1: ※ことうみ(某所にて投下済み) 2015/02/14(土) 04:09:16.66 ID:Vxvm9mtDo

 二十数時間まえ、

 私のファーストキスをうばったあとで

 いとしいどろぼうさんは
 夕陽の沈む門の向こうへ 消えちゃった。


  『――ごめんなさい』


 海未ちゃんはあんな顔して、そう言った。

 ことりのくちびるは焼けただれたみたいに熱くって、
 言葉なんて出てこなかった。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1423854556

引用元: ことり「サイレンと、空の飛び方。」 

 

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:10:34.13 ID:Vxvm9mtDo

 ことり、動けなかったの。

 あたまの中でずっと何かが鳴ってるのに、
 今すぐあの背中まで飛んでいきたかったのに、
 ことりの足は動かないまんま、海未ちゃんを、家にもどしちゃった。

 なのに今日はもう、
 全部わすれてしまったみたいな笑顔を貼り付けたまんま、

 ダメなドラマに出てくるうそのアイドルみたいに、へたっぴな顔していて。

 耳鳴り、もっとひどくなったの。
 ずっと熱くて、痛くて、私のからだの知らないとこが、
 背中に生えた羽根みたいに 白くてふわふわしてたとこが、
 ばつんと ちぎれてしまったみたいで。

 いたくて、おかしくなっちゃうよ。
 ことりには羽根なんてなかったはずなのに。


3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:11:00.75 ID:Vxvm9mtDo

  ◆  ◆  ◆

 踏切の警笛が鳴り出す前にはちゃんと立ち止まるし、
 赤信号を守らなかったことだって、
 たぶんない。

 ことりの知ってた海未ちゃんはそういう人で、

 それも誰かが見てるからとか
 自分が危ないからなんてことじゃなくって、
 そういうものだから、

 この世界はそういうふうにできてるから、
 そうするのが当たり前。

 そうやって、
 すんなり思いこめる強い人なんだって、
 隣で見てきて、なんとなくそう思ってた。

 気の流れに身を任せるのです、
 なんて、
 いつかの大会の帰り道でも海未ちゃん聞かせてくれたっけ。
 立ち止まらず、
 どんな向かい風でも受け入れてくれる人。


 そういう人だって、
 ことりは昨日まで思い込んじゃってた。


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:11:27.36 ID:Vxvm9mtDo

 山手線は数分おきにぐるぐる流れていくし、
 頭の上の首都高で流れていく車の音はよどみなくって、
 そのもっと上で、
 夕暮れのカラスが群れなして抜けていくから、

 立ち止まってるのは私ひとりだけ、
 なんて気がして、

 高架下のフェンスに寄っかかって携帯を取り出したら、
 もう通知が入ってた。


 海未ちゃんだといいな、
 海未ちゃんじゃなければいいな、

 同じぐらいぐるぐる不安定な気持ちで、ラインを開いた。


5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:11:53.92 ID:Vxvm9mtDo

  ◆  ◆  ◆

 海未ちゃん、早かった。

 まるで今もすぐそばに居たみたいに、
 さっきまで離れてたのがウソみたいに。

 傾きかかった夕陽が
 つぶれちゃったガソリンスタンドの
 錆びついた看板の影を横たえて伸ばすから、

 その黒い線に海未ちゃんとことりは隔てられて、
 なんだか昔の陣取り合戦みたいだなって、ドロケイだっけ、
 ケイドロだっけ、三人かみんなで遊んでた時のこと、
 まるで場違いなのに、

 私も海未ちゃんも年を取りすぎちゃって
 陣取りなんて気分じゃないのに、
 おかしくって。

 少しだけ、楽になった、のかなぁ。
 黒い線の向こう側にも伝えてあげたい、
 一緒に分かってほしいのに、私の言葉はひとつも出てこない。


6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:12:20.52 ID:Vxvm9mtDo

 ――ごめんなさい。
   昨日のことは、忘れてください。


 逆光でうつむいた顔も見えないまま、
 そう言って海未ちゃんがすべてを終わらせてしまった。

 踏み出せばよかったのかな、
 あの黒い影の向こうへ、この狭い高架下から抜け出てって。

 そうすればよかった、
 って五秒後には気づいてた、 分かってた!

 なのに、
 なのにことりの足は不自由で、ぜんぜん動かなくって、
 夕陽は沈んでくばかりで、
 時は止まらないし車の音はうるさいし私はどうしようもなくって、


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:12:47.08 ID:Vxvm9mtDo

 ……そしたら海未ちゃん、笑ってくれる。

 後輩や友達のみんなを安心させてくれる、強い笑顔をくれる。
 ああそうだ、海未ちゃんは強いから。
 まるでアイドルみたいな笑顔。
 でもことりは分かってる。
 ダマされないもん。

 あれは、なにも言わせないための笑顔だ。

 流れる風に身を任せて、
 そのかわり、自分の大事なものをそこに落として、
 流されてしまうための、あきらめの笑顔なんだ。


 そこまで分かってるのに、
 どうして、ことりはなんにもできないのかな。

 あと数メートル歩み寄って、
 海未ちゃんのことを、
 海未ちゃんのことを、
 昨日聞いてしまった海未ちゃんの気持ちを、
 海未ちゃんとの未来を、世界を、ああもうことりのバカ、どうして、


8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:13:13.66 ID:Vxvm9mtDo

  ◆  ◆  ◆

『――ごめんなさい。
 こんなこと、してしまって』


『気持ち悪いですよね、
 そんなつもりじゃなかった、ことりもそう思いますよね』

『でももう、私は……もう、
 夜も眠れなくって、あなたのことが、とても、つらくって、』


『……お願いです。
 後生ですから、今からすることを、過ちを、どうか見逃してください』



『私は、園田海未は……ことり、あなたのことを、』


9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:13:40.24 ID:Vxvm9mtDo

  ◆  ◆  ◆

 音ひとつ聞こえない帰り道、こんなの初めてだった。

 自転車の音や信号の鳴る音だってそこでしてるのに、
 向こうでお母さんぐらいの年の女の人たちが話す声や、
 部活帰りの中学生が歩道橋に向かって叫ぶ音、みんなみんな遠かった。

 ここはひどく寒くって、
 その中で、
 息ひとつ聞こえないほど静かな、
 風に溶けてしまったみたいな隣を歩く人が、一番遠いところにいた。

 手だってつなげる距離なのに、
 その間を流れる空気が透明な分厚い壁みたいに隔てるから、
 なんにも言えないまま、通学路の分かれ道、踏切の前まで着いちゃった。


10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:14:06.82 ID:Vxvm9mtDo

   じゃあ、明日学校でね。

   はい。それでは、明日。



 機械みたいな声でさよなら交わしたら
 かえって動けなくなって、
 私も、あの子が踏切を渡って手を振るのを見過ごしてしまった。


11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:14:33.38 ID:Vxvm9mtDo

 いつまでも一緒に居れたらいい、
 だいすきな人とずっとそばに居たい、って子どもの頃から思ってて、
 それが当たり前だって、
 普通に続くんだって昨日まで思い込んでた。


 でも、
 年をとればとるほど、大人に近づくほどに、
 仲良しはただの仲良しでいられなくなって、

 誰かと誰かがそばに寄り添い続けるためには名前が必要になって、
 でもその名前は、
 海未ちゃんとことりでは、足もおぼつかないほど重たいものだった。

 昨日、ベッドの中で、
 海未ちゃんが重ねたくちびるのこと、ずっと思い出してた。

 眠れなかった気持ち、今なら分かる。
 ふらふらして、
 倒れちゃいそうで、
 昨日の放課後だって海未ちゃん倒れちゃってね。

 あれは、関係に付ける名前の重さだったんだ。


12: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:14:59.93 ID:Vxvm9mtDo

 ふと、見上げた。
 あの子の顔なんて見たくない、
 逃げたいのかもって思ってたはずなのに。


 そしたら……動けないのは、あの子も同じだった。


13: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:15:29.39 ID:Vxvm9mtDo

 耳元で強い音が鳴り出した。

 耳をつんざく音、甲高い鳥の鳴き声。

 一斉に飛び立つ、空に 鳥の群れ が広がる、海未ちゃん 動かない、
   後ろからすごい勢いの
              自転車、
  海未ちゃん の横を通り過ぎるけど 海未ちゃんは まだ動かない、
 遮断機がついに 動き出す、
 海未ちゃんは ぼんやり 私 を見てて、遠くから 電車の走る音、
   海未ちゃんは、空から  羽根 が落ちて、沈みきる直前の赤い 光 、

 がんがん耳元で鳴る 警笛 、


       海未ちゃんは、

        海 未 ち ゃ ん  は






「――― 海 未 ち ゃ あ ん っ!」


14: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:15:55.96 ID:Vxvm9mtDo

  ◆  ◆  ◆

 あぶないですよ、あんな時に渡ったら、
 なんて言う声なんて聞いてあげない。もう知らない。
 聞きたくない。
 聞きたくないから私の腕で海未ちゃんを閉じこめた。

 もうなんにも言わなくていい。ばか。
 海未ちゃんばかだよ。
 それに、ことりは、もっとバカだ。


 こんなところに居たら通行の邪魔だなんて
 くだらないこと、もう涙声なのに言ってくるから、
 ことりの家に連れて帰った。

 もう、なにもいわなくていい。
 笑わなくていいよ、って。
 ことりの前では泣いていいんだからね、って。


15: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:16:22.54 ID:Vxvm9mtDo

 あの瞬間、海未ちゃんの顔を見たとき、足が軽くなったの。
 羽根が生えたみたいに、空に浮かぶように、
 それこそ、流れる風になって海未ちゃんをさらってしまうんだって、
 そうしなくっちゃって決まってた。

 でも、そんな話をしたって、
 お風呂のなかの海未ちゃんはぽーっと顔を赤くしてるだけだから、
 むずかしいことは後回しって決めた。


 気づくともう外は真っ暗で、あと少しで日付も変わっちゃう。
 時間も吹く風も止まってはくれないし、
 何かを留めるためには、なんだか名前が要るみたい。

  海未ちゃんは私たちの未来を変えようとしてくれた。
  だから、今度はことりが返す番なんです。


16: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:16:49.09 ID:Vxvm9mtDo

 うちの晩ご飯を食べたあとで、
 「これから、どうしましょうか」って海未ちゃんが言った。

 そうだね、
 とりあえず、名前をつけちゃおうよ。



 ことりは、今度こそ海未ちゃんに伝えた。

 私を、あなたの「恋人」にしてください、って。



おわり。