5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:25:50.38 ID:6y6jF+0c0
無能力者(レベル0)、という枠組みがある。
学園都市――この能力開発の街に厳然と存在する序列・能力強度の最下層であり、
実に学園都市の学生の六割を占める、「能力が発現しない(非常に弱い)」術者を示す言葉である。
座学、投薬、電極、暗示、あらゆる手段を用いて行われる“脳の開発”
この街の外の人間であれば、正気じゃないと目を背けるような“時間割り”
それだけのことをして、それでも何一つオマエには成せないと、そう、この街が言うのだ。
神ならぬ身でありながら、それでも天上の意思に辿り着くことを目指すのが能力者なら
そのいと高き階梯の、一段目にすら足が届かないわたしたちはいったいどうすればよいのか。
無能力者はこの街で、どう生きてゆけばいいのだろうか。
―――――――
学園都市――この能力開発の街に厳然と存在する序列・能力強度の最下層であり、
実に学園都市の学生の六割を占める、「能力が発現しない(非常に弱い)」術者を示す言葉である。
座学、投薬、電極、暗示、あらゆる手段を用いて行われる“脳の開発”
この街の外の人間であれば、正気じゃないと目を背けるような“時間割り”
それだけのことをして、それでも何一つオマエには成せないと、そう、この街が言うのだ。
神ならぬ身でありながら、それでも天上の意思に辿り着くことを目指すのが能力者なら
そのいと高き階梯の、一段目にすら足が届かないわたしたちはいったいどうすればよいのか。
無能力者はこの街で、どう生きてゆけばいいのだろうか。
―――――――
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6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:27:49.45 ID:6y6jF+0c0
―――――――
彼は“鋼盾”という自分の苗字が嫌いだった。
初対面の人に名乗って一度で伝わったためしがないし、読み間違えられた経験は数え切れない。
何よりやたらと大仰だと思う。苗字なんて言いやすくて読みやすくて書きやすいのが一番だと思っていた。
例えば山田とか、鈴木とか、あとは日村とか、そういう苗字だったらよかったのに、と。
彼は子どもの頃からずっとそう思っていたし、きっとこれからもそう思い続けるのだろう。
(いや、本当は苗字が嫌いなんじゃない)
彼は胸中で呟く。
確かに間違えられたりからかわれたりと、あまりいい思い出のない苗字だけれどそんなのは些細なことだ。
(そう、本当は、僕が嫌いなのは)
そう、なんのことはない。
彼は「鋼の盾」などという無骨で強そうな苗字にそぐわない、自分自身が嫌いなのだ。
―――――――
彼は“鋼盾”という自分の苗字が嫌いだった。
初対面の人に名乗って一度で伝わったためしがないし、読み間違えられた経験は数え切れない。
何よりやたらと大仰だと思う。苗字なんて言いやすくて読みやすくて書きやすいのが一番だと思っていた。
例えば山田とか、鈴木とか、あとは日村とか、そういう苗字だったらよかったのに、と。
彼は子どもの頃からずっとそう思っていたし、きっとこれからもそう思い続けるのだろう。
(いや、本当は苗字が嫌いなんじゃない)
彼は胸中で呟く。
確かに間違えられたりからかわれたりと、あまりいい思い出のない苗字だけれどそんなのは些細なことだ。
(そう、本当は、僕が嫌いなのは)
そう、なんのことはない。
彼は「鋼の盾」などという無骨で強そうな苗字にそぐわない、自分自身が嫌いなのだ。
―――――――
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:29:05.55 ID:6y6jF+0c0
彼の父親はまさに「鋼の盾」という言葉を体現したような人物だ。
上背こそないものの、がっしりとした身体で、寡黙だが皆から頼られる強い人。
母親もそう。穏やかだが芯のしっかりした、しなやかな強さをもった人。
その二人の子どもなのに、自分だけが、こんなにも弱い。
人見知りで、運動が苦手で、太り気味で、友達が少なくて、やることなすこと上手くいかない。
そんな弱い自分を変えたくて、勇気を出して学園都市の中学校を受験した。
両親は心配したが、息子の決意を応援してくれた。がんばれ、そういって彼を送り出してくれた。
そうして、彼は学園都市にやってきた。
異常に科学の発達した不思議の街でひとりきり。そんな事態も、この街では珍しくも無い話だ。
親元を離れての寮生活に不安になりながら、それでも少年はがむしゃらに時間割に取り組んだ。
「記録術」「暗記術」という名の、脳開発。座学、投薬、電極、暗示、エトセトラエトセトラ。
ホームシックにかかり枕を濡らしたことも、無理を重ね体調を崩したこともある。
それでも、山のようなカリキュラムをこなし、最初の一年があっという間に過ぎた。
そして、はじめての身体検査を迎えた。
計測機械が弾き出した結果は、彼が「無能力者」という判定だった。
甲子園を目指す野球部は、全国に山のようにある。
毎日白球を追いかけ、練習を重ね、理論を学び、経験を積み、身体を創る。
ただ、その半分の学校は、大会初戦で一勝も上げることなく敗退するのだ。
そんな、予定調和のありふれた悲劇。そして彼は負けた側の人間だった。
「無能力者から努力してレベルを上げた例はたくさんある」
「誰も最初から能力が発現するわけではない」
教師はそういって鋼盾を励ましたが、その言葉が彼に響くことはなかった。
結局、何も変われなかった。
この一年に、彼の決意に意味などなかったのだ。
それを突き付けられて、鋼盾は自分を信じられなくなってしまった。
「自分だけの現実/パーソナルリアリティ」を作り上げ、突き詰め、磨き上げること。
それこそが能力を引き出す鍵であり、また支える支柱でもであるのだというならば。
・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・
己を信じることの出来ない自分には、絶対に能力が目覚めることはない。
そんな確信がストンと腑に落ちた。
皮肉な話、それこそが彼が作り上げた強固な「自分だけの現実」だったのだ。
―――――――
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:30:11.27 ID:6y6jF+0c0
無能力者の烙印を押された学生たちの対応は様々だ。
レベルアップを目指し懸命に努力を重ねる者。
能力開発に見切りをつけ、勉学、部活、遊びに恋にと、他に価値を求める者。
劣等感から能力者を否定し、路地裏のスキルアウトへ堕ちてゆく者。
諦念を胸に、学園都市を去る者。
ダラダラと惰性で日々を過ごす者。
いずれの道も、葛藤や劣等感あるいは自己嫌悪が付きまとう選択となるだろう。
才能の湧出があるかもしれない、素晴らしい出会いがあるかもしれない、生きがいが見つかるかも知れない。
もちろん、ないかも知れない。
そしてそれはレベル0に限ったことではない。
レベル0から5まで、この街の全ての子ども達に当てはまるものだ
ただ、あまりにも厳然と示される<強度>という指標。
012345、無低異強大超。単純にして明確な序列という名の差別。
薬を血液に打ち込んで、脳に電気を打ち込んで、それでも何も出来ない無様な己。
本当に、わかりやすい。
夢の、否定。
鋼盾はそれからの中学校生活を、まるで抜け殻のように過ごした。
もともと人見知りがつよく、容姿も冴えない彼を級友たちは居ないものとして扱った。
ドロップアウトなぞ珍しい話ではない。残酷なまでに序列に囚われたこの街では。
諦めと未練、劣等感、不摂生に鈍った身体と自己不信に凝り固まった「自分だけの現実」
彼が中学校の三年間で得たもののは、これですべてだった。
―――――――
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(埼玉県) 2011/04/30(土) 17:39:37.87 ID:6y6jF+0c0
しかし、高校に入ってからは、彼を取り巻く環境が一変する。
落ち零れてしまった鋼盾が入れたのは、それこそレベルの低い高校でしかなかったが、それ故に教師も学生も無能力
者に理解があった。変わった学校に事欠かない学園都市において、外の高校の見本例として作られたのではないかと疑
ってしまうようなスタンダードな学校。自由な校風といえば聞こえはいいが、放任主義に近いいい加減な環境。生徒を
良い高校に入れようと必死だった中学校とは、何から何まで違っていた。空気の味すら違って感じる。
穿った見方をすれば、学園都市からは見放されたようなものなのかもしれない。
資質を持つ者と持たざる者を分別し、持たない者は持たないままに過ごせばよいと、そういわれた気がした。
だけど、それすらも救いなのかもしれないと鋼盾は思う。
飛べない鳥もいる。
たとえ空を自由に飛べなくとも、恨みがましく空を睨んで己の羽を痛めつけて一生を終える必要などないのだと、多
分に強がりと自己欺瞞を含みつつも、なんとなく、そう思えるようになった。
なにより、担任に恵まれた。
月詠小萌という、身長135cmでどうみても小学生にしか見えないという冗談みたいな外見
(入学式の日に新入生の男子に迷子と勘違いされ、高い高いされてしまったのを見たのがファーストコンタクトだった。信じられない)
のトンデモ翌幼女先生で、いったい何の冗談なのかと新入生一同開いた口が塞がらなかったのだが、その実たいへんに生徒思いの優しい先生だ。
鋼盾が無能力者である自分を卑下するようなことを言ってしまい、えぐえぐと泣きながら延々と説教を始
められてしまい大変弱ってしまったこともあった。クラス中から突き刺さる無言の圧力はちょっと忘れられない。
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:44:00.09 ID:6y6jF+0c0
そんな小萌先生の魅力(魔力?)のせいか、なんだかんだでこのクラスは学年一番の結束を誇っている。なかなか集団に馴染めない性質の鋼盾も、あっという間に輪の中に絡め取られてしまった。もっとも、変な方向にも結束が深く、クラス単位で暴走しがちな学校一の問題児クラスとしても名高いのはご愛嬌といったところだ。
―――――――
―――――――
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:46:47.20 ID:6y6jF+0c0
そんな怒涛の高校生活も新学期から早三ヶ月、夏休みを目前に控えた7月半ば。
狭いワンルームの学生寮で登校の準備を整え家を出ると、ちょうど同じタイミングで隣の家のドアが開いた。
始業20分前には学校に着くように家を出る鋼盾とは、なかなか出発のタイミングが合わない隣人だが、今日はめずらしく余裕をもっての登校のようだ。
「よう、鋼盾」
「おはよう、上条くん」
上条当麻。鋼盾の寮の隣人にしてクラスメイトである。
ツンツンに逆立てた髪が特徴的な少年だ。身長は鋼盾と同じくらいだが、太目の彼とは違い引き締まった身体をしている。
これは部活に精を出してるわけではなく、路地裏でスキルアウトと喧嘩したり追いかけっこをしているうちにいつのまにかついてしまったものという、ちょっとアレなエピソードの持ち主だ。
一体どういう頻度でトラブルに巻き込まれればそんな事態になるのかとつっこみたい所だが、鋼盾自身、入学間もない頃に路地裏で不良能力者に絡まれていたところを助けられたことがあるのだから仕方ない。
クラスメイトと知らずに鋼盾を助けてくれた、底抜けにお人よしな少年なのだ。
「上条でいいってのに。上条さんはクラスメイトに君付けを要求するほど偉くはないのですよ」
にへら、っと笑う上条。ことあるごとに繰り返されるやり取りだが、鋼盾はどうしても君付けで呼んでしまう。
上条もそれほど気にしているわけでもないようで、話題はすぐさま別方向へシフトする。
「しかし朝一緒になるとは久しぶりだな。3ヶ月で何回かくらいだよな?」
「僕はいつも同じ時間だよ。めずらしく上条君が早いんだけど、何かあったの?」
「いや、それが、何もなかったんだ」
「……珍しいな」
奇妙な遣り取りだが、当人同士では話が通じている。それというのもこの上条当麻という少年、おそろしく不幸体質な
のだ。それこそ朝起きて家を出るまでに、何らかのトラブルに襲われることなど日常茶飯事といってもよいほどに。
狭いワンルームの学生寮で登校の準備を整え家を出ると、ちょうど同じタイミングで隣の家のドアが開いた。
始業20分前には学校に着くように家を出る鋼盾とは、なかなか出発のタイミングが合わない隣人だが、今日はめずらしく余裕をもっての登校のようだ。
「よう、鋼盾」
「おはよう、上条くん」
上条当麻。鋼盾の寮の隣人にしてクラスメイトである。
ツンツンに逆立てた髪が特徴的な少年だ。身長は鋼盾と同じくらいだが、太目の彼とは違い引き締まった身体をしている。
これは部活に精を出してるわけではなく、路地裏でスキルアウトと喧嘩したり追いかけっこをしているうちにいつのまにかついてしまったものという、ちょっとアレなエピソードの持ち主だ。
一体どういう頻度でトラブルに巻き込まれればそんな事態になるのかとつっこみたい所だが、鋼盾自身、入学間もない頃に路地裏で不良能力者に絡まれていたところを助けられたことがあるのだから仕方ない。
クラスメイトと知らずに鋼盾を助けてくれた、底抜けにお人よしな少年なのだ。
「上条でいいってのに。上条さんはクラスメイトに君付けを要求するほど偉くはないのですよ」
にへら、っと笑う上条。ことあるごとに繰り返されるやり取りだが、鋼盾はどうしても君付けで呼んでしまう。
上条もそれほど気にしているわけでもないようで、話題はすぐさま別方向へシフトする。
「しかし朝一緒になるとは久しぶりだな。3ヶ月で何回かくらいだよな?」
「僕はいつも同じ時間だよ。めずらしく上条君が早いんだけど、何かあったの?」
「いや、それが、何もなかったんだ」
「……珍しいな」
奇妙な遣り取りだが、当人同士では話が通じている。それというのもこの上条当麻という少年、おそろしく不幸体質な
のだ。それこそ朝起きて家を出るまでに、何らかのトラブルに襲われることなど日常茶飯事といってもよいほどに。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:51:04.17 ID:6y6jF+0c0
例えば、電池を換えたばかりの目覚まし時計が止まっているとか
例えば、家の鍵がついたキーホルダーを蹴飛ばし、それが冷蔵庫の下のスペースに綺麗に吸い込まれてしまうとか
例えば、頑丈な皮製のベルトが何の前触れも無く切れたりするとか
例えば、寝癖の酷い時に限って謎の停電でドライヤーが使えなっかたりとか
例えば、手持ちがないのにキャッシュカードを踏み抜いてしまったとか
例えば、冷蔵庫の中身が、トイレの水が、替えのシャツが、炊飯器のタイマーが、靴紐が、黒猫が、勧誘が、警報機が
ほんとうに、枚挙に暇がない。
鋼盾が登校準備中に、壁越しの「不幸だーーー」という絶叫を聞いた回数など、とっくに数えるのをやめてしまったほどだ。
最近では悲鳴の声量、長さ、ニュアンスで大体不幸指数を計れるようになってしまった。
しかし、今日は珍しくノントラブルだったそうだ。
そのせいか上条の足取りは軽い。
いいことがあったのではなく、悪いことがなかっただけでこんなに上機嫌になれる男を鋼盾は他に知らない。
「ふふふ、このペースだと始業開始20分前には着席だ! 吹寄の驚く顔が目に浮かぶようだぜ!」
例えば、家の鍵がついたキーホルダーを蹴飛ばし、それが冷蔵庫の下のスペースに綺麗に吸い込まれてしまうとか
例えば、頑丈な皮製のベルトが何の前触れも無く切れたりするとか
例えば、寝癖の酷い時に限って謎の停電でドライヤーが使えなっかたりとか
例えば、手持ちがないのにキャッシュカードを踏み抜いてしまったとか
例えば、冷蔵庫の中身が、トイレの水が、替えのシャツが、炊飯器のタイマーが、靴紐が、黒猫が、勧誘が、警報機が
ほんとうに、枚挙に暇がない。
鋼盾が登校準備中に、壁越しの「不幸だーーー」という絶叫を聞いた回数など、とっくに数えるのをやめてしまったほどだ。
最近では悲鳴の声量、長さ、ニュアンスで大体不幸指数を計れるようになってしまった。
しかし、今日は珍しくノントラブルだったそうだ。
そのせいか上条の足取りは軽い。
いいことがあったのではなく、悪いことがなかっただけでこんなに上機嫌になれる男を鋼盾は他に知らない。
「ふふふ、このペースだと始業開始20分前には着席だ! 吹寄の驚く顔が目に浮かぶようだぜ!」
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 17:59:47.62 ID:6y6jF+0c0
確かに順調だ。そろそろ学校までの道のりも半分といったところ。
順調すぎてなんか不安になってきた鋼盾は、ためしに上条に聞いてみる。
「財布」
「オッケー!」
「携帯」
「充電も完璧だ」
「宿題」
「……内容はともかく、やってきた」
どうやら問題ないようだ。というか登校程度で僕たちはなにをやっているのか、と鋼盾は思う。
とはいえ、上条を知る友人――例えば上条宅のもう一人の隣人、土御門元春であっても自分と同じようなことをやるだろうと確信する。
それほどまでに上条当麻という男は、神様に嫌われ……いや、逆に愛されてるとしか思えないようなマネを平気でやってのけるのだが、
まあ、たまにはこんな日もあるだろう。
「はははは、爽やかな朝ですよ!喜びに胸を開け!!大空仰げ!!!」
テンションの高い友人。
それを見ていると自然と鋼盾の頬も緩む。
「そうだね」
本当に、いい朝だ。学校が楽しくて、友人も居て、もうすぐ夏休み。
記録術(かいはつ)の成績が悪いから、補習は免れないだろうけど、それすらも許せてしまいそうだと2人して笑う。
順調すぎてなんか不安になってきた鋼盾は、ためしに上条に聞いてみる。
「財布」
「オッケー!」
「携帯」
「充電も完璧だ」
「宿題」
「……内容はともかく、やってきた」
どうやら問題ないようだ。というか登校程度で僕たちはなにをやっているのか、と鋼盾は思う。
とはいえ、上条を知る友人――例えば上条宅のもう一人の隣人、土御門元春であっても自分と同じようなことをやるだろうと確信する。
それほどまでに上条当麻という男は、神様に嫌われ……いや、逆に愛されてるとしか思えないようなマネを平気でやってのけるのだが、
まあ、たまにはこんな日もあるだろう。
「はははは、爽やかな朝ですよ!喜びに胸を開け!!大空仰げ!!!」
テンションの高い友人。
それを見ていると自然と鋼盾の頬も緩む。
「そうだね」
本当に、いい朝だ。学校が楽しくて、友人も居て、もうすぐ夏休み。
記録術(かいはつ)の成績が悪いから、補習は免れないだろうけど、それすらも許せてしまいそうだと2人して笑う。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/04/30(土) 18:03:07.68 ID:6y6jF+0c0
喜びに胸を開け、大空仰げ、か。
ちなみに科学の最先端、学園都市でも未だにラジオ体操は健在である。
歌のように見上げれば空は青く、雲は白く、鳥は今日も元気に囀り健康的にフンを――
びちゃ
空を見上げていた鋼盾は自分の真横でそんな音を聞いた。湿った音だった。
真横、というのはそのままの意味で真横。鋼盾の耳の、真横だ。
つまりは鋼盾の隣を歩いていた、上条当麻の頭の辺りから発した音である。
いや、まさか。
そんな。
いくらなんでも。
お約束を守る男、上条当麻とはいえ。
ギギギ、と音を立てるような動作で鋼盾は横を向く。
そこには髪の毛とワイシャツに鳥の糞をぶちまけられた、面白すぎる友人の姿があった。
「不幸だああああああああああああああああああ!!!!!!
ちくしょおおおおおお!!!!!、鋼盾テメエ、笑ってんじゃねええええええ!!!!!!!」
―――――――
ちなみに科学の最先端、学園都市でも未だにラジオ体操は健在である。
歌のように見上げれば空は青く、雲は白く、鳥は今日も元気に囀り健康的にフンを――
びちゃ
空を見上げていた鋼盾は自分の真横でそんな音を聞いた。湿った音だった。
真横、というのはそのままの意味で真横。鋼盾の耳の、真横だ。
つまりは鋼盾の隣を歩いていた、上条当麻の頭の辺りから発した音である。
いや、まさか。
そんな。
いくらなんでも。
お約束を守る男、上条当麻とはいえ。
ギギギ、と音を立てるような動作で鋼盾は横を向く。
そこには髪の毛とワイシャツに鳥の糞をぶちまけられた、面白すぎる友人の姿があった。
「不幸だああああああああああああああああああ!!!!!!
ちくしょおおおおおお!!!!!、鋼盾テメエ、笑ってんじゃねええええええ!!!!!!!」
―――――――
46: 1 2011/05/01(日) 21:23:57.12 ID:nah+TYh2o
―――――――
結局、上条は洗髪と着替えのために家まで半泣きでダッシュするはめになった。
遅刻は確定だろう。今朝のやりとりはすべて前フリとなってしまったらしい。
上条当麻、やはり神に愛されているとしか思えない。
そんなファンタジスタは放っておいて、鋼盾はきっちり始業20分前に教室にたどり着いた。
遅刻ギリギリに駆け込んでくる人間の多いこのクラス、まだまだ教室はガラガラだ。
先ほど上条との話にも出た吹寄制理を筆頭に、比較的まじめな面々が各々好きなように過ごしている。
そんな中、上条と並んで遅刻ギリギリ組の筆頭である意外な顔があった。それも2つも。
「おーす、いつもながら早いにゃー」
「おはー、コウやん。今日も髪型決まっとるやん」
金髪サングラスの土御門元春と、似非関西弁学級委員の青髪ピアスが話しかけてきた。
口調もファッションも性癖もなにもかも、このクラスきっての個性派だ。
結局、上条は洗髪と着替えのために家まで半泣きでダッシュするはめになった。
遅刻は確定だろう。今朝のやりとりはすべて前フリとなってしまったらしい。
上条当麻、やはり神に愛されているとしか思えない。
そんなファンタジスタは放っておいて、鋼盾はきっちり始業20分前に教室にたどり着いた。
遅刻ギリギリに駆け込んでくる人間の多いこのクラス、まだまだ教室はガラガラだ。
先ほど上条との話にも出た吹寄制理を筆頭に、比較的まじめな面々が各々好きなように過ごしている。
そんな中、上条と並んで遅刻ギリギリ組の筆頭である意外な顔があった。それも2つも。
「おーす、いつもながら早いにゃー」
「おはー、コウやん。今日も髪型決まっとるやん」
金髪サングラスの土御門元春と、似非関西弁学級委員の青髪ピアスが話しかけてきた。
口調もファッションも性癖もなにもかも、このクラスきっての個性派だ。
47: 1 2011/05/01(日) 21:26:27.42 ID:nah+TYh2o
上条とこの両名の3人で、デルタフォースなる渾名を拝命したのが一月ほど前。
命名された原因はとある一件、このクラスの破天荒ぶりを全校に知らしめした大事件なのだが、ここでは多くを語るまい。
黄泉川が吼え、小萌が奔走し、素甘が溜息を吐き、災誤の伝説を一年生に知らしめたあの一件。
そして上条当麻のその一級フラグ建築士っぷりを、クラスメイトたちが思い知った事件でもある。
あの日、雲川芹亜と何があったのか、上条当麻は黙して語らない。
雲川は緩く微笑み「あれはなかなかに刺激的な体験だったけど」と、興味深いコメントを残している。
旗男め。
48: 1 2011/05/01(日) 21:29:27.33 ID:nah+TYh2o
それはさておき。
「おはよう、ふたりとも今日は早いね」
「にゃー、舞夏が部屋を掃除するってんで追い出されたんだにゃー」
「ボクは珍しく早起きやったんよ。んでな聞いて聞いて!
ちょっと登校時間をずらしてみたらトアール女学院の登校と時間帯が被ることを発見したんよ!
今まで見逃してたなんて、ホンマに惜しいことしたわ」
惰眠なんて貪ってる暇なんかなかったんやー、早起きは三文の徳やでーとくねくねしながら踊る青髪。
これがいつものテンションとさして変わらないのだから恐ろしい、と鋼盾は思う。
席に鞄を置きつつ、話を続ける。
「さっきからこの馬鹿ずっとこんなですたい」
「これからボクはこの時間に登校することにするわ!
つかコウやん知っとったやろ!独り占めなんてずるいでー」
「ふふふ、コウやんはムッツリさんだもんにゃー」
「通るルートが違うだろうが!」
「ほう、するとお目当ては西校やね。ブレザー派か」
「いやいや、三女とみたにゃー。女子中学生とは流石コウやん」
「うわあああ!!!」
傍目から見たらヤンキー2人とパシリ君にみえるであろうこの組み合わせも、もう馴染んだものだ。
最初はそのコワモテな風体にビクビクしていた鋼盾も、上条が間に立ってくれたおかげで今ではすっかりこのザマだ。
「まったく、上条君といい、めずらしく早く来たかと思えば……」
「およ? カミやん来てるん? 便所?」
「……いや、それが…ね、あーちょっとかわいそうで言えない」
「お、これは爆笑必至のネタの予感だにゃー」
「独り占めはなしやでコウやん。女子中学生は皆の共有財産や」
「そのネタひっぱらないでくれ! 周りの目が怖い! 吹寄さんとか!!」
「さっさと吐くにゃー」
「おはよう、ふたりとも今日は早いね」
「にゃー、舞夏が部屋を掃除するってんで追い出されたんだにゃー」
「ボクは珍しく早起きやったんよ。んでな聞いて聞いて!
ちょっと登校時間をずらしてみたらトアール女学院の登校と時間帯が被ることを発見したんよ!
今まで見逃してたなんて、ホンマに惜しいことしたわ」
惰眠なんて貪ってる暇なんかなかったんやー、早起きは三文の徳やでーとくねくねしながら踊る青髪。
これがいつものテンションとさして変わらないのだから恐ろしい、と鋼盾は思う。
席に鞄を置きつつ、話を続ける。
「さっきからこの馬鹿ずっとこんなですたい」
「これからボクはこの時間に登校することにするわ!
つかコウやん知っとったやろ!独り占めなんてずるいでー」
「ふふふ、コウやんはムッツリさんだもんにゃー」
「通るルートが違うだろうが!」
「ほう、するとお目当ては西校やね。ブレザー派か」
「いやいや、三女とみたにゃー。女子中学生とは流石コウやん」
「うわあああ!!!」
傍目から見たらヤンキー2人とパシリ君にみえるであろうこの組み合わせも、もう馴染んだものだ。
最初はそのコワモテな風体にビクビクしていた鋼盾も、上条が間に立ってくれたおかげで今ではすっかりこのザマだ。
「まったく、上条君といい、めずらしく早く来たかと思えば……」
「およ? カミやん来てるん? 便所?」
「……いや、それが…ね、あーちょっとかわいそうで言えない」
「お、これは爆笑必至のネタの予感だにゃー」
「独り占めはなしやでコウやん。女子中学生は皆の共有財産や」
「そのネタひっぱらないでくれ! 周りの目が怖い! 吹寄さんとか!!」
「さっさと吐くにゃー」
50: 1 2011/05/01(日) 21:32:40.09 ID:nah+TYh2o
吐かなければ、どうなるのか。
デルタフォースの3人が下ネタに走っても笑って許されるが、鋼盾のようなタイプが同じノリで動いたら
女性陣からどんな目でみられるかわかったものではない。
自覚は、ある。
悲しいけれど。
(ゴメン、上条くん)
鋼盾は心中で上条に手を合わせると、その手でもって生贄(上条)を炎の中へと放り込んだ。
そして始業の鐘が鳴る。
朝のHRで小萌先生が、連絡のないままに空席の上条のことを皆に尋ね、
青髪ピアスが見てきたようにとっくりと顛末語りあげて教室を笑いの渦に叩き込んだ所で、
ワックスを付けてない上条サラサラverが息を切らせて駆け込んできたものだから、もう、なんというかとんでもないことになった。
笑いの坩堝、外の廊下まで響き渡るであろう大爆発。
その中心に立つ男の科白と言えば。
「不幸だああああああああああああああああああ!!!!!!
裏切ったなあああああああああ!!!!!!鋼盾てめええええええええええええええええ!!!!!!!」
サラサラ上条ファンタジスタがツボに嵌ってしまった小萌先生に、この混乱を御しきれるわけもなく
阿鼻叫喚のHRは、青筋を浮かべた災誤先生が、無言で教室のドアを開けるまで続いた。
ちなみに、元凶は誰かと聞かれ全員が上条を指差したため、鳥の糞に続いてゴリラの鉄拳を落とされる羽目となる。
上条当麻、本日三度目の絶叫が響いた。
―――――――
51: 1 2011/05/01(日) 21:38:49.01 ID:nah+TYh2o
さて、なんだかんだで昼休み。
教室で適当に机をつき合わせて、今日は4人で昼食を摂る。
話題はやはり、今朝の一件だ。
「うう、チクショウ。今日は絶対にいい日だと思っていたのに
あああ、上条さんはもうだめかもしれません」
「まーまーカミやん、カミやんのおかげでみんなが笑顔になったぜよ」
「そうやでーカミやん、それってなんだか、素敵やん? なーコウやん」
「えーと、うん。才能だね」
「うるせええええ! 俺は芸人じゃねーんだよ。
つか笑わせてるんじゃなくて笑われてんじゃねーか!! ピエロですらねえよ!!」
ムシャムシャと不機嫌にパンを噛りながら、上条が喚く。
ちなみに髪はクラスメイトから借りたワックスで固められていた。
心なしかいつもより多めにツンツンしている、ハリネズミの威嚇のようにトゲトゲしい。
「いやいや、カミやんには笑いの神様がついてるて」
「うん、上条くんの周りでカメラをまわしてれば、特になにもしなくても一端覧祭で映像部門賞くらいいけるかもしれない」
「…! ぶひゃひゃ!そいつはいいにゃー。ウチの映研の自主制作映画なんかよりよっぽどすごいのが撮れそうぜよ!」
「……てめえら」
ピクピクと上条の額に青筋が浮かぶ。
これはちょっとヤバイかもしれないと他三人はアイコンタクト。
「いやーすまんかったカミやん、はいウチの店のサンドイッチおすそ分け」
「ほれ、舞夏手製の卵焼きを恵んでやるにゃー」
「デザートのこんにゃくゼリーもあるよ」
持ち前の不幸体質でコッペパンしか買えなかった上条に、続々と届く救援物資。
腹が立つのは腹が減るから。この真理の前には上条も逆らえず、みるみる機嫌が治ってゆく。
心なしか髪の毛のツンツンも収まっているようだ。わかりやすい。
52: 1 2011/05/01(日) 21:41:28.54 ID:nah+TYh2o
「――まったく、3馬鹿+1、貴様たちは無駄話しないと食事もとれないの?」
不機嫌そうに呟いたのは吹寄制理。曲者ぞろいのこのクラスの司令塔である。
本来その任を負うべき学級委員、青髪ピアスが曲者筆頭なのだから始末に負えない。
「お、吹寄。もう飯食ったの?」
「貴様らと違って私はダラダラ食べる趣味はないのよ。もう終わったわ」
「にゃー。吹寄はバランス栄養豆乳クッキーを食べてたんだにゃー。
全く味気ない。やっぱり昼は舞夏特製弁当に限るぜよ」
「つっちーは自慢したいだけやないか」
「ゆっくり食べた方が身体にいいと思うけど」
「愚問ね鋼盾。私はちゃんと30回噛んでるわよ!」
「流石は吹寄、食事にも全力投球とは……おそろしい子…!」
女の子と話すのは緊張してしまう鋼盾にとって、サバサバ遠慮の無い吹寄はありがたい相手だ。
他の3人もなんだかんだと面倒見のよい吹寄には一目も二目も置いている感じがある。
もっとも普段の行いもあって、それが吹寄に届いているかというと、多分絶対間違いなく届いてないと思われるのだけど。
53: 1 2011/05/01(日) 21:46:34.04 ID:nah+TYh2o
「ところで、一端覧祭の話をしてたかしら?」
「にゃー。主演男優上条当麻でお送りする自主制作映画『アンラッキーマン』で映像部門大賞を狙おうぜ、って話だぜい」
「なんだよそのタイトル! つか、絶対やんねえからな! 絶対だぞ!!」
「えー、つれへんなー主演男優様。どうします鋼盾監督?」
「監督僕?! ええっと、隠し撮り風?」
「「 鬼 才 あ ら わ る ! ! 」」
「ふざけんな!!それ完全に盗撮じゃねえか! てめえら上条さんのプライバシーをどうするつもりだ!!!」
某B級映画大好き娘の食指が超動きそうなタイトルだ。
今から、主人公の素材だけでハリウッドに喧嘩を売りにゆく。
予算はない。
設備もない。
技術もない。
時間もない。
だが――――勝算は、ある。
こちらには笑いの神がついているのだ。
―――さあ、伝説の幕開けだ
この秋、君たちは奇跡を目の当たりにする―――!
54: 1 2011/05/01(日) 21:58:29.48 ID:nah+TYh2o
「まあ、そんな下らない映画の話は置いといて。私、実行委員をやろうと思っているのよね」
「一端覧祭のか? そらまた随分先の話だな。つかその前に大覇星祭だろ」
吹寄はそちらの実行委員でもあったはずだ。気の早い話のように思えるが、と首を傾げる男4人。
「だからこそ、よ。大覇星祭が終わったらすぐに一端覧祭なんだから、今から視野にいれとかないとね
それに一端覧祭のほうがなんだかんだで人手がいるのよ。特に男手は、いくらあっても足りないわ」
「「「「………………………………」」」」
雲行きが、怪しい。
逃げようと男たちが椅子から腰を浮かしかけんとしたその刹那、
吹寄制理が動いた。
右足を一歩前に
右腕を右前方に
左手を左斜め前に
「「「「……………………ツッ!!」」」」
たった、それだけ。
けして速くも激しくもないそれだけの動きで、吹寄は男4人の逃亡を完全に制した。
動くことさえ、許さない。
理を以って、場を制する。
一切の無駄なく行われたそれは、もはや結界の域。
常人の業ではない。
55: 1 2011/05/01(日) 22:07:31.99 ID:nah+TYh2o
最高峰の陰陽博士、土御門元春が戦慄と嫉妬を露にする手妻。
埒外の幻想殺し、上条当麻の右手を以ってしてもそれを破ること能わず。
「協力しなさい」
使命感に燃える澄んだ瞳
いつのまにやら晒されたおでこ
ふるん、と揺れる豊満なバスト
彼女は御祭女帝FUKIYOSE
すべての実行委員に名を連ねる女
その迫力に圧倒される男4人
既にここは貴様らの知る空間ではない、そして、ここから先は一方通行だ。
逃亡は、許されない。
埒外の幻想殺し、上条当麻の右手を以ってしてもそれを破ること能わず。
「協力しなさい」
使命感に燃える澄んだ瞳
いつのまにやら晒されたおでこ
ふるん、と揺れる豊満なバスト
彼女は御祭女帝FUKIYOSE
すべての実行委員に名を連ねる女
その迫力に圧倒される男4人
既にここは貴様らの知る空間ではない、そして、ここから先は一方通行だ。
逃亡は、許されない。
79: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:41:44.27 ID:sivyFVtOo
―――――――
それは、紛うことなく危機であった。
ここで選択を誤れば、夏休みから一端覧祭終了まで酷使されること疑いない。
いや、下手をすれば、それこそ三学年の一端覧祭まで使い潰されるコースが確定だ。
なんとしても勝たなければならない。
……しかし、勝てるのか? 彼女に? 俺たちが?
戦慄を押し殺すことのできぬ男四人に対し、吹寄制理――否、女帝FUKIYOSEは揺らがない。
音無き流れこそ、その水量は多いという――そんな言葉を思わせる静けさで、彼女は口を開いた。
それが、始まりだった。
それは、紛うことなく危機であった。
ここで選択を誤れば、夏休みから一端覧祭終了まで酷使されること疑いない。
いや、下手をすれば、それこそ三学年の一端覧祭まで使い潰されるコースが確定だ。
なんとしても勝たなければならない。
……しかし、勝てるのか? 彼女に? 俺たちが?
戦慄を押し殺すことのできぬ男四人に対し、吹寄制理――否、女帝FUKIYOSEは揺らがない。
音無き流れこそ、その水量は多いという――そんな言葉を思わせる静けさで、彼女は口を開いた。
それが、始まりだった。
80: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:43:27.30 ID:sivyFVtOo
「……上条当麻?」
「えーと…上条さんはホラ! 不幸スキルで周りに迷惑かけちゃいそうですし」
「不幸だなんだとそんな理由で皆の笑顔を諦めるの?
ちょっと長いプロローグくらいで諦めてんじゃないわよ上条当麻!
貴様が不幸だというのなら、ソレを引きつけて皆を助けなさい! そうすれば皆が貴様を助ける!
そう、総てを支える縁の下の力持ちよ。貴様はこれから“礎を担いし者”を名乗りなさい!」
「おおおおおお! 我、“礎を担いし者”!」
―――上条当麻、陥落。
82: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:44:54.79 ID:sivyFVtOo
「土御門?」
「お、俺には! 繚乱で舞夏の活躍の一部始終を見守る使命があるんだぜよ!」
「繚乱家政は大人気だから一部始終なんて無理よ。家族招待枠も望み薄ね。
でも、貴様の働き次第では……そうね、実行委員の伝手で特別優待券くらいは手配するわよ。
なんなら当日の繚乱担当になれるように協力してあげてもいいわ!
やるべきことが見えてきたかしら? 思い出しなさい貴様の真名を! “我が身の全ては妹の為に”!」
「思い出したぞ!“我が身の全ては妹の為に”!」
―――土御門元春、轟沈。
83: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:48:10.13 ID:sivyFVtOo
「青髪?」
「ボ、ボクには一端覧祭に燃える女子のみなさんに萌える責務があるんや! 準備に奔走するなんてまっぴらや!!」
「片腹痛いわ自称愛の伝道師(笑)。――貴様はその程度の男なの?
祭りで一番盛り上がるのは準備期間よ。本番なんてオマケでしかないわ。不器用な女の子が一生懸命作業する
その真剣な横顔を一番近くで眺めてみたいとは思わないの? 彼女がそのしなやかな指に金槌を打ち付け涙したのならば、
貴様がそこに絆創膏を貼ってあげなさい。――そう、貴様の魂の名は“その涙の理由を変える者”!」
「Yes,mam! 我が名は“その涙の理由を変える者”!」
―――青髪ピアス、覚悟完了。
84: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:50:17.35 ID:sivyFVtOo
次々と膝を屈するデルタフォース。
此処に君臨するは御祭女帝FUKIYOSE、普段のどこか隙のある吹寄制理ではない。
祭りの成功のためならば、よろこんで清濁を併せ呑む器量の大きさを持っているのだ!
彼女が笛を吹けば、誰であろうとそこに寄り集まらずには居られない。
「さあ鋼盾! 貴様はどうなのかしら?
―――あたしに、もうひとつの名前を名乗らせないで欲しいわね」
ゆらりと笑う御祭女帝FUKIYOSE。
「―――僕、は 」
85: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:51:52.89 ID:sivyFVtOo
キーンコーンカーンコーン
遮るように響くチャイムの音。
昼休み終了を告げる予鈴。
つまりは、時間切れだ。
「ふむ、予鈴ね。まあ冗談はともかく、考えておきなさい。
―――特に鋼盾、貴様にはそういうのも悪くない経験だと思うわよ」
余計なお世話かもしれないけどね
吹寄はそう呟くと、颯爽と席に戻って行った。
86: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:53:41.19 ID:sivyFVtOo
「…………」
“――特に鋼盾、貴様にはそういうのも悪くない経験だと思うわよ”
彼女の言葉が耳に残る。なんとなく、言わんとしていることはわかる気がする。
吹寄制理もまた、鋼盾と同様に無能力者に分類される学生だ。
彼女は鋼盾と違い、その評価に腐らず、能力開発にも人一倍まじめに取り組んででいる。
ただ、それと同時に能力以外の方法でも、積極的に自分の居場所を作ろうとしているように鋼盾には見受けられた。
大覇星祭実行委員と一端覧祭実行委員のみならず、普段のちょっとしたイベントやクラスメイトとの親交にも、彼女は誰より一生懸命だ。
頼られると張り切ってしまう姐御肌や面倒見の良さ、リーダー気質など、彼女のキャラクターよるところも大きいのだろうが、
穿った見方をすれば、それはある種の代替行為といってしまってよいだろう。
一向に成果のでない能力開発、報われぬ努力、支払われることのない対価。
そこからでは得ることの出来ないものを、他から引き出そうとする行為。
(……デルタフォースの3人や、僕みたいなのに関わってくれるのも、そんなところがあるのからなのかも)
そんな吹寄を否定するつもりは全くない。
むしろ、本当に頭が下がる、と鋼盾は思う。
87: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 22:55:50.77 ID:sivyFVtOo
彼女は、吹寄制理は強い。
身体能力でも能力強度でもなく、その在り方が正しく強い。
対して、自分はどうだろうか。
ずいぶん、明るく、前向きにはなったとは思う。
学校は楽しいし、一緒に登校したり、馬鹿話に興じることの出来る友人もできた。
体重だってちょっとは減ったし、小萌先生を泣かせない程度には授業だってがんばっている。
充実した、楽しい日々。
こんなに楽しいなんて、思ったことは初めてなのだ。
(……だけど)
それでも、それでも。
ふとした折に、心が傾ぐ。
この街にはいたるところに無数の陥穽が仕掛けられている。
それは年に一度の<身体検査>だったり、能力者たちの何気ない一言だったり、奨学金の額だったりと様々だ。
声なき声が、“欠落者”“落伍者”“無能力者”と鋼盾を詰り虐げ追い詰める。
真っ暗な穴に叩き落されたような気分にさせられるのだ。
吹寄、上条、土御門。
彼らにはこの声が聞こえないのか?
こんなに大きな声なのに。
88: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 23:01:16.40 ID:sivyFVtOo
(結局)
そう、つまるところ。
(僕だけが、まだ、囚われている)
鋼盾掬彦は、弱いのだ。
吹寄制理と違って、鋼盾掬彦は弱い。
上条当麻と違って、鋼盾掬彦は弱い。
土御門元春と違って、鋼盾掬彦は弱い。
身体が、心が、意志が、覚悟が、なにもかもが
弱い
だから
弱いから
<幻想御手>なんて下らない都市伝説が
ずっと頭にこびりついて離れないのだ
89: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/05(木) 23:03:04.65 ID:sivyFVtOo
「……まあ、それはそれとして」
鋼盾は頭を振って、浮かんだ妄念を振り払う。
ネガティブな思考に陥ったのは、半ば現実逃避だったかもしれない。
観念して視線をそちらに向ける。
そこには。
「“礎を担いし者”!」
「“我が身の全ては妹の為に”!」
「“その涙の理由を変える者”!」
己の真名を声高らかに謳い上げる、澄んだ瞳の男たちが居た。
本鈴まで、あと少し。
……どうしろってんだ、コレ。
―――――――
99: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 02:40:51.89 ID:2gIpqD8Vo
都市伝説、という言葉がある。
Urban Legend の直訳で、現代に発祥し、典拠が不明な噂や伝説のことである。
例えば、「某ハンバーガーショップではミミズをすり潰してハンバーグにしている」というのがある。
"THE WORM EATERS"――小学生時代の鋼盾の軽いトラウマなのだが、そういえば学園都市では耳にしたことが無い。
それも当たり前で、この街では、学生(モルモット)の口に入る食品は、幾重にも厳重に管理されている。
学園都市に店を出す業者は、無数の審査や検査――読心能力者の監視等すら含まれる――が義務付けられ、そこに不透明なモノが入り込む余地はない。
そもそもクローニング技術で作られた牛肉や豚肉が店に並んでいるのだから、外から見ればそちらの方がおぞましいものがありそうだ。
また、80年代に一世を風靡した<口裂け女>などは「能力者の悪戯」の一言で、簡単に説明できてしまう。
変身能力(メタモルフォーゼ)で口の周りをちょっと弄ってみれば、それで<口裂け女>のできあがりだ。
幻覚を見せる能力や暗示をかける能力で、任意の対象に「目の前にいる人物の口が裂けている」と思わせることも可能だし、
偏光能力(トリックアート)で歪めてみせることも、投影戯画(プロジェクション)で<口裂け女>の像を結んでみることも出来るだろう。
ここは学園都市。
なまじっかな妄想など及びもつかない、どうしようもなくホンモノのトンデモ都市なのだ。
100: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 02:42:27.00 ID:2gIpqD8Vo
ならば、科学万能のこの街では、都市伝説などという益体のない物は存在しないのか?
答えはNOだ、と鋼盾はPCのモニタを眺め、溜息を吐いた。
そこに表示されているのは、学園都市でまことしやかに囁かれる、無数の都市伝説を収拾したサイトである。
曰く、学園都市の闇を駆ける武装私兵集団、“猟犬部隊”が存在する。
曰く、いきなり路上で服を脱ぎ始める“脱ぎ女”を目撃した。
曰く、軍事目的で秘密裏に超能力者の“クローン兵士”が量産されている。
曰く、ボタンひとつで能力者を生み出す“才人工房(クローンドリー)”が第2学区のどこかにある。
曰く、第7学区のとある高校では、まるで小学生のような“不老不死の女性教師”が教鞭を執っている。
(えーと、最後のコレについてはとりあえず全力で目を逸らしておくことにして……)
もう学園七不思議どころじゃないみたいですよ小萌先生
本人が聞いたら泣き出してしまいそうな事実を発掘してしまったが、あえてスルーする。。
101: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 02:51:38.15 ID:2gIpqD8Vo
――なんといってもここは「学生の街」なのだ。
都市伝説なんて怪しげで楽しげなモノが大好きな年代が集っているこの状況で、それが生まれないわけが無い。
日々、無数のネットロアが作られては消えてゆく。
外より格段に、それこそ数十年分は進んでいるという高スペックなパソコンでも、やってることは同じようなものだ。
異なる点といえば、ネタ元であるこの都市が特殊過ぎるが故に、この街ならではの要素がふんだんに詰め込まれているところである。
興味の中心である能力開発についてや、謎に包まれた学園都市の深部についてのネタがことのほか多い。
先の「ミミズバーガー」であれば、「ミミズの体液に脳波を活発にする成分が含まれているらしく、秘密裏に食べ物に混ぜられているらしい…」といった感じに形を変えることになるだろう。
噂は噂
街談巷説
道聴塗説
話半分
それが、都市伝説というものだ。
“窓のないビル”
“虚数機関・五行学区”
“絶対能力者”
“謎の音響兵器”
“原石”
“魔法使い”
……いずれ劣らぬ怪しげな項目を読み流しつつ、鋼盾は目的の名前を求めてスクロールを続ける。
そして
102: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 02:52:22.41 ID:2gIpqD8Vo
「………あった」
“幻想御手”――無能力者に垂らされた蜘蛛の糸。
鋼盾が望んでいた単語がそこにはあった。
都市伝説だ。
典拠のない噂話、無責任な伝言ゲーム、友達の友達の友達の話。
バカらしい。
それでも。
自分の右手が左クリックを行うのを、鋼盾は止めることができなかった。
―――――――
108: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 21:51:38.72 ID:0CuzqXrDo
人ごみ特有の喧騒、スピーカーから流れるBGM、クーラーの効いた空間。
夏休みを目前に控えた7月18日の放課後、上条と鋼盾はチェーンの洋服店「セブンスミスト」に居た。
男2人で買い物、というわけではない。そもそも此処にいるのは2人の間で目をキラキラさせている少女のためだ。
「おにーちゃんたち! はやくいこっ!」
セブンスミストを探して道に迷っていた少女に上条が声をかけ、なんだかんだと買い物に付き添うことになった。
上条当麻には困っている人を引き付ける力があるのかも――なんて思ってしまうほど、彼はこうしたトラブルに巻き込まれやすい。
むしろ自分から巻き込まれにいっているフシすらあるが、鋼盾自身、そんな上条に助けられたこともあるのだから仕方がない。
まったくお人よしめ、とは彼も思うのだが、嬉しそうな少女の笑顔をみるとどうでもよくなってしまった。
「おーう、女の子の服はそこのフロアだな」
「走っちゃダメだよ、お店だからね」
「うんっ!」
元気よく返事をし、一応まあ早歩きと言えなくもない程度のペースで店に飛び込んでゆく少女。
「オシャレなひとはここにくるってテレビでいってたの!」と道中はしゃぎまくりだったのだから無理もない。
小さくても女の子なのだろう――オシャレに疎い男2人は顔を見合わせて、笑う。
「ったく、しょーがねえな。おいてきぼりだ」
「まあ、よろこんでもらえてよかったよ」
早速涼しげなワンピースを身体に合わせ、姿見の前でくるくる踊っている少女を姿が見える。
なんとも微笑ましい光景に、見守る店員や他の客たちの目も優しげだ。
「まあなー。とはいえ男はちょっと場違いな場所だと上条さんは思うわけなんだがなー。
……どうする? 俺は一応あの子についとくけど、お前どっかみたいとことかあるか?」
「いやー、特には。……あ、でもちょっと今のうちトイレに行っとくよ」
「おーう、ごゆっくりー」
109: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 22:33:05.88 ID:0CuzqXrDo
上条と一旦別れ、トイレを目指す鋼盾。
一人になって気が抜けたのか、大きなアクビがでた。
このところずっとこんな感じだ。
そういえば、今日は上条もまたエラく眠そうだった、というか実際に寝ていた。
今朝は随分早い時間から動き始めていたみたいだけど、と鋼盾は朝の6時前に隣室の物音によって起こされてしまったことを思い出す。
そのくせ寝坊で遅刻し、そのあとの授業でもずっと爆睡していた。
まさかとは思うが今朝のバタバタは起床じゃなくて帰宅の物音だったのだろうか。
なんだか、そんな気がしてきた。
しかし、鋼盾の寝不足の要因はソレではない。
まったく関係ないわけではないが、瑣末な要素といってよい。
単純に、鋼盾の夜更かしをしただけだ。
ここ数日、目当てのもの――幻想御手を探して随分と遅い時間までネットに耽ってしまい、ちょっとばかり寝不足気味だった。
その甲斐あってたくさんの情報は集まったのだが、如何せん核心には至っていない。
(なにをやっているんだ……僕は)
幻想御手について具体的にわかったことはあまり多くない。
その形状も形式も理論も製作者も詳細な効果もなにもかも、よくわかっていない。
「料理のレシピ」だとか「論文」だとか「プログラム」だとか、幻想御手の「かたち」ひとつとっても様々だ。
使用者を名乗る人間は少なからずいたが、誰も彼もばらばらの事を言っており、正誤の判断は難しい。
だが、数日の調査で鋼盾は、どうしてか幻想御手の存在を確信していた。
勘、といってしまえばそれまでだが、ただの都市伝説にしては広がり方がおかしい。
能力の暴発事故の頻発、警備員の先生の愚痴、無能力者のブログやチャットのログ、スキルアウトの勢力図。
一見関係のなさそうな項目にも、幻想御手の影が透けて見えたりもするように思えるのだ。
都市伝説<幻想御手>を盛り上げよう、というだけの意図ではこんなことは出来ないだろう。
手間や経費が割に合わないし、効率が悪いし、規模も大きすぎる。
確信する。
幻想御手は存在する。
一定数の人間が使用している。
結局今夜もまたネットの海を彷徨う破目になりそうだ、と溜息が出そうになる。
こんなバカな行為はやめた方がいい、そうは思うのに結局止められずにいる自分が情けなかった。
―――――
110: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 22:36:20.28 ID:0CuzqXrDo
用を足して鋼盾が2人と分かれた店に戻ってくると、そこに見知らぬ顔があった。
上条と少女に加え、中学生くらいの女の子の3人で楽しげに話している。
肩まで届く程度のシャンパンゴールドの髪をヘアピンで飾った、結構な美少女である。
服を手にはしゃぐ女の子に目線を合わせ、優しげに笑っている横顔が印象的だ。
身に着けているのは学園都市でも屈指の名門校、常盤台中学校の制服である。
ホンモノのお嬢様だ、なかなかこんな大衆向けのチェ―ン店で見かける人種ではない。
少し迷ったが、まあ合流しようと近づいてゆくと、会話の内容が漏れ聞こえてきた。
どうやら互いに顔見知りらしい。
「それはさておき……昨日の決着をいまここで……」
女の子に対しての優しげなものから一転、ここで逢ったが百年目、とでも言いたげなまなざしが上条へと向けられている。
なんだか物騒な物言いの常盤台生に、呆れたように上条が溜息を吐いた。
「オマエの頭のなかにはそれしかないのか……
だいたい、こんな子どもの前で始めるつもりかよ」
痛いところを突かれたらしく「ぐっ」と呻く常盤台の少女。
何を始めるつもりなのかは判らないが、あまりよろしくない真似ではありそうである。
「まあ、文句があるならすぐに視界から消えてやるから」
入り口のところで待ってるからな、と付き添いの少女に言い、こちらに歩いてくる上条。
こちらを見ている鋼盾に気付いたようで、よお、とばかりに手を挙げてきた。
合流し、2人連れ立って入り口の方へと歩き出す。
「さっきの子、知り合い?」
「んああ……知り合いっちゃ知り合いだけど、なんなんだろうなーあのビリビリ中学生」
「ビリビリ中学生って……。常盤台のお嬢様だろあの制服」
ビリビリ―――察するに、彼女は電撃使い(エレクトロマスター)なのだろうか?
常盤台のお嬢様相手に随分と親しげな、―――というかえらく無遠慮な呼び方である。ビリビリて。
ちょっと振り返ってみると、常盤台の彼女の友人だろうか、セーラー服の2人組を加えた女の子4人で談笑しているようだ。
常盤台の子がこちら――正確には上条の様子を伺っている様子が見て取れた。
111: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 22:38:33.20 ID:0CuzqXrDo
「任せちゃっていいのかな?
あの子、なんかこっち見てるけど」
「 まあ、俺たちよりは適任だろうなー。あんなでも女の子だ。
……あそこのベンチにでも座っとこうぜ」
入り口付近のベンチを指差す上条。
否はない。ここからなら少女が買い物を終えて帰ってきても直ぐにわかるだろう。
自販機で各々飲み物を購入し、ベンチで一服。
……さて、頃合だ。
「んで、どうして上条くんは常盤台中学の女子生徒と親しげなのかなー」
「いや、親しげなんかじゃねえって! ……なんかここんとこ絡まれてるんだよなー、はあ」
不幸だー、と得意の口癖を呟く上条。常盤台の美少女とご縁があってこんな科白を口にするなど彼くらいだろう。
ここが教室だったら土御門ネプチューンマンと青髪ビッグ・ザ・ブドーによるクロスボンバーが炸裂しているところだ。
だが、運のよいことに今日は鋼盾ひとり、温和な彼はせいぜい一言ぼそりと呟く程度で済ませてくれる。
「……旗男め」
「だからなんなんだよその旗男って! お前らことあるごとにソレ言うよな!
なんなんだイジメかイジメですかイジメだよなちくしょうめ!!
ううう、不幸だああああああ!! イジメ、かっこ悪い!!かっこ悪いぞ!!」
何を言うか旗男め、いじめられているのはむしろこちらの方だ、と鋼盾は思う。
息をするようにフラグを立ててゆく一級フラグ建築士の仕事ぶりを間近で目撃してしまったのだ。
クラスの男子全員が自分の味方になってくれるだろう、上手くすればあとの半分もこちらに付いてくれそうだ。
原告 鋼盾掬彦
被告 上条当麻
裁判長 吹寄制理
検察 青髪ピアス
弁護人 土御門元春
傍聴人・その他スタッフ 1年7組のみなさん
さあ、明日は弾劾裁判だ。
被告以外は全員グルの粛清パーリィである。
112: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/08(日) 22:40:00.72 ID:0CuzqXrDo
「まあ、そんな旗男の旗迷惑な旗話は置いておいて、夏休みの話なんだけど」
「まだ言うか! 終いにゃ泣くぞ! ……ああ、つっても補習が終わるまでは――」
目前に控えた夏休みの計画に話が及んだ時、緊急事態を告げる店内放送が館内に響き渡った。
うだー、とだらけていた上条の表情が引き締まり、放送を一言たりとも聞き逃すまいと集中しはじめた。
まったくこのお人よしめ、と鋼盾は手の中の缶コーヒーを一気に飲み干した。
店内に爆発物。テロ。係員の指示に従い屋外への退避。風紀委員。
放送が並べる物騒な単語に店内のざわめきが大きくなる。
また、走り回るはめになりそうだ。
賭けてもいい、上条当麻は粛々と指示に従い避難するだけじゃ終わらない。
逃げ遅れた人を探して、このビルを駆けずり回るくらいは確実だ。
勢い余って犯人くらい捕まえてしまうかもしれない。
「まったく、上条くんらしい。傍迷惑な話だよ」
やれやれとひとりごちる鋼盾の表情には、口振りに反して清々しいものが浮かんでいる。
結局のところ。
、上条当麻とつるんでいる時点で、彼もお人よしと呼ばれる類の人種なのだった。
――――――――
129: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:16:37.03 ID:Z2RTv8hBo
――――――――
結局。
予想通り走り回る羽目になった。
と、言っても避難誘導は居合わせた風紀委員(頭にやたらと花飾りをつけた女子中学生だった)や店舗のスタッフが行っているので、
鋼盾や上条に出来るのはパニックになって泣き出してしまった子を宥めたり、転んで足を挫いてしまった人に手を貸すくらいのものであったが。
「……ふう、粗方、避難は済んだみてえだな」
額の汗を拭いながら上条が言う。
こんな時でも、転んだ女子高生に肩を貸して何気なくフラグを立ててしまう友人を横目に、鋼盾も一息入れた。
セブンスミストの正面玄関前。
野次馬たちで賑わうそこで、2人は事態の推移を見守っていた。
「うん、一応上からエスカレーターで降りながら見てきたよ。
とりあえず見える範囲にはスタッフしかいなかった」
「放送じゃテロ、って言ってたよな。
……爆弾なんてそんな簡単に用意できるもんじゃねえよな?」
「いや、多分だけど、能力絡みの事件だよ。
……“連続虚空爆破事件”ってヤツじゃないかな」
「ぐらびとん?」
聞いた事がなかったらしく、上条は平仮名で聞き返してくる。
鋼盾もそう詳しいわけではないが、丁度昨晩目にしたばかりのトピックだ。
「重力子(グラビトン)、だね。アルミを基点に重力子の速度を加速させて、それを周囲に撒き散らして爆弾に変えてるらしい。
ここ一週間で何件か起きてるみたいで、けっこう怪我人も出てる。アルミの空き缶ひとつで爆弾になっちゃうみたいだよ」
「マジかよ……とんでもねえな」
つい先ほどまで缶ジュースで一服入れていた二人である。
無造作に空き缶を放り込んできたゴミ箱に爆弾が入っていたかもしれないと思うと、今更ながらに怖気が走る。
結局。
予想通り走り回る羽目になった。
と、言っても避難誘導は居合わせた風紀委員(頭にやたらと花飾りをつけた女子中学生だった)や店舗のスタッフが行っているので、
鋼盾や上条に出来るのはパニックになって泣き出してしまった子を宥めたり、転んで足を挫いてしまった人に手を貸すくらいのものであったが。
「……ふう、粗方、避難は済んだみてえだな」
額の汗を拭いながら上条が言う。
こんな時でも、転んだ女子高生に肩を貸して何気なくフラグを立ててしまう友人を横目に、鋼盾も一息入れた。
セブンスミストの正面玄関前。
野次馬たちで賑わうそこで、2人は事態の推移を見守っていた。
「うん、一応上からエスカレーターで降りながら見てきたよ。
とりあえず見える範囲にはスタッフしかいなかった」
「放送じゃテロ、って言ってたよな。
……爆弾なんてそんな簡単に用意できるもんじゃねえよな?」
「いや、多分だけど、能力絡みの事件だよ。
……“連続虚空爆破事件”ってヤツじゃないかな」
「ぐらびとん?」
聞いた事がなかったらしく、上条は平仮名で聞き返してくる。
鋼盾もそう詳しいわけではないが、丁度昨晩目にしたばかりのトピックだ。
「重力子(グラビトン)、だね。アルミを基点に重力子の速度を加速させて、それを周囲に撒き散らして爆弾に変えてるらしい。
ここ一週間で何件か起きてるみたいで、けっこう怪我人も出てる。アルミの空き缶ひとつで爆弾になっちゃうみたいだよ」
「マジかよ……とんでもねえな」
つい先ほどまで缶ジュースで一服入れていた二人である。
無造作に空き缶を放り込んできたゴミ箱に爆弾が入っていたかもしれないと思うと、今更ながらに怖気が走る。
130: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:18:38.02 ID:Z2RTv8hBo
「量子変速(シンクロトロン)……量子の速度を操る能力者の仕業って噂だね。
犯人は捕まってないって聞いてたけど、まさか巻き込まれるなんて思ってもみなかったよ」
「……ってもこんな大規模な真似が出来る使い手なんて幾らもいねえだろ。
量子変速なんてマイナーな能力、容疑者だって限られる筈だ。警備員は何やってんだよ……」
「うん……普通に考えたらそうなんだけどね」
学園都市にある能力の種類は、それこそ把握しきれないほど存在する。
発火能力(パイロキネシス)や念動力(テレキネシス)といった“発現しやすい”能力は、能力者人口も多く認知度も高いが
逆に使い手自体の少ない、言ってしまえばマイナーな能力も少なくない。
例えば空間移動(テレポート)のように、希少性の高い、強力な能力であれば“レア”であるという付加価値足りうるが、
使い手が少なく、それでいて発展性や利潤性、応用性に乏しいという、“日の目をみない”能力というのも少なからず存在する。
そういったものは専門にしている研究者も少なく、能力開発のノウハウの蓄積も少ないため、総じて平均レベルも低くなりやすい。
量子変速というのは、まさにそうした類の能力であった筈だ。
上条の言うとおり、簡単に特定できてしまいそうなものなのだが。
(幻想御手……)
いまだ犯人が捕まらないということは、該当する容疑者が<書庫>に存在しないということで。
それはもしかしたら、幻想御手によって急激に力を上げた人間の手によるものなのかもしれない。
そんな、半ばこじつけのような妄想であるが――そう考えると平仄の合いそうな事件が連続虚空爆破事件の他にも幾つかある。
それらはここ十日間ばかりの間に集中して起こっており、風紀委員も警備員も手を拱いているようだ。
鋼盾はソレを幻想御手が実在する証左のひとつであるとみているのだが――そんなこと、口に出せる筈もない。
「幸い、量子変速を用いる場合、その前兆を結構早くから観測できるみたいだから。
今回は避難も迅速にできたし、無事に済みそうだね」
「ああ。しかし、こんな子どももいるような場所でそんなマネするなんて、許―――」
上条の科白が途切れる。
突然言葉を切った彼に、戸惑うような視線を向ける鋼盾。
「――上条くん?」
「なあ、鋼盾………あの子、ちゃんと避難したか?」
131: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:20:06.22 ID:Z2RTv8hBo
あの子。
上条と2人でこの店に案内してあげたあの女の子、すっかり忘れていたが――そういえば、見ていない。
「ビリビリに預けっぱなしだったが――さっき見かけたアイツは、一人で避難誘導してた。
てっきり先に逃がしてくれたもんだと思い込んでたけど」
鋼盾も率先して避難指示を出す彼女を目撃していたが、たしかに単独で動いていた。
あわてて周りを見回すも、少女の姿はどこにもない。
この人混みに紛れている可能性、一人で先に帰ってしまった可能性もないとは言えないが――
「道も不案内だし、こういう状況であんな小さな子が一人で動き回るとは思いにくいね」
「ああ、心配しすぎかもしれないけど――まだ、中にいるかもしれない」
上条の目がセブンスミストに向けられる。
彼が何を考えているか、鋼盾には手に取るようにわかる。
「鋼盾! 俺は戻ってみる! お前は外を「外にいるなら安全だよ、わざわざ探す意味はない」
被せるように、上条の言葉を否定する。
否定するのは言葉だけだ。
行動は、否定しない。
「中には2人で行こう。手分けした方が早いよ。
でも危ないから一通り回ったら逃げるからね」
「……わかった。頼む鋼盾」
正面玄関にはスタッフが張り付いているので、裏の方に回る。
幸いこちらには人がいないようで、あっさりとセブンスミストに侵入できた。
「俺はこっちからまわってみる。
ビリビリやあの風紀委員の子が中にいると思うから、そいつらにも聞いてみる」
「――絶対に、ごみ箱とかには近づかないで。
相手は爆弾だよ。……きみの右手が効くかは正直判断がつかない
外に居る可能性の方が高い!! 一通り探したら見切りをつけてくれ!!」
「わかってる!!!」
一目散に走り出す上条。
その背を見送りながら、鋼盾は思う。
わかっていると口では言っているものの、彼は走るのをやめないだろう。
上条当麻は、そういう男だ。
今更ながらに爆弾の恐怖に竦む脚に喝を入れ、鋼盾もまた店内へと走り出した。
――――――
132: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:23:46.52 ID:Z2RTv8hBo
結論からいうと、上条の右手がなんとかしてしまった。
上条と別れて数分後に巻き起こった爆発は強烈で、別のフロアに居た鋼盾も思わず尻餅を突いてしまった程だった。
最悪の事態が頭を過りつつ、おっかなびっくり現場へと駆け込んでみると、粉塵に咽ながら避難してくる複数の人影があった。
例の女の子に常盤台の少女、花飾りの風紀委員、――そして、上条だ。
こちらに気付いて、上条がその右手をフラフラと振って見せた。
安堵に腰が抜けそうになったが、なんとか持ち堪える。
彼らが居た場所――爆心と思しき場所を眺める。
圧倒的な火力でなぎ払われたフロアに、不自然に無傷な箇所があった。
こんな真似が出来るのは上条だけだ。
結局、彼の右手は量子変速の爆発にも有効だったらしい。
とはいえ、先刻の会話を鑑みるに、上条にも確信はなかった筈なのだ。
もし右手が通用しなかったら
もしこの場に来たのが鋼盾の方だったら
死者が出てもおかしくなかった規模の爆発だった。
最悪の想像に身震いする。
冷や汗が背を伝うのがわかった。
133: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:25:25.31 ID:Z2RTv8hBo
「いやー、なんとかみんな無事でしたな」
そんな鋼盾の内心など露知らず、暢気に笑う上条。
らしいといえばらしいが……全く、人の気も知らないで。
「トキワダイのおねーちゃんがたすけてくれたの!」
女の子が興奮気味に鋼盾に話しかけてくる。
泣かれるよりはいいのだろうが……この子も大物っぽい、将来有望だ。
「はあ、間一髪でした……」
へたへたとしゃがみ込む風紀委員の少女。
これが普通のリアクションだと、鋼盾も安心してその場にへたり込んだ。
本当に、よかった。
「あれ? ビリビリの奴どこいった?」
上条が呟く。
数秒前まで確かにそこに居た常盤台の少女の姿がいつのまにか消えている。
「?」
「?」
「?」
「?」
四人で顔を見合わせてみるも、クエスチョンマークが四つ浮かぶばかりだった。
こんな状況で、一体彼女はどこにいってしまったのだろうか?
――――――――
134: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:29:29.01 ID:Z2RTv8hBo
ほどなくして、警備員と風紀委員の応援が到着した。
テレビドラマで見るような“KEEP OUT”の黄色いテープを貼ったり、念痕読手(サイコメトリ)を用いて情報を集めたりと忙しい。
鋼盾と上条も目撃者ということで簡単な事情聴取に付き合わされる羽目となった。
勝手に現場に舞い戻ったためにお咎めを受けたのだが、事情が事情ということもあって軽いお説教で済んだ。
先ほどの花飾りの風紀委員の子にも「一般のひとなんだから無茶はだめですよ!」とかわいらしく叱られてしまったが。
なんでも爆弾犯も捕まったらしい。
いつのまにか現場から消えていた例の“ビリビリ”の子が確保したらしいというのだから驚きだ。
女の子を家まで送るのは風紀委員の子が請け負ってくれたので、鋼盾と上条はとりあえず帰路へとつくことにした。
「あーーー、疲れた。鋼盾、どっか寄ってく?」
「まっすぐ家に帰るよ、さすがに疲れたし」
「あー、んじゃ上条さんはちょっと買い物して帰りますかね。この時間なら特売にもギリギ――、げ」
……待ち伏せかよ、と呟く上条。
見れば視線の先には、件の“ビリビリ中学生”が腕を組んで壁に寄りかかるようにして、こちらを睨んでいた。
正確には上条だけを、だ。
「お帰りかしら?」
「……言っとくけど、今からオマエの相手する気力はねーぞ……」
心底疲れた顔で溜息をつく上条。
うんざり、うだー、やってらんねえ、と顔に書いてある。
少女は「そうじゃないわよ」と呟くと、苛立ちを孕んだ声で言葉を重ねた。
「いいのかしら? なんかみんなあの場を救ったのは私だと勘違いしてるみたいだけど……
―――今名乗り出たらヒーローよ?」
135: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/12(木) 20:36:02.89 ID:Z2RTv8hBo
そう。
現場にいた少女も風紀委員の子も、どうしてか彼女の功績だと思い込んでいたのだ。
上条が特になにも言わなかったので鋼盾も黙っていたが、上条こそがヒーローとして賞賛されて然るべきである。
ただ、彼の場合は―――
「? 何言ってんだ?
みんな無事だったんだからそれで何の問題もねーじゃんか。
―――誰が助けたかなんてどうでもいいことだろ」
――なんてキザな科白を本心から口にしやがるのだけど。
先ほどまで口調に軽い揶揄を含んでいた常盤台の少女も、半ば呆然とした表情でその科白を聞いている。
鋼盾にはこの少女の気持ちが嫌になるほど理解できた。
あんなことを真顔で言える馬鹿は珍しい。
「じゃーな鋼盾!
上条さんは特売に向かってダッシュするから!!」
宣言通り走り去ってゆく上条。
……多分、また何かトラブルがあってタイムセールに間に合わないんだろうなーと思いながら、鋼盾はその背を見送った。
常盤台の少女も、遠ざかる上条の後姿を眺めている――こちらに背を向けているため、表情は読めないが、
「……スカしてんじゃないわよ、ばか」
ぽつり、とちいさく呟いた。
すこし、さみしそうな声。
置いていかれた恨み言のようでもある。
「ほんとにね」
心底同意だ、そう鋼盾も笑った。
そうして、ヒーローが見えなくなるまで、ふたりは見送りをやめなかった。
―――――――
147: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/14(土) 19:57:56.34 ID:xapBvYvAo
「……あの馬鹿の、お知り合いなんですか?」
セブンスミスト裏口。
ふたりで、走り去る上条を馬鹿みたいに見送って。
その背が見えなくなった頃、ビリビリと呼ばれていた少女が、ちょっと躊躇いながらも鋼盾に話しかけてきた。
上条相手の砕けた言葉遣いから、距離感を滲ませる敬語に切り替わっている。
ただそれだけのことで驚くほど雰囲気が変わった。
上条に食って掛かっていた時の幼い刺々しさは鳴りを潜め、大人びた礼儀正しい少女がそこに居た。
「……あ、ああ。上条君とはクラスメイトだよ」
年下の女の子相手についどもってしまう、そんな自分を情けなく感じつつも答える。
上条のように周囲にフランクに接することは、鋼盾がもっとも苦手とするところなのだ。
ただ、少女の自分を見る視線に嫌悪感や見下すような、負の感情が一切含まれていないため、なんとか会話を繋ぐことが出来た。
「そうですか。同級生なんですね。……高校一年生でいいんでしたっけ?」
「うん、高一だね。
えっと、君は上条君の、その……友達、なのかな?」
“ビリビリ”“あの馬鹿”という遣り取りに込められた、ある種の気安さと先刻のドタバタ。
ベンチで上条に尋ねてみた際は、ほとんど聞きだすことができなかったが、それでも上条と少女の距離の近さは感じられた。
正直、男子高校生と女子中学生(それも常盤台のお嬢様だ)の間に、なにがどうなれば接点が生まれるのかがさっぱり想像できないのだが。
「え…あ、友達ですか? えっと、その、なんて言えばいいのか」
落ち着いた受け答えから一転、ごにょごにょと口ごもる少女。
心なしか、頬が赤らんでいるように見える。
あれ、なにか変なことを聞いてしまっただろうかと不安に思った瞬間、天啓のように閃くものがあった。
不幸体質な友人、上条当麻という人間は無自覚にあちこちにフラグを立てまくる旗迷惑な朴念仁でもある。
先ほどもそれをネタに上条をからかったのを思い出す。
ひょっとするとひょっとして、ひょっとするのかもしれない。
あの旗男なら、あるいは。
セブンスミスト裏口。
ふたりで、走り去る上条を馬鹿みたいに見送って。
その背が見えなくなった頃、ビリビリと呼ばれていた少女が、ちょっと躊躇いながらも鋼盾に話しかけてきた。
上条相手の砕けた言葉遣いから、距離感を滲ませる敬語に切り替わっている。
ただそれだけのことで驚くほど雰囲気が変わった。
上条に食って掛かっていた時の幼い刺々しさは鳴りを潜め、大人びた礼儀正しい少女がそこに居た。
「……あ、ああ。上条君とはクラスメイトだよ」
年下の女の子相手についどもってしまう、そんな自分を情けなく感じつつも答える。
上条のように周囲にフランクに接することは、鋼盾がもっとも苦手とするところなのだ。
ただ、少女の自分を見る視線に嫌悪感や見下すような、負の感情が一切含まれていないため、なんとか会話を繋ぐことが出来た。
「そうですか。同級生なんですね。……高校一年生でいいんでしたっけ?」
「うん、高一だね。
えっと、君は上条君の、その……友達、なのかな?」
“ビリビリ”“あの馬鹿”という遣り取りに込められた、ある種の気安さと先刻のドタバタ。
ベンチで上条に尋ねてみた際は、ほとんど聞きだすことができなかったが、それでも上条と少女の距離の近さは感じられた。
正直、男子高校生と女子中学生(それも常盤台のお嬢様だ)の間に、なにがどうなれば接点が生まれるのかがさっぱり想像できないのだが。
「え…あ、友達ですか? えっと、その、なんて言えばいいのか」
落ち着いた受け答えから一転、ごにょごにょと口ごもる少女。
心なしか、頬が赤らんでいるように見える。
あれ、なにか変なことを聞いてしまっただろうかと不安に思った瞬間、天啓のように閃くものがあった。
不幸体質な友人、上条当麻という人間は無自覚にあちこちにフラグを立てまくる旗迷惑な朴念仁でもある。
先ほどもそれをネタに上条をからかったのを思い出す。
ひょっとするとひょっとして、ひょっとするのかもしれない。
あの旗男なら、あるいは。
148: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/14(土) 20:01:05.78 ID:xapBvYvAo
「あ、その、もしかして彼j「違いますっ!!!」
それこそ紫電の速さ雷鳴の激しさで、少女は被せるように否定した。
頬どころか顔中を真っ赤にして、しかもまるで漏電しているかのように前髪からバチバチと火花を散らしている。
いまにも爆発してしまいそうな危うさに、鋼盾は思わず尻餅をつきながら、慌てて火消しに走る。
「うわッ! ……ご、ごめんっ!!」
「ああああああっ、こちらこそ、ごめんなさいっ!!」
我に返った少女は、驚かせてしまったことに気付いてその能力を抑え込んだらしい。
わたわたと慌てながら、鋼盾にものすごい勢いで頭を下げてきた。
それを受けて、鋼盾もおっかなびっくり埃を払いながら立ち上がる。
取り繕うように笑おうとするも、引き攣ってしまってうまくいかない。
それでもなんとか呼吸を整えて、改めて少女と相対した。
「…その、こっちこそ変なこといってゴメン」
「とんでもないです! えと、私とあの馬鹿は、喧嘩友達というかなんというか、倒すべき敵みたいな……その」
「う、うん。なんとなくわかったよ」
本当はさっぱりわからなかったが、ここ藪を突いて蛇を出すことはないとの判断である。
照れ隠し? なんて口にしようものなら雷の蛇に焼かれてしまうこと請け合いだ。
そういえば最初に見かけたときに決着がどうとか……そんな遣り取りをしていたことを思い出す。
というか、倒すべき敵って。一体アイツは女子中学生相手に何をしているんだと鋼盾は頭を抱える。旗男め。
150: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/14(土) 20:11:29.19 ID:xapBvYvAo
君子ならぬ凡骨の身なれど、危うきに近寄らぬ程度の知恵はある。
落雷への対処法は、大きくふたつ。
ひとつは、可能な限り姿勢を低くすること。
ひとつは、雷の落ちそうな所から離れること。
つまり、どういうことかというと、落ちてきてしまったらどうにもならないのだ。
よし。
この子にはどこか遠いところで、具体的には避雷針の傍で幸せになってもらおう。
わけのわからない結論をわけのわからぬままに棚へ上げてしまおうとした鋼盾は、ふと気づく。
(……ん? 避雷針?)
避雷針、雷を受け流すモノ。
能力を打ち消す、彼の右手。
それなら彼女の言う「倒すべき敵」という物騒な言葉の意味がわかってくるような、そんな気もする。
かつて鋼盾が路地裏で、能力を悪用する発火能力者に襲われた際、その火炎を掻き消した彼の右手。
そして、先ほどの爆発から彼女たちを助けたのであろう、上条当麻の右手に宿る異能の力。
「えっと、上条君の右手絡み、なのかな」
「!!!」
反応は、劇的だった。
少女の目が大きく見開かれ、食い入るようにこちらを見据える。
細竿で規格外の大魚を釣り当ててしまったようなイメージ。
やばい、折られる。
「アイツの右手のこと、知ってるんですか?!!」
雷鳴の如し。
そのあまりの迫力に仰け反りつそうになる。
正直怖い。
152: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/14(土) 20:19:16.33 ID:xapBvYvAo
「そ、その、僕も、あまり詳しいことは知らないというか」
「教えてくださいっ!」
教えてもいいものなのか、一瞬迷った。
ただ、上条自身、特に秘密にしているでもない風だったし、先ほどの遣り取りを見るに“知っている”らしいし。
なにより目の前の少女の食いつきっぷりがコワい――というか痛々しさを覚えるほどに、求められているのが判った。
ごめん、上条君と鋼盾は心中で呟いた。
この期に及んでは望まれるまま歌うしかない。
と、いっても先に述べたように、彼に語れることはそれほど多くはない。
「“幻想殺し”っていって、異能の力ならなんでも打ち消せるって聞いてる。
なんでも打ち消せちゃうから身体検査も打ち消しちゃって、無能力者扱いで不幸だーーー、って嘆いてるけど」
「“幻想殺し”……」
能力名を聞いたのは初めてだったのだろう。
彼女はそれを脳裏に刻み付けるように固い声で呟いた。
あるいは魂に、はたまた心の閻魔帳に?
とりあえず、彼女の深いところにその言葉が響いたことを鋼盾は知る。
「あと、そう。能力開発じゃなくて生まれつきだっていってたかな」
「生まれつき……!」
少女の眉間に皺が寄った。気持ちは、判らなくもない。
鋼盾とて挫折してしまったとはいえ、かつて死に物狂いで能力を得ようと努力を重ねたことがある人間だ。
個人差はあるだろうが、能力者にとっての能力とは“誇り"そのものであるとされる。
あるいはアイデンティティと言い換えてもいいかも知れない。
<自分だけの現実>とすら言われるものだ、まさにその通りである。
それを、生まれ持った才能で、理不尽に打ち消されてしまったら。
……きっと、悔しいなんてものではないだろう。
「アイツの右手、書庫にも載ってないんです。
私の能力が、積み上げてきたものが、全部否定されたように思えちゃって
勝負を挑む度に簡単にあしらわれちゃうし、今日なんか……」
ずーんと落ち込む少女。
鋼盾は爆発の瞬間を直接見てはいない、爆発現場に残された痕跡を見ただけだ。
だが、それだけであれが上条のやったことだと判った――彼女は、彼女たちは上条に守られたのだ。
その事実にプライドを傷つけられてしまった上、そこに先ほどの遣り取りだ。
実に上条らしいと鋼盾は思ったが、あれはダメ押しだった。
敗北感、劣等感、焦燥感、無力感。
そういうものが渦を巻いているに違いない―――鋼盾にも、覚えのある感情である。
―――しかし。
153: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/14(土) 20:22:26.19 ID:xapBvYvAo
「あの、さ」
「?」
沈んでしまった少女に鋼盾は話しかける。
慰めの言葉など思いつかないが、それでもひとつ、教えてあげられそうなことがあった。
「上条くんを倒したいなら、うまくいえないけど能力じゃ無理だと思う。
なんというか、勝負にならない。もちろんきみが弱いとかそんな話じゃないよ?
勝負自体が成立してないんだ」
彼と同じ場所に立とうと思うなら、能力に依ってはいけないのだと鋼盾は思う。
多分、この子は上条君と同じ土俵には立てていないのだ。
無能力者の鋼盾が、能力者の彼女と同じ土俵に立てていないように。
「たとえきみが能力を駆使して彼を倒しても、彼は悔しがらないんじゃないかな。
“ああ、不幸だ”くらいは言いそうだけど」
ああ、本当に言いそうだ。
これまでの数々の“不幸”を思い出してしまい、ちょっと笑っしまう鋼盾。
その言葉に少女の目が見開かれ、それから同意するように伏せられた。
上条を知る彼女にも、そんな結果がイメージできたのだろう。
戦いのレベルではなく、そもそもステージからして異なるのだ。
そう、自分がたとえ何かでこの少女に勝ったとしても、彼女が能力者だというだけで自分にとってはもう負けている。
「上条くんは、きっと」
鋼盾は、上条について最近になってわかってきたことがある。
きっと彼にとっては、他の人間が無能力者でも超能力者でも関係ないのだ。
だって、能力なんてその右手で等しく消してしまえるのだから。
上条のフランクさは彼の気質もあるだろうが、これも大きな要素だろう。
それは鋼盾にとっては救いだったが、目の前の少女にとっては残酷な事実に他ならないのだろうか?
―――多分だけど、そうとも限らない。
154: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/14(土) 20:27:23.80 ID:xapBvYvAo
「あー、うまく言えないけど、上条くんの立ってる場所はそこじゃないんだ。
なんというか、この街の枠組みの外にいるというか……」
そこまで口にして、ふと、我に返る。
鋼盾の発言は混じり気なしの本音であったが、なんだかずいぶんと変な方向に行ってしまった。
少なくとも級友を評する言葉ではないし、初対面の女の子にするような話もはない。
「……ごめん、なんかわけわからないこと言ってるよね」
部外者の自分にそんなことを言われても、この子も対処に困るだろう、
そう思って彼女を見ると、しかし思いのほか真剣な顔がそこにあった。
「……いえ、わかる気がします。そう、アイツは他の人とは全然違う。
それは私より強いからとか、特別な力を持ってるからとかだけじゃなくて……、んと、私もうまくいえないですけど、
そういうこと、ですよね」
「え、うん、あ、もちろん僕がそう思っただけだから、違うかもしれないけど)
……意外にも、言いたかったことが伝わったようだ。
そう、多分この少女は、その右手でもって彼女の価値を無自覚に否定した人物、他の誰とも違う上条当麻という男に対して、
「自分を見て欲しい」「知って欲しい」「認めて欲しい」と訴えていたのであるまいか。
鋼盾の目には、この子が単純に敵意だけで絡んでいるようには、どうしても見えなかったのだ。
(なぜかそれが「勝負」という形になってるから、なんかややこしくなってるし、上条くんも戸惑っちゃてるんだろうけど)
つい先ほど、上条の彼女なのか、と鋼盾に尋ねられて、真っ赤になった少女の表情を思い出せす。
もう間違いない。
(この子は無自覚なんだろうけど、それってつまり、やっぱり…………)
鋼盾の目には、少女の頭上に掲げられた㊤印の旗が見えた。
めまぐるしい感情の嵐に晒されて、それでも折れることなく翻る一本の旗(フラグ)。
つまりは、やっぱり、そういうことだった。
――――――――――
166: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/15(日) 21:54:24.60 ID:Ku/ebeiRo
――――――――
その後はしばらく、他愛のない会話が続いた。
鋼盾は話上手な方ではないが、なんせ共通の話題はあの上条当麻についてだ。
ネタには事欠かないし、なにより彼女の興味にピンポイント、クリティカルヒットだ。
それこそ「聞かずに死ねるか!」という勢いで、瞳をキラキラさせながら食い入るように聞いてくれた。
彼女に自覚はないのだろうが、それはもう恋する乙女のまなざしとしか思えなかった。
学校でのあれこれ、クラスメイトのこと、お互いの上条との出会い、彼の不幸体質について……。
会話は大いに盛り上がったが、そろそろいい時間ということで、解散することとなった。
「引き止めてしまってすみませんでした。今日はこれで失礼しますね
……あ、えっと」
そういえば、随分と話し込んでしまったのに、未だお互いに名乗っていない。
鋼盾と上条では違うのだ。彼のように、ビリビリ、なんて呼ぶわけにもいかない。
「……鋼盾。鋼の盾と書いて、そう読むんだ。わかりにくくてゴメン」
自己紹介。己の名前があまり好きではない鋼盾は、ちょっと口ごもりつつも名乗った。
必要の無い謝罪の言葉を、ごまかすように添えてしまう。
その後はしばらく、他愛のない会話が続いた。
鋼盾は話上手な方ではないが、なんせ共通の話題はあの上条当麻についてだ。
ネタには事欠かないし、なにより彼女の興味にピンポイント、クリティカルヒットだ。
それこそ「聞かずに死ねるか!」という勢いで、瞳をキラキラさせながら食い入るように聞いてくれた。
彼女に自覚はないのだろうが、それはもう恋する乙女のまなざしとしか思えなかった。
学校でのあれこれ、クラスメイトのこと、お互いの上条との出会い、彼の不幸体質について……。
会話は大いに盛り上がったが、そろそろいい時間ということで、解散することとなった。
「引き止めてしまってすみませんでした。今日はこれで失礼しますね
……あ、えっと」
そういえば、随分と話し込んでしまったのに、未だお互いに名乗っていない。
鋼盾と上条では違うのだ。彼のように、ビリビリ、なんて呼ぶわけにもいかない。
「……鋼盾。鋼の盾と書いて、そう読むんだ。わかりにくくてゴメン」
自己紹介。己の名前があまり好きではない鋼盾は、ちょっと口ごもりつつも名乗った。
必要の無い謝罪の言葉を、ごまかすように添えてしまう。
167: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/15(日) 21:55:54.27 ID:Ku/ebeiRo
少女は確かめるように「こうじゅん」と呟く。
問答無用の美少女に呼ばれると、すこしばかり気恥ずかしくて鋼盾は目をそらしてしまう。
なんともくすぐったい感覚。
女の子に名前を呼ばれる、ただそれだけでこのザマだ。
「鋼盾さん、ですね。私は御坂美琴といいます。
話を聞いてもらってありがとうございました……お話できて、よかったです。」
「うん。……上条くんと、勝負云々は置いといて、一回話してみるといいと思う。
普段はあんなだけど、大丈夫。ちゃんと向き合えばちゃんと返してくれる人だから」
なんというか、傍から眺めている鋼盾にいわせれば。
この子がしおらしく、こう上目遣いで、ちょんと服の裾を握ったりして、
「私の話を聞いて下さい」とでも言えば、もうなにからなにまで万事解決するんじゃないかと思ったりもするのだが。
「もう! だからそんなんじゃないですって!
……アイツと次に会った時、私を無視しなかったら考えてみます。
それじゃ、これで失礼します」
照れて、頬を膨らまして、それでも最後には弾けるような笑顔でそう言って、踵を返して駆け出すお嬢様。
あっという間にその姿が見えなくなる。
上条を見送ったように、彼女をぼんやりと見送った鋼盾はちいさくひとりごちた。
「御坂、美琴、か」
なんというか、びっくりするほど鮮やかな女の子だった。
いろいろみっともないところをみせてしまったような気もするけれど、それでも少し心が浮き立つ。
初対面の女の子相手に一応にそれなりに会話をこなした事は、鋼盾にとっては大快挙であった。
168: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/15(日) 21:57:54.38 ID:Ku/ebeiRo
(常盤台中学校のお嬢様と会話したなんて、青ピ君あたりに話したらきっとエライことに……って!)
今、自分はなんと口にした?
先ほど、彼女はなんと名乗った?
御坂? 美琴? 御坂美琴!?
「……………………………………あ」
えーと、うん。
やっぱり、間違いないよね。
「常盤台の、御坂、美琴……」
それは、鋼盾のような無能力者ですら知っている、学園都市で一番有名な名前ではないだろうか?
学園都市230万人の頂点。
七人しか居ない超能力者の第三位。
名門常盤台中学校のエース。
最強の電撃姫。
まさに雷名。
「超電磁砲(レールガン)……」
あの少女が超電磁砲……!?
上条に子どものように突っかかって、あしらわれたことに凹んで、いつか倒すと息を巻いて。
それでも彼のこととなるとどうしようもなく頬を染め、キラキラの笑顔で笑う、あの少女が、能力者の頂点たるレベル5?
というか、―――上条当麻、第三位の超能力者を完封、だと?
「……とんでもないな、幻想殺し」
虚空爆破の一件なんてそれこそ吹き飛んでしまった。
相手は名高い超電磁砲、軍隊とタメ張るような能力だった筈だ。
いや、それよりなにより、とんでもないのは。
169: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/15(日) 21:59:57.79 ID:Ku/ebeiRo
「………あの、旗男め」
なんということでしょう。
学園都市で一番強くて有名な女の子に、鮮やかにフラグを立ててみせた匠の手腕。
人呼んで、“一級フラグ建築士”。
スタジオの所さんも拍手喝采に違いない。
知ってはいたつもりだった。
知ってはいたつもりだったのだけど。
あらためて思い知らされた。
彼の友人は、どうやら予想以上にとんでもない男のようだった。
――――――――
204: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:15:49.84 ID:orIujKC4o
――――――――
鋼盾は、今の生活を愛している。
その言葉にはひとつだって嘘はない。
中学の頃のように、抜け殻めいた日々は既に遠く、
とるに足らない平凡な、しかし色鮮やかな毎日を送っている。
学校は楽しくて
友人もいいやつばかり
担任にも恵まれている
神など知らねど、世はすべてこともなく
この数ヶ月で得たものは、本当にかけがえのないものばかりだ。
だけど。
身の内で時折、醜い怪物が暴れるのを止めることが出来ずにいる。
その怪物に名前を付けろと言われれば、迷うことなく鋼盾は“嫉妬”と名づけるだろう。
まあ、よくある名前のバケモノだ。
鋼盾は、今の生活を愛している。
その言葉にはひとつだって嘘はない。
中学の頃のように、抜け殻めいた日々は既に遠く、
とるに足らない平凡な、しかし色鮮やかな毎日を送っている。
学校は楽しくて
友人もいいやつばかり
担任にも恵まれている
神など知らねど、世はすべてこともなく
この数ヶ月で得たものは、本当にかけがえのないものばかりだ。
だけど。
身の内で時折、醜い怪物が暴れるのを止めることが出来ずにいる。
その怪物に名前を付けろと言われれば、迷うことなく鋼盾は“嫉妬”と名づけるだろう。
まあ、よくある名前のバケモノだ。
205: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:17:01.90 ID:orIujKC4o
例えば上条当麻。
初めて会った時、鋼盾は彼を上位能力者だと思った。
だから、彼が無能力者だと知ったときは、随分驚いたものだった。
見知らぬ自分を助けてくれたヒーローのような彼が、レベル0を余儀なくされている理不尽に憤ったりもした。
だけど、正直なところ、鋼盾は上条当麻に嫉妬している。
彼は、幻想殺しを持つが故に、根っこのところでは能力開発の苦悩を知らない。
無能力者なのは幻想殺しのせいだとわかっているし、その幻想殺しは非常に強力な力だ。
自分のように、わけもわからないまま何も成せないような無能力者とは違う。
勿論、上条当麻はいい奴だ。
上条には上条の苦悩があることは知っているし、彼が時折コンプレックスに沈んでいることも知っている。
だけど、それでも、身勝手な嫉妬を止めることができない。
206: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:18:47.97 ID:orIujKC4o
例えば御坂美琴。
七人しか居ない超能力者の第三位。名門常盤台中学校のエース。最強の電撃姫。
超電磁砲。
今日、ひょんなことから知り合いになった彼女は、そんな凄まじい肩書きの持ち主だった。
率直に言って、鋼盾は御坂美琴に嫉妬している。
数多くの逸話を持つ彼女の有名なエピソードとして、レベル1からレベル5に登り詰めたというものがある
弛まぬ努力で能力を引き上げた彼女は、この街の学生たちにとっては模範であり希望であり象徴である。
―――だが、ひどく穿った言い方をすれば、初めからレベル1だったのだ。
無能力者の鋼盾とは違い、努力するための取っ掛かりが初めからあったのである。
梯子の一段目に、最初から脚が届いていたのだ。
言うまでもなく、彼女は立派だ。
能力者であることを鼻にかけるわけでもなく、初対面の冴えない鋼盾にも、きちんと敬意を持って接してくれた。
それに彼女もまた、上条当麻へのコンプレックスに悩んでいることも知った。
自覚のない恋心に戸惑い、それでも先へ進もうとあがき続ける、素敵な女の子だった。
だけど、それでも、身勝手な嫉妬を止めることができない。
207: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:20:55.16 ID:orIujKC4o
鋼盾菊彦は嫉妬している。
レベル1の身体強化(インナーブースト)である青髪ピアスに。
無能力者であることに絶望せず、努力し続けることの出来る吹寄制理に。
能力なんぞ何処吹く風よ、と言わんばかりに飄々とした土御門元春に。
知っている。
彼らは本当にいい人たちだ。
言うまでもない。
誇るべき友人たちだ。
そんなことはもう大前提ですらある。
だけど、それでも、醜い嫉妬を、抑えきれずにいる。
――――それは、なんという、無様さだろう。
208: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:25:27.09 ID:orIujKC4o
鋼盾菊彦は、純然たる無能力者だ。
大抵の無能力者は、無能力と区分されながらも、一応は極めて弱い程度の能力の発露はある。
例えば土御門元春は、レベル0の肉体再生(オートリバース)であり、多少ながら回復力に優れる能力者である。
傷口にうっすらと膜を張る程度のチンケな能力だにゃー、と彼は笑うが、鋼盾にはそれすらもない。
座学、投薬、電極、暗示、エトセトラエトセトラ。
人智の限りを尽くした脳開発を経て、本当の意味でなにも生まれなかった本物の無能力者。
書類上の能力すら持たぬと言う事実は稀有な例ではあるらしいが、それが救いになるわけでもない。
なんのことはない。
彼が、鋼盾掬彦が、この街の最底辺だ。
一応は上条当麻もそのカテゴリに含まれるが、彼の場合は例外だ。
異能のチカラを全て打ち消すという能力の性質ゆえ、そこに甘んじているだけに過ぎない。
幻想殺しという規格外が、この街の作った尺度に収まらなかっただけの話なのだ。
鋼盾だけが、なにも持っていない。
この街が用意した強度判定を、定規に例えるならば、
土御門や吹寄は5㎜だったり6㎜だったりの1cm未満、青髪は1cmを超え、御坂美琴は5cm以上。
上条当麻は定規ですら破壊してしまうホンモノの規格外品。
そう。
鋼盾だけがきっちりぴったり、0㎜だ。
計るまでもない、単位すら必要の無い純然たるゼロ。
209: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:30:27.88 ID:orIujKC4o
なんにもないのだ。
いっそ笑ってしまいたくなるほどに、なんにもない。
梯子にかける手がない。
梯子にかける足がない。
目がない、口もない、背骨がない、翼がない、牙がない、水かきがない、尻尾がない。
この街に望まれるもの、なにひとつとて持ち合わせがない。
そのくせ、己を蔑む声を聞く耳だけは、無駄に性能がいいのだから救われない。
「無能」
「欠陥品」
「落伍者」
「役立たず」
「レベル0」
(ああ、ほんとうにどうにもならない)
どうすればいいのだろう。
この街で、自分ほど価値のない人間はいない。
ほんとうに、そうなのだ。
パソコンのディスプレイは味気ない掲示板を映し出している。
ひどくチープで機能も乏しい、カラーも最悪、製作者のセンスも使用者のセンスも疑ってしまいそうなサイトだ。
でも、こんなネットの僻地に来るような人間は、そんなものを求めてはいない。
求めているのは――――。
210: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:31:24.38 ID:orIujKC4o
“幻想御手をお譲りします。秘密厳守。即日可。価格は応相談”
211: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/18(水) 22:33:09.85 ID:orIujKC4o
なんて、怪しい。
絶対に、胡散臭い。
こんな詐欺に引っかかるような馬鹿なんて、救いようがない。
なのに、どうして。
そんなものが希望の光に見えてしまうのだろう。
そんなものに縋らなくては呼吸も出来そうにない自分はなんなのだろう。
まったくもって救いようがない、このバカはなんなのだろう。
だけど、それでも。
日付は7月18日から19日へ。
時刻は既に深夜1時。
高校一年生の一学期の最後の日、夏休みを目前に控えたその夜に。
鋼盾掬彦は、己の意志で、確かに道を踏み外した。
震える指が、それでも奇妙なほど軽快にキーボードを叩く音を、彼は他人事のように聞いていた。
――――――――
237: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/21(土) 20:04:07.30 ID:UYVNxkuBo
――――――――
7月19日。
夏休み目前の、一学期最後の登校日。
鋼盾の通う高校でも、例に漏れず終業式が行われている。
普通すぎるくらいに普通の学校であるこの高校は、終業式もやっぱり普通だった。
普通に長い校長の訓話。
普通にめんどくさい生徒指導の訓話。
普通にうんざりとした生徒たちの表情。
まったくもって普通に終業式をやり過ごせば、まったくもって普通の教室で今学期最後のHRが開かれる。
そして、これだけは普通ではないミニマム先生である月詠小萌から、普通の通知表を普通に手渡された。
評価の数字に一喜一憂する1年7組の面々。
小さなコメント覧には小萌先生による今学期の総評もある。
教師らしくしっかりとした文体で、しかし可愛らしく丸い字体でびっちりと記入されているそれ。
本当に自分たちは担任に恵まれている、気恥ずかしくなるほどの優しい言葉を胸に、鋼盾はそう感じた。
鋼盾の成績は、能力開発に関わる科目を除けばなかなか悪くない。
中学の頃とは違い、それなりに真面目に授業に取り組んだ成果であるといえる。
暗澹たる開発科目については最初からわかっていたこととはいえ、目を逸らさざるを得なかったが。
7月19日。
夏休み目前の、一学期最後の登校日。
鋼盾の通う高校でも、例に漏れず終業式が行われている。
普通すぎるくらいに普通の学校であるこの高校は、終業式もやっぱり普通だった。
普通に長い校長の訓話。
普通にめんどくさい生徒指導の訓話。
普通にうんざりとした生徒たちの表情。
まったくもって普通に終業式をやり過ごせば、まったくもって普通の教室で今学期最後のHRが開かれる。
そして、これだけは普通ではないミニマム先生である月詠小萌から、普通の通知表を普通に手渡された。
評価の数字に一喜一憂する1年7組の面々。
小さなコメント覧には小萌先生による今学期の総評もある。
教師らしくしっかりとした文体で、しかし可愛らしく丸い字体でびっちりと記入されているそれ。
本当に自分たちは担任に恵まれている、気恥ずかしくなるほどの優しい言葉を胸に、鋼盾はそう感じた。
鋼盾の成績は、能力開発に関わる科目を除けばなかなか悪くない。
中学の頃とは違い、それなりに真面目に授業に取り組んだ成果であるといえる。
暗澹たる開発科目については最初からわかっていたこととはいえ、目を逸らさざるを得なかったが。
238: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/21(土) 20:10:13.18 ID:UYVNxkuBo
まあ、とりあえず自席で潰れている上条よりは数段マシな成績だろう。
もっとも彼の場合、成績云々は勿論のこと、持ち前の不幸&お人よし&巻き込まれ体質ゆえの遅刻欠席欄がやばそうだ。
チラと覗いたその数字に鋼盾は戦慄した。わかっていた事とは言え、一学期でその数字はちょっとありえない。
恐らくは夏休みに大量に補習をねじ込まれるに違いない。
まあ、開発の単位が危ない鋼盾もいくつか補習が確定している身ではあるのだけれど。
「あーーーなんだよコレ。
……不幸だ」
来年には割とマジで後輩になってるかもしれない、今のところはクラスメイトの上条当麻がしおしおと呟く。
とはいえまったくもって自業自得の産物だろうに―――クラス全員、そう突っ込みたいのを抑える。
それについては適任者がいる。
彼女に任せておけばいい。
さあ、来るぞ。
「ふざけたこと言ってんじゃないわよ上条当麻!
貴様、あれだけ遅刻早退無断欠席を繰り返しておいて! まともな評価が貰えるとでも思っているの!?
ちょっとは弁えなさいこの表六玉!! いいかげんに恥を知りなさい恥を!」
吹寄制理が吼える。
人生に手を抜く輩が誰より嫌い、貴様みたいなヤツのことよ上条当麻! と公言する彼女の情け容赦ない突っ込みに上条は更に沈み込む。
彼のそのあまりに情けないザマに、吹寄のイライラは更なる加速を見せた!
「シャキッとしなさい上条当麻!! 一学期最後の日に情けない真似晒してんじゃないわよこの馬鹿!!!」
胸倉を締め上げるように上条を引っ張り上げる吹寄。
そのあまりの威容、凛とした強さ、何よりカミジョー属性を無効化するその魂。
遠巻きに成り行きを見守っていた男子生徒たちから、吹寄制理への賞賛の声が零れる。
239: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/21(土) 20:12:35.82 ID:UYVNxkuBo
「す、すげえ! マジですげえよ!! ……流石吹寄だ! 俺たちが言いたいことを迷わず平然と言ってのける! そこに痺れる憧れるゥ!」
「いつものパターンなら『か、上条君、大丈夫だよ! そんなの気にすることないよ』とか思わずフォローにいっちゃうパターンなのに!」
「そんであの旗男が『不幸だー』とか言いいながら、結局なんだかんだで一番美味しいポジションを独り占めしちゃう筈なのに!!」
「にゃー、相変わらず凄まじいぜよ吹寄! アイツには“対カミジョー属性完全ガードの女”の称号が相応しいですたい!!」
「我々人類の希望やね。吹寄こそが悪しき上条帝国を打ち破る為、神が遣わした戦乙女(ラ・ピュセル)かもしれへん!!」
「さあ、戦いの時が来たのだ! もう何も怖くない!! 天命は我等に有り!!!」
「青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・帝台・文王・三台・玉女……!」
「黄昏よりも昏きもの、血の流れより紅きもの……!」
「謳え、勝利の歌を! 聴け、我らの咆哮を!」
「オン・アニチヤ・マリシエイ・ソワカ」
「覚悟はいいか?――俺はできてる」
「爆弾なら、この胸の内にある」
「臨兵闘者皆陳列在前」
「革命の時は今!」
「常住戦陣!」
「悪即斬!」
「いざ!」
「応!」
「さあ、往くぞ同胞―――我らが吹寄様(プリエステス)から得た教えは!!」
「「「「「「「「「「「「 “ 救 わ れ ぬ 者 に 救 い の 手 を ”!!! 」」」」」」」」」」」
240: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/21(土) 20:37:30.99 ID:UYVNxkuBo
鬨の声と固く握った拳を天へと穿つ益荒男共。
士気は鰻上り、皆一様に意気軒昂、既にボルテージはMAXだ。
嗚呼、思えばこの一学期はまさに上条当麻による上条帝国の建国期であった。
クラスの女子相手に次々とフラグを立ててゆく一級フラグ建築士の仕事ぶりに、男たちがどれほどの涙を流したことか。
皆が、この時を待っていた!
一斉蜂起の時が来た!!
さあ諸君!!!
戦争だ!!
(……救われぬ“我ら”に救いの手を、だよなあ、どう見ても)
乗り損ねた鋼盾は、包囲網の外からぼんやりとそれを眺めていた。
このままじゃどうなるかわかったものではない。
そのぐらいテンションがアレなことになってる。
……まあ、それでも今はHRの最中だ。
「こらーーーー!! 野郎ども!!! 静かにするのです!
まだHRはおわっていないのですよーーーーー!!」
小萌先生の可愛らしい一喝が響いた。
効果はステータス異常回復、バーサクは解かれクラスに平和が戻った。
アンチカミジョー属性連合軍、略称<抗上軍>
無類の結束を誇るかと思われた組織が、結成後一分で解散の運びである。
――しかし、忘れるな上条当麻。
此処に種は蒔かれた、いや、ずっと前から蒔かれていたのだ。
種が芽吹き花をつけ実を成し種を遺すように
我等は滅びぬ、何度でも蘇る
草木の理
雑草の魂
それらが貴様に絡みつく
それらが貴様を食い破る
綺麗な花が、咲くだろう
――――貴様の墓前に、よく映える綺麗な花が
男たちの戦いは終わらない。
まったく、益体もないことだ。
241: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/21(土) 20:39:33.70 ID:UYVNxkuBo
……まったく、いつだってこのクラスはこんな感じだ。
きっと、二学期もこの調子だろうと、鋼盾はちいさく笑った。
とても楽しいに違いない。大覇星祭に一端覧祭、その他イベントも盛り沢山だ。
でも。
そこに自分がいることは赦されないのかもしれない。
自分のような、道を踏み外しそうとしている人間には。
携帯を開きながら鋼盾は、そんなことを思う。
“新着メール 1件”
自宅のパソコンを経由して、昨晩アドレス帳に加えたばかりのアドレスからメールが届いていた。
タイトルは、「取引詳細」。
本文は待ち合わせ場所と時刻だけの、簡素なメール。
料金は、昨夜既に提示されていた。
242: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/21(土) 20:44:09.43 ID:UYVNxkuBo
10万円。
それが高いのか安いのか、鋼盾には判断はつかない。
微々たる奨学金を遣り繰りする彼にとっては大金だったが、それでも搾り出せない額ではない。
この額が適正だとしたら、鋼盾がこれまで重ねた努力も払った対価も、10万円以下の価値しかないのだろうか。
無能力者たちが流した汗も涙も、積もった苦悩も塗りこめた感情も、木っ端のようなものなのだろうか。
そうだとしたら―――それは、どういうことなのだろう。
ぼくらは、どうすればよかったのだろう。
「………………ぁ」
渦巻く感情は言葉にはならない。
口中で解けて千切れて、結局なにひとつとしてまとまることはなかった。
結局、覚悟ひとつ固められぬまま、鋼盾掬彦は罪を犯す。
ああ、帰りに忘れずにATMへ寄らなくては。
「夏休みをよりよく過ごす十三の心得」とやらについて語る小萌先生の声を聞きながら、鋼盾はぼうと雲を眺めた。
――――――――
255: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:40:36.13 ID:wXEzKC7lo
最後のHRはつつがなく終わり、いよいよ下校の段となった。
早々と家に帰るものもあれば、名残を惜しむように友人たちと雑談に興じるものもある。
中には黒板に定番の“わーい、夏休みだ!”なんて落書きをして遊んでいる連中もいて、笑い声も響いている。
明日の取引の事もあり遊ぶ気にもなれず、早々に帰宅の途に着こうとした鋼盾だったが、しかしそんな彼を呼び止める声があった。
「コーウーやーーん!!
かむひぃあああああ!!!!」
訂正、呼び止めるアホな大声があった。
見れば青髪ピアスがブンブンと手を振っており、隣では上条が耳を塞いで笑っていた。
教室に残る連中の目もそちらに向いたものの、声の主が青髪だとわかると皆すぐに興味を失ったようだ。
彼が一学期で積み上げた数々のアレに比べれば、あの程度は本当になんでもない。
おまえの奇行にはもう慣れた、とでもいわんばかりだ。
おまえら、かも知れないなあと鋼盾は思ったが、深くは考えないようにして彼らの元へ向かった。
「どうしたのさ大声だして。なんか発見でもしたの? 証人がいるとか?」
「どうしたもこうしたもヘウレーカもないでコウやん!!
夏休みを迎えるにあたりボクらはやらんといけんことがあるやろ?!」
なんだそりゃ、心当たりなどない。
隣の上条を見やれば、苦笑い気味にフォローしてくれた。
「あー、悪い鋼盾。今夏休みに俺たち4人でどっか遊びにいかないかって話をしてたんだよ。
そしたらこのアホのテンションが振り切れちまったんだ」
「せっかくやし今から遊びにいかへん?
ボク今日は夕方からバイトやねんけど、ファミレスかそこらで昼飯がてら夏休みの計画を立てようやないの」
「そんなワケなんですよ。もしかしてなんか用事あったか?」
「ちょっとATMでお金下ろしたいくらいかな。そういうことなら付き合うよ」
ついさっきまで“遊ぶ気分じゃない”なんて思っていたのに現金なものだ、と鋼盾は思う。
友人たちへの嫉妬も能力の渇望も自己嫌悪も、こうして彼らと一緒にいれば忘れてしまうことが出来る。
胃が痛くなるような感情に潰されそうになるのは、決まって独りになってからだ。
256: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:47:23.35 ID:wXEzKC7lo
「さっすがコウやん!つっちーとはエラい違いやで!」
「そういえば土御門君は? いないみたいだけど」
抗上軍で気炎を上げていた金髪グラサン、土御門元春は何時の間にやら姿を消している。
飄々としているようで意外と人付き合いのいい彼が、このような場所にいないのはなかなか珍しい。
上条はああ、と呟くと溜息混じりに名前をひとつ放ってきた。
「舞夏」
「ああ、例の妹さんね」
それで通じた。
繚乱家政女学校に通っているという義妹への、土御門元春の偏愛っぷりはもはや周知の事実だ。
妹絡みになると暴走しがちなシスコン軍曹は、どうやら愛しの妹さんの下へ馳せ参じたということなのだろう。
「繚乱のメイドさんだったっけ。……なんでも夏休みも碌に取れないとか」
「そ。メイドに休息は必要ないんだぞー、とか言ってやがったっけな。
……すげえ話だよな。この街で名門なんて冠の付くところはやっぱどっかぶっ飛んでるよなー」
「だね。すると今日は久々に兄妹水入らずってワケだ」
「建前としてはハウスキーピングの実地研修とかそんな感じみたいだけどな。
昼飯作って待ってるらしいから俺たちとファミレスなんてわけにはいかねーんだろうよ」
「そんな裏切り者の話はどうでもいいんや!!
……義妹! メイド! 女子中学生! 手料理! なんやソレ!! あやかりたいっつーねん!!」
咆哮を上げる青髪ピアスと適当にやりすごしつつ、連れ立って教室を出ようとすると、クラスメイトの女子が三人に声を掛けてきた。
黒板前ではしゃいでいた生徒のひとりで、どうやら黒板の落書きに一筆入れていけということらしい。
見れば黒板には色とりどりのチョークで皆のメッセージやイラストが書き込まれており、雑然無秩序かつ華やかな有様だ。
思わず三人も 「「「おーーーー」」」 と驚きの声を上げた。
「なんかすげーな」
「おおお、青春っぽいやないの!!テンション上がってきたでえ!!」
「ほんと、すごいね」
ふふーん、と胸をはる女子は3人にチョークを手渡し、「空いてる所になんか書いて!」と笑った。
結局残っている連中は軒並み参加していたようで、各々が好き勝手に好きなことを書いたようだ。
“彼女を作る!!”“3キロやせる!!”“大覇星祭を成功させる”“ゲーム三昧”“新人戦レギュラー!”などと各々の夏の抱負やらなにやら。
しかし微笑ましいコメントが溢れる中、一ヶ所だけやたらと負の想念が渦巻く場所があった。
「オイなんだよこの“上条許すまじ”って! 太字だし! しかも“←同意”“←旗男爆発しろ”とかなんとか!
これイジメじゃねーか! なにこの連携!!」
「いやー上やん、これは愛やで」カキカキ
「そうだね」カキカキ
「おまえらもレスしてんじゃねえよ!」
257: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:49:41.52 ID:wXEzKC7lo
新たに“←独占禁止法違反”“←旗に雷落ちろ”とのコメントが添えられる。
後者が鋼盾のもので、件の電撃姫に肖らせてもらった。
上条もソレに気付いたようで、なんともいえない顔をしている。
「ま、冗談は置いといて、ボクも一筆いかせてもらうでー」
「なんて書こうかな」
「と、言いつつ消さねえのなおまえら……
はあ、不幸だ」
そういいつつ上条も手を動かす。
書かれた文字は “せめて平穏な夏休みを”。
実に、彼らしい一文だ。
青髪もまた、迷うことなくチョークをふるう。
曰く “大人の階段のーぼるー ボクはそう シンデレラさー”
……どうしようもなく、彼らしい一文だ。
さて、と鋼盾は迷う。
まさか“幻想御手でレベルアップ!”なんて書くわけにもゆくまい。
……まあ、あまり深く考えても仕方がないだろう。
258: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:50:32.52 ID:wXEzKC7lo
“皆でそろって、二学期を迎えられますように”
259: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:52:52.90 ID:wXEzKC7lo
……ちょっと、固過ぎただろうか。
それでも正直な願いを、控えめに小さく書き記した。
「ほーーう、さすがコウやん。よくそんな恥ずかしいこと書けるもんやなー」
シンデレラに言われたくねえよ、と振り返る。
すると、青髪・上条のみならず、数名のクラスメイトがニヤニヤとこちらを見ていた。
「ふふ、鋼盾くんがこんなこと書くなんてねー」
「意外」
「そうかあ? 鋼盾らしいだろ」
「そうかも」
「いやー、青春だね」
うわ、やっちまったと鋼盾は思わず赤くなる。
これは恥ずかしい。
微笑ましいものを見るような目でこちらをニヤニヤ眺める目・目・目。
すると、さっきの仕返しだとばかりに上条が笑いながらチョークを走らせた。
“ ←by鋼盾 ”
「うわあ!? 上条君! 匿名だろこういうのは!」
慌てて黒板消を取ろうとする鋼盾だったが、既に青髪によってキープされていた。
他の連中もわらわらと “←鋼盾マジイケメン” “←鋼盾△” “←本日のMVP” などと矢印を伸ばした。
うああと頭を抱える鋼盾、これは本気で恥ずかしい。
260: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:54:33.36 ID:wXEzKC7lo
「さーて鋼盾、感想は?」
笑みを深くする上条とクラスメイトたち。
「……やっちまった、って感じかな。ホント、勘弁してよ。
―――でも、消すには惜しいね、コレ」
まだ顔が火照っているのがわかる。
もうちょい無難なこと書いときゃよかったと思う反面、くすぐったいような嬉しさがなんともいえない。
今から黒板を消さなきゃいけないのに、そうはしたくないとも思ってしまう。
クラスメイトたちは、そんな鋼盾の言葉に一様に首を傾げた。
「え? 消すのコレ?」
「いや、これは消されへんやろ」
「残しとこうよ二学期まで」
「だよなー」
「うん」
「ね」
あー、こいつら本気でわかってないや、と鋼盾は溜息を吐く。
一人くらいは気付いてもよさそうなものだろうに。
ぼそり、と鋼盾は残酷な台詞を投げ込む。
「補習」
「「「「「「「「 あ 」」」」」」」」」
もう明日には補習が始まるのだ。
黒板は綺麗にしておかなくてはいけないだろう。
あまりの正論に、すっかり盛り下がる一同。
そんな面々を見渡し、鋼盾は言う。
「……記念写真でも撮ろうか。
みんなでさ」
261: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:55:53.32 ID:wXEzKC7lo
「うおー鋼盾天才!」「誰のカメラが性能いいかな?」「俺の2000万画素でスマイルシャッターでRAW撮影OK!!」「よくわからんがGJッ!」
「わたし小萌先生連れてくる!」「先生泣いちゃうかもね」「俺まだ学校に居るヤツ集めてくるよ」「俺も!」「メール回せ!」「連絡網!」
「集まるまで黒板もっとデコるわよ!」「よーし!俺も一筆“←鋼盾になら抱かれてもいい(はぁと)”なんちゃって」「 そ げ ぶ !!」
火がついたように動き出すクラスメイトたち。
まったくもって、学年一の団結力は伊達ではない。
自分の一言でなんかエライことになってしまい、鋼盾は戸惑いを隠せない。
おろおろしていると、がしりと肩を抱かれた。
「いやー、ウチのクラスはお祭り好きばっかりやなー!
……たいしたもんやでコウやん。コウやんのそういうとこ、ボクほんま尊敬するわ。
ホンマは学級委員のボクが気付かなきゃいけんことなんやけどな」
「え、あ」
「あ、つっちーも呼んだろ」
「……あー、いいのかな?
妹さんとの約束があるんだし」
「いやー。
これで呼ばれんかったら後で怨まれるて」
「……そうだね」
「せやで」
262: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:58:49.71 ID:wXEzKC7lo
結局、30分を待たずして全員が揃ったのだから、まったくもって驚きの団結力であるといえよう。
土御門もおっとり刀で駆けつけ「にゃー! 怨むぜコウやん!! だが超GJだぜい!」と親指を立ててくれた。
その指でもって黒板に “舞夏ラブ” “メイド王国建国” なんて躊躇いなく書きやがるあたり、ホンモノ過ぎる。
黒板はもはやカオスどころではないほどに書き込まれ、傾ければ文字が零れてしまいそうなほどだ。
全員で机やら椅子やら教卓やらを、教室の後ろへと押しやり、並ぶスペースを作る。
黒板を隠さず、それでいて全員の顔が写るように並ぶ作業は困難を極めたが、気合でカバーだ。
栄えある中央の位置は担任の小萌先生と立役者の鋼盾に譲られた。
写真部の顧問である災誤先生(意外なことに!)が撮影役を引き受けてくれたため、カメラも万全だ。
黒板全てを写すために、体育倉庫から脚立まで引っ張り出してくれたのだから頭が下がる。
「災誤先生! おーけーですかー?」
小萌先生のはしゃいだ声が響く。
生徒たちが自主的に動いたことが嬉しくて仕方がないといった風情だ。
天井に頭をぶつけそうになりながらも脚立の上で親指を立てて応える災誤先生。
なかなかユーモラスな姿だが、カメラの構え方も堂に入っている。
カメラは手に持ったデジタル一眼レフの他に、首から学園都市では殆ど見掛けないフィルムカメラも下げられていた。
ひどく年季の入った機械仕掛けの古風なカメラは、災誤先生思い出の1台だったりするのだろうか。
さあ、準備は完璧だ。
「それではみなさん! レンズをしっかり見るのですよー!
……では! さーーん! にーーい! いーーーち!」
263: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 00:59:23.53 ID:wXEzKC7lo
ぱしゃ。
264: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 01:01:31.31 ID:wXEzKC7lo
―――こうして。
1年7組の突発的な記念写真撮影は、皆の手で滞りなく行われた。
手ブレをおこさないシャッタースピード、十分な被写界深度、正しくカメラを保持する撮影姿勢。
適切な露出と整理された構図、そしてなにより被写体の溢れんばかりの笑顔。
良い写真に必要なものが全て揃った珠玉の一枚。
後に小萌からのプレゼントとして、皆に一枚ずつ配布されることになるその写真。
高校生活で撮影されるであろうたくさんの写真、その中の一葉に過ぎないのかもしれないけれど、
それは鋼盾掬彦にとって、ひどく思い出深い一枚となることとなる。
友人と恩師、笑顔の皆と笑顔の己。
ありふれていて、それでいてかけがえのないもの。
そのときは気付けずにいたが、彼の望んだすべてがそこには確かにあった。
平穏な日常。
ずっと続くかと思われた愛しき日々は、しかし唐突に失われることとなる。
265: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 01:02:45.42 ID:wXEzKC7lo
夏休みが、幕を開ける。
鋼盾にとって忘れられない夏が始まる。
266: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 01:06:12.78 ID:wXEzKC7lo
写真の中、鋼盾と肩を組み楽しそうに笑う少年
不幸体質でフラグ体質でトラブル体質
偽善使いの幻想殺し
英雄<ヒーロー>
上条当麻
彼の身に巻き起こるライトノベルのような冒険活劇
とびきりのヒロインが巻き起こすボーイ・ミーツ・ガール
科学万能のこの都市に、世界の裏を染め抜いた荒唐無稽なオカルトが忍び寄る
科学と魔術が交差し、絶望と希望が交じり合い、運命が捻じ曲がり、遊戯盤は差し替えられる
“ 皆でそろって、二学期を迎えられますように ”
黒板に書かれた祈りの言葉は、もう消されてしまった。
文字はチョークの粉と化し、風に吹かれて、淡く儚く消えてしまった。
267: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 01:20:50.78 ID:wXEzKC7lo
物語が、幕を開ける
鋼盾掬彦
鋼の盾、という大仰な名を持つ少年
彼の物語が、幕を開ける
268: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/25(水) 01:26:36.10 ID:wXEzKC7lo
脇役になり損ねた主人公
自己嫌悪に苦しみ、周囲を嫉み、それでも日々を精一杯生きる普通の少年が
おっかなびっくり、科学と魔術の交差する鉄火場へと歩き始める。
そして
彼はその果てに、ひとつの選択を迫られることとなる
284: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/28(土) 00:54:05.60 ID:9wEaIp+yo
■とある端役の禁書再編 登場人物紹介 (読み飛ばし可)
鋼盾掬彦 ―――― 無能力者
とある高校の1年7組に所属する男子生徒。
ぼっちゃり体型とビシッと決まったマッシュルームカットがチャームポイント。
脇役になり損ねた主人公。
名前の読みは本当に正しいのか。そろそろインさんが出てくるので訂正がきかなくなる予感。
学園都市には中学校から編入。弱い自分を変えたいと意欲的に能力開発に取り組むも、まったく成果がでず、己自身に絶望する。
以後、抜け殻のように中学校生活をやり過ごすも、進学した高校でよい友人に恵まれ、平穏な日々を送っている。
使用者のレベルを引き上げる効果を持つという幻想御手の噂を聞き、入手を試みるが……。
主人公であり、彼視点で物語は進むものの、けしてヒーローではないというキャラクター。
自己撞着の自家中毒、自意識過剰な自画自蔑、自暴自棄と自問自答、自縄自縛で自己否定。
高校一年生の夏休み、彼は道を踏み外した挙句、科学と魔術が交差する物語へと巻き込まれてゆく。
上条当麻 ―――― 幻想殺し
とある高校の1年7組に所属する男子生徒。学生寮では鋼盾の隣に住んでいる。デルタフォースが一角。
ツンツンに固めた髪型と不幸体質、路地裏ライフで鍛え上げられたしなやかボディが特徴。旗男。
主人公ではないが、相変わらずのヒーロー。
まずはそのふざけた幻想をぶち[ピーーー]。
基本的には原作のまま、非日常を転がる破目になる。
学園都市の人間でありながら、しかしこの街を支配する序列に収まらぬ例外中の例外。
土御門元春 ―――― 調停者
とある高校の1年7組に所属する男子生徒。デルタフォースが一角。
金髪とサングラスとにゃーだぜいですたいの人。腕が異様に長いと言う初期設定は劉備玄徳からなのか。
表向きは普通の男子高校生でメイドと義妹愛のオーソリティ、その正体は裏方に徹する多重スパイ。
ヒーローにはなれそうにもないが、だからこそ見える地平もあるのかも。
語られぬ過去、複雑すぎる立ち位置。飄々と周囲を翻弄しつつ、その実誰よりも世界に翻弄されているのかもしれない人。
余談ですが<背中刺す刃と献身的な仔羊>の初恋設定はこちらでも一応残してます。だれか陰陽目録書かねえかな。
青髪ピアス ―――― クラスメイト
とある高校の1年7組に所属する男子生徒。学級委員。デルタフォースが一角。
青い髪と派手なピアスな身長180㎝の残念イケメン、誰も本名を言わないのは世界の約束。
能力は身体強化(インナーブースト)で、レベルは1。
テンション次第でレベルの壁を凌駕する可能性を持つ。
本人曰く、あらゆる萌属性を受け容れる包容力の持ち主で、愛の伝道師。
精力的に活動を続けるものの、もう夏だと言うのに未だ春がこない。
吹寄制理 ―――― クラスメイト
とある高校の1年7組に所属する女子生徒。
身長が高くスタイルにも恵まれた掛値なしの美人であるも、不思議と色っぽさを感じさせぬルックス。
大覇星祭、一端覧祭の運営委員を精力的に務め、クラスでも中心的な人物。
努力家で面倒見のよい姐御肌な性格。愛読書は通販生活のカタログ。
無能力者はこの街でどう生きてゆけばよいのか、突きつけられたその残酷な問いに、
誰よりも確かに答えを出し、それを体現し続ける強い女の子。俺の嫁。
その他生徒 ―――― クラスメイト
とある高校の1年7組に所属する生徒たち。
学園モノの主人公のクラスには、個性豊かでノリのよいモブが溢れてると決まっている。
特に上条を追い詰める時のチームワークのよさは異常。
とある高校はかなりランクの低い学校であり、学生の殆どはレベル0~1程度。
誰しも少なからず挫折や劣等感を抱えているも、それでも日々を楽しく過ごしている。
みんな担任の小萌先生が大好き過ぎてヤバイ。超ヤバイ。
285: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/28(土) 00:55:44.10 ID:9wEaIp+yo
月詠小萌 ―――― 先生
とある高校の1年7組の担任。担当科目は化学。
超能力の専攻分野は発火能力者(パイロキネシス)であり、超能力全般への知識も深い。
身長135cm、子供服を颯爽と着こなすミニマム教師。
入学当時の上条に、迷子に間違えられて高い高いをされた壮絶な過去を持つ。
教育熱心で生徒、同僚からの信望も厚い。
都市伝説に語られるほどの異常な若々しさであるも、御年[ピーーー]才
雲川芹亜 ―――― 先輩
とある高校に通う女子生徒。所属不明。
頭脳明晰、黒く艶やかなストレートヘアと「けど」という語尾が特徴。
1年に聞けば「先輩」2年に聞けば「先輩」3年に聞けば「後輩」と答えるが、誰も彼女のクラスを知らない。
……断じて、ダブっているわけではない、と思う。
先日の一件以来、上条とは奇妙な距離の近さを保っているが、果たして……?
御坂美琴 ―――― 超能力者
常盤台中学校の二学年に属する女子生徒。
シャンパンゴールドの髪と短パン装備の娘さん。
↑このシャンパンゴールドって表記って二次SSだけだよな、茶髪とは書きたくないのか。
学園都市の第三位、名門常盤台中学校のエース、超電磁砲。
報われて欲しいのに報われて欲しくない系のヒロイン。片思いと空回りの似合う女の子。
自分が自分らしく居られる場所を見つけてはみたものの前途多難。
本作においては頼れる相談相手をゲットした模様。
白井黒子 ―――― 風紀委員
常盤台中学校の一学年に属する女子生徒。
ツインテールをリボンで飾った、慎ましい胸の娘さん。
レベル4の空間移動(テレポーター)
「ジャッジメントですの!」という台詞は、実は原作では一度も使われていないというトリビア。
幻想御手事件を鋭意調査中。
初春飾利 ―――― 風紀委員
柵川中学校の一学年に属する女子生徒。
季節によって装いを変える、その花飾りが特徴的な娘さん。
レベル1の定温保存(サーマルハンド)。
虚空爆破事件で御坂美琴や男子高校生たちに助けられ、もっとがんばらねば!と決意を新たに。
幻想御手事件を鋭意調査中。
佐天涙子
柵川中学校の一学年に属する女子生徒。
艶やかなロングヘアーとそれを引き立てるヘアピンが特徴的な娘さん。
初春とは親友と言える間柄で、彼女を通し白井、御坂とも親交を結ぶ。
充実した日々を送るものの、その笑顔の裏には無能力者故のコンプレックスを色濃く湛えている。
都市伝説である幻想御手の存在を知り、偶然にも入手に成功する。
286: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/28(土) 00:56:42.84 ID:9wEaIp+yo
Index-Librorum-Prohibitorum ―――― 禁書目録
イギリス清教は“必要悪の協会”に所属する修道女。
絶対防御礼装『歩く教会』を身に纏う、銀髪碧眼の美少女。
完全記憶能力を持ち、その類稀な体質故に10万3000冊の魔導書をその身に宿している。
彼女自身は魔術を使えないものの、その知識をつけ狙う魔術師に追い回されている。
偉業にして異形、威容にして異様、万能薬たる禁書目録はその実あらゆる毒の詰め合わせ。
その在り方を受け容れた尊き聖女であるも、その決意も覚悟も何もかもを忘れてしまった女の子。
“献身的な仔羊は強者の知恵を守る"と嘯くも、その言葉から余人が想像するのは“犠牲の羊”以外に有り得ない。
現在学園都市にて、己を追う謎の魔術結社から逃亡中。
――――――――
292: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2011/05/28(土) 08:23:38.54 ID:9wEaIp+yo
基本鋼盾ちゃん口調がおだやかだから
女の子だと思って読み返してみるとほぼ違和感がない
名前のアイデア、放り投げていきますね
鋼盾掬唯(すくい)
鋼盾掬子(きくこ)
鋼盾小菊(こぎく)
鋼盾雛菊(ひなぎく)
女の子だと思って読み返してみるとほぼ違和感がない
名前のアイデア、放り投げていきますね
鋼盾掬唯(すくい)
鋼盾掬子(きくこ)
鋼盾小菊(こぎく)
鋼盾雛菊(ひなぎく)
296: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 14:20:01.58 ID:BKxrCQB/o
7月20日。
記念すべき夏休み第1日目の朝、律儀にも普段どおりの時間に目を覚ました鋼盾は、大きく欠伸をした。
寝不足だ。帰宅が遅かったことに加え、辺り一帯が突然の落雷による停電になってしまったのが致命的だった。
熱帯夜の茹だるような暑さの中、クーラーの恩恵に預かることなく夜を過ごす事となり、夜中に何度か寝苦しくて目が覚めてしまったのだ。
「ふこーだー、ってね」
隣人の口癖など呟いてみる。
結局昨日は随分と遊び呆けてしまった。
集合写真撮影の後も皆のテンションが冷め遣らぬまま加速する一方で。
クラスの7割でカラオケに乗り込み6時間近く歌いまくった挙句、Bneeysで延々と駄弁る運びとなった。
確かにあの一体感、あの空気を一秒でも長く味わっていたいという気分は理解できたが、それでも少々騒ぎすぎた。
ちなみに上条はファミレスで話を中座しトイレに向かい、そのまま姿を消した。
なにやらトラブルに巻き込まれた挙句、スキルアウト風の男10人ほどに追いかけられて店を飛び出したらしい。
いつものことだとクラス一同笑い飛ばしてそれっきり放置、冷たいようだが本当によくある話なのだから仕方ない。
じゃんけんに負けた鋼盾が代金を立て替える破目になり、その旨をメールで上条に伝えておいたところ、明け方にやっと返信が来た。
タイトルは「Re:」
本文は「すまんぶじだ ねむい あしたかえす」
まあ、きっといつもどうり不幸だったんだろうなあ、と思わせる文面だった。
297: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 14:22:08.58 ID:BKxrCQB/o
結局、当初の計画であった夏休みの予定は決まらなかった。
土御門がいないこともあったし、他のメンバーもいる中でわざわざ決めることでもない。
なにより上条の補習日程が未だに確定していないのだ。
あちらを立てればこちらが立たず、パズルのように上条の補習計画を積み上げているであろう小萌先生の苦労が偲ばれる。
まあ、行き先なんて最初から二の次ではある。
海でも山でも、みんなでいけば、どこだって楽しい筈だ。
昨日の余韻が心地よく、期待に心が浮き立つのがわかる。
―――しかしその前に、やらなくてはならないことがあった。
298: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 14:23:35.60 ID:BKxrCQB/o
机の上には一通の封筒、中には一万円札が10枚はいっている。
昨日のバカ騒ぎの合間を縫って、コンビニのATMで下ろしてきたものだ。
取引は本日15時、第7学区の外れの再開発地域の廃ビルにて。
少し余裕を見て、14時に出れば間に合うだろう。
浮ついていた心が、途端に冷めてゆく感覚。
寝不足の原因は、夜更かしと熱帯夜だけではない。
取引を前に不安と緊張で昂ぶる心を御しきることができなかったのだ。
溜息をひとつ。
まだ朝も早い、取引までの時間をどうにかしてやり過ごさなければならない。
まあ、さしあたっては朝飯と昼飯をどうにかしよう。
あまりおなかも空いていないので纏めてしまってもよいかもしれない。
冷蔵庫と冷凍庫を開けてみる。昨夜からの停電のため機能を停止していたが、幸い買出し前だったので足の早いものは入っていない。
唯一対処が必要そうなのが、冷凍室に入れておいた豚コマと鶏モモくらいのものだ。
いい感じに解凍状態になっており、現状では問題ないものの停電が続くようならオクサレ様になってしまうだろう。
焼いて食べるにはちと多いので、どうしたものかと戸棚を漁ると幸いシチューのルウと玉葱とじゃがいもがあった。
朝からシチュー作りなど面倒過ぎる気もするが、今日に限っては丁度良い暇つぶしである。
貧乏学生ゆえに自炊スキルのそこそこ高い鋼盾は、テキパキと調理を開始しようとしてあることを思いついた。
「おっと、先に布団」
寝苦しかった夜と変わらず、外は憎たらしい程の快晴だ。
停電で洗濯機は回せないものの、布団ぐらいは干させてもらわないと割りに合わない。
ベランダの網戸を開け、ベッドからもろもろを引っぺがしてベランダに出る。
299: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 14:31:25.95 ID:BKxrCQB/o
なんの変哲もない、いつものベランダだ。
夏の空、太陽が眩しい。
目の前のビルの壁などなんのその。
布団もしっかり陽光を吸ってくれるに違いない。
(上条くん、起きてるかな?)
布団を干しながら、不幸な隣人のことを思う。
昨晩もどうやら走り回っていたらしい上条だ、恐らくはまだ眠っていることだろう。
しかし今日は小萌先生の補習だった筈で、流石に寝過ごせばいろいろとよろしくない。
ベランダ隣室との仕切りは緊急時に突き破れるよう薄っぺらいベニヤ一枚、どうせ網戸だろうし、声をかけるのは簡単だ。
もし、このとき鋼盾が、ベニヤの横からひょいと顔を出し、上条家のベランダを覗いていたとしたら。
ことによると、あんな悲劇は起こらず、運命はまた違う局面へと進んでいたのかもしれない。
だが、そうはならなかった。
まだまだ時間には余裕があるし、もう少し寝かしておいてあげてもバチはあたるまい。
そう、鋼盾は判断すると部屋へと戻っていった。
それからのんびり一時間ほど掛けて、鋼盾謹製ホワイトシチューが完成した。
具は豚鶏ミックスとじゃがいも玉葱のみ、人参もブロッコリーもないためやたらと白いが、なかなか美味しそうにできた。
満足のゆく出来に目を細め、役目を終えた火を落としたその瞬間、
『 ひゃああああああああああああああああっっっ!!!!? 』
隣室から絹を裂くような女性の悲鳴が漏れ聞こえてきた。
切羽詰った、それこそ身も世もない絶叫。
300: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 14:32:39.38 ID:BKxrCQB/o
(――――――っ!)
上条の『不幸だああああああ!』なら日常茶飯事ではあるが、男子寮から女性の悲鳴など響くはずがない。
朝っぱらから大音量でAV観賞でもあるまい、明らかな異常事態に慌てて鋼盾は上条宅へ走る。
呼び鈴を鳴らしても扉をノックしても返事はなく、しかし扉越しには未だ悲鳴が響いている。
思わずドアノブを回すと、一切の抵抗がなくそれは回った――無用心にも鍵を閉めていなかったらしい。
301: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 14:34:34.39 ID:BKxrCQB/o
「上条くんっ!! どうし………………え?」
303: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 15:16:46.73 ID:BKxrCQB/o
勢いよくドアを開けた鋼盾が見たものは。
―――完全無欠、輝かんばかりの素肌を晒したとんでもない美少女だった。
少女は、一糸纏わぬ(正確には頭にフードのようなものがついているが)裸体を、なんとか隠そうと屈み、必死になって身を縮こませている。
極上の銀糸のような長い銀髪を床に散らして、羞恥に顔を赤らめ、殆ど泣き出しそうな表情で顔を伏せていた。
足元には無理矢理に剥ぎ取られたような、柔らかそうな白いドレス――どこか修道服を思わせる――が散らばっている。
あまりに衝撃的な光景に言葉を喪う鋼盾。
ようやく我に返り、少女を凝視していた視線を半ば無理矢理引き剥がすように逸らす。
逸らした先には、当然ながら彼が、居た。
この家の主で、鋼盾の隣人で友人、ツンツン頭の頼れるアイツ。
彼女に右手を伸ばしたまま真っ赤な顔で固まっている上条当麻の姿だった。
ぎぎぎ、と出来の悪い機巧人形のような動きでこちらに顔を向ける上条。
目が、合った。
「………………」
「………………」
言葉は、出ない。
「………………」
「………………」
未成年者略取
婦女暴行
穢された仔羊(シスター) ~修道服を脱がさないで~
若さゆえの暴走
夏の魔物
ああ
“皆でそろって、二学期を迎えられますように”
黒板にそんな言葉を書いたのは、つい昨日のことだったのに
こんなかたちで別れが訪れるなんて、思ってもみなかった
こんなかたちで友人を喪うなんて、思ってもみなかった
祈りは、届かない。人はきっと、誰もが救われるわけではない。
神など知らぬ科学の街の住人は、祈るべき、或いは罵るべき神の名を知らない。
だが、たとえ神など知らぬ身であっても、己の足で上へ向かおうとするのが学園都市の人間だ。
やるべきことが、ある
なすべきことを、知っている
1と0のみで構成されたその魔法、誰もが知ってる力ある言葉
304: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 15:23:48.64 ID:BKxrCQB/o
ヒャクトオバン、ひゃくとおばん、110番、正式名称は「警察通報用電話」
警察機構のないこの街でも、訪れる外部の人にわかりやすいよう、110番でもアンチスキルに繋がるようになっている。
正式な番号もあったはずだが、しかしこんな状況では情けないことにイチイチゼロしか頭に浮かばない
鋼盾は無言で後ずさると、左手をドアにかけ、右手でポケットから携帯電話を取り出すし震える指で1、1とボタンを押す。
あとは0を押せば、警備員に通報が成立する。
――しかし、本当に押してしまってよいのだろうか?
上条当麻を、信じるべきではないのか?
鋼盾は視線を戻し、硬直したままの友人を見遣る。
誰よりも優しくまっすぐな鋼盾掬彦のヒーローを、他ならぬ自分が信じずに一体誰が信じるというのだろう。
掌の携帯電話をパタン、と閉じる。
手の震えはいつの間にか消えていた。
ああ、己の浅慮で上条に余計な傷をつけてしまうところであった。
鋼盾は立ち篭める沈黙を破り、必要な言葉を紡いだ。
上条を信じる自分が述べる言葉は、他にはありえない。
きっと、大丈夫だ。
初犯だし。
「上条くん…………自首、してほしい、 お願いだから」
「誤解だあああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「ひにゃぁああああああああああああああああっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
305: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 15:28:48.04 ID:BKxrCQB/o
こうして三人は出会った。
科学と魔術が交差する舞台の幕開けを告げる号砲は、空を裂く少年と少女の絶叫と悲鳴。
この科学の街で誰より無力な鋼盾掬彦
幻想殺しという規格外の右手を奮う上条当麻
10万3000冊の魔導図書館であるインデックス
各々の運命を捻じ曲げるきっかけとなったこの邂逅は、この先の道のりを暗示するかのように、のっけからいろいろと破綻していた。
306: ◆FzAyW.Rdbg 2011/05/29(日) 15:30:18.65 ID:BKxrCQB/o
この世界は一体、どんな仕組みで何を原料にして動いているのか。
空転を続けるばかりだった歯車を無理矢理かみ合わせ、油も注さぬままに物語は動き出す。
果たして悲劇か、それとも喜劇か。
どちらにしても、どちらでもなくとも、どうしようもなくここがターニングポイントだった。
329: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 19:51:49.69 ID:4e0/gGCQo
――――――――
「…………なるほど」
場所は上条宅の廊下。
ワンルームの学生寮の玄関と居間を繋ぐ、申し訳程度のそのスペースで鋼盾は上条から事情を聞いていた。
ちなみに鋼盾は壁によりかかるように立ち、上条当麻は床に正座をしている。
控えめに言って説教、もしくは尋問といっていいスタンスであるが、双方自然にこのような体勢になった。
当初の混乱は、諸々を棚上げする形でとりあえず収束しつつある。
といっても、暴れる少女ををなだめて毛布をおっ被せ、ひとまずそそくさと避難しただけだ。
裸の少女が上条に掴みかかり噛み付こうとする行為には、いろいろと冗談抜きにヤバいものがあった。
というか、率直に言うといろいろ見えてしまった。
純情少年たちには刺激が強すぎたらしく、男2人、廊下の薄暗さに多少なりとも救われている。
眼福といえば間違いなく眼福だったが、どえらい罪悪感で塗り潰されそうになる。
噂の少女はベッドの上で、壊れてしまった衣服の修繕に勤しんでいる。
上条宅には碌な裁縫道具もなかったが、とりあえず安全ピンの徳用ボックスが見つかったのは僥倖だった。
こちらに背を向け、チクチクと針仕事―――まあ、針仕事にはちがいない――に勤しむ半泣きの少女には、奇妙な迫力がある。
しばらく放置しておく他はない。
「うん、話してくれてありがとう。
…………ちょっと整理させてもらっていいかな?」
とりあえず、要領を得ないながらも事情を一通りは聞き出したものの、なんというかとんでもない話だった。
鋼盾は軽く目を伏せると、とりあえず情報を纏め上げてみる。
「…………なるほど」
場所は上条宅の廊下。
ワンルームの学生寮の玄関と居間を繋ぐ、申し訳程度のそのスペースで鋼盾は上条から事情を聞いていた。
ちなみに鋼盾は壁によりかかるように立ち、上条当麻は床に正座をしている。
控えめに言って説教、もしくは尋問といっていいスタンスであるが、双方自然にこのような体勢になった。
当初の混乱は、諸々を棚上げする形でとりあえず収束しつつある。
といっても、暴れる少女ををなだめて毛布をおっ被せ、ひとまずそそくさと避難しただけだ。
裸の少女が上条に掴みかかり噛み付こうとする行為には、いろいろと冗談抜きにヤバいものがあった。
というか、率直に言うといろいろ見えてしまった。
純情少年たちには刺激が強すぎたらしく、男2人、廊下の薄暗さに多少なりとも救われている。
眼福といえば間違いなく眼福だったが、どえらい罪悪感で塗り潰されそうになる。
噂の少女はベッドの上で、壊れてしまった衣服の修繕に勤しんでいる。
上条宅には碌な裁縫道具もなかったが、とりあえず安全ピンの徳用ボックスが見つかったのは僥倖だった。
こちらに背を向け、チクチクと針仕事―――まあ、針仕事にはちがいない――に勤しむ半泣きの少女には、奇妙な迫力がある。
しばらく放置しておく他はない。
「うん、話してくれてありがとう。
…………ちょっと整理させてもらっていいかな?」
とりあえず、要領を得ないながらも事情を一通りは聞き出したものの、なんというかとんでもない話だった。
鋼盾は軽く目を伏せると、とりあえず情報を纏め上げてみる。
330: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 19:59:21.54 ID:4e0/gGCQo
「あの子の名前はインデックス」 「見ての通りのシスターさんで」 「謎の魔術結社に追われている」
「逃避行の果て学園都市に侵入」 「ビルからビルへ八艘跳びで」 「その最中、追手の攻撃で撃墜」
「とあるベランダに落ち延びた」 「その家の住人の名は上条当麻」 「ベランダに引っ掛かった少女」
「少女はインデックスと名乗る」 「曰く10万3000冊の魔導図書館」 「それが己の業だと少女は謳い」
「オカルトを肯定するその少女」 「少年はそれを否定し認めない」 「主張は食い違い平行線のまま」
「その右手で我に触れよと少女」 「すべての幻想を殺すその右手」 「我が魔法の服を殺してみよと」
「躊躇いつつも少年は応と答え」 「その右手にて少女の服に触る」 「まずはその幻想をぶちころす」
「かくして魔法の服は力を喪い」 「少女は一糸纏わぬ裸体を晒す」 「とっぴん ぱらり の ぷう」
……あー。
なんじゃそりゃ、もう突っ込みどころしかねえよ。
頭を抱えそうになる鋼盾に、上条から能天気な台詞が掛けられる。
331: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 20:03:16.50 ID:4e0/gGCQo
「……ああ、そうだ! まったくそのとおりだぜ鋼盾! 完璧だ!
いやー、理解力の高い友人を持って上条さんは幸せですのことよ。
まったくこんなわけのわかんねえ事態に巻き込まれるなんて………っておい!!
てめえポケットからおもむろに携帯とりだすなオイ! 待って! しまって! 待ってくれ! 後生だ鋼盾!!
わかってるわかってるよお前が正しいよ認めるよでもホントなんだよ信じてくれ鋼盾んんんんんんんん!!!!」
半分冗談、半分本気の通報の真似に悲鳴を上げる上条。
今の遣り取りで不可抗力だと納得する陪審員などいる筈もない。
なんだその唐突なボーイ・ミーツ・ガールは。
シータ以外の空から落ちてくる系のヒロインなんかいるものか。
びっくりするほどファンタジー、どうしようもなくメルヘンに過ぎる。
「……まあ、とりあえず上条君の無罪を信じる信じないの話は置いといて」
「いや信じてくれよ!……ああもう、わかった、それでいいからもう進めてくれ頼む!」
先ほどの話の中で。
上条の発言を与太話と言い切れない要素がひとつ、ある。
「あの子の服、その『右手』で壊れたんだよね」
「……ああ、触れた瞬間服から布になったって感じだったな」
床に投げ出されたその布――服を少女に手渡した時のことを思い出す。
たおやかで柔らかなその生地はうっすらと光を放つような美しさであったが、しかし不思議なことに縫い糸が全て失われていた。
天衣無縫、天人の服は針糸に依らず作られると聞くが、まさかそういうことでもあるまい。
考えられるのは、上条の右手が効果を発揮したということ……しかし、
332: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 20:06:09.01 ID:4e0/gGCQo
「でも服だよね? そんなコトできるの?」
「……うーん、前ビリビリが砂鉄を操って剣にして切りかかってきたことがあったけど、それは壊せた。
つーか、異能の電磁力を打ち消して、もとの砂鉄に戻せたって感じだけど」
ビリビリ、といえば御坂美琴だ。
砂鉄の剣というと、つまりは鉄の剣ということだろうか。
つか、物騒にもほどがある。
「………なにしてんだよ君たちは」
「あっちが勝手に突っかかってくるんだっつの……まあ、能力の影響を打ち消したんだな」
相変わらずトンデモな能力だ。
異能の力そのものだけでなく、それによって形作られたものでも委細構わず粉砕してしまうのだろうか。
「とすると、無茶な話だけど念動力とかで服の形を保ってた、みたいな話なら一応ありえなくもないのかな?」
「まあ、そうなのかもな。
つってもどう見ても学園都市の人間には見えないよなアイツ…………魔術云々を信じるわけじゃねーけどさ」
333: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 21:20:21.21 ID:4e0/gGCQo
魔術。
上条同様、鋼盾としても正直肯定しようのない要素だ。
この街における能力開発は、常軌を逸した投薬や電気刺激、暗示等によって脳を作り変える科学技術である。
黴臭いオカルトも、薄っぺらいファンタジーも、神話も宗教話もお呼びではないのだ。
マジカルよりもケミカル、ロジカル、メディカル且つプラクティカルなのだ
「少女が学園都市の人間には見えない」というのは鋼盾も同意だ。
上手くいえないが、なんというか匂いが違う。
「んん、魔術云々は隠語とか符丁の類かもしれない。
あと可能性があるとしたら……ちょっと無理のある想像かもだけど、能力者の悪戯とかね。
精神操作の大能力クラスなら、記憶の上書きくらいやってのけるらしいし」
「あー、考えもしなかったな。
でも俺なんかに悪戯しかけてもしょうがねえだろ」
「いやー、それはありえなくもないような気が」
方々で他人に介入する上条当麻だ。
恩も讐もとんでもない数を無自覚に抱え込んでいることだろう。
しかし、たとえそうだとしても、
「……まず精神操作系の高位能力者が一人、彼女の服を維持する念動力系?のやっぱり高位能力者が一人、
更に彼女をベランダに送る瞬間移動系とか空飛ぶ類の空力使いとかその手の能力者がまたもや一人。もっと必要かもしれない。
常盤台中学の御坂ファンクラブの皆さんが攻撃してきたとでも考えない限り、ちょっと無理なメンツだね」
「なんだよ御坂ファンクラブって、怖ええよ。
…………つーか精神操作とかなら俺が触った時に解けるはずだよな」
「あ、そっか」
「うーん、やっぱりそういうんじゃないと思うんだよな。
もちろん信じられねーけど、嘘吐いてるようには見えないのですよ」
「……魔術、魔術、魔術ねえ」
334: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 21:27:11.75 ID:4e0/gGCQo
結局はそこに戻ってくることとなった。
なかなか扱いかねるテーマだが、もしも彼女が本気で信じているのなら笑い飛ばすわけにもいかないだろう。
先の妄想――記憶操作だってありえない話ではないかもしれない、と鋼盾は思う。
幻想御手絡みで、能力を悪用したと思しき悪意ある悪戯は少なからず増加傾向にあるのだし。
確かに上条くんの右手で触れた以上、ありえないかもと否定するが、能力絡みだけとも限らない。
「魔術、オカルト、カルト……あんまり詳しくないけど、すごいとこだとホントにすごいらしいしね」
彼女が「外」の人間なら、それこそ本当にカルト宗教の関係者かもしれない。
そんなことを考えてしまうくらい、彼女はどこか浮世離れしていた。
環境が人を変えるというのはどうしようもない事実で、この街はその体現ですらあると言ってよい。
人は周囲に染まるものだ。
この都市に住む人間も、またこの都市に染まっている。
中学まで「外」で過ごしていた鋼盾と、小学校から学園都市にいる上条の間にも、時折驚くほど認識にズレがある。
みんな知っていることだが、この街は、どこかおかしい。
びっくりするほどファンタジー、ウンザリするほどメルヘンで、笑ってしまうことにリアルであるらしい。
外の人間から見れば、はっきりいって自分たちが異質な存在に写るだろうことは疑いがない。
科学万能、否定するわけではないが、ある種この街の理念は宗教(カルト)じみていると鋼盾は思う。
電極から流し込まれる経典
静脈に打ち込まれる言祝
経口薬の形をした聖餐
能力という名の秘蹟
自分だけの現実
なにより「神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの(SYSTEM)」という言葉
世界の真理という『神様の領域』は、人の身には辿り着けない
ならば「人間を超える」ことでそこへ到達しようと、それこそがこの街の掲げた教義
それは、天国を目指す行為で
或いは、解脱へ至らんとする行為で
階梯を上ろうとする行為で
階段を上れない僕は、差し伸べられた幻想の御手、蜘蛛の糸に手を伸ばし――
335: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/03(金) 21:28:58.22 ID:4e0/gGCQo
「…………鋼盾?」
「ん、ごめん、なんでもない」
――――ああ、また益体もないことを考えている
慌てて頭を振って、ぐるぐると頭を覆う妄念を振り払う鋼盾。
最近ちょっと思考の揺れ幅が大きすぎる。
こんなんじゃ、いけない。
「えーと、魔術師、魔法使い、魔女―――あの子なら、魔法少女かな?
というか魔法少女を裸にするなんて、どう考えても悪役だよね上条くんは」
結局は適当な台詞を吐いてみる。
上条はぺたと右手を顔に当てると、溜息混じりに呟いた。
「視聴者の味方ではあるかもしれないけどな……はあ、参ったぜ」
どうしたって結局こっちのせいだ。
女の子が泣いたのなら、いつだって悪いのは男である。
魔法少女の服が脱げるように、それは世界の約束だ。
そうこうしている内に、少女が服の修繕と着替えを終えたらしい。
視界の端で毛布が翻ったのを見て、鋼盾は壁から背を離し、上条は立ち上がった。
リビングにはトゲトゲの茨姫が待ち構えていることだろう。
服と一緒に機嫌も直っているといいのだけれど。
まあ、とりあえず、謝っちゃおう。
そんな男の雑な対応が、女の子の怒りに油を注ぎかねないことを、年若い彼らはまだ知らなかった。
――――――――
342: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:02:18.04 ID:UhEW76ybo
――――――――
「ごめんですむなら! 警察は! いらないんだよ!」
まともに鋼盾が少女の声を聞いたのは、コレが初めて。
ここまで、悲鳴→泣き声交じりの呻き声→沈黙→怒声の流れであり、残念なことに穏やかな会話がゼロである。
少女らしく澄んだ声で、意外なことに流暢な日本語であった。
いや、英語でしゃべられても困ってしまうのだけど。
結局、もうひと悶着あった。
そろってごめんなさいと頭を下げた上条と鋼盾に対して、少女は真っ赤な顔でぷんぷんと怒気を露にした。
無理もない、なんたって裸を晒したのだ。
それはそれは、これはこれはお怒りである。
修道服は地獄の針仕事の甲斐あって、一応は服の体を成している。
しかしながら、数十本の安全ピンが随所にギラギラと安く光っているため、いろいろと台無しではあった。
よせばいいのに上条がいらんコメントを入れてしまい、また少女に噛みつかれる破目になったが、これは自業自得だろう。
針のムシロは流石にかわいそうだ。
「ごめんですむなら! 警察は! いらないんだよ!」
まともに鋼盾が少女の声を聞いたのは、コレが初めて。
ここまで、悲鳴→泣き声交じりの呻き声→沈黙→怒声の流れであり、残念なことに穏やかな会話がゼロである。
少女らしく澄んだ声で、意外なことに流暢な日本語であった。
いや、英語でしゃべられても困ってしまうのだけど。
結局、もうひと悶着あった。
そろってごめんなさいと頭を下げた上条と鋼盾に対して、少女は真っ赤な顔でぷんぷんと怒気を露にした。
無理もない、なんたって裸を晒したのだ。
それはそれは、これはこれはお怒りである。
修道服は地獄の針仕事の甲斐あって、一応は服の体を成している。
しかしながら、数十本の安全ピンが随所にギラギラと安く光っているため、いろいろと台無しではあった。
よせばいいのに上条がいらんコメントを入れてしまい、また少女に噛みつかれる破目になったが、これは自業自得だろう。
針のムシロは流石にかわいそうだ。
343: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:05:38.41 ID:UhEW76ybo
上条の悲鳴を聞き流しつつ、鋼盾は改めて少女を見る。
パンク風味の修道服によるマイナスを加えてもなお、少女はとんでもなく可憐だった。
暴れたためにフードが外れ、銀糸のような細く長く艶やかな髪がさらさらと踊っている。
自分たちの周りにいる美少女といえば、クラスの吹寄制理や先輩の雲川芹亜、先ほど話題に上がった御坂美琴などが思い出される。
ああ、美少女と呼んでよいのか悪いのか、何重にも判断の難しい月詠小萌先生も含めてよいだろう。
いずれ劣らぬ美人さんである。
しかし、インデックスの美しさはその誰とも違う種類のものだった。
異国人というだけでは説明の付かない、なんというか妖精じみた美しさで、日本語をしゃべっていることに違和感すら覚える。
まるでファンタジーの世界から飛び出してきたかのような異質さ。
単純な感嘆よりも、侵しがたい畏怖めいた感覚の方が強い。
……とは言え、そのあまりに激しい暴れっぷりでいろいろと残念なことになっているのだけれど。
344: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:08:08.04 ID:UhEW76ybo
放っておけばいつまでもじゃれ合い続けそうな二人をなんとかなだめすかし、とりあえずテーブルを囲ませることに成功する鋼盾。
とはいえ、学生寮の一室を支配しているのはドタバタの喧騒から一転、気まずい沈黙であった。
「………………」
「………………」
「………………」
重い。
羞恥と疑問で頭が一杯のインデックスと、理不尽への反発と照れ隠しでしっちゃかめっちゃかな上条。
とりあえず一番傷が浅そうなのが己であるのだから仕方がない。
意を決し、鋼盾は言葉をかける。
「えーと……まずは、自己紹介から、はじめさせてもらっていいかな?」
「………………いいんじゃないでせうか」
「………………」 コクリ
なんとも難儀な二人である。
……絶対に自分は合コンの幹事とかは出来そうにない、と感じながら、鋼盾はこの奇妙な会合を進め始めた。
ああ、
もう、どうにでもなれ。
――――――――
345: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:11:19.78 ID:UhEW76ybo
「―――じゃあ、私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」
綱渡りのような座談会は、鋼盾の粉骨砕身の働きと双方の妥協と自制とその他もろもろでどうにかなった。
魔術がどうした魔導書がなんたら、教会が清教で正教で成教で星教がどうのこうの、追っ手がどうたらこうたらと、
相変わらず常識の通用しない在り様ではあったが、とにかくまっとうに話は進んだ。
そこで上条がようやく補習に行かねばならぬことを思い出し、大慌てになったのがきっかけだっただろうか。
家を出ようと準備を始める上条が、インデックスに「これからどうするのか」と聞いたところ、彼女は平然と「出てく」と笑って言った。
相当怪しいながらも、追っ手がいると彼女は言っているのだ。
そんな子をはたして放っておいてよいのか、いやよくないと二人は思った。
鋼盾と上条が口々にインデックスに言葉を掛けたが、それを彼女は笑って「いらない」といってのけた。
なおも食い下がる二人に、インデックスが放ったのが冒頭の一文だ。
わたしの歩む道は、地獄にほかならないから
道連れなんて、わたしはけして望んでいないから
あなたたちは、こんなところにきては、だめ
まるで、そんなことを、言っているかのようで
346: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:14:50.76 ID:UhEW76ybo
鋼盾はインデックスの言葉、そして表情にぞっとした。
地獄という言葉の重みなど、無神論者のこの街の子どもはが知るはずもないが、それでも感じるものがあった。
幼い口調に反して紡がれた透徹な言葉は、例えるなら揺るがぬ青い炎のよう。
薄甘い共感や、半端な覚悟で触れることなど許さない硬さがあった
言葉は出ない。
それは隣の上条も同様のようで、痛みを堪えるように口を噤んでいた。
「だいじょぶなんだよ。私もひとりじゃないもの。
教会を探して匿ってもらえれば、それでオーケーなんだよ!」
花咲くような、それでいて諦めの混じった笑顔。
目を離すことのできない可憐さと、目を背けたくなるような疲労の入り混じった表情。
優しくて、強がりで、強情で、まっすぐで、臆病で、歪で、うそつきな少女。
そんな顔をしたひとに、一体どんな言葉をかけられるだろうか。
それはまるで死の旅に出る殉教者、己を擲つ聖女のようで。
ひどく、遠い。
すくと立ち上がり、残念な修道服と美しい銀髪を翻して、インデックスは出口へと歩き出す。
慌てて立ち上がった鋼盾と上条を、しかし制するように少女は笑う。
「ばいばい」
347: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:18:33.25 ID:UhEW76ybo
紡がれた幼い別離の言葉は短く、しかし決定的だった。
線を引かれた、こっちにくるなと。
「――おい! ……なんか困ったことがあったら、また来ていいからな」
上条が振り絞るかのように言葉を掛ける。
内容のない、放り投げるかのように乱暴で、しかし真摯な言葉。
無力感に囚われながら、それでもこんな台詞の言えるのが上条当麻という男である。
「ふふ、ありがとうなんだよ」
ひどく透明な微笑み。
「あなたがたの往く道に主のご加護と幸多からんことを」
祈りの言葉は朗々と
組まれた指の美しさは例えようもなく
焦燥と疑心と無力感と諦念と寂寥と未練と憧憬、様々な感情に囚われて身動きがとれずにいた上条と鋼盾を慰めるように
それは、神に捧げる為のものではない。
袖が触れた程度の他人、それも異教の人間のために祈れる彼女は、きっと優しい女の子だ。
形の良い唇から零れるその美しい歌に聞き惚れてしまいそうになる。
修道女。
神に仕えることを生業とする人間。
自称魔術師で、怪しげな服を身に纏い、他人の家のベランダに引っ掛かっていた少女。
いろいろと疑わしい点は否めないものの、その一点はどうしようもなく本当のことだと知れた。
348: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:19:28.52 ID:UhEW76ybo
……と、彼女の口から次の言葉が零れるまでは、そう、思っていたのだけれど。
349: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:20:43.85 ID:UhEW76ybo
「―――もっとも、そっちの君の場合、祈らせてもらってもあまり意味がないかも。
その右手、きっと神様のご加護だって打ち消しちゃうんだよ」
「はあああああああああああ?!! ちょっと待て!!
なんだそりゃ!? どういうことだテメエ!!!」
「君の右手、――信じられないけど“すべての異能を打ち消す”という話がホントなら、
それこそ右手が空気に触れてるだけで“神のご加護”も“祝福”も“運命の赤い糸”も、
人が人でいるだけで約束された膨大な肯定、その一切合財がなくなっちゃうかも」
「あー、納得」
「納得してんじゃねえよ鋼盾!!! ふざけんな!!!!
大体ッ、幸運だの不幸だのそんなのは確立と統け痛ッァアアア!!!!!!」
興奮しすぎてインデックスに掴みかからんばかりににじり寄ろうとした上条は、
哀れテーブルの脚に思いっきり足の小指をぶつけてしまった。
悶絶するかのように蹲る上条を見下ろしながら、鋼盾は溜息を吐く。
神様の愛は上条には届かないらしい――修道女さまの御墨付である。
まったく、救われない。
ふと横を見れば、同じように上条を眺めていたインデックスが、丁度こちらに目線をよこしたところだった。
なんとなく、二人して笑う。
「君のお友達、なかなか大変かも」
「……それは否定できないけど、いいヤツなんだよ? ほんとにさ」
「ふふふ、そうやって一緒にいてくれる友達がいるのは素敵なことなんだよ。
―――神に与えられるのではなく、己の手、己の意思で結ぶものこそが友誼、ということなのかも!」
「へえ……それは、聖書の一節だったりするのかな?」
「ううん、私が考えたんだよ!」
「そっか、素敵な言葉だね」
「えへへ」
「ふふ」
350: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:21:47.19 ID:UhEW76ybo
和やかな雰囲気が場を満たしていた。
信じるものは異なれど、人と人はこうして笑いあい、認め合うことができる。
僕らは仲間 僕らは地球の子供たち
明るい明日を作るのは僕らの仕事
さあ始めよう
選ぶのは君だ
それは僕らのいのちを救うこと
本当さ よりすばらしい世界を作るのさ
君と僕で
351: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:22:44.10 ID:UhEW76ybo
「おいィィィィィィィィ!!!?
てめえら、なにイイ話風にしてやがんだあああああああ!!!
ウィ・アー・ザ・ワールドってかやかましいわ!!!
不幸だああああああああああああああああああ!!!!!!」
352: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:23:26.47 ID:UhEW76ybo
そう、未だ世界から消えることのない不幸
貧困、飢餓、戦争、暴力、理不尽、不条理
これ以上知らない振りはできない
誰かがどこかで変化を起こさなければ
僕らはすべて神のもと、大きな家族の一員 本当さ
愛はすべての人に必要なのだから
そう、僕らは仲間 僕らは地球の子供たち
353: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/05(日) 22:24:27.29 ID:UhEW76ybo
「「 ――We are the world, we are the children ♪」」
「ハモんなああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
361: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/12(日) 22:18:14.05 ID:yftsIJ7Ho
補習のため学校へ向かう上条。
庇護を求め協会を探すインデックス。
主である上条が出かけるなら、当然鋼盾も部屋を辞すこととなる。
結局、なにひとつ纏まらぬまま。
唐突なこの会合は、始まりと同じく唐突に終わることとなった。
二人がぎゃーぎゃー言いながらエレベータで降りてゆくのを見送った鋼盾は、なんとなく家に戻る気になれず、
学生寮の廊下からぼんやりと、何をするでもなく眼下に広がる町並みを見下ろしていた。
この街を真正面から見据えることを、鋼盾はずっと忘れていた。
いや、正確には、ずっと目を逸らしていたのだろう。
インデックス。
先程別れた少女の目には、この街はどう写っただろうか。
この街の住人ではない彼女にとってのこの街は、果たして。
362: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/12(日) 22:20:10.41 ID:yftsIJ7Ho
学園都市。
科学万能、能力者の街。
無能力者の己。
あの日からずっと、目を背けてきたこの街。
こうしてピントを合わせてしまえば、気に入らないものが多すぎる。
ピンボケ、ぼんやりと薄目横目で見遣るくらいが、鋼盾にとっての精一杯だったのだ。
この街に、自分は求められてはいない。
くるくる回る風車を見ながら、その風車より役立たずな己は、一体、なんなのだろう。
本当に、なんなのだろう。
――なんで、こんなところにいるのだろう。
自分は、この先、どうなるのだろう。
この街で、果たして、僕は。
なにかを成すことができるのだろうか。
幻想御手の取引まであと数時間。
たった数時間なのに、まるで遠い未来の話のように現実味がない。
首尾よく幻想御手を入手して、能力を得たとして。
指先に火を灯し、掌に渦を生み、拳に雷を纏わせ、血液に異能を孕ませ、瞳で異界を見据えたとして、それがどうしたというのだろう。
大破壊を生むビームを放てたとして、絶対無敵のバリヤーを張れたとして、それで何を為すというのだろう。
ああ。
ぼくは、なにを、したいんだっけ。
―――もう、それすらもわからないでいる。
363: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/12(日) 22:21:11.11 ID:yftsIJ7Ho
つい先程この街をカルトのようだと皮肉ったことを思いだす。
教祖がいるなら、ソイツはきっとどうしようもなく無能だ。
なぜもっと、自分をうまいこと騙しきってくれないのだろうか。
献身的な仔羊は、強者の知恵を守るそうだ。
ならば無能な仔羊は、どうすればよいというのだろう。
羊肉として、咀嚼されればよいのだろうか? 誰に? この街に? 顔も知らぬ無能な教祖サマに?
「……ふざけるな」
ポツリ、と呪詛めいた恨み言が漏れる。
お前がそのつもりなら、哀れな仔羊を貪り喰らえばいい。
そして知れ、弱い羊にも角はあるのだ。
羊の角。
それは敵を貫くものではない。
鋭くはない、固くもない、先の丸まった、飾のようなものかもしれないが。
それでも、それでも。
せめてその口内にどうにかして傷をつけてやる。
雑菌に集られて口内炎になってしまえ。
願わくば咀嚼さえ困難になるほどに不細工に化膿しろ。
飢えろ、渇け、じくじくと痛みに悶えろ。
どうしようもないこの痛みの万分の一でも思い知れ。
364: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/12(日) 22:22:35.75 ID:yftsIJ7Ho
「…………なにを考えてるんだ、僕は」
湧き上がる怨嗟、鬱屈した感情は笑ってしまうほどに陳腐で支離滅裂。
第一、自分が羊だとしてもどうせ角など生えてはいないだろう。
きっと毛並みも悪いし、贅肉だらけで味も悪かろう。
己を知れ
この街で一番出来の悪い羊
それがお前だ鋼盾掬彦
それが僕だ鋼盾掬彦
劣等感に追い回され、幻想御手に縋りついて、結局誰よりこの街に囚われた無様で不細工なのがお前だ、僕だ。
どの面下げて毒を吐いた? お前は能力者になって、この街に美味しく食べてほしいのだろう?
そこから引っ張り上げてほしいのだろう? 取り繕うなよ無能力者。
没入する思考は絶望を孕みつつ沈下を続け、その瞳はさながら自殺志願者のようですらあった。
もしこの場を目撃した人がいれば、彼が飛び降りを計ろうとしているようにすら見えたかもしれない。
それほどまでに、鋼盾掬彦は滅入っていて、弱っていた。
「…………どうして、僕は、こんな」
錆を含んだような声が零れる。
口にするつもりはなかったのに、意外なほどはっきりと口から零れ落ちてしまった。
愚痴ですらない、愚者の詠嘆。
誰にも届かぬ、その嘆き。
だが
365: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/12(日) 22:23:34.57 ID:yftsIJ7Ho
「どうしたのかな?
……顔色が、よくないんだよ?」
玲が響く。
淀みを払うように。
「…………インデックス?」
つい先程別れたはずの修道服の少女が、鋼盾の背後に立っていた。
迷える仔羊を導くようなタイミングで、艶やかな銀髪を揺らしていた。
――――――――
378: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 22:41:23.92 ID:dyn2/iWAo
エレベータの開く音にも気付かぬほど思考に没入していたらしい。
鋼盾は慌てて表情を取り繕う、先の口汚い罵りの言葉が、彼女に届いていないといいのだが。
「……ああ、ごめんごめん、なんでもないよ、ちょっと考え事をしていただけだから。
どうしたの?」
鋼盾と上条の制止をやんわりと、しかし頑なに拒んだ先程の一幕を思い出す。
もう会えないような気がしていたが、しかし彼女はここにいる。確かに、ここに。
「忘れ物をしちゃったんだよ。
わたしのフード、見なかったかな?」
「あー、最初に見た時はしてた、けど……」
最初に見た時、すなわち彼女の服が脱げ落ちた時のことだ。
白い裸体を思い出し、少し顔が赤くなるのを感じつつ、鋼盾は言葉を重ねる。
ばれていないとよいのだが。
「出て行くときには付けてなかったから、多分上条くんの部屋だね。
補習にいっちゃったから鍵閉まってて入れないけど」
「ううう、しまったんだよ。
あのフードは“歩く教会”の一部なんだよ。術式中枢じゃないし、単体じゃぜんぜん機能しないけど、
それでも魔力探知に引っ掛かる可能性はゼロじゃないかも!」
379: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 22:44:01.00 ID:dyn2/iWAo
魔術師、術式、魔力探知――またもや怪しげな言葉だ。
彼女の言を完全に信じるとしたら、上条の部屋に魔術師とやらが踏み込んでくる可能性があるということになるのだろうか。
どんな反応をしたものかわからないが、インデックスの表情は真剣そのものであり、茶化すことなどできそうにない。
少なくとも彼女はそう信じており、本気で上条や鋼盾を心配しているようだった。
「うーん、上条君が帰ってくるのは夕方になると思うよ」
化学の補習に参加しない鋼盾は詳しいタイムスケジュールは知らないが、結構長くなりそうな気がする。
上条のことだから帰り道で余計なトラブルに巻き込まれる可能性もなかなか否定できない。
出立の際に戸締りを行っていたので、ベランダの鍵も閉まっているだろうし、ベランダ越しに不法侵入というわけにもゆくまい。
その旨をインデックスに伝えると、少女は弱りきった顔で頭を抱えた。
「うう、どうしよう。
魔術師たちが来たら、君たちじゃどうしようもないかも!
……魔術師だもん、無関係な人を巻き込まない保証なんてないんだよ……」
「―――じゃあ、こうしよう。
上条くんが帰ってきたら、あのフードに触ってもらう。それで探知は利かなくなるよね?
もしそれまでに魔術師が攻めてきたとしたら、上条くんはウチで預かるよ。
流石に無関係な隣室にまでは攻め込んでこないだろう? 大丈夫、心配ないよ」
ここは下手に否定するよりも、彼女の言葉を受け容れた上で対処法を示した方がよさそうだ。
インデックスの抱える不安は本物らしい、ならばどうにかして和らげてあげたい。
「で、でも! それでも危ないんだよ! 魔術師が諦める保証はないし!
それまでに家を特定されたらさっきの彼がマークされる可能性は否定できないかも!」
「上条君は機転も利くし口も回る、なにより右手だってある。
それに、この街には警備員――治安維持の部隊だってあるんだよ?
能力者相手に立ち回ってる彼らなら、きみの言う魔術師に対抗できないかな?」
「無理なんだよ! あんちすきるっていうのはよくわからないけど、
10万3000冊の簒奪任務に就くような魔術師はまともな手合いじゃないんだよ!
とてもじゃないけど、魔術を知らないこの街の人間に止められるわけがないかも!」
鋼盾の言を即座に否定するインデックス。
むむむ、どうしたものかと頭を抱える鋼盾。
張り詰めた沈黙、それを破ったのは、意外な音だった。
381: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 22:48:26.62 ID:dyn2/iWAo
夏虫ならぬ、腹の虫。
誰の腹かは、言わぬが花か。
「……ご飯、うちで食べていくといいよ。
つくりすぎちゃって余ってるんだ。手伝ってくれないかな」
「そ、そんなわけにはいかないんだよ!
いつ魔術師が襲ってくるかもしれないのに! そんな! ……だめ、かも」
羞恥に顔を赤らめるインデックス。
ただ、ごはんという言葉に若干揺らいでいるのは間違いないようだ。
ならば、もう一押し。
「その服、歩く教会、だったかな?
上条くんが壊しちゃったから、敵の魔術師はきみを探知できないんだよね?」
「う、うん。わたしには、魔力がないから。
その心配はないんだよ」
「じゃあ、壁を一枚はさんで僕の部屋なら、たとえ魔術師が来てもきみを見つけられないよね。
逆にこっちにとっては、隣の部屋に誰かが踏み込んだらすぐわかることになる」
「……うん」
インデックスの懸念はひとつ。
すなわち、鋼盾や上条を巻き込むことを恐れているのだ。
ならば、そんな心配はいらないと教えてあげればいい。
「敵が上条くんを待ち伏せするようなら、それも防げるよね?
携帯を使えば上条くんが部屋に行かないようにすることが出来る」
「? けいたい?」
「携帯電話、だよ。『危険だから家に入るな』と言えば、上条くんが襲われずに済むだろう?
それにきみも闇雲に教会に行くより、一旦ここで敵をやりすごして、それから教会の場所を調べて連絡を取った方からいった方がいい。
さあ、そうと決まれば家に入って。魔術師さんがここに来る前に」
「……………………いいの?」
382: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 22:52:39.47 ID:dyn2/iWAo
おずおずと、信じられないものを見るような目で鋼盾を見るインデックス。
自分に手が差し伸べられるなんて思ってもいない、怯えた猫のようなその瞳がただただかなしい。
そんな目で見られたら、誰だって、やることはひとつだろう。
ああ、一度でダメなら、二度、いや、何度でも言葉を重ねよう。
「もちろんいいに決まってる。
おなかが空いてるからネガティブになるんだよ、ほら、ごはんにしよう?
僕もおなかが空いてきたよ。いっしょに食べてくれると嬉しいんだけどな」
パァァァ、とインデックスの表情が笑顔に変わる。
これまでの諦めの混じった、隠し切れぬ疲労を孕んだ笑顔ではなく、齢相応の弾けるような笑顔だった。
―――ちょっとばかり見蕩れてしまったことは、内緒だ。
――――――――
383: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 22:57:42.66 ID:dyn2/iWAo
学生寮だから当たり前だが、鋼盾の部屋は基本的に上条の家と同じような作りになっている。
習慣で電気を付けようとしたが反応はなく、まだ停電は回復してはいないようだった。
「さっきの部屋と同じ感じなんだね」
「まあ、学生寮だからね、バラバラじゃ不公平だし」
といいつつ、上条の部屋はなぜかエアコンが壊れやすかったり換気扇がやたらと五月蝿かったり、
ベランダに鳩が迷い込みやすかったりするのだが、それは置いておこう。
というか、部屋が問題じゃなくて家主のせいのようなきもするのだけど。
「なんだかいいにおいがするんだよ!」
「ホワイトシチューだよ。……ああ、クリームシチューだっけ?
もしかして、イギリスとかが本場なのかな?」
だとしたら少しばかり気恥ずかしい。
余り物で拵えた適当シチューなんぞ、本場の人に出してよいものだろうか。
「むむむ、クリームシチューもクリームシチューもこの国独自の呼び方かも!
日本はアレンジに優れた国なんだよ。異文化を柔軟に受け入れ、独自にアレンジして己のものにする。
魔術も信仰も、この国は他の国ではありえないほどに自然に形を変えてゆくくせに、それでいて繊細で完成度が高いんだよ!
―――なにがいいたいかというと、そんなことどうでもいいからはやく食べてみたいかも!」
少女の口からは、相変わらずポンポンと魔術なる不穏なワードが零れ落ちる。
あくまで自然に零れるそれにも、なんだか随分慣れてしまったと鋼盾は苦笑する。
まあ、味はなかなかだという自負もあるし、シチューもカレーも日本の家庭料理だと言い張ってみよう。
384: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 23:01:55.96 ID:dyn2/iWAo
冷めてしまったシチュー鍋を火にかける。
うろちょろとキッチンを歩き回るインデックスを、かき混ぜ係に任命してみた。
かき混ぜた数だけ美味しくなるのだと言ってみると、驚くほど真剣なまなざしでお玉を振るっており微笑ましい。
それを横目で眺めながら鋼盾はトーストを作る。
停電のためトースターは機能しないので、フライパンで食パンを焼くことにした。
初めての経験だが、まあ、なんとかなるだろう。
狭いキッチンに二人並んで、お昼ご飯をつくる。
なんとも平和で、しかし非日常的な光景に鋼盾の頬も自然と緩んでいた。
ほどなくしてホカホカのシチューとカリカリのトーストが出来上がる。
トーストが少しばかり焦げてしまったが、まあ、ご愛嬌だろう。
さあ、ごはんにしよう。
お腹が膨らめば、きっと今よりマシになるから。
食材への感謝といっしょにそんな祈りを込めて、鋼盾は手を合わせた。
インデックスもそれに倣うように、小さな掌を合わせる。
郷に入りては、なんとやらだ。
せーの
385: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/18(土) 23:02:26.80 ID:dyn2/iWAo
「「いただきます」」
403: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 22:55:59.56 ID:B6BmChjGo
――――――――
「……きくひこは、魔術を否定しないんだね」
昼食を平らげたインデックスは、ゆるゆるに緩んでいた顔を引き締めると、ポツリとそんな言葉を口にした。
彼女は意外なほど健啖で、シチューもトーストも美味しそうにおかわりしてくれた。
台所の流しには、役目を終えた空っぽのシチュー鍋と食器とが、水を張ったたらいに浸けられている。
ちなみに、きくひこと名前呼びになっているあたり、餌付け作戦は大成功といえよう。
ちょっと緊張した面持ちで、ささやくように「……きくひこ」とインデックスが口にしたのがつい10分ほど前のこと。
鋼盾がそれを受け容れると、インデックスはその後心底嬉しそうに何度も「きくひこきくひこ」と繰り返している。
というか無自覚だろうが「きくひこ」「なに?」「ふふ、呼んでみただけ」を地でやられると相当クるものがある。
なにこの子、かわいいんですけど。
人の名前を呼ぶ、そんな些細なことがうれしくてたまらないらしい。
ただ、それはことによると今までそうしたことのできる人がいなかったということで。
踏み込むのは憚られ、結局繰り返される名前呼びに律儀に応じ続けることしかできなかった。
昼食を摂りながら、いろいろな話をした。
鋼盾と上条のこと、シチューの作り方のこと、学園都市のこと、教会のこと、そして、魔術のこと。
会話に興じ、まず驚かされたのが彼女の知識の深さだ。
その幼い容姿と口調からは想像も出来ないほど知識が豊富で、且つ異常に飲み込みが早い。
シチューの作り方から錬金術の発生と歴史についての講義が始まってしまい面食らったが、まるで頭に百科事典でも入っているかのような博識っぷりだった。
「生命のエリクシール」についてや「四大元素」の概要、「パラケルスス」の業績、果ては東洋の「抱朴子」「錬丹術」にまで話が広がってゆく。
かと思えば鋼盾にとっては一般常識とすら思えるような知識を知らなかったりして、ひどくアンバランスな印象を感じさせた。
412: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:20:09.83 ID:B6BmChjGo
――――――――
魔術。
あるいは呪術、妖術、邪術、託宣、奇跡、仙術の類と言い換えることもできるだろう。
およそ人の枠を越えた超常・超自然的な現象を起こすための、知識と技術の体系、神の御業か悪魔の仕業か。
それはたしかにあるのだと、目の前の少女は言う。
己こそがその体現であると。
「うーん、正直に言うと、よくわからないんだけどね」
鋼盾としては肯定も否定もできない、というのが正直なところだ。
いまだその片鱗すら見ていない魔術とやらを、全肯定することはもちろんできないが、
少なくともインデックスが本気で魔術を信じているであろうことは、どうしようもなく確信してしまった。
ならば頭ごなしに否定してしまうことは躊躇われる。服の一件もあるし。
鋼盾も食事を摂りながら、いろいろと考えてはみたのだ。
精神操作系をはじめとする能力者の仕業、という可能性は、上条が右手で彼女に触れている以上、まずありえないといっていい。
ならば彼女は学園都市の人間で、魔術云々は彼女独自の“自分だけの現実”の制御法だったりするのかもしれない、とかはどうだろう。
強烈な自己暗示を施し、それに則って己を律すること。平たくいうと“設定”というヤツだ。
己を“魔術師”、能力を“魔術”と定義することで演算(イメージ)の補助や構築、方向付けをコントロールできる可能性は否定できない。
アニメのヒーローに憧れた小学生が、妄想そのままに空を飛んだ例だってこの街にはあるのだから。
――――――――
魔術。
あるいは呪術、妖術、邪術、託宣、奇跡、仙術の類と言い換えることもできるだろう。
およそ人の枠を越えた超常・超自然的な現象を起こすための、知識と技術の体系、神の御業か悪魔の仕業か。
それはたしかにあるのだと、目の前の少女は言う。
己こそがその体現であると。
「うーん、正直に言うと、よくわからないんだけどね」
鋼盾としては肯定も否定もできない、というのが正直なところだ。
いまだその片鱗すら見ていない魔術とやらを、全肯定することはもちろんできないが、
少なくともインデックスが本気で魔術を信じているであろうことは、どうしようもなく確信してしまった。
ならば頭ごなしに否定してしまうことは躊躇われる。服の一件もあるし。
鋼盾も食事を摂りながら、いろいろと考えてはみたのだ。
精神操作系をはじめとする能力者の仕業、という可能性は、上条が右手で彼女に触れている以上、まずありえないといっていい。
ならば彼女は学園都市の人間で、魔術云々は彼女独自の“自分だけの現実”の制御法だったりするのかもしれない、とかはどうだろう。
強烈な自己暗示を施し、それに則って己を律すること。平たくいうと“設定”というヤツだ。
己を“魔術師”、能力を“魔術”と定義することで演算(イメージ)の補助や構築、方向付けをコントロールできる可能性は否定できない。
アニメのヒーローに憧れた小学生が、妄想そのままに空を飛んだ例だってこの街にはあるのだから。
――――――――
404: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 22:57:12.96 ID:B6BmChjGo
(でもなあ……)
やはり彼女はこの街の人間には見えない。
上条もそう感じていたようだったことを思い出す、そう、うまく言えないが、違うのだ。
学園都市の人間特有の雰囲気がないし、なによりインデックスの常識(この都市においての)の欠如は演技とは思えなかった。
ならば彼女は、本人の言うとおりの存在なのだろうか?
10万3000冊の魔導書の管理人にして、謎の魔術結社に追われる薄倖の魔法少女だというのか?
(うーん)
手元の情報だけでは結論が出ない。
こういう場合に、結局はどっちつかずになってしまうのが押しの弱い鋼盾の常であった。
ただ、上条に嫌われ役を押し付けるような形になるのは本意ではない。
上条の反応が基本的には正しいと鋼盾も思う。
「上条くんは子どもの頃から学園都市にいるからなあ。
やっぱりこの街に住む人間は、他とはちょっと違うし、そのことに少なからず自負もあるから。
―――――超能力(とくべつ)を否定する魔術(もうひとつのとくべつ)を、簡単には肯定できないんだよ」
「うん、さっきも彼、そんなことを言ってたんだよ。……きくひこは、ちがうの?」
「上条くんの気持ちもわかるけどね、僕はこの街に来てまだ三年だから。……それに、無能力者だからね」
「無能力者?」
「この街で能力開発を受けても、みんながみんな能力に目覚めるわけじゃないんだ。
だいたい半分ぐらいの人間が、すごく弱い力しか使えないんだ。僕はぜんぜん使えないけど」
「……そうなんだ。魔術とは違うんだよ。魔術は才能に依るものじゃない。……ううん、才能がない人が才能のある者に抗う為に
培われた技術と知識の体系こそが魔術なんだよ。もちろん適正や求められる技量なんかがあるから一概には言えないけど、
本来きちんと理解して準備してテキスト通りに進めれば、誰にでも可能なものなの。それこそ、きくひこがシチューをつくるようなものかも」
手順書(レシピ)通りに作れば、誰にでもシチューは作れる。
材料の質や調理器具の善し悪し、料理の腕、熟練度によって出来上がりに差は生まれるだろうが、それでもシチューは作れる。
味付けに失敗するかもしれないし、指を切ったりやけどをしたりするかもしれないけれど、それでも。
魔術とはそういうものだとインデックスは言う。
405: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:00:16.06 ID:B6BmChjGo
鋼盾が先程からずっと感じていたこと。
魔術とやらを真っ向から否定することの出来ないその理由。
インデックスの語る魔術の話には、奇妙に筋が通っている。
荒唐無稽なファンタジーの設定を語るのではなく、ただ鋼盾の知らない国の話をするかのように自然体な語り口。
そして、彼女の語る魔術とやらは、何かによく似ている―――そう。
(学園都市の超能力と、インデックスの語る魔術が、似ている?)
学園都市の能力開発は育脳によるもので、つまり「頭の中身」の問題だ。
そして、その根底にあるのは「自分だけの現実」、平たく言えば「思い込み」とでもいうべきものが能力を生む。
鋼盾が結局能力に目覚めていないことから判るように、投薬や電極による刺激はあくまでも補助的な要素といってよい。
ネットで都市伝説を追いかけた時にみつけた「原石」という、能力開発に依らない天然の能力者の話を思い出す。
眉唾物と誰もが笑うその話を、しかし鋼盾掬彦は否定できない。
(上条くんの“幻想殺し”……)
そう、友人である上条当麻が持つその右手を知るが故に。
彼は学園都市に住む前から、その異常な右手を持っていたという。
もちろんその特性を把握したのは、能力者たちと関わるようになってからなのだろうが、しかし“もともと持っていた”のだ。
上条はそのことを深く考えてはいないようだが、鋼盾はずっと疑問に思っていた。
嫉妬混じりのその疑問を突き詰めることはついぞなかったが、ずっと抱えていたのだ。
天然の能力者は、存在する。
生まれつきなのか、幼少の頃に目覚めたのかはわからないが、確かに存在するのだ。
ならば「信仰」――人類が連綿と作り上げ、鍛え続けた理論体系によって、脳が擬似的な開発状態に置かれる可能性は否定できない。
語弊を恐れず言えば、信仰とは洗脳に他ならない、そう鋼盾は思う。
経典はテキスト。聖歌は麻薬。教義という名の時間割。
求道の路を歩んだ先達は数え切れず、目指すべき標は厳然と示されている。
教えに忠実であれ、祈りの果てに天へと至れ。
ただ只管に禅を組め、無心に念仏を唱えよ、悟れ、解脱に至れ。
己が魂を鍛え上げ位階を超えよ、人の枠を超えよ、神の国はすぐそこにある。
アインソフオウル、アインソフ、アイン。
406: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:01:39.20 ID:B6BmChjGo
それはまさしく、『神ならぬ身にて天上の意思に辿り着くもの (SYSTEM) 』
407: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:02:55.37 ID:B6BmChjGo
そもそも学園都市を作った人間は、なぜ「超能力」などというものを目指そうと思ったのか、否、思えたのか。
天文学的な費用がかかったであろうこの異常な都市、そんなものを創り上げるに足る確信は、どこから生まれたのか。
―――彼、あるいは彼女は知っていたのではないだろうか。
人間が、人間を超えられることを。
人間が、人間をやめられることを。
魔術―――あるいは、それに類するものを。
408: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:04:50.52 ID:B6BmChjGo
インデックスにこのまとまらない疑問をぶつけてみると、彼女は目をぱちくりさせて黙り込んだ。
顎に手を当て、テーブルをじっと見つめながら、思いのほか真剣な表情で思考に没頭し始める。
ほどなくして結論を出したようで、甘やかさの薄れた静かな声が言葉を紡ぐ。
「―――わたしはこの街のことをよく知らないから、きくひこの言うことが正しいかは判断できないんだよ。
でも、それでも……きっとある程度は正しいかも。十字教徒としては簡単には認められないけど」
「能力と魔術は呼び名こそ違うけど、同じようなものってことかな」
「根源は、きっと。
ただ、魔術と能力はやっぱり違うものなんだよ。魔術は“才能のない人間”のための術式だから。
科学による能力の発生は自然な発露ではないとしても、結果としてきみたち能力者は、もう普通の人間じゃないかも」
脳開発を受けたこの街の学生は、なるほど普通の人間とは言えないだろう。
……能力が発現しない自分の脳もそうだというのは、少しばかり納得のいかない話ではあるけれど。
「そっか、じゃあ例えば……僕には魔術は使えないってことなのかな?」
「うん、回路自体が別のものになってるから。
そもそも無神論者のきみたちじゃ、魔術の毒を中和できないんだよ」
信仰という名の防御壁があって初めて、人は人ならぬ業を扱えるのだという。
そんな人たちから見れば、なるほどこの街の住民は異端だろう。才能のある人間――“原石”とやらも、また。
「“原せ――“才能”がある人間っていうのは、上条くんみたいな人をいうんだろうね。天然の能力者、か。
そして学園都市の学生たちは、まだ確立していない能力開発によって作られた“人工の才能”を植えられた人間だね」
「多分、その理解でいいかも。もしきくひこのいうことが正しいなら、能力っていうのは既存の魔術とはちがうアプローチから考案された魔術なんだね。
才能のない人間のために術式をパターン化して使えるようにするんじゃなくて、才能そのものを作り出そうという試みが能力開発なのかも。
だから、能力者には魔術が使えないし、才能自体が植えられなかった“無能力者”という人たちが出てきちゃうのかも」
個人の資質に依存するから一人一能力という制限がある反面、能力使用には魔術に求められるような面倒な下準備が全く必要ない。
魔術における詠唱や魔法陣などの構成は、まともにやると年単位、短縮しても数日がかりという事もザラであるという。
そのため魔術師同士の戦いは下準備がメインであり、そこでいかに戦力を整え、如何に相手の魔術への対抗策を練るかが課題となるそうだ。
才能のない者のための技術体系である魔術とは違って、人工的ではあるが才能を持つ者が振るう力が能力である
考えてみれば、上位能力者はその類稀な才能ひとつで、軍隊を相手取ることすら可能であるというのだから恐ろしい。
神に与えられるのでも天使の力を借りるのでもなく、ただ人の力のみで天上を目指すこと。
“SYSTEM”
409: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:05:39.93 ID:B6BmChjGo
だが、そうだとして。
能力開発を受けてなお、その身に才能が宿らぬ者は、どうすればいい?
僕は、一体どうすればいいのか。
「…………」
「……きくひこ?」
「……ん、ごめんごめん。
自分で始めといてなんだけど、ちょっとこんがらがってきちゃったよ。うん、この話は今度ゆっくりしよう。
ああ、そういえばさっきのシチューにある隠し味が入ってるんだけど、わかる?」
「……むう。わたしは料理ができないからさっぱりなんだよ!
シチューはとっても美味しかったから、すごく気になるんだよ!」
「実はちょっとだけ味噌が入ってるんだよね、あとバター」
「! ……ジャパニーズ伝統調味料、恐るべしかも!
そうだきくひこ、味噌と言えば、日本の伝説に味噌を欲しがる妖怪の話があるんだよ!」
適当に話を逸らしてみると、またまたインデックスの博覧強記のお披露目と相成った。
鋼盾は興味深くそれを聞きながら、先程の学園都市の能力開発についての話を思い返す。
妄想だ。
インデックスの電波話に付き合っただけ。
だけど、この妄想がもし的を射ているとしたら。
鋼盾が無能力者の烙印を押されているのは、学園都市という未成熟な宗教のせいなのではないか?
それとも、結局は才能が芽生えなかった己が悪いのだろうか。
指を咥えて才能溢れる連中を見上げることしか許されないのであろうか。
敗北者、落伍者、出来損ない、失敗作――――無能力者。
幾度となく鋼盾の心を引き裂いたその言葉が、また新しい傷を付けた。
いつもより、すこしだけ深く。
――――――――
410: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:06:41.08 ID:B6BmChjGo
気付けば既に、時計は十四時十分前を指していた。
随分と長い間、話し込んでしまったものだ。
インデックスに合鍵を渡し、パソコンを立ち上げメーラーを起動する。
上条と鋼盾の携帯に宛ててメールを作成し、送信ボタンの上にカーソルを置く。
ふと思い立ってスクリーンセイバー機能も停止した。左クリックひとつでメールが飛ぶように整えておく。
インデックスには「もし隣室に魔術師が乗り込んできた気配があったら、このボタンを押すこと」といい含めておいた。
はじめて触れるらしいパソコンに戦々恐々としていたインデックスではあったが、練習として鋼盾宛にのみメールを送らせると、
なんとかおっかなびっくり送信の手順は覚えてくれたようだった。もの覚え自体はいい子なのだ。
鋼盾は机の引き出しを開けると、そこから一枚の封筒を取り出す。
幻想御手の対価である十万円の入った封筒だ。
一万円札が十枚、それなりの厚みはあるものの、やはり薄くて軽い。
無能力者の価値などそんなものだと示すかのように。
家を出ようとするとインデックスがひょこひょこと玄関先まで付いて来てくれた。
表情は笑顔ではあったが、そこには隠し切れない不安、心細さが浮かんでいるように見えた。
……一瞬、家を出るべきではないと思ってしまったものの、気付かぬフリをして靴を履く。
「ごめんね。どうしても外せない用事があるんだ。
なにか緊急のことがあったらさっきのメールを送ってくれていいからね?
……来客があっても無視、鍵は絶対開けないこと。大丈夫?」
「大丈夫なんだよ! 心配しすぎかも!
……いってらっしゃい、きくひこ」
いってらっしゃい。
ひとり暮らしを始めてからは聞くことのなかった言葉に、思わず頬が緩み――すぐに強張った。
自分はこれから罪を犯しにゆくのだ。そんな言葉をかけてもらえる資格など、ない。
とは言え。
「いってきます」
自分のつまらない感傷で、インデックスの笑顔を奪うような真似をできはしない。
―――多分に言い訳じみたことを考えながら、なつかしい言葉を口にした。
心臓が小さく、ステップを乱した。
――――――――
411: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/22(水) 23:07:31.85 ID:B6BmChjGo
鋼盾掬彦は知らない。
上条当麻が登校中に、持ち前の不幸スキルを遺憾なく発揮し、携帯電話を破壊してしまったことを。
インデックスが上条や鋼盾の安全を確かめるため、耐え切れず学生寮周辺を探知すべく外へと出てしまうことを。
まだ見ぬ魔術師たちの探知の網が、“歩く教会”の残滓を捉え、この学生寮に網を張ることを。
幻想御手の取引相手であるスキルアウト達が、鋼盾を無事に帰すつもりがないことを。
この日、夜の帳が落ちると同時に、苛烈で凄惨な非日常の幕が上がることを。
いつだって端役であるはずの彼に、スポットライトが当てられることを。
鋼盾掬彦は、知る由もなかった。
――――――――
419: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/25(土) 00:36:34.42 ID:OspuTiZgo
――――――――
蜘蛛の糸。
幻想御手のことを、鋼盾はそう評したことがある。
底辺で燻る無能力者たちにとって、それはまさに救いの糸である、そう思えたのだ。
天上から伸ばされた、蜘蛛の糸だと。
あるいはそれは皮肉にも、ひどく的を射た比喩だったのかもしれない。
希代の小説家が書いたあの児童文学のオチなんて、誰でも知っている。
カンダタ、蜘蛛の糸に手を伸ばした男がどうなったかなんて、わかりきっていることなのに。
蜘蛛の糸。
幻想御手のことを、鋼盾はそう評したことがある。
底辺で燻る無能力者たちにとって、それはまさに救いの糸である、そう思えたのだ。
天上から伸ばされた、蜘蛛の糸だと。
あるいはそれは皮肉にも、ひどく的を射た比喩だったのかもしれない。
希代の小説家が書いたあの児童文学のオチなんて、誰でも知っている。
カンダタ、蜘蛛の糸に手を伸ばした男がどうなったかなんて、わかりきっていることなのに。
420: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/25(土) 00:40:17.23 ID:OspuTiZgo
“カンダタはあっと云う間もなく風を切って、独楽のようにくるくるまわりながら、見る見る中に暗の底へ、まっさかさまに落ちてしまいました。
後にはただ極楽の蜘蛛の糸が、きらきらと細く光りながら、月も星もない空の中途に、短く垂れているばかりでございます”
“御釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終をじっと見ていらっしゃいましたが、
やがてカンダタが血の池の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうな御顔をなさりながら、またぶらぶら御歩きになり始めました。
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、カンダタの無慈悲な心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちてしまったのが、
御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召されたのでございましょう”
421: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/25(土) 00:43:34.47 ID:OspuTiZgo
カンダタは、蜘蛛の糸など掴むべきではなかったのか。
押し寄せる亡者の群れを、拒むべきではなかったのか。
転落を是とし、絶望を受け容れることが正しい選択だったのか。
それとも大挙してよじ登ってきた亡者を皆、掬い上げてくれたというのか。
己一人救われたいという願いは、そんなにも醜いものなのか。
ならばなぜ、糸は垂らされたのか。
釈迦は悲しそうな顔をするだけで、なにひとつ語らない。
ああ、貴方は糸など垂らすべきではなかった。
なんということをしてくれたのか。
極楽の蓮池の蓮は、頓着の欠片も見せずに揺蕩うばかり。
血の池に咽ぶ亡者の悲嘆も知らずに、鉄錆から一番遠い香りを振り撒いている。
422: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/25(土) 00:45:26.25 ID:OspuTiZgo
おまえは、残酷だ。
いっそ笑ってしまうほどに、残酷だ。
そんな慈悲など、垂れるべきではなかったのに。
なぜ。
423: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/25(土) 00:46:30.28 ID:OspuTiZgo
“悪いがついさっき値上げしてね、こいつがほしけりゃもう10万持ってきな”
“金ねーんならさっさと帰れデブ”
“オウ、ソイツ立たせろ。
お前らのレベルがどれくらい上がったか、そいつで試してみろ”
424: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/25(土) 01:03:48.68 ID:OspuTiZgo
願いは叶わない。
いつだって、そうだったように。
ああ
なぜ、どうして
あなたは、あなたたちは
そんなにも、そんなにも、遠いのか
鋼盾にはあの話は、最初から助ける気がなかったようにしか思えなかった。
釈迦の気まぐれ、言うなれば釣り遊びだ。食いもしないくせに。
いつだって祈りは届かないし、期待は裏切られる。
蜘蛛の糸に縋る亡者は、結局誰一人として救われなかったのだ。
――――――――
444: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/30(木) 23:42:07.83 ID:tSLUVZ5To
――――――――
午後3時、第七学区の外れ、再開発地域。
取引現場にやってきた鋼盾を待っていたのは、如何にもスキルアウト然とした3人組だった。
ニヤニヤとこちらを値踏みするように眺める下卑た視線に慄きつつ、鋼盾はポケットから封筒を取り出すとそれを渡す。
スキルアウトの一人はひったくるように封筒を奪うと、バカにしきった目で「これじゃ足りねえな」と口にした。
その後は、ひどいものだった。
騙されたことを確信した鋼盾が、奪われた金を取り返そうと追い縋るも、瞬く間に地面に叩き伏せられてしまった。
顔を殴られ、腹に膝を入れられ、頭を抑えられ、足を払われる。
浴びせかけられる暴力と暴言に意識が遠くなる。痛い、痛い、痛い、痛い。
嘘、騙、詐、偽、欺、罠。
こうなる可能性はあると思っていた。
思っていたのに目を逸らして、結局このザマ。
口から漏れるのは情けない呻き声ばかりで、情けなくて情けなくて。
だけどこんな時ですら打算めいたことを考えてしまう自分がみっともなくて。
上条くんが助けに来てくれるんじゃないかなんて、そんなことを考えてしまう己を殺してしまいたい。
ああ、結局は自業自得。
ズルをしようたした己への罰。
だれも、助けになんか、来ない。
こんな、罪に塗れた自分には、救いなんて訪れない。
だが、信じられないことに。
差し伸べられる、手があった。
445: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/30(木) 23:44:05.65 ID:tSLUVZ5To
「もっ、もうやめなさいよ!
す、すぐに警備員が来るんだから!」
霞む目に映ったのは女の子。
中学生くらいと思われる、黒髪の少女が震える声を張り上げていた。
その表情は蒼白で、視線はあらぬ方向を向いている。特徴的な髪飾りが不思議と目に付いた。
理不尽な暴力を見逃せず、圧倒的に不利な状況にも関わらず危険へと飛び込んでくるその姿。
かつて路地裏で発火能力者に追い詰められた鋼盾を救ってくれた、彼のように。
鋼盾が憧れたヒーロー、上条当麻のように。
だが、悲しいかな。
少女の右手には幻想殺しのような異能はなかった。
御坂美琴のような電撃も、青髪ピアスのような身体強化もなかった。
彼女は年齢相応の普通の女の子でしかない。
そして相手は、暴力を是とするスキルアウトだった。
「――今、なんつった?」
金髪のリーダー格の男が、彼女のすぐ横の壁に蹴りを叩き込む。
ガアン!という轟音と蹴撃の風圧ひとつで、少女の心はへし折れてしまったようだった。
恐怖と後悔、半泣きで怯える少女に、金髪の男は残酷な言葉を重ねてゆく。
「ガキが生意気いってんじゃねえよ。
なんのチカラもない非力なヤツにゴチャゴチャ文句を言う権利はねーんだよ」
力の無い、能の無い者。
―――無能力者たるオマエラは、そこで奪われ続けていろ。
スキルアウトたちの声なき哄笑が、鋼盾の心を打ちのめしてゆく。
ともすれば先程のリンチめいた暴力よりも、強く。
446: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/30(木) 23:44:52.04 ID:tSLUVZ5To
叢雲のように立ち込める絶望。
―――だが、それを払うかのように力ある言葉が紡がれる。
「借り物の力を自分の実力と勘違いしているあなた方に、彼女を笑う資格はありませんわ」
一陣の風のようなその声。
花を散らすのではなく、月に掛かる雲を吹き飛ばすソレ。
啖呵というにはあまりにも美しく、なにより気高い。
名門常盤台中学校の制服
艶やかに揺れるツインテール
凛とした眼差しに芯のある口調
右手に巻かれた三又槍の腕章
「風紀委員ですの―――暴行傷害の現行犯で拘束します」
――――――――
447: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/30(木) 23:46:49.99 ID:tSLUVZ5To
颯爽と現れた風紀委員の少女は、高位の空間移動能力者(テレポーター)のようであった。
鋼盾が手を出すことすらできなかったスキルアウト二名をあっという間に叩き伏せ、残るひとりを睨み据える。
だが、リーダー格の金髪は余裕の表情を崩さず、風紀委員の少女の攻撃を容易く回避して見せた。
それは明らかに能力によるもの――ただのスキルアウトが持たぬ筈の、能力によるもの。
二人から離れた位置にいる鋼盾には、見当違いの方向へ能力を走らせる少女が予期せぬ状況に追い詰められているのが判る。
必中の矢が悉く的を外し、回避したはずの攻撃が己の身を削るその異常。
カメレオン、爬虫類めいた風貌の男が駆使するその能力。
おそらくは相手の精神に干渉するタイプの幻術系、あるいは虚像を結ぶ類の偏光系能力。
目視によって対象を捉えるタイプの能力とは極めて相性の悪いタイプの能力者だ。
動揺も大きいだろう、緻密且つ繊細な演算が求められる空間移動能力者では、不利に過ぎる。
……いや、違う。
男のソレは直接的な攻撃能力ではないのだから、空間移動の少女が距離をとれば攻撃は届かない。
攻撃範囲外に転移を行えばいくらでも仕切りなおしが可能であるはずのこの状況で、しかし彼女がそれを行わないのは。
考えるまでもない。
鋼盾と黒髪の少女、自分たちに累が及ぶことを避けるため、彼女は敢えて己の身を晒しているのだ。
足手纏い。
自分たちがいなければ、彼女は勝てる。
勝てないまでも、逃げることは可能になる。
「白井さん……!」
黒髪の少女が痛みを堪えるように言葉を紡ぐ。
どうやら風紀委員の少女とは知り合いであるらしい。
苦境に陥る友人を前に、何もすることのできない己の無力を嘆くかのような悲嘆。
448: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/30(木) 23:48:13.42 ID:tSLUVZ5To
幾度の交差を経て、風紀委員の少女は既に満身創痍。
相手の能力を見極めようと目を皿のようにして金髪を睨み据えるも、隠し切れぬ疲労が彼女を苛んでいるのは明らかだ。
そんな少女に、金髪の男は下卑た笑みを浮かべながら襲い掛かる。
蹴撃。
回避は成らず、少女は廃ビルへと吹き飛ばされた。
「カカカッ。今のはイイ感触だったぜェ。アバラが何本かイッたかな?」
嬲るように、獲物を追い詰めるかのように笑う金髪。
手加減抜きの乱暴な一撃に身を捩りつつも、風紀委員の少女は戦意を喪わない。
だが、索敵と現状把握に慌しく動くその瞳が、一瞬だけ鋼盾を捉えた。
にげろ。
隣の少女といっしょに、逃げろ。
アイコンタクトというには一方的な遣り取り。
風紀委員の少女はビルの中へとその身を躍らせる。
それは逃亡ではなく、鋼盾と少女が逃げる時間を稼ぐためのモノ。
男は「鬼ごっこかぁ? ハッ、面白れぇ、精精逃げて見せろよ!」と、
喜悦の笑みを浮かべながら風紀委員の少女を追い、廃ビルのなかへと入ってゆく。
鋼盾と黒髪の少女、二人を視界の外に置いて、だ。
逃げるなら、今。
―――風紀委員の少女を助けに向かうなんて選択肢は、浮かび上がりすらしなかった。
――――――――
449: ◆FzAyW.Rdbg 2011/06/30(木) 23:57:24.53 ID:tSLUVZ5To
「……きみ、今の内に逃げよう」
金髪は風紀委員の少女を追ってビルの中に。
先程叩き伏せられた二人は、未だ意識を取り戻してはいない。
チャンスは今しかない、鋼盾は傍らの少女に言葉をかける。
自分たちが逃げれば、風紀委員の少女も退避が可能になる。
離脱は空間移動能力者の独壇場であり、金髪の男にはそれを追うことは適わない。
援軍を呼ぶことも可能な筈である。斃れた2名を引き摺って逃げることなど不可能なのだから、全員を捕り逃すこともない。
多分に言い訳じみた理屈だという自覚はあるが、この場においては恐らくそれが最適手だった。
「そんな!白井さんがまだ!」
黒髪の少女はそれを拒む。
見ず知らずの鋼盾のために巻き込まれてくれるような優しい子が、友人を見捨てられるわけがない。
その強さに羨望を感じつつも、しかし彼女にはなにもできないのだ。
だって
「……きみも無能力者なんだろう?
あんなのに巻き込まれたらタダじゃ済まない。手助けしようにも、ぼくらはむしろ足手纏いだ。
こんな時に、無能力者に出来ることなんて何も無いんだ」
「……でも!」
ああ、そんな傷ついたような顔をしないでくれ
僕らは無能力者だ。
彼らとは、違う
君も、そんなことは知っているだろう?
450: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 00:02:18.99 ID:ZDhq8h4Co
「!……警備員を、呼びにいってきます!」
ああ、それはいい
それは正しいことだ
ぼくらにできるのは、そのくらいのことだ
駆けて行く背を見送る。
きみは、ひどく正しい、けど。
やっぱりそれだって、逃亡だろう?
「……ぼくらは、無能力者だ。
いつだって、なんにもできないんだよ」
そう、この街で一番弱いのが僕らだ。
無能力者だ。
風紀委員や警備員に保護されるウサギ
スキルアウトに狩られるキツネ
実験台にもなれないマウス
芸のひとつもない駄犬
翼をもがれた鳥
蛹のままの蝶
孵らない卵
いつだって、そうだった。
無能力者とは、そうしたものだった
451: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 00:04:19.60 ID:ZDhq8h4Co
能力という名の花を咲かせるでもなく
能力という名の実を付けるでもなく
能力という名の枝を伸ばすでもなく
何も成さず、日陰にただただ広がるカビのような存在だ
そんなものが
なぜ、美しい花を咲かせる夢を見てしまったのか
なぜ、たわわに実を付ける夢を見てしまったのか
なぜ、伸びやかな枝を成す夢を見てしまったのか
なぜ
どうして
ぼくらは
ぼくは
こんなにも
―――――――
452: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 00:06:42.35 ID:ZDhq8h4Co
鋼盾掬彦は逃げ出した。
あろうことか、何より忌った無能力者という肩書きを免罪符にして。
弱い己を肯定できずに学園都市へと逃げて
その学園都市で報われぬ努力を重ねることから逃げて
抱えた罪悪感を忘れさせてくれる友人たちとの居心地のよい日々に逃げて
あまつさえ彼らに嫉妬する己に耐えられず幻想御手という反則へと逃げて
そして―――今もまた、逃げ出した。
ただ、必死に逃げて逃げて逃げた。
己の無力に目を逸らして。
己の責任を他者に押し付けて
己の罪科に気付かぬ振りをして。
己の無様に向き合わずに済むように。
鋼盾掬彦は逃げ出した。
逃げられる、筈もないのに。
―――――――
464: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 23:56:38.51 ID:ZDhq8h4Co
無様な逃亡、失意と自己嫌悪に満ちた帰路。
結局、地の底から抜け出すことは叶わない。
蜘蛛の糸に触れることすらできなかった己。
どこをどう歩いてきたのか、なにひとつ覚えていない。
それでも家まで辿り着くのだから、習慣というものは凄まじい、と鋼盾は思う。
気付けばあたりは随分と暗くなってしまっていた。
何時なのだろうと疑問が頭を掠めたが、携帯を取り出すことすら億劫だった
疲れきった身体を引き摺るように自室を目指す鋼盾は、しかしエントランスに入った瞬間、その場で立ち尽くす破目になった。
床が、水浸しなのだ。スプリンクラーが作動したのだろうか、室内なのに豪雨の後のような有様だ。
スプリンクラーが動く、それはつまり?
「……火事?」
慌てて扉から外に出て、建物を見上げる。
見える限りでは煙も火の手も出ていないようで、火事の兆候は皆無だった。
(……鎮火された後? それともスプリンクラーの誤作動とか、なのかな?)
とにかく火は燃えていないようで、鋼盾はほっと息を吐く。
自宅が全焼なんて事態ではなさそうだ。
この状況でそんなことになったら、泣きっ面に蜂どころの話ではない。
あたりに人が居れば話を聞くことができたのだが、生憎だれも居ないようだった。
465: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 23:57:37.11 ID:ZDhq8h4Co
「……とりあえず、中に入ってみよう」
なにをどうしたところで鋼盾の帰る場所はこの学生寮だ。
エレベーターはきちんと作動しており、もともと一階にあったため扉はすぐに開いた。
乗り込み、自室のある7階のボタンを押したところで鋼盾は足元のソレに気付く。
(血の、痕?)
誰かが鼻血でも垂らしたのであろうか、生渇きの赤黒い血痕があった。
エレベータと血痕というアンバランスさに首を傾げつつも、次の瞬間に不幸な隣人の顔が脳裏に浮かんだ。
補習の帰り、スプリンクラーの誤作動に巻き込まれ濡鼠、滑って壁に頭から突っ込んで鼻血ブーで「不幸だあああ!」と叫ぶ上条。
我ながら酷い想像だが、その程度なら余裕でやってのけるのがあの男だ。やっぱりカメラが必要だろう。
想像の中の友人の七転八倒っぷりに久しぶりの笑みが零れたところで、エレベータが7階へ到着した。
鋼盾宅にはインデックスがいる筈だ、腫れ上がった顔を一体どう説明したものか。
スキルアウトに絡まれたことにすれば、なんとかなるだろうか。
まあ、でたとこ勝負で行ってみよう、と鋼盾はひとりごちる。
結局携帯にメールは来なかった、ならば、魔術師云々は杞憂だったのだろう。
466: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 23:58:07.97 ID:ZDhq8h4Co
そうして、エレベータの扉が開いた瞬間
鋼盾の表情が凍った。
467: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 23:58:42.71 ID:ZDhq8h4Co
先ず、感じたのは異臭だった。
溶剤を溶かしたような独特の匂い、いままでここでこんな匂いを嗅いだ事はない。
違和感を覚えつつエレベータを降りると、そこは今朝とは全く違うことになってしまっていた。
金属の手摺が飴細工のようにひしゃげ、壁も床も熱で融かされ建材が剥きだしになっている。
足元は一階同様に水浸しになっており、靴から浸みてきたソレで足指が冷たい。
すべてが、ぐちゃぐちゃだった。
酔っ払った発火能力者が能力を暴走させたって、こんなことにはならない。
夏休み初日ということもあり、殆どすべての学生は帰省や夜遊びに出払っている筈だが、それでもこれは大惨事だ。
ここが火元だ、間違いない。
鋼盾と上条の部屋があり、そしてインデックスが身を隠していたここが、火元。
血の気が引く。
インデックスを狙う魔術師の襲撃。
結局、完全には信じていなかったそれが、起こったのだとしたら?
エレベータに残された血痕は、一体誰のものだというのか?
「……嘘、だろ?」
応えはない。
上条も、インデックスもいない。
携帯にメールは来なかった、来なかったのに。
送らなかった? 送れなかった? どうして?
468: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/01(金) 23:59:31.33 ID:ZDhq8h4Co
「! 上条くん!! インデックス!!」
跳ね上がるように自室へと駆け込む鋼盾。
鍵は掛かっておらず、扉は素直に開いた。
濡れたままの靴で室内に踏み込むも、そこは蛻の空。
ノートパソコンのモニタが室内を煌々と照らしている。
メールは未送信のままで、鋼盾が設定したままポインタひとつ動いていない。
「っ!」
ポケットから携帯を取り出す。
着信もメールもないことを確認しつつ、アドレス帳から上条の電話番号を引っ張り出し、発信を行う。
『お掛けになった番号は、電源が入っていないか、電波の届かない所に……』
圏外か、電源が入っていないとの旨の無機質なアナウンスが流れるのみで、上条は一向に電話に出ない。
あるいは、出れない?
「くそっ!」
踵を返す。
一縷の望みを掛けて、上条宅へと走る。
隣室はすぐそこだ、頼む、どうか、そこにいてくれ――!
体当たりをするかのように自室のドアを開き、鋼盾は廊下へと躍り出る。
すると、思いがけぬものが、目に飛び込んできた。
「……え?」
469: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/02(土) 00:00:57.55 ID:koz38vGzo
廊下に誰かが倒れている。
黒いコートのような服を纏った、身の丈2メートル超えの大柄な男性。
慌てていたとはいえ、先程気付かなかったことが信じられないほど、大きな男だ。
目の覚めるような赤い髪の怪しげな風体、力なく伸ばされた指に光る銀色の指輪、漂う香水の香り。
明らかに、真っ当な雰囲気ではない。
この学園都市の風景に溶け込まぬ、異質な服装、異境の匂い。
それは、いつか誰かに感じたものではなかっただろうか?
そう、この学生寮に迷い込んできた銀髪の修道女に感じたソレ。
いっしょにお昼ご飯を食べた食いしん坊の少女に感じたソレ。
インデックス。
彼女と同じ、異質な空気を纏う者。
彼女と同属の存在。
それは。
「…………魔術師?」
インデックスと上条の姿は無く、廊下は無残に荒れ果て、そこに打ち捨てられているこの人物は。
まさか。
「………………」
確証は、ない。
だがしかし、もしかして、ことによると、あるいは。
「……えーと、あーー……、え?」
頭がうまく回らない。
今日一日、いろんなことがありすぎて、なんかもうわけがわからない。
どうしろっていうんだよ、と鋼盾は煤けた天上を眺めた。
470: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/02(土) 00:13:42.13 ID:koz38vGzo
すこしばかり迷った末、どうしても放っておく気にはなれなかった鋼盾は、ぐったりと廊下に斃れ伏す赤髪の大男を、とりあえず引き起こしてみた。
声をかけてみるも返事はなく、意識を取り戻す気配すら窺えない。
「…………はあ、もうわかんないや」
考えるのは止めにする。
なんにせよ、怪我人をこんなところに放り投げておくわけにもいかないだろう。
面倒事を抱え込んでいる自覚はあるが、仕方がない。
鋼盾はその怪しげな男を抱えるように腕を回すと、気合を入れて持ち上げた。
男の長い足を半ば引き摺るような形になったが、それが精一杯だった。
今しがた出てきたばかりの自室へと、見ず知らずの男を運び入れる。
2メートル越え、その上意識を喪っている男を運ぶのは重労働かと思われたが、意外となんとかなった。
思いのほか、男は軽かった。
赤い髪の案山子を想像して、鋼盾は小さく笑った。
―――――――
477: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/02(土) 23:28:18.45 ID:koz38vGzo
――――――――
消毒液とガーゼとテープと湿布、とりあえず必要そうな物を近所の薬局で購入し、足早に学生寮へと戻る鋼盾。
彼を迎えたのは警告灯を回す消防車と、それを遠巻きに見据える20人ほどの野次馬であった。
薬局への道すがらサイレンの音を聞いたため、おそらくとは思っていたものの、やはりそういうことで。
学生寮の周りは結構な騒ぎとなっており、このままでは自室に戻れそうにない。
怪我人を部屋に転がしている身としては、できるだけ早く戻っておきたいのだけど、と鋼盾は溜息を吐いた。
結局上条とインデックスは居なかった。
隣室は鍵が掛かったままで、携帯にも再び掛けてみたが返信はない。
補習はとっくに終わっているはずなので上条は家に戻ってきた筈、状況的にインデックスと再会している筈とは思うのだが確証はない。
普段の行いを思えば、スキルアウトと路地裏マラソン大会に勤しんでいる可能性もゼロではない。
だが、あの異常にタイミングのいい彼のことだ。恐らくは。
そして、上条の家の前で倒れたいた人物。
どう見ても堅気ではない、異様な風体の大男。
結局部屋のベッドに転がしておいたが、彼は一体なんなのか。
水を吸ったコートを脱がせた際に、その胸元に光った曰くありげな十字架を思い出す。
珍しくもない十字教徒、この街ではそう多くないが、世界で一番ポピュラーな宗教。
ただ、昼にインデックスが語った、魔術師の総本山としての機能とやらが頭から離れない。
魔術師。
インデックスを狙う、襲撃犯。
彼がそうなのだとしたら、一体どういうことになるのだろうか。
478: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/02(土) 23:31:31.78 ID:koz38vGzo
一度は放棄した疑問に足をとられそうになる鋼盾だったが、その思索は人垣の中、思わぬ顔を見つけたことにより中断される。
野次馬から少し離れた所に佇むは、同じ寮住まいのクラスメイト。
土御門元春。
夜だというのにサングラスをかけたの常のままのスタイル――ファッション云々より視界が心配である。
丁度電話を終えた所のようで、耳元から話した携帯電話のモニタを眺めているようだった。
鋼盾が近づいて声をかけようとした瞬間、ボソリと土御門が呟いた。
「……まったく、どいつもこいつも自分勝手に動きやがって」
それが、土御門元春の声だとすぐには気付けなかった。
口調が違う、というだけではなく、背筋が冷えるような冷たさを孕んでいたからだ。
数瞬迷い、それでもおずおずと声をかける。
「土御門、くん?」
「! おお、コウやんだにゃー。びっくりさせないでほしいぜよ!」
「ご、ごめん」
振り返った土御門はいつもどおりの軽い口調だ。
心臓が止まるかと思ったにゃー、とおどけるように笑っている。
表情も常のからかうような笑顔で、先ほど感じた違和感も霧散している。
―――勘違い、だったのだろうか。
479: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/02(土) 23:34:51.08 ID:koz38vGzo
「ん、どうしたコウやん。怪我してるみたいだにゃー」
目敏く鋼盾の顔の腫れに気付く土御門。
いろいろあってすっかり忘れていたが、昼の怪我はほったらかしたままだ。
思い出した瞬間、ビリリと痛みが走る。
「あ、これは、ちょっとトラブルにまきこまれちゃって……」
本当の事など言えるわけもない。
誤魔化すように口ごもる鋼盾。
「むう。ま、大したことはなさそうでなによりだぜい。
明日には腫れもひいてそうな感じですたい」
能力の関係からか、そちら方面になかなか詳しい土御門先生の診察が入った。
一応冷やしておくといいぜよ、つか、その袋に入ってるの手当てのアレみたいだにゃー?
本当に目敏いことだ。助言にありがとうと感謝を述べて、鋼盾は学生寮を見上げる。
「……火事、かあ。弱ったな。
早いとこ家に帰りたいんだけどな」
「いや、どうやらもう終わるみたいだにゃー」
土御門は先ほどから左手のみで何か折り紙のようなモノを弄んでいる。
丁度鋼盾からは死角になる位置で行われていたが、出来上がったようだ。
それは――どうやら「猿」を模したモノであるように見える。
鋼盾としては、土御門の言わんとしているところがさっぱり解らない。
戸惑いつつも、問い返してみる。
「終わるって……あの消防車来たばっかりだよ? 現場検証とかもあるだろうしそんな簡単に――
480: ◆FzAyW.Rdbg 2011/07/02(土) 23:35:24.29 ID:koz38vGzo
“蒙昧ナ聴衆ノ目ヲ塞ギ耳ヲ塞ギ口ヲ塞ガン / ヒマじんどもめ、みざるいわざるきかざるでさっさときえろ”
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そういえば鋼盾じゃなくて鋼野剣だったか···
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