1: ※のぞえり(某所にて投下済み) 2015/02/14(土) 04:22:06.52 ID:WCdZnKMTo

 眠りの海からこぼれ落ちたのは、
 耳元すこし離れたとこで聞こえた足音のせいで、

 ぼやけた両目で薄明かりを見渡して、
 いつもと違う背中の寝心地や布団の感じ、
 手探りで見つからない携帯の充電器、
 そんな中でようやっと、

  あ、えりちの家だ、

 って思い出した。


 なのに、えりちはいない。
 ああもう、わたし、まだ覚めてないみたいね。


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引用元: 希「えりちのうちから、わたしに向けて」 

 

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:22:47.74 ID:WCdZnKMTo

 まださめ切らない頭の中って、
 サイダーみたいな泡がはじけて、くらくらしてる。

 そんな泡の向こう側、
 夢の満ち引きの沈んだ先で、
 たぶんあの子はまだ、まだあんな顔をしたままだ。

  真夜中ふっと目覚めてしまって、
  お母さんたちも眠っていて、
  ひとりだけ世界からこぼれ落ちてしまったみたいで、
  寝汗のくるしい布団の中で、夜が明けるのをどうにか待っている。

 その女の子ったら、
  自分の腕を抱えるのが精一杯で、
  頭の中ではあした誰かにどんなこと話そうって考えたりする。

  今度はうまく話せるかな、ぎこちなくないかな、
  って頭の中で一人芝居。


 そんな夜のこと、今だって誰かに話せない。
 だから今でも、しあわせな時に限って、あの子に夢で会うの。

 あの女の子は、小さい頃のわたしだった。


3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:23:14.34 ID:WCdZnKMTo

 慣れない家の慣れないベッドで、
 はがしたばかりの隣の布団、
 豆電球の淡い光に照らされて、まだ体温が残ってるところ。

 変かもしれないけれど、手を滑らせてみたりして、
 あぁ、これがえりちの熱なんだ、って。

 こんなとこ、見せられないね。

 でも明け方の空気は冷たくって、
 カーテン越しにあの白い月が、
 わずかな温もりまで
 吸い取ってしまうようで、みるみる冷えてしまう。


  えりち、どこいったん?

    もう、女の子にさみしい思いをさせたらあかんよー?


4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:23:40.89 ID:WCdZnKMTo

「……起きたのね。よかった」


 程なくして、
 二つのマグカップを持ったえりちが部屋に帰ってくれた。

  どこ行ってたん?
  そんな年から深夜徘徊はあかんよ?

 なんてからかって、くすくす笑ってもらう。

 えりちのカップからはもう甘い香りが届いていて、
 こんなもの飲んだら虫歯になっちゃうよ、なんて言っても、

「暖まるからいいでしょう。
 このココア、おいしいんだから、希にも薦めたかったのよ」

 って聞かなかった。


5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:24:07.52 ID:WCdZnKMTo

 部屋の電気をぱちっと点ける。
 広がった光が、夜をカーテンの外へ追いやってしまう。

 うちの目もぱちっと覚めて、
 あの女の子のことだって、布団に残った熱だって、
 全部さっぱり光の海に流されてしまう。


「……おいしいね」

「そうでしょう?
 やっぱりチョコレートはスイスかベルギーに限るわね」

「そこはロシアじゃないん?」

 えりちは、希までそんなこと言うんだから、って膨れてみせる。

 のどからおなかの奥まで流れていく、甘くてあったかいもの。
 それはカップを持つ指の肌や、
 パジャマ越しに寄り添って重ねた腕からも流れ込むみたいで、
 こんなにあったかくていいのかな、ってちょっと怖いくらい。


 えりちがのどを鳴らして飲み込むと、
 甘いため息を浮かべたりして、
 あの青い目がこちらと合って、ほほ笑みを滲ませたりする。


6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:24:34.08 ID:WCdZnKMTo

「……心配、だったんよ。えりちが遭難してないか、って」

 作った声でむくれてやった。
 わらってほしくって、あきれてくれてもいいからって。
 でも、
 えりちはかしこいから、そのどちらもしてくれなかった。

 飲み干したカップをそこに置いて、
  ばぁか、って
 うちの頬をつついてみせた。

 わらっちゃったの、わたしのほうだった。


7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:25:00.71 ID:WCdZnKMTo

「うなされてたのよ、希。やだ、さみしい、って」


 あの子だ。
 布団の中で、一人芝居の人形遊びで、
 抱きしめたお人形さんも
 だんまりで泣き出しちゃった、あの女の子の夢だった。


 ……聞かれたく、なかったかなぁ。


9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:25:27.26 ID:WCdZnKMTo

「おばあさまもね、
 そんな夜に、こうやってココアをいれてくれたの」

 からになったカップを指さした。
 うながされるように、わたしも一口つけたら、
 もうぬるいはずのココアが、やけに温かかった。


 希、今日は一緒に寝ましょう。

 私も、暗いのは苦手なのよ。


 ……って、えりちが笑ってみせた。

 マグカップの温もりが、
 あの女の子の冷えたほっぺたまで
 あたためてくれたみたいで、

 どうしよう、
 わたし、
 うれしくって、
 どうしようもなくなってしまいそう。


10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/14(土) 04:25:53.84 ID:WCdZnKMTo

  ◆  ◆  ◆


 豆電球の薄明かり、ぽっと灯った熱のかけら、
 指先はまだあたたかくて、もう大丈夫だって思えちゃった。


 寝直したら、またあの子に会えるかな。
 そしたら、うちから、伝えてあげなくちゃ。

 大丈夫だよって。

 あと七年経てば、大切な人が待っててくれるから、って。


 えりちのうちから、あの頃の、わたしに向けて。



おわり。