1: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:31:47.93 ID:EgBVHZLT0

目が、覚める。
閉じた目、暗い視界に、赤が満ちている。
目を開けるとまぶしい日の光が窓から差していた。
わたしはベッドの上で思い切り伸びをした。なんて気持ちのいい朝。

みんな、死んでしまったけど。

ついさっきまでの記憶が頭の中に蘇る。吐き気を催しそうになる。
あれだけのことがあったのに、わたしはこうして平和な朝を迎えた。
あまりに理不尽な、そう、これが魔法なんだ。そしてわたしは生きている。

みんなも生きている……この世界では。

見慣れた天井、見慣れた部屋、すべて悲劇に流されたはずなのに。
わたしはそれを巻き戻して、こうしてここに来た。ほむらちゃんと同じだ。
すごい違和感でめまいがする。ほむらちゃんはこんなことを何度も……?

いつも通りの動きで、時計を見る。日付と時刻がデジタル表示されている。
はっとした。わたしは証拠を見た。何週間も前の日付。
わたしはここで初めて、自分の現実を本当に理解できた気がした。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1379269907

引用元: まどか「もう大丈夫だよっ」まどか「あなたは……!」 

 

2: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:33:31.33 ID:EgBVHZLT0

わたしは前の世界で、マミさんがお菓子の魔女に殺され、
さやかちゃんが魔女になって、杏子ちゃんと一緒に死んでしまって、
そしてほむらちゃんがワルプルギスの夜に負けるのを見た。

ほむらちゃんは最後までわたしに契約して欲しくなかったんだろうな。
けど、わたしは契約した。みんなを取り戻すために。時間を戻してまで。
わたしは戻ってきた。でもこの世界が過去の世界なのか、それとも
新しい別の世界なのか、わたしには分からなかった。

大した問題じゃないのかもしれない。わたしはここでみんなを救う。それだけ。
ただ、この世界のほむらちゃんが、前の世界と同じほむらちゃんだったらいいな、
とわたしは思った。きっとそうだ。でも不安だった。

わたしは制服に着替えようと思った。そこで気付く。
その制服はすでにわたしに着られていた。わたしは制服姿でこちらに来たみたい。
着替える手間が省けたと思った。わたしは大丈夫。

3: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:34:59.14 ID:EgBVHZLT0

階段を、下りる。
パパが驚いていた。「あれ、いま出発したと思ったんだけどな」
……どういうことだか、わたしにはさっぱり分からなかった。
「忘れ物をしちゃったの」とわたしは答えた。なぜウソをつくんだろう。
わたしはよく分からなかったけれど、そのまま部屋に戻った。

部屋のドアを閉める。
息が苦しい。胸がドキドキして、まるで50メートルを全力疾走したあとみたいだ。
なんでこんなにドキドキするんだろう。何か悪いことしたかな、わたし?

……不安なの。
この世界のこと、前の世界のこと、考えてみると、やっぱり同じじゃないから。
わたしはこの世界の人間じゃない。まるで教室で他の子の席に座っているみたい。
まあ、でも、この世界では、わたしが鹿目まどか。他にまどかはいないんだから、

……だから、大丈夫。

4: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:36:49.17 ID:EgBVHZLT0

通学路を歩く。
わたしはそこで、目がおかしくなったと思った。それとも頭かな?
わたしの前を、わたしが歩いている。さやかちゃんや仁美ちゃんと並んで歩いている。

……ニセモノ?

そう思った瞬間、いきなり右手をぐいと引かれて、
わたしはむりやり角を曲がらされた。そのままブロック塀に背中から叩きつけられる。
「何するの」とわたしは文句を言おうとして、口をつぐんだ。

わたしの右手をつかんでいるのは、ほむらちゃんだった。
なんという、感動の再会。

5: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:38:33.54 ID:EgBVHZLT0

~ほむら視点~

ほむら「――事情は分かったわ」

まどかの話を一通り聞き、私は側頭部に精神性の痛みを覚えながら、
いつまでも呆然としているまどかを見た。全部、私の失敗だ。
まどかに契約させてしまうどころか、こちらの世界まで……。
私は自分に、嫌気が差す。

魔まどか「ねえ、ほむらちゃん。わたし、学校、行かないと」

生気の無い瞳を見開いて、まどかは何度も同じことを訴える。
一体何が起こったのか。単に前の世界でのショックをひきずっているだけか。
それとも、時間遡行の過程で何か問題があったのか。私には分からなかった。
目を閉じて、口を開いた。

ほむら「……とにかく、まどか」
ほむら「あなた、今日は休みなさい。疲れてるのよ。私が送るから……」

魔まどか「わたし、疲れてない」

瞬き一つせず、単調な声を返すまどか。

ほむら「……じゃあ、私のほうが疲れてるってことにしましょう」
ほむら「今日は私、学校に行きたくないのよ、まどかと一緒に遊びたいの」

まどかは、きょとん……として、瞬きを数度繰り返した。
抵抗が収まったので、私はまどかを押さえる手を離した。その瞬間。

魔まどか「――あっははははは!!」

6: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:39:33.79 ID:EgBVHZLT0

周りの通行人が振り返るほどの激しさで、まどかは大笑いを始めた。
大きく開いた口を隠そうともせず、お腹を抱えて、涙まで零して。

ほむら「ま、まどか……?」

魔まどか「あっはは……なにそれぇ……変なのぉ……あはは……」

ほむら「……」

まどかは情緒不安定なのか? 
私は心配したけど、久しぶりにまどかの無邪気な笑顔を見れた気がしたので、
ひとまずは私も笑顔を返すことにした。まどかはようやく笑いを収めて、

魔まどか「……うん、それなら、いいよ。わたしも休むよ」
魔まどか「けど、ほむらちゃん、いけない子だったんだね」

ほむら「今日が転校初日だったけど、まあ、まどかの方が大事だものね」

本当にそう思う。

この世界の私は忙しいことになるだろう。でも、自業自得だ。仕方ない。
この世界のまどかと、こちらのまどか。契約していないまどかと、しているまどか。
その両方を守って、ハッピーエンドまで到達しなければならない。

未来QB「君ひとりで戦う必要はないよ、暁美ほむら」

7: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:40:31.39 ID:EgBVHZLT0

体が硬直した。どこ、どこから聞こえた? 憎むべき白い悪魔の声。
そのとき、まどかは鞄を地面に下ろし、何か取り出そうとしていた。

魔まどか「待っててね、いま出してあげるから」

ほむら「まどか、あなた、まさか……」

そのまさかで、まどかの鞄の中から、アイツは姿を現した。
初めは尻尾だった。鞄のチャックの僅かに開いた隙間から、それは飛び出し、
器用に鞄を開いていき、するりと転がって地面に飛び出してきた。

QB「やあ、お互い無事に世界を渡れたようで、何よりだね」

ほむら「……どういう意味かしら」

魔まどか「この子は前の世界から一緒について来ちゃったキュゥべえなんだよ」

……なんて忌々しい。まどかはそんなことを願わなかったはずだ。
それなのにコイツは、まどかの願いの力を少しばかり横取りして、
こちらの世界に監視でもしに来たというのか。まったく……。

未来QB「誤解しないでほしいけど、別にまどかの邪魔をしに来たわけじゃないよ」
未来QB「むしろ、サポートと言うのかな、そのために来たんだ」

魔まどか「ありがとう、キュゥべえ!」

8: ◆jPpg5.obl6 2013/09/16(月) 03:41:35.23 ID:EgBVHZLT0

無邪気に感謝するまどか、その腕の中で抱かれるキュゥべえ。
私は拳を握りしめながら、そいつを睨みつけた。

ほむら「まどかは、すべての魔法少女を救おうとしているのよ……」
ほむら「つまり、魔法少女が魔女にならないようにと、願っているの」
ほむら「そのサポートなんかして、お前に何の得があるの?」

どうせ答えないんだろうけど、と心中で付け加える。
キュゥべえは数秒黙りこんだが、やがて答えた。

未来QB「分からない。僕という個体は、すでにどの世界からも孤立してしまったんだ」
未来QB「前の世界の僕らとも、この世界の僕らとも、テレパシーすら通じない」
未来QB「そんな僕には、もはや損得の価値基準すら、存在しないんだよ」

ほむら「テレパシーすら通じない? 本当でしょうね、それ?」

未来QB「僕がウソをついたことがあったかい?」

9: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/16(月) 03:42:54.00 ID:EgBVHZLT0

魔まどか「キュゥべえは一人ぼっちなんだね。かわいそう……」

目を潤ませるまどか。私はいら立ちを自覚した。
まどかがやさしいのは知っているけれど、決して甘い子ではないと思っていたのに。

ほむら「かわいそうですって? まどか、あなた記憶はちゃんとあるんでしょうね?」
ほむら「こいつが全ての元凶なのよ? 前の世界で、みんなを殺したのは――」

魔まどか「――分かってるよ!!」

瞬間、まどかは目を見開いて鋭く叫んだ。足が引く。私は気迫に押されて一歩下がる。
まどかは先までとは打って変わって、強烈な気迫を周囲に振りまいていた。
その落差に私は戸惑う。まどかが分からなかった。どうしたっていうの。

ほむら「……分かってるなら、いいのよ」

まどかから逃げるように視線を外し、私はキュゥべえに向き直った。

ほむら「お前、さっきどの世界からも孤立してしまった、と言ったわね」
ほむら「ということは、お前を潰せば、代わりはいない――」

魔まどか「――そんなのダメ!!」

10: ◆jPpg5.obl6 2013/09/16(月) 03:43:55.77 ID:EgBVHZLT0

もう驚かなかったが、まどかは突然動いて、私とキュゥべえの間に立ちふさがった。
驚く代わりに、私は恨みがましい目でまどかを睨んだ。

ほむら「矛盾してるわ、まどか。あなたは友達を大切にしてるって言ったでしょう」
ほむら「そいつが友達を殺したことも分かってるって言ったでしょう」
ほむら「なのに、どうしてそいつにやさしくするの?」

魔まどか「分かんないよ、そんなの!」

ほむら「あなたねぇ……!」

魔まどか「分かんないんだもん……」

私はいら立ちを自覚した。でもまどかは本当に分からないようだった。
自分の気持ちが分からないようだった。整理がついていないのか。
何にせよ、今ここで彼女を問い詰めるのは酷かもしれない……。

魔まどか「……とにかく、この子を殺すことないよ」
魔まどか「だってこの子は、前の世界から一緒に来た、仲間でしょ?」

ほむら「……分かったわよ」

20: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 00:54:29.83 ID:CSALNAICo

~ほむら視点~

魔まどか「ほむらちゃん、全然分かってないでしょ!」

ほむら「あら、アイツは"前の世界から一緒に来た仲間"じゃないでしょう」

魔まどか「それはそうだけど!……うーん」

悩むまどかをよそに、私は薄暗い通路を駆け抜ける。
白い小動物的な姿が、猫のようなすばしっこさで角を曲がる。
私は手にした拳銃の弾丸を立て続けにばらまいていく。
命中させるためというより、コースを誘導するためのけん制として。でも。

未来QB「前の世界で僕がたどったコース、そのままだね」
未来QB「このまま行けば、まどかと接触してしまうよ」

ほむら「うるさい、分かってるわ」

魔まどか「ねえ、ほむらちゃん?」

ほむら「なに!? いま忙しいのだけど!」

後ろからついてくるまどかは変身済みだったけど、その顔には緊張感が全く無い。
まだ戦いを経験してないのだから当然とはいえ、温度差を感じずにはいられない。

魔まどか「ほむらちゃんがこの世界のわたしと仲良くなって」
魔まどか「キュゥべえと契約しないように、説得できないの?」
魔まどか「そうしたら、こんなことしなくたってさぁ……」

ほむら「無理よ!」

魔まどか「どうして?」

ほむら「どうしてって、信用してもらえるわけないじゃない!」

魔まどか「そうかなあ……」

私は唇を噛んだ。まどかの言うとおりだ。こんなこと何の意味もない。
さっさとまどかの所に行って、仲良くなって、信頼を得るべきなのだ。
そんなこと、私だって重々承知よ。じゃあなぜそうしないのかって?
……いちいち言わせないでほしい。

21: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 00:56:42.27 ID:CSALNAICo

マミ「そこまでよ!!」

私の思考を断ち切るように、鋭く凛とした鈴の音のような声が響き渡った。
狭く薄汚れて黒光りする通路に、場違いなまでの輝かしさだ。

マミ「キュゥべえをいじめるのはやめて!」
マミ「いったいあの子が何をしたって言うの?」

そう言われて私はハッとした。別に罪悪感に駆られたわけではない。
まどかが連れてきたほうのキュゥべえをマミに見られたら……と思ったのだ。
けれど。

未来QB(僕ならここだよ、暁美ほむら)
未来QB(いまマミに見つかったら、ややこしくなるだろうからね)

上を見上げると、ちょうどマミからは死角となる位置に収まっていた。
私はほっと胸をなでおろす。この程度で借りを作ったとは思わないけれど。

マミ「あなた、確か転校生の……暁美、ほむらさん、だったかしら?」
マミ「魔法少女だったのね……それでそっちは……って、ええっ?」

下級生の、しかも初日に学校をサボったような転校生の顔と名前が一致するなんて、
と、私はくだらない感想を無感動に抱いた。
まどかについては、もう、とりあえず顔合わせ、と思うしかない。

マミ「鹿目まどか、さん……ありえないわ。私、ちゃんとチェックしたもの」
マミ「あなたが魔法少女だったなんて、ありえないわ。気付かないわけが!」

なぜか怒った調子で、マミはまどかを睨みつけた。まるで裏切られたかのような顔。
私のことは眼中にないようだ。なら、立ち止まっている意味もないわね。

ほむら「用が無いなら……」

腰を落とし、地を蹴って猛然と駆けだす。
丸一秒ほども遅れて、マミは慌ててマスケットを構えたけど、
私は即座に時間停止を発動した。静止したマミを、そのまま抜き去る。

ほむら「先に行かせてもらうわよ」

横を通り抜けざま、言葉を締めくくる。
まどかを残していくのは悪いけど、マミと話し合いでもしててもらって……。
と、思いを流したとき。

魔まどか「ああっ、待って! ほむらちゃーん」

場違いに響き渡った声に、私は思わずつんのめりそうになった。
まどかが動いてる!? 彼女も私と同じ能力を持ってると言うの!?

……いや、当然か。彼女も時間を巻き戻す願いを契約にしたんだから。

ほむら「……っそこにいなさい!」

22: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 00:58:08.72 ID:CSALNAICo

~魔まどか視点~

嵐が、過ぎる。
わたしは不思議だった。どうしてマミさんはいつまでも固まっているのか?
まあ、きっとすぐに戻るよね。それよりも、感動の再会だ。
マミさんに会うのは、何週間ぶりなんだろう。また、生きて会えるなんて!

マミ「――あの速さじゃ、追えないわね」

固まった唇が、何事も無かったかのように動いた。
マミさんはマスケットを弄びながら、わたしのほうに向きなおる。

マミ「それで、あなたもキュゥべえを襲っていたのね?」
マミ「一体、何を企んでいるのかしら?」

魔まどか「えっ? わたし、キュゥべえを襲ったりしてないです」

マミ「シラを切るのは、それが可能な時だけにすることね」
マミ「あなた、現行犯じゃないの」

魔まどか「それが可能な時……? ええっと、そんなことより!」
魔まどか「マミさん! わたしね! 未来からやってきたんですよ!」

わたしは堂々と宣言した。マミさんの顔が少し引きつる。
あれ、驚いてくれると思ったのに……おかしな顔するなあ。
マミさんはなぜかアゴを引いた。探るような目。わたしを下から覗きこむ目。

マミ「……ふぅん、どうして?」

23: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 00:58:48.39 ID:CSALNAICo

どうして。

魔まどか「えっと、それは、キュゥべえと契約して……」

記憶を探りながら話し始めたとたん、マミさんはおかしげにくすっと笑った。
……わたしは意味が分からない。
マミさんはくすくすと笑いながら、質問を言いなおしてくれた。

マミ「ああ、方法じゃないわ。理由を聞いているの」
マミ「鹿目さん、あなた、どうしてこちらに来ようと思ったの?」

ああ、そういうことか。
どうしてこちらに来ようと思ったのか――って。

なに、その質問。

わたしの頭がぐつぐつと沸騰する。マミさんを睨みつける。
バカな質問をしないでよッ!!

魔まどか「みんな死んじゃったからにっ!!」
魔まどか「決まってるでしょっ!!」

マミ「っ!?」

びっくりした。すごく大きな声が出て、視界が桃色に染まる。
飛びのいたマミさんがマスケットを構えていて、わたしは怖かった。
マミさんは怯えていた。わたしも怯えていたけど、マミさんも怯えていた。
わたしは怖かった。足元を見ると、わたしを中心に地面に模様が浮かんでいた。
すごく眩しいと思ったら、わたしのソウルジェムのせいだった。わたしは怖かった。

マミ「やる気なの!?」

24: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:00:17.49 ID:CSALNAICo

暗い銃口がわたしに向けられていた。足が震えて動けなかった。
マミさんも怯えていた。でもわたしのほうが怯えていた。わたしは怖かった。

魔まどか「違う、違うんです、マミさん……!」
魔まどか「わたしはみんなを助けに来て……こわい、撃たないで……!」

マミ「言ってることが無茶苦茶よ!」
マミ「みんなって一体だれのこと! なぜキュゥべえを襲うの! なぜ――」
マミ「私を攻撃しようとするの!」

魔まどか「話を聞いてくださいって……!!」

助けに来たのに、ひどい。銃を向けるなんて、ひどい。
ひどい、ひどい、マミさん、こわい、こわい、撃たないで。

わたしに銃を向けないで!

魔まどか「――言ってるでしょ!!」

瞬間、わたしのソウルジェムが今までよりずっと明るく、輝く。
目を上げる。その光の波がマミさんに向かうのを見た。

でも、さすがはマミさん。
華麗な身のこなし。そんな攻撃、当たるわけないよね!
光の波が殺到して壁を吹き飛ばす。でも地面を転がったマミさんは起きあがる。
構えられるマスケット。銃口はピタリとわたしのほうを向いて――あれ?

銃声が響き渡った。

25: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:02:01.50 ID:CSALNAICo

ブレる視界。弾丸はいつまで経ってもやって来ない。
微動だにしないマミさん。空中で静止している弾丸。

魔まどか「時間が止まって……そっか」

ほむらちゃんと同じ能力が、わたしにも……。
今にも時間が動き出す。わたしは弾道から身をそらして、
直後、静止していた弾丸が壁を貫いた。

マミ「!?」

目を見開くマミさん。でも、すぐにまた発砲。
わたしは時間を止める。ほむらちゃんみたいに長くは止められないけど。
弾丸を避け続けるわたし。でも、マミさんはあきらめない。
冷静な目。動きを読んでいる目。わたしを観察する目だ。

魔まどか「やめて! やめて! やめて!」

26: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:03:20.47 ID:CSALNAICo

マミ「やめない……」

でも、言葉とは裏腹に、マミさんは射撃をやめた。
ふらつく足。わたしは後ろに倒れ込んで、背中に硬い感触。壁にもたれる。
分からない。マミさんは許してくれたのか? 分からない。

マミ「素晴らしい回避ね、鹿目まどかさん」
マミ「でも、避けてばかり。反撃しなくていいの?」

マミさんは目を細める。わたしはへたり込む。見下ろすマミさんの顔。
わたしは分からない。マミさん、どうして笑うの……。

魔まどか「反撃……って、だって、出来ない……」

マミ「出来ない、ね。それは残念ね? さっきは出来たのにね?」

魔まどか「ちがうよ……あれは……」

わたしは見る。正面に、無数の銃口。時間を止めても、あれじゃダメだ。
火を吹く銃口を見るわたし。そもそも動けない。ダメだ。ダメだ。

魔まどか「やめて!」

27: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:05:04.74 ID:CSALNAICo

わたしはたくさんの小石をぶつけられた。いたい、いたいからやめて。
こんなのってないよ。いじめだ。いたい。石をぶつけないで。

わたしは地面を転がってうずくまる。頭を抱えて、理不尽な暴力に耐える。
でも気付くの。わたしが受けたのは小石なんかじゃない。弾丸。なぜ生きてるの。

魔まどか「やめて!」

何十発もの弾丸がすべて吐き出され、銃声が止む。

魔まどか「いたぁ……」

マミ「耐久力もハンパじゃないのね」

煙の壁を破って迫るマミさん。ゼロ距離からの一撃。
でも止まるの。わたしはマミさんからたった二秒盗んで、それをかわすの。
でもマミさんは流れる水のように、なめらかにぴったりと、わたしを追ってくる。

マミ「観念なさい!」

魔まどか「やめてぇ!」

時間を止めるなんて反則をしてるわたしを、どんどん追い詰めるなんて。
やっぱりマミさんは強い! 強いからいじめるの……?

28: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:05:57.10 ID:CSALNAICo

やめて!

マミ「!!」

そのとき不意に、マミさんが動きを止めた。けどわたしのせいじゃない。
意味が分からなかった。けどすぐ気付くの。
それは予定通りの出来事だったから。

マミ「結界……!! こんなときに」

足元に黒い模様が広がって、不気味なちょうちょが飛びまわり始める。
魔女の結界が出来あがろうとしているんだ。

マミさんは迷った。わたしは分からない。何を迷うのか?
わたしなんかをいじめるよりも、もっと大切なことがあるのに!

マミさんはマスケットを収めて、わたしの前に仁王立ちになる。
わたしは怖かった。マミさんはまだ怖い顔で私を見下ろしていた。
わたしは怖かった。怖かった。怖いだけ。それだけ。

マミ「……あなた、本当に抵抗しないのね?」

怖いだけだ。

マミ「……分かったわ。今日のとこは、見逃してあげる」
マミ「でも! あなたが私に攻撃してきたこと、忘れたわけじゃないから」

それだけ言い捨てると、マミさんはくるりと振り返り、足早に去って行った。

29: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:08:16.23 ID:CSALNAICo



魔まどか「あ、ほむらちゃんだ」

マミさんを見失って暗闇をさまよっていたわたし。
見つけたのは、資材の山の上に立つほむらちゃん。
こちらに背を向けて、何か見下ろしている。

マミ「……呑み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの」

マミさんの声。頭にはっきりと浮かび上がる、いつかのその場面。
きっと向こう側には、この世界のわたしと、さやかちゃんと、あとキュゥべえもいる。
にらみ合いのあと、ほむらちゃんはくるりと回って、こちらに下りてきた。

ほむら「……あら、まどか。どうしたの、ひどい顔じゃない」

魔まどか「マミさんにいじめられたの!!」

大声で文句を言うと、ほむらちゃんは慌てた顔でシーッと言った。
わたしはとりあえずそれで満足することにする。

30: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:09:27.32 ID:CSALNAICo

事情を一通り話すと、ほむらちゃんは頭を下げてきた。

ほむら「ごめんなさい、まさかそんなことになるとは思わなかったのよ」

魔まどか「べ、別にほむらちゃんが悪いわけじゃないよー」

ほむらちゃんがあんまり申し訳なさそうにするから、わたしは慌てた。
ほむらちゃんは本当にやさしい。マミさんとは大違いだ。

魔まどか「そ、それで、そっちは、どうだったの?」

ほむら「……仕留め損なったわ」
ほむら「アイツが彼女たちに接触するのは、阻止したかったんだけど」

ほむらちゃんはそう言うけど、そんなに残念がっているようには見えなかった。
予定調和っていうのかな……。

31: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:10:09.49 ID:CSALNAICo

ほむら「それじゃ、今日はもう解散……と言いたいところだけど」

魔まどか「?」

ほむら「まどか、あなたは今日、家に帰るわけにはいかないのよね」

魔まどか「え、どうして?」

未来QB「忘れたかい? 君の家はもう、この世界のまどかのものなんだよ」

どこからともなく現れたキュゥべえが答えた。
わたしは理解したけど、納得はいかなかった。

魔まどか「でも……わたし今朝、自分ちから出発したのに」

ほむら「ええ、それは私も見ていたけど……家族が変な顔をしなかった?」

わたしは思い出す。今朝のことを。

32: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:12:24.52 ID:CSALNAICo

わたしは目を覚ます。わたしはなぜか制服をすでに着ている。
わたしは階段を下りる……。

魔まどか「パパが変な顔してたっけ。いま出発したと思ったのに、って言ってた」

未来QB「まあ、そういうことだね」

ほむらちゃんは「それじゃ分からないでしょ」と言って、キュゥべえを睨む。
たしかに、分かんない。どういうことだろう?

ほむら「まどか。こういうことよ」
ほむら「この世界のまどかはあなたの来る少し前に目を覚まして、家を出たの」
ほむら「その直後にあなたは来た。いえ、おそらくそのときはまだ……」

未来QB「もし君が少し早く下に降りていたら、鉢合わせしていたかもしれないね」

魔まどか「だれと?」

ほむら「あなた自身と、よ」

そこでほむらちゃんは少し怖い顔になる。
沈みかけた太陽から、斜めの光がその顔を照らし出す。
わたしはマミさんの顔を思い出した。
やめてよ、その顔。わたし、何も悪いことしてないよ。なんにも!

33: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:13:44.35 ID:CSALNAICo

ほむら「ねえ、よく聞いて、まどか」
ほむら「あなた、決して会ってはいけないわ。もう一人の自分に」

魔まどか「……どうして?」

ほむら「二人が出会えば、面倒なことになるって、分かるでしょう?」
ほむら「あなたは素晴らしいわ、みんなを救うために、戻ってきたのよね」
ほむら「私はそれを信じてる。でもね、他のみんなは信じないのよ」

魔まどか「そんなこと――」

ほむら「巴マミは信じたの?」

魔まどか「……それは」

肩に手が置かれる。瞳がわたしを見つめる。やさしい瞳。
ほむらちゃんは知ってくれてる。わたしのこと、すべてのことを。
いまは、それでいい。

魔まどか「分かった。会わない、絶対会わないから……」
魔まどか「でも、それじゃ、わたし今夜はどうしよう?」

ほむらちゃんはふう、と息を吐く。緊張が解けて、やさしくなる。

ほむら「私の家なら、大丈夫よ?」

魔まどか「ほんと!?」

34: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:18:47.63 ID:CSALNAICo

~ほむら視点~

魔まどか「ありがとうほむらちゃん、お世話になります」

玄関の前に立つ。礼儀正しく頭を下げるまどか。
私は気の利いた文句を思いつかず、

ほむら「ベッドなら余っているし、当面の食料もあるわ」

と、お茶を濁した。それでもまどかはうれしそうに笑ってくれた。
円形の玄関ホールの奥、私の居住スペースに彼女を案内する。
一番奥のリビングには、一人暮らしの私には無用の、長いソファがある。

魔まどか「うわぁ……すごい部屋。ほむらちゃん、こんな部屋で暮らしてるの?」

ほむら「無駄に広いだけよ。むなしくなるわ。……夕飯に何か作ってくるわね」

まどかは「あ、わたしも」と言ってソファから立ち上がりかけたが、私は制止した。
彼女はしばらく引かなかったけれど、疲れているのは明らかだ。

ほむら「あなたにはゆっくりしていてほしいのよ」

結局まどかは折れて、すぐにソファでうとうとし始めた。
前の世界からやってきて、実質一睡もしていない状態のはず。
それに精神的にもひどい状態で、見てられないほど……。

35: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:19:57.74 ID:CSALNAICo

私は2人分のコーヒーを入れて、リビングに戻った。
そのときすでに、まどかはくぅくぅとかわいらしい寝息を立てていた。
そこには魔法少女特有の陰りは無く、ただの少女にしか見えなかった。

そしてその傍らに、アイツはいた。

ほむら「さてと。まどかも寝たことだし、コイツを絞め上げましょうか」

未来QB「冗談だろう? そんなことしたら、まどかは君を許さないだろうね」

ほむら「そうね、残念だけど。ただ、説明はしてもらうわよ」
ほむら「まどかとの契約で、いったい何があったの?」

未来QB「というと?」

ほむら「シラを切るのは、それが可能な時だけにすることね」

私は熱く苦い液体を一口すすり、カップを戻す。
思わずテーブルに身を乗り出す。息を吸い、言葉を吐く。

ほむら「明らかにまどかの様子がおかしい。単にストレスのせいだけとは思えない」
ほむら「情緒不安定だし、少しだけど、言葉もおかしいわ……」

未来QB「それが契約の弊害だというのかい? 誤解だよ」
未来QB「契約は滞りなく済んだ……彼女は正しく契約したさ」

36: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:21:41.27 ID:CSALNAICo

ほむら「それじゃ、すべては精神的な……ストレスのせいというのね?」

未来QB「……いや、それだけじゃないね」

ほむら「だったら、全部話しなさい」

未来QB「……僕よりも、君の方が詳しいと思うんだけどね」

そう言うと、キュゥべえはテーブルに飛び乗り、さらに跳躍してソファに乗り、
まどかの指に輝くソウルジェムに触れた。

未来QB「彼女のソウルジェムには常に、膨大なエネルギーが供給されている」
未来QB「その量は素晴らしいけれど、質のほうが問題なんだ」

ほむら「……絶望のエネルギー」

未来QB「その通り。やっぱり知ってるんだね」
未来QB「それでもこのソウルジェムが澄んでいるのは、なぜだか分かるかい?」
未来QB「彼女は、絶望のエネルギーを希望のエネルギーに変換しているからだよ」

ほむら「……」

37: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/21(土) 01:24:02.40 ID:CSALNAICo

未来QB「なぜそんなことが出来るのか、原理は全く分からない……」
未来QB「たぶん、君が何か知ってるんじゃないかと思うけど」

ほむら「さあね。それで、まどかの様子がおかしい原因は?」

未来QB「おそらく、処理の負荷が、彼女にかかっているんだろうね」

ほむら「処理の負荷……?」

未来QB「送りこまれてくるエネルギーが膨大すぎるんだ」
未来QB「その処理のために、彼女のソウルジェムに負荷がかかっている」
未来QB「そしてソウルジェムは魂の容れ物でもある」

ほむら「つまり、まどかの精神に負荷がかかってるってことね……」
ほむら「対策は?」

未来QB「特に無いね」
未来QB「この症状は、まだ彼女が処理に慣れていないせいで、一過性のものだ」
未来QB「処理効率が向上すれば、自然に軽くなるだろう。あと数日もすればね」

ほむら「それ、本当でしょうね?」

未来QB「僕がウソをついたことがあったかい?」

43: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/29(日) 23:55:33.98 ID:ZOf1m0g0o

~まどか視点~

今日のさやかちゃんは、何だかソワソワしてるみたい。
新しくうちのクラスに来るっていう、転校生の子を警戒するって言ってる。

その子は初日から体調不良で欠席していて、少し心配したけれど、
昨日会った黒い髪の不思議な子が、その転校生の子だったみたい。
元気そうだった……。

さやかちゃんも、マミさんもキュゥべえも、みんなその子に警戒してる。
わたしは、どうしたらいいか、わかんない。
だって、せっかくの転校生なんだよ?

仲良くできたらいいのに……。

44: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/29(日) 23:57:04.08 ID:ZOf1m0g0o

教室の扉が開くと、暁美さんは現れた。
すごくあっさりした挨拶だけして、黙って席についてしまった。
さやかちゃんは体を硬くしていたけど、暁美さんはあくまで自然体だった。
わたしたちには、全然見向きもしてなかった気がするよ。

休み時間が来ると、暁美さんはたくさんのクラスメイトに囲まれていた。
質問攻めにされて、少し困っているようにも見えたかな。
ちら、と暁美さんがこちらを見た気がした。気のせいかもしれないけど。

……しばらくすると、暁美さんは「頭が痛い」と言いだして。
周りの子たちは「保健室に連れて行ってあげる」と口々に言った。
暁美さんはみんなと一緒に教室を出て行った。

保健係として暁美さんについていけば、仲良くなるチャンスになるかもしれない。
……と思ったのは一瞬だけだった。わたしにそんな勇気、あるわけないよね。

ちなみにどうしてこんなに暁美さんのことを見ていたかというと、
さやかちゃんが暁美さんの「監視」をするというのに付き合っていたから。

45: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:00:16.71 ID:YABPfHeQo

~ほむら視点~

――転校初日に学校をサボったのは痛かった!

もう二人ともキュゥべえと接触したあとだし、私への印象もたぶん最悪ね。
この状況でいまさらどんな忠告も無意味だろう。
第一、さやかが邪魔でまどかと二人になれないもの。

初日にサボってしまったのは、もう一人のまどかが原因だったのだけど。
とはいえ、彼女のせいにするつもりは、全くない。
もともと全ては、私のせいなんだから。受け入れて、乗り切るしかないのよ。

そのもう一人のまどかは、「マミさんを助けるの!」と言って、興奮してる。
まどか同士の接触を避けるため、彼女には外出を控えるように言ってある。
でもずっと室内に缶詰めではさすがに可哀想なので、夕方には一緒に外出する。

外出と言っても、ただの散歩じゃない。一言で言えば「尾行」だ。

マミが死ぬことになるお菓子の魔女との戦いの日時は、微妙に変動する。
だからその日を逃さないように、「パトロール」に出るマミを毎日尾行するのだ。
まどかはやる気満々で、夜の魔女退治よりむしろこちらに精を出していたほど。
ただ、マミと並んでもう一人の自分が歩く姿を見て、思う所はあったかもしれない。

一方で私はすでにかなり諦めていて、マミを生かすことは終盤で裏目に出る、
などと考えていたのだけど、もちろんまどかには口が裂けても言えなかった。

46: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:03:02.42 ID:YABPfHeQo

数日が経つと、まどかの調子も落ち着いてきて、ほとんど元通りになった。
憎いけど、本当にキュゥべえは、ウソだけは吐かないのよね。
ただ、まれに調子がおかしくなることもあって、まだ完治とは言い難かった。

夕方の尾行を終えたら、いったん家に戻って夕食をとる。
と言っても、買い溜めしておいたインスタント食品ばかりだけれど。
そのあとは、夜の魔女退治。まどかも一緒につれて行く。
最初はかなり不安だったけど、そんなのはまどかがすぐに吹き飛ばしてくれた。

ほむら「まどかっ、後ろをお願い!」

まどか「オッケー!」

停止した時間の中で、打てば響くように返事が飛ぶ。
私の背後、まどかが使い魔どもを一掃するのが分かる。
すでに魔法の弓を使いこなしている。無数の光の矢は停止解除と同時に敵を貫く!

同時に、魔女が内側から膨らんで爆ぜた。まどかのおかげで楽に終わったわ。
辺りは朦朦とした黒煙に覆われ、思わず手で顔を庇い、薄目を開けて様子をうかがう。
背後には無数の使い魔の死骸が放射状に広がっている。普通じゃ捌き切れない数だ。
まどかの背中が、何より頼もしかった。

ほむら「やっぱり、強い」

魔女の世界が終わりを告げ、崩れて行く。

――そして、その日は来た。

47: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:04:24.56 ID:YABPfHeQo

~魔まどか視点~

病院から、もう一人のわたしとさやかちゃんが出てきた。
いつも通りだ。マミさんとのパトロール前に、二人はいつも病院に行くんだ。
ただ、その日は出てくるのがあまりに早くて。わたしは緊張する。果たして、

さやか「わざわざ来てやったのに、失礼しちゃうわよねー」

まどか「…………」

さやか「ん、ん? どうしたの?」


――来た!
この会話、間違いない。さやかちゃんが上条くんに会えなかった日。
その日こそ、マミさんがお菓子の魔女と戦う日なんだ!

魔まどか「ほ、ほむらちゃん!」

ほむら「ええ、分かってる。巴マミを救わないとね」

魔まどか「……う、うん」

ほむら「……?」

48: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:05:34.35 ID:YABPfHeQo

巴マミを救わないとね。

ほむらちゃんの何気ない言葉。でもそのときわたしの胸はずきんと痛んだ。
マミさんの命はわたしたちにかかってるんだ……とはっきり感じる。
うまくやれば助かるけど、間違えれば殺されてしまう……。責任が……重い……。
それはとても重い責任。

ほむら「――――まどか?」

魔まどか「…………」


鹿目さん、今日は特製のショートケーキよ!
私、頑張って作ったの。気を付けて運んでね!

やったー! いただきまーすっ!!

あ、ちょっ、鹿目さ……!! ああっ!!

……ああ。

なんかすごい音がしたんだけどー……って、
あんた何してんの!?

わ、わたし……。

気を付けてって、言ったのに。

ごめん、なさい……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!


ほむら「――まどか、まどか!」

49: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:07:04.60 ID:YABPfHeQo

頭がぐらぐらすると思ったら、激しく肩を揺すられていた。
目を上げると、ほむらちゃんが心配そうにわたしを覗きこんでいた。

ほむら「大丈夫? もう行かなきゃ」

魔まどか「わ、わたし……」

わたし、契約して、もう何でもできる気になってた。
でも実際、わたしはまだ何もしてなかったんだ。なんにも……。
間違えれば殺されてしまう……その、そのとき、わたしはどうすれば……?

ほむら「……無理なら、帰りなさい。私が何とかするから」

逆光で表情に暗い影を落としたほむらちゃんが、低い声で言う。
わたしは怖かったけど、その言葉は許せなかった。
身を乗り出して、慌てて言い返す。

魔まどか「む、無理なんかじゃない!」
魔まどか「わたしが! わたしがマミさんを助けるんだから!」

ほむらちゃんは何とも言えない表情をした。
くるりと背を向け、歩きだす。

ほむら「そう……なら、行くわよ」

50: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:08:30.12 ID:YABPfHeQo



首の無い看護婦。チーズを探し求める使い魔。
お菓子に彩られる、欲望にまみれた病院。悪夢の舞台。

わたしは叫び出したい気持ちと必死で戦った。
頭の中に、うつろな断面をさらしたマミさんの最期がちらついていた。

マミさんを助けるなんて、ホントにできるの?
視界の先は真っ暗。闇の中、希望が見えない。マミさんの最期しか。
マミさんがもう一度死んじゃったら……わたしもうダメ。魔女に……。

ほむら(――どか! まどか!!)

またしても頭のぐらぐらで、わたしはハッとした。
ほむらちゃんが怖い顔でわたしを睨んでいた。わたしは怖かった。

ほむら(いい加減にしなさい! ダメなら帰りなさいってば!)

なぜかテレパシーを使って、ほむらちゃんはわたしに叫んでいた。
でも……なに言ってるんだろ。へんなの。
わたしが帰ったら、それこそマミさん、死んじゃうのに。

魔まどか「ダメだよ! わたしが逃げたら、マミさん、死んじゃうんだよっ!!」

ほむら(声を落としなさい!)
ほむら(はっきり言うけど、今のあなたよりも私の方がずっと上手くやれるわよ!)

魔まどか「そんなことない! わたしだって、もう魔法少女だもんッ!!」

ほむら(だから、声を落としなさいって――)

マミ「――だれかいるの?」

51: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:13:17.71 ID:YABPfHeQo

その瞬間、ほむらちゃんの盾の起動音が、響く。
頭上を機械的に流れていた使い魔たちの動きが、止まる。
時間の、止まった音。

そして、わたしは吹っ飛んだ。ほむらちゃんの足がうなった。
わたしはお腹を蹴り飛ばされて、お菓子の山の中に突っ込んだ。
痛みで悲鳴も出ない。起きあがることも出来ない。こわい。

ほむら「絶対に、そこから動かないでちょうだい」

動いたら、また蹴られるのかな?
わたしはこわいので、絶対に動かないことにした。

魔まどか「……」

ほむら「……」

しばらく誰も何も言わない。でもやがて声が聞こえるの。
時間の動きだす音。

マミ「暁美さん……? こんなところで何してるの?」

ほむら「今回の獲物は私が狩る。あなたたちは手を引いて」

マミ「そうも行かないのよ。美樹さんとキュゥべえを迎えに行かなきゃ」

ほむら「二人の安全は、私が保証する」

マミ「信用すると思って?」

シュルシュルと、何か衣擦れのような音が聞こえる。
誰かが息を飲む声、そしてほむらちゃんのあえぐ声。
わたしには分からなかった。ただ怖かった。

ほむら「巴マミ! 今回の魔女は今までの魔女とは、わけが違うのよ!」

マミ「行くわよ、鹿目さん」

まどか「は、はい……」

ほむらちゃんの言う通りだ。
それなのに、もう一人のわたしは何をしてるんだか。
情けない声出しちゃって……。わたしはイライラした気分になった。

52: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:14:53.86 ID:YABPfHeQo

二人の足音がだんだん遠ざかって行く。
わたしはしばらくお菓子の山の中で動かずにいた。
ほむらちゃんは絶対うごくなって言うけど、いつまでだろう?
ただ、マミさんがほむらちゃんに何かをした。それが心配で気になった。

ほむら「……もう、いいわよ。まどか」

魔まどか「ほむらちゃん……いったい何が……ほむらちゃんっ!?」

わたしは見た。ぴんと張ったリボンがほむらちゃんを空中に縛りつけていた。
結び目には大きなカギが掛かっていて、いかにも固そうだった。

魔まどか「そんな……」

ようやくわたしは理解した。ほむらちゃんはわたしの身代わりになったんだ。
申し訳なさで胸がいっぱいになる。わたしは駆け寄った。でも解けそうにない。
両手に余る黄金の大きなカギ。それをぐいぐいと引っ張る。

ほむらちゃんはその様子を黙って見ている。
わたしはよく分からないけど、ただ黄金のカギを引っ張り続けた。
マミさんを助けなきゃいけないはずなのに、わたしは何してるんだろう。

53: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:16:34.85 ID:YABPfHeQo

ほむら「ねえ、まどか」

そのとき、縛られたまま動かないほむらちゃんが、口を開いた。
顔はうつむいたままで、私の顔を見ていない。か細い声、畳みかけるように。

ほむら「私、あなたを魔法少女と認めてないわけじゃないのよ」
ほむら「あなたのマミを救いたいって気持ちを、疑ってるわけじゃないのよ」

複雑な表情を浮かべて、わたしを見る、ほむらちゃん。
わたしは……黄金のカギを引っ張るのをやめた。

魔まどか「ほむらちゃん、泣いてるの……?」

手を伸ばし、その涙のしずくに触れる。ほむらちゃんは顔を背けた。
わたしはどうしたらいいのか分からなかった。ただ、かわいそうだと思った。

周りは静かだった。使い魔一匹近づいて来なかった。
ほむらちゃんは何か言いにくそうにしていたけど、ついに口を開いて、

ほむら「まどか、あなたを見てると……自分がイヤになるわ」
ほむら「あなたは、やさしい子。本気でマミを救おうとしてるのね」

ほむらちゃんは違うの?

54: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:18:52.00 ID:YABPfHeQo

ほむら「まどか、私ね、マミを救う気が無いのよ……」
ほむら「もちろん、本当は救いたいよ? けど……それじゃ、まどかが……」
ほむら「言い訳……だよね。私、最低ね……。けど、仕方なくて……」

ほむらちゃんは、なぜか怯えた目でわたしを見た。
どう言ったらいいのか分からず、「そっか」とだけ答えた。
その瞬間、ほむらちゃんは顔を歪めて、耐えられないと言う感じで横を向いた。
わたしは慌てた。

魔まどか「だ……大丈夫だよ!」
魔まどか「ほむらちゃんが救う気なくても、わたしが救うから! ね!」

わたしはほむらちゃんを励まそうとしたのに、逆効果だった。
ほむらちゃんは身をよじって、横を向いて、苦しそうにして、

ほむら「もう、やめて……許して!」

魔まどか「うー……」

ほむら「……」

わたしはどうしたらいいのか分からなかった。

55: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:20:31.14 ID:YABPfHeQo

結局、わたしはまた、ほむらちゃんを縛る黄金のカギを引っ張り始めた。
ほむらちゃんはしばらく動かなかった。けど、わたしがずっとそうしていると、
うつむけた顔をゆっくりと上げて、わたしを睨みつけてきた。こわい……。

ほむら「……何してるのよ」

魔まどか「何って……これ、外さなきゃ」

ほむら「マミを助けるんじゃなかったの?」

魔まどか「でも……、でも、ほむらちゃんを放って行けない」

考えながらそう言うと、ガバッとほむらちゃんは顔を上げて叫んだ。

ほむら「私のことなんて、どうでもいいでしょ!」
ほむら「あなたが行かなきゃ、マミはっ! 魔女に頭を喰われて死ぬのよ!!」

その剣幕に、わたしの真っ白な心がわずかに動いた、気がした。
マミさんが死ぬ。死んでしまう。わたしが行くか、行かないか。
ほむらちゃんの涙。わたし……わたしは……。

56: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:21:07.36 ID:YABPfHeQo

ほむら「私なんて、クズよ。使い魔のエサにでもすればいい」
ほむら「でもあなたは、彼女を救いたい気持ちも、救える力も、両方持ってる」
ほむら「だから、彼女を救うのは、間違いなくあなたなのよ、まどか」

真剣な顔で、ほむらちゃんはわたしを見つめていた。
思わずうなずいていた。そうだ、わたしがマミさんを救う。

ほむら「あなたが行かなきゃ、マミは死ぬ」

魔まどか「……でも、わたしが行けば」

ほむら「そうはならないのよ。だから行きなさい」

魔まどか「わたし……わたしは」

それでもわたしは迷った。割れそうな頭を抱える。
そんなわたしに、ほむらちゃんが身を乗り出して、叫ぶ。

ほむら「――まどか! お願いだから!」

ほむらちゃんの正面からの叫び。全身に受けて。

わたしの中で、壁が崩れる音がした。
長い眠りから、覚めた気がした。
瞬きひとつで、世界が10倍もよく見える気がした。

57: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:22:22.49 ID:YABPfHeQo



心臓の鼓動を感じる。わたしの存在を感じる。
この世界に来てからずっと、長い夢を見ていたみたいだ。
すっきりとした頭の中、冴え冴えとした視界の全てが、鮮やかに現実味を帯びる。

地面の凹凸を感じる。周りを回る幻想的な光、その色を感じる。
たくさんのお菓子が混ざり合った、甘ったるいにおいを感じる。

魔まどか「ありがとう、ほむらちゃん……わたし……」

ほむらちゃんと別れて、わたしは今、通路を全力で駆け抜けていた。
今まで、周りの全てが他人事のように見えたけど、今は違う。

それは、わたしがこの手で、未来を変えてやるんだって気持ち!

契約を決意したときの気持ちを、やっと思い出した。
わたしはみんなを助けるために、もう一度やり直したかったんだ。
だから、そのためにまず、マミさんを救う。

魔まどか「マミさん! 待ってて!」

通路を疾走して、わたしは戦場を目指す。

58: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:24:14.55 ID:YABPfHeQo



マミ「ティロ・フィナーレッ!!」

魔まどか「な、何とか間に合ったぁ……?」

前の入り口とは違ったけど、とにかく例の場所に来ることができた。
マミさんの主砲がお菓子の魔女を貫く。
派生した長い帯が、かわいらしい見た目の魔女を空中に縛りつける。
そして……いま見ても恐ろしい光景。

魔女の口から黒い巨体があふれ出す。一瞬。マミさんの前で大きく口を開く。
丸飲みにしようと迫る。全てが前の悪夢の再現。
前のわたしは何もできず。ただ怯えて震えて。ズルく隠れて生き延びたけれど。

魔まどか(けど、今のわたしなら、何も恐れることなんて、無い)

魔まどか「マミさん……いま、行きます!!」

わたしは部屋の天井近くから、空中に飛び出した。
手に頼もしい弓の感触が伝わる。この一発で仕留めてみせる。
異常に背の高い丸テーブルのひとつに着地。わたしはその光景を見る。
呆然としているマミさんと、迫る魔女。わたしはその横。――間に合う!

魔まどか「ごめんね!!」

即座に矢を射ると同時、巨体の頭が爆発した。
まず音、そして衝撃、さらに誘爆して全身が吹き飛ぶ。
近くにいたわたしにも熱い衝撃が届き、ヒリヒリと痛かったけれど、
油断せず、目を凝らして、魔女の死を確かめる。
まだ固まっていたマミさんの前に、ベチャッと魔女の残骸が落ちる。

――やった!

魔まどか「マミさんっ!!」

59: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:27:50.18 ID:YABPfHeQo

まどか・さやか「マミさぁんっ!!」

下で震えていた、もう一人のわたしとさやかちゃんがマミさんに駆け寄った。
マミさんは放心状態だったけど、やがて肩を震わせて涙をこぼし始めた。
三人は抱きしめ合って、ただただ泣いていた。

魔まどか「マミさん……」

お菓子の魔女は死んだ、マミさんは生きた。
わたしが、来たから……。

マミさんが幸せになれると思ったの。
それは間違ってない。いま、マミさんは笑ってるもの。
けど、その周りで笑ってるのは、この世界のわたしたち。

――わたしは?

三人の様子をしばらく眺めて、ようやくわたしは、理解した。
しょせん、わたしはあの場所に飛び込むことなんて出来ないんだ。

三人の号泣はやがて笑い声に変わっていった。ホッとしたんだろう。
心臓が痛いほど胸を打っていた。わたしは背を向けた。
マミさんを救った興奮が、へなへなと萎えて行くのを感じながら。

それでも、これはとっても素敵な最高の奇跡。
マミさんはもう大丈夫……だから、もういいの……。
これ以上、望むことなんてない。言い聞かせて、わたしは立ち去ろうとした。

60: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:31:56.20 ID:YABPfHeQo

マミ「…………ちょっと、待って」

それなのに。マミさんはわたしを呼びとめた。
何か言われる前に、わたしの口は勝手に動いた。
背を向けたままで。

魔まどか「良かった」
魔まどか「こっちに来て良かった。マミさんが助かって、ほんとに……」
魔まどか「でもわたし、マミさんに謝らなくちゃいけない」

マミ「謝るのは、私のほうよ」
マミ「あなたを疑ったこと、謝るわ。本当にごめんなさい」

魔まどか「……そんなの、何でも無いです」
魔まどか「わたしは、マミさんとの約束を破りました。本当にごめんなさい」
魔まどか「……マミさん、約束、覚えていますか……?」

マミ「……」

前の世界で、わたしはマミさんと約束した。
契約すると。マミさんをもう一人ぼっちにしないと。魔法少女コンビ結成だと。
でもそのあとでマミさんは倒れて。怖くなったわたしは契約をやめた。
わたしはマミさんを裏切った。裏切ったんだ。……けど、それは前の世界の話で。

魔まどか「ごめんなさい、覚えてるわけ、ないですね……ごめんなさい」
魔まどか「でも、マミさんのおかげで、ほんの少しでも約束守れて」
魔まどか「わたし、うれしかった」

61: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:40:33.84 ID:YABPfHeQo

なんて自分勝手なんだろう。わたしは自分がイヤになる。
自分の罪滅ぼしのために、無関係なこの世界のマミさんを、利用しただけじゃない。
ほら、だからマミさんは黙ってるの。あきれてるのかも。
わたしは沈黙に耐えられなくなって、逃げ出す。

魔まどか「じゃ、さよならっ……」

マミ「待って」

魔まどか「……!」

まだ、何かあるの?
もう、解放して下さい。じゃないと、わたしは崩れてしまうから……。
無視してそのまま、駆け出そうかと思った。のに。

マミ「また、私をひとりぼっちにするつもり?」

それなのに、その言葉が、わたしの思考を洗い流してしまった。 一瞬。
まさか、マミさんは前世の記憶を持ってるの?……ううん、それは無い。
あきらめが溜め息に混じる。身体が重い。

魔まどか「……」

マミ「……ごめんなさい、覚えてるわけじゃないのよ」

62: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:43:45.27 ID:YABPfHeQo

マミ「あなたが未来から来たとして、何を気に病んでるのか……」
マミ「勝手な想像なの。……余計だったわね」

マミさんが申し訳なさそうに言う。
それもわたしはイヤだった。わたしは無理に言葉をしぼり出す。

魔まどか「……でも、わたしがいなくても」
魔まどか「マミさんはもう……ひとりぼっちじゃないんです」

マミ「でも、今度はあなたがひとりぼっちなんじゃない?」

魔まどか「マミさん、わたしはっ」

思わず振り返りそうになる気持ちを抑えて、わたしは背中を向け続ける。
マミさんを助けられて、嬉しかったの! わたしは嬉しいの!
それなのに、なんで!

魔まどか「いっつも誰かに頼って! 誰かを盾にして! 生きてきたの!」
魔まどか「わたし、ズルい子なんですよ!」

63: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:46:31.39 ID:YABPfHeQo

どうしてだろう。ひどくいらだっていた。
わたしなんかにそんなに構わないでほしかった。
そんなの時間の無駄だから。そんなの、わたしに甘えを許すだけだから。

魔まどか「だからこれ以上、わたしに……頼らせないでっ……!」

地を蹴る。駆けだす。
わたしは逃げた。崩壊する世界の中を駆け抜ける。
あらゆる甘い欲望のかたまりが、とろけるように収束していく。
これでいい、これで!

わたしは前の世界の自分に別れを告げるんだ。
もう誰かの陰に隠れて生きるのはやめるんだ。
わたしは、みんなを救う、魔法少女になったんだから!


さやか「あの子……マミさんの知り合い?」

まどか「ねぇ、わたし、あの子を知ってるような……」

マミ「……気のせいじゃないかしら? さあ、もう帰りましょう」

64: ◆D4iYS1MqzQ 2013/09/30(月) 00:49:30.86 ID:YABPfHeQo
今日はここまで
シャルロッテ編おわり、次回からはエリー編です

68: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:53:46.03 ID:9lNbYgjJo
エリー編、はじまります

69: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:54:35.78 ID:9lNbYgjJo



ほむら「そう……巴マミは、死の運命を免れたのね」

いまだ落ちない夕日に目を細めて、ほむらちゃんは呟いた。
わたしはうなずいて、橋の鉄柵の上を、指でなぞる。

わたしたちは結界を脱出して、その帰り道を歩いていた。
光り輝く夕日がわたしたちの影を長く引く。何も言わない。
前を歩くほむらちゃんの表情も分からない。

マミさんを救ったのに。
この、空っぽの気持ちは、いったい何なの。
熱く燃え上がっていた心が、急に抜け落ちて、落ちて、落ちて、そのまま。

夕焼けはいよいよ赤みを増す。
右手に連なる工場の煙突群が、光を四方八方に乱反射する。
それはまるで、宝石のような煌めき。

ほむら「この場所……」

そのとき、ほむらちゃんが立ち止まった。
決意に満ちた表情で、振り向いて、わたしを見て、

ほむら「ちょっといいかしら」

70: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:55:11.84 ID:9lNbYgjJo

ほむら「魔法少女になったあなただから、確かめたい」
ほむら「前にも言ったけれど、魔法少女の最期って、孤独なものよ」
ほむら「誰にも気付かれることなんてない」

わたしは思い出した。前の世界でのことを。
どうしてほむらちゃんが、急にこんな話をするのか、理解した。
前の世界で、ちょうどこの場所で、わたしたちは同じ話をしたんだ。

ほむら「以前、まどかは言ったわね。『私は絶対に忘れない』と」
ほむら「忘れられていく魔法少女の死を、あなたが忘れないと」
ほむら「それは、素晴らしいことだわ。あなたは素晴らしかった」

そこで言葉を切る。ほむらちゃんは鉄柵の上に手を乗せて、夕日を見つめる。
わたしはその横顔をじっと見つめて、次の言葉を待った。やがて続けて、

ほむら「……でもね、まどか、私は心配なのよ」
ほむら「あなたが……自分自身の、最期を、受け入れられるのか」

魔まどか「わたしの最期……」

ほむら「……あなたは受け入れられる?」

71: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:55:37.44 ID:9lNbYgjJo

魔法少女として生きるには、死ぬ覚悟も必要……ってことかな?
けど、ほむらちゃんはすごく真剣な瞳でわたしを見つめていた。
この質問には、もっとそれ以上に大事な意味が込められてる気がした。

魔まどか「ほむらちゃんが……」

こんな答えでいいのか、って不安になるけど、
ほむらちゃんは黙ってわたしの言葉を待っている。
わたしは意を決して、本当の気持ちを伝える。

魔まどか「ほむらちゃんが見ててくれるなら、大丈夫だよ」

ほむらちゃんは鉄柵を握りしめて、夕日を見つめていた。
返事はなくて、ずっと黙りこんでいた。わたしは聞こえたかどうか不安になった。

魔まどか「……ほむらちゃん?」

ほむら「……だって…………ないわ……」

魔まどか「えっ?」

ほむら「――私だって、まどかのことを忘れないわ」

72: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:56:06.32 ID:9lNbYgjJo

バッと向き直る、ほむらちゃん。触れあう手。わたしは握られた。
わたしの手をぎゅっと握り締めて、ほむらちゃんは続けた。

ほむら「あなたが私たちを救いにきてくれたこと、絶対に忘れない!」

魔まどか「そんな……わたし……!」

驚いた。ドキドキした。うれしかった。
抜け落ちていた心が戻ってきて、きれいに収まった。
ほむらちゃんに認めてもらえた……わたし、この世界の役に立つんだ!

魔まどか「うれしい!」

わたしは思わずほむらちゃんの手を握り返していた。
ほむらちゃんは恥ずかしそうにうつむいたけど、構わなかった。

魔まどか「いま、わたしすっごく嬉しいよ!」
魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、もう何も怖くない」
魔まどか「どんな壁も、一緒に越えられるって、わたし信じてるから」

魔まどか「だから一緒に、頑張ろうね!!」

わたしはいま、この世界に来てから最高の笑顔を浮かべたと思った。
……なのに、どうしてほむらちゃんは悲しそうだったんだろう?

73: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:58:34.92 ID:9lNbYgjJo



魔まどか「いただきまーす」

すき間から白い湯気の漏れるフタを剥がす。
パキッと渇いた音を立てて、割り箸を割る。
湯気を挟んで向かい合い、黙々と食事をとる。

居候の身で文句を言うつもりは全く無いんだけど、
かれこれ三日も、カップ麺の食事が続いていた。

でも今はそんなことより、ほむらちゃんの様子が気になっていた。
帰ってきてから、ずっと浮かない顔で、目も合わせてくれないの。
今だって、いつもなら明日の予定を話してくれるはずなのに。

湯気の先に見えるほむらちゃんのうつむいた顔。
カチカチと鳴る時計の音に急かされるような食事が、イヤだった。
マミさんを救うことが出来た、今日は素敵な日のはずなのに。

魔まどか「……わたし決めたよ」
魔まどか「魔法少女として、必ずみんなを救ってみせるって」

思い切って、わたしは沈黙を破った。
ビクッと、ほむらちゃんの肩が上がる。
その意味は分からなかったけど、わたしは続けた。

魔まどか「ほむらちゃんのおかげだよ。わたし、目が覚めたみたいなの」
魔まどか「あのままじゃ、わたし、何もできなかったと思う……」

そのとき、ほむらちゃんは壁にかかっている時計を見た。
釣られてわたしも見る。時刻は午後8時。

魔まどか「……?」

74: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:59:16.73 ID:9lNbYgjJo

ほむらちゃんの表情が読めない。
マミさんを救えたのが嬉しくないってことは、まさか無いだろうし。
うーん……?

魔まどか「……ほむらちゃん、どうしたの?」

ほむら「どうしたのって、何が?」

また時計を見ながら、ほむらちゃんはそっけなく答えた。
わたしは少し心配になった。

前の世界でも、こんな様子を見たことがあった。
ワルプルギスの夜との戦いを控えたほむらちゃんを訪ねたわたしに、
ほむらちゃんは「一人で平気」だなんて、平然とウソをついたの。
そして、今のほむらちゃんも何か隠してる。わたしにはそれが分かった。

魔まどか「何か困ったことがあるなら、ちゃんと言ってね」
魔まどか「ほむらちゃん、何でも一人で抱え込もうとするから――」

ほむら「――まどか、確認しておきたいんだけど」

いきなり、わたしの言葉は遮られた。
口を閉じたわたしは、なぜかホッとしていた。

75: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 14:59:42.46 ID:9lNbYgjJo

ほむら「あなた本当に、全員を救おうと、思ってるのね?」

魔まどか「うん、そうだけど」

ほむら「……それは素敵な考え方ね」

そこでほむらちゃんは笑った。わたしは思わず眉をひそめた。
その言葉は、何だか素直に受け取れなかった。
気持ち悪い感覚だった。イヤな予感がする。

けど、認めたくなかった。ほむらちゃんを信じたかった。
わたしはイヤな予感をあえて無視して、普通に答える。

魔まどか「……マミさんを救えたんだもん。他のみんなもきっと救えるよ」
魔まどか「ほむらちゃんも協力してくれるなら、絶対にね」

ほむら「……」

前髪をかき上げ、時計を睨みながら、ほむらちゃんは黙り込んだ。
何か言いたいけど、がまんしているみたいな……。
怒ってる……やっぱり、ほむらちゃん、怒ってるよね?

76: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:01:20.75 ID:9lNbYgjJo

魔まどか「ほむらちゃん、怒ってるの?」

ほむら「怒ってないわ。どうして怒ったりするのよ」
ほむら「まどかの考えは素晴らしいと思うし、応援するつもり」
ほむら「まどかの方こそ、今日はすこし変じゃない?」

澄ました顔で、カップ麺のスープを飲み干すほむらちゃん。
もう熱くは無いだろうけど、しょっぱくないのかな……? 
怒ってないって言うけど、どう見ても怒ってないかな……?

魔まどか「ううん。変なのは、ほむらちゃんの方だよ」
魔まどか「ごまかすのはやめて、本当の気持ちを言ってみて?」

ほむら「!」

本当の気持ち。
その言葉の出た瞬間、ほむらちゃんは完全に無表情になった。
でもすぐに表情を和らげて、悩む素振りを見せて、ため息をつく。

魔まどか「……ほむらちゃん?」

77: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:02:17.41 ID:9lNbYgjJo

ほむら「……私だって、本当は全員を救いたかったのよ」

魔まどか「うんうん」

ほむら「でも……あきらめてた。ずっと前から……」
ほむら「罪悪感も、風化して、もはや何も感じなくなってたわ」
ほむら「怒るでしょうね、あなたは」

魔まどか「怒ったりしないよ」

わたしは考える前にそう答えていた。
でもほむらちゃんは疲れたようにため息をついた。

ほむら「あなたは優しすぎるの。そのせいで私は苦しむのよ」

何だか前にも同じようなことを言われた気がする。
でも、やっぱり今も、分からない。どういう意味なのか。
わたしが優しいと、ほむらちゃんが苦しむの?

魔まどか「……でも、わたしにほむらちゃんを責める資格なんて無いし」
魔まどか「そんなつもりだって、全然ないんだよ?」

わたしは正直に自分の気持ちを言った。
ほむらちゃんも、これがわたしの本音だと、分かってくれたと思う。
でも、少しも嬉しそうじゃなくて、むしろ失望しているみたいだった。

ほむら「……責められたほうが、よほど気が楽だわ」

最後の言葉は、小さくて、ほとんど聞き取れなかった。

78: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:03:56.81 ID:9lNbYgjJo

~ほむら視点~

昨夜のことは、完全に私が悪かったと思う。
迷わずに全員を救おうとするまどかに、私は嫉妬してたんだろう。
私のくだらない感情で、まどかの邪魔をするわけにはいかない。

魔まどか「それじゃ、行ってらっしゃい」

ほむら「ええ、行ってくるわ」

まどかの方は、昨夜のことなど無かったかのように、微笑んでいる。
私のカバンには、まどかが今朝から作ってくれたお弁当が入っている。

そう、お弁当。
今、エプロン姿で私を送り出してくれてるまどかは、朝から早起きして、
私のためにお弁当を作ってくれていたの。そんな元気がどこから……?

マミを救った直後、あの子はなぜか落ち込んでいるように見えた。
でも、いつの間にか……元気になって、自信がついて……。
正直、今の彼女が私にはまぶしすぎる。

79: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:05:29.69 ID:9lNbYgjJo

朝の支度をして、私は玄関を出る。
とにかく、こちらのまどかは大丈夫そうに見える。
安心して、留守番をお願いできそうね……。

魔まどか「あ、そうだ……」

そのとき、まどかが思い出したように言った。
私は立ち止まり、振り向いた。

ほむら「なにかしら?」

魔まどか「わたしに、何か出来ること無いかな?」
魔まどか「ただお世話になってるだけじゃ、申し訳なくて……!」

やる気に満ちた顔で、まどかは言う。
気分が高まって、留守番だけじゃ満足できないって顔ね。

ほむら「じゃあ、家の掃除でもしといてくれると、助かるわ」

魔まどか「掃除だね! 分かったよ!」

……うらやましい。

80: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:08:30.54 ID:9lNbYgjJo



まどかと別れて、通学路を歩く。
けど、道の先を見れば、そちらにもまどかが歩いている。こちらの世界の。
今度はこちらのまどかに意識を集中しないと……。ややこしいわね。

マミ「暁美さん」

ほむら「巴マミ!……何か、用かしら?」

いつの間にか、隣に並んでマミが歩いていた。
昨日のショックがあるだろうし、今日は欠席するかと思っていたのに。

マミ「ええ、まず、昨日のことなんだけど」

ほむら「ああ、まどかがあなたを救ったそうね」
ほむら「彼女にちゃんとお礼は言った?」

踏み出す。私は歩幅を大きくし、隣を行くマミより前に出た。
一瞬の間を置いて、マミは背後でつぶやく。

マミ「……ありがとう」

81: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:09:01.89 ID:9lNbYgjJo

ほむら「? 私にじゃなくて、まどかに言いなさいよ」

マミ「彼女にはもう言ったわよ。けど、あなたも私を助けようとしていたでしょ」

ほむら「何の話? 覚えがないわ」

妙なことを言う。
私はマミのことなど見捨てて来たのだ。もうずっと前から。
今回だって、まどかがいなければマミを見殺しにしていたはずなのだ。
恨まれこそすれ、感謝される筋合いなんて無い。

人工河川の小道を進む。
せせらぎの音を聴きながら、輝かしい光の中を歩む。

マミ「……まあ」

気に食わないことに、マミは呆れたような溜息を一つ漏らした。
ついでに足を速めて私の横に並んだ。
横目でうかがうと、何やら腹立たしい笑みを浮かべている。

マミ「あなたが分かっていないのなら、いいけど」
マミ「とにかく、私は言うべきことを言ったわ」

82: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:14:35.58 ID:9lNbYgjJo

困惑した。考えても意味が分からない。
私は結局、投げやりな気持ちで言った。

ほむら「よく分からないわね、あなたのことは」

マミがクスリと笑う。

マミ「あなたほどじゃないわよ……学校に着くわね」

ほむら「そうね。お別れね」

マミ「つれないなぁ……昼休みにもう一度話せない?」

ほむら「……けど私は、まどかを見守らなくちゃいけないもの」

なぜマミはこんなに絡んでくるのか、私はようやく不思議に思った。
昨日、大変な目に遭ったせいで、逆に少しハイになってるのかしら?

マミ「そういうことなら、ぜんぜん心配ないわよ」
マミ「鹿目さんにも、一緒に来てもらうから」

ほむら「は?」

私は間抜けな声を出した。マミと目が合った。
コホン、と咳払いして、ごまかしておく。

83: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:15:47.16 ID:9lNbYgjJo

ほむら「……まどかを呼んで、どうするの?」
ほむら「あなた、私と魔法少女関係の話をしたいんじゃ――」

マミ「――そして聞かせてもらうわ」
マミ「あなたが、鹿目さんに魔法少女になってほしくない理由を」

横を見る。うっすらと笑みを浮かべ、マミの顔が私をのぞいていた。
私は顔を背けた。何か企んでいると思ったら、そんなことだったの。
ため息が漏れる。

ほむら「あの子に伝えるべきことではないわ」

マミ「そうやって逃げていては、何も変わらないわよ」

ほむら「……」

マミ「こっちを見なさい」

言われて仕方なく、マミの方を見た。
広い校門を通過する。昇降口まであと少し。

84: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/06(日) 15:16:14.21 ID:9lNbYgjJo

マミ「私だって、バカじゃないんだから」
マミ「あなたが何か知ってるってことくらい、分かるわよ」
マミ「それを私たちが知らなくちゃいけないってこともね」

ほむら「知る必要はないわ」

私はさすがにいら立ちを感じてきた。
いずれ、知られてしまうだろう。もう先が見えている。
マミを救っても、それは最終的な救いにはならない……。

マミ「暁美さん、あなた、勘違いしてないかしら?」
マミ「私、確かにあなたに感謝してるって、言ったけど」
マミ「あなたのゲームのコマになるなんて、言った覚えはないわよ」

ほむら「何ですって……!」

マミ「孤独な戦いなんて、見てて痛々しいだけだわ」

言い捨てて、廊下の先に消えていく。
私は思わず拳を握りしめながら、立ちつくしていた。
なんで、そんなこと、あなたに……どの口で……!

マミ「言いたいことがあるなら、昼休みに会いましょう」

振り向いたマミが、笑顔で言った。

90: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:26:27.83 ID:sr0Y8CUYo

~ほむら視点~

いつもより早く教室にたどりついてしまった。
来ている生徒もまだ少ないのに、一番前の席に着くのは、少し間抜けな気分。

まあ、いいや。
カバンを置く。ホームルームが始まるまで居眠りでもしていよう。
そう思ったんだけど、机に突っ伏す前に、視界の端に立ち止まる小柄な姿があった。
私は、曲がった背筋を正して、その顔を見上げた。

ほむら「……おはよう、まどか。なにか用?」

彼女はなぜか、驚いたような顔をした。

まどか「えっ、あ、うん」
まどか「おはよ……"暁美さん"……ちょっと、いい、かな?」

視線をそらし、上ずった声を漏らすまどかを見て、「しまった」と思った。
もう一人のまどかとはもう完全に打ち解けていたから、まちがえた。
こっちのまどかとは、まだ会話ひとつした事が無かったのね。
それなのに、いきなり呼び捨てにされたら……当然の反応よね。

91: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:28:24.93 ID:sr0Y8CUYo

ほむら「――ごめんなさい。いきなり慣れ慣れしくして」

私が頭を下げると、まどかは大げさに首を振った。
あんまり彼女がうろたえるので、私はすこし困った。

ほむら「あなたは、どうも……他人っていう気がしなくて」

思いつきで言った言葉は、わりと本心に近かった。
それを聞いたまどかは、すこし表情を和らげた。肩が下がり、頬が上がる。

まどか「いいって、全然……ていうか、うれしいな」
まどか「まどか、でいいよ。わたしも、ほむらちゃん、でいいかな?」

ほむら「ええ……その方が、何と言うか、しっくり来るわ」

まどか「ほ、ほんとに?……ありがとう!」

何がそんなにうれしいのか、にっこりと笑うまどか。
それを見て、私も口元が思わず緩むのを感じた。
そのとき。

さやか「……で、まどか。伝言は?」

92: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:29:11.20 ID:sr0Y8CUYo

水を差す声。
ちらりと後ろを見ると、腰に手を当ててさやかが立っていた。
視線はわざとらしく私をスルーして、まどかを軽く睨んでいた。

まどかは「ああっ」と素で忘れていた反応をした。
それを見て、さやかはため息をついた。

ほむら「伝言って、私に? だれから?」

あえてさやかに向かって、肩越しに問いかけてみる。
けれど案の定、さやかは答えず、まどかの方をアゴでしゃくった。

まどか「あのね、マミさんからの伝言なんだけど……」
まどか「今日の昼休み、みんなで一緒に屋上に行って」
まどか「一緒にお弁当、どうかなって……ね?」

最後に首をかしげて、照れたように笑うまどか。
彼女からの気遣い、その意味を、私は正確に受け取った。

このまどかは、私とみんなの仲を、取り持とうとしてるのね。

93: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:30:21.03 ID:sr0Y8CUYo

もちろん、今回の件はマミの発案だろうけど、それでも。

ほむら「いいのかしら……」

私は思わずうつむいた。もう一人のまどかにばかり気を取られて、
こちらのまどかを放置して、ついに彼女の方から気を遣われて。

そう思う一方で、打算も働かせていた。
これは実はチャンスなのかもしれない。まどかとさやかを説得できるかもしれない。
こういう展開は珍しかった。マミを救った結果が、思わぬことになったものね。
それもこれも、もう一人のまどかのおかげ……?

黙り込んでいると、案の定、焦れたような声が降りてきた。

さやか「――どうなのよ? 来るの? 来ないの?」

私は首を回して振り返り、その顔を見上げた。
別に睨んだりはしてないのに、さやかは半歩下がった。

94: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:30:58.03 ID:sr0Y8CUYo

ほむら「美樹さやか、あなたも来るの?」

さやか「こっちのセリフなんですけどー?」

まどか「もう、二人とも……」

額に手を当てて困り果てるまどか。
私はため息をつく。すでに答えは決まっていた。
ただ、一つだけ確認しておきたいことがあった。

ほむら「ところで、志筑仁美は?」
ほむら「あなたたち、お昼はいつも一緒のはずじゃない?」

言いつつ、私は教室を軽く見渡す。
話している間にかなり席は埋まっていたけど、彼女の姿はまだ無かった。
これにはまどかが「あぁ……」と軽くうなずいて、

まどか「仁美ちゃんは……今日は、学校お休みするんだって」

さやか「珍しいよねえ……後で、お見舞い行った方が良いよね?」
さやか「んー……でも、あたしは恭介のお見舞いにも行かなきゃだし……」

まどか「大丈夫、わたしが行ってくるから」

さやか「ホント? 悪いわね」

そのとき、チャイムが鳴った。
「ヤバッ」とさやかが反応し、まどかも慌てて踵を返した。

まどか「あ、昼休みのこと、よろしくね!」

ほむら「え、ええ……」

知らない間に、私は誘いを受けたことになっていた。
まあ、私も断る気はなかったのだけど……。

95: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:31:57.30 ID:sr0Y8CUYo

~魔まどか視点~

魔まどか「首いたくなっちゃったよ、もう……」

平日の午前じゃ、面白い番組なんてあるわけない。
家の掃除を終えて、ぼんやりとテレビを眺めていたわたしは、ため息をつく。
胸にあたるテーブルの角が痛いので、わたしはだらけた身体を起こした。

おかしいな、今朝はすごく早く目が覚めて、何でもできると思ったのに。
お弁当つくって、掃除もして……そこでやることが無くなっちゃった……。
外に出ちゃだめよ、と言われた。仕方ないと思う。わたしは外に出られない。

――けど! これはどうなのか! 魔法少女として!

魔まどか「わたし、こんな事してる場合じゃない……!」

何となく口走ったその言葉で、目が覚めた。
時計を見ると、まだ11時過ぎ。窓を見れば、すてきな青空。
ガタッと椅子から立ち上がると、力が湧いてくる気がした。

魔まどか「よく考えてみて。なんで外に出ちゃいけないと思う?」
魔まどか「もう一人のわたしが、わたしを見ちゃったら、困るからだよね」

96: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:32:42.44 ID:sr0Y8CUYo

わたしは廊下を歩きながら、床に向かって話しかけた。
端まで行ってくるりと回る。廊下を行ったり来たりする。
これは、大事な確認の作業。

魔まどか「でも待って、もう一人のわたしは、いま学校にいるんだから」
魔まどか「わたしが学校に行かない限り、わたしを見ることもないよね」
魔まどか「つまり――」

未来QB「――君は学校以外の場所になら、行っても問題はない?」

魔まどか「わっ……!」

突然うしろから声を掛けられて、わたしは飛びあがった。
慌てて振り返ると、廊下の端にキュゥべえが座っていた。
……いまの全部聞かれてた!?

魔まどか「ご、誤解しないでよ! ほむらちゃんを裏切るわけじゃないからね!」

未来QB「何を慌てているんだい? 別に君がどう行動しようと、君の勝手だろ?」
未来QB「君が外に出たいと願うなら、それは誰にも止められない」

97: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:34:16.36 ID:sr0Y8CUYo

わたしは慌てたけど、キュゥべえは首を傾げただけだった。
まあ、この子はほむらちゃんにバラしたりしないだろうけど……けど……。

魔まどか「それは遠回しに裏切りだって言ってない……?」

未来QB「約束を破るんだから、裏切りに他ならないよ」

魔まどか「うっ!?」

未来QB「僕だったら、そもそもそんな約束はしないけどね」
未来QB「感情で動く人間は、つねに他人を裏切ってばかりさ。君だけじゃない」

キュゥべえの淡々とした声が、わたしを洗い流してく気がした。
これってある意味、責められた方がよっぽどマシじゃない……?

魔まどか「……わたし、外に出るの、やめようかな」


未来QB「――と、言いながら、どこに行くんだい?」

魔まどか「…………」

98: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:35:17.04 ID:sr0Y8CUYo

わたしは答えずに寝室に入った。
クローゼットを開けて、ほむらちゃんの私服を探す。
さすがに、この制服のままじゃ、アレだから……。

未来QB「……外出しないのに、なんで着替えるんだい?」

無難な黒のワンピースを見つけたところで、また声をかけられた。
わたしは振り返って、軽く睨んだ。しつこいなあ。

魔まどか「ちょっと、入ってこないで。そんなのわたしの勝手でしょ?」

さっきのお返しとばかりに言ってあげると、キュゥべえはすこし黙り込んだ。
やがて軽くため息をついて、

未来QB「……なるほど。それじゃ、僕も外出したくなってきたから……」

魔まどか「えー……? 邪魔はしないでよ?」

未来QB「僕は君のサポートをするだけさ」

99: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/13(日) 23:35:44.44 ID:sr0Y8CUYo

魔まどか「ふーん……」

適当に答えながら、わたしはワンピースに着替える。
サイズはそんなに違わないから……うん、大丈夫そう。

魔まどか「ほむらちゃん、悪く……思わないでね?」

わたしだって、魔法少女なの。
わたしだって、自分の意思で動くの。
わたしだって、わたしだって……わたしだって!

魔まどか「準備できたよ」

未来QB「じゃ、出発しようか」

それにしても。
外出したくなってきた、なんて……何だか、まるで。
感情があるみたいなセリフじゃない?

104: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:17:29.59 ID:dsvV3czwo

~ほむら視点~

そして昼休み。
まどかに呼ばれ、さやかに「ぐずぐずするな」と言われ、
結局、私は屋上まで連れて来られてしまった。そこにはすでにマミがいた。

マミ「みんな来たわね」

さやか「マミさん!」

まどか「こんにちはー」

ほむら「……」

背の高い柵に囲まれた屋上。頭上には切り取られたような青空。
その澄んだ色に飲み込まれそうになる。まどかの色。きれいな色。

マミ「いい天気ねぇ……それじゃ、お昼にしましょうか」

マミは用意周到にも持参してきたらしい敷物の上に座り、弁当箱を開けた。
まどかとさやかの歓声が上がった。

まどか「わぁー、マミさんのお弁当豪華!」

さやか「張り切ってますなぁ」

マミ「せっかくみんなで食べる日だからね。ちょっと頑張っちゃったわ」

105: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:18:02.32 ID:dsvV3czwo

ほむら「……料理、できたのね」

QB(まずいなぁ……暁美ほむらが何を話すかわからないけど)
QB(まどかやさやかに聞かせて、僕の得になることだとは到底思えない)
QB(でも、マミは頑固だし……)

さやか「じゃじゃーん! さやかちゃんも頑張っちゃいましたよーっと」

マミ「へえ、美樹さん、あなた料理できたのね」
マミ「彼に振舞ってあげたら? ふふ」

さやか「ぶっ!……そ、そうだ、まどか、あんたのは?」

まどか「私はパパにつくってもらっちゃったんだー」

106: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:18:32.65 ID:dsvV3czwo

さやか「こ、こら転校生! そんなに見てもまどかのはあげないぞ」

まどか「えっ?」

別にそんなに見てないのに……。
私は顔を背けた。しかしまどかは明るい声で、

まどか「じゃあほむらちゃん、ちょっとずつ交換しよっか?」

ほむら「……え、ええ」

何だか妙なことになってしまった。
マミが身を乗り出し、私の包みを覗きこむ。

マミ「暁美さんのはどんな感じ? 予想がつかないわ」

ほむら「こ、こんな感じよ」

私もまだ見ぬ、まどかの手作りのお弁当。
周りと同様に私も期待を持って、そのフタを開けた。

カパッという気の抜けた音とともに、中身が露わになる。
それを見て、間違えて時間を止めてしまったかと思ったくらい、全員が固まった。
最初に笑ったのは誰だったか。多分さやかだ。そうに決まってる。

マミ「まーあ、かわいい」

まどか「い、意外……だね?」

こら、そこで微妙な顔してるまどか。
これを作ったのはもう一人のあなたなんだけどね……。

さやか「まどかがつくった弁当みたいだな、こりゃ」

まどか「う……そう言われると何も……」

さやかって、妙なところで鋭いのよね。妙なところで。

107: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:18:59.02 ID:dsvV3czwo



マミ「それじゃあ、本題に入りましょうか」

さやか「あ、やっぱなんか話があるんですか」

食事が始まってしばらくして、ようやく落ち着いてきた頃。
雑談が一段落したところで、マミは口火を切った。

私はぞくりとした。どうしようか、まだ決めていなかったのだ。
契約をやめさせる、絶好のチャンスなんだって、分かってるけど。
……これだけで、今までの罪が許されるわけじゃない。分かってるわよ。
罪滅ぼしのためじゃない。これはまどかのためなんだ……。

ほむら「……すべてを話せるかは分からないわよ」

マミ「いいわ。話せるだけのことを話してくれれば」

QB「無理に問い詰める必要もないんだけどね」

マミ「そうね、キュゥべえ……じゃ、まずは美樹さんの方からにしましょうか」

さやか「あ、あたし?」

マミ「ええ。それじゃ、暁美さん、聞くわ」
マミ「なぜ、あなたは美樹さんに契約してほしくないの?」

さて。

108: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:19:25.19 ID:dsvV3czwo

ここは慎重に言葉を選ぼう。今はある程度信用も得ている。
うまくいけば、さやかに少しでも思いとどまってもらえるかもしれない。
それはまどかが望んでいることなんだ……。
私は考え、口を開く。

ほむら「美樹さやか、あなたは他人のために一度きりの願いを使おうとしてる」

さやか「な、どこでそれを」

ほむら「それは秘密」
ほむら「とにかく、他人に依存した願いは、とても不安定なのよ」
ほむら「いつ崩れるかわからないのよ……」

そこで私は悩んだ。さやかに具体的な話をしても、どうせ根拠は示せない。
かと言って、曖昧な話をするだけじゃ説得力があまり無い。
数秒考えて、結局私は曖昧な話に向かうしかなかった。

ほむら「このソウルジェムなんだけど」
ほむら「真っ黒になったら何が起こるか……知ってるかしら?」

マミ「それは知らないわ……キュゥべえ?」

マミがすぐさまキュゥべえに振ったので、私は思わず身を硬くした。
ヤツはウソだけは吐かないのだ……とはいえ、ごまかし方を知らないわけでもない。

QB「魔法少女はそうならないように努力するものだ」
QB「それに、余分なグリーフシードを持っている君たちには縁の無いことさ」

この反応は予想通り。こちらとしてもありがたい。
今の段階で、マミに真実を突き付けるのは危険すぎる。
いまは、ある程度の不信感を持ってもらえればいい。

109: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:19:54.43 ID:dsvV3czwo

マミ「けどキュゥべえ……」

なおも食い下がるマミ。ここに限ってはキュゥべえに協力することにした。
マミの言葉を遮って、私はさやかに向き直った。

ほむら「美樹さやか、あなたがもし魔法少女になったら」
ほむら「きっと……自分を顧みず……自ら戦いに飛び込んでいくでしょうね」
ほむら「それは立派なことだわ。でもね、とても危険なの。あなたにとってね」

さやか「あたしにとって……?」

一体何が気に食わないのか、さやかは僅かに眉を寄せた。
まあいつものことなので、気にせず私は最後まで言い切る。

ほむら「率直に言って、あなた、魔法少女向きじゃないわ」

まどか「そ、そんなこと……」

仲裁に入ろうとしかけたまどかを、今は見ない。さやかを見つめる。
彼女は私の言葉をよく考えてくれているようだ。
少なくとも頭から否定しようとはしていない。

やがて。

さやか「……ん、否定はしないわ」
さやか「たしかに、後先考えずに、突っ走っちゃうことってあるからねえ」

しかし、彼女はこう続けた。

さやか「でもさー……それって、いけないことかな?」

ほむら「いけないわ。あなたにとっても……周りにとってもね」

さやか「……ふぅん?」

分かったような分からないような……って顔ね。
今はこれが精一杯だわ。正直ダメな気がするけれど。

マミ「もういいかしら?」
マミ「じゃあ、次は鹿目さんね」

110: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:20:21.74 ID:dsvV3czwo

まどか「お、お願いします」

ほむら「そうね……」

どこまで話せるか。まっすぐなまどかの瞳を見る。
一瞬どっちのまどかを前にしているのか、わからなくなりそうになる。

ほむら「キュゥべえから聞いたかもしれないけど」
ほむら「あなたは天性の才能を持ってるわ」

まどか「あ、あれって……ほんとなの?」

QB「ほんとさ! 君は史上最強の魔法少女になるだろうね」

マミ「それと、契約するなってことが、どうつながるの?」

ほむら「魔法少女は……」

111: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:20:48.57 ID:dsvV3czwo

ほむら「魔法少女としての力が強ければ強いほど……」

ほむら「万一、力が暴走したときに……ひどいことになる」

マミ「力が、暴走……?」

眉をひそめるマミ。完全に箸が止まっている。
私は言葉を選びながら、慎重に続ける。

ほむら「まどかの力は特に強大だから、世界を滅ぼしてしまうかもしれない」

まどか「そんな……」

ほむら「そして当然まどかもそれに巻き込まれて死んでしまうわ」
ほむら「けど私は……あなたには……無事でいてほしいの」

まどか「ほ、ほむらちゃん……!」

ほむら「悪いこと言わないから」
ほむら「あなたは私が守ってみせる。だからあなたは契約しないで」
ほむら「それが、私とあなたとの約束だから」

112: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:21:14.81 ID:dsvV3czwo

マミ「ねえ、暁美さん?」

黙りこんでいたマミが、不安げに口を開いた。
言うことは分かっていたけど、一応聞いておく。

ほむら「何かしら?」

マミ「その……力の暴走、というのは、誰にでも起こりうることなの?」

ほむら「ええ、そうよ」

ごまかしたけれど、ニュアンスは合っているから問題ないだろう。
ただし、そこですかさず、抜け目ないアイツが口を挟んでくる。

QB「でも、それはグリーフシードをちゃんと集めていれば、防ぐことが出来るよ」
QB「まどかはきっと強い魔法少女になる。なにも心配いらないさ」

まどか「でも……死ぬのはわたしだけじゃないんだよね。世界が、滅びるって……」

一同の注目が、まどかに集まった。
うつむいて考え込んでいたまどかが、やがて結論を出す。

まどか「マミさん……ごめんなさい」
まどか「わたし……約束を守れない……」

マミ「鹿目さん……その気持ちだけで、十分よ」
マミ「これからも、友達でいてくれるのなら」

まどか「ほむらちゃん……わかった。いまは、契約しないよ」

ほむら「あ、ありがとう……!!」

113: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:21:45.26 ID:dsvV3czwo

私にとっては思わぬ成果だった。キュゥべえは面白くないでしょうけど。
しかし、まどかの言葉はここで終わりではなかった。

まどか「でも……」
まどか「ほむらちゃんや、マミさん、さやかちゃんが危険な目に遭ったら」
まどか「そのときは、わたし、ただ見てるだけなんてイヤだよ」

ああ……そうね、まどか。あなたはそういう子よ。
私は半ば観念した気持ちで、それを受け入れた。
それでもいい。今は契約しない、それだけで十分だ。

QB「僕はいつでもまどかのそばにいるからね。いつでも契約出来るよ!」

ほむら「それなら私たちは、絶対に負けるわけにはいかないわね」

マミ「暁美さん、いろいろ話してくれて、ありがとう」

ほむら「礼には及ばないわ。すべてを話したわけじゃないし」

マミ「それでもよ」

114: ◆D4iYS1MqzQ 2013/10/26(土) 13:22:25.50 ID:dsvV3czwo

しばらくマミは黙っていた。私はそろそろ昼休みが終わるころかなと思った。
しかしそのとき、マミが口を開いた。

マミ「そうだわ」

何か思いついたように、嬉しそうな顔。嫌な予感がする。

ほむら「どうしたの?」

マミ「あなた、これからは、私と共闘してみない?」

ほむら「……なんで、あなたと?」

マミ「鹿目さんを守りたいんでしょう? それは私も同じだわ」
マミ「一緒に戦えば、私たちのどっちかが危険な状態になっても、安心でしょ?」
マミ「鹿目さんに契約させたくないなら、承諾して欲しいわ」

一応、筋は通っているので、とっさに反論できなかった。
だけど、もう一人のまどかのことがある。まどかとまどかを会わせたくはない。

ほむら「……考えさせてちょうだい」

マミ「いいですとも」

そして、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。
さやかが何か考え込んでいる様子なのが、私は気になっていた。

118: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/02(土) 22:18:06.19 ID:IP9gkMcdo

~魔まどか視点~

二つのレンズを覗きこむ目を閉じて、わたしは双眼鏡から離れた。
ため息が漏れる。何とも言えないムカムカしたものが込み上げてくる。

魔まどか「ずるいなぁ……ほむらちゃん」

昨日の晩は、あんなにつまらなそうにしてたのに。
わたしといるより、みんなといるほうが楽しいんだろうか。

わたしは双眼鏡に背を向けて、展望台から下りるエレベーターに足を向けた。
「もういいのかい?」という声に、答えずに歩いていく。
ほむらちゃんの言いつけを破ったドキドキ感も、何だかすっかり萎えちゃった。

未来QB「いったい何が見えたって言うんだい?」

肩に軽い衝撃。乗ってきたキュゥべえに、わたしはしばらく答えなかったけど、
エレベーターが一階から昇ってくる前には、話してしまっていた。

119: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/02(土) 22:18:33.02 ID:IP9gkMcdo

魔まどか「ほむらちゃんが見えたの、屋上で、みんなとお弁当食べてた……」

未来QB「それのどこが気に入らないのさ?」

魔まどか「……別に」

わたしはエレベーターの階数表示をにらみつけた。
流れるように移り変わる数字。キュゥべえは特に追及してこない。
それなのに、わたしは自分から口を開いていた。

魔まどか「別に、ほむらちゃんのこと、のぞき見するために来たわけじゃないし」
魔まどか「ちょっと学校を探してみようと思って、そしたら屋上に誰かいたから」
魔まどか「誰かなあと思って見たら、ほむらちゃんだったから……それだけだよ」

キュゥべえは何も答えなかった。代わりにポン、という音がわたしに応えた。
エレベーターの扉が音も無く開いて、真っ白な空間をさらけ出した。

しゃべりすぎた、とようやく気付いて、わたしはもう黙ってエレベーターに乗り込んだ。
ボタンを操作して、扉を閉める。そのとき、今更のようにキュゥべえが聞いてきた。

未来QB「……それのどこが気に入らないのさ?」

魔まどか「……気に入らないなんて、言ってないでしょ」

そして、扉が閉まった。

120: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/02(土) 22:19:54.09 ID:IP9gkMcdo

~ほむら視点~

魔まどか「学校はどうだった?」

放課後。帰宅した私は、まどかと一緒に夕方の散歩に出かけていた。
マミを救ったので尾行が不要になり、夕方の時間が空いたのだ。
前から言っている通り、このまどかを外に連れ出すのは良くないのだけど。
でも、一日中部屋に閉じ込めておくのは、やっぱり可哀想だから。

傾いた西日に向かって、歩を進める。
この方向だと、線路沿いの公園にたどり着くわね。

ほむら「昼休みに、マミとまどか、さやかと一緒にお弁当を食べたわ……」
ほむら「……ごめんなさい。私だけ抜け駆けみたいなことして」
ほむら「けどあなたがあまり出歩くのは、ね……」

魔まどか「……別に、ほむらちゃんに文句なんて」

121: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/02(土) 22:20:25.79 ID:IP9gkMcdo

私はまどかに、昼休みの会話の内容をすべて伝えた。
まどかはもう一人の自分が契約を思いとどまったことに、ほっとした様子だった。
でも、さやかの方には自信がないということも正直に伝えると、肩を落とした。

ほむら「――もし契約してしまっても、魔女にさせなければいいのよ」

我ながら何て言い草だ、と自分を殴りたくなったが、他に思いつかない。
まどかは消沈した様子で、ゆっくりとうなずいた。

魔まどか「さやかちゃん……最初のうちは、頑張って魔女倒してたもんね……」
魔まどか「なのに、どうして……」

未来QB「僕もあそこまで上手く行くとは思っていなかったよ」
未来QB「志筑仁美はもちろんだけど、杏子の働きも、実は大きかったね」

キュゥべえが口を挟み、私は、変なことだけど、少し期待を持った。
まどかがキュゥべえへの怒りを思い出してくれるんじゃないかという期待。
拳を固く握りしめるまどか。こらえているのは怒りか、悲しみか?

魔まどか「杏子ちゃんが、カギになるんだね」

でも結局、まどかは拳を解く。
このまどかはなぜキュゥべえにやさしいのか、それはいまだに謎だった。
初めは精神的な不調のせいかと思っていた。
しかし、それが回復したあとも、怒りを取り戻す様子はない。

122: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/02(土) 22:20:52.61 ID:IP9gkMcdo

ほむら「そうね。杏子とさやかが、正しく出会えさえすれば」

光の帯で出来た噴水が、計算された放物線を描く。
私たちは線路沿いの公園にたどり着いていた。
子連れのママやお年寄りが、ベンチに座って談笑している。
夕方の街の、穏やかな時間が流れている。

そろそろ暗くなってきた……。
暗闇の中に、噴水の明かりが浮かび上がってくる。
色の鮮やかに移り変わる様子に、目を奪われていた一瞬。

魔まどか「そろそろ時間だよ、ほむらちゃん」

ほむら「……そうね」

私は振り返る。そのとき……。
まどかは、すでに魔法少女の顔をしていた。

思わず目を見開いた私に向けられていたのは、あの神聖な微笑み。
今は亡き彼女を、彷彿とさせるような。

128: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/11(月) 01:03:56.19 ID:oYowFFu4o

~ほむら視点~

闇に沈んだ港。街外れの工場のひとつ、その屋根の上に、私たちはいた。
今夜はここに、ハコの魔女が現れるかもしれないからだ。
出現日時は毎回、微妙に変動するのだけど、今日はその初日というわけ。

ほむら「それじゃ、まどか。いつもいつも、悪いけど――」

魔まどか「――分かってるよ。わたしはここで待ってればいいんでしょ?」

言葉が遮られる。私は口をつぐんだ。
まどかのため息を聞いて、私はその気持ちを何となく把握した。

ほむら「ごめんなさいね」

魔まどか「どうして?」

ほむら「怒っているのね。戦えないから。もう十分強いのに」

魔まどか「……べつに、そんなんじゃ」

ないもん……と呟くまどかを見て、私は、図星だな……と確信した。
大体、今日は一日中、家の中に閉じ込められていたのだ。
私に対して、何かしら感じない方がおかしい。

風が吹いて、飛んできた空き缶がまどかに向かった。
カコンッ、と真横に突き出したまどかの拳が、それを弾き飛ばす。
まどかはうつむいて、それから急に顔を上げた。

魔まどか「――ほむらちゃん、わたしが強くなったってホント!?」

129: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/11(月) 01:15:47.89 ID:oYowFFu4o

打って変わったような明るい声に、私は一瞬、混乱した。
スイッチを切り替えたような変わり身の早さ。どうしたのかしら。
工場の大ざっぱな明かりに照らされて、まどかの顔が、無邪気な笑顔に変わる。
わけが分からなかったけど、ひとまず、わたしは質問に答えた。

ほむら「……ほんとよ」

魔まどか「……」

ほむら「だからそろそろ、見てるだけっていうのもつらいわよね」

魔まどか「……」

ほむら「でもね、分かってもらえると思うけど……あなたの姿を見られてはいけないの」

魔まどか「……」

ほむら「今夜は、もう一人のまどかも来るし、さやかも来るでしょうし……」

魔まどか「……」

ほむら「それにほら……」

まどかが返事をしてくれない……ので、話し続けてしまう。
まどかは私の顔を見ているのに、返事をしない。いつまで話し続ければいいの。
しびれを切らした私は、とうとう降参した。

ほむら「……どうしたの? もしかして、私の顔になにか付いてるのかしら?」

魔まどか「え? そんなことないよ」

ほむら「……そう」

こんな質問にはちゃんと答えるのね……。
もしかして、私のこと、からかってるんじゃないでしょうね……?

130: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/11(月) 01:35:02.21 ID:oYowFFu4o

まどかは立ち上がり、数歩あるいた。暗い海に向かって、私に背を向ける。
わたしは座ったまま、その背中越しの声を聞いていた。風が寒い。

魔まどか「ほむらちゃん、ハコの魔女と、戦ったことあるの?」

ほむら「……もちろん、何度もあるわ」

魔まどか「負けたことは?」

即座に次の問い。まどからしくない、鋭い声。

ほむら「負けてたら、いま私、ここには……。いいえ」
ほむら「あったわ。魔法少女になりたての頃。あのときはさやかに救われたっけ」

まどかの肩がピクリと動いた。
懐かしいエピソードを思い出して、私はすこし笑ってしまったけど、
それを見て、私は補足した。

ほむら「――でも、ここ数十回は、まったく負け無しよ」

魔まどか「でもほむらちゃん、もし魔女をうまく倒せないときは――」

ほむら「仮定の話ね」

魔まどか「そうだよ? でも大事なの」

そこでまどかは振り向いた。月明かりに照らされる、張りつめた表情が目を引いた。
私はまどかが真剣なことに気付いて、すこし背筋を正した。

ほむら「……聞くわ」

魔まどか「もし魔女をうまく倒せないときは、遠慮なく、わたしを頼ってね」
魔まどか「それはどうしてもの時だけ……だけど、でも、先に決めとかなくちゃ」
魔まどか「もし、ほむらちゃんが危なくなったら、すぐに駆けつけるからね!」

海風が私たちの髪を舞い上げる。月の明るい夜。
湿った空気に、春の独特のにおいが混じって、鼻をくすぐる。
私は何と言っていいのか、とりあえず、そんな事態はあり得ないだろうと思いつつ。

ほむら「なるべく……それは避けたいけど。頼もしいわ」

答えていた。

131: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/11(月) 01:51:37.23 ID:oYowFFu4o

魔まどか「……あ、わたしが来た」

見下ろした視線の先、遠くから、こちらに向かって歩いてくる。
魔女の口付けを受けて誘導される、大勢の人々に紛れるように。
クラスメイトの志筑仁美と、その隣を歩く、この世界のまどか。
まどか以外は、全員正気を失っている。

魔まどか「……どうするの?」

隣に立つまどかが、視線を前方に向けたまま、聞いてきた。
さやかがもう契約したかどうか……。たぶん、しただろう。
私たちはなるべく介入せずに、事を済ませたいところね……。
数秒、黙って考えて、口を開く。

ほむら「……まどかには悪いけど、すぐには助けに入れないわ」
ほむら「あの一般人の群れに囲まれたら、魔女どころではなくなってしまうもの」
ほむら「まどかがうまくやるのを信じましょう」

私はちょっと不安になった。またまどかが返事をしてくれないかもと。
でも今回は、すぐに返事があった。

魔まどか「つまり、あの子は囮なんだね」

一瞬、意味を理解するのに手間取った。
まどかの表情をうかがおうとしたけど、こちらを見ないので、それも叶わない。

ほむら「……まどか?」

魔まどか「…………」

ほむら「……えっと」

何気ないまどかの一言が、私の胸に深く突き刺さった。
実際、別にまどかは特別な意味を込めたわけじゃないようだったのに。
そんなんじゃないわ……と、言えないのが辛かった。
何となく、お菓子の魔女の結界での苦い記憶を思い出す。

魔まどか「…………」

まどかがこちらを見てくれないので、私は取り残された気分になった。
彼女は隣にいるはずなのに。だから、まどかが口を開いたとき、私は救われる思いだった。

魔まどか「最後には、必ず助けてくれるんだよね」

ほむら「……当然よ!」

132: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/11(月) 02:08:30.66 ID:oYowFFu4o

まどかが黙り込んでしまった。迫りくる群衆にも、私にも、背を向けて。
風にあおられる前髪を押さえて、私は遠慮がちに沈黙を破った。

ほむら「……ねえ、まどか?」
ほむら「さっきから……何を怒ってるのかしら? いえ、私の作戦があまり良くないのは認めるけど」
ほむら「それとは別に……私、何かしたのかしら? ごめんなさい、分からないのよ」

まどかが振り向いた。

魔まどか「…………べつに、なにも」

ほむら「あなたはウソが下手だわ」

率直に言ってあげると、まどかはムッとした顔になった。
と言っても怖い顔では全然なくて、むしろ可愛らしくなってしまっていた。
そう思う余裕が、私にはあった。まどかが口を開いた。

魔まどか「じゃあ、言うけど」
魔まどか「わたし、昼間、外に出れないから、イライラしてるんだと思う」

ほむら「そんなのウソよ。だってまどか、今朝はあんなに楽しそうにしてたじゃない」

私はおかしくなってしまって、ついつい調子に乗った。
まどかの顔が失望に染まり、ため息とともに言葉が漏れた。

魔まどか「……せっかく正直に答えたのに。もういいよ」

ほむら「――あ」

133: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/11(月) 02:15:59.23 ID:oYowFFu4o

さすがにやりすぎた。
話題を変えなければ、と私は思った。なんでもいいから。
幸い、すぐに見つかった。それもなかなか良いアイデアだ。

ほむら「……そうだわ、まどか」
ほむら「これが終わったら、一緒に外食でも、しない?」
ほむら「どうせ普段使わないお金だし、好きなだけ食べて構わないわよ」

これまでの食事は、ほとんどインスタント食品で済ませていた。
外食は、ずっと言いだそうと思っていたことだった。

魔まどか「それは、わたしとほむらちゃんと、二人きりでってことだよね」
魔まどか「わたしは、もう一人のわたしに会っちゃいけないんだからね」

ほむら「……? そうよ。当たり前でしょ?」

分かりきったことを確認してくるまどかのことは、ちょっと分からなかったけど。
とにかく、まどかは外食を承諾してくれたみたいね。これで機嫌が直ればいいんだけど。
足元に黒い紋様が浮かび上がってくる。下で結界が出来あがったようだ。

魔まどか「それじゃ、わたしのお腹が限界になる前に、お願いね」

ほむら「ええ、長くは待たせないわ」

そして、私は結界に侵入した。

140: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:04:43.98 ID:+1T3f5HIo

~まどか視点~

水中のメリーゴーランド。不気味な忍び笑い。流れるわたし。
深い水の中を漂うわたし。何も見えない。誰もいない世界。
わたし、外に出たかった。けど、上も下も分からない、手も足も動かない。

だれか、いないの――?

うしろから、だれかが、わたしの肩に手を置いた。やさしい手。
けど、わたしは振り返ることが出来なかった。

――鹿目さん、あなたはウソつきね

これ、マミさんの声……後ろにいるのは、マミさんなの?
けど、わたしは声を出すことも出来なかった。

――いっしょに戦ってくれるって、約束したのに

わたしは口を動かした。けど、ゴポゴポと泡が漏れるだけだった。
肩に力がかかる。置かれた手の握力が増していく。

――裏切ったのね!! 私の気持ちを!! この、いくじなしっ!!

わたしは……そうかもしれない。わたしはウソつきだった。
マミさんが怒るのは、当たり前のことだよね……。

そのとき、ふと、肩が軽くなった。
マミさんの声も、もう聞こえない。わたしはまた取り残された。

141: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:05:11.43 ID:+1T3f5HIo

周りの水の色が、うっすらと明るくなっていく。わたしはゆっくりと上がってく。
上の方から、天使のような姿が近づいてきた。
天使たちはわたしの手足をつかんで、ぐいぐいと引っ張った。

痛い。痛い……!! これは罰なんだ。
マミさんを裏切った、その報いを受けるんだ……。

わたしの手足が、どこまでも、ありえないほど伸びて行く。
うそっ……なんでっ、そんな、伸びてっ……。

あ……あぁぁぁあぁっ!!

「まどかっ!!」

三度、斬撃が走り、すべての使い魔が両断された。
わたしの身体が元に戻る。 使い魔は標的を変えた。
翻るマントの色は、うすい青。

まどか「……さやかちゃんっ……!?」

142: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:06:07.11 ID:+1T3f5HIo

周りの景色がガラリと変わっていた。
わたしがいたのは、暗い水の底じゃなく、透明の世界。
相変わらず浮かんでいたけれど、いまは手も足も自由だ。

さやかちゃんは周りを使い魔に囲まれる。
けど、目にも止まらない速さで剣が振られて、敵を切り裂いていく。

まどか「さやかちゃんっ、うしろ!」

さやか「くそっ!」

倒し切れなかった使い魔が、さやかちゃんにつかみかかった。
数が多すぎた。後ろから両腕にしがみ付かれ、剣を封じられてしまう。

まどか「……だれかっ!」

わたしが思わず叫んだとき、使い魔の頭が立て続けに爆発する。
連続して響く銃声。黄金の軌跡の先にいたのは……。

さやか「マミさんっ!」

143: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:07:04.12 ID:+1T3f5HIo

マミ「無茶しすぎ……」
マミ「どうして契約しちゃったのかは、あとでじっくり聞かせてもらうわよ!」

さやか「うへー、しょうがないなあ、もう!」

動けるようになったさやかちゃんは、再び使い魔を斬り、そして飛ぶ。
マミさんは魔女の本体らしき物体を見つけて、一気に近づいた。
それはテレビのモニターのような形をしていた。

マミさんがマスケットを構えて、今まさに射程距離に入ろうとしたとき。
チカッと、わたしの視界に光が走り抜けた。フラッシュを焚かれたみたいに。

まどか「っ??」 マミ「これで終わりよ!!」

マミさんの叫びと銃声が重なった。
わたしは慌てて顔を上げた。澄んだ水を通して、その光景を見ていた。

たしかに見た。

テレビのモニターが弾けて、無残な中身をさらしていた。
銃弾は真ん中をつらぬいて、魔女を粉々に砕いていた。マミさんの勝利だ。

まどか「やった……」

144: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:07:43.66 ID:+1T3f5HIo

マミ「…………」

まどか「マミさん?」

どきんと心臓が鼓動を打つ。マミさんのうしろ姿。下げた腕にだらりとマスケットを握る。
倒した魔女の残骸を見下ろして、なぜか固まっている。どうしたんだろう。
それに、妙だ。魔女を倒したのに、結界が崩れて行かない。相変わらず水の中のままだ。

まどか「マミさん?」

マミ「…………」

まどか「あの……」
まどか「魔女、倒したのに……ねえ、マミさん、なんで……?」

わたしの口から泡が漏れる。ボコボコという音しか鳴っていないはずなのに、
わたしにはわたしの声が聞こえたし、マミさんにも聞こえたに違いないと、なぜか確信できた。
マミさんは振り向かなかった。マスケットを握りしめているだけだった。
周りには誰もいなかった。さやかちゃんもいなかった。わたしとマミさんだけだった。
マミさんが口を開いた。

マミ「鹿目さん、どうして契約してくれないの」

まどか「はい?」

145: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:09:34.50 ID:+1T3f5HIo

まず、意味が分からなかった。そのことが急にわたしを不安にした。
さやかちゃんがいないのも、全てがつながる気がして、背筋が凍りついた。
わたしの中の危険信号が真っ赤に光っていた。けど、どうにもならない。

マミ「私と一緒に戦ってくれるって、約束したじゃない!!」

わたしは追いつめられていた。マミさんは振り向かなかった。
振り向いたら最後、もう終わりだって分かった。

まどか「…………わたしは」

マミ「なによ」
マミ「この私に向かって、言い訳? 鹿目さん、私はね……」

わたしは、迷った。
だまされたフリをするか、はっきり言うか。拳を握りしめて。
あやふやな水の中の世界で、漂うマミさんの幻影をにらみつけて。

まどか「――あなた、マミさんじゃない」

146: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:10:40.66 ID:+1T3f5HIo

さやか「よく言った、まどか!!」

真上から声が響いて、その瞬間、切り裂いていた。
マミさんの幻影がつぶれ、液体になって周りに溶けた。
水中でくるりと反転したさやかちゃんが、わたしのほうに上がってきた。

まどか「……さやかちゃん、本物のマミさんは!?」
まどか「わたし、どこまでが現実だったのか、わかんないよ……」

思わず伸ばした手を、さやかちゃんがぐっと掴んでくれて、わたしは胸が熱くなった。
寒さが消えていく。さやかちゃんはわたしの手を引いて、上にあがっていく。
はぁーと息を吐いて、前を行くさやかちゃんがわたしに振り向いた。

さやか「ったく、いきなりまどかもマミさんもダウンするんだもん。びっくりしたわよ」
さやか「まず、あたしらは現実でしょ! 結界に入ったのも現実! マミさんが来たのも現実だよ!」

まどか「マミさんが魔女を倒したのは――?」

さやか「……え? そりゃー、あんたの夢でしょ」

呼吸が荒くなった。手に汗をかいて、滑りそうになる。
本物のマミさんはいまどこに……?
さっきまでのわたしみたいに、夢を見せられているのかな……?

さやか「よし、出るよ、まどか!!」

147: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:12:16.11 ID:+1T3f5HIo

何か、膜のようなものを突き破る感覚があった。
視界がずっと良くなり、新鮮な空気がわたしを満たした。
しっかりとした足場を踏む。振り向くと水面が波打っていた。
握っていた手が離れた。さやかちゃんがわたしを覗きこんでいた。

さやか「まどか、大丈夫? あたし、マミさんを助けにいかなきゃ!」

まどか「だ、大丈夫、だから……早く、マミさんを!!」

さやか「了解!!……っつっても、真っ暗でよく分からん……」


そのとき、不意に、パッと、一点の光源……映像が現れた。
わたしたちが注目した先に、ちょうど探していた姿が見えた。

さやか「マミさん!!」

148: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:13:04.35 ID:+1T3f5HIo

マミさんは硬直していた。その目はなぜか、映像に釘付けだった。
両腕は下がったまま。動かない。

さやか「なにアレ……」

わたしたちは注目した。ザザザ……というノイズが聞こえる。
そしてモニターから、ちぢれた髪の毛の塊のようなものが、
ボトボトと滴り落ちる汚水にまみれて、垂れ流されてきた。

マミ「や……ぃやだ……」

忍び寄る使い魔たち。でもマミさんは映像から目を離せない。
画面の中に、昨日倒した、お菓子の魔女がいた。マミさんに向けて、大口を開けている。

マミ「いやぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」

耳をつんざくような絶叫が、暗闇をつらぬいた。
マミさんが可哀想で、わたしは思わず涙を流していた。

まどか「やめてよ……やめて!!」
まどか「しっかりして、マミさん!! その魔女は、もう死んだんだよっ!!」

149: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:16:41.01 ID:+1T3f5HIo

さやか「やめろぉぉぉ――――ッ!!」

魔女の意図に気付き、さやかちゃんはモニターを破壊しようとした。
青い光の尾を引いて、一直線に飛ぶ流れ星となって。

まどか「さやかちゃんっ!」

使い魔の腕が、絡む。
さやかちゃんは強引に振り切ろうとする、けど、次々に使い魔が絡みついて、
スピードが落ちていく。さやかちゃんは、再び捕まってしまった。

まどか「マミさんっ!」

まだ目覚めてくれない。たくさんのモニターがマミさんの周りをぐるぐると回る。
マミさんの所に行きたかった。けど、駆けだそうとしたところで、さやかちゃんが叫んだ。

さやか「動くな、まどか!! じっとしてろ!!」

まどか「うっ……」

ああ、契約さえ、していたら。
わたしは、今こそ、すぐに契約したいと思った。

まどか「なんで、こんなときに……っ!!」

こんなときに限って、キュゥべえはいなかった。
もうわたしには、奇跡を祈ることしか出来なかった。

まどか「昨日みたいに、助けにきてよっ……!!」

暗闇の中に、一瞬、何かが閃いた、気がした。
そして、爆発がすべてを吹き飛ばした。

150: ◆D4iYS1MqzQ 2013/11/18(月) 01:17:12.45 ID:+1T3f5HIo



魔まどか「ほむらちゃん……遅いな……」

未来QB「苦戦してるのかな? 以前はさやかでさえ難なく勝てた魔女だったけど」

魔まどか「魔女の実力が変わることって、あるの?」

未来QB「あるだろうけど……今回はむしろ、相性の問題だろうね」

魔まどか「相性……?」

未来QB「さあ、そんなことより、そろそろ君も、出番かもしれないよ?」

157: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:46:38.84 ID:9G+GvZHoo

~まどか視点~

地を蹴って飛び出した。シルエットが、宙を舞うマミさんのそれと重なった。
うす暗いジメジメとした空間を舐めるように、炎が駆け抜けていく。
その炎を背にして、舞い降りた姿。陰になって、表情は見えないけれど。

まどか「ほ、ほむらちゃんっ……! 来てくれたんだね!」

ほむら「……っ!」

答えずに、ほむらちゃんは軽くマミさんを放りあげる。
その瞬間、弾け飛ぶ。さやかちゃんをつかんでいた使い魔たち。
ほむらちゃんはいつの間にかその手に拳銃を握ってる。ゆらりと煙が立ち上る。
空の薬莢が固い地面に落ちて、マミさんがほむらちゃんの腕の中に落ちて、
「――まどか!」という声。振り返って叫んだほむらちゃんだ。

158: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:47:37.92 ID:9G+GvZHoo

その瞬間まで、わたしはすっかり安心し切っていた。
胸をなでおろして、ぺたんと座りこんでしまっていた。

……だって、ほむらちゃんが来てくれたんだもん。
さやかちゃんだっているし、二人なら、きっと魔女を倒せる。
そう思ったのは、全然おかしくなかったはずなのに。

まどか「ほ、ほむらちゃん……?」

ほむら「まどかぁ……」

マミさんを両手で抱えながら、歩いてくる。
その顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をポロポロとこぼしながら。
わたしは不思議だった。

まどか「どうして、泣いてるの……?」

159: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:48:10.59 ID:9G+GvZHoo

ほむら「ごめんなさい……ごめんなさい……」

いつものキリッとした姿からは想像も出来ない、幼い子供のような泣き顔。
それを見たわたしは、一瞬、恐怖も忘れた。

まどか「いったい何があったの?」

手を貸して、マミさんを静かに地面に下ろす。
ほむらちゃんは涙が止まらない。赤く腫れた目を、両手でゴシゴシとこすっていた。
わたしは「そんなにこすったらダメだよ」と言って止めようとしたけど、
ほむらちゃんは首を振って拒んだ。声を絞り出して、

ほむら「なんでもない……何でも無いのよ」
ほむら「だいじょうぶ……大丈夫だから、気にしないで、まどか」

そう言いつつ、顔を背けるほむらちゃん。どうしてだろう?
魔女に、なにか良くない夢を、見せられたのかな?
涙を拭き終えて、いつもの調子を取り繕う、ほむらちゃん。

ほむら「遅くなってごめんなさい。ちょっと油断したの」
ほむら「ええ、大丈夫よ。あんなの、ただの夢だものね……」

でも、その目は真っ赤に充血していて、しかも声は鼻声だった。

まどか「ほむらちゃん……」

160: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:49:31.07 ID:9G+GvZHoo

さやか「ちょっと、転校生!!」

そのとき、さやかちゃんの鋭い声が飛んだ。
見ると、さやかちゃんはたった一人で使い魔たちを食い止めていた。

さやか「あんた、強いんじゃないの!? なに、サボってんのよ!!」

ほむら「――すぐ行くわ」

くるりとわたしに背を向けて、ほむらちゃんは駆けだした。
思わず伸ばした手が、空をつかむ。なびいた後ろ髪が、曲線を宙に描く。
だ、大丈夫かな……ほむらちゃん……。

目を落とすと、うめき苦しむマミさんがいる。額に浮かぶ大粒の汗。
「鹿目さん……」と声を漏らして、しがみ付いてきた。
可哀想だった。わたしはマミさんが可哀想で、仕方なかった。

161: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:50:16.58 ID:9G+GvZHoo

まどか「マミさん……もうすぐ、ここ、出られますから……」

わたしは言いつつ、周りを見回した。
使い魔を次々に切り捨てていくさやかちゃんに、爆弾と拳銃で戦うほむらちゃん。
キュゥべえを、わたしは探していたけど、やっぱりその姿は見えなかった。

ほむら「やめて……!!」

絞り出すような声。ほむらちゃんのうめく声。
ハッとして、わたしは見た。その先に光るモニターに映り込む。
ほむらちゃんの見つめるモニターに映ってるのは……わたし?

ほむら「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

まどか「――さやかちゃんっ!!」

さやか「どうしたっ!?」

162: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:50:51.65 ID:9G+GvZHoo

わたしが叫ぶと、さやかちゃんは飛んで帰ってきた。
ほむらちゃんの様子がおかしいことを伝えると、さやかちゃんは唇を噛んだ。

さやか「あの……バカッ……!!」

両手に剣を握って、さやかちゃんは飛び出す。
その前に、たくさんの使い魔が壁となって立ちふさがる。

さやか「ジャマすんなぁぁあああ!!」

二振りの剣が目にも止まらない速さで走り、使い魔を切り捨てていく。
でも、使い魔は信じられない勢いで増えていく。ほむらちゃんの姿も見えない。
さやかちゃんの舌打ち。わたしの鼓動が早くなる。肺の中が冷たく凍りつく。

さやか「……こんなとこで、終われるかぁ!!」

163: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:51:44.52 ID:9G+GvZHoo

その言葉は、わたしを励まさなかった。むしろ、それを意識することになった。
わたし、ここで死ぬのかもしれない。マミさんの震えが、わたしの震えと重なるの。
気付いたら、わたしの身体は冷え切っていて、どうしようもなく震えあがっていた。

契約しなくちゃいけなかった。もっと、ずっと早く。
キュゥべえに聞いたんだ。わたしは、強い魔法少女になれるって。
ここにいるみんなを、救ってあげられる、強いわたし。憧れの姿。

ああ、これが……わたしの願いだったんだ。
ようやく、いまさら、見つけた。わたしの願いごと。
でも、もう遅いよね。なんでもっと早く、気付けなかったんだろう。

深いため息が漏れた。もう震えは無かった。
マミさんを抱きしめて、わたしは頭上を振り仰いだ。
桃色の輝きに満ちる、空を見上げた。

まどか「……?」

164: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:54:41.76 ID:9G+GvZHoo

さやかちゃんの剣がついに中ほどから折れる。
回転しながら放物線を描く切っ先が、地面に落ちるよりも早く。
ドッと押し寄せてきた。食い止められていた使い魔たちの波が、こちらに。

振り向いたさやかちゃんが、何かを絶叫していた。
でも、溢れだす使い魔の波が、すべて呑み込んでいく。
わたしの頭はもう真っ白で、ただマミさんを抱きしめているだけだった。

……わたしは、なんとなく気付いてたのかもしれない。

165: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/01(日) 07:58:10.34 ID:9G+GvZHoo

まず、ものすごい爆音。ガラスのように空が砕け散った。
視界が、暗闇の中のすべてが、桃色の輝きで満たされた。
結界を縦につらぬいた。とてつもなく太い、光の柱のようなもの。
黒く塗りつぶした闇を切り裂く、雲の上からの光だった。
絶望を打ち破り、希望を振りまく、救世主の姿だった。

さやか「なんっ……なんなの!?」

光は容赦なく使い魔たちを飲みこみ、すべて蒸発させた。
わたしの目の前に迫っていた死が、まるごと洗い流される。
激しい音と光を正面から受けて、ただ呆然とするしかなかった。
ぽっかりと空いてしまった中心の空間。光が収束して行くのと同時に。

まどか「――!!」

舞い降りた。
救世主が、くるりとわたしのほうを振り向いた。
真っ白な衣装に、大きな桃色のリボン。その手に小さな弓を握る。
ここにいるみんなを、救ってあげられる、強いわたし。憧れの姿。


魔まどか「もう大丈夫だよっ」

――いくじなしさんっ!

まどか「あなたは……!」

――どうして……。

174: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:13:07.13 ID:aT3ibvxwo

青い月明かりのもと、狭い工場地帯を駆けぬける。
水たまりに細い足を沈める。白い小動物の姿をして、壁をよじ登る。
粉々に砕け散った窓ガラス。その窓枠をくぐって、中へと侵入する。

未来QB「やあ、遅かったじゃないか」

そこに、上からの声がかかった。
廃工場の中に飛び降りたキュゥべえは、パッと見上げて、声の主を探す。
天井近く、細い梁の上に、それを見つける。

QB「……キミは誰だい?」

工場の中はうす暗かった。たくさんの人々が横たわっている。
ぼんやりと照らす下からの光。見下ろす、全く同じ外見、もう一人の自分。

未来QB「僕は、キミと同じだよ」

175: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:14:10.20 ID:aT3ibvxwo

QB「そんなはずはないよ」
QB「キミが"僕たち"に属するなら、接近に気付かないわけがない」

彼は即座に否定した。
倒れた人々の間を縫うように、もう一人の自分に向かって歩いていく。
梁の上から飛び降りたもう一人と、中央で向かい合う。
床に映し出された映像が、断続的に波紋を浮かべる。
彼が先に口を開いた。

QB「僕はさやかと契約を果たしたよ。でもそのせいで遅れてしまったんだ」
QB「キミがもっと協力的なら、まどかとの契約を先にしといてくれただろうに」
QB「急がないと、みんな死んでしまうじゃないか」

そこまで言って、彼は床に浮かぶ映像に目を移した。
震えるまどかが、マミを抱きしめて、勝ち目の無い戦いを続けるさやかを見つめている。

未来QB「心配しなくても、まどかとの契約なら、とっくに果たしているよ」

QB「……なんだって?」

176: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:15:20.65 ID:aT3ibvxwo

思わず振り返って、もう一人の自分を見る。
開け放たれた窓から差し込む月明かり。その色に染まる姿を見る。
きらめく金環が、長く伸びた耳を囲む。その口が開いた。

未来QB「この街では今、魔女の力がかなり強まっているからね」
未来QB「キミ一人じゃ、結界の奥にいるまどかまで、たどり着けないだろう」
未来QB「今回は、まどかとの契約はあきらめた方が良いよ」

QB「いったい何を……?」

彼は困惑した。矛盾と謎が、自分と同じ姿をして前に立つ。
もう一人の自分は一体、何を言っているのか? 全く分からなかった。
もう一人の自分は言う。

未来QB「見れば分かるさ」
未来QB「一緒に、見届けようじゃないか。――まどかの、戦いをね」

177: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:16:28.02 ID:aT3ibvxwo



~まどか視点~

魔女の結界がくずれ落ちていく。
周りを丸く囲んでいたメリーゴーランドも、こわれて、積み重なっていく。

息苦しさが無くなる。鼻から吸った息を、口から吐き出す。
マミさんを抱きしめる手の力を、思い出したように、わたしは緩める。

目の前に舞い降りた姿。繰り出された光の魔法。そこからの立ち回り。
圧倒的だ。まるで、夢みたいで、ぜんぜん現実味が無かった。
けど、いつの間にか、わたしは安心していた。

結界がどこかに消えていく。わたしは地面に座り込んでいた。
いま、こちらに歩いてくるのは、わたしと同じ顔をした女の子。
桃色の大きなリボンを結んだ、わたしが絵に描いた通りの姿。魔法少女。

マミ「かなめ……さん……」

わたしにしがみ付くマミさんが、うわ言のようにつぶやいた。

178: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:16:56.04 ID:aT3ibvxwo

さやか「ま、まどかっ……!」
さやか「あんた、まさか契約しちゃったの!?」

息を切らして、さやかちゃんが駆け寄ってきた。
でも、さやかちゃんが見ているのは、わたしじゃなくて、もう一人のほう。
そして彼女は答えないまま、背を向けて行ってしまう。

さやか「ちょ、ちょっと!……って、あれ!?」

そこでわたしのほうに気付いたさやかちゃんは、また驚くことになった。
目を白黒させて、二人のわたしを交互に見る。

少し離れたところで、倒れていたほむらちゃんを抱き上げている、もう一人のわたし。
同時に、はっきりと分かった。この子、きのうマミさんを救ってくれた子だ……。
そのこちらに歩いてくる姿を、わたしたちは黙って見つめていた。

魔まどか「さやかちゃん、マミさんをお願い」

179: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:18:35.39 ID:aT3ibvxwo

さやか「……あ、うん!」

声をかけられて、さやかちゃんはハッと我に返ったみたい。
マミさんはわたしが抱えていた。さやかちゃんがわたしの前にしゃがむとき、
一瞬、目が合ったけれど、お互いに疑問顔だった。

さやかちゃんがマミさんを抱き上げた。

わたしはそこで、ギクリとした。戦いの最中は感じなかったけど。
何気なく、軽々と、マミさんが抱き上げられるのを見て、ようやく。
さやかちゃん、ほんとに契約したんだね……。

わたしは、心配なのかな? それとも、うらやましいのかな?
よく分からなかった。目を上げれば、もう一人の自分がいて、やっぱり契約している。
破れた壁から差し込む月明かりが、夢みたいで、わたしは思わず自分の顔に触れた。
怖かったのも、不安なのも、自分の気持ちではないみたいで、よく分からなかった。

さやかちゃんが立ち上がった。もう一人のわたしの方を見ている。
わたしだけが座ったままだと気付いて、慌てて立ちあがった。
そんなわたしを待っていたように、もう一人のわたしが口を開いた。

魔まどか「ここにいると、警察の人が来ちゃうよ……その前に場所変えよう?」

わたしはさやかちゃんと顔を見合わせたけど、何も言わなかった。言えなかった。
この場の主導権は、彼女が握っていた。わたしたちは、黙って従うしかなかった。

180: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:19:56.06 ID:aT3ibvxwo



魔まどか「やっぱり、わたしがいないとダメだね!」
魔まどか「ほむらちゃんったら、ぜんぜん、ダメダメなんだから!」

青白い三日月のもとで、道路を歩く。どこに向かってるのか、わたしは知らない。
前を行く背中は、なぜかとても明るくて、そして違和感に満ちていた。
わたしは隣を歩くさやかちゃんを見た。その目は前を見ていた。探るような視線。

向こうに見える信号が赤に変わって、わたしたちは立ち止まった。
車は全く通らなかったけど、わたしたちは立ち止まっていた。前の彼女が振り返る。
黒いワンピースのすそがフワリと浮きあがり、表情が明るく照らし出された。

魔まどか「危ないところだったね。あのままだったら、きっと助からなかったよ」
魔まどか「いろいろ気になってると思うけど、今は、ごめんね。まず帰らないと」

にっこりと笑う。
わたしとさやかちゃんは顔を見合わせた。戸惑うしかなかった。
彼女は強くて、やさしそうで、良い人そうで、そして夢のようだった。
まるで、月明かりの生んだ幻想のような人だった。

信号が青に変わり、彼女は前に向き直って、また歩き始めた。
また、さやかちゃんと顔を見合わせた。説明を求めるような顔に、首を振るしかない。
説明してほしいのは、わたしだって同じだよ……。

181: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:21:14.37 ID:aT3ibvxwo

わたしたちは石畳の上を歩いた。
冷たく輝くランプが、きっちり同じ幅で並んで、先まで続いている。

その通りを行く間、彼女は何度も振り返っては、場違いに明るく話しかけてきた。
そのたびに、さやかちゃんは無表情、わたしは曖昧に笑って、言葉を濁していた。

さやかちゃんの横からの視線が、だんだんキツくなってくる気がしたけど、
わたしにどうこう出来るはずもなくて、ただ曖昧に笑うしかなかった。
月明かりのもとで、ふわふわとした、夢のような時間だった。

魔まどか「そしたら、ほむらちゃんったらねー……」

さやか「えーと、ちょっといいですか」

しびれを切らしたさやかちゃんが、強引に割り込んで言った。
彼女は驚いたような顔をしたけど、すぐにうれしそうな顔をして、
「なに?」と聞いて、笑った。さやかちゃんは間を空けずに続けた。

さやか「いま、どこに向かってるんですか?」

魔まどか「あぁ、ほむらちゃんのおうちだよ。言ってなかったっけ」

さやか「聞いてないです……。ていうか」
さやか「――あんたのこと、信用できないんだけど」


一瞬、間が空いた。

182: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:22:19.39 ID:aT3ibvxwo

直球の言葉に、わたしはショックを受けた。
たしかに不思議な人ではあるけど、命の恩人なのに……。
思わず見たさやかちゃんの目は、鋭く彼女をにらんでいた。

でも、もう一人のわたしは、軽く苦笑いしただけだった。

魔まどか「あー……うん。そうだよね、当然だね……」
魔まどか「どうしよっか……。ほむらちゃんかマミさんが起きてくれないとなぁ……」

ちらりと、彼女が一瞬、こちらに視線を向けた気がした。
あなたは? という声が聞こえたような、聞こえなかったような。
自分の言葉に押されるように、口を開いてしまう。

まどか「……わたしたちを助けてくれたし、悪い人なはず、ないよ」

自分で言ってみて、確かにそうだと思った。悪い人なら、わたしたちを見捨てたはずだ。
さやかちゃんを見る。その横顔は、すこし悩んでいるように見える。
わたしはまだお礼を言ってなかったことに気付いた。

まどか「あ……あの、助けてくれて、本当にありがとうございましたっ」

さやか「ちょっとまどか……!」

まどか「さやかちゃんも!」

183: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:27:33.65 ID:aT3ibvxwo

止めようとするさやかちゃんに、逆に割り込む。
街灯の明かりが照らし出す戸惑いに、わたしは言葉を重ねた。

まどか「ありがとう、来てくれて……」
まどか「さやかちゃんが来てくれなかったら、わたし、死んでた……」

さやかちゃんは驚いた顔でわたしを見た。一瞬、何もかも忘れてしまったように見えた。
わたしを見て、もう一人のわたしを見て、またわたしを見る。
わたしはもう一人のわたしを見て、もう一人のわたしもわたしを見て。

さやか「……もう、わけ分かんないわよ」

深いため息をついて、さやかちゃんはあきらめたように言った。
と言っても、その顔はすこし笑っていた。もう一人のわたしのほうを向いて、

さやか「まあ、助けられたのは事実か……。信用出来ないけど、感謝はするよ」
さやか「あとでちゃんと説明してくれるなら、いまだけは、信用してあげる」

そう言った。
わたしはホッと息をついた。見ると、もう一人のわたしも全く同じことをしていて、
わたしたちは顔を見合わせて笑った。さやかちゃんもクスリと笑っていた。

184: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/08(日) 18:29:37.43 ID:aT3ibvxwo

――わたしと同じ顔をしてるのは、なぜなの?
――みんなが死にかけたのに、なぜそんなに楽しそうなの?

わたしたちは……どうしてだろう。
そんなことを聞こうとは、まったく思わなかった。

194: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 04:40:19.39 ID:RgB0/Co3o

~まどか視点~

歩いていく先で、道が別れていた。
きれいに敷き詰められた石畳が、冷たいランプの光を反射していた。
「あれが、ほむらちゃんの家だよ」と、もう一人のわたしが指差した。

勝手に上がっていいのか、気になったけど、
もう一人のわたしはどうやら、この家に居候させてもらっているみたい。

ほむらちゃんを抱いて、広い玄関ホールを抜ける、もう一人のわたし。
続くわたし、最後にさやかちゃんがマミさんを抱いて通る。
そして少し廊下を進んだところで、もう一人のわたしは立ち止まった。

魔まどか「ごめん、このドア、開けてくれる?」

わたしは言われた通りにした。
ドアを押しあけて、まず目に入ったのは、二つの大きなベッド。
「ありがと」という声が後ろから。わたしは壁際に下がった。
もう一人のわたしとさやかちゃんが、わたしの前を通り抜けていく。

195: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 04:41:01.62 ID:RgB0/Co3o

魔まどか「マミさんはそっちにお願い」

さやか「りょーかいですー」

そのとき、もう一人のわたしは、どうしてか、寂しそうな顔をしていた。
伏せられた目。でもすぐに、何事も無かったかのように、笑顔に戻る。
二人を寝かせてあげて、わたしたちは一斉に「ふう」と息を吐く。

魔まどか「手伝ってくれて、ありがとう」
魔まどか「ちょっと待ってて。コーヒーでも入れてくるからね」

そう言い残して、もう一人のわたしは部屋を出て行った。
残されたわたしとさやかちゃんは、何となく顔を見合わせる。
カチカチと鳴る時計の音が、部屋の中に満ちる。静かな夜。

魔まどか「――あ、2人とも、今日は泊まっていくよね?」

196: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 04:44:49.95 ID:RgB0/Co3o

戻ってきた声が、静まりかけた部屋に響いた。
期待のまなざしが、こちらを覗きこんで来ていた。

まどか「えっと……わたしは……」

いきなりのことに、戸惑ってしまう。
そんなわたしに身を乗り出して、もう一人のわたしは畳みかけた。

魔まどか「もう時間も遅いしさ」
魔まどか「あ、パパには連絡しといた方が良いと思うけど、ね」

彼女がいたずらっぽく笑う。
わたしは目をそらして、さやかちゃんの方を見た。

魔まどか「さやかちゃんはどうする?」

さやかちゃんは床に座り込んで、面白くなさそうな顔をした。
ため息をついて、伸ばした指を、覗きこむ期待のまなざしに向ける。

さやか「まだ、あんたのこと信用してないって言ったでしょ」
さやか「説明が先じゃないの? あんたがいったい、何なのか……」

不満げな言葉は、尻すぼみになっていった。
もう一人のわたしは黙って聞いていた。さやかちゃんは自信をなくしたみたいだった。
やっぱり、彼女はどう見ても悪い人には見えない。強い魔法少女で、わたしたちの命の恩人だ。

197: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:10:58.89 ID:RgB0/Co3o

その彼女が、目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。

魔まどか「説明は明日、みんなが起きてからでも遅くはないでしょ?」
魔まどか「それにさやかちゃん。順番が違うのは、お互い様だよ」

目を開く。わたしとさやかちゃんはきょとんとした。
お互い様? どういう意味? わからない。
そんなわたしたちを見つめて、彼女はスッと目を細めて、続けた。

魔まどか「信用してないなら――……」
魔まどか「家になんて上がっちゃあ、いけないよねぇ」

怪しげな笑みを浮かべる。口の端を釣り上げて笑う。
隣に座っているさやかちゃんが、身を固くした。

カチカチと鳴る時計の音が、また聞こえ始めて、
わたしは二人のぶつかりあう視線の間から、こっそり身を引いた。
さやかちゃんがゴクリと唾を飲む音。

最初に動いたのは、もう一人のわたしの方だった。
……と言っても、何のことはない、それは明るい笑い声だった。
こらえきれないというふうに笑いだして、身体を震わせている。

魔まどか「あー……なんてね」
魔まどか「そろそろお湯が湧いたかな? ちょっと見てくるね」

そう言って、彼女は戻ってしまった。
……よく分からないけど、二人の間でなにか通じあえたみたい?
わたしだけ、取り残されてる気がする。

198: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:18:44.69 ID:RgB0/Co3o

さやか「はぁ……たぶん、大丈夫よ」

疲れたようにため息をつく。うつむいたまま、手を握りしめて。
さやかちゃんの目は真剣で、何か考え込んでいるように見えた。
広い床にはカーペットが敷かれていた。わたしも腰をおろして、
さやかちゃんと向かい合う。さやかちゃんは続けた。

さやか「話してると、どうもニセモノって感じはしないのよねえ」
さやか「――あ、別にあんたがニセモノだって言ってるんじゃなくてね?」

まどか「うん、分かってるよ」

さやかちゃんの目が気遣わしげなものに変わって、わたしを見ていた。
彼女はわたしと同じ顔。それだけは、なぜだか分からないけれど。
でも、明日の朝になったら、説明してくれるみたいだし……。

199: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:20:52.12 ID:RgB0/Co3o

さやか「……にしても、今日はマジでヤバかったわ」
さやか「なんなの、あの魔女! マミさんがやられるなんて、聞いてないって!」

話題を変えるように、さやかちゃんが明るく言った。わたしは視線を動かした。
今は静かな寝息を立てている。目を覚まさないマミさんとほむらちゃん。
あの深い水の中の悪夢を思い出してしまって、わたしたちは何となく黙った。
わたしはさやかちゃんの横顔を見た。そういえば、まだ大事なことを聞いてない。

まどか「ねえ、さやかちゃん……」

さやか「なんで契約したのかなんて、聞かないでよ」
さやか「分かってるくせに」

マミさんをじっと見つめる視線はそのままに、さやかちゃんは言った。
わたしには分かったけど、でも、やっぱり信じられなかった。

まどか「本当に願いごとを叶えてもらったの?」
まどか「上条くんの手、本当に、治ったの?」

200: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:22:22.56 ID:RgB0/Co3o

思わず身を乗り出していた。あれだけ奇跡も魔法も見せられてきたのに、
わたしはまだ現実味が無かった。さやかちゃんの言葉で認めてほしかった。

さやか「まだ確かめてないけど、キュゥべえが言ったでしょ?」
さやか「あいつは何だって叶えてくれるのよ」

手にした青い宝石、ソウルジェムを示しながら、さやかちゃんは言った。
濁りは無い。さやかちゃんは満足げに笑って、それを見つめていた。
わたしは一瞬、背筋に妙な寒気を感じたけど、自分でも意味は分からなかった。

さやか「……どうしたの?」

かくんと首を曲げて、こちらを覗きこむ。
ソウルジェムが輝いて、指輪の形になって収まる。

まどか「ううん……」
まどか「でも、良かったね。さやかちゃん、本当に」

さやか「うん。――恭介のことだけじゃなくてね」

まどか「えっ?」

201: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:27:10.40 ID:RgB0/Co3o

指輪をはめた手を握りしめて、さやかちゃんは力強く笑った。

さやか「契約はね、願いごとを叶えるだけじゃない。力だって手に入るんだ」
さやか「今日、まどかのピンチに駆けつけられて、あたしは嬉しかったよ」
さやか「そりゃ、結局は役立たずだったんだけど……さ」

まどか「そんなこと無いよ」

わたしは急いで言った。
さやかちゃんは横目でこちらを見て、バツが悪そうに笑った。
わたしには、さやかちゃんの気持ちが分かった。わたしは続けた。

まどか「わたしもね、出来ることなら、今日は契約しようとしてたんだ……」
まどか「キュゥべえが来てくれてたら……これは言い訳だけど……」

ほむらちゃんが寝返りを打ち、言葉にならない声を漏らしていた。
さやかちゃんは顔を上げた。わたしが言えずにいたその先を、引き継いでくれる。

さやか「まどかも契約したいの?」

まどか「わたしは……」
まどか「うん、わたしなんかでも、力になれるなら、そうしたい」

202: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:34:11.12 ID:RgB0/Co3o

すぐにそう言えたことに、わたしは驚いた。
さやかちゃんも少し驚いたような顔をしていた。
でも、すぐに笑って、こちらに向き直って、

さやか「いいじゃん!――あんた強いみたいだし、これで見滝原は安泰だわ!」

ばしん、と肩を叩かれる。思わずわたしも笑っていた。
さやかちゃんの後押しを感じて、胸が熱くなる。

まどか「ありがとう、さやかちゃん。本当に、契約しようかな」
まどか「もう今日みたいなことは無しにしたいから……」

契約をためらった結果が、今日の悲劇だったんだ。
戦って、役に立ちたい。思えば、わたしはずっとそう願ってたのかもしれない。

203: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:37:59.19 ID:RgB0/Co3o

さやかちゃんは何度もうなずいて、どこか遠い目をした。

さやか「そっかー……そうだよね。やっぱり、見てるだけってのはイヤだもんね」
さやか「でも、なんか良いなあ。マミさんと、あたしと、まどかで、この街を守るんだね」

わたしもその光景を頭に思い描いてみた。
学校生活を送る裏で、実は、わたしたちが街の平和を守ってるの。

まどか「それって、なんだか夢みたい」

わたしが言うと、さやかちゃんは向き直って、ゆっくりと口を開いた。

さやか「夢じゃないわ」
さやか「まどか、あとはあんたが契約すれば――」


魔まどか「――ちょっとちょっと、何の話?」

204: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/17(火) 05:40:02.90 ID:RgB0/Co3o

廊下の方から声が聞こえて、わたしたちは振り向いた。
黒いワンピースのすそが見えて、次にお盆を抱えた姿が現れた。
にっこりと笑う。もう一人のわたし。魔法少女のわたし。契約したわたし……。

魔まどか「コーヒー入れてきたよ」
魔まどか「二人とも、もう遅いから……これ飲んだら、電気消してね?」

笑顔なのに、何も言い返せない力が、その言葉にはあった。
わたしたちは顔を見合わせた。それからお礼を言って、飲み物を受け取った。

212: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:27:48.03 ID:r1AmKwcro



青白い月を見上げる。ぎらつく夜景を見下ろす。
高い鉄塔の中ほどに腰かけた、一人の魔法少女がいた。
手に持つたい焼きを荒々しく食いちぎり、イラついた調子で言い放つ。

杏子「なになに? もう一度、最初から説明しな!」

QB「はぁ……もう何度目だい?」

杏子「あんたの説明が、要領得ないからだよ」

あっさりと言う。キュゥべえはため息を吐いた。
杏子に促されて、しぶしぶ、同じ説明を繰り返す。

QB「だから、この街には今、4人の魔法少女と、1人の魔法少女候補がいるんだよ」
QB「魔法少女は……巴マミ、美樹さやか、暁美ほむら、鹿目まどか」
QB「魔法少女候補は、鹿目まどかと言う」

213: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:29:02.66 ID:r1AmKwcro

杏子は眉をひそめ、身を乗り出した。
この動作も、すでに何度か繰り返したものだったが、杏子は悪びれない。
ごまかしを許さない、はっきりとした口調で問いただす。

杏子「その、かなめまどか?ってのは、いったい何人いるんだ」
杏子「同姓同名か? それとも、分身でも出来るのか?」

QB「彼女たちは異なる時間軸に由来する同位体なのさ」

キュゥべえはすこし遠回しな答え方をした。
もぐもぐと動く口が、たい焼きを噛み砕いていく。
口の中がカラになって、ようやく彼女は口を開いた。

杏子「つまり、あんた」
杏子「未来人……って言いたいの?」

びゅう、と強い風が吹いて、杏子は目を細めた。

214: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:29:43.15 ID:r1AmKwcro

キュゥべえはゆっくりとうなずいて、さらに続けた。

QB「知っての通り、僕たちはどんな願いごとも叶えることが出来る」
QB「もちろん、時間を巻き戻すというのも、例外じゃない」

キュゥべえの静かな宣言。少しの違和感。
それを、杏子は敏感に拾って、軽く眉を上げた。

杏子「……僕"たち"?」

QB「この広い世界に、僕のような存在がたった一人だと思うかい?」
QB「そんなんじゃ、とても間に合わないよ。当然、仲間はいるさ」

杏子「ふぅん……まあ、いい」

いつもは、そんな言い方、しなかったと思うけど。
気にしても仕方ない。そう割り切り、杏子は話題を変えることにした。

215: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:31:00.30 ID:r1AmKwcro

杏子「それで、あたしを呼んだ理由は何なのさ?」
杏子「どうせまた、ロクでもないことを企んでるんだろうけどさぁ」

頬杖をついて、横目でにらみつける。
キュゥべえは意に介さず、変わらぬ調子で答えた。

QB「なに、ここは君にとって、いい狩り場になるだろうと思ってね」
QB「原因は不明だけど、ここの使い魔の成長は、通常よりかなり早いんだ」

それは、杏子のような利己的な魔法少女にとって、魅力ある条件のはずだった。
しかし、彼女はつまらなそうに笑った。軽く言い放つ。

杏子「バーカ」
杏子「もう魔法少女どもが群がってるんじゃ、意味ないじゃん」

216: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:32:29.93 ID:r1AmKwcro

口を閉じてから、杏子はスッと目を細めた。キュゥべえを見つめている。
彼もこの返答は予想していたはずだ。むしろその先に狙いがある。
キュゥべえは杏子に向き直って、ゆっくりと口を開く。

QB「彼女たちは、使い魔の成長を待たずに殺してしまうからね」
QB「たぶん、気付いてないんじゃないかな?」
QB「この街に集結してる理由は、単純に同じ学校に通ってるからだよ」

この街では、使い魔が魔女に成長することが無い。
見返りのない戦いをする魔法少女がいる限り。

杏子「……言われなくても、分かってるよ。アイツが、いるんだからな」
杏子「マミ……新しく友達、できたんだな……」

QB「……杏子?」

頬杖をついて、ぼんやりと見滝原の夜景をながめる。
キュゥべえはしばらく待っていたが、杏子は動かない。

217: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:34:39.27 ID:r1AmKwcro

QB「――鹿目まどかが二人いるという話をしたね」

沈黙が破られ、杏子はハッ、と物思いから覚めた。
キュゥべえは気にせず、前を向いて話し続ける。

QB「魔法少女の鹿目まどかと、それに暁美ほむら……」
QB「実のところ、僕は彼女たちと契約した覚えが無いんだ」

杏子「……なに?」

QB「しかもそれでいて、ずば抜けた能力を持っている」

杏子は、別のキュゥべえと契約したんじゃないか、と聞いた。
しかしキュゥべえは、もしそうだったら自分にも分かる、と答えた。
数秒の間を置いて、キュゥべえはさらにこんなことを言った。

QB「さっき、ここの使い魔の成長が早いと言ったけど」
QB「実は変わっているのはそれだけじゃないんだ」
QB「ここの魔女の魔力の規模……つまり強さも、普通じゃない」

杏子「……強いのか」

QB「ああ、かなりのものさ」
QB「――さっき、マミも死にかけたくらいだよ」

218: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:36:03.01 ID:r1AmKwcro

バッ、という音。
その瞬間、伸びた手がキュゥべえの首をとらえ、宙づりにしていた。
杏子の暗い目が睨みつけ、低い声で言う。

杏子「……テメェ、マミを人質にとったつもりか」
杏子「そうまでして、あたしをおびき寄せて、いったい何がしたいんだ?」

QB「突然どうしたんだい? とんでもない言いがかりだよ」
QB「それもこれも、鹿目まどかと暁美ほむらが現れてからのことなんだから」

杏子「……どうせ、そいつらをおびき寄せたのだって、お前なんだろ!」

QB「ちがうよ。そんなことして、何の得になるって言うんだい?」

杏子「……くそったれ!」

手を離す。キュゥべえは着地して、相変わらず無表情でいた。

219: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:42:45.19 ID:r1AmKwcro

唇を噛み、拳を握りしめる。声を振り絞って出す。

杏子「その二人を倒せば……」
杏子「ここの魔女や使い魔は、元に戻るのか?」

QB「彼女たちの出現と、この街の現状に、因果関係があればね」
QB「確証はないけれど、やってみる価値はあると思うよ」
QB「ただ……」

杏子「なんだ?」

QB「いや……鹿目まどかは、天才だ」
QB「1対1なら、君もやられかねないだろう」

これには、杏子が不満な顔をした。
たしかに、魔法少女の力は才能による所が大きい。
でもだからと言って、まさか契約したての新米に、あたしがやられる?

QB「本当だよ。……けど、1対1なら、と言ったんだ」

220: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/23(月) 02:47:25.76 ID:r1AmKwcro

QB「この街の魔法少女が一斉にかかれば、あるいは……」

おいおい、どれだけ強いんだよ、そいつ……。
正直、マミよりも強い魔法少女になんて、会ったことも無いのに。
そのマミよりずっと強いと、コイツはそう言ってるのか。

いや、そうじゃない。
あたしにとって、一番厄介なことは、そんなことじゃない。
マミ、巴マミだ。いまさら、一体どのツラ下げて、あたしは、アイツと……。

声が、ぐるぐると回る思考に割り込む。

QB「君のすべきことは分かるね?」
QB「マミとは長い付き合いがあるはずだ。交渉に苦労は無いだろう」

すました顔で簡単に言ってのけたキュゥべえ。
聞いた杏子は唖然として、しかしすぐにあきらめた表情になり、

杏子「……あんた、それ本気で言ってんの?」

再び頬杖をつく。
暗い目で見滝原の夜景を見下ろす。

227: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:42:07.59 ID:Bjba1a0To

【ほむらの回想1】

腕の中のまどかの、目を覚ます気配がして、私は足を止めた。
日が落ちて、空気は冷え込み、夜になる。明日はやっぱり雨かしら。
彼女の葬式の日は、いつも雨ばかりだから……。

ほむら「目が覚めたようね、まどか」

腕の中のまどかは「ん……」と声を漏らして、腰を丸めた。
目を開いて、身体を起こそうとする。けど上手くいかない。

まどか「あれ……ほむらちゃん? なんで……」

私は静かに彼女を下ろした。
地に足をつけて、しかし、まどかはまだ寝惚けているようだった。
きょろきょろと辺りを見回して、空を見上げ、私を見る。
周囲に明かりは少なく、お互いの表情は見えにくかったけれど、
まどかの顔に満ちる不安の色は、私にもはっきりと分かった。

まどか「ねえ、ほむらちゃん――」

ほむら「――二人とも死んだわ」

228: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:43:04.75 ID:Bjba1a0To

口を開きかけた所を、私は敢えて強い口調で遮った。
二人とも――さやかも、杏子も、死んだ。その事実を突き付ける。
目を見開いて硬直したまどかに、現実を塗り込んでいく。

ほむら「一度、魔女になってしまったら、もう、どうにもならない」
ほむら「言ったはずよ、何度もね。美樹さやかのことはあきらめて、と」
ほむら「結局、杏子は彼女と相討ちして、二人とも、死んだのよ」

まどか「死んだって、どういうこと」

硬い表情のまま、ほとんど口も動かさず、まどかは言った。
私は唇を噛んだ。その肩をつかんで揺さぶってやりたかった。
目を閉じて、ぐっとこらえる。まどかは涙も流していない。

ほむら「そんな顔したってダメよ」
ほむら「二人とも、もういないの。でもあなたは生き残った」
ほむら「それだけの……ことよ」

湿っぽい風が、私たちの間を吹き抜けていった。
私はまどかを家まで送り届けるべきかどうか、考えていた。
もう魔女は、アイツ以外は現れないだろうし、必要ないかしら。

まどか「ほむらちゃんのバカ」

不意なつぶやきが、ポツリと零れて、
私が顔を上げた時には、すでにまどかは背を向けて駆けだしていた。

229: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:44:39.98 ID:Bjba1a0To



今回、まどかは来てくれないらしい。
そのことをようやく確信できたのは、夜も9時を回ってからだった。

さやかの葬式には行かなかった。行けるはずもない。
彼女が死んで、ホッとしてるような人間が、行けるはずもない。

でも私は、期待していた。
時計を何度も見て、今にもまどかが、玄関先に現れるんじゃないかと。
土砂降りの雨のなかでも、彼女は来てくれる場合があるから……。
それで何をするわけでもない。けど、ただそれだけで、私の心は安らいで、
次の日の、最後の戦いに、確かな気持ちで臨むことが出来るのよ。

けど今日は来なかった。
まあ、いいわ。明日に備えて、早く寝なくちゃね。

230: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:45:28.93 ID:Bjba1a0To



私の顔を流れる血に、滴り落ちるまどかの涙が混じる。
口の中の血を吐き出す。まどかが何か言っていたけど、
耳がおかしくなってしまったらしく、よく聞き取れなかった。

まどか「……さい!……んなさい!……」

「ごめんなさい」かしら……? まだこの間のことを気に病んでいたのね。
まったく、彼女らしい。それに比べて、私ときたら……もう救いようが無いわ。
足の激痛でぼんやりとする頭を振り、私は周りを見回した。

視線の高さからして、地面じゃなくてどこかのビルの中に突っ込んだらしい。
窓ガラスは全て吹き飛び、元の内装など跡形もない。
こんな所まで、まどかはどうやって来られたんだろう……。

231: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:46:53.03 ID:Bjba1a0To

ほむら「あ……」

身体を起こそうとして、ようやく足の激痛の原因がわかった。
巨大な瓦礫に押しつぶされて、どうにも動けなくなっていたのだ。

私の手を握りしめて、まどかは真っ白な顔をしていた。
まるで亡霊のようで、それを見た私の心はきれいに空っぽになる。
見なくても分かったけれど、私は視線をずらして見た。

耳鳴りが収まって、不愉快な高笑いが戻ってくる。
その全く無傷な魔女は、ただ何となく空を漂っているだけだった。
でも街は崩壊して、瓦礫は積み上がり……大勢の人がいただろう、
避難所となっていたドームも、もはや原形を留めてはいなかった。

ほむら「あなたは何も悪くないわ」

私は言ったけど、何の慰めにもならないことは知っていた。
その上、私は逃げ出すのだ。正直、もうこれ以上見たくない。
時間を巻き戻して、早くあの病院のベッドに戻りたい。
腕に固定された盾を回して、ほんの数秒のこと。楽になれるのよ。
痛みも無くなって、楽になれるの。

でも、私の両手はまどかに握りしめられていた。

232: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:48:28.04 ID:Bjba1a0To

ほむら「離して、まどか」

ためらわずにそう口にしたとき、ああもうダメだなと思った。
人間のクズね……ああ、人間じゃないんだっけ。もうどうでもいいわ。

まどか「大丈夫だよ」

たぶん、まどかは誤解していた。私がまだ戦いたがってると思ったのだろう。
違うのに。あなたを勝手に巻き込んで、見捨てて、逃げ出そうとしてるのに。

でも、そのとき気付いた。
確かにまどかの顔には、涙の流れた跡があって、目も真っ赤に充血していた。
でも、いま、その目は静かな決意に燃えていて、力強い光を放っていた。

ほむら「まさか……」

まどか「ごめんね、ほむらちゃん」
まどか「わたし、結局ほむらちゃんのこと、なんにも分からなかった」
まどか「どうしてこんなに、わたしのこと守ってくれるのか、全然」

ほむら「それはっ……」

まどか「不思議だよね。あなたとは絶対にどこかで会ったことある気がする」
まどか「これがお別れだと思うけど、もしまた会えたら、そのときは」
まどか「そのときは、ちゃんと全部、わたしに話して欲しいな」

ほむら「まどか……」

QB「願いごとは決まったかい?」

233: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:49:40.14 ID:Bjba1a0To

この場面で、もっとも聞きたくなかった声。
白い小動物の姿をして歩み寄る。ヤツは最後の目的を達しようとしていた。
まどかがゆっくりと頷いて、私は絶望的な気持ちになった。
でも、まどかは私の両手を握りしめて言った。

まどか「心配しないで……わたし、ほむらちゃんを助けられるから」
まどか「さやかちゃんも、他の魔女もみんな、助けちゃうからね」

にっこりと笑うまどか。私は絶望的に笑い返した。
申し訳ないけど、ショックでおかしくなってしまったとしか思えなかった。
実際の所、願いごとは無制限じゃないし、言った通りに叶うわけでもないのだ。

でも……。
この世界を見捨てて逃げる私に、口を出す資格は無いわね。
まどかの願いごとを聞いて、それから私は行こう。そう決めた。

まどか「じゃあ、行くよ」

234: ◆D4iYS1MqzQ 2013/12/29(日) 03:51:08.81 ID:Bjba1a0To

手を離して、まどかは立ちあがる。私の視界にそびえる背中。
くるりと回って、キュゥべえに向き直る。
空は暗い灰色に濁り、乱入に乗る雲が高速で流されていく。

QB「分かってるだろうけど、願いごとは一つだけだよ」
QB「君なら、さやかを生き返らせることくらいは出来るだろう」
QB「けど、他の子もということになると、一つの願いごとでは収まりきらない」

まどか「一つに収まるよ」

なぜか確信に満ちた様子で、まどかは宣言した。
考えがあるようだった。どんな願いごとをするつもりなのか。
首をかしげるキュゥべえに向かい合い、まどかは口を開いた。

まどか「全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい」
まどか「過去と未来の全ての魔女を、この手で」

私がその願いごとの意味を考える前に、桃色の輝きが凝縮した。
まどかの頭上に神々しくきらめくソウルジェムが現れ、次の瞬間、
あらゆる方向からやってきた奔流が、一瞬でそれを黒く塗りつぶした。

243: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:20:53.39 ID:kqMykASno

~ほむら視点~

私の知らない間に、事態が大きく動いたのは間違いない。

ハコの魔女との戦闘で私は不覚を取って、翌朝までのん気に眠りこけていた。
未来から来たまどかが彼女たちにどう説明したのか、それすら分からないのに、
彼女は今やすっかり溶け込んでいて、訳が分からなかった。まどかに聞きたいけど、
この世界の彼女たちの前では、面と向かって聞くわけにもいかない。

マミは少し疲れた顔をしていたけど、特に支障はないようだった。
「暁美さん、あなたも倒れたんですって? 意外ね」と言われたけど、
どうもケンカを売っている感じではなかった。だから、何も言い返さなかった。

私たちはまどかに見送られ、一緒に家を出た。
あんなことがあった翌日だけれど、今日は平日だった。学校だ。気が重い。
けど、この世界のまどかとさやか、そしてマミは、どこか緩んだ表情に見える。
玄関口でこちらに手を振るまどかと目が合って、彼女はすこし笑ったけど、
それは何と言うか、いたずらっ子みたいな笑い方で、彼女には似合わないと思った。

244: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:21:19.47 ID:kqMykASno

私しか話す相手がいなかったとき、まどかはなぜか機嫌を悪くしていた。
でも今は、彼女たちの前で、明るく無邪気な笑顔を見せている。

結局、どうしてまどかは不機嫌だったのか、分からずじまいで、
気になった私は直接聞いてみたけど、まどかは「一体なんのこと?」の一点張り。
そもそも無かったことにされてるみたいで、手詰まりだった。

本当に覚えてないのか、それとも私の気のせいだったのか……。
まあでも、いま現在、彼女は笑っているし、私たちは仲良くできているし、
過ぎたことをいつまでも考える意味は無かった。

245: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:24:00.59 ID:kqMykASno

その日の夕方から、私たちは共同で魔女退治をする事になった。

効率を上げるためには分散した方が良かったのに、誰もそう言わなかった。
もちろん、この間のショックはまだあった。全滅の危機が目の前まで来ていたんだもの。
一人で戦うのに抵抗があるのは当然。私だって危なかったから。

でもまどかの前ではどんな魔女も敵ではなかった。置いてきぼりにされた私たちは、
彼女の戦いの後、ゆっくりと顔を見合わせて、脱力して笑うこともしばしばだった。
彼女の周囲に群がる敵だけ倒す、露払いの役目を果たすだけだった。
私はそれで良かったし、マミも特に不満を感じているようには見えなかった。
ハコの魔女との戦いの日から数日経って、私たちは安定して魔女を倒せるようになった。

さやかのソウルジェムは濁るのが早かった。逆にまどかのソウルジェムは今のところ
濁る様子が無かったので、さやかはまどかのグリーフシードをほとんどもらっていた。
彼女――さやかはすこし口数が減った気がする。また何か悩んでるのかしら。

それから……そう。この前まで微妙な距離感を保っていたマミが、急に友好的に、
というより、馴れ馴れしくなっていた。私は、彼女とは距離を保ちたいのに。
保たないといけないのに。でも心は正直で、私はマミと話せてうれしかった。
もういつ以来だろう。彼女の家に招かれて、あの明るいリビングに足を踏み入れた時、
私は不覚にも涙ぐんでしまった。マミが馴れ馴れしくなったのは、いま思えば、
あれからだった気もする。

246: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:24:33.96 ID:kqMykASno



まどかが宙を舞う。
螺旋状にそびえ立つ電柱の頂点を蹴って、背後から飛んだ液体をかわす。
空中で回転、まどかは弓に矢を番えて狙う、魔女の本体は地上。「さやかちゃん!」
まどかが目を見開いた。地上のさやかが魔女に斬りかかろうとしている。ためらう。

ほむら「撃ちなさい、まどか!!」

電柱が音を立てて溶け始めた。まどかが回避した黄土色の粘液がコンクリートを溶かし、
蒸気をまとう大粒の雨となって、降り注ぐ。私の頭上から。
危機感だけを頼りに、必死で逃れた。熱か酸か、とにかく浴びたら死ぬ。
白い煙が次々に噴き上がり、目の前の地面が大きく開く。足がもつれて尻もちをつく。

魔まどか「ほむらちゃん!!」

上手く立ち上がれない。地面が傾いている。まさか地盤をえぐられたのかしら?
まどかの放った矢はあらぬ方向へ消え、バランスを崩したさやかが倒れる。
「あ……」と小さく漏らし顔を上げたさやか、その目の前に魔女。

247: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:26:03.02 ID:kqMykASno

身体中に突き出た吸盤のような口から噴き出した。黄土色の液体がさやかに降り注ぐ。
目を見開き、とっさにマントを広げる。あれで防げるとは思えなかった。
「さやかちゃん!」どちらかのまどかが叫んだ。その瞬間、何かが巻きつき、
さやかは空中に飛び上がっていた。巻きつくのは黄色のリボン。
リボンに引かれて危うく逃れ、さやかはマミに抱かれて、螺旋状の電線の上を行く。

さやか「マミさん、ごめん……助かった!!」

マミの方を見ないで、さやかはヤケクソのように叫んだ。
余裕のない表情のマミはそれを気にせず、私に振り向いて告げる。

マミ「暁美さん、手強いわ……いつものお願い!!」

そう言った時には、すでに巻きついていた。私の手首を締めつけるリボン。
すでに何度かやってることなので、いまさら説明もいらない。けど……。
仕方ない。まどかが着地し、こちらを向き、うなずいた。最近こればかり……。

ほむら「さやかの訓練にならないと思うんだけど」

さやかが顔を上げ――――その瞬間、時間が止まった。
止まったその顔は、こちらを見ていたけど、何とも言えない表情だった。

248: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:28:02.88 ID:kqMykASno

マミ「これで勝てるのなら、訓練なんて必要ないでしょう」

停止した時間の中で、マミはまだ動いていた。
どうもマミのリボンは身体の一部と認識されるらしく、私にそれを巻きつけるだけで、
私に触れているのと同じ効果を得られるようだった。それを利用した戦法がこれ。

マミ「ティロ・フィナーレ」

いつものように叫ばず、静かに唱えて、魔女に止めの一撃を放つ。
その穏やかさとは裏腹に激しい音と衝撃が撒き散らされ、魔女の寸前で止まる。

マミ「いいわ、解除して」

荒い呼吸の音に混ぜるように、小さくマミはつぶやいた。
時間が動きだし、光の砲撃が魔女の中央を貫いて殺した。突き抜けた砲撃は直進し、
結界の壁に命中、ガラスのように砕け散って、結界全体に致命的な打撃を与えた。

結界が崩れていく。マミは微動だにせず、まだ同じ場所に立ち止まっていた。
その硬く反り立った背中に、私はすこし違和感を覚えて、それを口に出した。

ほむら「やっぱり、らしくないわ。こんな戦い方って」

マミ「私……そうかな。……どこかまずかったかしら?」

肩の力を抜いて、マミはこちらを振り向き、緊張した表情を崩して笑った。
そうじゃない、と私は思った。でもどう言えばいいのか分からなかった。

さやか「ありゃりゃ、またいつの間にか終わってるしー!!」

不意に抱えていたさやかが声を上げて、マミはビクッと肩を震わせた。忘れていたらしい。
「びっくりするでしょ!」と怒り始めるマミに、とりあえず笑うさやか。
ここ数日ですっかりお馴染みになった光景を見て、ようやく戦いの終わりを実感する。

249: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:29:55.62 ID:kqMykASno

魔まどか「ほむらちゃん、おつかれさま。怪我は無かった?」

声がして振り向くと、変身を解きながら歩いてくるまどかがいた。
今は髪を解いていて、桃色のセミロングヘアが風になびいている。
もう一人のまどかと見分けがつかないというので、とりあえずの目印だ。

ほむら「ええ、まさか今日という日に倒れるわけには行かないもの」

魔まどか「ふふ、ほむらちゃんってば、食いしん坊なんだから」

前は飲食店だったのか、この改装中の店内には、窓から広く赤い光が差し込む。
中央の円卓は足が折れて崩れ、斜めになった台が鏡のようにきらめく。
舞うホコリが光を反射して、雪のように輝いて、部屋の中を満たしている。

マミはさやかに今回の戦いの反省点を伝えているみたい。
さやかは冗談ばかり言ってまともに聞いてないように見えるけど、違うだろう。
目が真剣そのものだもの。脱力して肩を落とすマミは気付いてるのかしら。

きしむ床板を踏んで、私たちは店を出る。人通りの無い路地だし、怪しまれやしない。
「どこか食べに行くの?」とまどかがまどかに聞いていた。

250: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:33:34.87 ID:kqMykASno

路地を抜ける風がだんだん冷たくなり、夕日が闇に消えていく。
いくつかの店にぼんやりと明かりが燈り、夕日と交代するように、鮮やかな色彩に
街を染めていく。さやかとマミが静かになり、まどかたちの会話を聞き始めた。

魔まどか「前から約束してたんだけどね、ほむらちゃんと」
魔まどか「今日はもうレストランの予約も6時から取ってあるんだから!」

背後から自慢げな声が聞こえて、私は頭を抱えたくなった。
実際には、先に見える小さなアクセサリーショップに興味がある振りをした。

この前のハコの魔女との戦いの夜、私とまどかは外食の約束をしていた。
でも戦いの結果、そんな暇は無くて、その話は流れていたのだけど。
今は少し落ち着いたし、そろそろ埋め合わせをしようと思っていた。
ただ、そんな話をここでしなくても……抜け駆けみたいだと思われるでしょう?

さやか「えー、ちょっと何ですかぁ? 抜け駆けですかぁ?」

魔まどか「そ、そういうことじゃないよ! ただ、予約は2人分しか……」

さやか「ぶっ、何よその小学生みたいな言い訳は!……あー」
さやか「やっぱアレよね、魔法少女になったって、まどかはまどかだよねぇ」

まどか「そ、それどういう意味……」

魔まどか「ほむらちゃんからも何とか言ってよ」

ほむら「ここで私に振らないでくれる」

魔まどか「ひどーい……元はと言えば、二人きりでって言ったのは――」

マミ「――はいはい、ストップストップ」

251: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:34:38.22 ID:kqMykASno

その声で私は思わず息を吐いていた。まどかには油断も隙もあったものじゃないわ。
そこで初めて振り向くと、私以外の4人は私の後ろで横一列になっていた。

マミ「二人は同じ未来からやってきた仲間なんだって、聞いたでしょ?」
マミ「二人きりで話したいこともあるんじゃない? 邪魔しちゃ悪いし……」

そこでマミは言葉を切った。というより、言葉に詰まったように見えた。
何となく年長の貫録なのか、私たちは全員黙って聞いていたので、妙な間が空いた。
私はさやかと目が合った。汗が垂れる。マミが言葉を絞り出す。

マミ「えー、鹿目さんと美樹さんには、素敵なディナーは用意できないけど……」
マミ「うちに来ない? 昨日買ったばかりの茶葉があるの」

まどか「あっ、もしかしてこないだ言ってた……何とか何とかっていう新しい紅茶?」

さやか「何とかしか言えてないじゃん! この天然っ子め!」
さやか「……マミさん、それじゃ、途中でケーキも買ってきましょう!」

マミ「いいわね。……あ、二人とも門限は大丈夫? いつもより少し遅いけど」

まどか「連絡しておけば、平気です」

さやか「大丈夫ですよー」

252: ◆D4iYS1MqzQ 2014/01/19(日) 00:38:54.86 ID:kqMykASno

そろそろ頃合いかしら。私は見計らって、髪を下ろした方のまどかの手を引いた。
まどかは分かってるんだか分かってないんだか分からないようなよく分からない顔で、
でも少し笑ってるからやっぱり分かっているのね、私に従った。

ほむら「それじゃ、私たちはこの辺で」

魔まどか「ごめんね、今度はみんなも一緒にね」

マミ「気にしないで。……あ、茶葉は二人の分も取っておくから。明日また来てね」

まどか「あ、それじゃ、さよなら……」

さやか「楽しんできなよー、転校生!」

ここで言い返してまた泥沼にはまるのは勘弁してもらいたい。
私はもう黙って背を向けて、まどかの手を引いて、一行と別れた。


魔まどか「わたしも、らしくないと思うよ」

ほむら「えっ?」

魔まどか「……なんでもない」

260: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:54:02.04 ID:yP7EeqhCo

~まどか視点~

マミ「私たちだけでお茶するの、ちょっと久しぶりね」

透明なテーブルにお盆が置かれる。静かに座って一息ついて、マミさんがそう言った。
買ってきたケーキをさやかちゃんがお皿に移している。紅茶の水面が少し波打った。
いつも通り、マミさんの部屋で、楽しいお茶会の時間……なのに、いつもと違う。

さやか「あの二人は勝手にさせときゃ大丈夫ですって」
さやか「抜け駆けしてマミさんのお茶会サボるとかねー……ったくもう」

言いながら、チョコレートケーキのお皿をマミさんに渡す。
困ったように笑うマミさんが受け取る。わたしもケーキのお皿を受け取って、
フォークを二人に配った。マミさんが口を開いた。

マミ「もちろん彼女たちにも、来てほしかったけど……」
マミ「そうじゃなくてね。なんていうの? この3人でお茶会するのって……」
マミ「最近は無かったから、ちょっと懐かしい感じだなって、ね」

ニコッと笑うマミさんに、わたしとさやかちゃんは何も答えなかった。
けど、わたしは小さくうなずいた。さやかちゃんは黙って紅茶を口に含んでいた。

261: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:54:48.51 ID:yP7EeqhCo

わたしは顔にかかる前髪を軽く払って、マミさんの後ろに広がる大きな窓に目をやる。
いつもと少し違うのは、窓の外にきれいな夜景が広がっていることだった。
いつもならお茶会は夕方にしているから、夕日が部屋の中を満たしていて、
明かりも必要ないくらいなんだけど、今日はもう夜なので電気が点いていた。

ケーキはおいしい。でも音が響き過ぎていた。カチャカチャというフォークの音。
さやかちゃんは黙って紅茶を飲んでいる。それをぼんやりと見つめるマミさん。
思わずわたしは、ちょっと座りなおした。いつもはどんなことを話していたっけ。
しばらく考えて……あ、そうだ。いつもは魔法少女体験ツアーの打ち合わせを……。

マミ「最近どう、美樹さん? 魔女退治には慣れてきたかしら」

262: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:55:16.92 ID:yP7EeqhCo

反射的に顔を上げたさやかちゃんが、目をぱちくりとさせた。
カップをお皿に下ろして、少しうつむいた後、ゆっくりと顔を上げる。

さやか「ん、やっぱ、難しいですねー……慣れてはきたんだけどなぁ」
さやか「もうちょっと、あたし何とかならないかなーって思ってます……」

元気の無い声。今にもため息を吐きそうな感じだった。
でも反対にマミさんは表情を崩した。テーブルの上に握った拳を出して、

マミ「まだ始めたばかりなんだから、それで十分よ。よくやってるわ」
マミ「暁美さんやあの子もいるし……あの子たち、ちょっと強すぎるわよね」

困ったように笑うマミさん。さやかちゃんもつられたように笑った。
でもその後はため息だった。マミさんが紅茶を口に含んで、ちらりとわたしを見た。
「まどかはさぁ……」と、横からいきなりさやかちゃんの声。慌てて向き直る。

まどか「なに、さやかちゃん」

さやか「あんた結局、契約しないことにしたの? したいって言ってたのに」

まどか「あ、そのこと……」

263: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:55:49.32 ID:yP7EeqhCo

ドキリとした。
さやかちゃんはもうこっちを見ていなくて、おいしくなさそうにケーキを食べていた。
マミさんを見た。何も言わないけど、黙ってわたしの答えを待っているようにも見えた。

さやかちゃんの言う通りで、わたしは一度、契約することに決めていた。
あの水の結界の中で、わたしたち全員が危なくなったとき、後悔したから。
もっと早く契約してれば……なんて、もうそんな思い、したくなかったから。

まどか「わたし、契約したいよ……今でも、そう思ってるよ」

ウソじゃない。ホントだ。そう自分で確かめる。あんな気持ちはもう嫌だもん。
それに契約すれば、マミさんとの約束を守れる。みんなと一緒に戦えるんだから。
わたしは契約したい……はずだ。

さやか「じゃあ、どうして? 思いきれないから? まだためらってるから?」
さやか「ねえ、まどか……ああ、そんな顔するなって」

264: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:57:19.87 ID:yP7EeqhCo

わたしはどんな顔をしていたんだろう、さやかちゃんは気まずそうに引いた。
「あんまり責めるみたいにしちゃダメよ……」とマミさんが苦笑いした。
顔が熱くなって、わたしはつい早口になった。今度はわたしが身を乗り出す。

まどか「あの子に、言われたんです……仕方無くて……だって、絶対ダメって」

マミ「あの子って、もう一人の鹿目さんのことね?」

まどか「そう、です。二人のときに、わたし言われたんです。すごく、怖くて」
まどか「あの時だけ、人が変わったみたいで……契約はダメって、きつく言われたの」

頭の中でそのときのことを思い返す。
二人きり。部屋の壁際に追い詰められて、あの子の必死な顔が目に痛かった。
いろいろなことを言われて……「あなたが契約したらわたしの全ては無駄になるの」
そう言ったと思う。でもあまり覚えていない。最後には抱きしめられて、
「あなたの気持ちは分かるよ」とも言われた。でもわたしには全然分からなかった。

265: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:59:05.48 ID:yP7EeqhCo

マミ「"あなたが契約したらわたしの全ては無駄になるの"?」

忠実に繰り返して、マミさんはうつむいた。無意識なのか、アゴに手を当てて考え込む。
わたしにはあの子が何を考えてるのか、全然分からなかったけど。
マミさんになら、分かるかな。黙っているマミさんを見つめて、わたしは待った。

さやか「それって、不公平じゃない?」

不意に、さやかちゃんが口を開いた。わたしは一瞬どういう意味だか分からなかった。
けどマミさんはすぐに「たしかにね……」とうなずいていた。さやかちゃんが続ける。

さやか「自分はちゃっかり契約してるのに、まどかにはダメって、おかしいでしょ」
さやか「その辺どうなの? ちゃんと聞いてみた?」

またさやかちゃんが身を乗り出してきていて、わたしは今度こそと身構えた。

まどか「えっと……一応、聞いたと思うよ」
まどか「うん、聞いた後で、そう。"あなたの気持ちは分かるよ"って言われたんだった」
まどか「わたしのために言ってくれてる気がして……裏切れなくて……」

266: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 00:59:36.57 ID:yP7EeqhCo

さやか「……ふうん」

さやかちゃんはカップを持ち上げて、でも何も入っていないことに気付いて戻した。
まだ何か言いたそうだったけど、言葉が続かないみたいだった。マミさんが口を開く。

マミ「……契約させないことが、全てなのかしら」
マミ「契約すると、何かまずいことでも……あ、そういえば、暁美さんが……」

まどか「ほむらちゃん?」

どうしてここでほむらちゃんが出てくるんだろう。マミさんは目を見開いていた。
でも口を開かないので、わたしとさやかちゃんは待った。
食べかけのケーキが音も無く横倒しになって、マミさんはようやく話し始めた。

マミ「この前……もう一人の鹿目さんが来る前だけど……」
マミ「暁美さんが、鹿目さんに契約しないように言ったことがあったわね」

さやか「……」

267: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 01:03:20.49 ID:yP7EeqhCo

たしか、それは昼休み。みんなでお弁当を、屋上で食べていた時だった。
ただ、さやかちゃんにも言ってたと思うけど、マミさんは気を遣ったのかもしれない。
わたしたちは黙ってうなずき、それを確かめてマミさんは続けた。

マミ「あのとき、暁美さんが言ったわ。どうして鹿目さんに契約して欲しくないのか」
マミ「たしか……万が一、鹿目さんの力が暴走したら、世界が、滅びるから……って」

さやか「でも! あっちのまどかはもう、契約してるじゃないですか」
さやか「だったら同じことでしょ? こっちのまどかが契約したって……」

マミ「美樹さんは鹿目さんに契約して欲しいの?」

言葉の途中に差し込むように、マミさんが聞く。その一瞬、間が空いた。
「そういうことじゃないけど……」とさやかちゃんがつぶやく。でも何も続かなかった。
沈黙が降り、マミさんはその反応が予想外だったみたいで、表情が少し慌てていた。

268: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 01:13:42.67 ID:yP7EeqhCo

複雑な表情で黙り込んでしまったさやかちゃん。マミさんは口を開いたけど、
すぐに閉じて、また開いた。何を話すつもりだったのか、忘れてしまったように見える。

マミ「えっとね……つまり、契約するかどうかって、結局、個人の問題だわ」
マミ「美樹さんが契約したのは美樹さんの自由だし……だから、鹿目さんもそう」
マミ「契約してないことを引け目に感じたりしなくていいのよ」

まどか「……けど、もしまたみんなが危ないことになったら」

ほむらちゃんの話はどうなったんだろう、と少し気になりながら、わたしは言う。
もうそれを気にしているのは、わたしだけなのかもしれなかった。

マミ「それはそのときの自分の判断に従うことね」
マミ「ただ、もう一人の自分の言うことを、少しは信じてみてもいいんじゃないかな」
マミ「それにあの子、信じられないくらい強いから、危ないことなんて、そうそう無いで

しょうし」

さやか「ホント、他の出る幕が無いくらいですもんねー……」

269: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/03(月) 01:15:11.90 ID:yP7EeqhCo

マミ「ごめんね? ただ最近、魔女も使い魔も強いのばっかりでね……」
マミ「美樹さんの訓練にちょうどいい相手が見つからないの。本当に、ごめんね」

さやか「ああ、やめて下さいって……いいんです。あたしの問題だし……」
さやか「要は、あたしがもっと強くなって、早くみんなに追い付けばいいんだよね」

マミ「けど、無茶はダメよ?」
マミ「……鹿目さんもね。焦って行動すると大抵、失敗するんだから」

何となく、この言葉が最後になった。さやかちゃんが大きく伸びをした。
わたしも姿勢を崩して座り直す。マミさんは紅茶のおかわりを用意しに行った。
難しい話ばかりして、何だか疲れたけれど……何かをつかめた気がする。

さやか「なんか、ごめん」

不意にさやかちゃんが言った。わたしを見る、すっきりとした顔だった。
はっきりと意味が分かったわけじゃないけど、何となく理解できたので、

まどか「ううん、気にしないで」

と、笑って答えていた。

278: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 03:57:37.45 ID:LKXKsxFso

~まどか視点~

朝の学校。廊下の人ごみの中を歩く。わたしは一人だった。
途中までさやかちゃんと仁美ちゃんと一緒に歩いてたけど、二人とも他の友だちに
声をかけられて、どこかへ行ってしまった。

壁一面に張られたガラスから朝の光が、広い廊下を余すところなく照らし尽くしている。
教室の壁もすべてガラスだから、奥の奥まで光が入って、校舎を満たしている。

後ろからドタドタと駆けてくる音。ちょっと怖い予感がして、わたしは振り向きかけた。
弾かれた右の肩に衝撃。わたしは軽く吹っ飛んでよろめいた。
ぶつかった男の子の背中があっという間に小さくなっていく。足音が遠くなっていく。
とっさに左足で立ち止まり、ふうと息を吐いた。まだ少し肩がジンジンする。
ひんやりと冷たい床を踏んで、また歩きだそうとして、

ほむら「おはよう、まどか」

279: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 03:58:29.12 ID:LKXKsxFso

その瞬間、後ろから声をかけられて、わたしは振り向いた。
「おはよ……」と言いかけて、でもわたしは口を閉じた。後ろにほむらちゃんがいない。
声は確かに聞こえたのに。姿を探していると、今度は肩に手が置かれた。

ほむら「こっちよ」

振り向くと、珍しい。ほむらちゃんがいたずらっぽく微笑んでいた。
ほむらちゃんの方から声を掛けてきたのも、初めてのような気がするし。
いつになく上機嫌に見えた。……昨日の食事がよっぽど楽しかったのかな。

まどか「おはよう」

ほむら「どうしたの? 浮かない顔して。あなたらしくないわ」

まどか「そんなことないよ。行こう、ほむらちゃん」

わたしは目を逸らして、先に立って歩き始めた。
ほむらちゃんは一瞬ふしぎそうな顔をしたけど、うなずいて横に並んだ。

280: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 03:59:21.48 ID:LKXKsxFso



ほむら「パトロールって、なにも全員でする必要は無いんじゃないかしら」

長い授業が終わって、みんなで校門を出るとき、突然ほむらちゃんが言った。
マミさんとさやかちゃんがバッと顔を上げて、わたしも思わず振り向いた。
そんな様子をゆっくりと見てから、ほむらちゃんは続ける。

ほむら「一人でやって、魔女を見つけたら応援を呼ぶだけで、良いと思わない?」
ほむら「パトロールは当番制にして、毎日交代すれば良いのよ」

マミ「……当番じゃない人は、どうするの?」

ほむら「決まってるじゃない。休むのよ」

あっさりとした答えに、マミさんは言葉を失った。目をパチクリさせている。
「休むって……」と口にして何か言いかけたけど、何も続かなかった。
さやかちゃんも少し驚いていたけど、だんだん納得した表情になっていく。

さやか「うーん、まあ確かに……」
さやか「戦いはともかく、パトロールを全員でやる意味は無いのかな……」

281: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:00:38.86 ID:LKXKsxFso

街路樹の下を歩く。マミさんとさやかちゃんは顔を見合わせていた。
二人とも騙されたような顔で、首をひねっていたけど、反論は出なかった。
その二人に向かって、ほむらちゃんがさらに言う。

ほむら「今日のところは、ひとまず私がパトロールに出るわ」
ほむら「あなたたち、ちょっと疲れてるように見えるし、一日くらいゆっくり休みなさい」

これがダメ押しだった。
二人ともうなずいて、ほむらちゃんの言う通りになった。

今のやり取りで、一つだけ引っかかったことがあった。
確かに全員が固まってパトロールするなら、一人でしたって同じだけど……。
全員が散らばってパトロールすれば、一人でするより良い。それなら意味はある気がする。
わたしでも気付いたこと、ほむらちゃんもみんなも、気付いてないわけが無いのに。

でも、わたしには言う資格が無いから黙っていた。
つまり、わたしは魔法少女じゃないから。契約して無いから。

282: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:01:53.28 ID:LKXKsxFso

さやか「しっかし、急に休みなんて言われても、どうしていいか――っ」

言っている途中で、さやかちゃんは何か思いついたみたい。
別れ道で急に足を止めて、わたしたちにくるりと向き直った。

さやか「それじゃ、今日のさやかちゃんはオフということでっ」
さやか「この辺で失礼しちゃいます。――転校生、ありがとね」

ほむら「その"転校生"って言うの、いい加減やめてちょうだい」

さやか「神様、仏様、ほむら様……!」

ほむら「そういうのは良いから……」

脱力して肩を落とすほむらちゃん。さやかちゃんはちょっとだけ真面目な顔になって、
「だったら"美樹さやか"って言うのもいい加減やめてよ」と言った。
何となく、わたしはほむらちゃんの横顔を盗み見た。その口が開いて、

ほむら「"転校生"よりはまだマシじゃない。名前で呼んであげてるんだから」

結局、二人が名前で呼び合う日が来るのは、まだ先のことみたいだった。
今の流れには、すこし期待したんだけどなぁ……。

さやか「やれやれ。じゃあ、本当に今日はこれで。まどかも一緒に来る?」

半分歩き出しながら、さやかちゃんが誘ってくれた。
さやかちゃんは、まだどこに行くのかも言ってないけど、わたしには分かっていた。
方向もそうだし、さやかちゃんならそこに行くだろうなと分かっていた。もちろん上条くんだ。
でも、今日のわたしには別の用事があった。

まどか「ありがとう。でも、今日はわたしもやること、あるから」

さやか「そっか。そんじゃ、またね!」

283: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:03:03.26 ID:LKXKsxFso

マミ「さて、それじゃ私は……どうしようかしら」

さやかちゃんと別れてから、マミさんが困ったように言った。
ほむらちゃんは全然聞こえなかったかのように、前を見て歩いていた。
わたしはその二人の間に挟まれて、小さくなりながら歩いていた。

マミ「鹿目さんも、今日はやることがあるんだっけ」

こくりとうなずく。本当は、今日じゃなきゃいけない理由は無いんだけど、
なるべく早く済ませないと、だんだん踏ん切りがつかなくなるだろうから。

わたしを当てにしてくれてたのか、マミさんはじーっと考え込んでしまった。
今までずっと戦い続けてきたから、休みと言われると逆に困ってしまうんだろうか。

まどか「あの、マミさん……難しく考えなくても良いと思います、よ?」
まどか「わたしなら、休日は、家でテレビ観てゴロゴロして……とか」

マミ「それは、もったいないわね……けど、そういうものなのかしら」

つぶやきながら、マミさんはほむらちゃんをチラリと見た。
ほむらちゃんは携帯で何かを打つのに夢中で、気付かない。

284: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:04:30.34 ID:LKXKsxFso

やがて、マミさんとも別れる時が来た。
結局、普通に家に帰ることにしたみたい。でもすごく嬉しそうに見えた。
夕日が差して、光の中、マミさんは振り向いて微笑んだ。

マミ「一日休めるだけで、こんなに気持ちが晴れるものなのね」
マミ「暁美さん、本当にありがとう。明日は私が当番をするから」

ほむらちゃんも微笑み返した。二人が仲良くなってくれて、うれしいな。
次の言葉はちょっと予想外だった。もちろん良い意味で。

ほむら「パトロールの後で、お邪魔してもいいかしら?」

マミ「えっ」

ほむら「ほら、昨日、私が飲み損なった紅茶、あるでしょう?」
ほむら「あれを無くなる前に、飲んでおきたいから」

マミ「……そういうことね。もちろん、歓迎するわ」

心からの笑顔って言うのは、こういう感じだろうなと、わたしは思った。
マミさんの笑顔に、わたしまで笑顔になってしまう。

マミ「それじゃ、鹿目さんはまた明日。暁美さんはまた後で」

ほむら「ええ」

まどか「また明日、マミさん」

285: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:05:11.99 ID:LKXKsxFso

マミさんと別れて、わたしはほむらちゃんと並んで歩いた。
しばらくの間、会話は無かった。ほむらちゃんは一回、家に帰るつもりなのかな。

ほむら「まどか。あなたが今日やることって、なに?」
ほむら「あなたの家は、こっちじゃないと思うんだけど……」

直接聞かれてしまった。まあ、隠しても仕方ないよね。
結局あとでほむらちゃんにも伝わるんだろうし。わたしは仕方なく話すことにした。

まどか「今日はね、ほむらちゃんのおうちにお邪魔させてほしいの」

ほむら「もう一人のあなたに、何か聞きたいことがあるのね?」

やっぱり、ほむらちゃんはすごい。一瞬で見破られちゃった。

286: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:06:15.83 ID:LKXKsxFso

等間隔にランプの立ち並ぶ通りに入る。踏みしめる地面が硬い石畳に変わる。
わたしは慎重に言葉を選んだ。ほむらちゃんも、わたしには契約して欲しくないだろうから。

まどか「実はそうなの」
まどか「昨日から考えててね。本当は、魔女退治の後で、と思ってたんだけど」

ほむら「何を聞きたいの」

あ、いけない。ほむらちゃんの声が硬くなって、警戒されてる気がする。
やっぱり、契約して欲しくないんだ。でも、そうなるとますます気になってしまう。

ほむらちゃんの横顔を見ようとしたら、向こうはすでにこっちを覗きこんでいた。
顔を背ける。石畳に足を引っ掛けて転びそうになった。「大丈夫?」とほむらちゃん。
恥ずかしい……なに慌ててるんだろ、わたし。顔を上げて、息を吐く。気を取り直す。

まどか「契約のこと。どうして、契約しちゃいけないのかなって……」
まどか「前に、ほむらちゃんから聞いたけど、まだイマイチ分からなくて」

287: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:08:02.04 ID:LKXKsxFso

ほむら「あなたが契約すると、世界が滅びるかもしれないからよ」

すぐに、淡々と、ほむらちゃんは言った。わたしは横から見つめられているのを感じて、
何だか責められているような気がした。ほむらちゃんの方を見れない。頭が回らなくなる。

まどか「えと、でも……それって、変じゃない?」
まどか「もう一人のわたしは契約してるよね……どうして、なの?」

言葉は尻すぼみになって、最後はほとんど声にならなかった。
ほむらちゃんは黙っている。それが一番怖かった。次の瞬間に怒鳴られるんじゃないかと。
そのとき、ほむらちゃんが何かを差し出してきた。それは、別に特別な物ではなくて、

まどか「えっ……家の、カギ?」

ほむら「私はパトロールに行かないと」
ほむら「これで家に入れるから、あとはもう一人のあなたに聞きなさい」

それだけ言って、ほむらちゃんはさっさと歩いて行ってしまった。
わたしは顔を上げて、もう家の前に立っていることに気付いた。

288: ◆D4iYS1MqzQ 2014/02/12(水) 04:09:19.24 ID:LKXKsxFso



マミは上機嫌で帰路についていた。
余りにも久しぶりの休日。魔女と戦わなくても済む一日。

家でのんびり、何をしたって良い。夜には暁美さんも立ち寄ってくれる。
昨日の紅茶も良いけれど、今のうちに買い物して、他にも揃えておこうかな。

戦いから解放された、彼女の最高の気分は、しかし、家に持ち帰ることすら叶わなかった。

マンションのエントランス。そこに座りこんでいる、一人と一匹。
その姿を認めた瞬間、マミはパッタリと足を止めた。呆然として鞄を取り落とした。
トサッという軽い音。人影は顔を上げて、マミと目を合わせた。強い笑みを浮かべる。
マミは後ずさりしたが、人影は立ちあがって、前に出て、その口を開く。


杏子「――ひさしぶり」

296: ◆D4iYS1MqzQ 2014/03/02(日) 17:14:20.53 ID:RnYLcVIto

QB「やあ、マミ。しばらく振りだね」

マミ「キュゥべえ! 最近、帰ってこないと思ったら……」

立ちあがった杏子の足元から、ひょっこりと顔を出した白い小動物の姿。
マミは一瞬、表情を安堵でゆるめ、しかしすぐに、正面を見据えて硬くなった。

杏子「マミんとこの子猫が、あたしの所まで来たんだよ。わざわざ御苦労だよねえ」
杏子「で、妙なこと言いやがるから、気になってさ、あたし帰って来ちゃったのさ」

腰に手を当てて、舌を出して、おどけた調子で杏子は言った。
マミの眉間に深いシワが寄って、鞄を握りしめる手が震える。

マミ「何しに来たの。なぜここに居るの。――帰ってよ!」

杏子「まあ、落ちつけよ。べっつに、争うために来たわけじゃーないからさぁ」

QB「そうだよ、マミ」
QB「それどころか、彼女は君を助けに来たと言っても、過言じゃないくらいさ」

キュゥべえまでがそう言い、マミはすこし眉を上げた。
でも相変わらず、手は固く握りしめられ、魔女に対するのと同じ視線が、杏子に刺さり続ける。
杏子は呆れて、ため息をひとつ吐いてから、コンビニの袋を持ち上げてつぶやく。

杏子「――ちょいとマジな話なんだ。聞くだけ聞いてくれないかな」

297: ◆D4iYS1MqzQ 2014/03/02(日) 17:15:02.71 ID:RnYLcVIto



杏子のことは見ない。
その肩の上に座るキュゥべえに向かって、マミが口を開く。

マミ「この街だけ、魔女や使い魔が強化されてるってこと?」
マミ「そんなことって、あるのかしら……」

QB「本当だよ。それに、成長のスピードもね、早くなっているようなんだ」

杏子「そいつの話だけじゃ信用できないから、あたしも自分で確かめた」
杏子「おかげで数日かかったけど、どうやら間違いないみたいだよ」

マミ「……」

二人と一匹は、近くの公園に場所を移していた。
奥に二つ並んだブランコに、杏子とマミが並んで座り、互いに目を合わせない。
他には誰もいない。子供の声もしない、夕方の静かな空白のなか。

杏子「――マミ、あんた、このままじゃ死んじまうぞ」

298: ◆D4iYS1MqzQ 2014/03/02(日) 17:15:32.93 ID:RnYLcVIto

静寂の中に、いきなり言葉が放りこまれた。
マミは驚かず、かすかに眉をひそめただけだった。杏子は前を見て続ける。

杏子「あたしも何度か戦ったけど、どの魔女も滅茶苦茶な強さだ」
杏子「一人でやってたら体が持たない。使い魔の成長が早くても、これじゃ意味が無いね」
杏子「こんな街を縄張りにしてたら、一カ月もしないで倒れる羽目になりそうだ」

ここまで一気に話して、杏子はマミの反応を見るように振り向いた。
そのマミは、ぼんやりと前を見つめたまま、軽くブランコに揺られているだけだった。
「おい、マミ」と声をかけようとした、その機先を制して、不意にマミが口を開く。

マミ「ねえ、キュゥべえ。この子、結局なにが言いたいのかしら」

QB「しばらくの間、この街を離れたらどうかって、言いたいみたいだよ」

杏子「おい……」

マミ「バカ言わないで。私、この街を守る魔法少女なのよ」

杏子「おい、マミ!」

マミ「なにかしら」

そこでようやく、二人は顔を向かい合わせた。

299: ◆D4iYS1MqzQ 2014/03/02(日) 17:16:03.75 ID:RnYLcVIto

鋭く睨みつける杏子と、それを無感動に見つめ返すマミ。
マミの視線がふっと外れて、公園の中央に立つ時計に向いた。
杏子は息を吐いて、自分を見てくれないマミに、改めて向き直った。

杏子「……確かにあたしはマミを裏切った。あんたのやり方はバカげてると思ってる」
杏子「けど、マミが勝手に死ねばいいなんて思ったことは無い。あるわけない」
杏子「魔女が強くなってるってのは本当なんだよ……キュゥべえもそう言ってる。だから」

マミ「私は一人じゃない」

杏子「四人でもおんなじだよ!」

マミ「みんなを置いて、私だけこの街を出るわけには、いかないってことよ」
マミ「戦力の問題じゃないわ。あなたには分からないのよ、一人だから」
マミ「もちろん、全員が出ていくわけにもいかないわ。この街を守る人がいなくなるもの」

300: ◆D4iYS1MqzQ 2014/03/02(日) 17:17:19.06 ID:RnYLcVIto

いら立ちを隠そうともせずに言うマミ。面倒臭そうに、首を横に振る。
明らかな拒絶とはいえ、マミがようやく自分に反応を示したので、杏子はホッとしていた。
口を開いたのは、その肩の上に乗るキュゥべえだった。

QB「全員が出ていくのは、おそらく何の意味もないよ。マミが言ったのとは違う理由でね」

マミ「どういうこと?」

素早く反応するマミ。それを見た杏子は何とも言えない表情になった。
キュゥべえは杏子の肩を離れ、地面に軽く飛び降りて、マミの方に振り向く。

QB「この一連の異変の元凶が、君たちの中にいるかもしれないからさ」
QB「使い魔の成長が早くなったのも、魔女の魔力の規模が大きくなったのも、すべて」
QB「魔法少女の鹿目まどかと暁美ほむらが、この世界に現れた後だから、さ」

キュゥべえの尻尾が揺れた。マミは絶句して、ブランコから立ち上がった。
杏子は黙ってそれを見つめる。「……ありえないわ」というマミの呟き。

301: ◆D4iYS1MqzQ 2014/03/02(日) 17:17:53.67 ID:RnYLcVIto

QB「もっとも、因果関係までは確認できてないんだ」
QB「確かめる方法自体は単純なんだけど、実行するのは難しいしね」

杏子「その二人を、見滝原から追い出せばいいんだろ?」
杏子「それで一連の異変が収まれば、やっぱりそいつらのせいだったってことだ」

マミ「そんな勝手なこと、許されないわ」
マミ「時期が重なったのは、偶然に決まってる」

杏子もブランコから立ち上がり、隣に立ってマミの横顔を覗いた。よく見えない。
最初からずっと拒絶され続けているが、話の内容は着実に理解してもらえている。
でもやっぱり、マミは相当頑固だった。杏子はため息を押し殺して、話を続けようとする。

杏子「まあ、追い出すって言ってもね。キュゥべえから聞いたけど」
杏子「その二人の使う魔法、時間操作だっけ? 正直、手の出しようが無いんだよね」
杏子「となると、やっぱり、マミだけこの街から離れるしか無くて――」

マミ「――余計なお世話なのよ」

ボソリと呟いた。マミはうつむけていた顔を上げ、疲れたようにため息を吐いた。
杏子に向き直り、目を開いて、勢いよく身を乗り出す。思わず片足を引く杏子。

マミ「私はこの街に残るわ。死なないように努力する。それでいいでしょ!」
マミ「大体、いまさら私のこと心配する振りなんかしないで。勝手に出てったくせに」
マミ「私いまここで幸せなの。邪魔しないで。本当は何か別の狙いがあるだけなんでしょ」

畳みかけるように言い切って、マミは深く息を吐いた。鋭い眼光が杏子に突き刺さっていた。
杏子は舌打ちして、くるりと回ってマミに背を向けた。

杏子「もういい、勝手にしろ」

捨て台詞を吐いて、杏子は歩き去っていく。その背中が遠くなっていく。
マミはしばらく立ち止まっていたが、やがてその場に座り込んだ。
その様子を、少し離れて、キュゥべえは黙って見つめていた。

315: ◆D4iYS1MqzQ 2014/04/16(水) 08:15:01.65 ID:B7ZZ+Y0Io



空を振り仰ぐ。緊張が解けて、ため息が漏れる。
杏子はマミと話した公園を離れ、ぐっと伸びをする。
足が重い。石畳を踏んで、なるべく遠ざかる方向へと歩いていく。

と、そこで杏子は足を止めた。

オープンカフェが軒を連ねている通りを、こちらに向かって歩いてくる姿に、
見覚えがあった。向こうは知らないだろうが、こちらは知っている。

彼女は身体の前に両手で鞄を抱え、トボトボと歩いていた。
目は伏せられ、周囲には最低限の注意しか払っていない。

唇を舐め、杏子は止めた足を再び進めた。まっすぐに彼女に向かって行く。
彼女の遅い歩みの正面に踏み込んで、その顔を覗き込んだ。
進路を遮られた少女が顔を上げる。

316: ◆D4iYS1MqzQ 2014/04/16(水) 08:15:27.55 ID:B7ZZ+Y0Io

さやか「……? なによ、アンタ」

杏子「ちゃんと前見て歩きなよ、美樹さやか」

さやか「? 見ない顔だけど、なに? ウチの生徒なの?」

いきなりフルネームを出されたせいか、さやかは困惑していた。
杏子は特にフォローせず、一方的な言葉を投げかける。

杏子「あたしは佐倉杏子。この街に新しく来た魔法少女だよ」
杏子「今さっき、巴マミにも……挨拶してきたとこ。で、今はアンタのとこに」

目をパチクリとさせ、さやかはしばらく黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。

さやか「……最近、契約したの?」

それを聞いた途端に、杏子は脱力して肩を落とした。

杏子「んなわけないでしょ。美樹さやか、アンタ疲れているんだよ」
杏子「キュゥべえから聞いてる雰囲気と全然違うし……何かあったのか?」

さやか「……」

また視線を落とし、黙りこむ、さやか。
やれやれと杏子は首を振り、明るい声で優しく誘う。

杏子「聞かせてみなよ。なんかアドバイス出来るかもしれない」
杏子「ただ、立ち話もなんだし、どっか座れる所でも探そうか」

顔を上げたさやかは、どっちつかずの表情で、黙って頷いていた。

317: ◆D4iYS1MqzQ 2014/04/16(水) 08:15:58.67 ID:B7ZZ+Y0Io



マンションの自室に戻ったマミは、ドアに鍵を掛けて、すぐその場に座り込んだ。
安堵と疲労から、深いため息が漏れる。

杏子の顔を見た途端、嫌悪感が渦巻いて、どうしようもなかった。
でも今思い返してみれば、自己嫌悪しかない。ひどい態度を取ってしまった。

マミ「あの子だって、悪いのよ……」

座りこみ、自分の膝の臭いを嗅ぎながら、マミは小さく漏らした。

かつての二人は最高のパートナーだった。
だがその関係はかなり前に崩れた。原因は杏子だった。
彼女が今後は自分の為だけに魔法を使うなどと、言い出したせいなのだ。

マミ「そんなの絶対、許せるわけが無いじゃない」

しかしそれまでの楽しかった日々を忘れることも出来ず。
それに今日、彼女は明らかに私のことを心配してくれていて――。

マミ「"マミが勝手に死ねばいいなんて思ったことは無い。あるわけない"――か」

半ば衝動的に出たような、さっきの杏子の言葉を、繰り返してみる。
その言葉は、うれしかった。が、それとこれとは話が別だ。

マミ「暁美さんが来たら、ぜんぶ話しちゃおう」

心に決めて、ゆっくりと立ち上がる。
やはり彼女には、杏子を許す気は全く無かった。

318: ◆D4iYS1MqzQ 2014/04/16(水) 08:16:33.69 ID:B7ZZ+Y0Io



結界の中に杏子の鋭い声が飛ぶ。

杏子「さやかっ! いったん下がれ!」

その声で、今まさに飛び込もうとしていたさやかが足を止めた。
同時、大砲のような形の使い魔の口から、戦闘機のミニチュアが連射される。
それは空中で爆発し、使い魔の周囲をまとめて吹き飛ばした。

煙が晴れるのを待たず飛び込んでいく杏子を、さやかは黙って見送る。

出会って間もないのに、なぜか彼女には悩みを打ち明けることが出来ていた。
戦力になれず、恭介にもあまり会えない、何のために契約したのか――。
杏子は何かアドバイスをくれたわけではなく、ただ聞いてくれただけだったが、
それだけでも肩の荷が下りる感覚があった。

さやか(自分のせいで家族を亡くして……それなのに、すごいヤツだなぁ)

杏子の過去の話を聞いている途中、使い魔の反応を感じた。
そして今、二人は協力して戦っている。杏子は想像以上の戦力だった。
さやかは自分の力不足を感じ、でもいつものように悩むことは無かった。

さやか「杏子! 何かできる事は!?」

319: ◆D4iYS1MqzQ 2014/04/16(水) 08:17:03.42 ID:B7ZZ+Y0Io



杏子「――おつかれ」

使い魔の背後から剣を突き通し、荒い息を吐くさやかを、杏子がねぎらった。
ポンと肩に置かれた手を払う振りをするさやか。その顔に満更でもない笑みが浮かぶ。

さやか「まぁ、何と言うか、ありがとう」
さやか「杏子のおかげだよ。あたしは良いとこ取っただけで……」

杏子「んなことないよ。アンタ、速いし、ここぞという所で外さない」
杏子「単純に、まだ経験が足りないだけじゃないの?」

視線を外しながら、杏子は早口で言った。
さやかの顔から影が消える。杏子を見上げる顔はまっすぐな光に満ちていた。

風が吹いて、二人の間を吹き抜けていく。杏子の髪が前に流れ、表情を隠した。
狭い路地を抜け、甲高い音を立てて抜ける風。その通り抜ける直前。

杏子「――けど、ごめん」

320: ◆D4iYS1MqzQ 2014/04/16(水) 08:17:50.61 ID:B7ZZ+Y0Io

杏子はくるりと向き直ると、さやかの肩に両手を置いた。
きょとんとした表情を浮かべるさやか。対する杏子は笑みを消し、スッと目を細めた。

さやか「――杏……がはっ」

突如、跳ね上がった杏子の右膝が、さやかの鳩尾を突く。
身体をくの字に折り曲げるさやか、声を漏らす間もない、追い打ちの手刀が、
うなじを直撃して、その意識を奪った。

わずか三秒。

倒れるさやかを抱きとめ、地面に横たえる。
立ちあがる杏子の手には、青い宝石、さやかのソウルジェムがあった。
杏子は顔をしかめながら、さやかを見下ろし、小さくつぶやく。

杏子「ホント、悪いけど……これ以上は、もう裏切れなくなるし……」
杏子「今しかなかった……ごめん、さやか……でも、あたしは」
杏子「マミを救わないと……だから。そのために、来たからさ……」

言いながら、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。
その途中で、一度だけ足を止めた。

杏子「……これ、アンタのソウルジェム、少しの間、借りてくよ」
杏子「後でちゃんと返すから。そん時は今の倍くらい殴ってくれ」

狭い路地を風が通り抜けていく。

327: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:51:18.06 ID:macMOcuro

~まどか視点~

差す夕日が不気味な影をつくる、ほむらちゃんの家の前。
人通りは無く、門の前でわたし一人、ポツンと立ち尽くしていた。

手を伸ばして、インターホンを鳴らす。

待つというほども無く、もう一人のわたしが玄関から出てくる。
彼女の笑顔はいつも通りに見えた。薄暗い中に彼女の瞳だけが光って、わたしを捉える。
思わず一歩下がる、そのわたしに声が飛ぶ。

魔まどか「あれ、わたしじゃない。どうしたの?」

まどか「ちょっと聞きたいことがあって」

魔まどか「?……まあ、とにかく、上がって上がって!」

笑って、ぐいとわたしの腕を引っ張る、いつも通りの、もう一人のわたし。
背後で、鉄の門が軋んだ音を立てながら、ゆっくりと閉まる。

328: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:52:05.26 ID:macMOcuro

リビングに通されて、しばらく黙って座っていると、やがて彼女が戻ってきた。
その手にはカップが二つあって、中身はコーヒーだった。
テーブルにそれを置くと、彼女は「暗くなってきたね」と言って、部屋の隅に向かった。

ぱちっという音。部屋の中が光で満たされる。
わたしが今日のパトロールは無くなったことを伝えると、
彼女は「ほむらちゃんからもう聞いた」と言った。
まだほむらちゃんとは会っていないはずなのに、いつ聞いたんだろう。

魔まどか「……それで、わたしに聞きたいことって?」

ハッとして顔を上げる。
対面するもう一人のわたしが、カップに口を付ける。
少し眠そうな目だけど、こちらに真っすぐ向いていた。

329: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:52:32.12 ID:macMOcuro

一瞬、ためらう。
さっきのほむらちゃんの反応を思い出してしまう。
けど、ここまで来て、後に退くわけにもいかない、と覚悟を決める。

まどか「どうして契約しちゃいけないのか、です」

口に出しながら、わたしは彼女の顔の方を向いて、でも見ていなかった。
反応が怖かった……けど、改めて見ると、彼女はきょとんとしている。
わたしはかえって混乱した。彼女はその顔のまま口を開く。

魔まどか「どうしてそんなこと聞くの?」

まどか「いや、わたしは、別に……」

魔まどか「やっぱりまだ契約したいってこと?」

まどか「しちゃいけないっていうのは、分かるんだけど……」

魔まどか「ちょ、ちょっと待ってよ!」

330: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:52:58.02 ID:macMOcuro

彼女が少し声を大きくして、わたしの視線はその表情にくぎ付けになった。
何だか後ろめたいものが込み上げてくるような、それは「裏切られた」という表情だった。
こちらに身を乗り出す彼女が、真剣な顔で言う。

魔まどか「前に、たくさん話したのに、分かってくれたと思ってたのに!」
魔まどか「契約したって、良いことなんか何も無いんだよ。痛いし、死んじゃうよ」
魔まどか「それに、あなたが契約すると……みんなも死んじゃうかもしれないんだよ」

言って聞かせるようにして、だんだんと声に冷静さが戻ってくる。
それを黙って聞かされながら、でもわたしの中で、何かが芽生え始めていた。
初めは小さくて気付かないほどだった違和感の種が、突然大きくなり始めていた。
彼女が息を吐き、静かに言う。わたしはうつむいたままで。

魔まどか「契約しないって、約束して」

まどか「……いやだ」

魔まどか「っ!!」

331: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:53:24.23 ID:macMOcuro

まどか「だって、あなたは契約してるじゃない」

自分がとんでもない反抗をしているって分かった。
彼女がどんな顔をしているか、うつむきながらでも、見えていた。
でも溢れだした言葉は、すべて出尽くすまではもう止まらない。

まどか「痛いのが嫌だなんてウソだ。みんなが死んじゃう方がわたしには嫌だもん」
まどか「あなたもそうでしょ? だって、あなたもわたしなんだから」
まどか「それにあなたが契約したからって、世界が滅びたりなんて、してないよ」
まどか「なら、わたしが契約したって大丈夫。わたしその方が普通の考えだと思う」

ガタッという音と共に、テーブルが揺れ、コーヒーが少しこぼれた。
彼女が再び対面に座り、わたしたちはテーブルを挟んで向かい合った。
背筋を正して、彼女の恨みがましい視線に耐える。身構える。彼女が口を開く。

魔まどか「あなたは魔法少女になって強くなりたいだけでしょ」
魔まどか「目的もない、ただ力が欲しいだけじゃないの?」

332: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:53:53.70 ID:macMOcuro

開口一番、厳しい口調で言われる。
考えてもみなかった。言葉に詰まってしまう。

まどか「そ、そんなこと……」

魔まどか「だったら教えてよ、なんで契約したいの?」

答えを待たず、彼女が畳みかけてくる。
すぐには答えられず、黙って考えこむわたし。
彼女はため息を一つ吐き、湯気も立たない冷え切ったコーヒーを口に含んで、
わたしを見つめていた。

なんで契約したいのか。
もちろん、みんなを助けたいからに、決まってる。
でも、今の戦力で十分、魔女と戦えてるっていう事実もあって……。

333: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:54:20.53 ID:macMOcuro

まどか「ううん、違う。話をそらさないで」
まどか「わたしは、なんで契約しちゃいけないのかって聞いてるの」

わたしは慎重に言った。
彼女はカップを下ろし、顔を上げて、

魔まどか「契約する理由がないのに、そんなこと聞く意味ないじゃない」

と、すぐに返してきた。
その目が閉じられ、わたしには何だか余裕の表情のように見える。

この子は契約してるのに、なんで、わたしだけ……。
たった一カ月。それだけの差で、なんで、こんなに……この子は。

334: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:54:47.10 ID:macMOcuro

彼女はわたしを見て、眉をすこし上げる。

魔まどか「変なこと考えないでね」
魔まどか「勝手に契約したら、わたし、あなたを許さないから」

まどか「……そんなことしないよ」

魔まどか「…………」

沈黙の中に、わたしの言葉が変な形で残ってしまう。
まるで白々しいウソのように。案の定、彼女はあからさまに疑いの目を向けてきた。
ウソじゃないはずなのに、ウソをついたような気分にさせられる。
彼女がわたしを睨んでいる。今更のように、そのことを思う。心が揺れてしまう。

まどか「う……」

335: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:55:12.52 ID:macMOcuro

まどか「ウソじゃないよ。わたし、あなたの気持ちもわかるし……」
まどか「みんなを助けたいんだよね、わたしと同じだよ……」
まどか「だから、もし……わたしも力になれたらって!」

グラグラと自分が崩れていく感覚があった。
彼女の視線が全く動かず、表情も固定して、わたしを見つめているのが怖かった。
その口元が最小限の動きで、言葉を放つ。

魔まどか「ウソでしょ」

まどか「ウソじゃないって」


魔まどか「――ウソだッ!!」

336: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:55:39.34 ID:macMOcuro

突然の大声。
殴られたような衝撃、指一本動かせず、背筋が凍りついた。
荒い息。なぜそんなに怒るのか。椅子を引き、ため息つく彼女。
コーヒーを含みカップを静かに下ろす。彼女の手が震えていた。

魔まどか「あなたにわたしの気持ちがわかるわけ無い」
魔まどか「マミさんのことも、何もあなたは……。知ったような口きかないで!」

まどか「…………」

魔まどか「みんな、わたしが助けるから」
魔まどか「あなたにわたしの気持ちは分かるわけ無いけど」
魔まどか「わたしにはあなたの気持ちが分かるから、わたしに任せてよ」

まどか「…………」

魔まどか「とにかく、あなたは、余計な事しないで」

まどか「…………」

魔まどか「…………」

337: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/01(木) 11:56:05.86 ID:macMOcuro

絶対的な沈黙。
何のためにここまで来たのか、もう分からなくなってしまった。
何か出来るはずと思って、勇気を振り絞って来たのに。
深いため息が漏れて、気力が萎え果てる。しおれた花のように。視線が落ち、力が抜ける。

あまりにも気まずい沈黙が、一分以上は続いた気がする。
彼女が何か声をかけてくる気配を感じたけど、わたしは顔を上げなかった。
もう気持ちが、わたしには無かった。

それでも、彼女はさすがに言い過ぎたと思って、謝ろうとしていたのかもしれない。
でも結局、次の瞬間、全てはうやむやにされてしまった。


魔まどか「…………っ」

未来QB「――大変だ、まどか!」

魔まどか「!? どうしたの、キュゥべえ」

未来QB「杏子が現れて、さやかに接触を……とにかく急いで来てくれ!」

347: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/17(土) 03:12:18.36 ID:0axesQrno



日が暮れてますます輝きを増す夜の街に、少女の駆ける足音が響く。
その肩の上で、夜風に身を縮ませる、白い小動物のような姿がある。

未来QB「ちょっと待ってくれよ」
未来QB「君は外に出ないようにって言われたのを、聞かなかったのかい?」

肩の揺れは止まらず、風景は流れていく。少女は足を止めない。
分かれ道に差し掛かり、彼女が靴底で地面をこすりながら止まると、
キュゥべえは前のめりに転がり落ちた。

まどか「分かれ道! どっち?」

未来QB「聞いちゃいないね……仕方ない」

立ち上がり、やれやれとため息を吐く。

未来QB「ここは真っすぐだよ。どうなっても知らないからね」

348: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/17(土) 03:13:40.80 ID:0axesQrno



無数の光を見下ろす高層ビルの屋上から、飛び降りる影。
白っぽい装束に、桃色の大きなリボン。
隣のビルの屋上へ、10数階分の高さを難なく飛び降りて、着地し、
駆けだして再び飛ぶ。

眼下に広がる絶景を見る瞳に、光は無い。
あるのは、激しい怒りと、何かに追われるような焦り。

349: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/17(土) 03:14:14.65 ID:0axesQrno



路地裏の闇の中、一つの死体が横たわっている。
夜風が頬を撫でて、サラサラと髪が揺れる。
瞳は閉じられ、眠っているようでもあるが、紛れもなく死んでいた。

マミ「魔女か使い魔の反応を感じたけど……もう終わったのかしら」

路地の入口に、魔法少女。
何かがあることに気付いたのか、警戒しながら、ゆっくり近づいてくる。
吹き込む風が甲高い音になって、路地の闇に吸い込まれていく。

マミ「人が倒れてる……しかもこの制服は……ちょっと、待ってよ……」

鼓動が高まり、足を速めて、マミは倒れている人影に近づいた。
ソウルジェムの明かりで照らし出すと、その顔が明るみに出た。

マミ「美樹さん!! しっかりして!! 美樹さん!!……え?」

慣れた動作で脈を確かめ、そのままマミは固まった。
つかんださやかの手を取り落とす。地面に落ちた手は、ぴくりともしない。
脈は無い。死んでいる。そういうことになる。でもそれはありえない。
ありえない。ありえない。ありえない。

QB「大丈夫かい、マミ?」

350: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/17(土) 03:16:22.67 ID:0axesQrno

暗闇の中から生まれてきたかのように、キュゥべえが現れた。
マミはゆっくりと首を回して、彼を見つめた。
冷たい風がマミの身体を底から冷やし、小刻みに震えさせる。
カチカチと上下の歯を鳴らしながら、何とか口を開く。

マミ「キュゥべえ……大変なの。美樹さんが」

声は震え、ふっくらとした頬の上に涙が線を引き、伝い落ちる。
ポタポタと垂れたしずくは、さやかの額に落ちた。
黙りこんでいたキュゥべえが、やがて口を開く。

QB「彼女の命を奪い去ったのは、佐倉杏子だ」

マミはその答えに呆然とし、何も言えず、さやかの顔を見下ろした。
目は閉じられ、相変わらず眠っているようにしか見えない。
キュゥべえは返事を待たず、さらに続けた。

QB「彼女がどっちに逃げたか分かるよ。今からでも追ってみるかい?」

351: ◆D4iYS1MqzQ 2014/05/17(土) 03:17:54.55 ID:0axesQrno



夜空の中、風にはためくスカートを押さえて飛ぶ。
落ちていく中で、杏子は背後から近づいてくる気配に気づいていた。
地面を踏むのと同時に、曲げた膝を伸ばしてバネのように跳ね上がる。
ちょうど着地を狙っていた弾丸は、屋上の床に火花を散らし、激しい音を立てた。

杏子「マミだな?」
杏子「いきなり好戦的だねえ。美樹さやかは一緒じゃないのか?」

襲撃を予想していたように、杏子は不敵な笑みを浮かべて振り向いた。
見上げた先、隣のビルの屋上に人影があった。
月をバックに、大量のマスケットを浮かべて、こちらを見下ろしている。

マミ「見下げ果てたわよ、佐倉さん。ここまで堕ちたなんてね」

杏子「なんだよ今更。あたしが手段を選ばないのは、今に始まった事じゃないだろ」

苦しげなマミの調子とは対照的に、杏子の調子は軽い。
しかしマミからのあからさまな侮蔑に反応してか、
僅かに眉は釣りあがり、笑みは薄れて眼光が強まる。


まどか「もう大丈夫だよっ」まどか「あなたは……!」 後編