ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」前編

286: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:36:32.89 ID:ADDk8zfIo

. T O F F   T  M  I  L  . D D A G G W A T S T D A S J T M
「原初の炎 その意味は光 優しき温もりを守り厳しき罰を与える剣を」

 詠唱と共に、ステイルの右手、正確には右手に握られたカードに炎の剣が生まれた。
 彼は躊躇うことなくそれを目の前の扉に向かって叩きつける。
 それによって生じた爆発が扉を突き破り、その衝撃波が彼と彼の近くにいる者を容赦なく吹き飛ばし――

 違った。

 炎剣は扉に吸い込まれる寸前、見えない壁を切り裂き、薄いプレートのような何かを吹き飛ばしていた。
 魔女の結界に通じる入り口を強引に作り出したのだ。

ステイル「行くよ」

 感情を殺した声で、ステイルが言った。
 さやかはまどかと顔を見合わると、手を繋いで入り口に駆け込んでいく。
 だがしかし、キュゥべぇとほむらは違った。

引用元: ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」 



 

287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:36:59.62 ID:ADDk8zfIo

 ほむらはがっくりとうなだれたまま黙り込み、
 キュゥべぇはいつもの調子で、しかしじっとステイルを見つめている。

ステイル「どうしたんだい、そんなに取り乱して」

ほむら「……やだ……よぅ……」

ステイル「何が嫌なんだい」

ほむら「もうやだよぉ……わたしが……希望を抱いたから……こんな……」

ステイル「何を言っているんだ、君は」

ほむら「こんな……こんなの……」

ステイル「話が進まないな。じゃあそこで体育座りでもしていると良い。魔女は僕が殺しておくよ」

ほむら「駄目……でも……うううぅ……」

ステイル「で、キュゥべぇはどうして僕を凝視しているんだい?」

QB「……いや、僕も珍しく動揺していてね。理由がなんなのかは分からないのがこれまた厄介なんだけど」

ステイル「わけがわからないね。とにかく中へ入ろう。美樹さやかが魔法少女とはいえ、一人でどうにか出来る筈もないしね」

ほむら「うぅ……」

 嗚咽をあげるほむらを無視して、一人と一匹は結界の仲へと飛び込んだ。
 ほむらはそんな彼らの様子を見て、しばらくしてからよろよろ立ち上がり、倣うように中へ飛び込んでいく。

288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:37:25.27 ID:ADDk8zfIo

 結界の中は、これまで見てきたような物と違って無意味な区画や道は広がっていなかった。
 一言で表すならば、カラフルなリボンで装飾された広い空間だ。
 ほのかに紅茶の香りが漂っているのが特徴といえば特徴かもしれない。
 さやかとまどかはおっかなびっくり歩き進み、あっさりと結界の中心に辿りついた。

 そして、見つけた。

さやか「リボンの……化物? あれが魔女?」

 空間の中心に、読解不能な文字の刻まれた巨大なリボンが一つ、うねうねと蠢いていた。

 そしてそれを守るように、あるいはいっしょに遊ぶようにひっそりと寄り添う五つの鎖。

さやか「うわっ……気持ちわる……」

 その異様な光景に目を奪われてさやかが絶句していると、彼女の隣にいたまどかが顔に手を当ててしゃがみ込み、

まどか「あっ、ああああぁぁぁぁぁぁ! いやああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 もう長い付き合いになるさやかですら聞いたことのないような、甲高い悲鳴を上げた。
 慌ててまどかの視線を追った彼女は、今度こそ本当に絶句した。

 リボンの魔女の真下、五つの鎖の、その先端。

 そこに。

289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:38:17.34 ID:ADDk8zfIo





 かつて、巴マミと呼ばれた肉の塊があった。




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290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:38:42.87 ID:ADDk8zfIo

さやか「あっ、ああ……そんなっ……こんなっ……!」

 ぎゅーん、と鎖が伸びた。

 それだけで、面白いように巴マミであった物が“絡まった”。

 どこが腕で、どこが足なのか。
 それすら分からない。

 制服だったであろう衣服は、
 滴る血のせいで真っ赤に染まってしまっている。

 彼女だった物から流れ落ちる血肉と血液が、魔女の身体に染み込んでいく。
 黄色かったリボンの魔女が、だんだんと赤く変色していく。
 魔女が赤くなっていくにつれて、鎖の動きはどんどんと激しさを増し――、

 ぼとっ、と何かが落ちる音がした。
 さやかは巴マミだった物から目を離したい一心で、それを目で追いかけてしまう。

 追いかけてから後悔した。

さやか「いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!」

291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:39:08.30 ID:ADDk8zfIo



 音の発生源は。

 胴体だった物から、切り離された。

 巴マミの頭だった。



さやか「なんで……丸く、収まって……めでたしめでたし……ハッピーエンド……」


さやか「それが、どうしてこんなことになっちゃうのっ……こんな、こんなことになっちゃうのよぉ……!」


まどか「いや、いやだよ! こんなのってないよ! こんなの……ひどすぎるよぉ……!」


.

292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:40:17.55 ID:ADDk8zfIo

「ああ、まったくもって酷いね。救いもクソも、あったもんじゃない」

 声が響き渡ると同時、彼女らの背後から異常なほどの熱風が吹き荒れた。

「だがこれが現実だ。ああそれが人生だ。認めなくちゃならない。受け止めなくちゃいけない」

 その声に、悲しみの色は見られなかった。

「さぁ、道を開けてくれ」

 怯えも、恐れの色も見られない。あるとすれば――

「奴は魔女で、僕は魔女を狩る者。倒す理由なんて、それだけで良かった。それだけで、十分だったのにね」

 右手に炎剣を携え、タバコを口に咥えたステイルがゆっくりと二人の横を通り過ぎる。
 見慣れたはずの赤い髪が、2人には燃え盛る炎のように見えた。

「仇討ちなんて……好きじゃないんだが」

 そこにあるのは、ただ純粋な怒り。

 燃え盛るような、憤怒の炎。

 何もかもを焼き尽くす、情熱の赤。

293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:40:49.33 ID:ADDk8zfIo



ステイル「それでも」



ステイル「貴様だけは、絶対に許さない」


.

294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:41:23.36 ID:ADDk8zfIo

        Kenaz   PuriSaz NaPiz Gebo
ステイル「炎よ――巨人に苦痛の贈り物を!」

 右手から炎の塊が解き放たれる。
 それは一直線に突き進んで魔女の体を焼き払おうとする、が。
 魔女を守るように前に出てきた紫の鎖が、身代わりとなって爆発した。

ステイル「泣けるね、主のために己の身を投げ出すその献身さ。まぁそう悲観しないでおくれ。すぐに君の仲間も、君の主も」

ステイル「同じ場所に、連れて行ってやるさ」

 それをきっかけに、赤と青、ピンクの鎖がステイルを捕らえようとその身を伸ばして迫り来る。

ステイル「遅いんだよ、バカが」

 微塵も慌てることなく、既に“仕掛け”を終えたステイルがタバコを口に咥えたまま、吐き捨てるように言った。
 その言葉が合図となり、鎖の行く手を阻むように炎の壁がステイルの目の前に膨れ上がった。
 その炎は、いつの間にか周囲に貼り付けられていた膨大な量のルーンのカードから発せられている。

 炎が吹き荒れることで生じる熱風をものともせず、ステイルは詠うように呟く。
 魔女を狩る、そのためだけに存在する化物を呼び出すために。

295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:42:31.07 ID:ADDk8zfIo



 M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F
「世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ

    I    I    B    O    L    A   I   I   A   O   E
  それは生命を育む恵みの光にして。邪悪を罰する裁きの光なり

       I    I    M    H        A   I   I   B   O   D
    それは穏やかな幸福を満たすと同時。冷たき闇を滅する凍える不幸なり」



 ステイルを拘束しようと青の鎖が地面を這いずり回る、が。
 しかし彼の身体に到達することなく地面に叩き落されてしまう。

さやか「あああぁぁぁぁっ!!」

 魔法少女の姿に変身したさやかが、怒りを隠すことなく剣で斬りつけたのだ。

さやか「ちくしょうっ! ちくしょうっ! ちくしょうっ! よくも、よくもマミさんをッ!」

 さやかは興奮冷めやらぬといった様子で、鎖を何度も叩き斬り、何度も滅多刺しにする。
 既に鎖は動いていない。だがさやかは止まらない。
 怒りの矛先を、どこに向ければいいのか分からないからだ。
 彼女は知っていた。今のままでは、自分は魔女に敵わないという事を。

296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:43:05.90 ID:ADDk8zfIo

.  I I N F   I I M S
「その名は炎、その役は剣

   I C R    M  M  B  G  P
  顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ――」

 さやかがそうしている間に、ステイルの詠唱が完成した。
 ぶわっ、と。ステイルの目の前の空間が音を立てて爆発する。



.         イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス
ステイル「 ≪魔女狩りの王≫ ……その意味は、必ず殺す」



 炎が渦を巻き、小さな爆発と共に結界内の酸素を恐るべき勢いで燃焼させて。
 人の形をした、摂氏3000℃かつ3m強の体躯を誇る馬鹿げた炎の塊……

 魔女の天敵にして、炎の化身。イノケンティウスが顕現した。

297: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:43:38.28 ID:ADDk8zfIo

 赤と青の鎖が己の身体を地面に突き刺した。その場で勢い良く身体を振って、遠心力を蓄える。
 その回転が一定の速度に達したところで、鎖が地面に突き刺さった方の身体を切り離した。

さやか「はやっ……!」

 鎖は凄まじい速度を保ったままイノケンティウスの腹に突き刺さり、灼熱の身体が上下に引き裂かれる。
 傷口から、まるで巨人の贓物と血液が流れ出すかのごとく炎が吹き荒れた。

 だが、それだけだった。

ステイル「イノケンティウスに攻撃は無意味だ。なぜなら何度でも蘇るから」

 身体を引き裂かれ、炎を垂れ流したはずの炎の巨人は。
 しかしカードから絶え間なく送り込まれる炎を身体に補填して、瞬く間に再生する。
 それどころか、炎で出来た巨人の身体に深々と刺さった鎖が、その熱に耐え切れず溶け出した。

 巨人は2本の鎖を掴み取り、胸の前まで持ってくると両手でぐんっと引っ張った。

ステイル「イノケンティウスに硬度は無意味だ。なぜなら全てを焼き尽くすから」

 それだけであっさりと、さやかの初撃に耐えた鎖が崩れ、燃え上がり、消えうせた。
 文字通り、灰すら残さずに。

ステイル「思い知れ」

 魔女狩りの王を右隣に据えて、ステイルが言った。

ステイル「これが、巴マミの受けた痛みだ」

298: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:44:29.94 ID:ADDk8zfIo

 白い鎖を庇うように襲い掛かってきたリボンの魔女を、イノケンティウスが憤怒の抱擁にて迎え撃つ。

 結果など見るまでもない。

 鉄すら溶かす容赦ない灼熱によって、魔女がぼろぼろと崩れていった。

 形容し難き断末魔を上げて。

 白い鎖を庇うように。

 何かを確かめるように。

 白い鎖に、自身の身体から分かれたリボンを伸ばして。

 そして、魔女は消滅した。

299: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:45:20.05 ID:ADDk8zfIo

 魔女の残骸を背にして、ステイルは感情の篭っていない目で白い鎖を覗き見た。

ステイル「仕える主人に先立たれるだなんて、君もずいぶんと不幸だね」

 だからと言って、手心を加えるわけでもなかった。
 その手に炎を宿してステイルは静かに歩み寄る。
 そこでステイルは気がついた。

ステイル「……?」

 白い鎖を凝視する。
 正確には、白い鎖に刻まれた文字に。
 鎖の端に取り付けられた、まるで目を意味するような二つの赤い宝石に。

ステイル(僕は、これによく似た物を見たことがある)

300: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:46:01.87 ID:ADDk8zfIo

ステイル「……二つの赤い目……白い身体……それにこのわずかなピンクの模様は……」

 記憶という膨大なデータの山から、目の前の鎖に似ているシルエットを検索し照合する。
 その作業は驚くほどあっという間に終わってしまった。

ステイル「……君は、キュゥ――」

 ステイルが言い終わる前に、鎖が無数の銃弾によってバラバラになった。

ステイル「なっ……」

 鎖は一度だけ身を痙攣させると、難を逃れた先端部分が、魔女が元居た場所によろよろ這いずっていくが。
 トドメと言わんばかりに放たれた散弾が、完膚なきまでに使い魔を粉々にして見せた。

ほむら「獲物の前で舌なめずり。三流のすることね」

 鎖の亡骸を踏み潰すように、イタリア製の散弾銃を構えたほむらが降り立った。
 その顔には、先ほどまでの怯えや困惑などは一切見られない。
 その目にあるのは、なにもかもを諦めた者特有の、濁った色。

ステイル「……ご忠告ありがとう」

ステイル(また、突然現れた。彼女の力は、それこそ性質だけならイギリス清教の上の上に匹敵するほどなのか?)

ほむら「……巴マミは、それね」

 ステイルの足元にある肉の塊を見て、ほむらが言った。
 先程まで取り乱していたとは思えないほどに冷たく、静かな声だとステイルは思った。

さやか「どっ、どうにか……ならないの……?」

 巴マミであった物から目を離して、さやかがステイルの身体にしがみついた。
 そんな彼女の期待に応えてやれそうな言葉を、彼は持ち合わせていなかった。

ステイル「……すまない」

301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:46:31.87 ID:ADDk8zfIo

 結界が歪み、空間が元に戻る。そこは巴マミの住む部屋の居間だった。

 テーブルに置かれたカップに、グリーフシードが一つ。

 少し埃がかった絨毯の上に、巴マミの遺体が一つ。

 もう二度と動かない。
 もう二度と喋らない。
 あの優しい温もりに溢れた笑みを浮かべることも、もう二度と、ないのだ。
 当然だ。彼女は死んだのだから。

 びしゃっ、と液体状の何かが零れた音が聞こえた。
 まどかが胃の中の物を戻した音だった。

ステイル「君達は出ていた方が良い。なに、心配は要らないよ。こういった後処理は慣れているからね」

さやか「な、慣れてるって……あんたまさか燃やすつもり!?」

ステイル「当然だよ。まさかとは思うが、こんな状態の巴マミを警察に見せるつもりかい? 何も話せないのに?」

さやか「うっ……そりゃ……でも、ひどいよ……」

ステイル「……すまない。とにかく、出て行ってくれ」

ほむら「……私も手伝うわ。“彼女のグリーフシード”は、美樹さやか。あなたが持っていなさい」

ステイル(ん……?)

さやか「転校生……ごめん……」

 テキパキと遺体を集め、痕跡を消していく2人を見て、まどかが消え入りそうな声で呟いた。

まどか「おかしいよ……2人とも……こんなのおかしいよ……人が、マミさんが、死んだのに……」

まどか「そんな、平然としてられるの……? どうして……?」

まどか「こわい……こわいよぉ……やだよぉ……」

ステイル・ほむら「……」

302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:47:00.85 ID:ADDk8zfIo

 結界が歪み、空間が元に戻る。そこは巴マミの住む部屋の居間だった。

 テーブルに置かれたカップに、グリーフシードが一つ。

 少し埃がかった絨毯の上に、巴マミの遺体が一つ。

 もう二度と動かない。
 もう二度と喋らない。
 あの優しい温もりに溢れた笑みを浮かべることも、もう二度と、ないのだ。
 当然だ。彼女は死んだのだから。

 びしゃっ、と液体状の何かが零れた音が聞こえた。
 まどかが胃の中の物を戻した音だった。

ステイル「君達は出ていた方が良い。なに、心配は要らないよ。こういった後処理は慣れているからね」

さやか「な、慣れてるって……あんたまさか燃やすつもり!?」

ステイル「当然だよ。まさかとは思うが、こんな状態の巴マミを警察に見せるつもりかい? 何も話せないのに?」

さやか「うっ……そりゃ……でも、ひどいよ……」

ステイル「……すまない。とにかく、出て行ってくれ」

ほむら「……私も手伝うわ。“彼女のグリーフシード”は、美樹さやか。あなたが持っていなさい」

ステイル(ん……?)

さやか「転校生……ごめん……」

 テキパキと遺体を集め、痕跡を消していく2人を見て、まどかが消え入りそうな声で呟いた。

まどか「おかしいよ……2人とも……こんなのおかしいよ……人が、マミさんが、死んだのに……」

まどか「そんな、平然としてられるの……? どうして……?」

まどか「こわい……こわいよぉ……やだよぉ……」

ステイル・ほむら「……」

303: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:47:26.35 ID:ADDk8zfIo

――飛び散ってしまっている巴マミの遺体は、ルーンのカードで構築された魔法陣の中心に集められた。
 ステイルは無表情でそれを眺め、右手を胸の前に持ってきて十の字を切る。

ステイル「……こわい、か。確かにまともな神経の持ち主だったら、こんな風に冷静には振舞えないかもしれないね」

ほむら「……取り乱していた私が言えた義理じゃないけど、平気なの?」

ステイル「なにがだい?」

ほむら「あなたは、巴マミのことを気に入っていたように見えたけど」

ステイル「これまでだって親しい同僚が戦場で亡くなることはあった。だが戦場で悲しんでいる暇はない。
       ありきたりだが動揺は油断に繋がり、油断は死に直結する。君達が腰を下ろす世界となんら変わらないさ」

ステイル「違うのは、相手が血の通った人間であるかそうでないか。それくらいかな
       ……両手の指じゃ足りないほどの数の人間を殺めていれば、嫌でも耐性は付くというものだよ」

ほむら「……そう」

ステイル「そうだ。平気だ……平気なんだ」

 最後の方は、まるで自分に言い聞かせるような、そんな響きを帯びていたかもしれない。

304: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:47:57.44 ID:ADDk8zfIo

――そして。

ステイル「……十字教徒としては、火葬は好みじゃないんだが」

ステイル「状況が状況だし、彼女は日本人だからね」

ステイル「まぁ、紅茶やらケーキやらが好きだったみたいだけど。日本なら珍しくないかな」

ステイル「そういえば、彼女の魔法。ティロ・フィナーレ。あれはどうしてイタリア語なんだろうね。今でも不思議でならないね」

ステイル「聞いて、おけば良かった、かな」

ステイル「“あの子”のために学んだ、菓子作りの技術。紅茶の淹れ方」

ステイル「せっかく、披露する相手が、出来たってのにね」

 ステイルの口から紡がれる言葉を、ほむらは黙って聞いていた。
 それくらいしか、彼女には出来なかった。
 彼の顔を覗き見ることも。
 彼に声をかけてやることも。
 彼女には出来なかった。

305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:48:26.26 ID:ADDk8zfIo

ステイル「……せめて、安らかに。で、合ってるのかな?」

 ステイルが魔法陣に魔力を込めた。それは電子回路に電気を通すのに似ていた。
 ボッ、と火が点り、彼女の遺体を容赦なく焼いていく。
 間もなく人が焼ける臭いが生まれる。だが、炎はその臭いすら焼いていった。

 瞬く間に、部屋の中心に、ちょうど人間を半分に分けたくらいの、白い灰が出来上がる。
 魔女に血肉を食まれたがために、彼女の灰はそれくらいしか残らなかったのだ。

ステイル「……ふぅ」

ステイル「灰はどうしようか。出来れば彼女の遺志を尊重したいところだけど……キュゥべぇは知ってるかい?」

QB「……いや、残念だがマミからそういった話は聞いてないね。最後を看取ってくれとは言われたけど」

ステイル「そうか……じゃあ君に預かっていてもらおうかな。彼女が今際の際に残した言葉は、君の名前だったしね」

QB「本当かい?」

ステイル「ああ。通信用の霊装が声を拾ってね。それでどうする?」

QB「……そうだね、じゃあ受け取っておこうかな」

306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:48:59.16 ID:ADDk8zfIo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「そう……巴マミが、逝きたりたか」

ステイル『はい……彼女の亡骸は、僕が処理しておきました。一応、捜索願いは明日にでも提出するつもりです』

ローラ「……ごめんなさい」

ステイル『――!』

ステイル『……今回の件は僕に非があります。あなたの人員配置は適当です、気にする必要はありません』

ローラ「それでも、ごめんなさい」

ステイル『……いまさらあなたに謝られても、困るんだ。では、通信を切ります』

ローラ「……」

 それきり、カードから声が聞こえてくることはなかった。
 ため息をつき、それから彼女にしては珍しくがっくりと項垂れた。
 重力に従い垂れ下がる金髪の隙間から、テーブルの上に寝転がって尻尾をふりふりさせるキュゥべぇをちらりと覗き見る。

ローラ「巴マミが、魔女に殺害されたりたそうね」

QB「魔女に殺害されたという表現は正しくないね。正確には、君の言う『魔上』へと到達した後、ステイル=マグヌスの手で――」

ローラ「言わずてよし。私は計算が狂うてしまいたりたことを嘆きているのだから」

QB「――分かったよ。それで、今日もするのかい? 商談」



 キュゥべぇの言葉に、ローラは満面の笑みで応える。


.

307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:49:35.12 ID:ADDk8zfIo

ローラ「こちらが欲したるは“穢れ”と“ソウルジェム”の関連性につき」

QB「ふむ、相変わらず君は目の付け所が違うね。穢れというのは、そうだね、いわばソウルジェムの疲労だよ」

QB「魔法を使えば穢れは生まれる。それはソウルジェムが疲労し、無自覚の内に“絶望”を抱いてしまっているからなんだ」

ローラ「ふむふむ、つまり物理疲労ということになりけるわね。それじゃもう一つのパターンはいかようにして?」

QB「ソウルジェムが穢れるもう一つのパターン、つまり直接的に“絶望”を抱く場合だね。
   魔法の使用による穢れを物理的疲労とするなら、こちらは精神的疲労さ。相応の希望を持てば止まるけど、
   もちろん回復はグリーフシードに頼らざるをえない。物理的疲労に比べればまだ対策しやすい、はずなんだけど……」

ローラ「……絶望は、歯止めが利かない。一度抱けば、止まらない。その速度は尋常じゃなき、というわけね」

QB「そういうことだね。魔法少女が『魔上』に到達するパターンで一番多いのがこれなんだ。巴マミもそうだよ」

ローラ「仮に、絶望を上回る希望を、“外科的手法”で注がれし場合はどうなりて?」

QB「分からない。僕達も感情エネルギーのコントロールには四苦八苦しているからね。
   でもそれが希望であるなら質は関係ないと思うよ。もっとも、君達にそれが可能かどうかはともかくね」

ローラ「ふーむ、今日は不作なりけるわね。さぁ、そちらの要求は?」

QB「“魔導書”について」

ローラ「魔導書は小型の意思を持つ魔法陣生成器、以上」

QB「それはちょっと不公平なんじゃないかな」

308: キュゥべぇの言葉に、ローラは満面の笑みで応え“た”。 で。 2011/07/31(日) 01:50:50.92 ID:ADDk8zfIo

ローラ「えー、だってあれの話おもしろくないんだもーん。資料は寄越したるから勝手に読んどきたりてー」

QB「……わざわざ紙媒体にして、400枚超の資料を用意されてもね。嬉しいけど、これじゃあやっぱり不公平じゃないか」

ローラ「超過分の恩はこれから返してもらいけるから安心しなさい」

QB「というと、まだなにか欲しい情報があるのかい?」

ローラ「巴マミの死。なにか思うことはなきに?」

QB「ないよ」

 即答だった。
 ローラの顔が苦虫を潰したようなそれに変わる。

QB「強いて言えば、彼女のおかげで大量のグリーフシードを集めることが出来たからその点については感謝しているよ
   確かに僕達は魔法少女が“魔上”の域に達する際に生じる“副産物”を目的として動いているけど、
   穢れを含んだグリーフシードも立派なエネルギーだからね。それに彼女自身からも十分な量のエネルギーは回収出来た」

ローラ「それ、だけ?」

QB「そうだね、それが“僕達”の総意だよ」

ローラ「……インキュベーター。その個体数は数えるのが億劫になりけるほどにして、かつ思考と記憶は共有せし存在」

QB「そうだよ。いわば僕らは壮大なネットワークで繋がっているに等しい。思考と記憶が共有出来るから、個性は要らない
   こうしている今も僕は魔法少女と共にいるし、魔法少女を探してもいる。魔法少女が“魔上”に達する様子を見届けても居るんだよ」

ローラ「ふむぅ」

309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:52:16.96 ID:ADDk8zfIo

QB「やっと母星の衛星に手が届いた程度の文明の持ち主でしかない君達には、ちょっと理解しがたいかもしれないね」

ローラ「そういう人間はさほど珍しくなきよ? この前公園で太極拳やってたし。
..    私も真似してたら子供もおじいちゃんもおばあちゃんも集まりて、ちょっとした太極拳大会になりたりたわね
..    恐るべしは科学の力、望まれずして生まれながら、生きることを望まれた異例の一万近い蛭子なり!」

QB「……はぁ、やれやれ。君はさらっととんでもない嘘をつくから怖いね」

ローラ(事実なんだけど……まぁいい、思考と記憶の共有程度はさして問題じゃなし。問題があるとすれば……)

QB「そういえば、巴マミと行動を共にしていた個体が妙なことを言っていたね」

ローラ「! 妙なこと?」

QB「うん。理由は分からないけど、落ち着かないとかね。まぁこういった異常は、
   それこそ数百年に一度のペースで発見されてはいたけど、一体何が理由なのかな
   やっぱり2週間前に新たに確認された微かな揺らぎが原因なのかもしれないね」

ローラ「存在の揺らぎ? 何か起きたりたの?」

QB「“世界が交わった”、と仮定しているあの時間にね。これまで確認されなかった情報が見つかったんだよ
   因果改変とでも言うべきかな? 過去が改竄されたみたいだ。微かな揺らぎでしかないから気には留めてないけどね」



ローラ(……ふっ)

 表情を崩さぬまま、しかし内心でローラはほくそ笑む。

ローラ(ふふっ! とうとう見つけたりた。揺らぎという名の歪み)

ローラ(そしてステイルが接触したりける個体の異常も、やはりあの“仮説”を実証したるに等しい)

ローラ(となれば……イギリス清教が利益を全て掠め取りたることも可能なりける!)

310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:53:18.08 ID:ADDk8zfIo

 その夜。
 ローラはイギリス市街を探索すると言って出かけたQBを見送った後、こっそりと簡易結界を聖堂内に張った。
 ただでさえ警備が厳重な聖堂が、最大主教直々の結界と合わさって鉄壁に等しいほどの守りを構築する。

 そしてわざわざ結界を張ったローラはというと――

ローラ「陣容としてはまずまずな面構えなれど、さて運びはどうしてくれようか……」

 小さな子供くらいは覆い隠せるんじゃないかというほど膨大な書類の前で、一人首をひねっていた。
 鉄壁に等しい守りを、しかし誰にも気付かれることなくすり抜けた『英国女王エリザード』は、とろんとした目でローラを見る。

エリザード「なにブツブツ独り言言ってんだい、退任間近の最大主教」

ローラ「ヒイイィッ!? おばっ、おば、ババァのお化けが出たりけるぅううう!?」

エリザード「ちょっとカーテナ=セカンド(次元を切断できる程度の剣)を全力で振りたくなってきたな」

ローラ「じょ、冗談よ冗談! して、かような趣でこちらに来たりたの? というかお婿さんの身体の具合はいかにして?」

エリザード「ウィリアムならもう傷も癒えてヴィリアンとよろしくやってるよ。で、最初の質問だが……」

エリザード「今度はなにを犠牲にして、どんな悪巧みをしようってんだい?」

ローラ「悪巧みだなんて人聞きの悪い、私は常に善き事と思いて行動に移してきたるのよ?」

エリザード「その善き事ってのは相も変わらず≪イギリス清教の利益≫に繋がるものなんだろう?」

ローラ「ふふ、もちろん」

エリザード「……かつて抱いていた幻想を跡形もなく壊されたってのに。お前は変わらないんだね」

311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:55:22.24 ID:ADDk8zfIo

ローラ「ええ。必要とあらば泥だって被る。敵意だって甘んじて受ける。それがイギリス清教のためなりけるのならば、ね」

エリザード「……ったく。んで、この膨大な紙は一体なんだってんだい? どれどれ――」

 エリザードは膨大な書類の中から一枚手に取り、何気ない仕草で目を通した。
 そして絶句した。

エリザード「お……お前は正気か!?」

ローラ「ええ、もちろん」

 ほんの少しも躊躇わずにローラは言った。

エリザード「お前はこんなことが本気で出来ると思っているのか!?」

ローラ「思わねば、わざわざ膳立てはするまじよ。私は正気だし、本気でこれらを実行に移したる気でいるわ」

エリザード「馬鹿げている! そうまでして利益が欲しいのか!?」

 世界でも十指に入る魔術師を兼ねた英国女王エリザードが間近で声を荒げても、
 イギリス清教トップ、最大主教たるローラ=スチュアートは顔色一つ変えなかった。

ローラ「ええ。利益のためなら、何でもしたりけるわ」

エリザード「日本と共同体にある学園都市とイギリスで、第四次世界大戦が起こるぞ……!?」

ローラ「起こらなきよ。その前に収拾がつきたりけるわ」

エリザード「イギリス清教の皆が黙っていると思うのか!?」

ローラ「駒にそこまで考えたる脳はなし。所詮、駒は駒ざりしというもの。我が手元を巣立つことが出来なし雛たる駒は哀れよね?」

エリザード「ッ――だが、これはいくらなんでも……!」

 紙を握るエリザードの手が、わなわなと震える。その紙にはローラの直筆で、こう書かれてあった。

312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/07/31(日) 01:57:18.73 ID:ADDk8zfIo

『.    日本国関東北西部に位置する群馬県

     特に見滝原市の“殲滅”に必要な

     イギリス清教の3分の1に戦力、およびそれに伴う費用の捻出に関する

     関係各位への

     ほ・う・こ・く・しょ☆                                        』

344: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:48:11.99 ID:LZnhEvI0o

 遡ること幾日か。
 見滝原市にある巨大な吊橋の、その真下での出来事。

アニェーゼ「ああもう、だからあのフライドチキンは捨てちまってくださいと言ったじゃねえですか!」

杏子「だからあれはまだ食えるって言ってんだろーが! 食い物を粗末にすんな!」

アニェーゼ「そんで腹を壊してたらわけねえでしょーがこのバカ……!」

杏子「アタシはその……本気になれば腹くらい治せるから良いんだよ!」

アニェーゼ「そういうのを屁理屈ってんですよ、ったく」

杏子「うぅ……あ、また腹がぁ……」

アニェーゼ「馬鹿馬鹿しいったらねえですね……」

杏子「うぐぅ~……さすってくれよぉ……」

アニェーゼ「ああもう、仕方のねえ人ですね……ハァ……」 サスサス

杏子「うぅ~」

アニェーゼ「……ハァハァ」

杏子「うぅ~……ん?」

アニェーゼ「ホントどうしようもない……どうしてくれましょうかね……ハァハァ……」

杏子「お、おい? どうかしたか?」

アニェーゼ「ハァハァ……ハァハァ……」

345: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:48:59.51 ID:LZnhEvI0o

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アニェーゼ『まったく、どうしようもねぇやつですね。食べれそうだったらゴミでも食うんですか? えぇ?』

杏子『べ、別にそんなことは……』 オドオド

アニェーゼ『あぁ? 誰が人間の言葉使って良いなんて言いました? ご褒美、あげませんよ?』

杏子『うっ……わ、わん!』

アニェーゼ『うふふ、ゴミを漁って食いしのぎ、ご主人様に餌をねだって吠えるだなんてホントに犬みたいじゃねえですか』

杏子『わ、わ……うぅ』

アニェーゼ『ほら、私が丹精込めて作ってやったおむすびですよ。食いたいですか?』

杏子『わん!』

アニェーゼ『よーく出来ました、ほら。とっとと食えってんです』 ポイッ

杏子『わん! わん!』 ガツガツ

アニェーゼ『うわぁ……ホントに食ってんですか?
          実はそれ、賞味期限が一週間も前に切れてるおにぎりをぐっちゃぐちゃにして固めたやつなんですけどね』

杏子『なっ! なんてモン食わせ』

アニェーゼ『わん、でしょーが。文句言うならもうあげませんよ?』

杏子『うっ……』

アニェーゼ『食べ物は粗末にしちゃあいけないってのはどこの犬の台詞でしたっけぇ? えぇ?』

杏子『わ……わん……』 ガツガツ

アニェーゼ『うふふ、ふふ、良い子ですね……そーら、撫でてあげますよ。これが良いんでしょう? ええ、どうなんです?』

杏子『くっ……んんっ……』 ビクッ

アニェーゼ『い、意外に可愛い声で鳴くじゃねえですか、ま、まるでレモンちゃんですね!』

杏子『れ、レモンちゃんってなんだよ……あっ……』 ビクッ

アニェーゼ『肌がすべすべで、レ、レモンちゃんですね! ほうら、ここなんかどうしようもないくらい完璧にレモンちゃんですよ!』

杏子『あぁっ……れ、レモンちゃんなのか……アタシ、レモンちゃんなのか?』

アニェーゼ『そそそうですよ、とっと、とりあえずレモンちゃん、恥ずかしいって言ってごらんなさいな』

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346: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:49:51.25 ID:LZnhEvI0o

杏子「おい!」

アニェーゼ「はっ! れ、レモンちゃん!?」

杏子「……はぁ?」

アニェーゼ「……白昼夢(ゆめ)、か……」

杏子「おーい?」

アニェーゼ「いえ、なんでもねえです。どうやら心配かけちまったみたいですね、すいません」

杏子「べ、別に心配してないし。気にする必要なんかないって」

杏子「ただ、ほら……アンタにゃ先輩として、色々教えてもらいたいこともあるからさ。勝手にどうにかなられちまっても困るんだよ」

杏子「そ、それだけだかんな!」

アニェーゼ(あぁ……) ゾクゾク

アニェーゼ(なんて子です……人のポイントをそこまで的確に……!) ゾクゾク

杏子「……ホントに大丈夫か?」

アニェーゼ「ええ、もちろんですよレモンちゃん。それより腹の調子はどうです?」

杏子「だからレモンちゃんってなんだよ……腹はもう治ったさ」

アニェーゼ「それはよかった」

アニェーゼ(いけないいけない……この子はまだ熟れ始めたばかりのつぼみ、まだ採っちゃ駄目です……)

アニェーゼ(ああでも……なんってエイジメたくなる子なんですかね……!!) ゾクゾクッ

347: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:50:51.92 ID:LZnhEvI0o

――そんな二人の様子を、影から覗いていた二人組の修道女、長身のルチアと小柄なアンジェレネはそろってため息をついた。

アンジェレネ「今トリップしてましたよね。間違いなくトリップしてましたよね!?」

ルチア「……よりにもよってそこですか?」

アンジェレネ「えぇ!? だっだって普通そこでしょう!? 今絶対シスターアニェーゼは頭の中で良からぬ想像してましたよ!」

ルチア「ですから、その前に観察対象と仲良くなってることをおかしいとか思う思考回路はないのですかあなたは……!?」

アンジェレネ「えー、だってその方が対象の警戒も緩んで観察しやすくていいじゃないですかー」

ルチア「同じように隠れている天草式の方々の『おい、どうすんだこれ』『とっとと連れ戻せ』
...    的なオーラと視線があなたには分からないようですねシスターアンジェレネ……!」

アンジェレネ「いやーお腹空いちゃってもう考えるのさえ億劫で仕方がないんですよー」

ルチア「……はぁ」

 ふかーいため息を吐くと、隣でぐぅぐぅぎゅるるぐるるるると腹から異音を発するアンジェレネを無視して杏子たちに視線を移した。

 アニェーゼの気持ちはよく分かるが、仕事は仕事である。
 ゴソゴソと通信用の霊装を取り出すと、アニェーゼの持つそれへと回線を繋げた。

 遊びはもう終わりだ。自分達に任せられた仕事を、しっかりと行わなければ。

349: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:52:18.85 ID:LZnhEvI0o

――次の日 見滝原市のとある路地裏
 ビルの間から差し込む夕陽に照らされて、長大な槍を手に持った赤い髪の少女――佐倉杏子が顔を歪めた。

杏子「だぁからさー、困るんだよねぇ。遊び半分で首突っ込まれんの……さっ!」

 少女が軽く槍を振ると、それらは部分部分をばらし、延長し、多節槍となって魔法少女姿のさやかに襲い掛かる。

さやか「くぅーっ!」

 辛うじて初撃を剣で受けきるが、相手の猛攻は終わらない。
 弾き、受け流し、叩き落し、潜り込む。
 そうしてさやかに生まれた僅かな隙を突いて、槍がさやかの身体に絡まった。
 杏子は力任せに振りかぶり、さやかを壁に叩きつける。

さやか「あぁっ……!」

杏子「ったく、マミのどあほーがくたばったって聞いたからやって来てみりゃ、なにこれ。ちょーうぜぇ」

杏子「いちいち使い魔に手を出す偽善者とかちょーだりぃ。ウザい奴にはウザい弟子がつくってかぁ?」

さやか「っ! マミさんをばかにするなぁぁ!」

 そんな2人のやり取りを、張り巡らされた赤い鎖によって近づくことが出来ないまどかが震える声で呟いた。

まどか「どうして……? さやかちゃんはただ、マミさんの代わりに頑張ってただけだったのに……どうして?」

QB「どうしようもないよ。お互いに譲れない思いがあるんだからね」

QB「使い魔が魔女になり、グリーフシードを孕むまで泳がした方が効率は良い。
   むしろマミのように使い魔も倒すのはむしろ珍しいんだ。誰もがマミのように優しくはないからね。
   ベテランの魔法少女である杏子が、まだ新人のさやかのことを気に食わないと思うのも仕方がないよ」

まどか「でも……こんなのって……」

 俯くまどかの肩に手が置かれる。
 驚いて後ろを振り返ると、汗を流したステイルの姿がそこにあった。

350: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:53:18.55 ID:LZnhEvI0o

ステイル「はぁ……はぁ……君達は、僕を……過労死させるつもりか……!?」

まどか「す、ステイル君!?」

 まどかがびくりとのけぞり、ステイルから反射的に身を離した。
 無理もない、とは思う。彼女にしてみれば、彼は異常者同然なのだから。
 若干寂しそうな面持ちで見やり、それからかぶりを振ってさやか達を見つめ直す。

ステイル「人が“散歩”してる時に魔法少女同士の争いか……ちっ、厄介なことをしてくれたものだね」

ステイル(おそらくあれは神裂が監視し、アニェーゼが独断で接触した佐倉杏子か。なんて力だ……)

まどか「ステイル君、2人のこと止めてあげて!」

ステイル「厳しい。せめてもう少し頭を冷やしてくれないと僕の方が返り討ちに遭う。参ったな……」

まどか「そんな……!」

 その時、2人の戦いに動きが見られた。
 杏子が長い槍を構え、矛先に魔力を込める。それを見たさやかも剣の切っ先に魔力を込める。
 おそらくは次で決まる。ステイルは険しい表情を浮かべて、懐からルーンのカードを取り出した。

ステイル「相手を傷つけずに勝つのは難しい。僕が死なない可能性も。だがやるしかないか」

 そう言ってカードに魔力を込め――

「その必要はありません」

――ステイルの真横を、“何か”が通り過ぎた。

351: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:53:54.04 ID:LZnhEvI0o

さやか「なっ……なによこれ!?」

 吹きぬける突風に当てられてしばらく呆然としていたステイルたちは、さやかの声を聞いて我に返った。
 そして彼女達に目線を移し――まどかは困惑し、ステイルは納得する。

まどか「え、あっ、あの……だれ?」

さやか「あ……あんた、何者よ!?」

杏子「気にいらねぇな……そーいうの!」

 さやかと杏子の得物の間に、一人の女性が割り込んでいた。
 腰まで届く黒い髪を束ね、白のTシャツとジャケットを着こなし、左足側だけが根元の辺りから切断されたジーンズを履いている。
 その女性は2mはあろう刀の鞘だけでさやかの剣を受け止め、空いた左手で杏子の矛先を掴んでいた。

さやか(あたしの剣を片手で、それもただの鞘で受け止めてる!?)

杏子(ちっ……空いた手で掴まれてるだけだってのに、槍がびくともしないだって?)

 本来ならばコンクリートで出来た地面に小さなクレーターを作りかねないほどの力を一身に受けながら、
 しかしその女性――世界に20人といない聖人である神裂火織は、涼しい表情を浮かべている。

神裂「私はあなた方と争うつもりはありません。ひとまず武器を収めてください」

さやか「ちょっ、あんたねぇ! いきなり出てきておいて!」

杏子「つーかさ、そういうことはまずアタシの武器を放してから言えよ。これじゃあ収める矛も収められないってもんじゃん?」

 杏子の言葉に同調した神裂が、あっさりと槍を手放す。
 その直後。神裂とさやかが立っていた空間を、容赦なく杏子の槍が切り裂いた。

352: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:54:35.45 ID:LZnhEvI0o

杏子「なっ!?」

 さやかを脇に抱えた神裂が杏子から5mきっかり離れた位置に立って、やれやれといった様子で肩をすくめた。
 その仕草が気に障ったのか、杏子は魔力を解放して槍を構え、跳躍するために前屈みになり。

神裂「『七閃』」

 まったく予期せぬ方角から放たれた、目に見えぬ斬撃を受けて杏子の槍が宙を舞った。

さやか「いつの間に……!? ってか離しなさいよ!」

杏子「なんだよ今の……斬撃ってレベルじゃねぇ……ワイヤーか!? 空いた手でんなことも出来んのかよ!」

 杏子の指摘通り、それは刀――七天七刀と呼ばれる――による斬撃ではなかった。
 神裂火織が、空いた左手でワイヤーを複雑に操作したのだ。
 その気になればコンクリートすら両断するほどの攻撃である。
 あっさりと手の内を見透かされた神裂が、苦悶の表情を浮かべた。

神裂(まさか初太刀で見破られるとは……! 子供ながら、恐ろしい資質の持ち主ですね
.     それに先程見た身のこなし……私があの域に達することが出来たのは16歳頃のはずですが)

杏子「チッ! んにゃろうがぁぁぁ!」

 落ちてきた槍を片手で拾い上げ、さやかを脇に抱えた神裂に襲い掛かる。
 神裂は暴れるさやかを無視して左手に七天七刀を握り、鞘を付けたままその攻撃をいなす。
 だが杏子は諦めない。縦に、横に、斜めに、時には捻じ曲げて切りかかり、後ろに回りこんでは突き、
 蹴りを交え肘鉄を繰り出し、蹴りを叩き込み、槍を地面に叩きつけて石礫まで用いる。

 しかし神裂の表情は変わらない。斬撃には鞘とワイヤーを、肘鉄には足を、蹴りには膝を、
 そして石礫の全てを見切り、紙一重で回避する。これが聖人、神裂火織の本気である。
 複雑な回避機動のせいでさやかが目を回していることに気付かないのはご愛嬌、と言ったところか。

まどか「さやかちゃん! ねぇステイル君、どうにかできないの!?」

ステイル「僕じゃ佐倉杏子、あの魔法少女に勝てるかどうかすら危ういんだよ?
       まして神裂……あの露出狂は桁外れの化物、戦略兵器に等しいんだ。今近づけばどうなることか」

まどか「でも、このままじゃ! このままじゃさやかちゃん死んじゃうよ!」

QB「……神裂火織は確かに強大だ。だけどまどか、君が魔法少女になれば、この争いを止めることだって出来る」

353: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:55:20.91 ID:LZnhEvI0o

まどか「っ……」

 声を詰まらせるまどか。目に涙を溜め、肩をぶるぶると震わせている。
 おそらくはマミの姿を思い出しているのだろう。現実と割り切ることで冷徹になりきれるステイルと違って、彼女はまだ幼い。
 しかし。鹿目まどかは目を見開いて、決断した。慌ててステイルがルーンのカードを構えるが、もう遅い。

まどか「私、魔法少女に」

――それには及ばないわ

 ステイルの耳にほむらの声が届いた。
 次の瞬間、目の前で信じがたい事が起こった。

さやか「うえっ……あれ?」

杏子「……あん?」

神裂「おや?」

 さやかを脇に抱えたはずの神裂が地に這い蹲り、抱えられていたはずのさやかがまどか達のそばに倒れ、
 槍を振るっていたはずの杏子が2人から離れた場所で呆然と立ち尽くしているのだ。
 その三人の、ちょうど中心の辺りに――魔法少女、暁美ほむらの姿があった

杏子「へぇ……あんたがキュゥべぇの言ってたイレギュラーって奴か。みょーな技を使いやがる……」

さやか「うぅっ……ま、待ちなさいよこのあかぐぇっ――」

 ふっと。突然さやかの背後に現れたほむらが、左手の盾でさやかの首筋を叩いた。
 糸の切れた操り人形のようにさやかが倒れる。

まどか「さやかちゃん!」

355: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:56:17.93 ID:LZnhEvI0o

神裂「ご安心を。私の耳が正しければ、呼吸に若干の乱れはありますが生きています。見事な当身です
.     しかし素早いですね。だが移動した痕跡が見当たらない。それだけの速度で移動すれば場が乱れるはずですが」

ほむら「……」

神裂「瞬間移動の類ではありませんね。あなたの行っていることはもっと力技に近い……」

神裂(……まさか時間の操作? そんなことは“神上”ですら不可能です……しかし……)

杏子「なんなんだよアンタ。一体誰の味方だ?」

ほむら「私は冷静な人の味方で、無駄な争いをするバカの敵。あなたはどっ」

神裂「それじゃあ私の味方ですね!」 エッヘン

ほむら「ち……え?」

神裂「はい?」

 先程までの激戦ムードが打って変わって冷ややかな物に変わった。

杏子「……あー、なんだ、まぁ今日のとこはカンベンしてやらぁ。んじゃな!」

ほむら「あっちょ、待っ……」

 気まずくなった杏子が跳躍していくのを、手を伸ばしで引き止めようとするほむら。
 しかし彼女の願いは叶わず、杏子の姿は黄昏時の空に消えていった。

神裂「面白い子達ですね。特に佐倉杏子、彼女の戦闘センスは素晴らしい。あと数年もすれば私も危ういですね」

ステイル「……勝手に雰囲気ぶち壊しにして、勝手に満足しないでくれるかな」

356: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:57:53.83 ID:LZnhEvI0o

ほむら「……で、この方は誰なの? 以前あなたが言っていた、組織の上の上?」

神裂「何の話です?」

ステイル「いや、僕を上の下とするなら彼女は上の中だよ。せいぜい音と同じくらいの速さで移動できる程度だしね」

神裂「あの」

ほむら「音……? え?」

ステイル「ん?」

ほむら「……まぁいいわ、それより鹿目まどか。あなたはどこまで愚かなの?」

まどか「えっ、あ……」

神裂「あの……」

ほむら「あなたは関わるべきじゃない。日向側の存在が、日陰側の世界に立ち入ってはならないのよ」

ステイル「それは君も、あの佐倉杏子も同じことじゃないのかい? その若さで……」

神裂「年齢的な意味ではあなたも」

ステイル「黙っていろ露出狂」

ほむら「……ともかく、あなたがそういうつもりなら、私も愚か者には手段を選ばないわ」

 それだけ言うと、ほむらは路地の奥へと消えていった。
 気絶したさやかと、地面にのの字を書いている神裂、落ち込んだまどかと走り損のステイル、黙ったままのQBが残った。

357: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 13:59:15.52 ID:LZnhEvI0o

――例によって、ボロアパート。

ステイル「それで、観察に徹していた君がどうして介入したんだ? 確かに助かりはしたが、あれは不味いだろう」

ステイル「そもそもだ。最初から君が本気を出していれば、二人ともすぐに気絶させるくらい簡単だったと思うんだけどね」

 タバコを咥えたまま、ステイルが投げやりに言った。
 そんなステイルを横目で見て、呆れたように神裂がため息を吐く。
 他人に不味いと言える立場か、と怒鳴りたい気持ちを抑えて、神裂は努めて冷静に切り返した。

神裂「巴マミが亡くなって以降、ろくに集中も出来ないあなたに非難される云われはありません」

 ステイルの口元から、タバコが零れ落ちる。
 たったそれだけで、神裂は部屋の温度が2,3度は下がったような錯覚すら覚えた。
 だが神裂は追い討ちをかけるように、さらに続ける。

神裂「まさか自覚していなかったのですか? 呆れて物も言えませんね」

ステイル「……喧嘩を売っているのかい?」

神裂「心配しているのです。同僚として、今の状態のあなたが戦いに参加して倒れるのを見過ごすことなど出来ません」

ステイル「バカを、言うな」

 ステイルの声に怒気が篭ったのを彼女は敏感に嗅ぎ取った。
 しかし彼が暴れたところで、神裂に傷一つ負わせることは出来ないだろう。
 仮にこの部屋に仕掛けられた膨大なルーンのカードを用いたとしても――せいぜい髪の毛の一部が焦げる程度だろう。

358: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:00:34.13 ID:LZnhEvI0o

神裂「あなたは魔女と魔法少女を過小評価しています」

神裂「先程、使い魔を追撃した対馬が負傷したと連絡がありました」

ステイル「それは本隊と別行動を取っていたからだろう」

神裂「確かに対馬一人では騎士に対抗するのも難しいかもしれません・それでも彼女は覚悟を持った戦士です」

ステイル「それがなんだい? 僕はこれまでに魔術結社をいくつも塵埃に帰してきた魔術師なんだけどね」

神裂「平常時ならばともかく、今の“ひ弱”で“体力の無い”“腑抜けた”あなたでは死ぬでしょうね。断言出来ます」

ステイル「体力は“仕方がない”だろうが」

 あからさまに顔を顰めてステイルが言った。しかし神裂はそれを無視して話を続ける。

神裂「イギリス清教は既に魔女を警戒対象に指定し、単独での戦闘は控えるようにとの通達まで出ています
.     “清教派”と“騎士派”と“王室派”の三つが共に全力を挙げて対処するほどの事態にまで発展しているのです」

神裂「魔女と戦っているのは、あなただけではないのです」

 神裂の言葉に、嘘偽りなどは一切なかった。
 既にイギリス清教は、英国やその他の地域で何度も魔女と交戦し、結界や魔女の情報を集めている。
 そこから魔女が何であるのかを調べ上げ、魔女に対して有効な戦力になりうる物を導き出そうとしているのだ。

359: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:02:12.67 ID:LZnhEvI0o

 そう。
 なにも魔女と戦っているのは、ステイルだけではないのだ。



 英国にいる『本物の魔女』ことスマートヴェリー。

                                    ナイトリーダー
 『騎士派』と呼ばれる騎士によって出来た派閥のトップ、騎士団長。


 イギリス清教に吸収される形となった魔術結社予備軍『新たなる光』に所属するレッサー他三名。

                                               ルートディスターブ
 その他にも英国の海域を担当する魔術師や、再びイギリス清教に雇われた『追跡封じ』の異名で知られる色欲まみれの魔術師。

360: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:03:11.02 ID:LZnhEvI0o

 ざっと挙げるだけで100名を超す魔術師や騎士達が、魔女と戦っている。
 無論、その途中で魔法少女と接触することだってある。

神裂「あなただけが、護れなかったわけではないのです」

 怪我をした魔法少女だっている。
 帰らぬ者となった魔法少女だっている。

 神裂の言うとおり、ステイルだけが護れなかったわけではないのだ。

ステイル「……」

 だからと言って、ステイルの気が晴れるわけでもないだろうが。
 ステイルの心中を察して、神裂は静かに心を痛めた。

神裂「……巴マミを護れなかったのは、私の責任でも有ります。あなたに掛かる負担を鑑みれば、もっとフォローを」

ステイル「いいや、この配置はベストだよ。僕らの任務を考えれば……何も不自然な点はない。僕が、油断しすぎたんだ」

神裂「ですが!」

ステイル「もう終わったことだ」

361: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:04:02.64 ID:LZnhEvI0o

 ステイルは煙を吐き出して、当たり前のことのように言った。

 そんな彼の言葉を、彼女は過去に耳にしたことがある。

 何もかも諦めた目を、過去に目の当たりにしたことがある。

 もう何年前になるだろう。

 “あの子”の記憶を消した後、黙って立ち尽くすステイルに声をかけた時だ。

 あの時も、何もかも諦めた目をしながら、彼は当たり前のことのように言ったのだ。

『もう終わったことだ』

 と。

362: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:05:21.66 ID:LZnhEvI0o

ステイル「それより……今の話をしよう。さやかと佐倉杏子についてだ」

 それ以上何も言えず、神裂は黙って頷いた。

神裂「……」

ステイル「彼女たちの対立は、浅いようで深いよ」

ステイル「自身が勝ち残るために他者の生き血を啜り、地べたを這いずり回るのと

ステイル「誰かを助けるために自身が傷つくことを恐れず、自分の正義を貫くこと」

ステイル「どちらが正しくて、どちらが誤っているかなんて僕には判断のしようがない。
       どうやら魔法少女としては後者のパターンは珍しいらしいが……さて、どうしたものかな」

神裂「あなたの場合は、その中間でしたね……私としては彼女達に争って欲しくないのですが」

ステイル「どちらも主張は曲げない、だから厄介なんだ……
       そもそも魔女とはなんだ? そこが分からないから話が先に進まないんだが」

神裂「その辺りはイギリス清教が総出で調べていますが……未だ手掛かりすらつかめません。
.     シェリーとオルソラの二人も既に合流して、これまでに集めた情報を整理しているようですが。
.     魔女の結界内に現れる文字の解読と、遺跡から見つかった文字とを照らし合わせ、過去の魔法少女の――」

364: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:06:19.48 ID:LZnhEvI0o

ステイル「つまりは調査中、だろう?」

 ステイルににべもなく切り捨てられて、神裂はムッとした表情を浮かべる。
 腰のベルトの隙間に突っ込んであった四枚のレポート用紙を抜き取ると、ステイルに無造作に突きつけた。

神裂「アニェーゼが帰還しました。佐倉杏子の言動と経歴を照合して作った資料があります。読みますか?」

 神裂から差し出された4枚のレポートを手に取り、ステイルはタバコを咥え直しながら目を通していく。
 室内がだんだんと煙たくなってきたのでわざとらしく咳払いするが、彼は当然の事のように無視。

ステイル「……ん?」

 ムッを超えてムスッのレベルまで表情を変化させていると、ステイルは資料から目を離さずに眉をひそめた。
 彼が呼んでいる項目に心当たりがある神裂は、無理もないと思った。
 佐倉杏子の経歴が、彼には信じられなかったのだろう。

ステイル「これが事実なら、アニェーゼが彼女に惹かれた理由も分かるが……美樹さやかと対立する理由も納得出来てしまうね」

神裂「アニェーゼも、幼い頃に神父である父を亡くし、路上で生活することを余儀なくされていますからね……
.     それにこの事件が本当なら……佐倉杏子の美樹さやかに対する行動は、アドバイスに似ているのかもしれません」

ステイル「他人の幸福を願ったものが辿った末路か……ちっ、胸糞悪い」

 ステイルがぺっ、とタバコを吐き捨てた。
 タバコの火がじりじりと部屋の床に跡を残していく。
 誰がこの部屋を提供してやったと思っているんだこのクソガキは。
 こめかみをひくつかせながら、神裂は黙ってタバコを手に取り――ほんの数秒逡巡してから、台所へと放り投げた。

365: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:07:55.90 ID:LZnhEvI0o



神裂(……禁煙のつもりなのか)


神裂(最近はポッキーやら野菜スティック、ガムを咥えていたと記憶していましたが)


神裂(再び、吸い出したのですね)


神裂(……かける言葉が、見つからない)


.

366: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:09:10.20 ID:LZnhEvI0o

――とあるマンション。

シェリー「オルソラ、この前の遺跡に関する情報をもう一度確認したいんだが」

オルソラ「はい、このファウストのお話はとても奥が深いのでございますよ」

シェリー「ええそうねうどんね香川ね水不足ね。で、遺跡の情報なんだがこりゃ正しい物か?」

オルソラ「? はい、現地の方がわざわざ運搬用の霊装でお運びになった物ですので、間違いないと思うのでございますが」

シェリー「そうか……だったら魔女文字の解読、出来たぞ。これは暗号でもなければ記号でも、特殊な絵でもないわ」

オルソラ「と、言うと……一体何なのでございましょうか?」

シェリー「これはな、文字通り文字なんだよ」

オルソラ「まぁ、シェリーさんたら。そんな大口で頬張らなくてもサンドウィッチは逃げないのでございますよ」

シェリー「戻って来いバカ。これはアルファベットを主に三つのパターンに歪めた物よ。ルーン文字より解読が楽だったぞ」

シェリー「文字の配列を見極めちまえばな。数字もある。こっちは一通りしか見つかってないけどね」

オルソラ「それでは、昨日ロンドンから送り届けられた結界内の文字の解読もお済みになられたのでございますか?」

シェリー「大体な。送られてきた文章は解読済みだ。解せねぇのは、やたらとファウストの記述があることくらいか
..     それにね、魔女がアルファベットを規則正しく使えるってのも解せないわ。そもそも、魔女には必要ないのにね」

オルソラ「なにゆえでございますか?」

シェリー「こいつらはコミュニケーション取らねぇだろ。だから喋らない。なのになぜか文字だけは扱えるのよ。
..     それも、まるで……人として生きてきたみたいに、きちんとよ。一つ一つにエピソードまでありやがる」

367: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:10:47.35 ID:LZnhEvI0o

オルソラ「食らってきた方々の記憶などが文字という形になって、結界に影響しているのではないのでございましょうか?」

シェリー「各結界ごとにエピソードはいくらでもあるが、文体や内容は結界毎で違うんだよ
..     それに……いやまてよ? 魔女がなんであるのかはともあれ、その元が……ッ!?」

 雷に打たれたかのようにシェリーが揺れ動いた。
 そして言葉を忘れてしまったかのごとく口をパクパクとさせ、目を揺り動かす。
 そんなシェリーの様子を不審がったオルソラが声をかけようとするが、それよりも早くシェリーが動いた。
 テーブルの上に散らばっているとある遺跡の資料に片っ端から目を通し、次いで魔女文字によって構成された文章と見比べる。

シェリー「これも……これもだ! どいつもこいつも、急速に発達したはずの文明はすぐに衰えて滅んでやがる!
..     共通して出てくるのが不自然な争いや騒乱、暗殺、神隠し……! そして現地に残された魔女文字……!」

オルソラ「魔女と戦い、魔法少女が破れた結果だと仰っていたではございませんか」

シェリー「それもある! あるかもしれないが……それだけじゃないとしたら?」

オルソラ「どういうことでございましょうか?」

シェリー「ジャンヌダルクが魔法少女だったと仮定した場合の情報を引きずりすぎたのよ、私達は!
..     ダルクは背信者として処刑され、灰になって流された。だから魔法少女は死ぬ、その考えが誤りだとしたら?」

オルソラ「ジャンヌダルクが魔法少女であったというのは『特別な声』から推測されたものでございますが……
       仮にそれが誤りであるとしたら、ジャンヌダルクは本当は死んでなどいないということでございましょうか?」

シェリー「逆よ。ダルクは死の間際、神なる者に全てを委ねた。“絶望”しなかった。“希望”を抱いていた。だから“死んだ”」

シェリー「死んでもソウルジェムが“穢れなかった”んだ。それが珍しい事例なのよ。本来なら違う形になるはずだったの」

シェリー「これまでの点と点とを結び合わせてみやがれ。それだけでこのクソッタレた話の全体像がはっきりとしてくるぞ」

368: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:11:38.74 ID:LZnhEvI0o

 人を疑うということを知らないオルソラは、言われたとおりに今ある情報を点と点で結び合わせてみることにした。

 まず魔女文字。
 これは変則的なアルファベットであり、一つの結界ごとに内容と文体が異なっている。
 本来であれば魔女には必要の無いもので、その扱い方はまるで人として生きてきたかのようなきちんとした物らしい。

 次に古代文明。
 急速な発達と共に訪れる、急速な衰えと滅亡。
 原因は魔女によるものだろう。ただし、魔法少女が魔女に敗れたから、というのはどうやら正しくないようだ。

 そしてジャンヌダルク。
 ジャンヌダルクがあっさりと処刑されて死んだことは、本来ならば有り得ないことらしい。
 神なる者に全てを委ねたがゆえに“絶望しなかった”。“希望”を抱いていた”からこそ、死んだ。
 それはとても珍しい事例らしい。

 最後にソウルジェム。
 これまでの話の内容から察するに、恐らく穢れることでなんらかの事象を引き起こすとされているらしい。
 イギリス清教内部では『願いの持続に魔力を費やしているため、穢れ切れば願いが取り消される』とされているが……

369: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:13:24.92 ID:LZnhEvI0o

オルソラ「……魔女の結界は、一人の人間の記憶によって構成されているのでございますか?」

シェリー「あとその場所も微妙に関わってるけど、文章の内容は概ねそうね」

オルソラ「……遺跡が滅んだきっかけは、魔女の出現で正しいのでございますよね?」

シェリー「滅んだのが発展を遂げてから三十年内で、さっき挙げた現象があるなら、そうだろうな」

オルソラ「……三十年というのは、魔法少女が……
       ソウルジェムが、何らかの要因で砕けてしまうまでの期間、という意味でございましょうか」

シェリー「そこに着目してんだったら、もう答えは分かっちまってるようなもんだろうが」

オルソラ「にわかには、信じがたいのでございますよ。
       いえ、むしろ私は、信じたくなどないのでございましょうか……こんな……」

 大きすぎる胸の前に手を合わせ、悲痛な面持ちでオルソラは唇を動かした。



オルソラ「                                           」



 消え入るような彼女の声を聞き届けたシェリーは、黙って彼女の頭に手を置いた。
 それから空いた手で携帯電話を取り出すと、イギリスにあるロンドン――聖ジョージ大聖堂に居座る最大主教の部下に繋いだ。

シェリー「シェリー=クロムウェルよ。例の魔女文字から得られた情報を下に、ある推測を組み立てたんだが」

シェリー「……そっちも同じ考えだったのね。そうよ。ええ、仮にもし――――が――になるというのなら、全ての辻褄は合っちまうわけだ」

シェリー「……分かってる、確証が得られるまで内密にしておくさ。だけどな」

370: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/01(月) 14:14:22.35 ID:LZnhEvI0o





シェリー「……一人でも多くの魔法少女が、取り返しのつかないことになる前に。対応してあげてちょうだい」




.

387: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:29:17.16 ID:XOpILpYxo

――日はまた昇り、そして学校に。

さやか「昨日探してた使い魔、もうどっか行っちゃったかな……」

まどか「さやかちゃん……キュゥべぇ、分かる?」

QB「あれから軽く調べたけど、痕跡は既になかったよ。当然と言えば当然かな、既に使い魔は討たれたからね」

さやか「えぇ!? なんで!?」

ステイル「君がまどかに支えられている間に同僚が片付けたんだよ。一名が油断して軽傷を負ったしまったらしいが」

さやか「あっ……ごめん……」

ステイル「謝る必要は無いさ。君らと違って、こっちは魔術を使っても疲れる程度だからね」

さやか「うー、そういう辺りは不公平だー! って、そういえば……あの子にお礼言っとかないとね」

 図体の大きいステイルをドーンと押しのけて、彼女はほむらの席の前まで進み出た。
 いつも通り、やたらクールな雰囲気をかもし出すほむらの前で軽く咳払いすると、

さやか「あー、昨日は助かったよ。あたしちょっと熱くなってた。ありがと」

ほむら「気にする必要はないわ」

さやか「へへっ……あ、そうだ!」

さやか「ねぇ、あたしもまどかみたいにあんたのことほむらって呼んで良い?」

ほむら「……構わないけど」

さやか「へへっ、そんじゃ次からはあたしのこともさやかって呼んでね!」

ほむら「……善処するわ」

388: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:30:08.33 ID:XOpILpYxo

 そんな二人の様子を眺めていたステイルは、まどかの耳元に顔を寄せてそっと囁くように話しかける。

ステイル「……いやに素直じゃないか、なにかあったのかい?」

まどか「ううん、なにもないよ。ほら、さやかちゃんって根は良い子だからさ」

ステイル「……そうかい」

まどか「……ごめん、それ嘘。多分、さやかちゃん優しいから……マミさんの分までいっぱい頑張ろうとしてるんだよ」

ステイル「……」

中沢「おーいステイル! さっさと着替えに行こー!」

ステイル「ああ、分かった! ……やれやれ、魔術師と中学生、二つの顔を持つのは案外疲れるね」

まどか「はは……」

ステイル(……そのまえに、手を打っておくか)

ステイル『暁美ほむら』

ほむら「え? あっ……」

さやか「ん? どったの?」

ステイル『以前君に渡したカードを使って声を届けている。テレパシーの要領で回線を繋げられるはずだよ』

ほむら『……それで、何の用?』

ステイル『話がある。放課後、あの公園でまた会おう』

ほむら『……分かったわ』

ステイル(……やれやれ)

389: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:30:36.25 ID:XOpILpYxo

――公園

ほむら「それで、わざわざ呼び出した理由は?」

ステイル「佐倉杏子と接触していた件について伺おうと思ってね」

ほむら「! 見張っていたの?」

ステイル「同僚にね、周囲の景色に溶け込むのが上手な連中が居るんだ。それで気になった点が一つあってね」

ほむら「……なにかしら? 見滝原市を佐倉杏子に任せることは理に適っているはずよ」

ステイル「んー、そこじゃなくてね。彼女がこれまで歩んできた経歴を、君は知っているかい?」

ほむら「答える義務はないわ……と言いたいところだけど、ええ。大まかなことは知っているわ」

ステイル「なるほど。ならそこはいい……本命はワルプルギスの夜とやらについてだ」

 空気が張り詰める。
 ワルプルギスの夜とは、北欧や中欧で行われる魔女の祭りのことである。
 今では数の少なくなった人間の魔女が、その日に集まって大規模な術式を展開させ、地域に応じた魔術を行使する。
 一般にも名前くらいは知られているあまり害の無い魔術的行事なのだが……

 今回は訳が違う。

 ほむらを観察していた天草式の言葉が正しければ、それは強大な化物の方の魔女の到来を意味するようだった。

ほむら「……魔法の世界のお祭りよ。あなたたちには関係ないわ」

ステイル「……君達ですら手こずる、厄介な魔女。だが僕らが協力すれば乗り越えられるんじゃ……ん?」

 黙っていたほむらが突然明後日の方向を向いたのに気付いて、ステイルが眉をひそめる。
 彼女は手元にソウルジェムを出現させると、横目でステイルを見やり、

ほむら「この話は後にしましょう。佐倉杏子が先走って、美樹……さやかと接触したわ」

ステイル「ああもう……どうして誰も彼も勝手に問題事を起こしたがるんだ? まったく……」

 走り出したほむらを目で追いながら、ステイルは神父服をはためかせて懐からタバコを取り出した。
 いつものように咥えると、ライターでせっせか火を点け、彼女に倣って走り出す。

390: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:31:21.09 ID:XOpILpYxo

――見滝原市を通る、巨大な高速道路。その上方に位置する歩道に杏子とさやかは居た。

杏子「で、見ず知らずのガキ救ってわぁめでたしめでたしってか?」

杏子「くっだらねぇ」

 杏子が吐き捨てるように言った。

杏子「ふざけんじゃねぇよ、いいか? 魔法ってのはな、徹頭徹尾自分のために使うモンなんだよ」

杏子「巴マミはそんなことも……ってまぁ、あいつは他人のために魔法使うような奴か。それをするだけの素質もあったしな」

 さやかの目に、笑いながら何かを懐かしむように目を細める杏子の姿が、少し寂しそうに映って見えた。
 だが杏子はすぐに表情を改め、手に持った槍を構え直して挑発的な笑みを浮かべる。

杏子「でもアンタにはねぇだろ」

杏子「しかも聞くところによると、元はくっだらねぇボウヤの手ぇ直そうとか考えてたらしいじゃん?
.     そーゆーの、鳥肌立ちそうになるからやめてくんない? なんなら両手両足潰してさぁ、あんたの物にしちゃいなよ♪」

さやか「……お前だけは、絶対に許さない!」

 青く輝くソウルジェムを手のひらに乗せて、さやかが魔力を込めようとする。

391: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:32:10.07 ID:XOpILpYxo

 しかしその行為は、途中で現れたまどかの投げかけた声によって中断された。

まどか「さやかちゃん!」

さやか「まどかっ、あんたなんでこんな……それにほむらに……えーと……」

 気がつけば、杏子の後ろにほむらの姿があった。
 その足元にいる、なんかやたらと上下に、しかも小刻みに震える大きな物体はステイルだろうか。

ほむら「み……さやかには手を出さないでと言ったはずよ」

杏子「あんたのやり方じゃ手ぬるすぎるんだよ! 火と油、いつかはこうなr≪プルルルル――プルルルル――≫……あぁ?」

ほむら「……私じゃないわよ」

ステイル「はぁっ……はぁっ……ぼ、僕だ……ちょっと……ひぃ……電話に……出させてもらうよ……」

杏子「……あー、おっほん! 仕切り直しといこうじゃねぇか!」

392: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:33:03.50 ID:XOpILpYxo

ステイル「……もしもし」

シェリー『私よ。なんか息遣いが酷いけど、もしかして下の処理でもしてたか?』

ステイル「……いいから、用件を話しておくれ」

シェリー『まだ不確定だから全部は話せないし、これも独断行為なんだがな……近くに魔法少女はいるかしら?』

ステイル「……いるよ」

シェリー『なら忠告しとけ、ソウルジェムは絶対に手放さないでって』

 携帯電話から聞こえる声に耳を傾けながら、横目でなにやら言い争っているまどか達のほうを覗き見た。
 まどかが2人の間に割って入り、さやかのソウルジェムを強奪して握り締めている。

ステイル「……どうしてだい?」

シェリー『これまでに集めた情報が正しけりゃ、ソウルジェムは上手い具合に物質化された、巨大なエネルギー集合体だ』

 まどかが、ソウルジェムを握り締めたまま歩道の端に走り寄っていく。そのすぐ真下は、高速道路だ。

シェリー『もっと正確に言えば、魔法少女の“魂”を、魔法を扱えるように変換・再構築させた物よ』

 歩道の端まで行き着くと、彼女はソウルジェムを握り締めた両手を高く振り上げた。



シェリー『それが壊れりゃ、魔法少女は“死ぬ”』



ステイル「やめっ――」

 携帯を投げ捨て、ステイルはあらんかぎりの力を振り絞って叫ぼうとする。しかし間に合わない。
 ソウルジェムはまどかの手から逃れ、夜の高速道路を走るトラックの荷台に載って乗って走り去っていく。
 そして――さやかの身体が、まどかに被さるようにして倒れた。178

393: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:34:00.81 ID:XOpILpYxo

ほむら「なんてことを!」

 事の重大さを知ったのか、それとも予期していたことが現実になったのを悔いているのか。
 やけにあっさりと事態を把握したほむらが、魔力を込めて例の“妙な瞬間移動”をしようとして、


ステイル「神裂ィイイイイィィィィィィィッッ!!!」


 下を走る車の走行音が羽音に聞こてしまうほどバカでかい声で叫んだステイルに気を取られ、一瞬躊躇ってしまった。
 そしてその間に、やたらと露出度の高い服装をした女――神裂火織が月夜の空に姿を現し、瞬く間に高速道路へと飛び降りる。

杏子「お、おい!」

 ふわりと、重力やら慣性やらを無視してしているのではないかと勘繰ってしまうほど静かにアスファルトの上に着地する神裂。
 神裂は目の前を走る自動車と自動車の間、ビー玉ほどに小さく、常に左右に揺れ動くほんの僅かな隙間を通して。
 400m先を走るトラック、その荷台に乗ったさやかのソウルジェムを見据えた。
 あまりにも洗練されているせいで優雅にすら見える動きでもって、前かがみになる。跳躍するつもりだ。

ほむら「無理よ、追いつけるはずが――」

 そんなほむらの言葉をねじ伏せるように、神裂が力任せに地面を蹴った。
 次の瞬間、神裂の姿が音もなく消えた。違う。音よりも速く跳んだのだ。
 数瞬遅れて、何かが風を突っ切る音が彼らの居る位置まで届いてきた。

394: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:34:45.17 ID:XOpILpYxo



 そして。

神裂「ふぅ……持ってきました。これでよろしかったのですか?」

 姿を現してからきっかり10秒でソウルジェムを取り戻し、神裂はステイル達のいる場所まで帰還した。

ほむら「……馬鹿げてるわ、こんなの」

ステイル「……呼んどいてなんだが同感だ。やっぱり君とは気が合いそうだね」

395: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:35:24.43 ID:XOpILpYxo

杏子「……で、なんでこいつは今まで死んでたんだよ。答えろキュゥべぇ!」

 杏子の怒鳴り声を涼しく聞き流しながら、キュゥべぇは尻尾をしならせて手すりに飛び乗った。
 そしてその場に居る面々の顔をしっかりと眺め直し、それからゆっくりとテレパシーによる説明をし始めた。

QB「君達魔法少女が肉体をコントロールできるのは、せいぜい100m圏内が限度だからね
    それ以上離れれば、魔力による補助を失った肉体は元の肉塊に戻る。糸の切れた操り人形同然さ」

まどか「何言ってるのキュゥべぇ……!? だってさやかちゃん、ちゃんとここにいたよ!? いたけど、急に……」

QB「正確には、この場に戻ってきたというべきだね。さっき君に捨てられたさやかを、
    そこにいる神裂火織がわざわざ取り戻して肉体に魔力が届くようにしてくれたんだから」

杏子「なん……だと? それじゃあ、アタシたちは……!?

QB「ただの人間の身体で戦ってくれだなんて、そんな酷いことお願いできるわけないじゃないか
    たんなる外付けのハードウェアから本体である魂を取り出して、より魔力が使いやすいコンパクトな形にしてあげたんだ」

QB「魔法少女との契約を取り結ぶ、僕の役目はね。君達の魂を抜き出して、ソウルジェムに変えることなのさ」

杏子「ふっ……ざけんな! それじゃアタシたち、ゾンビにされちまったようなもんじゃねぇか!?」

QB「むしろ便利だろう? 心臓が破れても、ありったけの血を抜かれても、魔力で修理すればすぐまた動くようになる。
    ソウルジェムさえ砕かれない限り、君達は無敵だよ? 弱点だらけの人体よりは、よほど戦いでは有利じゃないか」

まどか「ひどい……ひどすぎるよそんなの!!」

QB「……君達はいつもそうだね。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする」

396: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:36:33.73 ID:XOpILpYxo

QB「 わ け が わ か ら な い よ 」

ステイル「……チッ」

神裂「なんとおぞましい……人の価値観が通用しないのですか……!」

QB「どうして、人間はそんなに魂の在り処にこだわるんだい?」

QB(そう考えると、“彼女”やSG狩りをする“プレイアデス”はやっぱり珍しい方なのかもしれないね)

 それまで黙っていたさやかが、ゆっくりと地面にへたり込んだ。
 ステイルの位置からでは彼女の顔色を窺い知れないが、あまり良いものではないだろうということは想像に難くなかった。

さやか「……騙してたのね」

QB「僕は魔法少女になってくれって、きちんとお願いしたはずだよ? その姿がどういうものか、説明を省略したけれど」

さやか「っ……なんで教えてくれなかったのよ!」

QB「聞かれなかったからさ。知らなければ知らないままで、何の不都合もないからね」

QB「事実、あの……マミでさえも、最期まで気付かなかった」

さやか「っ~~~~!」

 声にならない悲鳴を漏らすさやかを見ながら、ステイルは冷静に思考を走らせる。
 確かにキュゥべぇの言葉は正論かもしれない。だがそれは、あくまでキュゥべぇの目線に立った場合の話だ。
 年端も行かぬ少女が、受け止めきれる現実を遥かにオーバーしている。

 しかし彼には、それよりも納得の行かないことがいくつかあった。

ステイル(なぜこいつらは、わざわざそんな回りくどいやり方で遥か太古から人類に干渉し続けてきた?)

ステイル(いや、魔女を駆逐するだけならば僕らに協力を仰げば……そもそもなぜ、僕らはこいつらに気付けなかった?)

ステイル(そしてなにより……最大主教、貴様は何を考えている……?)

397: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:37:46.39 ID:XOpILpYxo

――隣町にある教会

杏子「ちっ……やりきれねぇぜ……」

 置いてある椅子にどかっと腰を下ろして、杏子が投げやりに言った。
 同じく椅子に腰を下ろして主への祈りを口にしていたアニェーゼは、横目でちらりと彼女を覗き見る。
 アニェーゼの見た限りでは、真実――アニェーゼもつい先程知った――を知っても、そこまで絶望してはいないようだった。

アニェーゼ「クソでも詰まったみてぇな顔してますけど、どうかしたんですか?」

杏子「どーもこーも……ってかアンタはいつまでここにいんだよ、教会からの指示で帰ったんじゃなかったのかい?」

 彼女の言う通り、独断で魔法少女と接触したアニェーゼは上層部からお叱りを受けてしまい、
 罰として後方支援担当に回され、天草式の面々が控える最寄のアジトで待機するよう命じられていたのだが……

アニェーゼ「ソウルジェムの真実に触れたあなたがどうするか気になりましてね、抜け出して来ちゃいました」

 杏子の表情が強張る。当然だ。彼女はアニェーゼが修道女であること以外何も知らないのだから。

杏子「……解せないねぇ。なんでアンタがソウルジェムだなんて単語知ってんのさ?」

 杏子の体から放たれる目に見えない殺気を、しかしアニェーゼの嗅覚は敏感に嗅ぎ取った。
 だがアニェーゼの態度は変わらない。いつも通り、不敵な笑みを浮かべたままでいる。

アニェーゼ「あなたの身近に露出狂と赤毛の神父がいるでしょう。あれは私と同じ、イギリス清教の魔術師です」

杏子「魔術師、ねぇ……つまり、アタシのことを騙してたってわけ? へぇ」

 杏子が握り拳を作った。
 あれで頭を殴られたらまぁ軽く即死でさらにお釣りも出るかなと思いつつ、それでもやはりアニェーゼの態度は変わらない。

 こんなことで、態度を変えちゃいけないとアニェーゼは思っていた。
 そうすることがこれまで自分のことを信じてくれていた杏子に対する最大限の礼儀であり、贖罪になると信じていた。

398: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:38:58.86 ID:XOpILpYxo

アニェーゼ「否定するつもりはありませんよ。そもそもあたしらの目的は、あなたたちの観察ですからね」

杏子「だからアタシに近づいたのか」

アニェーゼ「冗談は止してください。観察対象との接触だなんて、一介の修道女にやらせるわけがないでしょう
          あたしがここに居るのは、あたしの独断ですよ。本当なら今もアジトで後方支援やらされてるところです」

杏子「じゃあなんでいんだよ」

アニェーゼ「心配だったからです」

 それはアニェーゼの本心だった。
 だからだろうか、殺気を漂わせ、指先一つ動かさなかった杏子の肩がぴくりと動いた。

アニェーゼ「あたしの父親は神父でしてね。そりゃあ良い人でしたよ。
          事切れちまうその間際まで、あたしのことを心配してくれてました」

杏子「……」

アニェーゼ「両親を殺された私は、泥にまみれた路上で生きるしかなかった。
          どうして私にばかりこんな試練を与えるんだって、主を恨みましたよ」

 アニェーゼはそこで言葉を切った。杏子が目で続けろと促したのを見て、再び口を開く。

アニェーゼ「食事だって満足に出来ませんし、油断したら誰かしらにひん剥かれてお陀仏ってなもんでロクに寝られもしません」

アニェーゼ「んで、あたしはローマ正教に拾われました。親しい友人や部下も得て、精一杯頑張りました。
          その結果が、正しき教えを広める者の処刑とか、自身の命を賭して巨大な兵器を作動させるとかいうモンでしたけどね」

アニェーゼ「これでもローマ正教には感謝しているんですよ。だって、きちんと救ってくれたんですからね
          『汝、隣人を愛せよ』を地で行くイギリス清教の方が性には合ってますけど、教え的にはローマ正教寄りですし」

399: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:41:20.24 ID:XOpILpYxo

 そこまで言って、アニェーゼは頬をぽりぽりと掻いた。
 何が言いたいのか分からなくなってしまったのだ。
 うあーと視線を宙に漂わせていると、杏子が椅子から腰を上げてアニェーゼを真っ直ぐに見据えた。

杏子「何が言いたいんだかよく分かんねーけどさ」

アニェーゼ「うぅ……」

杏子「……要は、路上を生きる“先輩”としては、“後輩”を見捨てることが出来なかったんだろ?」

 アニェーゼは杏子の顔を見た。
 彼女は少しだけ顔を紅くしながら、笑顔を浮かべていた。

杏子「アンタの気持ちはありがたいよ、うれしい」

アニェーゼ「じ、じゃあ」

杏子「でも」

 次の瞬間。
 いつの間にか杏子の手に握られた槍の切っ先が、アニェーゼの首に突き立てられていた。
 動きが良いとは聞き及んでいたが、これほどとは。
 なにが騎士と同レベルだ、聖人クラスじゃないか。

杏子「アタシは誰も信用しない。魔法を自分のために使うことも改めない。だけど“先輩”には恩がある」

杏子「だから、アタシの気が変わらないうちにさっさと出て行ってくれ」

アニェーゼ「っ……私は」

 ぐいっ、と。刃がアニェーゼの首に刺さった。
 あくまで薄皮一枚を貫通した程度だが、それでもすぅっと血が滴り落ちていく。

杏子「二度は言わねぇぞ、“アニェーゼ=サンクティス”」

 彼女が本気だと悟ったアニェーゼは悲しそうに目を伏せ、とぼとぼと教会を出て行った。
 杏子はその後姿に目もくれず、懐からポッキーの箱を取り出した。
 それが彼女の下した答えだった。

400: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:43:16.47 ID:XOpILpYxo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「はぁーい☆ こちらはーイギリスはロンドン、聖ジョージ大聖堂の最大主教なりけるのですけどー」

ステイル『あなたはどこまで知っている』

 電話口の向こうの声は、よく聞かずとも分かるほどに怒気が込められていた。

ローラ「……開口一番がそれとは、あなたを手塩にかけて育てた上司としては悲しきものね。短気は損気よステイル」

ステイル『はぐらかすな! あなたは……貴様は最初から、全て知っていたんじゃないのか!?』

ローラ「仮に私が知っていたとして、仮に私が教えたとして」

ローラ「あなたはそれを信用したりた? 違うでしょうステイル。確証得られぬ情報は、単なるまやかしと同義なりけるのだから」

ステイル『っ……だが! それとこれとは話が違う!』

ローラ「違わなきよ。そして、おそらく真実を知りたる者はあなたの傍にもいるでしょう」

ステイル『なに?』

ローラ「でもその者は切り出さない。信じてもらえないから。裏切られたから。諦めているのよ」

ステイル『それは、どういう』

ローラ「自分の頭で考えなさい」

ローラ「それともあなたは、私から答えを貰わねば問題すら解けぬ愚鈍な駒に過ぎぬと言いけるの?」

ステイル『……』

ローラ「これまでに得た情報の再整理を始めなさい。それから動くと良きことね
..    仮にあなたが間に合わずとも、シェリーの考察の確証が取れたれば追って連絡したりけるわ」

ステイル『……チッ』

ローラ「……」

401: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:44:14.99 ID:XOpILpYxo





ローラ「ふぃー、疲れたりたぁー」 ニカッ




.

402: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:44:43.65 ID:XOpILpYxo

QB「いやぁ見事に煙に巻いたね。僕らは嘘を吐かないけど、君みたいにもっと言葉巧みに契約を迫った方がいいのかな」

ローラ「あらん、私も嘘は吐いてなきよ? 正確には、過去に嘘は吐かないと誓いたから、が正しきところだけど」

QB「そうかい? それにしたって、どうして君は自分の持つ情報を部下に与えないんだい? 非効率じゃないか」

ローラ「私が得たる情報は確証無きものがほとんどよ。魔法少女が『魔上』に至るというのも確証がなし」

QB「僕の言葉を信用してくれないのかい?」

ローラ「信用はしたりけるけれど、私が行動しては意味がなし。駒は駒で頑張りたれば良いのよ」

QB「その割には、シェリー=クロムウェルだっけ? 彼女が真実に辿り着いても行動に移させないようにしているじゃないか」

ローラ「あれは信念をその身に宿しすぎるのよ。しっかりとした信念を持ちさえすれば、何が正しきかは分かるはずだけれど」

QB「わけがわからないよ。やはり君は利益を求めている割にいささか非効率過ぎる。無意味な行動も多すぎる」

ローラ「乙女の秘密に踏み入るなんて、あまり感心出来かねたるわよ?」

QB「ふむ……君の狙いは分からないが、まぁいいさ。それで今日も商談はするのかい?」

ローラ「もちろん☆」

 にっこりと、身の毛がよだつような笑顔を作って、ローラはグラスをその手に握った。
 中にある透き通った水に目を落としながら、話を続ける。

ローラ「私が欲したる情報は、すなわちソウルジェムと願い、そして祈りの関係よ」

QB「具体的には何が聞きたいんだい?」

ローラ「少女を魔法少女にさせたる際に魂をSG化するわよね? わざわざ願いを叶えたるのはなぜ?」

QB「ふむ、少し話が長くなるけど良いかい?」

ローラ「ええ」

403: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:45:23.43 ID:XOpILpYxo

QB「ソウルジェムとは魂であり、魂とはエネルギーなんだ。これは知ってるよね?」

ローラ「おおまかにはね」

QB「魂は豊潤なエネルギーの塊だけど、さらに感情の相転移によって莫大なエネルギーを生み出すことが可能となるんだ」

ローラ「それは知りたるわ。その結果、あなたたちの“目的”に近づきけることもね。問題はその前よ」

QB「だけどそれだけじゃエネルギーの無駄が多くてね。エントロピーって知ってるかい?」

ローラ「えっ、ええ! エントロピーね! あの……えーっと」 アタフタ

QB「……」

ローラ「落ち着け……落ち着き足るのよ最大主教……汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん……つまり!」

QB「つまり?」

ローラ「エントランスかつロビー的な空間なりけるわよね!?」 ドギャーン

QB「全然違うね」

ローラ「むぐぐぐぐ……」

QB「まぁそんなことはどうでもいい、重要じゃない。だから置いておくとして、
   とにかくそういうわけで僕らの“目的”のためには不都合が多くてね。それに単なる魂じゃ魔力も使いこなせない」

ローラ「ふむふむ」 ナルホドー

QB「しかし魂をあるプログラムに則り最適化することで魂のエネルギーの効率化を行えば、
   より純度の高いエネルギーの結晶へと昇華することが可能だと判明したんだ……何万年前かは分からないけどね」

ローラ「時世はどうでもよきことよ。それより……エネルギーの効率化?」

QB「そう。それが契約であり、魂をソウルジェムへと変化させることによって僕らの“目的”に近づくことが出来るんだ」

ローラ「効率化が契約、と。しからば、プログラムというのは――」

404: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:46:17.98 ID:XOpILpYxo

QB「まぁまぁ、話は最後まで聞くものだよ。僕は君と違って意地悪しないからね」

ローラ「むー」

QB「さて、魂を最適化するにあたり必要となるプログラムとは何か、だけどね」

QB「君の推測通り、それこそが希望によって構成された『魔法少女の祈り』なんだ」

ローラ「魔法少女が持つ、各々の個性や特徴はそれが由来となりけるのね」

QB「そう。プログラムの通りに魂を組み替えるから、個々の違いが出るのさ
   例えば他者の身体の回復を願った美樹さやかは治癒魔法が得意だったりね」

QB「願いとは魂を最適化する際に生まれた莫大な余剰エネルギーを再利用した簡単な因果改変でね
   僕たち契約の使い魔であるインキュベーターは、あくまでその手助けをしただけなんだよ。分かったかい?」

ローラ「難しき話ね。ところでその最適化とやらは何度も行えたり出来なくて?」

QB「それが出来ないんだよ。最適化の際に魂が僕らの干渉を「異常」と感知しちゃうらしく、防壁を作り出しちゃうんだ」

ローラ「自己防衛本能ね。なるほど……」

QB「さてと。それじゃあ次はこっちの番だね」

ローラ「ええ、バーンと! 来たりなさいな」

QB「魔道書について、少し伺いたくてね」

ローラ「また? 説明できしことは紙に纏めたりたはずだけど」

QB「そうだね。ただ、あれには記載されてないことがいくつかあるよね?」

ローラ「ふむ?」

405: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:46:45.65 ID:XOpILpYxo

QB「今現在、世界中で“暴走”を引き起こしている魔道書についてさ」

ローラ「ああ……あれは科学側との争乱の際に漏れたりたものよ。それがどうかしたりけるの?」

QB「あれが齎すエネルギーは、一体全体何がどうなって引き起こされているんだい? わけが分からないよ」

ローラ「起動に用いたるは大概が魔術師、じゃなき。魔導師の力なりしね。あとは――」

QB「あれには人が生命力を変換してひり出す魔力以外の、なんらかの力が加わっているはずだよ」

                                                  テ レ ス ゙マ
ローラ「“話は最後まで聞きしもの”、よ。その他に、世界の力、地脈……もとい天使の力が主動力なりけるわ」

QB「……なんだい、それは」

ローラ「世界に満ちる力のことよ。名前を知らないだけで、その存在を把握していないなどという薄っぺらな偽りはいらなきよ」

QB「なるほど……そうか、あの力がテレズマと呼ばれるものなのか。なるほど、納得がいったよ」

ローラ「ん?」

QB「どうやら力の本質は似たり寄ったり、ということさ。しかし解せないね。なぜそれがあんな力の塊になるんだい?」

ローラ「……魔術とは、異世界の法則をこちら側で適用させて力を引き出したるものよ
..    それを引き出したる魔法陣をその内に持ちたる魔導書が暴走すれば莫大な力を撒き散らすのは当然なりしね」

QB「ふむ……」

ローラ「……魔道書は、半永久的に活動したりける代物。天使の力(テレズマ)を莫大な力に変換せしめる物」

QB「興味深いね」

ローラ「そうね」

406: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:47:11.23 ID:XOpILpYxo

 ああそれから、とキュゥべぇはローラから離れて、尻尾を揺り動かしながら話を続ける。

QB「影でコソコソするのは結構だけど、君の動きは僕に筒抜けだということを忘れないようにね」

 ローラの顔が、静かに強張る。
 そして右手に握ったグラスをゆらゆらと弄りつつ、彼女は首を傾げて見せた。

ローラ「さて、なんのことかしら?」

QB「君自身は上手く隠れてやっているみたいだけど、残念ながら君の部下……いや、駒までそうとは限らないからね」

 グラスを持つ手に力が込められた。
 ローラの体から放たれる、目に見えない重圧が部屋全体に圧し掛かる。
 もしもこの場に他の誰かが立ち入れば、緊張の余り倒れかねないほどのそれを、
 しかしキュゥべぇは涼しい顔で受け流した。そんなことでいちいち動揺するような感情を、彼は持ち合わせてなどいない。

QB「僕らには常に予備の個体が数体付き添っていてね。それがこの星に数千、数万を超える規模で居ることを想像してごらん?」

QB「たとえ君がどれほどの超人であろうと、その下が凡夫では意味がない。いやぁ、人間という生き物はつくづく不便だよね」

QB「君ほどの人間が、あと四人いればもう少し違っただろうに」

 そう言いながら、キュゥべぇはその無機質な瞳でローラの動きをくまなく観察する。
 キュゥべぇの動きに、イギリス清教を束ねる最大主教、ローラ=スチュアートがどう出るのかを伺うために。
 そのためにわざわざ『挑発』という行為を取ったのである。

ローラ「……」

 ローラの様子に変化は見られない。
 いつもと同じで、何を考えているのか分からない顔で――

407: これ魔翌上になるかな…… 2011/08/03(水) 01:48:33.15 ID:XOpILpYxo

 いや、違った。
 ローラの口元には、と、歪な笑みが浮かんでいた。

ローラ「そちらが勘違いしたるのは自由なりけるけど、私は事を円滑に運びたるためにせっせと苦労したりけるのよ?」

QB「へぇ、それは初耳だね。それじゃあ具体的にはどうするつもりなんだい?」

ローラ「そちら側の目的は、『宇宙の死』を回避すること。こちら側の目的は『利益を得ること』」

ローラ「事が上手く運ばずとも、そちらには絶対的な余裕があるのに対しこちらにはそれがなき……だ・か・ら!」

 おもむろに椅子から立ち上がると、くるっと一回転。
 修道服の端を華麗にはためかせて、計算され尽くしたタイミングで両手を膝に置き、前かがみになる。

 それはもう『くねっ☆』と。

 『くねくねっ☆』とである。

 それは見る者が見たら『うおぉ……』とか言って『ゴクリ……』なんて具合に生唾を飲んだかもしれないが。

キュゥべぇ「だから?」

 生憎なことにキュウべぇにその魅力は伝わらないし、伝わってもその、なんだ。
 [ピーーー]歳の婆さんあんま無理すんなよとしか言えないだろう。ローラはある意味救われたのである。
 まったくリアクションを示さないキュゥべぇに向かってわざとらしく頬を膨らませながら、

ローラ「だーかーらー。目的を達成するためにせっせと頑張りているの!」

QB「それがどうして戦力を動かすことに繋がるんだい?」

ローラ「希望を絶望へと変えしはね、インキュベーター。『裏切り』という手法が最も効果ありけるのよ」

ローラ「信頼したる者たちに裏切られし際に得られたる絶望は、それは大きいでしょう?」

 ローラは笑って言った。

ローラ「鹿目まどかが『魔上』へと至らなければ、こちらは損をしてしまうじゃない? だから確実に至ってもらうための」

ローラ「 お ・ ぜ ・ ん ・ だ ・ て ☆ 」

408: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:49:54.85 ID:XOpILpYxo

QB「彼女はまだ、魔法少女にすらなっていないのにかい?」

ローラ「その時はその時。どこぞの妖怪逆さま試験管男じゃなしに、プランは一つじゃあらず。例えばー」

ローラ「『ワルプルギスの夜』とやらを倒したるために魔法少女になるかもしれないし」

ローラ「それが叶わず、万一『ワルプルギスの夜』が撃退されし場合でも」

 ローラは笑う。

ローラ「信頼したる者達がその街を徹底的に破壊し尽くせば……嫌でも救済を望みしものでしょう、ねぇ?」

 利益のためならば、万単位で人を滅ぼす選択をすることも躊躇わない悪魔――ローラ=スチュアートは、笑う。

QB「その願いによって、君たちが滅ぼされる可能性だってあるんだけどね」

ローラ「あっ……それは計算外につき。でもそれならこちらの思惑通りに願いを誘導したる選択肢もありけるわね!」

 ポン、と手を叩き、その手もあったかと感心した素振りを見せるローラに対して、
 キュゥべぇはやれやれと首を振って見せた。

QB「まぁ、なんだっていいけどね」

 そう。

 なんだっていいのだ。

 キュゥべぇからすれば、『宇宙の死』を回避出来さえすればこの星がどうなったって構いやしない。
 人間がどれだけ死のうと、それは彼らの問題でしかない。

409: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:50:46.28 ID:XOpILpYxo



QB(それでも、君には“楽しませて”もらっているけどね。ローラ)



410: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:52:09.14 ID:XOpILpYxo

 キュゥべぇとの商談を終えたローラは、ごくごく自然に窓の外へと目を向けた。
 目線の先には金髪碧眼の、まだ少女と呼べる年齢の修道女が居た。
 ローラから直に話があるという名目で――というか実際に話があるのだが――部下に呼び出させたのだ。

 最大主教と言えば、それはもう修道女からしたら神様に等しい存在である。いや、であった。
 今では修道女どころか組織全体で
『バカっぽい日本語を扱う俗っぽいようで腹黒い女狐のような退任間近の老いぼれ』
 という扱いである。上下関係など微塵もありゃしない、必要なら修道女だろうが神父だろうが彼女を蹴飛ばす。
 酷いものだ。

 それでも直に呼び出された者からしたら、一体全体どんな無理難題を吹っかけられるのか気が気でないのだろう。
 彼女はそわそわと辺りを見回し、必要以上に身だしなみに目を配らせていた。

 その修道女の名を、レイチェルという。

 可愛い物に目がなく、イギリス清教内では間違いなく五指に入るほど“魔導図書館”と仲が良かった。
 その行動理念は十字教のそれに基づいており、いわゆる善人と呼ぶに相応しい人物だ。
 そんな彼女だが、一応イギリス清教かつ清教派内では『戦闘職』に就く武闘派のシスターでもある。
 体力もあり、“魔導図書館”と行動していた際には“記憶を失った”彼女を健気に支えてあげたりもしていた。

 そこが、ローラの“目に留まった”のである。

411: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:53:05.90 ID:XOpILpYxo


 騎士のような難敵に取り囲まれても怯えを見せず、果敢に立ち向かい生き延びる身体能力。


 仲間のために戦う選択を取り、絶望を前にしてもへこたれず、立ち向かう気丈な心と精神。


 まだ少女と呼べるほどの年齢。


 それらが重なった結果。

.

412: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/03(水) 01:53:50.38 ID:XOpILpYxo

 彼女は、魔術側の法則を以て魔法少女を再現するための“実験台”に選ばれたのだ。

 既にそのための儀式場は構築されている。

 後は必要な情報と霊装、そして“実験台”である彼女の合流を待つのみ。

 誰にも気付かれないように、ローラは目を細め、怪しい笑みを作った。

 その表情の意味するところを知る者は、いない。

426: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:53:44.10 ID:VbLv+hVIo

――極寒の地、南極。
 その中でも一際氷が張った大地に、インキュベーターはいた。

(おかしいなぁ、なにもないや)

 その無機質な赤い瞳に映るのは、辺り一面を白い雪に覆われた巨大な氷、氷、氷。

(確かこの辺りに、異常な因果を束ねた人間がいたと思ったんだけど)

 ひたひたと足音を弾ませながら、インキュベーターは何度も何度も首を振る。

(調査しに来た別個体との連絡も途絶えてるし、なにかあるはずなんだけどなぁ)

 視界は変わらない。白い雪に覆われた氷が映るばかりである。
 そこでインキュベーターは、視覚機能と触角機能との間にに情報の齟齬が発生していることに気がついた。
 雪が積もっているにしては、それほど気温が低くないのだ。

(妙だね)

 いや、それどころかつい最近雪が降ったという形跡も見られない。
 だとしたら、目の前に広がる銀景色は一体何だ?

(白い雪? いや、むしろあれは)



 ぐちゃっと。

 内側から弾ける音がして。

 その“個体”の思考は、永久に途絶えた。

427: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:54:17.83 ID:VbLv+hVIo


「あーあーあー、ゴキブリじゃねェンだからよ、ダース単位でわらわら沸いてくンじゃねェよ」


「ったく、誰が掃除すると思ってンだ? 俺はやらねェけどな」


 辺り一面を覆う白い雪に見えた物は、実のところ雪ではなかった。


 内側から“破裂”した、インキュベーター達の亡骸だ。


 そしてそれを行った、白いジャケットとズボンでその身を覆った人間――

.

428: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:55:11.88 ID:VbLv+hVIo

                 アクセラレータ
――最強の人間   一方通行   は、肩までかかる白い髪を煩わしそうにかきあげた。

「俺はオマエの身辺警護するために来たわけでもなけりゃボランティア精神輝かして害虫駆除しに来たわけでもねェぞ」

 目の前の空間を、白い前髪の隙間から赤い瞳で睨みつけながら、彼は吐き捨てるように言う。
 数秒待って、しかし何も変化が訪れないことに腹を立てた彼は、畳み掛けるようにして呼びかける。

「俺がわざわざ来てやってンだ。とっとと出て来い」

「アレイスター=クロウリー」

 その時だった。彼の声が、空間が、蜃気楼のようにほんの一瞬だけ“ブレ”た。
 次の瞬間。一方通行の目前に緑の手術衣を着た“存在”が現れた。
 妙なことに、それは現れていた、でもあり、現れている、でもあり、これから現れる、でもあった。

「……おやおや、私は君を呼んだつもりはなかったのだがね」

 最初からここに居た、今来た、来ている存在は、予想外と言わんばかりの表情を浮かべて言った。

                        アンダーライン
「俺が完膚なきまでにぶち壊した『滞空回線』を再起動させられるヤツなんざ、魔術側の頂点か科学側の頂点ぐらいだろォが」

 しかめっ面をしながら一方通行が言うと、さも愉快そうに宙に浮かんでいる存在が笑った。

「科学側の頂点は君と雲川芹亜に譲ったさ。今の私はただのアレイスター=クロウリーという存在に過ぎないよ」

「言ってろ。どの道アレの再起動に気付けるヤツなんざ俺くらいのモンだ。だったらあれは俺宛のメッセージ以外有り得ねェだろ」

「ふむ。確かに私もそのつもりでアレを動かしたが……それにしたって、まさか君が直接来るとは思わなかったのでね」

「学園都市の警備の方はどうしている? 最近は物騒だから、とち狂った魔導書を引っ提げた魔導師や白い獣がよく出るそうだが」

「学園都市は……“俺の街”は第二位と第六位に任せてる。ジャージ女は表の世界でのんびりやってるから働かせてねェ」

 何もかもが曖昧なその存在は、さらに愉快そうに口端を歪めて言う。

「まさか君がそこまで他人を思いやれるとは……手塩にかけて育てた甲斐があったというものだよ」

「くだらねェ」

429: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:55:44.75 ID:VbLv+hVIo

「で、何の用だ? まさか計画を再開するつもりか?」

 眉をひそめて一方通行が問いかけると、ゆらゆらと揺れるその存在はおかしそうに腹に手を当てた。
 それから何かを懐かしむように、喋り始める。

「まさか。私は結局、『幻想殺し』とuhugj条hghu麻huhcの内に潜むvkmデgeusトzxu……おや、これは妙だな」

 氷の上を漂う存在の声に、ノイズが混じった。

「ckmw上lwqxi当alkf」

 何かに照らし出されている存在は、まるで何かを確かめるように言葉を紡いだ。
 なぜ自分の言葉にノイズが混じるのか、それを真剣に推測しているようだ。

                       ラストオーダー
「……ふむ。御坂美琴。一方通行。打ち止め……となると……」

「……ああそうか、今の彼はその扱いで、私はこの世界に居るのだったか。ふむ……そうだな、では“あの少年”とするか」

「私はあの少年を、侮っていた……いまさらくだらない陰謀を張り巡らせるつもりはないさ」

「何勝手に納得してンだオマエは……計画が関係無いことは分かった。じゃあ何でも良いから呼ンだ理由をとっとと話せ」

「君の杖のスペアだがね」

「あ?」

「あの医者に改造させて、外部の人間の手に渡らせた。それを伝えたかっただけだ」

「……どォりで見つからねェわけだ。ンで、まさかそんなくっだらねェこと伝えるにここまで呼ンだわけじゃねェだろ?」

「いや、それだけだが」

「……」

「どうかしたかね?」

「……」

430: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:56:12.69 ID:VbLv+hVIo

 一方通行は黙り込むと、すぅっと息を吐いてから赤い瞳をギラギラと輝かせた。
 その頭上には光り輝く輪が現れ、その背には白く輝く翼が噴出する。

「vhfu殺ahuhすjmlpi」

 その日、南極にあった氷の十五分の一が跡形もなく“消滅”した。

431: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:57:00.76 ID:VbLv+hVIo

――聖堂にも似た荘厳な雰囲気を醸し出す学校の屋上に、まどかほむらは居た。

まどか「……ほむらちゃんは、ソウルジェムのこと……知ってたの?」

 まどかの問いに、ほむらは首を縦に振った。
 それを見たまどかは俯き、自身の足元を見つめながら話を続ける。

まどか「どうして、教えてくれなかったの?」

ほむら「前もって伝えても、信じてくれた人は一人も居なかった」

まどか「そっか……でも、キュゥべぇも酷いよ……こんなこと、するなんて……」

ほむら「奇跡の対等な対価としかあいつは思っていないわ。人間の価値観が通用しない生き物だもの」

まどか「全然釣りあってないよ! あんな身体にされて……
.     さやかちゃんはただ、あの女の子を助けようとしただけで……それだけで……」

ほむら「奇跡であることに違いはないわ。さやかは、死ぬはずだった子供の運命を歪めた。それが奇跡でないとすれば、なに?」

まどか「でも……」

ほむら「そこでこそこそと隠れているステイル=マグヌスも、私と同意見のはずよ。そうでしょう?」

 ほむらに指摘されて、屋上入り口の扉に隠れていたステイルはしぶしぶと姿を現した。

ステイル「……そうだね。自分の身体がゾンビになる程度で済むというのなら、むしろ安い方じゃないかい?」

まどか「そんな!」

432: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:58:15.73 ID:VbLv+hVIo

ステイル「僕には昔、いや今でも、自身の身に代えてでも護りたい大切な人がいる」

 脳裏に浮かぶのは、白い修道服姿の“あの子”。

ステイル「“あの子”のためなら、自分や周りの人間を犠牲にしたって構わない」

ステイル「この想いは今でも変わらない。もしあの子が命の危険に晒されれば、僕は喜んで自分の身を投げ出すだろう」

まどか「そんな……」

 ただし、と付け足し。
 ステイルはタバコを咥えて、悲しげに目を伏せた。

ステイル「美樹さやかの場合はそんな覚悟を抱く間もなかった。後悔しても、今更遅いとは思うけどね……」

ほむら「……」

 ステイルは、黙ってほむらの目を見た。
 そこにあるのは、やはり諦めの色。
 なにが彼女をそうまでさせたのか、彼には分からない。彼女の抱える物がなんなのか、その欠片すら掴めない。

ほむら「いずれにしても、さやかのことは……さやかの、ことは……」

ステイル「諦めろ、とでも言うつもりかい? 確かに現実的ではあるがね」

ほむら「……そうよ。あなたたちには、彼女を救う手立てなんてない」

まどか「……ほむらちゃんも、ステイル君も……どうしていつも冷たいの?」

ほむら「そうね。きっともう人間じゃないから、かもね」

 その時。ステイルの脳裏にふとローラの言葉が蘇った。
 彼女が言っていた言葉と、ほむらの立場。言動。それらを照らし合わせる。

ステイル(……信じて、もらえないから? 裏切られた、から?)

ステイル(暁美ほむら……君は一体……)

433: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:58:42.69 ID:VbLv+hVIo

 太陽が身を沈め、あたり一面が赤く染まる夕暮れ時。
 学校をサボったさやかは杏子と共に、隣町にある古ぼけた教会の前にいた。

杏子「さて、と。着いたよ」

さやか「ここは……?」

 中に入り込んだ杏子は、アニェーゼがいなくなった今誰も座ることの無くなった椅子を蹴飛ばすと、
 抱えていた紙袋の中から綺麗な赤をしたりんごを取り出してさやかに向かって投げ渡した。

杏子「長い話になるからね。食うかい?」

 さやかは返答する代わりに、受け取ったりんごを放り捨てる。
 それを見た杏子の顔が赤く染まり、さやかが後ずさるほどの殺気を包み隠さず発した。
 しかしすぐに考えを改め、黙って落ちたりんごを拾うと、服で拭いてから紙袋の中に押し込む。

杏子「食いモンを粗末にすんな……ったく、“先輩”から貰った恩がなけりゃ殺してたとこだよ? 感謝しときな?」

さやか「先輩?」

杏子「なんでもねぇよ。さてと……どっから話すかな」

 そして、杏子は淡々と語り始めた。

434: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:59:08.80 ID:VbLv+hVIo

 この教会が、かつて自分の父親の教会であったこと。

 その父親が、とても正直で優しい、良い人であったこと。

 教義にないことを語ったがために信者から見放され、所属する教会に破門されたこと。

 その結果世間から鼻摘み物にされ、誰も話しを聞こうとしなかったこと。

 彼女の家族は食べるものにも事欠き、苦しい生活が続いたこと。

 そしてなにより、父親の話を聞いてくれない世界を恨んだこと。

 だから、キュゥべぇと契約した。『父親の話を聞いてくれ』、という――他人のための願いを、叶えて貰うために。

 やがて父親にからくりが気付かれ、何もかもが滅茶苦茶になり……

 自分以外の家族を道連れにして、あの世に旅立ったこと。

435: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 18:59:34.80 ID:VbLv+hVIo

杏子「あたしの祈りが、家族を壊しちまったんだ」

 杏子は言った。

杏子「他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をしたせいで、結局、誰もが不幸になった」

杏子「その時心に誓ったんだよ。もう二度と他人のために魔法を使ったりしない」

杏子「……この力は、全て自分のためだけに使い切るって」

 そう言って振り返った杏子の顔は、さやかが想像していたような悲哀を含んだものではなかった。
 むしろ晴れやかで、憑き物が落ちたような表情だ。
 己の過去を口にしたことなど、これまでなかったのかもしれない。
 彼女がこれまで過ごして来たであろう半生は、それは壮絶なものだったのだろう。さやかは不憫に思った。

――奇跡は、無料ではない。希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる。

――そうして差し引き0にして、世の中の平衡は成り立っている。

 彼女はそう続けた。
 さやかは、杏子が言いたいことがなんであるかを理解した。
 理解したからこそ、不可解でならない。なぜ、彼女はそれを自分に言うのだろう?
 怪訝な表情を浮かべていると疑問を口にすると、杏子は少し躊躇ったように言葉を詰まらせてから話を続けた。

杏子「アンタも開き直って好き勝手やれば良い。神様に運命付けられた、自業自得の人生をさ!」

 いや――

さやか「それって、変じゃない? あんたは自分のことだけ考えてるはずなのに、あたしの心配なんかしてくれるわけ?」

 ――ああ、そうか。彼女は。

杏子「アンタもアタシと同じ間違いから始まった。これ以上後悔するような生き方を続けるべきじゃない」

 彼女は、きっと。

436: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:00:00.75 ID:VbLv+hVIo

――あたしを、自分と、重ねているのだ。
 間違いを犯す前に、深く傷つく前に。
 地獄の底に沈んでしまう前に、助け出したいと、思ってくれているんだ。

 そんな彼女の思いやりを、さやかは純粋に嬉しく思った。
 だからこそ、さやかは彼女の指し示す導きに反抗する。

さやか「あんたのこと、色々と誤解してた。そのことはごめん。謝るよ」

杏子「じ、じゃあ」

さやか「でもね」

 杏子の顔が、歪んだ。
 この時のさやかには知りようもないことだが、佐倉杏子はまったく同じような場面に遭遇したことがあったのだ。

さやか「あたしは、人のために祈ったことを後悔してない。その気持ちを嘘にしないためにも、後悔だけはしないって決めたの」

さやか「これからも、ずっと」

杏子「なんであんたは! あんたはもう、高すぎる対価を払ってるってのに!」

 確かに杏子の言葉は正しいかもしれない。
 魔法少女なら、大抵の者は彼女と同じ選択をするのかもしれない。
 でも。

さやか「あたしはね、高すぎる物を払っただなんて思ってない」

さやか「この力は、使い方次第でいくらでも素晴らしい物にできるはずだから」

 それに、と彼女は言って。杏子の顔を真正面からしっかりと見据える。

さやか「人のために祈りをしたことを後悔してるあんたに、見せてあげたいんだ」

437: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:00:26.96 ID:VbLv+hVIo

 そう。彼女が人のために祈り、それを後悔したのならば。

 さやかは見せてやらなければならない。

 魔法少女が、なんの代償も無しに誰かを幸せにする姿を。

 そのためにも。

 魔法少女が自業自得の人生を歩むよう運命付けられてるだなんて幻想は、ぶち壊してあげなきゃいけない。

さやか「他人のために魔法を使い、他人のことを幸せにして、自分も一緒に幸せになることが出来る姿を」

さやか「魔法少女は、みんなと一緒に幸せになれる。その姿を見せてあげたいんだ」

杏子「ッ――!! アタシたちは魔法少女なんだぞ!? 他に同類なんていないんだぞ!?」

 杏子の投げかけた言葉は、どこか悲痛だった。
 目の前にいるさやかではなく、彼女を通して、彼女の後ろにいる誰か――自分自身に対して叫んでいるのかもしれない。

さやか「それでもあたしには、『友達』がいるから」

さやか「だからあたしはあたしのやり方で戦い続ける。それがあんたの邪魔になるなら、前みたいに殺しに来ればいい」

さやか「あたしは負けないし、もう……恨んだりもしないよ」

 さやかは、一度も杏子の方を振り返ることなく教会を後にした。
 二人の距離が、遠ざかる。物理的にも、精神的にも――どうにもならないほどに、遠ざかる。

438: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:00:53.64 ID:VbLv+hVIo

 二人の会話を黙って屋根の上で聞いていた神裂は、ギリッ、と音が出るほど奥歯を噛んだ。
 なぜこうなってしまうのか。
 彼女達はただ、願っただけだというのに。
 生まれつき人の身に余る才能と幸運とをその身に宿した聖人は、しかし無力だった。

 彼女らにかけてやる言葉すら見つけられないほどに。

 神裂は憮然とした表情で、深い青色に染まりつつある空を見上げた。

神裂「神様」

 そして、かつての誓いを、再び口にする。

神裂「あなたが、選ばれた人々だけを救うというならば」

神裂「残りの選ばれなかった人々は、一人も余さず私が救う」

神裂「絶対に、必ず、です」

 そう天に誓って見せると、神裂は音もなく地面に着地した。
 後ろを振り向き、凛とした表情で“少女”と向かい合う。

神裂「やっと、決心がつきました。話を聞かせていただきましょう」

神裂「美国織莉子」

 神裂の言葉に、少女――“未来を見通す”魔法を行使する魔法少女こと美国織莉子は、薄い笑みを浮かべて頷いた。

439: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:01:25.63 ID:VbLv+hVIo

――早朝 通学路

「この辺りにも貼っておくか……」

 朝っぱらから人目も惜しまず中腰で歩き回っているのは、
 明らかに周囲から浮いている赤毛かつ身長2mの神父、もといステイル。
 見ているだけで暑苦しくなる神父服を涼しい顔で着こなしながら、彼がせっせと“作業”に精を出していると。

まどか「おはよー、ステイルくーん」

 赤のリボンで髪を結った、鹿目まどかが声をかけてきた。

ステイル「ん、おはよう。良く眠れたかい?」

まどか「えへへ、ちょっとママとお話してて……あ、昨日はごめんね? 冷たいなんて言っちゃって……」

ステイル「気にする必要は無いさ。僕は慣れているからね。ああでも、彼女にはちゃんと謝った方がいいかな」

まどか「うん、分かってる。ほむらちゃんだって、さやかちゃんのこと嫌いなわけじゃないんだもんね……」

 さやかとの約束通り、ほむらが彼女のことをちゃんと名前で呼んでいることを言っているのだろう。
 確かに、そういう意味ではあまり敵意は抱いていないのかもしれない。いや、それどころか心配している素振りすらある。
 事実、巴マミが魔女に襲われた際は――恐怖か、悲しみか、いずれかの理由で大いに取り乱していた。

ステイル(もっとも、あれは例外中の例外だろうが……彼女ともしっかり話をしておきたいね)

440: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:02:21.79 ID:VbLv+hVIo

 などと思考を働かせていると、視界に二人の少女が入ってきた。美樹さやかと志筑仁美だ。

まどか「さやかちゃんも仁美ちゃんもおはよー!」

仁美「あら、まどかさんにマグヌス君。おはようございます」

さやか「ん、おはよー」

ステイル「……昨日はどうしたんだい?」

 妙に浮かない顔をしたさやかは、愛想笑いを浮かべて風邪を引いたんだ、と答えた。
 もちろん神裂からの報告を受けているステイルはそれが嘘だと知っていたが、
 わざわざ指摘するほど彼は間抜けではない。

まどか「さやかちゃん……」

ステイル「オッホン……体調管理は万全にしておいたほうが身のためだよ、何があるかわからないからね」

 彼女の名誉のためになにも知らない振りをすると、心配する様を装う。
 さやかはふたたび笑いながら手を振り、だよねーと同調した。

さやか『ごめん、気を遣わせちゃって』

 頭の中に声が響く。さやかからのテレパシーだ。
 魔法少女としての力なのか、まどかには聞こえていないようだった。

ステイル『気を遣ったつもりはないよ。もう大丈夫なんだろう?』

さやか『……うん。あたしには、まどかや仁美に、あんたやほむらみたいな友達がいるからだいじょーぶ!』

 肩をすくめて彼女のテレパシーに応えると、それから何気なく川を隔てた反対側の通学路を覗き見た。
 そしてステイルは眉をひそめた。

ステイル「おや?」

441: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:02:48.50 ID:VbLv+hVIo

 ステイルの視線の先には、上条恭介の姿があった。

まどか「あ、上条君だ」

さやか「え? あっ……え!?」

 さやかが驚くのも無理はない。彼はまだ学園都市に移動していないので、左手の治療はまだ済んでいない。
 本来ならば病院で生気を養い、リハビリに励み、病院を移動するための準備をしなければならないのだ。
 それがあろうことか、妙に厳つい『盾』と『トンファー』を合体させたような杖をついて歩いていれば、驚くのも当然だろう。

仁美「あら、上条君退院なさったんですの?」

 仁美が三人の気持ちを代弁した。

 一方で、ステイルはその特徴のある杖に見覚えがあったために別の意味でも困惑していた。

                                  レベルファイブ .     アクセラレータ
 記憶が正しければ、あれは恐らく学園都市最強の超能力者である『一方通行』が所有していた物だった。
 第三次世界大戦の後、色々と……それはもう『色々』とあって、ステイルと彼は共同戦線を張ったこともある。
 だが、それがなぜ?

 そこでステイルは、さやかが晴れない表情をしていることに気付いた。
 まどかもそれに気付いたらしく、心配した様子でさやかの顔を覗き見ている。

ステイル(……面倒なことになってきたかな)

442: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:03:19.17 ID:VbLv+hVIo

――教室

中沢「上条、まだ腕治ってないんだろ? 良いのかよ出てきて」

恭介「治療するために学園都市に行くことになったのは良いけど、そこの先生に今の内に学校に通っておけって言われてさ」

クラスメイトA「へぇー、でも歩くのしんどくないの? あとその杖邪魔じゃない?」

恭介「それがさ……見てよこの杖」

 そう言って、恭介は杖のグリップを握って動かした。
 するとガシャッ! という甲高い、しかし静かな金属音と共に杖が瞬く間に縮み、『盾』の部分に収納された。

中沢・その他「おぉ~!」

 周りのクラスメイトから歓声が沸きあがる。なぜか得意気な顔をする恭介。
 彼はふたたびグリップを操作して杖を伸ばすと、今度は杖で床を叩く。
 すると杖の先から四本の小さな脚が出てきて、的確に床を掴み取った。

恭介「なんでも重量を感知するセンサーがついてるらしくてね、あと角度調整用に特別にジャイロも積み込んだんだってさ」

クラスメイトB「すげー! なんかスパイみたいだな!」

恭介「いや本当、学園都市って凄いね」

443: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:03:45.70 ID:VbLv+hVIo

クラスメイトA「この腰についてるデジタル時計は?」

 腰に取り付けてある、小さなポケベルのような機械を指差してクラスメイトが言った。
 今度はなぜか困った表情を浮かべて、恭介も首をかしげながら、

恭介「なんでも筋……なんとかフィーっていう病気の人の補助をするための機械らしいんだけど……」

恭介「ちょっと電極がくすぐったくてね。確かに前より足は動かしやすくなったけど、早い内にこれ無しで歩きたいんだ」

クラスメイトA「へぇー、なんかサイボーグ009みたいだねー」

クラスメイトB「ばっかスパイだろスパイ! スパイ大作戦!」

クラスメイトA「そうかなー、中沢はどっちだと思う?」

中沢「えぇ!? ど、どっちでもいいんじゃないかな」

恭介「はははっ!」

――なお、これはステイルでさえ知らないことだが。
                                                レ ー ル カ ゙ン
 その筋なんとかフィー患者のための機械は、学園都市の超能力者である『超電磁砲』と呼ばれる少女に関係する物だった。

 学園都市側が合意の下で彼女の協力を得て開発し、つい最近完成した試作品であるためその額は数百万は下らない。
 杖とセットにしたら、技術的な意味でも費用的な意味でも恭介の顔が真っ青になることは目に見えていたが――
 カエル顔の医者は機転を利かせてそのことを説明せずに渡したために、彼が冷や汗をかくことは回避された。

444: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:04:12.28 ID:VbLv+hVIo

ステイル「あの医者め……」

 悪態をつきながらも、ステイルは微かに笑みを浮かべた。
 昔のような一人の医者という立場と違って、今の彼は学園都市の医療関係、その最前線かつトップを兼ねている。
 あの杖やわけの分からない機械を学園都市の外に運ぶだけの余裕などないだろうに。

まどか「良かったね、上条君。さやかちゃんも行ってきなよ、まだ声かけてないんでしょ?」

さやか「あ、あたしは……」

 そこで、先ほどまで男子と共に居たはずの恭介が杖を動かし、手を振りながら近づいてきた。
 思いのほか普通に歩いている。恐るべし、杖と電極。

恭介「やぁさやか! それに鹿目さんに志筑さんに……え? し、神父さん!?」

 ああ、面倒臭いことになった。

まどか「あれ、ステイル君やっぱり知り合いだったの?」

ステイル「いや、話すと長くなるんだ……久しぶりだね、キョースケ」

恭介「あ、はい……えっと、僕が入院してる間に宗教の学科でも増えたのかな?」

仁美「あらあら、マグヌス君は転校生ですのよ?」

恭介「ああ、うん……え? え!?」

さやか「……ほら、この前知り合いに学園都市のお医者さんと仲が良い人が居るって言ったじゃん? それがこいつ」

恭介「え……えぇ!?」

ステイル「やたら驚くね、君……」

445: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:04:38.92 ID:VbLv+hVIo

 恭介は初めかなり驚いていた様子だったが、事態を把握すると机にもたれかかり、
 杖を収納させて右手をステイルに差し出してきた。

恭介「じゃああなた……いや、君のおかげなんだね。ありがとう、本当にありがとう!」

ステイル「礼なら美樹さやかに言うといい。僕はあくまで医者と彼女との間を中継したに過ぎないよ」

 そう言ってさやかの方を手で指し示すと、恭介も頷いてさやかへと手を向けた。

恭介「そうだね……さやか、あの時はごめん。ついカッとなって、あんなことしちゃって……」

さやか「い、良いって! べつに!」

恭介「それじゃあ、改めてお礼を言わせてくれるかな? 僕は、君のおかげで――」

さやか「だから良いって! ってか、あ、あたし先生にプリント運ぶよう言われてたんだった! ごめん、じゃあね!」

恭介「あっ……」

 早口で捲くし立てると、さやかは四人を置いて教室の外へと飛び出していった。
 理由が分からずに呆然とする仁美と恭介とは対照的に、ステイルとまどかの顔は暗くなる。

まどか(さやかちゃん、やっぱり体のこと……)

ステイル(こういう厄介事の対処は“あの男”の仕事じゃないのか……?)

 咄嗟にステイルは、受験を控えて勉強しつつ世界を回っている“少年”の顔を思い浮かべた。
 彼を想像することさえ癪に障るのだが、燃やして爆発させるくらいしか能がない自分よりはよほど適任者に思える。
 だがないものねだりしたって始まらない。なんとかしてやらなければ。

 そんなことを考えていたからだろうか。
 ステイルは、呆然とした仁美の目に、確固たる意思の光が芽生えていることに気付かなかった。
 もっとも、気付けたとして何が変わるでもなかったが。

446: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:05:05.06 ID:VbLv+hVIo

――ホームルームが終わると、あたしは足早に学校を立ち去ろうとした。
 恭介のことは気になったけど、正直、今のままじゃ何話したら良いのかも分かんないから。
 気を利かしてくれたのか、恭介と中沢の2人と話し込んでいるステイルに内心感謝。

まどか「あれ、もう帰っちゃうの?」

さやか「うん、ごめん、用事があってさ」

 ごめんよ我が親友。
 まどかに手を合わせつつ、鞄を手に取り校門を跨いで――

仁美「さやかさん」

 友達の仁美に、声をかけられた。
 その表情はいつになく硬く、普段から真面目な仁美がより一層真面目に見えた。
 首をかしげて仁美の言葉を待っていると、彼女は二度ほど深呼吸した後、

仁美「お話が、ありますの」

 そう言った。
 なんでだろう、いつもなら笑って二つ返事で了承するのに。
 その時だけはなぜか固まって、すぐに口から言葉が出なかった。
 胸騒ぎが、する。
 良くないことが、起こる気がする。

さやか「……えーっと、うん。じゃあすぐそこの喫茶店行こっか」

仁美「はい」

447: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:05:32.60 ID:VbLv+hVIo

――学校帰りの学生でごった返してるかなーと期待していたが、喫茶店は思ったよりもがらんとしていた。
 カエルの刺繍が入った帽子を目深に被る、私服姿の短髪女子がいるぐらいか。
 確かに見滝原中学の学生は基本真面目な人が多いけど、なにも今日真面目に下校しなくても……

仁美「……」

さやか「……」

 さきほどから一言も言葉を発することなくあたしを見つめる仁美と、仁美に見つめられるがままのあたし。
 ホットドッグを注文したは良いが、この雰囲気じゃとてもじゃないけど喉を通らないなぁ。
 結構後悔しつつ、あたしはこの暗い空気を払拭すべく口を開いた。

さやか「それで、話ってなに?」

仁美「恋の相談ですわ」

 仁美が? 恋?
 仁美とはもう結構な付き合いになるけど、基本的に真面目でお淑やかな彼女の口から、
 そんな浮ついた……いや、おめでたい話が出てくるとは思っても見なかった。

仁美「私ね、前からさやかさんやまどかさんに秘密にしてきたことがあるんです」

さやか「え? ああ、うん」

 秘密という言葉に、思わず敏感に反応してしまう。
 あたしだって、そうだよ。仁美に話せない秘密、いっぱい抱えてるよ。
 そう言ってあげたかったが、真剣な彼女の顔を見てると気が退けてしまう。

仁美「ずっと前から、私……」

 耳を傾ける。傾けてしまう。傾けてしまった。


仁美「上条恭介君のこと、お慕いしてましたの」

448: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:06:23.95 ID:VbLv+hVIo



――え?



 思わず耳を疑い、次に冗談か何かかと仁美を疑う。
 でも、彼女は揺るがない。動じない。真っ直ぐにあたしを見据えて、あたしの反応を伺っている。

さやか「そ――そうなんだ!」

 仁美は揺るがない。

さやか「ははっ……まさか仁美がねー!」

 動じない。

さやか「な、なーんだ! 恭介のやつ隅に置けないなぁー!」

仁美「さやかさんは、上条君とは幼馴染でしたわね」

 あたしの軽口をクスリとも笑わずに、彼女は切り出してきた。
 仁美の目を見るのが怖くなって、思わずあたしはあらぬ方へと目を向けて逃げてしまう。

さやか「まぁそのー、腐れ縁て言うかなんて言うか……」

仁美「本当にそれだけ?」

さやか「うっ……」

仁美「私、決めたんですの。もう自分に嘘は吐かないって。あなたはどうですか?」

仁美「あなた自身の、本当の気持ちと向き合えますか?」

449: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/04(木) 19:06:55.96 ID:VbLv+hVIo

 言葉が見つからなかった。
 なにもこんなタイミングじゃなくてもいいのに。
 向き合えるわけなんて、ない。
 自分の身体とすら、まだ完璧に向き合えていないのに。
 気持ちと向き合う余裕なんて、あるわけない。

 その後仁美は、あたしは大切な友達だから抜け駆けも横取りもしたくないとか言っていた気がする。
 あたしには先を越す権利があるとか。
 明日告白するとか。
 一日あげるから後悔しないようにとか。
 気持ちを伝えるべきか伝えないべきか考えてとか。

 多分、そんな内容だったと思う。

 気がついたら仁美はいなくて、あたしは冷めたホットドッグを食べる気にもなれず。
 長い間、本当に長い間、ただひたすらその場でじっと座っていた。

「……修羅場ね」

 帽子を被った女の子が、ボソッと呟いた。
 その通りだった。

494: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:39:41.92 ID:4bj7PFf6o

 満月の放つ神秘的な光と、街灯のもたらす現実的な灯りを頼りにせっせと“作業”に精を出すのはやはりステイルだ。
 中腰の姿勢を保ちすぎたのか、みしみしと痛む腰に手を当てて彼はゆっくりと立ち上がる。

ステイル「この辺りはこれぐらいにしておくかな……」

ステイル(いやはや、ノルマの十分の一も終わってないのにこれとはね……“散歩”の頻度をもっと増やそうかな)

 自虐的な笑みを浮かべて、彼は近くのマンション、その入り口に目を向けた。
 ちょうどさやかが出てきて、彼女を待っていたまどかが声をかけるところだった。
 すっかり彼女らのボディガードに成り下がってしまったなと思いながら、彼は気配を殺してゆっくりと歩み寄り。

――あたしにはそんな価値なんてないのに

 そんな言葉を、聞いた。

ステイル(なにかあったな……)

 そんなことを考えつつ、傍に近寄って聞き耳を立てる。
 どこの変質者だ、おい。内心で自分に突っ込みを入れながら、彼は彼女らの会話に耳を傾けた。

――後悔しそうになっちゃった

――あの女の子のために契約なんてするんじゃなかったって、ほんの一瞬だけ思っちゃった

――正義の味方失格だよ、マミさんに顔向けできない

 咄嗟にステイルの脳裏を過ぎったのは、巴マミとの会話だった。
 確かあれは、彼女をマンションまで送る時に交わしたものだったか。

495: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:40:41.73 ID:4bj7PFf6o

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

ステイル「万が一魔女との戦いで死に瀕したとき、救った相手を恨まない自信はあるのか……かい?」

マミ「あら……乙女の言葉を先取りしちゃうだなんて、あんまり感心できないわよ?」

ステイル「それは失礼。だが彼女だって最低限のことくらいは分かっているはずだよ
       誰かの幸せを祈ったからって、誰かを恨むほど落ちぶれちゃいないさ……付き合いは短いけどね」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 あの時想定したものとは微妙に異なるシチュエーションだが、なるほど。
 やはり自分は愚か者のようだ。
 ただの少女に、高望みし過ぎた。

さやか「仁美に恭介を奪られちゃうよぉ……!」

 まどかの肩にしがみつきながら、さやかが何もかもを吐き出すように言った。

さやか「でもあたしなにも出来ない! だってあたし、もう死んでるんだもん……! ゾンビだもんっ……!」

さやか「人間じゃないから……! こんな体で抱きしめてなんて言えない……キスしてなんて言えないよぉ……!」

 ぼろぼろと涙を零しながら、さやかはどうにもならない現実に傷付き慟哭する。
 その様子を見ながら、ステイルは頭の中で『人間』と『魔法少女』の差異について考え込んでいた。

496: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:41:10.14 ID:4bj7PFf6o

ステイル(皮膚は人間の物で、臓器も人間の物、髪も骨格も歯も舌も、何もかも人間の物だ)

ステイル(人間と違う点があるとすれば、ただ一つ)

ステイル(不可視の物であるはずの魂が具現化し、生命機能の維持をそれに頼っていて、それ無しでは生きられない……)

ステイル(それから送り込まれる魔力がなければ、ただの亡骸に変わってしまう点、たったこれだけだ)

ステイル(逆に言えば、ソウルジェムさえあれば魔法少女は人間と変わらない……)

ステイル(いや待てよ?)



ステイル(……そもそも、人間(ヒト)でなきゃいけない理由はなんだ……?)

497: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:42:43.88 ID:4bj7PFf6o

 彼の知る“少年”は“友達”が単なる『物理現象』だと知って多少動揺したものの、
 恩師の言葉を受けてその身を奮い立たせ、友達のためにシェリー=クロムウェルに立ち向かったという。

 例え物理現象の結晶だとしても、その友達に意思があるのであれば。
 その友達を助け出したいと思うことが、出来るのであれば。
 それで十分なのではないか?

ステイル(いや……そんな簡単な問題じゃない、か)

 “彼”のような例を挙げて、彼女を励ますことは容易だった。
 彼女が受け止める側ならば、ステイルの言葉を受けて彼女は我に返り、全てを受け入れるだろう。

 だが、出来ない。正確に言えば。励ますことは出来ても彼女の想いは変わらない。

 なにせ現実を受け止めるのは彼女ではない。上条恭介なのだ。
 そしてさやかは、そんな非情な現実を彼に押し付けることが出来るほど無責任でもなければバカでもない。
 それに――

ステイル(相手が事実を知ったときの反応が怖い、か。僕にも似たような経験があるから気持ちは分かるがね……)

 現実とはそう上手くいかないものだ。
 いくら“彼”と同じ苗字とはいえ、上条恭介に同じメンタルを要求するのは酷だろう。
 自分には手出し出来ない問題、という結論に至り、ステイルは眉をひそめて呟く。

ステイル「単なる恋愛相談なら楽、でもないが……いやはや、思ったよりも事情は複雑だね」

498: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:43:10.05 ID:4bj7PFf6o

 そして。

 今日も。

 美樹さやかは戦う。

 魔女を倒すために。

499: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:43:41.53 ID:4bj7PFf6o


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『あの竜の形の触手は厄介だが、僕の魔術があれば安心して近づける。とりあえず君は守りを――』

『あんたは黙って見てなさい』

『――そうかい』

『そうよ。魔女を狩るのは、あたしの役目なんだから』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『まったく、見てらんねぇっつーの。いいからもうすっこんでなよ、先輩こと杏子さんが手本を見せてやるからさ』

『邪魔しないで……』

『お、おい!』

『一人でやれるわ……』

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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500: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:44:35.00 ID:4bj7PFf6o

――圧倒的なまでの自己治癒能力と痛覚を遮断した“強襲戦術”によって、さやかは魔女を圧倒。
 ステイルの手を借りず、杏子の助けも跳ね除け、力押しによる一方的な蹂躙をもってして魔女を討伐した。

まどか「さ、さやかちゃん……!?」

 変身を解いたさやかが、ふらっとまどかに寄りかかった。

まどか「さやかちゃん!?」

さやか「ああごめん……ちょっと疲れちゃった……とにかく、帰ろ?」

 まどかに捕まりながら帰ろうとするさやか。
 しかしステイルはそれを遮るように彼女の肩を掴んだ。

ステイル「とてもじゃないが見てられないね。君はしばらくじっとしていた方が良い」

さやか「……うっさいわね、帰れるって……」

 強情なさやかを見て、ステイルは呆れたようにため息を吐くと懐からルーンのカードの束を取り出した。

ステイル「悪いがそんな状態で帰ってもらうと心配で心配で胃がムカムカしてしまうだろうが。だからとりあえず君は――」

ステイル「――僕の都合で捕縛されててくれないかな?」

さやか「え?」

 ステイルの手元からカードが飛び立ち、瞬く間にさやかの身体を拘束した。

さやか「なっ……!?」

 “魔導図書館”を相手にした時はそれほど長く持たなかったが、今度の相手は疲弊した少女。なら話は別だ。

杏子「おいお前!」

まどか「ステイル君!? なにしてるの!?」

ステイル「なにって……」

 タバコを取り出して火をつけながら、彼は首をかしげて答えた。

ステイル「治療だよ。精神(こころ)の方の、ね」

501: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:46:04.01 ID:4bj7PFf6o

 さやかの身体に巻きついたカードから、炎が溢れ出た。

さやか「ひぃ!?」

 それは瞬く間にさやかの顔の周りに燃え広がると、容赦なく彼女の周りにある酸素を燃焼させていく。
 その結果。

さやか「うあっ……」

 驚くほどあっさりと、さやかは酸欠状態に陥って失神した。
 奇跡的なことに、火傷の後は一切見られない。
 灰の方も、恐らくは無事だろう。

杏子「てんめえええぇぇぇぇッ!!」

 怒りを露に、杏子が槍を構えて突っ込んでくる。
 だがその矛先はステイルの身体に突き刺さる寸前、横合いから飛び出した長大な剣――フランベルジェによって遮られた。
 剣をその手に握るのは、天草式十字凄教の元教皇代理、建宮斎字である。
 ここはビルの屋上だというのに、どうやって隠れていたのやら。

建宮「多少手荒とはいえ、真面目に治療するつもりなのよな。分かったら槍を収めてくれると嬉しいんだが」

杏子「……どけ。でないと殺すぞ」

502: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:47:04.31 ID:4bj7PFf6o

 ぎりぎりと火花を散らす二人を尻目に、ステイルは困惑しているまどかに近づいてそっと問いかける。

ステイル「美樹さやかのソウルジェム、どれだけ穢れていたか覚えているかい?」

まどか「え? あっ、えっと確か……二割くらい、かな?」

ステイル「上等だ。天草式、彼女に治癒魔術を」

 ガキン! と鈍い音を立てて杏子が後ずさった。

 それは決して怯えから来る物ではなく、いつの間にか周囲に現れた大勢の人間を警戒してのことだった。
 各々の獲物を構えて、二十人近い老若男女が杏子を取り囲むように陣を形成している。
 構図だけなら完全に悪の下っ端だ。

建宮「精神力の回復を重点的に……五和、やれるか?」

五和「任せてください」

 建宮の問いに、大衆から離れてさやかの身体に近寄る五和が頷いてみせる。彼女を守るようにステイルが前に出た。
 それを確認すると、建宮は薄ら笑いを浮かべながら目の前の少女の方を向く。

建宮「うっし……さてと、そんじゃお嬢ちゃん? 俺と一曲いかがよな?」

杏子「お前じゃ役不足だ。すっこんでろバカ」

建宮「自分で使う言葉の意味くらい、きちんと辞書で調べた方が賢くなるのよなぁお嬢ちゃん!」

 二十人からなる天草式十字凄教の面々と、たった一人からなる魔法少女が真正面からぶつかり合う。

503: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:48:07.61 ID:4bj7PFf6o

――時を同じくして、その様子を建設途中のビルから眺めていたほむらはうんざりした顔で舌打ちをした。

ほむら「無駄なことを……どうせさやかは……」

 苛立ちを隠さず、目の前で繰り広げられる壮絶な争いに対して吐き捨てるように彼女は言った。
 諦めてしまえばいいのに、と言ってからほむらはその場を立ち去ろうとするが、
 それを阻むように、息を荒くした黒衣の女――シェリー=クロムウェルが彼女の前に立ちふさがった。

シェリー「ふぅ……よぉやく見つけたぜクソガキ……」

ほむら「……あなたは“何”かしら?」

 ほむらの短い問いに、シェリーは鼻を鳴らして口を開いた。

シェリー「美術講師兼魔術師よ。手短に言いましょうか、知ってることを洗いざらい話しやがれ」

ほむら「二面作戦にしては下手ね。それにあなたたちに話すことなんて何もないわ」

シェリー「これは私の独断よ、クソッタレが。組織の意思は確証待ち……だから確証が欲しくてやって来たの」

シェリー「そういう訳だから話してくれないかしら? ソウルジェムと、魔法少女と、魔女の関係を」

ほむら「話したって、何も変わらない。だから話す気はないわ」

シェリー「そうかよ……だったら身体に聞くまでだああぁッ!!」

 シェリーが建材に何かを描いた。
 するとほむらの立っていた地面が突然隆起し、巨大な手の形となり彼女の身体を掴み取る。

ほむら「なっ……!」

シェリー「種は分からねぇが、どんな嫌がらせが効くのかは調べが上がってるのよ。捕縛されたら能力は使えねぇんだろ?」

シェリー「話せ」

504: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:49:23.09 ID:4bj7PFf6o

 シェリーの言葉を頭の中で吟味しながら、彼女は拘束が若干緩いことに気がついた。
 甘いのか、優しいのか。いずれにせよ、これを見逃すほどほむらは愚かではない。

ほむら「手榴弾って知ってるかしら?」

シェリー「なに――」

 シェリーがアクションを起こす前に盾から手榴弾を放り、次に盾からずり落とした大口径の拳銃をその手に握り締めた。
 手榴弾が地面に着地したと同時に無造作に引き金を絞る。銃弾が手榴弾の外装を突き抜けた。
 すぐさま小規模の爆発と共に、多数の破片が飛び散る。
 衝撃のエネルギーと飛び散った破片をモロに受け、地面から伸びた巨大な手が根元から崩れ落ちた。

 その隙を突いて、拘束から逃れたほむらが“魔法”を発動させる。

シェリー「爆発!? いつのまっ……ぐぇ!?」

 “魔法”を使ってシェリーの懐に潜り込んだほむらが、彼女の鳩尾に拳をめり込ませた。

シェリー「ッ~~~~!? あっ、はっ、かはっ……!?」

ほむら「私なら全身の骨を砕いてでも口を割らせていたわ。あなたの負けよ」

 地面に這い蹲るシェリーに背を向けて、再び立ち去ろうとする。

シェリー「まっ……だだクソッタレがあああぁぁぁああ!!」

ほむら「!?」

505: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:51:02.52 ID:4bj7PFf6o

 その背中目掛けて、魔術もなにもかもをかなぐり捨てたシェリーが右の拳を繰り出した。
 だがほむらは紙一重でそれを回避すると、続けざまに繰り出された肘鉄をあっさりと右手で受け止める。
 そのまま軽く捻って、押しては戻し、足払いをかけて再び地面に這い蹲らせた。

シェリー「ッ……!?」

ほむら「愚かね」

 ギリギリとシェリーの身体を押さえ込みつつ、その首筋に狙いを狙いを定める。

シェリー「……頷くだけで良いんだ」

ほむら「……何のこと?」

シェリー「キュゥべぇじゃなく、事情を知ってる魔法少女の言葉なら……あの性悪女……最大主教だって納得するのよ」

シェリー「たったそれだけで、イギリス清教……いいや、イギリスという国一つが動くんだよ! 貴方達を救うために!!」

 左手に握った拳銃を、頚椎のある辺りに突きつける。
 引き金を絞れば、すぐに息絶えるだろう。ショックで気を失うだろうから、苦しむこともない。
 しかし――

ほむら「魔法少女(わたしたち)は、あなたたちに救ってもらわなきゃいけないほど弱くない――!」

 ほとんど反射的に、ほむらはシェリーの言葉に反論していた。

シェリー「なっ……」

 言葉を失ったシェリーの首筋に盾を叩き込んで昏倒させる。
 たとえあの“魔法”を用いずとも、魔法少女と人間とでは地力が違いすぎるのだ。

ほむら「……」

 動かなくなったシェリーの身体から離れると、ほむらは少し迷ってから口を開いた。

ほむら「これは独り言だけど……」

ほむら「魔法少女が絶望すれば、ソウルジェムは呪いを産み、穢れてゆく。そしてソウルジェムが黒く染まる時」

506: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:51:28.85 ID:4bj7PFf6o

ほむら「魔法少女は、魔女になる」

 はっと息を呑む音がする。
 建材の影に身を潜めている修道女――オルソラ=アクィナスから漏れたものだ。
 彼女はゆったりとした動作で影から出てくると、ほむらの背中に視線を送った。

ほむら「……」

オルソラ「その方は、今は亡き友のために全てを賭ける、といった信念をお持ちなのでございます」

ほむら「……」

オルソラ「同時に、最大主教様の命に従い、イギリスのために動くという信念もその身に備えておいでなのでございます」

オルソラ「その方の行動は、無数の信念を持つが故にいつもどこか矛盾していますが……」

オルソラ「その方が……シェリーさんが無数ある信念のすべてを振り切ってまで貫き通した想い……」

オルソラ「多少なりとも受け取って頂けたのでしたら、私は感謝で言葉も出ないのでございますよ」

 言葉も出ないと言いながらよく喋るシスターだ。
 ふん、と鼻を鳴らすと、その声に応えることなく、ほむらは再び“戦場”へと目を向けた。
 なにやらあちらでも壮絶な展開になっているようだったが、ほむらには関係ない。

 どうせ今回の“独り言”だって、単なる気まぐれに過ぎない。

ほむら「まどかさえ傷付かなければ、私には関係ない」

 まるで自分に言い聞かせるように呟くと、彼女は地面を蹴って闇夜に姿を消した。

507: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:52:14.33 ID:4bj7PFf6o

――おかしい。こいつらは妙だ。

 レイピアや日本刀、メイス、ハルバード、ロングソードに短剣などなどレパートリーに富んだ天草式の得物を槍で弾きながら、
 杏子は彼らの動きの中に盛り込まれた違和感を嗅ぎ取っていた。

建宮「はっ!」

 建宮を名乗る長身のクワガタみたいな髪形をした男が、杏子の死角を突いて迫り来る。
 しかし彼女は槍の節々を鎖状に引き伸ばしてそれを迎撃。だが建宮は止まらない。
 杏子の反射神経を上回る速度を以てフランベルジェを巧みに操り、槍を絡め取って見せた。
 無論それも想定済みだ。杏子は一度力を抜き、緩急をつけて槍を振り回すことで彼を揺さぶる。

建宮「ぬぁっ!?」

 建宮がみっともなくよろめいて、地に膝を着いた。
 その隙だらけの背中に蹴りを叩き込もうとする、が。

牛深「ぬんっ!」

 横合いから飛び出してきた、牛深と呼ばれる大男が二人の間に立ち入りそれを阻んだ。

杏子「チッ」

 短く舌打ちすると慣れた仕草でバックステップ、一度槍を消滅させて手元に再生させる。
 だが牛深は止まらない。先ほどまでとは違って機敏な動きで杏子に近づき、手に持ったハルバードを大振りする。
 それによって生じた衝撃波を身に受けて、彼女はわずかに後ずさりした。

杏子(まただ)

 そう。また、だ。また“強くなった”。

 牛深が再びハルバードを振り上げた。即座に姿勢を立て直し、ハルバードを槍で弾く。
 さらにその反動を利用して槍を一思いに薙ぎ払い、敵に間合いを取らせた。
 一定の距離を置いた状態で、杏子は槍を肩に当てて値踏みするような目で彼らをじろじろと見た。

杏子「なーんか変なんだよなー。あんたら、なんか変な手品でも使ってるワケ?」

 杏子の問いに、天草式の面々の身体が一瞬だけ強張った。

508: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:53:29.21 ID:4bj7PFf6o

杏子「一人を中心にみんなでカバーしてると思ったら、今度は別のヤツが中心になって捻じ込んできて」

杏子「その隙を突いて別のヤツがまた中心になって突っ込む……なになに、もしかして補助魔法の掛け合いとか?」

建宮「さて、どうでしょうってとこなのよな」

杏子「やめてくんない? そういうの。興が殺がれるってヤツ?」

 チャキ、と。
 杏子が槍を手にする。
 対する天草式の代表格、建宮は余裕の表情を崩さずに口を開いた。

建宮「それ以上戦って平気なのかね、お嬢ちゃん。ソウルジェム、だーいぶ穢れてる頃合のはずなのよな」

 こちらの消耗具合は調査済みというわけだ。
 舌打ちすると、たっぷりと余裕のある動作で首もとのソウルジェムを左手に移す。

杏子「おお、ホントじゃーん。こりゃあアタシもちょっとはやばいかなー?」

建宮「ふぅ……だったら落ち着いて話をしようじゃないのよ」

建宮「俺たちも、あの神父も、別にお前らに危害を加えるつもりじゃ――」

 建宮の言葉は、それ以上続かなかった。
 杏子が、グリーフシード……
 先ほどさやかから受け取ったばかりのそれを使って、ソウルジェムの穢れを取り除いたからだ。

杏子「あのさぁ、いまさらはいそーですかってなると思うわけ? えぇ?」

 杏子の目には、建宮達が焦っているように映った。
 恐らく先の補助魔法はそこまで便利な物ではないのだろう。だからこそ最初から全力で畳み掛けて来たのだ。
 こちらが満足に戦えなくなるのを狙って。だがその目論見はあっさりと破れた。

 獲物は選り取り見取り。
 獰猛な獣と化した杏子が、舌なめずりをした。

杏子「第二ラウンド……始めちゃうよ?」

509: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:54:13.88 ID:4bj7PFf6o

――建宮斎字は焦っていた。
 どうしようもないほどに焦っていた。

杏子「アハッ!」

 杏子が繰り出す突きを剣で捌こうとするが、身体が追いつかない。槍の切っ先が頬を掠め、血飛沫が舞う。

建宮「くっ……!」

 無理もない、と建宮は苦しみを隠そうともせずに顔を顰めた。
 『後方のアックア』と呼ばれる聖人に多少なりとも噛み付くことが出来たのは下ごしらえがあったからだ。
 予め学園都市のどこに『脈』と呼ばれる力が溢れるポイントがあるかどうかを調べ上げ、運良く彼がそこに居たというのもある。
 だが今回は違う。敵は運悪く『脈』のポイントに居らず、こちらも戦闘する気がなかったがために軽装だった。

建宮(にしたって回復されるとは思わなかったのよな……)

 先ほどまでの的確な動作から打って変わって、杏子がでたらめに槍を大振りした。
 それによって生じる決定的な隙を突こうと、杏子と同程度の年齢である補助役の香焼が突っ込む。
 罠だ。手を伸ばす。遅すぎる。間に合わない。

杏子「甘ぇんだよっガキンチョが!」

香焼「げふっ――!?」

 反対側に回るようにして伸ばされた槍の柄が、成長途中の幼い身体を捉えた。
 彼はそのまま数メートルほど転がっていき、柵にぶつかって止まった。身を投げ出されなかっただけマシだろう。
 香焼の回復のため、対馬を中心に三名が戦線を離脱する。すぐさまその穴を埋めるために陣形を再構成。
 しかし相手は待ってなどくれない。槍を巧みに操って、さらに二名を吹き飛ばす。

建宮「やり過ぎなのよなぁ!!」

 咄嗟に叫ぶが、杏子ははんっと笑い飛ばして槍を構えた。

杏子「戦場にやり過ぎなんて言葉はねーんだよ、トーシロが!」

建宮(こんのクソガキ……ッ!)

510: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:55:37.62 ID:4bj7PFf6o

 叫ぼうにも、彼女が繰り出す斬撃を捌くのに精一杯で声に出す余裕すらない。

建宮(子供相手にこれはあんま使いたくなかったが……仕方がないのよな!)

 得物であるロングソードを砕かれた若い男、野母崎が建宮の背中をさすった。身体強化の魔術である。
 それによって体調を取り戻し、一時的に身体機能を増強させた建宮がフランベルジェを薙ぎ払って間合いを確保する。
 すると動ける天草式の人間全員が、建宮に倣って杏子との距離を置いた。

杏子「あん?」

 建宮がおもむろに、左手をすぅっと動かした。
 他の者もみな、それぞれ時間差で空いた手を動かす。
 次の瞬間。十四人の指から放たれた極細のワイヤーがキラリと輝き、目にも止まらぬ速さで地を走った。

杏子「なっ――!?」

 それは七教七刃と呼ばれる、ワイヤーを駆使した斬撃。
 本来は人体をズタズタに切断する、必殺の類の攻撃である。それを十四人全員が一斉に放ったのだ。
 多少加減はしているし、魔力で身体を強化しているとはいえ流石の彼女も無事では済まないだろう。

建宮「治癒魔術で治してやるから許しておくれよな?」

 勝者特有の、勝ち誇った笑みを浮かべて、建宮が言った。

 そしてあっという間にワイヤーが杏子の足元まで辿り着き――

511: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:56:14.24 ID:4bj7PFf6o



杏子「悪いんだけどさぁ」

杏子「その技、もう見切ってんだよね」


 勝者特有の、勝ち誇った笑みを浮かべて、杏子が言った。
 ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨


.

512: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:56:49.61 ID:4bj7PFf6o

建宮(あり得ない……!!)

 加減したとは言え、建宮たちが放ったワイヤーは確かに杏子の身体を捉えていた。
 鍛錬に鍛錬を重ねた彼らが放つそれは、屈強な騎士ですら逃げ切れず、抗う間もなく倒れるほどの代物である。
 だが、彼女は。

杏子「神裂って言ったっけ? あのオバサンのやつに比べたら微妙に遅いし甘いんだよねぇ」

 一人7本、十四人で98本のワイヤーの網にある、ほんの僅かな隙間を。
 それこそ“縫うように”潜り抜けて、回避した。

 あるいは、加減しなければ結果は違っていたのかもしれない。
 あるいは、彼らがフルメンバーだったなら結果は違っていたのかもしれない。
 あるいは、『後方のアックア』と戦った時のように『脈』の恩恵を受けていれば結果は違っていたのかもしれない。

 しかし結果は変わらない。
 現に彼女は“必殺の十四撃”をかわし、牛深を薙ぎ払い、野母崎を蹴り飛ばしている。

建宮(いやいや、これはさすがに……)

 殺す気で行かねば、殺られる。
 そこで建宮は、かぶりを振って考えを改めた。

建宮(それじゃ本末転倒も良いとこよな! 第一、それじゃあ女教皇様に会わせる顔が無い!)

 だが、どうやってこの状況を打開する。
 杏子の槍、その矛先が目前に迫る。瞬きする余裕さえ与えられない猛攻。建宮は次に襲い来るであろう痛みを覚悟した。

 が。

ステイル「やりすぎだよ――どちらがとは言わないけどね」

 ステイルが地面に仕掛けたルーンのカードが、彼らの間に炎の壁を作った。

513: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:57:28.49 ID:4bj7PFf6o

ステイル「さてと。佐倉杏子、それ以上彼らを苛めないでやってくれるかな?」

杏子「あぁ? 元はといやぁテメェのせいだろうが!」

 タバコを咥えたステイルを睨みながら杏子が吼える。
 彼は涼しい顔でそれを受け流すと、黙って倒れているさやかを指差した。

ステイル「事情を説明するのが遅れたが、彼女ならもう大丈夫だよ。元通り、さ」

杏子「……あん?」

 警戒を解かずに杏子がさやかの傍に歩み寄った。
 すやすやと寝息を立てるさやかの顔は、杏子の助けを断った時よりもずいぶんと安らかに見える。
 汗をだらだらと流した五和が、優しい目をして杏子を見る。僅かに微笑んで、口を開いた。

五和「あなたたちの身体は、ソウルジェムから供給される魔力で動いてます……でもそれって、ごく僅かの魔力なんです」

五和「その……だから、精神の回復に回すだけの力がないんですよ。だから立ち直れなくなっちゃう……と言いますか」

五和「先ほど彼女があなたたちに対して辛く当たったのは、それが原因です。文字通り、余裕が無かったんですよ」

514: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 01:59:00.31 ID:4bj7PFf6o

五和「ですので私の生命力を魔力に変えて彼女に注ぎ込むことで精神を安定させまして……
.     ええと、それから精神(こころ)の回復を促進させました……その分、私が疲れちゃいましたけどね」

五和「あ、でも後悔はしてませんよ? こんなの寝れば元通りですから!」

 笑いながら足を伸ばし、五和はどこからか取り出したおしぼりで汗を拭った。
 視界の端で建宮がガッツポーズしているが、ステイルはこれを無視。

 黙ってさやかを見下ろしている杏子の肩に手を置いて、静かに語りかける。

ステイル「僕たちは、君たちの、味方だ」

 ぎゅっ、と。
 今までさやかを見守っていたまどかが、杏子の手を握った。
 先ほどまで熱戦を繰り広げていた建宮たちが、真っ直ぐな目で杏子を見つめた。
 その視線に、悪意はない。敵意もない。

515: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 02:00:09.14 ID:4bj7PFf6o

「正義の味方を気取るつもりは、毛頭ないのよな」

 へへっと笑って、建宮が言った。

「上から目線で救ってやる、なーんてのたまうつもりもないすよ」

 痛む脇腹に手を当てて、香焼が言った。

「どう受け取ってくれても、構わないんです。そんなこと、どうだっていいんです」

 対馬の手を借りてよろよろと立ち上がりながら、五和が言った。



「それでも、君たちを助けたい」

 皆を代表するように、ステイルが言った。

516: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 02:00:49.10 ID:4bj7PFf6o

「……チッ。あーくっせぇ! くせぇくっせぇ!」

「……こんな良いヤツラがいるなんて、聞いてねーぞ。不公平じゃねーか、おい」

「つーかさぁ」

「みんなと一緒に幸せになれる姿を見せてやる! とか言ってたやつがぐーすか寝てるって、どうなのよ?」

「割とマジメに心配してたアタシが馬鹿みたいじゃん?」

 笑って、杏子が変身を解いた。

 それが彼女なりの、彼らに対する精一杯の“ありがとう”だった。

517: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 02:01:23.37 ID:4bj7PFf6o

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「魔法少女が魔女になりける、という言質は得た。見滝原の魔法少女との和解も、大概上手く行った」

ローラ「されど」

 そこでローラは言葉を切って目の前に居座るキュゥべぇに視線を向けた。
 頬を膨らませて、口を尖らせる。

ローラ「大勢は動かず……ね」

QB「不満そうだね。せっかくあの杏子を味方に出来たんだから、もっと喜ぶかと思ってたけど」

ローラ「肝心の暁美ほむらがこちらの手中に収まらなければ、まるで意味はなし……シェリーの“成長”は褒めたるけれどね」

QB「確かに彼女の力は異質で強大だけど、そこまで欲しがるほどのものかな」

ローラ「色々とありけるのよ、色々と、ね」

 手元のグラスに目を落として、ローラは悩ましげな声で言った。

QB「ふぅん」

 そのまま時間の流れに身を任せていると、卓上の携帯電話がプルプルと震え出した。

ローラ「おっと、携帯デンワーが着信音を鳴らしたりているわね。さてさてどうしたりければ良かったかしら☆」

QB「……えぇー、何度も使っておいていまさら機械音痴アピールは無理があるとおも」

ローラ「ぽちっとな。もしもーし、こちらはイギリスはロンドン、聖ジョージ大聖堂の最大主教なりけるのですけどー」

神裂『……あの、いい加減そのバカみたいな電話の出方止めてもらえませんか?』

ローラ「ひ、ひどい! これほどまでに自身の立場を明確に出来たる答え方はなきにけるでしょうに!」

神裂『いや、携帯電話なんですから相手の立場くらい分かってますって』

518: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 02:01:50.41 ID:4bj7PFf6o

神裂『ともあれ……これであなたも動かざるを得なくなりましたね』

ローラ「……なんのことかしら」

神裂『確証無しには動かないその癖、どうにかならないのですか?』

神裂『“あの少年”は、確証があろうとなかろうと自分の意思のままに突き進んでいたと思いますが』

ローラ「それはそれ、これはこれよ。まぁ、善処はしたりけるわ。これで良い?」

神裂『……そのお言葉、どうか忘れないように』

ローラ「そちらも善処するわ」

 プツッ、と通話が途絶える。

QB「部下にも言われてるね」

ローラ「まったく、人の気も知らずに言いたる者は楽で良きね……いや、待てよ?」

ローラ「“アレ”は確証無しでは代償が大きすぎたる……しかし……ふむ」

 そう言って、彼女は顎に手を当ててなにやら黙々と思考に没頭し始める。
 キュゥべぇがやれやれ、と首を振ると、ローラがいきなり顔を上げて立ち上がった。

ローラ「そう、確証が無ければ実証してしまえば良きにけるのよ! ふふ、こんなにも簡単だとは思わまじね!」

QB「何の話だい?」

ローラ「色々、よ。ところでキュゥべぇ、裏切り行為がどれだけの絶望を産むかテストしてみたいとは思わなきに?」

QB「出来るならね。でもまどかは契約してないし、そもそも一度裏切ったら二度目は無いということを忘れたのかい?」

519: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 02:03:12.08 ID:4bj7PFf6o

 ちっちっと指を振って、ローラは楽しげな笑顔を浮かべた。

ローラ「絶望するのは、鹿目まどかではなし」


ローラ「美樹さやかよ」


 当たり前のことのように、ローラは平然と言ってのけた。
 よほど嬉しいのか、あるいは楽しいのか、その場でひらりと一回転。

QB「興味深いね。どうやって絶望を与えるんだい?」

QB「精神が安定している今の彼女は、君の部下を大層信頼しているはずだよ」

ローラ「ふふん。だから見せたれば良いのよ。失望せざるを得ないような姿を、ね」

 すると彼女は机の上に置かれた紙の束の中から一枚を抜き取り、キュゥべぇの目前に投げた。

ローラ「厄介な魔導書――の、悪質なコピーを手にした魔導師が、見滝原市に潜伏したりている情報が明らかになりてね」

QB「それで?」

ローラ「その魔導師は、己の欲のために数十人という罪無き人間を毒牙にかけ、その者たちの人生を台無しにしたりている」

ローラ「だから」

ローラ「誇り高きイギリス清教の魔術師は、次の被害者を出す前にその者を殺す」

 笑っている。

ローラ「さてさて。その一部始終を、事情を知らなし美樹さやかが見ればそれは単なる集団私刑」

 清教派の頂点は、笑っている。

ローラ「彼女の目には、ただの人殺しとしか映らない」

 イギリス清教の三派閥全てを牛耳る最大主教は、笑っている。

ローラ「さぞ失望し、疑心暗鬼に陥って挙句の果てには盛大に絶望したりけるでしょうね?」

 ローラ=スチュアートは、笑っている。

520: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/07(日) 02:03:42.06 ID:4bj7PFf6o



ローラ「――美樹さやかには魔女になってもらいたるわ」

 女狐は、笑っている。


.

549: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:16:41.28 ID:NTjPkDQHo

四月七日 木曜日

さやか「――と、いうわけでさやかちゃんふっかぁ~つ! あったーらしーいあーさがきたっ!」

まどか「朝からうるさいよさやかちゃん……」

さやか「褒め言葉として受け取っておこーう! いやーなんか良い感じの気分でさー」

ステイル「騒々しいな……」

杏子「ったく、チョーシが良すぎるんだよこいつは」

五和「まぁまぁ、元気なのはいいことじゃないですか」

香焼「子供の仕事は騒ぐことすからね!」

さやか「良く分かってるねー君! お姉さんがハグハグしてあげよう!」 ムギュー

香焼「いやいやいや自分男すよ!?」

さやか「またまたー照れちゃってかわいいやつめ! ほーれほーれ!」 ムギュギュー

香焼「ちょっ……あ、やっぱ五和に比べるとやっぱ小さいすね」

五和「ぶふぉっ!? こ、こうっげふんっ! 何言ってるんです!?」

さやか「ハグハグされながらも隠れ○○系お姉さんと比べる余裕があるなんて……けしからんやつめい!」

杏子「マセてるだけだろ。ほーらお姉さんがナデナデしてやんぞー」 ナデナデ

香焼「体型同じくらいでお姉さんはないっす! というか離して! 恥ずかしいすから!」

まどか「あははっ、照れちゃってかっわいいー」

香焼「あんたもすか!?」

さやか「もーちっと背があったら彼氏にしてあげるんだけどねぇ……」

香焼「ちっきしょー! 余計なお世話すよぉ!」

550: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:17:11.12 ID:NTjPkDQHo

ステイル(何故だろう……彼らと一緒に居ると自分の年齢に疑問を抱いてしまう……)

 なぜか登校景色に絶妙に混じっている杏子と五和と香焼の三人を見ながら、ステイルはため息をつく。
 いくら精神状態が良いとはいえ、さやかがまだまだ予断を許されない状況にあることに変わりはない。
 なにせ彼女は経験が浅いのだ。無闇な戦闘は辞めさせなければならないし、フォローも積極的にしなくては。
 だがそれよりも、彼には気がかりなことがあった。

五和「あっ……す、ステイルさんは体調どうですか?」

ステイル「君よりかはマシだと思うけど、どうかしたかい?」

五和「あっいえ、その、なんでもない、です……」

香焼「い、五和!」

五和「うぅっ……だっ、だって……」

 天草式の面子が、妙によそよそしいのである。
 彼らとはもう一年近い付き合いになるがこんなことは一度もなかった、と思う。
 まるでステイルに気を遣っているような素振りをするのだ。
 シェリーが掴んだという情報――ステイルは任務に差し支えるという理由で聞いていない――を彼らが聞いた時からか。

ステイル(また最大主教の入れ知恵か……?)

 もしもそうならば、いますぐにでも彼らを問い質さなければならない。
 あの年齢詐欺の老婆は、ひたすらに陰謀好きな油断ならない人物だ。何をされるか分かった物ではない。
 だが、彼らには昨日の借りがある。

ステイル(……ここは彼らを信じて待つべきかな?)

551: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:17:37.27 ID:NTjPkDQHo

 ステイルは気付かない。
 五和と香焼のよそよそしい態度に、悲哀と憐憫のそれが混じっていることに。

 ステイルは知らない。
 魔法少女と魔女の、複雑な関係を。

552: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:18:03.70 ID:NTjPkDQHo

 さすがに目立つので三人とは途中で別れ、くだらない雑談を交わしながら通学路を歩いていると。

まどか「あっ……仁美ちゃんだ」

 まず最初に、まどかがポツリと呟いた。
 それからさやかがギクッと身を強張らせて、恐る恐るまどかの視線の先を追う。
 そこには、堂々とした佇まいで三人を待つ仁美の姿があった。

仁美「おはようございます、みなさん」

ステイル「おはよう……ん?」

 真っ先に挨拶を返したステイルは、他の二人が固まったままでいることに気付いて眉をひそめる。
 そういえばこちらの問題もあったな……と少し後悔。厄介事だらけだ。

仁美「一日、お待ちしましたわ」

さやか「……そう、だね」

 彼女たちの周囲だけ、少し気温が低くなったような錯覚をステイルは覚えた。
 ああ、これがジャパニーズドラマに良くある修羅場というヤツか。

仁美「さやかさん、自分の本当の気持ちと向き合えましたか?」

さやか「……」

553: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:18:30.38 ID:NTjPkDQHo

 ほんの少しだけ俯いてから、彼女は仁美の目を真っ直ぐに見据えた。

さやか「あたしには、無理だったよ……ごめん」

まどか「さやかちゃん……」

仁美「それがあなたの選択でしたら、私はもうなにも言いませんわ」

 それだけ言うと、仁美は踵を返して一人で学校へと向かおうとした。
 だがステイルは神父服を重たそうにはためかせて、彼女の前に立ちふさがる。

ステイル「いろいろワケありみたいみたいだけど、ここまで来たんだ。一緒に行こうじゃないか」

 空気読めよ、と顔で言外に語っているまどかから顔を背けて、彼は肩をすくめた。
 ステイルからそんな言葉が出るとは思ってもいなかったのだろう、仁美は戸惑った表情を浮かべている。

ステイル「君たちは友達なんだろう?」

 短い沈黙。

 少しの間考え込む素振りをした後、仁美はしぶしぶ頷いた。
 同じようにさやかの方を見ると、彼女も苦笑を浮かべながら頷いて見せた。
 ひとまずは大丈夫だろう。次はどうすべきか。

ステイル(どうしてこういうときに限って天草式の連中は居ないんだ……?)

 肝心な時に役に立たない集団の顔を思い出して歯噛みする。
 だが気に病んでも仕方がない。とりあえずの優先目標は、登校することだ。

554: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:19:10.55 ID:NTjPkDQHo

―― 一方その頃。見滝原市にあるとあるビルの屋上に、神裂と建宮、五和など天草式の面々が集まっていた。
 中でも、五和と香焼は汗を滝のように流している。皆と別れてからすぐにこの場に駆けつけたのだ。
 彼らの輪の中には、涼しげな表情の杏子も混ざっていた。

神裂「早速ですが、本題に入らせていただきます」

 そう言って、神裂はいくつかの資料を建宮らに手渡した。

建宮「げっ、魔導書関連なのよ……」

 資料に目を通した建宮が、うめくような声を上げた。
 その資料に書き出されているのは戯曲、という体の魔導書である『ファウスト』に関する情報だ。

五和「ゲーテって魔術師だったんですか?」

 ゲーテとは、十八世紀頃にドイツで活躍した作家であり学者でもある男性のことだ。
 そしてファウストとは彼が書き上げた作品である。
 悪魔と契約したファウストが紆余曲折を経て――この紆余曲折が壮大なのだが――最終的に息絶え、
 彼がかつて愛したマルガレーテ……グ レ ー ト ヒ ェ ンの愛称で親しまれる女性に救われ天へと昇る、というお話だ。
                           ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

神裂「正確には魔導師ですがね。世に知られるファウストは、魔導書であることを隠すために記された別物ですよ」

 魔導書と魔術師の差異についての講釈はまた今度にしましょう、と神裂が言った。

建宮「だったら“禁書目録”に協力を願い出た方がより確実な気がしますが」

 魔導図書館、あるいは禁書目録と呼ばれる少女がいる。
 彼女は完全記憶能力と強靭な宗教防壁を身に備え、十万三千冊という馬鹿げた量の魔導書を記憶していた。
 これから何をするのかは分からないが、彼女の協力があった方が安全かつ確実に達成出来るはずだった。

555: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:20:31.29 ID:NTjPkDQHo

                                                        オリジン
神裂「私もそう考えました。ですが肝心要の彼女の記憶の中にファウスト、正確にはその『原典』に関する内容はないのです」

五和「え? でも、彼女は全ての魔導書を読み通したのでは?」

神裂「全てではありません。何事にも例外はつきものですし、原典はゲーテ本人が墓まで持っていったとされています」

 そこへ初老の男性、諫早が手を挙げた。

諫早「誰も原典を目にしていないのならば、この件の魔導師が持つのは世に広まっている害の無いファウストなんじゃ?」

神裂「ええ。恐らくはただのファウストから、想像だけで原典を再現したたんなるまやかしに等しい物だと思われます」

神裂「禁書目録の……“あの子”の知識を用いるまでもないでしょう」

 神裂がそう結論付けた。

建宮「でもファウストって言ったら確か化物と魔女の宴……ワルプルギスの夜に関する記述が有ったはずなのよな」

五和「それがどうかしたんですか?」

建宮「近いうちに襲来する予定の魔女もワルプルギスの夜って呼ばれていたのを思い出してな」

対馬「偶然なんじゃない? だって魔女は……いえその、とにかく無関係でしょう?」

 口々に議論し出す天草式の面々を尻目に、神裂は先ほどからポッキーを齧っている杏子を横目で覗き見る。
 あまり話には興味がないのか、とろんとした目で空を見上げていた。
 コホン、と咳払いを一つ。皆の視線が集まったところで、神裂はふたたび口を開く。

神裂「いずれにせよ、不安要素は取り除いておくに越したことはありません。当面はその魔導師の探索に尽力してください」

 全員が頷いた。
 すると建宮が、首下にぶら下げた小さな扇風機(4つ)を揺らしながら一歩前に出る。
 事情の読めない神裂が怪訝な表情を浮かべるが、周囲の皆は黙ったまま建宮を見つめていた。

556: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:21:17.32 ID:NTjPkDQHo

建宮「必要ないとは思うが、一応言っておこう」

建宮「全員、必ず生きてここへ戻って来るぞ!」

 ふたたび、天草式の面々が頷いた。
 建宮はフランベルジェを地面に突き立てる。
 堂々たる佇まいのまま胸を張って、

         プリエステス
建宮「我らが女教皇様から得た教えは!」


――救われぬものに救いの手を!!


 声高らかに宣言すると、彼らは一斉に散らばって瞬く間に屋上から姿を消した。



 ついに寝息を立てはじめた杏子と共に残された神裂はというと……

神裂(私のいる前で宣言されてもその、嬉しいというかリアクションに困るのですが……むしろ恥ずかしくないですかこれ!?)

 彼らの自立心を喜ぶべきか恥ずべきかで、真剣に悩んでいた。

557: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:21:44.05 ID:NTjPkDQHo

――教室で次の授業(憎き数学)の準備をしていたステイルは、恭介がすぐ横に立ち止まったのに気付いて顔を上げた。
 妙にそわそわした様子で周囲の気配を窺っているように見える。

ステイル「やぁ、どうかしたかい?」

恭介「あの……うん、話があるんだ。ちょっとトイレに行かないかな?」

ステイル「ふむ、別にいいが」

 ちらり、とこちらの様子を伺っているさやかの方を向く。
 彼女はそれに気付いて慌ててまどかに抱きつくと、ヤケクソ気味にその胸を揉みしだきまくった。
 ステイルに釣られてさやか達の方を見た恭介が固まり、顔が真っ赤になる。

ステイル(若いな……)

 さやかが涙目になりながらヒートアップ。まどかも涙を浮かべる。さらに仁美が不満げな顔をして目を細めた。
 そろそろ止めるべきかと思案している内にほむらが駆けつけ、さやかに飛び蹴りを決め込んだ。
 さやかの体がくの字に折れ曲がったのを見届けると、ステイルは満足した表情で席を立つ。

ステイル「じゃあ行こうか」 ホ、ホムラァー!

恭介「あ、うん……え?」 ダマレセクハラマジン!

ステイル「どこぞの無限に有限な愛と違って休み時間は有限あるのみなんだ。さっさと歩いたらどうだい?」

恭介「うん……まぁいっか」

 釈然としない様子の恭介を急かして、ステイルはトイレへと向かった。

558: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:22:13.68 ID:NTjPkDQHo

――それは、トイレというにはあまりに広すぎた。

ステイル「ここのトイレを利用するのは初めてだが……いくらなんでも広すぎじゃないか?」

恭介「最近整備されたばかりだからね」

ステイル「それにしたって予算の無駄遣いというものだよ。たしかに水洗所の清潔度合いや利便性で民族性が測れるとは――」

恭介「最近整備されたばかりだからね」

ステイル「……で、わざわざ呼んだ理由はなんだい?」

 ステイルが切り出すが、恭介は洗面台に右手を着いたまま黙り込んでしまう。
 しばらく蛇口を見つめ、今度はおもむろに右手を洗いながら口を開いた。

恭介「告白されたんだ、志筑さんに。待っててもらってるけど、たぶん付き合うことになると思う」

ステイル「……」

恭介「……」

ステイル「それで、僕はどんなリアクションをすればいいんだい?」

恭介「え?」

 カンッ、と短い金属の接触音が響き渡る。
 呆気に取られた恭介が、洗面台に右肘――正確には右手に装着された杖をぶつけたのだ。

ステイル「腹を抱えて笑うべきか、それとも涙浮かべて君のカマでも掘るべきか……」

恭介「えええぇ!?」

ステイル「いやなに、冗談だよ。それで、君はそれを話してどうしたいんだ?」

 言葉に詰まった恭介が、眉間にしわを寄せて視線をあちらこちらに飛ばす。
 それから口をもごもごと動かし、今度は一定のリズムに乗せて右手の人差し指で洗面台を叩き始めた。
 そんな彼の様子を注意深く観察していたステイルは、ふぅっとため息を吐いて頭を掻いた。

559: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:22:47.67 ID:NTjPkDQHo

ステイル「美樹さやかのことかい?」

恭介「え?」

 言われて初めてその名前を思い出したような表情の恭介を見て、ステイルは若干引きつった笑みを浮かべた。
 眼中に無いわけだ。おめでとうさやか。君の初恋は、過程は違うが僕の初恋と同じ末路を辿ることになりそうだよ。

ステイル「違うなら良いんだ。じゃあ一体なんなんだ? まさか鹿目まどかが好きだったとか?」

恭介「はは、それはないよ。ただ……なんていうか、その」

 右手に備え付けてある杖を適当に弄りつつ曖昧な喋り方をする恭介に、ステイルはだんだん腹が立ってきた。
 だが同時に彼の心境が分からないでもないために、辛く当たることも出来ない。

ステイル「……ああ、じゃああれだ。無意識の内に美樹さやかに負い目でも感じてるんじゃないのかい?」

恭介「負い目? 僕が?」

ステイル「彼女を傷つけておいて、彼女に助けられておいて、志筑仁美と付き合ってしまってもいいのかとかね」

 包帯をされたままの左手を口に当ててなにやら考える素振りをする恭介。
 彼は小声で、言われてみればそうかもしれない、と呟く。そして不可解だと言わんばかりに首をひねった。

恭介「それとこれとで関係があるのかな……」

ステイル「君はどうなんだ。志筑仁美と美樹さやか、どちらを取る? もっとも後者が君のことを好きかどうかは知らないけど」

恭介「あはは。さやかが僕のことを好きなわけないだろう? 彼女はあくまでただの親友だし」

 ステイルは猛烈な既視感を覚えた。
 誰だっけ、この手の周囲の女から好意を持たれながらもそれに気付かない鈍感で面倒臭い独善的で鬱陶しい男。
 ああ考えるまでもなかった。苛立たしい腹立たしい!

ステイル(偶像崇拝の理論かなにかで“あの男”の性格がこっちの上条にも影響してるのか……?)

560: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:23:43.25 ID:NTjPkDQHo

ステイル「ただの親友が医者との間を仲介した、それだけのことを負い目に感じる君が駄目なんだろう」

恭介「いや、そもそもそれが原因だって決まったわけじゃ」

ステイル「それくらいしかないと思うけどね、志筑仁美の想いにイエスと答えられない理由は。違うのかい?」

恭介「うう……んー……」

ステイル「君がさやかを特別視してるのは医者を紹介してもらったからだろう?
       恐らくだが、鹿目まどかが紹介してもこうなっただろうね。だいたいその程度のことでいちいち――」

恭介「それは違う!」

 初めて恭介が声を大にして言い放った。
 その気迫に思わずステイルが後じさる。
 さっさと話を切り上げたくて適当に答えていたはずが、なにやら彼の心を刺激してしまったようだった。
 恭介は右手を洗面台に置きながらも、はっきりした声で続ける。

恭介「確かにあの件では感謝してるけど、それ以前にも彼女には世話をしてもらってるし、励まされてる」

恭介「彼女に支えてもらったから、その、なんていうか……これまでやってこれたんだ」

恭介「たとえ医者を紹介してもらわなくたってさやかは……さやかなんだ。それだけは譲れないし変わらないよ」

 ……あれ? 良い方向に向かってないか?

ステイル「あーその、なんだい。その件については謝っておくよ。すまないね」

恭介「あ、いや僕の方こそ……まいったな、相談持ちかけてる側なのに」

ステイル「……だが、つまりはそういうことだろう?」

恭介「え?」

561: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:24:15.67 ID:NTjPkDQHo

ステイル「美樹さやかは美樹さやか。それ以上の何があるというんだい?
       認識論について語るのは好きじゃないし、君にカントの認識力、特に感性と悟性の二通りの――」

 恭介の目が泳いだのを見て、ステイルは小さく息をつく。

ステイル「――それは置いておくとして、例え彼女が君の親友だろうが、彼女だろうが……ゾンビだろうが、変わらないだろう」

ステイル「君が志筑仁美と付き合ったって、そのことは変わらないだろうさ」

恭介「え? いや、そういう話題だったっけ?」

ステイル「君も面倒臭い男だね……」

恭介「あはは……いや、さすがにゾンビとなると話が別だよってことを言いたかったんだ。突っ込んでごめんね」

 苦笑しつつ、恭介が言った。
 気付かれないように目を細めながら、ステイルは内心で無理もない、と思った。
 冗談交じりの言葉には、絶対に揺るがない本音が見え隠れすることが稀にある。今回のもそれに当てはまる。

ステイル「それはそれ、これはこれとして……修行中の神父に恋愛相談持ちかけて、君の抱えたもやもやは晴れたかい?」

 途端に、恭介は笑顔を作って頷いた。
 ステイルも口の端をつりあげて、小さく笑みを浮かべる。
 だが次に表情を改めて、真剣な顔つきで恭介に問いかける。

ステイル「それで……志筑仁美はどうするんだい」

恭介「もちろん付き合うよ。断る理由も無いしね」

ステイル(即答かいッ!)

 引きつった笑みを浮かべながら、ステイルは携帯電話を取り出す。
 既に休み時間は残り一分を切っており、教師が来るまでの時間を計算に入れても、そろそろ引き上げなければならない。

ステイル「僕はもう戻るが、君はどうする?」

恭介「手が痺れちゃったからちょっと休んでいくよ。幸いここは人通りが少ないから怪しまれないだろうし」

ステイル「分かった、じゃあまた後で会おう」

562: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:25:30.14 ID:NTjPkDQHo

 ステイルが立ち去った後、特に何をするでもなく杖を弄っていた恭介はふと顔を上げた。
 鏡には、当然ながら鏡と向き合うように立っている恭介の顔が映し出されている。
 だが彼は、その鏡の向こうに彼にしか見えない何かを見出した。
 そっと、神経の麻痺した左手を伸ばす。

恭介「あっ」

 伸ばして、鏡に阻まれる。

恭介「なにやってんだか……」

 それから恭介はぽつりと、無意識の内に言葉を漏らした。

恭介「なんでだろう」

恭介「なんで気になるんだろう」

恭介「おかしいな……」

563: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:26:10.40 ID:NTjPkDQHo

――放課後。

まどか「それじゃあ帰ろっか、さやかちゃん」

さやか「うん、そーしよ」

 まどかに返事をしながら、あたしは教室をぐるりと見渡す。
 教室の中に、仁美と恭介はいない。
 トイレから戻ってきたステイルの様子からも分かってたけど、やっぱりちょっと堪えるなぁ……

ステイル「すまないが、僕は用事があるので先に失礼するよ」

さやか「なになに、まーた魔術関係のお仕事? そんじゃあ魔法少女さやかちゃんが協力してあげますか!」

まどか「わたしにもお手伝い出来ることあるかな?」

ステイル「いやいや、幸い人では十分足りていてね。猫の手を借りるほどじゃないさ」

まどか「もうっ! 猫の手よりは役に立つよ?」

さやか「むくれるまどかも可愛いなぁ! くのくのー!」

 手をわきわきさせると、頬を膨らませるまどかに抱きついてみせる。
 だがまどかは思いのほか冷静に、無表情のまま静かにあたしに、

まどか「……変態」

 そんな冷徹な罵声を浴びせかけてきた。休み時間のアレの怒りが溜まってるみたいだ。
 なーんてふざけている間にステイルも帰ってしまった。ほむらもいない。
 しょうがなくあたしとまどかも鞄を手に学校を出た。今日はどこで道草食おっかなー?

564: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:26:37.48 ID:NTjPkDQHo

 まどかと相談した結果、近くの喫茶店に行くことになった。

さやか「ねねっ、今度はスタバに行ってアレ頼もうよ!」

まどか「アレ?」

さやか「えっと……ベンティアドショット……なんとかってやつ!」

まどか「ああ、ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップ
.     キャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノのこと?」

さやか「え?」

まどか「だからベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラホイップ
.     キャラメルソースモカソースランバチップチョコレートクリームフラペチーノのことでしょ?」

さやか「あ、うん」

まどか「あれってまだやってるのかな? 流行ったのってだいぶ昔だし」

さやか「はい」

まどか「むしろ今のスタバならもう一捻りくらい出来そうだよ。やっぱりベンティアドショットヘーゼルナッツバニr」

さやか「わかった、わかったからもう良いって! そろそろ酸欠で倒れるよまどか!」

まどか「そう? なら良いんだけどね」

さやか(ベンティアドショットヘーゼルナッツバニラアーモンドキャラメルエキストラ……うがー! 覚えられん!)

 意外な肺活量と暗記力を見せる親友を尊敬しつつ、
 それを勉強や体育に活かせばいいのに……と思わずにはいられないあたしなのであった。

565: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:27:20.77 ID:NTjPkDQHo

まどか「でも本当に良かった。昨日のさやかちゃん、なんだか別人みたいだったから」

さやか「……そうかな」

 まどかの言葉を聞きながら、あたしは昨日のことを思い出そうと必死に首を捻った。
 覚えてはいるけど、どこか記憶があやふやなのだ。五和さんの回復魔術で悪い夢として処理されたのかもしれない。

まどか「うん、そうだよ。それに……あんな戦い方ってないよ。痛くないなんて……嘘だよ」

 あんな戦い方……昨日の魔女との戦いのことだろう。
 たしかあたしは、痛覚を魔法でシャットダウンしてむりやり突っ込んだんだ。だから痛みは、無かったと思う。

さやか「いやーほら、ああでもしないと勝てないのよ。あたしって才能ないし? あははー凡人は辛いね!」

まどか「でも! あんなやり方で戦ってたら、勝てたとしてもさやかちゃんのためにならないよ!」

さやか「……あたしのためって、なんなのかな?」

 言いながら、ソウルジェムを手のひらの上で転がす。

さやか「こんなんにされちゃった後でいまさらあたしのためって言われてもさ……もう死んでるわけだし?」

 感情を殺した声で、あたしは投げやりに言った。

まどか「そんなっ!」

さやか「あたしはただ魔女を“狩る”だけの“物”なんだよ。そんなあたしのために誰が何をしてくれるって言うの?」

まどか「でもわたしは……さやかちゃんのために、どうすれば幸せになれるのかを……」

 まどかが目に涙を溜めている。
 それをあたしは無表情で見つめ、淡々と――

566: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:28:07.65 ID:NTjPkDQHo



 いや、やっぱ無理だわ。


.

567: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:28:56.09 ID:NTjPkDQHo

さやか「あっはははは! ごめんごめん、冗談だって! だから泣かないでよ、ね?」

まどか「え?」

 まどかが涙をこぼしながら目を真ん丸くした。可愛いやつめ。
 本当ならもう一芝居くらい打ちたかったけど、こんなまどかの顔を見てたら罪悪感で心が押し潰されるって。

さやか「だから、冗談。もうあんな戦い方しないし、心配かけたりしないって」

まどか「ぐすっ……本当に?」

さやか「もっちろん! だってさ、ほら」

 鞄の中から携帯を取り出すと、まどかに待ち受け画面を見せた。
 まどかが不思議そうな表情でそれを見つめている。
 待ち受け画面に映っているのは、あたしとまどか、それから仁美と先生がグラウンドでピースしてる姿だ。
 去年の秋、体育祭の時に撮影されたものをデータにしてもらった物だった。

さやか「あたしには、あたしのためを思ってくれるまどかや……恭介は奪られちゃったけど、仁美みたいな友達がいるんだよ?」

さやか「それを考えたら、いやいや……あたしのために誰が何をしてくれる? なんて言えないでしょ?」

まどか「さやかちゃん……!」

さやか「そーれーにー……ってちょいストップ!」

 いまにも抱きついてきそうなまどかを抑えつつ、あたしは何度か携帯をパカパカと開閉させた。
 待ち受け画面が切り替わったのを見てから、ふたたびまどかに見せる。
 今度は驚いた顔で、まどかが待ち受けとあたしをじろじろと見比べた。

まどか「これって……」

さやか「ふふっ、驚いた?」

568: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:30:22.02 ID:NTjPkDQHo

 待ち受け画面に映っているのは、しゃがんだ香焼を後ろから抱きしめるあたしと、
 画面の左側に立って香焼の頭に手を乗せる杏子。それから右側に立って撮影も兼ねてくれた五和さんの四人の姿だ。
 ちょっとピントがぼけてたけど、まぁ仕方ない。

さやか「いやー実はあんたたちが来る前に写真撮ってたんだよね。杏子ったら写真慣れてないのか緊張しててさー」

まどか「杏子……って、あの子の名前だよね?」

さやか「ん、そう。考えてみたらあたし、あいつのこと名前で呼んだことなかったからさ。今朝聞いたのよ」

まどか「そっか……でも、仲良さそうだね」

さやか「うん。昨日の話聞いてさ、こう……天草式のみんなの行動にじーんと来ちゃったんだよね。あたしは寝てたけど……なんていうかな」

 ない知恵を必死に振り絞って、このじーんって気持ちを言葉にしようとする。
 十秒くらい考えて、まどかが苦笑を浮かべ始めた頃になってようやく思いつく。忘れないうちに口を開いて、

さやか「損得抜きで、真剣にあたしたちのことを考えてくれる優しい人っているんだなぁって」

まどか「さやかちゃん……」

さやか「あんな人たちがいるんだから、自棄になんてなれないでしょ? 多少のことは我慢するよ」

さやか「マミさんには、したくても出来なかったことだもん……」

 声のトーンを落としながら、あたしはマミさんの顔を思い浮かべる。
 あの善人のお手本みたいな、善人の鑑みたいな人の、優しい笑顔を。

さやか「だから、代わりにあたしたちがやってあげるんだ」

 俯くまどかの肩に手を置きながら、あたしはそう言った。

569: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:31:40.07 ID:NTjPkDQHo

まどか「あ、喫茶店見えてきたよ。入ろ?」

さやか「うんうん、さっさと――あれ?」

 その時、誰かの悲鳴が耳に届いた。
 ような気がしたあたしは、慌てて周囲を振り返る。
 だけど悲鳴をあげたような人は見当たらないし、あたしと同じように悲鳴を聴いた人は一人もいないようだった。

まどか「どうかしたの?」

 心配そうなにあたしの顔を覗き込むまどかに愛想笑いを浮かべながら、あたしはソウルジェムを取り出した。
 魔力を込めて――これが結構難しいのだが――頑張って身体能力を強化する。
 すると聴覚が強化されて先ほど聞いた悲鳴……それも、大人の男の人のそれが耳に届いた。

さやか「誰かが襲われてるみたい、多分場所は……」

 駆け足で路地の裏に回り込み、人気の少ないビルの前まで辿り着く。
 そこは変な場所だった。確かにそこに建物があって微かに悲鳴も聞こえるのに、近づく必要がないというか。

まどか「さやかちゃん、戻ろうよ」

 何故だかビルに近づかずに、まどかが言った。
 まるでビルなど見えてなくて、悲鳴も聞こえていないような素振りにあたしは眉をひそめる。

さやか「……ごめんまどか、あたし、正義の味方気取りたくてさ。ちょっと男の人、助けに行ってくるよ」

まどか「さやかちゃん!?」

 まどかが一歩踏み込む。しかしすぐに足を引っ込めて、感情の篭っていない目をして頷いた。

まどか「行ってらっしゃい」

さやか「……魔女の魔法かな。ソウルジェム節約しないといけないし……変身しないで入ってみようかな」

 決断すると、即座に行動に移す。
 電気が通っていないのか、開かれたままの自動ドアの隙間からビルの中に潜入した。

さやか「さあさあ、魔法少女さやかちゃんが助けにきましたよぉ……!」

570: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/10(水) 00:32:55.79 ID:NTjPkDQHo



 しばらくの間立ち尽くしていたまどかは、ふと我に返って目の前にあるビルに目を向けた。

まどか「さやかちゃっ……あれ?」

 さやかが単身ビルに乗り込む姿を、彼女は見ていた。
 見ていたが、特に感慨も抱かずにそれを見送った。
 その矛盾に気付き、まどかは困惑する。

まどか「なんだろう、この建物」

まどか「ここにあるのに無いみたいで」

まどか「でも確かにあって……」

 目の前にあるビル――正確には人払いの魔術によって、一般人がその存在を意識しなくなる結界を前に、
 まどかは悔しそうに歯噛みした。

まどか「さやかちゃん……」

まどか「大丈夫かな……」

 何も出来ない。何もしてあげられない。
 その事実が彼女の心に圧し掛かる。

 重たくどんよりとした空気の中、それでも無力なまどかは。
 ただひたすらにさやかの帰還を待ち続けることしか出来なかった。

586: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:27:46.41 ID:icxRo/WPo

 さやかはソウルジェムを右手に握り締めて、ビルの一階、その廊下を注意深く見渡しながら歩き進んだ。
 やはり電気が通っていないようで、真新しい照明は光を灯してない。
 ただでさえ入り組んだ路地にあり、さらに夕方時であるということもあってビルの内部ははとても暗い。

さやか「うー、おばけとか出ないかな……」

 無意識の内に独り言を呟いてから、さやかは何かが動く気配を察知した。
 慌てて置きっぱなしのダンボールの陰に隠れる。目の前を、人のようなシルエットが通り過ぎていった。

さやか(ここの人かな……?)

 注意深く目を凝らすと、それが人――体つきからして男性――であることが分かった。
 どうやら奥にある階段から降りてきたばかりのようで、息を荒くしてすぐ手前にある扉を開けた。
 だがすぐに手を引っ込め、扉から後じさる。

さやか(どうかしたのかな?)

 その動作に釣られて扉の向こうを見ると、細いワイヤーが張り巡らせてあった。

さやか(わっ、凄い……危ないなぁ)

 男はポケットからなにやら携帯式の刃物のような物を取り出し、ワイヤーを切り裂こうとしている。
 とりあえず事情を聞こう……さやかがそう考えて身を乗り出した、
 その時。

587: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:29:15.91 ID:icxRo/WPo


『――殺したな』


『――ワタシをコロしたな』


 ゾクッ、と底冷えするような声が、廊下に響き渡った。

 そして。

 男が切り裂いたワイヤー、その切断面から赤い霧のような物が噴き出した。

さやか「なにあれ――!?」

 それは瞬く間に増殖すると、すぐ近くにいた男をまるまると呑み込んでいき。
 ぼごっ、と水泡が破裂した際に出る音に良く似た音がして、霧が内側から破裂した。

588: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:29:50.72 ID:icxRo/WPo

さやか「――え?」

 赤い霧が晴れた時、そこには誰も居なかった。

 正確には、かつて人の形を成していたであろう赤く濡れた何かの欠片以外には、何も無かった。
       ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

さやか「……うそ、でしょ?」

 さやかの疑問に応える者はいない。

さやか「ねぇ……ちょっと!」

 さやかの呼びかけに応える者はいない。

さやか「……あ、ああ……」

 さやかの脳裏を過ぎるのは、かつて巴マミの身体を貪り、蹂躙し尽くしたリボンの魔女の姿。
 そして今回の、凄惨な光景。
 さやかの頭に、確信めいた光が生まれる。

さやか「魔女だ……! きっとここも、結界の一部なんだ!」

 そうすれば辻褄が合う。
 電気が通っていないのも、ワイヤーが喋るのも、それによって人が死ぬのも。
 なにもかも、魔女のせいだ。

さやか「ゆるさない……そんなの、あたしが許さない!」

 ソウルジェムを握る手に力を込める。魔力を流し込み、姿形を――

「あーあ、まーたハズレっすね」

――変容し終える直前、あどけなさの残る少年の声が耳に届いた。

さやか「……え?」

589: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:30:23.57 ID:icxRo/WPo

 その声を発した少年は暗がりから姿を現すと、かつて人の形を成していた物を踏みつけた。
 手に持った短剣をくるくると弄びながら、空いた左手を耳に当てる。

??「こっちもハズレっす。いつまで隠れ続けるつもりなんすかね」

 その微妙に敬語に慣れていない、あどけなさの残る声をさやかは聞いたことがある。
 それどころか、その声の持ち主と写真まで撮った。友達だと思ったし、良いやつだとも思った。
 だが、どうだ。

さやか(そん……なっ)

 声の持ち主である少年――天草式十字凄教に所属する香焼は、人の形を成していた物を踏みにじりながら笑う。

香焼「これから上層まで行って包囲すね。了解」

 そう言って、彼は元居た場所に戻ると駆け足で階段を上がっていった。
 こちらの存在が気付かれなかったのは、さやかが驚きの余り声を発しなかったからか。
 それとも香焼が油断していたからか。分からない。だが、少なくともこれだけは言える。

さやか(人殺し……ッ!)

 声が漏れなかったのはさやかの自己防衛本能の賜物だろう。

さやか(どうしてこんな、酷いことを)

 ソウルジェムを握り締めながら、さやかは極力音を立てずに進む。
 このビルで、何が行われているのかを知るために。

590: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:30:57.65 ID:icxRo/WPo

――階段を這うようにして上がった彼女が見たものは、男の人のような人影を三人がかりで滅多刺しにする光景だった。

さやか「なっ……!?」

 思わず声が漏れる。
 反射的に身を伏せ、足音と人の気配が消え去るのを待った。

さやか(今の……って)

 さやかが見た三人の内、二人はさやかが見知った顔だった。
 一人は対馬と呼ばれる、煌びやかな金髪と美しい脚線美が特徴的の女性。
 そしてもう一人は――

さやか(五和……さんまで!)

 彼女もまた、香焼の時と同じように笑っていた。
 理由は分からない。分かりたくもない。あんな風にだけは、なりたくない。
 足音がすぐ近くまで近づくが、それらは上の方へと遠ざかっていき、やがて気配が途絶えた。
 それからきっちり十秒待って、彼女は恐る恐る身を乗り出した。

さやか「あぁ……!」

 やはり、彼女らが滅多刺しにした人影は崩れ落ち、原型すら分からないほどにぐちゃぐちゃになっていた。
 わき腹が痛む。胃液が逆流し、食道を駆け抜ける。胃液の放つ酸味と異臭に耐え切れず、さやかは吐き出した。
 びちゃっ、と胃液が地面に零れる。それだけではない。何かが地面に水溜りを作っていた。

さやか「うぅっ……ううう……!」

 涙だった。
 彼女は泣きながら、階段を這って行く。

591: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:31:41.07 ID:icxRo/WPo

 階段を這いで上ると、今度は先ほどと違って見える範囲には誰も居なかった。
 その代わり、奥にある部屋で何かが暴れる音が響いている。猛獣か何かが動物園から抜け出したのかと思うような音だ。

さやか「……」

 息を潜め、極限まで気配を殺して近づく。
 近づき、あえて部屋を通り越す。あえて? いや違う。怖いのだ。

さやか(意気地なし……)

 やがて、何かが暴れる音がぱったりと途絶えた。
 乱暴に扉が開け放たれる。そこから出て来た者は――

??「やっぱ魔女と比べると物足りねーなー。どうせなら大物寄越せっての」

さやか「うそ……」

 燃えるような、赤く長い髪の毛。
 2mはありそうな、長大な槍。
 その唇から覗かせる、魅力的な八重歯。

さやか(杏子……!?)

 魔法少女姿の、佐倉杏子の姿。

杏子「こーんなドロくせぇヒト狩りなんざ、あたしの管轄外でしょ?」

 やはり彼女もまた、薄い笑みを浮かべていた。
 美樹さやかを支える物が、音を立てて軋み始める。
 それが瓦解する時は、もうすぐそこまで迫っていた。

 杏子の後を追うようにして、さやかもまた上の階――屋上へと向かう。

592: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:32:49.17 ID:icxRo/WPo

――時はほんの少し遡る。
 件のビルの屋上で退屈そうにチーズかまぼこをくわえていたステイルは、ついにため息を吐いた。

ステイル「鬼ごっこって、あまり良い思い出ないんだよね……」

神裂「学園都市でのことですか? あれはたしか運び屋専門の魔術師、オリアナ=トムスンを追っていたのでしたっけ」

ステイル「そうそう、何度炎に身を焼かれたことか」

ステイル「しかもただでさえ体力が無いのに走らされるわ転ぶわで散々だったよ」

神裂「今回はあなたが走る必要はありませんから安心してください。敵の“土人形”は我々が追いかけていますので」

 “土人形”。
 正式名称は分からないが、彼らを手こずらせる……というよりは、手を煩わせている術式のことだ。

ステイル「それで天草式の聖人神裂先生、それはどんな仕組みで動いているんだい?」

神裂「あなたも使用している北欧神話、その創世の際の“ユミルの肉より大地が生まれた”という伝承がベースのようです」

神裂「北欧神話において始まりの生物であり全ての巨人の父でもあるユミルは、神々によって滅ぼされています」

神裂「その後肉体を大地として用いているのですが、どうやらこの辺りを曲解し、あえて伝承を捻じ曲げた術式ですね」

ステイル「つまり、どういうことだい?」

神裂「ユミルの肉から大地が出来たのではなく、土にユミルの肉を与えて大地を形成し、巨人が生まれたという具合です」

神裂「自分の遺伝子情報、唾や髪、皮膚を土に埋め込み、土くれからなる自身のコピー、土人形を作り出したのです」

神裂「さらにそれらの内の一体に自分の認識をずらす魔術、“神隠し”のキーになる何かを持たせることで撹乱を狙ったのかと」

ステイル「どうせなら落書き帳みたいな魔導書を使えばいいものを……」

神裂「そうですね。その辺りが解せません……」


593: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:33:20.93 ID:icxRo/WPo

――ふと真顔になったステイルが、神裂の顔を真正面から見据えた。

 彼の視線に気がついた神裂は気まずそうに顔を背ける。
 それが面白くないのか、ステイルは鼻を鳴らすとふたたびチーかまをあむあむし出した。

神裂(……言えるわけが、ない)

 心の中で吐き出しながら、神裂は昨日の深夜に行ったシェリーとのやり取りを思い出していた。

594: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:34:14.19 ID:icxRo/WPo

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神裂「魔法少女が……魔女になる!? それは本当なのですか!?」

シェリー『本当よ。暁美ほむらの言質も取れた、つーかお前は知らずに最大主教を挑発したのかよ?』

神裂『うっ……ちょ、挑発じゃないですよ。多分……ですがそれが事実なら』

シェリー『救いようがないわね……だが事実だ』

神裂『まさか、ステイルの報告したリボンの魔女も……』

シェリー『確証はねぇが、巴マミが魔女と化した存在でしょうね』

 神裂は愕然とした。
 ステイルに、なんと言ってやればよいのだ。魔女になった彼女に、あなたがトドメを刺したなどと言えるわけがない

神裂『ま、まだ確証はありません! たとえ魔法少女が魔女になろうと、あれが巴マミだったという証拠は無いはずです!』

シェリー『魔女の結界は、生前の魔法少女の記憶と思考や心理が関係しているわ。報告は読んだがな……』

シェリー『使い魔や結界の状況、その形状……そういった点が、リボンの魔女の正体が巴マミであると裏付けしてるのよ』

神裂『ですがまだ確証がありません!』

 通信用霊装の向こうから、呆れたようなため息の音が聞こえてきた。

シェリー『……ああ、最大主教が言ってたのはこれが理由か』

神裂『なんです?』

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595: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:35:00.00 ID:icxRo/WPo

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シェリー『伝言だよ、くっだらねぇ。読み上げんぞ……≪確証無しに動けないのはどちらたるかしらね?≫……だとよ』

 息が詰まる。最大主教は、全てを見越していたのだ。全てを見越した上で、黙っていたのだ。
 それに比べて、自分はなんと短絡的で愚かなのだろう。

神裂『……』

シェリー『落ち込む暇があったら仕事しなさい。私達だって働いているのよ』

 霊装の向こう側で、何かをめくる音がした。

神裂『なにをなさっているのです?』

シェリー『あのクソ外道と交わした契約を、毒や呪いと見立てて中和する術式を構築するための伝承探しだよ』

 魔術とは学問でありながら、酷く曖昧なものだ。
 神裂の属する宗派、天草式十字凄教はそれを利用している集団でもある。
 異常な演算によって脳に掛かる負荷を毒に見立て、それを取り除いたケースが第三次世界大戦中にもあった。
 それと同じように、ソウルジェムを魂に戻す方法を画策しているのだ。まだ絶望するには早い……!

シェリー『まぁ十中八九無理だけどな』

 神裂の抱いた淡い希望は、シェリーが続けた言葉によってあっさりと砕け散る。

神裂『そんな!』

シェリー『呪いに見立てて、伝承を探して、術式を構築するまでは良いさ。ルールを無視する術式も悪くはない』

シェリー『だけど試せないのよ』

神裂『試せない?』

シェリー『失敗したら残るは死しかないのよ!? 『後続の者の為に死んでくれ』なんて言えるわきゃねーだろうが!!』

 シェリーが声を荒げた。
 その声には怒気が含まれていて、同時にどうしようもない悔しさが滲み出ていた。

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596: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:35:55.76 ID:icxRo/WPo

――突然、顔を背けていた神裂が何かを振り払うようにかぶりを振った。
 それを怪訝そうな目で見るが、追及は後にしておくとしよう。なぜなら。

ステイル「……お客さんみたいだね」

 ステイルと神裂、二人の目の前に、汗を滝のように流した男が突然現れたからだ。
 男は屋上の端でうずくまり、怯えるように全身をがたがたと震わせて涙や鼻水やらなにやらをだらだらと流していた。

神裂「どうやら、抗戦する気はまったく残っていないようですね」

ステイル「みたいだね。ほら、何か喋ったらだい?」

 ステイルの問いにも応えず、男は宙に視線を漂わせている。いや、それどころか焦点すら合っていない。
 ガサッ、と後ろの方で物音がした。
 ステイルは肩越しにそれらに視線を投げかける。

香焼「うわっ、ひでぇ怯えてるすね!」

五和「ぷ、女教皇様? あまりそういう酷いことはしないほうが良いのでは……」

対馬「“土人形”だから傷つけるのを躊躇わなくて済む、とか言って笑ってたあんたらが言えた義理じゃないでしょう」

建宮「いずれにしても拷問をする女教皇様は応援できないのよな……いやいやドS属性が付加したと思えば!?」

杏子「はらへったー」

 隣からなにかがブチブチィッと音を立てて切れる音がしたが無視。
 ステイルは男と向き直ると、投げやりに言った。

ステイル「同じ北欧式だから分かるんだよね。蒸し焼きにされたくなかったら出てきたまえ」

 返答はない。

597: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:36:28.52 ID:icxRo/WPo

 ステイルはチーかまを飲み込むと、懐からルーンが刻まれたカードを取り出した。
 そして魔力を込める。

神裂「なっ――!?」

 それだけで、面白いように男の身体が炎に飲み込まれた。

五和「や、やりすぎですよ!」

ステイル「黙って見ていろ」

 炎に飲み込まれた男の皮膚がぼろぼろと崩れていく。
 やがてその内側まで炎が届き――
 違った。崩れていったのは皮膚ではなく、身体を覆うように引き伸ばされた土くれだった。
 炎は土くれを剥ぎ取り終えると、役目を終えたかのようにすんなり消えてしまう。

ステイル「虚偽を見破る術式、とでも仮称しておこうかな。さて……魔導師君?」

 土くれを剥がされた男は、体中からありとあらゆる体液を垂れ流してはいたがその瞳には確かに生気がある。
 男は観念したかのようにがっくりとうなだれ、呪うような声で呟いた。

魔導師「ワタシがなにをしたと言うのだ……ちくしょう……」

ステイル(ドイツ語か)

 神裂と顔を見合わせて、使用する言語をドイツ語に切り替える。

神裂「それで、あなたの所有する魔導書はどこに?」

魔導師「……い」

ステイル「なんだい?」

魔導師「所有なんてしてない! あいつは俺を利用してたんだよ!!」

ステイル「ふむ」

598: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:37:22.63 ID:icxRo/WPo

杏子「何言ってんの? こいつ」

 ステイルたちが所有するグリーフシードを提供するという名目で。男を捕らえるのに協力していた杏子が言った。
 実際はただでは受け取ってくれなさそうなので、見返りとして提供するということ自体が目的なのだが。

五和「魔導書は自身の知識を衆目に晒す、というか広めることを目的に動いてます。だから利用というのもあながち……」

建宮「いや、それよりも妙なのよな」

 彼らの目の前で、男は何かから身を隠すようにうずくまった。

魔導師「あいつは棺から出てきたんだ……! あの悪魔が、あく、あくまっああぁ!?」

 そう言って半狂乱になると、男は右手に握った万年筆で地に何かを描こうとした。
 すかさず神裂がその手首をへし折る。だが男は痛みなど無いかのように左手で右手を支えた。

魔導師「あああぁぁぁ!? あっ……ああぁぁ!? 悪魔がくる……!?」

 はっ、と五和が何かに気付いたのか表情を改めた。

五和「棺って……もしかしてゲーテの棺では? つまり魔導書は原典とか」

神裂「そんなバカな。おそらくゲーテは死ぬ前に魔導書を硬く封印したはずですし、
.     墓まで持って行ったとはいえそれが文字通り棺にあるなんてことはまず考えられません」

ステイル「だがそう考えれば辻褄が合う。この男が見たものは、恐らく『脈』の力を借りて動き出した魔導書の記述の一部……」

 ファウストには、とある悪魔が登場する。契約を取り結ぶ悪魔……メフィストフェレスだ。
 実際、契約するに至った経緯が恐れ多くもあの主との賭けだとかいう話があるがそれはさておき。
 それが男に契約、つまり知識を広めるよう契約を迫ったとすれば不思議ではない。

ステイル「君を利用していたのはファウストの原典か?」

魔導師「あうあぁ……うぅ……」

 泣きながら男が頷いた。

599: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:38:47.44 ID:icxRo/WPo

ステイル「それじゃあその原典はどこにある?」

魔導師「……奪われた」

神裂「誰にですか?」

魔導師「ばっ、ばけ……へんな結界に、へんな化物、へんな、へん、へんな……ひぃぃ……」

 変な結界と、変な化物。
 まさか。

ステイル「魔女か……!」

魔導師「あくまが、ここに、ここ、こいって、術式を、組んだんだ……」

神裂「魔導書が誘導した……? なぜ魔女と引き合わせたのでしょう?」

ステイル「術式とは?」

魔導師「つ、土くれに目を……それから、色んな化物……情報を、あつめっ……うぅぅ」

 神裂とステイルの目が細まった。
 まだ理解できていないでいる建宮達を放置して、二人は小声で話し合う。

ステイル「魔導書の目的は知識を広めること。魔女の目的は己の繁殖や増殖、呪いを撒き散らす途中で人を取り込む」

神裂「互いが互いに惹かれあった可能性がありますね。見滝原市は魔女の目撃数が桁違いですし……」

ステイル「結界にあったとされるファウストの記述も、彼の魔術が生み出したと思えば納得がいく」

神裂「そして近いうちに訪れるワルプルギスの夜……これはもしかすると……」

600: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:39:31.49 ID:icxRo/WPo

ステイル「未曾有の大災害が訪れるかもしれないね……やれやれ、まいったものだよ」

 ただでさえ恐ろしい魔導書の原典。
 ただでさえ厄介極まりない魔女。
 この二つが組み合わされば、何が起こるかわかったものではない。

ステイル「ひとまず彼をイギリスに、それから魔導書を所有する魔女の探索と――ん?」

 そこでステイルは、柵の向こう……地上を走る、青い髪の少女に目を留めた。

ステイル「神裂、あれは」

神裂「……美樹さやか、ですね」

ステイル「……やけに必死に走っているね」

神裂「います、ね」

ステイル「……見られたな。それどころか、勘違いまでされたんじゃないかい?」

 神裂がばつの悪そうな顔をした。

神裂「まぁ、そこまで急ぐことでもないでしょう。誤解を解くのは後日でも遅くありません」

 その判断が誤りだったと神裂が気付くのは、少し先の話になる。



――そして、気付いた時にはもう何もかもが手遅れだった。

601: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:41:11.60 ID:icxRo/WPo

 あの場に居るのが怖くなって、あたし――美樹さやかは走っていた。

 ステイルが男の人を燃やした。
 涙を浮かべる男の人を、何のためらいもなく殺した。

さやか「騙されてた……! あたし、騙されてた……!」

 確かに危ないやつだとは思ってた。でも良いやつだった。
 あんな、無抵抗な人を殺すなんて。

さやか「信じてたのに、裏切られた……!」

 視界の端にまどかが映る。

まどか「さ、さやかちゃん!? どうしたの!?」

さやか「はっ、はぁっ……ステイルも、五和さんも杏子も……みんな騙してたんだよ!」

まどか「え?」

さやか「楽しそうに人を殺してた! あんなやつら、信用したあたしがバカだったんだよ!!」

 まどかは困ったような表情を浮かべて、あたしの肩に手を置いた。
 それから泣き喚く子供を宥めつかせるような声色で、

まどか「お、落ち着こうよ、ね? きっとなにかの見間違いじゃないかな?」

 そう言った。

さやか「信じてよ! 本当に、ほん、とうに……」

602: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:41:38.20 ID:icxRo/WPo

 まどかの表情は変わらない。
 目の前が暗くなるのを感じて、あたしはまどかの手を振り払った。

まどか「さやかちゃん?」

 ふたたび走り出そうとするあたしにまどかが声をかけた。
 肩越しにまどかの目を睨みつける。まどかがびくっと震えて、肩をすくめた。

さやか「ついてこないで」

まどか「え? さ、さやかちゃんどうしたの? ちょっと落ち着いた方が」

さやか「いいから黙ってよ……」

 そう言うと、まどかは黙って俯いた。
 だがなにかを決心したように、再び口を開く。

まどか「さ、さっきと言ってることがまるで違うよ……? さやかちゃん、ねぇ」

さやか「黙って!!」

 まどかが目に涙を浮かべてその場に膝をついた。
 あたしはまどかを置いて、その場を立ち去った。

603: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:42:07.01 ID:icxRo/WPo


さやか(誰を頼ればいい?)


さやか(香焼もだめ)


さやか(五和さんもだめ)


さやか(杏子もだめ)


さやか(ステイルもだめ)


さやか(まどかも信じてくれない)


さやか(両親? そんなのだめ、だめに決まってる)


さやか(誰も頼れない、誰も信用できない)


さやか(仁美……恭介……)

.

604: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:43:41.52 ID:icxRo/WPo

 走った末に、あたしは学校の近くにある喫茶店の中に立ち入った。一人でいるのが、怖かった。
 だけど店内はがらんとしていて、以前仁美と来た時と同じくあまり人の気配はない気がする。

 実際、それほど人影も無かった。
 強いて言えば、携帯電話にカエルのストラップをじゃらじゃら付けた、似たような顔の少女が二人でお茶しているくらいか。

 いや――

さやか「あっ……」

 いた。よりにもよって、目が合った。

仁美「あら?」

恭介「ん?」

            ヒトミ           キョウスケ
 座席に着席した親友が、対面に座る親友の手を握り締めている。

仁美「ちょうどよかった、あの――」

 そこから先の言葉は、聞きたくなかった。どうにもならない。どうしようもない。

仁美「さやかさん!?」

 後ろからあたしを呼ぶ声がするけど、無視する。無視するしかない。
 これは完全にわがままで、八つ当たりだ。そんなこと、分かってた。
 でも、仕方がない。
 もうどうにもならないから。

605: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/11(木) 20:44:18.44 ID:icxRo/WPo



―――美樹さやかを支えていた物が、崩れ落ちる。


.

623: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:22:59.63 ID:ae63cLlCo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

 いつになく陽気なローラは、結界を用いることで周囲から人はおろか世界に満ちる力すら弾き出し、
 周囲から完全に隔絶された空間を確保すると、さぞ愉快そうに鼻歌交じりに右手を振って見せる。
 その手の中には、単語帳ほどの大きさの通信用霊装が二枚。

ローラ「あー、あー。コホン」

 軽く咳払いすると、彼女は一枚を耳に挟み、もう一枚を口元まで持っていった。

ローラ「もしもーし、こちらはイギリス清教最大主教、ローラ=スチュアートなりけるのですけどー」

 耳に挟んだ霊装から、衣がこすれる音と共に誰かが慌てふためく声が漏れる。
 ややあって、その霊装の向こう側――ローマ正教に所属するシスターであるリドヴィア=ロレンツェッティが返事をした。

リドヴィア『……イギリス清教のトップが、盗聴かつ通信用の霊装をなぜローマ正教の教会に仕掛けておいでなので?』

ローラ「盗聴用とは聞き捨て難しねー。一度でも起動させたれば所在が知られたるゆえ、今日までそっとしておいたのよ?」

リドヴィア『そうですか、では壊してよろしいのですね』

ローラ「あらあら、せっかくロンドン塔からその身を解放してあげようたというのにその反応は悲しきものよ」

リドヴィア『……用件は?』

ローラ「魔法少女と魔女について」

 霊装の向こう側で、リドヴィアが息を呑んだ。
 その様を想像しながら、ローラは有無を言わさずに続ける。

ローラ「そ・の・ま・え・に」

 と、わざとらしくもったいぶって告げる。

ローラ「舞台の膳立てを頼みたるわ。特に盗聴などは一切無し。内容が漏れれば全て台無しというオチに行き着きてよ?」

624: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:23:43.28 ID:ae63cLlCo

 しばらくの間、霊装から声が途絶える。
 代わりになにかががさごそと行き交い、複数の人間が何かを仕掛ける音だけが響き渡っている。
 やがて耳鳴りにも似た不快な音がほんの一瞬だけ鳴り響き、リドヴィアの息遣いが聞こえてきた。

リドヴィア『……教会自体に三重の結界を張り巡らし、この部屋自体に人払いと認識錯誤の術式を用いましたので』

ローラ「ふふん、手際が良きことね」

 言いながら、手元の霊装を指で弾く。

リドヴィア『それほどでもありません。ところで何故こんな回りくどいやり方で私に連絡を?』

ローラ「えー、だって新しい教皇は今頃大忙しなりけるでしょー?」

リドヴィア『それはそうですが』

ローラ「だったら魔法少女と魔女という無理難題に燃えに燃えるリドヴィアお嬢ちゃんの方が扱いやすしと思いたりてねー」

リドヴィア『……否定はしませんので。では本題に移りましょうか』

ローラ「そうね。魔法少女に関して、どこまで知識を得たりて?」

リドヴィア『正直に話すとお思いで?』

ローラ「自慢じゃないけど、こちらは人工的な魔法少女を製造する手段を設けていたりけるわ」

リドヴィア『お止めなさい! 魔法少女は魔女になる運命を科せられた存在で……はっ!』

 ローラの誘導に引っかかったことに気付きリドヴィアが口を噤んだ。

ローラ「ああ、そこまで知識が及びたるのね。おーけー♪ 無駄に交渉する必要が省けたるわー♪」

 ローラが笑いながら言った。

625: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:24:19.09 ID:ae63cLlCo

 元より彼女は、ローマ教皇ですら腹の内を探れぬと評した人物である。
 齢三十そこらの小娘ごときがまともに交渉しようなどと考えること自体が無謀なのだ。
 実際、彼女に苦渋を舐めさせた存在は『たった一人の高校生』と『人間を止めた存在』と『異星からの使者』だけである。

リドヴィア『……その高い鼻を、いつの日か思う存分踏み潰して差し上げますので』

ローラ「十字教徒として色々と危うき発言なりけるわよ、それ」

リドヴィア『あなたにだけは言われたくありませんので』

ローラ「まぁそれはそれでよし……えーと、こちらが要求したるはぁ」

 甘ったるい声を出しながら、目前に散らばる資料にざーっと目を通す。
 それだけで、彼女は資料に刻まれたおよそ二万文字の中から気になる記述を瞬時に読み取った

ローラ「ローマ正教の秘蔵っ子、グレゴリオの聖歌隊に関するものよ」

 ローラを警戒しているのか、リドヴィアからの返事はすぐには来なかった。
 グレゴリオの聖歌隊とはローマはバチカンが誇る聖歌隊のことである。その気になれば地球の裏側に砲撃も出来る。

リドヴィア『……かの聖歌隊でしたら“裏切り者の錬金術師”によって壊滅しましたので、差し上げる物などありません』

ローラ「死んではなしに……とにかく、術式とかそれの応用のための知識を欲したりているの」

リドヴィア『……禁書目録の知識でも十分でしょう』

ローラ「あれの歌はあくまで構成を解くものよ。こちらが欲したるは祈りと歌により構築された“術式”と力なりけるわ」

リドヴィア『……目的は?』

626: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:24:51.92 ID:ae63cLlCo

 さて、どう答えたものか。
 ローラは神妙な面持ちを浮かべて、誰にも聞かれないような小声で呟いた。
 うーんと首を捻り、

ローラ「限りなく無謀に近い人助け、とか?」

 などと答えると、霊装の向こう側からぱったりと音が途絶えた。
 やっべさすがにやりすぎたか!? みたいな顔をしたローラが慌てて霊装を握り締めるが、その前に反応があった。

リドヴィア『……しい』

ローラ「しい……げんご? C言語?」

リドヴィア『すんっばらしぃい!!』

ローラ「えっ」

リドヴィア『限りなく無謀! 無謀に近い! 人、ひとひと人助け! うふっ、うふふ!! 主はなんとすばらしい試練を!』

ローラ「あの」

リドヴィア『ではまずグレゴリオの聖歌隊の基本中の基本、バチカンに眠りし聖歌に関する資料が必要となります!
        無謀極まりないとはいえあの厳重な警備の中から持ち出さねばなりませんので! して欲する応用は!?
        お望みとあらばグレゴリオの聖歌隊に属する人間の一人や二人でも拉致して差し上げることも可能ですので!』

ローラ「え、えーとね?」

 若干どころかかなりドン引きした様子で、ローラが言った。

ローラ「例えばの話になりけるのだけど」

リドヴィア『はい!!!』

 そこで一呼吸。ローラは口の端をいやらしく歪めながら、



ローラ「例えば、暗く淀んだ器(グリーフシード)に」

ローラ「眩いばかりの光(きぼう)を注ぎし、とかはどうかしらね?」

627: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:26:44.69 ID:ae63cLlCo

 聖ジョージ大聖堂から僅かに離れた街灯の上で、キュゥべぇは尻尾を可愛らしく振りながら首を振って、

QB「これは誰に向けるでもないんだけどね」

 と前置きした。
 その耳は、ロンドンの街に流れる喧騒を捉えながらも。
 同時に遥か遠くの地にあるローマ正教の教会。そこからわずかに漏れる音を捉えていた。

QB「ソウルジェムとはすなわち魂だけど、なにも魂だけで構成されているわけじゃないんだ」

QB「魂を魂たらしめる、別のエネルギーが必要でね。それが感情の塊であり、希望なんだけど」

QB「それが一度でも尽きてしまえば、その魂は死んでしまうんだ」

QB「死体は魔力を流せば動くけど、魂はそうはいかない」

QB「本当にわずかな時間でも、その器から動力の源が消えた時点で魂は死ぬんだ。元には戻らない」

QB「覆水盆に返らず、というわけさ」

QB「だから、仮に暗く淀んだ器(グリーフシード)に希望を宿らすことが出来ても魔法少女が復活するわけじゃない」

QB「ましてや、魔女にその法則を用いたところでそれを上回る絶望がそれを阻む」

 キュゥべぇは冷たい目で聖ジョージ大聖堂を見た。

QB「タイムラグなしで絶望と希望を置き換えでもしない限り、無意味なんだよ」

QB「そして、それが君たち程度に出来て、僕らに出来ないはずがない……逆に言ってしまえば」

QB「僕らに出来ないことが、君たち人間に出来るわけないじゃないか」

QB「ローラ=スチュアート。君の真意が善か悪かはさておいて、所詮その程度の存在だったということなのかな?」

628: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:27:24.53 ID:ae63cLlCo

――時は、ほんの少し遡る。
 仁美に対する『返事』を出すために、恭介は彼女と共にとある喫茶店に来ていた。
 店内はがらんとしていて、カエルの人形をいじくっている無表情な短髪の女の子以外に人影は無かった。

恭介「この店ってこんなに人気なかったかな……?」

仁美「さぁ、以前こちらにいらした時もそれほどお客さんは居ませんでしたけど……」

 そんな会話をしながら適当に席に着くと、二人はコーヒーを二つ注文した。

恭介(人気がない分、“こういう”話はしやすいんだけどね……)

 などと思いつつ、恭介は仁美の方に向き直る。
 仁美が緊張した面持ちでこくりと頷く。

恭介「えっと」

仁美「は、はい」

恭介「今朝の話、なんだけどさ」

仁美「……」

恭介「んー……」

 さやかに感じていたという負い目も、解決した。と、思う。
 だったら続ける言葉は決まっている。恭介は決心したように頷いた。

恭介「もともと、断る理由もなかったし」

恭介「左手もまだ治ってないし、足も若干不自由だけど」

恭介「こんな僕でよければ、ぜひ」

629: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:28:21.46 ID:ae63cLlCo

仁美「……」

恭介(……あれ?)

 沈黙が、喫茶店を支配する。

「……リアルラブコメネ」ゴクリ

「……ネットワークニセツゾク、ト」

 いつの間にか二人に増えた短髪の子が目を輝かせながら覗き見してくる。
 まぁそれはいいだろう。こういう場所で返事をした自分も悪いのだ。
 だが……と、恭介は沈黙を決め込む仁美を見て首をかしげた。

恭介(どうしたんだろう……?)

仁美「ぜひ、と言いましたが」

 突然仁美が切り出してきたのに驚き、思わず全身を強張らせる恭介。
 彼は恐る恐る口を開いた。

恭介「えっと……うん、言ったね」

仁美「その割には、あまり私に関心がないようですね」

恭介「……ん?」

仁美「あなたは、ご自分のお気持ちと向き合えましたか?」

630: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:28:48.61 ID:ae63cLlCo

 言われて、恭介は自分の気持ちを確かめるように目を瞑って考える。
 仁美と付き合ってどうこうするわけでもないが、付き合えるのであらばそれを断る理由は無いように思えた。
 別にそれで大した弊害が出るわけでも……ああいや、さやかに伝えておくべきだったか。彼女のことだし、

さやか『どうして“親友”のあたしに伝えておかないのさー!』

 とか言い出してすねかねない。
 その様子を思い浮かべ、ほんの少し苦笑する。後でちゃんと謝っておこう。

恭介「うん。向き合ったよ」

仁美「それで?」

恭介「僕でよければ、ぜひ。っていうのが僕なりの返事だけど」

 それを聞いた仁美は、それはそれは深いため息を吐いた。

仁美「自分から告白しておいて申し訳ありませんが、この話は無かったことにしてくださいますか?」

恭介「え? あーいや、どうかしたの?」

仁美「……いま、あなたの目には誰が見えていますか?」

 へ? と間抜け顔の恭介。
 自分の目の前にいるのは、志筑仁美のはずだが。
 そのどことなく妙な素振りからおもわずさやかの姿を連想しながら、恭介は頷いた。

恭介「志筑さんだよ?」

 目の前の仁美が、雷に打たれたかのように激しく仰け反った。

631: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/08/17(水) 01:29:31.64 ID:ae63cLlCo

――志筑仁美は、どこにでもいる平凡な少女である。

 確かに家柄は恵まれている方だが、そもそも目まぐるしい発展を遂げる見滝原市は基本的に富裕層の住む街だ。

 平均的な水準から見て、それほど突出しているわけでもなければ劣っているわけでもない。

 仁美本人も家柄を誇って驕るようなことはなく、積極的に習い事や稽古事に励んで自身を磨き上げてきた。

 両親も必要以上に娘を甘やかしたりせず、その自立性を我が身のように喜び、しかし陰ながら支えていった。

 そのせい――というのはあまりにも不憫な話だが。

 幼い頃から努力を惜しまない彼女は、幼稚園・小学校ともにいわゆる『お嬢さま』ポジションに収まってしまう。

 それだけならばまだ良かった。だが実際はどうだ。

『あ……志筑さんだ……』

『よーふく汚したら怒られるぞー!』

『しっ、声大きいよ!』

 その高貴な雰囲気と家柄に圧され、親からも何か言われたのであろう。
 彼女と積極的に仲良くなろうとする者は、決して多くはなかった。

 そして幼いながらもその事実に気付いた彼女は、『仕方のないこと』と割り切ってしまう癖を身につけてしまった。
 いわば“諦め癖”だ。何かを欲しがる前に、さっさと諦めることで痛みを減らそうとしたのだ。
 それが幼い彼女なりの処世術であった。