前回 とある都市の生物災害 Day2 中編 

607: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:12:24.93 ID:o/KCCw+S0




YOU DIED





引用元: とある都市の生物災害 Day2 

 

とある魔術の禁書目録外伝 とある科学の超電磁砲(14) (電撃コミックス)
冬川 基
KADOKAWA (2018-10-11)
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608: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:13:48.77 ID:o/KCCw+S0

垣根帝督 / Day3 / 11:06:58 / 『ハイブ』 プラットホーム

アレクシアを仕留めた垣根帝督、リサを眠らせた美琴と上条。
彼らはゲートの解放と電力の供給を済ませ、列車の発射準備を完成させていた。
そして美琴と上条よりも早く列車の近くまで戻ってきていた垣根は、そこで足を止めた。
止めざるを得なかった。そこにいたのは、

「……ハッ。なっさけねえなあ、おい」

垣根の口からそんな言葉が漏れる。心からの嘲笑だった。
あまりに無様で、笑えてくる。全てが無様で、自分も、何もかもがどうしようもなくて。
ただ分かったのはあれを放置しては、列車は無事に発車できないだろうということで。

「……イイぜ。あの時の続きといこうじゃねえか、一方通行」

全身から血を噴出して、人間ではないものの目となって、異形のものへと変異した腕を伸ばして。
背中からはあの時も見た黒い翼のようなものを噴出して、学園都市最強だった存在がそこに立っていた。

何故一方通行がこうなったのか、そんなことは考えない。
どうでもいいからだ。とにかく今のこの一方通行だった何かは、彼らの障害となる。
排除しなくてはならない。誰かが、どうにかして。

「リベンジマッチだ」

垣根は呟いて、六枚の白い翼を展開させて。
刹那の躊躇も逡巡もなく、全力で一方通行へと突っ込んでいった。

……黒い翼が振るわれる。垣根はこれを回避する。
今の一方通行はもはや一方通行ではない何かだ。その理性も知能も搾りカスしか残っていない。
その単純かつ無駄だらけの動きは、注意していれば避けることは不可能ではなかった。

垣根の翼が真っ直ぐに一方通行を狙って伸びる。
横からぬっと現れた黒い翼に容易く翼をもがれるが、垣根は瞬時にそれを再生成。
僅かに開いた空間に全身を捻じ込んで距離を詰めていく。

609: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:16:37.47 ID:o/KCCw+S0
一方通行の黒い翼が突然割れるように分断され、いくつにも分かれる。
絨毯爆撃のような勢いで迫る黒き死を垣根は飛び上がって乗り越えようとするが、逃げ切れない。
ボンッ、という呆気ない音がした。少し掠っただけで、垣根の右腕と右足がまとめてもぎとられていた。
……構わない。垣根は突撃を尚も敢行する。

(それがどうした)

この勝負では、最初から垣根に失うものなど何もなかった。
全てを失い、やるべきことは果たし。だからこそ第二位は神風特攻隊の如くあらゆる損傷を無視して突き進む。

あと僅かで確実に捉えられる射程圏内だ。分かたれた黒い翼の一部が背後から迫る。
咄嗟に身を捻るも、そのわき腹をごっそりと抉り取られた。
大きすぎる傷口からは臓器が零れ落ちたが、その時には既に垣根の目は確実に一方通行を捉えていて。

ザン、と。垣根帝督の操る『未元物質』が少し前まで一方通行だった何かの首を落としていた。
あらゆる損失を無視した特攻が刃を届かせた。
……ところで、車は急には止まれないという言葉をよく耳にすることだろう。
車はブレーキを全力で踏んだところで、停止するまでには時間がかかる。

だから。それを操るものが絶命したところで。
既に振るわれていた黒い翼はすぐには停止できなかった。
振るわれた時の勢いをそのままに、対象を殺すことを最優先にしたことで動けぬ垣根を捉え。
ズッ、と。濡れた和紙を破るような気軽さで、垣根帝督の右半身が丸ごと消失した。

「……ぐっ」

防御というものを捨てて落とした、この化け物の首の代償。
縦に見て右。脳天から股下までの半身を失いその切断面からぐちゃぐちゃと臓物や血が堰を切ったように次から次へと溢れ出す。
床に醜悪な死のプールを作り出し、垣根の命が消えていく。

「――――……ったく、やってらんねーよ。ホントに」

そして、その命を閉ざした垣根の体が自ら作り上げた臓器と血の池に沈み。
そのまま静かに絶命した。


……その光景を、最期の瞬間を、列車に戻ってきた上条と美琴は目撃していた。
列車の中にいた滝壺理后も、また。
誰かがそれを見て絶叫した。やり場のない怒りに震える声だった。

上条当麻は、走り出そうとした。その行為に意味はない。
既に垣根も一方通行だったものも、どちらも命を落としている。
何もできることなどないのに、抑えられない衝動に駆られていた。

だが時間はない。間もなく『レギア・ソリス』が学園都市目掛けて照射され、『滅菌』が行われる。
美琴と滝壺に必死に抑えられ、上条は引き摺られるようにして列車へと入っていく。
そこまできて、上条は全身の力が抜けたかのようにその場に崩れ落ち。
意識のない佳茄と浜面、何も言えずに立ち尽くす美琴と滝壺、そして上条を乗せた列車は、ゆっくりと動き出した。

610: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:17:48.64 ID:o/KCCw+S0




どうかあの日々を、もう一度――――――。





611: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:18:53.39 ID:o/KCCw+S0
ムカついた。

「おい、確かに奢ってやるとは言った。言ったが、少しは遠慮ってものがあるだろ」

俺の言葉が聞こえているのかいないのか、浜面は次から次へと料理を注文していく。
しかもご丁寧に値段の高いものばかりを選んで、だ。
……まあ、ここは高級な店でちっとばかり値段が張るとはいえ、こんなものいくら頼んだって俺の財布は少しも痛くない。
だがあのシスターじゃあるまいし、明らかに食いきれない量を人の金だと思って頼みまくっているのがムカつく。

「いやいや、だって俺こんな店来たことないぜ!? つか外食でこんな美味いモン初めて食ったわ!!」

ここは俺が密かに気に入っている店で、ドレスコードもなければ特別なマナーも要求されない。
それでいて味は超一級品なのだから浜面の野郎を連れて行くには丁度いいかと思ったんだが……。

「お前ら超能力者って麦野とかもそうだけど、いつもこんな美味いモン食ってんのか?
不平等!! 不平等だ!! このブルジョワ共め!!」

うるせえよクソボケ。

「別に誰もかれもがそうってわけじゃねえだろ。俺だっていつも高けぇモン食ってるわけじゃねえ。
一方通行のクソは知っての通りそこらのファミレスで食うし第四位だってシャケ弁食ってんだろ」

「御坂とか第五位とかは?」

「あいつらは知らねえが、御坂もよくファミレスで駄弁ってたりするだろ。
普段の昼食なんかは学校の学食だしな」

「常盤台中学の学食……半端ねぇんだろうなぁ……」

そう言って遠い目をする浜面。
こいつこんなに食い物に執着する奴だったか?
ブルジョワに憧れでも持ってんのか?

「……お前、常盤台の学食の平均額知ってるか」

「いや、知らねぇけど……」

知らないと言うので教えてやると、浜面の奴はぶほっと飲んでいたものを吐き出した。
汚ねえだろうがこの野郎。というかそんなに驚くような値段か?

612: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:20:39.49 ID:o/KCCw+S0
「……今分かった。お前らは俺とは違う世界の人間だ。同族じゃねぇ」

「大袈裟だろ」

「大袈裟じゃねぇよ!! 大将の食生活知ってんのか? この間なんて大量のモヤシでかさ増しして凌ぐ生活が三日目に突入したって言ってたぞ」

「ウソだろおい」

……今度上条にも飯くらい奢ってやるか。
あのシスターが馬鹿食いするだろうが別に痛くはねえしな。

「というか無能力者っつったって生活に困窮しない程度の奨学金は出てるはずだが……。
あいつのことだ。カードが認識されないだのつまづいてドブに落としただのそんなのばっかなんだろうな」

「俺はそこまでではねぇけどよぉ……」

「お前は滝壺のヒモだからな」

「ヒモじゃねぇ、ヒモじゃねぇっつってんだろ!!」

浜面も最近ちょっとした仕事を始めたようだが、残念なことに滝壺の収入とは天と地の差があるはずだ。
まず無能力者と大能力者ってだけで奨学金の桁が違げぇからな。
いいじゃねえか楽な生活で。

「必死になるのは分からなくもない。だが、お前はどう見てもヒモだ。受け入れろ」

「くっそ……。格差社会ってのは残酷なもんだな……」

まあ今はこいつも働いて金を入れているわけだし、結婚しているわけでもない。
多分ヒモとは言わねえんだろうが、その方が面白いからそういうことにしておこう。
この学園都市でレベルの違いは財力の違いに大抵直結するからな。正直どうしようもねえところではあるだろうが。
そういや心理定規の奴は小遣い稼ぎとやらはまだやってるんかね?

「ま、ある種不可抗力なところはあるだろ。仕方ねえっちゃ仕方ねえ」

「いや、もっと頑張って少しでもヒモの汚名を返上しないとな……麦野や絹旗にも散々弄られてるし……」

「そうかい。ま、良い心がけなんじゃねえの」

「というわけだから、また今度食事お願いします第二位様」

「結局飯はたかるのな」

613: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:23:08.48 ID:o/KCCw+S0




それはきっと、夢のような日々の名残。





614: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/19(日) 01:25:20.39 ID:o/KCCw+S0




YOU DIED





626: まず前回忘れた分を 2015/07/26(日) 00:11:46.79 ID:w+MM7Vpv0




トロフィーを取得しました

『おお、母よ聞き給え、懇願する子らを』
亡き母を求め彷徨うリサ=トレヴァーに永遠の眠りを与えた証。子供にとって母親は神と同じ



627: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:13:16.67 ID:w+MM7Vpv0




生きるとは、生の中心にいることであり、わたしが生を創り出したときの眼差しで生を見ることである





628: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:15:55.28 ID:w+MM7Vpv0

上条当麻 御坂美琴 / Day3 / 11:07:33 / 『ハイブ』 貨物列車

列車は無事に発進した。
小さく揺れる列車内には数人の人間がいる。

上条当麻。硲舎佳茄。浜面仕上。滝壺理后。御坂美琴。
学園都市にて発生した悪夢の如き惨劇の、バイオハザードを生き抜いてきた者たち。
少し前まで、ここに更に三人の名前が連ねられていた。もう少し遡れば四人の名前が。

「…………」

「…………」

「…………」

意識を失っている佳茄と浜面を除いても、呼吸さえ止まるほどの濃密で重い沈黙が場に下りていた。
ここまで辿り着いて、終焉が見えたことを喜ぶ者はたったの一人もいなかった。

『Self-destruct sequence“Regia Solis” has been initiated……』

遠くから聞こえてくる警告文と警告音。列車の立てるガタゴトという僅かな音。
それ以外に何も響かぬ空間で、最初に動いたのは美琴だった。
番外個体が残した“それ”を持って隣の車両へと移動していく。
失意に沈み、俯いている上条は気付かなかった。あるいは意識の端の端の、ほんの端で認識した程度だった。
滝壺はそれを見て何も言うことはなかった。

ガタン、ゴトン。列車は進んでいく。学園都市から遠ざかっていく。
それから少しするとそこに小さな、だが間違いなく違う音が混ざった。

「……ん……あ、う……?」

はっ、と上条と滝壺が素早く反応する。
小さな声を漏らしたのは佳茄だった。佳茄はゆっくりと上体を起こし始めていた。

「……ここ、どこ……? 私……あれれ?」

「き、気がついたのか!?」

「安心した……もう、大丈夫そうだね……」

立ち上がり駆け寄る上条に思わずほっとした笑みすら零す滝壺。
声を聞きつけた美琴もすぐに現れ、時間が止まったかのように唖然としたような表情で佳茄を見つめる。
一方現在の状況が全く呑みこめない佳茄は戸惑うばかりだ。

629: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:17:19.08 ID:w+MM7Vpv0
「へっ?」

がばっ、と突然佳茄の小さな体が美琴に抱きしめられた。
その腕に力が入っていく。その体の温かさを、その心臓の鼓動を、その生の感触を確かめるかのように。
ついに硲舎佳茄は『G-ウィルス』の侵食から解放されたのだ。

「良かった。本当に……良かった……。良かった……!!」

「い、痛いよ、お姉ちゃん……」

良かった、と繰り返す美琴。腕に力が入りすぎ佳茄がそんな声を漏らす。
佳茄を離して美琴は笑う。本当の笑顔を。

「ねえ、佳茄。もうお腹、痛くないでしょ?」

「……ほんとだ。でもなんで……?」

きょとんとする佳茄の頭を、ズキッとした鋭い痛みを堪えて美琴はゆっくりと撫でる。
こうするのも随分久しぶりなようにも感じられた。

「お薬が見つかったの。もう治ったのよ。……そのお守り、効いたでしょ?」

佳茄に着せた自分の常盤台のブレザーを示して笑う。
それを受けて佳茄も満面の笑みと共に力強く頷いた。

「……良かったな。なあ、もう大丈夫だからな。もうすぐパパとママにも会えるからな」

「お兄ちゃん!! うん、ありがとう、お兄ちゃんも!!」

上条の表情にも笑顔が浮かぶ。それを見て上条は何となく、これまで美琴を動かせてきたものを理解できた気がした。
佳茄はウィルスのことを除いても相当の肉体的・精神的疲労が蓄積されているはずだ。
しかし全てが終わったと思っているのだろう、佳茄はひと時疲れを忘れ上条の腕に飛び込んでいく。
上条にも頭を撫でられ満足げな佳茄。そんな三人を見て、しっかりこちらにも礼を言われ、滝壺もまた何か温かいものに満たされる感覚を覚えていた。

「これでまたお姉ちゃんたちやお兄ちゃんと――――」

それは突然だった。何の前触れもなく列車が大きく揺れる。
まるで巨大な何かが飛び乗ってきたかのような衝撃に佳茄の言葉は途中で途切れ、何事かと周囲を見渡し始めた。
上条、美琴、滝壺の顔にもう笑顔はなかった。彼らは知っているのだ。
こんな異常が起きた以上、それが列車が石を踏んだとかそういった甘いもので済んでくれることはないと。

「……来る」

誰かが呟いた。きっとこれが最後だ。
最後に乗り越えなくてはならないものが、彼らの生存を許さない何かが現れる。
三人の頭の中に、共通して一つの名前が浮かぶ。

630: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:18:55.20 ID:w+MM7Vpv0
「佳茄、下がってろ!!」

全身を刺すような得体の知れぬ悪寒と、どうしようもないほどの破滅的な予感。
震えさえしている上条の声に佳茄は何も言えず、ただ言われた通りにするしかなかった。

ドックン

上条当麻が。

ドックン

御坂美琴が。

ドックン

滝壺理后が。

硲舎佳茄が感じ取ったものと同じ、破滅的で絶望的な予感に身を震わせる。

ズガン!! という轟音と共に列車の最後部、その一部が吹き飛んだ。
直後だった。そこから列車へと入り込んできたものがあった。
四人は見た。異形の姿へと具象化した、己の『死』そのものを。

視線の先にいたのは『G』だった。死すべき運命さえ捻じ曲げる新型ウィルスにより変貌させられた者。
上条当麻との交戦を経て、『G』はぎょろぎょろと蠢く眼球状組織を備え、異常に肥大化した右腕を持つ姿から変貌。
巨大な爪が伸び、一人の少女のものだった頭部は埋没し新たな頭部が生成され始めていた。
御坂美琴との交戦を経て、わき腹からは本来あり得ぬ第三、第四の補助腕を生成させ完全に機能させた。
以前の頭部は『G』細胞の中に埋没し、代わりに脊椎部から盛り上がった深海魚の如き頭部を有するようになった。

垣根帝督との交戦を経て、異常の起きていた循環器系までも更に変化。『G』細胞は下半身にまで到達し、新たな眼球状組織が形成。
その巨大な心臓が位置する胸部は異様に盛り上がっていた。
一方通行との交戦を経て、『G』はついに二足歩行から獣型に移行。無数の牙を剥き出しにした、血に飢えた叫びを放つ六本足の巨獣へと変異。
だが白と黒の翼を携えた超能力者は、『G』に更なる変異を起こさせるまでに追い込んでいた。

その先へと踏み込んだ『G』の姿はこれまでと比べても異様であった。
もはや得体の知れぬ肉塊だった。異常なまでにその質量・体積を増大させた体は二足歩行でも六足歩行でもなくなっている。
ズズズ、ズズズとまるでナメクジのように列車を埋め尽くす巨体を這わせて侵入してきている。
四本あった腕は触手へと変化し、この列車は『G』の体よりも小さいという点も、狭い場所にも器用に侵入できる軟体動物のような身体を獲得したことでこれをクリア。

おそらく『ハイブ』内に溢れていた亡者や化け物をエネルギー源として大量に取り込んだことが、このような質量を得るに至るのを促進したのだろう。
だが、これは『G』が度重なる強敵との戦闘を超え、最強の白と黒の翼さえも克服した姿。
それは紛れもなく、彼らの逃れようのない『死』だった。

「ッ!?」

『G』の異様な巨体から伸びた触手、その一本から赤い光が放たれた。
咄嗟に右手を突き出した上条の前にその光は霧散するも、上条はビリビリと激しく痺れる自らの右腕に顔を歪める。
『G』の力が幻想殺しの消去可能な範疇を完全に超えている。今のは挨拶代わり程度のものであることは分かっていた。

631: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:23:43.48 ID:w+MM7Vpv0
「どきなさいッ!!」

怒号と共に有無を言わせずに第三位の超電磁砲が放たれた。
空間を切り裂き、凄まじい烈風と衝撃波に列車の一部を巻き込みながら、その一撃が『G』へと突き刺さる。
だが。燈色の閃光は『G』の頭部と一体化している、六足歩行形態時にもあった巨大な大顎にいとも容易く噛み砕かれた。

美琴はギリ、と歯を噛み締める。今起きた現象に対しての驚きはなかった。
もはや既に『G』は手に負えないレベルに達していることを理解しているからだ。
『G』から放たれる赤の閃光を、全て上条が右手でいなしていく。
まともには受け止められない。絶叫しながら全力で、表面をなぞるようにして受け流す。

「う、ぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!」

上条の心は荒れていた。これまでに多くの死を見てきた。多くの悲劇を経験した。
その中でも最も上条を苛む、最も上条の人生に影響を与えてきた、インデックス。
貯水ダム『ゼノビア』で遭遇し、上明大学で遭遇し。
未だに心の折り合いのつけられない存在だった。

インデックスと出会ったことで、きっと全てが始まった。
以前の自分が何を思ったかなんて分からないけれど、それでも記憶を失ってでも守りたいと思った相手。
まっさらになった上条当麻に、当たり前に世界を見せて当たり前に光を当ててくれた少女。
きっとインデックスは上条当麻という存在の、一つの柱だった。その世界を支える重要な要素だった。

「……インデックス」

そう呟く上条の声は、きっとこれまでの人生で最もみっともなくて情けないものだった。
目の前にインデックスはいない。そこにいるのは『G』だ。
必死に呼びかければ僅かに残ったインデックスの意識が答えてくれる、なんて都合の良いことはない。
分かっていても。分かっているのに。

『G』の巨体は列車を重量で押し潰しながら迫ってくる。
眼球状組織を赤く輝かせ、次々に放つ閃光を上条はどうすることもできず、ただ右手で受け続ける。
上条がそこから動けない間に『G』から四本の触手が伸び、そこからも種種多様な力を放ち始めた。
そちらは美琴が対処に回る。座席などを引き抜いて盾にしたり雷撃の槍で吹き飛ばしたりと奮戦するも、どうしても防戦一方だった。

「ま、まだ、なの……ッ!?」

美琴は歯軋りし、それに気付く。今美琴は『G』の触手から放たれる攻撃への対処で手が離せない。
許せば列車自体も彼らも辿る道は一つだからだ。上条も同様に。その状況でそれは起きていた。

「はま、づら……?」

何か思いついたのか、動き出そうした滝壺の肩を意識を失っていたはずの浜面が掴んだ。
みしり、という音をたてそうなほど強く掴まれ思わず滝壺の表情が僅かに歪む。
ついに浜面仕上が意識を取り戻したのか。一瞬だけならそう思ったかもしれない。

しかし、滝壺の頬にかかる浜面の吐息には明らかな異臭があった。
普通ならあり得ないはずの臭い。腐臭が多分に含まれていた。
そして浜面仕上はゆっくりと立ち上がる。いや、その表現は正確ではないだろう。
かつて浜面仕上という名で呼ばれていたものが、ゆらりと立ち上がった。

632: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:26:54.35 ID:w+MM7Vpv0
「――――あ」

滝壺理后は、目の前のものの淀み濁りきった白い目を見た。
……ああ、駄目だったのか。滝壺はあっさりとそんなことを思った。
ワクチンの投与は遅すぎた。もう『T』の侵食は歯止めが効かないところまで進行していたのだ。

助け助けられ、この地獄のような世界を歩いてきた。
最後の最後で失敗した。絶対に失敗してはならない局面で失敗した。
浜面仕上を助けられなかった。命よりも大事で、世界の全てよりも大切なほどの人間を。
その結果が今目の前にある。

「あ ぁ ゥウ ぅあぁ あ ァぁ……」

言葉にならぬ音を漏らしてそれは滝壺へと腕を伸ばす。
その腕は抱擁に使われるのではない。その頭を撫でるためでも、頬を撫でるためでもない。
ただ滝壺を拘束し食しやすくするために。

足元には浜面が持っていた拳銃が一丁落ちている。
滝壺理后は動けない。

「――――やるのよ。やりなさい、滝壺さんッ!!」

殺せ、と美琴が叫ぶ。自分がどれほど残酷なことを言っているのかは理解していた。
その叫びに上条も事態に気付いたようだったが、『G』は余計な行動を取らせない。
……果たしてどちらを叫ぶのが正解なのだろうか。愛する者を殺せというのはおぞましいほどに恐ろしい。
だが何もせずに食い殺されて、大人しく亡者の仲間入りを果たせというのもこれほど悲劇的なこともそうないだろう。

「浜面さんは自分のそんな末路なんて絶対に望んでなかった!! やりなさい!!」

上条は『G』と対峙しながらちくしょう、と絶叫することしかできなかった。
やれと言うこともやめろと言うこともできない。美琴の言葉にただ賛成はできないが、止めることもできない。何も、言えなかった。
正解なんて最初からない破滅的選択肢を前に、滝壺理后は動けない。

「浜面仕上はもう――――――……死んでいるのよッ!!」

当然、美琴だってこれが正解だなんて思っていない。
こんなことしか口にできない自分が情けなくて仕方なかった。
以前の美琴だったら絶対にこんなことは言えなかった。だが選ぶしかないのだ。

「……決めたよ。ううん、とっくに決めてた」

そして、だから、滝壺理后は選んだ。その選択肢を。
滝壺は上条の葛藤も、美琴の葛藤も、どちらも十分に理解できている。
上条が何も言えないことの絶望に打ちひしがれていることも。美琴がやれと言った理由も、その言葉を正解だと思って口にしているわけではないことも。
愛する少年が既に死していることも、それでいて尚生と死の境界に絡め取られていることも、全部全部理解している。

「ねえ、はまづら。私はね――――……」


――――『私は大能力者だから。無能力者のはまづらを、きっと守ってみせる』


ごめんなさい、と滝壺は呟く。そして涙を流しながらその両手を、浜面だったものの首へときつく回した。
ぬちゃりと血や腐肉が付着する。意識を失いそうなほどの強烈な腐臭と死臭。
だが構わない。目の前の存在を胸にきつく抱きしめる。亡者はただ本能のままに、何も思うことなく滝壺の首の付け根の辺りに食らいついた。構わない。

633: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:30:11.33 ID:w+MM7Vpv0
(はまづら)

上条と美琴が何か叫んでいる。だがぐわんぐわんと揺れる意識の中で正しくその音を聞き取れなかった。
滝壺の肉を噛み千切ったそれはくちゃくちゃと咀嚼し、それでは満足せずに更なる肉を求めてまたも食らいついていく。
滝壺は自分の最も愛する者が、自分の人肉を噛み千切り、咀嚼し、嚥下していく恐ろしい光景をただ見つめていた。
それでも滝壺は手を離さない。きつく、きつく浜面だったものを抱きしめ続けていた。

(はまづら)

……この少年が大好きだった。この男を愛していた。
浜面仕上のために燃え尽きる。そう決めていたはずだったのに、助けられなかった。
ならばせめて滝壺理后という女は浜面のために死のう。たとえどんな姿になろうと、ずっと愛し続けよう。

自分の首からスプリンクラーのように鮮血が噴出し、列車の天井や壁をべったりと紅に塗りたくっていく。
意識が闇に沈んでいくのが分かった。それでも回した腕は絶対に放さなかった。
だが。美琴の言っていた、浜面は自分がこんな醜悪な姿になることを望んでいなかったという言葉。それは紛れもない事実だった。

(はまづら、もう休もう。もう、終わろう)

ぐい、と滝壺は最後の力を振り絞る。浜面を押し倒すような形で二人は倒れ、その身体は列車の破壊されてなくなった扉から外へと投げ出された。
高速で走行している列車からのダイブだ。大根おろしのようになるのか、何にせよ助かるはずがない。
上条と美琴がまたも何か叫んでいる。ごめんね、もう耳も聞こえないや、と滝壺は笑い心の中で謝罪する。

ちらり、と『G』の姿が視界に入る。
『進化』を繰り返すことで常に新たな次元に手を伸ばし続けるもの。

(ごめんね、いんでっくす)

今はいない少女へと告げ、『G』へと告げる。

(……言ったよね。誰だって生きたい。生まれたのなら生きたい。
あなたが生き残るか私たちが生き残るか、それが答えだって。
でも、私とはまづらがいなくなってもまだ三人あそこには残ってる。簡単にはやられてくれないような人が)

だから、と滝壺は究極生物に心の中で吐き捨てる。

(まだ、あなたが勝ったわけじゃない……!!)

そして。そして。そして。
自分の肉を食い千切る、白濁とした眼をした浜面仕上だったものを見て。

(……はまづら、今までありがとう。ごめんなさい。あなたが好きだった)

列車から投げ出された滝壺理后と浜面仕上だったものの体が地面に触れ。
当たり前の現象が当たり前に襲いかかってきた。
それで、終わりだった。

634: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:33:41.13 ID:w+MM7Vpv0




どうかあの日々を、もう一度――――――。





635: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:34:45.44 ID:w+MM7Vpv0
「だーから言ってんじゃねぇか!! んな映画絶対クソだって!!」

「はぁ、これだから浜面は超浜面なんですよ。この映画は臭いです。超C級の臭いがプンプンしやがります」

だがそれがいい、と絹旗は胸を張る。
駄目だ、俺には理解できねぇ。
絹旗のこの趣味は以前からで俺も何度か連れてかれてるが、楽しめねぇよいやマジで。

「アンタもよく飽きないわね、そんなに映画ばっか見て」

「ちっちっち、麦野もまだまだですね。私の境地にはまだ超至っていません」

「いや至りたくもないんだけど。別に至りたくないわよ。至れなくていいわ」

「超何故に三度も言うんですか!?」

今だけは麦野に同意するぜ。はっきり言って麦野に同意できることは少ないが、こればかりはな。
まあどっちにしても麦野を絹旗の映画鑑賞に連れて行くのは危険すぎる。
だってあの麦野だぞ? 麦野沈利だぞ?

「麦野はクソ映画なんて見せられたらそのままスクリーンに原子崩しぶち込みそうだもんなぁ……」

「あら、なにリクエスト? 別に構わないわよ原子崩しでプチっとしてほしいなら」

ひぃ!? こいつはマジでやりかねん!! 浜面仕上の人生はこれからも続くんだ!!

「た、助けてくれ滝壺!!」

「うわ、超情けないです浜面、超キモいです吐き気がします」

「浜面ェ……」

絹旗お前ちょっと言いすぎだろ泣くぞ。麦野もそんな目で俺を見るな。
でもいいもん俺には滝壺がいるんだもん。

「大丈夫だよ、はまづら。私はむぎのにプチっとされるはまづらを応援してる」

「滝壺さぁん!?」

「ぷっ、ざまぁないですね」

「よーっしいくわよ浜面ー」

うおおおおおい!? マジでその光をこっちに向けないで!?
それトラウマなの!! 軽くトラウマだから!!
ああ駄目だ次回、浜面死すとかになるんだもう嫌。

「むぎの、だめ」

ああ来世は超絶イケメンのスポーツ万能運動神経抜群の男に生まれ変わりたいなぁでも美少女に生まれ変わるのもいいかなぁとか考えてると、天使の声が聞こえてきた。
やっぱり滝壺はマイエンジェル。マジエンジェル。

636: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:38:31.68 ID:w+MM7Vpv0
さっき潰されるのを応援してるとか聞こえたのは幻聴だったんだな、よかったよかった。

「チッ。命拾いしたわね」

麦野も滝壺の言葉だけは俺や絹旗が言うよりも聞くんだよな。
やっぱりあれか、滝壺は正義なのか。この世の真理そのものだったか。

「……なにニヤニヤしてるんですか超通報しますよ」

なんでだよ。

「まあ? まだまだ未熟な絹旗には? 分からないかもしれないけど?」

「ぐぬぬ……。浜面のくせに超生意気な!! というかあなたが滝壺さんと付き合うなんて生意気なんですよ超釣り合ってないです」

それを言うなよちょっと気にしてるんだからさぁ!!
……まあでも、実際絹旗に男ができたとか聞いたらちょっと複雑かもしれん。
こう、妹を嫁に出す気分というか。ああ駄目だ、こんなこと知られたら俺はきっとハンバーグになっちまう。

「でもはまづらにだっていいところあるよ?」

「そうだぞお前ら。滝壺、どんどん言ってやれ」

「浜面にいいところねぇ……。たとえばどんなところ?」

さあ滝壺存分に語ってくれ。
そしてこいつらに知らしめてやるんだ、俺の魅力を。

「はまづらは……」

「うん」

「…………」

「滝壺さん?」

「…………」

た、滝壺?

「……早い、かな」

「滝壺さぁぁぁぁぁぁぁぁん!?」

「ぶほっ」

ちょあなたなんてこと言ってるんですかねもっとあっただろ俺のいいところそんなにないかぁ!?
麦野ぉぉぉぉ!! お前も噴出すんじゃねぇ飲み物吹け腹抱えて爆笑しないで頼むから!!

「超、浜面……!!」

え、なんで絹旗はそんな強く拳握り締めてるの!?

「浜面ァァァァ!! 滝壺さンに何してやがンだテメェぶっ殺してやンよォ!!」

うわああああああああ!! 絹旗がマジモードになったアクセラスイッチ入ってるぅ!?
躊躇なく振るわれた絹旗の拳を全力で転がって避ける。間にあったテーブルとかなんか色々余裕で塵になりました食らったら即死です本当にありがとうございました。
麦野は痙攣しそうなほど爆笑してるし、原因の滝壺はジュースを飲みながら「南南西から信号がきてる……」とか呟いて外をボーッと眺めていた。

「いやあああああああああっ!?」

思わずオカマみたいな声をあげて俺は逃げる。だってあんなの食らったら一発でミンチだし!!
つかさっきから俺うるせぇ!! 俺の心の中叫んでばっかりだちくしょう!!

「何超逃げてンだ浜面ァ!!」

「あったりまえだろうが逃亡は弱者の生きる道なのです!!」

637: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:39:49.76 ID:w+MM7Vpv0


「……はまづらが、悪の道に走ろうとしてる!!」

そんな信号を南東の方角から拾った。
これは黙って見過ごすわけにはいかないね。おしおきしないといけないかもふふふ。

「あ、めじゃーはーと」

「あら滝壺さん。どうかしたの?」

「なんとなく、はまづらが悪の帝王になろうとしてた気がして」

「あら、彼なら少し前までここにいたけど」

はまづらはいなかった。
でもめじゃーはーとと何を話してたかちょっとだけ気になる。
まあ多分どうでもいいような話なんだろうけど……。

「はまづら何か言ってた?」

「そうね、彼から愛人になってくれって言われちゃったわ」

……はぁまづらぁ。

「待って待ってごめんなさいただの冗談なの。あなた何か凄まじい重圧を発してるわよ」

「分かってるよ、めじゃーはーと」

そう、最初から冗談だなんてことは分かってる。
めじゃーはーとは大丈夫、はまづらをとったりはしないって。
きぬはたやむぎのの方がめじゃーはーとと比べたら危ないかもしれない。

「ねえ、めじゃーはーと」

「ん?」

「めーちゃんかスティーブンかケイン郷田って呼んでいい?」

「いきなり何!?」

めーちゃんが大きく目を見開かせて驚いている。
どんどん押していこう。

「めーちゃんかスティーブンかケイン郷田って呼んでいい?」

「だから誰なのそいつら!? どこの連中よ!?」

「選んで」

じっとめじゃーはーとの目を見つめる。
前から思ってたけどめじゃーはーとって綺麗だよね。可愛いというより美人。
その綺麗な眼にもちょっと憧れる。交換してほしいくらい。

638: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:43:45.27 ID:w+MM7Vpv0
「……あなた、私のことめーちゃんって呼びたかったの? ……まあ滝壺さんだしね。好きに呼んでちょうだい」

「ううん、ケイン郷田って呼びたかったの」

「ごめんそれは流石に勘弁して。というかマジで誰それ」

勝った。私は心の中でガッツポーズをとる。
だってめじゃーはーとってちょっと長いし、何かいいあだ名ないかなって考えてたんだ。
とりあえず少しだけかきねに対する優越感を覚えておこう。

「じゃあめーちゃんで。よろしくね、めーちゃん」

笑ってそう呼びかけるとめーちゃんは明らかに顔が少し赤くなりだした。
照れてるみたい。こうしてると可愛いね。

「う……やっぱり、恥ずかしい、わね……その呼び方」

「恥ずかしいの?」

「だって慣れてないのよ、こういうの。仕方ないじゃない」

「じゃあ練習しようめーちゃん。めーちゃん、めーちゃん。めーちゃんめーちゃんめーちゃん」

「ちょ、ちょっとストップストップ!!」

わたわたと手を振るめーちゃん。あまり見れるものじゃない。
私はこっそり心の中でシャッターをきっておくことにする。

「や、やっぱり少し恥ずかしいから……二人の時だけにして?
他の誰かがいる時はこれまで通り心理定規って呼んでちょうだい」

「えー」

「た、滝壺さぁん!!」

露骨に不満げな声を漏らしてみると、めーちゃんはまた普段は見せないような反応を見せてくれた。
顔立ちは美人だけど結構可愛いんだね、めーちゃん。
めーちゃんはパン、と両手を合わせてお願いしてくる。ちょっとだけイタズラしたい気分になったけど、可哀想だからやめておこうかな。

「分かった。仕方ないからはまづらとかがいる時はめじゃーはーとにしてあげる」

「ありがとう。とりあえずホッとしたわ」

「でも今は二人だから。じゃあめーちゃん、ごはんでも食べにいこうよ」

そう言ってめーちゃんの手を引っ張って歩き出す。
めーちゃんは困惑しながら何かぶつぶつ言ってたけど、その顔はどう見ても笑ってた。
嬉しいんだね。隠そうとしなくてもいいのに。

「めーちゃん、やっぱりたまにはケイン郷田って呼んでもいい?」

「だから誰なのよそいつは。いやマジで誰よ。絶対に駄目だからね」

「えー」

「ぶーたれても駄目なものは駄目」

まあ、いいか。意外な一面が見れたし満足した。
それより何を食べに行こうかな、めーちゃんは何がいいのかな。

「早く行こうめーちゃん」

「はいはい。今行きますよっと」

639: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:44:51.03 ID:w+MM7Vpv0




それは本当に、夢のような日々の名残。





640: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:49:44.07 ID:w+MM7Vpv0




「よお」

可憐な容姿に似合わず粗暴な口ぶりだった。

「ああ、話なら聞いてる。しっかし、とりあえずは統括理事会の『ブレイン』なんて立場に収まってる私にだぞ?
まさかアンタみたいなのが連絡してくるなんて思ってみなかったわけで。あいつの方なら分かるんだけど」

地に足をつかず浮き上がり、長い黒髪に時代錯誤な十二単。
そのあらゆる調和を無視し、強引にパーツごと組み替えたかのような、世界に存在しない黄金比を描いたスタイル。
少女漫画のような不自然極まる肢体をした少女は軽い調子で言う。

「まあまあ、ずっとこの『無重力生態影響実験室』とかいう名の檻の中にいるのも退屈だし、歓迎と言えば歓迎だけどさ」

天埜郭夜という名のこの少女がいるのは学園都市ではない。
というより、そもそもこの惑星ではない。
学園都市が打ち上げた、全長五キロにも達する衛星『ひこぼしⅡ号』。つまりは宇宙空間にいた。

「オーケーオーケー、『滅菌作戦』の準備は完了しておいたよ。
で、何だったか。HsMDC-01『地球旋回加速式磁気照準砲』だっけか? それとも軌道上防衛兵站輸送システム『S5』だっけか?
……はいはい分かってるよ、ちょっとからかっただけ。そんなに怒るな。え、怒ってないって? 何でもいいよもう」

既に標準は定まっている。
対宇宙線や対デブリを備える分厚い窓の向こうでは、何か巨大なものが蠢いていた。
それこそが。

「んじゃ、『レギア・ソリス』――――全部消し飛ばせ」





641: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:52:14.33 ID:w+MM7Vpv0
浜面仕上と滝壺理后の最期を、ただ隠れていることしかできなかった佳茄は全て見ていた。
自分を助けるために頑張ってくれたのであろう人が。
目の前で死んでいった。しかも滝壺は自分から死を受け入れた。リビングデッドと化した浜面を最後まで抱きしめていた。
血飛沫をあげて列車を鮮血で染めながらも、彼女は笑ってすらいた。

その光景は、その行動は、その意味は、小さな子供には到底理解の及ぶものではなかった。
何か得体の知れない恐ろしいものを見てしまったような気がして、佳茄の許容量を超えた何かがその中に溢れ出す。

「あああああああああああ!! うああああああああああああああああああっ!!」

頭を抱えて佳茄は叫んだ。そうしなければその心がばらばらになりそうだった。
佳茄は全部終わったと思っていた。ようやくあの恐ろしい世界から抜け出せたのだと思っていた。
何が起きているのか少女には理解できない。今、目の前で何が起きた?

「佳茄っ!?」

美琴と上条が佳茄に視線をやる。
そして上条は『G』に視線を戻す。おぞましい巨体を得た化け物を。
一体これはいくつの命を奪ったのだろう。いくつの心を壊したのだろう。
インデックスの体を使って。どれほどの死を積み上げたのだろうか。

「イン、デックスゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」

そう思った時には上条は走り出していた。
真っ直ぐに『G』の元へ。迎撃の輝きをみしりという音をたてながらも何とか右手でいなし、僅か数歩で辿り着く。
そして。上条はその右手を、その右腕を、『G』の巨大な大顎の中へと突っ込んだ。
ズブリ、と右腕が根元まで『G』の大顎の中へと沈み込む。

「何を――――!?」

美琴がその行動に声をあげるが、上条は無視した。
『G』は苦しむ様子の一つもなく。飛んで火に入る夏の虫とばかりに、ただ自分から突っ込んできた獲物を噛み千切った。
ブチッ、という小さな音がした。あまりにも抵抗なく呆気なく、巨大な力によって右腕は切断される。

「――――!!」

上条の顔が苦痛に歪む。当然だ。右腕が一本丸ごと失われたのだ。
そして切断面から大量の血液が溢れ出し――――それだけでは、なかった。
轟!! と見えない何かが断面から吹き荒れた。それは特定の形も取らずに暴走し、『G』を体内からズタズタに引き裂いていく。
『G』は巨体をのたうち抵抗したようだったが、体内で吹き荒れる力にはどうしようもなかったらしい。
その凄まじい質量を持つ体から力が抜け、走行する列車に振り落とされる形で落下し姿を消した。

「……なに、あれ」

それを見ていた御坂美琴は佳茄を抱えながら呆然と呟いた。
今一体何が起きたのか。美琴には一つだけ心当たりがあった。
大覇星祭での一幕。上条の右腕が千切り飛ばされたあの時も、確かに異様なことが起こった。
八体もの竜が突然に飛び出した。今回は竜は出現していないようだが、それでも異常事態が起きたのは疑いない。

そして。『G』が落下したことで解放された上条の右腕は、確かにそこにあった。
『G』によって噛み千切られた右腕が元通りにあった。あの時と同じだ。
なんだ、と美琴は改めて思う。あの右手は一体何なんだ、と。

642: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:53:58.32 ID:w+MM7Vpv0
だが何であれ脅威は去った。そう思った美琴だったが、すぐにそれは甘い考えだったと思い知る。
上条がじっと外を眺めていることが気になって、そちらを見て、驚愕する。
ぐちゃぐちゃに破壊された『G』の肉体が蠢いていた。その生命を繋ぎとめていた。

「……まだ、動くのかよ……」

震える声で上条が呟いた。何もかもが異常だと美琴は思った。上条の右手がどういうものかなんてことは分からない。
けれど、あの中に宿る力はあまりに莫大だ。今の『G』ならあれで消せたのではと思える。
竜が出てこなかったからか、何か条件があったのか、『G』が想像を超えていただけか、あるいは威力は十分でも範囲が足りなかったのか。

しかしさしもの強靭さを誇る『G』も、そのままでは生命を維持できぬレベルの損傷がその身に刻まれたらしい。
次なる強敵に対応するため、『G』は絶叫と共に更なる変貌を遂げ始めた。
遠ざかっていく彼らの視界の奥で、骨格までもが瞬時に組み変わっていく。
それはいつの日か神をも凌駕するであろう、傲慢とも言うべき急激な進化だった。

「ま、まだ成長……いや、進化するって言うの!?」

それが『G』。科学が世界に産み落とした究極生物は『生命の樹』の頂点へと迫っていく。
流石に今度ばかりは『G』の変貌にも時間がかかっているようだが、いずれにせよ進化が完了すれば『G』はまたもこちらへ牙を剥く。
だが、その時。まさにその時だった。

「……ああ」

御坂美琴が、小さく呟く。

「……終わった」

その言葉はこの絶望的状況に対しての諦めではない。
『G』に殺される運命しかない自分たちへの悲観ではない。

「御坂……?」

その様子に上条が。

「お姉ちゃん……?」

佳茄が訝しむ。
走り続ける列車の中で美琴は一つの笑みを零した。
だがそれも一瞬のこと。美琴はすぐに真剣な面持ちとなり冷静に状況を告げる。

「……いい、よく聞いて。『G』は見ての通りまだ生きている。それどころか更に進化を始めている。
もうあれは私たち人類にどうこうできるような存在じゃない。でも、『G』をどうにかしない限り私たちは死ぬしかない。
でもね。この列車を守りきるために、『G』を滅する方法が一つだけ、ある」

『G』はもはや人間が太刀打ちできるような相手ではない。
そう理解した上で御坂美琴は『G』を殺す方法があるという。
それは思いがけずもたらされた朗報のはずだった。
だが上条の顔に笑みはない。佳茄の顔にさえ。

言い知れぬ不安が上条の心をちりちりと焼いた。
佳茄も同じものを感じたのか、美琴の服の裾を強く掴む。

643: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 00:56:20.03 ID:w+MM7Vpv0
「それはね――――……」

ダン、という音がした。上条が列車の壁に拳を叩きつけた音だった。

「ふざっけんなよ……」

ギリリ、と歯噛みする。確かに、それならばもしかしたら何とかなるかもしれない。
だがあまりにも失うものが痛すぎる。上条は絶対に認めたくなかった。
たとえそれしかないのだとしても。こんなものは簡単に頷けるものではない……!!

「何なんだよ、それは……。そんな方法、はいそうですかって認められるわけがねぇだろうがぁ!!」

「だったらどうするの」

思わず声を荒げる上条とは対照的に美琴の声は冷静だった。
あまりに短いその問いに上条は答えられない。

「もう時間がないことは分かっているはず。それに、悪いけどこれにアンタの許可がどうかは関係ない。
やるしかないのよ。これしか方法はないんだから。『G』が世界に放たれてみなさい。世界は滅ぶわよ」

もしかしたら、世界中の軍隊を結集するなり非科学なりで撃退するくらいはできるかもしれない。
しかしそうなればなるほど、時間をかければかけるほど『G』は突発的に予測不可能な進化を果たしていく。
世界を打ち砕くほどに。世界を食い潰すほどに。
だから、『G』はここで滅ぼさなくてはならない。滅ぼせる程度の存在である内に。

「だからって……!! こんな結末ありかよ!! ここまで来て!?」

「悪いわね」

上条の嘆きをよそに美琴の声の調子は軽い。
そして一言そう言うと、美琴は突然ばっと服を脱ぎだした。
ぎょっとする上条の目の前で、美琴は恥らう様子もなく常盤台のサマーセーターを脱ぎ捨てワイシャツをめくり上げる。
胸の辺りまでめくり上げられたことで下着も完全に見えていたが、美琴は恥らわない。上条また、そんなものなど欠片ほども意識に入っていなかった。

下着も柔肌も気になるはずがなかった。
眼前に何かに切り裂かれたような傷跡があって、尚且つその傷がぐちゅぐちゅと蠢いていれば。
誰だってそれにしか目がいかなくなるに決まっている。

あまりにグロテスクな傷だった。ただの傷ではないことなど一目で分かった。
こんな醜悪なものが外見上はそのままである御坂美琴についているということが信じられなかった。

「な、んだ、よ。これ……」

「この傷ね。変異してるの。とはいっても、変異が始まったのはそう以前でもないけど。
これはほら、上明大学。あそこで『G』と軽く一戦交えた時にね」

気持ち悪いでしょ、私も早くこんな傷消したいのよ。
そう言って美琴はやはり笑みすら浮かべていた。
つまり『G』がいなくても、このまま脱出できたとしても、美琴に未来はない。

あまりの衝撃に言葉を失う上条。
おそらくは話のほとんどを理解できていないであろう佳茄が、とにかく何となく理解できた最大の問題を問う。

「お姉ちゃん、いなくなっちゃうの……?」

その声は震えていた。美琴はその場にしゃがみこんで視線を合わせる。
佳茄の期待には答えられない。この少女を悲しませなければならない事実に、美琴は心を抉られるような罪悪感を覚えた。

644: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:00:07.07 ID:w+MM7Vpv0
「……そうよ。ちょっとやらなくちゃいけないことがあるの。分かってくれる?」

馬鹿げた問いだと美琴は思った。
佳茄は涙を流しながら嫌々をするように激しく頭を横に振る。

「分からないよ!! イヤだよそんなの!! お姉ちゃんもお兄ちゃんもいなくちゃやだ!!」

「佳茄」

そっと伸ばした手はパン、と佳茄に振り払われてしまった。
ぽろぽろと涙を流しながら少女は必死に訴える。それ以外にできることなどなかった。

「嘘つき!! 私を守ってくれるって言ってたのに!! どうしていなくなっちゃうの!?
私が悪いことしたから? 私が悪い子だからお姉ちゃんいなくなっちゃうの!?
ごめんなさい……。良い子にするから、ちゃんと嫌いなトマトも食べるし算数も勉強するから、どこにも行かないでよぉ……!!」

そっと佳茄の頬へ手を伸ばす。今度は振り払われなかった。

「いいえ、佳茄は良い子よ。とっても良い子。
ごめんね。私のわがままなのかもしれない。悪い子なのはきっと私。でも、それでも、やらなくちゃ」

「分かんないよ!! お守りなんか、全然効いてないよ……!! お姉ちゃんがいなくなっちゃうんじゃ意味ないよ!!」

ぐっと佳茄を抱き寄せる。強く、強く。
最後の佳茄の命の鼓動をその身に刻んでいく。

「佳茄。――――……グラタン、作ってあげられなくてごめんね」

その言葉に佳茄の体が硬直したように一瞬停止して。
その顔が涙に塗れ、ぐしゃぐしゃに歪められた。

「……元気でね、佳茄」

「お姉ちゃんの……馬鹿……」

バチッ、という小さな小さな音がした。
美琴の手から温かな優しい光が瞬いて、佳茄の全身から力が抜けた。
ぐったりとした佳茄をゆっくりと床に寝かせ、美琴は言葉を失っている上条へと向き直る。

「……なんて顔してんのよ、アンタ」

上条の口の中に鉄の味が広がった。
あまりに強く噛みすぎた下唇が切れていた。
ここで美琴を止めたところであの傷は消えない。どうすることも、できない。

645: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:01:49.10 ID:w+MM7Vpv0
「いいの。アンタが気にすることなんて何もない。アンタは本当によく頑張ってくれたと思う」

ゾワッ!! という身の毛がよだつようなおぞましい気配を二人は感じた。
進化を完了させた『G』が凄まじい速度で追ってきている。その姿は以前の巨体とはまるで違っていた。
まるでこれまで進化させてきたものを一度徹底的に破壊し、それによって新たなフェーズへと手を伸ばしたかの如く。

『羽化』したかのようにその体はスリムで細身のものに。形状としては鳥に近い、飛行形態へと変異していた。
全身の眼球状組織の白目にあたる部分は、まるで銀河群や星々の輝く宇宙空間のようなものが映し出されている。
そしてその大顎を抱える頭部の上には、ガシャガシャと軋む音をたてながら緩やかに回転する輪が浮かんでいる。
その輪の中心には形の整っていない一つの針のようなものが浮かんでいた。

それは、『G』が更なる領域へと上り詰めたことの証。
『生命の樹』の頂点を視界に捉えたことの証明。
逃れようのない『死』が、迫る。

「来たわね」

美琴の呟きに上条は身を震わせる。
もうできることなんて何もない。このままではインデックスは『G』の苗床にされたまま世界を食い潰す。
御坂美琴もまた異形の存在へと変異してしまう。
だからって本当にこれが最善策なのか。無意味な問いに縛られた上条は動くこともできなかった。

「ねえ。最後にアンタに伝えたいことが、あるの」

その言葉を口にすることはきっと許されないのだろう、と美琴は思う。
これから死ぬ自分がそれを伝えたところで上条には何の幸福もきっと訪れない。
むしろその言葉は、その想いは、永遠に続く呪いとなって上条を苦しめ続けることだろう。
御坂美琴がいなくなってもその影が上条を蝕んでいく。

しかし、これが最後なのだ。本当の本当に最後。
最後くらい素直になったっていいのではないか。つい意地を張ってしまう殻を脱ぎ捨てるべきなのではないか。
たとえそれが苦しみを生むことになったとしても。この少年を幸せにしないとしても。
御坂美琴という人間としての心の底を、晒してもいいのではないか。

相反する二つの葛藤に囚われ美琴の決意は揺れ動く。
だが『G』はもうすぐそこまで迫っている。躊躇う時間はなかった。
だから、美琴はそれを。

646: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:02:51.58 ID:w+MM7Vpv0




1.上条当麻に想いを打ち明ける
2.何も伝えず想いに蓋をする





648: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:04:27.60 ID:obBMgGXY0
1

652: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:12:51.03 ID:w+MM7Vpv0
「……私、は」

ぐっと拳を握り締めて。今はそれどころではないことを十分に理解した上で。
最後の最後に御坂美琴は虚勢を捨て、全てを晒すことを決意した。

「私は、アンタのことが――――ずっと好きだった」

「――――――え?」

その言葉に。苦しみと絶望に沈んでいたはずの上条がそんな気の抜けた声を漏らした。
自分が何を言われたのか、その理解に遅れが生じているのだ。
少しずつ、少しずつ。言葉の意味を呑み込みはじめ、そして上条はそこで初めて御坂美琴の気持ちを知った。

「……みさ、か」

「佳茄を、よろしくね」

だがそこまでだった。これ以上は本当に限界だった。
美琴は笑顔を浮かべたまま列車から身を投げ出し、上条の眼前からその姿を消す。
上条が自分の名前を呼ぶ絶叫が響き、そして二人の距離は無限に開いた。

一人路線に降り立った美琴はすぐにも現れるであろう『G』を静かに待つ。
その時、美琴の頭の中によく知った声が聞こえてきた。

『お姉様……。本当に、よろしいのですかとミサカ一九八八〇号は全ミサカを代表して問いかけます』

「……いいの。後悔なんてない。全部、終わらせなくちゃ」

『ログからの復元作業に時間がかかってしまい申し訳ありません。準備は既に完璧に整っています、とミサカ一〇五〇五号は報告します』

『お姉様。どうか、どうか今からでも考え直してはいただけませんか、とミサカ一九九九九号は張り裂けそうな痛みを堪えて懇願します。
……これが、悲しみというものなのですね』

『しかしお姉様が決めたことです。ミサカたちは今こそ全てを賭してミサカたちを生み、ミサカたちを守ってくれたお姉様に報いる義務があるとミサカ一二三七一号は考

えます』

『……その通りです。お姉様を想うならやらなくてはなりません、とミサカ一六八二〇号は決意します』

次から次へと溢れてくる。大事な大事な妹たちの、温かな想いが。
番外個体に頼み、『学習装置』で脳波をチューンし、能力で微調整して強引に同期したミサカネットワークを介して。

「……ありがとう。でもアンタたちこそ本当にいいの? だって私は、大切な妹を……」

『むしろ、お姉様は歪んだ生に捕まった一〇〇三二号を救ってくれたとミサカたちは考えています、と、ミサカ一四〇〇〇号は伝えます』

『あの個体は、学園都市にいる全てのミサカは、あのような姿に成り果てることを何よりも恐れていました、とミサカ一一三四六号は断言します』

『これはネットワーク上にも残っている単純な事実です。きっとあの個体に理性と言語能力が残っていればお姉様にこう言ったはずです。
「ありがとうございます」と、とミサカ一八一〇二号は同様にミサカとして断言します』

『母なき歪んだ命として生まれ、しかしその歪みはお姉様とあの少年によって肯定されました。
だからこそ、あのような歪んだ生に再び囚われるのが何より恐ろしかったのです、とミサカ一三七九三号は告白します』

『……だから。だから、ミサカたちはお姉様の願いに答えます。
それがどれほどミサカたちにとって苦痛であろうと悲しみであろうと、それこそが全ミサカの意思、と全てのミサカたちは己の意思によって行動します』

「……ありがとう。本当に、ありがとう。そしてごめんなさい」

本当に。本当に、彼女たちはへたな人間よりもよほど人間らしくて。
その眩しいほどの命と意思の輝きは美琴には抱えきれないほどで。
戦う力をいくらでももらえる気がした。どこまでだってやれる気がした。

653: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:17:11.34 ID:w+MM7Vpv0
だから、御坂美琴はそれを睨む。
頭上の輪を緩やかに回転させ、宇宙空間のようなものをその眼球状組織の内に映し出し、進化を続ける究極生物を。
この世界にあらゆる枠組みに規定されず、『はみ出したモノ』として無限に階段を登り続ける邪な神を。

「……アンタだって、生きたいのは分かってる。でも……悪いけど、ここまでよ」

『G』が咆哮する。だがその声すらも以前の血に飢えたものとは違う。
この世界では表現しきれないような、まるで質の違うものとなっていた。
最後だ。これで何もかもを終わらせる。

「シィィィスタァァァァァァァァズ!!!!!!」

叫ぶ。彼女たちを。最後の最後で苦痛を負わせてしまう彼女たちを。
返答はたったの一言、しかし力強い調子で返ってきた。

『了解しました』

あの時とは違い己の意思によるものとはいえ、負担は避けられないはずだが躊躇いはなかった。
得体の知れない力が、黒い何かが、世界中の妹達から伸びる。
それは一瞬で御坂美琴の体の中へと流れ込み、そこに眠るものの目覚めを呼び覚まし、そして、

『……お姉様、大好きです。と全てのミサカは全ての想いを一言に集約します』

「……うん。私も、大好きよ」

『G』がその大顎の前に黒いエネルギー球のようなものを生成し始めた。
どんな馬鹿でもあれを見れば嫌でも分かる。とにかくあれは駄目だ、あれはヤバい、と。
あれが一度解き放たれればそれだけで何が起きるのか予想すらつかない。しかし。

カッ!! と光が瞬いた。そこにいたのは御坂美琴なのか、そうではないのか。
いずれにせよその姿は普通の人間からはかけ離れたものだった。
彼女は突発的に進化を繰り返す。『G』と呼ばれる究極生物の、対になるように。

『レギア・ソリス』が学園都市を跡形もなく消し飛ばすまであと一分もない。
『滅菌』に関してはそちらに任せていいだろうが、この『G』は絶対にその程度では消えない。
滅びという言葉を知らぬ神に滅びを与えるためにこの力を。

(――――――……ごめんなさい、インデックス)

御坂美琴は上り詰める。『生命の樹』を、『G』を上回るスピードで。
その姿も同時に変異していく。その辿り着く先にあるのはきっと言葉では表せない世界。
世界の全てを消し飛ばすほどのどうしようもない破滅が訪れる。御坂美琴はそれを全ての力で抱え込み、何とか学園都市一つ分にまで圧縮する。

この時。間違いなく御坂美琴は学園都市の本懐を遂げ、神の領域を刹那だけ垣間見た。
過去においても未来においても唯一の、『絶対能力者』が瞬間的に世界に誕生した。

そして……。

656: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:19:47.70 ID:w+MM7Vpv0




どうかあの日々を、もう一度――――――。





657: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:21:02.67 ID:w+MM7Vpv0
「御坂さん、おっそーい!!

「はぁ、はぁ、ごめーん!! ちょっと頼みごとされちゃって……」

「んまっ!! 黒子に言ってくださればお姉様の手となり足となり雑用など引き受けましたのに……」

「はいはい、もうどうしてアンタはいつもそうかな」

この子は決して悪い子じゃあない。それどころか私の知ってる人の中でも一、二を争うほど正義感の強い立派な子だ。
……でも、一つだけ大きな欠点があるのよね。

「またですか白井さん。盛りのついた犬じゃないんですから」

「初春、言うようになりましたわね……」

一体黒子はどこで道を間違えたんだろう。え、まさか私のせいじゃないわよね?
……そうよね?

「まあとりあえず。……テスト、どうだったの?」

今日はようやく終わった期末考査の報告会。言い出したのは私じゃないわよ?
大方の予想通りだと思うけど、言い出しっぺは佐天さん。なんでも今回のテストはよくできたみたい。

「じゃあ言い出しっぺの法則ってことで。あたしから行きますよ」

「佐天さん、あんまりハードルを上げると……」

初春さんの言葉も佐天さんにはどこ吹く風。そんなにできたのかな? お手並み拝見ってところかしら。

「ふっふっふ、これが余の英語のテストなのだ!!」

バン、とついに姿を現す返却されたテスト用紙。あちゃー、といった感じに頭を抱える初春さん。一方それを覗き込んだ私と黒子は……。

「あー……」

「ん、んんー……」

言うべき言葉が見つからなかった。だってその点数は68点。
決して悪くなんかないけど、言うほど素晴らしい点というわけでもない。
正直、一番反応に困るラインの点数よね。

「さ、佐天さん……!! そりゃこうなりますよ。反応しづらいですよこれは……」

初春さんはこうなるのが分かってたみたい。そう、これ自信満々に良い出来だったから、と二日間から散々ハードルを上げられたあとよね。普通に68って言われてたら問

題なかったんだけど……。

「ええー? でもこれあたしにとっては会心の出来なんだけどなぁ」

「……ちなみに、数学の方はどうでしたの?」

黒子がぽつっと聞くと佐天さんは露骨に体を震わせて冷や汗を流し始めた。
……佐天さん、分かりやすすぎ。

「ちょ、ちょっと何言っているのか分からないんですけど?」

その言葉にはぁ、とため息をつく黒子。
あはは、と笑う初春さん。ちなみに初春さんは平均的に安定して取れていた。

「佐天さん? 次のテストで平均点を越えられなかったらわたくし監修でみっちり数学と仲良くしてもらいますわよ?」

ぎゃー、と頭を抱える佐天さんに私も引きつった笑みを浮かべる。
黒子は元々凄く優秀だけど、中でも数学に関しては光るものがあるのよね。
本当に頑張らないと黒子はあまり容赦してくれないわよ?

658: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:22:48.75 ID:w+MM7Vpv0
「嫌ですよそんなの!! だって白井さんてば数学の鬼みたいな感じがしますもん!!」

「だぁれが鬼ですって? ま、でも数学が得意なのは確かですわよ。
能力者は一つの例外もなく演算を行っていますが、わたくしのような空間移動は演算の複雑さが他とは段違いですので。
ですので安心してくださいな佐天さん。レッスンが終わった時、あなたは数学なくしては生きてはいけない体になっていると思いますので」

そんなの嫌ー!! と駄々をこねる佐天さんを見て、何故だか黒子は矛先を初春さんにも向けた。

「初春、あなたも一緒にどうですの?」

「なんで私まで!?」

「あたしは教えてもらうなら御坂さんがいいですよぉー……」

「わ、私?」

「だって御坂さんは分かりやすく丁寧に手とり足とり教えてくれそうですもん」

突然のご指名に流石に面食らう。そりゃ私だって別に数学苦手とかじゃないわよ?
でもなんでそんな過大評価されてるんだろう……。

「お姉様が手とり足とり腰とり教えてくださると申しましたか 」

「申してねえよ」

結局、本当に私が教えることになってしまった。ちなみにそれでも平均点いかなかったら黒子コース。
佐天さんは私がついてくれれば学年一位もちょろいとか言ってるし……責任重大よね。

「さてどんな風に進めていくかな……」

帰り道、ちょっとこれからのプランを考える。やっぱり基本からしっかりやっていくべきか、なんてことを考えていると。そこにそいつはいた。

「……なんつー顔してんのよアンタは」

もはやいつものように声もかけられない雰囲気だ。こいつは世界の終わりのようなオーラを醸し出している。
なんからしくないわね。

「……御坂さん」

「な、何よ」

「俺に勉強を教えてくださいオネシャス!!」

は!?

「もう、もうあとがないんです……」

……要するに、こういうことだった。
こいつの出席日数は絶望的。その上今回のテストの点数もお察しだった。
しかし慈悲深い担任の先生は追試というチャンスを与え、そこで満点近くの点数を取ることができれば望みは繋がるということらしい。
何ていうか……何ていうか。

「アンタ……なりふり構わなくなったわね」

「構ってられるかそんなもん!! 留年なんかしてみろ。吹寄とかはまだいい、青ピなんかに後輩扱いされるのは耐えられん……っ!!」

いや別に知らんけど。
でもこいつには借りもあるわけだし、断る理由も特にないのかな。
ていうかもしかしたら丁度いいタイミングだったりする?

「いいわよ」

「ほんとか!? 神様女神様御坂様!!」

「ただし、佐天さんと一緒に数学からね」

「え……っ? 佐天さんって、あのお前の友達の……」

「そう。中学一年の佐天さん。アンタも一緒に受けてもらうわよ。どうせ基礎の基礎からやり直しになるんだから」

「それは何か嫌だぁぁああああああ!?」

ギャーギャーとわめくあいつを私は珍しく勝ち誇った態度で見つめていた。
別に嫌なら嫌でそれでいいのよ? ただ、留年しても知らないけどね。
さーてこれからは立場逆転よ日ごろの鬱憤を数学という形で存分にぶつけてやるわ。

「さー始めましょー」

「おい待て今からかよ!?」

659: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:26:29.70 ID:w+MM7Vpv0






『絶対能力者』という存在への昇華。その代償として御坂美琴という存在と精神は消滅し。






『G』という邪なる神と、神ならぬ身にて天上の意思に辿り着いた『絶対能力者』の力が激突し、







660: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:29:12.54 ID:w+MM7Vpv0
「おなかへった」

「唖然、何を言う。先ほど食べたばかりではないか」

「おなかへったって言ってるんだよ?」

「……憮然」

「むー、あうれおるす!!」

「……仕方ない」

結局、あうれおるすって押しに弱いかも。
でも仕方ないかも、だっておなか減って死んじゃいそうだし。

「あうれおする、あうれおるす、私はあれを食べてみたいんだよ」

「……愕然。カニクリームシューだと。何だこのゲテモノは」

全く、そうやって食べる前から悪く言うのはあうれおるすの悪い癖なんだよ。
食べてみるまで何も分からない、だからとりあえず珍しいものとか美味しそうなものはどんどん食べてみるんだよ。
うんうん、そうして新しい発見があって世界が広がっていくものかも。

「美味しいんだよ、凄く美味しいかも!!」

ほら、やっぱり食べてみるまでは分からないんだよ。
あそこにあるハンバーグドリアンロールケーキとかいうのも美味しいのかな。
きっと美味しいよね。食べてみたいかも。

「敢然。これはどうしたことだ。何故このような見事な味わいに……」

「ねぇねぇあうれおるす。次はあそこにあるハンバーグドリアンロールケーキっていうのを食べてみたいかも」

「泰然。インデックス、どう考えてもそれは今のとは比較にならぬゲテモノの中のゲテモノだ。やめておいた方がいい」

だからそれが悪い癖だって何度言えば分かるのかなあうれおるすは!!
私はあうれおるすの腕を掴んで強引に進む。あんな変わったものきっと今を逃したら出会えない。
真に美味しい食べ物は一期一会なのかも。

「ほら、早く早く!!」

「ま、待たれよインデックス。そもそももう資金が……」

「店員さーん!! 二つお願いするんだよー!!」

「……愕然。終わった……」

あ、これ普通にまずいかも。

661: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:31:19.56 ID:w+MM7Vpv0






インデックスと御坂美琴が、






『G』と『絶対能力者が』、







662: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:31:56.69 ID:w+MM7Vpv0
「おなかへった」

「君は何を言っているんだ」

「おなかへったって言ってるんだよ?」

「……インデックス。先ほど食べたばかりではないですか」

「むー、すている、かおり!!」

全く二人は酷いんだよ。あれだけのフィッシュ&チップスで足りるわけがないかも。
でも今はかおりがいる。すているは押して押して押せば割と折れてくれるけど、かおりはそうもいかないんだよ。

「お願いなんだよかおり、ちょっとだけ!!」

「駄目です。我慢しなさい」

「すている!!」

「そ、そうだね。確か昨日の夕飯の残りが少しあったはず……」

「ステイル」

ゾワッ、とかおりから何か凄いプレッシャーが溢れる。
こわいからやめてほしいんだよかおり。

「インデックス、食事ならさっきとったはずだ。駄目に決まっている」

すている……。

「ほらインデックス。これならあげますから」

そう言ってかおりが差し出したのは赤っぽい何か。
何なのかな、これ?

「これは梅干といって、日本の食べ物です。私も個人的に気に入っておりまして」

「おおー、これが噂のじゃぱにーず・ウメボシ……」

「そ、そいつは……」

すているはウメボシを見ると何故か途端に顔を青くしてた。
どうしたのかな。昔ウメボシをたくさん投げられるいじめとかあったのかな。

「いただきますなんだよ」

とりあえず食べてみる。……何か凄い味がするかも。
でも、でも。うん、悪くないんだよ。

「ちょっと美味しいかも」

「ふふっ。そう言っていただけると私も嬉しいです」

「ありがとうなんだよかおり!!」

そう言って私はかおりに思い切り抱きつく。
こうするとかおりはいつでも優しく抱きしめ返してくれるから気に入っている。
かおりの腕に抱かれながら、私はウメボシをもう一つもらって、

「ねえすている。すているも食べてみない?」

「い、いや、ぼ、ぼ、ぼ、僕は遠慮しておくよ」

なんだか声が上ずっている。あやしい。
これは何かあるかも。

「ほら口あけてー」

とりあえず強引に口の中にウメボシを捻じ込んでみる。
きっとすているもすぐにその美味しさに気付くと思うんだよ。

「ちょ、インデッうううううううううううっ!?」

あ、倒れたかも。

663: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:34:18.48 ID:w+MM7Vpv0






交差して、






全てが弾け、







664: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:35:31.38 ID:w+MM7Vpv0
「おなかへった」

「あなた様は何を言っているのやら」

「おなかへったって言ってるんだよ?」

「さっき食べたばっかりだろ」

むー、とうま!! あんなモヤシで露骨にかさ増ししたもので足りるわけがないんだよ!!

「大体ね、とうまが悪いんだよ。昨日もこの間も、お金を川に落としたとかカードが通らないとか何とかで……」

「あれらは全部上条さんが悪いんじゃありません!! 悪夢的不幸が悪夢的タイミングで狙い済まして降りかかってきやがるんだ!!」

言い訳は聞きたくないかも。
何にしてもそのせいで食べられたはずのごはんが失われていることに代わりはないんだよ。

「……でも、ないものは仕方ないかも……」

流石にそれが分からない私じゃないかも。
だから何か考えなくちゃ。何か良いアイディアは……。

「はっ!!」

その時インデックスに電流走る――――!!

「とうま、とうま!! じこあんじーって知ってるかな」

「自己暗示のことか?」

「てれびーでやってたんだよ。温かい温かいってじこあんじーすれば寒くないって。
これを使えばもしかしたら……!?」

もしかしたらこれは世界を揺るがすほどの発見かもしれないんだよ。
時代は私なんだよ、素晴らしい発想かも。

「これは肉、牛肉、A5ランクの和牛……」

「これはお肉、美味しいお肉。肉汁たっぷりに焼けてきて……」

私ととうまはその前でしばらくこんなことを呟いて。

「……なあ、インデックス。俺たち、テーブルの上に並べた肉サイズの紙の前で何やってるんだろうな」

「……今、最高に惨めな気分かも」

せめてお肉の焼ける臭いくらいは楽しめるかと思ったのに。
やっぱりじこあんじーってダメダメなんだよ。
でもこのままじゃ私たちは飢え死にしてしまうかも……。

その時でんわーがいきなり鳴り出して、とうまがそれに出た。
何か嬉しそうに喋ってるけど、と、止めなくちゃ!?
だってあのでんわーは話す度にどんどん寿命が縮んでいくって……!!

「喜べインデックス!! 今から小萌先生の家で焼肉パーティーだ!!」

「焼肉パーティー!?」

何か全部吹っ飛んだかも!! 最高なんだよこもえ、じゃすてぃすなんだよこもえ!!
あの不幸なとうまのところにこんなお誘いが来るなんて、今日は最高にラッキーな一日なのかも?

「よーし早速行くぞインデ」

バキッ。そんな音が聞こえたような?

「……不幸だ」

あ、けいたいでんわーが砕けてるかも。

665: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:37:42.19 ID:w+MM7Vpv0






そして、






そして、






そして、






そして。







666: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:39:55.52 ID:w+MM7Vpv0













                                                                        .

667: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:41:22.99 ID:w+MM7Vpv0






































                                                                        .

668: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:46:32.26 ID:w+MM7Vpv0

Files

File39.『御坂美琴の遺書』

なんでこうなったとか、その理不尽とか、そういうのを書くのはやめておこうと思います。
みんなが大好きだった。この街が、色々な不満が消したいところはあるけど、好きだった。
とても残念よ。でも、きっと佳茄は御坂美琴の名に懸けて助けられたはず。
そうよね? もし助けられてなかったら許さないわよ、御坂美琴。
他にもきっと生き残っている人はいるでしょう。あの馬鹿とか多分いるんじゃないかしら。死ぬなんて許さないわよ。

……でも、私はそこにはいない。終わらせなくちゃいけないと思ったから。
ママ、パパ、勝手なことしてごめんなさい。でもこれは私が自分で決めたことなの。
あの子たちには迷惑をかけるけど、『G』をこのままにはしておけないから。
眠らせてあげないといけないと思ったから。……ママ、パパ。今までありがとう。好きだよ。

リサを見てて思ったの。やっぱり母親や父親って必要なんだよね。
子供にとっては絶対で、神様みたいなものなんだよね。
親にとっての子供もきっと似たようなものなのだと思う。
だとしたら、ますます謝らないといけないけど……。でも、それでも。

終わらせる。この惨劇を。

669: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:48:14.44 ID:w+MM7Vpv0






しかし ふたたび夜が天を覆いつくしてきた
さあ 立ち去る時期だ
私たちはすべて見たのだ――――――







670: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/07/26(日) 01:53:07.21 ID:w+MM7Vpv0


トロフィーを取得しました

『絶望の底からも救い給う』
硲舎佳茄を悪魔のウィルスから救った証。果たしてその先にあるのは希望か次なる絶望か


『死より強いもの、それは理性ではなくて、愛である』
滝壺理后が死した浜面仕上に身を委ねた証。彼女に恐怖は欠片もない


『神浄の討魔』
右手の奥にあるものが『G』に致命傷を与えた証。しかし究極生物は無限に進化し、いつか神に追い縋り、追い落とす


『神ならぬ身にて天上に辿り着く者』
誰も辿り着けぬ地平の果てにある『絶対能力者』へと成った証。『G』という滅びを知らぬ神に滅びを


『悪夢の終着点』
惨劇の街を脱した証。生き延びた彼らにとって生は幸福なのか


686: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:31:58.83 ID:Ht/Jvevw0




精神の世界以外には何も存在しないという事実、これがわれわれから希望を奪い取って、われわれに確信を与える。





687: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:33:19.28 ID:Ht/Jvevw0
その報を聞いて、レイヴィニア=バードウェイは珍しく膨大な情報を頭が処理し切れていなかった。
学園都市で発生した悲劇、そして消滅。確認されている限り生存者はたった二名。
上条当麻と硲舎佳茄。後者は聞いたことのない名だが、その少女も今後否応なしに様々な勢力に狙われることになるだろう。

テーブルの上には新聞が投げ出されていた。
その一番上に、嫌でも目に入るように大見出しがでかでかと踊っていた。

『THE DEAD WALK!!』

世界は大きく揺らいだ。凄まじいほどに。
たった一つのニュースから広がった波紋は爆発的に拡大し、世界を包む。
学園都市の一件、どうやらそれは単に敵が消えて良かったね、で済むほど簡単な話ではないらしい。

もうこうなってしまったら、『明け色の陽射し』としても黙って見ているというわけにはいかなかった。
たとえ本来その役割が魔術結社なんてものではなかったとしても。

「これは一体どういうことだ……」

言葉にしたというよりは思わず漏れてしまったという風な呟き。
その声は僅かだが震えてさえいた。
状況がバードウェイの理解の外にまではみ出てしまった証だった。

科学サイドの、崩壊。
それは即ちその王の崩御とも言い換えられる。
だが、そんなことがあり得るはずがないのだ。
バードウェイは知っている。その王の名を。その恐ろしさを。その絶対性を。

「アレイスター……。貴様は、何を考えているんだ……っ!?」

「彼の手から、状況が零れたということでしょうか……?」

「……あり得ん……」

マーク=スペースが呟くが、バードウェイは即座にそれを否定した。
そこにあるのは負の信用。無論、アレイスターとて全知全能完全無欠の存在というわけではない。
計画が複雑で綿密に組まれているほどにふとしたボロが出る確率だって高くなるだろう。
だが、それにしたってこんな決定的で、破滅的な綻びをアレイスターが許すとは思えなかった。それも彼の統治する学園都市で。

アレイスター=クロウリー。この男については魔術師ならば誰でもよく知っていて、そして誰も知らない。
彼が最強最高の魔術師として存分に名を馳せていたころの話であれば、真偽はともあれ情報はいくらでも転がっている。

魔術に傾倒していたころのアレイスターは知っている。しかし全てを、ではない。
彼が科学に走った経緯、そしてその後のことは全く分からない。
そんな情報不足の状態で正確なプロファイリングなど不可能だった。

いいや。情報の足りる足りないの問題ではなく。
根本的に、アレイスター=クロウリーという人間は“バードウェイ程度”に計りきれる存在ではないのだろう。

(私の手には流石に余るか……底知れん奴め)

『明け色の陽射し』などという名がどこかの誰かにつけられる以前の話。
人の上に立つ者……カリスマの挙動や機能の条件を探ることをその組織は目標に掲げていた。
そして、そんな彼らにとって一九世紀後半、奇跡とも言える集団が現れた。
突出したカリスマ性を備える魔術師たちが集った世界最大の魔術結社、『黄金夜明(S∴M∴)』の出現である。

当然、人の上に立つ者を調べていた組織はその内部に潜入することで彼らを調べようとした。
だが、そこで逆に染め上げられた。長年強いカリスマ性を持つ者を調べていた組織はそれに対して強い耐性を備えていた。
それでも、呆気なく丸呑みにされてしまった。それほどに『黄金夜明』は、そこに集った連中は常軌を逸していた。

688: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:34:26.40 ID:Ht/Jvevw0
そして。そんな『黄金夜明』にある時一人の魔術師が加入した。
名はアレイスター=クロウリー、備えるものは伝説級、そのたった二桁の活動によって数千年を超える魔術の歴史を塗り替えたほどの異常者。
『黄金夜明』に加入する条件は十分すぎるほどに満たしていた。
それからのことだ。アレイスターが加入してからほどなくして、世界最大の魔術結社『黄金夜明』は破滅した。

アレイスター=クロウリーという存在は、計り知れないほどの影響を及ぼした『黄金夜明』でさえ抱えきれなかったのだ。
持て余した。振り回された。御しきれなかった。受けきれなかった。それほどの極大のカオスを彼はもたらした。

『明け色の陽射し』の名を冠す以前の、その本領を有していたころの組織でも『黄金夜明』には呑み込まれた。
その組織を呆気なく呑み込んだ『黄金夜明』すらアレイスターは手に余った。
それほどの才能。それほどの特異点。それほどの異常者。

で、あれば―――『黄金夜明』を内側から破滅に導いたその男を。
『本来の力』も忘れた今の『明け色の陽射し』が、そのトップ程度のレイヴィア=バードウェイが、語れるはずもない。
とはいえ。それは何も抗戦ができないということではないが。

(第三次世界大戦と右方のフィアンマによって奴の『プラン』に大きな誤差が生まれ、現状迂闊に動けないと踏んでいたが……。
読みを誤ったか、それともこれすらも『プラン』の内なのか)

そもそもアレイスターは生きているのか、死んでいるのか。
それすらももはや定かではなくなってしまっていた。
まあまず間違いなく生きているだろうが、とバードウェイは呟き、

「上条当麻の方は。既にイギリス清教傘下の天草式十字凄教が接触を図ったと聞いたが」

「あくまで友人を心配して、という体の接触です。とはいえ、本人もその目的だったようですが」

ふむ、とバードウェイは美しい金髪を後ろに流して考え込む。

「……迂闊に動けないのはこちらもだったな」

上条当麻が生きていたのは、個人的には喜ばしい。
バードウェイは意外と上条のことを気に入っていたし、有り体に言えば好んでもいた。
だが、起きた事態が読み取れない以上下手な手を打てば何を呼び込むか分かったものではない。
それに……これは推測だが、今の上条はまともに会話をこなせるような状況ではないだろう。

(……待つしかない、か)

上条当麻。いかな彼といえど、今度ばかりは二度と立ち直れなくても不思議はない。
異能によるものでも、作られたものでもなく。本当に、どうしようもなく現実で起きてしまったことだ。
あらゆるものを喪い、魔道書図書館、禁書目録―――インデックスさえも失った。
だからバードウェイは上条に何も言えない。何も強要はできない。接触するつもりもない。

689: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:35:41.95 ID:Ht/Jvevw0
(もしあいつが立ち上がれなかったなら――――その時は、私としても本気で潰させてもらうぞ)

それでも、状況は彼や見知らぬ少女を放ってはおかないだろう。
大きな陰謀からチンケな三下集団まで。幾多の勢力が彼らを強引に巻き込もうとするだろう。
バードウェイには、再起に失敗したなら上条に何も要求はできない。
そのままひっそりと暮らしてほしいと思う。だから、そんな上条たちを狙う者には一切の容赦も躊躇もしない。

そう、たとえその相手がアレイスターであったとしても。
バードウェイは全力で噛み殺す。
そして、それと同じほどに不気味なイギリス清教最大主教の存在。

「……パトリシアは?」

「……塞ぎ込んでしまっています。パトリシア嬢は学園都市を大変に好み、常々あの街で学びたいと口にしていましたから」

「そうか。……後々私が行く。それまで護衛の目は放さないようにしておけ。
この世界規模での大混乱だ、それに乗じて何を企む輩がいても不思議はない」

マークは了解、と一言返すとその場を去っていった。
結果的に妹を学園都市にやらなくてよかったが、パトリシアのその願いを叶えてやりたいとは思っていた。
滅多に我がままを言わない大切な妹の願いだ。
だが『黄金』系である『明け色の陽射し』のトップの妹が科学サイドに渡り、しかも能力者になってしまうと非常に面倒な事態になる。

そのためにバードウェイはパトリシアの願いを叶えてやることができなかった。
そんなパトリシアには何の関係もない魔術のしがらみで彼女の道を縛るのは心苦しかったが……。

(そんな心配も、もはやなくなってしまったな。……嬉しくない決着だ)

下手な行動は取れないが、やらなければならないことは山積している。
その筆頭に最も気になるものがある。
黄金色に輝く陽射しを前に、レイヴィニア=バードウェイはこれまで以上に先行きの見えなくなった未来を思って呟いた。

「さて、これから訪れるものはなんだろうな。世界中でバイオテロ、なんてことにはならんように願いたいものだ」

690: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:38:56.22 ID:Ht/Jvevw0
世界中の大物たちが困惑と動揺を隠し切れなかった。


「……が、学園都市が消滅だと? それにバイオハザードの発生……」

「……こんな冗談はB級映画の中で留めてほしかったな」

その報を聞いて、アメリカ合衆国大統領ロベルト=カッツェの声は震えた。そしてその補佐官ローズライン=クラックハルトも。
彼らの声色には信じられない、といったニュアンスが含まれていた。
当然だ。学園都市と言えば他とは隔絶した科学力を持ち、国家未満の一都市でありながら第三次世界大戦では大国ロシアさえ圧倒した街。
それがまさかこんな結末になろうとは誰が想像し得ただろうか。

「二〇〇万を優に超える死亡者……ぞっとするな。まるで戦後の報告を聞いている気分よ」

ローズラインの言葉。思わずくらっとしてしまうような数だった。
これは大国同士の戦争による死亡者の数ではないのだ。
ただ、あの街で起きた惨劇によってこれだけの数が。

「……アメリカとしてはとりあえず混乱からの自衛を考えた方がいいだろうな。下手に首を突っ込まずに」

ロベルトとローズラインはその裏にあるものにまでは考えが至らなかった。
アメリカという国は科学サイドと魔術サイド、どちらかに明確に所属しているわけではない。
だからこそ、一番中立的にこれからの世界を見ていけるのかもしれない。




『そちらの調子はどう、エリザ?』

「……突然連絡してくるのはやめてほしいのだけれど」

その報を聞いてエリザリーナ独立国同盟、その盟主であるエリザリーナは深く椅子にもたれかかる。
この部屋にいるのは彼女一人だ。電話も使っていないが、その会話の相手は遠くフランスにいる。

「どうもこうもないわよ。学園都市の一件はこの独立国同盟にまではそれほど影響はなし。
ロシアの方は流石に混乱は避けられてないみたいだけどね」

『まああなたの国は大きくない上にあなたの目が届いてるのもあるでしょうね』

「そういうそちらはどうなのよ」

エリザリーナは独り言を呟いているのではない。
会話の相手は『傾国の女』と呼ばれているフランスの重鎮だ。
同時にこの『傾国の女』はエリザリーナの姉でもある。

『……フランスも、荒れていますよ。表面上はそれほど変わりのないように見えますが、所詮は見せかけです』

予想通りの返答にエリザリーナは大きく息を吐く。

(あの事件は、やはりそれほどの……)

遥か遠く。極東の島国で起きた世界を揺るがす事件。
今のところはここには影響は薄いが、これからも世界、特にロシアが荒れればこの国も無関係ではいられないだろう。
今のうち打てる手は打ち、考えられる策は考えておくべきか、とエリザリーナは水を一杯口にして、

「……ところで一体何の用事があったわけ?」

『おや、エリザ。姉が妹の心配をしてはいけませんか?
あなたのことですからそろそろ過労で倒れるころかと思ったので』

「余計な心配よ」

691: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:41:32.55 ID:Ht/Jvevw0

「……何が何やら、頭が追いつきませんね」

「大丈夫、大丈夫よ。私が体でわかぐぶはぁっ!?」

その報を聞いてロシア成教総大主教クランス=R=ツァールスキーは思わずそんなことを呟いていた。
突然おかしな声をあげて倒れたワシリーサを見つめるクランス=R=ツァールスキー。
ワシリーサをパールで殴り飛ばしたのは殲滅白書のサーシャ=クロイツェフだ。

「……何をしているのですか?」

「第一の解答ですが、下品な言葉を発するのが目に見えていたのでその前に黙らせました」

こんな時でも変わらない、とクランスは思わず笑う。
だが世界の様子は変わる。あっさりと、停止することなく。

元々ロシアは第三次世界大戦の主な戦場となった国だ。
自業自得な面はあるものの、何にしてもその被害によって国はまだ立ち直りきっていない。
荒れた国土に賠償金。問題は山積みだった。そこに来て、今回の一件。
ただでさえぐらついていたジェンガを思い切り蹴り飛ばされた気分だ、とクランスは思う。

「様子はどうでしょう?」

「第二の解答ですが、今日は一二件の無視できないレベルでの魔術的事件が確認されています。
補足説明しますと、これは魔術的事件の話であり魔術の絡まない事件を含めるとその数は更に増えます」

一二件。少なく聞こえるかもしれないが、これはロシア国家として、あるいはロシア成教という枠組みで見ても無視できない事件の件数だ。
このままではとても対処が追いつかない。どうするべきか。
さしあたりロシア成教の体制の見直し・組み直し、他国との協力関係構築の段取りなどを頭の中でシミュレートしていたクランスだったが、

「んもぅ。坊やは余計なこと考えなくてもいいのよ、やるべきことだけやってくれれば」

いつの間にか起き上がっていたワシリーサはそう言ったあと、クランスには聞こえない声で呟く。

「……裏方で手を染めるのはこっちで全部済ませるから」

サーシャはその呟きを拾っていた。この点に関してはワシリーサに同意できるのか、小さくこくりと頷く。
一方で呟きが聞こえていないクランスは立ち上がり、

「国内の建て直しは火急。しかし国際的な協力関係も可及的速やかに必要でしょうね……」

世界は変わる。たった一つの事件から、こうも簡単に。

692: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:42:16.31 ID:Ht/Jvevw0

その報を聞いて、マタイ=リースは言葉を失った。
確かに学園都市の存在は快く肯定できるものではなかった。
しかしだからといってこんな結末を迎えていいというわけでもない。
それに、そもそもあの街の住人は神を知らぬ身のはずだ。

「一体、何をどうしたらこんなことが起こるのだ……」

「あら、何か問題でもあるワケ?」

背後から女性の声がした。ジャラ、という鎖のような音も聞こえる。
マタイが振り返るとそこには見知った顔があった。
黄色い服にピアスをいくつもつけた派手な見た目。だがそれは相手の悪意を呼び起こすための手段に過ぎない。

前方のヴェント。元ローマ正教最暗部『神の右席』にて前方と土を司る者。
ヴェントはにやりと笑ってマタイを否定する。

「学園都市が消えたのよ、もっと素直に喜びなさい」

「あの街の住人全てが罪人だったわけではない。
受け入れるかはともかく、神を知らないまま生を終えるのもまた悲劇だ。
それに……何であろうと、人の命だ」

はぁ、とヴェントはため息をついてこつこつと近くを歩き出した。

「少なくとも、私にはこれ以上ないほどの朗報。
私は科学が嫌い。科学が憎い。久しぶりに最高とも言える気分だわ」

「ヴェント」

「……アンタが頭抱えてどうするってんのよ。アンタは今や教皇を退いた身。
今の教皇はペテロだかペトロだか何とかってヤツでしょ。そいつに全部任せときゃいいのよ。
成功しようと失敗しようとそいつの責任、教皇なんだから当然でしょ」

確かにそうなのかもしれない、とマタイは考える。
マタイ=リースは既にローマ教皇を辞している。
しかし、今の騒乱を鎮めるには世界中が協力する必要があるはずだ。
どの国もまずは自国の混乱を収拾することに躍起になっている。それは当然だ。

だが、同時にそれだけでは根本的な解決にはならない。
そこからもう一歩踏み込む必要がある。
こうなっては教えを信じる者も信じない者も必要なく手を取り合わなければならない。
マタイがそう語ると、

「……くっだらない」

ヴェントはそう吐き捨て、虚空よりハンマーのようなものを取り出した。
そしてそれを一振りすると突然竜巻が発生しヴェントの姿を覆い隠す。
それが晴れた時、既にヴェントの姿はどこかへと消えていた。

「……とても心から喜んでいるようには見えなかったぞ。
お前なりに何か思うところがあったのではないのか? ヴェント……」

693: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:44:47.07 ID:Ht/Jvevw0

「――――以上が我々の調査によって知り得た全てです」

その報を聞いて、英国女王エリザードはこれからの指針を考え直していた。
学園都市でバイオハザードが発生? 死者の歩く街に変貌? 学園都市が正体不明の極大の力によって消滅? 魔道書図書館が死亡?
どれか一つだけでも耳を疑うようなショッキングな情報が一気に雪崩れ込んでくる。
だがイギリスとしての一番の問題はおそらく、

「禁書目録の、あの子の喪失だな……」

エリザードが小さく呟いた。
魔道書図書館はイギリスの宝だ。それが敵対勢力の手に渡るなど論外だが、失われるのもまた大きな損失に違いない。

「……ですが。あの禁書目録は果たして、イギリスにとって本当に不可欠な存在なのでしょうか?
私としては以前から、常々疑問に思ってきたのですが」

英国第一王女リメエア。彼女はインデックスの必要性について疑問を投げかけた。

「ええ、ええ。ここではあの少女についてではなく、つまりあの少女という人間やその人権についての議論は脇に置いておいて。
そもそも本当に魔道書図書館はイギリスに必要なものなのか、という点について話しています」

「そーいえば禁書目録が作られた経緯などは聞いたことがないの」

リメエアと英国第二王女キャーリサの言葉にエリザードは考える。
無論エリザードだってそのことについて考えたことがないわけではない。
このイギリスという魔術大国では毎日のようにいくつもの魔術的事件が起こっている。
そのほとんどがいちいち注目するに値しない取るに足らないものだ。

だが、中には無視のできないものもある。
果たしてそういう時にインデックスを呼び寄せてその知恵を借りたことがあっただろうか。
一度もなかったわけではない。キャーリサがクーデタを起こす前のユーロトンネル爆破事件などでは彼女の知恵を借りた。
しかし一体他にそんなことが何件だっただろう。そう、思い出してみるとそんなことはほとんどないのだ。

エリザードはもうとっくに気付いている。禁書目録は、インデックスは、イギリスという国家のための存在ではない。
イギリス清教最大主教。ローラ=スチュアートの考えによって、彼女自身の目的のための存在なのだろう。
……とはいえ、今考えるべきはそのことではない。

「あの子が我が国にとって必要不可欠であろうとなかろうと、損失には違いない」

「……あの少年が聞いたらブチ切れそうな会話だな。そーだ、あいつは今どーいう状況なんだ?」

キャーリサの言葉を受けて脇に控えていた騎士団長が説明を始める。
その表情には疲労と困惑の色さえ見て取れた。

「……あの少年については日本国内の病院に置かれています。
何らかの妨害が入っているようで正確な位置については、まだ。
むしろ厳重な監視下にあるのは彼と一緒にいたという少女の方です。名は硲舎佳茄といったかと」

「あの少年、上条当麻は現在どういう状態にある?」

「……聞いたところによれば廃人にも近い状態。かつての様子は全く見られないそうです。
それほどの致命的な精神的ダメージを受けたのでしょう。これからどうなるかは、彼と状況次第かと」

端的に言って上条当麻は優しい人間だった。
それが親しかった人間、昨日まで談笑していた人間たちが生きた死体に変貌したのを見れば。
それを救えない自責の念、右手で壊せない絶望、その上インデックスまで失ったとなればいくら彼でもそうなるのはおかしいことではない。
上条当麻が再び立ち上がれるか否か。それは現時点では何とも言えないところだった。

694: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:46:08.19 ID:Ht/Jvevw0
「その少女もあの少年も災難ね。これからも、色んな連中に狙われるのでしょうし」

上条にはクーデタの際に借りもある。このまま世界のいざこざとの関わりを断ち切ってもいいはずだ。
そもそも本来、彼のような一学生が踏み入るような世界ではなかった。
……硲舎佳茄という少女についてはどうだろう、とエリザードは思う。
顔も知らぬその少女が今回の事件を通して何を思い、これからどうなっていくのか。そればかりは流石に読めない。

「……では。学園都市が消滅したとされる時間に観測された、あの極大の力については?」

騎士団長が答えようとした時、背後のドアが開いた。
この部屋は指定された者が以外は立ち入れないようになっている。
特に今のような時には魔術的に防護が施されているため、入ってきた者の予想はついた。

「ウィリアム」

「遅くなりました」

ウィリアム=オルウェル。元ローマ正教最暗部『神の右席』所属。
かつては『後方のアックア』という名で動いていた男だ。

『聖人崩し』によって神の子と聖母の両方の身体的特徴を持つという二重聖人の性質を失った。
そしてロシアにて大天使『神の力』……ミーシャ=クロイツェフの力をその身に取り込んだだめに通常の『聖人』さえ失い、現在では何の力も持たぬ身。
しかしそれでも彼が鍛え上げてきた技術は並大抵のものではなく、今でもこうして必要があれば駆り出される立場となっている。
そもそもロンドンの処刑塔に幽閉されている身であるキャーリサがここにいるのもそういうことなのだった。

「我が人徳娘はどうした?」

「疲労がたたり、酷く顔色を悪くされていました。それでも絶対に休まないというものですから。
……これ以上は危険と考え、眠りの刻印を」

エリザードに対するウィリアムの返答にキャーリサは僅かに笑みを浮かべる。

「おいおい、仮にも人徳の英国第三王女ヴィリアンに対して魔術を行使したのか。
まー、あの馬鹿はその人徳を生かして少しでも国内の混乱を収めるべく走り回っていたからな」

「体調管理もできないとは、やはりまだまだ未熟ね。若すぎるのも問題なわけだけど」

「……報告に入ります。あの力はやはり理論上の『魔神』のものと類似性が確認されました。
あまりに一瞬のことで十分なデータがあるわけではありませんが……」

そこでウィリアムは僅かに言葉を切り、

「――――ただ、あの力はこの世界を残らず消し飛ばすに十分な破壊力を秘めていた可能性がある、とのことです」

「……それは、確かなのか。ウィリアム」

その言葉にぎょっとした顔を見せたのは騎士団長だ。
ただでさえ異常極まるあの事件だ。そこで実は世界を砕くほどの力が発生していたかもしれないなど。
一方で二人の王女と一人の女王は大して動揺した様子はない。

695: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:47:14.16 ID:Ht/Jvevw0
「『魔神』ね。まさか学園都市で、タイミングで『魔神』が誕生したというわけでもないでしょう」

「そもそも『魔神』なんて今のところ理論上の存在でしかないの。その辺りを知っている者がいるとすれば」

「上条当麻に硲舎佳茄、というわけであるか」

この二人の名前については表向きには伏せられていて、魔術サイドでも一部の人間しか把握していない。
ここにいるような世界の重鎮たち、彼らと親しかった者、何らかの理由で知る必要があると判断された者。
基本的にはそういった者たちだけだ。しかし時間が経つにつれてその秘匿性が薄れていっている。
特に上条は悪い意味でも有名人だ。魔術サイドでも彼を快く思わない者は多い。

「だがあらゆる意味で彼らに話を聞けるような状態ではあるまい。
その辺りはとりあえず捨て置くべきだろうな」

「ええ。今はこの国の体制を建て直すことが先決かと」

騎士団長の言葉は尤もだ、とエリザードは思う。
本当に多くの問題の種をあの事件は世界に振り撒いた。
この国に限定してもだ。元々この魔術大国では様々な企みを持つ輩が潜んでいる。
それらが好機到来とばかりにこのタイミングで表に表れ、国民たちもパニックと日本の事件の異常性に慄き、恐怖と不安が表出している。

ヴィリアンがどれだけ駆け回ったところで一人では限度がある。
まず何にしても国としての足並みを揃えなければどうにもならない。

「……というわけで、だ。入ってきていいぞ」

エリザードの突然の言葉に誰もが怪訝な顔をする。
他に誰かいたか、という疑問の答えはすぐに現れた。

「……こ、こんにちはー」

「お初にお目にかかります、英国女王(クイーンレグナント)」

「…………」

「…………」

入ってきたのはレッサー、ベイロープ、ランシス、フロリス。
魔術結社予備軍、『新たなる光』だった。
ガチガチに緊張して喋れなくなっているランシスとフロリスの代わりにレッサーとベイロープが声をあげる。

「なんだこいつらか。よーするに手駒、意外性もない人選。つまらないの」

「そこっ!! 露骨にがっかりした顔をしないでください!!」

「ば、馬鹿っ!?」

はぁ、とため息さえつくキャーリサにレッサーが抗議するも、すぐにベイロープに取り押さえられる。
英国女王だけでなく王女二人まで揃っているのだ。その態度にはひやっとするものがあったのだろう。

「お前らもさりげなくいつでも斬り捨てられる位置に移動しなくてもいいぞ、ウィリアム、騎士団長」

いつの間にか移動していた二人にランシスとフロリスは更に身を震わせ、口からは何と言っているのかも分からない音だけが漏れる。
その様子にリメエアが呆れたように頭を抱え、キャーリサはけたけたと笑う。

「それでだ。『新たなる光』の腕と愛国心はよく分かっている。
そんな『新たなる光』のために一仕事頼みたいんだが、どうだ?」

エリザードが薄く笑って問うと、彼女たちは弾かれたように綺麗に並んでぴんと背筋を伸ばす。
その威勢のいい返答にエリザードは満足する。そう、まずは何よりもイギリスの混乱を収めるのが先だ。
しかし、

(……禁書目録の件については、調べておく必要があるかもな)

696: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:49:24.04 ID:Ht/Jvevw0

その報を聞いて、ブリュンヒルド=エイクトベルはクレイモアを握った。
彼女が巨大なクレイモアを一振りする。ズオッ!! と凄まじい衝撃波とソニックブームが場を制圧し、暴虐の限りを尽くす。
あまりにもシンプルで、だからこそどうしようもなかった。それだけで後天性ワルキューレはいとも容易く吹き飛ばされる。

実力の差は決定的だった。だがそれは何も後天性ワルキューレが特別陳腐なのではない。ブリュンヒルドが異常なのだ。
元々、ブリュンヒルド=エイクトベルは十字教圏における特異体質『聖人』を有する者。
加えて、彼女は同時に北欧圏における特異体質『ワルキューレ』をも兼ね備える世界に二人といない逸材。
二つの力は拮抗し、月の満ち欠けのように切り替わっていくのだが今は時期的に見て何の問題もない。

「そんな程度か」

ブリュンヒルドが吐き捨てる。心底退屈そうな声だった。
彼女の巨大な剣と、後天性ワルキューレの細身の剣が激突する。拮抗すら生まれなかった。
単純な腕力、単純な切れ味とも違うものも付加されたそれに細い剣は切断され、そのまま容赦なく叩き潰されるように両断される。
弾けたように、もはや冗談のように血や臓器が弾けていった。

「そんな程度で、私やあの子の首を取る気でいたのか」

ブリュンヒルドが小さく何かを呟くと、クレイモアにべったりと張り付いていた血や人間の欠片が小さな音と共に弾け飛ぶ。
そしてそのままたった今斬り潰した後天性ワルキューレの剣、その刃先側を手に取る。
その時、後天性ワルキューレの一人は敵わぬと見て唯一の勝機へと手を伸ばしていた。ブリュンヒルドの唯一最大の弱点へ。
セイリエ=フラットリーという少年へと。

「残念だ」

だが、それを許すブリュンヒルドではない。手に取った刃先をその後天性ワルキューレへと投擲する。
それだけで空気が激しく震えた。彼女の凄まじい腕力から繰り出されたそれは、音速を超えて正確にその心臓へと突き刺さる。
あの少年にだけは手を出させない。それはブリュンヒルドの揺るがぬ信念だった。

残りの後天性ワルキューレたちを見据えて、スッと目を細める。
ドンッッッ!! という爆音が炸裂した時にはもう遅い。ブリュンヒルド=エイクトベルは音速超過での精密な挙動を可能とする。
現在のブリュンヒルドの『モード』は『ワルキューレ』。彼女は記録上、『聖人』として力を行使したことがない。
それはおそらく北欧圏に属するにも関わらず『聖人』という記号を持って生まれたこと、またそれによる一連の悲劇に端を発するのだろう。

ブリュンヒルドが一体の後天性ワルキューレの頭を鷲掴みにする。
『ワルキューレ』の性質からもたらされる単なる握力。それがその頭を握り潰してから他の後天性ワルキューレたちが反応した。
数を生かし、複数でブリュンヒルドを取り囲み音速を超えた戦闘を繰り広げるが、まともにぶつかればまずブリュンヒルドが勝つ。

(……世代は更新しても、所詮は模造品か。
だが……殺せる内に殺しておくのが最良ではあるだろう。厄介な欠点を抱える身の上であるのだし、な)

ブリュンヒルド=エイクトベルは基本的に遊びを入れない。
冷静に、冷徹に、冷酷に、殺せる時に殺すのが彼女の基本方針だ。余計な遊びを入れて後で後悔はしたくない。
更にブリュンヒルドは『聖人』と『ワルキューレ』という希少体質を同時に兼ね備える存在。
その二つの力は月の満ち欠けのように、天秤のように流動するのだ。

697: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:50:50.43 ID:Ht/Jvevw0
『聖人』の力が極大になれば『ワルキューレ』の力はゼロに等しくなり、『ワルキューレ』の力が極大になれば『聖人』の力はゼロに等しくなる。
だが、どちらの力であってもブリュンヒルドは絶大な力を振るう。問題なのは半々の時だ。
『聖人』と『ワルキューレ』、双方の力がぴたりと釣り合う時、ブリュンヒルドは全ての力を喪失する。
三ヶ月の中で数日だけ、普通の人間と同レベルにまで堕ちる。

勿論、そのことは知られていない。以前に北欧系魔術結社に捕らえられ、おぞましい拷問にかけられ、あの少年と出会った時も。
結社がブリュンヒルドが全ての特別性を喪失する、そのタイミングで来たのは偶然だっただろう。
しかし偶然だろうが何だろうがその時を突かれればそこまでだ。彼女はそれを経験からよく理解している。
だからこそ。ブリュンヒルド=エイクトベルに基本的に遊びはない。

ヂッ!! という音が響いた。ブリュンヒルドのクレイモアが後天性ワルキューレを押し返していく。
速く、鋭く、重く、『洗練』という言葉に集約される一撃。たとえ相手が『聖人』であろうともそれをまともに受け止めることはかなり難しい。
神裂火織というイギリス清教の『聖人』と交戦した時もそうだった。彼女の剣は『聖人』だの『ワルキューレ』だのといった特別性によるごり押しではない。
そこに甘んじず、更なる弛まぬ鍛錬を積み重ねたからこそ、これほどまでの斬撃が生み出される。

「どうした。終わりか?」

後天性ワルキューレの振るう剣を真剣白刃取りの要領で片手で掴み取り、凄まじい勢いの蹴りが後天性ワルキューレの体を破裂させる。
背後から迫るもう一体をクレイモアの柄で吹き飛ばし、返す刀で残りに対して鋭角的に斬り込んでいく。
その中で一体。ある一体の持つ剣にブリュンヒルドは異常を感じ取る。様々な魔術の重ねがけで切れ味を大幅に増幅させているのだ。
他に混じり一つだけ強力なものを。隠しているつもりのようだが、ブリュンヒルドの目は騙されない。

「さて――――」

後天性ワルキューレの剣とブリュンヒルド=エイクトベルのクレイモアが激突する。
結果は明らかだった。同様に攻撃用の術式を重ねがけしたクレイモアによって、ガンッ!! と後天性ワルキューレの剣が砕け散る。

「……万策尽きた、と見てもいいのか?」

それで終わりだった。ブリュンヒルド=エイクトベルの圧倒的な破壊が、最後の後天性ワルキューレを呆気なく粉砕した。
一通りの戦闘行動を終わらせたブリュンヒルドは、つまらんな、と一言吐き捨てる。
それは今の戦闘に対してではない。それを包含する一連の状況そのものに対してのものだ。

――――学園都市が消滅した。その知らせはブリュンヒルドの耳にもすぐに届いた。
今、魔術サイドはかつてないほどの混乱に陥っている。
そして世界が荒れればそれに乗じてよからぬことを企む輩も大量に出てくる。
そのレベルは様々だ。国家レベルでの策謀のやり取り、組織レベルでの不穏な動き、集団や個人での凶行。

それぞれがそれぞれに、好き勝手にこの好機に己の目的を果たそうという動きが起きている。
ブリュンヒルドの想像通りの予想図だった。今、ブリュンヒルドやセイリエを狙って後天性ワルキューレが差し向けられたのは何か巨大な一つの陰謀ではない。
同時並列で世界中で多発する事件。混乱に乗じて動き出した、星の数ほどある事件のほんの一つに過ぎないのだろう。

(世界は、これから加速度的にますます荒れるな)

後天性ワルキューレを差し向けた者の目的は分からない。
もしかしたらあの時の五大結社のように、北欧圏の純度を薄める『混ぜ物』たるブリュンヒルドを殺そうしたのかもしれない。
セイリエを利用してブリュンヒルドを手駒としてコントロールしようとしたのかもしれない。
だが、大きな陰謀であろうと事件の一つであろうと、目的が何であろうとセイリエ=フラットリーというあの少年に危害を加えようとしたことに間違いはない。

ブリュンヒルドは基本的に遊びを入れない。
『基本的に』は。あの少年に関する事柄、それだけが唯一の例外だ。
いや、正確にはそれは遊びではない。『話せば分かる』人間であるブリュンヒルドの、たった一つの悪趣味。
今回の首謀者の所属を様々な視点からの分析で絞込み、どんな地獄的苦痛を味わわせてやろうかと思考を巡らせながらブリュンヒルドはそこへ戻ってきた。

「あ、おかえりなさいー。どこ行ってたの?」

「……いつまで寝巻きでいるつもりだ。早く着替えるといい」

「その前にココア欲しい」

「……仕方がないな」

ブリュンヒルド=エイクトベルはこの少年を守り抜く。
世界の情勢に興味はない。学園都市で発生したというバイオハザードもどうでもいい。科学サイドの核の崩壊も気にしない。
彼女の気にするたった一つは、ここにある。

698: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:51:56.74 ID:Ht/Jvevw0
新雪に足跡が刻まれていく。辺りを見回しても視界に入るのは雪とそこから伸びる森林程度。
ザッザッ。未踏の雪にその道のりをはっきりと残しながら歩いていく。
どこを目指しているというわけでもなく、何を目指しているというわけでもない。
ただ、この刺すような冷気が少しは頭を冷やしてくれるような気はしていた。

ふと立ち止まり、空を見上げる。あるのは夜の闇に浮かぶ星々で、それ以外は何も見えない。
次に自身の右肩に視線を遣る。そこには何もなく、何の力もない。
それこそがあの少年が生きている証だ。

――――その報を聞いて、右方のフィアンマは事の意味を考えた。
学園都市の消滅、アレイスターの思惑。上条当麻の生存。
その中でも、フィアンマにとって最も重要なものは決まっていた。

「ふん。勝手に野垂れ死にはしなかったようで一安心だ。
……俺様はお前への恩をまだ返してはいないのだからな」

かつて、『右方のフィアンマ』という名を持つ以前。
貧困にあえぐ幼い少年と出会った。親に捨てられ、住む場所もなく、泥をすすって生きるような生活を送っていた。
当時まだ魔術師としても人間としても完成していなかったフィアンマは、純粋な善意からいくらかの額を少年に渡した。
少年は多いに喜び、礼を言った。これをきっかけに少しでも社会に戻れるといいとフィアンマは笑った。

その翌日のことだった。少年の元へ訪れたフィアンマが見たのは、死体となった少年の変わり果てた姿だった。
犯人はすぐに捕まった。犯行の理由は自分が少年に渡した金を奪うためだった。

かつて、『右方のフィアンマ』という名を持つ以前。
特に環境の劣悪なストリートチルドレンたちに最低限の、しかし十分な食料や生活用品を渡した。
現物にしたのは過去の過ちを防ぐため。
フィアンマは今の生活から抜け出すための知恵や方法を語り、少年少女たちは救世主の登場に沸いた。フィアンマも笑っていた。

その翌日のことだった。フィアンマの元に一つの報が飛び込んだ。
彼らの間で殺し合いが発生した。その理由は物資の奪い合いだった。
それでも奪い合い殺し合いに勝利した子供たちは、満面の笑みで救世主に礼を言った。フィアンマは笑えなかった。

かつて、『右方のフィアンマ』という名を持つ以前。
貧困に食糧不足、そして病に苦しむ村に立ち寄った。
フィアンマは自分から物を与えることはせず、病に対する正しい知識や対処法、食料の生産等の知識を語り根本的な解決を図った。
人々は救世主の登場に歓喜し、フィアンマは笑った。彼のアドバイスを元に時間をかけてじわじわと立ち直っていった。
村を救ったフィアンマは人々に惜しまれながらそこを去り、どこかの地へと発っていった。

その数年後のことだった。
再びその村に立ち寄ったフィアンマが見たのは、荒れ果て荒廃した村だった。
その理由は豊かになった村に対する、武装勢力による侵略と略奪だった。

かつて、『右方のフィアンマ』という名を持つ以前。
世界で最も貧しいと言われている地方の一つに足を運んだ。
既に世界でもトップランカーに名を連ねていたフィアンマはその指導者と会い、種種の改革案や体制の変革を提案した。
指導者は彼の言葉に従って改革を推し進め、それはその地方のみならず国全体に波及しGDPも上昇し始めた。

その数年後のことだった。
フィアンマはその国が隣国によって併合されたという報を聞いた。
その理由は資源の獲得だった。

フィアンマの実力は世界全てを見渡しても並ぶ者がいないほどになった。
そして時期を同じくして彼は笑顔を見せなくなった。
救えないと理解した。一人の子供から始まって、子供たちに、村に、地方に、国に。
根本から変えなくてはとどんどんとスケールを大きくしていったが、それでも駄目だった。

699: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:53:00.31 ID:Ht/Jvevw0
彼は『神の右席』の指導者となり、『右方のフィアンマ』へと名を変えた。
そして決意する。何かを救うにはその原因から解決しなくてはならない。
それには環境を変え、地域を変え、国を変え、そして世界を変えなくてはならない。

幸いフィアンマにはその力があった。現実的にそれを成し遂げられるだけの莫大な力が。
何の罪もないはずの人々が理由なく苦しんでいる一方で。
少し目を違うところに向ければ何トンもの食糧廃棄が行われていて、蛇口を捻れば綺麗な水が手に入る。肥満などというあり得ない問題すら浮かんでいた。

だから彼は決意した。属性のズレだけではない、この歪んだ世界を救う、全ての根本を変革すると。
人々を苦しめるものを取り除き、この右腕で理想の世界を実現すると。

――――――フィアンマは、世にある理不尽な不平等を正したかった。
差別をなくしたかった。貧富の差を解決したかった。戦争をなくしたかった。
悪夢的な偶然が起こす悲劇を食い止めたかった。みんなを幸せにしたかった。
みんなの笑顔が見たかった。平和を実現したかった。間違いを正したかった。
人種、宗教、生まれ、男女、肌の色。そんな小さな問題を消したかった。

発想それ自体は何ら珍しいものではなく、子供だって思い描くような理想。
何も非難されるような目標ではなく、あくまで理想でしかない理想。

そしてフィアンマは本気でそれを実現させようとした。
それを可能にするだけの途方もない力が、彼には宿っていた。宿ってしまっていた。

自身の右手を完成させ、第三次世界大戦を引き起こし打ち滅ぼすべき世界の悪意を定め、『世界を救う力』を解放し、そして救済を為す。
フィアンマの発想は、理想は、何も間違ってなどいないはずだった。
誰だって戦争はない方がいいし、平和が欲しい。
貧富の差は是正すべきだと考えるし、差別は撲滅するべきだ。
怒った顔や悲しんだ顔よりも笑顔が見たいし、間違いは修正されなければならない。

たった一つ。ただ、きっとフィアンマはやり方を間違えた。
世界中が手を取り合い、団結し。そして上条当麻の手によってフィアンマの願いは打ち砕かれた。
世界を救ってやるなんて考えてる奴に、この世界は救えない。
世界なんてものをくまなく回ったことがないのなら、これからお前が救いたかった世界を知っていけばいい。

そう語ったあの時、上条当麻は世界の誰にも追いつけない場所に立っていた。
上条はただの一度もフィアンマの願いを否定はしなかった。
ただやり方が間違っていただけなのだと語り、こんな自分にチャンスを与えさえした。
約束、したのだ。絶対に彼らのような人々を救うと。この世界を救うと。

(だから俺様にはお前の与えてくれたチャンスを生かす義務がある。
それまで―――勝手にお前に死なれては、困る)

馬鹿野郎が、とフィアンマは呟いて。
その視線を空から右方向の闇の奥へとやった。

「いつまで盗み見しているつもりだ? 良い趣味とは言えんぞ」

「……やれやれ。バレていたのか」

闇を切り裂いてぬっと現れたのは金髪の青年だった。
オッレルス。息絶えかけていたフィアンマを保護した人間であり、一時的に行動を共にしている相手でもある。

「気付かれないように結構その気で隠れていたんだけどね」

「あの程度でか?」

フィアンマは鼻で笑った。それを見て、オッレルスも薄く笑った。

「参考までに、いつから?」

「お前が現れたその瞬間から、ずっと気付いていたよ」

「……これはやられたね」

オッレルスは雪に新たな足跡を残しながらフィアンマと並び立つ。
魔神になるはずだった男は、ふとフィアンマに問いかけた。

700: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:53:51.55 ID:Ht/Jvevw0
「どう思う?」

「知らんよ」

あまりに冷淡なフィアンマの返答にオッレルスは苦笑する。
その言葉の意味を自分なりに解釈したオッレルスは言った。

「私には、今回の出来事が最初からアレイスターの『プラン』に組み込まれていたようには思えない。
至極シンプルな話だ。学園都市を捨て去るメリットがない」

「あえて出来上がったものを一度破壊することで次のフェーズへと昇華する、という方法論も存在するがな」

「出来上がったもの、か。本当に学園都市は完成していたか、そもそも科学に完成なんてあるのか、という疑問は残るが」

答えの出ない問いを繰り返す。
少しでも本質に近づこうと繰り返す。

「まあ、ないだろう。学園都市製の天使の存在は各界へ歪みを生み、魔術の制御に強い悪影響を及ぼす。
しかし見たところあれはまだ未完成だった」

「科学の天使、ね。私も話には聞いたことがあるが、実際に見たわけではないからな」

学園都市製の天使。ヒューズ=カザキリ。風斬氷華。
〇九三〇において前方のヴェントを迎え撃つために起動し、彼女に必要以上の苦戦を強いた存在。
そして第三次世界大戦においても彼女は友達を守るために出撃し、大天使『神の力』と熾烈な戦闘を繰り広げた。
科学の天使と魔術の天使。どこか似ていてどこか違っていた。

「俺様はあの時『神の力』と五感をリンクさせていたからよく分かったさ。
あれは明らかに未完成だ。あれが完成し、世界を覆った時には界の圧迫によってあらゆる魔術が滅亡することになるだろうな」

「それがアレイスターの最終的な目的だと? だが……」

「だが、奴がその程度で終わるとは思えん。
魔術を滅ぼすなんてのはあくまで手段の一つ、あるいは目的を果たす際の副産物。そんな気がしてならん」

「そもそも、魔術を極め頂点に立っていたにも関わらず科学に傾倒した奴のことだ。
魔術だけでは果たせない目的があったということだ。だが、そうなると気になることが出てくる」

アレイスターは世界最強最高の魔術師だった。
であれば、どんな目的を目指していたにせよ科学を必要とする理由などないはずだった。
子供の夢のようなものに、十分に手が届くところに立っていたはずなのだから。

「何故アレイスターは大仰な『プラン』など計画しているのか、という話か」

「魔術を極めた者は魔神になる。水道から出る水をオレンジジュースにしたいなんて子供の我がままも全てが通るようになる。
本来アレイスターは回りくどい方法論を採る必要などないはずなんだ。
魔神になって、目的を叶える。たったそれだけで全てが終わるんだから」

「奴の伸ばす手の先は魔神程度の存在では掴めないものなのだろう」

フィアンマは思い出す。雪原の大地にて対峙したあの魔術師を。
アレイスターは、間違いなくフィアンマの更に上の領域にいた。違う次元に立っていた。
それでも上条との戦いを経たフィアンマはアレイスターには一〇〇年かかっても分からないもののために立ち向かい、そして敗北した。

だが、もしかしたら―――もしかしたら、アレイスターもフィアンマには一〇〇年かかっても分からないもののために戦っているのかもしれない。
何となくそんなことを思った。だとしても、フィアンマは上条をアレイスターより下に見るつもりはないが。

「世界に大きなうねりを生み、あの『黄金夜明』でさえ受け止められず滅びに導いた男。
その考えるところなど私たちの想像を超えるということか。
だが世界を意のままに歪める魔神でも届かない目的でも、科学の力を使えば……あるいは魔術と組み合わせれば叶えられると?」

「それほどのものでなければアレイスターは求めんだろうということだよ。
それにあの力場の反応。少しは覚えがあるだろう? ある意味では一番、な」

「勿論だ。だが何かが違っていたように思うが、確かにあれは『魔神』のものと似通っていた」

「世界を消し飛ばすには十分な力だ。ところが実際に消し飛んだのは学園都市という小さな街一つ。
あの力を行使した何かがその力を丸め込み、抑え、その規模にまで何とか落とし込んだのだろう。
とはいえ、学園都市を消滅させたのはその力の他にもう一つ、何らかの破壊兵器も使用されていたようだが」

「しかし一方で、あの状況の学園都市で『魔神』が生まれるなど考えられない。
『魔神』に類するような何かがあの時あの街にあった。そういうことだろうな」

学園都市。その目的。『魔神』。それに近いもの。

「だが俺様は感じたぞ。『魔神』に似た何かと同時に、もう一つ得体の知れない莫大な力が弾けたのを。
こちらについては曖昧模糊としていて判然としないが、感じたことのない類の力だな」

「……やはり、君は必要な人材だ。君の誇る力や叡智だけでなく、奴と直接接触した君は世界の真実に最も近づいていたはず」

オッレルスがそう言った直後、彼らの遥か後方から極かすかな叫び声のようなものを聞いた。
フィアンマはニヤリと笑い、オッレルスは困ったような半端な笑みを浮かべる。

701: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:56:07.49 ID:Ht/Jvevw0
「シルビアが呼んでいるぞ。早く行ってやれよ、旦那様」

「えー……ああなったシルビアは怖いんだぞ?」

「言っておくが、俺様は助けんからな」

この冷血漢!! などと愚痴りながらも、オッレルスは素直に引き返して行った。
これ以上シルビアを放置しておくと更に恐ろしいことになると理解しているのだろう。
オッレルスが完全に消えたのを確認した後、フィアンマは一人黒に染まった空を見上げる。

「―――科学と魔術、か」

フィアンマはふと考える。その二つを隔てるものは何なのだろう。
魔術とは、そして学園都市製の能力とは何なのだろうかと。

専門外なので詳しいことは知らないが、能力とは『自分だけの現実』とやらを観測しそれを現実世界に適用。
世界の法則を捻じ曲げることで超常現象を起こす力だと聞いた。
そして魔術は異世界の法則を無理やりに現実世界に適用し、様々な法則を飛び越えて超常現象を起こす力。

どこか似ているように思えるのは、果たして考えすぎなのか。
〇九三〇で前方のヴェントが界を圧迫された状況下で魔術を行使した際の症状。
それが能力者が魔術を行使した際の拒絶反応に酷似しているように思えたのも、気のせいなのか。
そしてにも関わらず能力者に魔術は使えないという制約自体、科学と魔術を切り分けるための装置だと考えるのも。

学園都市はその至上の目的として『絶対能力者』の創造を掲げているという。
その詳細は知らないが、理論上はあり得るとされながらも実際には誰も辿り着けないのではないかと噂される金字塔。
それは魔神と似たようなものなのではないか。
そして実際、学園都市が消滅したとされる時間に観測されたあの世界が消し飛ぶほど極大の類似した力。

『絶対能力者』と『魔神』、そして――――『SYSTEM』。
科学と魔術、それは本当に相容れない対極のものなのか。
その到達点は案外に似たようなところなのではないか。

「そして――――右手と右手」

フィアンマは呟いて、自身の存在しない右手を見つめる。
右方のフィアンマに宿る『世界を救う力』、そして特殊な右手。
生まれた時から当たり前のように持っていて、科学でも魔術でも説明のできない特異な力。
上条当麻の右手に宿る『幻想殺し』。生まれた時から当たり前のように持っていて、科学でも魔術でも説明のできない特異な力。

『神上』と『神浄』。
アレイスターが何を為そうとしているかまでは分からないが、あの男は世界のシステムそのものを組み替えようとしている。
神の手から離れたエイワスを手にし、それを糸口に神の定めた運命を切り崩す。
神の作り上げた世界の根幹たるシステムに人為的に干渉する。

702: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:56:42.54 ID:Ht/Jvevw0


――――――『君のやろうとしていたことは、基幹となっていたフォーマットが古すぎたということを除けば、私のプランと似通っていた。
        君は、自らの行動を別の視点で捉え直すだけでいい。それだけで、あの力の本質を理解できていたはずだ』


ホルスの時代を探れるか。アレイスターの先に回れるか。
結局、フィアンマには未だあの時のアレイスターの言葉の意味が理解できていない。
何か決定的なピースが欠けているのだろう。

(だが、覚悟しろ)

フィアンマは止まるわけにはいかない。
あの男がどれほどの怪物だったとしても、フィアンマは退くわけにはいかない。
無駄かどうかなんて問題ではない。勝ち目があるかどうかなんて関係ない。

特殊な右手や『神上』を宿し、アレイスターとの邂逅も果たしたフィアンマはアレイスターに対抗するにあたって相当に重要な存在となる。
……もしかしたらアレイスター=クロウリーの目的は阻止されるようなものではなくて、むしろ賞賛を受けるようなものなのかもしれない。
壮大な目的などただの建前で、それを為すことでもっと身近で小さな目的を果たそうとしているのかもしれない。

しかしだとしても、あれはやり方を間違っている。かつての自分と同じように。
そのために上条当麻や世界を巻き込むというのなら、立ち上がろう。

(――――――踏みにじらせるわけにはいかない)

右方のフィアンマは再び誓う。
たとえ相手が正真正銘の怪物であったとしても。

(あの男が命を懸けて救った世界を、あの男を、これ以上踏みにじらせるわけにはいかない)

上条当麻は自分に生きろと言った。
遠くが見えすぎたあまり、遠くを見据えすぎたあまり手段を違えた自分に。
上条は、おそらく現在は絶望に呑まれていることだろう。
だが、もしも上条が再び拳を握れる時が訪れたのなら。

「あいつが生き残ったのはお前の計画通りだろうが―――――同時に最大の障害にもなるだろうな」

そしてもしも上条が拳を握れなくとも。
わけの分からない計画に彼を利用することは自分が許さない。
いずれにしても、今回はアレイスターの勝ち、ということになるだろう。だが。

「これが最後だ。もう貴様の思い通りになどさせはしない。貴様の幻想を粉々に打ち砕いてくれる」

右方のフィアンマは、静かに宣戦布告した。
その胸に刻んだ魔法名を口にする。救済を意味するその名前を、世界のどこかに存在する『人間』に向けて。

過ちは繰り返さない。目指すものは決まった。
さあ、世界を救おう。
かつてとは違うやり方で、かつてとは違うものを見据えて。

703: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:57:17.38 ID:Ht/Jvevw0


――――――私の信じる世界など、とうの昔に壊れているよ。



704: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 22:58:19.72 ID:Ht/Jvevw0

その報を聞いて、オリアナ=トムソンは言葉を失った。
ぐっと拳を握り締め、ただ暗雲漂う空を睨む。

「どうして……こんなことになっちゃうのかしら」

オリアナは一度学園都市を訪れたことがある。『使徒十字』を使用するために。
だが、それは何も学園都市を消し去ってしまいたいとか科学の住人を傷つけたいとか、そんなことを考えていたからではない。

ただ、絶対の基準が欲しかった。
善意での行動が裏で人を傷つけていたり、正しいと思っていたことが悲劇を引き起こしたり。
そんなふざけたことをなくしたかった。だからオリアナは誰もが幸せになる、共通の基準を欲した。
それだけだったのだ。オリアナは別に学園都市という街は嫌いではなかったし、そこで暮らす人々に対しても同様だった。

「……なのに、どうしてこんなことになっちゃうのかしら、本当」

もう一度同じ呟きを繰り返す。
魔術師には学園都市を敵視し、毛嫌いする者が多い。それは当然と言える。
魔術サイドと科学サイドは相容れない。魔術師は科学サイドを嫌悪する。

だがオリアナは実際に学園都市を訪れている。学園都市の人間に触れている。
少なくとも自分が関わった人たちは、学園都市外の人間となにも変わらなかったとオリアナは思う。
ただ信じるものが違うだけで、普通に笑って普通に話して普通に悲しむ人間だった。
オリアナたちの計画を打ち砕いたのだって、大覇星祭という体育祭を成功させようとする一人一人の力だったのだから。

「泣けるわね」

あのリドヴィア=ロレンツェッティもあの惨劇を知った時には涙を流して崩れ落ち、ひたすらに祈りを捧げていた。
リドヴィアもまた、学園都市の住人を殺し尽くしてしまおうなどと考えていたわけではない。彼女なりの考えに従って彼らを救おうともしていたのだ。
生きる活力を漲らせ、人生に一度の青春を駆け抜け、笑っていた沢山の人たち。
その末路はあまりにも理不尽だ。まさに悲劇というしかない。

(……あの坊やも、ね。下手をしたらあの子も死んでいた方がマシだったのかもしれない。
そんなことを本気で考えるくらいのものがあの時あの街には溢れていたはず)

しかも最悪なのは事態はそれだけで留まらなかった、という点か。

「ごめんね、お姉さん、今すこぶる機嫌が悪くてイラついてるの。
だからちょーっといつもより痛くしちゃうかもしれないわ」

オリアナ=トムソンは突然取り出した単語帳のようなものを一枚口で咥えて、破る。
それは『速記原典』と呼ばれる使い捨ての即席魔道書、ページに記された文字は『Wind Symbol』。
その行動の意味はすぐに示された。

705: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:03:23.35 ID:Ht/Jvevw0
ゴッ!! という激しい光がオリアナの後方で炸裂した。
誰かがその光に呑み込まれている。オリアナの術式によって吐血しながら吹き飛ばされている。
だが直後、敵方からの反撃があった。相手は単独ではない。

どこからか現れた火球の連発をオリアナは時にはステップで、時にはバック転で、時には魔術で、踊るようにして全てを回避する。
オリアナは全てをやり過ごすと即座に単語帳を噛み千切る。
一定範囲内で最後に魔術を発動した者に対してカウンターを叩き込む魔術。
実際にはその威力や精度には多少の難もあるが、それらを上手くカバーするに十分な実力を持ち、決して表には出さないのがオリアナだ。

「……ただでさえ荒んでるお姉さんの精神に波を起こしてくれちゃって」

あっさりと襲撃者を返り討ちにしたオリアナは、彼女にしては珍しく露骨にその不機嫌さを顔に表していた。
オリアナは魔術的にどこかへと連絡を取ると、強い口調で現在地を教えたあと用件を伝える。

「またどこかのお馬鹿さんが二人現れたわ。のしておいたからさっさと回収して背後を洗ってちょうだい。
手いっぱい? そんなこと分かってて言ってるの。一つ一つ処理していかなくちゃ」

半ば強引に要求を突きつけた後に一方的に通信を切る。
世界の混乱の中で僅かに見え隠れするようになった一つの組織名。

(……こんなの、本来お姉さんのお仕事じゃないはずなんだけど)

オリアナ=トムソンは『追跡封じ』と呼ばれる凄腕の魔術師だ。
しかしその本分から外れた行動もやめてしまおうとは思えなかった。

「あの子たちも……もういなくなってしまったのでしょうね」

学園都市に足を踏み入れた時に、こちらの不手際と焦りによって傷つけてしまった罪のない二人の少女を思い出す。
オリアナは基本的に人のためになることを行うが、特別博愛主義者というわけではないし正義を叫んで戦うようなタイプでもない。
だが、今回は引き下がれなかった。数え切れないほどの命を奪い、更には世界にまで混乱を広げたあのバイオハザード。

「――――そんなものを利用して好き勝手暴れる連中が、どうも“私”は死ぬほど気に食わないみたい」

706: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:07:55.60 ID:Ht/Jvevw0

その報を聞いて、神裂火織は全身の動きと思考が完全に停止したことを自覚した。
わなわなと唇が震え、自分がどんな声をあげてどんな行動を取ったのかすらも曖昧だった。
様々な思考の嵐が彼女の頭を埋め尽くす。だがその最初に来るのはたった一つだ。

「イン、デックス」

ぽつりと声を漏らす。もう何度同じことを考えただろうか。
それでも消えないのだ。たとえ少女は覚えていなくても、神裂火織の胸には強く強く、何よりも輝く記憶として刻まれているのだから。

コン、コン、というノック音がした。
神裂が何も言わない内にドアが開けられる。

「……失礼、します」

ゆっくりと顔を上げるとそこにはいつもの少女がいた。
手にはトレイ、その上には美味しく温い、いつもの食事がある。

「ご飯、持って来ました……」

「……すみません。ありがとう、ございます、アンジェレネ」

「いえ……。あ、あの……」

アンジェレネは何か言いかけるも、すぐに顔を伏せて言葉を切ってしまう。

「また、来ますから……トレイは、ドアの外に置いておいてください」

ぺこりと頭を下げ、アンジェレネは部屋を出て行った。
神裂は小さくため息をつく。

神裂火織は、しばらく部屋から出ていない。
備え付けのベッドの上で膝を立て、顔を俯かせ、ただそうしているだけの生活。
長い黒髪もとくに整えられず放置されている。

「…………」

部屋に運ばれた湯気をたてる食事を見る。
こうして死人のようになっている自分の元へ、アンジェレネは毎回食事を運んでくれる。
申し訳ないとは思っている。こんな風にただ呆然としていても何にもならないことも分かっている。
ただ、何か決定的なものが消え失せてしまったかのようだった。神裂火織を突き動かす何かが。

「……救いようのない、大馬鹿者です、私は」

皆に心配と心労をかけ、時間を浪費し、腐っているだけの自分。
『必要悪の教会』の仕事だって神裂に回るはずだったものはその分他の誰かに回っているのだろう。
今、世界は荒れている。仕事なんていくらだって回ってくる。
『聖人』たる神裂の不在は組織にとって痛手のはずだ。

インデックスはもう帰って来ない。
上条当麻もどうなるか怪しい。

(……白くなれ)

それでもそれは動かない理由になるのだろうか。
自分にできることはあるのだろうか。いや、違うのだろうと神裂は思う。
自分にできることを、自分で見つけていかなくてはならない。
それはただ『必要悪の教会』から回ってくる仕事をただこなすだけの話ではない。

試しに腕に力を入れてみる。思ったよりも腕は動いた。
足を動かしてみる。想像以上に言うことを聞いた。
神裂火織はまだ動ける。混乱に満ちゆく世界ですることがある。
壁に立てかけてある七天七刀をその手に掴む。驚くほどに自然とその感触は手に馴染んだ。

「……せっかくの食事が冷めてしまいますね」

神裂はトレイを手に持ってドアを開ける。一歩踏み出す。
久しぶりに見る何の変哲もない廊下を確かな足取りで歩んでいった。

707: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:10:16.60 ID:Ht/Jvevw0
「……大変なご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

階下に現れた神裂火織を女子寮の皆は温かく歓迎してくれた。
その優しさが身に沁みて、同時に罪悪感も湧いてくる。
頭を下げる神裂を責める者は一人もいなかった。

「まあ、仕方ねぇっちゃ仕方ねぇですよ。……あなたはあの禁書目録と色々ワケありみたいですし」

「……そう、ですね。こうしてまたお顔が見られただけでも嬉しいのでございますよ」

「……本当に、すみません」

アニェーゼとオルソラ=アクィナスの言葉を受けて、尚神裂は謝罪の言葉を口にした。
それがシェリー=クロムウェルには気に入らなかったらしい。

「うざったいわね」

「え?」

「もう謝るなっつってんのよ、うざったい。
アンタに事情があることは分かってる。でもアンタはこうしてまた姿を見せた。十分よ」

だから謝るな。シェリーはそう言って紅茶を一口飲む。
ルチアも同じことを言った。迷惑をかけ続けた自分に断ることはできない。

「では、ありがとうございます。アンジェレネ。あなたには特にお礼を言わなくてはなりません」

「い、いいんです、そんなこと。ほら、それよりご飯を早く食べないと冷めてしまいますよ!!」

アンジェレネに促され、皆に見つめられ、神裂は食事を口に運ぶ。
身に沁みるものがあった。純粋に美味しいと心の底から思えた。
それは、単にオルソラの料理の腕が優れているというだけで生み出されるものではない。

「美味しい、です。やはり食事は一人部屋で食べるより、こうして皆で食べる方が遥かに良いものですね」

「はい、私もそう思うのでございますよ。食事とはただ空腹を満たすためだけのものではございません」

「勿論一人部屋で食べても美味しかったですよ、オルソラ? わざわざ私の分を毎回オルソラが作ってくれていたのは気付いていました」

「あらあら、そう言っていただけるととても嬉しいのでございます。私としても作り甲斐があるというものです」

「こ、このウーメボシもどうぞ。わざわざ頑張って用意したんですよっ。私は絶対に食べませんけどね!!」

そう言ってアンジェレネが差し出したのは梅干だった。
神裂は市販のものでは満足できなくなり自家製のものを常備しているが、これは彼女たちがどこからか手に入れたものらしい。
その気遣いはありがたいが、神裂がただそれをじっと見つめているのはそれが理由ではなかった。

「どうかしたのですか?」

「……い、え。なんでも、ありませんよ」

ルチアの問いに言葉を返すも、ちゃんと発声できていたかは怪しかった。
梅干を見て、神裂はいつかのあの日を思い出す。何も特別なことなんてなくて、ただ過ぎ去る日常の一つでしかなくて。
しかし神裂にとっては何よりも大切な一つの瞬間を。

708: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:11:46.91 ID:Ht/Jvevw0
(……私がお腹が減ったと騒ぐインデックスに自家製の梅干をあげて、それを美味しいと言ってくれて。
そしてインデックスが梅干を一つ強引にステイルに食べさせて……ステイルは倒れてしまったでしたっけ)

もう戻らない日々。輝いていた日々。

「……そういえば、これからは勿論アンタも復帰するってことでいいのよね?
戦力不足、人手不足にイギリス清教はドタバタと忙しいわよ、今」

「……いえ。また迷惑をかけてしまい申し訳ありませんが、よほどのものでなければ他の方たちにお任せしたいと勝手ながら考えています」

神裂は梅干を一つ口に放り込んで答える。
そう、ただ回ってくる仕事をこなすだけでは駄目なのだ。
それではきっと何も変わらない。

「と言いますと、何か考えでもありやがるんですか?」

「はい。世界は大変に乱れています。ただそれに乗じて騒ぎを起こす者をその都度叩いていったところで根本的な解決には至りません。
私は私にできることをしたい。ただ敵対者に対して武力を行使するのではなく、違った形で私の魔法名を示してみたい」

それが勝手な考えであることは理解していた。
それはきっとオルソラのような人間のやることで、『聖人』である神裂に期待されているのは莫大な戦力だ。
自分にできることを、と言うなら言われた通りに戦え。きっと上にはそう言われることだろう。
だが、ここで神裂は違う道を歩いてみたいと思った。力を振るうにしても、今までとは違った形でこの力を使いたい。

「……とてもいい考えだと思うのでございますよ。こうした試練に直面した時こそ私たちは試されているのでございますよ。
安易な武力に頼るか、否か。力で黙らせるのは簡単なのでございます。
いえ、力に対して力で対抗するというのも確かに解決のための一つの手段だとは思うのでございます。
しかし、それだけが手段の全てなのでありましょうか。本当に他にできることはないのでありましょうか」

オルソラ=アクィナスは世界の混乱を、その始まりとなった学園都市で起きた未曾有の惨劇を、酷く悲しんでいた。
あの時。事が明らかになったあの時だけは、その筆舌に尽くしがたい悲惨さが伝わった時だけは。
魔術師たちも皆、祈りを捧げた。学園都市に住まう者たちのために、信仰を持たぬ科学サイドの人間たちのために、科学を強く嫌う者でさえも。
オルソラは今でも毎日欠かさずに、顔も知らない学園都市の住人たちのために祈っている。

「その通りだと思います」

思わず思考に耽り言葉を失う彼女たちの中で、神裂はご馳走様でしたと告げて席を立つ。
オルソラはどんな暴力に遭遇しても、その思想や信仰を拒絶されても、決して武力に頼らず教えを広めてきたエキスパートだ。

教えを広めるわけではないのだから彼女と同じ道を歩く必要はないが、彼女のようにうまくはいかないかもしれない。
だが神裂はその力を、単に暴力を暴力で鎮圧して終わりとするのではなく、事の表面をなぞるのではなく違う形で生かしたい。

「……広い視野で見なくては」

インデックスはもういない。けれど、それでもインデックスに恥じない生き方をしたい。
争いを好まなかったあの少女が見て、笑ってもらえるような世界にしたい。

(見ていてください、インデックス)

口の中で小さく己の魔法名を呟いた。『Salvere000』、救われぬ者に救いの手を。
もう十分に絶望した。十分に涙を流した。十分に嘆いた。十分に足踏みした。
だからこそ、神裂火織は新たな一歩を踏み出した。

「戦いだけでは作れない、未来もあるのです」

709: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:16:08.93 ID:Ht/Jvevw0
その報を聞いて、ステイル=マグヌスは自らがどす黒い炎に焼かれるのを感じていた。

「……灰も残さずたちどころに滅してくれる。生まれてきたことを、生き延びたことを心の底から後悔させてやる!!」

それは瞬く間にテレビ、新聞、ラジオ、インターネット、あらゆるメディアを通して全世界へと広がった。
魔術サイドは今、かつてないほどに混乱を極めている。
学園都市の消滅。科学サイドの核の崩壊。それに乗じた新たな騒乱。

しかし、はっきり言ってステイル=マグヌスに言わせればそんなことはどうでもいい。
魔術サイドがどれほど混乱しようと、科学サイドがどうなろうと、究極世界がどうなろうと関係ない。
インデックスという一人の少女。それがステイルの世界の全てだ。
彼女を守るためならステイルは迷わず世界の敵になるし、神にだって喧嘩を売る。だから。

(――――――上条当麻。気には食わないが、ある意味信用はしていたが)

インデックスを守る。今その役目を負っている少年が、それを果たせなかったとなれば。
当然、上条当麻はステイル=マグヌスにとって消去すべき絶対の敵となる。

だが、そう。信用はしていたのだ。
初めて出会い、自分たちにはどうしようもなかった楔を打ち壊し、インデックスを救ってみせたあの時から始まり。
道具にされた彼女を助けるために自分を護衛につけさせ、単身世界大戦のど真ん中であるロシアに向かい、一人では勝ち目のない王へと無謀にも挑んでいった。
そして見事インデックスを二度解放し、この惑星を救うために大天使へと立ち向かい、北極海へと消えていったあの少年を。

残念だと思う。酷く残念だ。
だが、もう駄目だ。インデックスは死んでしまった。上条当麻は守れなかった。自分は守れなかった。
その報を聞いた時から、もう既に十分すぎるほど叫んだ。嘆いた。怒った。無力さに打ち震えた。
あとはやるべきことをやるだけだ。

「焼き尽くす」

上条を殺しても、インデックスは帰って来ない。
そこから何が始まるわけでもない。
それでももう収まらない。自分の中でのたり暴れ狂うどす黒い殺意の衝動が身を焦がす。

「あの子を死なせた貴様を、あの子を守れなかった貴様を」

そして、守れなかった自分を。
ステイルは立ち上がる。これは完全な私情であり、勝手な行動だ。
あとで何を言われるか分かったものではないが、そんなことは構わない。

「葬ってやる。死後貴様などがあの子と同じ場所に行けるなどと思うなよ!!」

揺るがぬ殺意を胸に秘め、ステイルは発つ。
行き先は日本、上条当麻の元へ。しかし、

「あらステイル。一体どこへ行くつもりにつきなのかしら」

一つの凛とした声がその動きを縫い止める。
いつの間にか、それはそこにいた。そう、いつの間にかだ。
この空間には間違いなくステイル一人しかいなかった。
何も感じられなかった。現れた、のではない。いたのだ。まるで何時間も前からそこに立っていたかのように。

一体いつからいたのか、その時間をステイルには過去形で表現できない。
引き摺るほどにも長い、流れるような美しい金髪。見た目は一八歳ほどに見えるが、実際のところは知れたものではない。
ローラ=スチュアート。イギリス清教最大主教。世界を舞台に遊ぶプレイヤーの一人。

「何の用だ」

しかしステイルは怯まない。この女の恐ろしさは骨身に沁みている。
それでも彼は立ち向かった。

「その口の利き方は置いておくとして、もう一度問うことにしたるわ。
一体どこへ向かうつもりにつきなのかしら?」

710: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:18:04.57 ID:Ht/Jvevw0
「日本へ」

「何のために」

「殺すために」

「誰を」

「上条当麻」

「何を求めて」

「僕自身のために」

ローラ=スチュアートは妖艶に笑う。
その仮面の奥はいつだって見透かせない。
ずっと彼女はこういう人間だった。

「それは許可されたりておらぬ行動よ」

「それがどうしたと言うんだ」

毅然とした態度で、苛立ちと憤怒を滲ませるステイル。
一方のローラはまるで対照的だ。穏やかな水面のように一定で、落ち着いている。

「やはり子供ね、ステイル。激しい感情に抗う術を持たぬ少年。
けれどそれは恥ではなかりけるのよ、ステイル。お前は可哀想な少年でありしなのだから」

「何が言いたい!! 僕は……少年じゃない」

「もう少年ではいたくない? けれどそれはお前自身が否定したりている。
お前の感じる怒りも悔しさも無力感も、全て正しい。それはお前が正しく人間である証であるのだから」

ローラは薄い笑みを絶やさない。その言葉には不思議な力があった。
まるでこの空間そのものを包み込み、ステイルの体の中に浸透していくような感覚が。

「されどそれを短絡的に殺すなどという結論に繋げてしまいけるその思考。
それが子供の思考でありけるのよ、ステイル」

ローラの言っていることは正しいのかもしれない。
だがステイルの知るローラ=スチュアートはこんなありきたりな正論を振り翳すような人間ではない。
そこには本当の目的が潜んでいるはずだ。

しかし同時に、ローラは一般に善とされる行いと一般に悪とされる行いを同量行う存在でもある。
どちらかに傾くことは決してなく、常に天秤は釣り合っている。
だからこそどうしようもなく性質が悪く、その行いがどういう思考によって行われているのか見抜くことが難しい。

「されどそれは羨ましくもありしなのよ」

「羨ましい、だと?」

「そう。そうして利害関係などを一切考えずに感情で動く子供というのは、一定のラインを超えてしまいければ実に御し難い。
そうした子供たちがどれほど力を持つかは学園都市を見れば明らかであろうよ。
子供のみが能力の開発を受け付け、子供のみが学園都市製の能力を振るうことができる。強固な『自分だけの現実』。ああ恐ろしい」

「ふん、確かに貴様には無縁だな。だがそれがどうした」

微妙に話を掏り替えられていることに気付く。
この女の言葉には不思議な力があり、その使い方は実に巧みだ。
まるでアダムとイヴを唆した蛇のような狡猾さがある。飲み込まれるわけにはいかない。

「子供は時に大人には予想もつかぬ力を発揮したることもある。
されどその行動は行き当たりばったりで、思いもよらぬ悲劇的な結末を招くことも少なくはなし。
……可哀想な少年。お前の中の少年は行けと命じたりている。お前の中の大人は退けと命じたりている。
ステイル、お前は少年ではなしにつきなのでしょう?
だと言うのであるのなれば、それらの激情を堪えて飲み干すこともまた必要。
まあ、そもそもお前ではかの少年は殺せぬであろうけれど」

「あまり僕を舐めるなよ。たしかにあの右手は脅威だが、そこにさえ気を付ければ……」

「そういう意味ではなしにつきでありけるのけれどね」

ローラは妖艶な笑みを絶やさない。
ステイルの苛立ちが募る。そもそも、一体何故この女はこうも余裕でいられるのだろうか。
インデックスはイギリス清教の誇る世界一の魔道書図書館。それを失ったというのに。
こんな風にこの女狐と話せる機会などまずない。ステイルがその疑問をぶつけると、ローラはやはり笑みを絶やさなかった。

711: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:21:11.63 ID:Ht/Jvevw0
その変わらぬ仮面の下に何が眠っているのかは分からない。
ローラのその仮面を剥がせるのは、おそらくは世界に二人だけだ。

「そうね、可哀想な少年に少しだけお話をしたるわ。
……世界の支配者は時代と共に移ろうてきた。遥か古代は恐竜であり、私たち人類の祖先であり。
もっと“違うもの”であったこともあったわ。そして今現在は現生人類……人間が世界を支配している。
古代ではホモ・サピエンスがネアンデルタール人を駆逐したこともありたように、新たな支配者が現れると以前の王はその座を降ろされてきた」

されどね、とローラは変わらぬ笑みを浮かべ続ける。
全く違う話になっていることを分かっていながら、ステイルは何かに魅入られたように話に聞き入ってしまっていた。

「人間たちが支配するこの世界に、人間たちのこの物語に、一つだけしつこくこびり付いた時代錯誤のものがありけるのよ。
それが何か分かりしかしら、ステイル?」

「――――――神」

ステイルは魔術師であり神父でもある。
神を侮辱するような物言いには思うところもないわけではなかったが、それはこの際捨て置いた。

「大正解。やはり優秀ね。神話の時代はとうに過ぎ去った。神々の物語は終わった。
それでも神はしつこくも世界に残留したりている。信仰も、魔術も、教会も。
それらを禊し、浄化せんとす『人間』がいる。人間と神、どちらが今の世界の支配者となるか。
どちらの唇が物語を紡ぎゆくのか。どちらが生き残りたるのかを賭けて」

ローラの言う『人間』。それが誰を指すのかはステイルには分からなかった。
分からないが、それはきっとこのローラ=スチュアートと同等かそれ以上の存在であり、世界を舞台にした遊びの対戦相手なのだろう。

「『人間』の相手は世界の深奥に蟠る『彼奴ら』のことではなかりて、より上位。
一般に抽象的で男性原理を有し、全知全能の創造主とされる神々。
とはいえ、『彼奴ら』もまた放置はしておけぬようでありしけれど」

「『彼奴ら』……?」

ステイルが疑問の言葉を漏らすも、ローラは説明を追加しなかった。
話すつもりはないということらしい。

「しかし、神々だと? 魔神や天使のような存在ならともかく、そんな正真正銘の神が今この時代に存在するわけがないだろう。
仮に存在するとしても、ましてやそれに挑もうなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある」

人間では神には勝てない。あるいはそれが人が成り上がった魔神ならまだ打つ手もあるのかもしれないが。
それとは違う、そんな本物の一神教の神を相手に人間に何ができると言うのだ。

「ところが存在したるの。そして『人間』は本気でそれに戦いを挑み、大真面目に勝つつもりでいたるわ。
そのために大仰な『プラン』を組み、世界最強最高の名を捨てて人間の力を手に入れた」

「……待て。まさか、まさか……?」

世界最強最高を捨て、人間の力―――科学を得た。
ステイルは知っている。世界中の魔術師が知っている。
その最悪の魔術師の名を。しかし、あれは死んだはずだ。
学園都市にいるあれは偽名または同姓同名の別人という結論が出ていたはず。

「何故『人間』がそう考え行動するに至ったのか……それは私も知らぬこと。
されど私は『人間』がそれを成し遂げる可能性は低くないと考えたりているわ。
科学サイドと魔術サイドという括りを生み出し、科学の都を作り上げた、その執念。
きっと私があらゆる手を使いて『人間』をイギリスの片田舎で追い詰めてからも、何かが起こりたのでしょう」

イギリスの片田舎で倒れた。間違いない、とステイルは確信する。あの魔術師だ。
しかしそれを為したのがローラだというのは初めて知ったことだった。

「あれが『ドラゴン』と出会い知識を授けられ、人間から『人間』へと成った時には。
あれの辿る道はとうに決定されたりていたのでしょう。
どこまでも人間であることに拘るあの男の戦いが」

魔術を極め科学を統べる『人間』。双方の頂点に立ちながら、人間であることに執着する『人間』。
人間たちの物語を、人間たちの世界を守るために正真正銘の神へと挑む存在。
そしてそんな途方もない存在を語るローラ=スチュアート。

いつの間にか、ステイル=マグヌスは世界の真実に触れていた。
決して踏み入ってはならぬ領域にとうに踏み入ってしまっているのが分かる。
この二人は一体どんな視点で世界を見ているのだろうか。

712: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:23:14.86 ID:Ht/Jvevw0
「……よく知っているな、あの男のことを」

何故ローラがここまで知っているのか。
そして、何故そんなことまで自分に話すのか。
ローラの浮かべる穏やかな笑顔からはやはり何も読み取れなかった。

「あの『人間』をどう思いて、ステイル?」

「……魔術サイド全てにおいて、もはやあの男の名は忌み名だ。
魔術の頂点に立ちながら魔術を捨てて科学へ走った裏切り者。
世界で最も魔術を侮辱した魔術師。それが奴だ。娘が死んだ時も顔色一つ変えずに実験を続けていたとも言われている。
あの男の為した功績は確かに計り知れないが、やはり言われている通りあれを表すなら『最悪の人間』だろう」

「日記のこともある、その情報は正確なものではないのでありけれど」

ローラの表情は崩れない。

「かの『人間』を神様気取りと揶揄する者もいるわ。人の運命を弄ぶ冷酷な悪魔だと言う者も。
たしかにあれは最悪な人間だった。されどそれだけではなし。
あれは世界の誰よりも人間の力と可能性を信じている。人間が、そして科学が正真正銘の神を上回れると、本気で信じたりているわ」

「…………」

「人工的な界の生成もその準備の一つであろうが……さて、ステイル。
あの『人間』が、目的を為すために最も重要視しているものはなんだと思いけるかしら?」

「……知るわけないだろう、そんなもの。お前たち化け物にはついていけない」

ステイルは超天才魔術師だが、言ってしまえばそれだけだ。
目の前の女のような存在の考えることなど分かったものではない。
だがローラの回答は予想外のものだった。

「お前もよぉく知っているはずなのだけれど。……かの少年、上条当麻」

「―――なんだって?」

「お前は一度垣間見たはずではないのかしら? あれの奥底に眠りたるものを」

ローラの言葉の意味が分からなかった。
何のことを言っているのか分からなかった。
だが上条当麻には確かに特殊な力がある。

「……幻想殺し。あらゆる異能を触れただけで消滅させるもの。
あれが本物の神殺しのキーとなるとでも言うつもりか?」

そう言うと、ローラは何が楽しいのか小さく笑った。

「その程度の尺度であれを考えるのは愚かではありしけれど、とても利口で普通のことでもありけるわ。
しかしあの少年を語るには欠かせない要素が一つ。少年の物語が始まる端緒となったもの」

それが何を指すかは明白だった。

「……貴様の目的は何だ。あの男の勝手な戦いに世界が巻き込まれていることは分かった。
ならばそれに対する貴様は何を為したいんだ。そして、あの子は」

「簡単なことよ。とても簡単。私はあの『人間』とは違ってそのような大層な野望など抱きてはなかりけるの。
簡単で、醜くて、勝手な私情。今のお前と私はその意味では似たりているわ、ステイル」

「……ならば」

「ええ。禁書目録はそのための方法だった。単なる魔道書図書館だなんて、よもや思いはせずよね?
ならば考え、動き、一〇〇年程度で死んでしまう人間に覚えさせたるメリットもなし。
このようなことになりて、私の方も大幅に軌道修正する必要が出てきたるのよ。
“あの子”を失った時の保険もありしけれど……そういう問題ではなしにつきなのよ、“あの子”は」

713: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:25:59.23 ID:Ht/Jvevw0
「――――――『Fortis931』。我が名が最強である理由をここに証明する!!」

ステイル=マグヌスが魔法名を名乗る。大量のルーンカードがいたるところに貼り付けられていく。
魔術師にとっての魔法名とは誇りと願いそのもの。そして魔法名は、殺し名とも呼ばれる。
それをローラに向けて名乗った意味は簡単だ。

     イ ノ ケ ン テ ィ ウ ス
「『魔女狩りの王』!!」

紅の巨人が顕現する。教皇級の大魔術だ。
そこいらのエリート程度では一生かかっても召喚すらできないだろう。
それにステイルは手が届く。

「お前が何を為したいのか、本当のところは分からない。彼女に一体何を込めていたのかも。
だが、今更―――今更、お前がインデックスを『あの子』などと呼ぶなッ!!」

彼我の戦力差は、何となく分かっているつもりだ。
ここまでの大魔術でもローラは歯牙にもかけないだろう。見向きもされない程度でしかないだろう。
だが、もし。もし、ローラに少しでも心と誇りがあるのなら。少しでもステイル=マグヌスに対して評価するところがあるのなら。

「――――――よいわ」

応えるはずだ。魔術師が魔法名を名乗ることはその生涯をかけた誇りを突きつけること。
それを受け流すことは双方にとって最大の侮辱。
名乗られたのなら、名乗り返すのが礼儀。

「お前たち二人のわけの分からない争いに、世界を、僕たちを、あの子を巻き込むなッ!!
ふざけるなよローラ=スチュアート。いいか、僕はお前を絶対に許さない。お前たちを許さない。
お前たち化け物同士の勝手な争いがなければ、インデックスは魔道書図書館なんて首輪を嵌められることもなかったはずなんだッ!!!!」

何度も彼女を殺してきたのはステイルも同じ。
しかしそもそもそうなる状況を作ったのはこの女だ。
理解不能な目的のために、ローラの私情のために。

ステイルの言っていることは正しい。
様々な背景はあるものの、それを語ったところで言い訳にもならない。
それを認めて、ローラは相対する。

「ステイル、やはりお前は少年よ。今の私に似ている。
されどその抑えられぬ怒りや悔しさは人間だけが持つ力でありて、神をも殺す力になり得るもの。
その感情を忘れてはならぬわよ。それさえ忘れなければ、お前はきっといつか私たちにも届く」

「黙れッ!!」

いつの間にか顕現している『魔女狩りの王』が三体にまで増えていた。
本来ステイルにそこまでの力量はない。以前にも三体の『魔女狩りの王』を操ったことはある。
だがあの時は霊装による外的補助を受けてのもので、自力ではそこまでの芸当は不可能だった。

しかし今この時、ステイルは何の補助もなく三体の『魔女狩りの王』を行使していた。
以前に一度経験しているというのもあっただろう。だがこれこそが、ローラや『人間』の言う人間の力、可能性なのだろう。

「――――――『汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん』」

ローラは口ずさみ、魔法名を名乗ったステイルを敵と認めた。
しっかりとステイルを見て、一人の敵対者として、明確に。

「全てが終わった暁には、お前の手で殺されるのも悪くはなかりけりね。待っていたるわ、ステイル=マグヌス。
それまでにしっかりと私を殺せるまでに牙を研いでおきたることね」

そして、ローラ=スチュアートは名乗った。魔法名を。
生きる目的を。その誇りを。その生涯の、究極の到達点を。

「――――――――――――!!」

決着は、速やかに着いた。
ローラから放たれた全てを飲み込むような白い閃光が空間を埋め尽くす。
光はやがて収束し、それが完全に消え去った時には既に事は終わっていた。

そこにあったのは跡形もなく消滅した三体の『魔女狩りの王』と倒れ付しているステイル=マグヌス。
そして静かに立っているローラ=スチュアート。

714: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:28:21.96 ID:Ht/Jvevw0

“それだけでは、なかった”。

「……実際のところ、私もあの男の全てを知っているわけではなし。
だからこそ問いたかったのもありけれど、今一番分からないことは他にありけるのよ」

ローラは呟く。それは相手のいない無意味な独り言では、ない。

「分からない。今回の一件が貴様にとってどのような意味を持つのか」

ローラは目の前を真っ直ぐに見て、話していた。


「――――――ねぇ、『人間』アレイスター=クロウリー」


異様な魔術師が存在した。
腰まで届く、色の抜けた銀色の髪。
表情の窺えぬ端正な顔。緑色の手術衣だけを纏った格好。
男性にも女性にも、大人にも子供にも、聖人にも罪人にも見える奇妙な雰囲気。

知っている。ローラ=スチュアートは、この『人間』を知っている。

「それを君が知る必要はないし、説明するつもりもないが……まあ面白いことは分かった」

今では科学を統べるかの王が、ローラ=スチュアートの目の前に存在した。
一体いつ現れたのかは分からない。ローラの放った白い光に紛れてだろうか。

違う。何時間も何日も前からそこにいたような感覚があった。
そもそもこの場所は徹底的にあらゆる防壁が施されているはずだ。
とにかく分かっているのは、間違いなくこの男は今目の前にいる……ということだ。

そして二人のいるこの場所はローラによって世界から隔離されていた。
何者であろうとここを覗き見ることは叶わない。
世界から隔絶された地で、最も安全なところで、彼と彼女は言葉を交わす。

「やはり貴様はその領域に至りていたか。〇と一では表せぬ域に、人間のままで」

「疑問に思うようなことは何もないと思うがね。君とて自らを人間にとどめている身だろう」

『生命の樹』の最上部は人間には理解のできないものであるとして意図的に省かれている。
人間という殻から抜け出せばその領域に辿り着くことは可能ではあるし、ローラにもその方法についていくつか心当たりがある。
しかし、『人間』アレイスター=クロウリーは人間のままにその領域へ到達してしまっている。
アレイスターの実力が、というだけの話ではない。その次元の領域に人間を保って踏み込んでいることが異常なのだ。

「貴様は今どこにいたるの」

「私は今も変わらずあそこにいるよ。だが同時にここにもいる。それだけのことだ。何もおかしなことはない」

「あの『窓のないビル』は、学園都市が消滅したあとも唯一無事に残っていたと聞く。
されどいつの間にか、『窓のないビル』は初めから存在しなかったかのように消え去っていた」

「そもそもあれは『窓のないビル』などではないのだがね。分かっているだろう」

アレイスターは退屈そうに呟く。
この『人間』は何も嘆いていない。本当に困ることなど何も起きていないとでも言うように。

「まず断っておくが、あれは私の意思によるところではない」

「されど、貴様はあれが起こることを許容した。違いけるかしら?」

アレイスターはゆったりと微笑むだけで、肯定も否定も返さなかった。
アレイスター=クロウリーの君臨し監督する学園都市で、あんな事態が起きるはずがないのだ。
止めようと思えばいくらでも止められたはず。

「貴様ならば『ロールバック』することも出来たはず。
……何故あれを許容したるの。学園都市は消滅し、科学の進化は足踏みする。
貴様の大仰な『プラン』に必要な『第一候補』も失われ、どうしようもなく貴様に利はなしにつき。
そのはずでありしなのに、『ロールバック』もせず……何か、それ以上のものがあれで得られたとでも?」

「話す必要はないと言ったはずだがね。まあ、実際のところ『プラン』が大幅に修正・変更されたのは事実だ。
収穫は確かにあったが……ともあれ、彼が生き残ってくれて何よりだった」

715: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:33:26.37 ID:Ht/Jvevw0
「科学的な神の紛い物の製造」

世界最強最高の魔術師にして、世界最大最高の科学者、アレイスター=クロウリー。
彼を最も理解している者がいるとすれば、その一人には必ずローラの名前が挙がるだろう。

「あれは面白かった。全く違うアプローチの仕方で生まれたにしては及第点と言ったところか。
あれを神と呼ぶには些か語弊があるが、あれの繰り返す進化、その行き着く先は私にも想像がつかなかった」

『G』。インデックスのなれの果て。
従来の方法論とは全く違う手法。魔術の一切絡まない方法論。
それでいて、アレイスターにすら想像のできない進化を繰り返す究極の生命体。

「一人、かの少年と共に少女が生還したと聞きたるわ。もしやあの少女の体内には……」

「その通りだ。あの少女、硲舎佳茄は本来何の特別性も持たぬ人間に過ぎなかった。
路傍の石、アスファルトの隙間から伸びる雑草、捨てられた煙草の吸い殻。まあ、そんな程度の存在だ。
それが今では世界で『G』と『G』抗体を宿す、代えの効かない唯一無二の人間。やはり人生とは分からないものだな」

硲舎佳茄を確保するべきか、とローラは一瞬考える。
しかしこの男に対して、果たして『G』が有効なカードたり得るだろうか。
アレイスター統括下の学園都市で生み出されたものである上に、その行動を自分が取る可能性はこの男だって分かっているはずだ。

加えて、硲舎佳茄に手を出すと上条当麻を表立って敵に回す可能性も出てくる。
今はもはや廃人状態と聞くが、彼女に何かがあれば再び立ち上がる可能性も否定できない。
それではまずい。まだその時期ではない。今は、まだ。
アレイスターが貴重なサンプルとして彼女を確保しないのは『G』にそこまでの価値を感じていないのか、それとも同じ理由か。

「……何故。何故、あの子を拠り代に選びた。答えなさい、アレイスター=クロウリー。
一〇三〇〇〇冊を誇る魔道書図書館と掛け合わせることで更なる進化を生もうとでもしたりけるの?」

「繰り返すが、あれは私の意図した事態ではない。よって当然魔道書図書館が宿主となったのも私の意思ではない。
あれを形容するのならば、『不幸』という言葉を使うしかあるまい。理不尽だと思うかね?
思い返してみればゲテモノ共の運命論に振り回される以前の、私の出発点もたった一つの『不幸』だった」

淡々と語るアレイスターに、ローラの眼に怒りが灯る。
それは至極珍しい光景だった。ステイルもこんなローラは見たことがないだろう。
ローラの仮面が剥がされた。それを可能にする者の一人がこの男だった。

「とはいえ、確かに禁書目録が宿主となったことは面白い効果を生んだ。
全く新しい方法論による無限の進化と、『魔神』に至るだけの材料の宝庫の融合。
まさしく『G』だ。あの子でなければこれほどのものは見れなかっただろう」

瞬間、ゴッ!! と再び純白の閃光が爆発的に広がった。
輝きが収束した時、そこにいるのは対峙するローラ=スチュアートとアレイスター=クロウリー。
仮に今の“一連の流れ”を目撃した者がいたとしても、まるで理解が及ばなかったはずだ。
今起きた現象はそういう次元のものだった。

「そして『幻想殺しの奥にあるもの』がその異形の神を飲み込むことも確認できた。
尤もいくつかの条件が決定的に欠けていたあの状況では、完璧に浄化するには至らなかったようだが」

「貴様……っ!! まさかそれを、『神浄』を確かめたるためにあの事態を……!? されど学園都市と力場は消え去り……」

「何度も言わせないでほしい。語る必要はないと言っている。それに『神浄』が成るのはまだ当分先のことだ。
加えて言わせてもらうと、君はあの街の本当の形をまるで理解していない」

結局のところ、アレイスターの真意は不明だ。
そして何故ここに現れ、何故こんな話をしているのかも。
聞いたところでこの『人間』はまともに答えはしないだろう。

「貴様、は……ッ!!」

感情的になっていることを自覚する。やはり今の自分はステイルと似ている。
この男はローラの穏やかな水面に石を投げ入れ波を起こす。
それでも他の会話ならばどうにでもなった。ローラはそれほど安く感情を表沙汰にする程度の存在ではない。
だが、この話だけは違う。

716: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:38:01.37 ID:Ht/Jvevw0
世界が、隔絶されたこの空間が、啼いた。
空間が歪む。世界が歪む。その全てを呑み込むが如くに大きく口を開けた空間の裂け目。
アレイスターがいつの間にか握っていた『衝撃の杖』。現実世界には存在していないのに、未分類情報によって空間に滲み出たように見える杖。
ローラが伸ばした手を世界を握り潰すかのようにグッと握り締めた。同時、アレイスターが『衝撃の杖』を振るう。

「やめておいた方がいい。世界が保たないぞ?」

バツン―――ッッ!! という音が響いた。
裂け目が閉じる。変化は訪れなかった。アレイスターは数秒前と何ら変わらぬ様子で口を開く。
ローラもまるで何事もなかったかのように、息の一つも乱してはいなかった。

「……生憎その程度で壊れるような処置を施した覚えはなしにつきよ」

『彼奴ら』のような連中ならこの程度であれば力押しで押し割ることもできるだろうが、はっきり言ってあの連中は置いていいだろう。
勿論恐ろしい脅威ではあるが、『魔神』などという分かりやすい概念に縋ったおかげで打つ手はいくつかある。
放っておいても見下していたはずのアレイスターにいずれ処理されることだろう。
そもそも上条当麻がああなっても何の介入もないのはアレイスターが何か処置を行ったからとしか考えられなかった。

「……『彼奴ら』……まさか、貴様『理想送り』は……!!」

「さて、どうだかね。レディリー=タングルロード、フロイライン=クロイトゥーネ、鳴護アリサ……。
君もよく知っている通り、そういった特異な存在ともあれはまた違う。正直に言ってこれからの状況は『理想送り』がどう動くか次第なところがあるな」

やはり、問題なのはこの『人間』。人間だからこその脅威。
『理想送り』については先を越されたのだろうか。
おかしい、とローラは思う。ローラはアレイスターを相手にしても負ける気はしなかった。
そのために計画を立て、それなりには順調にいっていた。致命的な問題は発生していなかった。
『魔神』、アレイスター、上条当麻、『理想送り』。それぞれに思考を巡らせ盤上を操作し、己にとっての最適解を導き出していた。

全てが今回のバイオハザードで狂った気がした。
インデックスの喪失。あまりに大きすぎるそのダメージに加え、この一件を境にアレイスターの思考が読めなくなった。
同時にこれからの展開も全てが様変わりすることになる。ローラは急速に組み変わっていく盤面を思いながら憎憎しげに呟いた。

「貴様はこれから多くの人間に狙われることになる。
せいぜいその底力を知り震えたるがいいわ。貴様はどうせ一番に望むものは手に入らぬ星のもとに生まれたのだから」

「何を言っている。分かっているだろう?
人間の力を私は信じているよ。恋慕、友情、親愛。
憎悪、殺意、嫉妬。正にせよ負にせよ感情の力は時に思いもよらぬ巨大な力をもたらす。
君もそのことをよく知っていると考えているが」

「……その通り」

「“最大の復讐者”が生まれることだろう。それも面白いことではある。
無論、『プラン』の進行上“あれ”がどうしようもないほどのイレギュラーになれば何らかの手は打つが……。
もし“あれ”がそこまでの存在になるのであれば、それはそれで人間の力の、まさにその証明となる」

まあ、ささやかな抵抗はさせてもらうがね、とアレイスターは言う。
そんなことは承知の上、ということ。
そして様々な感情が想定外の結果を生み出し得ることも理解した上で。

「――――不幸が許せないかね?」

学園都市で起きた惨劇。アレイスターが意図的にあの事態を引き起こしたわけではない。
意図的にインデックスを『G』生物に変貌させたわけではない。
それは真実だろう、とローラは感じていた。
しかし。単に不幸だったでは、あまりにも……。

「不幸も幸運も、誰しもに降りかかる。あれは『魔神』がいなくてもそうだ。
ロシアンルーレットを回避し続ける者もいれば、じゃんけんで十連敗するものもいる。
かの少年のように何度くじを引いても外れしか引けない者もいれば、『聖人』のように何度引いても一等しか引けない者もいる。
そうした偏りは完全に根絶することはできない。正確に言えば、してはならない」

語るアレイスターの表情に色はない。
分かってはいたはずだ。だが実際にそれを目の当たりにしてしまうとどうしようもない衝動に駆られる。

「奇跡のような偶然が積み重なる幸運、悪夢のような偶然が積み重なる不幸。
それをなくしたいと考える者は多い。誰もが一度は考える。そう考えること自体は間違いではないだろう。
実際、それを為そうとした者もいただろう? 第三次世界大戦の時に、世界を救うことで。
ああ、そう言えば彼の『神上』もあの時は面白い反応を見せた」

アレイスターは続ける。

「だが、それが成されてしまったらどうなると思うかね?
不幸が絶滅し、幸運しか存在しない世界。生まれに差はなく、貧富も平等。
確かにそれで救われる人間は多いだろう。人類全てが全く同じ条件で、その全員に一切の差がない世界。
だがそうなってしまったら人間は滅びたも同然だよ。人間は差があるから努力し、勝ったり負けたりする自由も得ている。
今ある不幸な逆境から抜け出すために、今の心地良い状況を維持するために、それぞれに異なる形の幸福を掴むために、人間は尽力する。
良くも悪くもそういった競争が人間の歴史を紡いできた。だから人間たちの世界は成り立ち、人間たちの物語が続いている」

だから人間が人間であるために、幸運も不幸もあるがままに受け入れるしかないのだと。
アレイスターは言う。

717: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:41:49.97 ID:Ht/Jvevw0
「そうまで人間に執着したるか、アレイスター=クロウリー。
人間はそこまで価値ある種でありけるかしら?」

「時代は流れ世界は移ろう。命は滅び種は生まれる」

アレイスター=クロウリーは歌うように言う。
当たり前の常識でも語るかのように。

「この惑星、この世界において人間は害虫にも等しい。星の寿命を削りとりながら私たちは今を生きている。
これまでも幾度も天変地異が起こり、数多の生命が興亡し、それぞれがそれぞれの物語を積み上げてきた。
しかし流れそのものが止まったことは一度としてない。人間が滅んだところでそれは取り立てて騒ぐようなことではないということだ。
人間が滅びることと世界が滅びることは決して等号では結びつかないのだから」

だが、とアレイスターは区切り、

「かつて世界を跋扈した数多の生命と違い、人間には力がある。
この惑星の生き死にさえ左右する力がある。それが正にせよ負にせよ、いずれの方向にしても。
加えて心や感情といったものを持ち、行動と思考が噛み合わないことも珍しくない。
人間は蒙昧な生き物だ。だが同時にこれほど面白く、興味を惹かれる種もいない」

喜怒哀楽の全てを内包した顔で、『人間』は語る。

「……理解したるわ。善悪や優劣の問題ではなく、好悪の話というわけ。
しかし――――“本当に、それだけでありけるのかしら?”
全く自分勝手で迷惑な男ね、人のことは言えぬ身でありけるけれど。
……そもそも魔術師という生き物は総じてそのような存在でありしわね」

「生憎上から監督し審判する役割は本来のところは趣味ではなくてね。
これからの遥かな時代、人間に代わるものが世界に満ちるだろう。これまでの歴史がそうであったように」

「別にこれから永遠に人間が世界を支配しようなどと考えているわけではなしに。
ただそうであろうとも、今この時代は人間たちの物語……というわけでありしかしら」

「役者たちが踊っている中に、既に劇を終えた者に舞台に上がられては迷惑だろう?
つまりはそういうことだ。物語を紡ぐのはどちらかという簡単な命題だよ。
しかし私は断言しよう。私たちが生きているこの時代は、人間たちの物語だ。
私は私が人間であることを肯定し――――――最後の最後まで、私は人間として歌い続けよう」

結局は、それがアレイスター=クロウリーという『人間』のスタンス。
世界を支配する神や王といったものからは、本来対極に位置する者。

「……いかにして貴様がそのような思考に至りたのかは不明なれど、『あの時』……私もその詳細は知らぬが、無関係ではなかろう?
されど貴様にとって、あの子は……あの子は、」

「そうだとも」

ローラの言葉は途中で割り込まれた。
そこに喜怒哀楽の全てを内包するアレイスターという男の、本質のような何かが垣間見えた気がした。

「しかし先ほど言ったように、幸運と不幸の極端な偏りをある程度均すことくらいは出来ても、それを滅ぼすわけにはいかないのだよ。
人間が生きた人間であるために。ただそういうものとして在ることを許容し、引き受けるしかない。
私もまた、かつてそうであったように。……相手が君だから認めるが、私は『あの時』、確かに崩れ落ちて嘆くことしかできなかった」

718: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:45:06.80 ID:Ht/Jvevw0
「……貴様はもう少しばかり無感情で冷酷な化け物だと思うていたわ」

実際、アレイスターは間違いなく冷酷な化け物だろう。
最悪の人間、やはりその一言に尽きる。どうしようもない怪物だ。
そして自分もまた、そうであるとローラは思う。
しかし。アレイスターがここに姿を現した理由。それが自分の考えた通りであるならば……。

「私は存外感情的な生き物だ。それもまた、人間の特権であるがね」

言って、アレイスターは薄く笑う。
だがそうだとしても、容赦をする理由にはならない。
だからローラは止まるつもりはない。

アレイスターの姿が空気に溶けるように消えていく。
『人間』が完全に消え去る前に、ローラ=スチュアートは問いかける。

「アレイスター=クロウリー。今この場で全ての真実を明かせるとは思うてなしにつき。
いつか必ずそれを為し、私は私の目的を果たすつもりでありたるわ。
されど……今は無駄だと理解したりていても、こうして対峙してしまった以上聞かずにはいられなし」

だから、ローラはその言葉を吐き出した。
ローラの人生の全てが詰まったかのような声で。
ローラ=スチュアートはただ、知りたかった。

「――――――あなたにとって……私は何であったの……?」

『人間』はやはりゆったりと笑い。
告げる。

「――――――『汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん』」

そしてその姿が完全に消える直前に、ローラの問いに対してアレイスターはこう返した。




「                          」




アレイスター=クロウリーは消えた。空間に静寂が戻る。
ローラとアレイスター。その二人にしか理解のできない会話が終わる。

ローラは全身から力を吸い取られたように座り込む。
ちらりと端に視線を遣る。ステイルは丸一日は起きないだろう。何せ自分がやったのだ。
このまま床に寝かせていては風邪を引いてしまうかもしれない。

ローラが口の中で何かを呟くとステイルの体がふわりと宙に浮いた。
意識のないステイルを連れて、ローラはその場を去っていく。
ステイルが意識を取り戻した時、彼の記憶から先ほどの一連の会話は綺麗さっぱり消えているだろう。
それでいい。アレイスターが追われるように、ローラもまたただでは済まない。

ローラ=スチュアートという魔女を狩る者。
それはきっと無謀にもローラに挑み、呆気なく敗北し倒れたこの少年になるだろう。
息を潜め、牙を砥ぎ、ルーンの天才は必ずもう一度彼女の前に立ちはだかる。
ローラの表情は何とも形容しがたいものだった。

ローラ=スチュアートの頭の中を、アレイスター=クロウリーの最後の言葉がいつまでも反響していた。

719: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/01(土) 23:47:02.61 ID:Ht/Jvevw0




トロフィーを取得しました

『鋼と電子の街を築き上げた男と古びた大聖堂の奥で薄く微笑む女』
シークレットを閲覧した証。世界に大きなうねりを生んだ二人の、再会の時





734: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 22:48:35.10 ID:T72cxJ5h0
人が抱きうる見解の相違、たとえば一個の林檎について――――――
テーブルの上の林檎をもっとそばで見ようと首をのばさねばならぬ小さい男の子の見解と、その林檎を手にとって食卓の全員にいくらでも渡してやれる家長の見解と

735: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 22:50:05.76 ID:T72cxJ5h0


空はどこまでも暗かった。希望のない世界を映しているかのように。
降り注ぐ雨は冷たかった。壊れてしまった心を映しているかのように。

大雨が降りしきる中、サイレンの音とその赤い光が辺りを照らしていた。
上条当麻は毛布にくるまり救急車に腰掛けていた。
上げられた扉が傘となり冷たい雨を遮断する。佳茄も近くの救急車にいた。
二人とも顔をあげなかった。あげられなかった。ただ、俯いていた。

救急隊員が優しく声をかけながら温かい飲み物を渡してくれる。
だがその声すらもほとんど二人には届いていない。
上条当麻と硲舎佳茄の表情は虚ろだった。心には孔があった。
惨劇は終わった。だが終わったのはそれだけではなかった。

救急隊員や警察の言葉が飛び交っている。
学園都市の跡地には底の見えないほどの巨大な穴ができており、まさに消滅したというべき様相だった。
だがその跡地には誰も近づけなかった。まるでバリアのように莫大な力の残滓が、痕跡が未だその地に渦巻いていた。
それがどういうものなのか。何によって生まれたものなのか。知っている。

――――『生きるとは呼吸することではない。行動することだ』。
少し前に、あの地獄の中で足掻いていた時に聞いた言葉を思い出す。

で、あれば。果たして彼らは『生きて』いるのだろうか。
確かに生命活動は維持できているし、心臓も脳も動き続けている。
だがそれだけだ。それだけなのだ。それ以上のものが何もなく、何も生み出されない。
ココロを失った抜け殻を生きていると形容していいのだろうか。中身のない肉の容れ物を生きていると言っていいのだろうか。

それはある意味でリビングデッド。
これまで彼らが散々目にしてきた異形の存在と、質こそ異なるものの意味的には似たようなものなのかもしれない。

「通してください!! 通して、通してください!!」

もはや叫んでいるかのような声が聞こえてきた。
佳茄に反応はないが、上条はその声には聞き覚えがあった。
そこで初めて上条は僅かに顔をあげる。

736: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 22:53:44.47 ID:T72cxJ5h0
「当麻!!」

「当麻さん!!」

激しく息を切らせて駆け寄ってきたのは二人の成人男女。
上条の両親である上条刀夜と上条詩菜だった。
よほど急いできたのだろう、特に刀夜などは呼吸すらおぼつかないようだった。
傘もさしていないせいで全身がずぶ濡れになっていたが、気にした様子はなかった。

「と、当麻!?」

「当麻さん……無事だったのですね、良かった……本当に……」

二人は上条の姿を確認すると全身の力が抜けたかのように崩れ落ちた。
突き抜けるような安堵感に緊張の糸が切れたのだろう。
愛する息子が生きてそこにいる。それだけで刀夜と詩菜はもう十分だった。

「当麻、もう大丈夫だ。終わったんだ。悪い夢は、終わったんだ……」

「傍にいてあげられなくてごめんなさい、当麻さん。
……帰りましょう、あなたの、私たちの家に。もう、終わったのですから。疲れたでしょう。ご飯は、どうしましょうか」

刀夜と詩菜に上条は強く抱きしめられる。
確かな温かさがあった。優しさがあった。愛情があった。
離れていようと記憶がなくなっていようと関係のない、強い強い親子の絆があった。
……しかし、それでも上条当麻の心の孔は埋まらない。

全く口を開かない息子を二人はあれこれと追及したりはしなかった。
ただその心と愛が伝わると信じて抱擁した。
佳茄はそんな彼らを見向きすらしていなかった。

「通してください!! お願いします、そんなことしてる場合じゃないんです!! クソッ、いいから通せっつってんのよ!!」

「さっさとどけ馬鹿野郎が!! あとでいくらでも提示してやるから邪魔すんじゃねぇ!!」

身分確認をしようとする警備員を強引に振り切って二人は走ってきた。
やはり全身はびしょ濡れで、呼吸が危うくなるほどに息を荒げ、そこに御坂旅掛と御坂美鈴がいた。
……その姿を見て、上条は明確な反応を見せた。何かに怯えるようにその体をびくりと震わせる。

「当麻? どうかしたのか?」

父の自分を気遣う言葉もろくに耳に入らない。ただ丸まって震えている。

御坂美鈴は少しの間必死にあちこちへと視線を走らせていたが、上条の姿を見つけると慌てて走り寄ってきた。
旅掛もまた少し全身の力が抜けたようにも見える。

737: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 22:57:25.41 ID:T72cxJ5h0
「か、上条くん……? 無事だったのね、良かった……!!」

「御坂さん……?」

「上条さんも!!」

美鈴と詩菜のやり取りの裏で刀夜と旅掛も互いの存在を認識し、驚きを見せていた。

そして。

次に。

御坂美鈴は。

こう、言ったのだ。

安心したような声で。

多少の落ち着きさえ取り戻したかのような様子で。

「“でも君が無事ここにいるってことは、美琴ちゃんも大丈夫だったのね……”」

その一言で、上条当麻の様子が明らかに変わった。
まるで過呼吸を起こしたように小さな音だけが漏れる。
そしてその言葉に初めて佳茄がゆっくりと顔をあげた。

「美琴ちゃーん!? どこにいるのー!? もう終わったのよー!!
帰りましょう? 美琴ちゃん? 美琴ちゃーん!?」

美鈴は娘の名前を口にしながら辺りを歩き出した。
旅掛はそんな美鈴と上条を交互に見つめていた。その表情に安心はなかった。

「美琴ちゃーん? おーい!? みーこーとーちゃーん!?」

少しして。いつまで経っても応答を得られなかった美鈴は戻ってきた。
土砂降りの中で彼女は立ち尽くす。

その顔色は酷く真っ青だった。それは寒さによるものなどではなかった。
その声は小さくて、激しく震えていた。その言葉を口にすること自体が恐ろしい禁忌であるかのように。


「ねぇ――――……。美琴は、どこにいるの……?」


たったそれだけの言葉に。
御坂美鈴の胸の中に渦巻くものが詰め込まれていた。

「美琴、いないの……。ねぇ、美琴が、いないのよ。美琴はどこにいるの、どこにいるの……」

上条当麻は震えていた。ホラー映画を見た子供が布団にくるまって夜が明けるのを待つように。
どこにいるの、どこにいるの。迷子の子供のように美鈴はただそれを繰り返していた。
旅掛は明らかに異常な上条を見て、

「……当麻くん。美琴のこと、何か知らないかい?」

その問いに悪意はなかった。にも関わらず上条は一層に震え上がる。

「当麻……? 何か知ってるのか?」

「当麻さん……?」

だが、口を開いたのは上条ではなかった。

「お姉ちゃんは……」

硲舎佳茄。少し離れた場所にいる少女に全員の視線が集まる。
佳茄は震える声で、小さな声で、呟いていた。

738: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:00:19.15 ID:T72cxJ5h0
「……もう、いなくなっちゃったよ……」

致命的な言葉だった。美鈴と旅掛の喉から小さい音が漏れる。

「え……は……? ウ、ウソ……でしょ? ウソだって言ってよ、ねぇ、君……」

「あい、つは……俺たちを、守ろ、うと、して……」

そこでようやく上条も言葉を搾り出す。
次の瞬間、上条の頭をガン!! と激しい衝撃が襲った。
旅掛に顔面を殴り飛ばされたのだと気付くのにしばらくの時間がかかった。

刀夜が息子の名前を呼び、詩菜が思わず口を手で覆う。
御坂旅掛は……泣いていた。その拳を、体を震わせながら涙を流していた。

「美琴はどこにいるのよ……あの子に会わせて……。
わた、私の、子供なのよ……。お願いだから顔を見せて、声を聞かせてよ、美琴……」

何が何だか分からないというように。
ただどこまでも呆然とした様子で美鈴は呟く。
旅掛はどうしようもない怒りと悔しさと悲しみに身を焼かれ、それを放出する手段を言葉に求めた。

「自分が、今、どんなに最悪な、ことをしたかはよく、分かってるつもりだ。
多分、君は娘を守って、くれていたんだろう。支えに、なってくれていた、んだろう。
ただで、さえ、今の君は危うい状態だ、っていうのに、そんな人間を、殴り飛ばすなんて非常識、どころじゃない、んだろう。
だから、あとでどれだけ、殴り返してくれても、構わない。勿論、当麻くんのご両親も、どれだけ俺を詰っても、殴っても、構いません」

ただ、と旅掛は言う。
嗚咽に消えそうになる声を何とか絞り出して。

「……俺、たちは、あの子の傍に、いてやれなかった。守って、やれなかった。
そんな俺に、君を責める資格、なんて、ないんだろう。事件を聞くまで、何も、知らずに、いた俺の方が、責められるべきなのかも、しれない。
それ、でも。……それでも、娘は、美琴は、やっぱり何よりも大切なんだ。
俺たちは親で、あいつは俺たちの子で、たった一人の、かけがえのない娘で、宝で、すまん、当麻くん、でも、俺は……」

そこまで言って旅掛はがくりと地面に膝をつく。
失意と絶望に屈したかのように。
そして、叫んだ。


「どうして――――美琴を、助けてくれなかったんだ――――――ッ!!」


旅掛は自分が滅茶苦茶なことを言っていることなんて分かっている。
どれだけ理不尽なことを言っているかも分かっている。
八つ当たりでしかないことも分かっている。
こんなことを叫べば上条を更に追い詰めることになるのも分かっている。

それでも。御坂旅掛は父親だ。御坂美琴の父親なのだ。
こんなことで愛する一人娘を失った男は、父は、叫ばずにはいられなかった。
ああああああああああああああああああッ!! と叫びながら旅掛は全身が汚れに塗れるのも気にせずその場に蹲り、地面を叩き、掻き毟る。
どうしようもないほどに、何もかもを壊してしまいたい衝動が旅掛の中で溢れ出していた。

739: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:03:00.12 ID:T72cxJ5h0
御坂美鈴は。激しい雨に打たれながら、突然に。


「――――――嫌ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」


頭を激しく振り、両手で顔を覆い、ダムが決壊したかのように涙を零し、ただその場に崩れ落ちた。
父親と母親は愛する我が子を失い、ただそうすることしかできなかった。
喉が裂けるほどに叫び、ただ二人はごめんなさい、と助けられなかった愛娘にもはや錯乱したように繰り返していた。

「私たちの子よ、私たちの、私の娘なのよ――――!!」

上条当麻と硲舎佳茄に言葉はなかった。ただ、震える体を抱きしめて顔を俯かせるだけだった。
詩菜は泣き叫ぶ美鈴を優しく抱きしめていた。詩菜もまた涙を流し、体が震えていた。
刀夜はただ上条と旅掛を見つめ、どうすることもできずやり場のない理不尽への怒りに泣きながら拳を握り締めていた。

雨はざあざあと降りしきる。佳茄は世界なんて、こんなものか、と思った。
もうどうしようもない。何も救えない。誰も二人に声をかけられないまましばらくして、旅掛が顔をあげて上条へ問いかけた。

「――――……なぁ、当麻くん。一つだけ、教えてくれ。美琴は、君たちを守るために、死んだんだな?」

旅掛の全身は泥まみれだった。目は真っ赤で、声は枯れてすらいた。
それでも彼は我が子の最後を問うた。
上条は何も言うことができなくて、ただこくりとだけ頷いた。
最後に御坂美琴に告げられた言葉と気持ち。今になって上条の中をぐるぐると回りだす。

「そう、か……流石、俺たちの子、だ……」

「ええ……美琴は、自慢の、娘よ……」

多くの死があった。多くの物語が終わった。
御坂美琴だけではない。浜面仕上、滝壺理后、垣根帝督、一方通行、番外個体、心理定規。
そして数え切れないほどの学園都市の住人たち。

御坂旅掛と御坂美鈴の悲痛な声以外には誰も言葉を発せなかった。
ざあざあと降り注ぐ雨はまるで僅かに残った想いさえも押し流そうとしているかのようだった。

佳茄の両親も遅れてやってきた。
娘の姿に喜び、安堵し、抱擁したがすぐに気付く。
佳茄はもう、以前の佳茄ではないことに。以前のような無邪気で無垢な女の子には、決して戻らないことに。

「それでも、佳茄は私たちの子供よ……」

父と母の娘への愛は揺らがなかった。虚ろな目をした我が子を強く抱きしめる。
ようやく会えた大切な両親。それでも佳茄の表情に大きな変化はなかった。
その精神に決定的な破滅が訪れていた。

740: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:07:56.17 ID:T72cxJ5h0
またしばらくすると救急隊員によるバイタルサインの確認が行われた。
上条と佳茄だけの予定だったのだが、念のためと旅掛と美鈴、刀夜と詩菜も受けることになっていた。
上条一家や美琴、美琴、とうわごとのように娘の名を呟く美鈴がチェックを受けている間、既に終わっていた旅掛はふらりとどこかへ離れていく。

皆から少し離れた場所で、誰にも聞こえない場所で、御坂旅掛は恐ろしい形相で呪いの言葉を撒き散らしていた。
たまたま。そう、たまたま風に乗って佳茄はそれを聞いた。聞いてしまった。
ふらふらと佳茄は旅掛の後ろから近づき、気付いていない旅掛は呪詛のように呟き続ける。

これが、未来を変えた。少女を変えた。
世界のどこかにいる『人間』の予測した通りに。

旅掛の吐く恐ろしい怨嗟の言葉の、たった一つ。その一単語に佳茄は反応した。
佳茄はその意味を吟味するかのように小さく呟いた。

「アレイ、スター……?」

旅掛の出したその単語の意味は何なのだろうか。食べ物の名前かもしれない。
地名かもしれない。国名かもしれない。ゲームの名前かもしれない。本のタイトルかもしれない。

「アレ、イスター……」

――――いいや、これは人名だ、と佳茄は思った。何故だかは分からないが確信さえあった。

「アレイスター、クロウ、リー……?」

そう。これは絶対に人名だ。美琴の父親である旅掛がああまで罵る相手。
だから悪者に決まってる、と佳茄は思った。きっと悪者で、原因なのだ。

「アレイスター=クロウリー……」

旅掛が罵っているのだから悪者だ。原因だ。こいつがいなければきっと美琴がいなくなることはなかったのだ。
絶対にそうだ。そうでないと駄目だ。アレイスターという人間はそういう悪人であるべきだ。
この怒りと絶望と心の悲しみをぶつけられる相手がいなくては困る。
アレイスターというのは絶対悪で、全ての原因で、こいつがいなければあんな惨劇自体絶対に起こらなかったのだ。

「アレイスター=クロウリー……アレイスター、アレイスター、アレイスター……」

硲舎佳茄の幼い心は逃避を求めた。分かりやすい、思う存分に憎み、心に溢れる感情を叩きつけられる絶対の敵対対象を望んだ。
実際にアレイスターという存在がそうなのかは分からないが、そうであるべきだ。

――――黒くなれ。

アレイスターさえいなければこんなことにはならなかった。アレイスターがいたからあんな惨劇が起きた。アレイスターがいなければ美琴は死ななかった。
こいつだ。こいつが美琴を殺したのだ。それだけではない、学園都市の全ての人間が。
アレイスターとは全ての怒りと憎しみを思う存分叩きつけられる、何もかも無条件に全ての原因であるような存在なのだ。

「アレイスター=クロウリー……ッ!!」

そして、この時この瞬間。
少女は単なる少女ではなくなり、執念の復讐者が、羽化する。

741: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:10:17.37 ID:T72cxJ5h0




「殺してやる――――――ッ!!」





742: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:13:12.54 ID:T72cxJ5h0






汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ
Lasciate ogne speranza,voi ch'intrate







743: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:14:40.07 ID:T72cxJ5h0










『大変悲しいニュースをお伝えしなくてはなりません――――。
致命的なウィルス汚染によって住民の生存を絶望的とみた学園都市統括理事会は、自らの街に対する「滅菌作戦」を実行に移しました。
この作戦により学園都市は地上から消え去り、事件の犠牲者はおよそ優に二〇〇万人を越えると予想されます……。
戦争と見紛うほどの犠牲者の数、犠牲者の大半が未成年の子供たちであること、そして何よりその事件の異常性・猟奇性。
これらから三度の世界大戦をも上回る「人類最大最悪の過ち」とする考えも多く、世界中に波紋が広がっています。
バイオハザードに対する関心が高まり、特に各国ではBSL4の施設を中心にウィルスの保管体制などの安全面の全面的な見直しに取り組んでいます。
またバイオテロへの対策についても各国では議論が活発になり、三ヵ月後の緊急サミットではこの点が主な主題となりそうです。
一部の国では「審判の日」とも呼ばれる学園都市での悲劇に、世界中が黙祷を捧げその冥福を祈りました。
歴史の一ページに刻まれる人類の過ち、それにより犠牲になった数多の尊い命に、今この場を用いて皆さんと黙祷を捧げたいと思います――――……』











744: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:17:03.50 ID:T72cxJ5h0




『鳥かごが鳥を探しにやってきた
A cage went in search of a bird.


しかし鳥は消えてしまった
But now the bird is gone.


鳥は、変わったのだ
The bird has changed』





745: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:18:58.47 ID:T72cxJ5h0










               バイオハザード
―――とある都市の生物災害―――











746: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:21:11.04 ID:T72cxJ5h0




―――――――――いつもどこか焦っていた君にしては、珍しいな




―――――――――その必要があるならば。これが最善などとは決して言えないが、ルートは一つではないからね




―――――――――『あの時』にその柔軟性があれば良かっただろうにね。私が君に授けられたのは『知識』だけだ




―――――――――エイワス




―――――――――おや、これは失礼。先の彼女との一幕もそうだが、やはり君は実に人間だ。それが君の良いところであり、私の興味を惹くところでもある




―――――――――でなければ、意味などない。さあ、人間たちの物語を歌おうか




―――――――――ふふ。では私は特等席で観劇させてもらおうか。楽しみだよ、アレイスター





747: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:24:13.22 ID:T72cxJ5h0


          CONGRATULATIONS!!

                RESULT

      RANKING        C

      TOTAL TIME      10:35:04

      NUMBER OF SAVES 19



748: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:25:30.12 ID:T72cxJ5h0
『クリア特典1』

WEAPON GET!!

『ロケットランチャー(無限弾)』を解放します

『シカゴタイプライター』を解放します

『七天七刀』を解放します


以下のものは指定の条件を満たすことで解放されます

『FIVE-Over_Modelcase_“RAILGUN”』
ランクS、セーブ回数0、5時間以内に難易度NORMAL以上でゲームクリア

『主神の槍(レイドモード専用)』
救急スプレーを一度も使用せず、ランクA以上、難易度HARD以上でゲームクリア

『ハンドキャノン』
ランクA以上でゲームクリア

『チョーカー型電極(バッテリー残量無限)』
セーブ回数0でゲームクリア

『アンの盾』
5時間以内にゲームクリア

『カーテナ=オリジナル』
難易度INFERNALでゲームクリア


『主神の槍』を除きこれらのおまけ武器はストーリーモードでのみ使用可能です
レイドモードやマーセナリーズでは使用できません
またおまけ武器を一度でも使用した場合クリア後のランキングがCに固定されますのでご注意ください


『クリア特典2』

COSTUME GET!!

『上条当麻 レオン・スコット・ケネディ(BIO HAZARD4)コスチューム』を解放します

『上条当麻 アルバート・ウェスカー(BIO HAZARD CODE:Veronica)コスチューム』を解放します

『上条当麻 スティーブ・バーンサイドコスチューム』を解放します

『御坂美琴 ヘレナ・ハーパーコスチューム』を解放します

『御坂美琴 クレア・レッドフィールド(BIO HAZARD Revelations2)コスチューム』を解放します

『硲舎佳茄 シェリー・バーキン(BIO HAZARD2・6)コスチューム』を解放します

『硲舎佳茄 アシュリー・グラハムコスチューム』を解放します

『浜面仕上 クリス・レッドフィールド(BIO HAZARD)コスチューム』を解放します

『浜面仕上 バリー・バートン(BIO HAZARD)コスチューム』を解放します

『滝壺理后 ジル・バレンタイン(BIO HAZARD3)コスチューム』を解放します

『滝壺理后 レベッカ・チェンバースコスチューム』を解放します

『垣根帝督 ビリー・コーエンコスチューム』を解放します

『垣根帝督 ジェイク・ミューラーコスチューム』を解放します

『心理定規 エイダ・ウォン(BIO HAZARD4)コスチューム』を解放します

『心理定規 マヌエラ・ヒダルゴコスチューム』を解放します

『一方通行 アルフレッド・アシュフォードコスチューム』を解放します

『一方通行 ハンクコスチューム』を解放します

『番外個体 ジル・バレンタイン(BIO HAZARD Revelations)コスチューム』を解放します

『番外個体 モイラ・バートンコスチューム』を解放します

749: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/08(土) 23:27:47.13 ID:T72cxJ5h0
『クリア特典3』

レイドモード・マーセナリーズモードにおいて以下のキャラクターを解放します
ストーリーモードでは使用できません

『神裂火織』

『ステイル=マグヌス』

『オリアナ=トムソン』

『ブリュンヒルド=エイクトベル』

『レイヴィニア=バードウェイ』

『キャーリサ』

『トール』

『土御門元春』


『クリア特典4』

土御門元春が真相を掴みに動き、上条らに伝えるまでのシナリオ『THE ANOTHER STORY 背中刺す刃』を解放します

極めて限定された状態で指定地まで辿り着く高難易度ミニゲーム『THE 3rd SURVIVOR ――豆腐――』を解放します

レイドモード・マーセナリーズモードにおいてゾンビやクリーチャーではなく、湧き続けるサンジェルマンと戦う特別ステージ『ダイヤノイド』を解放します

『HARD』を超える難易度『VERY HARD』を解放します

最高難易度『INFERNAL』を解放します

全ての敵が透明となり視認不可能となる『インビジブルモード』を解放します

メニュー画面より閲覧可能な『UNDER_LINE』を解放します

761: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:18:19.17 ID:La1JezlF0




後悔しない者が許しを得られるわけがない
後悔と願いは相反する
ささいな矛盾として見逃すことは出来ないのだ





762: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:19:41.12 ID:La1JezlF0
「妄想予告」


学園都市の消滅。その世界を揺るがす事件から年月が流れた。
それでも世界は未だ荒れていた。落ち着く兆しを見せない。
正確に言えば、各種魔術機関の働きで一度は鎮まりかけたのだ。
だがそこに現れた一つの組織。それが盤面を狂わせた。

「もし我が言葉が 噛み千切った裏切り者の所業を
世に示す果実の実となるならば
それをお前に語り 共に涙を流そうではないか」

――――テロ組織『ヴェルトロ』。それが始まりだった。

硲舎佳茄は忽然と姿を消した。両親にさえ何も告げず。
しかし厳重な監視下にあった佳茄が自力で抜け出せるはずがない。
そこにはある男の助力があった。

「……アンタ、何者?」

「お前と目的が一致している者だ。俺様の名など、名乗るだけ無意味だろう。
……アレイスター=クロウリー。お前は奴のことを何も知らんはずだ。
意思や覚悟は十分でもそのための手段がない。それを俺様が用意してやろう。こちらにも事情があってな」

硲舎佳茄は荒れた世界の流れに身を投じる。
全てはたった一つ。アレイスター=クロウリーを殺すため。

「……っ!?」

「ど、どうしたのですか?」

「ごめんなさい、神裂さん。……グラタンは。グラタンだけは、どうしても、食べられないんです」

「……そうでしたか。ご両親はあなたはグラタンが好きだと言っていたのですが……」

何を見ても、何を言われても、佳茄の意思はぴくりとも揺らがなかった。

「最悪この惑星を砕いてでもヤツをあぶり出す」

「そんなことをすれば、上条当麻もお前の両親も死ぬぞ。
憎悪で目が曇っている。……そういう奴は数え切れんほどに見てきたが、お前ほどにブッ飛んでしまった奴は初めてだ。
質問だ。答えろ。全ての始まりとなった『ゼロ』……学園都市が消えたあの瞬間、一体何があった?」

763: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:20:55.30 ID:La1JezlF0
『ヴェルトロ』は突如バイオテロを世界へ予告。
標的となったのはアメリカのトールオークス。
そしてその準備運動とでも言うかのように通称『黄道特急事件』が発生。

「……君は?」

「『テラセイブ』より依頼を受けました、レベッカ=チェンバースです」

「これは……!! 真の狙いは、上条当麻か……!!」

そして、時を同じくして第二の学園都市と言われる『テラグリジア』という都市が海上に完成された。
その裏には何者かの影があった。

「……アンタ、そのふざけたツラは何のつもり? 何者なの。答えによっちゃ殺すけど」

「ミサカはお姉様の妹です、とミサカは自己紹介します。あなたのことはよく知っています。
お姉様のあなたへの気持ちは、ミサカネットを通じたあの時に知りましたから、とミサカは説明します」

そしてその『テラグリジア』で佳茄はある男と遭遇する。

「硲舎佳茄。君は、新たな天地を望むか?」

「笑わせないでくれる」

そして、

「いいのかい、上条当麻。このままだと硲舎佳茄は確実に行くところまで行くよ。腐っている暇、あるのか」

「……俺は、あいつに、頼まれたんだ……!!」

そして、

「……私の帰りたかった世界は、こんな世界だったか?」

そして、

「好機は今。硲舎佳茄に、上条当麻も動き始めた。このチャンスを逃す手はなしにつき。
やはり貴様にはもう一度問いたださなければならぬわね……!!」

そして、混乱の果てに硲舎佳茄はアレイスター=クロウリーの元へと辿り着く。

「こんにちは、アレイスター=クロウリー。会えて嬉しいわ」

「初めまして、と言うべきなのかな。わざわざこんなところまでようこそ」

「――――――アンタを、殺しに来た」

硲舎佳茄がそう言うと。『人間』はゆったりと微笑んだ。
突然佳茄の目の前に小奇麗なテーブルとイスが出現する。その上には温かな飲み物も置かれていた。

「――――――まずは紅茶でも、淹れようか」

764: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:21:51.52 ID:La1JezlF0










               バイオハザード
―――とある都市の生物災害―――






PRESS START











765: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:23:12.77 ID:La1JezlF0




LOAD GAME
NEW GAME
THE ANOTHER STORY
RAID MODE
THE MERCENARIES
→UNDER LINE
OPTION



『UNDER_LINE』

生体認証完了。接続を確認。
お帰りなさいませ、アレイスター様。

問答型思考補助式人工知能は入力されたタスクに従って活動を開始します。
およそ五〇〇〇万ほどの『滞空回線』の中から以下をピックアップしました。

766: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:24:35.51 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.42609541』


Now Loading……


『私、今度ばかりはいまいちよく分からないんですけどねぇ……』

木原唯一はうーん、と分かりやすく考え込むジェスチャーをしていた。
そんな彼女の呟きに答えるものがあった。

『考えても無駄だろう。あれは時にそういうものだ』

見た目はゴールデンレトリバーだが、違う。
木原脳幹。演算回路を七人の始祖に外付けされた彼は葉巻を咥えながらそう返す。

木原唯一と木原脳幹。学園都市の最暗部、その深奥、その真実に極めて近い位置に立っている二人。
だがそんな彼らでも届かない存在がこの街にはおり、今二人が話しているのはまさにその存在についてであった。

『あの「人間」についてはあまり深入りしようとしない方がいい』

『はいはい、私だってその程度の線引きはできてますってー。
でもあの統括理事長、先生にまで何も話してないんですね。何考えてるんだか』

それは確かにそうだ、と木原脳幹は思った。
木原脳幹とてアレイスター=クロウリーの考え、その「プラン」を一から一〇まで全てを知り尽くしているというわけではない。
だが、「人間」の思想にはゴールデンレトリバーは賛同していた。
単に木原脳幹を含め「木原」ではどうやってもかの王に敵わないから従っているわけではない。その至極人間的で好悪で言えば好ましい思想故に、だ。

では、これはどうなのだろう。
今回は「人間」の考えが読めない。ゴールデンレトリバーは頭の中で統括理事長への回線を繋ぐ。
これまで二度ほど試みていたがいずれも応答はなかった。だが、今回は接続されたらしい。
「人間」の声が届く。その語られた言葉と、そこに秘められたものを理解して。

『……ああ』

犬はそんな声を漏らした。「木原」にしては珍しく不要な破壊は避けるべきと考えている木原脳幹だが、どうやら今回はそうもいかないらしい。
とはいえ既に手遅れなのだが、と呟いて、

『唯一君、何をしている?』

『いやー、ほら、アレクシアっていたじゃないですか。あの残念な。
あれ自分に「ベロニカ」でしたっけ、そんなのを打ち込むことで自らの肉体を上位に昇華させようとしてたじゃないですか。
でも保険にもう一つ並行して予備策を進めていたんですよ。自分より上位の存在を自分にする、乗っ取るってヤツ』

『擬似的な不老不死。つまらない、人類の夢などと言われているがロマンを感じないよ。不老不死なんてものには』

『でっすよねぇー!! どこの馬鹿だって感じですよね、先生!!』

首に腕を回してくる唯一から身を捻って逃れながらゴールデンレトリバーは納得する。
アレクシアらは近日中に処分する手筈だった。だが対応が遅い。わざわざ後日に後回しにする理由もなかったはずだ。
あの「人間」が利用したということなのだろう。

767: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:26:14.67 ID:La1JezlF0
『それでですね、「器」の選別のためにこんなことしてたみたいなんです。
全く勝手なことばかりして……』

『それは我々「木原」が言えたことではないがな。特に唯一君、君はね』

そう言うと唯一はびくっと体を震わせ、わざとらしく手をぱたぱたと振って否定する。
それにしても、とゴールデンレトリバーは考える。

アレクシアの考えた二つの方法。自らの肉体を上位に作り変えること、自分より上位の存在の肉体を自分にすること。
彼女は前者を今まさに実行中であるわけだが、その保険としての後者の存在がある。
尤も前者の方法に夢中になりすぎて後者の方は半ば放置されているようではあるが、その準備は行われていた。

曰く、肉体の乗り継ぎ。あるいは寄生。
己の精神や記憶……いわゆる人格を電気信号として取り出し、それを新たな「器」、対象に叩き込んでしまう。
対象の持っていたその精神と記憶はやがてアレクシアのものに塗り潰され、自己を失い「新たなアレクシア」として目覚めることとなる。
自らの肉体を放棄し、新たな肉体を手に入れる。彼女の精神と記憶だけが転々と「器」を乗り換えて存在し続ける。

だがここで問題となるのが「器」の質だった。
誰でもが「器」となり得るのではなく、「器」たり得るものには条件があったのだ。
異質な他者が自らの内に侵入してくること、そしてしばらく体内に己と他者、二つの精神、記憶、心が並列で存在するという「恐怖」に耐えられる存在。
そうした「恐怖」に対して強い耐性を持っている者。それこそが「器」の条件だった。

『その選別がこれというわけか。……で、繰り返すが君は何をしている?』

『いやー、別にこっちには興味があるわけじゃないんですけど。
ここまで目の前に準備されてたらやってあげないとかな、と思いまして。
ほら、みんな何の説明もされてないから困り顔ですよ』

この精神や記憶を他者に宿らせる方法はアレクシアにとって保険だった。
つまりこの方法を使う時には前者の、自らの肉体を昇華させる方法が失敗した時ということになる。
それはつまりもう自分の肉体が限界にきているということで、早急に次の「器」へ移動しなくてはならない状況だ。
生命を繋ぐための転移。従って今回は対象が自分より上位の存在である必要はないわけだが、

『しかしこの人選とは。基本的には裏の人間のようだが、どこに何を見出したのやらな。まあ彼らには手を出せなかったようだが』

どういう基準かはアレクシア本人にしか分からないが、何らかの“恐怖”への耐性、「器」としての適性を持つ可能性ありとされた者たち。
純粋な精神力、正義のために身を粉にして尽力できること、憎悪のために全てを切り捨て一つを為すために自分自身さえも捨てられること。
表面上は何も見えなくても極限状態において見え隠れする素質、その奥深くに根ざしている本人さえ無自覚でいるかもしれないもの。
何らかの“強さ”を自身でも気付かない内に持った、求められる「器」の条件を満たし得る者たち。

『とはいえそれらの性質が発揮されるかは守る対象がそこにいるかとかの条件次第だと思いますけど、まあ、私たちが選んだわけじゃないですしね。
とにかく折角目の前にあるんでやってあげましょう。あれに合わせて演じてあげますよ』

そこまで言って木原唯一は振り返ると、

『今気付いたんですけど、もしかしたら私、凄く優しい人間かもしれないです』

『いきなり何を言っているんだ君は』

唯一は不気味に笑って、芝居がかった調子で話し始めた。

768: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:27:13.81 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.1033674』


Now Loading……


雲川芹亜と雲川鞠亜は学園都市の下水で目を覚ました。
当然、彼女たちはこんなところで暮らしているわけではない。
誰かがここまで連れてきたのだ。だが雲川芹亜はあらゆる防備を拠点に固めている。
それらをすり抜けて、こんな芸当を成し遂げられる人物となると自然に数も限られてくる。

『しかし、とんだ失態だな……。何故か我が妹までいるのが解せないところではあるけど』

『……解せないのはこっちもだ。……それにこの腕輪。いつの間に? 分からないことだらけだな』

二人の腕には奇妙な腕輪が取り付けられていた。そこにあるライトが緑色に光っている。
外せない。強引に外そうとすれば何が起動するか分からない。

『さてどうするか……』

これからの方針を決めかねていた二人の耳に、小さな電子音が響いた。
発信源はすぐ近く。咄嗟に辺りを見回すが、違う。もっと近いところからだ。
二人がつけている腕輪。そこから女の声がした。

「――――夜の恐怖、夜ではない恐怖」

その言葉に二人は顔を顰める。

『これは、何だ……?』




『UNDER_LINE_NO.945282』


Now Loading……


『……何が、起きてるってんだ?』

学園都市第七位の超能力者、削板軍覇。
腕にいつの間にかつけられている腕輪をじっと見つめる。
更に削板の注意を引くのは、鉄錆の臭い。

血と死の臭いが鼻腔を満たしている。
いつ、何があったのかは分からない。気がついたらこういう状況になっていた。
だが、どうやら自分の身だけでなくこの街自体に何かがあったらしい、と彼は考えた。

『……笑えねぇな』

ナンバーセブンの顔にはいつものような笑みも余裕もない。
常人とは隔絶した力を持つ超能力者の第七位でさえ、本能的にかつてない危機を感じ取っていた。
頭の中で何かがガンガンと激しく警鐘を鳴らす。気を抜くな、神経を張り巡らせろ、一つのミスが死を招くと。

「あなたたちは選ばれた」

腕輪から女の声が聞こえた。とにかく異常な事態が起きている。
削板軍覇の予感は――――ゆらりと姿を見せた生ける屍の姿が、証明した。
それを見た瞬間から、彼の腕にある腕輪のライトの色が緑からオレンジ色へと変化していた。

769: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:28:55.27 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.14806955』


Now Loading……


加納神華は震えていた。気付いたら、ここにいた。
体をゆっくりと起こす。近くの案内板には『ダイヤノイド』とあった。

『な、なんで、ぼく、こんな……?』

今日は特に予定もなく、ただ家でだらだらしていたはずだ。
どこかに出かけるつもりなんてなかった。
しかし現に彼はここにいた。ダイヤノイドというその名前に聞き覚えはある。
確か第一五学区にある巨大複合施設の名称だったはずだ、と加納神華は思い出す。

とはいえ思い出せるのはそこまでだ。
やはりどうして自分がここにいるのか、という点については決定的に記憶が欠けている。
自然には起こりえない事態。つまり何者かの手によるもの。

『でも、一体誰がどうして……』

加納神華には自らが狙われる理由が分からない。
何の特別性もない、ただのちっぽけな少年でしかない。
そう呟いて、初めてそこで腕にはめられたおかしな腕輪の存在に気が付いた。

『ぼくのもの、じゃない……』

外れない。そこにつけられているライトが緑色に光っている。
何とか外せないものかとしばらく奮闘していると、

『……?』

今、加納神華がいる部屋の外から。
何か、ぐちゃぐちゃという粘着質な音が聞こえてきた。
それはまるで何かをかき混ぜているようで。あるいは、咀嚼しているようで。

そして彼は聞いた。この世のものとは思えない、人間の出すものとは思えないそのうめき声を。
のそりのそりと緩慢な足音と共に外を徘徊する何か得体の知れないものの存在に気が付いた。
思わずひっ、という小さな声が漏れる。直後、その腕輪の色がオレンジへと変化する。

「ねぇ、教えて。その“恐怖”を。今どんな気持ち?」

突然に腕輪から声が流れた。
聞いたことのない女性の声が。

770: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:30:16.73 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.573』


Now Loading……


そしてもう一人。加納神華と並んで学園都市の裏側とも縁のない、不幸な少女がいた。

『えっ、えっ……な、何が……?』

秋川未絵。長袖のセーラー服、軽いリップクリームに薄い透明のマニキュア。
一般的な女子中学生として平均的と言える容姿。
だが、そんな平凡な生活だけを望む平凡な未絵は異常事態に遭遇していた。

『ここは、どこ……?』

記憶がなかった。ただ、ここにいた。
秋川未絵は痛む頭を押さえて立ち上がる。
そこで自分の腕に妙な腕輪が取り付けられていることに気付いた。
緑色に光っているそれに見覚えはない。

物置と言うべきか倉庫と言うべきか。
薄暗い場所だ。あまり長い間いたいと思えるような空間ではない。
すぐにここから出ようとして、やめる。

何故かは自分でも分からなかった。ただ、予感がする。虫の知らせとでもいうのだろうか。
チリチリと焼けるような感覚。本能が危険を知らせる。
視界には危険なものなど何もない。にも関わらずじわりと汗が一筋流れ出る。緊張に体が固まっていた。

親に電話してみよう。未絵はそう思い至り、携帯を取り出して母親へと電話をかける。
しかし繋がらない。通話を切り、今度は父親へとかける。繋がらない。
心臓の鼓動が早まりだした。その時、腕輪から女性の声がした。

「その腕輪は“恐怖”を感じると色を変えていく。ねぇ、あなたの色は何色?」

それが誰かは分からなかった。しかしそこで未絵は腕輪の色が緑からオレンジへと変わっていることに気付く。
それ以上あれこれと考える時間はなかった。突然にこの部屋の出入り口となる扉がバン、と開け放たれる。
びくりと体を震わせてそちらを見る。そこには、どろりと白く濁った眼に腐り落ちた肉、露出した赤黒い筋繊維や骨、血と膿に塗れたものがいた。

『……っ!?』

声が出なかった。その姿は、まるで、ゾンビ。
フィクションの中だけの存在であるはずの人肉を食らう歩く死体。
それが現実にそこにいて。叫ぶことすらできずに未絵はもう一つのドアへと走り出した。

(なにあれなにあれどうなってるの意味が分からない夢でしょこんなの――――!!)

足を縺れさせながら、あちこちへと体をぶつけながら。
ただここを逃げ出し、両親の無事を確かめるために。
秋川未絵の逃走劇が幕を開けた。

771: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:31:27.52 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.38911107』


Now Loading……


海原光貴はその体を汚物で汚してしまっていた。
いつの間にか移動していた。やはり彼にもまたここに至った記憶はない。

『……さて、どうしたものでしょうか』

丁寧な口調。常盤台中学の理事長の孫のもの……では、ない。
その仮面を被ったアステカの魔術師は腕にある得体の知れぬ腕輪を見る。
先ほどからの女の言葉を聞く限り何かしらの実験台にされているとみるのが妥当だろう。

だがこの街の上層部は今までこんなやり方はしてこなかった。
何故、今回に限ってなのか。それとも全くの別口なのか。
その手の中には黒曜石でできたナイフのようなものがあった。

「ようこそ絶望の“恐怖”へ」

腕輪から流れる聞いたことない女の声。
とはいえ、そんなことはどうでもいいことだ。
海原は既に知っている。学園都市が今どういう状況にあるかを。
一目見ればそれで諦めがついた。

『何がどうなってこうなったのかは知りませんが……考えることにすら、意味はなさそうですね』

ただ唯一気になるのは強さと優しさを持った一人の少女のことだが、そちらに関してはあの少年と約束を交わしている。
ショチトルも今はこの街にはいない。『グループ』のメンバーに関しては思い入れなど欠片ほどもない。

『…………』

そこまで考えて、海原はふと疑問に思った。
僅かに小首さえ傾げていた。

一つ一つ整理していった結果浮かび上がった、単純な事実。
どうやらもうこれ以上、自分という存在が無理に生き延びる必要はないらしい。

『まあ実際、悪くはないと思っていますよ』

掲げていた黒曜石のナイフ。『トラウィスカルパンテクウトリの槍』を下ろす。
持っている『原典』にも少しだけじっとしていてもらうことにする。
それらを駆使すればこの状況を切り抜けることは可能かもしれない。
だがもはやそこまですることに意味などない。

『貴女たちに殺されるのであれば、自分の死を飾るには上等すぎる』

その海原の言葉に偽りはなかった。強がりなどでもなかった。
ただ目の前にあるそれを、変わり果てた二人の妹達を見つめて呟く。

生ける屍と化した彼女の動きは鈍い。
手の中にある黒曜石のナイフを適切に掲げれば迅速にその腐敗した肉体を崩すことだろう。
しかし海原はそれをしない。むしろナイフはカランという軽い音をたてて地面へと落ちた。

直後だった。美しい閃光が弾けた。
その眩い輝きは距離などないかのように、一瞬以下の内に海原の体を貫く。
高圧電流をまともに浴び海原の筋肉は弛緩する。膝をつき、その体が崩れ落ちていった。

獲物の動きを封じた妹達だったものはゆっくりと近づいてくる。
その進みの遅さはまるであえて焦らし、これから訪れる死の恐怖を演出しているかのようでさえあった。

しかし海原に恐怖はなかった。自らの人生とその終わり方にそれなりに満足しているようだった。
特に不満はない。だから海原は迫る死に抗おうとはしない。
ただ海原はゆっくりと必死に頭を起こし、そこにいる死の具現を見つめ、

震える声を絞り出す。
そこにいるものは彼の心惹かれたあの少女ではない。
それを分かった上で彼は何を思ったのか。ただこう呟いた。

『……自分を、見て、ください……』

手で顔を覆う。すぐに変化は訪れた。
海原光貴という借り物の仮面は失われ、その下にある素顔が晒された。
だが当然、二体の亡者はそんなことなど気にも留めない。
それでもエツァリは静かに笑っていた。

そして。
新鮮な肉の詰まった容れ物に狂喜し、かつて妹達だった二体のそれはエツァリのその喉元と腹部に噛り付いた。

772: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:32:39.94 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.882408』


Now Loading……


元『白鰐部隊』相園美央は舌打ちする。
やはり彼女もまたここに至るまでの記憶がなかった。

学園都市中を巻き込んだ、西東颯太という善人すぎる教師を巡る事件。
一人のお人好し超能力者と共にその行方を追った一件。

それが終わってからというもの、相園は彼女との約束通り警備員に出頭。
大人しく捕まっていたのだが、気が付いたらこの状況だ。

『……無意識に脱獄した、なーんてわけありませんよねぇ』

自らの異常性は十分に認識しているつもりだが、そんな夢遊病かDIDのような行動は流石に取らない。
そもそも、今の相園美央にそこまでして外に出たいと願う理由もない。
何の抵抗もせずにただ捕まっていた。であれば、これはどういうことなのだろうか。この女の声の主は何者なのか。

『この腕輪……まーた学園都市お得意の悪趣味な実験、か』

腕輪の色は今のところ緑。声は腕輪は“恐怖”を感じると色を変えると言っていた。
おそらく緑は正常を表すカラー。何を求めてかは知らないが、つまりこれからこいつは“恐怖”とやらを与えてくるのだろう。
そしてその“恐怖”が極限に達した時に、何かが起こる。

『フランツ・カフカ……ですか』

相園美央はまだ学園都市の状況を知らない。
死の渦巻く街へと変貌していることを知らない。
だから“恐怖”を与える仕掛けがどういうものかは分からなかった。

相園がぽつりと呟いた直後。
腕輪から再びあの声が流れた。

「自己を振るい落とすことなく自己を食らい尽くすこと」




『UNDER_LINE_NO.20400693』


Now Loading……


『チッ』

柊元響季は己の不注意に苛立っていた。
とんだ失態だと思っていた。腕にある腕輪の光は緑。
おそらくまだ正常を保っている証だろう。

この女の正体なんてどうでもいい。
何をしようとしているのかも興味がない。
ただ自分を巻き込んでいることだけが気に入らない。

『……一ムカつく』

しかし、

「必要なウィルスはあなたたち被験者一人一人に既に投与済み」

その流れた声はこれでもかというくらいに見下した様子だった。
まるで籠に入れられた虫を観察する人間のように。

『……二ムカつく』

このまま逃がしてくれるなんてことはないだろう。
面倒なことにこの状況を何とかするにはこの女の話を聞く必要がありそうだった。
いや、もしかしたら桜坂風雅ならこの腕輪の構造や発信源さえ特定できるかもしれない。

そう思った直後だった。ガラスの砕ける大きな音が響き渡る。
咄嗟に柊元がそちらへ視線をやると、割れた窓から歩く死者がいくつも侵入してきていた。
柊元の思考が停止する。あれは、何だ? その姿はゾンビとしか形容できない。
現実世界に存在するはずのない、馬鹿馬鹿しい空想上の産物。だが確かな腐臭と死臭を持って何体もそこにいる。

『三ムカつく』

静かに、無意識に一歩後退していた。柊元は必死に思考を切り替える。
『微細構築』。この能力があればこんな化け物に簡単にやられることはない。
当座の目標は桜坂風雅の発見。柊元響季は動き出した。

773: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:34:32.69 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.78053』


Now Loading……


『…………』

藍花悦は不満そうに顔を顰めていた。
その腕には緑の光を放つ腕輪。何故こうなったのか、その記憶はない。
手の中で使えない携帯を弄びながら舌打ちする。

「……全ての苦しみ、その“恐怖”は始まったばかり」

腕輪から聞こえる声。
藍花悦。学園都市には“何人もの藍花悦がいる”が、ここにいるのは正真正銘の超能力者。序列は第六位。
厄介ごとに巻き込まれることには慣れているが、今回は少々事情が違うらしい。

思考を巡らせる。そして何か思いつきでもしたのか、あるいは考えなどないのか。
とにかく、藍花悦は歩き出した。地獄の街を、立ち塞がる死を蹴散らしながら。

774: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:35:06.72 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.504185』


Now Loading……


結標淡希は困惑していた。
何が起きたのかは分からない。腕輪の声の女が何者かも。
しかしこれが悠長にしていられるような事態ではないということは分かっていた。

『一体、何なのよ、アレは……ッ!!』

ギリリ、と強く歯噛みする。街中を徘徊する異形の存在。
どう考えても死んでいるはずの人間がそこにいる異常。
ゾンビとでも言うべきものが溢れている。

結標は自分の体が小さく震えていることに気付いていた。
腕輪の色はオレンジ。まずい、と結標は思う。

声の女の目的は不明だが“恐怖”という言葉を多用している。
そしてこの腕輪は“恐怖”に応じて色を変える。
それが最大になった時何が起きるのか。少なくとも楽しいことではないだろう。

『落ち、着かないと……』

息を大きく吸って吐く。二度ほどゆっくりと深呼吸すると少しは冷静になった気がした。
問題なのは「ウィルスは投与済み」という点。鉄錆と死の臭いに包まれた学園都市、その元凶となったのも何らかのウィルスなのかもしれない。
人間をリビングデッドにするウィルスなど映画の中だけのもののはずだが、解答としてはあり得そうではあった。
そんなウィルスが既にこの体の中にある。そう思うと吐き出したい気持ちにもなる。

『いや……』

おそらく既に投与されてしまったウィルスはこの街を殺したものと同一ではない。
先ほど女は「あなたたち被験者一人一人」と言った。結標以外にも何人かいるのだろう。
わざわざ人数を集めてこんな実験染みたことをやっているのだから、すぐに歩く死体になるウィルスを打つ意味はない。

『“恐怖”に、反応するのかもしれないわね……』

そこまで推測を立てて、結標は聞こえているかも分からない相手へと問うていた。

『答えなさい、あなたは何者なの……!?』

意外にも答えはすんなりと返ってきた。

    オーバーシア
「私は“監視者”。その“恐怖”を見届ける者」

“監視者”と名乗ったこの女。ここまでのことをやれる存在は学園都市の中でも限られてくる。
その裏にいるのは誰かを考えて一番最初に頭に浮かんだのは、あの存在。
何度かこの目で見て、会っていながらその内が欠片も読み取れない王。

『……アレイスター』

本当にそうかは分からない。だが、もしアレイスターが本気で潰すつもりでいるのなら終わりだと結標は思う。
この惑星すら使い捨ての道具。あれは、とてもじゃないが、結標淡希なんて人間が及ぶ相手ではない。
怯えが僅かに顔を覗かせる。アレイスターという存在の影を感じただけで。
とはいえ最大の問題は他にある。今結標が最優先でやらなければならないこと。

『お願い、無事でいて……!!』

第一〇学区にある一つの少年院に囚われていた仲間たち。
今では解放されている彼ら。それは結標が命を捨ててでも守りたいもの。
そのために結標淡希は死の街を駆ける。

775: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:36:33.07 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.8951』


Now Loading……


結論から言って、桜坂風雅は見つかっていなかった。
柊元響季の苛立ちは極限に達しようとしていた。

『ちくしょう……!!』

どこを見回してもあるのは死ばかり。
歩いているのは死体だけかと思えばわけの分からないような化け物までうろついている。
何をどう考えたところでこの街がもう死んでいるのは明らかだった。

桜坂風雅は見つからない。見つけて、腕輪の女を発見したとして、それが何になる。
そこから何が繋がる。もう全てが壊れてしまっているというのに。
思考の方向性が危うくなっていることに、柊元自身気付いている。それでも止められなかった。

這い寄る生きた死体にうんざりしていた。
終わりが見えない。出口のない迷路を彷徨っているような感覚に吐き気さえ覚える。

彼女の目の前には奇妙なものがあった。
真っ白に固まった巨大なオブジェ。凍えるような冷気を放つ、柊元の身長よりも大きな三メートルはありそうなそれ。
長く鎌のような刃を持つ、サソリのような尾。鋭いその指は両手それぞれ三本ずつしかない。
その目は煌々と光を放っているが、今はその動きを停止している。

この化け物は他とは比にもならない恐ろしさを有していた。
攻撃も、防御も、速度も。この場所にうまく誘導して液体窒素を利用できていなければ、どうにもならなかったかもしれない。
ただ亡者だけではない。中にはこんな化け物まで存在している。

……異常なのはどっちだ、と思う。
世界でうまく生きていくには多数派であることが必要だ。
だから同性愛者は偏見を持たれてしまうし異端とされた宗派は迫害される。
今の学園都市の多数派はどちらか。少数派はどちらか。生者か、死者か。

ちらりと腕輪を見る。彼女を縛り付ける腕輪。
壊してやりたい。何だか柊元の中で突然そんな衝動が湧き上がってくる。
まるでこれを破壊することが第一歩であるかのように。
当然腕輪の女も何らかの対策は講じていると考えるべきだろう。
だが柊元は解放されたい衝動を抑えられなくなっていた。

『こんな、もの……っ!!』

歯噛みして、半ばやけになって演算を始める。
『微細構築』を発動させる。この腕輪を破壊する。全てはそれからだ。

柊元の思考は虚ろだった。
僅かに残された思考はこの状況に対する苛立ちと破壊衝動に呑まれていた。
だから、この時の彼女に、周囲をしっかり警戒するなんてことは、できていなかった。

『……?』

ずるり、と何かがずれるような感覚。
柊元は疑問を覚えた。視界が激しく揺れ、痛みと共に映る景色が目まぐるしく入れ替わる。
少ししてその景色が固定された。そこには自分の体があった。
巨大な化け物は未だ凍結していて、ほとんど身動きがとれていない。

何が、と呟こうとした。しかし声が上手く発声できない。
自分の体を見上げるようにあり得ない位置から見つめている。
いつの間にか赤い液体に塗れた柊元の体が、やがてどさりと地面に倒れ込む。
その傍らには同じく赤い液体を浴びて鎌のような爪と尾を遊ばせる、同じ化け物がもう一体立っていた。

柊元響季はようやく事態を理解して。
抵抗することもできず、またそのつもりさえなく、ただ冷たい安らぎに身を委ねていった。

776: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:37:26.06 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.6891446』


Now Loading……


結標淡希は呆然と立ち尽くしていた。
               オーバーシア
ウィルスとやらのことも“監視者”のことも頭から吹き飛んでいた。

目の前にあるのは、赤い部屋。
目の前にあるのは、血。
目の前にあるのは、失意。

ここに結標の仲間がいるはずだった。
確かにいた。いや、あったというべきなのかもしれない。
真紅に染め上げられた緋色の絶望。人間の死体がいくつも転がっていた。

『――――は……、え、あ……?』

言葉すらでてこなかった。
あってはならない光景。夢でも許されない光景。

彼らのために結標は動いてきた。彼らのために『グループ』として活動してきた。
なんだ、これは。怒りも悲しみも湧いてこない。それよりもただ困惑と理解の否定が先行している。
この光景が分からないのではない。分かりたくない。
自分の全てがこんな風に失われていることを受け入れられない。

『あ……うぁ、く、は……っ!!』

呼吸がおかしい。吐き気が込み上げる。結標の腕輪は赤色に輝いていた。
結標は気付かなかった。目の前にある死体の状況に。
焼け焦げているもの、欠損しているもの、凍結しているものさえある。その上、まだ温かい。
それが何を意味しているのか。あるいは気付かなかったのではなくどうでもよかったのか。

直後だった。鋭い感覚が結標の全身を貫く。
腹部から広がる焼けるような尋常ではない痛み。全身の神経一つ一つを断たれているかのよう。
ごぼり、と口から血の塊が吐き出される。結標の体が赤に染まる。

『あ、ああぁぁあああああ……っ!!』

明滅する視界の中で自らの腹部を見る。
脇腹から中心辺りまでが綺麗に抉り取られていた。

背後からの奇襲。結標は動かぬ体を必死に動かして振り返る。
そこにいたのは、仲間を殺した存在。そこにいたのは、襲撃者。そこにいたのは、死。そこにいたのは、悲劇。
ジャラジャラという鎖の音を結標は聞いた。その顔には何か皮のようなものが幾重にもべたべたと貼り付けられている。
両手を拘束する手枷と両足首から引き摺られている鎖。学園都市を徘徊する亡者とは明らかに異質なもの。

『……あ、ら。どうせなら、お迎えは、可愛らしい天使が、良かったのだけれど』

朦朧とする意識の中で呟いた。
これからの展開は分かっている。抗おうとも思わなかった。
結標淡希が全てをなげうってでも戦わなければならない理由は既に消えてしまった。
もう生に執着する理由がない。欲を言えば最後に仲間を殺したこの化け物を殺してやりたかったが、どうやらそれも無理そうだった。

全てが吹き飛びそうなほどの痛み。だがそれでいて即座に命を落としたわけでもない。
目を背けたくなるほどの重傷。だがそれでいて全く喋れないわけでも少しも動けないわけでもない。

『――――殺すの、下手ね、あなた』

とはいえ、今まさに闇に呑み込まれていることに変わりはない。
結標淡希の意識が急速に落ちていく。腕輪は赤く輝いているが、その眼からは光が失われていく。
死なのか気絶なのか。それは分からなかった。

ただ結標淡希が最期に見たもの。
それは何をするつもりなのか、結標の顔へとその手を伸ばす化け物の姿だった。

777: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:38:55.04 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.10965748』


Now Loading……


加納神華は震えていた。もうろくに立てなかった。
目尻からは涙が流れ声も出ない。自分の手を見てみれば面白いくらいにがたがたと震えている。
その腕輪の色は赤。“恐怖”が足音もなく静かに迫っていた。

加納神華の持つ“強さ”は出てこなかった。
確かに少年はある種の“強さ”を間違いなく有している。
しかしそれはこんな状況の中に一人放り出されて発揮されるような類のものではなかった。

『はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……!!』

息が荒い。その心臓が張り裂けそうなほどにうるさい。
ほんの些細な風の音にさえ勝手に全身が激しく反応してしまう。
もし今頭上に水の一滴でも落ちてこようものならそれだけで絶対に死ぬと彼は本気で思った。
もう動けない。ここからたったの一歩でも動くことができない。

『な、んで……こんな、ことに……』

それは何度繰り返したかも分からない問い。考えることに意味などない問い。
この状況から解放してほしい、今この瞬間にも目が覚めたらベッドの上であってほしい。
ただそんな願望だけを心の内で延々と並べていた。

 オーバシア
“監視者”と名乗った腕輪の女の話からして他にも同じ目に遭わされている人間が何人かいるはずだ。
その人たちはこんなにも恐ろしい悪夢に耐えられているのだろうか。

『ぼくには、無理、だ……』

呟く。たったそれだけを口にするだけでも大変だった。
諦めが心の中でじわりと広がり始める。精神を侵食する。

『フレンダ……』

一つの名を口にした。少しは勇気が湧くかと思った。
だが次の瞬間に、何もかもが吹き飛んだ。

ガンガンガン、という音が周囲から一斉に鳴り響く。
加納神華が今いる部屋、その出入り口や窓という窓に白く膨れたグロテスクな指先が押し付けられていた。
思わず視線を逸らす。そこで淀み濁りきった目や眼球が零れ落ちているものを目撃してしまう。

『うわああああああああああああああああああっ!?』

頭を抱えて叫んでいた。その醜悪な姿と既に鼻を刺激する腐臭に死臭。そしてその音。
それらが全て彼に明確な死をイメージさせた。
そして。バリン!! という破滅的な音が響いた瞬間に、“恐怖”が限界を超えた。

ビー、ビー、という警告音のようなものが流れる。
その音源である腕輪を見てみると、赤い輝きが激しく点滅していた。
装着者の感情の変化。大量に分泌されたアドレナリンやノルアドレナリンに既に投与されていたウィルスが反応する。

『が、ぐ、ごああぁぁぁああああああああああああああッ!!』

変化は迅速に訪れた。加納神華という人間が『T-Phobos』によって塗り潰されていく。
そして加納神華は加納神華ではないなにものかへと変異した。

778: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:40:08.15 ID:La1JezlF0

『UNDER_LINE_NO.48933066』


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『……初めから無理があったんですよ』
                             オーバーシア
全ての“恐怖”、あらゆる“死”を見届けた代理“監視者”……木原唯一は呟いた。
それは出来の悪い生徒に対してのような調子でさえあった。
振り返るとそこにはゴールデンレトリバーの姿。木原脳幹。
どうやらどこかと通信しているらしかった。

『――――というわけだが、どうかね?』

「まあまあ、ずっとこの『無重力生態影響実験室』とかいう名の檻の中にいるのも退屈だし、歓迎と言えば歓迎だけどさ」

通信相手の声が僅かに聞こえてくる。
その声には聞き覚えがあった。

「オーケーオーケー、“滅菌作戦”の準備は完了しておいたよ。
で、何だったか。HsMDC-01“地球旋回加速式磁気照準砲”だっけか? それとも軌道上防衛兵站輸送システム“S5”だっけか?
……はいはい分かってるよ、ちょっとからかっただけ。そんなに怒るな。え、怒ってないって? 何でもいいよもう」

木原脳幹と軽い調子で言葉を交わしている相手。
正直なところ、木原唯一は少しばかり彼女を快く思っていなかった。
その理由としては、

『せーんせーい、わざわざ天埜郭夜なんか通さなくたってやりようはあるんじゃないですか?
正直ちょっとあいつ偉大な先生に対して馴れ馴れしすぎると思うんですけど』

だがそのゴールデンレトリバーはといえば全く気にしていないらしく、

『言葉など瑣末な問題でしかない。それより、そっちは?』

『ああ、やっぱり駄目でしたよ。本気でやるつもりなら、それぞれがその“強さ”を発揮できる個別の状況を用意するべきだったんです』

『……あのやり方はやはり悪趣味だ。まあどっちにしても手遅れではある。それより早くしなさい』

『ああっ、待ってください先生ってばー!!』

779: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:42:52.59 ID:La1JezlF0


木原唯一と木原脳幹は静かにそれを見つめていた。
学園都市の科学者の中でもその頂点と言ってもいい位置にいる彼ら。
そんな彼らが何かに魅入られたようにそれを凝視していた。

彼らのいる場所は既に学園都市ではない。
学園都市は既に消滅した。予定通りに。

やがてはぁ、と木原唯一が大きく息を吐く。

『「絶対能力者」。一瞬なのは残念でしたけど、確かに「開いた」みたいでしたね』

『あの耄碌爺もさぞ喜んだことだろう。……尤も、「人間」の目指すべきはその先なのだが』

『「絶対能力者」の創造は「SYSTEM」へ至る第一歩に過ぎない、でしたっけ』

唯一は大きく伸びをすると何でもない朝であるかのようにコーヒーを淹れ始めた。
先生もいりますか、と訊ね拒否されると大袈裟に肩を竦めてみせる。
その様子だけを見ればどこにでもいるような女性にしか見えなかった。

『いやー、それにしても「G」とぶつかって「開いた」時、加納詩苑の砕けた粒子と何か反応してくれるんじゃないかと思ったんですけどね』

『「シルバースターの奇跡」を起こしたあの男のロンドネットと、ミサカネットを競合させたように?
生憎だが、「G」と「絶対能力者」に対して加納詩苑の粒子にそこまで求めるのは酷というものだよ。性質そのものも違うというのもあるが』

『いやあ、分かってはいたんですけどね。加納詩苑があそこで出てくる理由もなさそうですし。
そもそもあれの粒子ってまだ残ってるんでしたっけ? あれ? 回収された?』

一人困惑し始めた唯一を尻目に、ゴールデンレトリバーは背後から視線を感じて振り返る。
そこにいたのは車椅子に乗ったパジャマ姿の女性だった。

『脳幹ちゃんは相変わらずみたいですねぇ』

『君もな。何にせよ、盗み見とは感心しないな』

780: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:43:45.78 ID:La1JezlF0
木原病理。暗い目を湛えたその女性は静かに笑う。
彼女だけではない。他にも何人かの「木原」がこの場所にいた。
しかしこの部屋にいたのは木原唯一と木原脳幹だけだ。

『ああっ、怒らないでくださいよ脳幹ちゃん』

追い払われ、不満そうにしながらも部屋を後にする木原病理。
その後姿を見つめていた唯一がふと思い出したかのように言った。

『上条当麻についてはどうするんです?』

『当面は放置と言ったところか。……あの「人間」もしばらくはそうだろう』

『了解です。……硲舎佳茄の方は』

『ああ。「芽吹いた」ようだな』

硲舎佳茄。その名前が彼らの口から出てくることが異常だった。
彼女は本来ただの登場人物A。こんなところで名前が挙がるような存在ではなかった。
だが、今は違う。こうなることは分かっていた。「人間」は、予測していた。

『あれはもう、死ぬか目的を果たすまでは止まらない。
その正当性などもはや彼女にとって問題ではない。極大の憎悪は翻って美しいとは誰の言葉だったか』

『あの爺さんですよ。……では、今のところはゴールドのタグと言ったところですかね。
先ほど私が演じていたアレクシア風に言うなら、こうでしょうか』

唯一は薄く笑って、

『鳥かごが鳥を探しにやってきた』

笑う唯一を見て、木原脳幹はため息をつき仕方がないというように引き継いだ。

『しかし鳥は消えてしまった』

『鳥は、変わったのだ』

そして。彼らは立ち上がった。
新たな世界を歩く。学園都市はとりあえずなくなった。それでも、




『ああ、今日も世界は科学で満ちているなぁ』





781: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/08/22(土) 01:52:04.41 ID:La1JezlF0
これにて完全に完結です
今回のキャラ選は本編に出たキャラは当然使えないので、他から選択した結果こうなりました
アレックスさんは出せませんでしたがその魂は引き継いでもらうことに
最期が書かれなかったキャラですが、軍覇は多分負傷した原谷とか横須賀辺りを背負ってたら噛み付かれて感染とかじゃないでしょうか?
未絵は多分恐怖に負けて、雲川姉妹は普通にやられてしまったんじゃないでしょうか、予想ですけど
相園さんと藍花悦は……分かりません

本当に長くなってしまいましたが、ようやく終わりです
読んでくれた方ありがとうございました
しばらくはリアルも忙しいので休憩しながらたまに平和なほのぼのでも書いて精神回復させていこうと思います