前回 とある都市の生物災害 Day2 前編 

405: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:48:18.10 ID:a2924ffe0

上条当麻 / Day3 / 03:19:27 / 下水道 東側下水道

カチャ、カチャ。
床と何か硬質なものがぶつかるような音を聞いて上条は身構えた。
隣で眠っている佳茄を静かに起こし、全神経を聴覚へと注ぎ込む。

カチャ、カチャ。
一定のリズムで刻まれる硬質な音。
間違いない。上条は確信する。これは足音だ。
死人ではない何かが扉を一枚隔てたところを歩いているのだ。

(……元から戦うなんて無理だ)

多少の睡眠によって少しは体力が回復したとはいえ、未だ全身に負った傷はずきずきと痛む。
幻想殺しも何の役にも立たない以上、下手に動くことはできない。
目が覚め音に気付いたのか、硬直したように動かない佳茄の手を握ってじっと待つ。

そしてどれくらいの時間が経過したか、足音が完全に聞こえなくなったのを確認して上条と佳茄はゆっくりと部屋を出る。
闇の奥から何が出したのかも分からない不気味な鳴き声のようなものが聞こえてくる。
どうやらすぐ近くにまだ潜んでいるようだった。

(静かに、静かにな)

上条は自身の唇に人差し指を立て、佳茄に対して静かにというジェスチャーをする。
佳茄もまたそれを理解し同じく人差し指を唇に立てた。
ゆっくりとゆっくりと下水道を進んでいくと、段々その姿が見えてくる。

引用元: とある都市の生物災害 Day2 

 

406: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:49:42.97 ID:a2924ffe0
全身を緑色の鱗に覆われた生物だった。
地上でも何度か見かけた化け物だ。その爪は鋭く伸び、それで狩りを行うのだ。
その凶暴性は確かで、一撃の下に対象の首を刎ね飛ばしてしまうこともある。
見つかったらまず最期だろう。

そして体を強張らせる二人の耳に突然何かの吐息のような声が聞こえてきた。
ハァー、という息を吐く声。これも聞き覚えがある。
上条が天井に視線を遣ると、そこには骨格ごと全てが変形し、四足歩行で天井にべったりと張り付いている生物がいた。
赤い筋繊維に全身を覆われ、そのグロテスクな脳髄を完全に露出。長い舌を遊びその体をくねらせていた。

とても元々は人間だったとは思えない醜悪な姿だった。
上には一撃で獲物を仕留める化け物、前方にも一撃で首を刎ねる化け物。
どちらもこちらにはまだ気付いていないとはいえ、無能力者の上条にはどうしようもない状況。

だが上条は以前にもこれに遭遇しているためにその性質も理解している。
天井や壁に張り付いている化け物は盲目で、全てを音で判断している。
そしてこの二種類の化け物はまだ互いの存在にも気付いていない。

一計を案じた上条がそれを実行に移そうとした時、無言のままに佳茄が上条に何かを手渡した。
それは何かの瓦礫片か、ただの石だった。
上条は黙ってそれを受け取り、慎重に狙いを定めてその石を放り投げる。

カツン、という軽い音が下水道に響く。
放られた石は化け物にではなく床を叩いていた。
それが引き金だった。緑の鱗に覆われた化け物が敏感に反応し、辺りを見渡し始めた。
だが遅かった。視覚を失い聴覚に全てが注がれていた盲目の化け物は既に動いている。

407: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:50:10.74 ID:a2924ffe0
「ハァ~!!」

まるで槍の如くに硬化した盲目の化け物の舌が、一撃の下に緑鱗の化け物の脳天を刺し貫いた。
ブシュ、と血液が噴出し盲目の化け物の全身を染め上げる。
だが他の緑鱗の化け物が応戦し、容赦のない殺し合いが始まった。

「…………」

上条はそれを形容しがたい表情で見つめ、やがて佳茄の手を取って今のうちにその場を離脱した。
後方からどちらのものかも分からない奇声が聞こえてくる。
自然と二人の足は早足になった。

「……そう言えば、佳茄はなんで俺に石を? 知ってたのか?」

安全圏まで辿り着いたことを確認した上条が訊ねると、佳茄は常盤台のブレザーの端を握り締めて答えた。

「……お姉ちゃんが教えてくれたの。あの怖いお化けにあったら、絶対に声を出しちゃ駄目って。
静かにしてれば大丈夫だって。危なくなったら石を遠くに投げなさいって言ってたから」

……どうやら美琴も盲目の化け物の性質には気付いていたらしい。
しかしその言葉を記憶していて実行に移せる佳茄も佳茄だ。
その凄さが良いことなのか悪いことなのか。
判断がつかなかった上条はただ「そうなのか」、と返すことしかできなかった。

408: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:51:01.33 ID:a2924ffe0

浜面仕上 / Day3 / 03:19:44 / 下水道 南側下水道

「……前から思ってたけど、あなたも大概よね」

暗い下水道を進みながら心理定規が呟く。
電気は通ったものの全ての照明が生きているわけではないようで、この辺りは暗いままだった。

「こちとら無能力者なんだ。気合だけは一丁前さ」

「ゴリラね。ゴリ面仕上」

浜面の傷は当然完治などしていない。
だが無理をすれば歩くことはできるようになっていた。
心理定規が呆れるのも当然なほどの頑丈さだろう。

「ところで、これ本当にいるのか?」

浜面が手に持っているハンドルのようなものをぶんぶんと振る。
先ほどまで二人がいた部屋にあったもので、心理定規の指示によって持ち出していた。

「いるわよ。ほら、すぐそこの排気ファン。見てみたけどそれで止められるみたいよ」

心理定規の指差したところをよく見てみると、壁に梯子が取り付けられていてその先に巨大なファンが回転していた。
その下には何かを取り付けるための接続口のようなものがあり、どうやらそこにこのハンドルを使うらしい。
だがそれに気付いたのは浜面だった。先を急ぐ心理定規の肩を掴んで引き寄せる。

「どうしたの」

「……よく見ろ。あそこ、暗くて姿までは見えねぇがゾンビが一体いるぞ」

409: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:51:59.15 ID:a2924ffe0
よくよく目を凝らしてみると確かに闇の中にゆらゆらと蠢く人影のようなものがある。
心理定規は僅かに目を細め、ありがとう、と一言だけ告げると迅速に動いた。
まるで存在しないかのように音もなく近寄ると、太ももから抜いた巨大なサバイバルナイフを使って背後から一撃の下に亡者を仕留める。
亡者は声を出すこともできずにその場に崩れ落ちた。

「……怖ぇ女だな本当」

その鮮やかな流れに浜面が賞賛の言葉を口にする。
心理定規はハンカチでナイフについた血や肉を拭き取ると、浜面から受け取ったハンドルを差込口に取り付ける。
そのハンドルを回していくと、ファンの回転が遅くなりやがて完全に停止した。

「ほらね、私に間違いはないのよ」

「よく言うぜ。結構外すくせに」

そう返しながら浜面は心理定規が登るのを待つ。
だが一向に登らない彼女に浜面が疑問を感じていると、彼女は笑顔を浮かべて、

「お先にどうぞ?」

「……? おう」

よく分からないが素直に従うことにする。
梯子を登り、巨大なファンが取り付けられていた通風口へと入る。
登ってきた心理定規と進もうとして、

ぞわり、と何かが動いた気がした。

同じことを感じたのか心理定規の動きが止まり、その目つきが変わる。
浜面もいつでも応戦できるように構えた。
だが、脅威は思いがけないところから思いがけない形で現れた。

410: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:53:04.86 ID:a2924ffe0
この巨大な通風口の上部に空いている小さな穴。
そこから黒い何かが一斉に湧き出してきた。
素早く動き回る群れ。その一つ一つが鼠ほども大きかった。
正体に気付いたのは、浜面だった。

「ゴキブリだ……っ!?」

「ゴキブリ!? これが!? 冗談じゃないわよクソったれ!!」

元々クリーンな学園都市の下水道にゴキブリは生息していない。
しかしこの騒動で多少なりとも環境が変わり、どこからか流れ込んできたのだろう。
ウィルスによって変異したゴキブリの主食は鼠。
食物連鎖の逆転。鼠を主食とするまでにゴキブリは巨大化を果たしていた。

このゴキブリたちは人間すら食料と看做しているのか、一斉に二人に襲いかかってくる。
その狙いは主に首。強引に振り払いながら浜面は確信する。
単なる極大の生理的嫌悪感だけではない。こいつらはその巨大で強靭な顎で人間の柔らかい部分を噛み千切ろうとしている。
これはもう完璧に生命の危機だった。

「こんなの反則でしょうが!! 何とかしなさい!!
私を囮にしてその間にあなたが逃げるとか名案じゃない!?」

「え、お前が犠牲になってくれるのか!?」

「ちくしょう間違えた逆だった!!」

「だと思ったよ馬鹿野郎!!」

411: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/02/23(月) 23:54:07.07 ID:a2924ffe0
湧き上がる嫌悪感を全力で捻じ伏せて二人はゴキブリを薙ぎ払いながら走る。
とにかく一刻も早くここを抜けること。それが第一だった。
何とか噛み千切られずに通風口から脱出したものの、飛び降りた二人を追うようにゴキブリの群れも這い出てくる。

「光速で走るわよ!!」

「ちくしょう全身が痛い!!」

ゴキブリなどに殺されてはたまらない。
走って走って走って。ようやく二人はゴキブリから逃れて大きく息を吐く。
がくがくと小さく全身を震わせる浜面を見て心理定規が無言で肩を貸す。
浜面が礼を言うと彼女は興味なさげにそっぽを向いた。

「……おい、あれは何だよ?」

ふと浜面が何かに気付く。
フェンスを隔てた向こう側、そちらにおそらくは女性だったであろうゾンビがいる。
それだけなら気にするようなことでもないのだが、その体がロープや鎖で雁字搦めに固定され鉄筋に括りつけられていた。
アンデッドの捕獲。浜面の頭を解剖等のサンプル素材という可能性がよぎった。

「まあ、私たちには関係のないことよ」

そう言って二人は先に進み、そこに辿り着く。
そこは、

「……嫌な予感しかしないのだけど」

「俺もだ」

426: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 22:59:24.76 ID:WSrsUdT80




This is my last chance for survival……
This is my,last escape……





427: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:01:18.68 ID:WSrsUdT80

一方通行 / Day3 / 02:16:39 / 下水道 第二管理室

カツ、カツ、コツ、コツ。
僅かな明かりが灯ったものの未だ薄暗い下水道に硬質な音が響く。
一方通行。歩く。行き先は分からない。
分からないが、とにかく進まなければならなかった。

「……チッ」

番外個体は無事だろうか。もはや彼女だけが心の拠り所だった。
彼女が生きているから戦う理由が残っている。
彼女が死ぬようなことがあればそれが最後だ。

ピタリ、と一方通行が歩みを止める。
前方に二体の死者。こちらには気付いていない。
気付かれずに切り抜けることも十分可能だろう。だから、

パンパァン!! という乾いた音が響いた。
一方通行が発砲し、それぞれの頭部を確実に撃ち抜いた音だった。
何故か? 二体の死者がこちらに気付いていなかった。十分に交戦は回避できたのに。
おそらく理由なんてない。ただそこに敵がいたから。それだけだろう。

崩れ落ちる死体には目もくれず一方通行は再び歩き出す。
一定のペースでただ前へ。ゼンマイを巻かれた玩具のようですらあった。
その時再び前方に影が現れた。次なる敵の出現。一方通行はやはり同様に銃を抜こうとして、

428: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:03:00.15 ID:WSrsUdT80
「……!?」

その姿を視認し初めて一気に表情を変える。
慌てて通路の曲がり角へと飛び込み息を潜める。

(……なンだ、アレは)

ゆっくりと歩いてきたのは三メートルはあろうかという白い巨体だった。
爪は巨大で鋭く伸び、その心臓に当たる部分が大きく隆起している。
肥大化しはっきりと盛り上がった赤い血管のようなものが頭部から胸にかけて浮かび上がっていた。
一方通行は初めて遭遇する化け物。一目で他とは明らかに違うことが見て取れる。

流石にこれに対してまで不用意に攻撃を仕掛けようとは考えなかった。
勿論その気になれば仕留めることは難しくないだろうが、もうバッテリーはほとんど残っていない。
わざわざ賭けに出なければならない場面でもないだろう。

息を殺し闇に身を潜める。
緩慢な足音を引き連れて巨体の化け物は彼に気付くことなくどこかへと去っていった。
音が聞こえなくなってからしばらくしてようやく一方通行は警戒を解く。

「ったく、一体何種類の化け物が徘徊してるンだっつゥの。化け物の見本市じゃねェンだぞ」

思わず呟くが、もはや今の学園都市はそう言って差し支えないのかもしれない。
薄汚い闇を抱えてはいたものの栄華を極めていたかつての学園都市を思い、一方通行は深いため息をついた。

「……“あのクソ野郎が”」

429: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:05:54.11 ID:WSrsUdT80

垣根帝督 / Day3 / 03:22:02 / 下水道 管理室連絡通路

しばらくの休息の後、二人は行動を再開していた。
全く気の抜けない状態で擦り切れかけた精神状況、溜まりに溜まった肉体的疲労。
休息と言ってもそれらを癒すにはまるで不十分で、だがしかしそれでも多少の体力回復にはなる。

「……ねぇ、本当にこっちに行くわけ?」

金属製の連絡通路を歩いていると突然番外個体がそんなことを言い出した。

「あ? どうせ行き先なんてねえしアテもクソもねえだろうが」

「アテもクソもなくてもあれはあるんだけど」

番外個体がすっと天井を指差した。
垣根がそれに釣られて天井を見上げると、そこには確かにあった。
卵……のように見える、巨大でグロテスクな塊。

繭の薄い表皮から蠢く何かが僅かに見て取れる。
あの中身が何であるかなど想像もしたくない。

「……お目覚めになる前に離れるのが正解だな、こりゃ」

「ミサカも同意見だね」

430: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:09:22.30 ID:WSrsUdT80
というわけで意見は無事一致。
さっさとここを離れることにした二人が早足になる。
だが、

「ッ!!」

「っ!?」

バッ、と二人はそれぞれに動いた。
同時飛んできた何か――銃弾だろうか――が二人がいた場所を襲った。
何かによる襲撃。だがそれ以上考える暇はなかった。
跳ね返った何かが天井に根付いていた卵を直撃し、それがきっかけとなったのか『孵化』を起こしたからだ。

「余計なことしてくれやがる……」

グチュグチュと音をたて、中から這い出てきたのは……カマドウマと形容するのが近いか。
見た目は昆虫のようでもある。元は小型の節足動物だったのだろうか、六本の足を器用に動かして床を這い回り真っ直ぐにこちらへと向かってくる。
どうやら生まれたその時から完成された能力を有しているようだ。

「や、やっほー。起こしちゃった? べ、別にもうちょっと寝ててもいいんだよ……?」

番外個体がそのグロテスクな姿に引き攣った表情を浮かべる。
人間相手の殺し合いなら嫌ではない、どころか相手の身も心も蹂躙したいという嗜虐心に燃える彼女だがこんな化け物は専門外だ。
化け物は昆虫のような奇声をあげて二本の足で立ち上がった。
やはり大きい。番外個体の背丈を上回るカマドウマのような化け物は、容赦なく中段の二本の足で番外個体に襲いかかる。

431: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:12:49.90 ID:WSrsUdT80
だがその程度でやられる彼女ではない。
即座にバックステップで回避する。だが続けて振るわれた鎌状に尖った上段の二本の前足が、番外個体の鼻先をぎりぎりで掠める。

「悪霊退散!!」

バヂッ、という紫電の弾ける音が炸裂した。
番外個体の手から放たれたのは三本の釘。ただしそれは音速で飛んでいる。
銃弾のような威力を持ったそれらは次々と化け物の胴体に直撃し、そして硬質な音と共に全てが弾かれた。

「おいおいマジかよこの便所虫!!」

何かを擦り合わせるような不快な鳴き声をあげて番外個体へと再び襲いかかる化け物。
だがその無防備な背中を垣根の一撃が直撃。
バランスを崩した化け物はよろめき、そしてシュウウ、という何かを噴出すような音と共に何かが空間に充満していった。

「なん、だ……これは……!!」

垣根は咄嗟に目を覆って一歩二歩と後退する。
視界がおかしい。ぐにゃぐにゃと視界が歪み、そこに何があるか、その方向はどちらか、そこまでの距離はどれくらいか。
それらが正確に把握できない。おそらく視神経に影響を及ぼす毒性ガスを分泌したのだろう。

(こいつ……!!)

当然戸惑う二人を化け物は待たない。
視覚をやられた二人へと悠然と接近し、その人体など容易く貫くだろう前足を突き出した。
だがその前足は虚空を掻く。垣根は『未元物質』で、番外個体は電磁波で、それぞれ視覚を代用し的確に攻撃を回避する。

「チッ!!」

番外個体が返す刀で二億ボルトにも達する莫大な電流を放ち、瞬く間に化け物の前足を消し飛ばした。
垣根も同様に化け物の足をあっさりと両断していく。
手足の大半を奪われた化け物は吠え、瞬時に失った手足の全てを再生させた。

この短い戦闘で垣根も番外個体も十分に理解した。
この化け物の危険度は段違いだ。この再生能力といい、殺傷能力といい、防御性の高さといい、毒性ガスといい。
これまでも数多くの化け物と交戦してきたが、その中でもこれはトップクラスの戦闘能力を有している。

432: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:16:26.76 ID:WSrsUdT80
「へい。へいへい!! こいつ割とヤベェんだけど!! 何とかして第二位!!」

「うるせえなクソ女!! ちったぁ頭回せ!! さっきからちらちらしてる白いコアみてえなのがいかにも怪しいだろうが!!」

化け物の腹部と肩の辺りに白い塊のようなものがあった。
それは浮かんでは消えてを繰り返しているのだが、垣根はそれに目をつけた。
顔色や眼からかけ離れた、滑るようなやり取りをしながら番外個体はすぐさまその白い物体に向けて釘を乱れ打つ。
ズドドドッ、とそれらは簡単に突き刺さりぐちゅぐちゅと何らかの体液が流れ出す。

「面倒くせえ……!!」

やはりそこが弱点だったのか甲高い奇声をあげて暴れる化け物だったが、垣根は気にも留めない。
その六枚の翼を展開し存分にしならせ力を蓄えていく。
そしてブオッ!! と激しい風圧やソニックブームを巻き起こしながらその翼を遠慮なく化け物に叩きつけた。
グチャグチャ、という不快な音が響く。高層ビルも割る一撃は流石に耐えられないようで、確実に叩き潰した感触があった。

垣根が翼を消すとそこにあったのは無残にすり潰された化け物の残骸だった。
染み出した臓器や体液が床をグロテスクに染めていく。

「最初からこうすりゃよかったな」

「いやいや。あなたミサカに頭回せって言ったじゃん。何これ、超ごり押しじゃん。
脳死力押しじゃん。正面突破じゃん」

「うるせえっつの。結果的に殺せたんだからそれで文句ねえだろ。結局ごり押しの正面突破が一番速いんだよ」

それより、と垣根は通路の奥へ視線をやる。
そもそもこの化け物が目覚めたきっかけになったであろう攻撃。
あれを放ったのは何なのだろうか。

「まあいいけどさ。まあ、お礼に一回くらいミサカを抱かせてあげてもいいよ?」

「はっ、そんな言葉で動揺させられるとでも思ってんのか。
それより早くここを離れた方がいいと思うぞ。まあ残りたいってんなら止めねえが」

さっさと背中を向けて歩き出した垣根の背中を見ながら、番外個体はその言葉の意味を数瞬だけ考え込む。
すぐに気付いた彼女は慌てて走り出した。
あの化け物の卵があったということは、きっとそれを生みつけた化け物が近くにいる。

433: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:26:06.44 ID:WSrsUdT80

浜面仕上 / Day2 / 04:27:13 / 下水道 ゴミ運搬路

巨大な通路が真っ直ぐに伸びていた。
ぽっかりと空いた空間。妨げになるようなものは何もない。
『ゴミ運搬路』。そう記されたプレートを見て、浜面と心理定規は顔を見合わせた。

「確認するが、気のせいじゃ、ねぇよな……?」

「気のせいなわけないでしょ馬鹿野郎」

ズゥゥ……ゥン、と僅かに地面が揺れた。
ほんの小さなものではあるが間違いなく揺れた。
地震ではない。二人とも即座に直感していた。
では何が原因か。

「どうせ進むしかないのよ、悩んでても仕方ないわ」

「……だな」

「……あ、ちょっとだけ待ってて。すぐに戻ってくるわ」

あ、おいと声をかける浜面を無視して心理定規は一人戻っていった。
姿が見えなくなって一分ほど経つと彼女は戻ってきた。

「何してたんだよ?」

「セクハラね」

「はっ?」

心理定規はそれだけ言うとさっさと通路を進んでいく。
何がいるか分からない、浜面も慌ててその後を追いかける。
銃を構える。いつどこから何が現れても対処できる体制を維持する。

434: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:28:00.94 ID:WSrsUdT80
L字になった通路を曲がり、先に進んでいく。
予想に反して何もいなかった。死人の一人すら存在しない。
本来ならほっと胸を撫で下ろすところだが、それが異様な光景にさえ見えていた。
それは嵐の前の静けさとでも言うべきか。

ちらりと隣の心理定規に目をやる。
温度的には肌寒いというのにその額にじっとりと汗をかき、髪が張り付いていた。
改めて銃のグリップを握り直す。こつ、こつという足音だけがしばらく響き、やがてぴたりと止まる。
巨大な鉄の扉が閉まっていた。通路はここまでのようで、この扉を越えた向こうが先に繋がっているのだろう。

「さて問題はこの扉をどうするかだけど」

「あれが操作パネルじゃねぇの?」

心理定規が流れ出た額の汗を拭いながらぼやく。
浜面も銃を強く握り締めじっとりとかいた手汗を乱雑に服で拭い、扉の傍に取り付けられていたパネルを操作する。
本来ならしっかりとロックがかけられていたのだろうが、どこか故障でもしているのかボタン一つで簡単に扉は開き始めた。

ゴゴゴゴ、と巨大な扉がシャッターを開けるように上がっていく。
二人は先に進もうとして、

「っ!?」

「っ!?」

全力で後方へと飛び退った。無理な動きに足首に多少の痛みが走るも気にする余裕などなかった。
もし飛び退らなかったら。もしあと一秒でも動くのが遅かったら。
間違いなく確実に二人揃ってお陀仏だっただろう。

「……は、ぁ……?」

まるで金魚のように口をぱくぱくさせる浜面。
言葉が出てこなかった。心理定規は大きくその目を見開き現れたものを凝視していた。

435: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:32:11.44 ID:WSrsUdT80
鰐。アリゲーター。
有名な都市伝説に下水道に住み着いた白い鰐の話があり、実はこの学園都市にも『白鰐部隊』という『闇』があることを心理定規は知っていた。
だがこれは違う。本物の鰐。その全長は計り知れないが、確実に一〇メートルは超えている。もはや恐竜だった。
その巨大な顎が、荒々しく尖った歯が、二人の脆弱な肉体を噛み砕かんとしていた。

ずるずると音をたてて巨大な鰐がその巨体を通路に滑り込ませていく。
通路を埋め尽くすあまりに圧倒的な光景に二人は言葉もなくじりじりと後退する。
このままでは絶対に死ぬ。鰐の鳴き声のような音をきっかけに二人は弾かれたように動き出した。

「本当にもう百鬼夜行ね全く……っ!!」

あんな化け物に銃を叩き込んだところで殺せるはずもない。
そもそも銃弾が皮膚を通るのかすら怪しい。
故に彼らが求めているのは別のものだ。
思いの他素早い鰐に追われながら死に追われながら彼らはそれぞれ目的のものを見つけ出す。

「あった……!!」

心理定規が見つけたのは通路脇に設置されていた高圧ボンベ。
浜面と心理定規にあれを仕留められる戦力はないが、これを使えばあの化け物を始末することもできるかもしれない。
だが一〇〇パーセントの保証があるわけではないし、破壊力が強すぎれば最悪天井の崩壊、この通路の崩壊も否定できない。
とはいえそれでもきっとこれしかあれを殺す術はない。殺せなければ先には進めない。

「あった……!!」

浜面が見つけたのは通路脇に設置されていたスイッチ。
防火用なのかそれとも学園都市の薄汚い実験に使うものなのか。
単なる防火シャッターであれば簡単に破壊される可能性がある。
だが仮に逃走者を逃がさないためだったり何かの実験用のものであればここであの化け物を食い止めることができる。
あれさえ閉じ込められればあとは迂回路を探せばいいだろう。

時間はない。巨大な鰐はもうすぐそこまで迫っている。
だから、そして、叫んだ。

436: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:33:14.21 ID:WSrsUdT80




1.高圧ボンベを使って撃退を図る
2.非常シャッターを下ろし隔離を図る





437: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:34:11.77 ID:WSrsUdT80
>>438-442

438: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:37:18.01 ID:mqLUFJwlo
1

443: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/16(月) 23:59:58.53 ID:WSrsUdT80
「これを使うのよ!!」

叫んだのは心理定規だった。
浜面は咄嗟に振り向き、即座に彼女の意図するところを理解する。
いずれにせよもう悩んでいる時間などない。
二人は協力して高圧ボンベを取り外して床に転がせる。

「急いで離れろ!! じゃねぇと巻き添え食うぞ!!」

大口を開けて迫っていた鰐は簡単に高圧ボンベを口内に入れた。
反射的に口を閉じて噛み砕こうとしたようだが、僅かに歯の当たらない位置に入り込んでしまったのか何とか破壊を免れる。
あとは距離を取らなくてはならない。
必死に走りながら浜面は銃を連射した。

「さすがにここならちっとは痛てぇだろ……!!」

ただむやみやたらに撃っているわけではない。
その中の一発が巨大な鰐の眼球を撃ち抜いた。
その巨体をくねらせて悶える鰐。その隙に二人は距離を広げていく。

「よくやったわよお猿さん褒めてあげる!!」

大きく跳び退りながら心理定規が引き金を引いた。
不安定な体勢でありながら狙いは全くずれることなく一直線。
放たれた鉛弾は的確に僅かな隙間を通って高圧ボンベに直撃し、

起爆。
轟音と共に爆発が巻き起こり辺りが僅かに振動する。
びりびりと肌に突き刺すような衝撃が走った。

それらが静まった後、そこにあったのは上顎から頭部までバラバラに吹っ飛んだ鰐の死体だった。
懸念していた通路や天井へのダメージはやはり学園都市製か、杞憂だったようだ。

「唐揚げ一丁上がりね」

拳銃を太ももホルスターに戻して大きく息を吐く心理定規。
浜面はその行動の大胆さに戦慄しながら思わず呟いた。

「……怖ぇ女」

444: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:02:53.19 ID:7IZr2YRn0

御坂美琴 / Day3 / 03:21:29 / 下水道 第二水路

ぞろぞろと何かが移動しているのを美琴と滝壺は眺めていた。
白い何か。それらが統率されたように乱れもなく、真っ直ぐにどこかへと移動している。

「白アリ……?」

呟いたのは滝壺だ。普通に考えてこの群れもウィルスとやらに『感染』していると見てまず間違いないだろう。
この数や小ささは下手な化け物を相手にするより厄介かもしれない。
そんなわけで、二人は反応される前にそこを離れることにする。

だがその行く先を阻むものがあった。
カマドウマのような六本足の化け物だった。
彼女たちはこれを知っている。これに既に遭遇し、交戦している。
だから、御坂美琴の取った行動は一択だった。

伸ばされた彼女の手から燈色の輝きが放たれる。
恐ろしいほどの圧を撒き散らしながら光の束は一直線に化け物に直撃し、一瞬でその全てを粉々に粉砕した。
瞬殺。これが交戦の末に美琴と滝壺が導き出した、この化け物に対する最適解だった。

「……これ。数はそこまで多くないみたいだけど、こんなのがどんどん出てきたらまずいね」

まだ表情の優れない滝壺が呟いた。
視神経に作用する毒性ガスを撒き散らすなど高い殺傷能力を秘める化け物。
確かにこいつの脅威は歩く死人など遥かに凌駕しているだろう。

「見つけたら私が砕く。少しくらいは数も危険も減っていくでしょ」

だが、その時。ジャラジャラ、という鎖の音を彼女たちは聞いた。
どちらにとっても聞き覚えのある音だった。そしてやはり聞き覚えのある呻き声が聞こえてくる。
どうやら美琴の放った超電磁砲は化け物を粉砕すると同時、あれも呼び込んでしまったようだった。

445: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:05:33.75 ID:7IZr2YRn0
鎖の化け物。リサ=トレヴァー。『多重能力者』。
美琴がリサと遭遇するのはこれで三度目か。
リサが甲高い金切り声をあげると、リサの周囲の下水が一つの意思によって操作されていく。
槍のような弾丸のような水はマシンガンのような勢いでこちらへと次々発射された。

「っ、滝壺さん!!」

慌てて滝壺の体を引っ張ってその軌道から外れる。
そう、あの鎖の化け物は『多重能力者』なのだ。
一見ただの水にしか見えなくともその内に何を抱えているか分かったものではない。

「マ、マ ぁぁアぁァァ……」

そして、やはり無理に交戦する必要はない。
ほとんど不死身の化け物を律儀に相手にしたところでデメリットしかない。
逃走しようと滝壺の手を取った、その直後。

眼前にリサの、剥いだ人間の顔の皮膚を幾重にも貼り付けた顔があった。
美琴の行動は迅速だった。元より相手は不死身の『多重能力者』、この程度で驚いていたらとっくに殺されている。
即座に反対の手をリサの眼前に翳す。

爆雷。超電磁砲による凄まじい電流が炸裂し、リサの全身が大きく仰け反った。
バヂバヂッ、バリバリバリィ!! という轟音。
莫大な高圧電流がリサの肉体を焼き焦がしていく。焼けていく臭いが鼻腔に充満していく。

「キ、ィァ、キィィアァァアアァァァァアアア!!」

甲高い金切り声。直後にリサの全身を覆うように何らかのフィールドのようなものが発生した。
美琴の電撃がそれに触れた瞬間に弾かれるようにどこかへと受け流されていく。
誘電力場のようなものか、と美琴は推測を立てる。

446: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:08:23.84 ID:7IZr2YRn0
(いつかの木山が使っていたものとそっくりね……!!)

電撃が無効化される。だが構わない。
リサの意識が逸れた瞬間に美琴は滝壺を連れて姿を消した。
磁力を駆使して下水道内の壁を走り天井に張り付き、自在に立体的に動き回って距離を取っていく。

「……あれから何か普通とは違うAIM拡散力場を感じる。流れているものが一つじゃない……?」

「化け物になってる上にどういうわけだか『多重能力者』様だから、ねっ!!」

追撃を防ぐための牽制の電撃を時折放ちながら美琴は言う。
『多才能力』ではなく『多重能力者』。木山春生とリサ=トレヴァー。
それは現象としては酷似しているもののその実態はまるでわけが違う。

リサから離れるための更なる一歩を踏み出そうとしたところで、美琴は見た。
全身からいくつもの触手を生やしたリサから、何か鞭のようなものがこちらへと伸びている。
まるで影のように闇そのもののような黒い何か。その正体が何かなど分かるはずもない。

続けて周囲の壁や天井、地面が隆起し槍のようなものが不意に飛び出した。
思わず体を貫かれそうになり、美琴と滝壺は空中でバランスを崩す。
そのタイミングを見計らったかのように伸びてきた黒い何かが美琴の足首を捕らえた。
どうやらこの黒いものに攻撃の性能はないらしく、足首を掴まれた美琴の体がリサの元へと引き寄せられていく。

「みさか!!」

暴れる二人を大人しくさせようと思ったのか、ぐいと方向が変わり壁に勢いよく叩きつけられる。
かはっ、という声が漏れた。咄嗟に滝壺を自身の体をクッションにして衝撃から守るも、背中を強打したことで呼吸が一瞬停止する。
満足に回らぬ頭の中で何とか前髪から電撃を飛ばし、自身を拘束する黒い帯のようなものを焼き切って体の自由を確保した。

地面へと落下しげほげほと咳き込む美琴。
だがリサはそんなことは気にも留めはしない。
見えざる刃がコンクリートを容易く切り裂きながら飛んできていた。
ほとんど転がるようにしてその軌道から外れる。だがまだ続いた。

447: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:12:46.99 ID:7IZr2YRn0
リサの周囲にごぼごぼと音をたてながら再び水の球体が浮かんでいた。
その数は五〇や一〇〇ではきかない。そして放たれればその全てが人体程度穴を開けてしまうだろう。
やはりマシンガンのようだった。ズドドドッ!! とコンクリートさえ削り取りながら水の球体が撃ち出される。
回避は間に合わない。磁力を最大にした緊急離脱を実行し何とかその命を繋ぎとめる。

「みさか、こっちに!!」

ふらつく体が滝壺に手を引かれて動き出す。
今の緊急回避で一気に距離が取れた。この機を逃す手はない。
走る。逃走する。背後から巨大な炎の塊が二人を追ってきていた。

「流石は『多重能力者』ってところかしら。でもあまり第三位を舐めないでくれるかしらね!!」

音が消えた。『超電磁砲』。その一撃が再度放たれた。
オレンジの閃光は音速を遥かに超えて突き進み、莫大な烈風を巻き起こす。
たったそれだけで燃え盛る炎はろうそくを息で吹き消すように消え去ってしまった。

走りながら後方からリサの叫び声を聞く。
あれはたとえ超電磁砲を直撃させたところで殺すことはできないだろう。
それほどの化け物。だが、

「前に遭遇した時も、『ママ』って言ってたんだ。……お母さんを、探してるのかも」

滝壺の言葉に美琴はギリッ、と歯を噛み締める。
分かっている。今学園都市を彷徨う死人たちがウィルスの被害者であるように、あの鎖の化け物もやはり被害者なのだろう。
それでもどこかにかつての想いが残っていたのか。母を想う強い気持ちが。
三度もあれと遭遇したのは美琴が女性だからか。佳茄を背中に庇って立ちはだかる美琴の姿が、子を守る母に見えたのだろうか。

だが。だが、今のあれは、もう、確実に、化け物なのだ。
この手で終わらせた大切な後輩の、変わり果てた姿を思い出し。
美琴の口の中に血の味がじわりと広がっていた。

448: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/17(火) 00:15:21.53 ID:7IZr2YRn0
Files

File18.『誰かが書き残した手記』

Sep.05,20XX

注射で頭がボーっとする。
お母さんに会えない。どこかに連れていかれた。
二人で脱出しようって決めたのに私だけ置いていくなんて……。


Sep.06,20XX

お母さん見つけた!!
今日の食事は、お母さんと一緒!! 嬉しかった

違う、偽者だった。外は同じだけど中が違う。
お母さんを取り返さなくっちゃ!! お母さんに返してあげなくちゃ!!

お母さんの顔は簡単に取り返せた。
お母さんの顔をとっていたおばさんの悲鳴が聞こえたけど、お母さんの顔をとっていた奴の悲鳴なんか気にしない。

お母さんは私のもの。誰にもとられないように私にくっつけておこう。
お母さんに会った時、顔がないと可哀想だもの。


26

お父さん 一つ くっつけた
お母さん 二つ くっつけた

中身はやぱり赤く ヌルヌル
白くてかたかた
ホントのお母さ 見つからない

お父 ん 分からない
また お母さ 今日見つけた
お母さ をくつけたら
お母 ん動かなくなた

母さんは悲鳴をあげていた
なぜ?
私は一緒にいたかただけ


4

お母さん
どこ?
会いたい

458: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 22:56:08.25 ID:YsW3skft0




もし我が言葉が 噛み千切った裏切り者の所業を
世に示す果実の実となるならば
それをお前に語り 共に涙を流そうではないか





459: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 22:57:35.55 ID:YsW3skft0

上条当麻 御坂美琴 浜面仕上 垣根帝督 一方通行 / Day3 / 05:06:30 / 下水道 処理プール

結局、それぞれがそれぞれのルートを辿りながらも彼らの歩んだ道のりは全てここへと繋がっていたらしい。
最初に『そこで待っていた人物』の元へ到着したのは上条と佳茄の二人だった。
目を見開き驚愕し、一瞬言葉すら失う上条。彼らが言葉を交わしていると、次にそこへ辿り着いたのは垣根と番外個体だった。
次に美琴と滝壺、その次が浜面と心理定規、そして最後に一方通行。

全員が再び集い、それぞれがそれぞれの元へ戻っていく。
佳茄は美琴の姿を見るなり満面の笑みを浮かべ、許可を得るかのように上条を見上げる。
上条が薄く笑い返してやると佳茄は一直線に美琴の元へ走り出し、手を伸ばした美琴の胸へと飛び込んだ。

番外個体は「あなたより第二位の方が戦力的に安定しててあっちがいい」と皮肉るも、一方通行は番外個体の無事を確認すると何も言葉は発しなかった。
浜面と滝壺はどこかぎこちなく目を合わせ、ほんの一瞬だけ小さく笑い合った。
心理定規は垣根の姿を確認すると「あら無事だったのね。知ってたわ」と呟き、垣根は「当然だボケ」とだけ返した。

そして最後に浜面と滝壺が改めて全員に滝壺を救ってくれたことの礼を言った。
笑みを浮かべたりそっぽを向いたり舌打ちしたり無反応だったりと、それぞれがそれぞれの返答を無言で返す。
彼らは互いの姿を確認し、その全員が足りない、と思った。それは白井黒子らであり打ち止めであり『アイテム』の仲間であり様々。
けれど、誰一人としてそのことを口にはしなかった。それがどういう意味なのか嫌というほど思い知っていたから。

「……何も言わねェのか」

一方通行がぽつりと一言だけ漏らした。
その言葉の相手は美琴だった。
美琴は僅かに顔を伏せると力なく呟いた。

「……何を言えってのよ。私に」

全てが一通り終わったところで全員の意識と注意が改めて“そこ”へと向けられた。

460: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 22:59:02.35 ID:YsW3skft0
「もういいか?」

そう確認されると、上条が答えた。

「ああ。……始めてくれ、土御門」

そこにいた者―――生存者、土御門元春へと。

「……生きてやがったのかグラサン野郎」

呟いたのは一方通行だ。
彼らはかつて『グループ』という暗部組織で共に働いていた関係だった。
確かに、ずっと君臨していて最近ようやくその道を模索し始めた一方通行よりも。
魔術サイドという闇の中の死地を経験し、無力な無能力者として科学サイドの闇をも渡り歩いてきた土御門の方が、よほど生存術に長けているのかもしれなかった。

「んなことよりも。俺を攻撃しやがったのはテメェだな?」

「それに関しては悪かったな。動くものは全て敵という認識で行動していたもんでな」

チッ、と舌打ちする垣根。
続けて番外個体が問うた。

「で、あなたはミサカたちに何を話してくれるわけ?
別に校長先生のありがたいお話とかなら聞きたくもないんだけど」

「そうだな。この惨劇が起きるに至った原因……全ての始まりといったところか。
そして今この街を徘徊しているいくつかの特異な異形について」

土御門のその言葉に彼らは即座に言葉を返さなかった。
おそらく全員が同じ理由で、全員が同じことを考えていたのだろう。
こんな惨劇が起きた理由。たしかに気にはなる。だが、今更そんなことを知ってどうするのだろうか。

461: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:06:15.48 ID:YsW3skft0
誰もがここまでに至る過程でもう何が原因かなどどうでもいいと思ったはずだ。
発端が何であろうとこれはもう既に起こってしまった確定された現実で、覆せない事実。
その原因とやらを知ったところで起きたことは変わらないし誰が帰ってくるわけでもない。
真実は無力だ。真実に事実を変える力はない。

「……聞こう。聞かせてくれ、土御門。
俺は……俺たちはきっと知らなきゃいけないんだと思う。
全てを奪ったものの正体を。何がみんなを……殺したのかを」

それでも、と最初に口を開いたのは上条だった。
少しして、心理定規と滝壺、浜面が賛成する。

「……そう、ね。わざわざ知る選択肢を捨てるのも無駄じゃないかしら」

「……私も知りたい。どうしてむぎのやきぬはたが……あんなことにならなきゃいけなかったのか」

「確かに、な。何もできないにしても、せめてあいつらをあんなにしたものの元凶くらいは……知らなきゃいけねぇ」

美琴は静かに目を閉じて輝いていたあの日々を思い出す。
白井黒子がいて、佐天涙子がいて、初春飾利がいて、上条当麻がいて。
そして思い出す。彼女たちの醜悪な姿を。その命を絶った、おぞましい感触を。

「知りたい。そう、か。いや、そうよ、知らなきゃいけないの。
たとえどうしようもないとしても、終わってしまったことだとしても……」

「……ま、確かにそうだ。わざわざ意味のない真実とやらを調べようとはしなくても話してくれるってんなら聞いていっても損はないんじゃないかな」

「お前たちはどうだ」

土御門が一方通行と垣根に視線をやる。
脳裏に蘇る様々な地獄のような光景。
失われた大切な者の命、その理不尽。

言葉を返さぬ二人を肯定と見たのか土御門は語り始めた。
この最悪のカタストロフの、その真相を。

462: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:09:44.66 ID:YsW3skft0
「まあ、何と言うかだな。一言で言うなら期待を裏切らず『木原』だ」

ギリッ、という歯を強く噛み締める音がどこからか聞こえた。
『木原』。その忌み名に覚えがある者は一様に同じ反応を見せていた。

「カミやんは知らないかな。『木原』ってのはこの学園都市の最底辺、最も深い『闇』で蠢く最悪の一族だ。
揃いも揃って飛び抜けた頭脳の持ち主で、科学の探求のためなら手段なんて選ばない。
どれだけの犠牲が出ようとそれで科学の進歩を促せるなら喜んで飛びつくような、まあそんなマッドサイエンティスト。
この街の暗部に関わっている人間なら皆知っているさ、その名を。そして慄き震える。学園都市でな、『木原』より上なんて“一人しかいないのさ”」

あの『絶対能力者進化計画』を提唱したのも『木原』だ。
あのイカれた連中が、それでも何とか暴走を起こさずに済んでいたのは曲がりなりにも“一人の統治者”がいたからだろう。

「……オレは事が起こってから必死に真実を探し回った。
この騒ぎのせいか何なのかセキュリティレベルは見る影もなかったよ。
オレでも全てを引き出すことができた。知っても意味がないと言えばそうかもな。
まあ、それでもそれなりに死ぬ思いはしたが」

土御門の全身は痛ましいほどにボロボロだった。
大量の出血、内出血もあちこちで起こしていた。
その傷は化け物共にやられたものもあるかもしれないが、そのほとんどは魔術の行使によるカウンターダメージだろう。

「全ての発端はたった一つの発見だったんだ」

土御門は何も変えられぬ真実を話す。
それでも知らなければならない真実を。

「『木原』一族の一人に木原乱数って男がいる。
『木原』の中じゃ中堅ってとこなんだが、こいつが見つけてしまったのさ。全ての始まりを」

何もかもの始まり。その名を土御門は告げた。

463: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:14:48.48 ID:YsW3skft0
  クレイ
「『始祖ウィルス』」

聞き慣れぬ名。だが誰もが口を挟むことなく聞き入っていた。

「正確には『始祖花』。こいつは本来アフリカの奥深くに生える植物だ。
この『始祖花』から創り出してしまったんだよ。RNAウィルス『始祖ウィルス』を」

「じゃあ、その『始祖ウィルス』ってのが……この街を殺した元凶だってことか?」

浜面が訊ねると土御門は否定した。

「いいや。確かにこの『始祖』が全ての始まりだ。
だが『始祖』はそのままではあまりに毒性が強すぎたんだ。
何にしてもたちまちに投与した対象が死んでしまう。
始まりはヒルのDNAと掛け合わせたことだったようだが、そして改良を加えられ、生まれた。
『始祖』から始まったこの街を殺した悪魔が」

土御門は一度区切って、

「それこそが『Tyrant Virus』」

「Tyrant……Virus……」

何かを確認するように心理定規が呟く。
会話の内容は理解できずとも異様な雰囲気を感じ取ったのか、その手を強く握る佳茄の頭を美琴は優しく撫でた。

「通称は『T-ウィルス』。おそらくはオレたちの大切なものを奪ったのは全てこれだ。
わけの分からん化け物共もほとんどがこれによるものだし、一番の問題……生きた死者どももな」

「あいつらは……一体何なんだ?」

訊ねたのは上条だった。
もう見飽きるほどに遭遇してきたリビングデッド。
だがその正体は全く知れたものではない。
生と死、そのどちらに属する存在なのかさえも。

464: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:16:17.37 ID:YsW3skft0
「正式名称はゾンビではなく『活性死者』。『T-ウィルス』に感染した者のなれの果てだ。
皮膚の痒みや食欲の増大などの初期症状を伴い、『発症』に至るまでには健康状態や体質によってかなりの個人差があるようだ。
一定まで進行すると前頭葉が破壊され食欲にのみ基づいて行動するようになる。
異常な新陳代謝の向上によって強靭な耐久性と、それを補うためのエネルギーを求め永遠の飢餓に囚われる。
そして十分にエネルギーを確保し続けられた場合、突然変異を起こし別の化け物へと変貌することもある。
例えば視力を失い四足歩行を行う化け物とかな。脳が露出したやつだ。
あれも変異を起こした『活性死者』。あっちでは『リッカー』と呼ばれていたようだがな」

                    リ ッ カ ー
「『リッカー』……。なるほど、『舐めるもの』ね」

「『活性死者』は死んだ人間が蘇っているわけではないようだ。『T』にそこまでの力はない。
ただ『活性死者』が生きているのか死んでいるのか……それは分からん。一つ言えるのは、あれは医学的には『死亡』しているということだ」

彼らを元に戻す方法は、とは誰も口にしなかった。
そんなことは不可能だと分かりきっていた。
やはり真実は事実を何も変えはしない。

「『活性死者』はそもそも意図的に作り出された存在ではないらしい。
『T-ウィルス』の研究過程で偶発的に生まれたもののようだ。そしてこの『T』はただ悪魔の産物というだけではない。
元々『T』には異なる生物間の遺伝子交配を容易にする性質があり、それによって生物兵器『B.O.W.』…… Bio Organic Weaponの製造が行われた。
だが同時に『T』は正しく使えば治療不可能とされた難病も克服できる可能性をも秘めていた。
抗ウィルス剤と交互に適量投与することで、『活性死者』となることなく緩やかに細胞を再生させる。
先天性の免疫異常や末期の癌の治療……そして筋ジストロフィーとかな。まあそれも長期に渡ると問題が発生したようだが」

ぴくり、と誰かがその単語に身を震わせた。
使い方次第で革命的な発明となり得たもの。世界に希望をもたらす光となり得たもの。
それが『始祖ウィルス』、それが『T-ウィルス』。
だが実際に起こされたのは悲劇。やはり全ては使う側の問題ということなのか。

「『B.O.W.』、その中でも究極を目指して作られたのが『タイラント』だ。
お前たちも既に遭遇しているかもしれないな。だがこいつははっきり言って出来損ないだ。
コンセプトこそ究極の『B.O.W.』だが、超能力者なら仕留めるのは難しくないだろう。
こいつの製造に『木原』は関わっていない。あくまでその周囲に群がった研究者共が作ったものだからな」

『タイラント』。遭遇済みの者もそれがそうとは知ることはなかった。
出来損ないの化け物。だがそれでも並大抵の人間ではまるで太刀打ちできるものではないのだろう。

465: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:19:34.39 ID:YsW3skft0
「さて。ここまで話して、ずっと無言の一方通行と垣根帝督はともかく、全員疑問に思っているんじゃないか」

土御門が一人一人の表情を確認するように全員を見渡す。
そう、確かに疑問だった。

「生物兵器……『B.O.W.』てのは、要するにあの化け物共を軍事利用するってことだろ?」

「おかしいねぇ。いや、おかしな話だ」

上条が呟き番外個体が引き継ぐ。
決定的におかしい話だった。

「……必要、あるのか?」

「学園都市の戦力は量産できる科学兵器群だったはず。
超能力者も含め私たち能力者すら戦力には入っていない」

「……先の第三次世界大戦でさえ学園都市はロシアを圧倒していたよね」

浜面が。心理定規が。滝壺が。疑問を口にする。
その疑問に切り込んだのは超能力者たちだった。

「……多分、あの連中はそういう次元の話じゃないんだと思う」

「……そォ思うのはオマエらが『木原』をろくに知らないからだ」

「そんな実用性なんてあのクズ共が考えてるわけねえだろうが」

学園都市はどこまで行ってもただの街でしかない。
街でしかないにも関わらず、大国ロシアを一方的に蹂躙するほどに科学力の差があるのだ。
それほどの戦力があるのなら『B.O.W.』など必要ないのではないか。
その疑問は至極真っ当であり、真っ当すぎる疑問だった。

「『木原』と言っても一枚岩じゃない。学園都市全体で言えばもっとな。
実際、この科学の街にあんな化け物共なんて必要はない。既に十分な戦力を有しているからだ。
ましてや『B.O.W.』はコントロールの問題もあったし、ウィルスなんて流出でもしたら余計な事態を招く。今みたいにな」

466: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:21:12.17 ID:YsW3skft0
だが、『木原』は。

「だが違ったんだよ。『木原』は科学の発展、そして好奇心に従って行動する。
木原乱数はウィルスに魅せられたんだろうな。取り憑かれたかのように研究に没頭した。
きっと本人は軍事利用なんてこれっぽっちも考えていなかったに違いない。
そんなことを考え実行に移したのはその周りに群がった三下共だろうさ」

土御門は最初に木原乱数を『一族の中では中堅』と評した。
だがそれは木原乱数の能力が低いということでは決してない。
それは『木原』という途方もない母体の中での格付けであり、外の者からすれば凄まじい天才だ。
むしろその母体の中でも中堅に入っている彼の能力の高さは証明されている。

「そしてそれは木原乱数だけじゃなかった。アレクシアもその一人だ」

「……聞かねえ名だな」

垣根が眉を動かす。

「アレクシア。こいつは『木原』の中でも特殊だった。
所謂出来損ない、欠陥品。そういう扱いだったらしい。
それは単に能力が『木原』の中では下位というだけの理由じゃない。
支配欲、選民的な意識が高かったからだ。自らを王とし他の人間は自分に仕えるべき奴隷。
そんな考え方をしていたようだ。そしてそんなものは他の『木原』は持ち合わせていない。
他人を見下すことはあれ、『支配』などおおよそ連中が求めるものではない。
大体他の『木原』はよく分かっている。“真にこの街を統べている者”が誰なのか」

『木原』の中では下位。
だがそれもやはりその母体の中の話だ。
枠の外にいる者からすればそれでも飛び抜けた天才なのだろう。

「『T-Veronica』。一部では『T-アレクシア』などとも言われていたようだな。
アレクシアが創り出したもので、『始祖ウィルス』に女王アリの遺伝子を移植し更に植物の細胞も組み込んだ、全く新しい構造のウィルスだ。
ただ『T-Veronica』は『T-ウィルス』より上位に位置づけられそれ以上の脅威を持つものの、急速に感染者の肉体を蝕み脳を破壊するという大きな欠点を抱えていた。
それを克服し肉体にウィルスを馴染ませる手段として、コールドスリープによって肉体を低温保存しウィルスの侵食速度を抑制する。
もしくは臓器を取り替え続けるか。どちらにしても一五年ほどの歳月が必要なようだが、アレクシアは『木原』の技術を使って短期間でそれを済ませてしまった」

467: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:23:33.21 ID:YsW3skft0
「『ベロニカ』……だと?」

垣根と心理定規がその単語に反応した。
彼らはその単語を口にした存在と一度遭遇している。
あれがそのアレクシアだったのだろうか。

「自分で……自分に、ウィルスを投与したっていうの?」

「そこまでして、そいつは何がしたかったんだ……?」

「『進化』したかったんだろうさ。先に言ったような性分だからな。
上手く『T-Veronica』を馴染ませることができれば人間としての自我を失うことなく新たな生命体へと生まれ変わる。
ここからも『木原』の中でアレクシアがどれほど異端か分かるというものだ」

「『始祖』に『T』、『ベロニカ』……。それだけのウィルスが……」

「流出したのは『T』だけだが、それだけじゃないぜカミやん。むしろカミやんにとってはこっちの方が重要かもしれない。
今挙がった三つのウィルス……おそらくそれらを超える、最高最悪の品が」

「まだあるわけ? ミサカ的にはもう随分お腹一杯なんだけど」

そして土御門元春は告げる。
最後にして最悪の名を。神への冒涜者の名を。

「『G-ウィルス』。Gが何の頭文字かは知らないが……オレは『GOD』だと思っている」

「『GOD』……」

『G-ウィルス』。『GOD-ウィルス』。
これが原因だ。何の?

「この『G-ウィルス』が……禁書目録を変貌させた原因だよ」

禁書目録。インデックス。真っ先に反応したのは上条だった。
土御門に食ってかかるような勢いで彼を問いただす。
そんなことをしても何も変わりはしないというのに。

「……おいどういうことだそれ!! 土御門!!
何だよそれ!! 『G』って……何だよ!! 何でそんなもののせいで……!!」

語調がどんどん弱くなっていく。誰もそんな上条に言葉をかけることはしなかった。
上条が俯いて言葉を発さなくなってから、土御門は冷徹なまでに語り始めた。

468: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:25:38.49 ID:YsW3skft0
「それを説明するにはその前の段階から話す必要があるな。
お前たちも見ただろう鎖の化け物……不死身のリサ=トレヴァーについて」

鎖の化け物。リサと遭遇した者が美琴を始めぴくりと反応を示した。

「リサ=トレヴァー、ジョージ=トレヴァー、ジェシカ=トレヴァー。
元々この一家はウィルス研究の実験台だったんだ。試作ウィルスができる度に投与されてきた。
そんなことを何度も何度も繰り返していれば当然死ぬ。実際、ジョージとジェシカはそれで死んだ。
だがリサだけは違った。ウィルスが定着化し、適応し、生き延びた。
ある段階から意味のある実験データを取れなくなるとリサの廃棄処分が行われたが、それでも彼女は死ななかった。
その辺りから『生き続けるだけの出来損ない』と侮蔑されるようになったらしい」

おぞましい研究の実験台にされ、化け物へ変貌させられ、両親を失った一人の少女。
その悲劇的な末路の末が今この街を徘徊している。
学園都市の被害者。どうしようもなく哀れな人間。

「ウィルスだけではなく能力開発関連の実験台にもされ、『多重能力者』に目覚めた。
脳への負担が大きすぎるために実現不可能……。
おそらくあらゆるウィルスを取り込み説明できないレベルに異形化した肉体を持つリサだからこそだろう。
そしてここで話が戻る。そのリサの体内で変質し覚醒した未知のウィルスが発見されたんだ。
それを木原乱数が実験、改良を繰り返すことで『G-ウィルス』は生まれた」

そしてその後リサの正式な廃棄処分が決定。
その特殊性を鑑みて三日間にも及ぶ入念な死亡確認が行われた。
だが、それでもリサは生きていた。生きて、学園都市を歩いている。

「……その間学園都市はどォしてたンだ。
一部の馬鹿に好き勝手やらせておくとは思えねェが」

「当然な。他の『木原』や上にしたって、全く新しいウィルスに興味がなかったわけではないだろう。
それに何を求めるかはともかくとしてな。だが、やはりここまでになると流石に放ってはおけなくなった。
木原乱数は自身の好奇心のために『始祖』や『T』、『G』の研究に脇目も振らず没頭し、周囲に一切の関心を向けなくなった。
アレクシアは短期間に短縮されたとはいえ、『ベロニカ』を馴染ませるためのコールドスリープに入った。
結果その周囲にいた三流共だけが残り、彼らの研究結果を使って無意味な『B.O.W.』の開発・製造を始めた」

そしてウィルスの研究だけならともかく、それは学園都市に利のない行動だ。
何の申請も許可もなくそんなことをすれば潰されるのは当然のこと。

469: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:29:17.59 ID:YsW3skft0
「本当にすぐ……数日以内にもそいつらは、木原乱数もアレクシアもまとめて始末される予定だったんだ。
だがそれよりも僅かに早く事件が起きた。ある男によってウィルスが持ち出されたんだ。
当然、すぐさま掃討部隊が差し向けられたが……自棄になったのか、あろうことかそいつはウィルスを外に垂れ流しやがった。
同時にその研究所でも漏れ、あっという間に今の有様さ。禁書目録が『感染』した……いや、させられたんだろう。それはこの時しか考えられない」

これが、この街で起きたバイオハザードのつまらない真相だ。
そう締める土御門に誰もが口を閉ざしていた。
本当に、つまらない。あまりにくだらない、こんなことが原因で全てを失ったのか。

だがそれにしたって学園都市の対応が遅すぎるような気がした。
そもそもこの街には『滞空回線』がある。ちょろちょろとした動きも全て見透かされているはずなのだ。

「……少しだらだらと長話しすぎたな」

「……悪い、土御門。最後に教えてくれ。『G-ウィルス』ってのについて」

「……そうだな。『G-ウィルス』は人間の『進化』を促すウィルス……らしい。
出来損ないの『T-ウィルス』とは比べ物にならないとあった。
死者をも蘇らせる力を持つとされ、兵器の概念からも逸脱したものだな。
『始祖』や『T』に『感染』した生物は変異を起こす。ウィルスの遺伝子による構造変化、感染者の遺伝子そのものの再構築。
だがどちらにせよその発動には大抵外的要因が必要な上、その変化はまあ、大体想像の範囲内にあるわけだ」

『G-ウィルス』は未知なる構想の上に成り立っている。
そしてこのウィルスが他と一線を画す理由はここにあった。

「だが、『G』に『感染』した『G生物』にはそういった常識は通じない。
自発的に、突発的に突然変異を続けるため死ぬまで誰にも予測不能な『進化』を繰り返すことになる。
また大きなダメージからの超回復の過程でも同様の『進化』を起こす。劇的な『進化』が断続的に起きることもあり得る。
今の禁書目録の……『G』の行く先は予想することすら出来ないのさ。何十回でも何百回でも『進化』を起こす。
その結果どれほどの高みにまで届くのかは分からない。それ故に究極の生命体、『G-ウィルス』」

上条は最初に遭遇したインデックスの姿を思い出す。
右肩が大きく肥大しせり出して、巨大な眼球状の組織が形成されていた。
だがそれでも一目見て彼女だと分かる程度にはその原型を残していた。

470: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:30:38.09 ID:YsW3skft0
では二度目に遭遇した時はどうだったか。
インデックスの頭部は胸の辺りに埋没し、新たな頭部が生み出されていた。
その姿は一度目の時とは明らかに違っていて、それこそがあれの起こした進化なのだろう。
そしてこれからも幾度でも繰り返す。天上にまで届くほどに。

「『感染』すれば自身の細胞と『G』によって生み出された細胞とをそっくり入れ替えられてしまう。
いいか、あれはもう禁書目録じゃない。『G』という新生物なんだ。
……そして『G』は対象に『胚』を植え付けることで繁殖も行う」

繁殖。その言葉に美琴が呟いた。

「――――『遺伝子は自分の子孫を多く残すことのみを考える』」

「……え?」

「リチャード=ドーキンスよ」

浜面が疑問の声を漏らすと心理定規が答えた。
それは生物としての本能。

「……つまり、『G』は食欲で動いている死人たちと違って繁殖本能に従って行動してるってこと?」

滝壺の問いに土御門は肯定する。

「そうだ。そして遺伝情報が類似している相手でなければ拒絶反応が起き、宿主は死に不完全な『G生物』が生まれる。
もしこの街に禁書目録の血縁者がいたら徹底的に狙われたことだろうな。
早期であればワクチンで処置も可能のようだが、既に別の生物になってしまったものを元に戻す方法は存在しない」

そして彼らは知らない。月詠小萌という一人の教師が『G』によってその苗床とされてしまったことを。
その小さな体を食い破り成長した不完全な『G生物』と、浜面と滝壺は既に対峙していたことを。

そこまで語り、土御門はふぅ、と息を吐いた。
一見何でもないかのように立っているものの、その見た目通り実際には甚大なダメージを受けているはずだ。
本来こうして話すことも億劫だったのかもしれない。

471: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:31:33.08 ID:YsW3skft0
「……さて、長々と話して少し疲れた。以上がこのバイオハザードに関する、オレの知り得た全てだ」

惨劇の真相を知って何が変わった。
どうしようもないウィルスの正体を知って何が変わった。
分かっていたことだ。真実は事実を変えられない。

「……そうか。ありがとう、土御門」

だがそれでも知ってはおくべきだったのだろう。
惨劇の生還者として。この街の一員として。

「……『汝らここに入るもの一切の望みを棄てよ』。ベアトリーチェの祝福はやっぱり受けられないみたいだね」

「ねえ―――……」

心理定規が額の汗を拭い、何かを言いかけた時だった。
ふっ、と。何かの気配を感じた。
誰かが叫んだ。誰かが動いた。誰かが見上げた。

遥か上方から、巨大な何かが落下してきていた。
その何かは動いていた。それがその何かが生物であることを示していた。
一瞬で表情を変えたのは浜面と滝壺、そして上条だった。
知っている。三人はこれを知っている。

「逃げろッ!!」

浜面が吠え、それぞれがそれぞれを連れて散り散りになって逃げ出した。
凄まじい自重と落下の衝撃によって彼らのいた空間が簡単に崩落し、その更に下層にまで落ちていく。
襲撃者の正体は一〇メートルを超えるだろう巨大な蛇だった。
そしてこの大蛇は紛れもなく、浜面と滝壺を襲撃し滝壺に重傷と毒、そして『感染』をもたらしたものだった。

472: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:33:14.82 ID:YsW3skft0




本物の痕跡を見失ったことに、人間はなんと無関心になれることか、なんとそのことに深い確信をもつことができるものか





473: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:36:48.02 ID:YsW3skft0
ごぽっ、っと土御門元春は口から血を吐き出した。

(思っていた以上に……オレの肉体のダメージは深刻みたいだな)

ふらふらと下水道を歩く土御門。
その身に刻まれたダメージのせいで真っ直ぐ歩くこともおぼつかないが、行き先だけは決まっていた。

(さて、カミやんたちはどうなるかな。あいつらなら生還できると信じるしかないが)

ガチャガチャ、ジャラジャラと金属の何かがぶつかるような音が聞こえた。
不死身の化け物、リサ=トレヴァー……ではない。
そここそが土御門が行くべき場所であり、彼が歩き続けている理由だった。
そこまでやってきて、ようやく土御門は歩みを止めて呟く。

「オレは『今のオレの』為すべきことは為した。最後の仕事は終わり。残念なことに無給だが」

この惨劇の真実を掴む。
それを生き残っているであろう上条らに伝える。
ただそれだけが土御門の行動理由だった。
そしてそれは終わった。彼が知っていることは全て伝えられた。

「……だが、オレが本当に全てを知ったとは到底思えない。
なあ、そうなんだろう。オレの取ったこんな行動なんて欠片ほどのダメージも“お前”には与えられてないんだろうな」

土御門は誰かに向かってそう呟くと。
ゆっくりとした動きで懐から一丁の拳銃を取り出した。

「結局本当の意味での真相には手が届かない。オレみたいな半端者はそんな役目ばかりだ。
陰陽の出、魔術師としての力を失い手に入れたのは無能力者の名。
“お前たち二人”の都合に振り回されて下っ端としての仕事だらけ。
……だが。まあ、そんなことばかりでも、悪くはない人生だったとオレは言おう」

上条当麻や青髪ピアスを始めとしたクラスの仲間たち。
彼らと馬鹿騒ぎしている時だけは本来の、年相応の少年に戻っていたような気がした。
そして最も土御門元春に影響を与えたもの。最も大切に思っていたもの。それは。

474: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:39:03.17 ID:YsW3skft0
「――――……舞夏」

その名を口にして、土御門は前方を見つめていた。
一体の亡者、『活性死者』がそこにいた。

鎖や太いロープ、拘束具のようなもので雁字搦めに縛られていて、柱やフェンスに繋がれている。
だが生死の狭間に落ちたそれは拘束から逃れようと全身を動かし、その度に金属的な音が響いていた。
自らの肉体の損壊を一切気にすることがなく、限界を超えた力で暴れる度にロープや鎖がぎりぎりとその身体に深く食い込んでいく。

少女だった。その体は腐り崩れ白く淀んだ眼をしているが、元々は少女だった。
腐肉と血と膿でペイントされたその衣服はメイドのような衣装だった。
頭につけられていたはカチューシャのようなものがまだ残っている。

(……今更、お前一人も守れなかったこんな無能が……かける言葉もなしか)

その少女のかつての名は、土御門舞夏と言った。
土御門元春という天邪鬼な半端者が絶対に裏切らないと誓った、彼の全てだった。

今では少し前まで見せていたはずの笑顔はどこにもない。
ただその血と肉で真っ赤に染まった歯を剥き出しにして、土御門へ食いつこうと暴れている。
結局のところ、この光景が何もかもを物語っていた。

もう時間はなかった。舞夏に、ではない。
土御門が負った傷の中には化け物によって負わされたものもある。
間違いなく『感染』している。現にこうしている今も歩くのも危なくなってきていた。

復讐は、為せない。
土御門元春は完全なる敗北を喫した。
だが、誰かが。誰かがいつか一矢くらい報いてくれるかもしれない。

「全く、他力本願なことだにゃー……」

そして。
直後、乾いた銃声が響き渡りジャラジャラという金属の音が止んだ。
少しして、二度目の銃声が鳴った。

475: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/27(金) 23:41:35.97 ID:YsW3skft0

Files

File37.『土御門舞夏の携帯電話』

血と肉に塗れた携帯電話。
土御門元春と土御門舞夏のプリクラが待ち受け画面に設定されている。

事が起きた日、土御門元春宛に数分おきにメールを送り続けていた送信履歴がある。
そのメールが完全に送られなくなってから少しして、数分おきに土御門元春からの着信履歴がある。

482: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:18:23.92 ID:m7jeZsTd0




死のもっとも残酷なところ―――見せかけの終末が、現実的な苦痛を生じさせる





483: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:20:48.39 ID:m7jeZsTd0

上条当麻 / Day3 / 05:06:30 / 下水道 処理プール

『ヨーン』。滝壺理后はこの大蛇をそう呼称していた。
まるであくびをしているかのように巨大で、全てを丸呑みにするように開けられた口。
人間を呑み込むには余りあるそれに捕まれば確実な死に捕まるだろう。

「……ちくしょう……」

怖くない、わけではない。
こんな馬鹿でかい大蛇と対峙して、幻想殺しも意味を為さない化け物を相手にして。
しかもこいつは滝壺を死の寸前にまで一度追いやっている。純粋な物理ダメージに毒と『感染』。
三重の牙はそのどれか一つでも上条を死に至らしめるには十分だった。

大蛇の攻撃はほとんどが一撃必殺。
特に噛み付きを食らえば三重の死を迎えることになるだろう。

動いたのは『ヨーン』だった。
その頭を振りかぶり一気に食らいつく。
しかしその予備動作は比較的分かりやすい。
上条が大きく横へ跳んで回避すると、『ヨーン』の頭が地面に激突し硬い床の方が砕け散った。

細かい破片が散弾のように飛び散り、思わず手で目を覆う上条。
『ヨーン』の尻尾が鞭のように振るわれ、どの方向にどれほど動けばいいのかも分からぬまま上条は後方へと飛び退る。
あと僅かを回避しきれなかった。足払いのように尾に足をすくわれた上条が派手に転倒する。

「ぐっ……」

とにかく身動きが取れなくなればあっという間にやられる。
続く食らいつきを床を転がって避け、背中に硬質な何かがぶつかった。
それが何かも確認せぬままに手に取り飛び跳ねるようにして起き上がる。

484: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:22:11.43 ID:m7jeZsTd0
大きなナイフだった。サバイバルナイフだろうか。
『ヨーン』に襲撃されたあの時に誰かが落としたのかもしれない。

(幸い元が蛇だからか動きは単純で直線的、読みやすくはある。
頭と尻尾くらいしか攻撃もない。とはいえ一撃の重さは洒落にならない。
こっちの武器は……やるしか、ねぇか)

こんなナイフで『ヨーン』は仕留められない。
そもそも皮膚を貫けるのかどうかさえ謎だった。
となれば自然と狙いは絞られる。

上条は全力で何かのコンソールの近くまで走る。
『ヨーン』の重い一撃で地面に倒れ、配電盤やコードがやられたのかバチバチと電気を漏らしていた。
少しでも位置取りを間違えれば死ぬ。だがそれでもやるしかない。

(……来る!!)

上条が直感した瞬間、『ヨーン』の頭がしなり砲弾のように突っ込んできた。
対してその行動を読んでいた上条は横へとステップして回避する。
一歩、二歩。

(いや、三歩!!)

『ヨーン』の一撃で砕けた床から飛び散った破片が上条の体を激しく叩く。
全身に鋭い痛みが走る。だが上条は無視した。
むしろその散弾の中に突っ込んでいくように大きく一歩を踏み出していく。

485: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:23:37.88 ID:m7jeZsTd0
「お、ォォおおおおおおおおおッ!!」

叫びと共に握り締めた大きなナイフを突き出す。
その狙いは『ヨーン』の眼球。
おそらくはどれほどの硬度を誇っていても、そこだけは柔らかいはずだった。

(狙うならここしか……ねぇ!!)

迷いのない動きは『ヨーン』が頭を引き戻す前にナイフをそこへ届かせた。
グジュリ、という粘着質な何かをかき混ぜるような音がした。
ナイフの刃が根元まで柔らかな眼球に突き刺さり血が溢れ出していた。
鳴き声のような音をあげながらのたうつ『ヨーン』に、上条はちくりと刺すような罪悪感を覚える。

暴れる『ヨーン』が後退していき、床から落下していく。
その下は処理プール。成功したと上条は思い、それが一瞬の隙を生んだ。
落下していく間際、『ヨーン』の巨大な尾が振るわれ上条の体を薙ぎ払った。
ボールを思いきり壁に投げつけたような、そんな光景だった。

いとも容易く上条の体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。
声を出す時間もなかった。そのまま床へ落ちてからようやく上条は悲鳴をあげる。

「ぐぁぁあああああああああああっ!?」

誤魔化しようのない衝撃が全身を駆け抜ける。
視界さえぶれた。ぐわんぐわんと頭の中で音が鳴り響いているような気がした。
体に力が入らない。だが今しかなかった。『ヨーン』がそこから離れない内に。
何とか床を這っていき、漏電している大きな機器を靴底で下へと落下させた。

僅かの後に機器が水の中へと落ちる音が聞こえた。
ほとんど同時に『ヨーン』の断末魔の鳴き声も聞こえてきた。
それを確認した上条は動けなくなり、思わずその場に倒れ込む。

「さ、流石に動けねぇ……。ちっとだけ、休むか」

ずきずきと痛む額に手を当てる。
その手を確認してみると真っ赤な血がべったりと付着していた。

486: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:25:35.07 ID:m7jeZsTd0

垣根帝督 / Day3 / 05:21:41 / 下水道 第二水路

きっとそれは突然で何の脈絡もないように感じただろう。
だがそれは垣根にとっての話であり、心理定規にとってはそうではなかった。
そんな予感を感じたのはいつだっただろう。気付いたのはいつからだっただろう。
ずっと前だったような気もする。そうではないような気もする。

ともあれ、確実に分かっているのは。
今が『その時』だ、ということだ。

「う、ぅげ、うぇええええ……!!」

びちゃびちゃと不快な音が響く。
心理定規の口から吐寫物が大量に吐き出された音だった。
体をくの字に折り曲げてえづきながら、彼女は呆然としている垣根に精一杯の抵抗をする。

「……ちょっと、お願いだから、見ないでくれる、かしら……」

垣根は答えない。まるで電池の切れたロボットのようにぴくりとも動かなかった。
心理定規はすぐに再び込み上げる吐き気に耐え切れなくなり、何度目かの嘔吐を繰り返す。
その額はとめどなく流れ出る汗に濡れていて髪が張り付いていた。

酷く顔色が悪い。
痙攣したかのように震える手足に必死に力を入れて立ち上がる。
太ももに差していたはずのナイフがなくなっていた。
おそらくあの大蛇から逃げ出した時に落としてしまったのだろう。

487: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:28:22.83 ID:m7jeZsTd0
「―――『そして冷静を保っているのは自分ひとりであることをはっきりと意識していた』」

一節を読み上げる。そこでようやく垣根が反応を示した。
彼の言葉は、唇は、震えていた。

「……いつからだよ」

「……さあ。いつからだったかしら。
ただ、少なくとも滝壺さんの彼と一緒に行動してた時にはもう分かってたわ」

だから彼女は短時間だが度々浜面の前から姿を消した。
そこで嘔吐し、あるいは自身の体を調べた。
しかしそのもっと前から僅かな兆候は出ていたのだろう。

「そういえばあなたといた時からやけに発汗が酷かったし、息切れも早かった。
その時はまだ疲れているのかと思ったりもしていたけど……こういうことだったのね」

「いつだ。いつだよそれ!! そんな、そんな……っ!! きっかけがないだろうがぁッ!!」

吠える垣根。対照的に心理定規は笑みさえ浮かべていた。

「……そう、私も、そう思ってた。だからこそここまで気付くのが遅れたのよ。
でもね、確信を持ってからゆっくりと、一つずつ、丁寧に、記憶を精査してみたわ。
アルバムを一ページ一ページめくっていくように」

「嘘だろ……」

「そしたらね、あったの」

「あり得ねえ……っ!!」

488: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:32:39.58 ID:m7jeZsTd0
心理定規。精神系能力の大能力者。
記憶の扱いはお手のもの。だからそれを見つけるのにそう苦労はなかった。

「覚えているかしら。この惨劇が起きてすぐのことよ。
私があなたに電話したらあなたはとても苛立っていて。
この状況が分かってないのか、って言うあなたは私の家まで来ることになった。
そう、その時に、私は、確かに、こう言ったはずよ」


――――――『ええ。おかげさまで喉がカラカラに渇ききったわ』


二人ともが全く気にも留めていなかった何気ない一言。
もしこの時に気付けていたら違う選択もあったのかもしれない。
だが全ては過ぎたこと。今更気付いたところでどうすることもできはしない。

「あの時に、私が水道水を飲んだあの時に、私は『感染』した。
そうとしか考えられないわ。私が今まで保ったのは、きっと無傷の健康な状態のまま『感染』したからね。
彼がさっき言ってたでしょ、『発症』までは健康状態などによってかなりの個人差があるって。
もしかしたらそれに加えてたまたまちょっと強い体質だったりしたのかもね」

だが、それもここまで。
通常感染者によって『感染』させられた時は、噛み千切られたりなどして肉体に大きなダメージを負う。
激しい出血や状況によっては瀕死に近い状態に追い込まれることも少なくはなかっただろう。
肉体が弱っていればいるほど『発症』までにかかる時間も短い。だが心理定規は全くの健康状態での『感染』だった。

「……そんな話は出鱈目だ。お前は嘘をついている」

「何が?」

「お前は、嘘をついている……っ!!」

「何を根拠に? 何の得があって?」

垣根らしからぬ言動だった。
心理定規の短い問いに垣根は答えられず、言葉を詰まらせていく。

489: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:35:16.92 ID:m7jeZsTd0
「……弾切れね。なんてタイミング」

心理定規は手持ちの銃を下水の中へと投げ捨てる。
生きるために戦うための術を、放棄する。

「ねえ。もう、弾がないの」

心理定規が優しい声音で語りかける。
ただそれだけなのに垣根はびくりと体を反応させた。
まるで叱られた子供のようにも見え、怯えているようですらあった。

「……デ、『デイライト』。『デイライト』を……」

垣根は必死に言葉を搾り出す。
浜面が話していた『T-ウィルス』に対するワクチンの名。
滝壺理后の命を救った救世主。
確かにそれがあれば、もしかしたら心理定規を助けられる可能性も〇ではないかもしれない。

「どうやって? どこで作るの? 今からあの大学まで戻る?
はっきり言うけどそれまで私は保たないわよ。しかもあそこはもう死人の群れに呑み込まれているはず。
大体私たちは『デイライト』の作り方も知らない。材料もない。必要な機材も何もないわ」

丁寧に垣根の希望を折っていく。
現実を突きつけていく。

「ねえ、あなただって分かっているはずよ。
むしろあなたなら私以上によく分かっているはず。
ここまで来たらもう、本当にどうしようもないんだって」

「それは……!!」

心理定規がゆっくりとその綺麗な指先を伸ばす。
ほっそりとした女性らしい指が垣根の頬に触れた。
その指は酷く冷たかった。

490: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:37:26.62 ID:m7jeZsTd0
「……私はね。人間として生まれて人間として生きてきたの」

だから、と心理定規は。

「私は最期まで人間でありたい。人間として、死んでいきたい」

垣根の目は明らかに怯えていた。
おそらく心理定規を含め誰もこんな表情をした垣根は見たことがないだろう。
心理定規は笑っていた。儚い笑みを湛えて、告げた。

「――――――殺して」

決定的な一撃だった。
垣根は何も言えずにただ頭を左右に振る。
駄々をこねる子供のようだった。

「私を、人間のまま死なせてちょうだい。
あんな醜い姿に私はなりたくない。死にながらにして歩き回るなんて絶対に嫌なの。
お願いよ。どうか私の最後の我がままを聞いて」

「でき、ねえ……ッ!!」

首を振り、後ずさる垣根。
後ずさった分だけ心理定規が距離を詰める。

「私がああなればあなたも危なくなるのよ。
あなただけじゃない。他のみんなだってそう。危険が一つ増えるのよ」

それでも垣根は頭を左右に振り続けた。
おそらく今垣根は正常な思考ができていないのだろう。
ただひたすらに否定することしかできなくなっている。

そしてこれこそがここまで早くバイオハザードが拡大した要因の大きな一つだった。
『感染』した者を殺せない。『活性死者』となって迫り来る知人、友人、親、兄弟。
それらに手を出せず、何もできぬままに食い殺されその仲間入りを果たす。

491: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:41:37.48 ID:m7jeZsTd0
「何を躊躇うの垣根帝督!! 私はもうすぐ歩く死体になる!! 今の内に、まだ私が私でいる内に、早く殺すのよッ!!」

心理定規が大声をあげると垣根はようやく動きを止めた。
視線が合う。心理定規は決して垣根の目から視線を離さなかった。

「……本当に、もう限界なの。立っているのが精一杯になってきてるわ」

一瞬も目を逸らさずに呟く。
まるでそれによって垣根を縛り付けているかのように。

「『ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変わっているのを発見した』」

まるでそれによって最後の痕跡を彼に残そうとしているかのように。

「……私はグレーゴルにはなりたくない。私は、人間のまま死にたい」

まるでそれによって最後の記憶を自分に刷り込もうとしているかのように。
心理定規は笑っていた。笑みを浮かべていた。
だがそれでも一目見れば彼女が本当に弱りきっていて、もう限界なのだということは分かった。
死に行く少女からの最後にして最期の願い。

「―――……ちく、しょう……」

垣根の歯が唇の端を噛み切り、じわりと血の味が広がった。
そしてその直後。垣根の背中から左右三対の純白の翼が展開された。
その翼は垣根と心理定規の二人をゆっくりと包み込み、その内に二人を抱える。

「……ありがとう」

この世のものではない翼に包まれて、心理定規は精一杯の笑みと共にそう言った。
垣根の頬を伝って落ちる一粒の雫を彼女の指先が掬い取る。

492: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:44:20.44 ID:m7jeZsTd0
「……俺は、馬鹿だ。何にも気付けなくて何も出来ないどうしようもない馬鹿だ」

「いいえ、それは違うわ。あなたがいなかったら私は今この時まで生きていないし――――私として死ぬこともできなかったでしょう」

心理定規は垣根の胸元に身を預け、彼の耳元でひとつ囁いた。

「――――――」

「……え?」

「私の名前よ。『心理定規』っていう能力名じゃない私の、名前」

垣根の顔が歪む。
少女はしてやったりといった風に唇の端を吊り上げた。
どうやらかなりのサプライズだったらしい。

「お願い」

少女が呟いた。
それは引き金だった。

「……忘れないさ」

垣根の言葉と共に二人を包み込む翼が動いた。
一瞬で終わる。苦しみも恐怖もなく。きっと満足を残して。
美しく、そして、


「――――――良い死を」


それが少女の最後の言葉だった。
翼が大きくはためく。全てが終わったあと、残っていたものは二つだけ。

ただ立ち尽くし、両手を伸ばした垣根帝督と。
その手に抱かれ、彼の胸に倒れこんでいる、動かない少女の身体だった。

493: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:45:47.45 ID:m7jeZsTd0




どうかあの日々を、もう一度――――――。





494: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:47:29.45 ID:m7jeZsTd0
「はいフラッシュ」

私がハートで統一された五枚のカードを放る。
それを見た彼ががくりと小さく項垂れ、ゴーグルはじたばたと暴れ出した。

「ちくしょう……ストレートなら行けると思ったのに……まあいいか」

「あああああああああああ!! またっスか!? またっスか!?
絶対チートですよ心理定規!! 能力使ってますよね!? 白状するっス!!」

「あら嫌だわ言いがかりはよしてくれないかしら」

飄々とした私の言葉にゴーグルはますます騒ぎ出す。
実際のところどうなのか判断はつきにくいでしょうが……まあ使っていない。
リーダーさんなら何となく分かっているでしょうけど。

「何なら第五位でも呼びつけてやるか? あいつがいりゃあ心理定規は何もできねえからな」

「いやいやいや!! そりゃ干渉を防げる垣根さんはいいっスよ!?
でもそれだと俺だけフルボッコされるじゃないスか!!」

精神系能力者が二人……超能力者二人に大能力者一人。
演算能力的にもこれは酷い虐待と言わざるを得ないわね。

「負け犬がキャンキャンと吠えないでくれる?
勝負に負けた以上はさっさと買出しにいってきなさい。いい加減にお腹減ったわ」

「いいや、まだっス!! まだ終わらないスよ!!」

「諦めろよお前もう……」

鍋の食材の買出しに誰が行くか。
それを決めるためにジェンガ、一二文字しりとり、格闘ゲーム、そしてこのトランプと勝負を重ねている。
ここまで縺れ込んだのはゴーグルが毎回騒いだせいであり、その全てにおいて彼は負けている。
往生際が悪いったらないわね。

「これっス!! これなら俺は負けないスよ!!」

そう言ってゴーグルは携帯ゲーム機を取り出し突きつける。

495: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:49:16.48 ID:m7jeZsTd0
「ポケモンかよ」

「ポケモンね」

そう言えばこの二人はかなりの廃人だったとふと思い出す。
私? 私は勿論純粋なポケモントレーナー。廃人のはの字も知らないわ。
せいぜい個体厳選したりめざパに拘ったりする程度よ。

「なーにがこれなら負けないだよ。受けループ対策いなくてボッコボコにされてたくせに」

「この前も読み負けしまくって三タテされてたわよね」

「あのタイミングで剣舞を舞われた時はどうしようもなくて泣いたっス……」

全く情けないわね。スカガブなら陽気最速一択よね。
まあそんなわけでゴーグルとあの人が対戦を始める。
私はさっきポーカーで優勝したからパスよ。

「さてリーダーさんが勝つか、ゴーグルが負けるか……」

勝負は長引かず、割とすぐに終わったけど。

「勝ったのはゴーグルか、それとも……」

……あれはわざわざ画面を覗かなくても二人を見れば結果は分かるわ。

「負けたのはゴーグルね」

足をばたつかせるゴーグルに彼がげしげしと足蹴りを食らわせ、強引に買出しに行かせる。
ジェンガ、しりとり、格ゲー、トランプ、ポケモン。
ゴーグルは全部に負けたんだから買出し除いてもあと四回、言うことを聞かせる権利があるってことねよし。

496: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:50:51.97 ID:m7jeZsTd0
そして。
ぐつぐつと沸く鍋を私たち三人は囲んで突いていた。
あっという間に消えていく肉。戦争ね。

「ああっ、俺の肉が!?」

「だってお前全ての勝負で漏れなく惨敗しただろ」

「勝った私たちが肉をいただくのは当然の権利でしょうが」

とは言いつつも私はしっかり野菜や豆腐も確保するのを忘れない。
こんなにも可愛くて可憐でおしとやかでか弱い私の、綺麗なお肌とナイスプロポーションを維持するためには必要なことだからね。
どこかの第五位みたいな女には私は憧れないわ。だってあんなの逆に不自然だし垂れるわよ絶対。
あくまで年齢相応の範囲で、均整の取れた自然な美しい肢体という点で私は満点ね。

「……何よ、なに見てるわけ」

「……いや……何となくお前の考えてることが読める気がしてよ。
見事なまでの自己評価の高さに呆れてるだけだ」

「うるさいわよ。ろくに見たことがないあなたに言われたくないわ」

「えっ、心理定規脱いだら凄いんスか!?」

ゴーグルが箸を口に入れた瞬間にその箸を掌で奥まで押し込んでやる。
ごぶぐふぅあっ!? とかおかしな奇声をあげたゴーグルが蹲って震え始めた。
あら一体どうしたのかしら。よく分からないけど肉を食べられる状態じゃないみたいね仕方ないわねもったいないから私がもらってあげる。

「えっぐいなお前……」

呟く垣根を無視して食べ続けることにする。
こんなのはよくある光景だしね。これからも何度もあることでしょう。
ああ、明日は『アイテム』の彼女たちと出かける予定があるんだった。
楽しいわね、本当。

「仕方ないわねあなたのお肉ももらってあげるわ」

「おい待て仕方ないってなんだやめろ返せ吐き出せぶっ殺すぞコラァ!!」

497: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:52:32.55 ID:m7jeZsTd0


輝いた毎日がずっと続いていくはずだったのに。
それはきっと、夢のような日々の名残。



498: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:54:06.56 ID:m7jeZsTd0




YOU ARE DEAD





499: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:56:16.43 ID:m7jeZsTd0




「There was a friendly but naive king, 」

口ずさんでいるのは一つの歌。
まるで散歩でもしているかのような調子で歌い、歩く。

「who wed a――――」

ぴたり。そこで突然歌が止まり、同時に足も止まった。
視線の先に何かある。そちらへ意識が持っていかれたのだろう。

少女の遺体だった。
死体ではなく遺体、と表現したのはまさしくそう呼ぶべき状態だったからだ。
見た限り遺体に傷は最低限のものしかない。

遺体が直接床に触れることのないよう、どこからか見つけてきたのかタオルのようなものが下に敷いてあった。
体は真っ直ぐで、その両の手はしっかりと胸下で組まれている。
目も閉じられていてその体に汚れや汗はほとんどない。湯灌のように綺麗に拭き取ったのだろう。
折り目が目立ちよれよれになっていたであろう紅のドレスも、可能な限りしっかりと伸ばされていて下着が見えないように丁寧に処置されていた。
そしてその遺体の上から一枚の男物の上着がかけてあった。

死者の尊厳を遵守する手厚い処置の数々。
敬意さえ感じるこの光景。きっとこの少女を大切に思う人間によって為されたのだろう。
そして何よりもこの場所。周囲に亡者は一体もおらず、入り組んだ地形の中にひっそりと安置されていた。
遺体の近くの壁には文字が刻み込まれていた。

『心理定規、ここに眠る』

心理定規。その四字の上にはルビを振るように違う名前が刻まれていた。
おそらくは少女の本名なのだろう。

500: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 22:59:15.60 ID:m7jeZsTd0
この少女は運が良かったのだろう。
人間のまま死ぬことができたからこのように葬られている。
生きた死体となった者はこうはいかない。
だからこうも綺麗な遺体となっている。

それらを正しく理解して、少女にかけられていた上着を取り払って放り捨てた。
少女の遺体の、ドレスの胸元を掴んで無理やりにその体を起こさせる。
丁寧に組まれていた両手が離れ、整えられていたドレスが乱れた。
手をその眼球へと伸ばし、二本の指で強引に目を開けさせる。

「へえ。傷も浅い。躊躇ったのかしら。これならまだ何とか“使えそう”」

死後硬直もまだ本格的に始まっていない。
そう時間は経っていないようだ。
この少女を知っていた。面白いことになりそうだと思った。

「『われわれの救いは死である、しかしこの死ではない』」

言葉にし、壁に刻まれた文字を上書きするように同じ言葉を刻み込む。
少女のドレスの胸元を片手で掴んだままゆったりと笑う。

「―――良いものみーつけた」

そしてそのまま歩き出した。
少女の遺体をずるずると引き摺りながら歌う。
がりがりと足や膝、手などが傷ついて皮膚が剥がれるのも気にすることなく。

「There was a friendly but naive king――――」

501: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/03/31(火) 23:00:02.21 ID:m7jeZsTd0

Files

File38.『心理定規のドレス』

鮮やかな紅のドレス。貴族が身に着けているもののような印象さえ受ける。
内側にプリクラが三枚入っていた。

一つは垣根帝督と心理定規、ゴーグルの三人で笑顔で写っている。
垣根帝督とゴーグルの顔に髭や肉の文字など落書きがされている。

一つは麦野沈利や絹旗最愛、滝壺理后の『アイテム』と写っている。
よく見てみると端に小さく浜面仕上が映りこんでいる。

一つは垣根帝督と二人で写っている。
彼の背中から翼の落書きがされていて、『メルヘン野郎』という文字が書かれている。

519: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:49:03.76 ID:O9nIeQ3/0




そしてそこからわれらは 再び仰ぎ見ようと外に出た かの星々を





520: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:50:19.37 ID:O9nIeQ3/0

一方通行 / Day3 / 05:28:17 / 下水道 東側下水道

「……何だ、これは?」

死体が一つ転がっていた。
長い黒髪の少女。カチューシャのようなもので髪を後ろへと流していた。
一方通行はこの少女を知っていた。

名は雲川芹亜。統括理事会の一人、貝積継敏のブレインを務める天才。
言葉や状況を巧みに使う、第五位とはまた違う方向性での心のエキスパートでもある。
そしてそれ故に、第五位と同じく心のないものには何ら対抗する戦力を持たない。

彼女自身、そんなことはよく分かっていたはずだ。
雲川の周辺には常に無数のセンサーやトラップの類が張り巡らされ、有事に対する万全の備えを整えていた。
だが、こうして死んでいる。常識では語れぬ魑魅魍魎の群れに対しては流石に対応しきれなかったのかもしれない。
雲川芹亜が死んでいること自体にはそれほどおかしな点はない。一方通行が気になったのは彼女がつけている腕輪だった。

「こっちの死体も同じのつけてるけど」

番外個体が指し示したのはもう一つの少女の死体。
汚れきった繚乱のメイド服に身を包み、その身体は部分的に異形と化していた。
二人は知らぬことだが、彼女の名は雲川鞠亜。雲川芹亜の妹だった。

彼女ら二人の腕には変わった腕輪がつけられていた。
着用者の状態を調べ、バイタルサインや位置情報などをどこかへ送っていたようだった。

「……まァ、関係ねェことではあるが」

一方通行は考えることを放棄して歩き出す。
どうせ今更何を知ったところで何も変わりはしないのだ。
土御門元春によって語られた真実が事実を変えられないように。
番外個体はそんな一方通行を見て、転がっている死体を見て、自らを見て、深いため息を一つついた。

521: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:51:56.50 ID:O9nIeQ3/0
「……ま、確かに今となっちゃあどうでもいいか。全体的に、ね」

決定的に入った罅に気付きながらもどうすることもできず、番外個体もその場を後にした。
だがすぐに一方通行が水路の前で立ち止まっているのに気付き、その視線の先に目をやる。
水の中に何らかの生物の姿が見えた。四足歩行だが頭部は存在しない、のだろうか?
頭にあたる部分が確認できない異質の形状をした何かが、全身から電気をバチバチと走らせていた。

「このまま入ったら感電死だろォな」

「このファッキンモンスター、ミサカと電気で勝負しようっての?」

呼応するように電気を発生させる番外個体を一方通行は静止する。
くいと彼が指差した先には何かの配電盤のような機械とコンソールが取り付けられていた。

「こいつで水を抜いてやればまな板の上の魚ってな」

一方通行が一つのボタンを押し込むと、閉じられていた各所の排水溝が全て解放され一気に水かさが減り始めた。
しばらくすると全ての排水が完了し、二人が水路を覗き込むとびちびちと暴れまわる化け物がいた。
どうやら水中でしか活動ができないようで、水を抜かれたことで無力化されたらしい。

「ビチビチ跳ねンな、目障りだ」

一方通行が完全に無防備となった化け物に銃弾を数発叩き込むと、すぐに化け物は動かなくなった。

「別に力押しでもどうにでもできたと思うけど。無駄な力を使わずには済んだってところかな」

「分かってンならさっさと行くぞ」

しばらく歩き、二人が辿り着いたのは『ゴミ運搬路』と記された巨大な通路だった。
だが彼らが驚いたのはそんな通路のことではなく、何よりそこに転がっていたものだ。

「……マジか、こいつァ」

「ジュラ紀か白亜紀か何かかよ」

凄まじく巨大な鰐の死骸がそこにあった。
長さは当然のこと、横にも縦にも巨大化したその体はこの通路を埋め尽くしかけている。
学園都市で発生した惨劇を知らなければ、古代の恐竜の復元に成功したのかとも疑っていただろう。
だがその巨大な顎は上顎の部分が吹っ飛ばされ消失してしまっていた。

「こんなのに不意に襲われてたら五体満足じゃいられなかったかもね」

「この派手さはどォせ第二位辺りの仕業だろ。何にしろくたばってるならどォでもいい」

522: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:53:24.92 ID:O9nIeQ3/0

御坂美琴 / Day3 / 05:28:28 / 下水道 第五水路

突然だった。ゴゴゴゴ、という低い音を美琴と佳茄は聞いていた。
一体何の音かと美琴は警戒したが、遅い。
突然佳茄が何かに引き摺られるように、短い悲鳴を残して水中へと沈み姿を消した。

「佳茄っ!?」

いくら子供とはいえ人が一人沈むほどの水かさはない。
そこで美琴はようやく音の正体に気付いた。

「水が……排水されてる……!?」

全ての排水溝が開き、そこから水が激しく流れ出ている。
当然排水溝は水以外のものまで呑み込まぬように設計されているが、この騒ぎで壊れてしまっていたらしい。
何故急に排水が始まったのかは知らないが、佳茄は水と共に排水溝に流されてしまったのだ。

チッ、と思わず美琴は舌打ちした。
佳茄は無事なのか。どこに流されたのか。流された先に化け物はいないか。
不安を挙げればキリがなく、そしてそんなことを考えている余裕はない。

「――――すぐ、助けにいくから!! 絶対に死なせないから!!」

聞こえているはずがないことなど分かっていながら、美琴は佳茄が呑まれた排水溝に向かって叫ぶ。
そして弾かれたようにどんどんとなくなっていく水の中を全力で走り出した。


硲舎佳茄は流された果てにゴミ集積場へと辿り着いていた。
頭ががんがんと痛み、意識が揺れる。
どこかを打ち付けたのか、立ち上がることはおろか体を動かすこともままならなかった。
薄らと目を開ける。明滅する視界に映るものではここがどこかを特定することは叶わない。

だが、ぼやけた視界の中に何か大きな動くものがあった。
明らかにそれは人間ではなく、生と死の狭間の者でもない。
正常な機能をまだ取り戻していない佳茄の目ではそれが果たしてなにものであるかは分からない。
ただ、そんな中でもその肩口にあるあまりに巨大な眼球だけははっきりと確認できた。

その何かはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
粘着質な水音をたてて肩にある巨大な眼球の瞳がぐちゅぐちゅと動く。
目は顔にある二つだけだ。それくらいは佳茄だって知っている。
だがこれには三つ目がある。それどころか、よく見てみると腕の数も二本ではないような……?

何かが佳茄の目の前までやって来て、こちらを見下ろしているのが分かる。
それはゆっくりとその異形の腕を佳茄へと伸ばし始めた。
何をされるのかは分からないが、

(……痛いのはいやだな)

佳茄は注射が嫌いだ。だが決して泣かない。泣いたことは一度もない。
いつも父親や母親が近くにいてくれたから我慢できた。

ぐっと強く目を閉じる。その手はお守りとしてもらったブレザーを握り締めていた。
ここには両親はいないが、姉からもらったお守りがある。
きっと泣かないでいられるだろう。

直後、佳茄の口から何かが体内へと侵入し、その小さな体に悪魔の種子が根を張った。

523: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:54:49.78 ID:O9nIeQ3/0

上条当麻 / Day3 / 05:28:59 / 下水道 ゴミ集積場

ありがちなラブコメの始まりに、パンをくわえて走っていたら曲がり角で女の子とぶつかるというものがある。
それはまさに似たような偶然だった。

「御坂!?」

「ア、アンタ……」

御坂美琴がそこにいた。だが一緒にいるはずの少女の姿はどこにもない。
会話はほとんどなかった。目が合って少しすると、美琴は上条を無視してどこかへと走り始めた。
その様子を見て、何かまずいことが起きていると感じた上条はその後を追いかけ、併走しながら問いかけた。

「おい、一体どうしたんだよ!? あの子はどこにいるんだ!?」

聞かれて、美琴は喋る時間すら惜しいとばかりにスピードを上げて吐き捨てるように答えた。

「排水と一緒に流されちゃったのよ!! 多分ゴミ集積場辺りにいるはず……!! 悪いけどお喋りしてる時間はない!!」

そうか、と上条は一言だけ呟き、直後二人の走るスピードが更に上がった。
走って、走って、走った。時折姿を現す異形の存在は無視するか高圧電流によって一瞬で薙ぎ払われた。

二人がゴミ集積場で佳茄を発見するまでにかかった時間はどれほどだろうか。
雪崩に埋もれた人間を救助するタイムリミットは一五分、溺れた人間なら五分。
今回のケースでは何分か。分からないが、とりあえずは間に合わなかった、ということになるのだろう。

「佳茄、佳茄!! しっかりして!!」

「落ち着け御坂!! あまり揺らさない方が……」

発見した佳茄の体に目立った傷はなかった。
近くに異形の存在も確認できない。最悪のケースは免れたようだが、二人はすぐに知ることになる。

「――――お姉、ちゃん……? お兄ちゃん、も……」

意識を取り戻し、ゆっくりと起き上がる佳茄。
慌てて上条と美琴が手を貸すが、どこか様子がおかしかった。
佳茄の顔色は決して良くはなく、その両手は自身の腹を抱えていた。

「どうしたんだ? どこか痛いのか?」

佳茄は小さく頷いた。どうやら相当の苦痛のようで、老人のように腰が曲がっている。

524: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:55:49.07 ID:O9nIeQ3/0
「お腹が……痛いよ……」

「見せてちょうだい」

美琴が佳茄のシャツを胸下まで捲り上げて腹部を確認してみるも、何の外傷も確認できなかった。
ここで明確な傷があった方が楽だっただろう。
目に見えない内からの痛み。こちらの方が遥かに厄介だった。

「何か覚えてることはないか? 何か変なものを見たとか」

「……変なの、いた……。目が三つあって、近づいてきて、怖くて……」

「目が、三つ……? ねえ佳茄、それってもしかして肩のところに大きな目があった?」

美琴が自身の肩を指差して聞くと、佳茄は頭を縦に振った。

「大きな目のお化け? そのお化けに何かされたの?」

佳茄が再び頷くと、美琴はギリッと歯を噛み締めてすぐ近くに落ちていたゴミを消し炭に変える。

「最っ悪ね……」

「まさか、これって……」

「間違いないわ。『G』よ。『胚』を植えつけられたのよ……」

「『G』……」

上条は呆然とした様子で呟いた。
『G』が現れた。『G』が佳茄を害した。そしてその『G』は……。
何故だろうか、上条は無性に叫びたくなった。
もう何度覚えたか分からない無力感と後悔に苛まれ、心がささくれ立つ。

会話の意味が分かっているのかいないのか、佳茄が不安そうな顔を見せる。
それを見た美琴が宥めすかすように頭を撫でた。

「大丈夫、お薬があるの。すぐに良くなるからね」

頷く佳茄を尻目に、二人は内心凄まじい焦燥感に駆られていた。
薬があるというのは嘘ではない。土御門元春が言っていたことだ。
初期段階であればワクチンでの治療も可能、と。
だがそもそもそのワクチンがどこにあるのかも分からない。

滝壺理后の時と似た状況。
とにかくこんなところでいつまでもいるわけにはいかない。
恐怖や混乱は容易く伝染する。こちらが不安を見せてどうすると上条は心の中で喝を入れ、苦しそうな佳茄を背負って歩き出した。

「ごめんなさい……」

幼い少女からの謝罪の言葉。
それは一体何に向けてのものなのか、と上条は笑う。

「なに謝ってんだ。何も心配しなくていいんだよ。
――――必ず助けてやる」

こうやって、何の根拠もなく約束してしまうのが自分の悪い癖だなどと思いつつ。
上条も美琴もその約束を破る気はこれっぽっちもなかった。

525: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/04/26(日) 23:57:26.31 ID:O9nIeQ3/0

上条当麻 御坂美琴 浜面仕上 垣根帝督 一方通行 / Day3 / 06:48:40 / 下水道 ロープウェイ乗り場

下水道を越えた先に、ロープウェイがあった。
そこで彼らは再び合流し、浜面が出発準備を整えてくれている間に上条と美琴が佳茄の事情を話す。
話を聞いた滝壺がおいで、と佳茄に語りかけその体を抱擁した。

「痛いよね。でも大丈夫。私もあなたみたいになったけど、ここにいる人たちが助けてくれたから」

発射準備を終えた浜面が全員の顔を確認して、

「垣根はまだ来てねぇのか」

「くたばったンだろ」

一方通行のその言葉は本気とも冗談とも分からない上に馬鹿馬鹿しいと一蹴もできないものだった。
だがその心配は杞憂だったようで、垣根はすぐに現れ車両に乗り込んだ。
垣根帝督、一人だけが。

「……心理定規は?」

番外個体が何かを察した様子で問うと、垣根は沈痛な面持ちで一言だけ呟いた。

「……あいつは、来ない」

一瞬で列車内を息苦しいほどの沈黙が支配した。
上条の吐き捨てるようなクソッ、という言葉だけが空間を漂う。
心理定規は来ない。何時間待っても何年待っても姿を現すことはない。
その意味くらい説明されなくても理解できている。

誰も細かい事情を聞こうとはしなかった。
だから浜面はそうか、とだけ呟いて、

「出発するぞ」

ガコン、とレバーを倒すとぐらぐらと不安定に揺れながらロープウェイは動き出した。
少ししてから上条がふと思い出したように問うた。

「……待てよ、土御門はどこにいるんだ」

「心配すんな。あいつも来ない」

即答したのは浜面だった。確認したからな、という彼に上条は床を殴りつける。
失ってばかりだった。守れたものなどいくつあるのだろう。
佳茄を、ここにいる皆を、守れるのだろうか。
上条は思わず逃げるように立てた膝と胸の間に顔を埋めてしまった。

「……で、このロープウェイはミサカたちをどこへ運んでるわけ?」

「……決まってんだろ」

ロープウェイはすぐに停止した。
次々と列車を降り、そこへ足を着ける。

「学園都市の広大な地下空間に蜂の巣みてえに張り巡らされた巨大研究所。
おそらくウィルスの研究をしてたのもここだろうな」

彼らは一つの巨大な扉の前に立っていた。
その扉の上部にこの施設の名が記されていて、横には開錠のための電子ロックコンソールが取り付けられている。
美琴が強引にクラッキングして突破すると、扉はゆっくりと開き始めた。
カツ、と彼らは一歩そこへと足を踏み入れる。

「――――ここが『ハイブ』だよ」

『ハイブ』。学園都市に数多ある研究機関の中でもダントツの広大さを誇る施設。
ウィルスの研究が行われていた、まさにその場所。
美琴に付き添われ、上条に背負われた佳茄の身体は少しずつ蝕まれていた。

535: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:28:32.51 ID:gSlq5HgN0




嫌悪の対象としてわたしをせせくる針の先で、善へと転がされ、突っつかれ、押し込まれるとしたら?
わたしは一歩退き、おとなしく、悲しく、その間じゅう背後でわたしの決断を待っていた悪の中に沈む





536: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:30:16.70 ID:gSlq5HgN0

上条当麻 御坂美琴 浜面仕上 垣根帝督 一方通行 / Day3 / 08:00:16 / 『ハイブ』 警備室

「……お腹、まだ痛い?」

「うん……」

一人どこかへ離れていた美琴が戻りそう訊ねると、佳茄は小さく頷いた。
『ハイブ』と呼ばれる施設の警備室。そこに備え付けられていたベッドに佳茄は横になっていた。
佳茄の体は『G-ウィルス』によって侵されている。何とか、しなければならない。

「……どうする」

「決まってんだろ」

浜面がぽつりと呟くと上条が即答した。
美琴も力強く頷き、

「大丈夫、大丈夫だから。今お薬取ってくるからね」

「……うん。心配しないで大丈夫だよ、だって私にはこのこーうんのお守りがあるもん!」

美琴からもらった常盤台中学のブレザーを示し、佳茄は精一杯に笑っていた。
湧き上がる未知の恐怖に抗う力をそこから得ているのだろう。

「でもどうするわけ? 流石にこのおチビちゃん一人にしとくのはまずいっしょ」

「……問題はねえよ。俺が残る」

進み出たのは垣根だった。その隣に心理定規の姿はない。
一体どういう心境で立候補したのかは誰にも分からなかった。
だが同時にその言葉に異論を唱える者も誰もいなかった。

「じゃあ、行こうか」

537: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:32:22.40 ID:gSlq5HgN0
学園都市の地下空間に広がる『ハイブ』は広大だ。
そこからワクチンのある場所をノーヒントで見つけ出すのは困難を極めるだろう。
だから、彼らはここにいた。

「……一度だけ、研究所をたらい回しにされてたころに来たことがある。
この中のことならコイツに聞くのが一番早ェはずだ。素直に答えるたァ思えねェが」

目の前にあるのは床からせり出した柱のようなもの。
その先端に投影機のような装置が取り付けられているのが確認できた。
一方通行の指示通りに準備を進め、最後に浜面がスイッチを押す。
すぐにそれは現れた。

装置から放たれた赤いレーザー光が虚空に人間……女性の姿を描いていた。
そしてこれこそがこの『ハイブ』の代理管理者。
『ハイブ』を知り尽くしている存在。その名は、

「お目覚めかしら、『レッドクイーン』」

学園都市の最先端技術によって作られた超高性能AI。システムの管理コンピュータ。
『レッドクイーン』と呼ばれるそのシステムは、空間に浮かんだ女性の形をした赤い光は、人間と変わらない調子で言葉を発した。

『止められなかったわ』

「『感染』を?」

滝壺の言葉に『レッドクイーン』は無言の肯定を返す。


538: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:34:42.59 ID:gSlq5HgN0
『……まあ、私にできることには限界があった。
「本当の上」の作った流れを変えるようなことはどうやってもできないの。
真っ先にこの施設を閉鎖して、隔離したけどもはや何の意味もなかったわね』

「……そうやって、お前は『ハイブ』にいた人たちをここに閉じ込めたんだな。
すぐに避難させれば助かったかもしれないのに。助かった命があったはずなのに!!」

『ハイブ』の権限は基本的に全て『レッドクイーン』が掌握している。
正確にはその上に『木原』や統括理事会の存在があり、彼らから委託されているとでも言うべき形ではある。
あるのだが、『レッドクイーン』が『ハイブ』の支配権を持っているという表現は間違いではないだろう。
そして『レッドクイーン』の下した決定によって、ここにいた人間は皆生ける屍となった。

助かった、かもしれなかった。
ただの可能性の話ではあるけれど、確かに存在した可能性なのだ。
それを冷徹に摘み取った『レッドクイーン』を上条は睨みつける。

『彼らは既に「感染」している可能性の方が遥かに高かった。
確かに「感染」していない人間もそれなりにいたはずだけど、彼らを出すことは外に「感染」が広がる危険性に優越しない。
数え切れないほどいた人間の中から「感染」していない者を選別する余裕もなかったし、その時は外でもウィルスが漏れていたとは知らなかったから』

大を救うために小を切り捨てる、合理性を追求したその考え。
それは機械仕掛けの頭脳が下すには『らしい』決断だったのかもしれない。

「そんなことはどうでもいいの。聞きたいことがあるわ。
……『G-ウィルス』に『感染』した、いや、正確に言えば『胚』を植えつけられた人がいる。
それを取り除くためのワクチンがどこにあるか教えなさい」

『……脱出ルートではなく?』

「当然、そっちもだ」

美琴と浜面の言葉に、『レッドクイーン』は何か考えるような間があった。

『確かに、「G」のワクチンというものはあるわ。
名前は「DEVIL」。あるというより作るものだけどね。
……脱出ルートの方もこの『ハイブ』から直通のものがある』

「……亡本の野郎か」

『当たり。そういえば第一位はその辺りに関わったことがあったんだったわね』

学園都市の都市伝説の一つに、止まることなく延々と地下を走り続ける列車というものがある。
そのモデルとなったのが統括理事会の構成員の一人である亡本裏蔵だ。
常に列車で移動し続けることで秘匿性と安全性を確保していた亡本。
その使用していたものの一つがこの『ハイブ』を通っており、そこから学園都市の『外』へも出られるのだという。

539: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:38:14.12 ID:gSlq5HgN0
『……教えてもいいわ。ただ条件がある』

女性の姿を形作っている赤いレーザー光が空間に雑な地図を描き出した。
広大な『ハイブ』の中の、たった一部屋だけが赤く点滅している。だがその正確な位置はよく掴めない。

「……何だ?」

『あなたたちの中にいる「感染者」を殺しなさい。そうすれば教えてあげてもいい』

ガン、という硬いものを蹴りつけたような音が直後に響いた。
その音の主は美琴だった。

「話にならないわね」

そもそも佳茄を救うためにここまで来ているというのに。
『レッドクイーン』もそれは分かっているだろうが、その無機質な言葉は変わらなかった。

「どうしてだ。ワクチンがあるんだろ? それを打てば助かる、外に出たって問題はないはずだ!!」

「……それにしたって確実じゃあないから。どう、ミサカの言葉は間違っているかな」

『その通り。だから殺しなさい。あなたたちが助かりたければそれしかないわ』

その時、バチバチという紫電の走る音が空間に鳴った。
脅すように美琴の手に雷が走っていた。

「……分かってないわね。これはお願いでもなければ交渉でもないの。命令よ。
断るなら、今すぐにでもアンタを吹っ飛ばす。
その上で引っ張り出せるだけアンタの中から情報を引っこ抜いてやるわ」

『やめた方がいい。言ったでしょ、殺しさえすればいい。あなたたちの中にいるふ――――』

「答える意思はなし、と」

『レッドクイーン』の言葉はそこでぷつりと途切れた。
美琴はもう待たなかった。容赦なくバリバリと女性を浮かび上がらせている装置や、そのメインコンピュータに電撃を流し込んでいく。
空間に浮かび上がった赤い光の女性の像が不安定に揺れ始める。
その姿が完全に消える直前に、『レッドクイーン』に投影された女性が六人を見つめ、吐き捨てるように言った。

『――――あなたたちはみんなこの中で死ぬ』

ボン!! という小さな音が響き、それで女性の像は消え『レッドクイーン』は沈黙した。

「それはどうも」

540: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:41:07.23 ID:gSlq5HgN0

浜面仕上 / Day3 / 09:17:23 / 『ハイブ』 アレクシアルーム

浜面仕上と滝壺理后は不気味な部屋へ迷い込んでいた。
隣に面した部屋にはバベルの塔を彷彿とさせるような巨大なアリ塚。
この部屋にはどこからか植物がしっかりと根を張っていた。

『レッドクイーン』を破壊した後、それぞれがそれぞれのルートで行動を開始。
硲舎佳茄が『G生物』となる前に『DEVIL』を入手しなければならない。
その道中で立ち寄ったのがこの部屋であるのだが……。

「……なんだ?」

子守唄のようなメロディーが室内に流れていた。
机の上に置いてある小さなオルゴール。どうやらそこが音源らしい。

思わず滝壺が手を伸ばし、オルゴールに触れるとどこかに指が触れたのか、カチッというスイッチの入るような音がした。
それがトリガーとなったのか、壁に取り付けられていたモニターに映像が流れ始める。
同時にオルゴールから流れていた音楽が歌詞つきで流れている。

『There was a friendly but naive king――』

美しい女性がトンボの羽を一枚一枚もぎ取っていた。
全ての羽を失ったトンボは飛ぶ術を失い、惨めに地面を這う。

『The king was loved but,the queen was feared.
Till one day strolling in his court.
An arrow pierced the kind king's heart.
He lost his life and his lady love』

ろくに動けぬトンボに、大量のアリが群がり始めた。
アリの餌と消えていくトンボを、羽をもいだ女性が恍惚とした、邪悪そのものといった表情で見つめていた。
この女がアレクシア、なのだろう。

映像が終了するとゴゴゴ、と小さな音をたててモニターが右方向にスライドした。
モニターがあったところの裏側には小さなくぼみがあり、そこに一枚のカードが置いてある。
学園都市とは思えない古風な、変わった仕掛けだった。

541: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:42:39.61 ID:gSlq5HgN0
「いつの時代だこのカラクリ」

「本気で隠そうって気はなかったんだろうね」

『木原』にもこんな遊び心があったのか。
そんなことを考えながら浜面がそのカードへと手を伸ばした。
だが。そもそも、今の学園都市に安全な地など存在しない。
いつどこから何が起きてもおかしくはない状況で、余計な思考に気を取られれば死に直結しかねない、そんな状況なのだ。

であるならば。
今浜面が僅かとはいえ気を抜いたことは、致命的と評価されるのだろう。

「……っ!?」

気がついた時にはもう遅かった。
何かが、得体の知れない液体のような何かが浜面目掛けて飛来してきていた。
それを肩から胸にかけて浴びた浜面は、一瞬で全身を貫いた激痛に耐えかねて絶叫した。

「ぐぁぁあああああああああああああああああっ!?」

「はまづらっ!?」

思わず膝をつき蹲る浜面。滝壺はそこでようやく襲撃犯の姿を見てとった。
植物だった。通常の生物で言えば頭部にあたる位置に大きな赤いつぼみを持った植物が、ツタを器用に動かし自立歩行していた。
これが初めてというわけではない。滝壺は昏睡していたが、『プラント42』の例もある。
だが、それにしたって植物が明確な意思を持って自立歩行しているその光景は異様だった。

頭のように振りかぶったつぼみから吐き出されたのは消化酵素液だろう。
そのツタを腕のように伸ばし、浜面を絡めとろうとしている。
まずい、と滝壺は思った。相手がアンデッドならば頭部を撃ち抜けばいい。
けれどこの化け物を迅速に仕留めるにはどうしたらいいのだろうか……?

「しっかりして、つかまってはまづら!!」

考えることを放棄した。意味がない。必要がない。
滝壺はこの化け物を殺すという選択肢を却下し、伸ばされたツタをナイフで切断し浜面に肩を貸してこの場からの速やかな離脱を選択した。
浜面の足はおぼつかず、そのスピードは遅い。ただでさえ彼は全身に重傷を負っていたのだ。
本来なら安静、だが幸い元が植物だからかその移動スピードは極めて緩慢であり、今の二人でも十分に逃げ切ることができた。

問題はそこではない。
問題はそこではない。
問題はそこではないのだ。

「はまづら、はまづら!!」

「う、ぁ……ああ……?」

液体の付着した部位の皮膚が失われ、抉られているようにさえ見えた。
目を背けたくなるようなあまりに痛々しい傷がそこに刻まれている。
だが、それすらも今は問題ではない。一番に問題にすべきなのはただ一つ。

浜面仕上は『T』に『感染』した、という単純な事実だけだ。

542: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:44:24.51 ID:gSlq5HgN0

垣根帝督 / Day3 / 09:22:20 / 『ハイブ』 ターンテーブル

「はぁ、はぁ、はぁっ……」

この程度はかすり傷だ。
垣根は肩口から流れ出る血を片手で抑えながら距離を取る。
元より何の代償も払わずにどうにかできる相手だとは思っていない。

『G』は、更なる進化を果たしていた。
二本の補助腕が生まれ通常の腕と遜色ないまでに発達を遂げ、本来の二本の腕は背中に大きく張り出している。
その腕の数は合計で四本。背中に張り出した巨大な二本腕は有翼の悪魔を連想させるシルエットを作り出していた。

胸部は異常なほどに隆起し、おそらくはそこに巨大な心臓があるのだろう。
循環器系にも異変が起きていることが予想された。
以前の少女の顔はもはやどこにも残ってはいなく、『G』として創り出された、新たな灰色の頭部に蠢く赤の瞳。
本来の右腕には巨大な、赤い眼球がぎょろぎょろと蠢いているが、増殖した『G』細胞が下半身にまで到達し、その眼球状組織が新たに左大腿部にも発生していた。

(化け物が……!!)

『G』という、全く未知の生命体。ヒトの枠には到底収まらない究極の生物。
おそらくもう殺すことはできないだろう。遅すぎたのだ。
もっと最初期の段階に、手に負える内に、殺さなければならなかったのだ。

『G』の眼球状組織が赤く発光する。
空間に歪みが生まれ、方向も掴めない衝撃が垣根の全身を叩きのめした。
間段なく振るわれた『G』の腕を何とか白い翼で受け止めるが、勢いを殺しきれずに弾かれビリビリと衝撃が体を走る。

「……よお。お前が苗床にしたその体は元々他人のモンだ。
ちっとはあのシスターについて思うこととかねえのか」

543: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:46:12.28 ID:gSlq5HgN0
無意味な問いだった。垣根は口の端から垂れ出したねちゃりとした血を拭う。
当然『G』は何の返答も返すことはなく、一歩一歩近づいてくる。
だがその瞬間、

「お前のモンじゃあねえ。だから、もらうぜ」

音もなく。純白の槍が背後から『G』を貫いた。
その正体は『未元物質』。垣根を発生源として、コードや柱を逆流していくように白い『未元物質』が展開されていた。
そこから飛び出した聖槍。それは『G』の生命活動を停止させるには至らずロンギヌスにはなれなかったが、その腕の一本を根元から千切り取る。

ぼとりと巨大な腕が床に落ち、『G』は咆哮した。
切断面から血を撒き散らしながら『G』は垣根から離れ始め、下層へと飛び降り姿を消していった。

(何とか、なったか……)

やばかった、と垣根は思った。
これで『G』が退かなかったら垣根は今ここで死んでいたかもしれない。
……だが、果たしてそれにどんな意味があるのだろうか。
既に何もかもが破滅して、心理定規も失い、かつての冷酷な自分に戻っているというのに。

ゆっくりと後方にある部屋へと戻っていく。
そこには意識を失った一人の少女がいる。
硲舎佳茄というその少女は、生還者である彼らから託された存在。
せめて、その義務くらいは全うすべきなのだろう。

「不埒な無礼者は、追い払ってやったぜ。ったく、不安のないツラしやがってこのガキ……」

何となくその様子に常に余裕を持った表情をしていた心理定規を思い出し。
垣根は出血する傷口を抑えてその場に座り込んだ。

「ちくしょう……痛ぇなあ……」

544: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:47:31.79 ID:gSlq5HgN0

御坂美琴 / Day3 / 09:54:00 / 『ハイブ』 メインシャフト

メインシャフトのすぐ近くにあったモニター室。
美琴は何気なく、もしかしたら何かの情報が得られるかもしれないとそのモニターを点けた。
そこに映し出されたのは、

「何よ……この木偶の坊は……」

三メートルはあろうかという白の巨体。
心臓の部分が隆起し、赤く浮き上がった血管が頭部から胸にかけて走っている。
その爪は異常なほどに肥大化し、その一つ一つが死神の鎌を思わせた。
『タイラント』。そこに映っていたのは学園都市の研究者の生み出した化け物だった。

「こんな奴もいたのね……」

もしかしたら交戦することもあるかもしれない。
美琴がモニターを凝視しこの化け物の情報を探っていると、耳に残るあの音が近くから聞こえてきた。
ジャラジャラ、ジャラジャラ。それは鎖の音。この地獄で何度も聞いてきた音。

(リサ=トレヴァー……!!)

直後。美琴が弾かれたように動き出すのとほぼ同時、モニター室が何らかの攻撃によって爆発を起こした。
炎と噴煙に包まれたメインシャフトで『超電磁砲』と『多重能力者』は四度対峙する。

「…………」

顔に貼り付けられているのは剥ぎ取った女性の顔の皮膚。
その猟奇的な行いによって隠された顔からは何も読み取ることはできない。
だがその行動も、その姿も、その特異性も、その『多重能力』も、全てはリサが望んで得たものではない。
学園都市の悪魔の如きおぞましい実験によって変貌させられてしまったのだ。

545: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/05/30(土) 01:49:02.94 ID:gSlq5HgN0
両親を奪われ、尊厳も心も奪われた学園都市の被害者。
執拗に美琴と佳茄の前に姿を現したのも、二人が母と子として見えていたからだろう。
――――つまりジェシカ=トレヴァーと自分自身、いつだって自分を守ってくれていた愛する母に。

「マ、マ ぁ……」

母の死を受け入れられず、その幻影を追うばかりに全ての女性が母親に見えてしまう。
だがやがて中身が違うことに気付き、母の顔を持った偽者として認識し、母と再会できた時に返すためにその顔を剥ぎ自らの顔に貼り付ける。
……学園都市は何という悲しきモンスターを生み出してしまったのだろう。

捕まっていた時の拘束具の鳴らす鎖の音と共にリサが一歩近づいた。
愛する母親の元へ。そして直にそれがジェシカではないことに気付く。
その時点でリサはもう何度繰り返したかも分からない猟奇的な行動に再び走るだろう。

「……ごめん。私はあなたのママじゃない。あなたのママは、もう――――……」

バヂィ!! という音が響いた。双方から放たれた電撃が中間で激突。
それが開戦の狼煙だと言わんばかりにリサは甲高い声で咆哮する。
しかし二人の電撃が壁や一部の床を薙ぎ払ったことで舞い上がった粉塵に紛れ、美琴はすぐさまその場を離脱していた。

背後から次から次へと雨あられとばかりに能力が飛んでくる。
美琴はそれらを回避しながら距離を取り、

「……っ」

それを自覚し思わずバランスを崩すも、確かな足取りで移動していく。
残された時間は多くはないのだ。『DEVIL』。何としてでも手に入れ、佳茄に投与しなければ彼女もまた『G生物』と化してしまう。
だが同時に、リサ=トレヴァーとの決着は必ず着けなければならないだろう。
悲劇の異形との決着を、必ず。

556: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 01:52:26.21 ID:OcU09vUL0




ああ アニュール
これほどの変わりようとは!
今のお前は一つとも二つとも言いようがない





557: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 01:53:22.81 ID:OcU09vUL0

上条当麻 御坂美琴 浜面仕上 一方通行 / Day3 / 10:15:39 / 『ハイブ』 P-4レベル実験室

上条が目をつけたのはこのP-4レベル実験室だった。
後に一方通行と番外個体が合流。御坂美琴、浜面仕上と滝壺理后。

「ここでこのワクチンベースを元に『DEVIL』を生成できるはずだ」

「よく分かるな」

「さっき電算室でちょっとな。『レッドクイーン』から一部だが引き抜いた情報が役に立った」

上条の言葉に答えながら一方通行は手早く機材を起動していく。
その近くで美琴がモニタに表示された文字列や化学式、そしてこの部屋に備えてあったマニュアルを穴が開くほどに見つめていた。
絶対に失敗は許されない。その一字一句を徹底的に頭に叩き込んでいく。

「はまづら……」

不安げに呟いた滝壺を浜面が無言のままに目で制す。
自分が『感染』したということを浜面は今は話すつもりはないのだ。
『DEVIL』の生成というこのタイミングで余計な事を起こしたくはない。
そして滝壺もまたそれが分かって、だからこそ考えていた。

(ウィルスはワクチンとセットで初めて価値が出る。
『T』が作られていたここなら……この近くに、必ずあるはず)

浜面の息は切れ、その額には激しい発汗が見られた。
その体が急速に蝕まれているのだ。心理定規の時とは違い、彼の身体は元々酷いダメージを負っていた。
加えて消化酵素液によって受けた目を背けたくなるほどの傷。
もう一刻の猶予もないだろう。

558: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 01:54:34.50 ID:OcU09vUL0
「さあ、始めようぜ。あの子が待ってる」

気だるい体に鞭打ち浜面が呟く。
しかし作業を始めようとした美琴の手は不意に遠くから響いた物音によって止められる。
『DEVIL』の生成作業はデリケートだ。万一にも想定外の妨害があっては失敗もあり得る。

「……連中、かね?」

「俺が見てくる。どうせここにいても俺に手伝えることなんてなさそうだしな」

「……アンタ一人で行くのは危険すぎるわ。私も行く」

「あいあい、じゃあミサカも」

『DEVIL』生成に必要な知識を持ち、もうバッテリーの余裕もない一方通行。
もはや動くことすら億劫になってきている浜面。
その傍を離れるわけにはいかず、それなりの知識もある滝壺。
この三人がここに残り、上条と安定した戦闘の行える美琴と番外個体が様子を見に行くこととなった。

「……もしアンタたちだけで何とかなりそうだったら、悪いけど私はあっちに戻らせてもらうわ」

「ま、何とかおねーたまなしでも乗り切るよ。これでも軍用なんだし」

番外個体がそう言うと二人を置いて一人駆け出し、彼らを嗅ぎ付けてわらわらと姿を現した化け物に退くことなく切り込んでいく。
軍用の大能力者。どうだと言わんばかりにその実力を発揮し、次々に異形の化け物や生ける亡者を蹴散らしていった。
それを見て焦り出したのは上条だった。

「お、おいおい!? あれじゃみんな死んじまうぞ!?」

「――――――」

美琴は上条が何を言っているのか理解できず、数秒の間呆気にとられたように上条をただ見つめていた。
上条もその言葉を口にした後、すぐに沈んだ表情になって唇を噛み締めた。
ああ、そうか、と美琴はようやく理解した。上条が気にかけたのは美琴でも番外個体でもなく、死肉狂いと化した彼らなのだ。

559: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 01:56:06.12 ID:OcU09vUL0
そう言った後の上条の態度を見るに、上条自身もそんなことを言っている場合ではないというのは分かっているのだろう。
だがそれにしたって、どれだけの葛藤があろうと、この後に及んでまさかそんな言葉が出てくるなんて、思いもしなかった。考えもつかなかった。

「――――アンタは……前に会った時と、全然変わらないのね……」

きっと上条のそんな考えは今のこの学園都市で生き延びるには足枷でしかないだろう。
それはどうしようもなく甘くて、馬鹿みたいで、邪魔で。
だがそれでも、手放してはならない何か大切なものを上条は決して見失わなかったのだ。

「……『血の川にここまで踏み込んだからには、たとえ渡りきれなくても戻るのもおっくうだ、先へ行くしかない』」

もしかしたら……もしかしたら、上条はこの惨劇においてただの一体もあのリビングデッドを、かつて人間であったものを殺してはいないのかもしれない。

「本当に、変わらない……」

「御坂……」

静かな声色で、その頬に雫を伝わせて美琴は呟く。
それが何に対して流されたものなのかは美琴自身にだって分からなかった。

二人の間にそれ以上の言葉はなかった。
番外個体の勢いが落ちてきている。アンデッドではない、もっと厄介な化け物が集まりだしているのだ。
いつまでも油を売っているわけにはいかない。
上条と美琴は同時に化け物の群れへと突っ込んでいった。

美琴と番外個体が薙ぎ払い、撃ち漏らしを上条が手にした鉄パイプで沈め、どこからともなく飛来する能力を的確に右手で打ち消していく。
命を懸けた戦闘の最中。美琴は手を必死に動かし続けながら、番外個体に言った。
上条には聞こえていないのを確認した上で。

「ねぇ、番外個体。お願いがあるんだけど――――」




「――――……正気?」

560: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 01:57:36.00 ID:OcU09vUL0

垣根帝督 / Day3 / 10:26:19 / 『ハイブ』 B4通路

何かの接近に気付いた垣根帝督は佳茄のいる警備室を出、近くでそれと向き合っていた。
第二位の超能力者の体は震えていた。
それは恐怖にであり、悲しみにであり、悔しさにであり、怒りにでもある。

身長は三メートルはあるだろうか。その全身は爬虫類のような気味の悪い緑色に変色してしまっている。
背骨が肥大化し後部にせり出し、腕も足も胴も、その全てが膨れ上がり化け物のそれとなっていた。
しかし、その顔は原型を留めている。人間であったころの、心理定規の顔を。
化け物と化したその顔は、どこか悲しみに歪んでいて涙を零しそうにさえ見えた。

『「未元物質」。面白い素材をありがとう。お礼の感動の再会よ』

天井から吊り下げられるように備え付けてあるスピーカーから女の声が流れた。
垣根はその声を知っている。アレクシアと名乗った、土御門の話にも出たあの女のものだ。
そして死して尚心理定規を弄んだ存在。

「……テメェが、やったのか。テメェが、暴いたのか」

確かに、あれは墓だなんて呼べるような上等なものではなかった。
ただタオルの上に寝かせ、土葬も火葬もできずに形だけをそれらしく整えた程度のものでしかなかった。
だがそれでも、間違いなくあれは心理定規の眠る場所で。最期まで人間であることを選んだ彼女の果てだった。

561: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 01:59:51.23 ID:OcU09vUL0
『「G」とちょっと組み合わせると、あれくらい綺麗で新しい死体なら何とかなるのね。良い発見だったわ』

自分が甘かったのか。足りなかったのか。
その四肢を切り落しておけばよかったのか。その心臓を抉り出せばよかったのか。
その頭蓋を砕いて脳髄をぶちまければよかったのか。その腹を裂いて片っ端から臓器を抉ればよかったのか。
それほどに彼女の亡骸を傷つけて、『使えなく』しなければならなかったのか。


――――――『私は最期まで人間でありたい。人間として、死んでいきたい』


「う、」

歯ががちがちとうるさい。
その体の酷い震えを止めることができない。

『……「われわれの救いは死である、しかしこの死ではない」』

アレクシアは笑い。

「うぉぉおおおあああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

何かを振り払うように絶叫し、垣根帝督と心理定規だった化け物は衝突した。
それはもはや戦いと呼べるものではなかった。お互いに防御や回避など一切取らなかった。
脳を破壊され理性を失った化け物と、荒れ狂う感情に呑まれ正常さを失った超能力者。
ただひたすらに叩く。双方から血が噴出し、喉が裂けるほどに叫びながら、何も考えず、力を振り回した。

悲惨だった。だが決着の時はすぐに訪れた。かつて心理定規だったものの腕が垣根のわき腹の一部を抉り。
同時、振り下ろされた純白の翼がソレを両断した。
即座に死に直結するほどの傷ではない垣根とは対照的に、ソレは真っ二つに両断され血や臓器を零しながら沈んだ。

『……ああ、可哀想なグレーゴル』

慈愛に満ちたような声色だった。垣根は何も言えなかった。
殺した。死ねなかった。望みを叶えてやれなかった。詰めが甘かった。
どんな表情をするのが正解か分からない。何を言うのが正解か分からない。どんな感情を表出させるのが正解か分からない。

「あ、あぁあぁぁあ、ぁ、うぁぁぁああ……!!」

グロテスクに彩られた、少女だった化け物の残骸の中で青年は声にならない叫びをあげていた。

562: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 02:02:09.41 ID:OcU09vUL0




トロフィーを取得しました

『グレーゴル・ザムザ』
変わり果てた少女に第二位の青年が終わりを与えた証。闇と絶望の広がる果て、結局彼には誰も守れない





563: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 02:03:37.69 ID:OcU09vUL0

上条当麻 浜面仕上 / Day3 / 10:38:53 / 『ハイブ』 動力室

『DEVIL』は、完成した。
これが『G-ウィルス』に対する唯一の切り札。
彼らは何かに引き込まれるように『DEVIL』を見つめていた。

「……時間がないよ。行くなら早くしないと」

番外個体のその言葉に皆が頷いた。倒れ付している亡者共の体が僅かに動き始めている。
その体内で『クリムゾン・ヘッド』への変異……『V-ACT』が起こり始めているのだ。
彼らによって蹴散らされた大量の骸を踏み越え、硲舎佳茄の元へと急ぐ。
しかしこの『DEVIL』は非常にデリケートで、温度変化や衝撃で簡単に変質してしまうという厄介な特性を持つ。
可能な限り速やかに、激しい戦闘も不可能。その道中、気付いたのは浜面だった。

「……待てよ。滝壺が……滝壺がいねぇ」

滝壺がいつの間にか消えていた。いつからいなくなったのかは分からないが、おそらくそれなりに時間が経っているだろう。
それに気付かないなど本来ならあり得ない。浜面の体を蝕む、甚大なダメージとウィルスのせいか。
だが一体どこへ行ってしまったのか、その目的は浜面には分かる。
滝壺は『デイライト』にあたるところのワクチンを探しに行ったのだ。浜面仕上を助けるために。

「悪いけど……」

「分かってる。お前らは先に戻っててくれ!!」

「あっ、おい!! 浜面だけじゃ危険だ、俺も行く。あの子のことは任せた!!」

滝壺の後を追う浜面と、更にそれを追う上条。
美琴と一方通行は『DEVIL』を持って佳茄の元へ。
二手に分かれる彼らの中で番外個体は超能力者二人ではなく、無能力者二人につくことにした。

564: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 02:04:54.67 ID:OcU09vUL0
「迷子さんを見つけたらミサカたちもそっちに行くよ」

「……あァ。油断はするなよ」







巨体の化け物の腕が振るわれる。それだけで容易く部屋を隔てる壁が突き破られた。
反応の遅れた滝壺のわき腹に瓦礫が叩きつけられ、声を出す間もなく床に伏す。
それでも滝壺は絶対にその手にあるものを離しはしなかった。

「や、っと……見つけた……!!」

抗『T-ウィルス』剤。ウィルスとセットで元々製造側で用意されていたもの。
これさえあれば。これがなければ。

「あなたなんかに……邪魔は、させない……!!」

悠々と接近してくる三メートルを超えるかもしれない白い巨体。
『タイラント』。その胸は大きく隆起しており、きっとそこに心臓がある。
手に大きめのナイフを構える滝壺。その程度の玩具でどうにかなる相手ではないのは分かっていた。
しかしもうこれしかない。この体では『タイラント』から逃げ切ることなど到底不可能だった。

ゆっくりと近づいてくる『タイラント』。滝壺は静かに不退転の覚悟を決める。
だが、その時だった。パンパンパン!! という音が響く。銃声だった。

「……演算銃器でもあれば少しは楽だったんだけどね」

発砲したのは番外個体。撃たれた『タイラント』は身じろぎの一つもなかった。
それでも注意を引く程度の効果はあったようで、『タイラント』は番外個体をその何も宿っていないような白濁の瞳で見つめていた。

565: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 02:06:30.63 ID:OcU09vUL0
「みさかわーすと!?」

「よお……。ちょっとそこの木偶。ちゃんとあの無能力者の許可を得てからその彼女に手ぇあげろコラァ!!」

咆哮する番外個体。『タイラント』は狙いを滝壺から番外個体へと変更。
だがその腕が、その爪が番外個体を貫くことはなかった。
その前に巨大な何らかの機材が『タイラント』の頭部に直撃し、その巨体を僅かに揺らした。
更なる襲撃者に『タイラント』は苛立ちにも見える何かを滲ませてその姿を確認する。

「……ったくどっちもさっさと突っ走りやがって」

「かみ、じょう……」

上条当麻と番外個体。二人が『タイラント』を挟み込むようにして立つ。
滝壺もまた唯一の武装であるナイフを手放さない。
浜面の容態は一秒を争うが、同時にこの化け物を何とかしない限り治療を行う暇はない。

動いたのは『タイラント』だった。その丸太のような足を鳴らし上条へと突撃していく。
対する上条は冷静に、その左手に持っていたガラス片を『タイラント』の顔面へと投げつけた。

「消し飛べ!!」

『タイラント』はそれを腕で払おうとするが、そのタイミングで番外個体が雷撃の槍を撃つ。
そちらへの対処を優先したのか、放たれた雷撃の槍は『タイラント』の腕に払われ易々と霧散してしまう。
だがその隙に上条の投擲したガラス片がその顔面へと直撃した。

砕け散るガラス片。その更に細かい破片が目に刺さり、『タイラント』は思わず動きを止める。
好機と見た上条が『タイラント』へと飛びついた。振り払おうと暴れるが上条は決して手を離さない。

「もう一丁食らっとけ!!」

右手の方に持っていたもう一枚のガラス片を、『タイラント』の目玉へと容赦なく突き刺す上条。
目玉を潰された巨人はこれには流石に堪らず、地を這うような低い声を漏らした。
その隙に滝壺がドスッ、とその大きなナイフを心臓に突き立て刀身を全て体内へと埋め込んだ。
そのままグリッとナイフを強引に回転させ、傷口を大きく広げていく。

566: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 02:08:04.09 ID:OcU09vUL0
滝壺が下がると、更にそこに番外個体が追加で爆雷を放つ。
肉が焦げるような嫌な臭いが立ち込めていく。

「これなら少しは痛ぇだろ……!!」

だが。直後、突然振るわれた腕に叩きつけられ上条の体が吹き飛んだ。
薄いガラスに叩きつけられ、そのままガラスを叩き割って隣接する部屋へと転がっていく。

「ぐっ……ぁ、はっ……!?」

憤怒を表すように臨戦態勢を取る『タイラント』。
上条や番外個体、滝壺の攻撃は単に怒りを買っただけだった。
究極の『B.O.W.』を目指して製作されながらも、出来損ないと評された『タイラント』。
それでもそれは超能力者でもなければ満足に戦うことすらできない化け物だった。

「かみじょう!?」

「チッ……まだかよ早く……!!」

何とか立ち上がった上条に声をかけ、三人は移動を始めた。
とはいえこんな状態で逃げ切ることなど出来はしない。
彼らより速いスピードで追ってくる『タイラント』。元より狙いは逃走ではなかった。

「ここは……」

「……なるほどな。熱湯風呂に叩き落してやろうってわけか」

「どんなリアクションをしてくれるか楽しみだけど。ミサカたちじゃあ多分、無理だね」

567: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/06/21(日) 02:09:51.30 ID:OcU09vUL0
一歩そこへ入った瞬間に体を焼くような熱気が立ち込めていた。
眼下にあるのは脈打つように暴れる加熱処理用熔鉄プール。
ここへ落ちれば絶対に助かりはしない。

「……ああ。とにかく、もう少しだけ持ち堪えねぇと……」

「……それより、はまづらはどこ? はまづらにはもう、時間がないの……!!」

必死に訴える滝壺。
その手にはしっかりとワクチンが握られているが、投与すべき相手がいないのでは話にならない。

「あの化け物を確認した時点で、ね。来るよ。心配しなくてもあいつはもうすぐ来る。だけど……」

「浜面、急いでくれ……!!」




その時、浜面仕上はそれを前にしてぽつりと呟いた。

「見つけた……!!」

『Anti-Uncontrollable B.O.W.』

絶対にあると思っていた。あんな生物兵器を製造していた場所だ。
それが暴走した時の策がないはずがない。それも、特別な能力のない研究者たちでも扱えるようなものが。
その下に、以下の文字列が記されていた。

『“Paracelsus_Sword”_For_FIVE-Over_Modelcase_“RAILGUN”』

575: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:46:26.59 ID:hA8cf2On0




神の復讐 ああ なんということだ
読むがいい 我が手に刻まれしものを そして恐怖に慄くのだ





576: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:47:21.51 ID:hA8cf2On0

御坂美琴 一方通行 垣根帝督 / Day3 / 10:42:19 『ハイブ』 警備室

『DEVIL』を手に戻ってきた御坂美琴と一方通行が見たのは、崩れ落ちている垣根帝督だった。
その体に傷を負っているが、何よりもその眼。
失意と挫折だけを灯したようなその暗い眼に、二人は何があったのかなんて聞けはしなかった。

「…………」

一方通行はその抜け殻のような様に自らを重ね合わせる。
あの時の。あの姿の。あの光景の。あの絶望の。

「……垣根、さん。ワクチンを、持ってきたわ」

その言葉に垣根が僅かに頷いた。
そんな程度の反応。だが十分だった。
もうそれ以上の言葉をかけることはせず、一方通行は残ったが美琴は警備室の中へと入っていった。

この部屋だけは外とは違っていた。
血の跡も、戦闘の爪痕もない。綺麗に保たれている。
そして部屋の端にある簡易ベッドには一人の小さな少女が横になっている。

自分たちが外れている間、ここで何があったのかは分からない。
だがそれでも垣根は頼んだ通りにここを、佳茄を守ってくれたのだろう。

一言感謝の言葉を漏らし佳茄の額に手を当てる。
熱い。四〇度はあるだろうか。只事ではない発汗も見られる。
少し前まで酷い腹痛を訴えていた佳茄。その身を蝕む『G』に、細胞を入れ替えられ始めているのだろう。

577: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:48:42.22 ID:hA8cf2On0
「認めないわ」

ようやくだ。ようやく、佳茄を救うことができる。
美琴は意識を失っている佳茄に『DEVIL』を、投与した。
その全てが体内へと入った。間違いなく作成は成功している。あとは祈るのみだ。

「……お願い、もう一度、もう一度目を覚まして……!!」

またあの声を聞かせてほしい。またあの笑顔を見せてほしい。もう少しだけ、戦う気力と力を分けてほしい。
必ず助けると約束した。指きりもした。
美琴が『DEVIL』を投与した佳茄をその背中に背負い、歩き出した時。

「バッテリーは……能力使用モードに換算して残り一分三〇秒」

一方通行が呟いて、あと僅かとなった時間に思いを馳せていた時。
ふらふらと垣根がようやく立ち上がった時。

ビー、ビーという甲高い警告音が『ハイブ』全域に鳴り響き。
三人の超能力者は続けて流れたそれを聞いた。




『Self-destruct sequence“Regia Solis” has been initiated.
All personnel,evacuate immediately.
This sequence cannot be aborted.
Deactivating and releasing all locks.
Repeat,self-destruct sequence“Regia Solis” has been initiated.
All personnel,evacuate immediately.
This sequence cannot be aborted……』





578: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:50:05.42 ID:hA8cf2On0

浜面仕上 / Day3 / 10:45:53 / 『ハイブ』 動力室

上条当麻、番外個体、滝壺理后。その誰もが肩を大きく上下させ、その息を激しく切らせていた。
対して立ちふさがる『タイラント』に疲労の色は見られない。
潰れた片目をはじめとして三人の負わせた傷が各所に見られるが、それが果たしてどれほどのダメージを与えているのかは謎だった。
自分たちではどうにもならない、と彼らは素直に思っていた。だから、待っていた。

「ぐっ……!!」

『タイラント』の攻撃を転がるようにして何とか回避する上条も。

「チッ!!」

ほとんど効かぬと分かっていてなお雷撃を放つ番外個体も。

「これだけは、絶対に離さない……!!」

その手に持つ抗『T-ウィルス』剤を握り締めたまま息を荒げる滝壺も。
全員が、ただひたすらに。
この瞬間を待っていた。

突然だった。全長五メートルはあろうかという巨大な蟷螂のような形状をした駆動鎧。
装甲から飛び出した半透明の羽を残像を残すほど羽ばたかせて、空に浮いていた。
その機体には文字が彫りこまれている。

『FIVE-Over_Modelcase_“RAILGUN”』

オリジナルとなる超能力者を純粋な工学で再現・超越しようとするファイブオーバー。
その第三位の超能力者を元としたもの。

「……これでお仕舞いだよ。木偶の坊」

機体から男の声が響く。それが誰の声かなど考えるまでもなかった。
上条たちは痛む体を引き摺って既にそこから離脱している。
全てを浜面仕上という一人の無能力者に任せて。

579: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:51:34.29 ID:hA8cf2On0
前脚の先端にある透明な保護カバーが開いた。
三つの銃身を一つに束ね、回転するように設計された巨大な砲身。
そこには本来『Gatling_Railgun』という文字が刻まれているはずだった。

「こいつはテメェを地獄へ叩き落すために用意された特注品さ。
存分に味わえよ、化け物」

だが違う。そこに刻まれていた文字列は『“Paracelsus_Sword”』。
『タイラント』が本能で危険を感じ取ったのか、宙に浮くファイブオーバーを凝視して明らかに警戒の動きを見せた。
これまでに上条たちが何をしてもそんな反応を取らせることはできなかった。
だが。しかし。そんな『タイラント』の行動は無意味だった。

ッッッッッッ!! と、音さえ消え鋼の暴風が巻き起こる。
『タイラント』の防御の上から突き刺さったあまりに理不尽な暴力の嵐はその巨体を軽々と突き破り吹き飛ばした。

今の『パラケルススの魔剣』に本来のガトリングレールガンほどの速射力はない。
しかしその分を補うように純粋な破壊力が高められている。
未知なる『B.O.W.』が暴走した際、確実に粉砕するために作られたレールキャノンだ。

「おおおおォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!」

本来莫大な電力を食らい入念な準備の末に放たれる巨大なものだったが、それを小型化し第三位のファイブオーバーに搭載したものがこれだった。
それにより手に入れた機動力は今、浜面の手によって十分に生かされている。
元々『パラケルススの魔剣』は開発途中のものであり、投入にはまだ早い。無理をしてでもまともに使用できるのはこの一度きり。
だがそれで十分すぎた。この化け物を消し飛ばすことさえできれば何も問題はない!!

『ハイブ』の一画の形から変わっていく。全てが吹き飛ばされる。
『パラケルススの魔剣』の性能は絶大で、その証明はすぐに為された。
撃ち尽し動かなくなった『パラケルススの魔剣』。もはやただの鉄の塊と化したファイブオーバーを着地させ、降りた浜面が見たものは。
噴煙の中に見えるのは。上半身が完全に消滅した『タイラント』が、消えた足場から加熱処理用熔鉄プールへと落下していくところだった。

「……俺の女に手ェ出すとこうなる。よく覚えとけ、地獄に落ちても忘れるな」

そう言って、浜面仕上はピッと中指を突き立てるのだった。
だがそこまでだった。浜面の体がゆらりと揺れ……そのままその場に受身も取れずに倒れ込んだ。
がふがふげほっ、と激しく咳き込む浜面。何か赤いものがその度に吐き出される。
立ち上がろうとするも腕どころか全身に力が入らない。流れ出る汗は止め処なく、体は震え激しい吐き気までもがこみ上げる。

580: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:53:16.91 ID:hA8cf2On0
(くそっ……。やっぱ、こう、なるかよ……)

ファイブオーバーを操縦する際にも浜面は気力を振り絞ってやっとのことで動かしていたのだ。
どうやら自分で思っていたより『T』の侵食は進んでいるようだった。
この先に待っているのは異形としての新たな生。

「それだけ、は……ごめんだぜ、流石に……」

ふらつきながらも何とか立ち上がり、だがすぐにバランスを崩して膝をつく。
少しずつ遠のいていく意識の中で浜面はドタドタと駆け寄ってくる複数の足音を聞いた。
彼らは浜面の近くで立ち止まり、目を見開いてその様子を見つめる。

「まさか……アンタ、」

番外個体の言葉を無視して一番に駆け寄ったのは滝壺だった。
力の入らない浜面を抱き起こし、素早く準備を済ませワクチンの投与を始める。

「『感染』……してたのか」

「……大丈夫。きっとはまづらはこれで大丈夫。そのために探し出してきたんだから」

「わ、るい……な……たきつ、ぼ……」

抵ウィルス剤を投与し終えた滝壺は浜面に肩を貸して立ち上がらせる。
浜面は一人では歩くことも既にできなかった。

「そう、か。でもワクチンを打ったならこれで大丈夫だな」

「……だといいけどね」

ぼそりと誰にも聞こえない声で番外個体が呟いたその時だった。
ビー、ビー、という警告音が『ハイブ』にけたたましく鳴り響いた。
緊張と警戒に身を固める彼らをよそに女性の声の警報が流れる。

『Self-destruct sequence“Regia Solis” has been initiated.
All personnel,evacuate immediately.
This sequence cannot be aborted.
Deactivating and releasing all locks.
Repeat……』

その只事ならぬ事態に上条と滝壺に支えられた浜面が思わず顔を見合わせる。

「何て言ってるのか分からねぇ」

「……俺もだ」

もっと英語の勉強をしておくべきだった、などと嘯く上条とは対照的に、番外個体と滝壺は硬直していた。
一体何がその引き金を引いたのかは分からない。『パラケルススの魔剣』で動力室諸共吹き飛んだのが原因だったのか。
だがもはやそんなことはどうでもよかった。差し迫ったこの危機を何とかしなくてはならない。

「自爆装置の起動を、確認……」

「このプログラムを停止することは……不可能!?」

『レギア・ソリス』。そう呼ばれる何かが、静かに学園都市に標準を定めていた。

581: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:55:03.27 ID:hA8cf2On0

上条当麻 御坂美琴 浜面仕上 垣根帝督 一方通行 / 11:04:45 / Day3 / 『ハイブ』 メインエレベーター

彼らは再び合流し、行動を始めていた。
浜面仕上を滝壺や上条が支え、意識のない佳茄を美琴が背負って。
真っ先に話に上がったのは当然今も流れ続けている警告音と警告文についてだ。

「『レギア・ソリス』ってのは……一体何なんだ?」

「たしかむぎのから聞いたことがある……。人工衛星についてる太陽光を使ったエネルギー供給のシステムだったはずだよ」

『レッドクイーン』から引き出した情報では、細部までは不明だがここからいける地下に脱出用のプラットフォームがあるはず。
彼らはそのメインエレベーターの前で立ち止まっていた。

「何これ、開かないんだけど!?」

「これを、使ってみて、くれ……」

苛立つ番外個体に浜面が一枚のカードキーを渡す。
それを脇についていたリーダーに通すとエレベーターは静かに彼らを迎え入れた。

「太陽光集積システムか。ってこたァだ、軍事転用ができるわけだな」

「……集積の度合いを上げて地上の一点に集中させれば、宇宙から超高温度で対象を瞬間で消滅させられる。
この程度の規模の都市一つ、簡単に消し飛ぶぞ」

「『滅菌作戦』……ってわけ?」

言いながらエレベーターのパネルを操作するが、マスターキーの類がなければ下には降りられないらしい。
だがそんなものは持っていない。取りにいっている時間もない。というわけで、

「はいはい、そういうのいいから」

美琴は能力で強引にエレベーターを動かした。
ぐんぐんと下に降りていく途中でも、あの焦燥を煽る警告音は聞こえてくる。

582: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:56:48.90 ID:hA8cf2On0
「っつか全てのロックを解除じゃなかった? 全然解除されてねぇじゃんハゲが」

何故かハゲにあたる番外個体を尻目に滝壺が呟く。

「……何にしろ、時間はあまりないってことだね」

全員に静かな緊張が走る。
それを最後に会話は切れ、やがてエレベーターは小さな音と共にその扉を開く。
そこは確かにプラットフォームだった。
すぐ目の前に大きな列車が止まっている。これが亡本裏蔵の使っていたものなのだろう。

「とにかく早く乗り込もう。ゆっくりはしていられない」

列車内に乗り込んだ彼らはまず佳茄を床にゆっくりと寝かせた。
未だに意識は戻っていないが『DEVIL』は既に投与済みだ。
美琴はその小さな手をぎゅっと握り締める。

「もう少し。もう少しで終わるからね」

だが浜面は横になることを拒否し、ふらふらと操縦席に向かうと機材を弄り出した。
すぐに気付く。この列車はこのままでは動かない。

「……こいつを、動かすには電力の供給と、ゲートの解放が必要らしい。そう、表示されてる」

「面倒だな。でもやるしかないってわけか」

「どこに何があるかなんて分からないから、手当たり次第いくしかなさそうかな」

「私は……残ってもいいかな」

滝壺はろくに動けずに膝をついている浜面を見て言う。
浜面と佳茄。最低この二人は動けないからこの列車に残ることになる。
となればその護衛が必要となるだろう。誰もその提案に異議を唱えることはしなかった。

「……上条、お前も残れ」

「な、なんでだよ!?」

垣根の言葉に上条は咄嗟に反論する。

583: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:58:23.03 ID:hA8cf2On0
「お前がその二人除けば一番ボロボロなのは一目で分かんだよ」

「それに……オマエはすぐ後ろに守るものがいた方がやれるだろォが」

上条は尚も何か言いたげだったが、こんなことに拘泥して時間を浪費することほど無駄なこともない。
渋々といった様子で上条は引き下がり、一方通行と番外個体、垣根、美琴が列車の外に出る。

「話は決まったみたいで。時間はない、急ぎましょう」

ばっ、と弾かれたようにそれぞれがそれぞれへと散り散りになる。
彼らは適当に目星をつけて移動し、その結果。
全てがスムーズに上手くいくなんてことはなく、あるいは偶然、あるいは必然的にそれと遭遇することになる。

御坂美琴は制御室にてジャラジャラという鎖の音を聞いていた。
ぬっと姿を現したのは全身から触手を生やしたリサ=トレヴァー。異形の『多重能力者』。
学園都市の生み出した悲哀のモンスター。それがまたも美琴の前に立ちはだかった。

「リサ=トレヴァー……」

「マ、マぁぁぁぁあああぁぁああぁあぁああぁああ……」

リサの辿ってきた道のりは悲惨でしかない。
だが今はもう化け物で、生き残るためにも、列車を無事に動かすためにも、リサの苦しみに満ちた歪な生を終わらせるためにも。

「――――どうやら、決着をつけるしかないみたいね」


垣根帝督は電力室前にて待ち構えていた異形の存在と対峙していた。
アレクシアと呼ばれていたそれは、垣根の姿を確認すると妖艶に笑う。

「あら。どうだったかしら、私の優しい心遣いは?」

「…………」

垣根は無言のままにその背に六枚の翼を展開させる。
明確な殺意の意思表示。アレクシアの表情は変わらない。

「あなたたちを殺して、私は『T-Veronica』を更に覚醒させる。私は更なる高みへと昇華していく」

「……俺が、全てを失った俺がどうして動いてここまでやってきたか知ってるか」

『未元物質』の白い翼がしなっていく。ギチギチ、と軋む音を立てて莫大な力を蓄えていく。
その力の使い道はたった一つ。

「俺は!! 心理定規を弄んだテメェを殺すために!! そのためだけにここまで来たんだクソ野郎がッ!!」


一方通行と番外個体はカーゴルームにて――――『G』と、遭遇していた。

「オマエ……」

584: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/13(月) 00:59:15.21 ID:hA8cf2On0




そして『ハイブ』に鳴り響く警告音と共に、新たな警告文が追加される。


『Five minutes to detonation.』





591: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:31:36.46 ID:o/KCCw+S0




ある彷徨い。そっとうかがいながら、不安げに、期待をもって、<答え>は<問い>の周りを忍び歩く
絶望して問いのうかがい知れぬ顔色を探る
そして無意味きわまる道を、つまり答えからできるかぎり離れ去ろうとする道を、あちらへこちらへと問いにつきまとう





592: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:33:15.14 ID:o/KCCw+S0

垣根帝督 / Day3 / 11:05:11 / 『ハイブ』 プラットホーム

垣根帝督の姿が突然消え、超高速でアレクシアへと突撃した。
その速度は音速には届かない。だがそれは今の垣根の出せる最大スピードだった。
対するアレクシアは自らの血液を発火させ、壁としながら宙を舞いそれを回避する。

……アレクシアは、明確な変化を起こしていた。
見た目は異常でありながらも人間の形状を保っていた以前とは違う。
第二位から受けたダメージの回復の過程で『ベロニカ』が想定を超えて活性化し過ぎたのか、その下半身がアリ塚のようにも繭にも見える卵管へと変化。
更に卵管を破壊されたことで『羽化』または『脱皮』するように、上半身が変異した下半身から分離・独立。
今では羽アリのような四枚の羽を持ち、下半身には植物の根のようなものがある飛行形態と化していた。

「うろちょろとしやがって……!!」

舞うアレクシアに追い縋る垣根。
言葉に対するアレクシアの応答はない。当然だ。
想像を大きく超えて活性化し過ぎた『ベロニカ』によって、アレクシアの理性は既に呑み込まれている。

人間としての自我を保ったままウィルスの力を得るためのコールドスリープ法。
しかし『T-Veronica』というウィルスの秘めたポテンシャルは製造者である彼女の想定すら超えていたのだ。
自らの研究に食われて自我を失いアリのような姿に変異したアレクシアの表情は、どこか自らの末路に対する悲壮感が窺えた。

だからといって垣根帝督は容赦をしない。
この女――今はもう女とは呼べないだろうが――を殺すことは既に確定事項だ。
一息にグンと距離を詰め、その首を白い翼が落とそうとしたその時だった。

「ァ、アアァァアアアァアアアアアアアアアッ!!」

アレクシアが奇声をあげる。それと同時に垣根の頭の中で割れるような痛みが生まれ、浮力を維持できなくなりその体が落下し始めた。
何が起きたか。垣根はすぐにその正体を見抜く。

(キャパシティ、ダウンか……っ!?)

元は特殊な音で能力者の演算を阻害する音響装置。
アレクシアが人間としての理性を保っていた時に、自らの声そのものにその性質を付与したのだろう。
でなければ理性のない今のアレクシアに発動させることはできないはずだ。
もしかしたらその無茶苦茶な方法の成功には『ベロニカ』の力も大きく関わっているのかもしれなかった。

593: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:35:47.63 ID:o/KCCw+S0
『未元物質』を失い墜落する垣根を鮮血の矢が襲う。
それはアレクシアの体内から解放され空気に触れた瞬間に激しく燃え上がり、業火の矢と化して垣根を貫いた。

「ぐあああああああああっ!?」

炎に塗れて叫ぶ垣根。アレクシアの声による頭痛を無視し、強引に能力を発動させることで全身の炎を消し止める。
その際に軽い能力の暴走が起きたのか、バン、という小さな音と共に垣根の腕から血が噴出した。
次々に降ってくる血炎の嵐を垣根は転がるようにして何とか回避するも、燃え広がる炎によって徐々に逃げ場が失われていく。

「ク、ソ……ッ!!」

いよいよあとがない。大規模な暴走を起こすリスクを覚悟の上で強引に『未元物質』を発動させるしかない。
だが当然そうなればその暴走に真っ先に食われるのは垣根自身であり、アレクシアどうこう以前にその瞬間に自滅する可能性が高い。
とはいえそれ以外にもはや方法はなく、やるしかない。しかし、

「……?」

空中を舞うアレクシアが突如バランスを崩した後、表情が一変した。
苦しげな表情を浮かべ、直後には憎々しげにどこか違う場所を見つめている。

「……っ、らぁ!!」

その瞬間、確かにアレクシアの演算を阻害する声は止まっていた。
垣根は迷わなかった。何が起きたのか考えるのは後回しにした。
六枚の翼を展開し、一瞬でアレクシアに肉薄する。そのスピードも破壊力も随分衰えていたが、今ならそれで十分だった。

アレクシアは突然眼前に現れた垣根に反応が明確に遅れていた。
垣根もそこで気付く。アレクシアの四枚の羽の内二枚が、重ねて何かに貫かれたように穴が空けられていることに。
アレクシアが見つめていた場所が、現在発射準備を進めている列車であったことに。
アレクシアが宙を飛んだことで列車との間に遮蔽物がなくなったことに。転がる垣根を狙っている時は動きがほぼ静止していたことに。
そして、列車の窓からこちらを狙う、銃を構えたボロボロの無能力者の存在に。

(……やっぱりお前はイレギュラーだよ、浜面)

アレクシアが何か動こうとして、

「もう遅せえよ」

ズバン!! という音がした。
垣根の背から伸びた白い翼がアレクシアの四枚の羽を全て斬り落とした音だった。
切断面から大量の血が溢れ、瞬間で莫大な炎へと変わりアレクシアは自らの血炎にその身を焼かれていく。
更にとどめとばかりに垣根はその心臓を正確に貫き、女王アリは堕落する。その墜ちゆく場所は一つ。

浜面仕上も利用した、加熱処理用溶鉄プール。
自ら作り上げたウィルスに呑まれ、羽をもがれ、自らに焼かれ、心の臓を貫かれ。
アレクシアは溶鉄プールへと落下し、消えていった。『木原』の一人として名を連ねた者の末路はそんなものだった。
そしてこの瞬間に垣根の戦う理由もまた幕を閉じた。アレクシアを殺すためにここまで来たのだ。

「……テメェ風に言えば、『廃墟のなかから新しい生が花咲いても、それは生の耐久力よりは、死のそれを証明するばかりである』ってとこか」

だが、垣根は見た。

594: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:39:05.05 ID:o/KCCw+S0

御坂美琴 / Day3 / 11:06:00 / 『ハイブ』 プラットホーム

その対峙は何度目だっただろうか。
片や異形の化け物、『多重能力者』リサ=トレヴァー。
片や第三位の超能力者、『超電磁砲』御坂美琴。
母を求める悲劇のモンスターは執拗に美琴に食らいついた。

「キィ、ヤァアァァァアアアアア!!」

拘束具で拘束されている両の手を振り上げ、美琴の頭部目掛けて振り下ろす。
美琴はそれを回避し砂鉄の暗殺針によるカウンターをお見舞いしながらも、追い詰められているのは美琴だった。

(……元から持久戦なんて不可能)

リサは驚異的な回復力を有している。どれほどのダメージも短時間で全て回復してしまう。
一方で御坂美琴は人間だ。ダメージを負えばすぐに治ることはないし、動けば動くほど疲労もする。
やるなら短期決戦。一気にたたみかけてしまう以外にないのだろうが……。

(でも、こいつを仕留められるだけの攻撃がない!!)

雷撃の槍や砂鉄程度ではその無限に近いレパートリーを誇る『多重能力』に阻まれる。
食らわせることができても、その程度ではすぐさま回復されてしまう。
美琴の代名詞でもある超電磁砲。それを直撃させたところでリサはその生命を繋ぎとめるだろう。
その程度では回復してしまう。質量を大きくするだけのようなものではない。もっと、何かもっと違う次元の手が必要だ。

攻めあぐねる美琴とは対照的に、リサは自らの損傷を大して気にする様子もなく能力を放っていた。
何か巨大な機材が風の噴出点から発射される形で撃ち出された。『空力使い』。
美琴は磁力を用いた立体的挙動でかわしながらも牽制の電撃を打ち込むが、やはり効果は見込めない。
美琴の出力が大分落ちていることを除いても、こんな程度の攻撃では本当に牽制にしかならない。

(これはまずい、かな……)

その上美琴を焦らせるのはずっと『ハイブ』に鳴り響いている警告音だった。
自爆装置の起動を確認、速やかなる避難を勧告。
このプログラムを停止することは不可能。そして消滅まで残り五分。
それを過ぎれば『レギア・ソリス』によって消し飛ばされることになる。

595: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:40:31.24 ID:o/KCCw+S0
「……っ!!」

しかしそんな思考の隙を突かれた。
突如何もない空間に現れた光の板のようなものが美琴の腹部を直撃し、その呼吸を一時的に停止させる。
声も漏らせなかった。その小柄な体が小さくバウンドしながら床を滑っていく。
それでも咄嗟に前髪から電撃を放つも、展開された誘電力場によって弾かれリサから赤黒い光が放たれた。

その光の正体なんて分からない。おそらく一〇は超える能力の複合体だろう。
ただその性質は分からずとも、これを食らえばただでは済まないということはすぐに分かった。
しかし元々無理に無理を重ね疲労もダメージも溜まっていた美琴の体は中々言うことを聞かない。
そのグロテスクな光が目前にまで迫った時、

バギン!! という聞き覚えのある音を美琴は聞いた。
見てみれば、右手を突き出している見慣れた少年の背中がそこにあった。

「アンタ……」

「大丈夫か、御坂?」

上条当麻がそこにいて、どう見ても上条の方がボロボロなのにそんなことを訊ねてきた。
全くこの馬鹿、と言おうとして今のダメージや疲労とは“全く別の原因で”美琴は膝をつき、苦痛に顔を歪める。

「お、おい、本当に大丈夫か!?」

「……ちょっと痛いのもらっただけよ。それよりこいつは駄目よ。
どうやったって倒せない。危険だけど、強引に列車を動かして放置するしかなさそうね」

おそらくリサの不死性は『G』に次ぐレベルだろう。
殺しきれない。しかし殺しきれなければ幾度でも立ち上がる、そんな化け物。

「いや、それは分からねぇぞ」

上条はそう言って遠くの空中を指差した。
美琴がそちらへ視線をやると、そこには六枚の翼で宙に浮かんでいる垣根の姿が見えた。
だが無理だ、と美琴は思う。たとえ垣根が加わったところでリサを殺しきることはできないという事実に変化はない。
かつて美しい少女だったリサ=トレヴァーは、今やそういうレベルの化け物なのだ。

しかし美琴はそれを見て、思わずああ、と呟いていた。
思わず顔色が変わる。上条はその右拳をぐっと握りしめ、それまでの時間稼ぎを買って出た。

「頼む」

「言われなくてもね。アンタこそ勝手に死ぬんじゃないわよ」

……実際、上条とリサ、『幻想殺し』と『多重能力者』の相性は抜群だった。
リサがどんな能力をいくつ発動させようとも、どれほど複雑に組み合わせて反応を起こさせようとも。
上条が右手を一振りするだけで幻想殺しは全てを消し飛ばす。

596: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:42:43.35 ID:o/KCCw+S0
唯一の難点は上条の攻撃も何も通用しないことだが、あくまで目的は時間稼ぎ。
リサから紫色の炎が噴出した。どんな恐ろしい効果があるかは分からない。だが、

「確かに威力はスゲーんだろうが、それが異能なら……!!」

バギン!! と音をたててやはり消滅。変異した化け物や亡者には効果の薄かった幻想殺しだが、リサが相手ならばワイルドカードとなる。
見えない衝撃波も、精神能力も、水流操作も、念動力も、全てが右手一つを突破できない。
そして、美琴の準備は完了した。

「……オーケー、行くわよ」

上条が時間を稼いでくれたおかげで、それは既にいつでも撃てる状態にある。
リサから伸びた黒い影のようなものを右手で破壊した上条が美琴とリサの直線軌道上から外れると、美琴はその引き金を引いた。

「これで、終わりよッ!!」

カッ!! という純白の輝きが瞬き空間を光で埋め尽くした。
放たれたのは超電磁砲。ただしその色は輝く白。純白の超電磁砲だった。
その弾体となったのはゲームセンターのコインなどではない。
この世に存在しない物質である『未元物質』だ。

「ギキィ、キィアアァアアアァァアアアアアアアア……!!」

砂鉄でコーティングすることで弾体とすることを可能にし、生まれたかつてない一撃。
『超電磁砲』と『未元物質』の掛け合わせ。この世界に存在しない超電磁砲。
燈色ではなく純白の輝きを撒き散らしてその超電磁砲はリサを完全に光の中に飲み込んだ。

「You lose,little girl.」

リサの肉体が消し飛んでいく。剥がれていく。
だがリサはもはや抵抗すらせず、ただそれを受け続けむしろそれを望んでいるようにさえ見えた。
歪な生命の鎖から解放されることを待っていたのか。それとも愛するジェシカの元へ行けるからか。
それは分からないが、リサは純白の超電磁砲の中で逃げるどころか前進さえしていた。

「マ、マ……」

リサがぽつりと呟いて。
美琴にもそれは聞こえていて。

「――――――……疲れたでしょう。ゆっくりおやすみなさい、リサ=トレヴァー」

その言葉と共に、リサはどこか満足げに消滅した。
あとに残ったのは遥か遠くまで破壊された『ハイブ』の光景だった。

「……こんなんで、よかったのかよ。こんな道しか、なかったのかよ……」

上条は拳を握り締めて震えていた。
そんな言葉が出てくることが上条が上条である所以であろう。

「……分からない。でも現実問題として、リサを元に戻す方法はない。
終わらせてあげたいとは思った。いつまでもお母さんを探して彷徨って、その過程でたくさんの命を奪って……。
こんなに悲しくて虚しくて、理不尽なことはないわよ。きっと」

ちくしょう、と上条は小さく呟いた。
結局のところリサは上条よりも美琴よりも、誰よりも被害者でしかなかった。
言葉を失う二人だったが、先に口を開いたのは美琴だった。いつまでもこうしているわけにはいかない。

「……時間、ないわよ。もう」

「……ああ。分かってる」

597: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:49:05.31 ID:o/KCCw+S0
そのころ、滝壺理后は列車内にいた。
意識の戻らない硲舎佳茄、無理をして垣根の援護射撃を行った浜面仕上。

「……かみじょうも、行っちゃったね」

滝壺はふと、何故こんなに必死になって生き延びようとしているのだろうと思った。
全てを諦めてしまえばすっかり楽になれるのに、何故こんな血反吐を吐くような思いをしてまでわざわざ苦難の道を選ぶ?
自分も、浜面も。先ほど飛び出していってしまった上条も。

何故、彼らは人間として戦っている。
何故、彼らは人間の側に付く。

滝壺は、けれど馬鹿馬鹿しい、と突然湧いた疑問を否定する。
番外個体がいつの間にか回収していた“それ”を見つめて思う。
これにしたって、人間だからこその行動なのだろう。

「当然、なんだよね。私たちは人間だもの」

人間だから感情がある。人間だから自分の命よりも優先するものがある。
人間は愛する者も持ち。人間はそんなもののために戦える生き物で。

生きたい、と願う気持ち。滝壺理后は一度だけ見た『G』を思い出す。
インデックスという一人の優しい少女だったはずなのに、何の理由があってかあんな変貌をさせられてしまった。
そして生まれた『G』という新生物。進化を繰り返し、遺伝子を残そうとする存在。

「生きたいんだよね……。だってせっかく生まれたんだから。
どんな形だろうと一度確かに生まれたからには、生きたいよね」

何の罪もないインデックスを犠牲にする形ではあったけれど。
確かに『G』という生物はこの世に生まれ落ちた。
であれば、その生存のために動くことは当然で。
たとえ誰かを傷つけても。たとえ何かを踏みつけにしても。

「でも……それは、私たち人間も同じなんだよ」

どんな形で生まれるかを選ぶことはできない。
しかし生まれたのなら生きたい。誰だって、何だって。
だから、と滝壺は呟き。

「あなたが生き延びるか……。私たちが生き延びるか……。それが、答え……!!」

598: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:52:08.03 ID:o/KCCw+S0

一方通行 / Day3 / 11:05:43 / 『ハイブ』 カーゴルーム

第一位の超能力者、最強の超能力者はあまりのダメージに全身を震わせていた。
肘から先のない左腕を庇いながら、口から滝のように血を吐いてその場から飛び跳ねる。
その背中からは巨大な、黒い翼の形をした墨のようなものが激しく噴出していた。

「ハァ、ハァ、ハァ、ぐっ……。クソッ、タレが……」

……一方通行と番外個体の前に現れたのは『G』だった。
垣根帝督の前に現れた時から多少の変化が見られたが、そこまで大きな変異ではなかった。
この脅威を前に一方通行は能力を全解放してこれに応戦。
苦戦を強いられるも、黒い翼を顕現させることで『G』に勝利した、はずだった。

だが本番はそこからだった。
更なる強敵に対応するため、生命を繋ぎとめるため、その生命の危機に『G』は超回復を伴う『進化』を起こす。
二本の足では自重を支えきれなくなったのか、あるいは二本足歩行での進化に限界を見出したのか。
『G』はついに獣型の四足歩行(新たに創り出された二本の補助腕があるため正確には六足歩行だが)に移行。
肩や背にも眼球状組織が更に生成され、頭部と一体となっている胸部の大顎には牙……でいいのだろうか? それがハリネズミのように鋭く、びっしりと存在している。

『G』はまた生命危機を克服し、強敵に対応し、更に一段上のステージへと上がった。
獣型になったことで『G』は二足歩行の時にはなかった高い運動性能を獲得。
全身をバネのように撓らせ、『G』は高速かつ正確な動きで一方通行を襲撃。
対して一方通行は背中の黒い翼を振るいこれを迎撃しようとした。

だが、そもそも。
今の『G』に、一方通行の黒い翼なんて通用しなかった。

黒い翼によって生命の危機に追い込まれ、それを克服するために起こした進化。
一方通行の振るった翼は『G』の大顎に捕らえられ、そのままバツン――――!! と噛み砕かれた。
驚愕し、隙の生まれた一方通行に『G』はそのまま突進し、何とか咄嗟に回避するもその左腕の肘から先を食い千切られた。

「第一位!!」

「来るンじゃねェ!!」

叫ぶ番外個体を一方通行は制止する。
元々その頭に収められていた一〇三〇〇〇冊のおかげか、それとも『G』として獲得した性質のおかげか。
一方通行の誇る『反射』は通用しない。そしてその切り札である黒い翼すらも。

599: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:55:30.42 ID:o/KCCw+S0
(……まずい)

一方通行は素直にそう思う。勝ち目が見えない。
何をしたところで通用する気がしない。仮に大ダメージを与えられたとしても、そうなれば『G』は更なる進化を果たすだろう。

「グォオオオォォォオオオ!!」

唸るような咆哮と共に『G』が決定的に動く。
一方通行はベクトルを操作することによって周囲のものを強引に引き千切り、恐ろしいスピードで『G』へと投擲する。
だが『G』はそれすらも足場とし、空中で飛び跳ねそれを伝って一方通行へと接近する。

「こっちのことだって忘れないでほしいね!!」

だが突然『G』を一筋の紫電が打った。
放ったのは番外個体。その程度の一撃は『G』に何のダメージも与えない。
しかしそれでも僅かにその意識を逸らさせる程度の効果はあった。

(こいつで……どォだ!?)

第一位はその隙をみすみす見逃さなかった。
背中から伸びる黒い翼が大きく伸び、一気に一〇〇以上に分断。
あらゆる方向から檻のように取り囲むと満身の力で『G』を襲った。
凄まじい爆発と爆音。カーゴルームがあっけなく破壊され、地形そのものが変えられていく。

激しく立ち込める噴煙を一方通行はその赤い目で凝視する。
これで『G』が死んだなどと考えるほど一方通行は楽観主義者ではない。
しかし、

「がっ、ばぁっ!?」

何か赤いものが光った。そう思った時には既に現象は終わっていた。
一方通行の細身の体が宙を舞い壁に叩きつけられる。全身から血が噴出していた。
『G』は全身の眼球状組織を赤く輝かせ、噴煙を切り裂いてその姿を現す。
ダメージがあるのかないのか、それすらも謎だった。

「だっ――――」

おそらく番外個体は第一位、と言おうとしたのだろう。
だが、言葉はそこで途切れた。『G』が爆発的な加速と共に番外個体へと一瞬で肉薄したからだ。
極限まで時間が引き延ばされた錯覚の中で、『G』は大顎を開いて番外個体へと襲いかかる。
それを見た一方通行は何かを考えるより先に動いていた。

(――間に――合え――――!!)

考え得る全てのベクトルを片っ端から操作し、己の推進力へと変換。
背中の黒い翼を羽ばたかせ常識外のスピードを瞬間的に叩き出すことで強引に『G』と番外個体の間に割って入る。
間に合った。それを認識し終えたその瞬間、

ピー、という小さな電子音を一方通行は聞いた。
それは脳に障害を負った一方通行が動くために必要な電極のバッテリーが切れた、そのサインだった。
最強の超能力者から最強の能力が失われ、その身がただの無能力者へと堕ちた印だった。

600: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:57:41.67 ID:o/KCCw+S0
「……あ?」

だから、一方通行の体が『G』の大顎に噛み砕かれ。
水風船を叩き割ったように血を噴水の如く撒き散らして沈み込んだことに、何の不思議もなかった。

「……は、」

そしてあまりに一瞬の出来事に、番外個体が声にならない声を漏らしたのも。
反射的に弾けた前髪からの電撃を無視して突撃した『G』の、その一撃で首から上が消失したことも。
何も不思議なことではなかった。血に濡れた『G』は雄叫びをあげる。あるいは歓喜の声を。

一瞬すぎて何も思う暇もなく二人は絶命する。
一方通行が命を失うその直前、白い翼のようなものが伸び最期の最期に『G』を薙ぎ払いぐちゃぐちゃにした。
まるで道連れだと言わんばかりに。しかし一方通行に思考する理性はなく、もう一秒だって生き延びるゆとりもなく。
一方通行と番外個体は『G』によってあっという間に命を落とした。

何かを残す暇も、思いを吐き出す時間も、言葉を交わす余裕すらなく。
こんなにも呆気なく二人は倒れた。最も大切なものを失いながらもここまで戦ってきた果ての最期。
分かっていた末路だった。あの変わり果てた少女と対峙した瞬間から、最後にはこうなることは分かっていた。
だから二人は抵抗することもなく、静かに訪れた安息に身を委ねていった。

601: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 00:59:08.32 ID:o/KCCw+S0




どうかあの日々を、もう一度――――――。





602: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:00:36.84 ID:o/KCCw+S0
俺が起きる時は、大体決まってこれだ。

「おっきろー、朝だーってミサカはミサカはあなたにダイブ!!」

……うざってェ。あまり強く振り払うわけにもいかず俺はとりあえずベッドから蹴落としてみる。
この程度では退かないのがこのガキの面倒なところなンだ。
俺はただ惰眠を貪りてェだけだってのに。

「むーっ、あなたはいつもこれなんだからってでもミサカはミサカはめげないんだから」

やっぱりだ。クソウゼェ。これ以上騒がれてもたまらないから俺は仕方なく起き上がることにする。
ぶすっとしてるだのなンだの言われるが朝は誰だってそォじゃねェのか?
低血圧一方通行としてリビングへ出ていくと、黄泉川と芳川が声をかけてくる。

「おう一方通行、おはようじゃん」

「おはよう。……あなた、全国何か不機嫌でとりあえず眠いんだけどまた寝に戻るのも面倒くさいオーラを醸し出す選手権があったら優勝できそうな顔してるわよ」

わけ分かんねェよニート。

「何だその長ったらしくて意味不明な大会は。オマエは全国ニート選手権があったら優勝できそォだがな」

「私は『落第防止』とかをやってもいいかなってちょっとだけ思ってないこともないような気がしないでもないの。働く意思のある人間をニートとは呼ばないのよ」

覚えておきなさい一方通行、と言って芳川は優雅にコーヒーを一口飲む。
……コイツ、本当に大丈夫なのか? 少しだけ不安になる。

「驚くほど全体的にふわっとした表現だなオイ」

「それより早くご飯にしようよーってミサカはミサカは思ってるんだけど……」

「はいはい、今できるじゃん。打ち止め、これ持っていってくれる?」

「はーい!!」

打ち止めと黄泉川が食器をテーブルへと並べていく。
今日のメニューは典型的な和食だった。味噌汁に焼き魚に卵焼き。
こォいうのが出るのは珍しいな。まァいちいち献立にまで文句つける気はねェが。

ついでに言えば手伝うつもりもあまりない。
とりあえず洗面所で歯を磨き、冷蔵庫から取り出した缶コーヒーを一つ空ける。

603: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:02:31.00 ID:o/KCCw+S0
「寝起きによく一本まるごと缶コーヒー飲めるなぁ」

「うるせェ、好きなンだよ」

まァ、特別美味いコーヒーってわけじゃねェンだが。
このメーカーはとりあえず没だな、と空き缶をゴミ箱へ放り捨てる。
席についてからふと気付いた。

「……そォいや番外個体の奴はどこ行った?」

「朝早くに出て行ったよってミサカはミサカは思い出してみる」

「『買い食いはワルの基本』だとか何とか。まあ適当な時に帰ってくるでしょう」

「とりあえずあいつの分の昼飯夜飯がいるのかどうかだけでもはっきりさせてほしかったじゃん」

番外個体が早起きして出かけるなンてのは滅多にない。あいつも俺みてェに惰眠を貪るタイプだからなァ。
なのにそこまでして出かける理由……どォせあいつだろォな。
黒夜海鳥っつったか。俺の演算パターンを移植した『暗闇の五月計画』の生き残り。
『新入生』だの何だのってハシャいでたのが嘘みてェだなもォ。

「どう、美味しいか?」

「……食えなくはねェ。っつゥかオマエ、まさかこれも……」

「おう、炊飯器製じゃん?」

そう言って黄泉川は何故かぐっと親指を立てる。
何のサムズアップだそりゃ。
いやそれよりこれを炊飯器で作ったってのはどォいうことだ何の能力だそれとも非科学か?

「もしかしたらオマエ、とンでもねェチカラを身に着けちまったのかもしれねェな……」

「まあ美味しければなんでもいいのよって桔梗は桔梗は気にしないのだけど」

「真似しないでよー!! ってミサカはミサカはミサカのアイデンティティの危機に戦慄する……」

「芳川オマエもォ一度それやったら叩き潰すぞ」

「桔梗、無理すんなじゃん……」

黄泉川、オマエもな……と口から出そォになって咄嗟に押し止める。
たまにどォいうわけか精神系能力者ばりの読心能力を披露しやがることがあるからな女ってのは。
と、俺の携帯に番外個体から何かの画像が送られてきた。どォせアイツのことだ、ロクなモンじゃねェことは間違いねェが……。

「……なンだこれ」

思わず呟いていた。見覚えのあるガキの頭が何かヤベェことになっていた。
しかもこの女、よく見ると目に涙を滲ませてやがる。
番外個体の野郎、一発ブン殴ってやらねェと駄目かもしれねェな。捕まるわアイツ。

「なになに、何が送られてきたのってミサカはミサカは興味津々」

「やめなさい打ち止め。教育上よろしくないわって桔梗は桔梗は理解のある女として生暖かく見守るわ」

「よォしオマエちょっと歯食いしばれコラ」

604: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:04:43.99 ID:o/KCCw+S0

ミサカがこうやって朝早くに外出することは珍しい。
第一位の顔面で迷路を書くってのも捨てがたいプランだけど、最近はこっちなんだよねぇ。

「ちーっす、元気してる?」

「……またお前かよ」

げんなりとした様子で黒夜海鳥は呟く。
最近はこいつで遊ぶのが楽しくて仕方ない。
能力こそ大能力者の『窒素爆槍』でそこそこの力を持ってるけど、サイボーグ化してるのが致命的なのさ。

「今日はどんなプレイがお望み? 二四時間耐久コース? それともウサミミつけてのお散歩コース?」

ミサカはわざわざ店で買ってきたコスプレ用のウサミミをちらつかせる。
黒夜の頭にその恐怖を刷り込んでおく。さあさあどんな嫌々が出るかなオラワクワクするなぁ。

「……オマエもよォ。もォちょっと気をつけるべきだったな」

その口調が明確に変わった。これは埋め込まれた第一位の攻撃性が表面に出た時のサイン。
おっとヤル気かな。いいぜカモンベイビー。

「オマエの立ってるその場所は!! 私のこの腕を使えば!! とっくに射程圏内だって言ってンだよォ!!」

黒夜の腕がこちらへ向けられ、そこから『窒素爆槍』が撃ち出される……ことはないのだぜ。
ほいビリビリっと。

「ぎゃあああああああああっ!?」

「んん? もしかしてこの距離なら『窒素爆槍』の方が先に届くと思った?
ミサカがそんな不用意に踏み込むとでも思ってたのかにゃー?」

「痛い痛い!? 馬っ鹿お前そこはやめだからやめろって!! 金具が擦れて痛覚神経にノイズがぁ!?」

こうして自信満々の悪を思いっきり上から踏み躙って、そのお山のように高い矜持を靴裏で踏みつけるこの快感。
これって本当に甘美な感覚だよね。こいつってば実に踏み躙り甲斐がある。
イイ反応してくれるぜいやっほー。

「だあああああああっ!? やっぱオマエ駄目だ!!
クローンがどォとか植えつけられたのがどォとかじゃねェ!! オマエは根っからの悪党だわちくしょうが!!」

「いいじゃんいいじゃん、ドブみたいな目をした者同士仲良くしようよ?」

そうやって黒夜で遊んでいると、突然知らない人に声をかけられた。

605: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:09:58.11 ID:o/KCCw+S0
「ちょ、ちょっと、一体何をしてるんですか!?」

「んん? どこのどいつだ今イイトコなんだけ……うげっ」

最悪だ。そこにいたのは一人の女の子なんだけど、その腕にはあの腕章がある。
ミサカのだいっ嫌いなあのマーク。風紀委員の紋章が。
その目はミサカと違って凄く綺麗で澄んでいる。真っ直ぐな目をしている。
このミサカとは違う。ミサカにはできない目。だから、ミサカは……。

「チッなんだ良い子ちゃんかよ」

「いきなり舌打ちしないでください!? ……あ、あれ? あなた、御坂さんに……?」

やべっ!? こいつ、おねーたまの知り合いだ!?
どうにかしないといけないよねこれ、さあどうしようか。

「……言っておくが、私が手伝ってやる義理はねぇぞ?」

「ミ、ミサカを裏切るつもり!?」

「どの口がほざいてんだ!? それとテメェ演技下手すぎんだよ!!」

チッ、駄目か。

「……まあ、でも今回は手伝ってやる」

「お? いいねぇそうこなくっちゃ」

「だってそいつ良い子ちゃんみたいだし」

「よーしさー口封じだ口封じ」

腕をぐるぐる回しながら言うと、良い子ちゃんはひぃ!? と露骨に怯えた反応を見せる。
ミサカ的にはこういう小動物的なのを虐めてもあまり面白くないんだよねぇ。
こう、高慢ちきでいかにも悪党って感じなのを屈服させて頭下げさすのがイイんだけど、今回は仕方ないでしょ。

「や、やめてくださいー!?」

「ここにこれを入れて、そしてこうっと……」

「いやいや、それはこっちだろ。お前のそれだと何かシンメトリーになってんぞ」

ミサカたち二人でこの子の頭を愉快なプランテーションにしたあと、携帯でその画像を一枚撮影。
まあ元々花畑だったから問題ないよね。それにミサカ生後数ヶ月だから、多少のお茶目は許容されるべきだよね。

「あなたはミサカのことなんて何も知らないし会ってもいない。ドゥーユーアンダスタン?」

腑に落ちないような顔をしながらも良い子ちゃんが頷いたのを確認して、ミサカは早々にその場を離脱。
去り際に通りがかった他の風紀委員と良い子ちゃんが黒夜を追いかけて、逃げながらミサカへの愚痴を零していたような気もするけど見なかったことにしよう。
とりあえずさっき撮った画像を第一位に送った後、ミサカは適当に街をぶらつくことにした。

「なーんか買い食いしたら帰るかなー。やっぱワルってのは買い食いに始まり買い食いに終わるよね」

606: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:11:12.96 ID:o/KCCw+S0




それはきっと、夢のような日々の名残。




次回 とある都市の生物災害 Day2 後編