2: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:45:09.92 ID:lTmaqxQs0



『『『はじめましてっ!私達ニュージェネレーションですっ!』』』



 地元の千葉から電車で1時間とちょっと、新作のアニメDVDをチェックに来たアキバの
街頭テレビで聞き覚えのある声を聞いた。思わず目をやると、そこにはカメラに向かって
満面の笑顔で手を振る元気な妹分の姿があった。

『ほらほら、しまむーもしぶりんももっとアピールアピール!』

『ちょ、ちょっと未央おちついて……あとその変なあだ名やめて……』

『し、島村卯月で~す……!えへへ……』

 また調子にのりやがって……でも自分だけじゃなくて、同じグループの子達もちゃんと
目立たせようとカメラの前に引っ張っているのは褒めてやる。ああいう遠慮のなさは、
アイツの長所だからな。短所でもあるけど……



引用元: 神谷奈緒「アイドルメーカー」 

 

3: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:46:22.99 ID:lTmaqxQs0


「ちゃんとアイドルがんばってるんだな、未央……」

 半年前、「私アイドルになる!」って宣言したのを思い出す。どうして未央がそう決意
したのかは知らないけど、小さい頃から何かと世話を焼いていた妹分の為に、あたしは
手を貸してやる事にした。どのみち最終的にコイツはあたしに頼ってくるし。

「で、お前どうやってアイドルになるつもりなんだよ?」

「え?アイドルって渋谷か新宿をぶらぶらしてたらスカウトされるんじゃないの?」

 真顔で答える未央に頭痛がした。どうせそんな事だろうと思ったぜ。確かにそういう
ルートもあるかもしれないが、それはごくごく限られた人間のみが遭遇する神イベント
だぞ。お前みたいなごくごく普通の人間にはまずありえない話だ。



4: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:47:36.66 ID:lTmaqxQs0


「む~、奈緒ちゃんは私がアイドルに向いてないって言いたいの~!? これでも学校では
 セクシーグラマー未央ちゃんって通り名で人気者なんだよ~!」

 ぷく~っと頬を膨らませて怒る未央。知ってるよ、その通り名を自分自身で付けて吹聴
している事もな。まあ未央は昔から人懐っこくてどこでもムードメーカー的な存在だから、
クラスでも人気者なんだろうとは思うけど。

「お前がアイドルに向いてるかどうかはあたしには分からないけど、少なくとも街で突然
 声をかけられるようなスター性は感じないな。あたしも詳しくはないけど、最初は地道
 に養成所に通ったり、事務所に応募したりするんじゃねえの?」

「う~ん、やっぱりそうなのかぁ~。あんまメンドくさそうなのは嫌なんだけどな~」

 あたしの部屋のベッドにごろんと横になる未央。お菓子とかこぼすなよ。せっかく昨日
シーツ替えたばかりなんだから。



5: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:48:39.65 ID:lTmaqxQs0


「……もしかして奈緒ちゃん、こないだ美羽と一緒に遊びに来た時にシーツの柄が
 子供っぽいって笑ったの気にしてたの?」

 ……そんな事ねえよ。たまたまだよ。

「ごめん、気にしてたのなら謝るよ。奈緒ちゃんアニメ好きだもんね。私も可愛いと
 思うよ、ピ○チュウ柄のシーツ……」

「だからたまたまだって言ってんだろ!! いい加減にしないと放り出すぞ!! 」

 なんでそんな時だけ真顔なんだよお前!! それから別にポ○モンが好きでもいいだろ!?



6: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:50:29.69 ID:lTmaqxQs0


「いや、でも千葉県民としてはピカ○ュウよりふ○っしー推しといた方がいいんじゃない?
 美羽が最近ハマってるらしいよ。私にはあれの良さがよくわかんないんだけど……」

「相変わらず迷走してんだなあいつ。普通にしとけばそこそこ可愛いのに……」

 奈緒と二人でため息を吐く。今日はいないけど、私と未央の共通の知り合いに矢口美羽
という後輩がいる。礼儀正しくて悪い子じゃないんだけど、どこかずれていて突飛な言動
であたし達を悩ませる。最近は自分らしさを追い求めて迷走しているらしい。



7: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:52:16.18 ID:lTmaqxQs0


「美羽の事はとりあえず脇に置いとこう。で、アイドルの話に戻るけどさ、どういう 
 ルートでアイドルになっても、どっちみち歌やダンスのレッスンはしなきゃいけないわけだ。 
 だったら養成所でレッスンしてアイドルになるよりは、先に事務所に所属してから 
 レッスン受けた方がモチベも維持できるんじゃねえか?」 

「お、ナイスアイデア!さすが奈緒ちゃん、頼りになるよ!」

 がばっとベッドから起き上がる未央。どうせ飽きっぽいお前の事だし、地道なレッスン
ばかりだと長続きしないだろ。ただそのルートはアイドルになってから大変そうだけど、
単純なこいつはそこまでは考えてないだろうな……

「よし、そうと決まれば早速応募だ!やっぱりトップアイドルになる為には有名な事務所
 かプロダクションじゃないとね!」

 いつの間にかあたしのPCを立ち上げて、意気揚々とアイドル事務所を調べる未央。
こいつの行動力の早さには敬服するな。アイドルになるのはそう簡単な道のりじゃないと
思うけど、未央が元気だとあたしも何だか嬉しくなってくる。あたしは苦笑しながら、
そんな彼女を眺めていた。



8: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:53:11.40 ID:lTmaqxQs0


 ――――これが半年前の話。あれから二人で色々調べて、あちこちの事務所に応募して、
20件目でようやくひっかかったと思いきや、そこから地道な営業活動やレッスン漬けの
日々が続いたらしく、よく電話やメールで愚痴っていた。しかし未央は持ち前の気力と
明るさでそれを乗り越えたようで、最近ちらほらテレビや雑誌で見るようになった。

「しかしあいつ、本当にアイドルになっちまったんだなあ……」

 アイドルになって未央は東京の寮に入ったからあまり会えなくなったけど、それでも
たまに連絡をくれる。アイドルになってもあまりにも変わらなさすぎるから、こいつ本当
にアイドルになったんだよな?と疑っちまう。変に気取ったりキャラを作ってないあたり、
意外とアイドルに向いていたのかもな。



9: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:54:09.78 ID:lTmaqxQs0


『未央ちゃんはアイドルになって、何かやりたい事とかあるのかな?』

『そうですねえ。私は……』

 司会者に話をふられて、むむむと考え込む未央。そして顔を上げた瞬間、不敵な笑みを
ニヤリと浮かべた。あ、やばい。あの顔はロクな事を考えてない顔だ……

『私がトップアイドルになったら、東京デ○ズニーランドを千葉ディ○ニーランドに
 改名して……』

『それ以上言っちゃダメ!色々とあぶない気がするよ未央ちゃん!』ドタバタ

『未央は冗談ばかり言うんだから。すみません、次の質問をお願いします……』ドタバタ

『むぐ~!むぐぐ~!』

 ……よく千葉県民の総意を代弁してくれたと拍手を送りたいところだが、お前は政治家
か大統領か!とツッコむ。あまり余計な事言うとアイドル生命終わるぞ。



10: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:55:13.29 ID:lTmaqxQs0


「がんばれよ、未央。あたしは応援してるぞ」

 少し遠い所に行ってしまったような気がする妹分を少々寂しく思いつつ、小声でエール
を送ってあたしはその場を離れた。さてと、あたしもそろそろ帰ろうかな。帰ったら宿題
して、それからアニメ見て……





11: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 20:58:11.73 ID:lTmaqxQs0



「君、ちょっといいかな?」



「え?」

 あたしが家に帰ってからの予定を考えていると、突然後ろから声をかけられた。振り
返るとそこには、20代後半くらいのスーツを着たマジメそうな若い男の人が立っていた。
あれ?これってもしかして……

「さっきテレビに出ているウチのアイドルをずっと見てたけど、もしかして興味あるの
 かな?よかったら君もあの子達みたいに、アイドルやってみない?」

「は、はあ!? 」

 一瞬何を言われたのかよく分からなくて、思わず素っ頓狂な声をあげちまった。未央に
教えた『ごくごく選ばれた人間のみが遭遇する神イベント』がまさか自分に訪れるとは、
全く想像出来なかった。あたしの人生にこんなイベント必要ないぞ!



13: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/20(木) 21:02:37.82 ID:lTmaqxQs0


 ちなみに、これがあたしと今後長い付き合いになるPさんとの出会いとなる。この後
なんだかんだ色々あってあたしはアイドルになるわけだけど、とりあえず第一声は

「は、はァ!?な、なんであたしがアイドルなんて…っ!てゆーか無理に決まってんだろ!
 べ、べつに可愛いカッコとか…興味ねぇ…し。きっ、興味ねぇからな!ホントだからなっ!!」

「あ、ちょ、ちょっと!」

呼び止める声もろくに聞かずに、あたしはよくわからない事を喚き散らして全力で逃げた……



21: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:00:41.09 ID:4v8U4EPZ0



***



「えーっ!? 逃げちゃったんですか!? それ絶対もったいないですよ!! 」

 次の日、家に遊びに来た美羽に私は昨日の件を話した。美羽は黒く大きな瞳をくりくり
動かしてオーバーなリアクションをとる。かわいいなあちくしょう。

「見知らぬ男に声かけられたら普通は逃げるだろ。大人しくついて行く方が無理だぜ?」

「でもでもその男の人、未央さん達の事を『ウチのアイドル』って言ったんですよね?
 だったら本物のスカウトさんだったんじゃなかったんですか?」

「それもウソかもしれないだろ。ほら、つい最近もあっただろ?アイドルのマネージャー
 になりすまして振り込め詐欺した事件とか。簡単に信じちゃダメだぞ」

 美羽の頭を軽くなでてやる。こいつは少し危なっかしいんだよな。



22: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:01:55.90 ID:4v8U4EPZ0


「でもきっと、その男の人は本物だったと思いますよ?だって私がスカウトさんだったら
 奈緒さんに声かけますもん!奈緒さんだったら可愛いアイドルさんになれますよ!」

「はいはいありがと。そんな事言って、あたしがいつも慌てふためくと思ったら大間違い
 だぞ。大方未央に吹き込まれたんだろう?」

「むー、奈緒さんノリ悪いです。私は未央ちゃんがいなくなって寂しい思いをしている
 奈緒さんに、少しでも元気になって欲しいだけなのに……」

 あたしそんなに落ち込んでるように見えるか?むしろ未央がいなくなって寂しいのは
美羽の方だろ?お前の家ウチから結構遠いのに、ここ最近毎日来てるじゃねえか。



23: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:02:51.17 ID:4v8U4EPZ0


「私は未央ちゃんと毎日メールしてますから大丈夫です。それに見て下さいよ!ついに
 私もスマホデビューしたんですよ!画面も見やすくてとっても便利です!」

 ドヤ顔で最新のスマホを私に見せつける美羽。てゆうかお前まだガラケーだったのか。
美羽が千葉県最後のガラケー中学生だったかもしれないのに、惜しい個性をなくしたな。

「はっ……!? し、しまった、安易に携帯を買い換えたばかりに私は自分らしさを……」

 わりと本気でへこむ美羽。かわいいけどちょっとかわいそうだからフォローするか。

「なあ美羽、そんな個性がなくてもお前はじゅうぶんに……」「でもいいんです!! 私には
 ふ○っしーがいますから!」

 しかし私がなぐさめる前に、美羽は自力で立ち直った。おお、強くなったな美羽。奈緒
お姉ちゃんは嬉しいぞ。しかしふ○っしーのどこがいいんだ?私もネットでちょっと
調べたけど、アイツの可愛さがイマイチよく分からないよ。



24: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:03:54.25 ID:4v8U4EPZ0


「じゃあ私が奈緒さんにふ○っしーの魅力についてレクチャーしてあげましょう!まずは
 彼の名を一躍有名にした『ふ○っしーダンス』です!」

 美羽はそう言うと、部屋の中で突然縄なしの二重跳びのような奇妙なジャンプを始めた。
それはダンスなのか?あたしには空中でバタバタしてるだけにしか見えないけど。

「はあ……はあ……こ、この素晴らしさが伝わらないとは……こうなったらとっておきの
 必殺技を披露するしかありませんね……」

 肩で息をしながら何やら身構える美羽。どうでもいいけど、あんまりあたしの部屋で
バタバタ暴れないでくれ。母さんが下にいるんだよ。



25: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:04:48.25 ID:4v8U4EPZ0



「ではいきます!ヒャッハーッ!! 梨汁プシ」「やめろバカ野郎―――――っ!! 」



 女としてどころか人間として終わってる史上最低のパフォーマンスをなんとか止めて、
その後あたしは懇々と美羽に説教をかました。しかし例のパフォーマンスの何がいけない
のかを具体的に説明出来ず、美羽を改心させる事は出来なかった。てか説明できるかっ!!

しかしなんてこった、未央がいなくなって美羽がこんなに悪化していたとは…… これ
以上美羽があんな千葉県非公認マスコットの悪影響を受けないためにも、あたしは年長者
として美羽を更正せねばならないと強く決意した。



26: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:06:02.28 ID:4v8U4EPZ0



***



『う~ん、だったら美羽もアイドルにしちゃおっか?あの子見た目は可愛いし良い子だし、
 きっとウチの事務所の面接通ると思うよ』

 その晩、あたしは未央に電話をかけた。こんなつまらん事でアイドルの未央に電話を
かけるのは悪いと思ったけど、美羽が未央と毎日メールしてるって知ってあたしも少し
おしゃべりがしたくなった。

「アイドルってそんな簡単になれるもんなのか?美羽はかわいいけど普通の子だぞ?」

『んっふっふ~♪ わかってませんな奈緒さんは~』

 小ばかにしたように笑う未央に若干イラつきながらも、私は次の言葉を待つ。しかし
こんなやりとりすらも、あまり会えなくなった今では楽しかったりする。



27: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:08:09.10 ID:4v8U4EPZ0


『最近はガッチガチにレッスンで鍛えたエリートじゃなくて、クラスの人気者ポジション
 くらいの自然な子がアイドルの主流なのだよ。ファンとの距離が近いアイドルが、今の
 アイドルのトレンドらしいよ』

 得意気に話す未央。ふーん、確かに言われてみればそうかもな。一昔前のアイドルは
近寄り難いオーラをビシバシ放ってる印象があったけど、ニュージェネを見てると結構
ファンサービス頑張ってるみたいだし。あの渋谷って子はちょっと怖いけど。

『しぶりんはちょっと気難しいところもあるけど、でもとっても良い子だよ。ま、私に
 かかればどんな子だって問題なくなかよしこよしさ!』

 えっへん!と電話口で威張る未央。どこに行っても未央は未央だなと、ついつい私も
笑顔になる。未央に任せておけば美羽も大丈夫かな。



28: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:09:01.82 ID:4v8U4EPZ0


「それじゃあ美羽にすすめてみるよ。資料とか応募書類とか送ってくれる?」

『アイアイサー♪ プロデューサーさんにもしっかり伝えておくよ!ついでに奈緒ちゃん
 の分も送ろうか?』

「バ、バカ!あたしがアイドルなんてガラじゃねえよ!も、もう切るぞ!」

 昨日の事を思い出して思わず慌ててしまう。思えば未央がアイドルになるのを手伝って
いる時も、未央はあたしにもアイドルを勧めてきた。からかってるんだろうとまともに
聞いちゃいなかったが、でも今のアイドルになった未央が言うと本気っぽく聞こえる。



29: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:10:06.80 ID:4v8U4EPZ0


『ちょい待ちちょい待ち!実は私も奈緒ちゃんに聞きたい事があったんだよ!』

「な、なんだよ……?」

 未央に止められて会話を続行する。この時さっさと切っとけば良かったと、あたしは後々
後悔することになる。

『奈緒ちゃん、昨日の昼過ぎくらいに秋葉原にいた?』

「ど、どうして知ってるんだ……?」

 いきなり聞かれてうまくごまかすことが出来ずに、そのまま肯定してしまう。何で未央
がそんな事知ってるんだよ……



30: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:11:08.41 ID:4v8U4EPZ0


『いやさ、昨日ウチのプロデューサーさんが秋葉原でスカウトやってたらしいんだけど、
 そこで前髪パッツンの眉毛がチャーミングな小柄な女の子に声かけたらしいんだよ。
 そしたら顔真っ赤にしてもの凄い早さで逃げられたらしいんだけど、もしかして奈緒
 ちゃんじゃなかったのかな~って思って……』

「おやすみ未央!! 美羽の資料と書類頼むな!! 」

『え……?ちょ……』

 未央の質問を華麗にスルーして電話を切って、ついでに電源も切っておいた。ふう、
何とかうまくごまかせたぜ……

 …………って、んなわけねえだろあたしのバカ―――――ッ!! あんな返し方したら
認めたも同然じゃねえかチクショ―――――ッ!! しかしどうやらあの男の人は、美羽の
言った通り本物だったらしい。あたしなんかに声かけるならもっと未央達の為に働けよ!!



31: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:11:57.59 ID:4v8U4EPZ0


「しばらくアキバに行くのは控えよう……」

 本物のプロデューサーに勧誘されたからって別にアイドルになるわけじゃねえけど、
でもちょっとはあたしも見込みがあるって事か……?いやいや!ないない!未央や美羽と
違ってあたしはそんなに可愛くもないし、背だってちっちゃいし……

「バカバカしい、寝るか……」

 深いため息をついて、あたしはもぞもぞと布団に潜った。とりあえず未央の時みたいに
美羽の自己PRとか考えてやらないといけないな……あいつの趣味ってメールだっけ……
スマホに替えたならLINEにしておくか……それからふ○っしーは梨だけに無しだな……



32: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/21(金) 17:13:44.93 ID:4v8U4EPZ0


 後日、美羽は未央の事務所にアイドル候補生として所属した。未央がそうしてきた様に、
美羽もこれから東京でデビューに向けてレッスン生活を送るらしい。地元や親と離れる事に
不安がないか心配だったけど、未央もいるし事務所の子とも仲良くしているみたいだから
大丈夫かな。



 …………さすがに二人ともいなくなると、あたしもちょっと寂しくなってきたな。



38: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:38:39.13 ID:RMbNPFRS0



***



「ええと、○△スクール……ここだな」



 ある日の休日、あたしは東京にあるそこそこ有名なレッスンスクールの前に立っていた。
……いや、別にアイドルになりたいとか思ったわけじゃねえぞ?ただアイドルってどんな
レッスンをやってるのかなって気になっただけで。だったら直接未央達がいる事務所に
行けばいいじゃんって思うだろうけど、そこまでの勇気はあたしにはないし。



39: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:39:36.30 ID:RMbNPFRS0


「見学は自由か。ちらっと見させてもらおっと。ええと、受付は……」

「ちょっとゴメン、そこどいて―――――っ!! 」

「うおっ!? なんだなんだ!? 」

 あたしがスクールに入ろうとしたら、建物の中からバタバタとピンク色の頭の女の子が
飛び出して来た。その背中には、ぐったりした様子の女の子が乗っかってる。



40: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:40:21.22 ID:RMbNPFRS0


「お、おい!どうしたんだ一体!その子大丈夫なのか?」

「アタシもわかんないよっ!とにかく急いで病院に連れてかないとっ!」

「はぁ……はぁ……」

 流れに任せて思わず声をかけてしまった。とりあえず持っていたハンカチで背中の子の
額の汗をふいてあげる。一応息はしているみたいだけど、顔色は青に近い。



41: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:41:21.78 ID:RMbNPFRS0


「みかー!センセが車回してくれたよー!」

 するとあたし達の前に一台のワゴン車が停まり、中から金髪のギャルっぽい女の子が
顔を出した。『みか』と呼ばれたピンク頭の女の子は、すぐに背中の女の子を車に乗せる。

「ささ、アンタも乗って!」

「へ?あたしも?なんで?」

「いいから!」

 あたしは彼女にぐいっと手を引かれ、そのまま車内に押し込まれた。どうやらひどく
混乱しているみたいで、まともな状況判断が出来ないらしい。こうして部外者のあたしを
乗せて、車は病院に向かって発進した。



42: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:42:45.28 ID:RMbNPFRS0


「ふぅ~……ところでアンタ誰?」

「スクールのコじゃないよね?どっから来たの?」

「それはこっちのセリフだよ!あんた達こそ誰だよ!? 」

 車に乗って一息ついた所で今更かよ!と遅すぎるツッコミをした。こうしてあたし達は
病院に着くまでの間に軽く自己紹介を交わした。ピンク頭が美嘉、金髪が唯という名前
らしい。そして後部席でぐったりしているのが加蓮。全員○△スクールの生徒だそうだ。



 これが加蓮と私の出会い。加蓮のせいで、いや、加蓮のおかげであたしはアイドルに
なる事となった。美嘉と唯もこの後同じ事務所でアイドルをやる事になるけど、加蓮と
出会わなかったら、あたしは一生アイドルにならなかっただろうな―――――



43: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:43:43.70 ID:RMbNPFRS0



***



「加蓮はさ、あまり体が丈夫じゃないんだ。それでスクールの中でもハブられてて……」



 病院のロビーで加蓮を待っていると美嘉が教えてくれた。病弱な加蓮はレッスンも休み
がちで、たまに来ても途中でバテて休む事が多いらしい。そんな加蓮がいじめの的になる
のに時間はかからなかった。

「かれんマジメでいっしょーけんめーガンバってんだけど、カラダがダメみたい。それで
 グループ分けとかでハブにされて、ムキになってムリしちゃってさ……」

 今日のレッスンの様子を唯が教えてくれた。唯や美嘉の心配する声も無視して、加蓮は
ぶっ通しでダンスレッスンを続けて倒れたらしい。どうやら加蓮は線の細い華奢な見た目
に似合わず、負けず嫌いで気の強い性格らしい。



44: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:44:55.63 ID:RMbNPFRS0


「実はアタシらも加蓮と仲良しってわけじゃないんだ。ただイジメとかイヤだから加蓮を
 そっと守ってるんだけど、でも加蓮には余計なお世話だって怒られちゃってさ……」

 美嘉が寂しそうに笑う。自分以外はみんな敵ってやつか。そんな奴の為にここまでして
やるなんて、あんた良いやつだな。

「そ、そんな事ないよ!ただアタシはスクールの先輩としてほっとけないだけで……」

 顔を赤くしてわたわたと慌てる美嘉。派手な見た目と違ってマジメ?

「みかはおねえちゃんだもんねー☆ リアル妹ちゃんが東京に行っちゃって寂しいから、
 かれんを妹がわりにしてかわいがってるのー☆」

「よ、余計なこと言うな唯!そ、そんなんじゃないし!」

 ケラケラ笑う唯を、あわてて黙らせようとする美嘉。……ん?東京に行っちゃった?
あんたら地元の子じゃないのか?



45: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:46:13.67 ID:RMbNPFRS0


「んーんちがうよ?ゆい達は埼玉からかよってるの。ゆいとみかと、ここにいないけど
 ゆずちゃんって子の3人で『たまギャル同盟』を結成してるのだ☆」

「ちょ、そんな同盟入ったおぼえないし!な、奈緒もなんだよ!その『あ~、埼玉ね……』
 みたいな視線は!これだから東京のコは……」

 いや、悪気はなかったんだけど、あんたら見てると妙に埼玉出身って納得しちゃってさ。
それから言ってなかったっけ?あたし千葉だよ。



46: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:47:00.84 ID:RMbNPFRS0


「え!マジで!? ふ○っしーがいる千葉!? 」

 唯が目を輝かせて食いついた。お願いだからそいつと千葉を結びつけないでくれ……

「あ~、県外組か~。だったらウチのスクールは止めといた方がいいと思うよ。ウチの
 スクール東京のコが多いからさ、県外のコはハブにされやすいんだ……」

 美嘉がぽりぽりと頭をかいて説明してくれた。なんだそりゃ?そこそこ実績のある
スクールだって聞いていたのにガッカリだな。まぁ加蓮をいじめてるって聞いた時点で、
あまり良いイメージはなかったけど。



47: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:48:30.14 ID:RMbNPFRS0



「み~かちゃ~ん、加蓮さんの荷物もってきたよ~」



 あたし達がしゃべっていると、茶髪のショートカットの女の子がバッグを持って入って
来た。どうやらこの子が柚ちゃんらしい。あ~、埼玉っぽいわ……

「ん?だれお姉さん?加蓮さんのお友達?」

「いや、レッスン見学希望の者だ。流れに身を任せていたら、なぜかここに来ることに
 なっちゃったけど……」

 きょとんと首をかしげる柚ちゃんに、あたしは軽く自己紹介をした。どうやら柚ちゃん
はあたし達の2つ年下らしい。未央と同級生か。

「ふ~ん、とりあえずよろしくね奈緒さん。ところで加蓮さんまだ病室にいるの?」

 柚ちゃんが病室を覗き込もうとしたのとほぼ同じタイミングで、病室のドアが勢いよく
開いた。思わず柚ちゃんはびっくりして尻もちをつく。



49: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:49:33.29 ID:RMbNPFRS0



「うわっ!? か、加蓮さん……?」



「……人のバッグに勝手に触らないでくれない?」



 ドアの前にへたり込んだ柚ちゃんからバッグをひったくるように奪い取って、加蓮が
トレーナーの先生に付き添われて病室から出てきた。初対面のあたしでも分かるくらい、
もの凄く機嫌が悪い。そのまま加蓮はあたし達の所に歩いて来た。

「いつも言ってるけど余計な事しないでよ。ちょっと休めば大丈夫ってアタシ言った
 よね?それなのにあんた達が大げさに騒ぐから、病院まで行く事になったじゃん」

 殺意のこもった目で美嘉と唯を睨む加蓮。なんだこいつ?この二人がどれだけお前の
事を心配していたのか分かってるのか?



50: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:50:33.19 ID:RMbNPFRS0


「それとも何?アタシの付き添いのフリして、あんた達がレッスンサボりたかっただけ
 じゃないの?そんな事の為にダシにされるの迷惑なんですけど」

「ち、ちが……!! アタシ達はそんなつもりじゃ……!! 」

「かれん!! それ以上言うとゆいも怒るよ!! かれんを車まで運んだのはみかなんだからね!! 」

 しかし二人の言葉に聞く耳を持たず、加蓮は冷たい目で鼻で笑った。なまじ美人な分
ものすごく腹が立つ。ついでにあたしの事は眼中にないらしい。



51: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:51:56.41 ID:RMbNPFRS0


「とにかく安い同情なんていらないから。あんた達がいなくたって、アタシは一人で
 やれるから。お節介もやりすぎたら相手を傷つける事になるんだよ?」

 加蓮はそれだけ言い残すと、トレーナーの先生に一礼してさっさと病院を出て行った。
病院の出口付近で加蓮の母親と思われる人が丁度駆け付けたが、加蓮は母親の手を振り
ほどいて一人で帰って行った。

「なんなんだ……あいつ……」

 もう腹が立つのを通り越して、ただただ呆れるだけだった。病弱だとかいじめられてる
だとか、そういう事情があるにしてもあの態度はないだろ。親の顔が見てみたいぜ全く!



52: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 17:55:24.74 ID:RMbNPFRS0


「この度は娘がご迷惑をおかけして、本当に申し訳ございませんでした……」

 あ、これはこれは加蓮のお母様。そういえば先ほどお見えになられていましたね……
その後あたし達は加蓮ママに謝り倒されて、何か釈然としない気持ちで解散した。あれ?
そう言えばあたし今日何しに東京に来たんだっけ?



 まぁ、そんなわけで加蓮の第一印象は最悪だった。あの頃の加蓮はとにかく態度と性格
と根性が悪かった。あたしも正直二度と会いたくないって思ったけど、次に再会したのは
それから一週間後だった―――――





 ……って、早えなおいっ!これもあたしの運命ってヤツか?






56: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:41:07.11 ID:RMbNPFRS0



***



「へ?今週末のニュージェネのミニライブ?」

『うん★ よかったら奈緒も一緒に行かないかな~って思ってさ★』

 あれから数日後、美嘉が電話をかけてきた。どうやらニュージェネ初のミニライブに
あたしを誘っているらしい。



57: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:42:32.66 ID:RMbNPFRS0


「どうしてあたしなんだ?唯とか柚ちゃんと一緒に行けばいいじゃねえか。この前の事
なら、別にあたしは気にしてないからさ」

『いや~、チケットが一枚しかないんだよね~★ 唯と柚にも、今回のチケットは奈緒に
 譲ってあげてって頼まれちゃってさ★』

「あたしなんかに余計な気を回さなくてもいいのに……まさかそのチケット、あんたらが
 わざわざあたしの為に買ったとかじゃねえだろうな?」

『まっさか~♪ アタシらもそこまでお人好しじゃないよ★ アイドルの家族は毎回ライブ
 の優先チケットとプラス1枚タダでもらえるんだよ~★』



 ……ん?アイドルの家族?そういえば美嘉の妹って埼玉を離れて東京にいるんだっけ?
な~んか似たような境遇の知り合いが二人ほどいるんですけど……



58: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:43:21.26 ID:RMbNPFRS0



『あ、ヤバ……』



「なあ美嘉、そういえばお前の苗字って何だっけ―――――?」




59: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:44:33.86 ID:RMbNPFRS0



***



「ウソ!? あの城ヶ崎莉嘉の姉ちゃんだったの!? でも確かに言われてみれば似てるな……」



『ううぅ、いつかはバレるって覚悟してたケド、自分でしゃべっちゃうなんて……』



 未央から聞いたことがある。城ヶ崎莉嘉は未央達と同じCGプロの中学生アイドルで、
ニュージェネと同時期にデビューしたカリスマちびギャルだ。今回のミニライブでも、
何曲かニュージェネと共演するらしい。



60: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:45:39.63 ID:RMbNPFRS0


「何で妹が先にデビューして、姉はまだレッスンスクールに通ってるんだ?普通逆だろ?」

『あ、アタシにも色々事情があったんだよ!だいたい街でいきなりスカウトされて、その
 ままホイホイとアイドルになれるわけないじゃん!』

 美嘉の話を要約すると、半年ほど前に美嘉と妹の莉嘉は、渋谷でアイドルにスカウト
されたらしい。美嘉は断ったが莉嘉がすっかり舞い上がってしまい、そのままスカウト
したプロデューサーを家に連れて帰り、その日のうちに両親の許可を得たという。



61: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:47:45.40 ID:RMbNPFRS0


『アタシも莉嘉とPさんにずっとアイドルにならないかって誘われてるんだけどさ、でも
 何にも知らない状態でアイドルになって、地元離れて東京で寮暮らしするのはちょっと
 コワくてさ。それでまずは一度スクールに通ってみて、自分がアイドルとしてホントに
 通用するのか確かめてから改めてスカウトの話を考えようと思って……』

 少し恥ずかしそうに、ごにょごにょと小さい声で話す美嘉。いや、その気持ちよ~く
分かるぞ。普通の人間なら街でいきなり『アイドルにならないか?』なんて声かけられ
たら逃げるよな!思いっきり全速力で逃げるよな!



 それに自分がアイドルとしてホントに通用するのか確かめたいって気持ちも分かる。
美嘉もあたしと同じで、どちらかと言えば保守的らしい。あたしがスクールを見学した
のも、美嘉と似たような理由からだし。もしアイドルになるとしたら、あたしもまずは
スクールや養成所に通ってから実力をつけると思う。









62: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:49:22.99 ID:RMbNPFRS0


『……なんか奈緒、ずいぶんアタシに共感してくれてるケド、もしかしてアイドルの
 知り合いとかいたりする?それかスカウトされたりとか……』

 ああ、その通りだよ。可愛い妹分は二人ともアイドルで、しかもその内の一人は今回の
メインを張ってるよ。それにスカウトも経験済みだ。未央達のプロデューサーに会いたく
ないから行く気はなかったが、実はお前と同じ優先チケットをあたしも2枚持っている。
未央と美羽が同じ日に送ってきやがった。



「なあ美嘉、そのチケットは唯にあげてくれ。あたしは自分の分と柚ちゃんのチケットを
 持って行くからさ。せっかくのライブだし、4人で楽しもうぜ―――――」







63: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:50:14.86 ID:RMbNPFRS0



***



 そしてニュージェネのミニライブ当日。会場前に行くと、美嘉達はすでに待っていた。

「お~い!奈緒~!こっちこっち~★」

「なっちゃ~ん!ちゃーっす☆」

「奈緒さ~ん!おひさっ♪」

 ごめんごめん、待たせちゃったかな。はい、これ柚ちゃんのチケットね。あたしもムダ
にならなくて良かったよ。

「へへっ、ありがとっ!実は今日のライブすっごく行きたかったんだ!」

 チケットを持って大喜びする柚ちゃん。かわいいなあもう。



64: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:51:38.81 ID:RMbNPFRS0


「いや~、でもチョービックリしたよ!まさかなっちゃんがニュージェネの未央ちゃんの
 知り合いだったなんて☆ しかも候補生の美羽ちゃんとも仲良しなんでしょ?」

 唯がキラキラした目であたしを見る。いや、あいつらはアイドルでスゴイけどあたしは
ただの一般ピーポーだからな?そんなまなざしを向けられても困るぞ。

「そういえば莉嘉が前に言ってたっけ。未央ちゃんと美羽ちゃんにはステキなお姉ちゃん
 みたいな人がいて、その人が色々手伝ってくれたからアイドルになれたらしいケド、
 それってもしかして……」

 さ、さあ行こうか!会場前でだべっててもお客さんのジャマになるし、未央達も首を
キリンみたいになが~くして待ってるかもしれないしな!あたしは会話を強引に切って、
三人をぐいぐいと中に押し込んだ。



65: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:52:48.92 ID:RMbNPFRS0



***



 <ワーワー <リンチャーン!! <ミオチャーン!! <ウヅキチャーン!!



『みんな―――――っ!! もりあがってる―――――っ!? 』

『私達も最後までせいいっぱい頑張りますから、応援よろしくおねがいします!! 』

『それじゃ次の曲いこうか。今度は私がセンターだから、よろしく』



 デビューしたばかりのアイドルのライブにしては、なかなか盛り上がってるのではない
だろうか?いや、えらそうな事言ってるだけであたしもよくわかんないけどさ。会場は
後ろまで満席で、ファンの人達はサイリウム片手に盛り上がってる。




66: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:55:55.31 ID:RMbNPFRS0


「美羽も元気そうだったな。ちょっとは自分らしさを見つけたかな……」

 今回のミニライブのメインはニュージェネだが、バックダンサーやコーラスで候補生の
美羽もステージをちょこまかと走り回っている。やや緊張しているものの、ライブの
パフォーマンスは他の候補生の子達と楽しそうにやっていた。

「しっかし未央のヤツ、よくあれだけ踊って歌って体力が続くな。昔っから体力バカ
 だったけど、あれほどとは……」

「莉嘉もスゴく未央ちゃんの事をソンケーしてたよ★ 莉嘉と未央ちゃんって事務所で
 同じパッションチームらしいんだけどさ、未央ちゃんがチームのリーダーやってる
 みたいだよ★ ニュージェネでもムードメーカーだし、スゴイよね~★」

 あ~、そういえば美羽がそんな事言ってた。確か美羽もパッションだった気がする。
そんでクールのリーダーが渋谷さんで、キュートのリーダーが島村さんだっけか。
ニュージェネはCGプロの代表メンバーが集まったグループでその一人が未央だなんて、
あいつも立派になったなあ……



67: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:58:35.37 ID:RMbNPFRS0



「しぶり―――――んっ!! がんばって―――――っ!! 」

「しまむ―――――っ!! カワイ―――――ッ!! 」



 唯と柚ちゃんは大喜びで声援を送ってる。その隣であたしと美嘉は静かにサイリウム
を振っていた。実の妹と妹分がアイドルのあたし達は、逆に距離が近すぎて応援する
のが恥ずかしい。未央と美羽もあたしにウィンクしてくるし、莉嘉ちゃんはさっきの
ステージで『おねえちゃーん!! 』と大声で叫んだ。お互い気苦労が絶えないよな……

「未央達も渋谷さんに、ちょっとはクールな所を分けてもらえばいいのに……」

 あたしはステージで歌っている渋谷さんを見ながらそう思った。島村さんや未央と
比べて渋谷さんはちょっと愛想が無い気がするけど、プロのアイドルとしてしっかり
パフォーマンスをしている。この子がこのグループを引き締めてるんだなと感じる。



68: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 22:59:53.98 ID:RMbNPFRS0



『どうもありがとう。それじゃあ次は卯月の曲だよ』



 やがてパフォーマンスを終えた渋谷さんがセンターから外れる。すると一瞬彼女は
視線をさっと客席に向けて、かすかに微笑んで小さく手を振った。油断していると
見落とすくらいの一瞬の動作で、気付いた人もほとんどいないだろう。

「親御さんとか友達が来てるのかな……?」

 あたしは気になって、何となく渋谷さんが手を振った先に目をやる。するとそこには
意外な人物が笑顔で手を振りかえしていた。



69: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/22(土) 23:01:59.85 ID:RMbNPFRS0



「ウソ……?なんであいつがここにいるんだよ……?」 



 あたしは思わず自分の目を疑った。あたしや美嘉が未央や莉嘉ちゃんと知り合いの
様に、あいつも渋谷さんと知り合いなのか?あたしの目線の先には、病院で会った時
とは別人のような明るい笑顔で楽しそうにサイリウムを振っている、



 ―――――北条加蓮がいた。




78: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:02:51.09 ID:21zTXdeV0



***



「おい!」

「え……?もしかしてアタシ?」

ライブ終了後、あたしは美嘉達に先に帰ると伝えて加蓮を追いかけた。途中で見失い
かけたけど、会場外でなんとか追いついた。

「ええと……誰だっけ?」

 きょとんとする加蓮にあたしは思わずずっこけた。そうだよな、病院で会った時も、
お前あたしのことずっとガン無視してたもんな……



79: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:04:00.44 ID:21zTXdeV0


「あ~ちょっと待って、なんかアンタの事思い出せそうかも……」

 加蓮はそう言うと目を細めて両手でカメラマンみたいに四角いワクを作り、あたしの
目線のちょっと上あたりに照準を定めた。

「ああ、思い出した。こないだ埼玉の子達と病院に来てたゲジ眉ちゃんだ」

「どこ見て認識したんだよっ!? それからゲジってねえ!! ちょっと濃いだけだよ!! 」

 相変わらず無礼極まりない奴だな。これが素ならどんだけ性格悪いんだこいつ。



80: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:04:46.73 ID:21zTXdeV0


「だってアンタの名前知らないし。アンタはアタシのコト知ってそうだけど」

 ジロっと鋭い目を向ける加蓮。どうやら既にあたしはこいつに敵認定されてるようだ。
大方、美嘉達の一味だと思われているんだろうな。

「あたしは神谷奈緒だ。しっかり覚えとけ。それから美嘉達の事もちゃんと呼んでやれよ。
 埼玉の子達って大ざっぱすぎるだろ」

「そんなのアンタに関係ないでしょ。それでアタシに何か用なの?」

 うぐ……そういえば勢いで呼び止めちまったけど、何を話せばいいか考えてなかった。
先日の病院の件については大いに文句を言いたいがあたしは部外者だし、先程の渋谷さん
とのやりとりについて聞くのはプライバシーを詮索してるみたいで失礼だし……





81: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:05:54.79 ID:21zTXdeV0


「ハ……ハンカチ……」

「は?」

「そうだハンカチだ!お前あたしのハンカチ持って帰っただろ!あれお気に入りなんだ
から返せよ!」

 我ながらこんな事しか言えないのが情けないぜ。とりあえずは何でもいいからしゃべら
ないと。別にお気に入りでも急ぎでもないし多分今は持ってないだろうけど、また後日
返してくれてもいいし……



82: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:07:18.45 ID:21zTXdeV0


「ああ、あれアンタのだったんだ。てっきり城ヶ崎姉のだと思ってたから今日返そうと
 思ってたんだけど、会場で会わなかったから今度のレッスンで渡そうとしてたの。
 ちょうど良かったよ」

 持って来てたのかよ。意外と律儀だな。加蓮はゴソゴソと自分のバッグの中を探すと、
綺麗な布で包まれた小包をあたしに差し出した。なんだこれ?あたしのポ○モンハンカチ
は、加蓮の手によって進化を遂げたのか?

「一応中身確認してくれる?後で違うって言われてもアタシも困るしさ」

「お、おう……」

 めんどくさそうに髪を掻き上げる加蓮の前で、あたしはおそるおそる手渡された小包を
解いた。そこには丁寧に折りたたまれた、シワひとつないあたしのハンカチが入ってた。



83: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:08:15.63 ID:21zTXdeV0


「あたしのハンカチこんなにキレイだったっけ……?包んでいる布が高そうだから、そう
 錯覚して見えるだけか……?」

「その布もあげるよ。どうせお見舞いに包んであったものだったからタダだし。てゆうか
 いい歳してアニメ柄のハンカチってどうなの?アタシがあげた布をハンカチにした方が
 いいんじゃない?」

「う、うっせ!いいだろ別に!好きなんだからよ!」
 
 そう言って無邪気に笑う加蓮は、悔しいけどとっても美人だった。こんな笑顔も出来る
なら、すぐにでもアイドルになれそうなのにな。



84: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:09:41.51 ID:21zTXdeV0


「一応お礼は言っとくよ、ありがと。そんじゃね」

 一通り笑うと、加蓮はさっと身をひるがえして帰って行った。さすが渋谷さんの友達
だな。未央や美嘉達と違ってクールでサバサバしてる。でも不思議と悪い気はしない。

「な、なあ、もうひとついいか……?」

「何?まだ何かあるの?」

 やや怪訝な表情で振り返る加蓮。この流れでついでに言っとこう。

「余計なお節介なのは分かってるけどよ、美嘉達本当に心配してたんだぞ?あたしが
 口出す事じゃないって分かってるんだけどさ、お前があんな態度じゃ美嘉達だって
 救われねえよ。今みたいにさ、馴れ合わなくていいから礼くらい言ってやれないか?」

 加蓮を背負って大慌てしていた美嘉を思い出す。美嘉も気にしてないって言ってたけど、
やっぱりおかしい事はおかしいだろ。美嘉達も同じスクールの生徒同士言いにくいなら、
あたしがはっきり言ってやるよ。



85: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:10:45.27 ID:21zTXdeV0



「ウザ、アンタ教育指導の先生かアタシの親なの?部外者のアンタに善人気取りで説教
 されても、暑苦しくて鬱陶しいだけなんですけど」



 ほんっと性格悪いよなお前。それにあたしも自分が善人だと思ってねえよ。アンタが
美嘉達とケンカしようがハブられようが知らねえけど、こうしてあたしのハンカチを
持って来たって事は筋は通すつもりだったんだろ?だったら部外者のあたしじゃなくて
あいつらにきっちり筋を通せよ。



86: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:12:07.12 ID:21zTXdeV0



「……あ~あ、お礼一回分カロリームダにした。あの子達から聞いてると思うけど、
 アタシこう見えてカラダ弱いんだよ?あんまり働かされるとしんどいんだけど」



「へっ、そんだけ減らず口が叩ければ十分だろうが。それにどうせ病院に行くなら、その
 ひん曲がった根性と性格をまっすぐに直してもらえ」



 あたしが言い返すと加蓮はびっくりしたように目を大きく見開いて、それからわなわな
震えだした。お、怒ってる怒ってる。これで病院での借りは返したぜ。






87: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:13:30.87 ID:21zTXdeV0


「うっさいゲジ眉っ!! バーカバーカッ!!」

「だからゲジ眉じゃねえって言ってんだろうがっ!! この性悪女っ!! 」

 お前クールぶってるくせにボキャ貧だな。バーカバーカって、小学生かよ。

「チビッ!! アニオタッ!! ふ○っしーっ!! 」

 てめえ言ってはいけない事を言ったな!? ふ○っしーだけは許せねえっ!!





88: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:14:20.72 ID:21zTXdeV0


「ふ○っしーっ!! ふ○っしーの中身っ!! 」

「うるせえっ!! 東京だってに○こくんってヤバいキャラがいるだろうがっ!! 」

 いつの間にか大声で罵り合ってるあたし達を取り囲むように人だかりが出来ていた。
加蓮はそれに気付くと、最後にあたしに力いっぱいあっかんべーして逃げて行った。

「よっしゃ勝った!おとといきやがれバッキャローッ!」

 あたしは加蓮の逃げて行った先に向かって大声で言った。あたしに挑もうなんて100年
早いんだよ小娘が!!



89: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:15:05.35 ID:21zTXdeV0



 <ヒソヒソ……ヒソヒソ……



「あの子ふ○っしーの中の人らしいよ……」

「おまけにアニオタなんだって……いや、ふ○っしーオタク?」

「ふ○っしーのくせにに○こくんにケンカ売るとか ありえないよね……」



…………あ・の・ク・ソ・ガ・キ、今度会ったら絶対に泣かすっ!!







90: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:16:19.11 ID:21zTXdeV0


「……何やってんの奈緒?先帰るって言うから用事かと思えば、加蓮とケンカしてたの?」

「かれんライブきてたんだ。どーしてなっちゃんとかれんがケンカしてんの~?」

「お、お前らいつの間に!? 」

 ふと振り返ると、背後に美嘉と唯と柚ちゃんが呆れ顔で立っていた。やめろぉっ!!
そんな目であたしを見るなあっ!!

「いや、あんな加蓮さんはじめて見たからアタシ達もびっくりしちゃってさ……いつも
 クールでちょっとコワいのに、子供っぽい所もあるんだなって思って……」

 柚ちゃんがまじまじと言った。そうなのか?あいつまんまガキだったぞ。



92: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 16:18:31.99 ID:21zTXdeV0



「それより奈緒、ライブが終わった後にニュージェネが握手会してたけど、アンタも
 行って来たら?アンタが帰ったって言ったら未央ちゃんがっかりしてたよ。たぶん
 まだやってると思うけど……」



 何で今更未央と握手なんてしなくちゃいけないんだよ…… でも今日のライブの感想
とお疲れくらいは言いに行くか。せっかくの未央の晴れ舞台だしな。



 ―――――それに会いたいコもいるし





100: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:52:18.34 ID:21zTXdeV0



***



「あちゃ~、終わってたかあ~……」

 あたしが会場に戻ると、既にステージの撤去作業が始まっていた。現場のスタッフさん
に混ざって、美羽達候補生の子も音響機材や客席のイスを片付けてる。新人はライブの他
にもああいう事もしないといけないんだな……

「ホラ君!そこでボサっと突っ立ってないでこれ運んで!」

「ぅえっ!? あたしっ!? 」

 声をかけられたとほぼ同時に、現場のチーフっぽいオッサンにドラムセットの太鼓を
押し付けられた。どうやらあたしを候補生の子と勘違いしているらしい。





101: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:52:52.79 ID:21zTXdeV0



「あ、あの、あたしは……「早くして!時間おしてるんだから急いで!」ハイッ!! 」



 ついついオッサンの勢いに任せて、あたしも元気に返事しちまった。こないだ病院に
行った時にも思ったけど、あたしって意外と流されやすいのか?こうして小一時間、
あたしは現場のスタッフさんと候補生の子達に混じってステージ撤去作業に汗を流した。




102: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:53:46.30 ID:21zTXdeV0



―――



「いや~悪かったなお嬢ちゃん、俺はてっきりアイドルの子かと思ってたよ。ろくに確認
 もせずに最後まで手伝ってもらってホントにすまなかった!! 」

 片付け終了後になって、ようやくあたしに気付いた美羽がチーフのオッサンに説明して
くれた。いや、あたしもそのまま流されて手伝ってたからお互い様ですよ。

「私はてっきりスタッフさんかと思いましたよ!頭にタオル巻いて腕まくりしてガンガン
 片付けていたから、全然奈緒さんだって気付きませんでした!」

 美羽がニコニコしながら言った。お前はもっと早く気付いてくれよ……片付けてる途中
でちょっと楽しくなっちゃって、スタッフになりきってたあたしも悪いけどさ。




103: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:54:33.89 ID:21zTXdeV0



「お嬢ちゃんアイドルにしとくにはもったいないな。ウチの現場で働かないか?なかなか
 手際も良いしウチの若い奴らを教育してやってくれよ。お嬢ちゃんみたいな可愛い子が
 入ってくれたら、俺も嬉しいからよ」



「か、かわっ!? な、なに言ってんだよオッサン!! それにあたしはアイドルじゃねえよ!! 」



 どーん!! とオッサンをステージから突き飛ばして、あたしは全力疾走で会場から逃げた。
結局何しに戻ったんだっけ?まぁ、久しぶりに美羽に会えたからいっか。




104: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:55:16.46 ID:21zTXdeV0


「ちょっと待ってくださ~い、奈緒さ~ん!」

 あたしが会場の外で一息ついていると、美羽が追いかけてきた。おお、そういえば言い
忘れてたな。今日のライブお疲れさん。カッコ良かったぞ。

「あ、ありがとうございます!えへへ……じゃなくて、私達これからライブの打ち上げ
 なんですけど、良かったら奈緒さんも来ませんか?大丈夫です、アイドルの親御さん
 とかも参加しているので、奈緒さんも気兼ねなく参加出来ると思いますよ!」

「え?いいよあたしは……あたしはただお前と未央の知り合いってだけで、ごく普通の
 ファンと変わらないんだからさ。場違いもいいところだよ」

「そんな事ありませんっ!! 」

 あたしが遠慮すると、美羽は怒ったように強く否定した。



105: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:56:22.32 ID:21zTXdeV0



「奈緒さんのおかげで私はアイドルになれたんです!未央さんもさっき奈緒さんにすごく
 会いたがっていたんですよ?私達にとって、奈緒さんは特別な人なんです!」



 若干涙目になって、必死であたしに訴えかける美羽。はあ……、お前にそこまで言われ
たらあたしも断れないよ……

「わかったよ。そんじゃ未央の顔だけ見て帰るよ。それにさっきボランティアした分
 くらいは飲み食いしてもバチ当たらねえよな?」

「奈緒さん……!! 」



 美羽の頭を優しくなでてあたし達は会場に戻った。お人好しだなあたしも……




106: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:57:49.64 ID:21zTXdeV0



***



「それではみなさん、今日のライブお疲れ様でした!ここでわたくし事務員の千川ちひろ
 が、ライブの成功を祝って乾杯の音頭を取らせていただきます。カンパ~イッ!! 」



「「「「「「「「「「カンパ~イッ!! 」」」」」」」」」



 アイドルやその親御さんやスタッフさんが集まって、ステージ裏の多目的ホールみたい
な部屋で打ち上げパーティーが始まった。未成年のアイドルがメインなのでお酒はなくて、
ジュースやお菓子や出前でとったピザが並んでいる。なんかこういうのって部活動のノリ
みたいでいいな。

「……なんでお前もいるんだよ。唯達と帰ったんじゃなかったのか?」

「……アタシもそのつもりだったんだけど、莉嘉に呼び戻されちゃった。それにパパも
 ママもこっちにいるし、帰ってもゴハンないからこっちで食べようと思って」

 会場の隅で目立たないようにジュースを飲んでいると、同じく壁にもたれてポッキーを
ポリポリやってる美嘉に出会った。お前は莉嘉の姉ちゃんなんだから堂々としてろよ。




107: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/23(日) 23:58:53.78 ID:21zTXdeV0


「無茶言わないでよ。うっかりあの輪の中に入って莉嘉のプロデューサーに出会ったら、
 また勧誘されちゃうじゃん。莉嘉はもちろんパパもママも乗り気だし、ここで断って
 フンイキ悪くしたらサイアクっしょ……」

 お前も色々大変なんだな。あたしも似たような理由で未央に近づけないんだけどさ。
多分Pさんはあたしの事を覚えてないと思うけど、もし覚えてたら色々ハズいし。

「それって自意識過剰なんじゃないの?会ったくらいでアイドルに勧誘されないよ。
 それか開き直ってプロデューサーにアイサツして来たら?そしたら奈緒がアイドルに
 なる運命なのかどうか、ハッキリすると思うからさ★ 」

「その言葉そっくりそのまま返すぜ。それについさっき、あたしにはコンサートスタッフ
 の素質がある事が明らかになってな。そっちからもスカウトが来てんだよ」



 なにそれ?と美嘉が呆れ顔で言って、お互い笑い合う。あたしも美嘉もどうやら姉属性
らしいな。美嘉はリアル姉だけど、あたしは未央と美羽の面倒を見ているうちにいつの間
にかお姉ちゃんっぽくなってたらしい。美嘉といると話が尽きない。




108: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:00:00.88 ID:B67wv3Om0



「あ、こんな所にいた!もう奈緒ちゃん!私に何も言わずに帰るなんてヒドくない!? 」



 やがてあたし達に気付いた未央が、島村さんと莉嘉ちゃんを連れてこっちに来た。よお
未央、こうして会うのは久しぶりだな。さっきのライブカッコよかったぞ。



「ねえねえ未央ちゃん、この人が伝説の『アイドルメーカー』なの?」



 未央の隣にいた島村さんがあたしを見て言った。は?何だよアイドルメーカーって。






109: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:01:16.39 ID:B67wv3Om0



「そうだよ!ここにおわす神谷奈緒大先生は、この私本田未央と候補生の矢口美羽の才能
 をいち早く見抜き、このアイドル業界へ送り込んだエライお方なのだ!神谷先生の手に
 かかれば、どんな女の子だってたちまちアイドルになれるであろう!」



 出まかせ言ってんじゃねえぞコラッ!? なんだよその黒幕的なポジションはっ!! お前は
あたしをどういう風に紹介してるんだよっ!?

「わー☆ スゴーイ☆ サインちょーだい神谷センセ!」

「わ、私も握手してもらっていいですか……?」

 目をキラキラ輝かせてサインペンを持ってくる莉嘉ちゃんと、おずおずと手を出す島村
さん。まさかアイドルからサインと握手を求められるとは思わなかったぜ……ボケなのか
マジなのか全然わからん。特に島村さん……




110: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:02:01.39 ID:B67wv3Om0


「ねーねー奈緒ちゃーん☆ ウチのお姉ちゃんもアイドルにしてくれないかな~?アタシ
 とPくんがいくらおねがいしても、お姉ちゃんアイドルになってくれないんだよ~」

 上目遣いであたしにお願いする莉嘉ちゃん。心配ないよ、あたしの見立てだと美嘉は
もうすぐアイドルになるから。ついでに唯と柚ちゃんも一緒じゃないかな。

「ホント?やったー☆ Pくんにおしえてあげなくちゃ!」

「ちょっと!? テキトーなコト言わないでよ奈緒っ!! 莉嘉がホンキにしちゃうじゃん!! 」

 あたしはお姉ちゃん属性だから、可愛い妹の頼みは断れないんだよ。それに唯達も
いれば安心だろ?いい加減お前も腹括れって。



111: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:02:54.32 ID:B67wv3Om0



「あの……、神谷さんはアイドルにならないんですか?」



 おずおずと聞いてきた島村さん。あたしはそんなガラじゃないよ。未央と美羽を客席
から見てるだけで十分だって。

「またまたあ~☆ そんな事言って奈緒ちゃん、ウチのPさんに秋葉原で勧誘されたん
 でしょ?今日だっていつもよりオシャレしてるし、内心期待してたんじゃないの?」

 おいぃイッ!? 余計な事言うなよチャンミオオォオッ!! それにあたしだって、こういう
場所に来る時くらいは服に気を遣うよ!それでもGパン履いて来たけど……




112: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:09:43.88 ID:lMyv5UWT0


「え?神谷さんプロデューサーさんにスカウトされたんですか!? すごいです!事務所の
 アイドルでスカウトされたのって、凛ちゃんと莉嘉ちゃんしかいないんですよ!? 」

「あとお姉ちゃんね☆」

「う、うるさい莉嘉!だまってて!」

 目を丸くして興奮気味に話す島村さん。え?そうなの?




113: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:13:51.51 ID:lMyv5UWT0



「ウチのプロデューサーってアイドル育てるの上手だって有名らしいんだけどさ、本当に
 凄いのはアイドルの素質を見抜く目が抜群に良いんだって。だから応募もしてないのに
 プロデューサーに声かけられた奈緒ちゃんも美嘉ちゃんは、私達応募組からしたら
 雲の上の人なんだよ?」



「いやいやいやおかしいって!ほら、よくあるじゃん!前から歩いて来た人が自分に声を
 かけてきたと思ったら後ろにいる人でしたみたいな!多分あれだって!」
 
「そ、そうそう!アタシはアレだよホラ!『将を射んとすればまず馬を射よ』だよ!
 莉嘉をアイドルにスカウトする為に、ついでにアネキもスカウトしとくかみたいな!」

 未央の言葉をあたしと美嘉は全力で否定する。てかあたし達、なんでこんなに卑屈に
なってるんだよ。ついでによくそんな言葉がすらすら出てくるな……




114: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:15:23.17 ID:lMyv5UWT0



「なんの話?面白そうだから私も混ぜてよ」



 あたしらがギャーギャー騒いでいたその時、凛とした澄み切った声が未央の後ろから
聞こえた。とっさにあたしは素に戻る。そうだ思い出した、あたしはこのコに会いたいと
思ったから、わざわざ会場に戻って来たんだ。

「もう、しぶりんどこ行ってたのー?打ち上げ始まっちゃったじゃんかー!」

「ごめん、友達を誘おうと思ってたんだけど帰っちゃったみたいでさ。電話して呼び
 戻そうとしたんだけどダメだった」



 スマホを右手にぷらぷらさせながら、渋谷さんがあたし達の輪の中に入ってきた。
……ん?友達?なぜかあたし、渋谷さんの友達に猛烈に心当たりがあるんですけど。




115: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:16:39.92 ID:lMyv5UWT0



「あの負けず嫌いの加蓮が大泣きするなんて珍しいな。何かあったのかな?」



 不思議そうに首をかしげる渋谷さん。やっぱりあの女かああぁぁぁあああっ!!
よし、そうと決まればあたしがやる事はひとつしかない。あたしはゆっくり呼吸を
整えると、渋谷さんの前に向き合った。



「渋谷さんっ!! 」



「え……?何?ていうか誰?」



ちょっと引き気味の渋谷さんを気にせず、あたしはその場で勢いよく床に手をついた。




116: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/24(月) 00:18:41.67 ID:lMyv5UWT0



「すみませんでしたああああああああああっっっ!!!!!! 」



 正直加蓮を言い負かした事は全く後悔していないが、渋谷さんがわざわざ打ち上げに
呼ぼうとしていたくらいのコだから、あの子は渋谷さんにとって特別な存在なんだろう。
あたしの土下座なんて大した価値はないけど、ここは謝らないと気が済まない。

「ちょ、ちょっと、え?何……?とりあえず土下座やめてくれないかな……?」

「加蓮が帰ったのはあたしのせいなんだ!ホントにすまなかった!」



 その後、美嘉と未央に無理矢理起こされて、打ち上げ会場の注目を集めてしまったので、
混乱する渋谷さんとあたし達はそそくさと人目のつかない控室へ移動した―――――




124: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:31:12.96 ID:TiFq86+Y0



***



「ちょっと奈緒ちゃ~ん、ど~して私達には教えてくれないの~?」

「お姉ちゃんだけズルーい!アタシも聞きた~い!」

「ダメだよ二人とも。それじゃ私達は打ち上げ会場に戻ってるから」

「ごめんな島村さん。あとPさんがここに来ないようにしてくれると助かる」

 さて、所変わってここは控室。しかし加蓮のいない所で事情を説明するのは陰口を
叩いているみたいで嫌だったから、あたしと加蓮の友達の渋谷さんと病院での顛末を
知っている美嘉を残して、未央と島村さんと莉嘉ちゃんにはご退場頂いた。

「ふふっ、未央から聞いていたけど神谷さんって優しいんだね。美嘉は良いお姉ちゃん
 だって前から知ってるけど」

 少しだけ口元をゆるめて笑う渋谷さん。美嘉とは莉嘉つながりで面識があるらしい。




125: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:32:55.53 ID:TiFq86+Y0


 3人になってから渋谷さんに説明する。美嘉も病院での事を証言してくれた。できるだけ
加蓮が悪者にならないように客観的事実を述べたつもりだが、でも渋谷さんは良い気は
しないだろうな。しかし加蓮泣いてたのか。今度会ったら優しくしてやろう。

「ううん、加蓮にはその方がいいと思う。あの子は変に世の中醒めた目で見てるからさ、
 たまには誰かにガツンと怒られて凹まされた方がいいよ、うん」



 ……ん?今渋谷さん変な事言わなかったか?あたしは隣にいた美嘉と顔を見合わせる。
美嘉もきょとんとしていた。





126: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:34:45.42 ID:TiFq86+Y0


「あの~……渋谷さん?」

「凛でいいよ。何?」

「じゃ、じゃあ凛……ひとつ聞くけど、加蓮は凛の友達なんだよな?」

 さっきのセリフは友達に言うものじゃないと思うんだけど。加蓮を守るというより、
むしろ加蓮を突き放しているように聞こえたんだが……




「中学生じゃあるまいし、泣かされただけで加蓮が一方的な被害者とか全然悪くないとか
 思わないよ。友達だからこそ私はあの子の悪い所もいっぱい知ってるしね。今回の件は
 美嘉も奈緒も悪くないでしょ」



 おおう、なんてクールな子なんだ…… 呼び捨てにされても納得しちまう。ホントに未央
と同じ歳なのか?理屈では分かってても、感情でかばうのが女友達ってやつじゃないのか?
それにお前も去年まで中学生だっただろうが。




127: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:36:10.58 ID:TiFq86+Y0


「加蓮は根性曲がってるから。おまけに性格もキツい所があるし、美嘉も災難だったね。
 ごめんね美嘉、私からも謝るよ」

 そう言って美嘉に頭を下げる凛。……なあ、お前加蓮の事嫌いなのか?おそらく唯一の
友達だと思われるお前にそこまでボロクソに言われるなんて、あたしはだんだんあいつが
かわいそうになってきたよ。

「別に嫌いじゃないけど、それとこれとは話が別だよ。加蓮ももっと素直になればいいと
 思うのに、本当にもったいないと思うよ。昔はあんな子じゃなかったんだけどね」



 凛は小さくため息を吐くと、加蓮の事について話してくれた―――――




128: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:37:35.76 ID:TiFq86+Y0



***



 私が加蓮と出会ったのは小学生の時だったの。私の実家って花屋でさ、店頭で花を販売
する他に、病院の花壇に花を植える出張サービスもしてるんだ。私も家の仕事を手伝って
大体1シーズン毎に植え替えに行ってたんだけど、加蓮はそこの病院に入院してたの。

 加蓮は入退院を繰り返しながら学校に通っていたみたいでさ、せっかく友達が出来ても
入院したらみんないなくちゃうんだって。お見舞いに来てくれる友達もいたみたいだけど
最初の一週間だけで、それ以上になると誰も来なくなるらしいよ。そのうち面倒になった
みたいで、学校に復帰しても一人でいる事が多くなったんだって。

 でもやっぱり一人だと寂しいでしょ?そこで毎年決まった時期に、花の植え替えに病院
に来る私に話しかけるようになったの。季節の変わり目は加蓮はよく入院していたから、
植え替えの時期と同じで丁度良かったんだろうね。私もたまに学校でも加蓮を見かけてた
から気になってたの。あっちの方が1コ上だからそんなに接点なかったけど。




129: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:38:33.00 ID:TiFq86+Y0



『ねえ、あんたおはなやさんだよね?』

『そうだよ。なにかようじ?』

『あたしこのおはなすきなんだけどさ、こんどうえてくれない?』

『わかった。おとうさんにいっとく』



 一緒に花の図鑑を見ながら、一番最初は確かこんな事を話したと思う。それから花壇の
植え替えを一緒にしたり、花の様子を見るついでにお見舞いに行くようになったの。とは
言ってもすぐに仲良くはならなかったんだけどね。

 きっと加蓮は友達を作るのが怖くなってたと思うんだ。だから最初は友達じゃなくて、
『入院患者と花屋の娘』って感じだった。それだと仲良くしようと余計な気を遣わなくて
済むし、私は加蓮に呼ばなれくても花壇の手入れに毎回病院に来るしね。私も自分から
友達になろうとしなかったから、つかず離れずの関係が続いたよ。




130: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:39:52.76 ID:TiFq86+Y0


 でも加蓮が小学6年生の時、悲しい事件が起きたの。それは修学旅行で加蓮が倒れて、
全体のスケジュールが加蓮のクラスだけ大幅にカットされたらしいんだ。それでクラスの
子からひどい事を言われたみたいで、加蓮は登校拒否になっちゃったの。

 元々加蓮はクラスに仲の良い友達もいなかったし、学校行事も休んでいる事が多かった
から修学旅行に行く気もなかったんだけど、親と先生がどうしても行けって言うから渋々
行ったんだよね。それで倒れてクラスメイト全員から恨まれて、加蓮は学校も親も、それ
から病気の自分も何もかもが嫌になったみたい。

 中学にあがる頃には加蓮はすっかり変わってた。その頃には加蓮は体力もついたみたい
で病院通いする事も減ったけど、今度は病弱少女から非行少女になっちゃったの。学校も
サボるようになって、補導された事もあったらしいよ。





131: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:40:42.76 ID:TiFq86+Y0


 一年遅れて私が中学に上がると、加蓮は『美人だけど怖い先輩』って噂になってた。
でも悪い子達と一緒にいるよりは一人でいる事の方が多かったよ。相変わらず友達を
作るのが怖かったのかな。あの子はいつも寂しそうだった。

 それで私と加蓮の関係だけど、不思議と続いてたんだよね。私が花壇の植え替えに病院
に行くと、入院してるわけでもないのに加蓮がいるの。きっと習慣になってたんだろうね。
昔より攻撃的になってたけど、私と話している時だけは普通の加蓮だったよ。



132: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:42:34.51 ID:TiFq86+Y0



『凛は昔から変わらないね。たまにはサボってどこかに遊びに行こうと思わないの?』

『家の仕事だし、物心ついた時からずっとやってる事だから。加蓮は変わったね。私も
 北条先輩って呼んだ方がいい?』

『好きにしたら?私と仲良くしてると学校に目を付けられちゃうかもしれないし』ムス

『じゃあ加蓮って呼ぼっと。周りからどう思われようと私は気にしないから。加蓮も
 いつまでもグレてないで、昔みたいに普通にすれば?』クス

『今のアタシにそんな口きくなんて、アンタって怖い者知らずだよね。でもアタシも
 だんだんバカらしくなってきたよ。体が丈夫になったら色々やりたい事があったのに、
 最近の楽しみはハンバーガーの食べ比べぐらいだし』フフッ

『そんな事してたらまた入院生活に逆戻りだよ。それよりそろそろ受験とか考えたら?
 せめて高校は行っといた方がいいんじゃない?』

『それもそうだね。めんどくさくなってきたし、今までの事全部捨てて高校デビュー
 しようかな。私って男子に人気あるらしいよ。こんな性格だから誰も近づいて来ない
 けど、高校生になったら猫かぶってアイドルでも目指そうかな』



 中学生になってから、加蓮と私の距離はだいぶ縮まったと思う。何だかんだで長い付き
合いになっていたし、加蓮も気兼ねなく話せるのが私だけだったんだろうね。私もメイク
やファッションとか色々加蓮に教えてもらったよ。




133: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:43:37.66 ID:TiFq86+Y0


 それで加蓮は受験勉強頑張って、都内でもそこそこの高校に進学した。元々マジメだし
頭も悪くなかったしね。あの時グレてなければもっとレベルの高い高校に行けたのにって
悔しがってたけど、まあ晴れて高校デビュー出来たみたいだよ。



 私は加蓮とは別の高校に進学した。でも休日は一緒に遊んでたし、それに病院の花壇の
植え替えは一緒にしてたし、私達の関係は変わらなかった。だけど半年前、私がアイドル
にスカウトされてから状況は一変したの。





134: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:44:40.12 ID:TiFq86+Y0



『私アイドルやってみようと思うんだ。自分がどこまでやれるか試してみたいし、興味も
 ちょっとある。だからもうあまりこうして加蓮と会えなくなるかもしれない』

『アタシの事なら気にしないで。おめでとう凛。凛ならきっと人気アイドルになれるよ。
 アタシも応援してるからさ、頑張りなよ』



 最後に一緒に病院の花壇の植え替えをした時に、あたしは加蓮に言ったの。加蓮はその
時は笑顔で祝福してくれたけど、後で病院の陰でこっそり泣いてたんだ。どうやら私は
自分が思っていた以上に加蓮の友達だったみたい。でも加蓮の為にアイドルになるのを
止めるのも何か違う気がして、私は結局見て見ぬふりしてアイドルになったの―――――




135: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:47:45.44 ID:TiFq86+Y0



***



 凛は淡々と昔を懐かしむように、しかしどこか寂しそうに話してくれた。この子は自分
にも友達にも厳しい子なんだな。凛は凛なりに、加蓮を大事な友達だと思ってるみたいだ。
ただ凛も加蓮も少し不器用で、もう一歩歩み寄れてないみたいだが。

「美嘉に聞くまで、加蓮がアイドルのレッスンスクールに通ってる事を知らなかったよ。
 あの子そんな事一度も話してくれなかったし。別に自惚れてるつもりはないけど、そう
 までして私と一緒にいたかったのかな……」



 凛はしっかりしてるし加蓮が依存するのも分かる。どれだけ自分が変わっても、いつも
側にいてくれた凛は、加蓮の心の支えになっていたに違いない。




136: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:48:47.96 ID:TiFq86+Y0


「ぐすっ……、加蓮にそんな過去があったなんて……かわいそう過ぎるじゃん……」

 美嘉はボロボロ泣いていた。確かにあたしも加蓮に同情する部分はある。でもそれでも
いつかは加蓮が自分で立ち直らなきゃいけないんだ。凛だってずっと側にいられるわけ
じゃないし、加蓮にだってプライドがあるだろうし。

「ねえ、私どうしたらいいのかな。私が加蓮にしてあげられる事って何かあるのかな」

 凛が真剣な目をしてあたしに聞いてきた。さっきは自業自得だと言わんばかりに加蓮に
厳しい事を言ってたけど、凛も心配なんだな。クールに見えて可愛い所もあるじゃねえか。
あたしはよっとつま先立ちをして、凛の頭を軽く撫でてあげた。



137: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:51:17.59 ID:TiFq86+Y0



「凛から何かする必要はないよ。ただ黙って加蓮の事を待っててやってくれ。あいつが
 本気でアイドルになりたいのかどうかは分からないけどさ、きっと加蓮はお前に対して
 何らかの答えを出そうとしてると思うんだ。だから加蓮がその答えを出すまで、お前は
 アイドルを頑張っていてくれねえか?」



 未央や美羽が頑張ってる姿を見るとあたしも色々励まされるんだ。きっと加蓮も、凛が
アイドルをやってるのを見て力をもらっていると思う。アイドルはそういうもんだろ?
だからお前はそのままでいてくれ。




138: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:52:25.55 ID:TiFq86+Y0


「そうなんだ。私まだ自分がアイドルになった実感があまりなくてさ。加蓮が私を見て
 元気になってくれるなら、私ももっと頑張るよ」

 そんなに肩肘はらなくてもいいぞ。ただ加蓮の事は置いといて、凛はもうちょっと愛想
良くすればいいと思うけどな。未央みたいにバカ笑いしなくてもいいから、ステージ上で
加蓮に笑いかけた時みたいに、もっと可愛い笑顔を見せてくれよ。

「うそ……バレないように気を付けたのに、もしかしてわかったの……?」

「え?凛そんな事してたの?」

 あたしの言葉に凛と美嘉はびっくりした。もしかしてバレてないと思ってたのか?
美嘉も全然気付かなかったのかよ。



139: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:53:15.38 ID:TiFq86+Y0


「うそ、うそ、やだ、恥ずかしい……私クールのリーダーなのに……」

 今までのクールビューティーはどこへやったのやら、顔を真っ赤にして大慌てする凛。
いや、クール担当だからってステージで笑っちゃダメみたいな事はないだろ……

「奈緒ちゃん!美嘉!プロデューサーが凛を探しにこっちに来るよ!」

 その時、控室のドアが開いて未央が慌てて教えてくれた。あたし達は凛に別れの挨拶を
して退散した。未央もあばよ、島村さんや美羽にもよろしくな。



140: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/25(火) 21:58:36.93 ID:TiFq86+Y0



「ねえ、それでアタシ達は加蓮とどうやって付き合えばいいのかな?同じスクールだし、
 アタシも唯達もこのまま加蓮をほっとけないんだケド……」



 美嘉が横から訊いてくる。ああ、実はあたしも同じ事を考えてた。しょうがねえな、
正直難易度が高そうだし成功する保証はないけど、あたしが一肌脱いでやるよ!




156: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 15:57:58.46 ID:14z4Q7mC0



***



 ニュージェネのミニライブから一週間後。あたしは美嘉と唯と柚ちゃんと○△スクール
の前に立っていた。いよいよ今日から『加蓮救出作戦』の開始だ。

「すまねえなみんな、加蓮の為とはいえこんなバカげた計画に付き合ってもらって」

 この一週間、あたしは美嘉達と作戦を練っていた。加蓮はかなり勘が鋭く、頭も切れる
ので生半可な計画だとバレちまう。みんなであれこれ考えて、ようやく本日決行となった。

「いーっていーって☆ それにこれはかれんのためだけじゃないし、みんなハッピーに
 なれちゃうんだから☆」

「そそっ♪ きっとうまくいくよっ!」

 ニコニコ笑う唯と柚ちゃん。美嘉は最初からこの2人にも手伝わせるつもりだった
らしいが、こんなにノリノリで協力してくれるとは思わなかった。




157: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 15:58:50.93 ID:14z4Q7mC0


「まさか加蓮一人の為にこんな大がかりなコトをするとは思わなかったよ★ 奈緒って
 ホントにスゴイよね★」

 美嘉がしみじみと言う。感心するのはまだ早いぜ。この作戦はあたし一人じゃ絶対に
成功しないし、それに『成功したところで加蓮が救われる保証もない』からな。結局は
あいつにはあいつの意思で変わってもらわないといけないんだ。

「まぁ、もうここまで来たらやるしかねえ。そんじゃみんな、アゲアゲで行くぜ!」

「あーっ!? ちょっとなっちゃん、ゆいのセリフとらないでよ~!! 」

 ぷんぷん怒るゆいをかわしつつ、あたし達はレッスンスクールの中に入った。



158: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:00:05.18 ID:14z4Q7mC0



***



「はじめましてっ!千葉から来ました神谷奈緒17歳ですっ!よろしくお願いしますっ!」

 レッスン終わりのミーティングで、あたしは自己紹介をしながらフロア全体を見渡す。
フロアの中心を広々と占領してるのが『東京組』、彼女達に遠慮するようにフロアの隅に
窮屈そうに固まってるのが『県外組』とハッキリ分かれていた。レッスンを見学してる時
から思ってたが、こりゃ相当ひどいな。

「ウチのスクールは東京組のコが幅を利かせててさ。アタシら埼玉や千葉のコは肩身の
 せまい思いをしてるんだ。スクールもそれを黙認しててさ、おまけにフロアの掃除や
 ゴミ捨てみたいな雑用まで、全部県外組のコがやらされてるんだ」

 美嘉から話は聞いている。東京組と県外組は割合で見るとだいたい半々だが、力関係は
東京組の方が強いそうだ。スクールが東京にある、東京組のOGのコネが強いなど、様々
な理由があるらしいがいずれも理不尽で納得できないものである。




159: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:01:15.75 ID:14z4Q7mC0


 ちなみに加蓮は東京組なのにフロアの隅に座っていた。しかし県外組と仲良くしてる
わけでもなく、完全に孤立している。逆に美嘉達たまギャル同盟は、県外組にも関わらず
東京組に遠慮する事なく堂々とフロアの中心に座ってる。理由は後で話そう。

「えーと、あたしがこのスクールに入った理由は、アイドルになって……」

 あたしは月並みな自己紹介を続けるが、東京組の子達はあたしが千葉出身だと分かると
早々に興味をなくしたみたいで、スマホをいじったりおしゃべりをしたりして聞いてない。
県外組の子達はあたしに同情するような視線を向けていた。加蓮は特にあたしに興味が
ないのか、窓の外を無機質な目で見ていた。

「そろそろいいかな……」

 あたしは小さくつぶやいて一度大きく深呼吸してから、



160: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:02:27.00 ID:14z4Q7mC0



「あたしの話を聞けよお前らああああああああああっっっ!!!!!! 」



 ドガシャーンッ!! あたしは力の限り叫んで、ホワイトボードをおもいっきり蹴倒した。
突然の出来事にフロア全体が静まり返る。加蓮も目を丸くしてびっくりしいてた。




161: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:04:42.12 ID:14z4Q7mC0



「今日一日レッスン見て、そして今確信した!お前らみんな腐ってる!大した実力もない
 くせに態度のでかい東京組と、そんな東京組に逆らえずに隅で小さくなってる県外組!



           『あえて言おう!カスであると!』


                                       」



 一度言ってみたかったんだよなこのセリフ。最初はポカンとしていたレッスン生達
だったが、次第に東京組から殺気のこもった視線があたしに向けられていく。あたしは
気にせずに続ける。




162: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:06:17.42 ID:14z4Q7mC0


「あたしがアイドルになったら、東京のアイドルを全員倒してトップに立つ!東京出身の
 何が偉い?千葉や埼玉は東京に劣るのか?そんな事はまったくないはずだ!その証拠に
 このスクールの上位成績者は県外組が1位と2位を独占してるじゃないか!」

 あたしは美嘉を見た。美嘉はニヤリと不敵に笑う。そう、これが美嘉達が東京組に遠慮
せずに堂々としてる理由だ。このスクールは歌やダンスの総合点でランキングが作られて
いるのだが、なんと1位が美嘉そして2位が唯なのだ。そして柚ちゃんは5位と大健闘
している。そうでなくとも成績上位は県外組の方が多い。

「莉嘉のコネで努力しなくてもアイドルになれるなんて思われたらイヤだからさ★
 それにもしアイドルになっても、妹に負けたらカッコ悪いじゃん★」

「みかはチョーまじめだからねっ☆ ゆいもみかといっしょにレッスンしてたらアゲアゲ
 になっちゃった~☆ でも東京のコって、レッスン以外にもエステとかモデルのお仕事
 とかいそがしいらし~よ~?」

 県外組はアイドルになる為にわざわざ東京まで通ってるので、意気込みがそもそも違う。
一方の東京組は読モをかけもちしていたり、スクールを休んで女子力アップに熱を上げて
いるので成績は県外組より下なのだ。しかし彼女達はOGのコネなどを使って、卒業後に
県外組より良い事務所やプロダクションに入るので特に気にしていない。



163: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:08:48.56 ID:14z4Q7mC0



「そこで小さくなってる県外組!お前らそれでいいのか?アイドルになる前から既に東京
 の奴らに負けているじゃねえか!そんな覚悟で将来アイドル業界で戦えると思っている
 のか!お前らよりふ○っしーの方が100倍胸を張って東京相手に戦ってるぞ!」



 県外組の子達がびくりと肩を震わせる。何人かは悔し涙を流していた。きっと今まで
東京組に逆らえず、悔しい思いをしてきた事だろう。しかしお前らにだって責任はある。
立ち上がろうと思えば出来たはずなのに、今までそれをしなかったからな。




164: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:09:36.70 ID:14z4Q7mC0


「このスクールは県外組は東京組に逆らっちゃいけないのが暗黙のルールみたいだけど、
 あたしはそんなの知らないね!東京組も県外組も同じレッスン生だし、立場は対等の
 はずだ!そうだよな先生!みんなもそう思うよな?」

 あたしはわざと県外組を巻き込むようにして先生に訊いた。いきなり話をふられて、
先生は「ひっ!? 」と小さく悲鳴を上げて飛び跳ねた。県外組全員の視線がトレーナーの
先生に集中する。先生は若干涙目になりながら、

「せ、成績や出身地に関係なく、みんな同じレッスン生です……優劣などありません……」

 と、小さな声で言った。当然だろ。ここで『東京組の方が上』なんて名言したら県外組
が暴動を起こすぞ。それはスクールとしても困るはずだ。だがそんな理不尽が今の今まで
ここではまかり通っていたのだ。慣習って怖いねえ。



165: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:10:47.16 ID:14z4Q7mC0



「先生~★ だったら今日の掃除は東京組のコにやってもらっていいですよね~?いつも
 アタシ達がやってるんだし、これからは当番制ってコトで★」



「ゆいおうちがと~っても遠いから、はやく帰らないとパパにおこられちゃうの~☆
 そしたらママがスクールにクレーム入れちゃうかも~☆」



 よし!ナイスアシストだ美嘉、唯!こうしてあたしは自己紹介を済ませて、美嘉達と
他の県外組の子達を連れて東京組より一足先にスクールを出た。レッスン場を出る瞬間、
加蓮が何かを探るような目であたしをじっと見ていたのが少し気になった。




166: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:12:02.61 ID:14z4Q7mC0


「へへっ、うまくいったね奈緒さんっ♪」

 あたしの隣に柚ちゃんが並んだ。ああ、ひとまず第一段階はクリアだ。でも明日からが
大変だぞ。まだ始まったばかりだからな。美嘉と唯もよろしくな!

「任せとけって★ いや~でも東京のヤツらのあの悔しそうなカオ、チョーウケたよ★
 まさかアタシらが反撃するなんて、アイツらも思わなかっただろうね!」

 美嘉がゲラゲラ笑ってる。あたし達が考えた作戦は県外組と東京組という対立の構図を
作り、その大きな争いの中に加蓮を巻き込んでしまうというものだ。加蓮は凛にしか心を
開かない。ならばあたし達は無理して仲良くなろうとせず、加蓮の敵役になってやる。
表向きは県外組の待遇改善だが、真の目的はこっちである。



 要は加蓮が自分に自信を持って、凛に会いにいけばいいのだ。加蓮は凛の近くに行く事
を目指してアイドルになろうとレッスンを受けてるが、今の様に休み休み惰性で通ってる
状況だと、それは叶わないだろう。だったらあたし達に対する敵対心でも何でもいいから、
まずはあいつのやる気に火を付けないとな。




167: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:13:23.16 ID:14z4Q7mC0


「このまま東京組で一致団結して加蓮も和解してくれるといいけど、さすがにそこまでは
 無理だな。今日も1人でいたし、今までずっとハブられてたみたいだし」

 加蓮はきっと今頃、あたしの思惑を読み取ろうと色々考えているはずだ。あいつはそう
簡単にこちらの計画には乗ってこないだろう。しかし今はそれでいい。加蓮にはこの後、
東京組のリーダーになってもらうという重大な役割があるからな……

「神谷さん……だっけ?城ヶ崎さん達も、一体どういうつもりなの……?東京の子達に
 ケンカを売るようなマネして、一体何を考えてるの……?」

 その時、あたし達の後ろを歩いていた県外組の子達が不安気に訊いて来た。あの場は
勢いであたし達と一緒にスクールを出て来てしまったが、彼女達は明日からのレッスンが
心配で仕方ないはずだ。あたしはにっこり笑うと、自信満々に宣言した。



168: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:14:25.82 ID:14z4Q7mC0


「大丈夫!お前らが東京組と戦う意志さえしっかり持っていれば何も心配ないさ!なんせ
 こっちには超強力な援軍がいるからな!」

 あたしは美嘉に目をやる。美嘉は小さくため息をつくと、何かを決心したように顔を
上げてまっすぐ県外組の子達を見て言った。

「正直この手だけは使いたくなかったケド、アタシも使えるものは何でも使うよ。
 今戦わないとこの先もずっと東京組にエンリョしなきゃいけないし、自分のなりたい
 アイドルにもなれないかもしれないしね★ 」

「ゆい達だけだと東京のコに勝てないから、みんなも手伝って☆ だいじょーぶ!ゆい達の
 方が東京のコより歌もダンスも上手だし、ゼッタイ負けないよ!」

「いつ戦うの?今でしょっ♪ そうだよねみんな☆ 」

 最後に柚ちゃんがおどけてみせて、県外組の子達も笑顔になった。さて、それじゃ明日
からの作戦を県外組のみんなにも伝えておくか。戦いの火蓋は切って落とされた。今の所
県外組が団結力でも一歩リードしている。このリードは守っておきたいところだ。



169: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/06/27(木) 16:16:01.88 ID:14z4Q7mC0



「覚悟しろよ加蓮。斜に構えていられるのも今だけだぜ……」



 こんな出会いになってしまったのは少し残念だが、いつかみんなで良い思い出として
笑い合えたらいいな。その時は凛や未央も一緒だと面白そうだ。ん?もしそうなったら
あたしもアイドルになってるのか?……まぁいいか、それは後で考えよっと。





188: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:09:41.76 ID:6p4toqjw0



***



「ささ、あがってあがって★」

「お、おう。でかい家だなあ。おじゃましま~す……」

「ただ~いまっ☆」

「もうここがアタシ達の第二の家って感じだね♪」

 レッスンスクールを出たあたしは、千葉の実家に帰らずにそのまま埼玉の美嘉の家に
行った。今日は唯と柚ちゃんとここに一泊する予定だ。




189: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:10:39.88 ID:6p4toqjw0


「親御さんはいないのか?」

「パパは今日出張で、ママは莉嘉の所に行ってるからいないよ。だからアタシ1人の時は
 普段から結構あるの」

 おいおい物騒だな。美嘉はしっかりしてるから親御さんも心配していないだろうけど、
防犯とか大丈夫なのか?

「だからゆい達よくこのおうちに泊まってるんだよ~☆ みかさみしいと夜中にメール
 してくるし、だったらゆずといっちゃえ~!ってコトで☆ 」

「ちょっ、ゆ、唯!余計なこと言わないでよ!」

 わたわたと焦る美嘉。まあそうだよな。家に1人だと寂しいだろ。



190: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:11:19.19 ID:6p4toqjw0


「それにダンスの練習とかも美嘉ちゃんの家でやってるんだ☆ リビングのテーブルを
 ガーってどけて、ニュージェネや莉嘉ちゃんのライブビデオ見ながらマネしたりね♪」

 柚ちゃんが教えてくれた。あたしがここに来たのはレッスンの特訓の為だ。あれだけ
啖呵を切っといて、レッスンで足を引っ張るわけにはいかない。経験ゼロのド新人だけど
せめて型くらいは頭に叩き込んでおかないとな。

「まかせといて!アタシと唯がしっかりコーチしてあげるから★ とりま基本ステップと、
 今やってる振付けくらいが出来ればダイジョーブっしょ★」

「あははー、みかチョー燃えてる~☆ ま、楽しくやろーよ☆」

 次のスクールは二日後。それまでにバッチシ仕上げるぜ!



191: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:12:12.30 ID:6p4toqjw0



***



「はぁ……、はぁ…… も、もう動けねえ……」

 特訓を始めてから二時間後、あたしは仰向けになってひっくり返っていた。想像してた
10倍キツかった。一応体育は得意科目なんだけどな……

「奈緒が限界っぽいし、このへんにしとこっか。柚、唯、先にシャワー行ってきて★」

「は~い☆ いこっかゆず♪」

「おつかれ奈緒さん。それじゃおさきっ!」

 美嘉達は少し汗をかいているくらいで息ひとつ乱してない。すげえなお前ら、この前の
ニュージェネと勝負しても負けねえんじゃねえか?




192: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:13:23.51 ID:6p4toqjw0


「アタシ達は5ヶ月スクールに通ってるからね★ でも奈緒も初日のワリにはよく動けてた
 と思うよ。レッスンはもうちょっとラクだから安心して★ 」

 美嘉に差し出された水を飲んで、あたしは一息ついた。美嘉達は来月にはスクールを
卒業するんだよな。

「ゴメンね、ウチのスクール長くても6ヶ月しかいられないから……」

 仕方ねえよ、最初から分かってた事だ。ちなみに加蓮は美嘉達より1ヶ月遅れて入った
そうなので、卒業は美嘉達よりもう1ヶ月先だ。ただあいつは欠席が多いので、もう少し
レッスンを受けなければ卒業出来ないらしいが。



193: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:14:06.29 ID:6p4toqjw0


「本当の戦いは美嘉達が卒業した後だな。それまでにあたしはスクール内で自分の立場を
 盤石にして、加蓮とサシで勝負出来るようにしないと。今から楽しみだぜ」

ニヤニヤ笑うあたしを、美嘉は呆れたように見ていた。ん?何だよ?

「奈緒は強いね。フツーひとりになったら不安でビビっちゃうと思うんだケド……」

 あたしだってちょっとは寂しいぞ。でも加蓮だって1人でツっぱってるじゃねえか。
こういうのはハッタリかましてでも強がったもん勝ちだろ。



194: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:14:54.11 ID:6p4toqjw0


「奈緒と加蓮って意外と似たタイプかもね。凛もどっちかといえばそういうコだし。
 クールというかドライというか、アタシにはよくわかんない」

 そうか?あたしはあの二人よりもう少し人間味があると自負しているが。あいつらは
年相応の可愛気がないというか達観してるというか。似た者同士でつるんでたんだな。

「いや、ただ単に性格とかタイプが似てるだけじゃないよ凛と加蓮は。凛をスカウトした
 プロデューサーならきっと分かると思うケド……」

「おおそうだ、そっちの方は大丈夫なのか?」

 美嘉は「モーマンタイ★」って答えた。実は次回のレッスンに凛達ニュージェネの
プロデューサーが見学に来る事になっている。美嘉は彼に本当に自分がスカウトするに
ふさわしいかどうか、レッスンを実際に見て確かめてほしいと莉嘉を通して頼んだ。



195: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:15:38.26 ID:6p4toqjw0


「莉嘉のコネを使うみたいだからイヤだったけど、でもアタシ達以外のコにもチャンス
 なんだしいいよね★ 県外組のみんなも喜んでたし★ 」

「ああ、これが正しいコネの使い方だ。自分だけしか得しないセコい使い方をしたら
 嫌われるけど、みんながその恩恵を受けるとなると逆に感謝されるんだ」

 今をときめくニュージェネのプロデューサーが見学に来るとなると、レッスン生達も
本気でやるだろう。それにこの人は凛に一番近い所にいる人だ。加蓮だって意識しない
はずがない。目を付けられればそのままスカウト……という可能性だってある。



196: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:16:26.48 ID:6p4toqjw0
「でもホントによかったのか?今までずっと避けてたのに自分からコンタクトを取る
 なんて、これはもうプロデューサーのスカウトを受けたも同然じゃねえか」

 あたしがそう言うと美嘉はくすりと笑って、

「アタシ的にはこれでよかったと思ってるよ。いつかはスカウト受けるつもりだったしね。
 でもいざとなるとなかなか決心がつかなくてさ。もしかしたら素直になれなくて、
 カッコつけて他の事務所に行っちゃってたかもしれないし」

 めんどくさい奴だなお前も。そんな事したら莉嘉ちゃんが悲しむぞ。



197: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:17:20.02 ID:6p4toqjw0


「あはは、そうだね。莉嘉もずっと東京でアタシが来るのを待ってるし、カクゴ決めて
 しっかりアイドルのお姉ちゃんしてくるよ。あ、でも事務所ではあのコの方がセンパイ
 なんだよね。なんだか色々フクザツ……」

 それは仕方ねえな。一刻も早くデビューして莉嘉ちゃんに追いつかないと。大丈夫、
美嘉なら出来るってあたしが保証するぜ!

「フフ、なにそのお姉ちゃん目線?アタシよりちっちゃくてカワイイのに★ 」

 そう言って美嘉は楽しそうに笑った。うるせい。それにちっちゃい言うな。



198: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:18:13.20 ID:6p4toqjw0


「ところで奈緒の方こそ、プロデューサーとカオ合わせてもダイジョーブなの?この前の
 打ち上げの時あんなに逃げ回ってたじゃん」

「ああ、よくよく考えたら、あれはやっぱり何かの間違いだったんじゃないかって最近
 思い始めてさ。あたしみたいな地味で口の悪いのがアイドルにスカウトされるなんて
 ありえないって。きっとプロデューサーも疲れてたんだと思うぜ」

 家に帰って親に言ってみたら、オヤジは後ろに絶世の美人でもいたんじゃねえかって
大笑いしやがった。そのわりにはスクールに通うのは両親揃って賛成してくれたが。
おおかた未央と美羽がアイドルになったのを見て、対抗意識でも燃やしてるんだろう。



199: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:18:42.05 ID:6p4toqjw0


「そんなことないと思うけどなあ。未央ちゃんも言ってたケド、あのプロデューサー
 かなり優秀で仕事がデキる人らしいから、奈緒もカクゴした方がいいかもよ★」

 いたずらっぽく笑う美嘉に「ないない」って軽く手を振って、あたし達は部屋を元通り
に戻した。さて、明日はここから学校に通うから少し早起きしないとな。それから一回
家に帰って荷物をまとめて、またここに泊まって。明日は美嘉のお母さんもいるらしい
からお土産も準備した方がいいかな。落花生とか?



200: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:19:30.87 ID:6p4toqjw0



***



 そして二日後。レッスン開始前にニュージェネのプロデューサーとトレーナーさんが
やって来た。トレーナーさん美人だな。アイドルと間違えそうになったぜ。

「こんにちは!今日は見学ですがスカウトするつもりで来ました!よろしく!」

「プロデューサーさん、そんな事言ったらスクールの先生に怒られちゃいますよ?」

「あ、そうだった。失礼。でも卒業後はぜひ我がCGプロをよろしくお願いします!」

 あたし達もおねがいしまーすって挨拶を返した。業界人やスカウトマンがスクールの
見学に来るのは珍しくないみたいだけど、今をときめくニュージェネがいるCGプロと
なると別みたいで、生徒達は浮足立っていた。一方の加蓮は涼しい顔をして足首を回して
いた。お前ももっと喜べよ。




201: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:20:45.03 ID:6p4toqjw0


「よ~っし、ゆいもがんばっちゃうぞ~っ!」

 唯はあたしの隣で元気に腕をぶんぶん回してた。柚ちゃんもリラックスしてる。一方
その向こうにいる美嘉はやや緊張している。美嘉にとっては試験みたいなもんだしな。
スカウトされてるんだから固くならなくてもいいのに、真面目なヤツだなホントに。

「はい、それじゃあみなさん早速レッスンを……「ちょっとまった―――――っ!」

 スクールの先生がレッスンを始めようとしたその時、レッスンルームのドアが勢いよく
開いて、金髪の小さな女の子が飛び込んできた。……って、莉嘉ちゃんじゃねえか!



202: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:21:23.61 ID:6p4toqjw0


「アタシも今日ここでレッスンしまーすっ!よろしくねみんなー☆ 」

「り、莉嘉!? 」

 美嘉が思わず驚くと、莉嘉ちゃんは「お姉ちゃーん☆」と言って美嘉に飛びついた。

「莉嘉!? どうしてここにいるんだ!? 」

 プロデューサーとトレーナーさんもびっくりしていた。莉嘉ちゃんはニコっと笑って、

「今日レッスンだけだし、ルキちゃんもこっちでやっていいって言ってくれたもん!
 お願いPくん!アタシもお姉ちゃんとレッスンしたいの!お姉ちゃんもいいでしょ?」

 莉嘉ちゃんは今まで美嘉にスクールに来ないように言ってたそうだ。今回の件で美嘉が
莉嘉ちゃんに頼った事で、莉嘉ちゃんは美嘉の許可が出たと思ったらしい。



203: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:22:37.37 ID:6p4toqjw0


「……すみません、遊んだり邪魔したりしたらすぐにつまみ出しますので、この子も一緒
 にレッスンさせてもらっていいでしょうか?」

「ウチは別に構いませんよ。本物のアイドルと一緒にレッスンすると、生徒達も良い刺激
 になると思いますし……」

 やや苦笑いで許可してくれたスクールの先生に、プロデューサーと美嘉は頭を下げた。
莉嘉ちゃんは「やったー☆」と大喜びしている。まぁぶっちゃけ、この展開を予想して
いなかったわけではない。美嘉は一応莉嘉ちゃんに来るなと釘を刺していたらしいが。

 美嘉の隣で軽く柔軟をしてスタンバイをする莉嘉ちゃんに、生徒全員が注目していた。
プロダクションの人間はともかく、本物のアイドルが来るとは誰も思わなかっただろう。
加蓮も莉嘉ちゃんに興味津々でじっと見ている。恐るべしカリスマちびギャル……



 だがしかし、スクールに来たのは莉嘉ちゃんだけじゃなかった。さすがにあたしも、
この後の展開は予想出来なかった―――――




204: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:23:29.27 ID:6p4toqjw0



「私も参加させてもらっていいかな」



 莉嘉ちゃんに続いてレッスンルームに入って来た女の子に、フロア全体がどよめいた。
すらっとした長身でまっすぐ輝く黒い長髪をなびかせ、彼女の周りだけ空気が度低いん
じゃないかと思うくらいクールな雰囲気を纏ったニュージェネのメンバーの、

「こんにちは渋谷凛です。今日はよろしくお願いします」

 凛がぺこりと頭を下げた。




205: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/02(火) 10:25:00.80 ID:6p4toqjw0


「凛!? どうしたんだお前まで!? 」

 驚くプロデューサーに凛はいたずらっぽく笑うと、

「莉嘉に誘われたの。私も前からスクールに興味あったし、今日はオフだから丁度良い
 かなって思って。ちゃんとやるから安心して」

 そう言って、凛は一瞬ちらっとあたしを見た。加蓮はまだ理解が追いついてないのか、
目を丸くしたまま固まってる。きっとあたしも同じような顔してるんだろうな……

 加蓮の事が気になるのは分かるけど、お前は何もしなくていいって言っただろうが。
大人っぽく見えて意外と聞き分けのないガキっぽい所もあるんだな。もしかして未央の
悪い影響とか受けてるんじゃねえだろうな―――――



216: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 17:59:06.95 ID:Q1JgQSYQ0



***



 莉嘉ちゃんと凛を加えて、レッスンは異様な盛り上がりを見せた。生徒全員が汗だくに
なって、真剣な表情でステップを踏んでいる。一方この状況を作り出した莉嘉ちゃんと凛
は、余裕の表情で楽しそうにレッスンを体験していた。ちくしょう。

「み、みなさん、緊張するのは分かりますけど、笑顔を意識して下さいね……」

 もう何度目になるか分からない先生のアドバイス。しかし先生も、本物のアイドル二人
を前にやや表情がかたい。こりゃとんでもない事になったな……




217: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 17:59:41.37 ID:Q1JgQSYQ0


 当初の計画では、プロデューサーの前で県外組がレベルの高いレッスンでアピールし、
東京組に危機感を持たせるシナリオだった。しかし莉嘉ちゃんと凛の登場で、県外組の
大半がガチガチに緊張している。一方の東京組は、読モなどでプロと一緒に仕事するのに
慣れてる子もいるみたいで、徐々に落ち着きを取り戻しつつある。

「美嘉達がいなかったらヤバかったな……」

 そんな中、美嘉と唯と柚ちゃんはいつも通り、いやいつも以上のパフォーマンスで凛と
莉嘉ちゃんに負けないダンスをしている。美嘉は堅実に、唯はダイナミックに、柚ちゃん
は飄々と自分らしさを出していた。この三人が県外組の精神的支柱になっている。さすが
上位成績者だけの事はあるな。



218: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:00:20.61 ID:Q1JgQSYQ0


「おっと、他人の評価をしてる場合じゃねえ……」

 あたしははっと我に返り、なんとか周りについていく。少しでも油断するとこの異様な
熱気に呑みこまれてしまいそうだ。後ろにいる加蓮は大丈夫かな。あたしも確認をする
余裕がないけど、またぶっ倒れないでくれよ……



219: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:01:21.26 ID:Q1JgQSYQ0



***



「それでは最後に、名前を呼ばれた子は前に来てください」

 レッスンをやや早めに切り上げて、先生が上位成績者を中心に5人名前を呼ぶ。美嘉達
3人と、県外組の子が二人呼ばれて前に並んだ。

「今から城ヶ崎さん達に、今日のレッスンのおさらいをしてもらいます。今日はCGプロ
 の方達も来られていますので、プロの視点からもアドバイスしてもらいましょう」

 この「今日のレッスンのおさらい」は、言い換えれば業界の人間が来た時だけ行われる
スクール側のアピールみたいなものらしい。生徒の代表として踊るので名誉な事だとか。
毎回選ばれる美嘉達は、他の生徒より余分に疲れるので嫌がっているが。




220: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:02:21.90 ID:Q1JgQSYQ0


「お姉ちゃんがんばって~☆ 」

「う、うるさいっ!黙って見ときなっ!」

 莉嘉ちゃんの応援にやや顔を赤くしつつも、美嘉達は最後まで疲れた様子を見せずに
完璧に踊りきった。プロデューサーも満足そうに見ている。どうやら試験は合格だな。
美嘉なら候補生スタートじゃなくて、いきなりデビューも出来るんじゃねえか?

「はい、みなさんお疲れ様でした。それではCGプロのお二方にアドバイスを戴きたいと
思います。よろしくお願いします」

 美嘉達が下がり、スクールの先生に紹介されてプロデューサーとトレーナーさんが前に
立った。二人ともご機嫌そうだった。



221: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:03:12.58 ID:Q1JgQSYQ0


「まずは皆さんお疲れ様でした!ちょっとウチのアイドルの乱入で緊張してしまった人も
 いたみたいですけど、ハイレベルなレッスンを見る事が出来て僕もトレーナーさんも
 驚いています。今日は良いものを見せてもらいました」

「最後に皆さんの前で踊ってもらった子は、ウチのアイドルの子達にも負けないくらい
 魅力的で素晴らしかったですね。その調子でこれからも頑張って下さい」

 プロデューサーとトレーナーさんが絶賛する。美嘉達が誉められて同じ県外組が喜んで
いるのを、東京組は悔しそうに見ていた。最初はどうなるかと思ったが、最後は県外組に
軍配が挙がったようだ。一応当初の目的は達成したかな。



222: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:04:34.45 ID:Q1JgQSYQ0


「ところで先生、ひとつご相談があるんですけど……」

 すると突然、プロデューサーとトレーナーさんはスクールの先生と内緒の話を始めた。
話をしている最中、先生は最初少し戸惑った顔をしていたが、二人に説得されたみたいで
最終的に首を縦に振った。

「どうやら気付いたみたいだね……」

 美嘉がぽつりとつぶやいた。あたしは一瞬何の事か分からなかった。ていうかすっかり
忘れてた。今日の『プロデューサー召喚計画』はまだ終わってなかったんだ。あたし達の
前で、内緒話を終えたプロデューサーが再び話を始めた。



223: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:07:06.99 ID:Q1JgQSYQ0


「はい、みなさんお待たせしました。先生の許可を戴けたので、これから『もう一歩先に
 進んだアドバイス』をさせてもらおうと思います。普通はレッスン生にここまでは要求
 しないのですが、皆さんのレベルが高いので特別にアドバイスしましょう」

 プロデューサーの言葉に、あたし達はどよめいた。どういう事だ?レッスン生に要求
しないって事は、つまりプロのアイドルにするような話なのか?

「プロのアイドルになると、パフォーマンスの技術を磨く他にも自分の体をケアする事が
 重要になってきます。連日ライブを行うツアーなどの時は、私達スタッフはライブの
 レッスン以上に、アイドルのケガや体調管理に気を付けます」

 トレーナーさんが説明する。プロのアイドルは、常にステージで最高のパフォーマンス
をしなければならない。ただ全力でやればいいというものではない。これが出来るのと
出来ないのが、プロとアマの違いだそうだ。



224: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:08:23.27 ID:Q1JgQSYQ0


「素晴らしいパフォーマンスをする為に必死で練習をする事も大切ですが、将来アイドル
 になって長く続ける為にも、時には休息を入れたり冷静になったりして常に自分の体を
 守る事も考えて下さい。ちなみに莉嘉と凛は手を抜いてるわけではありませんよ?
 あ、でも凛はたまに上手にサボってる事があるな……」
 
「そ、そそそそんな事ないよ!私は体力をコントロールをしてるだけで……」

 凛が慌てて否定する。プロのアイドルとして必要な技術らしい。体力は無限じゃないし、
常にフルスロットルというわけにはいかない。凛達はその瞬間のステージだけでなく、次の
ステージの事を考えていつもパフォーマンスをしてるそうだ。



225: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:10:22.78 ID:Q1JgQSYQ0



「どうしてこんな話をしたのかと言うと、この『自分の体を守ってパフォーマンスをする』
というプロの技術を持ってる子がこのスクールにいたので、みなさんにどんなダンスか
見て戴きたいと思いまして。一番後ろの窓際にいる、茶色い髪のあの子がそうです」



 プロデューサーはそう言って、加蓮の方に手を差し出した。フロア内の生徒達は一斉に
加蓮に注目する。いきなり指名されて加蓮は「アタシ?」とびっくりしていた。あたしは
今日のレッスンについていくだけで精一杯だったのに、あいつはそんなに小難しい事を
やりながらレッスンをしてたのか。

「そう、君だよ!最後にもう一度だけ君のダンスを見せてくれないかな?トレーナーさん
 と僕が今日一番驚いたのは君のダンスなんだ。プロでもそこまでの技術を身に着ける
 のは難しいのに、君は平然とそれをやってる。これは凄い事だよ!」

プロデューサーが興奮気味に話した。あたしは以前、美嘉が言ってた事を思い出した。




226: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:11:53.91 ID:Q1JgQSYQ0



『加蓮は不思議なダンスをするんだ。まず身体に力がほとんど入ってないんだよね。
だからアタシや唯と比べてパワフルさが足りないんだケド、でもリズムはしっかり
合ってるの。むしろ加蓮の方が動きにキレがあるカンジ?あの子滅多にホンキで
レッスンしないから、結構レアなんだけどね』


 
 今回凛のプロデューサーを呼んだ事で、加蓮はきっと本気でレッスンを受けるだろうと
あたし達は予想していた。そうすれば加蓮はプロデューサーに目を付けられて、今まで
加蓮をハブにしてた子達も加蓮を見る目が変わるはずだ。そしてそのまま加蓮を東京組の
リーダーに仕立て上げる予定だが、まさかこんなに上手くいくとは思わなかった。

「アタシ体力とかパワーとか全然ないから、今日はもう踊りたくないんだけど。それに
とっくにクタクタだし、あんまり参考にならないと思うよ」

 しかし物事はそう上手く運ばない。加蓮は嫌そうな顔をして拒否した。あたしと美嘉は
ずっこける。いやお前そこは喜んで踊れよ!プロの人間から絶賛されてるのに、断る理由
がわからねえ。こんなチャンス滅多にないんだぞ!?




227: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:14:43.38 ID:Q1JgQSYQ0



「プロデューサー、私も無理させちゃダメだと思うな」



 凛がプロデューサーに抗議をする。う…… まあ確かに、また前みたいに倒れられても
困るけどな。てゆうかどうしてそんな凄い技術を持ってるくせに、あの時加蓮は無理して
ぶっ倒れたんだ?ホントにそんな事が出来るのか?



「だから私も一緒に踊るよ。そうすればかれ…あの子の負担も減るでしょ?」



 凛の言葉に加蓮は「はぁっ!? 」と驚いた。そんな加蓮を全く気にすることなく、凛は
にっこりと最高に素敵な笑顔を加蓮に向けた。




228: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:15:35.91 ID:Q1JgQSYQ0


「十分休んだし、あと1曲くらいは踊れるよね?大丈夫、私もサポートするから一緒に
 やろうよ。それに私もプロデューサーからライブをサボってる疑惑がかけられてるから、
 プロのアイドルとして挽回しなくちゃいけないんだ」

「おいおい、冗談だって凛。でも凛も一緒に踊ってくれるなら俺も安心だな。どうだい?
 別に無理してみんなのお手本になろうとしなくていいから、さっきみたいに自然なまま
 の君をもう一度見せてくれないか?」

 結局この言葉が効いたのか、加蓮は渋々前に出てきた。どうやら凛の頼みは断れない
らしい。凛も加蓮の扱い方をよく知ってるみたいだ。



 一見無表情に見えて困惑してる加蓮と、同じく無表情に見えて楽しそうな凛。二人が
並ぶと妙にしっくりくる。どことなく似てると思っていたが、まるでユニットみたいだ。
フロアにいる人間が全員注目する中、先生がCDラジカセのスイッチを押した―――――




229: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:16:46.46 ID:Q1JgQSYQ0



***



「すげえ……これが加蓮のダンスか……」



 前で踊る二人を見て、あたしは息をするのも忘れて見入ってしまった。加蓮のダンスは
確かにパワーがないけど、ムダが全くなくて美しかった。余計な筋肉は一切動かさずに、
流れや勢いに身を任せず完璧に自分の身体をコントロールしている。地味に見えるけど、
さっきまで同じダンスを踊っていたあたし達にはその凄さが分かる。

「凛もしっかり合わせてるね。でもいくらなんでもちょっと合いすぎじゃないかな。普通
 ユニットでもあそこまで揃う事はないと思うケド……」

 美嘉も呆然と見ている。凛と加蓮はあらかじめ打ち合わせをしてたかのように、完璧に
息が合ってた。凛がカバーしてる部分もあると思うけど、でもここまで合うものなのか?
プロデューサーとトレーナーさんも驚いてた。




230: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:17:36.34 ID:Q1JgQSYQ0


 ダンスの最中、加蓮と凛は時々タイミングを合わせる為にちらっと相手の方を見る。
そのタイミングも全く同じだ。加蓮は顔を赤くして慌てて目をそらして、凛は楽しそう
に笑う。もう結婚しちゃえよお前ら、ってツッコミたくなるほどだった。

「かれんってやっぱり美人だよね。りんちゃんと同じクールビューティーってカンジ?
 りんちゃんとダンスもピッタリ合ってるし、カッコいいよね」

「アタシも思った。てゆうかあの二人なんとなく似てるよね。姉妹とかいとこって言われ
 ても納得しちゃうかも。加蓮さんと凛ちゃんでユニット組めるよ」

 唯と柚ちゃんが話していた。そういえば凛にメイクとかファッションを教えたのは加蓮
だっけ?他の生徒達も似たような印象を感じてるのか、加蓮を尊敬の眼差しで見ている。
二人のダンスが終わると、フロア内は美嘉達の時以上の拍手が起こった。



231: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:18:45.96 ID:Q1JgQSYQ0


「いやあ素晴らしかった!北条さんだったよね?ここまですごいとは思わなかったよ!」

 プロデューサーはまるで子供みたいに大喜びしていた。加蓮は恥ずかしそうにぷいっと
目を逸らして、

「もう踊らないからね。ホントに疲れちゃったし。それにすごかったのは凛の方でしょ?
 アタシなんてゼンゼン大したことないよ……」

 と、ぼそぼそとつぶやいた。すると凛はくすくすと笑いながら、

「私はただ加蓮に合わせて踊ってただけだよ。何もサポートしなくてもタイミングが
 合うからびっくりしちゃった。未央と卯月と一緒に踊るより楽だったし」

と言った。確かに凛はすごくリラックスして、のびのびと踊ってたな。



232: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:19:39.85 ID:Q1JgQSYQ0



「私の思い違いかもしれないけど、もしかして二人は知り合いなの?今のやりとりといい
 さっきのダンスといい、お互い初めて会った子同士って感じがしないんだけど……」



 トレーナーさんが言った。さすが専門家、なかなか鋭いな。でも二人の間に流れる空気
を見れば気付くのも無理はないか。加蓮は隠してるみたいだけど、さてどう返す?




233: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:20:33.69 ID:Q1JgQSYQ0



「うん。私の親友だよ。小学校に上がる前からの付き合いだから、かれこれ10年くらいに
 なるかな。家族以外だと一番付き合いが長いかも」



「ちょっ、凛!? 」



 しかし凛があっさりバラした。慌てる加蓮に凛は「いいじゃん別に」とクールに返した。
生徒全員が騒然とする。加蓮が「アタシ凛のダチだから~♪」なんて言っても話半分だが、
凛が加蓮を「親友」と言うんだからその関係は本物だろう。




234: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:21:20.70 ID:Q1JgQSYQ0


「そうだったのか。道理で凛の機嫌が良いと思ったよ。ライブでもそんな笑顔をしない
 のに、今日のお前はよく笑うしな」

「ニュージェネのクール担当だしね。でも私だって嬉しい時は笑うよ。久しぶりに加蓮に
 会えたし、それに一緒に踊れるなんて思わなかったから今日は楽しかったよ」

 プロデューサーの言葉に凛は明るく答えた。加蓮はその横で赤くなってぷるぷる震えて
いたかと思いきや「も、もういいよねっ!」と言って、フロア一番後ろの自分の指定席に
素早く走って戻って行った。まだ十分元気じゃねえかお前。



235: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:22:22.47 ID:Q1JgQSYQ0


「さて雑談はこれくらいにして最後にもう一度、僕達からアドバイスしましょうか」

 時計をちらっと見て、プロデューサーがトレーナーさんと再び前に立った。

「今の北条さんのダンスは技術としては非常に高いものでしたが、しかしアイドルの
 パフォーマンスは技術だけに偏ってしまってもいけません。多少リズムがずれても、
 それを魅力に変えられるようなパワーやライブ感といったアピールも重要です」
 
 トレーナーさんが説明する。確かに加蓮のダンスは機械みたいに無機質で、美嘉や唯
みたいなリアルな感じはしなかった。凛もさっきは加蓮に合わせていたからそう見えた
だけで、実際のライブではもっと上手くやっていた記憶がある。



236: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:24:04.13 ID:Q1JgQSYQ0


「どちらが優れているとかどちらが劣っているという話ではありません。大切なのは
 バランスです。スクールのレッスンは無理のないように作られているのでケガをする
 事はないと思いますが、それ以外で自主的に練習したり将来スクールを卒業して活動
 する時は、先程の北条さんのダンスをよく思い出して下さい」

 なるほどな、確かにスクールでは加蓮の技術など考えず、ただひたすら全力でレッスン
に打ち込めばいいだろう。自分の力量や限界を正しく知ってからそれをコントロールする
のがセオリーだ。先生が最初渋っていたのも分かる。

「北条さんはもっとパワーとスタミナがあれば完璧ですね。スクールでしっかり鍛えて
 下さい。卒業後はぜひCGプロをよろしくお願いします。凛も待ってますよ」

 プロデューサーさんがそう笑いかけると、加蓮は小さい声で「はい……」と返事した。
やれやれ、すっかり今日の主役は加蓮だな。まぁ、これも計画のうちだが。




237: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:25:14.19 ID:Q1JgQSYQ0


「他のみなさんも、城ヶ崎さんや北条さん達に負けずに頑張って下さいね。最初に言い
 ましたが、このスクールのレベルは非常に高いし、みなさんはそれぞれ良い所を持って
 います。歌やダンスに自信がなくても僕達スタッフがしっかり鍛えてあげますから、
 どうかCGプロをよろしくお願いします!」

「おねがいしまーす☆ 」

「お願いします。今日はありがとうございました」

 最後に莉嘉ちゃんと凛もプロデューサーと一緒に頭を下げて、今日のスクールは終了
した。レッスンルームを出る直前、プロデューサーがあたしを見てウィンクした。まさか
憶えてたのか?いや、そんな事はないはず。あの時すぐに逃げたし……



238: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:26:14.93 ID:Q1JgQSYQ0


 レッスンが終了してフロアから出て行く加蓮を、東京組の子達が追いかける。おそらく
これから東京組で作戦会議だな。あたし達県外組は今日は掃除なのでその内容を知る事は
出来ないけど、でも今日のレッスンで危機感を抱いたはずだ。加蓮も1人でいるよりは、
東京組の子達を利用して協力した方が得策だと気付くだろう。

「あのヘソ曲がりの加蓮が、東京組の子達とすんなり和解できるかどうかはわからない
 けどな。でも少なくとも、もうハブにされたりする事はないはずだ」

「大丈夫だよ、加蓮ああ見えて優しい所もあるから。それにとっても冷静で賢い子だし、
 何が自分に一番メリットがあるか分かるって★ 」

 美嘉と窓を拭きながら、あたし達はそんな事を話していた。これで次回からいよいよ
本格的に東京組 v.s. 県外組の大戦争が始まるな。そう考えると、今日の加蓮のダンスも
役に立つかもしれない。絶対レッスンで無理する子とか出てくるだろうし。



239: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/03(水) 18:27:21.57 ID:Q1JgQSYQ0



 凛の登場で一時はどうなるかと思ったけど、結果オーライだ。加蓮も自分のダンスを
プロデューサーに絶賛されてたし、本気でアイドル目指してレッスンに打ち込むだろう。
それに美嘉も莉嘉ちゃんと同じCGプロに行く事になったし、自分の有能さが怖いぜ。
マジで未央の言った通り、アイドルメーカー名乗っちまおうかな♪



 しかし調子に乗るのはまだ早かった事を、あたしは次のレッスンで思い知る事になる。
加蓮はあたしが思っている以上に賢かった。いや、賢すぎたのだ。あたしの思惑を知って
か知らずか、あいつはこの争いの構図を涼しい顔して叩き潰した―――――




250: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:12:04.23 ID:d6uKd5ql0



***



「ちくしょう、どうして今日に限って居残りさせられるんだよ!」

 いよいよ県外組と東京組の対決が始まるという日に、あたしは担任の先生に進路相談で
つかまってしまった。とにかく早くスクールに行きたかったから「アイドルになりますっ!
それじゃっ!」と言って強引に切り上げてきたが、今頃先生頭抱えているだろうな。

「あ、奈緒さんっ!はやくはやくっ!」

 スクールに到着すると、入り口で柚ちゃんが待ってた。





251: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:12:41.97 ID:d6uKd5ql0


「すまん遅くなった!みんなはどうなってる!? 」

「とにかくすぐ来て!美嘉ちゃんと唯ちゃんが相手してるからっ!」

 まさかケンカしてるのか?いや、でも表だってそんな事をすればスクールを辞めさせ
られるかもしれないし、第一美嘉がそんな事をするはずない。あたしは柚ちゃんと急いで
レッスンルームに向かった。



252: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:13:48.35 ID:d6uKd5ql0



***



「な、何があったんだ一体……?」



 あたしが息を切らして入ったレッスンルームでは、予想外の光景が広がっていた。



「「「「「「「「「「すみませんでした―――――っ!! 」」」」」」」」」」」



 あたしの目の前では、美嘉達県外組に頭を下げる東京組の子達の姿があった。美嘉が
あたしが来たのに気付くと、困惑した顔でこちらに走ってきた。






253: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:15:56.17 ID:d6uKd5ql0


「おい、あたしが来る前に何があったんだ?」

「何もないよ。アタシ達がスクールに少し早めに来て待ちかまえていたら、東京組の子達が
 全員揃っていきなりアタマ下げたの。今までごめんなさい、これからは心を入れ替えて
 レッスンするし、掃除も雑用も全部東京組でやるから許して欲しいって……」

 美嘉もよく事情がわかってないみたいだ。なんだそりゃ?今までずっとデカいカオして
県外組をこき使ってたくせに、どういう心境の変化だ?

「あ!神谷さんだ!みんな、神谷さんが来たよ!」

 やがて東京組の子の1人があたしに気付くと、全員揃ってあたしの前に走ってきた。
な、なんだよ、やんのか?



254: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:17:09.42 ID:d6uKd5ql0


「ありがとう神谷さん!あなたのおかげであたし達が今まで間違ってたって気付く事が
 できたの。本当はみんなおかしいと思ってたんだけど、でもみんながそうしてるし、
 今までの先輩達もずっとそうしてたからなかなか言い出せなくて……」

「確かに神谷さんが言った通り、あたし達は実力もないのに偉そうにしてたよ。この前
 せっかく凛ちゃん達とレッスンしたのに、あたし達は美嘉達みたいにうまくアピれ
 なくて思い知ったんだ。それで反省して、これからはマジメにやる事にしたの」

「お、おう……」

 東京組の子達は口々に、今までの謝罪と反省の言葉を口にした。どうしてこいつらは
こんなにあっさりあたし達に負けを認めるんだ?プライドとかないのか?



255: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:18:22.15 ID:d6uKd5ql0



「今まで散々ひどい事して勝手だと思うけど、でもあたし達もニュージェネや莉嘉ちゃん
 みたいなアイドルになりたいの!だからこれからは東京組とか県外組とか関係なくて、
 あたし達も一緒にレッスンさせてください!お願いします!」



「「「「「「「「「「お願いしますっっっ!!!!!! 」」」」」」」」」」



 東京組の子達は必死に真剣に、一所懸命頭を下げていた。どうやら演技ではないらしい。
中には泣きながら謝ってる子もいる。あまりの迫力に県外組の子達も戸惑っていた。




256: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:19:59.50 ID:d6uKd5ql0


「うんっ!わかったっ!みんなもそれでいいよね☆ 」

「ゆ、唯っ!? 」

 東京組の謝罪に、唯は笑顔であっさり返事をした。思わず美嘉が聞き返す。

「だってゆい達だってベツにケンカしたいワケじゃないし。それにおかしいと思ってて、
 何もしなかったのはゆい達もいっしょでしょ?だからこれでお・あ・い・こ☆ 」

 あっけらかんと言い放つ唯。確かにそれはそうだけど…… それにあたしも、互いに
消耗して争いが下火になった頃を見計らって、お互いに和解する予定だった。






257: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:21:58.30 ID:d6uKd5ql0


「これからはもっとなかよくしようよ☆ そうすればもっと楽しくレッスンできるし、歌も
 ダンスもアゲアゲになると思うからさ☆ 」

 こうして東京組 v.s. 県外組の争いは、東京組の全面降伏であっさり幕を閉じた。この日
のレッスンは今までで一番良かったと、後に美嘉は語った。レッスン終了後は約束通り、
東京組が掃除を全部引き受けた。さすがに今後ずっとというのは次に入ってくる新入生に
悪いので断ったが、以前より県外組の待遇はかなり改善された。



「何も悪いことはない……悪いことはないんだ……だけど……」
 


 ちなみにこの日、加蓮はスクールを休んだ。この一連の出来事はあいつが仕組んだ事で
ほぼ間違いない。その証拠に東京組に加蓮の事を聞くと、みんな口を閉ざしてしまった。
どうやら加蓮に口止めされているらしい。




258: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:24:13.49 ID:d6uKd5ql0



「あいつ、一体どういうつもりだ?何かの作戦なのか……?」



 前回のレッスンで意外なダンスの才能を発揮し、人気アイドルの凛と完璧なセッション
を披露し、プロデューサーに大絶賛された事で加蓮は間違いなく東京組の頂点に立った。
しかしあいつはその座をあっさり捨て、東京組に降伏を促した。元々仲間意識はなかった
かもしれないが、また自分からひとりぼっちになったのか?



 うだうだ考えても仕方ねえ。これは加蓮が今度レッスンに来た時に、本人から直接聞く
しかねえみたいだな――――――




259: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:25:36.27 ID:d6uKd5ql0



***



「ねえ神谷、レッスン終わってからちょっと顔かしてくれない?」



「は?お前が?あたしに?」



 東京組が降伏した次のレッスンの時、意外にも話しかけてきたのは加蓮の方だった。
生徒主体のグループ練習で、美嘉達とステップの確認をしてると突然あたしに向かって
話しかけてきた。加蓮はあたし達をぐるっと見回すと、



「出来ればアンタとサシがいいんだけど。アタシが怖いなら城ヶ崎姉達も一緒でいいよ」



 と、小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら言った。こいつケンカ売ってんのか?




260: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:27:00.71 ID:d6uKd5ql0


「上等だコラ。あたしもお前に聞きたい事があったし、今日はとことん語り合おうぜ?」

 そう言ってニヤリと笑い返してやると、加蓮は「ウザッ」と一瞬だけ顔をしかめて、

「じゃあまた後でね」

 と言い残してスタスタと自分のグループに戻って行った。ほんの一瞬の出来事だったが、
レッスンルームに緊張が走った。みんなあたしと加蓮がケンカでもすると思ったのか?





261: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:28:18.68 ID:d6uKd5ql0


「ちょ、ちょっと大丈夫なの奈緒?アタシもついて行こうか……?」

 美嘉がおろおろしながらあたしに訊いた。どうって事ねえよ。それに口ゲンカだけど、
前に一度あいつには勝ってるんだ。心配すんなって。

「それに見ろよ、加蓮も一応前より進歩してるみたいだぜ?相変わらずやる気があるのか
 どうかよくわかんねえけどさ」

「あははー!かれんがダンスおしえてるー☆ 」

「いいなあ~、アタシも後で教えてもらおっかな♪」



 唯が笑いながら指をさした先では、東京組や県外組に関係なく沢山の子達が加蓮を囲み、
加蓮はめんどくさそうにため息をつきながら振付けを教えてあげていた。どうやら凛から
もらったカリスマは健在みたいだな。




262: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/06(土) 00:29:54.23 ID:d6uKd5ql0



「まぁ、何の用かしらねえけどなるようになるだろ……」



 狙ってやったのかどうか知らないけど、あいつはあたし達の作戦を完全に破壊した。
今思えば勢い任せで穴だらけの計画だったが、加蓮は周囲の雰囲気やノリに流されない
冷静さと強さを持ってる。だったら余計な搦め手は不要だ。遠回りせずに直接、最短
ルートで真っ向勝負してやるよ―――――




275: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:13:23.32 ID:rfke7zEr0



***



「すみませ~ん、ハンバーガーセットひとつください」

「あたしも同じやつで」

 レッスン終了後、あたしと加蓮は二人でファストフード店にいた。道中特に会話はなく、
加蓮が「ここで話そっか」と指定したのがこの店だった。まるでこうしていると普通の
仲良し女子高生二人組みたいだな。




276: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:14:05.77 ID:rfke7zEr0


「ごゆっくりどうぞ~」

 スマイルの素敵な店員さんに見送られて、あたし達は奥のボックス席に向かい合って
座る。加蓮はポテトを一本つまむと顔をしかめて、

「うわ、ポテトふにゃふにゃ。テンション下がる~……」

 とぶつぶつ文句を言った。あたしのはそんな事ないけどな。どうやら加蓮とあたしの
セットの境目でポテトが前の残りと揚げ立てに分かれていたらしい。



277: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:14:49.18 ID:rfke7zEr0


「仕方ねえな、交換してやるよ」

 そう言って加蓮のポテトと自分のポテトを取り替えてやった。あたしは別にファスト
フードのポテトにこだわりなんてないから気にすんな。

「あ、ありがと……」

 加蓮はやや引き気味にお礼を言った。なんだよ。

「いや、アンタって誰にでもそうなのかなって思ってさ……」

 加蓮は不思議そうに言った。どういう意味だ?

「なんでもない。こっちの話」

 それだけ言って加蓮はもくもくとポテトを食べ始めた。なんか含みのある言い方だな。





278: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:15:34.68 ID:rfke7zEr0


「で、わざわざあたしだけ呼び出して何の用だ?」

 ドリンクを飲みつつ加蓮に話をふってみる。さっさと本題に入ろうぜ。

「う~ん、別に大した話じゃないんだけどさ……」

 紙ナプキンで軽く指を拭いて、加蓮はあたしをじろりと見た。

「あんた、凛の友達なの?」

 てっきりスクール内の争いを引き起こした事について訊かれると思ってたけど、まずは
そっちから来たか。どうやら加蓮は、凛をスクールに呼んだのはあたしだと思っている
らしい。だがこの質問も予想はしていた。



280: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:16:23.51 ID:rfke7zEr0


「友達って呼べるほど親しくはねえよ。あえて言うなら妹分の友達ってところだ」

 あたしは未央が幼馴染みで、そのつながりで凛と知り合ったことを説明する。ついでに
凛がスクールに来たのは偶然だということも付け加えておいた。加蓮は「ふ~ん」と納得
すると、ストローに口をつけた。

「だからあんた埼玉の子達とあんなに仲が良いんだ。あの子達アイドルの身内だから、
 入って来たばかりのコはフツー緊張してなかなか話しかけられないんだよ?」

 別にあたしも美嘉達もアイドルの身内や知り合いだからって、それを自分の事みたいに
自慢したりひけらかしたりしてねえぞ。それはお前も同じだろ?



281: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:17:47.33 ID:rfke7zEr0


「ああゴメン、そういう意味で言ったんじゃないの。ただあんたは凛や城ヶ崎妹が来ても
 あんまり浮ついた感じじゃなかったし、ちょっと不思議に思ってさ」

 こいつよく見てるな。あの時は作戦の事ばかり考えていたから、そんなところに気を
回している余裕がなかったぜ。それに莉嘉ちゃんは多分来ると思ってたしな。

「お前も妙に醒めてるよな。凛を見慣れてるってのを抜きにしても、プロデューサーに
 絶賛されても全然嬉しそうじゃなかったし」

「あんな元気も可愛さもないダンス褒められたって嬉しいわけないじゃん。東京の子達も
 アタシがいれば県外の子達に対抗できるって喜んでたけど、あの子達アイドルがどんな
 ダンスを踊っているのか本当に知ってるのかな」

 加蓮は少し怒っていた。そこまで言わなくてもいいじゃねえか。アイドルのダンスは
まだよく知らないけどさ、少なくともあたしは丁寧でキレイだと思ったぞ。



282: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:19:16.43 ID:rfke7zEr0


「アンタも見る目がないね。アタシはこのポンコツのカラダをごまかしながらなんとか
 レッスンして、それでやっと出来るのがあの程度なの。どれだけ頑張ってもアタシは
 城ヶ崎姉達みたいな元気でカッコいいダンスは踊れないんだよ」

 加蓮は狙ってやったわけじゃなくて、体力が無いなりに色々考えて工夫してあのダンス
を身につけたらしい。でもそれを踊るのは、自分が病弱だと改めて思い知らされるので
本人は複雑だそうだ。それでたまに無理して普通に踊って、病院送りになるのか。



283: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:21:15.43 ID:rfke7zEr0


「それでお前は東京組に何をしたんだよ?あの変わりようはどう考えてもおかしいだろ。
 あいつら反省したフリして何か企んでるのか?」

「何もしてないよ。ただアタシは教えてあげたの。今ちっぽけなスクールの中で勝ち目の
 無いケンカを頑張るのと、将来凛や城ヶ崎妹みたいなアイドルになるために、県外組に
 アタマ下げてでも教わりながらレッスンを頑張るのとどっちがお利口かってね」

 今はプライドを捨ててでも負けといて、将来はアイドルとして勝つ作戦か。カリスマ
加蓮様にもっともらしく言われたら、元々主体性のない彼女達は思考停止してホイホイ
従うだろう。東京組は完全に県外組に白旗をあげたわけではないんだな。



284: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:22:39.22 ID:rfke7zEr0


「まぁあの子達バカだし、そのうち本来の作戦を忘れて県外組とホントに仲良くなると
 思うけどね。どっちにしてもアタシが巻き込まれる事はなくなったからよかったよ。
 アンタにとっては都合が悪かった?」

 加蓮があたしを見てニヤリと笑う。こいつ、やっぱり分かっててぶち壊したんだな。
確かに加蓮の言ってる事は正しいし何も間違ってないけど、まるで球○川みたいな奴だ。
だがしかし、あたしだってそう簡単に引き下がるつもりはない。

「何の事だ?お前がどうしようがあたしの知った事じゃねえよ。でもお前のおかげで
 みんな仲良くレッスンするようになったし、一応礼は言っておくぜ」

 あたしはすっとぼけて、ボロが出ない内に話を終わらせた。加蓮をなんとかすると
決めてスクールに来た以上、あたしもそう簡単に諦めるつもりはない。これは女の意地だ。
まだだ!まだ終わらんよ!



285: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:24:25.67 ID:rfke7zEr0


「……ふ~ん、まぁアンタ達が何をしようと興味ないけど。アタシはてっきりアンタが
 凛や城ヶ崎姉達と結託して、さっきのポテトみたいにアタシに余計なお節介を焼いてる
 と思ったんだけど」

 な、なかなかいいセン行ってるじゃねえか…… でも凛達に何か頼まれた憶えはないし、
残念ながらハズレだ。惜しかったな!フハハ!

「自意識過剰じゃねえのか?それともお前、もしかして構って欲しいのか?」

「ウザッ、どうしてそういう話になるのよ。アタシはほっといてって言ってるの」

 冗談だよ。そうムキになるなよ。でも凛はお前の事を気にしてたぞ。あたしはともかく、
あいつに心配かけたらダメだろ。お前ら親友なんだろ?



286: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:26:18.70 ID:rfke7zEr0



「凛は心配してるんじゃなくて、そういう風にインプットされてるだけなの。凛の中では、
 アタシはいつまでたっても病院のベッドで寝てる病弱でかわいそうな女の子だから。
 もう入院するほど弱くないって何回も言ってるのに……」



 加蓮は照れ隠しではなく本気で嫌そうに、ブツブツと文句を言い出した。……ん?
なんだこのリアクションは?あたしは少し混乱しつつも、頭の中を整理する。

「なあ加蓮、少し訊いていいか?」

「なんでいきなり呼び捨てなのよ。何?奈緒」

 お前も呼び捨てじゃねえか。あたしは凛との会話を思い出しつつ、加蓮に質問する。




287: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:27:27.41 ID:rfke7zEr0



「一応確認するけど、お前って凛の親友なんだよな……?」



「凛がそう言うならそうじゃない?あたしはそんな風に考えた事もなかったけど」



 なんだこの温度差。これは凛と加蓮の関係について根本から考え直すレベルだ。

「その顔を見ると、あの子あんたにかなり余計な事までしゃべったみたいだね。後で凛に
 文句言っとかないと……」

 あたしの表情の変化を加蓮は見逃さなかった。しまった、ついうっかり……




288: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:28:55.71 ID:rfke7zEr0


「まぁ、あの子が何を言ったかはだいたい想像がつくけどね。でも鵜呑みにしないでよ。
 凛は元々ナルシストなところあるし、アイドルになって悪化したのかも」

 ……なあ、お前もしかして凛の事嫌いなのか?ていうかこの質問凛にもしたっけな。



「別にキライじゃないけど、たまにめんどくさいコだなって思う。付き合い長いから
 今までなあなあで済ましてたけど、凛もそろそろ大人になってほしいよ」



 加蓮は小さくため息をつくと、もそもそハンバーガーを食べ始めた。あたしは開いた
口がふさがらない。おいおい話が違うぞ凛。一体どういう事だ―――――?




289: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:30:01.41 ID:rfke7zEr0



***



「凛はね、基本的にバカ正直でクソ真面目なの。昔から自分は花屋の娘だから、将来家を
 継ぐって決めて友達と遊ぶ事より家の手伝いを優先するし、飼ってる犬にはハナコって
 名前をつけちゃうような融通の利かないコなの」

 いや、ハナコ関係なくねえか?でも確かに凛は、ニュージェネのクール担当だからって
自分をその枠に当てはめようとしている気はしたな。元々そういう性格もあると思うけど、
自由奔放にアイドルやってる未央と比べるとちょっと堅苦しいかもしれない。

「悪いコじゃないんだけど、ちょっと思い込みが激しいところがあってさ。アイドルに
 なったのはスカウトされたのもあるけど、お父さんとお母さんが強く勧めたらしいよ。
 まだ15歳なのに、あの子は外の世界を見ずに花屋で人生終えようとしてたからね」

 そんな大げさなって思ったが、納得してしまいそうな雰囲気もある。まだ若いのに妙に
落ち着いているのは、それだけアイドルとして生きていくって覚悟を決めてるからか。




290: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:31:42.58 ID:rfke7zEr0


「ベツにアタシの考えを押し付けるつもりはないけどさ、あのコはもっとテキトーでも
 いいと思うんだ。一度決めたら何が何でも突き進むんじゃなくて、自分が思ってるのと
 違ったらアタマ冷やして方針転換してみたりさ。アタシの事も……」

「お前の事?それってさっき言ってた病弱な女の子がどうこうってやつか?」

 加蓮はハンバーガーの包み紙を折りたたんで、ポテトの空き箱と小さくまとめた。

「あの子は小さい時に入院しているアタシを見て『このコには優しくしないといけない』
 って決めたんだろうね。凛と会ってたのはいつも病院だったし、アタシも昔はホントに
 病弱だったし。でもアタシが元気になっても、凛はアタシへの態度が変わらないの」


 
 加蓮はさびしそうに笑った。凛も悪気はないと思うけど、そういう風に見られたら
加蓮も本当に友達と呼べるのか、ましてや親友という関係なのか疑いたくもなるか。
下手に同情して優しくされるより、そっちの方がキツイかもしれないな。 

「ずっとその関係に甘えてたアタシも悪いんだけどさ、でも凛はこれからアイドルとして 
 忙しくなるだろうし、いつまでもアタシなんか気にかけてる場合じゃないと思うんだ。 
 それでどうすれば凛が安心するかなって考えて、スクールに通ってみたの」




291: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:36:11.49 ID:rfke7zEr0


 スクールのレッスンでも、練習内容はアイドルがやってるものとそれほど大差は無い。
加蓮がスクールに通ってるのは『凛と同じくらいダンスが踊れるようになるため』らしい。
それで凛のダンスのクセとかビデオで研究したそうだ。元々付き合いも長いし、それほど
苦労せずに凛のマネは出来るようになったみたいだが。

「それじゃお前はアイドルになりたいわけじゃないのか?」

「アタシも一応女の子だからアイドルに憧れないこともないけど、でもなりたいかって
 言われたら別の話かな。アタシ体力ないし、ニュージェネみたいにライブとかするの
 無理だし、元気のない凛のモノマネがせいいっぱいだよ」

 お前も変な奴だな。お節介の為にスクールに通ってるあたしが言うのもアレだけど。






292: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:38:33.46 ID:rfke7zEr0


「ホントは凛に内緒でスクール通って、卒業してからカッコよく踊ってびっくりさせて
 やろうと思ってたんだけど、アンタのせいでバレちゃった。どうしてくれるの?」

 加蓮はじろりとあたしを睨んだ。そんな事言われたってあいつが勝手に来たんだし、
あたしも知らねえよ。恨まれるのはお門違いだぜ。

「そんなまどろっこしい事しないで、直接凛にガツンと言ってやればいいじゃねえか。
 いっその事思い切ってさ、『いつまでも病人扱いするな!』って怒れよ。ダンスも
 一緒に踊れたんだし、今なら凛もわかってくれるんじゃねえのか?」

「アンタみたいに会ったばかりなのに根性と性格が曲がってるなんてハッキリ言えたら、
 苦労しないんだけどね。アタシ達は繊細なの。一緒にしないでくれない?」

 誰と誰が繊細だって?お前こそ人をふ○っしーの中身呼ばわりしといてよく言うぜ。
それから凛も図太いヤツだと思うけどな。未央とよくケンカしてるみたいだし。



293: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:40:10.65 ID:rfke7zEr0


「ケンカ……?ニュージェネって仲悪いの……?」

 加蓮の表情が固まる。何マジになってんだよ、ケンカくらい誰でもするだろ?

「いいから答えて。凛って事務所でいじめられてるの……?」

 急にトーンダウンした加蓮の迫力に圧されて、あたしは若干ビビりながら答えた。

「そ、そんな深刻なもんじゃねえよ。確か移動中のロケバスの中でプロデューサーの隣の
 座席を取り合ったり、同じ事務所の子が作ったケーキの最後の1個を奪い合ったり、
 そんなレベルだったと思うぜ。ちょっとしたじゃれ合いみたいなもんだろ……」

 未央も凛も一歩も退かないからこじれる事もあるらしいが、島村さんとプロデューサー
がちゃんと仲裁して仲直りしてるみたいだし、一応仲良くやってるみたいだぞ。



294: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:41:56.88 ID:rfke7zEr0


「びっくりした。ケンカなんて大げさに言わないでよ。凛はカッコつけてるからそういう
 事は全然言わないし、心臓に悪いじゃない……」

 加蓮はほっと胸を撫で下ろした。お前は凛の保護者か。しかしろくに話も聞かずに凛の
方がいじめられてるって思うのは気に入らねえな。未央が被害者かもしれないだろ?

「だって未央ちゃんってガサツそうじゃん。アンタの友達だし、デリカシーもなさそう」

 遠回しにあたしもバカにされてる気がするのは考え過ぎかな。しかし確かに、昔はよく
未央と殴り合いのケンカしたっけな。二人でタッグを組んで、美羽をいじめたガキ大将と
その手下をやっつけた事もある。あれ?そう考えると加蓮の意見は合ってるのか?



295: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:42:53.75 ID:rfke7zEr0



「なあ加蓮、お前もしかして凛の事が心配なのか……?」



「………………………………………………………………なんでそう思うの?」



 なんだよその長い沈黙は。いや、なんとなくそうなのかなって思ったんだけど……




296: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:44:53.84 ID:rfke7zEr0



「そんなわけないじゃん。確かに凛は花屋の娘なのに愛想悪くて人間関係に疎いところが
 あるけど、凛はしっかりしてるし。クールぶってるけど実はさびしがり屋で、構って
 あげないと拗ねちゃうけど、凛はしっかりしてるし。プロフィール書く時に趣味が犬の
 散歩しかない事を本気で悩んでたけど、凛はしっかりしてるし。実は胸が大きくない
 のをこっそり気にしてるけど、凛はしっかりしてるし。それからハナコを……」



 ああ、もうよ―――――くわかったよ。お前は凛の事が心配で心配で仕方ないんだな。
とりあえず『凛はしっかりしてる』って言って無理矢理納得してないかお前。

「は?アンタにアタシの何がわかるの?軽々しく決めつけないでくれない?」

 それで凛以外の人間にはどう思われてもいいんだなお前は。超絶めんどくせえ。




297: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:47:29.48 ID:rfke7zEr0


「とりあえず無意味にケンカ売るのやめろよ。お前がそうやって周りに敵作ってボッチに
 なってると、凛も気になってアイドル活動に集中出来ないんだよ。身体の事とか病気の
 事はひとまず置いといて、まずはそのひねくれた性格をなんとかしろ」

「アンタこそ、その口の悪さなんとかしたら?同じ女としてどうかと思うよ」

「……は?」

 しばらく二人で睨み合う。おっと、自分で言っといて危うくケンカするところだった。
クールになれ、KOOLになるんだ奈緒……

「それからお前はやっぱりアイドルを目指すべきだと思うぞ。ムカつくけど美人だし、
 お前は嫌かもしれないけどダンスだってプロのお墨付きなんだ。それで凛としっかり
 話し合って、余計な心配や遠慮を消して来い。お前らムズムズするんだよ」

 あたしの言葉に加蓮は「暑苦しい」ってつぶやいて、ため息をついてから言った。



298: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:50:03.30 ID:rfke7zEr0



「アンタの身の回りにはニュージェネみたいなアイドルや、城ヶ崎姉達みたいな才能ある
 コがいっぱいいるから勘違いしてると思うけど、アイドルになるのって難しいんだよ?
 カラダ弱いアタシにそんな無責任な事を気軽に言わないでくれない?」



「やる前から諦めてるんじゃねえよ。お前の方こそテキトーに生きてみろよ。ちょっと
 くらい無理したってそう簡単に死んだりしないんだろ?病弱でかわいそうな女の子を
 引きずっているのは、凛じゃなくてむしろお前なんじゃねえのか?」



 あたしがそう言うと、加蓮はびっくりしたみたいに目を大きく見開いて、それから顔を
真っ赤にして憤怒の形相を見せた。どうやら加蓮の逆鱗に触れてしまったみたいだな。

「アンタに何が……!! 「まあ待て、まだ話は終わってない。あと3分だけ黙って聞けよ」

 つかみかからんばかりに怒鳴ろうとした加蓮を制止しながら、あたしは話を続けた。
この前みたいに口ゲンカをして恥かくのはあたしもゴメンだ。




299: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:51:19.98 ID:rfke7zEr0


「……くだらない話だったらすぐ帰るからね」

 怒りは収まってないみたいだが、ひとまず聞いてくれるみたいだ。あたしは大きく
深呼吸をして、加蓮の目をまっすぐに見て言った。



「お前、あたしにお節介を焼かれてみないか?」



「……はぁ?」



 加蓮は理解出来ないみたいでマヌケな返事をする。そういう反応をするのも無理はない。
いきなり言われても意味が分からないだろうしな。




300: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/20(土) 21:52:59.98 ID:rfke7zEr0


「お前がそうやって1人でいじけていると凛が心配するんだよ。そんな凛を見て未央も
 心配するし、そうなればニュージェネの活動に悪影響が出るかもしれない。ついでに
 もうすぐアイドルになる美嘉達にも、余計な心配をかけたくねえんだよ」

「アタシが疫病神って言いたいの……?」

「待て待て、そう怒るな。お前だって凛に心配かけたくないからスクールに来たんだろ?
 それを手伝ってやるって言ってるんだよ。勘違いするなよ、あたしはお前と凛の為じゃ
 なくて、妹分の未央の為に手を貸してやるだけだからな。ホ、ホントだからな!」



 ぶっちゃけ未央の事は全く心配してないけど、こうでも言わないと加蓮は納得出来ない
だろう。それほど親しくもないのに無償で手を貸す奴なんて、詐欺師か怪しげな宗教団体
くらいだもんな。アタシはちょっとお節介なだけの、ただの女子高生だ―――――




311: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:33:02.10 ID:RybzhDUT0



***



「それで、加蓮はなんて言ったの?」

「『アンタの世話にはならない』ってよ。でもあたしが未央や凛を心配させるような事を
 したら無理矢理でも世話焼くぞって脅したから、ちょっとは考え直すかもな」

「あははー!なにそれ!なっちゃんチョーおもしろーい☆」

 ファストフード店を出たあたしは、そのまま美嘉の家に直行した。今日はそろそろ10回
を超す城ヶ崎家のお泊り自主練の日だ。ついでに美嘉達に加蓮との話し合いを報告する。






312: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:34:53.07 ID:RybzhDUT0


「でも思ってたより平和的に解決してよかったよ。この前みたいに大ゲンカしてたら
 どうしようってハラハラしてたからさ★」

 途中ヤバい場面も何回かあったけどな。そこはあたしのオトナらしさと忍耐強さの
おかげで華麗に回避したぜ。やれやれ、ワガママなガキの相手は大変だよ。

「ところで柚ちゃんは今日は来てないのか?珍しいな」

 あたしがそう言うと美嘉は暗い表情になり、唯はぷくっと頬を膨らませてそっぽを
向いてしまった。どうかしたのか?



313: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:35:35.70 ID:RybzhDUT0


「あー……そのことなんだけどさ、ちょっとアタシ達から奈緒にハナシがあるんだ」

 なんとも歯切れの悪い口調で、美嘉があたしに向き合った。何があったんだよ一体。

「ゆい悪くないもん!ゆずがワガママ言って帰っちゃったんだもん!」

 ぷんぷん怒る唯をなだめながら、美嘉が説明してくれた。





314: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:37:49.13 ID:RybzhDUT0



「奈緒と加蓮が帰った後に、アタシ達3人ともスクールの先生に呼び出されちゃってさ。
 それで来週卒業して、そのままCGプロに加入しないかって言われたの。どうやら
 スクールがCGプロに持ちかけたみたいでさ。それでCGプロもOKしたんだって」



「へえ!そりゃすげえ!予定だと確か卒業は来月なのにな。唯もおめでとう!」

 あたしがそう言うと、美嘉はちょっと照れくさそうに「ありがと」とお礼を言った。
でも唯は相変わらずつーんとしてる。それで唯は何で怒ってるんだよ?





315: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:38:39.81 ID:RybzhDUT0


「ゆいおこってないもん!もちラッキーでテンションアゲアゲで、すぐにでもCGプロに
 行きたかったよ!でもゆずがちゃんと卒業したいって反対したの!」

「アタシもビックリしてさ。先生が理由をきいたら『アタシは美嘉ちゃんと唯ちゃんほど
 レベルが高くないから、まだスクールでレッスンしたい』って言ったの」

 なんだそりゃ?あの子確かスクール内のランキング5位だよな?凛達が来た時も堂々と
踊ってたし、十分通用するだろ?



316: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:40:23.57 ID:RybzhDUT0


「アタシと唯もそう言って説得したんだけどさ、そしたら柚は『3位と4位のコをぬかして
 5位のアタシが美嘉ちゃん達とCGプロに行くのはおかしい』って言うの。確かに順番で
 言えばそうだけどさ……」

 ああなるほど、そういう事か。柚ちゃんは自分がズルをしてるみたいで嫌なんだな。
美嘉達はいつも一緒だからスクールもセットで売り込もうとしたんだろうけど、もし
バラバラだったら推薦されない可能性もあったもんな。

「『3人でいっしょにアイドルになろうね』って約束していままでレッスンも自主練も
 ガンバってきたのにイミわかんない…… もうゆずなんてしらない!」

 結局柚ちゃんは首を縦に振らなかったみたいで、そのまま唯とケンカ別れになって
しまったそうだ。今度のレッスンの日にCGプロとの面接があるらしいが、行くのは
おそらく美嘉と唯だけになるらしい。



317: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:41:02.97 ID:RybzhDUT0



「アタシも一応ギリギリまで説得するつもりだけど、多分ムリだと思う。あのコ普段は
 飄々としてるのに、一回決めたらテコでも動かないんだよね……」



 美嘉が小さくため息をついた。う~ん、あたしもなんとかしてあげたいけど、今回は
手伝えそうにないな。これは美嘉達3人の問題だし、レッスン経験の浅いあたしが説得
しても無意味だろうし。でもどうにかならないかな―――――




318: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:41:57.24 ID:RybzhDUT0



***



 そして次のレッスンの日。結局CGプロの面接には美嘉と唯だけが行き、柚ちゃんは
ひとり残ってスクールでレッスンしていた。レッスン生は全員事情を知ってるみたいで
誰も柚ちゃんに話しかけられず、遠巻きに様子を見ていた。いつもより柚ちゃんが小さく
寂しそうに見えて、あたしはグル―プ練習の時に声をかけた。

「柚ちゃん、一緒にレッスンしようぜ」

「あ、うん…… よろしく奈緒さん」

 あたしが話しかけてもどこか上の空で、反応も悪い。きっと美嘉と唯の事を考えている
んだろうな。あたしは思いきって切り出してみた。




319: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:43:16.85 ID:RybzhDUT0


「なあ柚ちゃん、やっぱりもう一回考え直したらどうだ?CGプロも柚ちゃんに来てほしい
 って言ってるんだろ?柚ちゃんの実力は十分アイドルとしてやれるって」

 あっちだってプロなんだから、ただ美嘉の友達ってだけで簡単に事務所に引き入れる
ような事はしねえよ。ちゃんと柚ちゃんの実力を評価して、それで判断したと思うぜ?
柚ちゃんが早めに卒業しても、誰も文句なんて言わねえよ。

「奈緒さんは優しいね。でもどうしてもアタシ納得できなくてさ。今までずっと美嘉
 ちゃんと唯ちゃんと一緒にレッスンやってたから、アタシだけだと本当にアイドルに
 なれるのか自信ないんだよね……」

 柚ちゃんは力のない声で笑う。この子も軽そうに見えて意外とマジメだなあ。こんな
チャンス滅多にないんだし、みすみす逃すのはもったいないと思うけどな。



320: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:46:16.12 ID:RybzhDUT0



「いいんだよ。今ならスカウトされてたのにずっと断り続けてた美嘉ちゃんの気持ちが
 分かるよ。アタシもレッスン頑張って、美嘉ちゃん達がいなくても1位になれるくらい
 レベル上げなきゃね!」



 空元気でどうにか明るく振舞って、柚ちゃんはダンスの練習に戻った。無理してるのは
誰が見ても分かる。クソッ!ずっと一緒にいたのにあたしは何も出来ないのかよ!




321: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:47:30.99 ID:RybzhDUT0



「もう終わり?アンタその程度でよくアタシに偉そうな事言えたよね」



 柚ちゃんにかける言葉が見つからなくて悩んでいると、後ろから声をかけられた。
振り返ると、そこにはトイレから戻って来た加蓮が呆れ顔で立っていた。

「うるせえ、お前の相手は後だ。今忙しいんだからあっち行ってろよ」

 あたしはしっしっと手で追い払ったが、加蓮は無視してあたしの横を通り過ぎ、
柚ちゃんの方に向かった。おい、一体何するつもりなんだよ?




322: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:48:22.06 ID:RybzhDUT0


「ねえアンタ、今日は城ヶ崎姉とあの金髪は一緒じゃないの?アンタ達3人でワンセット
 でしょ?ケンカでもしたの?」

 加蓮は何も知りませんと言わんばかりの軽い口調で、柚ちゃんに話しかけた。本当に
知らないのか知らないフリをしてるのか、あたしには分からない。

「……ケンカなんてしてないよ。ふたりはCGプロにアイドルの面接に行ってるの」

 柚ちゃんは表情を曇らせて、ぼそぼそと返事をした。加蓮は「ふ~ん」と言って、



323: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:49:38.28 ID:RybzhDUT0


「なんでアンタは行かないの?アンタ達いつも一緒だったじゃん。さいたま同盟か連合
 だったか知らないけど、おかしくない?」

 加蓮の顔を見ると、意地悪くニヤニヤ笑っていた。コイツ、わかっててやってやがる。
柚ちゃんをいじめるのは許さないぞ。あたしは止めに入ろうとしたその時、



「一緒じゃない!ワンセットじゃないもん!アタシはあのふたりのお荷物だもん!」



 柚ちゃんが大きな声で叫んだ。その目にはうっすら涙が滲んでいる。




324: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:54:51.08 ID:RybzhDUT0


「アタシは美嘉ちゃんみたいにうまく踊れないし、唯ちゃんみたいなパワーもないもん!
 ふたりについていくのがやっとだし、スタイルも良くないし、ルックスもフツウだし、
 ゼンゼンダメダメだもん!」

 柚ちゃんはぽろぽろ涙をこぼしながら、その場にへたりこんでしまった。レッスン場は
しんと静まりかえる。アタシは知らなかったが柚ちゃんはスクールに入った頃は、美嘉達
についていけなくて練習を人一倍頑張ったそうだ。今は全然問題ないけど、細かいレベル
でランクにはきっちり反映されてる。



「ぐすっ……、ひっく……、ううぅ……」



 柚ちゃんの泣き声がレッスン場に響く。加蓮は小さくため息をつくと、柚ちゃんの前に
しゃがみこんで軽く頭をなでた。




325: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:57:03.12 ID:RybzhDUT0


「何を生き急いでるのか知らないけど、アンタ確か15でしょ?まだまだこれからじゃん。
 それにアンタにケバいギャルメイクは似合わないって」

 加蓮の言葉に柚ちゃんはぴたりと泣きやむ。加蓮はジャージからタオルハンカチを取り
出すと、柚ちゃんの涙をやさしく拭ってあげた。

「アンタのダンス、アタシは好きだよ。アンタわざと振付け外してトリッキーなアドリブ
 するじゃん。ふざけてるように見えるからよく減点されてるけど、あれって振付けを
 しっかり覚えてないと出来ないし、センスも要求されるから難しいよね」



 加蓮の言った『トリッキーなアドリブ』は柚ちゃんの武器だ。美嘉達に負けない技術を
身につける為に、柚ちゃんがレッスン中でもよく練習している。あたしも一度マネをして
みたけど、確かに難しかった。しかし技術の高さとは裏腹にアドリブはあくまでアドリブ
なので、スクールでは評価の対象外となっている。






326: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:58:23.64 ID:RybzhDUT0


「城ヶ崎姉は確かに上手いよ。しっかり音は合わせるし、手足も長いからアピールも
 抜群だし。でもアタシに言わせればそれだけだよ。きっちりしすぎてつまんない」

 加蓮はさらっと毒を吐く。本人が聞いたら泣くぞ。でも美嘉には悪いけど、確かに
分からなくもない。美嘉はいつもきっちり手堅くまとめているから、ダンスの一連の
流れが分かるとサプライズはない。ゴメンな美嘉。

「金髪の方は気分に左右されすぎだね。テンションが高い時はものすごくパワフルで
 エネルギッシュなダンスを踊るけど、テンションが低い時は話にならないよ。奈緒の
 方がまだマシじゃない?」

 おう、さらっとあたしまでディスってんじゃねえぞコラ。でもこれには完全同意だ。
唯はとにかくダンスにムラがある。決してレベルが低いわけではないけど、気分が
ノッてる時とそうでない時の差は一目瞭然だ。





327: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 14:59:41.58 ID:RybzhDUT0



「アンタがいなかったら金髪のテンションやばいんじゃないの?城ヶ崎姉もアンタの事を
 妹みたいに可愛がってたし、今頃心配して面接ミスってるかもね。あぁ、もしかして
 それが狙い?二人に追いつけないなら潰そうとすなんて、エグい事するじゃん♪」



 加蓮がニヤリと笑うと柚ちゃんは一気に青ざめて、汗をダラダラかいて震え出した。
そのまま倒れそうになったので、あたしは慌ててその背中を支えた。




328: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 15:00:55.63 ID:RybzhDUT0



「あ、アタシは…… そんなつもりじゃ……」



「ああわかってる!柚ちゃんはあの二人が大好きだもんな!」



 柚ちゃんの背中をポンポンとたたいてあたしは必死に呼びかけた。そして加蓮を睨む。
お前は一体何がしたいんだよ!結局柚ちゃんをいじめたかっただけだったのか?



 しかし加蓮の顔を見た瞬間、あたしは思わず息を呑んだ。加蓮は声をかけるのも忘れる
くらいの、綺麗で優しい笑みを柚ちゃんに向けていた。




329: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 15:02:16.03 ID:RybzhDUT0



「アンタもだけど、城ヶ崎姉達もまだまだ感情のコントロールが出来ないコドモなの。
 どれだけダンスが上手でも、テンションが下がるとあの二人も今のアンタみたいに
 簡単に壊れるんだよ?ランクとか関係ないの。アンタ達はワンセット。わかった?」



 加蓮は最後にもう一度柚ちゃんの頭をなでて、よっと立ち上がった。そしてそのまま
スクールの先生に向かって、静かな声で言った。



「車を出して下さい。CGプロには喜多見柚は少し遅れますけど面接に行きますって
 伝えましたから。面接官のプロデューサーと社長さんには了承をもらってます」



 ポケットからスマホを取り出して、連絡した事をアピールする加蓮にあたしは驚いた。
こいつさっきトイレに行ったフリして、CGプロに電話をかけてたのかよっ!?




330: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 15:03:41.72 ID:RybzhDUT0


「す、すぐに準備しなくちゃ!バッグと着替えと……」

 何とか立ち直った柚ちゃんは、慌ててとロッカーへと向かう。しかし加蓮はその前に
立ちふさがると柚ちゃんの肩をつかんでくるりと回し、先生の方に軽く背中を押した。

「あっちでも踊るかもしれないし、そのまま行っちゃいなよ。バッグは後でアタシが
 持って行ってあげるからさ。前にアタシが倒れて病院に運ばれた時、アンタそうして
 くれたでしょ?それのお返しだよ」

「う、うん……、ありがと加蓮さん!」



 こうして柚ちゃんは何がなんだかよく分からないまま、先生の車に乗ってCGプロに
向かって行った。柚ちゃんを送り出した後、加蓮は何事もなかったかのように首を軽く
回しながら窓際後方に戻って行く。あたしはその背中を追いかけた。




331: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 15:05:16.77 ID:RybzhDUT0


「ちょっと待てよ加蓮、お前最初から柚ちゃんを面接に行かせるつもりだったのか?」

 用意周到にCGプロに約束までとりつけて、ダンスの技術面や美嘉達の精神状態まで
考慮に入れた完璧な説得材料を揃えて、あそこまで言われたらもう行くしかないだろ。

「最後に行くって決めたのはあの子でしょ。アタシは思いつきでしゃべってみただけ。
 あの子なかなか賢いし、言う事聞かせるのはもっと大変だと思ったんだけどな」

 加蓮は髪をいじりながらどうでもよさそうに答えた。今の全部即興かよっ!? じゃあ
どうしてあんな面倒な事をわざわざしたんだよ……?



332: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/22(月) 15:06:38.31 ID:RybzhDUT0



「アンタに教えてあげようと思ってさ。アタシにお節介を焼くなら、せめてこれくらいは
 してもらわないと。その場の勢いや感情論はアタシには効果ないからね」



 そう言ってニヤリと笑った加蓮に、あたしはゾクリとした。今なら東京組が全員加蓮の
言う事を聞いたのもよくわかる。頭の良い奴だとは思っていたが、まさかこれほどとは。
あたしはとんでもない女を相手にしている事を、改めて思い知らされた―――――





344: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 21:58:13.40 ID:XsQetX0C0



***



「お~、でっけえビルだなぁ~。未央達がここでアイドルやってるのが信じられないぜ」

「……なんでアンタまでついてくんのよ」

「いいだろ別に。あたしも柚ちゃんの事が気になるんだしよ」

 レッスンを早退したあたしと加蓮は、柚ちゃんのバッグを持ってCGプロの前に立って
いた。別にあたしがついてくる必要はなかったけど、放っておくとお前がまた柚ちゃんに
キツイ事を言って泣かしちゃうかもしれないしな。




345: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 21:59:30.50 ID:XsQetX0C0



「どれだけ過保護なのよアンタは。アタシには死ねって言ったくせに……」



「言ってねえよ。ちょっとくらい無理しても簡単に死なないだろとは言ったけど」



 「一緒じゃん」ってつぶやいて、加蓮はそっぽを向く。スクールからCGプロまでの
電車の中、あたし達はずっとこんな感じだった。ずっとイライラしてるんだよなコイツ。
何が気に入らないんだか。




346: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:00:18.95 ID:XsQetX0C0



「とりあえずビルの前で立ってても仕方ねえ。中に入ろうぜ」



「言われなくてもそうするし。暑いしダルいし、慣れない事するんじゃなかった……」



 あたし達は汗を拭きつつ、CGプロの自動ドアをくぐった―――――







347: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:01:10.50 ID:XsQetX0C0



―――



「あ、加蓮さん。それに奈緒さんも……」



 受付に説明して加蓮とロビーで待ってると、柚ちゃんがエレベーターから出てきた。
柚ちゃんは一瞬嬉しそうな顔をして、はっと何か気付いたみたいに複雑な顔になって
あたし達の所に歩いて来た。おいおい、このリアクションはひょっとして……






348: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:02:15.15 ID:XsQetX0C0



「お疲れ。面接どうだったの?落ちた?」



「ストレートに言い過ぎだろお前は!? もっとオブラートに包めよ!」



 あたしが無神経な加蓮に激怒すると、柚ちゃんはあわてて「ゴメン、そうじゃないの!」
と両手をバタバタ振って否定した。それってつまり……




349: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:03:09.08 ID:XsQetX0C0



「うん、合格した。アタシと美嘉ちゃんと唯ちゃんは来週からCGプロのアイドルだよ♪」



「やったああああああっ!おめでとう柚ちゃん!よかったなあホントに!」



 照れくさそうに言った柚ちゃんを、あたしは力一杯抱きしめた。美嘉と唯も合格したん
だし、今日は盛大にお祝いしないとな!






350: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:04:42.55 ID:XsQetX0C0


「ん?でもだったらどうして、さっきは嬉しそうじゃなかったんだ?あたしはてっきり
 ダメだったのかと思ったんだけど……」

 柚ちゃんは気まずそうにあたしから目を逸らすと、ちらっと加蓮の方を見た。

「いや、合格はしたんだけどさ、アイドル活動はみんなバラバラになっちゃったんだよね。
 加蓮さんはそこまで全部わかってたのかなって思ってさ。だったら1人でいじけてた
 アタシがバカみたいで、ちょっと恥ずかしくて……」 



 なっ……!? ど、どういうことだよ!! みんなCGプロのアイドルになったんだろ!? まさか
柚ちゃんだけ他のプロダクションに行かされるのか?




351: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:05:29.26 ID:XsQetX0C0



「アンタバカぁ?ちょっとはアタマ使いなさいよ。もしアタシがプロデューサーだったら、
 城ヶ崎姉は妹と組ませて姉妹ユニットにするよ。3人セットで売り込んだのはスクールの
 都合だし、CGプロがどうしようが関係ないでしょ」



 加蓮が心の底から呆れたようにあたしに言った。確かに言われてみればそうか。元々
美嘉は莉嘉ちゃんと一緒にいたところをスカウトされたんだっけ。唯と柚ちゃんが一緒
だろうが、姉妹ユニット構想は変わらなかったということか。




352: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:06:25.20 ID:XsQetX0C0



「美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんとユニット組んで、唯ちゃんはモデル活動をメインでやって
 いくんだって。アタシはソロアイドルを目指して、しばらく候補生のコとレッスンに
 なるみたい。みんなパッションだし、一緒に仕事する事もあるらしいけどね」



 未央と美羽と同じグループか。確かにみんなパッションって感じだな。3人で一緒に
活動出来なくなったのは残念だけど、グループが一緒だったのはせめてもの救いか。




353: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:07:41.67 ID:XsQetX0C0



「でもこれでよかったよ。結局アタシは、美嘉ちゃんと唯ちゃんに頼りきってたんだよ。
 アタシは美嘉ちゃん達のオマケで1人じゃアイドルになれないって思ってたから、CG
 プロがアタシのプロデュースをしっかり考えてくれてたのは嬉しかったな。奈緒さんの
 言った通り、ちゃんとアタシを評価してくれたんだなって思ってさ」



 そう言った柚ちゃんの顔はとても大人びていて、スクールで大泣きしてた時とはまるで
別人みたいだった。ちょっと見ない間にずいぶん成長したなあ。




354: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:08:50.63 ID:XsQetX0C0



「城ヶ崎姉達もわかってたと思うよ。でもアンタに気を遣って今まで黙ってたんでしょ。
アンタいつもあの二人を必死で追いかけてたし。そうだよね?」



 加蓮があたし達の後ろに向かって言うと、壁の後ろから美嘉と唯が出てきた。お前ら
いつからそこにいたんだよ。どうして隠れてたんだ?




355: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:10:06.64 ID:XsQetX0C0


「いや、柚に会うのが気まずくてさ…… アタシ達はたまギャル同盟とか言って、3人で
 一緒にアイドルになろうねって約束して柚をだましてたんだし……」

「ゴメンねゆず。スクールに入ったばっかりの時に、ゆずがゆい達といっしょにレッスン
 しようとしてチョーガンバッてたのを見て、なかなか言えなかったの……」



 美嘉と唯は柚ちゃんの前に来て、深々と頭を下げた。柚ちゃんは苦笑いしながら、
二人に頭をあげてほしいとお願いした。




356: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:11:19.72 ID:XsQetX0C0



「ホントはアタシも、美嘉ちゃんは莉嘉ちゃんとユニットになるんじゃないかなって心の
 どこかで思ってたの。でもそれであきらめちゃってたら、アタシは多分スクールを続け
 られなかったと思う。へへっ、アタシもまだまだガキだね♪」



 柚ちゃんはさっぱりした笑顔で、恥ずかしそうにぽりぽりと頬をかいた。



「アタシがアイドルになれたのは美嘉ちゃんと唯ちゃんのおかげだよ。だからホントに
 ありがと。それにたまギャル同盟は永久に不滅だよ。活動はバラバラでもアタシ達は
 みんな埼玉出身のアイドルだし、離れててもずっといっしょだよ!」



 最後に柚ちゃんは元気にそう言って、美嘉と唯に抱きついた。美嘉は柚ちゃんの頭を
優しく撫でて、唯はぐずぐずと泣き出した。




357: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:12:23.84 ID:XsQetX0C0


「ぐすっ……、ゆずぅ…… ゆいもゆずがいないとダメだよぉ~……」

「も、もうなに泣いてるの唯…… アンタが柚になぐさめられてどうすんのよ……」



 こうして美嘉達3人は、めでたく仲直りしてCGプロのアイドルになった。離れて
いてもずっと一緒か。アイドルの活動方針は違っても、やっぱりこの3人はワンセット
なんだな。これから莉嘉ちゃんが入って、たまギャル同盟はさらに楽しくなりそうだ。




360: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:13:47.14 ID:XsQetX0C0



「なあ加蓮、お前ホントは最初から柚ちゃんを助けるつもりだったんじゃねえのか?
 今日はいつもよりよくしゃべるし、ずいぶんお節介を焼くじゃねえか」



 あたしがそう言うと、加蓮は不機嫌そうにふんっ、と鼻を鳴らした。



「アンタ目が腐ってるんじゃないの?アタシがそんなにお人好しに見える?」



 いや、見えねえな。でも今のお前は無理してワルぶってるように見えるぜ。柚ちゃんを
見習って、お前も少しは素直なったらどうだ?主にあたしとかに。




361: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:14:29.09 ID:XsQetX0C0



「誰がアンタなんかに気を許すかっての。それ以上調子に乗らないで」



 加蓮はべーっと舌を出す。ワケわかんねえ女だなホントに―――――




362: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:16:00.10 ID:XsQetX0C0



***



 たまギャル同盟の3人は仲良く手をつないで帰って行った。で、あたしと加蓮は何を
しているかと言うと、

「……なんでお前は帰らないんだよ?」

「アンタこそ、どうしてあの子達と一緒に帰らなかったのよ?」



 二人並んでCGプロのロビーに座っていた。いやだってさ、あの後で3人の間に割り込む
のは勇気がいるぜ?美嘉達が帰る雰囲気になった時に、あたしはトイレ(大)だとウソを
ついて先に帰ってもらった。でも今になって思えば、仮にも17の乙女なのにもっとマシな
理由はなかったのかよ。最低だ、あたしって……




363: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:17:44.83 ID:XsQetX0C0


「ちゃんと手は洗った?悪いけど半径3メートル以上近づかないでくれない?」

 ホントにしてねえよ!お前わかってて言ってるだろ!? お前の方こそ、いつまでここに
ダラダラといるつもりなんだよ?

「だって外暑いし、ここまで歩いて疲れたし、もうちょっとだけ休まないとムリ」

 ウソつけ。全然疲れてる様には見えねえぞ。加蓮はスマホをいじるフリをしつつ、
さっきからキョロキョロとあたりを見回してる。まるで誰かを探しているような……



 ん?誰かを探してる?もしかしてこいつ……




364: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:19:13.77 ID:XsQetX0C0


「なあ加蓮」

「なによ」

「未央から聞いたんだけど、今日はニュージェネ全員で次のイベント会場の下見だって
 言ってたぞ。事務所に戻るのは夜になるらしいけど……」

「……………………さてと、元気になったしそろそろ帰ろっかな」



 やっぱり凛に会えると思って待ってたのかよ。露骨にガッカリしてるし、わかりやすい
奴だなホントに。一歩間違えればストーカーじゃねえか。




365: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:20:15.80 ID:XsQetX0C0


「ついて来ないでよ。帰りまで一緒の必要はないでしょ」

「そんな事言ったって、帰る方向が同じだからしょうがねえだろ。どうしてもイヤだって
 言うなら、お望み通り3メートル後ろを歩いてやるよ」

「キモッ、アンタアタシのストーカーなの?ウンザリするんですけど」

「お前に言われたくねえよ。それにウンザリするのはあたしも同じだっての。美嘉達
 みたいに仲良くはなれなくても、もうちょっと友好的に出来ないのかよ」

 あたしはため息をついて、加蓮と一緒にロビーの出口に向かった。どうすればこいつの
攻略が出来るのか、誰か教えて欲しいぜ……



366: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:21:36.53 ID:XsQetX0C0



「あれ?君達は確か○△スクールの……」



「げっ……!? 」



 あたしがギャルゲーの神にお祈りをしていると、後ろから思わぬ人物に声をかけられた。
加蓮と一緒に振り返ると、そこにはCGプロのプロデューサーが立っていた。そういえば
この人さっきまで、美嘉達とここで面接してたんだっけ……

「どうしたんだいこんな所までわざわざ来て。ウチに何か用かな?」

「い、いえ!もう用事は済んだので!それじゃ!」

 ニコニコしながら話すプロデューサーに生返事を返して、あたしは撤退しようとした。
しかし加蓮はプロデューサーの顔を見ると、少し考える素振りをして引き返した。




367: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:22:56.94 ID:XsQetX0C0


「面接官のプロデューサーさんですね。先程お電話をさせて戴いた北条です。今日は
お忙しい中無理を聞いて戴いて、本当にありがとうございました」

 加蓮はそう言って、丁寧にプロデューサーに頭を下げた。凛の顔を潰さないために猫を
かぶってるのか?しかし何も言わずに帰るのも失礼か。あたしも筋は通しておこう。

「ゆ、柚ちゃんもとっても喜んでました。あの子の事をよろしくお願いします!」

 保護者でもない上に柚ちゃんはスクールの先輩なのに、何をえらそうに言ってるんだ
あたしは…… 軽く自己嫌悪に陥りながらも、あたしも加蓮の隣で頭を下げた。



368: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:24:23.20 ID:XsQetX0C0



「ははは、さすが凛の親友だな。とっても友達想いで良い子達だ。安心してくれ、今日の
 面接を受けた子は全員、CGプロが責任を持ってトップアイドルにするから!」



 自信満々に笑ったプロデューサーを見て、あたしは少し安心した。未央もすごく仕事が
出来る人だって言ってたし、あたしが心配する事なんて何もないよな。




369: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:26:46.44 ID:XsQetX0C0



「そうだ!せっかく来てくれたんだし、君達にちょっと良い話があるんだけど聞いて
 行かないかい?大丈夫!そんなに時間は取らせないから!」



 プロデューサーは何か思いついたみたいに、ポンっと手をたたいてあたし達に言った。
ヤバい、これはアイドル勧誘フラグじゃないのか?さっさと逃げないと……!



「心配しなくても勧誘じゃないよ。だからそう警戒しないで♪」



 あたしの目を見て気付いたのか、プロデューサーはにっこりと笑った。クソッ、先手を
取られちまったぜ。 スクールでウィンクされた時もしやとは思ったが、バッチリあたしの
事を覚えてやがる。加蓮は意味が分からないみたいな顔をして「?」とあたしを見る。
なんでもねえよ気にすんな。




370: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:28:20.74 ID:XsQetX0C0


「そう言えば君の名前をまだ聞いてなかったね。北条さんはこの前スクールに行った時に
 教えてもらったけど、君はなんていう名前なんだい?」

「神谷……奈緒です……」

 どうやら未央と美羽は、あたしが口止めした事を守ってくれてるみたいだ。あいつらと
つながりがある事が知られるとマズそうだから黙っとこう。

「北条さんと神谷さんか…… シティ○ンターコンビだね!」

 プロデューサーはドヤ顔で笑った。いや、原作者と主人公の担当声優ってマニアック
すぎるだろ…… それに加蓮とセットにされるのはとてもイヤなんですけど。



371: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/07/27(土) 22:32:17.69 ID:XsQetX0C0


「ささ、それじゃ二人ともおいで。お茶とお菓子も出すからさ♪」

 ゴキゲンなプロデューサーを先頭に、あたしと加蓮は事情が呑み込めないままついて
行った。腰が低そうに見えてなかなか強引だなこの人。これくらいおしが強くないと、
街中で知らない女の子に声なんてかけられないのかな。



 アイドルになってから思ったが、ここがあたし達の人生の分岐点だった。もしこの時
プロデューサーの話を聞かずに帰ってたら、あたしはこの先ずっとアイドルになる事は
なかっただろう。加蓮もきっとそうだ。長々と続いたこの物語は、あたしの知らない
ところでクライマックスに入ろうとしていた―――――




387: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:39:57.10 ID:/0H8DQJH0



***



「「ゆるキャラグランプリ?」」



「今回は新しい試みとして、ゆるキャラと同じ都道府県出身の女の子がタッグを組んで
 グランプリを競い合うんだ。本当は東京代表でニュージェネが出る予定だったんだけど、
 予定が変わって無理になってさ。それで君達が代わりに出てみないかい?」
 


 会議室に通されたあたしと加蓮は、プロデューサーから渡された資料を見ながら説明を
受けた。未央が言ってたイベントの下見ってのはこれの事かな。開催日も近いし。




388: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:40:44.23 ID:/0H8DQJH0


「あたしも加蓮もアイドルじゃないんだけど、参加資格はあるのか?」

 あたしが質問すると、プロデューサーはにっこり笑った。いや、引き受けるとは言って
ねえよ?ちょっと疑問に思っただけだからな!

「アイドルの子も出るけど、出場者の大半は各都道府県で選ばれた普通の女の子だよ。
 このイベントは元々ゆるキャラがメインだから、大事なのはゆるキャラとどれだけ良い
 コンビになれるかなんだ。だからアイドルが有利とは限らないよ」

 なるほどな、ただ目立てば良いってわけでもないのか。確かに面白そうな企画だけど、
残念ながらあたしには参加資格がねえな。



389: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:41:45.99 ID:/0H8DQJH0


「Pさん、せっかくなのに悪いけどあたし千葉県民なんだ。このイベントはゆるキャラと
 同じ都道府県出身が絶対条件なんだろ?だからあたしに東京代表は無理だな」

「え!? そうだったのかい!? 神谷さんもてっきり東京の子だと思ってたよ……」

 プロデューサーはがっくりと肩を落とした。でも安心しなよ、あたしは違うけど加蓮は
正真正銘の江戸っ子だからさ。

「誰が江戸っ子よ。そんなダサい呼び方しないで」

 加蓮がじろりと睨む。いいじゃねえか、東京に住んでる人間はみんな江戸っ子だろ?
で、お前はこの話を受けるのか?凛にカッコ良い所を見せるチャンスじゃねえか。



390: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:42:39.10 ID:/0H8DQJH0



「ああ、ついでにニュージェネはイベントの特別アシスタントという仕事で全員いるぞ。
 凛も北条さんが来てくれたら、きっと喜んで元気になると思うよ!」



 プロデューサーは加蓮を口説きにかかる。まるでイベントの出場をお願いしてるんじゃ
なくて、事務所に勧誘してるみたいだ。もちろんこの人にはその狙いもあると思うけど、
ひねくれ者の加蓮がそう簡単に乗るかな?




391: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:43:26.30 ID:/0H8DQJH0



「……なんかひっかかるんだよね。裏がありそうで気持ち悪い」



 加蓮がぽつりとつぶやいた。お前、そこは思ってても口に出したら失礼だろ。あたしも
ちょっと話がうますぎる気がするけどさ。

「ねえプロデューサーさん、ちょっと質問していいかな」

「な、なんだい……?」

 加蓮はプロデューサーの目をじろりと見た。プロデューサーは少したじろぐ。




392: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:44:06.55 ID:/0H8DQJH0


「どうしてアタシ達が代役なの?ニュージェネがダメだったら、フツーはCGプロの他の
 アイドルか候補生が選ばれると思うんだけど」

 あたしも思った。凛と島村さん以外にも東京出身はいるだろ。その子達を差し置いて、
わざわざあたし達に頼むなんておかしい話だよな。

「ああ、それはニュージェネが特別アシスタントになった事で、グランプリのジャッジを
 公平にする為にCGプロは出せなくなったんだ。それで○△スクールにレッスン生を
 推薦してもらったお礼にこの話を持って行こうとしたんだけど、君達が来てたからさ」



 なるほど。一応それらしい理由はあるんだ。でもどうしてだろう?あたしの思い違い
かもしれないけど、まだすっきりしないな……




393: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:45:01.60 ID:/0H8DQJH0



「ふ~ん、じゃあもうひとついいかな?」



「なんだい?なんでも聞いてくれよ!」



 さっきは少し加蓮にビビってたプロデューサーだったけど、だんだん余裕が出てきた
みたいだ。このリアクションやっぱりあやしいよな。加蓮も同じ事を思ったみたいで、
油断しきったプロデューサーに噛みついた。



「単刀直入に聞くけど、凛に何かあったの?」



 加蓮の言葉にプロデューサーは一瞬顔が硬直した。どういう事だ?今のやりとりの中で
凛の話なんて出て来たか?




394: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:45:48.15 ID:/0H8DQJH0



「さっきあたしが来たら、凛が喜んで元気になるって言ったよね?喜ぶのはわかるけど、
 『元気になる』っておかしくない?まるで今の凛が元気ないみたいじゃん」



 加蓮がじろりとプロデューサーを見る。プロデューサーはたらりと汗をかいていた。




395: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:46:53.51 ID:/0H8DQJH0



「おとといの晩だけど、凛から電話がかかってきたんだよね。世間話して10分くらいで
 切れちゃったんだけど、あのコがアタシにそういう内容のない電話をしてくる時って、
 だいたい昔からヘコんでる時なの。凛はなんでもないって言ってたけど」



 それでお前は柚ちゃんのバッグを届けるってもっともらしい理由つけて、わざわざ暑い
中をCGプロまで凛の様子を見に来たのかよ。本命はこっちだったか。




396: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:48:02.18 ID:/0H8DQJH0



「ニュージェネはゆるキャラグランプリに出られなくなったから、特別アシスタントって
 無理矢理作ったような役で参加するんじゃないの?ホントはこの仕事自体をキャンセル
 するのが良いんだろうけど、凛はそういうの大っ嫌いだからね。自分が原因だったら、
 どんなに無理してもやろうとするだろうし」


 
 加蓮の華麗な推理に、あたしとプロデューサーは呆然とするだけだった。加蓮の頭が
良すぎるのか、それともただの凛のストーカーなのか?しかしプロデューサーの反応を
見ると、ほとんど正解みたいだ。あたしも妙にスッキリした。




397: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:49:36.13 ID:/0H8DQJH0


「はは、こりゃ参ったな…… スクールで見た時から賢そうな子だとは思っていたけど、
 そこまで見抜かれるとは思わなかったよ……」

 プロデューサーはばつが悪そうな顔をして両手を挙げた。加蓮はふんっ、と鼻を鳴らす。

「アタシは他人にいいように使われるのが大っ嫌いなの。プロデューサーさんが凛の事を
 大事にしてるのは分かるけど、でも甘やかしすぎるのはよくないと思うよ。アタシも
 よく分からないのに頼られても困るし……」

 そう言いつつも、どこか落ち着きのない様子の加蓮だった。凛がSOSを出してるなら
助けてやればいいのに、プロのアイドルの凛にどこまで手を貸せばいいのか迷ってる
みたいに見える。



398: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:50:40.71 ID:/0H8DQJH0



「それで結局何があったんだ?加蓮の言った通り、凛に何かトラブルでもあったのか?」



 あたしがプロデューサーに聞いたその時、ドアの向こうからカンッ、カンッ、と何か
せわしなく杖をつくような音が響いて来た。プロデューサーはその音を聴いて、小さな
ため息をついた。



「俺が説明するより、実際に見てもらった方がいいと思うよ。ちょうどニュージェネが
帰ってきたみたいだからさ……」



 プロデューサーが言い終わらないうちに、会議室のドアがバーンッ!と勢いよく開いた。




399: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:52:49.99 ID:/0H8DQJH0



「プロデューサー、やっぱり私この仕事やるよ。会場見てきたけど思ったより広く 
  なかったし、痛み止めの注射して走らなかったら、ちゃんと会場回れるから。 
  だからもう一回考え直して……!」 



 息を切らしながら会議室に入って来たのは、顔を赤くした凛だった。両手には松葉杖を
持っていて、右の足首に痛々しい包帯を巻いている。

「アンタ…… その足どうしたの……?」

「え……?加蓮!? どうしてここにいるの……?」

 いきなりの凛の登場に驚いた加蓮に、同じく驚く凛。お~い、あたしもいるぜ~?




400: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:53:57.47 ID:/0H8DQJH0



「ちょっとしぶりん、無理しちゃダメだよ。松葉杖のくせにどうしてそんなに早いの?」



 凛から少し遅れて、未央が会議室に入ってきた。未央はあたしを見て「うえぇっ!? 」と
変な声を出して驚いた。あたしはとっさに未央を睨みつけて黙らせる。お前とあたしの
関係はCGプロには秘密だって言っただろうが!ちらっとプロデューサーを確認すると、
凛に気を取られていて気付いてなかった。ふう、セーフ……




401: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:55:02.65 ID:/0H8DQJH0



「あ~!神谷さんお久しぶりです!打ち上げの時以来ですね!今日はどうしたんですか?
 もしかして未央ちゃんと美羽ちゃんに会いにきたんですか?」



 しかしあたしと未央の連携プレーは、未央から更に遅れてやって来た島村さんによって
あっさり壊されてしまった。おかしいな、島村さんにも口止めしたはずなんだけど……
今度はプロデューサーは気付いたみたいで、あたしを見た。




402: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:56:38.56 ID:/0H8DQJH0



「神谷さん……?君は卯月の知り合いだったのかい……?」



 あ~……、えっと………、なんて言うかですね……



「知らないんですかプロデューサーさん?神谷さんは未央ちゃんと美羽ちゃんがアイドル
 になるのを手助けした、あの『アイドルメーカー』さんなんですよ?」



「え!? 君が未央が言ってた『アイドルメーカー』だったのかい!? 」



 島村さん、あんた間が悪いって言われたことないかい?ついでに未央は後でお説教な。
そのおかしな名前をこれ以上広めるんじゃねえ。最初はちょっとカッコいいと思ったけど、
改めて聞くとやっぱり恥ずかしいぜ……




403: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:57:44.45 ID:/0H8DQJH0



「聞いてるのプロデューサー?私は全然問題ないから。イベントまでまだ何日かあるし、
 それまでには痛みもだいぶひいてると思うんだ。だからアシスタントじゃなくて、
 最初の予定通り参加者として出場しようよ」



 凛が再びプロデューサーに詰め寄って、それ以上は追及されずにすんだ。でもこれで
あたしの素性はバレちまったな。まあ今はそれはどうでもいいとして、この状況をどう
したものか。凛は納得してないみたいだし、慎重に考えないとな―――――




404: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 14:58:45.77 ID:/0H8DQJH0



***



「だから、駄目なものは駄目だって昨日も散々言っただろ?お前のその足は本来だったら
 1週間は安静にしないといけないんだぞ。今でも寮に閉じ込めておきたいくらいなのに、
 お前がどうしても嫌だって言うから座って出来る仕事に替えてもらったのに」

「大丈夫だって言ってるじゃん!自分の体の事は自分がよく分かってるよ!こんなに
 お願いしてるのに、どうしてわかってくれないのっ!? 」

 凛が声を荒げて抗議する。未央と島村さんによると、凛はおとといダンスのレッスンで
転んで足首を捻挫したらしい。本人は大丈夫だと言ってレッスンを続けようとしたけど、
だんだん腫れてきたのでトレーナーさんが無理矢理病院に連れて行ったそうだ。




405: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 15:00:43.31 ID:/0H8DQJH0


「お医者さんに診てもらったら予想以上にひどくてさ。大人でも泣いちゃうくらい痛い
 はずなのに、しぶりんはずっとガマンしてたみたいなの」

「凛ちゃんは責任感がとっても強いから、私達に迷惑がかかると思っちゃったみたいです。
 プロデューサーさんに止められるまで、ゆるキャラグランプリの仕事もやるつもりで
 いましたし。私達も説得して、なんとか思いとどまってもらったんですけど……」



 元々は凛がゆるキャラのパートナーで、島村さんと未央はサポーター役として参加する
予定だったらしい。しかしこのパートナーという仕事はゆるキャラと一緒に会場を歩き
回らなければならず、場合によってはダンスなどのパフォーマンスもしなければいけない
そうだ。足を痛めた凛の事を考えて、、CGプロは最初キャンセルしようとしたらしい。




406: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 15:01:41.66 ID:/0H8DQJH0


「島村さんが代わりに出るわけにはいかなかったのか?確か島村さんも東京出身だよな?」

 あたしがそう言うと、島村さんは少し困ったように苦笑いをした。

「私も最初はそう言ったんですけど、凛ちゃんが私だけに迷惑をかけられないって猛反対
 したんです。それならギブス巻いてでも自分が出るって。それでプロデューサーさんが、
 3人で出来るアシスタントの仕事を主催側にかけあって取って来てくれたんです」

 特別アシスタントは司会者の補助をする仕事らしい。凛はイベント本部でナレーション
や案内を担当して、未央と島村さんは会場で出場者にインタビューやゆるキャラの紹介を
するそうだ。本来はない役職だったが、主催側は快くOKしてくれたそうだ。



407: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 15:03:15.55 ID:/0H8DQJH0


「しぶりんも昨日はそれで納得してくれたんだけど、今日3人で下見に行ったらやっぱり
 出るって言い出してさ。私と卯月も説得したんだけど、全然聞いてくれなくて……」

 未央がぽりぽりと頭をかく。加蓮の話だと、凛は一度決めた事はよほどの事が無い限り
変えないって言ってたな。アシスタントも立派な仕事だけど、自分のせいで凛はみんなに
迷惑をかけたと思ってるんだろう。責任感の強い凛はそれが耐えられないらしい。

「いつまでコドモなのよあのコは……」

 あたし達の話を聞いた加蓮は、ため息をついて凛の方を見た。凛はプロデューサーと
まだギャーギャー口論している。いつものクールな雰囲気と違って、まるで聞き分けの
悪いガキだな。プロデューサーもガツンと怒ればいいのに。



408: 1 ◆kSOXxiO/gY 2013/08/03(土) 15:04:30.87 ID:/0H8DQJH0


「なあ凛、とりあえず少し落ち着いて……」「奈緒は黙ってて!」

 あたしがなだめようとしたら、凛は大きな声で怒った。おおう、これは相当頭に血が
のぼってるな。もう少し落ち着くまで待つか……

「だいたいなんの関係もない奈緒と加蓮に代役を頼むなんて何考えているの!? それに
 加蓮は体が弱いんだよ!? 炎天下の会場の中で長時間歩かせて加蓮が死んじゃったら、
 プロデューサーは責任取れるの!? 」

 いや、こいつなんだかんだ言いながら結構丈夫だぞ?今日も柚ちゃんと自分のバッグを
肩に担いでここまで来たし。熱中症にはなるかもしれないけど、死にはしないだろ。


次回 神谷奈緒「アイドルメーカー」 後編