1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:23:46.68 ID:Wi8XFkb1o

前回 ほむら「あなたは何?」 ステイル「見滝原中学の二年生、ステイル=マグヌスだよ」前編 

三行で分かるあらすじ

禁書の世界とまどマギの世界が交差しちゃったら、というスレ
魔術サイド中心のため科学分が欠乏気味。ただし使い捨て多し。あとそろそろおりマギ連中がお話に加わってきます
現在はローラ(魔術)とワル夜さん(まどか)の出番待ち

引用元: ほむら「あなたは……」 ステイル「イギリス清教の魔術師、ステイル=マグヌスさ」 

 

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2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:24:52.24 ID:Wi8XFkb1o

『ごめんね、ほむらちゃん』

『わたし……』

『私、魔法少女になっちゃった』

『ほんとにごめん』

『私、ほむらちゃんの事情とか、そういうこと知らないけど』

『それでも。あなただけは助けたいって思ったから』

『私の願いは、あなたを助けること』

『もしその願いが叶ったとしたら』

『私はたぶん、あの魔女にも勝てるはずだから』

『あの魔女をやっつけたら、ほむらちゃんのお話が聞きたいな』

『何も知らないままなんて、嫌だから』

『それじゃ、行ってくるね』



――かくて、幕は閉ざされる。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:25:41.67 ID:Wi8XFkb1o

ほむら「……」

 目を覚ましたほむらは、目の前に広がるのが見慣れた天井であることに安堵した。
 それからゆっくりと体を起こし、手元にあるソウルジェムを軽く明滅させる。

ほむら「……」

ほむら「うー……」

 呻き声を上げて布団を抱き寄せると、彼女は目を閉じた。
 頭の中で自分の“目的”を何度も反芻しながらぽてん、と身を横に倒す。

ほむら「黙ったままでいたから、前回はダメになったのよね」

 『魔術』が実在する、イレギュラーだらけの時間軸……この世界に来る前に訪れた世界のことだ。
 どれだけ足掻いても希望を見出すことが出来なかったこれまでと違って、今回は希望に満ち溢れている。
 彼女の“目的”を果たすことが出来るのは、後にも先にもこの世界くらいなのかもしれない。
 再び時間を飛んで、今回のような世界に出会える確率は無いに等しいだろう。
 だからこそ、より一層慎重に行動しなければならない。

ほむら「でも統計からすれば、正体を明かした世界は毎回……」

 言ってから、明かそうと明かさなかろうと結末は同じである事実に思い至り。
 彼女は布団を抱き寄せたままごろごろした。

ほむら「うー」 ゴロゴロ

ほむら「んー」 ゴロゴロ

ほむら「……」 ゴロゴロ

 慎重に行動しなければならない? 違う。そうじゃない。
 そんな合理的な理由で躊躇っているわけじゃない。

ほむら「……意気地なし」

 その言葉は、誰に向けられたものか。
 彼女は布団から抜け出すと、ひとまず身支度をすることにした。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:26:22.80 ID:Wi8XFkb1o

――通学路にて

さやか「まどかはあたしの嫁になるのだー!」

まどか「もう……それ以前にさやかちゃんは上条君のお嫁さんでしょ」

さやか「ふふん! もうあたしにその手の文句は通用しないよ!」

仁美「上条君がいないと効果が無いようですわね」

さやか「さぁまどか、あたしと一緒に薔薇色の登校恋愛劇を繰り広ぐふぅっ!?」

ほむら「その必要は無いわ」 ファサッ

仁美「ああ! ほむらさんががさやかさんの頭の上に!」

まどか「わざわざ魔法使ってやるようなことかなぁ……おはようほむらちゃん」

ほむら「おはよう。今日も元気そうでなによりよ」 スタッ

さやか「あたしを踏み台にs」

ほむら「黒い三連星ネタなんて古いわよ」

さやか「……ほむらなんか大嫌いだ! うわーん!」 ダダダッ

まどか「あ、行っちゃった」

ほむら「バカね」

仁美「まぁ大変、鞄を忘れておいでですわ。私届けてまいりますわね」 タタタッ

まどか「相変わらず仁美ちゃんは優しいね」

ほむら「……今でこそ関係は良好だけど、上条恭介絡みで厄介なことになっていたというのに」

まどか「あはは、大丈夫だよぉ。上条君も仁美ちゃんもさやかちゃんのこと大好きなんだから」

ほむら「……」

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:27:08.16 ID:Wi8XFkb1o

 ステイルが医師を紹介していなかったら。
 ステイルが恭介の相談を受けていなかったら。
 ステイルがこの街に、この時間軸にいなかったら。
 さやかがどうなっていたか。どうなる運命にあったか。

ほむら(言えるわけがない)

 まどかは知らないのだ。歯車が少しでも歪んでいれば、さやかという存在が消えうせていたことなど。
 時間を越えるほむらにのみ分かる事実。彼女のみが知る歴史。
 それを伝えることで、まどかの心がどれだけの悲しみを覚えるか……考えたくもない。

ほむら(……本当に?)

 まどかが悲しませたくないから黙っておくのか。
 まどかが悲しむ姿を見たくないから黙っておくのか。
 ほむらは知らないが、それはかつてさやかが抱いていたジレンマに似たものがある。
 恭介を救いたいのか、救った恩人になりたいのか。
 相手のためか、自分のためか。結果は変わらずともその理由は大きく異なる。

ほむら(私は……)

 一人で思いつめていると、唐突にまどかが笑みを浮かべて右手をぶんぶんと振った。
 その視線の先には、身長2mの神父と見滝原中学の制服を着た杏子の姿がある。

まどか「おはよー!」

杏子「おーっす。さやかと仁美は?」

まどか「先に学校に行っちゃった。仲良しさんだよねぇ」

ステイル「どうせさやかがバカやらかして仁美が尻拭いでもしたのだろう。まったく飽きないね、彼女たちも」

まどか「ふふっ、そこが良いんだよー?」

ほむら「……」

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:27:55.22 ID:Wi8XFkb1o

 もしかすると、この神父も同じようなものを抱えていたのかもしれない。
 例の“白い修道女”のためという名目で彼女の敵に回り、自分が傷付かないようにしていたように。

ステイル「……なんだい、さっきからじろじろと」

まどか「聞こえてないみたいだね」

 それに気付かず――あるいは気付いた上で――ただ流されるがままに戦って敗れた彼は、なるほど。
 あまりにも自分に似すぎていると彼女は再確認し、苦笑を浮かべた。

ステイル「勝手に苦笑いをしないでもらえるかな?」 ヒクヒク

杏子「こいつゼッテー内心でバカにしてんな」 ケラケラ

 失敗例と呼んでしまうのはあんまりだが、近くに打ってつけの見本があるのだ。活用しない手はないだろう。
 隠し通すのはやめよう。伝えよう。まどか達に、自分が抱える全てを。そして謝ろう。
 彼女に何を言われようと、自分はもう決めたのだ。それが原因で嫌われようと、彼女のためならば本望だ。
 迷いを振り切った彼女はゆっくりと表情を和らげ、笑顔を作ってかぶりを振った。

まどか「わっ、すっごい笑顔になったよ!」

杏子「じろじろ見て、苦笑して、笑顔になって……コイツの頭ん中どうなってんだよ?」

 あれほど悩んでいた問題が、この神父の顔を見ただけでこうもあっさりと解決してしまった。
 気に食わないと言えば気に食わないので、鼻を鳴らして肩をすくめる。

ステイル「僕を見て鼻で笑ってやれやれとでも言いたげな素振りをしただと……!?」 ズーン

杏子「お、おいこいつマジでヘコんでるじゃねぇか!」

ほむら「さぁ、教室へ急ぎましょう。このままだと遅刻よ」

杏子「なんのフォローもなしに登校再開!?」

ステイル「どうせ僕なんか……」 ズズーン

まどか「なんだか良く分からないけど、今日も見滝原は幸せです」

杏子「無理やり締めるなよ!?」

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:28:59.60 ID:Wi8XFkb1o


――そんなわけで放課後。
 習い事とリハビリで帰った仁美と恭介を除いた一行は、見滝原市にある大きなデパートにやって来た。
 そこはかつてステイル達が訪れ、初めて魔女とその使い魔と遭遇した場所でもある。
 魔女が退治されたことで人が寄り付きやすくなったのか、以前にもまして人でごったがえしていた。

まどか「なんだかここに来たのがずっと前みたいに思えちゃうね」

さやか「実際は二週間ぶりくらいなんだけどねぇ、色々あったし、まぁ仕方ないよ」

 そう言うさやかの横顔は、どこか寂しげに見えた。
 心当たりがあるとすればマミの存在か。そんなことを考えながら、ステイルはそ知らぬ顔で周囲に目を配らせる。

ステイル(魔力の残滓は無し。魔女の気配が無いならここも安全かな)

さやか「改装工事終わりましたってさ。やっぱ前来たときよりも進んでるねぇ、感心感心」

まどか「ここでマミさんと会ったんだよね、わたしたち」

杏子「どーせアレだろ、パトロールの途中だろ?」

さやか「そうそう……って、なんであんたが知ってんのよ?」

杏子「魔女の探し方と狩り方、戦い方まで教えてもらったからそんくらいは分かるさ。いわば弟子ってやつ」

まどか「そっか、杏子ちゃんマミさんと仲良しだったんだね……」

杏子「つってもやさぐれたアタシが振ったんだけどさ。もうちょっと優しくしてあげときゃ良かったよなー」

 会話を耳に入れながら、ステイルはほむらが俯きがちに歩いていることに気付いた。
 時間を越えてこの世界まで渡り歩いてきた彼女が、元々マミとどのような間柄だったのかは知らない。
 だがマミが魔女になった際の取り乱しようを振り返れば、杏子のように親密な関係だったであろうことは容易に推測できた。

 そしてそんな彼女の最期を、これまで幾度となく目にしてきていることも、だ。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:29:54.20 ID:Wi8XFkb1o

ステイル(……場所を変えるか)

 しかしステイルが提案するより早く、ほむらが早歩きで皆の前に回り込んだ。
 その目に宿るのは確固たる意思の光。挫折と後悔を経験し、それらを乗り越えんとした者のみが持つ覚悟の証。
 ……彼女が決心したきっかけが自分にあるなど露にも思っていない彼は、
 そんなほむらの様子に思わず目をぱちくりさせた。

さやか「ん、どうしたの?」

ほむら「あなたたちに、伝えたいことがあるの」

杏子「……伝えたいこと?」

ほむら「ええ。私の抱える、最後の秘密。私の正体と、目的」

 ステイルは黙って目を細めると、訝しげにしているさやかと杏子を見比べた。
 次に黙ったままでいるまどかを見やり、最後に凛とした表情を崩さないでいるほむらを見る。
 本当に良いのか、と問いかけようとも考えたが、結局彼は口を開かなかった。
 目の前に立つ彼女がちらりとこちらを見て、分かっていると言わんばかりに頷いたのを見たからだ。

まどか「ほむらちゃんの秘密、魔法少女じゃない私が聞いてもいいのかな?」

ほむら「私の秘密はね、魔法少女じゃないあなたにだからこそ聞いて欲しいの」

 まどかとほむら、ただの少女と魔法少女。そんな二人の視線が交差する。
 人祓いのルーンが刻まれたカードをこっそりと配置したステイルが黙って魔力を込めた。
 辺りにいた人々が、不自然なほどに彼らがいる一角を避けるように移動していく。
 それに気付いているのかいないのか、ほむらは人がいなくなったと同時に語り始めた。



ほむら「私はこの命を、巴マミ、そしてまどか。あなたに救われたの」

ほむら「……私が魔法少女になったのは、今から三日後。ワルプルギスの夜がこの街を吹き飛ばした後のことよ」



 その言葉の意味を理解出来ない杏子が首をかしげ、真相に気付いたさやかが驚愕をあらわにする。
 明確にリアクションを取った二人とは対照的に、まどかは黙って彼女の話を脳内で噛み砕き、吟味しているようだ。

ほむら「私は未来から来た。たった一つの願いを叶えるために、全てを振り払って時間を壁を越えたの」

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:30:35.67 ID:Wi8XFkb1o

――かつての暁美ほむらは内気で病弱で、自分に自信が持てないただの少女だった。
 そんな彼女を変えたのは、魔法少女のまどかとの邂逅。
 そんな少女を支えたのは、頼れる先輩であるマミとの会話。
 他にも、優しくしてくれたさやかや仁美のおかげで今の自分は成り立っている。

ほむら「――私は、無力だった」

ほむら「そんな無力の私から、ワルプルギスの夜が何もかも奪い去っていった」

ほむら「巴さんも、美樹さんも、志筑さんも、先生も……まどか、あなたもよ」

 自分の声が微かに震えていることに、ほむらは気付いていた。
 しかし彼女にはどうすることも出来ない。震えを抑制することも、胸に秘めた不安をひた隠しにすることも。

ほむら「だから私は魔法少女になった」

ほむら「あなたとの出会いをやり直すために。あなたに忘れ去られてしまうとしても、気持ちや時間がずれてしまうとしても」

ほむら「それでも、あなたのためなら……」

 これまでに繰り返してきた回数なんて、とうの昔に忘れてしまった。
 回数などにさして意味は無い。回数など気にせずとも、彼女達と過ごしてきた“三週間”を忘れることなんて出来ない。
 目を瞑れば、それぞれの時間軸でたくさんの人々が紡いできた言葉や、その姿を思い浮かべることが出来る。

ほむら「どうすれば助けられるのか、どうすれば運命を変えられるのか。その答えだけを探して何度も始めからやり直して」

 ワルプルギスの夜を倒すために死力を尽くし、そして敗れたまどかも。
 まどかと自分を庇うようにして命を落としたマミの最期も。
 魔女となったさやかのことも。
 魔女に至った彼女と心中した杏子の姿も。
 さやかを助けようとして使い魔に魂を奪われた恭介の末路も。
 魔女に操られて集団自殺をやり遂げてしまった仁美の亡骸も。
 彼女は忘れない。
 忘れないが、それでも彼女にはやり遂げねばならない目的があった。

ほむら「まどか、あなたを救うことが、私の願いよ」

ほむら「そしてそれが不可能になった分だけ、私は時間を越えた。時間を越えた分だけ、私はあなたたちを見捨ててきた」

ほむら「本当に……ごめんなさい」

 そう言って彼女は、言葉を失い、黙ったままでいる三人に頭を下げた。
 慈悲深い彼女らが自分を罵ることはないだろう。深く同情し、慰めの言葉を投げてくれることだろう。
 それでも謝りたかった。心の内側からやって来る衝動を、制御できないのだ。

10: ×心の内側○体の内側 2011/09/17(土) 02:31:36.51 ID:Wi8XFkb1o

まどか「……本当のこと、話してくれたんだね」

 ぽつりと、零れるような声が響く。

まどか「謝るのはわたしのほうだよ。そんなほむらちゃんの事情も知らずに、わたし」

さやか「だったらあたしだって……結局契約して、魔女になって、迷惑かけたんだから」

杏子「おいおい、んなこと言ったらアンタらに喧嘩売ってたアタシはどうなるのさ?」

 彼女達の優しさが、ほむらには痛いほどに嬉しい。
 しかしそれらは同時に重たく圧し掛かり、彼女の心をぎりぎりと締め付ける。
 こんなに思ってもらったら、自分は勘違いしてしまいそうになる。

まどか「ねぇ、ほむらちゃん」

ほむら「え?」

まどか「ほむらちゃんが良ければなんだけどね。わたし、ほむらちゃんのお話もっと聞きたいなって」

ほむら「……良いけど、でもどうして?」

まどか「わたしjもいっしょに背負いたいの。ほむらちゃんの抱えてる色んなこと、もっともっと分け合いたいの!」

まどか「……だめ、かな?」

 目頭が熱くなるのを感じて、ほむらは俯いた。
 頬が熱い。もしかしたら顔はぐしゃぐしゃになってるかもしれない。
 右肩に手が置かれた。涙を浮かべながら見ると、さやかが優しい表情のまま支えるようにして傍に立っていた。
 杏子も同じようにほむらの左肩に肘を乗せて、肩をすくめながら笑っている。

ほむら「っ……うぅぅ……ううぅぅ……!」

 とうとう堪えきれずに、彼女は大粒の涙を零した。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:32:39.69 ID:Wi8XFkb1o

――まどかに縋りつくようにして泣いているほむらの姿を見届けると、
 ステイルは誰にも気付かれることなくその場からそっと立ち去った。
 目の前に広がる通路を音も無く通り抜けて、その先でしゃがみこんでいる二人の少年と少女を見つける。
 まどか達と交流のある五和と香焼だ。今回はステイル達の護衛と魔女の探知を任されているはずだった。

五和「どうかしました?」

香焼「魔女の探知なら大丈夫すよー」

ステイル「少ししたらまどか達と合流してくれるかい? 人払いのルーンがあるから探し出して解除しておいてくれ」

五和「どちらへ行かれるんですか?」

ステイル「少しね……」



ステイル「……戦う理由が、増えたみたいだ」



 ふっ、と表情を消し、五和達に手を振ってその場を離れる。

 そしてデパートの屋上に出ると、彼は懐から携帯電話を取り出してとある人物を呼び出した。
 短い呼び出し音の後に、電話が繋がる。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:33:06.09 ID:Wi8XFkb1o

??????『あーもしもし、こちらは影から世界を支配したい魔術結社、明け色の陽射し。でもって私はそのボスの』

ステイル「バードウェイ、だろう」

 電話に出たのは、まどか達よりも幼いレイヴィニア=バードウェイと呼ばれる少女だ。
 可愛らしい外見とは裏腹に精鋭揃いの魔術結社の長であり、必要悪の教会すら捻り潰せる実力の持ち主でもある。
 そんな彼女の口から零れるのは、人を馬鹿にしたようなため息の音。

バードウェイ『つまらない男だな。さすがは私の妹からの求愛を突っぱねる種無しなだけはある』

ステイル「誰が種無しだ! ……コホン。実は折り入って頼みたいことがあってね」

バードウェイ『もったいぶった口振りだが、最近世界を騒がせている≪マギカ≫と関係があるのかな?』

 マギカとは、正確には違うものの簡単に言ってしまえば女性魔術師を指す言葉だ。
 魔術サイドで使われることはあまりないが、最近は魔法少女を指してマギカと呼ぶ者もいる。
 そりゃあ誰だって、シリアスな雰囲気の時に『マジカルガール』だの『まほーしょーじょ』だの言いたくないだろう。

ステイル「そんなところだよ」

バードウェイ『本来ならイギリス清教に貸してやる知恵も言葉も時間もありはしないのだが、今回は特別だ。話すといい』

ステイル「僕が望む物は――――」

 促されたままに要求を話すと、彼女はそのまま黙り込んでしまった。
 十秒が経ち、やがて二十秒が過ぎようとして、さすがに苛立ちを感じたステイルが言葉を発するより先に、

バードウェイ『くくっ』

 くぐもった笑い声が耳に届く。

バードウェイ『十字教に北欧神話、神道の術式や風水にも手を出していたとは聞いたことがあるが』

ステイル「なんだ?」

バードウェイ『貪欲だな。強くなるためならばなんでもやるか。そうまでして舞台装置の魔女を倒したいのかな』

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:33:32.13 ID:Wi8XFkb1o

 こちらの心情を見透かしたような言葉に、ステイルは内心の苛立ちを隠さず盛大に舌打ちした。
 何でもお見通しというわけか。
 性質の悪い最大主教を相手にしているような気分だ。

ステイル「確実に倒す必要がある、それだけだ」

バードウェイ『一つだけ言っておこうか。君ではアレは倒せないよ』

 朝一番のニュースを告げるように、軽い調子で少女は告げた。

バードウェイ『君は所詮ルーンの才能があるだけの魔術師だ。ヒーローじゃない。端役か脇役か、エキストラか』

バードウェイ『それがなんだ、不慣れなマギカと行動を共にして勘違いしてしまったのかな。いやぁ滑稽だ。
        あと君は確か“禁書目録”にゾッコンラブだったはずだが。彼氏持ちに片思いは辛いから乗換えか?』

ステイル「……馬鹿を言うな。僕は今でも“あの子”のために生きている」

バードウェイ『ならなぜここでヒーローごっこをして油を売っているのやら。次期最大主教ともなれば敵は多いよ?』

ステイル「今の彼女の護衛なら“あの男”と学園都市で事足りる。だから僕は、僕にしか出来ないことをやるまでだ」

バードウェイ『ほう、気になるな。単なる矮小な魔術師に過ぎない君がどうするというのだ?』

ステイル「……彼女は誰かの幸せを願い、誰かの不幸を悲しみ、誰かのために祈ることが出来る子だ」

バードウェイ『ふむ』

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:34:13.10 ID:Wi8XFkb1o

ステイル「だがあの子は万能の存在じゃない。神でもなければ、魔神ですらない。
       いますぐに見知らぬ誰かを救うため、地の果てまで向かうことは出来ない」

バードウェイ『……だから?』



ステイル「僕は彼女の代理だ」



 底冷えするような低い声で、炎の魔術師は堂々と言った。

ステイル「彼女に救えない者がいるなら僕が救おう。彼女を阻む障害があるなら焼き払おう」

ステイル「彼女なら魔法少女を救おうとするだろうし、魔法少女を苦しめる要因を取り除こうとするだろう」

ステイル「単なる端役で、矮小な魔術師に過ぎないが……」

ステイル「それでも」

ステイル「彼女の代理として、魔法少女のために戦うくらいは出来るはずだ」

 言い切ってから、ステイルは深いため息をついた。
 今の言葉は、もちろん本心から来る物だ。
 だが果たしてそれだけなのかと問われれば、彼は満足に頷くことが出来ない。
 そもそも、“あの子”を救えなかった自分が彼女の代理人を名乗るということ自体もおかしいのであるが……

 新しく増えた“戦う理由”にはもっと別の、それでいて単純な意味がある。
 ただ、それを言うのが少し気恥ずかしかっただけだ。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:34:39.41 ID:Wi8XFkb1o

バードウェイ『……よし、録音できた』

ステイル「は……え、はあ?」

バードウェイ『《僕は彼女の代理だ 彼女に救えない者がいるなら僕が救おう――》と、こんな具合にね』

バードウェイ『いやぁとても熱の篭った口上だったので記念にと思って』

ステイル「なっ、はあぁぁ!?」

バードウェイ『まぁネタバラシをしてしまうと最初から録音してただけだから安心したまえよ』

ステイル「こんのクソガキッ……!!」

バードウェイ『韻が踏まれていないし、口上にしては自虐過ぎたが。込められた想いはしかと受け取ったよ』

バードウェイ『何分こちらも忙しいが、利害も一致してるし『前報酬』も頂いた。あとで私の部下を寄越してやろう』

ステイル「本当か!?」

バードウェイ『どうせファウストの原典は消し去りたいところだったし、この星を跋扈する白い淫獣も駆除したかったからな』

ステイル「……すまない、助かる」

バードウェイ『おやおや、魔術結社のボス相手に礼を言うとは……ああそうだ待て、まだ伝えることがあった』

 バードウェイの声色に、敵を蹂躙する際のそれとはまた違う微妙な変化が生まれた。
 珍しい現象にステイルは呆気に取られ、ついで彼女の言葉に耳を傾ける。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:35:05.87 ID:Wi8XFkb1o

バードウェイ『忠告で警告で最後通告、あるいは冥土の土産になるかな』

バードウェイ『とにかく、ローラ=スチュアートとインキュベーターには気を付けることだよ』

ステイル「何故だ?」

バードウェイ『勘だよ。アレイスターと違ってあの女はただの人間だ。だからこそ底が知れないし、薄気味が悪い』

バードウェイ『そしてその女と行動を共にするヤツもまた胡散臭い、それだけだよ。なんなら私が出向いてやろうか?』

ステイル「……残念だけど、君は今回限りの友情出演だよ。さようなら」

バードウェイ『なっ嘘だろうまさかこんな思わせぶりな台詞回しをする私がたかが友情出演止まりなどありえ』

 面倒くさくなって、ステイルは携帯電話を畳んだ。さようならバードウェイ、君の出番はもう来ないだろう。
 ため息を吐くと、先ほどの言葉を思い出してもう一度ため息を吐いた。
 気を付けろと言われても、相手はイギリスのトップと得体の知れない種族だ。こればかりはどうにもならないだろう。
 携帯電話を懐に仕舞い込むと、まるでタイミングを見計らったかのように扉の影から神裂が姿を現した。

神裂「五和から様子がおかしいと言われて来てはみましたが。何かあったのですか?」

ステイル「言うなれば、『必殺技』のためのお膳立てをしていたところさ」

神裂「ふむ……それで、彼女達の下へ戻られるのですか?」

ステイル「そんな気分じゃないな。学校は終わったし、人目を憚りながら“作業”の方に精を出すさ」

神裂「そうですか。では私も付き添いましょう」

ステイル「神裂は休んでいろ、ワルプルギスの夜に対する戦力の要は君なんだからね」

神裂「少し程度なら大丈夫ですよ。そうそう異変も起こりえませんしね」

ステイル「だが」

神裂「子供は遠慮しないことです。それに私とあなたの仲ではありませんか」

ステイル「……好きにしろ」

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:35:33.07 ID:Wi8XFkb1o

――だが、目に見えぬ異変はそれから三十分もしない内に訪れる。

さやか「にしてもステイルのやつったら、勝手に用事でどっか行っちゃうなんてさぁ!」

香焼「あの人は多忙なんすよ。許してあげてください」

杏子「子供が大人の尻拭いすんなよ」

香焼「いやだからほとんど年齢変わんないすからね!?」

五和「あはは、まぁいいじゃないですか」

 和気藹々と話す彼らを尻目に、ほむらはそっとまどかを覗き見た。
 ほむらの話を聞いてからの彼女は、ほんのわずかにだがどこか落ち込んで見えた。
 やはり話すべきではなかったのだろうか、そんな後悔の念が頭を過ぎるが。

まどか「あの、五和さん。魔女を探さなくても大丈夫なんですか?」

 その言葉を聞いて、自分の思い過ごしだったことに気付きかぶりを振る。

五和「大丈夫です。張り巡らせた結界のおかげでこの街のことは大体把握できてますから安心してください!」

 結界というのは、日頃からステイルが行っている作業の一つであるルーンが刻まれたカードの散布によるものだろうか?
 どこか直感的なセンスや素質が優先される魔法と違って、魔術は非常に複雑かつ難解だ。
 ステイルから何度か教わってはいるが、正直言ってほむらにはちんぷんかんぷんなのである。

さやか「でもさ、やっぱあたしたちも協力するべきだよ。魔法少女なんだし」

香焼「いやいや、こういうのは自分らの仕事すから」

杏子「アタシらの仕事だろ。グリーフシードが必要なのはアタシらなんだから」

五和「ちゃんと発見したグリーフシードは提供しますから安心してください」

 その言葉を聞いたさやかの顔に影が過ぎった。

さやか「……魔女を助けることって、出来ないんですか? あたしみたいに、運が良ければ……」

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:35:59.73 ID:Wi8XFkb1o

五和「グレゴリオの聖歌隊はそう簡単に扱える術式ではないんです。実質、魔術サイドによる外部への干渉行為ですから」

香焼「穢れをどうこうする手立てもまだ見つかってないんすよ。この前みたいに“あの二人”に力を借りるのも難しいすから」

杏子「あー、なんだっけ。修道女とツンツン男? なんで借りれないの?」

五和「二人とも、こちらの業界では伝説的な英雄扱いされてますけど……」

香焼「立場的にはまだ一般人なんすよ。望めば力を貸してくれるでしょうけど、二人だけで片っ端から救うなんて無理なわけで……」

さやか「それじゃあ復活劇(あれ)は奇跡みたいなものだったのかぁ……」

五和「それは違いますよ! あれは恭介さんの、あなたへの想いが引き起こした必然です!」

 なぜか拳を作って熱弁する五和に引きつった笑みを向けながら、さやかが頬を赤くする。

ほむら「だったら私達は、ワルプルギスの夜に備えれば良いわけね?」

五和「そうしてもらえると助かります。私達天草式が束になってもあなたたちほどの力は得られませんから」

香焼「肝心なとこで他人頼りなんすから情けない話っすよね……」

さやか「やっぱ今のうちに特訓とかしといた方が良いのかな? 必殺技とかさ」

まどか「戦う前からソウルジェム濁らせちたらだめじゃないのかな?」

さやか「あっ、そっか。特訓も無理なんて不便だなぁ……」

杏子「チッチッチッ……分かってねーなーヒヨッコ」

杏子「魔法ってのはさ、いんすぴれーしょんってヤツが大事なんだよ。まずは頭の中でだな?」

 かつてマミに教わったという脳内シミュレーション講義を始めた杏子から離れると、ほむらは五和へ顔を向けた。

ほむら「それで、人が涙流してる時に抜け出した神父は何処に行ったのかしら?」

五和「あー、実は私もよく知らないんです。事情は大体分かりましたけど」

ほむら「事情?」

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:36:32.24 ID:Wi8XFkb1o

五和「はい。隅におけませんよね?」

ほむら「……話が見えないのだけど」

五和「『戦う理由が増えた』って。これって遠回しに色んなフラグ立ててますよねー」 ニヤニヤ

ほむら「……ああなぜか分からないけどなぜかあなたの胸になぜか鉛玉を撃ち込みたくなったわ
...    なぜか手元にあるデザートイーグルかべレッタか好きな方を選ばせてあげるからいますぐに決めなさい」 スッ…

五和「わー!? 冗談ですから銃口で胸をごりごりむにゅむにゅしないでくださいぃーっ!」

香焼「……なんかこういうのってイイっすね!」 ゴクリッ

さやか「はいはいお子ちゃまはこっちねー」 グイッ

香焼「せ、せめてあと五秒!」

さやか「興奮すると男の子はオオカミなっちゃうからだめー」 ケラケラ

杏子「アホらしい……」

 その茶番を見たほむらは、銃を盾の中に仕舞い込みながらも新鮮な感覚を覚えて眉をひそめた。
 ワルプルギスの夜を前にしてこうも余裕を保っていられたことが今までにあっただろうか?

五和「あの人は、あなたに自分を重ねているのかもしれませんね」

ほむら「なぜ?」

五和「知っているとは思いますけど、あの人とあなたの境遇は少しだけ似ているんですよ。だからとは言い切れませんが……」

ほむら「……そうね。似た者同士であるということは否定しないわ」

 そう言って、ほむらは笑みを浮かべた。

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:37:00.66 ID:Wi8XFkb1o

――そして。
 皆と別れたまどかは、かつて巴マミが住んでいたマンションを訪れていた。

まどか「……」

 無言のまま表札に書かれた文字を読み。
 それから悲しそうに俯いて、鞄を持つ手に力を込める。

まどか「マミさん……」

 その声に反応するものはいない。
 しばらく立ち尽くしていたまどかは、やがて諦めたようにかぶりを振ると踵を返し、

まどか「……あれ?」

 マミの住んでいた部屋の、玄関の扉がほんのわずかに開いていることに彼女は気付いた。

まどか「ドア、開いてる?」

 ほんの少しの期待と不安を胸に抱いて、彼女は恐る恐る扉を開ける。
 靴は置かれていない。当然だ、ここには誰も住んでいないのだから。
 それでも彼女丁寧に靴を脱いで揃えると、靴下のまま一歩、また一歩と廊下の奥へと足を運んでいく。

まどか「……泥棒さんみたいだね」

 まどかが呟くと同時に、廊下の向こうにある部屋でガサッ、という物音がした。
 緊張と不安とで頭の中がいっぱいになるのを感じながら、まどかは無意識の内に携帯電話を握り締める。
 そして部屋に繋がるドアのノブに手をかけ、ゆっくりと力を込めて部屋へと踏み込み――

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:37:45.16 ID:Wi8XFkb1o

――当然だが、そこに巴マミの姿は無く。
 代わりに彼女は、もふもふとした白い尻尾と耳毛が特徴的な、赤い目をした獣の姿を見つけた。

まどか「キュゥべぇ?」

QB「やあ、久しぶりだね」

まどか「どうしてあなたがここに?」

QB「それを話すと少し長くなるね。その前に一つ、お願いをしてもいいかな?」

まどか「お願いって……もしかして……」

QB「察しが良いね。その通りだよまどか。僕のお願いっていうのはだね……」

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/17(土) 02:38:20.23 ID:Wi8XFkb1o



QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」





――――――少女と魔法が交差する時、物語は始まる。



37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:33:12.54 ID:2kYXaSMso

QB「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 その言葉を聞いて、わたしは言葉に現せない既視感(デジャブ)を覚えました。
 初めて会った際に交わされたやりとりに似ていたからなのか、
 どこか別の時間の私がこの台詞を聞いたことがある影響が出ているのかは分からないけど。

まどか「……キュゥべぇは、そうやって人を魔法少女にして、悲しんだりはしないの?」

QB「悲しむ、という感情が僕には理解出来ない。感情を持たない僕らには悲しむことなんて出来ないのさ」

まどか「嘘よ……!」

 尻尾を可愛らしく揺らしながらキュゥべぇが言ったので、わたしは反射的に口を開いて否定していた。

QB「どうしてそう思うんだい?」

まどか「悲しまないんだったら、どうしてあなたはこの場所に……」

まどか「マミさんの部屋にいたの? どうしてただじっと座って、“誰か”を待っていたの?」

 わたしの言葉を聞いて、キュゥべぇは黙ったまま目を閉じた。
 キュゥべぇの一挙一動から悲しさや寂しさが見て取れたわたしは、心のどこかでほっとした。
 まったく感情が無いわけじゃなくて、ただそれをどう表現すればいいのか分からないだけなんだって。
 そう思えたから。

QB「……」

まどか「あなたも、本当は悲しいんだよね? マミさんが亡くなって、だからあなたは……」

QB「……」

 彼は諦めたように首を振って、四本の足を使って起き上がった。
 埃の積もったテーブルに跳び乗ると、二つの赤い目でわたしの顔を覗き見て、

QB「僕がここにいた理由は君だよ、まどか」

 極々自然な調子で、キュゥべぇが言った。

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:35:24.88 ID:2kYXaSMso

まどか「え……?」

QB「僕の目的は宇宙のためにエネルギーを回収すること。その近道が君と契約を取り結ぶことでね」

QB「だけど君の周りには魔術師がいる。彼らの妨害を受けて無意味に個体を減らすわけにもいかないだろう?
   それゆえに近づくことが出来ない。だから僕は君と二人きりになれる場所を捜し求め、“君”を待っていたのさ」

まどか「そん、な」

QB「今の君なら、一人でこの部屋を訪れる確率が高い。契約だって出来るかもしれない」

QB「僕がこの場所にいた理由はそれだけだよ」

 信じたくない。
 キュゥべぇは心のどこかでマミさんがいなくなったことを悲しんでいるんだって、そう思いたかった。

QB「マミの死を悲しみ、彼女の名残を追い求めてただ理由も無く時間を潰していたと思ったのかい?」

QB「そんなこと、あるわけないじゃないか」

 しかしわたしの懐いた甘い希望を打ち砕くように、キュゥべぇはにべもなく否定する。

まどか「……あなたは、マミさんが魔女になって、死んじゃったのに。ちっとも悲しくなんてなかったの?」

 まるで教え子から頓珍漢な質問を受けた先生のように、彼は首を傾げて見せた。

QB「彼女のおかげで膨大なエネルギーが回収出来たんだよ?」

QB「もし僕に感情があったら、喜びの余り涙を流しているところだろうね」

 顔色一つ変えずに言い切る彼を見て、わたしは背筋が凍りついてしまったような錯覚を覚えた。
 未知。不明。異質。そんな漢字二文字の言葉が、語彙の少ないわたしの脳裏を過ぎる。
 これまでに遭遇したことのない、まったく理解出来ない存在。
 あの怖い魔女ですら、彼という存在の前では霞んで見える気がした。

 これがキュゥべぇ。
 これがインキュベーター。
 人の持つ常識や知識、そういったものがまるで通用しない存在。

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:36:06.32 ID:2kYXaSMso

QB「……ああでも。彼女の――――――」

 キュゥべぇは何かを言いかけて、首を横に振った。
 それが何を意味しているのか、わたしには分からない。

QB「そんなことより、僕と契約してくれる気にはなったかい?」

まどか「……無理だよ、そんなの」

QB「ふぅん。僕の見立てでは、君は魔法少女になりたいと考えていると。そう思ったんだけどね」

QB「絶望に抗い、迫り来る脅威に立ち向かう魔法少女と魔術師を見て君はこう思ったはずだよ」

QB「『自分も同じ立場に立ちたい』『守られているのはもう嫌だ』ってね」

まどか「それは……」

 否定出来なかった。
 ここ最近、わたしは色んな人たちと会ってきた。
 とても強くて優しかったマミさんに、わたしのことを大事に思ってくれるほむらちゃん。
 素っ気無いけど優しいステイルくん。優しくて気配り上手な五和さんに、ちょっと背伸びしたがってる香焼くん。
 見た目は怖いけど良い人の建宮さん。あと恥ずかしい格好してるけど頼れるお姉さんみたいな神裂さん。
 わたしたちに襲い掛かった幻想(せつぼう)を壊して、さやかちゃんを助け出してくれた“あの二人”。

 そんなたくさんの人たちが戦っている横で、わたしは何も出来ないままだった。

『みんなに守られるわたしじゃなくて、みんなを守るわたしになりたい』

 そんな思いが無いといえば、嘘になる。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:38:35.61 ID:2kYXaSMso

QB「とはいえこれはあくまで動機だ。じゃあ肝心の願いは何かと推測してみたんだけど……こちらはもうほとんど確定だね」

まどか「――!」

 キュゥべぇの言葉に思わずぎょっとして、わたしは彼の目を覗き見た。
 その目はどんな感情も宿してなくて、その赤さに反比例するようにとても冷たくわたしには感じられた。
 私と彼の間に広がる距離を無視して、彼はわたしの心に直接語りかける

QB「この場所に君が訪れたことが何よりの証左さ」


QB「……君は、マミを、生き返らせたかったんだろう?」


まどか「……」

QB「もちろんそれだけで契約するほど君は愚かじゃない。恐らくは打算めいた物もあったんだろうね
   奇跡を見てしまったために、内心で『魔術師ならなんとかしてくれる』なんて希望を抱いていたんじゃないかな
   ノーリスクかつハイリターンの選択肢が目の前に転がっていたら、誰だってそれを選びたくなるのは当然だからね」

 何も言えずに、わたしは俯いた。

QB「僕としても、そんな状態の君なら容易に契約出来るだろうと考えていたんだけど……
   君は時間遡行者である暁美ほむらの正体を知ってしまったみたいだね。
   知ってしまった以上、たとえ奇跡が起こる可能性があろうともう魔法少女になることは出来ない」

QB「彼女を裏切ることになってしまうから――かな」

 キュゥべぇの言うことは正しい。
 実はさやかちゃんが戻ってきてから、わたしは何度かキュゥべぇのことを探したことがある。
 動機は先ほどキュゥべぇが述べたこととほとんど同じ。叶えてもらう願いも。
 ほむらちゃんの話を聞くまで、わたしはマミさんのことを諦めていなかった。
 それがどんなにずるくて、卑怯なことなのかは分かってるつもりだった。
 でも……

QB「さっき、君がここを訪れる確率が高いって言ったよね?
   あれは君がマミへの思いを断ち切るためにここに訪れるだろうと推測してのことなのさ」

QB「君のために、いくつもの屍(せかい)を越えて来た暁美ほむらの願いを、君は叶えてあげたいと思うだろうからね」

 ほむらちゃんが背負い込んできたものを、分かち合った今だから分かる。
 わたしがどんなに愚かで、彼女に重荷を押し付けてきたのかが。

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:39:03.51 ID:2kYXaSMso

まどか「わたしは……」

QB「でもねまどか。ステイル=マグヌスから僕達のことは聞いているだろう? これは君達のためでもあるんだよ」

まどか「そんな……」

QB「君達だっていずれは僕らの仲間入りをする。その時に枯れ果てた宇宙を渡されても困るだろう?」

QB「それに君達は願いだって叶えてもらえるんだ。これは僕達と君達、双方が得をする取引なんだよ」

まどか「……だからって、たくさんの魔法少女を犠牲にしていい理由にはならないでしょ!」

QB「しかし彼女達は契約したことによって運命を捻じ曲げ、それだけの幸福を享受してきた」

QB「彼女達の犠牲のおかげで今の地球、今の宇宙があるといっても過言じゃないよ」

まどか「そんなの勝手過ぎるよ!」

QB「……やっぱり“彼女”と違って君達に現実を受け入れてもらうことは難しいみたいだね」

QB「まぁいいさ。遅かれ早かれ結末は同じだ。君は僕と契約せざるを得なくなる」

まどか「……どうしてそんなことが言えるの?」

QB「ワルプルギスの夜が来るからだよ」

 ワルプルギスの夜。
 ほむらちゃんを苦しめる、最大の要因。
 簡単にしか聞いてないけど、顕現するだけでその町にいる人々の命がたくさん失われてしまうらしい。

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:39:29.81 ID:2kYXaSMso

まどか「でもそれは、ステイルくんたちがなんとかしてくれるんじゃ……」

QB「無理だろうね。あれはもう、そういう次元じゃない」

まどか「……不思議な力があるの?」

QB「そういう問題じゃないんだ。倒せないというのはね、単純にあれが強すぎるからだよ」

QB「あれを撃退するのにどれだけの魔法少女が必要か知っているかい?」

QB「最低でも一〇人は必要だね。素質に恵まれた子がいるなら話は別だけど」

 さやかちゃんや杏子ちゃんが一〇人……確かにとっても強そうだけど……

まどか「ステイルくんや神裂さんなら、倒せるんじゃないの?」

QB「……そうだね」

QB「そうやって彼らに任せていれば、あるいは君は傷付かずに済むかもしれないね」

 キュゥべぇの言葉に、わたしを責めるような調子は含まれてなかった。
 淡々とありのままの事実を告げているだけに、わたしは言い返すことも出来ずじっと足元を見つめた。

まどか「……」

QB「それでも無理だろう。この世界は歪みすぎてしまっている」

まどか「ゆがみ?」

QB「そうだよまどか。この世界は歪んでしまっているんだ。さながら紅茶とミルクが溶け合うようにね」

QB「この世界をミルクティーとするなら、ワルプルギスの夜は砂糖さ」

QB「ただでさえ紅茶に甘みを与える砂糖は、ミルクという物質を利用してさらにその効能を高めている」

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:42:31.19 ID:2kYXaSMso

                                 テ レ ズ マ
QB「この世界に現れた歪みである『魔導書』と『天使の力』を取り込んだワルプルギスの夜は強大だ
   下手をすれば国一つが滅んでしまうだろう。ここは災禍の中心地点となって新たな絶望を産み、呪いを撒き散らす
   その調子で日本にいる魔法少女が一斉に魔女になってくれれば、それだけエネルギーも回収できるかもしれないね」

QB「彼らのやっていることは無駄なんだ。救いなんて無いし、奇跡もない」


――何を言っているの?


QB「魔法少女も同じさ。条理にそぐわぬ願いを叶えた結果、彼女達は絶望して呪いを産み、魔女になった」

QB「君はこれを裏切りと呼ぶかもしれないが、彼女たちを裏切ったのは僕たちじゃない。自分自身の祈りだよ」

QB「魔力によって強靭かつ便利な肉体を得て、魔法すら行使できるようになり、願いまで叶えたんだ」

QB「それによって生まれる歪みから災厄が生まれるのは当然じゃないか。裏切りだと思うなら、願いなんて持たなければいいのに」


――何でそんなことが、平気で言えるの?


QB「無駄な希望を抱かず、自分達だけの社会に引きこもっていれば絶望することも無かった」

QB「僕らはあくまで、第三の選択肢を与えたに過ぎない」

QB「そしてそこから派生する、いくつもの未来の中から破滅する未来を選んだのは彼女たち自身だよ」


 ずっと魔法少女を見守りながら、あなたは何も感じなかったの……?
 みんながどんなに辛かったか、分かってあげようとしなかったの……?


QB「……事の本質がまったく見えていないんだね」

QB「だからこそ、君達の魂から生まれるエネルギーはあれほどまでに膨大なのかもしれないけど」

QB「僕としては、ローラ。彼女みたいな物分りのいい女性が契約相手だったら良かったんだけどね」

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:44:00.18 ID:2kYXaSMso

 わたしには、キュゥべぇの話してる内容の半分すら理解出来なかった。

 ううん、もしかしたらほんとは、もうちょっとは理解出来てたのかもしれないけど。

 それでも、認めたくないんだと思う。

 みんなが頑張ってきたことが無駄に終わってしまうなんておかしい。

 魔法少女が希望を懐くことが間違っているなんて変だよ。

 魔法少女は絶望して、魔女になる。

 それが、どうにもならない絶対条件。

 揺るがないルールだって言うなら。

 わたしは……

 私は……

45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:45:13.58 ID:2kYXaSMso

QB「……残念だ。どうやら時間みたいだね」

まどか「え?」

QB「暁美ほむらが物凄い勢いで近づいてきてる。少し離れた場所にステイル=マグヌスもいるね」

 わたしの事を見ながら、それでもキュゥべぇの目はどこか遠くを見ていた。

QB「別の個体からの情報だよ。といっても人間に理解できる代物じゃないから詳しい説明は省略するけど」

QB「この部屋も見納めだね」

 そう言って、キュゥべぇは耳から出てる毛を器用に操って窓を開けた。
 軽い調子で窓枠に飛び乗ると、まるで名残惜しさでもあるかのような素振りで部屋の中を見渡してる。
 そんな感情なんて持ってないはずなのに。

QB「それじゃあまどか」

QB「この宇宙のために死んでくれる気になったら、いつでも僕の名前を呼んでよ」

QB「そしたら僕は、どんな状況であろうと君の下に駆けつけてあげるからさ」

 愛する恋人にささやくように、しかし感情のこもっていない声でキュゥべぇは言う。
 その直後、たんっと軽い音を立てて、キュゥべぇは窓枠から飛び降りた。
 一方わたしはというと、緊張が解けたせいか足から力が抜けて、床にへたりこんでしまった。

まどか「どうしよう……」

まどか「わたし、どうしたらいいんだろう……」

46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:46:25.05 ID:2kYXaSMso

――バンッ! と音を立てて部屋の扉が開かれた。
 床に腰を下ろしたまどかは力なくそちらへ首を向ける。
 そこには汗を滝のように流し、よれよれの制服を乱して荒々しく肩を上下させるほむらがいた。

ほむら「まっ……まど、ま……どかぁっ!」

 酸素を欲しがる体を抑え付けるように襟元を握り締めて、彼女はなんとかまどかの名を口にしようとする。
 その様子を見て、まどかが苦笑を浮かべながらほむらに手を振った。

まどか「落ち着いてほむらちゃん。はい、深呼吸しようね」

ほむら「はぁ、はぁ……し、しんこ……きゅー?」

まどか「うん、ほら。ひっひっふー、ひっひっふー。」

ほむら「……それはラマーズ呼吸よ」

まどか「そうだっけ? てぃひひっ!」

ほむら「はぁ……」

 元気に笑うまどかを見て自身の取り越し苦労だと気付いたのだろう。
 彼女はばつの悪そうな表情を浮かべると、大きくため息を吐いた。

ほむら「なんにしても、あなたが無事でよかったわ」

まどか「えへへ、ほむらちゃんは心配性さんだね」

ほむら「心配して当然よ。もしまたあなたを失ってしまったら……」

 ほむらの表情に陰りが生じる。
 慌てて立ち上がると、まどかはほむらの傍に歩み寄って、彼女の双肩に両の手を置いた。

まどか「ごめん、大丈夫だから安心して。ね?」

ほむら「……ええ」

47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:47:15.14 ID:2kYXaSMso

 そして二人は互いの顔を見つめあい、静寂が訪れ――た、と思いきや。
 大きな物音が部屋の外から聞こえてきて、二人はびくっと肩を震わせた。
 同時に開け放たれたままの入り口に目をやる。
 次の瞬間、青い髪をぶわっとなびかせてさやかが飛び込んできた。

さやか「や、やっと追いついたぁ~! ほむら、あんたねぇ……はえ?」

 さやかはざっと部屋を見渡して、これでもかというほどに固まった。
 彼女の視線の先には二人……間近でほむらの肩に手を乗せたまどかと、自分の襟元を握り締めるほむらの姿がある。
 窓から差す赤い夕日と相まって、非常に複雑な誤解を抱かれかねないようなそんなアレだ。

さやか「……」

まどか「……」

ほむら「取り込み中よ」

まどか「ほむらちゃん!?」

さやか「し、失礼しましたー……ってんなわけあるかい!」

ほむら「ベタなツッコミね」

 ほむらの鋭い指摘を受けてさやかががっくりと肩を落とす。
 だが彼女はめげることなく胸を張ると、ふたたび部屋の隅々に視線を送った。

さやか「急いで駆けつけたはいいけど、あんまし意味なかったみたいだね」

まどか「ごめんね、迷惑掛けちゃって。なんでもないの」

さやか「別に良いって。それに……来た来た。やっほー、杏子にステイルー」

 彼女の声に続くように、赤い髪の男女、もとい杏子とステイルが部屋に入ってきた。
 杏子はそれ見たことかと言わんばかりに誇らしげな顔をして。
 ステイルは息を荒げて肩を20cmほど上下させている。

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:48:29.67 ID:2kYXaSMso

杏子「ったく、結局なんもなかっただろー? 中学生なんだし寄り道くらいするってーの」

さやか「文句はほむらに言いなさいよ。それに最近は物騒だから、敏感なくらいがちょうどいいってーの」

ステイル「さすが、元行方不明者は言うことが違うね」

さやか「うぐっ……」

杏子「経験者は語る! ってやつだな」 ゲラゲラ

さやか「つい最近まで戸籍すらなかったあんたに言われたかないってーの!」

杏子「うぐっ……」

 自分の勝手な行動が大きな心配を招いていたことに気付いて、まどかは申し訳なさそうに肩を落とした。
 その様子に気づいたステイルが、指輪の付いた左手を振って気にするなと意思表示。
 それでもまどかの表情は晴れない。
 彼はそんな彼女を見て眉根を寄せると、口を開いた。

ステイル「……君は単に、巴マミのこと面影を求めてここを訪れただけだろう?」

ステイル「なに、僕らのことは気にすることないさ。勝手に勘違いして勝手に慌てただけだからね」

 いわば自爆したわけだ、と彼は続けた。
 彼の気遣いに感謝しつつも、まどかはスカートを翻して扉の脇に立った。

まどか「えへへ、それじゃ帰ろっか」

さやか「ん、なんか用事あったんでしょ? もういいの?」

まどか「うん、今のところは……ね」

 精一杯笑顔を作って、まどかは玄関へと歩き始めた。
 あくまで自然を装って、周囲の目を欺いて。
 悩み事の無い、ただの少女を演じる。

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:49:56.74 ID:2kYXaSMso

まどか「ところでみんな、どうしてわたしが帰ってないって分かったの?」

杏子「さやかから電話があったからさぁー」 クイッ

さやか「ステイルから電話があったからだよ」 クイッ

ステイル「ほむらから電話があったからだね」 クイッ

杏子「……なぁ、アンタはどうしてまどかがいないことに気付けたんだ?」

ほむら「どうしてって……」

ほむら「そんなの、偶然まどかの家を通りがかって、さらに偶然まどかの部屋が視界に入ったからに決まってるじゃない」

杏子「一度家に帰ったのにどうしてコイツの家を通りがかれんだよ?」

ほむら「偶然散歩をしたくなったからよ」

さやか「……ていうかさ、まどかの部屋二階だよ?」

ほむら「偶然魔力を使って飛び跳ねたい気分だったのよ。偶然って重なるものね」

まどか「そういえば最近、朝起きたらカーテンがちょっと開いてたり、視線を感じたりするんだけど……」

ほむら「大変ね。気を付けた方が良いわよ」

まどか「というか夜中に窓の外に立ってるほむらちゃんの姿を見かけたりするんだけど……」

ほむら「きっと蜃気楼ね」

さやか「白々しい嘘吐くんじゃないわよ! ぶっちゃけ覗いてたんでしょあんた!」

ほむら「それは違うわ!」

さやか「違わないから」

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:51:52.87 ID:2kYXaSMso

ほむら「断じて違うわ。私はまどかの身の安全を確保するためにまどかの家を警備しているだけよ」

ほむら「決して私欲のためにまどかの寝顔を覗いたり寝言を聞きに行っているわけじゃないわ」

さやか「いやいや変質者じゃん。ほらステイル、あんたも何か言ってやんなよ」

ステイル「君の気持ちは痛いほどに分かるよ、ほむら」 ウンウン

さやか「そうそう……」

さやか「は?」

ステイル「大切な人を守るために向かいのビルから部屋を覗いたり、電信柱の影から見守ったり。
       プライドを捨て、恥を忍んで隣の部屋からガラスコップを使って聞き耳を立てたりするのはね……」

ステイル「人間ならば誰もが通る道だよ。これを邪魔する資格は僕にはないね」 キリッ

ほむら「……」

ステイル「……」

ステほむ「……」 ガシィッ!

杏子「互いの目を見ただけで即座に握手を交わしやがった。これが友情ってヤツなのか?」

まどか「そうなのかも。新しい友情の形なんだね!」

さやか「どう見ても変態ストーカーでしょうが!」

ほむら「変態じゃないわ。仮に変態だとしても変態という名の魔法少女よ」 キリッ

ステイル「誰かを護ろうとする人間をストーカー呼ばわりするのなら、まずはそのふざけた幻想を焼き尽くすまでだ」 ソゲブッ

さやか「あーもー! なんなのよこいつらぁー!」

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:53:34.09 ID:2kYXaSMso

――後からやって来た天草式の面々にほむらとさやか、杏子を預けると。
 ステイルはまどかを家まで送り届けるため、彼女の隣に並んで歩くことに。

まどか「てぃひひっ、最近ステイルくんとほむらちゃん息ぴったしで仲良しさんだね」

ステイル「似た者同士だからそう見えるだけさ」

まどか「そうかなぁ。実は二人とも、その気があったりしちゃって……?」

 そう言って、きゃー! と一人で顔を赤らめるまどか。
 そんな彼女の様子にステイルは苦笑すると、かぶりを振った。

ステイル「残念だが、僕らじゃ君の期待に応えられそうもないね。僕も彼女もすでに想心に決めた相手がいるんだ」

まどか「あ……そっか、そうだね」

 ほむらが何度も世界を渡り歩く理由を思い出したのだろう。彼女は声を潜めて頷いた。
 マミの部屋で彼女を見たときから抱いてきた違和感が強さを増していく。切り出すならばこの辺りか。
 ステイルは立ち止まると、まどかの小さな背中を見た。

ステイル「キュゥべぇと会ったようだね」

 まどかの肩がびくっと震える。
 彼女は躊躇いがちにステイルの方を振り向き、小さく口を開いた。

まどか「どう、して?」

ステイル「鍵が掛かったままの部屋に君が入れた理由と、最近見かけないキュゥべぇの姿。
       そして君の笑顔の不自然さとか……まぁ正直可能性は低かったから引っ掛けてみたんだが、どうやらビンゴのようだね」

ステイル「ほむらが気付かず、僕が気付けたのは……運が良かったからかな」

 やれやれと肩をすくめる。

ステイル「しかし油断も隙も無いやつだね彼は。さすがは地上を跋扈する害獣と称されるだけはある……さて」

 彼女の瞳を真正面から見据えて、ステイルは微笑んだ。

ステイル「君の願いはなんだい?」

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:54:28.69 ID:2kYXaSMso

まどか「わたしは……」

 まどかはステイルに見据えられて萎縮すると、すこしの間押し黙ってから目を伏せた。

まどか「分からないの。どうしたらいいのか」

まどか「叶えたい願いなんていっぱいある。守りたいものだってたくさんある。悲しませたくない人だっている」

まどか「でも、叶えられる願いは一つだけで……ほむらちゃんのことを思ったら契約なんてできなくて……」

 シェリー=クロムウェルと同じか。
 今でこそ『誰かを助ける』という信念に基づいて魔法少女の抱える問題に対して、寝る間も惜しんで対処しているが。
 過去の彼女は無数の信念を持っていたし、何をすべきか分からず、暴走したこともあった。
 だが今回は規模が違う。その信念も、願いもだ。

まどか「みんなと一緒に戦いたい、マミさんとまたお喋りしたい、消えていった魔法少女のみんなを救ってあげたい」

まどか「……でも、ほむらちゃんを悲しませたくない」

ステイル「ふむ」

まどか「ステイルくんたちが頑張っても、キュゥべぇは別の方法でわたしたちに干渉するかもしれない」

まどか「でもわたしにはキュゥべぇのこと、否定なんかできない。
.     たぶん、彼はわたしたち以上にたくさんの命を救ってるだろうから」

 願いを叶える過程でその命を救われた魔法少女の数は、決して少なくないだろう。
 この世界で毎日どれだけの人間が死んでいっているかを考えれば、なんらおかしくはない。
 巴マミのように、願いを叶えた結果生き延びる命だってあるのだ。
 彼らの目的である宇宙の延命とやらもそうだ。その言葉を鵜呑みにすれば、彼らの方が救世主といえるだろう。
 それを考えれば、魔法少女の犠牲は尊い物であり、この世界には必要不可欠なものだったといえるのかもしれない。

ステイル(……だが。何もあんな悲劇的な結末じゃなくてもいいはずだ)
             ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 と、ステイルは考えて首を横に振った。いずれにせよそれを考えるのは今じゃない。
 ……そう、今じゃないのだ。

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:55:12.88 ID:2kYXaSMso

まどか「どうしたらいいのかな……わたし、どうしたら……」

ステイル「難しい話だね。助言をするのは簡単だけど、それでどうにかなる問題じゃない」

 そうは言ったものの、正直言って今の彼女にかけられる助言なんて彼は持ち合わせていなかった。
 とはいえまどかはまだ十四歳である。魔術や魔法などに触れてから三週間も経っていないのだ。

ステイル「……そうだね」

まどか「え?」

ステイル「家族、友人、知人……君のこれまでの人生に関わってきた、多くの人間に聞いてみたらどうかな」

まどか「えっと、何を?」

ステイル「たった一つだけ願いを叶えられるとしたら、何を願うのか。聞いた話を参考にして決断するのも悪くないと思うよ」

 彼女が秘める素質が本物で、最大主教の利益にもなりうる物ならば彼女を止めなければならない。
 それはほむらのためにもなるだろう。さやかだって悲しまないし、杏子が気に病むことだってない。
 しかしステイルにまどかの行動を否定することは出来ない。

ステイル(僕自身、魂を差し出すに足る願いがあったんだ。自分はさておき君はダメ、なんて言えるわけが無い)

 あるいは、“あの男”なら止めただろうが。それでも。
 自分を見上げるまどかの顔を見つめて、ステイルはふたたび微笑んだ。

まどか「……良いの?」

ステイル「君の物語(せかい)の舵取りは、君がすべきものだ。君が考え、君が決めるべきだ」

ステイル「なんだったら一日休んでじっくり考えたらどうだい? 君も色々と疲れが溜まっているだろうしね」

 笑みを浮かべたまま、ステイルは歩き始めた。
 彼女もいつかは決断し、契約する時が来るかもしれない。いつかは魔女になってしまうかもしれない。
 だが、いつかは今じゃないのだ。そのいつかが来るまでに自分に出来ることをやってやろうじゃないか――

54: ステイル「君の物語(せかい)の舵取りは、君がすべきものだ。君が考え、君が決めるべきだと思うよ」 2011/09/26(月) 22:55:54.76 ID:2kYXaSMso



 次の日、まどかはステイルの言葉に従って、きっかり丸一日家に引きこもった。


.

55: ステイル「君の物語(せかい)の舵取りは、君がすべきものだ。君が考え、君が決めるべきだと思うよ」 2011/09/26(月) 22:56:45.14 ID:2kYXaSMso

――イギリス ロンドン郊外 ウィンザー城

エリザード「また私の勝ちだな。お前弱すぎ」

 “ジャージ姿”の英国女王は軽くため息を吐くと、見るも奇妙な“歯車”の駒をテーブルに置いた。
 そんな彼女と相対するは、ベージュ色の修道服を着た最大主教である。

ローラ「ぬぐぐ……もう一度、もう一度リベンジしたりけるわよッ!」

エリザード「えー、めんどいんだが。ぶっちゃけお前ハンデ付けすぎだろ、つまらん」

ローラ「むむむ……」

 そんな平均年齢50どころか下手したら七,八〇越すんじゃないかこいつらみたいな二人を見つめる影がある。
 白い尻尾が可愛らしい、イギリス地区担当のキュゥべぇだ。

QB「遊戯をしているところ悪いけど、報告したいことがあるんだ」

ローラ「“赤十字”の駒では力不足に陥りてしまいけるか……さりとて“人形”の駒を無理に使いたるのも……
     なれば“刀”の駒の“配下”の駒を……ああ無理、こいつら弱すぎ。むー、人材不足は悲しきものよねぇ」

 キュゥべぇのことを無視してぶつくさ呟く[ピーーー]歳の最大主教。
 そんな彼女に代わってエリザードが頷き、キュゥべぇに喋るよう促した。

QB「……鹿目まどかと接触したよ。この分ならかなりの確立で“夜”が訪れた時に契約するだろうね」

 バキィッ! と何かが砕ける音が室内に響いて、エリザードがぎょっとした目でローラの手元を見やった。
 彼女の手元にあった“赤十字”の駒が、真っ二つに砕け散っていた。

ローラ「……余計なことを。下手に干渉したりて厄介な願いを叶えられたればどうしたりけるつもりかしら」

QB「その点は考えても見なかったね。だけどそれは僕らが関知するところじゃない」

ローラ「私には私のやり方という物がありけるのよ」

QB「僕にも僕の役割という物があるんだよ」

 ……こいつらおっかねぇなぁ。頬を引きつらせると、エリザードはそんなことを思った。

56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:57:34.89 ID:2kYXaSMso

 一触即発な雰囲気を醸し出す二人から視線をそらして、エリザードはテーブルに置かれた盤上を見た。
 それは盤と呼ぶにはあまりにも複雑で、立体的で、むしろどこかの街のミニチュアと呼ぶほうが相応しいだろう。
 大きなビルに、湖か川か……それに鉄塔や鉄橋もある。
 ぱっと見ただけでもこれの元になった街が比較的都会だということが窺い知れた。

エリザード(にしても、一体なにがなんだか)

 ローラが考えついたという、摩訶不思議な“戦術シミュレーションボードゲーム”に付き合わされ始めてはや二日。
 エリザードが任された陣営、もとい“歯車”の駒の圧倒的な存在感たるや、いまさら口にするまでもない。
 ローラが駆使する“赤十字”の駒や“人形”の駒、“刀”の駒をいとも簡単に蹴散らしてきた。
 強いて言えば“刀”の駒の戦闘力は脅威だが、いかんせん相手方の駒が少なすぎる。
 戦術もクソもあったものではないのだ。

エリザード(脇に置いてある、土系統の魔術師連中が寝る間を惜しんで作った山ほどの駒はどうするつもりなんだろうな)

 “剣”や“槍”、“爪”に“水晶”などなどの駒で築かれた小さな山を見て、エリザードはため息をついた。
 どうやらいくつか難易度を段階的に設定しているらしく、あちらは今のところ使用するつもりがないようだった。

エリザード(というか今日は平日、バッキンガム宮殿でこなさなきゃいけない公務があるんだがな)

エリザード(ぶっちゃけゲームがしたい。騎士団長にでも持ってこさせ……そういやあいつ最近見ないな
        独自の情報網を使って水面下でごそごそしてるらしいが、そんなことより新ギレンの野望を、ぉぉおっ?)

 首を右に左に傾けていたエリザードは、視界の隅におどおどした様子で柱に隠れる金髪碧眼修道女を見つけた。
 あれは確か清教派の修道女で、えーと……レビルだかレイジングハートといったか。
 暇つぶしになりそうだと考えて、エリザードは軽い調子で手招きした。
 修道女は分かりやすいくらいに緊張した面持ちでそそくさとテーブルに歩み寄る。

エリザード「どうしたね、シスターレイズナー」

レイチェル「私はそんなV-MAXで三倍の機動性で『レディ』とか言いそうなロボットじゃありません! レイチェルです!」

エリザード「ノリ良いなお前。で、何の用だ?」

 大声を上げて域を荒くした彼女は、黙ったまま睨み合っている一人と一匹を横目で見た。
 なんら異常がないことを確認してから彼女は口を開いた。

レイチェル「あの……終わりました」

エリザード「なにが?」

レイチェル「えっと、その」

57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:58:45.90 ID:2kYXaSMso

レイチェル「儀式、です」

 そう言って、レイチェルは懐から群青色の宝石を取り出してみせた。
 一見すれば単なる綺麗な宝石だが、エリザードは一目見ただけでそれがなんなのかを理解する。
 これは魔法少女の魂、すなわちソウルジェムだ。そしてそれを彼女が持つということは……

 目の前にいる修道女が、 “魔術サイドのやり方” で、 “魔法少女” になったことを指し示している。

エリザード「……そうかい。下がっていいぞ」

 レイチェルが出て行ったのを見届けると、エリザードは深いため息をついた。
 切っ先のない剣、カーテナ=セカンドを握り締めると、彼女はハエでも払うかのように右手を振った。

ローラ「ひゃうんっ!?」

QB「おっと」

 直後、ローラとキュゥべぇの間にあったグラスが真っ二つに引き裂かれた。

ローラ「なっ、なしていきなりカーテナを振るいたるのよ!? 加減を考えなさいこの大馬鹿者!」

 慌てるローラの眼前にカーテナを突きつけて。
 九〇〇〇万人の国民を背負う英国女王(クイーンレグナント)は目を見開いた。

エリザード「これまで散々お前に好き勝手やらせてきたが、事情が変わった。全て説明しろ
        事と次第によっては貴様の退任式を大幅に早める必要が出てくるだろうが、それは私の関知するところではない」

ローラ「そ、それはいろいろと困りたることも多しというわけで、後日またあのえーと勘弁してくださいませんのことかしら?」

エリザード「よろしい、ならば戦争だ」

 ブンッ! カーテナを一閃。
 値段にしたら数百万いくんじゃないかこれみたいな豪華な修飾が施されたテーブルが真っ二つになる。

ローラ「あわわわわ……!」

エリザード「次は当てるぞ」

58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/09/26(月) 22:59:15.67 ID:2kYXaSMso

QB「……やれやれ」

QB「無駄に数も減らしたくないし、退散した方が良さそうだね」

 そう言って、目の前で繰り広げられる激闘から目を逸らすと。
 キュゥべぇは慣れた身のこなしでウィンザー城を出て行った。

ローラ「だっ、誰か助けて! へるぷみー!! いやマジでこれはやばい死ぬ死ぬ死にけるわよぉぉぉ!?」

 ローラの悲鳴が、ウィンザー城に鳴り響いた。



 ワルプルギスの夜襲来まで、あと二日。

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:51:46.58 ID:CwBGnqAWo

金曜日。

 ステイル=マグヌスの朝はとりわけ早くもなく遅くもない。

神裂「おはようございます」

ステイル「ああ、おはよう」

 我が物顔で居座りほうじ茶をすする神裂の脇を通り抜け、冷蔵庫に向かう。
 そして冷蔵庫からアイスティーを取り出して、彼はコップに注ぐと口をつけた。
 だんだんと頭が覚醒してくる。

ステイル「……今週の土曜は休みだったね」

神裂「学校があろうとなかろうと、ワルプルギスの夜対策でくつろぐ時間はありませんがね」

ステイル「そりゃそうだ……さて、着替えてこようかな」

神裂「身支度を済ませたら佐倉杏子に声を掛けてあげてください。朝食は三人一緒に、ですよ」

ステイル「ああ、任されたよ」

 適当に返事をすると彼は部屋まで戻り、ハンガーに吊るされた法衣に手をかけた。
 この法衣も結構な年季の入った物だ。端やらなにやらは焦げているし、ところどころ擦り切れている。
 生地自体にルーンを刻み込んであるため、代わりを用意するのに一手間かかるので無視してきた。
 しかしこの分だとそう長くは持たないだろう。戦えるのは二度か三度――

 否。新品だろうがなんだろうが、どうせ次の戦いを終えた頃には心身ともにズタボロになっているはずだ。
 今法衣の具合を確かめて、無駄に時間を浪費するのは得策ではないと判断する。

ステイル(いずれにせよ、今抱えている案件が片付いたらイギリス清教に新しい物を発注してもらうとしよう)

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:52:47.25 ID:CwBGnqAWo

――トン、トン

 慣れ親しんだ法衣に袖を通すした彼は、すぐ近くの壁を二回ノックした。
 反応はすぐに現れた。壁の向こうで何かがもぞもぞと動く音が聞こえて、

――トン、トン

 と、軽いノックが帰ってくる。
 隣の部屋で食事をまだかまだかと待ち構えている杏子からの返事だ。
 最後に衣服をあちこちの確認すると、彼は一度洗面所まで足を運んで手短にうがいと歯磨きをした。
 食前に歯磨きというのは正直どうかと思うが、時間がないので仕方がない。
 水を含んで口の中をゆすぎ終えると同時に、玄関のドアが音を立てて開け放たれた。

杏子「おっはよー。はらへったよー」

神裂「おはようございます。用意は出来てますから、どうぞお座りになってください」

 赤いポニーテールをなびかせながら、制服姿の杏子が居間に座り込んだ。
 それに倣うように、ステイルも神裂の右手前、杏子の左手前の位置に腰を下ろす。

神裂「さて……どうしました?」

 食前の祈りを唱えようとしていた神裂は、なぜか料理に手をつけようとしない杏子を訝しげに見た。
 対する杏子はニコニコしたまま首をかしげる。

杏子「アタシだけ除け者扱いはひでーだろ? いいよ、一緒に祈ってやるよ」

神裂「おお、なんと清い心を! ステイル、あなたも見習いなさい」

ステイル「面倒くさいな……それに、別に僕は生粋の十字教徒ってワケじゃないんだが」

神裂「ダメです。さぁ祈りましょう!」

 結局仲良く三人でお祈りしましたとさ。

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:53:13.65 ID:CwBGnqAWo

ステイル「支度は出来たのかい?」

杏子「おー、準備バッチし!」

神裂「忘れ物などはありませんね? では行きましょうか」

 ステイルと神裂の間に立つ杏子は、なぜかはにかみながら二人を見上げた。
 二人に挟まれたまま、彼女は嬉しそうに赤いポニーテールをふりふりさせる。

杏子「へへっ、こーいうのって良いな!」

ステイル「……そうだね」

神裂「そうですね。こういうのも……良いものです」

 まるで家族ごっこだ。
 複雑な心境のまま通学路を歩いていると、一人でとぼとぼ歩くさやかの姿が目に入った。

杏子「さやかじゃん。おーっす」

さやか「あ、杏子。おはよー。神裂さんもおはようございます。あとついでにステイルも」

ステイル「僕はついで扱いか」

さやか「いいでしょ別に」

杏子「あんたのカレシと仁美は? 逢引?」

さやか「かっ、かか彼氏じゃないし! 逢引じゃないし! ちがうから! ちがうよね!?」

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:53:39.69 ID:CwBGnqAWo

神裂「どうどう」

ステイル「どうどう」

さやか「ふぅ……恭介は病院寄るから遅刻するって。仁美は日直だから日誌取ったりで先に登校してんの」

杏子「なるほどね。で、アンタはぼっち登校ってか」

さやか「むっ……」

 さやかは不機嫌そうに押し黙ると、唇を尖らせたステイルたちを見上げた。

さやか「お宅の娘さん、ちょっと躾けがなってないんじゃない?」

神裂「ウチの杏子がご迷惑をおかけしてしまってるようで、申し訳ございません……」

杏子「いつからアタシは火織の娘になったんだよ!」

さやか「じゃあ妹で」

ステイル「……やれやれ」

 ため息を吐いていると、ステイルは背中に視線が突き刺さるのを感じた。
 馬鹿騒ぎを続ける三人から目を逸らし、ステイルは背後を振り返る。
 わずかに肩を落としたほむらを視界の内に認めると、彼は軽く右手を上げて見せた。
 すぐにほむらの存在に気付いた皆が、好き勝手に挨拶の言葉を投げかけるも、彼女はただ俯くばかりだ。

杏子「おいおい、元気ねーじゃん」

ほむら「余計なお世話よ……ところで」

ほむら「まどかは?」

 ほむらの短い問いに、答えられる者はいなかった。

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:54:11.31 ID:CwBGnqAWo

――意識はいまだ覚醒せず。

 水溜りの上。
 淀んだ空。
 傷付いた子猫。
 白い奇妙な生き物。
 幼い少女。

「この子を助けることなんて、本当に出来るの?」

「そうだよ、君にはそのための力が身に備わっているんだ」

「わたし、この子を助けてあげたい!」

「それじゃあ僕と契約して、魔法少女になってよ!」


――暗転。景色は切り替わる。

 荒廃した街。
 恐ろしい存在。
 一人で戦う少女。
 白い奇妙な生き物。
 幼い少女。

「私なんかでも、本当に何かできるの? こんな結末を変えられるの?」

「もちろんさ。だから僕と契約して、魔法少女になってよ!」

73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:54:48.84 ID:CwBGnqAWo

――暗転。景色は切り替わる。

 崩れ行く街。
 散っていった友達。
 散ろうとする友達。
 無力ななにか。
 白い奇妙な生き物。
 幼い少女。

「神様でも何でもいい」

「今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を……私は泣かせたくない」

「最後まで笑顔でいてほしい」

「それを邪魔するルールなんて、壊してみせる。変えてみせる」

「これが私の祈り、私の願い」

「さあ 、叶えてよ! インキュベーター!」

 少女から溢れる光が世界を覆う。
 そして――



 見慣れた天井を目にして、わたしは両目をぱちくりさせた。

まどか「……夢オチ?」

 さきほどまで見ていた夢と、今の自分を包み込む布団のぬくもりとを頭の中で対比させてから。
 わたしは、はうーっ、とため息を吐いた。

74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:55:49.41 ID:CwBGnqAWo

 目を覚ましたわたしは、布団のなかに潜り込みたい衝動を無理やりに押さえつけて身を起こした。
 時間を確認すると、わたしはおぼつかない足取りでゆっくりと部屋を出て階下へと向かう。
 丸一日布団にこもっていたせいなのか、体の節々がちょっとだけ痛かった。

まどか「ふわぁ~……ぁあ」

 わたしは大きく欠伸をすると、リビングに通じるドアを開けた。
 そしてびっくりする。
 いつもなら会社に向かっているはずのママが、普段着のまま椅子に座って新聞を広げていたからです。
 ママはわたしの姿を認めると、ちょっとだけ心配そうな顔をして首をかしげた。

詢子「ようまどか。体調は良いのか?」

まどか「うん、もう平気。ごめんなさいママ、昨日はいきなり休んだりしちゃって」

詢子「いやぁ私としちゃあお前が無事ならそれでいいんだよ」

まどか「てへへ……ありがとママ。ところでお仕事は?」

詢子「娘が体調崩してる時に仕事なんか出られるか! って言って休み取った」

まどか「そんな、そこまで気を遣わなくても良かったのに」

詢子「いーんだよ、私がしたかったからしたまでさ……ところで、学校は行くのか?」

まどか「うん、これから。今行けば二時間目の途中には間に合うだろうし」

 わたしがそう言うと、なぜかママは唸って首を右に左に巡らせた。
 それから片目を閉じて両手を胸の前で合わせる。
 懇願するような上目遣いでわたしを見て、

詢子「三時間目からじゃダメかな?」

まどか「えーと……良いけど、どうして?」

詢子「たまにはお前とゆっくり話したいなーって思って、さ」

 ママのお願いを断る理由は、どこにもなかった。

75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:56:23.47 ID:CwBGnqAWo

詢子「ぷっはぁー! 朝から娘に入れてもらうお茶は格別だねぇー!」

まどか「そんなものかなぁ?」

詢子「そんなもんさ、気分なんだよこういうのは」 フフン

まどか「大人になったら分かるのかな、そういうの」

詢子「おう、こっち側に来たらいっきに世界が広がるぞー。子供もいいけどやっぱ大人になんないとなー」

 ママは熱い緑茶で満たされた湯飲みをテーブルに置くと、ふと真顔になってわたしの目を見つめた。

詢子「で? どうよ最近?」

まどか「楽しくやってるよ」

詢子「ふーん……なら良いけど、さ」

 そんな言葉とは裏腹に、ママの表情は私の心を見透かしてるかのような、変な余裕を保ったまま。
 おぼろげにだけど、わたしの抱える事情を察してるのかもしれない。これはある意味チャンスかも。

まどか「ねぇママ。ママは願いが叶うとしたら、どんなお願い事する?」

 その質問は、まだマミさんが生きていたころにママに質問した内容と同じものだけど。
 それでもママは茶化そうともせずに、とっても真面目そうな顔で真剣に考える素振りを見せてくれた。

詢子「えーっとこの前が役員二人飛ばすって奴だったから……んー、そうだなー」

詢子「部下の仕事の効率を上げる……いやいやむしろ私に仕事が来るように……いやこれは夢がないな、うん」

 ブツブツと呟いてるママ。目が本気だよ……ありがたいけど。
 30秒くらいが経過したところで、突然ママが手を叩いてにっこり微笑んだ。

詢子「決まった! 私の願いはな……」

まどか「願いは?」

76: 魔術師=だいたい十字教徒 2011/10/01(土) 02:57:27.79 ID:CwBGnqAWo

詢子「まどかとタツヤが幸せになってくれますように、だよ」

まどか「ママ……」

 ちょっと予想してなかった台詞を聞いてしまった。
 自然と目頭が熱くなってくるのを感じて、わたしはほんの少し顔を上に向けた。

詢子「ちょっと臭かったか? でもまぁ私にとっちゃ、それがなによりのご褒美ってわけなのさ」

詢子「欲を言えば、お前達が私の元を離れて、自力で困難に立ち向かえるようになってくれたらもっと良いな」

まどか「あはは、なにそれ」

詢子「親にしか分からない気持ちってのがあるんだよ、うん」

まどか「そっか……でもありがとママ」

詢子「役に立てたなら何よりさ。いやぁしかし良かった、自分から私に相談してくれて」

まどか「へ?」

詢子「最近のお前、なんか一人でいろいろ抱え込んでるみたいだったからさ」

 ママには敵わないなぁ、と改めて思い知らされる。

詢子「そうそう、和子が言ってたけど最近お前妙な奴らとつるんでるんだってな。そいつら大丈夫なのかぁ?」

まどか「妙って……ちょっと変わってるけど、平気だよ。じゃあママはどんな人ならダメなの?」

詢子「どんな人? ううんそうだなぁ……とりあえず」

まどか「とりあえず?」

詢子「 宗 教 関 係 は N G 」

まどか「ぶふっ!?」

77: ステイル、カンザキ、シェリー、イツワ、タテミヤ、アニェーゼ、アンコ、ホムラ、アウトー 2011/10/01(土) 02:58:55.63 ID:CwBGnqAWo

詢子「それからオカルト系もダメだな。赤とか青とか、派手な色に髪染める奴や刺青もNG!」

詢子「助平な格好する奴も情操教育的に良くないのでダメ」

詢子「ボロボロの服着てるとか酒飲んで暴れるとか人の恋路を覗き見るドスケベ男とか極度のドSとかもあんまり良くないな」

詢子「万引きするような輩や国家権力に楯突くやつはまったくもって……まどか? どうした?」

まどか「え、あ、な、なんでもない、よ!?」

 どっと噴出してきた汗をハンカチで拭うと、わたしは必死に首を振った。

詢子「ならいいが……まぁとにかく、常識さえ弁えてくれればそれで十分だよ」

まどか「あ、あはは……だ、大丈夫だよ。みんな(常識は弁えてないけど)良い人だから」

詢子「そっか。なら良いんだ、あっはっは!」

 心が痛い。
 しかし嘘は吐いてないので問題はない……と思う。

詢子「まぁああは言ったけどな、まどかが信頼してるんなら良いさ。お前の人生なんだからな」

まどか「……うん」

詢子「お前みたいな年頃の子は悩み事とか交友関係とか色々あるけど、私から言わしてもらえればな」

詢子「十四歳なんてのは、そうだな。人生って言う枠組みから見れば『始まってすらない』と思うぞ」

まどか「そうなの?」

詢子「おー、そうだよまどか。ちょっとばっか長いプロローグってとこだな」

 ママの言葉に、思わずわたしは首を捻った。
 今わたしが悩んでいることは、プロローグの最中に起こる些細な出来事に過ぎないのだろうか?

78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/01(土) 02:59:31.12 ID:CwBGnqAWo

詢子「来年になったらお前は受験して、高校生になって、部活や勉強頑張って、また受験して、あるいは就職して……」

詢子「そんで大人になる。大人になってからもまだまだイベントは盛りだくさんだ!」

詢子「大人は良いぞー、辛いこともあるけどその分だけ楽しいからなー」

詢子「大人になったら若い頃の悩みやなんやらは、大抵笑い飛ばせるようになるからな」

まどか「ほんと?」

詢子「ああ、ホントさ」

 魔法少女になるか、ならないか。どんな願いを叶えて、どんな願いを捨てるのか。
 そういったわたしの抱える葛藤や逡巡が、笑い話に出来る日が来るのだろうか。

詢子「人生ってのは長いんだ。失敗することだってたくさんある。大事なのは、諦めないことだよ」

 ――人生は長い。大事なのは、諦めないこと。たぶん、ごくありふれた、ありきたりな言葉。
 だけどその時のわたしには、不思議とその言葉がとても大きく、そして素晴らしい物のように思えた。
 視野が広まっていく。
 なぜだろう、不安とか、そういうのが一気に解消されたような気がする。

まどか「……ありがと、ママ。わたし行ってくるね!」

詢子「へ? ああ、もうそこんな時間か。昼寝してるタツヤが目を覚ましちゃうな。いやぁ、時が経つのって早いわ」

まどか「その台詞、おばあちゃんみたいだよ」

 頬を引きつらせるママに背を向けると、わたしは走って玄関まで向かった。
 そこでちょうどゴミ出しから戻ってきたパパと、ばったり遭遇する。

79: ああでも時期的に受験は再来年か……? 2011/10/01(土) 03:00:21.05 ID:CwBGnqAWo

知久「あれ、学校に行くのかい? 風邪はもう平気?」

まどか「うん。そうだパパ、パパは願いがかなうとしたら、どんなお願い事をする?」

 突拍子のないわたしの質問に、パパがやんわりと困ったような顔をした。
 だけどすぐに表情を改めると、やっぱり真剣な顔で、それでも優しく、わたしの言葉に応えようとしてくれる。

知久「うーん、僕は今のままでも十分幸せだからね。願い事はしません……というのはダメかな?」

 幸せだから、無理にお願い事はしない。
 これも立派な選択肢の一つなのかな?

まどか「ううん、大丈夫だよ。ありがとパパ、それじゃあ行ってくるね!」

知久「ああ、行ってらっしゃい。気をつけるんだよー」

まどか「はーい」

 玄関の扉を開け放つと、わたしはお日様の下に躍り出た。
 一日休んじゃったから、きっとみんな心配してるだろう。
 はやく元気な顔を見せてあげなきゃ。

まどか(それに……みんなにも聞いてみたい。どんなお願い事をするのか)

まどか(……人生は長い)

まどか(大事なのは、諦めないこと――)

84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:19:16.42 ID:i7VUGE2Eo

――日が沈む。
 街が、学校が、屋上が。皆平等に赤く染まってゆく。
 暮れの陽射しを一身に受けながら、ステイルは魔術結社≪明けの陽射し≫に所属する男と相対していた。

         テ レ ズ マ
ステイル「――天使の力の扱い方は良く分かった。助かったよ、礼を言おう」

 ステイルが目の前に立つ男に感謝の旨を告げた。
 男は短く頷くと、次の瞬間には屋上の端まで移動。
 軽やかな身のこなしで飛び降りて、あっという間に見えなくなる。

ステイル「……さて」

 風に揺れる法衣を右手で押さえつけると、ステイルは後ろを振り返った。
 そこには彼と同じように、赤く染まったまどかがいた。

ステイル「待たせたね」

まどか「ううん、平気」

 一昨日に比べるとずいぶん元気があるようだ。憑き物が取れた、とでも言うべきか。
 ……子を育てるのは親の仕事か。内心で彼女の両親に惜しみない声援と拍手を送る。

ステイル「それでどうだった?」

 まどかはほんの少し躊躇った素振りを見せてから、口を開いた。

まどか「うん、聞いたよ。色んな人から、色んな願い事」

まどか「ちょっと長くなっちゃうけど、聞いてもらえるかな?」

ステイル「時間ならたっぷりとある、が……校門で待っているほむらたちが機嫌を損ねない程度でよろしく頼むよ」

まどか「えへへ」

85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:19:55.99 ID:i7VUGE2Eo

まどか「さやかちゃんのお願い事はね、もっと自分に正直になれますように、だって」

 さやからしい回答だ。

まどか「かわいいお願いだよね。それで杏子ちゃんなんだけど」

まどか「杏子ちゃんはね、今の自分も悪くないけど、それでもやっぱり昔の自分に魔法少女になるなって伝えたいんだって」

 杏子の経歴を思い出して、ステイルは納得したように頷いた。

まどか「それで仁美ちゃんがね、お友達と本音で話し合うことなんだって」

まどか「さやかちゃんのこともそうだけど、たぶん仁美ちゃんも気付いてるんだよね……わたしたちが何をしてるのか、とか」

 そう思うと、少し彼女には悪いことをしてしまったなと思う。
 だがワルプルギスの夜が終われば、大体の問題は解決する。
 それまで仁美には我慢してもらうほかあるまい。

まどか「上条君はもっと逞しくなることみたい。今のままだとさやかちゃんが王子様だもんね、てぃひひっ」

 確かに彼は若干痩せているが、傷が癒えれば体力も戻って筋肉も付くだろうに。
 それだけ、美樹さやかが魔女になった時に自身の無力さを痛感したのか。

まどか「中沢くんはよくわかんないって。どっちでもいいとは言わなかったよ」

 ……本当にどっちでもいいキャラで通っているのか、彼は。

まどか「他にもお腹いっぱいチーズバーガー食べるって言った子とか、大金持ちになるとか――」

 まどかの言葉を聞きながら、ステイルはクラスメイトの顔を思い浮かべた。
 短い付き合いだし、ろくに話したこともない者も中にはいたが、それでも愛着が沸くのだ。
 ひとしきり願いを述べ終えると、まどかは肩をすくめて俯いた。

86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:20:36.10 ID:i7VUGE2Eo

まどか「でもわたしは、まだ見つかってない。どうすればいいのか分からない」

ステイル「……ふむ」

まどか「もうちょっとだけ、良いかな? 時間もらえるかな?」

ステイル「誰も急かしたりはしないさ。気の済むまで考えるといい」

まどか「うん……それじゃ戻ろっか」

 まどかの誘いを、しかしステイルは首を横に振ることで拒否した。

ステイル「すまない、少し用事があるんだ。先に帰っていてくれ」

まどか「そっか。じゃあ帰ってるね、また明日」

ステイル「また明日」

 とぼとぼと立ち去るまどかの背を見送ると、ステイルは再び後ろを振り返った。



ステイル「まどかなら帰った……それで、話とはなんだい、さやか」

 まどかと同じように。
 夕暮れの光に照らされて赤く染まったさやかが、柵の影から姿を覗かせた。

さやか「いやー悪いね、ホントごめん」

ステイル「気にする必要はない。せっかく要望通りに誰もいない場所を作り上げたんだ。話を聞かせてもらおうか」

さやか「あー、それなんだけどさ」

 さやかはおもむろに手のひらにソウルジェムを現出させた。
 青い宝石であるはずのソウルジェムは、やはり太陽に照らされて赤く染まっている。

さやか「ここ」

ステイル「ん?」

87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:21:44.27 ID:i7VUGE2Eo

 さやかが指差したのはソウルジェムのフレーム、その右端の部分だった。
 注意して目を凝らすが、ステイルには変化を見つけられなかった。

ステイル「そこがどうしというんだ? まさか赤の油性マジックで落書きされたとか言うんじゃないだろうな?」

さやか「触ってみなって」

 ほれ、と突き出されたソウルジェムを慎重に手に取って、指を這わせてみる。
 ちく、と何かが指に引っかかる感覚。ステイルはゆっくりと顔に近づけて、その辺りを凝視した。
 よく見れば、微妙に傷が付いている。いや、むしろ欠けているのだ。

ステイル「これはどうしたんだ? まさか蹴っ飛ばしたとか……」

さやか「……ごめん、ちょっと魔法使うね」

ステイル「ふざけるな、グリーフシードには限りがあることを――!?」

 言葉通り、さやかの体に光が現れる。それに呼応するようにソウルジェムも輝きを放った。
 それだけならまだ良かった。だがそれだけでは終わらない。

 ソウルジェムのフレーム部分が、ミシィッという音を立てて亀裂を生じさせたのだ。
 ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

ステイル「これ、は……!?」

 さやかは苦悶の表情を浮かべたまま、ゆっくりと口を開いた。

さやか「気付いたのは一昨日。ほむらを追いかけるために身体強化の魔法を使ったとき」

さやか「あれから2,3回魔法を使って試したから、これで4,5回魔法を使ったことになるのかな」

 ステイルの手からソウルジェムを取り上げると、さやかはソウルジェムのフレームを指でなぞった。

さやか「あんた達には感謝してる。あんた達がいなかったら、私はほむらの見た世界と同じように死んでただろうし」

さやか「だからお願い。あたしがどうなるのか、調べてくれない?」

88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:23:06.26 ID:i7VUGE2Eo
やっべ、一つ投下し忘れてた。
>>84の前にこれをお願いします


――幕間

 バケツに見える大きな帽子を被った少女と、眼帯をかけた奇妙な少女の語り場。

キリカ「ねぇねぇおりこ、あそこに見えるのはおりこが執着していた美樹さやかじゃないかい?」

おりこ「そうね。私たちが“アレ”の抹殺を踏み留まった最大の理由。希望に始まり、希望で終わる稀有な魔法少女よ」

キリカ「結局あの子はどうなってしまうんだい? 私はおりこの次にそれが気になってしょうがないんだ」

おりこ「ハッピーエンドで終わった物語の先を覗くのは無粋というものよ、キリカ」

キリカ「うー、じゃあ鹿目まどかの未来はどうなんだい?」

おりこ「それが見えたら苦労しないわ、もう」

キリカ「それじゃあ美樹さやかの未来を見ようじゃないか! なに、必要経費(けがれ)はGSを魔術師にたかればいいことだよ」

おりこ「仕方のない子ね……」

 そう言うと、おりこは自身の周囲にいくつもの水晶を浮かべて見せた。
 そして目を閉じ、自分の視界を“未来”へと飛ばす。
 彼女が持つ能力は、未来予知。その願いは、自身が生まれた意味を知ること。

キリカ「どうだいおりこ?」

おりこ「これは……」

 “未来”を垣間見たおりこは、悲しげに目を伏せた。

キリカ「どうしたんだい? まさかNTRルートにでも突入するのかい? 魔女になってしまうのかい!?」

おりこ「……その方が、まだ救いがあったでしょうね」

おりこ「彼女は魔女にはならないわ。彼女はね――」

――彼女の言葉と共に、幕が上がる。

89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:24:22.55 ID:i7VUGE2Eo

ステイル「……少し待ってくれ」

 袖口から携帯電話を取り出すと、対ワルプルギス用の準備をしているシェリーを呼び出す。
 彼女はいつも通りの気だるそうな口調のまま電話に出た。
 だがその声調は長くは続かなかった。
 今起こった現象を事細かに報告すると、彼女は声を荒げた。何かを打ち砕く音が聞こえる。

シェリー『考えられない事態じゃなかったのよ! ただ上手く行ったから、違う、私たちの慢心だよクソッタレ!』

ステイル「落ち着け。何がどうなっているのか説明してくれ」

シェリー『……美樹さやかはそこにいるか?』

ステイル「……ああ」

シェリー『外させろ』

ステイル「……すまない、スピーカー状態にしてしまっていてね。本人は聞く気満々のようだよ」

 意地でも話を聞く、と言わんばかりにステイルの腕にしがみつくさやかを見ながら、ステイルはため息をついた。
 電話の向こうでふたたび何かが砕ける音がする。オイルパステルだろうが、はたしてあんなに砕いて平気なのか?

シェリー『……少なくとも魔女にはならないわ』

ステイル「どういうことだ」

シェリー『これ以上は、今の段階では言えない。魔法を使ったらダメだって伝えとけ』

ステイル「……分かった、じゃあ切っおいなにをしている! 話せばっ……つうぅ!」

 がぶり! という効果音が聞こえてきそうなくらいに、さやかが腕へと噛み付いた。
 たまらず右手を振り回すが、その隙に携帯電話を奪われてしまう。君は獣か。

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:26:33.29 ID:i7VUGE2Eo

さやか「そういう隠し事はもうカンベンよ! そっちが素直に話さないんなら魔法ばんばん使いまくるわよ!?」

シェリー『……ステイルに代われ』

さやか「あ、本気って思ってないでしょ! よーしさやかちゃん本気出して魔法を」

シェリー『死ぬぞ』

さやか「使っちゃいますかんねー……」

さやか「え?」

 息が止まり、空気が凍りつく。
 時間すら止まったかのような錯覚すら覚えたそれは、ほんの一瞬のことだった。

シェリー『推測だけど、あなたの魂はもう、長くは持たないわ』

 シェリーが告げた言葉は、ひどく簡単で、単純で、これ以上ないほどに分かりやすい物だった。

シェリー『一〇万三〇〇〇冊の魔導書の知識と、集めた情報を使ってソウルジェムは再構成された。その設計は完璧だ』

シェリー『ただ一つだけ、問題があるとすれば』

シェリー『魔女になった際に流出した、あるいは燃焼した魂の再生が出来ないっつーこった』

シェリー『魔法を使い続ければソウルジェムが壊れる。それはね、あなたの魂が淀み出る穢れに耐え切れないからよ』

シェリー『お前の魂はもう既にすっからかんなんだ。老人のそれと変わらないんだよ、チクショウが……!』

 魔女になる前に、ソウルジェムが砕ける。
 これが魔女の状態から元の姿に戻った、希望に満ち溢れる人類初の魔法少女。
 美樹さやかという14歳の少女に化せられた、残酷な運命。

シェリー『……ごめんなさい』

 電話が切れる。

91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:32:06.96 ID:i7VUGE2Eo

 固まったままのさやかからソウルジェムを取り上げると、慌ててその様子を観察した。
 わずかだが、穢れが噴き出している。
 懐から天草式が回収したGSを使って穢れを取り除くと、ステイルはさやかの両肩を掴んだ向き直らせた。

ステイル「諦めるな」

さやか「……」

ステイル「要は魔法を使わなければいいんだ。GSを多めにストックして、いつでも使えるようにすればいい」

ステイル「その間にソウルジェムを元の魂に戻して、終わりだ。あとは恭介と幸せな日々を送る。それだけだろう」

さやか「……」

 さやかは応えない。
 当然の反応だろうと、ステイルは思う。魂が持たないと言われたのだ。
 仮にソウルジェムを元の状態に戻しても、彼女はもう……

 見えない力が働いているのではないか。
 ステイル達という異物が、歪みが成すことを、世界が正しい形に捻じ曲げようとしているのではないか。
 そう勘繰りたくなる。

さやか「……ごめん、グリーフシード、借りてくね」

ステイル「……ああ」

 そう言って、グリーフシードとソウルジェムを両手に持ったまま彼女は屋上を立ち去った。
 あのグリーフシードならば小さな穢れに限ればあと十回程度なら吸えるはずだ。少なくとも今は平気だろう。
 今の自分に出来ることは、天草式の誰かをさやかのそばに配置するよう手配することと。
 ワルプルギスの夜の対策をすることくらいしか――

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:33:37.96 ID:i7VUGE2Eo

――ステイルッ!!

 自分を呼ぶ声を聞いてステイルは首を振った。
 屋上の端、柵の向こう側に、珍しく息を荒げた神裂の姿が見える。

ステイル「……なんだい」

神裂「っ……状況は最悪です。どうしてこうなったのか、私には見当も……」

ステイル「ああ、さやかの魂が長く持たないことか。どうして君がそれを?」

 神裂の表情が、驚愕のそれへと変貌した。

神裂「美樹さやかが長くないとはどういうことです? なにがあったのですか?」

ステイル「だから……ちょっと待て、君が僕に伝えようとしていたことはなんだ? まず先にそれを話せ」

神裂「私は……」

 神裂が深呼吸をして息を整える。
 それから軽々と何メートルもある柵を飛び越えて、ステイルの目の前にふわりと着地した。

神裂「まず一つ目ですが」

神裂「イギリス清教所属の浮遊要塞一つ、それと水中要塞四つが日本の近海に接近しています」

神裂「積荷は最低でも魔女が五〇名、魔術師が百二〇名、修道女が二〇〇名」

神裂「彼らの目的は、見滝原市に対する攻撃です」

 ギリッ、と音を立てて歯軋りする。
 これが最大主教の魂胆か。クソ食らえ、女狐めが。

神裂「それから……もう既に、出現しています」

ステイル「何が?」

神裂「ですから――」

93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:35:08.55 ID:i7VUGE2Eo

――イギリス 聖ジョージ大聖堂

ローラ「今なんと言ったのかしら?」

QB「ワルプルギスの夜が現れた。でも安心するといい。あれが猛威を振るうまでには、もう少し時間が掛かるからね」

ローラ「予定と違いたるわよ。ワルプルギスの夜は明後日、早くても明日の夜に現れる予定になりけるはず」

QB「そうだね、予定ではそうなっているよ」

ローラ「……知っていて、騙したりたわね?」

QB「勘違いしないで欲しいけど、僕はあくまで君と同じように利益を最優先に考えて行動しているだけさ」

QB「君にワルプルギスの夜の行動予測を言うべきか否か。言ってどのような利益が生じるかを考えてみたんだけどね」

QB「特に見当たらないから言わなかっただけだよ」

 ギリッ、と歯軋りする音が聖堂内に響いた。
 珍しくローラの顔が怒りに歪んでいる。

ローラ「……取引相手にはサービスしたるものでしょうが」

QB「君から得られる情報にはもう利益がない。だから取引関係はここまでということさ」

 キュゥべぇの言葉に毒は無い。
 その事実は彼女が一番知っている。痛いくらいに知っている。
 だからこそ、より一層ローラを苛立たせるのだろうか。
 彼女は鬼のような形相のままキュゥべぇを睨みつけた。

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:35:59.89 ID:i7VUGE2Eo

QB「でも……そうだね、手切れ金代わりに良いことを教えてあげようか」

QB「美樹さやかだけどね、彼女は魔女になる前に死ぬよ」

ローラ「……なに?」

QB「彼女の魂はもう不全の灯火、というわけさ。これが君達人間がでっち上げた奇跡の限界なんだよ」

QB「魔法少女がその魂を捧げて叶える奇跡と。たかだか祈りによって成し遂げられる奇跡の違いだね」

QB「そして……鹿目まどかは因果の量こそ途方も無いけど、その魂の量は凡人のそれと変わらない」

QB「君の狙いである利益とやらは手に入りそうもないし、美樹さやかは魔女になり損だったわけだ」

 キュゥべぇの言葉を受けて、ローラは黙ったまま背を背もたれに預けた。

ローラ「……それは、悪きことを、してしまいたわね」

 キュゥべぇから目を離すと、ローラは椅子から立ち上がった。
 髪飾りを何度かいじってから聖堂の入り口に向かって歩き始める。

QB「どうするつもりだい? ついていってもいいかな?」

ローラ「……いずれにしろ、最悪の場合は私が必要になりけるだけのこと。ついてくるか否かはお前の好きにしなさい」

95: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:36:50.26 ID:i7VUGE2Eo

 聖堂を出ると、ローラは自分の周囲に濃密な結界を張り巡らせた。
 周囲の空間に音が漏れない、絶対的な結界の中でローラは口を開く。

ローラ「魔女は諦めなさい」

ローラ「最悪の場合はそれだけじゃなし。wi円gejo理rhnの同一たる存在や、それに連なる者も諦めたる必要が出てきたわ」

 ローラの言葉にノイズが混じる。

ローラ「私は私の利益さえ得られれば十分と言えようども、お前は違う。そうでしょう」

ローラ「この歪みの張本人。アレイスター=クロウリー」

 ローラのいる空間がほんの一瞬だけ歪んだ。

ローラ「少女の願いを聞き入れた偽善者。息を吸うようにしてwruh環axopの干渉を遮りたる稀代の魔術師」

ローラ「ハッピーエンドは、安くはなき。ということよ」

 ローラは目を伏せると、最寄の空港に辿り着くために道路に躍り出た。
 目の前にタクシーが見える。



ローラ「……さて。飛行機のチケット代はいくらだったかしらね」

96: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:38:37.21 ID:i7VUGE2Eo

――神裂と共にまどか達の下へ急ぎながら、ステイルは必死に頭を働かせる。
 戦力の準備は十分ではない。準備が完了するまで最低でも10時間は必要だ。
 しかもこれは準備に専念した場合の時間だ。同時進行でイギリス清教が差し向けた刺客の対策をしなければならない。

ステイル「ふざけている」

 ふざけているのだ。こんな酷いバランスの戦いはなかなかお目にかかれない。

ステイル「さやか抜きでワルプルギスの夜と戦って、勝てると思うかい?」

神裂「無理でしょうね」

 神裂がにべもなく言った。
 大雑把な戦力比はほむら25:神裂25:さやか15:杏子20:ステイル8:シェリー7の100なのである。
 いかに3000℃の炎を生み出せるとはいえ、所詮ステイルはただの魔術師。
 シェリーも、ゴーレムを使うには限度がある。

ステイル「まいったな」

 対してさやかと杏子はグリーフシードさえあれば劣化聖人程度の力を発揮出来るのだ。
 ほむらと神裂がワルプルギスに有効打を与え、さやかと杏子が二人のフォロー、あるいは使い魔の迎撃。
 そして四人が回復している間に天草式とアニェーゼ部隊の支援を受けつつステイルとシェリーが時間稼ぎ。
 そういう流れだったのだが。

神裂「美樹さやかを戦場に出してはなりません。そうなる前に必ず止めます」

ステイル「分かっているさ、だが……」

 足りない。戦力が、圧倒的に足りない。
 今から学園都市に救援を乞う手も無いではなかったが、やはり難しい。
 八方塞がりである。

ステイル「……クソッ」

97: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/03(月) 02:40:06.97 ID:i7VUGE2Eo



 重く圧し掛かる絶望。



 どうにもならない現実。



 魔女の宴、その前夜祭が、始まろうとしていた。

113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:09:36.82 ID:Jz48P6Uzo

――前夜祭といえば聞こえはいいが、だからといって大騒ぎするわけではない。

 多くの人間が慌しげに視線を配り、あるいは困惑して右往左往する程度のことだ。

 それは思春期まっしぐらの少年少女達も同じことである。

 ある者は自身に突きつけられた運命を呪い、絶望に打ちひしがれ。
 またある者は一物抱えている友の力になろうと決心し。

 別のところでは、切羽詰った事態であるにもかかわらず何も出来ないことに腹を立て。
 さらにもう一方では、そんな輪に加わることが出来ず、居場所を探してあちらこちらを彷徨い歩き。

 とある少女は現状を確認して自身の信念を貫き通す覚悟を決め込み。
 またとある少女は目まぐるしく動く状況に対して、自分に何が出来るのかを考え込んだり。

 とにもかくにも、そんな調子なのだ。

 宴の前だからといって杯を交わすようなことはないのである。
 あるいはこの場に、圧倒的なカリスマを持つ人間がいれば、状況は違ったかもしれないのだが。

114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:10:54.90 ID:Jz48P6Uzo

 時刻は日本時間で夜の九時。
 ガラス窓に映るもうもうとした雷雲を見つめて、さやかはため息を吐いた。

 さやかがいる場所はとある体育館。その入り口付近にある階段だ。
 ここは特定の避難警報が発令された際に避難場所として使用される決まりになっており、彼女は絶賛避難中であった。
 ワルプルギスの夜がスケジュールを前倒しにして現れたせいだ。

さやか「こりゃ荒れそうだね」

 いやいや、現在進行形で荒れているのか。
 さやかは内心で訂正すると、窓越しに空を見上げた。
 本来ならばその丸々とした姿を覗かせている予定だった月は、
 しかし分厚い雲の層によって遮られ、その蒼白い月光で街を照らすことは無い。

??「こんなところにいたのかい、さやか」

 自分を呼ぶ声。
 時折現れる雷光を見てうつろうつろとしていたさやかは、後ろを振り返った。
 そして明るい笑顔を浮かべる。
 そこにいたのは、左手を包帯で保護した――しかし杖無しで立ち歩く恭介だった。

さやか「恭介じゃん、どうしたの? もう夜遅いよ?」

恭介「さやかと同じで、眠れないんだよ。どうだい?」

 右手にぶらさげた二本の缶コーヒー(微糖)を掲げて、恭介が人懐っこい笑みを浮かべた。
 何気ない配慮が、さやかには暖かい。
 目頭が熱くなるのを感じながらも、さやかは缶コーヒーを受け取った。
 手のひらから缶コーヒーの温もりが伝わってくる。

さやか「えへへ、気が利くねぇー♪」

恭介「僕と君の仲だからね。隣、良いかな?」

さやか「うん、いいよ」

恭介「ありがと、さやか」

115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:11:33.91 ID:Jz48P6Uzo

 恭介と肩を並べると、さやかは缶のプルタブを摘み上げた。
 小気味の良い音と共に中の空気が溢れ出し、コーヒーの香りが鼻腔に伝わってくる。

さやか「……あったかい」

恭介「そうだね。あったかい」

 コーヒーを口に含む。
 苦味が口の中に広がり、しかしそれを上回る勢いで甘味が口内を覆い尽くしていく。

さやか「おいしー」

恭介「うん。おいしい」

 そんな彼の返事に、さやかは言葉に出来ない微妙な違和感を覚えた。
 恭介は、何か悩み事を抱えている。
 長年の付き合いゆえにそれを見抜いた彼女は、恭介の横顔を覗き見た。
 彼の顔色は平常時のそれとなんら変わらない様に見える。だが、見えるだけだ。

さやか「どしたの? なんか悩み事でもあるわけ?」

 さやかの言葉を受けた恭介が、はっとした顔で彼女を見た。
 それから恭介は苦笑を浮かべて、観念したかのように口を開く。

恭介「あるといったら、あるかな」

さやか「ふふーん、親友の悩み事と聞いたら黙っちゃいられませんなぁ。さやかちゃんが相談に乗ってあげよう!」

恭介「本当かい? ありがとうさやか!」

さやか「いいっていいって。それで悩み事って何?」

恭介「うん、それなんだけどね……」

116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:14:08.64 ID:Jz48P6Uzo

 恭介は真っ直ぐな目でさやかを見た。さやかもそれに答えるように彼を見た。
 互いの瞳に互いの姿が映し出される。

恭介「さやかにとって、僕ってそんなに頼りない存在なのかな?」

さやか「えっ……?」

恭介「僕は君の……親友だろう? それなのにこれは、ちょっとないんじゃないかな」

さやか「あ、あの、何を言ってるのかさっぱり分かんないんだけど」

 彼の言葉が理解できず、さやかは狼狽して彼を上目遣いに見た。

恭介「駅での時は仕方なかったよ。あれは僕にも責任があったからね。だけどさ、今回は違うんじゃないかな」

恭介「そうやってまた厄介ごとを溜め込んで、僕を除け者にして、それで満足かい?」

さやか「除け者になんか……してない」

恭介「じゃあどうして悩みを打ち明けてくれないんだ。どうして僕に相談してくれないんだ」

 こっちの気持ちも知らずに、こいつは。
 今自分が抱えている事情なんて、言えるわけがない。話せるわけがない。
 自分はもう、一度化物になって死んだようなものなのに。この身体だってゾンビと変わらないって知ってるくせに!
 それなのに、恭介は! どうして! どうして……?

 堰を切ったように、感情の波が溢れ出す。

さやか「何で? 何でそんなに優しいかな?」

恭介「え?」

さやか「あたしなんて、もう……」

 さやかの手から、空になった缶が支えを失って地面に落ちた。

117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:15:23.80 ID:Jz48P6Uzo

――どんと構えて、肝が据わっていようと。さやかはまだ十四歳で、子供なのだ。
 十四歳という年頃の子供は多感で、しかし不器用で、彼らの知る世界はまだまだ狭い。
 自分の命が残り短い物であると饒舌に説明できる子供はそう多くないだろう。
 現実を受け止めきれずに、何かに当たる者だっている。それが当たり前なのだ。

 だからさやかは。
 両目から大粒の涙を零し、恭介の身体にしがみつき、その痩せ衰えた細い身体を力なく叩いた。

さやか「あたしは、あたしはもう!」

恭介「さやか?」

さやか「もう、長くないのに……!」

恭介「長くないって、えっと、それは……」

恭介「えっ? 長くない……?」

 恭介の体が、静かに強張った。
 それはさやかにしがみつかれて緊張しているわけでもなければ、照れているわけでもなく。
 彼女の言葉の意味を、察してしまったからだろう。

恭介「……そんな」

 自然と、彼の両手がさやかの背中に回された。
 そうしなければ、立っていることすらできないから。

さやか「うぅ……うぅぅ……!」

 全身を震わせて、しかし声を押し殺して静かに泣くさやか。
 そしてそんな彼女を、ただ抱き締めることしか出来ない恭介。

118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:16:28.88 ID:Jz48P6Uzo

 その一部始終を見ていた者がいる。
 ほむらだ。
 彼女はそのやりとりを見終えると、悲しげに目を伏せ、音もなくその場から離れた。

ほむら(さやかと上条恭介のエピソードはこれまでにもいくつか見てきたけど……)

ほむら(この世界が、一番救いようが無いわね)

ほむら(一度希望を持たせられてから、ふたたび絶望のどん底に叩き落される……これもキュゥべぇの狙い通り?)

ほむら(だとしても、いくらなんでも……)

 そこまで考えて、ほむらはふと足を止めた。
 果たして、さやかの境遇を同情出来るほど自分はご立派な環境にいるだろうか?

ほむら「……私も、同じかしら」

 つい昨日までは、この世界がこれまで巡り巡って来た世界の中でも最良の世界のように思えた。
 ステイルたちと共に、この時間の迷路を抜け出せると。本気で信じることが出来た。

 だが実際はどうだ。
 彼らという頼もしい仲間を得たほむらは、しかし同時に厄介な敵を相手にせざるを得なくなってしまった。
 強化された(らしい)ワルプルギスの夜。並々ならぬ魔術師の大群。絶望から抜け出せないさやか。
 そして、魔法少女になるという願望を拭い去れないまどか。

ほむら(この世界も、ダメなのかもしれない)

 ……だからどうした。その時はその時だ。これまでと同じように、時間軸を超えてやり直すだけだ。
 たとえその世界に、自分と苦楽を共にしたまどかがいなかろうと。
 あのお人良しな魔術師達がいなかろうと。



――ほむらは揺るがない。

119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:17:32.97 ID:Jz48P6Uzo

――体育館のすぐ傍に位置する空き地に、小さなテントが建てられていた。
 軽い鉄パイプと布一枚のその頼りない外見とは裏腹に、
 魔術的工夫と術式によって自動車が突っ込んできても崩れない防護性を秘めている。

建宮「――だから先にイギリス清教の刺客を迎撃する術を構築した方が得策なのよな」

五和「でもワルプルギスの夜がいつ動くか分からない以上はどうにも出来ませんよ」

対馬「出現してからもう三時間。ただでさえ結界を張って影響を最小限に押し留めている以上、戦力は割けないわ」

ルチア「やはりあれが動き出す前に叩いてしまった方がよろしいのでは?」

 古いストーブの前でパイプ椅子に座って暖を取っていた杏子は、三度目のループを迎えた会話を聞いて呆れ顔を作った。
 くだらないと、心の底から思う。
 自分の知る魔術師は、困っている人のためならばあらゆる手順と法則をすっ飛ばして駆けつける、そんな存在だ。
 それがこうして延々と話し続けていれば、失望を覚えてしまうのも致し方ないといえるだろう。

杏子(さやかのことだって気になるのに……)

 イライラして席を立とうとした矢先、コツンと頭に何かが当たる。
 杏子が気だるそうに顔を上げると、ポッキーの箱を手にしたアニェーゼが視界に入った。

アニェーゼ「気持ちは分かりますが、大事なことなんですよ。藪を突いて蛇が出たら元も子もねぇですからね」

杏子「でもさぁ、こういう時に現状維持って間違いなく詰むパターンだよ? 分かってんの?」

アニェーゼ「あたしらは少数精鋭が基本です、それは痛いほど分かってますよ。
          それでも、議論を積み重ねなきゃなんねぇんです。これも民主主義ですよ」

杏子「はっ、くだらないねぇ。民主主義なら多数決とってそれで終わりでいいじゃん」

アニェーゼ「多数決は民主主義と呼べるんですかねぇ。一つの側面を持っていることまでは否定しませんが……」

 ポッキーを口に放り込みながら、アニェーゼがしみじみと呟いた。
 杏子もそれに習ってポッキーをくわえて、しかし苛立ちを隠そうともせずに舌打ちする。


杏子「くっだらねぇ、このままじゃアタシらみんな全滅だぞ」

120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:19:25.53 ID:Jz48P6Uzo

??「――いえ、まったくもって同意します。佐倉杏子」

 女性の声と共に、テントの中に突風が吹き荒れる。

アニェーゼ「ひゃっ!?」

 皆が驚いて目を丸くする中、杏子だけが口角を持ち上げてにやりと笑みを浮かべた。
 彼女はポッキーを噛み砕きながら、突風と共にテントの中心に現れた女性――神裂火織を見た。
 神裂は周囲に舞い上がる埃といくつかの書類の一切を無視して、威風堂々たる面構えを保ち続けている。

 神裂が口を開いた。

神裂「まずはイギリス清教の刺客から相手にします」

神裂「このままでは皆あの最大主教とキュゥべぇの餌食です。骨も残らずしゃぶり尽くされておしまいでしょう」

神裂「時は金なりと言いますが……時は一刻を争います。不服な方もいるでしょうが、私の指示に従っていただきます」

建宮「……では、まずは戦力の再配置を行う必要が。それに海に身を潜める要塞に割く戦力も」

神裂「その必要はありません。要塞と対峙するのは私一人です」

 ヒュウ♪
 思わず口笛を吹いてしまった杏子は、アニェーゼのじと目を受けて肩をすぼめた。

五和「そっ、そんな!? 無茶ですよ! いくら女教皇様といえど!」

神裂「話は最後まで聞いてください。私は何も、彼らを倒すために対峙するわけではありません」

 頭が良いやつが現れて、一気に流れが変わるのは面白い。
 にやにやしながら、杏子は内心でそんな気持ちを抱いた。

神裂「私が彼らと対峙するにあたって、まず行うことですが――――」

121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:20:08.63 ID:Jz48P6Uzo

杏子「――はぁ?」

 神裂の言葉を受けて、杏子が間抜けな声を出した。
 前言撤回、こいつは頭が悪いやつだ。
 杏子は慌てて立ち上がると、声を大にして彼女に詰め寄った。

杏子「バカかアンタ!? バッかじゃねぇの! またはアホか!?」

神裂「バカでもアホでも、何でも構いません。これはステイルとも相談し合って決めたことです」

杏子「正気かよ……」

神裂「ですから、佐倉杏子」

 そう前置きすると、神裂は杏子に向かって深々と頭を下げた。

神裂「お願いします。ワルプルギスの夜の足止めを、頼んでもよろしいでしょうか?」

杏子「ッ~~~~!」

 卑怯だと、杏子は思う。
 こんな真剣な顔でお願いされたら、断れるわけない。

杏子「……頭上げな」

杏子「どうせあいつは、アタシとほむらの二人で片を着ける予定だったんだ。いまさらどうってことねーさ」

神裂「……感謝します、佐倉杏子」

杏子「フン!」


杏子「全部終わったら、たんと飯おごってもらうからな!」

122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:20:59.95 ID:Jz48P6Uzo

――素直になれない杏子が憎まれ口を叩いている時。
 広い体育館の、その隅に。
 やたらとゴツいゴーグルをかけて寝袋を担いでいる少女が、頭頂部からわずかな紫電を発した。
 彼女は御坂美琴のクローンで、一万人近い妹達の一人である。コンビニバイトを始めてはや三ヶ月。

ミサカ「やはりスーパーセルにしては勢いが……ですがこの前兆はやはり……しかし日本で……」

??「なにをぶつくさ喋っていますの?」

 一万人近い姉妹と目に見えぬネットワークで情報のやり取りをしていた妹達、もといミサカに声を掛ける人物がいた。
 志筑仁美その人である。
 以前ちょっとした事件があった際にミサカと知り合い、それからたまに顔を合わせる仲になったのだ。

ミサカ「見滝原市に現れたスーパーセルについて、姉妹と討論を繰り広げていたところです
      と、ミサカはとろんとした目でこっくりこっくり舟を漕いでいる仁美に説明します」

仁美「もう、まるで人を夜更かしできない子供みたいに……言わないでください」

 不満げに言うが、その目は焦点が定まっていない。

ミサカ「いやいや今にも寝そうだろ、とミサカは仁美の前で手を振って見せます。というかなぜこちらに?」

仁美「うー、しょうがありませんのよ。気晴らしに出歩いてみれば同級生の方々はみなご家族とご一緒してますし……」

仁美「まどかさんやさやかさんに至っては深い事情がお在りのようで、声をかけることもできないんです……」

ミサカ「はぁ、心中お察しします。とミサカはお声をおかけして……あの、仁美?」

 仁美はよろよろとその場に座り込むと、そのまま口をもごもごさせた。

仁美「どうしてみなさんばかり……」

仁美「私だってもっと巻き込んでほしいという…………考え、が………………」


仁美「………………………………すぅ」


ミサカ「ね、寝やがった……! とミサカはこの神経の図太いお嬢様に戦慄します」

123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:21:53.96 ID:Jz48P6Uzo

 ひとまず仁美の肩に支給された毛布を掛けてやる。
 それからミサカはその場にあぐらをかいた。
 仁美の身体をほんの少しだけ傾けて、自身に預けさせる。

ミサカ「……しかしあれですね、この少女も報われませんね」

 盛大に失恋して――恋を諦めて――心中穏やかでないにもかかわらず、友人の前では平静を保ち続け。
 親しき者達が隠し事をしているのに気付きながらも知らぬ振りを通し、
 彼女らにいらぬ苦労を掛けさすまいとこれまで同様の関係を維持してきた、志筑仁美。
 複雑な人間関係に悩む彼女に同情を覚えつつ、ミサカは世界中に散らばる姉妹達との交信を再開する

ミサカ「さて、今の内に新しい情報をインストールしておきますか」

ミサカ「……統括理事会が掴んだ新たな情報、ですか?」

ミサカ「魔法少女(笑)? 魔術サイド(爆笑)の行動? インキュベーター(暗黒微笑)の思惑?」

ミサカ「うーむ、難しいですね。これらが本当の場合は原因究明のためにも動かねば……っと」

 ぽてん、と。
 仁美の頭がミサカの肩に乗った。
 彼女の唇がかすかに動く。

仁美「どうして……仲間外れなんか……」

ミサカ「……」

ミサカ「っておい寝言かよ、焦らさないで欲しいものです。やれやれ」

ミサカ「しかしまいりましたね」

ミサカ「動こうにも、動けなくなってしまいました」

124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:22:47.40 ID:Jz48P6Uzo

 そして。

まどか「……行かなきゃ」

詢子「ん、どしたーまどか?」

知久「お腹でも空いたのかい?」

まどか「え? ううん、えっと……」 アタフタ

タツヤ「わあったー! おといれー?」

まどか「! そ、そう、トイレ! ちょっとトイレ行ってくるね!」

詢子「おう、絶対外には出るなよー」

知久「いってらっしゃーい」

まどか「あはは……いってきまーす」

 割り当てられたスペースを抜け出ると、まどかは制服姿のままその場を離れた、
 体育館の玄関へと連なる廊下を駆け抜け、先ほどまでさやかと恭介がいた階段の近くまで足を運ぶ。
 鳴り響く雷鳴をBGM代わりにして、上がってしまった息を整える。
 それが終わると、彼女は視界の向こうにいるステイルとほむら(魔法少女姿)に向かって声を掛けた。

ステイル「やぁ、こんな夜更けにどうしたんだい?」

ほむら「子供は寝る時間よ」

まどか「二人だってまだ子供でしょ?」

ステほむ「身体 (精神) 年齢だけなら大人顔負けだね(よ)」

まどか「うっ、否定できない……」

125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:23:44.57 ID:Jz48P6Uzo

まどか「ほむらちゃんとステイルくんは、これからどうするの?」

ステイル「僕はこれから長距離通信用の霊装の調整に入る。この嵐じゃ携帯電話が使えないからね」

ほむら「私はワルプルギスの夜の監視と戦術の最終チェックに入るところよ」

 そう言って、二人は笑みを浮かべた。
 まどかに恐怖を抱かせないよう精一杯努力しているのだろう。
 その思いやりを理解しているまどかは、どうにもならない無力感を覚えて静かに歯噛みする。

まどか「わたしね」

まどか「ワルプルギスの夜のことや、さやかちゃんのこととか、いっぱいいっぱい考えたんだけどね」

まどか「どうすればいいのか分からないの」

 ステイルとほむらは、黙って彼女の声に聞き入っている。
 時間などないだろうに、それでも邪険に扱わないでいてくれる。
 そんな二人の優しさに感謝すると同時に、まどかは言い知れない寂しさを感じた。

ほむら「あなたはあなたのままでいれば、それで……」

まどか「良くないよね? 強いんだよね? ワルプルギスの夜って。さやかちゃんも、どうにもならないんだよね?」

ステイル「それは……」

 違う、とは言わない。言えないのかもしれない。
 だからまどかは、今自分の脳裏に浮かんでいる疑問をそのまま言葉にした。

まどか「わたしの命は、どう使えばいいの?」

まどか「二人共頭良いんだよね? 二人ならわたしが考えるよりもずっとずっと上手なお願い事が考えられるよね?」

まどか「その気になれば、全ての魔法少女を救ってあげられたりするんじゃないかな? 絶望だって帳消しに出来るかもしれないよね?」

まどか「お願い、わたしの命をどう使えば――」

――まどかの言葉を遮るように、ステイルの足元から甲高い音が鳴り響いた。

126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:24:28.06 ID:Jz48P6Uzo

――音の原因は、ステイルが小脇に抱えていた霊装を落としたからだ。
 今ので霊装に不具合が生じて、若干の調整が必要になるかもしれないが……
 それでもステイルは平静を装うと、正面に立つまどかの顔を“睨んだ”。

ステイル「自惚れないで欲しいね」

ステイル「君の命を使わなければならないほど僕らは弱くもないし、意地汚くもなければ哀れでもない」

ステイル「もう一度言おうか? 自惚れるなよ、まどか」

 ほむらが目で抗議してくるが、ステイルはそれを無視した。
 無視した上で、彼はもう一度まどかの顔を見た。
 彼女の様子に変化は見られない。つまり、その程度で揺らぐ意思ではないということか。
 ふっと表情を和らげると、笑みを作ってやる。

ステイル「……安心するといい。僕らには時間を止められるほむらと、化物同然の神裂がついているんだ」

ステイル「このコンビに勝てる存在なんて数えるほどもいないだろうね。ましてやたかが魔女が勝てるはずない」

まどか「でも……」

ほむら「その神父の言うことは本当よ。ワルプルギスの夜は私達で退けられるし、さやかの問題もきっと解決できるわ」

 もちろん嘘である。
 ワルプルギスの夜は足止めするだけで精一杯だし、さやかに至っては救う手立てすら見つけることが出来ない。
 生命力を魔力に練成する技術はあるが、元になる生命力、その源泉である魂をどうこうする技術を彼らは持たないのだ。

ステイル(だからと言って、何もしないわけじゃないが……)

 そんなステイルの心境をよそに、事情を知らないまどかはほむらの言葉を受けて渋々頷いた。
 あくまでそれは形だけで、内心ではきっと納得していないだろう。
 きっかけさえあれば彼女は決意する。その想いを否定することは出来ない。

ステイル「……なんなら、巴マミの言葉を思い出してみるのもいいかもしれないな」

 言ってしまってから、自分の失敗に気付いて口を噤む。
 しかし時既に遅し。まどかは両目をぱちくりさせて、首をかしげた。
 クエスチョンマークが頭に浮かんでいるような錯覚すら覚えそうだ。

127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:24:54.50 ID:Jz48P6Uzo

まどか「マミさんの言葉? えっと、それって」

ステイル「あー、それよりもはやく戻ったらどうだい? ご家族もさぞかし心配しているだろう」

まどか「あ、え、でも」

ほむら「この状況下で帰りが遅くなれば、こっぴどく叱られるでしょうね」

まどか「う~……じゃあ戻るけど……」

 踵を返したまどかは、最後にもう一度、名残惜しそうにこちらを振り返った。

まどか「また、会えるよね?」

ステイル「もちろんさ」

ほむら「……ええ」

 二人の言葉を聞いて、まどかは元来た道を引き返し始める。
 まどかの姿が見えなくなると、ほむらは口を尖らせてステイルを睨みつけた。

ほむら「あの言い方は無いでしょう。まどかはただの子供なのよ」

ステイル「ただの子供が気に病みすぎなのが問題なんだ。毎日陰鬱とした考えでいるのは精神衛生上良くないだろう」

ほむら「その治療方法が荒療治だと言っているのよ」

 子供の心配をする子供(精神年齢不詳)と子供(身体年齢不詳)。
 神裂(十九歳)がいたらお前らが言うなと言い出しかねない場面だが、あいにく彼女は外で天候の流れを読んでいる。



ステイル「……さて」

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:26:14.00 ID:Jz48P6Uzo

 その言葉が合図となって。
 次の瞬間、ステイルは懐に。ほむらは左手に提げた盾に自分の右手を滑り込ませる。
 ルーンの刻まれたカードと大口径の拳銃を握り締めると、二人は各々のタイミングでそれを構えた。

ステイル「いるのは分かっているんだ」

ほむら「出てきなさい、インキュベーター」

 ほむらの声が廊下に響く。
 その残響音が聞こえなくなった頃になって、ようやくキュゥべぇが姿を現した。
 闇の中から這い出るように、そろそろと四足を動かして。血のように赤い両の眸を輝かせて。

QB「久しぶりだね、二人とも」

QB「時間遡行者。暁美ほむら」

QB「ルーンの魔術師。ステイル=マグヌス」

 距離を無視して紡がれるテレパシーによる声。
 ステイルは眉をひそめると、苛立たしげにキュゥべぇを見た。

ステイル「探知用の結界が敷かれているのは承知済みだと思ったんだが。どういうつもりでここを訪れたのやら」

QB「なんてことはない、ただ君達にサービスをしようと思ってね」

ほむら「感情を理解出来ないあなたがサービス? つまらない冗談を言う知恵がついたようね」

QB「そこにいる彼の上司のおかげでね。と言っても、直接僕が聞いたわけじゃないんだけど」

 あの女狐め。

ほむら「消えなさい。あなたの姿を見るだけでわたしのソウルジェムが濁るわ」

QB「それはは好都合だね。もっと僕の姿を見てくれないかな?」

ほむら「……本気で撃つわよ」

QB「それは困るなぁ」

129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:26:58.66 ID:Jz48P6Uzo

QB「さて……僕が君達にサービスをする理由なんだけどね」

QB「それを語る前に、僕はまず礼を言わなきゃいけないんだ」

ステイル「礼……?」

 疑問がそのまま言葉となってステイルの口から零れた。
 不可解なことを言ってのけたキュゥべぇは、その言葉に頷いてみせるとほむらに向き直り、

QB「この宇宙を生きるありとあらゆる生命を代表して礼を言わせてもらうよ」

QB「ありがとうほむら! 君のおかげでこの宇宙は救われるんだ!」

ほむら「……は?」

 キュゥべぇの態度に戸惑うほむら。
 彼女は困惑したまま、心細そうにステイルを見上げる。
 だがステイルは彼女の視線に応えてやれることが出来ない。彼もまた混乱しているからだ。

QB「ああそうか、君達は知らなかったんだね。それじゃあ一から説明してあげようかな」

QB「魔法少女としての潜在力はね、背負い込んだ因果の量で決まってくる」

QB「一国の女王(エリザード)や救世主(神裂)ならともかく、ごく平凡な人生だけを与えられてきたまどかに
   どうしてあれほどの膨大な因果の糸が集中してしまったのか……君の存在が、その疑問に答えを出してくれた」

QB「ねぇほむら。彼女は君が同じ時間を繰り返すごとに、強力な魔法少女になっていったんじゃないかな?」

 ほむらは答えない。
 答える術を持っていないのかもしれない。

QB「やっぱりね。彼女がああなったのは君のおかげ、あるいは君のせいだったんだ」

QB「正しくは、君の祈りによって成し得た奇跡。君に芽生えた魔法の副作用かな」

QB「条理にそぐわぬ願いは、必ず綻びを見せる。それがこんなところでも実証されてしまったわけだね」

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:28:40.17 ID:Jz48P6Uzo

ほむら「……どういうことよ」

 のどから搾り出すようにして紡がれた彼女の言葉は、静かに震えていた。

QB「君が時間を巻き戻してきた理由はただ一つ。鹿目まどかの安否だ。
   同じ理由と目的で、何度も時間を遡る内に、君はいくつもの平行世界を螺旋状に束ねてしまったんだろう」

 ……なるほど。
 キュゥべぇの言わんとすることを察したステイルが、ため息を吐いた。
 その素振りを見ながら、キュゥべぇは気に留める様子を見せずに説明を再開する。

QB「……数多の平行世界に存在する因果の糸が、鹿目まどかを中心軸として束ねられ、彼女に連結してしまったんだ」

QB「そう考えれば、彼女のあの途方も無い魔力係数にも納得が行く」

QB「君が時間を繰り返せば繰り返すほどに因果の糸は循環する。彼女に連なっていく。
   そうして彼女は、あらゆる出来事の元凶として強くなってきたんだよ。最強の魔法少女に足る素質を身に付けて、ね」

ほむら「っ……」

QB「君が来なければ、彼女はごく平凡な、ほんの少し素質があるだけの少女という枠組みの中で留まったかもしれない」

QB「僕は彼女という存在を見落とし、彼女は平凡な日常生活を謳歌してその一生を平穏無事に過ごせたかもしれない」


             カノウセイ
QB「そういった無限の幻想をぶち壊したのは、他でもない。ほむら、君だよ」


QB「だから僕はお礼を言わなきゃいけないんだ。彼女が魔法少女になり、魔女になることでこの宇宙は救われるんだからね」

QB「本当にありがとうほむら。君が身勝手な願いを叶えたばかりに、まどかの人生を台無しにして――」

 それ以上、キュゥべぇの言葉は続かなかった。
 カードを配置したステイルが、炎の剣を右手に提げたのを見たからだろう。
 ステイルとしてはこんなところで無駄な魔力を消費するつもりは毛頭無かった、のだが。

 キュゥべぇの意図――ほむらに追い討ちをかけることで、彼女を絶望させる行為を止めなければならない。

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:30:31.45 ID:Jz48P6Uzo

ステイル「小賢しい真似を……それも最大主教の受け売りか?」

QB「そんなところかな。何分この状況だと他の個体から送られる情報も受信し辛くてね。一苦労なのさ」

ステイル「その苦労は徒労に終わる。分かったらさっさと失せてくれないかな、さもなくば骨一つ残さず灰にするぞ」

QB「それは困るね。分かった、彼女の絶望は諦めて、僕は舞台の端まで退散させてもらうとするよ」

 そう言って、白い獣は尻尾を振りながら歩き始める。
 去り際に、

QB「だけどこれだけは忘れないでくれるかな。」

QB「舞台の端だろうと、客席から見えなかろうと。そこが舞台であるのに変わりはないことをね」

 こんな言葉を残して。

ステイル「チッ、性質の悪い……」

 やたらと遠回しな表現だが、要はこう言いたいのだろう。
 まどかを護衛する戦力を割かなければ、また何度でもたぶらかしに来る。
 ステイル達がワルプルギスの夜に当てる戦力が少なくなるだろうが、そんなことは知ったことではない、と。

ステイル「ほむら」

ほむら「……だいじょ、ぶよ」

 喉を震わせ、歯をガチガチと鳴らしながらほむらが頷いた。
 全然大丈夫じゃないだろうが――そう怒鳴りたくなる衝動を必死で押さえつける。
 ステイルは彼女の左手を掴むと、強引に自分の間近に持ってきた。
 わずかに濁り始めている。すかさずグリーフシードを取り出し押し当てると、瞬く間に穢れが取り除かれた。
 それを見届けると、ステイルは彼女の顔を見下ろしながら口を開いた。

ステイル「一つだけ聞かせてもらえるかな」

ほむら「……なに、よ」

132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:31:00.49 ID:Jz48P6Uzo



ステイル「君は、後悔しているのか?」



ほむら「……え?」


.

133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:32:05.99 ID:Jz48P6Uzo

ステイル「どうなんだ?」

ほむら「……わからないわよ、そんなの」

ステイル「なら、次に会うときまでに考えておいてくれ」

ほむら「……まるで死地に赴く兵士のような口振りだけど、あなたは単なる“通信士”でしょうが」

ステイル「……面目ないね」

 ソウルジェムは元の輝きを保ち続けている。とりあえず気は安らいだようだ。
 穢れによって真っ黒にくすんだグリーフシードを懐に押し込みながら、ステイルは足元に放置された霊装を抱え上げる。

ステイル「さて、英国民の血税に見合う働きをしないとね。君はもう休んだ方が良い」

ほむら「まだ早いわ。それに疲れもないし」

ステイル「予測が正しければ、の話だけどね。
       ワルプルギスの夜が動き出すのと僕らの作戦が成功するのには最低でも三〇分間のラグがある
       つまり君達には、最低でも三〇分間はワルプルギスの夜を足止めしてもらわなければならないんだ」

ほむら「……」

ステイル「その時になって寝不足で地力を発揮できないなんてつまらない冗談はごめんだ。
       分かったら避難スペースに戻って寝ろ。嫌ならテントでも良いが、あそこは少々騒がしくなるしね」

ほむら「素直に元の居場所に戻るわ……あっ」

ステイル「どうかしたか?」

ほむら「もしも途中でまどかと顔を合わせちゃったらどうしよう。気まずいわ……」

ステイル「……それだけ余裕があれば大丈夫だろう」

134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:34:30.51 ID:Jz48P6Uzo

――時刻は既に五時を過ぎ、既に夜は明けてしまっている中。
 それでも街は薄暗い。分厚い雷雲が、日の光を遮ってしまっているからだ。
 そんな薄暗く寂しい街の中で、鉄パイプと布で構成されたテントだけがやたらと人で賑わっていた。
 人で賑わうテントの内部、中央からやや東に逸れた位置に、やたらと大きなテーブルが置かれている。
 その中心には日本地図が広げられており、東西南北に位置する場所にはいくつもの折り紙や人形が飾られていた。

ステイル「受信機(そっち)の状況は?」

アニェーゼ「かなり悪いですね。ワルプルギスの夜が垂れ流している魔力が、一種の結界を生んじまっています
          外界から送られてくる通信とそうでないものを仕分ける作業が上手く行きません。こりゃあ厳しいですね」

ステイル「アンテナ代わりにテントのてっぺんに差した鉄板と鉄槍のアレが駄目なんじゃないのか?」

五和「ちゃんと偶像崇拝の理論に乗っ取って組み上げたんです、あれ以上のものは出来ませんよ!」

シェリー「連中がワルプルギスの夜に合わせて動くとなると、“到着”の時刻を考えたらこれ以上手間は掛けられないわよ」

五和「でも……ぷ、女教皇様もなんと、ぷっ、くくっ……」

 神裂を振り返った五和が、必死に口元を押さえて目尻に涙を浮かべた。

神裂「……五和、後で覚えておくように」

ステイル「彼女の反応も仕方ないと思うけどね……その歳でそれを背負う気分はどうだい?」

神裂「好き好んで背負っているわけではありません!!」

 “ランドセル”を背負った神裂が顔を真っ赤にして叫んだ。
 この期に及んでふざけているわけではない。
 送受信可能かつ持ち運び可能な通信霊装を考案した結果、土台の条件に適合するのがランドセルだっただけだ。

杏子「これで鞄からはみ出てるのが鉄の棒きれじゃなくてリコーダーだったら完璧だったのになぁ」

神裂「ああもう、準備はあらかた出来ているのでしょう!? 行きますよ!?」

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:36:47.48 ID:Jz48P6Uzo

 テントの外に躍り出ると、神裂は鋭い眼差しですぐ近くのビルや茂みを注意深く観察した。

神裂「試運転代わりに一つ。あー、ここからだと魔術師二〇、魔女一〇、修道女四〇が見えます」

シェリー『了解。ついでに感度良好……つーか声デカいから霊装越しじゃなくても届いてるわよ』

神裂「うっ……分かりました。それでは始めます」

 神裂が前屈みになる。
 それを察知したイギリス清教の刺客が身を強張らせるのを、神裂は驚異的な視力をもって確認した。

――何を馬鹿なことを。聖人を警戒するならば、それでは余りに遅すぎる。

 とはいえ、神裂に彼らを攻撃する意思など毛頭無い。
 神裂の狙いはその遥か後方。五〇〇キロ彼方の海に身を潜めるイギリス清教の要塞である。

 予測が正しければ、ワルプルギスの夜が動き出すのは九時前後。
 間に合わせるには、最低でも時速二五〇キロを超える速度で山を超え、海を渡り、要塞を探し出さなければならない。
 騎士ですら時速五〇〇キロを維持して三日間で地球を一周出来るのだ。それを鑑みれば、そう難しい話ではない。

神裂(ですが要塞を探し出すだけで三〇分、下手をすれば一時間は掛かりかねません)

神裂(ステイルとシェリーのサポートを受け、留守を五和たちに任せる以上……その間にかかる杏子たちへの負担は……)

 そこまで考えてから、神裂は考えるのを止めた。時間は掛けられないのだ。彼女達の力を信じるほかあるまい。
 深く息を吐き出すと同時に聖痕を解放。莫大な魔力を爪先へと向けさせる。
 彼女の足元のアスファルトが、ミシミシと悲鳴を上げる。

神裂「――神裂火織、往きます!!」

 世界に二〇人といない聖人が、ランドセルを背負ったまま音を置き去りにして走り出す。

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/09(日) 23:37:20.17 ID:Jz48P6Uzo

――果たして、そんな彼女の努力は報われなかった。
 時刻は八時五〇分。
 予定よりも早く動き出したワルプルギスの夜と対峙するため、ほむらと杏子の二人は街の中央に陣取っている。
 魔術師連中からの支援は、難しい。あちらはあちらで別件が立て込んでいるためだ。

ほむら「近いわね。ワルプルギスの夜が降りてくるわよ」

杏子「あいよー。ホントに二人だけで挑むなんてなー」

ほむら「過去に三人がかりで撃破したこともあるから安心しなさい……その時は、巴マミとまどかがいたけど」

杏子「ベテラン魔法少女と最強の魔法少女がいりゃあ勝てるでしょフツー。まっ、良いけどさ」

 二人のいる場所を濃霧が包み込む。

ほむら「さやかとは何か話した?」

杏子「魔女対策考えてたんだからんな余裕あるわけないって。帰って来てから話すさ。あんたはまどかとは?」

ほむら「……色々あって顔を合わせ辛くて。帰ってから話すわ」

杏子「んじゃ、是が非にでも勝って帰らなきゃいけないわけだ。コブ付きは辛いねぇ……」

 杏子がしみじみと呟く。その足元を、小さな道化師の使い魔が通り過ぎていった。
 杏子がぎょっとするのをよそに、その道化師は後ろから続いてきた象の使い魔に踏み潰されてしまった。かわいそう。
 そして淡い光となって、空中に霧散した。
 気がつけば、道化師や象、キリンに犬にライオンなど、さながらパレードを開く動物サーカス一座が周囲に散らばっていた。

杏子「なにこれ、倒した方が良いわけ?」

ほむら「ワルプルギスの夜の戯れよ。倒してもあいつに魔力が還元するだけだから無視しなさい」

ほむら「……来る!」

 濃霧が晴れる。
 サーカス一座が淡い光となって霧散する。

 そして、舞台装置の魔女――ワルプルギスの夜が姿を現した。

148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:22:25.79 ID:HfgaLUSPo

 ワルプルギスの夜とほむら達が対峙する――その五分前。

 体育館から一〇〇メートルほど離れた道路に、だらしなく寝そべったボーイッシュな少女がいた。
 髪は艶のある黒で、その目は陽の遮られた街の中にあってなお爛々と輝く金色を誇っている。
 彼女は衣服が汚れることを躊躇わず、しかし面白くなさそうにゴロゴロしながら蠢く雷雲を見上げていた。
 雲を目で追うことに見切りをつけた少女ががばっと起き上がった。
 そして近くのガードレールに腰掛けるポニーテールの少女をじぃっと見つめて、口を開いた。

「納得行かないなぁ、納得行かない! キミはそう思わないかい? 織莉子っ」

 織莉子と呼ばれた少女は目を閉じたまま微笑を浮かべた。

織莉子「あなたの気持ちも分からないではないわ、キリカ。でもこれが私達の役割なのよ」

 ボーイッシュな少女、キリカはそれでも納得が行かない様子で首をひねった。

キリカ「織莉子はこんな斥候兵の真似事で満足かい? こんな雑務、私達には役不足――そう、役不足だよ!」

織莉子「あら、それならワルプルギスの夜の方に向いたかった?」

キリカ「うっ……アレの相手はちょっと力不足かな」

織莉子「ならいいじゃない。それにここなら“どうとでも”対処できるわ」

キリカ「うーん……ねぇ織莉子、キミの未来を見通せる魔法で今回の顛末は見れないのかい?」

 キリカの言葉に、織莉子は目を開いて困ったような表情を作った。
 ガードレールから腰を上げると、その手のひらに真っ黒なソウルジェムを取り出す。

織莉子「それが見れたら苦労はしないわ。前にも言ったでしょう? この世界は異常だと」

149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:23:04.98 ID:HfgaLUSPo

キリカ「ああ、ミルクと紅茶が混ざってる状態だっけ?」

織莉子「そう。コーヒー側の私には、ミルク側である“魔術”がどのような未来を作り出すのか、完璧な物は見れないのよ」

織莉子「見れるのはせいぜい数分先の未来や、ワルプルギスの夜の襲来といった大雑把な未来だけね」

キリカ「へぇ、どうしてそんなことになっちゃったんだろうね」

織莉子「気になる?」

キリカ「全ッ然! 私は織莉子以外のことにはあんまり興味ないのさ。キミがそばにいればそれで十分!」

織莉子「ありがとうキリカ」

 織莉子は礼を言うと、目を閉じ、ソウルジェムを握り締めた。
 ソウルジェムが黒い輝きを放ち、ほんの一瞬だけ空間ごと歪む。
 ほんの少しばかり先の未来を見た織莉子はゆっくりと目を開くと、何もない虚空を睨みつけた。

織莉子「そして朗報よ。出番が訪れたみたいね」

キリカ「お! ということは?」

織莉子「ええ。“敵”がやって来たわ」

150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:23:49.69 ID:HfgaLUSPo

キリカ「ああ、ミルクと紅茶が混ざってる状態だっけ?」

織莉子「そう。コーヒー側の私には、ミルク側である“魔術”がどのような未来を作り出すのか、完璧な物は見れないのよ」

織莉子「見れるのはせいぜい数分先の未来や、ワルプルギスの夜の襲来といった大雑把な未来だけね」

キリカ「へぇ、どうしてそんなことになっちゃったんだろうね」

織莉子「気になる?」

キリカ「全ッ然! 私は織莉子以外のことにはあんまり興味ないのさ。キミがそばにいればそれで十分!」

織莉子「ありがとうキリカ」

 織莉子は礼を言うと、目を閉じ、ソウルジェムを握り締めた。
 ソウルジェムが黒い輝きを放ち、ほんの一瞬だけ空間ごと歪む。
 ほんの少しばかり先の未来を見た織莉子はゆっくりと目を開くと、何もない虚空を睨みつけた。

織莉子「そして朗報よ。出番が訪れたみたいね」

キリカ「お! ということは?」

織莉子「ええ。“敵”がやって来たわ」

151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:25:15.02 ID:HfgaLUSPo

 一方その頃。

 市の避難所として機能する体育館を最寄のビルから見下ろしていた『人間の魔女』であるスマートヴェリーは、
 気だるそうに双眼鏡を目から遠ざけてそっとため息を吐いた。

SV(聖人がいないとか、こりゃ勝ち戦だね。厄介なのは魔女狩りの『ステイル』と土くれ『シェリー』ぐらいかな)

SV(まさか魔法少女がそこまで出しゃばるわけもないだろうしー……お?)

 耳に当てていた通信用霊装から、攻撃開始の指示が下された。
 あの体育館に隠れている“らしい”鹿目まどかの首を取るためだけに、あの地帯にいる人間を全滅に追い込む。
 これではどこぞの世界の警察――アメリカ――様と変わらないが、命令ならば仕方がない。
 そんな時、スマートヴェリーの同僚から直通の通信が繋げられた。面倒くさそうに霊装を弄って声を拾う。

『――おいスマートヴェリー、本当にやるのか? 私としては一般市民の命を奪うようなことはなんとしてでも避けたいんだが』

SV「それが命令なら仕方ないでしょー。私達は所詮歯車、上の意思に従うしかないんだからさー」

『……いつから私達は組織の歯車にされてしまったんだろうな。本来ならもっとこう、大事なものがあったような……』

SV「そりゃそうだけど、最大主教は強いからねー。以上、交信しゅーりょー」

 などと同僚に告げると、スマートヴェリーは箒を片手にビルから飛び降りた。
 地上との位置関係が一〇メートルを切った時点で箒にまたがり、軌道修正。さらに落下。
 地表スレスレまで来てから、箒の先に方向転換用の火の玉を爆発させて無理やり方向転換。体育館目掛けて『走る』

 『人間の魔女』は空を飛ばない。空を飛ぶものに対する撃墜術式が普及しすぎているためだ。
 百発百中の対空ミサイルが飛び交う中を飛行する戦闘機はない。
 ゆえに地上を真っ直ぐに飛翔することで、魔女は地上を走っている体を装い撃墜術式を掻い潜るのだ。

SV(体育館まで三〇〇メートル。この分なら楽勝かな)

 そう思った矢先、さっそく障害を発見。黒い服装の少女だ。
 一般人かもしれないが、敵かもしれない。かもしれない尽くしだが、念のために減速。
 しかし隣を併走していた仲間は減速することなくさらに加速。少女を無視して――

 またがっていた箒を八つ裂きにされて、そのまま地上に墜落した。

152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:27:31.23 ID:HfgaLUSPo

???「ああもう、やんなっちゃうよ。いまさらコテコテの魔女とか出されても面白くないよ」

 魔女の一人を軽々と撃墜した黒い少女は、袖口――あるいは手の甲――から生やした鉤爪をつまらなそうに振り回している。
 スマートヴェリーの記憶が正しければ、見滝原に派遣された魔術師や修道女にあんな得物を持つ者はいない。
 とすれば、魔法少女か。
 その事実を確認するために、スマートヴェリーはあえて高度を上げて彼女の手前で浮遊して見せた。

???「またそーやって! コテコテの箒にまたがって!
.       “化物の魔女”を相手にしていた私に“古典的魔女”なんて、そんな皮肉! ところでその格好、恥ずかしくないの?」

SV「……余計なお世話、とだけ言っておこうかなー」

 迎撃術式は発動されない。やはり魔法少女だ。
 同じように浮遊していた二名の同僚が、右手と箒の先端に火の玉を灯しながら少女目掛けて飛翔する。
 他は全員――先遣隊として派遣された一〇名の魔女以外、すなわち三七名の魔女は様子見だ。

???「お? おお!?」

 加速した魔女の速度に反応できないのか、魔法少女の顔に困惑の色が生まれた。
 当然だ。しかるべき手順を踏めば、彼女達は時速五〇〇キロ以上の速度で飛ぶことが出来る。
 今はまだ加速途中なので三〇〇キロ程度だが、それでもまともに戦えるわけがない。

SV(なーんて、あっさり決着がつくとは思ってないけど)

 黒い魔法少女が、ふわっと一回転した。
 次の瞬間、突っ込んだ二人の魔女が、やはり先ほどと同じようにまたがっている箒を八つ裂きにされてしまう。
 それどころか鳩尾と首筋に鋭い打撃を受けて、悪態を吐く間もなくその意識を刈り取られてしまったようだ。
 ……今のは避けられない速度ではなかった。むしろ魔女の方が幾分か遅くなったようにも見えた。

SV「こりゃあ厄介かもねー」

 そんなスマートヴェリーのぼやきに、黒い魔法少女は鼻で笑って鉤爪を振り回した。

???「怖い怖い、何が怖いって殺してしまわないよう加減出来るかどうかが怖い!」

???「さて、次に無様な醜態を晒してしまうのは誰だい? 時間は無限のようで有限だよ! ハリーハリー!」

153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:27:59.22 ID:HfgaLUSPo

SV「……速度低下の魔法かなぁ? 範囲も強度も指定出来る感じ? 強いねーお嬢ちゃん」

???「ええー? ちょっと戦っただけで能力ばらしちゃうのって能力漫画じゃご法度じゃない?」

SV「いや、報告書にあったし」

???「報告書? あれー、それはどういうことだろう、うーん……ああ、そういえば君達もイギリス清教の人間か!」

 その時。黒い魔法少女の隙を窺っていたスマートヴェリーは、言葉に出来ない“匂い”を嗅ぎ取った。

SV「ッ!?」

 慌てて高度を落とし、地面を蹴るようにして後退する。
 その直後、近くに浮遊していた四名の魔女目掛けて、上空から無数の“光る球”が降り注いだ。
 騎士と渡り合うことの出来る魔女が、反応すら出来ずになすすべもなく蹴散らされていく。

???「織莉子?」

 黒い少女がいまだ煙の晴れぬ球体の爆心地を見つめてぽつりと呟いた。
 その声に応えるように、立ち込めていた煙がなぎ払われる。
 そうして、爆心地に降り立ったバケツを逆さにしたような帽子を被った白い魔法少女――美国織莉子が、姿を見せた。

織莉子「遅くなってしまったわね、ごめんなさいキリカ。怪我はない?」

 織莉子の口調と、ぶんぶんと首を縦に振る黒い魔法少女の様子から察するに、あの黒い魔法少女がキリカか。
 箒を握る手に力を込めながら、スマートヴェリーは二人を睥睨した。

SV「そっちが予知能力者の、えーと織莉子ちゃんかなー? でないと辻褄が合わないしねん。
   きみがぶっ飛ばした私の仲間はちゃーんと不規則に高度を変えて回避機動とってたのに、軒並みノックアウトだし」

織莉子「……私が見た未来では、あなたもまとめて吹き飛ばされていたのに」

キリカ「気にすることないよ織莉子! 一度で駄目なら二度! 二度で駄目なら三度!」

キリカ「それでも駄目なら私が直接刻もう。うんそれがいい。織莉子の手を煩わせるまでもない!」

 キリカが鉤爪を両手に生やしたのを合図に。
 スマートヴェリーを初めとした三三名の魔女が一斉に箒を走らせ、攻撃を開始した。

154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:29:42.79 ID:HfgaLUSPo

 風を切り裂くようにして、姿勢を低くしたキリカがアスファルトの上を黒豹のように駆け抜ける。
 その速度は魔女の巡航速度にも劣らない立派な物だ。
 だがそれでは魔女には敵わない。届かない。相手が魔術師でなければ、魔女は自由に空を飛べるのだ。
 それも童話やアニメに出てくるような、猫の使い魔が四足で立てるふわふわとした生易しい飛行ではない。
 体重を移動させて複雑な機動を交え、フェイントを掛け、上昇したと思ったら垂直降下する泥臭い戦闘飛行だ。
 相手もそれを承知の上なのだろう。後ろに控える織莉子が光球を巧みに操ってこちらの飛行を妨害しようとしてくる。
 振り子のように、いくつもの光球が右に、左に不規則に揺れる。
 魔女がそれを回避しようと上下に回避機動を取ろうとした。

キリカ「はい残念、きみの冒険はここまでだ!」

 その結果、僅かに動きが単調になるのをキリカは見逃さなかった。
 すかさず跳躍。目に見えぬ速度低下の魔法が空間を満たしていく。
 彼女の魔法と鉤爪の餌食となり、一人の魔女が成す術もなく墜落した。

SV(いいコンビネーション。阿吽の呼吸ってやつ?
   いかに予知が出来るとはいえ、あのタイミングでの連携は目を見張るものがあるねー)

 キリカを取り囲む魔女が、彼女目掛けて速度低下の魔法の効果範囲外から火や水、風の刃を作り出して放つ。
 そのいずれもが、キリカの魔法によって速度を極端に落とし、容易に見切られ、あるいは切り伏せられていく。
 しかし攻撃は止まない。
 ある魔女は場の空気そのものを制御する術式を用い、キリカのバランスを崩そうと試みた。
 またある魔女はありったけの魔力で箒に防御術式を掛け、速度を高めて地面スレスレを飛翔した。
 アスファルトがひび割れ、あるいは砕け散り、逃げる場所を失ったキリカが厄介そうに眼を細める。
 その様子を観察しながら、スマートヴェリーは加速して光球を突き飛ばして粉々に打ち砕く。大きな振動。

SV(あー、いたたた……単なる攻撃用の魔法を迎撃するのでこれじゃあ、やっぱ本体を倒すのは結構大変そうだねー)

 手元に残る僅かな痺れに顔を顰めつつ、スマートヴェリーは一旦高度を取ると通信霊装に意識を傾けた。

『どうするスマートヴェリー! 正直コイツらの動きは騎士以上だ、とてつもなく厄介だぞ! お前ならどう攻める!?』

SV「んー、確かに厄介だけど気に病む必要もないっしょー。相手が魔法少女である以上、こっちの勝ちは揺るがないって」

『なんだと!? それは一体どういう――わっまてタンマ! 今はまずっ――!?』

 短い悲鳴の後に、交信が途絶えた。キリカの蹴りでも食らったのだろうか。
 スマートヴェリーはため息を吐くと、箒を握る手に力を込めた。
 さぁ、第二ラウンド開始だ。

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:30:11.96 ID:HfgaLUSPo

――人間の魔女と魔法少女が壮絶な争いを繰り広げている頃。
 ほむらと杏子がワルプルギスの夜の下に駆けつけている頃。
 珍しく冷や汗をかいていたステイルは、大型の通信霊装に向かってみっともない悪態を吐いた。

ステイル「カブン=コンパスの対水圧性を考えるなら深度は浅めだと、何度言わせるつもりだ神裂!」

シェリー「怒鳴るな、今は通じてねぇよ……ジャミングがされてる状況下で長距離通信なんてするもんじゃないわね」

 今回の作戦は神裂がカブン=コンパスと接触することが目的であり、全てである。
 それが出来ない場合、彼らの努力と苦労は全て水泡に帰してしまうのだ。

ステイル「オルソラはどう思う?」

オルソラ「そうですね……ランドセルの色は黒よりも赤の方がよろしかったのではございませんか?」

ステイル「ああそうだねそうだよ聞いた僕が馬鹿だったよチクショウ!」

シェリー「通信が再開したわ」

 シェリーが言った直後、通信霊装越しに神裂の声が届いて来た。
 並みに流されているのか、やたらと水が跳ねる音がする。

神裂『――こちら神裂、標的は見つからず! 波が――この時期にしてはひどい荒れようです!』

シェリー「針路を南南東に修正して泳いでくれ。あと魔力の残滓か何かは確認できないの?」

神裂『この波の中で魔力が残っていたら奇跡――近いと言えるでしょうね!』

ステイル「とにかく動け。探し物は僕に任せるんだ。君を媒介に長距離探知術式を使う」

神裂『お願いします、ところで――っぷ。あの、ランドセルが浮き袋のようになって身動きが取り辛いのですが……』

シェリー「あなたが常日頃からぶら下げてる浮き袋と吊り合って、逆にバランスが取りやすいんじゃないかしら?」

神裂『……は?』

ステイル「脂肪は水に浮きやすいと言うしね」

神裂『……二人とも、帰ったら覚悟しておくように』

156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:30:52.45 ID:HfgaLUSPo

 神裂との交信を断ち切ると、ステイルは手を止めて苛立たしげに舌打ちした。
 シェリーの目が細まるのに気付かず、彼は黙ってオルソラの方に向き直る。

ステイル「三〇分以内に探知で切れば御の字と言ったところだね。オルソラ、君はどう思う?」

オルソラ「やはり色は赤がよろしかったでございますか?」

ステイル「……なぁ。やはり彼女は思考能力の一部をどこかに置いてきてしまったとしか思えないんだが」

シェリー「いいから手を動かせ……オルソラのことなら、おおかたその馬鹿デカい胸に知恵を送っちまってんじゃない?」

オルソラ「まぁ、そんなことございませんよ。よろしければご覧になりますでしょうか?」

ステイル「ああもう脱ぐな脱ぐな! そんなに脱ぎたければ学園都市まで行ってから脱げ!」

 オルソラが修道服を脱ぎ始めたので、ステイルは顔を真っ赤にして彼女の頭を叩いた。
 その衝撃で艶かしい大きな胸がぷるんと揺れるが無視。

シェリー「おらスケベ神父、よそ見する余裕があったら術式を構築しなさい。探知よ探知」

ステイル「誰がスケベ神父だ、誰が……探知術式の構築くらいすぐに出来るさ。クソッ、イライラする」

シェリー「ここは禁煙だぞ」

ステイル「言われなくたって吸うつもりはないよ……ところで天草式やアニェーゼ達はどうした?」

 それまで黙々とテーブルの上に何かを書き込んでいたシェリーが、ぴたりと手を止めた。
 ため息を吐きながら、わずかに敵意のこもった目でステイルを見る。

157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:31:48.02 ID:HfgaLUSPo

シェリー「ガキじゃねぇんだからよぉ、ちったぁ落ち着いて行動できないのかしら?」

ステイル「なっ……」

シェリー「暁美ほむら達が気になるんならとっとと追いかけやがれ」

ステイル「ふざけるな! 僕のサポート無しで神裂が標的と接触できるはずがないだろう!」

 神裂とシェリー、ステイルが三位一体とならなければこの作戦の成功率はグンと下がってしまう。
 作戦の失敗は、すなわち敗北を意味する。
 ほむら達に加勢するためにこの場を離れた先に待つのは五〇〇キロ先から放たれる執拗な砲撃だ。
 それでもシェリーは眉を寄せると、うんざりしたように頭を掻いた。

シェリー「だったら作業に集中しなさい。口動かしてる間に手も動かしなさい」

シェリー「それが出来ないなら失せやがれ。はっきり言ってあなた邪魔、気が散るのよ」

 そこまで言われてようやくステイルは自分がいかに集中力を欠いていたのかを悟った。
 肩をすくめると、シェリーに頭を下げてパイプ椅子にどかっと座り込む。
 自分らしくもない、酷い失態だ。

ステイル「……すまない。作業に集中しよう」

シェリー「分かりゃあいいんだ。それと天草式の連中だけど……オルソラ?」

 シェリーの声に、修道服を脱ぎかけた状態で固まっていたオルソラがにっこりと微笑んだ。


オルソラ「天草式十字凄教の方々でしたら、今頃は刺客の方々と壮絶なバトルを繰り広げていると思うのでございますよ」

158: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:32:37.01 ID:HfgaLUSPo

――おかしい。

 そう思ったのは、背反者である天草式の魔術師に攻撃命令を下した張本人。
 同じくイギリス清教の第零聖堂区、必要悪の教会に所属する魔術師である。
 まず先遣隊として鹿目まどかに追随する魔術師を蹴散らし、その後で要塞からの砲撃支援を受けて目標を殲滅。
 そして街諸共ワルプルギスの夜を消し去る、というのが今回の任務の主な流れであった。
 砲撃が先でも良かったのだが、確実に任務を成し遂げるためにはやむを得ない。
 当初懸念されていた聖人はどこかに逃げ仰せ、厄介者のステイル達が出てこない今ならば制圧するのは時間の問題だった。

 そのはずなのに。

「天草式とローマくずれの修道女にいつまで時間をかけるつもりだ!?」

 声を荒げながら通信霊装に向かって叫ぶも、返事はない。
 恐らくは前方で繰り広げられる激戦に気を取られて、誰もがいっぱいいっぱいなのだろう。
 戦力だけならばこちら側が圧倒的優位に立っているはずなのに、押されているのはこちらだった。
 目の前の戦場から飛んで来た矢をなんとかかわすと、魔術師は冷静になって戦場を観察した。

「……こちらの動きが鈍い?」

 その事実に気付いたと同時に、背後から強烈な威圧感を感じて男が身を捻る。
 直後、数瞬前まで男がいた地点を、研ぎ澄まされた海軍用船上槍(フリウリスピア)の矛先が貫いた。

「っ!?」

 慌てて槍を放った人物を見やり、男は目を細めた。

159: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:34:30.58 ID:HfgaLUSPo

 槍の持ち主である可愛らしい少女――五和はボロボロだった。
 おそらくは雷や矢、石に火に水と様々な物が飛び交う戦場の中を一心不乱に突き抜けて駆けつけたのだろう。
 もはや腹や太ももなどが露出し、布切れ同然となった衣服を必死に左手で押さえつけながら、五和は口を開いた。

五和「年端も行かない女の子を殺せと命じられて、喜んで戦う魔術師なんていませんよ」

五和「みんな疑問を胸に抱きながら戦ってるんです。その状態で元のポテンシャルを発揮できるわけないでしょう

五和「それでもまだ、あなたは攻撃を続けさせますか?」

「……」

 五和の言葉に、男は短剣を構えるという形で答えた。

五和「……残念です」

 左手を衣服から話すと、彼女は両手で槍を構え直した。
 支えを失った衣服が風に揺れるが、彼女は真剣な顔つきを崩すことなく姿勢を低くする。

「単独で勝てると思っているのか? 一人では力の出せない天草式の女子が」

五和「勝ちます。勝って見せます」

五和「もう、佐倉さんにあっけなく倒された頃の私とは違います!」

 それきり、二人は口を噤んだ。
 遠くで大きな爆発音が鳴り響いたのを合図に、二人は互いの得物の切っ先を相手に向けて戦闘を開始した。

160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:35:34.28 ID:HfgaLUSPo

――五和が一人で刺客の中心に突入している頃。
 箒に跨り空を飛ぶスマートヴェリーは、地面に膝をついている織莉子とキリカを見下ろしていた。
 右手に炎を灯し、休む間を与えぬよう何度目かの攻撃を行う。
 対する二人は速度低下の魔法や予知魔法を行使せず、残された体力だけを用いてなんとかそれを回避した。

SV「お嬢ちゃんたちってさー、実は案外? 弱いよねー?」

キリカ「……くっく、く、く。面白い冗談だ、面白いね!?」

SV「いやーこれは冗談なんかじゃなくて、マジの話なんだけどねん。やっぱ弱いよ、お嬢ちゃんたち」

 箒に腰掛けると、右の手のひらに淡い火の玉を浮かべながらスマートヴェリーは鼻を鳴らした。

SV「予知の魔法は確かに厄介だけど、織莉子ちゃんじゃあその未来を回避するための手段がないし。
   速度低下の魔法も厄介だけど、キリカちゃんじゃあ自分よりも手数と威力が上の相手はどうにもできない」

SV「だから片方が魔法を使えなくなると、ひじょーに脆いわけだねー」

 キリカの表情が怒りに歪む。
 若いねぇ、などとどこか他人事のように感想を抱くスマートヴェリー。というか、実際他人事だ。
 笑みを浮かべながら、彼女は白と黒の魔法少女が身に着けるソウルジェムを見た。
 既に九割近くが黒く淀み、濁ってしまっている。魔法を使用し過ぎたのだ。

SV「長期戦に向いてないってのはかわいそーだねー」

 そう言って、スマートヴェリーは周囲を漂っている魔女達に視線をやった。
 こちらは自分を含めて二六名が健在。対するあちらは二名とも健在だが、既に余力はないに等しい。
 機動力が売りの魔女に掛かれば、たかが二人の魔法少女など取るに足らない存在なのだ。
 ……もっとも、既に半数近い戦力が削られているため大局的に見ればこちらの大敗なのだが。

SV「特にそっちの織莉子ちゃんはもう限界って感じー?」

 スマートヴェリーの言葉に呼応するように、織莉子がその場に倒れ伏した。
 慌ててキリカが彼女の傍に駆け寄り、その手を取ってキッとこちらを睨みつける。

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:37:04.62 ID:HfgaLUSPo

SV「いやいや、こっちの戦力を半分も削いでおきながらまだ生きてるのは凄いことだと思うよー」

SV「でもまぁあれだ、相手が悪かったね?」

キリカ「私を馬鹿にするのは構わない、だけど織莉子を馬鹿にするのは許さない。よし刻もう!」

 傷だらけの織莉子を放置して仕掛けてくるつもりのようだ。
 その行動に違和感を覚えつつ、スマートヴェリーは箒を握り締める。
 と、そんな時だ。倒れ込んだ織莉子が、絞り出すようにして小さく声を発しようと口を動かした。

織莉子「……お願いします、私達はただ……真実を……」

 か細い声がスマートヴェリーの耳に届いた。

SV(やり辛いねー。こういうの)

 彼女達には彼女達なりの、命を賭けてまで戦うに足る理由があるのだろう。
 スマートヴェリーは彼女たちのことをよく知らない。実際のところ、協力関係にある神裂達ですらよく把握していない。
 ただ『未来を見ることが出来る』という言葉を頼りに協力しているだけで、織莉子達とはほとんど交流がないのだ。
 彼女達が抱える葛藤を知る者は、彼女達以外にいないのである。
 もちろん、スマートヴェリーはそんなことなど知らない。

SV「上の意思に従うのが下ってもんなのよ。残念だったねー」

 知っていたとしても、スマートヴェリーは引き下がらない。
 自分に出来ることを、自分に出来る限りやるまでだ。
 やがて彼女は、両手から鉤爪をぶら下げるキリカに対して箒の先端を向けて――

162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:37:35.37 ID:HfgaLUSPo




織莉子「……本当に残念です。出来ればあなたたちには、深い傷を負わせたくなかったのに」




――そんな織莉子の言葉を聞いた。



.

163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:39:15.78 ID:HfgaLUSPo

SV「ッ――!?」

 気がつけば、先ほどまで歳相応の鈍い動きしか見せていなかったキリカがすぐ目の前まで距離を詰めていた。
 辛うじて身を捻り彼女から離れる。反応出来なかった同僚が無残に蹴り飛ばされた。
 キリカが獣のような笑みを浮かべて口を開く。

キリカ「だぁれが弱いって? 人の魔女!」

 異常を察したスマートヴェリーがいち早く高度を上げる。だが他の魔女は間に合わなかった。
 土煙に隠れるようにして配置された光球が一斉に爆発した。
 撒き散らされる大規模な衝撃波。その煽りを受けて、スマートヴェリーはバランスを崩しかけてしまう。
 直撃を免れた彼女ですらそれなのだ。
 回避行動を取れなかった魔女は爆風をもろに浴びると、人形のように吹き飛ばされていった。

キリカ「遅い、鈍い、遅鈍いっ!」

 辛うじて爆風を逃れた魔女も、まるで逃れることが分かっていたかのように振るわれるキリカの攻撃によって沈んでいく。
 恐らくは、先ほど織莉子の手を取った際にこうなることを知らされていたのだろうが……
 それは織莉子が未来を見たということを意味する。だがそれはありえないはずだ。
 それだけの魔法を扱えば魔女になることは避けられない。彼女達のソウルジェムはそれほどまでに濁っていた。
 とすれば。

SV「まさか……」

 視界の隅で、織莉子が立ち上がった。
 ブローチにも似た黒いソウルジェムを輝かせながら、彼女は大胆不敵に笑う。
                          ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:41:51.87 ID:HfgaLUSPo

織莉子「私達がグリーフシードを持っていないと、いつから錯覚していたのですか?」

 そんな織莉子に合わせるように、キリカがニィッと口角を上げた。

キリカ「確かに私は一人じゃ弱いかもしれない。最弱かもしれない。言い過ぎかもしれない。だけどね、だけどっ」

キリカ「織莉子と一緒なら話は別さ! 織莉子と一緒なら、私は最弱のまま無敵になれるっ」

キリカ「無敵で最弱なんだよ、私達は!」

 キリカの言葉に応えるように織莉子が彼女の隣に立った。
 その様子を見るだけで、彼女らが固い絆で結ばれていることが容易に想像出来る。
 嫌いじゃないが、この状況下では鬱陶しい。簡単な魔術を放って牽制しつつ、スマートヴェリーは軽口を叩こうと口を開く。

SV「ずいぶんと信頼してるねー。愛しちゃってるわけだ?」

キリカ「愛してる? そうかも、だけどご用心! 愛は無限に有限なんだ、もっと噛み締めないと! 抱き締めないと!」

織莉子「それもいいけど、まずはこの場を切り抜けましょうね」

キリカ「織莉子が言うならそうしよう。切り抜けよう、否、切り刻もう! だから散ね!」

 鉤爪をぶんぶん振りかざすキリカを見ながら、スマートヴェリーは屈託のない笑みを浮かべた。
 すぐさま風の制御術式を構築して彼女らの足止めを試みる、が。

織莉子「その技は既に見切ったわ」

 光球が魔力を撒き散らした。その煽りを受けて術式が中和されてしまう。
 それだけではない。光球は魔力の流れを操って、逆に風のコントロールを掌握して見せた。
 攻撃、妨害、制御。何でもござれというわけだ。卑怯な。

SV「……いまのってさ、代々魔女に語り継がれて数百年っていう洗練された術式なんだけど」

キリカ「ハッ! 人間の魔女は短気で愚かだね!」

織莉子「数百年の内に何度も淘汰され、時代に合わせるために洗練された魔術と。
.       数千、数万年という時の中で変わらず揺るがずを保ち続けた魔法少女を同一視しないでもらいたいわ」

SV「そりゃ失礼ー」

165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:43:26.87 ID:HfgaLUSPo

 気の抜けた返事をすると、スマートヴェリーは誰にも気付かれないように肩の力を抜いた。
 こりゃあ勝てないわ。
 耳に当てた通信霊装の機能を切り替え、念話通信が可能な状態に移行させる。

SV『“倒れたふりしてる”あんたたちの仲間入りした方が、大した怪我もしなくて済みそうかしらねー』

『げっ、バレてたか……しかしダメージを追ったのは本当だ。あの二人は強いぞ。正直もう二度と戦う気にはなれん!』

 同僚が言い放ったと同時に、彼女の目前にキリカが迫った。速過ぎる――
 両腕を目一杯に広げてスマートヴェリーを抱き締めんとするキリカ。捕まれば鉤爪でスプラッターだ。R-18Gだ。
 咄嗟に右方に体を傾けるが、それでもキリカの攻撃から完全に逃れることは出来なかった。
 ローブもろとも左肩が切り裂かれる。浅い裂傷。噴出す血。

SV『っ――! よく言うわね。まぁいいや、私も盛大に返り討ちに遭うべきかなー。聖人もいないしっと!』

 痛みに顔を顰めると、彼女は右手に炎を現出させて間髪入れずに爆発させた。
 その際に生じたエネルギーを利用して戦場から離脱。左肩の出血が激しい。痛みが止まらない。

『大丈夫か? ……それにしても本当に聖人はなにをしているんだ? まさか単身でカブン=コンパスを潰すつもりか!?』

SV『まっさかー。多分聖人が考えてることはもっと大胆で馬鹿げてると思うけどねん。例えば――』

 左肩に回復魔術を施そうと右手を箒から話した瞬間。
 彼女に生まれた死角を掻い潜って飛び込んできた光球が、がら空きの背中に突き刺さった。

SV(ありゃりゃ、ここまでか)

 口からいくらかの血を吐きながら、それでもスマートヴェリーは笑った。
 笑って、箒を抱くように地面に真っ逆さまに墜落した。

166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/14(金) 22:45:16.44 ID:HfgaLUSPo

 人の魔女と魔法少女の決着がついているとき。
 ほむらと杏子がワルプルギスの夜と対峙しているとき。

 日本から見て遥か西に位置するイギリス、その首都であるロンドンで。
 一人の魔法少女が魔女になることなく息を引き取った。

 それを見届けたのは、使い魔に襲われていた彼女を助けるために駆けつけた一人の騎士だ。
 英国が誇る騎士にして、イギリス清教三派閥が一つ。騎士派の頂点に君臨する騎士団長(ナイトリーダー)である。

 騎士団長は、確かにその目で見た。

 どす黒く濁ってしまった少女のソウルジェムの内から魔女が生まれようとしたとき。
 次元の壁を引き裂くようにして、爛々と光り輝く“何か”が現れたのを。
 圧倒的な存在感と魔力を漂わせてその“何か”が変容していき、一人の魔法少女の姿を成したのを。

 騎士団長は、確かにその眼で見た。

 その魔法少女は、絶望にあえぎ苦しむ少女に優しく微笑みかけながらソウルジェムに触れた。
 彼女はソウルジェムの内をたゆたう穢れごとソウルジェムを分解し、その場に漂う呪いの一切を浄化し切った。
 そして少女に希望を与え、現れたときと同じように、まるで幻のように消え去った。
 絶望から解放された少女は、自身が呪いを振りまく存在にならずに済んだことで安堵したのだろうか。
 穏やかな笑みを浮かべてすぐに息を引き取った。

 そして、騎士団長は、確かにその心で聴いた。

 心優しい魔法少女の、声ならざる声を。



『あなた達の祈りを、絶望で終わらせたりしない。あなた達は誰も呪わない、祟らない』


『因果はすべて、私が受け止める。それを遮る障害も、私が取り払う。だからお願い』


『最後まで、自分を信じて!』

180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:17:23.90 ID:0+JoybrIo

――見滝原市郊外にて。

QB「おや、まただね」

ローラ「なによ藪から棒に呟きたりて……気味が悪きことよ」

QB「いやはや、今日になってから魔法少女システムにいくつかの不具合が生じてしまってるみたいなんだ」

ローラ「ほほーう?」

QB「穢れが溜まり切って魔女が生まれる瞬間に、肝心要のソウルジェムが消滅してしまうようだね」

ローラ「……それはまこと? 全ての魔法少女で起きにけることなの?」

QB「そういった事例が見られるようになってきただけだよ。同じ時間帯に魔女に孵化した魔法少女もいるからね」

ローラ「ふむ……なによ、人の顔をじろじろと見たりて」

QB「君らの仕業なんじゃないかなと勘繰っただけさ。でも君の反応を見るにこれは思い過ごしのようだね」

ローラ「かようなことをしでかして、こちらに利益があるならばいくらでもしたりけるわよ」

QB「そうだね。でも今回は、どう考えても君達に利益がない。つまり君達じゃないってことさ」

ローラ「ふん」

ローラ(……さてさて、これはちょいと不味き状況ね)

ローラ(ステイル達めが……“しくじり”おるとは、案外見る目がなしものね
     アレイスターのやつもアレイスターのやつよ。この展開はあやつとしても想定外なりけるでしょうに)

ローラ(それほどまでにydwf円wogl理kemjの想いは強し、か)

ローラ(……あーいとやばし、いとやばしね。これは本格的にやばしね、マジやばしよ
     最悪の場合は“少年”を呼びたる手段もありけるけれども……根本的な問題の解決にはならねど)

ローラ(展開を有利に運びたるためには……むむー)

ローラ「これはダメかもしれないわね」

QB「?」

181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:18:47.90 ID:0+JoybrIo

――時代の節目節目に現れては、人類と人類が築き上げた文明に大きな傷跡を残していく最強の魔女。
 通称、ワルプルギスの夜。
 魔女の宴の名を冠せられた彼女の半身は、巨大な歯車の舞台によって構成されていた。

 歯車の下半身に、女性らしい上半身。汚れのない白で縁取られた、海のように深い濃紺のドレス。
 目はなく、日本の鬼に生えているような二本の角(あるいは帽子)に引っ掛けられた薄いヴェール。
 さながら現代版魔女といったところか――いや、しかしだ。

杏子「い、いくらなんでもデカ過ぎねぇ? アタシ四〇人分くらいありそうなんだけど……」

 現代版魔女ことワルプルギスの夜は、暗雲が漂う空にぽかんと、あるいはどかりと居座っていた。
 その全長は、およそ六〇メートル。
 魔女との距離は目算で三〇〇メートル以上あるにもかかわらず、巨大な魔女の堂々たる佇まいに気圧される二人。
 隣に立つ杏子が肩を震わせた。

ほむら「震えてるの?」

杏子「はんっ、武者震いってやつさ。そんで今回のやり方でどんくらい追い込めるわけ?」

ほむら「初めてなんだから知るわけないでしょう」

 杏子が怪訝そうな表情を浮かべてこちらに顔を向ける。

杏子「初めてって……これ、前回使った戦法流用してんでしょ?」

ほむら「前回は私一人で背負い込んでたから武器なんて殆ど使わなかったわ」

杏子「じゃあいつこのやり方で戦ったんだよ。アンタ、ステイルにこのやり方で戦ったって言ったんだろ」

ほむら「……そういえば、そうね」

 そうだ。自分はステイルに今回の戦術でどうなったかを伝えた覚えがある。
 そしてそこに少し手を加えて、ワルプルギスの夜に深手を負わせる工夫もした。
 では自分は何時、どんな世界でこの戦術を取った? そして何故その世界を諦めた?

ほむら(……記憶にあるのに、記憶にない?)

182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:20:01.53 ID:0+JoybrIo

杏子「あーまぁいいや。時間も無いしさっさとやろーよ。手筈どおりに頼んだぜ?」

 考えるのは後にすべきか。
 杏子の言葉にほむらはしぶしぶ頷いた。
 魔女がぐらりと揺れ動いたのを合図に、杏子が地表をダッシュで駆け抜ける。

ほむら(……さて)

 その姿を目で追いながら、ほむらは左手の盾の機能――時間停止の魔法を作動させた。
 ぴたりと、時間が止まる。
 暗雲も、魔女もそのドレスも、杏子も。何もかもが静止した世界の中でほむらは再び盾に魔力を込めた。
 ガシャン! と音を立てて、広大な空間となっている盾の内から膨大な量の火器が一斉にせり出し、地面に並べられる。
 RPG-7とAT-4(M136)。いずれも分厚い装甲に守られた戦車や装甲車をぶち抜くための装備だ。

ほむら「……今度こそ!」

 一人呟きながら、彼女は散らばっている砲身に手を掛け狙いをつけると躊躇うことなく引き金を引いた。
 すぐさま砲身を投げ捨て、次の得物に手を伸ばす。発射。投棄。装備。発射。投棄。装備――
 それを数十回反復して火器を撃ち尽くした頃には、ほむらの目前にロケット弾の剣山が形成されていた。

 盾を操作して時間の流れを正常に戻す。
 同時に戒めを解かれた無数のロケット弾がワルプルギスの体へ真っ直ぐ伸び、突き刺さる――否。
 ロケット弾は魔女の体を覆うように展開された障壁に遮られて、その全てがダメージを通すことなく爆散していった。

ほむら(ここまでは予定通りよ)

 ロケット弾を放ったのはダメージを期待したからではない。
 着弾の際に生まれるエネルギーでその体を強引に押し退けることこそが目的だ。

183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:20:48.43 ID:0+JoybrIo

『――――――――――――――――――――――!!』

 言葉に出来ない不気味な哄笑を響かせ、魔女が風に乗って流れていく。
 それを見届けると、ほむらはあらかじめ立てかけておいた迫撃砲に触れた。

ほむら(魔術師の戦いのせいかしら、今日はいつにも増して風が強い……だとしたら座標は……)

 事前に計算を済ませてすでに照準が行われているが、不安定要素によって正確ではない。
 勘で調整を加えてから引き金を絞る。

 横一列に並べられた迫撃砲から放たれた砲弾が、山なりに軌道を描いて空を突っ切った。
 赤い光点が雨のようにワルプルギスの夜へと降り注ぐ。着弾。爆発。

『――――――――――――――――――――――!!』

 耳障りな魔女の哄笑が街に響き渡る。やはりダメージはなかったようだ。
 代わりにその巨体がわずかに沈み、傍にある鉄塔よりも低い位置まで高度を下げることに成功した。

ほむら(それでも十分すぎるわ!)

 盾の中から小型の起爆装置を取り出すと、彼女は躊躇うことなく装置を起動させた。
 鉄塔を支える柱が指向性爆薬によって吹き飛び、支えを失った鉄の塊がワルプルギスの夜へと降り注ぐ。
 普通の魔女なら下敷きになった時点でアウト、運よく生き残っても生き埋めの状態だが――

 あろうことか、ワルプルギスの夜は自身になだれかかる鉄塔を簡単に押し返した。
 さらにその口元から禍々しい炎を吐き出していともたやすく焼き尽くしてみせた。

ほむら(ムチャクチャね……)

 内心でぼやくと、ほむらは思考を集中させた。
 何百メートルも離れた場所で指示を待つ杏子の安否を確かめるためにテレパシーを飛ばす。

184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:21:24.61 ID:0+JoybrIo

――一方その頃。
 ありったけのロケット弾と、迫撃砲と地雷+建設物崩しのコンボをビルの瓦礫の隙間から見ていた杏子はというと。

杏子「アタシがいうのもおかしな話だけどさぁ……あいつホントに魔法少女?」

杏子「魔法少女っていうのはもっとこう、愛と勇気でどーにかしちゃうもんじゃないの?」

杏子「撃って走って爆破して……ワンマンアーミーかよ?」

 ほむらと自分に広がる実力の壁をまじまじと見せ付けられて、やっかみ混じりの不平をたらたらとこぼしていた。
 自分は決して弱くない、今なら本気の巴マミとだって勝つことが出来るだろう。魔法少女としての腕なら十分あるはずだ。
 そう杏子は思っている。そしてそれは概ね正しいのだが……有体に言ってしまえば、相手が悪すぎた。

ほむら『杏子、聞こえてる? 無事かしら?』

杏子『聞こえてるよ、無傷だよ。トンデモ兵器ショーはおしまいかい? 出番か?』

ほむら『まだよ。大詰めに取り掛かろうにもワルプルギスの夜が位置が想定よりもずれていて……』

杏子『大変だねぇ。どうズレてんのさ?』

ほむら『想定した位置より一〇メートル右に、つまり南にズレているわ。でもこの程度なら気にしなくても』

杏子『はんっ、いいよ、アタシが引き受けてやるよ』

ほむら『……出来るの?』

杏子『おいおい、そこは頼めるか? でしょ?』

 それっきり、ほむらとのテレパシーを断ち切った杏子はひっそりと舌なめずりをした。
 獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべ、狡猾な猛禽類を思わせるまなざしでワルプルギスの夜を見据える。
 ガシャンと槍を地面に打ち付け、杏子は瓦礫の隙間から身を乗り出した。

――相手は六〇メートルのデカブツだ。重量だけなら一〇〇トンは超えるだろう。

 だけど、やるしかない。

185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:22:14.55 ID:0+JoybrIo

杏子「さて……」

 ソウルジェムをギラギラと輝かせて、ありったけの魔力をひりだす。
 体から溢れ出す膨大な魔力で足の筋肉と骨をギリギリまで強化。次に腰、背中。両腕。

杏子「そんじゃ行かせてもらうよッ!」

 そして彼女は前屈みになると、あらんかぎりの力を込めて地面を蹴った。
 風を裂き、音の壁を突き破るか否かの速度まで加速した杏子の体がミシミシと悲鳴を上げる。
 見えない壁に押し潰されそうになる感覚を無視してワルプルギスの夜の眼前、崩れた鉄塔の上に着地。
 それに遅れて、爆発にも似た轟音が鳴り響いた。
 着地の際に生じた衝撃と風圧で周囲に散らばる瓦礫のいくつかが粉々に砕け散る。

杏子(デケェ……!)

 体に掛かる負担と戦いながらも、杏子はワルプルギスの夜に焦点を合わせた。
 大きい。大きすぎる。巨人? 否、もはやここまでくると『壁』に等しい。
 平時であれば逆さまの魔女の身なりを隅々まで観察しているところだが、今回は時間がない。
 時間をかければ敵の目に止まる。敵の目に止まればお陀仏だ。杏子はかぶりを振ると槍を構え直した。

杏子(巻きつけるなら胴体? 首? 歯車との境目?槍の長さは何メートル必要になるのさ?)

杏子「……あーもう、わっかんねぇ! 照準は胴体、槍の長さはありったけ! これでどーよッ!?」

 叫ぶと同時に槍を再構成。それだけで三〇メートルかそこらはありそうな長大な槍をその手にしっかりと握り締める。
 タンッ、と軽く跳躍すると、その矛先――ではなく、中間にある柄をワルプルギスの夜の細い胴体へと叩きつけた。
 柄が障壁へとぶつかり、直後に鎖交じりの多節棍に変化。

杏子「おりゃああぁぁぁぁ!!」

 鎖を引き伸ばし、障壁の上からワルプルギスの夜の胴体にぐるぐると絡みつかせる。
 瞬く間にワルプルギスの夜を捕らえた杏子は、そっと足を地面に着けてすぅっと深呼吸した。

杏子「……よし!」

186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:23:03.65 ID:0+JoybrIo

杏子「うらああぁぁぁぁぁッ!」

 掛け声と共に槍を引っ張る。
 だが拘束された魔女はびくともしない。

杏子「はああぁぁぁぁぁぁッ!!」

 両腕の筋力を魔法で強化。槍を引っ張る。
 もちろん魔女はびくともしない。

杏子「ふんぬぅぅぅぅうぅううぅうッ!!!」

 両足と腰を魔法で強化。体重を掛け、綱引きの要領で槍を引っ張る。
 それでも魔女はびくともしない。

 その時。
 不動を保っていたワルプルギスの夜が、目障りなハエでも見るように――と言っても目はないのだが――顔を向けてきた。
 たったそれだけの動作なのに、杏子は呼吸が苦しくなるのを感じて無意識の内に目を閉じてしまう。

杏子(やばっ……これ不味いヤツじゃん……!)

 敵意はない。殺意もない。
 その代わりに、おぞましく、恐ろしく、醜悪でいて邪悪な気配が杏子の体を包み込んだ。
 まるで死者の嘆きや憎しみの声が耳に届き、その爛れた手がまとわりついているようだった。
 杏子が静かに肩を震わせる。

杏子(なにやってんだよアタシ、普通だったら尻尾巻いて逃げるトコだろ!)

杏子(アタシらしくないじゃん。誰かのためとか、そんな甘っちょろいことぬかしてくたばるとか――)

 ギリッ、と歯を食いしばる。

杏子(……でも、さやかだったら戦うんだろうな)

 ブチッ、と右腕の付け根辺りから何かが千切れる嫌な音がした。

杏子(あいつのお人好しっぷりと言ったらもう笑うしかないよね)

 ググッ、と両手に握る槍が、わずかに動いた。

187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:23:35.18 ID:0+JoybrIo

――いつからだ?

 一体いつから、そんなさやかの姿に憧れを抱いていた?
 彼女のように誰かのために戦いたいと、そう思えるようになっていた?

 きっかけは教会でさやかが告げた言葉だ。
 皆と共に幸せになる。彼女は自分にそう言った。
 杏子には出来なかったことを、彼女は実現してみせると宣言した。
 もっとも彼女はそれから挫折をし、絶望し、魔女へと至ったのだが。

 バカヤロウ(魔術師)と大バカヤロウ(上条恭介)が、条理をねじ伏せて地獄の底から彼女を引きずり上げた。
 そうだ。彼らと共に、さやかは紆余曲折を経て幸せの絶頂まで上り詰めたのだ。
 家族を失い絶望した自分と違い、彼女はたった一度の絶望などでは諦めなかった。
 ふたたび希望を夢見てまだ見ぬ道を行こうと決心したのだ。

 そのさやかが今再び危機に瀕している。誰かのために戦うことすら出来ない状態にある。
 憧れの存在が何も出来ずにただ歯痒そうにしている姿を見た杏子は、心の奥で決意した。

杏子(……なぁ、さやか)

杏子(アンタにゃ良い夢見させてもらったんだからさ)

杏子(そのお礼としてはなんだけど……)

 さやかを縛り付ける、不条理な運命の鎖。
 それが無ければさやかはどうしただろうか。考えるまでも無い。
 彼女なら、必ず誰かのために戦おうとしただろう。

杏子(アンタの代わりに、精一杯頑張ってみるよ)

 全身が強張る。
 それは恐怖から来るものではなく、勇気から来るものだ。
 体の隅々まで魔力を行き渡らせると、その流れを緩やかに、しかし力強く波打たせる。
 これまでだってなんとかやってこれたのだ。今度だって上手くいけるはずだ。

 目を見開くと、杏子は全身を流れる魔力を限界ギリギリまで解放した。

188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:24:38.26 ID:0+JoybrIo

 ワルプルギスの夜が、その巨体を大きく揺らした。

杏子「はああああぁぁぁああぁぁぁぁぁッッ!!!!」

 今この瞬間。
 杏子の身体能力は、世界に二〇人といない聖人の領域に片足を突っ込んでいた。

 ワルプルギスの夜の体が大きく傾きかける。
 それと同時に、その胴体に巻きついている槍の柄と鎖に亀裂が生じていった。

杏子「ハンッ! 誰がアタシに拘束魔法を教えたと思ってんのさ!!」

 杏子の声に呼応するかのように、瞬く間に槍が修復されていく。
 それだけではない。亀裂が生じていた部分から新たな鎖が枝分かれし、ワルプルギスの夜の体に絡み付いた。

杏子「アタシの師匠は……あの巴マミなんだぞッ!!」

 杏子の脳裏を、かつてのマミの雄姿が過ぎった。

 ちなみに、かつてほむらが過ごした世界で巴マミはワルプルギスの夜の緊縛を試み、それに失敗している。

 自身の師匠を超えたことに気付かないまま、杏子は槍を勢い良く引き付けた。
 杏子に引っ張られるようにして、ワルプルギスの夜が慣性に従って鉄橋の方へと流される
 そして無邪気な哄笑をあげている魔女の無防備な顔面に――

杏子『へっ、どんなもんよ?』

ほむら『上出来よ、杏子』

――ガソリンで満たされたタンクローリーが突き刺さり、その破壊力を轟かせた。

189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:25:35.56 ID:0+JoybrIo

杏子「えげつねぇな」

 槍を手元に引き戻した杏子は、爆炎に包まれたままのワルプルギスの夜を一瞥すると自由落下。
 何気なく鉄橋の方へ目を向けて、

杏子「おーい……あぁ!?」

 杏子が素っ頓狂な声を上げた。
 彼女より少し先に着水したほむらが水面で“立ち上がっている”。

 わけが分からずに目を丸くしていると、一拍置いてほむらが足をつけている水面がガクンッとせり上がった。
 違う、正確には水の中に隠れていた大きな筒――正確には地対艦誘導弾のランチャー――が起動しているのだ。
 器用に手足を振って移動すると、杏子はほむらのすぐ隣に空挺隊員顔負けの仕草で着地。ほむらに声を掛ける。

杏子「こんなんどこで拾ったんだよ!?」

ほむら「話すと長くなるわ。とにかくじっとしてて」

杏子「あのなっ――」

 言い終えるより早く誘導弾が巨大な筒から飛び出した。
 煙から逃れ出たワルプルギスの夜の体に向かって突き進むと、レーザー誘導するまでもなく魔女の胴体に着弾し爆発。
 それが瞬きが出来るか出来ないかというわずかな時間の間に計六回繰り返された。
 爆発のエネルギーを一身に受けたワルプルギスの夜が大きく後退し、さながらリングロープのごとく電線にもたれかかる。

 さらに追い討ちと言わんばかりに増設された両脇のランチャーからトマホークミサイルが射出される。
 あっという間に亜音速へと到達したそれは、あらかじめ信管が抜かれていたのだろうか。
 ワルプルギスの夜の胴体へ到達すると、爆発することなくその体を街の向こうへと“押し込んだ”。
 電線を引きちぎり、巨大な魔女が街の奥、すなわち石油コンビナート郡が存在する工業地区へその身を横たえた。

杏子「お、おい! アンタまさか!」

ほむら「……ちょっとした絶景よ」

 ほむらが笑みを浮かべる。

190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:26:58.10 ID:0+JoybrIo

 次の瞬間、ワルプルギスの夜が“撃墜”された地点から今日一番の爆発が巻き起こった。
 何百メートルにもおよびそうな炎の搭がその姿を現し、爆発の余波でいくつかのビルがあっさりと倒壊する。
 通常の魔法少女が保有する火力を大幅に超えたそれが破齎す齎す光景を見ながら、杏子はため息をついた。

杏子「なんかもう……魔法少女っていうか破壊少女っていうか……」

ほむら「気を抜くのはまだよ。これでもアイツは倒せないわ」

杏子「復興に何ヶ月かかるんだか。失業者は何人出るんだ……?」

ほむら「命あってのなんとやら、でしょう。それにむしろ復興作業のために雇用が増えるわ」

杏子「納得いかねぇー!」

ほむら「それより私の記憶……が正しいかどうかはともかく、すぐにアイツの使い魔が現れるはずよ」

杏子「例のじゃれついてくる女の子の使い魔ってヤツ?」

ほむら「そう。私はアイツに決定打を与える準備をしなきゃいけないから……」

ほむら「そいつらの迎撃を“頼める”かしら?」

 フフン、分かってるじゃないか。
 笑みを浮かべると、ほむらに背を向けて槍を手に取り構える。

杏子「任せな。何人たりともアンタにゃ触れさせねーさ」

 後ろでほむらがごそごそと動く気配がする。
 そちらに少しだけ意識を向けながら、杏子は爆炎が立ち込める“爆心地”に目を向けた。
 あの嫌な気配は未だ消える気配を見せない。和らいだ様子もない。

杏子(ステイルたちが来るまでに倒してやるってのは……まぁ無理かな)

191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:27:31.86 ID:0+JoybrIo

 そんなことを考えていると爆心地から少し毛色の違う魔力が発生した。

杏子(来る!)

 槍の矛先を向けるのと、濃密な力の塊が向こうから放たれたのはほぼ同時だった。
 放たれた魔弾を危ういところで切り伏せる。
 切り伏せられた黒いもやのような魔弾は、うねうねとその身を震わして小さな少女を模った。

杏子「魔法少女の姿の使い魔ねぇ。趣味悪くない?」

 じりじりと間合いを見計らって槍を一閃。
 次いで放たれた使い魔の魔弾を三つに捌いてやる。
 先ほどと同じように少女を模った使い魔は、ふわふわとその場に漂ったまま愉快そうに踊り始めた。

杏子「あー、なんか調子狂うなー」

 ぼやきつつ槍を振りかざす。
 しかし使い魔は空中でステップを踏んでそれを回避。
 さらに巧みに重心を移動して杏子の背後に回りこんで見せた。

杏子「このっ、すばしっこいやつ!」

 慌てて回し蹴りを放つも相手はバックステップで回避。
 その場でくるくると踊って見せた。

杏子「人をおちょくって……!」

 そうこうする内にもう一方の使い魔が背後に回りこんできた。
 流石に焦った杏子が魔力を練ろうと意気込み――

ほむら「――油断はしないほうが身のためよ。でもありがとう」

192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:27:58.28 ID:0+JoybrIo

 二発の銃声。
 頭に風穴を空けられた使い魔が大気に霧散する。
 それを行った者、つまりほむらに視線を移した杏子は礼を言ってから訝し気に目を細めた。

杏子「……ねぇ、もしかしてそれが決定打を与える切り札?」

ほむら「もちろんよ。さっさとアイツの近くまで行きましょう」

杏子「いや、つーか効くの? いまさらそんな大げさなデザインの“ライフル”もどきなんかがさ」

 そう。
 ほむらが手にしていたのは、その身の丈ほどありそうな大型のライフルだった。
 それも現実的な黒光りする類の物ではない。
 銀色のメタリックな装甲と妙にSFチックな銃口、それに野太く長い銃身を覆う大仰なカバー。
 現実に存在する兵器というよりは、昨今のロボットアニメや仮面ライダーで出てきそうな『おもちゃの銃』に似ていた。

ほむら「安心しなさい。威力は折り紙つき“らしい”わ」

杏子「らしいってなんだよ、らしいって」

ほむら「私も昨日ステイルたちから渡されたのよ。まだ試射すらしてないわ」

杏子「でもなぁ……あ、なんか銃身に刻んであるな」

杏子「えーとなになに? FIVE_Over.Modelcase“MELT DOWNER”?」

ほむら「こっちには“Rifling Melt Downer”とあるわね」

杏子「『ライフリング・メルトダウナー』……ゴメン、ちょー不安になってきたんだけど」

ほむら「とにかく急ぐわよ」

193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:28:27.69 ID:0+JoybrIo

――爆心地に到着した二人が見たものは。
 灼熱の風が荒れ狂い、地獄の業火が大手を振って舞い踊る地獄と。
 その中心にあってなお揺らぐことのない、逆さまの舞台装置。最強の魔女の姿だった。

杏子「バケモンだなおい」

ほむら「……まぁ、そんなことはいいわ。それよりやるわよ」

杏子「あいよ」

 杏子が鎖で形作られた簡易結界を形成した。
 ワルプルギスの夜の前では和紙に等しいが、それでも使い魔程度ならどうにか弾くことが出来るはずだ。
 片膝を着いて両手を胸の前で重ねて祈りのポーズをとる。
 巨大な影から黒い魔弾が放たれた。
 激しい衝撃が襲い掛かる。

杏子「それでいつごろ撃てんのさ!?」

ほむら「充填まであと二〇秒よ」

杏子「にじゅっ……!?」

 思わず絶句する。
 あの魔女を目前にして二〇秒秒耐えることなど出来るはずがない。結果は火を見るより明らかだ。

杏子「アンタばかじゃね――」



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――

194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:28:54.74 ID:0+JoybrIo



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――



杏子「――えのか!!」

ほむら「終わったわ」

杏子「は?」

 見ると、既にほむらは『ライフリング・メルトダウナー』を構えていた。
 時間停止の魔法だ。便利だが、事前に一声掛けてくれと思わずにはいられない杏子。

ほむら「撃つから伏せていなさい」

 そう言うと、ほむらは巨大な銃身を丁寧に、まるで想い人に触れるかのように優しく抱いた。
 銃口――否、砲口から光の粒が溢れ出す。

杏子「なにがなんだか分かんねーしああもう!」

 地面に槍を突き立てる杏子の叫びを無視してほむらが引き金を絞った。
 『ライフリング・メルトダウナー』の砲身がガタガタと揺れ始め、砲口からは白い光が迸っている。
 直後、真っ白な閃光が杏子の視界を覆い尽くした。

杏子「まぶっ――――」

 しい、と言い切る前に。
 今日一番の衝撃が杏子の体に襲い掛かった。

杏子「えっ、あっ、わっなぁぁぁぁあぁぁぁぁ!?」

 全身に圧し掛かる理不尽な壁。あるいは不条理な重圧。抗うことの出来ない物理法則。
 かつて味わったことのない、強烈な衝撃が彼女の体に襲い掛かったのだ。
 視界を奪われたままの彼女は槍にしがみつくことでその衝撃波という嵐に耐えようとするが、先に地面が崩壊してしまう。
 何が起きたのかすら分からないまま、杏子の意識は闇へと沈んでいった。



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――

195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:30:29.75 ID:0+JoybrIo



―――――――――――――――カチッ―――――――――――――――



ほむら「杏子、起きなさい。杏子!」

杏子「はっ! ……なんだ夢か。そりゃそーだ、引き金引いたら世界の終わりとか笑えないもんね」

ほむら「世界の終わりかどうかはともかく、夢でないことだけは確かよ」

杏子「……だよね」

杏子「で、一体全体何をどうしたらこうなるわけ?」

 ほむらに手を貸してもらって立ち上がった杏子は、目の前に広がる惨状を見てそう呟いた。

 なにもない。
 先ほどまで散らばっていたコンクリートの塊や、どろどろと流れ出し火の手を広げていた石油も。
 あの何百メートルにものぼろうかという炎の搭も。
 身の毛のよだつ舞台装置の魔女も。
 一切合財、全て、なにもかもなくなってしまっていた。

 工業地区改め爆心地は、気を失っている間に『焦土』という名前に改名してしまっていた。

杏子「ばーんって撃って煙が立ち込めて『やったか!?』は死亡フラグって言うらしいけどさ」

杏子「ばーんって撃って何もなくなって呆然としてる場合は何フラグってーの?」

ほむら「とりあえずこの地区の復興速度は思いのほか速くなりそうね。だって片付ける物がないんだもの」

杏子「逃げ遅れたやつとかいねーよな。いたらアタシたちみんな地獄行きだぞ」

ほむら「それにしてもワルプルギスの夜を一撃で倒してしまうなんて……私の苦労って一体なんだったのかしら……」

 ガシャンッ、と何かが滑り落ちる音。
 疲れ果てて目を半開きにした杏子は、音がしたほうに目を向けて今日何度目かのため息をついた。

杏子「一発撃ってぶっ壊れてちゃ意味ねーじゃん、それ」

 それとは、砲身を覆っていたカバーをパージした『ライフリング・メルトダウナー』の成れの果てのことだ。

ほむら「液体で砲身を冷やす冷却カバーだったようね。想定内の出力だったらこれを入れ替えることで何度でも撃てた、と」

ほむら「……欲張って200%の出力で撃ったのが間違いだったようね」

杏子「……なんかもう疲れたし、どーでもいいや」

196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:31:00.98 ID:0+JoybrIo

――余談だが、この『ライフリング・メルトダウナー』は、学園都市が有する超能力者、その第四位である『原子崩し』を、
 純粋な工学技術のみで再現した上で『破壊力』のみを追求した兵装である。
 科学サイドと魔術サイドの抗争の際にはこれを装備した『Equ.DarkMatter』がその猛威を振るったのだが。
 あくまで余談でしかない。

杏子「なんかアレだよね、このままスタッフロール流れそうな勢いじゃない?」

ほむら「そうね……疲れたわ」

杏子「どこぞの合唱団の歌声がちゃららーって鳴り響いてそう」

 等と言っていると、冗談抜きでそんな歌声が聞こえてきた。
 ほむらだろうか? なかなか茶目っ気があるのかもしれない。

杏子「アンタ歌上手いじゃん。天使の歌声ってやつ?」

ほむら「そんな気力なんてないわよ……とにかく歌うのは止めてちょうだい」

杏子「は? 歌ってるのはアンタだろうが」

ほむら「……じゃあ誰が歌っているのよ?」

 ぞくり、と。
 背中に冷たい物を感じて杏子は槍を手に取った。
 ほむらも同じように大口径の拳銃を構え、注意深く周囲を観察している。
 そうしている間にも歌声はますます大きくなる。

 その歌声の響きたるや、まさしく天使の歌声と言い表すべきか。
 しかしそれは詩を謳い上げるようにゆるやかで、一定のリズムを刻んでいる。
 ただし杏子にはその歌の、肝心の内容がまったく聞き取れていなかった。

 否、聞き取れていなかったと言うのは正確ではない。
 彼女の聴力は魔力によって研ぎ澄まされていたし、彼女の父からの教えで語学にもある程度精通していた。
 簡単な英語や独語の歌ならばゆっくりめでも聞き取り、理解することが出来る。
 ここで問題なのは、その内容が『人間の語る言語』ではなかったことだ。

杏子「なぁほむら」

ほむら「なに?」

杏子「これってさ」


杏子「ノイズ?」

197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:33:40.21 ID:0+JoybrIo

――――cuhg

――――xhuhuvgqyglhmwi

――――ajuhaoughgtutyuyadfsmaorgpqwwfgpogjaqrjhguh

――――paourtgqjfauticmnbmvcuvrueoophynkldhwoipioqaclm

――――qlixzbhekuhfozpwwnsucmghopddolsjahzxrqoerpyppbldkxhssyts



 ノイズ交じり、あるいはノイズそのものに等しい歌声――『天上の序曲』と共に。
 それらはなんの前触れもなく、唐突に二人の目の前に現れた。

                                    ガブリエル     テ レ ズ マ
 女らしいボディラインの青白いマネキン――大天使である『神の力』の≪天使の力≫

                                       ラファエル     テ レ ズ マ
 男らしいボディラインの緑がかったマネキン――大天使である『神の薬』の≪天使の力≫

                                                      ミ カ エ ル    テ レ ズ マ
 その右手に輝きすぎるほどに輝く剣を持った、赤いマネキン――大天使である『神の如し者』の≪天使の力≫

 そして。

 傷一つない逆さまの巨人。
 歯車の下半身をからからと何度も回し続ける舞台装置の化身。
 ほむらの前に立ち塞がり何度も彼女と彼女の世界を滅茶苦茶にした無力の象徴。

 舞台装置の魔女――通称ワルプルギスの夜。

 魔女の宴は、まだ始まったばかりである。

198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/23(日) 11:34:38.20 ID:0+JoybrIo

舞台装置の魔女。その性質は無力。

回り続ける愚者の象徴。歴史の中で語り継がれる謎の魔女。
通称・ワルプルギスの夜。この世の全てを戯曲へ変えてしまうまで無軌道に世界中を回り続ける。
普段逆さ位置にある人形が上部へ来た時、暴風の如き速度で飛行し瞬く間に地表の文明をひっくり返してしまう。

   テ レ ズ マ
水の天使の力。その性質は後方にして青色。

もっとも地上に召喚されたことのある大天使、その天使の力。顔馴染みの魔術師までいる。
それでも本物の彼女はめげずに奔走する。自身が本来居るべき位置に戻るために。
天使そのものではないので、本性をひた隠しにする緋色の女が協力してくれればあっさりと倒すことが出来るだろう。

   テ レ ズ マ
土の天使の力。その性質は左方にして緑色。

神の火と配置や属性が入れ替わってしまった哀れな神の使いの天使の力。
性質は異なれど、彼もまた本来居るべき位置に戻るために地上を蹂躙する。
好物のパンとワインを用意すれば喜んで話し合いに応じてくれるだろう。ただし通訳が必須である。

   テ レ ズ マ
火の天使の力。その性質は右方にして赤色。

右手に輝き過ぎる剣を持つ最強の象徴。全ての障害を蹴散らす無敵の存在の天使の力。
これが顕現したならば素直に逃げよう。できれば宇宙が良い。地球に安寧を保障できる場所などないのだから。
本物の彼を倒したくば彼より新しい時代に位置する性質の似た右手を持ってくるしかない。

210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:43:30.72 ID:a/C0+favo

「ウィリアムの旦那、今日はもう引き上げだー! てっしゅー!」

「む、分かったのである。痕跡を消すのを忘れるな」

「わーってるって! そいじゃあ例の場所で……旦那? どったの怖い顔して?」

「……懐かしいものが降りて来たな。完全ではないにせよ、件の魔女と魔導書。まさかこれほどとは……」

――とある紛争地帯にて、筋肉隆々の男



「おいそこのバカ二人、遊んでないで食事の支度しろ。また三角木馬の上で踊らされたいか」

「遊んでなどいないよ。俺はいつだって真剣に取り組んでる。今回はそれがオセロだったってだけあだだだ嘘です許して!」

「少しは学習したらどうなんだい……フィアンマ、あんたも空ばっか見つめてないで手伝え」

「ん、そうだな。オッレルスのように辱めを受けるのは御免だ。今行く」

「……どうしたんだい? 急に右肩抑えたりして」

「いやなに、どこぞのアホウが俺様の古傷を抉ってな。それを憂いていただけさ」

――とあるオンボロアパートにて、右腕の無い男。



「あぁ、なんてこった。私の術式が上手く行きやがらねぇ」

「ここに来てどうしたんだ一体。まだカブン=コンパスと接触できていないんだぞ」

「……天使だな。まだ不完全なテレズマの塊に等しいけど。それが出てきているのよ。場所は近いぞ」

「まさか、ファウストの魔導書にある『天上の序曲』とかいう術式をワルプルギスの夜が?」

「だとしたらマズイわね……彼女達、死ぬわよ」

――見滝原市にて、土のテレズマを扱う魔術師。

211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:45:58.31 ID:a/C0+favo

「えー、であるからして、私は本日よりあーくびしょぅ……うー、難しいんだよ!」

「……なぁ、さっきから気になってたんだけどさ。お前なに読んでんの?」

「宣誓の詔、みたいなものかも? たぶん、今日必要になると思うから」

「なんで?」

「……とうまは気付いてないかもしれないけど、今日は特別な日なんだよ?」

「なんかあったっけ?」

「うん」

「今日はね――」



――とある極東の学生寮にて、純白の修道女。

212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:46:57.90 ID:a/C0+favo

 舞台は見滝原市へと戻る。

杏子「……なぁ、アレなんだよ。使い魔?」

ほむら「私に聞かないでちょうだい」

 投げやりに言い放つと、ほむらは改めて目の前に居座る三体のマネキンを見上げた。
 魔女やその手下とは毛色の違う、遥かに異質な存在。これは魔法(こちら)側の領分ではないように思える。
 とすれば、残る可能性は一つ。

ほむら「……魔術?」

杏子「そーいやけっこー前にステイルたちがさ、魔導書が魔女に奪われたとか言ってたような」

ほむら「魔導書?」

杏子「そそ。なんでも、意思を持った魔法陣だとかで、力を送り込むと魔術が使えて……なんて言ってたっけかな」

 赤いマネキンが、眩しいほどに輝く右手を掲げた。
 言葉に出来ない悪寒が体中を駆け巡り、ほむらは咄嗟に左手の盾に手を掛ける。

杏子「たとえば『ファウスト』に記述のある『天上の序曲』なら、天使の降臨が出来るとか――」

 杏子が言い終えるよりも早く、赤いマネキンが右手を振り下ろして。
 莫大な力の塊が二人をいとも容易く薙ぎ払った。

ほむら「……ッきゃああああぁぁぁぁ!?」

 盾を動かそうとした時には、もう遅かった。
 全身にすさまじい衝撃が襲い掛かる。視界は真っ白な閃光に灼き尽くされ、鼓膜もビリビリと震えて悲鳴を上げている。
 上を向いているのか、下を向いているのか。空を浮いているのか、地面に埋もれているのかすら判断がつかない。

 衝撃の波が通り過ぎる。
 なんとか姿勢を立て直し、五感を回復させることに全力を注ぐ。
 目蓋の裏に残る白がじわじわと霧散していき、視力が回復した。すかさず目を開け、ほむらは目の前に広がる光景を見た。

ほむら「……クレーター?」

 つい先ほどまで自分達が立っていた場所が、半径五〇メートルほどの巨大なクレーターと化していた。
 あの赤いマネキンが、右手を振り下ろしただけでこれだ。

ほむら「バケモノ……!」

213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:47:35.02 ID:a/C0+favo

 すぐさま時間を停止。世界が止まる。
 ワルプルギスの夜と同じく、あのマネキンも例外なくピタリと固まった。
 ほむらは全身に残る痺れに顔を歪めながら、地面に埋もれた杏子を確認。
 目が開いていることから意識はあるようだった。薄汚れた彼女の身体に触れて時間を動かすと、勢い良く引っ張り上げる。

杏子「わわっ……ってなんだ、アンタかよ」

ほむら「あのマネキンじゃなかっただけ感謝しなさい。それよりも話の続きを」

杏子「そりゃ後。ひとまず逃げよう」

ほむら「逃げる? 逃げてなんになるというのよ?」

杏子「戦闘始める前に火織に言われてたんだよ。『天使が出たら逃げなさい』ってね。それにアンタも見たでしょ?」

 クレーターに向かって顎を向ける杏子。
 あの聖人である神裂火織が逃げろと言ったのであれば逃げた方が良いのかもしれないが……

ほむら「……何処に逃げるというのよ?」

 ほむらの問いに、杏子は応えなかった。
 痛みを引きずりつつ、手を繋いで二人は瓦礫の中を走り抜ける。
 道中、大きな瓦礫にいくつかの指向性爆薬を仕掛けては見たものの、時間稼ぎになるかどうかは疑問だ。

杏子「ここまで来れりゃ一安心だろ。ちょっとソウルジェム回復しようぜ」

 そう言って杏子はどこからともなくグリーフシードを取り出した。彼女に倣って、ほむらもグリーフシードを取り出す。
 それを左手の、既に六割近くが黒く染まっていたソウルジェムに押し当てる。間もなく穢れが抽出された。

ほむら「どうするつもり?」

杏子「アタシは魔術に疎いけど、あれが魔導書によって出てるんだとしたらだよ
.     完璧じゃねーってことさ。あれは天使っつーより、それの材料で再現しただけっていうか」

ほむら「模造品であれなら本物はどれほどのものなのかしらね」

杏子「ともかく、魔導書を叩き潰そう。話はそれからさ……どこにあるのか知らないけど」

214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:49:43.75 ID:a/C0+favo

――見滝原市にある、崩れかかった高層ビルの中腹にて。

ローラ「ひぃ~、この歳で長歩きは流石に体に堪えたるわねぇ。はぁ~足がくたくたになりけるわ」

QB「君が隠し持っている能力を最大限に活用すれば、この程度の距離はひとっ飛びだろう? 効率が悪いよ」

ローラ「ふん、効率第一なる思考の持ち主は嫌われたるわよ」

QB「アレイスター=クロウリーのようにかい? ローラ=スチュアート」

QB「いや、三代目“緋色の女”、ローラ=ザザとお呼びすべきかな?」

 ローラの目がすぅっと細まる。

ローラ「あらあらあら、かような情報をどこで聞き及びたるのかしらね?」

QB「世界中で、だよ。それにしても分からないな。たかが一個の生命体でしかない人間が星の命運を握ろうだなんてね」

QB「力量が伴っていない、と言うべきかな。せいぜい大地を削る程度しか出来ない魔術師が――」

 その時。
 なんの予兆もなく、前触れもなく、分厚い雲越しに届いていた陽の光が消えた。
 曇天下とはいえまだ明るかった見滝原の街はどす黒く塗りつぶされ、炎の輝きだけが瓦礫の町を照らし出している。
 昼夜が一瞬にして逆転してしまったのだ。

QB「妙だね。この時間帯なのに太陽光が届いていないなんてことはありえるはずがないんだけど」

ローラ「『天上の序曲』から派生したる『天体制御』が発動したりたようね。太陽とこの星、それにいくつかの星が歪みけるわ」

QB「……まるで星の位置を自由自在に動かす魔術が存在するような口振りだね」

ローラ「実在したるわよ」

QB「……わざわざ星の位置を歪める理由は?」

ローラ「天使だったら自身の属性強化なれど、今回は不出来で不完全な天使なりけるでしょう?
     三体使ってやっとこさ夜を導き出したるのだから……発動せし術式は一つしか思い浮かばざるわ」

QB「その術式とはなんだい?」

                     ヴァルプルギスナハト
ローラ「決まりておろうに……『魔女の宴』でしょうね」

215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:50:10.56 ID:a/C0+favo

――突然辺りが暗くなったことに驚きつつ、ほむらは自衛隊で採用されているアサルトライフルを構えた。
 薄暗い視界の中で、杏子の頭上に照準を合わせる。引鉄を問答無用で引いた。
 短い銃声が立て続けに三回鳴り響き、杏子の頭上目掛けて亜音速の銃弾が真っ直ぐに向かっていき――

杏子「うわぁ!?」

 頭に三つ、風穴を穿たれた黒い少女の使い魔が地面に倒れ伏した。
 妙に可愛らしい蝶の羽のような装飾が、はらりと崩れ落ちる。

杏子「う、撃つ前に一声掛けろよバカ!」

ほむら「その前に周囲に気を配りなさい。囲まれてるわ」

杏子「……げっマジじゃん」

 少なく見積もって四体。あの魔法少女型の使い魔がいる。
 いずれも隠れる気は毛頭ないようで、無邪気に笑いながらくるくると踊っていた。
 容赦なく三点射撃を浴びせかける。四体撃破。

杏子「おっかねー」

ほむら「槍を振りかざしてるあなたには言われたくないわね」

杏子「で、何で急に夜になっちゃったワケ? ドラゴンボールでも使われてんの?」

ほむら「ふざけている暇はないわ。移動するわよ」

杏子「あいよー……あー? ほむら、ちょっといいかい?」

ほむら「なにかしら、あまり余裕はないのだけど」

杏子「……ワルプルギスの夜の使い魔って、魔法少女の格好してるヤツだけなんだよな?」

ほむら「ええ、さっきの天使を除けばそうよ。それよりワルプルギスの夜がいる方角に注意しなさい」

杏子「じゃあアタシの見間違えか、それとももうろくしちまったのか」

ほむら「なによ?」

杏子「いやね、アンタの撃ち落とした女の子の使い魔からさ」

216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:51:04.56 ID:a/C0+favo



杏子「身の丈一〇メートルはありそうなナメクジのバケモノが出てきてんだけど」
     ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

ほむら「――!?」


.

217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:51:31.39 ID:a/C0+favo



――笑う。笑う。笑う。


――だって悲しいお話は嫌だから。


――そうだ、みんなでパーティーをしよう。


――みんなを誘おう。まずはおともだちを誘おう。


――えほんを読もう。物がたりを読もう。


――てんしの歌ごえをBGMに、お祭りをしよう。おまつりだから、夜じゃないと。


――みんな元の姿に戻って。みんな元気いっぱいに笑って。好きなことをしよう。


――そうやって、この世界を包み込もう。


――笑う。笑う。笑う。


――だって私は、舞台装置だから。

218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:52:02.42 ID:a/C0+favo

 蝶の羽を身につけていた魔法少女の使い魔から。
 見ただけで嫌悪感を覚えさせる醜悪な形のバケモノ――魔女が、孵化した。
 その事実は、天使の出現によって疲弊していたほむらの心を大きく揺さぶった。

ほむら「そんな、どうして魔女が!?」

杏子「おいおいこっちもだぞ!」

 慌ててアサルトライフルを構え直すと、ほむらは杏子がいる方を振り向いて息を呑んだ。
 そこにはかつて、マミやシェリー、ステイルや天草式に倒されたはずの魔女がいた。

 暗い場所を好む、明かりに弱い魔女が周囲の空間を完全な漆黒に染め上げる。

 箱の内に潜み、他者の心を見透かす魔女が辺り一面にガラスを敷き詰めて引きこもり。

 鳥かごの中に籠もり、苛立たしげに地団駄を踏む魔女が瓦礫の町を穿り返して滅茶苦茶にして。

 どこかで見たことの有るような門の形をした、目立ちたがり屋の魔女が堂々と町の中心に居座った。

 過去に撃ち滅ぼされた魔女が、結界に縛られることなく――それどころか現実世界を犯しながら跋扈している。
 今こうしている間にも魔女は使い魔を産み、生み出された使い魔は好き勝手に世界を蹂躙し、行進していく。

 魔女の宴か、百鬼夜行か。いずれにしろ悪夢であることに変わりはなかった。

ほむら「こんなことはありえない! なぜ魔女が、それもこの時間帯になんで……!?」

杏子「落ち着け、冷静になれよ!」

ほむら「分かってる! 分かってるけど、こんな……こんなのって!」

 そうこうしている内に二人の存在に気がついたのだろうか
 魔女と使い魔の群れは不気味に歩みを変えると、一目散に動き始めた。

 ぐちゃ、ばちゃ、どたばた、どすん――十人十色の足音を響かせながら、怪物の壁が押し迫る。

219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:52:30.57 ID:a/C0+favo

 巨人へと姿を変えた漆黒の四足の使い魔が拳を振り下ろした。

杏子「ウゼェ、チョーウゼェッ!」

 槍を巧みに振りかざして杏子が使い魔を撃破。
 その彼女の背後に歪な天使の人形の使い魔が這い寄ったのをほむらは見逃さなかった。
 すかさずアサルトライフルの引き金を引く。放たれた弾丸は寸分違わずに人形の頭部を打ち砕いた。

ほむら「杏子!」

杏子「分かってる!」

 杏子が槍を引き伸ばし、多節棍へと変化。
 でたらめに翼をはためかせて飛翔する鳥人を丁寧に絡めとり、容赦なく締め上げる。
 そのまま地上を這うように歩き続ける木偶人形のような使い魔目掛けてぶつけ、両者を粉砕して見せた。

 それでも使い魔の行進は途切れない。

 さながら、恐れを知らぬ化物で構成された百鬼夜行のように。
 歩みを止めずただひたすらに突き進む。
 既知にして未知なる恐怖を目の当たりにしたほむらは、恐怖と困惑に囚われて立ち尽くした

ほむら「こんな非現実的な……」

杏子「立ち止まるな! 走れ!」

 杏子に手を引かれてほむらの身体が強引に揺れる。
 直後、二人が立っていた地面が、無数の黒い触手――あるいは触首――によって貫かれた。
 宙に舞うアスファルトの欠片。その間から姿を覗かせる、祈りを捧げる修道女のような格好の魔女。

ほむら「どうして……?」

杏子「ほむら!」

220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:53:11.96 ID:a/C0+favo

 杏子の声が遠くに聞こえる。いつの間にか離されてしまったのだろうか?
 いや、違う。自分の身体が空を浮いているのだ。
 なぜ?

 答えは考えるまでもなかった。
 飛行機のようなものに跨る子供の姿をした使い魔が、彼女の身体を飛行機の翼で掬い上げたのだ。
 翼が胴体にメキメキとめり込み、骨が軋む音が響いて、それから遅れて痛みがやって来る。

ほむら「つうぅっ――!!」

――あひゃきゃははは、あははひゃきゃきゃ!

 使い魔の笑い声が耳に響く。痛みと騒がしさとで顔を顰めると、ほむらはアサルトライフルを取り落とした。
 盾の中から大口径の拳銃を取り出し、子供の姿をした使い魔の頭に無造作に押し当てた。引鉄を絞る。
 短い悲鳴の後に使い魔とその飛行機が減速。一拍置いて霧散した。

ほむら(姿勢を立て直さないと……でも、なんのために?)

ほむら(こんな悪夢のような状況下で、そんなことをしたって)

ほむら(どうにもならないのに……)

 全身から力が抜けていく。
 そしてほむらの無防備な身体が地面に触れ――

杏子「バカヤロウ! 死ぬつもりか!?」

――る寸前、杏子の操る槍が彼女の身体を受け止めた。

ほむら「……ごめんなさい」

杏子「さっさと立ちな。こんなとこで死ぬわけにはいかねーんだからさ。時間停止で一旦退却しよーぜ」

ほむら「……ええ」

 杏子が差し出した手を握り返すと、ほむらは盾に魔力を送った。



 盾は、反応しなかった。

221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:54:50.93 ID:a/C0+favo

ほむら「時間停止の魔法が発動しない?」

杏子「うえぇ!?」

 時間停止の魔法を行使するために必要な条件は二つ。

 魔法を行使するだけの余裕がソウルジェムにあること。
 そして盾の中に組み込まれた砂時計の砂が片面に落ち切らない――つまり巻き戻ってから一ヶ月間が経過しないことだ。

 ソウルジェムはまだ輝いているので、問題があるとすれば盾の砂時計にあるのが道理であるのだが、
 今回の世界はワルプルギスの夜の出現が前倒しにされているため、ほむらの計算ではあと一日分の余裕があるはずなのだ。

ほむら「まだ砂時計の砂は落ちきってないはず……なのにってあれ?」

 ほむらの予想に反して、砂時計の砂は既に落ち切ってしまっていた。

杏子「全部落ちてんじゃねーか! 時間計算ミスったとか笑えねーぞおい!」

ほむら「あと一日分は余裕があるはずなのに……それより杏子!!」

杏子「あぁ? んだよ血相変えて――っあ?」

 瓦礫を引き裂くようにして、真横から現れた巨大な氷の翼が、杏子の体をクズ切れのように吹き飛ばした。

ほむら「いけない、助けに行かないと……!」

 ソウルジェムを輝かせて跳躍。
 その直後、自分の行動が誤りであることにほむらは気がついた。

 跳躍したほむらの身体に、空中で待機していた無数の魑魅魍魎が食らいつく――!

222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:56:14.76 ID:a/C0+favo

――見滝原市にある、崩れかかった高層ビルの最上階にて。

ローラ「チェックメイト、と言ったところかしら」

QB「無意味に死なれてもらっては困るんだけどね。エネルギーはいくらあったって足りないことはないんだから」

ローラ「そこまでは私の及びたることじゃなしにつきけるしー」

QB「……一つ、質問してもいいかい?」

ローラ「内容によりけるわね」

QB「君の言う『天使』の魔術。あれは凄いね。ありとあらゆる物理法則を無視した超常現象を起こして見せた」

QB「だからこそ僕には解せない。あれだけの力を振るうことが出来るのなら、どうして僕達からおこぼれを貰おうとしたんだい?」

ローラ「あれはワルプルギスの夜と魔導書の波長が合致したからこそ起き得た偶然よ。
     天上の序曲を天使の召喚で再現し、魔女の宴の魑魅魍魎を魔法少女の魂の残滓で代用したりた。
     天使によって夜は訪れ、術式は完成。ただの使い魔は魔女へと変貌し、舞台装置と共に大いなる宴の準備をしたりけると」

QB「君たちでは無理だと、そう言いたいのかい?」

ローラ「んーそれはそれ、複雑な理由がありけるのよ」

QB「……いずれにしろ、君が先ほどのような魔術を交渉に用いていれば、魔法少女のしがらみも解決出来たかもしれないのにね」

ローラ「心にもないことを言いけるのはやめておきなさい」

QB「それもそうかな」

ローラ「ときに、鹿目まどかの動向は?」

QB「避難所にいるよ。まだ決心はついてないみたいだね」

ローラ「あらあら、それはいけなしことね。ならば煽りたるまでのことよ」

223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 00:57:10.77 ID:a/C0+favo

ローラ「あー、あてんしょんぷりーず?」

 カード状の通信霊装を耳に当てたローラは、陽気な声で霊装に語りかけた。
 ワルプルギスの夜が発動する魔力の波動による妨害を物ともせず、遥か遠くの海で待機している要塞へ声が届いた。

『はい、こちらはカブン=コンパスの通信担当魔術師です。そちらは最大主教でよろしいでしょうか?』

ローラ「よろしかれよ。えーと、これから指示する座標目掛けて砲撃を始めなさい」

『かしこまりました』

 ローラは意味ありげな笑みを浮かべると、行儀よくお座りしているキュゥべぇをちらりと見やった。
 笑みを浮かべたまま、ローラはその座標を口にする。
 霊装越しに、オペレーターの魔術師が戸惑っている様子が聞こえてきた。

『見滝原市中央の体育館を、ですか? その、そこにはまだこちらの魔術師や魔女もいますが』

ローラ「やりなさい」

『いえ、ですが』

ローラ「やりなさい。四度目はなきことと覚えたりてよ」

『……はっ、かしこまりました』

 通信を終えたローラは、霊装を几帳面に折りたたんで袖の内に隠した。
 キュゥべぇに向き直る。

QB「今のやり取りは何を意味しているのかな?」

ローラ「そのままの意味よ。鹿目まどかがその気になるまで、何度でも砲撃を浴びせたるだけの話につき」

ローラ「幸いにも、あそこの守りはこちらが差し向けたる刺客との先頭で疲弊し切りているしー」

ローラ「なんなれば賭け事でもしたりける?」

QB「というと?」

ローラ「何度目の砲撃で鹿目まどかが決心したるか、よ」

ローラ「罪なき一般人の死体がどれだけ積み重なりたら、でも良いわね」

 そう言って、ローラはにこりと微笑んだ。

225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:00:07.48 ID:a/C0+favo

一方その頃――ロンドンのとあるアパートにて。

                インキュベーター
バードウェイ「なに? 孵卵器について私の意見を聞きたいだと?」

 まどか達よりほんの少し年下の少女、魔術結社のボスであるバードウェイが面倒くさそうに言った。
 すでに季節は春だか夏だか分からない曖昧な状態に差し掛かっているが、
 彼女はさして気にした様子も無く年中無休で安置(もとい放置)されているコタツに半身を突っ込んでいる。

 そんなだらしのないボスを見ながら、彼女の部下である黒い礼服にスカーフのマークは、
 紅茶が注がれた湯飲みを一口すすって頷いた。

マーク「はい。あの地球外生命体の契約行為を見てボスはどう思われますか?」

バードウェイ「知るか馬鹿。そんなことよりゲームを手伝え」

マーク「ボス! 最後の出番なんですよ! 真面目にシリアスにですね!!」

バードウェイ「チッ、分かった分かった……孵卵器、ああ面倒だしキュゥべぇでいいか。キュゥべぇだがな」

マーク「はい」

バードウェイ「例えるなら悪徳商法、詐欺師だな。事前の説明を怠って契約を迫るその姿勢は国によっては罰せられるだろう」

マーク「やはりそう思いますか?」

バードウェイ「ああ。とはいえこれはあくまで一般論だ。私個人としては……そうだな」

 バードウェイはうっすらとした笑みを浮かべた。非常に愉しそうな表情のまま彼女は話を続ける。

バードウェイ「非常に賢い連中だと思うよ。その考え方も、理解出来ないものではない」

マーク「ええ!? 宇宙の熱的平衡だの寿命を延ばすだのと胡散臭いことを言っている連中ですよ!?」

バードウェイ「そうだな。私達からしてみればそんなことより今日の夕食をどうするかの方が大事だ」

マーク「それは違うような……」

バードウェイ「しかし奴らにとってはそうではない」

マーク「なぜです?」

226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:01:13.06 ID:a/C0+favo

バードウェイ「簡単だよ。価値観の相違、主観の相違さ。例えばセミと我々ならどちらの方が長寿だ?」

マーク「我々でしょう」

バードウェイ「単純な時間で見ればそうだな。だがセミはそうは思わない。相対性理論とか、浦島太郎とかと同じさ」

マーク「んー、そういうものでしょうか……後半部分、絶対に違うような気がしますが」

バードウェイ「そういうものだ。宇宙の死は我々にとって永遠に来ない明日の話に過ぎない。
         しかし奴らにとって、それは明日の明日のようなものだ。その事実を踏まえれば納得も出来るだろう」

マーク「なおさら出来ません。いかなる理由があろうと、罪無き少女を騙して犠牲にするなど……クソッタレの所業だ」

バードウェイ「明日の明日には生態系が崩壊する。阻止するためにはセミの体液が必要だ。
.         もし仮にそうなったら我々人類は血眼でセミを捕獲するだろう? それをクソッタレの所業と言えるか?」

マーク「それは暴論です! セミには我々のような感情も知恵もありません!」

バードウェイ「同じことだよ。キュゥべぇからすれば我々の築き上げた文明など児戯に等しい」

バードウェイ「感情に至っては進化の過程で切り捨てられた不要な機能、あるいは精神疾患……
.         我々とセミと、キュゥべぇと我々。何が違う? 見返りが最初に与えられるだけ優しい方だろう」

マーク「そんな……」

バードウェイ「無論、気に入らない点がないわけでもない」

バードウェイ「永遠に来ない明日のために、いずれ私達が頂点に立つ世界の住人に手を出すのは認められたものではない」

バードウェイ「『鹿目まどか』のような子供を誑かして、この地球、あるいは“宇宙”を滅茶苦茶にして良い道理もない」

バードウェイ「……だがまぁ、私達には何も出来んよ」

 そう言って、バードウェイは面白くなさそうな表情を浮かべるとコタツの中で足をバタバタさせた。

227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:03:08.79 ID:a/C0+favo

マーク「何故です? ボスが立ち上がれば多少なりとも現状を覆すことが出来るのでは?」

バードウェイ「無理だよ。お前は奴らの規模を甘く見すぎているし、代替案もない。解決策もだ」

マーク「代替案?」

バードウェイ「例え話をしようか。一人の少女がいる。年齢は十二か十一。両親とドライブの途中で事故に遭ったと仮定しよう」

バードウェイ「両親は息絶え、衝突相手も意識不明。少女も出血やら骨折やらでボロボロ。目撃者もいない。
.         ついでに言うと彼女には特別な能力もなければ魔術の知識も持ち合わせていなかった、が……」

バードウェイ「他者より少しだけ、魔法に関する“素質”があった。そしてキュゥべぇは少女に目をつけた」

バードウェイ「ヤツは営業スマイルを浮かべながら近づいてこう言う。『僕と契約して、マギカになってよ!(裏声)』と」

バードウェイ「さて問題だ。少女はどうなる?」

マーク「そりゃあ、助かるんじゃないでしょうか。上手く行けば両親も」

バードウェイ「そう。キュゥべぇと契約すれば、少なくとも助かる可能性が出てくるわけだ。因果を歪めてね。その後は知らんが」

マーク「救急車が来て少女を助ける可能性だってあるはずです」

バードウェイ「確率の問題だよ。奴らがいれば助かる確率は限りなく高い。いなくても助かる“かも”しれない。複雑だな」

マーク「ですが魔女が生まれればより多くの人間が犠牲になります!」

バードウェイ「『まだ見ぬ者のために大人しく死んでくれ』と。まぁ1と99、どちらを救った方が利口かは火を見るより明らかだな」

 ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべるバードウェイ。

マーク(この性悪女……)

228: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:03:56.28 ID:a/C0+favo

バードウェイ「解決策の話に移ろうか。どうやってキュゥべぇとの問題やしがらみを解消する?」

マーク「そりゃあ片っ端から探索して契約の妨害を……」

バードウェイ「我々だけでは無理だな。某妹達よろしくな電脳網と膨大なストックがあるやつらを押さえ込むことは出来んよ」

マーク「では『マギカシステム』をぶち壊します」

バードウェイ「そうだな。それが出来れば全ては解決する……わけないだろう愚か者め」 ベシィッ!

マーク「ぐふぉぅあっ!?」 ドゴーン!

バードウェイ「仮に魔女をマギカに、マギカを少女に戻せたとしよう。それでキュゥべぇはどうする?」

バードウェイ「次の契約候補を見つけ出して契約を取り交わし、魔女になるのを見守るだけだ」

バードウェイ「せっかく掘った油田の権利が奪われました。でも金は腐るほどあるのでまた新しく掘ります。こういうことだ」

マーク「それも暴論のような……」

バードウェイ「99回失敗したって1回成功すれば良い。それが奴らのスタンスさ」

 だが、とバードウェイは言葉を区切った。
 コタツの中から孫の手を取り出して背中を適当に掻く。

バードウェイ「奴らは効率を重んじる。『マギカシステム』よりも効率の良いエネルギー回収方法があれば話は別だ」

バードウェイ「エントロピー、熱力学第二法則だったか? 私は妹ほど科学に詳しくないが、これ自体は簡単に乗り越えられる」

バードウェイ「物理法則を塗り替える『魔術』でね。ただ効率を優先させる奴らはマギカシステムを頼るだろう」

マーク「むう……」

バードウェイ「先ほどの代替案と同じさ。キュゥべぇはてごわい。負けを知らない」

バードウェイ「……逆に言ってしまえば、先に述べた問題点を全て解消できればこの騒動は収束してしまうのだがね」

マーク「はっ! ということはボスは既に何らかの手段を講じておられるのですね!?」

バードウェイ「いんや、なーんもない」

マーク「んだよ思わせぶりな態度取りやがってチクショッ、がぁぁぁああっ!?」

 マークの鳩尾に孫の手が突き刺さった。派手に撃沈。
 それをやってのけたバードウェイは涼しげな表情のまま小さく欠伸をした。

229: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:05:22.59 ID:a/C0+favo

 よろよろと起き上がると、マークは意気消沈した様子でぶつぶつと愚痴を漏らす。

マーク「では、我々人類は奴らに搾取されるだけの存在で終わってしまうのでしょうか……」

バードウェイ「まぁ待て、結論を急ぐな。我々には無理だが、これをやってのけれる人間ならいないこともない」

マーク「と、言うと?」

バードウェイ「アレイスター=クロウリー」

 世界を大いに騒がせた稀代の魔術師にして科学者の名前だ。

マーク「……またそんな、生死すら判別できていない人物の名前など挙げちゃって」

バードウェイ「……だとさ」

 バードウェイは虚空に向かってにぃっと笑いかけた。

バードウェイ「まぁヤツが我々に近く出来ない存在にシフトしたのは事実だが……それに例外はもう一人いる」

バードウェイ「それはさておき」

マーク「そこを教えてくださいよ!」

バードウェイ「やだ。さて、話を私達に戻そうか」

バードウェイ「今回の一件に関して言えば……私達は気付くのが遅すぎた」

バードウェイ「事の真相に触れたときには既にルーンの魔術師が決戦準備の大詰めに入っていた。何故だ?」

バードウェイ「私達のように情報を命とする魔術結社がなぜこうも対応に遅れた?
.         イギリス清教だけが迅速に手がかりを掴み、こうも手際良く対策を練ることが出来た?」

バードウェイ「この世界に存在する、見当もつかない歪みはなんだ? 捻じ曲げられた過去は?」

230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:07:13.12 ID:a/C0+favo

バードウェイ「……この物語(せかい)が始まったのは今より一ヶ月前。調整者(ゲームマスター)と接触し、
.         重要な情報を知り得た上に、手駒を使い事態を把握して利益を掠め取ろうとした人物がいる」

マーク「……それが、その例外?」

バードウェイ「知らん。それに前途のようなことが実現できたとしても、どうにもならん可能性だってある」

マーク「なぜです?」

バードウェイ「その例外が寿命でくたばるのを待ってから再開すればいいだけだからな」

バードウェイ「キュゥべぇにとって、一〇〇年なんてのは明日みたいなもんなんだろうし」

バードウェイ「それより話を戻すぞ」

マーク「あ、はい」

バードウェイ「……いや、面倒くさくなってきたな。結論を言ってしまおう。人類七〇億が束になってもキュゥべぇを出し抜くことは不可能に近い」

バードウェイ「人類の英知ってのはあんがい薄っぺらいものなのだよ」

マーク「世知辛いですね……」

バードウェイ「……だがまぁ、何もしないよりはマシか。携帯を出せ」

マーク「そう仰られると思ってましたよ、ボス。はいどうぞ」

バードウェイ「フン。……えーっと、あ、いのたの行の……あったあった、いっぽーつーこーだな」

231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/29(土) 01:10:59.19 ID:a/C0+favo

Trrrrr Trrrrr


バードウェイ「やぁ、私だ。……おいおいいきなりその溜め息は無いだろう。まぁいい」


バードウェイ「……どうだ、退屈しのぎにパズルでもやらんか。なに、パズルと言っても特殊でな」


バードウェイ「パズルはイギリス王室が持っている。というかバッキンガム宮殿まで飛んで行け。今すぐにだ」


バードウェイ「ガタガタぬかすな似非ヒーローが、なんなら奥歯を全て抜いてやろうか?」


バードウェイ「……そうやって不平を零しながら、お前は頭の中でバッキンガム宮殿までの最短ルートを計算しているんだろう」


バードウェイ「お前の人の良さは“あの男”以上だな。くっくっ……期待して待っているぞ。じゃあな」 ピッ


バードウェイ「さて、どうなることやら」


 愉悦に頬を歪ませると、バードウェイは虚空を睨みつけた。

バードウェイ「……これもお前の狙い通りか? アレイスター」

 バードウェイの言葉は、当然ながら虚空に呑まれて消える。

 後には、静寂だけが残った。

238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:00:24.72 ID:00Z4yyvLo

――突風によって荒れ狂い、月明かりのみが照らし出す漆黒の海に、小さな亀裂が生まれた。
 亀裂は時間を掛けて大きな溝となり、やがて形を変えて大きな円の形に広がっていく。
 大きな円はゆっくりと時間を掛けて、暗黒の海を退けて浮上し、その全容を明らかにした。

 それは巨大な石の円盤であり――イギリス清教が誇る海上要塞、カブン=コンパスだった。

 カブン=コンパスの上面に莫大な魔力と光が集中し始める。
 それは周囲の大気を震わし、歪め、ときおり爆発させてなおもその規模を高めていく。

 これこそが魔術サイドにおける『戦略兵器』、すなわち大規模閃光術式だった。

 その一撃は空をかち割り、大地を削り、五〇〇キロという長大な距離を無視して行使される。

 いかに結界が施されているとはいえ、単なる体育館程度の建物に使用する術式ではない。

 そんな馬鹿げた力が、太陽にも似た輝きが、最大主教の命に従って放たれようとする最中――

 その光の真っ只中に、小さな人影が飛び込んでいった。

 それはポニーテールを揺らしながら、2メートルもある大太刀を振りかざし己の覚悟を見せ付けるために言うのだ。



             S  a  l  v  e  r  e  0  0  0
         『 救 わ れ ぬ 者 に 救 い の 手 を 』   と。

239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:01:05.50 ID:00Z4yyvLo

――意識を取り戻したときには、右足の脛から下半分が瓦礫の中に埋没していた。
 口の中に広がる砂利の味に不快感を覚えながらも、ほむらは虚ろな目を瓦礫の向こうへと向ける。

 背筋が凍るようなおぞましい声色でけたたましく笑う巨大な魔女が視界に映り込む。

ほむら「ワルプルギスの、夜……」

 最強にして最悪の魔女、ワルプルギスの夜。
 彼女はいま、おびただしい魔法少女の使い魔と魔女、さらにそれらの使い魔を従えて、見滝原市に君臨している。
 それだけではない。
 そんな彼女を守護するように、青と緑と赤の天使がそれぞれ後ろ、左、右の位置に配置していた。

 天使はノイズ混じりの詩を詠い、魔女は歓喜の嬌声を上げてよがり狂う。

 もはやそこに常識はなく。

 もはやそこに救いはない。

ほむら(どうして?)

ほむら(どうしてなの?)

ほむら(何度やっても、アイツに勝てない……)

ほむら(この世界もだめだった……諦めて時間を……)

240: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:01:34.19 ID:00Z4yyvLo

 繰り返す?

 繰り返せば、それだけまどかの因果が増えてしまうのに?

 ほむらにとってまどかの存在は絶対だ。それは変えられないし、歪められない。
 だがもしも、キュゥべぇが言うように彼女の行動がまどかを不幸に陥れてしまうのだとしたら。

ほむら「私のやってきたことは、結局……」

 だらんと、ほむらの左手が力なく地面に垂れ下がった。
 そのソウルジェムには陰りが差し、穢れが生まれていた。

 しかしどうにもならないのだ。
 誰も彼もが不幸になり、救われなかった。
 この世界ならと考え、希望を持ってみたところで。
 巴マミは魔女になり、さやかは傷付き、杏子は行方不明。

 絶望が、彼女の心を支配する。押し潰そうとする。蹂躙しようとする。

 ソウルジェムが、絶望に染まろうとした。
 その時。


「――君は、後悔しているのか?」


 彼女の耳に、声が届いた。

241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:02:08.22 ID:00Z4yyvLo

 後悔しているのか?

 愛する人のために契約したことを、

 愛する人のために時間を繰り返したことを。

 愛する人のために全てを投げ出し、傷付き、苦しんできたことを。

 後悔しているのか?

 傷付き、まやかしの熱を出す身体に比例するように、心が熱くなるのを彼女は感じた。
 最愛の人のために自分が行ってきた行動が、果たして無駄だったと言えるのか。
 彼女は自分の心に問いかける。

 やらなければよかったと。
 後悔してしまったと。
 鹿目まどかに向かって言えるのか?

『あなたを助けて後悔しました』

 そんな言葉をぶつけることが出来るのか?

 その問いに、彼女の心は答えない。答える必要などない。
 既に答えは見つかっている。否、答えなんて、最初から分かりきっていたのだ。

――無理に決まっている。

――だって、私は。

242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:03:24.47 ID:00Z4yyvLo

ほむら「私は……」

ほむら「私は、後悔してないわ」

ほむら「まどかのために這い蹲ったことも、血を流したことも、何度も繰り返したことも、私はなんら後悔してない」

ほむら「私が生きているのは、まどかのおかげ。私の命は、まどかに助けてもらった物だから」

ほむら「まどかのためなら私は何度だって繰り返す。何度だってやり直してみせる」

ほむら「それで彼女を縛る因果が強くなるなら、私はその因果もろとも打ち破ってみせる!」

ほむら「後悔なんて、あるわけない!」

 口の中に溜まる血反吐を吐き捨て、ほむらは身を起こして前を見据えた。
 目の前で、赤い髪の神父が、電子タバコをくわえて佇んでいた。

ステイル「僕は、後悔しかしていない」

ステイル「“彼女”を救えなかったとき、“彼女”の記憶を奪った時、“彼女”を他人に任せっきりにしたとき」

ステイル「いつだって、僕は後悔してきた」

ステイル「……この街を訪れてからも、それは変わらない」

ステイル「君たちを疑ってしまったことを、巴マミを救えなかったことを、美樹さやかをあんな風にさせてしまったことを」

ステイル「いつだって、僕は後悔してきたんだ」

ステイル「後悔なんて、ないわけないんだ」

243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:04:02.20 ID:00Z4yyvLo

ステイル「……似た者同士だと、いつか言ったが。あれは訂正しておこう」

ステイル「君は僕よりもずっと強く、逞しい」

ほむら「……」

ステイル「さて、せっかく心中を吐露したんだ。絶望するのはやめてもらえると嬉しいんだけどね」

ほむら「え?」

ステイル「せめて最後くらいは、僕に後悔させないでくれるかな」

 電子タバコを手に取ると、ステイルは天を仰いだ。
 電子タバコから水蒸気が漏れる。

ステイル「反撃の狼煙さ」

 直後。
 見滝原市を覆う雲を、爛々と光り輝く閃光が貫き。

 カブン=コンパスから放たれた砲撃が、“ワルプルギスの夜”に突き刺さった。

244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:04:58.46 ID:00Z4yyvLo

 天から齎された一撃は、正しく魔女の胸元を貫いた。
 魔女の身体が大きく傾き、その巨体を荒野と貸した街中に沈める。
 その光景を見ていたキュゥべぇは、黙ったままのローラを見上げ、やがて声を掛けた。

QB「いやぁ、天晴れだね。君の部下たちは」

ローラ「……」

QB「意外な展開ではないよ。予兆はずいぶん前からあった。
.   魔術師は個を重んじる主義の人間なんだろう? だったら、遅かれ早かれ結末は一緒だよ」

ローラ「……」

QB「君はイギリス清教を自分の手足のように考え、個々の意思を無視した命令を下し過ぎたんだ
.   もちろん後は、内部からの反乱を受けて逆賊として討たれるしかない。ま、あとは君たちの問題だ」

 ローラの袖口にある霊装から、オペレーターの声が途切れ途切れに聞こえてくる。

『……り返しま……分をもって、最大主教はその任を解……新たな最大主教とし……Index L……』

 その時、霊装の向こうで何かがガタッと揺れる音が響き、突然音がクリアになった。
 この距離で通信霊装をこうも調整できる人間はほとんど限られてしまっている。

 神裂火織だろうと、キュゥべぇは別の個体から得た情報を下に推測した。そしてそれは正解だった。

245: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:06:19.17 ID:00Z4yyvLo

神裂『……今代わりました、神裂です。聞こえていますか? 最大主教。いえ、ローラ=スチュアート』

神裂『もうお分かりかと思いますが、私達の狙いは日本に送り込まれたイギリス清教の部隊との和解に有りました
.     五〇〇キロを乗り越え、カブン=コンパスに乗り込んでただひたすらに説得するというふざけた内容でしたが……』

神裂『思いのほかあっさりと皆受け入れてくれましたよ』

神裂『私達はあなたの庇護を受けずともやっていけます。よって、貴女には“退任”していただきました』

神裂『必要な手順は全て省略し、正式な手続きも後回しになりますが……新しい最大主教には、“彼女”が選ばれました』

神裂『先ほど英国にも連絡を取りましたが、こちらも快く認めてくださいました。あなたの負けですね』

QB「君の周りは敵だらけだね」

 キュゥべぇの言葉を無視したまま、ローラが口を開く。

ローラ「……神裂。その選択がいかに愚かなりけることか分かりているのかしら」

神裂『あなたの指示に従っているよりかは百倍マシですよ』

ローラ「私がいなければ、イギリス清教は崩壊せしめるわよ?」

神裂『ですが誇りは失われません』

ローラ「論理的ではなきことね」

神裂『そんな論理なんて、クソ食らえ、ですよ』

 そう言って、通信は一方的に断ち切られてしまった。

246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/30(日) 02:09:57.75 ID:00Z4yyvLo

QB「残念だったね、ローラ=スチュアート。さて、これから君はどうするんだい?」

 キュゥべぇの言葉に、ローラは暗い表情のまま。
 口角をニィッと上げて、仄暗い笑みを浮かべた。

ローラ「あらあら、不思議なことを言いたるのね。ここからが本番なりけるわよ?」

 この期に及んでまだなおローラは利益を求めているようだった。
 イギリス清教という組織を失いながら、何故彼女はそうも冷静でいられるのか。キュゥべぇは純粋に不思議に思った。

QB「……どういうことだい?」

ローラ「どうせあの程度の戦力ではワルプルギスの夜は倒せない。倒すには同種の力と奇跡が必要になりけるわ」

QB「……君が目指す物がなんなのか、僕にはさっぱり理解出来ない」

ローラ「あっそ、どうでもよきことね」 クルッ

QB「おや、どこに行こうというんだい?」

ローラ「会いに行きたるのよ。因果の中心、物語の要……」

ローラ「鹿目まどかにね」

QB「わけがわからないよ」

253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:38:41.64 ID:liDrNwkZo

 断続的に行われる砲撃を見ながら、ステイルはほむらの身体に目をやった。

ステイル「しっかし酷いザマだね。完全に瓦礫に挟まれているじゃないか」

ほむら「……そう思うなら助けなさいよ」

ステイル「残念ながら僕は力仕事が苦手でね。そういうのは専門職の人間に任せるとしようかな」

 言うや否や、ピンッと何かが引っかかる音がした。
 見る見るうちに瓦礫が動き始め、あっという間にその場から除去されてしまう。
 ステイルは瓦礫とその周辺に目を凝らし、ワイヤーを見つけると肩をすくめた。

ほむら「いたっ……これは?」

ステイル「天草式の連中だよ」

 光の砲撃に混じって、暗い色の砲撃がワルプルギスに襲い掛かった。
 あれはセルキー=アクアリウムの砲撃だろう。
 そんなことを考えていると、ステイルたちの目の前に奇妙ななりをした集団が音もなく現れた。
 天草式十字凄教の面々だ。ボロきれ同然の衣服を身に着けた五和が一歩前に出る。

五和「よかった、間に合ったんですね?」

ステイル「何とかね。それよりほむらに回復魔術を……なにか羽織ったらどうだい、目のやり場に困るんだが」

ほむら「私は自力で回復できるわ。それより杏子の方を」

香焼「あ、あの人なら自分が面倒見てるっすよ!」

 そこで初めて、ステイルたちは杏子を背負っている香焼に気がついた、。
 その身体は擦り傷こそ多く見られたが、特に目立った怪我は負ってないようだ。淡い黄色の光が彼女を包み込んでいる。

ステイル「風のテレズマを用いた術式だね。水のテレズマと土のテレズマは……」

建宮「不完全とはいえ、力の源である大天使が出てきている以上扱えないのよな」

ステイル「やれやれ、前途多難だな」

254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:39:18.67 ID:liDrNwkZo

ほむら「……でも心苦しいわ。あなたたちばかり戦わせてしまうなんて」

ステイル「ん? それはどういう意味だい?」

ほむら「だってそうでしょう? 私たちはここでただ治療されるだけなんだから」

 ばつが悪そうに言うほむら。対してステイルはというと、

ステイル「……勘違いしているようだから言っておくけどね。
       別に彼らは、君達を助けるためとか傷つけないためとかで治療しているわけじゃないんだよ」

 もっとばつが悪そうに言った。

ほむら「は?」

建宮「あー、その、現状の戦力でワルプルギスの夜を倒すのはほとんど不可能に近いわけなのよな」

ステイル「つまり、まともな戦力になりうる君と佐倉杏子を回復させて、再び戦場に送り返そうとしているわけだ」

ほむら「……」

五和「助けた相手に助けを求めるなんて、こんなの絶対おかしいですよタテミヤさん!」

建宮「分かりにくいネタを織り交ぜるなバカ! 女教皇様がいない以上はしょーがないのよな! そう思うだろ香焼!?」

香焼「いやぁ正直これはないすね」

 裏切り者めー! と声高らかに叫ぶ建宮を無視して、ステイルはほむらの様子を窺った。
 呆れているようにも見えるが、どこかほっとしているようにも見える。

ほむら「……そうね、あなたたちってそういう奴らよね」

ステイル「しかしこれが現実だ」

ほむら「……ここまで来たらなんだってやってやるわよ。後悔しないためにも」

ステイル「期待しているよ、魔法少女」

255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:39:44.44 ID:liDrNwkZo

 その場に留まる面々に別れを告げると、ステイルは一人歩き始めた。
 電子タバコを噛み締めつつ、懐から杖の絵柄が刻まれたタロットカードを取り出す。

ステイル「魔術師が……」

 彼の隣を一匹の使い魔が通り過ぎた。
 突風が生じて、彼の法衣が風にはためく。
 遅れてやってきた土煙が彼の身体を包み込んだ。

ステイル「殺すしか能のない力が……」

 断続的に放たれていた砲撃がぱったりと途絶える。
 “魔女の誘導”という、最大の役目を終えたからである。ここから先はステイルの仕事だ。

ステイル「穢れの象徴でしかない異能が……」

 間を置いて、傷一つないワルプルギスの夜が空中に浮かび上がった。
 ステイルは魔女から見て右手側に佇む『神の如し者』と対峙する。

ステイル「救いをもたらすことだってあるってことを、教えてやろうじゃないか」

 カードを高々に掲げた。

ステイル「さぁ、始めるぞ」

 ステイルが電子タバコを噛み砕いた。
 それが合図となって、ステイルの身体に仕掛けられた“術式”が解除される。

 ただの人間には分不相応な、膨大な魔力が彼の身体から溢れ出した。

256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:40:11.93 ID:liDrNwkZo

――ステイル=マグヌスはルーン魔術専攻の魔術師であり、その道の才を兼ね備えていた。
 しっかりとした鍛錬を積み、知識を学び、何十年と時間を重ねることで歴史に名を残すことすら出来たかもしれない。

 しかし彼には時間がなかった。早急に力を欲した彼が選んだ物は、一種の等価交換であった。
 常日頃から体力を魔力に変えて身体に溜め込むことで、<魔女狩りの王>などの強力な魔術を行使出来るようにしたのだ。
 それでも彼は貪欲に力を欲し、ついにその先まで求めるようになった。

 彼は自身の生命維活動を維持できるギリギリの体力を除き、全てを魔力に練成して溜め込む術式を編みこんだ。
 その代償が、女子中学生にすら劣る体力と身体能力であり。
 その成果が、人間の枠を超えた魔力の保有である。

 とはいえ、それだけの魔力に火を入れれば爆発は必至。
 ではどうするかというと――

ステイル「この日のために何枚コピー用紙を購入したと思う? どれだけ睡眠時間を削ったと思う?」

 そう言いながら、ステイルは砕け散った電子タバコを吐き捨てた。
 電子タバコの残骸が宙を舞い、風に流され、ステイルの首を刈り取らんとしていた『神の如し者』の足元に落ちた。
 途端に、その場から炎が吹き荒れる。
 『神の如し者』が、ぴたりと動きを止めて固まった。

ステイル「……英国市民の血税をこんなことに使ってることがばれたら私刑物だよ」

 口ではそう言いつつも、彼は笑って天使と地面とを見比べた。
 地面に張り巡らされた幻影魔術が引き剥がされ、びっしりと貼り付けられたルーンのカードが露になった。
 炎は勢いを増して枝分かれし、街中へと散らばっていく。

 見滝原市を、巨大な炎の魔法陣が照らし出した。

ステイル「大規模多重構成魔法陣、あるいは簡略式戦術魔方陣と呼ぶべきかな?」

257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:40:52.95 ID:liDrNwkZo

 戦術魔法陣と呼べば聞こえはいいが、その実態は単なる力技の魔法陣だった。

 まず、膨大な量のルーンを偶像の理論の元に配置し、点と点を繋ぐことで魔法陣を大量に生成。

 その大量の魔方陣一つ一つを点に見立て、そこからさらにルーンを並べることでそれらを円として繋ぎ。

 さらに火の象徴が意味する南、魔法陣から見て右にステイルが位置することでその効力はさらに磨かれる。

 とはいえ、水が流れねば水路はただの壕。魔力が注がれなくては魔方陣とてただの模様。

ステイル「使用枚数は十万三〇〇〇枚! 注文通りの魔術師泣かせな、馬鹿げた規模の魔法陣さ!」

 自身の限界を無視し、莫大な魔力をただひたすらに魔法陣に流し込む。
 それでもまだ足りない。なぜなら、魔術に必要な要素の一つであるテレズマが欠けているからだ。

ステイル「その障害を取り除いてくれたのは他でもない君だよ、『神の如し者』。不完全な大天使」

 魔法陣が、己に欠けたピースを補うために『神の如し者』を炎で包み込んだ。
 『神の如し者』はそれに抗おうと身を捻り――ステイルが杖が描かれたカードを一振り。
 またも動きを止めた『神の如し者』が、起伏にかけたマネキンのような顔を恨めしげにステイルに向けた。

『sajvhhvnnmgwnejpgjgtikrqhbkbnvbeghoeg』

ステイル「これが完全な大天使だったらこうはいかなかっただろうね」

 赤い大天使が。
 火を司る大天使が。
 桁外れの熱量と魔力によって、崩壊していく。

ステイル「楽勝だ、大天使」

 『神の如し者』が、完全に崩れ去った。
 その場に溢れ出た莫大なテレズマを飲み込んだ魔法陣が、怪しく脈動する。

258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:41:22.56 ID:liDrNwkZo

 M  T  W  O  T  F  F  T  O  I I G O I I O F
「世界を構築する五大元素の一つ。偉大なる始まりの炎よ
    I    I    B    O    L    A   I   I   A   O   E
  それは生命を育む恵みの光にして。邪悪を罰する裁きの光なり
       I    I    M    H        A   I   I   B   O   D
    それは穏やかな幸福を満たすと同時。冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 炎が膨れ上がり、熱風が吹き荒れ、波が生まれ、膨張し、弾け、混ざり。
 やがてそれらは巨大な炎の竜巻へと変化し、人の形を成していく。

      .  I I N F   I I M S
      「その名は炎、その役は剣
           I C R    M  M  B  G  P
         顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」


 その詠唱完了を合図する言葉を持って、空間が爆発した。
 眩いオレンジ色の閃光が見滝原市を覆い尽くす。
 ステイルは一息つくと、カードを乱暴に振りかざした。

 彼の右手側に、全長一〇〇メートルを超える炎の巨人が姿を現した。
 構成は魔法陣、身体はテレズマで、血潮はステイルが心血注いで練り出した魔力で出来ている。
 大気を焼き尽くす熱気に耐えながら、ステイルは声高らかに宣言する。

ステイル「そっちが最強気取った魔女の女王なら、こっちもそれに相応しい布陣で赴くまでだ」

.        イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス
ステイル「≪魔女狩りの王≫……その意味は、必ず殺す!」

 声ならぬ声を以て、イノケンティウスが王の名に相応しい威厳のある咆哮を轟かせた。

ステイル「そして!」

                  F   o   r   t   i   s   9   3   1
ステイル「我が魔法名は『我が名が最強である理由をここに証明する』!」

259: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:42:13.52 ID:liDrNwkZo

 ステイルの魔力と魔法陣の加護を一心に受けた炎の巨人が大地を踏みしめ、舞台装置の魔女とぶつかり合った。

 魔力を練りこんで形成された障壁をも焼き尽くすイノケンティウスと、
 その身体を力ずくで捻り潰そうとするワルプルギスの夜。

 何かを焦がす匂いが漂い、何かがはちきれる音が鳴り響き、力と力の衝突による余波が街を破壊する。
 炎の巨人は、しかし二体の天使を擁する舞台装置の魔女を前にしてしまうと霞んですら見える。
 魔女狩りの王と最強の魔女の間に広がる魔力差など比べるべくもない。
 むしろ比較する方が馬鹿げている。

 ではなぜ、イノケンティウスがワルプルギスの夜に食い下がることが出来るのか。

 その性質が『魔女狩り』であるという点も大きい。
 だが、真の答えは、理由は、至極単純で、簡単なものだった。

 ワルプルギスの夜が、使い魔を圧縮した魔弾を以てイノケンティウスの頭を吹き飛ばした。
 イノケンティウスは炎を震わせながら、それでも倒れない。

ステイル「我が身を――喰らえよ! 魔女狩りの王!」

 瞬く間に足元のルーンから現出した炎が巨人の身体を伝い、頭が再生し、再びワルプルギスに挑みかかる。
 ルーンと魔力がある限り、何度でも蘇る。
 これこそが魔女狩りの王、イノケンティウスの本髄である。

ステイル「たかだか舞台装置の分際で、この僕を舐めるなよ……!」

260: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:42:52.33 ID:liDrNwkZo

――炎の巨人が舞台装置に挑みかかっている頃。
 その間近で地面に文字を書き殴っていたシェリーは、満足そうに笑みを浮かべた。

シェリー「準備完了ね。オルソラ、アンタは魔法少女のところに引き返しな」

オルソラ「まぁ、よろしいのでございますか?」

シェリー「魔女の大群の動きを見てみなさい。ヤツらは魔法少女の魔力に惹かれて別行動を取り始めてるわ」

シェリー「二手に分かれて行動ってなワケだ。魔法少女中心のグループは魔女の群れを蹴散らせ」

オルソラ「シェリーさんはどうなさるおつもりでございましょうか?」

シェリー「ハン! あの歯車ヤローの口の中に土をたんまりねじ込んで、薄気味悪い哄笑が一生出来なくなるようにしてやるさ」

 シェリーが軽く伸びをしながら立ち上がった。
 その瞳はけたたましく笑う魔女のみを捉えて離さない。

オルソラ「……承知の上かとは思いますが、シェリーさん」

シェリー「死ぬな、でしょう? 分かっているわ」

シェリー「生憎だが成し遂げたいことが腐るほどあるんでな。ここでくたばってやるつもりは微塵もねぇよ」

 オルソラは頷くと、無骨なメイス片手に瓦礫の中に姿を消した。
 それを見届けたシェリーは、小さな石で固められたコイン――土の属性を司る象徴武器を左手に握り締めた。

シェリー「……さーて、デケェ態度かましてる大天使様よぉ」

 そう言って、シェリーは自身を見下ろす緑色の大天使を睨みつけた。
 オイルパステルを掲げて見せる。
 途端に、彼女から見て左手側にある地面がぼこっ、と音を立てて隆起した。
 まずコンクリートによって足が作られ、次にコンクリート混じりの岩石によって胴体が作られていった。

261: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:43:47.47 ID:liDrNwkZo

シェリー「テメェがどれだけ偉大かは知ってるが、まさかその程度で私を潰せるとか勘違いしてねぇよなぁ!?」

 シェリーが左手を振りかぶってコインを投げつける。
 コインは岩石で構築された身体に触れると、緑色の輝きを発し、無数の粘土で出来た手を作り出した。
 粘土の手はうねうねと蠢き、浮遊している天使の身体にすがり付いて引き摺り下ろそうとする。

『aruoipuqegmncvnabnakeqgqpiueqcsmvfg.nqqeroh』

 『神の薬』の名を冠せられた大天使が、粘土の手によって成す術もなく捻り潰された。

シェリー「独立性を孕んでいない以上、象徴武器と魔術の組み合わせで取り込んじまえばこっちのものよ!」

 大天使の身体から齎されたテレズマが、周囲の大地にその力を分け与えていく。
 大地が波打ち、周囲の鉄や銅が隆起した。
 それらを吸収することで腕が作られ、最後にそれらが全て折り重なり混じり合うことで頭部が作り上げられ。

 エリスと名づけられたゴーレムが、イノケンティウスにも引けを取らない巨体を震わせた。

シェリー「基本はどの魔術も同じってわけさ」

 そう。

 ステイルが技術と理論とルーンとを集めることで巨大なイノケンティウスを顕現させたならば。
 シェリーはただひたすらに呪文を書き連ね、注ぎ込む魔力を度外視することで巨大なエリスを完成させた。

 それは同時に、ステイルと違って魔力の貯蓄がないシェリーの寿命を縮めることを意味している。

シェリー「私達には力技がお似合いってなぁ! 行くわよエリス! あのクソ女をぶっ潰せ!」

 シェリーを肩に乗せたエリスが、イノケンティウスと同じようにワルプルギスに突っ込んだ。

262: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:44:34.32 ID:liDrNwkZo


――懐かしい声がする。

『幻惑の魔法ね。面白いわ』

『うふっ、お見事! ……改めまして、私は――――――』

 仄暗い記憶の海をたゆたいながら、アタシはこれが夢であることに気がついた。

『ありがとう……弟子というのは、ちょっと違うと思うけれど。私も、魔法少女の友達が欲しいなって思ってたの』

『この調子でもっと人数を増やせば、≪ロッソファンタズマ≫は無敵の魔法技になるわ!』

 やっぱさ、≪ロッソファンタズマ≫はないって。
 当時の衝撃を思い出して、アタシは苦笑を浮かべた。

『私達はいつも命懸けで殺し合いをしてるでしょう?』

『でも、ふと思ったの。子供の頃に夢見た魔法少女って、希望に満ちていて、怖がったりしなかった』

『それに、必殺技の名前もカッコ良く叫んでいたなって!』

 懐かしいなぁ……
 あの頃は希望に満ち溢れてた。アタシも素直だったもんだよ。

『嫌よ、離さない。今のあなたを放っておくことなんて、私には絶対に出来ない……!』

『まったく……どこまでも手のかかる後輩ね』

 この時あの人が本気でかかってきてれば、アタシは今頃……

『どうして……?』

『あなたは一人で平気なの? 孤独に耐えられるの!?』

『敵になんてなるわけない! だって、だってあなたは……私にとって、初めて同じ志を持った魔法少女だったんだから……』

『また、ひとりぼっちになっちゃったな……』

 ……本当に、ごめんなさい。

263: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:45:00.24 ID:liDrNwkZo

――記憶の海から這い出たアタシは、目蓋を下ろしたまま眉をひそめた。
 脇腹の辺りがひどく痛む。もしかしたら骨にヒビが入ってるかもしれない。
 誰かの叫び声を聴きながら、杏子は混濁した意識の中でふと思った。

杏子(まいったなー、治癒魔法って得意じゃないんだよねぇアタシ)

杏子(昔は大怪我してもさ、ほら……“あの人”が……)

杏子(……アタシの“先輩”が治してくれたからさ)

 その時、脇腹の辺りを断続的に襲っていた痛みがふっと和らいだ。
 冷たい風が傷口を癒し、熱にも似た痛みがだんだんと引いていく。

杏子「んぁ……?」

香焼「あ、起きたっすよ! 五和!」

五和「大丈夫ですか? 私、誰か覚えてます? ここがどこか分かります?」

杏子「あー、五和だろ……ここは見滝原市で、えっと……」

杏子「そうだ! ワルプルギスの夜は!?」 ガバッ

香焼「ちょっ、まだ寝てて! 治りきってないすから!」

五和「ワルプルギスの夜でしたらご安心を、他の方が足止めしてますから」

杏子「そっか……どれくらい寝てた?」

ほむら「一〇分も寝てないわよ」

 崩れたコンクリートの柱に腰掛けたまま、ほむらが言った。
 あちこち怪我をしているようだが、命に別状はないようだ。強いて言えば右足が傷付いているかもしれない。

杏子「んで、アタシたちはどうすりゃいいのさ? まさかこのまま介護されてろってわけじゃねーだろ?」

ほむら「あなたって鋭いわ」

264: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:45:33.18 ID:liDrNwkZo

オルソラ「皆様方には、もうじきここを訪れる魔女の迎撃をお願いしたいのでございます」

ほむら「規模は? 進行速度も教えて(ずいぶん○○ね……)」

杏子「関係ねーよ、全部ブッ潰すんでしょ?(コイツ○でけーな)」

五和「最低でも魔女型が三〇はいます。魔法少女型は三〇、使い魔型に至っては四〇〇以上……
.     進行速度はまちまちですけど、このままでしたらあと二二〇秒で接触します。余裕はありません」

オルソラ「使い魔はワルプルギスの夜の歯車から生まれ出る形ですので、少なくとも今は増えないのでございますよ」

杏子「こっちの戦力は?」

建宮「動ける魔術師が俺たち含めて四〇名、魔女が二二名、魔法少女がお前ら含めて四名だ」

杏子「四名? まさかさやかを使うつもりじゃねーだろうな!?」

ほむら「違うわ。さやかよりはあてになる戦力よ。……もっとも、私としては協力したくないのだけど」

 忌々しげに言うほむら。
 状況を飲み込めない杏子は首を捻り、ひとまずそのことを忘れることにした。

杏子「んにしてもそんだけいりゃあお釣りが来るじゃん。余裕だね」

香焼「魔術師って言ってもすよ。自分みたいに非力なのも含むっすから」

五和「連携しないと戦えない私達のようなのもいるので、正直なところかなりキツいです」

杏子「……はぁ、結局アタシらが頑張る羽目になんのね。はいはい。こっちはアタシらに任せな」

建宮「すまんのよな。俺達は向こう側を担当してくる」

 そう言って、天草式の面々は瓦礫の中を駆け抜けて行った。
 ほむらに向き直り、肩をすくめてみせる。

ほむら「時間が惜しいわ。さっそく作戦を――」

 ほむらの言葉を遮るように、タタタンッ! と何かが空気を切り裂き地面に降り注いだ。

杏子「チッ!」

 舌打ちすると、皆と顔を見合わせ、即座にその場から飛びのく。
 辺り一面に銃弾にも似た魔力の塊が降り注ぎ、地面を削っていく。

265: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:46:57.20 ID:liDrNwkZo

杏子「予定よりもはえーじゃねーかばか!」

 瓦礫に身を隠し、飛び跳ねるコンクリートの礫を右手で弾きながら杏子が叫んだ。
 銃撃が止む。この好機を逃してなるかとばかりに瓦礫から身を乗り出して、

杏子「――――えっ?」

 信じられないものを見た。

杏子「……嘘、だよね?」

 戦場にいるにもかかわらず、呆然としながら、足を止めてしまう。
 目の前の“敵”が自分を殺そうと動いているにもかかわらず、杏子は動けなかった。
 杏子の頬を銃弾がかすめる。次の瞬間、杏子の体は何者かに引っ張られて、むりやり歩かされていた。

ほむら「あなたはバカなの!?」

 杏子の手を引っ張りながらほむらが叫んだ。
 対する杏子は、無言のまま。ある一点を凝視している。
 虚ろな目で“それ”を見つめながら、杏子が口を開いた。

杏子「だってさ……見てみろよ、あれ……」

ほむら「今度はなに? また天使?」

杏子「いいから見てみろよ」

ほむら「なにが……」

 ほむらが歩くのを止めた。
 そしてやはり、杏子と同じように、呆然とした表情のまま“それ”を見つめた。

266: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:47:56.37 ID:liDrNwkZo

杏子「……夢なら覚めてほしいね。ちょっと、性質が悪すぎるんじゃない?」

ほむら「……杏子」

杏子「分かってる。でもさ、しょうがねぇって。誰だってテンパるでしょ、いくらなんでも」

杏子「もしかして、“アイツ”に呼びかけて、“アイツ”のことぶった切ったらさ
.     ぱぁーって光って、元の“アイツ”が戻ってきて、アタシらと一緒に戦ってくれるかもしれないって……」

ほむら「……残念だけど、それは」

杏子「分かってる! でもさほら、そういうもんじゃん? 最後に愛と勇気が勝つストーリー、ってのは」

杏子「アタシだって、考えてみたらそういうのに憧れて魔法少女になって、“アイツ”と行動を共にしてたんだよね」

杏子「すっかり忘れてたけど、さやかはそれを思い出させてくれた……だってのに、こんなのってさ……」

ほむら「気持ちは分かる。辛いのも。でも時間がないわ」

杏子「ああ」

 杏子はその手に槍を作り出すと、“それ”に向かって突きつけた。
 ほむらもサブマシンガンを取り出し、姿勢を低くして身構えた。


杏子「……んじゃ、やろうぜ」


杏子「――『巴マミ』!!」
        ¨ ¨ ¨ ¨ ¨

 杏子の言葉に呼応するように、“それ”……否。

 『巴マミ』の姿をした、黒い魔法少女の使い魔が、マスケット銃を構えた。

267: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(神奈川県) 2011/10/31(月) 01:48:24.13 ID:liDrNwkZo





 それは熾烈な争いの幕開けと――全ての終わりを告げる、カウントダウンが始まったことを意味していた。




.

277: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:53:12.50 ID:qiKmOo2yo

 大地が唸り声を上げているかのような、静かな揺れが体育館を襲った。

さやか「これで何度目?」

恭介「五度目かな……さやか?」

 電灯が点滅し、風が外の壁に叩きつけられる音が響く。
 周囲の様子を窺っていたさやかは、心配そうに自分を見つめる恭介に気付いて困ったような顔を浮かべた。

さやか「あはは、だいじょーぶだって。あたしはどこにも行かないよ」

恭介「……なら良いけど。どっちにしたってステイル君たちがいるんだ、さやかはもっとリラックスすべきだよ」

さやか「おっけー、リラックスするよ」

 そう言われてリラックスすることなど出来るはずもなく。
 避難スペースの端っこに腰を下ろしながら、さやかは己のソウルジェムを見つめた。

恭介「青いね」

さやか「青いね。ちょいちょいヒビ入っちゃってる」

恭介「穢れを吸い取るグリードシーフだっけ? あれはあるのかい?」

さやか「強欲な盗賊(グリードシーフ)じゃなくて魔女の種(グリーフシード)ね。まだ二個も残ってるし余裕あるよ」

恭介「そっか」

さやか「そうなんだよ」

 ……なんだろう、会話が続かない。
 沈黙が場を支配する。妙に気まずくなって、さやかは恭介の横顔を覗き見た。
 恭介も同じことを考えていたらしく、首をこちらに向けていた。なんとなく苦笑い。

恭介「そうそう、さやかに伝えておかなきゃいけないことがあったんだ」

さやか「お、なにかな~?」

278: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:54:39.84 ID:qiKmOo2yo

恭介「昨日の昼に学園都市の先生から連絡があってね。すぐにでも左手の手術が出来るってさ。100%治るって!」

さやか「ホント!?」

恭介「嘘吐いても意味ないだろう? ホントだよ」 クスクス

さやか「そっかぁ……良かったぁ……うぅ……」

恭介「さやか? 泣いてるの?」

さやか「な、泣いてなんかないよっ!!」 ゴシゴシ

 涙でぼやける目を袖で拭いながら、さやかは微笑んだ。
 ステイルの言葉を信じて、奇跡と魔法を用いず恭介の回復を医学の力に任せたさやかは、
 同時に奇跡と魔法の力がなければ助けることが出来ない少女の命を救ってのけた。

 だからこそ、ここまで来て恭介の左手が治療できないなどという事態になってしまえば、
 それはさやかにとって一番の『後悔』になりうる事かもしれなかったのだが。
 どうやらその懸念は解消されたようだ。自分は、今の自分であることを後悔しないですむらしい。

 ……でも本当に良かった。おめでとう、恭介。

恭介「それでね、実はその先生の知り合いから学園都市にあるコンサートホールで演奏しないかって誘いも受けてるんだ」

さやか「え、それマジ!?」

 学園都市が外部の人間を引き入れることはごく稀だ。
 ただの中学生を治療し、しかも演奏を聴いてくれるなんて。
 もしそこで実績を残せば、恭介の未来は間違いなく栄えあるものになることだろう。
 彼の将来に思いを馳せたさやかは、顔をほころばして口を開いた。

さやか「凄いじゃん! うまくいったらプロまっしぐらだよ!」

恭介「うん、断るけどね」

さやか「えぇ!? どっ、どうして? 学園都市の人に聴いてもらう機会なんて滅多にないでしょ!?」

恭介「それはそうだけど、ほら。早く見滝原に帰りたいし……」

279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:55:51.37 ID:qiKmOo2yo

 恭介は照れくさそうに自分の鼻を掻き、それから顔を赤くして、

恭介「その……聴いてもらいたい人がいるんだ。一番最初に」

さやか「そっか、恭介のお母さんとお父さんだね」

恭介「うん、それもあるけど、正しくないというかなんというか」

恭介「……君に聴いてほしいなぁ、とか」

さやか「へ?」

 ……どうしよう。いまあたし、すごく顔が赤い気がする。

恭介「茹蛸みたいだよ、さやか」

さやか「そっちこそ、トマトみたいだよ」

恭介「それじゃあおあいこだね」

 互いに真っ赤になった顔を見つめあい、二人は控えめな笑みを浮かべた。
 それから我に返って黙り込み、

恭介「……」

さやか「……」

 見つめあったまま、時間の流れに身を任せていると――

 本日六度目になる、しかしそれまでのものとは比べ物にならない衝撃が体育館に襲い掛かった。
 まるで体育館全体が大海原にでも乗り上げたかのように、激しく右に左に揺れに揺れる。

さやか「わわっ!?」

恭介「大きな揺れだね。あやうく尻餅着くところだったよ」

さやか「これ、洒落にならないんじゃない?」

恭介「……なんだろう、向こうで誰かが騒いでるね」

280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:56:36.49 ID:qiKmOo2yo

 恭介の呟きを聞いたさやかは、壁に手をつきながら彼の目線を追う。
 避難スペースから別の通路に通じる一角で、大人の男性が大きく手を振って何かを叫んでいた。

――コンクリートの瓦礫が壁をぶち破ったんだ! 女の子が柱に巻き込まれてる! 男手を呼んで来てくれ!

さやか「大変だ……!」

恭介「ダメだよさやか」

さやか「でも、女の子が巻き込まれたって!」

恭介「それでもだよ! 君が頑張る必要なんて何処にもないだろう!?」

さやか「だって……」

恭介「僕にも手伝えることがないか見てくるから、君はここでじっとしてて! 絶対だよ!」

 言うや否や、恭介は先ほどの男性に向かって駆け出していた。
 さやかの制止を振り切って、あっという間に恭介の姿が人ごみの中に消えていく。

さやか「……恭介」

 一人残されたさやかは、悔しそうに眉をひそめて俯いた。

さやか(……良いのかな? 甘えちゃっても)

さやか(……そうやって誰かのおかげで助かって、あたしはそれで満足なのかな?)

さやか(杏子に偉そうなこと言ったくせに、あたし……)


――誰も救えてないのに。


 そんな仄暗い感情が彼女に生まれようとしていた、まさにその時。

「あーっ! 魔法少女のおねえちゃんだー!」

 不安と焦燥とが渦巻く体育館には不釣合いな、ひどく明るい声が響いた。

281: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:57:33.22 ID:qiKmOo2yo

さやか「えっと……誰だっけ?」

「えーっ!? “ゆま”のこと忘れちゃったのー!?」

さやか「あーごめんうそうそ! ちょっと待って今思い出すから……ゆま、ゆま、ゆま……」

ゆま?「……」

さやか「……」

ゆま?「……あっ、そういえば自己紹介まだかも」

さやか「おぉおおい!」

ゆま?「えへへっ、ごめんねおねえちゃん!」

 快活に笑いながらさやかの隣にやってきた少女は、“千歳ゆま”というらしかった。
 念のために記憶を洗い出してみたが、やはり記憶にはない。
 それよりも問題は魔法少女のことを知っているという事実だ。それを踏まえて考えなくてはならない。
 そこでさやかは、彼女の横顔に見覚えがあることに気がついた。

 そういやあたし、こんな感じの子供をどこかで見たことがあるような……?

ゆま「あの時はありがとー! おねえちゃんがいなかったら、ゆま今頃……」

さやか「ああうん、あのことは良いって。うん」

ゆま「……おねえちゃん、ほんとに覚えてないの?」

さやか「いやぁーゴメン! 最近色々あってちょっと記憶がね?」

ゆま「ふーん? えっとね、ゆまはね」

ゆま「見滝原のびょーいんで、おねえちゃんに助けられたんだよ?」

282: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:58:38.94 ID:qiKmOo2yo

――足りないピースが見つかった、とでも表現すればいいのだろうか。
 この少女は、かつて病院で使い魔に襲われ、さやかの願いによって生きながらえた女の子だったのだ。

さやか「あなたは……あの時の」

ゆま「うんっ! きょーこ以外の魔法少女さんと会うの初めてなんだぁ、えへへっ」

さやか「きょーこって、佐倉杏子のきょーこ?」

ゆま「うん! ゆまはねぇ、きょーこにも助けられたんだよー? きょーこは恩人さんなんだぁ」

 初耳だった。まさか杏子がそのように人助けをしているとは。

ゆま「先輩さんがいたところに行くからって、それっきり別れちゃったんだけどね」

さやか「え? それじゃあ親御さんとかは? 家とかほら」

ゆま「ゆまの家族は魔女に襲われちゃったんだ。結局ゆまも倒れちゃって、びょーいんに検査入院してたんだよー」

さやか「あぁそっか、だからあの時……」

 合点が行ったとばかりにうなずくと、さやかは彼女の左手をじっと見つめた。
 その左手は傷一つなく、血色も悪くない。どうやら無事に“願い”で回復できていたらしい。
 ほっとすると、笑みを浮かべてゆまの頭をそっと撫でる。

ゆま「んん……あのときはほんとにありがとね、おねえちゃん」

さやか「ん、良いって良いって。なんたってあたしは魔法少女だからね!」

さやか(正確に言うと、あの時はまだ魔法少女じゃなかったけどね)

ゆま「やっぱり魔法少女ってすごいね!」

さやか「あははーそうだぞーすごいんだぞー?」

283: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:59:05.76 ID:qiKmOo2yo

 そうだ、魔法少女はすごいのだ。
 条理を捻じ曲げ、不可能を可能にするのが魔法少女なんだから。

さやか「……まぁ、あたしはすごくないけどね」

 自嘲気味な笑みを浮かべて、さやかは鼻の頭を掻いた。

ゆま「ふぇ?」

さやか「杏子と違って逞しくないしさ、面倒見も良くないし、誰も救えてないんだよ」

さやか「それなのにあたしときたら調子に乗っちゃってさ……」

ゆま「救われたよ?」

さやか「え?」

ゆま「ゆまは救われたよ? お姉ちゃんが助けてくれたおかげで、救われたよ?」

さやか「……でもそれはほら、違うじゃん?」

ゆま「違わないよ? おねえちゃんがいたからゆまはここにいるんだもん!」

 朗らかに笑うゆまは、その場でくるくる回りながらさやかに向かってウインクした。

ゆま「けんそんしないで、どーんと胸をはってもいいんだよおねえちゃん!」

 幼女に励まされてるあたしって、どうなんだろ。
 頭の中でそんなことを考えながら、それでもさやかは笑顔になった。


さやか(……そうだよ。あたしは、恭介のこともそうだけど、ううん、それ以上に)

さやか(誰かが悲しむお話とか、辛気臭いのが苦手で……ハッピーエンドを掴み取るために魔法少女になったんだ)

さやか(だったら……)

284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 15:59:32.11 ID:qiKmOo2yo

――群がる人の海を掻き分け、現場に辿り着いた恭介が見たものは。
 三メートルはあろうかという巨大なビルの瓦礫が、体育館の壁に横穴を作っている惨状だった。
 一体どれほどの速度で打ち出されればこのような非現実的な状況を作ることが出来るのだろうか。

詢子「一体外で何が起こってるってんだ?」

 恭介の気持ちを、先にこの場所に訪れていたまどかの母親が代弁した。

知久「それで巻き込まれた女の子はどこに?」

「こっちだ、来てくれ!」

知久「この子は……」

詢子「おいおいうそだろ!?」

 詢子が戸惑いがちに叫んだ。
 恭介は慌てて二人の傍に駆け寄り、彼らの視線を追って――自分の目を疑った。

恭介「志筑……さん?」

 瓦礫によってねじ切られた柱が、級友である志筑仁美の体を巻き込むようにして倒れ込んでいた。

 仁美の体に深々と突き刺さった後にふたたび抜けたのか、柱の折れ目にある突起した部分は赤く濡れている。
 そして彼女の身体は深い血溜まりに沈み、その衣服は彼女の血によって赤く染まってもはや原色すら分からなかった。

 注意深く観察せずとも分かるほどの重傷だ。
 腰から下を圧迫している柱も瓦礫と絡まり、退かすにしてもかなりの時間が必要になりそうだった。

285: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:00:16.43 ID:qiKmOo2yo

知久「ママ、タオル!」

詢子「あいよ!」

 恭介の視界の隅で、タオルを取りに戻ろうとした詢子が怪訝そうな表情で首をかしげた。

詢子「さやかちゃんか?」

恭介「え?」

 詢子の言葉に反応して恭介が振り返る。
 そして、恭介はその目を限界まで見開いて、肩をわなわなと震わせた

恭介「さやか?」

 確かに詢子の言葉通り、そこにはさやかがいた。
 驚くべきは、その点ではない。

 彼女は――藍色の衣装に白いマントをはためかせた、魔法少女の格好でその場に立っていたのだ。

 その表情には一点の曇りもなく。ほんのわずかな逡巡や迷いの色も見られず。
 その顔にあるのは、自信と勇気とで彩られた、生命力に満ち溢れる笑みだけだった。

詢子「コスプレ……? さやかちゃん、仁美ちゃんが心配なのは分かるけど今は忙しいから下がってな」

さやか「ごめん、まどかママ。あたしやらなきゃいけないんだ」

詢子「やらなきゃって……おい!?」

 詢子の静止を振り切って、さやかは仁美のそばに歩み寄った。
 血のついた彼女の頬をいとおしげに指でなぞり、それから仁美を苦しめる障害に手を触れた。

286: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:01:04.23 ID:qiKmOo2yo

さやか「ふっ……んん……!!」

 腰を深く下ろし、彼女はその障害を抱えるように両手を大きく回す。
 するとさやかは、力任せにそれを抱え上げようとした。

知久「無茶な……!」

 そうしている内にも、瓦礫は僅かずつにだが仁美の身体を離れ、浮かび上がろうとしていた。

さやか「くううぅっ……!」

 自身の何倍もある大きさな瓦礫を退かそうとする、風変わりな格好をした少女。
 現実的に考えればありえない摩訶不思議な少女の行動は、確かに結果を生みつつあった。
 その場にいる誰もが凍りつき、非現実的な光景に目を奪われる。

 さやかの体から青白い光が溢れた。

 さやかの魂が文字通り燃焼されているのだ、と恭介は思った。
 彼女の意思に比例するようにソウルジェムからは魔力が生み出され、
 魔力の生成は穢れを生む。穢れはソウルジェムを傷つける。
 ソウルジェムの崩壊は、さやかの死を意味するらしい。

恭介(だったらどうして……)

 なんで、さやかはあんなにも嬉しそうなんだろう。
 ちっとも悲観している素振りを見せないんだろう。
 どうして僕は、そんな彼女に声一つかけてあげられないんだろう。

 瓦礫が完全に持ち上がり、仁美を助け出すのを邪魔する障害が取り払われた。

さやか「恭介ッ!」

恭介「――!」

287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:01:56.62 ID:qiKmOo2yo

 恭介の身体が弾かれるように飛び出し、まっすぐ突き進む。
 感覚のない左手で仁美の体を支えると、もう一方の右手で力任せに引き抜いた。
 直後、ズシン、と重みのある地響きを立てて瓦礫がふたたび地面に着いた。

 血だらけの仁美を、青白い肌の彼女を右手で抱きしめながら、恭介は震える瞳でさやかを見上げる。

 さやかは、笑顔のままだった。

さやか「考えてみたらさ、あたしの得意な自己治癒魔法ってね」

さやか「恭介や、あの女の子……ゆまちゃんもそうだけど」

さやか「マミさんみたいに誰かを助けたいっていう祈りから来てるんだよね」

 くすりと笑って、彼女は両手を輝かせた。
 ありがちな表現だが、恭介の目にはその光景がとても神秘的に映った。

さやか「もしもその祈りの通りに願いが叶って、そんな魔法少女になれたんだとしたら……」

 平静そのものを保っている彼女の声が。
 恭介の耳には、いかなる楽曲にも勝りうる妙なる調べのように聴こえた。

さやか「――仁美の怪我だって、治せないわけない!」

 光の粒があふれて血に染まる仁美の胸を包み込んだ。

 それら光の粒子は瞬く間に五線と音譜とが入り混じった魔法陣を形成する。
 傷付いた彼女の体に魔力が注がれていった。
 仁美の身体に穿たれた大穴は見る見るうちに塞がれ、彼女の体にも血色が戻りつつある。

詢子「なんだこりゃあ……」

 間近でその光景を見ていた詢子が、夢うつつといった表情で言葉を漏らした。

288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:02:33.72 ID:qiKmOo2yo

仁美「んっ……」

 仁美の目蓋がピクリと動いた。
 ゆっくりと全身を強張らせて、彼女は目を開く。
 それから小さな声で、さやかに話しかけようとした。

仁美「さや……か……さん?」

さやか「おはよう仁美」

仁美「なに……が、あったの……ですか?」

さやか「色々とね。後で説明するよ」

仁美「……そう」

 ふたたび意識を失った仁美を抱え上げると、さやかは体育館の奥へ戻るため踵を返した。
 そして不思議そうに首をかしげる。
 彼女の歩みを阻むように、ゴーグルを掛けた短髪の少女――ミサカが仁王立ちしていたからだ。

ミサカ「……あなたは魔法少女ですね? とミサカはコスプレ少女に確認を求めます」

さやか「うん、そうだけど。ステイルたちのお知り合いさん?」

ミサカ「間接的にはそうとも言えます。志筑仁美は私が預かりましょう、とミサカは手を差し出します」

さやか「あ、ありがとう」

 ミサカは仁美を両手に抱えると、感情の乏しい表情をかすかに悲しそうに歪めた。肩をすくめる。
 二人のやり取りを固唾を呑んで見守っていた大人達に目をやると、彼女は口を開いた。

ミサカ「申し訳ありませんが、どこが落ち着ける場所まで誘導をお願いしてもよろしいでしょうか! とミサカは問いかけます」

知久「あー……そうだね、とりあえず奥まで戻ろう。その子は僕が運ぶよ」

ミサカ「心配はご無用です。意識のない少女を運ぶのに離れていますから。誘導を頼みます、とミサカは再度促します」

詢子「向こうに救急キットがあったはずだ、急げ!」

289: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:04:10.34 ID:qiKmOo2yo

 不自然なほどにあっさり、大勢の人々はミサカを中心にしてぞろぞろと移動を始めた。
 後に残るのは、眉をひそめる恭介と納得したようにうなずくさやかの二人だけだ。

さやか「そっか、あたしがいる位置って外に近いからあんまり認識されてないんだね」

恭介「……どういうことだい?」

さやか「体育館の外に人払いっていうルーンだか結界だかが張ってるのよ。追求されなくてよかったー」

恭介「わけがわからない……って、それよりソウルジェムは!?」

さやか「あーへーきへーき、グリーフシード使って穢れ取り除いたから」

 さやかの言葉通り、青いソウルジェムには一点の曇りすらなかった。
 先ほどまでとなんら変わらず、青い輝きを放っている。

恭介「良かった……」

さやか「にしてもぶっつけ本番でいけるもんだね、他人に治癒魔法かけるのって。もしかしたら恭介の左手も治せるかも?」

恭介「さやか! 君は自分がどういう状態なのか……」

 分かってる――そう言いたげに、彼女は微笑んで頷いた。
 しかしその動作に反して、さやかは体育館の外へと目を向けた。
 風が荒れ狂い、時折どこからか飛んできた看板や木の枝が衝突する戦場を見ながら、彼女は口を開く。

さやか「でも行かなくちゃ」

恭介「……さやか?」

さやか「今行かなかったら、きっとあたしは後悔するから」

 無茶苦茶だ、ふざけているとしか思えない。
 そう怒鳴り散らしてやりたいのに、恭介は何も言えなかった。
 さやかの横顔が、勇気と自身に満ち溢れていたから。

さやか「そうそう恭介。あたし恭介にずっと言いたかったことがあるんだー」

290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:05:06.45 ID:qiKmOo2yo

さやか「あたし、恭介のこと好きだよ。恭介も、恭介の奏でるヴァイオリンの音色も」

 突然の告白に、恭介は多少なりとも動揺した。
 彼女が自分に対してそれなりの好意を向けてくれていることは気付いていたし、
 自分も彼女のことを好いていた。それは間違いないだろう。

 しかしそれが、まさかこういった形で告げられるなどとは思いもしていなかったのだ。
 あくまで自分と彼女は仲の良い親友だと、その関係が一番だと。
 今ある心地良い距離感に満足していなかったと言えば、それは嘘になる。

 だからこそ、さやかの告白は、恭介の心を大いに揺さぶった。
 震える瞳で彼女の姿を眺めながら、恭介は必死に言葉を搾り出そうと思考をめぐらせる。

さやか「あ、返事は帰ってきてからにしてくれると嬉しいなー」

 青い瞳を揺らして、彼女は健気に言った。
 彼女の抱える事情と、無事に帰って来るということ。
 この二つを両立させることがいかに難しいか知っているはずなのに。

 それでも彼女は言ったのだ。

――帰ってきてから返事を聞く、と。

恭介「……帰って、くるんだよね?」

さやか「うん、帰ってくるよ」

恭介「じゃあ左手の治療が済んでからでも良いかな? できれば僕の演奏を聞いてもらった後に返事をしたいんだ」

さやか「良いねぇ、そーいうの! 今から楽しみだなー!」

 けらけら笑って白いマントを翻し、さやかは真っ暗闇の外に足を向ける。。
 さやかは何も言おうとはしなかった。
 だから恭介は声を掛けなかった。

 大きく音を立てて、さやかの身体が体育館の外へ飛び出していった。

 あっという間に小さくなる彼女の背を見つめることしか、恭介には出来なかった。

291: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/06(日) 16:05:33.80 ID:qiKmOo2yo

――そして。

詢子「……戻ってみりゃコレか」

 大穴が穿たれた体育館の壁面を眺めながら、詢子はぼそりと言った。
 ぼんやりと立ち尽くす恭介を見やり、ため息をつく。
 どうやら自分は疲れているらしい。でなければ、あんなことが起こるはずがないのだから。

 しかし血にまみれたこの場所は、確かについ先ほどまで仁美を巻き込んでいた物で。
 そこから彼女が抜け出せたのだから、少なくとも幻影や幻覚ではなかったことは事実だろう。
 それでも詢子には、にわかに信じることが出来なかった。

 あんな幼い少女が、瓦礫を退かして仁美の体をぱっと治療して見せたなんて。

詢子「なぁ上条くんよ、さやかちゃんがどこに行ったか知らないかい?」

恭介「外に行きましたよ」

詢子「……嘘だろ? こんな真っ暗闇かつ嵐の中を一人で?」

恭介「はい」

 要領は得てるが心ここにあらずといった恭介の言葉に、詢子は眉根を寄せた。

詢子「……さやかちゃんのご両親になんて伝えれば良いんだよ」

詢子「さっきの手品だってそうだ。ありゃ一体なんだ? 上条君は何か知ってるかい?」

恭介「……魔法ですよ」

 ふざけてるのか、と叱咤する気には、とてもじゃないがなれなかった。
 彼の様子とさやかの行い、そして昼なのに夜のように真っ暗な世界。
 なるほど。確かに『魔法』でも持ち出さない限りは説明のしようがなかった。

 だったら。

詢子「……私はどうすりゃいいんだ?」

 詢子の質問に答えるものは、この場にはいなかった。

301: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:33:25.44 ID:X/EtjjWKo

――認めよう。巴マミは強い。アタシたちは、弱い。

杏子「うぜぇ……んだよぉ!」

 魔力を注いで強化した槍を全力で突き出す。
 巴マミの姿をした使い魔は軽やかなステップを踏んでそれをかわすと、振り返ることなく右手を振った。
 黒いリボンが手のひらに生成されたのを認識したのと同時に、杏子は地面を蹴って跳躍。
 使い魔の影を跳び越えて着地する。

ほむら「食らいなさい……!」

 隙を見せた使い魔めがけてほむらがアサルトライフルの銃弾を浴びせかける。
 しかし使い魔は黒いリボンを振り回して雨のような銃弾を迎撃。
 いつの間にか足元に突き刺してあったマスケット銃を両手に保持して反撃を始めた。

ほむら「くっ!」

 その狙いは正確で、同時に狡猾で、容赦がない。
 初めに放たれた銃弾を回避したと思えば、先読みして放ったのであろう銃弾が目前に迫っている。
 なんとかそれをかわせば、今度は地面を穿った銃弾から黒いリボンが伸びてほむらの身体を捉えようと蠢いた。
 無論、杏子もそれを眺めて棒立ちしているわけではない。

杏子「けっ、やらしー攻撃しやがって!」

 ほむらのサポートに向かおうとするが、使い魔は片手間で杏子に対しての牽制も行っているのだ。
 姿勢を低くして瓦礫を盾にしながら、なんとかほむらの下へ辿り着き、槍を一閃。リボンを切り刻む。
 そこからほむらを抱きとめ、倒れこむようにして前転。瓦礫の陰に身を隠す。
 直後に二人がいた場所を無慈悲の掃射が襲い掛かった。

杏子「っちぃ!」

 飛び跳ねる礫を左手で払いのけながら、杏子は苛立ちを隠そうともせずに舌打ちする。

302: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:34:31.01 ID:X/EtjjWKo

杏子「なんなんだよこれ、ちょっと強すぎない? 前戦った時はこんなんじゃなかったんだけど」

ほむら「同感ね……私も別の世界で戦ったことがあるけど、巴マミはこれほど強くなかったわ」

 二人が隠れる瓦礫が、ぴしりと音を立てて亀裂を生んだ。

杏子「……なぁ、さっきはああ言ったけどさ」

ほむら「そうね。もしかしたら、いいえ。もしかしなくても……」

杏子「ずいぶん手加減されてたのか。分かっちゃいたけど」

ほむら「……やるせないわね」

杏子「やってらんねーよな、まったくもう」

 瓦礫に生まれた亀裂がとうとう全体に及び、音を立てて崩れ始める。
 宙に舞う欠片と土煙に身を潜めながら、杏子は注意深くマミ――否、使い魔の姿を観察した。
 使い魔はマスケット銃を配置したまま、可愛らしく小首を傾いでいる。
 ふざけやがって。

杏子「へんっ、その余裕、いまに切り崩してあげるよ!」

 槍の構造を変化。随所を鎖へと再構成し、そのリーチを格段に上げる。

杏子「食らいな!」

 五メートルという距離を槍の矛先が瞬く間に詰め、使い魔の足元を切り裂こうとうねる。
 突然伸びてきた槍を前に、相手は身じろぎひとつしなかった。
 当たり前のようにマスケット銃を振りかぶり、刃にぶつけて狙いを捻じ曲げる。

303: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:35:07.35 ID:X/EtjjWKo

杏子「ほむら!」

ほむら「言われなくても!」

 土煙の中から飛び出したほむらが、横っ飛びにアサルトライフルを掃射した。
 さすがにこれはひとたまりもないと考えたのだろう、マミの姿をした使い魔はマスケット銃を地面に突き刺して後じさる。
 戦闘において、回避行動は大事だ。しかしそれは同時にとても大きな隙を生む。

 たとえば――こんな風に、二対一の状況などでは特に!

杏子「はああぁぁぁぁぁぁ!」

 先ほど砕け散った瓦礫が完全に地に着く。地響きが空気を震わせた。
 その時にはもう、杏子の体はマミの目の前にある。

杏子「隙あり!」

 前に大きく踏み込み、体重を乗せて槍を突き出す!
 しかし矛先は寸でのところで狙いが逸れ、マミの頬をかすめるにとどまった。

杏子(でも……!)

 ダメージは与えていないに等しいが、流れはこちらにある。いける、勝てる……!

304: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:35:37.31 ID:X/EtjjWKo

 そう直感した杏子は、同時に背筋を冷たい物が這う感覚を覚えた。
 影のように黒い巴マミの使い魔が、その顔に唯一残されたパーツである口を歪めて笑っていた。

杏子(なんで笑っていやがる? アタシがドジでもしたってのか?)

 そんなことはないはずだ。
 現にマミは銃撃する間もなく後じさったので、銃撃からのリボンによるバインドは出来ない。
 両手も身体を庇うために胸の前で交差しているため、リボンを生成させてもすぐには攻撃に転じれない。
 圧縮された時間の中で、杏子の思考はさらに速度を上げて脳内を巡り――

杏子(まさかッ――!?)

 さきほどマミが地面に突き刺したマスケット銃は、今どこにあるのか。
 気付いた時には遅かった。
 杏子のすぐ脇に放置されたマスケット銃が分解し、リボンへと姿を変える。
 槍を引こうとするが間に合わない。リボンが身体に絡みつき、杏子の顔を顰めさせた。

杏子「ひ、卑怯だぞ! こんな!」

 マミの姿をした使い魔が、邪悪な笑みを浮かべたまま小首を傾げた。
 まるで、

マミ『あらあら、佐倉さんらしくないわよ?』

マミ『それに二人がかりで私をいじめるあなたが言えた義理じゃないでしょう?』

 とでも言っているように見えて、杏子は恐怖で頬を引きつらせた。
 マミがゆっくりと手を伸ばす。手のひらからは黒い輝きが溢れている。
 杏子の体を締め上げるためのリボンが生成された。

 逃れられない、もうだめだ――

305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:36:04.93 ID:X/EtjjWKo

 ――ところが、予想に反してマミはリボンを握った手を左側面に向けて薙いだ。
 一秒と経たずに、マミの周囲に銃弾が雨あられのように降り注ぐ。ほむらの援護だ。
 リボンに弾かれた流れ弾が、杏子の体を縛るリボンを掠める。

杏子「はぁっ!」

 ほんの一瞬の間、拘束が和らいだのを杏子は見逃さなかった。
 両手に力を込めて強引にリボンを引き裂き、槍を構えて一突き。マミの肩を掠める。

杏子(いける……!)

 だがマミはふたたび後じさって瓦礫の影に身を潜め、姿を消してしまう。
 今攻め込めば、あるいは。しかし同じ徹は踏めない。
 素直にほむらの下へ駆け寄ると、二人は手ごろな瓦礫に身を寄せ合った。

杏子「ゴメン、やっぱあいつ強すぎない?」

ほむら「そうね……時間さえ止められればこんなに苦戦はしなかったのだけど」

杏子「ないものねだりしたってしょうがないさ。さぁ、第三ラウンドといこーよ!」

ほむら「待って! あれを!」

 瓦礫から身を乗り出したほむらが、中空を指差して叫んだ。
 つられて杏子も身を乗り出し――驚愕に顔を歪める。
 そこには、数十丁のマスケット銃を召喚したまま地上に向けて砲撃を行おうとするマミの姿があった。

杏子「一斉砲撃……つーか爆撃か!?」

 マスケット銃がカチャリと音を鳴らした。砲撃が始まる前兆だ。
 砲撃が始まってから回避していては間に合わない。

杏子(悪いけど……ほむら!)

 避けようとしているのだろうが、ほむらの動きはとても愚鈍で遅々としたものだった。
 心の中でほむらに謝罪すると、彼女の身体を可能な限り傷つけないように、しかし遠くへ蹴り飛ばす。
 そして杏子自身も跳躍。

 次の瞬間、執拗なまでの砲撃が地上を襲った。

306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:36:31.03 ID:X/EtjjWKo

杏子「あ痛たたた……ちっ、やってくれんじゃんかよ」

 口の中に溜まった砂利を吐き捨てると、杏子は身を起こして周囲を見渡した。
 闇夜と時折起こる強風に、土煙とがまざりあっていよいよ視界は最悪だ。
 だがそれでも、今地上がどれだけ酷い有様なのかは分かる。
 かろうじて差し込んでいる月や星の光が照らすのは、もはや焦土に近い見滝原だった。

杏子「バケモノかよ……ちくしょう」

 土煙の向こうに、わずかに人影が見えた。
 軽快な動きでこちらを探っているようだ。ほむらではない。じゃあマミの姿をした使い魔だ。
 ならばこれは、絶好の好機と言えるだろう。

杏子「……っ!」

 土煙に紛れて、相手の背後を取った杏子が槍で切りかかる。
 しかし相手は両手に握るマスケット銃で槍の切っ先を受け止めてみせた。

杏子「しゃらくせぇ、銃なんかで受け止められるかぁ!」

 二度、三度と槍を振りかぶる。
 次第に相手は背後へと追い詰められ、とうとう大きな瓦礫を背にする形に追い込んだ。
 今度は外さない。突くのではなく切り裂く! そのマスケット銃ごと!

杏子「っ……な!?」

 杏子の槍がマスケット銃が、マスケット銃を素通りした。
 否、マスケット銃がリボン状に変質して、逆に槍を絡め取って見せたのだ。

杏子「なんでもありかよ、ちくしょう!」

ほむら「跳びなさい!」

杏子「!」

307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:37:15.25 ID:X/EtjjWKo

 ほむらの声が聞こえた杏子は槍を捨ててすぐさま後方に跳んだ。
 槍を絡め取ったマミの下へ、どこからか現れたオレンジ色の光点が真っ直ぐに飛翔し――

 爆発。
 成形炸薬弾頭がマミもろとも、その地面を吹き飛ばした。
 あれだけの衝撃波と熱量を食らってしまっては、いくらなんでも……

杏子「げっ」

 マミは無傷だった。
 リボンを十重二十重に束ねた即席の結界で身を守ったのだ。
 攻守共に完璧なマミを前に悪態をつく杏子の下へ、砂だらけのほむらが近づいてきた。

ほむら「危ないところだったわね」

杏子「ああ、あんたのおかげさ。さっきは悪かったね」

ほむら「あなたが蹴り飛ばしていなかったら今頃私は生き埋めよ。感謝しているわ」

杏子「そうかい。にしてもなんていうか、あれだね」

ほむら「そうね……絶望的と言うべきかしら」

 空になったAT-4を投げ捨てながら、ほむらが言った。

杏子「……勝ち目がないわけじゃない、とは思うんだけどな」

ほむら「それで?」

杏子「へ?」

ほむら「作戦の内容よ。勝ち目があるなら早く言ってちょうだい」

杏子「……わーったよ」

308: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:37:53.85 ID:X/EtjjWKo

 マミの攻撃をさばきつつ、杏子はほむらにテレパシーで簡単に説明をした。
 ほむらは呆れ顔になりながらも、しかし勝算が高いと判断したのだろう。
 最後には頷いてくれた。

杏子『ただし、今のアタシが“アレ”を使えるかどうかは分かんねーまんまだ。だから……』

杏子『三〇秒で良い。時間を稼いでくれると助かるんだけど、“頼める”かい?』

ほむら『時間を稼ぐ、ね……別にあれを片付けてしまっても構わないのでしょう?』

杏子『できんのかよ』

ほむら『無理ね。まぁ、任せなさい』

 アサルトライフルを抱えると、ほむらが一歩大きく前進する。
 同時に杏子は槍を投げつけ、マミと距離を取る。
 マミがひるんだ拍子に大きく後退。

ほむら「ふっ!」

 ほむらが手榴弾を放った。
 爆発。中の榴弾が周囲に撒き散らされて、あたりの瓦礫を傷つける。
 さらに杏子は後退。
 マミの狙いがほむらに変わった。

杏子(いまだ!)

 マミの死角へ潜り込むと、杏子はそのまま瓦礫の中に身を潜めた。
 最後に一瞬、ほむらの方を振り向く。
 彼女は懸命に引鉄を絞りながらも、杏子に向かって手を振っていた。
 彼女の努力を無駄には出来ない。
 杏子は片膝をつくと、すぐさま集中し始めた。

309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:38:52.25 ID:X/EtjjWKo

 銃撃が鳴り響く中、杏子は空いた両手を握り締め、胸の前に寄せる。

 そして、ひたすらに祈る。

 相手に幻を見せる魔法を。

 相手を惑わす魔法を。

――かつて自身の父親に、魔女の所業だと酷評された、幻惑の魔法を。

 胸をこみ上げてくる嫌悪感。
 多節足の虫が全身を這いずり回り、蠢くような嫌悪感。
 それだけならばまだ良かったと言えよう。

『人を心を惑わす魔女め――!』

『お前はまた、そうやって誰かを騙すのか――!』

 幻惑の魔法を行使しようとした杏子の目に、耳に、とうとう見えざるものと聞こえざるものとが、見聞きできるようになった。
 父親の姿をした人形が、杏子の眼前で両手を振っている。

杏子「くっ……」

『魔女だ、お前は魔女なんだ――!』

杏子「く……くっ」

『魔女が人を救おうなどと、驕りたかぶるのもいい加減にしろ――!』

杏子「くくっ……」



『人を不幸に陥れる、幻惑の――』

310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:39:41.37 ID:X/EtjjWKo

杏子「あはははっ! くくっ、ふふっ、あははは!」

――とうとう堪えきれなくなって、アタシは噴き出し、大きく笑ってしまった。

杏子「やめてくんない? そーいうの……なんてゆーかさぁ、ボロありすぎ」

 目の前で、父親の姿をした人形が大きくよろめいた。

杏子「アタシの中の親父はね……」

 目を閉じる。
 そして、思い出す。
 かつてステイルたちと共に足を運んだ教会で、杏子が聞いた言葉を。
 杏子が目にした、彼女の心の中に住む父親の姿を。

杏子「アタシの信じる道を突き進めって……」

 両目を見開くと、杏子は祈りの姿勢を解いた。
 実在しない人形がわなわなと震えだした。

杏子「背中をどーんと押してくれるんだよ! バーカ!!」

 杏子の言葉と共に――人形が砕け散る。

 それは、杏子がトラウマに打ち勝ったことを。
 そして同時に、本当の意味で自分と向き合えた事を意味していた。



杏子「いくよ……≪ロッソ・ファンタズマ≫!」

 赤い輝きが杏子を包み込む――

311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:40:16.93 ID:X/EtjjWKo

――三〇秒がこれほどまでに長く感じたのは、多分今日が初めてだろう。

 マミの姿をした使い魔が繰り出す銃撃を紙一重でかわしながら、ほむらは歯噛みした。
 反撃に転ずることが出来ない。
 正確には、反撃に繋げる糸口がつかめない。

ほむら(一度ペースを掴まれてしまった私のミスね……)

 そんなことを考えていると、突然マミが動きを止めた。
 ほむらが怪訝に思う間もなく彼女は両手を広げてリボンを生成。
 あっという間に巨大な拳銃型の武器を作り出し、自身の背後に出現させた。

ほむら(あれは……?)

 威力こそ高そうだが、距離が遠すぎる。
 拘束無しであんな物を食らってやるほど自分はノロマではない。
 所詮は偽者、紛い物。巴マミほどの戦術眼は秘めていないのかもしれなかった。

ほむら(避ける必要もないわね)

 拳銃が火を吹いた。砲弾は大きく逸れて、ほむらの真横を通り過ぎるコースにある

ほむら(ここから反撃に打って出るべきでしょうか……ん?)

 マミの姿をした使い魔が歪な笑みを浮かべていた。
 まるでイタズラが成功した時の子供のような、無邪気な笑みを。
 なにがおかしい? そんな疑問を抱いた、その時。

 使い魔が放った『炸裂弾』が、文字通り炸裂してほむらの身体を吹き飛ばした。

ほむら「くううっ――!?」

 砲弾が盾のある左方向で炸裂したのは不幸中の幸いだったと言えよう。
 それでも炸裂弾の破片は体中の至る所を掠め、彼女の体力を確実に奪った。

ほむら「聞いてないわよ、こんな技があるなんて……!」

312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(仮鯖です)(神奈川県) 2011/11/08(火) 01:40:47.55 ID:X/EtjjWKo

 なんとか身を起こした彼女が見たものは、自分の身に迫る漆黒のリボンだった。
 速い。速すぎる。これでは回避は間に合わない。
 痺れる左手に鞭打つと、彼女はリボンを盾で受け止めた。
 受け止めてから、それが誤りであったことに気がついた。

ほむら「リボンが盾に絡まった!?」

ほむら「まさか、狙いは私じゃなくて……盾の方だったと?」

 盾を縛り付けるリボンを取り払おうとする。
 しかしそれよりも早く、マミの姿をした使い魔が彼女の手前まで迫っていた。

ほむら(武器が取り出せない以上、素手でやるしかないわけね)

 前言撤回。巴マミ顔負けの戦術眼だ。
 盾への魔力供給をカット。ソウルジェムを輝かせる。
 次に右足に魔力を注ぎ込み、巴マミの首筋目掛けて右の足刀を繰り出す――!

ほむら「え……?」

 渾身の力を込めて放った一撃は、しかし使い魔に当たることはなかった。
 鮮やかな身のこなしで蹴りをかわした使い魔が、右足をそっと撫でた。
 たったそれだけの動作で、右足はリボンでギチギチに縛り上げられ、自由を封じられてしまう。
 黒いマミが、不気味な笑みを浮かべて彼女に近寄ってくる。

ほむら「ひっ!?」

マミ『あらあら暁美さん、先輩に向かって「ひっ!?」はないでしょう』

マミ『そんないけない後輩は、こーやっておしおきしちゃうわよ?』

 恐怖からだろうか、そんな幻聴まで聞こえてきた。
 使い魔が両手を振る。右手と左手が縛られる。
 さらに両手を振る。今度は左足と右足が縛られた。