(膨らみのあまりない)胸を張った。

「よおし、お前たち。時間がないからさっさとやるぞ」

 千冬は二回ほど手を叩き、全員を注目させてからそう言った。

「まずはフォーメーションの確認訓練だ。順番は、左からオルコット、大神隊長、
そして篠ノ之、最右翼が凰だ」

「アタシが最右翼だなんて、わかってるじゃない」

 編隊飛行の最右翼は攻撃の最大の“要”でもある。

「それでは山田先生。ISの搬出とリミッターの解除を」

「了解しました」

 真耶は千冬に言われた後に、携帯型の小型コンピュータにパスワードを打ち込んだ。
すると、アリーナの地面が割れ、そこからISが出てくる。

 大神、箒、セシリア、そして鈴というそれぞれ個性の強い形の機体が並ぶ姿は壮観だ。

「へえ、あれが隊長機なの。真っ白ね」と鈴は言った。

「どうだい、俺の機体は」

「なんか地味」

「……」

141: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:16:07.49 ID:BAdFfFJXo

「では、制限解除をします」真耶の声が聞こえてきた。

 一瞬の静寂がアリーナを包む。

「搭乗!」

 沈黙を破る千冬の掛け声で、大神たちは一斉に走り出した。

 それと同時に、千冬や真耶たちはアリーナ内で安全の確保された通信室へと走る。

 大神は、自分の専用機に乗った。普段の訓練でも実戦と同じように、チェック項目に
目を走らせISの正常な起動を確認しなければならない。

(今日もご機嫌だな)

 大神は自分のISに心の中で語りかける。

《ピピピピッ》

 ふと、何もない場所でセンサーが反応する。ISが自動で計器の点検をしているだけ
なのだが、それでも大神には心の中の呼びかけに答えてくれているような気がして
嬉しかった。

「こちら隊長機、各機状況報告」

『ブルーティアーズ、異常なし』真っ先に報告したのはセシリアだった。

『紅椿、異常なし』続いて、箒が報告する。

『甲龍(シェンロン)……、異常なし!』

 鈴の声を聞き終え、全員の正常起動を確認した大神は千冬に報告した。

「サポート、こちら隊長機、全機異常なし。これより飛行訓練を実施する」

『こちらサポート、全機異常なし了解。飛行訓練を許可する』

 短節な千冬の声に後押しされるように、大神は飛行体勢に入った。

「帝國華劇団花組、発進!!」
 
 四機のISが一斉に離陸。アリーナの床が壊れるのではないか、というくらい凄まじい
衝撃波で飛び立った四機は、大神を先頭に、キッチリと三角形のフォーメーションを
形成した。

142: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:17:21.17 ID:BAdFfFJXo

 最右翼の鈴の姿を確認する。

 甲龍という無骨な名前と見た目にも関わらず、その機動力は非常に高い。

「行くぞ、左旋回!」

 大神はまずゆっくりと旋回する。

「次、右旋回」

 次に右へと旋回。

「縦!」

 大神は、ISを急上昇させて、いわゆる宙返りを実施した。

(凄いな……)

 大神に続く三機のISは、全員完璧についてきた。

 ISは自分で動かすのも難しいが、人に合わせて飛ぶというのはもっと難しい。
 ベテランのパイロットならば、後輩がついてこれるように、上手に飛ぶことも
出来るだろうが、大神ではそうもいかない。

 だが、その慣れない大神に完全について飛べるというのだから、この三人の
技量は並大抵のものではないだろう。

 大神はスピードを少しずつ上げながら、回避行動や急降下などを実施。それらを
部下三機は、完璧にこなして見せた。

『下手な飛び方ね……』

 ふと、鈴の声が聞こえた。

「面目ないね。キミたちが上手くついてきてくれるおかげで助かったよ」

『なによ、隊長なんだからもっちしっかりしなさいよ』

「そうだね」

 確かに情けない部分はあると大神も自覚している。だがIS搭乗に関して、
一年以上の経験の差はいかんともし難いものである。

143: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:18:26.41 ID:BAdFfFJXo
(ISの操縦で彼女たちの心を掴むのは難しいだろうな)

 大神は飛びながらそんなことを考えていた。

『編隊飛行もその辺でいいだろう。次に個別の飛行訓練に入る』

 無線を通じて千冬の声が聞こえてきた。

「了解」

 個別の飛行訓練は大神にとって願ったりかなったりだ。仲間の飛び方が見られる分、
技量把握もやりやすいだろう。

『じゃあ、私。一番でやりまーす』

 元気一杯に立候補したのは、甲龍に乗る鈴であった。

「ああ、わかった」

 大神はそれを許可する。

『じゃあ、行くわよ』

 甲龍は全速力で加速したかと思ったら、クルクルと錐揉み状に回転しながら、大きく
旋回をし、今度は上昇したかと思えば下降する。まるでジェットコースターを見ているような、
大胆な動きでアリーナ内を縦横無尽に動きまくった。

「これは凄い……」思わず声が漏れる大神。

『ひゃっほーい』

 楽しそうに声まで出して飛ぶ鈴の姿は、まるで天空で遊ぶ“竜”のように見える。

 大神は同じ近接戦闘型の篠ノ之箒と鈴の飛び方を、頭の中で比べてみた。

 確かに箒の機体は速い。だが、機体性能を勘案しても、鈴を倒すことは難しいかもしれない。

(頼もしい仲間だな)

 大神は素直に思う。

(ただもう少し性格が大人しければ、言うことないんだが)

 そう思うことも忘れてはいなかったようだ。




   *

144: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:19:21.81 ID:BAdFfFJXo

 
 その後、近接戦闘訓練などを繰り返したがどの訓練でも鈴の成績は優秀であった。
学年でも一、二を争うという実力派伊達ではなかったようだ。

「久しぶりだというのに、随分飛ばしますわね鈴さん」

「当り前よ、今度の個人戦は絶対アタシが優勝するんだから。二週間の遅れを取り戻す
のよ」

 訓練を終え、ISから降りたセシリアと鈴が何やら楽しそうに話をしている。

「……」

 一方、箒は浮かない顔だ。そういえば、ここに来てから鈴とほとんど話をしていない。
というか、むしろ避けているようにも見える。

「箒くん……?」

「は、はい」

「どうかしたのかい」

「いえ、何でもありません。私は明日の予習がありますのでこれで」

 そう言うと、箒はロッカールームへと歩いて行った。

「お前たち、アリーナを閉めるからさっさと着替えてこい」

 千冬の声が響く。

「はーい」

「わかりましたわ」

 鈴とセシリアも更衣室に向かって行った。

「織斑先生」大神は千冬に話しかける。

「なんですか、大神先生」

「凄いですね、鈴っていう子は」

「……まあな」

145: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:20:04.02 ID:BAdFfFJXo

「どうかされました?」

「いや、あの調子が本番でも生かされればいいのだが」

「ん?」

「いや、何でもない」

 千冬も何かを心配している様子だった。




   *



 それから数日後、実戦の機会はやってきた。

 大神が夕食を食べた後、明日の授業の準備を寮の部屋でやっていると、いきなり緊急の
呼び出し音が鳴る。

「降魔か!」

 大神は急いで地下司令部へと向かう。

「来たな、大神」

 既に戦闘服に着替えていた米田校長改め、米田司令が待っていた。隣には千冬と真耶もいる。

「到着しました!」

 バタバタと走り込んできたのは、箒、セシリア、そして鈴の三人だ。

「遅いぞお前たち」

「はっ、すいませんでした」箒が直立して謝る。

 彼女たちはすでにIS用のアンダーギアに着替え終えていた。

146: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:21:20.39 ID:BAdFfFJXo

 全員の到着を確認した米田は、話を始める。
 
「よし、全員揃ったな。実は千葉県木更津市付近で降魔反応が確認された。自衛隊の
偵察部隊の話だと、IS型の魔操兵器だ。千冬、映像を」

「はい」

 米田の指示で、千冬が司令室の大画面に映像を出す。

「これは……」

 それは紛れもなくIS型の魔操兵器。ただ、今回は山中にコソコソと隠れているわけではない。

「よりによって、自衛隊の木更津駐屯地のすぐ近くに出現しやがった。しかも周囲に土塁を
作って、ご丁寧に機関銃型の武器まで装備してやがる」

 恐らく、最初に戦った黒兜のような近接戦闘タイプというよりも、秩父山中で戦ったあの
狙撃型のISのように、遠距離攻撃タイプなのだろう。 

「このまま放置していくわけにはいかんので、今すぐ排除してほしいというのが木更津駐屯地司令
の要望だ。既に駐屯地の飛行場にも被害が出ている。このまま住宅地にまで被害を拡大させる
わけにはいかん」

「わかりました、帝國華劇団花組、出動します!」

 大神たちは、すぐにV-22Jに乗り込み、東京湾を横断して木更津へと向かった。





   *




 上空から見た木更津は田圃が多く見える。

 そんな中、小櫃川の河口付近にこんもりと盛り上がった土塁が見えた

147: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:22:02.07 ID:BAdFfFJXo

「降魔反応……、間違いない。魔操兵器だ。よくもこんな人の多いところに堂々と出て
これたものだな」

 今までとの搭乗場所の違いに戸惑いつつ、大神は攻撃態勢に入る。

「まずは遠距離攻撃だ。セシリア」

『はい!』

「出力40で射撃」

『わかりましたわ』

「鈴と箒くんはセシリアの防御だ」

『紅椿了解』

『甲龍了解よ』

 射撃姿勢に入るセシリアの脇を、鈴と箒がガッチリと防御する。

「発射!」大神は号令を発した。

『発射!』セシリアも復唱し、ビーム砲が発射された。

 ギインという鈍い音。

 カメラで確認するが、土塁に囲まれたISに変化はない。

「これは……」

『大神隊長、随分敵の防御が固いようだ』

 木更津駐屯地からISの搭載カメラを通じて戦況を見守っている千冬が言った。

「そのようですね」

『どうされますの、隊長』セシリアが聞いてくる。

「出力80、周囲に外さないよう、いけるか」

『問題ありませんわ』

148: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:22:28.43 ID:BAdFfFJXo

 セシリアが再びエネルギーを充填する。

『ねえ、隊長。こんな奴、一気にやっちゃえばいいじゃない。アタシの剣なら一撃よ』

 セシリアの隣にいる鈴が話しかけてきた。

「いや、まだ相手のタイプも判明していない。無暗に斬り込むのは危険だ」

『ふうん……。了解』

 鈴は素直に大神の言葉に従ったけれど、不満があることは明白だった。

(安易な突入で隊員を危険に晒すことはできない……)

 大神の頭の中には常にそのことがある。

『充填完了、いけますわ』セシリアの声。

「よし、発射」

『発射!』

 再び眩しい光。さっきの狙撃とは段違いの光線が魔操兵器を襲う。


 だが――


 爆発の後に残ったのは、やはり先ほどと変わらないISの姿であった。

 一瞬、空気に向かって攻撃しているような感覚に襲われる。

(一体、なんなんだこいつは……)

 反撃してくるのならまだしも、沈黙が不気味であった。

 と、次の瞬間砲門を開いた敵は、木更津駐屯地を攻撃する。

「な!?」

 爆発。飛行場の一部が爆発をしあ。それも丁寧に滑走路を狙っての砲撃だ。

149: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:23:14.90 ID:BAdFfFJXo

「くそっ」

 躊躇していられない状態になってきた。

「こちら隊長、敵の砲撃を止めるぞ。先頭は俺が行く。箒くんと鈴は俺の後、セシリアは
支援射撃だ」

『了解』

『了解ですわ』

『了解よ』

 大神はフォーメーションを作り敵に突撃する。

 左に箒、右に鈴という隊形だ。

《 WARNING 》

 上空からの接近を感知したIS型魔操兵器は、さっそくこちらに銃口を向けてくる。

 あの機体のどこにそんな弾薬があるのだ、というくらい強力かつ大量のエネルギー弾を
放ってくる様子は、まるでスコールが逆になったような感じだ。

 こういうとき、恐れて逃げてはいけない。大神は幹部学校でそう教わった。

「セシリア!」

『了解ですわ』

 セシリアの支援射撃が大神の横を通過する。

 一瞬、敵の弾幕に切れ目が見えた。

(ここだ!)


「でりゃあああああああああああ!!!!」


 刀を振り上げる大神。

150: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:24:51.32 ID:BAdFfFJXo

(もらった!)

 ガキンと、まるで鉄の棒で岩を叩くような無力感が大神の右手を襲う。

「な!!」

 防御壁を展開しているとはいえ、ISの直接攻撃をまともに食らってただで済むはず
がない。

『隊長!!』

 箒の声が聞こえた。

「離脱だ!」

 目の前の爆発を避けるように、大神はその空間を離脱した。

 考えてみればセシリアの遠距離攻撃を防御できるほどの力の持ち主だ。いくら近接戦闘型
とはいえ、攻撃力のあまり高くない大神の攻撃が通用するとは思えない。

『隊長、箒です。ここは私たちも攻撃を加えた方が』

 無線越しに箒が提案する。

『そうね、隊長だけじゃ心もとないし、アタシらが手伝ってあげるわよ』鈴も同調した。

「……ありがとう。では攻撃隊形を指示する」

 大神は、攻撃のためのフォーメーションを確認して、敵の射撃領域に突入することにした。
先日から何度か繰り返した訓練の一つだ。

 彼女たちは個別の力も強いけれど、それを協力させることによってもっと強い力を発揮する
ことができる。彼はそう考えたからだ。

「いくぞみんな。セシリア、準備はいいか」

『こちらブルーティアーズ、準備万端ですわ』

「箒くんと鈴は」

『大丈夫です』

151: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:25:44.26 ID:BAdFfFJXo

『ふん、当り前よ』

 二人の準備も万端なようだ。

「よし、攻撃開始だ」

 大神たちは縦一列の隊形で、大きく旋回しながら敵に近づくことにする。いわゆる
“らせん”状の飛行は、敵の射撃をそらす意味がある。

 そして後方での支援射撃はセシリア。

 最後の突撃の起点となる重要な射撃を任せる。

「行くぞ!」

 大神は機体を加速させる。旋回性能はそれほど良くはないが、加速性能は箒の機体にも
劣らないものがある。

 再度敵が砲門を開く。

「ぬおおおおおわあああああ!!!」

 だがその時だった。

『ひっ!!』

「なに!?」

 突入する三機の機体のうち、鈴の機体が急停止したのだ。

「鈴!!」

『……』

 返事がない。

 空中で止まった機体は敵の格好の的だ。

「何やっているんだ!!」

 編隊飛行の中で取り残された鈴の機体に射撃が集中する。

152: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:26:18.51 ID:BAdFfFJXo

『隊長! どうしましたの』セシリアの戸惑いの声が聞こえた。

「セシリア! 支援火力だ! 敵を黙らせろ!」

『りょ、了解』

 かなり早い段階で、セシリアに射撃をさせた大神は鈴の元に急ぐ。

「鈴!!!」

『隊長、敵が』今度は箒の声だ。

「なに!?」

 魔操兵器型のISは、射撃を中止させたかと思うと、その周囲で爆発を起こした。

 眩しい光に包まれる魔操兵器。

 そして、その姿は――

「消えた?」

 敵が掘ったと見られる土塁だけを残し、IS型魔操兵器は跡かたもなく姿を消していた。




   *

153: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:27:14.43 ID:BAdFfFJXo


 その後、大神たちは周囲を探索してみたものの、結局見つけることはできなかった。

 大神たちそのまま探索を自衛隊の偵察部隊に引き継ぎ、IS学園に戻ることになる。

「取り逃がしたか」

 IS学園の地下司令部で、司令の米田が独り言のようにつぶやく。

「申し訳ありません」   

 そう言って大神は頭を下げた。

 地下司令部には今、大神と米田、そして千冬の三人しかいない。

「まあ気にすんな。確かに取り逃がしたことがはじめてだが、こちらに犠牲は出なかった
んだ」

「いや、しかし……」

「鈴が行動不能になっちまったか」

「はい……」

 大神は千葉県での戦闘を思い出す。鈴とその機体が突然飛行を止めてしまったため、
敵の反撃をくらい、その上逃げられてしまったのだ。

「おめえさんには言ってなかったな」

「はい?」

「鈴のことだよ。アイツが最初の戦闘に出た時」

「はあ……」

「アイツはよお、仲間をかばった時に敵の攻撃が直撃しちまったんだ」

「そのことが」

「ああ、医者の話では身体に影響はないってことだったんだが、はじめての戦闘で敵の攻撃の
直撃を受けちまって、なおかつ入院する事態にまでなっちまったんだ」

154: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:29:11.85 ID:BAdFfFJXo

 大神が言ったその時、一緒にいた千冬口を挟んだ。

「実戦と訓練は違う」

 千冬の声に、大神は顔を向ける。

「確かに訓練では上手く飛べたかもしれない。だが実戦での緊張感を感じた時、
あの時の記憶がよみがえってきたのかもしれん」

「それで、動きが止まったと」

「ああ、身体には何の影響もないんだ。だったら考えられるのは、精神的なものしか
ないだろう」

「はい……」

 大神は俯く。

(どうして彼女のことをもっと気遣ってやれなかったのか。俺は、鈴の飛行を見て舞い
上がってしまった。彼女のことを人としてではなく、単純に戦力としか見ていなかったのか)

 そう思うと悔しくなり、唇をかんだ。

「大神」

 そんな大神に米田は声をかける。

「もしも、なんだが……」

「は、はい」

「もし鈴がこの後、華劇団として戦うことをやめたいと言っても、止めないでやってくれ」

「……それは」

「俺たちの都合で彼女たちを戦わせているんだ。たとえ、人類の危機であったとしても、
それは変わらねえ」

「……」

「俺たちは、彼女たちの上官である前に、教師なんだ」

「司令……」




   *

155: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:30:07.80 ID:BAdFfFJXo

 司令室を出ると、そこには長い髪を後ろで束ねた少女が待っていた。

「箒くん?」

 篠ノ之箒である。

「た、隊長……」

 箒は力なく呼びかける。

「もう寮に戻ったと思ってたけど」

「あの、隊長」

「なんだい」

「少しお話があります。すぐに済みますので」

「ああ、いいよ。着替えるから少し待ってくれるか」

「はい……」

 着替えを終えた大神は、学園内にあるベンチに箒と二人で座った。

 外灯に照らされたベンチは、なんだか舞台のセットのようにも見える。

「それで、話っていうのはなんだい?」

 暗い顔をしている箒を気遣うように、大神のほうから話しかけた。

「実は、凰鈴音のことなんですけど。聞きました?」

「ああ、聞いたよ。初出撃の時に、敵の攻撃をまともにくらってしまったんだろう? 
それが原因で、身体が動かなくなってしまったんじゃないかと」

「あの子がやられた原因は、私にあるんです」

「なんだって?」

「鈴音が私をかばって、敵の攻撃の直撃を受けてしまったんです」

「……」

156: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:31:18.52 ID:BAdFfFJXo

「私がいなければ、彼女は……」

「箒くん、ちょっと待って」

「え?」

「それはちょっと違うんじゃないかな」

「どうして、ですか」

「だって、キミがその時逆の立場だったら、つまり鈴の立場だったとしたら、
キミは鈴を見捨てるっていうのかい?」

「そ、そんなことはありません」

「そうだろう? 仲間同士で助け合うなんて、いいことじゃないか。負傷してしまった
のは残念だったけど」

「でも大神さん、私が……」

「ん?」

「私がもっとしっかりしていれば、彼女が私をかばって敵にやられるなんてことは、
なかったと思うんです」

「箒くん……」

「私のせいで鈴音は、戦えなくなってしまったんじゃないかって、その」

「そうだったのか」

 箒は鈴に対して後ろめたさを感じていた。それが、鈴に対するあのよそよそしい態度だった
と思うと、大神は納得した。

「あの」

「なんだい?」

「鈴音は、もとに戻れるでしょうか」

「……」

157: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:32:05.82 ID:BAdFfFJXo

 大神は先ほど司令室で言われた米田の言葉を思い出す。


『もし鈴がこの後、華劇団として戦うことを止めたいと言っても、止めないでやってくれ』


「……きっと、きっと大丈夫さ」

 そう言って大神は笑顔を見せる。

 ふと、箒の表情の中に垣間見えた憂いが少しだけ消えたような気がした。





   *





 翌日、鈴と話をしようと大神は学園中を探してみたが彼女の姿はなかった。寮の管理人の
話では、この日もいつものように制服に着替えて学校に行ったという。

 にも関わらず、学校にはいない。

(学校外に逃げたか?)

 鈴は成績は優秀だが、あまり素行がよろしくないという話も聞く。

(参ったな)

 そう思いつつ、大神は屋上に出た。

 迷った時は空を見て気分転換をしよう。子どものころから、よくやっていることであった。

「ふう、今日はちょっと曇ってるなあ」

「何やってんのよこんなところで。サボり?」

「ん?」

158: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:33:03.68 ID:BAdFfFJXo

 不意にかけられた声に驚き、大神は振り返る。

「ここよ、ここ」

 顔を上げると、屋上にある階段室の上に一人の少女が座っていた。

「鈴、こんなところにいたのか」

「やっほー、大神っち」

「大神っち……」

「いいじゃない、なんか可愛くて」

「人前では言うなよ」

「わかってるって、これでもTPOはわきまえるんだから」

「TPOをわきまえているんだったら、授業に出てくれないかな。一応、キミはここの
生徒だろう」

「学校の授業なんてつまんない。それよりここで空を見ていたほうがマシよ」

「そう言うなよ……」

「あなただって、ここでサボりに来たんでしょう?」

「キミを探しに来たんだ」

「私を? 授業に出席させるため?」

「いや……、まあそれもあるんだけど……。とりあえず、そこから下りてきてくれないか。
首が痛くてたまらん」

「アタシ、見下ろされるの嫌いなの」

(ああ、そうですか)



   *

159: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:34:10.81 ID:BAdFfFJXo

 とりあえず、屋上の階段室の上から下りてきた鈴と、大神は屋上の隅に座って話を
することにした。

「話って、昨日の戦闘のことでしょう?」

 大神から話を振る前に、鈴は自分から切り出した。

「まあ、そうだな」

「ふん、情けないよね。中国の代表候補生にまでなったこのアタシが、怖くて動けなく
なるんだからね」

「……」

「わかってるわよ、こんな状態じゃあ戦えないってことくらい」

「でも訓練では、よく飛べてたじゃないか」

「訓練で飛べたって、本番でダメなら意味ないでしょう? 本当に、意味ないのよ……」

「でも鈴……」

「ねえ大神っち」

 大神の言葉を遮るように鈴は言った。

「なんだい」

「アタシ、この学園やめようと思うの」

「ええ!? どうして……」

「だってさ、アタシはこの“力”、つまりISに乗ることができる能力を、何かに役立ててみたいって
思ったの」

「……」

「でも実際は役立たずな能力だってわかったのよね。いくら練習で上手く飛べたって、化け物相手の
戦いで、動けなくなっちゃうんじゃ、意味ないじゃない」

「ちょっと待ってくれ鈴」

160: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:35:28.57 ID:BAdFfFJXo

「何よ」

「そんな簡単にあきらめていいのかい? それだと困る人もいるだろう」

「別に……。学園の皆は、ライバルが減ったって喜ぶでしょうね」

「ほら、箒くんとか」

「篠ノ之? なんてアイツが」

「彼女は気にしてたんだよ。キミのことを」

「はあ? なんでよ」

「自分のせいで、鈴がこんな状態になってしまったんじゃないかって」

「バッカじゃないの!」

「なあ!?」

「いいこと? 戦闘でやられたのはアタシの責任なの。そして、こんな状態になって
しまったのもアタシ自身のせい。他人のせいにすることなんてないわ! 
篠ノ之が自分を責めるなんてお門違いもいいところよ。迷惑だわ!」

「……」

(その言葉は、箒くん自身に直接伝えてあげた方がいいかもな)大神はそんなことを思った。

「さて、行きますか」そう言って鈴は立ち上がり、お尻の辺りをパンパンと手で払う。

「行くってどこに?」

「どこって、授業に決まってるでしょう。一応、生徒らしくしとかないとね。
あんまり素行が悪いと、“次の学校”でも悪影響が出てしまいそうだし」

「鈴……」

「じゃあね、大神っち」

 鈴は笑顔で手を振る。大神は女性の笑顔を見て、こんなにも悲しい気持ちになったのは、
生まれて初めてであった。



   *

161: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:38:18.22 ID:BAdFfFJXo

 大神は小さい頃は道場で、大きくなったら防衛大学校や幹部学校で、去って行く同期の
人間の後ろ姿を見てきた。

 彼らは自分と同じ道を外れ、自分とは違う道に進んで行く。

 それはとても寂しいことではあったけれど、それと同時に「もっと頑張れよ」と言いたくなる
気持ちもあった。

 大神も辛かったのだ。それでも彼は歯を食いしばってやり抜いた。

 なぜそれが出来たのか。

 それは、仲間がいたからだ。

 ある時はライバルとして、またある時は親友として。共に励まし合い、競い合ってきた仲間が
いたからこそ、大神はここまでやってこれた。

 もちろん、先輩や教官にも良い刺激を沢山受けたけれど、身近な仲間たちの存在が何より
大神を勇気づけた。

 そして今もそれは変わらない。篠ノ之箒、セシリア・S・オルコット、織斑千冬、山田真耶、
米田一紀、そして帝國華劇団のIS部隊に係る全てに人々。

 彼女たちがいたからこそ、大神はここにいるのだと考えていた。

(鈴は今一人なんだ。おそらく孤独なのだろう。彼女の気持ちをわかってあげることができれば、
乗り越えられるかもしれない)

 大神は、学校にいる間中、そんなことを考えていた。

(鈴は箒くんをかばって負傷してしまったという。だから決して、自分勝手な人間ではないと思う。
むしろ仲間思いと言ってもいい。だがその気持ちが上手く伝えられないだけではないか?)

 学校から職員寮に戻り、自分の部屋で明日の授業の準備をしながら、大神はまだ考え続ける。

(特に箒くんと鈴はまだまだ分かりあえる余地があると思う。二人とも気持ちの伝え方が下手だから、
もっと話し合う機会があれば。ただ、誰かに強制されて話し合えと言っても、きっと無理だろうな)

 ふと気がつくと、時計は午後十時前であった。

162: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:39:27.52 ID:BAdFfFJXo

「あ!」

 思わず立ち上がる大神。考え事をしすぎて風呂に入り忘れるところであった。

 明日も授業があるし、緊急の出動があっても嫌なので、さっさとシャワーを浴びて
寝よう。そう思い、大神は着替えやタオル等を持って寮のシャワー室へと向かった。

 一階はもう夜も遅いので、人気がなかった。

「よかった、この様子だとシャワー室は誰も使っていないだろうな」

 この寮の住人はほとんど女性ばかりなので、シャワー室の使用は気を使う。

 しかし、大神がシャワー室に行くと、中から水が流れる音が聞こえてきた。

「ん? だれかいるのか」

 大神は更衣室に入る。

(はっ、ロッカーが開けっぱなし。あっ、これはもしかして山田先生の服。ということは、
今この中では山田先生がシャワーを浴びているというのか)

 大神は俄かに興奮してきた。

(い、いかん。頭がクラクラしてきた。しっかりするんだ大神!)

 大神は自分自身に渇を入れようとする。

 だが、

(か、身体が勝手にシャワー室の方へ……)

 大神はシャワー室へと入って行った。

(やはり山田先生だ)

 大神は自慢の視力(左右2.0)で山田真耶の姿を捉える。

 不可解な湯けむり(DVDやブルーレイで消えるアレ)のせいで、その全てはよく見えない
けれど、大神の“心眼”の前には無力であった。

163: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:40:53.36 ID:BAdFfFJXo

(やっぱり山田先生の胸は大きいな。背はあまり高くないのに、凄い戦闘力だ。
これが大人の実力という奴か!)

 彼は興奮しつつも、感心していた。

「誰かいるんですかあ?」

 緊張感のない真耶の声がシャワー室内に響く。

(しまった、このままでは見つかってしまう。早く逃げないと)

「あれー? メガネどこでしょう。メガネメガネ」

 どうやら真耶はメガネがないと何も見えないらしい。

(チャンスだ!)

 そう思った大神は素早く、そして静かにシャワー室から脱出した。

「ふう、危なかった。何とかバレずに脱出することができた……」

 大神は安堵のため息を漏らす。

 そして、先ほど見た映像を脳内で再生することも忘れていなかった。

「さすが山田先生だ、いいものを持っている」

「私が、何を持っているんですか?」

 不意に、山田真耶が現れた。

「わあ! 山田先生、シャワーですか?」

 大神は必死に動揺をごまかそうとする。

「ええ、そうですよ。大神さんもですか?」

「あ、そうですね」

 大神はシャワーを浴びて、ほんのり顔の紅潮した真耶の顔を見て、再び先ほどの
裸を思い出してしまった。

(うっ、これはマズイ)

164: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/03(水) 20:41:54.43 ID:BAdFfFJXo

「ど、どうされました?」

「ああ、いや、なんでもないですよ――」


 その時、大神に電流が走る!


(待てよ、昔の人は本音で付き合うことを“裸の付き合い”と言った気がする。
ということは――)

「大神さん?」

「山田先生!」

「は、はい」

「ありがとうございます。先生のおかげで、糸口が見えそうな気がしました」

「あ……、そうなんですか」

 大神はシャワーを浴びるのも忘れ、次の日曜日の計画を練り始めた。



 後半(Bパート)につづく 

171: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:18:02.85 ID:JYp0kFiCo
 
 そして日曜日である。

 大神は電車に乗っていた。彼の両端には、箒と鈴が座っている。

「どうして私が篠ノ之と大神っちの二人と出かけなければならないのよ」不満そうな声を
漏らしたのは鈴である。

「まあ、そう言うなよ鈴。せっかくチケットを貰ったんだからさ」

 そう言って大神が見せたのは、県内にある温泉施設のタダ券である。

 同僚の坂本先生からいただいたものだ(もちろん代償はある)。

「箒くんも、急に声をかけて悪かったね」と大神は左隣りの箒に声をかける。

「いえ、私は。とっても嬉しいです」

 いつにない笑顔を見せる箒。

(箒くん、よっぽど温泉が好きなんだな)

 電車に揺られ、彼女たちの向かった先は、県内でも有数の温泉施設であった。

「大きいな」

「大きいですね」

「大きい」

 とにかく大きい。一体いくつお風呂があるのだろう、大神は思う。

 それほどお風呂好きというわけではないが、やはり大きいお風呂はワクワクする。

「じゃ、俺はこっちだから」

「あ、先生。どこへ行くんですか?」

 箒が呼びとめる。

「いや、何いってるのよアンタ。大神っちは男だよ」

 呆れ顔で鈴は言った。

「あ、そうだった」

 箒は顔を真っ赤にして俯くのだった。





   *

172: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:19:20.36 ID:JYp0kFiCo


 気不味い。

 鈴はとても気不味いと思った。

 隣にいるのは篠ノ之箒である。普段あまり喋ったこともない女子生徒と一緒にお風呂に
入る。これほど気不味いことがあるだろうか。

 しかし彼女にとって一番気になることは……。

(デ……、デカイ)

 箒の胸に実った豊かな二つのふくらみである。バスタオルで隠しているとはいえ、
その大きさは、驚異的だ。

 とりあえず二人は身体を洗うことにした。

 バスタオルの締め付けから解放されたその胸は女の鈴から見てもけしからん迫力である。

「一体なに食べたらそんなに大きくなるのよ」鈴は箒の胸を睨みつけながらつぶやく。

「へ? 何のことだ?」
 
「その胸よ」

「こ、これが?」

 箒は明らかに動揺している。

「べ、別にいいことは何もないぞ。肩は凝るし、男からは変な目見られるし、夏場は胸の下の
辺りに汗疹とかできるし」

「そりゃアタシに対する厭味か」

「でも、鈴は痩せていて羨ましいと思うぞ」

「そりゃあ、IS乗りとして理想の体型を維持するため、トレーニングは欠かさないわよ」

「そうか、凄いな」

173: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:20:24.08 ID:JYp0kFiCo

「まあね」

 鈴は自分で言っておいて、何だか空しくなってきた。これから学園を辞めようと考えて
いる人間が、なぜISのことにこだわっているのだろうかと。

(IS乗りか……)

 二人は身体を洗い終えた二人は湯船につかることにした。

「ねえ篠ノ之、せっかくだからこっちの露天のほうにしようよ」

 鈴はそう言って箒を呼ぶ。

「ん、ああ」

 数日前までの曇り空から一転して、この日は快晴であった。

「んー、気持ちいい」

 鈴は両手を上に伸ばし、上空を見つめた。空には飛行機が一本の飛行機雲をつくっていた。

(ああ、こんな青空の中を飛べたら、気持ちいいだろうな)

 ふと、鈴はそんなことを思ったが、すぐに打ち消した。

(いやだな、アタシ。まだ未練タラタラじゃないのよ)

「あの、鈴音……」

 ふと、箒が声をかけてきた。

「ねえ、篠ノ之」

「なんだ」

「アタシのことは、鈴でいいわよ。皆そう呼んでるし」

「ん……、そうか。わかった」

「その代わり、私もアンタのことは箒って呼ぶわ」

174: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:21:36.08 ID:JYp0kFiCo

「え?」

「だって篠ノ之って呼びにくいでしょう?」

「別に構わない」

「そういえば、最近はセシリアも箒って呼んでたわよね」

「そういえば、そうだな」

「仲良くなったの?」

「そういうわけではないけど……」

「けど?」

「華劇団として、一緒に飛ぶようになってから、彼女も変わったというか……」

「変わった?」

「ああいや、違うな。彼女はそれほど変わってはいない。私が、セシリアのことを
知ったんだ」

「ふうん……」

「じゃあ、鈴。改めて聞いていいだろうか」

「なに」

「どうして鈴は、ISに乗ろうと思ったんだ?」

「私……?」

 単純だが深い質問に鈴は戸惑う。答えをはぐらかすこともできたのだが、
ISに関してはそれなりにプライドを持っている彼女に、そんなことはできなかったのだ。

「私がISに初めて乗ったのは、十四歳の時。当時は量産型だったんだけど、
それに乗って空を飛んだ時、本当に凄いと思ったわ」

「凄い?」

175: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:22:40.44 ID:JYp0kFiCo

「単なる飛行型パワードスーツではない、何かを感じたの。もう一人の自分の身体を
手に入れた感覚」

「わかるような気がする」

「でしょう? IS開発者の一人は言ったわ。『ISは人類の新しい可能性を切り開く』ってさ。
アタシはその時ね、自分でその新しい可能性を切り開きたいって、思ったの」

「そうなんだ……」

「まあ、身の程知らずだったんだけどね」

「そ、そんなことはないだろう」

「あるわよ箒。アタシは怖くなったの」

「怖く?」

「初めての戦いで、敵の攻撃をまともにくらって、それで怖くなった。こんなザマじゃあ、
もうISには乗れないわ」 

「やはり、私のせいで」

「はあ? 違うわよ!」

 思わず鈴は立ち上がってしまう。ほかの入浴客がこちらに注目した。

「失礼」

 そう言って、鈴は再び湯船につかる。

「言っとくけど、負傷したのは私の不注意、誰のせいにする気もないわ」

「でも、あの“事故”がなければ鈴は……」

「戦いに『もしも』はないわ。運も実力のうちってね。結局私はその程度だったの」

「鈴……」

「もうこの話は終わりにしましょう」

176: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:23:35.80 ID:JYp0kFiCo

「……ダメ」

「え?」

「ダメだ、終わらせない」

「どうしたのよ」

「鈴、聞いてほしい。私もあの後怖くなった。二度目の出撃はできないと思っていた」

「……」

「でも私は出撃した。いや、出撃することができた」

「どうしてよ」

「隊長が、大神さんがいてくれたから」

「大神っちが?」

「そうだ。彼が一緒に飛んでくれるだけで、私は凄く心強かった。今でも出撃の時は
緊張する。苦しいし逃げ出したいと思うこともある。でも、私は飛ぼうと思う」

「……ふふ」

 箒の真剣なまなざしを見て、鈴は思わず笑みがこぼれた。

「な、なにがおかしい」

「いや、ゴメン。箒ってさ、好きなんだね。大神っちのこと」

 箒の顔が急激に紅潮する。

「べっ、べべべ別に大神さんのことはそんな、好きとか嫌いとかではなく、ただ単純に
上官として尊敬をだな」

(分かり易いやつ)

 鈴は、箒だけでなく、その彼女をここまで惚れさせた大神宗一郎という男にも興味を
持ったのだった。





   *

177: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:24:03.85 ID:JYp0kFiCo




 大神たちは食事をして、適当にリラックスしてから学園に戻ることにした。

「それにしても大きかったわね、箒」

「バカ、ここでその話をするな」

 なんだか来る時よりも二人の表情が明るいし、心なしか仲良くなった気がする。

「ねえ、大神っち」

 ふと、鈴が早足で大神の隣にきた。

「なんだい」

「箒のこと、どう思ってる?」

 後方から箒の「ひぃ!」という声が聞こえた。

「どうって?」

「いやもう、なんかあるでしょう? 好きとか嫌いとか」

「ちょっと鈴」

「アンタは黙ってなさい」

 大神は少し考えてから答えた。

「そりゃあ、大事に思っているよ」

「へえ……」

「大事な仲間だからな」

「それだけ?」

「もちろん違うぞ」

「ほお……」

178: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:24:32.82 ID:JYp0kFiCo

「箒くんは俺の大事な生徒でもあるからね」

「……」

「もちろんキミもだよ、鈴」

「まあ、そうよね」

「ど、どうしたんだい?」

「なんでもないわよ」

 鈴はつまらなそうにしてから、また箒の隣へと戻って行った。




   *

179: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:25:07.87 ID:JYp0kFiCo




 その後、大神たちはIS学園に戻ってきた。

 大神がはじめてここに来た時もそうだったけれど、日曜日の学園は静かだ。

 しかし、そんな学園でバタバタと走りまわっている人物がいた。

「あ、いたいた。戻ってきたって聞いたんですよ!」

「な、山田先生?」

 大神の同僚の山田真耶であった。

「どうされたんですか、山田先生!」

「なんで私も連れて行ってくれなかったんですかあ!!」

「ええ!?」

「あ、ごめんなさい。それも重要ですが、とにかく大神さん大変です」

「大変?」

「今すぐ地下司令室に来てください。篠ノ之さんたちも早く」

「!?」


 地下司令室に行くと、既に戦闘服姿になった千冬と米田、そして留守番をしていた
セシリアが待っていた。

「ちょうどいいタイミングだったな、大神。それに箒、鈴」

「降魔ですか」

「ああ、場所は場所は千葉県富津岬すぐ近くの海上……」

「そこってもしかして……」

「ああ、第一海堡跡に現れやがった」

180: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:26:45.68 ID:JYp0kFiCo

「なんですって!」

 第一海堡は東京湾に位置する海上要塞の一つで、第二次大戦終了時まで実際に運用されていた。
現在は要塞として使用しておらず、海上保安庁の灯台があるだけだ。
 なお、同地は財務省の所管であり、勝手に立ち入ることはできない。
(以上、ウィキペディアから引用)


 大神たちはV-22Jに乗って現場付近の海上に急行、そして“たまたま”東京湾上にいた
ヘリ空母型護衛艦日向に着艦し、そこからISを展開することになった。

 日向艦上――

「大神っち。私は……」

 鈴は申し訳なさそうに大神に話しかけた。

「鈴、キミはここで待っていてくれ。なに、すぐに終わらすさ」

「……はい」

 鈴は浮かない顔をしている。普段、気の強い彼女もこうして暗い顔をさせてしまうことに、
大神は少しだけ心が痛んだ。

「大神隊長、戦力は少ないが」

 千冬がそう言うと、

「大丈夫ですよ、やってみせます。なあ、箒くん、セシリア」

「あ、当り前です」箒は拳に力を入れて答えた。

「ええ、当然ですわ。今度こそ仕留めてみせますわよ」セシリアも力一杯応える。

「そうか、皆無事でな」

「はい!」

 千冬の言葉に答えて、三人は艦上に展開してある自分のISに向かう。

 その時、大神は途中で立ち止まり鈴に声をかけた。

181: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:27:14.95 ID:JYp0kFiCo

「鈴、帰ったら話をしよう」

「ええ?」

「これからのこととか、色々」

「……うん」

 鈴は軽く頷いた。

 そして大神は再び走り出す。

 夕焼けに染まる東京湾上で、護衛艦日向の艦上から三機のISが飛び立った。




   *

182: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:28:47.69 ID:JYp0kFiCo


 東京湾上空から海面を見ると、富津岬の先端部分に、小さな島のようなものが見える。
周囲には、警戒のため海上自衛隊や海上保安庁の艦艇が数隻警戒していた。

(あれが第一海堡だ)

 以前、ヘリコプターから見た光景とはまるで違う、禍々しい雰囲気を持っていた。降魔反応も
バンバンきている。

「みんな気を付けろ、木更津のときよりもはるかに魔力が強い」

『わかっていますわ』セシリアが返事をする。

『りょ、了解です』箒も答えた。

 自衛隊の偵察部隊からの情報だと、すでに海堡全体を武装化しているという。

(魔操兵器にはそういう芸当もできるのか)

(あの時、木更津で始末できていれば……)

 大神は後悔はしたけれども、すぐに切り替える。切り替えの早さは彼の特技でもあるのだ。

「過去のことをくよくよしても仕方がない、今は目の前の敵を倒すまで」

 大神は意を決する。

「箒くん、キミは俺のサポート。セシリア! キミの攻撃で魔操兵器周辺の砲台を叩くんだ」

『紅椿了解!』

『ブルーティアーズ、了解ですわ!』

 大神は機体を加速させ、第一海堡に接近した。

 海堡の中心には木更津で見たあのISが留まっている。

 こちらの接近を察知した敵は一斉に銃撃を開始。

 小型のエネルギー弾が、文字通り雨霰のごとくこちらに襲いかかってきた。

「箒くん、当たるなよ!」

183: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:29:38.91 ID:JYp0kFiCo

『は、はい!』

 大神は拘束で海堡周辺を旋回した。

(まるでハリネズミのようだ。この段階で上空からの攻撃は不利)

 そう判断した大神は、侵入路を決める。

「皆! 西側から低空で侵入するぞ! セシリアは海堡の西側を中心に破壊。
箒くんは俺の後ろをついてきてくれ」

『了解ですわ』

『了解』

 大神は機体を反転させると、比較的弾幕の薄い海堡西側に回り込み、
そこから急降下して海上スレスレを飛んだ。

 バババと空気を切り裂く音とともに敵のエネルギー弾が通り過ぎる。

「ここならいけるぞ!」大神は水しぶきを上げ海面スレスレを飛び海堡に接近する。

 しかし――

 巨大な水柱が立ち爆音が響いた。

「くそ!」

 大神たちはその爆発から逃げるため海上で急停止する。

 よく見ると、海上にはいくつもの黒い物体が浮かんでいたのだ。

(機雷だと……!?)

 確証はないが、機雷のようなものをすでに海上周辺に敷設しているようだ。

 再び激しい銃撃。

「箒くん!」

『はい』

184: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:30:15.57 ID:JYp0kFiCo

「キミの技で、海上の機雷を吹き飛ばせるか」

『やってみます』

「その前に、一旦ここから離れるぞ」

『了解』

 大神と箒は一旦、その場を離れ、十分距離を取ってから再び海上から接近した。
今度は箒が先頭だ。

「いけ、箒くん!」

『了解。破邪剣征――』

 箒の機体が赤く光る。

『桜花放神!!』

 物凄い光と音が海上を二つに、割る。

 まるで十戒のごとく、海が二つに割れ、その割れは海堡の先端まで到達した。

「よくやった!」

 そう言って大神は箒の機体を追い抜き、海堡の先端まで加速する。

 一旦は止んだと思われた銃撃だが、再び激しい攻撃が加えられてきた。

『隊長!!』

「大丈夫だ」

(この程度の攻撃で壊れるほど、俺のISはヤワじゃない!)

 大神は心の中でそう叫び、海堡の先端にある砲台に一太刀浴びせる。

「せいりゃ!!」

 砲台はいとも簡単に爆発した。

185: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:31:02.89 ID:JYp0kFiCo

「いけるぞ!」

 そう思った瞬間、彼の前に巨大な影が出現する。

『隊長! 敵のISが!!』

 セシリアの声が聞こえた。

「なに!?」

 今まで島の中心部でじっと動かなかった敵、IS型の魔操兵器が大神のすぐ近くにまで
迫っていた。

 しかもその手には、銃ではなく巨大な斧が握られている。

(こいつ、接近戦もできるのか)

 そう思った瞬間、巨大な戦斧が振り下ろされた。

「ぐわ!!」

 二本の刀を十字にして、なんとか敵の攻撃を受けたが、その凄まじい“重さ”に、
大神の機体が沈む。

「くっ!」

『隊長おおおおおおおお!!!!』

「箒くん!」

 篠ノ之箒の紅い機体が高速で大神のほうに突っ込んでくる。

「でりゃあああああ!!」

 箒の一刀流が、敵のISに直撃する。

 だが、効かない。

 それどころか、逆に戦斧の一振りで箒の機体は吹き飛ばされてしまった。

「箒くん!」

186: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:31:49.71 ID:JYp0kFiCo

 大神が箒を助けようとしたところで、敵はこちらを攻撃してくる。

「くそう!」

 一瞬、島から離れた箒に周囲の砲台が火を吹く。

(しまった、箒くんは機雷と砲台を吹き飛ばすために余分なエネルギーを使ってしまったんだ。
くそっ、こんな大事な時に俺はなんてことをしてしまったんだ!)

 そんな大神の後悔をよそに、ISは容赦なく攻撃を繰り返してくる。

「ええい、だが接近戦なら負けやしない」

 大神は戦斧の攻撃をかいくぐり、敵の胴体を斬りつけた。

「グウォオオオオオオ」

 魔操兵器の声のようなものが聞こえる。

 効果はある。こいつだって、やたら硬いだけで決して倒せないわけじゃない。

 だが――

 後ろからの攻撃がくる。

 海堡に設置されたいくつかの壊し終えていない砲台が執拗に大神の背後を狙ってきているのだ。

『どんどん出てきますの! キリがありませんわ』

 遠方からセシリアが狙撃で砲台を一つ一つ破壊するも、とても間に合わない。

「打撃、俺にもっと攻撃力があれば……!」


『ないものをねだってもしょうがないでしょう?』


 その時、大神の後方から何かが飛んできて、IS型魔操兵器にぶち当たった。


「な!?」

187: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:32:46.12 ID:JYp0kFiCo

 驚きはしたが、敵が一瞬ひるんだと感じた大神は、すかさず攻撃を繰り出す。

「せりゃあ!!」

『なかなかやるじゃない、“隊長”』

「キミは!」

 篠ノ之箒と一緒にいる機体、それは紛れもなく凰鈴音の操縦する専用IS、甲龍であった。

『アタシが来たからには、情けない戦いなんてさせないわよ!』

 そう言って鈴はISに対して蹴りをお見舞いした。

 そして、地面に落とした青龍刀のような主要武器を拾うと、再び敵から距離を取る。

 大神もそれにつられて距離を取った。

「鈴、どうしてここに」

『どうしてって、アンタたちの戦いが見てられなかっただけよ」

「でもキミは……」

『ええ、怖いわ』

「鈴……」

『でもね――』

 ここで鈴は一息つく。

『ここでアンタたちがやられちゃうほうが、もっと怖いと思ったのよ』

「鈴、キミは」

『さて、さっさとやっちゃいましょう。隊長、指示を出して』

「あ、ああ。セシリア!」

188: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:34:37.80 ID:JYp0kFiCo

『はい』

「キミは俺たちの後に来て支援火力を頼む」

『ブルーティアーズ了解ですわ』

「次に箒くん」

『は、はい』

「キミは俺たちのサポートだ。砲台の攻撃を頼む」

『紅椿了解です』

「そして鈴」

『なによ』

「キミは俺と一緒に突入だ。できるか」

『いきなりハードなことさせるじゃない』

「……」

『でも――、隊長のそういところ、嫌いじゃないわよ』

「よし、行くぞ!」

『了解!!!』

 完全に闇に染まった東京湾上空で、大神たちは決着をつける。

「セシリア!」

『了解ですわよ、出力全開!!』

 セシリアの連続狙撃で一瞬、敵の砲台が沈黙する。

「突っ込むぞ!」

 大神たちは突入する。

 真ん中が大神、左翼には箒。

 そして攻撃の要である右翼には、鈴だ。

189: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:35:40.34 ID:JYp0kFiCo

 残った砲台から射撃が来るが、大神が壁になってガードする。

『隊長!』箒の声が響く。

「大丈夫だ!」

 そして長細い海堡の端に到達すると、箒は自慢の長刀で残った砲台を叩き斬った。

「行くぞ鈴!」

『わかってるわ』

 敵のISが近い。

 戦斧を持って構えている。

 ここで鈴と大神の機体は並んだ。


「陰陽天空――」


 二人は構える。


「双・龍・斬!!!!!」


 あれだけ硬かった敵の胴体が、鈴と二人で力を合わせることによって、
いとも簡単に砕けてしまう。

 そして夜の東京湾は、一瞬だけ昼の明るさになった。




   *

190: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:36:14.25 ID:JYp0kFiCo



 翌日、いつもの朝がやってきた。

 昨日激しい戦闘をしたにも関わらず、鈴、箒、そしてセシリアもいつも通り登校してきたようだ。  

 廊下で彼女たち三人を見かけた大神は声をかけた。

「おはよう、三人とも」

「おはようございます」

 箒は丁寧に挨拶する。

「おはようございますわ。大神三尉」

 セシリアは優雅(?)に挨拶をする。

 そして鈴は、

「おっはよー、大神っち」

 実になれなれしかった。

「おいおい、TPOはどうした」

「いいじゃない。これから長い付き合いになるんだから」

「え、それって」

「もう少し、この学校にいようと思ったの」

「そうか、良かった」

「あ、それから箒」

 不意に、鈴は箒のほうを向いて言った。

191: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/04(木) 20:37:11.63 ID:JYp0kFiCo

「今日からアンタ、ライバルだから」

「どういうことだ?」箒は聞き返す。



「こういうことよ」



 !?



 そう言うと、鈴は大神の腕を掴み、飛び上がって彼の頬に軽く口づけをした。

「えええええええ!!!!」

 朝の校舎内に、箒の声が響き渡った。




   つづく

202: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:15:19.12 ID:5Jwnh/F/o





 どんな偉大な行動、どんな偉大な思想も、そのはじまりはささやかなものだ。


                                          カミュ
  

203: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:16:12.04 ID:5Jwnh/F/o

 鈴の復帰から数日後の朝、大神は校長室へと呼びだされた。

 任務でもない限りこんな朝早くから呼び出されることなどないので、少し不信に思いつつも、
大神は校長室を訪ねる。

「大神です! 参りました」

「おう、入れ」

 校長室の中から米田の声が聞こえてきた。

「失礼します」

 そう言って大神は校長室へと入る。

「ん?」

「どうした大神」

 校長の椅子に座った米田が聞いてくる。

 何かが足りない、そう思い米田の横を見て大神は納得した。

「あの、織斑先生は……」

「ん? 千冬か? 職員室に決まってるだろう」

「あ、そうですか」

 米田が呼び出しをした時にはいつも千冬が彼の右側に立っていたので、
大神としては少し物足りない気持ちになったことは事実だ。

「なんだ、千冬がいなくて残念だったか」

「いえ、別にそんなことは」

「隠すな、顔に出てるぞ」

「あ、いや。それより校長、用とはなんでしょうか」

 大神は動揺を誤魔化すために姿勢を正した。

「ああ、そうだった。実は、花組の新隊員のことについてだ」

「新隊員ですか?」

204: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:16:59.69 ID:5Jwnh/F/o

「そうだ。鈴も戻ってきて、戦力も整ってきたと思うが、少しバランスが悪い。
そうは思わんか?」

「それはどういう意味ですか?」

「戦力的な意味だよ。大神、お前を含めたメンバー四人のうち、近接戦闘型が三人だ、
それに対して長距離戦闘が可能な支援型のISはセシリア一人」

「確かに、そう言われるとバランスが悪いですね」

「前衛が多いのはいいことだが、セシリア一人では荷が重すぎる。そこで、新メンバーを
加えようということになった」

「はあ……」

「既に候補は呼んである」

「ちょっと待ってください校長」

「なんだ」

「その新隊員というのは、この学校の生徒ですか?」

「あん? 確かにそう言われてみればそうだな」

「どういうことです」

「“今日から”この学校の生徒ってことだ」

「はい?」

「つまり転校生だな」

「転校生……」

「おい、入ってこいよ」

 そう言って米田は声をかけた。

 すると、大神が入ってきたドアとはまた別の、隣の部屋に直接つながっているドアが開く。

「失礼します――」

 丁寧な言葉で、一人の生徒が入ってくる。

「な!」

 大神はその姿を見て驚いた。

「はじめまして、シャルル・デュノアと言います」

 転校生は、学園の制服らしきデザインの服を着ているけれど、スカートではなくズボンを
はいているのだ。

「男、ですか?」

「まあ、そうだな」

 米田はニヤニヤしながら答えた。 

205: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:17:25.60 ID:5Jwnh/F/o
 







    I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦



         第六話 力の使い方
  

206: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:17:59.58 ID:5Jwnh/F/o


 朝の校長室で、校長の米田の隣に立った転校生は、なんと男子生徒だったのだ。

「男子ですか? 校長」

「ああ。こいつのことは、気軽に“シャル”とでも呼んでやってくれ」

「よろしくお願いします」

 シャルは再び頭を下げる。

「で、でも校長。男なのにISに乗れるんですか?」

「なに言ってんだ大神。お前だって乗れるじゃねえか」

「いや、そうですけど」

「実際男のIS乗りはいるぞ。数は多くないけどな」

「そうなんですか」

「整備科の阿部先生とか操縦できるんだぜ」

「なんだって!?」

「まあ、この話は置いといて」

「置いとくんですか……」

「それより大神」

「はい」

「シャルは銃器を主体とする典型的な支援型ISの搭乗者だ」

「それは頼もしいですね」

「早速だが今日の放課後、アリーナで千冬たちやほかの隊員を集めて起動試験を行うから」

「いきなりですか」

「降魔はいつ出現するかわからん。一刻も早くシャルには戦列に加わってもらわなければ
ならんからな」

207: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:18:33.58 ID:5Jwnh/F/o

「しかし校長」

「なんだ」

「彼女、いや、彼のIS搭乗経験はどれほどのもので」

「心配するな、なあシャル。お前、ISに乗り始めてからどれくらいだ」

 急に話を振られて動揺したシャルだが、すぐに気持ちを切り替えて答えた。

「はい。十二歳の時からですので、四年です」

「だそうだ。シャルはヨーロッパ大手のデュノア・エレクロニクス社のテストパイロットを
やっていたんだ。IS搭乗経験ならお前よりもはるかに多いぞ」

「そうなのか」

 大神はシャルの姿をマジマジと見る。

「……!」

 するとシャルは恥ずかしそうに目を伏せた。

(確かに、男性用の服は着ているけれと……)

 大神はシャルの身体を見て思う。

(なんだか華奢だし、まるで女の子のような身体つきだな)

 先祖代々、女体に対して敏感な大神は、そんな違和感を覚えたのであった。

「あの、シャルって呼んでいいかい?」大神は優しく話しかける。

「はい、構いません」

「じゃあシャル。よろしく。俺が帝國華劇団花組隊長の、大神宗一郎だ」

 大神はそう言って右手を差し出す。

「よろしくおねがいします」

 シャルも右手を差し出し、大神の手を握った。

(柔らかいな……)

 男の手にしては、明らかに柔らかいその右手の感触に、大神は不覚にもドキドキして
しまったのだった。



   *

208: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:19:01.80 ID:5Jwnh/F/o


 その後、シャルは教室に行くことになった。

 当然ながら彼の所属する二年一組はもう大騒ぎだ。

「は、はじめまして。シャルル・デュノアです」

 ドッと女子の声援が湧きあがる。

「キャー、美少年よー」

「こっちこっち」

「シャルルくーん」

「甘いものは好きですか?」

「誕生日いつ?」

「好きな女性のタイプは?」

「孤独のグルメは好きですか?」

「フランスでは、ナルトとドラゴンボール、どちらが人気なのでしょうか」

「きゃああああうううう」

 よく見るとほかのクラスからも女子生徒が見物に来ているのだ。

 大神はこの狂乱の宴を眺めながら、自分が赴任してきたときのことをふと思い出した。

(俺のときよりも、反応が大きい。こういう風に騒がれるのは嫌だけど、なんだか男としては
複雑だな)

 そんなことを思いつつ、クラスにいる花組の隊員を目で探す。

 篠ノ之箒は相変わらずというか、すました表情で前を向いていた。

 セシリアも周囲の熱狂から隔絶されたように落ち着いており、こちらの目線に気づくと
軽く手を振る。

209: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:19:43.73 ID:5Jwnh/F/o

 周りに流されていない彼女たちを見て、大神は少しホッとしていた。
もし、彼女たちもほかの生徒たちに流されて、シャルのことで熱狂していたら
かなりショックを受けていたかもしれない。

 なお、鈴は二組なのでいない。

「お前たち、何をやってるんだ!」

 騒ぎを聞きつけた織斑千冬が教室にやってきたようだ。

「こら、お前たちは別のクラスだろうが。早く教室へ行け! そこの田中、伊藤、
お前らは席に着け!」

 さすがは無敵の学年主任。

 今まで騒ぎまわっていた生徒たちが蜘蛛の子を散らすようにそれぞれの席に戻って行く。

「大神先生、山田先生。あなたがたがしっかりしないと、授業になりませんよ」

「すみません」真耶はシュンとなって頭を下げる。

「申し訳ありません」大神も男として情けない、と思いながら謝った。

 千冬の介入により、ようやく落ち着いたかに見えた学園も、昼休みになるころには、
再び騒がしくなるのだった。



   *

210: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:20:21.45 ID:5Jwnh/F/o

  
 その日の放課後、訓練用アリーナに集められた隊員たちは一様に驚いていた。

「まさか噂の転校生が」

「新しいメンバーだなんて……」

「信じられませんわ……」

 箒、セシリア、鈴の三人は目を丸くする。

 彼女たちの目の前には、IS用のアンダーギアを着た噂の転校生、シャルル・デュノアが
いたのだから驚くのも無理はない。

 そんな彼女たちに対して、千冬が説明をした。
 
「彼は、デュノア・エレクトロニクス社でテストパイロットをしていたからISの操縦に関しては
問題ないそうだ。また、機体はデュノア社から支給されたものを使う」

「みなさん、よろしくお願いします」

 シャルはそう言って頭を下げた。

 ふと、大神はあることが気になったので聞いてみることにする。

「ところでシャル。キミの名前はデュノアというけれど、やはりデュノア社と関係があるのかい?」

「え? いや……、関係はありません。たまたまです」

「……そうなんだ」

 どうも会話がぎこちない。

 この場に漂う微妙な空気を感じ取り、いち早くそれを払おうとしたのは山田真耶であった。

「そ、そうだ。みなさんもお互いに自己紹介しましょうよ。教室でもしたとは思いますけど、
メンバーとしては初めての顔合わせですし」

「そうだね。ほら、みんな」大神も真耶に続いて、自己紹介を促す。

211: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:21:10.41 ID:5Jwnh/F/o

 まず最初に自己紹介をしたのは意外にも箒であった。

「二年一組、篠ノ之箒だ。特技は剣道。とうぞよろしく……」

「よろしく。篠ノ之さん」

「同じく二年一組、セシリア・オルコットですわ。あなた、私と同じ遠距離支援型と聞きましたけど、
今日はそれがどれほどのものか、じっくり拝見したいと思います」

「よろしくオルコットさん。ご期待に添えるかどうかわからないけど、頑張ります」

「二年二組、凰鈴音よ。そこにいる箒や隊長と同じ近接戦闘型だから、ちゃんと私たちの支援が
できるか、見せてもらうわ」

「はい、がんばります」

 シャルの対応は、超がつくほど丁寧なものであった。

 ぶっきら棒な箒、高飛車なセシリア、そしてやたら気の強い鈴など、“癖”の強い隊員の相手を
してきた大神にとって、こんなにも丁寧で優しい感じの隊員は初めてである。 

「自己紹介も終わったな、それではデュノアのISを展開するぞ」

 自己紹介が終わるまできっちり待っていてくれた千冬がそう言うと、シャルの表情が引き締まる。

「わかりました」

 アリーナの床が開き、中のエレベータからシャルがこれから乗る専用機が出てきた。

 オレンジ色の機体が姿を現す。

「あれが、シャルの専用機ですか」

「はい。我々は単にラファールと呼んでいますが、正式名称はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡと
言います。第二世代型の量産型ISを、彼専用に改造したものと聞いております」

 タブレット型のコンピュータを抱えた真耶が説明してくれた。

「量産型?」

212: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:22:13.10 ID:5Jwnh/F/o

「あら、量産型と言ってもバカにできませんよ。詳しい改造まではわかりませんけど、
ラファールは日本の打鉄(うちがね)よりも拡張性が高く、装備にも幅がありますから」

「拡張性ですか」

「ええ、つまり同じISでも色々な武器が同時に搭載できるということです。その分打撃力は
落ちますが、汎用性の高いISであることは間違いありません」

「なるほど。ということは作戦によって、柔軟な対応ができるということですね」

「その通りです。デュノア君が、どれほどの種類の武器を使いこなすことができるのか
わかりませんけど、これからの活躍が期待できそうです」

「ふむ……」

『これより、シャルル・デュノアの起動試験を行う。アリーナ内にいる者は、事故防止のため、
専用の見学エリアに移動すること』

 無線から千冬の声が聞こえてきた。

「さ、私たちも行きましょう、大神先生」

「あ、はい」

 山田真耶に連れられて、大神は見学ボックスへと入った。アリーナ内では、ISの動きを
間近で見学するためのボックスがいくつか用意されているのだ。

『こちらサーポート、シャルル・デュノア、ISネームを申告せよ』

『こちらシャルル・デュノア、ISネーム“クロード”』

『ISネーム了解。クロード、訓練飛行を許可する』

『クロード了解。これより訓練飛行を開始します』

 シャルのISがふわりと浮きあがる。

 スムーズかつ安定した浮遊は、彼のIS操縦技術の高さを示している。

 それからシャルはオレンジ色の機体を上昇させる。夕日の色と機体の色が入り混じって、
やけに幻想的に見えた。

213: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:23:10.35 ID:5Jwnh/F/o

 右旋回、左旋回と機体をゆっくり旋回させ、それから今度は素早く旋回させた。

(上手いな……)

 ISに乗り始めてまだ一ヶ月も経っていない大神だが、それでもシャルの上手さは
容易に理解できた。無駄な動きがない。

『こちらサポート、クロード、射撃を許可する』

『クロード了解。射撃開始』

 シャルは、右手に装備した機関銃型の武器を構えた。セシリアの狙撃用レーザーライフルよりも、
やや銃身は短いけれど、その分だけ取り扱いが容易そうに見える。

 バババッと連続したエネルギー弾が次々に的を射抜いて行く。訓練用に設定された低出力射撃
ではあるけれども、その射撃技術は目を見張るものがある。

 一撃必殺のセシリアとはまた違った頼もしさがあった。

 しかし――

「どうしました? 大神さん」

 ふと、横にいた真耶が聞いてくる。

「いや、何でもありません」

 確かに機動も銃撃も完璧に見える。

 だが、大神には何か引っかかるものがあったのだった。




   *

214: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:24:29.19 ID:5Jwnh/F/o

 一通りの訓練を終えたシャルが戻ってきた。

「日本(こっち)に来たばかりだというのに、凄いね、シャルは」

「ありがとうございます」

 シャルが照れくさそうに笑う。

「ふむ。実に無駄のない動きだ。射撃もよかったぞ、シャル」

 珍しく箒が褒めた。

「なに、箒が人を褒めるなんて、こりゃ雪が降るんじゃないの?」

 鈴が箒の言葉を茶化す。

「私だって、評価するときは評価する。そういうお前はどうなんだ鈴」

「まあ、いいんじゃないの? 今のところはね」

「どういうことですか?」と、シャルが聞く。

「訓練で上手く行っても、本番でどうなるかって話よ」

「ふん、経験者は語るという奴か」箒が腕組みをして鼻で笑う。

「うるさいわねえ! 結構大事なのよ!」

「……」

 箒と鈴が言い合いをしている間、セシリアはじっとシャルのISを見つめていた。

「セシリア?」そんな彼女に大神が話しかける。

「え? なんですの? 大神三尉」

「ああ、いや。どうしたのかなっと思って」

「いえ、何もありませんわよ」

「そうか。それならいいんだけど」

215: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:25:13.80 ID:5Jwnh/F/o

 その後、大神たちは全員がISを起動させ、フォーメーションの訓練を繰り返した。
ちなみに鈴は、模擬戦をやりたいと主張したが、千冬たちはそれを許可しなかった。




   *




 一通りの訓練を終えた後、大神はセシリアに再び声をかけた。
 
「セシリア」

「あら、三尉。どうされました?」

「実はセシリアにお願いがあるんだ」

「お願い?」

「ああ、実はシャルのことなんだ」

「シャルさんがどうかされましたの?」

「彼は、日本にきてまだ日が浅いだろう? それに学校だって変わってしまったし、
色々と慣れない環境で大変だと思うんだ。その上、降魔とも戦わなければいけない」

「はい」

「だから、セシリアからシャルに色々と教えてあげられないかな」

「教える、ですか?」

「そう、学園生活のこととか、あとISの運用の仕方とか」

「……」

「セシリアは、何度か実戦に参加しているし、成績もトップクラスだから色々と詳しいと思うんだ。
だから頼むよ」

「新入隊員の教育係、といったところでしょうか」

「そう、そんな感じ」

216: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:25:50.80 ID:5Jwnh/F/o

「念のために聞きますけど、どうして私に?」

「ほら、セシリアは結構教えるのが上手いじゃないか。俺に無反動旋回なんかも教えて
くれたし」

「なるほど」

 本当は、消去法で最後に残ったのがセシリアだったのだが、それは大神の心の中に
そっとしまわれた。

「わかりましたわ大神三尉。このわたくし、セシリア・オルコットが転校生兼新入隊員の
教育係を行いますわ」

「ありがとう、セシリア」




    * 

217: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:26:49.12 ID:5Jwnh/F/o
 

 その日の夕食は、寮の食堂でセシリア、鈴、箒、そしてシャルの四人で食べることに
なった。

「ごめんなさいね、シャルルさん。本当は歓迎パーティーでもしてあげたいのですけど、
なにぶん急なことですし」

 セシリアが隣に座るシャルを気遣いながら言う。

「いえ、とんでもないです。僕なんかのために、皆さんの予定を変えることはありませんよ」

 シャルはそう言って軽く手を振った。

「なに言ってんのよ。歓迎会なんていつでもできるでしょう」と鈴。

「今はそういう状況ではないけれど、いつかはしたほうがいいかもしれないな」箒もそれに同調した。

「ところでみなさん」

 セシリアが話の流れを切るように言う。 

「今日の訓練後に大神先生から頼まれたのですけど、シャルルさんの学校生活や例の活動に
ついての教育は、私セシリア・オルコットが行います」

「へえ、そうなんだ」鈴がポテトをモソモソ食べながら反応した。

「大神先生、なぜ私ではなくセシリアを……」箒が何かブツブツ言っている。

「箒、アンタ自分が指導者向きだと思ってんの?」

 そんな箒を無視して、セシリアは話を続ける。

「同じ、遠距離支援型のISですし、色々と助け合うところは助け合いましょう。わからないことが
あったら、何でも私に聞いてくださいね」

「ありがとう、オルコットさん」

 そう、シャルは礼を言った。

「ノンノン。違いますわシャルルさん」

218: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:27:31.10 ID:5Jwnh/F/o

「違う?」

「私のことは、セシリアで結構ですわよ」

「セシリア……」

「そうよ。もう仲間なんだから、堅苦しいのはナシ。アタシのことは鈴って呼びなさい」

「うん、わかったよ。鈴」

「わ、私は箒だ」

「ホウキ?」

「そうだ」
  
「よろしく、箒」

「よろしくシャルル」

「……ところで箒」

「なんだ」

「キミの飲んでいるそれは何?」

 よく見ると、箒は食堂のメニューにはない四角い紙パックの飲み物を飲んでいる。

「これか。これに目を付けるとは、キミもなかなかやるな」

「?」

「これは『ヨーグルッぺ』という飲み物だ。数ある乳製品の中でも極上のものだぞ」

「へえ、そうなんだ」

「そんなの売店で買えるじゃない」と、鈴は口を挟む。

 そんな鈴にセシリアは言った。

「あら、でも鈴さん。そのヨーグルッペを飲んだら、胸が大きくなるかもしれませんよ?」

219: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:28:20.55 ID:5Jwnh/F/o

「はあ? なに言ってんのよセシリアは」

 と、鈴は言ったものの、彼女の目がヨーグルッペを飲む箒の胸元に言っていることを
見逃さなかった。

「鈴よ。胸の大きさとヨーグルッペは関係ないと思うぞ」

 胸を凝視された箒はやや照れくさそうに言う。

「べ、別に胸なんて気にしてないわよ。あんなもの飾りよ」

「そうだな。胸が大きくてもあまりいいことはない。先月も新しい下着を買わなければならなく
なったから」

「喧嘩売ってんの? アンタ」

 箒に顔を寄せる鈴をセシリアがなだめる。

「ほらほら鈴さん、落ち着いて。殿方がいる前ではしたないですわ」

「ってか、最初に話を振ったのアンタじゃないのよ」

「あら、そうでしたっけ?」

「アハハハ」

 そんな彼女たちの様子を見て、シャルは思わず笑みがこぼれる。

 その純粋な笑顔に、三人は少々気恥ずかしくなってしまったようだ。

「ごめんなさい。笑うつもりはなかったんだけど、皆さんが本当に仲良さそうだったから、
思わず」

「仲良さそうに見える?」

 鈴が、やや照れくさそうに言った。

「……」箒もそう言われて黙りこくってしまう。

「まあ、今だから言いますけど、私たち、最近までそれほど仲が良かったわけでもありませんのよ」

220: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:28:58.72 ID:5Jwnh/F/o

「そうなの? なんだか昔からの友達みたいで、羨ましいと思ったよ」

「私たちの学園は、かなり競争も厳しいですし、生徒同士の交流というのも限られたもの
でしたの」

 とセシリアが言うと、鈴も続く。

「アタシたちがこうして一緒になったのも、元々は“例の活動”がきっかけだったんだけど、
最初のころは連携も上手く行かなくて大変だったのよ。でも、あの人が来てから変わったわ」

「あの人?」

「大神先生ですわ」

「大神先生……」

「あの人がいてくれたおかげで、楔といいますか、まとまりが出てまいりましたの。なんだか、
不思議な方ですけど、とても頼りになりますのよ」

「そうなんだ……。凄いな、大神先生は」

「凄いといえば、凄いのかもしれませんわね。何かを変える力はあると思いますわよ」

「何かを変えるか……」

 セシリアの言葉を聞いたシャルは、何かを考えるように俯いた。




   *

221: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:29:50.42 ID:5Jwnh/F/o

 IS学園、校長室――
 
「触媒?」

「そう、触媒だ」 

「それが彼、大神くんに要求される能力ですか」

「ああ」

 校長室では、校長の米田が椅子に座り、教員の織斑千冬が窓際に立っていた。

「確かに、大神のIS乗りとしての能力は、お前から見ればまだまだだろうよ、千冬」

 米田はそう言って、御猪口に注いだ日本酒を飲む。

「成長の速度は驚異的ではありますけどね。正直、素人の状態からあの短期間で
ここまで上達するとは、正直思いませんでした」

「だが、俺たちがあいつに期待するのは、戦闘力じゃあねえ。もちろん、本人の強さも
重要だがね」

「それが、触媒としての役割ですか」

「そうだ。大神の部下、つまり花組の隊員は一人一人の個性が強い。故にその個性が
互いにぶつかりあって、強さを打ち消しちまうこともあった」

「最初の戦闘の時ですね」

「だからそんな彼女たちの個性をつなぎ合わせ、強い一つのチームを作る、そんな触媒
としての役割を期待しているのさ」

「今のところ、どうですか」

「ああ、今のところは合格だな。最初のころは殺伐としていたけど、今はいい感じに連帯感も
生まれている。それでいて緊張感を失っていない」

「部隊の指揮官としては理想ですね」

222: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:30:27.08 ID:5Jwnh/F/o

「ただ、これから新しい仲間が入ったらどうすなるか、という問題も出てくるわな」

「シャルル・デュノアのことですか」

「戦力としては申し分のない人材だ。ただいくら強くても、チームに溶け込ませないと、
足を引っ張る存在になりかねない」

「そのデュノアのことなんですが」

「どうした」

「彼のデータには、わからない部分が多くあります」

「そりゃデュノア社のせいだろう。企業秘密とか何とかで、色々と詳しい身体データを
不明確にしやがったんだから」

「校長、何か知っていますね」

「なんのことだ?」

「我々に、というか、私に隠していることが、まだおありのようですが」

「そうかな、クックック」

「校長……、いえ、司令」

「そう焦るな、時期にお前にも話す。もちろん大神にもな」

「そうやって物事を隠すのは、良くないですよ」

「それが秘密部隊ってものよ。仲間にだって隠すことはあるさ」

「はあ……」




   *

223: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:31:21.23 ID:5Jwnh/F/o

 IS学園資料室――

 訓練を終えた大神は、そのまま寮には帰らず、この日に収集した訓練データを見直していた。

 シャルル・デュノアの訓練を見ていて感じた違和感の原因を探るためである。

 学園内で行われた訓練のデータは、すべて学園のデータベースに保存される。
秘密部隊の訓練といえども、それは例外ではない。

 起動、飛行、攻撃、防御。あらゆる点で、彼は上手くこなしている。

 特に問題はない。

 しかしなぜこんなにも引っかかるのだろうか。

 ふと、シャルの映像を見ながら大神は考えた。

 上手すぎるのだ――

 まるで、モノサシで線を引いたような上手さだ。

 セシリアや鈴も上手いのだが、どこか癖のある上手さであるのに対し、シャルのそれは何かの
お手本通りといった感じである。

(何と言うか、力を抜いている感じ、だろうか)

 大神は自分の中の違和感を上手く言葉に出来ず、歯がゆい思いを抱えていた。

(仲間を疑うというのはよくないことなんだろうけど、シャルに関しては分からないことが多すぎる。
もっと、色々話を聞くべきだろうか)

「なにをしているんだい、大神くん」

「はい?」

 大神が振り返ると、そこにはスーツ姿の千冬がいた。

「織斑先生」

「校長室から戻ってみれば、資料室に灯りがついていたものでね。まだ戻っていなかったのか」

224: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:32:08.12 ID:5Jwnh/F/o

「ええ、すいません。今日の訓練で気になることがあって」

 千冬はゆっくりと歩いて大神に近づく。

「シャルル・デュノアのことか?」

「は、はい。そうです」

「何か問題でも?」

「いえ、俺の方からは何もありません。ただ――」

「ただ?」

「何もないことのほうが、問題かな、と」

「そうか」

「すいません、素人が変なこと言って」

「なに、キミも自衛官だし、まったくの素人ではないだろう」

「まあ、そうですけど」

 ふと、大神の目の前に千冬の顔があった。彼女は顔を近づけ、大神の目をじっと
見つめていたのだ。

 薄っすらとなされている化粧が彼女の魅力を更に強化しているように思えた。

「あ、あの。先生!?」

 間近でまっすぐ見つめられたことに動揺する大神。

「目が充血しているな。疲れているのだろう」

「はい?」

「いつ降魔が現れるかわからない。身体の調子は常に気を付けておいたほうがいいな」

「は、はい」

「休むことも仕事のうちだと、幹部学校で習わなかったか?」

225: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:33:24.72 ID:5Jwnh/F/o

「ああ……、いえ、習いませんでした。けど、織斑先生の言うことは正しいと思います」

「そうか。では、私は先に帰るとする」

「あ、はい」

「戸締りはきちんとしておくんだぞ」

「わかりました」

「お疲れ様、大神くん」

「お疲れ様です」

 そう言うと、千冬は足早に資料室を出て行った。

「……千冬さん」

 誰もいない資料室で、大神は一言つぶやくのであった。





   *
   

226: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:34:12.32 ID:5Jwnh/F/o

 翌日の学園でも、当然ながらシャルブームは終わっていない。

 しかし、昨日のように彼が周囲の女子生徒たちにもみくちゃにされるということはない。
というのも、彼の隣には「教育係」に任命されたセシリア・オルコットがいたからである。

 実力主義のIS学園において、成績が学年一位のセシリアはそれだけ権威があるのだ。

「セシリアばっかり、シャルルくんを独占してズルーイ」

 そう言う者もいるけれど、彼女自身は特に意識してシャルと一緒にいる気はない。

 クラスメイトの一人が聞いてくる。

「ねえねえ、セシリアさんって、シャルルくんのことが好きなの?」

「……え?」

 彼女にとっては予想外の質問に少し戸惑う。

 確かに、男と女が一緒になればそういう噂が立つのは当り前なのかもしれない。特に、
男性の極端に少ない環境にあるIS学園ではなおさらだ。

「シャルルさんのことを、あまり男性として意識したことはございませんわ」

「またまた~。あんなに可愛いんだよ」

「はあ」

 少なくともセシリアにとってシャルのようなタイプの男性は好みではない。

 だからといって、完全にどうでもいいという相手ではないのだ。

(なぜでしょう。私はあの子に、何か親近感を抱いていますわね)

 ふと、セシリアはそんなことを思った。

 見た目も性格も、それに性別も異なる相手に、恋愛感情ではなく親近感を持つ理由。

 それはすぐには思いつかなかった。



   *

227: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:35:27.78 ID:5Jwnh/F/o

 放課後の訓練用アリーナではその日、セシリアの声が一際響き渡る。

「支援射撃は単に当てればいいというものではありませんのよ! 前衛が戦いやすいように、
常に仲間の動きを意識なさい!」

「は、はい!」戸惑いながらもシャルは返事をした。

 教室でのやや過剰なまでの上品さと違い、この日のセシリアは感情を表し、情熱的な
指導を行っていた。


「一人で戦っているわけではありません。私たちのような後衛は、自分の位置と仲間の位置、
そして敵の位置を常に把握しなければなりません」

「はい!」

「前衛が裏をかかれないよう、常に仲間の死角をフォローすることも私たちの仕事です!」

「わかりました」

 西日に照らされて輝くオレンジ色の機体がアリーナ内を浮かび上がる。

 この日、シャルを含めた二対二の模擬戦をやることになったのだ。大神は仕事の関係で
遅れるというので、彼抜きで訓練を行うことになった。


『シャル! しっかりフォローしなさいよね!』

「うん、わかったよ」

 シャルとコンビを組むのは甲龍を操る鈴だ。

『ゆくぞ、鈴』無線越しに箒の声が聞こえる。

 それに対するのは、箒(前衛)と山田真耶(後衛)である。

 セシリアは今回、模擬戦には参加せず、主にシャルの動きを観察し、必要に応じて指導する
ということになっていた。

『こちらサポート、織斑だ。各員、準備は良いか』

228: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:36:52.98 ID:5Jwnh/F/o

 通信室から織斑千冬の硬質な声が聞えてくる。

『サポートこちら甲龍、いつでも準備万端よ』

『サポートこちら紅椿、こちらも準備よし』

『こちらクロード、準備よし』

『こちらパクス(山田のISネーム)、織斑先生準備OKです』

『こちらサポート了解、これより30秒後、模擬戦を開始する。制限時間は五分だ。
各員、くれぐれも事故のないように』

『了解!』

 複数の声が無線に響く。

 セシリアはそのやり取りを黙って聞いていた。

『セシリア、お前は大丈夫か?』

 ふと、千冬が聞いてくる。

「ええ。こっちも準備万端ですわ。シャルルさんだけでなく、ほかの皆さんの実力も拝見させて
いただきますの」

『そうか。邪魔はしないようにな』

「わかっておりますわ」

 そして模擬戦がはじまる。

 機動訓練、射撃訓練と、基礎的な動作では模範的な動きを見せていたシャルだが、
実戦形式の訓練で果たしてどこまでやれるのか。セシリアの興味はそこにあった。

『行くわよお!』

 機動力を生かして一気に距離を詰める鈴。

『ふんっ!』

 しかし箒の操る紅椿も機動力では負けていない。

 単純な搭乗者の技量では鈴のほうが上だが、機動に関する限り、機体性能では箒のほうが
上かもしれない。

229: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:37:44.72 ID:5Jwnh/F/o

『ミトライユーズ!!』

 機関銃型の武器を取り出し、シャルが支援射撃を行う。

 箒は鈴の攻撃を避けて、さらにシャルの射撃も避けなければならない。かなり難しい
戦いを強いられることになっているところだ。

『くそう……!』

 箒は自慢の旋回性能と加速性能でシャルの射撃から逃れ、再び鈴に斬りかかろうとする。

 だが、苦し紛れの一撃が当たるほど鈴も油断してはいない。

 箒の長刀はすぐにはじかれ、逆に反撃されることになる。

『篠ノ之さん! 離れて!!』

 真耶の支援射撃が鈴と箒、二人の間を抜ける。

 相手の体勢を崩して反撃に出る、はずなのだが体勢を崩されたのは逆に箒の方であった。

 真耶の支援射撃の直後、すぐにシャルの連続射撃が箒を襲ったのだ。

『山田先生はシャルのほうをお願いします!』

 箒は目標の変更を要求。

『一人で私に勝とうなんて、甘いわね!』

 そんな箒に対して、鈴は青龍刀型の武器で連撃を仕掛ける。

『うぐっ!』

 超接近戦では自慢の旋回能力が生かせない箒は、逆噴射で距離を離そうとする。

 だがそこをシャルの射撃が狙う。

『そこ!』

 真耶がレーザーライフルで狙いを定める。しかし、シャルには当たらない。

230: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:38:52.11 ID:5Jwnh/F/o

『く、位置取りが上手いですね……!』

 シャルの位置は、鈴の後方にいた。まるで影のように、彼女に合わせて動く。

 そして箒が鈴と距離を取ると、支援射撃で攻撃をするのだ。

 あたかも、鈴の持つもう一つの武器のようにシャルは動いた。

(コンビネーションでも優等生ですのね)

 模擬戦の結果は当然ながら鈴とシャルの圧勝であった。箒の奮闘により、撃墜認定に
こそ至らなかったものの、チームとしてのコンビネーションが機能していたのは誰が見ても、
鈴たちのほうであった。

 訓練後、彼女たちはISから下りて簡単な反省会をすることになった。

「凄いじゃないのよシャル! アンタ初めてなのによくアタシと合わせられたわね」

「たまたまだよ。鈴が僕のことを気遣ってくれたから、とっても合わせやすかったんだ」

「何謙遜してんのよ。デュノア社のテストパイロットは伊達じゃないのね」

 そう言って鈴はシャルの背中を平手で叩いた。シャルの華奢な身体がよろける。

「さすがだシャル。実に無駄のない攻撃だった」

 模擬戦でやられた箒も、シャルの働きには感心していたようだ。

「これなら、本番も楽しみね」と鈴が言う。

「ダメだよ鈴。一般の人たちには実戦なんてないほうがいいんだから」

 シャルが鈴を注意する。

「ああ、そうよね。なんか凄く真面目ね、シャルは」

「そこがシャルのいいところではないのか?」と、箒が言葉をつなぐ。

「シャルももう少し融通を効かせないと、箒みたいになっちゃうわよ」

「ど、どういう意味だ鈴」

231: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:39:21.96 ID:5Jwnh/F/o

「別にぃ~」

 鈴たちがふざけているところに、訓練用のアンダーギアを着用した大神がアリーナに
入ってきた。

「すいません、遅れまして」

「あ、大神先生」

 大神の姿を見て、真っ先に駆け寄ったのは山田であった。

「くっ……!」

 出遅れて悔しそうな顔をする箒を見て、セシリアはちょっとだけおかしく思えた。

「そうか、シャルはコンビネーションもこなせるんだなあ」

 大神は真耶の話を聞いてしきりに感心していた。

「大神先生、一つ模擬戦をやってみてはどうですか」

 そう言ったのは、通信室から出てきた千冬であった。

「織斑先生」

「先ほど、二対二で模擬戦をやってみました。まだ納得できない者もいるようですし、もう一度
やってみたと思うのですが」

「はい、是非」

 そう言って箒が前に出る。

「大神っちと? 面白そうね、アタシにやらせてよ」

 次に立候補したのは鈴であった。

「凰、お前は下がれ」

「へ? なんでよ」

「メンバーは私が決める」

232: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:40:22.13 ID:5Jwnh/F/o

「んもう……」

 鈴は心底つまらなそうな顔をしたが、小さい頃から千冬と面識のある彼女は、千冬の
怖さを十分認識しているため、すぐに引き下がる。

「第一チーム、前衛が篠ノ之」

「は、はい」

「後衛はオルコットだ」

「はい」

 先ほどは、模擬戦を遠巻きに眺めていただけだったので、セシリアは自分が呼ばれることを
覚悟していた。

「第二チーム、前衛は大神先生」

「はいっ」

「そして後衛は、シャルル・デュノア。お前だ」

「……はい」

「?」

 セシリアはシャルルの表情を少し確認したが、なぜか暗い。

 確かに大神は、ほかの隊員に比べて技量は劣るかもしれないけれど、決して弱いわけではない。
セシリアの得意技である無反動旋回をたった一日で覚えたほどなのだから。

「では、各員準備につけ」

「了解!」

 全員が、一斉にそれぞれのISへと向かう。

 すでに日は傾き、空は群青色に染まっていた。




   @

233: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:41:18.15 ID:5Jwnh/F/o

 結果から言うと、この模擬戦における大神とシャルのチームはボロ負けであった。

 鈴との間では、あれほど上手く行った前衛と後衛とのコンビネーションが、大神との
間ではまったく機能せず、大神は箒とセシリアの的になるだけであったのだ。

「……すみません」

「いや、いいんだよ別に」

 訓練後、シャルはしきりに大神に対して謝っていた。

 最初の模擬戦では、ほぼ理想的ともいえる支援射撃を実現したシャルだが、
次の模擬戦闘では、まったく連携に欠け、あさっての方向に弾を飛ばす。

 大神の技量不足を考えたセシリアだったが、すぐにその考えを否定する。
大神は単独よりも連携攻撃で敵を叩くタイプだ。決して合わせ難いタイプではないと思う。

(ですが、それは私の主観かもしれませんわね)

 自分にとっては合わせやすい大神が、実はシャルにとって合わせにくい仲間。

 これは一体どういうことなのか。

 セシリアは訓練後もしばらく考えたけれども、納得のいく答えは出なかった。




   *

234: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:44:28.99 ID:5Jwnh/F/o


 大神は悩んでいた。

 もちろん、夕方の訓練のことである。

 これまで連携攻撃(コンビネーションアタック)にはそれなりに自信のあった彼であった
けれども、新しく来たシャルとはまったく動きが合わなかったからである。

(こんなことで、実戦を戦えるのか)

 初めてだから上手く合わせられなかったと言っても、鈴とは合わせられたのだ。
ということはつまり、大神とは上手く合わせられない、ということになる。

(俺の何がいけないのだろう……)

 IS操縦に関するマニュアルを見ながら大神は色々と考えを巡らせてみたが、自分の技量不足
ということ以外はこれといって心当たりがなかった。

(やはり技量不足か)

 わかってはいたけれど、そう考えると心にズシリとくる。部隊を率いる隊長としては、このような
未熟さは許せないものだ。

 寮のロビーでそんなことを頭の中でグルグルと巡らせていると、そこに真耶がやってきた。

「あ、大神さん。こんなところにいたんですね。部屋に行ってもいなかったから」

「ああ、山田先生。どうしました」

 ちなみに山田真耶は、寮にいる時や周りに生徒がいないときには、大神のことをさん付けで呼ぶのだ。
 
「あの、デュノアくんのことでちょっと気になることを聞いたもので」

「気になる?」

 真耶の左手にはタブレット型のコンピュータが持たれていた。

「あの、隣、いいですか?」

235: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:45:33.67 ID:5Jwnh/F/o

「あ、はい」

「よいしょ」

 大神の座っていたベンチに、真耶も腰掛けた。風呂上がりのようで、シャンプーの香りが
彼の鼻腔を刺激する。そして大神の視線は彼女の胸元の谷間に吸い寄せられるのであった。

「この記事なんですけど」

「記事?」

 慌てて、視線を胸元からコンピュータの画面に移す大神。

 そこには、とあるニュースサイトの記事が映し出されている。

 日付は、ちょうど去年のものだ。

 記事は、EUのデュノア・エレクトロニクス社における新型のIS起動試験で、一機のISが暴走した、
というものである。

「ISの暴走事故ですか」

「はい。デュノア社といったら、デュノアくんが所属していた会社ですよね。名前も同じですけど」

「そういえばそうですね」

 ISの事故は決して珍しいものではないが、暴走事故というのは近年あまり聞かなくなった。

 そんな中で起こった暴走事故。

 具体的にはISの制御が効かなくなり、いくつかの実験施設を破壊した、というものであった。
幸い死者は出なかったものの、デュノア社では数人のけが人と、数万ユーロ単位の損害が出たという。

「それで、この時の実験機の搭乗員なんですけど」

「誰ですか?」

「いえ、名前は分からなかったんです。でも――」

236: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:46:26.53 ID:5Jwnh/F/o

 そう言って真耶は画面を下にスクロールする。

「……これは」

 十五歳のパイロット。
 
 記事にはそう書かれていた。

 シャルル・デュノアは現在十六歳だ。

 今年で十七歳になる。

 この記事は一年前のものなので、この時にまだ誕生日を迎えていないとすれば、
この搭乗員がシャルである可能性は高くなる。

「でも待ってください、山田先生」

「なんですか?」

「もしも、搭乗員がシャルなら、もっと大騒ぎになっているはずじゃないですかね」

「どうしてですか?」

「だって、男性ですよ。世界的に珍しい男性のIS乗りが操縦したISが暴走うる。
海外じゃなくてもマスコミは飛びつきそうですけど」

「確かに、そうですねえ。じゃあ、やっぱり別人なんでしょうか」

「でも、彼もデュノア社にいたんだったら、何か知っているかもしれません」

「ええ」

「もっと、彼とは話をしてみる必要がありますね」

「はい。あ、そうだ。話は変わりますけど、大神さん」

「はい」

「今日、夜の見回りをお願いしてもよろしいですか?」

「え?」




   *

237: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:47:34.48 ID:5Jwnh/F/o

 そういえば夜の見回りは久しぶりだと大神は思った。

 チャカチャカと自転車を動かし、時々会う警備ロボットに挨拶をしながら学園内の
あらゆる場所を回る。

 普段男性が入ってはいけない場所でも、堂々と入っていけるのが見回りの特権、
というわけではない。

 消灯時間後の学園は静かである。

 大神はこの静けさが好きだ。

 満天の星空の元、解放的な気分になった大神が向かった先は、生徒用の寮であった。

 生徒の居室のある二階以降は入ってはいけないが、一階までなら入っても良いのである。

「さて、みんなちゃんと寝ているかな」

 懐中電灯を持って、寮の内部を見回る。

 特に問題は無さそう……、であったが。

 ふと、大神の耳に水の流れる音が聞こえた。

(ん? 水の音。消灯時間だというのに)

 しかも、ただの水の音ではない。

 よく聞くと、その音はシャワー室から聞こえていた。

 大神は更衣室に入ると、シャワー室から光が見えた。水の流れる音もはっきりと聞える。
誰かが入っていることは確実だ。

(……っは! いかん、頭がクラクラしてきた)

 大神の本能が遺伝子レベルで蠢きはじめる。

(しっかりするんだ大神!)

 大神は自分で自分に渇を入れる。

 だが入った方向が違ったようだ。

238: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/07(日) 14:49:25.22 ID:5Jwnh/F/o

(か、身体が勝手に……)

 大神は、まるで吸い込まれるようにシャワー室へと入って行った。

「え……?」

 しかし運が悪いことに、シャワー室では、先ほどまで使用していた人間が出てきた
ところであった。

 いわゆる鉢合わせというやつだ。

「いや、違うんだこれは……!」

 大神は苦しい言いわけをしようとしたその時、彼の目に飛び込んできたのは見覚えの
ある身体のラインであった。

「キミは……」

「あ……」
 
 その顔と声は、間違いなくシャルル・デュノアであった。

 しかし、彼の上半身には本来だったら付いていないものが二つ付いており、下半身には
“付いていなければならないもの”が、全く見られなかった。

「き、キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 シャルが今までにない叫び声を上げる。





 後半につづく!

244: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:36:22.14 ID:ZufZBuWOo
 前回までのあらすじ

 シャワー室を覗いたら、転校生の男の子が実は女の子だったでござる。

245: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:37:16.34 ID:ZufZBuWOo

「き、キャアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 シャルが今までにない叫び声を上げる。


 その声を聞いて、誰かがすぐにシャワー室に入ってきた。

「い、一体何事ですの!?」

 シャワー室に入ってきたのは、幸か不幸かセシリアであった。

「セシリア!」

「お、大神三尉。なんでこんな場所に。ってか、シャルさん? え? なに??? 女?」

 いきなりのことで、セシリアも混乱しているようだった。

「どういうことですのこれは!」

「セシリア、詳しい説明は後だ。すぐにこの騒ぎを……」

 そうこうしているうちに、複数の足音がこちらに近づいてきた。

「三尉とシャルさんはこちらに隠れていてください。私がなんとかしますわ」

「え?」

「待ってよセシリア」

 大神とシャルは、セシリアによって、掃除用具入れに入れられてしまった。

 もちろんシャルはタオル一枚である。

(シャ、シャルなのか?)

(見ないで……!)

246: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:38:08.92 ID:ZufZBuWOo

 小声でそう言ったシャルは大神の顔を手で押さえる。だが、掃除用具入れの中は狭いので、
シャルと大神は互いの吐息がかかるほど密着せざるを得ない状態であった。

『どうしたのセシリア』

 女子が集まってきた。

『申し訳ありません、忘れ物を取りにシャワー室に来たんですけど、ネズミを見てしまいまして』

『ええ? ネズミ? ウソー』

『ネズミ退治しなきゃ』

『だ、大丈夫ですわ。見間違いかもしれませんし』

『ああ、でもこの前さ、寮長さんが、お気に入りの猫型ロボットの耳をネズミにかじられたって言って
たよー』

『そりゃ酷いなあ』

 女子が二人以上集まれば自然と発生するスーパーお喋りタイムに突入してしまったため、
すぐにその場から人がいなくなりそうになかった。

(くそっ、何ということだ)

 大神とて男。裸の女子が密着した状態で正気を保つのは至難の業である。

(こんな時、何を考えればいいんだ。そうだ、素数を数えよう。ええと、素数っていくつだっけ)

 ちなみに大神は数学の教師である。だが、今の彼にまともな計算などできるはずもなかった。

(ああ、もうすいません。ごめんなさい)

 意味不明の謝罪を繰り返し、大神の意識は半ば飛びかけた。




   *

247: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:38:57.28 ID:ZufZBuWOo


「ここなら大丈夫ですわね」
  
 そして十数分後、何とか耐えきった大神は、セシリアの部屋にいた。

 もちろん、隣には先ほどまで掃除用具入れの中に入り、裸で抱き合っていたシャルも
いる。

「ルームメイトとかいないのか、セシリア」

「私は学年一位となりましたので、一人部屋を貰いました。もっとも、いなくなったクラスメイト
が多いので、部屋が余ったということもありますけど。というか、そんなことよりっ」

 セシリアは腕を組み、こちらを見据える。

 大神とシャルはなぜかベッドの上で正座していた。

「どういうことなのか説明していただきましょうか」

「いや、夜の見回りでたまたま寮に来て」

「大神三尉ではございませんわ。そちらのシャルルさんに聞いているんですの」

 セシリアの視線は、真っすぐシャルに向けられていた。

「……」

 大神も横目でシャルの姿を見る。

(大きいな。Cカップくらいはあるんじゃないか。今まで一体、どうやって隠してきたんだ)

「言いたくないのでしたら、無理にとは言いませんけど」

 ベッドの上とはいえ、正座させといて何を言っているんだこの女は。

「ご、ごめんなさい」

 ふと、今まで固く口を閉ざしていたシャルが声を出した。

「シャルルさん……」

248: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:39:57.16 ID:ZufZBuWOo

「僕、色々とウソをついていました」

「うん、わかってる」

 つい先ほども、大きなウソが一つバレた。

「もちろん、男装のことだけじゃないんです」

「ん?」

「僕の本名は、シャルロット・デュノア。以前、デュノア社とは関係がない、
と言いましたけど、あれもウソです」

「なんだって?」

「デュノア社の創業一家であるデュノア家には、娘がいるんです」

「確か、今の社長の娘が三人いると聞きましたわ」

 セシリアはイングランドの生まれで、その後日本の大企業である神崎重工の本家に
身を寄せていたので、そこの事情にはわりと詳しいようだ。

「はい。そして僕は、四人目の娘なんです」

「なんだって!?」

「僕のお母さんは、ほかの姉妹とは違います」

「腹違い……」

「そうです。でも母は数年前に病気で亡くなりました。そして身寄りを無くした僕は、
デュノア家に引き取られることになりました」

「……」

「父としては責任を取ったつもりなんでしょうけど、正式な妻ではない娘である僕にとって、
本家での居場所は……、ありませんでした」

「……そうなのか」

 大神にはあまり想像もつかないけれど、デュノア家がシャルにとって過ごし難い場所
であることは火を見るよりも明らかだった。 

249: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:41:33.14 ID:ZufZBuWOo

 そういえば似たような境遇にいる人物を大神は知っている。

 目の前で腕を組んでいるセシリア・S・オルコットもまた、両親の死をきっかけに日本へ
渡り、そして居心地の悪い一族の元に身を寄せていたことがある。

 だが、目の前のセシリアは、安易に同情しているようには見えなかった。

「……」

 じっとシャルを見据え、何かを考えているようにも見えた。

「そしてもう一つのウソ。これはさっきばれてしまいましたね」

「男装のことかい? それも家と関係があるのか」

「いや、家は関係ありません。少しはあるかもしれないけど」

「ん?」

「実家に居辛かった僕は、デュノア社のIS研究施設に行くことにしたんです。IS適性が
高かったもので、自分から希望しました。
そこで、デュノア社の開発するISのテストパイロットとして、働きながら勉強をしていたんです」

「なるほど。それでISの操作は上手かったんだな」

「でも去年……、その……、ISの暴走事故を起こしてしまいました。新型のISだったんですが、
いつも以上にやる気を出して搭乗したものの、制御できなくなり……」

 研究施設の設備を破壊し、けが人も出したISの暴走事故。大神は真耶から聞いていたけれど、
その当事者がシャルであることがここで証明されてしまった。

「いや、しかしなぜ暴走なんて」

「僕は、普通の人間よりも、霊力と呼ばれる力が強くて、それで暴走したと言われて」

「霊力……」

「対降魔霊力のことですわね。私たちと同じ。だから彼、いえ、彼女も帝國華劇団に入れられたの
でしょう」

 と、セシリアは解説する。

「それはわかる。でも、なんで男装なんだい?」

「それは……」

250: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:42:32.01 ID:ZufZBuWOo

「ん?」

「霊力は女性のほうが強いと言われています。だからその霊力を抑えるために、男性の
格好をして、男性のようにふるまえば霊力の抑制ができると言われましたので」

「なに!?」

「僕、どうしてもISに乗りたかったんです。だって僕からISを取ったら、何も残らないし……。
だから、男の子の格好をしてでもISに乗り続けようと決めたんです」

「……」

「シャルルさん、いえ、シャルロットさんと呼んだほうがよろしくて?」

「いえ、今更どちらでも構いません」

「私から一言、言っておきます」

「うん」

「人は生まれは選べません。でも、生き方は選べますわ」

「……」

「さ、今日はもう遅いですし、解散ですわ」

 確かに、時計は十二時を回っている。

「あ、大神三尉はそこから出て行ってくださいな」

 セシリアが指差したのは、窓であった。

「あの、セシリア。ここって、三階だよな」

「そうですわ。周りにバレると大変なことになりますから」

「飛び降りろと?」

「ザイルはございますわ」

 セシリアは、笑顔で登山用のロープを取り出した。

(なんでそんなものを持っているんだセシリア……)

 大神はそう思いつつ、ロープを使って生徒用の寮から脱出した。




   *

251: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:43:11.95 ID:ZufZBuWOo
 

 シャルの実家の事情はともかく、IS暴走事故については深刻な問題である。

 もし、実戦中に暴走が起こってしまえばタダでは済まない。

 翌日の昼、大神は千冬と真耶を呼んで校長室に集まった。

「なるほどな。一年前の暴走事故。やはりデュノアが絡んでいたか」

 昼の弁当を食べながら千冬が言う。

「確かに問題ですね」

 と、真耶も続く。

 しかし、この日の校長室には部屋の主が見えない。

「ところで織斑先生、校長はどこに行かれたんですか?」

「校長は出張だ」

「出張……。どこへ」

「それがわからん」

「へ?」

 すかさず真耶がフォローを入れた。

「校長の出張先については、いつも極秘なんです。私たちにも知らされていないんですよ」

「肝心な時に……」

「まあいない校長にどうこう言っても仕方がない。それより今はデュノアのことだ」

 千冬は干しアンズを食べながら言う。

「確かに、暴走はまずいですよね」

「ISを暴走させるほど、強い霊力を持つ人間というなら、大神くんと上手く連携できないことも
納得できるな」

252: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:44:19.25 ID:ZufZBuWOo

「どういうことですか?」

 シャルは鈴とは上手く連携ができたけれど、大神とはさっぱりであった。

「ふむ。前に校長と少し話したことがあるのだが、キミは仲間の戦闘力を高める体質の
ようだ」

「え?」

「篠ノ之にしても、オルコットにしても、キミと一緒に飛ぶことによって、その戦闘能力が
飛躍的に上昇している。理由はまだよくわからんが、キミが持つ最大の武器の一つと
言ってもいいだろう」

「……俺の武器?」

「男装のことも含め、シャルロット・デュノアは自分の能力を抑えることで、高い戦闘能力を
示してきた。だが、大神くんと組んだ時……」

「『ああ、我慢できない』って、奴ですね。織斑先生」

 山田真耶の声が怪しく部屋に響く。

「……」

「……」

 気不味い沈黙の後に、再び千冬が口を開く。

「今までも、そして恐らく今もデュノアは上手く力を制御できていないところがある。だからといって、
このまま制御しない状態が続けば、彼の能力は萎んでしまうだろう」

「萎む?」

「こういう話を聞いたことはないか? 透明な容器に入れられたノミは、いつもの半分しか飛べない
状態に置かれてしまう。そして、何度か飛んでいるうちに、その透明な容器を外したら、今までの
半分しか飛べない状況になる」

「確かに……」

「だがそれ以上に怖いのは――」

「?」

253: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:44:54.02 ID:ZufZBuWOo

「暴発だ」

「……暴発」

 大神の脳裏に、あのニュースサイトで見た、IS暴走事故の画像がよみがえった。

 と、次の瞬間校長室の警報が鳴る。

 千冬が素早く立ち上がり校長の机の上にある電話の受話器を取った。

「私だ。ああ……」

 そしてしばらく話をした後、こちらを向いて言う。

「降魔が出現した」

「な!」




    *

254: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:45:36.60 ID:ZufZBuWOo


 心の準備をする前に、大神は司令室に集められた。

 全員戦闘服に着替えた状態で集合しており、もちろん今回はシャルも参加している。

「今回、司令がいらっしゃらないので、副司令の私が臨時で指揮を執る」

 戦闘服姿の千冬がそう宣言した。なんだかいつもよりも空気が引き締まっている感じが
する。

「場所は茨城県の竜ヶ崎市付近だ。複数の魔操兵器の情報も寄せられている」

「複数? ってことは、チーム戦みたいなやつ?」

 やや楽しげに言う鈴。

「遊びではないだぞ、凰」

 それを注意する千冬。

 確かに、千冬の言うとおり、これは遊びではない。

「大神隊長」

「はい!」

 大神は千冬に対して不動の姿勢を取る。

「今回のメンバーについては、キミに一任したい」

「メンバーですか?」

「ああ、特にデュノアのことだ」

「シャルの」

 全員の目が、シャルの姿に注目する。

「デュノアは、今回の任務が初めてだ。ゆえに、何か不測の事態が起こることも考えられる。
だから、メンバーから外すことも一つの選択肢ではある」

「ええ、どうして?」鈴が驚きの声を上げた。

255: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:46:03.42 ID:ZufZBuWOo

「あんなに強いのに……」箒も残念そうだ。

「……」セシリアは黙ったまま、じっとこちらの会話を聞いていた。

「大神隊長。どうだ」

「俺は……」

 大神はシャルの表情を見た。不安そうな顔をしている。

(不安がる者に対して、安心させてやれる者こそが指揮官だ)

 そう確信している大神は、再び千冬に向き直る。

「副司令、自分はシャルを連れて行きます」

 そうはっきりと宣言した。

「……!」

 シャルの驚きの表情が見てとれた。





   *

256: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:46:59.71 ID:ZufZBuWOo


 


 茨城県上空――

 大神たちにとって、これまでにない降魔反応が出ていた。

『こちらサポート、降魔反応は複数であることが確認された。しかし相手は一度戦った
ことのある相手だ』

 千冬の声が聞こえる。

「戦ったことのある相手?」

『まず、近接戦闘型が三体。これは黒兜と呼ばれる例のあれだ。そして遠距離支援型と
思われる機体が、こちらも三体。これは、秩父で戦った機体と思われる。ちなみに
コードネームは山猫(リンクス)だ』

 つまり、大神たちの相手は近接戦闘型の黒兜三体と、遠距離支援型の山猫が三体
ということになる。

(六対五の集団戦だ。当然こちらは一人少ない)

「シャル、セシリア、聞えるか」

『こちらブルーティアーズ、聞えておりますわ』

『こちらクロード、聞こえてます』

「今回の戦いは、支援タイプのキミたちが重要な鍵を握っている。しっかり頼むよ」

『了解ですわ。あまり前線で無様な戦いを見せないでくださいな』

『クロード、了解です……』

 無線越しにも、シャルの不安が伝わってきそうだ。

「シャル」

『は、はい』

「俺はキミを信じている。だから、キミも俺を信じて欲しい」

257: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:47:34.24 ID:ZufZBuWOo

『……はい』

 自分の気持ちはどこまで通じただろうか。

 これほど不安になる通信も珍しいものだ。

 そんなことを考えながら、大神たちの部隊は戦闘領域に差し掛かった。

(降魔反応が近い)

「箒くん! 鈴! 戦闘態勢! 敵が来るぞ!!」

 大神が無線に向かって叫ぶ。

『紅椿了解です』

『甲龍も了解よ、いつでも来なさい!』

 不意に山中から三体の機影を発見した。

 それと同時に、身体に衝撃が走る。

(速い!)

 大神は確信する。この速さは間違いなく近接戦闘型魔操兵器、黒兜だ。

 黒兜の大太刀が一斉に襲いかかる。

 金属のぶつかり合う音が鳴り響いた。

『紅椿、交戦(エンゲージ)』

『甲龍、交戦!!』

 どうやら、箒や鈴にも同時に襲いかかったようだ。

 そしてその直後、敵の後方から放たれるビーム兵器が彼女たちを襲う。

 大神はそれを助けようとするが、彼の目の前にも黒兜が現れた。

「ぐっ!!」

258: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:48:41.71 ID:ZufZBuWOo

 大太刀で来ると思いきや、今度は体当たりである。

「セシリア! シャル! 二人の支援射撃だ。セシリアは箒。シャルは鈴!」

『ブルーティアーズ、了解ですわ』

『クロード、了解です』

 二人の兵器が前線の黒兜を狙う。

 セシリアは箒を、シャルは鈴の支援射撃を行う。

(俺は一人で……)

 と、大神が思った瞬間二本のビームが大神を襲った。

 敵の山猫(リンクス)こちらに狙いを定めてきたのだろう。

 群れからはぐれた個体を襲うのは肉食獣の本能としても理解できる。

(簡単にやられてたまるか!)

 俺は隊長なんだ、そう自分に言い聞かせて黒兜に対抗する。

「確かに俺の技量は未熟かもしれない。だけど、平和を守りたいという気持ちは
誰にも負けないんだああああああ!!!!」

 大神は気合いで大太刀を打ち払う。

 次の瞬間、襲いかかってくる敵の支援射撃をセシリアから教わった無反動旋回で
かわすと、再び黒兜に攻撃を加える。

《 WARNING 》

 衝撃の後の爆発音。

 敵の狙撃が脚部に当たったらしい。

 損害率は5%。かすった程度だが地味に痛い。

(この山猫どもを何とかしないことには……!)

 大神は山の中腹を見る。

259: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:50:27.93 ID:ZufZBuWOo

 電子霧(エレクトリック・フォグ)はないので、完全には姿を消せないけれど、
光学迷彩による偽装も面倒だ。

 大神は逆噴射で敵と距離を取った。

「みんな聞いてくれ! 作戦を変更する。セシリア!」

『はい』

「キミは山に隠れる山猫を一掃してくれ」

『了解ですわ』

「箒くん、鈴! キミたちは俺と合流、三人で一斉に黒兜を一機ずつ叩く」

『こちら甲龍、了解よ』

『紅椿、了解だ』

「そしてシャル」

『はい』

「支援射撃はキミに任せる」

『クロード、了解です――』

(自分で何もかもやる必要はない。出来ることをやればいいんだ。指揮官に必要なのは、
熱いハートと冷静な頭脳)

 大神は箒たちと合流し、反撃の態勢に入った。





   *

260: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:51:42.26 ID:ZufZBuWOo



 シャルは合流した大神たち三機を支援するために装備を整える。

 冷静に現状を把握し、そして自分の役割を考える。

 ここで必要とされるのは、隊長の考えを理解し、それを手伝うこと。

(隊長は三機で協力して、一機ずつ撃破しようと考えている。だったら僕がやらなければ
ならないことは、それを支援すること。つまり、残り二機を引きつけることだ!)

 シャルは予備の機関銃を取り出し、二丁拳銃ならぬ二丁機関銃で射撃を開始する。

 合流した大神たちは、見事な編隊飛行で敵に回り込むと、そのうちの一機を攻撃しはじめた。

 シャルは狙いを定め、別の機体に射撃する。だがそこだけに気を取られない。

 大神機に攻撃しようとしたもう一機にも、射撃を加えた。

(よしいける。これなら牽制だけでなく、敵にダメージを与えることも)

 そう思い発砲するも、敵に当たらない。

 黒兜は巧みな機動でシャルの射撃を避け、大神たちを攻撃する。

『箒くん!』

 大神は箒を庇い、黒兜の大太刀を受け止める。

『隊長!』

 箒の叫びが無線越しに聞こえてくる。

『早く敵を』

『りょ、了解』

(僕が攻撃を当てていれば……)

 シャルは唇を噛む。

(なぜだ、どうして、訓練ではあんなに上手くいったのに……)

261: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:52:59.04 ID:ZufZBuWOo

 IS実験施設や学園での訓練との違いに戸惑ってしまう。

 射撃が当たらず、黒兜による味方への邪魔を許してしまい支援にならない。

『シャルさん、聞えます?』

 ふと、セシリアの声が聞こえた。

「聞えてるよ」

『訓練と実戦は違いますのよ』

「そんなの、わかってるよ!」

 焦りのため、思わず声を荒げてしまうシャル。

 しかしそれに対するセシリアの声は冷静だった。

『実戦では、八割の力で勝とうなどと思わないことですわ。命がかかったことなのです。
全力か、それ以上の“思い”でことに当たりなさい』

「全力で……」

『私からは以上ですわ』

 そう言うと、セシリアからの通信は途絶えた。

 どんなに上手くできたところで、それは所詮訓練。実戦には遠く及ばない。
そして実戦では、訓練の時のように力を抜いて出来ることは限られている。

(僕は……)

 敵と戦うのは怖い。でもそれ以上に、自分自身が怖かった。

 一年前のIS暴走事故。

 新型のISへの搭乗に心躍ったシャルは、自分の持つポテンシャルを100%引き出そうとした。

 だが結果は――

(怖い、でも僕は……、やるんだ!)