1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/25(木) 01:31:24.44 ID:y0F5MiPU0





あやせが好きだ




CMでも流れるありふれた言葉なのに、口にするのがこんなにも難しいとは思わなかった




……また、いつもみたいに口先八丁ですか?




風に靡く髪を耳に掛ける彼女の瞳には昔のような怒りはなくて


それは今まで吐いてきた俺の罪の重さが彼女をどれほど苦しめたのかを知らしめて


少しでも気を抜けばその重さに俺は押し潰されるべきのだろう




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1366821084

引用元: あやせ「どうしてわたしに酷い事をするんですか」 

 

2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/25(木) 01:32:31.82 ID:y0F5MiPU0




ははっ、そうだよな……

散々薄っぺらい言葉を吐いてきた俺の言葉が信じられるはずがないよな……




あの頃のあやせと俺なら軽口を叩き合って、それをスキンシップと笑えた


でも今のあやせは言葉の毒に蝕まれて、俺の言葉を冗談だと笑い話にする力も残っていない


そしてあやせの心をその毒で蝕んできたのは他ならない俺なのだ


微笑むあやせは誰が見ても痛々しく見えるだろう



3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/25(木) 01:34:01.53 ID:y0F5MiPU0




……えぇ、お兄さんが嘘吐きで最低だということは昔から痛感されられていましたから




それなのに


そう言って微笑む彼女はなぜこんなにも美しいのだろうか


他ならぬ俺がこんな儚い微笑み方をさせるようになったのに


罪の重みを感じて土の上で額を擦り付けて罵られなければいけないのに


俺は初めて出会ったあの時よりも彼女が美しく見える



4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/25(木) 01:35:05.26 ID:y0F5MiPU0




でも、俺は昔の少女だったあやせよりも、今の傷付いて脆い大人なあやせのほうが好きだ




俺はなんて残虐な言葉を彼女に投げ掛けているのだろうか


石を穿つ水滴の如く、彼女の心と身体を蝕んだのは他ならない俺なのに


最愛の妹や良き理解者である幼馴染から彼女の苦しむ姿を聞かされてきたというのに


それでも心の底の底から沸々と沸き上がってくる言葉は残酷な言葉しかない


そしてまたそんな言葉を彼女に投げ掛ける俺は最低の人間なのだろう



5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/25(木) 01:37:47.68 ID:y0F5MiPU0




お兄さん……お兄さんはどうして私に酷いことが出来るんですか

……どうして私の好きになった人は、私のことを愛してくれないんですか?




彼女は……あやせは俺に優しく微笑みながら、一雫二雫と涙を流した


そして俺は


慈しむように微笑んで


静かに涙を流す彼女を見て


あぁ、やっぱり涙するあやせは綺麗だな


と、改めてそんな風に思った



6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/25(木) 01:38:22.75 ID:y0F5MiPU0




そんなの、あやせを愛してるからだろ




そして彼女は公園で微笑む



16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 19:50:21.14 ID:asvy+3h20
         ◇   ◇   ◇




「お兄さん、私決めました」


「何が?」


あやせが絶対に持っていくと言って聞かなかった本棚を分解していると、真剣な声色であやせが話しかけてきた


「私、本気で女優の道を目指してみようと思います」


「そっか……。俺はあやせが決めたならあやせのことを応援するよ」


プラスドライバーがボルトを回す音だけが部屋に響く


いつの間にかフローリングが軋む音は止んでいて、彼女の温もりが空気を通して伝わってくる


彼女は何も言わず、そして俺も何も言わない


けれど、今の彼女がどんな顔をしているのかは容易く想像できる


そして彼女は微笑んでいるに違いない




17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 19:52:02.49 ID:asvy+3h20
         ◇   ◇   ◇




一年前のあの日、美しく微笑んだあやせと一緒に俺の借りているマンションに向かった


被害者と加害者、相容れないはずのあやせと俺は


十一月の凍てつく空気の冷たさを右手に、数字よりも熱い三六・五度を左手に歩く


純白のダッフルコートを羽織った彼女の顔は見えない


十二月はまだだというのに、東京の街はクリスマスカラーに彩られている


いつもは煩わしく思う人混みもこの日はなくて、彼女と言葉を交わす間もなくマンションに着いた


エントランスでキーを出すのに苛立って、彼女はそんな俺を笑う余裕もなくて


彼女と出会ってから六年近く経つのに、俺は格好つけることもできなくて


彼女と言葉を交わす余裕もないのに、彼女との時間が愛おしく感じる


18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 19:54:47.51 ID:asvy+3h20


シャワーを浴びる余裕なんてなくて


優しくしたいのに服を剥いでしまって


彼女の奥で繋がりたいはずなのに


彼女の素肌と彼女の熱を感じた俺はそれだけで満足してしまった


彼女の唇を啄ばめば、彼女の黒髪がそれを邪魔して

彼女の柔肌を抱きしめれば、俺の身体は暴走して

情けないはずの今が言葉にすることも出来ないほど愛おしい


彼女の心臓の鼓動を聞きながら

彼女の髪を梳きながら

彼女の腰を抱き寄せながら

俺は彼女が愛おしい


こうして彼女を感じるからこそ、俺は本当の自分が分かる



19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 19:57:33.42 ID:asvy+3h20



俺は、彼女と俺だけの関係が欲しかったんだ

妹とその友達という関係じゃなくて

親友とその兄という関係じゃなくて

俺は、彼女と俺だけの関係が欲しかったんだ


だから俺は、彼女の心を傷付けて、彼女の心が苦しめられて、彼女の心のカサブタを見て、嬉しかったんだ


彼女の心に俺という存在を刷り込みたくて、彼女を傷付けていたんだ


幼稚で身勝手なエゴで彼女を傷付けた俺だから


これからは彼女のために何かをしようと思う


今は何をすればいいのか、分からないけれど彼女のために頑張ろうと思う


だから今俺の腕の中で眠る彼女の微笑みが、俺に向けられているのならいいなと思う


そして彼女は夢の中で微笑む



20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 20:02:52.83 ID:asvy+3h20

◇   ◇   ◇




「あやせなら女優にだってなれるさ」


心からの本心だった


「どうなるのかは分かりません。けれど本気で頑張ってみようと思います」


そう言って笑う彼女に塵ほどの寂寥を感じた


あの日から俺の心は決まっている


「私はお芝居が大好きです。桐乃が大好きです。だから本気で頑張ってみようと思います」


だから俺は彼女のために頑張ろうと思う

21: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 20:03:38.85 ID:asvy+3h20


「そっか……」


「だから本気でお芝居も桐乃も、そしてお兄さんのことも全部頑張ろうと思います」


あやせの言葉に俺は固まってしまう


固まる思考に軽い衝撃


それが彼女に抱きしめられたからだと気付いたのは彼女が口を開いてからだった


「だから、お兄さんのことも逃がしませんよ?」


彼女の温もりを感じて知らないうちに笑っていた


そして俺たちは互いの胸の中で微笑む

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/04/26(金) 20:26:09.21 ID:asvy+3h20
おわり