IS大戦 〈インフィニット・ストラトス×サクラ大戦〉前編
シャルは目を見開き、再び状況を把握した。
周囲の状況が手に取るようにわかる。
(心を、解放する)
ISの能力を全開以上に引き上げるための心の制限(リミッター)を外した彼女は、
先ほどとは一転し、強力かつ正確無比な射撃を行った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
魔操兵器の鳴き声が聞こえた。
当たったのだ。
『今だ! 行くぞ』
『はい!』
『行くわよ!』
三人の連続攻撃が同時に当たり、黒兜一機を撃破した。
『残り二機!』
大神の声が響く。
『隊長こちらブルーティアーズ、こちらも一機撃破ですわ』
『隊長了解。引き続き頼む。こちらもケリをつけるぞ!』
『紅椿了解』
『甲龍了解よ』
「クロード了解、支援続けます!!」
シャルも無線に向かい叫んだ。
彼女の持つ二丁の機関銃からエネルギー弾が吐き出される。
そして黒兜へ当たる。
「今です!」
前衛の三機が一機に攻撃された黒兜に集まった。
『どりゃあああああああ!!』
再び三人の一斉攻撃で、敵を撃破した。
大きな爆発が空中で起こる。
(あと一機だ。どこに)
爆風と煙で一瞬敵の姿を見失ったシャル。
(これで終わりだ……!)
そう思った瞬間、煙の中から黒い機体が浮き上がってきた。
「え?」
『シャル!!!』
大きく大太刀を振り上げた黒兜が、シャルの目の前にいた。
(そんな、レーダーの反応は……!)
黒兜の攻撃は、いとも簡単にシャルの持つ機関銃を破壊してしまった。
(やられる――)
一瞬、家族や昔の知り合いの顔が脳裏をよぎった。
『シャ、シャルロットっていいます』
『……、あの女にそっくりね』
『役立たず。アンタ、何のためにいるの?』
『近寄らないで。アンタのせいでお父様は』
『どうしてデュノアの姓を名乗るのかしら』
いやだ……!
『シャルロット。ごらん、これがキミの翼だ』
『これは何?』
『ISって言うんだ。人類の新しい可能性を切り開く乗り物だよ』
『新しい可能性?』
『シャルロット、キミならその可能性を切り開くことができるかもしれない』
いやだ……!
『緊急事態! 緊急事態! 実験用ISオルレアンが制御不能。繰り返す、
実験用ISが制御不能!!』
『あんな事故を起こしてもまだISに乗ろうってのかい?』
『仕方ないよ。だって彼女、ここを出ても行くあてはないし。ISに乗るしかもう、道はないんだ』
いやだ!!
ISなんて、本当は乗りたくなかったんだ!
でも……、僕にはもう……!
シャル!!!
「え?」
「キミは一人じゃない。俺がいる。俺たちがいる」
「隊長……?」
光の中に大神の姿が見える。
「私もいますわよ」セシリアがその後ろからひょっこりと顔を出す。
「私もいるぞ」今度は箒。
「アタシもね」鈴もそう言って両手を広げた。
シャル!!!
「はっ!」
彼女が目を開くと、そこには“本当に”大神の姿があった。
「大神……、隊長」
「言ったはずだ! 俺はキミを信じるって!!」
空中で、無線越しではなく直接声が響いてくる。
「隊長、僕」
「まだ戦いは終わっていない!」
「……はい!」
シャルは大きく息を吸い込み、そして自らの能力を限界まで展開させる。
攻撃するだけが戦いではない。
もっと色々な戦いかたが、あるはずだ。
「みんな、僕の力を……!」
シャルのISが光を放つ。
だがそれは、暴走ではなかった。
グラース・オ・スィエール――
天 の 恩 恵
*
「これは……」
大神は自らのシールドエネルギーが回復していることに気づく。
『うわ、回復してる! 機体が元通りだ』鈴の驚きの声が聞こえてきた。
『確かに、これがシャルの力なのか』と、箒も言う。
『皆さん、感心しているところ悪いのですが、まだ敵は残っていますわよ』
そう、セシリアは釘をさすように言った。
「わかているよ、セシリア」
大神はそれに答える。
『隊長』シャルの声だ。
「さあ、みんな。ケリを付けるぞ」
『了解!!!!』
全員の声が無線に響いた。
*
翌日、IS学園の教室では――
「えええええ???」
「何これええ!!」
「うそ、どういうこと?」
「美少年じゃないの?」
混乱していた。
「み、みなさん改めましておはようございます。シャルロット・デュノアです」
女子の制服に身を包んだシャルがそう言って挨拶をした。
「美少年じゃなくて、美少女おお???」
自分を解放することを恐れなくなった少女は、霊力を抑えるための男装を止め、
女性として生活することに決めたのだ。
「大神先生」
朝のSHR後、職員室に行こうとする大神をシャルが呼びとめた。
「ああ、シャル。どうしたんだい?」
「制服、似合います? 変じゃありません?」
「そんなことないよ。とっても似合ってる」
「よかった」
女子の制服姿のシャルは、実に嬉しそうであり見ているこっちも嬉しくなりそうだ。
「これからは、もっと女の子っぽくいきたいと思います」
「そうだね。それがいい」
「それじゃあ大神先生」
「なんだい?」
「あの、今度僕と――」
「はいストップ」そう言って二人の間に割って入ったのは鈴であった。
「ったく、油断も隙もあったもんじゃないな」
と、箒も言う。
「キミたち、どうしたんだい?」
「女の子化したシャルに鼻の下伸ばしているダメ教師を注意しにきたの」
「べ、別に鼻の下なんて伸ばしてないぞ」
「破廉恥な……!」
「はいはい。皆さん何をしていらっしゃるの? さっさと授業の準備をする」
箒や鈴たちを止めに入ったのはセシリアであった。
「じゃあ、授業頑張ってな」
そう言って大神は職員室へと向かう。
ふと、気になって彼女たちのほうを見ると、セシリアと目が合った。
彼女は笑顔を見せ、瞳で何かを訴える。
正確にはわからないけれど、こちらはもう大丈夫、そんなことを言っているような気がした。
つづく?
【おまけ】
大神が職員室に向かっていると、山田真耶が笑顔で近づいてきた。
「先生」
「どうしました? 山田先生」
「デュノアさんのことなんですけど」
「シャルが何か」
「彼女、男装をすることで霊力を抑えていたんですよね」
「そうですね」
「ということはですよ、女装をすると霊力が上がるんですかね」
「そうでしょうね」
「だったら……」
真耶の目が怪しく光る。
「先生?」
「大神先生も、女装してみますか?」
「え、遠慮しときます」
「遠慮しないでいいですよお、私も協力しますからあ」
「ちょっと待ってください、結構ですから」
「大神せんせー」
今度こそつづく
一つひとつの部分が透明でも、全体が透明にはならない。
ゲーテ
長い銀髪が初夏の日差しに当たりキラリと光る。
「ここが、私の新しい“現場”ですか……」
硬質な声で少女はつぶやいた。
彼女の目の前には、広い敷地と真新しい建物が並ぶ世界唯一のIS専門教育機関、
IS学園がある。
「ああ、そうだ。ここでお前は学ぶ」
隣にいた男性が彼女の声に応えるように言う。
「そして戦うと」
「まあ、それもあるな」
「ここには教官もおられるのですね、米田陸将(ゲネラールヨネダ)」
「確かにいるぞ。ああだがちょっと待て」
「はい?」
「ここでは将軍じゃねえ、校長(ハウプトゥ)と呼べよ」
「……校長」
「そしてここは軍隊(アルメー)じゃなく、学校(シューレ)なんだ」
I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦
第七話 氷の中の少女
その日の朝、大神は校長室に呼び出された。
「おう、久しぶりだな大神」
「……校長」
数日の間、出張と称して行方不明になっていた米田であった。
「どこへ行ってきたんですか」
「ちょっとヨーロッパへな。新隊員の勧誘だよ」
「それが、“彼女”ですか」
米田の横には千冬がいるのだが、その横に千冬と同じように背筋をピンと伸ばした
少女が立っていた。
銀の髪に白い肌、なぜか眼帯をしている左目。そして何より背が小さい。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。NATO(北大西洋条約機構)のIS部隊にいたところを
引っ張ってきた」
「校長、この子はいくら何でも……」
「お前、そのネタは鈴の時にやっただろう!」
「いやしかし」
「彼女を推薦したのは私だ」
「え?」
不意に別の人物の声が割り込んできた。それは意外な人物。
織斑千冬である。
「織斑先生が?」
「実は二年前までNATOの共同IS学校の教官をしていたことがあってな。
そこでの教え子の一人が、このボーデビッヒなのだ」
「そうだったんですか」
「……」
ラウラはじっと大神の顔を見ていた。
「ああ、はじめまして。自分が大神宗一郎です。どうぞよろしく」
「……教官、彼が隊長ですか?」
ラウラは大神の顔を見たまま、千冬に聞いた。
「ああ、そうだ。彼がお前の所属する帝國華劇団花組の隊長だ」
千冬がそう言うと、先ほどまで彼女の隣で不動の姿勢を取っていたラウラが大神の前に
歩いてきた。
「あの、なにか」
「大神隊長、あなたと手合わせしたい」
「はい?」
*
先日に引き続き、この日もまた転校生が来たことにクラス中はざわめいていた。
無理もない。しかも今回は銀髪の少女ときたものだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ……」
ラウラは最低限の挨拶だけを済ます。
「え、ええと、ボーデヴィッヒさんはドイツ国防軍所属で、NATOのIS部隊に所属しておりました。
基礎のほうはバッチリだと思いますので、みなさんどうか仲良くしてあげてくださいね」
ラウラ本人の代わりに、担任の山田真耶が補足説明をする。
ざわめく教室。
シャルが転校してきたときとは明らかに違う空気だ。
彼女の周囲からは、人を近づけないオーラのようなものが漂っていた。
そして、彼女が教室の前に立っている間、教室の後ろでその様子をうかがっていた
大神のほうをじっと見つめていた。敵意すら感じさせる視線で。
(どうも彼女の考えがわからんな)
大神は、彼女と色々話をする必要があると感じた。
*
教室の喧騒というものは彼女にとってはじめてのものだ。
幼い頃から実験施設で育ったラウラにとっては、こんな風に普通の少女のように学校に
通う機会などなかった。
勉強だけならば、する必要はない。彼女は軍と研究所の特別プログラムによってあらゆる
技術や知識を習得しているからである。
すでに大学卒業レベルの知識は有しており、どんなテストでも満点を取る自信はあった。
それに、身体能力も強化されているので、小柄な身体つきではあるけれど運動神経も良い。
教室の席についた彼女は考える。
(一体なぜこのようなことをしなければならないのだろうか。降魔と戦うだけならば、別に学校に通う
必要はないではないか。こんなことをしている暇があったら、対降魔戦の訓練をもっと行うべきだ)
実直で効率を重視するドイツ人の血を受け継ぐ彼女にとっては、あまり非効率なことはしたくない、
というのが正直なところだ。
そんな彼女の前に人影が現れた。
「ん?」
顔を上げると、金髪の少女が立っている。
やや長い髪を後ろで束ねたその少女は遠慮がちにこちらに笑いかけた。
「あ、はじめまして。僕、シャルロット・デュノアといいます」
「知っている」
「え? 僕のことを知っているの?」
「デュノア・エレクトロニクス社のテストパイロットだろう」
「どうして?」
「ヨーロッパのことは多少知っている。お前は軍の所属ではないから知らないかもしれないが、
NATOにいた関係で、デュノア社のことについても色々と聞いたことがあるからな」
「そうなんだ。実は僕もね、最近転校してきたばかりなんだ。あ、僕のことはシャルって
呼んでよ。皆そう呼んでるから」
ラウラはシャルと名乗る少女の表情をじっと観察する。
(親近感という奴だろうか。同じ欧州出身であり、最近転校してきたばかり同士。
だがそんなものはくだらない)
「そうか……」
ラウラはそう言うとシャルから目をそらした。
これ以上は興味がない、ということを露骨に態度で示したのだ。
「ねえ、ラウラって呼んでいい?」
「好きにしろ」ラウラはシャルのほうを見ずに応える。
「……」
シャルは、まだラウラの前から動こうとしない。
「もうすぐ授業がはじまるぞ」
ラウラはそう言い放った。
「そ、そうだね」
予鈴が鳴ると、さすがにシャルも自分の席へ戻って行く。
一時間目の授業は化学のようだ。急な転入で教科書などはほとんど用意できなかったのだが、
少なくともラウラには必要のないものであった。
*
ラウラはあまり人と話をしない。
する必要がないからだ。研究所でも軍でもそれは同じだった。
研究員の言うことを聞き、上官からの命令を聞き、それを忠実に実行する。
そんな毎日である。
授業が終わり、休み時間になるとまた誰かが話しかけてきた。
「お、お前がラウラ・ボーデヴィッヒか」
「……誰だ」
顔を上げると、長い髪を後ろで束ねた少女がいた。胸がやたら大きいのが気になるところである。
(あんなに大きくて邪魔にならないだろうか……)
「私は二年一組の篠ノ之箒だ」
聞かれてもいないのに、その胸の大きい女は自己紹介をする。
「そうか」
「この時期に転校とは珍しいな」
「そうだな」
無視したい、とラウラは心の中で思ったけれど、教室内で無用のトラブルを起こしてもつまらないので、
適当に聞き流すことにする。
「先ほど、シャルと話をしていたようだが」
「シャル?」
「シャルロット・デュノアのことだ。我々はシャルと呼んでいる」
「それが何か」
「ちょっと何を話していたのか気になったものでな」
「大した話ではない。気になるなら本人に聞けばいいだろう」
「それはそうだが、やはり気になるではないか」
「私は気にならない」
「……」
胸の大きい少女は腕を組み、何かを考えているようだ。
「もうすぐ授業がはじまるのだが」
「……ああ、そうだな。邪魔して済まなかった」
そう言うと箒は立ち去って行った。
(本当にめんどくさい)
そう思っていると、今度は金髪に青色のカチューシャを付けた女子生徒が話しかけてきた。
朝のショートホームルームに話しかけてきた生徒よりも全体的にふんわりとした髪質であり、
その眼は幾分たれ気味であった。
「あらあら、そっけないですわね。それとも、緊張なさっていますの?」
「……」
「私、セシリア・オルコットと申しますの。ご存じですよね」
「申し訳ないが、よく知らない」
「なんですって、この私を知らないと。IS競技会におけるイングランド代表候補生ですのに」
「生憎、競技会のような遊びには興味がないので」
生死を賭けない戦いなど、彼女にとってみればお遊びに等しい。
「なんですってえ? この私がお遊びをやっていると申しますの?」
「……」
「なんとかおっしゃったらどうですの」
意外と沸点が低いな、この女。そう思っていたらセシリアとラウラの間に人が割り込んできた。
「まあ待ってよセシリア」
今朝話しかけてきたシャルという生徒だ。
「ちょっとシャルさん。お待ちになって。この方に作法というものを」
「落ち着いてセシリア、次の授業がはじまるから」
「午後からのISの授業で、私の実力を見せつけてやりますわよ」
「セシリア、課題のプリントやった?」
「え? 何ですのそれ」
遠ざかって行く二人の会話を聞きながら、ラウラは大きく溜め息をついた。
(一体何なんだこのクラスは……)
*
次の休み時間、ラウラは職員室にいる千冬を訪ねた。
「納得がいきません教官」
「なにがだ」
「この学校についてです」
「どういうことだ?」
「私は降魔と戦うためにここに呼ばれたとききました。しかしここは戦うための軍ではなく、
ただの学校ではありませんか」
ラウラは千冬を尊敬しているため、今でもNATOのIS学校時代の名残で彼女のことを
“教官”と呼んでいる。
「その通りだ。この学校は一人前のIS乗りを養成するために作られたものだ」
「だったら私が通う必要はないのではありませんか」
「自惚れるなよ小娘」
千冬の目がキッと鋭くなる。
一瞬でも、彼女の勘が鈍くなったのではないかと考えたラウラは、自分の浅はかな考えを反省する。
「お前はまだIS乗りとしては十分ではない」
「自分が完璧だとは思いません。まだまだ教官には敵わないと思っております。
でも、わざわざこんな子どもっぽい場所で勉強をする必要はないと思います」
「……それで、どうするつもりだ」
「戦闘訓練をやらせてください。降魔と戦うための準備は必要不可欠のはずです」
「按ずるな、放課後になれば訓練はやる」
「だったら今すぐやりましょう。いちいち待っているわけにはいきません」
「ボーデヴィッヒ、お前今年でいくつだ」
「え? 十七になりますけど」
「それが全てだ」
「はい? 意味がわかりません」
「それはお前が未熟だからな」
「私のどこが未熟なのですか。知識的には大学卒業程度のものはあります。
五ヶ国語の読み書き会話もできますし」
「そういうところが未熟というのだ」
「……?」
「私の言葉の意味がわからないようなら、まだ対降魔部隊に入れるわけには、いかない
かもしれない」
「教官」
「そろそろ時間だな」
「教官、待ってください」
「授業に遅れるぞ。さっさと行け」
「教官!」
千冬はもうラウラの呼びかけには応えなかった。
「……!」
彼女はグッと拳を握りしめる。
(なんでこんなところで、こんなことをやらなければいけないんだ)
*
午前の授業を終えて、昼休みとなる。
「ねえ、ラウラ」
不意に話しかけてきたのは、シャルであった。
「なにか……」
「一緒にお昼食べない? まだこの学校のことでわからないこともあると思うし」
「……悪いが、昼食後に用があるのだ。一緒には行けない」
「そうなんだ」
シャルはいかにも残念そうな表情をして自分の席に戻って行く。彼女の席には、
先ほどラウラに話しかけてきたセシリアや箒が待っていた。
どうやら今朝話しかけてきた三人は全員顔見知りのようだ。
(それはそうと、さっさと食事をとらなければ)
ラウラは、素早く昼食を済ませるとそのままもう一度千冬に話をするつもりでいたのだ。
(食事は食堂でとれるようだな)
彼女の頭の中には、学校内の見取り図が完全に入っている。
ラウラは食堂に行き、食券を買うことにした。
(どうやって買えばいのだろうか……)
彼女にとって食券を買うというのは最初の壁であった。
古今東西、あらゆる知識を習得した彼女ではあるけれど、食券を買うというような基本的な
知識が欠落しているのだ。
食券を買うことは、戦闘に何ら関係がないからである。
「どうしたんだい?」
ふと、何者かが話しかけてきた。
「ん?」
振り返ると、そこには朝校長室で会った若い男が立っている。
「ええと、確か……」
「大神だよ。今朝校長室で会ったよね」
「そうですか」
ラウラは大神から目を離し、再び食券の販売機に目を移す。
「食券を買うのは初めてかい?」
「……」
ラウラは答えない。
「そうだ。今日は記念に俺が驕ってあげるよ」
「べ、別にそんな」
人に借りを作るのは好きではない。
「何が食べたい?」
「な、何でもいい」
「そうか。じゃあ俺と同じA定食でいいか」
「……」
ラウラは軽く頷いた。
食券を出して、定食を受け取る。
食事を受け取るというところは、軍の食堂とあまり変わらない。
食事を受け取ったラウラは、大神と同じテーブルに座る。
「なぜ、あなたがここにいるのです」
「いいじゃないか、たまには一緒に食べよう」
「私は用があるので、ゆっくり食べている暇はないが」
「それでもいいよ。じゃあ、いただこうか」
「……」
ちなみに、律儀なラウラは、この後大神にしっかり定食の金額を支払った。
ここで買ったA定食の内容は、ハンバーグ定食であった。メインが煮込みハンバーグ、
サラダ、スープ、そしてライス。
食器は、外国人ようにナイフとフォークが準備してある。
大神は日本人らしく、箸を使っているようだ。
「しかし、なぜ大神先生は私と一緒に食事をとろうとしたのですか」
ラウラはサラダを食べながら、そんな疑問を口にした。
「なぜって? お互いのことを知るなら、一緒に食事をするのが一番だと思ったからだよ」
「よくわかりませんが」
ラウラにとって、食事というのは栄養を補給する行為にほかならない。
なぜそれを一緒にやったらお互いのことを知ることになるのだろう。
「そうかな。ねえ、ラウラ」
「……なんでしょう」
「キミは、趣味とかあるのかな」
「趣味ですか!?」
ラウラは質問の内容に驚く。
これまで聞かれたことのないことだったからだ。そもそも、なぜ上官が部下に趣味などを聞くのだろうか。
「なぜそんなことを聞くんですか」
「いや、キミのことを色々知っておきたいなと思ったからだよ」
「それで趣味ですか? もっとほかに聞くことがあるんじゃないですか」
「ほかに聞くことって?」
「例えば(ハムッ)、そうですね。得意な戦闘スタイルとか、あとは今私が扱える武器
の種類など……」
「それは後からでも聞けるじゃないか」
「何を言っているんです。重要なことでしょう」
「重要?」
「今この瞬間に敵が攻めてきて、戦うことになったときにですね、上官であるあなたが
私の能力を把握していなければ、戦えないじゃないですか」
「ああ、確かにそうだね」
「真面目に聞いているのですか」
「ああ、聞いてるよ。それで、趣味はないの?」
「そこに戻りますか」
「ああ、うん。気になっちゃって」
「……趣味は、ありません」
「どうして」
「必要ないからです」
「でもあったほうが楽しいじゃないか」
「楽しい?」
「ほら、キミのクラスの箒くんなんかは剣道をやっているし、シャルって子は知ってるかな。
彼女は料理が好きなんだって」
「……」
「どうしたの?」
「本当にわかりません」
「なにが」
「あなたが私の上官であることが、です」
「まあ確かに、いきなり言われたら受け入れづらいかもしれないなあ」
「そうではありません」
「ん?」
「もっとこう、必要なことを必要なだけ聞けばいいでしょう。私の、趣味だとかそういう
ことは気にしなくていいんです」
「どうして?」
「あなたは私の上官でしょう。上官の命令は絶対です。故に、一々部下の心情を
慮(おもんばか)っていては作戦に支障をきたします。そうは思いませんか」
「確かに、効率的ではないな」
「だったら、私とそんなくだらない話をする必要もないはずです」
「でもラウラ、人間っていうのは非効率な生き物だろう?」
「先生……」
「なんだい?」
「あなたも士官学校を卒業したのなら、部下に対するそのような心情は捨てていただきたい」
「そうかな」
大神はまだ納得できない、という顔をしている。しかしラウラはそんなこを気にしては
いられない。早く千冬と話をしなければと思っているからだ。
「ああ、ラウラ。口の周りにソースがついているよ」
不意に大神は、ラウラの頬に紙ナプキンで拭う。
「なにをする!」
「ああ、ゴメンよ。頬にハンバーグのソースがついていたもので」
「自分で拭けます」
「キミのキレイな顔にソースは似合わないもんね」
「キレイな顔……」
心臓が高鳴る。
(どういうことだ。戦闘でもないのに……)
今までに感じたことのない胸の高鳴りに彼女は戸惑う。
これは病気だろうか。
胸が苦しい。けれどもそれは、激しい運動をした後のものとは明らかに異なる。
「変なことを、言わないでください……」
「変なこと?」
「私の……、その、顔がキレイとか」
「キレイじゃないか。肌とかすごくきめが細かくて」
「……気持ち悪くないのですか」
「なにが?」
「日焼けとかしていなくて、やたら白いし。それに髪だってこんな色……」
「その髪の毛もすごくキレイだよ」
「……!」
「でも、でも……、眼帯とかしています」
「ウチの学校は、制服を魔改造したりする生徒もいるし、その程度どうってことないよ」
「……」
「どうしたんだい?」
「失礼します」
食事を半分まで食べたラウラは、トレイを持って立ち上がる。
「どうしたんだい?」
「失礼します……」
ラウラは食事を切り上げてその場から立ち去った。
これ以上大神の顔を見ることができなかったからだ。
気持ち悪い、怖い、恐ろしい、不気味。
そんな言葉は、言われ慣れていた。
だから彼女は強くなった。誰よりも強くなろうと努力した。
織斑千冬という日本人の教官と出会ったことで、半人前とか出来そこないなどと
呼ばれていた彼女の境遇は一変する。
約一年にわたる彼女の指導の結果、NATOでもドイツ連邦軍内でも随一のIS乗りへと成長した。
生まれた時から戦い続けることを運命づけられた彼女にとって、強さ以外に価値あるものなど
なかった。もちろん趣味もない。
だから彼女は常に最強を目指した。強さこそが全て。
千冬の指導があったらとはいえ、彼女は強さを手に入れた。
しかしそこにあったのは……。
「なぜ、私はこんなにも苦しいんだろう……」
今まで感じたことのない状態に戸惑うラウラ。
千冬の元に行こうとしていたこともすっかり忘れ、フラフラと校内を歩きまわるのだった。
*
大神とラウラが食事をしている時と同じころ――
「それで、どうなのよ。例の転校生ってのは」
昼休みの中庭で、鈴は魔法びんの中にある紅茶をコップに注ぎながら聞く。
「なんというか、木で鼻をくくったような感じだな」
自作のカツサンドを食べながら箒は答えた。
「木で鼻をくくる?」
箒の言葉を聞いて、シャルはすぐに意味を理解できなかったようだ。
「冷たい態度で、めんどくさそうに相手をするという意味ですわ」
そんなシャルにセシリアは意味を教える。
「なるほど」
箒、シャル、セシリア、そして鈴の四人は昼休みの中庭で芝生の上にわざわざ
レジャーシートを敷いて昼食を楽しんでいた。
青空の下での食事は気持ちいいよ、と言ったシャルの提案によるものである。
本当なら例の転校生も誘う予定だったのだが、振られてしまった。
箒は仕方なく、もう一人分のカツサンドを食べることにする。
「あんまり食べてると太るわよ箒」
紅茶を飲みながら鈴は言う。
「その分動けばいい」
「確かにそうだけど」
そんな鈴にセシリアは言う。
「あらあら、鈴さんはもう少し“豊か”になったほうがよろしいんじゃなくて?」
「セシリア、アンタのその台詞は宣戦布告と受け取るわ」
「もう、やめてよセシリア。鈴もほら。仲良く食べよう」シャルが二人を宥めるように言う。
「そうだな。ギスギスするのはあの転校生だけで充分だ」と、箒も言った。
「やっぱ、アイツって“ここ”に来るのかな」
「そうだろうな、この時期の転校だ。ほかに考えられん」箒は頷く。
「なんか、ちょっと自信がないな……」
「ふむ」
箒の心配はもっともである。
軍にいた、というらしいから戦闘力はそれなりにあるのだろう。
だが、降魔との戦いでは、ただ強いだけではやれない。
「何かこう、理解し合えるものはないだろうか……」
箒が独り言のようにつぶやく。
「フフ……」
それを見てセシリアは微笑んだ。
「なにかおかしいか?」
「いいえ、なんだか箒さん変わったな、と思いまして」
「私が変わった?」
「だってそうでしょう? 少し前のあなたなら、他人と分かり合おうなんて言わないと
思いましたから」
「私が人と上手く付き合えないとでもいうのか」
「あら、違いました?」
「……いや、確かにそうかもしれない」
「そうやって素直に認めるところも変わりましたわね……。
いえ、これは変わったと言うよりも、“成長した”と言ったほうがよろしいかしら」
「成長?」
「人は誰も成長するものですわ。それはとても良いことですわよ」
「んん……」
箒は少し恥ずかしくなって俯いてしまった。こうやってはっきり人から褒められることに
慣れていないからだ。
「何よ箒、照れてるの?」
どこから取り出したのか、饅頭を食べながら鈴はそう言ってからかった。
「別に照れてなどいない」
「そうですわよ鈴さん。あなたも成長したらどうです?」
「はあ? アタシは成長してるっての」
「胸のほうはまだまだですわね」
「ああー、うるさいわねえ。人間言っていいことと悪いことがあるわよ」
「あーら、そうでしたっけ」
「二人とも、それくらいにしようね。ほら、落ち着いて落ち着いて」
シャルが二人の間に割って入って宥める。
「しょうがないわね」
「ふふん」
セシリアは、シャルが止めにはいるのをわかっているからこうやって挑発めいたことを
言ったのだろう。また、この程度の発言で鈴が本気にならないこともよく知っている。
何気ない会話の中でも、しっかりとした信頼関係が見てとれる。
だからこそ、戦闘というあのギリギリの状況でもお互いを信じて連携することができるの
だと箒は思う。
*
その日の放課後――
「今日転校してきたこのラウラ・ボーデヴィッヒだが、彼女が新しい花組の隊員だ」
訓練用アリーナで、千冬がほかの花組メンバーに紹介する。
しかし、箒たちに驚きの反応はない。
「なんだ、知っていたのか?」と千冬。
「ああいや、この時期の転校でしょう? どう考えてもアタシたち絡みだなって予想は
できたわよ」
鈴のその言葉に全員頷く。
「そうか、なら話は早いな」
「あの、織斑教官」
「なんだ」
「朝の話を覚えておられますか」
「朝?」
「手合わせのことです」
「なんだそのことか」
「大神隊長と模擬戦をやらせてください」
「ふむ……」
少し考える素振りを見せた千冬は、こちらに視線を向けた。
「大神隊長、どうだ」
「え? 俺ですか」
ふと前を見ると、ラウラが物凄い形相でこちらを睨んでいる。
(何か俺がやったのか?)
ただならぬ殺気を感じた大神は少し怖くなったけれど、生徒相手に怯むわけにはいかない。
「ねえラウラ、どうしていきなり大神隊長とやりたいと思ったの?」
恐る恐るシャルが聞く。
「隊長が私の隊長にふさわしいか、確認するためだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ちょっとアイツ、何考えてるのよ」
鈴がラウラの態度に腹を立てているようだ。それを箒が宥める。
「織斑先生、いいんですか?」
いきなりのことで真耶も心配そうだ。
「本人がやりたいと言っているのだ。やらせたらいいだろう」
そう言って千冬は軽く笑った。
大神は時々この人のことがわからなくなる。
「それでは、IS展開の許可を」と、ラウラ。
「山田先生、お願いします」
「は、はい。わかりました」
こうして、合同訓練の前に大神とラウラの模擬戦が行われることになった。
アリーナにラウラの専用機が姿を現す。
初めて見た機体だが、黒と灰色を基調としたいかにも軍隊的なフォルムをしたISである。
真っ白でシンプルな形状の大神のISとは対照的な姿。
「シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)と呼ばれるボーデヴィッヒさんの専用機です。
基本的には大型のレールカノンを使った支援型ですが、ワイヤーブレードを使った
近接戦闘もいけるようです」
タブレット型のコンピュータを見ながら真耶が教えてくれた。
「時間は約十分だ。大神くん、心行くまでやらせてやってくれ」
「え? はい。わかりました」
大神の肩をポンと叩くと、千冬は通信室へと向かった。
「私たちも、見学ボックスに行きますので大神先生。あまり無理をしないでくださいね」
と、真耶は笑顔でそう言った。
「ええ、大丈夫です」
大神が先生たちと話をしている間、ラウラはその様子をじっと見つめていたようだ。
(何を考えているのか、未だによくわからないな)
大神はそう思いつつ、自らのISへと向かった。
後半につづく!
十分後――
「……」
結果から言うと、大神はやられた。
しかもかなり圧倒的に。
さすがにこの負けは、大神としてもショックだったようで、先ほどから一言も
口をきかない。
「信じられない。これがIS部隊の隊長だというのか……」
大神以上にショックを受けていたのは、ほかならぬラウラであった。
「これで気が済んだだろうボーデビッヒ。さっさと訓練をするぞ」
「待ってください教官! これが隊長の実力なんですか?」
「今日は多少調子が悪かったかもしれんが、だいたいこれくらいが実力だろう」
「本当にそうなのか!」
ラウラは振り返り、ほかの隊員に聞く。
基本的に、千冬以外のメンバーには興味のなかったラウラが聞いてしまうくらいだから、
相当のショックだったのだ。
「ああ、確かにISの適性では箒よりも低かったわね」
鈴は思い出したようにそう言った。
「私がC+で、隊長は確かC-」と箒。
「ISが操縦出来るギリギリの適性ですわね」セシリアも続いた。
「あと、操縦歴も短いんでしょう? 聞いた話では先月から始めたって」
「この一ヶ月での伸びは驚異的だけど、一対一の戦いともなるとね」
なんだか皆も納得しているようであった。
「お前たち! 驚かないのか」
「はあ? 何がよ」
全員がキョトンとした目でラウラを見る。
「隊長が負けたのだぞ。お前たちの隊長が」
「だから何?」
(なぜだ。なぜこんなにも平然としていられるのだ)
「模擬戦とはいえ、新人の私に負けたのに何とも思わないのか?」
「そりゃあ、新入りにギャフンと言わせられなかったのは残念だとは思うけど……」
そう言うと鈴は隣の箒を見る。
「経験からすれば妥当なところだろう」
箒も澄まし顔で言った。
「お前たちは、それで隊長と認めるのか?」
「勝っても負けても隊長は隊長だし」
控え目な笑顔でシャルは言った。
「訳がわからない……」
「ん?」
「強くない隊長を隊長と認められるわけがないだろう!」
ラウラはそう言って、駈け出してしまう。
アリーナには、茫然とした隊員や教師たちが取り残されていた。
*
「いいんですか? 織斑先生」
大神は駈け出したラウラの後ろ姿を見て彼女に聞く。
「……いや、いいんだ。むしろ思った以上かもしれん」
心なしか千冬の口元が緩んでいるようにも見える。
「あの真面目そうなドイツ人が訓練をサボって逃げ出すって、大事じゃないんですか?」
鈴も大神と同じようなことを考えているようだ。
「むしろこういった展開を待っていたと言っても過言ではない」
千冬は小声でブツブツとつぶやく。
「織斑先生?」
「大神先生、いや、大神隊長」
「はい……」
「アイツを、ラウラ・ボーデヴィッヒを少し探してきてはくれないか」
「ああ、はい。任せてください。でも俺なんかが行って大丈夫でしょうか」
「どういうことだ?」
「俺よりも、ラウラのことをよくわかっていらっしゃる織斑先生のほうが」
「残念だが私はキミが思っているほど、彼女のことを知っているわけではない。
まあ実力的にも図抜けていたことは確かだが、沢山いるうちの教え子の一人にすぎない」
「……」
「だがキミは違う」
「俺は……」
「キミにとってボーデヴィッヒは、部下であり仲間であるのだ」
「……わかりました」
そう言って大神はアリーナの出口へと向かおうとした。
「ああ、ちょっと待て」
「はい、なんでしょう」
大神が振り返る。
「私のほうから何も知らせずに行くというのもアレだから、彼女のことについて一つだけ
知っていることを話そう」
「はい? なんですかそれ」
「ちょっとこっちに来てくれ」
「はあ……」
大神は千冬に近づく。
彼女は大神の耳元に口を近づけると、
「―――――」
「ええ? 本当ですか?」
「ああ、これは間違いない」
「そうなんですかあ。意外だなあ」
「私も最初はそう思ったが、まあ、年頃を考えれば」
「それもそうですね」
「じゃあ、頑張ってくれ」
「わかりました」
「ああそれと」
「はい」
「IS用のアンダーギアであまり学園の敷地内をウロウロせんほうがいい」
「そ、そうですね」
大神は急いで寮に戻り、自分の部屋で“ある物”を回収してからラウラ探しに向かう。
それから寮を出た大神が、学園内の広い敷地を自転車でグルグル回っていると、
いくつかあるベンチの一つに特徴ある銀髪の少女が座っているのを発見した。
*
ラウラは一人、ベンチに座っていた。
勢いよくアリーナを飛び出したものの、今の彼女に行く場所などなかったからだ。
「やあ、ここにいたんだ」
不意に、聞き覚えのある男性の声がした。
「隊長……。いや、大神先生。どうしてここに」
「どうしてって、キミを探しにきたからに決まっているだろう」
「でも私は……」
「大事な仲間だ」
「でも」
「隣、いいかな」
大神は自転車を降りると、カゴの中に入れておいた予備のジャージの上着を持ちだす。
「これ、着ていなさい。ずっとその格好だと風邪引くかもしれないし」
「私は別に」
「いいから」
「はい」
ラウラが職員用のジャージの上着を羽織ると、大神は彼女の隣に座った。
「色々と納得できないことも多いようだね」
「納得できないことばかりです」
「例えば?」
「例えば、隊員よりも弱い隊長なんて認められない」
「……」
「私は強さこそが全てと教えられてきた。強いことが、認められるための大きな手段だった。
でも……」
「でも?」
「ここの人間は違う」
「どういうところが……?」
「どうして、ほかの隊員は強くない隊長のことを認めているんですか?
どうして、織斑教官ですら、あなたのことを隊長として認めているのですか」
「難しい質問だな」
「私にはそれがわからない。自分よりも弱い、それもかなり弱い部類に入る隊長を、
こうも信頼する理由が」
「俺もよくわからない。だけど一つだけ確かなことがある」
「確かなこと?」
「そう。俺は彼女たちのことを信頼しているんだ。誰よりも」
「……?」
「信頼っていうのは、結局相互作用だろう? 一方が信頼して、そしてもう一方が疑っている状態なんて、
本当の信頼関係とは言えない。俺は、まだまだ立派な隊長にはなれていないと思うよ。
でも、その分俺が彼女たちを、隊員たちを信頼してあげようと思う」
「……」
「人と人とのつながりは強いんだ。特に降魔との戦いではね」
「自分は……。自分にはよくわかりません」
「これから、わかっていけばいいさ」
「これから……」
「相手のことをよく知れば、それだけ信頼関係が強くなるだろう」
「だから自分に趣味なんて聞いてきたのですか」
「まあ、あれは特に話題がなかったから言っただけなんだけど……」
「……」
「あ、そうだ」
そう言って大神はポケットから何かを取り出す。
「これは……」
ラウラの顔色が変わった。
「ストラップだよ。以前、親戚の子に貰ったんだけど」
大神の手には二本の携帯電話用ストラップがあった。
いずれも袋に入っている新品の状態だ。
ストラップには、ウサギの人形のようなものが付いていた。
「なんか、ウサギグッズが好きみたいなことを聞いていたから、こういうの喜ぶかなと思って」
「兎(カニーンヒェン)……」
何を隠そう、ラウラはウサギ好きである。
放っておいたら給料を全部ウサギ関連につぎ込んでしまうほどのウサギ好きなのだ。
「くれるのですか?」
ラウラの目が輝く。
「ああ、どうぞ。俺、あんまりストラップとか使わないし」
「じゃ、じゃあ。こっちを」
ラウラは、黒いウサギの付いたストラップを選ぶ。
「先生は、こっちを使ってください」
そう言って、彼女は白いウサギのストラップを大神に返した。
「黒ウサギを取ったか。そういえば、俺たちのISみたいだな」
「く、黒は好きです。何色にも染まらぬ黒」
「そうか。なるほどね」
「先生……」
チラリと横目でラウラが大神を見る。
「なんだい?」
「先生は私のことを、怖くないんですか?」
「怖い? どうして」
「国では皆自分のことを恐れていました。不気味だとか、気持ち悪いとか、狂暴だとか」
「ラウラ、恐れっていうのは不明から来るんだ。誰だって、知らない土地に来たら不安に
なる。それと同じさ。キミのことをよくわかっていないから、恐れるんだ」
「私のことを」
「そう、だからキミのことを知っていれば恐れたりなんかしないよ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「ウソですね」
「どうして」
「これを見て、そう言い切れますか」
そう言うと、ラウラはゆっくりと自分の左目についている眼帯を外した。
彼女の左目が姿を現す。
「金色……」
そこには黄金色に輝く瞳があった。
「IS適性を上げるために施した手術で、こうなってしまいました」
彼女は左目と右目で色の違う、いわゆるオッドアイの持ち主だったのだ。
初めて彼女の左目を見た者は、大抵驚く。
「どうです」
しかし大神の反応は彼女にとって意外なものであった。
「……キレイだな」
「え?」
「とってもキレイだよ」
大神はそっと手を伸ばし、ラウラの左目を覗きこんだ。
「手術の副作用なのかな。こう言ったらなんだけど、作ろうと思って作れるもの
でもないし。やっぱり、その目も含めて、キミなんだと思うよ、ラウラ」
「……!」
ラウラの顔が急に真っ赤になる。
「どうしたラウラ」
「一体なんなですかアナタは!」
「何だと言われても」
ラウラにはもう一つ聞きたいことがあった。
(どうして、あなたが近くにいると、こんなにも胸が苦しくなるのか)
しかしその疑問を口にする前に、大神の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
「出動か!」
ラウラにとって、初めての出動機会はあまりにも早く到来した。
*
IS学園地下司令室――
すでに全員集まっている室内に、大神とラウラも到着した。
「おう、ラウラ。早速で悪いが出動だ」
ラウラの顔を見た米田は開口一番でそう言う。
「構いません。それが自分の任務ですから」
ラウラは、先ほどまでと違い感情を抑えた硬質な声で答えた。
「司令、場所はどこですか」
と大神は聞く。
「そう焦るな。千冬」
「はい」
司令室の大きなモニターに地図が映し出される。
「場所は東京湾。それも葛西海浜公園の近くだ」
以前も海辺での出動があったけれど、今度はかなり都心に近い場所に出現している。
「言うまでもながい、この辺りはこれまで出現した地域とは比べ物にならないほど人が多い。
現在、自衛隊と警察で避難誘導をしているけれども、都心部やすぐ近くにある東京ディステニーランド
上空にこられたら厄介だ」
「確かに危ない……」
モニターを眺める大神に千冬が声をかける。
「大神隊長。今回もメンバーの選定はキミに一任したい」
「ラウラのことですね」
「そうだ」
ラウラの表情が少しだけ動く。
「今回、ボーデヴィッヒはまだコンビネーション等の訓練を受けていない。
ほぼ、ぶっつけ本番の状態になるわけだが、隊長は連れて行くか」
「俺は……」
この時大神は、ラウラの顔を見ようとしたがやめた。
部下の顔色をうかがって命令を下すような上官を彼女は好まないと思ったからだ。
「ラウラは、連れて行きます」
「隊長……!」
「隊長、よろしいのですか?」
そう聞いてきたのはセシリアであった。
ほかの隊員の顔を見るが、全員一様に不安そうだ。
その気持ちはわからなくもない。だが、大神の決意は固かった。
「俺が連れて行くというのだから連れて行く。彼女の実力は、実際に戦ってみた俺が
よくわかっている。ラウラもいいな」
大神は、その時はじめて彼女の目を見た。
「……はいっ!」
ラウラは、力いっぱい答えた。
*
東京湾上空――
夕闇に染まる空だが、陸からの光が強くあまり暗くは感じない。
「この付近か」
降魔反応が強くなった。
「迎撃態勢! 支援火力前へ!!」
降魔反応の強い領域に進入すると、いきなりレーダーで三機のISの機影をとらえた。
高度500メートルを飛んでいる大神たちの編隊に向けて、海面から数十メートルの
場所にいた三体のISが急上昇してこちらに向かってくる。
撃て、と大神が号令をかけるまでもなく、セシリア、シャル、そしてラウラの支援組が
射撃を開始。
シャルのマシンガン、セシリアのレーザー、そしてラウラのレールカノンが凄まじい
衝撃とともに発射され、上空で爆発させた。
機影はまだ健在であることを確認した大神は、近接武器を持って一気にたたみかける。
「行くぞ!」
大神を戦闘に、左翼箒、右翼鈴の突撃部隊が距離を詰めてて近接戦闘を挑む。
「せりゃああああ!!!」
大神は機影に向かい白刃を振った。高い金属音とともに、姿を現したのは空色の
フォルムに、頭部がなぜか金槌のような形をしたISであった。
手には長い槍のようなものを持っている。
ブンっと大きく槍を振りまわし、大神の基地を狙う青いIS型魔操兵器。
『どいて隊長!』
鈴の声が聞こえたと同時に、大神の機体の上を声その金槌頭のISに青龍刀型の
武器を振り下ろす鈴。
だがそれも槍で防ぐ。
『意外と固いわね』
『鈴、次だ!』
続いて箒が超加速で接近し、長刀を振り抜く。
だが当たらない。
次の瞬間、別の二体が槍を逆手に持って箒の機体を攻撃した。
「箒くん!!」
間一髪で間に合う。
大神が敵と箒との間に立って、二つの槍を二刀流で同時に防いだ。
『隊長……』
「一旦距離を取るぞ。再び支援射撃で――」
大神が指示を出そうとしたその瞬間、灰色の影が彼の目の前を通り過ぎる。
「ラウラ!」
『隊長、何をやっている。そのような温い戦い方では敵が逃げてしまう』
「待て!」
大神の制止も聞かず、ラウラは敵の一体を近接戦闘用のワイヤーブレードで捕まえた。
『鮫(ハイ)か』
ラウラが型のレールカノンを構え、至近距離で発射する。
激しい爆風が大神たちを襲う。
『アイツ、勝手に何やってるのよ!』
鈴の怒声が聞こえてきた。
「こちら隊長機、前衛は無事か」
『紅椿異常なし』
『甲龍も以上ないわ!』
「ラウラ、何をやっている。下がれ」
『隊長、こいつは危険だ』
大神の胸に不安が襲う。
『こいつ、まだ生きている』
「ラウラ! すぐにワイヤーを離せ!」
『な――』
ラウラは確かに、大神に言われた通りワイヤーブレードを離した。
だがその瞬間、まるで糸の切れた凧のようにフラフラと落下して行った。
「ラウラアアアアアアアア!!」
大神の叫びも届かず、ラウラの機体は水面に打ちつけられる。
『大神隊長! 何があった。どういうことだ!』
千冬の声が無線を通じて聞こえてきた。
「こちら大神、ラウラが墜落した。すぐに救助する!!」
『こちらサポート、隊長! 今は戦闘中だ』
「しかし!」
次の瞬間、大神に対して巨大な槍が襲いかかる。金槌頭のISが攻撃を仕掛けてきたのだ。
「せいや!!」
だが、大神の目の前にいる敵はすぐに吹き飛ばされた。
「箒くん!」
『大神隊長、早くラウラを』
「キミたちは」
『こいつらくらい、アタシたちだけでやれるわよ』
今度は鈴が答える。
体勢を立て直して向かってくる敵に青のレーザービームが直撃する。
『こちらブルーディアーズ、私たちを忘れてもらっては困りますわ』
「セシリア」
『こちらクロード、僕も支援するから、大神隊長は早く』
「シャル、ありがとう」
大神はレーダーでラウラの位置を補足する。
(まだ沈んではいない)
「皆、俺はラウラの救出に向かう。途中の指揮は……、セシリア!」
『はい』
「キミが執ってくれ」
『ブルーティアーズ、了解ですわ』
「各人の健闘と無事を祈る」
『了解』
『了解よ』
『了解です』
『了解ですわ』
大神は彼女たちの声を聞きながら、水面に向かって加速した。
もちろんそのまま水面にダイブしたら、いくらISでもただでは済まないので、
一旦急停止してから再びレーダーでラウラの位置を確認してから海に入った。
元々宇宙空間での活動を考慮していたため、海の中でもある程度の機動はできる。
ラウラの姿はすぐに見つかった。
しかし意識がない。
「ラウラ、聞えるか! ラウラ」
『……』
無線にも返信はない。完全に意識を失っている状態だ。
大神はラウラの機体に近づき、直接彼女の顔を見た。
目を閉じた状態で、時々苦しそうにもがいている。
(とにかく水の外へ出よう)
そう思ったが、今水面に出ると敵に攻撃される可能性がある。
「サポート、聞えますか。大神です」
『こちらサポート、よく聞こえる』
「ラウラの様子がおかしい。意識がもどらない」
『こちらでも調べているが、確かに生命反応があるが反応がない』
「一体どういう――」
その時、大神は何かに気がついた。
「織斑先生、何か妙な反応が」
『妙な反応?』
「ちょっと待ってください。この反応は……、逆流(Regurgitation)?」
『逆流、だと?』
「どういうことです?」
『大神隊長、ボーデヴィッヒは……』
「はい」
『“精神攻撃”を受けている可能性がある』
「なんだって?」
*
千冬の話しによると、ラウラはISと搭乗員との接続装置でもある外部補助装置
(サードコア)を使わず、ISに搭乗できるという。
しかし、魔操兵器と直接接触したことによって、降魔の呪いがISから直接彼女の
脳内に流れ込んだ可能性があるようだ。
大神を含めた普通の搭乗員はサードコアを通じてISとつながっている。
なぜならそれは、ISの持つ情報量が極めて過大であり、その情報量が逆流して
搭乗員に流れ込んでしまった場合、脳に重要な損傷を与える危険性があるからだ。
そんな情報の逆流を防ぐ“弁”の役割を果たすのが、サードコアである。
ラウラは、IS適性を手術によって上昇させたため、サードコアを通さずISに搭乗する
ことができるようになり、戦闘能力も飛躍的に上昇した。
だがその代償も大きかったようだ。
「ラウラ! 今助ける」
大神はラウラのISを抱えて、近くの葛西海浜公園に上陸した。公園内はすでに
避難が完了しており、自衛隊や警察以外の人は見られない。
「ラウラ!」
大神はコックピットを開いて、ラウラに直接触れる。
先ほどまで反応を見せていたラウラも、今はほとんど動かない。
まるで死んでいるかのように冷たくなっている。
「ラウラ、しっかりしろ」
彼女の頬を軽く叩いても返事はない。
『大神隊長、聞えるか』
耳元の無線に千冬から通信が入る。
「はい、聞えます」
『ボーデヴィッヒをISから切り離さないでくれ』
「どういうことです?」
『彼女の意識がISに流れ込んでいる可能性がある』
「意識の、逆流か」
《 DANGER 》
ラウラの機体から警報が鳴り響く。
『今すぐ救援を――』
「千冬さん」
思わず、大神は下の名前で呼んでしまう。
『どうした』
しかし、千冬は特に感情を表には出さなかった。
「自分がサードコアを使って、彼女のISにつなげば、ラウラの意識を回収(サルベージ)できますか」
『不可能ではないが、危険だ』
「多分もう、時間がありません。意識レベルがどんどん下がっている」
『大神隊長!』
「お願いします」
『もう、繋いでいるだろう……』
「ええ、すいません」
『謝らないでくれ。もし、私もキミと同じ立場なら――』
大神はサードコアをISに繋ぎ終え、スイッチを入れた。
『同じことをしただろう』
千冬のその声を聞きながら、大神はラウラの意識の中に潜る。
*
寒い……。
一面に広がる荒野。
そして枯れた木々。
(これが、ラウラの意識の中なのだろうか。それとも彼女のISの情報?)
とにかくラウラを探さないことには始まらない。
「どこにいる、ラウラ」
大神は周囲を見回す。
しかし寂しい風景が続くだけだ。
(なんて寒いところなんだろうか。意識の中というのに寒さだけはやけにリアルに感じる。
ここに留まっていたら凍え死んでしまいそうだ)
大神はそう思い歩き出した。
考えていても仕方がない。とにかく、ラウラがいそうな場所を探すしかない。
いやしかし、どこにいる。
大神は歩く。歩く。どこまでも歩く。
「ラウラ―!」
そして叫ぶ。
この思いは、必ず通じるはずだ。
そう信じて。
不安に押しつぶされそうになるけれど。
ふと、前を見る。
人影が見えた。
「ラウラ……?」
いや、ラウラではない。少なくとも大神の知っているラウラではない。
小さいのだ。
いや、ラウラの身長はそれほど高くはないが、それ以上に小さい。
そう、年の頃は五歳か六歳くらい。
銀色の髪の毛と左目の眼帯、そして白い肌はラウラと同じだ。
(これはもしかして、小さい頃のラウラか?)
ワンピース姿の少女は、手にウサギのヌイグルミを抱えている。
「ラウラ」
大神はもう一度呼びかける。
しかし返事はない。
ラウラに似た少女は踵(きびす)を返し、どこかへと歩いて行った。
「待ってくれ」
大神は少女の姿を追う。
消えては現れ、そして現れては消える。
少女の姿は、幻のようだがしかし、今の彼には彼女の姿を追うしかない。
しばらく歩くと、彼の目の前にはいきなり洞窟のようなものが現れた。
「ここが……」
ふと、先ほどのウサギのぬいぐるみを抱えた少女がこちらを見てから、洞窟の中に
消えて行った。
「この中に……」
大神は走りだす。
暗い洞窟だが、全く何も見えないわけではない。
足場の悪い道を歩きながら大神は進む。
ここにラウラがいると信じて、歩き続ける。
「……!」
しかし大神は言葉を失ってしまう。
そこに、確かにラウラはいた。
だが、
「氷の中……」
洞窟の奥にある巨大な氷。その氷の中にラウラの姿が見える。
「ラウラ!」
大神は声を出すが、届くはずもない。
(このまま放っておいたら、彼女の心は……)
凍りついてしまうかもしれない――
「ラウラ! 俺はここにいるぞ!」
大神は氷に近づく。
まるでアクリル板のようにキレイな氷だ。
これを見るだけでも、この世界が概念の世界であることがわかる。
だが寒い。
「ラウラ! 目を覚ませ! 頼む……!」
大神は拳を振り上げ、氷を叩く。
驚くほど反応がない。
自分の無力さを胸の奥から付きつけられているような感覚が拳を通じて伝わってくる。
それでも大神は叩くのを止めない。
「ラウラ! 戻ってこい!!」
そう言って大神は激しく氷を叩いた。
「くっ……!」
激しい痛みを感じ、彼は自分の手を見た。
手が凍りついている。
そしてにじみ出る赤い血液。
「くそがあ……!」
冷たさと痛みと孤独と、そして無力感。
それらを全て噛みしめて大神は再び拳を握り氷を叩く。
「ラウ……ラ……!」
ガクリと膝をつく大神。
立っていられなくなるほどの寒さ。
身体の芯を蝕むような冷気が大神の気力と体力を吸い取る。
息をするのも億劫になるほどのダルさ。
意識レベルが下がるのもわかる。
だが――
大神は必死に仲間の顔を思い出す。
大神を信じて戦っている、箒、セシリア、鈴、シャル。彼女たちを支える千冬、真耶、
そして米田。IS学園の仲間たち。
「こんなところで諦められないんだよ……」
大神は立ち上がる。
すると不意に人の気配を感じた。
先ほど、何度も見た少女がそこに立っていた。
彼女は何者なのだ。
「お兄ちゃん――」
その少女が初めて口を開いた。
「……」
大神は答えない。いや、答えられないと言ったほうが正しい。
「もう帰ろう?」
寂しげな表情で彼女は言う。
このままここで、ラウラを呼び続けても助けられるという保証はない。
下手をすると自分まで死んでしまいそうだ。
だったら、一旦戻ってほかの仲間たちを助けに行ったほうがいいのではないか。
「このままだと、死んじゃうよ」
少女はそう言って、小さな手を大神の方に戻した。
この手を取れば、元の世界に戻れる。
大神はふとそう感じた。
彼はゆっくりと、彼女に手を伸ばす。
しかし、
途中でグッと拳を握ると、少女の目の前で思いっきり振りかぶってラウラの入っている
氷に拳を突き立てた。
さっきまであんなに固かった氷が、いとも簡単に壊れる。
それと同時に少女の姿は消え、氷の中から、成長したラウラが彼の胸に飛び込んできた。
「隊……、長……」
「ラウラ」
大神はラウラの身体を受け止め、そして胸の中にいる彼女に静かに語りかける。
「おかえり――」
*
「距離2500――」
セシリアのスコープが敵の姿を捉える。
「行きますわ!」
彼女の狙撃がIS型魔操兵器の正面装甲を吹き飛ばした。
「今です! 二人とも」
『おうよ!』
鈴が怯んだ敵一撃を打ちこむ。
激しい光とともに、ワンテンポ遅れて爆音が届く。
『破邪剣聖――』
そして鈴の後に待機していた箒が長刀を構える。
『桜花放神!!!!』
再び激しい光を発し、IS型魔操兵器を一気に吹き飛ばしたのだった。
『いやったあああああ!!』無線越しに鈴の叫び声が聞こえた。
「箒さん、聞えます?」
セシリアが無線で呼びかける。
『ハア、ハア、ハア……。聞えている』
「三体目の魔操兵器も仕留めました。やりましたわ」
『ああ、良かった』
『箒、すぐに回復させるよ』シャルがすぐさま声をかけた。
『……頼む』
『情けないわね箒、私は楽勝よ』
「鈴さん、無理はいけませんわ」
前衛である鈴と箒のダメージが大きいことはセシリアもよく理解していた。
(でもこれで終わりなのかしら……)
彼女の胸の中にたまった不安はまだ消えていない。
「皆さん、まだ油断しないでください」
無線で全員に呼びかけるセシリア。
『何言ってんのセシリア、もう降魔反応は……』
鈴の声が途切れた。
『セシリア! レーダーに新しい機影だ!』
シャルが叫ぶ。
「まだいましたわ!」
セシリアは状況の把握しようとする。
敵の数は――
五体!
「皆さん! 海中ですわ!!」
水しぶきをあげて出てきたのは、先ほどと同じ型の魔操兵器。
いきなりビーム兵器で牽制してからこちらに突っ込んでくる。
「箒さん! 鈴さん!」
『任せろ!』
『ここで止めるわ!!』
箒と鈴が武器を構え、五体を迎え撃つ。
しかし、先ほどまでの戦闘で疲弊しているのは目に見えていた。
『ぐわああ!!』
激しい衝突の後、防衛線を超えた三体がセシリアたちに向かってくる。
「迎撃!!」
セシリアはそう叫んで射撃を実施する。
『近づくなあああ!!』
シャルも、機関銃で弾幕を張って敵の接近を防ごうとする。
(闇雲に撃ってもダメですわ……)
そう思い、セシリアは冷静に狙いを定める。
しかし、
戦闘の疲労が一瞬の判断を鈍らせた。
「な!」
槍を構えたISがすぐ目の前に迫っていたのだ!
無反動旋回(ゼロリアクトターン)をしようとしたが、間に合わない。
セシリアは大きなダメージを覚悟した!
けれど、いつまで待っても身体に衝撃はない。
(どういうことですの?)
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、彼女の目の前には視界を遮る白い光が
見えた。
「隊長……」
セシリアの前に大神専用のISがおり、敵の攻撃を防いだのだ。
「せりゃあああ!!!」
大神の攻撃に怯んだIS型魔操兵器は逆噴射で、彼の前から離れた。
「大神三尉! 遅いですわよ、もう」
『すまないセシリア、皆も。そして、今までよく持ちこたえてくれた。ありがとう』
無線越しに聞える大神の言葉につい笑顔が漏れてしまうセシリア。
『全員まだ生きているな、ここから反撃開始だ!』
大神は力強く叫んだ。
*
戦場に戻った大神の気合いはいつも以上にみなぎっていた。
『隊長、ラウラはどうしましたの?』
と、セシリアは聞いてくる。
「ああ、戻ってきたよ。行け! ラウラ!」
『ツヴァイク了解』
一瞬の光――
連続射撃が敵五体全てに命中した。
セシリアに勝るとも劣らない狙撃だ。
「シャル! キミは鈴と箒くんの回復だ」
『クロード了解』
シャルは、敵が怯んだ隙に前衛二人の回復に向かう。
「セシリアは俺の援護を頼む」
『ブルーティアーズ、了解ですわよ』
「ラウラは俺の直衛だ」
『了解です』
大神はISを一機に加速させた。
「守るだけが俺じゃないってことを見せてやる」
シャルに回復をさせてもらっている鈴や箒の上を通り越して大神は敵に接近した。
「目標固定、セシリア!」
『ブルーティアーズ了解、支援射撃!』
大神の後方から青いレーザーの線が敵の一体に吸い込まれるように当たる。
一瞬、制御を失った相手の機体に大神の二刀流が襲いかかった。
左肩が切れる魔操兵器。
だが大神はすぐに追撃はせず、そのまま敵の集団の中を突っ切った。
当然、敵は攻撃を仕掛けてくるのだが、
『隊長には指一本触れさせやしない』
彼の斜め後ろにいたラウラのワイヤーブレードがISの動きを止める。
『土産だ』
そして、肩のレールカノンを至近距離で発射した。
激しい爆発から、旋回した後に大神は次の指示を出す。
「シャル、支援射撃」
『クロード了解』
今度はシャルの連続射撃で敵の動きをけん制する。
「箒くん! 鈴!」
回復を終えた二人を従え、敵IS一体に狙いを定める。
大神の二刀、鈴の青龍刀、そして箒の長刀がトドメを刺す。
大きな爆発が起こった。
『一機撃破ですわ』
「休まず行くぞ! ラウラ! セシリア! 十字砲火(クロスファイア)!」
『了解ですわ』
『ツヴァイク、了解』
ラウラのレールカノンとセシリアのレーザーライフルによる、二方向からの射撃。
威力、正確さからいって逃げられるものではない。
金槌頭の両肩の装甲が吹き飛んだ。
「行くぞオオオオオ」
そして、無防備になったところで大神が突っ込む。
「でりゃあ!!」
今度こそ大神の二刀流が敵ISのコアを破壊した。
「あと三体!」
シャルの射撃が別のISを攻撃する。
それを避ける魔操兵器。
しかし、そこには鈴がいた。
『逃げられると思ってるの?』
ガキンッ、と正面の装甲が割れる。
だがまだ敵は健在だ。
すると後方からするりと箒が現れ逆袈裟切りを決めた。
「あと二体!」
状況が不利と見るや、小型のレーザー兵器で敵を寄せ付けないようにするIS型魔操兵器。
だがそんな子供だましが通用するはずもなかった。
『小賢しい!』
ラウラのレールカノンとワイヤーブレードが、そんな小さな攻撃を全て不能にさせたのだ。
『無駄ですわ!』
そしてセシリアの狙撃で、敵の頭部を吹き飛ばす。
「よおし、一気に決めるぞ!!」
大神は更に大きな気合いを込める。
『紅椿了解』
『甲龍了解』
『クロード了解』
『ブルーティアーズ了解ですわ』
彼の白い機体の後ろに隊員の機体が集まる。
『ツヴァイク、了解だ!!』
そしてラウラの機体もその編隊に加わった。
「狼虎滅却――」
「刀光剣影いいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
六人の力で、東京湾上に新たに出現したIS型魔操兵器も、木端微塵になったことは
言うまでもない。
*
護衛艦日向艦上――
「みんな、すまなかった。すべては私の責任だ」
戦闘を終えたラウラは、そう言って隊員全員い頭を下げる。
「あの、ラウラ――」
大神が声をかけようとした瞬間、
「アンタねえ、勝手なこと言ってんじゃないわよ」
と、鈴が言いだす。
喧嘩をふっかるんじゃないかと思い大神が止めようとしたその時、
「新人が迷惑かけるのは当り前なのよ。悪いと思うなら、次で名誉挽回しなさい」
そう言って笑顔を見せた。
「鈴……」
「そうだぞ、ラウラ。我々は支え合って戦うんだ。一人だけじゃない」と箒も続く。
「素直になることは、良いことですけどね」セシリアも笑顔で言った。
「ねえ、ラウラ。明日は一緒にお昼食べようね」とシャル。
「……みんな」
最後に大神が声をかける。
「ラウラ」
「はい」
「ようこそ、IS学園へ――」
大神はここできれいにまとまった、と思ったが話はこれでは終わらなかった。
「ところで大神隊長」
不意に声をかけてきたのは、千冬であった。
「どうしました? 織斑先生」
「実は帝國華劇団では、戦闘が終わった後『勝利のポーズ』というものをやるらしいのだ」
「勝利のポーズ、ですか?」
「そうだ」
「それは一体……」
「ふむ、私もよくはわからんのだが、司令のお話では、戦いに勝った喜びをポーズで表現
したらいいのではないだろうか」
「わかりました。では織斑先生も一緒に」
「いや、私は別に」
「ラウラ、みんなを呼んでくれ」
「了解、隊員を召集します」
いつの間にか傍に来ていたラウラに大神は指示を出す。
「さあ、やりましょう」
「……しかたない」
千冬が観念したところで、鈴や箒たちが集まってきた。
「え? どうしたの? まだ帰らないの?」
「大神隊長、どうされましたか」
大神は全員に、事情を説明した。
今回は、ラウラが加入したことの記念という意味もある。
「よーし行くぞー!」
大神の声が夜空に響き渡る。
「勝利のポーズ」
「キメッ!!!!!!!」
全員がポーズを決めた、そんな隊員の様子を、艦上にいた海上自衛官たちは
茫然と見ていたのだった。
*
この日、大神の長い長い一日が終わろうとしていた。
そんな大神に対するささやかなプレゼント(?)が、大浴場での入浴である。
この学校は職員、生徒ともにほとんどが女子なので、大浴場も普段は女子専用である。
ゆえに、その大浴場が使えるひは大神の楽しみでもあった。
「よし、ゆっくりと湯船につかって疲れを癒そう」
そう思い、風呂場のサッシを開くと――
「……」
銀髪の少女が正座をし、頭を下げて三つ指をついていた。
もちろんここは風呂場なので、服は着ておらずバスタオルを巻いただけである。
「あの、ラウラ」
「お待ちしておりました、大神隊長。いえ、ご主人さま」
そう言うとラウラはやや照れくさそうに顔を上げた。
「何をやっているんだい、ラウラ」
「日本では、好きな相手とこうやって一緒に風呂に入るのが伝統と聞いた」
「ちょっと待て。そんな伝統は聞いたことがないぞ」
「とにかく、一緒に入りましょう」
「いや、本当にちょっと待ってくれ。マズイじゃないか」
「一体何がマズイというのですか。私の心と体はすでに隊長のものです」
そんなやりとりをしていると、
「おいラウラ! 浴場の使用時間は守れと言ったはずだ――」
箒が現れた。
「な……」
「箒くん、違うんだこれは」
「なにをしてるだああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「違うんだああああああああああ!!!!」
大浴場から発せられた箒の叫び声は、生徒寮にまで達したという。
つづく
人は賢明な人間にも愚行があることを信じない。何という人間蹂躙!
ニーチェ
この日の大神はいつになく緊張していた。
初めての戦闘よりも緊張していた、と言ったら言い過ぎになるかもしれないが、
それほど期待に胸を膨らませる事態がやってきたのである。
(ち、千冬先生とお出掛け……)
彼の職場の先輩であり、また秘密部隊の副司令でもある織斑千冬と買い物に
出かける約束をしたのだ。
千冬は言うまでもなく大神にとってあこがれの女性である。
その人との外出に心が躍らないわけがない。
初夏の日差しの中、カジュアルなファッションにも気合いを込めた大神は、
頬を平手で打ち、少し早目に自分の部屋を出た。
しかし、職員寮のロビーに行くと、既に千冬が先にそこで待っていた。
「あ、おはようございます!」
いつも以上に気合いを入れて挨拶をする大神。
「お、おはよう」
それに対して千冬は、いつもより控え目に挨拶を返す。
「……」
彼女の服装は桃色のカーディガンに、薄手の布に花柄のロングスカート。
普段、スーツ姿かジャージ姿、はたまた戦闘服姿と、仕事用の格好しか見たことが
なかった大神にとって、千冬のカジュアルな服装はとてつもなく強烈な破壊力を有していた。
「やっぱり、変かな」
「ぜ、全然変じゃないです!」
「どうした、そんな大声出して」
「あ、スイマセン」
「まあ、少し早いけど行こうか」
「そうですね」
(今日はいい日になりそうだ)
千冬と並んで歩く大神は、ここ最近感じたことのなかった大きな幸福感に包まれていた。
I S〈インフィニット・ストラトス〉大 戦
第八話 これはデートですか?
日曜日の朝、二人して出かける大神と千冬を監視する者がいた。
「こちらアルファー、現在マルタイが校門を通過。駅に向かう模様。追跡を開始する」
篠ノ之箒は、小型の携帯式無線のマイクに向かってそうつぶやく。
「ねえ、本当について行くの?」
箒の隣で、私服姿のシャルが不安そうに問いかけた。
「無論だ。何が起こるかわからんからな」
箒は前方にいる大神たちから目を離さずに言う。
「あの二人なら、何があっても大丈夫と思うんだけどな」
核爆発でも起こらない限りは生き残っていそうな二人ではある。
「もしものことがあったらどうするんだ」
「もしものことって、なんなのよ……」
「ボーッするな、行くぞシャル」
「はあ」
そうこうしているうちに、大神と千冬は最寄りの駅に到着した。
何の話をしているのかわからないけれど、楽しそうな雰囲気の二人に少々面白くないと
感じる箒であった。
「感情が顔に出ているわよ箒」
不意に、背後から話しかけてきたのは鈴である。
「鈴、作戦中は直接話しかけるなと言っているだろう」
「仕方ないじゃないの、同じ電車に乗るんだし」
「それよりも箒、尾行のやり方がなってないぞ」
箒にダメ出しをしたのは鈴と一緒にいたラウラである。
「お前にだけは言われたくないぞ、ラウラ。なんだその格好は」
ラウラのこの日の服装は、ゴシック・アンド・ロリータ、通称“ゴスロリ”というもの
であった。
黒を基調とした服で、左手にはウサギのヌイグルミまである。
「これか? 坂本先生に頼んだらこの服を貸してくれたんだ。私は私服というものを
持っていなかったからな。どうだろう、似合わないだろうか」
「いや、むしろ逆。似合いすぎて怖いのよ」
と、鈴が気持ちを代弁してくれた。
「似合いすぎて怖い?」
ラウラの銀髪に、細い体型、低い身長、そして眼帯。まるで人形がそのまま動きだした
かのような彼女の姿はまさしく奇跡である。
ゴスロリを着るために生まれてきたと言っても過言ではない。
(しかし坂本先生はなぜ、こんな服を持っていたのだろうか)
「そんなことより皆、早く切符買わないと、電車きちゃうよ」
シャルがそう言って全員に呼びかける。
「ああ、そうだった」
とりあえず、そこにいた四人は券売機に向かって走り出した。
ことの発端は数日前――
織斑千冬が、大神に対して一緒に買い物に行ってくれないか、と誘ったのがきっかけである。
職員室で内密に交わされたその約束だが、地獄耳の坂本教諭に聞かれてしまう。
職員間の噂が、生徒たちの元に達するのにそれほど時間は要しなかった。
「これは忌々しき事態だ」
この出来事に危機感を覚えた篠ノ之箒ほか数名は、大神の行動パターン等を
調べ上げた上で彼らの尾行と監視をすることを決定した。
そして大神たちを追跡する尾行組は、第一班の箒とシャル、そして第二班の鈴とラウラに
分け、現在尾行中である。
ちなみに二人の尾行に難色を示したセシリアと、街に出たら色々とヘマをやらかしそうな
山田真耶は学園内で居残りとなった。
「ひえーん、私も大神さんと一緒に買い物行きたかったあ……。ゲフッ」
「山田先生、飲み過ぎですわよ」
「うるさいですねえ、これが飲まずにやってられますかっての。うう……」
「この人、なんでコーラを飲んでこんな状態になれるのでしょう」
真耶の世話を押し付けられたセシリアは、一つ溜め息をついた。
(大神先生と織斑先生、今頃は電車の中でしょうね)
セシリアは窓の外の青空を眺めてふとそんなことを思った。
「せっちゃんおかわり!」
「“セッちゃん”はやめていただけませんか、先生」
*
さて、箒たち四人は、大神と千冬が乗ったのと同じ電車に乗り、彼らを尾行した。
駅に着いて、改札を抜けるとそこは眩しい街であった。
電車を降りると、箒とシャルはラウラ・鈴ペアと別れ、別々に大神たちを追うことになる。
大神と千冬は、どこかのブディックのような店に入って行った。
「服を見るのかな……」二人の様子を見てシャルがつぶやく。
「だがちょっと待ってくれシャル」
「どうしたの?」
「この服屋は男物が中心ではないだろうか」
「ああ、そういえばそうだね」
「どうしてだろうか」
「男の人にプレゼントをするためとか」
「男の人?」
「大神先生に」
「どうして!」
「いつもお世話になっているから、とか」
「まさか! だいたい男が女にプレゼントされるなんて……」
「織斑先生だったらありうるよ」
「そんなバカな……!」
数十分後――
「あ、出てきたよ箒」
「何か持っているか?」
「いや、何も買わなかったようだね」
「そうか……」
安心したような、少し寂しいような、不思議な感覚であった。
「しかし、尾行というのはわりと疲れるものだな」
「そうだね。こういう店とかに入ると、ずっと待っていなければならないしね」
「相手にバレないようにするのも神経を使う」
漫画などでは、かなり簡単に尾行をしているけれど、実際にやるとなると大変だ。
箒はつくづくそう思った。
次に大神と千冬が向かった先は、なんとオシャレなイタリアンレストランである。
「そういえば、もうお昼だね」
「ん、そうか」
尾行に夢中で気がつかなかったけれど、確かに昼食の時間だ。
幸い、店の向かい側には屋外のカフェテリアがあった。
「ふむ、ちょうどいい。ここで食事をするか」
「ここは、ファーストフード店みたいにセルフサービスのようだね」
「そうなのか」
「あ、僕が頼んでくるよ。箒は、先生たちを見てて」
「いいのか? すまないな」
「うん。それで、何が食べたい?」
箒はツナサンドとコーヒーと、あと何か一つ二つ頼むことにした。
もちろん店からは目を離さない。幸い、彼らが窓際の席に座ったので二人の様子が
よく見える。これは一方で、こちらの様子も知られてしまうというリスクにもつながるのだが、
この際仕方がない。
そしてしばらく待っていると、
「あれ? 箒じゃないか」
「!?」
あまり聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには見覚えのあるヒラメ顔の男が立っていた。
「キミは、一夏か?」
「おう、やっぱり。覚えていてくれたんだ」
「五反田さんもおるでー」
一夏の後で、赤い長髪の男もハイテンションで顔を出す。
織斑一夏。箒の小学生時代の幼馴染で、彼女の通うIS学園の教師、織斑千冬の弟でもある。
彼とは小学生時代、同じ道場に通っていたこともあったのだ。
「いやあ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりな。髪型も雰囲気も変わっていないからさあ」
「お前もあまり変わっていないな。声以外は」
「いや、手厳しい」
「あ、俺はどうだ?」五反田が嬉しそうに身を乗り出す。
「お前の顔は忘れた」
「そんな、酷い」
「まあそんなことはともかく」
「え!? 俺の扱い酷くね?」
「一夏たちはどうしてここにいるんだ?」
「どうしてって、五反田と遊びに来たんだよ。それで、もう昼だし何か食べようかと思って」
「そうか」
「箒たちは?」
「今日は、と、友達と買い物に来たんだ……」
「へえ、同じ学園のか?」
「そうだ」
「今どこ?」
「注文した品を取りに行ってもらっている」
「ん?」一夏が何かに気づいたようだ。
「どうした」
「箒、お前さっきから何向こうの店をチラチラ見ているんだ?」
「!」
「何かあるのか?」
「いや、何でもない」
「そうか」
箒は大神たちのいるイタリアンレストランから慌てて目をそらす。
「お待たせ箒」
トレイにアイスコーヒーやツナサンドなどを乗せたシャルが戻ってくる。
「おお、シャル」
「な! 超☆美少女!!」
シャルの姿を見て、五反田が興奮する。
「落ち着けよ」一夏はそれを止めた。
「箒、この人たちは?」
シャルがトレイをテーブルに乗せつつ、不安そうに聞いてくる。
「ああ、紹介しよう。私の幼馴染その一とその二だ」
「おい!」
「ちょっと待てよ箒、その紹介はいくらなんでも!」
「箒、ちょっとしか紹介になってないよ」シャルが苦笑しながら言う。
(むう、面倒くさいな)
箒はそう思いつつ、彼らに互いを紹介した。
「へえ、箒の小学校時代の幼馴染なんだ」
「ああ、織斑一夏だ」
「俺は五反田弾。バンドやってんだバンド。よろしく」
「あ、僕、シャルロット・デュノアといいます。箒さんとは同じクラスなんです」
「くうううう! カワイイじゃないか!」
五反田は一人で異常に興奮している。
「それはいいのだが二人とも」
箒は、五反田の興奮をよそに冷静に声を出した。
「なんだ?」
「どうかしたか」
「なぜ当り前のようにこのテーブルに座っている」
「え? いいじゃないか」
「そうやそうや。一緒に昼食食べようや」
「おい、勝手に決める――」
「箒、箒……!」
シャルが箒の袖を軽く引っ張った。
「どうした」
「あんまり騒ぐと先生たちにバレちゃうよ」
「む、そうだな」
箒は自らの興奮を恥じて、その場に座った。
「まあ、食事くらいなら一緒にいてもいいだろう」
「なんでそんなに偉そうなんだよ……」
一夏がやや不満そうに言う。
「お、そうこなくっちゃ。おい一夏、お前なんか買ってこいよ」
「いや、お前が注文取りに行けよ」
「俺はちょっとシャルロットちゃんに色々と聞かなきゃならないんだよ」
「アハハ……」
五反田のその言葉にシャルは苦笑した。
「こうなったら勝負だ」
「ふん、返り討ちだ」
「行くぞ一夏!」
「おう」
「最初はグー! じゃんけん……、ポン!」
一夏、グー、五反田チョキで一夏の勝ちである。
「くそお」
「お前、昔から最初にチョキを出すクセがあるよな」
「チクショー!」
悔しがりつつも五反田は注文をしに行った。
テーブルに残ったのは、箒、シャル、そして一夏の三人だ。
「……いや、まあ久しぶりだな」
「そうだな」
空気が重い。こういう時、ムードメーカーの存在が重要になる。
五反田が意外に重要なポジションであることを改めて認識する箒だった。
「学園はどうだ、箒」
「まあ、普通だ。相変わらず忙しいけどな」
「最近はなんか物騒だけど、そっちは大丈夫か?」
「物騒?」
「ほら、降魔とかいうやつ。春休みに一緒に遊びに行こうって言った時も、結局あの化け物のせいで
うやむやになっちまったし」
「そ、そうだな」
まさか自分が今、その降魔退治をしているとは絶対に言えないのだ。
「そっちの、ええと、シャルロットさんは外国からの留学生かな」
「はい。フランスからです」
「そうなんだ。日本語、上手だね」
「最近の言語習得プログラムは優秀です。でも読み書きはまだまだで」
「そうなんだ。凄いな、IS学園」
そんな話をしていると、
「――あのー、すいません」
突然誰かが声をかけてきた。
「!?」
「はい、なんでしょう」一夏が返事をする。
顔を上げて見ると、髪はオールバックで白のスーツを着た男性であった。
ギターでも持っていそうな格好だ。
「この辺りに、長い黒髪でカチューシャを付けた女の人を見ませんでしたか」
「黒髪? カチューシャ?」
「歳は中学生くらいなんですけど」
「知り合いですか」
「ええ、まあ……」そう言って男は頭をかく。
「箒、知らないか?」
一夏はこちらを見て聞いてきた。
「いや、そんな人は見ていないな」
箒は正直に答える。
「僕も見てないよ」
シャルも言った。
「そうですか。参ったなあ。携帯も通じないし。あ、ありがとうございます」
そう言うと、白スーツの男はどこかへ行ってしまった。
「ねえ、箒」
シャルが小声で話しかけてきた。
「なんだ」
「今の人って、大神先生に似てなかった?」
「そうか?」
「なんか雰囲気とか、立ち振る舞いとか」
「確かに……」
堅気の人間ではない。そんな空気は箒も感じていた。
(普通の人間は、白のスーツなんて着ないし)
「何の話をしてんだ? 二人とも」
「いや、なんでもない」
箒は、とりあえずごまかすことにした。
「ところで話変わるけど――」
一夏の言葉に箒は再び緊張した。
彼が何を聞きたがっているか、何となくわかっていたからだ。
「……!」
「千冬姉は元気か?」
「……げ、元気にしている」
「まさかIS学園で働いているなんて思わなかったぞ。少し前までヨーロッパに行ってたし」
「そうだな」
「相変わらず男っ気はないかな。まあIS学園は女性ばかりと聞くから、そういう心配は
ないと思うけど」
「……!」
「どうした、箒」
「いや、何でもない」
「そうか」
「ところで一夏」
「なんだ?」
「もし、もしも千冬さん、いや、織斑先生に恋人ができたとしたらどうする?」
「ええ? あの千冬姉にか? そんなのあるわけないじゃないか。でも――」
ふっと、一夏の表情が変わった。
「そんな奴が出てきたら、まずはこの俺が……」
そんな一夏の顔を見てシャルが小声で言う。
「箒、なんだか一夏くんの顔が怖いよ」
「あいつは重度のシスコンなんだ」
箒も小声で応える。
「シスコン?」
「シスターコンプレックス。つまり姉好きなんだな。それもかなり」
「そんな。ということは、大神先生と一緒にいるところを見たら」
「マズイことになるやもしれない」
「ん、どうした二人とも。またコソコソ話をして」
「あ、箒!」
思わずシャルが声を出す。
見ると、大神と千冬の二人は食事を終えて店を出てくるところであったのだ。
(まずい!)
「どうした? 誰か知り合いでもいたのか?」
一夏がシャルの視線に気づき、大神たちを見ようとしたその瞬間、
「一夏、すまない!」
そう言うと、箒は一夏に眼つぶしをくらわし、そして頸椎に手刀を入れて動けなくさせた。
ガタン、という音とともにテーブルに顔を伏せる一夏。
「行くぞシャル」
「え、でもこの人」
「五反田がいるから何とかしてくれるだろう」
一夏たちを放置した箒とシャルは、大神たちにバレないようその場を離れた。
*
「まったく、何やってんのよアイツら」
箒たちが騒ぎを起こしたため、尾行が困難になってしまったので、彼女たちに代わって
鈴とラウラのコンビが大神と千冬を尾行することになった。
こうして、定期的に尾行を交代することによって相手に気づかせないという作戦だ。
しかし――
「ちょっとラウラ、何をしているのよ」
「ふむ、なかなか興味深い店だ」
ラウラにとって街のものは全てが珍しいらしく、色々な店や人に関心をしめしている。
(もう、これじゃまるでラウラの“お守り”じゃないのよ!)
大神と千冬の尾行、ラウラの世話。
この二つを同時にやらなければならない鈴は結構多忙な身であった。
そうこうしているうちに、大神たちはある雑貨屋に入った。
午前中は服屋に入ったというから、一体何が目的なのだろう。と、鈴は頭の中で考えを巡らす。
「ねえラウラ。大神っちと千冬さんは何が目的だと思う?」
鈴はラウラに聞いてみるが返事はない。
「もう、ラウラ」
振り返ると、そこにはウサギの耳のついたカチューシャを装着するラウラの姿が。
「何やってんのよ」
「ああ、さっき白いスーツを着た人が『似合いそうだから』と言ってくれたのだ」
「変な物着けてんじゃないわよ。余計に目立ってしまうじゃない」
「そうだな。しかし、なかなか可愛いではないか」
「それは否定しないけど……。それより」
「それより何だ?」
「アンタ、目的を忘れたわけじゃないでしょうね」
「わかっている。二人の尾行だろう」
「そうよ」
「それがどうした」
「アンタ、悔しくない?」
「悔しい?」
「だってラウラも、大神っちのことが好きなんでしょう?」
「ああ好きだ。愛している。私の全てと言っても過言ではない」
「ああ、わかったわかった。その大神っちがほかの女とデートしているのよ」
「買い物ではないのか?」
「デートみたいなものよ」
「それが何か」
「それを見て悔しくないの? 箒なんて露骨に不機嫌になっていたわよ」
「そうだな……」
ラウラはほんの少しだけ考えた。
「別に悔しくはない」
「はあ?」
「むしろ私は幸せに思う」
「どうしてよ。アンタの好きな相手が別な女と一緒にいるのよ」
「大神隊長の喜びは私の喜びでもある。彼が好きになった相手がいるのならば、
私はその人も好きになろう」
「……」
「ましてやその相手は、私が尊敬する織斑教官なのだ。これを祝福しないでどうする」
「アンタ」
なかなかやるじゃない、と言いかけた瞬間、
「まあ、日本には“妾”という制度があるらしい。隊長と教官がもし結婚したならば、
私は二人の妾になろうと思う」
「ぶっ!」
「どうした」
「アンタ、一体何を考えているのよ!」
「何をと言われても、愛する人と尊敬する人、皆が一緒にいられる最高の選択肢だと思うが」
「妾なんて、もうあるわけないでしょうが」
「アジアでは一夫多妻が普通だと聞いていたが」
「誰がそんなこと言ったのよ」
「坂本先生」
「あのパンツ丸出し教師が……!」
「それはそうと、鈴」
「何よ」
「お前は、大神隊長のことが好きなのか?」
「……」
「どうした」
「まあ、嫌いではないかな。結構、熱血バカなところはあるけど」
「では好きなんだな」
「そりゃ、好きだけど……」
「何か問題でも?」
「そりゃあるわよ。相手は千冬さんよ。胸も適度にあるし、性格もしっかりしている」
「……」
「もし、大神っちが千冬さんのことを好きだったら、アタシなんか敵うはずがないし」
「敵う? どういうことだ」
「だってアタシ、胸もないし背も小さいし。そうそう、私が大神っちにはじめて会った時
なんて言われたと思う? 小学生だって。笑えるでしょう?」
「……私は、そういう考え方はあまり好きではない」
「はあ? どういうことよ」
「鈴、お前は戦う前から諦めている」
「な……!」
「お前らしくもない」
「アンタねえ、私の何が分かるって言うのよ」
「確かに、鈴との付き合いは短い。だが、戦いの時の鈴は、危険を承知でリスクを取る
勇気を持ち合わせていた」
「……勇気」
「だが今のお前はなんだ。戦う前から既に逃げ腰ではないか」
「……!」
「一度、正面からぶつかってみるといい」
「何よ、私のことも応援してくれるっていうの?」
「いや、お前とはライバルだ」
「はい?」
「織斑教官なら仕方がないが、お前が隊長と一緒になるというのならば、正妻は私だ」
そう言ってラウラは腕を組んだ。
「何よそれは!」
「ふっ、少しは“らしさ”が戻ってきたではないか」
「……ふん」
そう言って、鈴はラウラから顔をそらした。
「……」
「ありがとう……」
「なぜ礼を言う?」
「いいからありがとう。ちょっと、感謝したい気持ちになったの」
「ああ、わかった。その気持ち、受け止めておこう」
鈴とラウラは、そんな話をしながら尾行を続けたのであった。
*
織斑千冬との買い物は、彼女の弟である織斑一夏への誕生日プレゼントを選ぶもので
あった。
厳密に言えばデートではない。
しかし、それでも大神は嬉しかったのだ。普段、滅多に見ることのできない千冬の笑顔を
何度も見ることができたからである。
「すまない大神くん。今日は一日、私のワガママに付き合わせてしまって」
「いえ、構いませんよ。むしろ楽しかったです」
「楽しかった?」
「ああ、いや。こうして一緒に買い物といか食事とかをしていると、普段あまり見ない千冬さんの
表情を見ることができて」
「私は、そんな変な顔をしていたか?」
「ああいや、そうじゃないんです。あなたは、いつも素敵な顔をしています」
「な、何を言っているんだ」
「すいません」
「別に謝らなくてもいい……」
そう言って千冬は顔をそらす。
「しかし、どうして明治神宮なんですか?」
この日、最後に訪れたのは明治神宮であったのだ。
「以前一夏と……、弟と一緒に初詣に来たことがあるのだ。といっても、十年以上昔の話だが」
「そうなんですか」
日曜日とはいえ、夕方なので敷地内の人はまばらだ。
うっそうと茂る木々は、都内とは思えない静けさを感じさせる。
「初詣だから当然人は多い。私はあの時、幼い弟の手を掴み、絶対に彼を守ろうと強く
誓ったのだ」
千冬は歩きながらそんな思い出話をしてくれた。
本殿への参拝を終えた大神たちは、振り返る。
「そろそろ帰りましょうか、“大神先生”」
ふと、呼び方が変わった。
「千冬さん?」
「おい、お前たち。いつまで遊んでいるつもりだ」
「ふえええ?」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
すると、社務所の影から見覚えのある影がぞろぞろと出てきたではないか。
(朝から感じた違和感はこれか)
大神は千冬に夢中で気がつかなかったのだ。まあ、仕方ないよね。
「探偵ごっこは楽しかったか? お前たち」
「気づいていたんですか……?」
箒が恐る恐る訪ねた。
「馬鹿者が。あの程度の尾行に気遣いない奴があるか。むしろ気づかないほうがおかしい」
「ですよねえ」
鈴が自嘲気味に笑った。
(ヤバイ……)
大神は千冬に夢中で気がつかなかったのだ。
「まあ、お前たちの気がかりもわかるので、今回は見逃してやる」
「気がかり……」
「大神先生のことだろう?」
「……」
全員押し黙る。
「まあ、お前たちもずっと見ていたからわかると思うが、今日は買い物に付き合ってもらった
だけだ。弟の誕生日プレゼントを買うためにな」
「弟って、一夏のことですか?」箒が聞く。
「そうだ。ほかに誰がいる」
「そうですよね」
「だから安心しろ。私と大神先生とは、お前たちが心配しているような関係ではない」
「……」
(うう……)
大神は心の中で呻いた。わかってはいたけれど、こうもあっさりと言われてしまうと本当にショックだ。
「どうした、凰」
「べ、別に私は大神っちのことなんて気にしてはなかったんですからね」
「私は街に出たかっただけです」
ラウラは真顔で答える。
「僕は少し気になったかな」シャルは照れくさそうに言う。
「わ、私は……」
「それよりお前たち、学園には早く帰れよ。寮の門限を破ったら、それなりのペナルティー
があるんだからな」
「はい」
「さて、大神先生。我々も帰ろう。今日は本当に――」
そう言いかけた瞬間、千冬の声が止まる。
そして彼女はその場に膝をついた。
「千冬さん!」
大神が千冬に駆け寄る。
「どうしました」
箒たちも駆け寄った。
「いや、何でも……」
千冬は右手で胸を押さえながらも、周囲を安心させようと顔を上げようとする。
「千冬さん、どうしました!」
こんなに苦しそうな顔をした千冬を見たのははじめてであった。
どんな時でもどんな状態でも、平然としている印象のあった千冬がこんなにも苦しんでいるのだ。
「一体、どうなっているんだ」
「大神さん! あそこ!」
そう言って、箒が指差した先は鳥居の上であった。
「あの鳥居が何だって言うんだ!?」
疑問に思いつつ、千冬を抱いた状態で大神は箒の指し示す場所を見る。
そこには、初夏の夕空に浮かぶ黒い影。
「人が、乗っている……?」
大きな鳥居の上に、人が乗っているのだ。
よく見えないが、目を凝らすと軍人の制帽のようなものを被っている。
「誰だ!!」
そこにいた大神を含む五人が一斉に戦闘態勢を取る。
黒い人影の出す、禍々しい殺気に大神たちは警戒せずにはいられなかったのだ。
《フフフフ……、やっと見つけたぞ》
「!!」
鳥居の上にいるはずなのに、その声はすぐ近くで話しかけられているようだった。
実に不気味な感覚。
スッと、鳥居の上の人影が消えたと思ったら、地上の石畳の上に舞い降りていた。
まるで瞬間移動でも使っているようだ。
近づいた人影に大神は目を凝らす。
「なんだこいつは……」
人影は、背が高く痩せており、そしてカーキ色の軍服を身にまとっていた。
しかも初夏にも関わらず、防寒用のマントまで着ている。
コツ、コツ、と軍靴独特の足音を鳴らし男が近づいてきた。
「く……」
男が近づいてくるたびに頭がクラクラしてくる。
それは箒や、ほかのメンバーも同じのようだ。
「何者だ貴様!」
大神は再び叫んだ。
すると、怪しい軍服の男は立ち止まる。
そして、はっきりと大神の顔を見据えた。
背が高く痩せており、それでいて鋭い目つき。肌は青白く、その眼はどこまでも冷たく
暗いものであった。
「わが名は――
加 藤 保 憲
帝都に仇をなす者なり」
「カトウ、ヤスノリ……?」
大神はその名に聞き覚えがあった。
はっきりとは思いだせないが、とんでもない人物であることはわかる。
「シャル!」
「はい」
「千冬さんを頼む」
「え、はい」
大神は千冬の身をシャルに任せると、加藤と名乗る軍服の男に向かって歩き出した。
「大神さん! 危険です」
「隊長!」
箒とラウラが呼びかける。
相手が不気味な存在であることはよくわかっていた。
しかし、このまま奴を生徒たちに近付けるのはマズイ。
それだけはわかっていた。
「加藤とか言ったな、お前の目的は何だ」
「わが“切り札”を貰い受けに来た」
「切り札?」
「織斑……、千冬」
「な!」
(やはりこいつの目的は千冬さんか!)
「大人しく渡してもらおう」
「お前の目的が何かはよくわからんが、千冬さんを渡すわけにはいかない」
「そうか。ならば、強引に奪っていくまでのこと」
「やめろ!」
加藤は再び歩きだした。
一歩一歩、ゆっくりと。まるでこちらの恐怖心を煽るかのごとき歩き方だ。
「近づくな!」
大神は身構える。
しかし、次の瞬間加藤はマントから自らの手を覗かせた。
白い手袋をはめており、手の甲には五芒星が描かれてる。
「ふん」
加藤が白手袋のはめられた右手を振ると、強力な風が巻き起こり先頭にいた大神は
吹き飛ばされてしまった。
「隊長!」
恐らくどんなに踏ん張っても吹き飛ばされてしまうような風。
力では逆らえない風だ。
「ぐは!」
大神の身体は石畳の上に叩きづけられる。
何とか受け身は取ったものの、息が止まるようだ。
「隊長!」
「先生!」
生徒たちの何人かが駆け寄ろうとする。
「近づくな! こっちじゃない!!」
奴の、加藤保憲の狙いは千冬だ。
「加藤保憲、私が相手だ!」
「箒くん!」
大神がいなくなった後に加藤と対峙したのは箒だった。
「ん……」
加藤の表情が変わる。
「箒くん……?」
箒の身体から奇妙な光が漏れ出ているように見えた。
「破邪の血か、少々厄介だな」
加藤の歩みが止まる。
「加藤保憲……」
箒は喉の奥から絞り出すように加藤の名を呼ぶ。
今、箒はあの時のように刀を持っていない。しかし、彼女の構えは武器を持っていなくても
武術のものに相違なかった。
(徒手空拳は不利だ)
大神も、加勢しようと近くにあった竹ぼうきを手に取る。
「かとおおおお!!!」
箒が突っ込んだ。
「ふんっ」
加藤が小さな布を投げると、彼の前に結界のようなものが出来て箒の動きを封じる。
「ぐっ!」
箒の前進が止まった。
「箒くん! 下がれ!!」
大神は竹ぼうきを振りかぶり加藤に向かう。
「無駄なことを」
そう言うと、加藤は振りかぶることなく左拳を出す。
乾いた音とともに竹ぼうきが真っ二つに折れた。
「ぐはっ!」
それと同時に大神の身体も吹き飛ばされ、再び地面に叩きつけられてしまう。
「我々も忘れるな!」
「そうよ!」
大神が身を起こすと、仁王立ちしている加藤にラウラと鈴が飛びかかっていた。
「やめろ! 二人とも!!」
大神は叫ぶが届くはずもない。
「きゃあ!」
「うわあ!」
大神と同じように、ラウラと鈴も吹き飛ばされてしまう。
「私の友達に手を出すなあ!!」
それを見た箒が叫ぶ。
「く!」
加藤の表情が曇る。
先ほど奴が形成した結界を突き破り、再び加藤に攻撃をしようとする箒。
「ふんっ!」
箒の接近を避けるように、加藤は後ろへ飛んだ。
しかもその飛び方は大きい。
まるで、ピンポン球のように身軽に飛び跳ねた加藤は再びこちらを見据える。
「ほかの連中はともかく、そこの女は厄介だな」
「!」
加藤の目線の先に箒がいることは明白であった。
そして、加藤は素早く右手を空に向かって付き出す。
「来い! 魔導兵よ!!」
加藤の声とともに夕闇の中から姿を現したのは、IS型の魔操兵器であった。
それも四体。いずれも大太刀を主要武器とする黒兜だ。
「しまった!!」
魔操兵器はシャルの後方から接近する。
「くそ!」
大神は走る。走る、そして走る。
「シャル!!!」
シャルは千冬を抱いた状態で顔を伏せた。
そこに振りかぶる黒兜。
(間に合わない!!)
そう思った瞬間、魔操兵器の動きが止まった。
「な……!」
「やっと目覚めたか」
加藤の声が聞こえる。
「千冬さん?」
先ほどまでシャルに抱かれていた千冬が、いつの間にか立ち上がっている。
彼女の足元には、気を失ったシャルが横たわっていた。
「千冬さん!」
大神の叫びに気がついたのか、千冬はゆっくりとこちらを見る。
その精気のぬけた目は今まで見てきた千冬とはまるで別人だ。
不意に千冬が口を開く。
声は聞えなかったが、大神にはその口の動きで彼女の言葉はわかった。
ス・マ・ナ・イ
「千冬さああああああああん!!!!」
大神の叫びも空しく、千冬は黒兜に抱かれると、天高くへと舞い上がった。
これまで魔装兵器が何のために動いていたのか不明であったけれど、今回はあの
加藤保憲と名乗る軍服の男の指示に従って動いていたことは明白であった。
大神は再び加藤を見据える。
「加藤! 貴様千冬さんに何をした!」
「フフフフ、織斑千冬は戻るべき場所へ戻ったのだ」
「戻るべき場所だと……?」
「奴とはまた会える、その時まで楽しみにしているのだな」
「おい! 待て」
「フハハハハハハ」
不気味に笑う加藤に対し、箒が拳を振う。
「逃がすかああああ」
しかし、彼女の拳は空を切った。
「な!」
まるで立体映像のように姿を消す加藤。
そして夕闇に染まる明治神宮は、再び元の静けさを取り戻して行った。
*
その日、大神たちは警察の事情聴取の後、ヘリでIS学園に戻った。
学園に戻った大神は、とりあえず生徒たちを寮に戻し、地下司令室で米田と二人だけで
話をした。
「それで、その加藤というのは何者なんですか、どうして千冬さんが!」
「落ち着け大神。お前が焦ったところで千冬が戻ってくるわけじゃねえ」
「しかし司令!」
「お前が冷静さを無くしてどうやって指揮を執るっていうんだ!? お前の身はお前一人のものじゃ
ないんだぞ」
「……それは」
「千冬を誘拐されて焦る気持ちはわかる。アイツは優秀な副官だったし、IS乗りとしても超一流だった」
「どうして、千冬さんが……」
「とにかく話を聞け大神。順を追って説明するぞ」
「はい」
とりあえず、大神は司令部の椅子に米田と向かい合うような形で座った。
「まず加藤保憲についてだ」
「加藤……」
「コイツはな、帝都に存在する魔人だ」
「魔人?」
「ああ、恐らく二百年以上生きている化け物だよ。正式な記録では百年前に登場しているのだが」
「百年前ですか?」
「そうだ。大神、関東大震災は知っているだろう?」
「あ、はい。知ってます。歴史で習いましたし」
「あれを引き起こしたのも加藤だ」
「加藤が? そんな」
「奴は陰陽道の術、外国で言うところの魔術だな。それに通じていた。
そしてその術で地霊を操り、古くからの怨霊を蘇らせることにより、
帝都に壊滅的な打撃を与えたのだ」
「そんなことができるなんて」
「もちろん奴一人の力ではないが、加藤はあらゆる力を動員して帝都を破壊しようと
試みている。そう、何度もな」
「何度も?」
「そうだ。お前も知っての通り、帝都は震災から復興した。しかし、その後戦争や大火事で
何度も打撃を受けている。これも奴の仕業だ」
「なぜ加藤は帝都を破壊しようなどと」
「わからん」
「わからない?」
「百年以上前からご先祖様たちは加藤と戦っている。しかし、奴の目的は未だにわからん。
だから、ただ純粋に帝都を破壊することだけの存在だと考えるようになった」
「純粋に……、帝都を破壊するだけの存在?」
「お前には理解し辛いかもしれない。実際俺もよくわからんのだ。そしてご先祖様たちにも
よくわからなかった。
帝都は様々な魔物から狙われているが、この加藤という奴は一際厄介な魔物だ。
厳密に言えば、人間の要素も含んでいるから我々は魔人と呼んでいる」
「じゃあ、今回降魔を生みだしているのも」
「恐らく加藤だろうな。しかし、元々降魔というのは加藤のものではない」
「違うんですか?」
「少なくとも太正時代に起こった『降魔戦争』において、加藤は関係がない。
知ってるか? 降魔戦争」
「多数の降魔が帝都に現れて、大混乱に陥った事件ですよね」
「ああ、幸い降魔は陸軍対降魔部隊によって鎮圧され封印された。しかしその封印も、
さすがに百年も経てばガタがくる。そこを加藤に狙われたんじゃねえかと俺たちは見ている」
「つまり、加藤は封印されていた降魔の力を利用して、帝都を破壊しようと目論んでいると」
「ああ、予想が正しければ」
「しかしおかしくないですか?」
「何がだ」
「降魔を使って帝都を破壊するのなら、もっと帝都の中心部で降魔を出現させたほうが
いいんじゃないですか? でも、今まで俺たちが戦ってきた場所は、
都心部よりもやや離れた場所ばかり」
「郊外って言いたいんだろう?」
「はい」
「確かにな。ちょっとこれを見てくれ大神」
「はい?」
そう言うと米田は何かのスイッチを押す。すると、司令部の大画面に関東の地図が映し
出された。
「これは……」
「まあ、見てみろ。これがお前たち、帝國華劇団花組が戦った場所だ」
地図の中に、黄色い光が浮かび上がる。
「そしてこれが、降魔が最初に発見された場所」
「しかし待ってください司令」
「なんだ」
「確か、千冬さんは霊力は強くないんですよね。それがどうして生贄に……」
「ああ、確かに千冬の霊力は強くねえ。ただそれは“対降魔霊力”に関してだ」
「どういうことです」
「大神。お前さんや箒たちが持っている霊力は対降魔霊力、つまり降魔を倒すための霊力
なんだ。だが千冬にはもう一つの霊力が宿っていた」
「もう一つの、霊力?」
「ああ、お前とは逆に“降魔を強化してしまう”霊力だよ」
「そんな」
「これが、アイツが対降魔戦に参加できなかった最大の理由だ」
「どうしてそんなことが……」
「わからん。この情報は最高機密だったのだが、やはりどこかで漏れてしまったのだろう」
「司令」
「どうした」
「千冬さんは、生きていると思いますか?」
「恐らくな。そう簡単に殺しはしないだろう。奴らにとっては利用価値のある人間だ」
「だったら捜しに行きましょう! 生贄にされる前に」
大神は立ち上がり、米田に詰め寄る。
「大神、それはお前の仕事じゃない」
「しかし!」
「お前も軍人なら命令を守れ。いいか、千冬の捜索と敵の調査は別の部隊が担当する。
お前を含む対降魔IS部隊、花組は、次の魔操兵器の出現に備えて待機だ」
「司令……」
「命令を復唱しろ大神!」
大神は震える手を握り締め、その場で不動の姿勢を取った。
「お……、大神三尉! 魔操兵器出現に備え、別命あるまで待機します!」
「よろしい。寮に戻れ」
「了解……」
大神は力なく歩き出した。
「ああ、待て大神」
「はい何でしょう」
米田に呼び止められ、大神は振りむく。
「一つ、大事なことを言い忘れていた」
米田は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「なんでしょう」
「随分昔の話なので、現在もそうとは言い切れないのだが」
「……」
「対降魔部隊の元隊員が、降魔の側についてこちら側と戦ったという記録があるのだ」
「どういうことです……」
「降魔になったんだよ、人間が」
「司令、その話を今ここでするということは……」
「千冬にもしものことがあるかもしれないということだ。今のうちに覚悟を決めろ……」
「……!」
大神はそれ以上何も言えなかった。
つづく
悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。
アラン
日もすっかり暮れ、IS学園の空にはいくつもの星が瞬いていた。
走れメロスではないけれど、初夏満天の星空、といったところだろう。
大神は空が好きであった。
昼間の青々とした空も好きだが、こうした夜の星空も好きだ。訓練航海中に見る星は
また格別だ。
しかし今の大神にはそんな星を楽しむ気持ちには当然なれなかった。
「俺は、何てことをしてしまったんだ……」
今になって後悔の念が沸々と湧き上がる。
(あの時、命がけで千冬を守っていれば。いや、自分が犠牲になってでも千冬を奪われ
なければ)
米田は言った。覚悟をしておけと。
(千冬さんが俺たちに敵対する? そんなバカな)
大神は必死に心の中の不安をかき消そうとする。
だが、呪いを流しこまれた人間が魔に染まってしまったという例は枚挙にいとまがない。
(こんな状況なんだから、呑気に買い物なんてしている場合じゃなかったのに)
大神は唇を噛み、そして拳を握りしめる。
(なのに、俺は千冬さんと一緒に出かけられると、浮かれてしまって、油断をして。
挙句、彼女を加藤保憲に奪われてしまった……)
自らの拳を自分のコメカミ当たりに撃ちつける大神。
痛い。だが足りない。まだ足りない。
自分の愚かさに情けなくなる。
(何が隊長だ。少しくらい敵に勝ったくらいでいい気になってしまって。あの子たちがいなければ
何もできないくせに)
大神は寮に戻るのを止め、学園の敷地内にあるベンチに腰掛けた。
こんな歪んだ顔を寮の人たちに見せたら、きっと皆嫌な思いをするだろう。
そう思った大神は、しばらく外で、文字通り頭を冷やそうとしたのだ。
しかしじっとしていると、千冬の顔が浮かんでくる。
(千冬さん、俺は……!)
その時、何者かが近づいてきた。
「誰だ!」
思わず大神は声を出してしまった。
I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦
第九話 不安と孤独
人影が動きを止める。
「箒……くん?」
IS学園の制服に身を包んだその少女は、紛れもなく篠ノ之箒であった。
手には何かの布の包みのようなものを持っている。
「ここにいましたか、大神先生」
「ああ、今司令室から戻ってきたところだ。これから寮に帰ろうと思う」
「そうですか」
「キミこそどうしたんだい? もう寮に戻って休んでいると思っていたんだけど」
「あの、大神さんを探していました……」
「俺を? どうして」
「こ、これを渡そうと思って」
そう言うと箒は手に持っている布の包みを少し上げて見せた。
「え?」
「その、お夜食です。大神さん、夕食まだだろうと思って」
「い、いいのかい?」
「はい。食べてもらいたくて作りました」
そう言えば、大神は昼に千冬とパスタを食べて以来、何も食べていなかった。
色々あり過ぎてそれどころではなかったからだ。
「ここでいただいてもいいかな」
「え?」
「いや、ちょっとまだ寮に戻りたい気分じゃないんだ。少し心を落ち着かせてから
帰ろうと思って、ここにいたわけだから」
「そうですか。構いませんよ、私は」
「ありがとう」
「あの……」
「なんだい?」
「ご一緒しても、よろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
包みの中には小さな弁当箱が入っており、蓋を開けるとキレイに三角の形をした
おにぎりが入っていた。
「おにぎり……」
「ごめんなさい、こんなものしか作れなくて」
「いや、違うよ。とても嬉しいんだ。やっぱり日本人には米だよね」
「はい」
不安そうだった彼女の顔がふと柔らかくなったように見えた。
「いただきます」
大神は箒の作ったおにぎりをほおばる。
塩味がほど良く、まだほんのりと米の温かみが残っているようだった。
「……」
「どうしました?」
おにぎりをじっと見つめて止まってしまった大神を見た箒が話しかける。
「あ、いや。ちょっと思い出したことがあって」
「思い出した?」
「ああ、初めてISに乗った日のことを」
「初めて乗った日……」
「キミは覚えているかい?」
「もちろん、覚えています」
「とても印象的な日だった」
「はい」
「俺は、幹部学校時代から体力には自信があったんだけど、ISに乗った日は
本当に疲れてしまった」
「あれは、体力だけでなく精神力も使いますからね」
「そうだね。だから、部屋に戻ったら食事も取らずそのままベッドに倒れこんでしまったんだよ」
「ああ、なんだかわかる気がします」
「それで、夜中に目が覚めてそれで食べる物もなく途方に暮れていると、千冬さん、
じゃなくて織斑先生が夜食を持ってきてくれたんだ」
「織斑先生が?」
「ああ。それがおにぎりだった」
「意外ですね。あまり料理とかをするほうではないと思ってましたが」
「確かに、形は不格好だったし塩味も濃かったなあ」
「ひどいですねえ」
「でも――」
大神の手が震える。
「とても、優しい味だった……」
「大神さん」
「箒くん……。俺は……、千冬さんを護れなかった。もっと俺がしっかりしていれば、
彼女はこんなことには……」
「大神さん!」
「……!」
箒の声に少し驚いた大神は我に帰る。
「すまない箒くん。ダメだな俺は」
そう言って大神は手に残ったおにぎりを食べて、ウェットティッシュで手のひらを
拭いた。
隊長たるもの、部下の前に弱音を吐いてはならない。
辛い時こそやせ我慢。先輩から教えられた言葉が頭をよぎる。
(千冬さんだって、俺たちの前で辛そうな顔なんて一切見せなかったじゃないか)
そう思った大神は強引にでも気分を切り替えようとする。
「シャワーでも浴びれば、少しは気分も――」
不意に、大神の目の前が真っ暗になった。
「ほ、箒くん?」
柔らかい感触が大神の顔を覆った。とてもいい匂いがする。
「じっとしていてください」
「ちょっと……」
箒は、大神の頭を抱えているのだ。そして優しく大神の頭を撫でる。
「大神さん……」
「……なんだい」
「私は、あなたのおかげで勇気を貰いました」
「勇気?」
「私が再び戦闘に出ることができたのは、あなたのおかげです。あなたがいなかったら、
怖くてもう戦うことはできなかったかもしれません」
「……」
「私は、あなたに感謝しています」
「……」
「だから、あなたに恩返しがしたい」
「恩返し?」
「少しくらい弱音を吐いたっていいんです」
「……」
「私に、甘えてください」
不意に彼女の腕の力が強くなった。
心臓の鼓動が聞こえる。
そして温もりを感じる。
大神は大きな安らぎを感じていた。
(自分はなんて小さいのだろうか。やはり、男はどこまで行っても女性には敵わないの
かもしれない)
「ありがとう、箒くん」
「大神さん?」
「もう大丈夫だ」
大神の視界が明るくなる。
そこには、顔を真っ赤にした箒の姿があった。
「箒くん?」
「お、オオガミサン」
何だか様子がおかしい。
「どうしたんだい?」
「お休みなさい!」
そう言うと、箒は全力で生徒寮の方向へと走って行った。
「ああ、弁当箱」
ベンチには、おにぎりの入った彼女の弁当箱が残されている。
「仕方ないな」
大神は残りのおにぎりも全部平らげると、弁当箱を洗って翌日返すことにした。
*
翌日は平日なので、いつものように授業が始まる。
この頃になるとすでに大神はいくつかの授業を受け持つようになっていた。
職員室に入つと、いつもいるはずの学年主任の席に千冬の姿はない。
昨日のことは夢だと思いたかったが、彼女がいなくなったというのは否定できない現実
であった。
気を取り直し、授業へ向かおうとする大神。
職員室を出て廊下を歩いていると、ラウラの姿が見えた。
「隊長……」
声をかけてくるラウラ。
「やあラウラ。これから移動かい?」
「……はい」
大神の様子を気遣ってか、特に何もせずすれ違うラウラ。
しかし、
「あの、隊長」
少し歩いたところで彼女は振りかえり、大神に声をかけた。
「ん? なんだい?」
大神も立ち止まり振り返る。
「隊長の喜びは私の喜びです。そして隊長の悲しみは私の悲しみでもあります」
「ラウラ……」
「気になることがあるなら、遠慮なくおっしゃってください」
「……」
「では、私はこれで」
そう言うと、ラウラは軽く会釈をして歩き出す。
「ありがとう、ラウラ」
大神は彼女の後姿に向かって声をかけた。
ラウラは軍隊時代に織斑千冬の指導を受けており、誰よりも彼女を尊敬し、ある意味
心酔していた。
千冬のことが心配なのは彼女も同じだ。
しかし、ラウラは千冬のことは一切話さなかった。
(彼女も心配なのに)
大神は自分の弱さに情けなくなりつつも、再び歩き出す。
そうすると、今度は後ろから何かがぶつかってきた。
「なあ!?」
「何してるの、大神っち」
一瞬、何が起こったのかわからなかったけれど、どうやら鈴が後ろから飛びついて
きたようだ。
鈴は大神の首に手を回し、後ろから彼の横顔に顔を寄せた。
「こら、鈴」
「冴えない顔してんじゃないわよ。ほら、これ食べて。アーンして、アーン」
「え?」
よく見ると、鈴の手にはクッキーのようなものがあった。
「家庭科の時間にシャルが焼いたのよ。ほら」
「大神先生」
「シャル」
目線を前に向けると、大神の目の前に照れくさそうに顔を赤らめるシャルの姿があった。
「ほら、食べてよ大神っち」
「恥ずかしいからやめろ」
「食べないとこのままずっとしがみつくわよ」
「子泣きジジイか」
「私は女よ。それより、早くアーンして」
「やれやれ……」
どうやら鈴の性格上、食べないと本当に下りてくれそうにないので、大神は一口
クッキーを食べた。
ふんわりとしたほど良い甘味と香りが口の中に広がる。
「美味しい」
「よかった」
目の前のシャルがホッと胸をなでおろす。
「でしょう? アタシが食べさせてあげたから美味しさ十倍よ」
「それはさすがに多いだろう……。とにかく下りてくれるかい」
「ハーイ」
鈴はひょいと背中から飛び下りると、シャルと並んで大神に手を振った。
「授業、遅れるなよ」
「わかってるって」
「し、失礼します」
シャルが軽く会釈をする。
「ふう……」
「あの子たちなりに、あなたを元気付けようとしているんですわよ」
「おわっ、セシリア!」
いつの間にか、セシリアが大神の隣に立っていた。
「神出鬼没は淑女のたしなみですわ」
「そんなたしなみは知らん」
「それより」
「ん?」
「大神三尉は隊長なのですから、部下に心配されるようではダメですわよ」
「……わかってるよ」
「でも、あの子たちはあなたを支えようと頑張っているのですから、少しくらいは甘えても
良いと思いますわ」
「キミも、そう思ってる?」
「愚問ですわ」
「ありがとう、セシリア」
「あなたにしっかりしてもらわないと、私としても困りますからね」
「ははっ、そうだな」
「ああ、それともう一つ」
「どうしたんだい?」
「私も、家庭科の授業でクッキーを作ってきたのですが――」
「じゃあ、俺は授業あるから」
「ちょ、ちょっと三尉」
「じゃあ、セシリアも授業に遅れるなよ」
「少しくらいいいじゃありませんか」
ここで死ぬわけにはいかない。
大神はそう強く思いながら歩き出すのであった。
*
その日の昼休み、大神は同僚の山田真耶に話しかける。
「山田先生」
「え? はい」
「頼みがあるんですが」
「はい、何でしょうか」
「ここではちょっとアレなんで、少し場所を変えませんか」
「ええ?」
ざわつく職員室。
だが大神はもはやそんなことを気にしている暇はなかった。
「あの……、それで話というのは」
人のいない給湯室で、大神は声を低くする。
「織斑先生のことです」
「……はい」
事情を知らされていないほかの職員と違い、真耶はある程度のことは校長から聞いて
いるようだ。
「織斑先生の飛行記録や、戦闘に関するデータ、それに動画などもあれば出来る限り
集めてくれませんか」
「どういうことです?」
「彼女に関することなら何でもいいんです。とにかく、急いで」
「待ってください、大神さん」
「はい」
「どうして急に」
「最悪の事態を想定するためです」
「最悪の事態……」
「本当は俺もこんなことは考えたくはないのですが、軍人である以上はあらゆる
想定をして準備することが義務であると考えています」
「大神さん……」
「そんな悲しい顔をしないでください」
「でも」
「悲しいのは俺だって同じです。正直焦っている部分もあります。だけど、俺たちは
前に進まなければならない。織斑先生を救うためにも」
「……強いんですね、大神さんは」
「強くないですよ……。でも――」
「……」
「彼女たちのためにも、強くならなければなりません」
「……わかりました。出来る限りの情報を集めます」
「ありがとう」
「大神さん」
「はい」
「一緒に、頑張りましょう」
「そうですね、頑張りましょう」
*
その日の放課後、大神は覚悟を決め隊員全員を地下の司令部に集める。
張り詰める空気。
「みんな、今日集まってもらったのはほかでもない。千冬さ、じゃなくて織斑先生についてだ」
「……」
箒やラウラなど、隊員の目が大神に集中する。
「あくまで可能性の話なのだが、伝えておかなければならないと思う。彼女は、
織斑千冬は俺たちに敵対する可能性がある」
「……!」
場の空気が凍った。
声にこそ出さなかったが、全員の動揺が手に取るようにわかる。
「……」
箒は俯き、じっと何かを考えているように見えた。
「どういうことなんですか?」
降魔については、比較的知識の少ないシャルが質問する。
「かつて降魔に捉えられた軍人がいるのだが、魔に取りこまれて降魔化してしまった
例もあるんだ」
「そんな……」
「もちろん、彼女がそうなるとは俺も思っていない。だが、可能性は否定できない。
そのことは覚悟しておいてほしい」
大神のその言葉に鈴は立ち上がった。
「ってことはつまり、千冬さんと戦うこともあるってこと?」
「そういうことだ」
「……」
「校長、いや、司令から聞いた話では、織斑先生は元々降魔の力を増大させる体質の
持ち主だったようだ」
「降魔の力を増大、ですか?」シャルが大神の言葉を復唱する。
「ああ、簡単に言えば俺たちと“逆”の能力を持っていたということだ」
「逆の能力」
その時、大神に代わって箒が解説をした。
「対降魔霊力のことだ。私たちの力は、降魔を倒し、封じるためのもの。しかし、
織斑先生の霊力は逆に降魔を強化してしまう危険性があった。
だから、彼女がISに乗って戦えなかったのは、単に対抗魔霊力がなかったという
だけでなく、逆に敵を強化してしまうことになりかねなかったからだ」
「でもそれじゃあ……」
鈴の不安そうな声が部屋の中に響く。
「過去の例のように魔に取りこまれている可能性は非常に高いということだ」
「くっ……」
ラウラの顔が歪む。
誰よりも千冬を尊敬している彼女ならば無理もない。
「だけど、聞いてほしい」
そこで大神は身を乗り出し、声を強くする。
全員が顔を上げた。
「敵にとって織斑先生が利用価値のある人間であるならば、まだ殺してはいないだろう。
これはわかるな」
「はい」
全員が頷く。
「だとすれば、彼女は、織斑千冬はまだ生きている可能性が高い。これだけは言える
だろう」
「つまり、どういうことです」
ここでやっとラウラが口を開いた。
「彼女が生きているならば、まだ何とかすることもできるってことだよ」
「……」
「死んでしまったらそれでおしまいだけれども、例え魔に取りこまれたとしても、生きている
ならば、何か手があるかもしれない」
「隊長は、諦めていないということですね」
「当り前だろう」
「なら、我々は全力で隊長を支えるのみ」
そう言ってラウラは立ち上がる。
「ラウラ」
「アタシも同じ意見よ」
鈴も立ち上がる。
「私も協力いたしますわ」
セシリアも言った。
「僕も、出来る限りのことをするよ」
シャルも立ち上がる。
「大神隊長、やりましょう」
最後に箒も立ち上がった。
「みんな……」
「ですが隊長」とラウラが軽く手を上げる。
「どうした、ラウラ」
「……織斑教官は、並みではありませんよ」
それは大神を試すような言い方にも聞えた。
「どんなに強かろうが、俺は負けない。いや、負けるわけにはいかないんだ。
俺の信じる“正義”を貫くためにも」
「正義……」
その言葉を聞いて、鈴が反応する。
「アタシ、正義とか少し恥ずかしくてあんまり好きじゃないんだけど……」
「鈴……」
「でも大神っちの言うことなら、信じてみようかな」
そう言って、鈴は軽く片目を閉じた。
「茶化すんじゃない鈴、大神隊長は真剣なんだ」と、箒がフォローする。
しかしそう言われるとちょっと恥ずかしくなる大神であった。
「加藤保憲ですか? あんな見るからに悪者っぽい外見の男を私の第二の故郷
であるこの日本にのさばらせておくわけには行きませんわね」
セシリアはそう言って胸を張る。
「そうだな、セシリア」
「絶対に勝ちましょうね、大神先生」
シャルが両手をグーにして気合いを入れた。でも力の入れ方が女の子っぽくて
ちょっと可愛く見えた大神であった。
(加藤保憲……、俺はお前を許さない。帝都を守るためにも、千冬さんのためにも、
絶対にお前を止めてやる)
大神は心の中で改めて誓う。
「あ、みなさんもう集まってましたか」
不意にそう言って、部屋に入ってきたのは山田真耶であった。
「山田先生」
真耶の手には、ジェラルミンンのケースがあった。
「それは」
「はい、織斑先生の戦闘記録や飛行データなどが入ったものです。学園の、
というか世界的に見てもトップクラスの資料ですよ」
「もう持ち出せたんですか?」
「ああ、いや。校長に相談したら、すでに用意してくれていて」
「校長が……」
大神は頭の中にあの酔っ払いの顔を思い浮かべた。
「役に立てばいいのですが」
「立ちますよ、山田先生。いや、立てて見せます」
「あ、はい」
大神が顔を近づけると真耶は恥ずかしそうに顔をそむけた。
「よし、皆。これから織斑先生の戦闘パターンを研究する。事後、アリーナで
戦闘訓練だ。やや厳しい日程になるがいいか」
「当り前よ!」
真っ先に返事をしたのは鈴であった。彼女はこのチームのムードメーカーかも
しれない。
「了解です隊長」
ラウラも力強く返事をした。やはり千冬のことになると反応が違う。
「当然ですわ」
セシリアも優雅に返す。彼女は、ある意味マイペースを貫いているのだろう。
「はい、よろしくお願いします。大神先生」
やや緊張した面持ちでシャルは言った。
「了解。大神隊長、さっそくはじめましょう」
箒も、はやる気持ちを抑えるように声を出す。
大神は、改めてメンバーの心の強さを感じた。
(絶対に負けない。平和のためにも、そして何よりこの子たちのためにも!)
*
大神たちは織斑千冬の戦闘データを解析する。
そこで改めて感じるのは彼女の完璧さだ。
近距離戦闘はもとより、射撃が主体の中長距離戦闘もこなす。
しかもその多様な戦闘方法を、あらゆる相手に対して柔軟に使い分けることができる。
また、彼女の得意技は相手の防御を無効化できるという反則的なまでの強力さである。
これに勝つには並みの努力ではできないだろう。
ISを動かし始めてまだ日の浅い大神ですら、彼女の実力が圧倒的だることがわかる。
ただし、その圧倒的な強さは現役の長さを犠牲にしたものであったこともまた事実だ。
織斑千冬の脳は、かなりの部分で損傷を受けていたという。
ラウラと違い、特別な手術を受けなかった彼女には自らの脳をコアの情報量(アクセス)
から保護する手段を持たなかった。
ある程度座学をこなすと、今度はアリーナでの特訓である。
学んだことは即、実戦で生かさなければ意味がないというのがIS学園流だ。
千冬がいないので、同僚の坂本や宮藤などに手伝ってもらいながら、特に連携戦闘の確認を
行った。
「現時点で、個々人の能力を伸ばすのには限界があります」
山田真耶は言う。
大神も同意見だ。
ゆえに、一人一人の力を合わせて敵を倒す形にするしかない。
千冬が相手なら。
考えたくない事態だが考えないわけにはいかない。
訓練後も、大神は資料室に残ってこれまでの戦闘データを検証しつつ、新たな戦いかた
を模索していた。
正直、今まで通りの戦いでは限界があることを感じていたのだ。
しかもこれからは千冬のサポートもない。
(どうすればいいんだ……)
大神はパソコンのキーボードを叩きながら、自身の迷いを振り切れずにいた。
「うーん……」
瞼が重くなってきた。
(そろそろ休まないと、もし出動があったら)
そんなことを考えていると、誰かが資料室のドアを開けた。
「!?」
学園の資料室は、一般の生徒などは出入りできないことになっている。もちろん、教職員も
特別に許可を受けた者以外は立ち入り禁止である。
しかし、この時入ってきた者は、その“例外”であった。
「よう、大神」
「校長」
やや顔を赤らめた米田校長であった。
「どうされたんですか、こんな時間に」
「そりゃ俺のセリフだ。お前、寮に戻ったかと思ったらこんな時間まで」
「あ……」
時計を見ると、十時を回ろうとしていた。
「研究熱心なのも結構だが、根を詰めてもやっていけんぞ。今出動があったらどうする」
「すいません」
「まあいい。ついでだ、ちょっと面貸せ」
「え……?」
大神は資料室から校長室へと連れてこられた。
「まあ、一杯飲めや」
ドカッとソファに座った米田は、そう言ってコップに日本酒を注ぐ。
「いえ、もしものことがあったらいけませんので」
「いいから、一杯だけ飲め。これは命令だ」
「命令……?」
「大神、お前のそのしかめっ面見てると、話せるものも話せなくなるっての。だから飲め」
「……わかりました」
大神は、日本酒の入ったコップに口を付ける。
久しぶりに飲む酒だが、口に入れると冷たさを感じ、喉を通ると熱く感じた。
頭がクラクラする、というほどではないが心臓の鼓動が少しだけ早くなったような気がした。
「少しは落ち着いたか」
「ええ……、すいません」
「なぜ謝る」
「ご心配をかけてしまい」
「うるせえな、部下を心配すんのは上官の仕事なんだよ。一々気にしてんじゃね」
そう言うと、米田はコップに注いだ日本酒をグイっと飲み干す。
「カッー、うめえな。職場で飲む酒はまた格別だ」
「……」
「しけた顔すんなよ、大神」
「わかっています」
「千冬のことだろう?」
「……はい」
「今から心配したってはじまらねえよ。と言っても、オメーには無駄か」
「校長、俺はどうすれば……」
「わからねえよ」
米田は即答する。
「わからないって」
「それは誰にもわからねえ。お前が、切り開くんだ大神」
「自分が?」
「そう、お前の選択が未来を切り開く。それが花組隊長の役目だ」
「……そう言われましても」
「ISは人類のあたらしい可能性を切り開く」
「どこかで聞いたことある言葉ですが」
「IS開発者の一人、白井雪乃の言葉だ」
「……」
「俺はな、お前にはその力があると思っているんだよ」
「……俺なんて、まだまだです」
「お前が自分を信じられない。お前一人ならそれはいいかもしれん」
「……」
「しかし今のお前には仲間がいるだろう」
「ん……!」
「彼女たちは、お前を信じているんだ」
大神は、隊員やサポートしてくれる職員の顔を思い出す。
(彼女たちは、自分を信じてついてきてくれる)
「例え不安でも、前に進むしかねえんだ。もちろん、俺もついてくぜ、大神」
「校長……、いえ、司令」
「ふふん、少しはマシな顔になってきたな。目の下のクマはひでーが」
「そ、そうですか?」
「まあ、適度に疲れがあったほうが顔が引き締まるってもんだ」
「うーん……」
大神は、軽く目の下を指で触れて見た。クマがあるかどうかはわからないけれど、
少し眠たくなったのは事実だ。
「それはいいが、アイツのことなんだが」
「アイツ?」
「俺たちの“敵”だ」
「加藤、保憲ですか」
「ああ、帝都破壊にこだわる魔人。奴を倒すために、幾人もの陰陽師や魔術師が
立ち向かったが、その強力な妖力でことごとく蹴散らして行ったという」
「相当凄い奴なんですね」
「俺たちの御先祖様も苦労したらしい」
「奴を倒す手は、あるんですか?」
「実は、花組の隊員の中で奴に対抗するための“要(かなめ)”の人間がいる」
「要?」
「そうだ。誰だかわかるか」
大神は、少しだけ考えた。
加藤保憲に対抗できる人間。彼の部下である隊員の顔を一人一人思い浮かべる。
そして、明治神宮で加藤と対峙した時のことを思い出した。
「篠ノ之箒……」
「そうだ、よくわかっているじゃないか」
唯一、生身の状態で加藤の結界を破ったのが彼女だ。
大神たちは、誰も加藤に指一本触れるまでもなく吹き飛ばされていったにも関わらず、
彼女は違った。
そう言えば、加藤自新も箒のことを「厄介」と言っていた気がする。
「でもどうして箒くんなんですか?」
「アイツは『破邪の血』を受け継いでいるんだよ。箒の母方の実家は真宮寺と言ってな、
代々魔を滅するための家柄だったのだ。もっとも、今はその血筋も絶えつつあるけどな」
「破邪の血……、魔を滅するための家柄……」
「箒は、対降魔霊力だけならトップレベルの潜在能力を持っている。生身で降魔を討滅
できるほどの力の持ち主だしな。だがIS適性は低く、操縦者としての経験もほかの隊員に
比べれば浅い」
「……」
「大神、箒をどう生かすかが、今後の戦い方に大きく影響するとは思わないか?」
「そうですね……」
「そうだ。お前にいい物を貸してやろう。よっこいしょ」
米田は立ち上がると、自分の机の引き出しを開け、何かを取りだした。
「なんですか? 校長」
「これだ」
そう言うと、米田はやや古い紙束をテーブルの上に乗せる。
よく見るとそれは、和綴じの書物であった。
「随分古い本ですね」
「百年以上も前のものだからな」
「百年以上……?」
「ほかにももっとあるんだが、全部を全部読むわけにはいかんからな。これだけ持ってきた」
「どういう本なんですか?」
「まあ、ちょっと目を通してみな」
「はあ……」
電子書籍の普及が著しい今日、紙の本、それも和綴じの書物に違和感を感じつつ
大神は頁をめくった。
カビ臭い和紙の匂いが鼻の奥をチリチリと刺激する。
「これは、降魔……?」
どうやらそれらの書物は、降魔との戦いを書いた先人の記録のようだ。
「温故知新って言葉、知ってるか?」
米田がニヤリと笑い聞く。
「論語の言葉ですね。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」
「そうだ。最新の戦法や技術を学ぶのもいいが、古い物から学ぶこともあるはずだ。まあこれは、
俺のような古い人間でも役に立つんじゃないかという、微かな希望だけどよ」
「ありがとうございます」
大神は立ち上がり、頭を下げる。
「頑張れよ、大神。今の俺にはそれしか言うことができない」
「頼もしいですよ、校長」
*
しかし大神には時間がなかった。
暇さえあれば古文書をめくり、最新の戦闘データに目を通し、そしてISの実働。
せっかく受け持たせたもらった学園の授業も対応できなくなり、ほかの先生に
代わってもらうことになった。
『ちょっと大神っち、動き悪いわよ!』
放課後のアリーナで、無線越しに鈴の声が響く。
「す、すまない」
『鈴、隊長になんて口の聞き方をするんだ!』
箒が怒って鈴に注意する。
「いや、いいんだ箒くん」
自分の動きが悪いことは事実だ。
訓練とはいえ、連日の疲労で上手くISが操縦できない。
『隊長、もう休まれたらどうですか?』
ラウラの心配そうな声が聞こえる。
「いや、大丈夫だラウラ」
『大丈夫ではありませんわ、三尉』
「セシリア……」
『あなたが今のような状態で実戦に出て貰ったら、部下である私たちが危険に晒されて
しまいます』
「ん……」
反論のしようがなかった。
セシリアの言うことも、正しいのだ。
このままでは、今まで以下の戦いしかできない。
それはわかっていた。だが、この難局を乗り切る道が見つからないことには、安心して
休むこともできない。
*
そしてその日、寮に戻った大神はロビーで古文書と睨み合いをしていた。
自分の部屋で読んでいると眠ってしまいそうだったからである。
しかし、どこで読んでも眠気はかわらない。疲労と不安、そして焦りが頭を混乱させ、
読書どころではない。
「大神さん」
不意に声をかけてくる声があった。
「山田先生」
「また古い本ですか?」
「え、はい。何とか、加藤を倒すための手立てがないものかと思いまして」
「……」
真耶は大神の手に持っている和綴じの古書を少し眺めてから、彼の隣に座った。
「先生?」
そしてじっと大神の目を見つめる。
「大神さん」
「は、はい」
「古文書の読解は私に任せてくれませんか?」
「はい?」
「私が校長から借りた本を読んで、そこからヒントを探します」
「いや、でもこれは……」
「ちょっといいですか?」
そう言うと、真耶は大神の顔を両手で包むように触る。
「あの、先生……?」
大神の目線は、不意に近づいてきた真耶の胸の谷間に釘付けになってしまう。
「目が、真っ赤ですね」
「はい」
「疲れている証拠です」
「いや、それはわかっています。でも」
真耶は手を離し、そして改めて大神と向き合った。
「大神さん、あなたは一人しかいないんですよ。世界でたった一人の大神さんなんです」
「ん……?」
「だから、大神さんの身体が一つしかないように、あなたの頭も一つしかないんです」
「はあ」
「だから、あなたの頭の作業も私に手伝わせてください」
「先生……」
「私が調べている間、あなたは体調を整えてください。今日の訓練のように無様な姿を
実戦で見せないように」
「痛いことを言いますね」
「私だってこういうことは言いたくはありません。でも、あなたを失うことはもっと嫌
ですから」
眼鏡越しからでも、彼女の真剣なまなざしはしっかりと伝わってきた。
「……わかりました。古文書の読解はお任せします」
「ありがとうございます」
「でも大丈夫ですか?」
「ええ、こう見えて古文の成績は良かったんですよ」
「……」
「あれ、私のことは信じられないんですか?」
「いや、そんなことは」
「三流の指揮官は部下の身体を使い、一流の指揮官は、部下の頭脳も使う。校長が
おっしゃっていました」
「校長が」
「ほかにも、できることがあればガンガン言ってください。協力します」
「あ、ありがとうございます」
「ふふん、私のほうがあなたよりもちょっとだけお姉さんなんですから、じゃんじゃん頼って
ください」
と言って真耶は胸を張った。
「ふふ、でもお姉さんって感じじゃありませんよね」
大神は微笑みながら、彼女の頭を撫でる。
「もー、大神さんったら」
「すいません」
なんだか、随分久しぶりに笑った気がする大神であった。
*
リラックスしたら、急に眠くなった大神は、とりあえずテーブルの周りを片付け、
自分の部屋に戻ることにした。
「ふう」
一息ついた彼は、ベッドに腰掛ける。
「ん?」
すると、ベッドからあり得ない感触が手に伝わってきた。
よく見ると布団がコンモリと膨らんでいる。
「なんだ?」
疑問に思った大神が、布団をはいでみる。すると――
「な!」
大神は声を上げた。
彼のベッドには、ウサギ柄のパジャマを着たラウラが寝ていたからである。
「なんだ隊長、遅かったですね。ほら、早く寝ましょう」
そう言って大神のシャツを掴むラウラ。
「ちょっと待ってくれラウラ。なんでこんなところに」
「眠れる時に眠っておく。それが軍人のあり方でしょう? 隊長」
「質問に答えろ」
ラウラと大神がもみ合っていると、急にドアが開く。
「ラウラはいるかあ!」
箒であった。彼女の声が部屋中に響く。
「箒くん?」
「なんだ、箒か」
驚く大神に対し、ラウラは平然としている。
「いないと思ったらやっぱりここにいたか。何をしている」
「見てわからんのか箒、これから隊長の添い寝をするところだ」
「そそそそそ、添い寝ええええ?」
箒の顔が真っ赤に染まる。
「いや、違うんだ箒くん!」
「わかっています、大神先生。ラウラ、戻るぞ」
そう言って箒はつかつかとベッドまで歩くと、ラウラのパジャマの後ろ襟の辺りを
掴んでラウラを引きずって行った。
「隊長、寂しくなったらいつでも私を呼んでもらって構わない」
箒に引きずられながらラウラはそう言う。
「失礼します」
最後に、箒は軽く会釈をして部屋を出て行った。
*
翌日の昼休み、大神はテラスで昼食を食べることになっていた。
テーブルについたメンバーは、大神のほかにセシリアと鈴である。
「ほかのみんなはどうしたんだい?」
と、大神は聞く。
「箒さんなら、山田先生と一緒に古文書の解読をしておりますわ」
「昼休みなのに?」
「ええ、なんでも箒さんの実家から、また別の書物を取り寄せたとかで、寸暇を惜しんで
読んでおります」
「凄いなそれは。で、ラウラとシャルはどうした?」
「あの二人なら、坂本先生と一緒に新しい戦法の研究をしてるよ」
次に答えたのは鈴であった。
「新しい戦法?」
「ISの技術は機体だけでなく、戦闘も日進月歩だからね。世界中のあらゆる戦法の中から、
降魔相手に使えそうなものを探しているんだって」
「……」
「ラウラは軍にいたし、シャルは企業の研究所で働いていたらしいから、そういう戦闘の
分析や研究は得意なじゃないかな」
「そうか、二人も頑張っているんだ」
大神は唸る。
自分ばかりが頑張っているように思っていたが、ほかの人たちも千冬のため、そして
平和のために努力しているのだ。
そう考えるといても経ってもいられなくなるのが大神である。
他人が二倍努力するなら自分は三倍、四倍努力するなら自分は六倍努力しようとする。
とにかく何事においても負けず嫌いなのだ。それゆえに、幹部学校でも主席だったのである。
「ああ、ちょっと急用が」
そう言って大神立ち上がった。
「ちょっと待ちなさい大神っち」
大神が立ち上がるや否や、隣にいた鈴は彼の袖を掴む。
「何をするんだ」
「今は昼休みなんだから、ちゃんとご飯は食べなさいよ」
「そうですわよ隊長。身体は資本ですわ」と、セシリアも続く。
「……そうだな。確かに」
鈴に言われて空腹を感じた大神は再びその場に座った。
「で、今日の昼食というのはなんだい?」
「これよ、これ」
そう言って鈴が取りだしたのは、プラスチックのタッパー容器である。
蓋を開けると、美味しそうな匂いが広がってきた。
「酢豚だね」
「そうよ、疲れている時は酢が一番って阿部先生も言ってたわ」
「鈴さんの唯一できる料理ですわ」
「失礼ね、ほかにもできるわよ」
「他って、なんですの?」
「えーっと……」
「二人とも、そんなことより早く食べようよ」
と、大神が声をかけた。
しかし酢豚だけというのはどうなのだろうか。
「大神三尉、私も作ってまいりましたわ」
セシリアは笑顔で、どこからともなくバスケットを取り出す。
「!」
「ちょっとセシリア、大丈夫なの?」
心配そうに声をかける鈴。大神も心配であった。
「大丈夫ですわよ、今日のは……」
なんだかひっかかる言い方だが、以前彼女が作ったサンドイッチは妖気が出ていた気がする。
そうして、取りだされたのはやはりサンドイッチであった。
イギリスといえばサンドイッチといったところか。
「さあ……、どうぞ」
いつもの自信満々の顔とは違い、やや緊張した表情を見せるセシリア。
せっかくの好意だ。受け取らないわけにもいくまい。
そう思った大神は意を決してセシリアのサンドイッチを口にした。
「……うまい」
サンドイッチはとても美味しかった。
優しい味だ。やや形は不細工だが、とにかく美味しい。
「美味しいよセシリア」
「よかったですわ」
「ホッとしてるんじゃないわよ」意地悪な笑顔で鈴がからかう。
「うるさいですわね、もう」
「でも本当、美味しいよセシリア。ありがとう」
「実はそれ……、シャルさんに作り方を教えてもらったんです」
「シャルに?」
「彼女、料理が得意だというから。ほら、私はあまりそういうのが得意ではありません
からね」
「セシリア」
「私のように、美貌と知能、そしてIS操縦に優れた生徒が料理下手なんて、格好が
つきませんわ」
「美貌?」
「そこに疑問符を付けますの?」
「ほら大神っち、私の酢豚も食べなさい」
鈴は箸で豚肉をはさむ。
「ほら、アーンして」
「……」
「鈴さん、はしたないですわよ!」
「いいじゃん、初めてじゃないんだし。ほら、アーンして」
「自分で食べるから」
「何よ、アタシの酢豚が受け取れないっていうの? おりゃっ」
「うわ、鼻に酢豚が……!」
「んもう、鈴さん」
「こら! 鈴」
*
「破邪の陣?」
その日の放課後、大神は篠ノ之箒と山田真耶の二人から聞き慣れない言葉を聞いた。
「はい、現時点で篠ノ之さんの能力を生かすのは、それが一番なんじゃないかと思いまして」
そう言ったのは和綴じの古文書を持った真耶である。
「元々、有名な陰陽師の一派が生み出した陣形なんですけど、対降魔霊力を高めることに、
最も効果の上がるものらしいのです」
「そんなものが……」
「ただ……」
「どうしました?」
「元々地上で使うものですから、空中を移動するISでこの陣が使えるかどうかは」
「山田先生」
「はい」
「やってみましょう。今は何をしてでも加藤を倒すことが先決です。試せるものは何でも試す」
「わかりました」
「箒くん」
「はい」
今まで黙っていた箒が声を出す。
「頼むぞ」
「……はい」
*
その後、訓練用アリーナで大神たち花組のメンバーは、真耶と箒から破邪の陣について
の説明を受けた。
「いわゆる、五行をつかさどるい五芒星の形を空中で作ります。そしてその中心に篠ノ之さん
を入れます」
「つまり、俺たち五人で五芒星の外枠を作り、その中心に箒くんを据えるという形ですね」
「そういうことです」
「本当にそんなんで上手く行くの?」
と、鈴は疑問を投げかける。
「数百年前の資料ですので、今でも使えるかどうかはわからない」と箒は答えた。
「だったらもっと、確実な戦い方のほうが」
「待ってくれ鈴」
そう言って大神は鈴の言葉を止めた。
「何よ」
「あの加藤保憲と対峙したときのことを思い出して欲しい」
「あの時は……」
嫌な思い出だ。出来れば思い出したくはない。
「恐らく、加藤の妖気に最も効果的に対抗できるのは箒くんだと俺は思うんだ。だから、
その箒くんの力を最大限まで引き出せる戦い方を訓練するのは、間違っていないと思う」
「それで、大昔のやり方を?」
「歴史に学ぶのは悪いことじゃないさ」
「僕は賛成です」
と言ったのはシャルであった。
「シャルさん、あなたは最新の戦法を研究していたんじゃなくて?」
セシリアが気遣うように聞く。
「確かに、新しい戦い方を開発することは大事だと思う。でも、古いものが今でも残って
いるというのには、何かしらの理由があると思うんだ」
確かに、何の意味もないものが現在まで書物として残っていることはないだろう。
「で、ラウラはどうなの?」
鈴は、ラウラにも話を振る。
「私は、隊長が言うのならそれに従います」
「セシリアは?」
「私も異論はありませんわ。ただ……」
「ただ?」
「この作戦の要となる箒さんは、どう思われているのかなと思いまして」
「箒?」
全員の視線が箒に集まる。
箒はやや恥ずかしそうにしていたが、意を決して口を開く。
「あの、みんな。知っている人は知っていると思うが、私の母の実家は真宮寺家と言って、
代々魔物退治を行ってきた。幼い頃、私はこの血筋を煩わしく思ったことがある。
だが今は、その血筋を引いていることが私の誇りだ。どうか、力を貸してほしい」
「……」
箒の言葉を聞いて、全員が押し黙った。
当の彼女は、その反応を見て何かマズイことを言ってしまったかと思い戸惑っている。
「箒くん」
そんな中、最初に声をかけたのは大神であった。
「大神さん……」
「力を貸すんじゃない、力を合わせるんだ。俺たちは仲間なんだから」
「……はい」
こうして、大神たちの訓練に破邪の陣の演習が加わった。
しかし、当然ながら古(いにしえ)の業(わざ)がそう簡単に仕えるはずもなく、何度も失敗を
繰り返すのであった。
*
大浴場――
その日の訓練を終えた箒たちは、大浴場で疲れを癒していた。
「んー」
湯船の中で伸びをする鈴。
「さすがに今日は疲れましたわね」
そう言って首をひねるセシリア。
「確かに……」
シャルも疲労の色は隠せない。
「……」
ラウラは、特に顔色を変えることなく湯船につかっていた。
「みんな、すまない」
唐突に箒は言う。
「はあ? いきなり何よ」
伸びをやめた鈴が言った。
「私のワガママで、余計な疲労を増やしてしまったようで」
「何よ、破邪の陣は必要だからやっているんでしょう?」
「そうなのだが……」
「別に気にする必要はありませんわよ、箒さん」
「そうだよ箒。訓練で疲れるの当り前だよ」
セシリアとシャルはそう言ってフォローする。
「ふむ……」
箒は俯いた。これからの戦いを考えると、あまり明るい展開は期待できそうもない。
「まったく、大神っちもそうだけど、疲労がたまると皆ネガティヴな方向に頭が行っちゃう
のよね」
鈴はそう言うと立ち上がった。
「鈴?」
そしてゆっくりと箒の後ろまで移動する。
「疲れを取るにはマッサージが一番よ、箒」
「ちょっと、やめ――」
「おりゃおりゃ」
「ええ◯しとりまんなー、箒はん」
「こら鈴、離せ」
バシャバシャと暴れる箒。
そんな様子の中、周りからは自然と笑みがこぼれた。
しかし数日後、破邪の陣が完成する前に敵が現れる。
場所は、東京都千代田区大手町――
つづく
もしこの世界に悪がなかったら、それはもはやこの世界ではない。
ライプニッツ
夜の東京は昼間と同じくらい明るい光を放っていた。
少し前、東京湾上空で見たその光が今目の前にある。
お台場でISを展開した大神たち帝國華劇団花組は、そのまま東京駅付近まで向かった。
突然のIS型魔操兵器の出現に、丸の内周辺は大混乱になっているようだ。
電車も止まり、道路は渋滞していた。
(こんな場所で戦えるのだろうか……)
これまで、まるで狙ったかのように人の少ない場所に出現していた降魔が、この日は
よりによって東京ど真ん中に出現したのだ。
複数の降魔反応がISのマルチディスプレイに映し出される中、大神はある一点を注視
していた。
そこに立つ人物――
風にマントを揺らす旧陸軍の制服を着た男が高層ビルの上に立っていた。
小さいが、確かにわかる。
《大神、宗一郎だな》
男の声が聞こえた。
無線を通じているわけでなく、かといって大きな音が響いているわけではない。
直接脳内に話しかけられているような感覚。
「加藤……」
大神は噛みしめるようにその男の名前を呼ぶ。
加藤保憲――
帝都に仇なす男。
百年以上の長きにわたり帝都を破壊することだけに執念を燃やす魔人。
「加藤! 千冬さんを返せ!」
《彼女は切り札だ。そう簡単に返すわけにはいかん》
「貴様……!」
《大神……》
「なんだ」
《このまま大人しく帰れば、貴様らは死なずに済むぞ》
「何をバカなことを」
《お前は自分が死ぬのを厭わない男だろう。だが、後ろの少女たちはどうだ》
大神の背中には、箒、セシリア、鈴、シャル、そしてラウラが飛んでいる。
彼女たちは軍人ではない。
しかも未成年だ。
大神のように命をかける必要はない。
今更ながら大神は自身の責任の重さを痛感する。
それが例え、加藤による策略であったとしても、そのことを忘れるわけには
いかない。
「……」
『隊長、箒です』
大神の無線に、篠ノ之箒の優しげな声が響いた。
「箒くん?」
『私たちは今日まであなたについてきました。今更あなたの傍を離れることはしません』
『そうよ、大神っち。いえ、隊長。この凰鈴音もいるわよ』
『このセシリア・S・オルコット、隊長にどこまでもついていきますわ』
『シャルロットです。僕も、隊長と一緒にこの街を守りたい』
『ラウラ・ボーデヴィッヒ、私の命はあなたのためにあります。マイン・リーバー』
「皆……、ありがとう」
《クックック……》
そんなやりとりが聞こえているのか、加藤の不快な笑い声が響く。
《本当に死にたいらしいな。大神。この加藤保憲の道を塞ぐ者は、誰であろうと容赦は
しない》
「どうするつもりだ」
《来い!》
加藤の掛け声とともに、奴の後から三体の黒い影が出現した。
魔操兵器、コードネーム黒兜(ブラックヘルム)だ。
「何が来ようと同じだ! この子たちは、俺が絶対に守る!」
I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦
第十話 帝都防衛戦
黒兜はIS型魔操兵器の中で最も標準的な機体で、大太刀を主要武器とする近接戦闘型
であり、時折強力なエネルギー弾を放つ厄介な存在だ。
しかし――
「セシリア! ラウラ! シャル! 支援射撃!!」
大神がそう叫ぶと同時に、後衛の三人は一斉に射撃を開始する。
空中に現れた黒兜に対し、セシリアのレーザーライフル、ラウラのレールカノン、そして
シャルの機関銃が正確に機体に命中する。
グラリと機体を傾ける黒兜。
しかし、彼らが体勢を立て直すことは二度となかった。
「でりゃああああああああああ!!!」
『そりゃあああ!』
『せいやああああ!!』
大神に続き、箒、そして鈴が近接戦闘用武器でつっこみ、トドメを刺す。
三体の魔操兵器はあっけなく撃墜されてしまった。
「加藤!!」
大神は叫んだ。
「これが俺たちの答えだ! 観念しろ! 加藤っ!!」
《ふっ、戦闘能力は向上したようだな。初めての戦い時とは比べ物にならない》
(こいつ、やはり最初から……!)
《だが余興にしてもまだ物足りん……。夜は長いぞ、大神》
「加藤おおお!!」
『降魔反応多数! 大神隊長! 気を付けて!』
無線から山田真耶の声が聞こえる。
「!」
マルチディスプレイに浮かび上がった降魔反応は既に十を超えていた。
「囲まれたか!」
周囲を見回すと、いつの間にか複数の魔操兵器が浮かび上がっていた。
このままじっとしていればやられるだけ。しかし、闇雲に動いていても意味がない。
「ラウラ! 敵戦力の分析だ!」
『ツヴァイク了解』
「セシリア! 突破口を探せ」
『ブルーティアーズ了解ですわ』
「箒! 鈴! 俺たちが先頭になって包囲を突破するぞ。シャルはすぐ後ろで支援射撃」
『紅椿了解』
『甲龍了解よ!』
『クロード、了解です』
大神が指示を出していると、予想以上に早くセシリアから連絡がきた。
『隊長こちらブルーティアーズ。突破口見つけましたわ。七時の方向、防衛線薄いです』
「よし行くぞ! 俺に続け!!」
『了解!!!!!』
大神を先頭に包囲網の突破を図る。
勢いが大事だ。一瞬の迷いが命取りになりかねないからだ。
「おりゃあああああああ!!」
『クロード、支援射撃開始!』
シャルの射撃が空の道を開く。
「でりゃあ!」
大神が、目の前の敵を斬りつけた。
物凄い衝撃と火花が散る。
(一発では仕留められなかったか)
さすがに、さきほどのような攻撃は何度もありえないだろう。
そう思い大神は黒兜と切り結ぶ。
二刀流を使って、もう一つ別の機体にも切りつけた。
『隊長!』
「キミたちは先に行け!」
文字通り、目にもとまらぬ速さで仲間のISが通過していく。
仲間が脱出している間、大神は殿(しんがり)として敵の攻撃を食い止めるのだ。
「全員無事か!」
『こちらブルーティアーズ、全員の突破を確認』
「了解だ!」
次の瞬間、肩に衝撃が走る。ガクンと機体が沈んだような気がした。
「くそ!」
黒兜の大太刀が大神の肩部を攻撃したのだ。
よく見ると、別の機体も射撃姿勢をとっている。
「邪魔するな!」
前線に取り残された大神は、敵を牽制しつつ本隊への合流を目指すのだが、敵の集中攻撃
が予想以上に激しい。
『隊長おお!!』
目の前を強力なエネルギー弾が通過する。
「ラウラ!」
ラウラのレールカノンだ。
『大丈夫ですか、隊長』
「助かった、すぐ行こう!」
『了解』
ラウラとともに本隊に合流した大神は態勢を立て直し、敵の攻撃に備える。
「ラウラ、それで敵の分析は」
『はい、今のところ、近接戦闘型の黒兜が十二体、狙撃型の山猫(リンクス)が四体、
それから多弾性支援射撃型のIS、コードネーム要塞(フォートレス)が六体です」
要塞(フォートレス)は千葉県に出現した射撃型のISだ。
拠点防衛用に特化しているらしく、機動力はあまり高くないが、その強力な火力と
硬い装甲は厄介どころの話ではない。
『隊長、それで作戦は』
「奴らを残すのは危険だ。各個撃破で掃討する。まだ避難できていない人たちも
いるようだから、極力街に被害が出ないように敵を倒すぞ」
『了解』
「それから、一斉には無理だからいつものバディ、二人一組で戦うぞ。右翼前衛は鈴」
『甲龍了解』
「そして鈴の後衛はシャルだ」
『クロード、了解です』
「左翼前衛は箒」
『紅椿了解』
「箒くんの後衛はセシリア、キミに頼む」
『了解ですわ』
「そして俺の直衛はラウラ、キミだ」
『ツヴァイク、了解です』
「ようし、行くぞ! 右翼から前進!」
『了解!』
鈴の機体が大きく旋回して敵の前衛に向かう。
『シャル! サポートしてよ!』
『クロード、了解!』
シャルの射撃音が夜の東京に鳴り響く。
二人のコンビネーションは相変わらず冴えている。
シャルのオレンジ色の機体が鈴の赤紫色の機体にピッタリとくっつき、その動きを
射撃によって巧みに支援している。
『そりゃ、そりゃあ!』
鈴が一段で黒兜を撃破すると、その後方の要塞にも“一太刀”浴びせる。
そして離脱。そこにシャルが射撃する。
『こっちも負けてはいられない!』
左翼側は箒が前衛だ。
自慢の加速力を生かして一気に敵との距離を詰めると攻撃、そして離脱。
『行きますわ!』
そこに間髪入れずセシリアの射撃。
「ラウラ、俺たちも行くぞ」
『ツヴァイク、了解です』
大神も二本の刀を構えた。
「ラウラ! 前方の山猫(リンクス)を狙え!」
『了解!』
ラウラの強力なレールカノンが、数体いる敵機の中で正確に狙撃機体を狙い打った。
実に正確な射撃だ。
厄介な敵は早めに始末しておくに限る。
「ぐおお!!」
しかし、今度は別の機体が大神機に向けて射撃をしてきた。
機体に衝撃が走る。
身体的な痛みはないが、損傷(ダメージ)を伝える警告音がISの嘆きのようで心が痛んだ。
『隊長!』
「大丈夫だ」
(IS、すまいない)
ダメージレベルを見ながら大神はそう思う。
防御力の高い機体であることを今日ほど感謝したことはない。
「くそ、鈴に攻撃が集中している。救援行くぞ!」
『ツヴァイク了解』
大神は一気に機体を加速させる。旋回性はよくないが、加速性はいいのだ。
しかし目の前に現れる巨大なビル。
「やつら、高度を下げたか」
目の前に林立する高層ビルは、文字通りコンクリートジャングルだ。
大神はビルを縫うように飛び、鈴の援護に向かう。
「こっちだあ!!」
そして一気に高度を上げて敵をおびき出す。
大神の思惑通り、数体の敵機がビルの上に飛び上がった。
「シャル! ラウラ! 狙い撃て!!」
『クロード了解です』
『ツヴァイク了解』
大神に急接近した黒兜が大太刀を振り上げ攻撃を仕掛ける。
「そう簡単にやられはしない!」
大神は二刀流を十字に構えて敵の攻撃を受け止めた。
防御しているとはいえ、衝撃は決して少なくない。
そこに、もう一機の機体が現れる。
そっちの攻撃も急いで防ごうとしたら、目の前で爆発が起こった。
『隊長! ご無事で』
ラウラのレールカノンが命中したらしい。
「こっちは問題な――」
また別の機体が大神機に襲いかかる。
『させないわよお!!』
今度は、鈴が敵の背後から斬りつけた。
空中でバランスを崩した敵にシャルがトドメを刺す。
『鈴、隊長、離れて!』
ダダダッという連弾で黒兜の機体は爆発し、砕け散った。
しかしほっとしたのもつかの間、今度は別の方向からシャルと同じような連弾が大神たちに
襲いかかった。
「危ない鈴!」
鈴をかばい、弾を受ける大神。
ガクンと身体が揺れる。
首に力を入れていなければ危なかった。
《正面、損害率44%》
「大丈夫か鈴!」
『隊長こそ大丈夫なの!?』
「俺は問題ない、ラウラ! 掃討だ」
『ツヴァイク了解』
大神は再び機体を加速させる。
ビルの影に隠れて射撃してくる敵は本当に腹が立つ。
『隊長! 敵機補足』
「待て! 撃つなラウラ」
大神はラウラの射撃を止めた。ここで撃てばビルもタダではすまない。
スコールのように襲いかかってくる魔弾をよけながら大神は更に加速して距離を詰める。
すると“要塞”は機関銃から戦斧に持ち替えて襲いかかってきた。
「そうこなくては!」
大神は二刀を構え、斧をはじき返した。
しかし今度は蹴りを繰り出す。
(随分器用だな、魔操兵器なのに)
大神はチャンスとばかりに、敵の脚部を脇で抱え込んだ。
《!!!》
想定外の状況に、魔操兵器も同様しているようだ。
「おりゃあああああ」
大神は一気に上昇する。
敵も斧を振って抵抗するも、大神は残ったもう一本の腕で刀を使い、再び戦斧をはじいた。
(そろそろいいな)
そう思い大神は腕を離す。
再び対峙しようとする要塞に対し、大神は逆噴射で距離を取った。
「ラウラ!」
『貰った!!』
黒兜よりも機動力の低い要塞(フォートレス)は、空中では絶好の的だ。
レールカノンが命中して、大爆発を起こす要塞。だが、まだ降魔反応は健在だった。
見事にへこんだ正面のカーキ色のボディを見るや否や、大神は超加速で斬りかかる。
防御力の高い要塞は、早めに畳みこまないと、回復されたらまた厄介だ。
「せりゃあああ!」
相手のコアを破壊する手ごたえがあった。
『隊長が敵機を撃墜』
「よし次だ」
『隊長、こちら甲龍。こっちはいいから箒のフォローに行ってあげて』
「鈴」
『鈴……』
レーダーを確認すると、確かに箒たちの機体に敵が集中を始めた。
「無事でいろよ、鈴、シャル」
『甲龍了解』
『クロード、了解です』
「ラウラ、行くぞ」
『ツヴァイク了解』
大神とラウラは急降下して、すっかり車の通らなくなった道路の上を飛んだ。
時折見える自衛隊の装甲車から、迷彩服姿の自衛官が手を振る。
大神は航空機のようにやや機体を横に振ってそれに答えた。
(帝都を守っているいるのは俺たちだけじゃないんだ)
大神はそう思うと少し勇気が出た思いがした。
*
ビルを抜けると箒たちの姿が見える。
箒の赤い機体は、敵の黒機体三機に囲まれていた。
(マズイな!)
そう思った大神は加速する。
「ラウラ、支援だ!」
『了解』
すぐ後方のラウラに指示を飛ばすと、大神はそのまま箒のいる場所まで飛んだ。
「でりゃああ!」
鳴り響く金属音。
「箒くん! 加速だ!」
『了解!』
箒のISの機動力なら、格闘戦よりも高速戦闘のほうが適しているはずだと大神は判断した。
後ろから追いかけてくる魔操兵器にラウラのレールカノンが命中する。
「箒くん、大丈夫か」
『は、はい。私は大丈夫です』
「セシリア、キミは」
『ブルーティアーズ、無事ですわ。このくらいでやられてなるものですか』
セシリアがそう言うと、青いレーザーライフルの軌跡が夜空に吸い込まれた。
そして爆発。
『山猫タイプ一体、撃破ですわ』
「了解だセシリア。それから箒くん!」
『はい!』
「二人で合わせるぞ」
『了解』
大神は箒と二人で素早く旋回する。
旋回性能は箒のほうが上なので、彼女が外側で攻撃の要だ。
「いくぞおおお!!」
『うおおおおおお!!』
ほとばしる気合いが真横にいてもわかるくらい伝わってくる。
「な!」
箒の一振りで、黒兜の機体がまるで豆腐か何かのように簡単に両断された。
先ほどまでの苦戦がウソのようだ。
「続いて行けるか!」
『問題ありません!』
そう言って箒は再び刀を振う。
今度は一撃ではなかったが、それでも相当のダメージを与えている。
「トドメは任せろ!」
大神は、ほんの少し後ろめたい気持ちを持ちつつ、手負いの黒兜を始末した。
その直後、彼の目の前に魔弾が通り過ぎる。
数百メートル先から要塞(フォートレス)タイプの魔操兵器が射撃をしているのだ。
「セシリア! ラウラ! 支援射撃できるか!」
『問題ありませんわ』
『こちらもすぐにできる』
そう言って二人が狙いを定めた。
「箒くん、二人で行くぞ」
『了解』
ラウラとセシリアの射撃で敵の射撃が沈黙する。
その一瞬の隙に大神と箒は加速した。
ギシギシと機体が軋む音が聞こえるような気がした。
(頼むIS、今夜だけは壊れないでくれ)
虫のいい願いだとは知りながらも大神はそう心の中から思った。
そして敵が攻撃態勢に入る前に大神の二刀流が要塞を襲う。
「そりゃあああ!!」
要塞の持つカーキ色のボディーが吹き飛ぶ。
「箒くん、トドメを!」
『了解』
箒のトドメを任せた大神は別の機体にターゲットを移す。
丁度、すぐ近くの黒兜が前面の装甲を開いてエネルギー弾を撃とうとしていたのだ。
「させるかああああ!!!」
大神は片手で刀を突き刺した。
見事に突き刺さった刀を抜くと、そこから逆噴射で素早く離脱する。
「離脱だあ!」
大神は離脱すると、先ほど斬りつけた要塞と、次に刀を突き刺した黒兜が大爆発を
起こした。
少しばかりダメージを負ってしまったが、これくらいで怯むわけにはいかない。
(あと何機だ……)
もはや撃墜した機体を数える余裕すらない。
既に三~四回分の戦闘をこなしたくらいの運動量で、身体は疲労のピークを迎えて
いるが大量に放出されたアドレナリンの影響で頭の中はわりと冷静でいられている。
「まだ、行ける」
そう思った瞬間、箒に別の機体が近づいてきた。
「危ない!」
大神が、箒と敵との間に機体を割り込ませる。
防御態勢が不十分だったため、思った以上に多くのダメージを受けてしまった。
『隊長!』
「何をしている、すぐに攻撃だ!」
『りょ、了解』
箒の一振りで、残った敵も撃破される。
《損害率82%》
(ちょっとヤバイなんてレベルじゃないな……)
『隊長』
「大丈夫だ、大丈夫」
そう言って箒を落ち着かせようとした時、ラウラから通信が入った。
『隊長! こちらツヴァイク! 新たな降魔反応です!』
「なに?」
確かにレーダーには新たな敵影が見える。しかし姿は――
『隊長、あそこ』
「な!」
なんと、皇居の堀から四体の敵が姿を現したのだ。
青の機体に、金槌のような頭部。
東京湾上空で戦ったあの撞木鮫(ハンマーヘッド)である。
槍と小型のビーム兵器を主要武器とするISは、黒兜よりも攻撃の範囲が広く、
要塞よりも機動力が高い。
「来るぞ!」
大神は構える。
無反動旋回でビーム攻撃をかわすと、二本の刀で敵のコアを狙う。しかし、敵も
簡単にはやられてはくれず、長めの槍で大神の攻撃を防いだ。
そうこうしているうちに別の機体が大神を攻撃してくる。
「な!」
『危ない隊長!』
今度は、箒が大神と敵との間に割って入った。
「箒くん!」
『隊長、早く離脱を!』
しかし箒を残して移動するわけにはいかない。
「ラウラ!」
『申し訳ありません! こちらにも敵が』
「くそ」
ガツンと横から衝撃が来た。
サイドのシールドエネルギーが剥がれる。
「このお……!」
大神は反撃を試みるが上手く動かない。
《損害率90%》
(しまった、ISの防御力に頼り過ぎた)
大神は一瞬後悔したが、すぐにその思いを振り切り刀を構える。
「逃げてたまるかあああ!!!」
再び大きな衝撃。
大神の一振りが敵、撞木鮫(ハンマーヘッド)の腕を斬り落とす。
《 DANGR 》
一際大きな警告音がコックピットに鳴り響く。
「IS、持ってくれ……!」
その時、
グラース・オ・スィエール――
天 の 恩 恵
金色の光が大神たちの機体を包み、防御力(シールドエネルギー)が回復した。
この力は間違いない、
「シャル!」
『アタシもいるわよ!』
赤紫色の機体とオレンジ色の機体が夜空を舞う。
『隊長、ご無事で』
「キミのおかげで無事だよ」
『ISは大事に扱いなさいよね、大神っち』
「面目ない」
『丸の内方面の敵は掃討しました』
「了解だ。よし、皆で一気に残りの敵を叩くぞ」
しかし大神には気がかりなことがあった。
(もしこのまま戦ったら、皇居にまで被害が及んでしまうのではないか)
大神も日本人であり軍人でもあるため、人並みに尊皇の精神は持っている。
『大神さん聞えますか、山田です』
急に山田真耶の通信が入る。
「こちら大神、どうしました」
大神は応える。
『あの、陛下からの伝言です』
「へ、陛下?」
この国で陛下と言われたらごく限られた人間しかいない。
『あの、「皇城のことは気にせず、戦ってください」とのことです』
「……わかりました」
『本当にいいのですか、隊長』
箒からの通信が入った。
大神は皇居を背に東京の街並みを眺める。
すでにいくつかのビルは穴が開いたり上のほうが欠けたりしている。
多分、あれは鈴がやったのだろう。
「なるべく、被害が出ないようにするさ」
そう言うと大神は再び刀を構える。
「いくぞ、皆!」
『了解』
大神は五人の隊員を率いて、残りのISと新たに現れた撞木鮫タイプのISに突撃する。
「支援射撃!」
『了解!』
ラウラ、シャル、そしてセシリアが一斉に射撃する。
既に姿は捉えた。
目の前の大爆発で視界が悪くなるも、大神は二刀流の構えを崩さない。
「貰った!」
そこには槍を構えた撞木鮫がいる。
「せりゃあ!」
敵の持つ槍を巧みにかわし、刀を突き刺す。
ガガガッと衝撃が腕を伝う。
「次だ!」
大神が再び刀を構えると、別のISが槍を振う。
そこに青いレーザービームが直撃する。セシリアの攻撃だ。
更に、怯んだ的に対して箒が長刀で切り捨てた。
「箒くん!」
『まだまだ行けます!』
大神が振り返ると、今度は青龍刀を振う鈴の姿があった。
『アタシだってまだいけるわよ!』
シャルの支援火力によって弱った魔操兵器を切り捨てる。
『隊長! こちら紅椿! 敵の様子が』
「ん……」
前方を見ると、数体の魔操兵器がまるでスクラムを組むようにかたまっている。
これまで各個撃破されてきたので、固まって戦おうとしているのか。
「ラウラ」
『はい』
「どう思う?」
『好都合ですよ、隊長』
「よし、いくぞ。号令はセシリア!」
『ブルーティアーズ、了解ですわ』
「鈴と箒くんは俺に続け」
『分かったわ』
『紅椿了解です』
大神たちは大きく敵の射線からそれる。それを追うように射撃をしてくる魔操兵器。
ここまで大神の狙い通り。
『距離1100、行きますわよ!』
セシリアがレーザーライフルにエネルギーを充填する。
『うてええええええ!!!』
そして号令。
セシリアだけでなくラウラとシャルも一斉に射撃をする。
空中で再び大爆発が起こる。
眩しい光の後、ほんの少し遅れて音と衝撃波が機体を襲う。
「怯むな! 進むぞ!」
セシリアたちの射撃の直撃を避けた敵魔操兵器が何体かフラフラと飛んできた。
そこをすかさず、大神たちが切り捨てる。
「でりゃ!」
そして爆発。
『隊長! こちら紅椿、こちらの掃討も終わりました!』
『甲龍、こっちも仕留めたわ』
「隊長了解」
降魔反応は……、ない。
「みんなよくやった、降魔反応は消えた!」
『よっしゃああ!』
『こら、鈴。騒ぐな』
『いいじゃないのよ、頑張ったんだし』
『まだ終わりじゃありませんわ! 隊長』
「すまない、わかっている」
大神は周囲を見回す。
IS型の魔操兵器は始末した。しかし一番肝心な敵がまだ残っていたのだ。
加藤保憲――
《クックックック……》
不快な笑い声が頭の中に響く。
よく見ると、いつもよりも巨大な月が出ている。それを背にした人影が空中に浮いて
いるようだ。
「加藤! お前の負けだ! 千冬さんを返せ!」
大神は加藤に対し叫ぶ。
《ザコを倒したくらいで、勝った気になっているのか、大神よ》
「なんだと?」
《俺の目的は、IS型の魔操兵器などではない》
「なに……!?」
確かに、言われてみればおかしいことはわかる。
IS型の魔操兵器は強い破壊力を持っているのだ。
もし、首都の破壊にISを使うならば、こうして、都心に集中して出現させるよりも、
都内全域で同時多発的に出現させたほうがよっぽど効率のよい破壊ができる。
だが、今回大神たちと戦ったISはほとんど破壊行為をしていない。
まるで、こちらと戦うことだけが目的だったような戦い方だ。
《魔導兵は、アレを生みだすための生贄にすぎない》
「生贄……」
《もうすぐ午前零時だ。奴が蘇る……》
「加藤! 貴様!!」
大神は自身のISが加速させた。
「かとおおおおおおおお!!!」
《無駄だ》
加藤がそう言った瞬間、周囲は強い光につつまれた。
時計が深夜零時を指し示す時、大きな音とともに地面が揺れる。
「これは、地震か?」
大神たちは空中に浮いているのでよく感じないが、東京が揺れていることはわかる。
「何があったんだ……」
『隊長! あそこの銀行の付近で巨大な降魔反応!!』
「な!」
東京六菱USO銀行の建物付近で禍々しい瘴気が漂っているのが見える。
大神は最初気のせいかと思ったが、その黒い煙のような瘴気は次第に何かの形になった。
「これは……」
夜の東京の上空に浮かんだのは、巨大な甲冑を着た人間のように見えるIS。
しかもデカイ。
ゆうに五十メートルはあろうかと思われる巨大な機体がこちらを見下ろしていた。
《最大の魔操兵器、マサカド……》
「将門!?」
大神は思い出した。
確か加藤保憲は平将門の怨霊を呼び覚ますことで帝都を壊滅させたという。
そして千代田区大手町には将門の首塚がある。
「貴様、そのために魔操兵器を」
《そうだ。これまで貴様らが倒してきた魔操兵器は、このマサカドを呼び出すための
生贄に過ぎない。地下深くに眠る降魔の力を利用して、将門の怨霊を呼び覚ました
のだからな。そしてこの姿だ》
「……」
《間違いなく帝都は、そして日本は終わる》
「そんなこと、させるかあ!!」
《せいぜいあがくがいい。行け!》
加藤のその言葉に合わせるように、マサカドの両目が怪しく光る。
『大神っち! あいつ動くよ!』
鈴の声が響く。
「わかっている、全員戦闘態勢!」
『了解!』
「セシリアは射撃準備、ラウラは敵の調査をして弱点を見つけるんだ!」
『ブルーティアーズ了解』
『ツヴァイク、了解』
「絶対に、絶対に帝都は守る!」
大神は自分に言い聞かせるように、そう叫んだ。
つづく
死にいたる病とは絶望のことである
キェルケゴール
全身を和風の甲冑に身を包んだような形の超大型のIS型魔操兵器は禍々しい気を
放っていた。
『こちらブルーティアーズ、エネルギー充填完了しましたわ、隊長』
「よし、撃て!」
大神は発射の命令を出す。
『ファイア!』
セシリアが高出力のレーザーを放ち、そして大きな爆発が起こる。
『やったか!』
変なフラグを立てるな、と大神は心の中で思う。
しかし、巨大な爆発にもかかわらず、魔操兵器“マサカド”は傷一つ負っている様子は
なかった。
「どういうことだ……」
それどころか、いつの間にか巨大な弓と矢を構えていたのだ。
「危ない! 皆よけろ!!」
まるで宇宙に向かう巨大ロケットのような衝撃波を帯びた矢が大神たちの横をすり抜ける。
「うわ!!」
直撃をしたわけでもないのに、その矢が持つ魔力に耐えられず吹き飛ばされるISたち。
「皆、無事か!」
『紅椿、無事です!』
『甲龍無事よ』
『ブルーティアーズ、何とか無事ですわ』
『クロード、異常なし』
『ツヴァイク、異常ありません』
とりあえず、全員の無事を確認してホッとする大神。
しかし、このまま安心してはいられない。
この巨大な魔操兵器、マサカドをこのまま放置しておくわけにはいかないからだ。
「ラウラ! 敵の解析は!」
『あ、はい! 先ほどのセシリアの攻撃でわかったことがあります』
「それはなんだ」
『実は、彼奴の周囲には、強力なバリアのようなものが張られているということです』
「バリア?」
箒から割り込みの通信が入る。
『こちら紅椿、恐らく妖力による結界だと思います。加藤が使っていたものと同じ』
「あれか……」
巨大な機体、しかもその機体を守る結界、そして強力な攻撃能力。
目の前の障害のあまりの大きさに、大神はくじけそうになるが歯を食いしばって現実を
見据えた。
「俺は、逃げない……!」
I S〈インフィニット・ストラトス〉大 戦
第十一話 大神、最後の戦い
ラウラの分析によれば、魔操兵器マサカドの周囲には妖力による結界が張られている
らしい。これでは通常の攻撃は通用しない。
対降魔霊力を持っているはずのセシリアですら、その攻撃が通用しなかったからだ。
マサカドはいつの間にか武器を弓から反りのある太刀に持ち替えて、それを振った。
物凄い衝撃波が再び周囲に広がる。と同時に、近くのビルの一部が斬れて、ゆっくりと
重力に惹かれ地上に落ちて行くのが見えた。
一見すると、マサカドはまだ目覚めたばかりで妖力が安定していない。それでも奴の持つ
破壊力はけた違いだ。
そして、それを放置しているとどんどんと強くなってしまう。
奴が本格的に覚醒して暴れ出す前に始末する必要がある。
大神は考える。
どんな固い壁でも、破れないものはないと。
「皆、一点攻撃だ。破壊を続ければ破れないものもない」
『了解!』
しかし、一点攻撃するにしてもどこを攻撃すればいいのか。真っ正面から行けば、
敵の餌食になってしまう。
だったら後ろから行けばいい。
「全員通達、マサカドの背後に回る。そこから攻撃だ」
『了解!』
大神を先頭にマサカドのいる方向へと真っすぐに飛ぶ。
敵もこちらに気づいて太刀を構える。
だが、まともにやり合うことなどありえない。
「旋回!!」
大神の合図とともに、六体のISは一気に旋回し、そしてマサカドの背後に回り込む。
「支援射撃!」
『ブルーティアーズ、了解』
『ツヴァイク了解』
『クロード、了解!』
後衛組の三人が一斉に支援射撃を実施する。
これまでの敵と違って“的”が大きいので、精密な射撃ではなく、破壊力を重視した
射撃が可能だ。
セシリアもラウラも、そしてシャルも思いっきりエネルギーをぶち込む。
大規模な爆発とともに、マサカドの機体がグラリとゆれる。
(チャンスだ!)
大神はそう感じて加速する。
「次、前衛!」
大神を先頭に一気にマサカド本体へと突っ込む。しかし、敵はいつの間にか振り返り、
こちらを待ち受けていた。
「しまった!」
気がついた時にはもう遅かった。
マサカドの持つ巨大な太刀が大神の機体に襲いかかる。
大神は防御態勢を取ったが、そんなものは気休めにしかならない。
ガクンと、今までにない衝撃が大神の身体を襲った。恐らく物理的な衝撃だけでなく、
妖力による強化も幾分加わっているのだろう。
吹き飛ばされる大神の機体。
『隊長おおお!!!』
箒が大神の機体を追ってくる。
『隊長に何すんのよ!』
一方、鈴は大神に対して攻撃をしたため、一瞬の隙ができたマサカドに対して攻撃を
加えようとしていた。
「よせ! 鈴!!」
気持ちは分かるが、大神には嫌な予感しかしなかった。
一瞬の光。
まるで花火のような光とともに、鈴の機体が吹き飛ばされる姿が見えた。
『うわあああああああああ!!』
「鈴!!」
大神は叫ぶがその声は届かない。
鈴の機体はビルにぶつかった。
(吹き飛ばされてる場合じゃない!)
「ぐおおおお!!」
大神は態勢を立て直そうとすると、そこに箒の機体がいた。
紅椿が大神の機体を掴んだことで、大神は態勢を立て直すことができたのだ。
「箒くん!」
「隊長、大丈夫ですか」
箒は、無線ではなく直接通話(フェイストゥフェイス)で大神に呼びかける。
「俺は大丈夫。それより鈴だ」
『こちらブルーティアーズ、鈴の救援はシャルが向かいましたわ」
「了解! セシリアとラウラはシャルたちの援護射撃。事後、再集結。集結座標は
後に示す」
『了解ですわ』
『ツヴァイク了解』
「俺たちも行くぞ、箒くん」
「行くって」
「まずは鈴を助ける」
「わかりました」
大神は皇居の方向に吹き飛ばされたので、何にも当たらずに済んだが、鈴はオフィス街方面
に吹き飛ばされたため、会社のビルに激突してしまったようだ。
鈴が激突したビルに近づくと、オレンジ色のシャルの機体に助けられる鈴のISが見えた。
「鈴、大丈夫か」
『なんとかね。アハハ……。さすが甲龍、なんともないぜ』
大神は鈴の軽口を今は責める気にはならなかった。
こちらを心配させまいと、明るく振舞っていることは明白だったからだ。
「シャル! 鈴の回復を」
『クロード了解』
「セシリア、ラウラ。攻撃中止! 日比谷公園上空まで後退せよ」
『ブルーティアーズ了解』
『ツヴァイク了解』
「鈴、飛べるか」
『まだ行けるわ。今度はウソじゃないわよ』
「わかった。箒くん、シャル。行くぞ」
『紅椿了解』
『クロード了解』
一旦距離を取ろうとする大神たちを見て、マサカドは追撃することなくゆっくりと
移動を開始した。
向かう先は南東の方角。
銀座方面に出るつもりか。
集結地点に向かって飛んでいる間、パッパッと光が見えた。
そして遅れて聞こえてくる爆発音。
「何をやっているんだ!」
『築地から上陸した陸自の打撃部隊が対空ミサイルを発射した模様です』
真耶の声が聞こえる。
「今すぐ止めさせるんだ! 被害が増える!!」
『りょ、了解』
指揮系統も一元化されているわけではない。
対IS型魔操兵器の戦闘は、帝國華劇団に一任されているとはいえ、通常の防衛は
自衛隊の任務だ。
そして華劇団は自衛隊に対する指揮権を持たない。それは自衛隊側にとっても同じ。
お互い、対等な立場で行動を“調整”するのみ。
巨大な魔操兵器、マサカドの出現はその調整の想定外の出来ごとであった。
不意に爆発が起こる。
陸自の車両が何台かやられたらしい。
オレンジ色の炎が広がっていた。
不気味な色である。
『こちらブルーティアーズ、全員集合完了いたしましたわ』
大神は全ての隊員が目の前にいることに安堵する。
「よかった、全員無事だ」
『よくないわよ、アタシはボコボコにやられたんだから。あのデカイの、タダじゃ
おかないんだから』
鈴がやや興奮気味にまくしたてる。
戦闘中の過度の興奮はあまり望ましいことではないが、今のこの状況では戦意を
喪失してしまうよりもはるかにマシだ。
「皆、落ち着いて聞いてくれ」
大神は全員に呼びかける。
無駄に興奮させないよう、低く落ち着いた声で語りかけることを心がけながら。
「先ほどの戦闘でも見た通り、マサカドは遠距離の攻撃だけでなく、近距離による
直接打撃も効かないようだ」
『それじゃ、打つ手がないじゃない』
鈴がまだ興奮気味に言う。
「落ち着け、鈴。全く手がないわけじゃない。箒くん」
大神は視線を箒の機体に向ける。
『え? 私ですか』
「この戦いの要は、恐らくキミだ」
『私が……』
「キミを中心に攻撃を仕掛ける」
『それってもしかして』
「破邪の陣だ」
『隊長……』ラウラの心配そうな声が聞こえた。
『ですが隊長、あれはまだ一度も……』
と、セシリアも言う。
確かにセシリアの言うとおり、破邪の陣は訓練の段階ではまだ一度も成功していない。
古文書の通りに陣を作っても、思ったような力は発動されないのだ。
だが迷っている暇はない。
「他に手はないんだ。俺は破邪の陣で行く。もし、無理だというのならここで外れても構わない」
言いたくはなかったが、気の進まない隊員を連れて行っても失敗するだけだ。
『アタシは行くわよ』
真っ先にそう言ったのは意外にも鈴であった。
「鈴」
鈴は訓練中、破邪の陣には最も批判的だったからだ。
『あのデカブツの結界を破れるのは箒だけなんでしょう? だったら、やってもらおうじゃないの。
そのためだったら何でもするわ』
鈴は一見すると目立ちたがりのようだが、一方で確実に勝利を掴むため、自分から積極的に
縁の下の力持ちを担うこともある。
『僕も手伝います、隊長』
「シャル……」
『自分の身体と心は常に隊長とともにあります』
ラウラも言い切った。
『仕方ありませんわね、私も協力させていただきますわ』
「セシリア」
『ただし、私が協力する限りは何が何でも成功していただきますわよ、箒さん』
『ん……、わかっている。まかせてくれ』
箒は一瞬言葉に詰まったが、気を取り直し力強く返事をした。
「よし、皆行くぞ。帝國華劇団花組、出撃せよ!」
『了解!!!!!』
日比谷公園の上空に浮かぶ複数の光が、銀座方面へと向かった。
*
銀座の上空に浮かぶ巨大な影。
その影は破壊をつかさどる神か、それとも悪魔か。
その圧倒的な力で自衛隊の車両を蹴散らし、周囲の人間を一斉に絶望の淵へと叩きこむ。
魔操兵器マサカド――
人類はその巨大兵器に対し、なすすべもなく破壊を見守るしかないのか。
そう思われた瞬間、複数の光が魔操兵器の前に現れた。
「そこまでだマサカド!」
大神が叫ぶ。
マサカドは答えない。
兜の奥から光る二つの赤い光が不気味に光るだけである。
そしてマサカドは太刀を構え、一振りする。
強力な衝撃波が銀座の街を襲う。
道路に、あり得ないほどの斬り跡がついた。
「今度こそ、お前を止める! 行くぞ、花組!」
『了解!!!!!』
五人の声が無線に響く。
「射撃組!」
大神が号令をかけると、セシリア、ラウラ、シャルの後衛組が一斉に射撃を開始する。
しかし、案の定マサカドには効かない。
「怯むな、進め!」
マサカドは武器を太刀から弓矢に持ち替えると、大きく弦を引く。
(ここだ!)
大神は、その瞬間を待っていた。
確かにマサカドの矢の威力は大きい。
しかし――
強大は光と衝撃波が大神たちを襲う。
「でりゃあああああああ!!!」
その後に出来る隙も大きい。
大神たち花組の隊員は、ギリギリのところで旋回をする。
(全員、無事だ!)
大神はそれを確認すると、マサカドの側面へ出た。
「行くぞ皆!!」
大神の号令に、全員が反応した。
『了解!!!!!』
大神を含めた花組の隊員は、五角形の陣形を空中で形成する。
そしてその中心にいるのは、
篠ノ之箒――――
「くらえええ!! 破邪の陣!!!!!」
大神は叫ぶ。
そして箒は精神を集中する。
破邪剣征――
桜 花 天 心 ――!!
破邪の陣から集められた霊力が箒の機体に流れ込む。
そして彼女は刀を振った。
「…………!!!」
一瞬、マサカドの表情に驚愕のようなものが浮かんだようにも見えた。
そして世界が割れた、そんな音が聞える。
(よくやった箒くん。そのまま休んでいてくれ)
ゆっくり下降していく箒の機体を見て、大神はそう思う。
箒も、大神の気持ちが伝わったのか、安堵の表情を浮かべているように思えた。
そしてマサカドを包む、禍々しい妖気が消える、そんな気がした。
「セシリア! 射撃だ!!」
大神はすかさず命令する。
『了解ですわ!』
セシリアがレーザーライフルを撃ち込むと、マサカドの肩の辺りが爆発した。
「グオオオオオオオ!!!」
この世のものとは思えない唸り声が聞えてきた。
先ほどとは明らかに違う。
確実にダメージを与えられている。
「効いてるぞ! ラウラ、シャルも!!」
『ツヴァイク了解!』
『クロード、了解です!!』
連続した爆発で、マサカドは大きく揺れる。
セシリアたちの放つ射撃の間隙を縫うようににして、マサカドは再び弓矢を構える。
だが――
「させるかあ!!」
大神がマサカドの弓手を叩き斬る。
斬り落とせはしなかったが、かなり深いところまで斬れたことは確かだ。
「ゴワアアアアアア!!」
再びマサカドの叫び。
『アタシにもやらせなさい!!』
今度は逆方向から鈴が青龍刀で斬り込む。
『さっきのお返しよ!!』
たまらず、マサカドは弓を手放した。
『お二人とも、下がって!』
再びセシリアたちの一斉射撃が始まった。
はっきり言えば、妖力による防御結界のないマサカドは、巨大な“的”でしかない。
太刀に持ち替えたマサカドが片手で攻撃しようとする。
だが、鈴には当たらない。
『確かに凄い破壊力ね、でも当たらなければ大したことはないのよ』
どこかで聞いたことのあるような台詞を吐きながら、鈴は敵の首筋に刃を当てる。
ここまでくると、もうやりたい放題である。
『みなさん、三角射撃(トライアングルファイア)ですわ!』
セシリアの号令により、三方向から射撃が加わった。
大爆発の後に、大神と鈴が更に斬撃を加える。
そして巨大な甲冑の一部がボロリと剥がれ墜ちた。
『隊長! コアです! コアが見えました!!』
ISの命とも呼べる核(コア)。それがマサカドにも存在した。
どんなに大きくても、こいつはIS型魔操兵器なのだ。そう感じさせる。
『大神っち! 最後は決めなさいよ!』
と、鈴の声が聞こえた。
『私の分まで、ぶつけてくださいませ!』
セシリアの声も聞こえた。
『隊長! 倒しましょう!』
シャルの声だ。
『隊長! 最後は隊長が』
ラウラも言う。
『隊長、箒です! 私たちの力を……!』
箒の声も聞こえた。
全員の声を力に代え、大神は飛ぶ。
「くらえマサカド!」
狼虎滅却!!!
快・刀・乱・麻あああああ!!!!!!!
大神は自分の機体をぶつけるように、マサカドのコアに斬りかかった。
そして――
突き抜けた!
マサカドの胴体は爆発することなく、まるでブロックが崩れるようにバラバラになって
地上へと落ちて行った。
「うおおおおおおおおお!!!!!!」
大神は叫び声をあげる。
今までの恐怖、怒り、喜び、悲しみなど複雑な感情を一気に噴出させるように。
「隊長おおおおお!!」
誰かの声が聞こえてきた。
真っ先に大神の元に来たのは箒だった。
ISが壊れるんじゃないかと思うほど勢いよくぶつかってきた箒は、大神に直接声をかける。
「隊長! やりましたね」
「ああ、キミのおかげだ箒くん」
「私だけじゃありません」
「わかってる。皆のおかげだ」
『コラー! 箒! 抜け駆けするんじゃないわよ!』
『銀座のど真ん中ではしたないですわね、箒さん』
『箒、羨ましいな』
『どけ箒、そこは私の場所だ』
他の隊員たちも集まってくる。
「ありがとう、皆。だがまだ終わったわけじゃない」
「……!」
全員の表情が一気に緊張したのがわかった。
箒は機体を離し、大神はレーダーを確認する。
残る降魔反応はたった一つ。
「加藤!!!」
加藤保憲、本人だ。
《クックック……、マサカドを倒すとは予想外であった》
空中に浮かぶ、不気味な影。
加藤保憲は銀座の時計台の真上に浮かんでいた。
「お前の負けだ加藤!」
大神は叫ぶ。
しかし、
《これで確信した、お前たちを倒せば我の道を阻む者はない》
「なんだと?」
《マサカドは確かに“最大”の降魔だ。しかし、最強ではない》
「……!」
《言っただろう、彼女は切り札だと》
「加藤、貴様!」
《出でよ! 降魔“血冬”!!》
そこにいた全員に衝撃は走る。
銀座の上空に一体のISが姿を現す。
それはまぎれもなく、彼女だった。
かつて、世界最強と言われたIS操縦者。
世界で数人しかいないという、IS適性SSの持ち主。
織斑千冬――
大神たちが恐れていることが現実となる。
かつての仲間が、敵となって現れたのだ。
「千冬さん! 千冬さん!!」
大神は必死に呼びかけるが、答えるはずもない。
禍々しい黒の機体は、マサカドよりもはるかに小さいにも関わらず、その存在を
大きく見せている。
相当の戦闘力があることは間違いない。
「千冬さん! 俺です! 大神です!!」
『何やってんの隊長!!』
鈴が大神機に体当たりをくらわす、
次の瞬間、いつの間にか間合いを詰めていた千冬の機体が鈴の機体を斬りつける。
「鈴!」
『うわあああ!!』
辛うじて致命傷は避けたものの、大きなダメージを負ったことは間違いない。
千冬に動揺はない。
全く感情を見せることなく、攻撃を加えてくる。
(くそ! 俺が動揺したばっかりに)
大神が奥歯を噛みしめて刀を構える。
『隊長! ここは私たちが』
と、ラウラの通信が入る。
『そこから離れてください』
シャルも言う。
どうやら射撃戦で、千冬に挑むらしい。
確かに、今の千冬の武器は刀が一本。
『僕が弾幕を張るから、その間に二人は狙って』
シャルが無線越しに叫ぶ。
予備の機関銃も取り出して、大量の弾を発射した。
『いきますわよ』
『こっちも準備よし』
セシリアとラウラが狙撃を開始する。
しかし、
いつの間にか、刀をライフルに持ち替えた千冬は、旋回しつつシャルの弾幕をかわし
ビームを発砲する。
『うわあ!』
「シャル!」
千冬の射撃はシャルに命中し、まず弾幕がやんだ。
『シャルさん!』
『構うな、撃て』
セシリアとラウラは射撃を続ける。
しかし当たらない。
千冬は冷静に射撃をかわすと、再びレーザーライフルを撃つ。
『きゃあ!』
『うわあ!』
セシリアとラウラの機体から緊急信号が発せられた。かなりのダメージを負った証拠だ。
再び武器を剣に持ち替えた千冬は手負いの二体を一気に蹴散らした。
空中制御の能力を失った二体は、フラフラと落下していく。
「セシリア! ラウラアアア!」
大神の呼びかけもむなしく、二体は墜落した。
戦闘開始早々、六体のうち四体を倒した千冬。
残りは箒と大神の二体だけである。
強すぎる。圧倒的な強さ。
付け入る隙の無い絶望的なまでの戦闘力。
マサカドなどとは比べ物にならない。
それが織斑千冬。
そして今は、降魔血冬――
加藤が言った、最強の切り札。
『隊長、やりましょう』
箒が長刀を構える。
「無理だ箒くん、今のキミの身体は」
『戦えるのはもう私と隊長しかいないんです!』
(箒くん、キミは強い。それに比べて俺は……!)
大神は自分の弱さを嫌悪する。戦いにおいて最も避けなければならないことは、
恐怖に支配されることだ。
そして一度恐怖に支配されたら、折れてしまった心は、なかなか元に戻らない。
大神の心と身体は、長く続いた戦いの中で朽ち果てようとしていた。
(このままではいけない。せめて彼女だけでもここから逃がそう。今の俺でも時間くらいは
稼げるだろう)
辛うじてそう考えた大神は箒に声をかける。
「箒くん、キミは――」
「隊長」
すぐ横にきた箒は、一瞬大神のほうを見る。
そして、
「大神さん――、好きです。愛しています」
「え……」
「だから、生きて」
箒のその笑顔は、今までにないほど穏やかで、そして優しい表情であった。
「箒くん!!」
すかさず機体を加速させる箒。
大神を止めるのも聞かない。
ギンギン、と酷い金属音とともに火花が散る。
箒の赤い機体と千冬の黒の機体が激しく切り結んでいる。
物凄い霊力と妖力とのぶつかり合い。
だが、破邪の陣で霊力を使い果たした箒に勝ち目があるはずもなく、
「……!!」
勝負は一瞬だった。
大神が助けに入る間もなく、千冬の突き出した刀が箒の機体を貫いていた。
血が、血が見える。
「箒くん! 箒くん!!」
大神は必死に無線に呼びかけるが返事はない。
千冬が刀を引きぬくと刃には微かに赤い“血のり”が付着していた。
「箒くん……」
(最悪だ……)
大神は心の中でつぶやく。
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
(何が軍人だ! 何が隊長だ! 彼女たちを守るって決めたのに!!!)
箒の機体が、墜落して地面に激突する。
(俺は、恐怖に身をすくめているなんて!!!)
「う……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
血管が切れそうになるほど大神は叫んだ。
そして、彼は再び刀を振い機体を加速させる。
それに対し千冬は冷静に刀を構えた。
その瞳はまさに氷のように冷たい光を放つ。
一方、大神のほうは燃えていた。
熱い、炎のように。
心も、身体も。
「そりゃあああああああああ!!!」
大神の二本の刀が繰り返し千冬に襲いかかる。
しかし千冬はそれらを一つ一つ捌き、反撃をする。
千冬の攻撃はまるで精密機械のように正確に大神の機体の弱い部分を狙ってくる。
大神の右肩の装甲が吹き飛んだ。
腰の装甲も吹き飛ぶ。
もはや防御能力(シールドパワー)などあってないようなものだ。
「俺は! 俺は負けない!!!」
大神は飛び上がり、上から千冬の背後を狙う。
だがそれを読んでいた千冬は、すぐさま刀を振い、大神の脚部を斬った。
左脚部が吹き飛ぶ。
「でりゃああああ!」
それでも脚を犠牲にして千冬に一太刀撃ちこんだ。
相手のシールドパワーを削る手ごたえがあった。
それ以上にこちらの防御力は削られているけれども。
隊長として、部隊を守る盾としてあらゆる攻撃を受け止めていた大神の機体はすでに
限界を迎えていたのだ。
《 DANGER DANGER 》
まるで泣き叫ぶかのように警告を繰り返すISの機体に心を痛めつつも大神は戦いを
続けた。
「すまないIS! もう少しだけ!!」
大神機の右腕が刀ごと吹き飛ぶ。
「まだ左手がある!」
大神はそれでも攻撃を止めない。
左手が吹き飛べば体当たりするだけだった。
どんなにギリギリの状況でも、戦う意志だけは消えない。
大神は左手一本で千冬と斬り合う。
脚部は完全に破壊され、空中でバランスをとることすら叶わない。
《 DANGER 》
ISの警告音。
それは彼のISが最後に発した、言葉のようでもあった。
「でりゃああああああ!!!」
大神は残った左腕で千冬の機体を抱え込む。
そして、加速する。
もはや旋回すら満足にできないその機体だったが、加速だけはできるのだ。
その先は――
「うおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
(戦いを終わらせるのは憎しみではない――)
大神と千冬の機体は、地面に向かって真っすぐに加速し、そして激突する。
その爆発の中で、二つのISのコアが――
砕け散った。
*
道路のど真ん中に出来たクレーターの中心で、大神は一人の女性を抱きしめていた。
「全く、キミという男は」
女性は優しく、大神の黒髪を撫でる。
「千冬さん……」
大神は顔をあげ、千冬と目を合わせた。
「わかっていたのか」
「ええ、あなたが完全に操られるような人ではないことも。必死に抵抗していたんですね。
箒くんのアレも、脇腹をかすった程度でしたし」
「ふっ、馬鹿者が……」
千冬はそう言って微笑んだ。
*
一人の男がビルの谷間で、息を荒げながら走る。
夜の帳は時期に無くなろうとしている。
そうなれば逃げ場はない。今のうちに遠くに行かなければならない。
「ぐふっ!」
男はせき込み、口に手を当てた。
はめていた白い手袋が真っ赤に染まっている。
このままではマズイ。
そう思いつつ男は再び走り出す。
「どこへ行くのかな」
男を追う人影があった。
「貴様……!」
男は白いハンカチを投げる。ハンカチはコウモリに姿を変え、人影に襲いかかるも、
刀の一振りで滅せられてしまった。
「く……!」
男の顔が歪む。背が高く、色白のその男は旧軍の軍服を着ていた。
「観念しろ加藤保憲。あれだけの“大物”を召喚しておいて、それで満足に戦えるとでも
思ったか」
白い制服に身を包んだその人影はそう言って近づく。
「貴様、何者だ」
「忘れたか? かつて俺たちの御先祖様はお前と戦ったんだぞ」
「まさか……」
「帝國華劇団月組、加山雄二! 上意により、貴様を封印する!」
制服の男はそう言って刀を構えた。
*
数分後、加藤を捉えた制服の男、加山は別の人間と合流していた。
「やりましたね、加山三尉」
そう言ったのは、どう見ても中学生くらいにしか見えない少女である。
「お嬢ちゃんに褒められて、僕は幸せだなぁ~」
「お嬢ちゃんはやめてもらえるかしら」
黒のカチューシャを付けたその黒髪の少女はそう言って少し不機嫌そうな顔を見せた。
「悪かったよ、暁美二曹」
「とりあえず、一件落着と言ったところかしら」
「まあ、そうだけど」
「不満そうね」
「いや別に、不満ってほどじゃあないんだけどなあ」
「あなたの同期のことを考えているの?」
「そうだな。あいつの活躍に比べれば、僕なんてまだまださ」
「だったらもっと精進しなさい。そんなことだからいつまでたっても、隊長“見習い”が取れない
のよ」
「へいへい」
「……大神宗一郎か。一緒に仕事をしてみたいわね」
「やめといたほうがいいぞ」
「どうして?」
「あいつに会って惚れない女はいないってほどのだ。男だって惚れるかもな」
「あら、だったらあなたも惚れたの?」
「さすがにそれは……。ああ、でも。色々と影響は受けたかな」
「さ、そんな話は置いといて、迎えが来るわ」
「キミから言っといて、酷いな」
「時間がないわ」
「ああ、そういやもうすぐ夜が明けるな。だったら“月”は隠れましょうか」
そう言って加山たちは闇の中に消えて行った。
エピローグ
夏休みを前に、大神はIS学園を離れることとなった。
「みんな、ありがとう。たった数カ月だったけど、本当にお世話になりました」
大神はそう言って頭を下げる。
校門前には教職員だけでなく生徒たちも集まっていた。
彼は今、スーツを脱ぎ再び海上自衛隊の制服に身を包んでいる。ただし、この学園に
はじめて来たときのような黒の冬制服ではなく、夏用の白い制服である。
「織斑先生、山田先生、坂本先生、それに米田校長、ほかにも沢山の先生方の御指導もあって、
辛かったけど本当に濃い毎日だったと思います」
「おおがみせんええええ」
生徒たちよりも先に真耶が泣いていた。
「わっはっは、大神君、温泉に入りたくなったら私を尋ねなさい」
「大神先生、また遊びに来てね」
「先生、文化祭来てよ」
「大神先生! 孤独のグルメ、ちゃんと読んでね」
「先生、潜水艦、潜水艦」
「大神先生、やらないか」
「お断りします」
生徒や教職員たちと最後の挨拶を交わした大神は、最後に校長に礼を述べた。
「米田校長。本当にありがとうございます」
「頑張ったのはお前さんだ。俺は何にもしてねえよ」
米田は照れくさそうに言った。酒も飲んでいないのに顔が赤い。
彼はああ言っているが、政府の上層部と交渉をしたり、自衛隊の他の部隊との調整を行い、
調査を専門とする部隊を密かに指揮していたことを彼は知っていた。
「本当、ありがとうございます」
「ところで大神よ」
「はい」
「誰を選ぶんだ」
「はい?」
教職員や生徒たちの目の色が変わる。
「だから誰を選ぶのか聞いてんだよ」
「いや、何のことですか?」
「決まってんだろうお前、こんないい女がたくさん揃っている場所だぜ。誰か選んで行かない手は
ないってもんだ」
「今言わないとダメですか?」
「大神、お前今日が最後だろうが。今言わないでいつ言うんだよ」
全員の視線が大神に集中する。
(まずい、これは不味いことになった……)
大神は助けを求めるように千冬に視線を向ける。
しかし、
「まだまだ修行が足りん」
そう言って彼女は目をそらす。
(そんな……)
「ちょっと大神っち? アタシにあんなことさせといて、今更他人はないでしょう?」
いきなりそう言いだしたのは鈴である。
「おい鈴、いきなり何を」
「大神さん、毎日ワタクシのサンドイッチを食べたいとおっしゃったのに」
セシリアがウソ泣きをしながら言う。
「そんなことは言ってないぞセシリア」
「大神先生、あんな狭い場所で僕に……」
シャルも目を潤ませながら言った。
「あ、それは……」
「私の全ては隊長のものだ。どこへ行こうと私はあなたのものです」
「ラウラ、ちょっと落ち着け」
「大神さん……」
箒が顔を真っ赤にして肩を震わせている。
手には銘刀、霊剣荒鷹が……。
「皆、さよなら!!」
大神は一気にその場から駈け出した。
「コラー! 逃げるなあああ!!」
大神と女性陣の追いかけっこが最寄りの駅まで続いたことは言うまでもない。
お わ り
262: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:53:36.11 ID:ZufZBuWOo
シャルは目を見開き、再び状況を把握した。
周囲の状況が手に取るようにわかる。
(心を、解放する)
ISの能力を全開以上に引き上げるための心の制限(リミッター)を外した彼女は、
先ほどとは一転し、強力かつ正確無比な射撃を行った。
「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!!」
魔操兵器の鳴き声が聞こえた。
当たったのだ。
『今だ! 行くぞ』
『はい!』
『行くわよ!』
三人の連続攻撃が同時に当たり、黒兜一機を撃破した。
『残り二機!』
大神の声が響く。
『隊長こちらブルーティアーズ、こちらも一機撃破ですわ』
『隊長了解。引き続き頼む。こちらもケリをつけるぞ!』
『紅椿了解』
『甲龍了解よ』
「クロード了解、支援続けます!!」
シャルも無線に向かい叫んだ。
彼女の持つ二丁の機関銃からエネルギー弾が吐き出される。
引用元: ・ IS大戦 〈インフィニット・ストラトス×サクラ大戦〉
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263: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:54:14.09 ID:ZufZBuWOo
そして黒兜へ当たる。
「今です!」
前衛の三機が一機に攻撃された黒兜に集まった。
『どりゃあああああああ!!』
再び三人の一斉攻撃で、敵を撃破した。
大きな爆発が空中で起こる。
(あと一機だ。どこに)
爆風と煙で一瞬敵の姿を見失ったシャル。
(これで終わりだ……!)
そう思った瞬間、煙の中から黒い機体が浮き上がってきた。
「え?」
『シャル!!!』
大きく大太刀を振り上げた黒兜が、シャルの目の前にいた。
(そんな、レーダーの反応は……!)
黒兜の攻撃は、いとも簡単にシャルの持つ機関銃を破壊してしまった。
(やられる――)
一瞬、家族や昔の知り合いの顔が脳裏をよぎった。
264: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:55:33.47 ID:ZufZBuWOo
『シャ、シャルロットっていいます』
『……、あの女にそっくりね』
『役立たず。アンタ、何のためにいるの?』
『近寄らないで。アンタのせいでお父様は』
『どうしてデュノアの姓を名乗るのかしら』
いやだ……!
『シャルロット。ごらん、これがキミの翼だ』
『これは何?』
『ISって言うんだ。人類の新しい可能性を切り開く乗り物だよ』
『新しい可能性?』
『シャルロット、キミならその可能性を切り開くことができるかもしれない』
いやだ……!
『緊急事態! 緊急事態! 実験用ISオルレアンが制御不能。繰り返す、
実験用ISが制御不能!!』
『あんな事故を起こしてもまだISに乗ろうってのかい?』
『仕方ないよ。だって彼女、ここを出ても行くあてはないし。ISに乗るしかもう、道はないんだ』
265: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:56:08.48 ID:ZufZBuWOo
いやだ!!
ISなんて、本当は乗りたくなかったんだ!
でも……、僕にはもう……!
シャル!!!
「え?」
「キミは一人じゃない。俺がいる。俺たちがいる」
「隊長……?」
光の中に大神の姿が見える。
「私もいますわよ」セシリアがその後ろからひょっこりと顔を出す。
「私もいるぞ」今度は箒。
「アタシもね」鈴もそう言って両手を広げた。
シャル!!!
「はっ!」
266: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:56:48.52 ID:ZufZBuWOo
彼女が目を開くと、そこには“本当に”大神の姿があった。
「大神……、隊長」
「言ったはずだ! 俺はキミを信じるって!!」
空中で、無線越しではなく直接声が響いてくる。
「隊長、僕」
「まだ戦いは終わっていない!」
「……はい!」
シャルは大きく息を吸い込み、そして自らの能力を限界まで展開させる。
攻撃するだけが戦いではない。
もっと色々な戦いかたが、あるはずだ。
「みんな、僕の力を……!」
シャルのISが光を放つ。
だがそれは、暴走ではなかった。
グラース・オ・スィエール――
天 の 恩 恵
*
267: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:57:16.25 ID:ZufZBuWOo
「これは……」
大神は自らのシールドエネルギーが回復していることに気づく。
『うわ、回復してる! 機体が元通りだ』鈴の驚きの声が聞こえてきた。
『確かに、これがシャルの力なのか』と、箒も言う。
『皆さん、感心しているところ悪いのですが、まだ敵は残っていますわよ』
そう、セシリアは釘をさすように言った。
「わかているよ、セシリア」
大神はそれに答える。
『隊長』シャルの声だ。
「さあ、みんな。ケリを付けるぞ」
『了解!!!!』
全員の声が無線に響いた。
*
268: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:58:06.52 ID:ZufZBuWOo
翌日、IS学園の教室では――
「えええええ???」
「何これええ!!」
「うそ、どういうこと?」
「美少年じゃないの?」
混乱していた。
「み、みなさん改めましておはようございます。シャルロット・デュノアです」
女子の制服に身を包んだシャルがそう言って挨拶をした。
「美少年じゃなくて、美少女おお???」
自分を解放することを恐れなくなった少女は、霊力を抑えるための男装を止め、
女性として生活することに決めたのだ。
「大神先生」
朝のSHR後、職員室に行こうとする大神をシャルが呼びとめた。
「ああ、シャル。どうしたんだい?」
「制服、似合います? 変じゃありません?」
「そんなことないよ。とっても似合ってる」
「よかった」
女子の制服姿のシャルは、実に嬉しそうであり見ているこっちも嬉しくなりそうだ。
「これからは、もっと女の子っぽくいきたいと思います」
「そうだね。それがいい」
269: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 20:59:28.62 ID:ZufZBuWOo
「それじゃあ大神先生」
「なんだい?」
「あの、今度僕と――」
「はいストップ」そう言って二人の間に割って入ったのは鈴であった。
「ったく、油断も隙もあったもんじゃないな」
と、箒も言う。
「キミたち、どうしたんだい?」
「女の子化したシャルに鼻の下伸ばしているダメ教師を注意しにきたの」
「べ、別に鼻の下なんて伸ばしてないぞ」
「破廉恥な……!」
「はいはい。皆さん何をしていらっしゃるの? さっさと授業の準備をする」
箒や鈴たちを止めに入ったのはセシリアであった。
「じゃあ、授業頑張ってな」
そう言って大神は職員室へと向かう。
ふと、気になって彼女たちのほうを見ると、セシリアと目が合った。
彼女は笑顔を見せ、瞳で何かを訴える。
正確にはわからないけれど、こちらはもう大丈夫、そんなことを言っているような気がした。
つづく?
270: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/08(月) 21:00:21.24 ID:ZufZBuWOo
【おまけ】
大神が職員室に向かっていると、山田真耶が笑顔で近づいてきた。
「先生」
「どうしました? 山田先生」
「デュノアさんのことなんですけど」
「シャルが何か」
「彼女、男装をすることで霊力を抑えていたんですよね」
「そうですね」
「ということはですよ、女装をすると霊力が上がるんですかね」
「そうでしょうね」
「だったら……」
真耶の目が怪しく光る。
「先生?」
「大神先生も、女装してみますか?」
「え、遠慮しときます」
「遠慮しないでいいですよお、私も協力しますからあ」
「ちょっと待ってください、結構ですから」
「大神せんせー」
今度こそつづく
277: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:41:40.67 ID:RpWT6RJmo
一つひとつの部分が透明でも、全体が透明にはならない。
ゲーテ
278: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:42:18.44 ID:RpWT6RJmo
長い銀髪が初夏の日差しに当たりキラリと光る。
「ここが、私の新しい“現場”ですか……」
硬質な声で少女はつぶやいた。
彼女の目の前には、広い敷地と真新しい建物が並ぶ世界唯一のIS専門教育機関、
IS学園がある。
「ああ、そうだ。ここでお前は学ぶ」
隣にいた男性が彼女の声に応えるように言う。
「そして戦うと」
「まあ、それもあるな」
「ここには教官もおられるのですね、米田陸将(ゲネラールヨネダ)」
「確かにいるぞ。ああだがちょっと待て」
「はい?」
「ここでは将軍じゃねえ、校長(ハウプトゥ)と呼べよ」
「……校長」
「そしてここは軍隊(アルメー)じゃなく、学校(シューレ)なんだ」
279: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:42:46.25 ID:RpWT6RJmo
I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦
第七話 氷の中の少女
280: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:44:30.31 ID:RpWT6RJmo
その日の朝、大神は校長室に呼び出された。
「おう、久しぶりだな大神」
「……校長」
数日の間、出張と称して行方不明になっていた米田であった。
「どこへ行ってきたんですか」
「ちょっとヨーロッパへな。新隊員の勧誘だよ」
「それが、“彼女”ですか」
米田の横には千冬がいるのだが、その横に千冬と同じように背筋をピンと伸ばした
少女が立っていた。
銀の髪に白い肌、なぜか眼帯をしている左目。そして何より背が小さい。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。NATO(北大西洋条約機構)のIS部隊にいたところを
引っ張ってきた」
「校長、この子はいくら何でも……」
「お前、そのネタは鈴の時にやっただろう!」
「いやしかし」
「彼女を推薦したのは私だ」
「え?」
不意に別の人物の声が割り込んできた。それは意外な人物。
織斑千冬である。
「織斑先生が?」
「実は二年前までNATOの共同IS学校の教官をしていたことがあってな。
そこでの教え子の一人が、このボーデビッヒなのだ」
281: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:45:00.90 ID:RpWT6RJmo
「そうだったんですか」
「……」
ラウラはじっと大神の顔を見ていた。
「ああ、はじめまして。自分が大神宗一郎です。どうぞよろしく」
「……教官、彼が隊長ですか?」
ラウラは大神の顔を見たまま、千冬に聞いた。
「ああ、そうだ。彼がお前の所属する帝國華劇団花組の隊長だ」
千冬がそう言うと、先ほどまで彼女の隣で不動の姿勢を取っていたラウラが大神の前に
歩いてきた。
「あの、なにか」
「大神隊長、あなたと手合わせしたい」
「はい?」
*
282: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:46:01.98 ID:RpWT6RJmo
先日に引き続き、この日もまた転校生が来たことにクラス中はざわめいていた。
無理もない。しかも今回は銀髪の少女ときたものだ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ……」
ラウラは最低限の挨拶だけを済ます。
「え、ええと、ボーデヴィッヒさんはドイツ国防軍所属で、NATOのIS部隊に所属しておりました。
基礎のほうはバッチリだと思いますので、みなさんどうか仲良くしてあげてくださいね」
ラウラ本人の代わりに、担任の山田真耶が補足説明をする。
ざわめく教室。
シャルが転校してきたときとは明らかに違う空気だ。
彼女の周囲からは、人を近づけないオーラのようなものが漂っていた。
そして、彼女が教室の前に立っている間、教室の後ろでその様子をうかがっていた
大神のほうをじっと見つめていた。敵意すら感じさせる視線で。
(どうも彼女の考えがわからんな)
大神は、彼女と色々話をする必要があると感じた。
*
283: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:47:17.70 ID:RpWT6RJmo
教室の喧騒というものは彼女にとってはじめてのものだ。
幼い頃から実験施設で育ったラウラにとっては、こんな風に普通の少女のように学校に
通う機会などなかった。
勉強だけならば、する必要はない。彼女は軍と研究所の特別プログラムによってあらゆる
技術や知識を習得しているからである。
すでに大学卒業レベルの知識は有しており、どんなテストでも満点を取る自信はあった。
それに、身体能力も強化されているので、小柄な身体つきではあるけれど運動神経も良い。
教室の席についた彼女は考える。
(一体なぜこのようなことをしなければならないのだろうか。降魔と戦うだけならば、別に学校に通う
必要はないではないか。こんなことをしている暇があったら、対降魔戦の訓練をもっと行うべきだ)
実直で効率を重視するドイツ人の血を受け継ぐ彼女にとっては、あまり非効率なことはしたくない、
というのが正直なところだ。
そんな彼女の前に人影が現れた。
「ん?」
顔を上げると、金髪の少女が立っている。
やや長い髪を後ろで束ねたその少女は遠慮がちにこちらに笑いかけた。
「あ、はじめまして。僕、シャルロット・デュノアといいます」
「知っている」
「え? 僕のことを知っているの?」
「デュノア・エレクトロニクス社のテストパイロットだろう」
「どうして?」
「ヨーロッパのことは多少知っている。お前は軍の所属ではないから知らないかもしれないが、
NATOにいた関係で、デュノア社のことについても色々と聞いたことがあるからな」
284: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:48:04.70 ID:RpWT6RJmo
「そうなんだ。実は僕もね、最近転校してきたばかりなんだ。あ、僕のことはシャルって
呼んでよ。皆そう呼んでるから」
ラウラはシャルと名乗る少女の表情をじっと観察する。
(親近感という奴だろうか。同じ欧州出身であり、最近転校してきたばかり同士。
だがそんなものはくだらない)
「そうか……」
ラウラはそう言うとシャルから目をそらした。
これ以上は興味がない、ということを露骨に態度で示したのだ。
「ねえ、ラウラって呼んでいい?」
「好きにしろ」ラウラはシャルのほうを見ずに応える。
「……」
シャルは、まだラウラの前から動こうとしない。
「もうすぐ授業がはじまるぞ」
ラウラはそう言い放った。
「そ、そうだね」
予鈴が鳴ると、さすがにシャルも自分の席へ戻って行く。
一時間目の授業は化学のようだ。急な転入で教科書などはほとんど用意できなかったのだが、
少なくともラウラには必要のないものであった。
*
285: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:49:10.00 ID:RpWT6RJmo
ラウラはあまり人と話をしない。
する必要がないからだ。研究所でも軍でもそれは同じだった。
研究員の言うことを聞き、上官からの命令を聞き、それを忠実に実行する。
そんな毎日である。
授業が終わり、休み時間になるとまた誰かが話しかけてきた。
「お、お前がラウラ・ボーデヴィッヒか」
「……誰だ」
顔を上げると、長い髪を後ろで束ねた少女がいた。胸がやたら大きいのが気になるところである。
(あんなに大きくて邪魔にならないだろうか……)
「私は二年一組の篠ノ之箒だ」
聞かれてもいないのに、その胸の大きい女は自己紹介をする。
「そうか」
「この時期に転校とは珍しいな」
「そうだな」
無視したい、とラウラは心の中で思ったけれど、教室内で無用のトラブルを起こしてもつまらないので、
適当に聞き流すことにする。
「先ほど、シャルと話をしていたようだが」
「シャル?」
「シャルロット・デュノアのことだ。我々はシャルと呼んでいる」
「それが何か」
「ちょっと何を話していたのか気になったものでな」
286: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:49:52.08 ID:RpWT6RJmo
「大した話ではない。気になるなら本人に聞けばいいだろう」
「それはそうだが、やはり気になるではないか」
「私は気にならない」
「……」
胸の大きい少女は腕を組み、何かを考えているようだ。
「もうすぐ授業がはじまるのだが」
「……ああ、そうだな。邪魔して済まなかった」
そう言うと箒は立ち去って行った。
(本当にめんどくさい)
そう思っていると、今度は金髪に青色のカチューシャを付けた女子生徒が話しかけてきた。
朝のショートホームルームに話しかけてきた生徒よりも全体的にふんわりとした髪質であり、
その眼は幾分たれ気味であった。
「あらあら、そっけないですわね。それとも、緊張なさっていますの?」
「……」
「私、セシリア・オルコットと申しますの。ご存じですよね」
「申し訳ないが、よく知らない」
「なんですって、この私を知らないと。IS競技会におけるイングランド代表候補生ですのに」
「生憎、競技会のような遊びには興味がないので」
生死を賭けない戦いなど、彼女にとってみればお遊びに等しい。
「なんですってえ? この私がお遊びをやっていると申しますの?」
「……」
「なんとかおっしゃったらどうですの」
287: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:50:24.67 ID:RpWT6RJmo
意外と沸点が低いな、この女。そう思っていたらセシリアとラウラの間に人が割り込んできた。
「まあ待ってよセシリア」
今朝話しかけてきたシャルという生徒だ。
「ちょっとシャルさん。お待ちになって。この方に作法というものを」
「落ち着いてセシリア、次の授業がはじまるから」
「午後からのISの授業で、私の実力を見せつけてやりますわよ」
「セシリア、課題のプリントやった?」
「え? 何ですのそれ」
遠ざかって行く二人の会話を聞きながら、ラウラは大きく溜め息をついた。
(一体何なんだこのクラスは……)
*
288: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:51:40.78 ID:RpWT6RJmo
次の休み時間、ラウラは職員室にいる千冬を訪ねた。
「納得がいきません教官」
「なにがだ」
「この学校についてです」
「どういうことだ?」
「私は降魔と戦うためにここに呼ばれたとききました。しかしここは戦うための軍ではなく、
ただの学校ではありませんか」
ラウラは千冬を尊敬しているため、今でもNATOのIS学校時代の名残で彼女のことを
“教官”と呼んでいる。
「その通りだ。この学校は一人前のIS乗りを養成するために作られたものだ」
「だったら私が通う必要はないのではありませんか」
「自惚れるなよ小娘」
千冬の目がキッと鋭くなる。
一瞬でも、彼女の勘が鈍くなったのではないかと考えたラウラは、自分の浅はかな考えを反省する。
「お前はまだIS乗りとしては十分ではない」
「自分が完璧だとは思いません。まだまだ教官には敵わないと思っております。
でも、わざわざこんな子どもっぽい場所で勉強をする必要はないと思います」
「……それで、どうするつもりだ」
「戦闘訓練をやらせてください。降魔と戦うための準備は必要不可欠のはずです」
「按ずるな、放課後になれば訓練はやる」
「だったら今すぐやりましょう。いちいち待っているわけにはいきません」
「ボーデヴィッヒ、お前今年でいくつだ」
289: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:52:40.40 ID:RpWT6RJmo
「え? 十七になりますけど」
「それが全てだ」
「はい? 意味がわかりません」
「それはお前が未熟だからな」
「私のどこが未熟なのですか。知識的には大学卒業程度のものはあります。
五ヶ国語の読み書き会話もできますし」
「そういうところが未熟というのだ」
「……?」
「私の言葉の意味がわからないようなら、まだ対降魔部隊に入れるわけには、いかない
かもしれない」
「教官」
「そろそろ時間だな」
「教官、待ってください」
「授業に遅れるぞ。さっさと行け」
「教官!」
千冬はもうラウラの呼びかけには応えなかった。
「……!」
彼女はグッと拳を握りしめる。
(なんでこんなところで、こんなことをやらなければいけないんだ)
*
290: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:53:41.68 ID:RpWT6RJmo
午前の授業を終えて、昼休みとなる。
「ねえ、ラウラ」
不意に話しかけてきたのは、シャルであった。
「なにか……」
「一緒にお昼食べない? まだこの学校のことでわからないこともあると思うし」
「……悪いが、昼食後に用があるのだ。一緒には行けない」
「そうなんだ」
シャルはいかにも残念そうな表情をして自分の席に戻って行く。彼女の席には、
先ほどラウラに話しかけてきたセシリアや箒が待っていた。
どうやら今朝話しかけてきた三人は全員顔見知りのようだ。
(それはそうと、さっさと食事をとらなければ)
ラウラは、素早く昼食を済ませるとそのままもう一度千冬に話をするつもりでいたのだ。
(食事は食堂でとれるようだな)
彼女の頭の中には、学校内の見取り図が完全に入っている。
ラウラは食堂に行き、食券を買うことにした。
(どうやって買えばいのだろうか……)
彼女にとって食券を買うというのは最初の壁であった。
古今東西、あらゆる知識を習得した彼女ではあるけれど、食券を買うというような基本的な
知識が欠落しているのだ。
食券を買うことは、戦闘に何ら関係がないからである。
「どうしたんだい?」
291: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:54:17.37 ID:RpWT6RJmo
ふと、何者かが話しかけてきた。
「ん?」
振り返ると、そこには朝校長室で会った若い男が立っている。
「ええと、確か……」
「大神だよ。今朝校長室で会ったよね」
「そうですか」
ラウラは大神から目を離し、再び食券の販売機に目を移す。
「食券を買うのは初めてかい?」
「……」
ラウラは答えない。
「そうだ。今日は記念に俺が驕ってあげるよ」
「べ、別にそんな」
人に借りを作るのは好きではない。
「何が食べたい?」
「な、何でもいい」
「そうか。じゃあ俺と同じA定食でいいか」
「……」
ラウラは軽く頷いた。
食券を出して、定食を受け取る。
食事を受け取るというところは、軍の食堂とあまり変わらない。
食事を受け取ったラウラは、大神と同じテーブルに座る。
「なぜ、あなたがここにいるのです」
292: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:54:59.49 ID:RpWT6RJmo
「いいじゃないか、たまには一緒に食べよう」
「私は用があるので、ゆっくり食べている暇はないが」
「それでもいいよ。じゃあ、いただこうか」
「……」
ちなみに、律儀なラウラは、この後大神にしっかり定食の金額を支払った。
ここで買ったA定食の内容は、ハンバーグ定食であった。メインが煮込みハンバーグ、
サラダ、スープ、そしてライス。
食器は、外国人ようにナイフとフォークが準備してある。
大神は日本人らしく、箸を使っているようだ。
「しかし、なぜ大神先生は私と一緒に食事をとろうとしたのですか」
ラウラはサラダを食べながら、そんな疑問を口にした。
「なぜって? お互いのことを知るなら、一緒に食事をするのが一番だと思ったからだよ」
「よくわかりませんが」
ラウラにとって、食事というのは栄養を補給する行為にほかならない。
なぜそれを一緒にやったらお互いのことを知ることになるのだろう。
「そうかな。ねえ、ラウラ」
「……なんでしょう」
「キミは、趣味とかあるのかな」
「趣味ですか!?」
ラウラは質問の内容に驚く。
これまで聞かれたことのないことだったからだ。そもそも、なぜ上官が部下に趣味などを聞くのだろうか。
293: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:56:14.57 ID:RpWT6RJmo
「なぜそんなことを聞くんですか」
「いや、キミのことを色々知っておきたいなと思ったからだよ」
「それで趣味ですか? もっとほかに聞くことがあるんじゃないですか」
「ほかに聞くことって?」
「例えば(ハムッ)、そうですね。得意な戦闘スタイルとか、あとは今私が扱える武器
の種類など……」
「それは後からでも聞けるじゃないか」
「何を言っているんです。重要なことでしょう」
「重要?」
「今この瞬間に敵が攻めてきて、戦うことになったときにですね、上官であるあなたが
私の能力を把握していなければ、戦えないじゃないですか」
「ああ、確かにそうだね」
「真面目に聞いているのですか」
「ああ、聞いてるよ。それで、趣味はないの?」
「そこに戻りますか」
「ああ、うん。気になっちゃって」
「……趣味は、ありません」
「どうして」
「必要ないからです」
「でもあったほうが楽しいじゃないか」
「楽しい?」
「ほら、キミのクラスの箒くんなんかは剣道をやっているし、シャルって子は知ってるかな。
彼女は料理が好きなんだって」
294: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:57:32.66 ID:RpWT6RJmo
「……」
「どうしたの?」
「本当にわかりません」
「なにが」
「あなたが私の上官であることが、です」
「まあ確かに、いきなり言われたら受け入れづらいかもしれないなあ」
「そうではありません」
「ん?」
「もっとこう、必要なことを必要なだけ聞けばいいでしょう。私の、趣味だとかそういう
ことは気にしなくていいんです」
「どうして?」
「あなたは私の上官でしょう。上官の命令は絶対です。故に、一々部下の心情を
慮(おもんばか)っていては作戦に支障をきたします。そうは思いませんか」
「確かに、効率的ではないな」
「だったら、私とそんなくだらない話をする必要もないはずです」
「でもラウラ、人間っていうのは非効率な生き物だろう?」
「先生……」
「なんだい?」
「あなたも士官学校を卒業したのなら、部下に対するそのような心情は捨てていただきたい」
「そうかな」
大神はまだ納得できない、という顔をしている。しかしラウラはそんなこを気にしては
いられない。早く千冬と話をしなければと思っているからだ。
295: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:58:12.16 ID:RpWT6RJmo
「ああ、ラウラ。口の周りにソースがついているよ」
不意に大神は、ラウラの頬に紙ナプキンで拭う。
「なにをする!」
「ああ、ゴメンよ。頬にハンバーグのソースがついていたもので」
「自分で拭けます」
「キミのキレイな顔にソースは似合わないもんね」
「キレイな顔……」
心臓が高鳴る。
(どういうことだ。戦闘でもないのに……)
今までに感じたことのない胸の高鳴りに彼女は戸惑う。
これは病気だろうか。
胸が苦しい。けれどもそれは、激しい運動をした後のものとは明らかに異なる。
「変なことを、言わないでください……」
「変なこと?」
「私の……、その、顔がキレイとか」
「キレイじゃないか。肌とかすごくきめが細かくて」
「……気持ち悪くないのですか」
「なにが?」
「日焼けとかしていなくて、やたら白いし。それに髪だってこんな色……」
「その髪の毛もすごくキレイだよ」
「……!」
「でも、でも……、眼帯とかしています」
296: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 20:59:40.64 ID:RpWT6RJmo
「ウチの学校は、制服を魔改造したりする生徒もいるし、その程度どうってことないよ」
「……」
「どうしたんだい?」
「失礼します」
食事を半分まで食べたラウラは、トレイを持って立ち上がる。
「どうしたんだい?」
「失礼します……」
ラウラは食事を切り上げてその場から立ち去った。
これ以上大神の顔を見ることができなかったからだ。
気持ち悪い、怖い、恐ろしい、不気味。
そんな言葉は、言われ慣れていた。
だから彼女は強くなった。誰よりも強くなろうと努力した。
織斑千冬という日本人の教官と出会ったことで、半人前とか出来そこないなどと
呼ばれていた彼女の境遇は一変する。
約一年にわたる彼女の指導の結果、NATOでもドイツ連邦軍内でも随一のIS乗りへと成長した。
生まれた時から戦い続けることを運命づけられた彼女にとって、強さ以外に価値あるものなど
なかった。もちろん趣味もない。
だから彼女は常に最強を目指した。強さこそが全て。
千冬の指導があったらとはいえ、彼女は強さを手に入れた。
しかしそこにあったのは……。
「なぜ、私はこんなにも苦しいんだろう……」
今まで感じたことのない状態に戸惑うラウラ。
千冬の元に行こうとしていたこともすっかり忘れ、フラフラと校内を歩きまわるのだった。
*
297: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 21:00:24.41 ID:RpWT6RJmo
大神とラウラが食事をしている時と同じころ――
「それで、どうなのよ。例の転校生ってのは」
昼休みの中庭で、鈴は魔法びんの中にある紅茶をコップに注ぎながら聞く。
「なんというか、木で鼻をくくったような感じだな」
自作のカツサンドを食べながら箒は答えた。
「木で鼻をくくる?」
箒の言葉を聞いて、シャルはすぐに意味を理解できなかったようだ。
「冷たい態度で、めんどくさそうに相手をするという意味ですわ」
そんなシャルにセシリアは意味を教える。
「なるほど」
箒、シャル、セシリア、そして鈴の四人は昼休みの中庭で芝生の上にわざわざ
レジャーシートを敷いて昼食を楽しんでいた。
青空の下での食事は気持ちいいよ、と言ったシャルの提案によるものである。
本当なら例の転校生も誘う予定だったのだが、振られてしまった。
箒は仕方なく、もう一人分のカツサンドを食べることにする。
「あんまり食べてると太るわよ箒」
紅茶を飲みながら鈴は言う。
「その分動けばいい」
「確かにそうだけど」
そんな鈴にセシリアは言う。
「あらあら、鈴さんはもう少し“豊か”になったほうがよろしいんじゃなくて?」
「セシリア、アンタのその台詞は宣戦布告と受け取るわ」
298: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 21:02:51.65 ID:RpWT6RJmo
「もう、やめてよセシリア。鈴もほら。仲良く食べよう」シャルが二人を宥めるように言う。
「そうだな。ギスギスするのはあの転校生だけで充分だ」と、箒も言った。
「やっぱ、アイツって“ここ”に来るのかな」
「そうだろうな、この時期の転校だ。ほかに考えられん」箒は頷く。
「なんか、ちょっと自信がないな……」
「ふむ」
箒の心配はもっともである。
軍にいた、というらしいから戦闘力はそれなりにあるのだろう。
だが、降魔との戦いでは、ただ強いだけではやれない。
「何かこう、理解し合えるものはないだろうか……」
箒が独り言のようにつぶやく。
「フフ……」
それを見てセシリアは微笑んだ。
「なにかおかしいか?」
「いいえ、なんだか箒さん変わったな、と思いまして」
「私が変わった?」
「だってそうでしょう? 少し前のあなたなら、他人と分かり合おうなんて言わないと
思いましたから」
「私が人と上手く付き合えないとでもいうのか」
「あら、違いました?」
「……いや、確かにそうかもしれない」
299: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 21:04:47.81 ID:RpWT6RJmo
「そうやって素直に認めるところも変わりましたわね……。
いえ、これは変わったと言うよりも、“成長した”と言ったほうがよろしいかしら」
「成長?」
「人は誰も成長するものですわ。それはとても良いことですわよ」
「んん……」
箒は少し恥ずかしくなって俯いてしまった。こうやってはっきり人から褒められることに
慣れていないからだ。
「何よ箒、照れてるの?」
どこから取り出したのか、饅頭を食べながら鈴はそう言ってからかった。
「別に照れてなどいない」
「そうですわよ鈴さん。あなたも成長したらどうです?」
「はあ? アタシは成長してるっての」
「胸のほうはまだまだですわね」
「ああー、うるさいわねえ。人間言っていいことと悪いことがあるわよ」
「あーら、そうでしたっけ」
「二人とも、それくらいにしようね。ほら、落ち着いて落ち着いて」
シャルが二人の間に割って入って宥める。
「しょうがないわね」
「ふふん」
セシリアは、シャルが止めにはいるのをわかっているからこうやって挑発めいたことを
言ったのだろう。また、この程度の発言で鈴が本気にならないこともよく知っている。
何気ない会話の中でも、しっかりとした信頼関係が見てとれる。
だからこそ、戦闘というあのギリギリの状況でもお互いを信じて連携することができるの
だと箒は思う。
*
300: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 21:07:13.75 ID:RpWT6RJmo
その日の放課後――
「今日転校してきたこのラウラ・ボーデヴィッヒだが、彼女が新しい花組の隊員だ」
訓練用アリーナで、千冬がほかの花組メンバーに紹介する。
しかし、箒たちに驚きの反応はない。
「なんだ、知っていたのか?」と千冬。
「ああいや、この時期の転校でしょう? どう考えてもアタシたち絡みだなって予想は
できたわよ」
鈴のその言葉に全員頷く。
「そうか、なら話は早いな」
「あの、織斑教官」
「なんだ」
「朝の話を覚えておられますか」
「朝?」
「手合わせのことです」
「なんだそのことか」
「大神隊長と模擬戦をやらせてください」
「ふむ……」
少し考える素振りを見せた千冬は、こちらに視線を向けた。
「大神隊長、どうだ」
「え? 俺ですか」
ふと前を見ると、ラウラが物凄い形相でこちらを睨んでいる。
301: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 21:08:24.69 ID:RpWT6RJmo
(何か俺がやったのか?)
ただならぬ殺気を感じた大神は少し怖くなったけれど、生徒相手に怯むわけにはいかない。
「ねえラウラ、どうしていきなり大神隊長とやりたいと思ったの?」
恐る恐るシャルが聞く。
「隊長が私の隊長にふさわしいか、確認するためだ。それ以上でもそれ以下でもない」
「ちょっとアイツ、何考えてるのよ」
鈴がラウラの態度に腹を立てているようだ。それを箒が宥める。
「織斑先生、いいんですか?」
いきなりのことで真耶も心配そうだ。
「本人がやりたいと言っているのだ。やらせたらいいだろう」
そう言って千冬は軽く笑った。
大神は時々この人のことがわからなくなる。
「それでは、IS展開の許可を」と、ラウラ。
「山田先生、お願いします」
「は、はい。わかりました」
こうして、合同訓練の前に大神とラウラの模擬戦が行われることになった。
アリーナにラウラの専用機が姿を現す。
初めて見た機体だが、黒と灰色を基調としたいかにも軍隊的なフォルムをしたISである。
真っ白でシンプルな形状の大神のISとは対照的な姿。
302: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/09(火) 21:10:56.48 ID:RpWT6RJmo
「シュヴァルツェア・レーゲン(黒い雨)と呼ばれるボーデヴィッヒさんの専用機です。
基本的には大型のレールカノンを使った支援型ですが、ワイヤーブレードを使った
近接戦闘もいけるようです」
タブレット型のコンピュータを見ながら真耶が教えてくれた。
「時間は約十分だ。大神くん、心行くまでやらせてやってくれ」
「え? はい。わかりました」
大神の肩をポンと叩くと、千冬は通信室へと向かった。
「私たちも、見学ボックスに行きますので大神先生。あまり無理をしないでくださいね」
と、真耶は笑顔でそう言った。
「ええ、大丈夫です」
大神が先生たちと話をしている間、ラウラはその様子をじっと見つめていたようだ。
(何を考えているのか、未だによくわからないな)
大神はそう思いつつ、自らのISへと向かった。
後半につづく!
306: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:32:15.01 ID:AHcBjQhzo
十分後――
「……」
結果から言うと、大神はやられた。
しかもかなり圧倒的に。
さすがにこの負けは、大神としてもショックだったようで、先ほどから一言も
口をきかない。
「信じられない。これがIS部隊の隊長だというのか……」
大神以上にショックを受けていたのは、ほかならぬラウラであった。
「これで気が済んだだろうボーデビッヒ。さっさと訓練をするぞ」
「待ってください教官! これが隊長の実力なんですか?」
「今日は多少調子が悪かったかもしれんが、だいたいこれくらいが実力だろう」
「本当にそうなのか!」
ラウラは振り返り、ほかの隊員に聞く。
基本的に、千冬以外のメンバーには興味のなかったラウラが聞いてしまうくらいだから、
相当のショックだったのだ。
「ああ、確かにISの適性では箒よりも低かったわね」
鈴は思い出したようにそう言った。
「私がC+で、隊長は確かC-」と箒。
「ISが操縦出来るギリギリの適性ですわね」セシリアも続いた。
「あと、操縦歴も短いんでしょう? 聞いた話では先月から始めたって」
「この一ヶ月での伸びは驚異的だけど、一対一の戦いともなるとね」
307: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:32:40.89 ID:AHcBjQhzo
なんだか皆も納得しているようであった。
「お前たち! 驚かないのか」
「はあ? 何がよ」
全員がキョトンとした目でラウラを見る。
「隊長が負けたのだぞ。お前たちの隊長が」
「だから何?」
(なぜだ。なぜこんなにも平然としていられるのだ)
「模擬戦とはいえ、新人の私に負けたのに何とも思わないのか?」
「そりゃあ、新入りにギャフンと言わせられなかったのは残念だとは思うけど……」
そう言うと鈴は隣の箒を見る。
「経験からすれば妥当なところだろう」
箒も澄まし顔で言った。
「お前たちは、それで隊長と認めるのか?」
「勝っても負けても隊長は隊長だし」
控え目な笑顔でシャルは言った。
「訳がわからない……」
「ん?」
「強くない隊長を隊長と認められるわけがないだろう!」
ラウラはそう言って、駈け出してしまう。
アリーナには、茫然とした隊員や教師たちが取り残されていた。
*
309: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:33:22.98 ID:AHcBjQhzo
「いいんですか? 織斑先生」
大神は駈け出したラウラの後ろ姿を見て彼女に聞く。
「……いや、いいんだ。むしろ思った以上かもしれん」
心なしか千冬の口元が緩んでいるようにも見える。
「あの真面目そうなドイツ人が訓練をサボって逃げ出すって、大事じゃないんですか?」
鈴も大神と同じようなことを考えているようだ。
「むしろこういった展開を待っていたと言っても過言ではない」
千冬は小声でブツブツとつぶやく。
「織斑先生?」
「大神先生、いや、大神隊長」
「はい……」
「アイツを、ラウラ・ボーデヴィッヒを少し探してきてはくれないか」
「ああ、はい。任せてください。でも俺なんかが行って大丈夫でしょうか」
「どういうことだ?」
「俺よりも、ラウラのことをよくわかっていらっしゃる織斑先生のほうが」
「残念だが私はキミが思っているほど、彼女のことを知っているわけではない。
まあ実力的にも図抜けていたことは確かだが、沢山いるうちの教え子の一人にすぎない」
「……」
「だがキミは違う」
「俺は……」
「キミにとってボーデヴィッヒは、部下であり仲間であるのだ」
「……わかりました」
そう言って大神はアリーナの出口へと向かおうとした。
310: しまった! 見つかったか!! ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:35:05.71 ID:AHcBjQhzo
「ああ、ちょっと待て」
「はい、なんでしょう」
大神が振り返る。
「私のほうから何も知らせずに行くというのもアレだから、彼女のことについて一つだけ
知っていることを話そう」
「はい? なんですかそれ」
「ちょっとこっちに来てくれ」
「はあ……」
大神は千冬に近づく。
彼女は大神の耳元に口を近づけると、
「―――――」
「ええ? 本当ですか?」
「ああ、これは間違いない」
「そうなんですかあ。意外だなあ」
「私も最初はそう思ったが、まあ、年頃を考えれば」
「それもそうですね」
「じゃあ、頑張ってくれ」
「わかりました」
「ああそれと」
「はい」
「IS用のアンダーギアであまり学園の敷地内をウロウロせんほうがいい」
「そ、そうですね」
大神は急いで寮に戻り、自分の部屋で“ある物”を回収してからラウラ探しに向かう。
それから寮を出た大神が、学園内の広い敷地を自転車でグルグル回っていると、
いくつかあるベンチの一つに特徴ある銀髪の少女が座っているのを発見した。
*
311: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:35:48.13 ID:AHcBjQhzo
ラウラは一人、ベンチに座っていた。
勢いよくアリーナを飛び出したものの、今の彼女に行く場所などなかったからだ。
「やあ、ここにいたんだ」
不意に、聞き覚えのある男性の声がした。
「隊長……。いや、大神先生。どうしてここに」
「どうしてって、キミを探しにきたからに決まっているだろう」
「でも私は……」
「大事な仲間だ」
「でも」
「隣、いいかな」
大神は自転車を降りると、カゴの中に入れておいた予備のジャージの上着を持ちだす。
「これ、着ていなさい。ずっとその格好だと風邪引くかもしれないし」
「私は別に」
「いいから」
「はい」
ラウラが職員用のジャージの上着を羽織ると、大神は彼女の隣に座った。
「色々と納得できないことも多いようだね」
「納得できないことばかりです」
「例えば?」
「例えば、隊員よりも弱い隊長なんて認められない」
「……」
312: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:37:09.67 ID:AHcBjQhzo
「私は強さこそが全てと教えられてきた。強いことが、認められるための大きな手段だった。
でも……」
「でも?」
「ここの人間は違う」
「どういうところが……?」
「どうして、ほかの隊員は強くない隊長のことを認めているんですか?
どうして、織斑教官ですら、あなたのことを隊長として認めているのですか」
「難しい質問だな」
「私にはそれがわからない。自分よりも弱い、それもかなり弱い部類に入る隊長を、
こうも信頼する理由が」
「俺もよくわからない。だけど一つだけ確かなことがある」
「確かなこと?」
「そう。俺は彼女たちのことを信頼しているんだ。誰よりも」
「……?」
「信頼っていうのは、結局相互作用だろう? 一方が信頼して、そしてもう一方が疑っている状態なんて、
本当の信頼関係とは言えない。俺は、まだまだ立派な隊長にはなれていないと思うよ。
でも、その分俺が彼女たちを、隊員たちを信頼してあげようと思う」
「……」
「人と人とのつながりは強いんだ。特に降魔との戦いではね」
「自分は……。自分にはよくわかりません」
「これから、わかっていけばいいさ」
「これから……」
「相手のことをよく知れば、それだけ信頼関係が強くなるだろう」
313: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:37:52.37 ID:AHcBjQhzo
「だから自分に趣味なんて聞いてきたのですか」
「まあ、あれは特に話題がなかったから言っただけなんだけど……」
「……」
「あ、そうだ」
そう言って大神はポケットから何かを取り出す。
「これは……」
ラウラの顔色が変わった。
「ストラップだよ。以前、親戚の子に貰ったんだけど」
大神の手には二本の携帯電話用ストラップがあった。
いずれも袋に入っている新品の状態だ。
ストラップには、ウサギの人形のようなものが付いていた。
「なんか、ウサギグッズが好きみたいなことを聞いていたから、こういうの喜ぶかなと思って」
「兎(カニーンヒェン)……」
何を隠そう、ラウラはウサギ好きである。
放っておいたら給料を全部ウサギ関連につぎ込んでしまうほどのウサギ好きなのだ。
「くれるのですか?」
ラウラの目が輝く。
「ああ、どうぞ。俺、あんまりストラップとか使わないし」
「じゃ、じゃあ。こっちを」
ラウラは、黒いウサギの付いたストラップを選ぶ。
314: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:38:41.84 ID:AHcBjQhzo
「先生は、こっちを使ってください」
そう言って、彼女は白いウサギのストラップを大神に返した。
「黒ウサギを取ったか。そういえば、俺たちのISみたいだな」
「く、黒は好きです。何色にも染まらぬ黒」
「そうか。なるほどね」
「先生……」
チラリと横目でラウラが大神を見る。
「なんだい?」
「先生は私のことを、怖くないんですか?」
「怖い? どうして」
「国では皆自分のことを恐れていました。不気味だとか、気持ち悪いとか、狂暴だとか」
「ラウラ、恐れっていうのは不明から来るんだ。誰だって、知らない土地に来たら不安に
なる。それと同じさ。キミのことをよくわかっていないから、恐れるんだ」
「私のことを」
「そう、だからキミのことを知っていれば恐れたりなんかしないよ」
「本当ですか?」
「本当だ」
「ウソですね」
「どうして」
「これを見て、そう言い切れますか」
そう言うと、ラウラはゆっくりと自分の左目についている眼帯を外した。
315: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:39:50.56 ID:AHcBjQhzo
彼女の左目が姿を現す。
「金色……」
そこには黄金色に輝く瞳があった。
「IS適性を上げるために施した手術で、こうなってしまいました」
彼女は左目と右目で色の違う、いわゆるオッドアイの持ち主だったのだ。
初めて彼女の左目を見た者は、大抵驚く。
「どうです」
しかし大神の反応は彼女にとって意外なものであった。
「……キレイだな」
「え?」
「とってもキレイだよ」
大神はそっと手を伸ばし、ラウラの左目を覗きこんだ。
「手術の副作用なのかな。こう言ったらなんだけど、作ろうと思って作れるもの
でもないし。やっぱり、その目も含めて、キミなんだと思うよ、ラウラ」
「……!」
ラウラの顔が急に真っ赤になる。
「どうしたラウラ」
「一体なんなですかアナタは!」
「何だと言われても」
ラウラにはもう一つ聞きたいことがあった。
(どうして、あなたが近くにいると、こんなにも胸が苦しくなるのか)
しかしその疑問を口にする前に、大神の携帯電話がけたたましく鳴り響いた。
「出動か!」
ラウラにとって、初めての出動機会はあまりにも早く到来した。
*
316: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:41:28.59 ID:AHcBjQhzo
IS学園地下司令室――
すでに全員集まっている室内に、大神とラウラも到着した。
「おう、ラウラ。早速で悪いが出動だ」
ラウラの顔を見た米田は開口一番でそう言う。
「構いません。それが自分の任務ですから」
ラウラは、先ほどまでと違い感情を抑えた硬質な声で答えた。
「司令、場所はどこですか」
と大神は聞く。
「そう焦るな。千冬」
「はい」
司令室の大きなモニターに地図が映し出される。
「場所は東京湾。それも葛西海浜公園の近くだ」
以前も海辺での出動があったけれど、今度はかなり都心に近い場所に出現している。
「言うまでもながい、この辺りはこれまで出現した地域とは比べ物にならないほど人が多い。
現在、自衛隊と警察で避難誘導をしているけれども、都心部やすぐ近くにある東京ディステニーランド
上空にこられたら厄介だ」
「確かに危ない……」
モニターを眺める大神に千冬が声をかける。
「大神隊長。今回もメンバーの選定はキミに一任したい」
「ラウラのことですね」
「そうだ」
ラウラの表情が少しだけ動く。
317: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:41:59.61 ID:AHcBjQhzo
「今回、ボーデヴィッヒはまだコンビネーション等の訓練を受けていない。
ほぼ、ぶっつけ本番の状態になるわけだが、隊長は連れて行くか」
「俺は……」
この時大神は、ラウラの顔を見ようとしたがやめた。
部下の顔色をうかがって命令を下すような上官を彼女は好まないと思ったからだ。
「ラウラは、連れて行きます」
「隊長……!」
「隊長、よろしいのですか?」
そう聞いてきたのはセシリアであった。
ほかの隊員の顔を見るが、全員一様に不安そうだ。
その気持ちはわからなくもない。だが、大神の決意は固かった。
「俺が連れて行くというのだから連れて行く。彼女の実力は、実際に戦ってみた俺が
よくわかっている。ラウラもいいな」
大神は、その時はじめて彼女の目を見た。
「……はいっ!」
ラウラは、力いっぱい答えた。
*
318: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:42:44.91 ID:AHcBjQhzo
東京湾上空――
夕闇に染まる空だが、陸からの光が強くあまり暗くは感じない。
「この付近か」
降魔反応が強くなった。
「迎撃態勢! 支援火力前へ!!」
降魔反応の強い領域に進入すると、いきなりレーダーで三機のISの機影をとらえた。
高度500メートルを飛んでいる大神たちの編隊に向けて、海面から数十メートルの
場所にいた三体のISが急上昇してこちらに向かってくる。
撃て、と大神が号令をかけるまでもなく、セシリア、シャル、そしてラウラの支援組が
射撃を開始。
シャルのマシンガン、セシリアのレーザー、そしてラウラのレールカノンが凄まじい
衝撃とともに発射され、上空で爆発させた。
機影はまだ健在であることを確認した大神は、近接武器を持って一気にたたみかける。
「行くぞ!」
大神を戦闘に、左翼箒、右翼鈴の突撃部隊が距離を詰めてて近接戦闘を挑む。
「せりゃああああ!!!」
大神は機影に向かい白刃を振った。高い金属音とともに、姿を現したのは空色の
フォルムに、頭部がなぜか金槌のような形をしたISであった。
手には長い槍のようなものを持っている。
ブンっと大きく槍を振りまわし、大神の基地を狙う青いIS型魔操兵器。
『どいて隊長!』
鈴の声が聞こえたと同時に、大神の機体の上を声その金槌頭のISに青龍刀型の
武器を振り下ろす鈴。
319: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:43:12.05 ID:AHcBjQhzo
だがそれも槍で防ぐ。
『意外と固いわね』
『鈴、次だ!』
続いて箒が超加速で接近し、長刀を振り抜く。
だが当たらない。
次の瞬間、別の二体が槍を逆手に持って箒の機体を攻撃した。
「箒くん!!」
間一髪で間に合う。
大神が敵と箒との間に立って、二つの槍を二刀流で同時に防いだ。
『隊長……』
「一旦距離を取るぞ。再び支援射撃で――」
大神が指示を出そうとしたその瞬間、灰色の影が彼の目の前を通り過ぎる。
「ラウラ!」
『隊長、何をやっている。そのような温い戦い方では敵が逃げてしまう』
「待て!」
大神の制止も聞かず、ラウラは敵の一体を近接戦闘用のワイヤーブレードで捕まえた。
『鮫(ハイ)か』
ラウラが型のレールカノンを構え、至近距離で発射する。
激しい爆風が大神たちを襲う。
『アイツ、勝手に何やってるのよ!』
320: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:43:46.46 ID:AHcBjQhzo
鈴の怒声が聞こえてきた。
「こちら隊長機、前衛は無事か」
『紅椿異常なし』
『甲龍も以上ないわ!』
「ラウラ、何をやっている。下がれ」
『隊長、こいつは危険だ』
大神の胸に不安が襲う。
『こいつ、まだ生きている』
「ラウラ! すぐにワイヤーを離せ!」
『な――』
ラウラは確かに、大神に言われた通りワイヤーブレードを離した。
だがその瞬間、まるで糸の切れた凧のようにフラフラと落下して行った。
「ラウラアアアアアアアア!!」
大神の叫びも届かず、ラウラの機体は水面に打ちつけられる。
『大神隊長! 何があった。どういうことだ!』
千冬の声が無線を通じて聞こえてきた。
「こちら大神、ラウラが墜落した。すぐに救助する!!」
『こちらサポート、隊長! 今は戦闘中だ』
「しかし!」
次の瞬間、大神に対して巨大な槍が襲いかかる。金槌頭のISが攻撃を仕掛けてきたのだ。
「せいや!!」
321: 了解四段活用 ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:44:36.78 ID:AHcBjQhzo
だが、大神の目の前にいる敵はすぐに吹き飛ばされた。
「箒くん!」
『大神隊長、早くラウラを』
「キミたちは」
『こいつらくらい、アタシたちだけでやれるわよ』
今度は鈴が答える。
体勢を立て直して向かってくる敵に青のレーザービームが直撃する。
『こちらブルーディアーズ、私たちを忘れてもらっては困りますわ』
「セシリア」
『こちらクロード、僕も支援するから、大神隊長は早く』
「シャル、ありがとう」
大神はレーダーでラウラの位置を補足する。
(まだ沈んではいない)
「皆、俺はラウラの救出に向かう。途中の指揮は……、セシリア!」
『はい』
「キミが執ってくれ」
『ブルーティアーズ、了解ですわ』
「各人の健闘と無事を祈る」
『了解』
『了解よ』
『了解です』
『了解ですわ』
322: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:45:23.08 ID:AHcBjQhzo
大神は彼女たちの声を聞きながら、水面に向かって加速した。
もちろんそのまま水面にダイブしたら、いくらISでもただでは済まないので、
一旦急停止してから再びレーダーでラウラの位置を確認してから海に入った。
元々宇宙空間での活動を考慮していたため、海の中でもある程度の機動はできる。
ラウラの姿はすぐに見つかった。
しかし意識がない。
「ラウラ、聞えるか! ラウラ」
『……』
無線にも返信はない。完全に意識を失っている状態だ。
大神はラウラの機体に近づき、直接彼女の顔を見た。
目を閉じた状態で、時々苦しそうにもがいている。
(とにかく水の外へ出よう)
そう思ったが、今水面に出ると敵に攻撃される可能性がある。
「サポート、聞えますか。大神です」
『こちらサポート、よく聞こえる』
「ラウラの様子がおかしい。意識がもどらない」
『こちらでも調べているが、確かに生命反応があるが反応がない』
「一体どういう――」
その時、大神は何かに気がついた。
「織斑先生、何か妙な反応が」
『妙な反応?』
「ちょっと待ってください。この反応は……、逆流(Regurgitation)?」
323: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:45:57.87 ID:AHcBjQhzo
『逆流、だと?』
「どういうことです?」
『大神隊長、ボーデヴィッヒは……』
「はい」
『“精神攻撃”を受けている可能性がある』
「なんだって?」
*
324: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:47:27.26 ID:AHcBjQhzo
千冬の話しによると、ラウラはISと搭乗員との接続装置でもある外部補助装置
(サードコア)を使わず、ISに搭乗できるという。
しかし、魔操兵器と直接接触したことによって、降魔の呪いがISから直接彼女の
脳内に流れ込んだ可能性があるようだ。
大神を含めた普通の搭乗員はサードコアを通じてISとつながっている。
なぜならそれは、ISの持つ情報量が極めて過大であり、その情報量が逆流して
搭乗員に流れ込んでしまった場合、脳に重要な損傷を与える危険性があるからだ。
そんな情報の逆流を防ぐ“弁”の役割を果たすのが、サードコアである。
ラウラは、IS適性を手術によって上昇させたため、サードコアを通さずISに搭乗する
ことができるようになり、戦闘能力も飛躍的に上昇した。
だがその代償も大きかったようだ。
「ラウラ! 今助ける」
大神はラウラのISを抱えて、近くの葛西海浜公園に上陸した。公園内はすでに
避難が完了しており、自衛隊や警察以外の人は見られない。
「ラウラ!」
大神はコックピットを開いて、ラウラに直接触れる。
先ほどまで反応を見せていたラウラも、今はほとんど動かない。
まるで死んでいるかのように冷たくなっている。
「ラウラ、しっかりしろ」
彼女の頬を軽く叩いても返事はない。
『大神隊長、聞えるか』
耳元の無線に千冬から通信が入る。
「はい、聞えます」
『ボーデヴィッヒをISから切り離さないでくれ』
325: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:48:08.64 ID:AHcBjQhzo
「どういうことです?」
『彼女の意識がISに流れ込んでいる可能性がある』
「意識の、逆流か」
《 DANGER 》
ラウラの機体から警報が鳴り響く。
『今すぐ救援を――』
「千冬さん」
思わず、大神は下の名前で呼んでしまう。
『どうした』
しかし、千冬は特に感情を表には出さなかった。
「自分がサードコアを使って、彼女のISにつなげば、ラウラの意識を回収(サルベージ)できますか」
『不可能ではないが、危険だ』
「多分もう、時間がありません。意識レベルがどんどん下がっている」
『大神隊長!』
「お願いします」
『もう、繋いでいるだろう……』
「ええ、すいません」
『謝らないでくれ。もし、私もキミと同じ立場なら――』
大神はサードコアをISに繋ぎ終え、スイッチを入れた。
『同じことをしただろう』
千冬のその声を聞きながら、大神はラウラの意識の中に潜る。
*
326: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:48:37.51 ID:AHcBjQhzo
寒い……。
一面に広がる荒野。
そして枯れた木々。
(これが、ラウラの意識の中なのだろうか。それとも彼女のISの情報?)
とにかくラウラを探さないことには始まらない。
「どこにいる、ラウラ」
大神は周囲を見回す。
しかし寂しい風景が続くだけだ。
(なんて寒いところなんだろうか。意識の中というのに寒さだけはやけにリアルに感じる。
ここに留まっていたら凍え死んでしまいそうだ)
大神はそう思い歩き出した。
考えていても仕方がない。とにかく、ラウラがいそうな場所を探すしかない。
いやしかし、どこにいる。
大神は歩く。歩く。どこまでも歩く。
「ラウラ―!」
そして叫ぶ。
この思いは、必ず通じるはずだ。
そう信じて。
不安に押しつぶされそうになるけれど。
ふと、前を見る。
人影が見えた。
327: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:49:38.09 ID:AHcBjQhzo
「ラウラ……?」
いや、ラウラではない。少なくとも大神の知っているラウラではない。
小さいのだ。
いや、ラウラの身長はそれほど高くはないが、それ以上に小さい。
そう、年の頃は五歳か六歳くらい。
銀色の髪の毛と左目の眼帯、そして白い肌はラウラと同じだ。
(これはもしかして、小さい頃のラウラか?)
ワンピース姿の少女は、手にウサギのヌイグルミを抱えている。
「ラウラ」
大神はもう一度呼びかける。
しかし返事はない。
ラウラに似た少女は踵(きびす)を返し、どこかへと歩いて行った。
「待ってくれ」
大神は少女の姿を追う。
消えては現れ、そして現れては消える。
少女の姿は、幻のようだがしかし、今の彼には彼女の姿を追うしかない。
しばらく歩くと、彼の目の前にはいきなり洞窟のようなものが現れた。
「ここが……」
ふと、先ほどのウサギのぬいぐるみを抱えた少女がこちらを見てから、洞窟の中に
消えて行った。
「この中に……」
大神は走りだす。
328: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:50:16.37 ID:AHcBjQhzo
暗い洞窟だが、全く何も見えないわけではない。
足場の悪い道を歩きながら大神は進む。
ここにラウラがいると信じて、歩き続ける。
「……!」
しかし大神は言葉を失ってしまう。
そこに、確かにラウラはいた。
だが、
「氷の中……」
洞窟の奥にある巨大な氷。その氷の中にラウラの姿が見える。
「ラウラ!」
大神は声を出すが、届くはずもない。
(このまま放っておいたら、彼女の心は……)
凍りついてしまうかもしれない――
「ラウラ! 俺はここにいるぞ!」
大神は氷に近づく。
まるでアクリル板のようにキレイな氷だ。
これを見るだけでも、この世界が概念の世界であることがわかる。
だが寒い。
「ラウラ! 目を覚ませ! 頼む……!」
大神は拳を振り上げ、氷を叩く。
329: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:50:49.53 ID:AHcBjQhzo
驚くほど反応がない。
自分の無力さを胸の奥から付きつけられているような感覚が拳を通じて伝わってくる。
それでも大神は叩くのを止めない。
「ラウラ! 戻ってこい!!」
そう言って大神は激しく氷を叩いた。
「くっ……!」
激しい痛みを感じ、彼は自分の手を見た。
手が凍りついている。
そしてにじみ出る赤い血液。
「くそがあ……!」
冷たさと痛みと孤独と、そして無力感。
それらを全て噛みしめて大神は再び拳を握り氷を叩く。
「ラウ……ラ……!」
ガクリと膝をつく大神。
立っていられなくなるほどの寒さ。
身体の芯を蝕むような冷気が大神の気力と体力を吸い取る。
息をするのも億劫になるほどのダルさ。
意識レベルが下がるのもわかる。
だが――
大神は必死に仲間の顔を思い出す。
330: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:51:42.46 ID:AHcBjQhzo
大神を信じて戦っている、箒、セシリア、鈴、シャル。彼女たちを支える千冬、真耶、
そして米田。IS学園の仲間たち。
「こんなところで諦められないんだよ……」
大神は立ち上がる。
すると不意に人の気配を感じた。
先ほど、何度も見た少女がそこに立っていた。
彼女は何者なのだ。
「お兄ちゃん――」
その少女が初めて口を開いた。
「……」
大神は答えない。いや、答えられないと言ったほうが正しい。
「もう帰ろう?」
寂しげな表情で彼女は言う。
このままここで、ラウラを呼び続けても助けられるという保証はない。
下手をすると自分まで死んでしまいそうだ。
だったら、一旦戻ってほかの仲間たちを助けに行ったほうがいいのではないか。
「このままだと、死んじゃうよ」
少女はそう言って、小さな手を大神の方に戻した。
この手を取れば、元の世界に戻れる。
大神はふとそう感じた。
彼はゆっくりと、彼女に手を伸ばす。
331: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:52:38.72 ID:AHcBjQhzo
しかし、
途中でグッと拳を握ると、少女の目の前で思いっきり振りかぶってラウラの入っている
氷に拳を突き立てた。
さっきまであんなに固かった氷が、いとも簡単に壊れる。
それと同時に少女の姿は消え、氷の中から、成長したラウラが彼の胸に飛び込んできた。
「隊……、長……」
「ラウラ」
大神はラウラの身体を受け止め、そして胸の中にいる彼女に静かに語りかける。
「おかえり――」
*
332: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:53:27.76 ID:AHcBjQhzo
「距離2500――」
セシリアのスコープが敵の姿を捉える。
「行きますわ!」
彼女の狙撃がIS型魔操兵器の正面装甲を吹き飛ばした。
「今です! 二人とも」
『おうよ!』
鈴が怯んだ敵一撃を打ちこむ。
激しい光とともに、ワンテンポ遅れて爆音が届く。
『破邪剣聖――』
そして鈴の後に待機していた箒が長刀を構える。
『桜花放神!!!!』
再び激しい光を発し、IS型魔操兵器を一気に吹き飛ばしたのだった。
『いやったあああああ!!』無線越しに鈴の叫び声が聞こえた。
「箒さん、聞えます?」
セシリアが無線で呼びかける。
『ハア、ハア、ハア……。聞えている』
「三体目の魔操兵器も仕留めました。やりましたわ」
『ああ、良かった』
『箒、すぐに回復させるよ』シャルがすぐさま声をかけた。
『……頼む』
333: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:54:34.90 ID:AHcBjQhzo
『情けないわね箒、私は楽勝よ』
「鈴さん、無理はいけませんわ」
前衛である鈴と箒のダメージが大きいことはセシリアもよく理解していた。
(でもこれで終わりなのかしら……)
彼女の胸の中にたまった不安はまだ消えていない。
「皆さん、まだ油断しないでください」
無線で全員に呼びかけるセシリア。
『何言ってんのセシリア、もう降魔反応は……』
鈴の声が途切れた。
『セシリア! レーダーに新しい機影だ!』
シャルが叫ぶ。
「まだいましたわ!」
セシリアは状況の把握しようとする。
敵の数は――
五体!
「皆さん! 海中ですわ!!」
水しぶきをあげて出てきたのは、先ほどと同じ型の魔操兵器。
いきなりビーム兵器で牽制してからこちらに突っ込んでくる。
「箒さん! 鈴さん!」
『任せろ!』
334: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:55:20.84 ID:AHcBjQhzo
『ここで止めるわ!!』
箒と鈴が武器を構え、五体を迎え撃つ。
しかし、先ほどまでの戦闘で疲弊しているのは目に見えていた。
『ぐわああ!!』
激しい衝突の後、防衛線を超えた三体がセシリアたちに向かってくる。
「迎撃!!」
セシリアはそう叫んで射撃を実施する。
『近づくなあああ!!』
シャルも、機関銃で弾幕を張って敵の接近を防ごうとする。
(闇雲に撃ってもダメですわ……)
そう思い、セシリアは冷静に狙いを定める。
しかし、
戦闘の疲労が一瞬の判断を鈍らせた。
「な!」
槍を構えたISがすぐ目の前に迫っていたのだ!
無反動旋回(ゼロリアクトターン)をしようとしたが、間に合わない。
セシリアは大きなダメージを覚悟した!
けれど、いつまで待っても身体に衝撃はない。
335: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:55:55.44 ID:AHcBjQhzo
(どういうことですの?)
一瞬、何が起こったのかわからなかったが、彼女の目の前には視界を遮る白い光が
見えた。
「隊長……」
セシリアの前に大神専用のISがおり、敵の攻撃を防いだのだ。
「せりゃあああ!!!」
大神の攻撃に怯んだIS型魔操兵器は逆噴射で、彼の前から離れた。
「大神三尉! 遅いですわよ、もう」
『すまないセシリア、皆も。そして、今までよく持ちこたえてくれた。ありがとう』
無線越しに聞える大神の言葉につい笑顔が漏れてしまうセシリア。
『全員まだ生きているな、ここから反撃開始だ!』
大神は力強く叫んだ。
*
336: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:56:50.76 ID:AHcBjQhzo
戦場に戻った大神の気合いはいつも以上にみなぎっていた。
『隊長、ラウラはどうしましたの?』
と、セシリアは聞いてくる。
「ああ、戻ってきたよ。行け! ラウラ!」
『ツヴァイク了解』
一瞬の光――
連続射撃が敵五体全てに命中した。
セシリアに勝るとも劣らない狙撃だ。
「シャル! キミは鈴と箒くんの回復だ」
『クロード了解』
シャルは、敵が怯んだ隙に前衛二人の回復に向かう。
「セシリアは俺の援護を頼む」
『ブルーティアーズ、了解ですわよ』
「ラウラは俺の直衛だ」
『了解です』
大神はISを一機に加速させた。
「守るだけが俺じゃないってことを見せてやる」
シャルに回復をさせてもらっている鈴や箒の上を通り越して大神は敵に接近した。
「目標固定、セシリア!」
『ブルーティアーズ了解、支援射撃!』
大神の後方から青いレーザーの線が敵の一体に吸い込まれるように当たる。
337: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:57:23.81 ID:AHcBjQhzo
一瞬、制御を失った相手の機体に大神の二刀流が襲いかかった。
左肩が切れる魔操兵器。
だが大神はすぐに追撃はせず、そのまま敵の集団の中を突っ切った。
当然、敵は攻撃を仕掛けてくるのだが、
『隊長には指一本触れさせやしない』
彼の斜め後ろにいたラウラのワイヤーブレードがISの動きを止める。
『土産だ』
そして、肩のレールカノンを至近距離で発射した。
激しい爆発から、旋回した後に大神は次の指示を出す。
「シャル、支援射撃」
『クロード了解』
今度はシャルの連続射撃で敵の動きをけん制する。
「箒くん! 鈴!」
回復を終えた二人を従え、敵IS一体に狙いを定める。
大神の二刀、鈴の青龍刀、そして箒の長刀がトドメを刺す。
大きな爆発が起こった。
『一機撃破ですわ』
「休まず行くぞ! ラウラ! セシリア! 十字砲火(クロスファイア)!」
『了解ですわ』
『ツヴァイク、了解』
338: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:58:03.14 ID:AHcBjQhzo
ラウラのレールカノンとセシリアのレーザーライフルによる、二方向からの射撃。
威力、正確さからいって逃げられるものではない。
金槌頭の両肩の装甲が吹き飛んだ。
「行くぞオオオオオ」
そして、無防備になったところで大神が突っ込む。
「でりゃあ!!」
今度こそ大神の二刀流が敵ISのコアを破壊した。
「あと三体!」
シャルの射撃が別のISを攻撃する。
それを避ける魔操兵器。
しかし、そこには鈴がいた。
『逃げられると思ってるの?』
ガキンッ、と正面の装甲が割れる。
だがまだ敵は健在だ。
すると後方からするりと箒が現れ逆袈裟切りを決めた。
「あと二体!」
状況が不利と見るや、小型のレーザー兵器で敵を寄せ付けないようにするIS型魔操兵器。
だがそんな子供だましが通用するはずもなかった。
『小賢しい!』
ラウラのレールカノンとワイヤーブレードが、そんな小さな攻撃を全て不能にさせたのだ。
339: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:58:46.57 ID:AHcBjQhzo
『無駄ですわ!』
そしてセシリアの狙撃で、敵の頭部を吹き飛ばす。
「よおし、一気に決めるぞ!!」
大神は更に大きな気合いを込める。
『紅椿了解』
『甲龍了解』
『クロード了解』
『ブルーティアーズ了解ですわ』
彼の白い機体の後ろに隊員の機体が集まる。
『ツヴァイク、了解だ!!』
そしてラウラの機体もその編隊に加わった。
「狼虎滅却――」
「刀光剣影いいいいいいいいいいいいい!!!!!!」
六人の力で、東京湾上に新たに出現したIS型魔操兵器も、木端微塵になったことは
言うまでもない。
*
340: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 20:59:19.01 ID:AHcBjQhzo
護衛艦日向艦上――
「みんな、すまなかった。すべては私の責任だ」
戦闘を終えたラウラは、そう言って隊員全員い頭を下げる。
「あの、ラウラ――」
大神が声をかけようとした瞬間、
「アンタねえ、勝手なこと言ってんじゃないわよ」
と、鈴が言いだす。
喧嘩をふっかるんじゃないかと思い大神が止めようとしたその時、
「新人が迷惑かけるのは当り前なのよ。悪いと思うなら、次で名誉挽回しなさい」
そう言って笑顔を見せた。
「鈴……」
「そうだぞ、ラウラ。我々は支え合って戦うんだ。一人だけじゃない」と箒も続く。
「素直になることは、良いことですけどね」セシリアも笑顔で言った。
「ねえ、ラウラ。明日は一緒にお昼食べようね」とシャル。
「……みんな」
最後に大神が声をかける。
「ラウラ」
「はい」
「ようこそ、IS学園へ――」
341: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 21:00:29.65 ID:AHcBjQhzo
大神はここできれいにまとまった、と思ったが話はこれでは終わらなかった。
「ところで大神隊長」
不意に声をかけてきたのは、千冬であった。
「どうしました? 織斑先生」
「実は帝國華劇団では、戦闘が終わった後『勝利のポーズ』というものをやるらしいのだ」
「勝利のポーズ、ですか?」
「そうだ」
「それは一体……」
「ふむ、私もよくはわからんのだが、司令のお話では、戦いに勝った喜びをポーズで表現
したらいいのではないだろうか」
「わかりました。では織斑先生も一緒に」
「いや、私は別に」
「ラウラ、みんなを呼んでくれ」
「了解、隊員を召集します」
いつの間にか傍に来ていたラウラに大神は指示を出す。
「さあ、やりましょう」
「……しかたない」
千冬が観念したところで、鈴や箒たちが集まってきた。
「え? どうしたの? まだ帰らないの?」
「大神隊長、どうされましたか」
342: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 21:02:32.37 ID:AHcBjQhzo
大神は全員に、事情を説明した。
今回は、ラウラが加入したことの記念という意味もある。
「よーし行くぞー!」
大神の声が夜空に響き渡る。
「勝利のポーズ」
「キメッ!!!!!!!」
全員がポーズを決めた、そんな隊員の様子を、艦上にいた海上自衛官たちは
茫然と見ていたのだった。
*
343: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 21:03:13.02 ID:AHcBjQhzo
この日、大神の長い長い一日が終わろうとしていた。
そんな大神に対するささやかなプレゼント(?)が、大浴場での入浴である。
この学校は職員、生徒ともにほとんどが女子なので、大浴場も普段は女子専用である。
ゆえに、その大浴場が使えるひは大神の楽しみでもあった。
「よし、ゆっくりと湯船につかって疲れを癒そう」
そう思い、風呂場のサッシを開くと――
「……」
銀髪の少女が正座をし、頭を下げて三つ指をついていた。
もちろんここは風呂場なので、服は着ておらずバスタオルを巻いただけである。
「あの、ラウラ」
「お待ちしておりました、大神隊長。いえ、ご主人さま」
そう言うとラウラはやや照れくさそうに顔を上げた。
「何をやっているんだい、ラウラ」
「日本では、好きな相手とこうやって一緒に風呂に入るのが伝統と聞いた」
「ちょっと待て。そんな伝統は聞いたことがないぞ」
「とにかく、一緒に入りましょう」
「いや、本当にちょっと待ってくれ。マズイじゃないか」
「一体何がマズイというのですか。私の心と体はすでに隊長のものです」
そんなやりとりをしていると、
344: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/10(水) 21:03:59.35 ID:AHcBjQhzo
「おいラウラ! 浴場の使用時間は守れと言ったはずだ――」
箒が現れた。
「な……」
「箒くん、違うんだこれは」
「なにをしてるだああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
「違うんだああああああああああ!!!!」
大浴場から発せられた箒の叫び声は、生徒寮にまで達したという。
つづく
361: ここからが本編 ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 14:58:11.31 ID:cZMudr5so
人は賢明な人間にも愚行があることを信じない。何という人間蹂躙!
ニーチェ
362: ここからが本編 ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 14:59:08.74 ID:cZMudr5so
この日の大神はいつになく緊張していた。
初めての戦闘よりも緊張していた、と言ったら言い過ぎになるかもしれないが、
それほど期待に胸を膨らませる事態がやってきたのである。
(ち、千冬先生とお出掛け……)
彼の職場の先輩であり、また秘密部隊の副司令でもある織斑千冬と買い物に
出かける約束をしたのだ。
千冬は言うまでもなく大神にとってあこがれの女性である。
その人との外出に心が躍らないわけがない。
初夏の日差しの中、カジュアルなファッションにも気合いを込めた大神は、
頬を平手で打ち、少し早目に自分の部屋を出た。
しかし、職員寮のロビーに行くと、既に千冬が先にそこで待っていた。
「あ、おはようございます!」
いつも以上に気合いを入れて挨拶をする大神。
「お、おはよう」
それに対して千冬は、いつもより控え目に挨拶を返す。
「……」
彼女の服装は桃色のカーディガンに、薄手の布に花柄のロングスカート。
普段、スーツ姿かジャージ姿、はたまた戦闘服姿と、仕事用の格好しか見たことが
なかった大神にとって、千冬のカジュアルな服装はとてつもなく強烈な破壊力を有していた。
「やっぱり、変かな」
「ぜ、全然変じゃないです!」
「どうした、そんな大声出して」
「あ、スイマセン」
「まあ、少し早いけど行こうか」
「そうですね」
(今日はいい日になりそうだ)
千冬と並んで歩く大神は、ここ最近感じたことのなかった大きな幸福感に包まれていた。
363: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 14:59:54.90 ID:cZMudr5so
I S〈インフィニット・ストラトス〉大 戦
第八話 これはデートですか?
364: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:01:07.04 ID:cZMudr5so
日曜日の朝、二人して出かける大神と千冬を監視する者がいた。
「こちらアルファー、現在マルタイが校門を通過。駅に向かう模様。追跡を開始する」
篠ノ之箒は、小型の携帯式無線のマイクに向かってそうつぶやく。
「ねえ、本当について行くの?」
箒の隣で、私服姿のシャルが不安そうに問いかけた。
「無論だ。何が起こるかわからんからな」
箒は前方にいる大神たちから目を離さずに言う。
「あの二人なら、何があっても大丈夫と思うんだけどな」
核爆発でも起こらない限りは生き残っていそうな二人ではある。
「もしものことがあったらどうするんだ」
「もしものことって、なんなのよ……」
「ボーッするな、行くぞシャル」
「はあ」
そうこうしているうちに、大神と千冬は最寄りの駅に到着した。
何の話をしているのかわからないけれど、楽しそうな雰囲気の二人に少々面白くないと
感じる箒であった。
「感情が顔に出ているわよ箒」
不意に、背後から話しかけてきたのは鈴である。
「鈴、作戦中は直接話しかけるなと言っているだろう」
「仕方ないじゃないの、同じ電車に乗るんだし」
「それよりも箒、尾行のやり方がなってないぞ」
箒にダメ出しをしたのは鈴と一緒にいたラウラである。
365: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:01:58.98 ID:cZMudr5so
「お前にだけは言われたくないぞ、ラウラ。なんだその格好は」
ラウラのこの日の服装は、ゴシック・アンド・ロリータ、通称“ゴスロリ”というもの
であった。
黒を基調とした服で、左手にはウサギのヌイグルミまである。
「これか? 坂本先生に頼んだらこの服を貸してくれたんだ。私は私服というものを
持っていなかったからな。どうだろう、似合わないだろうか」
「いや、むしろ逆。似合いすぎて怖いのよ」
と、鈴が気持ちを代弁してくれた。
「似合いすぎて怖い?」
ラウラの銀髪に、細い体型、低い身長、そして眼帯。まるで人形がそのまま動きだした
かのような彼女の姿はまさしく奇跡である。
ゴスロリを着るために生まれてきたと言っても過言ではない。
(しかし坂本先生はなぜ、こんな服を持っていたのだろうか)
「そんなことより皆、早く切符買わないと、電車きちゃうよ」
シャルがそう言って全員に呼びかける。
「ああ、そうだった」
とりあえず、そこにいた四人は券売機に向かって走り出した。
ことの発端は数日前――
織斑千冬が、大神に対して一緒に買い物に行ってくれないか、と誘ったのがきっかけである。
職員室で内密に交わされたその約束だが、地獄耳の坂本教諭に聞かれてしまう。
366: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:02:56.00 ID:cZMudr5so
職員間の噂が、生徒たちの元に達するのにそれほど時間は要しなかった。
「これは忌々しき事態だ」
この出来事に危機感を覚えた篠ノ之箒ほか数名は、大神の行動パターン等を
調べ上げた上で彼らの尾行と監視をすることを決定した。
そして大神たちを追跡する尾行組は、第一班の箒とシャル、そして第二班の鈴とラウラに
分け、現在尾行中である。
ちなみに二人の尾行に難色を示したセシリアと、街に出たら色々とヘマをやらかしそうな
山田真耶は学園内で居残りとなった。
「ひえーん、私も大神さんと一緒に買い物行きたかったあ……。ゲフッ」
「山田先生、飲み過ぎですわよ」
「うるさいですねえ、これが飲まずにやってられますかっての。うう……」
「この人、なんでコーラを飲んでこんな状態になれるのでしょう」
真耶の世話を押し付けられたセシリアは、一つ溜め息をついた。
(大神先生と織斑先生、今頃は電車の中でしょうね)
セシリアは窓の外の青空を眺めてふとそんなことを思った。
「せっちゃんおかわり!」
「“セッちゃん”はやめていただけませんか、先生」
*
367: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:03:24.19 ID:cZMudr5so
さて、箒たち四人は、大神と千冬が乗ったのと同じ電車に乗り、彼らを尾行した。
駅に着いて、改札を抜けるとそこは眩しい街であった。
電車を降りると、箒とシャルはラウラ・鈴ペアと別れ、別々に大神たちを追うことになる。
大神と千冬は、どこかのブディックのような店に入って行った。
「服を見るのかな……」二人の様子を見てシャルがつぶやく。
「だがちょっと待ってくれシャル」
「どうしたの?」
「この服屋は男物が中心ではないだろうか」
「ああ、そういえばそうだね」
「どうしてだろうか」
「男の人にプレゼントをするためとか」
「男の人?」
「大神先生に」
「どうして!」
「いつもお世話になっているから、とか」
「まさか! だいたい男が女にプレゼントされるなんて……」
「織斑先生だったらありうるよ」
「そんなバカな……!」
数十分後――
「あ、出てきたよ箒」
368: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:04:00.05 ID:cZMudr5so
「何か持っているか?」
「いや、何も買わなかったようだね」
「そうか……」
安心したような、少し寂しいような、不思議な感覚であった。
「しかし、尾行というのはわりと疲れるものだな」
「そうだね。こういう店とかに入ると、ずっと待っていなければならないしね」
「相手にバレないようにするのも神経を使う」
漫画などでは、かなり簡単に尾行をしているけれど、実際にやるとなると大変だ。
箒はつくづくそう思った。
次に大神と千冬が向かった先は、なんとオシャレなイタリアンレストランである。
「そういえば、もうお昼だね」
「ん、そうか」
尾行に夢中で気がつかなかったけれど、確かに昼食の時間だ。
幸い、店の向かい側には屋外のカフェテリアがあった。
「ふむ、ちょうどいい。ここで食事をするか」
「ここは、ファーストフード店みたいにセルフサービスのようだね」
「そうなのか」
「あ、僕が頼んでくるよ。箒は、先生たちを見てて」
「いいのか? すまないな」
「うん。それで、何が食べたい?」
箒はツナサンドとコーヒーと、あと何か一つ二つ頼むことにした。
369: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:04:55.69 ID:cZMudr5so
もちろん店からは目を離さない。幸い、彼らが窓際の席に座ったので二人の様子が
よく見える。これは一方で、こちらの様子も知られてしまうというリスクにもつながるのだが、
この際仕方がない。
そしてしばらく待っていると、
「あれ? 箒じゃないか」
「!?」
あまり聞き覚えのない男性の声が聞こえてきた。
振り返ると、そこには見覚えのあるヒラメ顔の男が立っていた。
「キミは、一夏か?」
「おう、やっぱり。覚えていてくれたんだ」
「五反田さんもおるでー」
一夏の後で、赤い長髪の男もハイテンションで顔を出す。
織斑一夏。箒の小学生時代の幼馴染で、彼女の通うIS学園の教師、織斑千冬の弟でもある。
彼とは小学生時代、同じ道場に通っていたこともあったのだ。
「いやあ、もしかしたらと思ったけど、やっぱりな。髪型も雰囲気も変わっていないからさあ」
「お前もあまり変わっていないな。声以外は」
「いや、手厳しい」
「あ、俺はどうだ?」五反田が嬉しそうに身を乗り出す。
「お前の顔は忘れた」
「そんな、酷い」
「まあそんなことはともかく」
「え!? 俺の扱い酷くね?」
370: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:05:25.10 ID:cZMudr5so
「一夏たちはどうしてここにいるんだ?」
「どうしてって、五反田と遊びに来たんだよ。それで、もう昼だし何か食べようかと思って」
「そうか」
「箒たちは?」
「今日は、と、友達と買い物に来たんだ……」
「へえ、同じ学園のか?」
「そうだ」
「今どこ?」
「注文した品を取りに行ってもらっている」
「ん?」一夏が何かに気づいたようだ。
「どうした」
「箒、お前さっきから何向こうの店をチラチラ見ているんだ?」
「!」
「何かあるのか?」
「いや、何でもない」
「そうか」
箒は大神たちのいるイタリアンレストランから慌てて目をそらす。
「お待たせ箒」
トレイにアイスコーヒーやツナサンドなどを乗せたシャルが戻ってくる。
「おお、シャル」
371: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:06:07.53 ID:cZMudr5so
「な! 超☆美少女!!」
シャルの姿を見て、五反田が興奮する。
「落ち着けよ」一夏はそれを止めた。
「箒、この人たちは?」
シャルがトレイをテーブルに乗せつつ、不安そうに聞いてくる。
「ああ、紹介しよう。私の幼馴染その一とその二だ」
「おい!」
「ちょっと待てよ箒、その紹介はいくらなんでも!」
「箒、ちょっとしか紹介になってないよ」シャルが苦笑しながら言う。
(むう、面倒くさいな)
箒はそう思いつつ、彼らに互いを紹介した。
「へえ、箒の小学校時代の幼馴染なんだ」
「ああ、織斑一夏だ」
「俺は五反田弾。バンドやってんだバンド。よろしく」
「あ、僕、シャルロット・デュノアといいます。箒さんとは同じクラスなんです」
「くうううう! カワイイじゃないか!」
五反田は一人で異常に興奮している。
「それはいいのだが二人とも」
箒は、五反田の興奮をよそに冷静に声を出した。
「なんだ?」
「どうかしたか」
372: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:06:37.12 ID:cZMudr5so
「なぜ当り前のようにこのテーブルに座っている」
「え? いいじゃないか」
「そうやそうや。一緒に昼食食べようや」
「おい、勝手に決める――」
「箒、箒……!」
シャルが箒の袖を軽く引っ張った。
「どうした」
「あんまり騒ぐと先生たちにバレちゃうよ」
「む、そうだな」
箒は自らの興奮を恥じて、その場に座った。
「まあ、食事くらいなら一緒にいてもいいだろう」
「なんでそんなに偉そうなんだよ……」
一夏がやや不満そうに言う。
「お、そうこなくっちゃ。おい一夏、お前なんか買ってこいよ」
「いや、お前が注文取りに行けよ」
「俺はちょっとシャルロットちゃんに色々と聞かなきゃならないんだよ」
「アハハ……」
五反田のその言葉にシャルは苦笑した。
「こうなったら勝負だ」
「ふん、返り討ちだ」
「行くぞ一夏!」
373: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:08:04.58 ID:cZMudr5so
「おう」
「最初はグー! じゃんけん……、ポン!」
一夏、グー、五反田チョキで一夏の勝ちである。
「くそお」
「お前、昔から最初にチョキを出すクセがあるよな」
「チクショー!」
悔しがりつつも五反田は注文をしに行った。
テーブルに残ったのは、箒、シャル、そして一夏の三人だ。
「……いや、まあ久しぶりだな」
「そうだな」
空気が重い。こういう時、ムードメーカーの存在が重要になる。
五反田が意外に重要なポジションであることを改めて認識する箒だった。
「学園はどうだ、箒」
「まあ、普通だ。相変わらず忙しいけどな」
「最近はなんか物騒だけど、そっちは大丈夫か?」
「物騒?」
「ほら、降魔とかいうやつ。春休みに一緒に遊びに行こうって言った時も、結局あの化け物のせいで
うやむやになっちまったし」
「そ、そうだな」
まさか自分が今、その降魔退治をしているとは絶対に言えないのだ。
「そっちの、ええと、シャルロットさんは外国からの留学生かな」
「はい。フランスからです」
374: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:08:54.20 ID:cZMudr5so
「そうなんだ。日本語、上手だね」
「最近の言語習得プログラムは優秀です。でも読み書きはまだまだで」
「そうなんだ。凄いな、IS学園」
そんな話をしていると、
「――あのー、すいません」
突然誰かが声をかけてきた。
「!?」
「はい、なんでしょう」一夏が返事をする。
顔を上げて見ると、髪はオールバックで白のスーツを着た男性であった。
ギターでも持っていそうな格好だ。
「この辺りに、長い黒髪でカチューシャを付けた女の人を見ませんでしたか」
「黒髪? カチューシャ?」
「歳は中学生くらいなんですけど」
「知り合いですか」
「ええ、まあ……」そう言って男は頭をかく。
「箒、知らないか?」
一夏はこちらを見て聞いてきた。
「いや、そんな人は見ていないな」
箒は正直に答える。
「僕も見てないよ」
シャルも言った。
375: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:09:49.92 ID:cZMudr5so
「そうですか。参ったなあ。携帯も通じないし。あ、ありがとうございます」
そう言うと、白スーツの男はどこかへ行ってしまった。
「ねえ、箒」
シャルが小声で話しかけてきた。
「なんだ」
「今の人って、大神先生に似てなかった?」
「そうか?」
「なんか雰囲気とか、立ち振る舞いとか」
「確かに……」
堅気の人間ではない。そんな空気は箒も感じていた。
(普通の人間は、白のスーツなんて着ないし)
「何の話をしてんだ? 二人とも」
「いや、なんでもない」
箒は、とりあえずごまかすことにした。
「ところで話変わるけど――」
一夏の言葉に箒は再び緊張した。
彼が何を聞きたがっているか、何となくわかっていたからだ。
「……!」
「千冬姉は元気か?」
「……げ、元気にしている」
「まさかIS学園で働いているなんて思わなかったぞ。少し前までヨーロッパに行ってたし」
376: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:10:24.16 ID:cZMudr5so
「そうだな」
「相変わらず男っ気はないかな。まあIS学園は女性ばかりと聞くから、そういう心配は
ないと思うけど」
「……!」
「どうした、箒」
「いや、何でもない」
「そうか」
「ところで一夏」
「なんだ?」
「もし、もしも千冬さん、いや、織斑先生に恋人ができたとしたらどうする?」
「ええ? あの千冬姉にか? そんなのあるわけないじゃないか。でも――」
ふっと、一夏の表情が変わった。
「そんな奴が出てきたら、まずはこの俺が……」
そんな一夏の顔を見てシャルが小声で言う。
「箒、なんだか一夏くんの顔が怖いよ」
「あいつは重度のシスコンなんだ」
箒も小声で応える。
「シスコン?」
「シスターコンプレックス。つまり姉好きなんだな。それもかなり」
「そんな。ということは、大神先生と一緒にいるところを見たら」
「マズイことになるやもしれない」
377: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:10:58.36 ID:cZMudr5so
「ん、どうした二人とも。またコソコソ話をして」
「あ、箒!」
思わずシャルが声を出す。
見ると、大神と千冬の二人は食事を終えて店を出てくるところであったのだ。
(まずい!)
「どうした? 誰か知り合いでもいたのか?」
一夏がシャルの視線に気づき、大神たちを見ようとしたその瞬間、
「一夏、すまない!」
そう言うと、箒は一夏に眼つぶしをくらわし、そして頸椎に手刀を入れて動けなくさせた。
ガタン、という音とともにテーブルに顔を伏せる一夏。
「行くぞシャル」
「え、でもこの人」
「五反田がいるから何とかしてくれるだろう」
一夏たちを放置した箒とシャルは、大神たちにバレないようその場を離れた。
*
378: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:11:54.23 ID:cZMudr5so
「まったく、何やってんのよアイツら」
箒たちが騒ぎを起こしたため、尾行が困難になってしまったので、彼女たちに代わって
鈴とラウラのコンビが大神と千冬を尾行することになった。
こうして、定期的に尾行を交代することによって相手に気づかせないという作戦だ。
しかし――
「ちょっとラウラ、何をしているのよ」
「ふむ、なかなか興味深い店だ」
ラウラにとって街のものは全てが珍しいらしく、色々な店や人に関心をしめしている。
(もう、これじゃまるでラウラの“お守り”じゃないのよ!)
大神と千冬の尾行、ラウラの世話。
この二つを同時にやらなければならない鈴は結構多忙な身であった。
そうこうしているうちに、大神たちはある雑貨屋に入った。
午前中は服屋に入ったというから、一体何が目的なのだろう。と、鈴は頭の中で考えを巡らす。
「ねえラウラ。大神っちと千冬さんは何が目的だと思う?」
鈴はラウラに聞いてみるが返事はない。
「もう、ラウラ」
振り返ると、そこにはウサギの耳のついたカチューシャを装着するラウラの姿が。
「何やってんのよ」
「ああ、さっき白いスーツを着た人が『似合いそうだから』と言ってくれたのだ」
「変な物着けてんじゃないわよ。余計に目立ってしまうじゃない」
「そうだな。しかし、なかなか可愛いではないか」
379: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:12:22.40 ID:cZMudr5so
「それは否定しないけど……。それより」
「それより何だ?」
「アンタ、目的を忘れたわけじゃないでしょうね」
「わかっている。二人の尾行だろう」
「そうよ」
「それがどうした」
「アンタ、悔しくない?」
「悔しい?」
「だってラウラも、大神っちのことが好きなんでしょう?」
「ああ好きだ。愛している。私の全てと言っても過言ではない」
「ああ、わかったわかった。その大神っちがほかの女とデートしているのよ」
「買い物ではないのか?」
「デートみたいなものよ」
「それが何か」
「それを見て悔しくないの? 箒なんて露骨に不機嫌になっていたわよ」
「そうだな……」
ラウラはほんの少しだけ考えた。
「別に悔しくはない」
「はあ?」
「むしろ私は幸せに思う」
「どうしてよ。アンタの好きな相手が別な女と一緒にいるのよ」
380: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:12:58.47 ID:cZMudr5so
「大神隊長の喜びは私の喜びでもある。彼が好きになった相手がいるのならば、
私はその人も好きになろう」
「……」
「ましてやその相手は、私が尊敬する織斑教官なのだ。これを祝福しないでどうする」
「アンタ」
なかなかやるじゃない、と言いかけた瞬間、
「まあ、日本には“妾”という制度があるらしい。隊長と教官がもし結婚したならば、
私は二人の妾になろうと思う」
「ぶっ!」
「どうした」
「アンタ、一体何を考えているのよ!」
「何をと言われても、愛する人と尊敬する人、皆が一緒にいられる最高の選択肢だと思うが」
「妾なんて、もうあるわけないでしょうが」
「アジアでは一夫多妻が普通だと聞いていたが」
「誰がそんなこと言ったのよ」
「坂本先生」
「あのパンツ丸出し教師が……!」
「それはそうと、鈴」
「何よ」
「お前は、大神隊長のことが好きなのか?」
「……」
381: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:13:39.40 ID:cZMudr5so
「どうした」
「まあ、嫌いではないかな。結構、熱血バカなところはあるけど」
「では好きなんだな」
「そりゃ、好きだけど……」
「何か問題でも?」
「そりゃあるわよ。相手は千冬さんよ。胸も適度にあるし、性格もしっかりしている」
「……」
「もし、大神っちが千冬さんのことを好きだったら、アタシなんか敵うはずがないし」
「敵う? どういうことだ」
「だってアタシ、胸もないし背も小さいし。そうそう、私が大神っちにはじめて会った時
なんて言われたと思う? 小学生だって。笑えるでしょう?」
「……私は、そういう考え方はあまり好きではない」
「はあ? どういうことよ」
「鈴、お前は戦う前から諦めている」
「な……!」
「お前らしくもない」
「アンタねえ、私の何が分かるって言うのよ」
「確かに、鈴との付き合いは短い。だが、戦いの時の鈴は、危険を承知でリスクを取る
勇気を持ち合わせていた」
「……勇気」
「だが今のお前はなんだ。戦う前から既に逃げ腰ではないか」
382: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:14:05.68 ID:cZMudr5so
「……!」
「一度、正面からぶつかってみるといい」
「何よ、私のことも応援してくれるっていうの?」
「いや、お前とはライバルだ」
「はい?」
「織斑教官なら仕方がないが、お前が隊長と一緒になるというのならば、正妻は私だ」
そう言ってラウラは腕を組んだ。
「何よそれは!」
「ふっ、少しは“らしさ”が戻ってきたではないか」
「……ふん」
そう言って、鈴はラウラから顔をそらした。
「……」
「ありがとう……」
「なぜ礼を言う?」
「いいからありがとう。ちょっと、感謝したい気持ちになったの」
「ああ、わかった。その気持ち、受け止めておこう」
鈴とラウラは、そんな話をしながら尾行を続けたのであった。
*
383: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:14:59.05 ID:cZMudr5so
織斑千冬との買い物は、彼女の弟である織斑一夏への誕生日プレゼントを選ぶもので
あった。
厳密に言えばデートではない。
しかし、それでも大神は嬉しかったのだ。普段、滅多に見ることのできない千冬の笑顔を
何度も見ることができたからである。
「すまない大神くん。今日は一日、私のワガママに付き合わせてしまって」
「いえ、構いませんよ。むしろ楽しかったです」
「楽しかった?」
「ああ、いや。こうして一緒に買い物といか食事とかをしていると、普段あまり見ない千冬さんの
表情を見ることができて」
「私は、そんな変な顔をしていたか?」
「ああいや、そうじゃないんです。あなたは、いつも素敵な顔をしています」
「な、何を言っているんだ」
「すいません」
「別に謝らなくてもいい……」
そう言って千冬は顔をそらす。
「しかし、どうして明治神宮なんですか?」
この日、最後に訪れたのは明治神宮であったのだ。
「以前一夏と……、弟と一緒に初詣に来たことがあるのだ。といっても、十年以上昔の話だが」
「そうなんですか」
日曜日とはいえ、夕方なので敷地内の人はまばらだ。
うっそうと茂る木々は、都内とは思えない静けさを感じさせる。
384: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:15:40.13 ID:cZMudr5so
「初詣だから当然人は多い。私はあの時、幼い弟の手を掴み、絶対に彼を守ろうと強く
誓ったのだ」
千冬は歩きながらそんな思い出話をしてくれた。
本殿への参拝を終えた大神たちは、振り返る。
「そろそろ帰りましょうか、“大神先生”」
ふと、呼び方が変わった。
「千冬さん?」
「おい、お前たち。いつまで遊んでいるつもりだ」
「ふえええ?」
どこかで聞き覚えのある声が聞こえてきた。
すると、社務所の影から見覚えのある影がぞろぞろと出てきたではないか。
(朝から感じた違和感はこれか)
大神は千冬に夢中で気がつかなかったのだ。まあ、仕方ないよね。
「探偵ごっこは楽しかったか? お前たち」
「気づいていたんですか……?」
箒が恐る恐る訪ねた。
「馬鹿者が。あの程度の尾行に気遣いない奴があるか。むしろ気づかないほうがおかしい」
「ですよねえ」
鈴が自嘲気味に笑った。
(ヤバイ……)
大神は千冬に夢中で気がつかなかったのだ。
385: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:16:11.63 ID:cZMudr5so
「まあ、お前たちの気がかりもわかるので、今回は見逃してやる」
「気がかり……」
「大神先生のことだろう?」
「……」
全員押し黙る。
「まあ、お前たちもずっと見ていたからわかると思うが、今日は買い物に付き合ってもらった
だけだ。弟の誕生日プレゼントを買うためにな」
「弟って、一夏のことですか?」箒が聞く。
「そうだ。ほかに誰がいる」
「そうですよね」
「だから安心しろ。私と大神先生とは、お前たちが心配しているような関係ではない」
「……」
(うう……)
大神は心の中で呻いた。わかってはいたけれど、こうもあっさりと言われてしまうと本当にショックだ。
「どうした、凰」
「べ、別に私は大神っちのことなんて気にしてはなかったんですからね」
「私は街に出たかっただけです」
ラウラは真顔で答える。
「僕は少し気になったかな」シャルは照れくさそうに言う。
「わ、私は……」
386: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:16:51.01 ID:cZMudr5so
「それよりお前たち、学園には早く帰れよ。寮の門限を破ったら、それなりのペナルティー
があるんだからな」
「はい」
「さて、大神先生。我々も帰ろう。今日は本当に――」
そう言いかけた瞬間、千冬の声が止まる。
そして彼女はその場に膝をついた。
「千冬さん!」
大神が千冬に駆け寄る。
「どうしました」
箒たちも駆け寄った。
「いや、何でも……」
千冬は右手で胸を押さえながらも、周囲を安心させようと顔を上げようとする。
「千冬さん、どうしました!」
こんなに苦しそうな顔をした千冬を見たのははじめてであった。
どんな時でもどんな状態でも、平然としている印象のあった千冬がこんなにも苦しんでいるのだ。
「一体、どうなっているんだ」
「大神さん! あそこ!」
そう言って、箒が指差した先は鳥居の上であった。
「あの鳥居が何だって言うんだ!?」
疑問に思いつつ、千冬を抱いた状態で大神は箒の指し示す場所を見る。
そこには、初夏の夕空に浮かぶ黒い影。
「人が、乗っている……?」
387: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:17:43.94 ID:cZMudr5so
大きな鳥居の上に、人が乗っているのだ。
よく見えないが、目を凝らすと軍人の制帽のようなものを被っている。
「誰だ!!」
そこにいた大神を含む五人が一斉に戦闘態勢を取る。
黒い人影の出す、禍々しい殺気に大神たちは警戒せずにはいられなかったのだ。
《フフフフ……、やっと見つけたぞ》
「!!」
鳥居の上にいるはずなのに、その声はすぐ近くで話しかけられているようだった。
実に不気味な感覚。
スッと、鳥居の上の人影が消えたと思ったら、地上の石畳の上に舞い降りていた。
まるで瞬間移動でも使っているようだ。
近づいた人影に大神は目を凝らす。
「なんだこいつは……」
人影は、背が高く痩せており、そしてカーキ色の軍服を身にまとっていた。
しかも初夏にも関わらず、防寒用のマントまで着ている。
コツ、コツ、と軍靴独特の足音を鳴らし男が近づいてきた。
「く……」
男が近づいてくるたびに頭がクラクラしてくる。
それは箒や、ほかのメンバーも同じのようだ。
「何者だ貴様!」
大神は再び叫んだ。
すると、怪しい軍服の男は立ち止まる。
388: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:18:45.04 ID:cZMudr5so
そして、はっきりと大神の顔を見据えた。
背が高く痩せており、それでいて鋭い目つき。肌は青白く、その眼はどこまでも冷たく
暗いものであった。
「わが名は――
加 藤 保 憲
帝都に仇をなす者なり」
「カトウ、ヤスノリ……?」
大神はその名に聞き覚えがあった。
はっきりとは思いだせないが、とんでもない人物であることはわかる。
「シャル!」
「はい」
「千冬さんを頼む」
「え、はい」
大神は千冬の身をシャルに任せると、加藤と名乗る軍服の男に向かって歩き出した。
「大神さん! 危険です」
「隊長!」
389: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:19:22.29 ID:cZMudr5so
箒とラウラが呼びかける。
相手が不気味な存在であることはよくわかっていた。
しかし、このまま奴を生徒たちに近付けるのはマズイ。
それだけはわかっていた。
「加藤とか言ったな、お前の目的は何だ」
「わが“切り札”を貰い受けに来た」
「切り札?」
「織斑……、千冬」
「な!」
(やはりこいつの目的は千冬さんか!)
「大人しく渡してもらおう」
「お前の目的が何かはよくわからんが、千冬さんを渡すわけにはいかない」
「そうか。ならば、強引に奪っていくまでのこと」
「やめろ!」
加藤は再び歩きだした。
一歩一歩、ゆっくりと。まるでこちらの恐怖心を煽るかのごとき歩き方だ。
「近づくな!」
大神は身構える。
しかし、次の瞬間加藤はマントから自らの手を覗かせた。
白い手袋をはめており、手の甲には五芒星が描かれてる。
「ふん」
390: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:20:19.16 ID:cZMudr5so
加藤が白手袋のはめられた右手を振ると、強力な風が巻き起こり先頭にいた大神は
吹き飛ばされてしまった。
「隊長!」
恐らくどんなに踏ん張っても吹き飛ばされてしまうような風。
力では逆らえない風だ。
「ぐは!」
大神の身体は石畳の上に叩きづけられる。
何とか受け身は取ったものの、息が止まるようだ。
「隊長!」
「先生!」
生徒たちの何人かが駆け寄ろうとする。
「近づくな! こっちじゃない!!」
奴の、加藤保憲の狙いは千冬だ。
「加藤保憲、私が相手だ!」
「箒くん!」
大神がいなくなった後に加藤と対峙したのは箒だった。
「ん……」
加藤の表情が変わる。
「箒くん……?」
箒の身体から奇妙な光が漏れ出ているように見えた。
391: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:21:16.01 ID:cZMudr5so
「破邪の血か、少々厄介だな」
加藤の歩みが止まる。
「加藤保憲……」
箒は喉の奥から絞り出すように加藤の名を呼ぶ。
今、箒はあの時のように刀を持っていない。しかし、彼女の構えは武器を持っていなくても
武術のものに相違なかった。
(徒手空拳は不利だ)
大神も、加勢しようと近くにあった竹ぼうきを手に取る。
「かとおおおお!!!」
箒が突っ込んだ。
「ふんっ」
加藤が小さな布を投げると、彼の前に結界のようなものが出来て箒の動きを封じる。
「ぐっ!」
箒の前進が止まった。
「箒くん! 下がれ!!」
大神は竹ぼうきを振りかぶり加藤に向かう。
「無駄なことを」
そう言うと、加藤は振りかぶることなく左拳を出す。
乾いた音とともに竹ぼうきが真っ二つに折れた。
「ぐはっ!」
それと同時に大神の身体も吹き飛ばされ、再び地面に叩きつけられてしまう。
392: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:21:57.99 ID:cZMudr5so
「我々も忘れるな!」
「そうよ!」
大神が身を起こすと、仁王立ちしている加藤にラウラと鈴が飛びかかっていた。
「やめろ! 二人とも!!」
大神は叫ぶが届くはずもない。
「きゃあ!」
「うわあ!」
大神と同じように、ラウラと鈴も吹き飛ばされてしまう。
「私の友達に手を出すなあ!!」
それを見た箒が叫ぶ。
「く!」
加藤の表情が曇る。
先ほど奴が形成した結界を突き破り、再び加藤に攻撃をしようとする箒。
「ふんっ!」
箒の接近を避けるように、加藤は後ろへ飛んだ。
しかもその飛び方は大きい。
まるで、ピンポン球のように身軽に飛び跳ねた加藤は再びこちらを見据える。
「ほかの連中はともかく、そこの女は厄介だな」
「!」
加藤の目線の先に箒がいることは明白であった。
そして、加藤は素早く右手を空に向かって付き出す。
393: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:22:32.64 ID:cZMudr5so
「来い! 魔導兵よ!!」
加藤の声とともに夕闇の中から姿を現したのは、IS型の魔操兵器であった。
それも四体。いずれも大太刀を主要武器とする黒兜だ。
「しまった!!」
魔操兵器はシャルの後方から接近する。
「くそ!」
大神は走る。走る、そして走る。
「シャル!!!」
シャルは千冬を抱いた状態で顔を伏せた。
そこに振りかぶる黒兜。
(間に合わない!!)
そう思った瞬間、魔操兵器の動きが止まった。
「な……!」
「やっと目覚めたか」
加藤の声が聞こえる。
「千冬さん?」
先ほどまでシャルに抱かれていた千冬が、いつの間にか立ち上がっている。
彼女の足元には、気を失ったシャルが横たわっていた。
「千冬さん!」
大神の叫びに気がついたのか、千冬はゆっくりとこちらを見る。
その精気のぬけた目は今まで見てきた千冬とはまるで別人だ。
394: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:23:28.22 ID:cZMudr5so
不意に千冬が口を開く。
声は聞えなかったが、大神にはその口の動きで彼女の言葉はわかった。
ス・マ・ナ・イ
「千冬さああああああああん!!!!」
大神の叫びも空しく、千冬は黒兜に抱かれると、天高くへと舞い上がった。
これまで魔装兵器が何のために動いていたのか不明であったけれど、今回はあの
加藤保憲と名乗る軍服の男の指示に従って動いていたことは明白であった。
大神は再び加藤を見据える。
「加藤! 貴様千冬さんに何をした!」
「フフフフ、織斑千冬は戻るべき場所へ戻ったのだ」
「戻るべき場所だと……?」
「奴とはまた会える、その時まで楽しみにしているのだな」
「おい! 待て」
「フハハハハハハ」
不気味に笑う加藤に対し、箒が拳を振う。
「逃がすかああああ」
しかし、彼女の拳は空を切った。
「な!」
まるで立体映像のように姿を消す加藤。
そして夕闇に染まる明治神宮は、再び元の静けさを取り戻して行った。
*
395: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:24:12.13 ID:cZMudr5so
その日、大神たちは警察の事情聴取の後、ヘリでIS学園に戻った。
学園に戻った大神は、とりあえず生徒たちを寮に戻し、地下司令室で米田と二人だけで
話をした。
「それで、その加藤というのは何者なんですか、どうして千冬さんが!」
「落ち着け大神。お前が焦ったところで千冬が戻ってくるわけじゃねえ」
「しかし司令!」
「お前が冷静さを無くしてどうやって指揮を執るっていうんだ!? お前の身はお前一人のものじゃ
ないんだぞ」
「……それは」
「千冬を誘拐されて焦る気持ちはわかる。アイツは優秀な副官だったし、IS乗りとしても超一流だった」
「どうして、千冬さんが……」
「とにかく話を聞け大神。順を追って説明するぞ」
「はい」
とりあえず、大神は司令部の椅子に米田と向かい合うような形で座った。
「まず加藤保憲についてだ」
「加藤……」
「コイツはな、帝都に存在する魔人だ」
「魔人?」
「ああ、恐らく二百年以上生きている化け物だよ。正式な記録では百年前に登場しているのだが」
「百年前ですか?」
「そうだ。大神、関東大震災は知っているだろう?」
396: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:25:16.47 ID:cZMudr5so
「あ、はい。知ってます。歴史で習いましたし」
「あれを引き起こしたのも加藤だ」
「加藤が? そんな」
「奴は陰陽道の術、外国で言うところの魔術だな。それに通じていた。
そしてその術で地霊を操り、古くからの怨霊を蘇らせることにより、
帝都に壊滅的な打撃を与えたのだ」
「そんなことができるなんて」
「もちろん奴一人の力ではないが、加藤はあらゆる力を動員して帝都を破壊しようと
試みている。そう、何度もな」
「何度も?」
「そうだ。お前も知っての通り、帝都は震災から復興した。しかし、その後戦争や大火事で
何度も打撃を受けている。これも奴の仕業だ」
「なぜ加藤は帝都を破壊しようなどと」
「わからん」
「わからない?」
「百年以上前からご先祖様たちは加藤と戦っている。しかし、奴の目的は未だにわからん。
だから、ただ純粋に帝都を破壊することだけの存在だと考えるようになった」
「純粋に……、帝都を破壊するだけの存在?」
「お前には理解し辛いかもしれない。実際俺もよくわからんのだ。そしてご先祖様たちにも
よくわからなかった。
帝都は様々な魔物から狙われているが、この加藤という奴は一際厄介な魔物だ。
厳密に言えば、人間の要素も含んでいるから我々は魔人と呼んでいる」
「じゃあ、今回降魔を生みだしているのも」
「恐らく加藤だろうな。しかし、元々降魔というのは加藤のものではない」
「違うんですか?」
397: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:27:00.62 ID:cZMudr5so
「少なくとも太正時代に起こった『降魔戦争』において、加藤は関係がない。
知ってるか? 降魔戦争」
「多数の降魔が帝都に現れて、大混乱に陥った事件ですよね」
「ああ、幸い降魔は陸軍対降魔部隊によって鎮圧され封印された。しかしその封印も、
さすがに百年も経てばガタがくる。そこを加藤に狙われたんじゃねえかと俺たちは見ている」
「つまり、加藤は封印されていた降魔の力を利用して、帝都を破壊しようと目論んでいると」
「ああ、予想が正しければ」
「しかしおかしくないですか?」
「何がだ」
「降魔を使って帝都を破壊するのなら、もっと帝都の中心部で降魔を出現させたほうが
いいんじゃないですか? でも、今まで俺たちが戦ってきた場所は、
都心部よりもやや離れた場所ばかり」
「郊外って言いたいんだろう?」
「はい」
「確かにな。ちょっとこれを見てくれ大神」
「はい?」
そう言うと米田は何かのスイッチを押す。すると、司令部の大画面に関東の地図が映し
出された。
「これは……」
「まあ、見てみろ。これがお前たち、帝國華劇団花組が戦った場所だ」
地図の中に、黄色い光が浮かび上がる。
「そしてこれが、降魔が最初に発見された場所」
398: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:27:45.83 ID:cZMudr5so
今度は赤い光が表示される。
「この赤い光の中から、ラウラが初めて戦いに参加した、東京湾上空での戦闘ケースを
取り除いた場合」
「これは」
「気がついたな」
「五角形?」
「そうだ。また、この赤い点をつないで、こんな風に五芒星を作ることもできる」
関東の地図の上に赤い五芒星が浮かび上がった。
「……!」
大神の脳裏に浮かび上がるのは、加藤保憲がはめていた白の手袋だ。そこには、
はっきりと五芒星の刺繍がなされていた。
「五芒星、陰陽道でセーマンドーマンとも呼ばれる。陰陽道の五行に通じる形だとされる」
「この位置に降魔を出現させたことに、何か意味があるのでしょうか」
「恐らくな。何かとんでもないことが起こりそうだ」
「……それで、司令」
「どうした」
「なぜ、千冬さんは誘拐されたのでしょうか」
「ああ、それなんだが……」
「……」
「生贄(いけにえ)にされる可能性も否定できない」
「生贄ですか?」
「ああ、かつて加藤は帝都の地下に眠る地霊を呼び覚ますため、霊力の強い女性を強引に
拉致したことがあった」
「この赤い光の中から、ラウラが初めて戦いに参加した、東京湾上空での戦闘ケースを
取り除いた場合」
「これは」
「気がついたな」
「五角形?」
「そうだ。また、この赤い点をつないで、こんな風に五芒星を作ることもできる」
関東の地図の上に赤い五芒星が浮かび上がった。
「……!」
大神の脳裏に浮かび上がるのは、加藤保憲がはめていた白の手袋だ。そこには、
はっきりと五芒星の刺繍がなされていた。
「五芒星、陰陽道でセーマンドーマンとも呼ばれる。陰陽道の五行に通じる形だとされる」
「この位置に降魔を出現させたことに、何か意味があるのでしょうか」
「恐らくな。何かとんでもないことが起こりそうだ」
「……それで、司令」
「どうした」
「なぜ、千冬さんは誘拐されたのでしょうか」
「ああ、それなんだが……」
「……」
「生贄(いけにえ)にされる可能性も否定できない」
「生贄ですか?」
「ああ、かつて加藤は帝都の地下に眠る地霊を呼び覚ますため、霊力の強い女性を強引に
拉致したことがあった」
399: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:28:23.56 ID:cZMudr5so
「しかし待ってください司令」
「なんだ」
「確か、千冬さんは霊力は強くないんですよね。それがどうして生贄に……」
「ああ、確かに千冬の霊力は強くねえ。ただそれは“対降魔霊力”に関してだ」
「どういうことです」
「大神。お前さんや箒たちが持っている霊力は対降魔霊力、つまり降魔を倒すための霊力
なんだ。だが千冬にはもう一つの霊力が宿っていた」
「もう一つの、霊力?」
「ああ、お前とは逆に“降魔を強化してしまう”霊力だよ」
「そんな」
「これが、アイツが対降魔戦に参加できなかった最大の理由だ」
「どうしてそんなことが……」
「わからん。この情報は最高機密だったのだが、やはりどこかで漏れてしまったのだろう」
「司令」
「どうした」
「千冬さんは、生きていると思いますか?」
「恐らくな。そう簡単に殺しはしないだろう。奴らにとっては利用価値のある人間だ」
「だったら捜しに行きましょう! 生贄にされる前に」
大神は立ち上がり、米田に詰め寄る。
「大神、それはお前の仕事じゃない」
「しかし!」
400: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/13(土) 15:29:27.56 ID:cZMudr5so
「お前も軍人なら命令を守れ。いいか、千冬の捜索と敵の調査は別の部隊が担当する。
お前を含む対降魔IS部隊、花組は、次の魔操兵器の出現に備えて待機だ」
「司令……」
「命令を復唱しろ大神!」
大神は震える手を握り締め、その場で不動の姿勢を取った。
「お……、大神三尉! 魔操兵器出現に備え、別命あるまで待機します!」
「よろしい。寮に戻れ」
「了解……」
大神は力なく歩き出した。
「ああ、待て大神」
「はい何でしょう」
米田に呼び止められ、大神は振りむく。
「一つ、大事なことを言い忘れていた」
米田は苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「なんでしょう」
「随分昔の話なので、現在もそうとは言い切れないのだが」
「……」
「対降魔部隊の元隊員が、降魔の側についてこちら側と戦ったという記録があるのだ」
「どういうことです……」
「降魔になったんだよ、人間が」
「司令、その話を今ここでするということは……」
「千冬にもしものことがあるかもしれないということだ。今のうちに覚悟を決めろ……」
「……!」
大神はそれ以上何も言えなかった。
つづく
410: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:38:19.87 ID:xEF9Tby6o
悲観主義は気分によるものであり、楽観主義は意志によるものである。
アラン
411: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:39:33.39 ID:xEF9Tby6o
日もすっかり暮れ、IS学園の空にはいくつもの星が瞬いていた。
走れメロスではないけれど、初夏満天の星空、といったところだろう。
大神は空が好きであった。
昼間の青々とした空も好きだが、こうした夜の星空も好きだ。訓練航海中に見る星は
また格別だ。
しかし今の大神にはそんな星を楽しむ気持ちには当然なれなかった。
「俺は、何てことをしてしまったんだ……」
今になって後悔の念が沸々と湧き上がる。
(あの時、命がけで千冬を守っていれば。いや、自分が犠牲になってでも千冬を奪われ
なければ)
米田は言った。覚悟をしておけと。
(千冬さんが俺たちに敵対する? そんなバカな)
大神は必死に心の中の不安をかき消そうとする。
だが、呪いを流しこまれた人間が魔に染まってしまったという例は枚挙にいとまがない。
(こんな状況なんだから、呑気に買い物なんてしている場合じゃなかったのに)
大神は唇を噛み、そして拳を握りしめる。
(なのに、俺は千冬さんと一緒に出かけられると、浮かれてしまって、油断をして。
挙句、彼女を加藤保憲に奪われてしまった……)
自らの拳を自分のコメカミ当たりに撃ちつける大神。
痛い。だが足りない。まだ足りない。
自分の愚かさに情けなくなる。
(何が隊長だ。少しくらい敵に勝ったくらいでいい気になってしまって。あの子たちがいなければ
何もできないくせに)
大神は寮に戻るのを止め、学園の敷地内にあるベンチに腰掛けた。
412: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:40:05.61 ID:xEF9Tby6o
こんな歪んだ顔を寮の人たちに見せたら、きっと皆嫌な思いをするだろう。
そう思った大神は、しばらく外で、文字通り頭を冷やそうとしたのだ。
しかしじっとしていると、千冬の顔が浮かんでくる。
(千冬さん、俺は……!)
その時、何者かが近づいてきた。
「誰だ!」
思わず大神は声を出してしまった。
413: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:42:08.81 ID:xEF9Tby6o
I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦
第九話 不安と孤独
414: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:42:40.78 ID:xEF9Tby6o
人影が動きを止める。
「箒……くん?」
IS学園の制服に身を包んだその少女は、紛れもなく篠ノ之箒であった。
手には何かの布の包みのようなものを持っている。
「ここにいましたか、大神先生」
「ああ、今司令室から戻ってきたところだ。これから寮に帰ろうと思う」
「そうですか」
「キミこそどうしたんだい? もう寮に戻って休んでいると思っていたんだけど」
「あの、大神さんを探していました……」
「俺を? どうして」
「こ、これを渡そうと思って」
そう言うと箒は手に持っている布の包みを少し上げて見せた。
「え?」
「その、お夜食です。大神さん、夕食まだだろうと思って」
「い、いいのかい?」
「はい。食べてもらいたくて作りました」
そう言えば、大神は昼に千冬とパスタを食べて以来、何も食べていなかった。
色々あり過ぎてそれどころではなかったからだ。
「ここでいただいてもいいかな」
「え?」
「いや、ちょっとまだ寮に戻りたい気分じゃないんだ。少し心を落ち着かせてから
帰ろうと思って、ここにいたわけだから」
「そうですか。構いませんよ、私は」
415: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:43:09.71 ID:xEF9Tby6o
「ありがとう」
「あの……」
「なんだい?」
「ご一緒しても、よろしいですか?」
「ああ、構わないよ」
包みの中には小さな弁当箱が入っており、蓋を開けるとキレイに三角の形をした
おにぎりが入っていた。
「おにぎり……」
「ごめんなさい、こんなものしか作れなくて」
「いや、違うよ。とても嬉しいんだ。やっぱり日本人には米だよね」
「はい」
不安そうだった彼女の顔がふと柔らかくなったように見えた。
「いただきます」
大神は箒の作ったおにぎりをほおばる。
塩味がほど良く、まだほんのりと米の温かみが残っているようだった。
「……」
「どうしました?」
おにぎりをじっと見つめて止まってしまった大神を見た箒が話しかける。
「あ、いや。ちょっと思い出したことがあって」
「思い出した?」
「ああ、初めてISに乗った日のことを」
「初めて乗った日……」
「キミは覚えているかい?」
「もちろん、覚えています」
「とても印象的な日だった」
「はい」
416: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:43:57.73 ID:xEF9Tby6o
「俺は、幹部学校時代から体力には自信があったんだけど、ISに乗った日は
本当に疲れてしまった」
「あれは、体力だけでなく精神力も使いますからね」
「そうだね。だから、部屋に戻ったら食事も取らずそのままベッドに倒れこんでしまったんだよ」
「ああ、なんだかわかる気がします」
「それで、夜中に目が覚めてそれで食べる物もなく途方に暮れていると、千冬さん、
じゃなくて織斑先生が夜食を持ってきてくれたんだ」
「織斑先生が?」
「ああ。それがおにぎりだった」
「意外ですね。あまり料理とかをするほうではないと思ってましたが」
「確かに、形は不格好だったし塩味も濃かったなあ」
「ひどいですねえ」
「でも――」
大神の手が震える。
「とても、優しい味だった……」
「大神さん」
「箒くん……。俺は……、千冬さんを護れなかった。もっと俺がしっかりしていれば、
彼女はこんなことには……」
「大神さん!」
「……!」
箒の声に少し驚いた大神は我に帰る。
「すまない箒くん。ダメだな俺は」
417: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:44:40.34 ID:xEF9Tby6o
そう言って大神は手に残ったおにぎりを食べて、ウェットティッシュで手のひらを
拭いた。
隊長たるもの、部下の前に弱音を吐いてはならない。
辛い時こそやせ我慢。先輩から教えられた言葉が頭をよぎる。
(千冬さんだって、俺たちの前で辛そうな顔なんて一切見せなかったじゃないか)
そう思った大神は強引にでも気分を切り替えようとする。
「シャワーでも浴びれば、少しは気分も――」
不意に、大神の目の前が真っ暗になった。
「ほ、箒くん?」
柔らかい感触が大神の顔を覆った。とてもいい匂いがする。
「じっとしていてください」
「ちょっと……」
箒は、大神の頭を抱えているのだ。そして優しく大神の頭を撫でる。
「大神さん……」
「……なんだい」
「私は、あなたのおかげで勇気を貰いました」
「勇気?」
「私が再び戦闘に出ることができたのは、あなたのおかげです。あなたがいなかったら、
怖くてもう戦うことはできなかったかもしれません」
「……」
「私は、あなたに感謝しています」
「……」
418: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:45:23.92 ID:xEF9Tby6o
「だから、あなたに恩返しがしたい」
「恩返し?」
「少しくらい弱音を吐いたっていいんです」
「……」
「私に、甘えてください」
不意に彼女の腕の力が強くなった。
心臓の鼓動が聞こえる。
そして温もりを感じる。
大神は大きな安らぎを感じていた。
(自分はなんて小さいのだろうか。やはり、男はどこまで行っても女性には敵わないの
かもしれない)
「ありがとう、箒くん」
「大神さん?」
「もう大丈夫だ」
大神の視界が明るくなる。
そこには、顔を真っ赤にした箒の姿があった。
「箒くん?」
「お、オオガミサン」
何だか様子がおかしい。
「どうしたんだい?」
「お休みなさい!」
そう言うと、箒は全力で生徒寮の方向へと走って行った。
「ああ、弁当箱」
ベンチには、おにぎりの入った彼女の弁当箱が残されている。
「仕方ないな」
大神は残りのおにぎりも全部平らげると、弁当箱を洗って翌日返すことにした。
*
419: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:46:15.84 ID:xEF9Tby6o
翌日は平日なので、いつものように授業が始まる。
この頃になるとすでに大神はいくつかの授業を受け持つようになっていた。
職員室に入つと、いつもいるはずの学年主任の席に千冬の姿はない。
昨日のことは夢だと思いたかったが、彼女がいなくなったというのは否定できない現実
であった。
気を取り直し、授業へ向かおうとする大神。
職員室を出て廊下を歩いていると、ラウラの姿が見えた。
「隊長……」
声をかけてくるラウラ。
「やあラウラ。これから移動かい?」
「……はい」
大神の様子を気遣ってか、特に何もせずすれ違うラウラ。
しかし、
「あの、隊長」
少し歩いたところで彼女は振りかえり、大神に声をかけた。
「ん? なんだい?」
大神も立ち止まり振り返る。
「隊長の喜びは私の喜びです。そして隊長の悲しみは私の悲しみでもあります」
「ラウラ……」
「気になることがあるなら、遠慮なくおっしゃってください」
「……」
420: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:46:51.68 ID:xEF9Tby6o
「では、私はこれで」
そう言うと、ラウラは軽く会釈をして歩き出す。
「ありがとう、ラウラ」
大神は彼女の後姿に向かって声をかけた。
ラウラは軍隊時代に織斑千冬の指導を受けており、誰よりも彼女を尊敬し、ある意味
心酔していた。
千冬のことが心配なのは彼女も同じだ。
しかし、ラウラは千冬のことは一切話さなかった。
(彼女も心配なのに)
大神は自分の弱さに情けなくなりつつも、再び歩き出す。
そうすると、今度は後ろから何かがぶつかってきた。
「なあ!?」
「何してるの、大神っち」
一瞬、何が起こったのかわからなかったけれど、どうやら鈴が後ろから飛びついて
きたようだ。
鈴は大神の首に手を回し、後ろから彼の横顔に顔を寄せた。
「こら、鈴」
「冴えない顔してんじゃないわよ。ほら、これ食べて。アーンして、アーン」
「え?」
よく見ると、鈴の手にはクッキーのようなものがあった。
「家庭科の時間にシャルが焼いたのよ。ほら」
「大神先生」
421: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:47:57.10 ID:xEF9Tby6o
「シャル」
目線を前に向けると、大神の目の前に照れくさそうに顔を赤らめるシャルの姿があった。
「ほら、食べてよ大神っち」
「恥ずかしいからやめろ」
「食べないとこのままずっとしがみつくわよ」
「子泣きジジイか」
「私は女よ。それより、早くアーンして」
「やれやれ……」
どうやら鈴の性格上、食べないと本当に下りてくれそうにないので、大神は一口
クッキーを食べた。
ふんわりとしたほど良い甘味と香りが口の中に広がる。
「美味しい」
「よかった」
目の前のシャルがホッと胸をなでおろす。
「でしょう? アタシが食べさせてあげたから美味しさ十倍よ」
「それはさすがに多いだろう……。とにかく下りてくれるかい」
「ハーイ」
鈴はひょいと背中から飛び下りると、シャルと並んで大神に手を振った。
「授業、遅れるなよ」
「わかってるって」
「し、失礼します」
シャルが軽く会釈をする。
「ふう……」
422: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:48:30.02 ID:xEF9Tby6o
「あの子たちなりに、あなたを元気付けようとしているんですわよ」
「おわっ、セシリア!」
いつの間にか、セシリアが大神の隣に立っていた。
「神出鬼没は淑女のたしなみですわ」
「そんなたしなみは知らん」
「それより」
「ん?」
「大神三尉は隊長なのですから、部下に心配されるようではダメですわよ」
「……わかってるよ」
「でも、あの子たちはあなたを支えようと頑張っているのですから、少しくらいは甘えても
良いと思いますわ」
「キミも、そう思ってる?」
「愚問ですわ」
「ありがとう、セシリア」
「あなたにしっかりしてもらわないと、私としても困りますからね」
「ははっ、そうだな」
「ああ、それともう一つ」
「どうしたんだい?」
「私も、家庭科の授業でクッキーを作ってきたのですが――」
「じゃあ、俺は授業あるから」
「ちょ、ちょっと三尉」
「じゃあ、セシリアも授業に遅れるなよ」
「少しくらいいいじゃありませんか」
ここで死ぬわけにはいかない。
大神はそう強く思いながら歩き出すのであった。
*
423: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:49:09.85 ID:xEF9Tby6o
その日の昼休み、大神は同僚の山田真耶に話しかける。
「山田先生」
「え? はい」
「頼みがあるんですが」
「はい、何でしょうか」
「ここではちょっとアレなんで、少し場所を変えませんか」
「ええ?」
ざわつく職員室。
だが大神はもはやそんなことを気にしている暇はなかった。
「あの……、それで話というのは」
人のいない給湯室で、大神は声を低くする。
「織斑先生のことです」
「……はい」
事情を知らされていないほかの職員と違い、真耶はある程度のことは校長から聞いて
いるようだ。
「織斑先生の飛行記録や、戦闘に関するデータ、それに動画などもあれば出来る限り
集めてくれませんか」
「どういうことです?」
「彼女に関することなら何でもいいんです。とにかく、急いで」
「待ってください、大神さん」
「はい」
「どうして急に」
「最悪の事態を想定するためです」
424: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:49:55.69 ID:xEF9Tby6o
「最悪の事態……」
「本当は俺もこんなことは考えたくはないのですが、軍人である以上はあらゆる
想定をして準備することが義務であると考えています」
「大神さん……」
「そんな悲しい顔をしないでください」
「でも」
「悲しいのは俺だって同じです。正直焦っている部分もあります。だけど、俺たちは
前に進まなければならない。織斑先生を救うためにも」
「……強いんですね、大神さんは」
「強くないですよ……。でも――」
「……」
「彼女たちのためにも、強くならなければなりません」
「……わかりました。出来る限りの情報を集めます」
「ありがとう」
「大神さん」
「はい」
「一緒に、頑張りましょう」
「そうですね、頑張りましょう」
*
425: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:50:59.69 ID:xEF9Tby6o
その日の放課後、大神は覚悟を決め隊員全員を地下の司令部に集める。
張り詰める空気。
「みんな、今日集まってもらったのはほかでもない。千冬さ、じゃなくて織斑先生についてだ」
「……」
箒やラウラなど、隊員の目が大神に集中する。
「あくまで可能性の話なのだが、伝えておかなければならないと思う。彼女は、
織斑千冬は俺たちに敵対する可能性がある」
「……!」
場の空気が凍った。
声にこそ出さなかったが、全員の動揺が手に取るようにわかる。
「……」
箒は俯き、じっと何かを考えているように見えた。
「どういうことなんですか?」
降魔については、比較的知識の少ないシャルが質問する。
「かつて降魔に捉えられた軍人がいるのだが、魔に取りこまれて降魔化してしまった
例もあるんだ」
「そんな……」
「もちろん、彼女がそうなるとは俺も思っていない。だが、可能性は否定できない。
そのことは覚悟しておいてほしい」
大神のその言葉に鈴は立ち上がった。
「ってことはつまり、千冬さんと戦うこともあるってこと?」
「そういうことだ」
426: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:51:56.22 ID:xEF9Tby6o
「……」
「校長、いや、司令から聞いた話では、織斑先生は元々降魔の力を増大させる体質の
持ち主だったようだ」
「降魔の力を増大、ですか?」シャルが大神の言葉を復唱する。
「ああ、簡単に言えば俺たちと“逆”の能力を持っていたということだ」
「逆の能力」
その時、大神に代わって箒が解説をした。
「対降魔霊力のことだ。私たちの力は、降魔を倒し、封じるためのもの。しかし、
織斑先生の霊力は逆に降魔を強化してしまう危険性があった。
だから、彼女がISに乗って戦えなかったのは、単に対抗魔霊力がなかったという
だけでなく、逆に敵を強化してしまうことになりかねなかったからだ」
「でもそれじゃあ……」
鈴の不安そうな声が部屋の中に響く。
「過去の例のように魔に取りこまれている可能性は非常に高いということだ」
「くっ……」
ラウラの顔が歪む。
誰よりも千冬を尊敬している彼女ならば無理もない。
「だけど、聞いてほしい」
そこで大神は身を乗り出し、声を強くする。
全員が顔を上げた。
「敵にとって織斑先生が利用価値のある人間であるならば、まだ殺してはいないだろう。
これはわかるな」
「はい」
427: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:52:33.33 ID:xEF9Tby6o
全員が頷く。
「だとすれば、彼女は、織斑千冬はまだ生きている可能性が高い。これだけは言える
だろう」
「つまり、どういうことです」
ここでやっとラウラが口を開いた。
「彼女が生きているならば、まだ何とかすることもできるってことだよ」
「……」
「死んでしまったらそれでおしまいだけれども、例え魔に取りこまれたとしても、生きている
ならば、何か手があるかもしれない」
「隊長は、諦めていないということですね」
「当り前だろう」
「なら、我々は全力で隊長を支えるのみ」
そう言ってラウラは立ち上がる。
「ラウラ」
「アタシも同じ意見よ」
鈴も立ち上がる。
「私も協力いたしますわ」
セシリアも言った。
「僕も、出来る限りのことをするよ」
シャルも立ち上がる。
「大神隊長、やりましょう」
最後に箒も立ち上がった。
428: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:53:19.52 ID:xEF9Tby6o
「みんな……」
「ですが隊長」とラウラが軽く手を上げる。
「どうした、ラウラ」
「……織斑教官は、並みではありませんよ」
それは大神を試すような言い方にも聞えた。
「どんなに強かろうが、俺は負けない。いや、負けるわけにはいかないんだ。
俺の信じる“正義”を貫くためにも」
「正義……」
その言葉を聞いて、鈴が反応する。
「アタシ、正義とか少し恥ずかしくてあんまり好きじゃないんだけど……」
「鈴……」
「でも大神っちの言うことなら、信じてみようかな」
そう言って、鈴は軽く片目を閉じた。
「茶化すんじゃない鈴、大神隊長は真剣なんだ」と、箒がフォローする。
しかしそう言われるとちょっと恥ずかしくなる大神であった。
「加藤保憲ですか? あんな見るからに悪者っぽい外見の男を私の第二の故郷
であるこの日本にのさばらせておくわけには行きませんわね」
セシリアはそう言って胸を張る。
「そうだな、セシリア」
「絶対に勝ちましょうね、大神先生」
シャルが両手をグーにして気合いを入れた。でも力の入れ方が女の子っぽくて
ちょっと可愛く見えた大神であった。
429: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:54:00.70 ID:xEF9Tby6o
(加藤保憲……、俺はお前を許さない。帝都を守るためにも、千冬さんのためにも、
絶対にお前を止めてやる)
大神は心の中で改めて誓う。
「あ、みなさんもう集まってましたか」
不意にそう言って、部屋に入ってきたのは山田真耶であった。
「山田先生」
真耶の手には、ジェラルミンンのケースがあった。
「それは」
「はい、織斑先生の戦闘記録や飛行データなどが入ったものです。学園の、
というか世界的に見てもトップクラスの資料ですよ」
「もう持ち出せたんですか?」
「ああ、いや。校長に相談したら、すでに用意してくれていて」
「校長が……」
大神は頭の中にあの酔っ払いの顔を思い浮かべた。
「役に立てばいいのですが」
「立ちますよ、山田先生。いや、立てて見せます」
「あ、はい」
大神が顔を近づけると真耶は恥ずかしそうに顔をそむけた。
「よし、皆。これから織斑先生の戦闘パターンを研究する。事後、アリーナで
戦闘訓練だ。やや厳しい日程になるがいいか」
「当り前よ!」
真っ先に返事をしたのは鈴であった。彼女はこのチームのムードメーカーかも
しれない。
430: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:54:47.57 ID:xEF9Tby6o
「了解です隊長」
ラウラも力強く返事をした。やはり千冬のことになると反応が違う。
「当然ですわ」
セシリアも優雅に返す。彼女は、ある意味マイペースを貫いているのだろう。
「はい、よろしくお願いします。大神先生」
やや緊張した面持ちでシャルは言った。
「了解。大神隊長、さっそくはじめましょう」
箒も、はやる気持ちを抑えるように声を出す。
大神は、改めてメンバーの心の強さを感じた。
(絶対に負けない。平和のためにも、そして何よりこの子たちのためにも!)
*
431: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:56:17.57 ID:xEF9Tby6o
大神たちは織斑千冬の戦闘データを解析する。
そこで改めて感じるのは彼女の完璧さだ。
近距離戦闘はもとより、射撃が主体の中長距離戦闘もこなす。
しかもその多様な戦闘方法を、あらゆる相手に対して柔軟に使い分けることができる。
また、彼女の得意技は相手の防御を無効化できるという反則的なまでの強力さである。
これに勝つには並みの努力ではできないだろう。
ISを動かし始めてまだ日の浅い大神ですら、彼女の実力が圧倒的だることがわかる。
ただし、その圧倒的な強さは現役の長さを犠牲にしたものであったこともまた事実だ。
織斑千冬の脳は、かなりの部分で損傷を受けていたという。
ラウラと違い、特別な手術を受けなかった彼女には自らの脳をコアの情報量(アクセス)
から保護する手段を持たなかった。
ある程度座学をこなすと、今度はアリーナでの特訓である。
学んだことは即、実戦で生かさなければ意味がないというのがIS学園流だ。
千冬がいないので、同僚の坂本や宮藤などに手伝ってもらいながら、特に連携戦闘の確認を
行った。
「現時点で、個々人の能力を伸ばすのには限界があります」
山田真耶は言う。
大神も同意見だ。
ゆえに、一人一人の力を合わせて敵を倒す形にするしかない。
千冬が相手なら。
考えたくない事態だが考えないわけにはいかない。
432: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:57:16.62 ID:xEF9Tby6o
訓練後も、大神は資料室に残ってこれまでの戦闘データを検証しつつ、新たな戦いかた
を模索していた。
正直、今まで通りの戦いでは限界があることを感じていたのだ。
しかもこれからは千冬のサポートもない。
(どうすればいいんだ……)
大神はパソコンのキーボードを叩きながら、自身の迷いを振り切れずにいた。
「うーん……」
瞼が重くなってきた。
(そろそろ休まないと、もし出動があったら)
そんなことを考えていると、誰かが資料室のドアを開けた。
「!?」
学園の資料室は、一般の生徒などは出入りできないことになっている。もちろん、教職員も
特別に許可を受けた者以外は立ち入り禁止である。
しかし、この時入ってきた者は、その“例外”であった。
「よう、大神」
「校長」
やや顔を赤らめた米田校長であった。
「どうされたんですか、こんな時間に」
「そりゃ俺のセリフだ。お前、寮に戻ったかと思ったらこんな時間まで」
「あ……」
時計を見ると、十時を回ろうとしていた。
433: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:57:45.37 ID:xEF9Tby6o
「研究熱心なのも結構だが、根を詰めてもやっていけんぞ。今出動があったらどうする」
「すいません」
「まあいい。ついでだ、ちょっと面貸せ」
「え……?」
大神は資料室から校長室へと連れてこられた。
「まあ、一杯飲めや」
ドカッとソファに座った米田は、そう言ってコップに日本酒を注ぐ。
「いえ、もしものことがあったらいけませんので」
「いいから、一杯だけ飲め。これは命令だ」
「命令……?」
「大神、お前のそのしかめっ面見てると、話せるものも話せなくなるっての。だから飲め」
「……わかりました」
大神は、日本酒の入ったコップに口を付ける。
久しぶりに飲む酒だが、口に入れると冷たさを感じ、喉を通ると熱く感じた。
頭がクラクラする、というほどではないが心臓の鼓動が少しだけ早くなったような気がした。
「少しは落ち着いたか」
「ええ……、すいません」
「なぜ謝る」
「ご心配をかけてしまい」
「うるせえな、部下を心配すんのは上官の仕事なんだよ。一々気にしてんじゃね」
434: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:58:29.57 ID:xEF9Tby6o
そう言うと、米田はコップに注いだ日本酒をグイっと飲み干す。
「カッー、うめえな。職場で飲む酒はまた格別だ」
「……」
「しけた顔すんなよ、大神」
「わかっています」
「千冬のことだろう?」
「……はい」
「今から心配したってはじまらねえよ。と言っても、オメーには無駄か」
「校長、俺はどうすれば……」
「わからねえよ」
米田は即答する。
「わからないって」
「それは誰にもわからねえ。お前が、切り開くんだ大神」
「自分が?」
「そう、お前の選択が未来を切り開く。それが花組隊長の役目だ」
「……そう言われましても」
「ISは人類のあたらしい可能性を切り開く」
「どこかで聞いたことある言葉ですが」
「IS開発者の一人、白井雪乃の言葉だ」
「……」
「俺はな、お前にはその力があると思っているんだよ」
435: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 20:59:13.35 ID:xEF9Tby6o
「……俺なんて、まだまだです」
「お前が自分を信じられない。お前一人ならそれはいいかもしれん」
「……」
「しかし今のお前には仲間がいるだろう」
「ん……!」
「彼女たちは、お前を信じているんだ」
大神は、隊員やサポートしてくれる職員の顔を思い出す。
(彼女たちは、自分を信じてついてきてくれる)
「例え不安でも、前に進むしかねえんだ。もちろん、俺もついてくぜ、大神」
「校長……、いえ、司令」
「ふふん、少しはマシな顔になってきたな。目の下のクマはひでーが」
「そ、そうですか?」
「まあ、適度に疲れがあったほうが顔が引き締まるってもんだ」
「うーん……」
大神は、軽く目の下を指で触れて見た。クマがあるかどうかはわからないけれど、
少し眠たくなったのは事実だ。
「それはいいが、アイツのことなんだが」
「アイツ?」
「俺たちの“敵”だ」
「加藤、保憲ですか」
「ああ、帝都破壊にこだわる魔人。奴を倒すために、幾人もの陰陽師や魔術師が
立ち向かったが、その強力な妖力でことごとく蹴散らして行ったという」
436: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:00:01.71 ID:xEF9Tby6o
「相当凄い奴なんですね」
「俺たちの御先祖様も苦労したらしい」
「奴を倒す手は、あるんですか?」
「実は、花組の隊員の中で奴に対抗するための“要(かなめ)”の人間がいる」
「要?」
「そうだ。誰だかわかるか」
大神は、少しだけ考えた。
加藤保憲に対抗できる人間。彼の部下である隊員の顔を一人一人思い浮かべる。
そして、明治神宮で加藤と対峙した時のことを思い出した。
「篠ノ之箒……」
「そうだ、よくわかっているじゃないか」
唯一、生身の状態で加藤の結界を破ったのが彼女だ。
大神たちは、誰も加藤に指一本触れるまでもなく吹き飛ばされていったにも関わらず、
彼女は違った。
そう言えば、加藤自新も箒のことを「厄介」と言っていた気がする。
「でもどうして箒くんなんですか?」
「アイツは『破邪の血』を受け継いでいるんだよ。箒の母方の実家は真宮寺と言ってな、
代々魔を滅するための家柄だったのだ。もっとも、今はその血筋も絶えつつあるけどな」
「破邪の血……、魔を滅するための家柄……」
「箒は、対降魔霊力だけならトップレベルの潜在能力を持っている。生身で降魔を討滅
できるほどの力の持ち主だしな。だがIS適性は低く、操縦者としての経験もほかの隊員に
比べれば浅い」
「……」
437: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:00:45.27 ID:xEF9Tby6o
「大神、箒をどう生かすかが、今後の戦い方に大きく影響するとは思わないか?」
「そうですね……」
「そうだ。お前にいい物を貸してやろう。よっこいしょ」
米田は立ち上がると、自分の机の引き出しを開け、何かを取りだした。
「なんですか? 校長」
「これだ」
そう言うと、米田はやや古い紙束をテーブルの上に乗せる。
よく見るとそれは、和綴じの書物であった。
「随分古い本ですね」
「百年以上も前のものだからな」
「百年以上……?」
「ほかにももっとあるんだが、全部を全部読むわけにはいかんからな。これだけ持ってきた」
「どういう本なんですか?」
「まあ、ちょっと目を通してみな」
「はあ……」
電子書籍の普及が著しい今日、紙の本、それも和綴じの書物に違和感を感じつつ
大神は頁をめくった。
カビ臭い和紙の匂いが鼻の奥をチリチリと刺激する。
「これは、降魔……?」
どうやらそれらの書物は、降魔との戦いを書いた先人の記録のようだ。
438: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:01:13.73 ID:xEF9Tby6o
「温故知新って言葉、知ってるか?」
米田がニヤリと笑い聞く。
「論語の言葉ですね。故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」
「そうだ。最新の戦法や技術を学ぶのもいいが、古い物から学ぶこともあるはずだ。まあこれは、
俺のような古い人間でも役に立つんじゃないかという、微かな希望だけどよ」
「ありがとうございます」
大神は立ち上がり、頭を下げる。
「頑張れよ、大神。今の俺にはそれしか言うことができない」
「頼もしいですよ、校長」
*
439: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:02:04.55 ID:xEF9Tby6o
しかし大神には時間がなかった。
暇さえあれば古文書をめくり、最新の戦闘データに目を通し、そしてISの実働。
せっかく受け持たせたもらった学園の授業も対応できなくなり、ほかの先生に
代わってもらうことになった。
『ちょっと大神っち、動き悪いわよ!』
放課後のアリーナで、無線越しに鈴の声が響く。
「す、すまない」
『鈴、隊長になんて口の聞き方をするんだ!』
箒が怒って鈴に注意する。
「いや、いいんだ箒くん」
自分の動きが悪いことは事実だ。
訓練とはいえ、連日の疲労で上手くISが操縦できない。
『隊長、もう休まれたらどうですか?』
ラウラの心配そうな声が聞こえる。
「いや、大丈夫だラウラ」
『大丈夫ではありませんわ、三尉』
「セシリア……」
『あなたが今のような状態で実戦に出て貰ったら、部下である私たちが危険に晒されて
しまいます』
「ん……」
反論のしようがなかった。
セシリアの言うことも、正しいのだ。
440: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:03:01.29 ID:xEF9Tby6o
このままでは、今まで以下の戦いしかできない。
それはわかっていた。だが、この難局を乗り切る道が見つからないことには、安心して
休むこともできない。
*
そしてその日、寮に戻った大神はロビーで古文書と睨み合いをしていた。
自分の部屋で読んでいると眠ってしまいそうだったからである。
しかし、どこで読んでも眠気はかわらない。疲労と不安、そして焦りが頭を混乱させ、
読書どころではない。
「大神さん」
不意に声をかけてくる声があった。
「山田先生」
「また古い本ですか?」
「え、はい。何とか、加藤を倒すための手立てがないものかと思いまして」
「……」
真耶は大神の手に持っている和綴じの古書を少し眺めてから、彼の隣に座った。
「先生?」
そしてじっと大神の目を見つめる。
「大神さん」
「は、はい」
「古文書の読解は私に任せてくれませんか?」
441: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:03:33.53 ID:xEF9Tby6o
「はい?」
「私が校長から借りた本を読んで、そこからヒントを探します」
「いや、でもこれは……」
「ちょっといいですか?」
そう言うと、真耶は大神の顔を両手で包むように触る。
「あの、先生……?」
大神の目線は、不意に近づいてきた真耶の胸の谷間に釘付けになってしまう。
「目が、真っ赤ですね」
「はい」
「疲れている証拠です」
「いや、それはわかっています。でも」
真耶は手を離し、そして改めて大神と向き合った。
「大神さん、あなたは一人しかいないんですよ。世界でたった一人の大神さんなんです」
「ん……?」
「だから、大神さんの身体が一つしかないように、あなたの頭も一つしかないんです」
「はあ」
「だから、あなたの頭の作業も私に手伝わせてください」
「先生……」
「私が調べている間、あなたは体調を整えてください。今日の訓練のように無様な姿を
実戦で見せないように」
「痛いことを言いますね」
442: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:04:21.96 ID:xEF9Tby6o
「私だってこういうことは言いたくはありません。でも、あなたを失うことはもっと嫌
ですから」
眼鏡越しからでも、彼女の真剣なまなざしはしっかりと伝わってきた。
「……わかりました。古文書の読解はお任せします」
「ありがとうございます」
「でも大丈夫ですか?」
「ええ、こう見えて古文の成績は良かったんですよ」
「……」
「あれ、私のことは信じられないんですか?」
「いや、そんなことは」
「三流の指揮官は部下の身体を使い、一流の指揮官は、部下の頭脳も使う。校長が
おっしゃっていました」
「校長が」
「ほかにも、できることがあればガンガン言ってください。協力します」
「あ、ありがとうございます」
「ふふん、私のほうがあなたよりもちょっとだけお姉さんなんですから、じゃんじゃん頼って
ください」
と言って真耶は胸を張った。
「ふふ、でもお姉さんって感じじゃありませんよね」
大神は微笑みながら、彼女の頭を撫でる。
「もー、大神さんったら」
「すいません」
なんだか、随分久しぶりに笑った気がする大神であった。
443: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:05:23.01 ID:xEF9Tby6o
*
リラックスしたら、急に眠くなった大神は、とりあえずテーブルの周りを片付け、
自分の部屋に戻ることにした。
「ふう」
一息ついた彼は、ベッドに腰掛ける。
「ん?」
すると、ベッドからあり得ない感触が手に伝わってきた。
よく見ると布団がコンモリと膨らんでいる。
「なんだ?」
疑問に思った大神が、布団をはいでみる。すると――
「な!」
大神は声を上げた。
彼のベッドには、ウサギ柄のパジャマを着たラウラが寝ていたからである。
「なんだ隊長、遅かったですね。ほら、早く寝ましょう」
そう言って大神のシャツを掴むラウラ。
「ちょっと待ってくれラウラ。なんでこんなところに」
「眠れる時に眠っておく。それが軍人のあり方でしょう? 隊長」
444: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:06:18.01 ID:xEF9Tby6o
「質問に答えろ」
ラウラと大神がもみ合っていると、急にドアが開く。
「ラウラはいるかあ!」
箒であった。彼女の声が部屋中に響く。
「箒くん?」
「なんだ、箒か」
驚く大神に対し、ラウラは平然としている。
「いないと思ったらやっぱりここにいたか。何をしている」
「見てわからんのか箒、これから隊長の添い寝をするところだ」
「そそそそそ、添い寝ええええ?」
箒の顔が真っ赤に染まる。
「いや、違うんだ箒くん!」
「わかっています、大神先生。ラウラ、戻るぞ」
そう言って箒はつかつかとベッドまで歩くと、ラウラのパジャマの後ろ襟の辺りを
掴んでラウラを引きずって行った。
「隊長、寂しくなったらいつでも私を呼んでもらって構わない」
箒に引きずられながらラウラはそう言う。
「失礼します」
最後に、箒は軽く会釈をして部屋を出て行った。
*
445: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:07:26.14 ID:xEF9Tby6o
翌日の昼休み、大神はテラスで昼食を食べることになっていた。
テーブルについたメンバーは、大神のほかにセシリアと鈴である。
「ほかのみんなはどうしたんだい?」
と、大神は聞く。
「箒さんなら、山田先生と一緒に古文書の解読をしておりますわ」
「昼休みなのに?」
「ええ、なんでも箒さんの実家から、また別の書物を取り寄せたとかで、寸暇を惜しんで
読んでおります」
「凄いなそれは。で、ラウラとシャルはどうした?」
「あの二人なら、坂本先生と一緒に新しい戦法の研究をしてるよ」
次に答えたのは鈴であった。
「新しい戦法?」
「ISの技術は機体だけでなく、戦闘も日進月歩だからね。世界中のあらゆる戦法の中から、
降魔相手に使えそうなものを探しているんだって」
「……」
「ラウラは軍にいたし、シャルは企業の研究所で働いていたらしいから、そういう戦闘の
分析や研究は得意なじゃないかな」
「そうか、二人も頑張っているんだ」
大神は唸る。
自分ばかりが頑張っているように思っていたが、ほかの人たちも千冬のため、そして
平和のために努力しているのだ。
そう考えるといても経ってもいられなくなるのが大神である。
他人が二倍努力するなら自分は三倍、四倍努力するなら自分は六倍努力しようとする。
とにかく何事においても負けず嫌いなのだ。それゆえに、幹部学校でも主席だったのである。
446: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:07:56.64 ID:xEF9Tby6o
「ああ、ちょっと急用が」
そう言って大神立ち上がった。
「ちょっと待ちなさい大神っち」
大神が立ち上がるや否や、隣にいた鈴は彼の袖を掴む。
「何をするんだ」
「今は昼休みなんだから、ちゃんとご飯は食べなさいよ」
「そうですわよ隊長。身体は資本ですわ」と、セシリアも続く。
「……そうだな。確かに」
鈴に言われて空腹を感じた大神は再びその場に座った。
「で、今日の昼食というのはなんだい?」
「これよ、これ」
そう言って鈴が取りだしたのは、プラスチックのタッパー容器である。
蓋を開けると、美味しそうな匂いが広がってきた。
「酢豚だね」
「そうよ、疲れている時は酢が一番って阿部先生も言ってたわ」
「鈴さんの唯一できる料理ですわ」
「失礼ね、ほかにもできるわよ」
「他って、なんですの?」
「えーっと……」
「二人とも、そんなことより早く食べようよ」
と、大神が声をかけた。
447: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:08:29.50 ID:xEF9Tby6o
しかし酢豚だけというのはどうなのだろうか。
「大神三尉、私も作ってまいりましたわ」
セシリアは笑顔で、どこからともなくバスケットを取り出す。
「!」
「ちょっとセシリア、大丈夫なの?」
心配そうに声をかける鈴。大神も心配であった。
「大丈夫ですわよ、今日のは……」
なんだかひっかかる言い方だが、以前彼女が作ったサンドイッチは妖気が出ていた気がする。
そうして、取りだされたのはやはりサンドイッチであった。
イギリスといえばサンドイッチといったところか。
「さあ……、どうぞ」
いつもの自信満々の顔とは違い、やや緊張した表情を見せるセシリア。
せっかくの好意だ。受け取らないわけにもいくまい。
そう思った大神は意を決してセシリアのサンドイッチを口にした。
「……うまい」
サンドイッチはとても美味しかった。
優しい味だ。やや形は不細工だが、とにかく美味しい。
「美味しいよセシリア」
「よかったですわ」
「ホッとしてるんじゃないわよ」意地悪な笑顔で鈴がからかう。
448: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:09:15.33 ID:xEF9Tby6o
「うるさいですわね、もう」
「でも本当、美味しいよセシリア。ありがとう」
「実はそれ……、シャルさんに作り方を教えてもらったんです」
「シャルに?」
「彼女、料理が得意だというから。ほら、私はあまりそういうのが得意ではありません
からね」
「セシリア」
「私のように、美貌と知能、そしてIS操縦に優れた生徒が料理下手なんて、格好が
つきませんわ」
「美貌?」
「そこに疑問符を付けますの?」
「ほら大神っち、私の酢豚も食べなさい」
鈴は箸で豚肉をはさむ。
「ほら、アーンして」
「……」
「鈴さん、はしたないですわよ!」
「いいじゃん、初めてじゃないんだし。ほら、アーンして」
「自分で食べるから」
「何よ、アタシの酢豚が受け取れないっていうの? おりゃっ」
「うわ、鼻に酢豚が……!」
「んもう、鈴さん」
「こら! 鈴」
*
449: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:09:47.50 ID:xEF9Tby6o
「破邪の陣?」
その日の放課後、大神は篠ノ之箒と山田真耶の二人から聞き慣れない言葉を聞いた。
「はい、現時点で篠ノ之さんの能力を生かすのは、それが一番なんじゃないかと思いまして」
そう言ったのは和綴じの古文書を持った真耶である。
「元々、有名な陰陽師の一派が生み出した陣形なんですけど、対降魔霊力を高めることに、
最も効果の上がるものらしいのです」
「そんなものが……」
「ただ……」
「どうしました?」
「元々地上で使うものですから、空中を移動するISでこの陣が使えるかどうかは」
「山田先生」
「はい」
「やってみましょう。今は何をしてでも加藤を倒すことが先決です。試せるものは何でも試す」
「わかりました」
「箒くん」
「はい」
今まで黙っていた箒が声を出す。
「頼むぞ」
「……はい」
*
450: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:10:45.86 ID:xEF9Tby6o
その後、訓練用アリーナで大神たち花組のメンバーは、真耶と箒から破邪の陣について
の説明を受けた。
「いわゆる、五行をつかさどるい五芒星の形を空中で作ります。そしてその中心に篠ノ之さん
を入れます」
「つまり、俺たち五人で五芒星の外枠を作り、その中心に箒くんを据えるという形ですね」
「そういうことです」
「本当にそんなんで上手く行くの?」
と、鈴は疑問を投げかける。
「数百年前の資料ですので、今でも使えるかどうかはわからない」と箒は答えた。
「だったらもっと、確実な戦い方のほうが」
「待ってくれ鈴」
そう言って大神は鈴の言葉を止めた。
「何よ」
「あの加藤保憲と対峙したときのことを思い出して欲しい」
「あの時は……」
嫌な思い出だ。出来れば思い出したくはない。
「恐らく、加藤の妖気に最も効果的に対抗できるのは箒くんだと俺は思うんだ。だから、
その箒くんの力を最大限まで引き出せる戦い方を訓練するのは、間違っていないと思う」
「それで、大昔のやり方を?」
「歴史に学ぶのは悪いことじゃないさ」
「僕は賛成です」
と言ったのはシャルであった。
451: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:11:34.85 ID:xEF9Tby6o
「シャルさん、あなたは最新の戦法を研究していたんじゃなくて?」
セシリアが気遣うように聞く。
「確かに、新しい戦い方を開発することは大事だと思う。でも、古いものが今でも残って
いるというのには、何かしらの理由があると思うんだ」
確かに、何の意味もないものが現在まで書物として残っていることはないだろう。
「で、ラウラはどうなの?」
鈴は、ラウラにも話を振る。
「私は、隊長が言うのならそれに従います」
「セシリアは?」
「私も異論はありませんわ。ただ……」
「ただ?」
「この作戦の要となる箒さんは、どう思われているのかなと思いまして」
「箒?」
全員の視線が箒に集まる。
箒はやや恥ずかしそうにしていたが、意を決して口を開く。
「あの、みんな。知っている人は知っていると思うが、私の母の実家は真宮寺家と言って、
代々魔物退治を行ってきた。幼い頃、私はこの血筋を煩わしく思ったことがある。
だが今は、その血筋を引いていることが私の誇りだ。どうか、力を貸してほしい」
「……」
箒の言葉を聞いて、全員が押し黙った。
当の彼女は、その反応を見て何かマズイことを言ってしまったかと思い戸惑っている。
「箒くん」
そんな中、最初に声をかけたのは大神であった。
「大神さん……」
「力を貸すんじゃない、力を合わせるんだ。俺たちは仲間なんだから」
「……はい」
こうして、大神たちの訓練に破邪の陣の演習が加わった。
しかし、当然ながら古(いにしえ)の業(わざ)がそう簡単に仕えるはずもなく、何度も失敗を
繰り返すのであった。
*
452: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:12:19.30 ID:xEF9Tby6o
大浴場――
その日の訓練を終えた箒たちは、大浴場で疲れを癒していた。
「んー」
湯船の中で伸びをする鈴。
「さすがに今日は疲れましたわね」
そう言って首をひねるセシリア。
「確かに……」
シャルも疲労の色は隠せない。
「……」
ラウラは、特に顔色を変えることなく湯船につかっていた。
「みんな、すまない」
唐突に箒は言う。
「はあ? いきなり何よ」
伸びをやめた鈴が言った。
「私のワガママで、余計な疲労を増やしてしまったようで」
「何よ、破邪の陣は必要だからやっているんでしょう?」
「そうなのだが……」
「別に気にする必要はありませんわよ、箒さん」
「そうだよ箒。訓練で疲れるの当り前だよ」
セシリアとシャルはそう言ってフォローする。
453: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/14(日) 21:13:10.35 ID:xEF9Tby6o
「ふむ……」
箒は俯いた。これからの戦いを考えると、あまり明るい展開は期待できそうもない。
「まったく、大神っちもそうだけど、疲労がたまると皆ネガティヴな方向に頭が行っちゃう
のよね」
鈴はそう言うと立ち上がった。
「鈴?」
そしてゆっくりと箒の後ろまで移動する。
「疲れを取るにはマッサージが一番よ、箒」
「ちょっと、やめ――」
「おりゃおりゃ」
「ええ◯しとりまんなー、箒はん」
「こら鈴、離せ」
バシャバシャと暴れる箒。
そんな様子の中、周りからは自然と笑みがこぼれた。
しかし数日後、破邪の陣が完成する前に敵が現れる。
場所は、東京都千代田区大手町――
つづく
458: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 19:59:34.62 ID:Cq5y/m/Qo
もしこの世界に悪がなかったら、それはもはやこの世界ではない。
ライプニッツ
459: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:00:20.62 ID:Cq5y/m/Qo
夜の東京は昼間と同じくらい明るい光を放っていた。
少し前、東京湾上空で見たその光が今目の前にある。
お台場でISを展開した大神たち帝國華劇団花組は、そのまま東京駅付近まで向かった。
突然のIS型魔操兵器の出現に、丸の内周辺は大混乱になっているようだ。
電車も止まり、道路は渋滞していた。
(こんな場所で戦えるのだろうか……)
これまで、まるで狙ったかのように人の少ない場所に出現していた降魔が、この日は
よりによって東京ど真ん中に出現したのだ。
複数の降魔反応がISのマルチディスプレイに映し出される中、大神はある一点を注視
していた。
そこに立つ人物――
風にマントを揺らす旧陸軍の制服を着た男が高層ビルの上に立っていた。
小さいが、確かにわかる。
《大神、宗一郎だな》
男の声が聞こえた。
無線を通じているわけでなく、かといって大きな音が響いているわけではない。
直接脳内に話しかけられているような感覚。
「加藤……」
大神は噛みしめるようにその男の名前を呼ぶ。
加藤保憲――
460: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:01:32.51 ID:Cq5y/m/Qo
帝都に仇なす男。
百年以上の長きにわたり帝都を破壊することだけに執念を燃やす魔人。
「加藤! 千冬さんを返せ!」
《彼女は切り札だ。そう簡単に返すわけにはいかん》
「貴様……!」
《大神……》
「なんだ」
《このまま大人しく帰れば、貴様らは死なずに済むぞ》
「何をバカなことを」
《お前は自分が死ぬのを厭わない男だろう。だが、後ろの少女たちはどうだ》
大神の背中には、箒、セシリア、鈴、シャル、そしてラウラが飛んでいる。
彼女たちは軍人ではない。
しかも未成年だ。
大神のように命をかける必要はない。
今更ながら大神は自身の責任の重さを痛感する。
それが例え、加藤による策略であったとしても、そのことを忘れるわけには
いかない。
「……」
『隊長、箒です』
大神の無線に、篠ノ之箒の優しげな声が響いた。
「箒くん?」
461: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:02:06.27 ID:Cq5y/m/Qo
『私たちは今日まであなたについてきました。今更あなたの傍を離れることはしません』
『そうよ、大神っち。いえ、隊長。この凰鈴音もいるわよ』
『このセシリア・S・オルコット、隊長にどこまでもついていきますわ』
『シャルロットです。僕も、隊長と一緒にこの街を守りたい』
『ラウラ・ボーデヴィッヒ、私の命はあなたのためにあります。マイン・リーバー』
「皆……、ありがとう」
《クックック……》
そんなやりとりが聞こえているのか、加藤の不快な笑い声が響く。
《本当に死にたいらしいな。大神。この加藤保憲の道を塞ぐ者は、誰であろうと容赦は
しない》
「どうするつもりだ」
《来い!》
加藤の掛け声とともに、奴の後から三体の黒い影が出現した。
魔操兵器、コードネーム黒兜(ブラックヘルム)だ。
「何が来ようと同じだ! この子たちは、俺が絶対に守る!」
462: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:02:45.14 ID:Cq5y/m/Qo
I S 〈インフィニット・ストラトス〉 大 戦
第十話 帝都防衛戦
463: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:03:27.90 ID:Cq5y/m/Qo
黒兜はIS型魔操兵器の中で最も標準的な機体で、大太刀を主要武器とする近接戦闘型
であり、時折強力なエネルギー弾を放つ厄介な存在だ。
しかし――
「セシリア! ラウラ! シャル! 支援射撃!!」
大神がそう叫ぶと同時に、後衛の三人は一斉に射撃を開始する。
空中に現れた黒兜に対し、セシリアのレーザーライフル、ラウラのレールカノン、そして
シャルの機関銃が正確に機体に命中する。
グラリと機体を傾ける黒兜。
しかし、彼らが体勢を立て直すことは二度となかった。
「でりゃああああああああああ!!!」
『そりゃあああ!』
『せいやああああ!!』
大神に続き、箒、そして鈴が近接戦闘用武器でつっこみ、トドメを刺す。
三体の魔操兵器はあっけなく撃墜されてしまった。
「加藤!!」
大神は叫んだ。
「これが俺たちの答えだ! 観念しろ! 加藤っ!!」
《ふっ、戦闘能力は向上したようだな。初めての戦い時とは比べ物にならない》
(こいつ、やはり最初から……!)
《だが余興にしてもまだ物足りん……。夜は長いぞ、大神》
「加藤おおお!!」
『降魔反応多数! 大神隊長! 気を付けて!』
無線から山田真耶の声が聞こえる。
464: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:04:12.33 ID:Cq5y/m/Qo
「!」
マルチディスプレイに浮かび上がった降魔反応は既に十を超えていた。
「囲まれたか!」
周囲を見回すと、いつの間にか複数の魔操兵器が浮かび上がっていた。
このままじっとしていればやられるだけ。しかし、闇雲に動いていても意味がない。
「ラウラ! 敵戦力の分析だ!」
『ツヴァイク了解』
「セシリア! 突破口を探せ」
『ブルーティアーズ了解ですわ』
「箒! 鈴! 俺たちが先頭になって包囲を突破するぞ。シャルはすぐ後ろで支援射撃」
『紅椿了解』
『甲龍了解よ!』
『クロード、了解です』
大神が指示を出していると、予想以上に早くセシリアから連絡がきた。
『隊長こちらブルーティアーズ。突破口見つけましたわ。七時の方向、防衛線薄いです』
「よし行くぞ! 俺に続け!!」
『了解!!!!!』
大神を先頭に包囲網の突破を図る。
勢いが大事だ。一瞬の迷いが命取りになりかねないからだ。
「おりゃあああああああ!!」
『クロード、支援射撃開始!』
465: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:04:48.47 ID:Cq5y/m/Qo
シャルの射撃が空の道を開く。
「でりゃあ!」
大神が、目の前の敵を斬りつけた。
物凄い衝撃と火花が散る。
(一発では仕留められなかったか)
さすがに、さきほどのような攻撃は何度もありえないだろう。
そう思い大神は黒兜と切り結ぶ。
二刀流を使って、もう一つ別の機体にも切りつけた。
『隊長!』
「キミたちは先に行け!」
文字通り、目にもとまらぬ速さで仲間のISが通過していく。
仲間が脱出している間、大神は殿(しんがり)として敵の攻撃を食い止めるのだ。
「全員無事か!」
『こちらブルーティアーズ、全員の突破を確認』
「了解だ!」
次の瞬間、肩に衝撃が走る。ガクンと機体が沈んだような気がした。
「くそ!」
黒兜の大太刀が大神の肩部を攻撃したのだ。
よく見ると、別の機体も射撃姿勢をとっている。
「邪魔するな!」
前線に取り残された大神は、敵を牽制しつつ本隊への合流を目指すのだが、敵の集中攻撃
が予想以上に激しい。
466: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:07:21.80 ID:Cq5y/m/Qo
『隊長おお!!』
目の前を強力なエネルギー弾が通過する。
「ラウラ!」
ラウラのレールカノンだ。
『大丈夫ですか、隊長』
「助かった、すぐ行こう!」
『了解』
ラウラとともに本隊に合流した大神は態勢を立て直し、敵の攻撃に備える。
「ラウラ、それで敵の分析は」
『はい、今のところ、近接戦闘型の黒兜が十二体、狙撃型の山猫(リンクス)が四体、
それから多弾性支援射撃型のIS、コードネーム要塞(フォートレス)が六体です」
要塞(フォートレス)は千葉県に出現した射撃型のISだ。
拠点防衛用に特化しているらしく、機動力はあまり高くないが、その強力な火力と
硬い装甲は厄介どころの話ではない。
『隊長、それで作戦は』
「奴らを残すのは危険だ。各個撃破で掃討する。まだ避難できていない人たちも
いるようだから、極力街に被害が出ないように敵を倒すぞ」
『了解』
「それから、一斉には無理だからいつものバディ、二人一組で戦うぞ。右翼前衛は鈴」
『甲龍了解』
「そして鈴の後衛はシャルだ」
『クロード、了解です』
467: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:07:52.72 ID:Cq5y/m/Qo
「左翼前衛は箒」
『紅椿了解』
「箒くんの後衛はセシリア、キミに頼む」
『了解ですわ』
「そして俺の直衛はラウラ、キミだ」
『ツヴァイク、了解です』
「ようし、行くぞ! 右翼から前進!」
『了解!』
鈴の機体が大きく旋回して敵の前衛に向かう。
『シャル! サポートしてよ!』
『クロード、了解!』
シャルの射撃音が夜の東京に鳴り響く。
二人のコンビネーションは相変わらず冴えている。
シャルのオレンジ色の機体が鈴の赤紫色の機体にピッタリとくっつき、その動きを
射撃によって巧みに支援している。
『そりゃ、そりゃあ!』
鈴が一段で黒兜を撃破すると、その後方の要塞にも“一太刀”浴びせる。
そして離脱。そこにシャルが射撃する。
『こっちも負けてはいられない!』
左翼側は箒が前衛だ。
自慢の加速力を生かして一気に敵との距離を詰めると攻撃、そして離脱。
『行きますわ!』
468: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:08:40.98 ID:Cq5y/m/Qo
そこに間髪入れずセシリアの射撃。
「ラウラ、俺たちも行くぞ」
『ツヴァイク、了解です』
大神も二本の刀を構えた。
「ラウラ! 前方の山猫(リンクス)を狙え!」
『了解!』
ラウラの強力なレールカノンが、数体いる敵機の中で正確に狙撃機体を狙い打った。
実に正確な射撃だ。
厄介な敵は早めに始末しておくに限る。
「ぐおお!!」
しかし、今度は別の機体が大神機に向けて射撃をしてきた。
機体に衝撃が走る。
身体的な痛みはないが、損傷(ダメージ)を伝える警告音がISの嘆きのようで心が痛んだ。
『隊長!』
「大丈夫だ」
(IS、すまいない)
ダメージレベルを見ながら大神はそう思う。
防御力の高い機体であることを今日ほど感謝したことはない。
「くそ、鈴に攻撃が集中している。救援行くぞ!」
『ツヴァイク了解』
469: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:09:10.03 ID:Cq5y/m/Qo
大神は一気に機体を加速させる。旋回性はよくないが、加速性はいいのだ。
しかし目の前に現れる巨大なビル。
「やつら、高度を下げたか」
目の前に林立する高層ビルは、文字通りコンクリートジャングルだ。
大神はビルを縫うように飛び、鈴の援護に向かう。
「こっちだあ!!」
そして一気に高度を上げて敵をおびき出す。
大神の思惑通り、数体の敵機がビルの上に飛び上がった。
「シャル! ラウラ! 狙い撃て!!」
『クロード了解です』
『ツヴァイク了解』
大神に急接近した黒兜が大太刀を振り上げ攻撃を仕掛ける。
「そう簡単にやられはしない!」
大神は二刀流を十字に構えて敵の攻撃を受け止めた。
防御しているとはいえ、衝撃は決して少なくない。
そこに、もう一機の機体が現れる。
そっちの攻撃も急いで防ごうとしたら、目の前で爆発が起こった。
『隊長! ご無事で』
ラウラのレールカノンが命中したらしい。
「こっちは問題な――」
また別の機体が大神機に襲いかかる。
470: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:10:02.82 ID:Cq5y/m/Qo
『させないわよお!!』
今度は、鈴が敵の背後から斬りつけた。
空中でバランスを崩した敵にシャルがトドメを刺す。
『鈴、隊長、離れて!』
ダダダッという連弾で黒兜の機体は爆発し、砕け散った。
しかしほっとしたのもつかの間、今度は別の方向からシャルと同じような連弾が大神たちに
襲いかかった。
「危ない鈴!」
鈴をかばい、弾を受ける大神。
ガクンと身体が揺れる。
首に力を入れていなければ危なかった。
《正面、損害率44%》
「大丈夫か鈴!」
『隊長こそ大丈夫なの!?』
「俺は問題ない、ラウラ! 掃討だ」
『ツヴァイク了解』
大神は再び機体を加速させる。
ビルの影に隠れて射撃してくる敵は本当に腹が立つ。
『隊長! 敵機補足』
「待て! 撃つなラウラ」
大神はラウラの射撃を止めた。ここで撃てばビルもタダではすまない。
スコールのように襲いかかってくる魔弾をよけながら大神は更に加速して距離を詰める。
471: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:10:37.62 ID:Cq5y/m/Qo
すると“要塞”は機関銃から戦斧に持ち替えて襲いかかってきた。
「そうこなくては!」
大神は二刀を構え、斧をはじき返した。
しかし今度は蹴りを繰り出す。
(随分器用だな、魔操兵器なのに)
大神はチャンスとばかりに、敵の脚部を脇で抱え込んだ。
《!!!》
想定外の状況に、魔操兵器も同様しているようだ。
「おりゃあああああ」
大神は一気に上昇する。
敵も斧を振って抵抗するも、大神は残ったもう一本の腕で刀を使い、再び戦斧をはじいた。
(そろそろいいな)
そう思い大神は腕を離す。
再び対峙しようとする要塞に対し、大神は逆噴射で距離を取った。
「ラウラ!」
『貰った!!』
黒兜よりも機動力の低い要塞(フォートレス)は、空中では絶好の的だ。
レールカノンが命中して、大爆発を起こす要塞。だが、まだ降魔反応は健在だった。
見事にへこんだ正面のカーキ色のボディを見るや否や、大神は超加速で斬りかかる。
防御力の高い要塞は、早めに畳みこまないと、回復されたらまた厄介だ。
「せりゃあああ!」
472: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:11:21.16 ID:Cq5y/m/Qo
相手のコアを破壊する手ごたえがあった。
『隊長が敵機を撃墜』
「よし次だ」
『隊長、こちら甲龍。こっちはいいから箒のフォローに行ってあげて』
「鈴」
『鈴……』
レーダーを確認すると、確かに箒たちの機体に敵が集中を始めた。
「無事でいろよ、鈴、シャル」
『甲龍了解』
『クロード、了解です』
「ラウラ、行くぞ」
『ツヴァイク了解』
大神とラウラは急降下して、すっかり車の通らなくなった道路の上を飛んだ。
時折見える自衛隊の装甲車から、迷彩服姿の自衛官が手を振る。
大神は航空機のようにやや機体を横に振ってそれに答えた。
(帝都を守っているいるのは俺たちだけじゃないんだ)
大神はそう思うと少し勇気が出た思いがした。
*
473: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:11:55.45 ID:Cq5y/m/Qo
ビルを抜けると箒たちの姿が見える。
箒の赤い機体は、敵の黒機体三機に囲まれていた。
(マズイな!)
そう思った大神は加速する。
「ラウラ、支援だ!」
『了解』
すぐ後方のラウラに指示を飛ばすと、大神はそのまま箒のいる場所まで飛んだ。
「でりゃああ!」
鳴り響く金属音。
「箒くん! 加速だ!」
『了解!』
箒のISの機動力なら、格闘戦よりも高速戦闘のほうが適しているはずだと大神は判断した。
後ろから追いかけてくる魔操兵器にラウラのレールカノンが命中する。
「箒くん、大丈夫か」
『は、はい。私は大丈夫です』
「セシリア、キミは」
『ブルーティアーズ、無事ですわ。このくらいでやられてなるものですか』
セシリアがそう言うと、青いレーザーライフルの軌跡が夜空に吸い込まれた。
そして爆発。
『山猫タイプ一体、撃破ですわ』
474: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:12:31.65 ID:Cq5y/m/Qo
「了解だセシリア。それから箒くん!」
『はい!』
「二人で合わせるぞ」
『了解』
大神は箒と二人で素早く旋回する。
旋回性能は箒のほうが上なので、彼女が外側で攻撃の要だ。
「いくぞおおお!!」
『うおおおおおお!!』
ほとばしる気合いが真横にいてもわかるくらい伝わってくる。
「な!」
箒の一振りで、黒兜の機体がまるで豆腐か何かのように簡単に両断された。
先ほどまでの苦戦がウソのようだ。
「続いて行けるか!」
『問題ありません!』
そう言って箒は再び刀を振う。
今度は一撃ではなかったが、それでも相当のダメージを与えている。
「トドメは任せろ!」
大神は、ほんの少し後ろめたい気持ちを持ちつつ、手負いの黒兜を始末した。
その直後、彼の目の前に魔弾が通り過ぎる。
数百メートル先から要塞(フォートレス)タイプの魔操兵器が射撃をしているのだ。
「セシリア! ラウラ! 支援射撃できるか!」
475: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:13:08.96 ID:Cq5y/m/Qo
『問題ありませんわ』
『こちらもすぐにできる』
そう言って二人が狙いを定めた。
「箒くん、二人で行くぞ」
『了解』
ラウラとセシリアの射撃で敵の射撃が沈黙する。
その一瞬の隙に大神と箒は加速した。
ギシギシと機体が軋む音が聞こえるような気がした。
(頼むIS、今夜だけは壊れないでくれ)
虫のいい願いだとは知りながらも大神はそう心の中から思った。
そして敵が攻撃態勢に入る前に大神の二刀流が要塞を襲う。
「そりゃあああ!!」
要塞の持つカーキ色のボディーが吹き飛ぶ。
「箒くん、トドメを!」
『了解』
箒のトドメを任せた大神は別の機体にターゲットを移す。
丁度、すぐ近くの黒兜が前面の装甲を開いてエネルギー弾を撃とうとしていたのだ。
「させるかああああ!!!」
大神は片手で刀を突き刺した。
見事に突き刺さった刀を抜くと、そこから逆噴射で素早く離脱する。
「離脱だあ!」
476: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:14:05.89 ID:Cq5y/m/Qo
大神は離脱すると、先ほど斬りつけた要塞と、次に刀を突き刺した黒兜が大爆発を
起こした。
少しばかりダメージを負ってしまったが、これくらいで怯むわけにはいかない。
(あと何機だ……)
もはや撃墜した機体を数える余裕すらない。
既に三~四回分の戦闘をこなしたくらいの運動量で、身体は疲労のピークを迎えて
いるが大量に放出されたアドレナリンの影響で頭の中はわりと冷静でいられている。
「まだ、行ける」
そう思った瞬間、箒に別の機体が近づいてきた。
「危ない!」
大神が、箒と敵との間に機体を割り込ませる。
防御態勢が不十分だったため、思った以上に多くのダメージを受けてしまった。
『隊長!』
「何をしている、すぐに攻撃だ!」
『りょ、了解』
箒の一振りで、残った敵も撃破される。
《損害率82%》
(ちょっとヤバイなんてレベルじゃないな……)
『隊長』
「大丈夫だ、大丈夫」
そう言って箒を落ち着かせようとした時、ラウラから通信が入った。
『隊長! こちらツヴァイク! 新たな降魔反応です!』
477: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:14:42.82 ID:Cq5y/m/Qo
「なに?」
確かにレーダーには新たな敵影が見える。しかし姿は――
『隊長、あそこ』
「な!」
なんと、皇居の堀から四体の敵が姿を現したのだ。
青の機体に、金槌のような頭部。
東京湾上空で戦ったあの撞木鮫(ハンマーヘッド)である。
槍と小型のビーム兵器を主要武器とするISは、黒兜よりも攻撃の範囲が広く、
要塞よりも機動力が高い。
「来るぞ!」
大神は構える。
無反動旋回でビーム攻撃をかわすと、二本の刀で敵のコアを狙う。しかし、敵も
簡単にはやられてはくれず、長めの槍で大神の攻撃を防いだ。
そうこうしているうちに別の機体が大神を攻撃してくる。
「な!」
『危ない隊長!』
今度は、箒が大神と敵との間に割って入った。
「箒くん!」
『隊長、早く離脱を!』
しかし箒を残して移動するわけにはいかない。
「ラウラ!」
『申し訳ありません! こちらにも敵が』
478: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:15:20.50 ID:Cq5y/m/Qo
「くそ」
ガツンと横から衝撃が来た。
サイドのシールドエネルギーが剥がれる。
「このお……!」
大神は反撃を試みるが上手く動かない。
《損害率90%》
(しまった、ISの防御力に頼り過ぎた)
大神は一瞬後悔したが、すぐにその思いを振り切り刀を構える。
「逃げてたまるかあああ!!!」
再び大きな衝撃。
大神の一振りが敵、撞木鮫(ハンマーヘッド)の腕を斬り落とす。
《 DANGR 》
一際大きな警告音がコックピットに鳴り響く。
「IS、持ってくれ……!」
その時、
グラース・オ・スィエール――
天 の 恩 恵
479: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:15:58.20 ID:Cq5y/m/Qo
金色の光が大神たちの機体を包み、防御力(シールドエネルギー)が回復した。
この力は間違いない、
「シャル!」
『アタシもいるわよ!』
赤紫色の機体とオレンジ色の機体が夜空を舞う。
『隊長、ご無事で』
「キミのおかげで無事だよ」
『ISは大事に扱いなさいよね、大神っち』
「面目ない」
『丸の内方面の敵は掃討しました』
「了解だ。よし、皆で一気に残りの敵を叩くぞ」
しかし大神には気がかりなことがあった。
(もしこのまま戦ったら、皇居にまで被害が及んでしまうのではないか)
大神も日本人であり軍人でもあるため、人並みに尊皇の精神は持っている。
『大神さん聞えますか、山田です』
急に山田真耶の通信が入る。
「こちら大神、どうしました」
大神は応える。
『あの、陛下からの伝言です』
「へ、陛下?」
この国で陛下と言われたらごく限られた人間しかいない。
480: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:16:38.23 ID:Cq5y/m/Qo
『あの、「皇城のことは気にせず、戦ってください」とのことです』
「……わかりました」
『本当にいいのですか、隊長』
箒からの通信が入った。
大神は皇居を背に東京の街並みを眺める。
すでにいくつかのビルは穴が開いたり上のほうが欠けたりしている。
多分、あれは鈴がやったのだろう。
「なるべく、被害が出ないようにするさ」
そう言うと大神は再び刀を構える。
「いくぞ、皆!」
『了解』
大神は五人の隊員を率いて、残りのISと新たに現れた撞木鮫タイプのISに突撃する。
「支援射撃!」
『了解!』
ラウラ、シャル、そしてセシリアが一斉に射撃する。
既に姿は捉えた。
目の前の大爆発で視界が悪くなるも、大神は二刀流の構えを崩さない。
「貰った!」
そこには槍を構えた撞木鮫がいる。
「せりゃあ!」
敵の持つ槍を巧みにかわし、刀を突き刺す。
481: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:17:21.00 ID:Cq5y/m/Qo
ガガガッと衝撃が腕を伝う。
「次だ!」
大神が再び刀を構えると、別のISが槍を振う。
そこに青いレーザービームが直撃する。セシリアの攻撃だ。
更に、怯んだ的に対して箒が長刀で切り捨てた。
「箒くん!」
『まだまだ行けます!』
大神が振り返ると、今度は青龍刀を振う鈴の姿があった。
『アタシだってまだいけるわよ!』
シャルの支援火力によって弱った魔操兵器を切り捨てる。
『隊長! こちら紅椿! 敵の様子が』
「ん……」
前方を見ると、数体の魔操兵器がまるでスクラムを組むようにかたまっている。
これまで各個撃破されてきたので、固まって戦おうとしているのか。
「ラウラ」
『はい』
「どう思う?」
『好都合ですよ、隊長』
「よし、いくぞ。号令はセシリア!」
『ブルーティアーズ、了解ですわ』
「鈴と箒くんは俺に続け」
482: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:17:46.67 ID:Cq5y/m/Qo
『分かったわ』
『紅椿了解です』
大神たちは大きく敵の射線からそれる。それを追うように射撃をしてくる魔操兵器。
ここまで大神の狙い通り。
『距離1100、行きますわよ!』
セシリアがレーザーライフルにエネルギーを充填する。
『うてええええええ!!!』
そして号令。
セシリアだけでなくラウラとシャルも一斉に射撃をする。
空中で再び大爆発が起こる。
眩しい光の後、ほんの少し遅れて音と衝撃波が機体を襲う。
「怯むな! 進むぞ!」
セシリアたちの射撃の直撃を避けた敵魔操兵器が何体かフラフラと飛んできた。
そこをすかさず、大神たちが切り捨てる。
「でりゃ!」
そして爆発。
『隊長! こちら紅椿、こちらの掃討も終わりました!』
『甲龍、こっちも仕留めたわ』
「隊長了解」
降魔反応は……、ない。
「みんなよくやった、降魔反応は消えた!」
483: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:18:12.94 ID:Cq5y/m/Qo
『よっしゃああ!』
『こら、鈴。騒ぐな』
『いいじゃないのよ、頑張ったんだし』
『まだ終わりじゃありませんわ! 隊長』
「すまない、わかっている」
大神は周囲を見回す。
IS型の魔操兵器は始末した。しかし一番肝心な敵がまだ残っていたのだ。
加藤保憲――
《クックックック……》
不快な笑い声が頭の中に響く。
よく見ると、いつもよりも巨大な月が出ている。それを背にした人影が空中に浮いて
いるようだ。
「加藤! お前の負けだ! 千冬さんを返せ!」
大神は加藤に対し叫ぶ。
《ザコを倒したくらいで、勝った気になっているのか、大神よ》
「なんだと?」
《俺の目的は、IS型の魔操兵器などではない》
「なに……!?」
確かに、言われてみればおかしいことはわかる。
IS型の魔操兵器は強い破壊力を持っているのだ。
484: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:18:50.16 ID:Cq5y/m/Qo
もし、首都の破壊にISを使うならば、こうして、都心に集中して出現させるよりも、
都内全域で同時多発的に出現させたほうがよっぽど効率のよい破壊ができる。
だが、今回大神たちと戦ったISはほとんど破壊行為をしていない。
まるで、こちらと戦うことだけが目的だったような戦い方だ。
《魔導兵は、アレを生みだすための生贄にすぎない》
「生贄……」
《もうすぐ午前零時だ。奴が蘇る……》
「加藤! 貴様!!」
大神は自身のISが加速させた。
「かとおおおおおおおお!!!」
《無駄だ》
加藤がそう言った瞬間、周囲は強い光につつまれた。
時計が深夜零時を指し示す時、大きな音とともに地面が揺れる。
「これは、地震か?」
大神たちは空中に浮いているのでよく感じないが、東京が揺れていることはわかる。
「何があったんだ……」
『隊長! あそこの銀行の付近で巨大な降魔反応!!』
「な!」
東京六菱USO銀行の建物付近で禍々しい瘴気が漂っているのが見える。
大神は最初気のせいかと思ったが、その黒い煙のような瘴気は次第に何かの形になった。
「これは……」
485: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/15(月) 20:19:50.99 ID:Cq5y/m/Qo
夜の東京の上空に浮かんだのは、巨大な甲冑を着た人間のように見えるIS。
しかもデカイ。
ゆうに五十メートルはあろうかと思われる巨大な機体がこちらを見下ろしていた。
《最大の魔操兵器、マサカド……》
「将門!?」
大神は思い出した。
確か加藤保憲は平将門の怨霊を呼び覚ますことで帝都を壊滅させたという。
そして千代田区大手町には将門の首塚がある。
「貴様、そのために魔操兵器を」
《そうだ。これまで貴様らが倒してきた魔操兵器は、このマサカドを呼び出すための
生贄に過ぎない。地下深くに眠る降魔の力を利用して、将門の怨霊を呼び覚ました
のだからな。そしてこの姿だ》
「……」
《間違いなく帝都は、そして日本は終わる》
「そんなこと、させるかあ!!」
《せいぜいあがくがいい。行け!》
加藤のその言葉に合わせるように、マサカドの両目が怪しく光る。
『大神っち! あいつ動くよ!』
鈴の声が響く。
「わかっている、全員戦闘態勢!」
『了解!』
「セシリアは射撃準備、ラウラは敵の調査をして弱点を見つけるんだ!」
『ブルーティアーズ了解』
『ツヴァイク、了解』
「絶対に、絶対に帝都は守る!」
大神は自分に言い聞かせるように、そう叫んだ。
つづく
490: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:47:46.61 ID:1FeWQ1Pjo
死にいたる病とは絶望のことである
キェルケゴール
491: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:49:27.49 ID:1FeWQ1Pjo
全身を和風の甲冑に身を包んだような形の超大型のIS型魔操兵器は禍々しい気を
放っていた。
『こちらブルーティアーズ、エネルギー充填完了しましたわ、隊長』
「よし、撃て!」
大神は発射の命令を出す。
『ファイア!』
セシリアが高出力のレーザーを放ち、そして大きな爆発が起こる。
『やったか!』
変なフラグを立てるな、と大神は心の中で思う。
しかし、巨大な爆発にもかかわらず、魔操兵器“マサカド”は傷一つ負っている様子は
なかった。
「どういうことだ……」
それどころか、いつの間にか巨大な弓と矢を構えていたのだ。
「危ない! 皆よけろ!!」
まるで宇宙に向かう巨大ロケットのような衝撃波を帯びた矢が大神たちの横をすり抜ける。
「うわ!!」
直撃をしたわけでもないのに、その矢が持つ魔力に耐えられず吹き飛ばされるISたち。
「皆、無事か!」
『紅椿、無事です!』
『甲龍無事よ』
『ブルーティアーズ、何とか無事ですわ』
492: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:50:08.87 ID:1FeWQ1Pjo
『クロード、異常なし』
『ツヴァイク、異常ありません』
とりあえず、全員の無事を確認してホッとする大神。
しかし、このまま安心してはいられない。
この巨大な魔操兵器、マサカドをこのまま放置しておくわけにはいかないからだ。
「ラウラ! 敵の解析は!」
『あ、はい! 先ほどのセシリアの攻撃でわかったことがあります』
「それはなんだ」
『実は、彼奴の周囲には、強力なバリアのようなものが張られているということです』
「バリア?」
箒から割り込みの通信が入る。
『こちら紅椿、恐らく妖力による結界だと思います。加藤が使っていたものと同じ』
「あれか……」
巨大な機体、しかもその機体を守る結界、そして強力な攻撃能力。
目の前の障害のあまりの大きさに、大神はくじけそうになるが歯を食いしばって現実を
見据えた。
「俺は、逃げない……!」
493: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:50:37.33 ID:1FeWQ1Pjo
I S〈インフィニット・ストラトス〉大 戦
第十一話 大神、最後の戦い
494: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:51:23.11 ID:1FeWQ1Pjo
ラウラの分析によれば、魔操兵器マサカドの周囲には妖力による結界が張られている
らしい。これでは通常の攻撃は通用しない。
対降魔霊力を持っているはずのセシリアですら、その攻撃が通用しなかったからだ。
マサカドはいつの間にか武器を弓から反りのある太刀に持ち替えて、それを振った。
物凄い衝撃波が再び周囲に広がる。と同時に、近くのビルの一部が斬れて、ゆっくりと
重力に惹かれ地上に落ちて行くのが見えた。
一見すると、マサカドはまだ目覚めたばかりで妖力が安定していない。それでも奴の持つ
破壊力はけた違いだ。
そして、それを放置しているとどんどんと強くなってしまう。
奴が本格的に覚醒して暴れ出す前に始末する必要がある。
大神は考える。
どんな固い壁でも、破れないものはないと。
「皆、一点攻撃だ。破壊を続ければ破れないものもない」
『了解!』
しかし、一点攻撃するにしてもどこを攻撃すればいいのか。真っ正面から行けば、
敵の餌食になってしまう。
だったら後ろから行けばいい。
「全員通達、マサカドの背後に回る。そこから攻撃だ」
『了解!』
大神を先頭にマサカドのいる方向へと真っすぐに飛ぶ。
敵もこちらに気づいて太刀を構える。
だが、まともにやり合うことなどありえない。
「旋回!!」
495: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:52:20.98 ID:1FeWQ1Pjo
大神の合図とともに、六体のISは一気に旋回し、そしてマサカドの背後に回り込む。
「支援射撃!」
『ブルーティアーズ、了解』
『ツヴァイク了解』
『クロード、了解!』
後衛組の三人が一斉に支援射撃を実施する。
これまでの敵と違って“的”が大きいので、精密な射撃ではなく、破壊力を重視した
射撃が可能だ。
セシリアもラウラも、そしてシャルも思いっきりエネルギーをぶち込む。
大規模な爆発とともに、マサカドの機体がグラリとゆれる。
(チャンスだ!)
大神はそう感じて加速する。
「次、前衛!」
大神を先頭に一気にマサカド本体へと突っ込む。しかし、敵はいつの間にか振り返り、
こちらを待ち受けていた。
「しまった!」
気がついた時にはもう遅かった。
マサカドの持つ巨大な太刀が大神の機体に襲いかかる。
大神は防御態勢を取ったが、そんなものは気休めにしかならない。
ガクンと、今までにない衝撃が大神の身体を襲った。恐らく物理的な衝撃だけでなく、
妖力による強化も幾分加わっているのだろう。
吹き飛ばされる大神の機体。
496: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:53:20.37 ID:1FeWQ1Pjo
『隊長おおお!!!』
箒が大神の機体を追ってくる。
『隊長に何すんのよ!』
一方、鈴は大神に対して攻撃をしたため、一瞬の隙ができたマサカドに対して攻撃を
加えようとしていた。
「よせ! 鈴!!」
気持ちは分かるが、大神には嫌な予感しかしなかった。
一瞬の光。
まるで花火のような光とともに、鈴の機体が吹き飛ばされる姿が見えた。
『うわあああああああああ!!』
「鈴!!」
大神は叫ぶがその声は届かない。
鈴の機体はビルにぶつかった。
(吹き飛ばされてる場合じゃない!)
「ぐおおおお!!」
大神は態勢を立て直そうとすると、そこに箒の機体がいた。
紅椿が大神の機体を掴んだことで、大神は態勢を立て直すことができたのだ。
「箒くん!」
「隊長、大丈夫ですか」
箒は、無線ではなく直接通話(フェイストゥフェイス)で大神に呼びかける。
「俺は大丈夫。それより鈴だ」
497: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:54:28.68 ID:1FeWQ1Pjo
『こちらブルーティアーズ、鈴の救援はシャルが向かいましたわ」
「了解! セシリアとラウラはシャルたちの援護射撃。事後、再集結。集結座標は
後に示す」
『了解ですわ』
『ツヴァイク了解』
「俺たちも行くぞ、箒くん」
「行くって」
「まずは鈴を助ける」
「わかりました」
大神は皇居の方向に吹き飛ばされたので、何にも当たらずに済んだが、鈴はオフィス街方面
に吹き飛ばされたため、会社のビルに激突してしまったようだ。
鈴が激突したビルに近づくと、オレンジ色のシャルの機体に助けられる鈴のISが見えた。
「鈴、大丈夫か」
『なんとかね。アハハ……。さすが甲龍、なんともないぜ』
大神は鈴の軽口を今は責める気にはならなかった。
こちらを心配させまいと、明るく振舞っていることは明白だったからだ。
「シャル! 鈴の回復を」
『クロード了解』
「セシリア、ラウラ。攻撃中止! 日比谷公園上空まで後退せよ」
『ブルーティアーズ了解』
『ツヴァイク了解』
「鈴、飛べるか」
498: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:55:19.22 ID:1FeWQ1Pjo
『まだ行けるわ。今度はウソじゃないわよ』
「わかった。箒くん、シャル。行くぞ」
『紅椿了解』
『クロード了解』
一旦距離を取ろうとする大神たちを見て、マサカドは追撃することなくゆっくりと
移動を開始した。
向かう先は南東の方角。
銀座方面に出るつもりか。
集結地点に向かって飛んでいる間、パッパッと光が見えた。
そして遅れて聞こえてくる爆発音。
「何をやっているんだ!」
『築地から上陸した陸自の打撃部隊が対空ミサイルを発射した模様です』
真耶の声が聞こえる。
「今すぐ止めさせるんだ! 被害が増える!!」
『りょ、了解』
指揮系統も一元化されているわけではない。
対IS型魔操兵器の戦闘は、帝國華劇団に一任されているとはいえ、通常の防衛は
自衛隊の任務だ。
そして華劇団は自衛隊に対する指揮権を持たない。それは自衛隊側にとっても同じ。
お互い、対等な立場で行動を“調整”するのみ。
巨大な魔操兵器、マサカドの出現はその調整の想定外の出来ごとであった。
不意に爆発が起こる。
499: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:56:21.97 ID:1FeWQ1Pjo
陸自の車両が何台かやられたらしい。
オレンジ色の炎が広がっていた。
不気味な色である。
『こちらブルーティアーズ、全員集合完了いたしましたわ』
大神は全ての隊員が目の前にいることに安堵する。
「よかった、全員無事だ」
『よくないわよ、アタシはボコボコにやられたんだから。あのデカイの、タダじゃ
おかないんだから』
鈴がやや興奮気味にまくしたてる。
戦闘中の過度の興奮はあまり望ましいことではないが、今のこの状況では戦意を
喪失してしまうよりもはるかにマシだ。
「皆、落ち着いて聞いてくれ」
大神は全員に呼びかける。
無駄に興奮させないよう、低く落ち着いた声で語りかけることを心がけながら。
「先ほどの戦闘でも見た通り、マサカドは遠距離の攻撃だけでなく、近距離による
直接打撃も効かないようだ」
『それじゃ、打つ手がないじゃない』
鈴がまだ興奮気味に言う。
「落ち着け、鈴。全く手がないわけじゃない。箒くん」
大神は視線を箒の機体に向ける。
『え? 私ですか』
「この戦いの要は、恐らくキミだ」
『私が……』
500: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:59:01.67 ID:1FeWQ1Pjo
「キミを中心に攻撃を仕掛ける」
『それってもしかして』
「破邪の陣だ」
『隊長……』ラウラの心配そうな声が聞こえた。
『ですが隊長、あれはまだ一度も……』
と、セシリアも言う。
確かにセシリアの言うとおり、破邪の陣は訓練の段階ではまだ一度も成功していない。
古文書の通りに陣を作っても、思ったような力は発動されないのだ。
だが迷っている暇はない。
「他に手はないんだ。俺は破邪の陣で行く。もし、無理だというのならここで外れても構わない」
言いたくはなかったが、気の進まない隊員を連れて行っても失敗するだけだ。
『アタシは行くわよ』
真っ先にそう言ったのは意外にも鈴であった。
「鈴」
鈴は訓練中、破邪の陣には最も批判的だったからだ。
『あのデカブツの結界を破れるのは箒だけなんでしょう? だったら、やってもらおうじゃないの。
そのためだったら何でもするわ』
鈴は一見すると目立ちたがりのようだが、一方で確実に勝利を掴むため、自分から積極的に
縁の下の力持ちを担うこともある。
『僕も手伝います、隊長』
「シャル……」
『自分の身体と心は常に隊長とともにあります』
501: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 20:59:29.08 ID:1FeWQ1Pjo
ラウラも言い切った。
『仕方ありませんわね、私も協力させていただきますわ』
「セシリア」
『ただし、私が協力する限りは何が何でも成功していただきますわよ、箒さん』
『ん……、わかっている。まかせてくれ』
箒は一瞬言葉に詰まったが、気を取り直し力強く返事をした。
「よし、皆行くぞ。帝國華劇団花組、出撃せよ!」
『了解!!!!!』
日比谷公園の上空に浮かぶ複数の光が、銀座方面へと向かった。
*
502: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:00:11.85 ID:1FeWQ1Pjo
銀座の上空に浮かぶ巨大な影。
その影は破壊をつかさどる神か、それとも悪魔か。
その圧倒的な力で自衛隊の車両を蹴散らし、周囲の人間を一斉に絶望の淵へと叩きこむ。
魔操兵器マサカド――
人類はその巨大兵器に対し、なすすべもなく破壊を見守るしかないのか。
そう思われた瞬間、複数の光が魔操兵器の前に現れた。
「そこまでだマサカド!」
大神が叫ぶ。
マサカドは答えない。
兜の奥から光る二つの赤い光が不気味に光るだけである。
そしてマサカドは太刀を構え、一振りする。
強力な衝撃波が銀座の街を襲う。
道路に、あり得ないほどの斬り跡がついた。
「今度こそ、お前を止める! 行くぞ、花組!」
『了解!!!!!』
五人の声が無線に響く。
「射撃組!」
大神が号令をかけると、セシリア、ラウラ、シャルの後衛組が一斉に射撃を開始する。
しかし、案の定マサカドには効かない。
「怯むな、進め!」
503: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:00:47.43 ID:1FeWQ1Pjo
マサカドは武器を太刀から弓矢に持ち替えると、大きく弦を引く。
(ここだ!)
大神は、その瞬間を待っていた。
確かにマサカドの矢の威力は大きい。
しかし――
強大は光と衝撃波が大神たちを襲う。
「でりゃあああああああ!!!」
その後に出来る隙も大きい。
大神たち花組の隊員は、ギリギリのところで旋回をする。
(全員、無事だ!)
大神はそれを確認すると、マサカドの側面へ出た。
「行くぞ皆!!」
大神の号令に、全員が反応した。
『了解!!!!!』
大神を含めた花組の隊員は、五角形の陣形を空中で形成する。
そしてその中心にいるのは、
篠ノ之箒――――
504: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:01:46.91 ID:1FeWQ1Pjo
「くらえええ!! 破邪の陣!!!!!」
大神は叫ぶ。
そして箒は精神を集中する。
破邪剣征――
桜 花 天 心 ――!!
破邪の陣から集められた霊力が箒の機体に流れ込む。
そして彼女は刀を振った。
「…………!!!」
一瞬、マサカドの表情に驚愕のようなものが浮かんだようにも見えた。
そして世界が割れた、そんな音が聞える。
(よくやった箒くん。そのまま休んでいてくれ)
ゆっくり下降していく箒の機体を見て、大神はそう思う。
箒も、大神の気持ちが伝わったのか、安堵の表情を浮かべているように思えた。
そしてマサカドを包む、禍々しい妖気が消える、そんな気がした。
505: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:02:20.43 ID:1FeWQ1Pjo
「セシリア! 射撃だ!!」
大神はすかさず命令する。
『了解ですわ!』
セシリアがレーザーライフルを撃ち込むと、マサカドの肩の辺りが爆発した。
「グオオオオオオオ!!!」
この世のものとは思えない唸り声が聞えてきた。
先ほどとは明らかに違う。
確実にダメージを与えられている。
「効いてるぞ! ラウラ、シャルも!!」
『ツヴァイク了解!』
『クロード、了解です!!』
連続した爆発で、マサカドは大きく揺れる。
セシリアたちの放つ射撃の間隙を縫うようににして、マサカドは再び弓矢を構える。
だが――
「させるかあ!!」
大神がマサカドの弓手を叩き斬る。
斬り落とせはしなかったが、かなり深いところまで斬れたことは確かだ。
「ゴワアアアアアア!!」
再びマサカドの叫び。
『アタシにもやらせなさい!!』
今度は逆方向から鈴が青龍刀で斬り込む。
506: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:03:04.81 ID:1FeWQ1Pjo
『さっきのお返しよ!!』
たまらず、マサカドは弓を手放した。
『お二人とも、下がって!』
再びセシリアたちの一斉射撃が始まった。
はっきり言えば、妖力による防御結界のないマサカドは、巨大な“的”でしかない。
太刀に持ち替えたマサカドが片手で攻撃しようとする。
だが、鈴には当たらない。
『確かに凄い破壊力ね、でも当たらなければ大したことはないのよ』
どこかで聞いたことのあるような台詞を吐きながら、鈴は敵の首筋に刃を当てる。
ここまでくると、もうやりたい放題である。
『みなさん、三角射撃(トライアングルファイア)ですわ!』
セシリアの号令により、三方向から射撃が加わった。
大爆発の後に、大神と鈴が更に斬撃を加える。
そして巨大な甲冑の一部がボロリと剥がれ墜ちた。
『隊長! コアです! コアが見えました!!』
ISの命とも呼べる核(コア)。それがマサカドにも存在した。
どんなに大きくても、こいつはIS型魔操兵器なのだ。そう感じさせる。
『大神っち! 最後は決めなさいよ!』
と、鈴の声が聞こえた。
『私の分まで、ぶつけてくださいませ!』
セシリアの声も聞こえた。
507: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:04:01.44 ID:1FeWQ1Pjo
『隊長! 倒しましょう!』
シャルの声だ。
『隊長! 最後は隊長が』
ラウラも言う。
『隊長、箒です! 私たちの力を……!』
箒の声も聞こえた。
全員の声を力に代え、大神は飛ぶ。
「くらえマサカド!」
狼虎滅却!!!
快・刀・乱・麻あああああ!!!!!!!
大神は自分の機体をぶつけるように、マサカドのコアに斬りかかった。
そして――
突き抜けた!
マサカドの胴体は爆発することなく、まるでブロックが崩れるようにバラバラになって
地上へと落ちて行った。
「うおおおおおおおおお!!!!!!」
508: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:04:40.02 ID:1FeWQ1Pjo
大神は叫び声をあげる。
今までの恐怖、怒り、喜び、悲しみなど複雑な感情を一気に噴出させるように。
「隊長おおおおお!!」
誰かの声が聞こえてきた。
真っ先に大神の元に来たのは箒だった。
ISが壊れるんじゃないかと思うほど勢いよくぶつかってきた箒は、大神に直接声をかける。
「隊長! やりましたね」
「ああ、キミのおかげだ箒くん」
「私だけじゃありません」
「わかってる。皆のおかげだ」
『コラー! 箒! 抜け駆けするんじゃないわよ!』
『銀座のど真ん中ではしたないですわね、箒さん』
『箒、羨ましいな』
『どけ箒、そこは私の場所だ』
他の隊員たちも集まってくる。
「ありがとう、皆。だがまだ終わったわけじゃない」
「……!」
全員の表情が一気に緊張したのがわかった。
箒は機体を離し、大神はレーダーを確認する。
残る降魔反応はたった一つ。
509: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:05:52.45 ID:1FeWQ1Pjo
「加藤!!!」
加藤保憲、本人だ。
《クックック……、マサカドを倒すとは予想外であった》
空中に浮かぶ、不気味な影。
加藤保憲は銀座の時計台の真上に浮かんでいた。
「お前の負けだ加藤!」
大神は叫ぶ。
しかし、
《これで確信した、お前たちを倒せば我の道を阻む者はない》
「なんだと?」
《マサカドは確かに“最大”の降魔だ。しかし、最強ではない》
「……!」
《言っただろう、彼女は切り札だと》
「加藤、貴様!」
《出でよ! 降魔“血冬”!!》
そこにいた全員に衝撃は走る。
銀座の上空に一体のISが姿を現す。
それはまぎれもなく、彼女だった。
かつて、世界最強と言われたIS操縦者。
510: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:06:32.63 ID:1FeWQ1Pjo
世界で数人しかいないという、IS適性SSの持ち主。
織斑千冬――
大神たちが恐れていることが現実となる。
かつての仲間が、敵となって現れたのだ。
「千冬さん! 千冬さん!!」
大神は必死に呼びかけるが、答えるはずもない。
禍々しい黒の機体は、マサカドよりもはるかに小さいにも関わらず、その存在を
大きく見せている。
相当の戦闘力があることは間違いない。
「千冬さん! 俺です! 大神です!!」
『何やってんの隊長!!』
鈴が大神機に体当たりをくらわす、
次の瞬間、いつの間にか間合いを詰めていた千冬の機体が鈴の機体を斬りつける。
「鈴!」
『うわあああ!!』
辛うじて致命傷は避けたものの、大きなダメージを負ったことは間違いない。
千冬に動揺はない。
全く感情を見せることなく、攻撃を加えてくる。
(くそ! 俺が動揺したばっかりに)
511: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:07:12.32 ID:1FeWQ1Pjo
大神が奥歯を噛みしめて刀を構える。
『隊長! ここは私たちが』
と、ラウラの通信が入る。
『そこから離れてください』
シャルも言う。
どうやら射撃戦で、千冬に挑むらしい。
確かに、今の千冬の武器は刀が一本。
『僕が弾幕を張るから、その間に二人は狙って』
シャルが無線越しに叫ぶ。
予備の機関銃も取り出して、大量の弾を発射した。
『いきますわよ』
『こっちも準備よし』
セシリアとラウラが狙撃を開始する。
しかし、
いつの間にか、刀をライフルに持ち替えた千冬は、旋回しつつシャルの弾幕をかわし
ビームを発砲する。
『うわあ!』
「シャル!」
千冬の射撃はシャルに命中し、まず弾幕がやんだ。
『シャルさん!』
『構うな、撃て』
512: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:07:49.64 ID:1FeWQ1Pjo
セシリアとラウラは射撃を続ける。
しかし当たらない。
千冬は冷静に射撃をかわすと、再びレーザーライフルを撃つ。
『きゃあ!』
『うわあ!』
セシリアとラウラの機体から緊急信号が発せられた。かなりのダメージを負った証拠だ。
再び武器を剣に持ち替えた千冬は手負いの二体を一気に蹴散らした。
空中制御の能力を失った二体は、フラフラと落下していく。
「セシリア! ラウラアアア!」
大神の呼びかけもむなしく、二体は墜落した。
戦闘開始早々、六体のうち四体を倒した千冬。
残りは箒と大神の二体だけである。
強すぎる。圧倒的な強さ。
付け入る隙の無い絶望的なまでの戦闘力。
マサカドなどとは比べ物にならない。
それが織斑千冬。
そして今は、降魔血冬――
加藤が言った、最強の切り札。
『隊長、やりましょう』
箒が長刀を構える。
「無理だ箒くん、今のキミの身体は」
513: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:08:35.14 ID:1FeWQ1Pjo
『戦えるのはもう私と隊長しかいないんです!』
(箒くん、キミは強い。それに比べて俺は……!)
大神は自分の弱さを嫌悪する。戦いにおいて最も避けなければならないことは、
恐怖に支配されることだ。
そして一度恐怖に支配されたら、折れてしまった心は、なかなか元に戻らない。
大神の心と身体は、長く続いた戦いの中で朽ち果てようとしていた。
(このままではいけない。せめて彼女だけでもここから逃がそう。今の俺でも時間くらいは
稼げるだろう)
辛うじてそう考えた大神は箒に声をかける。
「箒くん、キミは――」
「隊長」
すぐ横にきた箒は、一瞬大神のほうを見る。
そして、
「大神さん――、好きです。愛しています」
「え……」
「だから、生きて」
箒のその笑顔は、今までにないほど穏やかで、そして優しい表情であった。
「箒くん!!」
514: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:09:21.91 ID:1FeWQ1Pjo
すかさず機体を加速させる箒。
大神を止めるのも聞かない。
ギンギン、と酷い金属音とともに火花が散る。
箒の赤い機体と千冬の黒の機体が激しく切り結んでいる。
物凄い霊力と妖力とのぶつかり合い。
だが、破邪の陣で霊力を使い果たした箒に勝ち目があるはずもなく、
「……!!」
勝負は一瞬だった。
大神が助けに入る間もなく、千冬の突き出した刀が箒の機体を貫いていた。
血が、血が見える。
「箒くん! 箒くん!!」
大神は必死に無線に呼びかけるが返事はない。
千冬が刀を引きぬくと刃には微かに赤い“血のり”が付着していた。
「箒くん……」
(最悪だ……)
大神は心の中でつぶやく。
最悪だ
515: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:10:02.79 ID:1FeWQ1Pjo
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
最悪だ
516: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:10:40.06 ID:1FeWQ1Pjo
(何が軍人だ! 何が隊長だ! 彼女たちを守るって決めたのに!!!)
箒の機体が、墜落して地面に激突する。
(俺は、恐怖に身をすくめているなんて!!!)
「う……」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
血管が切れそうになるほど大神は叫んだ。
そして、彼は再び刀を振い機体を加速させる。
それに対し千冬は冷静に刀を構えた。
その瞳はまさに氷のように冷たい光を放つ。
一方、大神のほうは燃えていた。
熱い、炎のように。
心も、身体も。
「そりゃあああああああああ!!!」
大神の二本の刀が繰り返し千冬に襲いかかる。
しかし千冬はそれらを一つ一つ捌き、反撃をする。
千冬の攻撃はまるで精密機械のように正確に大神の機体の弱い部分を狙ってくる。
大神の右肩の装甲が吹き飛んだ。
腰の装甲も吹き飛ぶ。
517: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:11:40.94 ID:1FeWQ1Pjo
もはや防御能力(シールドパワー)などあってないようなものだ。
「俺は! 俺は負けない!!!」
大神は飛び上がり、上から千冬の背後を狙う。
だがそれを読んでいた千冬は、すぐさま刀を振い、大神の脚部を斬った。
左脚部が吹き飛ぶ。
「でりゃああああ!」
それでも脚を犠牲にして千冬に一太刀撃ちこんだ。
相手のシールドパワーを削る手ごたえがあった。
それ以上にこちらの防御力は削られているけれども。
隊長として、部隊を守る盾としてあらゆる攻撃を受け止めていた大神の機体はすでに
限界を迎えていたのだ。
《 DANGER DANGER 》
まるで泣き叫ぶかのように警告を繰り返すISの機体に心を痛めつつも大神は戦いを
続けた。
「すまないIS! もう少しだけ!!」
大神機の右腕が刀ごと吹き飛ぶ。
「まだ左手がある!」
大神はそれでも攻撃を止めない。
左手が吹き飛べば体当たりするだけだった。
どんなにギリギリの状況でも、戦う意志だけは消えない。
大神は左手一本で千冬と斬り合う。
脚部は完全に破壊され、空中でバランスをとることすら叶わない。
518: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:12:12.39 ID:1FeWQ1Pjo
《 DANGER 》
ISの警告音。
それは彼のISが最後に発した、言葉のようでもあった。
「でりゃああああああ!!!」
大神は残った左腕で千冬の機体を抱え込む。
そして、加速する。
もはや旋回すら満足にできないその機体だったが、加速だけはできるのだ。
その先は――
「うおおああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
(戦いを終わらせるのは憎しみではない――)
大神と千冬の機体は、地面に向かって真っすぐに加速し、そして激突する。
その爆発の中で、二つのISのコアが――
砕け散った。
*
519: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:13:36.07 ID:1FeWQ1Pjo
道路のど真ん中に出来たクレーターの中心で、大神は一人の女性を抱きしめていた。
「全く、キミという男は」
女性は優しく、大神の黒髪を撫でる。
「千冬さん……」
大神は顔をあげ、千冬と目を合わせた。
「わかっていたのか」
「ええ、あなたが完全に操られるような人ではないことも。必死に抵抗していたんですね。
箒くんのアレも、脇腹をかすった程度でしたし」
「ふっ、馬鹿者が……」
千冬はそう言って微笑んだ。
*
520: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:14:48.84 ID:1FeWQ1Pjo
一人の男がビルの谷間で、息を荒げながら走る。
夜の帳は時期に無くなろうとしている。
そうなれば逃げ場はない。今のうちに遠くに行かなければならない。
「ぐふっ!」
男はせき込み、口に手を当てた。
はめていた白い手袋が真っ赤に染まっている。
このままではマズイ。
そう思いつつ男は再び走り出す。
「どこへ行くのかな」
男を追う人影があった。
「貴様……!」
男は白いハンカチを投げる。ハンカチはコウモリに姿を変え、人影に襲いかかるも、
刀の一振りで滅せられてしまった。
「く……!」
男の顔が歪む。背が高く、色白のその男は旧軍の軍服を着ていた。
「観念しろ加藤保憲。あれだけの“大物”を召喚しておいて、それで満足に戦えるとでも
思ったか」
白い制服に身を包んだその人影はそう言って近づく。
「貴様、何者だ」
「忘れたか? かつて俺たちの御先祖様はお前と戦ったんだぞ」
「まさか……」
「帝國華劇団月組、加山雄二! 上意により、貴様を封印する!」
制服の男はそう言って刀を構えた。
*
521: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:17:41.68 ID:1FeWQ1Pjo
数分後、加藤を捉えた制服の男、加山は別の人間と合流していた。
「やりましたね、加山三尉」
そう言ったのは、どう見ても中学生くらいにしか見えない少女である。
「お嬢ちゃんに褒められて、僕は幸せだなぁ~」
「お嬢ちゃんはやめてもらえるかしら」
黒のカチューシャを付けたその黒髪の少女はそう言って少し不機嫌そうな顔を見せた。
「悪かったよ、暁美二曹」
「とりあえず、一件落着と言ったところかしら」
「まあ、そうだけど」
「不満そうね」
「いや別に、不満ってほどじゃあないんだけどなあ」
「あなたの同期のことを考えているの?」
「そうだな。あいつの活躍に比べれば、僕なんてまだまださ」
「だったらもっと精進しなさい。そんなことだからいつまでたっても、隊長“見習い”が取れない
のよ」
「へいへい」
「……大神宗一郎か。一緒に仕事をしてみたいわね」
「やめといたほうがいいぞ」
「どうして?」
「あいつに会って惚れない女はいないってほどのだ。男だって惚れるかもな」
「あら、だったらあなたも惚れたの?」
「さすがにそれは……。ああ、でも。色々と影響は受けたかな」
「さ、そんな話は置いといて、迎えが来るわ」
「キミから言っといて、酷いな」
「時間がないわ」
「ああ、そういやもうすぐ夜が明けるな。だったら“月”は隠れましょうか」
そう言って加山たちは闇の中に消えて行った。
522: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:18:44.36 ID:1FeWQ1Pjo
エピローグ
夏休みを前に、大神はIS学園を離れることとなった。
「みんな、ありがとう。たった数カ月だったけど、本当にお世話になりました」
大神はそう言って頭を下げる。
校門前には教職員だけでなく生徒たちも集まっていた。
彼は今、スーツを脱ぎ再び海上自衛隊の制服に身を包んでいる。ただし、この学園に
はじめて来たときのような黒の冬制服ではなく、夏用の白い制服である。
「織斑先生、山田先生、坂本先生、それに米田校長、ほかにも沢山の先生方の御指導もあって、
辛かったけど本当に濃い毎日だったと思います」
「おおがみせんええええ」
生徒たちよりも先に真耶が泣いていた。
「わっはっは、大神君、温泉に入りたくなったら私を尋ねなさい」
「大神先生、また遊びに来てね」
「先生、文化祭来てよ」
「大神先生! 孤独のグルメ、ちゃんと読んでね」
「先生、潜水艦、潜水艦」
「大神先生、やらないか」
「お断りします」
生徒や教職員たちと最後の挨拶を交わした大神は、最後に校長に礼を述べた。
「米田校長。本当にありがとうございます」
「頑張ったのはお前さんだ。俺は何にもしてねえよ」
米田は照れくさそうに言った。酒も飲んでいないのに顔が赤い。
523: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:19:50.54 ID:1FeWQ1Pjo
彼はああ言っているが、政府の上層部と交渉をしたり、自衛隊の他の部隊との調整を行い、
調査を専門とする部隊を密かに指揮していたことを彼は知っていた。
「本当、ありがとうございます」
「ところで大神よ」
「はい」
「誰を選ぶんだ」
「はい?」
教職員や生徒たちの目の色が変わる。
「だから誰を選ぶのか聞いてんだよ」
「いや、何のことですか?」
「決まってんだろうお前、こんないい女がたくさん揃っている場所だぜ。誰か選んで行かない手は
ないってもんだ」
「今言わないとダメですか?」
「大神、お前今日が最後だろうが。今言わないでいつ言うんだよ」
全員の視線が大神に集中する。
(まずい、これは不味いことになった……)
大神は助けを求めるように千冬に視線を向ける。
しかし、
「まだまだ修行が足りん」
そう言って彼女は目をそらす。
(そんな……)
524: ◆tUNoJq4Lwk 2011/08/16(火) 21:20:51.41 ID:1FeWQ1Pjo
「ちょっと大神っち? アタシにあんなことさせといて、今更他人はないでしょう?」
いきなりそう言いだしたのは鈴である。
「おい鈴、いきなり何を」
「大神さん、毎日ワタクシのサンドイッチを食べたいとおっしゃったのに」
セシリアがウソ泣きをしながら言う。
「そんなことは言ってないぞセシリア」
「大神先生、あんな狭い場所で僕に……」
シャルも目を潤ませながら言った。
「あ、それは……」
「私の全ては隊長のものだ。どこへ行こうと私はあなたのものです」
「ラウラ、ちょっと落ち着け」
「大神さん……」
箒が顔を真っ赤にして肩を震わせている。
手には銘刀、霊剣荒鷹が……。
「皆、さよなら!!」
大神は一気にその場から駈け出した。
「コラー! 逃げるなあああ!!」
大神と女性陣の追いかけっこが最寄りの駅まで続いたことは言うまでもない。
お わ り
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一夏がほぼ出ないのが変化があった
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