2: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:00:21.97 ID:EzlW5vRR0


ミキにフカノウなんてないの。


 ミキは小さい頃から何でも出来たの。一輪車だってゴム跳びだってお遊戯だって、いつもミキが一番最初に
出来て一番上手だったんだよ。スゴイでしょ。ミキはいつだってみんなの憧れで、ヒーローでスターでお姫様
だったの。幼稚園の時なんて、1日に最高30人の男の子に告白されたことだってあるんだから。

 でも中3になった時、そんなミキをムカついた女の子達がいたの。うーん、思春期ってフクザツだね。ミキ
イジメられちゃった。と言っても、ミキの中学校はマジメなコが多かったからヒドいイジメはなかったけどね。
でも靴やノートにイタズラされたり、ムシされたりヒソヒソされるのはイヤだったな。

 だからミキも対抗することにした。ある日登校前にマツキヨに寄って、ヘアカラーを買ったの。それで駅の
トイレでマッキンキンに染めて登校しちゃった。ミキをイジメてたコ達はビックリしちゃって、ミキから目を
そらすようになったの。ひとりだと何も出来ないコばかりだったから、ミキにすっかりビビったみたい。イジメ
もなくなって、ミキの平和な日常が帰ってきたの。

 でも今度はセンセイ達が大騒ぎになったの。ミキは生徒指導室に呼び出されて、そのままお説教されちゃった。
センセイにはミキがグレちゃったみたいに見えたのかな。別にそんなつもりないのに。放課後にはパパとママ
まで来ちゃった。ふたりともミキのアタマを見てビックリしていたけど、すぐに何か悩み事でもあったのかって
心配してくれたの。パパもママも優しいからダイスキ。

 でもそうなるとちょっと困ったの。どう言ったらいいのかなって。正直にイジメられたからなんて
言っちゃったら、パパもママもすごく心配しちゃう。もしかしたら転校させられちゃうかもしれないの。ミキ
この学校好きだし友達とも離れ離れになりたくなかったから、転校はイヤだったの。イジメもなくなったし、
このままの生活を守りたかったの。

 だからミキ、なんとなく思いつきでセンセイとパパとママに言ったの。

「ミキ、将来アイドルになりたいの。アイドルになってキラキラしたいのっ!」

 って。芸能人だったら金髪でも問題ないよね。本気でアイドルになりたいワケじゃなかったけど、われながら
ナイスアイデアだと思った。結局髪を染めたことはうやむやになって、授業中居眠りが多い事を怒られて
終わったの。別に髪を染めてもミキはミキだし、いつも通り何も変わらなかったから大目に見てくれたみたい。
これでようやくミキの平和な暮らしが戻ってきたの。

 ……と思ってたら、またメンドくさいことになったの。

 ある日学校から帰って来ると、奈緒お姉ちゃんがアイドルオーディションのパンフレットをいっぱい持って
待ってたの。どうやらミキの言葉をすっかり信じちゃったお姉ちゃんが、ミキの為にわざわざ調べて集めて
くれたみたい。お姉ちゃんはミキのことを可愛がってくれるからミキもダイスキなんだけど、時々暴走しちゃう
困ったさんなの。

 でもせっかくお姉ちゃんがミキの為に集めてくれたんだし、あんまり気は進まないけどオーディションを
受けてみることにしたの。出来るだけ家から近くて、早く終わりそうなオーディションを選んで申し込んだ。
ちゃんとアイドルになるために頑張ってるってアピールもパパやセンセイにしなくちゃいけないし、
オーディションの実績のひとつくらいは必要かな。申し込んだオーディションはダンス中心だけど、ミキ運動は
得意だし自信もあるの!!

 そしてオーディション当日。もしかしたらグランプリとっちゃうかも~とか、そしたらますますアイドルに
向けて忙しくなるのかな~とか、でもそれもちょっと楽しそうかな~なんて考えながら、会場に入ったの。

「それではエントリーナンバー21番、星井美希さんお願いします」

「はいなの!」

 審査員のオジサン達が見ているステージに立つ。あは☆ なんだかホントにアイドルになったみたいなの。
気分も良いし、久しぶりに本気でダンスしちゃおっかな!





引用元: 美希「ホンキのミキを見せてあげる!! 」 

 

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4: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:03:55.48 ID:EzlW5vRR0


***


『それでは第○○回ダンスクイーンオーディショングランプリは……エントリーナンバー26番、我那覇響さん
 に決定しました!!』

 スポットライトを浴びて、ミキより背の低い女の子が黒いポニーテールを揺らしてトロフィーを受け取る。
そのコは笑顔で会場に手を振っていた。ちなみにミキは準グランプリ。おっかしいな、ミキ昨日は早く寝たし、
調子よかったんだけどな……

「お前すごいな!! 楽勝だと思ったのに結構ぎりぎりだったぞ。やっぱり東京はレベルが高いさ。自分達は
 今日からライバルだぞ!! 」

 オーディション終了後に、グランプリのガナハがミキに声をかけてきた。なんだかこのコ熱血っぽくて
疲れるの。ミキはもっとゆるーく暮らしたい主義だから、このコとは合わないかな。

「悪いけど、ミキもうオーディション受けるつもりないの。だからガナハとバトルすることももうないと
 思うよ。これからも頑張ってね」

「そうなのか?おまえくらい踊れたらダンサーでもアイドルでもなれるのに勿体ないぞ……って、おーい、
 ちょっと待つさーっ!! 」

 そのまま帰ろうとしたミキを、ガナハは追いかけてきた。どうやらメアドを交換したいみたいなの。

「いつでも連絡してきてくれ。自分沖縄から出て来たばかりだから、こっちの友達募集中さ」

 ひまわりみたいな笑顔でガナハは笑った。さっきライバルって言ってなかった?でも友達が増えるのは
良い事なの。熱血っぽいケド悪いコじゃなさそうだし、せめてヒビキって呼んであげようかな。ガナハでも
ヒビキでもあまり変わらない気もするけど。

 こうしてミキのアイドルへの第一歩は、準グランプリというビミョーな結果に終わった。こんなものかなと
思いつつも、なんだか面白くないの。もしまたオーディション受ける事になったら、次はもうちょっとだけ
頑張ってみようかな。




6: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:12:55.82 ID:EzlW5vRR0


***


その日の夜、ミキの準グランプリをお祝いしてママがごちそうを作ってくれた。お姉ちゃんも大喜びで、
ミキもちょっとだけ嬉しくなったの。

「次はグランプリ目指して頑張れよ美希!」

 ビールを飲んでご機嫌になったパパに言われた。その場ではテキトーに返事したけど、お布団に入ってから
また頭の中でぐるぐる考えたの。

「ミキ、本当にアイドルになりたいのかなあ……」

 パパもママもお姉ちゃんもすっかりその気になってるけど、ミキはまだイマイチそんな気分じゃない。確かに
響に負けたのは悔しかったけど、もし勝ってもそこからアイドルになろうって気になったかなあ。テレビで
見ているアイドルの子達はみんなキラキラしててカワイイなあって思うけどそれだけで、ミキは見てるだけで
十分なの。ミキが憧れるようなアイドルのコもいないしね。

「のどかわいちゃった」

 夜中のキッチンで牛乳を温めて、テレビを見ながらちびちび飲む。この時間はあんまり面白いのやってないね。

『さあ次は、今月デビューした新人アーティストの紹介だ!』

 だらだらチャンネルを回していると音楽番組が流れてた。イマイチな新人さん達をぼんやり見てたんだけど、
あるアイドルさんの歌声でミキの眠気は吹っ飛んだの。


『♪蒼い鳥 もし幸せ 近くにあっても♪』


 ミキとあまりトシの変わらない女の子が、とてもキレイな声でしっかり歌ってた。ほっそりしてて凛々しい、
長い髪をした美人さんだったけど、ミキにはそれ以上にそのコがとってもキラキラしてるように見えたの。

「スゴイ……これがアイドルなの……?」

 ほんの十秒くらいの映像だったけど、ミキはカミナリに撃たれたみたいにしばらく動けなかった。アイドルに
も色々いるんだろうけど、あんなコもいるんだ……ミキのアイドルへの想いはガラッと変わったの。

「……マジメにアイドル目指してみようかな」

 あのコみたいにキラキラしてみたい、あのコみたいなアイドルになって同じステージで一緒に歌って
みたいって、ミキはハッキリ思った。自分から何かしたいって思うのは久しぶりなの。

「あ、あのコの名前チェックするの忘れてた」

 画面に出てたけど、なんて読むのかよく分からなかった。ニョツキ?センソウ?ムツカシイ芸名つけないで
ほしいな!とりあえず『ニョッキさん』て呼ぶことにした。

「待っててねニョッキさん、ミキもすぐにそっちに行くからね!」

 テレビを消してお布団に戻る。でもコーフンしちゃってゼンゼン眠れなかったの。明日の朝ちゃんと
起きられるかなあ。寝坊したらニョッキさんのせいだからね!こうしてミキは、ちょっとだけマジメにアイドル
目指してみる気になったの。ホントにちょっとだけだけどね。


7: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:17:47.52 ID:EzlW5vRR0


***


 それからしばらくして、またミキの家の近くでオーディションがあったから、それに申し込んだ。今度は
ビジュアル重視のオーディションで、モデルさんなんかも受けるみたい。これならグランプリいけるかも!ミキ
プロポーションには自信あるもんね♪ 街でナンパされることもしょっちゅうあるんだから。でもまた響みたいな
強敵が来るかもしれない。だから今回はしっかり準備することにした。オーディション前の二週間はおやつも
おにぎりもガマンして、夜も10時には寝たの。それからお姉ちゃんに美容室に連れて行ってもらって、
ちゃんと髪を染めてパーマもあててみた。ミキ元々くせ毛だったんだけど、ますますふわふわになっちゃった。

 そしてオーディション当日。お姉ちゃんの勝負服を借りて、ミキは気合満タンで会場に入ったの。ミキを見た
他の参加者の女の子達はみんなビックリしていた。ふふん♪ どう?ミキカワイイでしょ。ミキも自分でビックリ
してるもん。モデルの歩き方とかポージングはちょっと間に合わなかったけど、でも今回はアイドルの
オーディションだからあまり重視されないみたい。だからモーマンタイなの!

 ミキはステージに飾ってあるティアラとトロフィーをロックオンする。見えるの、あのティアラをかぶって、
トロフィーを抱えてスポットライトを浴びているミキが。待っててねトロフィーくんにティアラちゃん、すぐに
ミキが迎えに行ってあげるからね!


***


『それでは大変お待たせしました!第○○回ビジュアルクイーンオーディショングランプリは……エントリー
 ナンバー19番、四条貴音さんに決定しました!』

 審査員さん達と会場のお客さんに丁寧に頭を下げて、ミキより背の高い銀色の髪の女の子が頭にティアラを
載せてもらっていた。くやしいけどスゴく似合ってたの。ちなみにミキはまた準グランプリ。今回はしっかり
準備してたから、前よりショックが大きかったの。でもあんなの勝てっこないよ。金髪のミキが言うのも
アレだけど、四条貴音は銀色の髪に紫色の目で、白人さんより色白で○○○○も○○もケタ違いなの。あのコ
ゼッタイ日本人じゃないの!

 主催者のオジサンが、ミキにも小さなトロフィーをくれた。ミキの隣では、グランプリの四条貴音がミキの
トロフィーの三倍くらい大きいやつをもらっていた。あんな大きいの持って帰れないの。ふんだ、ゼンゼン
うらやましくないもん。ミキのやつくらいが部屋に飾るのもちょうどいいし、カワイイもん。だからミキ、
ゼンゼンくやしくないもんね!


8: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:19:44.68 ID:EzlW5vRR0


***


「あ~っ!く~や~し~い~!こうなったらヤケ食いしてやるの!」

 オーディションも終わったし、今日くらいいいよね。ミキ元々好きなだけ食べてもあまり太らないし、デカい
パフェでも思いっきり食べてやるの!

「あ、ちょうどいいところにバケツパフェがあるの。あれにチャレンジしよっと!」

 駅前の喫茶店でバケツパフェを見つけて、ミキはルンルンで店に入った。女の子は甘いものならいくらでも
食べられるんだよ。


「おや。奇遇ですね星井美希」


「げ……」


 店に入ると、後ろからいきなり声をかけられたの。誰かと思ってふり向いたら、頭にティアラを載せたまま
の四条貴音が、バケツパフェを3つ並べて食べてた。そのまま回れ右して帰りたくなったけど、すぐに呼び
止められちゃった。

「お待ちください。折角ですし少しお話でもしませんか。ぱふぇも美味ですよ」

 正直食欲なくしたし話すこともないけど、ここで帰ったら逃げたみたいでイヤだったから、仕方なく座る
ことにしたの。

「何の用かな。ミキこれでも忙しいんだけど」

「ふふ、お時間はとらせません。すみません、紅茶をふたつ」

 ウェイターのお兄さんに注文して、四条貴音は口元を拭いた。あれ?いつの間にぜんぶ食べたの?さっきの
オーディションって大食い選手権だったっけ?とにかく相手のペースに引きずられてはダメ。このコは油断
ならないの。そのためにもミキがしなくちゃいけないことは……

「そのひとつに砂糖とミルクをたっぷり入れて。あま~くしてねお兄さん♪」

 ウインクもサービスしてあげる♪ウェイターのお兄さんは顔を赤くしてカウンターに帰って行った。
ふふん♪ どう?これで女子力はミキの勝ちなの。

 目の前では四条貴音がニコニコ笑ってる。いつまでその余裕が続くかな。さあ覚悟するの四条貴音、女の戦い
第二ラウンドスタートだよ!


9: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:23:29.64 ID:EzlW5vRR0


***


―765プロ事務所―


「う~ん、わからないわね……」

「ただ今戻りました~ うん?どうした律子?難しい顔してパソコン睨んで」

「お帰りなさいプロデューサー。いえ、今日行われたビジュアルクイーンコンテストの結果が出たんです
 けど……」

「お、もう来てるのか。どれどれ」

 事務所でオーディションのチェックをしていると、営業から戻って来たプロデューサーが私の横から
モニターを覗き込む。ち、ちょっと、近いですよ!!

「四条貴音?知らない名前だな。どこの事務所の子だ?」

「彼女はフリーです。ヨーロッパを中心にモデル活動をしている子ですから、日本ではそれほど知名度は高く
 ありませんね。有名ブランドの専属モデルの話を蹴ったとは聞いていましたが、まさか日本に来るとは
 思いませんでした」

 彼女のプロフィールは多くの謎に包まれているが、国籍上は日本人らしい。海外で高い評価を受けていた子
なのに、どうしていきなり日本のオーディションを受けたのだろうか。今後彼女が日本で活動するとなると、
アイドル事務所の間で彼女の激しい争奪戦が勃発するだろう。

「それから先月行われた、ダンスオーディションの入賞者リストなんですけど……」

「ああ、そっちは知ってるぞ。西日本のオーディション荒らし、我那覇響がついに東京に乗り込んで来た
 そうだな。営業に行くとどこもかしこもその話でもちきりだよ」

 私がモニターにアップする前に、プロデューサーが答えた。我那覇響の名前は業界でもそこそこ知れ渡って
いる。ただしダンサーとしてだが。しかし彼女は歌も上手で容姿にも恵まれており、何より県民性なのか
人懐っこい明るいキャラクターでアイドル業界も注目している。

「四条貴音に我那覇響。また凄い新人が殴り込みをかけてきたな。ひとりでもトップアイドルになれそうな
 逸材なのに、それが同時に2人も現れるなんて。こりゃしばらく業界が荒れそうだ」

 くわばらくわばら、とプロデューサーが手帳にメモを取る。しかし私が気にしているのは彼女達ではない。
我那覇響はいずれ東京に来ると予想していたし、四条貴音も海外での活動データを集める事は可能だ。
わからないのは3人目。全くのノーマークだったこの準グランプリだ。

「星井美希?誰だこの子。おおっ!? ダンスとビジュアルのコンテスト両方で準グランプリを獲ってるのか。
 こりゃすごい、アマチュアか?」

「いえ、アマでも地下でも候補生でもありません。彼女は高木社長のネットワークにもヒットしませんでした。
 代わりに愛鳥週間ポスター金賞、バードカービング金賞、日本野鳥の会主催の写真コンテスト金賞でこの名前
 が該当しましたけど」

 高木社長は長い年月をかけて独自のコネクションを築き上げ、日本はおろか海外でも活躍しているアイドルの
情報までプロアマ問わず網羅している。そのネットワークに引っかからないとなると、彼女は考えにくいが
全くの素人という事になる。

「鳥が好きなのかな。双眼鏡を首からぶら下げて、野鳥観察してそうな大人しい森ガールか?」

「いえ、オーディションに居合わせたスカウトマンの知り合いに聞いたんですけど、長い金髪をした、我の
 強そうな顔立ちの派手な子みたいですよ。少なくとも大人しい子ではないと思います」

 それに彼女のコンテスト受賞歴はそれだけではない。個人の受賞ではないが、昨年の全国中学生体育大会の
東京代表として、400メートルリレーの第一走者を務めている。リレーの結果は銀賞であったが、運動神経も
悪くはないようだ。


10: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:25:15.55 ID:EzlW5vRR0


「他にも3年前の関東のお手玉選手権や、4年前の小学生百人一首優勝者などでもこの星井美希という名前が
 該当しますね。出場している大会の開催場所や時系列を見ても、おそらく同一人物で間違いないでしょう。
 しかしどの大会も出場したのは一度きりで、翌年以降は出場していないみたいです。一種の大会マニア
 でしょうか」

「いや、鳥が好きみたいだが、それ以外は出場している大会やコンテストの傾向を見ても特にこだわりはない
 みたいだし、そんなに熱心に出場しているわけでもなさそうだな。おそらく彼女は気の向くままに、その時々
 の自分の気分に合った大会やコンテストに出場してるんだろう。我那覇響ではないが、こっちもある意味
 オーディション荒らしだな」

 プロデューサーが冷静に分析する。だとしたら非常にもったいない。星井美希はその有り余る才能を持て余し、
大会の難易度に関係なく手当たり次第出場して入賞をさらっている。そして他の出場者にとっては迷惑極まり
ない存在だ。リベンジに燃えようにも、次の大会にはいないのだ。そんな彼女がどうやらアイドル業界に
興味を持ったようだ。

「この業界はしつこいヤツが多いからなあ。少しでもアイドルの才能の片鱗をのぞかせようものなら、スカウト
 達はスッポンみたいにくっついて離れないぞ。ちょっと興味を持って出場してみただけが、この子もこのまま
 アイドルとしてデビューするかもな」

「ま、しばらくは様子見ですね。それにこの子にしろ我那覇響にしろ四条貴音にしろ、ウチよりもっと大きな
 事務所の所属になるでしょう。敵に回った時の対策は考えても、プロデュースの構想なんてするだけ
 ムダですね」

 この話はひとまずここまで。私はデスクの引き出しから極秘のファイルを取り出した。こっちはこっちで
忙しい。来月には社長に承認をもらって、このプロジェクトを始動させないと。

「例の企画か?どれどれ……」

「だ~め~で~すっ!! いくらプロデューサー殿でも、この企画の中身は見せられません~!! 」

 ファイルを覗き込もうとしたプロデューサーから、慌ててガードする。同じ事務所の仲間でも、この企画に
関してはライバルだ。

「ちぇっ、つまんねーの。でも俺もようやく千早のデビューにこぎつけたわけだし、これからどんどん
 売り込んでいかないとな」

「そうですよ。テレビ局総ざらいしてやっと深夜番組の15秒の曲紹介だけなんて、千早がかわいそうです。
 もっとガンガン攻めていかないと!! 」

「はは、手厳しいな。でも律子はユニットのプロデュースを考えてるんだろう?ソロで売り出すより大変だと
 思うが、大丈夫か?」

「心配いりません!! 私の企画は完璧ですから。うかうかしてると追い越しちゃいますよ~!! 」

 そう言ってふたりで笑う。765プロはまだまだ弱小事務所だが、いつまでも業界の片隅で小さくなっている
つもりはない。765プロの伝説は今から始まるのだ―――――


11: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:26:26.35 ID:EzlW5vRR0


***


―事務所外―


「……亜美、今のハナシ聞いた? 」

「うん、バッチリ……りっちゃんは亜美達にナイショでユニットを作ろうとしてるみたいだね……」

「つまりここらへんでレッスンガンバってりっちゃんにイイトコ見せとけば……? 」

「亜美達がユニットのメンバーに選ばれるかもしれないってコト……? 」

「キャッホーイ!! これはヤル気がマッハですなあ→!! 」

「長きに渡った姉妹対決に、ついに決着がつきそうですなあ→!! 」

「ふっふーん、勝負だぜ亜美!! 格の違いを見せてやる→!! 」

「望むところだぜ真美!! 姉だからってテカゲンしないぜ!! 」

「ふっふっふっ……」

「くっくっくっ……」


「……ふたりとも、どーして事務所の前であそんでるのー?」



12: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:28:31.15 ID:EzlW5vRR0


***


「はあ……」

 目の前の池に浮かぶカモ先生を眺めながら、ミキはため息をついた。四条貴音との第二ラウンドは引き分け、
かな。ミキ負けてないもん!! って言えるけど、そもそも勝負になってなかったかも。だって貴音、言ってること
がよく分からなくて会話にならなかったもん。あのコなんであんなにむずかしいしゃべり方するんだろう。


―回想―

「星井美希、どうして貴女はべすとをつくさないのですか」

 え?何?いきなり何言い出すの?

「なぜべすとを尽くさないのか」

 いや、繰り返さなくてもいいから。

「どんとこい!! 超常現「なんかハナシずれてない?」……失礼致しました」

 ベツにいいけどさ。

「つまり貴音は、今日のオーディションでミキがホンキじゃなかったって言いたいの?」

「はい。有り体に言えばそういうことです」

 カチン。このコミキの何を知ってるの?今日初めて会ったばかりなのに、そんな事言われる筋合いなんて
ないの。ミキだって今日のために、二週間ガンバったんだよ!!

「二週間程度で頑張ったなどとよく言えたものです。今回のおーでぃしょんの参加者の多くは、今日のために
 最低2ヶ月は準備をしておりますよ。ちなみにわたくしはいつでもおーでぃしょんに臨めるように、常に
 万全の準備をしております」

 バケツパフェ3杯も食べておいて説得力ないの。でも勝てばカングン?だっけ?敗者は意見出来ないの。

「貴女の敗因は、今回のおーでぃしょんの評価基準がもでるの要素に重きを置いている点を考慮しなかった
 ことです。主催側は採点基準に入れないとは言っておりましたが、真に受けたのは貴女だけだと思いますよ」

 うぐ……、それを言われると反論出来ないの。確かにミキもいいのかなって思ったケド、でも二週間じゃ
ダイエットが精一杯だったの。

「で、でもミキ準グランプリになったもん!! 貴音の言うホンキがよく分からないケド、準グランプリだって
 そう簡単にはなれないもん!! だからミキガンバったもん!! 」

 確かに他のコと比べてミキはホンキじゃなかったかもしれないけど、でもオーディションでは一所懸命やった
もん!! ちゃんと真剣に勝負したもん!!


13: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:30:52.21 ID:EzlW5vRR0


「では美希。貴女はその結果に満足してしますか?」


 貴音の雪女みたいな鋭い視線がミキに突き刺さる。ミキは何も言えなかった。満足しているハズがない。
ミキは今回グランプリになるつもりだった。でもなれなくてくやしかったもん。

「貴女はなまじ才能に恵まれているだけに、 普通の人より容易く人生を送ることが出来るでしょう。しかし
 その手持ちの才能だけに甘んじて精進しないようでは、いつまでも本当の幸せを手に入れることは
 出来ませんよ。それは貴女が一番よく分かっているでしょう」

 まるでミキの心を読んでるみたいに、貴音ははっきりと言い切った。ミキは悔しくてみじめな気持ちに
なって、ついついキツい言葉で言い返した。

「何なの?貴音はミキのお姉ちゃんになったつもりなの?ミキのお姉ちゃんはひとりでじゅうぶんなの。
 説教なんて聞きたくないな!! 」

 ミキがそう言うと貴音はまたニコニコ笑って、

「申し訳ございません。そのようなつもりではなかったのですが。ただ響も貴女の事を気にかけておりました
 ので、こうして一度話をしてみたかったのです。響の言った通り、貴女は素直な心を持った良い人ですね」

 響?何で響の名前が出てくるの?貴音の知り合いなの?

「親しい友人のひとりです。わたくしは貴女とも友誼を結びたいと思っておりますよ、星井美希」

「トモダチになりたいってこと?ちょっと考えさせて欲しいの……」

 さっきまでお説教された相手と、いきなり仲良くなんて出来ないの。ミキおかしくないよね?

「おや、すっかり警戒されてしまいましたね。ではお近付きの印に、貴女が本気になれる方法を教えて
 さしあげましょう」

「ホント!? どうやったらミキホンキになれるの!? 」

 貴音の言葉に、ミキは思わず反応しちゃった。ミキがずっと悩んでいた答えを貴音は知ってるの!?

「簡単な事ですよ。貴女が本気になるためにはまず……」

 人差し指を口に当てて、貴音が小さくウィンクしてこっそり教えてくれた。


「誰かの為に本気になることですよ―――――」


14: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:33:31.57 ID:EzlW5vRR0


***


「はあ……ワケわかんないの。もしかしてミキ、からかわれちゃったのかなあ。どうして自分より先に、誰かの
 為にホンキにならないといけないの?教えてカモ先生……」

 貴音と別れた後、いつもの公園でミキはカモ先生に相談していた。でもカモ先生もわかんないみたい。家に
帰ったら、お姉ちゃんに聞いてみよっと。

「さて、カモ先生も帰ったし、ミキも帰ろっと」

 気がつけば夕方だった。いつの間にか時間が過ぎてたの。準グランプリの小さなトロフィーを持って、ミキは
公園を出た。ちょっとちっちゃいけど、キミもちゃんと可愛がってあげるよトロフィーちゃん♪

「はあっ……、はあっ……、」

 公園の前の道路を歩いていると、前から小柄な女の子が走ってきたの。今日は買い物帰りかな。スーパーの
袋に野菜をいっぱい詰めて、猛ダッシュしてるの。

 ミキがカモ先生に会いに公園に行くようになってから、この公園の前でよく見る女の子がいる。多分中1
くらいかなあ。明るいくせ毛をふたつにまとめたハムスターみたいな子で、いつもいつもこの道を忙しそうに
走ってる。学校とか習い事とか買い物とか、とにかくその子は忙しいみたいなの。

「もっとゆっくり生きればいいのに。あれも一所懸命っていうのかな。ミキあんなしんどそうなのヤだな」

 でもあの子は毎日充実してるだろうなって、ちょっとうらやましかったりもする。だっていつ見ても
キラキラしてるんだもん。ミキもあんな風にキラキラしたいなあ。

「あれ?これって……」

 あの子が来た道を歩いていると、足下に見覚えのあるカエルのポシェットが落ちてた。確かあの子がいつも
首から提げてるやつだよね?

「お~い、……って、いないか」

 きっと急いでいたから落としたのに気付かなかったんだ。あの子の家は知らないし、またここを歩いていたら
会えるよね。ミキはトロフィーちゃんの先にポシェットを引っかけて、そのまま家に帰った。ポシェットの紐が
切れかけているから、ついでに直してあげようかな。ミキは出来ないから、お姉ちゃんにお願いするんだけど。



15: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:35:18.96 ID:EzlW5vRR0


***


 次の日の夕方、ミキが公園に行くと半べそをかきながら何かを探しているあの子がいた。ミキは後ろから
そっと近づいて、肩をぽんぽんとたたいた。

「はいこれ。あなたのでしょ?もうなくしちゃダメだよ」

「はわわ……、べろちょろ~~~~~!! ありがとうございます!! ずっと探してたんですぅ~~~~~!! 」

 へえ、べろちょろって言うんだ。カワイイ名前だね。よく似合ってるよ。

「じゃあね、気をつけて帰るんだよ」

 たまには良いこともしてみるものなの。ミキは鼻歌を歌いながら家に帰った。

「あ、あの……、待ってください!! 」

 すると後ろからべろちょろを持った女の子が追いかけてきた。ちょっと緊張してるみたい。

「よ……、よかったらうちにきませんか?お礼もしたいし……」

「いいよベツに。ミキそんなに大したことしてないし」

「そんなことありません!! 」

 ミキの言葉を、女の子は目一杯否定した。ミキ怒られたのかと思ってびっくりしちゃった。

「あ……、ごめんなさい……、でもべろちょろのひもも直していただいたみたいだし、ホントに大事なもの
 だったからちゃんとお礼がしたいっていうか……」

 ぼそぼそと女の子がしゃべる。弱気に見えて結構強引なの。こう言われるとミキも断りにくいじゃん。

「それに私、あなたと一度お話してみたいなって思ってたんです。きれいな人なのに、いつもひとりで公園の
 池のカモさんに話しかけてて、何してるのか気になってたっていうか」

 きれいな人って言われるのは嬉しいけど、微妙にぼっちの不思議ちゃん認定されてない?でも気になってた
のはミキも同じなの。

「あの……だめでしょうか……?」

 涙目プラス上目遣いがこんなに恐ろしい武器になるとは思わなかったの。ヤバい、このコかなりカワイイの。
最近響とか貴音とか、ミキが自信なくしちゃうような女の子ばかり出てきて困っちゃうの。

「わかった、わかったからそんな目で見ないでほしいの。今日はミキもヒマだし付き合ってあげる。でもミキ
 今お金ないから、あまり遠いところはダメだよ」

「だったらちょうどいいです!! わたしの家で一緒に晩ご飯を食べましょう!! 今日はもやし祭りの日ですし、
 きっと喜んでもらえると思います!! 」

 目をキラキラと輝かせて、女の子が元気よく言った。もやし祭り?何の儀式?

「じゃあべろちょろも戻ったし、さっそくおかいものにいきましょーっ!! 」

「お、お~、なの」

 こうしてミキは、いつも忙しそうな女の子と一緒にスーパーに行くことになった。

「あ、申し遅れました。わたし、高槻やよいって言います。よろしくおねがいします!! 」

 やよいかあ。確か三月だっけ。よく合ってる名前なの。

 ……あれ?二月って何だっけ?四月はうづきで、五月がさつきで。確か最近どこかで見たような―――――

「ま、いっか」

 ミキは考えるのやめて、前を元気に歩くやよいの後ろについていった。



16: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:36:40.26 ID:EzlW5vRR0


***


「ごちそーさまでした!!」

「「「「ごちそーさまでした!!」」」」

「ご、ごちそうさまでした、なの」

 やよいの家でもやしの鉄板焼を食べ終わった。最初に見た時はちょっとがっかりしちゃったけど、食べて
みたら意外とおいしかったの。秘伝のタレのおかげかな。帰るときにレシピを聞いておこう。

「はいっ、じゃあみんなかたづけるよ!長介はお皿運んで、かすみはお風呂わかして、こうぞう達はお布団
 しいてきて!」

「わかった!! 」「うん」「「おーっ!」」

 やよいの家に来た時から思っていたけど、 やよいの家事スキルはパないの。晩ご飯を作っているときも、
洗濯と赤ちゃんの面倒も同時に見ていたし、手が回らないところは弟達に指示を出してちゃんとする。ミキも
お手伝いしようと思ったけど、

「美希さんはお客さんですから、ゆっくりしていてくださ~い」

 って笑顔で断られた。結局やよいはあっという間に、晩ご飯の片づけを終わらせちゃった。

「食後のお茶です。美希さん、今日は来ていただいて本当にありがとうございました」

「ううん、でもやよいってスゴいんだね。一度にあんなにたくさんの事、ミキには出来ないの」

 ミキがそう言うとやよいは少し照れくさそうな顔をして、

「うちはお父さんもお母さんも働いていますから、もう慣れっこですよ。それに弟たちも助けてくれるし、
 どうってことないです」

 ミキもやよいみたいな家の子だったら、これくらい出来るようになるのかな。でもミキはお姉ちゃんに
甘えちゃうからあまり変わらないかも。1コしか違わないのに、やよいはミキよりとてもしっかりしてるの。

「それだけじゃねえんだぜ。やよい姉ちゃんはアイドルだってやってるんだからな!! 」

 ミキ達が話をしていると、一番上の弟が入ってきた。確か長介だっけ。なんでアンタが得意気なの。やよい
みたいなお姉ちゃんだったら自慢したくもなるだろうけど。でもこれまたびっくり。やよいがアイドルさん
だったなんて。

「こ、こら長介!! すみません急に……アイドルと言っても2ヶ月前にスカウトされたばかりで、家の事とか
 忙しくてあまり事務所に行けてないんですけど……」

 やよいはちょっと残念そうに話してくれた。そうなんだ。確かに学校にも行かないといけないし、小さい弟達
もいたらレッスンも厳しいかもしれないよね。


17: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:37:59.24 ID:EzlW5vRR0


「でも皆さんには申し訳ないんですけど、近いうちに辞めさせてもらおうと思ってるんです。アイドルの活動は
 楽しいし事務所の人達も優しくしてくれるんですけど、私のせいでみんなに迷惑かけちゃってるところも
 あるし……」

「え~!! そんなのもったいないじゃん姉ちゃん!! せっかくアイドルになれたのに、まだまだこれからじゃんか!!
 家のことなら俺に任せてくれればいいし、かすみ達だって姉ちゃんがテレビに出るの楽しみにしてるんだから
 やめんなよ!! 」

 やよいの言葉に長介が答える。やよいはそんな長介をまた叱っていたけど、でもミキも長介と同意見なの。

「長介はいいことを言ったの。ミキもやよいがアイドル辞めちゃうなんてもったいないって思うな」

「美希さん!? 」

「さすが美希さん!話がわかるぜ!」

 そんなのトーゼンなの。やよいみたいなカワイくてキラキラしているコがアイドルになれないなんて、世の中
の方がおかしいに決まってるの。

「でも今の状態だったら。どっちみちちゃんとお仕事も出来ないし……」

 やよいがうつむく。う~ん、問題はそこかあ。確かに主婦スキルMAXのやよいでも、体がふたつない限りは
アイドル活動も満足に出来ないよね。


 "誰かの為に本気になることですよ"


 ……あれ?もしかしてこれってそういうことなの?どこからか貴音の声がした気がした。その瞬間、ミキは
ビビビッとひらめいたの!!

「よ~し!! だったらミキがやよいのアイドル活動を手伝ってあげるの!! ミキに任せたら、やよいはすぐにでも
 トップアイドルになれるの!! 」

「「ええ~~~~~っ!?」」

 ミキの言葉に、やよいと長介が驚いた。 ふっふ~ん、ミキにフカノウなんてないの!! それにやよいみたいな
コのお手伝いだったら、ミキは喜んでやるよ!! 貴音の言ってることはまだよく分からないけど、ミキがやよいの
ためにホンキになってあげるね!!


18: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:40:04.26 ID:EzlW5vRR0


***


―翌日・高槻家―

「で、そのやよいって子をトップアイドルにするために自分と貴音が呼ばれたのか。いきなりメールが来たから
 びっくりしたぞ」

「ふふ、響の言った通りの方ですね。ですがまさかわたくし達まで巻き込まれるとは思いませんでした」

 次の日の夕方、やよいの家にミキと響と貴音が集合した。あれからどうやったらやよいのお手伝いを出来るか
シンケンに考えたんだけど、アイドルの素人のミキより、ギョーカイに詳しそうなふたりの力を借りた方が
良いと思ったの。で、来てもらったわけ。

「お願いふたりとも!! ふたりもやよいを見たらきっと助けたくなると思うの。やよいはとっても一所懸命で、
 とってもイイコで、とってもキラキラしてるんだよっ!! 」

「まあ今更断らないけどさ……」

 ちなみにやよいはまだ帰って来ていない。 学校終わりにレッスンがあるとかで、ちょっと遅くなるって連絡が
入った。だから長介達に言って先に上がらせてもらっている。で、その長介達はと言うと、

「スゲー、美希さん外人と友達だったんだ。 グローバルだな……」

「長介お兄ちゃん、やよいお姉ちゃんがいないのに勝手に家に入れてよかったのかな……」

「なんくるー!」「ないさー!」

 ふすまの隙間から遠巻きに見てる。確かに響も貴音もインパクト強いもんね。下の弟達は早くも響の沖縄弁を
面白がっているみたい。

「ふたつ条件があります」

 その時、畳に正座していた貴音がすっと背筋を伸ばしてミキに言った。響は協力的だけど、貴音はそうじゃ
ないのかな。

「いえ、協力するうえでの確認です。そのやよいという子は、ぷろのあいどる事務所に所属するあいどる候補生
 なのですよね?」

「そう言ってたよ。ゼンゼン有名じゃない小さい事務所みたいだけど」

 確か765プロだっけ?聞いたこともない名前なの。オーディションの時にもらったスカウトさん達の名刺の
中にもそんな名前なかったし。


19: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:41:45.72 ID:EzlW5vRR0


「765プロ?自分も聞いたこと無いな。あれ?でも確かこの間オーディションで会った誰かがそんな名前の
 事務所だったような……」

 響は知ってるみたいだけど、それでもあまり有名じゃないみたいなの。

「でしたらわたくしと響の素性は隠しておいた方が良いでしょう。事務所の中には外部のあいどるの介入を
 嫌う所もあります。わたくしも響も厳密にはまだあいどるではありませんが、近しい業界では名前が
 知れ渡っておりますので」

 ふ~ん、そういうものなの?ま、別にいいけど。

「それにわたくし達は、まだ東京に来たばかりで新たな所属先を探している最中です。そのような段階で
 特定の事務所のあいどると接していることが知れれば、今後他の事務所の勧誘を受けにくくなりますし、
 わたくし達も行きにくくなりますゆえ」

 だったら765プロに入っちゃえば?あんた達だったらどこでも選びたい放題なんでしょ?

「と、とんでもないぞ!! 自分はビッグになるために東京に出てきたんだから、有名な事務所に入りたいぞ!!
 沖縄のみんなの期待にも答えないといけないしな!! 」

 これには響が反対した。そっか、ミキにはピンとこないけど、ふたりともこの業界で生きていくって
もう決めているんだね。だったらミキは言うことを聞くしかないの。

「じゃあ念のために偽名でも考えよっか。 貴音はなんだかハクチョウっぽいからシラトリさんね。 やよいの
 前では『シラトリタカコ』さんってことで」

「ふふ、美しい名前ですね。ではこの家では、わたくしの事は貴子とお呼び下さい」

 ミキの提案に、貴音は嬉しそうに賛成してくれた。そうでしょ?ミキもなかなかいいセンスしてると
思ったもん。

「じゃあ響は……」

「お、自分にも考えてくれるのか?出来れば沖縄っぽい名前がいいな!! 」

 それじゃあ意味ないの。ただでさえ沖縄っぽいカッコしてるのに。でも沖縄っぽい名前ね。 だったら……

「ノグチさん。『ノグチキョウコ』さんに決定なの!! 」

「どこが沖縄っぽいさ!? 」

 あれ?沖縄の県鳥のノグチゲラから取ったんだけど、気に入らなかった?

「そんな沖縄県民でも知らなさそうなマイナーな鳥より、もっと有名なヤンバルクイナとかさ……」

 ヤンバルキョウコ?そんなのすぐに沖縄人ってバレちゃうの。キャッカね。

「よいではありませんか響。貴女は今日から野口響子です。沖縄を代表する鳥の名に恥じぬよう、貴女も
 精進するのですよ」

 貴音の言葉に、響は「わかったぞ……」ってしぶしぶ納得した。だんだんふたりの関係がわかってきたの。

「それからもうひとつ。こちらが本題です。美希、わたくしは貴女にもやよいと同じ稽古をつけます。やよい
 だけではなく、この際貴女にも本気でとっぷあいどるを目指してもらいましょう」

「へ?ミキもレッスン受けるの?でもそれじゃあ誰かの為に頑張ってることにならなくない?」

 そりゃあミキも協力はするけど、これは予想外なの。


20: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:42:37.57 ID:EzlW5vRR0


「ひとりでは成し得ない目標でも、共に頑張る仲間がいれば達成することもあるのです。 貴女には自分の為だけ
 ではなく、やよいの為にも頑張ってもらいましょう。責任重大ですよ」

「それは面白そうだな。ビシバシしごいてやるぞ!! 」

 貴音と響がワルい笑顔をミキに向ける。上等なの。オーディションでちょっと勝ったくらいでナメないで
欲しいな。ふたりまとめて相手してやるの。

「遅くなりましたぁ~!! 美希さんもう来てますかぁ~?」

 話がまとまったところで、やよいが帰ってきた。

「それじゃはじめよっか。準備はいい?タカコ、キョウコ?」

「いつでも」「どんとこい!! 」

 玄関をぱたぱたと走ってくるやよいを、ミキ達は笑顔で出迎えた。


21: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:44:45.65 ID:EzlW5vRR0


***


 ♪I READY I'M READY!! 歌を歌おう♪

 ♪ひとつひとつ笑顔と涙が 夢になるエンターテイメント♪


 貴音と響…じゃなくてタカコとキョウコを紹介した後、まずはやよいにパフォーマンスを見せてもらうことに
したの。今、ミキ達の前ではラジカセの曲をBGMにしてやよいが踊っている。やっぱりちゃんと事務所に
入ってレッスン受けてる子はカタチが出来てるというか、しっかりしてるんだね。ミキも勉強になるの。

「はぁ、はぁ……、どうでしょうかぁ?」

「スゴいのやよい!! カッコよかったし、とってもカワイかったよ!! 」

 パフォーマンスの終わったやよいに、ミキはタオルとお水を渡した。ミキもガンバらないと!!

「ふむ……、これは……」

「う~ん、どうしたらいいかな……」

 でもミキ達の後ろでは、貴音と響が難しいカオをして悩んでいた。何?何かダメだったの?

「いえ、その逆です。やや鍛錬が不足している面は感じられますが、おさえるべき所はしっかりおさえていると
 いいますか……」

「わかりやすく言えば、じぶ、私達が教える事は特にないし、逆に教えたらダメな気がするんだ」

 ふたりのハナシでは、やよいはしっかりきっちり事務所からレッスンを受けているみたいで、時間はかかる
かもしれないけど、今のままでもちゃんとしたアイドルになれるらしいの。

「やよい、貴女は事務所に大切にされているようですね。満足に稽古が受けられなくて悩んでいるそうですが、
 貴女の事務所が貴女を見捨てることはないでしょう」

「良い事務所に入ったんだね。デビューまでちょっと時間はかかるかもしれないけど、しっかり続ければ
 きっと立派なアイドルになれるぞ!!…なれるよ!! 」

「は、はい!事務所のみんなもやさしくしてくれるし、プロデューサーも社長さんも私に合わせてスケジュール
 を組んでくれるし、とって感謝してます!」

 やよいは嬉しそうなカオをした。ミキもそれは思った。やよいのパフォーマンスを見て、ミキちょっと感動
しちゃったもん。

「でも、だからこそ私も事務所の一員としてみんなの役に立ちたいんです。大事にされているままじゃなくて、
 私もみんなをサポートできるようになりたいんです!」

 やよいはミキ達の目を見てはっきりと言った。貴音も響も今のままで問題ないって言ってるのに、やよいは
イヤみたい。大家族のおねえちゃんだからかな。やよいは事務所でもしっかりおねえちゃんしたいみたいなの。


22: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:46:32.46 ID:EzlW5vRR0


「その決意、何か理由があるのですか。近いうちに大事なおーでぃしょんやこんてすとに参加するのでは」

 貴音がそう言うと、やよいは少しもじもじしてから、

「実は、来月にうちの事務所でユニットを作るみたいなんです。今はまだそのメンバーを選んでいるみたい
 なんですけど、私も選ばれてみたいな~って……」

 って言った。なるほどね、でも今のやよいの状態じゃユニットもしっかり活動出来ないんじゃないの?
実力があっても選ばれるのはキビシイんじゃないかな。

「いや、そうとも言えないぞ。やよいをユニットとしてデビューさせて利益が出るって事務所が判断したら、
 やよいの家族にもお金が支払われるとか援助があるかもしれないさ…よ。業界じゃよくある話さ」

 ヘンな標準語で響が教えてくれた。スゴいね芸能界。ここは日本だけど、アメリカンドリームも夢じゃないの。

「来月までおよそ三週間ですか。かしこまりました。ではゆにっとのめんばーに選ばれることを目標にして、
 わたくし達は貴女を指導致しましょう。やや厳しい内容になるかもしれませんが、よいですか」

「は、はいっ!よろしくおねがいします!! 」

 両手を後ろにぐいーんとあげて、やよいが頭を下げた。よ~し、ミキもガンバルの!!

「あれ?でもさっきやよいに教えることは何もないって言ってなかった?逆に教えちゃダメになっちゃうって」

 ミキが首をかしげると貴音と響はニヤリと笑って、

「わたくしもそのつもりでしたが、やよいのひたむきさに心変わりをしてしまいました。特別にもでるの奥義を
 伝授致しましょう」

「じぶ、私もやよいに協力してあげるよ!やよいの持ち味はそのままにして、今よりもっとパワーアップさせて
あげる。やよいならカッコいいダンサーになれるよ!」

 ゼンゼン心配してなかったけど、やっぱりやよいはみんなに好かれるんだね。ミキもやよいのこと
ダイスキだもん。

「ではさっそく始めましょうか。美希、貴女も準備は良いですね」

「いつでもOKだよ!! モデルでもダンスでもカラテでも何でもこいなの!! 」

 ミキがそう言うと、貴音はちょっとびっくりしたカオをした。どしたの?ミキなんかヘンな事言った?

「よくわかりましたね。今からわたくしが教える事は空手ではありませんが、大陸の拳法の練習です。
 それでは準備をしましょうか」

「たいりく?ですかぁ?」

 やよいがハテナいっぱいに聞いた。ミキもワケわかんないの。大陸って中国だよね?やよいもミキも
ブルース・リーみたいなマッチョさんになっちゃうの?


24: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:52:17.85 ID:EzlW5vRR0


***


―765プロ事務所―

「……というわけで、来月に『竜宮小町』プロジェクトをスタートさせるから、あんたにはこのユニットの
 リーダーをやって欲しいの。出来るわよね?」

「当然じゃない。この私を誰だと思ってるのよ。亜美とあずさくらい余裕で従わせてあげるわ」

「いや、ユニットっていうのはそういうのじゃないんだけど……」

 事務所の会議室に伊織を呼び出して、私は彼女だけにプロジェクトの概要を説明する。私が考えている
ユニットの構想は、伊織がリーダーで牽引役なのだ。だから彼女だけには事前に話す必要があった。そして
向上心の強い伊織は、こちらの予想通り快く引き受けてくれた。

「ところで律子、この話はまだ誰にも言ってないわよね?」

「ええ、そうだけど。アイドルの子達の中ではあんたが最初よ」

 話を終えたところで、伊織が突然不思議なことを訊いてきた。

「最近亜美と真美の様子がおかしいのよ。妙に張り切ってるというか、私や他のみんなにも闘争心むき出しで
 レッスンしてるというか。もしかしてバレてるんじゃないの?」

「そうなの?あの子達、私のファイルをこっそり覗いたのかしら。でもユニットのメンバーの名前までは書いて
 ないし、誰が選ばれたかまでは知られてないと思うけど……」

「それが逆に勘違いさせてるんじゃないかしら。まだメンバーは未定で、これからの頑張りで自分達にも
 チャンスが来るかもしれないと考えているとか」

 確かにその可能性はあるわね。今後は情報の取り扱いには注意しないと。

「それだったらそれで構わないわ。少なくとも亜美はメンバーなわけだし、勘違いさせておけばあの子達も
 少しは真面目にレッスンに取り組むでしょう。でも一応まだこの話は他の子には内緒にしておいてね」

「あんたもなかなかえげつないわね。でもわかったわ。どうせ来月には分かることなんだし、黙っとくわよ。
 ちゃんとこのスーパーアイドル伊織ちゃんが活躍できるように準備しなさいよね!! 」

「はいはいわかってるわよ。あんたもこれから忙しくなるんだから、しっかりレッスンしときなさいよ」

 伊織を送り出して、私は自分のデスクについた。情報が漏れたかもしれないのはちょっとしたイレギュラー
だったけど、他の子達を出し抜こうとしているのか亜美も真美も言いふらしてはいないようだ。だったら無用な
混乱も起こらないだろう。うん、問題なし。さて伊織の返事ももらったし、プロジェクトの最終調整を
しましょうか―――



25: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:54:40.86 ID:EzlW5vRR0


***


 それから3日後。やよいの事務所のレッスンが終わって家に帰ってくる時間にミキ達は集まって、貴音の
特別レッスンを受けていた。で、今日が3回目なんだけど……

「それでは準備も整いましたし、始めましょうか」

「はいっ、よろしくおねがいします!」

 いつも通りのポーカーフェイスの貴音とゲンキいっぱいのやよい。でもミキはそろそろウンザリしていた。

「……タカコ、ちょっと質問があるんだけど」

「何ですか美希。やよいはもう準備出来てますよ。貴女も早くしなさい」

 何でもないように涼しいカオして言う貴音に、さすがのミキもイラっときちゃった。

「そろそろセツメイしてほしいの!! 3日連続でこんなことして何になるの!? 」

 ミキは頭の上のコップを地面にたたきつけようとして……あ、これやよいの家のコップだった……そぉ~っと
縁側に置いて貴音に怒った。アタマの上と両手に水の入ったコップを載せて1時間ずっと立ってるだけなんて、
いい加減やってられないの!!

「おや、お気に召しませんか。これは古より伝わる歴とした特訓なのですが。家でもしっかり練習していますか?」

 やってるよ!! それでお姉ちゃんに見られて、今日の朝病院に連れていかれそうになったの!! パパもママ
もシンパイしてるし、学校でイジメられても泣かなかったミキが泣きそうになったよ!!

「は、はわわ……美希さんおちついてください~……」

 アタマと両手にコップを載せたやよいが止めに入る。やよいもそろそろキレていいと思うな。こんなので
トップアイドルになれるわけないの!!

「タカコはミキとやよいをどうするつもりなの!? この特訓をしたらどうなるか、きっちりセツメイして
 もらわないとミキ今日はやらないもん!! 」

 ぷいっと首を横に向けて、ミキは不機嫌のポーズを取った。これはやよいのためでもあるの。やよいは何の
疑いも持たずにマジメにやってるケド、それで効果がなかったらかわいそうなの。

「はて、困りましたね。これは体の軸を意識して、体幹とばらんす感覚を鍛える大陸の拳法の特訓なのですが、
 その効果を説明するのはやや骨が折れます」

「そんなあいまいな言葉じゃナットクできないの。だいたいなんでモデルの特訓じゃなくて拳法の特訓なの?
 やよいには時間がないのに、そんな遠回り出来ないの」

 ミキがそう言うと、貴音は指をあごにあててちょっとだけ考えて、庭のすみっこに置いてあったやよいの
弟の三輪車を持ってきた。どうするのそれ?まさか漕がないよね?それはそれで面白そうだけど。



26: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:56:57.95 ID:EzlW5vRR0


「それでは実演してみせましょう。やよい、少しこの三輪車をお借りしてもよろしいでしょうか」

「え、それは私じゃなくてこうぞう達のだから、こわさなかったらいいですけど……」

「ありがとうございます。では美希、お手数ですが雨戸を閉めてもらえませんか。やよいの弟達に見られる
 わけにはいけませんので」

 ベツに勝手に三輪車に乗ったくらいで、やよいの弟も怒らないと思うけどなあ。でも貴音がシンケンなカオ
して言うから、ミキは言われた通りに雨戸を閉めた。それを見てから、貴音はにっこり笑った。

「ありがとうございました。では美希、今から特訓の効果をお見せしましょう。ただし、今からわたくしが行う
 ことはここにいる三人だけの秘密。他言無用ですよ。やよいもよろしいですね?」

「は、はいっ…… でもいったい、なにするんですかあ?」

 貴音のフンイキにちょっと怖がるやよい。ミキも今から何が始まるのか、まったく分からないの。

「では始めます」

 貴音はそう言って、靴を脱ぐとスカートをちょいとつまんで静かに足を上げて、三輪車に乗った。



 ―――――三輪車のハンドルのはしっこに



「え?え?えぇ~~~~~っ!?!?!?!? 」

 やよいが目を白黒させてびっくりしてる。ミキも目の前の光景が信じられなくて、言葉が出ないの。

「身体の軸を意識して、重心を操ることが出来るようになればこれくらいのこと造作もありません。ただし、
 この域に到達するには十年はかかりますので、今回は貴女方にここまでは求めません。危険ですので真似を
 してはいけませんよ」

 ハンドルのはしっこに立ったまま、貴音はにこにこしてる。マネなんて出来るわけないの。ていうか何で
倒れないの?昔、軍鶏ってマンガでこんなシーンがあったっけ。老師が水の入った大きな器の縁に立つの。
てっきりファンタジーだと思ってたのに、ホントに出来るヒトがいたんだ……

「この特訓を行う理由ですが、これは後の響子の特訓の準備でもあります。響子のだんすは身体の軸をわざと
 ずらして動作を大きく見せるものなので、基礎が出来てないと型が崩れてしまいます。それに身体のばらんす
 が取れていると、もでるの特訓などせずともどんな姿勢も様になるものですよ」

 貴音は静かに三輪車のハンドルから降りると、靴を履きなおして三輪車を片づけた。いつもオーディションの
ための準備をしてると言うのはウソじゃないみたいなの。



27: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 21:58:24.77 ID:EzlW5vRR0


「ご理解して戴けたでしょうか。貴女の仰る通り、わたくし達には時間がありません。ですから省略出来る
 ところは省略して、最短で最大の効果が見込める鍛錬を行います。異論もあると思いますが、まずはわたくし
 を信じて頂けないでしょうか」

「すごいです白鳥さん!わたしも白鳥さんみたいになれるようにがんばります!」

 おおはしゃぎのやよいを見て、ミキもマジメにやることにしたの。まだちょっと納得出来ないケド、やよいが
その気になってるんだからジャマしちゃ悪いよね。

「ふふ、その意気です。幸いにも、やよいも美希もわたくしの予想以上に上達が早いです。明日からは少しづつ
 響子の特訓も始めましょう。美希、貴女も真摯に取り組まないとやよいに置いていかれてしまいますよ」

「わわ、わかったの!! それに今日までだったらミキもがんばる!! 」

 ミキもあわてて水の入ったコップをアタマに載せる。やよいは友達だけど、アイドルのライバルでもあるの。
熱血はキライだケド、ミキ負けず嫌いなんだよ。

「なんでもう雨戸がしまってるんだよ……お~いねえちゃん達~、キョウコさんがもうすぐご飯出来るって
 いってるぞ~!」

 ガラガラ、っと雨戸をあけて、長介がミキ達を呼んだ。もうそんな時間なんだ。じゃあ一旦休憩だね。ミキと
やよいはコップをそっと下ろして、貴音と一緒に家の中に入った。


28: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 22:00:20.84 ID:EzlW5vRR0


***


「おまたせ!今日はもやしチャンプルーだよ!沢山あるからどんどん食べてね!」

「「「「「いっただっきまーす!!」」」」」

「戴きます」「いただきます、なの」

 だんだん標準語が板に付いてきた響に誘われて、ミキと貴音もやよい達と一緒に晩ご飯をごちそうになる。
ミキ達が特訓している間は、響がやよいの家の家事をしてくれてるの。やよいほどじゃないけど、響も
家事スキルがなかなか高いの。

「ウチも家族が多かったからね。なんだかやよいの家にいると懐かしいさ…懐かしいよ」

 やよいの弟達は夢中で食べている。確かにとっても美味しいの。やよいのもやし祭りといい勝負出来るよ。

「すみません野口さん。晩ご飯まで作ってもらって……」

「それは別にいいけど、出来れば響子って呼んでくれないかな……このままじゃじぶ、私のアイデンティティが
 なくなっちゃいそうだよ……」

「?」

 やよいは落ち込む響を不思議そうに見ながら、「じゃあ響子さんで」とか言ってた。野口さんも十分沖縄っぽい
と思うけどなあ。

「あ、そうだタカコ。例の件なんだけど……」

 ふと何か思い出したように、響が貴音に声をかけた。

「おや、もう見つけましたか。流石響子、仕事が早いですね」

「ふふん♪ 私は完璧だからね!で、ちょっとレベル高いけどこれなんてどうかな」

 響は自分のかばんから何かの用紙を取り出して、それを貴音に渡した。貴音はじっくりと目を通すと、
「悪くないでしょう」って言った。

「何?ふたりして何のわるだくみをしてるの?」

 ミキは気になったから貴音に聞いてみた。
 
「企みなどと失礼な。むしろ良い知らせですよ、美希」

 貴音は楽しそうに笑った。その笑顔はゼッタイろくなことじゃないの。



29: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 22:02:32.13 ID:EzlW5vRR0


「やよいの目標はゆにっとのめんばーに選ばれることですが、貴女には具体的な目標がありませんでしたので
 響子と考えていたのですよ。そして何かおーでぃしょんに出場してはどうかという結論に至りまして」

 ミキは貴音から用紙を受け取る。そこには『ルーキーズオーディション』って書いてあった。

「え!? 美希さんこのオーディションに出るんですか!? すごいです~!! 」

 ミキの隣から、用紙をのぞきこんだやよいがびっくりした。やよいはこのオーディションのこと知ってるの?

「はいっ!これは新人アイドルのとーりゅーもんです!新人さんしか出場出来ないけど毎年レベルが高くて、
 このオーディションで優勝したらそのままデビューするのも夢じゃありません!」

 そんなスゴいオーディションなの?ミキみたいなのが出ても大丈夫なのかなあ。

「なんくるないさ!オーディションまでまだ一ヶ月もあるし、美希だったら優勝するのも夢じゃないよ!私と
 タカコがみっちり鍛えてあげる!」

 どんっ、と胸をたたいて自信満々の響。どうでもいいけどそれ標準語じゃないよ。あんた達は出ないの?

「わたくしと響子は今回は見送らせて頂きます。響子は次のだんすおーでぃしょんに向けた特訓があるよう
 ですし、わたくしも自分のいめーじと少々合いませんので」

 ふ~ん、ふたりともイロイロ考えてるんだね。やよいは出ないの?一緒に行こうよ。

「ご、ごめんなさい!その日は事務所のお仕事が入っていて、応援にも行けそうにありません……それにもし
 出場できたとしても、千早さんレベルの人が出たら私なんかぜんぜんかないませんよ~……」

「ちはやさん?やよいの事務所のアイドルさんなの?」

 そういえばやよいの他にも、765プロには何人か所属アイドルがいるんだっけ?

「はいっ!とっても歌の上手な人で、前回のルーキーズオーディションで優勝した事務所の先輩です。私に
 とっても優しくしてくれて、いつも歌のレッスンをつけてくれるんです」

 ふ~ん、ニョッキさんとどっちが上手なのかな。でもやよいの歌が上手なのは、そのちはやさんって人の
おかげなんだね。



30: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 22:05:09.40 ID:EzlW5vRR0


「響はだんす専門で、わたくしはもでる活動を得意としていますから歌の特訓は出来ませんでしたが、どうやら
 心配はないみたいですね。わたくし達の特訓もありますが、事務所のれっすんもしっかり受けるのですよ」

「はい!白鳥さん、響子さん、これからもよろしくおねがいします!」

 お茶碗とお箸を手に持ったまま、元気に頭を下げるやよい。ぶ~、ミキにもお願いしてほしいな。

「でもちょっとザンネンかな。やよいが一緒に出てくれたら、ミキもホンキで頑張れそうなんだケドな~」

「そ、そんなこと言われても……それに美希さんと勝負するなんて、私にはできませんよ~……」

 すっかり困っちゃったやよい。そういえばそっか。同じオーディションに出たら、やよいと勝負しなくちゃ
いけないんだ。ミキもちょっと気まずいなあ。

「やよい、美希。親しい間柄だからこそ、全力で勝負するのですよ。互いに真剣にぶつかることで、より心が
 通じ合うこともあるのです。かつてわたくしと響子もそうでした」

「あはは、そういえばそうだったね。今はダンサーとモデルのオーディションでぶつからないけど、駆け出し
 の頃は、こういう総合的なオーディションでよくタカコと対決したよ」

 へえ、そんな過去があったんだ。でもミキもオーディションに出場しなかったらふたりと知り合うことも
なかったし、そういう事もあるのかな。

「わたくしと響はこれから同じあいどるとして活動する予定ですが、所属事務所は別になると思います。
 目指すアイドルの方向性が大きく異なりますので。ですがもしおーでぃしょんで響と戦うことに
 なっても、わたくしは手加減などしませんよ。それが響に対する礼儀です」

「へへ、それは私も同じだよ。手加減なんてしたらそれこそ怒るよ。実力をよく知ってる貴音だからこそ、
 本気で勝負しないとね!! そしたら勝っても負けてもまた仲良く出来るぞ!! 」

 ふたりは笑顔なんだけど、視線の間では火花が飛び散ってる。ふたりは親友だけどライバルなんだね。
なんかいいなあ、そういうのって。



31: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/26(金) 22:07:09.43 ID:EzlW5vRR0


「やよい、これからミキとやよいがアイドルになって、もしオーディションとかで勝負することになったら、
 その時はホンキでやろうね。ミキ手加減しないよ」

 やよいはむずかしいカオしてちょっと考えてたけど、何か決心したみたいに顔を上げると、

「わかりました!私も美希さんとなら勝負しても仲良くできそうです。でも今は応援させてください。
 オーディションの優勝目指してがんばって下さいね!」

 いつもの笑顔でやよいは言った。そうこなくっちゃ。貴音と響に負けないくらい、ミキもやよいと仲良く
なるの!それに応援するのはミキも同じだよ。ユニットのメンバーに選ばれるように、やよいもガンバってね。

「おかわり!」「「おかわりー」」

「はいはいちょっと待ってね。ささ、美希もやよいもどんどん食べるさ!でもタカコはちょっと加減して
 ほしいな。みんなの分がなくなっちゃうよ」

「そんな……なんと無慈悲な……」

 こうしてみんなでわいわい騒ぎながら、楽しい晩ご飯タイムは過ぎていった。なんだかわくわくしてきたの。
ミキもやよいも、いつかステージの上でキラキラするの!




37: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:17:08.74 ID:tBDxBk1W0


***


-765プロ事務所-

「律子、ちょっといいかしら」

「あら千早、久しぶりじゃない。やよいなら元気よ」

「私まだ何も言ってないんだけど……」

 デスクで竜宮小町プロジェクトをまとめていると、千早が声をかけてきた。デビューしたての彼女は
プロデューサーと営業に出ずっぱりで、事務所に顔を出すのは二週間ぶりだ。どうやら今日はオフらしい。

「やよいのことじゃないの?何か営業で困ったことでもあった?」

「いえ、高槻さんのことなんだけど」

 やっぱりやよいのことじゃない。ここしばらくやよいに会えない状況が続いているから、千早は気になって
仕方がないのね。そういえば私もしばらく見てないわね。普段のレッスンはトレーナーの先生に任せていて、
私が遅れてスタジオに行く頃にはあの子は帰ってしまっているから。でもしっかりレッスンを受けているって
聞いてるけど。

「さっきスタジオを覗いてみたんだけど、高槻さん何か雰囲気が変わったというか、前よりダンスやポーズが
 とても上手になってたんだけど、何か特別なレッスンでもやらせているの?」

 そうなの?確かにトレーナーの先生の話では、最近のやよいはいつもより張り切ってレッスンを受けて
いるみたいだけど。でもあの子はいつもそんな感じだし気のせいじゃない?




38: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:24:13.88 ID:tBDxBk1W0


「ただいま~。あれ?千早久しぶりじゃん。今日は休み?」

 私達が話をしていると、ダンスレッスンを終えた真が事務所に戻ってきた。スケジュールを見ると、真は
さっきまでやよいと一緒にレッスン受けてたみたいね。ちょうどいいわ、確認してみましょう。千早も同じ事を
考えたみたいで、真に質問する。

「真、ちょっと聞きたいことがあるのだけど」

「やよいのこと?最近すごいね。イッキにレベルアップした感じだよ!! 」

 千早より先に真は答えた。どうやらやよいに何かしらの変化が起きているらしい。

「詳しく教えてくれない?どうレベルアップしたのかしら」

 私も確認する。やよいはプロデューサー殿の担当だから私が気にかけることはないんだけど、
プロデューサー殿も千早の売り込みで忙しいだろうし、後で報告してあげましょう。

「ボーカルはよく分からないけど、ダンスがかなり上達したね。身体の動かし方がダイナミックになって、
 小さいやよいが何倍も大きく見えるよ。ダンスのコツを掴んだのかな、ボクも抜かれるかもしれないって
 ヒヤっとしたよ」

 そんなに凄いの?家で自主練でもしてるのかしら。

「あのダンスは西の方で流行ってるやつだね。我那覇響が広めたやつで、あっちの子はみんな最近あんなダンス
 をするんだけど、やよいも影響を受けてるのかな。確かに小柄なやよいには効果的だけど、それでも短期間で
 ものにするのは難しいと思うけど」

「我那覇響?有名な人なの?」

 千早が真に訊く。すると真は胸を張って、

「そりゃあもう!! 西のダンサーではトップクラスの子だよ。ダンサー業界では『東の菊池真、西の我那覇響』
 って言われているくらいなんだから!! 」

 千早が歌以外に疎いからって、いい加減なことを吹き込むんじゃないわよ。そんなの聞いたことないわ。
でもダンスに自信のある真にここまで言わせるなんて、どうやらやよいがスキルアップした事は間違いない
みたいね。どこか時間を作って、実際に確認しないと。




39: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:27:56.40 ID:tBDxBk1W0


「律子、これは高槻さんの危機よ」

 私がスケジュール帳を取りだそうとすると、突然千早が訳の分からないことを言い出した。あ、やばい、
いつものスイッチが入っちゃったみたい。

「きっと高槻さんはだぶだぶの服を着た、ジャラジャラした金アクセを身に付けたヤンキーヒップホッパーに
 絡まれて深夜の駅前で無理矢理ダンスをさせられているに違いないわ。このままでは高槻さんが商店街の
 シャッターにスプレーで落書きしてしまうような反社会的活動に……」

「千早ってダンサーに偏見持ってない? 確かにジャンルによってはそんな人達もいるけど、みんながみんな
 そんなんじゃないよ。失礼しちゃうな」

 真がぷんぷん怒る。私もそう思うわ。今の話のどこをどう曲解したらそんな発想に至るのかしら。それに
そんなステレオタイプな人種、池袋や渋谷でもとっくに絶滅したわよ。

「とにかく、その我那覇さんの素性を含めて調査する必要があるわ。明日からの予定を全部キャンセルして、
 私が高槻さんを守らないと。私には歌と高槻さんしかないんだから……」

 どうして千早は普段は冷静沈着なのに、やよいの事になるとこんなに暴走しちゃうのかしら。それに
さりげなく人生賭けてるものにやよいを追加してるんじゃないわよ。仲間思いなのは良いことだけど、
あんたのは何か違うわ。

「あんたデビューしたばかりでしょうが。今が大事な時期なのに、そんなことしたらプロデューサーが泣く
 わよ。それに事務所の意見として、私も認めるわけにはいかないわよ」

「私は全然アリだと思います!! 」

 向かいのデスクから、妄想超特急の音無さんが元気に意見する。あなたは黙っていて下さい。ていうか
仕事して下さい。私も忙しいんですから、今日は手伝いませんよ。




40: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:29:55.12 ID:tBDxBk1W0


「どうする律子?このままじゃ千早仕事放り投げちゃうよ。それに千早がこんな状態だったら、伊織は家の力を
 使ってどんな行動に出るか……」

 真が心配そうな顔で小声でささやく。う、そういえばやよいの魅力に取り込まれた子がウチにはまだいたわね。
伊織まで千早みたいに暴走したら、竜宮小町プロジェクトに悪影響を与えるかもしれないわ。これは早急に
対処しないと。

「はあ、わかったわよ。私に任せなさい。やよいに限ってそんな心配はないと思うけど、一応調べてあげるから」

 しかしそうは言っても、私もなかなか忙しい。それに千早だけではなく、伊織も止めないといけないとなると
なかなか骨の折れる仕事だ。とてもじゃないけど、今の私には不可能ね。疑り深い千早が安心できる確かな
調査能力と、伊織とバックの水瀬家を制御出来る人物に頼む必要がある。そうなると該当するのは……

「もしもし新堂さんですか。765プロの秋月です。実は伊織に内緒でお願いしたいことがあるのですが」

 私は電話を取り出し、水瀬家の執事リーダーに連絡した。新堂さんにこんなことを頼むのは申し訳ないと
思うけど、この問題には765プロと水瀬グループの安泰がかかっている。新堂さんは快く引き受けてくれた。
おそらく何もないと思うけど、アイドルの不安を取り除くのもプロデューサーの仕事だ。それは伊織の世話を
する新堂さんも同じだろう。

「やよいってもしかして魔性の女なのかな。将来とんでもない悪女になるかもね」

 真が苦笑する。そう言われて一瞬、やよいを取り合って千早と伊織がケンカする映像が思い浮かんだ。今は
お互いにプライドが邪魔しているのか大きな衝突は起きてないけど、正直いつそうなってもおかしくないわね。
そうなった時はあんたもしっかり止めてね。


41: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:31:50.57 ID:tBDxBk1W0


***


「それじゃあミキ達帰るね。明日は6時だっけ?」

「はいっ!レッスンが終わったらすぐに帰りますので、それくらいの時間になります。ちょっとお待たせして
 しまうかもしれませんが、よろしくおねがいします!」

 やよいの家で響と貴音のレッスンを受けて二週間が過ぎた。最近は響のダンスレッスンが中心で、ちょっと
しんどいけど楽しいの。やよいとレッスンして晩御飯をごちそうになって、帰りに玄関の前まで送ってもらう
のがミキの日常になってた。

「やよい、無理をしてはいけませんよ。貴女の活動の中心はあくまで765ぷろであり、わたくし達の特訓では
 ありません。あちらのれっすんもしっかり行いなさい」

「そうだよ。私達のレッスンはおまけだからね。765プロのレッスンをしっかりして、その足りない所を私達が
 補助してるんだから。ふたつのレッスンをしてしんどいと思うけど、あっちのレッスンでもケガしない
 ように気をつけてね」

「だいじょうぶです!最近は事務所のみんなやトレーナーの先生にもほめてもらってます。このまま本当に
 ユニットのメンバーにえらばれちゃうかもしれません!」

 貴音と響の言葉に、やよいはゲンキいっぱいに返事した。やよいは事務所のレッスンを受けてから、さらに
ミキ達のレッスンを受けてるのにゼンゼンしんどそうに見えないの。ミキも家で自主練とかやってるんだケド、
もっとガンバった方がいいのかなあ。

「それは良い事です。では残り一週間、最後まで皆で頑張りましょう。ではまた明日」

「寝る前にしっかりストレッチしてね。それじゃあおやすみ」

「ばいばい美希さん、貴子さん、響子さん!また明日な!」

「きょうこさん、また編み物おしえてね」

「めんようなー!」「なんくるないさー!」

 やよいとやよいの弟達に見送られながら、ミキ達は玄関を出た。最近はやよいがレッスンに集中できるように、
長介とかすみも家事を手伝ってくれて助かるの。みんなミキより小さいのにしっかりしているな。ミキも
いつまでもお姉ちゃんに甘えてたらダメだよね。


42: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:33:56.03 ID:tBDxBk1W0


「いや~、やよいは本当に素直で良い子だな!こっちが教えた事をどんどん吸収してくれるから、
 教えていて楽しいさ!」

 帰り道、すっかり標準語が外れた響が嬉しそうに笑った。響は最近ずっとこんな感じなの。そしてミキは
それがちょっと面白くない。

「はいはい、どうせミキはフマジメなの。ごめんね出来が悪くて」

 ほっぺたをふくらませて、ぷいっとそっぽを向いて不機嫌のポーズを取る。やよいが響と楽しそうにダンスを
している横で、ミキは貴音と地味な太極拳やダンスの教科書を読んでいた。ダンスのレッスンも少しくらいは
やるけど、学校の創作ダンスレベルの基本的なのばかりでつまんないの。

「美希、何度も言いますが貴女は何事も感覚で済ませてしまい基礎をおろそかにする所があります。才能
 豊かな貴女ならそれでも問題ないとは思いますが、見ている人は見ているものですよ。体の動かし方や
 音の合わせ方など、本格的な練習を始める前の今だからこそこの基礎的な鍛錬が大事なのです」

 貴音に横から怒られちゃった。それは分かってるけど、でもやっぱりつまんないものはつまんないの。

「ごめんな美希。今はやよいのレッスンに集中したいから、もうちょっとだけ基礎練をやっといて欲しいんだ。
 それに今やってるダンスは、自分ややよいみたいな小柄なダンサーが体を大きく見せるやつだから、元々
 身長のある美希にはあまり意味無いぞ。美希がやったら逆に派手になりすぎてマイナスになるさ」

 そうなの?ミキも響ややよいみたいにぐい~んって腰回したり、手や足をブンブン回してみたいなって
思ったんだけど。

「人にはそれぞれ向き不向きがあるのです。特にだんすはそのあいどるの個性を明確に表現するものですので、
 各々に合った型で踊るのが良いでしょう。気が逸るのは理解できますが、今は我慢の時ですよ」

「わかったの……、こうなったらとことん太極拳を極めて、ジェット・リーに勝てるくらい強くなってやるの!」

 半分ヤケ気味のミキに、響と貴音は苦笑いしてた。これも最近のミキの日常だ。でもふたりにはミキも感謝
してる。やよいのレッスンを引き受けてくれたのもあるけど、ミキもちょっとずつアイドルとして成長してる。
最近背筋がピンと伸びて、体の調子も良いの。ダンスも安定してきたし、ミキもだんだん自信がついてきた。


43: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:37:11.64 ID:tBDxBk1W0


「ところで響は練習しなくていいの?響もダンスのオーディション近いんでしょ?ミキ達にレッスン付けてて
 大丈夫?」

 ミキがそう言うと、響はいつもみたいに八重歯をのぞかせて笑って、

「なんくるないさ!これから家に帰って12時まで練習するし、朝も早起きして踊ってるぞ。心配しなくても
 次のオーディションもかる~く優勝してやるさ!」

 響は軽く言うケド、ホントに大丈夫なの?ミキだったらオーディション前に過労で倒れちゃいそうだけど。

「響に限らず、一流の人間なら誰でもそれくらいの鍛錬をしておりますよ。過酷な鍛錬を呼吸するように
 苦も無く続けられるようになってこそ、真のぷろなのです」

 貴音もだけど、響もいつでもオーディションに出場できるように準備してるんだね。響に負けた時の事を
思い出す。ぽっと出のミキが敵うわけなかったの。

「ありがと響。それに貴音も、ミキのワガママ聞いてくれて。ふたりともまだ事務所も決まって
 ないんだよね……」

 二人とも本当だったら、今頃ニョッキさんみたいにとっくにアイドルとしてデビューしてるかもしれないのに
ミキのせいで遅れちゃってるの。いまさらだけど、ザイアク感を感じる。

「貴女が気にすることはありません。わたくしと響は自らの意思でそうしているのです。むしろこのような機会
 を戴いて、わたくし達の方が貴女に感謝しているくらいですよ」

「そうだぞ。自分も毎日が楽しいさ。それに事務所は決まる時はすんなり決まるし、今は焦る必要はないさ。
 自分と貴音だったら、いつデビューしてもすぐにトップアイドルになれるしな!」

 ふたりは何でもないように笑った。ホントはミキとやよいの為に強がってるだけかもしれないケド、今は
もうちょっとだけふたりの優しさに甘えちゃおう。その分、ちゃんとお返ししないとね。

「ありがとふたりとも。でもトップアイドルの座はミキのものなの。ふたりのライバルになってバトルする
 のが、お世話になったふたりへの一番の恩返しなの。やよいも一緒になって、ヨツドモエしようね!」

「ふふ、貴女といると本当に飽きないですね。これからのあいどる活動が楽しみです」

「上等さ!いつでも相手してやるぞ!」

 三人で笑いながら、ミキ達は夜の通りを歩いていた。辺りはすっかり静まりかえっている。ミキも早く
帰らないと、パパとママに怒られちゃう。そういえば響と貴音ってどこに住んでるのかな。いつも駅で
別れるからわかんない。ふたりは一人暮らしらしいから門限とかなさそうだけど、あまり遅くなると
お肌に悪いよね。


44: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/10/29(月) 20:43:40.51 ID:tBDxBk1W0


「ん?なんだあの車。道の真ん中なんかに停めてジャマだな」

 響が言ったからミキも道の先を見ると、50メートルくらい先に真っ黒なピカピカのなが~い車が停まってた。
リムジン?マンガとかで、お金持ちのコが送り迎えとかに乗るやつみたいなの。そのまま見てると、運転席から
タキシードをビシっと決めた白髪のいかにも執事なおじいさんが降りてきた。執事さんはそのまま、後ろの
ドアを開ける。するとそこからお人形さんみたいな、いかにもお嬢様な女の子が降りてきたの。

「……って、あれれ?あのコこっちにらんでない?響、何か悪いコトしたの?」

「な、何もしてないぞ!そういう美希こそ、KYな発言してあのコを怒らせたんじゃないのか!? 」

 ピカピカ光るカワイイ靴をカツカツ鳴らして、コワいデコ付き…いや目つきの女の子がこちらに近づいて
くる。ど、どうしよう、何かメチャクチャ怒ってるの…… でも逃げても追いかけて来そうだし、とりあえず
話くらいは聞いてあげようかな。

「『銀色の髪の毛のお姫様みたいな白鳥さん』と、『いつも元気いっぱいで笑顔がよく似合う響子さん』ね。
 『みきさん』ってのは真ん中のアンタかしら?」

 どうやらこのコ、ミキ達の事を知ってるみたいなの。あれ?でも偽名だな。どゆこと?

「そ…そうだけど……」

 ミキはおそるおそる返事をした。するとその女の子はミキを思いっきりにらみつけた。え?ミキに用が
あるの?響じゃないの?

「あんたが『三木』ね……、名前はどうでもいいわ。どういうつもりでウチのやよいに近づいたのかしら。
 返答によってはタダじゃ済まないわよ……」

「……?ミキはミキだけど?名前がミキで苗字は「どうでもいいって言ってるでしょっ!! 」

 ミキが自己紹介する前に、その女の子はブチ切れた。

「あんた達が何をしようが、やよいは絶対に渡さないからね!! 」

 ミキ達にビシっとゆび指して、女の子ははっきり宣言した。響もイミがわからないみたいで、きょとんと
してる。貴音を見ると、貴音は女の子じゃなくて執事さんの方を見ていた。早く帰らないといけないのに、
ヘンなお嬢様にからまれちゃったの。もうっ、パパとママに怒られたら、一緒にごめんなさいして
もらうからね!!




50: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/02(金) 23:53:01.99 ID:2HJ7SzYy0


***


『え?ダンスが上手になったひみつ?う~ん、伊織ちゃんにだったらおしえてもいいかなあ……』

『実はね、家に帰ってから、最近知り合った友達と練習してるの。『みき』さんって言ってね、前に言ったでしょ?
 池のカモさんとおしゃべりしてるキレイな人がいるって。その人だよ。私のためにダンスの上手な人と、
 外国でモデルさんをしていた人を連れてきてくれたんだ。その人達に教えてもらいながら、みきさんと
 アイドルのレッスンをしてるんだよ』

『ち、ちがうよ!! 765プロがいやになったわけじゃないよ!! ただ伊織ちゃんや事務所のみんなには、私のせいで
 迷惑かけてるし、おうちの事もしないといけないから練習もできないし、このままじゃダメだってずっと
 思ってたの。ほんとは事務所を辞めるつもりだったんだけど、みきさんがアイドルを続けるのを手伝って
 あげるって言ってくれて……』

『ごめんなさい。かくすつもりはなかったんだけど、みんなをびっくりさせたかったの。私もちゃんと
 出来るんだよ、心配しないでって、みんなにアピールしたかったの。だからもうちょっとだけ、みんなには
 内緒にして、おねがい!』

『それでね、みきさんはね……』『そしたらみきさんがね……』『みきさんってね……』『みきさん……』





51: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/02(金) 23:56:01.87 ID:2HJ7SzYy0


***


「律子が私に隠れてコソコソ新堂に連絡してるかと思えば、千早はやよいが不良になっちゃうって
 テンパってるし。まあ千早はいつもの事なんだけど、様子を見に来て正解だったようね。新堂!後で
 きっちり説明してもらうからね!」
 
 おでこのまぶしい女の子がギロっと執事さんをにらむ。執事さんはミキ達に申し訳なさそうな顔をしてた。
わお、典型的なワガママお嬢様なの。ミキそういうのよくないって思うな。

「ん?今やよいって言ったか?お前やよいの友達か?」
 
 何かに気付いたみたいに、響がおでこちゃん…じゃなくて女の子に言った。すると女の子はしっかり手入れ
されたさらさらの髪の毛をさっとなびかせて、

「私は765プロのスーパーアイドル、水瀬伊織よ。そしてやよいの一番の親友でもあるわ。千早からやよいが
 ガラの悪いコにからまれてるって聞いたから、追い払いに来たのよ」
 
 ガラの悪いコ?それってもしかしてミキ達のこと?

「あはは、確かに金髪の美希はヤンキーに見えなくもないな。中学生のくせにマセた格好してるからだぞ」
 
 響が横でケラケラ笑う。カチン。ミキのこと笑ってるけど、響だって人のこと言えないの。

「そういう響こそ、でっかいピアス付けて金のブレスレットジャラジャラ鳴らしてるからヤンキーっぽいの。
 チェケラッチョなの」

「じ、自分そんな下品なヒップホッパーみたいなカッコしてないぞ!! これは沖縄で流行ってるアクセで……」
 
 ミキと響がケンカしてると、その間に貴音が割り込んできた。そのまま貴音は、伊織って名前の女の子の前に
立つ。貴音は伊織より20センチくらい背が高いから、上から見下ろす形になった。

「な……、なによ……」

 伊織はちょっとびびっちゃったみたいで後ずさりした。貴音はそんな伊織を無表情で見てたけど、そのまま
すっと顔を上げて執事さんの方をみた。

「お久しぶりでございます新堂殿。御当主はお変わりございませんか」
 
 貴音の言葉に、執事さんは静かに頭を下げた。ミキも響も伊織も、突然の展開にびっくりしたの。


52: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/02(金) 23:58:47.62 ID:2HJ7SzYy0


「え?貴音、この執事さんと知り合いなの?」

「はい。正確には、新堂殿がお仕えする水瀬財閥の御当主と面識があるのですが。一年ほど前に、ぱりの
 社交界のぱーてぃーでお会いしました。なるほど、この方がご息女の伊織嬢ですか」

 ザイバツ?しゃこうかい?なんだかリッチなコトバがすらすら出て来るの。そういえばいつもキレイな
カッコしてるけど、貴音もジツはお金持ちのお嬢様なの?

「いえ、わたくしの家は歴史が古いだけでごく普通ですよ。以前はわたくしは家の代表として社交界で
 挨拶をすることがございましたので、そのような御方と知り合うこともあったのです。現在は家督を
 妹に譲りましたので、もうそのような機会はございませんが」

「普通の人間が社交界のパーティーに行ったりしないぞ……相変わらず貴音はよくわからないな」

「ふふ、人には秘密の百や二百くらいはあるのですよ」
 
 貴音はいたずらっぽく笑った。ミキ、貴音のことまだ何にも知らないの。響は聞かなくてもペラペラ
教えてくれるケド。

「ちょ、ちょっと!! この私を無視するんじゃないわよ!! 新堂!! これは一体どういうことなの!? 」
 
 伊織があわてて確認する。執事さんは伊織にそっと耳打ちしていた。あふう、ミキなんだかねむくなって
きちゃったの。

「う……嘘……、アンタ四条家の人間なの……?どうして白鳥なんて名乗ってるのよ……?」

「申し訳ございません。やよいの前では理由あって素性を隠しておりました。その方がわたくし達とやよいに
 とって好都合でしたので」

 貴音が頭を下げた。響もつられて「ごめんなさい」って謝る。ん?ミキも謝っといた方がいいのかなあ。
でもミキは本名だし。

「ますますあやしいわね……、四条家の人間までが偽名を使ってまでやよいに近付いて、一体何を企んでいる
 のよ……」

 あらら、よけいにカンチガイさせちゃったみたい。だからミキ達そんなつもりはゼンゼンないのに。

「困りましたね。わたくし達はただ、やよいとれっすんをしているだけなのですが」

 伊織のセットクは、ミキ達の中で一番オトナの貴音に任せるの。響もおろおろしてるし、ミキもセツメイ
するのメンドくさいし。



53: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/03(土) 00:00:28.86 ID:94Fau/080


「わたくしと響は、ただそこにいる美希に頼まれてやよいに稽古をつけていただけでございます。ですから
 この件に関して、わたくしは美希の真の思惑まで理解しかねます」

「えっ!? そこでミキにふる!? そんなのあんまりなの!! 」

「やっぱりアンタが元凶かあ―――――っ!! 」

 イキナリ話をふられて、ミキもイッキに眠気がさめたの。響は横で「ゴメンな」って言ってるし、ここは
ミキが出て行かなきゃダメな流れなの?

「そもそもアンタの名前が出て来るようになってから、やよいが変わったのよ。『みきさん、みきさん』って
 うるさいったらありゃしないわ。べ、別にやよいに慕われてるのがうらやましくなんてないからね!! 」

 ちょっとシチュエーションが違うケド、ツンデレお決まりのテンプレ台詞なの。いや、それにおでこが
付いてるから「ツンデコかな」

「誰がツンデコよ!? 」

 あ、ちょっとだけアタマの中の言葉がもれちゃった。ま、いっか。これからは伊織はデコちゃんで。

「デコちゃん、ちょっと聞いてほしいの」

「だから誰が……!! 」

「ミキね、キラキラしてるやよいが見たいの」

 ちょっとだけマジメなカオしてミキが言ったら、デコちゃんは静かになったの。ふう、これでゆっくり
しゃべれるかな。


54: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/03(土) 00:02:53.02 ID:94Fau/080


「学校行って弟達の面倒を見て、それからアイドルのレッスンを受けて、やよいはとっても忙しいの。でも
 ゼンゼン疲れてなくて、そうは見えないくらいキラキラしてるの」

 カモ先生のいる公園で見かけていた時からそう思ってた。いっつも忙しそうに走ってたけど、そんなやよいは
ミキにはまぶしいくらいキラキラして見えたの。

「きっとやよいがキラキラするためには、学校とお家のこととアイドル活動が必要なの。そのどれかひとつでも
 なくなっちゃったら、やよいはキラキラしなくなっちゃうの。だからミキ達は、やよいがキラキラ出来るように
 アイドル活動のお手伝いしてるんだよ」

 はじめはミキがホンキになるためにやよいにホンキになってたんだけど、最近はだんだんそんな風に考える
ようになった。そもそもどうして、自分のことしか考えてなかったワガママで甘えん坊なミキがやよいの
お手伝いをしようと思ったのかなって考えたら、それが答えだったの。

「ミキ達はベツに、デコちゃんからやよいをさらっちゃおうとか思ってないよ。これからミキ達がやよいと
 会うのはトップアイドルのステージなの。ミキとやよいと貴音と響でトップアイドルになって、みんなで
 バトルするのが今のミキの夢なの!! 」

 もちろんやよいとは仲良しで友達でいたいケド、それと同じくらいアイドルバトルしたい気もするの。
きっとそしたら、ミキもやよいに負けないくらいキラキラ出来ると思うから。前は熱血はキライだったケド、
最近はそれもアリかなって思ってたり。

「だからねデコちゃん、やよいの一番の親友のポジションはデコちゃんにあげる。ミキはやよいの一番の
 ライバルで、そして大親友になるから!! ミキ、もうやよいと約束したんだから!! 」

 響と貴音みたいなカンジのね。ミキがふたりを見ると、響も貴音も照れくさそうに笑ってた。モチロンふたり
ともミキは仲良くなりたいって思ってるよ。でもそれは、ミキがこの前のオーディションのリベンジをしてからね。


55: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/03(土) 00:07:01.93 ID:94Fau/080


「ライバルで……親友……?」

 デコちゃんはむずかしいカオをして、ミキの言葉を考えていた。あれ?ちょっとイミわかんなかったかな?
ベツにおかしいこと言ってるつもりはないケド。

「はは、美希らしいな。自分にはよく分かるぞ。ただの馴れ合いだけの関係なんてつまんないさ。時にはケンカ
 して自分の意見を言い合える仲の方が、よっぽど一緒にいて楽しいさ。ケンカするほど仲が良いって言うしな」

 響が笑った。ベツにとっくみ合いのケンカがしたいとか思わないよ?あくまでアイドルバトルだからね?

「そういうことです。水瀬伊織、ご理解戴けたでしょうか」

 貴音がデコちゃんに話かけると、デコちゃんはびくっと肩を震わせた。そして怒りそうな、でも泣いちゃい
そうなフクザツなカオをして、ミキ達をにらんだ。え?なんでキレてるの?

「やよいの一番の親友を自負する貴女なら、現在のやよいの窮状に対して手を差し伸べてあげたいと考えた
 こともあったでしょう。しかし水瀬財閥の令嬢の貴女が手助けをすると、ふたりの関係性が変わってしまう
 かもしれない。だから貴女はこれまでやよいに必要以上に接する事が出来なかった。違いますか?」

「アンタなんかに何が……!!」

 貴音の言葉にデコちゃんは怒りそうになったけど、何かに気づいたみたいにすぐにまた静かになったの。
そういえば貴音もお嬢さんだったんだよね。ミキにはゼンゼンわかんないケド、貴音だったらデコちゃんの
気持ちがわかるみたい。


56: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/03(土) 00:09:26.97 ID:94Fau/080


「親友の定義や人間関係は人それぞれですので、美希やわたくし達の関係が全てとは言いません。水瀬家の
 事情もあるでしょう。しかしこの問題を、貴女ひとりで解決しようとするのは間違いです」

 貴音はちょっとだけ悲しそうな目で、でもとっても優しい声でデコちゃんに言った。あ、なんだかこの話し方、
初めて貴音に会った日の喫茶店で聞いた気がする。

「美希はやよいの手助けをする為に本気になって考えて、自分を負かしたわたくしと響に協力を仰ぎました。
 彼女は自らのぷらいどを捨ててまで、わたくし達に頭を下げたのです。その心の中には大きな葛藤があった
 でしょう。わたくしと響はその姿に心を打たれ、彼女に手を貸すことにしたのです」

 いや、そんな大げさなものなかったケド。やよいの事を一番に考えたら、それがいいかな~って考えただけで。
まあちょっとはイヤだな~って思ったけどね。

「経済的には恵まれていないかもしれませんが、やよいは自らの事を決して不幸だと思っておりません。彼女は
 貴女が考えているより強く、そして幸福です。本気になってよく考えて、やよいをひとりの自立した人間と
 して確と見れば、貴女も彼女に何が出来るのか答えが見えてくるはずですよ」

 貴音はそれだけ言うと、デコちゃんの横を通って執事さんにお辞儀をして、さっさと行っちゃったの。
え、もういいの?響があわてて貴音を追いかける。ミキも早く追いかけないと!

「あ、デコちゃん。ミキもよくわかんないんだけど、自分がホンキになるには誰かのためにホンキになったら
 いいみたいだよ。デコちゃんもガンバってね!」

 デコちゃんの横を通り過ぎる時に、ミキはアドバイスをしてあげた。そしたらデコちゃんにまたにらまれ
ちゃった。おおコワッ、とっととテッタイするの。執事さんもガンバってね!



65: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:25:05.58 ID:cuN2fM+B0


***


翌日・765プロ

「そうでしたか。こちらが対策を講じるより先に伊織は気付いていましたか……いえいえ!!
 それでも新堂さんの おかげで大きな混乱にならなくて済みましたよ。後は私達であの子の
 フォローをします。……はい、はい。わかりました。では失礼します」

 電話口で頭を下げて新堂さんとの通話を終える。どうやら新堂さんがより先に伊織が動いた
ので、やよいに接触している3人の子達の素性は四条貴音しか分からなかったみたいだ。
新堂さんは引き続き残りの2人も調査しましょうかと申し出てくれたけど、さすがに悪いし
遠慮しておいた。話を聞いた限りでは悪い子達ではなさそうだし、やよいがトラブルに巻き
込まれていないのならそれでいいわ。でもまさかあの四条貴音が直々にやよいに指導していた
とはね。一体どういう経緯で知り合ったのかしら。

 しかしその日のうちに相手の所に行くなんて、伊織もなかなか無茶するわね。千早よりは
冷静だけど、あの子もやよいのことになると見境がつかなくなるんだから。伊織は四条貴音達
3人と対面したようだが、一体何を話したのかしら。ただ新堂さんが言うには伊織はその後
落ち込んでしまったようなので、お嬢様をお願いしますと頼まれてしまった。今日の伊織には
慎重に接しないといけないわね……

「……で、どうフォローしてくれるのかしら?」

「きゃっ!? 伊織!? いつの間に来てたのよ?」

 背後から急に声をかけられて、私はびっくりして振り返った。そこには口をへの字にして、
じとっとした目でこちらを見る伊織がいた。完全に不意を突かれてしまったわ。しかし伊織は
怒るでもなく、黙ってソファに腰掛けた。

「雪歩、お茶をくれないかしら」

「う…、うん……」

 伊織は事務所にいた雪歩にそれだけを言うと、難しい顔をして黙って考えこんでしまった。
いつもはすました顔をしてもっと色々うるさいのに、これは相当重症ね。



66: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:26:12.42 ID:cuN2fM+B0


「はあ……」

「ど、どうしたの伊織ちゃん……、何かあったの……?」

「うるさい。あんたには関係ないでしょ」

「ご……、ごめんなさい……」

 こら、雪歩に八つ当たりするんじゃなわよ。雪歩もそれくらいでいちいち泣きそうに
ならないの。

「ねえ律子、ちょっといいかしら」

 事務所に来る前からずっと何かを考えていた伊織だったけど、ついにこちらに聞いてきた。

「珍しいわね、あんたが相談してくるなんて」

おそらく昨日の件だと思うけど、何を聞くつもりなのかしら。伊織は考えを整理するように
目を閉じてから、少し緊張した様子で私に言った。

「ライバルと大親友って両立するの?」

「……なにそれ?何の話?」

 いきなり何を言い出すのこの子は。雪歩も首をかしげている。

「おはようございまーす。ふう、ようやく千早の営業が一段落したよ。あ、雪歩。俺にも
 お茶くれないか」

 その時、プロデューサーが事務所にやって来た。ナイスタイミングです。プロデューサー殿
にも伊織の相談に乗ってもらいましょう。


67: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:28:04.36 ID:cuN2fM+B0


***


「なるほど、ライバルで大親友ねえ。ずいぶん好戦的な連中だな」

 伊織の話を聞いてプロデューサーが愉快そうに笑う。しかし改めてあの四条貴音が、やよいに
稽古をつけていたとは思わなかった。最初に新堂さんに聞いた時は思わず聞き返しちゃったわ。

「言ったのは四条貴音じゃないけどね。三木って女が私に宣言したのよ。この私からやよいを
 奪おうなんて、本当にいけすかない女だわ」

 やよいはあんたのものじゃないわよ。でも今回のやよいのレベルアップには、この
「三木」って女の子が大きく関係しているらしい。彼女がやよいと白鳥貴子こと四条貴音、
そして野口響子という女の子を結びつけた。そして伊織の話では、やよいは三木にとても懐いて
いるらしい。

「四条貴音はモデル畑の人間だから、やよいのダンス指導は三木が連れてきたもう一人の
 野口響子みたいだな。律子、この二人に心当たりはあるか?」

「いえ、分かりませんね。伊織、もう一度聞くけど本当に三木さんのフルネームは知らないの?」

「知らないわよ。どうでもいいわそんなこと」

 ぷいっと拗ねてしまう伊織。すっかり三木さんを敵視してるみたいね。少しは冷静に
なりなさいよ。

「三木も野口響子も何者か分からんが、やよいに教えたダンスが西のスタイルだから、西の子
 かもしれないな。だとしたら調べるのは厄介だぞ」

「で、でも東京でも最近、西のスタイルで躍る子が増えてるって真ちゃんが言ってました。
 あっちのダンスは動きが大きいからステージ映えするみたいですぅ」

 プロデューサーと雪歩が考えこむ。とりあえず後の2人の素性については置いておきましょう。
手持ちの情報が少なすぎるし、現段階では考えるだけ無駄ですよ。


68: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:29:31.19 ID:cuN2fM+B0


「そうだな。それで何だっけ?『ライバルと大親友は両立するか』か。伊織はどう思うんだ?」

 プロデューサーが伊織に質問した。伊織は手に持ったウサギのぬいぐるみをぎゅっと
抱きしめる。

「わからないの…… ライバルって敵じゃないの?倒すべき敵と仲良くなるって事自体が
 ありえないわ。でもあの女は自信満々だったの。やよいもあの女をとても慕っているし、
 このままやよいがあの女達とどこかに行っちゃいそうで……」

 こんなに自信のない伊織は初めて見たわ。ここまでこの子を凹ませるなんて、その三木って
子は大したものね。でもやよいを取られちゃうのはウチとしても困るわね。千早も断固反対する
でしょうし。

「なんだ、伊織らしくないな。そんなぽっと出のどこの馬の骨か分からない女に、お前は
 やよいの事を任せてしまっていいのか?」

「いいわけないでしょ!! やよいは私の…いえ、765プロの大事な仲間なんだから!! 」

 伊織ははっきり否定した。その言葉を聞いて、プロデューサーはふっと笑い、そして
雪歩の方を見た。

「雪歩、お前と真って親友だよな?」

「え、は、はいっ、真ちゃんが一番事務所の子の中では仲良しですけど……」

 急に話を振られて雪歩はびっくりした様子だったけど、おずおずと、しかしはっきりと
言い切った。

「じゃあそんな真とライバルとして、ステージで対決したいか?」

「そ、そんなの嫌ですっ!! 真ちゃんとはずっと仲良くお仕事がしたいですぅっ!! 」

 雪歩はわたわたしながら返事をする。きっと真も同じでしょうね。この2人が対立したり、
ケンカをする所はちょっと想像できない。真はケンカっぱやいけど、雪歩の事は気遣ってるしね。

「そうだよな。雪歩と真の関係は今の状態がベストだと俺も思う。無理矢理ライバル関係を
 追加した所で 今より仲良くなると思わないし、そんな事をしなくてもお前らは本音を
 言い合える仲だしな」

 真と雪歩、それから春香と千早だってケンカなんかしなくたって大親友だ。それにそんな
括りがなくても、ウチのアイドル達は皆仲良しだしね。


69: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:31:54.94 ID:cuN2fM+B0


「親友だのライバルだの、そんなのただの言葉で親密さを比較出来るものではない。わざわざ
 ケンカなんてしなくたって、仲の良さは変わらないさ。それにやよいは誰とでも別け隔て無く
 接する子だし、お前よりその三木って子の方が好きだとか、そんな事はないと思うぞ」

 きっとやよいは、その三木さんに言われた『ライバル』という関係に新鮮な魅力を感じている
のだと思う。やよいは『敵』という人間がいない。あの子は誰からも愛されるし、あの子も
誰でも好き嫌いせずに愛する。伊織や千早がやきもきするのもよく分かるわ。 

「それでもお前がその三木って子に劣っていると思うなら、それはお前が三木よりやよいに
 対して遠慮があるからじゃないのか?今の関係が壊れるのを恐れて、自分の気持ちを抑えて
 やよいと付き合っていないか?」

 プロデューサーの言葉に伊織はびくっと身を震わせて、キッとプロデューサーを睨み付けた。
でも何も言い返せずに、そのまま俯いてしまった。

「言えるわけないじゃない…… 自分の本当の気持ちなんて。許されるなら、やよいの家を丸ごと
 私が買い取って、やよいの家族を全員面倒見てあげたいわよ…… でもそんな事をあの子が
 望んでいるとは思えないし、やよいとは友達としてただ普通に、対等に付き合いたいの……
 私にとってあの子は初めて出来た、本当に大切な友達だから……」

 伊織は事務所のアイドル達と仲が悪いわけではないけど、どこか『仕事の同僚』として接して
いる節があった。生まれ育った水瀬家の影響もあるのか、彼女は人間関係にシビアで誰とも
深く付き合おうとしなかったのだ。しかしやよいはそんな伊織の心に入り込み、彼女の心を
少しづつほぐしていった。やよいのおかげで伊織は事務所のみんなにも心を少しづつ許すように
なり、私も竜宮小町に伊織を起用することが出来たのだ。

「全く、千早もお前もやよいの溺愛ぶりには困ったものだよ。人間関係に不器用な奴ほど、
 やよいみたいなタイプにどっぷり入れ込むんだよな」
 
 プロデューサーが苦笑する。きっと伊織は伊織なりに一生懸命考えたのだろう。でも
友人付き合いなどほとんど経験したことのない彼女は、やよいとの適度な距離感がまだ
わからないらしい。

「やよいは気にしないでしょうけど、それだと私の気持ちが収まらないのよ…… 今のまま
 自分の気持ちを抑えている限り、私はあの子の一番の親友だって自信を持って言えないわ……」

 ぽた、ぽた、と、テーブルに伊織の涙が落ちる。お嬢様ならではの悩みね。子供はそんな事を
考えず、もっと気楽に付き合えば良いのに。いずれ成長すれば分かると思うけど、今すぐは
無理ね。

「俺はもっと気楽に付き合えばいいと思うけどなあ。律子、何か良い解決策はないか?」

「そこで私にふりますか…… でもそうですね、方法がないわけでもないですが……」

「ほんと!? どうしたらいいの!? 」

 伊織が勢いよく頭を上げる。涙に濡れたその顔は必死だった。伊織が他のアイドル達に対して
優しくなってきているのを見て、いつかはこういう日が来ると思っていた。でも基本的に
自己中心的な伊織が、他の誰かのために本気になるのはもっと先の話だと思ってたわ。
でもこの方法に伊織は賛成してくれるかしら……


70: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:34:12.88 ID:cuN2fM+B0


「伊織、あんたやよいの為にお父様に頭を下げられる?」

「……!! それは……!! 」

 伊織はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。彼女は家の力を頼らず、自分の力で成功したくて
アイドルになったのだ。新堂さんには心を開いているようだが、父親や兄達には反発している
ところがある。

「おいおい、水瀬家の力を使うのか?それは伊織がさっき却下しただろうが」

 プロデューサーが確認する。ええ、そうですね。でも伊織の悩みを解消するには、やはり
水瀬家の力は無視出来ないんですよ。この力があるが故に、伊織は苦しんでいる。だったら
その力の使い方を工夫すればいい。やよいも伊織も幸せになれるような方向に。あ、もちろん
うちの事務所もね。

「……やるわ。それがやよいの為になるなら。お父様に土下座でも何でもしてやろう
じゃないの!! 」

 伊織ははっきりと言い切った。そこまで肩肘張らなくていいわよ。あんたはやよいの家に
ちょっとしたきっかけを作るだけだから―――――




71: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:35:35.24 ID:cuN2fM+B0


***


「美希さん!白鳥さん!響子さん!今日はとっても良いニュースがあるんです!」

 デコちゃんに会った3日後、やよいがコーフンぎみにしゃべってきた。

「な、何……?どしたのやよい……?」

「お父さんの仕事が決まったんです!! 」

 やよいの後ろを見ると、長介やかすみも嬉しそうだった。

「きのうお父さんが日雇いの現場から帰っていると、道の真ん中で執事のおじいさんが倒れてた
 みたいなんです。お父さんが慌てて救急車をよんで病院まで付き添ったら、お礼で今日の朝、
 おじいさんがお父さんにお仕事を紹介してくれました!! 」

 へえ、執事さんって結構普通にいるんだね。デコちゃんの横にもいたし。

「おじいさんが紹介してくれた会社は大きくて有名な所みたいで、お父さん10年ぶりくらいに
 スーツにネクタイ姿ではたらくって、ガチガチに緊張してました。でもお給料も良いみたい
 だし、お父さんはりきって会社に行きました!! 」

 よかったね。これでやよいも、もうちょっとアイドル活動を頑張れるんじゃないの?

「明日からは、お母さんもパートを減らして、家の事もちょっとづつしてくれるみたいです。
 私も美希さん達と一緒に、もっと特訓出来ます!! 」

 やよいは目一杯の笑顔でミキ達に言った。でも貴音はゆっくり首を横に振って、それを見た
響はちょっとだけさみしそうな顔をした。


72: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/10(土) 14:37:28.42 ID:cuN2fM+B0


「やよい、それは違いますよ。練習をする時間が増えたのなら、貴女は765ぷろの事務所に
 行くべきです。貴女は本来、そこでれっすんをしているのが普通なのですよ」

 貴音がやよいに優しく教えてあげた。ミキも気付いてた。やよいの家でこうして特訓するのは
ユニットのメンバーが発表される日まで。それが終わったらミキ達は、こうして一緒に
練習することはもうない。それは特訓初日に決めたことなの。

「あ、そうでした…… すみません、私ったらかんちがいしちゃって……」

 しょんぼりしちゃうやよいを、ミキははげましてあげた。

「だいじょうぶ!! まだ3日あるの!! それにトップアイドルになったら、ミキ達はステージで
 いつでも会えるの!! だから最後まで特訓をガンバって、絶対ユニットのメンバーに
 選ばれるんだよ!! 」

 アイドル活動が忙しくなっちゃったら毎日は会えなくなっちゃうケド、同じアイドル業界で
ガンバってたらミキ達はずっと友達だよ!!

「そうですよね……はいっ!そうですよね!わかりました!じゃあ今日もがんばりましょー!! 」

 ゲンキになったやよいを見て、ミキ達も笑顔になった。ミキもやよいに負けないように
ガンバらないとね!!

「よーしっ!! そろそろダンスの仕上さ!! 今日は『琉球スライド我那覇響スペシャル』を教えて
 あげるぞ!! 」

「わーっ!何だか沖縄っぽくてカッコいいですぅ!ずっと聞きたかったんですけど、
 響子さんって沖縄にくわしいんですかあ?」
 
 自分で言っといて、響はあわわとあせってミキ達に助けを求めてきたの。……バカ響、
沖縄キャラどころか本名までバラしてるの。調子に乗ったらすぐにボロを出すんだから。
貴音とやれやれと苦笑いして、ミキも特訓をはじめた。


81: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 20:50:22.97 ID:qwubfvzh0


***


―帰り道・響と貴音の会話


「本日もお疲れ様でした、響」

「貴音だってレッスンつけてるじゃないか。お互い様だぞ」

「いえ、わたくしは貴女とは違って激しい運動はしておりませんから。毎日あの二人に稽古をつけるのは
 大変でしょう」

「あはは、なんくるないさ。確かにちょっとしんどいけど、二人ともちゃんとついてきてくれるから
やりがいがあるさ。貴音だって美希にダンスの教科書読ませるのは苦労しないのか?あいつすぐ
寝ちゃうし」

「ふふ、少しくらい手のかかる方が可愛いものですよ。それに美希も家で復習はしているようですし、
きちんと学習しています。つまらないと言いつつも、あの子も自分に何が必要か理解していますよ」

「そうなのか。じゃあ大丈夫だな。ルーキーズオーディションが楽しみさ」

「そうですね。その前にまずはやよいですが。あの子も今の調子で行けば、ゆにっとに選ばれることは
間違いないでしょう」

「……そうだな」

「……?どうしましたか響。何か問題でも」

「いや、ちょっとだけさみしくなっちゃって。自分こっちに来てから誰かと一緒にレッスンなんてしたこと
 なかったから、こんな風に貴音と美希とやよいと一緒にいて楽しかったんだ。それがもうすぐ終わっちゃう
 から、何だかまたひとりになっちゃうのかなって思ってさ」

「そうですね。わたくしもそれは同じです。ですが美希も言っておりましたが、同じ道を目指すのならば
 わたくし達はいつまでも友人です。これからとっぷあいどるの舞台で会うこともあるでしょう。わたくしも
しばらくは日本で活動する予定です。どうしても淋しくなったのでしたら、いつでも連絡してきてくれて
構いませんよ」

「じ、自分は別に甘えたいわけじゃないぞ!! で、でも貴音がどうしてもって言うんだったら、自分にも
 メールしてきていいからな!あ、貴音は自分のマンション知ってったっけ?マンションに遊びに来ても
 いいからな!いつでも来てくれていいんだからな!」

「ふふ、わかりました。ではそういうことにしておいてあげましょう」

「もう……、またそうやって妹扱いして……」




82: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 20:53:06.10 ID:qwubfvzh0


「……ところで響。美希とやよい、貴女はどう思いますか」

「またずいぶんいきなりだな。それは自分も貴音に聞いてみたかったぞ。多分貴音と思ってることは
 同じだと思うけど」

「そうですね。やはり貴女もあの二人が只者ではないと感じていましたか。わたくしもこれまで多くの地を
 渡り歩いてきましたが、あのような稀有な人物が同時に存在する事態など初めてです。正直に申し上げ
 ますと、気勢を張ってないと気後れしてしまいそうです」

「珍しいな、貴音がそんな弱音を吐くなんて。でもちょっとだけわかるぞ。自分もあの二人に稽古をつける
 のは、何かとんでもない物を作ってるような気がして怖くなることがあるさ。今はまだ負ける気がしない
 けど、この先はどうなるかわからないな」

「引き受けた以上は最後まで稽古をつけますが、後の事を考えるとやや気が重くなりますね。あいどる業界に
 進出して一番の強敵になるのは貴女だと思っていましたが、どうやら意図せずしてらいばるを増やして
 しまったようです」

「そうだな。でもそれも面白いんじゃないか。簡単にトップアイドルになっても面白くないさ。せっかく東京
 まで来たんだし、もっといろんなアイドルと勝負したいぞ。あ、でも自分もあの二人と戦うのはちょっと
 遠慮したいかもな……」

「ふふ、そんな弱気では完璧とは言えませんよ響。しかし確かに、わたくしもあの二人は出来れば敵に回したく
 ありませんね。特に―――とは」

「やっぱり貴音もそうなのか。自分も―――とはやりあいたくはないな。正直、どうして―――がまだ
 トップアイドルになってないのか不思議だぞ。東京はそんなに厳しいのか?」

「ふふ、それが人生の面白い所ですよ。ですが今回わたくし達と出会ったことによって、彼女は一気に
 とっぷあいどるへの道を歩む事になるでしょう。一時的とはいえ師を引き受けた身としては、教え子に
 負けるわけにはいきませんね」

「そうだな。自分ももっと練習しないと、あの二人に負けたらカッコ悪すぎるな」

「そういうことです。それではわたくしはここで。響、だんすの練習も大事ですが、あまり夜更かしをすると
 大きくなれませんよ」

「うがーっ!! ちっちゃいって言うなーっ!! 貴音だってラーメンばっか食べてると太るぞ。それじゃあまた
 明日な!」

「はい。おやすみなさい」



 ―――――



83: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 20:55:12.72 ID:qwubfvzh0


***


 そしてユニットのメンバー発表当日。ミキはやよいの事が気になって気になってしょうがなくて、でも
早く行ってやよいの家で待ってるのもコドモみたいでカッコ悪いから、公園で時間をつぶしてた。

「カ……、カモ先生……、ミキいつも通りだよね……?キンチョーしてるってバレないよね……?」

 さっきからカモ先生とおしゃべりしてるんだケド、手の震えが止まらないの。どうして自分のことでもない
のに、ミキこんなにキンチョーしてるんだろ。ミキがホンキ出してやよいを助けたからダイジョーブ!! って
思ってるのに、ずっと不安なの。

「おや美希、今日はずいぶん早いですね。いつもはもっと遅くに来ていたと記憶していますが」

「あはは、そういじめてやるなよ貴音。きっと美希の事だからやよいの事が気になって仕方ないのさ」

 急に声をかけられたと思ったら、後ろに貴音と響が立ってた。ムカッ、そういう二人も早いじゃん。まだ
集合時間まで30分くらいあるよ。

「そ、それは今日はたまたま早く家を出たからそうなっただけで、別にいつでも良かったんだけど本当に
 たまたま天気も良かったし、たまたまテレビも面白かったし……」

「響。言ってる事がよくわかりません。それに先ほどから、貴女の耳と腕の装飾品が小刻みに震えて鳴り
 響いています。平常心でないのは隠し切れませんよ」

「そ、そんなことないさ!! じ、自分はこれくらいの事で緊張したりしないぞ!! 」

 だったらそのチャリチャリチャリチャリしてる音を止めて欲しいの。響は元々ウルサイのに、もっと
ウルサくなってるの。…………ちなみに貴音も右と左で違うクツ履いてるケド、言ったら怒られそうだから
黙っとこっと。うん、ミキだいぶ空気読めるようになってきたの。


84: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 20:56:12.85 ID:qwubfvzh0


「大丈夫ですよ美希。このわたくしが本気で指導したのです。やよいがゆにっとに選ばれないなど、よほどの
 事がない限り考えられません」

 ふんす、と貴音が得意げに胸を張る。むむ、ミキの方がホンキ出したんだからね!!

「心配するな美希。やよいには琉球スライドの他に、ハイサイステップも叩き込んでおいたさ。自分の地元
 でも出来る奴は結構少ないんだぞ。765プロがどういうユニットを作ろうとしてるのかはわからないけど、
 実力なら申し分ないさ!! 」

 ああ、そういえば最後の方は何かスゴいダンスしてたね。あれってそういう名前なんだ。今度ミキにも
教えてね。

「ありがと二人とも。ちょっとだけ気が楽になったの。そうだよね、ミキ達がサポートしたんだから、やよいが
 ユニットに選ばれないわけないよね。もしやよいを選ばなかったら、765プロは三流事務所なの」

 歌は指導出来なかったケド、そっちはちはやさんって人がトクベツに稽古つけてくれたみたいだし、それに
やよいのお父さんもお仕事が決まって、やよいも前よりアイドルのレッスンがいっぱい出来るようになったし
何もかも順調なの。

「そうだぞ。きっと今日はやよいの最高の笑顔が見られるぞ。そしたらみんなでお祝いさ。自分の家に伝わる
 特製ゴーヤチャンプルーを振舞ってやるぞ!! 」

 響もいつもの笑顔で笑った。そうだよね、なんくるないよね。そう考えると、ミキも何だかやよいに会うのが
楽しみになってきたの!!

「おや、噂をすればあそこに見えるのはやよいではありませんか?」

 貴音が遠くを見たと思ったら、公園の向こうからやよいがこっちに向かって走って来てた。あれ?やよいも
いつもより早いね。ユニットのメンバーに選ばれて、ミキ達にすぐに報告したかったのかな。そんなに
慌てなくても、ミキ達はゼンゼン心配してないのに。

「お~い、やよ「みきさ~~~~~ん!! 」」

 ミキがやよいを呼ぶ前に、やよいがミキのムネに飛び込んできた。……ん?何だか様子がヘンなの。ミキに
抱きついて、やよいは離れようとしない。

「う……、うぅ……、ごめんなさい……、ごめんなさい……!! 」

 そのまんま、やよいはしくしく泣き出したの。……え?どゆこと?どうして謝るの、やよい―――――



85: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 20:57:32.21 ID:qwubfvzh0


***


―少し前・765プロ事務所―

「……というわけで、来月から伊織と亜美とあずささんには『竜宮小町』として、ユニットで活動してもらう
 からね。今回選ばれなかった子も、千早や竜宮小町に負けないようにもっとレッスンを頑張るように」

 レッスン終了後に事務所に全員を集めて、私は竜宮小町プロジェクトを発表する。千早はプロデューサーと
一緒に営業に行ってるので不在だが、前もって伝えてあるので問題ない。

「うあうあーっ!! 亜美に負けたーっ!! 姉の立場が大ピンチだよ→!! 」

「にしし♪なんなら亜美がお姉ちゃんになってあげよっか?双子なんだし、たまたま亜美の方が後から出てきた
 だけで変わらないよん♪」

「水に関係する名前のアイドルを集めたユニットだったら私でもいいじゃないですか!今からでも4人組に
 しませんか!? 」

「ダメだよ春香。春香は今の珍獣ハンターの仕事があるじゃないか。あれ結構人気あるみたいだよ。ボクも
 王子様の活動が忙しいし、適材適所ってのがあるだろう………はぁ」

「ほ、よかった…… 私も今のエッセイと朗読のお仕事でいっぱいいっぱいですぅ……」

 うん、予想はしてたけど選ばれなくてもみんな大丈夫みたいね。ウチで我が強いのは伊織くらいだし。
あ、千早も結構厄介かも。でもあの子はもうデビューしてるしね。

「こらこら真美、勘違いしちゃダメよ。今回のユニットは真が言ったように適材適所で選んだからそうなった
 だけで、亜美があんたより優秀だとかそんな事はないからね。みんなの個性や性質を考えて、どうすれば
 一番アイドルとして輝けるか選んだ結果なんだから。実力で選んだんじゃなくて、最初からこの三人で
 やるって決めて計画を進めていたのよ」

「そうなの?じゃあ亜美はソロじゃショボいからユニットでデビューさせるってこと?よっしゃ!! 姉としての
 イゲンがフッカツだよ→!! 」

「ちょっと、私とあずさにケンカ売ってるのアンタ?アイドル歴の長いあずさがソロでやれないわけない
 でしょうが」

「ユニットなんて久しぶりだわ~。前に律子さんと二人でやりましたよね。なつかしいわあ~♪」

 そうなのだ。あずささんは765プロで唯一、ユニットで活動したことがあるアイドルなので今回のユニットに
起用した。亜美は持ち前の妹属性で自然に他のアイドルに絡んでアピール出来るし、あずささんは組ませた
アイドルを気遣い、さりげなくサポートが出来る。そしてそんな二人の間に立ち、リーダーとして引っ張る
ことが出来るのが伊織というわけだ。1+1+1が3どころか4にも5にもなる、完璧なメンバーである。


86: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 20:58:57.69 ID:qwubfvzh0


「というわけで来週からの予定なんだけど……」


 ゴトン、コロコロコロ……、コツ……


 私がスケジュールを発表しようとすると、足に何かぶつかった。ふと下を見ると、それは水の入った
ペットボトルだった。ボトルの側面に『高槻やよい』ってマジックで書いてある。

「やよい?どうしたの?」

「やよいっち?」

 春香と真美がやよいに声をかける。その時になって、初めて私もやよいの様子がおかしい事に気が付いた。
やよいの顔はいつもの元気な笑顔ではなく、無表情で青ざめた色をしている。

「そうだったんだ……、最初からきまってたんだ……、あ、あれ…?どうして私かんちがいしちゃった
 のかな……、そもそもどうして私、こんなにがんばってたんだっけ……?えへへ……」

 ぶつぶつと小さな声でつぶやきながら、やよいはのろのろと帰り支度を始めた。私も含めていつもとは違う
やよいの様子に誰も声をかけることが出来ず、ただ黙って見ていた。

「すみません……、用事を思い出したので、今日はお先にしつれいします……、今日も……、今日まで
 ありがとうございました……、おせ、お世話になりました……」

「や、やよい?どうしたのよ急に?『お世話になりました』って、まるで辞めちゃうみたいな言い方……」

 心ここにあらずと言ったような感じで、やよいはふらふらと出口へ向かっていく。慌てて伊織が
引き留めようとするけど、やよいは立ち止まらずにそのままドアに手をかけた。

「美希さんにあやまらないと……、白鳥さんと響子さんにも何て言おうかな……」

「……!! やよい、まさかあんたユニットに選ばれるためにあいつらと特訓を……!! 」

 やよいのつぶやきに、伊織は目を大きく見開いて驚いた。私も全て合点がいた。ここ最近のやよいの頑張りは
そのためだったのね。情報が漏れたのは亜美と真美だけだと思っていたのに、これは思わぬ誤算だったわ……

「お先に、しつ、しつれいしま、す……」

 ところどころつっかえながら、涙の混じった声で頭を下げてやよいは出て行った。みんなしばらく呆然と見て
いたけど、少しして伊織と私が同時に正気に戻った。


87: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/14(水) 21:00:10.30 ID:qwubfvzh0


「律子!!」「わかってるわよ!!」

 このままやよいを家に帰すわけにはいかない。私は上着と携帯電話をひっつかんで、事務所を飛び出した。

「私も一緒に……!!」

「あんたはいいから!! 私に任せなさい!! もうすぐプロデューサーが戻ってくるから、来週のスケジュールは
 プロデューサーにしっかり聞いといてね!! じゃあまた明日!!」

 ついて来ようとした伊織を事務所の中に押し込んで、私は猛ダッシュで事務所の階段を駆け下りた。通りに
出ると、道のはるか向こうにやよいの小さなツーサイドテールが見える。ああもうあんな所に!! 最近デスク
ワークばっかりで体が鈍ってるのに、追いつけるかしら―――――


102: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:27:37.50 ID:EiPigDN/0


***


「そうだったのか。最初から決まってたんだな。それじゃあ仕方ないさ……」

 やよいはミキに抱き着いてしばらく泣いた後、ぽつぽつとミキ達に説明してくれた。そんなやよいのカラダ
は本当にちっちゃくなっちゃってて、ミキも泣きそうになったの。

「ごめんなさい……、みなさん私のためにいっしょうけんめい教えてくれたのに……」

「気にすることないさ。世の中そんなに甘いもんじゃないぞ。自分も何度も悔しい思いをしたさ。な、貴子」

「……」

 ちなみにさっきからやよいをなぐさめているのは響で、貴音はタマシイが抜けちゃったみたいに
うんともすんとも言わない。すっかり沖縄弁に戻っちゃってるケド、そんな事はもうどうでもいいの。
ミキもやよいの背中をなでることしか出来なくて、何て言ったらいいのかわからなかった。

「でも765プロも融通が利かないな!自分だったらメンバーを変えてでも、今のやよいを放っておかない
けどな!プロデューサーは何を考えてるさ!」

 しばらくして、だんだん余裕が出てきた響が怒り出した。ミキもムカムカしてきたの。そうだよ、おかしいよ。
ミキ頑張ったのに、人生で初めてくらいホンキを出したのに、どうしてダメだったの?

「納得いかないの……、アイドルを目指すようになってから、何もかもうまくいかないの……どうして?
 ミキにフカノウはないのに。ミキは何だって出来るのに……」

「み、美希……?ちょっと落ち着くさ…… すごく怖い顔してるぞ……」

 落ち着いてるよ?ミキはいつでもマイペースで冷静で、誰かにふりまわされたりしないの。むしろミキが
みんなをふりまわすんだから。ミキはいつだってお姫様なんだよ。


103: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:29:34.55 ID:EiPigDN/0


「美希さん……?」

「やよい、今から765プロに行こうか。どうしてやよいがそのりゅーぐーウラシマ?に選ばれなかったのか、
 ミキが納得するまで説明してもらうの」

「み、美希……、別にこういうことは珍しくなくてな……」

「わたくしも納得がいきません。お供致します、美希」

「た、貴子!? 」

 今まで黙っていた貴音も、美希の意見に賛成してくれた。さすが貴音、話がわかるの。ゼンレーやジョーシキ
なんて関係ないの。ミキがおかしいと思ったら、それはゼッタイにおかしいの。

「その通りです。わたくしは貴女の意見を全面的に支持しますよ、美希」

「ダメだ……、貴子もキレちゃってるぞ……」

「い、いいんですよ美希さん……、私のがんばりがたりなかっただけで、私がダメなだけだし……」

「そんなことないの!! 」「それはありえません!! 」「それは違うぞ!! 」

 ミキ達は全員で否定した。そこは響も同じなんだね。じゃあモーマンタイなの。さあ、765プロに
レッツゴーなの!!

「やよい~、ちょっと待って~!! 」

 その時、公園の向こうからスーツを着たメガネのお姉さんが走ってきた。ん?やよい、あの人だれ?

「律子さんです……、765プロのプロデューサーさんです……」

「ほほう、あの方がプロデューサーですか。こちらから行く手間が省けましたね」

 指をポキポキ鳴らして、貴音が律子を迎え撃つ。わお、貴音カゲキだね。ミキも加勢するよ。

「ケ、ケンカはダメだぞ!! まずは話し合いさ!!」

 響うるさい。話し合う余地なんてゼロなの。やよいを泣かせる人は、たとえやよいの事務所のプロデューサー
でも許さないよ!!



104: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:31:15.37 ID:EiPigDN/0


***


 はあ……、はあ……、ふう、ようやく追いついたわ。……ん?周りにいるのは誰かしら。やよいの近くには
銀髪の女の子に金髪の女の子に、それから黒々とした髪の大きなポニーテールの女の子3人がいた。何だか
ずいぶん個性的な子達ね。

「……って、あれ四条貴音じゃない。てことはあの子達がやよいの『影のコーチ』ね」

 海外モデルのサイトを検索すれば彼女の写真は手に入る。この前のオーディションでグランプリも獲ったし、
四条貴音はこれから知名度がどんどん上がっていくだろう。しかし実物は美術品みたいに美人ね。姿勢も
綺麗だし、マネキンよりマネキンっぽいわ。

「765プロの方ですね。この度の高槻やよいの処遇について、お伺いしたい事があるのですが」

 ……って、何でこの子いきなりキレてるのよ。いつの間にか私の前に立った四条貴音が、怒りのこもった
冷たい目で私を見下ろしていた。な、何よ……、やろうっての?

「お、落ち着くさ貴子!! 業界の人間とケンカしたら後々やり辛くなるぞ!! まずは話し合うさ!! 」

 するとそんな貴音の腕を掴んで、必死に制止してる子がいた。3人の中で一番小柄な黒いポニーテールの
女の子で、小さな体であわあわと私と貴音の間を行ったり来たりしてる。……ん?この子もどこかで
見たような気が……


105: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:32:51.12 ID:EiPigDN/0


「え……?もしかして我那覇響?あんた我那覇響じゃないの!? 」

「ぎくっ!! な、何の事さ……? じぶ、私は野口響子という名前で……」

「響。この方はわたくし達の事をご存じの様です。どの道今日やよいには本当の事を打ち明けるつもりでしたし、
 ちょうど良い機会でしょう」

 どうやら間違いないみたいね。ちょっとダンサー業界に興味を持ったら、日本でも彼女の名前と顔写真
くらいは簡単に見ることが出来る。やよいはまだアイドルになって日が浅いから気づかなかったのね。
伊織もダンサーには興味ないし。

「がなは?響子さん、どういうことですかあ?」

「う、う~ん、それはなあ……」

 純粋なやよいの視線に耐えられず、我那覇響は何とも答え辛そうにしどろもどろになっていた。これは
助け舟を出した方がいいのかしら。私もどうして偽名なんて名乗ってるのか聞きたいしね。

「やよい、あんたが白鳥貴子と野口響子と呼んでるその二人はね、モデル業界とダンス業界の超大物よ。
 その子達ひとりで、ウチくらいの規模の事務所だったら簡単に作れるわ」

「え、ええ~!! そんなすごい人なんですか~!? 」

 凄いなんてもんじゃないわよ。この二人が一緒にいること自体が驚きなのに、さらにやよいのコーチをして
いたなんて。道理でやよいが急成長したわけだわ。そして伊織の話では、この二人とやよいをつないだのが、
貴音の横で黙ってこっちを睨んでいる金髪の女の子なのね。


106: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:35:38.57 ID:EiPigDN/0


「あなたも本名は違うの?三木さん」

「何のこと?ミキはミキなの。気安く名前で呼んで欲しくないな」

「……?ちょっと待って、あなた『三木』って苗字なのよね?もしかして名前なの?」

「そんな魔法少女みたいな苗字じゃないの。どうカンチガイしたらそうなるのかな」

 不機嫌な様子で金髪の少女がぶっきらぼうに言う。伊織ぃ~、あとで覚えてなさいよ……

「みき……ミキ……?ん?最近そんな名前をどこかで見たような……」

 改めて彼女をまじまじと見る。ゆるめのパーマをあてた長い金髪で、我の強そうな派手な顔立ちの……

「……もしかしてあなた、星井美希なの?」

 はは、まさかそんなことあるはずないわ…… アイドルのオーディションに彗星のごとく現れたかと思えば、
並居る強豪を抑えて準グランプリを二つ獲得した鳥好きの天才。規格外の貴音と響には及ばなかったものの、
ある意味この子が一番得体のしれない存在でその実力は未知数だ。そんな子がここにいるはずが……

「へえ、ミキの事知ってるんだ…… ま、ミキこれからトップアイドルになるんだし、サインくらいなら
 そのメガネに書いてあげてもいいよ……」

 そう言ってニヤリと笑った星井美希に、私はぞくりと鳥肌が立った。ただならぬ雰囲気を感じたのか、
後ろの池に浮かんでいた水鳥も一斉に飛び立つ。直感した。この子は本気だ。本気でトップアイドルになる
つもりだ。どうせアイドルのオーディションもすぐに飽きると思っていたのに、どうやら本気でアイドル
業界に殴り込みをかけるようだ―――――








107: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:37:31.28 ID:EiPigDN/0


***


「そうだったんですかあ。たまに美希さんが響子さんの事を『ひびき』って言うから不思議だったんですけど
 響さんっていう名前だったんですね。響さんも白鳥さんの事を『たかね』って言ってたけど、『貴姉さん』
 って言ってたんだと思ってました」

 貴音と響がやよいに本名を教える。あれ?ミキ気を付けていたはずなんだけどなあ。少なくともやよいの
前では、響と貴音を本名では呼ばなかったと思うけど。

「申し訳ございません。貴女を欺くつもりはなかったのですが……」

「ごめんなやよい。悪いとは思ってたんだけど、自分達も事情があって……」

 でもそんな二人を、やよいは笑って許した。

「いいんですよ。白鳥さんでも響子さんでも、私に優しくいっしょうけんめい教えてくれたのは変わらない
 ですから。これからは貴音さんと響さんですね。美希さんもあらためてよろしくおねがいします!」

「うん!これからもよろしくねやよい!ミキは今までどおりミキだからね!」

 やっとやよいの顔に笑顔が戻ったの。うんうん、やよいはやっぱりそうじゃなくちゃね!

「そういう事情があったわけね。別にウチはそこまで神経質な事務所じゃないけどね」

 ミキ達の後ろでうんうんと、納得したように律子がうなずいていた。あ、まだいたんだ。もう帰って
いいよ。やよいの事はミキ達が面倒見るから、さっさと765プロに戻りやがれなの。

「アンタなかなかいい根性してるわね……、伊織とは別ベクトルで生意気な子だわ……」

 伊織?ああ、デコちゃんか。そういえばデコちゃんも765プロだったっけ。あんなワガママお嬢サマと
一緒にしないでほしいな。ミキはもっとオトナのオンナなの。


108: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:40:55.39 ID:EiPigDN/0


「美希、まだ律子を帰してはいけません。わたくし達はまだ、やよいを何故ゆにっとに選ばなかったのか
 訊いておりませんよ」

「そうだったの!! どうしてやよいがりゅーぐーおとひめに選ばれなかったのか、ミキ達が納得いく
 セツメイをしてほしいの!! 」

 あやうくダマされるところだったの。このオバサン、タダモノじゃないの……

「誰がオバサンよ!! 私はまだ19よ!! それにアンタが勝手に忘れていただけでしょうが。私はまだ何も言って
 ないし、説明しないとも言ってないわよ。あと竜宮小町ね。批判するなら名前くらいはしっかり覚えて
 おきなさい」

 うぐ、こういうタイプミキ苦手なの…… 貴音パス!!

「いいでしょう。では律子嬢、説明していただけますよね?やよいの実力はあいどるとしては申し分ないはず。
 分野の違うわたくしと響でもそれは分かります。765ぷろにも事情はあると思いますが、計画を変更してでも
 やよいをゆにっとに起用する価値はあったのでは」

 貴音は静かに律子に聞いた。だいぶ冷静になったみたいだケドまだ怒ってるみたい。律子はちらっと
やよいの方を見てから、小さくため息をついてしぶしぶ説明した。

「確かにあんた達の言う通り、竜宮小町のメンバーを変更してやよいを入れる案も出たわよ。ただでさえ
 ウチの事務所は弱小だし、デビュー出来るアイドルはどんどんデビューさせてあげたいしね。でも結局、
 それは無理になったのよ。竜宮小町は水瀬伊織、双海亜美、三浦あずさがベストメンバーなの。それ以外は
 考えられないわ」

「『無理になった』ということは、一応考慮はしたのですね。では何が理由でやよいの起用は見送られた
 のでしょうか」

「……どうしても言わなきゃダメ?」

「はい。貴女の了承を得ずにやよいに稽古をつけた事は申し訳ないと思いますが、わたくし達は微力ながら
 やよいのあいどるとしての成長に貢献したという自負があります。頼まれたわけではありませんが、貴女も
 プロデューサーでしたらわたくし達に対して誠意と感謝の意を示すべきではありませんか?」

 何だかヤ○ザがインネンつけてるみたいなの。でもミキ達にも、やよいがユニットのメンバーに
選ばれなかった理由を知るケンリはあるよね?


109: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:43:15.14 ID:EiPigDN/0


「……わかったわ。でも今から話す事は事務所の経営に関わるから、絶対内緒にしてよ。そもそも竜宮小町に
 ついてもまだ未発表なんだから。やよいもいいわね?」

「は……、はいっ!」

 やよいも緊張した様子で、律子の顔を見る。響も黙って見ていた。

「んん、もう!! もったいぶってないでさっさと教えてほしいの!! で、結局やよいの何がダメなの!? 」

「ダメな所なんてひとつもないわよ。ただ、アンタ達はやりすぎたのよ……」

 ん?やりすぎた?それにダメな所はひとつもないの?

「プロデューサーとしての実力不足を認めることになるから言いたくなかったんだけどね。アンタ達のおかげで
 やよいはレベルが上がりすぎて、ユニットに収まるようなアイドルじゃなくなっちゃったのよ。悔しいけど、
 総合力で見ると今のやよいはウチのアイドルの中でも1・2を争う実力者よ……」

 ミキも貴音もびっくりしすぎて声が出なかった。やよいも目をシロクロさせている。響だけが、わかっていた
みたいで苦笑いしてた。

「やよいに稽古をつけてくれたことは感謝しているわ。事務所を代表してお礼を言わせてもらいます。
 ありがとうございました」

「あ……、いえ、どういたしまして……」

 頭を下げた律子に、慌てて貴音も頭を下げる。こんなおろおろしてる貴音を見るのははじめてなの……

「でもユニットのメンバーにする為の稽古だったなら、少しでもそれを念頭に置いて稽古をしてあげて
 欲しかったわ…… 千早の歌のレッスンに貴音のビジュアル指導、それから響のダンスの稽古って、アンタ達
 全員一匹狼じゃない。おかげでやよいはしばらくソロ活動に専念することになったわ。やよいについては
 ユニットも想定した育成計画があったのに、全部パーよ……」

「も、申し訳ございません…… まさかそのような事態になっていたとは……」

「自分もしばらくひとりでダンスしてたからうっかりしてたな~。確かにやよいにレッスンつけながら、
 一緒に踊れるレベルの子がいるかなって心配だったんだ。琉球スライドで止めとけばよかったかも……」

「う?う?ううぅ?」

 律子はまたため息を吐いた。貴音は小さくなっちゃって、響は気まずそうに髪の毛をいじって、やよいは
まだ事情がよくわからないみたいでおろおろしてる。う~ん、それでやよいは結局どうなっちゃうの?
りゅーぐーこまちよりスゴイんだったら、トーゼンデコちゃん達より先にデビューさせるよね?




110: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:45:44.04 ID:EiPigDN/0


「その通りよ。高槻さんをデビューさせないなんて事務所の、いえアイドル業界の、いいえ全人類の
 大きな損失だわ。そんなの神様が許しても、この私が許さない」

 その時、ミキ達の後ろからキリっとしたキレイな声で、なんだかアブないセリフが聞こえてきた。
振り返るとそこにはスレンダーでサラサラした髪の毛の、美人な女の子が大きな封筒を持って立っていた。
あれ?このコどこかで見たような気がするの。

「あなた達が高槻さんの影のコーチですね。はじめまして、765プロの如月千早と申します。今回は私の、
 いえ、うちの高槻さんがお世話になりました。ありがとうございました」

 ああ、この人がやよいの言ってた「ちはやさん」なのか。歌の上手なアイドルさんで、もうデビュー
してるんだっけ。どおりでテレビで見たような気が……

「って、思いだしたの!! ニョッキさんなの!! 『あおい~とり~♪』のニョッキさんなの!! ウソウソッ!?
 やよいニョッキさんに教えてもらってたの!? 」

 間違いないの!! スゴイ!! ホンモノのニョッキさんだ!! いいな~やよい、うらやましいの!!

「ニョ、ニョッキさん?そんな風に呼ばれるのは初めてなんだけど…… 律子、事務所では私をそんな名前で
売り出してるの?」

「そんなわけないでしょ。何よそのおいしそうな名前は…… それより千早、その封筒を持ってるって事は
 間に合ったみたいね。見せてもらえる?」

 律子はニョッキさん…じゃなくて千早さんから大きな封筒を受け取った。あれ?その封筒も見た事ある
気がするんだケド。


111: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/16(金) 19:48:31.33 ID:EiPigDN/0


「もう、事務所に着いたら高槻さんと律子が飛び出したって聞いたから、慌てて探しちゃったじゃない。
 さっきプロデューサーにも連絡を入れておいたから先に事務所に帰ってると思うわ。あまり
 ひやひやさせないで」

「ごめんごめん。突然の事だったから連絡出来なかったのよ。……うん、バッチリ。プロデューサーに
 営業の合間に取りに行ってもらったんだけど、ギリギリセーフだったみたいね。一週間前だから
 間に合わないかもって思ったけど」

 中身を確認して、律子はにっこり笑った。それからやよいの方を見た。

「やよい、『ルーキーズオーディション』受けてみない?今のあんただったらグランプリ狙えるわよ」

「う?」「なんと」「えぇ~~~っっっ!? 」

 やよいと貴音と響がハモった。ああそうだ、あの封筒はルーキーズオーディションの申請書類だった。
ミキも先週応募したっけ。

 ……あれ?て事は、やよいもルーキーズオーディションに出るの?ミキ、やよいとアイドル勝負するの?





123: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:48:23.02 ID:D+M6IsLt0


***


「驚くのも無理ないわね。でもこれは社長とプロデューサーとも話し合って決めた事よ。あんたが最近すごい
 って聞いたから、トレーナーの先生にレッスン風景を撮影してもらって、そのビデオを見て判断したのよ。
今まで満足にレッスンつけてあげられなくてごめんね。あんた本当に頑張ってたのね」

「い、いえいえ!! 頭をあげてください律子さん!! 私の方こそ、なかなかレッスンに出られなくて事務所に
 迷惑かけてばかりでほんとうにごめんなさい。でも私がルーキーズオーディションなんて……」

 謝りあう律子とやよい。部外者のミキ達は黙って見てて、千早さんは満足そうだったの。

「謙遜しなくていいのよ。私も正直驚いたわ。社長とプロデューサーはすぐにGOサインを出したのよ。
 本人の前で言うのも悪いけど、去年の千早より今のあんたの方がアイドルとしての完成度は高いわ。残り
 一週間でオーディション対策しないといけないから大変だけど、あんたなら問題ないって私も思うわ」

「いいのよ律子。高槻さんの実力は私も保証するわ。高槻さんは私の歌のレッスンも問題なくついてきて
 くれるし、影のコーチさん達のおかげでダンスもポーズも上達してるしね」

 律子と千早さんにベタ褒めされて、すっかり困っちゃった様子のやよい。ミキ達はやよいをスゴい
アイドルにしちゃったみたいなの。


125: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:49:28.54 ID:D+M6IsLt0


「自信を持って高槻さん。誰もあなたを迷惑だなんて思ってないわ。あなたが来てから、765プロは前より
 もっと明るく楽しくなったのよ。もうあなたのいない765プロなんて考えられない。あなたがいなく
 なったら、私は何を支えに歌えばいいのかわからなくなってしまうわ」

「千早さん……」

 やよいの手を握って、千早さんは熱い視線を送ってる。あ、あれ?なんだかミキ恥ずかしくなってきたの。
女の子同士なのにヘンな感じ……

「こ~らこら、そこまでにしときなさい千早。それ以上やると春香が泣いて伊織が怒るわよ。正直応募に
 間に合うかは賭けだったから、ダメだったらって考えるとさっきは言えなかったのよ。でも締切りは
 今日の夜までみたいだから、出場するかどうかは今すぐに決めてくれないかしら。バタバタして悪いけど
 もう事務所は準備出来てるし、あとはあんたの気持ち次第よ」

「う、うぅ……で、でもぉ……」

 そう言いながら、やよいはちらっとミキの方を見た。ミキもどう言えばいいのか分からないの。やよいとは
トップアイドルのステージでバトルしようねって約束したけど、まだ心の準備が……

「ああ、そういえばあなたも出るのね、星井さん」

 その時、律子は急にこっちに向かって言った。ど、どうして知ってるの!?


126: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:50:51.58 ID:D+M6IsLt0


「そりゃあプロデューサーですもの。他の出場者くらいはチェックしてるわ。そしてその上で、やよいの
 出場を決めたのよ。四条貴音や我那覇響が出場するならちょっと厳しいけど、今年のメンバーだったら
 十分グランプリも狙えそうだしね」
 
 ……カチン。それってミキがやよいの相手にならないってコト?

「そこまでは言わないけどね。あなたは確かに天才だし、敵に回すと厄介よ。並みのアイドルや事務所
 だったら直接対決は避けるでしょうね。でもね……」

 そこで律子のメガネがギラリと光る。横にいる千早さんもニヤっと笑った。一瞬、ミキの心臓がドキっと
したの……

「『天才殺し』はウチの事務所の十八番よ。どうして弱小事務所の765プロがこの業界で他のアイドルと
 互角に勝負しているか、ルーキーズオーディションで教えてあげるわ」

 貴音と響もカタいカオをして律子を見てる。どうやらハッタリじゃなさそうなの。千早さんがいる事務所
だもん、フツーのワケがないよね。



127: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:52:55.09 ID:D+M6IsLt0


「やよい、優しいあんたのことだから星井美希に遠慮するかもしれないけど、でもそれは間違いよ。
 仲良しでも友達でも勝負は別、オーディションのグランプリになれるのはひとりだけなの。あんたは
 場合によっては、千早や伊織とも戦わなくちゃいけないのよ」

律子がシンケンなカオしてやよいに言い聞かせてる。やよいもマジメなカオして、律子を見てた。

「でもね、その勝負は悪い事じゃないのよ。勝った子は夢を叶えることが出来るし、負けた子はもっと
 もっと頑張って、やがて勝った子と同じトップアイドルのステージに立つでしょう。お互いに悔いを
 残さずに全力で勝負したら、そこで再会した二人は今よりもっと仲良く出来るわ」

 律子は優しい声でやよいに教える。あ、それって『ライバルで大親友』ってやつだね。貴音と響みたいで、
ミキがやよいとなりたいカンケイなの。

「高槻さん、トップアイドルのステージは素敵よ。私もまだそこを目指している途中だけど、デビューして
 それがどういうものか見えてきたわ。上手く説明できないけど、今までの長く苦しいレッスンを全て
 忘れられるような、夢のような場所だと思うわ」

 千早さんも続ける。そっか、夢のような場所なんだ。ミキもあこがれちゃうなあ。


…… だったらミキ達もいくしかないの!






128: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:54:22.06 ID:D+M6IsLt0


「やよい。ミキと勝負しよう。やよいもルーキーズオーディション受けるの。どっちが先にトップアイドルに
 なれるか競争だよ!! 」

「美希さん!? 」

 ミキの言葉にやよいはびっくりした。貴音と響も驚いてる。ミキヘンなこと言ってないよ?元々その
つもりでレッスンしてたんだし、みんなもそう言ってたじゃん。

「ちょっと予定と違っちゃったケド、結果オーライなの。それにやよいがオーディションでガンバったら、
 きっとデコちゃん達もガンバれると思うよ。やよいは事務所で一番エラいアイドルになるの!」

 そもそも、やよいはどうしてもりゅーぐーこまちに選ばれたかったワケじゃない。みんなのサポートが
出来るくらい、アイドルとして成長したいって言ってた。だったら迷う必要なんてないの。ルーキーズ
オーディションに出る事で、やよいの望みはタッセイされるの!

「あ、でもグランプリはミキのものだからね?やよいは悪いケド、準グランプリか特別賞でガマンしてね。
 ミキそろそろ二位に飽きてきたし、ルーキーズオーディションはホンキで獲りに行くよ」

 ミキが一位じゃないなんてありえないの。今までのオーディションは遊びで、今度のはカワセミみたいに
カッコ良くトップをゲットするの!! だからやよいはミキの後から、デコちゃんと一緒にゆっくりトップアイドル
になればいいよ。ミキやさしいから待っててあげるね!


129: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:55:40.16 ID:D+M6IsLt0


「……させません」


 ミキの言葉に、下を向いて黙っていたやよいがぼそっとつぶやいた。え?なに?きこえな~い☆

「そうはさせません!! グランプリをとって先にトップアイドルになるのは私です!! 」

 半分ベソをかきながら、やよいは大きな声でミキに言った。……あは☆ ようやくやる気になったね。
それでこそミキのライバルなの。

「千早さんといっしょに先にトップアイドルのステージでまってますから、ぜったいに美希さんも来て
 くださいね。貴音さんも響さんも、お待ちしています」

「ええ、必ず。貴女も忙しいとは思いますが、夢を叶えるその日まで鍛錬を怠ってはいけませんよ」

「それはこっちのセリフさ。今回のオーディションに出なくたって、後から巻き返してやるぞ!! 」

 貴音と響も楽しそうに笑った。じゃあここでお別れだね。次に会うのは一週間後、ルーキーズ
オーディションのステージで。貴音と響といっぱい練習して楽しみにしてるよ。



130: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:56:53.66 ID:D+M6IsLt0


「ま、まってください美希さん……!! 」

 帰ろうとしたミキ達を、後ろからやよいが呼び止めた。どしたの?まだ何か用?

「い、今までありがとうございました!美希さんに出会って貴音さんと響さんにレッスンしてもらって、
 アイドルを続けられてオーディションに出られることになりました。ほんとうに、ほ、ほんとうに、
 ありがとうございました……!! 」

 ぐずぐず泣きながら、やよいはミキ達におじぎした。その背中を律子が優しく撫でている。いいよ、
ミキも楽しかったしね。それにやよいのおかげで、ミキもホンキになることが出来たの。

「お礼を言うのはまだ早いよ。ミ、ミキもやよいに会えてよかったの。じゃあちょっとだけ
 お、おわかれ、だね…… ち、長介たちにもよろしく……」

 あ、あれ?おかしいな。ミキも涙がとまらないの。なんで?ミキ、悲しいわけじゃないのに……

「行きましょうか美希。それではやよい、765ぷろの皆様、御機嫌よう」

「またな、やよい!本番までケガしちゃダメだぞ!! 」

 スカートの裾をちょんとつまんでお辞儀をする貴音と、両手を大きく振る響。ミキは振り返らなかったの。
泣いてるカオを見せるのって、はずかしいもん。



131: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 19:59:02.50 ID:D+M6IsLt0


***


―次の日―

「響~、来たよ~! 」

「お~、カギ開いてるから入って来てくれ~!! 」

 やよいと別れた次の日、ミキは響のマンションにやって来た。今日はミキのルーキーズオーディションの
作戦会議なの。貴音はもう来てるみたい。

「おじゃましま~……」

 しゅぱぱぱぱぱ…… べちゃっ

「ぶ!? な、なに!? なんなの!? 」
 
 マンションのドアを開けたら、ミキのカオに何かあったかくてやわらかいものがへばりついたの。痛くは
なかったケド、いきなり目の前が真っ暗になってびっくりしちゃった。

「わわっ、ダメだぞモモ次郎!! こっちに来い!! 」

 ぴょん、しゅぱぱぱぱぱ……

 ミキのアタマからまたジャンプして、モモンガが響の方へとんでった。何でモモンガなんて飼ってるの!!
ヒジョーシキなの!!


132: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:00:44.35 ID:D+M6IsLt0


「ま、まあまあ落ち着きなさい美希。そ、その程度で驚いていては、この部屋にはいいいられませんよ……」

 先にマンションに来てた貴音がミキに言った。ん?でも何か様子がヘンなの。青いカオしてるよ?

「あはは、貴音はへび香が怖いんだ。今日は別の部屋に移してあるって言ってるのにな」

「で、ですがあの様な面妖な生物が近くにいると思うと……」

 部屋に入ったミキに、貴音はがっちりしがみついてきた。ちょ、ちょっと苦しいの…… 響もああ言ってる
んだし、ダイジョーブだって!! すましたカオでムツカシイこと言ってカッコつけてるかと思えば、貴音って
コドモっぽいところもあるの。

「よく来たな美希、とりあえずそこに座ってくれ。今お茶淹れてくるから、ちょっと待つさ」

 鼻歌を歌いながら、響はキッチンに行っちゃった。座れって言われても、ミキのざぶとんにはでっかい
ワニが乗っかってるの。他にもイヌとかネコとかブタとか、いっぱい動物がいて落ち着かないな。

「大丈夫ですよ美希。彼らはよく躾けられているのでわたくし達に危害を加えたりはしません。
 響の調教は完璧です」

 だったらさっさとミキのウデを離してほしいな。ワニもだけど、貴音もジャマなの。



133: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:02:51.70 ID:D+M6IsLt0


***


「で、言った物はちゃんと持ってきたか?」

「うん、これで全部だよ」

 お茶を持ってきた響と貴音と、三人でテーブルを囲んでミキはバッグから芸能事務所の名刺を出した。
前と、その前のオーディションに出た時にスカウトさんからいっぱいもらったの。

「テキトーにバッグにつっこんでたんだけど、ちゃんと数えたら37枚あったの。やっぱりミキのスター性
 は隠し切れないんだね♪」

 芸能人になったみたいで嬉しいの。これだけあったら、ミキもすぐにトップアイドルになれるよね。
そう、今日ここに来たのはミキの所属事務所を決める為なの。勝負するやよいが765プロとがっつり
オーディションの練習するんだったら、ミキも事務所でレッスンを受けた方がいいって貴音と響は言った。
ミキは今のまんま三人で練習してたらいいと思ってたんだけど、

「わたくしと響のれっすんは所詮付け焼刃に過ぎません。それにやよいを見くびらない方がいいですよ。
 765ぷろも秘策があるようですし、ここは事務所の経験とのうはうに頼りましょう」

 って貴音に言われちゃった。どのみちアイドルとしてデビューするには事務所に入らないといけないし、
この際だから決めちゃおう!ってコトみたい。でもどうせ入るなら、ふたりのどっちかと同じ事務所が
いいなあ。

「はは、それは面白そうだな。もし美希の事務所が良さそうな所だったら、自分も入らせてもらうぞ。
 自分もそろそろマジメに探さないとな」

 響が笑いながら名刺をテーブルに並べる。何だかトランプみたいだね。でも芸能事務所っていっぱい
あるんだね。どこに入ったらいいか迷っちゃうの。


134: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:04:34.18 ID:D+M6IsLt0


「所属アイドルが1人しかいないような小さい所から、100人以上の大きい所までいっぱいあるぞ。
 それに貧乏な所と金持ちの所にも分かれているから、ちゃんと考えて選ばないと後悔するさ」

 響はそう言いながら、いくつか名刺をとってゴミ箱に捨てていく。中にはヤクザさんとつながってる
ような危ない所とか、女の子に○○○○仕事をさせる所もあるらしいの。二人はじっくり名刺を見ながら、
そんな事務所の名刺をゴミ箱に捨てていった。あっという間に名刺は10枚になっちゃったの。

「芸能の世界は華やかに見えますが、その内情は魑魅魍魎としております。それはあいどる業界も同じです。
 ですからわたくし達も最低限の自衛はしなければならないのです」

 ドラマとかでよく見るけど、ジッサイはもっとえげつないんだって。オトナの世界は汚いの。

「さて、この中で美希にふさわしい事務所は……」

「ここはダメだな。悪くはないんだけど、プロデューサーが新人らしいさ。美希なんて入れたら過労死するぞ」

「そうですね。ここも却下ですね。規模はそれなりに大きいですが、所属するあいどるの実力が伴って
 おりません。おそらく美希を持て余すことになるでしょう」

 二人は相談しながらまた名刺を捨てていく。結局、ミキがもらった名刺は5枚になっちゃったの。


135: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:06:24.89 ID:D+M6IsLt0


「この中から選んだらいいの?この5つの事務所だったら安心なんだよね?」

 ミキはよくわかんないから二人に全部お任せなんだけど、でも二人は残った5つの名刺を見てフクザツな
カオをしたの。

「はい。確かにこの中の事務所でしたら貴女の実力に見合ったれっすんが受けられるでしょう。ですが……」

「やっぱりここらへんが残ってくるんだな。どうしよっかな……」

 どうやら貴音と響は、残った事務所を知ってるみたい。何か問題でもあるの?

「ミキはトップアイドルになれたらどこでもいいんだけど。この『東豪寺プロダクション』なんてどうかな?」

『魔王エンジェル』の事務所だっけ?ミキもテレビで見たことあるの。

「う~ん、確かにそこは大手だし、有名なアイドルもいっぱい出てるんだけどな……」

「先日事務所内でくーでたーがあったようで、社長をはじめ経営陣が全員入れ替わったのですよ。それから
 悪い噂を耳にするようになりましたし、暫くは近づかない方が得策でしょう」

 貴音が教えてくれた。そうなの?ミキめんどくさいのはイヤだし、じゃあやめとこっと。



136: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:07:52.65 ID:D+M6IsLt0


「じゃあここは?『西園寺プロダクション』」

 東がダメなら西なの。ちょっと名前がカッコいいかな。

「その事務所はなかなか有能な社長がいるのですが……」

「西園寺?ダメダメ!! そこはプロデューサーがヘンタイだぞ!! この前見学させてもらたんだけど、とにかく
 プロデューサーが気持ち悪くて、ハム蔵もパニクってたさ!! 」

「ヂューッ!! 」

 響のポニーテールの中からハムスターが飛び出してきた。うわっ、びっくりした!さっきのモモンガみたい
に飛びついてこないよね?

「じゃあここもダメ…と。う~ん。じゃあここは?『エンペラーレコード』。王様みたいでカッコいいの」

「あり得ません」

 貴音が即答した。え、何?なんでダメなの?

「美希、自分をもっと大切にしなさい。ご両親が悲しみますよ」

 貴音がシンケンなカオで美希の肩をつかんで説得する。何で必死なの貴音。この事務所と何かあったの?


137: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:09:31.37 ID:D+M6IsLt0


「とにかくここは駄目です。こだまプロも悪くはありませんが、やよいと戦うには少々力が足りませんね。
 となると残りはここですが……」

 3人で最後に残った名刺を見る。そこには『961プロダクション』って書いてあったの。

「961プロ?ここって天ヶ瀬冬馬の事務所じゃないの?てっきり男の子しか応募しちゃダメだって思って
 たんだけど……」

 天ヶ瀬冬馬は最近よくテレビで見るイケメンアイドルなの。ミキは興味ないんだケド、クラスの子が
よく雑誌とか見ながら騒いでる。

「今度女性アイドルも育成するみたいで、自分も誘われたぞ。社長は変な奴だけどアイドルのレベルは高いし、
 レッスンルームも金がかかってて良い所だぞ」

 へえ~、そうなんだ。じゃあここにしよっかな。ミキの家からも結構近いし。

「確かに事務所は悪くはありません。ですが……」

 貴音はあんまりおすすめじゃないみたい。響もちょっと悩んでる。ここもダメなの?

「……やはりここも却下です。貴女の将来を考えると、961プロは最善とは言えませんね」

 貴音はそう言って、961プロの名刺もゴミ箱にポイって捨てちゃった。これでミキがもらった名刺はゼロに
なっちゃったの。



138: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:12:10.10 ID:D+M6IsLt0


「もうっ!! 名刺が全部なくなっちゃったの!! ミキはどこに行けばいいの!! 」

 アイドル事務所ってロクな所がないんだね!! 一回おまわりさんに調べてもらった方がいいんじゃないかな!!

「はは、自分もそう思うぞ。本当だったら小さくても良い事務所に入って、ゆっくりレッスンしてデビューする
 のがいいんだけどな」

「しかし今回は来週のるーきーずおーでぃしょんに参加し、更にやよいと勝負しなくてはなりません。
 そうなるとこちらの要求を受け入れてくれる事務所もかなり限られてきます」

 貴音はそう言いながら、自分の大きなカバンの中から分厚いファイルを取り出した。なにそれ?

「このような事態を想定して、わたくしもあいどる事務所の名刺を持ってまいりました。国内外問わず実力が
 あり、かつ善良な事務所の名刺を1000枚厳選しております」

 ぱらぱらとページをめくると、そこにはきっちりわけられた名刺がコレクションみたいにキレイに並べ
られてた。へ、へえ、貴音は外国でも活動してたからそんなにいっぱい持ってるんだね。ミキだってもっと
いっぱいオーディション出たら、すぐにそれくらい集まるもんね!!



139: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/18(日) 20:13:39.09 ID:D+M6IsLt0


「自分のも見るか?この間、美希と受けたオーディションの時にもらった名刺が200枚くらいあるけど。
 でも半分以上ダンサー事務所の名刺だから、ちょっと違うかな~」

 ……ミキはふたつオーディション受けて37枚だったのに、響はひとつ出ただけで200枚もらったの……?

「美希?どうかしましたか?なぜ泣いているのです?」

「うるさいの!! ふたりがミキをいじめるから悪いの!! 響!! ヘビ持ってきて貴音の首にまきつけて!! 」

「な、何キレてるんだ美希? へび香は隣の部屋にいるけど……」

 その後、ヘビを連れてこようとしたミキを響が必死で抑えたり、貴音が怖がってトイレに閉じこもっちゃった
りしてタイヘンだったの。ぜったいルーキーズオーデションで優勝して、あんた達より有名になってやる~!!


146: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:38:29.99 ID:htWgG9fj0


***


「……で、ウチに来たの。あんた達に選んでもらったのは光栄だけど、でも今度からはアポ問ってから
 来て頂戴ね。今日はたまたま私がいたから良かったけど、こんな事滅多にないんだからね」

「申し訳ございません。ですがこちらにもあまり時間が残されておりませんでしたので。次回からは事前に
 連絡してから参ります」

「まだ引き受けるとは言ってないわよ。あんた達1人でも大変なのに、3人いっぺんに来られても面倒見きれ
 ないわよ。―――――いくらこの石川実でもね」

 今、ミキ達は『876プロ』っていう小さいアイドル事務所に来てる。響のマンションで所属事務所を決めた
あと、そのまま電車に乗って一時間かけて来たの。外はもうまっくら。またママに怒られちゃうかも。

「ご安心を。わたくし四条貴音と我那覇響は付き添いでございます。876ぷろのお力を借りたいのは、こちら
 の星井美希です」

「よ…、よろしくお願いします……なの」

 貴音に紹介されて、ミキは社長さんにあいさつした。うう、なんだかこの社長さん女のヒトなのに
コワいの…… そういえばミキ、面接とか受けるの初めてなの。トップアイドルになるためにも、しっかり
しなくちゃね!!




147: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:39:57.77 ID:htWgG9fj0


「全然ご安心できないわよ。あんたが最近噂になってる星井美希ね。あんたは今年のルーキーズオーディション
 の台風って言われてるのよ。四条貴音でも我那覇響でもなく、業界全体が今のあんたに注目しているわ」

 社長さんはそう言うと、後ろのシャッターをさっと降ろした。降ろす直前に、向かいのビルの屋上から
キラッとカメラのレンズが光ったのが見えた。え?ミキ達もしかして尾行されてたの?

「くっそ~、しつこいヤツらだな。駅で撒いたと思ったんだけどな」

 響が悔しそうに言った。そう言えば駅の中でいきなり走ったりしたっけ?あれってそういうイミだったんだ。

「まあマスコミや記者の方は、その気になればいつでも潰せるから問題ないんだけどね。それよりあんた、
 ルーキーズオーディションで765プロの高槻やよいと勝負するみたいね。本気なの?」

 ど、どうしてそんな事まで知ってるの!? それはあの公園にいた人達しか知らないハズなのに……

「ウチは765プロとは友好関係にあってね。あっちの事務所のプロデューサーのいとこがウチでアイドル
 してるのよ。秋月律子って女のプロデューサーのいとこなんだけど」

 サイアク…… よりにもよって律子のいとこがいるなんて。じゃあミキ達の動きは全部律子に
バレちゃってるの?

「安心しなさい。オーディションになれば話は別よ。特にオーディションの作戦については極秘中の
 極秘だから、いくら身内でもそう簡単に教えさせたりしないわよ。そこは信頼してもらっていいわ」

 ここでようやく、社長さんはミキ達にウィンクしてくれた。ほ、よかった…… あとでミキもその
アイドルさんにアイサツしないとね。



148: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:41:07.04 ID:htWgG9fj0


「でもあんたを引き受ける受けないは別として、この勝負かなり分が悪いわよ。高槻やよいより、去年の
 如月千早の方がまだ対戦相手としては楽なくらいだわ。それでも勝負するの?」

「やはり石川社長の目から見てもそう思われますか。しかしだからこそ、わたくし達は貴女の力をお借り
 したいと思いこうして参上したのです。どうかお話だけでも聞いて戴けないでしょうか……」

 貴音は社長さんの目をじっと見てる。社長さんも目をそらさない。ミキは空気が重くて何も言えなかったの。

「ところで今更だけど、やよいって何がそんなにすごいんだ?自分もやよいとは対戦したくないな~って
 思うけど、具体的にやよいの何が怖いって聞かれたら上手く答えられないぞ」

 響……、ちょっとは空気読んでほしいの。でもミキもそれはちょっと興味あった。やよいは確かに可愛いケド、
でもベツにそんなに強そうに見えないもん。

「そうですね。ではここで高槻やよいについて改めて分析を致しましょうか。石川社長もご同席をして
 頂けると幸いです」

「まあ、それくらいなら付き合ってあげてもいいわよ。涼~、まだいる~?」

「は~い、呼びましたか社長?」

 社長さんに言われて、隣の部屋からメガネをかけた女の子がひょっこり顔を出した。その顔は律子そっくり
だった。間違いないの、この子が律子のいとこなの。でも何だかちょっとフシギな感じのする子なの……


149: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:41:52.87 ID:htWgG9fj0


「悪いけどお茶を4つ淹れてきてくれない?それが終わったら今日はもう帰っていいから。あとあんた、今
 来てるお客さんについては秋月さんに言っちゃダメだからね」

「わかってますよ。ボ…私も律子姉ちゃんに利用されるのは嫌ですし、見なかったことにしますって」

 涼って名前のその子は、苦笑いしながらお茶の準備を始めたの。あの子、なんかひっかかるな……

「なあ社長さん。何でアイツあんな恰好してるんだ?」

 その時、響が社長さんに聞いた。ん?あんなカッコ?普通のイマドキの女の子っぽいカッコだったと
思うケド、何かヘンだったの?

「響。それ以上はいけません。事務所には秘密の百や二百はあるのですよ」

「秘密というよりは弱点かもしれないわね。今はまだ世間には未発表だから、あんた達も内緒にして
 おいて頂戴ね。美希もわかった?」

「何のハナシ?ミキだけ仲間外れにされてる気がするの」

「分からないならそれでいいわ。じゃあ時間も遅いし、さっさと話を進めましょうか」

 結局心がモヤモヤしたまま、ミキ達は涼からお茶をもらったの。う~ん、後で響に聞いてみようかな。


150: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:43:06.69 ID:htWgG9fj0


***


「やよいは技術的な面ではまだまだ未熟です。体格に恵まれているわけでもありませんし、その面では
 美希の方が有利と言えるでしょう」

 貴音のセツメイが始まる。うん、それはそうだよね。ミキの方がナイスバディだし、プロポーションには
自信あるもん。

「でも運動神経は悪くないぞ。自分のダンスレッスンにも最後までついてきたし、それにやよいは賢いから、
 ちゃんと振付けも覚えてたぞ」

 む~、それはミキも一緒なの!ミキの方が振付け覚えるの早かったじゃん。たま~にやよいの方がミキより
早く覚えることもあったケド、でもほとんどは一緒かミキの方がちょっと早かったでしょ!

「ええそうですね。アイドルとしての才能は美希の方が恵まれているとわたくしも思います。しかし
 やよいには、その才能を覆す程の特殊な性質があるのです。そしてそれが、平均れべるのあいどるである
 やよいの能力を一気に高める脅威となるのです」

 貴音がシンケンなカオでミキを見た。な、何……?やよいってそんなにヤバいの……?

「美希、あんたこんな格言を知ってるかしら」

 横から社長さんが言ってきた。カクゲン?エラい人の言葉?

「『可愛いは正義』これはアイドル業界の常識で、絶対的な真理なのよ」

 ……それって格言なの?確かにやよいは可愛いケド。



151: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:43:56.55 ID:htWgG9fj0


「流石は石川社長。まさしくその通りです。そしてやよいはそれだけではありません。彼女はその年齢以上に、
 体内に膨大な徳を積んでおります。初めてやよいを見た時、わたくしは思わず彼女に手を合わせてしまいそう
 になりました。半世紀以上神に仕え、教会に祈りを捧げた修道女でもあれほどの徳を積むことは困難でしょう」

「シンリ?トク?もうっ!! ムツカシイことばかり言わないで欲しいの!! 結局やよいは何がスゴイの!? 」

 響もよくわかってないみたいでさっきから首をかしげてる。いい加減、ミキ達を置いてけぼりにしないで
ほしいな!!

「ではわかりやすく言いましょう。貴女が才能豊かな天才だとすれば、やよいは……」

 ここで貴音は言葉を切った。それから深呼吸して、ゆっくり言ったの。


152: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:44:46.48 ID:htWgG9fj0



「―――――愛に溢れた“天使”です。わたくし達は天使と戦おうとしているのですよ」



 マジメに聞いてたら笑っちゃいそうなセリフだけど、貴音はシンケンだった。響も何かを感じたのか、
静かになっちゃった。社長さんもそれが当たり前みたいなカオをしてるの。


153: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:45:51.19 ID:htWgG9fj0


「相手が『天才』だったら、まだ対策のしようがあるわ。天才は突出した能力がある反面、必ず致命的な弱点も
 抱えているからね。でも『天使』は違う。そもそも天使と勝負しようって発想自体が馬鹿げてるのよ」

 社長さんが横から続けた。ミキまだどういう事かよく分からないけど、でもヤバいってのは理解できたの。
そしたら体がガタガタ震えてきた。あ、あれ?おかしいな、寒くないのに、どうしてミキこんなに
なっちゃってるんだろ……

「やよいに勝つには『勝敗を超えた勝負』で勝利しなければいけません。それがどれほど難しい事か。
美希、貴女には理解できますか―――――」



“人間が神の使いに勝つ姿を、貴女には想像出来ますか?”






154: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:47:10.16 ID:htWgG9fj0


***


「ちょっと貴音の話だけだと抽象的すぎるから、業界の人間としての意見を言わせてもらうわね」

 おも~い空気を社長さんが壊してくれた。た、助かったの…… あのままだったら、ミキ息がつまりそう
だったし。響も酸欠で死にそうになってるの。

「やよいはね、愛の化身みたいな子なのよ。可愛らしいルックスもだけど、その内面から湧き上がる愛が
 周囲の人を強烈に惹きつけるの。あの子は全ての人に愛されるし、あの子も全ての人に分け隔てなく
 愛を与える。あんた達もやよいの事が大好きでしょう?」

 言われてみれば確かにそうなの。だから同じ事務所のでこちゃんや千早さんがあんなザンネンな感じに
なってたんだね。ミキもあやうくそっちの世界に目覚めそうになったの。

「高木から聞いたんだけど、やよいは経済的に恵まれてない家の子みたいね。でもそれが逆に、やよいの愛の力
 を高める要因になってると思うわ。貧しさにも負けず弟や妹達と助け合いながら、あの子は両親の支えと
 してめげずに愛と共に健気に成長したのでしょう。だから目先の富や快楽に負けず、人間の、いや生物の
 根源的な幸福につながる感情が無意識に分かってるのよ」

「それが愛なのか。確かに愛さえあれば、どんな動物とでも分かり合えるもんな」

 響がつぶやいた。響の家のペットはみんな響になついてたっけ。


155: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:48:18.32 ID:htWgG9fj0


「やよいにとって人は愛する対象であって、そんなあの子に接した人間は、自然に普通に呼吸をするように
あの子を愛するようになるのよ。アイドルとしてこれ以上の武器はないわ」

「わたくしもやよいによって心変わりをさせられてしまいました。あの子の純粋さは人ひとりを変えてしまう
 程の威力を持っております。敵に回すと恐ろしい子ですよ」

 そういえば貴音もやよいのことになるとアツくなってたな。ミキも一緒だけど。

「そしてやよいは人を疑わない。あの子には敵がいないからね。同時に自分も疑わない。これがあの子の
 アイドルとしての実力を底上げする力になってるのよ。あんた達みたいな規格外のアイドルのレッスンに
 普通のアイドルがついてこれるわけないでしょう。でもやよいは三週間しっかりついてきた。それは
 あんた達に言われたことを素直にそのまま信じて、自分に何の疑いもなく行動することが出来たからよ」

 イマジネーション?ってやつみたい。「自分はできる、自分はできる……」って思いこんでいたら、
能力や才能以上のことが出来ちゃうんだって。やよいはそれを自然にやってるみたいなの。


156: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:48:59.20 ID:htWgG9fj0


「やよいは周囲の愛を全て集め、その愛を力にしてパフォーマンスをするアイドルよ。人間の愛には際限が
 ないから、やよいの力にも際限がないと言えるわ。まだアイドルとしては未完成だけど、あの子がアイドル
 として完成したらどうなるか事務所の社長としては考えたくないわね。今の状態でも身長があと10センチ
 くらい高かったら、もうほとんどのアイドルはお手上げよ」

 ふ~ん、やっぱり背が低いと色々不利なんだね。でもやよいはまだ14歳だし、これからもっと大きく
なるかもしれないね。

「……何で自分の方を見るんだ?」

 ベツになんでもないよ。ここで社長さんがお茶を飲んだ。ミキも飲んどこっと。

「さて、じゃあ改めて聞くけど美希、あんた本当にやよいと勝負出来る?やよいと本気で戦うってことは
 マザー・テレサやガンジーをぶん殴るみたいなものよ。周りは全員敵だし、もし勝ったしたとしても
 後味の悪い後悔が残るかもしれないわ。それでもやるの?」

 石川社長がミキの目を見て言った。貴音と響もシンケンなカオをしてこっちを見てる。やよいと
勝負するには、ミキのカクゴが一番ダイジみたいなの。


157: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:50:26.58 ID:htWgG9fj0


「……ミキ約束したの。やよいとライバルで大親友になるって。ルーキーズオーディションでやよいが
 待ってるなら、ミキも行かなくちゃいけないの!! 」

 それはやよいとの大事な約束。甘えん坊で「あふぅ」だったミキに、夢と目標を与えてくれたやよいへの
精一杯の恩返しなの。貴音と響はそんなミキを見て優しく笑って、社長さんはふぅ、ってため息をついた。

「……わかったわ。じゃあこうしましょう。悪いけど今の876プロにはあんたを受け入れる余裕がないから
 正式に所属アイドルにするわけにはいかないけど、ルーキーズオーディションまでの一週間だけは力を
 貸してあげる。私も協力するし、ウチのスタッフも自由に使っていいわよ。あんたひとりくらいなら、
 一週間くらいスケジュールを調整してレッスンつけてあげられるから」

「ありがとうございます。お心遣い、まことに感謝致します」

「あ、ありがとうございます!!……なの」

「ありがとうございます。自分達も全力で美希をサポートするさ!! 」

 社長さんの言葉にミキ達は全員で頭を下げた。ほ、よかった。所属は結局決まらなかったけど、ひとまず
レッスン環境をゲットできたの。


158: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:51:38.15 ID:htWgG9fj0


「本当だったら貴音と響にもレッスンをつけてあげたいんだけどね。どうして961プロに行かなかったの?
 あそこだったらお金持ちだし、あんた達3人くらい余裕で受け入れてくれるわよ?」

 社長さんがそう言うと、貴音はちょっと考えてから

「確かにわたくしも響も黒井社長から熱烈な勧誘を受けましたが、黒井社長は何故か765プロを強烈に敵視
 しておりますので。そしてそれは根拠のない私怨に近く、美希が本人の意に沿わない形で政争の具にされる
 危険性があると判断しましたので見送らせて頂きました」

って言った。社長さんはそれを聞いて大笑いした。

「ホントにバカよねアイツ。昔から黒井は高木を嫌っててつまんない嫌がらせばかりしてるのよ。でも高木の
 方が一枚上手で、結局黒井はいつも高木に負けてるのよね。あれさえなければ経営者としては悪くない
 んだけどね」

 どうやら876プロの社長さんは、961プロの社長さんと765プロの社長さんと知り合いみたいなの。
社長さんは765プロのことがキライじゃないの?

「私はあくまで中立よ。仲良しってわけでもないけど、そんなに敵視もしてないわ。だから安心しなさい。
 オーディションが終わっても、あんたとやよいの間に禍根を残さないようにしてあげるから」

 社長さんはそう言って、ミキに手を差し出した。どうやら握手みたいなの。ミキはおそるおそるその手を
つかむと、そのままギュッと体を引っ張られて社長さんに抱きしめられちゃった。わわ、なんなの!?


159: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/19(月) 18:52:20.73 ID:htWgG9fj0


「ようこそ876プロへ。向こうが天才殺しをするなら、こっちは『天使殺し』をするまでよ。私のレッスンは
 かなりハードだけど、最後までへこたれるんじゃないわよ」

 ミキを抱きしめたまんま、社長さんは力強い声でそう言った。それを聞いて、ミキは本物のアイドルへの
道を歩き出したんだなって感じた。ここからが本番なの。ミキもっとキラキラするために、これから
すっごくガンバるの!!


171: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:18:10.36 ID:Y1G0jXqI0


***


―765プロ事務所―

「ふう~、ようやくゆっくり出来るよ」

「お疲れ様ですプロデューサー。社長は大丈夫ですか?」

「ああ大丈夫だ。むしろ社長の方が元気なくらいだ。まだまだ敵わないよ」

 やよいのオーディション対策の為に、現在765プロはスタッフ総出で準備に追われている。プロデューサーは
千早のスケジュールを全てキャンセルし、社長と二交代制でやよいのプロデュースにあたっている。私と音無
さんは、その間の事務所の運営全般を担当しているのだ。

「しかし律子もいいのか?本格的な売出しは来月だけど竜宮小町の準備もあるだろう?手伝ってくれるのは
 ありがたいが、無理しなくてもいいぞ」

「何言ってるんですか、私だって765プロの一員です。去年の千早の時だって、こうやって全員で乗り切った
 じゃないですか。それに伊織もやよいのサポートをするって聞かないし、今は竜宮小町プロジェクトも
 凍結ですよ」

「それもそうか。なんてったってやよいのデビュー戦だしな。千早も営業に出した所でやよいが気になって
 集中出来ないだろうし、こっちもしばらくお休みだな」

 プロデューサーがコーヒーを淹れながら苦笑する。私達スタッフだけでなく、アイドル達も一丸となって
やよいのサポートに回っている。特に伊織と千早が中心となって、熱心にやよいの歌のレッスンや衣装の
準備を手伝っている。


172: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:19:27.31 ID:Y1G0jXqI0


「ところでオーディション準備期間の対策は大丈夫か?今年は千早がデビューしたんだし、特に慎重に
 しておかないといけないが」

「ご安心を。明日から春香に珍獣ハンターの仕事でアマゾンへ飛んでもらいます。黄金の巨大ナマズの捕獲
 に立ち会う企画で、本人も泣いて喜んでましたよ」

 事務所全体がやよいのオーディション対策に注力している今、765プロは完全な無防備状態になっている。
それをライバル事務所に悟られないように、外部向けに目立つ仕事でカムフラージュする必要があるのだ。

「961プロの方は大丈夫か?あそこはそう簡単にごまかされてくれないぞ」

「そちらも抜かりありません。来週テレビ番組の企画で伊集院北斗のプレイボーイ講座があったんですけど、
 そこに真を無理矢理捻じ込んでプレイボーイ対決にしておきました。真も嬉しかったみたいで、珍しく
 男泣きしてましたよ」

「そうか。あっちも今頃対策に追われてるだろうな。真は今王子様キャラで乗りに乗ってるし、カムフラージュ
 だと分かっていても961プロは真対策に時間を割かざるをえないだろうな」

 一人で961プロを足止め出来るなんて、真もずいぶん頼もしくなったものね。本格的に王子様路線で
売り出した方が良いんじゃないかしら。



173: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:21:48.44 ID:Y1G0jXqI0


「しかし去年のルーキーズオーディションで千早が天ヶ瀬冬馬に勝ったから、今年はもっと派手に妨害
してくると警戒してたんだけどな。黒井社長相当悔しがってたし」

「私もそう思ったんですけど、どうやら876プロが不穏な動きを見せているみたいなんですよ。石川社長は
 ウチの社長みたいに甘くありませんから、黒井社長はそっちを警戒してるんじゃないでしょうか」

「876プロ?あそこ今年出場するのか?そんな話は聞いてないけどな」

 プロデューサーが首をかしげる。確かにオーディションの参加者リストをチェックした時には876プロの
アイドルの名前は無かった。しかし最近の876プロの動きから、あの事務所が何かを隠しているのは
間違いない。そしていくつかの状況証拠から、それが何なのか推測出来る。

「それがどうも、星井美希が876プロでレッスンを受けているみたいなんですよ。四条貴音や我那覇響も
 一緒のようです。あの3人はこのまま876プロからデビューするかもしれませんね」

「なんだって!? 本当かそれは?よその事務所の事を言えないが、あそこだってそんなに大きな事務所じゃない
 だろう。いくら石川社長でも面倒みきれないんじゃないか」

「876プロはウチと違って、あえて小規模で事務所を運営しているんですよ。涼を含めてあそこの子はみんな
 特殊ですから。ですからじっくり育成してから売り出す方針みたいで、今は静かですけど石川社長の実力は
 もっと高いと思いますよ」

 目立った活動をしているわけではないが、石川社長はこの業界の『プロデューサー四天王』の一人だ。
今の876プロがそのまま彼女の実力だと見ない方が良い。残念ながらウチの社長の実力は765プロそのまま
だけど。アイドルの育成にかけては他の追随を許さない高木社長だけど、経営はからっきしなのが玉に傷
なのよね。ちなみに四天王の残りの二人は黒井社長と『オールドホイッスル』の武田プロデューサーである。



175: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:23:47.23 ID:Y1G0jXqI0


「ウチの番号から876プロに電話をかけると電波障害が起きて切れるんですよ。おそらく絵理の仕業
でしょうね。涼も連絡が取れないし、今の876プロは他の事務所との接触を相当警戒してるみたい
 ですよ。ま、愛にメールしたらあっさり教えてくれましたけどね」

「うわあ、かわいそうに。今頃愛ちゃん石川社長と舞さんに怒られてるぞ。オーディションが終わったら
 お菓子でも持って行ってやろう」

「その時はご一緒しますよ。私も愛には罪悪感を感じてますから」

 でも876プロって事務所はあるけど、人の出入りが激しくてアポが取り辛いのよね。あそこは音無さん
みたいに事務員もいないし、活動内容もアイドルの自主性に任せているから外部の人間がプロデュース
してる時もあるし、事務所に通ってるのは涼だけじゃないかしら。絵理は滅多に顔を出さないし、愛は
家でも母親の日高舞にレッスンしてもらってるし。だから事務所の力量を正確に把握出来ないのよね。




176: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:24:52.84 ID:Y1G0jXqI0


「しかしまさか876プロに行くとはなあ。去年は天ヶ瀬冬馬で今年は星井美希が相手か。たまにはすんなり
 勝たせて欲しいよ」

「問題ないでしょう。星井美希はただの天才ですよ。876プロがついてもやよいの相手ではありません。
 社長もプロデューサーもあの子の仕上がり具合には太鼓判を押してたじゃないですか」

 『ただの天才』という言葉に違和感を感じるものの、今のやよいに敵うアイドルはそうはいない。
急遽決めたルーキーズオーディションの出場だけど、私は2連覇も夢ではないと思ってる。

「いや、それがそうでもないみたいでな。ある意味、去年の方がまだ楽だったかもしれないぞ」

「……?どういうことですか?」

 意味深なプロデューサーの発言に、思わず反応してしまった。何か問題でもあるのかしら。



177: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:26:16.92 ID:Y1G0jXqI0


「どうも伊織の話だと、やよいの方から星井美希に接触したみたいなんだ。いや、どっちが先かはどうでも
 いいな。興味深いのは、あのやよいが美希に相当懐いているという事実だな」

「何かおかしいですか?やよいは人の好き嫌いはしないし、誰にでも懐いていますけど」

 私がそう言うと、プロデューサーは「まだまだ修行が足りないな」と笑った。む、じゃあ説明して下さいよ。

「それは周りの人間がやよいにあれこれ構うからそう見えるだけだ。やよいは人によって態度を変えるような
子じゃないけど、でも星井美希に関しては違うんだよな。伊織も言ってただろう?美希の名前が出るように
 なってからやよいが変わったって。やよいにはそのつもりはないと思うが、あの子は美希と他の人間を無意識
 に区別してるみたいだ。あのやよいのハートを射止めた子だ、星井美希はとんでもないヤツかもしれないぞ」

 千早や伊織にはとても聞かせられないわね。でも言われてみれば確かに、やよいの美希に対する態度は
違っていたかもしれない。星井美希くらいの実力を持ったアイドルは珍しくないけど、でもあの子はデビュー戦
でいきなり準グランプリを2つかっさらったのだ。いくら才能があったとしても、最初からそんな芸当が出来る
かしら。そういえば四条貴音と我那覇響は、美希に連れられてやよいと会ったのよね。あの二人も星井美希に
惹きつけられたって事なの?一体あの子は何者なの……



178: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:27:09.70 ID:Y1G0jXqI0


「うあうあ→、りっちゃんたすけて→!! 」

「いおりんと千早お姉ちゃんがまたまたやよいっちの事でケンカはじめたよ→!! これで72回目だよ→!! 」

 私が考えを整理しようとしていると、隣の会議室から亜美と真美が飛び出してきた。またなの?もういい加減
にしてよ。それからあんた達も面白がって数えてるんじゃないわよ。

「俺はちょっと寝る。後は任せたぞ律子。昨日徹夜なんだ…… 今日も家に帰れるかどうか……Zzz……」

 プロデューサーは言い終わらない内にソファに横になって爆睡してしまった。もう、無理して体壊さないで
下さいね。私はそっとプロデューサーに毛布をかけてから、ケンカの仲裁に向かった。



180: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:29:04.73 ID:Y1G0jXqI0


***


―876プロレンタル・レッスンルーム―

「ねえ、朝からずっと気になってたんだケド、あの子何かしたの?」

「よくわからないけど、スパイの罪でお仕置きされてるらしいぞ」

「まだ幼いのにあのような仕打ちを受けるとは、876プロはなかなか過酷な事務所のようですね……」

 ミキ達がトレーニングしているしているフロアのすみっこで、ロープでぐるぐる巻きにされた小さい
女の子が、口に×マークの入ったマスクを付けられて正座させられてたの。その隣にはキレイなお姉さんが
立ってて、女の子をじっと見張ってた。江戸時代の拷問?

「あのお姉さん、昔テレビで見たような気がするんだけどな……」

「美希!! 余計な口叩くんじゃないの!! あんたもああなりたくなかったら、シャキシャキ踊りなさい!! 」

「は、はいなの!! 」

 社長さんに言われて、ミキは慌ててステップの練習に戻る。うう……、カクゴはしてたケド社長さんの
レッスンめっちゃハードなの。やよいの家でみんなと特訓してた頃とは比べ物にならないの……



181: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/20(火) 22:30:17.21 ID:Y1G0jXqI0


「同じ女性である故に一切の遠慮がありませんね…… 殿方でしたらまだ手心を加えて戴けるのですが……」

「いや~、沖縄が懐かしいさ~。あっちのスクールにもめっちゃ厳しい先生がいてさ~」

 ついでに今、「見てるだけじゃ退屈でしょう」って言われて貴音と響もミキのレッスンに強制参加
させられてるの。貴音はちょっとしんどそうで、響は楽しそう。

「夕方には絵理がオーディション用のデモテープ持ってきてくれるから、それまでにダンスは仕上げとくわよ。
 さあもう一回最初から行くわよ!! 」

「はいなの!! 」「か、かしこまりました……」「どんとこい!! 」

 オーディションまであと5日、待っててねやよい、ホンキのミキを見せてあげる!!





189: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:29:56.59 ID:LjzbeStG0


***


―ルーキーズオーディション前日・876プロ―

「え!? これだけ!? じゃあ今までの練習は何だったの!? 」

「甘えるんじゃないわよ美希。876プロがあんたに出来るのはこれが精一杯よ。これ以上は事務所ひっくり
 返しても何も出てこないわよ」

「で、でもいくらなんでもこれだけってのは、あまりにも少なすぎないか……?」

「確かにここを抑えておくと、必要最低限の得点を得ることは出来ますが……」

「あんた達もまだ分かってないようね。相手は天使なのよ。こっちがいくら策を弄したところで所詮人間の
 浅知恵。そんなのがあの子に通用するわけないじゃないの。私が出来るのは、獲るべき所で確実にポイント
 を稼ぐことの出来るパフォーマンスを伝授することだけよ。そのためにわざわざ絵理のとっておきの楽曲
 まであげたんだから、むしろ感謝してほしいくらいね」



190: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:31:26.87 ID:LjzbeStG0


「じゃ、じゃあどうやったら、ミキはやよいに勝てるの……?」

「そんなの私が分かるわけないじゃない。いえ、貴音も響も、ひょっとしたら黒井や高木だって分からない
でしょうね。後はあんたが自分で考えて答えを見つけるしかないの。人間が天使と真っ向勝負しても
 勝ち目はない。勝敗を超えたその先に、あんたの勝利はあるのよ。それが何なのか、分かるのはあんた
 だけなのよ」

「美希……」

「申し訳ございません……わたくしもどうすればいいのか……」

「……」

「大丈夫よ美希、自分を信じなさい。あんたは才能がある子よ。でもその才能も使わなければ宝の
 持ち腐れで終わるわ。凡庸な天才で終わるか本物の天才になるかは、あんた次第よ―――――」


―――――



191: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:32:38.79 ID:LjzbeStG0


「ひぐっ、ぐすっ、うええぇん……」

 オーディション前日。夜遅くに帰ったミキは、リビングのソファに置いてあったクッションを頭にかぶって
泣いた。もうパパもママも寝ちゃってるから、静かにしないといけないの。でもガマンしたくてもどうしようも
なくて、ミキは必死に声を抑えてクッションをぎゅっと抱きしめた。

「……美希ちゃん?帰ってきたの?」

 ミキがしばらくそうしてたら、菜緒お姉ちゃんがパジャマで階段を下りてきた。そういえば最近忙しかった
から、菜緒お姉ちゃんと会うのは久しぶりなの。ミキは思わず、菜緒お姉ちゃんに抱き着いちゃった。

「菜緒お姉ちゃん!! 」

「あらら、どうしちゃったの美希ちゃん?ちょっとしっかりしてきたと思ったのに、また甘えん坊さんに
 戻っちゃったわね」

 菜緒お姉ちゃんはミキが泣き止むまでアタマをなでてから、「ホットミルクつくってあげるね」って言って
キッチンに行っちゃった。菜緒お姉ちゃんは相変わらず優しくてあったかくて、ミキダイスキ。



192: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:33:41.38 ID:LjzbeStG0


***


「ふうん。そんなことがあったの。それは困っちゃったね」

「うん……、もうオーディションは明日なのに、ミキどうしたらいいかわかんないの」

菜緒お姉ちゃんとふたり、ソファに並んでホットミルクを飲む。ミキの好きなハチミツ入りで、とっても
あまくておいしいの。

「ホンキになって勝負したら、オーディションが終わってもまたやよいと仲良くできるって思ってたの。だから
 ミキずっとガンバってきたのに、今のまんまだったらホンキになれないの…… そんなミキを見たら、やよい
 もがっかりしちゃうの……」

 876プロはやよいに勝つ方法を教えてくれなかった。きびしいレッスンはオーディションの中での採点
ポイントの取り方だけ。それを取ったら、後はミキのアドリブでアピールするしかないの。

「でも去年のニョッキさん?はそのやり方で勝ったんでしょう。美希ちゃんには出来ないの?」

「千早さんは歌がチョー上手なの。ミキにはそんなのムリなの……」

 去年のルーキーズオーディションは、千早さんは最初の方だけアイドルのパフォーマンスをして最低限の
ポイントを稼いで、後はずっと直立不動で歌だけ歌ってグランプリになったみたい。審査員の間でも意見が
分かれたみたいだケド、千早さんの歌がメチャクチャ上手かったからグランプリを認めたんだって。



193: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:34:43.17 ID:LjzbeStG0


「やよいは千早さんに歌のレッスンをつけてもらってるみたいだから、ミキ敵いっこないの。ミキもカラオケで
 95点より下は取ったことないけど、オーディションの歌い方って違うんだって。だから単純に上手なだけ
 でもダメみたいなの」

 じゃあダンス?それともポーズ?やよいの家で響と貴音と一緒にやってきたし、ミキも負けない自信は
あるの。でもあの時の特訓を思い出すと、ミキとやよいはほとんど同じくらいのペースで上達してた。背は
ミキの方が高いケド、でも天使のやよい相手にそんなの何のプラスにもならないの。

「天使さんかあ。きっとかわいいんでしょうね。お姉ちゃんも見てみたいわ」

 ……その天使とミキは勝負しなくちゃいけないんだよ。お姉ちゃんはどっちのミカタなの?

「もうミキ、明日のオーディションおやすみしちゃおうかな……貴音達には悪いケド、今のまんまで
 オーディションに出てもやよいに勝てっこないの。ミキゼッタイ負けちゃうの……」

「美希ちゃん」

 ふと菜緒お姉ちゃんに言われて顔をあげたら、菜緒お姉ちゃんはミキのおでこにデコピンしたの。今まで
菜緒お姉ちゃんにそんなのされたことなかったから、痛いというよりミキびっくりしちゃった。



194: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:35:52.59 ID:LjzbeStG0


「それはしちゃダメ。ここで逃げちゃったら、美希ちゃんはこれからずっと苦しい思いをすることになるよ」

 菜緒お姉ちゃんはいつもみたいな笑顔じゃなくて、ちょっとシンケンなカオになってた。もしかして
怒ってるの?

「うん。お姉ちゃんはとっても怒ってるよ。いつもの美希ちゃんらしくないなって、お姉ちゃんは悲しいよ」

 菜緒お姉ちゃんに怒られたのは初めてなの。怖くはないど、ミキもとっても悲しい気持ちになった。

「そもそもどうして、美希ちゃんはやよいちゃんとの勝負だけにそんなにこだわってるの?美希ちゃんは
アイドルになりたいんじゃないの?やよいちゃんに負けちゃったら、美希ちゃんはアイドルになれないの?」

「で、でもでも……、ミキがホンキになるためにはやよいのためにガンバるしかなくて……」

 自分で言ってて何だかヘンな気持ちになってきた。あれ?それってなんかおかしくない?



195: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:37:22.91 ID:LjzbeStG0


「美希ちゃんも分かるでしょう?確かに自分のことだけしか考えてなくて、甘えん坊でワガママで、でも
 何でも出来ちゃう美希ちゃんが本気になるためには、誰か他の人のために頑張らなくちゃいけなかった
 かもしれないわ。でもそれは、あくまで本気になるにはどうしたらいいかを知るきっかけなのよ」

 うわ、菜緒お姉ちゃんミキのことそんな風に思ってたの?でもゼンブ当たってるから、ミキ何も
言い返せないの……

「最後は誰かのためじゃなくて、自分のために本気にならなくちゃダメ。そうじゃないと本当の力なんて
 出せないよ。ワガママでも甘えん坊でもいいの。美希ちゃんが美希ちゃんの為に本気になってやよい
 ちゃんと勝負しないと、やよいちゃんに勝っても仲良く出来ないよ?」

「でもそんなミキ、きっとあふぅでヤなコで、しっかり者で良い子のやよいはキライだよ……」

 ミキがそう言うと、菜緒お姉ちゃんは優しくミキを抱きしめてくれた。ちっちゃい頃は、よくこうして
もらったっけ……

「大丈夫。美希ちゃんはやよいちゃんに負けないくらい良い子だよ。ちょっと甘えん坊さんだけど、
 世界で一番可愛いお姉ちゃんの自慢の妹だよ。どんな美希ちゃんでも、お姉ちゃんは大好きだから」

 菜緒お姉ちゃんはミキの背中をぽんぽんたたきながら優しく言った。……もう、大げさだよ。でも
そこまで言われたら、ミキもガンバるしかないじゃん!!


 ありがと菜緒お姉ちゃん。ミキも菜緒お姉ちゃんのこと、世界で一番ダイスキだよ―――――







196: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:38:40.54 ID:LjzbeStG0


***


―ルーキーズオーディション当日早朝・876プロ事務所前―

「あ、来たぞ!! おーい、こっちさー!! 」

 ふわあぁ~あ…… もう、響朝からウルサイの。ミキ早起きニガテなのに、どうしてこんなに朝早く出発
しないとイケナイの?

「おはようございます美希。その……、大丈夫ですか……?」

 876プロの事務所前で待ってた貴音がミキに近づいてくる。何で貴音が不安そうなカオしてるの?
オーディションに出るのはミキなのにヘンなの。

「集合時間ギリギリよ。この私を待たせるなんて随分偉くなったものね」

 事務所の前に車を停めた社長さんが、腕時計をちょんちょんと指さしながらミキに注意する。ルーキーズ
オーディションの会場は遠いから、車で送ってくれるみたいなの。

「あは☆ ちゃんと間に合ったからいいでしょ?それにミキはトップアイドルだから、重役出勤が許されるの」

「み…、美希?」「面妖な……、まるで昨日とは別人です……」

 貴音と響がびっくりしてる。何言ってるの二人とも、これがいつものミキでしょ?二人の方がメンヨーなの。



197: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/21(水) 18:39:51.03 ID:LjzbeStG0


「……へえ、どうやら答えを見つけたみたいね」

「セイカイかどうかは分からないケドね。でもミキは間違いなくゼッタイにトーゼンに、今日グランプリに
 なるの!! ミキはヒーローでスターでお姫様なんだから!! 」

 ニヤリと笑った社長さんにミキもニヤリと笑い返して、貴音と響と車に乗り込んだ。

「ミキ会場に着くまで寝るから、着いたら起こしてね。昨日菜緒お姉ちゃんと遅くまでしゃべってたから、
 ちょっと寝不足なの……」

「ちょ、ちょっと美希、それはいくらなんでも……「いいのよ響。寝かせといてあげなさい」

 遠くで響と社長さんの声がしたような気がしたけど、もうミキにはよく聞こえなかった。

「あんた達は友達として、会場着くまで美希の健闘でも祈っときなさい。その子は『星井』なんでしょ?」

 サムいギャグが聞こえた気がしたケドどーでもいいの。貴音のひざまくらはサイコーなの……


 あふぅ。おやすみ……







208: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:07:39.15 ID:nMgGR2zi0


***


 ねえ、菜緒お姉ちゃん

 
 なあに?美希ちゃん

 
 天使って、ニガテなものとかあるのかなあ

 
 う~ん、ニンニクとか嫌いなんじゃないの?

 
 それはドラキュラなの。もう、マジメにこたえてよ!

 
 ごめんごめん。お姉ちゃんもよくわからないや。でも天使さんに何もさせない方法ならあるよ。

 
 ホント?どうすればいいの?

 
 簡単だよ。それは天使さんより―――――


 ―――――



209: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:08:45.07 ID:nMgGR2zi0


―ルーキーズオーディション会場―

「さて、それでは参りましょうか」

「うう……、ちょっと酔っちゃった…… 社長運転荒すぎだぞ…… 」

「文句言わないの。じゃあ私は帰るわね。あんた達、美希の事任せたわよ」

「かしこまりました。石川社長もお気をつけて」

「ほら美希、社長帰るって言ってるぞ。いい加減に目を覚ますさ!」

「むにゃ~……、あ、社長さん帰っちゃうの…… ありがとうございました~……なの」

 ふわ~あ~あ、さてと、それじゃいきますか。いっぱい寝たし、コンディションはバッチリなの!!

「ああ、ちょっと待ちなさい美希」

 響と貴音と会場に入ろうとすると、後ろから社長さんに呼び止められた。

「迷いのなくなった今のあんたにだったら言えるわね。やよいに勝つためのヒントになるかは分からない
 けど、ひとつだけアドバイスしてあげるわ」

「え!? 昨日あれだけ聞いても教えてくれなかったのに? 」

「人聞きの悪い事言うんじゃないわよ。私だって言えるなら言ってたわよ」

 社長さんはふう、とため息をつくと、マジメなカオしてミキに教えてくれた。



210: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:10:11.82 ID:nMgGR2zi0


「あんたはスターよ。アイドルじゃないわ。だからアイドル勝負にこだわるのはやめなさい。そこにあんたの
勝機があるから」

「それって響がダンサーで貴音がモデルみたいなカンジ?でもふたりともアイドルになろうとしてるよ。
 ふたりもなれないの?」

「いいえ、アイドルは自由なものよ。ダンサーからでもモデルからでもアイドルにはなれるわ。でもスターは
 違うの。あんたはアイドル活動をすることは出来るけど、アイドルとは全く違う存在なのよ」

 なんだかまた難しいハナシになるカンジ?ミキ寝起きだからアタマが回らないの。

「分からないなら分からないでいいわ。まあ、あんたはあんたのままで自由にやってきなさい」

「社長さんも菜緒お姉ちゃんみたいなこと言うんだね。でも自信がついたし、これでミキもホンキで
 やよいと勝負できるよ。ありがと社長さん!! 」

 帰っていく社長さんを3人で見送ってから、ミキ達は会場に入った。

「ふふ、やよいが『天使』で美希が『星』ですか…… これは興味深い対決になりそうです」

 貴音がひとりで笑ってた。ミキはミキだよ?お星さまになったら死んじゃうの。

「あれ?だったら天使のやよいは死んでることになるのか?あわわ、死人対決だぞ……」

 何言ってるのバカ響。もう、本番前なんだからあんた達の天然ボケにツッこんでるヒマないの!



211: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:11:23.17 ID:nMgGR2zi0


***


 今年のルーキーズオーディションは400人が参加していた。参加者は50人毎に8つのグループに
分かれて、そこで本戦出場のための予選を戦う。そして各グループから勝ち上がったファイナリスト1人
合計8人が、決勝で対決するのだ。

「去年も思ったんだけど本当にでかいオーディションね。 IAもしんどいけど、こっちも疲れるわ……」

「まさか2年連続でうちが出場するとは思いませんでしたね~♪ お祭りみたいで楽しいです~♪」

 やよいの準備が終わってやれやれと観客席に戻ると、あずささんが上機嫌でやよいの名前が入った
うちわ(自作)を持って座っていた。すっかり楽しんでますね。

「どうして私までこっちで応援なのよ!! 千早は分かるけど、私もやよいのサポートしたいわよ!! 」

「ああ高槻さん、きっと今頃緊張してステージに出るのを怖がってるに違いないわ。今すぐこの胸で
 抱きしめてあげたい……」

 そしてあずささんの横には伊織と千早が座っている。あんた達がまたケンカしたらやよいが集中出来ない
でしょうが。だからここで大人しく応援しときなさい。あずささん、引き続き二人の見張りお願いしますね。

「はい、まかせてください♪ ささ、伊織ちゃんも千早ちゃんもここでしっかり応援しましょうね~♪」

 ちなみにやよいにはプロデューサーと亜美真美、それから雪歩がついている。春香はアマゾンで、真は
プレイボーイ対決の番組収録だ。きっとやよいのために、二人とも今頃頑張っているだろう。

「心配しなくても大丈夫よ。やよいは今回のオーディションで全くノーマークだから、予選は問題ないわ。
 やよいのいる『Bグループ』も強敵がいないしね」

 参加人数は多いけど、あくまで新人戦なので上から下まで実力には大きな幅がある。幸いにもやよいは
強敵のいないグループに配置された。これならオーディションが初めてのあの子でもリラックスして
パフォーマンスが出来るでしょう。まあシビアなグループでも、今のあの子がそう簡単に負けるとは
思わないけどね。



212: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:12:57.40 ID:nMgGR2zi0


「というか律子、この予選ずいぶん偏ってないかしら?今回のオーディションの有力者のほとんどが
 『Hグループ』に配置されてるように見えるのだけど」

 予選の参加者リストを見ながら、千早がHグループに目を向ける。そこには黒山の人だかりが出来ていた。
流石千早ね。やよいの事になるとどうしようもないけど、普段は冷静に状況を分析出来る子なのよ。

「業界の汚い部分を見せるようだからあんまり言いたくないんだけどね、あそこは『星井美希潰し』の
 グループよ。リストを見ると星井美希はHグループだから間違いないでしょう。おまけに四条貴音と
我那覇響も参加はしないけど美希のサポートについてるから、あの子達の活躍を面白く思わない事務所が
 裏から手を回して力のある子をぶつけてるのね」

 東京の洗礼?かしら。西日本から殴り込みをかけてきた我那覇響、海外からやって来た四条貴音、それから
養成所やスクールすら通わずにいきなり準グランプリ2冠の星井美希と彼女達は注目されている反面、業界
からのやっかみも多い。おまけに3人ともアイドル未経験者の上にフリーだから、事務所や業界のしきたりに
とらわれてなくて始末に負えないのよね。

「馬鹿馬鹿しいと思うけど、業界全体がある程度は足並み揃えてくれないとアイドルも活動しにくいのよ。
 主催者や事務所としてはこのあたりであの三人を叩いておいて、大人しくさせようという魂胆でしょう。
 あわよくば獲得しようとまで考えてるかもね。巻き込まれた子達は気の毒だけど、あのグループは
 修羅の国よ」

「ま、その分観客もほとんどあっちに行ってゆっくり座って応援出来るんだけどね。やよいのためにも
 せいぜい潰し合えばいいわ」

 伊織が隣の席にバッグを置く。こればかりはどうしようもないわね。ウチとしてはありがたいけど、美希は
大丈夫かしら。




213: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:13:58.61 ID:nMgGR2zi0


「大丈夫よ律子。星井さんはきっと勝ち上がってくるわ。高槻さんをあそこまで変えた子ですもの。あの子は
只のアイドルじゃないわ」

「悔しいけど私も千早と同意見よ。それにやよいの一番のライバルって言うなら、これくらいは乗り越えて
 くるでしょう。やよいのためにもあの女には勝ってもらわないと困るのよ」

 あら?二人とも何だかんだ言いつつも美希の実力は認めてるみたいね。いや、認めざるを得ないのかしら。
確かにレベルアップしたあのやよいと同等のレッスンをこなしていたのなら、簡単には負けないでしょうけど。

「はいはいみなさ~ん、そろそろ予選が始まりますよ~。うちわを持ってやよいちゃんを応援しましょうね~♪」

 私達の会話に割り込むように、あずささんがうちわを持って入ってきた。おっといけないいけない。そうね、
今はやよいの応援に集中しなくちゃ。

「……って、何ですかこのうちわ。 『やよいマジ天使』はともかく『やよ×いお』と『やよ×ちは』って……」

「あらあら~?小鳥さんに作ってもらったんですけど、私もよく確認してませんでした~。どういう意味
 かしら~?」

「いお?何の略かしら?高槻さんにマイナスイオンでもかけるの?」

「ちは?ヤンキーのあいさつ?やよいには似合わないわね」

 知らない方がいいわ。とりあえずこのうちわは没収、普通に応援しましょう。これ以上の事務所内汚染は
防がないと。雪歩はもう手遅れっぽいけど、この二人まで汚されるわけにはいかないわ。私は速やかにうちわを
回収すると、そっとゴミ箱へ捨てた。帰ったら社長に報告しておきましょう。



214: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:15:12.43 ID:nMgGR2zi0


***


―予選終了―

ふ~、ようやく終わったの。何だかみんなの視線がイタイんだけど、ミキそんなに注目されてるのかな?
あは☆ スターはツラいの♪

「あれ?響と貴音がいないの。響~? 貴音~?」

 おっかしいなあ。さっきステージの上から見えたんだケドなあ。

「ゴメンゴメン、ちょっとやよいの所に行ってたさ」

 ミキが呼ぶと、ちょっと離れたところからふたりが戻ってきた。もう!ちゃんとミキの応援してくれた?

「申し訳ございません。序盤を見て貴女の調子が良さそうだと判断したので、やよいの様子を見に行って
 おりました。それにこの場所は空気が良くありませんので」

 貴音もそう思う?フツーにオーディション受けてるだけなのに、なんでだろうね?

「あはは、気にすることないさ。それよりさっきBブロックの結果発表見てきたんだけど、やよいの
 決勝進出が決まったぞ!すごいなやよいは!美希はどうなんだ?予選通過できそうか?」
 
「トーゼンなの!! それにミキ、あと2回ヘンシンを残してるんだよ?まだまだヨユーだよ!! 」

 次はちゃんと最後まで見ててね。もっとスゴイのやるから!!



215: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:15:56.88 ID:nMgGR2zi0


「美希、出し惜しみはいけませんよ。決勝に進出する7人は次元が違います。今よりもっと厳しい戦いに
 なるでしょう。貴女の対戦相手はやよいだけではありませんよ」

 貴音に注意されちゃった。うん、わかってる。ベツに手加減したわけじゃないよ?でもミキが決勝で
やろうとしてることは何度も出来ないの。最終奥義は最後にやるからカッコイイんだしね。

「あはは、だんだん調子が戻って来たみたいだな。昨日はあんなに泣きそうになってたくせにな」

「ぶ~!響イジワルなの。それにミキ泣いてないもん!」

「そうですよ響。美希を苛めてはいけません。この子はこれでも精一杯強がっているのですから」

「貴音って意外と性格悪いよね。丁寧なコトバ使ってるけどミキごまかされないよ?」

「ふふ、どうでしょうか」

 二人ともミキの味方だよね?だんだん敵に見えてきたの。

『お待たせしました。それでは只今よりHグループの予選通過者を発表します』

 ミキ達がおしゃべりしてると、審判席のスタッフさんがマイクでアナウンスした。いけないいけない、
ちゃんと聞いとかないと。



216: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/11/26(月) 17:16:47.40 ID:nMgGR2zi0


『Hグループ決勝進出は…………393番、星井美希さんに決定しました!! 』

「やったあ!! これでやよいと勝負できるの!! 」

 貴音の言う通りじゃないケド、実はちょっとだけ不安だったの。ルーキーズオーディションは新人さんだけ
しか参加出来ないはずなのに、ミキのグループはみんなレベル高かったし。それに何だかみんなちょっとミキに
コワかったしね。

「おめでとうございます美希。では決勝の舞台へ参りましょうか。最早ここに長居は無用です」

「弁当作ってきたからみんなで食べるさ。美希の好きなおにぎりもいっぱいあるぞ」

 貴音と響がギロっと周りをにらんだら、ミキ達を見てひそひそしてたコ達はみんな目をそらしたの。
もう、二人ともケンカ売ったりしないでよ。ベツに気にしてないから。



 でもありがとね。貴音、響。ふたりはもう、ミキの大事な友達だよ―――――




226: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:15:59.83 ID:Z9sMu7EF0


***


「皆様、大変お待たせしました!! それでは只今より第○○回ルーキーズオーディション決勝戦を開始します!!
 まずは各グループを勝ち抜いたアイドル達の入場だーっ!! 」

司会の紹介の後、ファイナリスト8人が決勝のステージに登場する。流石に予選を勝ち上がって来ただけあって、
舞台上に登場したアイドル達は新人とは思えない貫禄と風格が漂っている。そんな中、頭ひとつ小さなやよいが
会場に元気に手を振っていた。新人っぽいのはあの子だけね。

「やよいーっ!! リラックスよーっ!! 」

「高槻さーん!! こっち向いてーっ!! 」

 観客席の伊織と千早に気付いたようで、やよいは満面の笑みでこちらに手を振った。思ったより緊張してない
みたいね。同じ舞台にあの子がいるからかしら。私はステージの端に目を向ける。そこには大きなあくびを
して、目をこする金髪の少女がいた。

「やっぱり勝ち残ってきたわね星井さん。よくあのグループを突破したわね」

「随分余裕みたいね。ふてぶてしいくらいリラックスしてるわアイツ……」

 一度や二度の成功はビギナーズラックで処理されることもあるが、三度目ともなるとその実力は本物だ。
業界人達も星井美希に注目していた。そんな視線をおかまいなしに、彼女はステージ上のミラーボールを
眺めていた。何を考えてるのかしら。



227: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:17:16.55 ID:Z9sMu7EF0


「ご無沙汰しております」

「よっ、765プロ。久しぶりだな!」

 決勝戦の順番を決めるくじ引きを見ていると、私達の隣に四条貴音と我那覇響がやって来た。途端に伊織の
表情が険しくなる。

「何しに来たのよアンタ達、まだやよいのことを諦めてないの……?」

「おや、何やら誤解をされているようですね。わたくし達はただ友人として、美希とやよいを応援している
 だけなのですが」

 伊織を軽くかわして貴音が返事をする。響も横で笑っていた。

「あなた達、星井さんについてなくていいの?ステージ裏にサポーター席もあるみたいだけど」

 千早が訊く。確かにこの二人がここにいるということは、フリーの美希はひとりで準備をしているんじゃ
ないかしら。やよいには雪歩達とプロデューサーがついているけど。

「いや~、自分達もさっきまでそこにいたんだけどさ、美希にド派手なパフォーマンスを見せてやるから
 よく見える観客席にいろって追い出されたさ。ま、あの様子だったら放っておいても大丈夫だぞ」

 響があっけらかんと言う。冷たいわけではなさそうだけど、意外とドライなのね。これがライバルで親友
という彼女達の関係なのかしら。



228: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:18:22.16 ID:Z9sMu7EF0


「我那覇響だっけ?アンタはどうでもいいわ。でも四条貴音、アンタはまだ信用出来ないわね。どうして
 『四条』の人間がアイドルなんてやってるのか、私はまだ答えを聞いてないわよ」

 伊織は四条貴音を睨む。伊織の話では、四条家は私達庶民の知らない顔があるらしい。伊織はそれをとても
警戒していた。

「ご安心ください。既にわたくしは家督を妹に譲りましたので、『家業』とわたくし個人の活動は無関係です。
 納得して頂くのは難しいかもしれませんが、どうか信じて頂けないでしょうか」

 貴音は少し困ったように笑うと、ステージ上のやよいと美希を見た。

「それにやよいも美希も、四条家の手に余る逸材です。わたくしより才能のある妹は勿論の事、父や母でも
 あの子達の未来を見通すのは至難の業でしょう」

「……っ!! やっぱりアンタ、それを見抜いてあの子に近づいたのね……!! 」

 伊織が貴音に対して敵意をむき出しにする。貴音はそれを正面から受け止めて、なお微笑んでいた。
ちょっと、さっきからあんた達何の話をしてるのよ。私達にも分かるように説明してよね。

「あ~もう、ケンカはやめるさ!! それより順番決まったみたいだぞ。やよいは1番で美希は5番みたいだな。
 大丈夫かなやよい。美希はちょうど良い位置だけど」

 響に言われて、ふたりは一時休戦する。ステージ上ではややひきつった笑顔のやよいが1番のボールを
司会者に返していた。あらら、これはちょっとアドバイスをしなくちゃいけないかも。プロデューサーは
初っ端のステージでセット確認が忙しいだろうし、雪歩と亜美真美だけじゃダメかもね。




229: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:19:23.68 ID:Z9sMu7EF0


「ちょっとやよいの所に行って来るわ。千早、あんたも来て頂戴。伊織はあずささんと留守番ね。あずささん、
 しっかり伊織を見張ってて下さい」

「はぁ!? 何で千早はOKで私は行ったらダメなのよ!? 」

 伊織が激高する。あ~もういちいち面倒な子ね。

「私は四条家の事とかよく知らないけど、今の不安定なあんたをやよいに会わせるわけにはいかないわよ。
 やよいはそういうの敏感に気付く子なんだから」

 伊織がはっとした表情で我に返る。やよいは自分を差し置いて他人を気遣う子だから、あまり余計な心配を
かけたくない。あの子はステージの上からでもあんたを見るかもしれないから、冷静になっときなさいよ。

「安心して水瀬さん。高槻さんの親友のあなたの分も、高槻さんの『家族』の私がちゃんと励ましてくるから」

「何をどう安心しろって言うのよ!? アンタいつの間にやよいの家族になったのよ!! 」

「いってらっしゃ~い。やよいちゃんにがんばってって伝えてくださいね~♪」

 暴れる伊織を抑えながら、あずささんに見送られて私達はステージに向かった。

「『如月やよい』……二月か三月か分からないわね。ここは私が養子に入って『高槻千早』になった方が……」

 隣で千早がブツブツ独り言を呟きながら不気味な笑みを浮かべている。……やっぱりこの子も置いていこう
かしら。でも千早は去年のルーキーズオーディションのグランプリだし、何か良い助言をして……くれないかも?





230: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:20:21.76 ID:Z9sMu7EF0


***


「やよいー、準備はどう?」

「あ、りっちゃんだ→!」「千早お姉ちゃんも一緒だYO!! 」

「はわわ……、律子さ~ん、よかったですぅ~」

 ステージ裏ではやよいが衣装を着替えていて、亜美真美と雪歩が準備を手伝っている所だった。
プロデューサーはライトの最終調整をスタッフと一緒に確認しに行ったそうだ。

「……って、何よこの大量のお茶は。こんなに飲んだら本番で踊れないでしょうが」

「す、すみません……、やよいちゃんがちょっとでも落ち着けるようにと思いまして……」

 やよいの椅子の上には大量の湯飲みが整然と並べられていた。その気遣いは良いことだけど、まずは
あんたが落ち着きなさい。亜美、真美、勿体ないから全部飲んどいて。

「りっちゃん、さすがにそれはキツいYO……」

「それに真美達、もう6杯目だZE……」

 二人で分ければいけるでしょ。それにあんた達がちょっとは静かな方がやよいも集中出来るだろうし、
頑張りなさい。

「す、すみませんみなさん……、私がめいわくかけちゃったみたいで……」

 着替え終わったやよいが申し訳なさそうに謝る。いいのよいいのよ、あんたはステージのことだけ考えて
おきなさい。



231: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:23:51.68 ID:Z9sMu7EF0


「高槻さん、とても綺麗だわ……」

「そ、そうですかあ?でもこのカッコ、ちょっとはずかしいかも……」

 千早がうっとりとみとれるやよいは、天使のコスチュームに着替えていた。ご丁寧に羽と輪っかもオプション
で付いている。伊織監修だけあって、センスも良くてなかなかの完成度だ。

「胸を張りなさいやよい。こういうのは開き直ったもの勝ちよ。レッスンを思い出して、堂々とパフォーマンス
 をすればいいから」

「一番手で緊張するかもしれないけど、一番最初だと比べる相手がいないから楽な面もあるわ。高槻さんは
 高槻さんらしく、いつもみたいに笑顔でパフォーマンスを楽しめばいいのよ」

 千早と一緒に励ます。ちなみに千早も、去年の決勝は一番手だった。その歌唱力に圧倒されて、他の
ファイナリスト達はすっかり怖気づいてしまった。961プロの天ヶ瀬冬馬だけは気丈にも立ち向かって
きたけど、一番手はそういう効果も期待出来る。経験の浅いやよいにはむしろ丁度良いかもしれない。
でも相変わらずやよいの表情は固い。無理もないわね、いきなりこんな大舞台でしかも一番手なんて。
さてどうしようかしら……

「一個もらっていい?響が水筒持って行っちゃったからノド乾いたの」

 すると突然、私達の所に星井美希がやってきて、雪歩の淹れたお茶をひとつ手に取って一気飲みした。
そしてぷは、っと口元を拭うと、そのままやよいの方に向き合った。

「カワイイねやよい。とっても似合ってるの。ホントに天使さんみたいだよ」

「あ、ありがとうございます……」

 美希はまるで自分が最初から765プロのメンバーであるかのように、自然に私たちの輪の中に入って
やよいに話しかけた。一体どういうつもりなのこの子……?




232: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:25:24.13 ID:Z9sMu7EF0


「出たなパツキンヤンキー!! 亜美がやっつけて……うぷっ」

「やよいっちをビビらせようったってそうはいかないZE!! 真美が成敗して……おえっ」

 即座に亜美と真美がやよいをガードしようと美希の前に立ちはだかるが5秒で撃沈した。ここで吐いたら
ダメよあんた達。怒られるのは私なんだからやめてよね。

「あは☆ 765プロはにぎやかで楽しそうだね。さすがやよいの事務所なの」

 美希はそう言って笑った。まだ出番は先だけど、この子緊張とかしてないのかしら……?

「やよい、約束おぼえてる?ミキとやよいと響と貴音でトップアイドルのステージで勝負するって。
 ここは新人アイドルのステージだから、ミキ達の目的地はまだまだ先だよ」

 美希はそのままの調子でやよいに優しく語りかける。それを聞いたやよいは、肩からすっと力が抜けた。

「今日のミキはサイコーに調子良いからグランプリ獲っちゃうケド、この先もいっぱいオーディションに
 参加して、いっぱいグランプリ獲るよ。それで一番にトップアイドルのステージに到着して、やよいと
 響と貴音を待っててあげる。だから早く来てね」

 美希が自信満々に言うと、やよいも自然に笑顔になった。さっきまで緊張していたのに、すっかり
リラックスしたようね。




233: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:26:49.42 ID:Z9sMu7EF0


「美希さんはかわらないですね。そうですね、ここが私達のゴールじゃないですよね!」

 やよいはそう言って、美希にガルウィングおじぎをした。事務所やレッスンで見慣れたいつものやよいだ。

「でも美希さんひとりでお待たせするのは悪いですから、私が先に行って待ってますね。美希さんは
 貴音さん達と後からゆっくり来てください。私には千早さんや事務所のみんながいますので、さびしく
 ありませんから」

 やよいが美希の目をしっかり見て、はっきりと宣言する。珍しいわね、やよいが挑発するなんて。でも
やよいって意外と負けず嫌いなのよね。長女だからかしら、幼く見えてしっかり者で、レッスンでも皆に
追いつこうといつも一所懸命だ。

「あは☆ それじゃあがんばってね。やよいの出番が終わったらミキちょっと寝るから、出番が来たら
 起こしてくれると嬉しいな」

「わかりました。しっかりみててくださいね!! 」

 美希は後手でぷらぷら振ると、自分の席に戻って行った。本当に緊張感のカケラもない子ね。ここで
眠れるって、一体どういう神経してるのかしら。



234: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/01(土) 01:27:44.14 ID:Z9sMu7EF0


『お待たせしました!! それでは間もなく決勝戦スタートです!! まずは一番手、765プロ高槻やよい!!
 やよいちゃん、ステージへどうぞ!! 』

 そうこうしているうちにステージ上の司会に呼ばれてしまった。結局アドバイスらしいアドバイスを
してあげられなかったわね。でも美希のおかげでやよいの緊張はすっかりほぐれたみたい。敵ながら
天晴れだわ。

「それじゃあ律子さん、みなさん、いってきます!! 」

 やよいは元気よく私達に手を振って、ステージに駈け出して行った。しっかりやるのよやよい、あんたには
私達みんながついてるからね!



243: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:33:25.20 ID:jpqLDYYZ0


***


 (プロデューサー、律子さん、千早さん、伊織ちゃん、それから他のみなさんもありがとうございました)

 (長介、かすみ、浩太郎、浩司、浩三。お姉ちゃんがんばるよ)

 (それから)

 (貴音さん、響さん)

 (美希さん)

 (これが『アイドル高槻やよい』です!! )


 ♪お気に入りのリボン うまく結べなくて♪
 
 ♪何度も解いてやり直し♪

 ♪夢に似てるよ 簡単じゃないんだ♪


「すごいわやよい……、予選よりよく動けてるし、何かあったの?」

 千早と観客席に戻ると、丁度パフォーマンスが始まった所だった。一番手とは思えないほど堂々とした様子で、
緊張を微塵も感じさせないやよいを見て伊織が驚く。ええ、誰かさんのおかげで絶好調よ。私達から少し離れた
ところで見ている貴音と響も嬉しそうだった。



244: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:34:28.37 ID:jpqLDYYZ0


「わずか一週間でよくぞここまで成長しましたね。響と美希と稽古をしていた時から感じていましたが、やよい
の素直に伸びていく素質と才能は素晴らしいものがあります」

 ええ、あれがあの子の長所だからね。教えた事をどんどん吸収するやよいの純粋でまっすぐな性格は、指導
する側も楽だわ。うちの子達は一癖も二癖ある子ばかりだからね。

「ほんとウチの連中には困ったものよね。男は怖がるしすぐにふざけるしよく迷子になるし。その点やよいは
 わがままも文句も言わないし、アイドルのお手本のような子よね」

「事務所の雰囲気は悪くないんだけど、みんな少しプロ意識が弱いのよね。高槻さんを見習って、どんな
 仕事でも好き嫌いなく真面目に取り組まないとこの先が不安だわ」

 まるで他人事のように、765プロの問題児筆頭の二人がうんうんと頷いている。自分の事って客観視出来ない
ものね。伊織、竜宮小町が始動したら今までみたいなワガママは許さないわよ。千早もアイドルとしてデビュー
したんだし、歌ばかりじゃなくてダンスやトークの仕事ももっと頑張りなさいね。





245: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:35:46.22 ID:jpqLDYYZ0


 ♪妥協しない 追求したい♪
 
♪頑張るコト探して ねぇ 走るよ♪


 ステージ上で笑顔をいっぱい振りまいて、軽やかなステップできびきびとパフォーマンスするやよいを見て
会場も大盛り上がりだ。……いや、大盛り上がりってレベルじゃないわね。予選もこんな感じだったけど、
やよいの愛くるしい魅力にすっかり取り込まれた観客の異様な熱気に包まれている。彼らには天使の恰好をした
やよいが、まるで本物の天使にでも見えているのかもしれないわね。

「良い歌だな。やよいによく合ってるぞ。ポーズも決まってるしダンスも申し分ないさ。でもまさか自分が
 教えた体を大きく使って踊るスタイルじゃなくて、逆にコンパクトにまとめてスピードを上げてくるとは
 思わなかったぞ。やよいには余計なことしちゃったかな」

 やよいのダンスを指導した響は、自分が教えたダンスと真逆のスタイルで踊るやよいのパフォーマンスを見て
やや複雑な心境らしい。頭をぽりぽりかいて苦笑していた。

「いや、そんなことはないぞ。お前達がやよいのダンスレベルを上げてくれたおかげで、コンパクトに踊っても
 ちゃんと見栄えがするようになったんだ。それについては本当に感謝してるよ」

 すると私達の後ろからプロデューサーがやって来た。お疲れ様です。もう大丈夫なんですか?

「ああ、準備は万全だ。はじめまして、我那覇響と四条貴音。俺は765プロのプロデューサーだ。やよいに
 稽古をつけてくれてありがとな」

「いえ、わたくし達は美希に頼まれただけです。礼は彼女にしてあげて下さい」

 プロデューサーが貴音と響に挨拶をする。それよりプロデューサー、やよいのダンスの説明をしてあげたら
どうですか?響が不服そうですよ。

「べ、別に不服ってわけじゃないぞ!自分もプロのダンサーなんだから、会場の様子や自分のコンディションに
 合わせてダンスを変えるのはよくやるし……」

 慌てて否定する響。別に隠さなくていいわよ。でもこれにはちゃんとした理由があるから。



246: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:37:15.01 ID:jpqLDYYZ0


「はは、すまんな。ギリギリまで迷ったんだけど、やよいには今回のオーディションでは『東のスタイル』で
 踊ってもらうことにしたんだよ。あのダンスは今回のやよいのステージの為に、ウチの真や東のダンサー達が
 考えてくれたスタイルだからな」

 ステージを見ながらプロデューサーが話す。パフォーマンスは間もなくサビに入る所だった。


 ♪君まで届きたい! 裸足のままで♪

 ♪坂道続いても諦めたりしない♪


 弾けるようなフレッシュな声で、やよいが元気よく歌う。やや舌足らずではあるが、それもまたやよいの
魅力だろう。やよいのキャラクターを最大限に活かせるように、発声法から選曲まで私達スタッフと千早で
随分考えた。まだまだ技術が未熟な所もあるが、それを感じさせない仕上がりとなっている。ダンスだけでなく、
ボーカルも独自色の強いものになった。

「やよいと一緒にレッスンしてたんだったら、あの子の空間把握能力の高さに気付いていたか?やよいは
 自分の周囲の空間をミリ単位で把握出来るんだ。こう言っては高槻家に申し訳ないが、狭い家で家事や
 弟達の世話をしているうちに身についた能力だろうな」

「そういえばやよいはどれだけ忙しそうに走り回ってても、家の中で誰かや何かにぶつかったりは
 してなかったな……」

「急に部屋の死角から弟達が飛び出してきても、慌てることなくかわしておりましたね。あの子は常に
 家の何処に誰がいるか把握している気配がありました」

 響と貴音が思い出したかのように相槌をうつ。やよいは狭い事務所内でも、春香と違って何かにつまづいて
こけたりしないし、レッスンで他の子達と一緒に踊らせても滅多に交錯しないのよね。




247: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:39:00.35 ID:jpqLDYYZ0


「やよいは五感がとても敏感でな。でも逆に敏感すぎて、こういう屋外の解放されたステージにひとりで
放り出されると思うように動けなくなる。その弱点対策があのダンスなのさ」

 響直伝の体を大きく使うダンスも試してみたが、家の庭やレッスンルームと違って広いステージでは、
やよいはまだ空間全体を把握しきれず、動きにくそうにしていたので別の方法を考えることにした。そこで
あえて振付けを小さくし、ステージをやよいが把握出来るギリギリの範囲まで小さくした。そうすることで
やよいのパフォーマンスは格段に向上した。他にも振付けのスピードを上げたり手数を増やしたり、ダンスする
位置をこまめに変えたりと小さくても見栄えがする工夫はしてある。

「このダンスは、西のスタイルに対抗する東のスタイルのひとつだって真が言ってたぞ。最近東京でも
 西のスタイルが流行ってきているから、東のダンサー達も負けじと独自のスタイルを考えていたらしい。
 今回のやよいのステージが初お披露目になるが、会場の反応は上々だな」


 ♪手に入れたいものを数え上げて♪

 ♪いつだってピカピカでいたい♪

 ♪私 shiny smile♪


 観客だけではない。業界人もやよいのパフォーマンスに注目していた。このダンスはコンパクトにまとめる
事で振付けの精度が上がるので、ダンスの完成度が高くなる。それにやよいの様に小柄な子でも無理なく
踊れる利点がある。きっとこのスタイルはこれから広まっていくだろう。

「へえ、さすが東京はダンサーの層が厚いな!その真って子にも会ってみたいぞ。今日は来てないのか?」

「あら、真の事知らないの?ダンサー業界では『東の菊地真、西の我那覇響』って言われてるって聞いたけど」

「なんだそれ?そんなの聞いたことないぞ」

 千早、そっとしておきなさい。それ以上追及すると後で真が顔真っ赤にして、クッション抱えて事務所の
ソファでバタバタすることになるから。それはそれで面白そうだけどね。


248: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:39:57.62 ID:jpqLDYYZ0


「やよいの特性を最大限に活かし、弱点すらも強みとして利用したまこと見事な舞台です。これは美希も
 苦戦しそうですね」

「おいおい、これで終わりだと思ってもらっちゃ困るな。今からが『天使やよい』最大の見せ場だぞ」

 貴音の言葉にプロデューサーが返事をする。そうですね、その為にプロデューサー殿は社長とステージの
スタンバイに走り回っていたんですもの。私一人でウチの子達全員の面倒をみるのは大変だったんですから、
がっかりさせないで下さいよ。

「そろそろクライマックスだな。さて、ライトの準備は……、大丈夫そうか。後はステージ上のやよいが
 きっちり合わせられるかだが……いけそうだな」

 ステージ上のやよいはパフォーマンスをしながら徐々にステージ中央に近付く。あの子も言われたことを
しっかり覚えているみたいね。一瞬だけちらっと私達の方を見て、にこっと笑った。改めて言うまでも
ないけど本当に可愛いわねあの子。

「やよいちゃ「やよいーっ!!!!!! もうちょっとよーっ!!!!!! 最後はビシっと決めなさいよーっ!!!!!! 」

「……え~と、やよ「高槻さーん!!!!!! ここまで完璧よーっ!!!!!! グランプリは目の前よーっ!!!!!! 」

 ちょっと落ち着きなさいあんた達。あずささんの声が聞こえないでしょうが。響と貴音が引いてるじゃない。

「い……、一体何がはじまるんだ……?」

「やよいも何やら用意しておりますね。先程から舞台上でそわそわしているようですが」

「まあ見てろよ。俺と社長が三日三晩寝ずに考えたイリュージョンだ、存分に楽しんでくれ」

 実は私も詳しくは知らされてないので、ちょっと楽しみだったりする。期待してますよプロデューサー殿、
765プロお得意の『天才殺し』で、この会場の度肝を抜いてやりましょう!!



249: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:41:05.19 ID:jpqLDYYZ0


***


 やよいが曲の二番まで歌い終えると、ステージを照らしている照明が徐々に落ちて会場が暗くなっていく。
いつの間にかすっかり日が落ちてたのね。空にはぽつぽつと星が見える。やよいはステージの中心で両足を
揃えて胸に手を当てて、やや伏し目がちにしてスタンバイしていた。一体何をするつもりなのかしら。


♪君まで届きたい! 裸足のままで♪

 ♪坂道続いても諦めたりしない♪


 歌い出しに合わせてやよいの両肩あたりにちょうど背中の羽を照らす形で、二つのスポットライトが
当てられる。するとそのライトが4つ、6つ、8つと徐々に増えていき、ステージ全体をある形に
照らしあげていった。


 ♪手に入れたいものを数え上げて♪

 ♪いつだって ピカピカでいたい♪

 ♪私♪

 会場からは大歓声が起こる。私も思わず見とれてしまった。やよいはステージ全体に広がるくらいの巨大な
光の翼を背に、静かに丁寧に歌い上げる。その姿は天使そのものだった。やや伏し目がちにしていたのは、
ライトを直接見て目を痛めないようにする為だったのね。光の翼が完成してライトの光が落ち着いてくると、
再び顔を上げて満面の笑みを会場に向けた。



250: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:42:45.49 ID:jpqLDYYZ0


 ♪君へと届きたい! 転びそうでも♪

 ♪ブレーキを我慢して石ころをかわして♪


「すごいな……、ライトでこんなことが出来るなんて……」

「まこと幻想的で、かつ神々しい演出ですね。わたくしも良いものを見せて頂きました」

 響と貴音はやよいのステージにすっかり目を奪われている。プロデューサーも満足そうに見ていた。

「会場で準備出来るだけのライトをかき集めてきて、ステージスタッフ総動員で今回の演出をしてもらってる。
 誰もしたことがない試みだったから、説得して回るのが大変だったよ。でも上手くいったみたいだな」

 羽の形を作るだけでも大変でしょうに、微妙に光の強くしたり弱くしたりして風でゆらめいているように
見える。まるで本当に血の通った、生きた翼のように見えるわ。

「やよいちゃん素敵だわ~。春香ちゃんと真ちゃんにも見せてあげたかったです~」

「ふ、ふんっ!あんたにしてはなかなかやるじゃない。ほめてあげるわ」

「高槻さんのステージにふさわしい演出ですね。でもあんな光の翼がなくても、私には普段から高槻さんの
 背中に天使の羽がついているのが見えてますけど」
 
 ウチのアイドル達も大満足みたいね。それから千早、あんた幻覚でも見えているの?デビューしてからの
連日の営業回りでちょっと疲れが出てるのかも。少し休ませてあげようかしら。





251: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:44:38.37 ID:jpqLDYYZ0
 

 ♪泣きそうな思いを乗り越えたら♪

 ♪いつだってキラキラでいるよ♪

 ♪私 君と♪

 ♪shiny smile shiny smile ふたりずっと…♪


 こうして会場の盛り上がりが最後まで下がることなく、やよいのパフォーマンスは終了した。やよいに熱い
声援を送る観客の中には、感極まって涙ぐむ人達もいる。プロデューサーとしての総評は、全体を通して
観客とやよいの心が通じ合ったステージになったと思う。観客がやよいに愛の溢れる応援を投げかけ、やよいは
それを受けて愛に溢れたステージを作り上げていく。まさにアイドルのお手本のようなパフォーマンスね。

「いや~、千早の時と違っていきなり決めたルーキーズオーディションの出場だけど、まさかここまで
 成功するとは思わなかったな。やよいの頑張りが一番だが、これはグランプリも決まっちまったかな?」

 プロデューサーが苦笑いをする。まだオーディションは始まったばかりなのに、既に会場のボルテージは
最高潮に達していた。マスコミの動きも慌ただしくなっている。明日から取材やオファーが増えるかしら。

「星井美希がどれだけすごくても、あのやよい以上に観客を虜にできるかしら?二大会連続で準グランプリ
 らしいけど、本格的にシルバーコレクターになっちゃうんじゃないの?」

 伊織が得意気になって響と貴音に言った。確かに今のやよいは並のアイドルが敵う相手ではない。新人は
もちろん、千早レベルのプロのアイドルでも楽には勝てないだろう。石川社長の指導を受けていたみたいだけど、
何か秘策でもあるのかしら。



252: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/08(土) 13:46:36.34 ID:jpqLDYYZ0


「確かに、会場の人間全てを味方にした今のやよいに勝つのは容易ではありませんね。あの子の愛の力は
 同じあいどるとして脅威です」

 貴音が静かに返事をする。しかしやよいの実力を認めつつ、その表情には余裕が感じられる。

「自分達も美希が何をしようとしてるのかはわからないけど、でもあいつはあれくらいで凹んだりしないぞ。
 生意気な奴だけどやる時はやるからな」

 響も全く心配していないようで、その笑みを崩さない。

「律子嬢、ひとつお聞きしたいことがあります」

「な、何よ……?」

 突然話を振られて少し驚いてしまった。貴音はそんな私を見てゆっくり微笑むと、そのまま空を見上げた。

「偶像崇拝と自然崇拝。現在の世はどちらの方が人々の信仰を集めているのでしょうか」

 ……そんなの急に聞かれても答えられるわけないじゃない。そもそも私は無宗教よ。貴音につられて
見上げた空はすっかり夜空に変わっていた。今日は星が綺麗ね―――――






261: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/16(日) 01:11:36.61 ID:lmlMurwe0


***


「じゃあ俺はもう一度やよいの所に戻るよ。雪歩達も引き上げさせないとな」

 やよいのパフォーマンスが終了し、プロデューサーは観客席を出て行った。わかりました。こちらは任せて
ください。

「私も行くわ。いいわよね律子?」

 伊織がプロデューサーの後を追うように席を立つ。はいはい分かったわよ。やよいは疲れてると思うから、
労わってあげなさいよ。

「あ、そいつらから目を離しちゃダメだからね!! 特に四条貴音には気を付けなさいよ!! 」

 私とあずささんと千早に命令して、伊織はステージ裏へ走って行った。全く、伊織お嬢様には困った
ものだわ。響と貴音は特に怒るわけでもなく、困ったように笑っていた。

「じゃあ伊織もいなくなったことだし、そろそろあんたの正体でも聞かせてもらえるかしら?
 私も気になってたのよ」

「おや。よもや律子嬢に質問されるとは思いませんでした」

 少し驚いた様子で貴音がこちらを見る。気を悪くしたらごめんなさいね。でも765プロのプロデューサー
として、私は所属アイドルの世話役も買ってるのよ。うちの子が不安を抱いているなら、私はそれを
解消する義務があるの。安心しなさい、誤解があるなら私から伊織を説得してあげるから。



262: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/16(日) 01:13:03.72 ID:lmlMurwe0


「そうよ~♪私達はあなた達を悪く思ってないわ。やよいちゃんのお友達だし、仲良くしましょう♪」

「私も四条さんと我那覇さんが悪い人だとは思えません。ですが水瀬さんも嘘を言ってるように思えません。
 プライバシーを探るようで申し訳ありませんが、よろしければ聞かせてもらえますか?」

「自分も聞かせて欲しいな。いきなりヨーロッパでモデルやるって行っちゃったと思えば突然帰ってくるし、
 今回の貴音の行動は謎だらけだぞ」

 あずささんと千早はともかく、響も知らなかったのは意外ね。でも貴音はあまり自分の事を積極的に
話したりする子でもなさそうね。

「構いません。今まで機会が無かっただけですから。美希の出番まで時間がありますし、それでは少し
 お話致しましょう」

 貴音はそう言うと銀色の髪をなびかせて、妖艶に微笑んだ。この子確かプロフィールを見る限りでは、
私のひとつ年下よね?あずささんより年上にも見えるわ。本当にミステリアスな子ね―――――




263: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/16(日) 01:13:56.45 ID:lmlMurwe0


***


「まずは四条家の家業ですが、わたくしの一族は代々秘密結社の一員として、世界中から優秀な人間を探して
 勧誘しております。結社の詳細はお話しできませんが、世界の平和と全人類の友愛を目的とした健全な機関
 であることは保障いたします」

 まるで夕食のメニューを話すような気軽さで、貴音が突拍子もないことを話し出した。それって重大機密じゃ
ないの?私達一般人に教えちゃってもいいのかしら。それに結社の一員に保障されてもねえ……

「『エル……プサイ……』」

「『コングルゥ』、でしょうか。残念ながらそのような暗号はございませんよ、如月千早」

「あ、あれ……?私何言ってるんだろ……?急に別の世界線の記憶が……」

 千早と貴音が謎のやり取りを始める。千早、あんたまでもしかしてそっち方面の人間でしたなんて言わない
わよね。何となくこの電波女に通じちゃってるじゃない。

「四条家の活動には、貴族や上流階級の方々も協力して戴いております。しかし中にはわたくし達の活動を
 誤解しておられる方もおりまして、『人攫い』などと陰口を叩かれることも少なくありません。残念ながら
 水瀬伊織は後者のようですね。水瀬家の御当主とは友好的な関係にあるのですが」

 伊織もなかなか複雑な子だからね。思春期の反抗期もあるのかしら。お父さんに何かと反発して手を
焼いてるって新堂さんも言ってたわ。



264: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/16(日) 01:15:01.78 ID:lmlMurwe0


「それで、四条さんは高槻さんをその秘密結社に勧誘するつもりなのですか?それとも話の流れを辿ると、
 あなたが勧誘したいのは星井さんの方かしら?」

 千早が真剣な表情で貴音に質問する。話の腰を折るようで悪いけど、あんたこんな荒唐無稽な話を信じるの?
私はまだ半信半疑なんだけど。

「律子、あなた高槻さんのステージを見たでしょう?そのメガネは曇ってるのかしら。天使のような、いや
 天使そのものの高槻さんだったら秘密結社に目を付けられても全く不思議じゃないわ。だから私が
 しっかり守らないと……」

 あんたこそ少しは落ち着きなさい。トチ狂っても冷静な分、伊織よりタチ悪いわね。だんだん頭痛くなって
きたわ。あずささんも何とか言ってあげて下さい。

「う~ん、秘密結社ねえ~。『第七機関』だったら知ってるんですけど~」

 あ、この人もダメだ。私がおかしいの?今してる話って、そんなメジャーな話題なの?

「ご安心下さい。わたくしはふたりを勧誘するつもりはございません。確かにやよいの持つ徳の高さは
 世界平和に多大な貢献をもたらしてくれると思いますが、彼女には決定的に欠けているものがあります。
 四条家はそれが埋まらない限り彼女を結社に迎え入れることはないでしょう」

 やよいに欠けてるものねえ。結社の話の真偽はともかくとして、私にもそれが何かは分かるわ。
あくまでアイドルのプロデューサーとしての視点だけどね。




265: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/16(日) 01:16:15.02 ID:lmlMurwe0


「エゴ、かしら。それとも欲?あの子はそういうのが無いのよね。いえ、あの子も人間なんだから全くない
 事はないと思うけど、それも自分の為じゃなくて誰かの為というか……」

「流石は律子嬢。まさしく貴女の仰る通り、彼女の愛には自我がありません。神の愛『アガペー』と呼ばれる
 ものです。高槻やよいの愛は非常に純粋で美しいものですが、しかしあまりにも純粋過ぎるが故に人の世には
 適合しません。わたくし達は人間です。人間は愛と共に悪意も憎しみも持っています。全人類の友愛は
 わたくし達の目指す世界でありますが、それはアガペーがもたらすものではありません」

 う~ん、またワケの分からない方向へ話がぶっ飛んだわね。分かったような分からないような……
でも自我の無い愛ってのは、つまり黒井社長だろうが西園寺プロの河野院だろうが関係なく愛さないと
いけないのよね?あいつらと仲良くするなんて未来永劫ありえないわ。

「いいんですか?自分で自分の家業を否定しているように聞こえますけど。それで四条さんの家の活動が
 成り立つんですか?」

「何事も加減が大切なのですよ。わたくし達は自らの理想を決して諦めません。それに気付いていませんか?
 最近のやよいはアガペーからストルゲー、フィリア、エロースへと、人間味のある愛を自我の確立と共に
 次々と手に入れております。おそらく美希との出会いが彼女を変えたのでしょう」

 私もそう思うわ。あの子が星井美希の何に惹かれたのか知らないけど、やよいの美希に対する気持ちは
他の人とは違う。プロデューサーに言われてから意識して見てたけど、どうやら間違いないらしい。
あ、誤解のないように言っておくけど同性愛的なものじゃないからね?千早や伊織みたいな邪なものでもない
わよ。本当にただ純粋に、やよいは美希の事が好きというか、憧れているみたい。

「私達の前では悪いと思ってるのかあまり言わないけど、やよいちゃんはこの一週間ずっと私達765プロじゃ
 ない誰かを追いかけていたみたいね~。そうよね千早ちゃん?」

「私は何も聞こえません私は何も見ていません私は何も知りません……」

 現実逃避してるんじゃないわよ千早。伊織も美希の名前出したら不機嫌になるし。




266: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/16(日) 01:18:18.38 ID:lmlMurwe0


「石川社長が仰ってましたが、やよいが『天使』だとすれば、美希は『星』だそうです。星はただ輝くだけ
 ですが、その輝きは天使をも魅了するのでしょう。わたくしも響もその輝きに惹かれたのですから」

「自分から見ればまだまだだけどな。でも美希のダンスは光るものがあるさ。ちゃんとしたレッスンを
 受けたら、きっと美希はすごくなると思うぞ」

 星ね……、あの子は『アイドル』じゃなくて『スター』だったのね。これは厄介な相手になりそうだわ。
でも激戦区のHグループを勝ち上がってきた彼女の実力は私も気になってる。いつの間にか私もあの子に
惹かれているのかしら。

「まあ、自分は結社だとか天使だとか星だとか、全部大げさな話だと思うけどな!もし貴音の言ってる事が
 本当だったら、完璧な自分がいつまで経っても勧誘されないのはおかしいさ。だから765プロもそんなに
 気にすることないぞ。貴音の家はモデル事務所で、やよいは可愛くて、美希はちょっと器用なだけさ。
 自分は最初からそう思ってるぞ!」

 どうやら響は私と同じ感覚みたい。でも貴音もよくそこまで軽く捉えられているのに仲良く出来るわね。
私も完全に信じているわけじゃないけど、腹立ったりしないの?

「ふふ、信じるも信じないも人それぞれです。それに今ここにいるわたくしは、ただのあいどるを目指す
 ひとりの少女ですから」

 こうしてもやもやした気持ちが残ったまま、貴音の話は終了した。ステージを見れば4人目のアイドルの
パフォーマンスが終わった所だった。いつの間にかすっかり話し込んでいたわね。もうすぐ美希のステージ
の番かしら。そういえばやよいはまだステージ裏にいるのかしら。出番はとっくに終わったのに、一体何を
してるのよ―――――





277: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 22:55:23.61 ID:Hdklz8qe0


***


 (……きさん、みきさん……)

 遠くでやよいの声が聞こえてくるの。う~ん……、あと一時間くらいねかせて~……

(……ください、おきてください……)

 やなの~。ココ寒いし、このブランケットあったかいし、ミキうごきたくないの……

「さっさと起きろっつてんでしょ!! やよいを困らせるんじゃないわよ!! 」

「なの!? 」

 ブランケットをゴーインにはぎ取られて、ミキはそのままイスから床に転げ落ちちゃった。目が覚めたら、
ミキの前にぷんぷん怒ってるデコちゃんとおろおろしてるやよいがいたの。いたた、ひどいのデコちゃん……

「だ、だめだよ伊織ちゃん、もっとやさしく起こしてあげないと……」

「甘やかしてるんじゃないわよやよい。それにコイツそろそろ出番でしょ?さっさと起こして準備させないと」

 ステージの方を見たら、4人目のコのパフォーマンスがはじまったところだったの。ちょっと起こすの早いよ
デコちゃん。あと10分は寝れるじゃん。

「10分って……、アンタ自分の出番直前まで寝るつもりだったの!? アイドルなめるんじゃないわよ。あと
 デコちゃんいうな!! 」

「お、おはようございます美希さん。そろそろおきないといけないかなーって……」

 それもそっか。ストレッチくらいはしとこっかな。ありがとねやよい。




278: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 22:56:24.59 ID:Hdklz8qe0


「いいですよ。それより美希さん、私のステージ見ててくれましたか?」

 あれ?そういえばミキ、やよいがステージ裏に帰ってくる前に寝ちゃったから感想言ってなかったっけ?
双子ちゃんに伝えておいたんだけどな。

「亜美と真美なら雪歩が医務室へ連れて行ったよ。お茶を飲み過ぎて気分が悪くなったみたいでな」

 ミキ達がおしゃべりしてたら、デコちゃんの後ろにいた男のヒトが声をかけてきた。お兄さんダレ?

「自己紹介がまだだったな。俺はやよいのプロデューサーだ。うちのやよいが世話になったみたいだな。
 ありがとう」

 プロデューサー?それって律子じゃないの?律子はいかにもデキるオンナって感じだったケド、お兄さんは
冴えないカンジだね。

「はは、これは手厳しいな。でもやよいのステージはすごかっただろ?お前も目を輝かせて見てたって雪歩が
 言ってたぞ」

 そうだね。お兄さんがあのステージのプロデュースしたってのは信じられないケド、やよいはとっても
キラキラしてたの。とってもキレイでカワイくて、ミキもあんなパフォーマンスしてみたいなって思ったの。

「やよい、とっても可愛かったよ。ミキが今まで見てきたアイドルさんのステージの中で一番キラキラ
 してたの。ミキ、やよいのパフォーマンス一生忘れないよ」

 きっと響と貴音も喜んでると思うよ。あの二人にもカオ見せてあげてね。

「ありがとうございます!美希さんに言われるとなんだかとってもうれしいな~って……」

 やよいは照れくさそうに顔を赤くして笑った。うんうん、やっぱり良い子なの。



279: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 22:57:49.52 ID:Hdklz8qe0


「何偉そうにしてんのよ。やよいの親友だかライバルだか知らないけど、仲良しムードになるのは自分の
 ステージが終わってからにしなさいよね」

 デコちゃんがムスっとしてわりこんでくる。あは☆ ヤキモチ焼いちゃって、デコちゃんカワイイの♪

「んな!? なな何言ってんのよ!? そそそんなんじゃないんだからね!! 」

 やっぱりツンデコなの。でもデコちゃんも良いヒトだね。しっかり者のデコちゃんがいたら、プロデューサー
がしょぼくても安心だね。これからもやよいのことを頼んだの。

『……さんありがとうございました~!! 次のステージはあの激戦のHグループを勝ち抜いた期待の大型新人
 星井美希さんです!! それでは星井さん、スタンバイお願いします!! 』

 司会さんに呼ばれちゃった。さてと、それじゃ行ってくるの!!

「あ、ちょっと待ちなさい。髪に糸くずがついてるわよ」

 ピンマイクのセットをしてると、後ろからデコちゃんに呼び止められた。え?どこどこ?よくわからないの。

「仕方ないわね。取ってあげるからじっとしなさい」

 デコちゃんがミキのアタマに手をのばす。


 ……あ、ヤバイの。






280: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 22:59:15.29 ID:Hdklz8qe0


「ダ、ダメだよ伊織ちゃん!! 」

「?何がダメなのよよょょょょよよよょょょょよよよよょょょよよよょょょょよよよ……っっっ!!??」

 バチバチバチバチバチバチバチバチバチ!! ミキの髪の毛に触った瞬間、デコちゃんは感電したの。言い忘れて
たけど、ミキ帯電しやすい体質なの。ブランケットにくるまってねてたから、静電気たっぷりカラダに
たまっちゃったみたいだね。

「美希さんに誰もさわらないように私が見張ってたんだけど…… 響さんも美希さんを起こそうとして
 よくびりびりしてたし……」

「ははやくいいってよよよよ……」

 ミキから離れたあとも、デコちゃんはまだビリビリが残ってるみたい。面白いね☆

「『面白いね☆』じゃないわよ!! とっとと行ってさっさとやよいに負けなさい!! 」

 おおコワ、はじめて会った時からデコちゃんには怒られてばかりなの。いつか仲良くしたいな。

「やよい、ミキはやよいに観客席で見てほしいな。ステージ裏なんかじゃステージがよく見えないの。
 観客席に行くまで待ってるから、響達と見ててくれないかな」

 やよいと仲良くなったから、ミキはここまで来ることが出来たの。ミキが今ここにいるのはやよいのおかげ。
だからやよいには、いちばんキラキラしてるミキを見てほしいの。

「わかりました!がんばってくださいね、美希さん!」

 やよいは天使さんみたいな笑顔でにっこり笑って、ステージ裏から走って出て行った。デコちゃんもやよいの
後を追いかける。そんなに急いでこけたらダメだよ。ミキはちゃんと待ってるからね。

「ところでお前、さっきスタッフから聞いたが決勝戦でも876プロのサポートはなしか?よかったらウチの
 『天使の羽』貸してやろうか?」

 ひとり残ったプロデューサーが話しかけてきた。いいの、そんなのミキには必要ないの。石川社長には
カッコいい衣装とカワイイ曲もらって、これ以上ゼータク言ったらバチがあたっちゃうの。

「ありがとプロデューサーさん。プロデューサーさんにもミキ史上最高の、ホンキのミキを見せてあげる!! 」

 ミキはステージへ出た。決勝のステージは予選よりもゴージャスでキラキラしていて、千早さんの言ってた
『夢のような場所』って意味がわかる気がするの。観客席を見たら、やよいがこっちを見て手を振ってた。
よ~し、それじゃあいっちょやってやるの!!

『それでは星井美希さん、よろしくお願いします!! はりきってどうぞ!! 』

 イントロを聴きながら、ミキは昨日の菜緒お姉ちゃんとの会話を思い出していた。



281: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:00:03.60 ID:Hdklz8qe0


―――――


“ごめんごめん。お姉ちゃんもよくわからないや。でも天使さんに何もさせない方法ならあるよ。”

 ホント?どうすればいいの?

“簡単だよ。それは天使さんより―――――”




“たか~く、たか~く飛んじゃえばいいんだよ。天使さんより高く飛んじゃえば、勝負なんてしなくても
 美希ちゃんの勝ちでしょ―――――?”



282: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:00:45.48 ID:Hdklz8qe0


***


(響、見てる?この前のオーディションは負けちゃったケド、今のミキは響にだって勝てる気がするよ。
 ミキの方がカンペキだって見せてあげる!! )

(貴音にはいっぱいセッキョーされてイラっとしちゃったこともあったケド、おかげでちょっとだけ
 オトナっぽくなったってパパとママにほめられたの。だからお礼は言っとくね)

(石川社長、876のみんな、菜緒お姉ちゃんもありがとう。みんなにも見てほしかったケド、来れないのは
 しかたないよね。でも安心して、これからアイドルになっていっぱい見せてあげるから!! )

(それからね、それから……)

(やよい)

(ミキ、やよいに会えて本当によかったの。やよいの家でみんなでレッスンして、やよいの弟達と遊んで
 もやしいっぱい食べて、やよいのキラキラをいっぱいもらったの。だからしっかり見ててね)

(アイドルでもスターでもなんでもいいの。これがホンキのミキだよ!! )



283: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:01:56.89 ID:Hdklz8qe0


 ♪本気が見たい?“Ah,an!!”♪

 ♪本音で今日も踊ろう♪

 ♪指を動かしたら…ちいさく I love you♪


 いよいよ今回のオーディション最注目の大型新人、星井美希のパフォーマンスがスタートする。彼女の衣装は
ピンクの燕尾服に白のパンツというスタイルだ。まるで某帝国華撃団みたいなその恰好は、手足が長くて
スタイルの良い美希によく似合っていた。

「ズルいよなあ美希は。普通に踊っててもタッパがあるから、ダンスもポーズもカッコよくキマるさ。
 自分もあれくらい出来るけど、同じダンスしたら美希の方が目立つからうらやましいぞ……」

 響がステージを見ながらつぶやく。確かに華のある子だから目を引くわね。他の子達と同じライトを浴びてる
はずなのに、あの子だけ光り輝いてるみたいだわ。ていうか気のせいかしら、さっきからあの子の体から火花が
飛び散ってるように見えるんだけど。

「気のせいじゃなくて、本当に発電してるのよアイツは。おかげでひどい目にあったわ……」

 貴音と響から距離をとって見ていた伊織が言った。あんたどうしたのその頭?まるでソ○ックブーム
撃ちそうな勢いね。隣でやよいがブラシで一所懸命元に戻そうとしているけど、なかなかうまくいかない。

「伊織ちゃん。ちょっと腕をかまえて、そのまま片膝ついてしゃがんでくれない?」

「やらないわよ!! 別に待ってないし卑怯でもないからね!! 」

「あら~、ざ~んねん♪」

 何させるつもりですかあずささん。やよいもそんなの後でいいわよ。今は美希の応援してあげなさい。



284: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:03:04.97 ID:Hdklz8qe0


 ♪上手になれる?”Ah,an!!”♪

 ♪上昇どんどん進もう♪

 ♪夢は羽みたいに…とおくへFly with you♪


「いつにも増して張り切っておりますね。やよいと同じ舞台で勝負出来るのが余程嬉しいのでしょうか」

 貴音が冷静に解説する。私は普段のあの子を知らないけど、緊張している様子など微塵も感じないわね。
美希は眩しい笑顔で元気よく、のびのびと自由にステージを跳ね回る。その歌声は高く遠く、夜空を抜ける
ように響き渡る。金色に輝く長い髪をなびかせて、徐々に会場の空気を変えていった。

「自由にパフォーマンスをしているように見えますけど、抑えるべきポイントはしっかり抑えてますね。
 ダンスはもちろんボーカルの方も、音程・リズム・タイミング全部コンマ1秒単位できっちり合わせています。
 さすが石川社長といったところでしょうか」

「いや~、876プロの練習はなかなかハードだったさ。自分でもついていくのがやっとだったぞ。貴音なんか
 途中でバテてたしな!」

「ひ、響……!! 余計な事を言わないで下さい……」

 噂には聞いてるわよ。石川社長のレッスンは男の涼でもへばっちゃうくらい過酷らしいわね。絵理はよく
仮病使って逃亡しようとするするみたいだし、いつも最後まで元気なのは愛だけだとか。


285: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:04:21.10 ID:Hdklz8qe0


 ♪選ばれてみたい 光のステージ♪

 ♪努力は魅力?がんばれ私!今!!♪


「美希も最初は倒れそうになってたけど、でもしっかりついてきてたぞ。最後の方なんかすごい気迫で、
 自分と貴音も気軽に話しかけられなかったさ」

 あの子でも必死になることがあるのね。でも確かに、今のパフォーマンスは小手先の技術だけで出来るような
ものじゃない。天才肌の子だから他の子みたいに練習しなくても感覚だけでいい所までいけるでしょうけど、
どうやら真面目に準備してきたみたいね。観客へのサービスもしっかりこなしていて、会場の反応も悪くない。


 ♪でしょう? きっと輝いて♪

 ♪でしょう? どこまでまでも♪

 ♪でしょう? 夢のはじまりは♪

 ♪ふとした偶然でしょう!♪


「美希さんすごいです……、やっぱり美人さんだし私なんかよりとってもカッコいいかな~って……」

「何言ってるのよやよい、あんたのステージはもっと良かったわよ。それに観客の反応もあんたの方が
 ずっと良かったわ。逆にあいつが普通すぎて意外だわ」

「確かに星井さんのステージのレベルは高いけど、特別な事をしているわけではないわね。あれくらいの
 ダンスなら真でも十分出来るし、あのレベルで歌えるアイドルは他にもいるわ。総合力で見ればバランスが
 取れている春香くらいじゃないかしら。そうよね律子?」

 確かにそうね。軽いステップでやや高めにピョンピョン跳ねてるのがちょっと気になるけど、それ以外は
特に真新しい事もしてないし、普通のアイドルの枠を出てないわ。決めるところはきっちり決めてるから
ポイントはちゃんと取れてるでしょうけど、今のままじゃやよいどころか他の子にも勝てないわよ。


286: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:05:22.06 ID:Hdklz8qe0


「ふふ、教科書通りのぱふぉーまんすが最も早く評価を集めることが出来ますからね。しかし直にあいどるの
 合格水準に達するでしょう。そろそろ美希の真骨頂が拝めますよ」

「さっさとポイント集めて自分のスタイルでパフォーマンスしたいんだろうな。美希は『普通』や『基本』の
 パフォーマンスが大嫌いだから、石川社長もあそこまで仕込むのに苦労したさ。あんなに大真面目に基本に
 忠実に頑張ってる美希、今まで見たことがないぞ」

 去年のウチの千早の作戦みたいね。でもこの方法はかなりリスキーよ。千早は圧倒的な歌唱力という武器が
あったから成功したけど、あの子はそんなの持ってるの?ちょっと才能があるくらいのレベルじゃ審査員は
納得してくれないわよ。

「わたくしも美希がなにをしようとしているのか見当がつきません。しかしあの子は答えを見つけたようですよ。
 やよいという天使に美希がどのような策で挑むのか、非常に楽しみです」
 
「うまく説明できないけど、美希だったら何かするって期待感があるんだよな。敵には回したくないけど、
 仲間だったらあれほど面白い奴はいないさ」

 随分あの子の事を信頼してるのね。でも気が付けば、伊織も千早もあずささんも美希のパフォーマンスに
すっかり見入ってる。かくいう私も、いつの間にか彼女から目が離せなくなっていた。

「星井さん、どこ見て歌ってるのかしら。観客席を見てはいるけど、意識は空に向いているというか……」

 千早がぽつりと言った。言われてみればそうね。それにさっきからやや高く跳んでいるのも気になる。
まるで空に飛ぼうとしているような…………!?




287: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:07:43.95 ID:Hdklz8qe0

 
 ♪この憧れはもっと いつまでまでまでも♪

 ♪希望のせて微笑みを届けに行くのでしょう!♪


 その時、曲の一番を歌い終えたステージ上の美希と目が合った。私の心を読んだのか美希はニヤリと
笑うと、スっと人差し指を天に突き上げた。観客も私達も、美希につられて一斉に空を見上げた。

「ウソでしょ……?」

「わぁ~っ!! すごいです~っ!! 」

 伊織が驚愕し、やよいが目を輝かせて大喜びした。観客席からも大歓声が沸き起こる。千早と
あずささんはあまりの驚きに声が出せず、私も自分の見たものが信じられなかった。




―――――美希が指をさした夜空には、おびただしい数の星が流れていた。 







288: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/21(金) 23:09:31.68 ID:Hdklz8qe0


「天使は万人に愛されますが、星は万物を魅了します。人智を超えた天空の対決、勝利の栄冠に輝くのは
 どちらでしょうね」

 貴音が愉快そうに言った。あの子、ステージで一体何をするつもりなの―――――?


295: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:17:36.39 ID:/dSTQfWg0


***


(あ、ありのまま起こったことを話すの……)

(『予告ホームランのノリでグランプリ宣言したら、流れ星がいっぱいふってきた』……何を言ってるのか
 ミキもよくわからないけど、とにかくびっくりしちゃった)

(う~ん、でもお客さんもチョー盛り上がってるし、このままミキがしたみたいなカオしとこっと。律子達も
 びっくりしてるし、これはこれで面白いの☆)

(さてと、それじゃそろそろ体も足もイイカンジにあったまってきたし、今度は予選の時よりはうまく
 出来るかな―――――)




296: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:18:59.71 ID:/dSTQfWg0


 ♪進まなきゃだめ 素敵にパフォーマンス♪

 ♪友がライバル 負けない私!なの!!♪


 グランプリ宣言を境に、美希のパフォーマンスはガラリと変わった。さっきの流れ星はきっと偶然でしょう。
いくらスターだからって実際の星まで操れるわけがない。しかし今、私達はそれよりももっと驚愕の光景を
目の当りにしている。

「ね、ねえ千早……」

「な、何かしらいおりん……」

「アイツ、『浮いてる』わよね……?」

「そ、そんなことないわっ!! 確かに合唱部のみんなとはよくぶつかってたけど、私だけ『浮いてる』
 なんてことは……」

 千早が混乱して意味不明な事を言っても、伊織がツッコミを忘れてしまうくらい美希のパフォーマンスは
予想外のものだった。私も今まで色々なアイドルのステージを研究してきたけど、こんなの見たことないわ。



 ―――――星井美希は、宙に浮いていた




297: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:20:23.92 ID:/dSTQfWg0


 人間が空を飛ぶなんてありえないけど、しかし美希はまるでワイヤーアクションでもしているかのように
重力を無視してステージ上を自在に飛び回っていた。ダンスの振付けの中で大きなジャンプを行っているだけ
なんだけど、一度ジャンプするととにかくステージに着地するまでが長い。まるで空中に浮いている時間の方が
長いのではないかと錯覚してしまうほどで、彼女は『跳んで』いるというより『飛んで』いた。

「予選より滞空時間が長くなってるぞ。なんてバネをしてるんだ…… まるでバレーかバスケの選手だな」

「あれであのHグループを勝ち上がってきたんだよ彼女は。あんなパフォーマンスされたら、星井美希を
潰そうとした事務所の連中も手出し出来ないよな……」

 後ろから業界関係者の会話が聞こえてきた。やよいの応援をしていたから他の予選はほとんど見てなかった
けど、美希はあのパフォーマンスを予選でもやったらしい。確かにあんなのされたら勝負にならないわね。



298: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:21:35.66 ID:/dSTQfWg0


♪しちゃう?ぐっとときめいて♪

 ♪しちゃう?どこまでまでも♪

 ♪しちゃう?夢じゃ物足りない♪

 ♪つかんで必然でしょう!♪


 空中で両腕を大きく広げて、まるで鳥のような手振りをしながら美希はパフォーマンスを続ける。
ジャンプを多用することでリズムが崩れるかと思いきや、ほとんど曲からずれることはない。計算して
組み立てられる構成でもないし、美希はそもそもそんな複雑な事を考えていないだろう。自分が一番楽しめる
パフォーマンスをイメージし、それに合わせて独特のスタイルを即興で作っているように見える。でも本当に
そんなことが可能なの?

「序盤から頻繁に跳ねていたのが気になっていましたが、この為の準備だったのですね。しかし昨晩のうちに
 思い付いて本番でここまで見事に踊れるものでしょうか。わたくしも自分の目が信じられません……」

「美希は昨日まであんなダンス一度もしなかったぞ…… 自分も石川社長も教えてないし、ホントにゼロから
 ひとりで考えたみたいだな。あれが美希のよく言ってる『キラキラ』なのか……?」

「ウソ!? それじゃあほとんどぶっつけ本番じゃない!! それなのにアイツあんなに平然とやってるの!? 」

 貴音と響の言葉に伊織が驚愕する。単に運動神経が良いとか、センスがあるとか最早そんな話ではない。
美希の才能は天才という言葉では形容できない、異次元のレベルだった。パフォーマンスの最中も、美希は観客
へのサービスも忘れていない。美希が投げキッスやウィンクをする度に、先程まで圧倒されていた観客席から
徐々に歓声が戻り、やがて会場はやよいのステージに負けないくらいの大声援に包まれた。



299: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:22:55.54 ID:/dSTQfWg0


 ♪あの場所に立ちたいと いつまでまでまでも♪

 ♪希望捨てちゃいけないよ 願いを叶えましょう!♪


「あれが『星』と呼ばれる者の真骨頂です。天使のような愛の力を持たずとも、自身の持つ圧倒的な輝きで
大衆の心を奪ってしまう。やよいの力は意識的でやよい自身の善性から来るものですが、美希の力は無意識
 で、善悪関係なく発揮されます。ですから彼女を野放しにするのはある意味危険ですが、今の美希は悪人では
 ありませんし星としてまだ未熟ですので、しばらく様子を見るだけで十分でしょう。しかし美希の力が
 まさかこれほど凄まじいとは…… わたくしの予想を遥かに超えるものでした」

 貴音は冷や汗をかく。そうね、力とか危険とかはよくわからないけど、それが『スター』のステージよね。
『アイドル』のステージはアイドルと観客が一緒になって作り上げていくものだけど、スターは一方的に
ステージを支配してしまう。だから上手くやらないと観客が置いてけぼりになっちゃうんだけど、この会場の
熱気から察するに、美希はそれに当てはまらないようね。

「やよいが美希に出会って変わったように、美希もやよいと出会って変わったのですよ。以前の美希は他人に
 関心がなく自分本位でしたが、やよいの愛に触れたことで他者を思いやる事の尊さと素晴らしさを学んだ
 のです。今の彼女は自身だけが輝く星ではありません。周囲全てを優しく温かく照らす存在なのです。やよい
 と懇意にしている間は、少なくとも美希がその温かさを失うことはないでしょう」

 美希はやよいとはまた違うやり方で会場を支配し、観客の心を虜にする。天使を奉る『偶像崇拝』と、星を
奉る『自然崇拝』。どっちの方がアイドルとしてファンの心を掴むのかしら。まもなく美希のパフォーマンスは
クライマックスに入る。今でも頭一つ抜けてるのに、これ以上何をするつもりなのかしら―――――



300: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:23:50.53 ID:/dSTQfWg0


***


(はぁ……、はぁ……、だんだんつかれてきたな。でもゼンゼンイヤじゃないの。ステージで死ねたら
 サイコーってどっかで聞いた事あるケド、今ならよくわかるの)

(でもそろそろフィニッシュだね。楽しい時間ももうおしまい。最後はビシっと決めないとね)

(今のミキなら何でも出来るの。グランプリを獲って、この会場でいちばんキラキラするのはミキなの!!)

(ねえ響、ミキなんくるなかった?)

(ねえ貴音、ミキちゃんと頑張れてた?)

(それからやよい、このオーディションが終わったらね……)



(またミキと仲良くしてほしいな―――――)






301: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:24:52.88 ID:/dSTQfWg0



 ♪私たちのミライ 探しに行かなくちゃ♪

 ♪私たちはあきらめない♪

 ♪こころが呼ぶミライ♪


 Cパートを歌い上げた後、美希はステージ前面ギリギリまで来て立ち止まると観客席に背を向けて、バック
ステージを見て腰を下ろした。まるで陸上選手みたいな綺麗なクラウチングスタイルだ。

「美希ちゃん、なにをするつもりなのかしら。今にも走り出しちゃいそうですけど~?」

 あずささんが首をかしげる。でも向こうはすぐ壁ですよ?一体どこに向かって走るつもりなんですか。
……って、ちょっとちょっと!? 本当に走り出しちゃったわよあの子。美希は腰を上げると、そのまま勢いよく
スタートを切ってダッシュした。ダンスでもステップでもない、本気の全力疾走だ。そのまま壁にぶつかる、と
誰もが目を覆いかけた時、再び会場全体が驚きの声に湧き上がった。



302: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:26:36.80 ID:/dSTQfWg0



 ダンッ!! ダダダダダダダダダダダダダダダダダダッッッ…………ダンッ!!



 美希はダッシュの勢いをそのまま殺すことなく、一気にバックステージの壁を垂直方向に駆け上がった。
そしてそのまま天井から吊り下がってる巨大なミラーボールの上に飛び移る。あのミラーボール、軽くウチの
事務所くらいの高さにあったのに…… 美希はゆっくりそこに腰を掛けると、会場に手を振りながら再び何事も
なかったかのように笑顔で歌い出した。


 ♪でしょう?きっと輝いて♪

 ♪でしょう?どこまでまでも♪

 ♪でしょう?夢のはじまりは♪

 ♪ふとした偶然でしょう!♪


「うっうーっ!美希さんすごいですーっ!」

 やよいが大喜びする。亜美と真美が見ていたら真似しそうね。絶対出来ないでしょうけど。

「もうリアクション取るのも疲れたわ……、一体何なのアイツ?発電するわ宙に浮くわ壁を走るわ……
 サーカスか雑技団あたりと出場するオーディション間違えてるんじゃないの?」

「でもあの様子を見る限り、本人はアイドルのつもりみたいよ。だったら星井さんはこれからもアイドルの
 オーディションに出てくるでしょうね」

 伊織の言葉に千早が返す。千早の言う通り、美希はステージにいた時と同じように楽しそうに歌っている。
まるで止まり木のカナリヤね。

「貴音がカンフーなんて教えるから美希が変な方向に目覚めちゃったぞ。いくら何でもあれはやりすぎさ」

「申し訳ございません。鍛錬の助けになればと『拳児』を読ませてみたのですが、まさか実行するとは夢にも
 思いませんでした。美希には後でよく言い聞かせておきます」

 しかし説教をする響も怒られている貴音も、どちらも笑顔だった。どうやらスターはスターでも、あの子は
アクションスターの方が向いてるみたいね。でも無茶苦茶やってるように見えて、ちゃんと観客を楽しませる
ポイントは抑えている。業界の人間もすっかり見入っていた。ここまでサプライズとエンターテイメントに
富んだステージはそうそうお目にかかれないわね。



303: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:28:07.13 ID:/dSTQfWg0



 ♪この憧れはもっと いつまでまでまでも♪

 ♪希望のせて微笑みを届けに行くのでしょう!♪


 こうして大歓声の中、美希のステージは終了した。つい最近アイドルを目指したばかりの子とは思えない
ほどの圧巻のステージで、ルーキーズオーディションにふさわしい新たなアイドルの可能性を秘めたステージ
となった。ただ全体を総括するとあまりに既存のアイドルのパフォーマンスとかけはなれたものとなったので、
昨年の千早と同様に審査員を悩ませるものになるだろう。しかしどちらにせよ、ほぼグランプリに決まりかと
思われたやよいの強力な対抗馬になることに間違いない。

「ところで美希の奴、あそこからどうやって降りるんだ?壁とミラーボールは結構離れているし、いくら美希
 でもあの高さから飛び降りたらケガするぞ」

 響がそう言った瞬間、





304: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:29:48.76 ID:/dSTQfWg0




 ミシ……、ミシ……、バキィッ!! 


>ナノ――――――ッ!?



 どがしゃーんっ!! と、ミラーボールと一緒に美希がステージに落ちてきた。会場から大きなどよめきと悲鳴が
上がったが、当の美希はお尻をさすりながら立ち上がり無事であることを元気にアピールした。ほ、一瞬心臓が
止まるかと思ったわよ…… どうやら粉々に砕けたミラーボールが身代わりになってくれたみたいね。

最後の最後までド派手に決めてくれるわねまったく―――――



305: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:31:09.89 ID:/dSTQfWg0



***


―オーディション運営本部・スタッフルーム―


「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」

「はい……」

「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」

「わかりました……」

「ガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミガミ……」

「すみませんでした……なの」

 あーもう、エライ人達にメチャクチャ怒られたの。ミキステージ終わって疲れてるのにガミガミ説教なんて、
あんまりなの。テキトーに聞き流してテキトーに謝って、やっと解放されたの。

「美希さん!! 」

「なのっ!? 」

 スタッフルームを出た美希に、いきなりやよいが飛びついてきた。そのまま美希の腰にぎゅって抱き着くと
そのままわんわん泣き出しちゃった。

「ぐす……ご無事でよかったです……もう会えないかと思いましたあ……」

「おおげさだよやよい。ミキはこれくらいで死んじゃったりしないの。バッチリだったでしょ?」

 よしよし、泣かない泣かない。長介やかすみ達に見られたらカッコ悪いよ。


306: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:32:36.78 ID:/dSTQfWg0



「何が『バッチリだったでしょ?』よ。ここに来るまでやよい本当に大変だったんだからね」

 やよいの後ろから律子がやって来た。横には貴音と響、それからデコちゃんと千早さんもいるの。あれ、何で
みんな怒ってるの?イライラするとシワになるよ?


「「「「「あんたのせいよ―――――っっっ!!!!!! 」」」」」


 え、ミキのせいなの? やよいを泣かせちゃったから?

「それ以外に何があるってのよ!! あんたがミラーボールごとステージに落っこちてきた時、やよいショックで
 倒れそうになってたのよ!! ちょっとは反省しなさい!! 」

「高槻さんの友達を名乗るなら、高槻さんを悲しませるような行為は控えて。さもないと私が許さないわよ」

「貴女は思慮が足りません。もっと後先の事を考えて行動するべきです。今回は幸運にも無傷で済みましたが、
 死んでいてもおかしくはなかったのですよ」

「自分達のレッスンから何を学んでいたさ!! 美希にもやよいにも自分達は危ない事はやらせなかっただろ!!
 石川社長もカンカンに怒るぞ!! 」

 ちょ、ちょっと、いっぺんに言われてもわからないの。てかこれイジメだよね?さっきまで散々怒られた
んだから、誰かひとりくらいミキをなぐさめてくれてもよくないかな!?



307: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:34:15.83 ID:/dSTQfWg0



「まあまあみんなおちついて。美希ちゃんも悪気がなかったんだし、ステージも良かったじゃない」

 その時、ミキを優しそうなショートカットのお姉さんがかばってくれたの。ステージの上から見たけど、
この人も765プロのアイドルさんなのかな。ひとりでもミキの味方がいてくれて良かったの。

「うふふ、でもね美希ちゃん……」

 お姉さんはミキの両肩をつかむと、そのまま笑顔でまっすぐミキに向き合った。な、なにかな……?

「やよいちゃんだけじゃなくて、ここにいるみんなは本当に美希ちゃんのことを心配していたのよ。だから
どうしてみんながこんなに怒ってるのか、ちょっとだけでも考えてくれないかしら~?」

「は……、はい…… ごめんなさいなの……」

 ど、どうしてだろう…… お姉さんはニコニコ笑ってるのにとってもコワイの…… こんなに優しそうなのに、
さっきのエライ人や貴音よりおっかないの……




308: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 12:35:39.58 ID:/dSTQfWg0


「べ、別に私はそんなこ「はいはい、さっさとステージに戻るわよ。あんたが怒られてる間に全員のステージが
終わって、もうすぐ結果発表だから」

 デコちゃんのツンデレをさえぎって、律子が号令をかけた。そうだね、やよいもミキも終わったし、もう
ルーキーズオーディションに用はないの。早く帰ってオフロに入って、ゆっくり寝たいな。

「いこっか、やよい。ごめんね心配させて」

「いえ、美希さんが大丈夫だったらそれでいいです。結果が楽しみですね!! 」

 いつもの笑顔に戻ったやよいと手をつないで、ミキ達はステージに戻った。いよいよやよいとの勝負に決着が
つくの。やよいもミキもこれっぽちも自分が負けたとは思ってない。でもこうやって仲良くできるのは嬉しいの。
これからも、やよいとこうやって一緒にキラキラ出来たらいいな―――――




313: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:27:02.01 ID:/dSTQfWg0


***


『お待たせしました!! 只今より第○○回、ルーキーズオーディションの結果を発表します!! 400人のルーキー
 の頂点に立つのは果たして誰なのか、今夜新時代を作る新たなアイドルが決定します!! 』

 ダララララララララララララ………… ドラムロールが流れて、ステージ上のミキ達の前をスポットライトが
行ったり来たりする。ルーキーズオーディションに準グランプリはない。決勝進出者はみんな入賞したみたいな
ものだから、グランプリはひとりなんだって。勝者と敗者、はっきりしててわかりやすいの。

 ミキはちらっとやよいの方を見た。やよいは両手をがっちり組んで、目をつぶって必死に神様にお祈りを
してる。一緒のオーディションじゃなかったらミキもやよいのグランプリをお祈りしてあげるんだけどな。

 ライトに時々照らされて、やよいくらいの大きさのトロフィーが見える。今度こそあのトロフィーを持って
帰るのはミキなの。やよいには悪いけど、ミキだってグランプリを獲るためにガンバってきたんだから!!

『それでは発表します!! 第○○回ルーキーズオーディショングランプリに輝いたのは…………』

 ごくり。思わず息を呑む。今までこんなに緊張したことはなかったの…… ミキが見つめる先で、司会さんが
ゆっくり息を吸って、大きな声で発表した。




314: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:28:33.92 ID:/dSTQfWg0







『…………961プロ、御手洗翔太君に決定しました!! 』





 ………………………………え?誰?





 ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!って、会場から大歓声が起きて、
スポットライトに照らされた小さなオールバックの男の子が、手を振りながらミキの前に出てきた。



315: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:30:26.96 ID:/dSTQfWg0


『それでは御手洗君、グランプリに輝いた感想をどうぞ!! 』

『冬馬く~ん、リベンジしたよ~!!』

 マイクを向けられて、グランプリの男の子が関係者席に笑顔で言った。そしたら「ちょ、余計な事言うんじゃ
ねえ!! 」ってサングラスと帽子で変装していた天ヶ瀬冬馬にライトが当たったの。

『アハハ、冬馬君もステージに来たらいいのに。実は今度、僕とあそこにいる冬馬君、それから同じ事務所の
 伊集院北斗君の3人でユニットを組むことになりましたー!! ユニット名は『ジュピター』って言って……
 え、なに冬馬君?まだナイショ?……ヤベ、ま、いっか♪クロちゃんも許してくれるよ♪』

 その後も御手洗翔太はイロイロ宣伝してたけど、もうあんまりおぼえてないの。気がついたら入賞の小さい
楯と記念品をもらって、貴音と響と電車に乗ってた。そのまま家に帰ってご飯食べて、オフロに入ってお布団
に入って、ようやくミキは自分が負けたことを理解したの。



316: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:32:42.48 ID:/dSTQfWg0


「ミキ、また負けちゃったの……?今度こそグランプリ獲れると思ってたのに、またダメだったの……?」

 しかもやよいじゃなくて、ぽっと出のオールバックが似合ってないマセガキっぽいのに負けちゃった。
オーディションの盛り上がりからして、ミキとやよいのタイマン勝負になるはずじゃなかったの?
それでミキかやよいが勝って、ふたりで仲良く抱き合う感動のフィナーレになるんじゃなかったの?


「う、ううう……ありえないの――――――っっっ!!!!!! 」


 今まで生きてきて、こんなに悔しい思いをしたのは初めてなの。なんで?なんでミキ、あんなに頑張ったのに
アイドルのオーディションは勝てないの?ミキが思ってるよりずっとずっと、アイドルになるのって難しいの?


 ミキはどうしたら、キラキラしたアイドルになれるの―――――?



317: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:34:00.15 ID:/dSTQfWg0


***


―――ルーキーズオーディション翌日・765プロ事務所―――


「いや~、やられたよ。あの御手洗翔太ってのは、黒井社長がその才能に惚れ込んで直々にスカウトしてきた
 エリート中のエリートらしい。ステージ裏からちらっとしか見てなかったけど、新人とは思えない貫禄と
 安定感があって本当に凄かったぞ」

 翌日、私は御手洗翔太についてプロデューサーから話を聞いた。私達は美希の所に行っていたので彼の
ステージは見ていなかったが、御手洗翔太は8番手でオーディションのトリを務めたらしい。一応あの961プロ
だし名前だけはチェックしてましたけど、ほとんど情報のない子だったからノーマークでしたよ。

「ウチの社長が黒井社長から散々聞かされたらしいが、そもそも御手洗翔太は今回のオーディションに出す
 つもりはなかったらしい。本当は『ジュピター』の発表までその存在を隠しておきたかったらしいが、
 ウチが急遽やよいを出したからリベンジするために出場させたそうだ。まさに961プロの虎の子だな」

 本当に毎回余計なことをしてくれますね。でも今回、961プロはルーキーズオーディションに関しては一切
の妨害活動をせずに真っ向勝負を仕掛けてきた。それだけ御手洗翔太の実力に自信を持っていたのか、
それともただの気まぐれか。どのみち今回は完敗だわ。プロデューサー四天王の名は伊達じゃないですね。



318: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:35:58.92 ID:/dSTQfWg0


「まあしかし、実際のところはやよいがグランプリでもおかしくなかったそうだぞ。観客の心はやよいの方が
 掴んでいたしな。ただ今回、ウチは新しいダンススタイルや光の翼の演出で、前例のない事にチャレンジした
 から審査基準が安定しなくて、堅実なパフォーマンスを行った御手洗翔太の方が印象が良かったんだろうな。
 全く、『ルーキーズオーディション』って名前なのに審査員の頭が古いのは困ったもんだよ」

 全くですね。では星井美希も同じ理由で負けたんでしょうか。

「まあな。でもあの子は逆に突き抜けすぎてひとつのスタイルを確立させていたから、審査員の中でもわりと
 評価が高かったらしいぞ。予選でも満場一致で通過したらしいし、去年の千早みたいにこれまでの前例を
 まるっとひっくり返すことが出来たかもしれないな。でもそれが出来なかったのは……」

「……ああ、ミラーボールを壊したのが原因ですか。あの子もツイてないですね」

 プロデューサーも苦笑していた。美希が粉々にしたミラーボールはルーキーズオーディションの為に
特注したメインのセットで、それひとつだけで300万円以上もする代物だったらしい。アイドルの不始末は
所属事務所が責任をとるのが慣例だが、フリーの美希に請求するわけにもいかず、結局運営側の審査委員長が
自腹を切る事になったそうだ。それは心象も最悪ですね。



319: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:38:16.51 ID:/dSTQfWg0


「それが敗因の全てではないと思うが、美希も気の毒だよな。石川社長は知らないの一点張りで通したらしいし。
業界では美希が876に出入りしていたことはバレてるのに、そう言われてしまうと今後美希が876のアイドル
 としてデビューすることはなくなってしまったな」

「私もてっきり星井美希は876プロの所属になると思ってましたけどね。涼から聞きましたけど、石川社長は
 最初からルーキーズオーディションまでの期間限定で美希に指導するという約束だったそうです。私だったら
 そのままなし崩し的に所属させちゃいますけど、石川社長はシビアで本当にきっちりしてますよね」

 だから私も涼を石川社長に紹介したんですけどね。それに美希の後ろには四条貴音と我那覇響もいる。美希
ひとりを所属させるのは気が引けるし、かといって3人まとめて所属させるにはキャパオーバーだ。あの3人は
全員レアルマドリード並のポテンシャルを秘めてますしね。

「確かにあの子達のプロデュースは大変だと思うが、しかしプロデューサーとしては挑戦してみたい逸材だな。
 ああいうスター性の強い子を入れると事務所全体の地力が一気に上がるから、短期間で一気に業界大手に
 肩を並べることも夢じゃないぞ」

「はいはい、そんなことは今いるアイドル達のプロデュースをしっかりしてから言ってください。千早は
 デビューしたばかりですし、やよいにもオーディション効果で仕事のオファーが何件か入ってます。
 明日からいよいよ竜宮小町も始動しますし、今のウチの戦力でも着実に育てれば十分に業界大手は狙えます」

 今まであまりレッスンに参加できなかったやよいだったけど、今回のオーディションを機に765プロの
大きな戦力になった。伊織の計らいで家の方も安定したみたいだし、これからじっくり育成出来る。それに
春香や真や雪歩、真美だってまだまだ今以上の活躍が十分期待できる。あの子達だって美希に負けませんよ。



321: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:39:49.26 ID:/dSTQfWg0


「そうだな。それじゃあそろそろ千早の営業でも行ってくるよ。ついでにやよいも売り込んでおくかな」

 いってきます、とかばんを持ってプロデューサーは事務所を出て行った。ちなみにアイドル達は今日は
全員オフにしている。みんなこの一週間やよいの為に頑張ってくれたし、ゆっくり休ませる事にした。
やよいの心のケアが心配だったけど、それ以上に千早と伊織がひどく落ち込んだので、やよいはふたりを
元気づけるために早々に立ち直っていた。本当に天使みたいな子だわ。元々やよいは美希と一緒のステージに
立ちたかっただけみたいだったし、きっと明日にはいつもの笑顔を私達に見せてくれるでしょう。

「さてと、私もそろそろ仕事しようかしら」

 いつもと違って静かな事務所で、音無さんとふたりパソコンに向き合う。コーヒーでも淹れようかしら。


322: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:41:25.31 ID:/dSTQfWg0



コンコン



 <ゴメンクダサーイ ハイサーイ ドナタカイラッシャイマスカ



 私が席を立ったと同時に、事務所のドアをノックする音が聞こえた。そして若い女の子の声がする。

「あら、お客さんかしら。今日は来客の予定はなかったはずだけど……」

「私が出ますよ。は~い、今いきま~す」

 音無さんを制して、私は事務所の入り口へ向かう。面接希望かしら。ウチも一応アイドル事務所だから、
たまにこういう飛び込みがあるのよね。昨日のオーディションを見て来た子かもしれない。だとしたら
大天使やよい様の御利益ね―――――



323: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:42:30.48 ID:/dSTQfWg0


***


――少し前・765プロ事務所前―――


「ええと、確かこのあたりなんだけどな……」

 765プロの住所を書いたメモを片手に、ミキはたるき亭って名前の定食屋に来ていた。おかしいな、ここで
合ってるはずなんだけど、ミキ間違えちゃったかなあ。

「しょうがないの。今日は諦めてまた今度にしよっと」

 う~ん、でもまっすぐ家に帰るのもつまんないの。ココでお昼ごはん食べていこうかな。



324: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:43:36.51 ID:/dSTQfWg0



 ガラガラガラ



「ご馳走様でした。まこと美味でした」

「また近いうちに来るさ!今日から自分達はここの常連だぞ!」

 ミキが店に入ろうとしたら、見慣れた二人組が店から出てきた。……って、なんであんた達がここにいるの?

「おや美希、奇遇ですね。貴女も食事に来たのですか?」

「なんだ、そうだったら連絡してくれたら良かったのに。自分達もう食べちゃったぞ」

 貴音と響は笑顔でミキに話しかけてきた。 昨日あんなに怒ってたのに、ふたりとも今日はやけに優しいの。

「元気になったようで何よりです。昨日の貴女は帰り道、ほぼ放心状態でしたから」

「貴音は心配し過ぎだぞ。美希の事だから、一晩寝たらコロッと忘れるって言ったのにな」

 むむ、それじゃあミキがバカみたいなの!昨日はホンキで悔しくて眠れなかったんだよ!


325: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:45:09.71 ID:/dSTQfWg0


「ふふ、優勝を逃したことをそれだけ本気で悔しがれるなら、もうわたくしが教えることは何もありません。
 貴女はもう立派なあいどるです。これからもその心を忘れずに精進するのですよ」

 貴音が優しい笑顔で言った。もう、またそうやって上から目線でヤなカンジなの。いつかギャフンって
言わせてやる!!

「ははは、それは楽しみだな!! じゃあ自分達はそろそろ行くから、またな」

 響が笑いながら、貴音と一緒にたるき亭のビルの階段を上って行く。この上に何かあるの?

「あれ?知らないのか?このビルの2階に765プロがあるんだぞ。自分と貴音はこれから面接さ」

 え、そうなの!? でもビルを見上げたら、確かに窓に「765プロ」って大きく貼り紙がしてあったの。
こ、これは気付かなかったの…… 小さい事務所だって聞いてたけど、いくら何でも小さすぎるの。

「……ん?面接?ちょ、ちょっと待って二人とも!! もしかして765プロに入るつもりなの!? 」

 貴音、響とはライバルだから別々の事務所に入るって言ってなかった?響も沖縄のみんなのためにも、
ビッグな事務所に入るって言ってたじゃん!あれはなんだったの!?



326: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:46:20.48 ID:/dSTQfWg0


「はて、そのような事を言った記憶はございませんが」

「ん~、自分も覚えてないな~。美希の勘違いじゃないのか?」

 涼しいカオしてふたりがすっとぼける。確かに言ったの!! ミキ記憶力は良いんだからね!!



 カンカンカン……



 その時、ビルの階段を誰かが下りてくる音が聞こえてきた。ヤバいの!! とりあえず全員隠れるの!! ミキは
ふたりの手を取って、近くの電柱の陰にひっぱり込んだ。

「あれ?今ミラーボールクラッシャーの声が聞こえた気がしたんだが……」

 階段を下りてきたのはやよいのプロデューサーだった。プロデューサーはぐるっとあたりと見回すと、
ニヤっと笑って「さて、仕事仕事~♪」って鼻歌を歌いながら行っちゃったの。もしかしてバレた?


327: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:47:23.14 ID:/dSTQfWg0


「美希、髪の毛がはみ出ておりますよ。そもそも一本の電柱の陰に三人も隠れるのは無理です」

 だってしょうがないじゃん!いきなりだったし、ミキまだ心の準備ができてないの!

「何を準備する必要があるんだ?美希の方こそ、765プロに何か用があるのか?」

「そ、それは……」

 い、言えないの…… やよいにライバル宣言しといて、こっそりやよいのいる事務所に入ろうとしていたなんて。
それにこの二人ともトップアイドルのステージで勝負するって約束したのに、同じ事務所になっちゃったら
それも出来なくなっちゃうの……

「響、あまり意地悪をしてはいけません。美希も素直になってはどうですか」

 ミキが悩んでいると、貴音が優しくミキの頭を撫でてきた。な、なんのことかな……?


328: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:49:00.31 ID:/dSTQfWg0


「本当の事を申しますと、貴女が765ぷろに来るだろうと予測して響と先回りしていたのですよ。わたくしも
 響も、また貴女が無茶をして怪我をしないか気になって仕方がありませんから」

「貴音も素直じゃないな。自分と貴音はライバルとして勝負するんじゃなくて、美希と一緒にトップアイドルに
 なろうって決めたさ。そっちの方が面白そうだからな!美希とだったらどんな場所でも退屈しなさそうだし、
 765プロは小さい事務所だけど自分達がでっかくすればいいさ!! 」

 響が初めて会った時みたいな、あのひまわりみたいな笑顔を見せてくれた。貴音も隣でニコニコしてる。



 ……もう、ふたりともミキに相談しないでそんな大事なこと勝手に決めないでほしいの。一緒に
トップアイドルになってくれるなんて、嬉しくて嬉しくて泣いちゃいそうなの……



329: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:50:24.27 ID:/dSTQfWg0


「わかったの!! それじゃあ貴音も響も、ミキがまとめてトップアイドルのステージまで引っ張ってあげるね!!
 『チーム・フェアリーズ』いざ出陣なの!! 」

 ミキは涙をぬぐって、そのまま右手でグーをして高く突き上げた。もし三人でユニットを組んだら、チーム名
はフェアリーズにしようって決めてたの。『妖精さん』って、とってもカワイイでしょ☆

「ちょ、ちょっと待つさ!! なんで美希がリーダーみたいな感じなんだ!? それに『フェアリーズ』って何だ?
 消臭剤か?」

「それは『ファブリーズ』です。ふふ、良いではありませんか響。惚れた弱味です。わたくし達は美希の保護者
 として、彼女を支え導く杖となりましょう」

 もう、二人ともウルサイの。一応面接なんだからちゃんとしてよね。石川社長は入れてくれないし、ここで
落とされたら行くところがないんだから!ミキ達は階段を上って、765プロの事務所のドアの前まで来た。


330: 1 ◆I2jlM7s7F6 2012/12/29(土) 20:51:45.56 ID:/dSTQfWg0



「ごめんくださ~い」



「はいさーい!! 」



「どなたかいらっしゃいますか」



 end