1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2014/06/13(金) 00:54:30.36 ID:k+Rx3/K80


これはifの物語。


洋館の時計が正しく時を刻み、

赤い魔術師が最優のサーヴァントを引き当て、

半人前の正義の味方はイレギュラーを喚ぶ。


Fateから外れた二つの主従。

新たな運命の夜が今、幕を開ける。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1402588470

引用元: 士郎「なんでさ」アーチャー「知るか」 

 

Fate/hollow ataraxia (通常版) (予約特典 & 封入特典 同梱)
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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 00:57:27.72 ID:k+Rx3/K80

弓道場の掃除を終え踏み出した、夜の校庭。



「―――――なんだ、アレ」


見た瞬間に判った。

アレは人間ではない。おそらくは人間に似た別の何かだ。



衝突する青と青。


時代錯誤の鎧を着込んだ少女と、タイトなボディースーツの男。


突き出された朱い閃光を風の束が流れるように絡め弾き、

それだけの動きで生じた衝撃波が冷えた空気を揺らす。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 00:58:22.49 ID:k+Rx3/K80

……死ぬ。ここにいては間違いなく生きてはいられないと体が理解する。

目の前の剣戟に痺れた脳を再起動させ、走り出すための酸素を取り込もうとして―――



「―――」



音が止まった。


完成された動きを以って、槍の男が必殺の構えをとる。

あれだけの膨大な魔力を食い潰して放たれる一撃だ、正しくそれは必殺だろう。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 00:59:07.73 ID:k+Rx3/K80

殺される。

あの青い剣士は殺される。


いや、獲物が不可視である以上、あれが剣士であるとは限らない。

が、衛宮士郎は風の鞘に覆われたあれが恐らくは破格の剣であろうと悟っていた。


数瞬の後、碧眼の女性剣士はあの男の一突きに絶命しているだろう。


ヒトではないけれど、ヒトの、女の子の形をしたモノが死ぬ。それは。


―――果たしてそれは、見過ごして良い事なのか。




5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:00:36.40 ID:k+Rx3/K80

一瞬生じたその迷いが張りつめた意識を溶かし、はあ、と大きく呼吸をした瞬間。


「誰だ―――――!」


真紅の双眸が、こちらを凝視した。


「……っ!」

青い獣の体が沈む。それだけで、標的となった衛宮士郎は走り出した。


どこをどう走るか、そんなことは考えない。

あれを前にして、考えている余裕などあるわけがない。

一刻も早くその場から遠ざかるために、ただ疾走した。

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:01:31.21 ID:k+Rx3/K80

気付けばそこは歩き慣れた校舎の廊下。

倒れ込んだ床から伝わる冷たさが未だ自分が生きていることを実感させる。

ともあれ、ここまで来れば―――




「どうなるってんだ?」

「……!?」


「わりと遠くまで走ったな、オマエ」


息と思考が同時に止まる。


ただ事実だけを理解した。衛宮士郎はここで死ぬ。





7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:02:44.35 ID:k+Rx3/K80



「あ………つ」

吐き気と共に目が覚めた。


べっとりと血で濡れた制服が気持ち悪い。

朦朧とした頭のまま、自分が死に、生き返ったことをどうにか自覚する。

何が起こったのかは解らない。助けてくれた誰かの顔すら憶えていない。


血の海の他に唯一つこの場に残されたのは、同じく血の様に朱いこの宝石だけだった。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:03:35.27 ID:k+Rx3/K80


帰宅できたのは日付が変わってからだった。

未だ罅の入った心臓を抱えて、それでも自力で帰ってこられたのは奇跡としか言いようがない。



9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:05:49.83 ID:k+Rx3/K80


「がっ、は――――――――!?」


だというのに、青い殺人者はここまで追ってきた。


奴の放った回し蹴りで俺は今、ボールのように空を飛んでいる。

強化した藤ねえのポスターは先刻の打ち合いでぐにゃぐにゃにひしゃげてしまった。

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:06:15.21 ID:k+Rx3/K80


「ぐっ――――!」

背中から土蔵にぶつかり、崩れ落ちた。

迫る槍の穂先に体を奮い立たせるが、膝が折れてみっともなく転がる。


「チィ、男だったらシャンと立ってろ……!」


だがなんという悪運か。俺の首を抉る筈だった赤槍は鼻先を掠め、背にする土蔵の扉を弾き開けた。



12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:07:16.49 ID:k+Rx3/K80

今度こそ足に力を籠め、全力で土蔵に飛び込む。

何でも良い。工具、投影品、武器になるようなものがあれば―――


「そら、これで終いだ―――!」


「くっ……、こ――――のぉぉおおおおお!」


放たれた避けようのない必殺の槍を、四つん這いのままポスターを広げることで防ぐ。

一度きりの楯は破壊され、衝撃だけで俺は後方へ吹っ飛んだ。

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:08:39.24 ID:k+Rx3/K80


(ぁ―――――、づ――――)


一瞬の思考停止。

心臓に喝を入れる代わりに、武器を手にする機会を失った。そこへ、


「詰めだ」


眼前には、槍を突き出した男の姿があった。


「今のはわりと驚かされたぜ、坊主。……しかし、分からねえな。
  機転は利くくせに魔術はからっきしときた。筋はいいようだが、まだ若すぎたか」


男の声など耳には入らない。ただ突き付けられた凶器を穴が開くほど見つめる。

だって、これは俺を殺すもの。既に一度殺されているのだから、その威力は折り紙つきだ。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:10:42.08 ID:k+Rx3/K80


「もしやとは思うが、おまえが七人目だったのかもな。ま、だとしてもこれで終わりなんだが」


迸る赤。


心臓に綺麗に吸い込まれるだろうその名槍の味を知っている。

それをもう一度?本当に?理解できない。なんだってそんな目に遭わなくてはならないのか。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:11:30.59 ID:k+Rx3/K80


……ふざけてる。

そんなのは認められない。こんな所で意味もなく死ぬ訳にはいかない。


この身はもう二度も助けて貰ったのだ。

なら。命を拾われたからには、簡単には死ねない。

俺は生きて義務を果たさなければいけないのに。



月下の約束。あの尊い理想を叶える為に、衛宮士郎は生きて死ぬと決めたのではなかったか。




16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:12:21.47 ID:k+Rx3/K80


「ふざけるな、俺は―――」


俺は。


こんなところで意味もなく、何も判らず、何も叶えられないまま、


おまえみたいなヤツに、


殺されてやるものか――――――!!!!!!




17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:12:47.78 ID:k+Rx3/K80





「え――――――…?」








19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:13:12.22 ID:k+Rx3/K80



それは、本当に。




「なに………!?」




魔法のように、巻き起こった。




20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:16:41.94 ID:k+Rx3/K80


現界を確認。


この身はアーチャーのサーヴァント。

『座』より招かれし●●●●●●。


―――訂正、真名の読み込み不可。記憶に欠落多数。

マスターとのパスを検索。該当なし。


(―――待て。サーヴァント現界の楔たるマスターとの繋がりがないだと)


そもそも召喚を行った筈のマスターすら見当たらない。

今私は保有魔力、単独行動スキルだけで現界しているということだろうか。

しかも何故か魔力の巡りがひどく悪い。

自らの身体を探査した結果、魔術回路が一本も開いていなかった。

このままではまともな戦闘もままならない。強引に魔力を通し、閉じた回路をこじ開ける。

荒療治の為相応のフィードバックが発生するが、仕方がない。



21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:17:24.50 ID:k+Rx3/K80


「……オイ、何の冗談だそいつは」


何故ならすぐ近くにサーヴァントの気配が二つ。その一つは目の前に。

ならば現状把握は後回し。込み上げた血を飲み下し、二振りの中華剣を投影する。


「っ、チィ――!」


後退しつつ振るわれたゲイ・ボルクを交差した陰陽剣で払いのけ、土蔵の外に躍り出た槍兵を追う。

23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:21:31.21 ID:k+Rx3/K80


戦いの場は開けた庭へ。月明かりに照らされ、赤と青が睨み合う。


「ふざけたヤロウだ、只者じゃねえと思っていたが、まさかサーヴァントとはな」


「ふむ、生憎私は召喚されたばかりでね。正直現状把握すらままならない状況なのだが―――」


「どうやら君は私の召喚に立ち合ったようだ。良ければ説明願えないかね?」

「けっ、抜かせ―――!」


踏み込みからの爆発的な突進。

繰り出される鋭い刺突の全てを赤の剣士は流れるようにいなす。


響く剣戟。火花を散らしつつ的確に対応する正体不明の双剣使いに、最速を誇る槍兵は未だ一撃を叩き込めずにいた。

だがそこまでだ。本調子でない身体と魔術回路では防戦が精一杯。


ならばこの場の選択肢は一つ。


干将と莫耶を投擲し、一アクションでそれらを打ち落とす槍兵との間合いをとる。


24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:38:26.11 ID:k+Rx3/K80


「自らの武器を捨てるとは、貴様―――」

ぎらりと光る獣の瞳。


「残念ながら、私の本領は其処には無いのでね」

静かに見つめ返すは灰色の瞳。

その手には何の装飾もない無骨な黒弓が握られていた。


「成程な、セイバーとは既に戦ってきた。その武練、消去法で行けばライダーかアーチャーってことになるんだろうが、それにしても……」


「接近戦で槍兵と鍔迫り合うとは、貴様。本当にアーチャーか」

「生憎と私は真っ当な英霊ではないのでね。戦場を生き抜く為には剣であろうと槍であろうと使わざるを得なかったのだよ。
 ランサー、君は他者の戦闘スタイルに文句をつける気かね?」

皮肉めいた言動と笑みで注意を引きつつ、装填すべき弾丸を検索する。

先程まで思い出せなかった生前の経験も、英霊との死闘の中で自身の戦闘スキルと共に急速に取り戻しつつあった。

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:45:14.50 ID:k+Rx3/K80

「まさか。他人の戦いにケチつけるほど野暮じゃねえよ。手数の多さはそれだけ戦いを面白くするからな」

だが挑発には乗らず、ボディスーツの男は肩を竦めて笑う。


「実に英霊らしいことだ。勝利よりも戦いを求めるか」

「ああ。元より聖杯に託す願いなんて持ち合わせちゃいねえ」


「俺の願いは唯一つ、伝説に名を刻んだ英雄たちとの死闘だ。ま、今は無粋な制約が掛かっちゃいるがな」

「成程、令呪か。戦いに於いて戦士を縛るとは、酔狂なマスターもいたものだ」

26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 02:09:17.95 ID:k+Rx3/K80

「全くだぜ。だがテメエのマスターも相当ぶっ飛んで―――」

「……ならば提案がある。アイルランドの光の御子よ」


「――――――あ?」



「今夜は私の方も本調子ではない。甚だ不本意ではあるが、決着は次に持ち越しとしないか。
 次に見えた時こそ、私は全力を以って君を討ち果たそう」


「……はっ、俺の真名を識った上で言いやがるか―――いいぜ、お互い死力を尽くした上の決着こそ俺の望むところだ。撤退はマスターからの指令でもあることだしな」

「だがな。令呪と言えど、六戦全てに対する絶対的な拘束力なんざあるわけがねえ」

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 02:10:43.72 ID:k+Rx3/K80

「この状態で潰せる相手なら、次の機会を待ってやる必要もねえよな?」

明確な殺意を孕んだ眼光が弓兵を射抜く。


「ふむ。確かに、道理ではあるな」

「お前を見逃すのは、お前がそれだけの価値を持っていた時の話だぜ」


「―――ならば、それに足り得るモノを披露しよう」



28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 02:21:06.79 ID:k+Rx3/K80

「はっ、漸く本領を見せるか。いいぜ、やってみな……!!」

くるくると軽やかに宝具を振りまわし、ランサーはいつでも来いとばかりに低く構えをとる。


「―――」


対して、無言で虚空から一本の矢を生み番える弓兵。


29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 02:24:00.38 ID:k+Rx3/K80



「な」


それを見たクー=フーリンの動きが止まる。張りつめていた筈の意識に僅かな緩みが生じ、万全の構えが一瞬綻ぶ。

それほどまでに彼を驚愕させるものを、見開かれた双眸は確かに映していた。


―――だって、あれは。





「I am the bone of my sword.(我が骨子は捩れ狂う)」




30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 02:30:32.21 ID:k+Rx3/K80


奇妙な詠唱と共に放たれるは、彼の英雄と同じ時代を駆け抜けた、とある男と共に在った稲妻の螺旋剣。


「『偽・螺旋剣Ⅱ(カラドボルグ)』」

ソレが形変えて今、嘗ての盟友に襲いかかる―――!!



「っ、―――チィッッ!!」


一瞬の逡巡。反応が遅れたが、この身は矢除けの加護を授かっている。ならば弓兵が何を放とうとも、その悉くを躱して―――…


待て。

つい今し方、この男は自分の真名を看破してみせなかったか。

ならばこの一撃は、それを弁えた上で






「―――『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』」



42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:24:29.08 ID:k+Rx3/K80




(―――なんだ、これ)


数分前から身体の自由がきかない。


槍の男に殺される寸前、俺は突如光に包まれた。



43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:26:08.41 ID:k+Rx3/K80


その光が晴れた時、全身に雷が落ちたような痛みが走り、次の瞬間には投影魔術を完了していた。


両手にはカタチを得た双剣。驚いたことにしっかりと中身を伴っている。

それを行ったこの身の魔術回路は計二十七本。俺の中にこれほどのものが眠っていたなんて。



44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:26:37.42 ID:k+Rx3/K80


この時既に身体の支配権を失っていた。


自分以外の誰かが勝手に身体を動かしている感覚。


その誰かは凄まじい速さで双剣を振るい、槍の男と拮抗している。

合間に会話を挟むが、声帯から発される声がいつもの自分より随分と低い。



45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:28:10.78 ID:k+Rx3/K80


その中で辛うじて把握できたのは、真偽は兎も角として相手がクー・フーリンであること。

この馬鹿げた戦いと同じものがあと五回も行われるらしい事。

俺が、その戦いに巻き込まれたこと。


(うっ、く――――……)


どうにか身体を動かそうとするが、どう足掻いても無駄だった。

一体自分の体に何が起きているのか。

混乱した頭をそのままに、正しく目の前で繰り広げられる戦いを呆然と見る。



46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:28:50.01 ID:k+Rx3/K80


この身体を操っている男は、どうやら本気の一撃を放つらしい。

稼働する魔術回路。

意に反して動く右腕が、投影されたドリルの様な剣を弓に番える。

そして一節の詠唱を。


『I am the bone of my sword.』


何故だろうか。理解不能な事ばかり起きたこの夜の中で、その呪文だけは、綺麗にストンと胸に落ちた。



47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:30:26.03 ID:k+Rx3/K80


「―――貴様、一体どこの英雄だ」


「名乗るほどの者ではない。例え言っても分からんだろう。私は君の様な大英雄とは比べ物にならん、ただの掃除屋だからな」

「戯言を……名も無き弓兵がそれほどの宝具を持つものか!」

至近距離で炸裂した螺旋剣から、果たしてどのように逃げおおせたのか。

土埃に塗れているものの、未だ無傷の槍兵は先程までの笑みを消して怒鳴った。


48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:39:48.97 ID:k+Rx3/K80


「答えろ。何故貴様が、その剣を持っている。
 フェルグスの野郎や俺の生きた時代に、貴様のような英雄は存在しなかった筈だ」

「ああ、その通りだ。私はケルトの英雄ではない」


「そして残念ながら、今のはオリジナルではないのだよ。生前貯蔵したものを元に私なりのアレンジを加えたものだ」

「……ちっ、本当にワケの分からねえ野郎だ」

悪態をつきながらケルトの英雄クーフーリンは槍に付いた土を振り払う。



「―――ま、それでも約束は約束だしな。マスターの野郎から帰還命令も出てることだし、今夜はここで幕を引くとするか」


「有難い、クランの猛犬のお眼鏡に敵ったか。どうやら私も捨てたものではないらしい」


「……もう一度犬と言ってみろ。休戦の話はチャラだ」

「これはすまない、失言だったな」

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:45:02.51 ID:k+Rx3/K80


「アーチャー、テメエとの決着は必ず付ける。それまで他の奴に殺されるんじゃねえぞ」


「無論だ。ランサー」


「フン」


それだけ言うと背を向け、青い槍兵は霊体化し夜の闇に融けていった。



50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:45:50.53 ID:k+Rx3/K80








「―――――、さて」



一先ず戻った土蔵の中で、赤い弓兵は思案を巡らせる。


(やはりマスターの気配はない、か)

訳が分からない。現界を果たした時点で、土蔵にはアーチャーとランサーの他に気配はなかった。

ならばこの身は誰に喚び出されたというのか。

(そしてこの場所は―――…)

更にもう一つ、召喚に応じこの場所に降り立った時から、アーチャーは決して無視できない疑問を抱いていた。


51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:48:18.55 ID:k+Rx3/K80





「私はこの場所を知っている―――…?」




そう、口に出した瞬間。








52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:49:30.46 ID:k+Rx3/K80


「ッ、―――!!」

強烈な既視感。視界がぐるりと回り、思わず片膝をついて荒く息を吐く。


工具。ブルーシート。血の染みた床。開け放たれた扉。残された召喚陣。

全てにどうしようもなく見憶えがある。



おかしい。

こんな場所を知っているのはおかしいと、ノイズにまみれた意識が否定する。

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:52:06.37 ID:k+Rx3/K80


「――――、……これは」


召喚の余波で吹き飛んだのか。裏返しになったブルーシートの下に、それを見つけた。



54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 18:53:53.92 ID:k+Rx3/K80


視認しただけで判る。それは投影品。

山と積まれたその殆どはラジオやストーブなどの機械類だ。

だが全て外見ばかりで中身が無い。


当然だ。私の起源と属性は剣。己の領分から越えたモノを再現できるはずもない。

武具の類ならば鍛錬と消費魔力次第で真に迫れないこともないが、機械などの現代機器はやはり不可能だ。

中身が空っぽでは、いくら消えないとしても無意味であり、長い間それに気付かずこんなことを続けていた俺は本当に―――


「待て、私は何を言っている?」

それでは、まるで―――



私こそがこの土蔵の住人だと言っているようではないか。


63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 21:05:34.87 ID:k+Rx3/K80


「……」

いつの間にか、引き寄せられるように魔方陣の前に立っていた。


これは私が喚ばれた陣。召喚を終えた以上は不要な物であり、それ以上でもそれ以下でもない。その筈だ。

だというのに、私は何故ここで何かを待っているのか。



64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 21:06:44.57 ID:k+Rx3/K80


(一旦、状況を正しく整理する必要があるな。……そう、ここに我がマスターがいたのならば)


この身が召喚に応じた時、土蔵には戦闘状態のランサーがいた。

つまりは誰かがランサーと戦い、或いは逃げ、この土蔵に逃げ込んだということ。


そしてそれは間違いなく己がマスターだ。


ランサーに追われ、窮地に陥ったところで急遽サーヴァント召喚の儀を行った。

酷くちぐはぐな召喚ではあったが、それならば合点がいく。

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 21:07:12.24 ID:k+Rx3/K80


「しかしどんな未熟者だ。サーヴァントも従えず、敵に姿を見られるような失態を侵すなど……」

そこまで言って、自分も似たような経験をしていたことを思い出し頭を痛める。

そうだ。聖杯戦争など知らなかった嘗ての己も、その未熟者と全く同じ失敗をしていたではないか―――


「っ、―――!」


今。


何か決して見たくないものを垣間見たような気がして、脳裏に浮かんだイメージを掻き消した。


「何だ、今のは……」



80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 01:50:14.69 ID:zdtbsQJd0


鼓動が早まる。

一瞬の内に自分が何を見たのかは分からない。それともただ分かりたくないだけなのか。


ここに自分にとって重要な事柄が眠っているだろうことはとっくに理解できていた。

だがそれは私が目を背けたいもの。嫌悪しているもの。消し去りたいと願ったもの。

何故今更こんなものを見なければならないのかと悪態をつく。



81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 01:51:41.86 ID:zdtbsQJd0



……けれど。



それ以上に。その先に。―――私は何かを見た気がした。





82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 01:52:10.39 ID:zdtbsQJd0


気は進まない。


「だが―――…これしかないようだな」


しかし現状の己はマスター行方不明、行動原理不明、正体不明、聖杯に懸ける願いさえ不明のはぐれサーヴァント。

変えられる可能性があるとすればそれに縋るしかない。



83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 01:52:58.88 ID:zdtbsQJd0


「ああ、解ったよ」

認めよう。ここまで来たならば認めよう。私は確かに、過去の自分の愚行を、そして更なる何かを急速に思い出しつつある。

おそらくは……他の何処だろうと不可能な、ここでしか思い出せない事を。


魔方陣に向き合う。


そう、ここが全ての始まりだったのだ。ならば思い出せる。――あの夜を。



84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 01:54:52.62 ID:zdtbsQJd0

そうとも。

忘れるはずがない。そんなことはあってはならないと、頭の中で誰かが囁く。


「ああ、そうか―――…」


閉じた瞼に、急速に甦る走馬灯。



85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 01:55:31.42 ID:zdtbsQJd0




『―――問おう』



だって、此処は彼女と出会った場所。お前が、俺が、心に灼き付けた金色の光。


例え記憶を失おうとも、彼女の存在だけは今も鮮やかに残っている。



『貴方が、私のマスターか』



86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:04:55.57 ID:zdtbsQJd0


「そうだった。私は………俺は」


尊いと信じた理想を、正義の味方を目指していた俺は、あの運命の夜―――ここで彼女という剣に出逢った。


別離こそ突然で、掲げたその間違った望みから救ってやることさえ出来なかったが、

鞘である俺はその剣の輝きだけは決して忘れなかった。


その果てに苦悩しても、挫折しても、摩耗しても、変わらずこの心に在り続けた光。



87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:07:01.85 ID:zdtbsQJd0


そして再び降り立った戦場で、


『俺は後悔だけはしない。間違った理想は俺自身の手で叩き潰す』


エミヤシロウは嘗ての自分に敗北した。


『おまえには負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない』


―――正義の味方になる。

その理想を失ってはいけなかったのだと、衛宮士郎を張り続けた半人前の未熟者に教えられた。



88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:09:35.75 ID:zdtbsQJd0



『―――決して、間違いなんかじゃないんだから……!』


胸に突き刺さった答え。



ああ、俺は―――――


何も間違えてなど、いなかったのだと。


その思いだけを胸に、私は朝焼けの中で少女に別れを告げた。



『―――大丈夫だよ遠坂。これから俺も、頑張っていくから』




……そうして俺は、全てを思い出した。


89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:19:27.43 ID:zdtbsQJd0


「数奇な運命もあったものだ。またこの戦争に参じることになるとはな」


胸に去来する感情は歓喜か、後悔か、希望か、望郷か。


だが戸惑いは無かった。衛宮士郎がやり直すならば、この戦争を置いて他にはない。

頑張っていく、と彼女に宣言したのだ。

……こんなことで腑抜けていては、彼のあかいあくまが宝石剣片手にエミヤ君をぶちのめしに来かねないし。



90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:22:33.79 ID:zdtbsQJd0


ともあれやるべきことは決まった。

決意も新たに、陽剣干将にあの聖剣を投影し、変わり果てた姿でこの夜に現界した、今の己を見つめる。


「……。は?」


いや、見つめようとして、失敗した。



91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:23:30.49 ID:zdtbsQJd0


白剣に反射した鏡写しの自分は、見知った錬鉄の英霊の姿ではなかった。

あの槍兵が困惑していたのも当然だ。今ならあの言動の真の意味も理解できる。


「なんでさ」


長らく口にしていなかった嘗ての口癖が零れる。

だがそこに違和感は全く感じられない。


何故ならその姿は、その口癖を使っていた頃の己そのもの。



92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:28:40.75 ID:zdtbsQJd0


訳も判らず白剣の中の自分の姿を凝視する。


褐色に灼けたはずの肌は、紛れもなく東洋人の特徴である黄色。


とうに色素が抜け、白く変貌したはずの髪は、理想に燃える赤銅。


エミヤシロウを正しく再現しているのは、青年期に急激に伸びた身長と鍛え上げられた体躯、灰色の瞳、そして赤原礼装くらいのものだ。

もしやと思い、右手の外套を捲ってみればそこには赤々と輝く令呪。


……疑いようもない。この身体は、衛宮士郎そのものだった。


93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 02:30:07.38 ID:zdtbsQJd0



「ふざけてるよな……本当に」


あまりに想定を超えた出来事の連続。

赤い弓兵は深く溜息をつきながら、鍛錬に明け暮れた在りし日の己と同じように、ブルーシートの上に転がった。



111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 11:17:04.11 ID:zdtbsQJd0


(……理由は分からないが、どうやらエミヤシロウは過去の衛宮士郎に融合、または上書きされてしまったらしい)


私と融合したことで、召喚を行った未熟者の姿は消えた。

ならば我がマスターはこの身体そのものなのだろう。


人間という殻に英霊を押し込んだところで、待っているのは自滅。

ヒト以上のモノへと昇華された霊格の強大さに人の身が耐えられるはずも無い。

そもそも魂を受け容れようとした時点で、拒絶反応によって自壊する。



112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 11:22:35.63 ID:zdtbsQJd0


しかし私と衛宮士郎は特別だ。

大きさは違えど根本を同じくする物なのだ。それが馴染まないはずは無かった。


肉体に引っ張られたのか、それとも不出来な召喚の弊害か。おそらくはその両方だろう。

魂のみを召喚された英霊は、同位体の肉体を器にして現界してしまった。いや、受肉したと言ってもいい。

その結果がこれ。衛宮士郎の肉体はエミヤシロウという魂によって膨れ上がり、このカタチを成した。


そして右手に宿る懐かしい令呪。


それこそ仮説を裏付ける確かな証拠であり、是を以って自らの置かれた状況の把握は完了した。

因って現状、まず考えるべきは―――



この世界の衛宮士郎はどうなったのか、ということ。



113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 11:29:37.12 ID:zdtbsQJd0


そこに考えが至った時、屋敷の方から鐘の音が聞こえた。


―――警報。


ここは魔術師の家。敷地に見知らぬ人間が入ってくれば警鐘が鳴る、ぐらいの結界は張ってある。

だがそれだけだ。行く手を阻んだり、対象の能力を低下させるような高度な罠は施されていない。



114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 11:32:56.89 ID:zdtbsQJd0


「侵入してきたか。まあ仕方あるまい、本来ならばこちらから出向くはずだったのだからな」


けれど問題は無い。誰が来たのかは分かっている。

そして警報が鳴った意味を相手も理解しただろう。


即ち、衛宮士郎は魔術師であると。


それでも救援の為迷わず此方へ向かってくるのは、ミスを犯した自分を許せない彼女の性質故か。

その懐かしさから知らず笑う。



115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 11:34:34.53 ID:zdtbsQJd0


ここが此度の分岐点。


一度目は何も知らずただ巻き込まれた。

二度目は知っていながら、自分の為に沈黙し戦い裏切った。


―――だからエミヤシロウは決意する。



ならば、今度ははじめから総てを話してみようと。





116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 11:46:03.58 ID:zdtbsQJd0


土蔵から出て、深く息を吸う。


門の方から姿を現したのは、黒髪の少女と金髪の騎士王。


前者の方が先導していることに今更驚くことはしない。

私はこの若き魔術師をよく識っているから。


これが三度目の彼女達との出会いだ。


ここまで来ると真剣に腐れ縁というものの存在を信じるしかない。ああ。きっと私は君達と―――








「衛宮君、無事!?ランサーが――――――、……え。デカっ」



―――遠坂。流石にそれは俺も傷付く。




122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/14(土) 12:24:34.57 ID:zdtbsQJd0


CLASS  アーチャー

マスター 衛宮士郎
真名   エミヤ
性別   男性
身長   187cm
体重   78kg
属性   秩序・中庸

筋力   D
耐久   D
敏捷   D
魔力   B
幸運   E
宝具   ??

クラススキル

対魔力  D
単独行動 B

保有スキル

心眼(真) B
千里眼  C
魔術    C-



168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:28:32.21 ID:h7vbFLXU0

時刻は午前零時。

セイバーに抱えられて夜の空を駆け抜ける。



「ああ、本当に――――まったく。何て迂闊……!」



あれから三時間。


あれだけのコトをして助けておいて、間に合わないなんて結果はお粗末に過ぎる。

記憶の操作もせず、少年とランサーの両方を野放しにした己の馬鹿さ加減に腹が立つ。


ランサーが―――いや、そのマスターが、あの死に損ないを生かしておく筈はないというのに。



169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:34:02.95 ID:h7vbFLXU0

幸い、アイツの家は知っていた。

わたしが調べてわけじゃなくて、たまたま知り合いがよく遊びに行く家だっただけで、今まで一度も行ったことはないけれど。


「セイバー。お願い、急いで……!」


既に殺されている可能性も高い。

父の形見で塞いだ心臓の孔は再び開かれていて、この先で待っているのは朱い華を咲かせた屍かもしれない。


分かっている。これは全て私の責任。

一度ならず二度までも―――ああ、本当に。今日に限って私は、どうしてこんなにも致命的なミスを犯してしまったのか。



……唇を噛む。吐く息が白い。風が出てきた。よほど強いのだろう、雲がごうごうと流れていく。

暖かい筈の冬木の風は背筋を震わせて、ぶるりと、全身が痙攣した。



171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:53:03.28 ID:h7vbFLXU0


「あれよ!セイバー、そろそろ降りて!」


ビル群を足場に跳ぶセイバーを急かし、漸く屋敷を視界に収めることのできる位置にまで辿り着いた。

向かう先にサーヴァントがいる以上彼女にも分かっているだろうが、それでも私は声を張り上げる。すると、


「……リン。ランサーの気配が消えました」

「えっ。それって―――つまり」



間に合わなかったのか。


最悪の想像に、冷たいものが背筋を伝う。

私は、あの馬鹿を二度も殺してしまったのか。



172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:58:48.34 ID:h7vbFLXU0


「まだ判りません。しかし、もう一つ報告すべきことが。―――つい今し方、同じ場所に、新手のサーヴァントが現れました」


「はぁっ!?」

「それがランサーを撃退したものと思われ、新たなサーヴァントは現在その場に留まっています。どうしますか」

「―――」


あの屋敷内にタイミング良くサーヴァントが現れた。そしてランサーを撃退。

事実だけを見れば、仮説はすぐに立てられた。


けれどそれを真っ向から否定する。あの男にそんなことが出来る筈は無い。だって、アイツは只の一般人で―――



「……決まってるじゃない。その顔を拝みに行くわよ。衛宮君の安否は勿論、何が起こっているのか確認だけでもしないと収まらないわ」

「了解しました。マスター」



189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:03:16.94 ID:gHlp4Xiy0


「……うそ。これって」


到着した衛宮邸。


一目散に門へと向かい、敷居を跨ごうとして違和感に気付いた。

セイバーに警戒させたまま壁に手を当て、急ぎ探査魔術を行使する。


―――有り得ない。


こんな馬鹿みたいに解放的な武家屋敷に、魔術結界が張られている。

しかも、ここまで近づかなければ分からないほどお粗末なもの。おそらくは警報程度の効果しか無いのだろう。

気を張っていたとはいえ、気付けたのは本当にたまたまだ。

190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:18:38.17 ID:gHlp4Xiy0


元々張られていたのか、それとも新たなサーヴァントが張ったのか。

前者ならこの家の主が魔術師である確かな証拠であり、後者ならば召喚されたサーヴァントはキャスターということになる。


だが先刻あのランサーを退けている以上、この先にいるのがキャスターである確率は低い。


―――いよいよ以ってあの男の正体が怪しくなってきた。まさか、本当に?


「結界が張られているのですか?ならば我々は敵の懐に飛び込むも同じ。リン、気を付けて」

「……ふん、上等じゃない。さっさと行くわよセイバー」


思案は最早無意味。事実はこの目で確かめる。


ランサーを相手取る腹積もりだっただけあって手持ちの宝石は十二分。

そこへ更に最優の従者を引き連れて、私は敵陣へと飛び込んだ。


191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:38:56.81 ID:gHlp4Xiy0


突入して先ず、目の前に広がっていたのは殺風景な庭。


結界はやはり警報用だった。カランカランと耳障りな鐘の音が母屋から聞こえてくる。

宝石を数粒掴み侵入者への迎撃を警戒したけれど、見渡す限り敵の姿は無い。


「いないわね。ちっ、家の中に入ったか……」


「リン、あそこです―――!」



192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:41:29.63 ID:gHlp4Xiy0


セイバーの声に目を向ける。


母屋から離れた古めかしい土蔵。その中からのっそりと一つの人影が姿を現した。


突然の侵入者に驚いた様子はない。

どころかまるで来ると分かっていたかの如くこちらを見据える、月明かりに照らされたその顔は紛れもなく―――



「―――衛宮君!」




193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:52:48.69 ID:gHlp4Xiy0


「無事!?ランサーが―――」


つい今し方戦うのも已む無しと決意した筈なのに、その男の存命を確認した私の口から出たのはこんな言葉だった。

けれど、来たでしょう、と続けようとして思考が止まった。



194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:58:23.21 ID:gHlp4Xiy0



……何かがおかしい。


向かい合っているのは良く見知った顔。

"穂群原のブラウニー"とかいうふざけた二つ名を持っていると最近知ったお人好し。

詳しくは語らないけど、諸事情でこの一年目にする機会が多かったから、そいつの事はよく知っていた。


だからこそ、どうしようもなく違和感を感じてしまう、その首から下。






「―――え。デカっ」


がくりと肩を落とす筋肉だるま。ていうか。

一体何なのよ、そのカッコウ―――!?



195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/17(火) 00:59:41.72 ID:gHlp4Xiy0


「衛宮君、無事!?ランサーが――――――、……え。デカっ」


凛の言葉を聞いた男が渋い顔をする。

土蔵から出てきたのは、両の手に陰陽剣を提げた赤いサーヴァント。


「貴様、何者―――!」


風王結界を纏わせた聖剣を構え、凛の前に立つ。


油断はできない。あのランサーを退けたということは相当の手練れの筈。

何故か呆けているマスターを護るためにも、必要とあらば宝具の開放も視野に入れて敵を睨みつけた。


―――しかし、



「降参だ。遠坂、セイバー」


正体不明の赤い男は、あっさりと双剣を放り捨てた。



224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/19(木) 02:17:36.05 ID:367vVhjT0


「貴方、衛宮君……なの?」


土蔵から出てきた赤い外套の男。

気配は間違いなくサーヴァントなのに、その顔は間違いなく見知った同級生のものだった。


「そうだ、とも言えるが厳密には違う。総て語るとなると長い話になるが、ともあれ―――」


衛宮君の顔をしたナニカが頬を掻く。

私の問いによく判らない答えを返し、己の得物を捨てた双剣使いはそして、



「一先ず、お茶でも如何かね?」


―――などと。さも当たり前のように、あまりにも馬鹿馬鹿しいことを口にした。



226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/19(木) 02:37:46.24 ID:367vVhjT0


「何ですって……?」

「先程降参と言っただろう?言葉の通りだ。此方に戦闘の意思はない」


「……戯言を。聖杯を求める限りサーヴァントは争う運命にある。そんな口車に乗ると―――」


「私は本気だよ、セイバー。君ほど高潔な騎士ならば、よもや剣を持たざる者の誘いを断りはしないだろうと思ったのだがね」


大袈裟に肩を竦め、皮肉の混じった笑みを浮かべる正体不明のサーヴァント。


自陣に侵入した敵マスターとサーヴァントに対し、この男は有り得ない事に降参の意思を示した。

更に飛び出したのは何時ぞやの征服王を彷彿とさせる誘いだったが、今回の提案は我々二人に向けられたもの。


そして主従である以上、決めるのはリンだ。私は剣を構えたままマスターの様子を窺った。




「―――…良いわ。ここまで来たんだもの、全部聞かせてもらおうじゃない。戦う気の無い奴を甚振る趣味は無いしね」


深い溜息をつきながら我がマスターが停戦を了承する。

だがサーヴァントを前にして尚強い意志を宿した瞳は、エミヤと呼んだ英霊を真っ直ぐに見据えていた。



227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/19(木) 03:03:30.43 ID:367vVhjT0




「―――なに、これ」







228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/19(木) 03:04:19.38 ID:367vVhjT0


「む。紅茶はお気に召さなかったかね?すまなかった、何分この家にはまともな道具が無くてね」


「いや、普通に美味しかったわよ。だから問題なんじゃない。当たり前みたいに英国のゴールデンルール抑えてる英霊って何なのよ」


「なに、昔茶坊主の真似事をしていた際に得た知識だよ。生憎と茶葉は安物なのだが、喜んで貰えたようで何よりだ」

「……頭痛くなってきた。どういう経験よそれ。あんたホントにサーヴァントなの……」




「って、今はそういう話をしてるんじゃなくて」


229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/19(木) 03:07:05.11 ID:367vVhjT0


「単刀直入に訊くわ。アーチャー、貴方の狙いは何なの」

「―――同盟だ。私を君達の陣営に加えてもらいたい」


即答だった。



衛宮君(仮)にエスコートされてお邪魔した衛宮邸。

その居間で私とセイバーと衛宮君(仮)は対峙していた。


風の鎧を実体化させたままのセイバー同様、警戒は解かない。

何故なら此処は敵陣の中。おかしな動きを見せればすぐにでも仕掛けられるよう、宝石を握る手に力を込める。



317: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 11:48:33.14 ID:3q9yTkgJ0

「ふうん、同盟ね……」


アーチャーを名乗ったサーヴァントを見据える。

どこからどう見ても衛宮君の顔をしたこの男は、私達の仲間になりたいと言い出した。


「しかも"私を"か。成程。この場にパートナーが同席していない以上、貴方の陣営は何かしらの不利を抱えていると考えて良さそうね」

「推察の通りだ。とはいえ、それだけが理由ではないのだが」


「ま、現状戦力が増えるに越したことはないわ。私は最優のセイバーを従えてるけれど、それだけで勝ち抜けるなんて甘い考えは持ってないし」

「だから条件次第では応じることもできる。……でもね、その交渉に入る前に、まずは話すべき事があるんじゃないの?」

「―――ああ、そうだな。総てはそれに尽きるだろう」



「聞かせてもらうわよ。―――アーチャー、貴方は一体何者?」



319: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 11:54:00.34 ID:3q9yTkgJ0


「少々長い話になるが、構わないだろうか?」


「勿論よ。これから組むかもしれない相手だもの、一つだって不確定事項は残したくないし。ねえセイバー」

「ええ。アーチャー、貴方が信用に値するか、私達はそれを見極める必要があります」


「教えてちょうだい。衛宮君に何が起きて、どうやってランサーを追い払ったのかもね」

「―――そうだな。では一先ずその質問に答えよう」


「まず大前提として、衛宮士郎は魔術師だ。そしてサーヴァント召喚を行い、その力を以ってランサーを撃退するに至った」



320: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 12:02:48.93 ID:3q9yTkgJ0


「やっぱり……そういうコト。今まで一度だって魔力を感じることはなかったけれど、何らかの封じをしていたってワケか」

「いや、それは違う。君が感知できなかったのは、衛宮士郎が魔術師として未熟故、常時魔力を生成することが出来なかったからだ」


「―――そんなバカな話あるわけないじゃない。そんなののどこが魔術師なのよ。魔力も運用できない奴にサーヴァント召喚なんて」


出来る筈がない。

だって英霊の召喚には相応の力量と万全の準備が必要で、それすら用意できない其処らの盆暗ではそもそも令呪を授かる筈もない。


「そんな未熟者が召喚を果たせたのは、地脈に繋がった魔方陣を通して聖杯の方からバックアップがあったからだろう。後者については単なる数合わせだな」



321: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 12:08:49.60 ID:3q9yTkgJ0


「だが……ここからが問題でね」

赤い外套のサーヴァントは溜息をつきながら、顔に影を落として赤銅色の髪を掻き上げた。


「―――アレが魔術師としてあまりにも不出来だった為に、通常あり得る筈の無いイレギュラーが発生してしまったのだよ」

「それが衛宮君の顔した貴方ってワケ?」


「そうだ。あろうことか衛宮士郎は、召喚したサーヴァントの魂を自身の肉体に取り込んでしまったんだ」


「「は?」」



322: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 12:09:47.13 ID:3q9yTkgJ0


私とセイバーが同時に声を上げた。

この男は今何と言った?


衛宮君がサーヴァントを召喚して、その魂を自分の中に取り込んだ?


有り得ない。それなりの覚悟はしていたけれど、いくら何でもぶっ飛び過ぎてる。

そんなことは絶対に有り得ないのだから。



324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 12:21:54.20 ID:3q9yTkgJ0


英霊の魂とは人の理から外れて昇華された、途轍もなく強大なものだ。

他人の魂を取り込むだけでも拒絶反応で自滅するのに、英霊なんて破格の魂―――試しただけで身体が砕け散る。


「ふざけないで。本気で言っているんだとしたら同盟の話は白紙よ。頭のイカれたサーヴァントなんて冗談じゃない」


「いや、私の言は全て事実であり、決して錯乱しているわけではないよ」


「確かに通常であればヒトの器に英霊を宿すなど不可能だ。が、私達の場合は入った中身が特殊でね」

「じゃあ何。その体は正真正銘衛宮君の身体で、私達と話しているあんたは召喚されたサーヴァントだって言いたいの?」


そんなことが本当にできたならそれは降霊術の最高峰にあるべき領域だ。

それを半人前のド素人が成し遂げたなど、バカバカしいにも程がある。



325: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/21(土) 12:30:37.30 ID:3q9yTkgJ0


「その通りだ」


だが目の前の大男はそれをあっさりと肯定した。


「……リン?」

「ああ大丈夫、何でもないから。平気よセイバー」


額に浮いた青筋にセイバーが反応した。咄嗟に笑顔を作って取り繕う。

危ない危ない。落ち着け、まだキレる時じゃない。ひっひっふー。余裕を以って優雅たれ。


「……いいわよ。大ボラだろうと、ここまで来たなら最後まで聞いてやろうじゃない」



336: ミスったので再投稿 2014/06/21(土) 17:59:41.57 ID:3q9yTkgJ0


「その通りだ」


だが目の前の大男はそれをあっさりと肯定した。


「……リン?」

「ああ大丈夫、何でもないから。平気よセイバー」


額に浮いた青筋にセイバーが反応した。咄嗟に笑顔を作って取り繕う。

危ない危ない。落ち着け、まだキレる時じゃない。ひっひっふー。余裕を持って優雅たれ。


「……いいわよ。大ボラだろうと、ここまで来たからには最後まで聞いてやろうじゃない」



345: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 22:39:41.96 ID:4ocGc59s0


「アンタがマスターである衛宮君を乗っ取った。そこまでは分かったわ」


「ならその"特殊な中身"とかいうアンタは誰。衛宮君であって、そうでない―――確かそう言ったわね」

「乗っ取ったと言われるのは些か不服だが……ああ。確かに私はこの身体の持ち主の衛宮士郎ではない」


「とはいえ、私もエミヤシロウであることに違いは無いのだよ」

「……解せないわね。此処まで来て言葉遊びなんて、どういうつもりかしら」

「厳然たる事実だ。これこそ私がこの身体に収まった要因であり、君達のことを知っている理由でもある」



346: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 22:42:29.88 ID:4ocGc59s0


「アーチャー、先程から貴方の言は要領を得ない。我々を信用を得たいのであれば、まずは貴方が何者かを簡潔に述べるべきだ」


痺れを切らしたセイバーが口を開く。

セイバーには先程衛宮君のことを多少話してあるが、それでもこの場で一番状況を掴みかねているのは彼女だろう。


「私の陥った状況があまりにも非常識なものなのでね。正しく理解してもらう為の布石だったのだが……前置きはこのあたりでいいだろう」

「では最後に一つだけ訊かせてくれ。セイバー、君は英霊というモノをどう理解している?」



348: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 22:45:39.67 ID:4ocGc59s0


「何を今更。英霊とは英雄が死後、人々に祀り上げられ精霊化した存在でしょう」


世界によってヒト以上の霊格に昇華された英傑達。

英霊の"座"に召し上げられた時点で、彼らは輪廻転生の理からすらも外され、永劫不変の存在となる。

世界の外側に位置するが故"座"に時の概念はなく、古今東西総ての英霊は残らず其処に集められるのだ。


……私は死を迎える寸前で世界との契約によりサーヴァントとなったが、それは極稀な例外。

この地に喚び出された私以外のサーヴァントは、恐らく全て英霊の座から招かれた者たちだろう。



350: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 22:59:58.67 ID:4ocGc59s0


「ああ、その通りだ。そこまで解っているのであれば、マスターはともかく君は私の言を疑いはすまい」


どうやらこいつはセイバーを味方につけて私を丸め込む肚らしい。


「どういう意味よそれ。あんたがどんな奇天烈な真名を出すつもりなのかは知らないけど、
 私だって『始まりの御三家』なんですからね。英霊やサーヴァントシステムのことくらい熟知しているわよ」


どこまでもふざけた態度をとるこの男は、察するに相当ぶっ飛んだ話をするつもりなのだろう。

最初からこいつは、"私が"ソレを信じないものと決めつけて、"私を"説得にかかっている。


だが道理が通っているならば、私も頭ごなしに否定などしない。

いいからさっさと話せとカップをソーサーに叩きつけ睨みつけた目前の男はそして、



351: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 23:00:36.22 ID:4ocGc59s0



「では話そう。――――私の真名は英霊エミヤシロウ」

「……は」



などと、この夜最大級のとんでもない核爆弾を投下した。



「君の知る衛宮士郎の未来の姿であり、正義の味方の成れの果て。ただそれだけの話なんだ、遠坂」




354: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 23:09:13.91 ID:4ocGc59s0


「私もエミヤシロウであることに違いは無いのだよ」


俺の身体を奪った誰かはそう言った。


遠坂がさっきの青い剣士と一緒に乗り込んで来たのにも仰天した。

彼女が巨大過ぎる猫を被っていたことにも驚愕した。

今此処で展開されていた話の内容もあまりに信じ難いものだった。が、男の言葉には思考が止まった。


……こいつは何を言っている?


衛宮士郎は俺だ。


あの光に紛れて俺を乗っ取った"サーヴァント"とかいうらしいこの男は、いきなり何を言い出すのか。



357: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 23:34:56.60 ID:4ocGc59s0


もういい加減黙っていられない。主導権なんて知るものか。

俺を押しのけて居座るこの侵入者をさっさと追い出して、遠坂に―――



「では話そう。――――私の真名は英霊エミヤシロウ」




その瞬間、未来を見た。





358: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/25(水) 23:53:03.85 ID:4ocGc59s0

                                               ―――――――朱い空。


(―――、『英霊』?)


それは俺が目指すべきものだ。『英霊』、『英雄』。正義の味方の呼び名の一つ。


                                               ―――――――廻る歯車。


何故こいつがそれを知っている。

俺を騙る偽者は、あろうことか俺の夢そのものを名乗った。



359: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:06:20.26 ID:yBPNgLz50


「君の知る衛宮士郎の未来の姿であり―――」


低い声音。それに相応しいカラダを以って英霊エミヤが告白する。

                                               ―――――――無限の剣が突き立つ、

(―――ふざけるな。そんなことは有り得ない)


声と共に流れ込む記憶(イメージ)は男のものだ。別人であるはずの男の、理想に徹した生涯。


「―――正義の味方の成れの果て」

ああ、それでも確かに、その根底にあるものは、あの決意の夜の―――

                                               ―――――――錬鉄の丘。


「ただ、それだけの話だ」



360: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:07:29.89 ID:yBPNgLz50




その顔を憶えている。







361: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:07:57.29 ID:yBPNgLz50


目に涙を溜めて、見つけられてよかったと、ひとりでも助けられて救われたと、心の底から喜んでいる男の姿を。

それがあまりにも嬉しそうだったから、まるで救われたのは俺ではなく、男の方ではないかと思ったほど。


「―――ありがとう―――」



私はあの日、地獄の底でひとり救われた。



362: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:11:46.39 ID:yBPNgLz50


迎えたのは決意の夜。胸に刻んだ月下の約束。


中身が焼け落ちた空っぽのロボットに、男の語ったユメは眩しすぎて。

あまりにも綺麗だったから、その尊い理想に涙し憧れた。


それを追えば、いつか自分もあんな笑顔を浮かべることが出来るのではないか。


感情を見つけた衛宮士郎は歩き出し、あの運命の夜へと加速する。



363: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:14:05.48 ID:yBPNgLz50



―――借り物の理想を掲げ、ただ走り続けた。



少数を切り捨てて、大勢を守るために自分を殺して、何よりも大切だったものを置き去りにして。


その総ての為にも止まることはできないと、サバイバーズ・ギルトの権化は剣と鉄でその心を覆い隠した。


364: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:32:05.86 ID:yBPNgLz50


辿り着いたのは、殺戮を繰り返す守護者という終わりのない環。


―――総ての人間を救う。


そんな馬鹿げた理想を抱いた自分を悔やんだ。

私は英雄になどなるべきではなかったと。求めていたのはこんなものではなかった筈だと。


だがもう遅い。

私がこの環から抜け出す術は無い。システムに組み込まれた自分はただ殺すしかないのだから。―――ああ、それでも。もし叶うのならば。



365: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 00:49:01.32 ID:yBPNgLz50


消え去ってしまいたい。

その願いがいつしか呪いとなって、摩耗した正義の味方を塗り替えた時、遂に私は全てをやり直す機会を得た。


降り立ったのは何の因果か、私が走り出した夜。


憧れた少女。未熟な衛宮士郎。胸に抱き続けた聖剣の輝き。汚れた聖杯。

記憶を失くしたと己を隠蔽し、目的の為だけに行動した。


衛宮士郎を殺す。


消滅は叶わないかもしれない。だが悔やみ続けた過去の己を前にして、そんな理由で止まれる筈も無かった。



366: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/26(木) 01:08:03.29 ID:yBPNgLz50


だがそこで、嘗ての己に答えを見た。


古城の決闘。幾度も切り伏せた筈の未熟者が叫んだ揺るがぬ決意。



―――正義の味方になる。


その理想だけは、間違っていなかったのだと。



アラヤの抑止力として召し上げられ、その果てに積み上げたモノが虐殺した人間の屍だけだったとしても、




「我が死後を預ける。―――その報酬をここに貰い受けたい」


最期まで貫いたその理想を、後悔などしてはいけなかったのだと。



384: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/28(土) 23:46:45.18 ID:+Lf3vPIB0




「―――七騎目が召喚された。これで漸く、全てのサーヴァントが出揃ったな」


「フン、此度も欲に駆られた雑種共が現れおったか」



教会の地下。

昏い闇の中で、棺桶に腰を掛け果実酒を呷る神父と金髪の男。



385: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/28(土) 23:48:05.14 ID:+Lf3vPIB0

「有象無象共の争いなど我の知ったことではないが―――
 しかし、お前の愛弟子が召喚したセイバー。……クク、あれはいい」


その中に居て尚、ぎらりと輝く真紅の双眸。

邪悪な引き裂いた笑いを浮かべるその男は、十年前のある記憶を呼び起こしていた。



386: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/28(土) 23:50:00.98 ID:+Lf3vPIB0


「いや全く。まさか、たった十年で再び性懲りもなく聖杯を求めて現れるとはな」


―――アレの正体も知らずに。と更に口の端を吊り上げて人類最古の英雄王は嗤う。


「前回見せたあの騎士王と名乗る小娘の醜い執念、葛藤、慟哭の涙……
 ―――ああ、恐らく奴はまたそれに勝るモノを見せてくれるのだろう」

「凛があれを召喚したのは偶然だったが……。フ、お前の退屈凌ぎになるならば丁度良い」



387: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/28(土) 23:52:34.86 ID:+Lf3vPIB0


「我は暫時傍観に徹する。婚儀の続きは全てが終わった後で良かろう。
 ―――言峰、それまでの糸引きはお前がやるが良い」


「人聞きが悪いな。今回の聖杯戦争に於いて私の役目は監督役だ。私はただこの闘争の行く末を静かに見極めるのみだよ」


前回そのマスターであった昏い瞳の男は、心音のない胸に手を当ててそう言った。


「ハ、我の前で今更聖職者を気取る必要もあるまい。その役者ぶりがお前の美徳ではあるがな」



411: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 00:33:22.65 ID:rCvrgOMJ0



「は、話は分かったわ」


「そうか。やはり君は理解が早くて助かる。では、今後の方針と協力体制についてだが……」






412: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 00:37:41.03 ID:rCvrgOMJ0


「ええと、実は衛宮君は魔術師で、貴方は未来の衛宮君で、英霊で。
 さっき自分に召喚されて、しかもそのマスターに憑依しちゃったと……?そうなんだ。へええ、ふーん。うふふ、うふ……」


ぶつぶつと呟きながら顔に影を落としていくあかいあくま。

そして吊り上った口元から漏れる渇いた笑い。


あ、これまずい。ぞくりとテムズ川の悪夢が甦った。



413: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 00:38:36.64 ID:rCvrgOMJ0


「―――リ、リン?」

不穏な空気を感じ取ったセイバーが声をかけるが、もう遅い。


「……、ふ」



その時、俺は確かに見た。


俯いた彼女の艶やかな黒髪の中から、にょきっと二本の角が覗くのを。



414: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 00:45:29.08 ID:rCvrgOMJ0




「ふっざけんなああああ―――――――――――――!!!」





真夜中の衛宮邸に響き渡る怒声。

ご近所さんの安眠と共に、遠坂の家訓である優雅は遥か彼方へと吹き飛んでいった。


415: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 00:56:38.04 ID:rCvrgOMJ0


「ぶっ飛んでるにも程があるでしょうが!!言うに事欠いて何よそれ!?
 アンタ今までそんな素振り微塵も見せなかったじゃない!ていうか私、英霊になるような魔術師が近くにいたってのにちっとも気付かなかったなんて……!!!」

「遠坂凛、君もレディならば少しは落ち着きたまえ。だから言っ―――ぐふぉ」


綺麗に決まった顎ガンド。

久しぶりに喰らう呪いの塊は相変わらずヘビー級だった。


「……だから言っただろう?この時点での衛宮士郎はまだ未熟で―――」

「ていうかアンタ、本当に衛宮くんなの!?キャスターか何かのサーヴァントが化けてホラ吹いてるだけじゃないの!?」

「その点については先程証明した筈だが。この時点で誰も知る筈のないそこのセイバーの正体。彼女の目的。君の目的。どこかに間違いがあったかね?」


「何よりこの手に宿る令呪。これこそ人の身であるという何よりの証になると思うが」



「……有り得ないことではない。アーチャー、貴方が未来の英霊であると言うのならば」


静かに私を見据え頷くセイバー。

嘗て私の剣として戦った少女は、今は赤い魔術師の傍らで私の言葉を吟味していた。



416: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 00:58:17.95 ID:rCvrgOMJ0


「ぐっ……。そりゃ確かに、アンタの言うことを信じるならそれで合点がいくけど―――」


平行世界の第五次聖杯戦争。

一度目はセイバーマスターとして。二度目は私のサーヴァントとして参戦したというこの男。


英霊の座のシステムを考えれば、筋道は通っている。

でも突然そんな話を聞かされて、簡単にはいそうですかと頷ける筈がない。

違う世界の情報を持ち込むなんて暴挙、あの万華鏡(カレイドスコープ)じゃあるまいし……。




417: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 01:04:51.28 ID:rCvrgOMJ0


「しかし信用するかについてはまた別の話です」

「む」


良く言ったセイバー。味方にできると思っていたセイバーからの反論にアーチャーが渋い顔をした。


「アーチャー、貴方は我々について多くを知っているようですが、我々が把握したのは貴方の正体と経歴だけだ。
 今の貴方がどのような思惑で動いているのかについてはまだです」

「なるほど、尤もだな。では君は私が参戦した理由と目的を知りたいと?」



420: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 01:14:32.01 ID:rCvrgOMJ0


「そうです。貴方はこの三度目の聖杯戦争で聖杯に何を求めるのですか?」

「生憎だが、私は聖杯に懸けるような願いは持ち合わせていない」


「私の目的は、私がこの戦争で止めることのできなかった悲劇を回避することだ。人的被害を可能な限り抑え、敵の思惑を潰し―――そして、姉を救う」

「姉?」

衛宮君に姉がいたとは初耳だ。以前生徒会長から、父親は数年前病没したと聞いたことがあったけれど。


「そうだ。私にはたった一人、血の繋がりこそないが確かに姉がいる」


「衛宮士郎だった頃、私は彼女を救うことができなかった。前回は叶わなかったが、今回こそ私は彼女を助けたい」


唐突に見せた強い眼差し。


飄々としてどこか信用の置けない男というのが正直な見立てだったけれど、

焔の灯いたその目は、この話だけは信じても良いのかもしれないと思わせた。


421: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 01:15:58.55 ID:rCvrgOMJ0


「ふうん。ま、お姉さんを守りたいってのは分かったけど……その当人はどこにいるのよ?」

「恐らくアインツベルン城だろうな」

「……オーケー。続けて」


「セイバー、君は知っているのではないかね?イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの名を」

「イリヤスフィール―――?いえ、私は……」


「君は第四次でアインツベルンのサーヴァントだったのだろう?ならば会ったことがある筈だ。彼女は衛宮切嗣の一人娘なのだから」


……ちょっと、それ初耳よセイバー。



423: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 01:27:05.44 ID:rCvrgOMJ0


「キリツグ……アイリスフィールの!?確かに二人には娘がいました、ですが―――」

心当たりがあったらしく目を丸くするセイバー。

「ああ。これまでアインツベルンは聖杯戦争の度に新しく人型のマスターを鋳造していた。だが今回に限っては特別でね」


「彼女がマスターとしてこの戦争に……」

「そうだ。キリツグはそれを防ごうと幾度もイリヤを迎えに行っていたが、その度に返り討ちにされたらしい」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。どういうこと?何でアインツベルンが衛宮君のお姉さんになるわけ?」

「第四次でアインツベルンは外部から魔術師を招き、彼をマスターとした。その際アインツベルンのホムンクルスとの間に成した子がイリヤというわけだ」

「その魔術師っていうのが衛宮君のお父さんか……ホント、呆れるくらいの経歴ねアンタ」

「……成程。エミヤ、シロウ。そして彼女を姉と。貴方はキリツグの子でしたか」

「そういうことだ。切嗣は私にイリヤのことを話さなかったから、それを知ったのは随分後の事だがね」



「しかし―――、まさか舞弥との間に隠し子がいたとは」


「……………………………ん?」




425: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 01:31:31.29 ID:rCvrgOMJ0


「彼女と愛じ―――…そういった関係であることは知っていました。
 アイリスフィールも黙認しているようでしたし……ですがまさか子まで成していたとは」


ぱりーん。


どこかで硝子の割れる様な音が聞こえた。幻聴だろうか。


「セイバー、ナニかカンチガイしているようだが、オレはヨウシだ。マイヤサンとかいうヒトはシラナイ」

いつの間にか先程の決意の灯が消え、鉛の様な死んだ瞳のアーチャー。何故か笑顔でカタコト。



428: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 01:44:09.21 ID:rCvrgOMJ0


「こ、紅茶を淹れてくる。ポットの方も大分冷めてしまっただろう」

「え?あ―――ええ、お願いするわ」


呆然自失。そんな言葉がぴったりだと思った。


どうやらこの英霊はセイバーが暴露した父親の不貞が相当に応えたらしい。

受肉している筈なのに、ティーポットを抱きかかえたサーヴァントは幽霊のような虚ろな動きで台所に入っていった。



441: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 17:51:40.78 ID:rCvrgOMJ0



「……」


コンロに点火し、細口のヤカンで多めの湯を沸かす。



「……」


湯を少量注ぎ、抽出用のティーポットを温めておく。

充分な抽出をする為には温度の低下は最小限に抑えなければならない。



「……」


ポットの湯を捨て、ティーバッグを破って茶葉を出す。

中身はブロークンオレンジペコーのディンブラ。セイロンの代表格である。

特徴はセイロンらしいマイルドでクセのない風味。

ミルクもレモンも合う、オールマイティな茶葉だ。



「……」


沸騰寸前の湯を高い位置から注ぎ、ジャンピングが起きているのを確認してから
ティーコジー代わりの鍋掴みを被せ、サービス用のポットに湯を注いで待つこと三分。



「…………」


……。



「…………」


443: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 17:55:14.71 ID:rCvrgOMJ0



「――――駄目だ。やっぱり無理」


気を紛らわすことに失敗した私は、力無く膝から崩れ落ちた。



……嘘だろ、じいさん。






故 衛 宮 切 嗣 、 愛 人 発 覚 ( 妻 公 認 ) 。





「ア、アーチャー?大丈夫ですか?」

責任を感じたのか、顔を覗かせたセイバーが声をかけてきた。



444: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/07(月) 18:03:12.48 ID:rCvrgOMJ0


……ショックだった。


正義の味方の理想を語ってくれた、俺を救って共に暮らしてくれた、あの優しくて憧れだったじいさんにまさか愛人がいたとは。


分かっている。

世界を回る中で"魔術師殺し"衛宮切嗣の悪名は聞こえてきたし、
私が知っている晩年の切嗣とその頃の切嗣は全く別のモノなのだと理解していた。


毒殺、公衆の面前での爆殺、旅客機ごと撃墜。

およそ魔術師とは思えないような手段で標的を必ず仕留める魔術師の天敵。その頃には既に正義の味方を諦めていたのだろう。

その事を知っても、当時の私は特に驚きもなく受け入れていた。

昔の切嗣が何をしていようと、今さら私がとやかく言えることではないと割り切っていた。



それでも、養父の不貞はやはりショックだったのだ。



「……どうやらかなりの失言だったようです」

「そうみたいね……」


英霊エミヤが立ち直るには、もう暫くの時がかかりそうである。




459: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 22:45:15.32 ID:Zb0UB4Mp0



約三分後。


きっちりゴールデンドロップまで落とし切ったセイロンを手に居間へと戻ると、二人の少女は変わらず其処に座していた。

しかし、先程までと大きく違う点が一つある。

金髪のサーヴァントが身に着けていた銀色の甲冑が消えているのだ。



「先程は失礼しました、アーチャー。敵とはいえ配慮に欠けていた」

―――その事はもう言うな。


「武装解除したということは、交渉は成立したと受け取って構わないかね?」


「ええ、そういうこと。……なんかもう、戦り合うって空気じゃなくなっちゃったし」

空のカップにミルクを注ぎながら、遠坂が諦めたように言う。


460: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 22:48:18.79 ID:Zb0UB4Mp0


「ですが貴方が不穏な動きをすれば、その場で斬り捨てますので。それをお忘れなく」


毅然と言い放つ、魔力の鎧を解き青いドレス姿となったセイバー。

どうやらレモンを絞ろうとしているようだが―――セイバー、レモンは軽くかき回すだけで良いぞ。

「なるほど。よい香りがしてきました」

ほわ、と表情を崩した騎士王にうっかり色々忘れてほっこりしてしまうが慌てて表情筋を引き締める。


「私としてはこの後君達と対立し、勝利を求める理由は無い。私はただ目的さえ達成できれば良いのだからな。
 ああ、風味が移ったら取り出した方が良い。皮から苦みが出るからな」

「む、それはいけない。紅茶とは奥深いものですね」


「……だがそれまで生き抜く必要がある。その為の休戦協定だ。
 受けるのならば此方は知り得るこの戦争の情報を総て開示しよう。君達にとっても悪い話ではあるまい?」

「破格の条件だし願ったり叶ったりだけど―――相手が衛宮君だと思うとなんかムカつくわね」

「なんでさ」


462: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 23:16:38.85 ID:Zb0UB4Mp0


「兎に角、アンタは英霊エミヤ。勝利と情報を私達に譲ることを条件に、一先ずは休戦。これで良いのね?」

「ああ、有難い」

「利用できるものは利用するのが魔術師ってものだもの。特に三大騎士クラスの内二人を味方に置けるのはかなりのアドバンテージだわ」


―――ああ、そうだ。これが遠坂凛だった。


殊魔術の世界に於いて、交渉相手が同業者の場合、いくら疑っても疑い過ぎと言うことはない。

彼女にとっては殆ど初対面のような私の要求を、ここまであっさり受け容れられるとは正直思っていなかった。

本来、敵対勢力との同盟となれば自己強制証文の一つでも書かせて然るべきところなのだから。


だが彼女はそんなまだるっこしい過程は迷わずすっ飛ばしてしまう、型破りなタイプだったと思い出す。

それは彼女の生来のうっかり気質に由来するモノなのかもしれないが……そんなことは大した問題ではない。


自分が一度そうと決めたモノは迷いなく頼り利用し信じ抜くし、万が一ソレが裏切った時は躊躇わず潰す。

それこそが遠坂凛という魔術師だった。



463: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 23:24:47.77 ID:Zb0UB4Mp0


「私は以前君達のマスターであり、サーヴァントだった。その頃と変わらぬ信用を得られる様善処しよう。
 ―――これからよろしく頼む、凛」

「うぇっ!?ちょ、何でいきなり……」

「む?―――ああすまない、私には此方の呼び方が馴染んでいてね。嫌ならば戻すが」

「まあ別にいいけど……」





「衛宮君の顔で不意打ちとか卑怯すぎるっての……」

「何か言ったかね?」



―――何はともあれ。

世界と時間を越えて再び迎えた運命の夜。あかいあくまと正義の茶坊主はここに再契約を果たしたのだった。



464: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 23:28:00.37 ID:Zb0UB4Mp0


「ところで今さらだけど、アンタに身体乗っ取られた衛宮君は今どういう状態なの?」


「本当に今更だがね。それについては私も今から調べるところだ。最悪の場合消えていてもおかしくはないが―――」

「なっ」


「元が同じとはいえ、私の霊格は衛宮士郎の遥か上位にある。私が入り込んだ際に魂が消し飛んだ可能性は十分にある」


……だが恐らく奴の魂は消えてはいまい。衛宮士郎はそんなタマではないだろう。




467: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 23:41:46.44 ID:Zb0UB4Mp0




「―――同調、開始(トレース・オン)」


意識を埋没する。


解析すべきは自身の内面。肉体と霊体を再識別。体を動かしている霊体のカタチを精査し、自分以外の魂を探す。

するとすぐに、内側の奥底で押しつぶされている何かを見つけた。


「運のいい男だ。僅かながら自分の領域を確保したらしい」



この身体の持ち主であり我がマスターである少年の魂は、乗っ取られても未だカタチを失わずそこにいた。

完全に力負けしているとはいえ、英霊の魂と張り合うとは見上げた根性である。


468: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/08(火) 23:51:23.36 ID:Zb0UB4Mp0


この身体の持ち主である衛宮士郎は、入り込んだ私の魂に押されて表に出てくることが出来ないだけ。ならば―――


「霊体化を試してみる。うまくいけば私の魂は肉体と切り離され、衛宮士郎が表層に出ることが可能になるだろう」

「いいわ。ずっとこのままって訳にもいかないしね。衛宮君も参戦したのなら、そっちとも話をつけておかないと」


そう言って再び表情を引き締め、マスターとの交渉に臨む意思を示す凛。

ああ、そういえば言い忘れていたが―――


「凛、そこで一つ頼みがあるのだが」

「何よ」

「この時点の私は何も知らないのだよ。
 聖杯戦争の事も、君が魔術師である事も……そして、魔術師という生き物の本質さえも」


「……は?」



480: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/13(日) 17:55:29.61 ID:4xnPEd7D0


「父は私にあまり魔術を教えたくなかったらしくてな。
 魔術師の世界の常識などは一切教えず、デタラメな魔術回路の生成方法と強化の魔術だけを教えて没してしまった」

「―――なにそれ。そんなふざけた師匠どこにいるってのよ」


「故人の思惑は今となっては分からん。
 魔術回路の方は私がこの身体に入ったことで正したが、知識の方はどうにもできんので君に説明役を頼みたいのだが」


……頭が痛い。



481: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/13(日) 17:55:55.60 ID:4xnPEd7D0


「……そう、そういうこと。魔術の何たるかも知らないド素人だったから、今まで私がちっとも気付かなかったわけか」


そんな奴が三騎士の一人を召喚して、どころか近い将来その英霊になるなんて。

私が万全の準備で行った最高の召喚が急にバカバカしくなってくる。


(リン、もしかしたら我々は選択を誤ったのかもしれません……)


決めた。全てが終わったらとりあえず、衛宮君をギッタンギッタンにしよう。うん。




482: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/13(日) 17:58:29.31 ID:4xnPEd7D0


肉体と霊体を本来のマスターとサーヴァントの関係として考える。

召喚時に巻き込んだとはいえ、本来この身は現世の物。英霊の魂と完全に融合することなど有り得ない。


この体は言わば私のカタチをとっただけの受け皿、着ぐるみなのだ。



「どう?出来そうなの、アーチャー」


―――見つけた。

密に接しているため無いに等しいが、探査魔術によってレイラインを存在を確認した。

このラインを通して私は肉体と"感覚共有"し、内から全ての行動を掌握している。これさえ切断してしまえば―――


「ああ。今、衛宮士郎に体を還す」


ここからは通常の霊体化と同じだ。

レイラインを絞ると、魔力供給と共に身体の支配権が失われる。


―――そして衛宮士郎の魂を残し、繋がりを失ったエミヤシロウの魂はするりと抜けた。



483: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/13(日) 17:59:04.50 ID:4xnPEd7D0



アーチャーが霊体化する。


何かが抜け落ちる感覚と共に、身体の感覚が戻ってきた。

赤い外套は消え、灰色の瞳は元の輝きを取り戻し、奥底へと押し込められていた意識は表層へと浮上する。

そして―――



「おわっ」



衛宮士郎の一張羅が盛大に弾け飛んだ。




484: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/13(日) 18:00:44.96 ID:4xnPEd7D0



「……き、――――ゃあああああああああああ――――!!!??」


「うおおおお!?遠さ―――――おぐッ!?」


声を上げる間もなく、突如腹部にめり込む鈍痛。


「な……なん、でさ……」



486: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/13(日) 18:02:40.83 ID:4xnPEd7D0


「なっ、い、いっ…きなり何してんのよこの露出狂――――!!」


そして怒号と共に容赦ないガンド乱れ打ち。

逃げ惑う半裸の魔術師に制裁の呪いが降り注ぐ。


「おっ、落ち着け遠坂!これは不可抗力で―――ぐわっ!」


英霊ではない衛宮士郎にそれを防ぐ術はなく。

半裸で逃げ惑う彼の意識は、数秒と保たずブラックアウトした。



505: 今更修正 2014/07/25(金) 01:45:05.37 ID:udeMhwqW0


「なっ、い、いっ…きなり何してんのよこの露出狂――――!!」


そして怒号と共に容赦ないガンド乱れ打ち。

逃げ惑う半裸の魔術師に制裁の呪いが降り注ぐ。


「おっ、落ち着け遠坂!これは不可抗力で―――ぐわっ!」


英霊ではない衛宮士郎にそれを防ぐ術はなく。

フィンの一撃を顔面に受けた彼の意識は、数秒と保たずブラックアウトした。



506: 今更修正 2014/07/25(金) 01:45:54.04 ID:udeMhwqW0


じいさんは妻子アンド愛人持ちでした。


遠坂はそれはそれは巨大な猫を被っておりました。


じいさんは金髪碧眼の美少女剣士とお知り合いでした。


俺を乗っ取った奴はどうやら本当に未来の俺でした。


じいさんはこの戦いを知っていたようです。



大きく分けて以上五点。

この日。魔術師たちが数分のうちに暴露した事実によって、衛宮士郎の平穏は粉々に砕け散ったのでした。



507: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 01:46:30.80 ID:udeMhwqW0


じいさんは妻子アンド愛人持ちでした。


遠坂はそれはそれは巨大な猫を被っておりました。


じいさんは金髪碧眼の美少女剣士とお知り合いでした。


俺を乗っ取った奴はどうやら本当に未来の俺でした。


じいさんはこの戦いを知っていたようです。



大きく分けて以上五点。

この夜。魔術師たちが数分のうちに暴露した事実によって、衛宮士郎の平穏は粉々に砕け散ったのでした。



508: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 01:52:26.28 ID:udeMhwqW0


……本当に、悪いユメだと言ってほしい。


特に理想であり養父だった男の、死後になって発覚した事実は『昔ちょっとヤンチャしてました』などというレベルではなかった。

アンタ一体どんな世界にいたんだよ、切嗣。こんなこと一言も言っていなかったじゃないか。


挙句の果てに漸く体を取り戻したと思ったら、愛用のシャツが見事にはじけ飛び少女二人の前でストリップ。

そして弁明の暇すらなく遠坂の指先から飛び出した黒い塊にKOを決められ、現在に至る。


「う、ぅん―――?」




509: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 01:55:50.84 ID:udeMhwqW0


「―――まさかガンド撃ちで昏倒するなんて。見た目はそのままだけれど、アーチャーが抜け出たことで英霊の力は失ったのね」


「本当に驚くべきイレギュラーです。同一人物とはいえこんなことが起こるとは」


目を覚ますと、興味深げにこちらを見つめる二人の少女。

俺は未だに半裸のままだが、どうやら遠坂は落ち着きを取り戻してくれたらしい。


「あ、目が覚めた?」


そして座り込んだ遠坂の顔が至近距離に迫る。


―――う、この状況は。

先程も語ったがこちらは半裸であって。こんな格好で同年代の美少女に見降ろされている構図はなにやらとっても居心地が悪い。



510: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 02:05:56.79 ID:udeMhwqW0


「やあ、遠坂。……とりあえず、手を貸してくれないか」


「―――どうやら本当に衛宮君のようね。いいわ、説明してあげるからさっさと起きなさい」

「ああ。よっ―――…と」


溜息をつく遠坂に手を貸してもらい、普段よりも大きな体を起こす。


「ふう。―――なあ遠坂、これってやっぱり……現実、なんだよな」

「そうよ。正直、私でさえこうやって目にしてもまだ信じられない思いだけれど」


慣れない高い目線。大きな手。漸く主導権を手にしても、未だに自分の体という実感が湧かなかった。


多少はかじっていたつもりだったが、まさか魔術の世界がここまで非常識なモノだったとは。


肘をついたテーブルには、"オレ"が淹れた紅茶のカップ。

その水面で揺らぐのは、今朝鏡で見た時より十歳ほど年をとった衛宮士郎の顔だった。



511: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 02:07:58.82 ID:udeMhwqW0


「教えてくれ遠坂、これは一体何が起こっているんだ?」


「アーチャーが言っていたのは本当のようね……。はあ、これは骨が折れそうだわ」


「いい?衛宮君、貴方は英霊を召喚したのよ。それも―――未来の自分をね」

「英霊を召喚って。その時点で俺には何が何だか分からないんだが……やっぱり魔術なのか?」



512: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 02:09:58.80 ID:udeMhwqW0


「……正直私もこんなのが英雄になるなんて信じられないけど。
 衛宮君。貴方は近い将来偉業を成し遂げて、死後英霊として世界に召し上げられることになる」

「そういう伝説に名を刻んだ英雄たちを召喚して、七人の魔術師が"万能の願望器(セイハイ)"を奪い合うのが、
 六十年ごとにこの冬木で行われている闘争―――聖杯戦争」

「もちろん私のセイバーもその一人よ。
 本来私たちは敵対するマスター同士だけれど、貴方のアーチャーが同盟を申し出たからこうしていられるわけ」


「……闘争って、そんな女の子に戦わせるってことか」


「―――アーチャーのマスター、それは騎士に対する侮辱だ」


冷ややかな碧色の瞳が、射抜くように俺を見据えた。



513: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/25(金) 02:17:27.18 ID:udeMhwqW0


「私は願いを叶える為に自らこの戦いに身を投じているのです。貴方にとやかく言われる筋合いはない。それは出過ぎた干渉だ」

「そういうこと。英霊たちは無償で召喚に応じてくれるわけじゃないわ。
 生前叶わなかった最期の望み、それを叶える聖杯を求めて彼らはサーヴァントになるのよ」

「違う。俺が言いたいのはそんなことじゃなくて―――」


先刻このセイバーという少女が、青い槍使い―――ランサーと戦うのを見た。


一進一退の攻防の中で振るわれる刃の一つ一つは余さず必殺の威力を持ち、一瞬でも判断を誤ったならその場で首や手足が飛んでいただろう。


そして最後にあの男が放とうとした膨大な魔力の塊。あれを受けていたらきっと彼女は死んでいた。

そんな馬鹿げた戦場に、何度も女の子を立たせるなんて―――



560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 14:44:06.37 ID:xE+Q/ulw0



『そこまでしておけ』


「!」


遠坂たちの物言いに納得できず、抗議しようと立ち上がった瞬間。

脳内に聞き覚えのある声が響いた。


『理由に多少の差異があるとはいえ、セイバーを止めたいのは私も同じだ』



『―――だが、この戦いから彼女を解き放つのは今ではない』




561: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 14:45:35.64 ID:xE+Q/ulw0


「衛宮くん―――?」


「……アーチャー、だったか。アンタ―――本当に俺なのか」


目には見えないが、声の主がすぐ傍にいると感じる。

霊体化とはこういうことか。


『否定はしないが……肯定も出来んな』


先刻、自分はエミヤシロウだと名乗ったその男。

こいつと遠坂が言うには、どうやら俺が召喚した英霊であるらしい。



562: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 14:50:39.17 ID:xE+Q/ulw0


英霊の召喚。


魔術師からすれば常識なのかもしれない。が、そんな世界を殆ど知らない俺にとっては余りに突拍子もない事。

しかも、喚び出されたのは未来から来た自分だと言う。


正直信じられるような話ではないけれど……それでも、今の俺には受け容れるしかなかった。


だって、垣間見てしまったから。



―――流れ込んだエミヤシロウの記憶を。


―――借り物の理想に準じた、その生涯を。




563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 14:51:26.27 ID:xE+Q/ulw0


『私はお前の可能性の一つだ。その体を得た時点で、この私に至る可能性は限りなくゼロに近くなったがな』

「……どういうことだ?」


『私の知っている衛宮士郎の歴史からは既に外れているということだ。この世界のお前がどんな道を辿るのかは私にも分からん』


「―――ええと、衛宮くん。アーチャーと話すなら念話でも出来るわよ?心の中で思うだけ」

「え。ああ、そうなのか。ていうか、遠坂たちにはアーチャーの声は……?」


「聞こえないわよ。存在くらいなら感じ取れるけどね。
 衛宮くんのアーチャーは実体化できないみたいだし、意思の疎通ができるのは多分その体に入った時だけでしょう」



564: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 14:55:00.09 ID:xE+Q/ulw0


「とりあえず座りなさいよ。言っておきますけど今のあんたは結構な大男なんですからね。首が痛くて敵わないわ」

「あ、すまん遠坂」


言われて気付く、いつもより頭一つ分ほど高い目線の位置。

いつの間にか半裸の大男が小柄な少女二人を見下ろす、先ほどとはまた意味合いが違ったアブナイ構図になっていた。


―――いい加減服を着よう。



566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:07:23.95 ID:xE+Q/ulw0


パツパツの七分丈になっているとはいえ、学生服のパンツが破れなかったのは不幸中の幸いだ。

一先ず、ボロ布と化したシャツと上着の代わりになるモノがあれば良いのだが―――


『切嗣の部屋に古いシャツがあっただろう。お前がまだ処分していなければだがな』


―――グッジョブ、流石俺。


そういえば養父の遺した衣類は、大きすぎたが捨てる気にもなれず、長らくそのままにしておいたのだった。

この体には少しばかり小さいかもしれないが、着られないことはないだろう。


「遠坂、セイバー、悪いけど待っててくれないか。いつまでもこんな恰好じゃ困るし、オヤジの服を引っ張り出してくる」

「……そうね。まだ確かめたい事も訊きたい事もあるし、手早くしなさいよ」


じゃあ話はそれから、と遠坂とセイバーに断って居間を出る。勿論紅茶とお茶菓子も追加して。




567: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:08:57.02 ID:xE+Q/ulw0





英霊エミヤを召喚した影響で、俺の体は大きく変化していた。



解りやすく言うと、所謂マッチョメンである。

元々軽く鍛えてはいたが、これはそんなレベルではない。



568: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:11:51.05 ID:xE+Q/ulw0



けれど一切の無駄が無く引き締まった体は、一目で判った。―――これは戦うために磨き上げられたもの。



半時ほど前。

青い槍兵と繰り広げた眩い剣戟の中で、英霊の操るこの両腕は極限まで洗練された動きを以って剣を振るっていた。


原点が俺だと言うのなら、そこへ至るまでに一体どれほどの研鑽と実戦を重ねたのだろうか。


そしてその果てに、その男は―――



569: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:13:51.44 ID:xE+Q/ulw0



「なあ、訊いてもいいか」


暗がりの和室。

箪笥の匂いのするシャツに袖を通しながら呟く。


切嗣の使っていたこの部屋に、俺以外の姿は無い。

けれど実体のない一人の男の存在を、確かに俺は感じ取っていた。



570: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:21:32.17 ID:xE+Q/ulw0


『―――何だ』


無愛想に答える男の名は英霊エミヤ。嘗て俺であったなら、生前はこの家に住んでいたはずだ。

死後英霊となって再び戻ってきた今、こいつは何を感じているのだろう。



「その、本当に俺は……お前は、英雄になれたのか―――?」


『……衛宮士郎の口からそんな言葉を聞くことになろうとはな。いや、それだけこの戦争に因るモノが大きかったということか』



『お前は正義の味方になりたいのだろう。その理想を貫く意志があるならば、英霊(このカタチ)に至るのは必然だ』



571: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:38:03.35 ID:xE+Q/ulw0



「そうか――――……ああ、そうだよな」


ただ切嗣に憧れて受け継いだ理想(ユメ)、正義の味方。

今の俺には成り方が分からず、まだ抱いているだけだったが、それは『いつか絶対に成るのだ』と決めていた目標だった。


……まさか完成形がこうして目の前に現れるなんて、夢にも思わなかったけれど。



572: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 15:54:49.93 ID:xE+Q/ulw0


『オレは確かに正義の味方を体現した存在となった。
 ―――それが求めたカタチではなかったとしても、オレは正義の味方になれていた』


「っ―――」

それは。


それは恐らく、先刻垣間見た男の生涯。


切り捨てて切り捨てて、多くを守り抜いた理想の体現者。

その果てに男が辿り着いた赤い丘。剣の葬列。そんな在り方は哀しすぎる。


ああそれでも、助けられたモノがあるなら後悔なんかしない。きっとエミヤシロウは最期までその理想を貫き通すのだろう。




「本当に、お前は俺なんだな」

『―――ああ』


切嗣の遺した理想だけが、エミヤシロウに許された唯一の感情なのだから。





573: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 16:28:54.57 ID:xE+Q/ulw0



「でも―――本当に驚いた。英霊の召喚とか聖杯とか、未来の自分とか。冬木でこんなことが起こっていたなんて」

「数百年も前から繰り返されてきた戦いよ。魔術の秘匿は鉄則だし、監督役もいるから一般人に気取られることはないの」



漸く調達した真人間の称号を身に纏い、俺はアーチャーと共に再び遠坂の説明を受けていた。


……監督役、のところで若干嫌悪のような響きが混じったのは気のせいだろうか。


「ま、それでも未来の英霊の召喚は史上初じゃないかしら。そんなの普通思いつきもしないし。
 ―――ねえ、前回も参戦してたらしいセイバーさん?」

「……リン、黙っていたことについては謝ります。しかし分かって欲しい、決して悪気があってのことではないのです」


ばつの悪そうな顔で弁解するセイバー。せんべい咥えない方が誠意が伝わると思うぞ。



574: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 16:54:05.13 ID:xE+Q/ulw0


『そもそも何故紅茶にせんべいなのだ』

仕方ないだろ。うちは基本的に和風だし、これしか買い置きが無かったんだ。



『ふん、未熟者め。客人を持成すならば妥協などするな。せめてスコーンを焼くくらいの気概は見せろと言うのだ』

―――確かに言うとおりだが、その物言いに少しかちんときた。


「む。今日は突然色々ありすぎて余裕が無かっただけだ。いつもならもう少しまともなモノを出したさ」



575: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 17:03:19.94 ID:xE+Q/ulw0


『そもそも何故紅茶にせんべいなのだ』

仕方ないだろ。うちは基本的に和風だし、これしか買い置きが無かったんだ。



『ふん、未熟者め。客人を持成すならば妥協などするな。せめてスコーンを焼くくらいの気概は見せろと言うのだ』

―――確かに言うとおりだが、その物言いに少しかちんときた。


「む。今日は突然色々ありすぎて余裕が無かっただけだ。いつもならもう少しまともなモノを出したさ」


『ほう?ならば明日を楽しみにしておこう。私を呻らせるほどのディナーを期待しているぞ』

「……言ったな。見とけよアーチャー」

『ふっ』



576: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 17:23:58.80 ID:xE+Q/ulw0


「と、とにかく。私の経験した第四次に於いても未来から召喚された英霊はいませんでした。
 貴方がたが非常に特殊なのです。神代ならともかく、まさかこの時代の魔術師が英雄となるなど」

「見落としてたって言うより、見る必要すら無かった聖杯戦争システムの盲点ね。
 もし試そうとしたマスターがいたとしても、未来の英雄の聖遺物なんて調達できっこないし」


―――聖遺物?

「英霊を呼び出すのに必要な品よ。生前の持ち物だったり、伝説の中で縁のある品だったり。
 衛宮くんの場合は貴方の存在自体がソレの役割を果たしたのね」


「そうなのか?アーチャー」

『ああ、彼女の言う通りだ』



577: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 17:24:53.19 ID:xE+Q/ulw0


『ついでに言うと、凛は財政難から聖遺物なしで召喚を行っている。
 それで最優のセイバーを―――しかもその中でも更に最優を引き当てたのは驚嘆に値するが』


財政……―――色々苦労してるんだな、遠坂。


「あら、ひょっとして何か失礼なこと考えていませんこと?衛宮くん」

「い、いやっ。そんなことはないぞ。うん」



578: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 17:29:06.63 ID:xE+Q/ulw0


「ただアーチャーから聖遺物は無くても召喚できるって聞いてさ。遠坂もそうだったんだろう?」


「は?……ああそっか、私のサーヴァントだったんなら知っていて当然か」

一瞬怪訝な表情を浮かべた遠坂だったが、すぐに合点がいったという風に頷いた。



「その通りよ。聖遺物無しの召喚だと、聖杯が適当な英霊を喚んでくれる。大体は召喚者との力量や相性に見合った英雄が選ばれるわね」

「遠坂のセイバーは最優だ、ってアーチャーが言ってるけど……もしかして、遠坂ってすごい魔術師なのか」


「―――私の場合は万全の準備をしていたのもあるけれど。ま、それでも衛宮くんよりはすごい魔術師なんじゃないかしら?」


そう言って遠坂は口の端を歪めて意地悪く笑った。

む。そこはかとなくバカにされているのか、これは。



579: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 17:41:35.17 ID:xE+Q/ulw0



『いいや違うな。アレは単なる照れ隠しだ』


「え、照れ隠し?」



「―――は。え、ちょっと」


『憶えておけ衛宮士郎。凛は普段は猫を被ってすましているが、根はかなり単純で真っ直ぐな言葉に弱い』

「……そうなのか?」

「知らないわよッ!!私には聞こえてないんだから!ていうか今ソイツが何言ったのか教えなさいよ!」


があっ、と声を荒げて牙をむく赤い顔の遠坂。

なるほど。確かにそう考えればそう受け取れなくもない。



580: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/28(月) 17:44:01.03 ID:xE+Q/ulw0


『そういうことだ。忘れるな、衛宮士郎が遠坂凛より優位に立てるのはここしかない』


何やら力説する弓兵。

ひょっとして、だからこいつはこんなに皮肉屋なのか。自分の将来がこれかと思うと悲しくなったが、



『つまり、他では尻に敷かれっ放しと言うことだ。……だからこれくらいの密告は許される、よな……?』

とか呟きながら遠い目をしていたので少し同情もしておいた。



613: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:56:29.06 ID:fKxCSRtK0


「―――以上が聖杯戦争に関する大体の情報。これだけ話せば十分でしょう」



「で、どうなの?アーチャーのマスター。貴方は私達との同盟に賛成?それとも、これからでも戦いましょうか?私達は別にそれでも―――」


「何言ってるんだ、俺は遠坂と争うつもりなんてないぞ。是非賛成させてくれ」

「は?」


615: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 22:59:41.59 ID:fKxCSRtK0


不意を突かれたという顔で間の抜けた声を上げる遠坂。

どうやら俺を挑発してからかっていたようだが、俺としては乗る理由もないので即答しておいた。


「手を組んで平和にやれるならそれが一番だ。セイバーに戦わせるってところはまだ納得できないけどな」

「……今同盟を結んだとして。戦いに参加するってことは、いずれ私達とも戦うってことなのよ」


「いや、その時になったらアーチャーは遠坂たちに勝たせるつもりなんだろう?」

俺の言葉に遠坂はさらに顔を渋くした。そしてしばらく思案したのち。


「あんまり物分かりが良いものだから訊き忘れるところだったけど。衛宮くん、貴方聖杯が欲しくないの?」


「別に」

「……」


何故か背後でアーチャーが笑っていた。


622: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 23:10:20.90 ID:fKxCSRtK0


「確かに願望器ってのが本当ならすごいとは思うけど、それで叶えたい願いがあるわけじゃないし。俺は欲しいとは思わないな」

「あのね、これはサーヴァントを従えた魔術師同士の殺しあいなのよ。報酬も何もないってのに、そんなのに挑む馬鹿がどこにいるの。
 いっそマスターを降りるとか言ってくれた方がまだ納得できたわ」


「なら遠坂はどうなんだ?そんなに聖杯に懸けたい願いがあるのか?」

「私は……勝つために戦うだけよ。ここで起こったのがたまたま聖杯戦争だっただけで、聖杯には興味ない。
 ―――まあ、その結果として貰えるものは一応貰うけど」

「ほら、別に聖杯が欲しくなくたって、戦ってもいいんじゃないか」


「違う。違うでしょ―――」

「私と違ってアンタは聖杯戦争どころか、魔術の世界にだって無縁だったんだから、
 今そんな顔して受け容れてる事自体が異常ってもんでしょう――――――!?」


「ああもう、何で敵の私が懇切丁寧にこんなことレクチャーしてるのよ……!!」



624: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 23:17:48.93 ID:fKxCSRtK0


確かに驚きはした。でも疑いはしなかった。

―――だって、間違いなく未来のエミヤシロウである男が俺の体に召喚されたんだから。


七騎のサーヴァントによるバトルロイヤル。

聖杯を手にする為に終結した、英霊たちによる戦い。当然サーヴァントより弱いマスターも狙われるわけだから、つまり総勢14名。

それだけの人間が願望の為だけに殺しあうなんてふざけてる。

止められるものなら止めたいし、そもそもマスターとして参加する理由すらもない。


それでも、過去のアーチャーがこの戦争を機に、魔術の世界へ足を踏み入れたのは間違いない。


きっとそれは正義の味方になる為に必要だった戦い。

過去のアーチャーが何をしたのかはわからない。

けれど今ここにいる俺も、聖杯戦争に参加することで正義の味方への道が拓けるのだろう。



626: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 23:30:52.13 ID:fKxCSRtK0


ずっと探していた理想の叶え方。それが目の前に転がってきたのだから、俺が飛びつかない理由は無い。


「リン、何故そう彼の意思を否定するのです。彼の考えは解りませんが、一先ず共闘戦線が張れるというのならむしろ歓迎すべきではありませんか」

「だってこいつはアーチャーの過去なのよ。英霊になるほどの人間が参加したっていうから
 それはそれは大層な理想やら大義名分があるかと思ったら、こいつは何も欲しくないなんて……!」

「待ってくれ。俺は何の理由もなく戦おうっていうんじゃないぞ」


そして何より、アーチャーがやる気になっている。

ならば衛宮士郎が納得できるだけの理由があるはずだ。


627: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/06(水) 23:32:37.60 ID:fKxCSRtK0


「さっきアーチャーは"悲劇を止める"って言った。つまりこの戦争で苦しむ人がいるってことだろう」


そう思い訊いてみたところ、アーチャーはあっさりと答えてくれた。


―――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――


 『衛宮士郎。もうひとつ、お前が知っておかなければならないことがある』


 「―――何だよ?」


 『この戦いは関係のない一般人を巻き込んでいる。私の知る内では―――二人。
  サーヴァントが魔力補充の為、冬木の人間を餌にしているはずだ』

 「は―――――?」


628: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 00:02:29.51 ID:Qd36/j9h0


ここで俺の肚は決まった。

だがそれだけじゃない。アーチャーが話した、俺の姉だという女性の存在―――――


「俺はその人たちを助けたい。その為に戦いたいんだ。頼りないかもしれないけど―――よろしく頼む、遠坂」

「―――……」




「……はあ、まったく。こりゃ確かに英雄だわ」

差し出した俺の手を見つめ、遠坂は諦めたように言った。


「いいわ、マスターとサーヴァントの両方と話はついた。これでめでたく同盟は成立ね。じゃあ―――」



629: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 00:25:44.98 ID:Qd36/j9h0


そう言うと身なりを整え、いつもの猫かぶりとは正反対な凄みのある笑顔で遠坂は俺の手をとった。


「セイバーのマスター、遠坂凛よ。暫く厄介になるわ、改めてよろしくね衛宮くん"たち"」


「あ、ああ――――よろ「よろしく頼む、凛」しく、な……?」

「あら」


「……おい。アーチャー」

今一瞬、また身体を乗っ取らなかったか。


『乗っ取るとはおかしな事を言う。私はお前のせいで単体では口もきけないのだぞ。
 こんな状態になってしまった以上、この身体は既に我々の共有財産だろう』

「……」

正論である。言い返せないことで余計に腹が立つけれど。


630: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 00:38:47.32 ID:Qd36/j9h0


―――ん。待て。今何か、決して聞き逃してはならない発言が無かったか。


「では遅ればせながら私も。真名はブリテン王、アルトリア・ペンドラゴンです。呼び名はセイバーと」


「え。セイバーって、まさかあのアーサー王なのか」

「はい。先王ウーサー・ペンドラゴンが嫡子。我が剣は聖剣エクスカリバーです」


「あら?衛宮くん、さっきアーチャーの中で聞いてたんじゃないの?」

「確かにそんなことを言っていたような気もするけど……ちょっと落ち込んでて所々聞いてなかった」


驚いた。

アーサー王と言えばかの有名な、円卓の騎士たちを従えてブリテンを救い、
いつの日か国に危機が訪れた時、再び蘇るとされた名高い騎士王だ。

彼女の伝説は遠い異国の地であるここ日本でも広く知られている。

セイバーは生前、その小さな背中に一つの国を背負っていたのか。


631: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 00:59:40.30 ID:Qd36/j9h0


『背負っていた、ではない。今でも彼女は背負っているのだ。それが間違いだとも気付かずに―――』


そんなことを考えていると、先程までとはまるで声音の違うアーチャーの呟きが頭に響いた。

(それって、どういう―――)



「じゃあ自己紹介も済んだところで。早速だけど私たちは離れの部屋をもらうわね」

「あ、ああ」

「あとは―――そう、教会にマスター登録に行かなくちゃね。
 こんな時間だけれど、あいつ相手に気にすることないわ。そもそも聖杯戦争は夜が本番なんだし」

ぶつぶつと呟きながらうん、と頷く遠坂。


632: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 01:09:40.72 ID:Qd36/j9h0


『む。まずい、替われ小僧。彼女に伝えておかねばならん事がある』

「お、おう。分かった」


言われるがまま体を空け渡す。

アーチャーが入ってくる感覚と共に俺の意識が奥の方へ押しやられていく。


……あれ?


……ええと。



小さくなっていく意識の中で違和感に気付く。ちょっと待てよ、遠坂はさっき何と言った?


"私達は離れの部屋をもらうわね"


―――どこの?


633: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/07(木) 01:16:11.91 ID:Qd36/j9h0


(……おい、まさか)


衛宮邸は広い。ほぼ一人暮らしなこともあり、恐らく客が五、六人は来ても全く問題はないだろう。

だけど、もしそうだとしたら全く別の問題が浮上することにならないか。


既に支配権を失った意識体の筈なのに、背中に確かに感じる冷や汗。


……まさか。




まさかこいつら、この家に泊まり込むつもりか――――!!??



645: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:13:11.60 ID:aP2daxM10



どうやらリンは、シロウを監督役の元まで連れて行くことに決めたようだ。


そして拠点はこの家に置くつもりらしい。

当然の帰結だろう。同盟を結んだ以上は、同じ場所に居た方が何かと都合がいい。



(―――しかしまさか、もう一度この家に来ることになるとは)


前回アイリスフィールと共に訪れた時、土蔵はともかくとして母屋や庭、道場は目も当てられないほどに荒れ果てていた。

それも今では綺麗に整備され、生活感と人の気配に溢れている。


第四次聖杯戦争終結後、あれからキリツグはここで暮らしていたのだろうか。―――シロウと共に。



646: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:17:21.42 ID:aP2daxM10



「凛」


少年のものよりも少し低い声。どうやらアーチャーが身体に入ったらしい。

見た目こそ殆ど変わらないが、一変したその気配は間違いなくサーヴァント。魔術師であるならば人間にも充分感じ取れるレベルだ。


「アーチャーの方か。―――ん、よく見たらあんた達目の色が違うじゃない。判りやすくて良いけれど、どうして?」


「それは……、辿る道が異なればそういうこともあるだろう」

「ふうん?まあ、平行世界ならそのくらいアリなのかしら」


顎を撫でながらリンはアーチャーの瞳を覗き込む。

どこか納得していないようだが、マスターがそれ以上問い質すことはなかった。



「そんな些末事よりも―――凛、君に重要な情報を伝えておかなければならん。監督役とは、言峰綺礼のことで合っているな?」

「ええ。そうよ」


「私の兄弟子にしていけ好かないエセ神父。まあ一応仕事はちゃんとやってるみたいだけど。それが何か?」


647: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:19:04.87 ID:aP2daxM10



―――ところで、彼がキリツグの養子とはどういうことだろうか。


私に聖杯を破壊させたことで、当然アインツベルンの怒りを買ったであろうキリツグが?


それはつまり、彼の地に置いてきた娘との決別を意味する。

彼とてそうなることは分かっていた筈だ。

いや、魔術師の天敵であるキリツグならば侵入し取り返すことも叶うかもしれないが、
そのイリヤスフィールがアインツベルンのマスターとして参加している以上、そうはならなかったということ。

何しろ作戦の為なら妻すら囮に使う男だ。


そんな冷酷な彼がイリヤスフィールに未練を残していたとは到底思えない。

ならば何を思ってキリツグはシロウを養子に迎えたのだろうか?



……などと。悠長にそんなことを考えていた私は、彼の次の発言に耳を疑う事となる。



648: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:19:54.67 ID:aP2daxM10



「言峰綺礼は第四次で使役していたサーヴァントと未だ契約している。
 真名はギルガメッシュ。この第五次において本来有り得る筈のない、八人目のサーヴァントだ」




649: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:24:45.32 ID:aP2daxM10


「は―――…?何、それ。どういう」

「有り得ない!!アーチャー、悪ふざけはやめてください!ここに英雄王がいる筈がない!」


「……私としても甚だ遺憾ではあるが、事実なんだセイバー。前回、君は奴が消滅するのを見てはいないだろう?」

「確かにそうですが、私が聖杯を破壊したときあの男は―――っ」


第四次聖杯戦争に於いて私が最期に見たのは、令呪の強制を受けて放った宝具が聖杯を木端微塵に破壊する瞬間。


その真下にいたアーチャーは確認するまでもなく消滅したものとばかり―――。



651: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:31:48.93 ID:aP2daxM10


「そもそも、サーヴァントは聖杯戦争無くしては存在できない。聖杯が破壊された以上、奴も肉体を失い座へと戻っている筈です」

「いや、あくまで聖杯はクラスという枠を作りそこへ英霊を喚び出すシステムであり、繋ぎ止める役割を担うのはマスター。
 契約したマスターがそれに足り得るだけの魔力を供給できるならば、聖杯戦争終結後もサーヴァントの存命は可能だ」


「―――馬鹿な。聖杯のサポートなしに、そんな膨大な魔力を用意出来る筈がない」

仮にそんなことが出来るならば、この聖杯戦争の意義そのものが揺らいでしまう。


召喚した英霊を半永久的に使役する権利。世界の内側に対する干渉だけならば、人間にとってこれ以上強力なカードはないだろう。

そんな驚異的な力を保有できるならば最早聖杯は不要と言い出すマスターも中には出てくるかもしれない。

しかもそれをサーヴァントに強制するだけの力を彼らは持っている。そうなってしまえば、この七騎による闘争は―――


「ああその通りだ。だがそれはあくまで手段の一つ。この世界に根を下ろす方法は他にもある」


652: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:36:52.85 ID:aP2daxM10


「受肉だ」

「っ―――!」


「奴は君との決戦の後、聖杯から漏れ出た力によって受肉したんだ」


それは彼の征服王が聖杯に懸けようとした願い。

サーヴァントとしての理から外れ、転生したこの世に一個の命として根を下ろす。


それを成し遂げた?あの英雄王が?


(……なんてことだ。考えただけでも恐ろしい)


征服を謳ったイスカンダルならばともかく、他者を人とも思わず、
この世の全てを自身の物とするあの残忍な男が自由の身になったなら、一体何をしでかすか。

もし彼の怒りを買ったなら、あの圧倒的な宝具を相手に世界は数日も保つまい。


653: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:50:28.97 ID:aP2daxM10


「ちょっと待ちなさいよ。貴方達だけで話を進めないでくれる?
 ―――セイバー、どういうこと。貴女が聖杯を破壊したって」

明らかな不信の眼差し。

セイバーも失言に気付いたのか顔色を変え咄嗟に弁明する。


「リン、誤解しないでほしい。私は前回、最終戦まで勝ち残りました。
 しかしアーチャー……ギルガメッシュとの決着がつく前に、錯乱したマスターが令呪を使って私に聖杯を破壊させたのです」

「な―――そんなバカなことってあるの?そのマスターだって聖杯が欲しくて参戦したんでしょう」



「今となってはもう、判りません。私には最後までキリツグの考えを理解することが出来ませんでした。
 何故なら彼が戦争中私に話しかけたのは、たったの三回だけでしたから」


「……うわー」



あ。これは本気で幻滅しているな。

切嗣、やはり無視はいけないと思う。特に女の子受けは最悪だぞ。


「ていうかアーチャー、貴方の父親だったんでしょう?何かその辺の事聞いてないの?」

「!」

凛の言葉に、セイバーが強い眼差しで私を見た。


「―――さてな」



654: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 02:53:04.71 ID:aP2daxM10


「先程も言った通り切嗣は魔術絡みの事は殆ど語らずに没したし、
 ギルガメッシュを知っているのは生前奴自身が語ったからだからな。私が持つのは生前の第五次についての情報のみだよ」


「―――アーチャー、貴方はこの戦争の行く末を知っていると言いましたね」

「ああ」


「ならば教えてください。貴方のいた世界で、最後に聖杯を手にしたのは誰です」

「直球で来たな。―――いいだろう」



「私の知る聖杯戦争に於いて、聖杯を手にしたものはいなかった」


「なっ」


655: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 03:05:06.54 ID:aP2daxM10


「―――それはつまり、」


「つまりは前回の焼き直しだ。君は前回の戦いで聖杯を破壊したな。それと同じようなことが起き、聖杯は消え去った」

「……そうですか」

「驚かないのだな。落胆もしていないようだ」


「いえ、驚きはあります。ですが別の世界の結果に打ちひしがれている暇はありません。
 その世界の私がしくじったというのなら、私はそれを防ぎ、必ずや聖杯を手にするだけだ」

「それは―――……いや、成程な」


口を突いて出そうになった言葉を呑み込んで笑みを作る。



まだだ。今はその時ではない。


ここで何の証拠もなく聖杯の真実を告げても、彼女の目には戯言を吐くサーヴァントとしか映らないだろう。

どころか、せっかく結んだ関係を断絶させるという最悪の結果すら招きかねない。


彼女を解き放つには、聖杯か、望みか、どちらかを諦めさせる必要がある。

だからまだ話すわけにはいかない。だが、いつかきっと―――。


663: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 12:25:09.08 ID:aP2daxM10


「それにしてもあのクソ神父。そんな物騒なモノを十年間も隠していたなんて」

棘のある、苛立ちを含んだ声色で凛が吐き捨てた。


「腹立たしいのは君達と同じだよ。私も奴には散々辛酸を舐めさせられた」


「つまり、綺礼は前回の最終戦まで残ったマスターだったってわけね。そんなこと一言も言ってなかったわよアイツ」


「……いや、それはおかしい。リン、アーチャー」

「どうかしたかね?」



664: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 12:27:19.95 ID:aP2daxM10



「私の知る限り、英雄王のマスターはトオサカの当主でした。
 それにコトミネキレイと言う男。キリツグは終始危険視していましたが、彼は最初の脱落者だった筈です」


瞬間。セイバーの隣で紅い焔が燃え上がった。





665: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/13(水) 12:28:38.04 ID:aP2daxM10



「―――あまり想像したくはないが、考えられる経緯は一つだけだな」


「……予想で良いわ。聞かせて。アーチャー」

そこにいたのは引き裂いた笑いを浮かべたあかいあくま。


「聞かせて」


南無三。言峰綺礼、お前の運命はここで決まったようだ。



711: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 02:11:12.13 ID:dVmVJKvf0



「さっさと行くわよ!英霊のクセに、もっとキビキビ歩けないの!?」




「……やれやれ。私達は思わぬ引き金を引いてしまったらしいな」

「……ええ。我がマスターながら実に恐ろしい」




712: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 02:37:08.79 ID:dVmVJKvf0


真夜中の冬木。


私達は今、突然恐ろしいほどの殺る気(誤字にあらず)を噴出させた凛の後に続いて協会へ向かっている。

その静かなる迫力たるや。今にもその手に握った大粒の宝石を纏めて爆散させそうな勢いである。

言峰よ、せめて安らかに眠れ。―――いや、きっと無理だろうけれど。


「だがギルガメッシュと言峰綺礼、この二人を叩くには今夜が絶好の機会だろうな」

「七騎目召喚直後。まさかそんなタイミングで襲撃を受けるとは思わないでしょう」



713: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 02:50:53.01 ID:dVmVJKvf0


当然だ。十年間隠し通したジョーカーが開戦早々露見するなどとはあの神父ですら考えないだろう。


あの二人は危険すぎる。

既に歴史は変わっているのだ、このまま放っておけば何をしでかすか分かったものではない。

ズレが少なく、まだ"なぞり"を行える今が好機。裏で暗躍する前に、この戦争最大の悪を叩く。



「私もあのアーチャーには借りがある。……しかし奴の宝具は規格外です。
 それを知っていながら乗るいうことは、未来の情報に何か対抗策があるのですね」

「ああ、策ならある。加えて、凛がマスターである君がいるのならばおそらくは」

―――やれるだろう。


714: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 02:55:17.93 ID:dVmVJKvf0


「ところで先に言っておくが。セイバー、凛の動向には十分注意を払っておけ」


「リンの、ですか?唐突に何故……」


「なに、先達としてのアドバイスだ。遠坂の血統の者は代々厄介な呪いをその身に受けていてね」

「……初耳ですが。確かなのですか?」

「ああ。私は以前散々その呪いに振り回されたから良く知っている」






「つまり―――所謂"うっかり"だよ、セイバー」

715: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 02:59:30.52 ID:dVmVJKvf0


「うっかり?……それは一体」


「遠坂の人間は遺伝的に、ここ一番という大切な場面で
 初歩的にして深刻な大ポカをしでかすという、最早呪いとしか思えないような性質を持っているんだ」

「私を喚び出した時などは……いや、詳しくは省くが―――それはもう、酷いものだった」


召喚早々、二月の寒空に放り出された時のことを思い返す。

突き破った洋館の天井を見上げた時には、とんでもないマスターに引き当てられたと嘆いたものだ。

だからこそその力を借りず、自身の戦略のみで戦争を戦い抜こうとしたのだが―――


と。そこまで記憶を辿ったところで、思わず笑いが漏れる。


「凛は魔術師として極めて優秀だ。素養だけを見ても超一流と言っていい。
 だがそれだけにそのミスを犯しやすいのだ。そうならないよう、君が己がマスターを支えてやる事だ」


716: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 03:01:02.39 ID:dVmVJKvf0


「―――貴方は、リンの事を本当に良く知っているのですね」

「フ、まあ腐れ縁というやつでね。あの凛と面識は無いが、彼女がどんな人間なのかはよく知っているつもりだ」


「成程。立場上全てを鵜呑みにはできませんが、忠告感謝しますアーチャー。それから……この服も」

そう言って胸に手を当てたセイバーが着ているのは、私の記憶にある彼女の普段着と同じモノである。



717: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 03:07:47.46 ID:dVmVJKvf0


「いや、礼には及ばん。だが気に入ってくれたのならば出した甲斐があったというものだ」

「ええ、とても助かります。我々が活動するのは基本的に夜とはいえ、あまり人目を引く服装は好ましくない」


―――とは言うものの。

彼女の秀麗な容姿は服装を現代風にしたとしても、必然的に多くの衆目を集めて余りある。

寧ろ地味な服を着ることでその端正な顔立ちがより際立ち、逆効果を生んでいることにセイバーは気付いていない。


先導する紅い美少女に、黒づくめで筋骨隆々の大男、見目麗しい金髪碧眼のカリスマB。

そもそもこれで目立つなと言う方が無理な話である。



718: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/08/18(月) 03:15:14.68 ID:dVmVJKvf0


『なあ。さっきセイバーの服出したのって、投影だろ』


「―――お前か」



871: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 18:41:35.19 ID:a17XAd7c0



レイラインを通して、衛宮士郎の声が脳内に響く。

私が教えたのではない。どうやら凛の言葉を元に自力で路を見つけ出したようだ。


(確かにそうだが。それがどうした)


『さっきランサーと戦った時の剣もそうなんだろ。お前に出来るならひょっとして―――「"俺にも出来るんじゃないか"?」


『……』


(英霊となった私とお前が同等とでも思ったか。
 不相応な魔術は身を滅ぼす。己の身の程は弁えておくんだな)


『……。てことは、やって出来なくはないってことだよな』

(仮にそうだったとして。私がわざわざ丁寧に教えてやるとでも?)

『性格悪いよな、お前。未来の自分だから言うけどさ』

(フン、それは残念だったな。今さら気付いたのか)



872: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 18:42:50.73 ID:a17XAd7c0



(―――と。本来であればそう言いたいところなのだが。まあ、今回に限っては教えてやってもいいだろう)


『え』


(幸いお前は、生前の私の全盛期に等しい肉体を手に入れている。
 動かし方さえ理解すれば、身体能力も魔術回路もその機能を思い出すだろう)

『……まさか、本当に教えてくれるのか?』

「む?」



875: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 18:51:20.47 ID:a17XAd7c0



(何だ。気が乗らないのならば止めにするが)

口ぶりからすると、どうやら衛宮士郎は私が拒否することを予期していたようだ。


『いや、だってさ。俺―――さっき少しだけ、お前の記憶を見たんだ』


(……成程。平行世界の自分の姿でも垣間見たか)



『お前と戦う俺を見た。それから……理想を棄てたお前も』


(―――私は答えを得た。既に自身の消滅など望んでいないし、衛宮士郎を[ピーーー]理由も無い)


確かに、抑止の守護者となる選択は間違っていたのかもしれない。


けれど今の私に嘗ての後悔はない。

衛宮士郎の理想(ユメ)を思い出した以上、オレは後悔だけはしてはならないのだから。



876: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 18:51:54.17 ID:a17XAd7c0



(何だ。気が乗らないのならば止めにするが)

口ぶりからすると、どうやら衛宮士郎は私が拒否することを予期していたようだ。


『いや、だってさ。俺―――さっき少しだけ、お前の記憶を見たんだ』


(……成程。平行世界の自分の姿でも垣間見たか)



『お前と戦う俺を見た。それから……理想を棄てたお前も』


(―――私は答えを得た。既に自身の消滅など望んでいないし、衛宮士郎を殺す理由も無い)


確かに、抑止の守護者となる選択は間違っていたのかもしれない。


けれど今の私に嘗ての後悔はない。

衛宮士郎という理想(ユメ)を思い出した以上、オレは後悔だけはしてはならないのだから。



878: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 19:11:39.30 ID:a17XAd7c0



「これは正義の味方を張り通した、奴への義理立てだ」


―――そして、理由はもう一つ。


あまりに馬鹿馬鹿しい考えなので口には出さない。

ただ。運命から大きく外れた少年を見て、思い至ってしまったひとつの可能性。



「"衛宮士郎"が力を望むのなら、オレがその場所まで導こう」



―――既に英霊となり、存在が固定されたこの身には、これ以上の変化は望めない。



『……力』



だが、この衛宮士郎ならば。


或いは、抑止の守護者(カウンター・ガーディアン)となる以外の道が拓くことも―――…



879: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 19:21:38.30 ID:a17XAd7c0



(……いや。いずれにしろ、私がそれを観測することはできないのだがな)


そんな思惑を抱いたところで。関わることのできない私には、所詮考えるだけ無駄な絵空事。


けれど。

もしそんな可能性があるのなら。


変わり果ててしまったこんなオレでも、少しくらいユメを見てもいいのではないかと……そう思うのだ。



880: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/05(日) 19:24:31.26 ID:a17XAd7c0




『俺は―――――強くなりたい。みんなの幸せを守る力が、切嗣の理想を貫くための力が、俺は欲しいんだ。アーチャー』






903: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:50:52.17 ID:shYgJ3VV0




「―――了解した、我がマスター。ではこの先の聖杯戦争、お前にも戦ってもらうとしよう」

『ああ』




『……、ん?』



904: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:51:19.60 ID:shYgJ3VV0


『ちょっと待てよ。その言い方だと、俺が戦わないっていう選択肢もあったみたいじゃないか』


(―――みたいも何も、その通りだが)

『……ええと。マスターって、そんなに簡単に辞められるものなのか?』


(通常ならな。辞める場所さえ選べば、そう難しい事ではない。
 ただ我々の陣営は少々特殊であるが故に、辞める、とは少々違った意味合いになるが)


905: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:52:35.18 ID:shYgJ3VV0


(通常棄権希望のマスターは、中立地帯である聖堂教会の敷地内で令呪を使えば、その場で強引に契約を破棄することが出来る)


『……強引にって、話し合いで解決はできないのか』

(不可能だな。他に方法はない。
 英霊達は聖杯を得る為にサーヴァント(従者)となる。もしそんな話を持ち出せば、彼らとて恐らく容赦はすまい)


(だが監督役の保護下にいる限り、未だ参加者である者達は手を出せない。それは自身のサーヴァントも含めてだ。
 つまり脱落者は聖杯戦争が終結するまで籠っていれば安泰という訳だな)

『……なるほど』


906: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:53:02.15 ID:shYgJ3VV0


『なら、契約を破棄されたサーヴァントはどうなるんだ?』


(現界の楔たるマスターを失った以上、魔力切れで消滅を待つだけだ。
 生き残る手段としては新しいマスターを探すか、あとは魂喰いによる魔力補給といったところか)

『ッ、な―――!?』

(あくまでそういう手段もあるということだ。私はそんな過ちを犯してまで生き残ろうとは思わん)


907: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:53:52.95 ID:shYgJ3VV0


(そもそも私は魂のみの存在である以上、通常の手段の一切はとれん。
 マスターを失った場合、私はそのまま消えゆくだけだ)

『……』


(だが私には果たすべき役目……いや、願いがある)


『―――じゃあ、どうするつもりだったんだ?』



(簡単な話だ。お前を表に出さなければ良い)

『……』


908: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:54:50.29 ID:shYgJ3VV0


(魂の在り処は既に掴んだ。棄権を望むのなら、私は自分だけで勝手に戦い、お前の魂は私が消えるまで完全に封印しておくつもりだった)

『いきなり物騒すぎるぞ、おい』



『―――それに何度も言うようだけどさ。勝手に戦うって、コレ元々俺の身体なんだけど』

(細かい事で文句を言うな。
 お前はその齢にして何の苦労も無く、強靭な肉体と撃鉄付きの魔術回路を手に入れたのだぞ)

私がそこに達するまでにどれだけの苦労があったことか―――



―――っ。いや、待て待て待て。


危うく思い出しそうになったあかいあくむを慌てて振り払う。


909: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 14:55:46.85 ID:shYgJ3VV0


『撃鉄?……まあ、それは本当にすごいと思うけどさ。聖杯戦争ってのはサーヴァント同士の殺し合いなんだろう?
 アーチャーが消えるときってつまり、死ぬときじゃないのか?」

(ああ、恐らくはな)


―――そうなると。

全てが終わって目が覚めても、そこは冬木じゃなくて、天国なんじゃないでしょうか。やっぱり。



「どうやら思ったほど馬鹿でもなかったらしい」

『おい!』


910: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 15:14:21.75 ID:shYgJ3VV0


「喚くな。言っておくが、これは貴様の不完全な召喚のツケだぞ。
 本来であれば私はエーテルの身体を得る筈だったのだ」


『う。……それはなんていうか、本当にすまないと思うけど』


ていうか、アーチャーは遠坂たちに勝利を譲ると約束していなかったか。

つまり、遅かれ早かれ俺はこの英霊と共に仲良くゴートゥーヘブンということに……?


911: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 15:20:36.11 ID:shYgJ3VV0


「さっき言っただろう。その場合は令呪を使えばいい。私は目的さえ達せられれば良いのだから」


『……本当にお前はそれでいいのか?』

「無論だ。私にとってそれが最上。それ以上を望むことなど出来ん」




「――――さて、質問は以上か?そろそろ行かねば時間が無いのだが」



912: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 15:35:42.80 ID:shYgJ3VV0



『は?……行かねばって、あれ。遠坂たちは?はぐれたのか?』


「彼女たちには先に行ってもらった。これは私の戦い、セイバーと凛は巻き込めん」



『……どういうことだよ。他に敵がいるってのか』

「凛たちから離れた時点で、あちらも此方の意図を察したようだ。
 だがさっさと舞台に向かわねば、この場で始められてしまいそうでな」



913: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/10/11(土) 15:39:29.97 ID:shYgJ3VV0


英霊としての脚力を以て地を蹴る。

市街地でアレを暴れさせるわけにはいかない。


ならば向かう先はあの夜と同じ。木々に囲まれた教会所有の外人墓地。






「―――――――さあ、無駄話はここまでだ」




965: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 21:32:11.96 ID:kahzVoxe0



「この辺りで良いだろう。―――さてマスター、覚悟は十分か」


息切れひとつない声。

どうやら舞台はこの場所に決めたらしい。

夜の空を駆けていたアーチャーの足が止まる。


『……待てよ。ここで戦うのか?墓地だぞ』


「住宅街で被害を出すよりはマシだろう。でなければ明朝のニュースでまた謎めいた事件が報じられることになるぞ」


966: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 21:32:50.30 ID:kahzVoxe0


『―――っ』


そういうことか。

最近冬木で頻発していた不審事件。あの辻斬りやガス漏れ騒ぎも、魔術師とサーヴァントの仕業と考えれば納得できる。


俺達の戦いで巻き込まれる人間をつくる訳にはいかない。

アーチャーの正論に、俺は二の句を継ぐことが出来なかった。


968: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 21:43:31.88 ID:kahzVoxe0


「貴様のような未熟者には実戦経験が一番だ。
 一つを除いて三流以下の才能しか持たない魔術師にいくら講義をしたところで、先には何も無い」

『俺の魔術か……。ずっと強化だけだと思っていたけれど、まさか投影だったなんて』

「―――いや。残念だがそれも間違いだ」


『は?』

「お前の真価は強化でも投影でもない。切嗣が言っていただろう、投影とは中身の伴わぬ効率の悪い魔術だと。
 オレ達の投影は、全く別の一つの魔術から零れ落ちた副産物だ」


強化と投影が全く別のモノの副産物―――?

アーチャーの言わんとしていることがよく解らない。


969: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:01:12.27 ID:kahzVoxe0


「衛宮士郎に出来るのは模倣することのみ。だが、贋作が真作に敵わないなどと云う道理はない」


「故に鑑定し、想定し、複製し、あらゆる工程を凌駕しろ。嘗て捨て去った無駄を思い出せ。
 そして、お前に出来ることなどそれだけなのだと知れ」

『……』


「ともかく、あとは実戦を見て学べ。彼女も準備は出来ているようだ」


970: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:01:58.05 ID:kahzVoxe0




「いるんだろう、イリヤ」



―――息を呑む、気配がした。






971: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:03:32.32 ID:kahzVoxe0



「すまないセイバー、君は凛と先に行ってくれ」






「―――、アーチャー……?」


背後から掛けられた声。

振り向くと、アーチャーの姿が忽然と消えていた。



972: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:09:53.09 ID:kahzVoxe0


「アーチャー、シロウ……一体、どこへ」


「ちょっとあんたたち、やる気あるのかって言うのよ――――!
 もたもたしてると本気で先に行くからねセイバ―……って、あれ。衛宮くんは?」


「判りません……。ただ、先に行っているようにとだけ」


「はあ?―――ったく、ワケ判んないわよアイツ」

「先に行けということは追いつくつもりなのでしょうが―――…リン、彼を捜しましょう。何か嫌な気配がする」


「……もしかしてそれ、直感のスキル?」

「いえ、私のスキルは戦闘で発揮されるものですから……確かなことは何も。ただ」



「……解った」


「追うわよ、セイバー。アーチャーの向かった方角は判る?」


973: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:10:49.42 ID:kahzVoxe0


「ふうん、私のこと知ってるんだね。お兄ちゃん」


夜闇から姿を現したのは、仕立ての良いコートを着た小柄な少女。

快活な声と無邪気な笑顔、そして月灯りに煌く銀髪。

その姿が。遠い昔に置いてきた、たった一人の儚い姉の記憶を呼び起こした。



「……ああ。確か、君と会うのは二度目だったな。バーサーカーは初めましてか」


イリヤは答えない。


だが、未だ姿を見せていない己が従者を知っていることに不信感を覚えたのか。

彼女の貌から僅かに表情が消え、赤い瞳が見定めるように俺を射抜く。


974: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:13:13.61 ID:kahzVoxe0



「ヒトの体にサーヴァントの魂……」




「―――そう。お兄ちゃんはキリツグと同じモノになったのね」


平坦な声。

少女はその成り立ちから、目の前の男に何が起きたのかを悟っていた。


けれどその響きの中に、オレは確かに揺らぐ感情を見る。

傍目からは判らずとも、此方もイリヤのことはよく知っているのだ。


975: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:13:50.36 ID:kahzVoxe0


「聞いてくれ、イリヤ。オレは―――家族と戦うつもりは無い」

「……カゾク?」


「何言ってるの?キリツグは私とお母様を裏切ったのよ。
 そんな男が勝手に拾った貴方なんかに家族呼ばわりされる謂れはないわ」

そう言い放った少女の背後に、突如灰色の巨人が姿を現した。


976: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:14:18.60 ID:kahzVoxe0


―――其処には『死』が立ち尽くしていた。


吐き気を催すような殺意だけを放つ、最早生物と呼ぶのも馬鹿馬鹿しくなるほどの規格外。

奴が動く事はそのまま此方の死に繋がると識っている。



「――――――」


しかしソレは動かない。

絶対的な主の背後に控え命を待つ。その姿は正に忠実なる従者(サーヴァント)。




半神の大英雄ヘラクレス。それが彼女を守護するモノの名前だった。


977: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/07(金) 22:15:37.65 ID:kahzVoxe0


「―――いいや、お前は間違いなくオレの姉さんだ。だから、家族だ」


「……私はキリツグとシロウを殺しに来たのよ。
 キリツグはもう死んだみたいだけど、その分シロウに苦しんでもらうんだから」



「お願いだ。聞いてくれ、イリヤ……!」


「やっちゃえ。バーサーカー」