1: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 20:43:00.25 ID:IeK9Hvin0

アイドルマスター
サイエンス・フィクション


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1352288580

引用元: 春香「いくつかの冴えたやりかた」 

 

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2: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 20:46:19.65 ID:IeK9Hvin0

何を以て生きていると言えるのでしょう?

自分がどこにいるのか分かりますか?

今に満足をするわけじゃないけどなー。

時は止まらないっしょ、ただ流れるだけ。

3: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 20:49:58.63 ID:IeK9Hvin0

物語が始まるのに、夜は適さない。

暗い色が、さっきまで精一杯の彩度を見せた夕暮れに幕を引いてゆくからだ。

時間の流れ自体は見えないけれど、事象の推移でそれが分かる。

歌のレッスンが終わり、事務所のソファでくつろいでいるところを話しかけた。

もう残っているのは千早一人だ。

4: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 20:53:18.27 ID:IeK9Hvin0

「今日もお疲れ様。
綺麗に音もとれてたと思うし、いつもの通り良くできてたんじゃないか?」

「そうですか、ありがとうございます」

「まあ、俺は千早にアドバイスできるほどの音楽センスを持ってるわけじゃないけど、
客観的に見てそう感じたよ」

「ええ、それはそれで貴重な意見ですので、ありがたいです」

「そうか? そう言ってもらえると少し安心だよ」

「この前のライブも、プロデューサーやみんなのおかげもあって、上手くいきましたからね」

「役に立てて何よりだ」

「本当に。これからもよろしくお願いします」

出された手を軽く握ると、彼女の手指はとてもひんやりとした。

季節のせいであったかも知れない。

5: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 20:56:40.41 ID:IeK9Hvin0

「千早、手ぇ冷たいなあ!」

そう言うと、彼女はなぜか逡巡してから少し困った様子で返事をする。

「……、寒くなってきましたからね。」

「そうだ、今度、手袋買ってやろうか?」

「そうですね、じゃあ、ミトンの手袋を」

「おお、素直で良いな。料理用のやつか?」

「それでは、外を歩けません」

「冗談だよ。あったかいやつな」

「鍋つかみはやめてくださいね」

「はいはい。今日はこれで上がりだったな、遅くまでお疲れ様」

6: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 20:59:31.29 ID:IeK9Hvin0

「明日はオフですし、今日はみっちりレッスンしないといけませんよ」

「ん、そうだな。また明後日」

今や歌姫として最高のレベルの知名度を得た彼女だったが、
他とアイドルたちと決定的に異なるのは
『週に1回、必ず休みをとる』ということだった。

これは如月千早と事務所が契約を更新する度に必ず付けられてきた条件である。

他のメンバーは、仕事が立て込んで入った時、
長引いたときなどにはオフを潰すようなことがしばしばだが、
彼女には決してそれがなかった。

どんなに忙しくても、休みの日を潰すことは絶対にない。

7: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:03:13.66 ID:IeK9Hvin0

それについては今まであまり気にしてはこなかったのだが。

明後日、彼女が事務所に来たら訊いてみようと、
ぼんやりと浮かんだ思考を折りたたんで仕舞い、
コーヒーを淹れる。

8: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:06:25.19 ID:IeK9Hvin0

「あ、私の分もお願いします」

「あれ、音無さん、いたんですか」

「酷いです……」

「なんて、嘘ですよ」

外はもうすっかり、まるでシャッターを下ろしたように暗くなっていた。

舞台は冬、幕が降りるのが早いのはそのせいか。


9: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:10:28.35 ID:IeK9Hvin0

――

休日の朝目覚めた時ほど憂鬱な瞬間はない。

それはすぐあとに来る覚醒したという紛れもない事実と、
今日という日に行なわなくてはならないあることに起因している。

「……」

彼女は黙っていた。

この部屋は独りきりだったし、
たとえ何かを口に出したところで世界が変わるわけでないと思っていたからだ。

ひたすらに純粋な悲嘆が、躰中から染み出しているようで、口の中がとても苦くなる。

10: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:14:08.96 ID:IeK9Hvin0

「……」

彼女は物言わず、左目の涙の伝う頬を、そっと撫でた。

ベットから起き上がり、台所に向かう。

水道の蛇口を捻った。

冷蔵庫の中から、いつもの通り決められた量の薬を出してきて、飲む。

それから、部屋の真ん中に座り込んで、しばらくぼんやりとしていた。

今日の事務所はどんな話で盛り上がっているのだろか。

他愛のないことで皆が笑えるのは何よりも素敵だと感じる。

その輪の中に自分がいるかはともかく……。

11: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:18:40.90 ID:IeK9Hvin0

おもむろに目の前の引出しに手をかける。

鍵がかかっていた。

その鍵はさっき冷蔵庫を開けたときに取り出しておいてある。

右側のドアの一番上だ。

普段はチーズやバターが置いてある。

食べもしないのに、カモフラージュのために買ったものだった。

12: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:23:04.96 ID:IeK9Hvin0

「……」

ガチャリ、と意外に大きな音がして、スライドをする。

その中から出てきたのは電極やら何かのチューブやらがゴテゴテと絡まった機械だった。

中央にはモニタがあって、側面に赤いボタンが付いている。

今は〝オフ〟の状態だった。

千早はシャツの袖をまくって、右腕を出す。

二本の電極を手首に装着して、機械のスイッチを〝オン〟にした。

ぶぅんと音がして、モニタには波打つ曲線や様々な数値などが表示された。

右上には緑色の光が明滅している。

「調子は良いようね」

彼女は呟いた。

起きたのは遅かったが、昼にはまだ早かった。

13: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:27:05.33 ID:IeK9Hvin0

――

「私は真美。もうひとりのあなた」

初めてそのことを聞いたのはどのくらい前だったかな。

「何を言ってるか分からない?」

「う、うん」

それまでは、私は紛れもなく亜美だったし、
目の前にいるのは双子の姉の真美だった。

うん、間違いなく。

でも正確に言うとそれは違ったみたい。

14: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:31:25.39 ID:IeK9Hvin0

「真美はね、ホントは亜美なんだよ」

「どうしたのさ、何のこといってるの?」

「真美は、私は、別世界線の亜美だったんだ」

「世界線? 何のこと?」

「良く聞いていてね。サイコロを振るとする……。」

「うん」

「振ったら〝2〟が出た」

「うん」

「でもさ、その他の数字が出る確率もあったわけでしょ」

「確率?」

「うん、可能性のこと」

「そうなの?」

「そう」

16: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:36:24.16 ID:IeK9Hvin0

妹の私、双海亜美は、もう一つ質問をした。

「〝亜美だった〟? 今は違うの?」

「今も双海亜美だよ。ただ、みんな、〝真美〟って呼ぶけれど」

姉が答えて、続けた。

「さっきの続きになるけれど、私は、あなたが選択しなかった世界のあなた。
色々な分岐の先の、異なる可能性のあなた」

「難しくて、全然分かんないよう」

妹は困った顔をして姉に抗議する。

この話を、両親に説明してもらいながら、
やっと理解することができたのは少し前のことだったんだ。

17: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:41:02.07 ID:IeK9Hvin0

「……。なんだ、今回のイタズラは手が込んでるなあ」

「ううん、ホントのことだよ」

「亜美たち、もう中学生になるからね。兄ちゃんに教えておかなくちゃって、本当のこと」

「そんなこといったら、真美、お前はいつこの世界に来たんだよ」

「13年前。その時私は20歳だった」

「色々計算が合わないだろう」

「だから、亜美が生まれるのを待って、私は赤ちゃんになった。
全ての遺伝子情報、記憶を外部に保存してね」

19: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:44:43.94 ID:IeK9Hvin0

「……。それじゃ、どうやって赤ん坊の躰をつくったんだ?」

「プロデューサー君、生命はね、造れるんだよ」

「亜美たちの家、病院だから……」

「……。何にしたって、証拠がないだろう」

その言葉に、双海真美は、不敵に笑った。

傍らでは、双海亜美が二人を見ている。

「中学2年生の体育祭」

「ん、俺のか?」

「うん。100メートル走の最後、余裕こいてたら、つまずいて、ゴール直前で転んだでしょ」

「なんでそれを……?」

「私は見ていたから。結局ビリになっちゃったよね」

「どうして13年前の俺の居場所が分かる」

20: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:48:47.05 ID:IeK9Hvin0

「私はアイドルにならなかったけど、
アイドルを選択した別の亜美の情報、記憶を持っていたから」

「俺には分からない。
この話が本当かどうか、いや例え本当であっても、分からないよ、真美……」

「兄ちゃん」

亜美が心配そうに声をかけた。

21: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:52:20.21 ID:IeK9Hvin0

「一度は君より年上だったんだからね」

「真美、お前は〝異なる可能性の亜美〟なんだろう」

「そうだよ」

「だったらおかしい。どうして自分がそうだと分かる?」

「そこなんだよね、それぞれの分岐は独立して存在している。
それは確率的には絶対なんだけれど、交わることは決してない」

「それ見ろ」

「だからさ、何のせいか知らないけれど、世界線が混線したんだよ。
そのお陰もあって私はここに来られた」

22: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 21:55:41.75 ID:IeK9Hvin0

「……」

当然、プロデューサーは黙ってしまう。

無理もない。

急にこんなことを言われたのだ。

ましてやその相手が日頃イタズラを仕掛けるやんちゃな双子とあれば仕方がない。

「物的証拠があると良いよね、はい」

私は彼に一枚の写真を手渡した。

「そんな、これは……」

そこには、13年前の日付、20歳だった私と、
その後ろにプロデューサーが通っていた学校、
そして端には、はちまきを巻いた少年がいた。

紅白の旗が、とても、目を引いた。

28: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/07(水) 23:47:08.00 ID:IeK9Hvin0

このまま消えるのは少し不親切ですか……。

何人か出てきますが全部繋がりのある一つの話です。

本というか、確率論や工学科学民俗学など、SF的な要素はいくつか個人的な知識から持ってきています。

双子の話……
どちらも亜美です。
ただ、今展開しているこの文章中の本来の亜美をサイコロの『2』だとすると、
別世界線から来たといういわゆる真美はサイコロの(出るかも知れなかった)
『1』か『3』か『4』か『5』か『6』のいずれかとしての亜美です。
(それらは等しく〝出る確率〟を持っていましたから、存在するのは当然です)

彼女は13年前、何らかの原因により『2』の目が出たこの世界に来たと言っています。
するとこの『2』の世界線には亜美が2人いることになります。

しかし、その時20歳では双子としての計算が合いません。
そこで、亜美が生まれるのを待って、真美は両親が用意した幼児の素体にいれられます。
その後あらかじめ外部に保存しておいた真美の記憶遺伝子等を同期させれば、
双子の亜美真美の完成です。

タイトルは悩んだ末に、J・ティプトリー・ジュニアの著作から拝借しました。

雰囲気で読んでもらって構いません(無駄に頭痛くなっても面白くないので)
というかSFのほとんどは雰囲気だと思っています。
BARのやたら高い酒みたいな……。

とりあえず、今日はこんな感じで。
どうもありがとうございます、また。

33: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/09(金) 21:50:17.87 ID:0VREWs/80

――

「あずささん、ここにいたんですね。よかった、見つかって」

とある街の花屋の前で、彼女を見つけた。

振り返ると、短い髪がふんわりと揺れて、ほんのりと良い香りがする。

34: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/09(金) 21:53:53.02 ID:0VREWs/80

「すみません、いつも」

「いいえ、別に良いんですよ。
今日はソロでラジオの出演でしたね、お疲れ様でした」

「はい」

「律子はちょうど出かけていて」

「助かりました~」

「どうですか、そこの喫茶店でお茶でも」

「そうしましょうか」

彼女はこくりと頷いて、先に行こうとする。

「あ、違います、こっちですよ」

思わず笑ってしまった。

すると、あずささんは一瞬ものすごく悲しそうに、表情を曇らせる。

36: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 10:59:13.57 ID:cDDnhYLu0

「いや、すみません……」

「良いんですよ。方向音痴なのは事実ですから」

ふう、とため息をついて、今度は後ろをついてくる。

5分ほど歩くと、さっきの花屋から見えていた店についた。

看板は木製で、古ぼけた印象を受ける。

入口の前には本日のおすすめを紹介するボードが立っていた。

37: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:03:29.82 ID:cDDnhYLu0

「コーヒーセットにしようかしら」

「う~ん、悩むなあ」

「とりあえず、入りましょう」

扉を開けると、からんからんとベルが鳴る。

店内には、カウンター席が5つ、4人がけのテーブルが3つある。

まだ昼前ということもあるのか、
いつも客のいない寂れた場所なのか分からないが、
今は誰もいなかった。

「不思議な配分だな……」

「テーブルにしましょう」

あずささんが言いながら座る。

38: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:28:55.61 ID:cDDnhYLu0

「そうですね」

見渡しながら、座った。

壁に、『混雑の際は、テーブル席の相席をお願いすることがあります』と張り紙がある。

このくらいの規模なら、二人席を複数並べるべきだろうと、直感的に思う。

「こんにちは」

奥からマスターらしき人が出てきた。

初老の男性だった。

しかし、年齢の検討が全くつかないので、初老、と感じるだけだった。

39: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:33:27.62 ID:cDDnhYLu0

「こんにちは」

あずささんが、朗らかに返す。

「このお店のマスターさんですか?」

「はい、そうです。もう何十年になりますかな」

そう言いながらマスターは続けて話す。

「おや、不思議なお嬢さんだ」

何かに気づいたように、じいっと、彼女の瞳を覗き込んだ。

40: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:36:37.06 ID:cDDnhYLu0

「あのー」

「おお、これは失礼、あんまり美人さんなもので」

「あら、ありがとうございます」

「何になさいますか」

「私は今日のおすすめ、コーヒーセット」

「ケーキはどうしますか?」

「いちごのショートで」

「あ、じゃあ……サンドイッチとキリマンジャロで」

「少々お待ちください」

マスターは、カウンターの方に戻っていった。

41: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:39:30.03 ID:cDDnhYLu0

「混んでくるんですかね」

「さあ、そしたら、相席でも良いじゃないですか」

彼女も壁の張り紙に気づいていたらしい。

「プロデューサーさん」

「何ですか?」

「私がどうしてこんなに方向音痴なのか、知りたくはありませんか?」

「そうですねえ、教えてくれるのであれば、聞きましょう。というか、知りたいですよ」

「それじゃあ……」

42: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:43:56.71 ID:cDDnhYLu0

8歳の時でした。

本当に突然だったんです。

ある朝私が起きると、ひどい頭痛がしました。

そのせいで学校はお休みしたんですけど。

次の日も頭が痛くて、
でも二日連続で休むのも嫌だったので、
準備をして学校に行こうとしました。

私に降りかかった異変に気づいたのはその時です。

方向が分かりませんでした。

何て言うか……
道が分からないというより、〝自分がどこにいるかが認識できない〟ようになりました。

家を出て、ひどい違和感があって……。

それがとても怖くて、泣きながら母親の元に戻りました。

やっぱり学校はその日もお休みしました。

43: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:48:51.36 ID:cDDnhYLu0

そのまた次の日です。

学校へたどり着けないことを母に話すと、笑いながら連れて行ってくれました。

でも、一番怖いことは、学校に行ってから私の中に現れたのです。

二日ぶりに登校した私を、クラスの皆は暖かく迎えてくれました。

そのことは分かったのですが、
どうしても、〝自分の存在が希薄になったよう〟な気がして仕方がなかったのです。

小学校も、中学校も、ずっとそれが続いて、
誰にも気づかれないように自分の部屋の布団の中で毎晩泣きました。

44: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 11:53:06.59 ID:cDDnhYLu0

小さい時には、何だか自分の存在感が薄くなったみたいで怖かったのですが、
周りの友達は変わらず私に接してくれて、それが不思議でしょうがなかったのです。

高校になって自分が考えていたこととは様子が違うということが分かりました。

私は8歳のあの朝、私の周りの〝相対性〟を失ったのです。

45: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 12:16:46.01 ID:cDDnhYLu0

プロデューサーさんは〝自分〟について考えたことがありますか?

その思考の際には、
少なからず他者との比較により自分という存在を確立する部分があるはずです。

そしてその関係というのは相対的ですよね。

個々が絶対なものであれば、他との関わり合いは全くの無になりますから。

つまり、〝自己の認識は、他者との相対性の産物〟なのですよ。

46: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 12:19:46.38 ID:cDDnhYLu0

私はその、相対性を失ったのです。

私と、私以外のあらゆるものとの間にあった絆は絶たれてしまいました……。

当然、意識の中と同様、空間の中でも同じですから、
地図上の座標に対する、私の位置も、分からなくなりました。

私は絶対的であるがゆえに、世界から取り残されるものになってしまったのです。

47: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 12:23:30.76 ID:cDDnhYLu0

私は絶対的であるがゆえに、世界から取り残されるものになってしまったのです。

高校2年生になって、
当時はまだ知らなかった真美ちゃんたちの病院に行って、診察を受けました。

両親には必死で説明して、連れて行ってくれるようにお願いしました。

もちろん、こんな症状を持つ人間は他にいませんから、双海医師が病名をつけてくれたのです。

つけてくれたと言っても、別に、全然嬉しいものではないんですけどね……。

48: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 16:36:05.76 ID:cDDnhYLu0

『-disfracstion-ディス・フラクション症』というものでした。

治療法もなく、私だけの病名なので、世界中の誰も知らないし、研究もしていません。

ただ、真美ちゃんたちのお父さんは、未だに原因の解明に尽力してくださっています。

3ヶ月に1回、採血に行ったりしているんですよ。

たまに千早ちゃんとあったりもします。

あら、これって言わないほうが良かったのかしら……。

プロデューサーさん、今のところは忘れてくださいね。

49: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 16:40:18.49 ID:cDDnhYLu0

「お待たせいたしました」

話の途中で、マスターが二人分のオーダーを持ってきた。

「ありがとうございます」

軽く会釈をして、あずささんに訊く。

「ディス・フラクション、でしたっけ? それってどういう意味何ですか」

「『一部分でない』です」

「何の一部分でないんでしょうか?」

その問いに彼女は目を瞑り、静かに息を吸って、
再びこちらを見開いてから答えた。

僅かな間であったが、その逡巡が、言葉にできない憂いの表現であったのだろう。

彼女なりの、最大限の。

「世界の、です」

50: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 16:43:56.50 ID:cDDnhYLu0

――

「今日は、私の話を聞いてくれて、ありがとうございました」

浅くお辞儀をして別れる。

彼女の家まで、二人で来た。

さすがにここまで来れば、もう大丈夫だ。

「いえいえ。コーヒーも美味しかったですし、
あずささんの大事な話だったので、聞けて良かったです」

真美に続けてのことだったので、もはや大抵の内容では驚かないだろう。

51: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/10(土) 16:47:28.28 ID:cDDnhYLu0

「だから、私は〝運命〟を信じています。
運命ならば世界から爪弾き者にされた私にも、等しく与えられたものであるはずですから」

彼女は、玄関に入る直前に何か言ったのが、
タイミング悪く鳴った携帯電話の音のせいで、良くは聞こえなかった。

「さようなら、プロデューサーさん」

「……はい。それじゃあまた」

56: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 11:46:53.87 ID:SGwccFr80

――

ある日、事務所は停電した。

夜だというのに、なんて間が悪いのだろうか。

しかも外は雨が降っていた。

眩い稲妻が、空を割る。

「分電盤がー、暗くて見えん」

「ただいま戻りました」

千早の声だ。

遅れて、雷の音。

57: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 11:51:30.67 ID:SGwccFr80

「あれ、停電?」

「雪歩、やかんとめてくれ」

「あ、はあい」

薄い色の髪が、暗闇で揺れている。

何度か、外の方が明るく光った。

「あったあった」

分電盤の蓋を開けて、スイッチを押し上げる。

それだけで良いはずなのだが、うまくいかなかった。

58: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:10:28.29 ID:SGwccFr80

「あれ?」

「プロデューサー、大丈夫ですか」

「ああ。千早は濡れてるだろう、とりあえずタオルで拭いとけ」

ゴロゴロと、空気が揺れる。

「分かりました」

59: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:15:50.48 ID:SGwccFr80

「プロデューサー、今それに触っても動かないぞ」

奥のほうで、響が言っている。

「また、いつもの予感か? 当たったことないだろ、それ」

「本当に当たる時は、言ってなかっただけさー」

「そりゃすごい」

あいつは放っておいて、今はスイッチだ。

パチンパチンと上下を繰り返す。

こうしていればいつかは直るだろう。


60: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:22:51.25 ID:SGwccFr80

「雪歩、火、消せたか?」

「オッケーですう」

「あ、点いた」

部屋の電気が、数回の点滅の後、いつもの輝きを取り戻した。

と、こんな風に意外と大した出来事もなくその停電は収まった。

61: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:25:59.41 ID:SGwccFr80

しかし、問題が起きるのは次の日だ。

と言っても、他のアイドルたちは、このことを認知していないだろう。


62: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:29:30.46 ID:SGwccFr80

朝一番で千早の電話に起こされた。

正確な時間は覚えていない。

とにかく早く来てくれということだったからだ。

63: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:33:11.98 ID:SGwccFr80

眠い目をこすって、朝靄で白っぽくかすむ道を行く。

車も自分も起きたばかりで本調子ではない。

エンジンが高めの回転数で不満げに唸っている。

幾度となく右左折を繰り返し、昇る朝日とともに時間を消費して、彼女の家に着いた。

インターホンを押す。

64: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:37:35.62 ID:SGwccFr80

「はい」

すぐに応答があった。

「俺だ」

「入ってください。鍵は開いています」

65: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 12:41:11.55 ID:SGwccFr80

ドアを、ぎいっという音を鳴らして開ける。

玄関で靴を脱いで部屋に入ると、およそ今まで目にしたことのない光景を見た。

66: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:39:54.31 ID:SGwccFr80

たくさんの電極に繋がれた彼女がそこに横たわっていた。

特に違和感を覚えたのは、右半身だ。

右腕と右脚が、一部を金属むき出しの機械だった。

67: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:42:47.53 ID:SGwccFr80

「千早……それ……」

モータか何かの駆動する静かな音と共に、彼女は返事をした。

「驚いたでしょう? すみません……」

彼女は泣いていた。

不思議なことに、右目からは涙が流れていなかったが。

68: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:45:08.18 ID:SGwccFr80

「3つの頃からこんな風なんです。気持ち悪いですか?」

「いや、そんなことはない……そんなことはないが、どうして、千早!」

「昨日、雷が酷かったでしょう。ちょっと調子が悪くなっちゃって……」

繋がれているモニタのような部分は、黄色く明滅していた。

波線が何本か動いている。

69: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:47:30.17 ID:SGwccFr80

「どうして、そんな躰に?」

「小さい頃、交通事故に遭ったって言いましたよね。 

「そんなことになってるなんて、知らなかったぞ……」

「すみません。まだ、誰にも言っていませんから」

大きく、息を吸った。

表現が難しい。

なんて声をかけたら良いのだろう。

こんな時でさえ、彼女の今日のスケジュールが頭をよぎった自分を褒めてやりたい。

幸い、最初の仕事まではまだまだ時間があった。

70: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:49:53.95 ID:SGwccFr80

「内臓も、いくつかこんな感じなのですが、滅多にはおかしくならないんです。
でも外の腕と足のパーツが昨日みたいな日があると、たまに……」

自分の躰の一部を〝パーツ〟と呼ぶことにひどく痛みを感じた。

「右目も同じですよ」

「でも、左と同じに動いているじゃないか」

「連動するようになっているんです……」

71: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:52:14.51 ID:SGwccFr80

「どこで……こんな手術を?」

「双海病院です」

「あずささんが言ってた……」

「ええ、そうです。車に轢かれた私が生き残るためにはこれしか無かったみたいです」

「そうか」

72: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:54:24.59 ID:SGwccFr80

「外見は皆と同じ、普通の手足なんですけれど、スカートとかはく気になれなくて」

「今度、思い切ってみたらどうだ。きっと似合う」

「ふふ、そうですか?」

「ああ、きっと」

73: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:56:50.21 ID:SGwccFr80

千早が右手の指をカタカタと動かした。

「アクチュエータの動作が不調なんです」

静かな部屋には、キューンと少し高い音が響く。

困ったような顔をして彼女は微笑んだ。

「そんな音、聞いたことないぞ」

「普段、カバーとなる部分を閉じてしまえば、外に音は漏れませんから」

「そうなのか」

「良い機会だから、プロデューサーには見せておこうと思って」

74: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 15:59:48.12 ID:SGwccFr80

機会、と聞いてどきりとしてしまった。

この少女は、半身を人工物に置き換えているのだ。

一体どんな気持ちなのだろうか。

その問いを、ぶつける気持ちにはならなかった。

「ありがとう、千早。昼から仕事があるからな、それまでにまた何かあったら連絡してくれ」

「ええ。こんな朝早くに、すみませんでした」

「大丈夫だよ。早く直ると良いな」

「それじゃあ、また……」

75: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/11(日) 16:02:20.61 ID:SGwccFr80

彼女の家を後にした。

それから二日は、
夜眠るときにあの部屋で見た光景が頭から離れなくて、
上手く眠りにつけなくなった。

律儀な共感覚が右手の痛みを催すのが、彼女へのせめてもの慰めのような気がした。

79: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 10:53:57.05 ID:aj4P3t9O0
――

数日後、俺は勝手な判断で、
自身の特殊な性質の話をしてくれたアイドルたちを事務所に集めて、
お互いに話してもらった。

初めはお互いを見てためらうばかりだったが、次第に話し始め、
最終的にはそれぞれが俺に語ってくれた内容とほとんど同じことを、打ち明けた。

80: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:02:06.63 ID:aj4P3t9O0

一段落がついたところで、ドアが開く音がした。

他のアイドルが来るはずはない。

81: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:12:12.49 ID:aj4P3t9O0

「何か困ってることがあるみたいだな」

事務所に入ってきたのは響だった。

普段後ろで結んだポーニーテールがなくて、
髪はすらりと下に垂れ下がっている。

いつものショートパンツをはいていない。

もっと言えば、沖縄に伝わる衣装か何かだろうと思われる白い着物のようなものを着ていた。

重ねた白い衣に文字のような赤い刺繍。

額には藍色の布を締めている。

82: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:23:15.82 ID:aj4P3t9O0

「響か。すまん、一瞬分からなかった」

「無理もないさー。こんな格好、皆には一度も見せたことないからな」

「どうしたんだ、もう九時だぞ?」

壁にかかった時計は、微妙に崩れた90度をしていた。

別に丁度になるとメロディーが鳴ったりするわけではないが、この場の全員がそちらを見た。

83: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:33:18.94 ID:aj4P3t9O0

「このメンバーは、重大な秘密を抱えているだろ」

「どうしてだ?」

俺は答えた。

「自分、〝ユタ〟だからなー。大抵のことは分かるよ」

「兄ちゃん、ユダだってさ!」

真美が言った。

亜美は意味を理解していないようだ。

「いきなり裏切り者にするんじゃない」

「うわ、兄ちゃん、ツッコミ鋭いなあ」

響は笑っている。

84: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:40:55.79 ID:aj4P3t9O0

「響ちゃん、ずいぶん可愛い格好しているわね」

あずささんがうふふと微笑みながら言う。

「我那覇さん、〝ユタ〟って何のこと? どうしてここに来たの?」

千早が、皆が今一番知りたいだろうことを訊いてくれる。

85: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:50:25.78 ID:aj4P3t9O0

「ユタは沖縄の巫女さー。
自分は3歳の時に召命を受けたらしいんだけど、よく覚えてないんだ」

「召命?」

千早がまた訊く。

「修行して巫女になるんじゃなくて、ある日突然神がかりしてなることだぞ。
まだ小さかった頃は、〝ウガンサー〟って呼ばれてたけど」

86: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 11:58:51.31 ID:aj4P3t9O0

「ウガンサー?」

今度は俺が訊いた。

さっきから質問しっぱなしだが仕方ない。

分からないものは分からん。

「カッコ良い名前だね、真美」

脇で双子がはしゃいでいる。

「〝祈願する人〟って意味だぞ。
まあ半人前のユタのことだな」

87: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 12:09:13.32 ID:aj4P3t9O0

「……。もしかして、一人前になった響は、みんなの秘密が分かるってのか?」

「完全になんでもは分からないさー。
ただ、ここにいる人間の抱えていることはぼんやり知ってる」

「すごいわね~」

あずささんはこう言っているが、見た目は全く驚いているようには見えない。

88: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 12:20:32.96 ID:aj4P3t9O0

「結構苦労したんだぞ」

「ひびきんがハイスペックなのは、そのおかげだったりぃ?」

真美が茶化した。

「そのお陰で自分、完璧だからな」

「それより響、本題に入ろう。ここに来た訳は何だ?」

「ああ、うん。ここにいない春香のことだぞ」

89: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 12:26:53.94 ID:aj4P3t9O0

「はるるん?」

真美の言葉に響きは小さく頷く。

「天海春香は、魔と契約してこの世に生を受けたんだ。
そして効果を発動させたのが13年前……
自分とこのメンバーの人生に何らかのずれが生じた時さー」

90: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 12:46:59.79 ID:aj4P3t9O0

「ずれって、私のこの躰のことも関係していたりするのかしら」

千早が訊いた。

亜美と真美は眠たそうだ。

あずささんは相変わらず首をかしげている。

「うん。千早に弟はいないよなー」

「ええ、私に兄弟はいないわ。一人っ子よ」

「……いろんなところで線が歪んだんだ。
真美がここにいるのも、あずさが方向音痴なのもそのせいなんだぞ」

「私、一番の問題は方向音痴じゃないのだけれど……」

91: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 13:02:52.58 ID:aj4P3t9O0

「しかし、春香が? そんな馬鹿な」

「生まれてくる前の契約では、
自身に備わるはずの〝個性〟のほとんどを犠牲にして魔的な力を得たんだと思われるんだ」

「春香ちゃんの力って、どんなものなの?」

珍しく、あずささんが訊く。

「……分からない。でも、たまに見せる陰みたいなの、皆は見たことない?」

92: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 13:12:09.17 ID:aj4P3t9O0

「ああ、あるある」

沈没しかけていた真美が復活していた。

亜美のほうはすでにタイタニック号と化している。

「それで、どうするんだ」

「選択肢は二つかな。春香から魔の力を消すか、このまま普通に過ごす」

「どちらが良いのかしら」

「五分五分ってところだなー。
下手にちょっかい出したら自分たちがどうなるか分からないし。
でも上手くいけば、絡まった世界線が正常に戻るはず」

93: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/11/18(日) 13:22:54.41 ID:aj4P3t9O0

「……」

この場の全員が、顔を見合わせて黙った。

目の前の選択肢は、単純だがこの上なく難易度の高いものだった。


96: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/12/01(土) 12:15:46.55 ID:iOBpqv0p0

急にドアが開いた。

リボンが印象的なあの子がいる。

「残念でした」

春香が言う。

97: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/12/01(土) 12:33:33.66 ID:iOBpqv0p0

物語が始まるのに、夜は適さない。

暗い色が、さっきまで精一杯の彩度を見せた夕暮れに幕を引いてゆく。

だから、話が終わるのは決まって夜だった……。


98: purekyouju ◆LLlqMaS2Hg 2012/12/01(土) 12:56:27.77 ID:iOBpqv0p0

アイドルマスター
サイエンス・フィクション 1