1: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:46:34.69 ID:/zvTNiUx0

 このSSは「 亜美「ふたりじゃなきゃ、笑えない」」の続きとなりますので、
 まだ読まれていないかたはそちらを先にお読み下さい。よろしくお願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1361961994

引用元: 亜美「ふたりが笑って、乗り越える」 

 

2: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:48:41.32 ID:/zvTNiUx0

 新しいプロデューサーは若い男の人だ。
 兄ちゃんとあんまり変わらないかな。

 アイドルをちゃん付けで呼ぶ以外は至って兄ちゃんっぽい。
 兄ちゃんのことは良く知っていて、彼の分まで任せてほしい、なんて言っていた。

亜美「双海亜美だよ! よろしくね、新兄ちゃん」

真美「で、こっちは真美だよっ! ヨロヨロ!」

新P「よろしく、亜美ちゃん、真美ちゃん。
  髪を結んでいるのが亜美ちゃんで、下ろしているのが真美ちゃんだな」


3: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:50:23.05 ID:/zvTNiUx0

 兄ちゃんは死んじゃったけど、
 お姫ちんの超パワーで時々亜美に取り憑いたり、話しかけてくることもある。

 つーわけで、朝に急襲されることもあるのだ。
 自室でふと、朝もやの雰囲気を感じて起きた時。

亜美「やっと起きたか」

 あれっ、兄ちゃん?

亜美「おう、おはよう」

 あ、うん、おはよ……じゃなくって!

亜美「ほら、今日竜宮小町とフェアリーは合同ライブだろ?」

 そ、そうだよ? ……じゃなくって、オトメの寝ている身体に入んないでよ!

真美「んー……」


4: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:52:54.22 ID:/zvTNiUx0

亜美「いや、新しいプロデューサーも不慣れだろうからな。
   亜美の助言って形でさ、俺のプロデュース計画を……」

 ダメだよー、そんなんじゃ新兄ちゃん、成長しないよ。

亜美「だってヒマなんだよ。お前らのプロデュース計画ばっかり溜まっていってさ」

 じゃあ、新兄ちゃんの身体を乗っ取る! とか。

亜美「なんで俺が男の身体に入んなきゃいけないんだよ」

 …………兄ちゃん、まさか亜美の中に入ってくるのって。

亜美「え? あ、いや、違う。そういうことじゃなくてだな」

 うわあああああん! 兄ちゃんのヘンターイ!

亜美「わっ、叫ぶなよ! 脳内でリフレインが凄いんだから!」

真美「んー……? あみ? どしたの?」

亜美「ああ、真美、おはよう」

真美「あれ、にいちゃんか」


5: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:53:57.80 ID:/zvTNiUx0

 真美、兄ちゃんが亜美を食い物にしようとしてるよぅ!

亜美「そこで叫んだって真美には聞こえないぜ亜美さんや、げへへ」

真美「……?」

亜美「って、テンション低いな、真美」

真美「あたりまえだのビスケットだよー……今何時?」

 クラッカーじゃなかったっけ。

亜美「そうだな、……あー、今は六時半だよ」

真美「早いよー……真美は今日オフなんだから、もうちょっと寝かせて……」

亜美「ばーか、竜宮とフェアリーのライブ見に行くって言ったのはどこの誰だ?」

真美「にいちゃんが真美に入って連れてってよー……」

6: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:54:49.69 ID:/zvTNiUx0

亜美「んなことしないって……じゃあ亜美、一旦出るぞ」

 あれ? お姫ちん居なくても出れんの?

亜美「頑張れば」

 そっか。じゃーね、兄ちゃん。

亜美「おう…………っとと、戻ってきた」

 唇の自由が戻ってくる。
 ……なんだか、変な生活だなぁ、と思う。
 そりゃ、死人と会話ってだけで変だけどさ。

真美「ふにゅー……」

亜美「真美さんや、今日のライブは10時スタートだから亜美は8時に事務所につかなきゃならんのだよ」

真美「……何時にお家出るの?」


7: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:55:51.18 ID:/zvTNiUx0

 二段ベッドの下段に亜美、上段に真美なので――顔は見えない。

亜美「えーっとね、ヨユーを持って7時15分ぐらいには」

真美「…………わかった」

 ガタン、と上から音がする。ハシゴを使って下に降りた真美は、
 目をこすりながら大あくびをして部屋を出た。
 アイドルがしちゃあいけない顔だよ。

亜美「……さーて、と」

 竜宮小町×プロジェクト・フェアリー合同ライブ。
 765プロのみんなのお仕事が着々と増えてきている中、この2ユニットがついにライブをする。
 場所は都内の広い公園の屋外ステージ。

亜美「……ワーイルドーよーりデーンジャーラースー♪」

 歌ってみると、声は出ないし音程がメチャクチャだ。
 朝だもん、仕方ないね。

8: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:56:47.89 ID:/zvTNiUx0

 ――

 765プロに着くと、既に亜美と真美以外の参加者、全員が集まっていた。

新P「おはよ、亜美ちゃん、真美ちゃん。真美ちゃんは応援?」

真美「そーだよ→」

あずさ「真美ちゃんもステージにあがればいいのにねぇ」

響「そうだな。……真美、どう?」

真美「ううん、いいよ! だって、今日は竜宮とフェアリーのライブなんだからさ」

響「そうか、……でも、またいつかみんなでライブやろうな!」

真美「うんっ」

 髪を下ろしてからの真美は、なんだか以前より大人になったような気がする。
 亜美が子供なだけ? うーむ。

9: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:57:44.26 ID:/zvTNiUx0

 運転席には新兄ちゃん、助手席にりっちゃん。
 後は後ろにテキトーに……と、765プロ流アイドル輸送が完成するのです。

 ワゴン車だけど人はギュウギュウ詰め。うーむ。

伊織「プロデューサー、よろしく」

新P「よし、じゃあ行くよ!」

 ブロロロと、車は走りだす。目指せなんたら公園。

律子「じゃあ、今日のライブについて確認するわね。
   プロデューサー、いいですか?」

新P「はい、お願いします」

律子「今日のライブは765プロ主催のゲリラライブよ。
   竜宮小町とプロジェクト・フェアリーで、まずは一曲ずつ披露してもらうわ」

あずさ「聞いてます~」


10: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:58:43.65 ID:/zvTNiUx0

律子「竜宮小町がまず『七彩ボタン』、フェアリーが『ヴァンパイアガール』を歌うわ」

伊織「鬼軍曹の指導の通り踊るわよ」

律子「もう、誰が鬼軍曹よ! ……で、二曲目はそれぞれの歌を交換。
   フェアリーが『SMOKY THRILL』、竜宮が『オーバーマスター』を歌って終わり」

亜美「楽しみだなー、お姫ちんが『恋どろぼOh!』って歌うとこ」

貴音「はて? それは別の歌では?」

響「貴音、SMOKY THRILLの歌詞……解ってる?」

貴音「もちろんです。『きみがふれーたーからー♪』」

新P「それ、七彩ボタンじゃないかな」

貴音「なんと!」

アハハハハハ

美希「…………」


11: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 19:59:27.87 ID:/zvTNiUx0

律子「まあ、これはみんな踊れると思うけど、アンコールで『READY!!』をやる予定だから覚えておいて」

伊織「『The world is all one !!』の方がいいんじゃない?」

律子「私も迷ったけど、プロデューサーがどうしても『READY!!』ってね」

新P「あはは」

あずさ「プロデューサーさん、どうしてなんですか?」

響「自分はどっちの曲も好きだけど……理由があるのか?」

新P「なんとなく、オーバーマスターでかっこいい空気になったあとは、
  おもいっきり元気な曲がいいなって思ったんだよ」

亜美「なるほろ!」


12: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:00:42.18 ID:/zvTNiUx0

 ――

 朝8時40分、車は公園の駐車場に着いた。
 みんな、車から降りてまず最初にするのは背伸び。気持ちはわかる。

新P「さーて、行こうか!」

 屋外ステージだから、リハーサルは出来ない、と言われた。
 ゲリラライブってのもあるのかな。リハーサルやると気づかれちゃうんだろうね。

響「なあ美希、さっきから全然喋ってないけど……大丈夫か?」

美希「…………うん、平気なの」

貴音「美希、熱でもあるのでは?」

美希「だいじょーぶ、だいじょーぶなの」

律子「ちょっと、美希?」

 ミキミキの顔色が随分と悪いのに気づいたのは、控え室に入った後。
 一番後ろの席に乗っていたミキミキは、いおりんの横でずっと眠っていたらしい。
 寝るのは、いつものことなんだけど。動きもフラフラ気味だった。


13: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:01:45.50 ID:/zvTNiUx0

新P「美希ちゃん、顔赤いぞ」

真美「ミキミキ、辛いなら真美がかわりに」

美希「いいのっ」

 ミキミキは「ステージに立つ」と言って聞かなかった。

美希「ほら、早く衣装を着るの!」

律子「じゃあ、私とプロデューサーは外で待ってるわね」

新P「俺も行きます、律子さん。……美希ちゃん、何かあったらすぐに呼んでな」

美希「なんもないの!」

ガチャン


14: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:02:37.61 ID:/zvTNiUx0

 衣装は、フェアリーが金色の、竜宮は紫のいつものやつだ。
 着替え中、お姫ちんがふと呟いた。

貴音「それにしても……本日のライブは、いつもと違って変わっていますね」

伊織「変わってる?」

貴音「屋外ステージを使うなど、事務所単体ではありませんでした」

あずさ「確かに、そうねぇ。アイドルジャムとかの企画では歌ったりしたけれど……」

美希「これはね」

貴音「?」

美希「これはね、ハニーが企画してた、最後のライブなの」

あずさ「プロデューサーさんが?」


15: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:03:20.92 ID:/zvTNiUx0

美希「ハニー、ミキに話してくれてたの」

響「……このライブのことをか? 自分、これを聞いたのは今のプロデューサーが来てからだぞ」

伊織「私も」

美希「……律子と一緒に、頑張るんだーって。ミキも出てくれるよな? って聞かれたの。だから」

 横を向くと、真美と目が合った。
 兄ちゃんってホント、罪作りな男だよね。

美希「ミキ、このステージは……このステージだけは、出なきゃいけないの」

亜美「……だからそんなに無理してるの?」

真美「でも、にいちゃんだってそんなミキミキは見たくないよ!」

美希「…………ミキ、ステージで歌って踊って、ハニーに見守られながら死ねたら、満足なの」


16: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:04:32.94 ID:/zvTNiUx0

貴音「……そんなことを言ってはいけません、美希」

美希「でも――――」

響「っ美希!」

 ミキミキが膝から崩れ落ちた。
 ひびきんとあずさお姉ちゃんが支える。ミキミキの息は荒い。

あずさ「大変、早くプロデューサーさんと律子さんを呼んできて!」

真美「う、うんっ」

バタン

伊織「美希、美希っ!」

 いおりんがミキミキの身体をゆすり、名前を呼ぶと、突然に。
 スッと、ミキミキが身体を起こした。「いてて」と頭を抑えながら。

美希「…………こいつ、こんな状態で……」


17: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:05:36.46 ID:/zvTNiUx0

伊織「……み……き…………?」

 一瞬で気がついた。これは、あの時と似ている。お姫ちんと顔を見合わせた。
 「わたくしではありません」って目だね。

美希「伊織、手ぇ貸してくれ」

伊織「……? アンタいま、伊織って……はい」

美希「ああ、悪い。……貴音、悪いな」

貴音「…………いえ……あなた様、なのですね?」

 お姫ちんがそう言った瞬間、みんなが一斉に声を出す。

あずさ「プロデューサーさん!?」

響「プロデューサーなのか!?」

伊織「…………プロデューサー?」


18: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:06:13.81 ID:/zvTNiUx0

亜美「兄ちゃん、どうしてミキミキに?」

美希「倒れたから、俺が代わりにステージに出る、なんて一瞬思ったんだけど……。
   この身体じゃ無理だな。多分、あんまり俺も入っていられないし」

 ミキミキの身体の息は荒い。全身が呼吸を求めているように。
 そのままソファに横になって、水を飲んだ。

貴音「ええ……15分程度しか、入っていられないでしょう」

伊織「本当に……プロデューサー、なのね」

美希「ああ…………にしても、頭が痛い。身体もあついし」

あずさ「あの、プロデューサーさん。もうすぐ、律子さんと今のプロデューサーさんが」

ガチャ

 りっちゃんと新兄ちゃんが駆け足で入ってきた。
 新兄ちゃんは、一連の流れを知らない。

新P「美希ちゃん、大丈夫か!?」

美希「……あんまり。…………なの」

 兄ちゃんは、思い出したように『なの』と言った。

19: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:08:56.24 ID:/zvTNiUx0

律子「やっぱり、美希は出さないほうが……いいのかもしれないわね」

新P「ええ、顔が真っ赤だ。……美希ちゃん、病院行くか」

美希「え、それは……ちょっと。…………なの」

 兄ちゃんは俯いて、病院に行くことを拒んだ。

貴音「プロデューサー、すみませんが少し退室していただけませんか?」

新P「どうして?」

貴音「わたくしに、考えがあるのですが……殿方には少し、ですので」

新P「……分かった」

 新兄ちゃんが部屋を出て行き、ドアが閉まる。

貴音「…………さて、あなた様。美希の意識はありますか?」

20: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:13:50.92 ID:/zvTNiUx0

律子「えっ?」

亜美「りっちゃん、いまミキミキの中には兄ちゃんが居るんだよ」

真美「……にいちゃんが?」

 りっちゃん達と一緒に入ってきた真美も驚いている。

美希「…………いや、全然反応がない」

貴音「そうですか…………」

律子「ね、ねえ。大丈夫なの?」

美希「……律子」

律子「は、はい? 何ですか、プロデューサー」

美希「…………美希がな、すっごく今日のステージに立ちたがってるんだ」

律子「……そう、なんですか?」

21: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:16:09.80 ID:/zvTNiUx0

美希「だからさ」

律子「はい……」

美希「せめて、『星井美希』って身体だけでも、ステージに立たせてやりたいんだよ」

律子「……え?」

美希「俺が、美希の代わりにステージに立つよ」

響「ええっ!?」

伊織「アンタ何言ってるの!?」

あずさ「あの、プロデューサーさんはダンスを覚えていらっしゃるんですか?」

美希「そりゃあ、プロデューサーですからね。踊れるかどうかは分かりませんが……」

真美「でも、ミキミキの身体は熱なんじゃ……」

22: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:17:56.69 ID:/zvTNiUx0

美希「そこで、律子におつかい、頼んでいいか」

律子「え?」

美希「頭痛薬、頼むよ」

律子「は、はいっ! 買ってきます!」

バタン

亜美「ねえ、兄ちゃん……それでミキミキはいいのかな?」

美希「え?」

亜美「ミキミキがステージに立った、ってことにはならないよね?」

美希「…………それは、分からない。だけど、何もしないよりはマシだろ」

23: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:20:56.64 ID:/zvTNiUx0

あずさ「美希ちゃんの身体にも、いろいろと負担がかかるんじゃ」

貴音「……意識が戻るまでは、大丈夫だと思います」

美希「……だそうです」

伊織「じゃあせめて、ステージの順番を変更させて」

響「え?」

伊織「アンタ達じゃなくて、私達」

 いおりんは亜美とあずさお姉ちゃんを交互に見た。
 なるほど。

伊織「竜宮小町が先に歌う」

 いおりんはセットリストの書かれている紙を一枚壁からはがして、
 ボールペンを使って矢印を書き加えた。

24: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:26:06.26 ID:/zvTNiUx0

伊織「先に私達が『七彩ボタン』と『オーバーマスター』を歌うわ」

亜美「おっけー!」

あずさ「えっと、今の時間は……まだ40分近くもあるわね」

伊織「それだけあれば、ステージ効果も調整し直せるわね! よし、行くわよ!」

 セットリストを持ったいおりんが、あずさお姉ちゃんと亜美を連れて楽屋の外へ。
 新兄ちゃんにそれを渡して、言った。

伊織「今から構成を変えて」

新P「……フェアリーを後ろに?」

伊織「美希をステージに立たせるわ」

新P「そんな、無茶だ! あんな状態のアイドルを出せるわけ……」

あずさ「お願いします、プロデューサーさん」

亜美「ミキミキ、どうしても立ちたがってるんだよ!」

25: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:28:18.09 ID:/zvTNiUx0

新P「分かったよ」

あずさ「じゃあ――」

新P「でも…………途中で何かアクシデントがあれば、絶対に病院に行かせる」

亜美「それでもいいよ!」

新P「美希ちゃんに頭痛薬でも飲ませてくれ」

伊織「もう律子に買いに行かせたわ」

新P「そうか……。なあ、伊織ちゃん」

伊織「なに?」

新P「こんな時、前のプロデューサーならどうしてた?」

伊織「――――前の?」

26: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:31:10.05 ID:/zvTNiUx0

あずさ「そう、ですねぇ」

亜美「……兄ちゃんなら、きっと」

伊織「アイツなら、美希の意思を尊重して、そしていろんな対策をしてたわね」

新P「美希ちゃんの、意思か……」

伊織「…………それ、よろしくね」

新P「ああ、分かった」

 新兄ちゃんはバックステージに駆けていく。
 いおりんがぎゅっ、と拳を握った。


27: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:35:52.60 ID:/zvTNiUx0

 控え室に戻ると、兄ちゃんはブランケットを羽織って、音楽プレーヤーで何かを聞いていた。

美希「…………♪」

伊織「何を聞いてるの?」

響「ヴァンパイアガールだよ。一応ね」

貴音「それと、伊織。立ち位置なのですが……」

伊織「本来の予定は、美希がセンターよね。変える?」

貴音「はい、ヴァンパイアガールは響、SMOKY THRILLはわたくしで……」

伊織「それじゃあ、プロデューサーに伝えてくるわ」

 いおりんが再び外へ出る。

真美「ねえ、にいちゃん」

美希「?」

亜美「……まだ、ミキミキからなんにもないの?」

美希「……ああ」

28: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:40:34.21 ID:/zvTNiUx0

真美「真美も、それ聞きたかったんだ」

美希「……本当に、意識がないのか、ただ眠ってるだけなのか……わかんないな」

亜美「ミキミキ、大丈夫だといいけど……」

あずさ「プロデューサーさん」

 あずさお姉ちゃんが兄ちゃんを呼んだ。

美希「はい、なんでしょう……?」

あずさ「まだ、息が荒いみたいですけど……歌えます?」

美希「……どうでしょう…………会話で精一杯かもしれないですね」

貴音「でしたら、わたくしと響が美希の分まで歌います」

響「そ、そうだよ! 自分、踊って歌うときに息が切れないのがアピールポイントだからな!」

美希「ありがとな、二人共」

29: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:46:33.73 ID:/zvTNiUx0

 何分か後。
 りっちゃんが戻ってきて、頭痛薬を手渡した。
 走ってきたみたいで、息が切れている。

律子「水で……飲んで……下さい……」

美希「ありがとな、律子。助かるよ……」

伊織「……律子、変更点があるから、プロデューサーのところに行って確認して」

律子「…………わかった…………」

 またドアが閉まる。
 …………バックステージが騒がしい。そろそろだ。

伊織「さ……先に竜宮小町の出番ね」

あずさ「本番まで、10分前…………よーし!」

亜美「兄ちゃん、待っててね!」

美希「おう、頑張ってこい!」

貴音「よろしくお願いします」

響「みんな、ありがとう!」

真美「めっちゃ応援するよ→!」

30: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:51:03.72 ID:/zvTNiUx0

亜美「会場のにーちゃーん、ねーちゃーん! 今日はありがとー!」

あずさ「今日は、フェアリーの3人との合同ライブですよ~!」

伊織「みんなー、元気ー?」

ワアアアアアアアア!

伊織「元気ねー! じゃあ、1曲目!」

伊織・あずさ・亜美「『七彩ボタン』!」

 ――

あずさ「私の『あず散歩』、見てくれている方は手をあげて下さ~い!」

ワアアアアア

あずさ「うふふ、ありがとうございます~! では、この間の裏話を~!」

 ――

 あずさお姉ちゃんのMCで時間を稼ぎ、2曲目へ。
 兄ちゃんが2曲分歌って、踊れる体力を貯めるために。

31: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:53:51.18 ID:/zvTNiUx0

伊織「これは、プロジェクト・フェアリーの曲のカヴァー!」

亜美「精一杯歌うよ~!」

あずさ「ワイルドよりデンジャラスな私達を、楽しんで下さい~!」

伊織・あずさ・亜美「『オーバーマスター』!」

ワアアアアアアア!

 

32: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 20:58:00.65 ID:/zvTNiUx0

 ――

 大歓声を背に、バックステージへ戻る。
 フェアリーの3人はまっすぐ、真剣な顔で待っていた。

あずさ「プロデューサーさん、頑張って」

亜美「兄ちゃん、ここで待ってるからね!」

伊織「……無理、しないでよ!」

美希「ああ、分かってる」

響「さっ、行こう。プロデューサー、貴音」

貴音「……ええ」

33: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:00:04.64 ID:/zvTNiUx0

 3人の登場とともに、会場の盛り上がりは最高潮になった。

響「みーんなー! お待ちどうー!」

貴音「本日は、わたくし達も精一杯歌います」

美希「…………みんな! ミキ達の歌、精一杯聞いてね!」

響「よーし、じゃあ行くぞ! 『きゅんっ!』」

貴音「ヴァン……」

美希「ヴァンパイアガールっ!!」

ワアアアアアアアア!

貴音「あなた様……」

34: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:03:01.91 ID:/zvTNiUx0

 バックステージで様子を見ていると、真美が何かを持って駆け足でやってきた。

亜美「なにそれ?」

真美「ブランケットだよ! 駅伝の選手みたいに、ミキミキの身体を抱えようって」

あずさ「うーん、ちょっと重いんじゃないかしら?」

伊織「それにしても…………ダンス、すごいわね」

 ひびきんが真ん中で踊り、ミキミキ……兄ちゃんは観客から見て左側。
 ここから一番近い位置だった。

亜美「すごいなぁ、兄ちゃん」

あずさ「……でも、辛そうね」

 兄ちゃんは歌っていない。さっきからずっと、ボーカルはひびきんだった。

35: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:08:08.29 ID:/zvTNiUx0

 曲が終わる。横につきだした手が異常に震えている。
 それでも、兄ちゃんは観客に手を振った。

美希「ありがとー! …………なのー!」

 お姫ちんのMCは数十秒で終わった。

律子「……貴音、プロデューサーのためにMCをあんなに早く……」


貴音「今回はわたくしがセンターをつとめます!」

響「曲名はっ!」

美希「…………」

響「プ……美希?」

 ミキミキが動かない。ひびきんが少し近寄ると、
 思いっきり顔を上げて、笑顔で叫んだ。

美希「……『SMOKY THRILL』! みんな、よろしくなの!」

ワアアアアアアアア!


36: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:12:17.75 ID:/zvTNiUx0

 ――そして、ライブは終わった。
 バックステージに戻るといきなり、兄ちゃんは倒れてしまったけれど。
 身体の力が抜けちゃった、んだってさ。
 ちゃんと真美のブランケットが役に立った。

 新兄ちゃんが病院に連れて行くと言い、タクシーを電話で呼んでいた。
 りっちゃんと挨拶に行っている時、控え室で唐突に兄ちゃんが言った。

美希「……美希?」

亜美「!」

美希「……美希か」

真美「あれ、亜美」

亜美「ん?」

真美「ミキミキはにいちゃんがこうやって幽霊になってること、知らないんだよね?」

37: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:14:28.87 ID:/zvTNiUx0

亜美「知らないよ?」

真美「パニックになっちゃうんじゃ」

伊織「……あんたねえ、美希を見て来なかったの?」

真美「え?」

伊織「美希なら、パニックになんてならないわ」

響「そうだな。プロデューサーとまた話せるようになって、嬉しいかも」

美希「…………あれ」

亜美「どしたの?」

美希「……寝ちゃったみたいだな、すぴぃって聞こえる」

貴音「……ということは、もう大丈夫ですよ」

38: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:18:57.90 ID:/zvTNiUx0

美希「そっか、じゃあ俺はそろそろ」

亜美「ねえねえ、兄ちゃん。その前に」

美希「どうした?」

亜美「……困ったときとか、みんなに何か伝えたい時は、亜美の身体借りてね」

あずさ「あっ、プロデューサーさん、私も大丈夫ですよ!」

響「じ、自分も!」

美希「みんな、ありがとな」

 そう言って笑うと、ミキミキはゆっくりと目を閉じて、
 横に倒れた。

伊織「っ」

 いおりんが支える。兄ちゃんが抜けたんだなーとミキミキの顔を見ると、
 安心しきって眠っていた。まだちょっと顔が赤いけれど。

39: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:25:30.43 ID:/zvTNiUx0

 結果的に、兄ちゃんが最後に企画したこの合同ゲリラライブは大成功だった。
 ピヨちゃんの話をあとで聞くと、ネットでの情報がとても多かったらしい。

 これでまた、竜宮小町とプロジェクト・フェアリーの仕事が増え始めた。

 事務所に行く時間も減って、真美の話を聞いてみんなの近況を知るぐらいだ。


 でも、亜美は気づいちゃったんだ。
 ミキミキと新兄ちゃんが抱える問題に。

 テレビ局で一緒のスタジオで仕事をすることになって、
 りっちゃんと新兄ちゃんが脇に並んで収録風景を見ていた。

 収録が終わると、ミキミキは一目散へ新兄ちゃんの元へ駆けて行って、

美希「ハニー!」

 なんて言い出すのだ。

 新兄ちゃんは、ミキミキが兄ちゃんをハニーって呼んでいたことを知らないから、
 急に呼び方が変わって驚いているようだけど。

 

40: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/02/27(水) 21:28:03.81 ID:/zvTNiUx0

 りっちゃんと亜美で、最近のミキミキの言動を思いつくだけ言ってみると、
 一つの結論が出てきた。

 それは――、


 ――――ミキミキが新兄ちゃんを前の兄ちゃんだと思い込んでいる。

 ミキミキにとって「ハニー」は1人、前の兄ちゃんだけ。
 新兄ちゃんをハニーと呼ぶことは有り得ないし、
 呼ぶことにした、としても時間が早すぎる。


 …………兄ちゃん、どうしよう。
 

43: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:12:39.02 ID:H1lCCDjF0

 夕方、亜美と真美はりっちゃんと新兄ちゃんに頼んで、
 時間を取ってもらった。

 ミキミキは「ハニーに送ってもらうの」なんて言っていたけれど、
 新兄ちゃんは困った笑いを返した。

 ……前の兄ちゃんの時より、ミキミキの依存が悪化しているような。

律子「……じゃあ、私と亜美で考えた美希の状況を、教えますね」

新P「は、はいっ」


44: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:13:30.43 ID:H1lCCDjF0

 夕日が窓からさしている。

律子「まず、プロデューサー。以前のプロデューサーについて知っていることは?」

新P「話したことはありませんが、前にお見かけしたことはあります。
  前の事務所に務めていた時にいろいろと」

律子「前の事務所?」

新P「あれ、社長が話されていたと思ったんですが……。俺、前も芸能プロダクションで
  プロデューサーもどきをしてたんですよ」

律子「その時に、以前のプロデューサーを見ていたと?」

新P「はい。新米の間では、理想的な先輩でしたよ。
  アイドル何人も抱えて、ライブもテレビも大成功させるし、何よりアイドルに慕われてて」

真美「にいちゃんはすごい人だもんね」


45: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:14:53.21 ID:H1lCCDjF0

新P「だから、それぐらいしか」

律子「……美希が以前のプロデューサーを『ハニー』と呼んでいたことは?」

新P「えっ……?」

亜美「多分、ミキミキは新兄ちゃんと前の兄ちゃんを重ねてるんだよ」

新P「そんな、いつから」

律子「……ライブの日から、様子がおかしかったんですが」

 ミキミキがおかしくなったのは、あのライブの次の日から。

新P「……俺は、以前のプロデューサーだと思われているんですね。美希ちゃんに」


46: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:15:27.96 ID:H1lCCDjF0

律子「……はい」

新P「……どうすればいいんでしょうか」

律子「…………美希はずっと、以前のプロデューサーに好意を表現していました。
   それが仕事への活力でもあったんです」

 キラキラできて、ハニーとも一緒になれて、最高なの! って、言ってたもんね。

律子「……プロデューサーが亡くなってから、あの娘かなり無理してるっていうか。
   仕事の目標を失って、その疲れなのかな……」

新P「……ライブも、絶対にステージにって聞かなかった…………くそっ、気づかなかったなんて」

亜美「仕方ないよ。新兄ちゃんはまだ入ったばっかりだから」

新P「…………じゃあ、俺は……前のプロデューサーになりきればいいのか?」


47: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:16:24.95 ID:H1lCCDjF0

 亜美が前、真美にやったような事を言い出した。

真美「それは違うと思うよ」

新P「えっ?」

真美「そんなことしても、ミキミキは幸せになれないからさ」

律子「…………」

真美「だからさ、亜美と一緒に真美がなんとかするよ!」

亜美「……えっ?」

真美「新にいちゃん、ミキミキのオフっていつ?」

 亜美を置いてけぼりにして真美が勝手に話を進めている。


48: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:17:46.05 ID:H1lCCDjF0

新P「最近は忙しくなってきたから…………どうだろうな」

真美「作って!」

新P「えぇ?」

律子「ちょっと、真美。何を考えてるのかは知らないけど、そんなこと無理に決まってるでしょ?」

新P「いや……作れるかもしれません」

 真美、一体何をする気なんだろう?

新P「明日の予定だった美希ちゃんのTV収録、明後日にズレたんです。そうなると雑誌の取材だけで……。
  雑誌の取材なら、記者さんに無理を言えばずらしてもらえます」

律子「…………本当に?」

新P「はい。……少し、電話しますね。
  …………あ、もしもし。お世話になっております、善澤さん。765プロの……」

 新兄ちゃんは無人の社長室に入っていく。

亜美「ねえ、真美」


49: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:19:02.90 ID:H1lCCDjF0

真美「ん?」

亜美「何するの?」

律子「えっ、亜美何するか知らないの?」

亜美「真美が勝手に言い出したんだもん」

真美「んっふっふ~、これはこの間の亜美やお姫ちんから思いついたアイデアだよん」

 この間って……、兄ちゃんのフリをしてた時のことか。

真美「つまりー、ミキミキが新にいちゃんをにいちゃんだと思ってるなら……。
   そう思えないぐらいに、にいちゃんのイメージを強くすればいいんだよ!」

律子「……イメージを強く? もしかして、またプロデューサーを美希の身体に」

真美「いや、それはやんないよ」


50: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:19:33.16 ID:H1lCCDjF0

 真美はりっちゃんに理由を尋ねられると、俯いた。

真美「だってさ……ミキミキがおかしくなったのは、にいちゃんが身体に入ってからっしょ?」

律子「まあ、そうね」

真美「にいちゃんがミキミキの身体に、強い影響をなんか与えてるんじゃないかなーって思ったんだ」

亜美「……兄ちゃんが身体に入ったから、ミキミキの中で兄ちゃんの印象が強くなって……。
   死んじゃったことを忘れちゃった、ってこと?」

真美「たぶんね」

律子「……なんていうか、あんたたち、随分と成長したわね」

亜美「そかな?」

真美「どーだろーね」


51: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:20:06.58 ID:H1lCCDjF0

真美「……えーっと、つまり。真美は、亜美とミキミキと3人で、
   『にいちゃん思い出ツアー』をやりたいなって」

亜美「思い出ツアー?」

真美「ミキミキとにいちゃんの思い出の場所を巡って、ミキミキに思い出してもらうんだよ!」

亜美「兄ちゃんのことを、だね!」

律子「なるほど……。確かに、今のプロデューサーとの思い出はあんまりないかもね」

 社長室のドアが開く。

新P「明日の取材、延期にできた。明日、美希ちゃんはオフだ」

亜美「よーし、じゃあ新兄ちゃん、ミキミキ借りるよ!」

真美「3人でいっちゃおー!」

律子「いや、それは無理よ……」


52: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:21:01.45 ID:H1lCCDjF0

亜美「えっ?」

律子「亜美、あんた明日が何の日か覚えてる?」

亜美「……あっ」

真美「へ?」

律子「『Song on the wave』の竜宮小町特集、収録日よ」

新P「えっ、そんなデカい仕事とれたんですか!?」

律子「はい。……悪いけど、これだけは落としたくないの。だから、真美」

真美「え?」

律子「亜美の分まで、美希を頼める?」

亜美「りっちゃーん……」


53: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:23:46.08 ID:H1lCCDjF0

真美「……いいよ!」

亜美「まみー……」

 いや、この流れで亜美がいかないって、ないっしょ!

真美「真美にまかせてよ!」

新P「えっと、何をするんだ……?」

真美「新にいちゃんには秘密! 全部終わったら、話すよ」

新P「…………話してくれるんだな、真美ちゃん」

真美「待っててね」

亜美「えっと、真美……」

 ミキミキのこと、絶対なんとかしてね。

亜美「…………よろしく」

 絶対なんて、真美にプレッシャーはかけられない。

真美「りょーかい!」

54: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:28:55.32 ID:H1lCCDjF0

 ――

 朝、事務所。
 亜美は既に出かけて行って、事務所はピヨちゃんと真美のふたりきり。

 ミキミキに早速電話をかける。

美希『…………もしもーし、ミキだよー』

真美「あ、ミキミキ? おっは→!」

美希『…………まみー? ミキ、せっかくのお休みだから思いっきり寝てたの。
   用事なら、早く済ませてね』

真美「ミキミキ、遊びに行こう!」

美希『えー……』

真美「にいちゃんとのデートだと思ってさ、いろんな場所に行こうよ!」

美希『ハニーとのデート?』

 幸せそうな声だなぁ。

55: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:33:09.94 ID:H1lCCDjF0

美希『うーん、いいよ! でも、ちょっと待って欲しいの!』

真美「うん、じゃあ事務所で待ってるよん!」

美希『はーいなの! じゃーね!』

 電話が切れた。早いなぁ、ミキミキ。

真美「さーて、と」

 カバンから一枚の紙を取り出す。
 今日の予定表。
 回る場所は、もう決めてある。

 ミキミキとにいちゃんの思い出が分からなかったから、
 ちょーっとだけ聞いちゃったけどね。

 ……亜美に取り憑いてもらって。

56: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/01(金) 23:38:20.12 ID:H1lCCDjF0

 それから30分ぐらいで、ミキミキは事務所にやってきた。

美希「おはよーなの!」

小鳥「美希ちゃん、おはよう」

真美「おはおは→!」

美希「早速行くの~!」

真美「じゃあピヨちゃん、行ってくるね!」

 事務所の外は冷たい印象の壁。
 その前ではしゃぐミキミキは、なんとなく寂しそうに見えた。
 

59: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:21:04.00 ID:H+zu+zZZ0

 ――

亜美『うーん……そうだな、それぐらいしか思いつかないな』

真美『そっかー……』

亜美『あとは……エキサイトホールとか?』

真美『あのさにいちゃん、ミキミキと2人きりの思い出ってないの?」

亜美『2人きりの思い出……? あっ!』

 ――

60: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:22:55.92 ID:H+zu+zZZ0

 最初に歩いたのは、にいちゃんと一緒にプリクラを撮ったり、
 買い物をしたという繁華街。

美希「そうそう、ここでハニーがね! この服を……」

真美「ほうほう! にいちゃんってすごいねぇ!」

 ミキミキは、とても嬉しそうににいちゃんとの思い出を話してくれる。

美希「今度また、ハニーと来たいの!」

 ただ、それはにいちゃんの死を忘れているからだ。

61: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:25:24.59 ID:H+zu+zZZ0

美希「ねえねえ真美、これ似合う?」

真美「え? あ、うん! メッチャ似合ってるよ→!」

美希「なーんか、上の空だね」

真美「ご、ごめん!」

美希「もう……今日は、真美がミキのハニーなんだよ?」

 ぎゅっ、と手を握られて、少し顔が赤くなった。

真美「あはは……」

美希「で、どう? 似合う?」

真美「モチのロンだよ! あ、でも……もうちょっとミキミキ、深い色の方が似合うよ」

62: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:27:49.42 ID:H+zu+zZZ0

美希「あはっ!」

真美「え?」

美希「ハニーとおんなじ事言ったの。ハニーもね?」

 ミキミキの持ってきた服よりも、別の服の方がミキミキらしいって言ったんだっけ。

真美「そ、そなんだ!」

美希「じゃあ、どんどん行くの!」

真美「りょーかい!」

 ミキミキは服を置いて、店の外へ……出ようとして、

美希「どうしよう……やっぱり買っちゃおうかな」

真美「あ、だったら……」

 やっぱり買うみたいだね。

63: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:30:56.72 ID:H+zu+zZZ0

 ――

亜美『その後、ゲーセンに入って……』

真美『ほうほう』

 ――

美希「撮ろっ?」

真美「んっふっふ~、言っとくけど真美のデコ力は強いかんね!」

美希「なーんか、デコちゃんみたいなの!」

 プリをいっぱい撮って、ひとつひとつデコレーション。

美希「なっ、なにそれ! あはは!」

真美「ミキミキ、すごすぎるよ! あははっ!」

64: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:35:23.44 ID:H+zu+zZZ0

 ”ハニー”との思い出を、ひとつひとつ辿っていく。
 屋台でクレープを食べて、もっと服を見て。
 魚を見て。

 そして――公園の池に行き着く。

美希「おしえてはーにぃー♪」

 カモ先生、という鴨がいるらしい。
 ミキミキはごきげんに歌っている。

真美「今日はありがとね、ミキミキ。付き合ってくれて」

美希「なーんか、ハニーみたいな巡り方だったね」

真美「え?」

 ミキミキは振り返って笑った。

美希「ハニーに聞いたの?」

65: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:38:06.38 ID:H+zu+zZZ0

真美「な、何を?」

美希「ミキとのデートコース、なの」

 まあ、聞いたけど。
 にいちゃん、最初はみんなで行った村とか、そういう話ばっかり思い出すんだもん。

真美「……うん」

美希「誰とデートするのかにもよるけど、参考にならないって思うな」

真美「そ、そうかなー?」

美希「だってこれは、ハニーとミキしか楽しめないコースなの。
   真美、あんまり楽しそうじゃないもん」

 そんなことない。

真美「そんなことないよっ」

66: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:41:56.82 ID:H+zu+zZZ0

美希「…………もしかして、真美、ミキが悩んでること知ってて、
   励ましてくれたの?」

真美「えっ?」

美希「……ミキね、最近変な夢を見るの。
   とっても、とってもかなしい夢」

真美「…………夢」

美希「そ。ハニーが死んじゃうんだ」

真美「なっ……」

 夢じゃないよ、ミキミキ。
 それが夢だったら、どんなにいいか……。

美希「でも、ミキはハニーに喜んで欲しいから、頑張ってお仕事するの。
   ……そうやってると、ハニーが化けて出てきてね」

67: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:44:06.46 ID:H+zu+zZZ0

美希「『もう休め』って言うんだ」

真美「……え?」

美希「もう充分だ、って。どうしてこんなに悲しい夢を見るのかな」

真美「…………ミキミキ」

美希「なに?」

 ミキミキ、泣きそう。

真美「にいちゃんはね」

美希「?」

68: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:46:35.43 ID:H+zu+zZZ0

真美「死んじゃったんだよ」

美希「……冗談でも、言っていいことと」

真美「冗談じゃ、なくて」

 ミキミキの顔を見られずに、俯いた。

真美「にいちゃんの顔を最後に見たのは、いつ?」

美希「……昨日の」

真美「だったら」

 雲で太陽が少し隠れた。

真美「いま、にいちゃんの顔を、ハッキリと想い出せる?」

美希「……うん。髪が短くて、目が少しぱっちりしてるの」

真美「…………眼鏡は?」

69: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:48:22.18 ID:H+zu+zZZ0

美希「…………え」

真美「にいちゃん、眼鏡をかけてたよね」

美希「…………」

真美「……思い出せない?」

美希「……」

真美「…………あのね、ミキミキ」

美希「…………?」

真美「にいちゃんは、そんなに目はぱっちりしてないよ」

美希「ぇ……」

真美「それは、今の新しいにいちゃんなんだよ」

70: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:50:41.52 ID:H+zu+zZZ0

美希「…………そう、なのかな」

真美「……ミキミキはね」

美希「……?」

真美「にいちゃんが企画した最後のライブに出たかったんだ」

美希「…………」

真美「フェアリーと竜宮小町の、ゲリラライブ」

美希「あっ……」

真美「でもね」

美希「…………その日は」


71: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:52:39.80 ID:H+zu+zZZ0

 そうだ。

美希「朝から、熱が…………」

真美「ミキミキはそのライブに出る直前、倒れちゃったんだよ」

美希「休んだはずなの……」

真美「そこに、死んだにいちゃんが取り付いてね」

美希「……」

真美「ミキミキの姿で、ステージに立ったんだ」

美希「…………ミキは」

真美「あの日」

美希「……ミキは」

真美「にいちゃんと、ミキミキは歌ったんだよ」

72: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:55:08.05 ID:H+zu+zZZ0

美希「――――あぁ」

真美「…………だから、にいちゃんはもう居ないの」

美希「そう、だね。ミキ……お葬式で」

 ミキミキは膝から落ちる。

真美「っ、ミキミキっ!」

美希「……四十九日、貴音と一緒に…………」

真美「……」

 にいちゃんの死に関する全てを、思い出しているのかな。

美希「…………ハニー、大好きなのって……卒塔婆に……」

真美「……そんなことしたの?」

美希「……うん」

73: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:57:15.36 ID:H+zu+zZZ0

 ミキミキを支える真美の腕は、あまり支えにならない。
 グラグラと身体が揺れてしまう。

美希「…………そっか、そうだね」

真美「……」

美希「ハニーは、居ないんだね」

真美「……うん」

美希「せめて、もう一度」

真美「えっ?」

美希「…………大好きって、言いたかった」

真美「……そっか」

74: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 19:58:47.51 ID:H+zu+zZZ0

 真美には見えないけど、多分にいちゃんはここにいる。
 ここにいるまま、真美に取り憑かないのは…………。

真美「ミキミキ」

美希「……?」

 顔を上げたミキミキは、目を真っ赤にしていた。

真美「にいちゃんは、きっとここにいるよ」

美希「え……」

真美「だから、言いなよ」

美希「……?」

真美「大好き、って」

美希「…………うん」


75: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 20:01:27.16 ID:H+zu+zZZ0

美希「ハニー」

 ミキミキは空へ、話しかけ始める。

美希「ミキね、ドラマの主演決まったんだよ」

 やがて、手で雲をつかむように。

美希「だから、ほめて」

 涙を流して。

美希「ハニー」

 最後は、声もほぼ出ない中。

美希「だいすき……なの……っ!」

 絞り出した声で、ゆっくりと。
 にいちゃんに、思いを伝えた。

 その後、真美に抱きついてミキミキはずーっと泣いていた。

76: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 20:03:39.52 ID:H+zu+zZZ0


 ――


美希「プロデューサー、おはよーなの!」

新P「おはよ、美希ちゃん」

美希「ぶー、まだちゃん付け?」

新P「あはは、これは俺のポリシーみたいなもんだから」

 ミキミキは元気だ。それはもう、この間のデートが嘘みたいに。
 そう亜美に言うと、苦笑いで「でも、それがミキミキっしょ」って返された。

 そうかもしれない。

77: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 20:06:09.46 ID:H+zu+zZZ0

貴音「……美希は、一体どうやってプロデューサーの死を思い出したのでしょう?」

 お姫ちんがお茶を飲みながらポツリ。

真美「本当は、自然に思い出すのが一番だったんだけどね」

亜美「真美、言っちゃったんだってさ」

貴音「……ふふっ」

真美「わ、笑わないでよう!」

貴音「ふふっ……! 真美、あなたはとても優しい」

真美「え?」

78: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 20:08:23.07 ID:H+zu+zZZ0

貴音「真美がふさぎこんでいた時は、亜美が。
   そして美希がプロデューサーを混同してしまった時は、亜美と真美が」

亜美「お姫ちん……?」

貴音「ふたりの力があれば、765プロの皆が……困難を乗り越えられるのかもしれませんね」

 お姫ちんは優しく微笑む。

真美「うーんとね。お姫ちん」

貴音「はい?」

真美「真美は、亜美と真美で、みんなをこうやって笑わせることが出来ればいいなーって」

亜美「……笑わせる?」

真美「そそ」

79: ネル ◆K8xLCj98/Y 2013/03/03(日) 20:11:41.76 ID:H+zu+zZZ0

真美「だってさ。真美と亜美のふたりが笑ってれば、みんなも笑ってくれるっしょ?」

貴音「そうですね……ふたりは、皆を優しく笑顔にしてくれます」

真美「だったら!」

 亜美の目を見る。「なるほど」と亜美は言って、

亜美「ふたりが笑ってみんなが悩みを忘れて幸せになれればいい、ってことだね!」

真美「そう!」

貴音「……亜美、真美…………」

真美「ふたりが笑って、みんなが悩みも苦しみも乗り越える。
   そんなアイドル、最高だよね→!」

亜美「ね→!」


 にいちゃんの「おう」って声が、なんとなく聞こえた気がした。
 この空が、いつも真美たちのことを見守ってる。強く、励ましてくれる。
 だから、怖くない。まっすぐ、進んでいけるんだ。


 おしまい