【シュタゲSS】 無限遠点のデネブ前編
106: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 18:07:24.07 ID:0RgaG4Bu0
だが、何故これができたのか。鈴羽の助言があったからだ。ではその鈴羽に助言を与えたのは誰だ?そいつに出来て、この世界線上の俺たち未来ガジェット研究所に出来ないことはないはずだ。ならば、俺たちだってこのβ世界線から抜け出す方法を考案することは可能なはずだ……!
俺は既に一度、「元の世界線の収束範囲に戻る」という消極的な形ではあるが、世界を騙している。これの逆転の発想だ。橋渡しの因果を壊すことが可能ならば、橋渡しの因果を作ることも可能だ。これによってβ世界線から脱出できる。これを応用し、β世界線観測もα世界線観測も成立しない、狭間の世界線、『シュタインズゲート』の観測を行えばよい。
「こういうのを考えるのは私より紅莉栖……あの娘の方が断然得意なんでしょうけど」
俺は紅莉栖救出失敗後、もう何度やっても無駄なのだと思っていたが、そうじゃない。方法が間違っていただけなのだ。無理やり牧瀬紅莉栖を救おうとしたところで「紅莉栖の死を"認識"した"最初の俺"」という事象は収束をする。通常のβ世界線の因果律、そしてβ世界線のアトラクタフィールドには抗えず、結果紅莉栖は死ぬ。紅莉栖救出計画を実行しなかった可能性世界(この場合俺はα世界線へ行っていない)では恐らく牧瀬章一が殺害することになっていた事象(観測できないので不明)を、この俺が引き継いだに過ぎなかったのだ。
一応言っておくが、シュタインズゲートに到達するのは"この俺"ではない。
今いる世界線の俺は未来永劫"紅莉栖の生"を観測することは有り得ない。つまり、この俺はリーディングシュタイナーを発動してシュタインズゲートへと世界線移動することはない。そもそも今いる世界線の俺がリーディングシュタイナーを発動する可能性のある2036年には既に俺は死亡しているためシュタインズゲートへの世界線移動を行うことは不可能だ。過去に死亡した人間を過去改変によって再構成し、あたかも生き返ったかのように観測することが可能なのはリーディングシュタイナーを発動した生きている人間だけであって、俺自身が死亡する今回のケースは、2025年から2036年までに俺の記憶が存在しないため、この記憶は世界線移動をしない。ないものが移動できる道理がない。よって、シュタインズゲートに存在している俺が2036年時点でリーディングシュタイナーを発動することはない。
また、2025年のDメール送信での世界線移動は有り得ない。後述するが、この際のDメール送信によって生じる結果は既にこの世界線上で発生しているため、過去改変が行われず、ダイバージェンスが変動することにはなく、リーディングシュタイナーは発動しない。
何より必然なのだ。この世界線は、"あの時の俺"がシュタインズゲートに到着するための、必然の歯車なのだ。この世界線で俺たちがシュタインズゲートを模索する限り、この世界線は"なかったことにしてはいけない"。
「ゲーデルの時間的閉時曲線ね。未来の行き着く先が過去につながっている。だけど、牧瀬紅莉栖の救出に成功した場合、必然的に今いるこの世界線は"なかったこと"になるわ。逆説的に救出は無理ということになる」
そうだ。だがそうじゃない。かつて俺が経験した紅莉栖の救出失敗によって今いるこの世界線の因果が成立していると言うに過ぎない。
つまり、どのみち"俺"は一度紅莉栖を殺す……紅莉栖の救出に失敗しなければならない。これは確定事項だ、絶対にひっくり返ることは無い。
「一度わざと救出に失敗させるってことね。だけど、それだと私たちが何をしたってまた同じ轍を踏むことしかできないわ。だってあなた、鈴羽さんに促されても、二回目のタイムトラベルを行わなかったんでしょ?」
そうだ。だから、オペレーション・スクルドだけでは全く意味がない。
これでようやくまゆりの言う"彦星"とつながった。あのまゆりのメールのこの世界線における意味が、ようやくわかったぞ……。
結局、まゆりの選択は、俺たちに反撃の機会を与えるための最重要ターニングポイントだったのだ。
俺はどこかで、あの時まゆりが居なくならなければよかったと恨み言を抱えている節があった。だが、それは違うぞ"岡部倫太郎"。
まゆりの選択は、間違ってなどいない。むしろ正しすぎるくらいだった。
これが、『シュタインズゲート』の選択なのか……。
だからもう一手間必要だ。死の偽装の後、さらにもう一手間が必要なのだ。この順番は守らなくてはならない。
第二段階として、中鉢の持っていた論文をロシアの手に渡る前にこの世から葬り去り、かつ紅莉栖にタイムマシン研究をさせなければ、世界のタイムマシン競争が白熱することはなく、ロシアに命を狙われることもなく、「鈴羽がタイムマシンで紅莉栖を救うために過去改変にくる」ことになる因果律が崩壊し、それによって因果律崩壊のための因果が二つの観測点(β世界線とシュタインズゲート)によって成立し、β世界線のアトラクタフィールドから解放され、ダイバージェンスは大きく変動し、紅莉栖が生きている状態を確定させシュタインズゲートへと移動することになる。
では、どうやって中鉢が所持していた論文を消滅させるか。あの時、8月21日18時12分に、2025年8月21日から俺のケータイへと送られてきたDメール……。
『テレビを見ろ』
たった一言、それだけだった。
かつての俺はたしかにダルのワンセグでニュースを確認したが、だが意味を理解していなかった。
俺が一度救出に失敗して戻ってきたあの時刻、各テレビ局のニュースでちょうどある事件が放送されていた。それはなにか?今の俺は既に穴が空くほど見ている。
それは中鉢の亡命成功のニュースだった。いや、正確にはロシアン航空機火災事故のニュースなのだが。そこには『まゆしいの』と書かれたメタルうーぱが映っていた。
あの時の俺もそれだけははっきり確認していた、と思う。この記憶はクリスとのカウンセリングのおかげでかろうじて思い出せている。
だが、だからなんだと言う話だと思った。
いいや、違う。間違っているぞ岡部倫太郎。このDメールこそが、シュタインズゲートへと到達する第二の鍵の在り処を示す、宝の地図なのだ!
どういう因果かはよくわからないが、とにかくあの金属玩具が中鉢論文の封筒に入っていたことで、金属探知機に引っかかり、手荷物として封筒を持ち込んだため、貨物室火災に巻き込まれることなく、ロシアに利用され……今に至る。これだ。このバタフライ効果を利用して仕込みをすればいい。
しかし、これだけは本当に、まったくもってどういう因果かわからない。
そもそもどうしてまゆりのメタルうーぱがあの封筒に入ってしまったのか……。
"牧瀬章一が論文の入った封筒を所持して飛行機に乗ること"は、計算によって収束事項だと既に判明している。
ならば、何をすればいいか。収束事項でないものを探し出せばよい。
それをここ何年もひたすら探しているのだが、ここだけがどうしてもわからないのだ。ダイバージェンスを大きく変えるような事象を計算するのは比較的簡単なのだが、ダイバージェンスを全く変化させないような事象を計算するのは、まるで悪魔の証明だ。
そのため、ひたすら仮説を作り上げて、それが"収束事項である"と計算された場合は除外する、という行為を繰り返し、最終的に一つの可能性しかないという状態に絞るしか手段がない。
金属探知機を誤作動させるようあの時のダルに指示するか?
それとも、論文の中身をすりかえるか?
いや、論文ごと飛行機を墜落させるべきか?墜落させるとしたらどのタイミングなら可能なのだ?
もしくは、8月21日の11時頃にテロ予告を送りつけるか、実際に爆破テロを起こすことによって、飛行機に乗るだけ乗らせて国内に留まらせるか……。
まさか、ここには収束事項以外は存在せず、第三次世界大戦へと収束してしまうのか?
いや、そんなはずはない。なぜなら第三次世界大戦勃発は収束事項ではないこともわかっている。
可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされることまでやってみること、だ。くそッ!一体、なにが―――
……仕方ない、ここは一旦おいておこう。とにかく、一度救出に失敗した直後の俺に、オペレーション・スクルドの指令ムービーメールを送ることでこのことを気づかせる。
ところで、『テレビを見ろ』のDメールが一体どこから送られてきたのか。
俺が今いる世界線ではない。だが、かつて俺が8月21日にいた世界線の延長上にある可能性世界から送られてきたのだ。
なのでこれについては今この俺が2025年に送る必要はない。同様の理由で、このDメールだけではシュタインズゲートへの因果は成立していない。
しかし、このDメールを送ったどこかの2025年の俺のおかげで、シュタインズゲートへの一歩は確実に踏み出されることになる。
感謝するぞ、俺。
仕込みの際、若干世界線は変動するだろうが、だがまだ「タイムマシン開発競争」が発生しない観測点は設置できておらず、つまり因果が確定していない。
実際に中鉢論文が消滅するのは2010年8月21日であり「タイムマシン開発競争」が発生しない因果の観測点が設置されシュタインズゲートへの世界線変動が発生するのはこのタイミングとなる。このタイミングで橋渡し因果が完成する。
ゆえに第三段階として、7月28日にラジ館屋上に存在するタイムマシンが死の偽装や仕込みの後、8月21日以降に時間移動する必要がある。行為としてはなんら難しいアクションではないので、鈴羽なら確実に達成してくれるだろう。
一足飛びに話をしてしまったな。さて、このことについて詳しく見てみよう。
その理由はなぜか。一回目の救出失敗の時とは少し様相が異なっている。なぜなら救出に失敗した後ではなく成功した後の話だからだ。
アレがあそこにあったままではタイムマシンが何者かに発見されてしまう。また、俺が今いる世界線での2010年7月28日以降でも、タイムマシンは屋上に放置されていなかったことは確認済みなので、やはりβ世界線ではここに放置されるべきではないことがわかる。おそらく、深刻なパラドックスが発生する。
そもそもリーディングシュタイナー観測点に紅莉栖の死を観測させてはならない。紅莉栖の死は未確定の因果として保存しなければならない。生きているのか死んでいるのかわからない、50%の可能性を保持しなければならない。
紅莉栖の死を観測してしまえば、たとえ第三次世界大戦が起こらなくとも、それは作戦の失敗だ。紅莉栖の死を観測していない状況下で中鉢論文が消滅する必要がある。論文が消滅さえしてしまえば、β世界線の時系列的にズレた因果律が自己矛盾を起こし、"紅莉栖の死の観測の回避"および"論文消滅"が同時に観測されうる、シュタインズゲートへと世界は再構成されることになる。そのためのバックトゥーザフューチャーだ。
α世界線のまゆり救出ではこの手法は考えることもできなかった。FG204型タイムマシンは未来方向への移動が不可能だったからだ。
ではどこへタイムトラベルすればよいか。
シュタインズゲート観測点より時間的過去では「タイムマシンが何者かに発見されてしまう」および「紅莉栖が死んでしまう」という可能性が残っているので、シュタインズゲート観測点よりも時間的未来へ向けて飛べば安全だ。搭乗員である鈴羽は俺がシュタインズゲートを観測した後、2036年に元気に暮らしているだろう鈴羽へと再構成される。
だから"俺"は死の偽装と仕込みの後、鈴羽とともに中鉢論文消滅時点へタイムトラベルすれば、タイムマシンがその時空間に到着したと同時にシュタインズゲートへ到達する。
ここまできてようやく紅莉栖の生の観測の因果が成立する。
オペレーション・スクルドは成功する。
シュタインズゲートへと到達する。
以上の事象の変更によって達成されるダイバージェンスが1.048596であることは計算によって判明している。
シュタインズゲートへと世界線変動が起こった後、紅莉栖が俺と関係をもってタイムマシンを開発し、第三次世界大戦が勃発するのではないか、だと?すなわち、俺の今までの議論の中で設定したシュタインズゲート観測点は本当は成立しておらず、8月21日以降もβ世界線であるのではないか、ということだな。いや、それはない。さっき計算したと言っただろう。原理としても、8月21日の時点であいつは既にアメリカへと帰っている。俺と紅莉栖がめぐり合うことは万が一つにも無い。
とは言っても、シュタインズゲートは"タイムマシンが開発されない世界線"と同義ではないし、"タイムマシンを開発する世界線"は"タイムマシン開発競争が過熱する世界線"と同義でもない。何が起こるかわからない、未知の観測領域だ。
もしかしたら、あるいは。紅莉栖と俺は、再会するのかもしれない。
「な、なるほど……。もちろん、そのためには鈴羽さんとまゆりさんがタイムトラベルを確実に成功させてくれる必要があるわ。あの時のあなたの目が覚めなければいけない」
「……いや待て。俺があの時感じた頭痛とめまいは、ただ立ちくらみではなかった、というのか……?」
そうか、そういうことか。
「この世界線では、俺たちがあの時の二人に"Dメール"を送ることが確定しているのか……!」
ムービーメール送信によってβ世界線からα世界線へと大幅な世界線変動が発生することはない。
どうして当時のエシュロンに捕らえられるであろうこのムービーメールが世界線変動を引き起こさないか、だと?
それはズレた議論だ。俺がかつてα世界線へと移動したのは"紅莉栖の死を観測した後Dメールを『送信』したため世界線が変動するが、その『送信』のために巡り巡って紅莉栖の生を観測するのでβ世界線の因果律が自己矛盾を起こし崩壊することでα世界線の因果律が再構成されため"であるから、このムービーメールは"紅莉栖の死の観測"以前に『受信』されればなんの問題もなくβ世界線のままを保持できる。
要は"紅莉栖が死ぬ"ことが"観測"された後でDメールを送って"紅莉栖が死なない"ことが確定したためにα世界線へ変動したのであって、まだ死んでいないならムービーメールを受信しても問題ない。
このムービーメールの受信という過去改変によって紅莉栖の生が観測される世界線へと改変されることは、そのメールの内容からして有り得ない。ゆえにこのムービーメールは俺が今存在する世界線と全く同一と想定できる世界線へと受信され、その状態が保持される。
この点に関してはダルがフェイリスに雷ネットで勝てなかったDメールの状況と似ている。この時は僅かに世界線が変化したため送信履歴からDメールが消えたが、今回のムービーメールの場合は当然受信時に結果が変化しないので送信後の2025年にも送信履歴は残ることだろう。
ムービーメール自体に過去改変能力があるのではない。あの時、8月21日に一度救出に失敗して戻ってきたタイムマシンに、もう一度往復する能力があることによって間接的に過去改変が達成されるのだ。
もう二つヒントがあった。"最初の俺"が受信したノイズまみれのムービーメールと、α世界線上で受信した文字化けメール。これらはつまり、かつて他の世界線の未来の俺が送ったムービーメールの成り損ないなのだ。
ノイズまみれのムービーメールの送り手は誰か。そいつは紅莉栖の死を観測したにもかかわらず電話レンジ(仮)の改良に成功せず、中途半端なノイズまみれのDメールしか送ることができなかった俺だ。
可能性世界の話になってしまうが、例えば俺が2011年7月7日にラジ館屋上で逮捕されてしまう世界線では電話レンジ(仮)の改良に成功しなかった、ということだろう(この可能性世界線はクリスのタイムリープによる過去改変の結果"なかったこと"になっている)。
α世界線の文字化けメールは、まゆりの死を観測したにもかかわらずそれを受け入れ、SERNに拘束された紅莉栖を救うべくレジスタンス組織ワルキューレのリーダーとなった俺からのDメールなのだ。
β世界線でもα世界線でも7月28日にDメールを受け取っていたことから、この"Dメールを送る"という事象自体はβ世界線のアトラクタフィールドでもα世界線のアトラクタフィールドでもどちらにおいても収束範囲だと推測できる。
いや、違うな。7月28日12時26分の時点では"Dメールを受け取る"という事象がよりマクロな収束が発生しているのだろう。このDメールがβ世界線からα世界線に世界線移動する、といった因果律の崩壊に影響しない理由は既に説明したから省略しよう。
結局、どうあがいても33歳の俺はDメールという形でなんらかの過去改変を試みるわけだ。まぁ、逆に言えば、これらの成り損ないメールのおかげでオペレーション・スクルドの立案計画に突入できたのだから、ある意味これらも因果として必然と言えるのかもしれない。
以上のことからオペレーション・スクルドの指令ムービーメールは2010年7月28日12時26分へ向けて送信することにする。
「なるほどー。だいたいわかったお。だけど……」
「そうね、オペレーション・スクルドの第二の条件。"論文抹消"についてなんとかしないと、ムービーメールを送っても意味がないわ」
そうだ。そこなのだ。これをなんとしても2025年までに解明しなくてはならない。一刻も早く計算式を―――
「オ、オカリン。顔がやばいって」
「岡部さん、疲れたでしょう。もう遅いし、ゆっくり寝た方がいい。続きはまた明日にしましょう」
「……む。もうこんな時間か」
「あと少しなのはわかる。だけど、研究者は体が資本でもあるんだから」
「うむ……。二人とも、付き合わせてしまってすまない」
「そうだおオカリン。僕を見習って健康を意識した方がいいのぜ?」
寝言は寝て言え。
俺はクリスになだめられる形で自室へと向かった。
しかし、すぐには寝付けなかった。あまりにも頭が興奮していた。
……この世には、絶対不変の真理などというものは存在しない。
どれだけあがこうと、努力だけでは変えられない壁など、ありえない。
故に俺は妥協せず、諦めず、己の信じた道を突き進む。
だから、忘れてはいけない。己の心の中に、自分だけの運命石の扉<シュタインズゲート>があることを。
あと、一歩なんだ。もう手を伸ばせば手が届くのに。
いったい、扉を開く第二の鍵はどこにある……。
そんな考えばかりが目蓋の裏でぐるぐると回っていた。
――だから、眠りが浅く、あんな夢を見たんだと思う。
待て。
待て待て。
何かがおかしい。
一体、なにが―――
オレガ……コロシタ……
ムダナンダ……ナニモカモムダナンダヨ……
アアアアアアアアアア――――――――!!!!
あ、頭が。くそっ、なんだ、記憶が混濁しているのか?
「しっかり思い出して。あなたはどの"岡部"なの」
女を犯したって、なかったことにできる
ラボも仲間もなくなったが、フェイリスだけはいてくれるから、寂しさだって紛らわせるだろう
俺は、お前を男には戻さない
このガキは俺のことを"殺さない"んじゃない。"殺せない"んだ
誰よりも大切な女性のことを、忘れたりしない
このラボに……4人目のラボメンなんて……いない……
俺とまゆりは付き合い始めた。まゆりもまた俺のことを大好きだと言ってくれたから
「岡部?大丈夫?」
オカベ……おかべ……"岡部"……?
その呼び方で呼ぶな。
その呼び方で俺を呼ぶ人間は。
……もう此の世に居ない。
「じゃぁ、あなたは誰?」
オカリン オカリンさん
岡部さん
キョーマ
おか…凶真さん
岡部くん
岡部
違う。俺は。
狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院ッ!凶真だッ!
俺は……俺は、"鳳凰院凶真"だ。
あの時、紅莉栖を救出できなかった。
そしてこの手で刺し殺した、その俺だ。
「戻ってきたみたいね、記憶」
あぁ、戻ってきた。
だが、お前はいったい―――
「助手、後は俺が代わろう。貴様は引っ込んでいろ」
「なっ、久しぶりに会ってそれか……。って、そうでもないか」
「いや。俺にとっては7000万年振りだ」
「は、はぁっ!?またわけのわからないことを言って……」
お、おいおい。ちょっと待て。
"俺"が目の前に、いる、だと!?
しかも、突然歯車を模した円卓が登場した……。どんな手品だ!?
「何をしょぼくれているのだ。貴様、それでも"鳳凰院凶真"か?笑わせてくれる」
いったい、なにがどうなって……。
「ここは貴様の脳から発せられている信号によって形成された世界だ。それはつまり、すべての岡部倫太郎の可能性の束だ」
なん……だと……?
「とにかく時間がない。今、お前が知りたい"凶悪な真実"は、いったいなんだ」
お、俺が知りたい、真実……?
それはもちろん。第二の鍵だ。
シュタインズゲートを開くための、第二の鍵だ。
「そうだったな。では、これよりその鍵を見つける方法をお前に教えてやる」
なに!?知っているのか貴様!?
「だが、鍵を見つけるのは俺でも、お前でもない。"もう一人の牧瀬紅莉栖"だ」
い、いったいお前はなにを言っているんだ……。
「時間がないと言っている。いいか、俺はお前に方法だけを教える。そうしなければ、因果が狂ってしまうからな」
……?
「よく聞け"鳳凰院凶真"。これからお前に、シュタインズゲートへの鍵を探す方法を教える―――受け取れ」
なんだ、これは。
「なんだ、とはなんだ。知らないはずがないだろう。緑のうーぱキーホルダーだ。かがりの、大切なお守りだ。早く受け取るがいい」
なぜこれがここにある……。
まさか、シュタインズゲートを開ける鍵のキーホルダーだとでも言うのか?
やはり、どうみてもただのうーぱ―――
……!?
と、突然、頭の中に情報がッ!?
な、なんだこの記憶はッ!?
「記憶ではない。知識だ。鍵を探す方法、という知識だ。俺がエデンの園より持ち帰った、知恵の樹の実だ。それを、かがりのお守りの力を利用して、貴様の脳内に直接送り込んだ」
は、はぁっ!?こいつ直接脳内に……!
「まったく、やっぱり何でもあり、ってのはよく無いわ。この空間、いくらなんでも非科学的よ」
「だが、重要なのはどう解釈し、どう利用するか、だろ?」
「わかってる。岡部のくせに偉そうな口を利くな」
「それで、"鳳凰院凶真"よ。やるべきことはわかっているな」
なにがなんだかわからないが……。答えはイエスだ。
やるべきことははっきりわかっている。いや、わからされたと言うべきか。
「ムービーメールへの刻み込みの件は俺に任せておけ。これは俺の仕事だ。お前はお前の仕事をやればいい」
そうだ。ここで俺がやるべきことはひとつ。
「じゃぁ、こっちにカメラを用意しておくから。ここに向かってしゃべれば、向こうの"私"に映像がスクリーン表示されるはずよ。既に回線はつないである」
方法はわかった。
ならば、あとは実行するだけだ。
この偉そうな態度の30代のおっさんは気に入らないが……。
いいだろう。
運命石の扉<シュタインズゲート>を開ける鍵を―――
―――見つけてみようではないか。
『聞こえているな。ザ・ゴースト』
少し、このことについて説明しよう。
リーディングシュタイナーについて俺は長らく大きな誤解をしていた。自分の経験から、リーディングシュタイナーは「世界線変動の原因となる行動を行った世界線でのそれまでの記憶を、世界線変動後の同じ時刻へと持ち越せる能力」だと認識していた。事実、それがあるからこそ知りえない情報を手に入れていたり、瞬間移動していたりしたわけだ。
そしてこれは誰しもが持っていて、個人差がある。フブキのように強く発現する人もいれば、そうじゃない人もいる。デジャブとして認識されるような、そういうものだと思っていた。
だが違った。そうじゃない。俺はさんざん助手から言われたことを思い出した。
『だから"現在"が変わって私たちが変化したなら、あんたも変化してないと矛盾が生まれる』
『それとも、自分は観測者だから変化しないとでも言うつもり?その場合、あんたはこう主張していることになる。"自分は人間という存在ではない"って』
『そもそも、もし"リーディングシュタイナー(笑)"が正しいなら、あらゆる人間の記憶があんたの主観に引きずられてることになる』
『そんなの、無理が有りすぎる。もしそうだったら岡部は文字通り、神よ』
その通りだ。俺は神じゃない。ゲームやアニメの主人公でもない。
『あんたの脳が、そう錯覚させているだけ』
そうだ、その通りだ。
俺中心の認識では、フブキだけでなく、すべての人間の"デジャブ"について説明ができない。
α世界線で、フェイリスもルカ子も、時間経過と共に次第に思い出し、そして記憶が中途半端に混じった状態になってしまっていた。
世界線を跨いで記憶は引き継がれる。俺だけが特別じゃない。
つまるところ、この岡部倫太郎という人間も例に漏れず世界線が変動すれば記憶は改変されているのだ。改変、という言い方は、変動前の観測点からの言い方であって、世界線が変わればその因果律に従った記憶を所有することになるのは当然である。多世界解釈ではなく、世界そのものが塗り替えられているのだから。
"この後"、リーディングシュタイナーは効果を発揮する。
つまり改変後の俺の脳が、改変前の俺の脳内の記憶を、強烈なデジャブとしてまるごと受信し、かつその時所有している記憶のすべてを破棄しているのだ。
この改変後の俺の脳と、改変前の俺の脳は異世界線同位体ではあるが、これによって結果的に改変後の俺の脳と改変前の俺の脳は同一のものと考えることができる。
ダイバージェンスの非常に小さい世界線変動の場合は俺のリーディングシュタイナーが発動していないように感じていた。それは改変前と改変後における記憶の受信と破棄の内容の相違が小さい場合だったに過ぎない。
一つの世界線の流れの中で世界線変動という現象を考えると、俺は他の人間より優れた能力を持っているわけではない。むしろその逆だ。
つまり改変時点よりも過去の記憶(これは本来所有していたはずのものである)を取り出すことができなくなる、という重大な脳の記憶異常と同義なのだ。事実フブキたちは新型脳炎として診断されていた。
俺は単にリーディングシュタイナーを持ち、かつ故意に世界線変動を引き起こす環境が整っている稀有な人間だった、ということに過ぎない。
そのために自分のリーディングシュタイナーを誤解する形ではあっても認識することができた。もしかしたら重度の幻覚障害者や精神異常者は、俺以上に強烈なリーディングシュタイナーを持っている人間なのかもしれない。
結局、リーディングシュタイナーは神に等しい力でも"魔眼"でもなんでもなく、それこそ新型脳炎のようなものなのだ。
世界線が変動すれば所有していた記憶は塗り替えられるのだが、俺はその塗り替えられた記憶のすべてを消去し、すっからかんになった脳みそに替わりに変動前の世界線での記憶が詰め込まれる。
もしレスキネンたちストラトフォーによって研究が本格化していたならば、数年のうちにその物理的・化学的なアプローチでリーディングシュタイナーを自在に作ることができるだろう。
だが原理はよくわからない。飛行機が飛ぶ原理はよくわかってないのに計算式はある、というトンデモ科学界隈で有名な話とは別だ。
―――俺が見たあれは夢だったのか。
否、夢ではなく、脳の外部の記憶領域、すなわち世界から超越した領域だ。
おそらく、リーディングシュタイナーによってこの超越領域に記憶がバックアップされているのだ。
まさにシェルドレイクの仮説。そうでなければ説明ができない。
「ちょ、ちょっと待って。その推論はさすがに非科学的すぎる。というか、疑似科学の代表格じゃない」
「まぁ、お前ならそう言うだろうとは思っていた。では、答えろクリス。記憶とはなんだ」
「は、はぁ?タイムリープマシンを開発した私にそれを聞く?」
「早くしろ、どうなっても知らんぞ」
「まったく……。わかった。せっかくだから詳しく説明してあげる」
そういってクリスは、俺たちの前でかつてATF(アキハバラ・テクノ・フx-ラム)で行った説明を捲し上げた。
「人間の記憶は大脳皮質、とりわけ側頭葉に記憶される。いわゆるフラッシュメモリみたいなもの。そして、そのメモリに記憶を書き込んだり、読み出したりするのが海馬傍回」
「脳はニューロンと呼ばれる細胞の間を、電気信号が伝わっていくことで働いている。記憶というのは、つもりこの"電気信号の伝わり"のことで、この働きを制御しているのが海馬傍回ね」
「つまり、電気信号が海馬傍回を出入りすることで記憶は作られていく。この出入りパターンは既にあの娘、紅莉栖によって完全なデータ化に成功したわ」
うむ。まったく、いつ聞いてもとんでもない話だと思う。
「次は記憶を思い出す、とはなにか。説明してくれ」
「はいはい。人間が記憶にアクセスしようとする時、前頭葉から側頭葉へ信号が行く。これがトップダウン記憶検索信号ね」
「俺たちはどうやってタイムリープで記憶を思い出している?」
「その言い方には語弊があるけど……。側頭葉に未来から転送された記憶を書き戻す過程で、一緒にコピーした擬似パルスを前頭葉の方に送り込めば、記憶検索信号はちゃんと働く」
これは牧瀬紅莉栖が確信をもって説明してくれたことだったな。
そして同時に、助手はこうも言った。
『結局は"意識はどこにある"という問題に行き着く』
助手との議論の結果、やってみなければわからない、という話で落ち着いたのだった。
「だが、本来記憶は非常にアナログなものだ。デジタルデータと擬似パルスだけでどうしてタイムリープが可能なのか、どうして"Amadeus"はあのように機能したのか。その原理はどうなっている?」
「……不明よ」
そうだ、結局ここの原理は不明なのだ。
だが、それでも結果は観測されている。
様々な実験の結果、俺たちは次の推論を立てることが可能なはずだ。
つまり、デジタル化したところで"アナログな部分が機能している"。
いったい、どうやって?
脳の外部に記憶のバックアップシステムが存在するとするならば、これを説明することが可能だ―――
「そ、そんなのありえない!」
ほう、確認もしてもいないのに否定するのか。
現実に起きていて、いまだ解明されていない現象。
例えば、幽霊。
「そんなオカルトと一緒にしないで!紅莉栖の研究は、ちゃんと科学的手続きを正当に踏まえたもので……」
お前が切り抜いていたタイムマシン関連の記事、その大半はオカルト雑誌だったな。
「……たしかに、タイムマシン関連の現象がオカルト記事になることを私たちは知っているけど」
オカルトだからと言って思考停止か?
"そんなことじゃ、真実には絶対にたどり着けない"
「……それ、あの娘の言葉ね」
リーディングシュタイナーもタイムトラベルもトンデモ科学ではない。少なくとも、現時点では。
充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。
「……クラークの三法則」
質問を変えよう。
「魂はどこにある?」
「!?」
「突然宗教の話になったお……gkbr……」
一般的には、生きているものの内部にあるとされ、死によって外部へと移動すると考えられている。
それは、なぜだ。魂とは、なんだ。
イタコはどうやって死者の魂を口寄せしている?
ツングース族はどうやって自分の魂を生きたまま取り出し、精霊の世界を旅してそのメッセージを現世に伝える?
バリの"選ばれた少女"はどうして習ったことが無いダンスを踊ることができる?
神がかりとはなんだ。瞑想とはなんだ。トランス状態とはなんだ。
預言とはなんだ。憑依とはなんだ。どうして「自分じゃない」ものが脳内に存在する?
死後の世界とはなんだ。天国、地獄、極楽浄土、黄泉の国、冥府、ヴァルハラ、ニライカナイとはなんだ。
前世の記憶とはなんだ。正夢、予知夢とはなんだ。虫の知らせとはなんだ。勘とはなんだ。
デジャブとはなんだ。テレパシーとはなんだ。千里眼とはなんだ。
どうして「知ってるはずが無い」記憶が脳内に存在する?
「……まさか、岡部さん。あなたは、魂、と認識される現象群が、外部にある記憶領域により発生している、とでも言いたいの……ユング心理学のつもり?人類は深層心理で集合的無意識を共有していて、共通した元型として表出されているってこと……?パウリ効果?シンクロニシティ?そんなの、ただの偶然じゃない!」
さぁ、どうだろうな。それは解釈次第だ。
魂の記憶、アカシックレコードが存在するか否か。
「証明できないからあるかも知れない、って言うの?だからといって、記憶領域が外にあるかどうかなんて、人間が人間である限り、人間が脳を使ってモノを思考する限り、人間の脳機能が生命活動に依存している限り、科学的検証は原理的に不可能よ!量子的効果を脳っていうマクロスケールで発現させるためには、シンプルな系を絶対零度近くまで冷やさなきゃいけない!そんなことしたら当然絶命するわ!」
そうだ。証明は不可能だ。
「だが、俺たちは何度もタイムリープしているし、"Amadeus"はちゃんと機能していた。なによりリーディングシュタイナーは何度も発動している。俺だけでなく、フブキもだ」
「……!!」
反論出来ずに地団駄を踏むクリス。
その目には悔しさが浮かんでいる。
俺の横柄な態度に対してか、証明できない世界に対してか。
……牧瀬紅莉栖という存在に対してか。
まさか、この俺が論破する日が来ようとはな。
結局、結果がすべてなのだ、この世界は。それが世界の仕組みなのだ。
あとは、俺たちがそれをどう解釈するか。そうだろう。
原理はわからない。だか俺は、現にあの夢を観測している。
ならば、あとは俺が解釈すればいい。ありとあらゆる状況下で真であると解釈する理屈を作り上げればいい。
それ以上に、不思議な確信があった。
紅莉栖が、助手が。
狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の助手が。
見つけてくれた唯一の答えなのだから。
「"考えるよりやってみろ"、ということですね、分かりません!ってかクリス氏、もう理屈はいいから方法を見つけるべき」
「……!!……!!」
そうだ。案ずるより産むが易し。
クリスが天才牧瀬紅莉栖に対して劣等感を抱えているのはわかっている。
だが、それでいい。その人間的な執念が俺たちを正しい道に導くはずだ。
だが、思考は止めるな。行動と同時に頭を動かし、冷静に世界を見つめろ。
……世界は常に俺たちを陥れようとしているのだから。
この次からが大事だ。かつての俺が主観時間的に未体験のゾーンに突入する。
→「そのタイムマシンと鈴羽によって俺に紅莉栖をわざと殺害させる"紅莉栖の死の観測"=β世界線観測点の設置」→「今この俺がいる世界線の存在が確定」→「因果律によりオペレーション・アークライト成功」→「"俺"の目が覚める」→「世界線が若干変動(俺が今いる世界線への移動)」→「ケータイにDメールが届いている」→「オペレーション・スクルドの発動」→「再度救出へ向かう」→「紅莉栖の死の偽装」→「紅莉栖の死の回避(仮)="最初の俺"は紅莉栖の死を認識するので『β→α→β』以降のここに至るまでのすべての観測点移動の確定」→
これによって以下のことが可能となる。
→「うーぱの仕込み」→「論文の抹消」→「紅莉栖の生の観測&タイムマシン開発競争が過熱しない因果が確定=SG観測点の設置」→
一旦ここまで。次はこれだ。
→「因果律にダイバージェンスの大きく異なる観測点が二つできる」→「因果律超越」→「アトラクタフィールド脱出」→「シュタインズゲートへ世界線変動」
とまぁ、こんな感じだ。
これで矛盾した"紅莉栖の死の観測"を原因として"紅莉栖の生の観測"を結果とする二つの観測点を設置し、その因果の間にタイムマシンを利用した因果律超越を用いることでβ世界線観測点での因果律崩壊を引き起こし、世界線収束範囲を脱出、リーディングシュタイナーを発動させシュタインズゲートへ到達する、という因果の図は成立する。
過去を変えずに結果が変わる、唯一の方法だ。
「最後の方、書ききれなくなってごちゃごちゃになってるわよ」
ええい、読めるから問題なかろう。
リーディングシュタイナー観測点である"今の俺とそれに付随した世界"の主観的時系列で考えるならばこうだ。
2010年のオペレーション・アークライト自体には失敗したが、2011年のオペレーション・アークライト出発には成功し(この時俺は俺とクリスのタイムリープによる2種の過去改変=まゆりと鈴羽の生存確保&ラジ館屋上からの脱出確定によって世界線移動をしている)、電話レンジ(仮)の改良に成功して、オペレーション・アークライトを成功させるDメールを送り、オペレーション・スクルドを成功させるDメールを送り、タイムマシンを作って鈴羽を送り出すことになる。
「僕、人生で二回も娘と生き別れるのかお……」
もう一方のリーディングシュタイナー観測点(すなわち"α世界線から戻ってきた俺"とそれに付随した世界)の立場から時系列を考えるとこうだ。
今の世界線の俺たちが作ったタイムマシンとそれに乗った鈴羽に出会うことになる世界線上に復帰した"岡部倫太郎"は、その後紅莉栖救出に失敗し、戻ってきた直後に『テレビを見ろ』Dメールを受信、次いでオペレーション・アークライトが成功。
この二つの事象の後初めて"オペレーション・アークライトが成功した世界線(俺が今いる世界線の過去方向への延長線上)"へと世界線移動、すなわち電話レンジ(仮)が改良に成功した世界線であることが確定となるので、ノイズメール世界線から離脱し、そのタイミングでオペレーション・スクルドの指令ムービーメールの内容が確認できる状態になる(確認可能なムービーメールを受信しているケータイを所持している世界線へと移動する)ことだろう。
まとめよう。
技術的に電話レンジ(仮)およびタイムマシンを完成されることが可能となり、かつ周辺的な事象、すなわち資金やパーツの確保、各種実験の成功、敵対勢力からの防御、2036年時点でのラジ館屋上の空間の確保や、俺以外の主要メンバーの生命活動への危機の回避などの確保が達成される場合、先述の通り、オペレーション・アークライトは確実に成功する。
「Dメールを受信した(と保証されている)鈴羽とまゆりが過去にタイムトラベルすること」はこの世界線上で既に達成された事実であり(実際にはその後俺自身はラジ館脱出という過去改変のために世界線変動をしたはずだが、変動後もこの事実だけは変化していないので、結局オペレーション・アークライトは成功する)、この"果"が既に確定しているため「将来的に電話レンジ(仮)の改良に成功し、Dメールを送る」という"因"も保証される。
オペレーション・アークライトの成功が確定しているために、"紅莉栖救出に一度失敗した俺"が目を覚ますことも現時点で既に確定している。故にオペレーション・スクルドが発動することも確定する。
指令ムービーメールによって"俺"の無意識野に"決して変えられない事象"と、"変えることのできる事象"の見極めが刻まれるので、"俺"はシュタインズゲートへと歩みを進めることが確定する。
あとは"そいつ"の努力次第だ。
以上の方法と理論によって、狭間の世界線、シュタインズゲートへの到達は達成される。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
一同、無言になった。
研究室は静寂に包まれる。
理論上、シュタインズゲートに到達してしまったわけだからな。絶句するのも無理も無い。
……いや、そうではないな。誰もがある一つの可能性に気づいていた。
「でもさ、オカリン。シュタインズゲートって……」
「そうだ」
所詮、机上の空論だ。
すべては推測にすぎない。
この理論は間違っているかもしれない。
シュタインズゲートへの到達は不可能なのかもしれない。
ここまでの議論は無駄だったのかもしれない。
かつてニュートン物理学が相対性理論によって塗り替えられたように、ニュートリノに質量があったように、この理論も未知の理論によって否定しうるものかもしれない。
かもしれない。
かもしれない。
かもしれない―――
何故なら、俺はシュタインズゲートを観測できないからだ。
だが、違う。確かに俺はシュタインズゲートを観測できない。
だが、あの夢の中では。
俺ではない、"誰か"がシュタインズゲートを観測した。
いや、観測はしていない。より厳密には、シュタインズゲートへの鍵を入手し、シュタインズゲートの入り口へとたどり着いたことを観測した。
確定しているんだ。否定は、出来ない。
「そこは、わかった。岡部さんの理論を信じるわけじゃないけど……。だけど、仮にシュタインズゲートへの到達が可能だとして……」
そうだ。シュタインズゲートへの到達が確定していたところで。
「……そう、それは未知の観測領域だ」
たった一枚の壁の向こうは、知らない世界線。
「……何が起こるか、わからない、ということ、よね」
「そうだ。何が起こっても不思議ではない」
「……オカリンさん、それって、もしかしてさ」
そうだ。その世界線は、おそらく。
「……シュタインズゲートへの移動直後、収束はしないだけで、まゆりは死ぬかもしれないし、紅莉栖が死ぬかもしれない。両方の可能性もある。タイムマシンが存在しなければ、その事象は永遠に覆ることはない」
「……」
結局紅莉栖は、俺が助けた二日後には死んでしまうかもしれない。ロシアへ亡命した牧瀬章一はおそらく身柄を日本警察に拘束されるだろうが、その後逆恨みによって紅莉栖殺害を計画し、実行し、結果ヴィクコンで研究中の紅莉栖は殺されるかもしれない。
まゆりだって強盗に射殺されるかもしれない。車に轢かれるかもしれない。地下鉄に身体を投げ入れるかもしれない。心臓発作で倒れるかもしれない。
俺自身だって、一週間後の8月28日に死んでしまうかもしれない。突然俺という存在がシュタインズゲートから消滅するかもしれない。
それだけではない。世界のタイムマシン開発競争とは一切関係なく第三次世界大戦が起こるかもしれない。300人委員会の陰謀で世界人口が10億人に減らされるディストピアになるかもしれない。
かもしれない。
かもしれない。
かもしれない―――
結局、バタフライ効果によってどのような収束が発生しているかもわからないのだ。
「それに、"あの時の俺"がシュタインズゲートに到着した瞬間、こちらの主観でいうと、シュタインズゲート到着計画の最終段階である、2036年の鈴羽のタイムトラベル成功によって、因果律崩壊の因果が達成され、世界は塗り替えられる。俺たちが今いる世界線は"なかったことになる"」
シュタインズゲート観測点からすれば、俺たちの世界線は確定した歯車のひとつでありながら"なかったこと"になる。世界は再構成される。そして、俺たちの記憶はシュタインズゲートのデジャブとなる。
この世界線とシュタインズゲートの因果律超越因果の間には"2010年7月28日に紅莉栖の死を回避する世界線"などいくつかの世界線がクッションとして存在しているため、ソ連世界線の時のような強烈なデジャブとして存在できない。
しかも"あちらの俺"が2036年まで生きていたところで、"こちらの俺"の脳機能は2025年には存在できなくなっているのでデジャブの一切を受信できず、結局"こちらの俺"はなかったことになる。
シュタインズゲートは決してハッピーエンドの世界とは限らない。
そんなわけのわからないもののために、俺たちの人生を棒に振るのか。
この世界線の幸せを全て捨てて、"あの時の俺"にすべてを賭けるのか。
この俺が永遠に手にすることのできない結末、その幻想のためだけに一生をかけて死ぬのか。
「……それでも、やるのね」
「当たり前だ。その為にここまで来たのだからな」
わずかな可能性がある限り、決して諦めてはいけない。今までだってそうしてきたじゃないか。
シュタインズゲートでは、第三次世界大戦も起きないしディストピアも構築されないかもしれない。
紅莉栖も、他の誰も死なないかもしれない。
素晴らしい未来が待っているかもしれない。
かもしれない。
かもしれない。
かもしれない―――
だが、これだけは確定している。
未知の領域ではあるが、完全な未知ではない。
なぜなら、過去改変した事実は常に世界線上に残り続ける。
今俺のケータイにあるムービーメール同様、過去改変と、改変後の世界線(シュタインズゲート)は連続性がある。
ゆえに、シュタインズゲートであっても、7月28日に紅莉栖は"未来から来た俺"に救出されているし、メタルうーぱは牧瀬論文の封筒に入らない。
この二つに関連する事象だけは、シュタインズゲートを成立させる、シュタインズゲートではない世界線からの影響で発生した事象となる。
世界が再構成された後もここは確定する。
歯車なのだ。
シュタインズゲートを成立させる、歯車なのだ。
これに関しては不確定な可能性とは成りえないのだ。
ならば、シュタインズゲートは。
―――やはり俺たちの希望だ。
なぁに、たとえまた未来鈴羽がタイムトラベルしてくるような状況が発生したところで、その都度世界を騙してやればいいだけだ。世界の支配構造など、何度でも塗り替えてくれるわ。
俺は数多の世界線漂流の中で幾多の思いを犠牲にしてきた。それをなかったことにしてはいけない。
あの時、思い出したくはないが……。あの時。俺は、紅莉栖の声を聞いた。
時折頭の中でリフレインしていた、紅莉栖の、最期の声―――
『たす……けて……』
俺は、お前を、助ける。
"俺"は紅莉栖の救出に成功する。
そこに可能性があるなら、挑戦する。
挑戦するのを諦めたら終わり。そうしたら永遠に勝つ事は出来ない。
それが科学者というものなのだろう?なぁ、クリスティーナ。
「おいたん、なにしてるの?」
うっ。夏休みの家族旅行(というのは仮の姿で、実は世界の支配構造を破壊する時空の覇者による初の歴史的潜入工作)で沖縄に遊びに来ていた"おさな鈴羽"に見つかってしまった。
まったく、良い子は寝ている時間だろう。
「おいたんの声でおきちゃった」
そうだったか、それはすまなかった。ついでに世界初のタイムマシン有人飛行を俺が奪ってしまうことになったことも謝っておこう。
「おはなしして」
「おはなし?あぁ、いいだろう。お前が寝付くまで話をしてやろう。そうだな、今日は『なん…だと…!?アキバから萌えが…消えた…!?』がいいか?それとも『打倒!ヴァイラルアタッカーズ!!』がいいだろうか。それとも……」
「けっせー!みらいがじぇっとけんきゅーじょ!にして」
「って、それは昨日も話しただろう」
おさな鈴羽が短い両腕を伸ばして俺に甘えてきた、のだったらよかったのだが。
その鈴羽はどちらかと言うとキツい命令口調で言い放った。もちろん"だっこ"のポーズも取っていない。
ダルからは実は甘えん坊だと聞いているのだが、どうも俺の前では性格のきつい娘として振舞っているようだ。
「ちょっとオカリン相談が……って鈴羽。眠ってたんじゃなかったのか?」
「俺が騒いでしまったために目が覚めてしまったようだ」
「そうか……。鈴羽、ママのところへ行ってきなさい。ちょっとパパたちお話しなきゃならないから」
「わかったパパ」
鈴羽はすぐ返事をした。またか、と言いたげな返事だ。
早速約束を反故にしてしまったにもかかわらず、文句ひとつ言わないよくできた子供。
どこか寂しげな背中……。振り返らず、由季さんの元へ向かう。すまん、鈴羽。
「……今はパパって呼んでくれてるのに、しばらくすると"父さん"って呼ぶようになっちゃうんだよな」
「いや、それは収束事項とは限らないぞ?計算してやろうか?」
「だ、だが断る!それでもし収束事項だったら僕立ち直れないし……ってか、それはあとでいいから」
「そうだったな。それで相談とはなんだ?」
談話室から研究室へとカーテンをくぐった。
「それが、未来方向への移動の件なんだけど……」
ダルが少し深刻そうな顔をした。
「なにか進展はあったか?」
俺たちは既に未来移動に関する理論を成立させていた。クリスの天才的な才能のおかげだ。
「あれから試しにDメールを未来に送ってみたんだけど、ちゃんと受信されたお」
「うむ。ここまでは想定通りだな」
当然過去改変、いや未来改変は起こらない。要はタイマーメールみたいな機能だからだ。原理は異なるが、観測される事象はあまり変わらない。
「次は未来にタイムリープ可能かどうか実験すべきだと思うんだけど……」
「……いや、それは違うな。タイムリープはイコール世界線の変動とはならない現象だ。リーディングシュタイナーを発動させることなく記憶を移動させる方法だからな。それに普通に考えて、仮に実験したとして、送信の瞬間に記憶障害になり、おそらく生命維持に必要な全ての記憶が消失する。そんな状態の脳に記憶が戻ってこれると思うか?」
「う、うん。たしかに。じゃ、この実験はなしってことでおk?」
「OKだ。さっそく物質転移実験に移ってくれ」
「オーキードーキー!」
ニカッ、と歯を見せるダル。そこに12年前のような若さはない。
「ムービーメールの方はどうだ?」
「既に余裕で36バイト以上の容量は送れるけど、やっぱムービーはノイズ入るっぽい。ホントは超画質でダンディになったパパを鈴羽に見せてやりたいんだけど……ふふふ……」
「わかった。画質はほどほどでいいから、引き続き安定した送信環境の開発だな」
「あ、オカリンごめん、もひとつ」
「どうした?」
「もしもタイムマシン起動時に、なんらかのアクシデントが起こって搭乗員が気絶したりした場合、外側から操作できるようにしておいた方がいくね?って思ったんだけど」
「……場合によっては、必要となるかもな。他の組織に奪われてしまうくらいなら、いっそ時間移動させた方がまだ可能性は開ける」
その時は苦渋の決断を迫られることとなるだろうが。
だが、俺たちの計画を成功させるためには仕方ない。
「あんまりこういうこと考えたくないけどさ。こんなこともあろうかと!は、たくさん準備しておくに限ると思うのだぜ」
「わかった。ではタイムマシン外部の格納スペースに端末を設置、これを外せば、生体認証を通過した人間だけが内部コンソールを遠隔操作することができるようにする、ということにしよう。頼んだぞ、技師長」
「さっすがオカリン、話が早いお。でも、いくら僕がチート性能を持っていると言っても、設計図にそんなスペース無い件」
ダルが長机に広がった設計図を指差す。
「だったら動力ユニットの配線の位置を少しいじって、ここにスペースを新設する、というのはどうだ?」
「んー、そしたらメンテがちょっと厳しくなるかも。でも、やってみるお」
「うむ。頼んだぞ」
こんな感じの実験の日々が続いた。
鈴羽はまもなく由季さんとともに東京へ帰っていった。
ダルもあまり沖縄にばかりはいられない。技術系をある程度まとめたらあとは東京でプログラム系を消化してもらっている。
おそらく、東京の橋田家でも鈴羽とダルの家族の時間はほとんど無いのだろう。
鈴羽の年頃では、本当は父親とのスキンシップは重要なはずだ。
その話をダルに聞いてみると。
「……実は、あの時の鈴羽、隠そうとしてたけど、体中に傷があったんだ」
「この子の体が、いつかあんなに傷だらけにならなきゃいけないんだなんて思うと、さ」
財布に入った、幼い鈴羽の写真を愛おしそうに眺めながらそう言った。
「最低最悪の世界線ってのも、よくわかるんだ」
「だから、絶対成功させようぜ、オカリン」
……俺は、狂気のマッドサイエンティスト。"鳳凰院凶真"だ。
幼い鈴羽が親との時間が取れなくてかわいそうか?
笑止。笑わせてくれるな。
この世界は仲間の犠牲の上に成り立っているのだ。
なにを今更後悔していることがあろうか。
自分の信念を貫け。
仲間の思いを信じろ。
絶対に、タイムマシンを完成させる。
絶対に、紅莉栖を救出する。
絶対に、シュタインズゲートへと、到達する―――
そして、予想通り。
第三次世界大戦が始まった。
人工リーディングシュタイナーのβ版をアメリカが開発し、アメリカはそれを契機にロシアやEUのタイムマシンを狙って実力行使に出たのだ。
この人工リーディングシュタイナーの仕組みはレスキネンの洗脳システムを応用発展させたものだった。当然こちらにはその上を行くクリスがいるのだから、アンチ人工リーディングシュタイナーも未来ガジェット研究所の手によって開発させてもらった。
それだけでなく、アメリカが開発したと鼻を高くしているβ版の開発情報にはこちらからノイズを仕込ませてもらった。よって人工リーディングシュタイナーは使用したところでうまく機能しない。これではタイムマシン実験の最重要部分がクリアできないので、これを利用した世界線変動が起こることは無い。
ロシアではタイムマシンがある程度完成していた、といってもそれだけでは実用化はできない。
ロシアのタイムマシン関連実験はもちろん中鉢論文から始まっている。まず2010年のクリスマスに最初のDメール(電子メールではないだろう)送信実験が行われ、見事成功し、その確認の後Dメールを打ち消している。
何故そんなことが可能だったのか?そう、居たのだ。俺と同様な存在が。リーディングシュタイナーをちょうどよく所持しながらも、かつDメール送信実験に携わった人間が。
彼は300人委員会によって暗殺された。そのためロシアのタイムマシン研究は暗礁に乗り上げ、その後は血眼になってリーディングシュタイナーをちょうどよく持った仲間足りうる人材を探していたらしい。
そういう経緯もあって、ロシアはEUとタイムマシン開発競争で小競り合いを繰り返していた。そこへアメリカが技術を独占する形で横槍を入れたものだから収拾がつかなくなった。
グローバリゼーションがありとあらゆる地平に到達していた現在、瞬く間に戦火は世界中へ拡大し、日本政府も戦争に巻き込まれた。既に日本列島各地で火の手が上がっている。
まだ東京は爆撃されておらず、大檜山ビルも健在だが、いつ破壊されてもおかしくないだろう。
我が未来ガジェット研究所のある沖縄諸島一帯の米軍基地は第六次アーミテージ・レポートの世界的な影響によって軍縮が進んでいたが、"最後の米軍基地"と呼ばれたこのキャンプ・シュワブ辺野古沿岸は未だ活躍中である。
世界の戦争は宇宙規模に発展していた。中国を初めとして、大国と呼ばれる国々は次々と衛星軌道上に軍事基地を投入した。
地上の基地と交信しながらも宇宙基地から直接ミサイルを投下したり電磁波を照射する、などの手法で攻撃する。そのほとんどは中空で阻止されてしまうが、それでも威力は絶大であった。
そういう関係で我がラボ上空も非常に騒がしくなっており、低緯度にもかかわらずオーロラが観測可能となっているが、予想していた通り破壊的なまでの状況にはならず、かつてのソ連世界線で体験した世界に近くなっていた。
いずれ日本政府は国民皆兵法案を可決し、中学生の鈴羽は強制的に軍事訓練を受けることとなる。だが、そうなってもらわねば困る。
時は来た。
戻ろう。
アキバへ戻ろう。
終わりと始まりのプロローグ、俺たちの秋葉原へ。
作戦はこうだ。
普天間基地の移設という名目で辺野古沿岸に新しく作られた施設には、実は大浦湾の海底に掘られた横穴の中に原子力潜水艦が停泊可能な海底ドッグが存在する。
現在は使われておらず、代わりにここには世界初の試製モノポール搭載潜水艦『ノーチラス』(原潜のノーチラスとは別物)が放置されている。
公式発表では太平洋上で船体が爆発し沈没したことになっているが、その実態は、アメリカ世論の軍縮におされて破棄せざるを得なく、またその後の新型モノポール潜水艦の開発に成功したために不要となったものを、処理に困った米軍が世間に公開されていないこのドッグに投棄したものである。
……という陰謀論者の説があるが、実はこれも未来ガジェット研究所にとって信用のおける人物たちによるスパイ活動、情報操作の賜物である。
沖縄からの脱出ルートに関するシミュレートを何年もやってきた俺たちにとって、この結果は必然であり、予定調和である。
『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』と、かの有名なSF作家も言っている。
この原潜もどきをまるごとパクらせてもらう。
「この潜水艦はモノポールで発電した電力を特殊装置に伝えて動力にしてるんだお。しかも、食べ物や飲み物、服とかを全部海中から手に入るもので作れるすぐれもの」
んなわけあるか。
運転の手筈は既に整っている。もちろん"あるコネ"を利用させてもらった。
"あるコネ"は既に米軍のスパイとして活動している。
彼は軍に籍を置きながら、本国の戦争の大義名分を疑問視して反体制派として活動していた。
敵の敵は味方、という理屈で、我ら未来ガジェット研究所に全面的な支援を与えてくれたのであった。
あとはノーチラス内部へ、まず不要な潜水艦部品を撤去し空間を確保、その後パーツごとに解体したタイムマシン試作機、必要な工具、情報媒体、マンガやドクペなどを詰め込み、横須賀へと移動し、そこからトラック数台で秋葉原入りをする。
ドッグからの脱出経路はすでに確保してあるので問題ない。
その後、この旧式潜水艦のステルス能力および航行性能で敵に発見されず移動しなくてはならないのだが、ここが山場だ。
なぁに、機体の性能の違いが、戦力の決定的違いではないと教えてやる。
潜水している間は基本的にケータイ電波の圏外となり、タイムリープの影響外に出てしまう。世間ではすでにスマホではなくポケコンという次世代端末に移っていたが、もちろん俺たちのケータイは耳に当てるタイプのものだ。
一発勝負だ、失敗は許されない。
「……この研究所って、こんなに広かったんですね」
かがりが呟く。なにやらノスタルジックである。
元々研究所ですらなかったこの地下空間だが、モノを片付けてしまうと非常に殺風景に感じた。
名残惜しいことなど何もない。むしろ元のあるべきところへ帰還するだけなのだ。
俺たちがここにいた痕跡を残してはならない。余計なものはすべて処分する。
回線もアンテナもすべて片付けた。ここからはタイムリープができなくなる。
「オカリン先生!プレステはおやつに入りますか!」
「この懐古厨が!」
「あとバナナもキボンヌ」
「お前ら、この厳戒態勢下で何をのんきな……。まぁ、勝手にしろ」
「うわーいやったー!」
さて、約束の時間までそろそろだ。
世話になった搬入口から、最後の仕掛けが登場するはずだ。
その時。
ダッダッダッ。
軍靴の音が地下空間に響き渡る。
いよいよきたか。
そこには、米空軍所属、マイク・ヒヤジョーの姿があった。
あれから歳を取ったはずだが、なぜかまだまだ若い顔つきだ。
だがそこに昔の馴れ馴れしさはなく、軍人然としている。
彼を先頭に10人近くの米軍が整列していた。おそらく彼らは海兵隊の反体制派だろう。
「おぉー久しぶりじゃん!マイク!」とフブキ。
ジャキッ。
フブキに銃口が向けられた。
……ん?
なんだ、アメリカンジョークか?
突然のことに理解が追いつかない。
あぁ、そうか。ドッキリだな。
さすが欧米人、日本人とはレベルが違う。
突然マイクが英語で叫んだ。
何を言っているかわからなかったが、とにかくドスの利いた声で、俺たちに恐怖を与えようとしていることがわかった。
「お、おいクリス。これはいったいどういう―――」
「Shut up!」
BAAAANG!!
無慈悲にも自動小銃が火を噴いた。
かつて日常的にダルがごろごろしていたり、フブキがストレッチをしていた床面が見事にえぐられている。
こ、これは洒落にならんぞ!!
「おい!冗談なら今すぐやめさせろ!実弾を発砲するやつがあるか!」
「お……岡部さん……」
そこには、全身を硬直させ、絶望色に顔を染めたクリスの姿があった。
「まったく、ひどいことをしやがるぜ」
「まるで自律型殺戮ロボットじゃん!」
「……こわいです」
口々にぼやく。
結局、レスキネンの研究は軍事転用され、最強の軍隊の開発に利用されたのだろう。
そもそも俺はATFのパーティーで洗脳された男に襲われていたじゃないか。この可能性に気づけなかったのは俺の落ち度だ。くそっ。
「……俺たちの行動が向こうさんにバレたのは、マイクの記憶がAmadeus化されたということか。それで俺たちの場所や研究のことが判明し、生きたまま本国へ連行してタイムマシン開発をさせようという魂胆なわけだ」
人工リーディングシュタイナーに開発した(と思い込んでいる)アメリカは、何よりもまず完成したタイムマシンが欲しいはずだ。
「しかも脳波コントロールできる。真上にいるフネから洗脳状態を安定させるための電波でも出してないと、一度に大勢を長時間集団行動させるなんて今のアメリカの技術でも無理よ」
ノーチラスの上には米軍籍の艦艇がいるようだ。目視していないのでよくわからない。
マイクはこの潜水艦に乗っていない。おそらく上のフネに乗っているのだろう。
「今後僕たちどうなるん?オカリン」
うーむ……困った。これはかなり、ヤバいのか?
俺たちはもう未来が確定されたものだと高をくくっていた。
この世界線でオペレーション・アークライトおよびオペレーション・スクルドの指令ムービーメールが送信されないことはありえない。
……ホントに?
もしかしたら、未知の現象が起きるんじゃないか?
SFモノでよくある、未来から持ってきた写真の風景が徐々に変わっていくように、このケータイに入っているDメールが消滅するなんてことがありえるのか?
だが、俺は死なない。これは確定している。
俺がノーチラスに乗り込んでいる限り、この旧式原潜もどきは沈むことがない。
とは言っても、アメリカまで連れて行かれたらさすがにアウトかも知れない……。
「わかった。じゃあプランBで行こう……プランBは何だ?」
「は?ないわよそんなもの」
クリスに一蹴されてしまった。
「最低でもあいつらの洗脳を解かないとなにもできないわ。そのためには私が洗脳手術を上書きしてあげるか、タイムリープマシンを悪用するか……」
「いやいや、普通に上のフネをぶっ壊せばよくね?」
「それこそどうやってやるのさー?」
「古代弄魔流KARATEでだな……」
「できるかーっ!」
遅々として議論は前へ進まなかった。
―――それから3時間ほど経って。
「……むむむ。目覚めよッ!俺のESPッ!精神感応<テレパシー>ッ!アキバで待機しているミスターブラウンたちに、このピンチを知らせるのだッ!」
「ほら、フブキもがんばって。リーディングシュタイナーの力でなんとかしなさい」
「無理だよそんなの!見た事も聞いた事もないのに出来る訳ないよ!」
「あぁ……もう一度だけ我が愛しの娘と一緒にお風呂に入りたかったお……がっくし」
「は、橋田さん!しっかりしてくださいっ!私もおねえちゃんとお風呂に入りたいですっ!」
俺たちが能天気にやっていられるのは、例の洗脳兵士どもがあまり怖く感じられなくなっていたからだ。
どうやら命令にないこと以外はできないらしい。だから俺たちがどんなに騒ごうと、どんなに悪口を言おうと、決して文句を言わない。
それどころか、俺たちの生命維持も命令に含まれているのだろう。希望すれば食料や飲み物も提供してくれた。クリスに英語で通訳をしてもらえば、だいたいなんでもやってくれる。
どうせここから逃走はできない、ということなのだろう。至れりつくせりな誘拐犯たちである。
「くっ。どうやら超能力についても研究しておけばよかったようだ……」
「いやいやオカリンさん、さすがにそんな暇なかったからね?」
「暇とはなんだ暇とは。人類の神秘ではないかー」
「……岡部さんって、結構そういうの好きよね」
ハァとため息をつくクリス。
「ならばッ!目覚めよ!俺のパイロキネシスッ!イグニッションッ!うごごごごご……」
俺はありったけの力を腹に込めた。
「むむっ!きたっ!何かきたぞっ!」
「ちょ、うんこ漏らすのは勘弁」
「やめなさいHENTAI!」
俺が"なにか"を感じ取った、その瞬間。
ドォォォン。
「!?」
海底深くを航行しているはずなのに、ノーチラス全体に立っていられないほどの振動が襲った。
俺たちは全員座らされて柱に固定されていたので問題なかったが、あの洗脳兵士どもはばったばったと倒れていった。
まさか、ホントに俺に超能力が宿ったというのか……!?
「ば、馬鹿!そんなわけないでしょう!きっと上の艦隊が別の組織に攻撃されたんだわ!」
「ってことはますます僕たちやばいんじゃね?」
……ヤバイ。
もしこれがロシアだったら、俺たちと潜水艦とタイムマシンはそのまま海へ沈められることになる。
「……フブキ!かがり!この縄を解け!」
「ラジャー!」
「りょ、りょーかいです!」
そうして我がラボきっての武闘派二人の腕力によって、あっけなく縄は解けた。
兵士たちはみな気を失っている。洗脳の中心にあった装置が破壊されたためだろうか。
「ダル!すぐさま舵を奪取!操舵に移れ!」
「む、無理だお!元々この軍人たちに運転してもらう計画だったのに、操舵なんて……」
「ならこうだ!敵に潜水艦を発見される前に、この潜水艦の操舵システムを書き換えろ!航行制御のみでいい!攻撃システムは一切いらない!」
「ヒエーッ!オカリン無茶苦茶だけどそれならできるかも!だけどコントロールパネルが複雑で、いちいち操作するのにどれがどれか判別する手間がかかりそうな件」
「じゃーダルさん!これを使って!」
サッとフブキがあるものを差し出した。
……プレステのコントローラー(振動機能付)だった。
「オーキードーキー!この僕にかかればちょちょいのちょいで魔改造可能なんだぜい!」
さすが電脳の魔術師<ウィザード>級!
この辺はダルに全て任せよう。頼むぞ、頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>!
そうこうしているうちに潜水艦が急激に加速し始めた。
ダルが成功したのだろう。急いで操舵室に戻る。
そこには、色々なメーターに囲まれた狭い部屋の小さなモニターでゲームをするダルとフブキの姿があった。
「ゲームじゃないっつーの!僕がノーチラスたんの左半身担当で、フブキ氏が右半身担当」
「全速前進だーっ!」
なにやら楽しそうである。
「それで、敵は?こちらに気づいているのか?」
「んいや、多分気づいてないと思われ。一応ステルス全開にしたけど、まったく追ってくる気配がないお」
ん……?いったいどういうことだ?
「わからないけれど、もしかしたらICBMとか宇宙兵器とかで攻防を繰り広げてるのかもしれないわね」
と、負傷者の手当てを終了したであろうクリスとかがりが戻ってきた。
って、さすがに5人も居ると狭苦しい。
「あの兵士たちには眠ってもらったわ」
恐ろしいことをさらっと言ってのける。
「いや、殺してないから。覚醒に関係してる神経伝達物質を抑制させてもらっただけよ」
いやいや、それでも十二分に恐ろしいぞ。
「陸地に近づいたら、脱出ポッドで彼らを離脱させましょう」
うむ、わかった。
「それで、舵は大丈夫そうかしら、フブキ?」
「まっかせてよ!潜水艦ゲームもやりこんだから!FFのミニゲームだけど」
「一応北に進路を取って横須賀に向かってるお。あとは、それまで誰も僕たちを発見しないことを祈るだけっす」
ふぅ……。なんとかなったな。
多少予定は狂ってしまったが、これで俺たちは秋葉原へ向かうことができる。
ピピピピピピピピピピ……
き、きたか。
この無機質な着信音はクリスだ。
海上に出た一同に緊張が走る。
なにより一番動揺しているのはクリスだ。
これを受け取れば、鬼が出るか蛇が出るか……。
ピッ。
クリスがスマホを耳にあて、通話ボタンを押した。
「ぐあっ!!!」
頭を抑えてかがみこむクリス。
息が荒い。その表情は。
「お……岡部さん……みんな……」
……心の底まで恐怖に怯えていた。
「っ!全員艦内へ退避!その後急速潜航!」
「わ、わかった!」
「オーキードーキー!」
「クリスさんも……クリスさん?大丈夫ですかッ!?」
かがりが声を荒らげる。
クリスは、もう両脚で立っていられないほど震えていた。
「みんなが……死んじゃって……私……」
「クリスッ!話は後だッ!どこからか攻撃を受けたのだろう、わかっている。かがり、無理やり連れ込むぞ!」
「は、はいっ!」
俺とかがりでなんとかクリスの小さい体を潜水艦の中へと収容し、ハッチを閉めると同時に海中へと向かってノーチラスは動き出した。
「かがり!精神安定剤を!」
「はいっ!」
「それで、クリス!俺たちはどうすればいい?なにが起こったかは話さなくていい、だから、お前が弾き出した答えを教えてくれ!」
「私っ……私っ……!!」
だめだ、相当に錯乱している。いったいなにがあったと言うんだ?
クリスは執拗に右腕をさすっていた。
全身をがたがたと震わすクリス。
見ていられなくなった俺は、震える両肩をつかんだ。
「落ち着け……頼む……ッ!」
「……岡部さん……っ!」
突然、抱きつかれた。
よほど怖い思いをしたのだろう。
さっき、みんなが死んだと言っていたが、おそらく俺以外のみんなが米軍かロシアに攻撃されたのだろう。
どうする、どうする鳳凰院凶真―――
ドォォォン!
ドォォォン!
ドォォォン!
ドォォォン!
ぐっ、またか。それも何発も連続でくる!
「ダル!もっと急いでもぐれ!」
「わかってるっつーの!」
潜ったところで魚雷でもぶち込まれたら終わりだ。
い、いやいや。俺が死ぬことはないんだから、沈むことはない。大丈夫だ。
……ホントか?もしかして、航行不能で一年間閉じ込められる可能性があるんじゃないか?
……限りなくありえないが、しかしゼロじゃない。
くそっ、どうする!?どこへ逃げればいい!?
クリスは今も続く衝撃の連鎖で縮み上がり、過呼吸状態になってしまった。
「あ、あの!持ってきました!」
「よし、かがりはすぐさまクリスの診療に当たれ!落ち着かせて、呼吸を整えさせてくれ!」
「オカリンさん!どうする、もうすぐ海底なんだけど!」
一向に衝撃波は止む気配がない。海上はいったいどうなっているのだ!?
「と、とりあえず湾内へ進行!東京方面を目指せ!」
「オーキードーキー!」
そういうと潜水艦はガクッと揺れ、加速し始めた。
やはり、クリスに状況を教えてもらうしかないか……!
「クリス、おいクリス!しっかりしろ!」
「はぁ……はぁ……」
クリスは座り込んでいた。
過呼吸状態は治まったようだが……。
「クリス、なにがあった?教えてくれ、そうじゃないと俺たちは!」
「おか……おかべさん……」
クリスが俺の手を握ってきた。全身の震えが俺に伝わってくる。
「大丈夫だ、俺たちは生きてる。生き延びることができる。教えてくれ、クリス!」
「っ!」
ベチン!
かがりがクリスをビンタした。な、なにを!?
「クリスさんっ!目を覚ましてっ!あなたがそんなんでどうするんですか!!」
「……あ……あ……」
ぶたれたところを右手でさするクリス。呆然としている、
「私には世界線とかリーディングシュタイナーとか難しいことはわかりません!でもっ!」
「これ以上、後悔だけはしたくないッ!!!」
「!」
な……。
「……クリスさんだって、そうでしょう。世界を変えたいんでしょう?牧瀬さんを、助けたいんでしょう!?」
「だったら!頭を動かしながら体を動かすしかないじゃないですか!!」
そういうとかがりは座ったままのクリスを抱きしめた。
「つらかったのはわかってます。みんなわかってます。だから、私たちを信じて」
「……」
「……」
「……」
「……ごめん。ようやく脳がハッキリしてきたわ。脳震盪を意識再生に利用するとは、考えたわね……」
クリス!?大丈夫か!?
「だ、大丈夫じゃない!!死ぬほどつらい!!泣きたい!!だけど……」
まだ体が震えている。それでも、その小さな体は必死で叫んだ。
「……。橋田さん!フブキ!そのまま隅田川を目指して!!」
「は、はい~っ!?潜水艦で川登りとかマジで言ってるん!?」
「た・ぎ・っ・て・き・た・ー!」
次の瞬間、今度は底から衝撃が来た。
「ぐおおっ!?」
下から突き上げるような衝撃があり、俺はすっころんだ。
いてて……頭を打たなくてよかった。
「ごめん、海底にぶつかったっぽい」
「大丈夫、この辺の海底土は粘土質だから船体にはそこまで傷がついていないわ。ゆっくり深度を上げていって!」
「ラジャー!飛ばすよダルさん!」
「ちょ、フブキ氏激しすぎ!」
ドォォォン。
くっ、またか。未だに海上では波状攻撃が行われているらしい。
「アメリカが、もう私たちのタイムマシン奪取は不可能だと判断して旧式爆弾の在庫処分をやってるわ」
「な、なんだと!」
「既に地上は核の炎に包まれている。どこに浮上してもアウトよ」
「ではいったいどうするのだ!?」
「いったん身を隠す。だから、川沿いで、かつ私たちのためにすぐ動ける人がいる場所で身を潜められれば……」
そんな都合の良いところがあるわけ……。
……あった。
「柳森神社だ……」
「えっ?」
「ダル!フブキ!そのまま柳森神社へ突っ込め!」
「ほ、本気かお!?ノーチラスたんで神田川に突っ込むん!?」
「いやっほーっ!!」
ドォォン。ドォォン。
どうやら水中にも爆弾が投下され爆発が起きているようだ。衝撃が真横からも伝わってくる。
船体が激しく揺さぶられる。全員なにかにしがみついていなければ行動できない状態だ。
「越中島……日本橋……両国……!フブキ氏上昇!」
「アイアイサー!」
「かがり!ペリスコープ確認!」
「そのまま転回、ギリギリのところで橋をくぐるお!」
「って、屋形船ぇーっ!?」
潜望鏡からの映像を見ていたかがりが叫んだ。
おそらく今、俺たちの潜水艦は停泊していた屋形船たちを次々に押しのけている。
しょ、衝撃がすごい!川底がもう船底をこすっている。岸壁にも何度も衝突しているようだ。
出しっぱなしだった潜望鏡が突如吹っ飛び、映像がディスプレイから消えた。おそらく橋の欄干に当たって弾きとんだと思われる。
このノーチラスの艦橋が橋の下をくぐるのはかなりギリギリだろう。もしかしたら既に何本か橋を破壊しているかもしれない。
「おk、これで屋形船を気にしなくていいお。新幹線の下の歩道橋もこの艦橋の高さじゃくぐれないはずだから、このまま行けばそこで止まるはず」
「え!?突っ込むのか!?」
「突っ込めって言ったのオカリンじゃん」
「い、いやいやいやいや!!!」
「衝撃に耐えて!!くるよ!!」
ドォォォン!!
―――潜水艦は急停止し、俺たちは全員吹っ飛ばされた。
その後、俺たちは漆原家の手によって救出され、潜水艦にカバーをかけてもらい、ようやく陸上で一息つくことができた。
クリスの情報では、まだこの一帯は爆弾が落とされないらしいので神社で待機していても問題ないとのことだった。
だが既に横須賀には核が投下されたらしい。被爆は免れない。
しかし、そのおかげで日本政府は大混乱。警察も消防も自衛隊も、あらゆる国家組織が核の応酬に対応することになり、おかげで神田川河口にまで手が回っていなかった。
アメリカ軍も日本からの強い要請で攻撃を断念。完全に目標(俺たち)をロストしたようだ。
あとはこの隙に天王寺家と秋葉コーポレーション協力のもと、東京での新拠点へと積荷ごと移動し、潜水艦を隅田川あたりに沈めればよい。新拠点となるべき場所は既に押さえてもらっている。
だが、俺たちの存在はついに公にバレてしまった。
いずれ世界中のすべての組織から狙われる存在となるだろう。
そのためにも世界には争ってもらわなくてはならない。俺たちの捜索に時間をさけるほどの余裕を与えてはならない。偽報や陽動で大国同士を扇動しなければなるまい。
あとのことは任せたぞ、頼れる右腕、バレル・タイター。
「それで?私の実力を認めないようならもう手伝わないけれど?」
「は、はぁ?ここまで来て何を……。あ、あー、うん。お前はすごい。よくここまで来れた」
「ふふっ、いつも上からモノを言う」
「ふん。当たり前だ。俺は、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真なのだからな」
「……そっか」
視線が自然に逸らされる。
「なにか言いたげだな」
「……なくなって、初めてわかる大切さとはよく言ったものね」
そう言って、体を横たえたまま右腕を上に突き出しグーパーを繰り返した。
「右腕って、こんなに便利なものだったなんて、知らなかった。右腕が無いと私、なにもできなくて……」
「それは、向こうの記憶か?」
「そう。爆発に巻き込まれて、どっかに飛んでいったわ」
「……」
「……ねぇ、凶真さん。私、みんなが死ぬのをこの目で見ちゃった」
乾いた感情の吐露に、俺は息を飲んだ。
「……だが、それは既になかったことになっている」
「うん。だけど、作戦決行の日にあなたは消える」
「……」
何も言えなかった。いや違うな。何も言うべきではないと判断したのだ。
「死ぬわけじゃないって、わかってる。だけどね、人体実験するこっちの身にもなってほしいわ。ゼリーマンになったらただじゃおかないから」
「それはない。なぜなら、クリスが作ったタイムマシンだからな」
「まったく。あなた、自分がどれだけの存在かわかってるの?」
「どういうことだ」
「あなたがいなくなったら未来ガジェット研究所は必然的に閉鎖。そして、私たちはあと11年間タイムマシン研究に打ち込まなければならない」
「そうだな。そうしなければシュタインズゲートへは到達できない」
「はぁ……。あのね、私たちは、あなたがいたからここまで来れたの」
「当たり前だ。俺に感謝しろ」
「……いなくなったらさみしいんだけど」
「世界線の収束には抗えない。さみしいなどと言う暇があったら、アトラクタフィールドについての研究を進めることだな」
「はいはいそうですね」
「……大丈夫だ。俺は、お前たちを信じている」
「……」
俺がいなくても頑張ってもらわねば困る。
そうでなくては、因果が成立しない。
シュタインズゲートへは到達できない。
―――俺は、仲間の思いを犠牲にしてまで、シュタインズゲートに辿り着かなければならない。
「きっと、やり遂げると信じている。だから、俺の意志を受け継いで、鈴羽を、タイムマシンを過去へ飛ばしてくれ。そうすれば、シュタインズゲートでまた会える」
……詭弁だ。わかっている。
「……いやだ」
クリスの様子が変わった。
ピアカウンセリングの時のソレの兆候だ。
「何?」
「……いやだよ!岡部さんがいなくなるなんていやだ!どうしていなくならなきゃならないの!どうして岡部さんじゃなきゃいけないの!もうアトラクタフィールドなんか知らないよッ!わからないよッ!」
「! か、かがり!安定剤を!」
不安定状態が襲い掛かった。咄嗟に俺は部屋の外へと声を届かせる。
「シュタインズゲートへ行ったって、あなたはいないッ!β世界線を今の今まで生きてきたあなたはッ!あなたとは会えないッ!」
身体こそ暴れていないが、顔が紅潮し、パニックを引き起こしているのがわかる。
非常によくない容態だ。
「落ち着けクリス!大丈夫だ、何も問題はない」
「あるよぉッ!!だって私は―――」
クリスの唇は何かを言おうとして動いて、だがなにも言わなかった。
声帯が振動せず、有声音が出せなかったのだろう。
「……だ、大丈夫か?」
「……ごめん」
冷静さを取り戻し、バツが悪そうに謝るクリス。
いつになく早く回復したな……。
「クリスさんッ!大丈夫ですか。お薬持ってきました!」
そこへかがりがかけつけた。
「……ありがとうかがりさん。いただくわ」
かがりから受け取った錠剤を、水と一緒に飲む。
一呼吸おいた。とりあえず、この"薬を飲む"という行為によって落ち着いたようだ。
「……実はね、私。ふたつ考えていることがあるんだけど」
「なんだ?」
「ひとつは、今日で"クリス"はやめようと思ってる。もちろん、偽名としては使い続けるけどね。だから、私と話す時は真帆って呼んでほしい」
「……?」
「もう一つは、橋田さんがある程度タイムマシンを完成させたら、私も岡部さんの後を追おうかなって」
「え、ええっ!?」
かがりが驚いた。そりゃそうだろう。
「それじゃ後追い自殺みたいな言い方だぞ」
「でも実際そうじゃない。生きるか死ぬかわからないんだから」
「なんだ、量子論か」
「そうじゃない……ただ、私はあなたと生きたい」
「……それはどっちのイキタイ、だ?」
「ちょ、オカリンHENTAI発言自重汁」
「ぬわあっ!?いきなり現れるでない、ダル!!」
振り返るとそこには白衣をまとったダルがいた。
「すまん~。あのさオカリン、トレーサーの調子を見てもらいたいんだけど」
「そ、そうか。わかった、すぐ取り掛かろう。かがり、あとは頼んだぞ」
「は、はいっ」
そう言って俺はクリス……もとい、真帆のもとを後にした。
いよいよオペレーション発動のための最終段階だ。
自然と気持ちが引き締まる。
「……馬鹿」
……ムービーメールを送る直前、俺はある収束事項を発見していた。
『2010年7月28日正午頃、ラジ館の8階従業員用通路奥の一室で何者かが何者かに鋭利な刃物で刺される』
これは、収束事項であった。
今更説明するまでもない。俺はドクター中鉢が紅莉栖の首を絞めるのを目撃しているが、それで事象は完結しなかったわけだ。
どうあがいても、その状況を目撃した俺は牧瀬親子を仲裁に入っていたのだ。
御託を並べるのはよそう。
結論を言えば簡単だ、ならば俺が中鉢を刺し殺せばいい。
……冗談だ。それが成功しないことは、もう嫌と言うほど論じていたな。
ならば、俺が紅莉栖の替わりに中鉢に刺されればいい。
なぜならβ世界線において俺は2025年まで死亡しないため、おそらく治療すれば治る。
シュタインズゲートへ到達しても、刺された事実は消えない。これについても既に説明したな。
この行為自体がシュタインズゲート到達のための因果だからだ。改変は連続性を持つ。
故に、シュタインズゲートへ到達した俺は、どこか病院のベッドで目を覚ますことだろう。
だから、安心して俺はドクター中鉢に刺されることができる。
だが、これをムービーメールで言葉にして伝えてもいいものだろうか。
これを伝えて、あの時の俺は勇敢にもタイムトラベルへと歩みを進めるだろうか。
これを伝えて、あの時のまゆりは俺の背中を押してくれるだろうか。
……この事実は、あの時の俺に、その時自分で思いついてもらわねばならない。
大丈夫だ、"俺"ならできる。
もう一つ、確信がある。
あの時の夢、もう一人の俺。
"無意識野"によって、あの時の俺は、なにをすべきか判断できるはずなんだ。
だから、がんばれよ。あの時の俺。
時は満ちた。
―――さぁ、行こうか。
「メールは受け取ったか?」
「テレビニュースを見るんだ。既に見たならばこのまま聞いてくれ」
「初めましてだな、15年前の俺」
「お前はこのβ世界線到達とともに電話レンジ(仮)を破棄した。そうだな?」
「しかし俺は……お前は、1年もしないうちに再びタイムトラベル理論と向き合うことになる」
「向き合ってもう14年。それが俺というわけだ」
「このメールを開いているということは、紅莉栖を救うことに失敗したということだな」
「さぞ、つらかっただろう。だが、そのつらさが俺に"執念"を与えた」
「その悔しさ、その罪悪感が、2025年にこの計画を完成させた俺へと繋がったのだ」
「ドクター中鉢が世界にタイムトラベルの論争をもたらし、世界中が戦争への道にひた走る中で」
「俺は地下に潜って独自にタイムトラベルの研究を続けた」
「鈴羽が使っているタイムマシンは、俺とダルの研究のたまものだが、その基礎理論はSERNが構築し―――」
「お前が"なかったこと"にしてきた世界線において、牧瀬紅莉栖が発展させたものだ」
「型式は『C204型』。Cとは"Cristina"の頭文字だ。それがいみするところは理解してもらえると思う」
「とにかく因果は成立した。計画の最終段階について話そう」
「これでやっと計画の本題に入ることができる」
「牧瀬紅莉栖を救い、シュタインズゲートに入る計画だ」
「ちなみに『シュタインズゲート』と命名したのは俺だ。なぜ『シュタインズゲート』なのかは、お前なら分かるはず」
「"特に意味はない"。そうだろう?」
「条件は二つ」
「中鉢博士がロシアに持ち込んだ、タイムマシンに関する論文を、この世から葬り去ること」
「もう一つは、牧瀬紅莉栖を救うことだ」
「だが、"牧瀬紅莉栖の死"を回避し、過去を改変するのは、アトラクタフィールドの収束により不可能……そうだな?」
「はっきり言おう」
「紅莉栖を救うことは可能だ」
「方法が間違っているだけなのだ」
「いいかよく聞け。確定した過去を変えてはいけない」
「"最初のお前自身"が見たことを、なかったことにしてはならない」
「それは"確定した過去"であり、世界線が"収束した結果"だからだ」
「なかったことにすれば、過去改変が起こり、すべてが失われる」
「"なかったことにしてはいけない"」
「いくつもの世界線を旅してきたからこそ、タイムマシン開発にすべてを捧げた俺がここにいる」
「お前が立っているその場所は、"俺たち"が紅莉栖を助けたいと願ったからこそ到達できた場所なんだ」
「お前が経験したわずか3週間の"世界線漂流"を、否定してはいけない」
「だが―――」
「"騙す"ことはできる」
「"騙す"相手は、お前自身だ」
「生きている紅莉栖を、過去の自分に死んだと観測させろ。そうすれば過去改変は起きない」
「これより最終ミッション、未来を司る女神作戦<オペレーション・スクルド>の概要を説明する」
「"確定した過去を変えずに、結果を変えろ"」
「"血まみれで倒れている牧瀬紅莉栖と、それを目撃した岡部倫太郎"。その過去は確定している」
「だが逆に言えば、確定しているのは"それだけ"だ」
「"最初のお前"を騙せ」
「世界を、騙せ」
「それが、『シュタインズゲート』に到達するための条件だ」
「健闘を祈るぞ、狂気のマッドサイエンティストよ」
「エル――」
「プサイ――」
「コングルゥ」
「スズさん」
不意に、まゆりが話しかけた。
「ありがとう。私を、あの日へ連れて行ってくれて」
鈴羽ははっとした。
まゆりから、まゆねえさんから恨まれこそすれ感謝される筋合いなど自分にはないと思っていた。
そんな中、まゆりは、鈴羽に微笑みかけていた。
あぁ、そうか。
これで、よかったんだ。
あたしの人生に、意味はあったんだ―――
鈴羽の中に芽生えた恐怖は、どこかへ忘却されていた。
ドォォン。
突然、強烈な振動と爆音に包まれた。
「きゃあああっ!」
「っ!」
振動は一瞬で止まった。
鈴羽にはそれがどこかへ不時着したのだとすぐ理解できた。
慌ててタイマーを起動する。わずかに残っていた予備電源によって西暦が表示される。
―――目を疑う数値に、鈴羽の頭は真っ白になった。
「……な、なんで。なんでッ!?」
暗闇に浮かび上がる赤い数字。
……鈴羽の網膜には『1975』の四字が焼き付いていた。
「いや、まゆねぇさん。まだそうと決まったわけじゃ……」
再度頭をかく鈴羽。
喜んでいるまゆりを見て、申し訳ない気持ちになる。
「えー、そうなの?」
「うん。35年後を観測すれば成功か失敗かどっちかに確定するんだけど」
「そっかー……」
うってかわってしょんぼりするまゆり。
しかし、すぐさま元気を取り戻す。
「でも、だったらまゆしぃたちはちゃんと2010年まで生き残らなきゃだね!戦わなければ生き残れないだよ!スズさん」
「……君たちはたまによくわからないことを言うよね。厨二病、っていうの?」
「うーん、ちょっと違うかなー」
「ともかく、誰かに見つかる前にここを退散しないと」
「……ねえ、スズさん」
屋上の鉄扉へと向かう鈴羽の背中に、まゆりのどこかさびしげな声がかかる。
「この1975年でも、お星様は輝いているのかな……」
まゆりが空へと、片手を伸ばした。
光化学スモッグですすけた青空のさらに上に瞬く、星屑と握手をしようと―――
その時だった。
突然、空間が歪み、振動が伝わってきた。
オゾンの臭いが鼻につく。
そして、まばゆい閃光が、眼を焼いた。
「ッ!!」
「えっ!?な、なに!?」
ドォォォン!
先ほどの不時着時と類似した爆発が起こる。
いや、鈴羽たちが到着した時よりも荒っぽい振動だった。
粉塵が舞う。二人は咄嗟に腕で顔を覆った。
二人はゆっくり、目を開ける。
そこには。
「タ、タイムマシン!?」
「な、なにこれ!?どういうこと!?聞いてない!!」
そこには、一台のタイムマシンがあった。
軋んだ音を立てながらハッチが開く。
マシンはあちらこちらから煙を噴出している。見るからにボロボロだ。
黒こげになったタイムマシンから。
一人の男が登場した。
「オ、オカリン!?」
「オカリンおじさん!?」
「……オカリン」
その声も。
その顔も。
その髪も。
その瞳も。
―――14年前となにも変わっていない、椎名まゆりがそこにいる。
「まったく、人質のくせに生意気だ。俺の手からは逃れられん。絶対にだ」
「オカ……リン……っ!」
涙を流して。
鼻水をたらして。
唇をかみ締めて。
顔中ぐしゃぐしゃにして、まゆりは俺の胸に飛び込んできた。
「オカリンッ!オカリンッ!オカリンッ!!」
そう何度も何度も"俺の名前"を連呼するな。こそばゆい。
まゆりはまるで、俺が実体であることを確認するかのように、俺をきつく抱きしめた。
まゆりの、とても小さくて柔らかくて、暖かい手が、俺の形をなぞっていく。
あぁ、もう涙も枯れ果てたと思ったが。
俺は血も涙もない、狂気のマッドサイエンティスト。
目的のためには、平気で仲間を犠牲にする。
ふと気づけば、俺の頬を伝う生暖かい感触があった。
「おじさん、どうしてここがわかったのですか?」
応急処置を完了した鈴羽がマシン昇降口から顔を出した。
「何、簡単なことだ」
まゆりを抱きとめたまま、鈴羽に答えてやる。
「人質がどこにいるのか、俺は常に把握しているのだ」
それだけのことだ。
「やっぱり……助けに来てくれた……!いつも、オカリンは、助けに来てくれて……!」
声にならない声を出しているまゆり。
「がんばったな、まゆり。お前は、栄誉あるラボメンナンバー002の、偉大なる初任務を成功させた」
まったく、お前はすごいやつだよ。
「やっと、まゆ……しぃは、オカリンの……役に……立てたよ……」
その台詞は、いつかどこかで、俺が聞いたことのある台詞。
俺は溢れ出しそうになる涙を、歯を食いしばってこらえた。
とっさに、鳳凰院凶真を呼び覚まし、自分の涙をごまかす。
ずっと大切に持っていたガラケー、いや、ケータイを、自分の耳にあてる。
「……俺だ。あぁ、そうだ。椎名まゆりはここにいる。計算通り、俺の"リーディングシュタイナー"は発動していない」
「もちろん、俺が守る。それが"彦星作戦<オペレーション・アルタイル>"だ」
「世界に訪れる混沌。これこそが、運命石の扉<シュタインズゲート>の選択なのだ―――」
「エル・プサイ・コングルゥ」
俺はやさしく、そう言って。
ケータイをしまった。
「お、おじさん。ごめん、KY?って言うんですよね。わかってます。だけど、どうしても今すぐ聞きたいことがあります」
……わかっている。そうだな、伝えなければならない。
「"あの時の俺"がシュタインズゲートへ到達したかどうか、だな」
「は、はい」
ゴクリ、と鈴羽が固唾を飲む。
「俺が、俺たちが弾き出した計算では……」
「……」
「シュタインズゲートの観測は、既に確定事項だ」
「……え」
呆け顔の鈴羽。ほう、β鈴羽でもそんな顔ができるんだな。
「ということは……」
「あぁ。俺たちの作戦<オペレーション>は、成功した。お前の父親がお前に託した任務は、完遂したんだ」
「な、な、な……!!!」
全身が震えだす鈴羽。
身体をかがめ、拳をきつく握り締める。
その表情は、既に今までの鉄仮面ではなくなっていた。
―――そして、天高く飛び上がった。
「成功したアアッ!!!!」
それは、心の底からの笑顔で。
天空へ向かってガッツポーズを決め、全身全霊で叫ぶ。
……そう言えば、同時にまゆりの"スズさんを笑顔にしよう大作戦"も成功したんだな。
「成功した成功した成功した成功した……ッ!」
「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……」
「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……ッ!!!!」
「あたしは、成功したアアアアーーーーーーーッ!!!!!!!」
それはまるで、自分の存在をこの世界に知らしめるような、喜色にあふれた咆哮だった。
ぷっ。くははは。
うむ。いい顔だぞ、鈴羽!
これで俺もダルと由季さんに胸を張って感謝ができそうだ。
世界線が再構成されれば、こいつは、世界中の誰よりも優しい母親と父親のもと、仲むつまじく暮らしているはずなんだ。
すべてのつらい思い出は、なかったことになる。
軍事訓練も、反政府組織としての闘争も、目の前で起こった母親の死も……その身体の傷も。
戦争なんて知らない。誰にも殺されないし、誰も殺さなくていい。
誰かに大切な人を奪われなくていいし、誰かの大切な人を奪わなくていい。
俺たちの時代の女子大生のように、普通にオシャレして、友達と街で遊んで、恋をして……。
そんな当たり前のような幸せが、待ってるはずなんだ。
鈴羽。
お前は、俺たちの希望だ。
この世に生まれてきてくれて、ありがとう―――
俺たちは、三人とも。
あまりのことに感動してしまって。
まもなく訪れる。
迫っている危機に。
誰も気づくことができなかった。
『そこに誰かいるのか!?』
「いいから早く!俺の言うことを聞くんだ!」
「や、やだっ!絶対やだよっ!」
「ま、まゆり!?」
俺の胸倉につかみかかってきた。それも、ありったけの力を込めて。
糞がっ!こんなことをしている場合ではない!
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だアアアッ!オカリンとまた会えたのにッ、また離れ離れになっちゃうなんてッ、絶対やだもん!死んでもやだもん!!離さないもんッ!!!」
はち切れんばかりの声。自分でも自制できないほどの状態なのだろう。
仕方ない、こうなったら無理やりにでも放り入れるしかない!
「うるさい!黙って言うことを―――」
「……おじさんッ!ごめんッ!」
その時、俺は瞬時に鈴羽に両腕を背中の後ろで拘束された。
い、いつの間に俺の背後を……ッ!
「き、キサマァ……。いったい、なんの真似だ、橋田鈴羽ァッ!」
俺は14年間ずっと地下でひたすらに研究に明け暮れた身体。
それに比べてこいつはまだ19歳の元軍人。
俺に抵抗できる力は、無い。
「まゆねぇさん!乗って!二人で時空移動を開始して!」
な、何ィッ!?
鈴羽がここに残るというのか!?
それではダメだ!俺のオペレーション・アルタイルが!
失敗に終わってしまう!!
「スズ……さん……」
「マシンは二人乗り。オカリンおじさんとまゆねぇさんが乗るべきだよ。あたしはここに残って、35年間を生き抜くからッ!」
「黙れ!黙れ黙れッ!いい加減にしろッ!俺の作戦を邪魔するんじゃないッ!たとえそれが誰であろうと、たとえそれが悪の組織であろうと、たとえそれが世界であろうと、何人たりとも俺の邪魔はさせないッ!!!」
「さぁ、早く!!まゆねぇさん!!」
「離せェッ!!離せ鈴羽アアッ!!!このクソアマァァッ!!!」
「……」
ダメだ、ダメだまゆり―――
鈴羽をタイムマシンに乗せなければ―――
俺が、ここへやってきた意味が―――
その時。
俺は一瞬、ある可能性について考えてしまった。
考えなければよかった。
なぜ考えてしまったのか。
いや、それも必然だろう。ここ数年、そればかり考えていたのだから。
思考している途中で。
とても据わりが悪くて、急激に心に不安をもたらすその感覚。
……二度と味わいたくないと思った、あの感覚。
ギュッと、冷たい手で直接心臓を鷲づかみにされたかのような、そんな錯覚。
『"鈴羽が1975年からその時間を生き、2000年に死亡する"は、β世界線の収束である』
なぜβ世界線の店長は橋田鈴の名前を知っていた。
なぜ大檜山ビルはミスターブラウンが所有していた。
なぜ天王寺家は新御徒町にある。
α世界線でもそうだった。
つまりこの事象は、よりマクロな世界線の収束なんじゃないか。
ここは俺たちにとっての世界線大分岐となる2010年よりも過去だ。αでもβでも収束する可能性は大いにある。
『だったら仕方ない』
なにが、なにが仕方ないんだ。
『世界線の収束には逆らえない』
そうじゃない、そうじゃないだろ鳳凰院凶真……ッ!!ふざけるなッ!!
『そうやって結論を出したのはお前だ』
違うッ!俺の理論が間違っていただけなのだッ!
宇宙がまだ隠し持った、秩序のない理論がッ!
その摂理はッ!"神"が作ったものなんかじゃないッ!真帆が教えてくれたじゃないかッ!
あるはずだ!あるはずなんだッ!鈴羽を救う方法が……ッ!!
『お前は、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ』
『目的遂行のためには、仲間の犠牲も厭わない』
『そうだろ』
……ッ!!!
「オカリンおじさんは、逃げなかったんですね。父さんの言った通り、強い人だ」
「す、ずは……?」
鈴羽はそう言うと、拘束の力を緩めた。
「あの時、傷つけてごめんなさい。この一年、ずっと、ずっとあなたに謝りたかった……ッ!」
……なんてことだ。
こいつは。
自分の行為が、俺を責め続けた一年が、世界の収束だという事を知らない。
お前が責任を感じる必要は微塵もないんだ。
だから、謝らないでくれ、鈴羽。
だから、泣かないでくれ、鈴羽。
必要なことだったんだ。
鈴羽のおかげで、俺は執念を得たのだから。
そして鈴羽は、混乱している俺に。
自らの涙を拭いて、やさしく微笑みかけた。
「大丈夫。あたしはこの時代で幸せになります。だから、オカリンおじさんも、幸せになって」
なにかを決意した、強い意志の表れ。
決して遠い目などではない。
恐怖に怯えることも、死を悲観することもなく。
……その事実に、たとえ気づいていなくても。
お前は、取り残されるんだ。
誰も知っている人間がいない、この時代に。
まだ19歳だぞ……。まだ未成年だぞ……。
そこには、屹然とした態度で運命に立ち向かう、一人の美しい女性がいた。
……俺は、そんな彼女になら、運命をも覆せるのではないかと思った。
過去、現在、未来。すべての運命に、打ち勝てる気がした。
そんな幻想を、抱いてしまった。
「……ホントにッ!ホントに幸せになるんだなッ!?」
世界の収束に対して抗うために、俺は叫んだ。
「ならばッ!……ラボメンナンバー008ッ!!橋田鈴羽ッ!!」
「お前にッ!ラボメンとしての最終任務ッ!運命の女神作戦<オペレーション・ノルニル>を与えるッ!!」
俺は、世界の支配構造を破壊する男。
「幸せにッ!!幸せに生きろッ!!!」
「絶対、絶対2010年のその日までッ!!約束されたその時までッ!!お前は、俺たちの大切な仲間だッ!!!だからッ―――」
「幸せに生きろッ!!バイト戦士ッ!!!」
―――狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ。
「……うん」
そう頷いて、鈴羽はまゆりと俺の背中を押した。
「ほら、早く行っちゃって。もう、ラブラブっぷりを見せ付けられちゃって、こっちはたまったもんじゃないよ」
……どうして。
どうしてそんな軽口が叩けるのだ。
どうしてそんな迷いの無い笑顔が作れるのだ。
お前は、西暦2000年に。
シュタインズゲートを観測する前に。
天涯孤独の身でありながら、病気で息を引き取る……。
過去改変によって死んだ人間を生き返らせることは、秋葉幸高氏のように可能だ。
だが、過去改変よりも時間的過去に死亡している人間は、過去改変されない。
当たり前だ。
再構成より前に死んだ人間は再構成後も死んだまま。
観測者として存在できないからだ。
お前は、シュタインズゲートへと到達できない。
シュタインズゲートへ到達するのは、お前じゃないんだ。
鈴羽だけど、お前じゃないんだ……ッ!!
俺が元いた時空の、8歳の鈴羽だけなんだ……ッ!!
お前の存在は、記憶の断片としてしか残らないんだ……ッ!
俺の理論では、アトラクタフィールドに、抗える……。
だが、それは限定条件下でのみだ……。もう無理だ……。
できない……。
どちらか選ぶ、余地すらない……。
こんなことって、あるかよ……。
これが『シュタインズゲート』の選択なのかよ……。
「もう。いい大人がひどい顔。あとはまゆねぇさん、任せたよ」
「……うん、スズさん」
俺はもう力が入らなかった。
世界が望む結果に対して、俺はあまりにも無力だ……。
ただ、ひたすら、とてつもない無力感。
ガラガラと。
俺が14年間積み上げてきた方程式が、崩れていく。
たしかに、シュタインズゲートへは到達するだろう。
だが、それを目前にして、俺はまた仲間を見殺しにしなければならない。
そんなの、ありかよ……。
こんな、結末なのかよ……。
……もう、疲れた。
俺はまゆりに導かれるままにタイムマシンに乗った。
「……準備万端。あとは、あたしがコンソールを外側から遠隔操作する。父さんも、どうしてこんな機能を作ってくれたかな……」
「スズさん、あのね……」
「……元気で、まゆねぇさん。35年後に、また会おう」
「……幸せに、なろうね」
泣きはらした顔でまゆりはそう言った。
次の瞬間、ハッチは閉じられ。
タイムマシンが起動した―――
こうして俺のオペレーション・アルタイルは―――
失敗した。
「カ、カンストってどういうこと!?まさか、トレーサーの計算外の時空に飛び出たってこと!?」
「いや、それはないはず。そもそもFG-C193型の飛行可能領域に合わせてトレーサーの計算限界を設定してあるから」
「じゃ、じゃあ、まさか、事象の地平線<イベントホライゾン>に……」
「いや、それだったらカンストする前のその時点で演算が終了するはず」
「じゃあ!いったいカンストしたってどういうことなんですか!?ダルさん!!」
「それはつまり……最大可能跳躍を達成した、ってことじゃね?」
「……それって」
「C193型は今、7000万年前の地球にいると思われ」
「そ、そんニャァ……」
「そんなのって……」
「あんまりです……」
皆、言葉を失った。
「……え、えっと。1975年のタイムトラベルは、鈴羽の生体認証による外部起動だったっぽい」
「えっ?ということは……」
「C193型に乗ったのはまゆ氏とオカリン。鈴羽は……半世紀の間、生きていたなら、69歳のはず……だけど……」
「……」
もし橋田鈴が、橋田鈴羽が生きているとするなら。
もう自分たちは初老の女性との出会いを果たしているはずなのだ。
それが無かった、ということは―――
そしてもうひとつの事実。岡部倫太郎と椎名まゆりは7000万年前に飛ばされ、もう二度と戻ってくることはないということ。この事実が、全員の肩に重くのしかかった。
「ママ……」
「うそつき……」
鈴羽が現在まで生きている可能性など無いことに誰もが気がついていた。
岡部倫太郎と椎名まゆりに至っては人類誕生以前に死亡している。
全員、死んでいる―――
「……橋田鈴さんのことは、裕吾さんに確認してある」
萌郁が口を開いた。
「……橋田鈴さんは、2000年、病気で亡くなった、らしい」
わかっていた。
わかりきっていたことだ。
未来ガジェット研究所の結論としては、天王寺裕吾の言うところの『橋田鈴』は、きっと同姓同名の別人だろうということにしていた。
そういう解釈で理屈を並べていた。
そうでなければ研究などできなかった。
そこで、思考停止していた。
「おい、どうしたお前ら。実験は成功したのか?」
そこへ47歳になっても筋骨隆々とした天王寺裕吾が現れた。
「……私が、メールして呼んだ」
「お、教えてください天王寺さん!おねえちゃん……いえ、橋田鈴さんの、最期を……」
「あぁ、メールにもそんなことが書いてあったな。ほら」
そう言って取り出したのはニキシー管、いや、ダイバージェンスメーターだった。
「このメーターが2036年になったら、この表示された数値が変わるから、絶対に変わるから」
「だから裕吾。その時まで必ず生き抜いてくれ」
「もう58のジジイになってるだろうけど、それでも」
「2036年まで、死ぬんじゃないって」
「私の代わりに生き抜いてくれって」
「幸せに生きてくれって」
「そればっかりうわ言のように呟いててよぉ」
「だから、14年前のあの時、このちっこいねえちゃんに自殺を止めてもらったことは、今でも感謝してるんだぜ」
「鈴さんとの約束を破るところだったからな」
「まぁ、橋田の野郎の奥さんが鈴さんそっくりだったのには度肝抜いちまったけどな、ははは」
視線が橋田親子に注がれる。
そこには。
何を話しているのかよくわかっていない鈴羽と、どんな表情をすればいいのかわからいといった感じで困惑している由季の姿があった。
鈴羽の両肩を握る手に力が入る。
「……ホントに、最低最悪の世界線だ」
ふと、ダルがこぼした。
「なにが収束だよ、なにがアトラクタフィールドだよ」
「そんなもん、クソゲーじゃねーか!」
「……僕はこの歳で」
「娘を亡くしてしまった」
「親友も亡くしてしまった……」
「最愛の妻だってッ!2036年までに、どんなに足掻いたって守れないッ!」
「それが収束だから……?」
「ふざけんじゃねえよ!!」
「こんなことってあるかよ!!」
「僕は……僕は、いったい誰を怒ればいいんだよ……」
その時、鈴羽がダルの白衣の裾を掴んだ。
「父さん、私、生きてるよ?」
その一言に、その場の全員が目を見張った。
そうだ、この鈴羽は、今まさに生きている。
あの鈴羽だって、自分たちが知らないだけで、きっとしっかりこの世界線の時間を生きてきたんだ。
生きてる。
でも、生きてる。
岡部倫太郎も、椎名まゆりも、どこかで必ず生きてる。
「……ま、待って。おそらく、天王寺さんの言う橋田鈴さんと、私たちが知ってる鈴羽さんは、別の世界線の人物のはずよ」
真帆がおそるおそる口を開く。
何を言おうか、言いながら考えている。
「だって、あの鈴羽さんはオペレーション・アークライトを成功させている……ってことは、その時点から過去方向に飛んだのだから、2010年8月21日にシュタインズゲートを観測する世界線に居なきゃ、おかしい……!!」
「!!」
ダルが顔を上げた。
「て、店長さんが知ってる橋田鈴さんは、オペレーション・アークライトを失敗した方の鈴羽さんのはず……。ダルさんは、直接会っては無いけど、二台目のタイムマシンを見たでしょ……?」
声が震えている。推論が推論を加速させる。
「お、おう!」
「だ、だから!もし2010年まで生き……て……いれ……ば……」
そこで真帆は、またも気づいてしまう。
β世界線の収束という事実に。
「……」
「い、生きていれば?」
フブキか答えるよう促す。
「……ふふふ、くくく」
「ク、クリス氏?」
「フゥーハハハッ!!」
「クーニャン!?」
そこには、白衣を大きく翻してポーズをとる、比屋定真帆の姿があった。
「……それはつまり、我々の開発したタイムマシンは、完璧だったということだッ!」
「!」
「なにを案ずることがあろうか。なにをためらうことがあろうか」
「俺たちは、世界の支配構造を破壊するッ!」
「実験は、成功したのだ!」
「ヴァルハラでの再会は、既に約束されたッ!」
真帆は、強い言葉を、彼の言葉を口にするたびに、涙で声が出せなくなりそうで、必死に堪えていた。
「これが、シュタインズゲートの選択だッ!フゥーハハハ!」
「ク、クーニャンがおかしくなっちゃったニャ~」
「……フ、フフフ、フゥーハハハ!」
「は、橋田さんも!?」
「ふぅーははは!」
「鈴羽まで……」
「……ふふっ」
「あはは……」
「なんだおめぇら。気持ち悪ぃ笑い方しやがって」
「……」
ピピピピ……
「ん、なんだ萌郁?メールか?」
『フゥーハハハ! v(^-^)v
岡部くんはみんなの中に生きてるってことだよ!
だから大丈夫
世界を変えよう♪』
「お、おう?」
どれだけ世界線を越えたとしても、意思は連続していく―――
「オカリン!ネズミさんがいたよー!かわいいでしょー」
まゆりの手のひらの上にはネズミのような生物がいた。
このとんでもない状況下でなんとまあお気楽なものだ。
そんなまゆりに救われているわけだが。
「どんな病原菌を持っているかわからないぞ。それに、もしかしたらそいつは俺たち人類の祖先かも知れない。丁重に扱えよ」
「えーっ?じゃーこの子はまゆしぃの、おじいちゃんのおじいちゃんの、おじいちゃんのおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんのおじいちゃんの……」
「……まゆり。のび太君みたいなことを言うんじゃない」
まぁ、たとえこのネズミを殺したところで祖父のパラドックスは起きないがな。
それにこの世界線でも西暦2025年には俺が死亡することが確定しているため、ネズミの殺害のために人類が誕生しないということも有り得ない。
俺たちは安心して日々生き物を食べて生活することができる。
が、とりあえずはタイムマシンに備蓄してあった非常食糧で食いつないでいる。
気候は思ったより温暖で、秋葉原なのに沖縄にいるかのようだ。
「あー、暇だ。さすがに娯楽が無さ過ぎる」
「テレビって画期的な発明だったんだねー」
フェルディナンド・ブラウンには頭が上がらないな。
「そーいえばさ、オカリンのりーでぃんぐしゅーくりーむは、今でも使えるのかな?それがあれば、別の世界のまゆしぃたちが何をしてるのか、わからないかなー?」
「リーディングシュタイナーだ。この時代ではたとえ使えたとしても意味はないだろう……。いや、そうではないな。この世界線でも今から7000万年後に俺は誕生することになるのだから、今俺の中にある記憶や意識はお互いのリーディングシュタイナーによって影響がある可能性がある、のか」
俺はリーディングシュタイナーの発動において「同じ時刻」という条件が決定的に重要なのだと今まで思っていたが、それは受信しやすい観測点が「同じ時刻」だというだけで、時間的な差というのは実は重要ではないのだ。
なぜなら、記憶とは「過去を思い出すこと」であり、思い出す地点よりも時間的に過去の記憶はすべて拾うことが理論上は可能である。当たり前だ。
だがリーディングシュタイナーの場合、別個の脳の記憶をデジャブとして思い出すことができる。
要は記憶領域が脳の外部にあるので、たとえ今の俺が生物的な死を迎えようとも、この7000万年前の記憶の断片は未来で受信することが可能なはずだ。
そこは世界の外側にある領域なのだから、すべての世界線で過去に存在する俺の記憶は受信される可能性がある。
『過去にだって今すぐ行けますよ。夜になったら望遠鏡で空をのぞいてみてください。何万年も前の光を見ることができるでしょう』
紅莉栖の声が聞こえた気がした。
俺とまゆりは、彦星と織姫は。7000万年前から現在を照らしている。
真帆。こんな形でしか約束は果たせそうにないが。俺の記憶の断片を、意思の連続を。きっといつか、受け取ってくれ。
かがり。お前がまゆりの娘になってくれて本当によかった。お前のお母さんの大切な宝物、必ず未来に返すからな。
「それじゃー生まれてくるオカリンは7000万年前のオカリンの記憶を見れるんだねー!すごいなー、考古学者になれるねー」
「ははは、そんなの白昼夢と一緒ではないか。即刻黄色い救急車だッ」
「えぇー、オカリンが入院したらやだよー」
ヒシッと俺にしがみつくまゆり。
こいつは本気で俺の心配をしてくれているらしい。
まったく、どこまでもあっぱれなやつだ。
「まゆりよ。この時代に病院があると思うのか?それに入院するのはこの俺の方ではなくて……」
「んー?あそっかー!ならオカリンが入院することはないねー、よかったー」
ふふふー、と笑うまゆり。
いやいや、それはそれで問題があるだろう。
キラキラと顔を輝かせたまゆり。
やさしさに満ちた微笑み。
「でもうーぱがいてくれてよかったー。これでさみしくないね、オカリン」
そこには、俺がタイムトラベルを開始する直前、かがりに手渡された緑のうーぱキーホルダーがあった。
それは、かがりの大切な宝物。
かがりの母親が、大好きだったマスコットキャラクター。
「きっとそのかがりちゃんとはねー、まゆしぃ気が合うと思うなー」
あぁ、そうだな。
だって、お前の娘じゃないか。
愛情を込めて育てた、お前の娘なんだから。当然だろ。
ふと、まゆりの存在が揺らいだ気がした。
俺はあわてて、まゆりの頭をわしわしと撫でてやる。
こうやって頭を撫でていれば、フラフラとどこかへいなくなってしまうこともない。
「えへへー、オカリンの手あったかいねー」
当たり前だ。
そんなの、当たり前だろ。
なぜなら、俺たちは。
生きているのだから。
この約束の地で。
お互いの命を感じることができる。
まゆりの、生を感じることができる。
まゆりと二人。
手を繋いで、これから歩いていく。
―――このエデンの園で。
「ねぇオカリン。まゆしぃはね、オカリンのこと、大好きだよ」
「まゆしぃはね、幸せだよ」
「クリスちゃんと約束したはずだから……」
「幸せにしてください」
「離さないでください」
「ずっと大好きで、いさせてください」
リーディングシュタイナーは誰もが持つ能力、か。
もちろん、これからもずっと一緒だ。
お前を離したりなんかはしない。
俺たちが離れることは、ない。
それが、運命石の扉<シュタインズゲート>の選択だよ。
「……ねぇ、オカリン」
「どうした、まゆり」
「おかえりなさい、オカリン」
「……ご苦労、まゆり」
無限遠点のデネブ おしまい
106: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 18:07:24.07 ID:0RgaG4Bu0
だが、何故これができたのか。鈴羽の助言があったからだ。ではその鈴羽に助言を与えたのは誰だ?そいつに出来て、この世界線上の俺たち未来ガジェット研究所に出来ないことはないはずだ。ならば、俺たちだってこのβ世界線から抜け出す方法を考案することは可能なはずだ……!
俺は既に一度、「元の世界線の収束範囲に戻る」という消極的な形ではあるが、世界を騙している。これの逆転の発想だ。橋渡しの因果を壊すことが可能ならば、橋渡しの因果を作ることも可能だ。これによってβ世界線から脱出できる。これを応用し、β世界線観測もα世界線観測も成立しない、狭間の世界線、『シュタインズゲート』の観測を行えばよい。
「こういうのを考えるのは私より紅莉栖……あの娘の方が断然得意なんでしょうけど」
俺は紅莉栖救出失敗後、もう何度やっても無駄なのだと思っていたが、そうじゃない。方法が間違っていただけなのだ。無理やり牧瀬紅莉栖を救おうとしたところで「紅莉栖の死を"認識"した"最初の俺"」という事象は収束をする。通常のβ世界線の因果律、そしてβ世界線のアトラクタフィールドには抗えず、結果紅莉栖は死ぬ。紅莉栖救出計画を実行しなかった可能性世界(この場合俺はα世界線へ行っていない)では恐らく牧瀬章一が殺害することになっていた事象(観測できないので不明)を、この俺が引き継いだに過ぎなかったのだ。
一応言っておくが、シュタインズゲートに到達するのは"この俺"ではない。
今いる世界線の俺は未来永劫"紅莉栖の生"を観測することは有り得ない。つまり、この俺はリーディングシュタイナーを発動してシュタインズゲートへと世界線移動することはない。そもそも今いる世界線の俺がリーディングシュタイナーを発動する可能性のある2036年には既に俺は死亡しているためシュタインズゲートへの世界線移動を行うことは不可能だ。過去に死亡した人間を過去改変によって再構成し、あたかも生き返ったかのように観測することが可能なのはリーディングシュタイナーを発動した生きている人間だけであって、俺自身が死亡する今回のケースは、2025年から2036年までに俺の記憶が存在しないため、この記憶は世界線移動をしない。ないものが移動できる道理がない。よって、シュタインズゲートに存在している俺が2036年時点でリーディングシュタイナーを発動することはない。
また、2025年のDメール送信での世界線移動は有り得ない。後述するが、この際のDメール送信によって生じる結果は既にこの世界線上で発生しているため、過去改変が行われず、ダイバージェンスが変動することにはなく、リーディングシュタイナーは発動しない。
何より必然なのだ。この世界線は、"あの時の俺"がシュタインズゲートに到着するための、必然の歯車なのだ。この世界線で俺たちがシュタインズゲートを模索する限り、この世界線は"なかったことにしてはいけない"。
「ゲーデルの時間的閉時曲線ね。未来の行き着く先が過去につながっている。だけど、牧瀬紅莉栖の救出に成功した場合、必然的に今いるこの世界線は"なかったこと"になるわ。逆説的に救出は無理ということになる」
そうだ。だがそうじゃない。かつて俺が経験した紅莉栖の救出失敗によって今いるこの世界線の因果が成立していると言うに過ぎない。
つまり、どのみち"俺"は一度紅莉栖を殺す……紅莉栖の救出に失敗しなければならない。これは確定事項だ、絶対にひっくり返ることは無い。
「一度わざと救出に失敗させるってことね。だけど、それだと私たちが何をしたってまた同じ轍を踏むことしかできないわ。だってあなた、鈴羽さんに促されても、二回目のタイムトラベルを行わなかったんでしょ?」
そうだ。だから、オペレーション・スクルドだけでは全く意味がない。
これでようやくまゆりの言う"彦星"とつながった。あのまゆりのメールのこの世界線における意味が、ようやくわかったぞ……。
結局、まゆりの選択は、俺たちに反撃の機会を与えるための最重要ターニングポイントだったのだ。
俺はどこかで、あの時まゆりが居なくならなければよかったと恨み言を抱えている節があった。だが、それは違うぞ"岡部倫太郎"。
まゆりの選択は、間違ってなどいない。むしろ正しすぎるくらいだった。
これが、『シュタインズゲート』の選択なのか……。
引用元: ・【シュタゲSS】 無限遠点のデネブ
ゲーム「STEINS;GATE 線形拘束のフェノグラム」Original soundtrack
posted with amazlet at 14.12.06
5pb. Records (2013-07-31)
売り上げランキング: 18
売り上げランキング: 18
107: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 18:13:55.29 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
俺がフブキとかがりとの会話から思いついたオペレーション・スクルドの作戦自体はそこまで難しい話ではない。非常に単純だ。
オペレーション・スクルドの要点をまとめると以下の三点だ。紅莉栖の死の偽装、論文の抹消、そして作戦終了後、元いた8月21日へと戻ることだ。だが三点目についてはそこまで深く考える必要はない。あくまでクリアーしなければならない条件は前の二つだ。
第一段階として、二回目の救出作戦において、確定した過去を変えないまま、牧瀬紅莉栖の死の状況を偽装し、"牧瀬紅莉栖の死の回避"を確実に観測すればいい。
2010年の時点であれば、アトラクタフィールドは分岐しようとしているだけであって、分岐しきって互いに因果を結べないほどに不干渉状態に陥っているわけではない。まず2010年であることが大前提となる。これによって、β世界線のアトラクタフィールドの干渉を受けない世界線、シュタインズゲートが想定される。
確定した過去を変えないことについては既に散々説明したな。まぁ、一回目の救出に失敗した直後の俺なのだ、その再現はほぼ完璧に実行可能と判断される。
これによって"最初の俺"に"紅莉栖の死を認識"させ、かつあの世界の"紅莉栖の死の観測"を"紅莉栖の死の回避"に塗り替えてしまえばいい。確定した過去を変えずに結果を変える。
一回目の救出作戦では死の偽装を用いても無駄だ。たとえ死を偽装し、"最初の俺"を騙してα世界線へ見送ったところで結局β世界線のアトラクタフィールドの収束のために紅莉栖は死ぬ(α世界線のまゆりの時のように24時間ずれる?)。鈴羽にもかつて言われたが、ラジ館から紅莉栖を連れ出しても無駄なことは確定している。今俺がいる世界線で死を観測したからだ。
一回目の救出作戦で"紅莉栖の死の回避"を観測できない(不可能であり、またしてはいけない)のは、今俺たちがこの世界線で計画している作戦こそが"紅莉栖の死の回避"の観測に絶対に必要となるからだったな。
ならば、俺の記憶にまだ存在しない、"β世界線へ戻ってきた後に紅莉栖救出へ一度失敗した俺"が二回目のタイムトラベルによって"紅莉栖の死の回避を観測する"という事象が起これば、シュタインズゲートへ行くかどうかはともかく、世界線移動自体は可能となる。
もう一度言うがその理由は、今俺がいる世界線からの因である、まゆり&鈴羽によるタイムマシン作戦、オペレーション・スクルド、そして今製作中のタイムマシンの時間遡行が完璧に行われるという、"因果律崩壊のための因果"が成立しているからだ。
それについて説明する前に、作戦の簡単な流れを説明しよう。
"最初の俺"が観測したのは、"血(のように見えた赤い液体)の上にうつ伏せになり意識がない紅莉栖"であって、"紅莉栖の死"ではないのだから、その状況をラボにあったサイリウムセイバーなどを使ってセッティングさえすれば"最初の俺"はめでたく勘違いし、Dメールを送ってα世界線へ移動する。
一方、そこで死の状況を偽装した張本人である"一度救出に失敗した岡部倫太郎"は当然"牧瀬紅莉栖の死の回避"を観測するので、その時点で"2010年7月28日に牧瀬紅莉栖が生きている世界線(シュタインズゲートではない)"へと移動することになる。
ちなみに、"紅莉栖の死の回避"を観測した時点にも存在しているだろう"最初の俺(別)"は、実は直前まで居たはずの"最初の俺"とは別の存在となっている。この"牧瀬紅莉栖が生きている世界線"にいる"最初の俺(別)"も、α世界線へと旅立ち、人生で一番長く、一番大切な三週間を過ごす。
しかし、この"2010年7月28日に牧瀬紅莉栖が死を回避する世界線"はまだシュタインズゲートではなく、β世界線上である。
死を回避したところで24時間後に紅莉栖は死ぬことが確定しているのかもしれない。死を回避したところで、ロシアはタイムマシン関連実験を2010年のクリスマスに実行するし、レスキネンたちの陰謀も渦巻くことになる。ロシアが紅莉栖のアメリカの家にNPCを捜索しに泥棒に入ったくらいだから、仮に紅莉栖が生きていたとしても中鉢論文がロシアの手に渡った時点で論文内容が脳内に記憶されている紅莉栖は暗殺対象となるはずだ。
結局タイムマシンをめぐって血で血を洗う争いの果てに鈴羽が紅莉栖救出のためにタイムトラベルしてくる"不確定のまま達成される因果"が存在する世界になっているはずだ。
俺がフブキとかがりとの会話から思いついたオペレーション・スクルドの作戦自体はそこまで難しい話ではない。非常に単純だ。
オペレーション・スクルドの要点をまとめると以下の三点だ。紅莉栖の死の偽装、論文の抹消、そして作戦終了後、元いた8月21日へと戻ることだ。だが三点目についてはそこまで深く考える必要はない。あくまでクリアーしなければならない条件は前の二つだ。
第一段階として、二回目の救出作戦において、確定した過去を変えないまま、牧瀬紅莉栖の死の状況を偽装し、"牧瀬紅莉栖の死の回避"を確実に観測すればいい。
2010年の時点であれば、アトラクタフィールドは分岐しようとしているだけであって、分岐しきって互いに因果を結べないほどに不干渉状態に陥っているわけではない。まず2010年であることが大前提となる。これによって、β世界線のアトラクタフィールドの干渉を受けない世界線、シュタインズゲートが想定される。
確定した過去を変えないことについては既に散々説明したな。まぁ、一回目の救出に失敗した直後の俺なのだ、その再現はほぼ完璧に実行可能と判断される。
これによって"最初の俺"に"紅莉栖の死を認識"させ、かつあの世界の"紅莉栖の死の観測"を"紅莉栖の死の回避"に塗り替えてしまえばいい。確定した過去を変えずに結果を変える。
一回目の救出作戦では死の偽装を用いても無駄だ。たとえ死を偽装し、"最初の俺"を騙してα世界線へ見送ったところで結局β世界線のアトラクタフィールドの収束のために紅莉栖は死ぬ(α世界線のまゆりの時のように24時間ずれる?)。鈴羽にもかつて言われたが、ラジ館から紅莉栖を連れ出しても無駄なことは確定している。今俺がいる世界線で死を観測したからだ。
一回目の救出作戦で"紅莉栖の死の回避"を観測できない(不可能であり、またしてはいけない)のは、今俺たちがこの世界線で計画している作戦こそが"紅莉栖の死の回避"の観測に絶対に必要となるからだったな。
ならば、俺の記憶にまだ存在しない、"β世界線へ戻ってきた後に紅莉栖救出へ一度失敗した俺"が二回目のタイムトラベルによって"紅莉栖の死の回避を観測する"という事象が起これば、シュタインズゲートへ行くかどうかはともかく、世界線移動自体は可能となる。
もう一度言うがその理由は、今俺がいる世界線からの因である、まゆり&鈴羽によるタイムマシン作戦、オペレーション・スクルド、そして今製作中のタイムマシンの時間遡行が完璧に行われるという、"因果律崩壊のための因果"が成立しているからだ。
それについて説明する前に、作戦の簡単な流れを説明しよう。
"最初の俺"が観測したのは、"血(のように見えた赤い液体)の上にうつ伏せになり意識がない紅莉栖"であって、"紅莉栖の死"ではないのだから、その状況をラボにあったサイリウムセイバーなどを使ってセッティングさえすれば"最初の俺"はめでたく勘違いし、Dメールを送ってα世界線へ移動する。
一方、そこで死の状況を偽装した張本人である"一度救出に失敗した岡部倫太郎"は当然"牧瀬紅莉栖の死の回避"を観測するので、その時点で"2010年7月28日に牧瀬紅莉栖が生きている世界線(シュタインズゲートではない)"へと移動することになる。
ちなみに、"紅莉栖の死の回避"を観測した時点にも存在しているだろう"最初の俺(別)"は、実は直前まで居たはずの"最初の俺"とは別の存在となっている。この"牧瀬紅莉栖が生きている世界線"にいる"最初の俺(別)"も、α世界線へと旅立ち、人生で一番長く、一番大切な三週間を過ごす。
しかし、この"2010年7月28日に牧瀬紅莉栖が死を回避する世界線"はまだシュタインズゲートではなく、β世界線上である。
死を回避したところで24時間後に紅莉栖は死ぬことが確定しているのかもしれない。死を回避したところで、ロシアはタイムマシン関連実験を2010年のクリスマスに実行するし、レスキネンたちの陰謀も渦巻くことになる。ロシアが紅莉栖のアメリカの家にNPCを捜索しに泥棒に入ったくらいだから、仮に紅莉栖が生きていたとしても中鉢論文がロシアの手に渡った時点で論文内容が脳内に記憶されている紅莉栖は暗殺対象となるはずだ。
結局タイムマシンをめぐって血で血を洗う争いの果てに鈴羽が紅莉栖救出のためにタイムトラベルしてくる"不確定のまま達成される因果"が存在する世界になっているはずだ。
108: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 18:21:50.51 ID:0RgaG4Bu0
だからもう一手間必要だ。死の偽装の後、さらにもう一手間が必要なのだ。この順番は守らなくてはならない。
第二段階として、中鉢の持っていた論文をロシアの手に渡る前にこの世から葬り去り、かつ紅莉栖にタイムマシン研究をさせなければ、世界のタイムマシン競争が白熱することはなく、ロシアに命を狙われることもなく、「鈴羽がタイムマシンで紅莉栖を救うために過去改変にくる」ことになる因果律が崩壊し、それによって因果律崩壊のための因果が二つの観測点(β世界線とシュタインズゲート)によって成立し、β世界線のアトラクタフィールドから解放され、ダイバージェンスは大きく変動し、紅莉栖が生きている状態を確定させシュタインズゲートへと移動することになる。
では、どうやって中鉢が所持していた論文を消滅させるか。あの時、8月21日18時12分に、2025年8月21日から俺のケータイへと送られてきたDメール……。
『テレビを見ろ』
たった一言、それだけだった。
かつての俺はたしかにダルのワンセグでニュースを確認したが、だが意味を理解していなかった。
俺が一度救出に失敗して戻ってきたあの時刻、各テレビ局のニュースでちょうどある事件が放送されていた。それはなにか?今の俺は既に穴が空くほど見ている。
それは中鉢の亡命成功のニュースだった。いや、正確にはロシアン航空機火災事故のニュースなのだが。そこには『まゆしいの』と書かれたメタルうーぱが映っていた。
あの時の俺もそれだけははっきり確認していた、と思う。この記憶はクリスとのカウンセリングのおかげでかろうじて思い出せている。
だが、だからなんだと言う話だと思った。
いいや、違う。間違っているぞ岡部倫太郎。このDメールこそが、シュタインズゲートへと到達する第二の鍵の在り処を示す、宝の地図なのだ!
どういう因果かはよくわからないが、とにかくあの金属玩具が中鉢論文の封筒に入っていたことで、金属探知機に引っかかり、手荷物として封筒を持ち込んだため、貨物室火災に巻き込まれることなく、ロシアに利用され……今に至る。これだ。このバタフライ効果を利用して仕込みをすればいい。
しかし、これだけは本当に、まったくもってどういう因果かわからない。
そもそもどうしてまゆりのメタルうーぱがあの封筒に入ってしまったのか……。
"牧瀬章一が論文の入った封筒を所持して飛行機に乗ること"は、計算によって収束事項だと既に判明している。
ならば、何をすればいいか。収束事項でないものを探し出せばよい。
それをここ何年もひたすら探しているのだが、ここだけがどうしてもわからないのだ。ダイバージェンスを大きく変えるような事象を計算するのは比較的簡単なのだが、ダイバージェンスを全く変化させないような事象を計算するのは、まるで悪魔の証明だ。
そのため、ひたすら仮説を作り上げて、それが"収束事項である"と計算された場合は除外する、という行為を繰り返し、最終的に一つの可能性しかないという状態に絞るしか手段がない。
金属探知機を誤作動させるようあの時のダルに指示するか?
それとも、論文の中身をすりかえるか?
いや、論文ごと飛行機を墜落させるべきか?墜落させるとしたらどのタイミングなら可能なのだ?
もしくは、8月21日の11時頃にテロ予告を送りつけるか、実際に爆破テロを起こすことによって、飛行機に乗るだけ乗らせて国内に留まらせるか……。
まさか、ここには収束事項以外は存在せず、第三次世界大戦へと収束してしまうのか?
いや、そんなはずはない。なぜなら第三次世界大戦勃発は収束事項ではないこともわかっている。
可能性の限界を測る唯一の方法は、不可能であるとされることまでやってみること、だ。くそッ!一体、なにが―――
……仕方ない、ここは一旦おいておこう。とにかく、一度救出に失敗した直後の俺に、オペレーション・スクルドの指令ムービーメールを送ることでこのことを気づかせる。
ところで、『テレビを見ろ』のDメールが一体どこから送られてきたのか。
俺が今いる世界線ではない。だが、かつて俺が8月21日にいた世界線の延長上にある可能性世界から送られてきたのだ。
なのでこれについては今この俺が2025年に送る必要はない。同様の理由で、このDメールだけではシュタインズゲートへの因果は成立していない。
しかし、このDメールを送ったどこかの2025年の俺のおかげで、シュタインズゲートへの一歩は確実に踏み出されることになる。
感謝するぞ、俺。
109: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 18:58:10.06 ID:0RgaG4Bu0
仕込みの際、若干世界線は変動するだろうが、だがまだ「タイムマシン開発競争」が発生しない観測点は設置できておらず、つまり因果が確定していない。
実際に中鉢論文が消滅するのは2010年8月21日であり「タイムマシン開発競争」が発生しない因果の観測点が設置されシュタインズゲートへの世界線変動が発生するのはこのタイミングとなる。このタイミングで橋渡し因果が完成する。
ゆえに第三段階として、7月28日にラジ館屋上に存在するタイムマシンが死の偽装や仕込みの後、8月21日以降に時間移動する必要がある。行為としてはなんら難しいアクションではないので、鈴羽なら確実に達成してくれるだろう。
一足飛びに話をしてしまったな。さて、このことについて詳しく見てみよう。
その理由はなぜか。一回目の救出失敗の時とは少し様相が異なっている。なぜなら救出に失敗した後ではなく成功した後の話だからだ。
アレがあそこにあったままではタイムマシンが何者かに発見されてしまう。また、俺が今いる世界線での2010年7月28日以降でも、タイムマシンは屋上に放置されていなかったことは確認済みなので、やはりβ世界線ではここに放置されるべきではないことがわかる。おそらく、深刻なパラドックスが発生する。
そもそもリーディングシュタイナー観測点に紅莉栖の死を観測させてはならない。紅莉栖の死は未確定の因果として保存しなければならない。生きているのか死んでいるのかわからない、50%の可能性を保持しなければならない。
紅莉栖の死を観測してしまえば、たとえ第三次世界大戦が起こらなくとも、それは作戦の失敗だ。紅莉栖の死を観測していない状況下で中鉢論文が消滅する必要がある。論文が消滅さえしてしまえば、β世界線の時系列的にズレた因果律が自己矛盾を起こし、"紅莉栖の死の観測の回避"および"論文消滅"が同時に観測されうる、シュタインズゲートへと世界は再構成されることになる。そのためのバックトゥーザフューチャーだ。
α世界線のまゆり救出ではこの手法は考えることもできなかった。FG204型タイムマシンは未来方向への移動が不可能だったからだ。
ではどこへタイムトラベルすればよいか。
シュタインズゲート観測点より時間的過去では「タイムマシンが何者かに発見されてしまう」および「紅莉栖が死んでしまう」という可能性が残っているので、シュタインズゲート観測点よりも時間的未来へ向けて飛べば安全だ。搭乗員である鈴羽は俺がシュタインズゲートを観測した後、2036年に元気に暮らしているだろう鈴羽へと再構成される。
だから"俺"は死の偽装と仕込みの後、鈴羽とともに中鉢論文消滅時点へタイムトラベルすれば、タイムマシンがその時空間に到着したと同時にシュタインズゲートへ到達する。
ここまできてようやく紅莉栖の生の観測の因果が成立する。
オペレーション・スクルドは成功する。
シュタインズゲートへと到達する。
以上の事象の変更によって達成されるダイバージェンスが1.048596であることは計算によって判明している。
シュタインズゲートへと世界線変動が起こった後、紅莉栖が俺と関係をもってタイムマシンを開発し、第三次世界大戦が勃発するのではないか、だと?すなわち、俺の今までの議論の中で設定したシュタインズゲート観測点は本当は成立しておらず、8月21日以降もβ世界線であるのではないか、ということだな。いや、それはない。さっき計算したと言っただろう。原理としても、8月21日の時点であいつは既にアメリカへと帰っている。俺と紅莉栖がめぐり合うことは万が一つにも無い。
とは言っても、シュタインズゲートは"タイムマシンが開発されない世界線"と同義ではないし、"タイムマシンを開発する世界線"は"タイムマシン開発競争が過熱する世界線"と同義でもない。何が起こるかわからない、未知の観測領域だ。
もしかしたら、あるいは。紅莉栖と俺は、再会するのかもしれない。
「な、なるほど……。もちろん、そのためには鈴羽さんとまゆりさんがタイムトラベルを確実に成功させてくれる必要があるわ。あの時のあなたの目が覚めなければいけない」
「……いや待て。俺があの時感じた頭痛とめまいは、ただ立ちくらみではなかった、というのか……?」
そうか、そういうことか。
「この世界線では、俺たちがあの時の二人に"Dメール"を送ることが確定しているのか……!」
110: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:04:17.92 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
後日この話をダルにもしたのだが「やっぱり二人だけじゃ成功するとは思えないからDメールを送ってちゃんと指示すべき」と強く言ってきたので、俺たちは"織姫作戦<オペレーション・アークライト>"を考案することとなった。
なぜこの名前にしたか、だと?俺としてはベトナム戦争時のB-52を用いた、敵の篭城する世界線を一掃し、破壊しつくすための作戦名として採用したかったのだが……。
かがりが、自分の母親について教えてくれた。彼女は、小さい頃から短冊に『織姫さまになれますように』と書いていたのだそうだ。織姫に読ませようというのに、こんなことを書かれては織姫もさぞ失笑したことだろう。そして、彼女は子を持つほど大きくなってもそれは変わらず、いつもよどんだ空を見上げては『あの日、私の彦星さまが復活していたら、全てが変わっていたのかな?』などとつぶやいていたそうだ……。
このかがりの話を元に、本作戦名は「空のアークライト」と呼ばれている織姫星、ベガにちなんでつけた。
その作戦内容は既にまゆりのメールからわかってしまっている。
"深刻なタイムパラドックス"とやらを回避する方法で、"あの時の俺"を蹴っ飛ばしてでもいいのでどんな方法をもってしてでも立ち直らせればいい。
あの時、まゆりは俺が置いていったケータイを握り締めていた。ならば、タイムマシンに乗った方のまゆりは、自分のケータイから俺に電話を掛ければ過去のまゆりと対話できるはずだ。
何度か実験して確信したのだが、Dメールを送ることによってこの俺がβ世界線からα世界線へと大幅に世界線移動するという危険性は全く無い。
2011年7月7日へDメールが到着したところでミスターブラウンは我々未来ガジェット研究所側に付くことが確定しており、またSERNが頭一つ抜けるような研究状況でもなくディストピアは形成されず鈴羽がタイムトラベルしてラジ館を破壊し中鉢の記者会見を邪魔することもないので、皮肉にも安心してDメールを送ることが出来る、ということだ。
俺があの時見送った鈴羽のケータイにはオペレーション・アークライトを指示するDメールがあったのかも知れない(あの立ちくらみは世界線変動であったかもしれない)という不確定要素があるため、ダルの提案は実行せざるを得なかった。この実行せざるを得ない状況のために、俺があの時、時空の彼方へ見送った鈴羽のケータイにDメールが来ていたことが確定される。
このDメールの送信と受信の両観測点には世界線的連続性があるため、またDメール自体は世界線を移動できないので、今の俺たちが将来的にDメールを絶対に送ることを決意した時点で、Dメールが届いていたことが確約される。結果的にあの立ちくらみは世界線変動を感じ、リーディングシュタイナーが発動した結果だった、ということが判明する。
俺がα世界線でいやというほど経験したDメールによる世界線移動とは今回は様相が異なっている。
α世界線での世界線変動の経験の場合、Dメールを"送信した記憶"を持つ存在はリーディングシュタイナーを持つ俺一人だ。"あるDメールを送信した記憶"の観測点と、"そのDメールの受信"によって改変された世界線には連続性はない。
しかし、今いる世界線は、言わばDメールを鈴羽が"受信"した変動後の世界線なので、"将来送信すべき観測点"と"受信後の今"には連続性がある。故にDメール送信時点での世界線変動は起こらない。
たしかにあの時Dメール受信によって世界線が変動した。
だがこの時俺の中で、再構成された世界と、俺の過去の記憶との間に齟齬はなかった。
いったいこのDメールでなにが変わったのか。
過去じゃない、未来が変わっていたのだ。
いや、少し語弊があるな。ただしくは、因果を変えたことによって世界線変動を誘発させた、というべきか。
因果律的には原因が変わっており、これが時系列的にズレた因果律のなせるわざである。
まゆりと鈴羽の主観からすれば、二人があの時の俺の目を覚まさせるために時間跳躍をしようと決意し、行動し、ある結果を生み出したことによって、俺たちがあの時にDメールを送らざるを得ない状況を生み出したため、Dメールを受信。結果、その受信時の観測点が今俺がいる世界線と繋がるように感じるはずだ。
これがあの日あの時、タイムリープ前の2011年7月7日に俺が感じた世界線変動だ。
オペレーション・スクルド用のDメール(ムービーメール)の場合も同様である。後述するが、オペレーション・アークライト成功後の観測点と、ムービーメールを送信する今いる世界線上の未来の観測点とは連続性があるので、ムービーメール送信による世界線変動は起こらない。
この二つのオペレーションを、2011年7月7日時点の鈴羽と、オペレーション・アークライト成功後の時点である2010年8月21日時点の俺に伝達するため、電話レンジ(仮)の改良に取り組むこととなった。
そんなわけでまたダルを東京から呼びつけ、この地下基地で篭ることとなる。
後日この話をダルにもしたのだが「やっぱり二人だけじゃ成功するとは思えないからDメールを送ってちゃんと指示すべき」と強く言ってきたので、俺たちは"織姫作戦<オペレーション・アークライト>"を考案することとなった。
なぜこの名前にしたか、だと?俺としてはベトナム戦争時のB-52を用いた、敵の篭城する世界線を一掃し、破壊しつくすための作戦名として採用したかったのだが……。
かがりが、自分の母親について教えてくれた。彼女は、小さい頃から短冊に『織姫さまになれますように』と書いていたのだそうだ。織姫に読ませようというのに、こんなことを書かれては織姫もさぞ失笑したことだろう。そして、彼女は子を持つほど大きくなってもそれは変わらず、いつもよどんだ空を見上げては『あの日、私の彦星さまが復活していたら、全てが変わっていたのかな?』などとつぶやいていたそうだ……。
このかがりの話を元に、本作戦名は「空のアークライト」と呼ばれている織姫星、ベガにちなんでつけた。
その作戦内容は既にまゆりのメールからわかってしまっている。
"深刻なタイムパラドックス"とやらを回避する方法で、"あの時の俺"を蹴っ飛ばしてでもいいのでどんな方法をもってしてでも立ち直らせればいい。
あの時、まゆりは俺が置いていったケータイを握り締めていた。ならば、タイムマシンに乗った方のまゆりは、自分のケータイから俺に電話を掛ければ過去のまゆりと対話できるはずだ。
何度か実験して確信したのだが、Dメールを送ることによってこの俺がβ世界線からα世界線へと大幅に世界線移動するという危険性は全く無い。
2011年7月7日へDメールが到着したところでミスターブラウンは我々未来ガジェット研究所側に付くことが確定しており、またSERNが頭一つ抜けるような研究状況でもなくディストピアは形成されず鈴羽がタイムトラベルしてラジ館を破壊し中鉢の記者会見を邪魔することもないので、皮肉にも安心してDメールを送ることが出来る、ということだ。
俺があの時見送った鈴羽のケータイにはオペレーション・アークライトを指示するDメールがあったのかも知れない(あの立ちくらみは世界線変動であったかもしれない)という不確定要素があるため、ダルの提案は実行せざるを得なかった。この実行せざるを得ない状況のために、俺があの時、時空の彼方へ見送った鈴羽のケータイにDメールが来ていたことが確定される。
このDメールの送信と受信の両観測点には世界線的連続性があるため、またDメール自体は世界線を移動できないので、今の俺たちが将来的にDメールを絶対に送ることを決意した時点で、Dメールが届いていたことが確約される。結果的にあの立ちくらみは世界線変動を感じ、リーディングシュタイナーが発動した結果だった、ということが判明する。
俺がα世界線でいやというほど経験したDメールによる世界線移動とは今回は様相が異なっている。
α世界線での世界線変動の経験の場合、Dメールを"送信した記憶"を持つ存在はリーディングシュタイナーを持つ俺一人だ。"あるDメールを送信した記憶"の観測点と、"そのDメールの受信"によって改変された世界線には連続性はない。
しかし、今いる世界線は、言わばDメールを鈴羽が"受信"した変動後の世界線なので、"将来送信すべき観測点"と"受信後の今"には連続性がある。故にDメール送信時点での世界線変動は起こらない。
たしかにあの時Dメール受信によって世界線が変動した。
だがこの時俺の中で、再構成された世界と、俺の過去の記憶との間に齟齬はなかった。
いったいこのDメールでなにが変わったのか。
過去じゃない、未来が変わっていたのだ。
いや、少し語弊があるな。ただしくは、因果を変えたことによって世界線変動を誘発させた、というべきか。
因果律的には原因が変わっており、これが時系列的にズレた因果律のなせるわざである。
まゆりと鈴羽の主観からすれば、二人があの時の俺の目を覚まさせるために時間跳躍をしようと決意し、行動し、ある結果を生み出したことによって、俺たちがあの時にDメールを送らざるを得ない状況を生み出したため、Dメールを受信。結果、その受信時の観測点が今俺がいる世界線と繋がるように感じるはずだ。
これがあの日あの時、タイムリープ前の2011年7月7日に俺が感じた世界線変動だ。
オペレーション・スクルド用のDメール(ムービーメール)の場合も同様である。後述するが、オペレーション・アークライト成功後の観測点と、ムービーメールを送信する今いる世界線上の未来の観測点とは連続性があるので、ムービーメール送信による世界線変動は起こらない。
この二つのオペレーションを、2011年7月7日時点の鈴羽と、オペレーション・アークライト成功後の時点である2010年8月21日時点の俺に伝達するため、電話レンジ(仮)の改良に取り組むこととなった。
そんなわけでまたダルを東京から呼びつけ、この地下基地で篭ることとなる。
111: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:16:46.83 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「んで、どうして今いる世界線と、オペレーション・アークライトが成功した後の世界線とが連続性があるん?そうじゃなかったらオペレーション・スクルドが発動しない件」
時系列のズレた因果律。
過去改変後の世界線。
ケータイのメール。
「いや今北産業じゃなくていいっす」
俺が今いる世界線は時系列のズレた因果律の影響でオペレーション・アークライトが成功することが確定している、あるいは保証された世界線だ。
だから、まゆりたちのタイムマシンがどの世界線の2010年8月21日に到着しようとも、アークライト発案に至った因果律のために、必ず俺が一度紅莉栖救出に失敗している世界線の8月21日へたどり着く。それは今俺がいる世界線とほとんど近接した世界線のはずだ。
オペレーション・アークライトの成功、つまり"俺"を目覚めさせることに成功した時点で、その"俺"は、俺が今いるこの世界線上へと導かれることになる。言い換えれば、"紅莉栖救出に失敗した直後の俺"が「オペレーション・アークライト成功を観測すること」は、因果律の影響で「"今俺がいる世界線"、すなわち"完璧な電話レンジ(仮)&タイムマシンが作られる世界線"を観測すること」と同義となり、そのためにオペレーション・アークライト成功後の2010年8月21日時点で"紅莉栖救出に失敗した直後の俺"にとっての世界線移動が発動する。
これによって、"俺が今いる世界線上"へと導かれた"俺"と、今後Dメールを送信する観測点とが世界線的に連続性を持つという、この理屈が成立して初めてオペレーション・スクルドは成功する。
故に"俺"というリーディングシュタイナー観測点が、"今俺がいる世界線に移動してきた時点(=オペレーション・アークライト成功時点)"でDメールは確認可能となるわけだ。
なぜこのことに気づいていたか、だと?その答えは今俺が持っているこのケータイにある。新しい方のスマホではない。古い方のガラケーだ。
俺は昔のケータイを解約した(ダルに代行を頼んだ)その日、解約される直前に昔のケータイの電源を入れてみた。そこにはあるものが隠されていた。その時点でそれが"何か"は察したが、どういう理屈でここにあるのかがわからず今の今まで手をこまねいていたのだ。
いや、もう言わなくてもわかるだろう。そう、このケータイには既にオペレーション・スクルドの指令ムービーメールが受信されていたのだ。
おそらく、ラジ館脱出計画が成功した時点で(ドタバタしていた上、電源を切っていたので正確にはよくわからない)受信していた(ように感じる現象が起こった)のだろう。
なんだか不思議な気がするが、考えてみれば当然のことだ。俺が今いる世界線の過去方向に存在している、オペレーション・アークライトによって俺が今いる世界線へと移動してきた、2010年8月21日の"俺"を、俺が今いる世界線とは別の世界線("最初の俺"がいた世界線)へと飛ばすきっかけとなったムービーメールなのだからな。今俺の手元にあって当然だ。
もちろん見ていない。チラッとだけみて存在は確認したが、送信日時や件名、アドレスも見ていない。
いや、実際には見たのだが一瞬だったので全く思い出すことが出来ない。これを見たら「タイムトラベラーが過去の自分と鉢合わせする」のと同様(同様と言っても時系列的には因果がズレている)、確定した過去の改変という重大なパラドックスを起こしてしまう可能性がある。
「んで、どうして今いる世界線と、オペレーション・アークライトが成功した後の世界線とが連続性があるん?そうじゃなかったらオペレーション・スクルドが発動しない件」
時系列のズレた因果律。
過去改変後の世界線。
ケータイのメール。
「いや今北産業じゃなくていいっす」
俺が今いる世界線は時系列のズレた因果律の影響でオペレーション・アークライトが成功することが確定している、あるいは保証された世界線だ。
だから、まゆりたちのタイムマシンがどの世界線の2010年8月21日に到着しようとも、アークライト発案に至った因果律のために、必ず俺が一度紅莉栖救出に失敗している世界線の8月21日へたどり着く。それは今俺がいる世界線とほとんど近接した世界線のはずだ。
オペレーション・アークライトの成功、つまり"俺"を目覚めさせることに成功した時点で、その"俺"は、俺が今いるこの世界線上へと導かれることになる。言い換えれば、"紅莉栖救出に失敗した直後の俺"が「オペレーション・アークライト成功を観測すること」は、因果律の影響で「"今俺がいる世界線"、すなわち"完璧な電話レンジ(仮)&タイムマシンが作られる世界線"を観測すること」と同義となり、そのためにオペレーション・アークライト成功後の2010年8月21日時点で"紅莉栖救出に失敗した直後の俺"にとっての世界線移動が発動する。
これによって、"俺が今いる世界線上"へと導かれた"俺"と、今後Dメールを送信する観測点とが世界線的に連続性を持つという、この理屈が成立して初めてオペレーション・スクルドは成功する。
故に"俺"というリーディングシュタイナー観測点が、"今俺がいる世界線に移動してきた時点(=オペレーション・アークライト成功時点)"でDメールは確認可能となるわけだ。
なぜこのことに気づいていたか、だと?その答えは今俺が持っているこのケータイにある。新しい方のスマホではない。古い方のガラケーだ。
俺は昔のケータイを解約した(ダルに代行を頼んだ)その日、解約される直前に昔のケータイの電源を入れてみた。そこにはあるものが隠されていた。その時点でそれが"何か"は察したが、どういう理屈でここにあるのかがわからず今の今まで手をこまねいていたのだ。
いや、もう言わなくてもわかるだろう。そう、このケータイには既にオペレーション・スクルドの指令ムービーメールが受信されていたのだ。
おそらく、ラジ館脱出計画が成功した時点で(ドタバタしていた上、電源を切っていたので正確にはよくわからない)受信していた(ように感じる現象が起こった)のだろう。
なんだか不思議な気がするが、考えてみれば当然のことだ。俺が今いる世界線の過去方向に存在している、オペレーション・アークライトによって俺が今いる世界線へと移動してきた、2010年8月21日の"俺"を、俺が今いる世界線とは別の世界線("最初の俺"がいた世界線)へと飛ばすきっかけとなったムービーメールなのだからな。今俺の手元にあって当然だ。
もちろん見ていない。チラッとだけみて存在は確認したが、送信日時や件名、アドレスも見ていない。
いや、実際には見たのだが一瞬だったので全く思い出すことが出来ない。これを見たら「タイムトラベラーが過去の自分と鉢合わせする」のと同様(同様と言っても時系列的には因果がズレている)、確定した過去の改変という重大なパラドックスを起こしてしまう可能性がある。
112: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:17:35.78 ID:0RgaG4Bu0
ムービーメール送信によってβ世界線からα世界線へと大幅な世界線変動が発生することはない。
どうして当時のエシュロンに捕らえられるであろうこのムービーメールが世界線変動を引き起こさないか、だと?
それはズレた議論だ。俺がかつてα世界線へと移動したのは"紅莉栖の死を観測した後Dメールを『送信』したため世界線が変動するが、その『送信』のために巡り巡って紅莉栖の生を観測するのでβ世界線の因果律が自己矛盾を起こし崩壊することでα世界線の因果律が再構成されため"であるから、このムービーメールは"紅莉栖の死の観測"以前に『受信』されればなんの問題もなくβ世界線のままを保持できる。
要は"紅莉栖が死ぬ"ことが"観測"された後でDメールを送って"紅莉栖が死なない"ことが確定したためにα世界線へ変動したのであって、まだ死んでいないならムービーメールを受信しても問題ない。
このムービーメールの受信という過去改変によって紅莉栖の生が観測される世界線へと改変されることは、そのメールの内容からして有り得ない。ゆえにこのムービーメールは俺が今存在する世界線と全く同一と想定できる世界線へと受信され、その状態が保持される。
この点に関してはダルがフェイリスに雷ネットで勝てなかったDメールの状況と似ている。この時は僅かに世界線が変化したため送信履歴からDメールが消えたが、今回のムービーメールの場合は当然受信時に結果が変化しないので送信後の2025年にも送信履歴は残ることだろう。
ムービーメール自体に過去改変能力があるのではない。あの時、8月21日に一度救出に失敗して戻ってきたタイムマシンに、もう一度往復する能力があることによって間接的に過去改変が達成されるのだ。
もう二つヒントがあった。"最初の俺"が受信したノイズまみれのムービーメールと、α世界線上で受信した文字化けメール。これらはつまり、かつて他の世界線の未来の俺が送ったムービーメールの成り損ないなのだ。
ノイズまみれのムービーメールの送り手は誰か。そいつは紅莉栖の死を観測したにもかかわらず電話レンジ(仮)の改良に成功せず、中途半端なノイズまみれのDメールしか送ることができなかった俺だ。
可能性世界の話になってしまうが、例えば俺が2011年7月7日にラジ館屋上で逮捕されてしまう世界線では電話レンジ(仮)の改良に成功しなかった、ということだろう(この可能性世界線はクリスのタイムリープによる過去改変の結果"なかったこと"になっている)。
α世界線の文字化けメールは、まゆりの死を観測したにもかかわらずそれを受け入れ、SERNに拘束された紅莉栖を救うべくレジスタンス組織ワルキューレのリーダーとなった俺からのDメールなのだ。
β世界線でもα世界線でも7月28日にDメールを受け取っていたことから、この"Dメールを送る"という事象自体はβ世界線のアトラクタフィールドでもα世界線のアトラクタフィールドでもどちらにおいても収束範囲だと推測できる。
いや、違うな。7月28日12時26分の時点では"Dメールを受け取る"という事象がよりマクロな収束が発生しているのだろう。このDメールがβ世界線からα世界線に世界線移動する、といった因果律の崩壊に影響しない理由は既に説明したから省略しよう。
結局、どうあがいても33歳の俺はDメールという形でなんらかの過去改変を試みるわけだ。まぁ、逆に言えば、これらの成り損ないメールのおかげでオペレーション・スクルドの立案計画に突入できたのだから、ある意味これらも因果として必然と言えるのかもしれない。
以上のことからオペレーション・スクルドの指令ムービーメールは2010年7月28日12時26分へ向けて送信することにする。
113: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:19:51.07 ID:0RgaG4Bu0
「なるほどー。だいたいわかったお。だけど……」
「そうね、オペレーション・スクルドの第二の条件。"論文抹消"についてなんとかしないと、ムービーメールを送っても意味がないわ」
そうだ。そこなのだ。これをなんとしても2025年までに解明しなくてはならない。一刻も早く計算式を―――
「オ、オカリン。顔がやばいって」
「岡部さん、疲れたでしょう。もう遅いし、ゆっくり寝た方がいい。続きはまた明日にしましょう」
「……む。もうこんな時間か」
「あと少しなのはわかる。だけど、研究者は体が資本でもあるんだから」
「うむ……。二人とも、付き合わせてしまってすまない」
「そうだおオカリン。僕を見習って健康を意識した方がいいのぜ?」
寝言は寝て言え。
俺はクリスになだめられる形で自室へと向かった。
しかし、すぐには寝付けなかった。あまりにも頭が興奮していた。
……この世には、絶対不変の真理などというものは存在しない。
どれだけあがこうと、努力だけでは変えられない壁など、ありえない。
故に俺は妥協せず、諦めず、己の信じた道を突き進む。
だから、忘れてはいけない。己の心の中に、自分だけの運命石の扉<シュタインズゲート>があることを。
あと、一歩なんだ。もう手を伸ばせば手が届くのに。
いったい、扉を開く第二の鍵はどこにある……。
そんな考えばかりが目蓋の裏でぐるぐると回っていた。
――だから、眠りが浅く、あんな夢を見たんだと思う。
114: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:22:44.56 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
ま、まぶしいっ!
いったいどぅわれだ!ラボを白一面に塗り替えたのはッ!
「やっほ。岡部。久しぶり」
ぬぁんだクリスティーナであったか。おどかすでない。
「だからティーナをつけるな!って、大しておどろいてないじゃない」
ん?なにがだ。
「だって、私が存在してるのよ?不思議じゃないの?」
ぬぁにが不思議なのだぁ。
貴様が居なければタイムリープマシンの開発にも成功せず、β世界線へ戻ることもない。
至極、居て当然ではないかッ。
むしろ貴様の方こそこんなところでなにをしているのだ、助手ぅ。
「助手ってゆーな。なによ、せっかく人が心配して来てあげたのに……。あ、いや、心配はしてないけどっ」
ん、違うな。間違っているぞ、天才HENTAI少女。
β世界線なのだから、紅莉栖の死は収束しているに決まっているだろう。
「HENTAIゆーなっ!」
ま、まぶしいっ!
いったいどぅわれだ!ラボを白一面に塗り替えたのはッ!
「やっほ。岡部。久しぶり」
ぬぁんだクリスティーナであったか。おどかすでない。
「だからティーナをつけるな!って、大しておどろいてないじゃない」
ん?なにがだ。
「だって、私が存在してるのよ?不思議じゃないの?」
ぬぁにが不思議なのだぁ。
貴様が居なければタイムリープマシンの開発にも成功せず、β世界線へ戻ることもない。
至極、居て当然ではないかッ。
むしろ貴様の方こそこんなところでなにをしているのだ、助手ぅ。
「助手ってゆーな。なによ、せっかく人が心配して来てあげたのに……。あ、いや、心配はしてないけどっ」
ん、違うな。間違っているぞ、天才HENTAI少女。
β世界線なのだから、紅莉栖の死は収束しているに決まっているだろう。
「HENTAIゆーなっ!」
115: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:26:06.89 ID:0RgaG4Bu0
待て。
待て待て。
何かがおかしい。
一体、なにが―――
オレガ……コロシタ……
ムダナンダ……ナニモカモムダナンダヨ……
アアアアアアアアアア――――――――!!!!
あ、頭が。くそっ、なんだ、記憶が混濁しているのか?
「しっかり思い出して。あなたはどの"岡部"なの」
女を犯したって、なかったことにできる
ラボも仲間もなくなったが、フェイリスだけはいてくれるから、寂しさだって紛らわせるだろう
俺は、お前を男には戻さない
このガキは俺のことを"殺さない"んじゃない。"殺せない"んだ
誰よりも大切な女性のことを、忘れたりしない
このラボに……4人目のラボメンなんて……いない……
俺とまゆりは付き合い始めた。まゆりもまた俺のことを大好きだと言ってくれたから
「岡部?大丈夫?」
オカベ……おかべ……"岡部"……?
その呼び方で呼ぶな。
その呼び方で俺を呼ぶ人間は。
……もう此の世に居ない。
「じゃぁ、あなたは誰?」
116: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:29:21.25 ID:0RgaG4Bu0
オカリン オカリンさん
岡部さん
キョーマ
おか…凶真さん
岡部くん
岡部
違う。俺は。
狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院ッ!凶真だッ!
俺は……俺は、"鳳凰院凶真"だ。
あの時、紅莉栖を救出できなかった。
そしてこの手で刺し殺した、その俺だ。
「戻ってきたみたいね、記憶」
あぁ、戻ってきた。
だが、お前はいったい―――
「助手、後は俺が代わろう。貴様は引っ込んでいろ」
「なっ、久しぶりに会ってそれか……。って、そうでもないか」
「いや。俺にとっては7000万年振りだ」
「は、はぁっ!?またわけのわからないことを言って……」
お、おいおい。ちょっと待て。
"俺"が目の前に、いる、だと!?
しかも、突然歯車を模した円卓が登場した……。どんな手品だ!?
「何をしょぼくれているのだ。貴様、それでも"鳳凰院凶真"か?笑わせてくれる」
いったい、なにがどうなって……。
117: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:31:16.67 ID:0RgaG4Bu0
「ここは貴様の脳から発せられている信号によって形成された世界だ。それはつまり、すべての岡部倫太郎の可能性の束だ」
なん……だと……?
「とにかく時間がない。今、お前が知りたい"凶悪な真実"は、いったいなんだ」
お、俺が知りたい、真実……?
それはもちろん。第二の鍵だ。
シュタインズゲートを開くための、第二の鍵だ。
「そうだったな。では、これよりその鍵を見つける方法をお前に教えてやる」
なに!?知っているのか貴様!?
「だが、鍵を見つけるのは俺でも、お前でもない。"もう一人の牧瀬紅莉栖"だ」
い、いったいお前はなにを言っているんだ……。
「時間がないと言っている。いいか、俺はお前に方法だけを教える。そうしなければ、因果が狂ってしまうからな」
……?
「よく聞け"鳳凰院凶真"。これからお前に、シュタインズゲートへの鍵を探す方法を教える―――受け取れ」
なんだ、これは。
「なんだ、とはなんだ。知らないはずがないだろう。緑のうーぱキーホルダーだ。かがりの、大切なお守りだ。早く受け取るがいい」
なぜこれがここにある……。
まさか、シュタインズゲートを開ける鍵のキーホルダーだとでも言うのか?
やはり、どうみてもただのうーぱ―――
118: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:35:34.95 ID:0RgaG4Bu0
……!?
と、突然、頭の中に情報がッ!?
な、なんだこの記憶はッ!?
「記憶ではない。知識だ。鍵を探す方法、という知識だ。俺がエデンの園より持ち帰った、知恵の樹の実だ。それを、かがりのお守りの力を利用して、貴様の脳内に直接送り込んだ」
は、はぁっ!?こいつ直接脳内に……!
「まったく、やっぱり何でもあり、ってのはよく無いわ。この空間、いくらなんでも非科学的よ」
「だが、重要なのはどう解釈し、どう利用するか、だろ?」
「わかってる。岡部のくせに偉そうな口を利くな」
「それで、"鳳凰院凶真"よ。やるべきことはわかっているな」
なにがなんだかわからないが……。答えはイエスだ。
やるべきことははっきりわかっている。いや、わからされたと言うべきか。
「ムービーメールへの刻み込みの件は俺に任せておけ。これは俺の仕事だ。お前はお前の仕事をやればいい」
そうだ。ここで俺がやるべきことはひとつ。
「じゃぁ、こっちにカメラを用意しておくから。ここに向かってしゃべれば、向こうの"私"に映像がスクリーン表示されるはずよ。既に回線はつないである」
方法はわかった。
ならば、あとは実行するだけだ。
この偉そうな態度の30代のおっさんは気に入らないが……。
いいだろう。
運命石の扉<シュタインズゲート>を開ける鍵を―――
―――見つけてみようではないか。
『聞こえているな。ザ・ゴースト』
119: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:38:39.04 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「―――到達した」
見知った天井。
ベッドに仰向けになったまま目を覚ました俺は、寝起き様につぶやいた。
あれは本当にただの夢だったのだろうか。
それとも、別の世界線の記憶か。
もしくは、世界線ではなく、もっと未知の何かの中にいたのかもしれない。
ともかく、一つはっきりとしていることがある。
収束事項が判明した。第二の条件が開放された。
何故わかった。何故未来予知ができる。まるでラプラスの魔だ。
俺は決定論者ではない。俺の理論はコペンハーゲン解釈と多世界解釈のいいとこどりをしている。
だが、不思議と確信があった。これは、間違いなく。
―――夢じゃない。
「―――到達した」
見知った天井。
ベッドに仰向けになったまま目を覚ました俺は、寝起き様につぶやいた。
あれは本当にただの夢だったのだろうか。
それとも、別の世界線の記憶か。
もしくは、世界線ではなく、もっと未知の何かの中にいたのかもしれない。
ともかく、一つはっきりとしていることがある。
収束事項が判明した。第二の条件が開放された。
何故わかった。何故未来予知ができる。まるでラプラスの魔だ。
俺は決定論者ではない。俺の理論はコペンハーゲン解釈と多世界解釈のいいとこどりをしている。
だが、不思議と確信があった。これは、間違いなく。
―――夢じゃない。
120: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:41:02.45 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「シュタインズゲートを開ける鍵を見つけた、ですって?」
腕組みをしながら半信半疑で聞き返してくるクリス。
そうだ、研究者たるもの、何事も信じながらも疑わなければならない。
「早く教えてほしい件」
まぁまて、お前ら。そう慌てるな。
いや、焦っているのは俺の方か。
結論だけ言おう。
2010年7月28日。
すべての始まりであり、すべての終わりであるあの日。
そこに束ねられたいくつもの運命。
だが、科学には例外が付き物だ。
収束事項の数少ない例外、それは―――
「うーぱだったんだッ!」
・・・。
ま、待て。ちゃんと説明するから、そんなゴミを見るような目線をやめろ。
俺はみんなに夢で見たこと、そして夢は夢ではなくリーディングシュタイナーによる世界線超越領域に保存された記憶の集合体であった可能性。そこで理解したムービーメールの真の目的を話した。
「あるあ……ねーよ。リーディングシュタイナー便利すぎワロタ。それ全部事実だったらオカリン、ラノベ作家になれるお」
クリスも未だに疑っているようだ。そりゃそうだ、原理が解明されていないのだから。
ムービーメールの真の目的である"無意識野"への刻印。これについても、原理はともかく、あの記憶領域を利用した実行は可能だ。
「シュタインズゲートを開ける鍵を見つけた、ですって?」
腕組みをしながら半信半疑で聞き返してくるクリス。
そうだ、研究者たるもの、何事も信じながらも疑わなければならない。
「早く教えてほしい件」
まぁまて、お前ら。そう慌てるな。
いや、焦っているのは俺の方か。
結論だけ言おう。
2010年7月28日。
すべての始まりであり、すべての終わりであるあの日。
そこに束ねられたいくつもの運命。
だが、科学には例外が付き物だ。
収束事項の数少ない例外、それは―――
「うーぱだったんだッ!」
・・・。
ま、待て。ちゃんと説明するから、そんなゴミを見るような目線をやめろ。
俺はみんなに夢で見たこと、そして夢は夢ではなくリーディングシュタイナーによる世界線超越領域に保存された記憶の集合体であった可能性。そこで理解したムービーメールの真の目的を話した。
「あるあ……ねーよ。リーディングシュタイナー便利すぎワロタ。それ全部事実だったらオカリン、ラノベ作家になれるお」
クリスも未だに疑っているようだ。そりゃそうだ、原理が解明されていないのだから。
ムービーメールの真の目的である"無意識野"への刻印。これについても、原理はともかく、あの記憶領域を利用した実行は可能だ。
121: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 19:56:20.23 ID:0RgaG4Bu0
少し、このことについて説明しよう。
リーディングシュタイナーについて俺は長らく大きな誤解をしていた。自分の経験から、リーディングシュタイナーは「世界線変動の原因となる行動を行った世界線でのそれまでの記憶を、世界線変動後の同じ時刻へと持ち越せる能力」だと認識していた。事実、それがあるからこそ知りえない情報を手に入れていたり、瞬間移動していたりしたわけだ。
そしてこれは誰しもが持っていて、個人差がある。フブキのように強く発現する人もいれば、そうじゃない人もいる。デジャブとして認識されるような、そういうものだと思っていた。
だが違った。そうじゃない。俺はさんざん助手から言われたことを思い出した。
『だから"現在"が変わって私たちが変化したなら、あんたも変化してないと矛盾が生まれる』
『それとも、自分は観測者だから変化しないとでも言うつもり?その場合、あんたはこう主張していることになる。"自分は人間という存在ではない"って』
『そもそも、もし"リーディングシュタイナー(笑)"が正しいなら、あらゆる人間の記憶があんたの主観に引きずられてることになる』
『そんなの、無理が有りすぎる。もしそうだったら岡部は文字通り、神よ』
その通りだ。俺は神じゃない。ゲームやアニメの主人公でもない。
『あんたの脳が、そう錯覚させているだけ』
そうだ、その通りだ。
俺中心の認識では、フブキだけでなく、すべての人間の"デジャブ"について説明ができない。
α世界線で、フェイリスもルカ子も、時間経過と共に次第に思い出し、そして記憶が中途半端に混じった状態になってしまっていた。
世界線を跨いで記憶は引き継がれる。俺だけが特別じゃない。
つまるところ、この岡部倫太郎という人間も例に漏れず世界線が変動すれば記憶は改変されているのだ。改変、という言い方は、変動前の観測点からの言い方であって、世界線が変わればその因果律に従った記憶を所有することになるのは当然である。多世界解釈ではなく、世界そのものが塗り替えられているのだから。
"この後"、リーディングシュタイナーは効果を発揮する。
つまり改変後の俺の脳が、改変前の俺の脳内の記憶を、強烈なデジャブとしてまるごと受信し、かつその時所有している記憶のすべてを破棄しているのだ。
この改変後の俺の脳と、改変前の俺の脳は異世界線同位体ではあるが、これによって結果的に改変後の俺の脳と改変前の俺の脳は同一のものと考えることができる。
ダイバージェンスの非常に小さい世界線変動の場合は俺のリーディングシュタイナーが発動していないように感じていた。それは改変前と改変後における記憶の受信と破棄の内容の相違が小さい場合だったに過ぎない。
一つの世界線の流れの中で世界線変動という現象を考えると、俺は他の人間より優れた能力を持っているわけではない。むしろその逆だ。
つまり改変時点よりも過去の記憶(これは本来所有していたはずのものである)を取り出すことができなくなる、という重大な脳の記憶異常と同義なのだ。事実フブキたちは新型脳炎として診断されていた。
俺は単にリーディングシュタイナーを持ち、かつ故意に世界線変動を引き起こす環境が整っている稀有な人間だった、ということに過ぎない。
そのために自分のリーディングシュタイナーを誤解する形ではあっても認識することができた。もしかしたら重度の幻覚障害者や精神異常者は、俺以上に強烈なリーディングシュタイナーを持っている人間なのかもしれない。
結局、リーディングシュタイナーは神に等しい力でも"魔眼"でもなんでもなく、それこそ新型脳炎のようなものなのだ。
世界線が変動すれば所有していた記憶は塗り替えられるのだが、俺はその塗り替えられた記憶のすべてを消去し、すっからかんになった脳みそに替わりに変動前の世界線での記憶が詰め込まれる。
もしレスキネンたちストラトフォーによって研究が本格化していたならば、数年のうちにその物理的・化学的なアプローチでリーディングシュタイナーを自在に作ることができるだろう。
だが原理はよくわからない。飛行機が飛ぶ原理はよくわかってないのに計算式はある、というトンデモ科学界隈で有名な話とは別だ。
―――俺が見たあれは夢だったのか。
否、夢ではなく、脳の外部の記憶領域、すなわち世界から超越した領域だ。
おそらく、リーディングシュタイナーによってこの超越領域に記憶がバックアップされているのだ。
まさにシェルドレイクの仮説。そうでなければ説明ができない。
122: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:00:45.60 ID:0RgaG4Bu0
「ちょ、ちょっと待って。その推論はさすがに非科学的すぎる。というか、疑似科学の代表格じゃない」
「まぁ、お前ならそう言うだろうとは思っていた。では、答えろクリス。記憶とはなんだ」
「は、はぁ?タイムリープマシンを開発した私にそれを聞く?」
「早くしろ、どうなっても知らんぞ」
「まったく……。わかった。せっかくだから詳しく説明してあげる」
そういってクリスは、俺たちの前でかつてATF(アキハバラ・テクノ・フx-ラム)で行った説明を捲し上げた。
「人間の記憶は大脳皮質、とりわけ側頭葉に記憶される。いわゆるフラッシュメモリみたいなもの。そして、そのメモリに記憶を書き込んだり、読み出したりするのが海馬傍回」
「脳はニューロンと呼ばれる細胞の間を、電気信号が伝わっていくことで働いている。記憶というのは、つもりこの"電気信号の伝わり"のことで、この働きを制御しているのが海馬傍回ね」
「つまり、電気信号が海馬傍回を出入りすることで記憶は作られていく。この出入りパターンは既にあの娘、紅莉栖によって完全なデータ化に成功したわ」
うむ。まったく、いつ聞いてもとんでもない話だと思う。
「次は記憶を思い出す、とはなにか。説明してくれ」
「はいはい。人間が記憶にアクセスしようとする時、前頭葉から側頭葉へ信号が行く。これがトップダウン記憶検索信号ね」
「俺たちはどうやってタイムリープで記憶を思い出している?」
「その言い方には語弊があるけど……。側頭葉に未来から転送された記憶を書き戻す過程で、一緒にコピーした擬似パルスを前頭葉の方に送り込めば、記憶検索信号はちゃんと働く」
これは牧瀬紅莉栖が確信をもって説明してくれたことだったな。
そして同時に、助手はこうも言った。
『結局は"意識はどこにある"という問題に行き着く』
助手との議論の結果、やってみなければわからない、という話で落ち着いたのだった。
「だが、本来記憶は非常にアナログなものだ。デジタルデータと擬似パルスだけでどうしてタイムリープが可能なのか、どうして"Amadeus"はあのように機能したのか。その原理はどうなっている?」
「……不明よ」
そうだ、結局ここの原理は不明なのだ。
だが、それでも結果は観測されている。
様々な実験の結果、俺たちは次の推論を立てることが可能なはずだ。
つまり、デジタル化したところで"アナログな部分が機能している"。
いったい、どうやって?
脳の外部に記憶のバックアップシステムが存在するとするならば、これを説明することが可能だ―――
123: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:06:36.64 ID:0RgaG4Bu0
「そ、そんなのありえない!」
ほう、確認もしてもいないのに否定するのか。
現実に起きていて、いまだ解明されていない現象。
例えば、幽霊。
「そんなオカルトと一緒にしないで!紅莉栖の研究は、ちゃんと科学的手続きを正当に踏まえたもので……」
お前が切り抜いていたタイムマシン関連の記事、その大半はオカルト雑誌だったな。
「……たしかに、タイムマシン関連の現象がオカルト記事になることを私たちは知っているけど」
オカルトだからと言って思考停止か?
"そんなことじゃ、真実には絶対にたどり着けない"
「……それ、あの娘の言葉ね」
リーディングシュタイナーもタイムトラベルもトンデモ科学ではない。少なくとも、現時点では。
充分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない。
「……クラークの三法則」
質問を変えよう。
「魂はどこにある?」
「!?」
「突然宗教の話になったお……gkbr……」
一般的には、生きているものの内部にあるとされ、死によって外部へと移動すると考えられている。
それは、なぜだ。魂とは、なんだ。
イタコはどうやって死者の魂を口寄せしている?
ツングース族はどうやって自分の魂を生きたまま取り出し、精霊の世界を旅してそのメッセージを現世に伝える?
バリの"選ばれた少女"はどうして習ったことが無いダンスを踊ることができる?
神がかりとはなんだ。瞑想とはなんだ。トランス状態とはなんだ。
預言とはなんだ。憑依とはなんだ。どうして「自分じゃない」ものが脳内に存在する?
死後の世界とはなんだ。天国、地獄、極楽浄土、黄泉の国、冥府、ヴァルハラ、ニライカナイとはなんだ。
前世の記憶とはなんだ。正夢、予知夢とはなんだ。虫の知らせとはなんだ。勘とはなんだ。
デジャブとはなんだ。テレパシーとはなんだ。千里眼とはなんだ。
どうして「知ってるはずが無い」記憶が脳内に存在する?
124: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:09:39.52 ID:0RgaG4Bu0
「……まさか、岡部さん。あなたは、魂、と認識される現象群が、外部にある記憶領域により発生している、とでも言いたいの……ユング心理学のつもり?人類は深層心理で集合的無意識を共有していて、共通した元型として表出されているってこと……?パウリ効果?シンクロニシティ?そんなの、ただの偶然じゃない!」
さぁ、どうだろうな。それは解釈次第だ。
魂の記憶、アカシックレコードが存在するか否か。
「証明できないからあるかも知れない、って言うの?だからといって、記憶領域が外にあるかどうかなんて、人間が人間である限り、人間が脳を使ってモノを思考する限り、人間の脳機能が生命活動に依存している限り、科学的検証は原理的に不可能よ!量子的効果を脳っていうマクロスケールで発現させるためには、シンプルな系を絶対零度近くまで冷やさなきゃいけない!そんなことしたら当然絶命するわ!」
そうだ。証明は不可能だ。
「だが、俺たちは何度もタイムリープしているし、"Amadeus"はちゃんと機能していた。なによりリーディングシュタイナーは何度も発動している。俺だけでなく、フブキもだ」
「……!!」
反論出来ずに地団駄を踏むクリス。
その目には悔しさが浮かんでいる。
俺の横柄な態度に対してか、証明できない世界に対してか。
……牧瀬紅莉栖という存在に対してか。
まさか、この俺が論破する日が来ようとはな。
結局、結果がすべてなのだ、この世界は。それが世界の仕組みなのだ。
あとは、俺たちがそれをどう解釈するか。そうだろう。
原理はわからない。だか俺は、現にあの夢を観測している。
ならば、あとは俺が解釈すればいい。ありとあらゆる状況下で真であると解釈する理屈を作り上げればいい。
それ以上に、不思議な確信があった。
紅莉栖が、助手が。
狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の助手が。
見つけてくれた唯一の答えなのだから。
「"考えるよりやってみろ"、ということですね、分かりません!ってかクリス氏、もう理屈はいいから方法を見つけるべき」
「……!!……!!」
そうだ。案ずるより産むが易し。
クリスが天才牧瀬紅莉栖に対して劣等感を抱えているのはわかっている。
だが、それでいい。その人間的な執念が俺たちを正しい道に導くはずだ。
だが、思考は止めるな。行動と同時に頭を動かし、冷静に世界を見つめろ。
……世界は常に俺たちを陥れようとしているのだから。
125: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:17:34.31 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
うーぱに仕込みをすると言っても、針の穴に糸を通すような変更を余儀なくされる。
ダイバージェンス定理による数式の計算によってハッキリしたことだが、あの時"俺がガシャポンを回した時、最初に出てくるのはメタルうーぱである"という事象自体は収束事項だ。
だが、それだけだ。
ならば、"未来から来た俺"が"最初の俺"に先んじてガシャポンを回し、メタルうーぱを回収してしまえばよい。わかってしまえばこれだけのことだ。あとで計算したところ、やはりこの事象により発生する世界線変動は極小値であり、真であることがわかった。まさにここが、アトラクタフィールド理論の抜け穴、特異点、例外だったのだ。
たったこれだけのこと……。ここにたどり着くまでの12年間だった……。
このためだけの、12年間だったんだ……。
「ご、ごめんオカリンさん。私にもわかるように、もう一度頭から説明してもらってもいい?」
「私もそうしていただけると助かります……」
うむ、そうだな。このうーぱを踏まえて、今一度シュタインズゲートへの道のりを振り返ってみよう。
リーディングシュタイナー観測点の主観的時系列で考えればシュタインズゲートへの道のりはそこまで難しいものではない。
βとαの狭間の世界線と考えてきたシュタインズゲートだが、主観的時系列で言えば、β→α→β→SGという直線的な移動として捉えることができる。
一方、俺が計画している"因果の流れ"(時系列ではない)は、現時点では努力目標だが、だいたい図のようになる。主体がいろんな人間になるなのでややこしいが、主体を考えず、ただ因果の流れだけを見てもらいたい。
「β→α→βの移動」→「鈴羽のタイムマシンが8月21日に登場」→「紅莉栖を救うことを決意」→「紅莉栖の救出失敗&オペレーション・アークライト(仮)失敗」→「なんやかんやあってイマココに至る」→「完璧な電話レンジ(仮)、オペレーション・アークライト実行、オペレーション・スクルド実行、タイムマシンを作る」→「完成したタイムマシンにより鈴羽が時間遡行に成功」→
ここまでは既に経験し、また今後この世界線上で保証されていることだ。
オペレーション・アークライト(仮)がかつて失敗していたことはダルから聞いた。この俺が経験した8月21日にも鈴羽を乗せたタイムマシンは別の世界線からやってきていたのだが、俺の目を覚ますことに失敗していたのだ。それもそのはずだ、まゆりは搭乗していなかったのだから。
……それは、俺が弱かったせいでも、鈴羽の力が足りなかったせいでもない。俺が今いる世界線を確定させるために必要な失敗だったのだ。
2036年、鈴羽が時間遡行するにあたって重要なことがある。まず1975年へ飛び、その後2000年へ飛び、その後2010年8月21日に飛ぶことが必要となる。
"最初の俺"は2000年、アメリカの大手掲示板に現れたジョンタイターの存在を知っている。そして彼は(本当は鈴羽だが)1975年でIBN5100を入手している。
ここは変えてはいけない。これは、"最初の俺"がα世界線を漂流するのに必要な知識であるし、ドクター中鉢が『タイターのパクリ』論文発表のための記者会見を行うために必要だ。つまり、因果を成立させる歯車なのだ。
そして一回目の紅莉栖救出直前の"俺"に、鈴羽の口から「第三次世界大戦後の復興のためにIBN5100の隠された機能が必要だ」という話を聞かせなければならない。これも確定した過去だ。それから「阿万音鈴羽」という、母方の旧姓で名乗ってもらう。これも俺がかつて経験している。
だが、どうして鈴羽が1975年の時点でIBN5100が必要な因果となっているのか、俺にはまったく検討がつかなかった。隠された機能ってなんなんだ……?ここはいずれダルとクリスが解明してくれることだろう。
うーぱに仕込みをすると言っても、針の穴に糸を通すような変更を余儀なくされる。
ダイバージェンス定理による数式の計算によってハッキリしたことだが、あの時"俺がガシャポンを回した時、最初に出てくるのはメタルうーぱである"という事象自体は収束事項だ。
だが、それだけだ。
ならば、"未来から来た俺"が"最初の俺"に先んじてガシャポンを回し、メタルうーぱを回収してしまえばよい。わかってしまえばこれだけのことだ。あとで計算したところ、やはりこの事象により発生する世界線変動は極小値であり、真であることがわかった。まさにここが、アトラクタフィールド理論の抜け穴、特異点、例外だったのだ。
たったこれだけのこと……。ここにたどり着くまでの12年間だった……。
このためだけの、12年間だったんだ……。
「ご、ごめんオカリンさん。私にもわかるように、もう一度頭から説明してもらってもいい?」
「私もそうしていただけると助かります……」
うむ、そうだな。このうーぱを踏まえて、今一度シュタインズゲートへの道のりを振り返ってみよう。
リーディングシュタイナー観測点の主観的時系列で考えればシュタインズゲートへの道のりはそこまで難しいものではない。
βとαの狭間の世界線と考えてきたシュタインズゲートだが、主観的時系列で言えば、β→α→β→SGという直線的な移動として捉えることができる。
一方、俺が計画している"因果の流れ"(時系列ではない)は、現時点では努力目標だが、だいたい図のようになる。主体がいろんな人間になるなのでややこしいが、主体を考えず、ただ因果の流れだけを見てもらいたい。
「β→α→βの移動」→「鈴羽のタイムマシンが8月21日に登場」→「紅莉栖を救うことを決意」→「紅莉栖の救出失敗&オペレーション・アークライト(仮)失敗」→「なんやかんやあってイマココに至る」→「完璧な電話レンジ(仮)、オペレーション・アークライト実行、オペレーション・スクルド実行、タイムマシンを作る」→「完成したタイムマシンにより鈴羽が時間遡行に成功」→
ここまでは既に経験し、また今後この世界線上で保証されていることだ。
オペレーション・アークライト(仮)がかつて失敗していたことはダルから聞いた。この俺が経験した8月21日にも鈴羽を乗せたタイムマシンは別の世界線からやってきていたのだが、俺の目を覚ますことに失敗していたのだ。それもそのはずだ、まゆりは搭乗していなかったのだから。
……それは、俺が弱かったせいでも、鈴羽の力が足りなかったせいでもない。俺が今いる世界線を確定させるために必要な失敗だったのだ。
2036年、鈴羽が時間遡行するにあたって重要なことがある。まず1975年へ飛び、その後2000年へ飛び、その後2010年8月21日に飛ぶことが必要となる。
"最初の俺"は2000年、アメリカの大手掲示板に現れたジョンタイターの存在を知っている。そして彼は(本当は鈴羽だが)1975年でIBN5100を入手している。
ここは変えてはいけない。これは、"最初の俺"がα世界線を漂流するのに必要な知識であるし、ドクター中鉢が『タイターのパクリ』論文発表のための記者会見を行うために必要だ。つまり、因果を成立させる歯車なのだ。
そして一回目の紅莉栖救出直前の"俺"に、鈴羽の口から「第三次世界大戦後の復興のためにIBN5100の隠された機能が必要だ」という話を聞かせなければならない。これも確定した過去だ。それから「阿万音鈴羽」という、母方の旧姓で名乗ってもらう。これも俺がかつて経験している。
だが、どうして鈴羽が1975年の時点でIBN5100が必要な因果となっているのか、俺にはまったく検討がつかなかった。隠された機能ってなんなんだ……?ここはいずれダルとクリスが解明してくれることだろう。
126: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:21:58.90 ID:0RgaG4Bu0
この次からが大事だ。かつての俺が主観時間的に未体験のゾーンに突入する。
→「そのタイムマシンと鈴羽によって俺に紅莉栖をわざと殺害させる"紅莉栖の死の観測"=β世界線観測点の設置」→「今この俺がいる世界線の存在が確定」→「因果律によりオペレーション・アークライト成功」→「"俺"の目が覚める」→「世界線が若干変動(俺が今いる世界線への移動)」→「ケータイにDメールが届いている」→「オペレーション・スクルドの発動」→「再度救出へ向かう」→「紅莉栖の死の偽装」→「紅莉栖の死の回避(仮)="最初の俺"は紅莉栖の死を認識するので『β→α→β』以降のここに至るまでのすべての観測点移動の確定」→
これによって以下のことが可能となる。
→「うーぱの仕込み」→「論文の抹消」→「紅莉栖の生の観測&タイムマシン開発競争が過熱しない因果が確定=SG観測点の設置」→
一旦ここまで。次はこれだ。
→「因果律にダイバージェンスの大きく異なる観測点が二つできる」→「因果律超越」→「アトラクタフィールド脱出」→「シュタインズゲートへ世界線変動」
とまぁ、こんな感じだ。
これで矛盾した"紅莉栖の死の観測"を原因として"紅莉栖の生の観測"を結果とする二つの観測点を設置し、その因果の間にタイムマシンを利用した因果律超越を用いることでβ世界線観測点での因果律崩壊を引き起こし、世界線収束範囲を脱出、リーディングシュタイナーを発動させシュタインズゲートへ到達する、という因果の図は成立する。
過去を変えずに結果が変わる、唯一の方法だ。
「最後の方、書ききれなくなってごちゃごちゃになってるわよ」
ええい、読めるから問題なかろう。
127: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:24:43.56 ID:0RgaG4Bu0
リーディングシュタイナー観測点である"今の俺とそれに付随した世界"の主観的時系列で考えるならばこうだ。
2010年のオペレーション・アークライト自体には失敗したが、2011年のオペレーション・アークライト出発には成功し(この時俺は俺とクリスのタイムリープによる2種の過去改変=まゆりと鈴羽の生存確保&ラジ館屋上からの脱出確定によって世界線移動をしている)、電話レンジ(仮)の改良に成功して、オペレーション・アークライトを成功させるDメールを送り、オペレーション・スクルドを成功させるDメールを送り、タイムマシンを作って鈴羽を送り出すことになる。
「僕、人生で二回も娘と生き別れるのかお……」
もう一方のリーディングシュタイナー観測点(すなわち"α世界線から戻ってきた俺"とそれに付随した世界)の立場から時系列を考えるとこうだ。
今の世界線の俺たちが作ったタイムマシンとそれに乗った鈴羽に出会うことになる世界線上に復帰した"岡部倫太郎"は、その後紅莉栖救出に失敗し、戻ってきた直後に『テレビを見ろ』Dメールを受信、次いでオペレーション・アークライトが成功。
この二つの事象の後初めて"オペレーション・アークライトが成功した世界線(俺が今いる世界線の過去方向への延長線上)"へと世界線移動、すなわち電話レンジ(仮)が改良に成功した世界線であることが確定となるので、ノイズメール世界線から離脱し、そのタイミングでオペレーション・スクルドの指令ムービーメールの内容が確認できる状態になる(確認可能なムービーメールを受信しているケータイを所持している世界線へと移動する)ことだろう。
まとめよう。
技術的に電話レンジ(仮)およびタイムマシンを完成されることが可能となり、かつ周辺的な事象、すなわち資金やパーツの確保、各種実験の成功、敵対勢力からの防御、2036年時点でのラジ館屋上の空間の確保や、俺以外の主要メンバーの生命活動への危機の回避などの確保が達成される場合、先述の通り、オペレーション・アークライトは確実に成功する。
「Dメールを受信した(と保証されている)鈴羽とまゆりが過去にタイムトラベルすること」はこの世界線上で既に達成された事実であり(実際にはその後俺自身はラジ館脱出という過去改変のために世界線変動をしたはずだが、変動後もこの事実だけは変化していないので、結局オペレーション・アークライトは成功する)、この"果"が既に確定しているため「将来的に電話レンジ(仮)の改良に成功し、Dメールを送る」という"因"も保証される。
オペレーション・アークライトの成功が確定しているために、"紅莉栖救出に一度失敗した俺"が目を覚ますことも現時点で既に確定している。故にオペレーション・スクルドが発動することも確定する。
指令ムービーメールによって"俺"の無意識野に"決して変えられない事象"と、"変えることのできる事象"の見極めが刻まれるので、"俺"はシュタインズゲートへと歩みを進めることが確定する。
あとは"そいつ"の努力次第だ。
以上の方法と理論によって、狭間の世界線、シュタインズゲートへの到達は達成される。
128: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:28:13.82 ID:0RgaG4Bu0
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
一同、無言になった。
研究室は静寂に包まれる。
理論上、シュタインズゲートに到達してしまったわけだからな。絶句するのも無理も無い。
……いや、そうではないな。誰もがある一つの可能性に気づいていた。
「でもさ、オカリン。シュタインズゲートって……」
「そうだ」
所詮、机上の空論だ。
すべては推測にすぎない。
この理論は間違っているかもしれない。
シュタインズゲートへの到達は不可能なのかもしれない。
ここまでの議論は無駄だったのかもしれない。
かつてニュートン物理学が相対性理論によって塗り替えられたように、ニュートリノに質量があったように、この理論も未知の理論によって否定しうるものかもしれない。
かもしれない。
かもしれない。
かもしれない―――
何故なら、俺はシュタインズゲートを観測できないからだ。
だが、違う。確かに俺はシュタインズゲートを観測できない。
だが、あの夢の中では。
俺ではない、"誰か"がシュタインズゲートを観測した。
いや、観測はしていない。より厳密には、シュタインズゲートへの鍵を入手し、シュタインズゲートの入り口へとたどり着いたことを観測した。
確定しているんだ。否定は、出来ない。
129: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:31:52.70 ID:0RgaG4Bu0
「そこは、わかった。岡部さんの理論を信じるわけじゃないけど……。だけど、仮にシュタインズゲートへの到達が可能だとして……」
そうだ。シュタインズゲートへの到達が確定していたところで。
「……そう、それは未知の観測領域だ」
たった一枚の壁の向こうは、知らない世界線。
「……何が起こるか、わからない、ということ、よね」
「そうだ。何が起こっても不思議ではない」
「……オカリンさん、それって、もしかしてさ」
そうだ。その世界線は、おそらく。
「……シュタインズゲートへの移動直後、収束はしないだけで、まゆりは死ぬかもしれないし、紅莉栖が死ぬかもしれない。両方の可能性もある。タイムマシンが存在しなければ、その事象は永遠に覆ることはない」
「……」
結局紅莉栖は、俺が助けた二日後には死んでしまうかもしれない。ロシアへ亡命した牧瀬章一はおそらく身柄を日本警察に拘束されるだろうが、その後逆恨みによって紅莉栖殺害を計画し、実行し、結果ヴィクコンで研究中の紅莉栖は殺されるかもしれない。
まゆりだって強盗に射殺されるかもしれない。車に轢かれるかもしれない。地下鉄に身体を投げ入れるかもしれない。心臓発作で倒れるかもしれない。
俺自身だって、一週間後の8月28日に死んでしまうかもしれない。突然俺という存在がシュタインズゲートから消滅するかもしれない。
それだけではない。世界のタイムマシン開発競争とは一切関係なく第三次世界大戦が起こるかもしれない。300人委員会の陰謀で世界人口が10億人に減らされるディストピアになるかもしれない。
かもしれない。
かもしれない。
かもしれない―――
結局、バタフライ効果によってどのような収束が発生しているかもわからないのだ。
130: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:37:08.19 ID:0RgaG4Bu0
「それに、"あの時の俺"がシュタインズゲートに到着した瞬間、こちらの主観でいうと、シュタインズゲート到着計画の最終段階である、2036年の鈴羽のタイムトラベル成功によって、因果律崩壊の因果が達成され、世界は塗り替えられる。俺たちが今いる世界線は"なかったことになる"」
シュタインズゲート観測点からすれば、俺たちの世界線は確定した歯車のひとつでありながら"なかったこと"になる。世界は再構成される。そして、俺たちの記憶はシュタインズゲートのデジャブとなる。
この世界線とシュタインズゲートの因果律超越因果の間には"2010年7月28日に紅莉栖の死を回避する世界線"などいくつかの世界線がクッションとして存在しているため、ソ連世界線の時のような強烈なデジャブとして存在できない。
しかも"あちらの俺"が2036年まで生きていたところで、"こちらの俺"の脳機能は2025年には存在できなくなっているのでデジャブの一切を受信できず、結局"こちらの俺"はなかったことになる。
シュタインズゲートは決してハッピーエンドの世界とは限らない。
そんなわけのわからないもののために、俺たちの人生を棒に振るのか。
この世界線の幸せを全て捨てて、"あの時の俺"にすべてを賭けるのか。
この俺が永遠に手にすることのできない結末、その幻想のためだけに一生をかけて死ぬのか。
「……それでも、やるのね」
「当たり前だ。その為にここまで来たのだからな」
わずかな可能性がある限り、決して諦めてはいけない。今までだってそうしてきたじゃないか。
シュタインズゲートでは、第三次世界大戦も起きないしディストピアも構築されないかもしれない。
紅莉栖も、他の誰も死なないかもしれない。
素晴らしい未来が待っているかもしれない。
かもしれない。
かもしれない。
かもしれない―――
131: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:39:25.27 ID:0RgaG4Bu0
だが、これだけは確定している。
未知の領域ではあるが、完全な未知ではない。
なぜなら、過去改変した事実は常に世界線上に残り続ける。
今俺のケータイにあるムービーメール同様、過去改変と、改変後の世界線(シュタインズゲート)は連続性がある。
ゆえに、シュタインズゲートであっても、7月28日に紅莉栖は"未来から来た俺"に救出されているし、メタルうーぱは牧瀬論文の封筒に入らない。
この二つに関連する事象だけは、シュタインズゲートを成立させる、シュタインズゲートではない世界線からの影響で発生した事象となる。
世界が再構成された後もここは確定する。
歯車なのだ。
シュタインズゲートを成立させる、歯車なのだ。
これに関しては不確定な可能性とは成りえないのだ。
ならば、シュタインズゲートは。
―――やはり俺たちの希望だ。
なぁに、たとえまた未来鈴羽がタイムトラベルしてくるような状況が発生したところで、その都度世界を騙してやればいいだけだ。世界の支配構造など、何度でも塗り替えてくれるわ。
俺は数多の世界線漂流の中で幾多の思いを犠牲にしてきた。それをなかったことにしてはいけない。
あの時、思い出したくはないが……。あの時。俺は、紅莉栖の声を聞いた。
時折頭の中でリフレインしていた、紅莉栖の、最期の声―――
『たす……けて……』
俺は、お前を、助ける。
"俺"は紅莉栖の救出に成功する。
そこに可能性があるなら、挑戦する。
挑戦するのを諦めたら終わり。そうしたら永遠に勝つ事は出来ない。
それが科学者というものなのだろう?なぁ、クリスティーナ。
132: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:43:17.53 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
いよいよタイムマシンの開発は佳境に差し掛かっていた。
今は深夜。ダルが一人カーテンの向こうで作業をしている。俺は談話室で脳内円卓会議中である。
ダイバージェンスメーターの完成、およびシュタインズゲート計画の立案をきっかけとして、俺は"もう一つの作戦"を実行することを決意した。
シュタインズゲートへの到達の達成を確保した上で、もう一つ世界を変えることができる可能性に俺は気づいたのだ。
シュタインズゲートの"裏の計画"、その名も"彦星作戦<オペレーション・アルタイル>"だ。
この計画は極秘中の極秘。実行するその日まで、ダルと俺だけの男の秘密だ。
「うほっ。みんなが寝静まったタイミングでその発言は危険なかほりが」
お、お前は研究室から出てこんでよろしい!
俺は2025年に死ぬことが収束として決定している。
だがそれもタイムマシンの応用によって簡単に騙せる。
要は、オペレーション・スクルドの指令ムービーメールを送信した後であれば、俺がこの世界線から消滅してもシュタインズゲートへの到達の因果は揺るがないのであるから(何故なら俺の死に収束する世界線だからだ)、試作機のタイムマシンで俺が過去へ飛んでもなんら問題は無いはずだ。
そもそも、鈴羽の2036年時点での有人飛行成功のためにはどこかで有人実験をしなければならないだろう。
この貴重なデータはクリスやダルにしっかりと取ってもらわねばなるまい。これにかこつけてオペレーション・アルタイルを実行しようと思う。
当然過去へ飛ぶ目的は一つ。ここにきてようやく達成の目処がついた。それは俺がかつてまゆりに言い放った台詞―――
『いいか、椎名まゆり!貴様は永遠に俺の人質なのだ!この程度の事で逃げられると思うなよ!時空の果てであろうとどこまでも追いかけてやるから、そのつもりでいるがいい!フゥ!ハハハハハ!』
シュタインズゲートを目指すのが"2010年の俺"の仕事なら。
旅に出たきり戻らない不届きな人質と不良娘を送り返すのが、"この俺"の仕事だ。
―――今、会いに行くぞ。まゆり。
だが、仮に鈴羽たちのマシンが壊れていたとしたら、まもなく完成するだろうタイムマシンに鈴羽とまゆりだけを乗せて現代、つまり俺がタイムトラベルする時点よりも未来へと帰す。
……俺は、その時代に残ればいい。このことは、ダルも含めて誰にも話さないでおこう。
……何?これ以上タイムトラベルをしていいのか?だと?
時空の因果を歪める危険を冒してまでやる意味があるのか、と言いたいのだな。
この俺を誰だと思っている。
混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者。
そして、まゆりとの約束を達成する者。
我が名は、"鳳凰院凶真"!
フゥーッハハハハ!
いよいよタイムマシンの開発は佳境に差し掛かっていた。
今は深夜。ダルが一人カーテンの向こうで作業をしている。俺は談話室で脳内円卓会議中である。
ダイバージェンスメーターの完成、およびシュタインズゲート計画の立案をきっかけとして、俺は"もう一つの作戦"を実行することを決意した。
シュタインズゲートへの到達の達成を確保した上で、もう一つ世界を変えることができる可能性に俺は気づいたのだ。
シュタインズゲートの"裏の計画"、その名も"彦星作戦<オペレーション・アルタイル>"だ。
この計画は極秘中の極秘。実行するその日まで、ダルと俺だけの男の秘密だ。
「うほっ。みんなが寝静まったタイミングでその発言は危険なかほりが」
お、お前は研究室から出てこんでよろしい!
俺は2025年に死ぬことが収束として決定している。
だがそれもタイムマシンの応用によって簡単に騙せる。
要は、オペレーション・スクルドの指令ムービーメールを送信した後であれば、俺がこの世界線から消滅してもシュタインズゲートへの到達の因果は揺るがないのであるから(何故なら俺の死に収束する世界線だからだ)、試作機のタイムマシンで俺が過去へ飛んでもなんら問題は無いはずだ。
そもそも、鈴羽の2036年時点での有人飛行成功のためにはどこかで有人実験をしなければならないだろう。
この貴重なデータはクリスやダルにしっかりと取ってもらわねばなるまい。これにかこつけてオペレーション・アルタイルを実行しようと思う。
当然過去へ飛ぶ目的は一つ。ここにきてようやく達成の目処がついた。それは俺がかつてまゆりに言い放った台詞―――
『いいか、椎名まゆり!貴様は永遠に俺の人質なのだ!この程度の事で逃げられると思うなよ!時空の果てであろうとどこまでも追いかけてやるから、そのつもりでいるがいい!フゥ!ハハハハハ!』
シュタインズゲートを目指すのが"2010年の俺"の仕事なら。
旅に出たきり戻らない不届きな人質と不良娘を送り返すのが、"この俺"の仕事だ。
―――今、会いに行くぞ。まゆり。
だが、仮に鈴羽たちのマシンが壊れていたとしたら、まもなく完成するだろうタイムマシンに鈴羽とまゆりだけを乗せて現代、つまり俺がタイムトラベルする時点よりも未来へと帰す。
……俺は、その時代に残ればいい。このことは、ダルも含めて誰にも話さないでおこう。
……何?これ以上タイムトラベルをしていいのか?だと?
時空の因果を歪める危険を冒してまでやる意味があるのか、と言いたいのだな。
この俺を誰だと思っている。
混沌を望み、世界の支配構造を破壊する者。
そして、まゆりとの約束を達成する者。
我が名は、"鳳凰院凶真"!
フゥーッハハハハ!
133: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:47:02.46 ID:0RgaG4Bu0
「おいたん、なにしてるの?」
うっ。夏休みの家族旅行(というのは仮の姿で、実は世界の支配構造を破壊する時空の覇者による初の歴史的潜入工作)で沖縄に遊びに来ていた"おさな鈴羽"に見つかってしまった。
まったく、良い子は寝ている時間だろう。
「おいたんの声でおきちゃった」
そうだったか、それはすまなかった。ついでに世界初のタイムマシン有人飛行を俺が奪ってしまうことになったことも謝っておこう。
「おはなしして」
「おはなし?あぁ、いいだろう。お前が寝付くまで話をしてやろう。そうだな、今日は『なん…だと…!?アキバから萌えが…消えた…!?』がいいか?それとも『打倒!ヴァイラルアタッカーズ!!』がいいだろうか。それとも……」
「けっせー!みらいがじぇっとけんきゅーじょ!にして」
「って、それは昨日も話しただろう」
おさな鈴羽が短い両腕を伸ばして俺に甘えてきた、のだったらよかったのだが。
その鈴羽はどちらかと言うとキツい命令口調で言い放った。もちろん"だっこ"のポーズも取っていない。
ダルからは実は甘えん坊だと聞いているのだが、どうも俺の前では性格のきつい娘として振舞っているようだ。
「ちょっとオカリン相談が……って鈴羽。眠ってたんじゃなかったのか?」
「俺が騒いでしまったために目が覚めてしまったようだ」
「そうか……。鈴羽、ママのところへ行ってきなさい。ちょっとパパたちお話しなきゃならないから」
「わかったパパ」
鈴羽はすぐ返事をした。またか、と言いたげな返事だ。
早速約束を反故にしてしまったにもかかわらず、文句ひとつ言わないよくできた子供。
どこか寂しげな背中……。振り返らず、由季さんの元へ向かう。すまん、鈴羽。
「……今はパパって呼んでくれてるのに、しばらくすると"父さん"って呼ぶようになっちゃうんだよな」
「いや、それは収束事項とは限らないぞ?計算してやろうか?」
「だ、だが断る!それでもし収束事項だったら僕立ち直れないし……ってか、それはあとでいいから」
「そうだったな。それで相談とはなんだ?」
談話室から研究室へとカーテンをくぐった。
134: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:50:17.19 ID:0RgaG4Bu0
「それが、未来方向への移動の件なんだけど……」
ダルが少し深刻そうな顔をした。
「なにか進展はあったか?」
俺たちは既に未来移動に関する理論を成立させていた。クリスの天才的な才能のおかげだ。
「あれから試しにDメールを未来に送ってみたんだけど、ちゃんと受信されたお」
「うむ。ここまでは想定通りだな」
当然過去改変、いや未来改変は起こらない。要はタイマーメールみたいな機能だからだ。原理は異なるが、観測される事象はあまり変わらない。
「次は未来にタイムリープ可能かどうか実験すべきだと思うんだけど……」
「……いや、それは違うな。タイムリープはイコール世界線の変動とはならない現象だ。リーディングシュタイナーを発動させることなく記憶を移動させる方法だからな。それに普通に考えて、仮に実験したとして、送信の瞬間に記憶障害になり、おそらく生命維持に必要な全ての記憶が消失する。そんな状態の脳に記憶が戻ってこれると思うか?」
「う、うん。たしかに。じゃ、この実験はなしってことでおk?」
「OKだ。さっそく物質転移実験に移ってくれ」
「オーキードーキー!」
ニカッ、と歯を見せるダル。そこに12年前のような若さはない。
「ムービーメールの方はどうだ?」
「既に余裕で36バイト以上の容量は送れるけど、やっぱムービーはノイズ入るっぽい。ホントは超画質でダンディになったパパを鈴羽に見せてやりたいんだけど……ふふふ……」
「わかった。画質はほどほどでいいから、引き続き安定した送信環境の開発だな」
「あ、オカリンごめん、もひとつ」
「どうした?」
135: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:52:30.56 ID:0RgaG4Bu0
「もしもタイムマシン起動時に、なんらかのアクシデントが起こって搭乗員が気絶したりした場合、外側から操作できるようにしておいた方がいくね?って思ったんだけど」
「……場合によっては、必要となるかもな。他の組織に奪われてしまうくらいなら、いっそ時間移動させた方がまだ可能性は開ける」
その時は苦渋の決断を迫られることとなるだろうが。
だが、俺たちの計画を成功させるためには仕方ない。
「あんまりこういうこと考えたくないけどさ。こんなこともあろうかと!は、たくさん準備しておくに限ると思うのだぜ」
「わかった。ではタイムマシン外部の格納スペースに端末を設置、これを外せば、生体認証を通過した人間だけが内部コンソールを遠隔操作することができるようにする、ということにしよう。頼んだぞ、技師長」
「さっすがオカリン、話が早いお。でも、いくら僕がチート性能を持っていると言っても、設計図にそんなスペース無い件」
ダルが長机に広がった設計図を指差す。
「だったら動力ユニットの配線の位置を少しいじって、ここにスペースを新設する、というのはどうだ?」
「んー、そしたらメンテがちょっと厳しくなるかも。でも、やってみるお」
「うむ。頼んだぞ」
136: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 20:54:33.03 ID:0RgaG4Bu0
こんな感じの実験の日々が続いた。
鈴羽はまもなく由季さんとともに東京へ帰っていった。
ダルもあまり沖縄にばかりはいられない。技術系をある程度まとめたらあとは東京でプログラム系を消化してもらっている。
おそらく、東京の橋田家でも鈴羽とダルの家族の時間はほとんど無いのだろう。
鈴羽の年頃では、本当は父親とのスキンシップは重要なはずだ。
その話をダルに聞いてみると。
「……実は、あの時の鈴羽、隠そうとしてたけど、体中に傷があったんだ」
「この子の体が、いつかあんなに傷だらけにならなきゃいけないんだなんて思うと、さ」
財布に入った、幼い鈴羽の写真を愛おしそうに眺めながらそう言った。
「最低最悪の世界線ってのも、よくわかるんだ」
「だから、絶対成功させようぜ、オカリン」
……俺は、狂気のマッドサイエンティスト。"鳳凰院凶真"だ。
幼い鈴羽が親との時間が取れなくてかわいそうか?
笑止。笑わせてくれるな。
この世界は仲間の犠牲の上に成り立っているのだ。
なにを今更後悔していることがあろうか。
自分の信念を貫け。
仲間の思いを信じろ。
絶対に、タイムマシンを完成させる。
絶対に、紅莉栖を救出する。
絶対に、シュタインズゲートへと、到達する―――
137: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:02:26.64 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
リーディングシュタイナーについても民間へ流出する時期が来た。これによって、第三次世界大戦の開戦の火蓋はもう間もなく気って落とされるだろう。
俺やフブキが実際に体験したリーディングシュタイナーの現象を、俺たちの立てた理論とセットにして疑似科学・トンデモ科学として情報流出させる。しかし、ストラトフォーやロシアを始め、新型脳炎の真実にたどり着いている組織にとってこれは喉から手が出るほど知りたい真実のはずだ。
やつらにとってもこの情報はデマ扱いで研究しなければならないという枷ができる。これである程度情報をコントロールできるはずだ。
人々が自由にリーディングシュタイナーをコントロールすることが可能な状況となれば世界は間違いなくタイムマシンの開発競争を劇的に加速させる。全ての組織が、自分こそが世界の頂点に君臨するような世界線を再構成するという、世界の塗り替え合戦が始まるのだ。
ここまで一つ一つ積み上げてきたのだ。失敗は許されない。俺が今存在している、このシュタインズゲートに限りなく近い世界線を、何者かの手によって改変されることなど、あってはならない。
我が名は"鳳凰院凶真"。狂気のマッドサイエンティストにして、世界の支配構造を破壊する男。
失敗など、ありえん。
リーディングシュタイナーについても民間へ流出する時期が来た。これによって、第三次世界大戦の開戦の火蓋はもう間もなく気って落とされるだろう。
俺やフブキが実際に体験したリーディングシュタイナーの現象を、俺たちの立てた理論とセットにして疑似科学・トンデモ科学として情報流出させる。しかし、ストラトフォーやロシアを始め、新型脳炎の真実にたどり着いている組織にとってこれは喉から手が出るほど知りたい真実のはずだ。
やつらにとってもこの情報はデマ扱いで研究しなければならないという枷ができる。これである程度情報をコントロールできるはずだ。
人々が自由にリーディングシュタイナーをコントロールすることが可能な状況となれば世界は間違いなくタイムマシンの開発競争を劇的に加速させる。全ての組織が、自分こそが世界の頂点に君臨するような世界線を再構成するという、世界の塗り替え合戦が始まるのだ。
ここまで一つ一つ積み上げてきたのだ。失敗は許されない。俺が今存在している、このシュタインズゲートに限りなく近い世界線を、何者かの手によって改変されることなど、あってはならない。
我が名は"鳳凰院凶真"。狂気のマッドサイエンティストにして、世界の支配構造を破壊する男。
失敗など、ありえん。
138: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:07:42.07 ID:0RgaG4Bu0
そして、予想通り。
第三次世界大戦が始まった。
人工リーディングシュタイナーのβ版をアメリカが開発し、アメリカはそれを契機にロシアやEUのタイムマシンを狙って実力行使に出たのだ。
この人工リーディングシュタイナーの仕組みはレスキネンの洗脳システムを応用発展させたものだった。当然こちらにはその上を行くクリスがいるのだから、アンチ人工リーディングシュタイナーも未来ガジェット研究所の手によって開発させてもらった。
それだけでなく、アメリカが開発したと鼻を高くしているβ版の開発情報にはこちらからノイズを仕込ませてもらった。よって人工リーディングシュタイナーは使用したところでうまく機能しない。これではタイムマシン実験の最重要部分がクリアできないので、これを利用した世界線変動が起こることは無い。
ロシアではタイムマシンがある程度完成していた、といってもそれだけでは実用化はできない。
ロシアのタイムマシン関連実験はもちろん中鉢論文から始まっている。まず2010年のクリスマスに最初のDメール(電子メールではないだろう)送信実験が行われ、見事成功し、その確認の後Dメールを打ち消している。
何故そんなことが可能だったのか?そう、居たのだ。俺と同様な存在が。リーディングシュタイナーをちょうどよく所持しながらも、かつDメール送信実験に携わった人間が。
彼は300人委員会によって暗殺された。そのためロシアのタイムマシン研究は暗礁に乗り上げ、その後は血眼になってリーディングシュタイナーをちょうどよく持った仲間足りうる人材を探していたらしい。
そういう経緯もあって、ロシアはEUとタイムマシン開発競争で小競り合いを繰り返していた。そこへアメリカが技術を独占する形で横槍を入れたものだから収拾がつかなくなった。
グローバリゼーションがありとあらゆる地平に到達していた現在、瞬く間に戦火は世界中へ拡大し、日本政府も戦争に巻き込まれた。既に日本列島各地で火の手が上がっている。
まだ東京は爆撃されておらず、大檜山ビルも健在だが、いつ破壊されてもおかしくないだろう。
我が未来ガジェット研究所のある沖縄諸島一帯の米軍基地は第六次アーミテージ・レポートの世界的な影響によって軍縮が進んでいたが、"最後の米軍基地"と呼ばれたこのキャンプ・シュワブ辺野古沿岸は未だ活躍中である。
世界の戦争は宇宙規模に発展していた。中国を初めとして、大国と呼ばれる国々は次々と衛星軌道上に軍事基地を投入した。
地上の基地と交信しながらも宇宙基地から直接ミサイルを投下したり電磁波を照射する、などの手法で攻撃する。そのほとんどは中空で阻止されてしまうが、それでも威力は絶大であった。
そういう関係で我がラボ上空も非常に騒がしくなっており、低緯度にもかかわらずオーロラが観測可能となっているが、予想していた通り破壊的なまでの状況にはならず、かつてのソ連世界線で体験した世界に近くなっていた。
いずれ日本政府は国民皆兵法案を可決し、中学生の鈴羽は強制的に軍事訓練を受けることとなる。だが、そうなってもらわねば困る。
時は来た。
戻ろう。
アキバへ戻ろう。
終わりと始まりのプロローグ、俺たちの秋葉原へ。
139: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:14:27.84 ID:0RgaG4Bu0
作戦はこうだ。
普天間基地の移設という名目で辺野古沿岸に新しく作られた施設には、実は大浦湾の海底に掘られた横穴の中に原子力潜水艦が停泊可能な海底ドッグが存在する。
現在は使われておらず、代わりにここには世界初の試製モノポール搭載潜水艦『ノーチラス』(原潜のノーチラスとは別物)が放置されている。
公式発表では太平洋上で船体が爆発し沈没したことになっているが、その実態は、アメリカ世論の軍縮におされて破棄せざるを得なく、またその後の新型モノポール潜水艦の開発に成功したために不要となったものを、処理に困った米軍が世間に公開されていないこのドッグに投棄したものである。
……という陰謀論者の説があるが、実はこれも未来ガジェット研究所にとって信用のおける人物たちによるスパイ活動、情報操作の賜物である。
沖縄からの脱出ルートに関するシミュレートを何年もやってきた俺たちにとって、この結果は必然であり、予定調和である。
『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』と、かの有名なSF作家も言っている。
この原潜もどきをまるごとパクらせてもらう。
「この潜水艦はモノポールで発電した電力を特殊装置に伝えて動力にしてるんだお。しかも、食べ物や飲み物、服とかを全部海中から手に入るもので作れるすぐれもの」
んなわけあるか。
運転の手筈は既に整っている。もちろん"あるコネ"を利用させてもらった。
"あるコネ"は既に米軍のスパイとして活動している。
彼は軍に籍を置きながら、本国の戦争の大義名分を疑問視して反体制派として活動していた。
敵の敵は味方、という理屈で、我ら未来ガジェット研究所に全面的な支援を与えてくれたのであった。
あとはノーチラス内部へ、まず不要な潜水艦部品を撤去し空間を確保、その後パーツごとに解体したタイムマシン試作機、必要な工具、情報媒体、マンガやドクペなどを詰め込み、横須賀へと移動し、そこからトラック数台で秋葉原入りをする。
ドッグからの脱出経路はすでに確保してあるので問題ない。
その後、この旧式潜水艦のステルス能力および航行性能で敵に発見されず移動しなくてはならないのだが、ここが山場だ。
なぁに、機体の性能の違いが、戦力の決定的違いではないと教えてやる。
潜水している間は基本的にケータイ電波の圏外となり、タイムリープの影響外に出てしまう。世間ではすでにスマホではなくポケコンという次世代端末に移っていたが、もちろん俺たちのケータイは耳に当てるタイプのものだ。
一発勝負だ、失敗は許されない。
140: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:18:44.40 ID:0RgaG4Bu0
「……この研究所って、こんなに広かったんですね」
かがりが呟く。なにやらノスタルジックである。
元々研究所ですらなかったこの地下空間だが、モノを片付けてしまうと非常に殺風景に感じた。
名残惜しいことなど何もない。むしろ元のあるべきところへ帰還するだけなのだ。
俺たちがここにいた痕跡を残してはならない。余計なものはすべて処分する。
回線もアンテナもすべて片付けた。ここからはタイムリープができなくなる。
「オカリン先生!プレステはおやつに入りますか!」
「この懐古厨が!」
「あとバナナもキボンヌ」
「お前ら、この厳戒態勢下で何をのんきな……。まぁ、勝手にしろ」
「うわーいやったー!」
さて、約束の時間までそろそろだ。
世話になった搬入口から、最後の仕掛けが登場するはずだ。
その時。
ダッダッダッ。
軍靴の音が地下空間に響き渡る。
いよいよきたか。
そこには、米空軍所属、マイク・ヒヤジョーの姿があった。
あれから歳を取ったはずだが、なぜかまだまだ若い顔つきだ。
だがそこに昔の馴れ馴れしさはなく、軍人然としている。
彼を先頭に10人近くの米軍が整列していた。おそらく彼らは海兵隊の反体制派だろう。
141: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:21:12.53 ID:0RgaG4Bu0
「おぉー久しぶりじゃん!マイク!」とフブキ。
ジャキッ。
フブキに銃口が向けられた。
……ん?
なんだ、アメリカンジョークか?
突然のことに理解が追いつかない。
あぁ、そうか。ドッキリだな。
さすが欧米人、日本人とはレベルが違う。
突然マイクが英語で叫んだ。
何を言っているかわからなかったが、とにかくドスの利いた声で、俺たちに恐怖を与えようとしていることがわかった。
「お、おいクリス。これはいったいどういう―――」
「Shut up!」
BAAAANG!!
無慈悲にも自動小銃が火を噴いた。
かつて日常的にダルがごろごろしていたり、フブキがストレッチをしていた床面が見事にえぐられている。
こ、これは洒落にならんぞ!!
「おい!冗談なら今すぐやめさせろ!実弾を発砲するやつがあるか!」
「お……岡部さん……」
そこには、全身を硬直させ、絶望色に顔を染めたクリスの姿があった。
142: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:24:15.49 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「どうしてこうなった……」
俺たちは全員柱に縄でくくり付けられていた。
仮にこの縄を解くことが出来ても逃走は不可能だ。
なぜなら、今俺たちがいるのは、海中。
琉球海溝直上だからだ。
「このままアトランティスにでも行くんじゃね」
「いや、太平洋だからムー大陸じゃない?」
「ダルもフブキも想像力が豊かだな。そうではなく、マイクが裏切った、ということだろう」
普通に考えればそうだろう。
どこの世界に軍令に背いて家族を助ける人間がいる?
いや、そうじゃない。実は元々マイクは俺たち未来ガジェット研究所に全力で協力してくれていたのだ。米軍基地からのパーツ横流しの件もマイクの助けが少なからずあった。
なにより彼は米レジスタンスの重要なスパイだったはずだ。この行為は彼のそのポストを危うくするはず。
ならば、どうしてこうなった。
どうして俺たちの場所を暴露した?
どうしてノーチラスを奪取した?
どうしてタイムマシン研究を奪う?
「マイクの目を見た?」
いや、よく見てないが。
「あれはかがりが発狂していた時によく似た症状だったわ」
よく分析しているな、クリスよ。
「常に世界を警戒しろ、って言ってたのはだれかしら?つまり洗脳されてたのよ」
洗脳……。その言葉で、あの白衣を着た巨人、レスキネンがかつて何年も前に俺に言い放った言葉を思い出す。
『なぜ人間同士の不毛な戦争がいつまでも終わらないのか。分かるかな、リンタロウ?』
『それはね「情報」のせいなんだよ。人間は誰しも、あるコミュニティに属している"群体"だ。個人個人は自主的に行動しているつもりでいても、実は、全ての脳はそのコミュニティに流布されている「情報」によってつながり、ひとつの群れとして生きることを余儀なくされているのさ』
『リーディングシュタイナー保有者の脳を使えば、もっと色々な発見があるだろう。それをタイムマシンとセットで売れば、世界の軍事バランスは完全に保たれる。戦争も回避できるんだ。君にもぜひ協力して欲しい』
……吐き気を催す邪悪とはこのことだ。
「どうしてこうなった……」
俺たちは全員柱に縄でくくり付けられていた。
仮にこの縄を解くことが出来ても逃走は不可能だ。
なぜなら、今俺たちがいるのは、海中。
琉球海溝直上だからだ。
「このままアトランティスにでも行くんじゃね」
「いや、太平洋だからムー大陸じゃない?」
「ダルもフブキも想像力が豊かだな。そうではなく、マイクが裏切った、ということだろう」
普通に考えればそうだろう。
どこの世界に軍令に背いて家族を助ける人間がいる?
いや、そうじゃない。実は元々マイクは俺たち未来ガジェット研究所に全力で協力してくれていたのだ。米軍基地からのパーツ横流しの件もマイクの助けが少なからずあった。
なにより彼は米レジスタンスの重要なスパイだったはずだ。この行為は彼のそのポストを危うくするはず。
ならば、どうしてこうなった。
どうして俺たちの場所を暴露した?
どうしてノーチラスを奪取した?
どうしてタイムマシン研究を奪う?
「マイクの目を見た?」
いや、よく見てないが。
「あれはかがりが発狂していた時によく似た症状だったわ」
よく分析しているな、クリスよ。
「常に世界を警戒しろ、って言ってたのはだれかしら?つまり洗脳されてたのよ」
洗脳……。その言葉で、あの白衣を着た巨人、レスキネンがかつて何年も前に俺に言い放った言葉を思い出す。
『なぜ人間同士の不毛な戦争がいつまでも終わらないのか。分かるかな、リンタロウ?』
『それはね「情報」のせいなんだよ。人間は誰しも、あるコミュニティに属している"群体"だ。個人個人は自主的に行動しているつもりでいても、実は、全ての脳はそのコミュニティに流布されている「情報」によってつながり、ひとつの群れとして生きることを余儀なくされているのさ』
『リーディングシュタイナー保有者の脳を使えば、もっと色々な発見があるだろう。それをタイムマシンとセットで売れば、世界の軍事バランスは完全に保たれる。戦争も回避できるんだ。君にもぜひ協力して欲しい』
……吐き気を催す邪悪とはこのことだ。
143: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:26:56.95 ID:0RgaG4Bu0
「まったく、ひどいことをしやがるぜ」
「まるで自律型殺戮ロボットじゃん!」
「……こわいです」
口々にぼやく。
結局、レスキネンの研究は軍事転用され、最強の軍隊の開発に利用されたのだろう。
そもそも俺はATFのパーティーで洗脳された男に襲われていたじゃないか。この可能性に気づけなかったのは俺の落ち度だ。くそっ。
「……俺たちの行動が向こうさんにバレたのは、マイクの記憶がAmadeus化されたということか。それで俺たちの場所や研究のことが判明し、生きたまま本国へ連行してタイムマシン開発をさせようという魂胆なわけだ」
人工リーディングシュタイナーに開発した(と思い込んでいる)アメリカは、何よりもまず完成したタイムマシンが欲しいはずだ。
「しかも脳波コントロールできる。真上にいるフネから洗脳状態を安定させるための電波でも出してないと、一度に大勢を長時間集団行動させるなんて今のアメリカの技術でも無理よ」
ノーチラスの上には米軍籍の艦艇がいるようだ。目視していないのでよくわからない。
マイクはこの潜水艦に乗っていない。おそらく上のフネに乗っているのだろう。
「今後僕たちどうなるん?オカリン」
うーむ……困った。これはかなり、ヤバいのか?
俺たちはもう未来が確定されたものだと高をくくっていた。
この世界線でオペレーション・アークライトおよびオペレーション・スクルドの指令ムービーメールが送信されないことはありえない。
……ホントに?
もしかしたら、未知の現象が起きるんじゃないか?
SFモノでよくある、未来から持ってきた写真の風景が徐々に変わっていくように、このケータイに入っているDメールが消滅するなんてことがありえるのか?
だが、俺は死なない。これは確定している。
俺がノーチラスに乗り込んでいる限り、この旧式原潜もどきは沈むことがない。
とは言っても、アメリカまで連れて行かれたらさすがにアウトかも知れない……。
144: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:28:52.98 ID:0RgaG4Bu0
「わかった。じゃあプランBで行こう……プランBは何だ?」
「は?ないわよそんなもの」
クリスに一蹴されてしまった。
「最低でもあいつらの洗脳を解かないとなにもできないわ。そのためには私が洗脳手術を上書きしてあげるか、タイムリープマシンを悪用するか……」
「いやいや、普通に上のフネをぶっ壊せばよくね?」
「それこそどうやってやるのさー?」
「古代弄魔流KARATEでだな……」
「できるかーっ!」
遅々として議論は前へ進まなかった。
―――それから3時間ほど経って。
145: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:32:46.89 ID:0RgaG4Bu0
「……むむむ。目覚めよッ!俺のESPッ!精神感応<テレパシー>ッ!アキバで待機しているミスターブラウンたちに、このピンチを知らせるのだッ!」
「ほら、フブキもがんばって。リーディングシュタイナーの力でなんとかしなさい」
「無理だよそんなの!見た事も聞いた事もないのに出来る訳ないよ!」
「あぁ……もう一度だけ我が愛しの娘と一緒にお風呂に入りたかったお……がっくし」
「は、橋田さん!しっかりしてくださいっ!私もおねえちゃんとお風呂に入りたいですっ!」
俺たちが能天気にやっていられるのは、例の洗脳兵士どもがあまり怖く感じられなくなっていたからだ。
どうやら命令にないこと以外はできないらしい。だから俺たちがどんなに騒ごうと、どんなに悪口を言おうと、決して文句を言わない。
それどころか、俺たちの生命維持も命令に含まれているのだろう。希望すれば食料や飲み物も提供してくれた。クリスに英語で通訳をしてもらえば、だいたいなんでもやってくれる。
どうせここから逃走はできない、ということなのだろう。至れりつくせりな誘拐犯たちである。
「くっ。どうやら超能力についても研究しておけばよかったようだ……」
「いやいやオカリンさん、さすがにそんな暇なかったからね?」
「暇とはなんだ暇とは。人類の神秘ではないかー」
「……岡部さんって、結構そういうの好きよね」
ハァとため息をつくクリス。
「ならばッ!目覚めよ!俺のパイロキネシスッ!イグニッションッ!うごごごごご……」
俺はありったけの力を腹に込めた。
「むむっ!きたっ!何かきたぞっ!」
「ちょ、うんこ漏らすのは勘弁」
「やめなさいHENTAI!」
俺が"なにか"を感じ取った、その瞬間。
ドォォォン。
「!?」
海底深くを航行しているはずなのに、ノーチラス全体に立っていられないほどの振動が襲った。
俺たちは全員座らされて柱に固定されていたので問題なかったが、あの洗脳兵士どもはばったばったと倒れていった。
まさか、ホントに俺に超能力が宿ったというのか……!?
146: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:36:48.00 ID:0RgaG4Bu0
「ば、馬鹿!そんなわけないでしょう!きっと上の艦隊が別の組織に攻撃されたんだわ!」
「ってことはますます僕たちやばいんじゃね?」
……ヤバイ。
もしこれがロシアだったら、俺たちと潜水艦とタイムマシンはそのまま海へ沈められることになる。
「……フブキ!かがり!この縄を解け!」
「ラジャー!」
「りょ、りょーかいです!」
そうして我がラボきっての武闘派二人の腕力によって、あっけなく縄は解けた。
兵士たちはみな気を失っている。洗脳の中心にあった装置が破壊されたためだろうか。
「ダル!すぐさま舵を奪取!操舵に移れ!」
「む、無理だお!元々この軍人たちに運転してもらう計画だったのに、操舵なんて……」
「ならこうだ!敵に潜水艦を発見される前に、この潜水艦の操舵システムを書き換えろ!航行制御のみでいい!攻撃システムは一切いらない!」
「ヒエーッ!オカリン無茶苦茶だけどそれならできるかも!だけどコントロールパネルが複雑で、いちいち操作するのにどれがどれか判別する手間がかかりそうな件」
「じゃーダルさん!これを使って!」
サッとフブキがあるものを差し出した。
……プレステのコントローラー(振動機能付)だった。
「オーキードーキー!この僕にかかればちょちょいのちょいで魔改造可能なんだぜい!」
さすが電脳の魔術師<ウィザード>級!
この辺はダルに全て任せよう。頼むぞ、頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>!
147: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:38:21.85 ID:0RgaG4Bu0
次の問題は、こいつらだ。
「……死んだ、のか?」
「いえ、息はあるけど、気を失っているみたい。というより、多分脳機能障害ね。目が覚めると同時に発狂されたら困るから、外傷の手当てが済んだら拘束しておく必要があるわ」
兵士たちの何人かは壁面に強く体を打ちつけ、出血していた。
それをクリスとかがりの手で包帯を巻いたり、でかい絆創膏を張ったりした。
俺は迅速にそいつらを、俺たちが元々拘束されていた柱に集め、縄を結んでいく。
あとでフブキとかがりに手伝ってもらってきつく結んでもらおう。
……そういえば、上のフネに乗っていたであろうマイクは死んだのだろうか。
洗脳解除による記憶障害状態で海に放り投げだされたとしたら。おそらく命は無い。
……俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ。
お前の犠牲は無駄にしないぞ。絶対秋葉原にたどり着いてやる。
「……死んだ、のか?」
「いえ、息はあるけど、気を失っているみたい。というより、多分脳機能障害ね。目が覚めると同時に発狂されたら困るから、外傷の手当てが済んだら拘束しておく必要があるわ」
兵士たちの何人かは壁面に強く体を打ちつけ、出血していた。
それをクリスとかがりの手で包帯を巻いたり、でかい絆創膏を張ったりした。
俺は迅速にそいつらを、俺たちが元々拘束されていた柱に集め、縄を結んでいく。
あとでフブキとかがりに手伝ってもらってきつく結んでもらおう。
……そういえば、上のフネに乗っていたであろうマイクは死んだのだろうか。
洗脳解除による記憶障害状態で海に放り投げだされたとしたら。おそらく命は無い。
……俺は狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ。
お前の犠牲は無駄にしないぞ。絶対秋葉原にたどり着いてやる。
148: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:40:47.86 ID:0RgaG4Bu0
そうこうしているうちに潜水艦が急激に加速し始めた。
ダルが成功したのだろう。急いで操舵室に戻る。
そこには、色々なメーターに囲まれた狭い部屋の小さなモニターでゲームをするダルとフブキの姿があった。
「ゲームじゃないっつーの!僕がノーチラスたんの左半身担当で、フブキ氏が右半身担当」
「全速前進だーっ!」
なにやら楽しそうである。
「それで、敵は?こちらに気づいているのか?」
「んいや、多分気づいてないと思われ。一応ステルス全開にしたけど、まったく追ってくる気配がないお」
ん……?いったいどういうことだ?
「わからないけれど、もしかしたらICBMとか宇宙兵器とかで攻防を繰り広げてるのかもしれないわね」
と、負傷者の手当てを終了したであろうクリスとかがりが戻ってきた。
って、さすがに5人も居ると狭苦しい。
「あの兵士たちには眠ってもらったわ」
恐ろしいことをさらっと言ってのける。
「いや、殺してないから。覚醒に関係してる神経伝達物質を抑制させてもらっただけよ」
いやいや、それでも十二分に恐ろしいぞ。
「陸地に近づいたら、脱出ポッドで彼らを離脱させましょう」
うむ、わかった。
「それで、舵は大丈夫そうかしら、フブキ?」
「まっかせてよ!潜水艦ゲームもやりこんだから!FFのミニゲームだけど」
「一応北に進路を取って横須賀に向かってるお。あとは、それまで誰も僕たちを発見しないことを祈るだけっす」
ふぅ……。なんとかなったな。
多少予定は狂ってしまったが、これで俺たちは秋葉原へ向かうことができる。
149: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:43:34.65 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「えー、まもなくー、東京湾ー、東京湾ー。お降りの際はブザーを押して、お知らせくださいー」
ダルは結構バスの運転手とか似合うかもしれない。
「よし。それではかがり、クリス、脱出ポッド切り離しを実行しろ!」
「りょーかいです!」
「はいはい」
横須賀には鍵のささったままのトラックが何台か停めてあることになっているが、これもマイクに手配してもらったものだ。おそらく、もう横須賀へ向かってもどうしようもない。
そこで一旦俺たちは海上へ浮上することにした。正確に言えば、通信電波の圏内に入るようにした。そうすればタイムリープしてくる地点を設けることができる。
だが、とにかく米軍施設以外で原潜から上陸しなくてはいけない。色々話し合ったが「もうこの際どこでもよくね?」というダルの意見に賛同し、とりあえず日の出桟橋を目指すことにした。
「それじゃ、そろそろケータイが圏外じゃなくなると思うから浮上するおー」
「おーっ!」
ガクッと潜水艦が揺れる。
「お、おい!もっと丁寧に運転しろ!」
「そんな余裕ないっす」
しばらくして、潜水艦の浮上は停止した。
「はい、到着。でも、急がないと釣り船とかに目視されてヤバいかも」
一応レーダーに艦影はなかった。
「では、全員外の空気を吸いにいくぞ」
「やったー!」
俺たちは久しぶりに陽光を浴びに出た。
と言っても、もうかつてほどの太陽の輝きは地球上から失われている。
「うーん、空気がまずいぜ!もう一杯!」
「あまり悠長にはしていられん。リープ到着者がいないということは、このまま上陸して問題ないということだ。では、みんな戻るぞ」
「はーい」
「わかりました」
「えー、まもなくー、東京湾ー、東京湾ー。お降りの際はブザーを押して、お知らせくださいー」
ダルは結構バスの運転手とか似合うかもしれない。
「よし。それではかがり、クリス、脱出ポッド切り離しを実行しろ!」
「りょーかいです!」
「はいはい」
横須賀には鍵のささったままのトラックが何台か停めてあることになっているが、これもマイクに手配してもらったものだ。おそらく、もう横須賀へ向かってもどうしようもない。
そこで一旦俺たちは海上へ浮上することにした。正確に言えば、通信電波の圏内に入るようにした。そうすればタイムリープしてくる地点を設けることができる。
だが、とにかく米軍施設以外で原潜から上陸しなくてはいけない。色々話し合ったが「もうこの際どこでもよくね?」というダルの意見に賛同し、とりあえず日の出桟橋を目指すことにした。
「それじゃ、そろそろケータイが圏外じゃなくなると思うから浮上するおー」
「おーっ!」
ガクッと潜水艦が揺れる。
「お、おい!もっと丁寧に運転しろ!」
「そんな余裕ないっす」
しばらくして、潜水艦の浮上は停止した。
「はい、到着。でも、急がないと釣り船とかに目視されてヤバいかも」
一応レーダーに艦影はなかった。
「では、全員外の空気を吸いにいくぞ」
「やったー!」
俺たちは久しぶりに陽光を浴びに出た。
と言っても、もうかつてほどの太陽の輝きは地球上から失われている。
「うーん、空気がまずいぜ!もう一杯!」
「あまり悠長にはしていられん。リープ到着者がいないということは、このまま上陸して問題ないということだ。では、みんな戻るぞ」
「はーい」
「わかりました」
150: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:45:32.90 ID:0RgaG4Bu0
ピピピピピピピピピピ……
き、きたか。
この無機質な着信音はクリスだ。
海上に出た一同に緊張が走る。
なにより一番動揺しているのはクリスだ。
これを受け取れば、鬼が出るか蛇が出るか……。
ピッ。
クリスがスマホを耳にあて、通話ボタンを押した。
「ぐあっ!!!」
頭を抑えてかがみこむクリス。
息が荒い。その表情は。
「お……岡部さん……みんな……」
……心の底まで恐怖に怯えていた。
151: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:48:22.30 ID:0RgaG4Bu0
「っ!全員艦内へ退避!その後急速潜航!」
「わ、わかった!」
「オーキードーキー!」
「クリスさんも……クリスさん?大丈夫ですかッ!?」
かがりが声を荒らげる。
クリスは、もう両脚で立っていられないほど震えていた。
「みんなが……死んじゃって……私……」
「クリスッ!話は後だッ!どこからか攻撃を受けたのだろう、わかっている。かがり、無理やり連れ込むぞ!」
「は、はいっ!」
俺とかがりでなんとかクリスの小さい体を潜水艦の中へと収容し、ハッチを閉めると同時に海中へと向かってノーチラスは動き出した。
「かがり!精神安定剤を!」
「はいっ!」
「それで、クリス!俺たちはどうすればいい?なにが起こったかは話さなくていい、だから、お前が弾き出した答えを教えてくれ!」
「私っ……私っ……!!」
だめだ、相当に錯乱している。いったいなにがあったと言うんだ?
クリスは執拗に右腕をさすっていた。
全身をがたがたと震わすクリス。
見ていられなくなった俺は、震える両肩をつかんだ。
「落ち着け……頼む……ッ!」
「……岡部さん……っ!」
突然、抱きつかれた。
よほど怖い思いをしたのだろう。
さっき、みんなが死んだと言っていたが、おそらく俺以外のみんなが米軍かロシアに攻撃されたのだろう。
どうする、どうする鳳凰院凶真―――
ドォォォン!
152: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:52:52.23 ID:0RgaG4Bu0
ドォォォン!
ドォォォン!
ドォォォン!
ぐっ、またか。それも何発も連続でくる!
「ダル!もっと急いでもぐれ!」
「わかってるっつーの!」
潜ったところで魚雷でもぶち込まれたら終わりだ。
い、いやいや。俺が死ぬことはないんだから、沈むことはない。大丈夫だ。
……ホントか?もしかして、航行不能で一年間閉じ込められる可能性があるんじゃないか?
……限りなくありえないが、しかしゼロじゃない。
くそっ、どうする!?どこへ逃げればいい!?
クリスは今も続く衝撃の連鎖で縮み上がり、過呼吸状態になってしまった。
「あ、あの!持ってきました!」
「よし、かがりはすぐさまクリスの診療に当たれ!落ち着かせて、呼吸を整えさせてくれ!」
「オカリンさん!どうする、もうすぐ海底なんだけど!」
一向に衝撃波は止む気配がない。海上はいったいどうなっているのだ!?
「と、とりあえず湾内へ進行!東京方面を目指せ!」
「オーキードーキー!」
そういうと潜水艦はガクッと揺れ、加速し始めた。
やはり、クリスに状況を教えてもらうしかないか……!
「クリス、おいクリス!しっかりしろ!」
「はぁ……はぁ……」
クリスは座り込んでいた。
過呼吸状態は治まったようだが……。
153: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:56:08.98 ID:0RgaG4Bu0
「クリス、なにがあった?教えてくれ、そうじゃないと俺たちは!」
「おか……おかべさん……」
クリスが俺の手を握ってきた。全身の震えが俺に伝わってくる。
「大丈夫だ、俺たちは生きてる。生き延びることができる。教えてくれ、クリス!」
「っ!」
ベチン!
かがりがクリスをビンタした。な、なにを!?
「クリスさんっ!目を覚ましてっ!あなたがそんなんでどうするんですか!!」
「……あ……あ……」
ぶたれたところを右手でさするクリス。呆然としている、
「私には世界線とかリーディングシュタイナーとか難しいことはわかりません!でもっ!」
「これ以上、後悔だけはしたくないッ!!!」
「!」
な……。
「……クリスさんだって、そうでしょう。世界を変えたいんでしょう?牧瀬さんを、助けたいんでしょう!?」
「だったら!頭を動かしながら体を動かすしかないじゃないですか!!」
そういうとかがりは座ったままのクリスを抱きしめた。
「つらかったのはわかってます。みんなわかってます。だから、私たちを信じて」
「……」
「……」
「……」
「……ごめん。ようやく脳がハッキリしてきたわ。脳震盪を意識再生に利用するとは、考えたわね……」
154: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 21:58:46.12 ID:0RgaG4Bu0
クリス!?大丈夫か!?
「だ、大丈夫じゃない!!死ぬほどつらい!!泣きたい!!だけど……」
まだ体が震えている。それでも、その小さな体は必死で叫んだ。
「……。橋田さん!フブキ!そのまま隅田川を目指して!!」
「は、はい~っ!?潜水艦で川登りとかマジで言ってるん!?」
「た・ぎ・っ・て・き・た・ー!」
次の瞬間、今度は底から衝撃が来た。
「ぐおおっ!?」
下から突き上げるような衝撃があり、俺はすっころんだ。
いてて……頭を打たなくてよかった。
「ごめん、海底にぶつかったっぽい」
「大丈夫、この辺の海底土は粘土質だから船体にはそこまで傷がついていないわ。ゆっくり深度を上げていって!」
「ラジャー!飛ばすよダルさん!」
「ちょ、フブキ氏激しすぎ!」
ドォォォン。
くっ、またか。未だに海上では波状攻撃が行われているらしい。
「アメリカが、もう私たちのタイムマシン奪取は不可能だと判断して旧式爆弾の在庫処分をやってるわ」
「な、なんだと!」
「既に地上は核の炎に包まれている。どこに浮上してもアウトよ」
「ではいったいどうするのだ!?」
「いったん身を隠す。だから、川沿いで、かつ私たちのためにすぐ動ける人がいる場所で身を潜められれば……」
そんな都合の良いところがあるわけ……。
……あった。
155: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:08:20.83 ID:0RgaG4Bu0
「柳森神社だ……」
「えっ?」
「ダル!フブキ!そのまま柳森神社へ突っ込め!」
「ほ、本気かお!?ノーチラスたんで神田川に突っ込むん!?」
「いやっほーっ!!」
ドォォン。ドォォン。
どうやら水中にも爆弾が投下され爆発が起きているようだ。衝撃が真横からも伝わってくる。
船体が激しく揺さぶられる。全員なにかにしがみついていなければ行動できない状態だ。
「越中島……日本橋……両国……!フブキ氏上昇!」
「アイアイサー!」
「かがり!ペリスコープ確認!」
「そのまま転回、ギリギリのところで橋をくぐるお!」
「って、屋形船ぇーっ!?」
潜望鏡からの映像を見ていたかがりが叫んだ。
おそらく今、俺たちの潜水艦は停泊していた屋形船たちを次々に押しのけている。
しょ、衝撃がすごい!川底がもう船底をこすっている。岸壁にも何度も衝突しているようだ。
出しっぱなしだった潜望鏡が突如吹っ飛び、映像がディスプレイから消えた。おそらく橋の欄干に当たって弾きとんだと思われる。
このノーチラスの艦橋が橋の下をくぐるのはかなりギリギリだろう。もしかしたら既に何本か橋を破壊しているかもしれない。
「おk、これで屋形船を気にしなくていいお。新幹線の下の歩道橋もこの艦橋の高さじゃくぐれないはずだから、このまま行けばそこで止まるはず」
「え!?突っ込むのか!?」
「突っ込めって言ったのオカリンじゃん」
「い、いやいやいやいや!!!」
「衝撃に耐えて!!くるよ!!」
ドォォォン!!
―――潜水艦は急停止し、俺たちは全員吹っ飛ばされた。
156: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:12:53.19 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「るか。準備はいいな?」
「は、はいっ。お父さん」
漆原栄輔はその日、突如として始まった東京大空襲のため、息子とともに避難の準備をしなければならなくなった。
「巫女服は持ったか!?」
「は、はいっ」
なんと言っても神社の一人息子だ、巫女服は欠かせない。
30歳の妙齢を迎えた漆原るかは、若い頃の中性的な雰囲気は既になく、いわゆるハンサムな大人の男に成長していた。
だが、巫女服は欠かせない。
これから最寄の避難所へ駆け込もうとしていた、その時。
ドォォォン。
近くで衝撃が起こった。
栄輔はついにこの辺りにも爆弾が落とされたかと思ったが、爆弾が飛んでくる音は聞いていない。
むしろ、波音が激しく畳み掛けてくる―――
「川の方だ!」
境内へ出て、左手を向けばすぐ神田川だ。
そこには―――
「ち、父上。お久しぶりです」
「きょ、凶真くんじゃないか!」
「凶真さん!?」
―――13年前に失踪したるかの友達と、潜水艦があった。
「るか。準備はいいな?」
「は、はいっ。お父さん」
漆原栄輔はその日、突如として始まった東京大空襲のため、息子とともに避難の準備をしなければならなくなった。
「巫女服は持ったか!?」
「は、はいっ」
なんと言っても神社の一人息子だ、巫女服は欠かせない。
30歳の妙齢を迎えた漆原るかは、若い頃の中性的な雰囲気は既になく、いわゆるハンサムな大人の男に成長していた。
だが、巫女服は欠かせない。
これから最寄の避難所へ駆け込もうとしていた、その時。
ドォォォン。
近くで衝撃が起こった。
栄輔はついにこの辺りにも爆弾が落とされたかと思ったが、爆弾が飛んでくる音は聞いていない。
むしろ、波音が激しく畳み掛けてくる―――
「川の方だ!」
境内へ出て、左手を向けばすぐ神田川だ。
そこには―――
「ち、父上。お久しぶりです」
「きょ、凶真くんじゃないか!」
「凶真さん!?」
―――13年前に失踪したるかの友達と、潜水艦があった。
157: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:17:02.87 ID:0RgaG4Bu0
その後、俺たちは漆原家の手によって救出され、潜水艦にカバーをかけてもらい、ようやく陸上で一息つくことができた。
クリスの情報では、まだこの一帯は爆弾が落とされないらしいので神社で待機していても問題ないとのことだった。
だが既に横須賀には核が投下されたらしい。被爆は免れない。
しかし、そのおかげで日本政府は大混乱。警察も消防も自衛隊も、あらゆる国家組織が核の応酬に対応することになり、おかげで神田川河口にまで手が回っていなかった。
アメリカ軍も日本からの強い要請で攻撃を断念。完全に目標(俺たち)をロストしたようだ。
あとはこの隙に天王寺家と秋葉コーポレーション協力のもと、東京での新拠点へと積荷ごと移動し、潜水艦を隅田川あたりに沈めればよい。新拠点となるべき場所は既に押さえてもらっている。
だが、俺たちの存在はついに公にバレてしまった。
いずれ世界中のすべての組織から狙われる存在となるだろう。
そのためにも世界には争ってもらわなくてはならない。俺たちの捜索に時間をさけるほどの余裕を与えてはならない。偽報や陽動で大国同士を扇動しなければなるまい。
あとのことは任せたぞ、頼れる右腕、バレル・タイター。
158: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:20:40.03 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「秋葉原よ!俺は、帰ってきたッ!!」
久しぶりに俺は声高らかに叫びたくなった。
「キョーマ、静かにするニャ」
「秋葉原というより岩本町な件」
ぐっ、少しは感傷に浸らせてくれ。
「それでかがり、クリスの容態はどうだ?」
「やっぱり無茶してたみたいです。免疫力もかなり弱ってます」
クリスは今年で35歳になる。結局、大人の色香を醸し出すようなことはなく、容姿は幼さが残ったままだ。だが、寄る年波には抗えない。
「……少しクリスと話がしたい」
そういうと俺は、この町工場のような建物の奥の部屋へ向かった。
……そこには、ベッドの上にクリスが仰向けに横たわっていた。
点滴を受けている。その見た目ははなはだ弱弱しい。
「……岡部さん。私は大丈夫、少し休めばまた動けるわ」
先に気丈に振舞われてしまったな。やっぱり強い女だよ、君は。
「あぁ、もちろんそうしてもらわねば困る。クリスが居なければ実験の最終段階に取り掛かれないからな」
「まあね。私ってすごい?」
「なんだ、甘えたがりになっているな。いい歳して」
「あら、お互い様。あなただってずいぶん渋くなったじゃない」
「そうかな……」
そう言われた俺は、なんとなく自分の無精髭をなでてみる。
「秋葉原よ!俺は、帰ってきたッ!!」
久しぶりに俺は声高らかに叫びたくなった。
「キョーマ、静かにするニャ」
「秋葉原というより岩本町な件」
ぐっ、少しは感傷に浸らせてくれ。
「それでかがり、クリスの容態はどうだ?」
「やっぱり無茶してたみたいです。免疫力もかなり弱ってます」
クリスは今年で35歳になる。結局、大人の色香を醸し出すようなことはなく、容姿は幼さが残ったままだ。だが、寄る年波には抗えない。
「……少しクリスと話がしたい」
そういうと俺は、この町工場のような建物の奥の部屋へ向かった。
……そこには、ベッドの上にクリスが仰向けに横たわっていた。
点滴を受けている。その見た目ははなはだ弱弱しい。
「……岡部さん。私は大丈夫、少し休めばまた動けるわ」
先に気丈に振舞われてしまったな。やっぱり強い女だよ、君は。
「あぁ、もちろんそうしてもらわねば困る。クリスが居なければ実験の最終段階に取り掛かれないからな」
「まあね。私ってすごい?」
「なんだ、甘えたがりになっているな。いい歳して」
「あら、お互い様。あなただってずいぶん渋くなったじゃない」
「そうかな……」
そう言われた俺は、なんとなく自分の無精髭をなでてみる。
159: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:22:35.87 ID:0RgaG4Bu0
「それで?私の実力を認めないようならもう手伝わないけれど?」
「は、はぁ?ここまで来て何を……。あ、あー、うん。お前はすごい。よくここまで来れた」
「ふふっ、いつも上からモノを言う」
「ふん。当たり前だ。俺は、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真なのだからな」
「……そっか」
視線が自然に逸らされる。
「なにか言いたげだな」
「……なくなって、初めてわかる大切さとはよく言ったものね」
そう言って、体を横たえたまま右腕を上に突き出しグーパーを繰り返した。
「右腕って、こんなに便利なものだったなんて、知らなかった。右腕が無いと私、なにもできなくて……」
「それは、向こうの記憶か?」
「そう。爆発に巻き込まれて、どっかに飛んでいったわ」
「……」
160: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:27:44.73 ID:0RgaG4Bu0
「……ねぇ、凶真さん。私、みんなが死ぬのをこの目で見ちゃった」
乾いた感情の吐露に、俺は息を飲んだ。
「……だが、それは既になかったことになっている」
「うん。だけど、作戦決行の日にあなたは消える」
「……」
何も言えなかった。いや違うな。何も言うべきではないと判断したのだ。
「死ぬわけじゃないって、わかってる。だけどね、人体実験するこっちの身にもなってほしいわ。ゼリーマンになったらただじゃおかないから」
「それはない。なぜなら、クリスが作ったタイムマシンだからな」
「まったく。あなた、自分がどれだけの存在かわかってるの?」
「どういうことだ」
「あなたがいなくなったら未来ガジェット研究所は必然的に閉鎖。そして、私たちはあと11年間タイムマシン研究に打ち込まなければならない」
「そうだな。そうしなければシュタインズゲートへは到達できない」
「はぁ……。あのね、私たちは、あなたがいたからここまで来れたの」
「当たり前だ。俺に感謝しろ」
「……いなくなったらさみしいんだけど」
「世界線の収束には抗えない。さみしいなどと言う暇があったら、アトラクタフィールドについての研究を進めることだな」
「はいはいそうですね」
「……大丈夫だ。俺は、お前たちを信じている」
「……」
俺がいなくても頑張ってもらわねば困る。
そうでなくては、因果が成立しない。
シュタインズゲートへは到達できない。
―――俺は、仲間の思いを犠牲にしてまで、シュタインズゲートに辿り着かなければならない。
「きっと、やり遂げると信じている。だから、俺の意志を受け継いで、鈴羽を、タイムマシンを過去へ飛ばしてくれ。そうすれば、シュタインズゲートでまた会える」
……詭弁だ。わかっている。
162: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:38:00.62 ID:0RgaG4Bu0
「……いやだ」
クリスの様子が変わった。
ピアカウンセリングの時のソレの兆候だ。
「何?」
「……いやだよ!岡部さんがいなくなるなんていやだ!どうしていなくならなきゃならないの!どうして岡部さんじゃなきゃいけないの!もうアトラクタフィールドなんか知らないよッ!わからないよッ!」
「! か、かがり!安定剤を!」
不安定状態が襲い掛かった。咄嗟に俺は部屋の外へと声を届かせる。
「シュタインズゲートへ行ったって、あなたはいないッ!β世界線を今の今まで生きてきたあなたはッ!あなたとは会えないッ!」
身体こそ暴れていないが、顔が紅潮し、パニックを引き起こしているのがわかる。
非常によくない容態だ。
「落ち着けクリス!大丈夫だ、何も問題はない」
「あるよぉッ!!だって私は―――」
クリスの唇は何かを言おうとして動いて、だがなにも言わなかった。
声帯が振動せず、有声音が出せなかったのだろう。
「……だ、大丈夫か?」
「……ごめん」
冷静さを取り戻し、バツが悪そうに謝るクリス。
いつになく早く回復したな……。
「クリスさんッ!大丈夫ですか。お薬持ってきました!」
そこへかがりがかけつけた。
「……ありがとうかがりさん。いただくわ」
かがりから受け取った錠剤を、水と一緒に飲む。
一呼吸おいた。とりあえず、この"薬を飲む"という行為によって落ち着いたようだ。
163: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:40:58.36 ID:0RgaG4Bu0
「……実はね、私。ふたつ考えていることがあるんだけど」
「なんだ?」
「ひとつは、今日で"クリス"はやめようと思ってる。もちろん、偽名としては使い続けるけどね。だから、私と話す時は真帆って呼んでほしい」
「……?」
「もう一つは、橋田さんがある程度タイムマシンを完成させたら、私も岡部さんの後を追おうかなって」
「え、ええっ!?」
かがりが驚いた。そりゃそうだろう。
「それじゃ後追い自殺みたいな言い方だぞ」
「でも実際そうじゃない。生きるか死ぬかわからないんだから」
「なんだ、量子論か」
「そうじゃない……ただ、私はあなたと生きたい」
「……それはどっちのイキタイ、だ?」
「ちょ、オカリンHENTAI発言自重汁」
「ぬわあっ!?いきなり現れるでない、ダル!!」
振り返るとそこには白衣をまとったダルがいた。
「すまん~。あのさオカリン、トレーサーの調子を見てもらいたいんだけど」
「そ、そうか。わかった、すぐ取り掛かろう。かがり、あとは頼んだぞ」
「は、はいっ」
そう言って俺はクリス……もとい、真帆のもとを後にした。
いよいよオペレーション発動のための最終段階だ。
自然と気持ちが引き締まる。
「……馬鹿」
164: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:43:30.16 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
2025年8月21日
運命に約束された日。
俺たちが実行すべき作戦は、以下の三つだ。
まず、オペレーション・アークライト。バレル・タイターによる、娘へのムービーレター。
次に、オペレーション・スクルド。俺の厨二病舞台。
最後に、タイムマシンの有人飛行実験、という名目のオペレーション・アルタイル。
以上、三つである。
先の二つに関しては既に成功が確約されているが、それでもここまで積み上げてきたのだ。しっかりやりとげようではないか。
「お、おー」とフブキ。
「は、はいっ」とかがり。
「ニャ~、ついにこの日が来てしまったのニャ」とフェイリス。
せっかく俺が呼びつけたカエデとるかと萌郁に至っては返事すらしない。
真帆とダルは最終調整に忙しい。
橋田母子は一線引いたところで俺たちの様子を見守ってくれている。
ふんっ。お前たち、とくとその目に焼き付けておくがいい。
鳳凰院凶真の、最後の舞台を。
2025年8月21日
運命に約束された日。
俺たちが実行すべき作戦は、以下の三つだ。
まず、オペレーション・アークライト。バレル・タイターによる、娘へのムービーレター。
次に、オペレーション・スクルド。俺の厨二病舞台。
最後に、タイムマシンの有人飛行実験、という名目のオペレーション・アルタイル。
以上、三つである。
先の二つに関しては既に成功が確約されているが、それでもここまで積み上げてきたのだ。しっかりやりとげようではないか。
「お、おー」とフブキ。
「は、はいっ」とかがり。
「ニャ~、ついにこの日が来てしまったのニャ」とフェイリス。
せっかく俺が呼びつけたカエデとるかと萌郁に至っては返事すらしない。
真帆とダルは最終調整に忙しい。
橋田母子は一線引いたところで俺たちの様子を見守ってくれている。
ふんっ。お前たち、とくとその目に焼き付けておくがいい。
鳳凰院凶真の、最後の舞台を。
165: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:48:03.67 ID:0RgaG4Bu0
……ムービーメールを送る直前、俺はある収束事項を発見していた。
『2010年7月28日正午頃、ラジ館の8階従業員用通路奥の一室で何者かが何者かに鋭利な刃物で刺される』
これは、収束事項であった。
今更説明するまでもない。俺はドクター中鉢が紅莉栖の首を絞めるのを目撃しているが、それで事象は完結しなかったわけだ。
どうあがいても、その状況を目撃した俺は牧瀬親子を仲裁に入っていたのだ。
御託を並べるのはよそう。
結論を言えば簡単だ、ならば俺が中鉢を刺し殺せばいい。
……冗談だ。それが成功しないことは、もう嫌と言うほど論じていたな。
ならば、俺が紅莉栖の替わりに中鉢に刺されればいい。
なぜならβ世界線において俺は2025年まで死亡しないため、おそらく治療すれば治る。
シュタインズゲートへ到達しても、刺された事実は消えない。これについても既に説明したな。
この行為自体がシュタインズゲート到達のための因果だからだ。改変は連続性を持つ。
故に、シュタインズゲートへ到達した俺は、どこか病院のベッドで目を覚ますことだろう。
だから、安心して俺はドクター中鉢に刺されることができる。
だが、これをムービーメールで言葉にして伝えてもいいものだろうか。
これを伝えて、あの時の俺は勇敢にもタイムトラベルへと歩みを進めるだろうか。
これを伝えて、あの時のまゆりは俺の背中を押してくれるだろうか。
……この事実は、あの時の俺に、その時自分で思いついてもらわねばならない。
大丈夫だ、"俺"ならできる。
もう一つ、確信がある。
あの時の夢、もう一人の俺。
"無意識野"によって、あの時の俺は、なにをすべきか判断できるはずなんだ。
だから、がんばれよ。あの時の俺。
時は満ちた。
―――さぁ、行こうか。
166: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:53:54.11 ID:0RgaG4Bu0
「メールは受け取ったか?」
「テレビニュースを見るんだ。既に見たならばこのまま聞いてくれ」
「初めましてだな、15年前の俺」
「お前はこのβ世界線到達とともに電話レンジ(仮)を破棄した。そうだな?」
「しかし俺は……お前は、1年もしないうちに再びタイムトラベル理論と向き合うことになる」
「向き合ってもう14年。それが俺というわけだ」
「このメールを開いているということは、紅莉栖を救うことに失敗したということだな」
「さぞ、つらかっただろう。だが、そのつらさが俺に"執念"を与えた」
「その悔しさ、その罪悪感が、2025年にこの計画を完成させた俺へと繋がったのだ」
「ドクター中鉢が世界にタイムトラベルの論争をもたらし、世界中が戦争への道にひた走る中で」
「俺は地下に潜って独自にタイムトラベルの研究を続けた」
「鈴羽が使っているタイムマシンは、俺とダルの研究のたまものだが、その基礎理論はSERNが構築し―――」
「お前が"なかったこと"にしてきた世界線において、牧瀬紅莉栖が発展させたものだ」
「型式は『C204型』。Cとは"Cristina"の頭文字だ。それがいみするところは理解してもらえると思う」
「とにかく因果は成立した。計画の最終段階について話そう」
「これでやっと計画の本題に入ることができる」
「牧瀬紅莉栖を救い、シュタインズゲートに入る計画だ」
「ちなみに『シュタインズゲート』と命名したのは俺だ。なぜ『シュタインズゲート』なのかは、お前なら分かるはず」
「"特に意味はない"。そうだろう?」
「条件は二つ」
「中鉢博士がロシアに持ち込んだ、タイムマシンに関する論文を、この世から葬り去ること」
「もう一つは、牧瀬紅莉栖を救うことだ」
「だが、"牧瀬紅莉栖の死"を回避し、過去を改変するのは、アトラクタフィールドの収束により不可能……そうだな?」
「はっきり言おう」
「紅莉栖を救うことは可能だ」
167: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:57:28.68 ID:0RgaG4Bu0
「方法が間違っているだけなのだ」
「いいかよく聞け。確定した過去を変えてはいけない」
「"最初のお前自身"が見たことを、なかったことにしてはならない」
「それは"確定した過去"であり、世界線が"収束した結果"だからだ」
「なかったことにすれば、過去改変が起こり、すべてが失われる」
「"なかったことにしてはいけない"」
「いくつもの世界線を旅してきたからこそ、タイムマシン開発にすべてを捧げた俺がここにいる」
「お前が立っているその場所は、"俺たち"が紅莉栖を助けたいと願ったからこそ到達できた場所なんだ」
「お前が経験したわずか3週間の"世界線漂流"を、否定してはいけない」
「だが―――」
「"騙す"ことはできる」
「"騙す"相手は、お前自身だ」
「生きている紅莉栖を、過去の自分に死んだと観測させろ。そうすれば過去改変は起きない」
「これより最終ミッション、未来を司る女神作戦<オペレーション・スクルド>の概要を説明する」
「"確定した過去を変えずに、結果を変えろ"」
「"血まみれで倒れている牧瀬紅莉栖と、それを目撃した岡部倫太郎"。その過去は確定している」
「だが逆に言えば、確定しているのは"それだけ"だ」
「"最初のお前"を騙せ」
「世界を、騙せ」
「それが、『シュタインズゲート』に到達するための条件だ」
「健闘を祈るぞ、狂気のマッドサイエンティストよ」
「エル――」
「プサイ――」
「コングルゥ」
168: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 22:59:59.32 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
―――これでシュタインズゲートへの道筋はついた
―――俺は、約束したからな。逃げた人質を必ず捕まえに行くって
―――鈴羽の事もよろしくな
―――これまでありがとう、岡部さん
―――私も……呼んでいい?オ………オカリンさん、って?
―――そしたら俺も、真帆たんとかまほニャンって呼んだのにな
―――持って行ってください。お守りです
―――絶対に返してください。……ママと一緒に。
―――全員下がれ!………計画名は、"彦星作戦<オペレーションアルタイル>"!
―――やっぱ、ここへ戻って来い!
―――凶真ぁぁ!凶真がいなきゃヤダぁぁぁ!
―――みんなずっと待ってるからっ!
―――絶対に帰って来なさいっ!
―――これでシュタインズゲートへの道筋はついた
―――俺は、約束したからな。逃げた人質を必ず捕まえに行くって
―――鈴羽の事もよろしくな
―――これまでありがとう、岡部さん
―――私も……呼んでいい?オ………オカリンさん、って?
―――そしたら俺も、真帆たんとかまほニャンって呼んだのにな
―――持って行ってください。お守りです
―――絶対に返してください。……ママと一緒に。
―――全員下がれ!………計画名は、"彦星作戦<オペレーションアルタイル>"!
―――やっぱ、ここへ戻って来い!
―――凶真ぁぁ!凶真がいなきゃヤダぁぁぁ!
―――みんなずっと待ってるからっ!
―――絶対に帰って来なさいっ!
169: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:03:13.58 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「ごめんね……まゆねぇさん。やっぱ無事には、戻れそうに無い……みたい……」
軋むタイムマシンの中で、鈴羽は強烈なGに苛まれながらも、肺、横隔膜、声帯、そして口を動かし、必死に声を絞り出す。
「タイムパラドックスを避けるためにあそこから跳んだのはいいけど……。一年後まで帰れる燃料は、もう残ってない……」
すでにメインバッテリーは切れた。タイムマシン内部は真っ暗だ。
予備電源もいつまで持つかわからない。
「……かと言ってさ、一度タイムトラベルに入ったら途中下車もできない。カー・ブラックホールが作り出した特異点内からどこに弾き出されるかは……運次第」
メインコンソールに亀裂が入る。どこからか焦げ臭い臭いがする。
鼻腔が痛い。目蓋が熱い。
「それが、1日後なのか、1年後なのか、100年後なのか、1億年後なのか……」
もちろん、シュタインズゲート観測点が達成されれば、まゆりも鈴羽も再構成される。だが、もし失敗したら……。
鈴羽の脳裏に、かつて父親のデスクで盗み見た"ゼリーマンズレポート"の被験者の、最期の姿が浮かんだ。
途端に恐怖に襲われた。軍隊で鍛えられた鋼の精神など、関係ない。
モノポールエンジンが破損したのだろうか、周囲に電撃が飛び散る。
怖い――怖い――死にたくない――
ぎゅっと、目をつぶる。
「ごめんね……まゆねぇさん。やっぱ無事には、戻れそうに無い……みたい……」
軋むタイムマシンの中で、鈴羽は強烈なGに苛まれながらも、肺、横隔膜、声帯、そして口を動かし、必死に声を絞り出す。
「タイムパラドックスを避けるためにあそこから跳んだのはいいけど……。一年後まで帰れる燃料は、もう残ってない……」
すでにメインバッテリーは切れた。タイムマシン内部は真っ暗だ。
予備電源もいつまで持つかわからない。
「……かと言ってさ、一度タイムトラベルに入ったら途中下車もできない。カー・ブラックホールが作り出した特異点内からどこに弾き出されるかは……運次第」
メインコンソールに亀裂が入る。どこからか焦げ臭い臭いがする。
鼻腔が痛い。目蓋が熱い。
「それが、1日後なのか、1年後なのか、100年後なのか、1億年後なのか……」
もちろん、シュタインズゲート観測点が達成されれば、まゆりも鈴羽も再構成される。だが、もし失敗したら……。
鈴羽の脳裏に、かつて父親のデスクで盗み見た"ゼリーマンズレポート"の被験者の、最期の姿が浮かんだ。
途端に恐怖に襲われた。軍隊で鍛えられた鋼の精神など、関係ない。
モノポールエンジンが破損したのだろうか、周囲に電撃が飛び散る。
怖い――怖い――死にたくない――
ぎゅっと、目をつぶる。
170: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:05:34.34 ID:0RgaG4Bu0
「スズさん」
不意に、まゆりが話しかけた。
「ありがとう。私を、あの日へ連れて行ってくれて」
鈴羽ははっとした。
まゆりから、まゆねえさんから恨まれこそすれ感謝される筋合いなど自分にはないと思っていた。
そんな中、まゆりは、鈴羽に微笑みかけていた。
あぁ、そうか。
これで、よかったんだ。
あたしの人生に、意味はあったんだ―――
鈴羽の中に芽生えた恐怖は、どこかへ忘却されていた。
ドォォン。
突然、強烈な振動と爆音に包まれた。
「きゃあああっ!」
「っ!」
振動は一瞬で止まった。
鈴羽にはそれがどこかへ不時着したのだとすぐ理解できた。
慌ててタイマーを起動する。わずかに残っていた予備電源によって西暦が表示される。
―――目を疑う数値に、鈴羽の頭は真っ白になった。
「……な、なんで。なんでッ!?」
暗闇に浮かび上がる赤い数字。
……鈴羽の網膜には『1975』の四字が焼き付いていた。
171: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:08:13.40 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「まさか、このC204くんの初期設定年に不時着するとはね。日付はかなりずれてるけど……」
あまりにも汚らしくすすけてしまっているこの時代の東京の空。林立する工場の煙突から噴出している得体の知れない煙や粉塵、そして、群れをなして地を這う自動車の真っ黒な排ガスなどが光化学スモッグを生み、都市の上空を死のベールのように覆ってしまっている。
「うわぁー、空気が美味しくないのです……」
鼻をつまむまゆり。
UPXや大ビル、秋葉原タイムスタワーなどの高層ビルが存在しないため、いつもより空が広く見える。
「まぁ、まゆねぇさんだったらそーゆーリアクションになるよね」
彼女が生きていた時代、すなわち環境問題が社会問題として取り上げられた後の東京の空は、大気汚染防止法やディーゼル車走行規制の実施と、大気汚染物質広域監視システム、低公害車、大気浄化実験施設などの開発で、澄んだ青空が広がっていた。
「うーん……参ったなー。まさか過去方向へ不時着するなんて」
頭をかく鈴羽。
背後には先ほどまで搭乗していたマシンは無い。
C204型は鈴羽とまゆりを降ろした後、カー・ブラックホール発生装置が異常稼動し、事象の地平線<イベント・ホライゾン>へと飛ばされ、観測の向こう側へと消え去っていった。
「どうしてまいったなーなの?」
「シュタインズゲートへの到達は2010年8月21日のはずだから、私たちはここであと35年間過ごさないと世界は再構成されないんだ」
「そっかー。ちゃんとオカリンしゅたいんずげーとに到達するんだー」
よかったー、と微笑むまゆり。
岡部倫太郎の目を覚ますことに、成功したのだと。
彦星は織姫と出会えたのだと。
鳳凰院凶真は、復活するのだと。
不思議と、そういう確信があった。
「まさか、このC204くんの初期設定年に不時着するとはね。日付はかなりずれてるけど……」
あまりにも汚らしくすすけてしまっているこの時代の東京の空。林立する工場の煙突から噴出している得体の知れない煙や粉塵、そして、群れをなして地を這う自動車の真っ黒な排ガスなどが光化学スモッグを生み、都市の上空を死のベールのように覆ってしまっている。
「うわぁー、空気が美味しくないのです……」
鼻をつまむまゆり。
UPXや大ビル、秋葉原タイムスタワーなどの高層ビルが存在しないため、いつもより空が広く見える。
「まぁ、まゆねぇさんだったらそーゆーリアクションになるよね」
彼女が生きていた時代、すなわち環境問題が社会問題として取り上げられた後の東京の空は、大気汚染防止法やディーゼル車走行規制の実施と、大気汚染物質広域監視システム、低公害車、大気浄化実験施設などの開発で、澄んだ青空が広がっていた。
「うーん……参ったなー。まさか過去方向へ不時着するなんて」
頭をかく鈴羽。
背後には先ほどまで搭乗していたマシンは無い。
C204型は鈴羽とまゆりを降ろした後、カー・ブラックホール発生装置が異常稼動し、事象の地平線<イベント・ホライゾン>へと飛ばされ、観測の向こう側へと消え去っていった。
「どうしてまいったなーなの?」
「シュタインズゲートへの到達は2010年8月21日のはずだから、私たちはここであと35年間過ごさないと世界は再構成されないんだ」
「そっかー。ちゃんとオカリンしゅたいんずげーとに到達するんだー」
よかったー、と微笑むまゆり。
岡部倫太郎の目を覚ますことに、成功したのだと。
彦星は織姫と出会えたのだと。
鳳凰院凶真は、復活するのだと。
不思議と、そういう確信があった。
172: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:09:53.92 ID:0RgaG4Bu0
「いや、まゆねぇさん。まだそうと決まったわけじゃ……」
再度頭をかく鈴羽。
喜んでいるまゆりを見て、申し訳ない気持ちになる。
「えー、そうなの?」
「うん。35年後を観測すれば成功か失敗かどっちかに確定するんだけど」
「そっかー……」
うってかわってしょんぼりするまゆり。
しかし、すぐさま元気を取り戻す。
「でも、だったらまゆしぃたちはちゃんと2010年まで生き残らなきゃだね!戦わなければ生き残れないだよ!スズさん」
「……君たちはたまによくわからないことを言うよね。厨二病、っていうの?」
「うーん、ちょっと違うかなー」
「ともかく、誰かに見つかる前にここを退散しないと」
「……ねえ、スズさん」
屋上の鉄扉へと向かう鈴羽の背中に、まゆりのどこかさびしげな声がかかる。
「この1975年でも、お星様は輝いているのかな……」
まゆりが空へと、片手を伸ばした。
光化学スモッグですすけた青空のさらに上に瞬く、星屑と握手をしようと―――
173: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:12:10.90 ID:0RgaG4Bu0
その時だった。
突然、空間が歪み、振動が伝わってきた。
オゾンの臭いが鼻につく。
そして、まばゆい閃光が、眼を焼いた。
「ッ!!」
「えっ!?な、なに!?」
ドォォォン!
先ほどの不時着時と類似した爆発が起こる。
いや、鈴羽たちが到着した時よりも荒っぽい振動だった。
粉塵が舞う。二人は咄嗟に腕で顔を覆った。
二人はゆっくり、目を開ける。
そこには。
「タ、タイムマシン!?」
「な、なにこれ!?どういうこと!?聞いてない!!」
そこには、一台のタイムマシンがあった。
軋んだ音を立てながらハッチが開く。
マシンはあちらこちらから煙を噴出している。見るからにボロボロだ。
黒こげになったタイムマシンから。
一人の男が登場した。
「オ、オカリン!?」
「オカリンおじさん!?」
174: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:14:39.39 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
うえっほ、げっほ、ごっほ。うおーっほ、がっほ、げっほ。
くそっ、煙を目いっぱい吸い込んでしまった……。
俺が計画していたカッコイイ登場とはほど遠いものとなってしまったな。
だが、そんなことはどうでもいい。今はとにかく―――
「鈴羽!すぐ手伝え!思考を放棄して俺の言う通りにしろ!」
「!」
大丈夫だ、この鈴羽なら軍事訓練を受けている。こういうことには慣れっこのはずだ。
予想通り、俺の態度にすぐ反応した。この俺の33歳の姿を見てもまったく動揺しないとは。
鈴羽は今にも爆発しそうなFG-C193型に何のためらいもなくかけよった。
「C204型の現在の状況は!?」
「はっ!現在観測点へ搭乗員二名を降ろした後、時空より消滅しましたっ!」
なるほど、想定の範囲内だ。やはり、予備のバッテリーは無駄になってしまったな。
というか、敬語か……。まぁ、今の俺は完全におっさんだからな。仕方ない。
「では、今すぐコレを整備しろ!」
「オーキードーキー!」
鈴羽は俺の命令通り、まったく無駄な動きなくFG-C193型の整備を開始した。こいつは開発メンバーの一人である俺よりもマシンの高度な整備に詳しいはずだ。
これでいい。後は、二人をFG-C193型に乗せて、2025年へ送り届けるだけだ。
頼むぞ、C193型。あと一回くらいはもってくれ。
「これで有人飛行実験は成功だな。ダルや真帆はさぞかし良いデータが取れたことだろう」
フフフ、ククク。
フゥーハハハ!
俺は人類初のタイムトラベラーとなったのだ!
……なんてな。そんなことはどうでもいい。
それよりも。
俺はゆっくりと後ろを振り向いた―――
うえっほ、げっほ、ごっほ。うおーっほ、がっほ、げっほ。
くそっ、煙を目いっぱい吸い込んでしまった……。
俺が計画していたカッコイイ登場とはほど遠いものとなってしまったな。
だが、そんなことはどうでもいい。今はとにかく―――
「鈴羽!すぐ手伝え!思考を放棄して俺の言う通りにしろ!」
「!」
大丈夫だ、この鈴羽なら軍事訓練を受けている。こういうことには慣れっこのはずだ。
予想通り、俺の態度にすぐ反応した。この俺の33歳の姿を見てもまったく動揺しないとは。
鈴羽は今にも爆発しそうなFG-C193型に何のためらいもなくかけよった。
「C204型の現在の状況は!?」
「はっ!現在観測点へ搭乗員二名を降ろした後、時空より消滅しましたっ!」
なるほど、想定の範囲内だ。やはり、予備のバッテリーは無駄になってしまったな。
というか、敬語か……。まぁ、今の俺は完全におっさんだからな。仕方ない。
「では、今すぐコレを整備しろ!」
「オーキードーキー!」
鈴羽は俺の命令通り、まったく無駄な動きなくFG-C193型の整備を開始した。こいつは開発メンバーの一人である俺よりもマシンの高度な整備に詳しいはずだ。
これでいい。後は、二人をFG-C193型に乗せて、2025年へ送り届けるだけだ。
頼むぞ、C193型。あと一回くらいはもってくれ。
「これで有人飛行実験は成功だな。ダルや真帆はさぞかし良いデータが取れたことだろう」
フフフ、ククク。
フゥーハハハ!
俺は人類初のタイムトラベラーとなったのだ!
……なんてな。そんなことはどうでもいい。
それよりも。
俺はゆっくりと後ろを振り向いた―――
175: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:16:22.23 ID:0RgaG4Bu0
「……オカリン」
その声も。
その顔も。
その髪も。
その瞳も。
―――14年前となにも変わっていない、椎名まゆりがそこにいる。
176: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:19:54.24 ID:0RgaG4Bu0
「まったく、人質のくせに生意気だ。俺の手からは逃れられん。絶対にだ」
「オカ……リン……っ!」
涙を流して。
鼻水をたらして。
唇をかみ締めて。
顔中ぐしゃぐしゃにして、まゆりは俺の胸に飛び込んできた。
「オカリンッ!オカリンッ!オカリンッ!!」
そう何度も何度も"俺の名前"を連呼するな。こそばゆい。
まゆりはまるで、俺が実体であることを確認するかのように、俺をきつく抱きしめた。
まゆりの、とても小さくて柔らかくて、暖かい手が、俺の形をなぞっていく。
あぁ、もう涙も枯れ果てたと思ったが。
俺は血も涙もない、狂気のマッドサイエンティスト。
目的のためには、平気で仲間を犠牲にする。
ふと気づけば、俺の頬を伝う生暖かい感触があった。
177: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:21:55.06 ID:0RgaG4Bu0
「おじさん、どうしてここがわかったのですか?」
応急処置を完了した鈴羽がマシン昇降口から顔を出した。
「何、簡単なことだ」
まゆりを抱きとめたまま、鈴羽に答えてやる。
「人質がどこにいるのか、俺は常に把握しているのだ」
それだけのことだ。
「やっぱり……助けに来てくれた……!いつも、オカリンは、助けに来てくれて……!」
声にならない声を出しているまゆり。
「がんばったな、まゆり。お前は、栄誉あるラボメンナンバー002の、偉大なる初任務を成功させた」
まったく、お前はすごいやつだよ。
「やっと、まゆ……しぃは、オカリンの……役に……立てたよ……」
その台詞は、いつかどこかで、俺が聞いたことのある台詞。
俺は溢れ出しそうになる涙を、歯を食いしばってこらえた。
とっさに、鳳凰院凶真を呼び覚まし、自分の涙をごまかす。
ずっと大切に持っていたガラケー、いや、ケータイを、自分の耳にあてる。
「……俺だ。あぁ、そうだ。椎名まゆりはここにいる。計算通り、俺の"リーディングシュタイナー"は発動していない」
「もちろん、俺が守る。それが"彦星作戦<オペレーション・アルタイル>"だ」
「世界に訪れる混沌。これこそが、運命石の扉<シュタインズゲート>の選択なのだ―――」
「エル・プサイ・コングルゥ」
俺はやさしく、そう言って。
ケータイをしまった。
178: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:24:41.22 ID:0RgaG4Bu0
「お、おじさん。ごめん、KY?って言うんですよね。わかってます。だけど、どうしても今すぐ聞きたいことがあります」
……わかっている。そうだな、伝えなければならない。
「"あの時の俺"がシュタインズゲートへ到達したかどうか、だな」
「は、はい」
ゴクリ、と鈴羽が固唾を飲む。
「俺が、俺たちが弾き出した計算では……」
「……」
「シュタインズゲートの観測は、既に確定事項だ」
「……え」
呆け顔の鈴羽。ほう、β鈴羽でもそんな顔ができるんだな。
「ということは……」
「あぁ。俺たちの作戦<オペレーション>は、成功した。お前の父親がお前に託した任務は、完遂したんだ」
179: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:26:33.01 ID:0RgaG4Bu0
「な、な、な……!!!」
全身が震えだす鈴羽。
身体をかがめ、拳をきつく握り締める。
その表情は、既に今までの鉄仮面ではなくなっていた。
―――そして、天高く飛び上がった。
「成功したアアッ!!!!」
それは、心の底からの笑顔で。
天空へ向かってガッツポーズを決め、全身全霊で叫ぶ。
……そう言えば、同時にまゆりの"スズさんを笑顔にしよう大作戦"も成功したんだな。
「成功した成功した成功した成功した……ッ!」
「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……」
「成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した成功した……ッ!!!!」
「あたしは、成功したアアアアーーーーーーーッ!!!!!!!」
それはまるで、自分の存在をこの世界に知らしめるような、喜色にあふれた咆哮だった。
180: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:28:13.54 ID:0RgaG4Bu0
ぷっ。くははは。
うむ。いい顔だぞ、鈴羽!
これで俺もダルと由季さんに胸を張って感謝ができそうだ。
世界線が再構成されれば、こいつは、世界中の誰よりも優しい母親と父親のもと、仲むつまじく暮らしているはずなんだ。
すべてのつらい思い出は、なかったことになる。
軍事訓練も、反政府組織としての闘争も、目の前で起こった母親の死も……その身体の傷も。
戦争なんて知らない。誰にも殺されないし、誰も殺さなくていい。
誰かに大切な人を奪われなくていいし、誰かの大切な人を奪わなくていい。
俺たちの時代の女子大生のように、普通にオシャレして、友達と街で遊んで、恋をして……。
そんな当たり前のような幸せが、待ってるはずなんだ。
鈴羽。
お前は、俺たちの希望だ。
この世に生まれてきてくれて、ありがとう―――
181: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:29:45.03 ID:0RgaG4Bu0
俺たちは、三人とも。
あまりのことに感動してしまって。
まもなく訪れる。
迫っている危機に。
誰も気づくことができなかった。
182: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:30:37.28 ID:0RgaG4Bu0
『そこに誰かいるのか!?』
183: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:32:33.12 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
『そこに誰かいるのか!?』
「!?」
「しまった!」
突然、ラジ館屋上の鉄扉が叩かれ、男の声がした。
しまった!屋上で騒ぎすぎた!
『おい、待ってろ!今鍵を持ってくるからな。事情はわからないが、とにかくこの扉を開けてやろう!』
そういって鉄扉の向こうに居たであろう男性は、階下へ降りていった。
まずい……。このままでは非常にまずいッ!
俺の作戦が台無しになるッ!
もしこのFG-C193型タイムマシンがこの時代の人間に発見されてしまったら、深刻なパラドックスが発生してしまう!
そうなったらどうなる……。シュタインズゲートへの道は、永遠に閉ざされてしまうッ!!!
「鈴羽!今すぐタイムマシン起動の準備をしろ!」
「オーキードーキー!」
歓喜の雄たけびを上げていた興奮状態から一瞬にして鈴羽はオペレーションモードへと切り替わった。
とにかく迅速に、一刻も早くこの時空から二人を離脱させなければならない。
タイムマシンに飛び込む鈴羽。
急げ、急げッ!時は一刻を争う!
「おじさん!完了しました!」
「わかった!鈴羽、そのままコクピット内で待機!まゆり、タイムマシンに乗り込め!早く!」
「えっ、えっ」
先ほどからの状況の変化についてこれていないまゆり。
くそっ、時間がないッ!
『そこに誰かいるのか!?』
「!?」
「しまった!」
突然、ラジ館屋上の鉄扉が叩かれ、男の声がした。
しまった!屋上で騒ぎすぎた!
『おい、待ってろ!今鍵を持ってくるからな。事情はわからないが、とにかくこの扉を開けてやろう!』
そういって鉄扉の向こうに居たであろう男性は、階下へ降りていった。
まずい……。このままでは非常にまずいッ!
俺の作戦が台無しになるッ!
もしこのFG-C193型タイムマシンがこの時代の人間に発見されてしまったら、深刻なパラドックスが発生してしまう!
そうなったらどうなる……。シュタインズゲートへの道は、永遠に閉ざされてしまうッ!!!
「鈴羽!今すぐタイムマシン起動の準備をしろ!」
「オーキードーキー!」
歓喜の雄たけびを上げていた興奮状態から一瞬にして鈴羽はオペレーションモードへと切り替わった。
とにかく迅速に、一刻も早くこの時空から二人を離脱させなければならない。
タイムマシンに飛び込む鈴羽。
急げ、急げッ!時は一刻を争う!
「おじさん!完了しました!」
「わかった!鈴羽、そのままコクピット内で待機!まゆり、タイムマシンに乗り込め!早く!」
「えっ、えっ」
先ほどからの状況の変化についてこれていないまゆり。
くそっ、時間がないッ!
184: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:36:01.04 ID:0RgaG4Bu0
「いいから早く!俺の言うことを聞くんだ!」
「や、やだっ!絶対やだよっ!」
「ま、まゆり!?」
俺の胸倉につかみかかってきた。それも、ありったけの力を込めて。
糞がっ!こんなことをしている場合ではない!
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だアアアッ!オカリンとまた会えたのにッ、また離れ離れになっちゃうなんてッ、絶対やだもん!死んでもやだもん!!離さないもんッ!!!」
はち切れんばかりの声。自分でも自制できないほどの状態なのだろう。
仕方ない、こうなったら無理やりにでも放り入れるしかない!
「うるさい!黙って言うことを―――」
「……おじさんッ!ごめんッ!」
その時、俺は瞬時に鈴羽に両腕を背中の後ろで拘束された。
い、いつの間に俺の背後を……ッ!
「き、キサマァ……。いったい、なんの真似だ、橋田鈴羽ァッ!」
俺は14年間ずっと地下でひたすらに研究に明け暮れた身体。
それに比べてこいつはまだ19歳の元軍人。
俺に抵抗できる力は、無い。
「まゆねぇさん!乗って!二人で時空移動を開始して!」
な、何ィッ!?
鈴羽がここに残るというのか!?
それではダメだ!俺のオペレーション・アルタイルが!
失敗に終わってしまう!!
「スズ……さん……」
185: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:37:10.08 ID:0RgaG4Bu0
「マシンは二人乗り。オカリンおじさんとまゆねぇさんが乗るべきだよ。あたしはここに残って、35年間を生き抜くからッ!」
「黙れ!黙れ黙れッ!いい加減にしろッ!俺の作戦を邪魔するんじゃないッ!たとえそれが誰であろうと、たとえそれが悪の組織であろうと、たとえそれが世界であろうと、何人たりとも俺の邪魔はさせないッ!!!」
「さぁ、早く!!まゆねぇさん!!」
「離せェッ!!離せ鈴羽アアッ!!!このクソアマァァッ!!!」
「……」
ダメだ、ダメだまゆり―――
鈴羽をタイムマシンに乗せなければ―――
俺が、ここへやってきた意味が―――
186: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:38:34.42 ID:0RgaG4Bu0
その時。
俺は一瞬、ある可能性について考えてしまった。
考えなければよかった。
なぜ考えてしまったのか。
いや、それも必然だろう。ここ数年、そればかり考えていたのだから。
思考している途中で。
とても据わりが悪くて、急激に心に不安をもたらすその感覚。
……二度と味わいたくないと思った、あの感覚。
ギュッと、冷たい手で直接心臓を鷲づかみにされたかのような、そんな錯覚。
187: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:40:06.86 ID:0RgaG4Bu0
『"鈴羽が1975年からその時間を生き、2000年に死亡する"は、β世界線の収束である』
188: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:42:42.70 ID:0RgaG4Bu0
なぜβ世界線の店長は橋田鈴の名前を知っていた。
なぜ大檜山ビルはミスターブラウンが所有していた。
なぜ天王寺家は新御徒町にある。
α世界線でもそうだった。
つまりこの事象は、よりマクロな世界線の収束なんじゃないか。
ここは俺たちにとっての世界線大分岐となる2010年よりも過去だ。αでもβでも収束する可能性は大いにある。
『だったら仕方ない』
なにが、なにが仕方ないんだ。
『世界線の収束には逆らえない』
そうじゃない、そうじゃないだろ鳳凰院凶真……ッ!!ふざけるなッ!!
『そうやって結論を出したのはお前だ』
違うッ!俺の理論が間違っていただけなのだッ!
宇宙がまだ隠し持った、秩序のない理論がッ!
その摂理はッ!"神"が作ったものなんかじゃないッ!真帆が教えてくれたじゃないかッ!
あるはずだ!あるはずなんだッ!鈴羽を救う方法が……ッ!!
『お前は、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ』
『目的遂行のためには、仲間の犠牲も厭わない』
『そうだろ』
……ッ!!!
189: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:45:33.68 ID:0RgaG4Bu0
「オカリンおじさんは、逃げなかったんですね。父さんの言った通り、強い人だ」
「す、ずは……?」
鈴羽はそう言うと、拘束の力を緩めた。
「あの時、傷つけてごめんなさい。この一年、ずっと、ずっとあなたに謝りたかった……ッ!」
……なんてことだ。
こいつは。
自分の行為が、俺を責め続けた一年が、世界の収束だという事を知らない。
お前が責任を感じる必要は微塵もないんだ。
だから、謝らないでくれ、鈴羽。
だから、泣かないでくれ、鈴羽。
必要なことだったんだ。
鈴羽のおかげで、俺は執念を得たのだから。
そして鈴羽は、混乱している俺に。
自らの涙を拭いて、やさしく微笑みかけた。
「大丈夫。あたしはこの時代で幸せになります。だから、オカリンおじさんも、幸せになって」
なにかを決意した、強い意志の表れ。
決して遠い目などではない。
恐怖に怯えることも、死を悲観することもなく。
……その事実に、たとえ気づいていなくても。
お前は、取り残されるんだ。
誰も知っている人間がいない、この時代に。
まだ19歳だぞ……。まだ未成年だぞ……。
そこには、屹然とした態度で運命に立ち向かう、一人の美しい女性がいた。
……俺は、そんな彼女になら、運命をも覆せるのではないかと思った。
過去、現在、未来。すべての運命に、打ち勝てる気がした。
そんな幻想を、抱いてしまった。
190: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:48:38.75 ID:0RgaG4Bu0
「……ホントにッ!ホントに幸せになるんだなッ!?」
世界の収束に対して抗うために、俺は叫んだ。
「ならばッ!……ラボメンナンバー008ッ!!橋田鈴羽ッ!!」
「お前にッ!ラボメンとしての最終任務ッ!運命の女神作戦<オペレーション・ノルニル>を与えるッ!!」
俺は、世界の支配構造を破壊する男。
「幸せにッ!!幸せに生きろッ!!!」
「絶対、絶対2010年のその日までッ!!約束されたその時までッ!!お前は、俺たちの大切な仲間だッ!!!だからッ―――」
「幸せに生きろッ!!バイト戦士ッ!!!」
―――狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だ。
「……うん」
そう頷いて、鈴羽はまゆりと俺の背中を押した。
191: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:51:57.80 ID:0RgaG4Bu0
「ほら、早く行っちゃって。もう、ラブラブっぷりを見せ付けられちゃって、こっちはたまったもんじゃないよ」
……どうして。
どうしてそんな軽口が叩けるのだ。
どうしてそんな迷いの無い笑顔が作れるのだ。
お前は、西暦2000年に。
シュタインズゲートを観測する前に。
天涯孤独の身でありながら、病気で息を引き取る……。
過去改変によって死んだ人間を生き返らせることは、秋葉幸高氏のように可能だ。
だが、過去改変よりも時間的過去に死亡している人間は、過去改変されない。
当たり前だ。
再構成より前に死んだ人間は再構成後も死んだまま。
観測者として存在できないからだ。
お前は、シュタインズゲートへと到達できない。
シュタインズゲートへ到達するのは、お前じゃないんだ。
鈴羽だけど、お前じゃないんだ……ッ!!
俺が元いた時空の、8歳の鈴羽だけなんだ……ッ!!
お前の存在は、記憶の断片としてしか残らないんだ……ッ!
俺の理論では、アトラクタフィールドに、抗える……。
だが、それは限定条件下でのみだ……。もう無理だ……。
できない……。
どちらか選ぶ、余地すらない……。
こんなことって、あるかよ……。
これが『シュタインズゲート』の選択なのかよ……。
192: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:54:13.50 ID:0RgaG4Bu0
「もう。いい大人がひどい顔。あとはまゆねぇさん、任せたよ」
「……うん、スズさん」
俺はもう力が入らなかった。
世界が望む結果に対して、俺はあまりにも無力だ……。
ただ、ひたすら、とてつもない無力感。
ガラガラと。
俺が14年間積み上げてきた方程式が、崩れていく。
たしかに、シュタインズゲートへは到達するだろう。
だが、それを目前にして、俺はまた仲間を見殺しにしなければならない。
そんなの、ありかよ……。
こんな、結末なのかよ……。
……もう、疲れた。
俺はまゆりに導かれるままにタイムマシンに乗った。
「……準備万端。あとは、あたしがコンソールを外側から遠隔操作する。父さんも、どうしてこんな機能を作ってくれたかな……」
「スズさん、あのね……」
「……元気で、まゆねぇさん。35年後に、また会おう」
「……幸せに、なろうね」
泣きはらした顔でまゆりはそう言った。
次の瞬間、ハッチは閉じられ。
タイムマシンが起動した―――
193: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/05(金) 23:55:54.81 ID:0RgaG4Bu0
◆◆◆
「……ねぇ、オカリン。怒ってる?」
「……いや。怒ってなどいない」
「……オカリン。ねぇ、オカリン?」
「……」
「もうがんばらなくても、いいからね」
「……」
「泣いてもいいんだよ……オカリン……」
「……」
「まゆしぃはそばにいるからね……」
「……」
「オカリンはね、まゆしぃの彦星様なんだよ……」
「……」
「まゆしぃはね、オカリンの織姫様に、なれたかな……」
「……」
「……ねぇ、オカリン。怒ってる?」
「……いや。怒ってなどいない」
「……オカリン。ねぇ、オカリン?」
「……」
「もうがんばらなくても、いいからね」
「……」
「泣いてもいいんだよ……オカリン……」
「……」
「まゆしぃはそばにいるからね……」
「……」
「オカリンはね、まゆしぃの彦星様なんだよ……」
「……」
「まゆしぃはね、オカリンの織姫様に、なれたかな……」
「……」
194: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:02:27.02 ID:jOH2Ebs40
こうして俺のオペレーション・アルタイルは―――
失敗した。
195: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:04:05.02 ID:jOH2Ebs40
◆◆◆
2025年8月21日
町工場のような建物に、オゾンの鼻をつく臭いが広がった。
「……橋田さん。トレーサー確認」
「……オーキードーキー」
ひとしきり叫び、皆、喉が疲れている。
「えっと……その機械で、凶真さんの居場所がわかるんですか」
「機械が正しく動いていれば、問題ないはずよ」
漆原るかが心配そうに計器を見つめる。
画面上では、座標特定のための量子コンピュータによる計算の視覚モデルが表示されている。
「……!!見つけたお!!」
「!」
その場に居た全員に緊張が走る。
「一度、1975年へ寄り道。その後、9分24秒経過の後、再度タイムトラベル……!!」
「ま、まさか、成功したニャ!?」
「橋田さんッ!!その後、こちらへ向かっているの!?」
「……ちょ、ちょっと待つお。まだ計算できてないっぽい」
このトレーサーは最大七千万年前の過去から未来に至るまでトレースできる。
だが、トレースのために必要な演算時間は時空跳躍時間に比例して増大する。
「……」
皆が、固唾を飲んで見守る。
「……!? そ、そんな、馬鹿なぁっ!!」
「は、橋田さん!?いったい、どうしたというの!?」
「トレーサーが……トレーサーが……」
「カンストしたお……」
2025年8月21日
町工場のような建物に、オゾンの鼻をつく臭いが広がった。
「……橋田さん。トレーサー確認」
「……オーキードーキー」
ひとしきり叫び、皆、喉が疲れている。
「えっと……その機械で、凶真さんの居場所がわかるんですか」
「機械が正しく動いていれば、問題ないはずよ」
漆原るかが心配そうに計器を見つめる。
画面上では、座標特定のための量子コンピュータによる計算の視覚モデルが表示されている。
「……!!見つけたお!!」
「!」
その場に居た全員に緊張が走る。
「一度、1975年へ寄り道。その後、9分24秒経過の後、再度タイムトラベル……!!」
「ま、まさか、成功したニャ!?」
「橋田さんッ!!その後、こちらへ向かっているの!?」
「……ちょ、ちょっと待つお。まだ計算できてないっぽい」
このトレーサーは最大七千万年前の過去から未来に至るまでトレースできる。
だが、トレースのために必要な演算時間は時空跳躍時間に比例して増大する。
「……」
皆が、固唾を飲んで見守る。
「……!? そ、そんな、馬鹿なぁっ!!」
「は、橋田さん!?いったい、どうしたというの!?」
「トレーサーが……トレーサーが……」
「カンストしたお……」
196: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:08:29.16 ID:jOH2Ebs40
「カ、カンストってどういうこと!?まさか、トレーサーの計算外の時空に飛び出たってこと!?」
「いや、それはないはず。そもそもFG-C193型の飛行可能領域に合わせてトレーサーの計算限界を設定してあるから」
「じゃ、じゃあ、まさか、事象の地平線<イベントホライゾン>に……」
「いや、それだったらカンストする前のその時点で演算が終了するはず」
「じゃあ!いったいカンストしたってどういうことなんですか!?ダルさん!!」
「それはつまり……最大可能跳躍を達成した、ってことじゃね?」
「……それって」
「C193型は今、7000万年前の地球にいると思われ」
「そ、そんニャァ……」
「そんなのって……」
「あんまりです……」
皆、言葉を失った。
「……え、えっと。1975年のタイムトラベルは、鈴羽の生体認証による外部起動だったっぽい」
「えっ?ということは……」
「C193型に乗ったのはまゆ氏とオカリン。鈴羽は……半世紀の間、生きていたなら、69歳のはず……だけど……」
「……」
もし橋田鈴が、橋田鈴羽が生きているとするなら。
もう自分たちは初老の女性との出会いを果たしているはずなのだ。
それが無かった、ということは―――
そしてもうひとつの事実。岡部倫太郎と椎名まゆりは7000万年前に飛ばされ、もう二度と戻ってくることはないということ。この事実が、全員の肩に重くのしかかった。
「ママ……」
「うそつき……」
鈴羽が現在まで生きている可能性など無いことに誰もが気がついていた。
岡部倫太郎と椎名まゆりに至っては人類誕生以前に死亡している。
全員、死んでいる―――
197: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:10:24.13 ID:jOH2Ebs40
「……橋田鈴さんのことは、裕吾さんに確認してある」
萌郁が口を開いた。
「……橋田鈴さんは、2000年、病気で亡くなった、らしい」
わかっていた。
わかりきっていたことだ。
未来ガジェット研究所の結論としては、天王寺裕吾の言うところの『橋田鈴』は、きっと同姓同名の別人だろうということにしていた。
そういう解釈で理屈を並べていた。
そうでなければ研究などできなかった。
そこで、思考停止していた。
「おい、どうしたお前ら。実験は成功したのか?」
そこへ47歳になっても筋骨隆々とした天王寺裕吾が現れた。
「……私が、メールして呼んだ」
「お、教えてください天王寺さん!おねえちゃん……いえ、橋田鈴さんの、最期を……」
「あぁ、メールにもそんなことが書いてあったな。ほら」
そう言って取り出したのはニキシー管、いや、ダイバージェンスメーターだった。
「このメーターが2036年になったら、この表示された数値が変わるから、絶対に変わるから」
「だから裕吾。その時まで必ず生き抜いてくれ」
「もう58のジジイになってるだろうけど、それでも」
「2036年まで、死ぬんじゃないって」
「私の代わりに生き抜いてくれって」
「幸せに生きてくれって」
「そればっかりうわ言のように呟いててよぉ」
「だから、14年前のあの時、このちっこいねえちゃんに自殺を止めてもらったことは、今でも感謝してるんだぜ」
「鈴さんとの約束を破るところだったからな」
「まぁ、橋田の野郎の奥さんが鈴さんそっくりだったのには度肝抜いちまったけどな、ははは」
視線が橋田親子に注がれる。
そこには。
何を話しているのかよくわかっていない鈴羽と、どんな表情をすればいいのかわからいといった感じで困惑している由季の姿があった。
鈴羽の両肩を握る手に力が入る。
198: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:12:38.94 ID:jOH2Ebs40
「……ホントに、最低最悪の世界線だ」
ふと、ダルがこぼした。
「なにが収束だよ、なにがアトラクタフィールドだよ」
「そんなもん、クソゲーじゃねーか!」
「……僕はこの歳で」
「娘を亡くしてしまった」
「親友も亡くしてしまった……」
「最愛の妻だってッ!2036年までに、どんなに足掻いたって守れないッ!」
「それが収束だから……?」
「ふざけんじゃねえよ!!」
「こんなことってあるかよ!!」
「僕は……僕は、いったい誰を怒ればいいんだよ……」
その時、鈴羽がダルの白衣の裾を掴んだ。
「父さん、私、生きてるよ?」
その一言に、その場の全員が目を見張った。
そうだ、この鈴羽は、今まさに生きている。
あの鈴羽だって、自分たちが知らないだけで、きっとしっかりこの世界線の時間を生きてきたんだ。
生きてる。
でも、生きてる。
岡部倫太郎も、椎名まゆりも、どこかで必ず生きてる。
199: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:22:33.66 ID:jOH2Ebs40
「……ま、待って。おそらく、天王寺さんの言う橋田鈴さんと、私たちが知ってる鈴羽さんは、別の世界線の人物のはずよ」
真帆がおそるおそる口を開く。
何を言おうか、言いながら考えている。
「だって、あの鈴羽さんはオペレーション・アークライトを成功させている……ってことは、その時点から過去方向に飛んだのだから、2010年8月21日にシュタインズゲートを観測する世界線に居なきゃ、おかしい……!!」
「!!」
ダルが顔を上げた。
「て、店長さんが知ってる橋田鈴さんは、オペレーション・アークライトを失敗した方の鈴羽さんのはず……。ダルさんは、直接会っては無いけど、二台目のタイムマシンを見たでしょ……?」
声が震えている。推論が推論を加速させる。
「お、おう!」
「だ、だから!もし2010年まで生き……て……いれ……ば……」
そこで真帆は、またも気づいてしまう。
β世界線の収束という事実に。
「……」
「い、生きていれば?」
フブキか答えるよう促す。
「……ふふふ、くくく」
「ク、クリス氏?」
「フゥーハハハッ!!」
「クーニャン!?」
そこには、白衣を大きく翻してポーズをとる、比屋定真帆の姿があった。
「……それはつまり、我々の開発したタイムマシンは、完璧だったということだッ!」
「!」
200: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:25:14.50 ID:jOH2Ebs40
「なにを案ずることがあろうか。なにをためらうことがあろうか」
「俺たちは、世界の支配構造を破壊するッ!」
「実験は、成功したのだ!」
「ヴァルハラでの再会は、既に約束されたッ!」
真帆は、強い言葉を、彼の言葉を口にするたびに、涙で声が出せなくなりそうで、必死に堪えていた。
「これが、シュタインズゲートの選択だッ!フゥーハハハ!」
「ク、クーニャンがおかしくなっちゃったニャ~」
「……フ、フフフ、フゥーハハハ!」
「は、橋田さんも!?」
「ふぅーははは!」
「鈴羽まで……」
「……ふふっ」
「あはは……」
「なんだおめぇら。気持ち悪ぃ笑い方しやがって」
「……」
ピピピピ……
「ん、なんだ萌郁?メールか?」
『フゥーハハハ! v(^-^)v
岡部くんはみんなの中に生きてるってことだよ!
だから大丈夫
世界を変えよう♪』
「お、おう?」
どれだけ世界線を越えたとしても、意思は連続していく―――
201: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:28:08.06 ID:jOH2Ebs40
◆◆◆
FG-C193型は故障していた。
元々無茶なタイムトラベルだったのだ。結局俺とまゆりは再度過去方向へ飛ばされることとなってしまった。
まず言っておこう。俺たちが今いるこの世界線はシュタインズゲートでもなければ可能性世界でもない。どの世界線なのかはダイバージェンスメーター紛失のため(多分鈴羽に盗られた)正確にはわからないが、とりあえず俺という主観が存在しているので観測不可能な可能性世界とは異なる。収束の影響から抜け出すことはできないため、ここはβ世界線、もしくはよりマクロな収束の範囲内だ。
シュタインズゲートとは別の世界線に今俺がいるということは"あの時の俺"はシュタインズゲート到達に失敗したということだろうか。いや、そうと決まるわけではない。
確かに、世界は多世界解釈でなりたっているわけではない。かつてジョン・タイターが残した、いや、今後ジョン・タイターが残すこととなる多世界解釈は、あれはSERNを欺くためのフェイク情報だった。そうではなく、世界線変動と共にすべては"なかったことに"なる。世界は塗り替えられる。
だが、俺が今いるここは時間的過去なのだ。シュタインズゲート観測点より未来ではない。
俺がシュタインズゲートへと到着するための因果律崩壊の因果を成立させている、どこかの世界線上の過去方向の観測点なのだ。
いわば、記憶の世界なのだ。
故に、その世界線が存在するためには当然俺が今いる観測点も確定していなくてはならない。
俺が今いる場所は、シュタインズゲートを手繰り寄せる因果の成立に必要な場所であり、確定した過去であり、必然の歯車である。
たとえそれが、どんなに過去でもだ。
たとえそれが、人類が誕生する以前でもだ。
そう、ここは。
7000万年前の地球―――
FG-C193型は故障していた。
元々無茶なタイムトラベルだったのだ。結局俺とまゆりは再度過去方向へ飛ばされることとなってしまった。
まず言っておこう。俺たちが今いるこの世界線はシュタインズゲートでもなければ可能性世界でもない。どの世界線なのかはダイバージェンスメーター紛失のため(多分鈴羽に盗られた)正確にはわからないが、とりあえず俺という主観が存在しているので観測不可能な可能性世界とは異なる。収束の影響から抜け出すことはできないため、ここはβ世界線、もしくはよりマクロな収束の範囲内だ。
シュタインズゲートとは別の世界線に今俺がいるということは"あの時の俺"はシュタインズゲート到達に失敗したということだろうか。いや、そうと決まるわけではない。
確かに、世界は多世界解釈でなりたっているわけではない。かつてジョン・タイターが残した、いや、今後ジョン・タイターが残すこととなる多世界解釈は、あれはSERNを欺くためのフェイク情報だった。そうではなく、世界線変動と共にすべては"なかったことに"なる。世界は塗り替えられる。
だが、俺が今いるここは時間的過去なのだ。シュタインズゲート観測点より未来ではない。
俺がシュタインズゲートへと到着するための因果律崩壊の因果を成立させている、どこかの世界線上の過去方向の観測点なのだ。
いわば、記憶の世界なのだ。
故に、その世界線が存在するためには当然俺が今いる観測点も確定していなくてはならない。
俺が今いる場所は、シュタインズゲートを手繰り寄せる因果の成立に必要な場所であり、確定した過去であり、必然の歯車である。
たとえそれが、どんなに過去でもだ。
たとえそれが、人類が誕生する以前でもだ。
そう、ここは。
7000万年前の地球―――
202: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:31:01.76 ID:jOH2Ebs40
「オカリン!ネズミさんがいたよー!かわいいでしょー」
まゆりの手のひらの上にはネズミのような生物がいた。
このとんでもない状況下でなんとまあお気楽なものだ。
そんなまゆりに救われているわけだが。
「どんな病原菌を持っているかわからないぞ。それに、もしかしたらそいつは俺たち人類の祖先かも知れない。丁重に扱えよ」
「えーっ?じゃーこの子はまゆしぃの、おじいちゃんのおじいちゃんの、おじいちゃんのおじいちゃんの、そのまたおじいちゃんのおじいちゃんの……」
「……まゆり。のび太君みたいなことを言うんじゃない」
まぁ、たとえこのネズミを殺したところで祖父のパラドックスは起きないがな。
それにこの世界線でも西暦2025年には俺が死亡することが確定しているため、ネズミの殺害のために人類が誕生しないということも有り得ない。
俺たちは安心して日々生き物を食べて生活することができる。
が、とりあえずはタイムマシンに備蓄してあった非常食糧で食いつないでいる。
気候は思ったより温暖で、秋葉原なのに沖縄にいるかのようだ。
「あー、暇だ。さすがに娯楽が無さ過ぎる」
「テレビって画期的な発明だったんだねー」
フェルディナンド・ブラウンには頭が上がらないな。
「そーいえばさ、オカリンのりーでぃんぐしゅーくりーむは、今でも使えるのかな?それがあれば、別の世界のまゆしぃたちが何をしてるのか、わからないかなー?」
「リーディングシュタイナーだ。この時代ではたとえ使えたとしても意味はないだろう……。いや、そうではないな。この世界線でも今から7000万年後に俺は誕生することになるのだから、今俺の中にある記憶や意識はお互いのリーディングシュタイナーによって影響がある可能性がある、のか」
俺はリーディングシュタイナーの発動において「同じ時刻」という条件が決定的に重要なのだと今まで思っていたが、それは受信しやすい観測点が「同じ時刻」だというだけで、時間的な差というのは実は重要ではないのだ。
なぜなら、記憶とは「過去を思い出すこと」であり、思い出す地点よりも時間的に過去の記憶はすべて拾うことが理論上は可能である。当たり前だ。
だがリーディングシュタイナーの場合、別個の脳の記憶をデジャブとして思い出すことができる。
要は記憶領域が脳の外部にあるので、たとえ今の俺が生物的な死を迎えようとも、この7000万年前の記憶の断片は未来で受信することが可能なはずだ。
そこは世界の外側にある領域なのだから、すべての世界線で過去に存在する俺の記憶は受信される可能性がある。
203: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:35:24.41 ID:jOH2Ebs40
『過去にだって今すぐ行けますよ。夜になったら望遠鏡で空をのぞいてみてください。何万年も前の光を見ることができるでしょう』
紅莉栖の声が聞こえた気がした。
俺とまゆりは、彦星と織姫は。7000万年前から現在を照らしている。
真帆。こんな形でしか約束は果たせそうにないが。俺の記憶の断片を、意思の連続を。きっといつか、受け取ってくれ。
かがり。お前がまゆりの娘になってくれて本当によかった。お前のお母さんの大切な宝物、必ず未来に返すからな。
「それじゃー生まれてくるオカリンは7000万年前のオカリンの記憶を見れるんだねー!すごいなー、考古学者になれるねー」
「ははは、そんなの白昼夢と一緒ではないか。即刻黄色い救急車だッ」
「えぇー、オカリンが入院したらやだよー」
ヒシッと俺にしがみつくまゆり。
こいつは本気で俺の心配をしてくれているらしい。
まったく、どこまでもあっぱれなやつだ。
「まゆりよ。この時代に病院があると思うのか?それに入院するのはこの俺の方ではなくて……」
「んー?あそっかー!ならオカリンが入院することはないねー、よかったー」
ふふふー、と笑うまゆり。
いやいや、それはそれで問題があるだろう。
キラキラと顔を輝かせたまゆり。
やさしさに満ちた微笑み。
204: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:37:50.12 ID:jOH2Ebs40
「でもうーぱがいてくれてよかったー。これでさみしくないね、オカリン」
そこには、俺がタイムトラベルを開始する直前、かがりに手渡された緑のうーぱキーホルダーがあった。
それは、かがりの大切な宝物。
かがりの母親が、大好きだったマスコットキャラクター。
「きっとそのかがりちゃんとはねー、まゆしぃ気が合うと思うなー」
あぁ、そうだな。
だって、お前の娘じゃないか。
愛情を込めて育てた、お前の娘なんだから。当然だろ。
ふと、まゆりの存在が揺らいだ気がした。
俺はあわてて、まゆりの頭をわしわしと撫でてやる。
こうやって頭を撫でていれば、フラフラとどこかへいなくなってしまうこともない。
「えへへー、オカリンの手あったかいねー」
当たり前だ。
そんなの、当たり前だろ。
なぜなら、俺たちは。
生きているのだから。
この約束の地で。
お互いの命を感じることができる。
まゆりの、生を感じることができる。
まゆりと二人。
手を繋いで、これから歩いていく。
―――このエデンの園で。
205: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:39:09.58 ID:jOH2Ebs40
「ねぇオカリン。まゆしぃはね、オカリンのこと、大好きだよ」
「まゆしぃはね、幸せだよ」
「クリスちゃんと約束したはずだから……」
「幸せにしてください」
「離さないでください」
「ずっと大好きで、いさせてください」
リーディングシュタイナーは誰もが持つ能力、か。
もちろん、これからもずっと一緒だ。
お前を離したりなんかはしない。
俺たちが離れることは、ない。
それが、運命石の扉<シュタインズゲート>の選択だよ。
206: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:41:19.97 ID:jOH2Ebs40
「……ねぇ、オカリン」
「どうした、まゆり」
「おかえりなさい、オカリン」
「……ご苦労、まゆり」
無限遠点のデネブ おしまい
207: Salieri ◆/CNkusgt9A 2014/12/06(土) 00:43:32.15 ID:jOH2Ebs40
蛇足:書かなかった設定
SG世界線でも1975に鈴羽がいないとラボないんじゃね、について。
これも別世界線を因とする過去改変の結果が連続性を持って残っているだけなので、SG世界線で生まれる鈴羽は別に過去へ行く必要はない。
本SSの執筆にあたって、多くの考察サイト様を参考にさせていただきました。この場を借りて感謝申し上げます。
Steins;Gateをはじめとする、5pb.×ニトロプラス「科学アドベンチャーシリーズ」の関係者様に敬意と感謝をこめて。
SG世界線でも1975に鈴羽がいないとラボないんじゃね、について。
これも別世界線を因とする過去改変の結果が連続性を持って残っているだけなので、SG世界線で生まれる鈴羽は別に過去へ行く必要はない。
本SSの執筆にあたって、多くの考察サイト様を参考にさせていただきました。この場を借りて感謝申し上げます。
Steins;Gateをはじめとする、5pb.×ニトロプラス「科学アドベンチャーシリーズ」の関係者様に敬意と感謝をこめて。
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