それはありきたりの九月だった。
人々に立ち向かう勇気さえあれば……。
学園都市は『科学の発展』という題目の元、あらゆる非人道的な実験を行う実験場。
この街にそれを壊せる人間は存在しない。
統括理事会はそれを推し進め、警備員も、風紀委員もそれに感付いていながら放置している節さえある。
学生たちはこの街の『闇』に何も気付かずに、ただ科学という恩恵を享受し続けている。
それが破滅への選択なのに。
愚かさのつけを払うことになるだろう。
赦しを乞うには全てが遅すぎる。
運命が流れ始めた時、それを止めることは出来ないだろう。
誰にも―――……。
最後の九月が過ぎ去ろうとしている。
それを理解しているのは彼らだけだ……。
引用元: ・とある都市の生物災害 Day2
とある魔術の禁書目録III Vol.3(初回仕様版)(特典ラジオCD付) [Blu-ray]
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3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:31:43.05 ID:/4itlF6h0
バイオハザード
―――とある都市の生物災害―――
PRESS START
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:33:16.29 ID:/4itlF6h0
→LOAD GAME
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THE MERCENARIES
OPTION
→1.上条当麻 / Day1 / 20:46:18 / 第二一学区 貯水ダム『ゼノビア』
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1388326016/
2.No DATA
3.NO DATA
4.NO DATA
5.NO DATA
Now Loading……
5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:34:24.45 ID:/4itlF6h0
【biohazard】
生物災害を指す語。
人間や自然環境に対して脅威を与える生物学的状況や、生物学的危険を言う。
6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:35:34.79 ID:/4itlF6h0
このSSには暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています
7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:37:25.00 ID:/4itlF6h0
九月一四日 朝
September 14,morning.
今はもう逃げ惑う人々の悲鳴もない
The monsters have overtaken the city.
しかし……
Somehow……
彼らはまだ生き延びている
They're still alive.
8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:38:19.67 ID:/4itlF6h0
Day1 / 09:04:38 / 第七学区 路地裏
佐天涙子と初春飾利は逃げていた。
何から、と問われれば答えに詰まる。強いて言うなら―――陳腐な言い回しにはなるが、ゾンビと答える他ないだろう。
それ以外にあれを形容する言葉を知らなかった。そしてそんなことはどうでもよかった。
今優先しなければならないのは、生き残ることなのだから。
「う……初春。大丈夫……?」
「さ、佐天さんこそ……私は、だい、じょぶですよ?」
強がりの一つも言わなければ今すぐにでも発狂してしまいそうだった。
二人の声は聞き取りが困難なほどに震えていた。
そもそも佐天は無能力者であり、初春は低能力者だ。
二三〇万の人間が暮らす学園都市、今では死者の席巻するこの街を生き抜くにはあまりに戦力に乏しい。
だから、逃げていた。弱者でしかない彼女たちにはそれしか能がない。
せめて超能力者や大能力者の彼女らがいてくれれば多少は気も休まっただろうが、二人とは一向に連絡が取れない。
そこに最悪の想像がよぎるも、それはないと佐天と初春は否定した。
単純な願望もあるが、何より二人は彼女らの実力の片鱗を知っているつもりだ。
じめじめした路地裏。隣接する壁を為している飲食店からゴミでも流れたのか、鼻をつく嫌な臭いが漂ってくる。
しかしそんなことは言ってられない。これでもあの死者たちの腐敗臭より遥かにマシだ。
現在二人はそこに身を潜めている。辺りに死人の姿は見られない。
とはいえいつまでもこんなところに篭っているわけにもいかない。
9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:39:01.84 ID:/4itlF6h0
「ど……どうしましょう佐天さん。御坂さんたちを探そうにもどこにいるか見当も……」
「と、とにかくあたしたちだけでいるのはまずいよ……。誰でもいいから、誰か探して―――」
初春が俯き、視線を地面に向けたまま小さく問う。
正直に言って、二人とも現在の学園都市を動き回る勇気などなかった。
しかしだからといってこのまま死を待つだけというのもゾッとしない。
結局のところ、動くしかないのだった。
佐天も同じく震える声で呟く。いつもの快活で活発な少女の姿はどこにもいなかった。
だがその声は途中で不意に途切れ、「佐天さん?」と呟きながら初春は顔をあげる。
そして。
「――――――え?」
つい少し前まで怯えてはいたものの確かに生きていた佐天涙子の頭に。
鋭く長い爪のようなものが突き立てられていた。
「――――――、」
思考が何も追いつかなかった。
目の前の現実を理解できない。理解する余裕がない。
化け物。いつの間にか、佐天の背後に化け物がいた。
「と、とにかくあたしたちだけでいるのはまずいよ……。誰でもいいから、誰か探して―――」
初春が俯き、視線を地面に向けたまま小さく問う。
正直に言って、二人とも現在の学園都市を動き回る勇気などなかった。
しかしだからといってこのまま死を待つだけというのもゾッとしない。
結局のところ、動くしかないのだった。
佐天も同じく震える声で呟く。いつもの快活で活発な少女の姿はどこにもいなかった。
だがその声は途中で不意に途切れ、「佐天さん?」と呟きながら初春は顔をあげる。
そして。
「――――――え?」
つい少し前まで怯えてはいたものの確かに生きていた佐天涙子の頭に。
鋭く長い爪のようなものが突き立てられていた。
「――――――、」
思考が何も追いつかなかった。
目の前の現実を理解できない。理解する余裕がない。
化け物。いつの間にか、佐天の背後に化け物がいた。
10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:39:43.41 ID:/4itlF6h0
まるでノミが人間の大きさまで巨大化したかのようだった。
二本の足に四本の腕。その全てから鋭利な刃物のような爪が伸びている。
全身に渡ってところどころ外皮が裂けており、そこから内の赤い筋組織が覗いているグロテスクな姿。
目は昆虫のような複眼で四つあった。白く染まったそれはまさに昆虫そのもの。
その長い爪が佐天の頭部に容赦なく突き立てられ、頭蓋が砕かれていた。
当然、それほどまでの傷を受けて人間が生きていられる道理はない。
滝のように鮮血を散らし、どさりと糸の切れた人形の如く倒れ込む。
佐天涙子は死んでいた。
初春飾利の思考はそこまでだった。
突然録画中のビデオカメラを叩き潰したように記憶はそこで途絶える。
そして、そういう結果になったならば当然その原因があるはずだ。
だというならば、記憶が途絶えた原因はきっと―――初春の首元に突き刺さった大きな爪、なのだろう。
ドクドクと血を垂れ流し、初春は倒れる。
意識が急速に闇に沈んでいくのが分かる。抗えるはずもない。
大口を開けて待ち構える『死』に初春は為す術なく、呑み込まれた。
だが、あるいはそれは幸せだったのかもしれない。
佐天涙子という親友の死を嘆く暇もなく初春も同じところへ旅立ったのだから。
二人の女子中学生に詰まっていた鮮血の作り出した湖の中で、巨大なノミのような化け物は奇声をあげる。
そして化け物は初春の死体の頭部に噛み付き、管のようなものを口内から伸ばして頚椎にまで刺し込み、初春の血や髄液をまさにノミのように吸い始めた。
二本の足に四本の腕。その全てから鋭利な刃物のような爪が伸びている。
全身に渡ってところどころ外皮が裂けており、そこから内の赤い筋組織が覗いているグロテスクな姿。
目は昆虫のような複眼で四つあった。白く染まったそれはまさに昆虫そのもの。
その長い爪が佐天の頭部に容赦なく突き立てられ、頭蓋が砕かれていた。
当然、それほどまでの傷を受けて人間が生きていられる道理はない。
滝のように鮮血を散らし、どさりと糸の切れた人形の如く倒れ込む。
佐天涙子は死んでいた。
初春飾利の思考はそこまでだった。
突然録画中のビデオカメラを叩き潰したように記憶はそこで途絶える。
そして、そういう結果になったならば当然その原因があるはずだ。
だというならば、記憶が途絶えた原因はきっと―――初春の首元に突き刺さった大きな爪、なのだろう。
ドクドクと血を垂れ流し、初春は倒れる。
意識が急速に闇に沈んでいくのが分かる。抗えるはずもない。
大口を開けて待ち構える『死』に初春は為す術なく、呑み込まれた。
だが、あるいはそれは幸せだったのかもしれない。
佐天涙子という親友の死を嘆く暇もなく初春も同じところへ旅立ったのだから。
二人の女子中学生に詰まっていた鮮血の作り出した湖の中で、巨大なノミのような化け物は奇声をあげる。
そして化け物は初春の死体の頭部に噛み付き、管のようなものを口内から伸ばして頚椎にまで刺し込み、初春の血や髄液をまさにノミのように吸い始めた。
11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:41:25.82 ID:/4itlF6h0
悲しみよ、我に来れ
悲しみは我が友
絶望を歓びとして美しき死を讃えよう
12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:42:38.53 ID:/4itlF6h0
上条当麻 / Day2 / 05:05:39 / 第八学区 教会
上条当麻の意識は急激に覚醒していた。
耳を劈くような悲鳴。辺りを見回せば視界に入るのは赤、赤、赤。
死んでいた。上条が寝ている間に入ってきたのだろう人間、その全員が全身から血を噴出して死んでいた。
(―――なっ、なに、何が……っ!?)
上条はこの教会の二階に身を潜めていた。
寝ていたと思ったらガラスが割れる音がして、あっという間にこの惨劇だ。
何かが外から侵入してきたのは分かる。それがこの光景を作り上げたことも。
ただ、それは一体どれほどの化け物なのか。
そいつは天井や壁に張り付き、体をくねらせながら徘徊していた。
完全に人間の形から離れ、四足歩行を行っている。
全身の皮膚は消え、赤い筋組織が全身に渡って完全に露出しているため真っ赤だった。
長い舌を遊ばせ、その頭部には本来それを覆っているはずの頭蓋がなく脳髄が露出している。
完全に化け物だった。その化け物が、確認できただけでも三体いた。
それがこの地獄を作り上げた張本人。ゾンビなどとは比べ物にならぬ剣呑な化け物。
極めて短時間の間に一〇人ほどの人間を惨殺してみせた事実がその恐ろしさを何よりも物語る。
13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:43:38.34 ID:/4itlF6h0
上条は動けない。僅かな間に科学の教会は血と肉片に塗れてしまっている。
そんな化け物に真正面から立ち向かったところでたちまち殺されてしまうだろう。
何ら力を持たぬ無能力者の身で、あのような醜悪な悪魔に抗おうとする方が無理がある。
唯一の特別である『幻想殺し』もこの状況では何の役にも立ちはしないのだ。
(―――逃げ、ないと……)
だから、上条当麻にできることは逃げることだけだ。
視線を周囲に向けてみればどこを見ても血がべっとりと塗りたくられており、肉片がこびりついている。
少し前まで生きていた人間の。しかしそれを見ても以前ほど動揺していない自分に気付き、上条は愕然とする。
たしかにこの状況では仕方ないことであろうし、その方が良いのかもしれない。
だが、それでも―――人の死に慣れたら終わりだと上条は思う。
これだけの燦々たる有様。にも関わらず、自分の心は怖いほどに冷静だった。
いや、動揺はしている。間違いなくショックを受けている。
しかしそれは本来普通の人間が感じるそれと比すれば軽いものであることも確かだった。
だが、今はそんなことを考えている余裕はない。
とにかく脱出しなければならない。それも、あの化け物共に見つからぬよう。
これほどの残忍さと凶暴さを持った怪物だ。見つかることと死はイコールで結べるだろう。
だから上条はゆっくり、ゆっくりと動いて、
「――――――ッ!?」
思わず叫びそうになった。
目の前。すぐ目の前の壁に張り付いている四足の化け物が、じっとこちらを見つめていた。
いきなり見つかった。上条は思わず死を覚悟する。
あんなのに襲われれば無能力者の上条などひとたまりもない。
あっさりと殺され、辺りに散らばった肉片に仲間入りしてしまうだろう。
だが、
そんな化け物に真正面から立ち向かったところでたちまち殺されてしまうだろう。
何ら力を持たぬ無能力者の身で、あのような醜悪な悪魔に抗おうとする方が無理がある。
唯一の特別である『幻想殺し』もこの状況では何の役にも立ちはしないのだ。
(―――逃げ、ないと……)
だから、上条当麻にできることは逃げることだけだ。
視線を周囲に向けてみればどこを見ても血がべっとりと塗りたくられており、肉片がこびりついている。
少し前まで生きていた人間の。しかしそれを見ても以前ほど動揺していない自分に気付き、上条は愕然とする。
たしかにこの状況では仕方ないことであろうし、その方が良いのかもしれない。
だが、それでも―――人の死に慣れたら終わりだと上条は思う。
これだけの燦々たる有様。にも関わらず、自分の心は怖いほどに冷静だった。
いや、動揺はしている。間違いなくショックを受けている。
しかしそれは本来普通の人間が感じるそれと比すれば軽いものであることも確かだった。
だが、今はそんなことを考えている余裕はない。
とにかく脱出しなければならない。それも、あの化け物共に見つからぬよう。
これほどの残忍さと凶暴さを持った怪物だ。見つかることと死はイコールで結べるだろう。
だから上条はゆっくり、ゆっくりと動いて、
「――――――ッ!?」
思わず叫びそうになった。
目の前。すぐ目の前の壁に張り付いている四足の化け物が、じっとこちらを見つめていた。
いきなり見つかった。上条は思わず死を覚悟する。
あんなのに襲われれば無能力者の上条などひとたまりもない。
あっさりと殺され、辺りに散らばった肉片に仲間入りしてしまうだろう。
だが、
14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:44:06.88 ID:/4itlF6h0
(―――……え?)
化け物は上条のことなど見えていないかのように、体をくねらせて去っていった。
どういうことだ。退化した眼球は既に存在しなくなっていたが、あの化け物は確実に自分を捉えていた、と思う。
だというのにあろうことか上条を無視した。
まさか見逃したというわけでもあるまい。
あんな化け物にそんな慈悲深さがあるとは思わないし、何より現にあれは多くの人間を惨殺しているのだ。
にも関わらず上条には見向きもしない。何かがおかしい。
死体を堆く積み上げる化け物が自分だけを逃した理由。
(……もしかして)
一つの仮説を立てた上条は、この化け物共が暴れた時にできたのだろう小さな瓦礫を手に取る。
そしてそれを遠くに投げる。放たれた小石は綺麗な放物線を描き、こつんと音をたてて床に落下した。
その瞬間。静まり返った教会に、化け物共の呻き声しか聞こえない教会に、小石が床を打つ小さな音が響いた瞬間。
三体の化け物は弾かれたように迅速に動き出し、誰もいない小石が落下した場所に飛び掛りその長い爪を振るった。
だが当然そこには誰もいない。払われた爪は虚空を掻く。それだけで十分だった。
(こいつら、やっぱり……目が……!!)
上条の仮説を裏付ける結果。
この化け物は盲目なのだ。そして失われた視力を補うように聴力が異常発達を遂げている。
目が見えないから全てを音で判断している。だから、上条に気付かなかった。
で、あれば。そこに付け入る隙がある。
化け物は上条のことなど見えていないかのように、体をくねらせて去っていった。
どういうことだ。退化した眼球は既に存在しなくなっていたが、あの化け物は確実に自分を捉えていた、と思う。
だというのにあろうことか上条を無視した。
まさか見逃したというわけでもあるまい。
あんな化け物にそんな慈悲深さがあるとは思わないし、何より現にあれは多くの人間を惨殺しているのだ。
にも関わらず上条には見向きもしない。何かがおかしい。
死体を堆く積み上げる化け物が自分だけを逃した理由。
(……もしかして)
一つの仮説を立てた上条は、この化け物共が暴れた時にできたのだろう小さな瓦礫を手に取る。
そしてそれを遠くに投げる。放たれた小石は綺麗な放物線を描き、こつんと音をたてて床に落下した。
その瞬間。静まり返った教会に、化け物共の呻き声しか聞こえない教会に、小石が床を打つ小さな音が響いた瞬間。
三体の化け物は弾かれたように迅速に動き出し、誰もいない小石が落下した場所に飛び掛りその長い爪を振るった。
だが当然そこには誰もいない。払われた爪は虚空を掻く。それだけで十分だった。
(こいつら、やっぱり……目が……!!)
上条の仮説を裏付ける結果。
この化け物は盲目なのだ。そして失われた視力を補うように聴力が異常発達を遂げている。
目が見えないから全てを音で判断している。だから、上条に気付かなかった。
で、あれば。そこに付け入る隙がある。
15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:45:02.00 ID:/4itlF6h0
(静かに、静かに移動すれば……)
この盲目の化け物に気付かれずにここを脱出する。
そのためには一切の物音を立ててはならない。
ゆっくり、ゆっくりと。上条は少しずつ移動する。
床が軋めばそれで見つかるかもしれない。咳やくしゃみの一つでも出ればそれで終わるかもしれない。
じっとりとした嫌な汗が背中や額に流れるのを感じる。
周囲には三体の盲目の化け物。それぞれが自在に壁や天井を徘徊し、余計な音を少しでもたてれば即座にその死神の鎌を振るってくるだろう。
物音をたてれば死ぬ。見つかれば死ぬ。
極度の緊張と恐怖にがちがちと鳴りそうになる歯を必死に抑え、上条は進む。
床に落ちたガラス片の一つでも踏んでしまえばジャリ、という音が発生するだろう。
音を殺し、気配を殺し、まるで闇に同化するが如く。
それは普段の上条当麻の生き方とはかけ離れたそれであり、故に慣れぬ不安と緊張が上条を押し潰す。
ほんの僅かのミスも許されない。許せば、それはゲームオーバーへと直結する。
天井をくねりながら移動する化け物を見て、上条の体は恐怖に縛り上げられる。
鋭く長い爪。別の生き物のように長くくねる舌。そのどちらもが、人間を絶命せしめる必殺の凶器だ。
低い、地を這うような盲目の化け物の呻き声。そこに他の音が混じれば。
何か一つ。何か一つでもミスがあれば―――。
上条はたっぷりと時間をかけ、一階へと下りる梯子の前へと辿り着く。
ここを降りて、出口まで。距離的には短いが、上条には遥か彼方まで続く果てのない道に見えた。
ゆっくりと体勢を変えて梯子に足をかけ、一段ずつ下りていく。
上条の左手が梯子を掴み、そして―――。
この盲目の化け物に気付かれずにここを脱出する。
そのためには一切の物音を立ててはならない。
ゆっくり、ゆっくりと。上条は少しずつ移動する。
床が軋めばそれで見つかるかもしれない。咳やくしゃみの一つでも出ればそれで終わるかもしれない。
じっとりとした嫌な汗が背中や額に流れるのを感じる。
周囲には三体の盲目の化け物。それぞれが自在に壁や天井を徘徊し、余計な音を少しでもたてれば即座にその死神の鎌を振るってくるだろう。
物音をたてれば死ぬ。見つかれば死ぬ。
極度の緊張と恐怖にがちがちと鳴りそうになる歯を必死に抑え、上条は進む。
床に落ちたガラス片の一つでも踏んでしまえばジャリ、という音が発生するだろう。
音を殺し、気配を殺し、まるで闇に同化するが如く。
それは普段の上条当麻の生き方とはかけ離れたそれであり、故に慣れぬ不安と緊張が上条を押し潰す。
ほんの僅かのミスも許されない。許せば、それはゲームオーバーへと直結する。
天井をくねりながら移動する化け物を見て、上条の体は恐怖に縛り上げられる。
鋭く長い爪。別の生き物のように長くくねる舌。そのどちらもが、人間を絶命せしめる必殺の凶器だ。
低い、地を這うような盲目の化け物の呻き声。そこに他の音が混じれば。
何か一つ。何か一つでもミスがあれば―――。
上条はたっぷりと時間をかけ、一階へと下りる梯子の前へと辿り着く。
ここを降りて、出口まで。距離的には短いが、上条には遥か彼方まで続く果てのない道に見えた。
ゆっくりと体勢を変えて梯子に足をかけ、一段ずつ下りていく。
上条の左手が梯子を掴み、そして―――。
16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:45:56.36 ID:/4itlF6h0
極度の緊張のせいでじっとりとかいた手汗でぬるりと手が滑り、その下の段にガン、という小さな音をたてて手を強かに打ち付けた。
(あっ!?)
思わず声に出しそうになるが、寸でのところでそれを呑み込む。
だが遅い。既に、上条は音をたててしまったのだから。
上条は梯子に張り付いたまま振り向き、梯子ではなく教会の中心の方へとおそるおそる顔を向けた。
「キィシャァァアアアア!!」
叫び声をあげ、三体の盲目の化け物が身構える。
腹を壁や天井にべったりと貼り付けて這うように移動していた化け物が、四つんばいになるように体を突き上げて臨戦態勢を取る。
ピン、と一瞬で極限まで張り詰められる緊張の糸。殺意があっという間に膨張し教会を埋め尽くしていく。
(ま、ず―――!!)
すぐ近く。上条の頭上にあたる位置の天井に張り付いていた、一体の化け物。
そいつが二本の足で天井に自身の体を固定したまま、ぶらんと体を宙に踊らせる。
頭を下に向ける、上下逆さまの格好。重力に引かれて落下しないのはその足が化け物の全体重を支えているからだ。
目の前。そう、目の前だった。
盲目の化け物の顔は、上条の鼻先にあった。
鼻の頭からおよそ三〇センチ先。そこに盲目の化け物の顔が上下逆さまにあった。
(……ッ!? ―――、――――――!!)
思わず叫びそうになる。恐怖と嫌悪感に泣き叫びたくなる。
だが、そんなことをすれば今度の今度こそ殺される。
故に上条は耐え忍ぶしかない。
(あっ!?)
思わず声に出しそうになるが、寸でのところでそれを呑み込む。
だが遅い。既に、上条は音をたててしまったのだから。
上条は梯子に張り付いたまま振り向き、梯子ではなく教会の中心の方へとおそるおそる顔を向けた。
「キィシャァァアアアア!!」
叫び声をあげ、三体の盲目の化け物が身構える。
腹を壁や天井にべったりと貼り付けて這うように移動していた化け物が、四つんばいになるように体を突き上げて臨戦態勢を取る。
ピン、と一瞬で極限まで張り詰められる緊張の糸。殺意があっという間に膨張し教会を埋め尽くしていく。
(ま、ず―――!!)
すぐ近く。上条の頭上にあたる位置の天井に張り付いていた、一体の化け物。
そいつが二本の足で天井に自身の体を固定したまま、ぶらんと体を宙に踊らせる。
頭を下に向ける、上下逆さまの格好。重力に引かれて落下しないのはその足が化け物の全体重を支えているからだ。
目の前。そう、目の前だった。
盲目の化け物の顔は、上条の鼻先にあった。
鼻の頭からおよそ三〇センチ先。そこに盲目の化け物の顔が上下逆さまにあった。
(……ッ!? ―――、――――――!!)
思わず叫びそうになる。恐怖と嫌悪感に泣き叫びたくなる。
だが、そんなことをすれば今度の今度こそ殺される。
故に上条は耐え忍ぶしかない。
17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:47:22.52 ID:/4itlF6h0
「ハァァアァァァア……」
鼻を突く強烈な臭い。
眼前には全ての体皮が剥がれ新たに構成された赤い筋繊維。露出した巨大な脳。一瞬で人を殺せる槍のような舌。ぽたぽたと流れ落ちる化け物の涎。
それが、文字通り目と鼻の先にある。悪夢のような光景だった。
上条は呼吸をしない。この距離では呼吸音すら聞き取られる恐れがあるからだ。
そもそもここまでの近距離では吐息や鼻息が化け物にかかってしまうだろう。
いくら目が退化して失われていようとも、その他の四感は生きているはずだ。
だから上条は呼吸をすることすら許されない。
盲目の化け物は上条を品定めするようにじっと見つめる。
勿論、この化け物は視力を失っているのだから正確にはそれは錯覚に過ぎない。
だがそれでも、粘つくような、舐めるような悪寒を上条は確かに感じていた。
この化け物の、外気に晒されている大きな脳髄。
人と変わらぬその脳のグロテスクさに、上条は思わず目を瞑る。
化け物の生温かく明らかな異臭のする吐息が頬にかかる。
まるで自分の命が死神の掌の上で転がされているような感覚。
腕を伸ばせば届いてしまうほどの近距離で、化け物は上条を見つめ続けていた。
バクバクと心臓は早鐘のように激しく鳴り、このままショックで死んでしまうのではと上条は本気で思った。
あまりにうるさい心臓の鼓動の音すらも聞き取られはしないかと恐怖し、その恐怖が更に拍動を加速させる。
どれほどの時間が経っただろうか。一〇秒か、二〇秒か。
流石に呼吸が苦しくなり始めたころ、ふっ、と化け物の気配が唐突に消え失せる。
鼻を突く強烈な臭い。
眼前には全ての体皮が剥がれ新たに構成された赤い筋繊維。露出した巨大な脳。一瞬で人を殺せる槍のような舌。ぽたぽたと流れ落ちる化け物の涎。
それが、文字通り目と鼻の先にある。悪夢のような光景だった。
上条は呼吸をしない。この距離では呼吸音すら聞き取られる恐れがあるからだ。
そもそもここまでの近距離では吐息や鼻息が化け物にかかってしまうだろう。
いくら目が退化して失われていようとも、その他の四感は生きているはずだ。
だから上条は呼吸をすることすら許されない。
盲目の化け物は上条を品定めするようにじっと見つめる。
勿論、この化け物は視力を失っているのだから正確にはそれは錯覚に過ぎない。
だがそれでも、粘つくような、舐めるような悪寒を上条は確かに感じていた。
この化け物の、外気に晒されている大きな脳髄。
人と変わらぬその脳のグロテスクさに、上条は思わず目を瞑る。
化け物の生温かく明らかな異臭のする吐息が頬にかかる。
まるで自分の命が死神の掌の上で転がされているような感覚。
腕を伸ばせば届いてしまうほどの近距離で、化け物は上条を見つめ続けていた。
バクバクと心臓は早鐘のように激しく鳴り、このままショックで死んでしまうのではと上条は本気で思った。
あまりにうるさい心臓の鼓動の音すらも聞き取られはしないかと恐怖し、その恐怖が更に拍動を加速させる。
どれほどの時間が経っただろうか。一〇秒か、二〇秒か。
流石に呼吸が苦しくなり始めたころ、ふっ、と化け物の気配が唐突に消え失せる。
18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:47:52.13 ID:/4itlF6h0
(…………?)
上条はそっと目を開く。真っ暗だった視界に光が差し込み、急な刺激に瞳孔が一瞬収縮する。
だがそこに、盲目の化け物の顔はなかった。
見上げてみればその化け物は再び天井に張り付き、辺りを徘徊していた。
見てみれば他の二体の化け物も臨戦態勢を解き、同じように彷徨っている。
(……たす、かったのか)
何とか気付かれずに済んだ。
全身を包み込む安堵感に上条は思わず脱力し、梯子から落下してしまいそうになる。
慌てて体勢を整え、同じ轍を踏まぬように気を張りながら梯子を下り終える。
(……出口は、そこか。でもどうしたってドアを開ける時に音がする。とすれば……)
上条が目をつけたのは近くの窓だ。
おそらくこの盲目の化け物共がここに侵入した時に割ったのだろう、窓ガラスは粉々に砕けてしまっている。
だが好都合だ。おかげで窓を開ける必要がなくなった。
あの窓を乗り越えれば音をたてることなくここから離れることができる。
しかし、上条から一番近い窓のすぐ傍に一体の盲目の化け物が張り付いていた。
それは目が見えないのだから、無音のままに行動すればすぐ近くを通ったところで気付かれることはない。
だから無視することも理屈の上では可能だ。
だが実際問題として、少なくとも上条はそんなところを通ろうとは思えなかったし、また上策とも言えないだろう。
上条はそっと目を開く。真っ暗だった視界に光が差し込み、急な刺激に瞳孔が一瞬収縮する。
だがそこに、盲目の化け物の顔はなかった。
見上げてみればその化け物は再び天井に張り付き、辺りを徘徊していた。
見てみれば他の二体の化け物も臨戦態勢を解き、同じように彷徨っている。
(……たす、かったのか)
何とか気付かれずに済んだ。
全身を包み込む安堵感に上条は思わず脱力し、梯子から落下してしまいそうになる。
慌てて体勢を整え、同じ轍を踏まぬように気を張りながら梯子を下り終える。
(……出口は、そこか。でもどうしたってドアを開ける時に音がする。とすれば……)
上条が目をつけたのは近くの窓だ。
おそらくこの盲目の化け物共がここに侵入した時に割ったのだろう、窓ガラスは粉々に砕けてしまっている。
だが好都合だ。おかげで窓を開ける必要がなくなった。
あの窓を乗り越えれば音をたてることなくここから離れることができる。
しかし、上条から一番近い窓のすぐ傍に一体の盲目の化け物が張り付いていた。
それは目が見えないのだから、無音のままに行動すればすぐ近くを通ったところで気付かれることはない。
だから無視することも理屈の上では可能だ。
だが実際問題として、少なくとも上条はそんなところを通ろうとは思えなかったし、また上策とも言えないだろう。
19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/13(金) 01:48:41.04 ID:/4itlF6h0
とはいえ他の窓は少し離れているため、そこを目指すとなると移動距離が増える。
時間をかければそれだけ危険も比例して高まっていく。
上条の精神力や集中力とて無限ではないのだ。この極限の緊張は彼の精神を激しく削っている。
だから、上条は足元に落ちている大きめのガラス片を拾い上げ。
目的の窓から離れた場所に向けて全力で投擲した。
投げられたガラス片はやがて壁に勢いよく激突し、バリィン!! という大きな音をたてて砕け散る。
細かくなったガラスの欠片がぱらぱらと床に落下し、また小さい音を連続で発生させる。
これに即座に反応したのは三体の盲目の化け物だ。
奇声をあげ、三体の化け物は瞬時にガラス片が砕けた場所へと飛びかかっていく。
その時、既に上条は窓まで走りその体を外へと躍らせていた。
教会からの脱出を果たした上条はすぐにその場を離れていく。
あの化け物は非常に残忍で恐ろしいが、やはり視力を失っているというのは欠点だ。
先ほどのように意図的に音をたててやればその行動を誘導することも難しくはない。
この極限の状況下で冷静にそれを分析し、実行に移せたのはやはり上条の度重なる戦闘経験のおかげであろう。
(……でも、まだ何も安心できねぇ)
一つの窮地を脱したところで、それを包含する更に大きな危機を抜けていないことに変わりはない。
この最低で最悪の悪夢は、まだ終わっていない。
時間をかければそれだけ危険も比例して高まっていく。
上条の精神力や集中力とて無限ではないのだ。この極限の緊張は彼の精神を激しく削っている。
だから、上条は足元に落ちている大きめのガラス片を拾い上げ。
目的の窓から離れた場所に向けて全力で投擲した。
投げられたガラス片はやがて壁に勢いよく激突し、バリィン!! という大きな音をたてて砕け散る。
細かくなったガラスの欠片がぱらぱらと床に落下し、また小さい音を連続で発生させる。
これに即座に反応したのは三体の盲目の化け物だ。
奇声をあげ、三体の化け物は瞬時にガラス片が砕けた場所へと飛びかかっていく。
その時、既に上条は窓まで走りその体を外へと躍らせていた。
教会からの脱出を果たした上条はすぐにその場を離れていく。
あの化け物は非常に残忍で恐ろしいが、やはり視力を失っているというのは欠点だ。
先ほどのように意図的に音をたててやればその行動を誘導することも難しくはない。
この極限の状況下で冷静にそれを分析し、実行に移せたのはやはり上条の度重なる戦闘経験のおかげであろう。
(……でも、まだ何も安心できねぇ)
一つの窮地を脱したところで、それを包含する更に大きな危機を抜けていないことに変わりはない。
この最低で最悪の悪夢は、まだ終わっていない。
31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:51:10.91 ID:GUb/dWSS0
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate
32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:52:03.71 ID:GUb/dWSS0
THE DEAD WALK!!
33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:53:37.78 ID:GUb/dWSS0
あまりに遠くの先を見ようとしたために
今では後ろ向きで 後ずさりしながら道を歩くようになってしまった
34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:54:17.52 ID:GUb/dWSS0
浜面仕上 / Day2 / 05:18:45 / 第二三学区 航空宇宙工学研究所付属衛星管制センター
夢を見ていた。それはとても幸せで、とても儚い夢。
人に語るにはあまりに恥ずかしいけれど、自身の内に大事に秘めていたいと思える、そんな夢。
浜面仕上と滝壺理后は夫婦となり、その間に一人の可愛らしい男の子を授かっていた。
夫婦円満、順風満帆。幸せそのもの。
浜面が仕事から帰宅すれば幼い息子が出迎えてくれ、妻が温かい食事を用意してくれる。
たまの休みには絹旗や麦野たちと出かけ、皆息子を可愛がってくれている。
時には上条や美琴と出くわしたり、垣根たちと飲みに行き少ない愚痴をこぼし合う。
けれど自宅へ帰すればやはりそこには浜面を心の底から温めてくれる愛しい女性の笑顔があるのだ。
人並みの幸せ。誰もが一度は夢想するだろう幻想。
人には語りたくないが、そんな絵に描いたような家庭は浜面の理想そのものだ。
―――無能力者のレッテルを貼られ、けれどそこから何糞と死ぬ気で努力するほどの根性も意思もなく、物事を明るく捉えられもしない。
卑屈だった。自分には才能がないのだからと延々と言い訳を繰り返し、けれどならば努力すればいいと誰かが言う。
努力すれば必ず成功するとは限らない。だが努力しないのなら成功する可能性はゼロだ。
それが分かっていながら挙句には自分には努力する才能がないなどと吐き気のするような言い訳をし、自身の弱さを無理矢理に正当化した。
諦めてしまえば良かった。能力者と自分を完全に割り切ってしまえれば良かった。しかし浜面は何もしないくせにそれすらできなかった。
35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:55:08.07 ID:GUb/dWSS0
超能力者の双璧を成す一方通行や垣根のように、他と隔絶した圧倒的特別性があるわけでもない。
低能力者から超能力者まで駆け上がり示唆された『可能性』を現実のものとした美琴のように、確固とした意思の強さや信念があるわけでもない。
適材適所を体現する初春のように、自身にできることを行おうとする柔軟で効率的な考え方があるわけでもない。
そのくせ上条のように、力の有無なんて関係ないと言えるほど割り切った考え方もできない。
何もできない。何もしない。自身に許される最大の努力すらやろうとはしない。
なのに一丁前に努力して力を伸ばしてきたであろう能力者たちに醜い嫉妬を剥き出しにし、浜面は傲慢な考え方を他人にぶつけて生きてきた。
けれど自分と同じ無能力者の少年とぶつかったあの時から確実に何かが変わった、と思う。
その少年に言われたことが全く正しかったと気付き、滝壺理后ひとりを守るために強大な超能力者に立ち向かった。
暗部組織の抗争があった時、ある超能力者に手も足も出ず、努力もしようとしない怠惰な心を見透かされ、ボロクソに言われたことがある。
何一つ反論ができなかった。そんな浜面を見て、その超能力者はこう告げた。
――――――『悔しいか? 俺にここまで言われて、反抗心が湧いてくるか? だったらそれはテメェの武器だ。
何もねえテメェが唯一突き立てられる牙だ。そいつを悔しさと怒りで研ぎ澄ませてみせろ!!
後生大事に抱え込んで、磨き込んで、いつか俺にその牙を突き立ててみせろよ無能力者!! あァ!?』
……勿論、一〇〇満点だなんて言えるはずもないが、それでも滝壺を守って来れたと浜面は思っている。
どれだけ惨めな思いをしようと、どれだけ情けない真似をしようと、たった一人の少女のために。
低能力者から超能力者まで駆け上がり示唆された『可能性』を現実のものとした美琴のように、確固とした意思の強さや信念があるわけでもない。
適材適所を体現する初春のように、自身にできることを行おうとする柔軟で効率的な考え方があるわけでもない。
そのくせ上条のように、力の有無なんて関係ないと言えるほど割り切った考え方もできない。
何もできない。何もしない。自身に許される最大の努力すらやろうとはしない。
なのに一丁前に努力して力を伸ばしてきたであろう能力者たちに醜い嫉妬を剥き出しにし、浜面は傲慢な考え方を他人にぶつけて生きてきた。
けれど自分と同じ無能力者の少年とぶつかったあの時から確実に何かが変わった、と思う。
その少年に言われたことが全く正しかったと気付き、滝壺理后ひとりを守るために強大な超能力者に立ち向かった。
暗部組織の抗争があった時、ある超能力者に手も足も出ず、努力もしようとしない怠惰な心を見透かされ、ボロクソに言われたことがある。
何一つ反論ができなかった。そんな浜面を見て、その超能力者はこう告げた。
――――――『悔しいか? 俺にここまで言われて、反抗心が湧いてくるか? だったらそれはテメェの武器だ。
何もねえテメェが唯一突き立てられる牙だ。そいつを悔しさと怒りで研ぎ澄ませてみせろ!!
後生大事に抱え込んで、磨き込んで、いつか俺にその牙を突き立ててみせろよ無能力者!! あァ!?』
……勿論、一〇〇満点だなんて言えるはずもないが、それでも滝壺を守って来れたと浜面は思っている。
どれだけ惨めな思いをしようと、どれだけ情けない真似をしようと、たった一人の少女のために。
36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:55:52.01 ID:GUb/dWSS0
誰かに言われた。力なんてものは扱う者次第で善にも悪にもなると。
誰かに言われた。力とはそれ自体が重要なのではなく、それを使って何を為すか、何が為せるかだと。
誰かに言われた。力を得るから変わるのではない、変わったからこそ手に入るのだと。
やっと実感した。力というものは、分かりやすい学園都市製の能力のようなものに限らない、見えない意思の力があると。
……だから浜面にとってそんな夢は、そんな家庭は一つの完成形だった。
滝壺を全ての脅威から完璧に守り抜き、それでいて彼女を脅かす脅威を排除できたことの証。
浜面仕上の人生のゴールとすら言っても過言ではない。
目標。到達点。夢。終着点。理想。
浜面仕上は、だからこそ。
そんな笑ってしまうような恥ずかしい夢を守るために。
滝壺理后というたった一人の少女を守るために。
絶対に、こんなところで倒れるわけにはいかないのだ。
「―――……ん?」
浜面仕上の意識は揺れ、一家三人幸せに過ごしている光景が溶けるように消えていく。
惜しい、と思った。いつまでだって見ていたい。
それは現実を捨て妄想の中に閉じこもって生きていくに等しい行為ではあるけれど、あるいはそれでも構わないと思えるほど浜面にとっては輝いていた。
とはいえ、実際本当にそうなるわけにも行くまい。
浜面は渋々といった様子で薄く目を開く。
誰かに言われた。力とはそれ自体が重要なのではなく、それを使って何を為すか、何が為せるかだと。
誰かに言われた。力を得るから変わるのではない、変わったからこそ手に入るのだと。
やっと実感した。力というものは、分かりやすい学園都市製の能力のようなものに限らない、見えない意思の力があると。
……だから浜面にとってそんな夢は、そんな家庭は一つの完成形だった。
滝壺を全ての脅威から完璧に守り抜き、それでいて彼女を脅かす脅威を排除できたことの証。
浜面仕上の人生のゴールとすら言っても過言ではない。
目標。到達点。夢。終着点。理想。
浜面仕上は、だからこそ。
そんな笑ってしまうような恥ずかしい夢を守るために。
滝壺理后というたった一人の少女を守るために。
絶対に、こんなところで倒れるわけにはいかないのだ。
「―――……ん?」
浜面仕上の意識は揺れ、一家三人幸せに過ごしている光景が溶けるように消えていく。
惜しい、と思った。いつまでだって見ていたい。
それは現実を捨て妄想の中に閉じこもって生きていくに等しい行為ではあるけれど、あるいはそれでも構わないと思えるほど浜面にとっては輝いていた。
とはいえ、実際本当にそうなるわけにも行くまい。
浜面は渋々といった様子で薄く目を開く。
37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:56:46.38 ID:GUb/dWSS0
目に入ったのは滝壺の顔。酷く焦燥したような、余裕のない顔。
耳に入ったのは鎖の音。ジャラジャラという鎖が擦れる音。
「――――――!?」
浜面の意識は一瞬で冷水を浴びせられたように覚醒した。
ここには浜面と滝壺の二人しかいない。
だから二人は交代で見張りと就寝をしていたのだ。
ならばこの鎖の音は一体何だ。
しかもよく耳を澄ましてみると、鎖の音に混じって妙な呻き声までが聞こえる。
更に言えば、気のせいでなければそれは段々こちらに近づいて―――?
「い、くぞ、滝壺……!!」
「う、ん……!!」
リサ=トレヴァー。かつてそう呼ばれていた少女。
今では何かを求め学園都市を徘徊する、異形の化け物。鎖の化け物。
浜面の行動は迅速だった。故に彼女と顔を合わせることはなかった。
また一つ、浜面は試練を乗り越えた。これからも乗り越え続けなくてはならない。
愛しい少女を全てから守るために。
耳に入ったのは鎖の音。ジャラジャラという鎖が擦れる音。
「――――――!?」
浜面の意識は一瞬で冷水を浴びせられたように覚醒した。
ここには浜面と滝壺の二人しかいない。
だから二人は交代で見張りと就寝をしていたのだ。
ならばこの鎖の音は一体何だ。
しかもよく耳を澄ましてみると、鎖の音に混じって妙な呻き声までが聞こえる。
更に言えば、気のせいでなければそれは段々こちらに近づいて―――?
「い、くぞ、滝壺……!!」
「う、ん……!!」
リサ=トレヴァー。かつてそう呼ばれていた少女。
今では何かを求め学園都市を徘徊する、異形の化け物。鎖の化け物。
浜面の行動は迅速だった。故に彼女と顔を合わせることはなかった。
また一つ、浜面は試練を乗り越えた。これからも乗り越え続けなくてはならない。
愛しい少女を全てから守るために。
38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:57:12.16 ID:GUb/dWSS0
Files
File28.『誰かに宛てた手紙』
愛するリサへ
日に日に私が私でなくなっていく……。そんな感覚が確信に変わり始めています。
あの注射のおかげか、体の痒みは幾分か収まってきたみたい。
今日も「栄養剤だ」と言われ、白衣の男たちに注射を打たれました。
注射をされると、意識がはっきりしてくる。
意識が戻ってくると、何も考えられなくなっていた自分に気付いて、愕然としたの。
全てを忘れてしまう感覚に襲われ、あなたのことやあの人のこと……。
どんな性格で、どんな顔だったかすらも意識の闇に覆われてしまう。
ああ、リサ、私も今すぐでもあなたに会って、あなたを抱き締めて確かめたい。
そうしないとあなたも、あの人も消えてしまいそうで、とても怖い。
……このままでは駄目ね!! 早く逃げ出さないと!!
いい? リサ、チャンスは多分、次に一緒にあの実験室に行く時!!
二人して意識のない振りをするの。
そしてあの白衣の男が隙を見せた時が逃げ出すチャンスよ!!
外へ脱出したら、お父さんを一緒に探しましょう!!
この手紙にあなたが気付いてくれますように
Sep.4,20XX
ジェシカ=トレヴァー
File28.『誰かに宛てた手紙』
愛するリサへ
日に日に私が私でなくなっていく……。そんな感覚が確信に変わり始めています。
あの注射のおかげか、体の痒みは幾分か収まってきたみたい。
今日も「栄養剤だ」と言われ、白衣の男たちに注射を打たれました。
注射をされると、意識がはっきりしてくる。
意識が戻ってくると、何も考えられなくなっていた自分に気付いて、愕然としたの。
全てを忘れてしまう感覚に襲われ、あなたのことやあの人のこと……。
どんな性格で、どんな顔だったかすらも意識の闇に覆われてしまう。
ああ、リサ、私も今すぐでもあなたに会って、あなたを抱き締めて確かめたい。
そうしないとあなたも、あの人も消えてしまいそうで、とても怖い。
……このままでは駄目ね!! 早く逃げ出さないと!!
いい? リサ、チャンスは多分、次に一緒にあの実験室に行く時!!
二人して意識のない振りをするの。
そしてあの白衣の男が隙を見せた時が逃げ出すチャンスよ!!
外へ脱出したら、お父さんを一緒に探しましょう!!
この手紙にあなたが気付いてくれますように
Sep.4,20XX
ジェシカ=トレヴァー
39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:57:40.56 ID:GUb/dWSS0
御坂美琴 / Day2 / 06:23:50 / 第一二学区 高崎大学構内
「……んぅ……?」
「起きた? そろそろ行くわよ。ここも危なくなってきたわ」
眠そうに目を擦りながらむくりと起き上がった佳茄に、美琴は静かに告げる。
床に座り込んだまま壁に背中を預け、休息をとっていた美琴もゆっくりと立ち上がる。
結局、睡眠は僅かしかとっていない。ろくに眠れるわけがない。
そんな大きな隙を晒せばそれは容赦なく死に直結するのだ。
「あ、お姉ちゃん……ごめんなさい、私、寝ちゃってた……」
佳茄は必死に寝ないようにはしていたのだが、やはり疲労のたまった七歳の女の子。
抗うこともできずに途中からすっかり寝入ってしまっていた。
だが美琴は困るどころかむしろ好ましくさえ思っていた。
人が最も無防備になる睡眠時。その姿をいくら疲労しているとはいえ晒してくれるのは、それだけ佳茄が自分を信頼してくれているからだと。
「ん。気にしなくていいわよ、そんなこと。むしろちゃんと寝とかないと、ね?」
ありがたい、と思う。
もはや佳茄だけが美琴の心の支えだった。
この少女がいるから、この少女を守らなければならないから、この少女を守りたいから。
あれだけの惨劇を味わって尚御坂美琴は戦える。
たとえば今、佳茄が死んでしまうようなことがあればそれは同時に美琴が死ぬ時でもある。
40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:58:24.83 ID:GUb/dWSS0
醜い生き物だ、と美琴は静かに自嘲する。
結局のところ、全てを佳茄に押し付けているだけなのだ。
自らの行動理由、存在理由。佳茄がいるから。
自分が自身の精神を保たせるために、心が死んでしまわないようにするために、美琴は佳茄に依存する。
だから、もはや佳茄は美琴の全てと言ってもいい。
勝手に全てを小さな少女に押し付けたのだから。
滑稽だった。佳茄を守るため、という大義名分すらも馬鹿馬鹿しい。
これでは結局自分のために戦っているのと何も変わらない。
……あるいは、それが自分の本性なのかもしれないと美琴は思う。
けれどそれでも構わない。
醜かろうと何であろうと、とにかく佳茄を生きたままこの街の外へ―――安全なところへと連れて行く。
実際は自分のための自慰行為であっても、少なくともその行動そのものは否定されるべきものではないはずだ。
もう自分自身に関してはどうでもよかった。
腹黒でも鬼でも悪魔でも鬼畜でも殺人犯でも何とでも呼べばいい。
それを否定するつもりは全くないし、そんな最低の呼び名がきっと自分にはお似合いだ。
口では友情を謳っておきながら、結局三人もの親友をこの手で殺した自分にはきっとそれがお似合いなのだ。
「でもお姉ちゃんは……寝て、ないよね……?」
「大丈夫よ。ちゃんと寝たし佳茄に心配されるほど私はヤワじゃないわ。ほら、なんたって私超能力者だし? この街で一番強いんだから」
一言で、吐き捨てるように嘘を吐いた。
実際、ほんの僅かにしか睡眠などとっていない。
それでも少しは寝ていたのは美琴が能力の弱点を把握していたからだ。
結局のところ、全てを佳茄に押し付けているだけなのだ。
自らの行動理由、存在理由。佳茄がいるから。
自分が自身の精神を保たせるために、心が死んでしまわないようにするために、美琴は佳茄に依存する。
だから、もはや佳茄は美琴の全てと言ってもいい。
勝手に全てを小さな少女に押し付けたのだから。
滑稽だった。佳茄を守るため、という大義名分すらも馬鹿馬鹿しい。
これでは結局自分のために戦っているのと何も変わらない。
……あるいは、それが自分の本性なのかもしれないと美琴は思う。
けれどそれでも構わない。
醜かろうと何であろうと、とにかく佳茄を生きたままこの街の外へ―――安全なところへと連れて行く。
実際は自分のための自慰行為であっても、少なくともその行動そのものは否定されるべきものではないはずだ。
もう自分自身に関してはどうでもよかった。
腹黒でも鬼でも悪魔でも鬼畜でも殺人犯でも何とでも呼べばいい。
それを否定するつもりは全くないし、そんな最低の呼び名がきっと自分にはお似合いだ。
口では友情を謳っておきながら、結局三人もの親友をこの手で殺した自分にはきっとそれがお似合いなのだ。
「でもお姉ちゃんは……寝て、ないよね……?」
「大丈夫よ。ちゃんと寝たし佳茄に心配されるほど私はヤワじゃないわ。ほら、なんたって私超能力者だし? この街で一番強いんだから」
一言で、吐き捨てるように嘘を吐いた。
実際、ほんの僅かにしか睡眠などとっていない。
それでも少しは寝ていたのは美琴が能力の弱点を把握していたからだ。
41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:59:05.72 ID:GUb/dWSS0
学園都市製の能力は、それが超能力者であろうと例外なく使用者の演算能力に大きく左右される。
それが意識的か無意識的か、そのいずれかにせよ。
激痛や疲労などによって演算式をまともに組めなくなれば当然それは能力の使用状況に如実に表れてくる。
現に美琴はそれをその身で体験している。『絶対能力者進化計画』、それを止めんと一人戦っていた時に。
だから睡眠不足は能力者の大敵なのだ。もっとも集中力の欠如という点で言えばそれは何事にも当てはまることではあるのだが。
それでも少しは眠りもしたし、あの時だってほとんど飲まず食わずの状態で連日昼夜を問わず動き続けていた。
まだ大丈夫だ。少なくとも、現在のところはまだ戦える。
しかしそれはいつまで続くのだろうか。この惨劇はいつまで続くのだろうか。
もしも何日も同じような状況が続けば、末路は明らかだった。
「それより佳茄、大丈夫? 寒くない?」
「うん。……あれ? このお洋服、トキワダイのセイフク?」
佳茄はいつの間にか美琴の着ていた制服、そのブレザーを着ていた。
彼女が寝ている間に美琴が着せたものだ。
雨に濡れた佳茄が風邪を引かぬようにと着せたそれは流石に佳茄の身長には合っていない。
膝の上辺りにまで届く常盤台のブレザーは佳茄が着るには些か大き過ぎる。だが、
「あげるわ。幸運のお守りよ」
「……ありがとっ、お姉ちゃん」
顔を綻ばせる佳茄に、美琴は優しく笑いかける。
いつしか佳茄に対してはこうやって笑いかけることしかできなくなっていた気がした。
それが意識的か無意識的か、そのいずれかにせよ。
激痛や疲労などによって演算式をまともに組めなくなれば当然それは能力の使用状況に如実に表れてくる。
現に美琴はそれをその身で体験している。『絶対能力者進化計画』、それを止めんと一人戦っていた時に。
だから睡眠不足は能力者の大敵なのだ。もっとも集中力の欠如という点で言えばそれは何事にも当てはまることではあるのだが。
それでも少しは眠りもしたし、あの時だってほとんど飲まず食わずの状態で連日昼夜を問わず動き続けていた。
まだ大丈夫だ。少なくとも、現在のところはまだ戦える。
しかしそれはいつまで続くのだろうか。この惨劇はいつまで続くのだろうか。
もしも何日も同じような状況が続けば、末路は明らかだった。
「それより佳茄、大丈夫? 寒くない?」
「うん。……あれ? このお洋服、トキワダイのセイフク?」
佳茄はいつの間にか美琴の着ていた制服、そのブレザーを着ていた。
彼女が寝ている間に美琴が着せたものだ。
雨に濡れた佳茄が風邪を引かぬようにと着せたそれは流石に佳茄の身長には合っていない。
膝の上辺りにまで届く常盤台のブレザーは佳茄が着るには些か大き過ぎる。だが、
「あげるわ。幸運のお守りよ」
「……ありがとっ、お姉ちゃん」
顔を綻ばせる佳茄に、美琴は優しく笑いかける。
いつしか佳茄に対してはこうやって笑いかけることしかできなくなっていた気がした。
42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/15(日) 23:59:42.39 ID:GUb/dWSS0
・
・
・
空は相変わらず分厚く黒い雲に覆われていて、温かい日の光が遮断されてしまっていた。
朝とは思えぬ暗さ。昨日と同じで夕方かと見紛うほどであるが、それでも雨は既に降り止んでいた。
ぐっしょりと濡れた地面や切れ切れの黒雲から差し込む一筋の光に照らされて煌く建物だけがその痕跡を残している。
ブレザーを脱ぎワイシャツにサマーセーターのみとなった美琴には少々肌寒いが、我慢できないレベルではない。
「足元に気をつけるのよ」
「大丈夫だよ!」
ぬかるんだ地面は気を抜くと足をとられてしまいそうだ。
もっとも、足元以上に気をつけるべきものがそこら中にいるのだが。
佳茄を見失わぬよう、しっかりと手を繋いで歩く。
そこから伝わる温かさだけが美琴に戦う力を与えてくれる。
「―――佳茄。下がってなさい」
そう、戦う力だ、生きる意思だ。この世の存在ではない異形共に屈せぬ勇気だ。
だから御坂美琴は戦うのだ。たとえそれが、死んでいるはずの亡者であっても。
―――たとえそれが、かつての顔見知りであっても。
今の美琴には倒れるわけにはいかない理由が、守るべきものがあるのだから。
43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:00:22.19 ID:qhvI6DK00
「……うん。気をつけてね、お姉ちゃん」
指示に従い後ろに下がる佳茄を尻目に、美琴はそいつを視認する。
流れるような美しい金髪は血と膿に塗れ汚れきって、かつての艶は完全に失われていた。
気品に溢れていた常盤台中学の制服も、同様に汚物に汚れていた。
純白の網目模様の施された手袋もその輝きは失われていた。
「――――――ああ―――」
いつも持っている鞄は持っていなかったが、まさか見紛うはずもない。
美琴は、こいつが好きではなかった。けれど本気で嫌っているわけでもなかった。
何かとちょっかいをかけてきていたのもある一人の少女に端を発するものであると知ってからは、特に。
彼女とは共闘したこともあるし、何だかんだで一つの関係を築いていたとも思う。
「―――そう。死んだのか、アンタ」
けれど。今の食蜂操祈はもう、人ではない。
その証拠に彼女の肩口は制服ごと失われ、赤黒く生々しい腐肉を晒している。
一切の光のない淀んだ眼窩と、肉がこびりついた骨が飛び出している足はどう見ても生者のものではない。
生前の面影を残す呻き声をあげながら、足を引き摺りながら、食蜂は少しずつ近寄ってくる。
その行動原理は、今の食蜂を駆り立てるものは食欲だけだ。そこに人間らしいものは何もない。
仕方ないのだろう。
如何に超能力者といえど、彼女の能力は他とは少々毛色が違う。
信念、記憶、恋慕。おおよそ『心』と呼べるものの全てを犯し、蹂躙し、殺し尽くす悪魔の如き力。
それは第一位だろうと第二位だろうと不可能な芸当で、食蜂操祈のみに許された禁忌だ。
指示に従い後ろに下がる佳茄を尻目に、美琴はそいつを視認する。
流れるような美しい金髪は血と膿に塗れ汚れきって、かつての艶は完全に失われていた。
気品に溢れていた常盤台中学の制服も、同様に汚物に汚れていた。
純白の網目模様の施された手袋もその輝きは失われていた。
「――――――ああ―――」
いつも持っている鞄は持っていなかったが、まさか見紛うはずもない。
美琴は、こいつが好きではなかった。けれど本気で嫌っているわけでもなかった。
何かとちょっかいをかけてきていたのもある一人の少女に端を発するものであると知ってからは、特に。
彼女とは共闘したこともあるし、何だかんだで一つの関係を築いていたとも思う。
「―――そう。死んだのか、アンタ」
けれど。今の食蜂操祈はもう、人ではない。
その証拠に彼女の肩口は制服ごと失われ、赤黒く生々しい腐肉を晒している。
一切の光のない淀んだ眼窩と、肉がこびりついた骨が飛び出している足はどう見ても生者のものではない。
生前の面影を残す呻き声をあげながら、足を引き摺りながら、食蜂は少しずつ近寄ってくる。
その行動原理は、今の食蜂を駆り立てるものは食欲だけだ。そこに人間らしいものは何もない。
仕方ないのだろう。
如何に超能力者といえど、彼女の能力は他とは少々毛色が違う。
信念、記憶、恋慕。おおよそ『心』と呼べるものの全てを犯し、蹂躙し、殺し尽くす悪魔の如き力。
それは第一位だろうと第二位だろうと不可能な芸当で、食蜂操祈のみに許された禁忌だ。
44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:01:35.31 ID:qhvI6DK00
どれだけの力で蹂躙されようとも唯一守ることのできる最後の聖域。そこを食蜂だけは存分に踏み荒らすことができる。
思想や信条すらも夕飯の献立を考えるような気軽さで書き換えてしまえる彼女は、ある意味ではまさに神の如き力を有していると言えるだろう。
しかし。そんな究極の悪夢も、相手がまともな人間でなければ意味を成さない。
食蜂操祈はこの狂った世界において無力だったのだろう。
だから、死んだ。だから、再び起き上がった。だから、ここにいる。
「―――食蜂」
美琴はすっ、と手を伸ばし、静かに目を閉じる。
バヂッ、という小さな火花が弾けるような音と共に、突然美琴は軽い頭痛を覚える。
美琴の展開する電磁バリアが精神系能力を弾いた時特有の感覚。
『心理掌握(メンタルアウト)』。第五位の超能力。
食蜂だったものは無差別に、何の指向性もなくただ力を撒き散らしているのだろう。
まるで全てを汚染するように、その絶大なる力を垂れ流しながら。
当然、それは美琴には届きはしない。第五位では第三位には届かない。
だが問題はそこではない。美琴の後ろには佳茄がいる。
小さな少女には『心理掌握』なんて恐ろしいものに抗う術はない。
たちまちにその心を、精神を、頭を破壊されてしまうだろう。
加えて食蜂だったものは特定の目的にではなく、ただただその力を垂れ流している。
一体それをまともに受けた時、どうなるのか。全く分からなかった。
美琴の広げる電磁網が的確に『心理掌握』の広がりを感知する。
その勢力圏は徐々に拡大し、間もなく佳茄がその領域に取り込まれてしまう。
そうなったら最後だ。劣化を考慮しても、佳茄は内から蹂躙され壊れてしまうだろう。
思想や信条すらも夕飯の献立を考えるような気軽さで書き換えてしまえる彼女は、ある意味ではまさに神の如き力を有していると言えるだろう。
しかし。そんな究極の悪夢も、相手がまともな人間でなければ意味を成さない。
食蜂操祈はこの狂った世界において無力だったのだろう。
だから、死んだ。だから、再び起き上がった。だから、ここにいる。
「―――食蜂」
美琴はすっ、と手を伸ばし、静かに目を閉じる。
バヂッ、という小さな火花が弾けるような音と共に、突然美琴は軽い頭痛を覚える。
美琴の展開する電磁バリアが精神系能力を弾いた時特有の感覚。
『心理掌握(メンタルアウト)』。第五位の超能力。
食蜂だったものは無差別に、何の指向性もなくただ力を撒き散らしているのだろう。
まるで全てを汚染するように、その絶大なる力を垂れ流しながら。
当然、それは美琴には届きはしない。第五位では第三位には届かない。
だが問題はそこではない。美琴の後ろには佳茄がいる。
小さな少女には『心理掌握』なんて恐ろしいものに抗う術はない。
たちまちにその心を、精神を、頭を破壊されてしまうだろう。
加えて食蜂だったものは特定の目的にではなく、ただただその力を垂れ流している。
一体それをまともに受けた時、どうなるのか。全く分からなかった。
美琴の広げる電磁網が的確に『心理掌握』の広がりを感知する。
その勢力圏は徐々に拡大し、間もなく佳茄がその領域に取り込まれてしまう。
そうなったら最後だ。劣化を考慮しても、佳茄は内から蹂躙され壊れてしまうだろう。
45: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:03:12.71 ID:qhvI6DK00
「……気をつけなさい」
美琴は目を開き、そして雷光が瞬いた。
放たれた天をも穿つ白雷は、あまりの熱量に空気を膨張させ攪拌しながら瞬間で空間を疾駆する。
青白き雷神の一撃はズドン!! と食蜂と呼ばれていたものの胸に突き刺さり、その体を紙屑のように吹き飛ばした。
あまりの衝撃。あまりの破壊力。あまりの熱量。その全てが食蜂を完全に破壊し、確実な死へと至らしめる。
「……え?」
それを見て思わず呟いたのは、美琴ではなく佳茄だった。
今までのものとは明らかに破壊力の桁が違った。
それはこのイカれた世界にあって尚、美琴が撃つことを良しとしなかった限界ラインを容易く振り切った一撃。
仮にこれまで美琴が亡者共に撃ってきたものを五とするなら、今のは一五以上。優に三倍を超える破壊力は有していた。
「―――お姉ちゃん?」
それはリビングデッドの活動を停止させるに余りある。『殺す』には十分すぎる。
食蜂を殺した美琴は、そいつが起き上がらないことを確信すると佳茄へと振り返る。
「……お姉ちゃんの、おともだちだったの……?」
「え? ああ、友達っていうか……何ていうか。難しいんだけどさ。とにかくもう大丈夫よ。さあ、行きましょう」
佳茄は、酷く幼いにも関わらず亡者共やその衝撃に慣れてしまっていた。
あるいは、その逆。どうしようもなく幼いからこそ、その活動に重大な障害を起こしかねないダメージを無意識下にシャットアウトできているのか。
故に佳茄が気にしているのは見ず知らずの食蜂ではない。この地獄にあって佳茄が気にするのはいつだって美琴のことだ。
優しい笑顔を向けてくれる美琴に、佳茄は不確かな思考の中でこう思っていた。
―――もしかしたら自分は、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない―――と。
美琴は目を開き、そして雷光が瞬いた。
放たれた天をも穿つ白雷は、あまりの熱量に空気を膨張させ攪拌しながら瞬間で空間を疾駆する。
青白き雷神の一撃はズドン!! と食蜂と呼ばれていたものの胸に突き刺さり、その体を紙屑のように吹き飛ばした。
あまりの衝撃。あまりの破壊力。あまりの熱量。その全てが食蜂を完全に破壊し、確実な死へと至らしめる。
「……え?」
それを見て思わず呟いたのは、美琴ではなく佳茄だった。
今までのものとは明らかに破壊力の桁が違った。
それはこのイカれた世界にあって尚、美琴が撃つことを良しとしなかった限界ラインを容易く振り切った一撃。
仮にこれまで美琴が亡者共に撃ってきたものを五とするなら、今のは一五以上。優に三倍を超える破壊力は有していた。
「―――お姉ちゃん?」
それはリビングデッドの活動を停止させるに余りある。『殺す』には十分すぎる。
食蜂を殺した美琴は、そいつが起き上がらないことを確信すると佳茄へと振り返る。
「……お姉ちゃんの、おともだちだったの……?」
「え? ああ、友達っていうか……何ていうか。難しいんだけどさ。とにかくもう大丈夫よ。さあ、行きましょう」
佳茄は、酷く幼いにも関わらず亡者共やその衝撃に慣れてしまっていた。
あるいは、その逆。どうしようもなく幼いからこそ、その活動に重大な障害を起こしかねないダメージを無意識下にシャットアウトできているのか。
故に佳茄が気にしているのは見ず知らずの食蜂ではない。この地獄にあって佳茄が気にするのはいつだって美琴のことだ。
優しい笑顔を向けてくれる美琴に、佳茄は不確かな思考の中でこう思っていた。
―――もしかしたら自分は、取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない―――と。
46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/16(月) 00:05:26.01 ID:qhvI6DK00
Files
File29.『食蜂操祈のメモ書き』
どうしてこんなことになったのか。
そんなことを考えるのに意味はないと分かっていても、やっぱり考えてしまう。
過ぎた力は身を滅ぼす。神に反逆するバベルの塔たる科学の都市は、その科学力によって破滅した。
天罰か神罰か、それとも人罰か。
実際のところは多分、ただの事故力かテロなんでしょうけどねぇ。これ多分薬品か何かのせいだろうし。
もう大パニックよぉ。あのジーサンみたいな連中はもしかしたら嬉々として観察力を発揮してるかもしれないけどぉ。
アレには私の『心理掌握』が効かないし、自分で自分に干渉力を使わなかったらこんな冷静でいられないわよねぇ。
私はもう諦めたっていうか、流れに身を任せるっていうか。
必死に駆け回ってどうにかなる状況でもないし、私そういうキャラでもないしぃ?
第一、私運痴だし。ねぇ、御坂さん。
あなたはきっと諦めたりしないでしょうねぇ。あの人とあなたはそういうとこそっくりよねぇ。
ま、きっとあなたたちだけじゃないわよね。あの人は当然として、第一位さん、第二位さん、第四位さん、第七位さん。
精神系の私以外の超能力者は簡単には負けないでしょうしぃ、他にも交戦力を出してる人はいるはずよねぇ。
あのチンピラみたいな無能力者の彼とか。第二位さんあたりが「イレギュラー」とか言ってたかしら?
ごめんね、名前忘れちゃった☆
……なんて、おどけてられるのも自分に『心理掌握』を使用してるから。
でも最期の最期には素のままでいたい。
Fear of death is worse than death itself―――第二位さんの彼女さん(付き合ってはいないらしいけどぉ)がいつか言ってたわねぇ。
それを抑え込めてるだけ、私は救済力がある方なのかも。
―――……汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ。
ウェルギリウスもいない中で、地獄を彷徨うのはごめんよねぇ。
勝手で悪いけど誰か、もし変わり果てた私を見たら是非止めを刺してちょうだいねぇ。
File29.『食蜂操祈のメモ書き』
どうしてこんなことになったのか。
そんなことを考えるのに意味はないと分かっていても、やっぱり考えてしまう。
過ぎた力は身を滅ぼす。神に反逆するバベルの塔たる科学の都市は、その科学力によって破滅した。
天罰か神罰か、それとも人罰か。
実際のところは多分、ただの事故力かテロなんでしょうけどねぇ。これ多分薬品か何かのせいだろうし。
もう大パニックよぉ。あのジーサンみたいな連中はもしかしたら嬉々として観察力を発揮してるかもしれないけどぉ。
アレには私の『心理掌握』が効かないし、自分で自分に干渉力を使わなかったらこんな冷静でいられないわよねぇ。
私はもう諦めたっていうか、流れに身を任せるっていうか。
必死に駆け回ってどうにかなる状況でもないし、私そういうキャラでもないしぃ?
第一、私運痴だし。ねぇ、御坂さん。
あなたはきっと諦めたりしないでしょうねぇ。あの人とあなたはそういうとこそっくりよねぇ。
ま、きっとあなたたちだけじゃないわよね。あの人は当然として、第一位さん、第二位さん、第四位さん、第七位さん。
精神系の私以外の超能力者は簡単には負けないでしょうしぃ、他にも交戦力を出してる人はいるはずよねぇ。
あのチンピラみたいな無能力者の彼とか。第二位さんあたりが「イレギュラー」とか言ってたかしら?
ごめんね、名前忘れちゃった☆
……なんて、おどけてられるのも自分に『心理掌握』を使用してるから。
でも最期の最期には素のままでいたい。
Fear of death is worse than death itself―――第二位さんの彼女さん(付き合ってはいないらしいけどぉ)がいつか言ってたわねぇ。
それを抑え込めてるだけ、私は救済力がある方なのかも。
―――……汝等ここに入るもの一切の望みを棄てよ。
ウェルギリウスもいない中で、地獄を彷徨うのはごめんよねぇ。
勝手で悪いけど誰か、もし変わり果てた私を見たら是非止めを刺してちょうだいねぇ。
52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:22:37.99 ID:r+Gb85390
―目で見 肌でふれ しばしば火を点けぬかぎりは
女の愛の火は 身内で長く燃えぬものだ
53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:23:17.31 ID:r+Gb85390
浜面仕上 / Day2 / 08:51:38 / 第六学区 旧セントミカエル時計塔
「……人間? おい、生きてる人間がいたぞ!!」
大学生ほどの少年がそう叫ぶ。
それを聞いて、見て、浜面も同じことを思っていた。
「……生存者。こんなところにいたんだね」
滝壺も思わずと言った風に呟く。
彼らがいるのは第六学区にある巨大な時計塔だった。
その一室には五人、六人ほどの集団がいた。
全員顔見知りなのだろう、それぞれが顔を見合わせて何事か話している。
そして彼らとは少し離れたところに二つの死体があった。
壁を背にしてよりかかるようにしている死体と、その腕に抱かれている小さな死体が。
浜面と滝壺が何かに惹かれるようにそれをじっと眺めていると、最初に声をかけてきた茶髪の男がこんなことを言ってきた。
「なあ、おいあんたたち。ここまで生き残ってるってことは、もしかして高位能力者か?」
「……違げぇよ。俺はどこにでもいるただの無能力者さ」
「私は一応大能力者だけど……でも」
54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:24:39.68 ID:r+Gb85390
その言葉を聞いて、茶髪の男と黒髪の男が、他の者たちも交えて何事か話し出す。
それも隠しもせずに堂々と。この男たちも何か麻痺してどこかおかしくなっているのかもしれない。
「どうする? こいつら使えるんじゃねぇ?」
「まあ無能力者とはいえ、ここまで生きてるってことはかなりのものがあるんだろうな。
しかも加えて大能力者。俺たちの生存率はぐっと上がるはずだ」
そして茶髪の男は、ぼそりと浜面たちには聞こえぬよう嘯いた。
「最悪、囮にはなるしな……」
「……ふん」
しかしそれを逃さず聞き取っていた浜面は小さく鼻で笑う。
滝壺もおそらくは聞こえていたのだろうが、彼女の表情には何ら変化は見られなかった。
話がまとまったのか二人の男は一つ頷いて、
「なぁ、あんたたち。俺らと一緒に動かないか? 無能力者といっても戦う力があるんだろう」
「おんぶに抱っこだね」
間髪いれず滝壺がさらりと告げる。
浜面も滝壺も彼らの狙いなど分かっていた。
彼らは一見生き残るために協力しよう、と提案しているように見えてその実二人を使い潰す気だ。
二人に全てを押し付けて、自分たちを守らせて、いざとなったら切り捨てる。
それも隠しもせずに堂々と。この男たちも何か麻痺してどこかおかしくなっているのかもしれない。
「どうする? こいつら使えるんじゃねぇ?」
「まあ無能力者とはいえ、ここまで生きてるってことはかなりのものがあるんだろうな。
しかも加えて大能力者。俺たちの生存率はぐっと上がるはずだ」
そして茶髪の男は、ぼそりと浜面たちには聞こえぬよう嘯いた。
「最悪、囮にはなるしな……」
「……ふん」
しかしそれを逃さず聞き取っていた浜面は小さく鼻で笑う。
滝壺もおそらくは聞こえていたのだろうが、彼女の表情には何ら変化は見られなかった。
話がまとまったのか二人の男は一つ頷いて、
「なぁ、あんたたち。俺らと一緒に動かないか? 無能力者といっても戦う力があるんだろう」
「おんぶに抱っこだね」
間髪いれず滝壺がさらりと告げる。
浜面も滝壺も彼らの狙いなど分かっていた。
彼らは一見生き残るために協力しよう、と提案しているように見えてその実二人を使い潰す気だ。
二人に全てを押し付けて、自分たちを守らせて、いざとなったら切り捨てる。
55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:25:35.83 ID:r+Gb85390
「お断りだ。なんで俺たちがテメェらの世話をしなくちゃなんねぇんだ。
こっちはたった一つ抱えるだけで精一杯なんだよ。テメェらみてぇなのを抱えてる暇なんてあるか」
容赦のない言葉だった。
浜面仕上は誰も彼もを救おうとするようなヒーローではない。
むしろ、その逆。一人の少女のためならどんな非道だって厭わないクソッタレなのだ。
滝壺のためだから、滝壺のためだから、滝壺のためだから。
そうやって身勝手に免罪符を掲げて浜面は何度でもその手を汚す。
だからこそ、目の前の縋り付く男たちを蹴り落とすことに躊躇いなどなかった。
そして滝壺理后も、おそらくは同様に。
「そういうこと。じゃあね」
二人の言葉が想定外だったのか、呆然としている彼らに滝壺があっさりと別れを告げる。
その言葉にようやくハッとなったのか、男たちは慌てて、
「お、おい!! ちょっと待っ……」
「“そんな暢気にしてていいのか?”」
浜面が。
「“―――死ぬよ?”」
滝壺が、宣告する。
こっちはたった一つ抱えるだけで精一杯なんだよ。テメェらみてぇなのを抱えてる暇なんてあるか」
容赦のない言葉だった。
浜面仕上は誰も彼もを救おうとするようなヒーローではない。
むしろ、その逆。一人の少女のためならどんな非道だって厭わないクソッタレなのだ。
滝壺のためだから、滝壺のためだから、滝壺のためだから。
そうやって身勝手に免罪符を掲げて浜面は何度でもその手を汚す。
だからこそ、目の前の縋り付く男たちを蹴り落とすことに躊躇いなどなかった。
そして滝壺理后も、おそらくは同様に。
「そういうこと。じゃあね」
二人の言葉が想定外だったのか、呆然としている彼らに滝壺があっさりと別れを告げる。
その言葉にようやくハッとなったのか、男たちは慌てて、
「お、おい!! ちょっと待っ……」
「“そんな暢気にしてていいのか?”」
浜面が。
「“―――死ぬよ?”」
滝壺が、宣告する。
56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:26:07.17 ID:r+Gb85390
直後だった。バリィン!! というガラスが砕ける音と共に、窓から大量の死者がわらわらと侵入してきていた。
浜面と滝壺や、二人をどうするかの相談などで接近に気がつかなかったのだろう。
慌てて動き出す男たちだったが、明らかに初動が遅い。
「……あなたたちには死相が見えるね」
他人事のように呟く滝壺に、男たちの一人がゾンビに応戦しながらわめき散らす。
「おい何言ってんだ、助けろ!! このままだとお前たちだって危ない……、っ!?」
振り返ったところに浜面と滝壺の姿はなかった。
二人はいつの間にか、離れた窓から外へと脱出しようとしていた。
それに気付いた男は必死に呼びかけるが、二人の表情に変化はない。
「おい!! おいっ!! 待て、待てよ!! 人を見殺しになんてしていいと思ってんのか!?」
「人間って残酷だよね」
滝壺が無表情で告げる。
浜面も、同じく貼り付けたような無表情で。
「頑張って俺たちが離れる時間を稼いでくれよ」
それだけ言うと、二人は男たちを中に残したままどこかへと去っていった。
背後に絶叫や静止を求める叫び声が聞こえたが、彼らの足は全く止まらなかった。
浜面と滝壺や、二人をどうするかの相談などで接近に気がつかなかったのだろう。
慌てて動き出す男たちだったが、明らかに初動が遅い。
「……あなたたちには死相が見えるね」
他人事のように呟く滝壺に、男たちの一人がゾンビに応戦しながらわめき散らす。
「おい何言ってんだ、助けろ!! このままだとお前たちだって危ない……、っ!?」
振り返ったところに浜面と滝壺の姿はなかった。
二人はいつの間にか、離れた窓から外へと脱出しようとしていた。
それに気付いた男は必死に呼びかけるが、二人の表情に変化はない。
「おい!! おいっ!! 待て、待てよ!! 人を見殺しになんてしていいと思ってんのか!?」
「人間って残酷だよね」
滝壺が無表情で告げる。
浜面も、同じく貼り付けたような無表情で。
「頑張って俺たちが離れる時間を稼いでくれよ」
それだけ言うと、二人は男たちを中に残したままどこかへと去っていった。
背後に絶叫や静止を求める叫び声が聞こえたが、彼らの足は全く止まらなかった。
57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:30:12.74 ID:r+Gb85390
垣根帝督 / Day2 / 05:29:05 / 第三学区 植物性エタノール工場
ゆさゆさと体を揺さぶられ、垣根はしぶしぶといった様子で心地のいい眠りの世界に別れを告げる。
薄らと目を開けると、そこには一人の少女がいた。
金色の髪に紅いドレス。心理定規。垣根の相棒。
この地獄を共に生き抜くパートナーの姿。
「起きた? ならそろそろ移動しましょう」
垣根帝督と心理定規は見張りと休憩を交代で担当していた。
休息は取らないわけにはいかないが、隙を晒すこともできない。
そして現在は心理定規が見張り、垣根が休憩だったのだがどうやらもう朝を迎えたらしい。
かなりの早朝ではあるが十分だ。
「……そうだな、お客さんも来たみてえだし」
一瞬で意識を覚醒させた垣根は即座に銃を引き抜く。
心理定規もまたそれに気付いたのか、同じく銃を構えた。
二人の衣服は皺だらけになってしまっているが、そんなことに頓着している場合ではない。
もう死はすぐそこまで迫っているに違いないのだ。
音が聞こえる。一切の物音がしないこの空間に響く音がある。
耳に障る嫌な音がかすかに聞こえるのだ。
まるで……昆虫の鳴き声のような。
58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:30:42.23 ID:r+Gb85390
静寂。垣根は乾いた唇を舐め、心理定規は指が白くなるほどに銃身を握り締めている。
追い詰められている、と垣根は自覚していた。
この悪夢のような世界に、確実に追い詰められてきている。
徐々に、シロアリに食われるように精神が削られているのが分かる。
過去の垣根であれば、きっとこの状況下でももっと冷静に冷酷にいられただろう。
だがそれでも垣根は今の自分の在り方を否定はしない。
これでいいのだと思う。この惨劇に追いつめられている今の方が、人としてまともな反応に違いないのだと。
いつまでも持ちはしない。そのリミットは必ず存在する。
それまでに脱出できるか―――。
そんな思考を断ち切るように、突然ガシャン!! という大きな金網が落下する音が鳴り響いた。
「―――っ!?」
二人は咄嗟に銃口をそちらに向ける。
心臓が停止しそうになるほどの驚きに、心理定規は相手の確認もせぬままに引き金を引いた。
心の専門家である彼女だが、そういう人物は得てして自身の心に関しては例外である。
彼女もまた一見冷静であるようで、その実相当に追い詰められていたのだろう。
「馬鹿ッ!!」
ろくに確認もせずに放たれた弾丸は耳を割るような銃声と共に金属の壁を打つ。
そこに化け物の姿はない。外れた弾丸はピンポン玉のように跳弾する。
垣根は咄嗟に心理定規の襟元を掴んでぐっと手前に引き寄せた。
跳弾に巻き込まれることを恐れたためだ。
追い詰められている、と垣根は自覚していた。
この悪夢のような世界に、確実に追い詰められてきている。
徐々に、シロアリに食われるように精神が削られているのが分かる。
過去の垣根であれば、きっとこの状況下でももっと冷静に冷酷にいられただろう。
だがそれでも垣根は今の自分の在り方を否定はしない。
これでいいのだと思う。この惨劇に追いつめられている今の方が、人としてまともな反応に違いないのだと。
いつまでも持ちはしない。そのリミットは必ず存在する。
それまでに脱出できるか―――。
そんな思考を断ち切るように、突然ガシャン!! という大きな金網が落下する音が鳴り響いた。
「―――っ!?」
二人は咄嗟に銃口をそちらに向ける。
心臓が停止しそうになるほどの驚きに、心理定規は相手の確認もせぬままに引き金を引いた。
心の専門家である彼女だが、そういう人物は得てして自身の心に関しては例外である。
彼女もまた一見冷静であるようで、その実相当に追い詰められていたのだろう。
「馬鹿ッ!!」
ろくに確認もせずに放たれた弾丸は耳を割るような銃声と共に金属の壁を打つ。
そこに化け物の姿はない。外れた弾丸はピンポン玉のように跳弾する。
垣根は咄嗟に心理定規の襟元を掴んでぐっと手前に引き寄せた。
跳弾に巻き込まれることを恐れたためだ。
59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:31:45.10 ID:r+Gb85390
「ご、ごめんなさ―――、ひっ―――!!」
「ぐ―――……っ!!」
心理定規が、垣根が。掠れた声で思わず呻いた。
その場に倒れ込みそうになるのを寸でのところで堪える。
落下した金網の向こう、通風口からぬっと何かが這い出てくる。
それは異様だった。それは紛うことなき異形だった。
まるで昆虫のような化け物だった。
胴体は二匹のワームが絡み合ったような形状をしており、そこには幾つもの白い目のようなものが散見される。
ワームのような胴体の先にはそれぞれ別の頭部が存在していて、計二つの頭を有していた。
白く淀んだ目に、縦に割れた頭から伸びる三つの紫色の舌。
二つの頭部に同様のものがあるため、計六つの触手のような舌が伸びていた。
コオロギかカマドウマのような形状の化け物だが、足の数は左右で不揃いで右側に三本、左側に二本だった。
それぞれの足の先には長く鋭く伸びた赤い爪があり、おそらくはそれで獲物を仕留めるのだろう。
二つの頭。くねる紫の触手のような舌。胴体に点在する眼球のような何か。
その醜悪でグロテスクな姿はただそこにいるだけで敵対者の精神をガリガリと削る力があった。
しかもそれだけではない。
もう一体。この悪夢の具現化のような存在とはまた別種の悪夢が天井に張り付いていた。
それを一言で表すなら、蝿。まさに蝿が巨大化したというような容貌だった。
二足歩行を行っているものの、全体的に蝿の特徴が色濃く浮き出ていた。
眼球は白い複眼で、全身に渡り赤い筋組織が露出している。しかし顔はまるで人間のようで、顎が外れているかのように口は大きく開かれていた。
しかし。何よりも目を引くのは、注目せざるを得ないのは違う点にある。
それは巨大化した蝿のような化け物の胎内から無数の蛆虫が湧き出ており、体表を徘徊している点だろう。
白く蠢くそれは数を数えることなど不可能で、ひたすらに波打つように蠢いている。
「ぐ―――……っ!!」
心理定規が、垣根が。掠れた声で思わず呻いた。
その場に倒れ込みそうになるのを寸でのところで堪える。
落下した金網の向こう、通風口からぬっと何かが這い出てくる。
それは異様だった。それは紛うことなき異形だった。
まるで昆虫のような化け物だった。
胴体は二匹のワームが絡み合ったような形状をしており、そこには幾つもの白い目のようなものが散見される。
ワームのような胴体の先にはそれぞれ別の頭部が存在していて、計二つの頭を有していた。
白く淀んだ目に、縦に割れた頭から伸びる三つの紫色の舌。
二つの頭部に同様のものがあるため、計六つの触手のような舌が伸びていた。
コオロギかカマドウマのような形状の化け物だが、足の数は左右で不揃いで右側に三本、左側に二本だった。
それぞれの足の先には長く鋭く伸びた赤い爪があり、おそらくはそれで獲物を仕留めるのだろう。
二つの頭。くねる紫の触手のような舌。胴体に点在する眼球のような何か。
その醜悪でグロテスクな姿はただそこにいるだけで敵対者の精神をガリガリと削る力があった。
しかもそれだけではない。
もう一体。この悪夢の具現化のような存在とはまた別種の悪夢が天井に張り付いていた。
それを一言で表すなら、蝿。まさに蝿が巨大化したというような容貌だった。
二足歩行を行っているものの、全体的に蝿の特徴が色濃く浮き出ていた。
眼球は白い複眼で、全身に渡り赤い筋組織が露出している。しかし顔はまるで人間のようで、顎が外れているかのように口は大きく開かれていた。
しかし。何よりも目を引くのは、注目せざるを得ないのは違う点にある。
それは巨大化した蝿のような化け物の胎内から無数の蛆虫が湧き出ており、体表を徘徊している点だろう。
白く蠢くそれは数を数えることなど不可能で、ひたすらに波打つように蠢いている。
60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:32:26.65 ID:r+Gb85390
無数の蛆虫を湧かせたその蝿のような化け物は、昆虫のような甲高い金切り声をあげて天井から床へと落ちる。
蛆虫を散らせながら着地したその化け物と、双頭の化け物。生ける屍など可愛く見えるほどの醜悪な悪魔がそこにいた。
「―――ぁ、ぃ、はっ、は……っ!!」
昆虫特有の甲高い、何かを擦りあわせたような嫌悪感を容赦なく掻き立てる音域の鳴き声。
たった二体の異形によって、心理定規は金縛りに遭ったように動けなくなっていた。
その口からかろうじで漏れるのは言葉になっていない言葉。
極度の恐怖と嫌悪感によって言語能力すら剥奪された少女の姿がそこにあった。
端的に言って、心理定規はもうほとんど戦意すら失っていた。
長いぬるま湯の生活の中で、本来の年相応の少女らしさを得た故の弊害か。
かつての心理定規ならばもしかしたら戦意まで喪失することはなかったのかもしれない。
そしてそれは全く同じことが垣根にも当てはまる。
背中を虫がぞわぞわと這い上がるようなどうしようもない拒絶感。
それを振り払うように第二位の超能力者はより強く、より早くその能力を振るう。
「ォ、ォォおおおおおおおおおおおおッ!!」
しかしその行動が自身が追いつめられていることを決定的に示していると、彼自身気付いている。
元々垣根帝督の有する戦力は絶大だった。この程度の異形など、全力など出さずとも物の敵ではないのだ。
にも関わらず、今の垣根は勝負を焦っている。既に全力に近い飛ばし方だった。
垣根の引き起した数十に達する超常現象の連撃により二体の化け物はその体をぐちゃぐちゃにひしゃげさせ、ゴミクズのように鋼鉄の壁に叩きつけられる。
直後更なる圧を受け、壁がボコリと大きな音をたてへこむと共に化け物もプレス機で押し潰されるように薄く引き伸ばされた。
蛆虫を散らせながら着地したその化け物と、双頭の化け物。生ける屍など可愛く見えるほどの醜悪な悪魔がそこにいた。
「―――ぁ、ぃ、はっ、は……っ!!」
昆虫特有の甲高い、何かを擦りあわせたような嫌悪感を容赦なく掻き立てる音域の鳴き声。
たった二体の異形によって、心理定規は金縛りに遭ったように動けなくなっていた。
その口からかろうじで漏れるのは言葉になっていない言葉。
極度の恐怖と嫌悪感によって言語能力すら剥奪された少女の姿がそこにあった。
端的に言って、心理定規はもうほとんど戦意すら失っていた。
長いぬるま湯の生活の中で、本来の年相応の少女らしさを得た故の弊害か。
かつての心理定規ならばもしかしたら戦意まで喪失することはなかったのかもしれない。
そしてそれは全く同じことが垣根にも当てはまる。
背中を虫がぞわぞわと這い上がるようなどうしようもない拒絶感。
それを振り払うように第二位の超能力者はより強く、より早くその能力を振るう。
「ォ、ォォおおおおおおおおおおおおッ!!」
しかしその行動が自身が追いつめられていることを決定的に示していると、彼自身気付いている。
元々垣根帝督の有する戦力は絶大だった。この程度の異形など、全力など出さずとも物の敵ではないのだ。
にも関わらず、今の垣根は勝負を焦っている。既に全力に近い飛ばし方だった。
垣根の引き起した数十に達する超常現象の連撃により二体の化け物はその体をぐちゃぐちゃにひしゃげさせ、ゴミクズのように鋼鉄の壁に叩きつけられる。
直後更なる圧を受け、壁がボコリと大きな音をたてへこむと共に化け物もプレス機で押し潰されるように薄く引き伸ばされた。
61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:33:14.12 ID:r+Gb85390
「ふーっ、ふーっ……!!」
「…………」
大きく肩で息をする垣根。明らかに普段の彼の行動ではなかった。
心理定規はそんな垣根の背中を見つめ、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。
けれどかける言葉など見つかりはしなかった。見つかるはずがなかった。
何故なら、きっと答えなど存在しないのだろうから。
いつも大きく自信に溢れていた垣根の背中が、心理定規には初めて違った風に見えていた。
「……心理定規」
名前を呼ばれ、心理定規の肩が小さく震える。
「―――大丈夫か」
「……ええ」
「そうか」
何でもないことのように垣根は呟く。
いつもそうだ。いつだって垣根は心理定規に弱みを見せようとはしなかった。
馬鹿みたいに強がって、彼女があり得ないと諦めたことを次々に実現させ、試練や困難を彼女には考えもつかない奇想天外なやり方で乗り超えてきた。
実際はそんな役を負えるような性格でもないだろうに、心理定規にとって垣根はまるでヒーローだった。
その一方で、垣根は不安や悩みを何も心理定規に語りはしない。
つまらぬ青年の意地だった。いつのことだったか、一度心理定規は垣根にそのことについて意を決して訊ねたことがある。
どうして何も不安を吐き出してくれないのか、そんなに私は頼りないのか、あなたに頼られるにはどうしたらいいのか、あなたの力になりたいのに。
「…………」
大きく肩で息をする垣根。明らかに普段の彼の行動ではなかった。
心理定規はそんな垣根の背中を見つめ、ふらつきながらもゆっくりと立ち上がる。
けれどかける言葉など見つかりはしなかった。見つかるはずがなかった。
何故なら、きっと答えなど存在しないのだろうから。
いつも大きく自信に溢れていた垣根の背中が、心理定規には初めて違った風に見えていた。
「……心理定規」
名前を呼ばれ、心理定規の肩が小さく震える。
「―――大丈夫か」
「……ええ」
「そうか」
何でもないことのように垣根は呟く。
いつもそうだ。いつだって垣根は心理定規に弱みを見せようとはしなかった。
馬鹿みたいに強がって、彼女があり得ないと諦めたことを次々に実現させ、試練や困難を彼女には考えもつかない奇想天外なやり方で乗り超えてきた。
実際はそんな役を負えるような性格でもないだろうに、心理定規にとって垣根はまるでヒーローだった。
その一方で、垣根は不安や悩みを何も心理定規に語りはしない。
つまらぬ青年の意地だった。いつのことだったか、一度心理定規は垣根にそのことについて意を決して訊ねたことがある。
どうして何も不安を吐き出してくれないのか、そんなに私は頼りないのか、あなたに頼られるにはどうしたらいいのか、あなたの力になりたいのに。
62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:34:01.92 ID:r+Gb85390
恥ずかしくて、情けなくて、けれどそれは彼女の本音だった。
対してそれを聞いた青年は小さく笑い、「かっこつけたい難しい年頃なのさ。でも実際カッコイイだろ?」と茶化しただけだった。
分かってない、と心理定規は思った。
そんなもの何もかっこよくなんてない、と。
けれどそれが心理定規の知る垣根帝督で、結局そんなどうしようもない奴なのだった。
ぽと、ぽと、という小さな音が連続して響く。
垣根によって潰された巨大な蝿のような化け物の体内から、傷口を通って無数の蛆虫が床に吐き出されている。
数えることなど最初から不可能なその軍勢はあっという間に床をその身で白く染め、波打ち蠢く。
腐敗臭と死臭、傷口からは床一面を埋め尽くすほどの蛆虫だけでなく未消化の人間の肉片までもが零れていた。
震える声をあげながらそれらを執拗に蹴散らし葬る垣根と違い、心理定規はぼうとした様子でそれを静かに眺めていた。
このままでは、きっと垣根と心理定規の精神は徐々に食われていつか死ぬだろう。
発狂して全てを呪って死んでいくか、あるいはかつての冷酷な存在に立ち戻るのかもしれない。
「……それは、嫌だな」
ぽつりと呟く。
彼女は今の自分たちの在り方や生活が好きだった。
今の自分たちを形作る大切な過去には違いないけれど、やはり暗部に身を窶していたあのころはあまり思い出したくはない。
鎖がいる。垣根を、心理定規を、今のままに繋ぎとめる鎖が。
互いがどうしようもないところまで壊れてしまわないように。
辺りは燦々たるあり様になっていた。『未元物質』に存分に蹂躙され、破壊され、形を失っていた。
その破壊を実行した人物はただその中心に立っている。何も言わず、ただ立っている。
二人は静かに追い詰められていた。あるいはそれはこれまでしてきたことの報いなのかもしれない。
数え切れないほどの命を奪ってきた彼らに対する、一つの罰。
けれど―――だとしても、心理定規は垣根と共に在るだろう。垣根は心理定規の隣に在るだろう。
ただの見苦しい慰め合いでしかないとしても、彼らはそのカルマの中で手を繋いでいるだろう。
対してそれを聞いた青年は小さく笑い、「かっこつけたい難しい年頃なのさ。でも実際カッコイイだろ?」と茶化しただけだった。
分かってない、と心理定規は思った。
そんなもの何もかっこよくなんてない、と。
けれどそれが心理定規の知る垣根帝督で、結局そんなどうしようもない奴なのだった。
ぽと、ぽと、という小さな音が連続して響く。
垣根によって潰された巨大な蝿のような化け物の体内から、傷口を通って無数の蛆虫が床に吐き出されている。
数えることなど最初から不可能なその軍勢はあっという間に床をその身で白く染め、波打ち蠢く。
腐敗臭と死臭、傷口からは床一面を埋め尽くすほどの蛆虫だけでなく未消化の人間の肉片までもが零れていた。
震える声をあげながらそれらを執拗に蹴散らし葬る垣根と違い、心理定規はぼうとした様子でそれを静かに眺めていた。
このままでは、きっと垣根と心理定規の精神は徐々に食われていつか死ぬだろう。
発狂して全てを呪って死んでいくか、あるいはかつての冷酷な存在に立ち戻るのかもしれない。
「……それは、嫌だな」
ぽつりと呟く。
彼女は今の自分たちの在り方や生活が好きだった。
今の自分たちを形作る大切な過去には違いないけれど、やはり暗部に身を窶していたあのころはあまり思い出したくはない。
鎖がいる。垣根を、心理定規を、今のままに繋ぎとめる鎖が。
互いがどうしようもないところまで壊れてしまわないように。
辺りは燦々たるあり様になっていた。『未元物質』に存分に蹂躙され、破壊され、形を失っていた。
その破壊を実行した人物はただその中心に立っている。何も言わず、ただ立っている。
二人は静かに追い詰められていた。あるいはそれはこれまでしてきたことの報いなのかもしれない。
数え切れないほどの命を奪ってきた彼らに対する、一つの罰。
けれど―――だとしても、心理定規は垣根と共に在るだろう。垣根は心理定規の隣に在るだろう。
ただの見苦しい慰め合いでしかないとしても、彼らはそのカルマの中で手を繋いでいるだろう。
63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/20(金) 23:37:07.74 ID:r+Gb85390
心理定規はふらふらと、覚束ない足取りで歩き始めた。
それに気付いた垣根がゆっくりと振り向く。
その、瞬間。心理定規は垣根の顎に白くほっそりとした指をかけ、ゆっくりとその唇に己のそれを重ねた。
「――――――」
「――――――」
もう、どうにも救いようがなかった。
最初は唇が触れ合うだけの、子供のようなキス。
だがすぐに互いの舌が一瞬だけ絡み合い、そしてあっという間に二人の唇は離れた。
「―――生きて、この街を出ましょう」
「―――ああ。……お前が、いるから。俺が、いるから」
心理定規は自身を繋ぎとめる鎖に垣根帝督を選び。
垣根もまた、その鎖に心理定規を選んだ。
「ここを出たら結婚するか?」
「笑えないフラグを建てるのはやめてちょうだい」
互いが互いを支え合い、奈落に落ちる前に引き上げる。
だがその実態はどうしようもない相互依存に他ならず、口づけた時点でもう退路は絶たれ一切の引き返しはできなくなっている。
そしてきっと、互いに引き上げることなんて出来はしない。
「……最期まで、よろしくね」
「お前が言ったんだろうが、最期なんて来ねえよ。俺が来させねえ。俺らが向かうのは、最後だ」
彼らはどう変わろうと本来のその性質は悪党と呼ばれる類のものであり、迷う者の導き方など知る由もない。
傷を舐め合って、引き摺りあって、彼らはどこまでもどこまでも堕ちていく。二人一緒に堕ちていく。
いつか終わりがやってくる、その時まで。
それに気付いた垣根がゆっくりと振り向く。
その、瞬間。心理定規は垣根の顎に白くほっそりとした指をかけ、ゆっくりとその唇に己のそれを重ねた。
「――――――」
「――――――」
もう、どうにも救いようがなかった。
最初は唇が触れ合うだけの、子供のようなキス。
だがすぐに互いの舌が一瞬だけ絡み合い、そしてあっという間に二人の唇は離れた。
「―――生きて、この街を出ましょう」
「―――ああ。……お前が、いるから。俺が、いるから」
心理定規は自身を繋ぎとめる鎖に垣根帝督を選び。
垣根もまた、その鎖に心理定規を選んだ。
「ここを出たら結婚するか?」
「笑えないフラグを建てるのはやめてちょうだい」
互いが互いを支え合い、奈落に落ちる前に引き上げる。
だがその実態はどうしようもない相互依存に他ならず、口づけた時点でもう退路は絶たれ一切の引き返しはできなくなっている。
そしてきっと、互いに引き上げることなんて出来はしない。
「……最期まで、よろしくね」
「お前が言ったんだろうが、最期なんて来ねえよ。俺が来させねえ。俺らが向かうのは、最後だ」
彼らはどう変わろうと本来のその性質は悪党と呼ばれる類のものであり、迷う者の導き方など知る由もない。
傷を舐め合って、引き摺りあって、彼らはどこまでもどこまでも堕ちていく。二人一緒に堕ちていく。
いつか終わりがやってくる、その時まで。
70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:43:16.57 ID:3eaTbzFL0
Into the darkness,all will fall.
71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:44:00.57 ID:3eaTbzFL0
一方通行 / Day2 / 12:27:26 / 第三学区 路地裏
番外個体の前髪が紫電に弾けた。
打ち出されるは億を超える超高圧電流。
そんな莫大な電撃を受けて耐えられるわけもなく、異形の化け物は奇声をあげてどうとその場に倒れ込む。
化け物のトンボのような頭には大きな複眼が二つ。
長い胴からは左右三本ずつの足が伸びており、その二本の前脚の先には鋭い鎌があった。
鋸のような刃がずらりと並んだその鎌。その化け物を形容するなら二メートルほどの蟷螂というのが一番近いだろう。
「ッ、あと一体!!」
「腹ァ一杯食らっとけ!!」
一方通行の構えるショットガンが激しい音と共に火を吹き、飛びかかってきた蟷螂型の化け物の柔らかい腹部に散弾が次々に突き刺さる。
身動きの取れない空中で銃撃を受けた化け物はバランスを崩し、着地もできずに地面へ叩きつけられる。
一方通行は昆虫の鳴き声をあげて足を蠢かせる化け物の頭部に、確実な一撃を追加でお見舞いする。
それで化け物の生命活動は停止した。
「……終わったか」
彼らが始末したこの化け物は今ので一一体目。
ひたすらに戦闘を繰り返し、しかし二人は一切の傷を負わずに、そしてバッテリーも使うことなく勝利した。
だが流石に疲労は少なくない。壁に背中を預けて地面に座り込む。
そして深く息を吐き、吸って、呼吸を整える。
ずっとこんなことを繰り返していた。
戦って、殺して、逃げて、戦って、殺して、逃げて。
もう何のために自分が動いているか忘れそうになるほどに。
事実、既に一方通行の希望は失われているけれど。
72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:45:15.87 ID:3eaTbzFL0
天真爛漫に笑う幼い少女の、太陽のような笑顔。
その眩しさを、温かさを、優しさを、心地良さを忘れることができない。
あの少女こそが一方通行の全てであり、あの少女のためなら何だってできた。
彼女さえいてくれれば、今だっていくらでも―――。
(……何考えてやがンだ、クソが)
もう打ち止めはいない。二度と笑うことはない。
一方通行の心には大きな孔が空いていた。何をしても埋めることのできない空洞が。
自身の命にも優越する彼女を失って、尚一方通行が動いているのは番外個体を生きてこの街から出すためだ。
逆に言えばそれさえ果たされれば彼はどうなるのだろう。
「……どうかした?」
「……いや。何でもねェ」
座り込んで、壁に背中を預けたまま一方通行は小さく返した。
―――番外個体はどうなのだろう、と一方通行はふと考える。
番外個体は打ち止めを喪ったことにどれほどの孔をその心に空けたのだろう。
長い日常の世界に浸り、彼女の悪意は多少なりともなりを潜めていた。
素直に感動したり、人間らしく悲しむことを覚えた。
だがそれが致命的に仇になってはいないだろうか。
白銀のロシアで出会った時のように、悪意の塊であった方が苦しまずに済んでいたのだろうか。
下らない思考だと思う。
そんなことを考えて何になるというのか。
無意味なたられば話に結論を見出すことがこの状況を打開するきっかけになるとでも言うのか。
だがそれでも。項垂れるように俯いていた一方通行はゆっくりと頭をあげ、
その眩しさを、温かさを、優しさを、心地良さを忘れることができない。
あの少女こそが一方通行の全てであり、あの少女のためなら何だってできた。
彼女さえいてくれれば、今だっていくらでも―――。
(……何考えてやがンだ、クソが)
もう打ち止めはいない。二度と笑うことはない。
一方通行の心には大きな孔が空いていた。何をしても埋めることのできない空洞が。
自身の命にも優越する彼女を失って、尚一方通行が動いているのは番外個体を生きてこの街から出すためだ。
逆に言えばそれさえ果たされれば彼はどうなるのだろう。
「……どうかした?」
「……いや。何でもねェ」
座り込んで、壁に背中を預けたまま一方通行は小さく返した。
―――番外個体はどうなのだろう、と一方通行はふと考える。
番外個体は打ち止めを喪ったことにどれほどの孔をその心に空けたのだろう。
長い日常の世界に浸り、彼女の悪意は多少なりともなりを潜めていた。
素直に感動したり、人間らしく悲しむことを覚えた。
だがそれが致命的に仇になってはいないだろうか。
白銀のロシアで出会った時のように、悪意の塊であった方が苦しまずに済んでいたのだろうか。
下らない思考だと思う。
そんなことを考えて何になるというのか。
無意味なたられば話に結論を見出すことがこの状況を打開するきっかけになるとでも言うのか。
だがそれでも。項垂れるように俯いていた一方通行はゆっくりと頭をあげ、
73: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:46:05.64 ID:3eaTbzFL0
「―――番外個体。オマエならこの場合、どォする?」
一方通行は嗤う。その嗤いはどうしようもない事態に追い込まれた時、思わず零れてしまう種類のものだった。
番外個体が何かの気配を感じて背後を振り向く。そしてそれを見た瞬間、番外個体の体が短時間だが確実に、石になったように硬直した。
仕方がない。そこにいたのは単なる生きた死者だ。今の学園都市に蔓延っている、無限とも思えるほどの軍勢の一人だ、
だがその人物は彼らにとって決して小さくない意味を持つ者であった。
「……ああ。いや全く。悪意に満ちた人間としか話したくないなんて考えてたこともある性悪のミサカだけど、流石に、もう、いい加減にしてほしいかな。
最初っから分かってたことだけどさ、……どうしようもないね、全てがさ」
白衣を纏った女性だった。その黒い髪は肩に届くかどうか、といった長さ。
彼女は学園都市でも優秀な人材であり、専門は薬学や遺伝子工学などのクローン技術関連で、軍用の量産型能力者計画にも一枚噛んでいた人間であった。
だがそれらは全て過去形で表される。彼女はかつて女性だった。優秀な人間だった。研究者だった。人間だった。
芳川桔梗。その身は既に人ではない、この世のものではないものへと変貌してしまっているのだから。
「アァ ぁ あ ぅ ゥゥ……」
清潔さを漂わせていた白衣は血と肉と膿に塗れている。
頭皮の一部は頭髪ごと剥がれ落ち、その内部を外気に晒している。
伸ばされた腕は肉が腐り落ち、その骨までが露出していた。
足元はふらふらと泥酔しているように覚束なく、服に隠れて見えないその足もきっと腕と同じようになっているのだろう。
どこか優しい光を湛えていた目は白濁としていて、そこからは何の感情も読み取れない。
芳川は自身のことを優しいのではなく甘いのだと、いつもそう言っていた。
だが彼女の一方通行や打ち止め、番外個体を見る目には確かな優しさと愛があったように思う。
かつては違ったのかもしれない。しかし現在は子を見守る母親のような、教え子を見る教師のようなものを多少なりとも宿していたと思う。
一方通行は嗤う。その嗤いはどうしようもない事態に追い込まれた時、思わず零れてしまう種類のものだった。
番外個体が何かの気配を感じて背後を振り向く。そしてそれを見た瞬間、番外個体の体が短時間だが確実に、石になったように硬直した。
仕方がない。そこにいたのは単なる生きた死者だ。今の学園都市に蔓延っている、無限とも思えるほどの軍勢の一人だ、
だがその人物は彼らにとって決して小さくない意味を持つ者であった。
「……ああ。いや全く。悪意に満ちた人間としか話したくないなんて考えてたこともある性悪のミサカだけど、流石に、もう、いい加減にしてほしいかな。
最初っから分かってたことだけどさ、……どうしようもないね、全てがさ」
白衣を纏った女性だった。その黒い髪は肩に届くかどうか、といった長さ。
彼女は学園都市でも優秀な人材であり、専門は薬学や遺伝子工学などのクローン技術関連で、軍用の量産型能力者計画にも一枚噛んでいた人間であった。
だがそれらは全て過去形で表される。彼女はかつて女性だった。優秀な人間だった。研究者だった。人間だった。
芳川桔梗。その身は既に人ではない、この世のものではないものへと変貌してしまっているのだから。
「アァ ぁ あ ぅ ゥゥ……」
清潔さを漂わせていた白衣は血と肉と膿に塗れている。
頭皮の一部は頭髪ごと剥がれ落ち、その内部を外気に晒している。
伸ばされた腕は肉が腐り落ち、その骨までが露出していた。
足元はふらふらと泥酔しているように覚束なく、服に隠れて見えないその足もきっと腕と同じようになっているのだろう。
どこか優しい光を湛えていた目は白濁としていて、そこからは何の感情も読み取れない。
芳川は自身のことを優しいのではなく甘いのだと、いつもそう言っていた。
だが彼女の一方通行や打ち止め、番外個体を見る目には確かな優しさと愛があったように思う。
かつては違ったのかもしれない。しかし現在は子を見守る母親のような、教え子を見る教師のようなものを多少なりとも宿していたと思う。
74: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:48:46.13 ID:3eaTbzFL0
口で何と言おうと一方通行はまだ子供で、黄泉川や芳川の経験したことのない愛情や優しさがくすぐったくて、どう反応したらいいのか分からなかった。
だから彼ら彼女らは心の奥底では二人に感謝しつつも、口や態度では真逆を示すことが多かった。
「……芳川。それでも俺は、オマエに―――感謝してた。いつか礼を言おォと、そンなことを考えてた」
素直になれない少年の複雑な心。そこには超能力者も第一位もない。
年頃の少年少女なら誰もが抱える心の機微。思春期。子供から大人へと成長する狭間にある不安定さ。
いつかは礼を言おうと、そんな悠長なことを考えていたらこのザマだ。
もう芳川桔梗には何も伝えることができない。好きも嫌いも彼女には二度と届かない。
黄泉川愛穂、芳川桔梗。変わろうとする一方通行を支えてくれた二人の母親。
二人とも失った。死んでしまった。死んでいるが生きている。生きているのに死んでいる。
「もォ、休め」
――――――から。
一方通行は静かに再度拳銃を取り出し、構える。
腕は震えず、銃口はぶれず。ただトリガーを引き絞る人差し指に力を込める。
そこでふと思う。
芳川は生と死の狭間に囚われた。これから自分がそこから解放する。
しかし黄泉川もまた、永遠に続く螺旋に絡めとられている。
もしかしたらまた、リビングデッドに身を落とした黄泉川と対峙することがあるのだろうか―――?
「……あなたがやらないならミサカがやるよ。ミサカだって、その人には思うところがあるんだし。……せめて、眠らせてあげたい」
だから彼ら彼女らは心の奥底では二人に感謝しつつも、口や態度では真逆を示すことが多かった。
「……芳川。それでも俺は、オマエに―――感謝してた。いつか礼を言おォと、そンなことを考えてた」
素直になれない少年の複雑な心。そこには超能力者も第一位もない。
年頃の少年少女なら誰もが抱える心の機微。思春期。子供から大人へと成長する狭間にある不安定さ。
いつかは礼を言おうと、そんな悠長なことを考えていたらこのザマだ。
もう芳川桔梗には何も伝えることができない。好きも嫌いも彼女には二度と届かない。
黄泉川愛穂、芳川桔梗。変わろうとする一方通行を支えてくれた二人の母親。
二人とも失った。死んでしまった。死んでいるが生きている。生きているのに死んでいる。
「もォ、休め」
――――――から。
一方通行は静かに再度拳銃を取り出し、構える。
腕は震えず、銃口はぶれず。ただトリガーを引き絞る人差し指に力を込める。
そこでふと思う。
芳川は生と死の狭間に囚われた。これから自分がそこから解放する。
しかし黄泉川もまた、永遠に続く螺旋に絡めとられている。
もしかしたらまた、リビングデッドに身を落とした黄泉川と対峙することがあるのだろうか―――?
「……あなたがやらないならミサカがやるよ。ミサカだって、その人には思うところがあるんだし。……せめて、眠らせてあげたい」
75: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:49:53.88 ID:3eaTbzFL0
一方通行の思考を迷いと見たのか、番外個体がそんなことを口にする。
母を持たぬ命、あり得るわけがない、存在してはならぬ禁忌の存在。
生命の系譜から外れた命の中でも、更に埒外にあった番外個体。
そんな彼女に対しても母たらんとしていた芳川桔梗。
だからこそ殺すのだ。どうしようもない矛盾、しかし今更そんなことを論じても何にもなりはしない。
「―――あばよ」
余計な思考を払い、一方通行は今度こそ引き金を引く。
放たれた銃弾は空を裂き死という名の永遠の安息を彼女に届ける。
狙いは正確に、彼女を光なき世界へ。芳川桔梗と呼ばれていたものの脳天に血飛沫と共に突き刺さり、小さな小さな鉛玉がその生命活動を確実に停止させた。
その事実に、一方通行は特に何の感慨も湧かなかった。
その事実が、一方通行がもう終わっていることを端的に示していた。
母を持たぬ命、あり得るわけがない、存在してはならぬ禁忌の存在。
生命の系譜から外れた命の中でも、更に埒外にあった番外個体。
そんな彼女に対しても母たらんとしていた芳川桔梗。
だからこそ殺すのだ。どうしようもない矛盾、しかし今更そんなことを論じても何にもなりはしない。
「―――あばよ」
余計な思考を払い、一方通行は今度こそ引き金を引く。
放たれた銃弾は空を裂き死という名の永遠の安息を彼女に届ける。
狙いは正確に、彼女を光なき世界へ。芳川桔梗と呼ばれていたものの脳天に血飛沫と共に突き刺さり、小さな小さな鉛玉がその生命活動を確実に停止させた。
その事実に、一方通行は特に何の感慨も湧かなかった。
その事実が、一方通行がもう終わっていることを端的に示していた。
76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:51:24.63 ID:3eaTbzFL0
Files
File30.『芳川桔梗の記録』
この未知のウィルス、専門外ではあるのだけど冥土帰しと協力して調べていくうちに分かってきたこともある。
感染経路の広さがまず厄介ね。どうやら空気感染、経口感染、血液感染、おおよそほぼ全ての経路で感染していくみたい。
ただ変異性も高いようで、広がるにつれて感染性も比例して下がっていくのは救いなのかしら。
たとえば空気感染するのはごく初期段階のみみたいで、今学園都市にいる生存者たちが空気感染によってこのウィルスに犯されることはない。
ただ感染者たちを見る限り、アレに少しでも、それこそかすり傷一つでもつけられると容易に感染してしまうようね。
感染から発症までの時間は個人差はあるものの年齢や性別による差は見られず。
ただし、感染者の肉体の活性度だけはウィルスの侵食速度に大いに影響を与え得る。
肉体が弱っていればそれだけ感染から発症までの時間ま短くなる。
アレに襲われて瀕死の重傷を負ったりしたケースでは、極めて早期に『発症』する。
逆に空気感染や水を媒介するなどしていたって健康な人間が無傷のままに感染した場合、これも個人差はあるものの長いケースでは数日は保ち得ると予想されるわ。
これはやはり個人によってこのウィルスへの抵抗力に差が大きいためね。
このウィルスは感染者の新陳代謝を急激に
記録はここで途切れている。
ノートの下部に、読み取れないほど乱雑に書き殴った文字がある。
『生きなさい』
77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:53:27.02 ID:3eaTbzFL0
御坂美琴 / Day2 / 11:00:34 / 第六学区 旧セントミカエル時計塔
「……大体、死にかけね」
美琴はそれらを見てぽつりと呟いた。
悲惨な有様だった。
そこにいるのは数人の大学生ほどに見える少年たち。
見る限りでは五、六人の集団のようだが、その内の四人ほどは誰もが決して浅くない傷を負っていた。
止まらない出血にわき腹を押さえている者、首から血液をドクドクと垂れ流して動かない者、腕の噛まれた傷跡をなかったことにしようと必死に拭っている者。
床にはそれぞれの血が流れ、混ざり合い黒ずんだ模様を描いていた。
「ケガしてる……」
もう慣れてしまった死の臭い。それが肺を満たすのを美琴は実感する。
佳茄でさえも僅かに表情を変えるだけだった。
そんな程度の反応を見せながら美琴はぐるりと周囲を見渡す。
一つだけ気になることがあった。
傷を負っている者たちとは少し離れたところに、血を流して死んでいる男がいる。
壁に背中を預けて座るように死んでいるその男は、抱きしめるようにしてもう一つの死体に腕を回して抱えていた。
随分と小さい死体だ。血で汚れているものの、その死体はスカートを履いているので小さな女の子なのだろう。
死体が死体を抱くようにしている。
一体彼らはどんな最期を遂げたのだろうか。
78: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:54:28.04 ID:3eaTbzFL0
「……また……生存者か……」
男の一人が小さく呟く。どうやらこの茶髪が目を引く男は無事、もしくは軽傷のようでゆっくりと立ち上がる。
それにつられるように黒髪の男も立ち上がり、美琴をじろりと見つめる。やはり無事か軽傷なのだろう。
品定めするような視線に美琴は不快気に眉を顰めるが、男はそれに気付いているのか気付いていないのか変わらぬ視線をよこし続ける。
やがて黒髪の男はふん、と鼻を鳴らし、
「結構な上玉じゃねぇか」
「いや待て……こいつ……この顔は……、っ!?」
茶髪の男が何かに気付いたように息を呑むが、それを無視して黒髪の男はあっさりと言う。
「よお、ヤッちまおうぜ」
「―――な……っ、何言ってんだお前!? 正気か!?」
「何綺麗ごと言ってんだ、お前だって興味あるんだろうが? もう法なんて消え失せてんだ」
「そういう話じゃない!! こんな時に何を考えてるんだお前!! もっとやるべきこと、考えるべきことがあるだろ!?」
二人の男はヒートアップし、他の重傷を負っている者たちを無視して激しい口論を始める。
この二人はもう美琴を無視し、佳茄に至っては存在すら認知していないのではないかという勢いだった。
そんな彼らを美琴は冷め切った目で静かに見つめ、佳茄はおろおろしながらも美琴にくっついていた。
「やるべきこと!? 考えることだと!? なら聞くけどな、一体何を考えて何をするってんだよ!!
もう助からねぇって分かってんだろ!! どうせみんな死ぬんだよ!! だったら最期くらい楽しみたいんだ!!」
「違う!! よく聞けよ、こいつは常盤台の超電磁砲だ!! 七人しかいない超能力者の第三位だよ!!」
男の一人が小さく呟く。どうやらこの茶髪が目を引く男は無事、もしくは軽傷のようでゆっくりと立ち上がる。
それにつられるように黒髪の男も立ち上がり、美琴をじろりと見つめる。やはり無事か軽傷なのだろう。
品定めするような視線に美琴は不快気に眉を顰めるが、男はそれに気付いているのか気付いていないのか変わらぬ視線をよこし続ける。
やがて黒髪の男はふん、と鼻を鳴らし、
「結構な上玉じゃねぇか」
「いや待て……こいつ……この顔は……、っ!?」
茶髪の男が何かに気付いたように息を呑むが、それを無視して黒髪の男はあっさりと言う。
「よお、ヤッちまおうぜ」
「―――な……っ、何言ってんだお前!? 正気か!?」
「何綺麗ごと言ってんだ、お前だって興味あるんだろうが? もう法なんて消え失せてんだ」
「そういう話じゃない!! こんな時に何を考えてるんだお前!! もっとやるべきこと、考えるべきことがあるだろ!?」
二人の男はヒートアップし、他の重傷を負っている者たちを無視して激しい口論を始める。
この二人はもう美琴を無視し、佳茄に至っては存在すら認知していないのではないかという勢いだった。
そんな彼らを美琴は冷め切った目で静かに見つめ、佳茄はおろおろしながらも美琴にくっついていた。
「やるべきこと!? 考えることだと!? なら聞くけどな、一体何を考えて何をするってんだよ!!
もう助からねぇって分かってんだろ!! どうせみんな死ぬんだよ!! だったら最期くらい楽しみたいんだ!!」
「違う!! よく聞けよ、こいつは常盤台の超電磁砲だ!! 七人しかいない超能力者の第三位だよ!!」
79: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:55:44.09 ID:3eaTbzFL0
「は……はぁっ!?」
益々熱くなる二人の声もどんどん荒くなり、その声だけが辺りに響き渡る。
自暴自棄になっている黒髪の男がわめいていたが、茶髪の男の指摘にばっと美琴を振り返る。
黒髪の男は冷水を浴びせられたかのように静かになり、やがて喜びを滲ませながら呟く。
「……助かる、の、か?」
「そうだ。一人で軍と戦えると言われる超能力者、それが味方につくんだ。
こうなりゃ百人力、怖いものなしさ。あんなゾンビ共なんて敵じゃない」
その言葉にぱぁっと黒髪の男の顔が明るくなる。
絶望の底で全てを諦めていた時に突如現れた希望の光。
彼らがそれに手を伸ばさないはずがなかった。
しかし、それは随分と……。
「……勝手な言い分ね」
歪んだ感情を向けたと思ったら、次は無条件でボディガード扱い。
その呟きは聞こえていたのか聞こえていないのか、黒髪の男が笑みさえ浮かべながら安堵する。
「よし、助かるんだ……俺は助かるんだ……死ななくて済むぞ……!!」
「なあ、あんた。超電磁砲……御坂さん、だったかな? 頼む、助けてくれないか。こっちはもう限界なんだ」
たしかに、美琴と共に行動するようになればこのままでいるよりは生存率はグンとアップするだろう。
しかしこれは美琴に断ると言われてしまえばそれで終わってしまう話だ。
ただ、茶髪の男には勝算があった。有名であるだけに知っていたのだ、美琴はどういう人間か。
困っている人間を放っておけない、いわゆるお人好しであることくらい。
益々熱くなる二人の声もどんどん荒くなり、その声だけが辺りに響き渡る。
自暴自棄になっている黒髪の男がわめいていたが、茶髪の男の指摘にばっと美琴を振り返る。
黒髪の男は冷水を浴びせられたかのように静かになり、やがて喜びを滲ませながら呟く。
「……助かる、の、か?」
「そうだ。一人で軍と戦えると言われる超能力者、それが味方につくんだ。
こうなりゃ百人力、怖いものなしさ。あんなゾンビ共なんて敵じゃない」
その言葉にぱぁっと黒髪の男の顔が明るくなる。
絶望の底で全てを諦めていた時に突如現れた希望の光。
彼らがそれに手を伸ばさないはずがなかった。
しかし、それは随分と……。
「……勝手な言い分ね」
歪んだ感情を向けたと思ったら、次は無条件でボディガード扱い。
その呟きは聞こえていたのか聞こえていないのか、黒髪の男が笑みさえ浮かべながら安堵する。
「よし、助かるんだ……俺は助かるんだ……死ななくて済むぞ……!!」
「なあ、あんた。超電磁砲……御坂さん、だったかな? 頼む、助けてくれないか。こっちはもう限界なんだ」
たしかに、美琴と共に行動するようになればこのままでいるよりは生存率はグンとアップするだろう。
しかしこれは美琴に断ると言われてしまえばそれで終わってしまう話だ。
ただ、茶髪の男には勝算があった。有名であるだけに知っていたのだ、美琴はどういう人間か。
困っている人間を放っておけない、いわゆるお人好しであることくらい。
80: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:57:09.27 ID:3eaTbzFL0
「実は、さっきも君と同じく生存者の男女二人組が来たんだけど……。協力断られちゃって。もう後がないんだ、お願いだ」
更に見捨てられたことを話すことで美琴の同情を誘う。
男には美琴が憐れんで喜んで引き受けてくれるという確信があった。
それを受けて、美琴は一つだけ問うた。
「……一つ、いいかしら。その男女二人組みとやらは何て言ってたの?」
その質問は予想外だったようで、男は少々まごつきながらも素直に答えた。
「あ、ああ。そんな余裕はない、生き残る確率が低くなるって」
「そう」
美琴はその答えにすっと目を細め、静かに呟いた。
怪訝な顔をする男を無視して美琴は素直に思う。
「―――いい判断、いい心がけね」
「え?」
戸惑う二人の男に美琴ははっきりと宣告する。
それが彼らにとってどれだけの重さ、絶望になるのかを理解した上で。
それでも、容赦なく。
「なら、私も同じ理由で丁重にお断りするわ」
たったそれだけの言葉を、突きつける。
更に見捨てられたことを話すことで美琴の同情を誘う。
男には美琴が憐れんで喜んで引き受けてくれるという確信があった。
それを受けて、美琴は一つだけ問うた。
「……一つ、いいかしら。その男女二人組みとやらは何て言ってたの?」
その質問は予想外だったようで、男は少々まごつきながらも素直に答えた。
「あ、ああ。そんな余裕はない、生き残る確率が低くなるって」
「そう」
美琴はその答えにすっと目を細め、静かに呟いた。
怪訝な顔をする男を無視して美琴は素直に思う。
「―――いい判断、いい心がけね」
「え?」
戸惑う二人の男に美琴ははっきりと宣告する。
それが彼らにとってどれだけの重さ、絶望になるのかを理解した上で。
それでも、容赦なく。
「なら、私も同じ理由で丁重にお断りするわ」
たったそれだけの言葉を、突きつける。
81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 00:58:18.78 ID:3eaTbzFL0
「……え、ちょ、はぁっ!?」
「おいどういうことだよそれ!!」
その全く予想外の言葉に二人は驚き憤る。
まさか美琴がそんなことを言うとは完全に考えていなかっただけに、二人は焦っていた。
「おいふざけんな!! お前……、お前……っ!!」
対する美琴はどこまでも冷静に。足元にしがみつく佳茄の手の力が強くなったことに気付きつつも言葉は止めない。
「ふざけんな? そりゃあそっくりそのまま返してやるっつーの。
そもそもさ、何で『助けてくれて当然、自分たちを守れ』って態度なのかってのも聞きたいけど。
一体どうして私がアンタたちを助けなきゃいけないわけ? それで私たちに何の得があるっての?」
よく見てみると、倒れている男たちは誰もが重傷を負っているかあるいは死亡しているというのに、この二人の男だけは不自然に傷がなかった。
それはつまり、そういうことなのだろう。
「なっ……え、と、得だと……?」
その言葉も男の予想外だったのだろう、呆然としたまま立ち尽くしていた。
誰かを救うのに、得か損かを考える。それ自体が彼らの考える御坂美琴像からはずれていたからだ。
しかし。“そう考えること自体が、そもそもずれている”。
「アンタたち、“この状況がまるで分かってないのね”」
そう告げる美琴の言葉に感情は乗っていなかった。
ただ、冷たかった。
「おいどういうことだよそれ!!」
その全く予想外の言葉に二人は驚き憤る。
まさか美琴がそんなことを言うとは完全に考えていなかっただけに、二人は焦っていた。
「おいふざけんな!! お前……、お前……っ!!」
対する美琴はどこまでも冷静に。足元にしがみつく佳茄の手の力が強くなったことに気付きつつも言葉は止めない。
「ふざけんな? そりゃあそっくりそのまま返してやるっつーの。
そもそもさ、何で『助けてくれて当然、自分たちを守れ』って態度なのかってのも聞きたいけど。
一体どうして私がアンタたちを助けなきゃいけないわけ? それで私たちに何の得があるっての?」
よく見てみると、倒れている男たちは誰もが重傷を負っているかあるいは死亡しているというのに、この二人の男だけは不自然に傷がなかった。
それはつまり、そういうことなのだろう。
「なっ……え、と、得だと……?」
その言葉も男の予想外だったのだろう、呆然としたまま立ち尽くしていた。
誰かを救うのに、得か損かを考える。それ自体が彼らの考える御坂美琴像からはずれていたからだ。
しかし。“そう考えること自体が、そもそもずれている”。
「アンタたち、“この状況がまるで分かってないのね”」
そう告げる美琴の言葉に感情は乗っていなかった。
ただ、冷たかった。
82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 01:00:13.83 ID:3eaTbzFL0
「私が守りたいものはたった一つだけ。それさえ守れれば何でもいいしどうでもいい。
そしてそれは間違ってもアンタらじゃない。私に邪魔な荷物を背負って歩く趣味はないのよ。そんな余計な力を割く余裕もない」
生きているかどうかも分からないあの少年だったら、こんな時どうするのだろうか、なんてことを頭の片隅で思いつつ。
向けるのはまるでゴミを見るような凍てつく瞳。見つめるだけで人を凍死させられそうだった。
二人の男はひたすらに呆然とする他なかった。それしか許されなかった。
美琴のその言葉に殺意や憎悪といった負の感情は一切込められていない。
にも関わらず、だからこそ、二人の男はまるで動けなかった。
「だから、まあ、そういうことよ」
もはや美琴の凍える眼は二人を見てさえいなかった。
歯牙にもかけぬと言うように。眼中にもないと言うように。
ただ、その絶氷の如き無感情を言葉にして吐き出した。
「勝手にしなさい。存分に足掻いて、存分に玉砕するといいわ」
話は終わりだ、と言うように美琴はくるりと背中を向ける。
佳茄と二人でここを出ていく。中に彼らを残したまま、どこかへと行ってしまう。
消えていく。彼らにとっての最後の希望が。垂らされた一本の蜘蛛の糸が。
これを逃したら次は絶対にないだろう。何が何でもしがみつかなければならなかった。だから。
「―――ふざけんなッ!!」
茶髪の男が怒りと絶望に怒鳴る。美琴は振り返りすらしなかった。
だから男は走り、美琴ではなく―――ヘッドロックのように佳茄の首に腕をかけて拘束した。
そしてそれは間違ってもアンタらじゃない。私に邪魔な荷物を背負って歩く趣味はないのよ。そんな余計な力を割く余裕もない」
生きているかどうかも分からないあの少年だったら、こんな時どうするのだろうか、なんてことを頭の片隅で思いつつ。
向けるのはまるでゴミを見るような凍てつく瞳。見つめるだけで人を凍死させられそうだった。
二人の男はひたすらに呆然とする他なかった。それしか許されなかった。
美琴のその言葉に殺意や憎悪といった負の感情は一切込められていない。
にも関わらず、だからこそ、二人の男はまるで動けなかった。
「だから、まあ、そういうことよ」
もはや美琴の凍える眼は二人を見てさえいなかった。
歯牙にもかけぬと言うように。眼中にもないと言うように。
ただ、その絶氷の如き無感情を言葉にして吐き出した。
「勝手にしなさい。存分に足掻いて、存分に玉砕するといいわ」
話は終わりだ、と言うように美琴はくるりと背中を向ける。
佳茄と二人でここを出ていく。中に彼らを残したまま、どこかへと行ってしまう。
消えていく。彼らにとっての最後の希望が。垂らされた一本の蜘蛛の糸が。
これを逃したら次は絶対にないだろう。何が何でもしがみつかなければならなかった。だから。
「―――ふざけんなッ!!」
茶髪の男が怒りと絶望に怒鳴る。美琴は振り返りすらしなかった。
だから男は走り、美琴ではなく―――ヘッドロックのように佳茄の首に腕をかけて拘束した。
83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 01:01:17.71 ID:3eaTbzFL0
「ぁ、やだっ!! 離してよぉっ!!」
暴れる佳茄だが、所詮は七歳の子供。大の男の力に敵うわけがない。
男がその気になれば佳茄の細い首も折ることができるだろう。
佳茄の命はこの男の気分一つで決まる。つまるところ人質だった。
「さあ、交渉開始と行こうじゃねぇか、超能―――」
男の言葉は最後まで紡がれず、途中で途切れた。
何故か。巨大な落雷のような怒号が全てを切り裂いたからだ。
「その子に触れるなぁッッッ!!!!」
先ほどまでの機械のような無感情さとは正反対だった。
分かりやすいほどの怒りに濡れた雄叫びに、思わず男の力が緩む。
咄嗟に佳茄はその隙を突いて男から逃げ出すと、一目散に美琴の元へと向かっていく。
男の顔が死人のように蒼白になり、ガタガタと震え出す。
しかし美琴は無視した。佳茄が男から離れると同時、その右手を振り翳しブン、と扇のように振るう。
その動きをなぞるようにズバァ!! と雷撃が大蛇のように激しく荒れ狂い、弧を描くように床や近くの壁、天井をあっさりと滅茶苦茶に破壊していく。
暴れる佳茄だが、所詮は七歳の子供。大の男の力に敵うわけがない。
男がその気になれば佳茄の細い首も折ることができるだろう。
佳茄の命はこの男の気分一つで決まる。つまるところ人質だった。
「さあ、交渉開始と行こうじゃねぇか、超能―――」
男の言葉は最後まで紡がれず、途中で途切れた。
何故か。巨大な落雷のような怒号が全てを切り裂いたからだ。
「その子に触れるなぁッッッ!!!!」
先ほどまでの機械のような無感情さとは正反対だった。
分かりやすいほどの怒りに濡れた雄叫びに、思わず男の力が緩む。
咄嗟に佳茄はその隙を突いて男から逃げ出すと、一目散に美琴の元へと向かっていく。
男の顔が死人のように蒼白になり、ガタガタと震え出す。
しかし美琴は無視した。佳茄が男から離れると同時、その右手を振り翳しブン、と扇のように振るう。
その動きをなぞるようにズバァ!! と雷撃が大蛇のように激しく荒れ狂い、弧を描くように床や近くの壁、天井をあっさりと滅茶苦茶に破壊していく。
84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 01:02:42.09 ID:3eaTbzFL0
「ふーっ、ふーっ……!!」
破壊の中心点にあって、それでも男は生きていた。
だが超電磁砲としての力の一端の一端を見せ付けられただけで、もはや完全に体が恐怖に硬直していて言葉すら話せなくなっていた。
ぱくぱくと口を動かすだけで、それ以上の反応をすることができなくなっていた。
佳茄の手を今度こそ握ったまま、美琴は最後に二人の男を静かに見つめた。
その眼は絶対零度をも下回るほどの冷たさに凍っていて、再び一切の感情が消えていた。
何も込められていないことの恐ろしさに固まる彼らを無視して、言葉もなく美琴と佳茄はどこかへと去っていった。
男たちは、殺されなかったのが奇跡だと本気で思った。
その時。彼らの足を突然に何かが掴んだ。
粘着質な感触と死人のような冷たさ。
心当たりが、一つだけあった。
「ま、まさか―――」
そこで彼らが見たのは、這いずったまま大きく口を開ける仲間の姿。
重傷を負っていた四人ほどの仲間たちが次々と変貌していた。
濁り切った淀んだ目、爛れ落ちた体皮。顔を覗かせる赤黒い腐肉。
それらを晒す狭間の者たちはただ、目の前のご馳走に齧り付く。
直後、二つの絶叫が誰もいない時計塔に響き渡る。
やがて、それはクチャクチャという何かを咀嚼するような音へと変わっていった。
破壊の中心点にあって、それでも男は生きていた。
だが超電磁砲としての力の一端の一端を見せ付けられただけで、もはや完全に体が恐怖に硬直していて言葉すら話せなくなっていた。
ぱくぱくと口を動かすだけで、それ以上の反応をすることができなくなっていた。
佳茄の手を今度こそ握ったまま、美琴は最後に二人の男を静かに見つめた。
その眼は絶対零度をも下回るほどの冷たさに凍っていて、再び一切の感情が消えていた。
何も込められていないことの恐ろしさに固まる彼らを無視して、言葉もなく美琴と佳茄はどこかへと去っていった。
男たちは、殺されなかったのが奇跡だと本気で思った。
その時。彼らの足を突然に何かが掴んだ。
粘着質な感触と死人のような冷たさ。
心当たりが、一つだけあった。
「ま、まさか―――」
そこで彼らが見たのは、這いずったまま大きく口を開ける仲間の姿。
重傷を負っていた四人ほどの仲間たちが次々と変貌していた。
濁り切った淀んだ目、爛れ落ちた体皮。顔を覗かせる赤黒い腐肉。
それらを晒す狭間の者たちはただ、目の前のご馳走に齧り付く。
直後、二つの絶叫が誰もいない時計塔に響き渡る。
やがて、それはクチャクチャという何かを咀嚼するような音へと変わっていった。
85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/06/30(月) 01:03:44.19 ID:3eaTbzFL0
Files
File31.『学生の手帳』
俺たちが集団で動き始めてから三時間ほどしか経ってないが、生き残っているのはたったの七人程度。
全く想像を絶する。死人共の数があまりにも桁違いだ。この街はとっくに死んでいる!! もう生きては帰れないのか。
生き延びるために神経を研ぎ澄まし、ついに時計塔に辿り着くことができた。
俺たちは必死だった。生き残るために傷ついた仲間や警備員の死体から武器を奪いとり、他人を囮にして危機を切り抜けた。
俺たちはそうやってこの地獄を何とか生き残ってきたんだ。
その俺の前にひとりの女の子が現れた。この街の生存者だ。
女の子は俺の目の前で、俺に勇気が足りなかったせいで食われて死んでしまった妹に瓜二つだった。
あてなんかなかったが、俺はすぐにでも脱出するつもりだった。
しかし女の子にはその気がなかった。母親の眠るこの街を離れないと言ったからだ。
俺は何とか女の子を助けたい。だが、俺たちのリーダー格の二人が「俺たちだけ生き延びられればいい!!」と怒鳴った。
ああ、いつもならそうするさ。しかし、今の俺には……。
この時計塔も既に危なくなっている。
だが、もう二度と同じ過ちを犯したくない。
100: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:27:19.57 ID:yuSYUZ6I0
それが偽りの顔を被っている真実であったとしても
できるだけ口を閉ざしておくべきだろう
たとえ過失がなくとも 恥辱にまみれることがあるのだから
101: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:28:37.28 ID:yuSYUZ6I0
上条当麻 / Day2 / 11:09:09 / 第八学区 廃ビル
もはや当てすらなく、ただひたすらに上条は走っていた。
だが今は、この時は違う。上条は明確な目的を持って、その眼に意思を宿らせて走っていた。
その手には瓦礫の破片が握られている。疲労に足を縺れさせつつ、それでも足を止めることはしない。
「今、助ける!!」
上条の視線の先には二つの人影があった。
一つはゆらりと揺れながら泥酔しているかのような足取りで歩き、もう一つは地面をずるずると這いずって迫る影から逃げている。
歩いている人影は女性だった。露出度の高い服を着ているのはいいとして、腹からは臓物まで露出させている。
生きながらの死、死にながらの生に囚われたそれはただ飢餓感を満たそうと眼前の獲物に迫る。
這いずっている人影も同じく女性だった。おそらく上条より一つか二つほど年上と言ったところだろうか。
腹部や足、肩など至るところに重傷を負っており、止め処なく滝のごとく血が溢れ出していた。
まるで深雪に刻まれる足跡のように、その夥しいほどの血が彼女の辿った道のりをはっきりと描き出している。
亡者共の足は決して早くはないが、それでもあの有様では逃れることはできないだろう。
仮に逃げられたとしても、この街には亡者以外の化け物も溢れている。いずれにせよ避けようのない死が待っているだろう。
「させ、るかぁっ!!」
何とか少女が食い殺される前に辿り着いた上条が、手に持った瓦礫を振りかざす。
そして眼前の女性のゾンビの後頭部目掛けて、振り下ろす。
102: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:29:16.10 ID:yuSYUZ6I0
(……ごめん!!)
ガツン!! と。重たい衝撃が走る。
糸が切れたようにばたりとアンデッドの体が倒れ込むが、まだその指先がぴくぴくと動いている。
時間が経てばまた立ち上がるだろう。上条は急いで倒れている少女を助け起こした。
見れば見るほどに酷い怪我だ。全身は既に赤黒い血に染め上げられていて、その命が風前の灯であることは明らかだった。
「おい、おい!! 大丈夫か!! しっかりしろ!!」
しかし状況は絶望的だ。上条には特別な医療の知識など持っていないし、何の道具も持っていない。
無能力者である上条は目の前の少女を助けられる能力など持っていない。唯一の右手もこんな時では何の役にも立たなかった。
もたもたしていれば先ほどのゾンビがまた起き上がるかもしれないし、別の亡者に嗅ぎ付けられる恐れもある。
しかもこの傷では下手に動かせばそれだけで命の危険さえあった。
(ちっくしょう!! 打つ手なしかよ!! 何か、何かないのか。この状況を一発でひっくり返せるような、起死回生の一手は……っ!!)
「あ、あな、た、は……?」
息も絶え絶えに少女が訪ねる。
いかにも搾り出すのが精一杯という力のない弱りきった声だった。
「喋っちゃ駄目だ。口を開くと傷口が……っ!!」
上条は咄嗟に羽織っていた制服の上着を脱ぎ、無駄と分かっていてもそれを彼女の体に巻き止血を試みた。
しかしあまりに傷が多すぎて、まずどこから塞げばいいのかすら分からない。
それでもと上条が腹部の傷を塞ごうとすると、
ガツン!! と。重たい衝撃が走る。
糸が切れたようにばたりとアンデッドの体が倒れ込むが、まだその指先がぴくぴくと動いている。
時間が経てばまた立ち上がるだろう。上条は急いで倒れている少女を助け起こした。
見れば見るほどに酷い怪我だ。全身は既に赤黒い血に染め上げられていて、その命が風前の灯であることは明らかだった。
「おい、おい!! 大丈夫か!! しっかりしろ!!」
しかし状況は絶望的だ。上条には特別な医療の知識など持っていないし、何の道具も持っていない。
無能力者である上条は目の前の少女を助けられる能力など持っていない。唯一の右手もこんな時では何の役にも立たなかった。
もたもたしていれば先ほどのゾンビがまた起き上がるかもしれないし、別の亡者に嗅ぎ付けられる恐れもある。
しかもこの傷では下手に動かせばそれだけで命の危険さえあった。
(ちっくしょう!! 打つ手なしかよ!! 何か、何かないのか。この状況を一発でひっくり返せるような、起死回生の一手は……っ!!)
「あ、あな、た、は……?」
息も絶え絶えに少女が訪ねる。
いかにも搾り出すのが精一杯という力のない弱りきった声だった。
「喋っちゃ駄目だ。口を開くと傷口が……っ!!」
上条は咄嗟に羽織っていた制服の上着を脱ぎ、無駄と分かっていてもそれを彼女の体に巻き止血を試みた。
しかしあまりに傷が多すぎて、まずどこから塞げばいいのかすら分からない。
それでもと上条が腹部の傷を塞ごうとすると、
103: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:30:41.26 ID:yuSYUZ6I0
「む、無駄よ……。もう、手遅れだわ……」
ゲホゴホガホ、と少女は激しく咳き込み、同時に口から大量の血が吐き出される。
その血が上条の頬に付着し、上条はいよいよ実感する。分かりきっていたことを、さらに強く。
(―――死ぬ)
目の前の少女は。
(これは本当に、死ぬ)
ギリ、と上条は砕けるほどに歯噛みする。
何の力も持っていない自分が情けなかった、悔しかった、許せなかった。
吹寄も、青髪ピアスも、姫神も、インデックスさえも。誰も彼も救えない自分を殺してやりたかった。
「認められるか……」
上条は手早く制服の上着を少女の体に巻きつけた。
驚く少女を無視してさっさと結んで少しでも流れ出る血を止めようとする。
しかし全くと言っていいほどに効果はない。その僅かな隙間から赤黒い液体が変わらずドクドクと溢れていた。
「なに、してるの……。早く、早く逃げなさい……!! わた、しはもう、直に私じゃ、なくなる……!!」
「クソ、認められるか!! こんなもんを認めてたまるかっ!! なんだってこれ以上、こんなふざけたことで一人だって死ななくちゃならねぇんだ!!
死なせない。もう誰も死なせたくない。頼むよ、生きてくれ。お願いだから、もう駄目だなんて言わないでくれ……っ!!」
滅茶苦茶なことを言っているという自覚はあった。
それでも、叫ばずにはいられない。どうしてこれ以上尊い命が理不尽に奪われなければならない。
一体何の権限があって、何の正当性があってこれだけの人間の命を奪っていくのだ。
せめて目の前の人間だけでも救いたい。そんな上条の願いは現実を何も変えはしなかった。
ゲホゴホガホ、と少女は激しく咳き込み、同時に口から大量の血が吐き出される。
その血が上条の頬に付着し、上条はいよいよ実感する。分かりきっていたことを、さらに強く。
(―――死ぬ)
目の前の少女は。
(これは本当に、死ぬ)
ギリ、と上条は砕けるほどに歯噛みする。
何の力も持っていない自分が情けなかった、悔しかった、許せなかった。
吹寄も、青髪ピアスも、姫神も、インデックスさえも。誰も彼も救えない自分を殺してやりたかった。
「認められるか……」
上条は手早く制服の上着を少女の体に巻きつけた。
驚く少女を無視してさっさと結んで少しでも流れ出る血を止めようとする。
しかし全くと言っていいほどに効果はない。その僅かな隙間から赤黒い液体が変わらずドクドクと溢れていた。
「なに、してるの……。早く、早く逃げなさい……!! わた、しはもう、直に私じゃ、なくなる……!!」
「クソ、認められるか!! こんなもんを認めてたまるかっ!! なんだってこれ以上、こんなふざけたことで一人だって死ななくちゃならねぇんだ!!
死なせない。もう誰も死なせたくない。頼むよ、生きてくれ。お願いだから、もう駄目だなんて言わないでくれ……っ!!」
滅茶苦茶なことを言っているという自覚はあった。
それでも、叫ばずにはいられない。どうしてこれ以上尊い命が理不尽に奪われなければならない。
一体何の権限があって、何の正当性があってこれだけの人間の命を奪っていくのだ。
せめて目の前の人間だけでも救いたい。そんな上条の願いは現実を何も変えはしなかった。
104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:33:45.99 ID:yuSYUZ6I0
上条の叫びを聞いて、震える体を見て、少女は小さく微笑んだ。
死が大口を開けてすぐそこまで迫っているというのに。
いや、死ぬことすら出来ずに自分の体がひとりでに起き上がる ということを知っていながら、それでも。
最期の最期にこの少女は笑って見せたのだ。
「―――優しい、人ね……」
上条当麻はこの少女の命を救うことはできなかった。
ただ、最期の笑顔をこの少女に作らせたという事実には気付かなかった。
「ありが、とう。こんな、時でも、そう言ってくれる人が、いる、って、だけで……十分。
さあ、年上の言うことは、聞くものよ。急いで、ここから、逃げ、なさい……。私は、あなた、を、殺し、たく、ない……」
後半はもう何を言っているのかほとんど聞き取れなかった。
声は掠れ、彼女の命の蝋燭が消えかかっているのが嫌でも分かった。
「……わた、しは、柳迫、碧美、っていうの。ありがと、う、ツンツン頭の、誰かさ―――」
もう上条にできることなど何一つなかった。
目の前の少女が死んでいくのをただ見ていることしかできない。
そして。少女の伸ばされた手が、上条に届く前に。
すとん、とあっさりと落ちた。
「――――――なんで」
心のどこかで思い上がっていたのかもしれない。
別に誰も彼もを救えるなんて思ってなかった。
何もかもを右拳一つでひっくり返せるなんて思ってなかった。
見返りだって求めてなんかいなかった。
死が大口を開けてすぐそこまで迫っているというのに。
いや、死ぬことすら出来ずに自分の体がひとりでに起き上がる ということを知っていながら、それでも。
最期の最期にこの少女は笑って見せたのだ。
「―――優しい、人ね……」
上条当麻はこの少女の命を救うことはできなかった。
ただ、最期の笑顔をこの少女に作らせたという事実には気付かなかった。
「ありが、とう。こんな、時でも、そう言ってくれる人が、いる、って、だけで……十分。
さあ、年上の言うことは、聞くものよ。急いで、ここから、逃げ、なさい……。私は、あなた、を、殺し、たく、ない……」
後半はもう何を言っているのかほとんど聞き取れなかった。
声は掠れ、彼女の命の蝋燭が消えかかっているのが嫌でも分かった。
「……わた、しは、柳迫、碧美、っていうの。ありがと、う、ツンツン頭の、誰かさ―――」
もう上条にできることなど何一つなかった。
目の前の少女が死んでいくのをただ見ていることしかできない。
そして。少女の伸ばされた手が、上条に届く前に。
すとん、とあっさりと落ちた。
「――――――なんで」
心のどこかで思い上がっていたのかもしれない。
別に誰も彼もを救えるなんて思ってなかった。
何もかもを右拳一つでひっくり返せるなんて思ってなかった。
見返りだって求めてなんかいなかった。
105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:34:58.13 ID:yuSYUZ6I0
それでも、上条が拳を握って戦う度に人の輪は大きくなり、何かを獲得していった。
中には妹達の一〇〇三一号のような僅かの差で救えなかった者もいた。
しかし一〇〇三二号は、上条が間に合った妹達は守ることができた。
心のどこかで、思っていたのかもしれない。
その場に居合わせれば救える。どんなに絶望的だって最後には何とかなる、と。
たしかに、目の前の少女だって上条がここに来た時には既に死ぬ寸前だった。けれど、確かにまだ生きていたのに。
上条は何一つ少女にしてやることができなかった。
分かっていた。この惨劇の幕が上がってしまった時点で、最初からノーミスクリアへの道なんて閉ざされていることくらい。
何の力もないくせに、何もできないくせに、ただ認めないだの死なせないだの勝手なことを子供のように喚いていただけ。
上条当麻なんてその程度だと、思い知らされた気がした。
知らずの内の錯覚を見透かされ笑われた気がした。
「―――クソったれ」
――――――『愉快なヤツだ。今まで、どれだけの人間のために立ち上がってきた。
どれだけの事件を解決するために、その拳を振るってきた。本当に、お前は愉快なヤツだよ』
「……ちくしょう」
ガッ、と。上条の足首を何か冷たいものが掴んだ。
確認なんてする必要があるわけがなかった。最初から、少女はこう言っていた。
間もなく自分は自分でなくなる、早く逃げろ、と。
だから、こうなるのは分かっていた。何も驚くようなことではないのだ。
中には妹達の一〇〇三一号のような僅かの差で救えなかった者もいた。
しかし一〇〇三二号は、上条が間に合った妹達は守ることができた。
心のどこかで、思っていたのかもしれない。
その場に居合わせれば救える。どんなに絶望的だって最後には何とかなる、と。
たしかに、目の前の少女だって上条がここに来た時には既に死ぬ寸前だった。けれど、確かにまだ生きていたのに。
上条は何一つ少女にしてやることができなかった。
分かっていた。この惨劇の幕が上がってしまった時点で、最初からノーミスクリアへの道なんて閉ざされていることくらい。
何の力もないくせに、何もできないくせに、ただ認めないだの死なせないだの勝手なことを子供のように喚いていただけ。
上条当麻なんてその程度だと、思い知らされた気がした。
知らずの内の錯覚を見透かされ笑われた気がした。
「―――クソったれ」
――――――『愉快なヤツだ。今まで、どれだけの人間のために立ち上がってきた。
どれだけの事件を解決するために、その拳を振るってきた。本当に、お前は愉快なヤツだよ』
「……ちくしょう」
ガッ、と。上条の足首を何か冷たいものが掴んだ。
確認なんてする必要があるわけがなかった。最初から、少女はこう言っていた。
間もなく自分は自分でなくなる、早く逃げろ、と。
だから、こうなるのは分かっていた。何も驚くようなことではないのだ。
106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:35:47.59 ID:yuSYUZ6I0
「あ ァぁ ぅうゥ ぅウ……」
この惨劇を生み出した悪魔のウィルスの侵食速度は感染者の健康状態に大きく左右される。
極めて重度の負傷をいたるところに負っていた彼女が、それに乗っ取られるのはあっという間だった。
これが結果だ。上条当麻の行動の先に出た、『救えなかった』という結果。
――――――『お前は自分の行動が本当に正しいことだと、確信を持っているのか?』
「……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
強引に死人の腕を振り払い、上条は走る。
この惨劇の果てで、多くを救ってきたはずの少年は誰も救えない。
たった一人も。たった一つも。
この惨劇を生み出した悪魔のウィルスの侵食速度は感染者の健康状態に大きく左右される。
極めて重度の負傷をいたるところに負っていた彼女が、それに乗っ取られるのはあっという間だった。
これが結果だ。上条当麻の行動の先に出た、『救えなかった』という結果。
――――――『お前は自分の行動が本当に正しいことだと、確信を持っているのか?』
「……ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
強引に死人の腕を振り払い、上条は走る。
この惨劇の果てで、多くを救ってきたはずの少年は誰も救えない。
たった一人も。たった一つも。
107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:36:36.24 ID:yuSYUZ6I0
浜面仕上 / Day2 / 11:41:11 / 第四学区 路上
それは、明らかに異様だった。
三メートルほどの身長。全身をくまなく覆う病的に白い皮膚。
心臓には何か赤いものが隆起していて、異常発達を遂げた左手にはそれぞれ一メートルはあろうかという長さの爪が伸びていた。
しかし、どこか『未完成』というイメージを感じさせた。
この街を席巻する化け物共とは違う。
浜面と滝壺は物陰に隠れ、それが過ぎ去るのを待っていた。
それは竜巻や台風といった自然災害と同じ。
抗う力も持たぬ彼らは、ただ怯えて身を潜めて待つしかない。
「…………」
ひたすらに耐え忍び、やがてその化け物は二人に気付かずにどこかへと去っていった。
浜面と滝壺は緊張に震えていた全身の力を抜き、ふうと深く息をつく。
溢れる亡者であれば、鉛弾をぶち込むことで動かなくしてやれる。
他の化け物も、一部例外を除けば殺せないことはない。
だが今の化け物は別だ。
あれは手持ちのおもちゃでどうこうできる相手ではないと嫌でも分かった。
超能力者でもあれば違うのかもしれないが、彼らにとってはどうにもならない化け物だったのだ。
「……なんなんだ、あれは」
「……自然に生まれたって感じじゃないね。多分あれは誰かが―――」
108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:37:35.24 ID:yuSYUZ6I0
そこで不意に滝壺が言葉を切る。
何も言わず、まるで何かを思案するようにしている滝壺を怪訝に思った浜面が何事か口にしようとする。
すると滝壺はその白くほっそりとした陶磁器のような人差し指をぴんと立て、そっと浜面の唇の前に添えた。
黙っていろ、というジェスチャーだ。
それを受けて浜面が耳を澄ますと、何かのうめき声のようなものが聞こえてきた。
それはまともな人間の出すような声ではなく、まるで人ではない異形から発せられているようなもの。
現在の学園都市においてもっとも妥当な可能性は人肉を貪る生ける屍だが、
(……じゃ、ねぇな)
浜面はそれを否定する。
この声は狭間の者とはどこか違う。
かといって他の動物型の化け物のものとも違う。
「……今まで遭遇してない何か、だね」
滝壺が小さく呟く。聞いたことのないうめき声を発する何か。
現れる。新たな存在が。未知なる異形が、未知なる恐怖と脅威を引き連れて。
「――――――あ、あぁあぁぁあ……」
どこからか震える声があがった。
それは浜面のものだった。現れた『それ』を見て、浜面仕上が思わず漏らしてしまった声だった。
滝壺は『それ』を見て、ぴくりと顔の筋肉が動いた。抑えようとしたものの、表情が変わってしまった動きだった。
何も言わず、まるで何かを思案するようにしている滝壺を怪訝に思った浜面が何事か口にしようとする。
すると滝壺はその白くほっそりとした陶磁器のような人差し指をぴんと立て、そっと浜面の唇の前に添えた。
黙っていろ、というジェスチャーだ。
それを受けて浜面が耳を澄ますと、何かのうめき声のようなものが聞こえてきた。
それはまともな人間の出すような声ではなく、まるで人ではない異形から発せられているようなもの。
現在の学園都市においてもっとも妥当な可能性は人肉を貪る生ける屍だが、
(……じゃ、ねぇな)
浜面はそれを否定する。
この声は狭間の者とはどこか違う。
かといって他の動物型の化け物のものとも違う。
「……今まで遭遇してない何か、だね」
滝壺が小さく呟く。聞いたことのないうめき声を発する何か。
現れる。新たな存在が。未知なる異形が、未知なる恐怖と脅威を引き連れて。
「――――――あ、あぁあぁぁあ……」
どこからか震える声があがった。
それは浜面のものだった。現れた『それ』を見て、浜面仕上が思わず漏らしてしまった声だった。
滝壺は『それ』を見て、ぴくりと顔の筋肉が動いた。抑えようとしたものの、表情が変わってしまった動きだった。
109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:38:31.51 ID:yuSYUZ6I0
その異形は、腐肉を晒す亡者とは明らかに違っていた。
その身体は頭から足の指先まで半ば溶けるように崩れかけていて、水死体のように白くふやけてしまっている。
頭部には眼球はなく、その口には唇は存在せず、露になった上の歯茎からは顎に届くほどに発達した、もはや牙と形容すべき歯が三本伸びている。
手足は鉄球のような大きな肉塊に変質していて、指はなくなっている。しかし代わりのように鋭い棘が何本か伸びている。
……ただし。それらは、“左側の話”だ。
それの体は縦に見て右側と左側でまるで違っていた。
左側は白くふやけた水死体のような皮膚で覆われているが、右側は侵食されてはいるものの比較的人間の肌に近い。
おそらく今まさに変異の途中なのだろう。あまりにアンバランスなそれは、それ故に一つの現実を示していた。
比較的原型を留めているといえるそれの右側半分の顔。
それは郭という少女のものだった。髪は茶色で、生前は化粧も濃かったのだろう。アクセサリーもあちこちにつけられていた。
知り合いだった。服部半蔵に執着していた、いわゆる忍。しかしどこかずれていた少女。
――――――『け、けけけけけっけけ消さっ、浜面氏を消さないとォォおおおおおっ!?』
――――――『まっ、待って!! 待ってください!! うああ、そんなに哀しそうな目で走り去ろうとしないで!!
わ、わわわ分かった!! 見せます!! おーっし、お姉さん今から見せちゃうぞー忍法!!』
――――――『ちょっ待て脱ぐな脱ぐな!! 目的なき色仕掛けは際限のない●●地獄にしかならない!!』
「くっ……、ちくしょう……!!」
浜面の声は震えている。
こういう可能性だって、考えなかったわけではない。
それが分からないほど浜面は馬鹿ではないし、経験不足でもない。
その身体は頭から足の指先まで半ば溶けるように崩れかけていて、水死体のように白くふやけてしまっている。
頭部には眼球はなく、その口には唇は存在せず、露になった上の歯茎からは顎に届くほどに発達した、もはや牙と形容すべき歯が三本伸びている。
手足は鉄球のような大きな肉塊に変質していて、指はなくなっている。しかし代わりのように鋭い棘が何本か伸びている。
……ただし。それらは、“左側の話”だ。
それの体は縦に見て右側と左側でまるで違っていた。
左側は白くふやけた水死体のような皮膚で覆われているが、右側は侵食されてはいるものの比較的人間の肌に近い。
おそらく今まさに変異の途中なのだろう。あまりにアンバランスなそれは、それ故に一つの現実を示していた。
比較的原型を留めているといえるそれの右側半分の顔。
それは郭という少女のものだった。髪は茶色で、生前は化粧も濃かったのだろう。アクセサリーもあちこちにつけられていた。
知り合いだった。服部半蔵に執着していた、いわゆる忍。しかしどこかずれていた少女。
――――――『け、けけけけけっけけ消さっ、浜面氏を消さないとォォおおおおおっ!?』
――――――『まっ、待って!! 待ってください!! うああ、そんなに哀しそうな目で走り去ろうとしないで!!
わ、わわわ分かった!! 見せます!! おーっし、お姉さん今から見せちゃうぞー忍法!!』
――――――『ちょっ待て脱ぐな脱ぐな!! 目的なき色仕掛けは際限のない●●地獄にしかならない!!』
「くっ……、ちくしょう……!!」
浜面の声は震えている。
こういう可能性だって、考えなかったわけではない。
それが分からないほど浜面は馬鹿ではないし、経験不足でもない。
110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:39:47.43 ID:yuSYUZ6I0
では何が浜面を止めたのか。
答えは一つ、実感だ。
たとえ頭の中で最悪の状況を想定していても、どんなに決意したつもりでも。
いざその時になると簡単に止まってしまうなんてのはよくある話だ。
問題だったのは、その不足。浜面は昨日の朝にリビングデッドと化した半蔵と遭遇して以降、“一度も変異した知り合いと遭遇していない”。
そして一度も変異した知り合いを手にかけてもいない。それが致命的だった。
とはいえ、浜面の覚悟は揺るがない。
滝壺を守るためならばたとえ知り合いだろうと引き金を引く。
それはもう彼の中で決定していることで、相手が郭だって殺してみせる。
ただ。ただ、最後の一歩を踏み切るのが難しいだけで……。
「 ゥあ ぁぁぁ うゥゥ……。ハぁまづラ、シぃ?」
郭が、郭だったものが、人の言葉を発した。
ここまで変わってしまって尚、かろうじで人としての理性の搾りカスが残っているのか。
いずれにせよそれは浜面や滝壺にとって何もプラスをもたらしはしない。
「―――やめろ……」
その声は掠れていた。
「 はぁ まヅ らァ しィィィ?」
答えは一つ、実感だ。
たとえ頭の中で最悪の状況を想定していても、どんなに決意したつもりでも。
いざその時になると簡単に止まってしまうなんてのはよくある話だ。
問題だったのは、その不足。浜面は昨日の朝にリビングデッドと化した半蔵と遭遇して以降、“一度も変異した知り合いと遭遇していない”。
そして一度も変異した知り合いを手にかけてもいない。それが致命的だった。
とはいえ、浜面の覚悟は揺るがない。
滝壺を守るためならばたとえ知り合いだろうと引き金を引く。
それはもう彼の中で決定していることで、相手が郭だって殺してみせる。
ただ。ただ、最後の一歩を踏み切るのが難しいだけで……。
「 ゥあ ぁぁぁ うゥゥ……。ハぁまづラ、シぃ?」
郭が、郭だったものが、人の言葉を発した。
ここまで変わってしまって尚、かろうじで人としての理性の搾りカスが残っているのか。
いずれにせよそれは浜面や滝壺にとって何もプラスをもたらしはしない。
「―――やめろ……」
その声は掠れていた。
「 はぁ まヅ らァ しィィィ?」
111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:40:32.95 ID:yuSYUZ6I0
「やめろ……やめろ……っ!! 頼む……!!」
「 ハ まぁづ」
「俺の―――名前を呼ぶなぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
どうしてもこれ以上聞いていられなくなって、黙らせるために浜面は力に訴えた。
ショットガンを容赦なく郭に向けて放つ。その引き金を引く。
結果は明らかだった。
轟音と共に放たれた散弾は次々に郭の全身に突き刺さる。
その莫大な衝撃に後方へと大きく吹き飛び、そのまま地面へと叩きつけられた。
あちこちから体液を垂れ流しながらぴくぴくと震えるそれに、浜面はどうしようもないほどの衝動に襲われた。
「ぐ、うぅっ……!! ううぅうぅぅううぅぅぅううぅぅ……」
浜面仕上は無力感に打ちひしがれていた。
心のどこかで驕っていたことに気付かされた。
浜面は無能力者だ。何の特別な力も持っていない、ただの雑兵だ。
けれど、彼は間違いなく守ったのだ。
第二位の超能力者率いる『スクール』との衝突から始まる暗部抗争、そして度重なる第四位との死闘。
人類の三度目の過ち、第三次世界大戦。その中心地点で戦い続けて、それでも滝壺理后を守りきった。
それどころか、敵対して殺し合っていた麦野沈利さえも救い再び『アイテム』を結成するにさえ至った。
それだけの力がある。それほどの可能性を秘めている。
間違いなく浜面は無能力者であって、そこに疑問を差し挟む余地はない。
だが、それがイコールで戦えないことには繋がらない。何かを守れないことには繋がらない。
実際に結果を出している。誰かを、“滝壺以外の誰かすらも、救ってみせるという結果を”。
「 ハ まぁづ」
「俺の―――名前を呼ぶなぁぁああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
どうしてもこれ以上聞いていられなくなって、黙らせるために浜面は力に訴えた。
ショットガンを容赦なく郭に向けて放つ。その引き金を引く。
結果は明らかだった。
轟音と共に放たれた散弾は次々に郭の全身に突き刺さる。
その莫大な衝撃に後方へと大きく吹き飛び、そのまま地面へと叩きつけられた。
あちこちから体液を垂れ流しながらぴくぴくと震えるそれに、浜面はどうしようもないほどの衝動に襲われた。
「ぐ、うぅっ……!! ううぅうぅぅううぅぅぅううぅぅ……」
浜面仕上は無力感に打ちひしがれていた。
心のどこかで驕っていたことに気付かされた。
浜面は無能力者だ。何の特別な力も持っていない、ただの雑兵だ。
けれど、彼は間違いなく守ったのだ。
第二位の超能力者率いる『スクール』との衝突から始まる暗部抗争、そして度重なる第四位との死闘。
人類の三度目の過ち、第三次世界大戦。その中心地点で戦い続けて、それでも滝壺理后を守りきった。
それどころか、敵対して殺し合っていた麦野沈利さえも救い再び『アイテム』を結成するにさえ至った。
それだけの力がある。それほどの可能性を秘めている。
間違いなく浜面は無能力者であって、そこに疑問を差し挟む余地はない。
だが、それがイコールで戦えないことには繋がらない。何かを守れないことには繋がらない。
実際に結果を出している。誰かを、“滝壺以外の誰かすらも、救ってみせるという結果を”。
112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:41:43.94 ID:yuSYUZ6I0
それだけのことを為しながら、それができるだけの力を持っていながら、誰かを見捨てることは正しいのか。
それだけの力があるのなら、もっと多くのものを守れるのではないか。
浜面仕上という人間はそれができる人間なのではないか。
そんな考えが自分でも気付かぬ深層に眠っていたのだろう。
こんなことになる前、誰かが目の前で危険な目に遭っていたら浜面はそいつを滝壺ではないからと見捨てていただろうか。
きっと手を差し伸べていた。いや、実際に誰かを助けたことがある。
自分はもうただの雑魚Aではない。変わったのだ、と。
では、今目の前に転がっているものは一体何だ。
この郭という名前だった少女はどういうことだ。
この惨状に、この現実に、浜面は震える。そしてその事実に、震える。
「ああああああああ……っ!!」
目の前の少女―――だったもの―――は滝壺理后ではないのに。
どうしても浜面は自身の震えを止めることができなかった。
知り合いの少女の悲惨な有り様に、思考が掻き乱されていく。
浜面の思考は混濁し、混乱し、混沌となる。
何がなんだか分からなくなったものが滅茶苦茶に溢れかえり、脳内を埋め尽くす。
思わず体勢がふらりと崩れ、倒れそうになった浜面を何かが抱き止めた。
滝壺理后だった。
「―――大丈夫だから」
何が大丈夫なのだろうか。分からない。
ただ滝壺は何かを言わずにはいられなかったのだろう。
たとえそれが何の意味もない言葉であっても、何かを口にしないではいられなかったのだろう。
滝壺が口を開いたのはその一度きりだった
浜面仕上と滝壺理后。二人はどんどんと仮面が剥がされていくのをひしひしと感じていた。
それだけの力があるのなら、もっと多くのものを守れるのではないか。
浜面仕上という人間はそれができる人間なのではないか。
そんな考えが自分でも気付かぬ深層に眠っていたのだろう。
こんなことになる前、誰かが目の前で危険な目に遭っていたら浜面はそいつを滝壺ではないからと見捨てていただろうか。
きっと手を差し伸べていた。いや、実際に誰かを助けたことがある。
自分はもうただの雑魚Aではない。変わったのだ、と。
では、今目の前に転がっているものは一体何だ。
この郭という名前だった少女はどういうことだ。
この惨状に、この現実に、浜面は震える。そしてその事実に、震える。
「ああああああああ……っ!!」
目の前の少女―――だったもの―――は滝壺理后ではないのに。
どうしても浜面は自身の震えを止めることができなかった。
知り合いの少女の悲惨な有り様に、思考が掻き乱されていく。
浜面の思考は混濁し、混乱し、混沌となる。
何がなんだか分からなくなったものが滅茶苦茶に溢れかえり、脳内を埋め尽くす。
思わず体勢がふらりと崩れ、倒れそうになった浜面を何かが抱き止めた。
滝壺理后だった。
「―――大丈夫だから」
何が大丈夫なのだろうか。分からない。
ただ滝壺は何かを言わずにはいられなかったのだろう。
たとえそれが何の意味もない言葉であっても、何かを口にしないではいられなかったのだろう。
滝壺が口を開いたのはその一度きりだった
浜面仕上と滝壺理后。二人はどんどんと仮面が剥がされていくのをひしひしと感じていた。
113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/10(木) 00:43:08.73 ID:yuSYUZ6I0
Files
File32.『書き捨てられたメモ』
神様、いるなら応えてください。これは現実か。それとも地獄か。
逃げ場なんてない。周りはイカれたの化け物だらけ!!
皆やられてしまった。生きている人間なんてもう誰も……。
半蔵様も見つからず、浜面氏も、誰も見つからず、もう動けない。
くそ。あんな奴らの餌食になるなんて!!
120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:34:59.06 ID:0eoOc3Zg0
――――――『自分より先に絶対能力者が生まれンのが許せねェのか? それともこンな実験の発端を作っちまったことへの罪滅ぼしかァ?』
――――――『妹だから。この子たちは私の妹だから。ただそれだけよ』
121: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:35:53.08 ID:0eoOc3Zg0
現世で死に 天上で生きることを嘆く人があるとすれば
永遠の雨のさわやかなさまを ここの上でまだ見たことがないからに相違ない
122: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:41:27.31 ID:0eoOc3Zg0
御坂美琴 / Day2 / 14:31:24 / 第七学区 総合病院
「…………」
完全に壊滅しているその病院を前に、美琴は何も口にはしなかった。
分かっていたことだ。この悪夢にあってここだけが無事などまずあり得ない。
小さく温かい佳茄の手をしっかりと握り締め、美琴は粉々に割れ砕けた自動ドアから中へと入る。
この病院がかつて最大に機能していた時、ここには一人の凄腕の医師がいた。
『冥土帰し』の異名を取るその初老の男性は「神の手を持つ」とさえ評されるほどで、美琴も何度もその世話になったことがある。
患者のためなら何でもし、どんな手段を使ってでも患者を救う。
そのためならば清濁を併せ持ち、彼が敗北したことはたったの一度しかない。
だからこそ、だ。そんな彼がこの街を襲った未知の奇病について何も調べていないはずがない。
冥土帰しが存命ならば一番、そうでなくても彼の研究の痕跡が何か残っているはず。
あの冥土帰しがあの状況でもしものことを考えなかったはずがない。必ず何か残しているはずだ。
そう考えて美琴はここにいる。一縷の希望にかけて。
(……全く、まるで墓荒しね)
佳茄の手を引き、美琴は一歩院内へ踏み込んだ。
照明は砕け、窓ガラスは悉くが割れ、壁や天井すら一部崩れてしまっている。
観葉植物は倒れ、何らかの書類があちこちに散乱しており、能力を使用した痕跡や銃痕もいたるところに見える。
この病院内で感染が広がりパニックが広がり、戦闘が行われたのは明白だった。
123: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:44:03.35 ID:0eoOc3Zg0
「お姉ちゃん……? どうしたの……?」
頭に浮かぶのは『彼女たち』のこと。
ヘタクソな笑顔を零し、その生まれ方故存在そのものを禁忌とされながらも精一杯生きる彼女たち。
彼女たちは今、どうしているだろうか。
―――考えるまでもないだろう、御坂美琴。
「……ううん、何でもない。ちょっとボーッとしちゃった。さ、行きましょう」
硲舎佳茄。守らなければならない幼い少女。
他のことを考えている暇などない。とにかく今は佳茄だ。
そう、この少女が全て。だからその他は切り捨てる。
そう決めたはずだった。なのに、彼女たちだけは、
「絶対に離れちゃ駄目よ」
「…………」
佳茄がどんな顔をしていたのか、どんな目をしていたのか、美琴は気付かなかった。
だが隅に転がっている死体の異常さには気付いた。
佳茄は気付いていないようだがゴミのように放置されている複数の女性の死体。その全てが顔の皮が剥がされて真っ赤に染まっている。
強引に皮を剥がれている。それも顔面の。その異常性に美琴は戦慄する。
頭に浮かぶのは『彼女たち』のこと。
ヘタクソな笑顔を零し、その生まれ方故存在そのものを禁忌とされながらも精一杯生きる彼女たち。
彼女たちは今、どうしているだろうか。
―――考えるまでもないだろう、御坂美琴。
「……ううん、何でもない。ちょっとボーッとしちゃった。さ、行きましょう」
硲舎佳茄。守らなければならない幼い少女。
他のことを考えている暇などない。とにかく今は佳茄だ。
そう、この少女が全て。だからその他は切り捨てる。
そう決めたはずだった。なのに、彼女たちだけは、
「絶対に離れちゃ駄目よ」
「…………」
佳茄がどんな顔をしていたのか、どんな目をしていたのか、美琴は気付かなかった。
だが隅に転がっている死体の異常さには気付いた。
佳茄は気付いていないようだがゴミのように放置されている複数の女性の死体。その全てが顔の皮が剥がされて真っ赤に染まっている。
強引に皮を剥がれている。それも顔面の。その異常性に美琴は戦慄する。
124: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:45:07.29 ID:0eoOc3Zg0
(……どういうことよ)
そして更に気付いた。
廊下の先、視界の最奥の辺りに蠢くものが見える。
美琴はそれを知っている。既に出会ったことがある。
両手を手首のところで大きな拘束具によって拘束されていた。
足首にも同様のものがついており、ボロボロの布着れを纏っており、その顔には何かよく分からないものが何重にもべたべたと貼り付けられている。
鎖の化け物。存在しないはずの『多重能力者』。
リサ=トレヴァーが、そこにいた。『ママ』と呟き、学園都市を徘徊する異形が。
そしてリサの前に女性の死体が転がっている。リサはその死体の顔を両手で掴み、
バリバリ、とその皮膚を強引に剥ぎ取った。
「―――ッ!?」
思わず美琴は息を飲む。
だが、リサはそこで止まらなかった。
剥ぎ取った顔。奪い取った顔。その皮膚を、
べたり、べたりと自分の顔に貼り付け始めた。
(まさか……まさかまさかまさか……あいつの、顔に何重にも貼り付けられてたあれは……っ!!)
奪い取った人間の、顔。
きっとあの化け物はずっと人間を襲ってはその顔を奪い、自分に貼り付け続けてきたのだろう。
何のためかは分からないけれど、顔を集めてきたのだろう。
そして更に気付いた。
廊下の先、視界の最奥の辺りに蠢くものが見える。
美琴はそれを知っている。既に出会ったことがある。
両手を手首のところで大きな拘束具によって拘束されていた。
足首にも同様のものがついており、ボロボロの布着れを纏っており、その顔には何かよく分からないものが何重にもべたべたと貼り付けられている。
鎖の化け物。存在しないはずの『多重能力者』。
リサ=トレヴァーが、そこにいた。『ママ』と呟き、学園都市を徘徊する異形が。
そしてリサの前に女性の死体が転がっている。リサはその死体の顔を両手で掴み、
バリバリ、とその皮膚を強引に剥ぎ取った。
「―――ッ!?」
思わず美琴は息を飲む。
だが、リサはそこで止まらなかった。
剥ぎ取った顔。奪い取った顔。その皮膚を、
べたり、べたりと自分の顔に貼り付け始めた。
(まさか……まさかまさかまさか……あいつの、顔に何重にも貼り付けられてたあれは……っ!!)
奪い取った人間の、顔。
きっとあの化け物はずっと人間を襲ってはその顔を奪い、自分に貼り付け続けてきたのだろう。
何のためかは分からないけれど、顔を集めてきたのだろう。
125: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:46:29.63 ID:0eoOc3Zg0
リサに美琴と佳茄に気付いている様子はない。リサは二人に背を向け、ゆっくりと病院から出て行った。
美琴は立ち尽くしていた。ただその背中を呆然と見送ることしかできなかった。
裾をぐいぐいと佳茄に引っ張られ、ようやく美琴はハッとする。
ともあれ今は他にやるべきことがある。
「……行きましょう」
強引に今の光景を頭の片隅に追いやり、二人は歩き出した。
この病院には幾度も訪れているから構造も把握している。
荒れ果てて壁が崩れたりしていても道に迷うことはなかった。
ローファーでガラス片を踏み抜き書類を踏みしめ、二人は変わり果てた院内を歩く。
いつもやりすぎなほどに綺麗だった院内はもう見る影もない。
血と肉に彩られた廊下。風紀委員は既に潰れた。警備員は壊滅した。そして病院ももう機能していない。
もはや頼れるものなど何もない。
科学の最高峰、人類の叡智の結晶たる学園都市はその機能を停止している。
生き残りたければ己の手で道を切り開く他ないのだ。
……上等だ。必ず守ってみせる。
美琴は内心呟き、辿り着いた冥土帰しの部屋のドアを開けた。
キィィ――……、と軋むような音をたててドアは簡単に開き、二人をその中へ迎え入れる。
特別変わった部屋ではない。ただのオフィスと変わらなかった。
ただやはり物は部屋中をひっくり返したように散乱しており、その異常さはひしひしと伝わってくる。
「散らかってるね……」
ぴったりと美琴にくっついている佳茄が呟き、美琴はそれに釣られて床に視線を落とす。
散乱した様々なファイルや本。その中に目的の物が混ざっている可能性はないだろうか。
とりあえず目に付いたものを拾おうと屈んだ時、美琴はそれに気付いた。
美琴は立ち尽くしていた。ただその背中を呆然と見送ることしかできなかった。
裾をぐいぐいと佳茄に引っ張られ、ようやく美琴はハッとする。
ともあれ今は他にやるべきことがある。
「……行きましょう」
強引に今の光景を頭の片隅に追いやり、二人は歩き出した。
この病院には幾度も訪れているから構造も把握している。
荒れ果てて壁が崩れたりしていても道に迷うことはなかった。
ローファーでガラス片を踏み抜き書類を踏みしめ、二人は変わり果てた院内を歩く。
いつもやりすぎなほどに綺麗だった院内はもう見る影もない。
血と肉に彩られた廊下。風紀委員は既に潰れた。警備員は壊滅した。そして病院ももう機能していない。
もはや頼れるものなど何もない。
科学の最高峰、人類の叡智の結晶たる学園都市はその機能を停止している。
生き残りたければ己の手で道を切り開く他ないのだ。
……上等だ。必ず守ってみせる。
美琴は内心呟き、辿り着いた冥土帰しの部屋のドアを開けた。
キィィ――……、と軋むような音をたててドアは簡単に開き、二人をその中へ迎え入れる。
特別変わった部屋ではない。ただのオフィスと変わらなかった。
ただやはり物は部屋中をひっくり返したように散乱しており、その異常さはひしひしと伝わってくる。
「散らかってるね……」
ぴったりと美琴にくっついている佳茄が呟き、美琴はそれに釣られて床に視線を落とす。
散乱した様々なファイルや本。その中に目的の物が混ざっている可能性はないだろうか。
とりあえず目に付いたものを拾おうと屈んだ時、美琴はそれに気付いた。
126: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:48:15.24 ID:0eoOc3Zg0
照明も消えているこの部屋の中で、不自然な人工的な光を放っているものがある。
部屋の隅の方にあるノートパソコンのディスプレイ。起動した状態のままだ。
(……ま、場合が場合だし)
少し失礼してパソコンの中を覗かせてもらおう。
美琴の指先がマウスに触れると起動していたスクリーンセーバーが解除され、ショートカットがぎっしり並んだデスクトップが表示される。
見てみればテキストファイルともう一つ何かが開かれ最小化されている。
とりあえずそれを呼び出し、元のサイズに戻した美琴の目がスッ、と細められる。
テキストの出だしは「これが誰かの目に触れる時、僕は既に死んでいるだろう」。
なんとお決まりの始まりだろうか。
シークバーを下ろして読み進めていく。
この伝染病は未知のウィルスであることを突き止めたこと。
その解析を行うには明らかに時間が足りなかったこと。
ある大学にいる優秀な友人にデータを送り、二人で役割分担して作業に取り掛かったこと。
作業中に院内にもバイオハザードが広がったこと。
妹達に諭され、彼女たちが命がけで時間を稼いでくれている間に必死に作業を進め、何とか終わらせたこと。
友人が解析したデータと合わせれば、ワクチン作成に必要なデータは手に入ること。
「……やっぱり、あの子たちは」
妹達。もはや生きてはいまい。
けれど彼女たちは己の意思で最期まで戦うことを選んだのだろう。
冥土帰しというたった一人の男に全てを託し、その踏み台となることを望んだのだろう。
彼女たちの死は無駄ではなかった。
部屋の隅の方にあるノートパソコンのディスプレイ。起動した状態のままだ。
(……ま、場合が場合だし)
少し失礼してパソコンの中を覗かせてもらおう。
美琴の指先がマウスに触れると起動していたスクリーンセーバーが解除され、ショートカットがぎっしり並んだデスクトップが表示される。
見てみればテキストファイルともう一つ何かが開かれ最小化されている。
とりあえずそれを呼び出し、元のサイズに戻した美琴の目がスッ、と細められる。
テキストの出だしは「これが誰かの目に触れる時、僕は既に死んでいるだろう」。
なんとお決まりの始まりだろうか。
シークバーを下ろして読み進めていく。
この伝染病は未知のウィルスであることを突き止めたこと。
その解析を行うには明らかに時間が足りなかったこと。
ある大学にいる優秀な友人にデータを送り、二人で役割分担して作業に取り掛かったこと。
作業中に院内にもバイオハザードが広がったこと。
妹達に諭され、彼女たちが命がけで時間を稼いでくれている間に必死に作業を進め、何とか終わらせたこと。
友人が解析したデータと合わせれば、ワクチン作成に必要なデータは手に入ること。
「……やっぱり、あの子たちは」
妹達。もはや生きてはいまい。
けれど彼女たちは己の意思で最期まで戦うことを選んだのだろう。
冥土帰しというたった一人の男に全てを託し、その踏み台となることを望んだのだろう。
彼女たちの死は無駄ではなかった。
127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:49:56.53 ID:0eoOc3Zg0
―――何を言っているんだ、お前は。
「……っ」
頭を振って余計な思考を振り払う。
今考えるべきは、今必要なことはそれではない。
開かれたテキストファイルを閉じ、最小化されていたもう一つのウィンドウを呼び出す。
(ビンゴ。案の定ね)
それは冥土帰しがひたすらに解析し尽したウィルスのデータ。
全てを懸けて、最期の最期まで全身全霊を込めて残した莫大な遺産。
何もかもを破滅へと導いた悪魔の正体。それが膨大な量のテキストや化学式、グラフなどで表されている。
無駄に終わらせはしない。
神の手を持つ男の最後の遺産をこのまま埋まらせなんてしない。
分かってる。これと、友人に送ったというデータを合わせてそこからワクチンを作り上げたとしても。
既に異形となってしまった人間は、二度と、元には戻らない。
この惨劇をなかったことにすることは、絶対にできない。
だが、それでも。誰か一人。それがあれば、たった一つでも尊い命を救うことができるかもしれない。
既に悪魔へと身を落とした自分でも。
そう。もしも佳茄が今後『感染』するようなことがあったとしても、これさえあれば救うことができるのだ。
「―――ありがとう、先生。貴方の残したものを無駄にはしない」
128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:51:50.64 ID:0eoOc3Zg0
きっとこれは彼の望んでいたもの。
人の命を救う、生を肯定する。そのために人生を捧げた彼の想い。
「……ねぇ、お姉ちゃん。どうしたの……?」
「……ごめんね、佳茄。ちょっと集中させて」
佳茄が先ほどと同じ疑問を口にする。それを美琴は払った。
美琴の瞳にあるのは意思の炎だ。希望の光だ。
やっと、やっと掴んだ。いや、これは全て今は亡き冥土帰しの手柄だ。
それを見つけた自分はこれを有効に活用する義務がある。
不安げに美琴から離れない佳茄の頭にぽん、と手を乗せ。
手を離し、解析されたウィルスデータに視線を戻す。
「―――なぁに。安心しなさい、こんなもの、三分あれば十分よ―――ッ!!」
滝が流れるような速度でデータをスクロールさせ、記された悪魔の正体全てを確実に読破していく。
そのデータ量は膨大に過ぎる。あまりにも情報量が多すぎる。
しかしそんなことはものともせずに美琴は進む。
膨大な量のテキスト、複雑極まる化学式、何を示しているのかすら分からないようなグラフ。
どれか一つでも見逃せば、どれか一つでも誤読すれば、どれか一つでも解釈を誤れば全ては破綻する。
だが美琴は恐れない。己の頭脳の全てを余すことなくフル回転させ、超能力者たるその本領を遺憾なく発揮する。
スクロールは異常なスピードでひたすら下へ。間もなく最後に辿り着こうかというところで。
その時だった。
――――――フフフフ。
「―――っ!?」
どこからか女の笑い声が耳を叩いた。
まるで生きた人間の声。だが人間ではあるまい。
生存者などもうここにいるはずもないし、いたとしてもこんなにも不気味に笑うとは思えない。
背筋から這い上がり脊髄から凍て付かせるような笑い声。
人の命を救う、生を肯定する。そのために人生を捧げた彼の想い。
「……ねぇ、お姉ちゃん。どうしたの……?」
「……ごめんね、佳茄。ちょっと集中させて」
佳茄が先ほどと同じ疑問を口にする。それを美琴は払った。
美琴の瞳にあるのは意思の炎だ。希望の光だ。
やっと、やっと掴んだ。いや、これは全て今は亡き冥土帰しの手柄だ。
それを見つけた自分はこれを有効に活用する義務がある。
不安げに美琴から離れない佳茄の頭にぽん、と手を乗せ。
手を離し、解析されたウィルスデータに視線を戻す。
「―――なぁに。安心しなさい、こんなもの、三分あれば十分よ―――ッ!!」
滝が流れるような速度でデータをスクロールさせ、記された悪魔の正体全てを確実に読破していく。
そのデータ量は膨大に過ぎる。あまりにも情報量が多すぎる。
しかしそんなことはものともせずに美琴は進む。
膨大な量のテキスト、複雑極まる化学式、何を示しているのかすら分からないようなグラフ。
どれか一つでも見逃せば、どれか一つでも誤読すれば、どれか一つでも解釈を誤れば全ては破綻する。
だが美琴は恐れない。己の頭脳の全てを余すことなくフル回転させ、超能力者たるその本領を遺憾なく発揮する。
スクロールは異常なスピードでひたすら下へ。間もなく最後に辿り着こうかというところで。
その時だった。
――――――フフフフ。
「―――っ!?」
どこからか女の笑い声が耳を叩いた。
まるで生きた人間の声。だが人間ではあるまい。
生存者などもうここにいるはずもないし、いたとしてもこんなにも不気味に笑うとは思えない。
背筋から這い上がり脊髄から凍て付かせるような笑い声。
129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:53:54.61 ID:0eoOc3Zg0
「お、お姉ちゃん……!! 危ないよ、早く行かないと……!!」
佳茄が美琴からもらった常盤台のブレザーを片手で握りしめ、美琴の足に縋りつく。不気味な笑い声はどんどん近づいてくる。
じわじわと、ゆっくりと。恐怖に怯えるその様子を楽しんでいるように。
――――――アハハハハハハハ。
「……大丈夫」
美琴は乾ききった唇を舐める。
既にデータは読破済み。完全に記憶に刷り込むための作業を頭の中で超高速で行う。
笑い声は一層大きくなる。もう、すぐそこにいる。
「お姉ちゃん……っ!?」
「―――っ、もう、終わるから……っ!!」
全て読むのに四五秒。反芻するのに四一秒。自分の記憶と画面を照らし合わせるのに五九秒。
―――完了。
「――――――!!」
美琴が佳茄を抱えてその場を大きく跳躍したのとほぼ同時。
数瞬前まで美琴と佳茄がいた場所の天井を突き破り、上から赤く染まった巨大な腕のようなものが飛び出してきた。
上から伸ばされたそれは冥土帰しのパソコンを完全に破壊し、ずるずると天井へと引っ込められていく。
動くのがもう少し遅かったら貫かれていただろう。
廊下に飛び出し、走る。
無菌室か何かなのだろうか、廊下から中が見れるように一面ガラス張りになっている部屋の前で美琴は一度止まる。
巨大なガラスに手をつくが、その腕は小さく震えていた。
先ほど、得体の知れぬ腕が飛び出してきた時に見えたもの。
あれは、どう見ても―――。
佳茄が美琴からもらった常盤台のブレザーを片手で握りしめ、美琴の足に縋りつく。不気味な笑い声はどんどん近づいてくる。
じわじわと、ゆっくりと。恐怖に怯えるその様子を楽しんでいるように。
――――――アハハハハハハハ。
「……大丈夫」
美琴は乾ききった唇を舐める。
既にデータは読破済み。完全に記憶に刷り込むための作業を頭の中で超高速で行う。
笑い声は一層大きくなる。もう、すぐそこにいる。
「お姉ちゃん……っ!?」
「―――っ、もう、終わるから……っ!!」
全て読むのに四五秒。反芻するのに四一秒。自分の記憶と画面を照らし合わせるのに五九秒。
―――完了。
「――――――!!」
美琴が佳茄を抱えてその場を大きく跳躍したのとほぼ同時。
数瞬前まで美琴と佳茄がいた場所の天井を突き破り、上から赤く染まった巨大な腕のようなものが飛び出してきた。
上から伸ばされたそれは冥土帰しのパソコンを完全に破壊し、ずるずると天井へと引っ込められていく。
動くのがもう少し遅かったら貫かれていただろう。
廊下に飛び出し、走る。
無菌室か何かなのだろうか、廊下から中が見れるように一面ガラス張りになっている部屋の前で美琴は一度止まる。
巨大なガラスに手をつくが、その腕は小さく震えていた。
先ほど、得体の知れぬ腕が飛び出してきた時に見えたもの。
あれは、どう見ても―――。
130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:55:16.22 ID:0eoOc3Zg0
「 見 ぃ ぃィ ツ け ぇ タ ぁぁぁ」
131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:56:21.18 ID:0eoOc3Zg0
グチュ、という粘着質な水音が響いた。
一面のガラス張りに、いつの間にかべっとりと夥しい量の血が塗りたくられていた。
ガラスの向こう側に赤い手が押し付けられている。
人影が、見える。
だが。それを、果たして『人』影と表現していいのだろうか。
真っ赤な血と共にガラスに押し付けられた手の内、左手は五本の指を持ち人間の形を止めている。
しかし右手は指が六本に増えており、それぞれが異様に伸び、そして右手は二つに割れていた。
六本の指を三本ずつ半分に分けるように、手から肘のあたりまでが真っ二つに裂けてしまっていた。
そんなあり得ない右手。その中でも特に人差し指は異常極まっていた。
あり得ないほどに太く、長くなった人差し指から枝分かれするように更に三本の指らしきものが伸びていた。
掌から五本の指。木の幹から枝が伸びるように、その中の人差し指から三本の指のようなものが生えている。
その髪は一本一本全てがくっつき、髪全てが一つの大きな塊のようになっていた。
その塊は奇妙な黄土色に変色し、まるでゼリーのように変質してしまっている。
もはや元が何かも分からぬ物質へと変貌したそれは、元々の髪の長さを遥かに超えて伸び、頭から顔に絡みつくように垂れ下がり顔の三分の二ほどを覆い隠している。
足にはぬめぬめとした触手のようなものがぐるぐると巻きついている。
「 お ォ ぉぉ ね ェサ まぁぁぁぁぁ ー? ひヒヒヒひひヒひヒヒひひひひヒひヒひヒヒヒひ」
だが。それでも胸から腹辺りの胴体は血に塗れてはいるものの、その原形を留めている。
この異形の化け物が、まだ人間であった時に着用していた衣服が分かる。
学生服。この街のほとんどの住人が着ているもの。
しかしそれは隠せない気品を放ち、それを身に纏っている者がいれば誰もが振り向き、その名を口にする特別な制服。
常盤台中学校。美琴の通っていた学校、その制服。
美琴を「お姉様」と呼ぶ人間。
そして何より、この声。
果たして、この無残な化け物は何者だったのだろう。
一面のガラス張りに、いつの間にかべっとりと夥しい量の血が塗りたくられていた。
ガラスの向こう側に赤い手が押し付けられている。
人影が、見える。
だが。それを、果たして『人』影と表現していいのだろうか。
真っ赤な血と共にガラスに押し付けられた手の内、左手は五本の指を持ち人間の形を止めている。
しかし右手は指が六本に増えており、それぞれが異様に伸び、そして右手は二つに割れていた。
六本の指を三本ずつ半分に分けるように、手から肘のあたりまでが真っ二つに裂けてしまっていた。
そんなあり得ない右手。その中でも特に人差し指は異常極まっていた。
あり得ないほどに太く、長くなった人差し指から枝分かれするように更に三本の指らしきものが伸びていた。
掌から五本の指。木の幹から枝が伸びるように、その中の人差し指から三本の指のようなものが生えている。
その髪は一本一本全てがくっつき、髪全てが一つの大きな塊のようになっていた。
その塊は奇妙な黄土色に変色し、まるでゼリーのように変質してしまっている。
もはや元が何かも分からぬ物質へと変貌したそれは、元々の髪の長さを遥かに超えて伸び、頭から顔に絡みつくように垂れ下がり顔の三分の二ほどを覆い隠している。
足にはぬめぬめとした触手のようなものがぐるぐると巻きついている。
「 お ォ ぉぉ ね ェサ まぁぁぁぁぁ ー? ひヒヒヒひひヒひヒヒひひひひヒひヒひヒヒヒひ」
だが。それでも胸から腹辺りの胴体は血に塗れてはいるものの、その原形を留めている。
この異形の化け物が、まだ人間であった時に着用していた衣服が分かる。
学生服。この街のほとんどの住人が着ているもの。
しかしそれは隠せない気品を放ち、それを身に纏っている者がいれば誰もが振り向き、その名を口にする特別な制服。
常盤台中学校。美琴の通っていた学校、その制服。
美琴を「お姉様」と呼ぶ人間。
そして何より、この声。
果たして、この無残な化け物は何者だったのだろう。
132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:58:01.77 ID:0eoOc3Zg0
「――――――……死んだ、のか。アンタ」
分かっては、いた。分かっていたのだ。
その首から提げられたままの、真っ赤に染まったネックレス。
およそ一万の彼女たちの中にあって、彼女を他の個体とは異なる彼女たらしめるそれ。
「―――お、姉、ちゃん?」
佳茄がガラスに全身を押し付けて笑う化け物を見て、呆然とした様子でぽつりと呟く。
頭頂部から垂れ下がる大きく長いゲルのようなものに顔の三分の二ほどが覆い隠されているも、そこから覗く顔と。
何よりその声は紛れもなく御坂美琴のもので、けれど美琴は佳茄の隣に立っている。
御坂妹。そう呼ばれていた、一〇〇三二番目の美琴の妹。
―――流されるな、と美琴は強く唇を噛む。
お前には全てを守ることなど出来はしない。
だから彼女たち三人をその手で殺す結果となったのだろう。だから彼らを見捨てたのだろう。
全てを捨てて一を守る。お前の細腕では多くは抱えきれぬ。隣にいる幼い少女一人さえ守れればそれでいいのだ。
人の死に悲しむ心など足枷でしかない。親友をその手にかけた瞬間から、そんなまともな感情は捨て去ったのだろう。
「 あ ァ ァぁ そ ぉォ ん デぇ と み サかハ、ふフフふふふフふふフフふフふフふひィひヒヒひヒひひヒヒヒひひヒひヒ」
「……ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
――――――小さい頃、私が泣くようなことは眠っている間にママが全部解決してくれた
妹達。彼女たちは美琴にとって確かに特別だった。
美琴は今まで守るべきものに優先順位をつけてなどいなかった。全て等しく大切なのだから、つけられるはずもなかった。
けれど、それでも尚序列をつけるなら。きっと最優先には妹達が置かれるべきだったのかもしれない。
もはや何でもいい。全てはもう起こってしまったことだ。
分かっては、いた。分かっていたのだ。
その首から提げられたままの、真っ赤に染まったネックレス。
およそ一万の彼女たちの中にあって、彼女を他の個体とは異なる彼女たらしめるそれ。
「―――お、姉、ちゃん?」
佳茄がガラスに全身を押し付けて笑う化け物を見て、呆然とした様子でぽつりと呟く。
頭頂部から垂れ下がる大きく長いゲルのようなものに顔の三分の二ほどが覆い隠されているも、そこから覗く顔と。
何よりその声は紛れもなく御坂美琴のもので、けれど美琴は佳茄の隣に立っている。
御坂妹。そう呼ばれていた、一〇〇三二番目の美琴の妹。
―――流されるな、と美琴は強く唇を噛む。
お前には全てを守ることなど出来はしない。
だから彼女たち三人をその手で殺す結果となったのだろう。だから彼らを見捨てたのだろう。
全てを捨てて一を守る。お前の細腕では多くは抱えきれぬ。隣にいる幼い少女一人さえ守れればそれでいいのだ。
人の死に悲しむ心など足枷でしかない。親友をその手にかけた瞬間から、そんなまともな感情は捨て去ったのだろう。
「 あ ァ ァぁ そ ぉォ ん デぇ と み サかハ、ふフフふふふフふふフフふフふフふひィひヒヒひヒひひヒヒヒひひヒひヒ」
「……ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」
――――――小さい頃、私が泣くようなことは眠っている間にママが全部解決してくれた
妹達。彼女たちは美琴にとって確かに特別だった。
美琴は今まで守るべきものに優先順位をつけてなどいなかった。全て等しく大切なのだから、つけられるはずもなかった。
けれど、それでも尚序列をつけるなら。きっと最優先には妹達が置かれるべきだったのかもしれない。
もはや何でもいい。全てはもう起こってしまったことだ。
133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 22:59:52.17 ID:0eoOc3Zg0
だが、彼女がこうなったのは自分に責任の一端があるのではないか。
―――それがどうした。この悪夢の世界にあって、尚守りたいものがあるなら悪魔にだってなれ。
何をまともな人間の振りをしている。一切の感情を殺せ。
冷徹に冷酷に、顔色一つ変えずに誰かを殺せるような、そんな存在になったのではないのか。
「…………ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
――――――この光景も昨日からの出来事も全部悪い夢で
低く、必死に何かを噛み殺すように唸る。
彼女たちは、特別だった。自分が原因で作り出された歪な命、空っぽの器。
だからこの手で守りたいと、そう思っていたはずなのに。その人間らしい心の成長を見守っていきたいと考えていたはずなのに。
(―――……一体何を、やってんのよ、私)
このザマは一体、何だと言うのだ。
「ミサ かは、イぃひヒひひヒ、みサ、みサカ はミさかの、ごぉォォち そぉ ォぉぉォぉォお!!」
―――それがどうした。この悪夢の世界にあって、尚守りたいものがあるなら悪魔にだってなれ。
何をまともな人間の振りをしている。一切の感情を殺せ。
冷徹に冷酷に、顔色一つ変えずに誰かを殺せるような、そんな存在になったのではないのか。
「…………ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!」
――――――この光景も昨日からの出来事も全部悪い夢で
低く、必死に何かを噛み殺すように唸る。
彼女たちは、特別だった。自分が原因で作り出された歪な命、空っぽの器。
だからこの手で守りたいと、そう思っていたはずなのに。その人間らしい心の成長を見守っていきたいと考えていたはずなのに。
(―――……一体何を、やってんのよ、私)
このザマは一体、何だと言うのだ。
「ミサ かは、イぃひヒひひヒ、みサ、みサカ はミさかの、ごぉォォち そぉ ォぉぉォぉォお!!」
134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:01:06.58 ID:0eoOc3Zg0
――――――目が覚めたらなかったことになればいいのに
135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:02:32.56 ID:0eoOc3Zg0
御坂妹だった化け物が、動いた。
その動きは俊敏の一言。のろまな亡者共などとは比較にもならない。
生者が走るよりも早いほどのスピードで御坂妹の形を僅かに残した異形は二人に襲いかかる。
佳茄は動けない。まるで魂が抜けたように立ち尽くしている。
果たして美琴と同じ姿をした御坂妹の名残を残すこの化け物が、佳茄にどれほどの衝撃を与えたのか。
御坂妹の顔は頭頂部から垂れているものによって大部分が隠れている。
その顔が横一文字に真っ二つに割れ、そこから巨大なストローのようなもう一つの口がずるずると這い出てきた。
狙いは佳茄。文字通りの化け物と化した御坂妹が、佳茄を襲おうとしている。
美琴は咄嗟に雷撃の槍を放とうとして、
――――――『まさかクローンなんて死んでも構わないなんて思ってんじゃないでしょうね』
――――――『人殺しみてェに言うなよ。俺が相手してンのはボタン一つで作れる模造品だぜ』
「…………っ、ああああああああああッ!!」
撃つ。雷撃の槍を、激情に濡れた攻撃を、御坂妹と呼ばれていたものへと。
拍子抜けしてしまうほどあっさりと白雷は異形を撃ち抜き、その体を容易く吹き飛ばしあまりのジュール熱に焼き焦がす。
美琴が普段かけている出力限界を遥かに振り切った一撃。人間の命を奪うには十分すぎる一撃。
御坂妹だったものは全身を襲うあまりの痛みに陸に打ち上げられた魚のように激しくのたうち回る。
全身を暴れさせ、立ち上がることもできずに、耳を劈くような絶叫をあげて。
「 イ ぃぃィぃタぁぁい イ ぃィぃイィいい!!!!!!」
かつて御坂妹だったものは痛みに悶えていた。死に直面していた。他ならぬ、美琴の手によって。
御坂美琴の声で。御坂妹が。苦しみのあまり。助けを求めている。
その動きは俊敏の一言。のろまな亡者共などとは比較にもならない。
生者が走るよりも早いほどのスピードで御坂妹の形を僅かに残した異形は二人に襲いかかる。
佳茄は動けない。まるで魂が抜けたように立ち尽くしている。
果たして美琴と同じ姿をした御坂妹の名残を残すこの化け物が、佳茄にどれほどの衝撃を与えたのか。
御坂妹の顔は頭頂部から垂れているものによって大部分が隠れている。
その顔が横一文字に真っ二つに割れ、そこから巨大なストローのようなもう一つの口がずるずると這い出てきた。
狙いは佳茄。文字通りの化け物と化した御坂妹が、佳茄を襲おうとしている。
美琴は咄嗟に雷撃の槍を放とうとして、
――――――『まさかクローンなんて死んでも構わないなんて思ってんじゃないでしょうね』
――――――『人殺しみてェに言うなよ。俺が相手してンのはボタン一つで作れる模造品だぜ』
「…………っ、ああああああああああッ!!」
撃つ。雷撃の槍を、激情に濡れた攻撃を、御坂妹と呼ばれていたものへと。
拍子抜けしてしまうほどあっさりと白雷は異形を撃ち抜き、その体を容易く吹き飛ばしあまりのジュール熱に焼き焦がす。
美琴が普段かけている出力限界を遥かに振り切った一撃。人間の命を奪うには十分すぎる一撃。
御坂妹だったものは全身を襲うあまりの痛みに陸に打ち上げられた魚のように激しくのたうち回る。
全身を暴れさせ、立ち上がることもできずに、耳を劈くような絶叫をあげて。
「 イ ぃぃィぃタぁぁい イ ぃィぃイィいい!!!!!!」
かつて御坂妹だったものは痛みに悶えていた。死に直面していた。他ならぬ、美琴の手によって。
御坂美琴の声で。御坂妹が。苦しみのあまり。助けを求めている。
136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:04:20.37 ID:0eoOc3Zg0
「 や メテェぇぇェ……オぉね がぁい ィィシ まぁぁす、と ミサかは、こわイぃぃ…… だレか だぁすケ でくダさいィぃぃぃ……」
――――――『そろそろ死ンじまえよ。出来損ないの乱造品』
――――――『生きてるんでしょ!? 命があるんでしょ!? アンタたちにも……あの子にもッ!!』
――――――『「妹達」だって精一杯生きてきたんだぞ。全力を振り絞って、みんな、必死に……。何だってテメェみてえなのに食い物にされなきゃなんねぇんだ』
「 サむいィぃ……クル しぃぃイ……」
御坂妹だったものは尋常ではない激痛にのた打ち回りながら、それでも少しずつ、少しずつこちらにずるずると這い寄ってくる。
――――――『あの「実験」は色々間違ってたけどさ、「妹達」が生まれてきたことだけはきっとお前は誇るべきなんだと思う』
――――――『ミサカのために命も捨てようとした困った姉です』
「お イテかないデくだサイィィぃぃぃ……」
二つに割れ完全に変形してしまっている右手で床を掻き、得体の知れないものが絡み付いている足を暴れさせ。
美琴の中の何かがギシギシと締め付けられ、そして。
――――――何でも解決してくれるママはここにはいない
――――――『そろそろ死ンじまえよ。出来損ないの乱造品』
――――――『生きてるんでしょ!? 命があるんでしょ!? アンタたちにも……あの子にもッ!!』
――――――『「妹達」だって精一杯生きてきたんだぞ。全力を振り絞って、みんな、必死に……。何だってテメェみてえなのに食い物にされなきゃなんねぇんだ』
「 サむいィぃ……クル しぃぃイ……」
御坂妹だったものは尋常ではない激痛にのた打ち回りながら、それでも少しずつ、少しずつこちらにずるずると這い寄ってくる。
――――――『あの「実験」は色々間違ってたけどさ、「妹達」が生まれてきたことだけはきっとお前は誇るべきなんだと思う』
――――――『ミサカのために命も捨てようとした困った姉です』
「お イテかないデくだサイィィぃぃぃ……」
二つに割れ完全に変形してしまっている右手で床を掻き、得体の知れないものが絡み付いている足を暴れさせ。
美琴の中の何かがギシギシと締め付けられ、そして。
――――――何でも解決してくれるママはここにはいない
137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:05:05.73 ID:0eoOc3Zg0
「 お ねぇ サ まぁぁー、すキで ぇ とミさ ヒひひヒひヒヒひフふふフふフふふふフフふフふ、 チ ちょ ォぉォォぉ ダぁァいィぃいィィいィぃぃ?」
どうしようもない化け物と成り果てた御坂妹。
もはや何を言っているのかも分からない。分からないけれど。
――――――困った時だけ神頼みしても奇跡が起こるわけじゃない
――――――『さようなら、お姉様』
――――――『もう一人も死なせやしない!!』
――――――『ミサカにも生きるということの意味を見出せるよう、これからも一緒に探すのを付き合ってください、とミサカは精一杯のワガママを言います』
それを聞いて、美琴の中の何かが決定的に砕けた。
「ッッッ―――――!! ああああ――――――ああァァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
美琴の身に宿る超能力者、超電磁砲の力が弾け。
(その声で……その姿で……っ、もう―――……私の前に現れないで―――ッ!!)
雷神の嘆きが天より悉くを飲み込む燦然たる輝きを下ろし、刹那で全てを埋め尽くし。
そしてその瞬間、この総合病院は地図から消滅した。
どうしようもない化け物と成り果てた御坂妹。
もはや何を言っているのかも分からない。分からないけれど。
――――――困った時だけ神頼みしても奇跡が起こるわけじゃない
――――――『さようなら、お姉様』
――――――『もう一人も死なせやしない!!』
――――――『ミサカにも生きるということの意味を見出せるよう、これからも一緒に探すのを付き合ってください、とミサカは精一杯のワガママを言います』
それを聞いて、美琴の中の何かが決定的に砕けた。
「ッッッ―――――!! ああああ――――――ああァァァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
美琴の身に宿る超能力者、超電磁砲の力が弾け。
(その声で……その姿で……っ、もう―――……私の前に現れないで―――ッ!!)
雷神の嘆きが天より悉くを飲み込む燦然たる輝きを下ろし、刹那で全てを埋め尽くし。
そしてその瞬間、この総合病院は地図から消滅した。
138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:05:48.51 ID:0eoOc3Zg0
荒れ果てた大地に、積み上げられた瓦礫の山。
かつて何らかの建造物が存在したことを証明する残骸。
世界の法則の四分の一を統べる雷神の一撃は、病院に留まらず辺り一帯を完全に破滅させていた。
何もない。あるのはただ破壊の爪痕。
それは戦場跡のようで、爆心地のようで、神罰の結果だった。
天を突かんばかりに立ち並んでいた周囲の摩天楼は無数の瓦礫へと成り果てていた。
整然と整備されていた道路も、標識も、店も。付近のものは悉くが形を失っていた。
「―――最っ低だ……」
そんな原子爆弾の投下跡のようなそこに、座り込んでいる人間がいた。
このどうしようもないほどの破滅をもたらした人物。
御坂美琴。形を残しているのは破壊者である彼女本人と、その庇護を受けた硲舎佳茄の二人のみだった。
その他のものは全て破壊され、滅した。
「……上明、大学」
ぽつりと呟く。先ほど確認したそれは冥土帰しの友人がいたという場所。
ウィルスのワクチンを作成するために必要なデータの欠片がある場所。
美琴が行かなければならない場所。
なのに何故だろう。立ち上がる力が一向に湧いてこない。
このまま何百年でもここに座り込んで、そのまま朽ちていきそうな気さえする。
139: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:07:42.23 ID:0eoOc3Zg0
情けない、と美琴は思う。結局揺らいでしまった。妹達だろうと何だろうと、顔色一つ変えずに殺せなくてはならなかったのに。
人を殺せないようでは生き抜くことはできない。命を奪うことを躊躇っているようでは、守りたいものひとつ守ることはできない。
だったら選択肢なんて初めから一つしかなかった。
「――――――……けて、ママ―――……」
ぽつりと、誰にも聞こえない小さな呟きが零れる。その声は酷く震えていて、掠れていた。
泣いているようで、怒っているようで、悲しんでいるようで、笑っているような顔だった。
このどうしようもない世界で、美琴は独り座り込んでいた。
――――――泣き叫んでいたらそれを聞いて駆けつけてくれるヒーローなんていない
当然のことだ。それは世界はそこまで最適化されていないだとか、現実はそんなに優しくないだとかそういう話ではない。
何故なら御坂美琴はこの惨劇の世界において、救われるべきヒロインの立場ではない。
むしろその逆。彼女こそがヒロインを救うヒーローなのだ。ヒロインのロールは硲舎佳茄という名の幼い少女に割り振られている。
美琴自身がそれを選択した。佳茄を守りたいと思ったのは美琴だ。
泣き叫ぶ佳茄に優しく手を差し伸べたその瞬間、彼女は佳茄のヒーローになった。
ヒーローを救うヒーローなど存在しない。もしヒーローを救う存在があるなら、それはきっと。
「……お姉ちゃん。もう―――いいよ」
本来救われるべき、ヒロインなのだろう。
佳茄はその小さい体を限界まで広げ、顔を俯かせて座り込んでいる美琴に抱きついた。
これだけの破壊を行った美琴を恐れる素振りは全くなかった。
人を殺せないようでは生き抜くことはできない。命を奪うことを躊躇っているようでは、守りたいものひとつ守ることはできない。
だったら選択肢なんて初めから一つしかなかった。
「――――――……けて、ママ―――……」
ぽつりと、誰にも聞こえない小さな呟きが零れる。その声は酷く震えていて、掠れていた。
泣いているようで、怒っているようで、悲しんでいるようで、笑っているような顔だった。
このどうしようもない世界で、美琴は独り座り込んでいた。
――――――泣き叫んでいたらそれを聞いて駆けつけてくれるヒーローなんていない
当然のことだ。それは世界はそこまで最適化されていないだとか、現実はそんなに優しくないだとかそういう話ではない。
何故なら御坂美琴はこの惨劇の世界において、救われるべきヒロインの立場ではない。
むしろその逆。彼女こそがヒロインを救うヒーローなのだ。ヒロインのロールは硲舎佳茄という名の幼い少女に割り振られている。
美琴自身がそれを選択した。佳茄を守りたいと思ったのは美琴だ。
泣き叫ぶ佳茄に優しく手を差し伸べたその瞬間、彼女は佳茄のヒーローになった。
ヒーローを救うヒーローなど存在しない。もしヒーローを救う存在があるなら、それはきっと。
「……お姉ちゃん。もう―――いいよ」
本来救われるべき、ヒロインなのだろう。
佳茄はその小さい体を限界まで広げ、顔を俯かせて座り込んでいる美琴に抱きついた。
これだけの破壊を行った美琴を恐れる素振りは全くなかった。
140: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:09:11.93 ID:0eoOc3Zg0
「私のことなんて、気にしないで」
泣いていた。佳茄の瞳から宝石のような美しい雫が流れていた。
このイカれた世界を丸ごと吹き飛ばしてくれそうな、そんな輝きを放っていた。
「強くなくたっていい。かっこよくなんてなくてもいいよ!!
もう、私のためなんかに頑張らないで。お姉ちゃんに嫌な目にあってほしくない!!」
佳茄は気付いていた。気付かぬはずがなかった。
「……お姉ちゃんに……あんな顔してほしくないよ……」
食蜂操祈を撃ち抜いた時に見せた、白銀の如き冷徹な瞳。
旧セントミカエル時計塔で彼らに対して口にした、絶氷の如き冷酷な言葉。
そのどちらもが本来御坂美琴が持ち得ぬものであり、持ってはならぬものだった。
美琴は救うべき人間とそうでない人間を線引きしてしまった、それが出来てしまったのだろうと。
実際はここまでしっかりした思考ではないけれど、意味としてはそんなことを佳茄は漠然と思っていた。
「切り捨てる」ことを覚えてしまった。それはたしかにこの狂った世界では必要なことなのだろう。
だが一万の命を救うために一の命を見捨てなければならない状況であるなら、御坂美琴は必ず一万と一の命を救ってみせる人間だったはずなのだ。
誰かを救うために誰かを切り捨てる。何かを守るために何かを壊す。
そんな矛盾を、犠牲を、必要悪を、彼女は絶対に認めない。
それはとある少年と同質の特性であり、ヒーローと呼ばれるものが有するもの。
そうして美琴は生き、戦ってきた。
しかし。何かのために一切を切り捨てないというそのスタンスには、たった一つだけ究極の例外が存在する。
その例外に当てはまった場合、美琴はその犠牲を已むなしと判断する。
即ち切り捨てる対象が己自身のケース。
泣いていた。佳茄の瞳から宝石のような美しい雫が流れていた。
このイカれた世界を丸ごと吹き飛ばしてくれそうな、そんな輝きを放っていた。
「強くなくたっていい。かっこよくなんてなくてもいいよ!!
もう、私のためなんかに頑張らないで。お姉ちゃんに嫌な目にあってほしくない!!」
佳茄は気付いていた。気付かぬはずがなかった。
「……お姉ちゃんに……あんな顔してほしくないよ……」
食蜂操祈を撃ち抜いた時に見せた、白銀の如き冷徹な瞳。
旧セントミカエル時計塔で彼らに対して口にした、絶氷の如き冷酷な言葉。
そのどちらもが本来御坂美琴が持ち得ぬものであり、持ってはならぬものだった。
美琴は救うべき人間とそうでない人間を線引きしてしまった、それが出来てしまったのだろうと。
実際はここまでしっかりした思考ではないけれど、意味としてはそんなことを佳茄は漠然と思っていた。
「切り捨てる」ことを覚えてしまった。それはたしかにこの狂った世界では必要なことなのだろう。
だが一万の命を救うために一の命を見捨てなければならない状況であるなら、御坂美琴は必ず一万と一の命を救ってみせる人間だったはずなのだ。
誰かを救うために誰かを切り捨てる。何かを守るために何かを壊す。
そんな矛盾を、犠牲を、必要悪を、彼女は絶対に認めない。
それはとある少年と同質の特性であり、ヒーローと呼ばれるものが有するもの。
そうして美琴は生き、戦ってきた。
しかし。何かのために一切を切り捨てないというそのスタンスには、たった一つだけ究極の例外が存在する。
その例外に当てはまった場合、美琴はその犠牲を已むなしと判断する。
即ち切り捨てる対象が己自身のケース。
141: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:10:27.95 ID:0eoOc3Zg0
かつて妹達のために自身の命を投げ出そうとしたのもそうだろう。
今回も同じだ。佳茄を守るために美琴が切り捨てたもの、それは一体何なのだろう。
誇り。尊厳。倫理。人間性。甘さ。希望。きっとそういう類のものに違いない。
端的に言えば、美琴は人であることを放棄した。
助けを求める人間を容赦なく一蹴できる。
一のために何人もの『元』人間を顔色一つ変えずに虐殺できる。
そんな悪魔に身を堕とし、そんな鬼畜の所業を行うことを許容した。
そんなことができる人間はもはや人ではない。
美琴はそのような場面にあっても全てを守り抜き、かつ自身の手を汚さぬ気高さを持っていた。
だが、今度ばかりは、無理だった。親友が脳を剥き出しにした四足歩行の化け物になって、全身を腐敗させたリビングデッドになって。
それと対峙して、『殺意』でも『敵意』でも『憎悪』でもなく、『食欲』を向けられて、尚その気高さを貫くことはできなかった。
一四歳の中学生。全てを完璧に振舞うことなど出来はしない。
その絶対零度の凍て付く眼も。吊りあがった鋭い眉も。
研ぎ澄まされた刃のような言葉も。
「……もう、私のこと守ってくれなくてもいい」
全ては急ごしらえの付け焼刃。冷酷になった振りをしていただけ。
たった一人の妹達に、その仮面を全部剥がされてしまった、
硲舎佳茄に、その仮面の内を全部見透かされてしまった。
畢竟、御坂美琴に悪魔に完全に魂を売り渡すことなど出来なかったのだ。
そして。美琴がそこまでしなければならなくなったのは、佳茄がいたからだ。
この幼い少女を守りたい。いいや―――守らなければならない、その使命感。
佳茄がいるから美琴は悪魔と契約することになった。
佳茄がいるから美琴は背負わなくてもいい余計な重荷を背負うことになった。
佳茄がいるから美琴は味わわなくてもいい苦しみを味わうことになった。
今回も同じだ。佳茄を守るために美琴が切り捨てたもの、それは一体何なのだろう。
誇り。尊厳。倫理。人間性。甘さ。希望。きっとそういう類のものに違いない。
端的に言えば、美琴は人であることを放棄した。
助けを求める人間を容赦なく一蹴できる。
一のために何人もの『元』人間を顔色一つ変えずに虐殺できる。
そんな悪魔に身を堕とし、そんな鬼畜の所業を行うことを許容した。
そんなことができる人間はもはや人ではない。
美琴はそのような場面にあっても全てを守り抜き、かつ自身の手を汚さぬ気高さを持っていた。
だが、今度ばかりは、無理だった。親友が脳を剥き出しにした四足歩行の化け物になって、全身を腐敗させたリビングデッドになって。
それと対峙して、『殺意』でも『敵意』でも『憎悪』でもなく、『食欲』を向けられて、尚その気高さを貫くことはできなかった。
一四歳の中学生。全てを完璧に振舞うことなど出来はしない。
その絶対零度の凍て付く眼も。吊りあがった鋭い眉も。
研ぎ澄まされた刃のような言葉も。
「……もう、私のこと守ってくれなくてもいい」
全ては急ごしらえの付け焼刃。冷酷になった振りをしていただけ。
たった一人の妹達に、その仮面を全部剥がされてしまった、
硲舎佳茄に、その仮面の内を全部見透かされてしまった。
畢竟、御坂美琴に悪魔に完全に魂を売り渡すことなど出来なかったのだ。
そして。美琴がそこまでしなければならなくなったのは、佳茄がいたからだ。
この幼い少女を守りたい。いいや―――守らなければならない、その使命感。
佳茄がいるから美琴は悪魔と契約することになった。
佳茄がいるから美琴は背負わなくてもいい余計な重荷を背負うことになった。
佳茄がいるから美琴は味わわなくてもいい苦しみを味わうことになった。
142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:12:03.92 ID:0eoOc3Zg0
で、あれば。―――硲舎佳茄さえいなくなれば。彼女を守る必要がなくなれば。
そんなことは、佳茄自身が一番分かっていた。
旧セントミカエル塔にて、佳茄が彼らを助けてあげてと美琴に言わなかったのもそれだ。
あの時佳茄が美琴にそう頼んでいたら、もしかしたら美琴の対応も違っていたかもしれない。
けれどそうなった場合、彼らを守ることになるのは美琴だ。佳茄にその力はない。
美琴に頼むのは簡単だ。しかしその結果、美琴に余計な重荷を背負わせるのが佳茄は嫌だった。
大好きなお姉ちゃんの重荷になるのが嫌だから、少女は精一杯の勇気を振り絞ってこう告げるのだ。
「―――ありがとう、お姉ちゃん。私のために頑張ってくれて、ありがとう。
でももう大丈夫。私は一人でも大丈夫だもん。お姉ちゃんは、自分のことに集中して」
お化けだって怖くないもん、私はえらいから。そう言って佳茄は胸を張る。
……怖くないわけがない。たった七つの女の子が、腐肉を晒す生きた死体や形容できぬような化け物が恐ろしくないわけがない。一人で大丈夫なわけがない。
学園都市を跋扈する魑魅魍魎たる異形共。既にこの街は機能を停止している。
そんな化け物が席巻する死の中を佳茄一人で生き抜けるはずがない。きっと、ろくに抵抗も出来ずにすぐに死ぬ。
「えらくない!!」
美琴の声に佳茄は思わずビクッと体を震わせた。
美琴の体も、声も、震えていた。
へ行かなければならない場所があるのに、そんなことを気にする余裕などなかった。
「もうこの街には恐ろしい化け物がうようよしてるのよ!?
子供一人でどうにかなるはずない!! そんなことしたら……ッ!!」
「……お姉ちゃん?」
顔を俯かせて、血が滲むほどに拳を握り締めて震える美琴。
あまりの情けなさに死んでしまいたかった。
そんなことは、佳茄自身が一番分かっていた。
旧セントミカエル塔にて、佳茄が彼らを助けてあげてと美琴に言わなかったのもそれだ。
あの時佳茄が美琴にそう頼んでいたら、もしかしたら美琴の対応も違っていたかもしれない。
けれどそうなった場合、彼らを守ることになるのは美琴だ。佳茄にその力はない。
美琴に頼むのは簡単だ。しかしその結果、美琴に余計な重荷を背負わせるのが佳茄は嫌だった。
大好きなお姉ちゃんの重荷になるのが嫌だから、少女は精一杯の勇気を振り絞ってこう告げるのだ。
「―――ありがとう、お姉ちゃん。私のために頑張ってくれて、ありがとう。
でももう大丈夫。私は一人でも大丈夫だもん。お姉ちゃんは、自分のことに集中して」
お化けだって怖くないもん、私はえらいから。そう言って佳茄は胸を張る。
……怖くないわけがない。たった七つの女の子が、腐肉を晒す生きた死体や形容できぬような化け物が恐ろしくないわけがない。一人で大丈夫なわけがない。
学園都市を跋扈する魑魅魍魎たる異形共。既にこの街は機能を停止している。
そんな化け物が席巻する死の中を佳茄一人で生き抜けるはずがない。きっと、ろくに抵抗も出来ずにすぐに死ぬ。
「えらくない!!」
美琴の声に佳茄は思わずビクッと体を震わせた。
美琴の体も、声も、震えていた。
へ行かなければならない場所があるのに、そんなことを気にする余裕などなかった。
「もうこの街には恐ろしい化け物がうようよしてるのよ!?
子供一人でどうにかなるはずない!! そんなことしたら……ッ!!」
「……お姉ちゃん?」
顔を俯かせて、血が滲むほどに拳を握り締めて震える美琴。
あまりの情けなさに死んでしまいたかった。
143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:15:39.98 ID:0eoOc3Zg0
自分が不甲斐ないから、佳茄に余計な気を遣わせてしまった。
自分が無様だから、佳茄にこんな決断をさせてしまった。
果たして美琴のこれまでの意思と行動は佳茄を苦しめるためだったか。
自分は何のために戦っている。何を為すために生きている。何を欲して動いている。
自分でも、もう分からなくなっていた。
「―――……そうじゃない……。そうじゃ、ないのよ……違う……」
人間性と同時に捨てたはずの涙が、その目に溢れていた。
悪魔は持たぬはずの、人の証が戻っていた。
「もう嫌……違う……違うのよ……。違う……っ、私は……私は……っ」
そして。同時に何かが壊れた。しかしそれは壊れてはならぬものではない。
きっと壊れて良かったものだ。
「どうして……こんなことになっちゃったんだろう……。ほんの少し前まで、みんな笑って暮らしてたのに……。
私―――……何がしたかったんだろう……。何なのかな……掴みたいものがあって、ただ、守りたくて……」
「……お姉ちゃん……泣かないで……」
美琴からもらったお守りのブレザーを握り締め、佳茄のほっそりとした綺麗な指が美琴の頬を伝う透明の雫を掬う。
まるで罪を懺悔する信者とそれを聞き届ける小さく幼い修道女。
「―――もう、やだよ……。ごめ、ん……。ごめん、なさい……!! ごめん、ねぇ……っ!!」
「お姉、ちゃん……。泣かな、いで、ってばぁ……!! ぅぅぅぅ……うわぁぁあああああああああああん!!!!」
その繰り返される謝罪は、硲舎佳茄に向けたものだろう。
しかしそれだけだろうか。御坂妹。白井黒子。佐天涙子。初春飾利。食蜂操祈。切り捨てた人たち。
あるいはその誰でもない何か。とにかく、美琴はごめん、と繰り返しながら子供のように泣き続けた。
佳茄もまた、ダムが決壊したように延々と泣きじゃくった。わんわんと叫びながら、泣きじゃくった。
二人の迷子の子供は、幾多の亡骸の上でひたすらに泣いた。
帰り道を見失った迷子の子供は、泣くことしかできなかった。
そして。彼女たちはこの惨劇を、そしてこの惨劇を許した世界を呪った。
自分が無様だから、佳茄にこんな決断をさせてしまった。
果たして美琴のこれまでの意思と行動は佳茄を苦しめるためだったか。
自分は何のために戦っている。何を為すために生きている。何を欲して動いている。
自分でも、もう分からなくなっていた。
「―――……そうじゃない……。そうじゃ、ないのよ……違う……」
人間性と同時に捨てたはずの涙が、その目に溢れていた。
悪魔は持たぬはずの、人の証が戻っていた。
「もう嫌……違う……違うのよ……。違う……っ、私は……私は……っ」
そして。同時に何かが壊れた。しかしそれは壊れてはならぬものではない。
きっと壊れて良かったものだ。
「どうして……こんなことになっちゃったんだろう……。ほんの少し前まで、みんな笑って暮らしてたのに……。
私―――……何がしたかったんだろう……。何なのかな……掴みたいものがあって、ただ、守りたくて……」
「……お姉ちゃん……泣かないで……」
美琴からもらったお守りのブレザーを握り締め、佳茄のほっそりとした綺麗な指が美琴の頬を伝う透明の雫を掬う。
まるで罪を懺悔する信者とそれを聞き届ける小さく幼い修道女。
「―――もう、やだよ……。ごめ、ん……。ごめん、なさい……!! ごめん、ねぇ……っ!!」
「お姉、ちゃん……。泣かな、いで、ってばぁ……!! ぅぅぅぅ……うわぁぁあああああああああああん!!!!」
その繰り返される謝罪は、硲舎佳茄に向けたものだろう。
しかしそれだけだろうか。御坂妹。白井黒子。佐天涙子。初春飾利。食蜂操祈。切り捨てた人たち。
あるいはその誰でもない何か。とにかく、美琴はごめん、と繰り返しながら子供のように泣き続けた。
佳茄もまた、ダムが決壊したように延々と泣きじゃくった。わんわんと叫びながら、泣きじゃくった。
二人の迷子の子供は、幾多の亡骸の上でひたすらに泣いた。
帰り道を見失った迷子の子供は、泣くことしかできなかった。
そして。彼女たちはこの惨劇を、そしてこの惨劇を許した世界を呪った。
144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:16:52.10 ID:0eoOc3Zg0
―――全能の神、憐れみ深い父は、御子神の子の死と復活によって、世を御自分に立ち帰らせ、罪のゆるしの為に聖霊を注がれました。
神が、教会の奉仕の務めを通して、あなたに、ゆるしと平和を与えてくださいますように。
145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:17:52.84 ID:0eoOc3Zg0
Files
File18.『誰かが書き残した手記』
Sep.05,20XX
注射で頭がボーっとする。
お母さんに会えない。どこかに連れていかれた。
二人で脱出しようって決めたのに私だけ置いていくなんて……。
Sep.06,20XX
お母さん見つけた!!
今日の食事は、お母さんと一緒!! 嬉しかった。
違う、偽者だった。外は同じだけど中が違う。
お母さんを取り返さなくっちゃ!! お母さんに返してあげなくちゃ!!
お母さんの顔は簡単に取り返せた。
お母さんの顔をとっていたおばさんの悲鳴が聞こえたけど、お母さんの顔をとっていた奴の悲鳴なんか気にしない。
お母さんは私のもの。誰にもとられないように私にくっつけておこう。
お母さんに会った時、顔がないと可哀想だもの。
146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/12(土) 23:21:37.71 ID:0eoOc3Zg0
File33.『御坂妹の手帳』
大変なことになりました。得体の知れないウィルスにより、学園都市は壊滅的打撃。
人類の叡智の結晶たる科学都市は、その高度な科学力によって破滅しました。
あの方によるとこのウィルスは自然界のものではなく、人為的に作られたものであるとのこと。
であれば、ワクチンを作り上げることも可能であるはず、とミサカは逸る鼓動を抑えます。
化け物の襲撃、院内からのパンデミックが発生しました。
いつかこうなることは分かっていました。来るべき時が来たのです、とミサカは僅かな合間を縫って自らの生の証を書き殴ります。
ミサカたちのやるべきことは分かっています。先生たちを守り、少しでも時間を稼ぐこと。
簡単にこの命をくれてはやりません。あの人とお姉様に救われたこの命、安くはないのです、とミサカは決意を新たにします。
お姉様とは今度買い物に行く約束をしていますしね、とミサカはめぼしいものをリストアップします。
それにしても。響く悲鳴と絶叫、飛び交う銃弾と血。
まるでバーゲンセールのように人の命が安くなり、瞬く間に幾つもの命が失われていく。
……ふざけるな、とミサカはこの光景にかつての記憶を重ね合わせ怒りに打ち震えます。
よりにもよってこんな光景をこの場所で見ることになるとは。
はっきり言って最低な気分です、とミサカは吐き棄てます。
頭が割れそうな痛み……
片目も取れて見え辛いしとても気分が悪いです。
それに腕もおかしくなってしまいました。
右手が真っ二つに裂けています。
血みどろで骨が見えていますし、
どこかで治さなければ
あとは血で汚れて読めない……
大変なことになりました。得体の知れないウィルスにより、学園都市は壊滅的打撃。
人類の叡智の結晶たる科学都市は、その高度な科学力によって破滅しました。
あの方によるとこのウィルスは自然界のものではなく、人為的に作られたものであるとのこと。
であれば、ワクチンを作り上げることも可能であるはず、とミサカは逸る鼓動を抑えます。
化け物の襲撃、院内からのパンデミックが発生しました。
いつかこうなることは分かっていました。来るべき時が来たのです、とミサカは僅かな合間を縫って自らの生の証を書き殴ります。
ミサカたちのやるべきことは分かっています。先生たちを守り、少しでも時間を稼ぐこと。
簡単にこの命をくれてはやりません。あの人とお姉様に救われたこの命、安くはないのです、とミサカは決意を新たにします。
お姉様とは今度買い物に行く約束をしていますしね、とミサカはめぼしいものをリストアップします。
それにしても。響く悲鳴と絶叫、飛び交う銃弾と血。
まるでバーゲンセールのように人の命が安くなり、瞬く間に幾つもの命が失われていく。
……ふざけるな、とミサカはこの光景にかつての記憶を重ね合わせ怒りに打ち震えます。
よりにもよってこんな光景をこの場所で見ることになるとは。
はっきり言って最低な気分です、とミサカは吐き棄てます。
頭が割れそうな痛み……
片目も取れて見え辛いしとても気分が悪いです。
それに腕もおかしくなってしまいました。
右手が真っ二つに裂けています。
血みどろで骨が見えていますし、
どこかで治さなければ
あとは血で汚れて読めない……
161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:15:51.21 ID:mJ9rz54U0
ヴェルトロはすべての家々から獣を狩り出すだろう
獣が地獄へと追いやられるまで
根源的な妬みこそが獣を解き放つのだ
163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:16:54.10 ID:mJ9rz54U0
垣根帝督 / Day2 / 10:00:52 / 第八学区 カジノ『セミラミス』
学園都市は科学の中枢であり、世界で最も高度に発達した街だ。
如何な学園都市とはいえあくまで『街』であり国家ではない。
その所属は結局のところ日本だ。
学園都市は日本の一地域に過ぎない。
それはあくまで建前であり、事実上の独立国と言っても過言ではないというのが大多数の見方ではある。
しかしながら表向きそういうことになっているので、日本の法律のほとんどは学園都市内にも適用されていた。
その一つに刑法一八五条および一八六条、賭博及び富くじに関する罪がある。
これにより日本は賭博行為を禁止しているため、国内にカジノというものは設置されていない。
だがいつの世も往々にして決まりに反する人間はいるものである。
半ば独立国家であり、様々な種類の『闇』が蠢くこの科学都市では殊更にその傾向が強いのだった。
「……第八学区にカジノなんてあったのね。知らなかったわ。そういう学区じゃないと思っていたけど」
「第五学区や第一五学区辺りにあるカジノの方が名が知れてて霞んでるが、こっちのも相当デケェぞ。この辺りには偽装した風俗店とかもあるんだぜ」
「……行ったことあるの?」
「ねえよボケ。……なんでちょっと拗ねてんだお前?」
地下へと続く階段を下りながら垣根と心理定規は言葉を交わす。
当然彼らは何もカジノで豪遊しようというわけではない。
ただ安全な通り道として利用しようとしているだけだ。
このカジノは地下に存在しており、いくつかある出入り口は厳重にロックされているため中に死人共はいないだろうと踏んだのだ。
164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:17:52.50 ID:mJ9rz54U0
「あっ、」
靴底でジャリジャリと砕けたガラス片や紙屑を踏み抜きながら階段を下りていると、不意に心理定規が足を踏み外した。
ぐらりとバランスを崩した彼女の体は、しかし倒れる前に咄嗟に手を伸ばした垣根に受け止められる。
何やってんだとでも言いたげな垣根に、心理定規はばつが悪そうに顔を背けた。
「……ごめんなさい」
「別にいいけどよ。疲れたか?」
「全然大丈夫よ。ちょっと気が抜けただけ。
……それより、随分大きなカジノね。よくこれだけの規模で摘発を食らわないもんだわ」
垣根から離れて再び歩きながら話題を変える。
その垣根も特に追求するつもりはなく、素直に話に乗ることにした。
考えてみなくとも疲れているなど至極当然のことなのだ。
「ここと、あと第一五学区のもだな。バックに統括理事会の一人がついてやがる。だから免れてんだよ」
「なるほどね。に、しても……本当にこの街の裏側はなくならないわね」
「光しかねえってのもそれはそれで、な。大体なくなってたらそもそもこんなイカれた事態にはなってねえよ」
もっともだわ、と一人呟く心理定規と並んで垣根は一つのドアの前でぴたりと立ち止まる。
これが最後のドアだ。ここを進めばようやくカジノ内に入ることができる。
「……ねえ。やっぱり行くの? 正直すごく嫌なんだけど」
「あの表通りを行くよりマシじゃねえ? なんか見たこともねえ化け物がうようよしてたじゃん。
……いや、俺の読みが外れたことは素直に認めるけどよ」
靴底でジャリジャリと砕けたガラス片や紙屑を踏み抜きながら階段を下りていると、不意に心理定規が足を踏み外した。
ぐらりとバランスを崩した彼女の体は、しかし倒れる前に咄嗟に手を伸ばした垣根に受け止められる。
何やってんだとでも言いたげな垣根に、心理定規はばつが悪そうに顔を背けた。
「……ごめんなさい」
「別にいいけどよ。疲れたか?」
「全然大丈夫よ。ちょっと気が抜けただけ。
……それより、随分大きなカジノね。よくこれだけの規模で摘発を食らわないもんだわ」
垣根から離れて再び歩きながら話題を変える。
その垣根も特に追求するつもりはなく、素直に話に乗ることにした。
考えてみなくとも疲れているなど至極当然のことなのだ。
「ここと、あと第一五学区のもだな。バックに統括理事会の一人がついてやがる。だから免れてんだよ」
「なるほどね。に、しても……本当にこの街の裏側はなくならないわね」
「光しかねえってのもそれはそれで、な。大体なくなってたらそもそもこんなイカれた事態にはなってねえよ」
もっともだわ、と一人呟く心理定規と並んで垣根は一つのドアの前でぴたりと立ち止まる。
これが最後のドアだ。ここを進めばようやくカジノ内に入ることができる。
「……ねえ。やっぱり行くの? 正直すごく嫌なんだけど」
「あの表通りを行くよりマシじゃねえ? なんか見たこともねえ化け物がうようよしてたじゃん。
……いや、俺の読みが外れたことは素直に認めるけどよ」
165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:18:54.51 ID:mJ9rz54U0
「もう思い切りあーあーうーうー言ってるのが聞こえるじゃない。大合唱よ」
「腹ぁ括れってことだろ―――行くぞ」
カジノの中はやはり狭間の者共が大量に蠢いていた。
その全てを相手取ってなどいられない。二人は進路上にいる者だけを薙ぎ倒し、強引に突き進んでいく。
心理定規の放った榴弾が腐敗した肉体を破裂させ、ゲル状に変質した血と腐肉がずらりと立ち並ぶスロット台をグロテスクに彩る。
垣根に飛ばされたアンデッドの頭部が、トランプの並べられた緑のテーブルの上にごろりと転がる。
あらゆる方向から伸ばされる死者の青白い腕が突然何かに切断され、二人に届く前に烈風や衝撃波によって薙ぎ払われる。
地獄の中に更なる地獄を生み出しながら、二人はひたすらに突き進んだ。
「っ、ふう……。なんとか、切り抜けたわね……この区画にはあまり連中はいないみたいね」
中腰になって両膝に手をつき、ぜえぜえと乱れる息を整えながら心理定規は呟いた。
額に浮かぶ玉のような汗を拭い、きょろきょろと周囲を見渡す。
どうやらここはカジノの表エリアではなく、裏側……従業員用のスペースや発電などを行っている区画らしかった。
「いいや……まだ、だ」
しかしひとまず力を抜く心理定規とは反対に、垣根は未だ油断なく目を細めている。
それに気付いた心理定規が息を押し殺して耳を澄ますと、それは聞こえてきた。
おそらくは呼吸音。激しく乱れた、不規則で、生物的な声が呼吸に合わせて僅かに感じ取れる。
ハッ、ハッ、ハッ……。まるで全力で走った直後のような不気味な声。
今更これが生きた人間の出す声だなどと眠たいことは二人とも考えない。
来る。何かは分からないが、とにかく警戒すべき何かが来る。
今のうちにここを離れるべきか、背中を向けるのを避けるべきか。
僅かな逡巡に足を止めている間に、それはゆっくりと姿を現した。
全身は灰色一色に覆われていた。穢れ、汚れ、おぞましさ。そういったものを感じさせる黒に近いグレー。
頭の天辺から足の指先までが全て灰色の体表に覆われていた。
目はすぐには確認できないほどに、おそらくは退化している。
「腹ぁ括れってことだろ―――行くぞ」
カジノの中はやはり狭間の者共が大量に蠢いていた。
その全てを相手取ってなどいられない。二人は進路上にいる者だけを薙ぎ倒し、強引に突き進んでいく。
心理定規の放った榴弾が腐敗した肉体を破裂させ、ゲル状に変質した血と腐肉がずらりと立ち並ぶスロット台をグロテスクに彩る。
垣根に飛ばされたアンデッドの頭部が、トランプの並べられた緑のテーブルの上にごろりと転がる。
あらゆる方向から伸ばされる死者の青白い腕が突然何かに切断され、二人に届く前に烈風や衝撃波によって薙ぎ払われる。
地獄の中に更なる地獄を生み出しながら、二人はひたすらに突き進んだ。
「っ、ふう……。なんとか、切り抜けたわね……この区画にはあまり連中はいないみたいね」
中腰になって両膝に手をつき、ぜえぜえと乱れる息を整えながら心理定規は呟いた。
額に浮かぶ玉のような汗を拭い、きょろきょろと周囲を見渡す。
どうやらここはカジノの表エリアではなく、裏側……従業員用のスペースや発電などを行っている区画らしかった。
「いいや……まだ、だ」
しかしひとまず力を抜く心理定規とは反対に、垣根は未だ油断なく目を細めている。
それに気付いた心理定規が息を押し殺して耳を澄ますと、それは聞こえてきた。
おそらくは呼吸音。激しく乱れた、不規則で、生物的な声が呼吸に合わせて僅かに感じ取れる。
ハッ、ハッ、ハッ……。まるで全力で走った直後のような不気味な声。
今更これが生きた人間の出す声だなどと眠たいことは二人とも考えない。
来る。何かは分からないが、とにかく警戒すべき何かが来る。
今のうちにここを離れるべきか、背中を向けるのを避けるべきか。
僅かな逡巡に足を止めている間に、それはゆっくりと姿を現した。
全身は灰色一色に覆われていた。穢れ、汚れ、おぞましさ。そういったものを感じさせる黒に近いグレー。
頭の天辺から足の指先までが全て灰色の体表に覆われていた。
目はすぐには確認できないほどに、おそらくは退化している。
166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:19:58.20 ID:mJ9rz54U0
そして口は鼻の辺りまで縦に大きく裂けていた。
「 は ァっ、ハ っぁぁ、ハァっは ァ、はッ……」
五本の指先からは例によって鋭い爪が伸び、薔薇の棘のような小さな針が全身から生えていた。
まるで痙攣を起こしているように全身を小刻みに震わせながら、荒々しく不規則な呼吸を繰り返してこちらにゆっくりと近づいてくる。
化け物だった。二人が初めて見る化け物。詳しいことは分からない。分からないが、
「不明なら不明のまま叩き潰しゃあいいだろ」
垣根はすっ、と右手を伸ばし、横一閃に振るった。
その動きに追従するように不自然な空間の歪みが生まれ、それは垣根の意思のままに刃となって撃ち出される。
カマイタチの如きその一撃を食らった化け物は、為す術もなくその上半身と下半身を分断された。
どさり、と鈍い音をたてて体液を散らしながら化け物の上半身は床に落ちる。
「……圧倒的ね」
「……まあ、超能力者なんてのは全員が全員とも怪物染みた力を持ってるからな。
だがそれはそれほどの力を持ってるってだけで、俺たちは紛れもなく人間―――ッ!?」
背後に。
気配。
「―――あ、」
振り返った心理定規の視界に映ったのは、ずらりと並んだ牙のように鋭い歯だった。
それが、大口を開けた先ほどの化け物のものだと……自分に食らい付こうとしているのだと、気付いた時には遅かった。
既に化け物の口はほぼ零距離にある。今から避けることなど出来はしない。
死、という言葉が彼女の頭をよぎったその時だった。
「 は ァっ、ハ っぁぁ、ハァっは ァ、はッ……」
五本の指先からは例によって鋭い爪が伸び、薔薇の棘のような小さな針が全身から生えていた。
まるで痙攣を起こしているように全身を小刻みに震わせながら、荒々しく不規則な呼吸を繰り返してこちらにゆっくりと近づいてくる。
化け物だった。二人が初めて見る化け物。詳しいことは分からない。分からないが、
「不明なら不明のまま叩き潰しゃあいいだろ」
垣根はすっ、と右手を伸ばし、横一閃に振るった。
その動きに追従するように不自然な空間の歪みが生まれ、それは垣根の意思のままに刃となって撃ち出される。
カマイタチの如きその一撃を食らった化け物は、為す術もなくその上半身と下半身を分断された。
どさり、と鈍い音をたてて体液を散らしながら化け物の上半身は床に落ちる。
「……圧倒的ね」
「……まあ、超能力者なんてのは全員が全員とも怪物染みた力を持ってるからな。
だがそれはそれほどの力を持ってるってだけで、俺たちは紛れもなく人間―――ッ!?」
背後に。
気配。
「―――あ、」
振り返った心理定規の視界に映ったのは、ずらりと並んだ牙のように鋭い歯だった。
それが、大口を開けた先ほどの化け物のものだと……自分に食らい付こうとしているのだと、気付いた時には遅かった。
既に化け物の口はほぼ零距離にある。今から避けることなど出来はしない。
死、という言葉が彼女の頭をよぎったその時だった。
167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:22:54.18 ID:mJ9rz54U0
「チィィィィッ!!」
突然心理定規と化け物とを隔てるように、白い何かがせり上がって来た。
壁のようなそれは一瞬で両者を隔離し、化け物の歯は虚しく空を噛む。
その壁……白い翼を操り滑り込ませた垣根帝督は眼前の化け物を睨む。
化け物の体は垣根によって分断されている。再生などされていない。
この化け物は、上半身のみになっても尚活動を続け、その残された体をしならせバネのようにして大きく飛び跳ね、襲ってきたのだ。
油断。その二文字が垣根の中で渦巻く。
分かっていたはずだ。この学園都市にいる化け物共はその体を両断した程度では安心できないと。
そのはずだったのに。……そして。そんな無駄な思考が更なる失態を呼び寄せる。
一瞬、化け物の体が収縮した。そして、弾けた。
化け物の体が風船のように大きく膨張し、同時に全身から生えていた針が一気に二メートルほどにまで伸張した。
文字通り全身に生えていたために、ほぼ全方位へとさながらアイアンメイデンのように鋭い切っ先が向けられる。
「ッ!?」
垣根は『未元物質』によって守られていた。
しかし心理定規は違う。彼女とこの化け物とを隔てる翼を越えて殺意に尖る針は猛烈に突き進む。
心理定規もそれを悟り、咄嗟に体を捻る。だが遅い。完全ではない。
その細身の体に風穴が空くことは避けられたが、彼女の纏う真紅のドレスの、肩口の辺りに針が引っかかる形となった。
だが、それだけで十分だった。
かなりの速度を加えられた衣服に引っ張られる形で、心理定規の体がギュルン!! と強引に回転させられる。
無理な動きによる負荷で体から嫌な音がするのを彼女は聞いた。
勢いそのままにダン!! と床へ叩きつけられた心理定規の顔は苦痛に歪み、口をぱくぱくと魚のように動かしていた。
背中を強打したことで、呼吸が一時的に行えなくなっているのだろう。
突然心理定規と化け物とを隔てるように、白い何かがせり上がって来た。
壁のようなそれは一瞬で両者を隔離し、化け物の歯は虚しく空を噛む。
その壁……白い翼を操り滑り込ませた垣根帝督は眼前の化け物を睨む。
化け物の体は垣根によって分断されている。再生などされていない。
この化け物は、上半身のみになっても尚活動を続け、その残された体をしならせバネのようにして大きく飛び跳ね、襲ってきたのだ。
油断。その二文字が垣根の中で渦巻く。
分かっていたはずだ。この学園都市にいる化け物共はその体を両断した程度では安心できないと。
そのはずだったのに。……そして。そんな無駄な思考が更なる失態を呼び寄せる。
一瞬、化け物の体が収縮した。そして、弾けた。
化け物の体が風船のように大きく膨張し、同時に全身から生えていた針が一気に二メートルほどにまで伸張した。
文字通り全身に生えていたために、ほぼ全方位へとさながらアイアンメイデンのように鋭い切っ先が向けられる。
「ッ!?」
垣根は『未元物質』によって守られていた。
しかし心理定規は違う。彼女とこの化け物とを隔てる翼を越えて殺意に尖る針は猛烈に突き進む。
心理定規もそれを悟り、咄嗟に体を捻る。だが遅い。完全ではない。
その細身の体に風穴が空くことは避けられたが、彼女の纏う真紅のドレスの、肩口の辺りに針が引っかかる形となった。
だが、それだけで十分だった。
かなりの速度を加えられた衣服に引っ張られる形で、心理定規の体がギュルン!! と強引に回転させられる。
無理な動きによる負荷で体から嫌な音がするのを彼女は聞いた。
勢いそのままにダン!! と床へ叩きつけられた心理定規の顔は苦痛に歪み、口をぱくぱくと魚のように動かしていた。
背中を強打したことで、呼吸が一時的に行えなくなっているのだろう。
168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:24:05.75 ID:mJ9rz54U0
大能力者という心理定規に冠せられた称号は何の役にも立ちはしない。
現に、彼女はこうして地面に這い蹲っている。
苦しさのあまり、心理定規の爪がガリガリと床を引っ掻いていた。
「――――――、」
どうしてこうなった。
心理定規は全身にダメージを負ったものの、命に別状はない。
けれどそういう話ではない。こんな事態は避けられたはずだ。
垣根帝督の気の緩み。それが生まなくてもよかったはずの苦痛を生み出した。
「か……っ、は……ぁ、ぁ……っ!!」
心理定規の呼吸は間もなく回復するだろう。
しかし今の彼女は息をすることができず、その苦しみに無様にのたうちまわっていた。
口の端からは、涎さえ垂れていた。
その光景が。その姿が。
(――――――ああ)
垣根帝督は、思う。
(分かったよ)
喉が裂けるほどに絶叫したりはしない。
我を失うほどに荒れ狂ったりはしない。
既にゴーグルの時から分かっていたはずだった。
確実に、一〇〇パーセントの精度で以って、殺す。
一切の文句のつけようがないほどに、殺し尽くす。
だから、垣根は冷静だった。
こういう場面でこそ冷静でいなくてはならないことを、経験で知っていた。
だから。
上半身のみになった化け物は体をくねらせ、奇声をあげながら這いずって心理定規へと近づいていく。
狩りやすい獲物を本能で見分けているのか。
そして。不意に、殺意に濡れた白が化け物の意識と命を断ち切った。
現に、彼女はこうして地面に這い蹲っている。
苦しさのあまり、心理定規の爪がガリガリと床を引っ掻いていた。
「――――――、」
どうしてこうなった。
心理定規は全身にダメージを負ったものの、命に別状はない。
けれどそういう話ではない。こんな事態は避けられたはずだ。
垣根帝督の気の緩み。それが生まなくてもよかったはずの苦痛を生み出した。
「か……っ、は……ぁ、ぁ……っ!!」
心理定規の呼吸は間もなく回復するだろう。
しかし今の彼女は息をすることができず、その苦しみに無様にのたうちまわっていた。
口の端からは、涎さえ垂れていた。
その光景が。その姿が。
(――――――ああ)
垣根帝督は、思う。
(分かったよ)
喉が裂けるほどに絶叫したりはしない。
我を失うほどに荒れ狂ったりはしない。
既にゴーグルの時から分かっていたはずだった。
確実に、一〇〇パーセントの精度で以って、殺す。
一切の文句のつけようがないほどに、殺し尽くす。
だから、垣根は冷静だった。
こういう場面でこそ冷静でいなくてはならないことを、経験で知っていた。
だから。
上半身のみになった化け物は体をくねらせ、奇声をあげながら這いずって心理定規へと近づいていく。
狩りやすい獲物を本能で見分けているのか。
そして。不意に、殺意に濡れた白が化け物の意識と命を断ち切った。
169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:25:02.91 ID:mJ9rz54U0
心理定規が呼吸を取り戻すまで、そう時間はかからなかった。
けほけほと咳き込み、呼吸が整うのを待つ。
背中を中心に走る痛みを何とか堪え、壁に手をついてふらふらと立ち上がる。
心理定規の意識は化け物の一撃を食らったところでほとんど途切れていた。
そのあと垣根とあの化け物がどうなったのかは分からなかった。
とはいえあの垣根が負けるはずがないし、結果は容易に予想できた。
だが。目の前の光景は、彼女の予想の外だった。
血の海だった。その中心点に垣根は無傷のままに君臨している。
しかしおかしい。あの化け物の死体がどこにもなかった。
垣根が無傷ということはこの血はあの化け物のもので、なのに死体がない。
「……どう、いう……?」
呟きに反応したのか、垣根がこちらを振り返る。
その表情は先ほどまでと何も変わってはいなかった。
「目ぇ覚めたか。大丈夫か、無理するな。少し休んだ方がいい」
「大、丈夫よ……。それよりあなた、一体……?」
そして、気付いた。
血の海の中に、垣根の足元に、自分の周囲に。
何か小さな小さなものが落ちている。消しゴムのカスのようにも見える、何かが。
黒に近い灰色のそれは数えることなど不可能なほどに散乱していた。
170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:25:49.32 ID:mJ9rz54U0
「ああ、こっちは終わらせた。だから少し休憩していくぞ」
「……だから、私は、大丈夫だってば」
「俺が疲れたんだよ」
「……ああ、そう。……勝手にしなさい」
心理定規はそれを見て全て理解した。
垣根帝督の異常なその行動を。
たしかに、相手は未知の化け物だ。両断しても、殺しても死なないような、そんな化け物だ。
垣根はこれまで生きた人間を数え切れないほど殺し、この惨劇においても数え切れないほどの化け物を殺してきた。
しかし。だからと言って。
“人間サイズのものを、一片一片が消しゴムのカスほどの大きさになるまでバラバラにする”など。
いくらなんでも常軌を逸している。
しかも、心理定規の呼吸が回復するまでの短い時間の内にこれを成し遂げたということになる。
それが、何を意味しているのか。それが、何を獲得して何を喪失したことを意味しているのか。
そして。それを引き起こしたのは、その狂った引き金を引かせたのは、誰のせいなのか。
「……分かってる」
「あん?」
「何でもないわ」
――――――彼らはどこまでもどこまでも堕ちていく。二人一緒に堕ちていく。
いつか終わりがやってくる、その時まで。
「……だから、私は、大丈夫だってば」
「俺が疲れたんだよ」
「……ああ、そう。……勝手にしなさい」
心理定規はそれを見て全て理解した。
垣根帝督の異常なその行動を。
たしかに、相手は未知の化け物だ。両断しても、殺しても死なないような、そんな化け物だ。
垣根はこれまで生きた人間を数え切れないほど殺し、この惨劇においても数え切れないほどの化け物を殺してきた。
しかし。だからと言って。
“人間サイズのものを、一片一片が消しゴムのカスほどの大きさになるまでバラバラにする”など。
いくらなんでも常軌を逸している。
しかも、心理定規の呼吸が回復するまでの短い時間の内にこれを成し遂げたということになる。
それが、何を意味しているのか。それが、何を獲得して何を喪失したことを意味しているのか。
そして。それを引き起こしたのは、その狂った引き金を引かせたのは、誰のせいなのか。
「……分かってる」
「あん?」
「何でもないわ」
――――――彼らはどこまでもどこまでも堕ちていく。二人一緒に堕ちていく。
いつか終わりがやってくる、その時まで。
171: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:27:19.35 ID:mJ9rz54U0
垣根帝督 / Day2 /13:01:55 / 第一九学区 廃工場
学園都市には二三の学区の学区が存在するが、ここ第一九学区はその中でももっとも寂れた学区である。
人口は圧倒的に少なく、再開発に失敗して街並みは前時代的。並ぶのは蒸気関連などの一部の研究施設のみ。
だがそんな普段注目を受けることないここが、今は他にない利点を有するようになっていた。
「……たしかに、人が少ないってことは死肉狂い共も少ないってことなんだろうけどさ」
浮いた汗を拭いながら心理定規は呟く。
それにしても、だ。
「よくここまで何とかなったもんだ。運も実力の内ってか」
垣根が何の気なしに転がっていた小さな石をつま先で蹴り飛ばす。
僅かに跳ねてごろごろと転がったその石を、誰かの足が上から踏みつけてその動きを止めた。
垣根と心理定規の目がすっと細められる。そこに喜びや油断はなかった。
こんな状況では、生存者同士だからといって味方とは限らないからだ。
「へえ」
その男は賞賛するように言って、二人に目をやる。
たった二人でこの地獄を生き抜いている。
その事実を評価しているように、男は笑みさえ浮かべていた。
「生存者か、やるじゃん。まあ立ち話もなんだ、入れよ。連中に気付かれないとも限らねぇし」
男はそう言ってくるりと振り返り、あっさりと二人に背中を見せる。
余裕の表れか、こちらを舐めているのか。
ああ、と男は呟いて顔だけ二人に向けると、
172: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:30:11.65 ID:mJ9rz54U0
「俺は黒妻綿流ってんだ。よろしくな、お二人さん」
「……別にあなたの名前なんて興味ないんだけど」
そう名乗った男に心理定規は吐き捨てるも、黒妻はさっさと廃ビルの中へと向かっていく。
見てみればあちこちに即席のバリケードが作られていて、化け物の侵入を防ぐようになっていた。
またいくつかトラップの類も確認できた。バリケードの張り方といい、明らかに慣れているように見える。
が、目の前の男は暗部関係者ではないという確信が垣根にはあった。同業者の臭いなどすぐに分かる。
大方スキルアウトだろうとあたりをつけながら、
「俺らを中に入れてどうするつもりだ? 一ついいことを教えてやる。
俺は第二位の超能力者だ。テメェなんざポケットに手ぇ突っ込んだままでも数秒で一〇〇回はぶち殺せるんだぜ」
「いんや、別に何も物騒なことは考えてねぇって。ただこんな時に生き残り同士でピリピリしてたってしょうがねぇだろ?
……いやいやしかし。第二位って凄げぇなおい。そりゃ超能力者なら生きてるはずだわな」
それならあの子も生きてるかな、と黒妻は呟いて懐から小さなトランシーバーを取り出し、何事か話し出した。
廃ビルの窓から男が二人ほど顔を出し、黒妻に何か合図を送っている。
おそらく垣根と心理定規のことを伝えたのだろう。
「今携帯が使えねぇから、代わりに警備員から拝借したこれでやり取りしてんだ。
警備員製だけあって結構遠くでも会話できるんだぜ」
聞いてもいないことを話す黒妻を尻目に、垣根はさてどうしたものかと思案する。
下手に誘いに乗れば心理定規が危険に晒される可能性がある。
勿論垣根ならこいつらが何をしてもどうとでもしてみせるが、そもそも黒妻についていったところでこちらには何のメリットもない。
「そっちの女の子が心配か?」
「ああ?」
「羨ましいよ。守りたい者が隣にいるんだ。俺だってあいつが……美偉が気になって仕方ない。
でも俺にはこいつらがいる。こんな俺を信じてついてきてくれるこいつらがいる。ここを離れるわけにはいかないんだ」
「……別にあなたの名前なんて興味ないんだけど」
そう名乗った男に心理定規は吐き捨てるも、黒妻はさっさと廃ビルの中へと向かっていく。
見てみればあちこちに即席のバリケードが作られていて、化け物の侵入を防ぐようになっていた。
またいくつかトラップの類も確認できた。バリケードの張り方といい、明らかに慣れているように見える。
が、目の前の男は暗部関係者ではないという確信が垣根にはあった。同業者の臭いなどすぐに分かる。
大方スキルアウトだろうとあたりをつけながら、
「俺らを中に入れてどうするつもりだ? 一ついいことを教えてやる。
俺は第二位の超能力者だ。テメェなんざポケットに手ぇ突っ込んだままでも数秒で一〇〇回はぶち殺せるんだぜ」
「いんや、別に何も物騒なことは考えてねぇって。ただこんな時に生き残り同士でピリピリしてたってしょうがねぇだろ?
……いやいやしかし。第二位って凄げぇなおい。そりゃ超能力者なら生きてるはずだわな」
それならあの子も生きてるかな、と黒妻は呟いて懐から小さなトランシーバーを取り出し、何事か話し出した。
廃ビルの窓から男が二人ほど顔を出し、黒妻に何か合図を送っている。
おそらく垣根と心理定規のことを伝えたのだろう。
「今携帯が使えねぇから、代わりに警備員から拝借したこれでやり取りしてんだ。
警備員製だけあって結構遠くでも会話できるんだぜ」
聞いてもいないことを話す黒妻を尻目に、垣根はさてどうしたものかと思案する。
下手に誘いに乗れば心理定規が危険に晒される可能性がある。
勿論垣根ならこいつらが何をしてもどうとでもしてみせるが、そもそも黒妻についていったところでこちらには何のメリットもない。
「そっちの女の子が心配か?」
「ああ?」
「羨ましいよ。守りたい者が隣にいるんだ。俺だってあいつが……美偉が気になって仕方ない。
でも俺にはこいつらがいる。こんな俺を信じてついてきてくれるこいつらがいる。ここを離れるわけにはいかないんだ」
173: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:31:05.77 ID:mJ9rz54U0
「お前の語りなんざ誰も聞いてねえんだよ」
「そう言うな」
黒妻は肩をすくませて、くいと親指で廃ビルの入り口を指す。
小さく笑って言う。
「中には食料や水もある。安全は確認済みだ。いくら超能力者ったって人間だ、疲れは溜まるだろ?
そっちの女の子なんか特にな。何なら何も摂らずにただ休むだけでもいい。周囲に人間がいるってだけで大分気は楽なはずだ」
垣根はその言葉に含まれるものを慎重に読み取り、この黒妻綿流という男に悪意はないと判断した。
おそらくは純粋な善意。しかしそれを受けるか否か。
「どうするの? 休んでいく? どうせこいつらなんて私の前じゃ何もできないけど」
『心理定規』という能力を使えば心の距離を調節できる。
彼女を崇拝する信者のレベルにまでだって引き上げられる。
今の学園都市では何の意味もなかった力だが、相手が生きた人間ならば『未元物質』以上に絶対の効果を発揮する。
(……確実に安全を確保する方法があるならここは休むのが最善、か)
たしかに、疲れは溜まっている。それどころかもうボロボロだ。それは二人共否定できなかった。
ならば休める時に休むべし。休息を取ることも戦いの内。恐怖に駆られて睡眠不足に足元をすくわれた奴を暗部で何人も見てきた。
「……なら、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
「おお、入れ入れ!! 歓迎するぜ」
垣根のその言葉に黒妻はにっかりと笑って手招きする。
ややうんざりしながらも二人がその後をついていくと、突然何かが上から降ってきた。
ダン!! と地面に叩きつけられたそれは死体だった。男の、血塗れの死体。
その腹部には氷でできた槍のようなものに容赦なく貫かれていた。
それは黒妻の仲間のものだったらしく、黒妻が必死に男に声をかけている間に垣根と心理定規はサッと上を見上げる。
「そう言うな」
黒妻は肩をすくませて、くいと親指で廃ビルの入り口を指す。
小さく笑って言う。
「中には食料や水もある。安全は確認済みだ。いくら超能力者ったって人間だ、疲れは溜まるだろ?
そっちの女の子なんか特にな。何なら何も摂らずにただ休むだけでもいい。周囲に人間がいるってだけで大分気は楽なはずだ」
垣根はその言葉に含まれるものを慎重に読み取り、この黒妻綿流という男に悪意はないと判断した。
おそらくは純粋な善意。しかしそれを受けるか否か。
「どうするの? 休んでいく? どうせこいつらなんて私の前じゃ何もできないけど」
『心理定規』という能力を使えば心の距離を調節できる。
彼女を崇拝する信者のレベルにまでだって引き上げられる。
今の学園都市では何の意味もなかった力だが、相手が生きた人間ならば『未元物質』以上に絶対の効果を発揮する。
(……確実に安全を確保する方法があるならここは休むのが最善、か)
たしかに、疲れは溜まっている。それどころかもうボロボロだ。それは二人共否定できなかった。
ならば休める時に休むべし。休息を取ることも戦いの内。恐怖に駆られて睡眠不足に足元をすくわれた奴を暗部で何人も見てきた。
「……なら、お言葉に甘えさせてもらうぜ」
「おお、入れ入れ!! 歓迎するぜ」
垣根のその言葉に黒妻はにっかりと笑って手招きする。
ややうんざりしながらも二人がその後をついていくと、突然何かが上から降ってきた。
ダン!! と地面に叩きつけられたそれは死体だった。男の、血塗れの死体。
その腹部には氷でできた槍のようなものに容赦なく貫かれていた。
それは黒妻の仲間のものだったらしく、黒妻が必死に男に声をかけている間に垣根と心理定規はサッと上を見上げる。
174: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:31:47.03 ID:mJ9rz54U0
「どうやらこの廃ビルの窓から落ちてきたみたいね。ってことは、何かがこの中にいる」
「ああ。あの氷の槍は明らかに能力。単なる仲間割れなら話は早ぇが……」
どうせそんな簡単な話ではないだろうと垣根は考える。
そしてそれを証明するように廃ビルの中から怒号や悲鳴が響き渡る。
『なんだこいつ!? どこから現れやがった!!』
『どうなってんだ、まともに食らってんのに全く効いてねぇ!!』
『大体、さっきはこいつ氷を作ってたのになんでこいつ今―――がぁぁあああああああああっ!!』
「ちくしょう……」
震えるように呟いたのは垣根でも心理定規でもない。黒妻綿流だった。
「何が起きてんだくそったれ!!」
慌てて廃ビルの中に駆け込もうとする黒妻だったが、その前にビルの三階で謎の爆発が起き無数の瓦礫が辺りに勢いよく四散する。
何とか直撃を免れた黒妻とそれをいなした垣根たちが顔を前に戻すと、そこには崩壊した三階の壁から飛び降りたそれが君臨していた。
顔には何か皮のようなものが何重にも貼り付けられ、全身には衣服とすら呼べないようなボロボロの布のようなものを纏っている。
その両手は巨大な手枷で拘束されていて、足にも同じような鎖がついているために歩くたびにジャラジャラという鎖の音がした。
酷く腰の曲がったその得体の知れない化け物はゆっくりと、ゆっくりと、三人の方へと歩いてくる。
甲高い悲鳴のような奇声を大声で出しながら、ゆっくりと。
「―――下がってろ。お前に手に負える奴じゃねえ」
身構えた黒妻に垣根が告げる。
初めて遭遇した化け物だが、分かる。
あれはそこいらに溢れる他の化け物共とは明らかに違うと。
「ああ。あの氷の槍は明らかに能力。単なる仲間割れなら話は早ぇが……」
どうせそんな簡単な話ではないだろうと垣根は考える。
そしてそれを証明するように廃ビルの中から怒号や悲鳴が響き渡る。
『なんだこいつ!? どこから現れやがった!!』
『どうなってんだ、まともに食らってんのに全く効いてねぇ!!』
『大体、さっきはこいつ氷を作ってたのになんでこいつ今―――がぁぁあああああああああっ!!』
「ちくしょう……」
震えるように呟いたのは垣根でも心理定規でもない。黒妻綿流だった。
「何が起きてんだくそったれ!!」
慌てて廃ビルの中に駆け込もうとする黒妻だったが、その前にビルの三階で謎の爆発が起き無数の瓦礫が辺りに勢いよく四散する。
何とか直撃を免れた黒妻とそれをいなした垣根たちが顔を前に戻すと、そこには崩壊した三階の壁から飛び降りたそれが君臨していた。
顔には何か皮のようなものが何重にも貼り付けられ、全身には衣服とすら呼べないようなボロボロの布のようなものを纏っている。
その両手は巨大な手枷で拘束されていて、足にも同じような鎖がついているために歩くたびにジャラジャラという鎖の音がした。
酷く腰の曲がったその得体の知れない化け物はゆっくりと、ゆっくりと、三人の方へと歩いてくる。
甲高い悲鳴のような奇声を大声で出しながら、ゆっくりと。
「―――下がってろ。お前に手に負える奴じゃねえ」
身構えた黒妻に垣根が告げる。
初めて遭遇した化け物だが、分かる。
あれはそこいらに溢れる他の化け物共とは明らかに違うと。
175: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:32:45.91 ID:mJ9rz54U0
「だがそういうわけには……」
「超能力者様が戦うっつってんだ。近くにいる内は巻き込んで殺さねえ保障はねえぞ」
心理定規は二人のやり取りを無視した。
即効でグレネードガンを容赦なく叩き込む。
榴弾を受けた鎖の化け物があれで死ぬとは最初から思っていない。
舞い上がった粉塵が晴れる前に垣根がすかさず追撃をかける。
『未元物質』を発動し、六枚の白い翼を展開。
それを見て驚いている黒妻を無視し、その翼を一閃する。
カマイタチのように打ち出された真空波は複雑に絡み合い、網目模様を形成した。
コンクリートだろうと何だろうと容赦なく切断する死神の鎌が鎖の化け物をバラバラにする、はずだった。
「チッ」
しかし晴れた粉塵から現れたのは切り傷を負っているだけの化け物だった。
網目となった真空の刃をその身に受ければ、さながらサイコロステーキのようにコマ切れになるはずなのだ。
だが効いていない。切り傷から血が流れ出しているものの、あの様子では大したダメージはないだろう。
「やはり駄目ね!!」
言いながら心理定規は手榴弾のピンを口で抜き、それを鎖の化け物へと放る。
先の榴弾を大きく超える爆発が巻き起こり、再度粉塵が舞い上がり視界を遮った。
垣根はそれに合わせて音より早く動き、突撃するかと見せかけて鎖の化け物の背後へと回り込む。
相手の位置は散布した『未元物質』が教えてくれる。垣根は単なる殺人兵器として巨大化した翼を一切の加減をせずに叩き込んだ。
「オ、ラァッ!!」
振り回された白い翼は衝撃波や烈風、ソニックブームなどを撒き散らしながら鎖の化け物を紙屑のように薙ぎ払った。
数百メートルも吹き飛ぶ鎖の化け物。まともな人体ならば得られる感触がないことに垣根は僅かに顔を顰めた。
瓦礫の山に激しく突っ込んだ化け物だったが、すぐに変化が訪れた。
その瓦礫が中から噴火のように爆発し、垣根へと何か炎のような水のような電気のような、何とも形容できない力が高速で襲いかかる。
「超能力者様が戦うっつってんだ。近くにいる内は巻き込んで殺さねえ保障はねえぞ」
心理定規は二人のやり取りを無視した。
即効でグレネードガンを容赦なく叩き込む。
榴弾を受けた鎖の化け物があれで死ぬとは最初から思っていない。
舞い上がった粉塵が晴れる前に垣根がすかさず追撃をかける。
『未元物質』を発動し、六枚の白い翼を展開。
それを見て驚いている黒妻を無視し、その翼を一閃する。
カマイタチのように打ち出された真空波は複雑に絡み合い、網目模様を形成した。
コンクリートだろうと何だろうと容赦なく切断する死神の鎌が鎖の化け物をバラバラにする、はずだった。
「チッ」
しかし晴れた粉塵から現れたのは切り傷を負っているだけの化け物だった。
網目となった真空の刃をその身に受ければ、さながらサイコロステーキのようにコマ切れになるはずなのだ。
だが効いていない。切り傷から血が流れ出しているものの、あの様子では大したダメージはないだろう。
「やはり駄目ね!!」
言いながら心理定規は手榴弾のピンを口で抜き、それを鎖の化け物へと放る。
先の榴弾を大きく超える爆発が巻き起こり、再度粉塵が舞い上がり視界を遮った。
垣根はそれに合わせて音より早く動き、突撃するかと見せかけて鎖の化け物の背後へと回り込む。
相手の位置は散布した『未元物質』が教えてくれる。垣根は単なる殺人兵器として巨大化した翼を一切の加減をせずに叩き込んだ。
「オ、ラァッ!!」
振り回された白い翼は衝撃波や烈風、ソニックブームなどを撒き散らしながら鎖の化け物を紙屑のように薙ぎ払った。
数百メートルも吹き飛ぶ鎖の化け物。まともな人体ならば得られる感触がないことに垣根は僅かに顔を顰めた。
瓦礫の山に激しく突っ込んだ化け物だったが、すぐに変化が訪れた。
その瓦礫が中から噴火のように爆発し、垣根へと何か炎のような水のような電気のような、何とも形容できない力が高速で襲いかかる。
176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:33:38.14 ID:mJ9rz54U0
「―――これは……どうなってやがるんだクソが……ッ!!」
盾として前方に展開した翼でその攻撃を遮断しながら、垣根はこの得体の知れない攻撃を解析する。
すぐに事の重大さに気付いた。この力は念動力、発火能力、電撃使い、風力使い、その他マイナーな能力も含めて数十種類の能力で構成されている。
能力者の操る能力は一人一つであり、それは絶対の法則だ。だというのに、
「……『多重能力者』……!! 冗談じゃねえぞこいつ……っ!!」
単一の能力によるものではない。複数の能力を複雑に絡み合わせ、一つにした力。
しかしそれならばこの力の圧の強さにも納得がいった。
強引な力押しでその攻撃を上空へと弾き飛ばした垣根が見たのは、眼前に佇む鎖の化け物の姿だった。
数百メートルも吹き飛ばされたはずの化け物が、目の前に。
(『多重能力者』ってことは……空間移動、か)
そんなことを頭の片隅で考えながらも対応は迅速だった。
「アピールが積極的すぎん、ぜっ……!!」
垣根は即座に六枚の翼を構え、それを無数の羽へと分解する。
それぞれが如何なるものをも貫く槍へと変じ、六枚の翼全てからズドドドッ!! と鎖の化け物目掛けて放たれた。
しかし化け物は死なない。行動を停止しない。全身の至るところを貫かれながらも、尚動く。
「キ……キィアァァアアアアアアアアア!!」
鎖の化け物の全身からうねうねと蠢く触手が無数に伸び、手枷で拘束された両手を垣根へと伸ばす。
その明らかに生きた人間のものではない手に、どんな効果があるかは分からない。
未知数の脅威を前に垣根は舌打ちし、化け物に突き刺さった槍を消すと大きく前方へと跳ねた。
後ろではなく前へ。化け物の頭上を通り越して背後へ降り立つようにして伸ばされた手を回避する。
盾として前方に展開した翼でその攻撃を遮断しながら、垣根はこの得体の知れない攻撃を解析する。
すぐに事の重大さに気付いた。この力は念動力、発火能力、電撃使い、風力使い、その他マイナーな能力も含めて数十種類の能力で構成されている。
能力者の操る能力は一人一つであり、それは絶対の法則だ。だというのに、
「……『多重能力者』……!! 冗談じゃねえぞこいつ……っ!!」
単一の能力によるものではない。複数の能力を複雑に絡み合わせ、一つにした力。
しかしそれならばこの力の圧の強さにも納得がいった。
強引な力押しでその攻撃を上空へと弾き飛ばした垣根が見たのは、眼前に佇む鎖の化け物の姿だった。
数百メートルも吹き飛ばされたはずの化け物が、目の前に。
(『多重能力者』ってことは……空間移動、か)
そんなことを頭の片隅で考えながらも対応は迅速だった。
「アピールが積極的すぎん、ぜっ……!!」
垣根は即座に六枚の翼を構え、それを無数の羽へと分解する。
それぞれが如何なるものをも貫く槍へと変じ、六枚の翼全てからズドドドッ!! と鎖の化け物目掛けて放たれた。
しかし化け物は死なない。行動を停止しない。全身の至るところを貫かれながらも、尚動く。
「キ……キィアァァアアアアアアアアア!!」
鎖の化け物の全身からうねうねと蠢く触手が無数に伸び、手枷で拘束された両手を垣根へと伸ばす。
その明らかに生きた人間のものではない手に、どんな効果があるかは分からない。
未知数の脅威を前に垣根は舌打ちし、化け物に突き刺さった槍を消すと大きく前方へと跳ねた。
後ろではなく前へ。化け物の頭上を通り越して背後へ降り立つようにして伸ばされた手を回避する。
177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:35:20.62 ID:mJ9rz54U0
その時心理定規は落ちていたトランシーバーを拾い、何か話していた。
黒妻は警備員から拾ったものだと言っていた。つまりこれは警備員の間で使用されていたもの。
この音声が放置されているどこか遠くのトランシーバーから流れ、それをまだ生きている誰かが―――仲間が聞いてくれるかもしれない。
そう思っていた心理定規の隣に垣根が降り立った。その体に傷はない。
「おい心理定規。逃げるぞ」
鎖の化け物は垣根に負わされた傷からどくどくと出血しているものの、よく見てみれば垣根が最初に真空の刃でつけた傷が既に完治している。
圧倒的な回復能力。おそらくこの化け物は何度倒してもやがてむくりと起き上がるのだろう。
倒すことはできても、殺すことが難しい相手。そして殺せなければ何度でも起き上がる相手。
「……まるで不死身ね」
このままこの鎖の化け物と戦闘を続けても負けるとは思わない。
完全に殺すことだって不可能だとは考えない。
だがそもそもそこまでしてこの化け物と戦う理由が存在しなかった。
すぐに仕留められる相手ならば、憂いを絶つ意味でも殺しておく意味はあっただろう。
しかしこいつの場合、メリットとデメリットが釣り合わない。
浪費される体力、気力、精神力、時間。それらを天秤にかけて垣根は撤退を選択した。
「あんな野郎をまともに相手したって何にもならねえからな」
言って、垣根の翼が音もなく一気に伸びる。
二〇メートルにも達するその翼を、左右同時に鎖の化け物へとVの字に振り下ろした。
鈍い音が炸裂する。ミチミチと強引に肉を食い破る音がする。
化け物は双方の肩から斜めに胸元までを引き裂かれ、体液を撒き散らしながらどさりと倒れた。
「今のうちだ。行くぞ」
「死んで、ないのか……?」
黒妻は警備員から拾ったものだと言っていた。つまりこれは警備員の間で使用されていたもの。
この音声が放置されているどこか遠くのトランシーバーから流れ、それをまだ生きている誰かが―――仲間が聞いてくれるかもしれない。
そう思っていた心理定規の隣に垣根が降り立った。その体に傷はない。
「おい心理定規。逃げるぞ」
鎖の化け物は垣根に負わされた傷からどくどくと出血しているものの、よく見てみれば垣根が最初に真空の刃でつけた傷が既に完治している。
圧倒的な回復能力。おそらくこの化け物は何度倒してもやがてむくりと起き上がるのだろう。
倒すことはできても、殺すことが難しい相手。そして殺せなければ何度でも起き上がる相手。
「……まるで不死身ね」
このままこの鎖の化け物と戦闘を続けても負けるとは思わない。
完全に殺すことだって不可能だとは考えない。
だがそもそもそこまでしてこの化け物と戦う理由が存在しなかった。
すぐに仕留められる相手ならば、憂いを絶つ意味でも殺しておく意味はあっただろう。
しかしこいつの場合、メリットとデメリットが釣り合わない。
浪費される体力、気力、精神力、時間。それらを天秤にかけて垣根は撤退を選択した。
「あんな野郎をまともに相手したって何にもならねえからな」
言って、垣根の翼が音もなく一気に伸びる。
二〇メートルにも達するその翼を、左右同時に鎖の化け物へとVの字に振り下ろした。
鈍い音が炸裂する。ミチミチと強引に肉を食い破る音がする。
化け物は双方の肩から斜めに胸元までを引き裂かれ、体液を撒き散らしながらどさりと倒れた。
「今のうちだ。行くぞ」
「死んで、ないのか……?」
178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:36:15.09 ID:mJ9rz54U0
ずっと黙って戦いを見ていた、いや、見ていることしかできなかった黒妻がぽつりと呟く。
無能力者の彼が介入できる戦いではなかったからだ。
対して心理定規ははつまらなそうに答えた。
「あれくらいで死んだら苦労はないでしょ」
「お前はお前で勝手にするんだな」
二人に黒妻を助けようなどという考えは欠片もなかった。
むしろついてこようものなら容赦なく殺すつもりでさえいた。
余計なお荷物に来られてはたまったものではない。しかし、黒妻の返答は二人の予想を外れたものだった。
「……俺は戦うよ」
鎖の化け物は倒れ伏しているものの、その触手は動いていて体は痙攣している。
未だ生命活動が停止していないことの証。先の回復力を鑑みるに、すぐに再び立ち上がることだろう。
「あいつにたくさんの仲間が殺された。大切な仲間が殺された。俺はあいつを絶対に許せねぇ」
垣根も心理定規も何も言わなかった。それは黒妻の覚悟を感じたから、なんて殊勝な理由によるものではない。
“心の底から黒妻綿流の命などどうでもよかったからだ”。自殺する彼をわざわざ引き止める理由などありはしない。
鎖の化け物はどういうわけか複数の能力を操る『多重能力者』だ。
単なる無能力者の黒妻ではどうひっくり返っても勝ち目など存在しない。
そんなことは彼本人が一番分かっていた。それでも黒妻は拳を握る。
鎖の化け物が、ゆっくりと立ち上がり始めた。
みるみると治癒されていく傷はすぐにも完治するだろう。
その不死性。それこそがこの化け物の最大の恐ろしさだ。
「―――……え?」
突如、呆然と呟いたのは心理定規だった。
無能力者の彼が介入できる戦いではなかったからだ。
対して心理定規ははつまらなそうに答えた。
「あれくらいで死んだら苦労はないでしょ」
「お前はお前で勝手にするんだな」
二人に黒妻を助けようなどという考えは欠片もなかった。
むしろついてこようものなら容赦なく殺すつもりでさえいた。
余計なお荷物に来られてはたまったものではない。しかし、黒妻の返答は二人の予想を外れたものだった。
「……俺は戦うよ」
鎖の化け物は倒れ伏しているものの、その触手は動いていて体は痙攣している。
未だ生命活動が停止していないことの証。先の回復力を鑑みるに、すぐに再び立ち上がることだろう。
「あいつにたくさんの仲間が殺された。大切な仲間が殺された。俺はあいつを絶対に許せねぇ」
垣根も心理定規も何も言わなかった。それは黒妻の覚悟を感じたから、なんて殊勝な理由によるものではない。
“心の底から黒妻綿流の命などどうでもよかったからだ”。自殺する彼をわざわざ引き止める理由などありはしない。
鎖の化け物はどういうわけか複数の能力を操る『多重能力者』だ。
単なる無能力者の黒妻ではどうひっくり返っても勝ち目など存在しない。
そんなことは彼本人が一番分かっていた。それでも黒妻は拳を握る。
鎖の化け物が、ゆっくりと立ち上がり始めた。
みるみると治癒されていく傷はすぐにも完治するだろう。
その不死性。それこそがこの化け物の最大の恐ろしさだ。
「―――……え?」
突如、呆然と呟いたのは心理定規だった。
179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:37:23.46 ID:mJ9rz54U0
「……今、あの化け物……確かに言った。『ママ』って……私の方を見て……」
「……何?」
『ママ』。その言葉の意味を垣根は考えるが、あんな化け物の思考など分かるはずもない。
大体その意味が分かったところでどうなるものでもないとすぐに思考を放棄する。
「何でもいい。あいつが完全に復活する前に行くぞ」
「……ええ」
後ろへと下がる二人と入れ替わるように、黒妻は前に出る。
「生きろよ」
そんな黒妻の言葉に二人は何も言葉を返さなかった。
二人はザッと一気にその場から離れ、黒妻は硬く拳を握り、笑みさえ浮かべて鎖の化け物へと突撃していく。
絶対に勝てない敵へ、未知なる異形へ、恐怖そのものへ。
「お、ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
―――結局。勝負にならないことなんて、最初っから誰もが理解していた。
一瞬だった。鎖の化け物は、リサ=トレヴァーは、その場を一歩も動くことはなかった。
勝敗など一目瞭然だった。二つの影の内の一つが、全身から血飛沫をあげて倒れた。
勝者はただ、『ママ』とだけ呟いていた。
「……何?」
『ママ』。その言葉の意味を垣根は考えるが、あんな化け物の思考など分かるはずもない。
大体その意味が分かったところでどうなるものでもないとすぐに思考を放棄する。
「何でもいい。あいつが完全に復活する前に行くぞ」
「……ええ」
後ろへと下がる二人と入れ替わるように、黒妻は前に出る。
「生きろよ」
そんな黒妻の言葉に二人は何も言葉を返さなかった。
二人はザッと一気にその場から離れ、黒妻は硬く拳を握り、笑みさえ浮かべて鎖の化け物へと突撃していく。
絶対に勝てない敵へ、未知なる異形へ、恐怖そのものへ。
「お、ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
―――結局。勝負にならないことなんて、最初っから誰もが理解していた。
一瞬だった。鎖の化け物は、リサ=トレヴァーは、その場を一歩も動くことはなかった。
勝敗など一目瞭然だった。二つの影の内の一つが、全身から血飛沫をあげて倒れた。
勝者はただ、『ママ』とだけ呟いていた。
180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/07/16(水) 23:38:50.31 ID:mJ9rz54U0
Files
File18.『誰かが書き残した手記』
Sep.05,20XX
注射で頭がボーっとする。
お母さんに会えない。どこかに連れていかれた。
二人で脱出しようって決めたのに私だけ置いていくなんて……。
Sep.06,20XX
お母さん見つけた!!
今日の食事は、お母さんと一緒!! 嬉しかった
違う、偽者だった。外は同じだけど中が違う。
お母さんを取り返さなくっちゃ!! お母さんに返してあげなくちゃ!!
お母さんの顔は簡単に取り返せた。
お母さんの顔をとっていたおばさんの悲鳴が聞こえたけど、お母さんの顔をとっていた奴の悲鳴なんか気にしない。
お母さんは私のもの。誰にもとられないように私にくっつけておこう。
お母さんに会った時、顔がないと可哀想だもの。
26
お父さん 一つ くっつけた
お母さん 二つ くっつけた
中身はやぱり赤く ヌルヌル
白くてかたかた
ホントのお母さ 見つからない
お父 ん 分からない
また お母さ 今日見つけた
お母さ をくつけたら
お母 ん動かなくなた
母さんは悲鳴をあげていた
なぜ?
私は一緒にいたかただけ
208: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:49:05.64 ID:YL5T0phL0
我を通らば 苦悩の街の道へ
我を通らば 永遠の苦痛の道へ
我を通らば 滅びの人々の中へ
209: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:50:18.56 ID:YL5T0phL0
浜面仕上 / Day2 / 13:22:15 / 第五学区 第三資源再生処理施設
元々資源に乏しい学園都市では、その再利用が基本である。
第五学区を中心に周囲四学区からあらゆるゴミを集め、再利用しているのがここ第三資源再生処理施設だった。
普段ならば機械の音で騒々しかったのだろうが、今は静かなものだった。
電気が通っていないのかとも思ったが、どうやらただ電源が入っていないだけのようだ。
スチームなど様々な機械が並んだ中、渡された鋼鉄の通路を浜面仕上と滝壺理后は歩いていた。
「……なあ。さっきの声って、やっぱりそうだよな」
「……うん。ノイズが酷かったけど、それでもあの透き通るような綺麗な声は、めじゃーはーとで間違いないと思う」
やっぱりか、と浜面は乾いた声で呟いた。
今から三〇分ほど前のことだったか。浜面と滝壺は転がった警備員の死体、それが身に着けているトランシーバーから流れる音声を聞いていた。
酷く雑音が混じっていたものの、間違いなくその声を。
――――――『……誰か―――聞こえ―――……第一九学区……―――鎖の化け物……
攻撃が……効かない……―――不死―――鎖の化け物―――……近づかないで……遭遇し―――逃げて――――――』
心理定規。その少女。かつて暗部抗争が起きた時には、敵対する相手として出会った少女。
しかしそれも過去の話だ。今ではその関係性は一八〇度違う。仲間と言える存在だ。
彼女が生きていることを知ったことで、浜面は全身から安堵感が湧き上がるのを感じていた。
210: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:51:27.07 ID:YL5T0phL0
まだ、戦っている仲間がいる。彼女が生きているということは、おそらく垣根帝督も一緒だろう。
どう取り繕っても浜面は不安だったのだ。ずっと麦野や絹旗とも連絡がつかない。
もしかしたらもう生き残っているのは自分たちだけなのではないか。
他の仲間たちは全員死んでしまったのではないか、と。
「かきねと一緒にいると考えてまず間違いないだろうね」
「だな。超能力者様がついてれば心強いことこの上なしってとこだな」
恐ろしいことに、今や浜面はおよそ半数の超能力者と顔見知りである。
その脅威は十分以上に骨身に沁みている。
彼らならばこんなイカれた状況でも生き残れるに違いない。
……そう、一向に連絡の取れない麦野沈利だって超能力者だ。
絹旗最愛もずっと暗部で生き残ってきた大能力者だ。
彼らが死ぬわけがない。あれほど絶大な力を持つ二人が倒れるはずがない。
そんな縋るような希望に、心理定規の声は現実味を多少なりとも持たせてくれた。
浜面は戦う意思を、生き残る意思を一層燃え上がらせる。
銃を握る手にも自然と力が入り、自分が生きているという生の実感を感じる。
命のやり取りをすることによる、鮮烈なまでの生の感触。
それを感じるのは浜面も滝壺もまだ生きているからだ。
人間として生きているからこそ、それを感じることができる。
少なくとも、二人はそう思っていた。
だが。どうやらその考えは間違っていたらしい。
突然だった。二人が歩いていた通路が何かに切り裂かれたかのように轟音と共に崩壊した。
不意に足場を失った二人は為す術なく投げ出され、浜面はすぐ下の通路に叩きつけられる。
どう取り繕っても浜面は不安だったのだ。ずっと麦野や絹旗とも連絡がつかない。
もしかしたらもう生き残っているのは自分たちだけなのではないか。
他の仲間たちは全員死んでしまったのではないか、と。
「かきねと一緒にいると考えてまず間違いないだろうね」
「だな。超能力者様がついてれば心強いことこの上なしってとこだな」
恐ろしいことに、今や浜面はおよそ半数の超能力者と顔見知りである。
その脅威は十分以上に骨身に沁みている。
彼らならばこんなイカれた状況でも生き残れるに違いない。
……そう、一向に連絡の取れない麦野沈利だって超能力者だ。
絹旗最愛もずっと暗部で生き残ってきた大能力者だ。
彼らが死ぬわけがない。あれほど絶大な力を持つ二人が倒れるはずがない。
そんな縋るような希望に、心理定規の声は現実味を多少なりとも持たせてくれた。
浜面は戦う意思を、生き残る意思を一層燃え上がらせる。
銃を握る手にも自然と力が入り、自分が生きているという生の実感を感じる。
命のやり取りをすることによる、鮮烈なまでの生の感触。
それを感じるのは浜面も滝壺もまだ生きているからだ。
人間として生きているからこそ、それを感じることができる。
少なくとも、二人はそう思っていた。
だが。どうやらその考えは間違っていたらしい。
突然だった。二人が歩いていた通路が何かに切り裂かれたかのように轟音と共に崩壊した。
不意に足場を失った二人は為す術なく投げ出され、浜面はすぐ下の通路に叩きつけられる。
211: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:52:35.32 ID:YL5T0phL0
「ぐあっ!?」
体を鋼鉄の通路に強打したことで全身に鈍い痛みが走り、思わず歯を強く食いしばる。
同じように滝壺のうめき声も聞こえてきた。しかし彼女の姿は見えない。
どうやら滝壺はここよりもう一層下まで落下してしまったらしかった。
(クッソ、滝壺は無事なのか!? 声がしたから生きてはいるはずだけど……っ!!)
そもそも、どうして突如通路が崩壊したのか。
どう見ても自然には起こりえないそれを、何者が引き起こしたのか。
答えは浜面の目の前にいた。
それを見た瞬間、“滝壺理后のことが頭から完全に吹き飛んだ”。
浜面の頭は空白に塗りつぶされ、思考が全て停止した。まるで世界さえ止まってしまったかのように。
目の前の光景が、浜面仕上には理解できなかった。
『それ』には頭や顔というものが存在しなかった。
首までしか存在せず、その首は水平に切断されたように断面を晒していた。
その首の丸い断面はまるでラフレシアのように大きく広がり、その円周上には鋭い歯がびっしりと並んでいる。
全身は薄汚い灰色の皮膚に覆われているが、何が詰められているのかその胴体は重度の肥満のように膨らんでいる。
その右手の先には薄い歪な円盤状の何かがついていて、それはさながらチェーンソーのように音をたてて回転していた。あれで通路を切断したのだろう。
しかし浜面はそんな筆舌に尽くしがたいおぞましい体など見ていない。
浜面が見ているのはたった一箇所。その体の、たった一部分。
そこだけが問題で、そこだけがおかしくて、そこだけがあってはならなくて、そこだけが間違いだった。
体を鋼鉄の通路に強打したことで全身に鈍い痛みが走り、思わず歯を強く食いしばる。
同じように滝壺のうめき声も聞こえてきた。しかし彼女の姿は見えない。
どうやら滝壺はここよりもう一層下まで落下してしまったらしかった。
(クッソ、滝壺は無事なのか!? 声がしたから生きてはいるはずだけど……っ!!)
そもそも、どうして突如通路が崩壊したのか。
どう見ても自然には起こりえないそれを、何者が引き起こしたのか。
答えは浜面の目の前にいた。
それを見た瞬間、“滝壺理后のことが頭から完全に吹き飛んだ”。
浜面の頭は空白に塗りつぶされ、思考が全て停止した。まるで世界さえ止まってしまったかのように。
目の前の光景が、浜面仕上には理解できなかった。
『それ』には頭や顔というものが存在しなかった。
首までしか存在せず、その首は水平に切断されたように断面を晒していた。
その首の丸い断面はまるでラフレシアのように大きく広がり、その円周上には鋭い歯がびっしりと並んでいる。
全身は薄汚い灰色の皮膚に覆われているが、何が詰められているのかその胴体は重度の肥満のように膨らんでいる。
その右手の先には薄い歪な円盤状の何かがついていて、それはさながらチェーンソーのように音をたてて回転していた。あれで通路を切断したのだろう。
しかし浜面はそんな筆舌に尽くしがたいおぞましい体など見ていない。
浜面が見ているのはたった一箇所。その体の、たった一部分。
そこだけが問題で、そこだけがおかしくて、そこだけがあってはならなくて、そこだけが間違いだった。
212: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:54:07.65 ID:YL5T0phL0
「う、ぁ、ぁあ……?」
思わずおかしな声が漏れる。おかしなものを見ているのだから当然だ。
理解ができない。理解ができない。理解ができない。理解ができない。理解ができない。理解ができない。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
「な、何が、どうなって……? なん、なんで、何……?」
一体何故、この化け物の左肩に、麦野沈利の顔が、ついている?
「これ、は、どういう、ことなんだよおおおォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
浜面は吠えた。吐き出さずにはいられなかった。
この化け物の左肩から首が伸びている。ラフレシアのような大きく開いた丸い口だか頭だかの他に、もう一つ明確な顔が肩にある。
何がなんだか分からないこの化け物の体と違って、そこだけが明確で分かりやすい形をしていた。
それは麦野沈利と呼ばれていた女性のものに間違いなかった。
麦野沈利が化け物へと変貌した。
たったそれだけの簡単な事実が今の浜面には飲み込めない。飲み込みたくない。
混濁し濁りきった思考は全く働かず、浜面という人間に完全な空白の隙が生まれる。
突然光が瞬いた。見知った輝きだった。
浜面の知る限り、それは美しさや暖かさを感じさせる光とは程遠く、対極に位置する破滅と絶望の光。
触れるもの悉くを滅し無に帰す、無慈悲なる破壊光。
『粒機波形高速砲』、『原子崩し』。それは第四位の超能力者が誇る輝きだった。
思わずおかしな声が漏れる。おかしなものを見ているのだから当然だ。
理解ができない。理解ができない。理解ができない。理解ができない。理解ができない。理解ができない。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして。
「な、何が、どうなって……? なん、なんで、何……?」
一体何故、この化け物の左肩に、麦野沈利の顔が、ついている?
「これ、は、どういう、ことなんだよおおおォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
浜面は吠えた。吐き出さずにはいられなかった。
この化け物の左肩から首が伸びている。ラフレシアのような大きく開いた丸い口だか頭だかの他に、もう一つ明確な顔が肩にある。
何がなんだか分からないこの化け物の体と違って、そこだけが明確で分かりやすい形をしていた。
それは麦野沈利と呼ばれていた女性のものに間違いなかった。
麦野沈利が化け物へと変貌した。
たったそれだけの簡単な事実が今の浜面には飲み込めない。飲み込みたくない。
混濁し濁りきった思考は全く働かず、浜面という人間に完全な空白の隙が生まれる。
突然光が瞬いた。見知った輝きだった。
浜面の知る限り、それは美しさや暖かさを感じさせる光とは程遠く、対極に位置する破滅と絶望の光。
触れるもの悉くを滅し無に帰す、無慈悲なる破壊光。
『粒機波形高速砲』、『原子崩し』。それは第四位の超能力者が誇る輝きだった。
213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:55:09.70 ID:YL5T0phL0
かつてその身で幾度も味わった圧倒的な力に、浜面は咄嗟に思考と体のコントロールを取り戻す。
それが放たれる直前、浜面は大きく体を捻って軌道から自身の体を外した。
破壊そのものである光は浜面を貫くことなく、その背後にあるものをいとも容易く薙ぎ払っていく。
体が覚えている、とでも言うのだろうか。もし『原子崩し』ではなく直接襲いかかられていたら浜面はここで死んでいたかもしれない。
しかし随分と分かりやすく悠長な攻撃だ。
チャージから発射までにこんなに時間をかけていては今のように簡単に対処されてしまう。
あんなに分かりやすい安直な軌道では避けてくれと言っているようなものだ。
『麦野沈利』なら、間違ってもこんな生易しい攻撃はしてこない。
その齟齬は『これはもう麦野沈利ではないから』という一点に収束する。
だが同時に『原子崩し』を放ったことはこれが麦野沈利であったことの証明でもある。
これはかつて麦野だった。今は異形に成り果てて、麦野沈利としての命を失った。たったそれだけのことなのだ。
そんなことは今の学園都市では当然で、なのに浜面はどうしようもないほどの極大の絶望を自覚する。
――――――『はーまづらあ。無人の施設を選ぶとはいいセンスだよ。死ぬ時は一人の方がいい』
耳元で囁かれるような、死神の冷たい言葉。かつてこの『原子崩し』にその命を吹き消されかけた時は、いつもそんな言葉をかけられていた。
では、今はどうなのか。その答えは直後に訪れた。
「 た ぁスけ て ェ 」
「―――……っ!?」
たすけて、たすけて。
もはや麦野とは呼べないはずのこの化け物は、麦野の声でそう言葉を発した。
何度も、何度も。助けを繰り返し求め続けていた。
それが放たれる直前、浜面は大きく体を捻って軌道から自身の体を外した。
破壊そのものである光は浜面を貫くことなく、その背後にあるものをいとも容易く薙ぎ払っていく。
体が覚えている、とでも言うのだろうか。もし『原子崩し』ではなく直接襲いかかられていたら浜面はここで死んでいたかもしれない。
しかし随分と分かりやすく悠長な攻撃だ。
チャージから発射までにこんなに時間をかけていては今のように簡単に対処されてしまう。
あんなに分かりやすい安直な軌道では避けてくれと言っているようなものだ。
『麦野沈利』なら、間違ってもこんな生易しい攻撃はしてこない。
その齟齬は『これはもう麦野沈利ではないから』という一点に収束する。
だが同時に『原子崩し』を放ったことはこれが麦野沈利であったことの証明でもある。
これはかつて麦野だった。今は異形に成り果てて、麦野沈利としての命を失った。たったそれだけのことなのだ。
そんなことは今の学園都市では当然で、なのに浜面はどうしようもないほどの極大の絶望を自覚する。
――――――『はーまづらあ。無人の施設を選ぶとはいいセンスだよ。死ぬ時は一人の方がいい』
耳元で囁かれるような、死神の冷たい言葉。かつてこの『原子崩し』にその命を吹き消されかけた時は、いつもそんな言葉をかけられていた。
では、今はどうなのか。その答えは直後に訪れた。
「 た ぁスけ て ェ 」
「―――……っ!?」
たすけて、たすけて。
もはや麦野とは呼べないはずのこの化け物は、麦野の声でそう言葉を発した。
何度も、何度も。助けを繰り返し求め続けていた。
214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:56:08.59 ID:YL5T0phL0
――――――『浜面ァァァあああああああああああッ!! 見下してんじゃねぇぞクソが!! テメェだけは……テメェだけは、何があっても私の手で殺す!!』
――――――『浜面テメェ遅すぎ。っつーか何これ。ちゃんと氷も入れてこいよ!! テメェの手でちょっとぬるくなってんじゃん!! 普通ならこれやり直しが基本のクオリティだぞ!!』
麦野沈利。その女性は、浜面仕上にとってどういう存在だったのか。
その生は、その死は、浜面にとってどういう意味を持つものなのか。
助けて。そう繰り返しながら、その言葉に反するように麦野だった巨体の化け物は右手についたチェーンソーのようなものを振り下ろす。
狙いは浜面。その動きに迷いはなく、躊躇なく彼を両断する動きだった。
浜面は咄嗟に床を転がるようにしてそれを回避し、その化け物へ向けて銃を構える。
そして引き金を引いた。弾丸が当たったのは膨れ上がった胴体。鉛弾が肉を食い千切ってその身を埋めていくも、大したダメージはないようだった。
分かっていた。だからこそ浜面は撃ったのだ。
(ちくしょう。ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ!! 何だよこれ何だよこれ!! どうする、一体どうすりゃいいんだよ!?)
麦野沈利を、かつて麦野沈利だった異形を殺さなければこの場を切り抜けることはできないだろう。
だが殺せるのか。殺してしまってもいいのか。本当にそんなクソみたいな結末で終わらせてしまっていいのか。
麦野を殺して、滝壺を守って、その先で二人で笑えるのか。
今更何を言っている。これまでも散々大勢の人間を踏みつけにして今ここに立っているくせに。
ぐるぐると浜面の頭の中を滅茶苦茶な思考が回る。
時間はない。結論は出ない。だがその時内から崩壊しそうな浜面を停止させるものがあった。
聞きなれた声。多少変質しているものの、聞き間違えることのない声が、巨体の化け物から聞こえてきた。
215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:57:15.99 ID:YL5T0phL0
化け物は動きを止め、まるで蹲るようにしていた。しかし先ほどの弾丸はほとんどダメージを与えていないはず。
では何故あの化け物は動きを止めている。実はダメージを負っていたのか。心に?
馬鹿な。あんな化け物になってしまったものに心なんてあるものか。
だがあれは元々麦野で、「助けて」と言葉を発していて。
「 やメ てぇェ、やめテェぇぇ ヤめてぇぇェ 」
そんな言葉が浜面の耳に飛び込んできた。
心臓が、止まるかと思った。
『麦野沈利』は、浜面に攻撃されたことにショックを受けているとでも言うのか?
「やめろよ……」
震える声で浜面は呟く。声は掠れ、何とか搾り出したといった風だった。
どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。
「 やめ てェぇぇ ワタし は人、ヒトぉォぉぉ?」
「やめて、くれよ……頼む、から……」
「 わタシハ イきてル……にンゲん なンだ ぁァぁ……」
では何故あの化け物は動きを止めている。実はダメージを負っていたのか。心に?
馬鹿な。あんな化け物になってしまったものに心なんてあるものか。
だがあれは元々麦野で、「助けて」と言葉を発していて。
「 やメ てぇェ、やめテェぇぇ ヤめてぇぇェ 」
そんな言葉が浜面の耳に飛び込んできた。
心臓が、止まるかと思った。
『麦野沈利』は、浜面に攻撃されたことにショックを受けているとでも言うのか?
「やめろよ……」
震える声で浜面は呟く。声は掠れ、何とか搾り出したといった風だった。
どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい。
「 やめ てェぇぇ ワタし は人、ヒトぉォぉぉ?」
「やめて、くれよ……頼む、から……」
「 わタシハ イきてル……にンゲん なンだ ぁァぁ……」
216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/12(金) 23:58:23.67 ID:YL5T0phL0
――――――『……どうして、ここまで酷い怪物になっちゃったのかな』
217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:03:04.26 ID:W2fuio0e0
(麦野……お前もう、どうしようもねぇ化け物だよ……っ!!)
どうしてこんなことになったのか、浜面には分からない。
ただ何もかもがおかしくて、イカれてて、狂っているのだろう。
何が詰まっているのか、ぶよぶよした灰色の巨体の左肩にある麦野沈利の顔。
本来顔があるべき場所はラフレシアのように大きく首が開いている。
手の先にはチェーンソーのように変形した何かがあり、おぞましい人語を発している。
これを見て、一体誰がこれを人間だなどと言えるだろうか?
(お前……お前、もうどう見たって人間なんかじゃねぇよ……っ!!)
これがどういう感情なのか浜面には分からなかった。
これが全て夢であったらいいのにと、そんな子供のようなことを本気で考えた。
「麦野ォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!
何なんだよ、なんッなんだよお前はぁッ!! お前は超能力者だろ!! 七人しかいない頂点の一角だろ!! そのナンバーフォーなんだろ!!
それがなんでこんなことになってんだよ!! ふざっけんな!! お前はもう『怪物』じゃなくなっただろうが!! あの大戦の時ロシアで、お前は止まったはずだろ!!
なのにどうしたんだよ!! だって、だってお前もう、化け物じゃねぇかよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
果たしてその言葉は日本語として成り立っているのか。意味の通じるものになっているのか。
腹の底からありのままの衝動が吐き出された。他人に理解させるために言葉として整理される以前の、生の感情が。
――――――『……なんの、つもり……?』
もうこれ以上、浜面にはこの麦野だった化け物を見ていることなんかできなくて。
自らを人間だと主張する化け物が、世界で最もおぞましいものに見えて。
自らを生きていると言い張る化け物が、世界で最も哀れに見えて。
麦野沈利は死んだのだと、理解した。
どうしてこんなことになったのか、浜面には分からない。
ただ何もかもがおかしくて、イカれてて、狂っているのだろう。
何が詰まっているのか、ぶよぶよした灰色の巨体の左肩にある麦野沈利の顔。
本来顔があるべき場所はラフレシアのように大きく首が開いている。
手の先にはチェーンソーのように変形した何かがあり、おぞましい人語を発している。
これを見て、一体誰がこれを人間だなどと言えるだろうか?
(お前……お前、もうどう見たって人間なんかじゃねぇよ……っ!!)
これがどういう感情なのか浜面には分からなかった。
これが全て夢であったらいいのにと、そんな子供のようなことを本気で考えた。
「麦野ォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!
何なんだよ、なんッなんだよお前はぁッ!! お前は超能力者だろ!! 七人しかいない頂点の一角だろ!! そのナンバーフォーなんだろ!!
それがなんでこんなことになってんだよ!! ふざっけんな!! お前はもう『怪物』じゃなくなっただろうが!! あの大戦の時ロシアで、お前は止まったはずだろ!!
なのにどうしたんだよ!! だって、だってお前もう、化け物じゃねぇかよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
果たしてその言葉は日本語として成り立っているのか。意味の通じるものになっているのか。
腹の底からありのままの衝動が吐き出された。他人に理解させるために言葉として整理される以前の、生の感情が。
――――――『……なんの、つもり……?』
もうこれ以上、浜面にはこの麦野だった化け物を見ていることなんかできなくて。
自らを人間だと主張する化け物が、世界で最もおぞましいものに見えて。
自らを生きていると言い張る化け物が、世界で最も哀れに見えて。
麦野沈利は死んだのだと、理解した。
218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:04:44.03 ID:W2fuio0e0
(麦野……お前もう、どうしようもねぇ化け物だよ……っ!!)
どうしてこんなことになったのか、浜面には分からない。
ただ何もかもがおかしくて、イカれてて、狂っているのだろう。
何が詰まっているのか、ぶよぶよした灰色の巨体の左肩にある麦野沈利の顔。
本来顔があるべき場所はラフレシアのように大きく首が開いている。
手の先にはチェーンソーのように変形した何かがあり、おぞましい人語を発している。
これを見て、一体誰がこれを人間だなどと言えるだろうか?
(お前……お前、もうどう見たって人間なんかじゃねぇよ……っ!!)
これがどういう感情なのか浜面には分からなかった。
これが全て夢であったらいいのにと、そんな子供のようなことを本気で考えた。
「麦野ォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!
何なんだよ、なんッなんだよお前はぁッ!! お前は超能力者だろ!! 七人しかいない頂点の一角だろ!! そのナンバーフォーなんだろ!!
それがなんでこんなことになってんだよ!! ふざっけんな!! お前はもう『怪物』じゃなくなっただろうが!! あの大戦の時ロシアで、お前は止まったはずだろ!!
なのにどうしたんだよ!! だって、だってお前もう、化け物じゃねぇかよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
果たしてその言葉は日本語として成り立っているのか。意味の通じるものになっているのか。
腹の底からありのままの衝動が吐き出された。他人に理解させるために言葉として整理される以前の、生の感情が。
――――――『……なんの、つもり……?』
もうこれ以上、浜面にはこの麦野だった化け物を見ていることなんかできなくて。
自らを人間だと主張する化け物が、世界で最もおぞましいものに見えて。
自らを生きていると言い張る化け物が、世界で最も哀れに見えて。
麦野沈利は死んだのだと、理解した。
どうしてこんなことになったのか、浜面には分からない。
ただ何もかもがおかしくて、イカれてて、狂っているのだろう。
何が詰まっているのか、ぶよぶよした灰色の巨体の左肩にある麦野沈利の顔。
本来顔があるべき場所はラフレシアのように大きく首が開いている。
手の先にはチェーンソーのように変形した何かがあり、おぞましい人語を発している。
これを見て、一体誰がこれを人間だなどと言えるだろうか?
(お前……お前、もうどう見たって人間なんかじゃねぇよ……っ!!)
これがどういう感情なのか浜面には分からなかった。
これが全て夢であったらいいのにと、そんな子供のようなことを本気で考えた。
「麦野ォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!
何なんだよ、なんッなんだよお前はぁッ!! お前は超能力者だろ!! 七人しかいない頂点の一角だろ!! そのナンバーフォーなんだろ!!
それがなんでこんなことになってんだよ!! ふざっけんな!! お前はもう『怪物』じゃなくなっただろうが!! あの大戦の時ロシアで、お前は止まったはずだろ!!
なのにどうしたんだよ!! だって、だってお前もう、化け物じゃねぇかよォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
果たしてその言葉は日本語として成り立っているのか。意味の通じるものになっているのか。
腹の底からありのままの衝動が吐き出された。他人に理解させるために言葉として整理される以前の、生の感情が。
――――――『……なんの、つもり……?』
もうこれ以上、浜面にはこの麦野だった化け物を見ていることなんかできなくて。
自らを人間だと主張する化け物が、世界で最もおぞましいものに見えて。
自らを生きていると言い張る化け物が、世界で最も哀れに見えて。
麦野沈利は死んだのだと、理解した。
219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:06:31.20 ID:W2fuio0e0
――――――『もう、殺し合いなんてやめよう』
「 カぁら だがカッて にィウごぉく、ドう シ テどウシてぇェぇ?」
浜面は顔面をくしゃくしゃにして走る。この時の浜面の顔は、世界で一番みっともなかったに違いない。
麦野の声で滅茶苦茶なことを言う化け物から青白い不健康な色の輝きが追うように放たれるも、ただとりあえず撃っただけのそれは浜面を捉えることはない。
破壊の光が施設を無残に破壊していく中、浜面はそんなことなど気にもせずに動いた。
いつの間にか何故かこの施設の電源が入れられていたようで、騒々しい機械音が響き渡っていることに浜面はそこで気付く。
――――――『……何を言っているのよ、浜面……』
突然足場が死角から『原子崩し』に突き崩され、浜面の体が宙に投げ出される。
またもダン!!と鋼鉄の通路に叩きつけられ、自身の右肩から嫌な音がするのを聞く。
「ぐぁ、がああああああああああああああああああああッ!!!!」
――――――『お前は、滝壺を選んだじゃないか。あいつを助けるために、お前は二度も私を撃ったじゃないか。
その浜面が、今更こんな私を助けるって言うの……?』
「 だァキ しめ ぇテよ ぉォぉお? 」
死がそこまで迫っている。浜面は左手で右肩を抑えながらふらふらと立ち上がった。
最初に落下した地点に投げ出されていたショットガンを拾うと、覚束ない足取りでそこを目指す。
(麦野……)
終わらせる。
220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:08:52.01 ID:W2fuio0e0
――――――『そうだよ!! 俺は滝壺を選んだ!! 命を懸けて守るって誓った!! そのことは今も変わらない!!
だから俺は、今更お前のことなんか選び直せない!! 事実は何も変わらない。俺は、滝壺を守るためにお前を見捨てたんだ!!』
浜面は施設に伸びている一本の、丸太ほどの太さもあるパイプを固定している留め金を銃で破壊し、それにしがみついた。
中には高温のスチームが通っているせいでおそろしく高温になっていたが、浜面はその熱と痛みを必死で押し殺した。
ショットガンを決して手放さないよう、パイプから落下しないよう、焼けるような激痛を強引に無視してしがみつく。
その状態のまま浜面が大声をあげると、巨体の化け物もすぐにこちらに気付いたようだった。
――――――『私は、フレンダを殺したぞ。「アイテム」もバラバラに引き裂いた。滝壺の命を狙ったのだって一度じゃない。
そんな私を、お前はどうやって救うって言うのよ』
浜面を頭上のパイプから引き摺り下ろそうとしているのだろう、巨体の化け物はその右手にある円盤状の刃で鉄のパイプを切断し始めた。
ギャィィイイイ、という音と共にすぐにパイプが切断される。
留め金を破壊され、切断されたパイプはしがみついている浜面の体重で頭を垂れるようにガキッ、と折れ曲がり、パイプの切断口が麦野沈利だった化け物へと向けられる。
――――――『だから、お前は絹旗に死ぬほど謝って、滝壺にも頭を下げて、フレンダの墓の前で涙を流して許しを乞え。そうしたら……』
パイプの切断口から超高温のスチームが勢いよく噴出し、それが化け物の肩にある麦野沈利の顔に直撃する。
どうやらその顔の部分が弱点であるらしく、化け物は全身をくねらせておぞましい奇声をあげる。
だがこれで終わりではない。浜面は折れ曲がったパイプに跨り、それを滑り台のようにして滑り降りる。
その先にあるのは、化け物の肩にある麦野沈利の、顔。
221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:12:36.75 ID:W2fuio0e0
――――――『そうしたら、俺たちはもう一度「アイテム」になれる。必ずなれる!!』
そのまま巨体の化け物の肩に飛び乗った浜面は、苦しむ化け物に振り落とされないようにしながらショットガンを構えた。
当然この間も高温のスチームは噴出しているため、浜面はそれを背中からまともに浴びている形となる。
全身に走る形容し難い熱と痛み。身体に大きな火傷を負いながら、だが浜面はそれを無視した。
そんなもの、今浜面の心と精神を襲っているものに比べれば屁でもなかった。
「 アぁあ ぁァあ 、ヒトッ ひトヒと、 ひとナンだぁ ァぁあ ぁ 」
何もかもが異形の化け物と化した麦野沈利の、唯一の名残。
そこだけはあまりに以前のままで、明確に麦野の顔そのものだった。
そして、浜面は生を主張するその麦野の顔の額にショットガンの銃口を押し付ける。
「……これでさ、『アイテム』はお終いだよ」
浜面仕上はこの無理な体勢で撃つことで肩を襲うであろう激痛も、高温のスチームによる熱傷も。
全てを無視して、引き金を引いた。
銃口からショットシェルが放たれ、散弾する前にその鉛弾が麦野沈利の頭部にめり込んで内から破壊する。
そして。パァン!! とまるで風船のように、麦野沈利の顔が文字通り“弾けた”。
――――――『これが、浜面仕上……。いいや、違うな。これが「アイテム」だ。地獄へ落ちても忘れるな』
ベチャベチャ、と肉片や得体の知れないぶよぶよとしたもの、ピンクがかったものがシャワーのように浜面へと降り注ぐ。
化け物はゆらりとその巨体を揺らし、奇声をあげながら糸が切れたようにその場に沈んだ。
動かなくなった化け物と同様に、振り落とされた浜面も動けなかった。
「――――――……ははっ。はは、は、ははは……」
それは無理な体勢からの銃撃の反動で脱臼したことによるものでも、スチームによる猛烈な激痛によるものでも、鋼鉄の通路に叩きつけられたことによるものでもない。
浜面の全身はボロボロだったが、それ以上に内側が限界に達していた。
麦野沈利は、死んだ。何度も繰り返し戦い、その闘争の果てに勝利でも敗北でもない結末を掴み取ったはずだったのに。
何もかもがあっさりと、夢幻のように消えてなくなった。
「……滝、壺……」
浜面はもはや慣れてしまった激痛を堪えて強引に肩をはめると、ボロボロの体を引き摺って歩き始めた。
口を突くのは愛しい少女の名。口にするだけでいくらでも強くなれるはずの魔法の言葉。
そのはずだったのに。少しでも気を抜けば乾いた笑い声が出そうだった。壊れた笑みを浮かべそうだった。世界の裏側まで届くほど叫びそうだった。
失意と絶望。決定的な挫折に押し潰されかけている浜面仕上は、そこからの出口として滝壺理后を求めた。
滝壺に会いたい。あの顔を見れば戦う力が戻るはずだ。あの声を聞けばもう一度立ち上がれるはずだ。あの手に触れればこの出口のない迷宮から抜け出せるはずだ。
浜面はふらふらと歩く。その場に麦野沈利だったものの残骸を置き去りにして。
222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:15:12.31 ID:W2fuio0e0
……どれほど彷徨い、どれほど迷っただろうか。
死んだような目でただふらふらと徘徊する浜面の姿は、もし第三者が見たら亡者共と間違えられても不思議ではなかっただろう。
それでもようやく浜面はとある一画で滝壺理后と再会することができた。
だと言うのに。浜面の意識は滝壺に向いていなかった。
浜面は目を見開いたまま目前にあるスチール用品をプレスして塊にするための設備から視線を外せず、動けなくなっていた。
床から三メートルくらい掘り下げてある区画だ。左右の長さは大体一〇メートルくらいか。
プレス用の分厚い鉄板が落ちていた。にも関わらず、その鉄板の向こうから呻き声が聞こえるのだ。
その声が。
聞き覚えのあるその声が。
耳に馴染んでいるその声が。
大切な、掛け替えのない仲間の声が。
『アイテム』の一員である、絹旗最愛の声が。
鉄板の下から聞こえていた。
「――――――は、ははは。ははははははははははは!! ははははははははははははははははははは!!!!」
もう笑うしかなかった。何がなんだか分からなかった。今まで必死で積み上げてきた全てが崩壊しているのが分かった。
一体この破滅の痕に何が残るのか。狂ったように浜面は笑った。
プレス用鉄板の下から聞こえる絹旗の呻き声は少々様子が変だった。
散々嫌というほど聞いてきたからすぐに分かった。これは生者の出す声ではない。あの動く亡骸共の出す呻き声だ。
ゾンビと化すことで、人として死亡し異形として生き返った絹旗最愛。
根源的な飢餓に突き動かされて人肉を求めるようになった絹旗は、このプレス機の区画に落とされて押し潰されたのだろう。
223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:17:26.23 ID:W2fuio0e0
では誰がそれを行ったのか。
何者が彼女に永遠の安らぎを与えんとしたのか。
該当者は最初から一名しかない。
その少女は、プレス機のスイッチの前でぺたりと座り込んでいた。
その目はどこか虚ろに見え、顔に表情というものは一切なかった。
貼り付けたかのような無を顔に浮かべ、空の瞳を漂わせる。
少女の全身は痙攣でもしているかのように震え、まるで抜け殻のようでさえあった。
浜面仕上と滝壺理后。麦野沈利と絹旗最愛。
ここに『アイテム』は完全なる終焉を迎えた。
「ははははは、はっははははははははははは!!!! ははは、お、げ、おぇええええええええええええええ!!!!」
びちゃびちゃと浜面は口から吐寫物を撒き散らす。
全身を汚物に塗れさせながら、浜面はそんなことも気にせずに小さく蹲る。
そこで初めて浜面は滝壺の周囲が吐寫物で塗れていることに気付く。
浜面と滝壺は全く同一の失意と絶望に身と心を食われていた。
いつの間にか、絹旗の呻き声が聞こえなくなっていた。
それが意味するところは一つだった。
「ぐ、げぇえええええ……。おぇ、う、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
浜面は言うことを聞かぬ体をずるずると引き摺り、滝壺の元へと向かう。
その手が滝壺の腕を掴んで、そこで初めてようやく滝壺は浜面の存在を認識したようだった。
何者が彼女に永遠の安らぎを与えんとしたのか。
該当者は最初から一名しかない。
その少女は、プレス機のスイッチの前でぺたりと座り込んでいた。
その目はどこか虚ろに見え、顔に表情というものは一切なかった。
貼り付けたかのような無を顔に浮かべ、空の瞳を漂わせる。
少女の全身は痙攣でもしているかのように震え、まるで抜け殻のようでさえあった。
浜面仕上と滝壺理后。麦野沈利と絹旗最愛。
ここに『アイテム』は完全なる終焉を迎えた。
「ははははは、はっははははははははははは!!!! ははは、お、げ、おぇええええええええええええええ!!!!」
びちゃびちゃと浜面は口から吐寫物を撒き散らす。
全身を汚物に塗れさせながら、浜面はそんなことも気にせずに小さく蹲る。
そこで初めて浜面は滝壺の周囲が吐寫物で塗れていることに気付く。
浜面と滝壺は全く同一の失意と絶望に身と心を食われていた。
いつの間にか、絹旗の呻き声が聞こえなくなっていた。
それが意味するところは一つだった。
「ぐ、げぇえええええ……。おぇ、う、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……」
浜面は言うことを聞かぬ体をずるずると引き摺り、滝壺の元へと向かう。
その手が滝壺の腕を掴んで、そこで初めてようやく滝壺は浜面の存在を認識したようだった。
224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:20:34.22 ID:W2fuio0e0
「―――は、ま……づら?」
古い機械のように、滝壺はぎこちない動きで首を浜面へ向ける。
しかしその眼は本当に浜面を捉えているのか。眼に光はなく、死んでいる。
浜面はもはや何も言えず、ゆっくりと滝壺を強く抱き締める。痛いのではと思うほどに、強く。
結局、これが現実だった。
浜面のためなら何でもできる。滝壺のためなら何でもできる。
互いが生きていればどうでもいい。そのためなら誰だって切り捨てる。
二人はこの悪夢の中でずっとそう考えてきたし、そう行動してきた。
ところが、異形へと変異した麦野沈利が現れただけで、生と死の狭間に囚われた絹旗最愛が現れただけで。
二人の覚悟と意思はこうも儚く崩れ去った。
互いさえ無事ならば麦野や絹旗さえどうでもよかったのではないのか。
なのにどうしてこれほどの挫折を味わっている。
浜面にとって、滝壺にとって。
麦野や絹旗はもはやただの仲間などではなくなっていたのだ。
それこそ互いにとっての浜面や滝壺に匹敵するほどに大切な存在へと変わっていたのだ。
何を失っても、なんて無理だった。彼女たちを失う痛みは、浜面が滝壺を、滝壺が浜面を失う痛みともはや同等だった。
それを味わって、尚平然としてられるほど二人は人の心を捨て切れていなかった。
もう、嫌だ。どちらかがぽつりと呟いた。
浜面はきつく滝壺を抱擁する。言葉はもうない。
何を言えばいいのかなんて分からなかった。何かを言う気にもなれなかった。
ただ、今は互いが互いを強く感じていたかった。
いつか訪れるであろう終わりの時まで、ずっと一緒に。
古い機械のように、滝壺はぎこちない動きで首を浜面へ向ける。
しかしその眼は本当に浜面を捉えているのか。眼に光はなく、死んでいる。
浜面はもはや何も言えず、ゆっくりと滝壺を強く抱き締める。痛いのではと思うほどに、強く。
結局、これが現実だった。
浜面のためなら何でもできる。滝壺のためなら何でもできる。
互いが生きていればどうでもいい。そのためなら誰だって切り捨てる。
二人はこの悪夢の中でずっとそう考えてきたし、そう行動してきた。
ところが、異形へと変異した麦野沈利が現れただけで、生と死の狭間に囚われた絹旗最愛が現れただけで。
二人の覚悟と意思はこうも儚く崩れ去った。
互いさえ無事ならば麦野や絹旗さえどうでもよかったのではないのか。
なのにどうしてこれほどの挫折を味わっている。
浜面にとって、滝壺にとって。
麦野や絹旗はもはやただの仲間などではなくなっていたのだ。
それこそ互いにとっての浜面や滝壺に匹敵するほどに大切な存在へと変わっていたのだ。
何を失っても、なんて無理だった。彼女たちを失う痛みは、浜面が滝壺を、滝壺が浜面を失う痛みともはや同等だった。
それを味わって、尚平然としてられるほど二人は人の心を捨て切れていなかった。
もう、嫌だ。どちらかがぽつりと呟いた。
浜面はきつく滝壺を抱擁する。言葉はもうない。
何を言えばいいのかなんて分からなかった。何かを言う気にもなれなかった。
ただ、今は互いが互いを強く感じていたかった。
いつか訪れるであろう終わりの時まで、ずっと一緒に。
225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:23:48.01 ID:W2fuio0e0
トロフィーを取得しました
『十字架を建てる時』
かつて『アイテム』を再結成させた少年が、その鍵になった滝壺理后が、『アイテム』を破滅させた証。夢は所詮儚く消える
226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:26:29.66 ID:W2fuio0e0
Files
File34.『麦野沈利の手記』
ここに一時立て篭もったのは正解だった。食事もあるし生きるには困らない。
時々、扉の向こうで連中が動き回る音が聞こえるけど、ここには入り込めないよう。ざまあみろクソ野郎共。
滝壺が無事かどうかは分からない。でも私は浜面を信じる。私たちも、何としても生き延びてみせる。
また全員揃って笑ってみせる。『アイテム』はもう二度と崩れない。
もう化け物になんてなってたまるか。人間のまま生き延びるんだ。
くそ!! 化け物の侵入を許してしまった。
まさかダクトを通ってくるとは思わなかった。平和ボケしすぎだ、無様も極まってる。
でも私ならあんなのろまな化け物を叩きのめすくらいわけはない。
……問題は不意の一撃に絹旗が負傷させられたこと。休養を取ったらすぐに行動を再開するつもりだったけど、これではそうはいかない。
化け物になんてなってたまるか、させてたまるか!!
これからはおちおち眠り込んでもいられない。
この間のようなことがあっては暢気に休んでもいられない……神経が昂ぶる。
外に出て必死に何か方法を探すが、一向に何も見つからない。
時間がない。私には、絹旗には時間がないんだ。
冷静にならなくては、と分かっていても落ち着くことなんて出来やしない。
話し相手でもいれば少しは気が紛れるんだろうけど。
流石に疲れた、具合も悪い。
風邪でも引くとまずい。一旦休むべきだろう。私がここで倒れては元も子もない。
……でもやっぱりじっとなんてしていられない。
私は今度こそ『アイテム』を守ると誓ったんだ。
浜面、滝壺。待っててね、次に会う時は元気に笑う絹旗と一緒に行くから。
227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/13(土) 00:28:33.74 ID:W2fuio0e0
高熱でダウンしてしまっていた。
倒れているところを化け物に見つからなくて良かった。
まだ頭がぼーっとする。感染症? あの子にかまれたからばい菌はいったかも?
首に大きなしこりできた。いたい。こういうとき独りはきつい。さびしい。
今なんじ……?
話しあいてできたよかった。
なかなかイけるやつ。ジョークのセンスもある。おもしろい。わらう笑う。
でも顔、ちかすぎ。ずっとそばいすぎ。むこうもそういってる。けどせまくて動けない。
けんかした。あいつたべものひとりじめ。
よこで肉たべてる。おいしそう。わたしのかおのよこ。すぐすぐよこ。
けどわたしにくれない。おいしそうな肉。
あのコのあたまのおにくおいしそう。
たすてけ
わたしのからだ、よこどり
された
わたし わたしじゃない?
わたしだれ?
たたすけ よばなきゃ
メーデーめーでー
メヘエエエデエエエエ
にくにく たべたべ たべたひいいよおお
File35.『絹旗最愛の遺書』
震える文字で、極めて短い文章が綴られている……。
『浜面、滝壺さん。どうかお幸せに』
倒れているところを化け物に見つからなくて良かった。
まだ頭がぼーっとする。感染症? あの子にかまれたからばい菌はいったかも?
首に大きなしこりできた。いたい。こういうとき独りはきつい。さびしい。
今なんじ……?
話しあいてできたよかった。
なかなかイけるやつ。ジョークのセンスもある。おもしろい。わらう笑う。
でも顔、ちかすぎ。ずっとそばいすぎ。むこうもそういってる。けどせまくて動けない。
けんかした。あいつたべものひとりじめ。
よこで肉たべてる。おいしそう。わたしのかおのよこ。すぐすぐよこ。
けどわたしにくれない。おいしそうな肉。
あのコのあたまのおにくおいしそう。
たすてけ
わたしのからだ、よこどり
された
わたし わたしじゃない?
わたしだれ?
たたすけ よばなきゃ
メーデーめーでー
メヘエエエデエエエエ
にくにく たべたべ たべたひいいよおお
File35.『絹旗最愛の遺書』
震える文字で、極めて短い文章が綴られている……。
『浜面、滝壺さん。どうかお幸せに』
235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:15:25.96 ID:d6R4Tu0x0
ある地点からは、もはや立ち帰ることはできない。その地点まで到達しなければならぬ
236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:16:48.73 ID:d6R4Tu0x0
一方通行 / Day2 / 17:40:50 / 第一六学区 路上
「……あァ?」
緑色の鱗に覆われ、鋭い爪を持った爬虫類のような化け物の頭部を握り潰し、一方通行は疑問の声を漏らした。
視界の片隅、遥か遠方から大きな爆発音のようなものが聞こえてきたのだ。
更に目を凝らしてみれば何か一部が赤く染まっているようにも見える。
「何あれ? 大火事でも発生したのかねぇ」
足元に倒れ付している亡者の頭部に止めの弾丸を撃ち込んで番外個体はそちらを見つめる。
言葉や口調こそ軽いものの、その表情は二人とも疲れきり、重く沈んだものであった。
「……っつーかあなたさ、能力使いすぎ。もう充電器も壊されて充電なんてできないってのに。
投げやりだよ。もう何もかもがどうでもいい、どうにでもなれって感じがする。
もうあと数分しか残ってないんじゃないの? ……気持ちは分かるよ。でも、あなたにはまだ生きててもらわないと……ミサカが困る」
打ち止めが死に、歪な生に囚われた彼女と相対したあの時から。
一方通行は既に死にかけ、ただ空っぽの器になりかけていた。
だから、その時から番外個体が理由になった。
番外個体は自らを守れと告げ、致命的に崩壊した一方通行が生きて戦う理由を作った。
237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:20:05.67 ID:d6R4Tu0x0
だが、それでも。一方通行だけでなく番外個体さえも。
もう気力が尽きかけていた。限界がすぐそこまで迫っていた。
この狂気に満ちた世界に、全てを食われかけていた。
「……あっちにはたしかデケェ大学だか病院だかがあったな。
なンで今更あンな爆発や炎上が起きてンのか……誰かがいるのか。行ってみるか」
そォいや他の生き残ってるだろう知り合いたちを回収するのが元々の目的だったな、とようやく一方通行は思い出す。
ではこれまで何のために動いていたのだろうか。これからあの爆発の元へ行って、それでどうするのだろうか。
疑問に思って、どうでもいいか、と素直に結論づける。
「……だね。どうせもう行くところもない、気力もない、目的もない、なぁんもないんだから」
一方通行は番外個体の言葉には答えず、淡々と呟く。
二人は何かを諦めたような、自嘲するようなボロボロの笑みを浮かべる。
きっともう、取り返しのつかないところまで崩壊は進んでいた。
もう気力が尽きかけていた。限界がすぐそこまで迫っていた。
この狂気に満ちた世界に、全てを食われかけていた。
「……あっちにはたしかデケェ大学だか病院だかがあったな。
なンで今更あンな爆発や炎上が起きてンのか……誰かがいるのか。行ってみるか」
そォいや他の生き残ってるだろう知り合いたちを回収するのが元々の目的だったな、とようやく一方通行は思い出す。
ではこれまで何のために動いていたのだろうか。これからあの爆発の元へ行って、それでどうするのだろうか。
疑問に思って、どうでもいいか、と素直に結論づける。
「……だね。どうせもう行くところもない、気力もない、目的もない、なぁんもないんだから」
一方通行は番外個体の言葉には答えず、淡々と呟く。
二人は何かを諦めたような、自嘲するようなボロボロの笑みを浮かべる。
きっともう、取り返しのつかないところまで崩壊は進んでいた。
238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:22:17.43 ID:d6R4Tu0x0
垣根帝督 / Day2 / 15:00:49 / 第一六学区 プロムナード
遥か彼方で、見覚えのある燈色の輝きが天へと立ち昇った。
地上から数十メートルも上空まで打ち上がったその閃光。
距離が離れすぎていて薄らとしか目視できないが、垣根と心理定規はその輝きの名を知っていた。
「―――超電磁砲」
呟いたのは心理定規だった。彼方に光る闇を切り裂くような閃光に、彼女は魅入るように視線を外さない。
「……まあ、間違いねえだろうな。サインのつもりか」
「御坂さん……生きているのね……」
仲間の生の証。それを示す閃光は心理定規の心に光を灯す。
これまで変わり果てた友人やおぞましい異形ばかりを見てきた彼らにとって、それは希望だった。
御坂美琴が生きている。ならば他の知り合いたちもきっと生きている。
とっくの昔に消え失せたそんな前向きな思考が蘇っていた。
「ってことは、さっきの馬鹿げた落雷もやっぱり?」
「だろうな。そもそもあんな桁の違う出力を出せる奴なんて第三位、超電磁砲を置いて他にいねえ」
今からおよそ三〇分ほど前。
丁度今のように遥か彼方で巨大な落雷が降り注いだのを二人は目撃していた。
それはあまりに破壊的で莫大な雷。しかもその轟雷が輝いたのは今超電磁砲が撃ち上がっているのと同じ方角であった。
239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:23:41.19 ID:d6R4Tu0x0
「でも待って。あれだけレベルの違う規模と破壊力よ。あんなものをぶっ放したら間違いなく死肉狂い共も消し去っちゃうはず……」
心理定規のその言葉は、美琴がたとえ相手が生きた死体であろうと殺すはずがない、という確信に基づいたものだった。
だがその言葉は後半は囁くような弱く小さい声になっていた。
彼女は思ってしまったのだ。あり得るのかもしれない、と。
何せずっとこの地獄の中で戦ってきたのだ。その“本質”についても分かっているつもりだった。
「あいつらに遭っちまったら殺るか殺られるか、二つに一つ」
垣根もまたその“本質”には当然気付いている。故に大して驚くことはしなかった。
だが、その表情には確実に何かが含まれていた。
「御坂は選んじまったんだろうな。おそらく、それは防衛本能なんだろうよ。
ここで本当の意味で壊れれば、『自分だけの現実』はグチャグチャになる。そうなれば能力は使えねえ。
そしてそれはそのまま死へと繋がる。それを避けるために、おそらくは本能的に御坂は自分から先に壊れたんだ。
……もしかしたら、今もどうしても守りたいヤツと一緒にいるのかもな。そのためにはどうしても『超電磁砲』を手放すわけにはいかねえんだろうよ」
亡者共と対峙し、手を上げることを拒絶する。
変異した知り合いと遭遇し、泣き叫びながら逃げ惑う。
おそらく美琴も最初はそうしてきたのだろう。
だがそれは極度の疲労とストレスを強いることになる。
そして溜まりに溜まったそれが爆発するような、美琴の信念を根本から砕くような、決定的な何かがあったのだろう。
そうなれば抱えきれぬショックにパンクすることはなくなる。
無理に対峙して受け止めることなく、ただ目の前の光景を受け入れて力を振るう。
それでお終いだ。超能力者たる彼女にとって、不殺という枷が外れれば異形共のほとんどがものの敵ではなかっただろう。
心理定規のその言葉は、美琴がたとえ相手が生きた死体であろうと殺すはずがない、という確信に基づいたものだった。
だがその言葉は後半は囁くような弱く小さい声になっていた。
彼女は思ってしまったのだ。あり得るのかもしれない、と。
何せずっとこの地獄の中で戦ってきたのだ。その“本質”についても分かっているつもりだった。
「あいつらに遭っちまったら殺るか殺られるか、二つに一つ」
垣根もまたその“本質”には当然気付いている。故に大して驚くことはしなかった。
だが、その表情には確実に何かが含まれていた。
「御坂は選んじまったんだろうな。おそらく、それは防衛本能なんだろうよ。
ここで本当の意味で壊れれば、『自分だけの現実』はグチャグチャになる。そうなれば能力は使えねえ。
そしてそれはそのまま死へと繋がる。それを避けるために、おそらくは本能的に御坂は自分から先に壊れたんだ。
……もしかしたら、今もどうしても守りたいヤツと一緒にいるのかもな。そのためにはどうしても『超電磁砲』を手放すわけにはいかねえんだろうよ」
亡者共と対峙し、手を上げることを拒絶する。
変異した知り合いと遭遇し、泣き叫びながら逃げ惑う。
おそらく美琴も最初はそうしてきたのだろう。
だがそれは極度の疲労とストレスを強いることになる。
そして溜まりに溜まったそれが爆発するような、美琴の信念を根本から砕くような、決定的な何かがあったのだろう。
そうなれば抱えきれぬショックにパンクすることはなくなる。
無理に対峙して受け止めることなく、ただ目の前の光景を受け入れて力を振るう。
それでお終いだ。超能力者たる彼女にとって、不殺という枷が外れれば異形共のほとんどがものの敵ではなかっただろう。
240: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:25:22.35 ID:d6R4Tu0x0
(この狂った地獄の世界の、それが本質だ)
垣根は思う。現在の死んだ学園都市で、最も恐ろしいものは何か。
それは人肉を食らう歩く死者ではない。人知の及ばぬ魑魅魍魎共ではない。避けられぬ死ではない。
それらによる信念や人格の崩壊、その変化。それが最大の恐怖だ。
その人間が対峙したであろう絶望よりも。
それによって人間がこうまで変わってしまっただろうことの方が、垣根にはよほど恐ろしかった。
この惨劇は人の有していた様々なものを崩壊させ、そして歪んだ形で再構築させてしまった。
垣根や一方通行のような人間よりも、真っ当に生きて正当に努力してきたような人間にこそこの地獄は牙を剥く。
ましてやなまじ強い力を持っていると、簡単に相手を殺せるような力があると、その崩壊は更に加速する。
「……そうなってまで御坂さんには掴みたいものが、守りたいものがあったのね。
『自分だけの現実』、『超電磁砲』。大切なものを守るための力を失わないように」
「……だから俺は、最初に上条や御坂は危ないっつったんだ。クソが」
吐き捨てるように垣根は言う。
こうなることが予測できなかったわけではない。
だからそれを防ぐために二人は上条たちを探していたのだ。
だが結局は彼らを見つけられず、こうして手遅れになってしまった。
そこまで考えて、ようやく垣根は自分たちの本来の目的を思い出す。
この無明の地獄に飲まれてもはや目的など忘れ去ってしまっていた。
まともな人間だけではない。それだけ自分たちも危なくなっているのだ、と自覚する。
垣根は思う。現在の死んだ学園都市で、最も恐ろしいものは何か。
それは人肉を食らう歩く死者ではない。人知の及ばぬ魑魅魍魎共ではない。避けられぬ死ではない。
それらによる信念や人格の崩壊、その変化。それが最大の恐怖だ。
その人間が対峙したであろう絶望よりも。
それによって人間がこうまで変わってしまっただろうことの方が、垣根にはよほど恐ろしかった。
この惨劇は人の有していた様々なものを崩壊させ、そして歪んだ形で再構築させてしまった。
垣根や一方通行のような人間よりも、真っ当に生きて正当に努力してきたような人間にこそこの地獄は牙を剥く。
ましてやなまじ強い力を持っていると、簡単に相手を殺せるような力があると、その崩壊は更に加速する。
「……そうなってまで御坂さんには掴みたいものが、守りたいものがあったのね。
『自分だけの現実』、『超電磁砲』。大切なものを守るための力を失わないように」
「……だから俺は、最初に上条や御坂は危ないっつったんだ。クソが」
吐き捨てるように垣根は言う。
こうなることが予測できなかったわけではない。
だからそれを防ぐために二人は上条たちを探していたのだ。
だが結局は彼らを見つけられず、こうして手遅れになってしまった。
そこまで考えて、ようやく垣根は自分たちの本来の目的を思い出す。
この無明の地獄に飲まれてもはや目的など忘れ去ってしまっていた。
まともな人間だけではない。それだけ自分たちも危なくなっているのだ、と自覚する。
241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:27:27.65 ID:d6R4Tu0x0
「……じゃあ、あの『幻想殺し』の彼も……」
「可能性は十分に、な」
上条当麻。あのヒーローも、どこまで行っても人間で、高校生だ。
闇と失意とに飲まれ、変わってしまっている可能性は否定できたものではない。
それほどの狂気と対峙することで壊れ、それほどの狂気を流せる人間として生まれ変わる。
だから、それが建物の影から姿を見せた時。
垣根はもう自分も既に手遅れになっているのだと自覚した。
ああ、と驚くほどにそれを受け入れている自分に気が付いた。
見てみれば心理定規にも、これまでほどの反応が見られなかった。
本来ならそんな程度で済まされていいはずがなかった。
なのに、『そんな程度』で済んでしまっている事実がある。
「ああ、クソ―――なんだ、アンタ、俺の方に来たのか。
アンタは変わってたよな。俺に殺されかけたってのに、アンタは笑ってた。ただの一言も俺を責めようとしなかった」
一〇月九日。学園都市の暗部抗争が巻き起こった日、目の前の人間は垣根帝督によって瀕死の重傷を負わされた。
だと言うのに、その人間は、黄泉川愛穂は垣根を責めることはなかった。
彼女にはその権利があったはずだ。その理由があったはずだ。
「大人は汚え。それが俺の世界の常識だった。実の親だって例外じゃなかった。ガキを使って肥え太ることしか考えてねえこの街のクズ共。
そんな中で、アンタみたいな人間もいるんだと思ったよ。……だが、それでもこの街のシステムを組み替えるほどの力はアンタにはなかったってことか。
ああ、当然だ。当然だと思うよ。何しろアンタみたいな人間は絶滅危惧の希少種。圧倒的少数なんだからな」
「可能性は十分に、な」
上条当麻。あのヒーローも、どこまで行っても人間で、高校生だ。
闇と失意とに飲まれ、変わってしまっている可能性は否定できたものではない。
それほどの狂気と対峙することで壊れ、それほどの狂気を流せる人間として生まれ変わる。
だから、それが建物の影から姿を見せた時。
垣根はもう自分も既に手遅れになっているのだと自覚した。
ああ、と驚くほどにそれを受け入れている自分に気が付いた。
見てみれば心理定規にも、これまでほどの反応が見られなかった。
本来ならそんな程度で済まされていいはずがなかった。
なのに、『そんな程度』で済んでしまっている事実がある。
「ああ、クソ―――なんだ、アンタ、俺の方に来たのか。
アンタは変わってたよな。俺に殺されかけたってのに、アンタは笑ってた。ただの一言も俺を責めようとしなかった」
一〇月九日。学園都市の暗部抗争が巻き起こった日、目の前の人間は垣根帝督によって瀕死の重傷を負わされた。
だと言うのに、その人間は、黄泉川愛穂は垣根を責めることはなかった。
彼女にはその権利があったはずだ。その理由があったはずだ。
「大人は汚え。それが俺の世界の常識だった。実の親だって例外じゃなかった。ガキを使って肥え太ることしか考えてねえこの街のクズ共。
そんな中で、アンタみたいな人間もいるんだと思ったよ。……だが、それでもこの街のシステムを組み替えるほどの力はアンタにはなかったってことか。
ああ、当然だ。当然だと思うよ。何しろアンタみたいな人間は絶滅危惧の希少種。圧倒的少数なんだからな」
242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:29:26.58 ID:d6R4Tu0x0
人ならざる声をあげ、赤々とした筋繊維を露出させ、酔っ払ったかのような覚束ない足取りで近づいてくる黄泉川愛穂。
子供には銃を向けず、子供たちの平穏と安寧のために戦う心優しい一人の教師。
それが今では飢餓感を目の前の肉の塊で満たすことしか考えられなくなっている。
「―――仕方ねえ。仕方ねえんだ。何がどう狂ってこんなことになっちまったかなんてもうどうでもいい。きっと、全てがイカれちまったんだ」
眼前に迫る死者に対して、垣根は静かに語りかける。
当然その言葉は黄泉川には届かない。心理定規は顔を俯かせたまま、何も言うことができなかった。
「俺も、アンタも。全員が不幸だったんだ。もう、こうなっちまったらそういうことでいいだろ」
だから。
「だから、ここでお別れだ」
あの時のように、音も無く伸びた白い翼がズブリと黄泉川を貫いた。違うのは、今度こそ確実にその命を奪ったこと。
白く輝く聖槍にその身を貫かれた異形の存在はそれで完全に活動を停止し、その場に崩れ落ちる。
動かなくなった黄泉川愛穂。こんな自分たちに手を差し伸べてくれた黄泉川愛穂。その最期はこんなものだった。
「……つくづく世界ってやつは不公平ね」
心理定規も自分たちの致命的な変化に気が付きつつも。
もはやどうすることもできず、どこか諦めたような、どうしようもない表情を浮かべていた。
もう何を言っても意味などなく、二人は静かに立ち去った。
あとにはどろりと白く濁った眼を持つカラスに無残に啄ばまれる、一つの死体だけが残っていた。
子供には銃を向けず、子供たちの平穏と安寧のために戦う心優しい一人の教師。
それが今では飢餓感を目の前の肉の塊で満たすことしか考えられなくなっている。
「―――仕方ねえ。仕方ねえんだ。何がどう狂ってこんなことになっちまったかなんてもうどうでもいい。きっと、全てがイカれちまったんだ」
眼前に迫る死者に対して、垣根は静かに語りかける。
当然その言葉は黄泉川には届かない。心理定規は顔を俯かせたまま、何も言うことができなかった。
「俺も、アンタも。全員が不幸だったんだ。もう、こうなっちまったらそういうことでいいだろ」
だから。
「だから、ここでお別れだ」
あの時のように、音も無く伸びた白い翼がズブリと黄泉川を貫いた。違うのは、今度こそ確実にその命を奪ったこと。
白く輝く聖槍にその身を貫かれた異形の存在はそれで完全に活動を停止し、その場に崩れ落ちる。
動かなくなった黄泉川愛穂。こんな自分たちに手を差し伸べてくれた黄泉川愛穂。その最期はこんなものだった。
「……つくづく世界ってやつは不公平ね」
心理定規も自分たちの致命的な変化に気が付きつつも。
もはやどうすることもできず、どこか諦めたような、どうしようもない表情を浮かべていた。
もう何を言っても意味などなく、二人は静かに立ち去った。
あとにはどろりと白く濁った眼を持つカラスに無残に啄ばまれる、一つの死体だけが残っていた。
243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/18(木) 00:30:53.06 ID:d6R4Tu0x0
そして。しばらくの後、垣根と心理定規は『爆心地』へと辿り着く。
空爆の跡のような燦々たる光景が広がるそこは、かつて『冥土帰し』と呼ばれる凄腕の医師がいた病院があった地だった。
ここに二人が探している少女の姿はなかった。だがその痕跡はしっかりと残されていた。
「ちょっと、これを見て」
心理定規の白く細い指が何かの残骸である大きな鉄板のようなものをなぞる。
その下には何かの文字列が刻まれていた。おそらく砂鉄か何かで強引に刻み込んだのだろう。
『上明大学へ!!』
向かうべき場所は、決まった。
248: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:04:17.17 ID:Fhbm1XJi0
真の道は一本の網の上に通じている。その網は、空中に張られているのではなく、地面のすぐ上に張ってある。
渡って歩くためよりは、つまずかせるためのものであるらしい。
249: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:06:02.38 ID:Fhbm1XJi0
浜面仕上 / Day2 / 16:18:47 / 第一六学区 プロムナード
始まりは一体どこだったのだろうか。
ともあれあの日、『スクール』に『アイテム』は敗北した。
どうしようもない力の差があった。努力や工夫でどうにかできるレベルを超えてしまっていた。
第四位の『原子崩し』と滝壺の『能力追跡』の極悪コンボ。絹旗の攻防共に優れた大能力にフレンダのトラップ。
『アイテム』は数ある暗部組織の中でも屈指の実力と功績を誇っていたが、それでもたった一人の男にその全てはいとも容易く蹴散らされてしまった。
そこから『アイテム』は坂道を転げ落ちるように崩壊の道を辿った。
そして『体晶』と滝壺を巡って浜面と麦野は争い、辛くも無能力者の身で超能力者を下すという大戦果を成し遂げた。
だが、その後に。
浜面仕上は再び麦野沈利と相見えることとなる。
麦野は片目を失い、片腕もなくし、全身を得体の知れないテクノロジーで強引に補強している状態だった。
おかしい、と浜面は思った。元々は『アイテム』の仲間で、一人の女性で、ルックスや服のセンスも決して悪くなかった。
それなのにわけの分からない技術の投入で体をボロボロにして、全てを捨てて自分を殺しにかかっている。
歪だと思った。このまま麦野を殺してしまっていいのか、と思った。殺して、その先で笑えるのか、と思った。
だからこそ。ロシアの雪原で彼女と三度対峙した時、浜面は殺し合いを否定して『アイテム』を再結成するという道を選んだ。
フレンダはもういなくても。もはや怪物ではなくなった麦野、『体晶』から解放された滝壺、浜面をサポートし麦野を再び受け入れた絹旗、そして浜面。
新生『アイテム』は血みどろの暗部から脱却し、日常と平穏、青春をその手で掴むことに成功した。
どうしてこうなった。何を間違えた。
麦野と殺し合うことを拒絶し、手を差し伸べることを決めた。
麦野を殺しても、その先で笑うことなんて絶対にできないと思った。
だが、もはや麦野沈利はいない。他ならぬ浜面の手によって完全な死を迎えてしまった。
250: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:11:11.53 ID:Fhbm1XJi0
何が狂った。誰が悪かった。
絹旗とは以前からビジネスライクというよりも友人のような関係を滝壺は築いていた。
『スクール』に追い詰められた時も、学園都市の追っ手に追われた時も、絹旗はサポートしてくれた。
なのに、もう絹旗最愛はいない。滝壺のその手によってこの世を去った。
「…………」
浜面は忘れることができない。
あの異様でグロテスクな姿へと変貌した麦野沈利を。
かつての声で助けを、生を、人であることを主張する光景を。
それをその手で殺した感触を。
絹旗が生きる屍へと成り果て、滝壺によって殺されたことを知った時の衝撃を。
「…………」
滝壺は忘れることができない。
腐肉と骨を晒し、濁り開ききった眼を向けて白く膨れた指先を蠢かせる絹旗を。
かつてのあの声で呻き、あろうことか『食欲』を自身へと向ける友人を。
それをその手で殺した感触を。
麦野が醜悪な化け物へと成り果て、浜面の手によって殺されたことを知った時の衝撃を。
決して。
忘れることができない。
「…………」
「…………」
二人の間に会話はなかった。最後に口を開いたのはいつだっただろうか。
人間の『生』の定義とはどのようなものなのか。
たしかに心臓は動いている。脳は活動し、全身に命令を送っている。
だが目的もなく、生きる意思さえ曖昧に、虚ろな目でただふらふらと足を動かしているだけの空の人間は。
果たして『生きている』と言っていいのだろうか。
今の彼らと辺りに溢れる亡者共の違いは何だろうか。
絹旗とは以前からビジネスライクというよりも友人のような関係を滝壺は築いていた。
『スクール』に追い詰められた時も、学園都市の追っ手に追われた時も、絹旗はサポートしてくれた。
なのに、もう絹旗最愛はいない。滝壺のその手によってこの世を去った。
「…………」
浜面は忘れることができない。
あの異様でグロテスクな姿へと変貌した麦野沈利を。
かつての声で助けを、生を、人であることを主張する光景を。
それをその手で殺した感触を。
絹旗が生きる屍へと成り果て、滝壺によって殺されたことを知った時の衝撃を。
「…………」
滝壺は忘れることができない。
腐肉と骨を晒し、濁り開ききった眼を向けて白く膨れた指先を蠢かせる絹旗を。
かつてのあの声で呻き、あろうことか『食欲』を自身へと向ける友人を。
それをその手で殺した感触を。
麦野が醜悪な化け物へと成り果て、浜面の手によって殺されたことを知った時の衝撃を。
決して。
忘れることができない。
「…………」
「…………」
二人の間に会話はなかった。最後に口を開いたのはいつだっただろうか。
人間の『生』の定義とはどのようなものなのか。
たしかに心臓は動いている。脳は活動し、全身に命令を送っている。
だが目的もなく、生きる意思さえ曖昧に、虚ろな目でただふらふらと足を動かしているだけの空の人間は。
果たして『生きている』と言っていいのだろうか。
今の彼らと辺りに溢れる亡者共の違いは何だろうか。
251: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:17:06.58 ID:Fhbm1XJi0
「…………」
実際のところ、本当に危ないのは自分よりも滝壺の方だ、と浜面は思う。
滝壺の目には浜面以上に光がなく、浜面以上に虚ろだった。
浜面以外に、それと同じくらいに大切なものを全て失った。
それでも滝壺が一応動けているのは、きっと浜面がまだ生きているからだ。
だから。
だからこそ。
「――――――」
目の前に全長一〇メートルほどの大蛇が建物の隙間を縫うようにして現われ。
その口を、その体の大きさからは想像もつかないほどに大きく開き。
牙を光らせて浜面ではなく滝壺へと襲いかかった時。
滝壺が全く反応しなかったのは、不思議ではなかったのかもしれない。
そして。滝壺と同じくらいに大切なものを全て失った浜面が。
もはやどうして自分が生きているのか、何を為すために歩いているのかすら分からなくなった浜面が。
滝壺を狙われて、反応するのが遅れたのも仕方なかったのだろう。
しかしその喪失、その遅れは。何もかもが致命的と評価できた。
「う、ああああ……っ!!」
「――――――ッ!!」
ようやくハッとした浜面が滝壺の体を全力で引っ張る。
だが、遅かった。滝壺の右肩には深々と大蛇の牙が突き刺さってしまっている。
そのまま噛み千切られなかったのは奇跡と言えるだろう。
浜面は肩口からドクドクと大量に出血している滝壺を抱きかかえる。
今まで抜け殻のようだったのが嘘のようだった。
急激に意識は覚醒し、怒りと恐怖と後悔と悲しみが溢れ出てくる。
実際のところ、本当に危ないのは自分よりも滝壺の方だ、と浜面は思う。
滝壺の目には浜面以上に光がなく、浜面以上に虚ろだった。
浜面以外に、それと同じくらいに大切なものを全て失った。
それでも滝壺が一応動けているのは、きっと浜面がまだ生きているからだ。
だから。
だからこそ。
「――――――」
目の前に全長一〇メートルほどの大蛇が建物の隙間を縫うようにして現われ。
その口を、その体の大きさからは想像もつかないほどに大きく開き。
牙を光らせて浜面ではなく滝壺へと襲いかかった時。
滝壺が全く反応しなかったのは、不思議ではなかったのかもしれない。
そして。滝壺と同じくらいに大切なものを全て失った浜面が。
もはやどうして自分が生きているのか、何を為すために歩いているのかすら分からなくなった浜面が。
滝壺を狙われて、反応するのが遅れたのも仕方なかったのだろう。
しかしその喪失、その遅れは。何もかもが致命的と評価できた。
「う、ああああ……っ!!」
「――――――ッ!!」
ようやくハッとした浜面が滝壺の体を全力で引っ張る。
だが、遅かった。滝壺の右肩には深々と大蛇の牙が突き刺さってしまっている。
そのまま噛み千切られなかったのは奇跡と言えるだろう。
浜面は肩口からドクドクと大量に出血している滝壺を抱きかかえる。
今まで抜け殻のようだったのが嘘のようだった。
急激に意識は覚醒し、怒りと恐怖と後悔と悲しみが溢れ出てくる。
252: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:26:06.57 ID:Fhbm1XJi0
「ぅ、あ……あ、」
「おい、おい滝壺!! しっかりしろ!! 滝壺ぉっ!!」
血を滝のように流しながら滝壺の体が震えている。
目の前の絶対に許してはならなかった光景に浜面は叫ぶ。
自分の無様さへの憤りに体が震えるのが分かった。
全身の血管が破裂するのではと思うほどに体に力が入る。
(ちくしょう……何やってんだよこのクソ野郎が!!)
自分への怒りに打ち震えながら浜面は咄嗟にジャージを脱ぎ、それを滝壺の肩口に巻きつけて少しでも止血を試みる。
それを終え、浜面はそこで初めて大蛇の姿をはっきりと視界に捉えた。
長さは一〇メートル程度で、それだけなら自然界にもアナコンダのような蛇がいる。
だがその太さが普通ではなかった。さながら巨大な丸太のようにさえ見える。
そして顎はあくびをしているように異常に大きく開いていて、まるで顎が外れているようにも見えた。
頭をもたげ、獲物を品定めするように舌を遊ばせる大蛇。
手持ちの銃を数発撃ち込んだところでこの異形の大蛇は殺せないだろう。
そもそも重傷を負って動けない滝壺がいるのだ。逃げることすら困難を極める。
動かすだけで負担がかかる。しかしこのままでは二人揃ってこの大蛇の餌食だ。
仕方なく浜面が滝壺を抱きかかえようとすると、滝壺は震える小さな声で告げた。
「……私のことは、いいから……。私が、あれの注意を引く。その、間にはまづらは、逃げて……」
やっと口を開いたと思ったら、その口から漏れたのはそんな戯言だった。
「ふざけんな!! いいか滝壺!! 俺がお前を!! 見捨てるなんてできるわけねぇだろうが!!
絶対に死なせねぇ。死にたいっつっても死なせてやらねぇから覚悟しとけ!!」
見捨てない、死なせない。
麦野や絹旗の末路がある限り、そんな言葉に意味などない。
意味などなくても浜面はそう言わずにはいられなかった。
麦野と絹旗が死んでしまったからこそ、今苦しむ滝壺が目の前にいるからこそ、『守る』という決意は一層強くなっていた。
「おい、おい滝壺!! しっかりしろ!! 滝壺ぉっ!!」
血を滝のように流しながら滝壺の体が震えている。
目の前の絶対に許してはならなかった光景に浜面は叫ぶ。
自分の無様さへの憤りに体が震えるのが分かった。
全身の血管が破裂するのではと思うほどに体に力が入る。
(ちくしょう……何やってんだよこのクソ野郎が!!)
自分への怒りに打ち震えながら浜面は咄嗟にジャージを脱ぎ、それを滝壺の肩口に巻きつけて少しでも止血を試みる。
それを終え、浜面はそこで初めて大蛇の姿をはっきりと視界に捉えた。
長さは一〇メートル程度で、それだけなら自然界にもアナコンダのような蛇がいる。
だがその太さが普通ではなかった。さながら巨大な丸太のようにさえ見える。
そして顎はあくびをしているように異常に大きく開いていて、まるで顎が外れているようにも見えた。
頭をもたげ、獲物を品定めするように舌を遊ばせる大蛇。
手持ちの銃を数発撃ち込んだところでこの異形の大蛇は殺せないだろう。
そもそも重傷を負って動けない滝壺がいるのだ。逃げることすら困難を極める。
動かすだけで負担がかかる。しかしこのままでは二人揃ってこの大蛇の餌食だ。
仕方なく浜面が滝壺を抱きかかえようとすると、滝壺は震える小さな声で告げた。
「……私のことは、いいから……。私が、あれの注意を引く。その、間にはまづらは、逃げて……」
やっと口を開いたと思ったら、その口から漏れたのはそんな戯言だった。
「ふざけんな!! いいか滝壺!! 俺がお前を!! 見捨てるなんてできるわけねぇだろうが!!
絶対に死なせねぇ。死にたいっつっても死なせてやらねぇから覚悟しとけ!!」
見捨てない、死なせない。
麦野や絹旗の末路がある限り、そんな言葉に意味などない。
意味などなくても浜面はそう言わずにはいられなかった。
麦野と絹旗が死んでしまったからこそ、今苦しむ滝壺が目の前にいるからこそ、『守る』という決意は一層強くなっていた。
253: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:32:37.02 ID:Fhbm1XJi0
そして滝壺も。意味などないことが分かっていても、現実的な可能性の低さを理解していても。
やはりそう言われるのは嬉しかった。第三資源再生処理施設を出てから、初めて滝壺に表情というものが生まれた。
だが現実は何も変わらない。いくら少女とはいえ人間一人の重さはそう軽いものではない。
加えて大蛇は頭をもたげさせ既に第二撃を放とうとしている。
詰みに近い状況。そんなどうしようもない状況下で、
「お、ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
―――浜面仕上と滝壺理后は、見知った無能力者の少年の咆哮を聞いた。
「あ、あれは……ッ!?」
「かみ、じょう……?」
二人の視線の先に、大蛇へ向かって突撃してくる上条当麻が確かにいた。
やはりそう言われるのは嬉しかった。第三資源再生処理施設を出てから、初めて滝壺に表情というものが生まれた。
だが現実は何も変わらない。いくら少女とはいえ人間一人の重さはそう軽いものではない。
加えて大蛇は頭をもたげさせ既に第二撃を放とうとしている。
詰みに近い状況。そんなどうしようもない状況下で、
「お、ォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
―――浜面仕上と滝壺理后は、見知った無能力者の少年の咆哮を聞いた。
「あ、あれは……ッ!?」
「かみ、じょう……?」
二人の視線の先に、大蛇へ向かって突撃してくる上条当麻が確かにいた。
254: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:38:32.95 ID:Fhbm1XJi0
上条当麻 / Day2 / 16:19:26 / 第一六学区 プロムナード
特別な理由なんてなかった。
ただ、たまたま得体の知れない大蛇に襲われている人間を見た。
だから助けようと思った。ただそれだけだった。
上条は吹寄からインデックスまで、多くの仲間を失ってしまっている。
以前には名も知らぬ瀕死の少女と出会い、助けられずに目の前で死なせてしまったことさえある。
だからこそ。今度こそは誰かを助けてみせると、そう思ったのだ。
自分が選ばれた特別なヒーローなどではないことなんて、痛いほど思い知らされている。
誰かを救えるなんて考えは傲慢だなんてことだって分かっているつもりだ。それでも。
警備員の死体から拾っておいた使っていないグレネードガンを手に、全速力で駆ける。
そして大口を開けた大蛇と襲われている二人の間に滑りこみ、その口内へと銃口を向ける。
背後で襲われていた人間が何か言っていたが、上条はそんなことには構わずに引き金を引いた。
こんなものの使い方なんてまともに知っているはずがない。ただ引き金を引けば弾は出る、それで十分だった。
放たれた榴弾は大蛇の口内に着弾し起爆する。
体内からの爆発を受けた大蛇は大きな金切り声をあげ、のたうつようにして身をくねらせどこかへと姿を消していった。
大蛇が完全にいなくなったのを確認し、ようやく上条はふぅ、と息を吐いて振り返る。
「これでとりあえずは安心だ。大丈―――は、浜面!? 滝壺も!?」
「ちっくしょう、なんて完璧なタイミングで出てきやがんだこのヒーローは!! 大将、アンタ最高だよ!!」
大蛇やそれに襲われている人がいるということばかり考えていて、それが誰かを確認する余裕などなかった上条はそこで初めてその顔を見る。
浜面仕上、滝壺理后。二人とも擦り切れたボロボロの表情で、やつれたようにも見えるが間違いなくそれは見知った二人だった。
255: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:42:53.74 ID:Fhbm1XJi0
そして、彼らは上条当麻にとって。この惨劇において初めて出会い、言葉を交わすことができた友人だった。
間違いなく生きている彼らの姿に上条は感極まり、思わず涙が出そうになるがこういう時は違う、と思って上条は笑う。この地獄の果てで、笑うことができた。
「―――久しぶり。またお前たちの顔が見れて、安心したよ。……本当に、安心した」
「……俺もだよ。もし大将が来なかったら、俺たちは死んでた。たとえこの場を切り抜けられても、もう心が死んでた」
そう言って、二人の無能力者は笑った。最後に笑ったのは果たしていつだったか。
だがそれもほんの一時のこと。今は滝壺を何とかしなければならない。
「……かみじょう。無事で……よかった……」
「何言ってんだ、他人の心配してる場合じゃねぇだろ!! 待ってろ。今助けてやる」
上条の力強い言葉と顔つきに、滝壺は愛しい少年の面影を重ねる。
似てるなぁ、などと思いつつ、もう自分の命を捨てようとは滝壺は考えなかった。
「―――ど、く……」
「何?」
二人の少年に肩口の傷跡の処置を受けながら、滝壺は酷く震える声で呟いた。
「さっきの、……大蛇……。毒を、持ってた、ん、だと、思う……。意識が、朦朧と……」
ぐったりと全身の力が抜けている滝壺を抱きかかえながら、浜面は嘘だろ、と呟く。
毒。たしかに蛇に噛まれたのだから毒を受けても何もおかしくはない。
しかし、血清なんて持っているはずがない。焦燥がじりじりと身を焦がす中、
「待てよ……? たしかこのすぐ近くにデケェ病院があったはず……」
「上明大学付属の大病院」
上条当麻は力強い口調でこう言った。
「俺もさっきそこを通ったから知ってる。俺が血清を取りに行ってくる。お前たちは身を隠して安静にしてろ」
浜面はその提案を断ることはできなかった。
事は一刻を争う上、浜面の全身は既にボロボロで、一歩歩くだけで痛みが走る有り様だ。
情けないと思いながらも、上条なら安心して信じることができる、と浜面は思っていた。
こちらに背中を向け、全力で走り出した上条を遠くに見つめ、浜面は手の届かぬ星を見つめるように目をスッと細める。
素直に思った。
「……変わらねぇな」
決して真似のできないその不変性。あれが英雄的資質ってやつなのかね、などと思いつつ浜面は滝壺を抱き上げ、眼前の施設へと入っていった。
間違いなく生きている彼らの姿に上条は感極まり、思わず涙が出そうになるがこういう時は違う、と思って上条は笑う。この地獄の果てで、笑うことができた。
「―――久しぶり。またお前たちの顔が見れて、安心したよ。……本当に、安心した」
「……俺もだよ。もし大将が来なかったら、俺たちは死んでた。たとえこの場を切り抜けられても、もう心が死んでた」
そう言って、二人の無能力者は笑った。最後に笑ったのは果たしていつだったか。
だがそれもほんの一時のこと。今は滝壺を何とかしなければならない。
「……かみじょう。無事で……よかった……」
「何言ってんだ、他人の心配してる場合じゃねぇだろ!! 待ってろ。今助けてやる」
上条の力強い言葉と顔つきに、滝壺は愛しい少年の面影を重ねる。
似てるなぁ、などと思いつつ、もう自分の命を捨てようとは滝壺は考えなかった。
「―――ど、く……」
「何?」
二人の少年に肩口の傷跡の処置を受けながら、滝壺は酷く震える声で呟いた。
「さっきの、……大蛇……。毒を、持ってた、ん、だと、思う……。意識が、朦朧と……」
ぐったりと全身の力が抜けている滝壺を抱きかかえながら、浜面は嘘だろ、と呟く。
毒。たしかに蛇に噛まれたのだから毒を受けても何もおかしくはない。
しかし、血清なんて持っているはずがない。焦燥がじりじりと身を焦がす中、
「待てよ……? たしかこのすぐ近くにデケェ病院があったはず……」
「上明大学付属の大病院」
上条当麻は力強い口調でこう言った。
「俺もさっきそこを通ったから知ってる。俺が血清を取りに行ってくる。お前たちは身を隠して安静にしてろ」
浜面はその提案を断ることはできなかった。
事は一刻を争う上、浜面の全身は既にボロボロで、一歩歩くだけで痛みが走る有り様だ。
情けないと思いながらも、上条なら安心して信じることができる、と浜面は思っていた。
こちらに背中を向け、全力で走り出した上条を遠くに見つめ、浜面は手の届かぬ星を見つめるように目をスッと細める。
素直に思った。
「……変わらねぇな」
決して真似のできないその不変性。あれが英雄的資質ってやつなのかね、などと思いつつ浜面は滝壺を抱き上げ、眼前の施設へと入っていった。
256: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:47:33.38 ID:Fhbm1XJi0
浜面仕上 上条当麻 / Day2 / 16:27:29 / 第一六学区 ソラリウム
巨大な屋内プール、その施設内に上条当麻、浜面仕上、滝壺理后はいた。
元々付属病院が文字通り目と鼻の先にあったこと、上条の協力によって何とか毒が回りきる前に血清を打ち込むことに成功していた。
滝壺に教えられた種類の血清を上条に渡され、浜面自身が滝壺に打ち込んだ。
滝壺は大分衰弱してしまっているようで、今は意識を失っていた。
しかしあくまで意識を失っているだけであり、大蛇の毒はこれで取り除かれた。
安堵した二人は大きく息をつき、その場にどかっと座り込む。
周辺にいた数体の屍は上条が戻ってくる前に排除してある。浜面はいつ以来だか分からない安心感を感じていた。
そしてそれは上条もまた同じだった。
次々と変貌した友人らと遭遇し、散々に打ちのめされた中でようやく出会った生きた仲間。
それと同じ空間を共有するという感覚は、想像以上に上条に安らぎをもたらしていた。
「…………」
「…………」
しかし何を話せばいいのか分からなかった。
上条も浜面も、相応の地獄を見てきている。
自分があれだけのものを見てきているのだから、相手も同じようなものを味わっているのは想像に難くない。
そう思うと、普段ならいくらでも出てくる軽口の一つも引っ込んでしまう。
他の仲間のことなど聞けるはずがなかった。
『アイテム』の仲間はどこにいるのか、なんて間違っても上条は聞けなかった。
あの白いシスターや常盤台の超電磁砲は、なんて浜面は間違っても聞けなかった。
それでも何か話そうと浜面が口を開く。
257: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:51:40.31 ID:Fhbm1XJi0
「……悲惨だな」
「……ああ。でもお前たちに会えて本当にほっとしてる。……お前、もうボロボロじゃねぇか」
「俺も、滝壺も大将に会えて救われたよ。アンタがいなかったら今俺たちは生きてないんだ。……本当に、ありがとう」
たしかにもうボロボロだけど、命があるだけ儲けものさ、と浜面は小さく笑う。
―――その言葉に僅かな引っかかりを覚えた。
「それにしたって、ボロボロなのは大将も同じだろ。もう全身限界に近いんだろ、隠してるつもりかよ?
……今だって頭から血ぃ流れてんじゃねぇか。ほら、使ってくれ」
頭部から顔に流れるように出血している上条へ、浜面は白い布を手渡した。
一言礼を言って、上条はその布を傷口に押し当てる。白い布が血液を吸って瞬く間に赤色へと変わっていった。
「ああ、これはさっき頭を打っただけだ。別にあいつらにやられたわけじゃないから、『感染』は……して……ないと……?」
上条の言葉に疑問が混ざる。声は尻すぼみになり、震えさえ窺えた。
それにつられて浜面も呆然とした様子で呟く。
「―――感……染……?」
二人同時にバッと滝壺を見る。明らかに様子がおかしかった。
滝壺の息が荒い。やけに発汗が見られる。額を触ってみると、熱があることが分かった。
『感染』という言葉。滝壺は先ほど異形の大蛇に噛まれた。そして今のこの症状。
導かれる答えは一つだけだった。
「冗談だろ……」
浜面は真っ青になって思わず言葉を漏らす。
ようやく気が抜けたと思っていたらこの仕打ちだ。
もう、一刻の猶予もないだろう。
「……ああ。でもお前たちに会えて本当にほっとしてる。……お前、もうボロボロじゃねぇか」
「俺も、滝壺も大将に会えて救われたよ。アンタがいなかったら今俺たちは生きてないんだ。……本当に、ありがとう」
たしかにもうボロボロだけど、命があるだけ儲けものさ、と浜面は小さく笑う。
―――その言葉に僅かな引っかかりを覚えた。
「それにしたって、ボロボロなのは大将も同じだろ。もう全身限界に近いんだろ、隠してるつもりかよ?
……今だって頭から血ぃ流れてんじゃねぇか。ほら、使ってくれ」
頭部から顔に流れるように出血している上条へ、浜面は白い布を手渡した。
一言礼を言って、上条はその布を傷口に押し当てる。白い布が血液を吸って瞬く間に赤色へと変わっていった。
「ああ、これはさっき頭を打っただけだ。別にあいつらにやられたわけじゃないから、『感染』は……して……ないと……?」
上条の言葉に疑問が混ざる。声は尻すぼみになり、震えさえ窺えた。
それにつられて浜面も呆然とした様子で呟く。
「―――感……染……?」
二人同時にバッと滝壺を見る。明らかに様子がおかしかった。
滝壺の息が荒い。やけに発汗が見られる。額を触ってみると、熱があることが分かった。
『感染』という言葉。滝壺は先ほど異形の大蛇に噛まれた。そして今のこの症状。
導かれる答えは一つだけだった。
「冗談だろ……」
浜面は真っ青になって思わず言葉を漏らす。
ようやく気が抜けたと思っていたらこの仕打ちだ。
もう、一刻の猶予もないだろう。
258: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/09/28(日) 00:57:53.92 ID:Fhbm1XJi0
「あの時……毒だけじゃなく、ウィルスにも同時に『感染』していたって言うのか……っ!?」
上条の声にもまた絶望の色が混ざる。
考えてみれば何もおかしいことではないのだ。
むしろ当然の結果とも言える。この事態を引き起こした得体の知れないウィルス。
それに『感染』した生物に噛まれたのならば、滝壺もまた。
(どうする……。どうするどうするどうする考えろ考えろ考えろよ浜面仕上……ッ!!
テメェのその大したことない脳みそを限界まで回せ!! ありったけの脳細胞を全てつぎ込めよッ!!)
このままでは、滝壺理后は生ける死者の仲間入りを果たす。
あのどろりと濁った目で、腐った体で、食欲を満たすために動くようになる。
そんなふざけた結末を認めるわけには絶対にいかない。
「とにかく、その付属病院に滝壺を運ぼう。移動の危険はあるけどここじゃ何にもできやしねぇ!!」
「……分かった。サポートは俺に任せろ!!」
浜面は姿なき悪魔にその身を蝕まれつつある滝壺を抱きかかえ、再び歩き出す。
道中は上条がサポートしてくれるため、移動に関しての不安はなかった。それは上条への信頼そのままだった。
だが、上条は思う。
(ウィルスのワクチンを作る以外に滝壺を助ける方法は多分ない。
でも俺たちに作れるのか!? 何の特別な知識もないただの高校生二人に!?
滝壺なら作れるかもしれないけど、その滝壺が動けないんじゃあ他に方法は……っ!!)
浜面は思う。
(ワクチンを作る。それしか道はねぇ。でも問題は山積みだ。
そもそも作り方や実際に作れるのかって問題以前に、このウィルスの詳細なデータがねぇとワクチンなんて作れないだろ!?
でもそんなもんがどこにあるって言うんだ。ちんたらやってると滝壺が……ちっくしょうが!!)
時間は無駄にはできない。こうしている間にも、滝壺理后の体内では未知のウィルスが活動しているのだから。
明確な答えを出せぬまま、二人の少年は上明大学付属病院へと向かう。
上条の声にもまた絶望の色が混ざる。
考えてみれば何もおかしいことではないのだ。
むしろ当然の結果とも言える。この事態を引き起こした得体の知れないウィルス。
それに『感染』した生物に噛まれたのならば、滝壺もまた。
(どうする……。どうするどうするどうする考えろ考えろ考えろよ浜面仕上……ッ!!
テメェのその大したことない脳みそを限界まで回せ!! ありったけの脳細胞を全てつぎ込めよッ!!)
このままでは、滝壺理后は生ける死者の仲間入りを果たす。
あのどろりと濁った目で、腐った体で、食欲を満たすために動くようになる。
そんなふざけた結末を認めるわけには絶対にいかない。
「とにかく、その付属病院に滝壺を運ぼう。移動の危険はあるけどここじゃ何にもできやしねぇ!!」
「……分かった。サポートは俺に任せろ!!」
浜面は姿なき悪魔にその身を蝕まれつつある滝壺を抱きかかえ、再び歩き出す。
道中は上条がサポートしてくれるため、移動に関しての不安はなかった。それは上条への信頼そのままだった。
だが、上条は思う。
(ウィルスのワクチンを作る以外に滝壺を助ける方法は多分ない。
でも俺たちに作れるのか!? 何の特別な知識もないただの高校生二人に!?
滝壺なら作れるかもしれないけど、その滝壺が動けないんじゃあ他に方法は……っ!!)
浜面は思う。
(ワクチンを作る。それしか道はねぇ。でも問題は山積みだ。
そもそも作り方や実際に作れるのかって問題以前に、このウィルスの詳細なデータがねぇとワクチンなんて作れないだろ!?
でもそんなもんがどこにあるって言うんだ。ちんたらやってると滝壺が……ちっくしょうが!!)
時間は無駄にはできない。こうしている間にも、滝壺理后の体内では未知のウィルスが活動しているのだから。
明確な答えを出せぬまま、二人の少年は上明大学付属病院へと向かう。
279: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:24:05.78 ID:+onytYto0
どうか 複雑に絡み合って困惑させられるこの謎を解いてほしいのです
あなた方は 時が運びし未来の出来事を知っているようですので……
280: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:26:33.17 ID:+onytYto0
もはやお飾りの肩書きとなった第一位の称号を背負う少年は、番外個体と呼ばれる少女と並んでそこを目指していた。
いくらでも沸いてくる亡者を撃ち抜き、無限に現れる化け物を叩き潰し。
数多の亡骸で舗装された道を歩く。
その時、そこからまた何かしらの轟音が響き渡る。
「……本当に、何をやってるんだか」
「…………」
番外個体のその呟きは、そこと自分たちのどちらに向けられたものなのだろうか。
そこの方面へ視線を向けると、空や景色が赤く歪んでいた。
火の手が上がっているのだ。そして先ほどから聞こえる音。あそこに、何かがある。
けれど。そこへ行って、何になる。そこに何かがあるとして、それがどうなる。
今更何をしたところで打ち止めは帰ってこない。妹達は戻ってこない。黄泉川愛穂も芳川桔梗も生き返らない。
「……くっだらねェ」
呟いて、しかし足はそこを目指して動き続ける。
もしかして、と思っているのだろう。もしかしたら、あそこにある何かは再び戦おうと思わせてくれるようなものなのではないか。
最も重要な柱をへし折られた一方通行に、少しでも戦意を抱かせるものなのではないか。
そんな甘すぎる考えを自覚しながらも。
全てを見失った少年と少女は、会話もなくただそこ―――上明大学へと歩を進める。
281: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:27:55.15 ID:+onytYto0
道を見失ったであろう少女が、誰かへ宛てて残した一文。
それに従って垣根帝督と心理定規はそこを目指していた。
二人の周囲には幾多の骸が山と積み上げられ、この地獄の中にあって尚異様な光景が出来上がっていた。
「それで本当にそこに行けば御坂さんに会えるの?」
「さてな。御坂に行き先を変更する理由がなく、無事にそこに辿り着け、且つ御坂がそこを離れる前に俺らが着けば会えるだろうよ」
何をしにそこを目指してんのかは知らねえが、と垣根は付け足して足元に転がってきた臓器を靴底でグチャリと踏み潰す。
靴底からじわりと血のような汁のような、何か得体の知れぬ液体が広がっていくのを垣根は興味なさげに感情のない瞳で一瞥する。
その様はかつて暗部組織『スクール』として暗躍していた時のものと似通っていた。
「……でも、彼女だけじゃない。もう誰だろうとみんなに合わせる顔がないわ。こんなことになっちゃって……」
呟きながら、心理定規は倒れている少年の亡者の胸元に突き刺さっているサバイバルナイフを引き抜く。
血が凝固しているせいで派手に血飛沫があがることはなかった。
しかしその高校生くらいの少年だった死者はまだ活動を停止しない。
呻き声を漏らしながら心理定規へと手を伸ばす。
心理定規は、それを見て。無表情にその喉元へとサバイバルナイフを深々と突き立てた。
ずぶずぶと人体を押し割って刃を埋め込んでいく。零れ出した血で刃を染めながら、確かに絶命させた感覚が手に伝わる。
その様はかつて暗部組織『スクール』として暗躍していた時のものと似通っていた。
おそらく、誰よりもぬるま湯の平穏で得たものを手放したくないと思っていた二人。
過去の冷酷な自分に立ち戻ることを強く拒絶していた二人。
「……安心しろよ。誰か知り合いが生き残ってたとしても、そいつももうどんな顔して会えばいいのか分からねえって、お前と同じことを思ってるはずだからな」
「―――そう」
一見普段とあまり変わらぬように見える二人の顔は、だが決定的に変わっていた。
明らかに窶れ、疲れきり、その表情は常に一定。
かつてのように年頃のように笑ったり、自信に溢れた笑みを浮かべたり、それどころか怒りも悲しみもない。
悪意も邪気もなく。ただ無だけを機械的に保ち続ける二人は、死を積み上げながら上明大学を目指す。
282: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:29:07.54 ID:+onytYto0
もはや廃墟のようにボロボロになってしまっているビルの中に、御坂美琴と硲舎佳茄はいた。
『冥土帰し』の異名を取る凄腕の医師。彼の残した遺産を持ち、二人はそこを目指していた。
戻ってきた第七学区。かつて住んでいたその学区にある、親しみのあるその病院。
そこで美琴は母を呼びながら人間の顔を剥ぎ自身に貼り付ける異形と二度目の邂逅を果たし。
『冥土帰し』の遺産を見つけ、そして、そして―――……。
「…………っ」
ガン!! という鈍い音が響く。
美琴がコンクリートの壁を握り拳で殴りつけていた。
皮膚が破れ、血が流れる。ジンジンと強い痛みが走る。
構わず美琴は殴りつける。何度も、何度も。
どんどんと傷は酷くなり、これ以上繰り返せば骨にも問題が起きそうだった。
あまりに強く噛んでいた唇からも出血が起き始める。
それでも美琴はやめようとはしなかった。
その時、美琴のもう片方の手に何か暖かいものが触れた。
見てみれば、佳茄がその小さい両手で美琴の手を包んでいた。
佳茄は何も言わない。ただ、その温もりを確かめるように。
やがて、美琴の全身から力が抜けた。
かくんと膝が折れ、ぺたりとその場に力なく座り込んでしまう。
顔を俯かせたまま、決して顔を見せず。しかしその体は小さく震えていた。
佳茄はやはり何も言わない。ただ、美琴は密着していても聞き取れないほど小さな声で、呟いていた。
こんなお姉ちゃんで、ごめんなさい。
馬鹿なお姉ちゃんで、ごめんなさい。
守ってあげられなくて、ごめんなさい。
約束を果たせなくて、ごめんなさい。
最低だ。最低だ。最低だ――――――。
『冥土帰し』の異名を取る凄腕の医師。彼の残した遺産を持ち、二人はそこを目指していた。
戻ってきた第七学区。かつて住んでいたその学区にある、親しみのあるその病院。
そこで美琴は母を呼びながら人間の顔を剥ぎ自身に貼り付ける異形と二度目の邂逅を果たし。
『冥土帰し』の遺産を見つけ、そして、そして―――……。
「…………っ」
ガン!! という鈍い音が響く。
美琴がコンクリートの壁を握り拳で殴りつけていた。
皮膚が破れ、血が流れる。ジンジンと強い痛みが走る。
構わず美琴は殴りつける。何度も、何度も。
どんどんと傷は酷くなり、これ以上繰り返せば骨にも問題が起きそうだった。
あまりに強く噛んでいた唇からも出血が起き始める。
それでも美琴はやめようとはしなかった。
その時、美琴のもう片方の手に何か暖かいものが触れた。
見てみれば、佳茄がその小さい両手で美琴の手を包んでいた。
佳茄は何も言わない。ただ、その温もりを確かめるように。
やがて、美琴の全身から力が抜けた。
かくんと膝が折れ、ぺたりとその場に力なく座り込んでしまう。
顔を俯かせたまま、決して顔を見せず。しかしその体は小さく震えていた。
佳茄はやはり何も言わない。ただ、美琴は密着していても聞き取れないほど小さな声で、呟いていた。
こんなお姉ちゃんで、ごめんなさい。
馬鹿なお姉ちゃんで、ごめんなさい。
守ってあげられなくて、ごめんなさい。
約束を果たせなくて、ごめんなさい。
最低だ。最低だ。最低だ――――――。
283: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:30:26.34 ID:+onytYto0
きっと、それは自分に向けられたものではないと佳茄は思った。
だからいつまでも待とうと、そう思った。
「―――……佳茄は、まだ小さいから……」
ぽつりと、今度は聞こえるように美琴は言う。
「佳茄が頼れるのは、私だけだから……。
だから、弱音を吐いてるところとか、迷ってるところとか……見せたく、なかった」
でも、と美琴は吐露する。
「でも、無理だ……。こんなことになって、あんな目にばっか遭って、無理だよ、そんなの……」
ごめんね、と謝る美琴。だが佳茄はそんな言葉は聞きたくなかった。
「いい。そんなの、もう、どうでもいいよ。私のためなんかに頑張らなくたっていいから……。
お姉ちゃん、もう自分を苦しめないでよ……」
重い沈黙が辺りを包み込む。
どれくらいの時間が経ったかは分からない。
だが、その時美琴は真っ直ぐに顔をあげた。
「―――私は、御坂美琴よ」
何かの証明のように名乗る。
そして、佳茄にはっきりと告げた。
「佳茄。私は、あなたを守る。私がそうしたいと本気で思う。
だから今度こそ約束する。絶対に死なせないって、絶対に生きたまま無事にあなたを帰すって」
そう宣言する美琴の顔つきは、まさに『御坂美琴』のものだった。
彼女を彼女たらしめる、新たなる強さと信念が明確に宿っていた。
この僅かな間に美琴が何を思い、どのような変化があったのかは分からない。
だが決して美琴の、先ほどの言葉と反するようなその宣言を否定するべきではない。佳茄は何となくそんなことを思った。
だからいつまでも待とうと、そう思った。
「―――……佳茄は、まだ小さいから……」
ぽつりと、今度は聞こえるように美琴は言う。
「佳茄が頼れるのは、私だけだから……。
だから、弱音を吐いてるところとか、迷ってるところとか……見せたく、なかった」
でも、と美琴は吐露する。
「でも、無理だ……。こんなことになって、あんな目にばっか遭って、無理だよ、そんなの……」
ごめんね、と謝る美琴。だが佳茄はそんな言葉は聞きたくなかった。
「いい。そんなの、もう、どうでもいいよ。私のためなんかに頑張らなくたっていいから……。
お姉ちゃん、もう自分を苦しめないでよ……」
重い沈黙が辺りを包み込む。
どれくらいの時間が経ったかは分からない。
だが、その時美琴は真っ直ぐに顔をあげた。
「―――私は、御坂美琴よ」
何かの証明のように名乗る。
そして、佳茄にはっきりと告げた。
「佳茄。私は、あなたを守る。私がそうしたいと本気で思う。
だから今度こそ約束する。絶対に死なせないって、絶対に生きたまま無事にあなたを帰すって」
そう宣言する美琴の顔つきは、まさに『御坂美琴』のものだった。
彼女を彼女たらしめる、新たなる強さと信念が明確に宿っていた。
この僅かな間に美琴が何を思い、どのような変化があったのかは分からない。
だが決して美琴の、先ほどの言葉と反するようなその宣言を否定するべきではない。佳茄は何となくそんなことを思った。
284: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:31:36.35 ID:+onytYto0
「……ゆびきりげんまん?」
「……そうね、約束。約束しましょう」
だから、佳茄も笑った。精一杯に笑った。
すっ、と小指を伸ばす。長さの違う二本の小指が交わる。
そして、口ずさむ。
「ゆーびきーりげんまん、」
「うーそついたーらはーりせんぼーんのーます、」
「「ゆーびきった!!」」
佳茄は自分が死ぬかもしれないとは少しも思わなかった。
まだ『死』という概念を正しく理解できる年齢ではないが、とにかくそういった心配は全くしていなかった。
何故なら佳茄には最強の護衛がいるからだ。最も頼れる姉がいるからだ。
今、硲舎佳茄は世界で一番安全なところにいた。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん!」
二人は手を取り合って死の溢れる街へと踏み出した。
壁に背中をもたれて死んでいる女子学生。その壁にはバケツいっぱいの血を撒いたかのような夥しい量の血がこびりついている。
建物に衝突して大破している車の、砕け散ったフロントガラスから数体の死人が車の中の死体を引き摺り出している。
地面に転がっている男性の死体は、ゾンビと化した犬によって食い散らされその『食べカス』が散乱している。
他の死体は目玉をカラスが啄ばんでいて、もう片方の眼窩には眼球はなく、代わりに恐ろしいほどの量の蛆虫が巣くっている。
そんなどこを見ても地獄しかない中を、二人の少女は歩く。
向かう先は一つ。上明大学へ。
「……そうね、約束。約束しましょう」
だから、佳茄も笑った。精一杯に笑った。
すっ、と小指を伸ばす。長さの違う二本の小指が交わる。
そして、口ずさむ。
「ゆーびきーりげんまん、」
「うーそついたーらはーりせんぼーんのーます、」
「「ゆーびきった!!」」
佳茄は自分が死ぬかもしれないとは少しも思わなかった。
まだ『死』という概念を正しく理解できる年齢ではないが、とにかくそういった心配は全くしていなかった。
何故なら佳茄には最強の護衛がいるからだ。最も頼れる姉がいるからだ。
今、硲舎佳茄は世界で一番安全なところにいた。
「それじゃ、行きましょうか」
「うん!」
二人は手を取り合って死の溢れる街へと踏み出した。
壁に背中をもたれて死んでいる女子学生。その壁にはバケツいっぱいの血を撒いたかのような夥しい量の血がこびりついている。
建物に衝突して大破している車の、砕け散ったフロントガラスから数体の死人が車の中の死体を引き摺り出している。
地面に転がっている男性の死体は、ゾンビと化した犬によって食い散らされその『食べカス』が散乱している。
他の死体は目玉をカラスが啄ばんでいて、もう片方の眼窩には眼球はなく、代わりに恐ろしいほどの量の蛆虫が巣くっている。
そんなどこを見ても地獄しかない中を、二人の少女は歩く。
向かう先は一つ。上明大学へ。
285: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:32:49.99 ID:+onytYto0
浜面仕上 上条当麻 / Day2 / 17:38:04 / 第一六学区 上明大学附属病院
見るも無残に破壊されている病院内を、三人の人影が歩く。
上条当麻、浜面仕上、滝壺理后。
三人ともがボロボロで、三人ともが限界を超えていた。
だがその中でも、とりわけ危機を迎えている人物がいる。
滝壺理后。異形の大蛇により『感染』した彼女は、急速にその身を蝕まれていた。
浜面と上条はろくに当てもないまま気持ちだけが逸る。
「しっかりしろ、滝壺。大丈夫だ、絶対に助けてやる」
浜面がぐったりして動けない腕の中の滝壺に呼びかける。
意識の確認のようなものでもあったが、それに対しての滝壺の反応は極めて鈍い。
先ほどまでは意識を取り戻し一言二言言葉を返したりもしていたが、今では小さく笑みを浮かべるのみ。言葉を発す体力もないのだろう。
ギリ、と強く歯噛みする。その様はかつての『体晶』に蝕まれていた時と酷似していた。
「大体、このあちこちに見える植物は一体何なんだ。うねうねと動いてるとこ見ると生きてるみたいだが」
「さっき俺が血清を取りに来た時にもあったな。これが扉を塞いで入れないところもあったけど……触らない方がいいのは間違いねぇだろ」
この病院のいたるところに張り巡らされた植物のツタのようなもの。
床にも根を張っているそれは足場を悪くし、浜面は悪態をついた。
使われなくなった建造物などが植物に覆われている光景は本やテレビでよく見るものだが、今回は状況が違う。
数日前まで学園都市は正常に機能し、正しく科学を生み出していたのだ。
あまりにも植物の成長スピードが速すぎる。
そこにはこの事態を引きこした得体の知れないウィルスが影響しているのは明白で、ならば警戒はした方がいいだろう。
『感染』した植物が異常成長を起こしたと言うなら、そこからこちらにも影響を及ぼす可能性はある。
286: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:33:51.60 ID:+onytYto0
「……おい滝壺。滝壺。……滝壺?」
腕の中の滝壺から返答がないことを訝しんだ浜面がその整った顔を覗き込むと、
「……ちくしょう」
滝壺は再び意識を失っていた。それは彼女の細身の体が着実に侵食されていることを証明するものだった。
思わず滝壺を抱える腕に痛いくらいに力が入る。だが滝壺は全く反応を示さない。
「……浜面、もう時間がない。さっきから思ってたんだが肩口からの出血もよく見ると変だ。
多分、“それ”に『感染』した生物に負わされた傷口からは血が止まらなくなるんだろう」
ともあれこれ以上滝壺を抱えたまま歩き続けるのは危険だと判断し、どこかの部屋へと入ろうとする浜面と上条。
だが上階から隙間を通ってあちこちに伸びている植物の根が扉を塞ぎ、入れなくなってしまっている。
ようやく見つけたその部屋は、やはり植物の根が伸びてはいるが他と比べれば遥かにマシだ。
ここは病室ではないため、浜面はベッドではなくソファに滝壺をゆっくりと寝かせる。やはり滝壺は何の反応も返さなかった。
「でも……っ!!」
とはいえ、どうする。
やらなくてはいけないことは明確に分かっている。
だが実際にそれを行動に移すための手段がない。
時間はない。迷っている暇もない。
気持ちだけが逸る中、何もできない苦痛と怒りが身を焦がす。
しかしそんなことには構わず事は悪化する。
部屋に多少侵入していた植物の根。それがずるずると不気味な音を立てて明確に動き始めたのだ。
「あまりにタイミングが良すぎる……」
それを見上げながら呟いたのは上条だった。
「こいつ……、まさかこの部屋に入ってきた俺たちを獲物として認識してるのか!?」
くそ、と浜面は思わず毒づいた。
最悪だ。ただでさえ滝壺を助ける手段が見つからないというのに。
これではたとえその方法が見つかったとしても、これを何とかしなければ落ち着いて処置もできない。
苛立ちを隠そうともせず近くの机にドン!! と拳を叩きつける。
腕の中の滝壺から返答がないことを訝しんだ浜面がその整った顔を覗き込むと、
「……ちくしょう」
滝壺は再び意識を失っていた。それは彼女の細身の体が着実に侵食されていることを証明するものだった。
思わず滝壺を抱える腕に痛いくらいに力が入る。だが滝壺は全く反応を示さない。
「……浜面、もう時間がない。さっきから思ってたんだが肩口からの出血もよく見ると変だ。
多分、“それ”に『感染』した生物に負わされた傷口からは血が止まらなくなるんだろう」
ともあれこれ以上滝壺を抱えたまま歩き続けるのは危険だと判断し、どこかの部屋へと入ろうとする浜面と上条。
だが上階から隙間を通ってあちこちに伸びている植物の根が扉を塞ぎ、入れなくなってしまっている。
ようやく見つけたその部屋は、やはり植物の根が伸びてはいるが他と比べれば遥かにマシだ。
ここは病室ではないため、浜面はベッドではなくソファに滝壺をゆっくりと寝かせる。やはり滝壺は何の反応も返さなかった。
「でも……っ!!」
とはいえ、どうする。
やらなくてはいけないことは明確に分かっている。
だが実際にそれを行動に移すための手段がない。
時間はない。迷っている暇もない。
気持ちだけが逸る中、何もできない苦痛と怒りが身を焦がす。
しかしそんなことには構わず事は悪化する。
部屋に多少侵入していた植物の根。それがずるずると不気味な音を立てて明確に動き始めたのだ。
「あまりにタイミングが良すぎる……」
それを見上げながら呟いたのは上条だった。
「こいつ……、まさかこの部屋に入ってきた俺たちを獲物として認識してるのか!?」
くそ、と浜面は思わず毒づいた。
最悪だ。ただでさえ滝壺を助ける手段が見つからないというのに。
これではたとえその方法が見つかったとしても、これを何とかしなければ落ち着いて処置もできない。
苛立ちを隠そうともせず近くの机にドン!! と拳を叩きつける。
287: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:35:49.03 ID:+onytYto0
「……ん? これ……」
そこで浜面は初めてスクリーンセーバーが起動したままのノートパソコンと、不自然に整えられた書類に気が付いた。
その書類に見える文字列に、浜面は手を伸ばす。
この植物はやはり未知のウィルスを受けて、宿主の生物がなんであったのか想像することすら困難なほどに異常変異を起こしていること。
この病院の職員たちからは『プラント42』と呼称されていたこと。
その栄養源は二つで、一つは地下にまで伸びた根が水道管に達し、そこに混入した何らかの薬品成分が『プラント42』の急速な成育を促していること。
一つは獲物を感知するとツルを伸ばして触手のように巻き付け、ツルの裏についている吸入器官から吸い取る血であること。
またそれなりに知能を有しており、獲物を得た時や睡眠中はツタを扉に絡ませて外敵の侵入を防ぐこと。
そして『V-JOLT』と命名された薬品を使えば『プラント42』を死滅させられるであろうこと。
浜面はそれらに目を通し、ふと何故自分たちが未だに捕まっていないのか疑問に思った。
しかしその疑問は上条の言葉によって解消される。
「おい……。あれ見てみろ」
院内を彷徨っていたのか、外から入ってきたのか。
数体の死者が伸びたツタに絡め取られ、呻き声をあげながらずるずるとどこかへと引き摺られていた。
おそらく先に捕らえたあちらを優先したのだろう。いずれにせよこれは好機と言えた。
「……とにかく、こいつをどうにかしないとどうしようもねぇ。
手分けしよう。一人は滝壺とここに残って、もう一人がこの『V-JOLT』とかいうのを使ってこいつを始末する」
「……分かった。どっちが残る?」
浜面は考える。自分も上条もどちらもが無能力者に過ぎない。
どちらがどっちに行こうと差は生まれはしないだろう。
だから、浜面は答えた。
そこで浜面は初めてスクリーンセーバーが起動したままのノートパソコンと、不自然に整えられた書類に気が付いた。
その書類に見える文字列に、浜面は手を伸ばす。
この植物はやはり未知のウィルスを受けて、宿主の生物がなんであったのか想像することすら困難なほどに異常変異を起こしていること。
この病院の職員たちからは『プラント42』と呼称されていたこと。
その栄養源は二つで、一つは地下にまで伸びた根が水道管に達し、そこに混入した何らかの薬品成分が『プラント42』の急速な成育を促していること。
一つは獲物を感知するとツルを伸ばして触手のように巻き付け、ツルの裏についている吸入器官から吸い取る血であること。
またそれなりに知能を有しており、獲物を得た時や睡眠中はツタを扉に絡ませて外敵の侵入を防ぐこと。
そして『V-JOLT』と命名された薬品を使えば『プラント42』を死滅させられるであろうこと。
浜面はそれらに目を通し、ふと何故自分たちが未だに捕まっていないのか疑問に思った。
しかしその疑問は上条の言葉によって解消される。
「おい……。あれ見てみろ」
院内を彷徨っていたのか、外から入ってきたのか。
数体の死者が伸びたツタに絡め取られ、呻き声をあげながらずるずるとどこかへと引き摺られていた。
おそらく先に捕らえたあちらを優先したのだろう。いずれにせよこれは好機と言えた。
「……とにかく、こいつをどうにかしないとどうしようもねぇ。
手分けしよう。一人は滝壺とここに残って、もう一人がこの『V-JOLT』とかいうのを使ってこいつを始末する」
「……分かった。どっちが残る?」
浜面は考える。自分も上条もどちらもが無能力者に過ぎない。
どちらがどっちに行こうと差は生まれはしないだろう。
だから、浜面は答えた。
288: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:41:02.55 ID:+onytYto0
1.自分がここに残り、『プラント42』は上条に任せる
2.上条にここに残ってもらい、自分で『プラント42』を処理する
290: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 01:42:22.08 ID:MbnKtk0W0
1
293: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 02:02:52.41 ID:+onytYto0
「……悪いが、大将に任せてもいいか? 何にもできねぇくせに、それでも滝壺の傍にいてやりたい」
「分かってる。俺もそう提案しようと思ってたところだ。やっぱりお前は滝壺についててやらねぇと駄目だ。
ところでさ、その何とかって薬品。どこにあるんだ?」
「自分で作るんだよ」
「……マジ?」
半ば呆然とする上条に浜面は先ほどの書類を見えるように突きつける。
そこには化学式という名の暗号が連ねられていたが、その下に極めて丁寧で分かりやすい解説が書き足されていた。
これなら何とかなりそうだ、と上条は答える。上の化学式は理解できないが、思いの外簡単なもののようだ。
「任せたぜ、無能力者」
「おう、任されたぜ無能力者」
小さく笑って、上条当麻は『V-JOLT』を作るために二階にある書類に記されていた部屋へと走る。
その背中を見ながら浜面は考える。浜面も上条も分かっているのだ。
結局、滝壺を救う手立てなど全く算段がついていない。『プラント42』を枯れさせ、それでどうする。
この手で滝壺に何ができる。浜面はそっと滝壺の額に手を触れる。
先ほどよりもずっと熱い。発汗も酷くなっている。意識を失い、恐怖や苦痛を吐き出すこともできない。
なのに自分はそれを見ていることしかできない。
(―――失いたくない)
浜面は素直にそう思う。絹旗も、麦野も失った浜面に残された最後の光。
きっとこんなことを思うのは身勝手なのだろう。
その手で仲間を殺しておきながら。それでもそう思うのは。
しかし、失いたくないものは失いたくないのだ。何をどう言い訳しても、それが隠せぬ本音なのだ。
「分かってる。俺もそう提案しようと思ってたところだ。やっぱりお前は滝壺についててやらねぇと駄目だ。
ところでさ、その何とかって薬品。どこにあるんだ?」
「自分で作るんだよ」
「……マジ?」
半ば呆然とする上条に浜面は先ほどの書類を見えるように突きつける。
そこには化学式という名の暗号が連ねられていたが、その下に極めて丁寧で分かりやすい解説が書き足されていた。
これなら何とかなりそうだ、と上条は答える。上の化学式は理解できないが、思いの外簡単なもののようだ。
「任せたぜ、無能力者」
「おう、任されたぜ無能力者」
小さく笑って、上条当麻は『V-JOLT』を作るために二階にある書類に記されていた部屋へと走る。
その背中を見ながら浜面は考える。浜面も上条も分かっているのだ。
結局、滝壺を救う手立てなど全く算段がついていない。『プラント42』を枯れさせ、それでどうする。
この手で滝壺に何ができる。浜面はそっと滝壺の額に手を触れる。
先ほどよりもずっと熱い。発汗も酷くなっている。意識を失い、恐怖や苦痛を吐き出すこともできない。
なのに自分はそれを見ていることしかできない。
(―――失いたくない)
浜面は素直にそう思う。絹旗も、麦野も失った浜面に残された最後の光。
きっとこんなことを思うのは身勝手なのだろう。
その手で仲間を殺しておきながら。それでもそう思うのは。
しかし、失いたくないものは失いたくないのだ。何をどう言い訳しても、それが隠せぬ本音なのだ。
294: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 02:05:44.90 ID:+onytYto0
かつて『体晶』に蝕まれていた時と似た状況。
あの時世話になったエリザリーナ独立国同盟の盟主の女性。
彼女ならあの時のように今度も滝壺の苦しみを取り除けるのだろうか。
そんな無意味な思考に取り付かれ、そして浜面はふと視界に写った光に目をやる。
発行源はデスクの上に置かれているノートパソコンだった。
もしかして。浜面は地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴み取るようにマウスに手を伸ばす。
起動していたスクリーンセーバーが解除される。開かれたテキストに並べられた文字が画面を埋め尽くしていた。
「もしかして……もしかして……!!」
浜面は必死で目を走らせる。
果たしてそれは半ば期待していた通りのものだった。
ずらりと並ぶ複雑怪奇な化学式。何を示しているのかすら想像もできないグラフや図形。
そんな中でも浜面が注目しているのはテキストの冒頭部分だった。
この惨劇を引き起こした未知なるウィルスの存在。
第七学区の友人である『冥土帰し』と協力し、分析を行ったこと。
彼が明らかにしたであろうデータとここに記録してあるデータを合わせれば、このウィルスの全貌が見えること。
そしてそれを使えばワクチンを作り上げることも可能であること。
テキストにはワクチンの名は『デイライト』とあった。
冥土帰しによる命名であるらしいが、そんなことはどうでもよかった。
たしかにこれは浜面の求めていたものだ。だが、同時に違う。
これではどうにもならない。滝壺理后を救えない。
「第七学区の冥土帰しだって……!? 冗談だろマジかよちくしょう……ッ!!」
浜面は冥土帰しを知っている。彼自身も、その仲間たちも何度もお世話になっている名医だ。
特に上条などは数え切れないほど世話になっており、その腕は確かだ。
たしかに彼ならばこのウィルスの正体を解き明かすこともできたのだろう。
あの時世話になったエリザリーナ独立国同盟の盟主の女性。
彼女ならあの時のように今度も滝壺の苦しみを取り除けるのだろうか。
そんな無意味な思考に取り付かれ、そして浜面はふと視界に写った光に目をやる。
発行源はデスクの上に置かれているノートパソコンだった。
もしかして。浜面は地獄に垂らされた蜘蛛の糸を掴み取るようにマウスに手を伸ばす。
起動していたスクリーンセーバーが解除される。開かれたテキストに並べられた文字が画面を埋め尽くしていた。
「もしかして……もしかして……!!」
浜面は必死で目を走らせる。
果たしてそれは半ば期待していた通りのものだった。
ずらりと並ぶ複雑怪奇な化学式。何を示しているのかすら想像もできないグラフや図形。
そんな中でも浜面が注目しているのはテキストの冒頭部分だった。
この惨劇を引き起こした未知なるウィルスの存在。
第七学区の友人である『冥土帰し』と協力し、分析を行ったこと。
彼が明らかにしたであろうデータとここに記録してあるデータを合わせれば、このウィルスの全貌が見えること。
そしてそれを使えばワクチンを作り上げることも可能であること。
テキストにはワクチンの名は『デイライト』とあった。
冥土帰しによる命名であるらしいが、そんなことはどうでもよかった。
たしかにこれは浜面の求めていたものだ。だが、同時に違う。
これではどうにもならない。滝壺理后を救えない。
「第七学区の冥土帰しだって……!? 冗談だろマジかよちくしょう……ッ!!」
浜面は冥土帰しを知っている。彼自身も、その仲間たちも何度もお世話になっている名医だ。
特に上条などは数え切れないほど世話になっており、その腕は確かだ。
たしかに彼ならばこのウィルスの正体を解き明かすこともできたのだろう。
295: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 02:09:12.48 ID:+onytYto0
だが。今目の前にあるデータはその半分。
『デイライト』を作成するには冥土帰しのもう半分を見つけてこなければならない。
今から第七学区まで戻るのにどれだけかかる。滝壺の体はいつまで持つ。無事に往復できる保障もない。
そして、仮にそのデータを手に入れたとしても。
「こんな……っ、こんな専門的でわけ分かんねぇ暗号みてぇなもん……理解できるわけねぇだろぉがぁッ!!!!!!」
どうやらこの『デイライト』を作成する難易度は、『V-JOLT』の比ではないらしい。
何も分からない。古代の象形文字でも見ているかのような気分だった。
欠片も理解が及ばない眼前の光景。絶望的だった。
浜面は思わず全力でデスクに拳を叩きつける。
「ちっくしょうがぁぁ……!!」
分かっていたことでは、あった。
滝壺が『感染』していると分かった時から、ただの高校生にワクチンなんて作れるのか、とは思っていた。
しかし。現実にこれを目の当たりして。
浜面は今ほど己の無学を憎んだことはなかった。
スキルアウトなんかに落ちなければよかった。
無能力者であることにコンプレックスを持たなければよかった。
しっかりと授業に出席し、意欲的に勉学に取りかかればよかった。
きっと、滝壺くらい優秀な人間ならこれの意味も理解できるのだろう。
だが滝壺に意識はない。唯一頼れる上条も、自分と同じで勉学はからっきしだ。
データが半分欠けている。それを取りにいく時間はない。あったとしてもまるで理解ができない。
『デイライト』が作れない。導かれる結論は一つ。滝壺理后の、人としての死だ。
そして、滝壺理后の新たな人生が始まる。
死者としての命が。人類が経験したことのない領域へと。
「クソったれがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
『デイライト』を作成するには冥土帰しのもう半分を見つけてこなければならない。
今から第七学区まで戻るのにどれだけかかる。滝壺の体はいつまで持つ。無事に往復できる保障もない。
そして、仮にそのデータを手に入れたとしても。
「こんな……っ、こんな専門的でわけ分かんねぇ暗号みてぇなもん……理解できるわけねぇだろぉがぁッ!!!!!!」
どうやらこの『デイライト』を作成する難易度は、『V-JOLT』の比ではないらしい。
何も分からない。古代の象形文字でも見ているかのような気分だった。
欠片も理解が及ばない眼前の光景。絶望的だった。
浜面は思わず全力でデスクに拳を叩きつける。
「ちっくしょうがぁぁ……!!」
分かっていたことでは、あった。
滝壺が『感染』していると分かった時から、ただの高校生にワクチンなんて作れるのか、とは思っていた。
しかし。現実にこれを目の当たりして。
浜面は今ほど己の無学を憎んだことはなかった。
スキルアウトなんかに落ちなければよかった。
無能力者であることにコンプレックスを持たなければよかった。
しっかりと授業に出席し、意欲的に勉学に取りかかればよかった。
きっと、滝壺くらい優秀な人間ならこれの意味も理解できるのだろう。
だが滝壺に意識はない。唯一頼れる上条も、自分と同じで勉学はからっきしだ。
データが半分欠けている。それを取りにいく時間はない。あったとしてもまるで理解ができない。
『デイライト』が作れない。導かれる結論は一つ。滝壺理后の、人としての死だ。
そして、滝壺理后の新たな人生が始まる。
死者としての命が。人類が経験したことのない領域へと。
「クソったれがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
296: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/11/05(水) 02:15:06.65 ID:+onytYto0
Files
File36.『有機化学調査ファイル』
このウィルスに『感染』そ、異常成長した植物の細胞に、いくつかの共通の性質が見られることを発見した。
しかし、これらを調べていくうちに更なる事実が判明した。
それは、私たちが開発した『UMB』系の薬品の一つである『UMB No.20』に、これら植物の細胞を急速に死滅させる成分が含まれているということである。
私たちはこの『UMB No.20』を『V-JOLT』と名付けた。
計算では、『プラント42』の場合、根に直接『V-JOLT』をかければ全体が死滅するのに五秒もかからない。
生成は、VP系とUMB系の薬品を、いくつかの法則に従って混合すればいいのだが、UMB系の特徴として有毒性ガスが発生する恐れがあるので、取り扱いには十分な注意が必要である。
UMB系薬品の種類と特徴を簡単に示す。
UMB No.3 赤
Yellow-6 黄
UMB No.7 緑
UMB No.10 燈
VP-017 青
UMB No.20(V-JOLT) 茶褐色
305: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 02:54:54.21 ID:IQk1BC970
彼は生者であり ただ一人である
この暗き谷を彼に見せんがために私がいる
必然によってここに来た
遊びではないのだ
306: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 02:56:24.02 ID:IQk1BC970
上条当麻 浜面仕上 / Day2 / 17:38:04 / 第一六学区 上明大学附属病院
『V-JOLT』の効果は恐ろしいほどだった。
至極簡潔かつ分かりやすく書かれていた説明に従って作ったそれを、露出している『プラント42』の根にかける。
直後、その根は苦しみのたうつように暴れまわると、すぐにそのままぴくりとも動かなくなってしまった。
『V-JOLT』によって『プラント42』が完全に死滅したのだろう。
「……なんつー即効性だよおい」
ともあれ、これで上条の目的は果たされた。
問題は浜面仕上だ。滝壺の体を蝕む悪魔をどうやって祓うのか。
上条にも浜面にも薬学や化学の特別な知識はない。
土台彼らが『デイライト』を生成するなど無理な話だったのだろう。
(……嘆いてる時間はねぇ)
だが、どうにかしなければ滝壺は人間として死ぬ。
それは絶対に認められない結末だ。
(なんとかならなくても、なんとかするんだ……ッ!!)
上条の脳裏に、何もできずに目前で死んでしまった名も知らぬ少女の姿が蘇る。
青髪ピアス、吹寄制理、姫神秋沙、そして、そして―――インデックス。
もう誰も死なせたくない。死んでほしくない。こんなふざけたことでこれ以上命が失われるなんて許せない。
307: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 02:57:58.08 ID:IQk1BC970
右の拳を握り締めて走る上条は、その時あの声を聞いた。
聞きなれてしまった声。生きる死者の声。死して尚、この世に留まる異形たち。
それらの大群が、数えることなど不可能な死の津波がここへ押し寄せているのが上条のいる三階の窓から見えた。
あの死軍はここへ向かっている。そしてここには、倒れた滝壺理后とそれを救おうとしている浜面仕上がいる。
「させるかよ」
呟いて、上条は階段を駆け下りる。
滝壺のいる部屋へと戻ると、浜面が何かぶつぶつ呟きながら必死にモニターを眺め、紙に何かを書き留めていた。
彼は上条に気付くと振り返ることなくこう言った。どうやら振り返る暇もないようだ。
「……大将。どうやらうまくいったみてぇだな。おかげで『プラント42』とかいう化け物は死んだよ」
「ああ。……何をしてるんだ?」
「たしかに、ここにあるデータは俺なんかにゃ到底理解できるものじゃねぇ。
でもだからって分かるところが一つもないわけでもない。なんとかそこを突破口に……」
……残酷ではあるが、おそらく無駄なことだろう。
そんな程度のことで『デイライト』を作れるのならそもそもこのデータはこんな膨大にはなっていない。
しかし、それは浜面の最後の抵抗だ。この期に及んで尚絶望に折れず、未だたった一人の少女を救うことを諦めない、泥臭い無能力者の決死の足掻きなのだ。
滝壺の命を懸けて抗うそんな姿を見せられて、自分だけ何も懸けないわけにはいかない。
「浜面。気付いてるとは思うが、奴らがわんさかここへ押し寄せてきてる。嗅ぎつかれたんだ。
あいつらは俺が食い止める。だからお前も最後の最後まで絶対に諦めんじゃねぇぞ!!」
「言われるまでもねえよクソったれ!!」
聞きなれてしまった声。生きる死者の声。死して尚、この世に留まる異形たち。
それらの大群が、数えることなど不可能な死の津波がここへ押し寄せているのが上条のいる三階の窓から見えた。
あの死軍はここへ向かっている。そしてここには、倒れた滝壺理后とそれを救おうとしている浜面仕上がいる。
「させるかよ」
呟いて、上条は階段を駆け下りる。
滝壺のいる部屋へと戻ると、浜面が何かぶつぶつ呟きながら必死にモニターを眺め、紙に何かを書き留めていた。
彼は上条に気付くと振り返ることなくこう言った。どうやら振り返る暇もないようだ。
「……大将。どうやらうまくいったみてぇだな。おかげで『プラント42』とかいう化け物は死んだよ」
「ああ。……何をしてるんだ?」
「たしかに、ここにあるデータは俺なんかにゃ到底理解できるものじゃねぇ。
でもだからって分かるところが一つもないわけでもない。なんとかそこを突破口に……」
……残酷ではあるが、おそらく無駄なことだろう。
そんな程度のことで『デイライト』を作れるのならそもそもこのデータはこんな膨大にはなっていない。
しかし、それは浜面の最後の抵抗だ。この期に及んで尚絶望に折れず、未だたった一人の少女を救うことを諦めない、泥臭い無能力者の決死の足掻きなのだ。
滝壺の命を懸けて抗うそんな姿を見せられて、自分だけ何も懸けないわけにはいかない。
「浜面。気付いてるとは思うが、奴らがわんさかここへ押し寄せてきてる。嗅ぎつかれたんだ。
あいつらは俺が食い止める。だからお前も最後の最後まで絶対に諦めんじゃねぇぞ!!」
「言われるまでもねえよクソったれ!!」
308: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 02:58:58.53 ID:IQk1BC970
上条はフッと一瞬だけ笑みを浮かべ、二人を残してすぐに駆け出した。
既に破壊されて門としての役割を果たしていない出入り口を越える。
相変わらず空は分厚い黒雲に覆われていて日の光がほとんど差し込まず、夜と変わらないほどの暗さだ。
しかし、それでも分かる。視線の先に何か動くものがちらほらと見える。もうすぐそこまで死人が迫っているのだ。
「さて、どうするか……」
上条当麻は無能力者だ。唯一右手に特殊なものが宿っているものの、今の学園都市ではそれも大した力を発揮しない。
そして上条は炎を出すことも雷を操ることも水を制御することも何も出来ない。
このまま馬鹿正直に突っ込めば、数に押されて食い散らされその仲間入りを果たすことだろう。
だから、上条はすぐ近くにあったそれに目をつけた。
「……使える、か?」
ガソリンスタンド。事は一刻を争う、暢気に考えている時間はない。
急いで調べてみると、どこからか漏れ出した機械油があちこちに染み込んでいる。
リスクはあるが、やるしかない。上条は離れたところから拾ったグレネードガンを構える。
弾数は二発。既に浜面と滝壺を襲っていた大蛇へ向けて一発使っている。これが最後だ。
引き金を引く。比較的緩慢な速度で放たれた榴弾は機械油の溢れたガソリンスタンドへと直撃し、そして容赦なく大爆発を引き起こした。
爆発は単発では終わらず、スタンド内にあった車や周囲に倒れている車を巻き込んで次々と連鎖し、炎と黒煙が全てを舐め尽くす。
当然可能な限り距離を取っていたとはいえ上条もただで済むはずがなく、その爆風に煽られて簡単に吹き飛んでしまった。
「ごっ、がぁぁぁあああああああああああああああああああっ!!!!」
宙を舞い、そのままアスファルトの地面へと叩きつけられる。
咄嗟に受身は取ったものの、既にこれまでの甚大なダメージに悲鳴をあげていた全身が限界だと言わんばかりに叫んでいた。
既に破壊されて門としての役割を果たしていない出入り口を越える。
相変わらず空は分厚い黒雲に覆われていて日の光がほとんど差し込まず、夜と変わらないほどの暗さだ。
しかし、それでも分かる。視線の先に何か動くものがちらほらと見える。もうすぐそこまで死人が迫っているのだ。
「さて、どうするか……」
上条当麻は無能力者だ。唯一右手に特殊なものが宿っているものの、今の学園都市ではそれも大した力を発揮しない。
そして上条は炎を出すことも雷を操ることも水を制御することも何も出来ない。
このまま馬鹿正直に突っ込めば、数に押されて食い散らされその仲間入りを果たすことだろう。
だから、上条はすぐ近くにあったそれに目をつけた。
「……使える、か?」
ガソリンスタンド。事は一刻を争う、暢気に考えている時間はない。
急いで調べてみると、どこからか漏れ出した機械油があちこちに染み込んでいる。
リスクはあるが、やるしかない。上条は離れたところから拾ったグレネードガンを構える。
弾数は二発。既に浜面と滝壺を襲っていた大蛇へ向けて一発使っている。これが最後だ。
引き金を引く。比較的緩慢な速度で放たれた榴弾は機械油の溢れたガソリンスタンドへと直撃し、そして容赦なく大爆発を引き起こした。
爆発は単発では終わらず、スタンド内にあった車や周囲に倒れている車を巻き込んで次々と連鎖し、炎と黒煙が全てを舐め尽くす。
当然可能な限り距離を取っていたとはいえ上条もただで済むはずがなく、その爆風に煽られて簡単に吹き飛んでしまった。
「ごっ、がぁぁぁあああああああああああああああああああっ!!!!」
宙を舞い、そのままアスファルトの地面へと叩きつけられる。
咄嗟に受身は取ったものの、既にこれまでの甚大なダメージに悲鳴をあげていた全身が限界だと言わんばかりに叫んでいた。
309: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 03:00:17.90 ID:IQk1BC970
倒れたまま手で顔を覆い爆風を凌ぎ、この病院へと続く道が激しく燃え盛る炎が壁となって塞がれているのを確認する。
これで完全にあれらの侵入を防げるとは思っていない。だがその数を大きく減らすことはできるはずだ。
しばらくすると、やがて火炎の中に揺らめく人影が見えてきた。
それはゆらゆらと揺れながら、体のいたるところを炎に包まれながらもこちらへ歩いてくる。
最初の死人が炎の壁を突破してきたのだ。
「へ、へへへ……。やるしか、ねぇよなぁ上条当麻!!」
地面に手をついて体を持ち上げる。それだけで腕が裂けそうだった。
それでも上条は立ち上がる。ふらふらの体に鞭打って、滝壺を救うため全力を尽くしている浜面の邪魔をさせないために。
転がっている鉄筋のようなものを一つ掴み、ボロボロの上条は死の具現へと突撃した。
(幸いこいつらは動きは鈍い。数が少なきゃ凌ぎ切れる!!)
死者が呻き声をあげながら爛れた腕を伸ばしてくる。
上条はそれを左腕で素早く払い、右手に持った鉄の棒でその首を殴打した。
「っ、らぁッ!!」
バランスを崩した亡者はその場に倒れ込むが、この程度でこいつらの生命活動が停止しないのはもう分かっている。
だが次々と炎壁を突き破って亡者が現れてきているため、上条の対処がまるで追いつかない。
「はあっ!!」
鉄の棒でその体を殴打する。
これで完全にあれらの侵入を防げるとは思っていない。だがその数を大きく減らすことはできるはずだ。
しばらくすると、やがて火炎の中に揺らめく人影が見えてきた。
それはゆらゆらと揺れながら、体のいたるところを炎に包まれながらもこちらへ歩いてくる。
最初の死人が炎の壁を突破してきたのだ。
「へ、へへへ……。やるしか、ねぇよなぁ上条当麻!!」
地面に手をついて体を持ち上げる。それだけで腕が裂けそうだった。
それでも上条は立ち上がる。ふらふらの体に鞭打って、滝壺を救うため全力を尽くしている浜面の邪魔をさせないために。
転がっている鉄筋のようなものを一つ掴み、ボロボロの上条は死の具現へと突撃した。
(幸いこいつらは動きは鈍い。数が少なきゃ凌ぎ切れる!!)
死者が呻き声をあげながら爛れた腕を伸ばしてくる。
上条はそれを左腕で素早く払い、右手に持った鉄の棒でその首を殴打した。
「っ、らぁッ!!」
バランスを崩した亡者はその場に倒れ込むが、この程度でこいつらの生命活動が停止しないのはもう分かっている。
だが次々と炎壁を突き破って亡者が現れてきているため、上条の対処がまるで追いつかない。
「はあっ!!」
鉄の棒でその体を殴打する。
310: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 03:02:05.67 ID:IQk1BC970
「っちッ!!」
咄嗟に足払いをかけて転倒させて追撃をかける。
「くそっ!!」
その頭を掴んで壁に叩きつける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
上条は滝のように汗を流し、激しく息が乱れていた。
もはや立っているのも厳しく、その体は小刻みにぷるぷると震えていた。
(ちくしょう……完全に読みが甘かった……!!)
顔を上げると、そこには死者で構成された夥しい数の死軍が溢れている。
その圧倒的なまでの数の暴力。常識を遥かに超越したその数の暴力は既にこの街を飲み込んだ。
それと同じ種類の暴力が眼前に迫っていた。おそらく、あの炎の壁で倒れたものなどほとんどいない。
突破できなかったものも、燃え盛りながら地面をずるずると這いずって出てきている。
ある程度の足止めにはなっているが、それまでだ。
無限の軍勢を押し返すことはできない。
上条に特別な戦闘能力はない。街の不良相手だって一対三ならもう逃げるしかなかった。
それが、今目の前にどれだけの亡者がいる? どれだけの『死』が並んでいる?
もはや抵抗することに意味などないのではないか。だって、本当に一体どれほどの数がいるのか……。
あまりにも数が多すぎる。あの炎の向こうには更にびっしりと死人が並んでいるはずだ。
咄嗟に足払いをかけて転倒させて追撃をかける。
「くそっ!!」
その頭を掴んで壁に叩きつける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
上条は滝のように汗を流し、激しく息が乱れていた。
もはや立っているのも厳しく、その体は小刻みにぷるぷると震えていた。
(ちくしょう……完全に読みが甘かった……!!)
顔を上げると、そこには死者で構成された夥しい数の死軍が溢れている。
その圧倒的なまでの数の暴力。常識を遥かに超越したその数の暴力は既にこの街を飲み込んだ。
それと同じ種類の暴力が眼前に迫っていた。おそらく、あの炎の壁で倒れたものなどほとんどいない。
突破できなかったものも、燃え盛りながら地面をずるずると這いずって出てきている。
ある程度の足止めにはなっているが、それまでだ。
無限の軍勢を押し返すことはできない。
上条に特別な戦闘能力はない。街の不良相手だって一対三ならもう逃げるしかなかった。
それが、今目の前にどれだけの亡者がいる? どれだけの『死』が並んでいる?
もはや抵抗することに意味などないのではないか。だって、本当に一体どれほどの数がいるのか……。
あまりにも数が多すぎる。あの炎の向こうには更にびっしりと死人が並んでいるはずだ。
311: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 03:03:55.89 ID:IQk1BC970
歪な生命に押され、じりじりと上条は後退していった。もう後が多くない。
抵抗は無意味だ。死がほんの僅かに伸びるだけ。だったら早く楽になった方がいい。
死の津波の先頭にいる亡者が上条へとその腐敗した腕を伸ばす。
……直後、その顔を上条の右の拳が全力で殴り飛ばした。
「――――――それでも、絶対に諦めるわけにはいかねぇんだよ!!」
腐敗した体を殴ったために上条の拳に『妙なもの』が張り付く。
それに対するおぞましく、悲鳴をあげたいほどの生理的嫌悪感を押し殺して上条は戦った。
浜面は、諦めていない。なのに自分だけ先に諦めて楽になるなんて出来るはずもない。
だから。だから。最後まで生者として戦い抜くと決めたのだ。
どこからか迫ってきた何かの能力を右手で掻き消し、自分の体を掴んで噛み付こうとしている亡者に全力の頭突きを食らわせる。
だがやはり上条は後退する一方で、いよいよ後がなくなってきていた。
そして状況は更に悪化する。突然いくつかの亡者が血を噴出して倒れたと思ったら、その奥から皮膚が赤く変色し爪が伸びたリビングデッドがこちらへ走っていた。
そう、この死肉狂い共は復活するのだ。
その肉体が活動を休止すると体内の細胞が急激に活性化し、宿主の体組織を再構築して更なる凶暴性と強靭さを宿すようになる。
『V-ACT』と呼ばれるこの現象によって生まれたのろまなアンデッドとは別の生命体は、『クリムゾン・ヘッド』と命名されていた。
(……終わり、か)
この『クリムゾン・ヘッド』に幻想殺しは全く通用しない。
それでいて亡者とはまるで違う俊敏性や凶暴性を持ち、その脅威は段違いだ。
その『クリムゾン・ヘッド』が複数誕生し、上条へ牙を剥こうとしていた。
抵抗は無意味だ。死がほんの僅かに伸びるだけ。だったら早く楽になった方がいい。
死の津波の先頭にいる亡者が上条へとその腐敗した腕を伸ばす。
……直後、その顔を上条の右の拳が全力で殴り飛ばした。
「――――――それでも、絶対に諦めるわけにはいかねぇんだよ!!」
腐敗した体を殴ったために上条の拳に『妙なもの』が張り付く。
それに対するおぞましく、悲鳴をあげたいほどの生理的嫌悪感を押し殺して上条は戦った。
浜面は、諦めていない。なのに自分だけ先に諦めて楽になるなんて出来るはずもない。
だから。だから。最後まで生者として戦い抜くと決めたのだ。
どこからか迫ってきた何かの能力を右手で掻き消し、自分の体を掴んで噛み付こうとしている亡者に全力の頭突きを食らわせる。
だがやはり上条は後退する一方で、いよいよ後がなくなってきていた。
そして状況は更に悪化する。突然いくつかの亡者が血を噴出して倒れたと思ったら、その奥から皮膚が赤く変色し爪が伸びたリビングデッドがこちらへ走っていた。
そう、この死肉狂い共は復活するのだ。
その肉体が活動を休止すると体内の細胞が急激に活性化し、宿主の体組織を再構築して更なる凶暴性と強靭さを宿すようになる。
『V-ACT』と呼ばれるこの現象によって生まれたのろまなアンデッドとは別の生命体は、『クリムゾン・ヘッド』と命名されていた。
(……終わり、か)
この『クリムゾン・ヘッド』に幻想殺しは全く通用しない。
それでいて亡者とはまるで違う俊敏性や凶暴性を持ち、その脅威は段違いだ。
その『クリムゾン・ヘッド』が複数誕生し、上条へ牙を剥こうとしていた。
312: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 03:05:07.49 ID:IQk1BC970
これまでとはまた段違いの絶望的状況。
いよいよチェックメイト。もはや上条当麻はここまでだろう。
それでも。それでもだ。
(何度でも言ってやる。ここで俺が死ぬとしても、その死ぬ瞬間まで、最後の最後まで……!!)
右の拳を強く握り、自身を奮い立たせるように叫んだ。
「諦めるわけにはいかねぇんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
こちらへ走ってくる『クリムゾン・ヘッド』を迎え撃つように上条も走る。
そしてその拳と鋭い死の爪が交差する直前。
「そうね、諦めるにはまだまだ早すぎるわね」
ズバヂィ!! と青白い閃光がどこからか飛来し、それは死者の軍勢をいとも容易く薙ぎ払った。
あっさりと吹き飛ぶ死の軍隊を無視し、上条はただ呆然とそれを放った主を見つめていた。
いよいよチェックメイト。もはや上条当麻はここまでだろう。
それでも。それでもだ。
(何度でも言ってやる。ここで俺が死ぬとしても、その死ぬ瞬間まで、最後の最後まで……!!)
右の拳を強く握り、自身を奮い立たせるように叫んだ。
「諦めるわけにはいかねぇんだよぉぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
こちらへ走ってくる『クリムゾン・ヘッド』を迎え撃つように上条も走る。
そしてその拳と鋭い死の爪が交差する直前。
「そうね、諦めるにはまだまだ早すぎるわね」
ズバヂィ!! と青白い閃光がどこからか飛来し、それは死者の軍勢をいとも容易く薙ぎ払った。
あっさりと吹き飛ぶ死の軍隊を無視し、上条はただ呆然とそれを放った主を見つめていた。
313: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/04(木) 03:06:52.91 ID:IQk1BC970
「よくこれまで保ってくれたわ。しかしまあわらわらとお揃いで。けど、それもここまでよ」
それは少女だった。幼い少女を連れたその人物は、上条の見知った人間だった。
この惨劇の生還者であり、一度上条と擦れ違いながらも上条がその生死を確認することのできなかった、大切な人間だった。
「――――――形勢逆転、ね」
それは学園都市に七人しかいない超能力者の一人であり、第三位という看板を背負った絶対的な実力者だった。
『超電磁砲』の異名を持つその少女は、ただ鮮烈に君臨していた。
電子に愛されし申し子、御坂美琴。
それはこの絶望的な状況を一手でひっくり返せる火力を有した、圧倒的な戦力だった。
それは少女だった。幼い少女を連れたその人物は、上条の見知った人間だった。
この惨劇の生還者であり、一度上条と擦れ違いながらも上条がその生死を確認することのできなかった、大切な人間だった。
「――――――形勢逆転、ね」
それは学園都市に七人しかいない超能力者の一人であり、第三位という看板を背負った絶対的な実力者だった。
『超電磁砲』の異名を持つその少女は、ただ鮮烈に君臨していた。
電子に愛されし申し子、御坂美琴。
それはこの絶望的な状況を一手でひっくり返せる火力を有した、圧倒的な戦力だった。
320: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 01:56:35.31 ID:g1dg2n640
彼らはそれぞれの悲しい墓に辿り着く
そして血肉が蘇り 姿形を取り戻し 永久に響く審判を聞くのだろう
321: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 01:58:45.47 ID:g1dg2n640
浜面仕上 上条当麻 御坂美琴 / Day2 / 17:38:04 / 第一六学区 上明大学附属病院
「御坂……」
「アンタ……」
御坂美琴が生きて、そこにいる。
その事実を正しく理解した時、上条は言いようのない歓喜と安堵感に包まれていた。
やはり生きていたのだ。ずっと信じていた。仲間たちが生きて戦っていることを願っていた。
同時に極大の不安や恐怖もあったが、こうして信じ続けた結果が実ったのだ。
「―――私は、信じてたわよ。アンタはきっと生きてるって」
「……俺も、信じてた。お前がこんなとこで死ぬはずがないって」
そう言って、二人は顔を見合わせて小さく笑った。
その目元には涙が薄らと浮かんでいた。
「お兄ちゃぁぁああああん!!」
美琴の後ろに隠れていた幼い少女が駆け出し、上条へ飛びついてきた。
慌ててキャッチしその顔を見てみると、こちらもやはり見知った少女だった。
硲舎佳茄。今の上条は知る由もないが、記憶を失う以前の上条とも関わりを持っていた。
「おっと、お前も無事だったか。本当に良かったよ」
「うん!! あのね、お姉ちゃんがね、ずっと守ってくれたの!! すごく格好よかったんだよ!!」
「そっか。そりゃあ最強のボディガードだ」
322: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:00:12.37 ID:g1dg2n640
いつぶりかに笑う佳茄の頭を撫でてやりながら、上条は美琴に笑いかける。
きっとこの少女は美琴に守られていただけではない。
佳茄自身は知らないかもしれないが、ずっと美琴に戦う力を与え続けていたのだろう。
それくらいのことは容易に想像がついた。
だがいつまでも再会を喜んでいる暇はなかった。
美琴に打ち倒された死人たちが再び立ち上がり始めている。
上条と美琴の目つきが戻る。佳茄を後ろに下がらせ、バチバチと帯電させながら美琴は尋ねた。
「それで? どういう状況なわけ?」
「この病院には今、浜面と滝壺がいる。けど、滝壺は……『感染』しちまってんだ。
中にはワクチンを作るためのデータがあるんだが、俺や浜面には全く理解できなかった。
でも浜面は諦めずに今も全力で足掻いてる。なあ、お前ならそのデータ、理解できねえか?」
「理解も何も」
美琴は適当に電撃を放って軍勢を足止めしながら答えた。
「そのワクチンを作るために、残りのデータを持ってここのデータを回収しに来たところ、よっ!!」
光が瞬く度に倒れていく死人の群れ。
どこからか飛来してくる能力を次々と右手で掻き消しながら上条は叫ぶ。
「―――こんな奇跡みてえな偶然が起きるなんてよ、初めて神様に感謝したくなったぜ!!
いや、感謝するのはお前にだけど……なら行ってくれ!! 手遅れになっちまう前に!!」
周りは上条の起こした炎が次々と燃え広がり、暗い闇が赤く照らされている。
そしてその中に圧倒的な数の死人。炎と死者に囲まれた中心点で少年と少女は戦っていた。
きっとこの少女は美琴に守られていただけではない。
佳茄自身は知らないかもしれないが、ずっと美琴に戦う力を与え続けていたのだろう。
それくらいのことは容易に想像がついた。
だがいつまでも再会を喜んでいる暇はなかった。
美琴に打ち倒された死人たちが再び立ち上がり始めている。
上条と美琴の目つきが戻る。佳茄を後ろに下がらせ、バチバチと帯電させながら美琴は尋ねた。
「それで? どういう状況なわけ?」
「この病院には今、浜面と滝壺がいる。けど、滝壺は……『感染』しちまってんだ。
中にはワクチンを作るためのデータがあるんだが、俺や浜面には全く理解できなかった。
でも浜面は諦めずに今も全力で足掻いてる。なあ、お前ならそのデータ、理解できねえか?」
「理解も何も」
美琴は適当に電撃を放って軍勢を足止めしながら答えた。
「そのワクチンを作るために、残りのデータを持ってここのデータを回収しに来たところ、よっ!!」
光が瞬く度に倒れていく死人の群れ。
どこからか飛来してくる能力を次々と右手で掻き消しながら上条は叫ぶ。
「―――こんな奇跡みてえな偶然が起きるなんてよ、初めて神様に感謝したくなったぜ!!
いや、感謝するのはお前にだけど……なら行ってくれ!! 手遅れになっちまう前に!!」
周りは上条の起こした炎が次々と燃え広がり、暗い闇が赤く照らされている。
そしてその中に圧倒的な数の死人。炎と死者に囲まれた中心点で少年と少女は戦っていた。
323: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:01:12.45 ID:g1dg2n640
「そうしたいところだけど……私がいなくなったらアンタあっという間に死ぬでしょうが!!」
「持ちこたえてみせるっての!!」
「私が来なかったら今ごろ死んでるくせに!?」
「だったらどうするってんだ!! もう滝壺に時間はねえんだぞ!?」
「だから――――――丁度いい代わりがそこにいるじゃない」
その瞬間。突然吹き荒れた正体不明の力によって紙屑のように亡者たちが吹き飛ばされた。
並大抵の力で起こせる現象ではなかった。この場においてこんなことができるのは御坂美琴ただ一人。
だが、美琴は何もしていない。では誰が。その答えはすぐに現れた。
「よお、屍共。飽きたぜ、いい加減に。テメェらの相手はな」
何かが死人の群れの中に降り立ち、直後やはり正体不明の爆発が巻き起こる。
あっさりと薙ぎ払われていくアンデッド共に、美琴は口笛を吹いて賞賛した。
「流石ね」
「お前―――」
爆発を悠々と切り裂き、一人の少女を連れてその男は姿を現した。
そのどちらもがやはり見知った人物だった。大切な仲間だった。
「――――垣根!? それに心理定規も!?」
「……久しぶり、ね。あなたも、御坂さんも」
「おお、久しぶりだな。変わり……なくはねえようだが、無事で何よりだ」
「持ちこたえてみせるっての!!」
「私が来なかったら今ごろ死んでるくせに!?」
「だったらどうするってんだ!! もう滝壺に時間はねえんだぞ!?」
「だから――――――丁度いい代わりがそこにいるじゃない」
その瞬間。突然吹き荒れた正体不明の力によって紙屑のように亡者たちが吹き飛ばされた。
並大抵の力で起こせる現象ではなかった。この場においてこんなことができるのは御坂美琴ただ一人。
だが、美琴は何もしていない。では誰が。その答えはすぐに現れた。
「よお、屍共。飽きたぜ、いい加減に。テメェらの相手はな」
何かが死人の群れの中に降り立ち、直後やはり正体不明の爆発が巻き起こる。
あっさりと薙ぎ払われていくアンデッド共に、美琴は口笛を吹いて賞賛した。
「流石ね」
「お前―――」
爆発を悠々と切り裂き、一人の少女を連れてその男は姿を現した。
そのどちらもがやはり見知った人物だった。大切な仲間だった。
「――――垣根!? それに心理定規も!?」
「……久しぶり、ね。あなたも、御坂さんも」
「おお、久しぶりだな。変わり……なくはねえようだが、無事で何よりだ」
324: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:03:08.68 ID:g1dg2n640
垣根はちらりと美琴を見てそう言った。
美琴は薄く笑みを浮かべていた。
垣根帝督、心理定規。彼らもまたこの惨劇の生還者だ。
そして巨大な力を有する点においても美琴と共通している。
交わす挨拶もそこそこに、垣根はすぐに本題を切り出した。
「話は聞かせてもらったぜ。ここは俺がやる。
御坂、お前は滝壺のところへ行け。そんで上条、お前は見学してろ」
一方的に言葉を叩きつけると、垣根は返答も待たずに上条の体を掴み強引に引き摺っていく。
何事か喚く上条を無視し、言われた通りに病院の門の近くに隠れていた佳茄のところへ上条を放った。
「お前はそこでそのお嬢ちゃんといろ。はっきり言って足手まといだ」
「はあ!? おい待てよ垣根―――」
「お前の力は認めてるが、あれ相手じゃ相性最悪だろうが。
大体お前の体、多分俺たちの中で一番限界に来てると思うぞ。それに……」
垣根は力が抜けたのか、ろくに立つことも出来ていない上条と佳茄を交互に見て言った。
「それに、その嬢ちゃんの隣にいてやれよ。お前は俺たちが来るまで戦ってたんだ。だったら今度は逆でもいいだろうが」
「…………」
上条は自分の隣にぴったり寄り添ってこちらを見ている佳茄に視線を向ける。
……そう言われてしまったら、何も言い返すことなどできなかった。
「悪いが無駄な時間はかけてられねえ。まあ、そういうことだ」
垣根はそれだけ言うと急いで美琴の元へと戻っていく。
上条はその背中を見送りながら自分の掌を見つめる。
……たしかに、流石に無理をしすぎたかもしれない。
ここは彼らを信じて任せよう。
そう思い、上条はそっと佳茄と手を繋ぐ。
安心したように笑みを浮かべる佳茄を見ると、不思議と上条もまた笑顔になったのだった。
美琴は薄く笑みを浮かべていた。
垣根帝督、心理定規。彼らもまたこの惨劇の生還者だ。
そして巨大な力を有する点においても美琴と共通している。
交わす挨拶もそこそこに、垣根はすぐに本題を切り出した。
「話は聞かせてもらったぜ。ここは俺がやる。
御坂、お前は滝壺のところへ行け。そんで上条、お前は見学してろ」
一方的に言葉を叩きつけると、垣根は返答も待たずに上条の体を掴み強引に引き摺っていく。
何事か喚く上条を無視し、言われた通りに病院の門の近くに隠れていた佳茄のところへ上条を放った。
「お前はそこでそのお嬢ちゃんといろ。はっきり言って足手まといだ」
「はあ!? おい待てよ垣根―――」
「お前の力は認めてるが、あれ相手じゃ相性最悪だろうが。
大体お前の体、多分俺たちの中で一番限界に来てると思うぞ。それに……」
垣根は力が抜けたのか、ろくに立つことも出来ていない上条と佳茄を交互に見て言った。
「それに、その嬢ちゃんの隣にいてやれよ。お前は俺たちが来るまで戦ってたんだ。だったら今度は逆でもいいだろうが」
「…………」
上条は自分の隣にぴったり寄り添ってこちらを見ている佳茄に視線を向ける。
……そう言われてしまったら、何も言い返すことなどできなかった。
「悪いが無駄な時間はかけてられねえ。まあ、そういうことだ」
垣根はそれだけ言うと急いで美琴の元へと戻っていく。
上条はその背中を見送りながら自分の掌を見つめる。
……たしかに、流石に無理をしすぎたかもしれない。
ここは彼らを信じて任せよう。
そう思い、上条はそっと佳茄と手を繋ぐ。
安心したように笑みを浮かべる佳茄を見ると、不思議と上条もまた笑顔になったのだった。
325: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:04:36.74 ID:g1dg2n640
「死の塊が――――――私の前に立つんじゃないッ!!」
美琴がバッと右腕を振るう。それだけで莫大な雷撃が荒れ狂い、死者の軍勢を悉く壊滅させていく。
息を切らしながらも次々に片付けていく美琴に視線をやりながら、心理定規もまたグレネードガンから雨のように榴弾を放ち続けていた。
実際に美琴と再会して、その戦いを見て、やはり。
「御坂さん、あなたは……」
ぽつりと呟く。その直後、垣根帝督が舞い戻り烈風で亡者を切り刻んだ。
それを確認した美琴と垣根の視線が一瞬交差する。一言だけ言葉があった。
「佳茄は任せたわ」
垣根と入れ違いで美琴は戦闘を中止し、病院へと、滝壺理后の元へと全力で疾走していく。
「さて、それじゃあ滝壺の治療が終わるまで―――仕方ねえから遊んでやるよ、亡霊共が」
「勘弁してよね、全く……」
リロードしながら心理定規が愚痴ると、突然パン!! という乾いた音が響き一体も亡者が倒れた。
その額には綺麗な風穴が空いていた。しかもそれは一度では終わらず、パンパンパン!! と連続で音が響き次々と死人が倒されていく。
更には青白い電撃が空間を駆け抜け、容易くアンデッド共を駆逐していく。
垣根と心理定規がそちらに視線を向ける。
そこには一人の白い少年と、美琴とそっくりな顔をした少女が立っていた。
「ははぁ。こりゃまた凄い光景だねぇ。いやホントすっげぇよ、何匹いるんだこれ?」
「……面倒くせェ。能力はもう使うべきじゃねェし」
一方通行、番外個体。彼らもまたこの惨劇の生還者だった。
326: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:06:08.22 ID:g1dg2n640
「テメェが最後だ第一位。随分な重役出勤ぶりじゃねえか、おい」
「……一方通行。それに番外個体。やっぱり生きてたわね」
第一位と第二位。学園都市の双璧を成す頂点は言葉を発しながらも、その手は続々と軍勢を削っていた。
「見たとこどうせもう能力はほとんど使えねえんだろ。役立たずが、わざわざ餌になりに来たか?」
「……うるせェ、黙ってろ。色々……あったンだよ」
普段なら一〇倍にして返すはずの一方通行の返答はそんな程度のものだった。
そうさせるだけの何かがあったのだろう。
一方通行にも、一見いつも通りに見える番外個体にも。
「……色々あったのは、テメェだけじゃねえんだよ。クソッタレ」
無言でひたすらにアンデッドを蹴散らしていく二人の超能力者を尻目に、二人の大能力者は戦いながらも言葉を交わし続けていた。
「私は精神系能力者だから休んでていいかしら?」
「別にいいんじゃない? ただミサカがあなたを痺れさせてゾンビの餌にしちゃうけど」
「……サポートよろしく」
「あいあい」
「……一方通行。それに番外個体。やっぱり生きてたわね」
第一位と第二位。学園都市の双璧を成す頂点は言葉を発しながらも、その手は続々と軍勢を削っていた。
「見たとこどうせもう能力はほとんど使えねえんだろ。役立たずが、わざわざ餌になりに来たか?」
「……うるせェ、黙ってろ。色々……あったンだよ」
普段なら一〇倍にして返すはずの一方通行の返答はそんな程度のものだった。
そうさせるだけの何かがあったのだろう。
一方通行にも、一見いつも通りに見える番外個体にも。
「……色々あったのは、テメェだけじゃねえんだよ。クソッタレ」
無言でひたすらにアンデッドを蹴散らしていく二人の超能力者を尻目に、二人の大能力者は戦いながらも言葉を交わし続けていた。
「私は精神系能力者だから休んでていいかしら?」
「別にいいんじゃない? ただミサカがあなたを痺れさせてゾンビの餌にしちゃうけど」
「……サポートよろしく」
「あいあい」
327: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:07:29.29 ID:g1dg2n640
「浜面さん!!」
「み、御坂!? どうしてここに!? い、いや、お前生きて―――」
扉を大きく開け放ち、突然駆け込んできた美琴に浜面は仰天した。
何故、という疑問はあったが美琴は質問に取り合わなかった。
「全て後にして!! 説明!!」
美琴はこの事態を引き起こしたウィルスのデータが表示されているノートパソコンを凝視しながら、浜面の言葉を聞いていた。
滝壺が『感染』したこと。『デイライト』というワクチンを作れば助けられること。
それに必要なデータが目の前にあること。だがそれが理解できなかったこと。
それでも必死に自分なりにまとめたこと。
「へぇ……意外と悪くないとこ突いてるわよ」
美琴はディスプレイから目を離し部屋中をひっくり返すように漁り出した。
余計な本やら道具やらを全て払うと、何に使うのか得体の知れない機材がいくつか並んでいる。
元は当然別の用途があったはずだが、『デイライト』を生成するのに必要なものなのだろう。
ディスプレイを確認しながら次々に機材を起動させ準備をし、同時にノートパソコンの方でも何かしらの処理を同時並行で行わせる。
「滝壺さん、もう大丈夫だからね」
滝壺からの返答はない。先ほどからずっと意識を失ったままだ。
てきぱきと動く美琴の指示に従って浜面も作業を行いながら、そもそもの問題を切り出した。
328: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:09:04.99 ID:g1dg2n640
「でも、ここにあるデータだけじゃ『デイライト』は作れないはずじゃないのか?
残りのデータは第七学区の冥土帰しのところにあるってあったが……」
「安心して。私が持ってるわ」
「持ってるって……どこに?」
美琴は答えず、黙々と作業を続けながら自分の頭を指先でトントンと叩いた。
流石超能力者といったところだろうか、と浜面は場違いな感想を抱く。
何にせよ今の浜面と滝壺にとっては救世主だ。勿論、上条も。
ノートパソコンを無理やり引っ張り、その暗号のような文字の羅列を高速で読破し、次々と様々な処理を行わせる美琴。
同時並行で様々な準備を浜面に指示し、急ピッチで作業は進められていた。
パソコンと機材を接続し、棚から複数の薬品のようなものを取り出していく。
『デイライト』は生成するために三つの材料が必要とされる。
一つは蜂の毒から生成できる『V-ポイズン』、一つはこの惨劇を起こしたウィルスに感染した生物の血液『T-ブラッド』、一つは特殊薬品『P-ベース』。
ディスプレイに表示されているデータと頭の中にあるデータを統合・理解し、美琴は『P-ベース』を調合していく。
「ところで上条は大丈夫なのか!? あいつ一人で相手してんだろ!?」
「そっちについても大丈夫よ。垣根さんと心理定規さん、あと……一方通行に番外個体もどうやら来たみたいだから」
突然挙げられた四人の名前。当然そんなことなど知るはずもない浜面は驚きの声をあげた。
「は、はあっ!? そいつらが来てるのか!? やっぱり生きてた、のか……」
確かに全員相当の力を持っているし、そう簡単に死ぬとは思えない連中だ。
だがこの状況では素直にそうは考えられなかった。だが、現実に彼らはすぐそこにいるらしい。
残りのデータは第七学区の冥土帰しのところにあるってあったが……」
「安心して。私が持ってるわ」
「持ってるって……どこに?」
美琴は答えず、黙々と作業を続けながら自分の頭を指先でトントンと叩いた。
流石超能力者といったところだろうか、と浜面は場違いな感想を抱く。
何にせよ今の浜面と滝壺にとっては救世主だ。勿論、上条も。
ノートパソコンを無理やり引っ張り、その暗号のような文字の羅列を高速で読破し、次々と様々な処理を行わせる美琴。
同時並行で様々な準備を浜面に指示し、急ピッチで作業は進められていた。
パソコンと機材を接続し、棚から複数の薬品のようなものを取り出していく。
『デイライト』は生成するために三つの材料が必要とされる。
一つは蜂の毒から生成できる『V-ポイズン』、一つはこの惨劇を起こしたウィルスに感染した生物の血液『T-ブラッド』、一つは特殊薬品『P-ベース』。
ディスプレイに表示されているデータと頭の中にあるデータを統合・理解し、美琴は『P-ベース』を調合していく。
「ところで上条は大丈夫なのか!? あいつ一人で相手してんだろ!?」
「そっちについても大丈夫よ。垣根さんと心理定規さん、あと……一方通行に番外個体もどうやら来たみたいだから」
突然挙げられた四人の名前。当然そんなことなど知るはずもない浜面は驚きの声をあげた。
「は、はあっ!? そいつらが来てるのか!? やっぱり生きてた、のか……」
確かに全員相当の力を持っているし、そう簡単に死ぬとは思えない連中だ。
だがこの状況では素直にそうは考えられなかった。だが、現実に彼らはすぐそこにいるらしい。
329: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:09:57.79 ID:g1dg2n640
(なんてことだよ……。大将だけじゃねえ御坂だけじゃねえ、こんなにも多くの奴らが力を貸してくれてるんじゃねぇか!!)
滝壺理后を助けたい。たったそれだけの願いを叶えるためにそれぞれが尽力してくれている。
だったら、尚更滝壺を死なせるわけにはいかない。
仲間たちの協力を無駄にするわけにはいかない。
「なあ滝壺。聞こえてるか。すげぇなお前、みんなお前を助けたいってよ。
どうするよ、ここまでしてもらって礼も言わずに死ぬなんて許されねぇよな?」
滝壺は答えない。だが浜面はもう心配していなかった。
助かるという確信が生まれていた。ここまでのお膳立てがあって助からないはずがない。
「――――――……みんな、大切なものを失った。みんな壊れた。みんな苦しんだ」
美琴は決して手を止めず、ぽつりと呟いた。
「私も、さ。……この地獄を味わって、信じられないものばかり見て、掛け替えのないものをたくさん失った。
でも、そんな中でも佳茄っていうたった一つだけ守りたいものがあった。だからそれさえ守れればその他なんてどうだっていいと思ってた」
硲舎佳茄。たしかそれは美琴や上条と度々一緒にいた幼い少女の名だったか。
それ以外のものを全て失った。美琴とよく一緒にいるあの三人の少女たちも、もういないのだろう。
浜面も同じだ。あの光景は永遠に忘れることができないだろう。
自身を人間であると主張する、おぞましい異形に成り果てた麦野沈利。生ける屍へと堕ちた絹旗最愛を。
「多分、みんな同じようなものだったんだと思う。もう誰かを助けようとか、そんなことは考えなくなってた。
ただがむしゃらで、たった一つを守るのに精一杯で……。でも、きっと滝壺さんのことを知って、みんな同じことを思ったんじゃないかな」
彼らが失ったものは仲間だけではない。彼らが本来持ち合わせていたもの、人として備えている当然のもの。
何かを切り捨てることに抵抗を覚えない。誰かを踏み台にすることを躊躇しない。
その人格を、この惨劇は侵していた。
滝壺理后を助けたい。たったそれだけの願いを叶えるためにそれぞれが尽力してくれている。
だったら、尚更滝壺を死なせるわけにはいかない。
仲間たちの協力を無駄にするわけにはいかない。
「なあ滝壺。聞こえてるか。すげぇなお前、みんなお前を助けたいってよ。
どうするよ、ここまでしてもらって礼も言わずに死ぬなんて許されねぇよな?」
滝壺は答えない。だが浜面はもう心配していなかった。
助かるという確信が生まれていた。ここまでのお膳立てがあって助からないはずがない。
「――――――……みんな、大切なものを失った。みんな壊れた。みんな苦しんだ」
美琴は決して手を止めず、ぽつりと呟いた。
「私も、さ。……この地獄を味わって、信じられないものばかり見て、掛け替えのないものをたくさん失った。
でも、そんな中でも佳茄っていうたった一つだけ守りたいものがあった。だからそれさえ守れればその他なんてどうだっていいと思ってた」
硲舎佳茄。たしかそれは美琴や上条と度々一緒にいた幼い少女の名だったか。
それ以外のものを全て失った。美琴とよく一緒にいるあの三人の少女たちも、もういないのだろう。
浜面も同じだ。あの光景は永遠に忘れることができないだろう。
自身を人間であると主張する、おぞましい異形に成り果てた麦野沈利。生ける屍へと堕ちた絹旗最愛を。
「多分、みんな同じようなものだったんだと思う。もう誰かを助けようとか、そんなことは考えなくなってた。
ただがむしゃらで、たった一つを守るのに精一杯で……。でも、きっと滝壺さんのことを知って、みんな同じことを思ったんじゃないかな」
彼らが失ったものは仲間だけではない。彼らが本来持ち合わせていたもの、人として備えている当然のもの。
何かを切り捨てることに抵抗を覚えない。誰かを踏み台にすることを躊躇しない。
その人格を、この惨劇は侵していた。
330: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:11:55.30 ID:g1dg2n640
「『助けたい』って。ここまできて、それでもまだ他の誰かを助けられるんじゃないかって。
誰かを殺すのには理由があるでしょうけど、目の前の誰かを助けるのに理由も資格も……本来関係ないでしょ?」
滝壺理后は私たち全員をきっと救ってくれた。
そう、美琴は締めくくった。
「だから、これは恩返しみたいなものね」
全てを失い、全てを諦めていた彼ら。
そんな彼らに、どうやら滝壺は本人も知らぬ内に希望を見せていたらしい。
「……ははっ」
本当に、凄いと思った。滝壺だけではない。他の仲間たち皆が。
ああ―――やっぱり、滝壺は死なない。
こんな凄い奴らの力を借りていてそんな結末は起こり得ない。
「言っとくけど滝壺さんだけじゃないわよ。決して諦めずに足掻くアンタも、ね。
特に―――あいつは、相当アンタに影響を受けてたみたいよ?」
「何を言って―――――」
「準備OKよ」
浜面の言葉を遮るように美琴は告げると、浜面に見えるように一つのボタンを指差す。
作業が一区切りしたのだろうか。浜面は美琴に尋ねると、
「だから終わったのよ。あとはこのボタンを押すだけ」
「え、は、もう終わったのか!?」
「時間、ないからね。生成自体は数十秒で終わるはずよ」
美琴はただボタンを指差している。お前がやれ、ということだろう。
全くこれだから超能力者は、と浜面は薄く笑う。
なんと頼れることだろう。
誰かを殺すのには理由があるでしょうけど、目の前の誰かを助けるのに理由も資格も……本来関係ないでしょ?」
滝壺理后は私たち全員をきっと救ってくれた。
そう、美琴は締めくくった。
「だから、これは恩返しみたいなものね」
全てを失い、全てを諦めていた彼ら。
そんな彼らに、どうやら滝壺は本人も知らぬ内に希望を見せていたらしい。
「……ははっ」
本当に、凄いと思った。滝壺だけではない。他の仲間たち皆が。
ああ―――やっぱり、滝壺は死なない。
こんな凄い奴らの力を借りていてそんな結末は起こり得ない。
「言っとくけど滝壺さんだけじゃないわよ。決して諦めずに足掻くアンタも、ね。
特に―――あいつは、相当アンタに影響を受けてたみたいよ?」
「何を言って―――――」
「準備OKよ」
浜面の言葉を遮るように美琴は告げると、浜面に見えるように一つのボタンを指差す。
作業が一区切りしたのだろうか。浜面は美琴に尋ねると、
「だから終わったのよ。あとはこのボタンを押すだけ」
「え、は、もう終わったのか!?」
「時間、ないからね。生成自体は数十秒で終わるはずよ」
美琴はただボタンを指差している。お前がやれ、ということだろう。
全くこれだから超能力者は、と浜面は薄く笑う。
なんと頼れることだろう。
331: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:13:26.67 ID:g1dg2n640
浜面の指先がボタンを深く押し込むと、装置にセットされている試験管のようなものに満たされた液体が振動を始めた。
すぐに小さなシャッターが降り、中が確認できなくなる。
そして待つこと二〇秒か、三〇秒か。一分もなかったはずだが浜面には途轍もなく長い時間に感じられた。
やがて音もなくシャッターが開き、中の密閉された容器が二人の前に現れた。
『V-ポイズン』、『T-ブラッド』、『P-ベース』。その三つを正しく配合させた結果生まれたそれは輝くような白さを持っていた。
「これが……」
「『デイライト』、ね。うん、書いてあった通りの色合いだわ。ここの人と、あの先生が残してくれた偉大な遺産よ」
「これさえあれば……滝壺は……!! ありがとう、本当に……ありがとう……!!」
「言ったでしょ、あくまで恩返しみたいなもの。だからお礼なんて言われる理由はないし、それは外で頑張ってる連中に言ってあげなさい。
ほら、それよりお喋りしてる時間はないわ。いくら『デイライト』でも『感染』して時間が経ちすぎると効果はないらしいわ」
その言葉に浜面は慌てて『デイライト』を取り出す。
専用の注射針をセットし滝壺へと注入する、直前。
赤い光が瞬いたと思ったら、突如病院の一画が轟音と共に崩壊した。
外部からの衝撃。それを理解するのがやっとだった。
突然の振動に浜面の手から『デイライト』が離れ、床をごろごろと転がっていく。
「『デイライト』を!!」
「分かってるっつの!!」
美琴が叫んだ時には既に浜面は動いていた。
再び『デイライト』を拾い上げた直後、入り口の方から何かが吹き飛んできた。
それは物ではなく、人間―――垣根帝督と番外個体だった。
二人はそれぞれ能力を駆使して何とか体勢を整えると、口元から零れる血液を拭う。
すぐに小さなシャッターが降り、中が確認できなくなる。
そして待つこと二〇秒か、三〇秒か。一分もなかったはずだが浜面には途轍もなく長い時間に感じられた。
やがて音もなくシャッターが開き、中の密閉された容器が二人の前に現れた。
『V-ポイズン』、『T-ブラッド』、『P-ベース』。その三つを正しく配合させた結果生まれたそれは輝くような白さを持っていた。
「これが……」
「『デイライト』、ね。うん、書いてあった通りの色合いだわ。ここの人と、あの先生が残してくれた偉大な遺産よ」
「これさえあれば……滝壺は……!! ありがとう、本当に……ありがとう……!!」
「言ったでしょ、あくまで恩返しみたいなもの。だからお礼なんて言われる理由はないし、それは外で頑張ってる連中に言ってあげなさい。
ほら、それよりお喋りしてる時間はないわ。いくら『デイライト』でも『感染』して時間が経ちすぎると効果はないらしいわ」
その言葉に浜面は慌てて『デイライト』を取り出す。
専用の注射針をセットし滝壺へと注入する、直前。
赤い光が瞬いたと思ったら、突如病院の一画が轟音と共に崩壊した。
外部からの衝撃。それを理解するのがやっとだった。
突然の振動に浜面の手から『デイライト』が離れ、床をごろごろと転がっていく。
「『デイライト』を!!」
「分かってるっつの!!」
美琴が叫んだ時には既に浜面は動いていた。
再び『デイライト』を拾い上げた直後、入り口の方から何かが吹き飛んできた。
それは物ではなく、人間―――垣根帝督と番外個体だった。
二人はそれぞれ能力を駆使して何とか体勢を整えると、口元から零れる血液を拭う。
332: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:15:02.19 ID:g1dg2n640
「やっほー、お二人さん。ねえ、まだ終わらないのかな? こっちはもう限界なんだ、けど……」
「『あれ』を止めるってのはちょっとばっかしキツいぜ……!!」
そうは言いながら、二人はすぐさま戦場へと舞い戻っていく。
何が起きたのかは分からないが、とにかく相当まずい状況のようだ。
浜面は急いで滝壺に『デイライト』を、打ち込んだ。
容器内の白い薬品がみるみるうちに減っていき、滝壺の体内へと入っていく。
その全てを注入し終え、浜面は空になった容器を放り投げる。
これで滝壺は助かったはずだ。
「滝壺!! おい、滝壺!!」
「いくら『デイライト』を打ち込んだからって、そんな一瞬では意識は戻らないわ!! とにかく滝壺さんを――――」
言葉は最後まで紡がれなかった。
浜面の体が、唐突に視界から消え失せたからだ。
「――――――浜面さん!?」
破壊され吹き飛んできた瓦礫か何かの直撃をもらったらしい。
幸い最悪の事態は避けられたようだが、かなり意識が朦朧としていて動くことなど不可能だった。
どれだけ必死に力を入れようとしても、意思に反して力は入らず体は動かない。
だから浜面はこの場においてもっとも優先すべきことを告げる。
「――――――滝、壺を……たの……む……」
掠れる声で、なんとかそれだけを搾り出す。
美琴は一つ頷くと滝壺を優先し、浜面の元を離れていった。
「『あれ』を止めるってのはちょっとばっかしキツいぜ……!!」
そうは言いながら、二人はすぐさま戦場へと舞い戻っていく。
何が起きたのかは分からないが、とにかく相当まずい状況のようだ。
浜面は急いで滝壺に『デイライト』を、打ち込んだ。
容器内の白い薬品がみるみるうちに減っていき、滝壺の体内へと入っていく。
その全てを注入し終え、浜面は空になった容器を放り投げる。
これで滝壺は助かったはずだ。
「滝壺!! おい、滝壺!!」
「いくら『デイライト』を打ち込んだからって、そんな一瞬では意識は戻らないわ!! とにかく滝壺さんを――――」
言葉は最後まで紡がれなかった。
浜面の体が、唐突に視界から消え失せたからだ。
「――――――浜面さん!?」
破壊され吹き飛んできた瓦礫か何かの直撃をもらったらしい。
幸い最悪の事態は避けられたようだが、かなり意識が朦朧としていて動くことなど不可能だった。
どれだけ必死に力を入れようとしても、意思に反して力は入らず体は動かない。
だから浜面はこの場においてもっとも優先すべきことを告げる。
「――――――滝、壺を……たの……む……」
掠れる声で、なんとかそれだけを搾り出す。
美琴は一つ頷くと滝壺を優先し、浜面の元を離れていった。
333: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:16:42.64 ID:g1dg2n640
ありがたい、と思った。情けない有様だが、それでも滝壺だけは何とか救うことができた。
ここら辺が引き際、ということだろう。単なる無能力者にしては健闘賞ものではないだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、薄れゆく意識の中で誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。
幻覚か、などと思っていると何者かが浜面の体を揺さぶり、強引に目覚めさせる。
どうやら幻覚ではないらしい、と何とか顔を上げると、
「……お前……なんで……?」
「私たちが来てることは聞いてたでしょ?
『あれ』が現れた以上あっちにいても足手まといにしかならないから、こっちに来たのよ」
心理定規。薄汚れてしまっている真紅のドレスを纏った少女が浜面を助け起こしていた。
自身の肩に腕を回させ、その腰を支えて浜面を立たせる。
「滝壺さんには御坂さんがついているわ。それより、早く逃げるわよ!!」
「逃げるって、どこに……何が……?」
震える唇を何とか動かして声を絞り出す。
対する心理定規はその質問に対して僅かに押し黙ってしまった。
「――――――『あれ』は……。
……とにかく逃げましょう。辺りは炎と死肉狂い共に包囲されてる。
マンホールを使って地下に逃げるのよ。上条当麻がそう叫んでたから、みんな地下を目指してるわ」
『あれ』も、亡者たちも、上条たちに群がっているおかげでこちらには一体も来ていない。
二人は崩落した壁を乗り越えて最短距離で外に出ると、マンホールから地下へと降りていった。
ここら辺が引き際、ということだろう。単なる無能力者にしては健闘賞ものではないだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、薄れゆく意識の中で誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。
幻覚か、などと思っていると何者かが浜面の体を揺さぶり、強引に目覚めさせる。
どうやら幻覚ではないらしい、と何とか顔を上げると、
「……お前……なんで……?」
「私たちが来てることは聞いてたでしょ?
『あれ』が現れた以上あっちにいても足手まといにしかならないから、こっちに来たのよ」
心理定規。薄汚れてしまっている真紅のドレスを纏った少女が浜面を助け起こしていた。
自身の肩に腕を回させ、その腰を支えて浜面を立たせる。
「滝壺さんには御坂さんがついているわ。それより、早く逃げるわよ!!」
「逃げるって、どこに……何が……?」
震える唇を何とか動かして声を絞り出す。
対する心理定規はその質問に対して僅かに押し黙ってしまった。
「――――――『あれ』は……。
……とにかく逃げましょう。辺りは炎と死肉狂い共に包囲されてる。
マンホールを使って地下に逃げるのよ。上条当麻がそう叫んでたから、みんな地下を目指してるわ」
『あれ』も、亡者たちも、上条たちに群がっているおかげでこちらには一体も来ていない。
二人は崩落した壁を乗り越えて最短距離で外に出ると、マンホールから地下へと降りていった。
334: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:18:01.08 ID:g1dg2n640
目の前のものは、何の予兆もなく突然現れた。
大量のアンデッド共を雑草を毟るように排除し、あまりにも巨大な五本の爪を遊ばせる。
上条当麻は、この異形に見覚えがあった。
そう、知っている。ずっと前から知っている。
「グゥオォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」
咆哮する異形。その魔人の右肩は異常どころではないほどに大きく肥大化し、せり出していた。
骨格から全て生まれ変わったとしか思えないほどに太く、赤い筋繊維が剥き出しになっている右手からはやはり異様に長く太い爪が五本伸びている。
以前纏っていた衣服はもはや上半身には存在せず、下半身に僅かに張り付いているのみだった。
その腹から胸に人間だったころの肌色はなく、浮かび上がった真っ赤な血管や筋繊維に覆われていた。
異常に肥大化した右肩がぱっくりと割れると、そこからは肩幅と同じほどにも巨大な、真っ赤に染まった眼球が覗いていた。
その新しく造り出された頭部はまだ完全には完成していないようで、赤い二つの瞳だけがはっきりと闇に浮かび上がる。
そして。その左肩の辺りには、新たな頭部が生まれるにあたって不必要となった以前の頭部が、その顔がはっきりと浮かんでいた。
それは人間の顔で。それは少女の顔で。それは見知った顔で。
どこからどう見ても、インデックスと呼ばれていた彼女の顔だった。
それは上条当麻が貯水ダム『ゼノビア』で一度出会っている、史上最悪と言える恐怖と絶望の具現であった。
335: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:20:02.42 ID:g1dg2n640
「……う、あ……あ……」
上条は、声も出せずにただじりじりと後退する。
以前に遭遇した時とは形状が違う。もはやインデックスではないこの生物が進化したのだ。
変異でも変形でもない。進化。それはこの新生物の有する最大の特徴であり、最悪の特性だった。
垣根も一方通行も番外個体も、思わず硬直してしまっていた。
彼らがこの魔人と遭遇するのは初めてだが、それでもそれが元々何であったかは嫌でも分かる。
その左肩の辺りにはっきりと浮かんでいるインデックスの顔。それが残酷なまでに分かりやすく事実を伝えていた。
その右肩にある巨大な眼球が一瞬光る。
直後、赤の閃光がアンデッド諸共病院の一画を破壊し尽くした。
インデックスの保有していた一〇万三〇〇〇冊の魔道書。
かつてのような知能はないために本来出し得る破壊とは比べるべくもないが、その行使が可能となっていた。
尤も。一〇万三〇〇〇の叡智など、この新生物は全く必要としているわけではないのだが。
赤の閃光によって動きが止まったところを突かれ、垣根と番外個体が吹き飛ばされた。
それを見た一方通行が即座に動く。番外個体の元へ駆けつけようとしたところで、しかしこの化け物に捕まってしまう。
肩にある巨大な眼球がぎょろりと一方通行を睨む。化け物の右の掌から触手のようなものが伸び、それを一方通行の口内へと侵入させようとする。
「チィ……!! うざってェぞクソシスター!!」
選択の余地なしと判断したのだろう、一方通行は即座に電極を切り替えるとその能力を使用し、逆に化け物の右腕を内から破壊する。
空気を震わせるような叫び声をあげて化け物が一方通行を取り落とすのと、垣根と番外個体が舞い戻ってきたのはほぼ同時だった。
上条は、声も出せずにただじりじりと後退する。
以前に遭遇した時とは形状が違う。もはやインデックスではないこの生物が進化したのだ。
変異でも変形でもない。進化。それはこの新生物の有する最大の特徴であり、最悪の特性だった。
垣根も一方通行も番外個体も、思わず硬直してしまっていた。
彼らがこの魔人と遭遇するのは初めてだが、それでもそれが元々何であったかは嫌でも分かる。
その左肩の辺りにはっきりと浮かんでいるインデックスの顔。それが残酷なまでに分かりやすく事実を伝えていた。
その右肩にある巨大な眼球が一瞬光る。
直後、赤の閃光がアンデッド諸共病院の一画を破壊し尽くした。
インデックスの保有していた一〇万三〇〇〇冊の魔道書。
かつてのような知能はないために本来出し得る破壊とは比べるべくもないが、その行使が可能となっていた。
尤も。一〇万三〇〇〇の叡智など、この新生物は全く必要としているわけではないのだが。
赤の閃光によって動きが止まったところを突かれ、垣根と番外個体が吹き飛ばされた。
それを見た一方通行が即座に動く。番外個体の元へ駆けつけようとしたところで、しかしこの化け物に捕まってしまう。
肩にある巨大な眼球がぎょろりと一方通行を睨む。化け物の右の掌から触手のようなものが伸び、それを一方通行の口内へと侵入させようとする。
「チィ……!! うざってェぞクソシスター!!」
選択の余地なしと判断したのだろう、一方通行は即座に電極を切り替えるとその能力を使用し、逆に化け物の右腕を内から破壊する。
空気を震わせるような叫び声をあげて化け物が一方通行を取り落とすのと、垣根と番外個体が舞い戻ってきたのはほぼ同時だった。
336: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:21:54.29 ID:g1dg2n640
「――――――逃げろ!!」
ようやく我に帰った上条が叫ぶ。
あれを殺すことはできない。上条はそう直感していた。
今のこの化け物は不死身に近い存在なのだ。必要に応じて無限回に進化を繰り返す。
その度にインデックスだったこの異形は新たな領域へと手を伸ばし、いずれ天上にまで辿り着くだろう。
「逃げろ!! 周りに逃げ場はない、地下だ!!」
だがそもそもの話。これがそんな化け物でなかったとしても。
上条に、かつてインデックスと呼ばれていたこれを殺すことはできないだろう。
あの眩しい笑顔は、今もくっきりと頭に焼き付いている。
たとえインデックスが上条のことなど綺麗さっぱり忘れ、全く別の生命体に生まれ変わっても。
上条当麻は、インデックスのことを忘れることなんて出来はしない。
再び魔人が何らかの力を放つ。
咄嗟に上条は先頭に立ち、右手を突き出す。
死人相手には何の効果もない幻想殺しだが、相手が異能であれば絶対の効果を発揮する。
それを右手で受け止めながら上条は仲間たちに目を向ける。
やはり荒事に慣れている連中というべきか、判断と行動は迅速だった。
それぞれがそれぞれにこの場を去っている。
一方通行は少々悩んでいたようだが、番外個体と垣根が共にいるのを見て下手に動くのは危険と判断したのだろう、単独で離脱していく。
(浜面と滝壺は御坂と心理定規が逃がしてくれているはず。あとは―――)
佳茄と自分だけ。
放たれた異能を幻想殺しが打ち砕くと、すぐに上条は行動を起こそうとする。
だが、遅い。既にインデックスだった化け物はその巨体をものともせずに大きく跳躍し、上条へ向けてその爪を振り下ろしていた。
ようやく我に帰った上条が叫ぶ。
あれを殺すことはできない。上条はそう直感していた。
今のこの化け物は不死身に近い存在なのだ。必要に応じて無限回に進化を繰り返す。
その度にインデックスだったこの異形は新たな領域へと手を伸ばし、いずれ天上にまで辿り着くだろう。
「逃げろ!! 周りに逃げ場はない、地下だ!!」
だがそもそもの話。これがそんな化け物でなかったとしても。
上条に、かつてインデックスと呼ばれていたこれを殺すことはできないだろう。
あの眩しい笑顔は、今もくっきりと頭に焼き付いている。
たとえインデックスが上条のことなど綺麗さっぱり忘れ、全く別の生命体に生まれ変わっても。
上条当麻は、インデックスのことを忘れることなんて出来はしない。
再び魔人が何らかの力を放つ。
咄嗟に上条は先頭に立ち、右手を突き出す。
死人相手には何の効果もない幻想殺しだが、相手が異能であれば絶対の効果を発揮する。
それを右手で受け止めながら上条は仲間たちに目を向ける。
やはり荒事に慣れている連中というべきか、判断と行動は迅速だった。
それぞれがそれぞれにこの場を去っている。
一方通行は少々悩んでいたようだが、番外個体と垣根が共にいるのを見て下手に動くのは危険と判断したのだろう、単独で離脱していく。
(浜面と滝壺は御坂と心理定規が逃がしてくれているはず。あとは―――)
佳茄と自分だけ。
放たれた異能を幻想殺しが打ち砕くと、すぐに上条は行動を起こそうとする。
だが、遅い。既にインデックスだった化け物はその巨体をものともせずに大きく跳躍し、上条へ向けてその爪を振り下ろしていた。
337: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:22:53.51 ID:g1dg2n640
咄嗟に地面を転がるようにして回避するも、その長大な爪はコンクリートを濡れた紙のようにいとも容易く突き破っていた。
ターゲットを上条に絞ったのだろう、一撃でも食らえば間違いなくお陀仏だ。
そしてそのまま地面ごと上条を葬ろうとしているのか、異能の力が発動し大爆発が巻き起こった。
しかし、それは上条にチャンスを与える行動であり、失敗だった。
激しく舞い上がった粉塵により視界が遮られ、上条の姿を見失う。
ようやく化け物の視界が回復した時には、既に上条はどこにもいなかった。
だがそんな僅かな時間で遠くまでは逃げられない。
上条は隠れさせていた佳茄と、見つからないように物陰に身を潜めながらその場を離れていた。
「お、お兄ちゃん。あれ……何……?」
「あれ、は……」
佳茄の言うあれ。それは以前、上条と同居していた少女。
上条はそれを知っている。だから、こう答えた。
「――――あれは、インデックスなんかじゃないんだ。別の……生き物なんだ」
「お兄ちゃん……お姉ちゃんは……?」
「お姉ちゃんは友達と一緒に先に地下に行ってる。すぐに会えるさ」
答えながら、上条はふと疑問を抱いた。
(――――――あれの変異はゾンビや他の化け物たちとは明らかに別物だ。なら一体どうしてあんな……?)
ターゲットを上条に絞ったのだろう、一撃でも食らえば間違いなくお陀仏だ。
そしてそのまま地面ごと上条を葬ろうとしているのか、異能の力が発動し大爆発が巻き起こった。
しかし、それは上条にチャンスを与える行動であり、失敗だった。
激しく舞い上がった粉塵により視界が遮られ、上条の姿を見失う。
ようやく化け物の視界が回復した時には、既に上条はどこにもいなかった。
だがそんな僅かな時間で遠くまでは逃げられない。
上条は隠れさせていた佳茄と、見つからないように物陰に身を潜めながらその場を離れていた。
「お、お兄ちゃん。あれ……何……?」
「あれ、は……」
佳茄の言うあれ。それは以前、上条と同居していた少女。
上条はそれを知っている。だから、こう答えた。
「――――あれは、インデックスなんかじゃないんだ。別の……生き物なんだ」
「お兄ちゃん……お姉ちゃんは……?」
「お姉ちゃんは友達と一緒に先に地下に行ってる。すぐに会えるさ」
答えながら、上条はふと疑問を抱いた。
(――――――あれの変異はゾンビや他の化け物たちとは明らかに別物だ。なら一体どうしてあんな……?)
338: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:25:18.08 ID:g1dg2n640
上条当麻に標的を絞ったが為に、他の者たちを逃した。
そしてその上条さえ見失い、全ての獲物を取り逃がした化け物は苛立つように咆哮する。
その雄叫びは聞くものを震わせるには十分であり、地球上の生物に出せる類のものではなかった。
だが諦めるつもりはないのか化け物は辺りを徘徊し、障害になるものは全て破壊していく。
上条を探しているのだ。もしこのまま放置されていたら、地下へ逃げる前に上条たちは見つかっていたかもしれない。
その時だった。どこからか飛来してきた鉄筋が露出している巨大な瓦礫が、突然猛スピードで化け物へと突っ込んでいった。
それは単発では終わらず、そのまま二撃目三撃目が飛来する。
だがその程度では通用しないようで、化け物が軽くその肥大化した右手を振るうと全てが簡単に砕かれてしまう。
「アンタ――――――何よ、それは……」
化け物が襲撃者を見遣ると、そこには一人の少女が立っていた。
御坂美琴。滝壺理后は既に地下へ逃がした。『デイライト』も投与済みだ。
だから美琴は上条が、そして佳茄が安全に逃げ切るまでの時間稼ぎを買って出たのだ。
そしてそれは、無事意識を取り戻した滝壺から頼まれたことでもあった。
「なんで……アンタは――――」
インデックスという少女について、思うところはある。
まさかこんな風に対峙する日が来るなんて、思いもしなかった。
あれは完全にこちらの命を取りに来るだろう。だがこちらはあくまで時間稼ぎに徹する。
新たな標的を見つけた魔神になり損ねた魔人は、その右手から触手のようなものを生やして美琴へと迫ってくる。
その異常に肥大化した右肩にある巨大な眼球がこちらを睨む。
その様はかつての明るいインデックスとはあまりにかけ離れた悪魔的光景で、元であった一人の少女の完全な破滅を表していた。
「……ねえ、インデックス。アンタとはもっと話がしたかった。残念よ―――本当に、残念だわ」
戦う必要はない。ましてや殺す必要なんて皆無で、そもそも美琴では『これ』は殺せないだろう。
だから徹底的に戦闘を拒み逃げ回る。それでいい。
「……ごめん。私たちには、何もしてあげられない」
この新生物の左肩に埋もれているインデックスの顔は、泣いているようにも見えた。
339: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:31:01.94 ID:g1dg2n640
Partner Change!!
上条当麻 →上条当麻・硲舎佳茄
浜面仕上・滝壺理后 →浜面仕上・心理定規
御坂美琴・硲舎佳茄 →御坂美琴・滝壺理后
垣根帝督・心理定規 →垣根帝督・番外個体
一方通行・番外個体 →一方通行
340: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします(SSL) 2014/12/07(日) 02:32:54.90 ID:g1dg2n640
トロフィーを取得しました
『善意ぐらい信じてる』
滝壺理后を姿なき死神から解放した証。彼女を救おうという意思が集った、その結果
358: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:14:03.19 ID:d2jStxI30
パペ サタン パペ サタン アレッペ
359: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:16:14.05 ID:d2jStxI30
上条当麻 / Day2 / 19:12:36 / 下水道 浄水室
下水道。その言葉を聞いて、人はどんな言葉を浮かび上がらせるか。
汚い、臭い、虫が溢れている。いずれにせよマイナスなイメージでしかないだろう。
だが、現実は随分と違ったらしい。
「臭いはほとんどしないし、虫も……少ないな」
上条と佳茄は現在学園都市の下水道にいた。
上明大学の付属病院にて滝壺理后を治療したその後、『あれ』が再び現れたためだ。
「水も随分と透き通っていて綺麗だ。……まあ、どっちにしろ行くしかないんだが」
実は上条の感じた印象は、本来のものとは違っている。
学園都市が正しく機能していた時、この下水道に異臭は一切なかった。
虫の姿など全く見られなかったし、その水質も塩素だらけの市民プールなどよりも綺麗なほどであった。
それがある程度変わってしまったのは、やはりこの異常事態によるものだろう。
「佳茄、絶対俺の傍から離れちゃ駄目だぞ?」
「うん、分かってる」
360: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:18:02.85 ID:d2jStxI30
佳茄と手をしっかりと繋ぎ、ざぶざぶと歩いていく上条。
一歩歩く度にどれほど慎重に歩いても水音が発生してしまうこの下水道というフィールド。
これでは自分たちの居場所をどこに潜んでいるかも分からない異形に教えているようなものではないだろうか。
(……まあ、逆に言えば向こうの居場所が分かるってことでもあるか)
そうは思いつつも、上条は自身の集中力が切れかけていることを自覚していた。
いくら事態が事態とはいえ、人間の精神力や集中力は無限ではない。
それを回復させるには休息が必要だ。また肉体的にも限界に近かった。
「……慌てなくてもいい。ゆっくり歩こうな」
「平気だよ。大丈夫だもん」
また、言葉ではそう返すものの佳茄の歩くペースも確実に落ちている。
上条についていけなくなり距離が離れる。するとすぐにはっとしたように距離を詰める。
手を繋いでいるためにそれがよく分かった。その度に上条も歩くスピードを落としているのだが、それでも着いていくのが精一杯のようだった。
仕方のないことだと上条は思う。
彼女の年齢やこれまで歩んできた道のりを考えれば、体力が余っている方がおかしい。
そして上条自身も、同様に。
しばらく歩くと歩道のような岸が見えてきた。その近くにどこかへと続く扉も見える。
丁度いいと上条はそこへ上り、佳茄に手を貸して引っ張り上げる。
そしてそのドアを開けようとした瞬間、暗い下水道の奥から呻き声のような声が響いた。
地を這うような、人間ではないものの発する音が。
手を握る佳茄の力がぐっと強くなる。やはりここも安全地帯などではないのだ。
上条はゆっくり、ゆっくりと静かにドアノブを回した。
一歩歩く度にどれほど慎重に歩いても水音が発生してしまうこの下水道というフィールド。
これでは自分たちの居場所をどこに潜んでいるかも分からない異形に教えているようなものではないだろうか。
(……まあ、逆に言えば向こうの居場所が分かるってことでもあるか)
そうは思いつつも、上条は自身の集中力が切れかけていることを自覚していた。
いくら事態が事態とはいえ、人間の精神力や集中力は無限ではない。
それを回復させるには休息が必要だ。また肉体的にも限界に近かった。
「……慌てなくてもいい。ゆっくり歩こうな」
「平気だよ。大丈夫だもん」
また、言葉ではそう返すものの佳茄の歩くペースも確実に落ちている。
上条についていけなくなり距離が離れる。するとすぐにはっとしたように距離を詰める。
手を繋いでいるためにそれがよく分かった。その度に上条も歩くスピードを落としているのだが、それでも着いていくのが精一杯のようだった。
仕方のないことだと上条は思う。
彼女の年齢やこれまで歩んできた道のりを考えれば、体力が余っている方がおかしい。
そして上条自身も、同様に。
しばらく歩くと歩道のような岸が見えてきた。その近くにどこかへと続く扉も見える。
丁度いいと上条はそこへ上り、佳茄に手を貸して引っ張り上げる。
そしてそのドアを開けようとした瞬間、暗い下水道の奥から呻き声のような声が響いた。
地を這うような、人間ではないものの発する音が。
手を握る佳茄の力がぐっと強くなる。やはりここも安全地帯などではないのだ。
上条はゆっくり、ゆっくりと静かにドアノブを回した。
361: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:19:19.03 ID:d2jStxI30
「……お姉ちゃん、大丈夫かな……」
「……やっぱり、心配か?」
「うん……」
壁に背中を預け、床に並んで座ったまま佳茄が呟く。
二人以外には誰も何もいない部屋に声が響いた。
「でも、大丈夫だ。お姉ちゃんは……御坂美琴ってのは、絶対に佳茄を残していなくなったりはしないよ。
お姉ちゃんは佳茄を置いてどこかへいなくなっちゃうような人だったか?」
佳茄は黙って首を横に振る。
上条だって美琴を心配していないわけではない。
美琴に限らず、浜面や滝壺を始めとする他の仲間たちのことも。
だが、それでも。
「―――お兄ちゃんも、頑張ってるの?」
「……え?」
質問の意味が分からず、上条は佳茄の顔を見る。
佳茄はどこか悲しそうな、何かを憂いるような表情を浮かべていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんとおんなじ顔してる。
苦しいのに……。頑張らなくたって、いいのに……」
頑張っている。果たしてそうなのだろうか、と上条は傷だらけの自分の手を見つめる。
そう胸を張って言えるだけのことを為しているだろうか。
これまでのことを、思い返してみる。
「……いや。俺は頑張れてなんかいないよ。頑張りたかったけど―――頑張れなかったんだ……」
上条はそっと佳茄を抱き寄せて、消え入るような声で呟いた。
「……やっぱり、心配か?」
「うん……」
壁に背中を預け、床に並んで座ったまま佳茄が呟く。
二人以外には誰も何もいない部屋に声が響いた。
「でも、大丈夫だ。お姉ちゃんは……御坂美琴ってのは、絶対に佳茄を残していなくなったりはしないよ。
お姉ちゃんは佳茄を置いてどこかへいなくなっちゃうような人だったか?」
佳茄は黙って首を横に振る。
上条だって美琴を心配していないわけではない。
美琴に限らず、浜面や滝壺を始めとする他の仲間たちのことも。
だが、それでも。
「―――お兄ちゃんも、頑張ってるの?」
「……え?」
質問の意味が分からず、上条は佳茄の顔を見る。
佳茄はどこか悲しそうな、何かを憂いるような表情を浮かべていた。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんとおんなじ顔してる。
苦しいのに……。頑張らなくたって、いいのに……」
頑張っている。果たしてそうなのだろうか、と上条は傷だらけの自分の手を見つめる。
そう胸を張って言えるだけのことを為しているだろうか。
これまでのことを、思い返してみる。
「……いや。俺は頑張れてなんかいないよ。頑張りたかったけど―――頑張れなかったんだ……」
上条はそっと佳茄を抱き寄せて、消え入るような声で呟いた。
362: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:21:16.83 ID:d2jStxI30
垣根帝督 / Day2 / 19:15:41 / 下水道 第三地下倉庫
「……下水道って言うからには、もっと臭くて汚いのをイメージしてたんだけど」
「学園都市のは特別ってことだ。今の第三世代は全部微生物で浄化してるからな。
食物連鎖の最下層、虫の餌になるものすら定住できねえからクリーン具合は結構なもんだ。
塩素塗れの市民プールよりもマシだと思うぜ。……とはいえ、今は少しばかり状況が違うようだが」
ざぶざぶと躊躇いなく下水を進んでいく垣根と番外個体。
その足取りには淀みがない。
「へえ、そりゃ結構なことだね。ところでさ、第二位さん」
「あ?」
「気付いてる? いつも通りに振舞おうとして笑おうとしたり怒ろうとしてるけど。
……さっきから、怖いくらいに無表情なんだよね。機械でずっと一定に保ってるみたいな感情のなさ。
なのにその目だけは異常に冷たい。昔のあなたはきっとそんな目をしてたんだろうね」
番外個体の言葉に垣根の歩みが止まる。
垣根はゆっくりと振り返ると、親指と人差し指を伸ばし、残りの三指を握り銃に見立てた右手をすっと番外個体に突きつける。
実際に向けられているのは銃口ではなく人間の指。しかしその脅威は銃と変わらない。
363: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:22:58.51 ID:d2jStxI30
何かが光った。瞬間。何かが番外個体の顔のすぐ横を通り、その後方にいた変異した巨大な蜘蛛をバラバラに破裂させた。
緑色の血液と共に様々なものが激しく飛び散った。
それを見て、番外個体は薄く笑う。
「気付いてるか? お前、笑ってるつもりかも知れねえけど、ずっと表情が引き攣ってるぞ。
いつもみてえな悪意がない。下品な笑いがない。無理やりに顔の筋肉を動かしてやっと作ったみてえな」
垣根はそれだけ言うと、行くぞ、と呟いて再び歩き出した。
番外個体はその後を歩きながら問う。
「何を失ったわけ?」
「語る必要があるか?」
「……だね。ミサカたち全員、同じだ」
「―――――“あのクソ野郎が”」
しばらく歩いていると、目前に扉が見えた。
それを見つけた番外個体が、
「ちょっと休もうか。第二位さん、そんな状態で満足に能力を扱えるかな?」
「……それはお前もだろうが。まあ、確かに―――能力暴発させて自滅なんて笑えねえな」
学園都市製の能力は使用者の精神状態や健康状態に大きく左右される。
その回復のためには休養が必要だ。
垣根と番外個体はその誰もいない部屋に入ると、向かい合うようにして床に座り込む。
緑色の血液と共に様々なものが激しく飛び散った。
それを見て、番外個体は薄く笑う。
「気付いてるか? お前、笑ってるつもりかも知れねえけど、ずっと表情が引き攣ってるぞ。
いつもみてえな悪意がない。下品な笑いがない。無理やりに顔の筋肉を動かしてやっと作ったみてえな」
垣根はそれだけ言うと、行くぞ、と呟いて再び歩き出した。
番外個体はその後を歩きながら問う。
「何を失ったわけ?」
「語る必要があるか?」
「……だね。ミサカたち全員、同じだ」
「―――――“あのクソ野郎が”」
しばらく歩いていると、目前に扉が見えた。
それを見つけた番外個体が、
「ちょっと休もうか。第二位さん、そんな状態で満足に能力を扱えるかな?」
「……それはお前もだろうが。まあ、確かに―――能力暴発させて自滅なんて笑えねえな」
学園都市製の能力は使用者の精神状態や健康状態に大きく左右される。
その回復のためには休養が必要だ。
垣根と番外個体はその誰もいない部屋に入ると、向かい合うようにして床に座り込む。
364: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:24:58.72 ID:d2jStxI30
「まあでも、あなたと一緒ならミサカは安心かな。制限つきの第一位よりもずっと安定した大戦力だし」
「抜かせよ性悪女。お前は守ってほしいってお姫様タイプじゃねえだろうが」
「そうだねぇ、ミサカは自分で魔王をしばくタイプかな。だってそっちの方が楽しいし。
ここら辺はおねーたまの性質だろうし」
「ああ、御坂はそうだろうな。助けを待つより自分で魔王をぶっ飛ばして一人でエンディングを迎えちまう」
極普通に行われる会話。だが一方は僅かの淀みもない無表情で、一方は引き攣った笑みを浮かべている。
それは異様な光景に見えた。
「……実はさ、昨日からずっと『外』の妹達が騒いでるせいでミサカネットワークは大混乱なんだよね」
ミサカネットワークの混乱。そこにはきっと司令塔である小さな少女が消えたこともまた一因であるだろう。
だが番外個体はそれは語らなかった。未だにあの光景は番外個体の脳と網膜に焼き付いていた。
そして何も語らずとも垣根もそれは察していた。一方通行の隣に番外個体しかいなかった時点で、答えは出ていた。
「何人もが『学園都市に向かう』って騒いでさ、みんな調整も放ってこっちに来てる。
止めたって聞きゃあしない。どうせみんながこっちに着くころには、全部終わってるってのに」
「わざわざ死にに来る気か?」
番外個体はわざとらしく肩を竦める。
「さあ。やれやれ、おねーたまが知ったら何て言うやら」
「抜かせよ性悪女。お前は守ってほしいってお姫様タイプじゃねえだろうが」
「そうだねぇ、ミサカは自分で魔王をしばくタイプかな。だってそっちの方が楽しいし。
ここら辺はおねーたまの性質だろうし」
「ああ、御坂はそうだろうな。助けを待つより自分で魔王をぶっ飛ばして一人でエンディングを迎えちまう」
極普通に行われる会話。だが一方は僅かの淀みもない無表情で、一方は引き攣った笑みを浮かべている。
それは異様な光景に見えた。
「……実はさ、昨日からずっと『外』の妹達が騒いでるせいでミサカネットワークは大混乱なんだよね」
ミサカネットワークの混乱。そこにはきっと司令塔である小さな少女が消えたこともまた一因であるだろう。
だが番外個体はそれは語らなかった。未だにあの光景は番外個体の脳と網膜に焼き付いていた。
そして何も語らずとも垣根もそれは察していた。一方通行の隣に番外個体しかいなかった時点で、答えは出ていた。
「何人もが『学園都市に向かう』って騒いでさ、みんな調整も放ってこっちに来てる。
止めたって聞きゃあしない。どうせみんながこっちに着くころには、全部終わってるってのに」
「わざわざ死にに来る気か?」
番外個体はわざとらしく肩を竦める。
「さあ。やれやれ、おねーたまが知ったら何て言うやら」
365: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:26:21.90 ID:d2jStxI30
「…………」
「あなたは心理定規が心配なのかな?」
「別に。あいつは浜面と一緒にいる。なら何の心配もいらねえよ」
番外個体の問いに垣根は手を広げて顔を振る。
その言葉にあるのは、浜面仕上への全幅の信頼。
浜面になら心理定規を預けておけるという揺ぎない確信だった。
「以前から思ってたけど、随分評価してるんだね、あの無能力者を」
「あいつは実際に滝壺を守っている。何の力もない無能力者の身分で、この惨状の中で」
それに、と垣根は区切って、
「心理定規もお前と同じだ。ただ助けてもらうだけのお姫様役は趣味じゃねえ。
元々『スクール』時代から精神系能力者なのにグレネードガン持って前線に出てたようなアクティブな女だしな」
「……『スクール時代』……ね」
番外個体はそう呟いて、垣根の顔をじっと見つめる。
垣根が視線を落とすと、番外個体も視線を逸らす。
二人の会話はそこまでだった。音もなく、二人は失った何かを想うように目を閉じていた。
「あなたは心理定規が心配なのかな?」
「別に。あいつは浜面と一緒にいる。なら何の心配もいらねえよ」
番外個体の問いに垣根は手を広げて顔を振る。
その言葉にあるのは、浜面仕上への全幅の信頼。
浜面になら心理定規を預けておけるという揺ぎない確信だった。
「以前から思ってたけど、随分評価してるんだね、あの無能力者を」
「あいつは実際に滝壺を守っている。何の力もない無能力者の身分で、この惨状の中で」
それに、と垣根は区切って、
「心理定規もお前と同じだ。ただ助けてもらうだけのお姫様役は趣味じゃねえ。
元々『スクール』時代から精神系能力者なのにグレネードガン持って前線に出てたようなアクティブな女だしな」
「……『スクール時代』……ね」
番外個体はそう呟いて、垣根の顔をじっと見つめる。
垣根が視線を落とすと、番外個体も視線を逸らす。
二人の会話はそこまでだった。音もなく、二人は失った何かを想うように目を閉じていた。
366: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:27:47.56 ID:d2jStxI30
浜面仕上 / Day2 / 19:30:38 / 下水道 第一管理室
浜面に余裕はなかった。浜面の体は上条と並んで甚大なダメージを負っている。
見てみれば全身に火傷の跡も見られ、一人では歩くのもおぼつかない有様だった。
「ほら、しっかりして。ちゃんとつかまりなさいよ。に、しても暗いわね……」
心理定規の肩を借りて、浜面は下水道を進んでいた。
浜面は震える腕でゆっくりと拳銃を取り出すと、それを心理定規に差し出す。
「……持っとけ……。もし、連中が、現れたら……俺を置いて、いくんだ……」
「何馬鹿なこと言ってるわけ? それは滝壺さんにとって最大の地獄よ。
あなたたちが何を見て、何を味わってきたかは大体想像がつく。
あなたはそれと同じかそれ以上のものを滝壺さんに押し付けるつもり?
だとしたら、あの人のあなたへの評価は大幅に下方修正するように言っておかないとね」
心理定規は差し出された拳銃を無理やりに浜面に返すと、その腕をしっかりと自分の首に回させる。
同時に腰の辺りもきちんと支え、ゆっくりではあるが確実に一歩ずつ進んでいく。
「こんなにも可愛くて可憐でおしとやかでか弱い女の子に肩貸してもらってるのよ。
それだけでこんな怪我完治してもいいくらいのご褒美じゃない」
どこか硬直した表情を浮かべる心理定規の軽口に、浜面は小さく笑って答えた。
軽口をたたく心理定規の目は、かつて宿していた冷たい鋭さを持っていた。
367: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:28:44.49 ID:d2jStxI30
「可愛くて、可憐かどうかは……ともかく、本当に、おしと、やかで、か弱い、なら、とっくに、死んでるさ」
「あら本当ね。でもそれは滝壺さんにも当てはまるのよ? ……でもまあ、あの人は」
「言うほど、か弱くもない。あれでも、ずっと、『アイテム』、で、生き残って、きたんだからな」
「そうね。……ちょっといいかしら」
言って、心理定規は一旦浜面をそっと地面に寝かせ、見える範囲にいる、すぐ戻ると言い残しどこかへと消えていく。
その時間は僅か三〇秒ほどか。言葉通り心理定規はすぐに戻ってくると、再び浜面に肩を貸して歩き出す。
「……なんだ、ったんだ?」
「女の子にそういうことは聞いちゃ駄目よ。だからあなたモテなかったのよ」
「それは、悪かったな」
滝壺理后という彼女がいるせいか、そう言う浜面の表情には余裕があった。
「あら本当ね。でもそれは滝壺さんにも当てはまるのよ? ……でもまあ、あの人は」
「言うほど、か弱くもない。あれでも、ずっと、『アイテム』、で、生き残って、きたんだからな」
「そうね。……ちょっといいかしら」
言って、心理定規は一旦浜面をそっと地面に寝かせ、見える範囲にいる、すぐ戻ると言い残しどこかへと消えていく。
その時間は僅か三〇秒ほどか。言葉通り心理定規はすぐに戻ってくると、再び浜面に肩を貸して歩き出す。
「……なんだ、ったんだ?」
「女の子にそういうことは聞いちゃ駄目よ。だからあなたモテなかったのよ」
「それは、悪かったな」
滝壺理后という彼女がいるせいか、そう言う浜面の表情には余裕があった。
368: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:30:04.70 ID:d2jStxI30
浜面仕上と心理定規は無人の部屋にいた。
いつまでも浜面に肩を貸して歩いていては、いざという時に対応できない。
そもそも浜面はすぐに安静にさせるべきだった。そんなわけで、心理定規の提案により二人は手近な部屋に身を潜めていたのだ。
「……この部屋、電気を、管理してるみてぇだな」
浜面が部屋に備え付けてあったコントロールパネルを操作すると、消えていた部屋の電気が突然点いた。
おそらくこの部屋だけではなく、下水道全体に通電が行われたのだろう。
「独立した発電装置を置いているみたいね。
まあいいわ、とにかくしばらくここで休養をとりましょうか」
「心理定規」
「何よ?」
呼ばれ、心理定規が振り向くと視線の先に浜面が笑っていた。
「ありがとな。滝壺を助けてくれて」
「何を言ってるの。滝壺さんを助けたのは私じゃ」
369: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:31:24.01 ID:d2jStxI30
「でも、お前も大将たちと時間を稼ぐために協力してくれた。
滝壺を助けようと思って行動してくれた。だから礼くらいは受け取ってくれよな」
心理定規が言い切らないうちに浜面は言葉を被せる。
滝壺理后の救出は浜面一人では絶対に為し得なかった。
彼らの協力があったから、彼女は人間として今も生きている。
「……はいはい。いいから横になってなさい」
返す言葉に詰まった心理定規は逃げるように顔を逸らし、壁に背中を預けて座り込む。
やはり相当の疲労が溜まっているせいか、一度安心して座ってしまったらもう動きたくないと言うように心理定規は脱力していた。
「●●しないでよ?」
「しねぇよ。大体お前には能力があるだろ。っつかそもそも動けねぇから俺」
それもそうね、と心理定規は呟き、
「寝込みを襲ったりしたら滝壺さんに言いつけるわよ?」
「だから俺は動けねぇんだっての!!」
滝壺を助けようと思って行動してくれた。だから礼くらいは受け取ってくれよな」
心理定規が言い切らないうちに浜面は言葉を被せる。
滝壺理后の救出は浜面一人では絶対に為し得なかった。
彼らの協力があったから、彼女は人間として今も生きている。
「……はいはい。いいから横になってなさい」
返す言葉に詰まった心理定規は逃げるように顔を逸らし、壁に背中を預けて座り込む。
やはり相当の疲労が溜まっているせいか、一度安心して座ってしまったらもう動きたくないと言うように心理定規は脱力していた。
「●●しないでよ?」
「しねぇよ。大体お前には能力があるだろ。っつかそもそも動けねぇから俺」
それもそうね、と心理定規は呟き、
「寝込みを襲ったりしたら滝壺さんに言いつけるわよ?」
「だから俺は動けねぇんだっての!!」
370: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:32:50.74 ID:d2jStxI30
一方通行 / Day2 / 19:52:54 / 下水道 第四管理室
ここは暗い下水道だ。どうやら化け物もいるらしい。
一方通行の感想はその程度だった。
そんな程度でしか物事を見ようと思えなかった。
世界は白黒だ。これでも以前は鮮やかに染まって見えていたものだが。
この世界に色をつけて染めていた様々なものが欠落してしまっている。
だが、それでも。世界は白黒だ。白と黒の二色だ。
一方通行自身と、もう一人。単色になっていないだけ、漆黒に飲まれていないだけ、まだマシなのかもしれない。
世界は残酷で、悲劇的で、不平等だ。救世主のような力を持った誰かが正してくれないだろうか。
……本来なら絶対にあり得ない考えだと気付く。どうしてそうなったか考える。……まあ、どうでもいいかと放棄した。
「……ハァ」
ため息をつく。目前を死人が歩いていた。
死者が歩く。その絶対あり得ない光景に一方通行は特に何の感慨を抱くこともなく、音もなく近づいていく。
杖をついたまま、至近距離で反対の手で銃を背後から突きつける。
死人はようやく一方通行に気付いたのか、まるで生きた人間のような動作でこちらを振り返った。
ただし、その顔と体は紛れもなく死者のものだった。
371: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:34:02.40 ID:d2jStxI30
「亡霊が生きた人間のフリしてンじゃねェ。どのツラ下げて歩いてンだオマエら」
躊躇いなく引き金を引いた。下水道に耳を劈くのような音が響く。
頭部に放たれた銃弾がめり込み、確実にその活動を停止させる。
崩れ落ちたゴミを踏み越え、一方通行は歩いていた。
上条当麻と出会った。御坂美琴と出会った。
二人とも一方通行にとって重要な転機となった人間だ。
そして、垣根帝督や心理定規、浜面仕上と滝壺理后。生きた知り合いたちと遭遇した。
「変わらねェ」
そう、変わらない。それでも一方通行の世界は依然として白黒だ。
多少は色合いがマシになったかもしれないが、その程度だ。
彼ら以上に重要な何か。土台を支える何かが失われたまま。
ざぶざぶと清潔な下水を進み、適当に目についた部屋へと入る。
中には何もいなかった。一方通行はドカッと床に座り込み、全身の力を抜く。
何だかんだで、一方通行に立ち止まるという選択肢はない。
彼の世界に白を提供している少女がいるからだ。
その様はとても学園都市の第一位とは到底思えなかった。
まるで物乞いするホームレスのような、そんな雰囲気さえ漂っていた。
「……どォでもいいか」
呟きながら、いつでも即座に拳銃を抜ける体勢は崩さない。
一方通行に戦うことから逃げる選択肢は、ない。
躊躇いなく引き金を引いた。下水道に耳を劈くのような音が響く。
頭部に放たれた銃弾がめり込み、確実にその活動を停止させる。
崩れ落ちたゴミを踏み越え、一方通行は歩いていた。
上条当麻と出会った。御坂美琴と出会った。
二人とも一方通行にとって重要な転機となった人間だ。
そして、垣根帝督や心理定規、浜面仕上と滝壺理后。生きた知り合いたちと遭遇した。
「変わらねェ」
そう、変わらない。それでも一方通行の世界は依然として白黒だ。
多少は色合いがマシになったかもしれないが、その程度だ。
彼ら以上に重要な何か。土台を支える何かが失われたまま。
ざぶざぶと清潔な下水を進み、適当に目についた部屋へと入る。
中には何もいなかった。一方通行はドカッと床に座り込み、全身の力を抜く。
何だかんだで、一方通行に立ち止まるという選択肢はない。
彼の世界に白を提供している少女がいるからだ。
その様はとても学園都市の第一位とは到底思えなかった。
まるで物乞いするホームレスのような、そんな雰囲気さえ漂っていた。
「……どォでもいいか」
呟きながら、いつでも即座に拳銃を抜ける体勢は崩さない。
一方通行に戦うことから逃げる選択肢は、ない。
372: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:35:14.75 ID:d2jStxI30
御坂美琴 / Day2 / 19:30:05 / 下水道 ゴミ量調整室
「―――う……ん……?」
「おはよう、滝壺さん」
意識を失っていた滝壺理后が寝起きのような声を漏らした。
それに気付いた美琴が軽い調子で声をかける。
「……みさ、か……?」
「そうよ、御坂美琴。ちゃんと生きてるから」
背負った滝壺を落とさぬように度々持ち上げながら美琴は言う。
考えてみれば、滝壺がいつどのように『感染』したのかは知らないが、美琴が浜面と滝壺の元へ辿り着いた時には既に彼女は気を失っていた。
滝壺からすればいつの間にか突然美琴が現れたような認識なのだろう。
「でもさっき、一度滝壺さん意識取り戻してたじゃない」
「……寝ぼけてた、みたいな感覚……。はまづらは……?」
「浜面さんなら大丈夫のはずよ。心理定規さんが付いてるのを見たから」
373: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:36:56.87 ID:d2jStxI30
やはり最初に気にするのはそこか、と苦笑する。
とはいえ、そういう自分も佳茄が心配なので人のことは言えなかったりする。
上条が付いているのだから大丈夫なのは分かってはいるのだが、気になるものは気になる。
「……私……なんで、まだ生きて……?」
「そっちの疑問を先に感じましょうよ、気持ちは分かるけど。
……『感染』した滝壺さんを助けようと、みんな集まってみんな頑張った。
そして『デイライト』っていうワクチンを作ってね。それを投与することでウィルスを殺したの」
滝壺を背負ったまま、ざぶざぶと下水道を進みながら美琴は質問に答えていく。
「みんな、って……?」
「浜面さんとあの馬鹿、垣根さん、心理定規さん。番外個体に一方通行。生きてたのよ、みんな」
「……そっか。生きて、たんだね。―――ありがとう、みさか」
「一番頑張ったのは浜面さんよ。知識もないのに、それでも絶対に助けるんだって。
他のみんなもいなかったら絶対に助けられなかったし、何より『デイライト』は上明大学の人と冥土帰しが残した遺産。
お礼は、私なんかよりも彼らに言ってあげて」
「――――うん。それでも、ありがとう、みさか」
「……うん」
礼を言われた。感謝をされた。
佳茄を守るために一線を越え、その手を汚し続けたこんな自分に。
何か――――何か、大切なものを一つ取り戻せたような、そんな気がした。
とはいえ、そういう自分も佳茄が心配なので人のことは言えなかったりする。
上条が付いているのだから大丈夫なのは分かってはいるのだが、気になるものは気になる。
「……私……なんで、まだ生きて……?」
「そっちの疑問を先に感じましょうよ、気持ちは分かるけど。
……『感染』した滝壺さんを助けようと、みんな集まってみんな頑張った。
そして『デイライト』っていうワクチンを作ってね。それを投与することでウィルスを殺したの」
滝壺を背負ったまま、ざぶざぶと下水道を進みながら美琴は質問に答えていく。
「みんな、って……?」
「浜面さんとあの馬鹿、垣根さん、心理定規さん。番外個体に一方通行。生きてたのよ、みんな」
「……そっか。生きて、たんだね。―――ありがとう、みさか」
「一番頑張ったのは浜面さんよ。知識もないのに、それでも絶対に助けるんだって。
他のみんなもいなかったら絶対に助けられなかったし、何より『デイライト』は上明大学の人と冥土帰しが残した遺産。
お礼は、私なんかよりも彼らに言ってあげて」
「――――うん。それでも、ありがとう、みさか」
「……うん」
礼を言われた。感謝をされた。
佳茄を守るために一線を越え、その手を汚し続けたこんな自分に。
何か――――何か、大切なものを一つ取り戻せたような、そんな気がした。
374: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:38:08.86 ID:d2jStxI30
「もう、下ろして大丈夫だよ」
「本当に大丈夫? いくら意識が戻ったって言っても、まだ……」
「大丈夫だから」
クリアな下水の中に滝壺を下ろすと、若干ふらつきながらもしっかりと立った。
とはいえ、まだ無理をさせるべきではないだろう。
『デイライト』の効果を疑うわけではないが、また滝壺の身に何かあれば今度こそ対応できない。
それに、
「……っ」
突然美琴がふらりとバランスを崩した。
倒れそうになる美琴を咄嗟に滝壺が引き寄せる。
「……ちょっと休もう。このまま進んだら危険だと思う」
「……そう、ね」
その時だった。何か巨大な影が、ぬっと視線の先に現れた。
それは八本の足を器用に動かして壁や天井に張り付いて自在に動き回っている、巨大な蜘蛛。
本来の蜘蛛と見た目にそれほど変化は見られない。
ただそれが人間を超えるほどの巨大化を果たしたとなれば、それだけで十分に脅威だった。
「この……っ!!」
美琴が右手を掲げる。それは雷撃の槍の構え。
相手が死人だろうと得体の知れない異形だろうと、お構いなく貫く必殺の一撃。だが、
「――――――、」
「…………?」
「本当に大丈夫? いくら意識が戻ったって言っても、まだ……」
「大丈夫だから」
クリアな下水の中に滝壺を下ろすと、若干ふらつきながらもしっかりと立った。
とはいえ、まだ無理をさせるべきではないだろう。
『デイライト』の効果を疑うわけではないが、また滝壺の身に何かあれば今度こそ対応できない。
それに、
「……っ」
突然美琴がふらりとバランスを崩した。
倒れそうになる美琴を咄嗟に滝壺が引き寄せる。
「……ちょっと休もう。このまま進んだら危険だと思う」
「……そう、ね」
その時だった。何か巨大な影が、ぬっと視線の先に現れた。
それは八本の足を器用に動かして壁や天井に張り付いて自在に動き回っている、巨大な蜘蛛。
本来の蜘蛛と見た目にそれほど変化は見られない。
ただそれが人間を超えるほどの巨大化を果たしたとなれば、それだけで十分に脅威だった。
「この……っ!!」
美琴が右手を掲げる。それは雷撃の槍の構え。
相手が死人だろうと得体の知れない異形だろうと、お構いなく貫く必殺の一撃。だが、
「――――――、」
「…………?」
375: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:38:57.87 ID:d2jStxI30
その状態のまましばらく静止したあと、美琴はすっと掲げた右手を下ろしてしまった。
不審に思った滝壺が、
「――――みさか?」
「――――あれ。まだ私たちに気付いてないみたい。今のうちに行きましょう」
そう言って歩いていく美琴を見て、滝壺はああ、と納得した。
「ねえ、みさか」
「なに?」
二人以外誰もいない、ゴミ量調整室。
そこで滝壺は問うていた。
「みさかはずっと一人で動いてたの? それとも誰かと一緒だった?」
「佳茄……硲舎佳茄と一緒だったわ」
「あの小さい子だね。やっぱり」
「やっぱりって、何が」
不審に思った滝壺が、
「――――みさか?」
「――――あれ。まだ私たちに気付いてないみたい。今のうちに行きましょう」
そう言って歩いていく美琴を見て、滝壺はああ、と納得した。
「ねえ、みさか」
「なに?」
二人以外誰もいない、ゴミ量調整室。
そこで滝壺は問うていた。
「みさかはずっと一人で動いてたの? それとも誰かと一緒だった?」
「佳茄……硲舎佳茄と一緒だったわ」
「あの小さい子だね。やっぱり」
「やっぱりって、何が」
376: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:39:51.40 ID:d2jStxI30
「ねえ、みさか。……寝てないよね?」
滝壺の、そのストレートな物言いに美琴は僅かに顔を顰める。
「いきなり何を……」
「目の隈、すごいよ。それに疲れきってやつれてる」
「それは滝壺さんも同じよ」
「うん。でも私ははまづらと一緒だったから」
滝壺は浜面と行動を共にしていた。
だから休息を取ったり、睡眠をとる時には互いが交代で見張りをしていた。
それはきっと垣根や一方通行たちも同じだっただろう。
だが、美琴は違ったはずだ。
「かなくらいの子供じゃ、どんなに頑張ってもずっと起きてるなんて無理だもんね。
それが出来てたとしても、かなを見張りに立たせて自分は寝るなんてみさかにはできない。
ずっと、ずっと起きてたはずだよね」
「…………」
ただでさえこの惨劇は極限の精神的肉体的疲労を彼らに強いている。
更に睡眠もとらず、しかもいつ何が起きるか分からない不安と戦いながら。
「それに、ついさっきみさかが電撃を撃とうとした時も―――」
「分かった、分かったわよ。降参。……そうよ、確かに私はほとんど寝てない。
何かあった時に私がすぐに動けないと、真っ先に犠牲になるのはきっと佳茄だったから」
滝壺の、そのストレートな物言いに美琴は僅かに顔を顰める。
「いきなり何を……」
「目の隈、すごいよ。それに疲れきってやつれてる」
「それは滝壺さんも同じよ」
「うん。でも私ははまづらと一緒だったから」
滝壺は浜面と行動を共にしていた。
だから休息を取ったり、睡眠をとる時には互いが交代で見張りをしていた。
それはきっと垣根や一方通行たちも同じだっただろう。
だが、美琴は違ったはずだ。
「かなくらいの子供じゃ、どんなに頑張ってもずっと起きてるなんて無理だもんね。
それが出来てたとしても、かなを見張りに立たせて自分は寝るなんてみさかにはできない。
ずっと、ずっと起きてたはずだよね」
「…………」
ただでさえこの惨劇は極限の精神的肉体的疲労を彼らに強いている。
更に睡眠もとらず、しかもいつ何が起きるか分からない不安と戦いながら。
「それに、ついさっきみさかが電撃を撃とうとした時も―――」
「分かった、分かったわよ。降参。……そうよ、確かに私はほとんど寝てない。
何かあった時に私がすぐに動けないと、真っ先に犠牲になるのはきっと佳茄だったから」
377: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:41:35.94 ID:d2jStxI30
「でも、睡眠もとらないといざって時に動けなくなって結局かなが犠牲になるかもしれない」
「そうね。けどいつ訪れるか分からない危機よりも確実に目前にある危機よ」
「……そうだね。でも、ここにはかなはいないよ?」
そう言って、滝壺は薄く笑った。
一切の表情を失っていた滝壺が、僅かではあるが笑みを浮かべた。
「かなにはかみじょうがいる。今、ここにいるのは私。だから寝ても大丈夫だよ?」
「何を……。滝壺さんの能力に直接的な戦闘能力はないじゃない。やっぱり私が、」
「これでも『アイテム』で生き残ってきたから。それじゃあ、こうしようか。
敵が来たら起こすから、そしたらすぐに起きて?」
そう言う滝壺の顔色は表情は穏やかで、それは美琴がこの惨劇で初めて見た表情かもしれなかった。
滝壺理后に戦闘能力はない。そこいらの不良にすら勝てる見込みは薄いだろう。
暗部で培ってきた生存するための術も、常識外れの異形共の前では無意味だ。
加えて彼女はつい少し前までウィルスにその身を侵され、死に直面していたのだ。
だと言うのに、何故か美琴は不思議な安心感を滝壺に感じていた。
どこかで経験したことがあるような、細かい条件を無視した絶対的な安堵感。
一体いつ、どこで経験したものだっただろうか。
「そうね。けどいつ訪れるか分からない危機よりも確実に目前にある危機よ」
「……そうだね。でも、ここにはかなはいないよ?」
そう言って、滝壺は薄く笑った。
一切の表情を失っていた滝壺が、僅かではあるが笑みを浮かべた。
「かなにはかみじょうがいる。今、ここにいるのは私。だから寝ても大丈夫だよ?」
「何を……。滝壺さんの能力に直接的な戦闘能力はないじゃない。やっぱり私が、」
「これでも『アイテム』で生き残ってきたから。それじゃあ、こうしようか。
敵が来たら起こすから、そしたらすぐに起きて?」
そう言う滝壺の顔色は表情は穏やかで、それは美琴がこの惨劇で初めて見た表情かもしれなかった。
滝壺理后に戦闘能力はない。そこいらの不良にすら勝てる見込みは薄いだろう。
暗部で培ってきた生存するための術も、常識外れの異形共の前では無意味だ。
加えて彼女はつい少し前までウィルスにその身を侵され、死に直面していたのだ。
だと言うのに、何故か美琴は不思議な安心感を滝壺に感じていた。
どこかで経験したことがあるような、細かい条件を無視した絶対的な安堵感。
一体いつ、どこで経験したものだっただろうか。
378: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/01/08(木) 02:43:35.85 ID:d2jStxI30
「……ありがとう。それじゃあ、滝壺さんのお言葉に甘えることにする。
でも、寝るつもりはないわよ。ただ、ちょっと休むだけ」
滝壺の手が美琴の手を掴む。
その体温は冷たかったが、確実な温かさがそこにあった。
「うん。大丈夫」
会話はそこまでだった。
会話が途切れて僅か一、二分後、ゆらゆらと前後に揺れていた美琴の頭がぽすんと滝壺の肩に落ちる。
美琴は滝壺の肩を枕にして、眠りに落ちていた。
久方ぶりの睡眠を安全領域で貪る美琴の寝顔は、間違いなくこんな惨劇が起きる以前の美琴のものと同じだった。
「……ゆっくりおやすみ、みさか」
こうして年上の女性に甘える美琴は年相応に見えた。
頑張りすぎることもなく、強がりすぎることもない普通の中学生だった。
「――――――マ、マ……」
寝言でそんなことを言う美琴に、肩を貸しながら滝壺は小さく笑う。
まるで隣で眠っている少女を妹のように感じながら、滝壺は美琴の頭を優しく撫でた。
「……頑張ったね」
でも、寝るつもりはないわよ。ただ、ちょっと休むだけ」
滝壺の手が美琴の手を掴む。
その体温は冷たかったが、確実な温かさがそこにあった。
「うん。大丈夫」
会話はそこまでだった。
会話が途切れて僅か一、二分後、ゆらゆらと前後に揺れていた美琴の頭がぽすんと滝壺の肩に落ちる。
美琴は滝壺の肩を枕にして、眠りに落ちていた。
久方ぶりの睡眠を安全領域で貪る美琴の寝顔は、間違いなくこんな惨劇が起きる以前の美琴のものと同じだった。
「……ゆっくりおやすみ、みさか」
こうして年上の女性に甘える美琴は年相応に見えた。
頑張りすぎることもなく、強がりすぎることもない普通の中学生だった。
「――――――マ、マ……」
寝言でそんなことを言う美琴に、肩を貸しながら滝壺は小さく笑う。
まるで隣で眠っている少女を妹のように感じながら、滝壺は美琴の頭を優しく撫でた。
「……頑張ったね」
393: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:32:26.12 ID:a2924ffe0
You once again stepped into the world of survival horror.
Good luck……
394: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:33:25.57 ID:a2924ffe0
一人の不幸な少年がいた。
何故不幸だったのかは分からない。その理由は不明だった。
ただ、少年は不幸だった。同年代の子供たちにはお前がいると不幸が移ると石を投げられ、周囲の大人はあの子に関わるなと子供たちに言った。
借金取りに刃物で刺されるなんてこともあった。そんなことが、何度も起きた。
度を超えた不幸の災厄はやがて少年の命を奪う。
そう考えた少年の両親は少年を科学の都へと送った。
そこにあるのは科学信仰。人類の叡智の積み重ねを掲げる、アンノウンに対するレジスタンス。
少年の不幸体質はその科学の街、学園都市でも変わらなかった。
だが、環境は変わり、科学を信仰するこの街では少年を不幸を理由に虐げる者はいなかった。
誰かが言った。少年といると、あらゆる不幸が少年へ向くと。誰かが言った。少年は自分たちを守ってくれる、不幸に対しての盾だと。
それはあくまでも日常会話の一種、冗談の一つであり本気で少年をそう扱っていたわけではない。
しかしそれは事実として起きていたことだった。
自分はもう不幸に対しては慣れているから、それで周りの人間が助かるのなら自分がその分の不幸を吸い取っても構わない。
そんなことも考えたことがあった。
それで大切なものを守れるのなら。自分がいつも通り不幸を引き受けることで、大切な人が笑えるなら。
自分は喜んでその人たちの分の不幸も受け止めよう。自分が引き受けるから、大切な人たちは理不尽な不幸に苦しめられることはない、と。
何故不幸だったのかは分からない。その理由は不明だった。
ただ、少年は不幸だった。同年代の子供たちにはお前がいると不幸が移ると石を投げられ、周囲の大人はあの子に関わるなと子供たちに言った。
借金取りに刃物で刺されるなんてこともあった。そんなことが、何度も起きた。
度を超えた不幸の災厄はやがて少年の命を奪う。
そう考えた少年の両親は少年を科学の都へと送った。
そこにあるのは科学信仰。人類の叡智の積み重ねを掲げる、アンノウンに対するレジスタンス。
少年の不幸体質はその科学の街、学園都市でも変わらなかった。
だが、環境は変わり、科学を信仰するこの街では少年を不幸を理由に虐げる者はいなかった。
誰かが言った。少年といると、あらゆる不幸が少年へ向くと。誰かが言った。少年は自分たちを守ってくれる、不幸に対しての盾だと。
それはあくまでも日常会話の一種、冗談の一つであり本気で少年をそう扱っていたわけではない。
しかしそれは事実として起きていたことだった。
自分はもう不幸に対しては慣れているから、それで周りの人間が助かるのなら自分がその分の不幸を吸い取っても構わない。
そんなことも考えたことがあった。
それで大切なものを守れるのなら。自分がいつも通り不幸を引き受けることで、大切な人が笑えるなら。
自分は喜んでその人たちの分の不幸も受け止めよう。自分が引き受けるから、大切な人たちは理不尽な不幸に苦しめられることはない、と。
395: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:34:21.47 ID:a2924ffe0
インデックス / -Day1 / 18:51:08 / 第七学区 路上
「んっんん、んっんん、んっんっん~」
その日、インデックスは上機嫌だった。
ついちょっと前までは大勢の友達とファミレスでわいわいと食べて騒いだ。
そしてこれからは月詠小萌という知り合いの女性の家で焼肉パーティだ。
同居人であり家主である上条当麻は「散々食べたのに焼肉とかあり得ない」だの何だの言っていたが、気にしない。
何故なら、
「焼肉は別腹なんだよ」
呟いて、その光景を想像してみる。
熱々の鉄板に美味しそうな肉が乗る。ジューという音と共に食欲を掻き立てる良い匂いが漂ってくる。
肉汁が溢れ出し、それを口の中に入れるととろけるような……。
「あー!! 早く食べたいんだよ!!」
思わず声に出して叫んでしまい、インデックスは慌てて手で口を抑える。
誰かに聞かれなかっただろうかと辺りを見回し、目撃者がゼロであることを確認する。
ほっと安堵のため息をつきながら、もはや食欲を抑えられなくなったインデックスは早足になる。
早く焼肉を食べたい。その一心で早歩きしていたインデックスは、
「……あれ?」
それを、見つけた。
396: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:36:13.90 ID:a2924ffe0
おそらく、ここが運命の分岐点だった。
この時にインデックスが取った行動次第では違った世界もあっただろう。
しかしインデックスはその先が落ちるしかない断崖絶壁とは知らず、迷いなく外れの五〇パーセントを選んでしまった。
「あなた、どうしたの? 怪我してるんだよ」
この瞬間、レールは確定された。少女の命運は尽きた。
しかし、この二択を用意した神様は心底意地が悪い。
出血しながら息を荒げ、この世の終わりのような表情をしている人間を見なかったことにするなど、インデックスにできるはずがない。
これはある意味選択ではなかった。
もしインデックスがこの男を無視していれば、違う世界があっただろう。
けれど、インデックスという少女の性質を考えれば、そんな選択肢は用意されてないも同然だ。
その意味において用意されていたのは始めから地獄への片道切符一枚のみだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……え?」
男は電柱に手をついて激しく息を切らせていた。
その肩を中心に激しく出血し、着衣が赤に染まっている。
インデックスはすぐに理解はできなかったが、肩口に銃撃を受けていたのだ。
その手には大きなアタッシュケースのようなものを持っていた。
「すごい出血なんだよ……。すぐにお医者さん呼ぶからね!! それまで頑張るんだよ!!」
インデックスは必死にろくに扱えない〇円携帯を操作し、助けを呼ぼうとする。
だがこの男にとってはそんなことはどうでもよかったのだ。
病院に運ばれようとどうなろうと、もうこの男の未来には『死』の一文字しかなかった。
この時にインデックスが取った行動次第では違った世界もあっただろう。
しかしインデックスはその先が落ちるしかない断崖絶壁とは知らず、迷いなく外れの五〇パーセントを選んでしまった。
「あなた、どうしたの? 怪我してるんだよ」
この瞬間、レールは確定された。少女の命運は尽きた。
しかし、この二択を用意した神様は心底意地が悪い。
出血しながら息を荒げ、この世の終わりのような表情をしている人間を見なかったことにするなど、インデックスにできるはずがない。
これはある意味選択ではなかった。
もしインデックスがこの男を無視していれば、違う世界があっただろう。
けれど、インデックスという少女の性質を考えれば、そんな選択肢は用意されてないも同然だ。
その意味において用意されていたのは始めから地獄への片道切符一枚のみだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……え?」
男は電柱に手をついて激しく息を切らせていた。
その肩を中心に激しく出血し、着衣が赤に染まっている。
インデックスはすぐに理解はできなかったが、肩口に銃撃を受けていたのだ。
その手には大きなアタッシュケースのようなものを持っていた。
「すごい出血なんだよ……。すぐにお医者さん呼ぶからね!! それまで頑張るんだよ!!」
インデックスは必死にろくに扱えない〇円携帯を操作し、助けを呼ぼうとする。
だがこの男にとってはそんなことはどうでもよかったのだ。
病院に運ばれようとどうなろうと、もうこの男の未来には『死』の一文字しかなかった。
397: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:37:29.24 ID:a2924ffe0
男は痙攣する腕を使って何とか持っていたアタッシュケースを開錠し、開ける。
その中に入っていたのは四つの試験管のようなもの。
緑色の液体が満たされたもの、紫色の液体が満たされたものなどがあった。
インデックスはそれを見て、それが何かは分からなかった。
ジュースかななどと本気で考えていた。しかしそれもインデックスには無理のないことかもしれない。
だがそこにあったものは。このアタッシュケースの中身は。
出すところに出せば数千億、数兆という桁外れの値がつく宝の山だった。
男は震える指でその中の紫色の液体が満たされたものを取り出す。
そして男は初めてインデックスへと語りかけた。
「なあ、嬢ちゃん。俺ぁな、ちょっと一儲けしようとしただけだったんだ」
「え?」
インデックスはその話を聞いてしまう。
男の言葉の一つ一つが、自らの命が尽きるまでのカウントダウンだとも知らずに。
「たまたまこれに近づけそうな機会があった。こいつを『外』に売りつければ恐ろしい額がつく。
これを欲しがるところなんざ世界にいくらでもある。それだけの価値がこいつにはあった」
男は語り続ける。
「だから俺は何人かを買収し、ついにこいつのサンプルを一つ盗むことに成功したんだ。
だが思っていたよりも早く俺を始末するための追撃が来た。あまりにも対応が早すぎた。
一発撃たれながらも何とか一度は振り切ったが、もう駄目だ。今すぐにでも奴らは来る、俺を殺すために!!」
その中に入っていたのは四つの試験管のようなもの。
緑色の液体が満たされたもの、紫色の液体が満たされたものなどがあった。
インデックスはそれを見て、それが何かは分からなかった。
ジュースかななどと本気で考えていた。しかしそれもインデックスには無理のないことかもしれない。
だがそこにあったものは。このアタッシュケースの中身は。
出すところに出せば数千億、数兆という桁外れの値がつく宝の山だった。
男は震える指でその中の紫色の液体が満たされたものを取り出す。
そして男は初めてインデックスへと語りかけた。
「なあ、嬢ちゃん。俺ぁな、ちょっと一儲けしようとしただけだったんだ」
「え?」
インデックスはその話を聞いてしまう。
男の言葉の一つ一つが、自らの命が尽きるまでのカウントダウンだとも知らずに。
「たまたまこれに近づけそうな機会があった。こいつを『外』に売りつければ恐ろしい額がつく。
これを欲しがるところなんざ世界にいくらでもある。それだけの価値がこいつにはあった」
男は語り続ける。
「だから俺は何人かを買収し、ついにこいつのサンプルを一つ盗むことに成功したんだ。
だが思っていたよりも早く俺を始末するための追撃が来た。あまりにも対応が早すぎた。
一発撃たれながらも何とか一度は振り切ったが、もう駄目だ。今すぐにでも奴らは来る、俺を殺すために!!」
398: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:38:39.68 ID:a2924ffe0
男は錯乱したように叫んだ。
インデックスは呆然とした様子で男を眺めていた。
「嫌だ、死にたくねぇ!! こいつを売ろうとしたのが悪かったのか!?
でも目の前にこんな金塊があったら誰だって手ぇ伸ばしちまうだろ!? 仕方ねぇよな!?
……でも、もう駄目なんだ。すぐにでも奴らは来る。もし逃げれたとしても、もう俺に隠れる場所なんかない。
もう街の外にも絶対に出られない。俺は死ぬしかないんだ」
涙を流しながら男は吐露し、手に持った紫色の液体が満たされたものを握り直す。
インデックスには男が何を言っているのかよく分からなかった。
だが、男が非常に価値ある何かを盗み、それを売ろうとしていたのが見つかって追われているというのは理解できた。
泥棒はいけないことだ。だが殺されなければいけないほどの罪ではないだろう。インデックスは口を開こうとした。
だが。
しかし。
けれど。
「だから、嬢ちゃん」
この出会いが、きっと運命の分岐点だった。
「悪いけど」
もしもインデックスがこの男を無視できていれば。
「本当に悪いけどさ」
もう片方の五〇パーセントを選択できていれば。
「俺と一緒に、死んでくれよ」
違う世界があったのだろう
インデックスは呆然とした様子で男を眺めていた。
「嫌だ、死にたくねぇ!! こいつを売ろうとしたのが悪かったのか!?
でも目の前にこんな金塊があったら誰だって手ぇ伸ばしちまうだろ!? 仕方ねぇよな!?
……でも、もう駄目なんだ。すぐにでも奴らは来る。もし逃げれたとしても、もう俺に隠れる場所なんかない。
もう街の外にも絶対に出られない。俺は死ぬしかないんだ」
涙を流しながら男は吐露し、手に持った紫色の液体が満たされたものを握り直す。
インデックスには男が何を言っているのかよく分からなかった。
だが、男が非常に価値ある何かを盗み、それを売ろうとしていたのが見つかって追われているというのは理解できた。
泥棒はいけないことだ。だが殺されなければいけないほどの罪ではないだろう。インデックスは口を開こうとした。
だが。
しかし。
けれど。
「だから、嬢ちゃん」
この出会いが、きっと運命の分岐点だった。
「悪いけど」
もしもインデックスがこの男を無視できていれば。
「本当に悪いけどさ」
もう片方の五〇パーセントを選択できていれば。
「俺と一緒に、死んでくれよ」
違う世界があったのだろう
399: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:40:01.49 ID:a2924ffe0
「あんたは『進化』できるんだ、嬉しいよな?」
いきなり腕を掴まれ、ぐいと引き寄せられたかと思ったら首に針が刺さるような、ちくりという小さな痛みを覚えた。
いや、実際に針が刺さっていた。それを通して中に満たされていた紫色の液体がインデックスの体内へと侵入する。
悪魔の種子が、インデックスに根付く。
「なっ、何するの!?」
慌てて抵抗するインデックスだが、もう遅い。
男の拘束から逃れることができた時には既に手遅れだ。
「へ、へへへ、へへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」
狂ったような笑みを浮かべ、男はアタッシュケースの中身を全て地面に叩きつけた。
バリン、という容器の割れる音が響く。中に満たされていた液体が地面に漏れ出していく。
それがどれだけ重大な危機か、インデックスには正確な理解が及ばなかった。
涙と鼻水で顔をくちゃくちゃにし、壊れた笑みを浮かべながら男はどこかへと走り去っていく。
それを追おうとは思わなかった。たしかに、インデックスには目の前のものが何なのか分からない。
あの男がどれほどのことをしたのかもよく分かっていない。
けれど。目の前に溢れている液体と、自らの体内に投与されたあの薬品。
それが本当に恐ろしいものなのだろうということは嫌でも分かった。
正しく理解できていなくても、とにかくまずいということは感じた。
「う、うううううううう……!!」
言い知れぬ恐怖がこみ上げてくるのを感じる。
針を刺された首筋を手で抑えながらインデックスはふらふらとその場を離れた。
あの溢れ出したものの近くにいるのはまずいと思った。
いきなり腕を掴まれ、ぐいと引き寄せられたかと思ったら首に針が刺さるような、ちくりという小さな痛みを覚えた。
いや、実際に針が刺さっていた。それを通して中に満たされていた紫色の液体がインデックスの体内へと侵入する。
悪魔の種子が、インデックスに根付く。
「なっ、何するの!?」
慌てて抵抗するインデックスだが、もう遅い。
男の拘束から逃れることができた時には既に手遅れだ。
「へ、へへへ、へへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへへ」
狂ったような笑みを浮かべ、男はアタッシュケースの中身を全て地面に叩きつけた。
バリン、という容器の割れる音が響く。中に満たされていた液体が地面に漏れ出していく。
それがどれだけ重大な危機か、インデックスには正確な理解が及ばなかった。
涙と鼻水で顔をくちゃくちゃにし、壊れた笑みを浮かべながら男はどこかへと走り去っていく。
それを追おうとは思わなかった。たしかに、インデックスには目の前のものが何なのか分からない。
あの男がどれほどのことをしたのかもよく分かっていない。
けれど。目の前に溢れている液体と、自らの体内に投与されたあの薬品。
それが本当に恐ろしいものなのだろうということは嫌でも分かった。
正しく理解できていなくても、とにかくまずいということは感じた。
「う、うううううううう……!!」
言い知れぬ恐怖がこみ上げてくるのを感じる。
針を刺された首筋を手で抑えながらインデックスはふらふらとその場を離れた。
あの溢れ出したものの近くにいるのはまずいと思った。
401: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:41:18.22 ID:a2924ffe0
どうするべきか。予定通り月詠小萌の家に向かうべきだろうか。
博識な彼女ならば何か知っているかもしれない。
だが、今のこの状態で彼女の元を訪れてもいいのだろうか。
何が起きたかも分からないこの体で。
(……駄目、だよね)
あの男は『進化』すると言っていた。
その言葉の意味するところは分からない。
分からないが、それが良いものではないことは明白だ。
……こうして、インデックスはその生命を燃やし尽くし。
人の殻を脱ぎ捨てて、傲慢な神への冒涜者となる。
脆き人の子から昇華した新生物と成り果て、無限回の進化を繰り返し。
いつの日か神の領域に踏み込み、神となり、神を超えるだろう。
魔術を極めた結果神の領域に届いた存在、『魔神』。
未だ誰も辿り着けぬ学園都市の金字塔、『絶対能力者』。
ひとりの『人間』が目指す神ならぬ身にて天上の意思に辿り着く者、『SYSTEM』。
ある『救世主』が至った、神と同等の天使から更に進化した神を超えし者、『神上』。
ある少年とその右手に宿る真の意味、『神浄』。
インデックスはそのどれとも違う方法で。
『生命の樹(セフィロト)』の頂点へと迫っていく。
しかしそれはインデックスの望むことではない。
彼女にそんな大層な野望はない。ただいつも通りの日々を過ごせればそれでいいのだ。
上条当麻がいて、たくさんの友達がいて、みんなが笑っていられればそれだけで満足だったのだ。
博識な彼女ならば何か知っているかもしれない。
だが、今のこの状態で彼女の元を訪れてもいいのだろうか。
何が起きたかも分からないこの体で。
(……駄目、だよね)
あの男は『進化』すると言っていた。
その言葉の意味するところは分からない。
分からないが、それが良いものではないことは明白だ。
……こうして、インデックスはその生命を燃やし尽くし。
人の殻を脱ぎ捨てて、傲慢な神への冒涜者となる。
脆き人の子から昇華した新生物と成り果て、無限回の進化を繰り返し。
いつの日か神の領域に踏み込み、神となり、神を超えるだろう。
魔術を極めた結果神の領域に届いた存在、『魔神』。
未だ誰も辿り着けぬ学園都市の金字塔、『絶対能力者』。
ひとりの『人間』が目指す神ならぬ身にて天上の意思に辿り着く者、『SYSTEM』。
ある『救世主』が至った、神と同等の天使から更に進化した神を超えし者、『神上』。
ある少年とその右手に宿る真の意味、『神浄』。
インデックスはそのどれとも違う方法で。
『生命の樹(セフィロト)』の頂点へと迫っていく。
しかしそれはインデックスの望むことではない。
彼女にそんな大層な野望はない。ただいつも通りの日々を過ごせればそれでいいのだ。
上条当麻がいて、たくさんの友達がいて、みんなが笑っていられればそれだけで満足だったのだ。
402: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:43:02.15 ID:a2924ffe0
インデックスは“たまたま”その男と鉢合わせし、“たまたま”その男がウィルスを持ち出そうとしていた男で。
“たまたま”その男は追い詰められ自暴自棄になっていて、“たまたま”インデックスは悪魔の種子を打たれてしまった。
理由はない、原因はない、理屈もない、理論もない、因果がない、目的がない、意味のない、価値のない、全くもって何もない。
結局、単に運が悪かったというだけの話。
運が悪かったから、不幸だったから。
インデックスが悪魔のウィルスを打たれ、完全な化け物に、新生物になって。
死よりも惨い変貌をさせられ、躊躇いなく人間を襲うようになる。
これだけのことが、たったそれだけの言葉で片付けられてしまう。
『不幸』。いつもはあるツンツン頭の高校生を悩ませ、引き受けているそれが。
一体何の悪戯か、この時ばかりはインデックスに降り注いだ。
大層な計画に巻き込まれたとか、世界規模の陰謀の始まりとか、そんなスケールの大きなことは何もなかった。
「うううううう……」
その頭の中にある一〇三〇〇〇冊の魔道書も関係ない。こんなつまらないことが、理不尽にインデックスという少女を終わらせてしまった。
「うううううううううううう……!!」
自分が自分でなくなっていく絶望的な予感を感じ、心優しい少女は涙する。
それは他人のための涙。男の言う『進化』を果たした自分が傷つけてしまうであろう誰かのための、涙。
いつだって自分よりも他人を優先する献身的な子羊のもたらす、最後の優しさ。
そして。世界に、一つの魔人が産み落とされた。
“たまたま”その男は追い詰められ自暴自棄になっていて、“たまたま”インデックスは悪魔の種子を打たれてしまった。
理由はない、原因はない、理屈もない、理論もない、因果がない、目的がない、意味のない、価値のない、全くもって何もない。
結局、単に運が悪かったというだけの話。
運が悪かったから、不幸だったから。
インデックスが悪魔のウィルスを打たれ、完全な化け物に、新生物になって。
死よりも惨い変貌をさせられ、躊躇いなく人間を襲うようになる。
これだけのことが、たったそれだけの言葉で片付けられてしまう。
『不幸』。いつもはあるツンツン頭の高校生を悩ませ、引き受けているそれが。
一体何の悪戯か、この時ばかりはインデックスに降り注いだ。
大層な計画に巻き込まれたとか、世界規模の陰謀の始まりとか、そんなスケールの大きなことは何もなかった。
「うううううう……」
その頭の中にある一〇三〇〇〇冊の魔道書も関係ない。こんなつまらないことが、理不尽にインデックスという少女を終わらせてしまった。
「うううううううううううう……!!」
自分が自分でなくなっていく絶望的な予感を感じ、心優しい少女は涙する。
それは他人のための涙。男の言う『進化』を果たした自分が傷つけてしまうであろう誰かのための、涙。
いつだって自分よりも他人を優先する献身的な子羊のもたらす、最後の優しさ。
そして。世界に、一つの魔人が産み落とされた。
403: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:46:10.66 ID:a2924ffe0
トロフィーを取得しました
『悲劇では終わらせない』
Day3を迎えた証。せめて素敵な悪足掻きを
404: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:47:19.51 ID:a2924ffe0
The Last Day
―――Day3―――
―――Day3―――
次回 とある都市の生物災害 Day2 中編
コメント
コメント一覧 (2)
でも禁書にアンブレラのBOW無理やりねじ込むとすげー違和感ある
なんでリサトレヴァーとかアレクシアが出てくるんだよw
アレクシア木原アシュフォードとか吹いたわ
アレクシアにしても別に違和感ない
そもそもテレスティーナ・木原・ライフラインって名前のキャラがそもそも
禁書側にいるんだし
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