1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:11:20.07 ID:CbwnvkBEo
「ほんまに、たいぎいのお」

うちは、ボソリと呟いた。別に不満を訴えるつもりじゃのうて、ただ思いを少し漏らしただけじゃった。
じゃけど親父にはそう聞こえんかった様で、申し訳なさそうな表情を作り。

「悪いのぉ、ゆうとろおが。とにかくお前はアイドルをするって昨日約束したろ」

確かに約束はしたけども、だけどもあの時うちに選択肢は無かった。だって親父が、あんなに必死にお願いをしてくるんじゃもん。
断りようがなかろう。
うちは約束した、というよりも約束させられたという風に思っとった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373101879

引用元: 村上巴「うちがアイドル?」 

 

2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:13:50.59 ID:CbwnvkBEo
「ほら、ついたで」

「んー、ここか」

車から降りて、目の前の建物を眺める。

「小さいのお」

「失礼な事を言うなや」

「だって小さいんじゃもん。大丈夫かここ?」

アイドル事務所というのが、普通どれぐらいの大きさなのか分からんけど、うちの庭ほども無い事務所を見ると不安になる。

「すみません、うちは出来たばっかの弱小事務所なので」

いつからおったんか分からんが、気が付くとヘラヘラと物凄く媚びた笑いを浮かべている男が横に立っとった。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:14:44.16 ID:CbwnvkBEo
言動からして、ここの事務所の関係者じゃろう。
男は全体的に色素の薄い感じじゃった。この媚びた笑いはきっと、うちらにびびっとるせいじゃろう。
でもそれなしでも、いつも笑っていそうな雰囲気じゃった。
うちはこういう媚びた笑いを向けられるのが大嫌いなんじゃ。
なんかムカムカして、蹴飛ばしたくなる。

「痛っ!」

そして、つい蹴飛ばした。親父に怒られる。

「すみませんのお、プロデューサーさん」

「いえ、大丈夫です。元気で可愛い娘さんですね」

プロデューサーは、歯を食いしばりながらそう言った。

「文句があるなら、ちゃんと言わんかい。それでも男か」

「巴、良い加減にせぇよ」

「だって、うちこういう奴は好かんのじゃ」

思った事はちゃんとゆえ。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:15:21.13 ID:CbwnvkBEo
親父は帰り際に、「可愛いアイドルにして貰えよ」とゆうた。
厳つい顔した親父が妙な事を言いよる。一体親父は何を考えてうちをアイドルにさせようとしたんじゃろうか。

プロデューサーは親父の乗った車が見えなくなるまで、ヘラヘラと笑っていた。
けれど、見えなくなったのを確認するように「よし」と一言呟くと表情を変える。

「巴ちゃん」

プロデューサーは笑っとる。じゃけど、さっきとは違って妙に威圧感を感じる笑顔じゃった。

「なっ、なんじゃ?」

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:15:58.69 ID:CbwnvkBEo
「今度俺を蹴飛ばしたら、お仕置きだぞ」

「は、誰にもの言うとるんじゃ」

「俺が恐いのは君のお父さんだし。別に君は恐くないもん。てか、君は可愛いし」

「か、可愛くないわ!」

思わず尻を蹴飛ばしてしもうた。

「はっ!?」

「ふふっ、ふす、ふふふふ!」

蹴飛ばされたプロデューサーは怒るどころか、寧ろ嬉しそうに笑っとる。

「お仕置きだなぁ」

「 はぁ、嫌じゃけえの!怒るけぇのやめえよ!!」

必死に威嚇するが、プロデューサーは手を妙な動きをさせながら迫ってくる。

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:16:41.52 ID:CbwnvkBEo
まだ昼間じゃから人通りもあるのに、こいつはそんなもん気にしとらん。
すれ違う人々は、怪訝な表情をして見よる。なのに誰も助けようとはせん。
東京もんは冷たいのぉ。

「巴ちゃーん」

「っあ、親父」

「は?」

プロデューサーは後ろを振り向く。
もともと白い顔を、もっと白くした。とても同じ人種の肌の色には見えん。

親父が黒い車の窓から、こちらを見よった。
手にはピンク色の携帯を持っとる。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:17:16.57 ID:CbwnvkBEo
「巴、お前に携帯を渡すの忘れとったわ」

うちは車に近付いて、携帯を受け取った。

「なんでピンクなん?」

「可愛いじゃろ」

「キモイわ」

「まあそう言うなや、ところで今は何しよったん?」

親父は良い笑顔で尋ねる。

「いえっ、あの今ですね」

「お前には聞いとらんわ」

プロデューサーは、ビシッと直立不動の体制で動かんようになった。

「今のは…遊びよったんじゃ」

「…そうか、ならええわ。じゃあの」

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:17:47.18 ID:CbwnvkBEo
「じゃあの」

プロデューサーは直立不動のまま、うちに尋ねた。

「何で言わなかったの」

「告げ口は好かん」

「てことは、今からする事も黙っててくれるのね」

「当たり前じゃろ……っえ?今のは許してくれる流れじゃないんか?うちも見逃してやったろ」

「えー、だってお仕置きしたいもん」

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:18:17.35 ID:CbwnvkBEo
「プロデューサーさん、いつまで事務所の前で騒いでるんですか?」

突如後ろから現れた太い三つ編みをしたお姉さんが、プロデューサーの頭をガシッと掴んだ。

「ちひろさん、ごめんなさい許してくださいマジですいませんでした」

何だか親父に睨まれた時よりも、びびっとるように見えるぞ。

「駄目じゃないですかぁ、アイドルを虐めちゃ」

「ちひろさん」

「はい?」

「スタドリ150」

プロデューサーは、ちひろさんと呼んだ女の人に何か合言葉の様な事を言よった。

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:18:49.02 ID:CbwnvkBEo
「300」

「200」

「300」

「2、250」

「300」

「…スタドリ300本頂きます」

「いつもありがとうございますプロデューサーさん」

ちひろさんは、上機嫌で事務所に戻る。

「はあ、マジかよ。今月どうしよう」

逆にプロデューサーは、死にそうな感じになりよる。

「ふうっ、取り敢えず事務所に入ろう」

「お、おう」

プロデューサーの後に着いて事務所に入る。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:20:44.80 ID:CbwnvkBEo
********

事務所の中は、凄かった。
何だかとてもファンタジーな空間じゃった。
ファンタジーという言葉に違和感を感じさせないぐらいの、変な空間じゃった。
この妙な空間を作っとるのは、ここにいる人物たちのせいじゃろう。
でっかいのから、ちっこいのまで色んな奴がおる。本当に色んな意味で、でっかいのからちっこいのまで。国籍が違う奴もおる。

容姿だけで、もう様々な奴がおるのに、中身も変な奴ばかりじゃった。

どれくらい変かと言うと、まだ会話もしてないのに、こいつは変人だ!と感じる奴だらけじゃった。
会話しなくてもわかってしまうんじゃけぇ、きっと話せばもっと変なとこに気が付いていくじゃろう。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:30:17.47 ID:CbwnvkBEo
「にょわー☆新しいアイドルにぃ!?可愛いィー!!ねぇねぇ!ハピハピすう?」

かなりの高身長の女がやたらハイテンションで、謎の言葉を使い話しかけて来よる。
なに言よるか全く分からん。
この娘は、うちの若い衆の誰よりも高いんじゃないかのう。

「はっ、ハピハピぃ?」

「き、きらりさん、ハピハピはやめときましょう」

今度は後ろから、うちよりもちっこい女の子がやって来た。何かよう分からんが、助かった気がするの。

「んー、じゃあさっちゃんがハピハピすう?」

「ボ、ボクは良いですよっ」

「そう、何か残念だにぃ」

大きな彼女は、身体を丸めて後ろに下がった。

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:31:07.27 ID:CbwnvkBEo
落ち込んだ様子の彼女に、プロデューサーは駆け寄る。何かボソボソと二人で喋りよる。
そしてプロデューサーが手を広げて「ハピハピすぅーっ!!」と叫ぶ。
彼女は嬉しそうにプロデューサーを抱きしめた。
プロデューサーは嬉しそうに逝った。
ああ、あれがハピハピかぁ。受けんで良かったわ。

「ふふん、中々可愛いですね。まぁボクほどじゃないですけどね!」

急に大きな態度で、さっちゃんと呼ばれた子が胸を張って何か言いよる。

「はぁ、さっちゃん?かいのぉ」

「はっ、はい?」

「お前なんかムカつくのぉ」

「えっ!?ボクですか?ボクがムカつくんですかっ!?」

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:32:02.54 ID:CbwnvkBEo
「ボクのことじゃあ。他に誰がおるんや?」

「ぷ……」

「プ?」

「プロデューサーさん!助けて、この子怖いです!!」

泣きながら、プロデューサーの方に逃げた。でかい態度のくせに、えらい打たれ弱いの。
てか恐いって、地味に傷付いた。

それからも入れ替わり立ち代わり、色んな子がうちに構いに来た。

「巴ちゃん俺出かけて来るから、皆と話していてね」

「どこに行くんじゃ?まだ何の説明も受け取らんぞ、寮がどこにあるんかも聞いとらん」

「後から教えるから、まだ今日新しい子が来るんだよ。迎えに行かなくちゃいけない」

「自分で来させえや」

うちは必死にプロデューサーを止める。何でもいいから、とにかくここから逃げたいんじゃ。
プロデューサーはニコニコ笑いながら出て行った。
あいつ絶対に、うちの気持ちを分かっとって行きやがった。

誰が助けてくれ。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:47:30.66 ID:CbwnvkBEo
うちは最近、ある悩みを抱えとった。
何でアイドルをしとるんじゃろうか。それがうちの抱える深刻な悩みじゃ。
うちはこんな事はしとうない。
アイドルなんて、どう考えたってうちには向いとらん。
何で親父は、うちをアイドルにさせたんじゃろうか。
何でこの事務所は、うちを受け入れたんじゃろう。
そんな事を、水着姿の今も考えとる。

「いいねぇ!最高だよ巴ちゃんっ、次は少しセクシーなポーズしようか!!」

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:48:07.43 ID:CbwnvkBEo
今日のカメラマンは、凄く気持ち悪い。何だかうちを見る目が、嫌らしい気がするんじゃ。
先に撮った雫さんの時よりも、ハイテンションに見える。
こいつはロリコンという奴じゃろうか?

嫌悪感を顔に出さずに、何とか撮影を乗り越えた。
感情を表に出さんようにするなんて、今までは絶対に無かった。
アイドルを初めてからは、今までした事ない事ばかりをしとる。
でもそれらは決して、経験したかった事なんかじゃない。
ほんまに、たいぎいわ。

******

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:48:34.62 ID:CbwnvkBEo
「巴ちゃん」

「ちゃんで呼ぶなって、言うとるじゃろうがっ」

隣で歩くプロデューサーに、文句を言う。

撮影が長引いたので、寮まで送ってもらう事になった。
うちはいいと言ったんじゃが、どうしても聞いてくれんかった。
仕事場から一度車で事務所へ皆で帰る。そこから寮まで数分歩くだけじゃけえ、問題無いってゆっとるのに。

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:49:07.72 ID:CbwnvkBEo
「でさあ、巴ちゃん」

「…あほ」

「巴ちゃんって、アイドルを楽しんでないの?」

「楽しくなんかないわ」

「そっかあ」

「そうじゃ」

楽しい訳がない。
毎日に違和感を感じる。
一人で言葉も通じない異国に、放り込まれた気分じゃった。
周りの皆は優しくて可愛くて、うちとは別の生き物に見えた。

「いつまでこんな事をせんといけんのじゃろうか?」

「やっぱりやめたいの?」

「最初から言っとるじゃろうが」

「そうか」

「そうじゃ」

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:49:38.42 ID:CbwnvkBEo
たいして中身のない会話をしているうちに、寮へと着いた。
寮はうちが最初に予想してたよりも、ずっと小綺麗な建物じゃった。
何でも、ちひろさんは商才が凄くて、事務所の資金はかなりあるらしい。

「じゃあの」

「おう」

寮にはプロデューサーが入れんけえ、入り口の前でプロデューサーと別れた。

階段を登り、奥の自分の部屋まで行く。鍵を開けようとした時、隣の部屋のドアが開いた。

「おう」

「こ、こんにちは」

幸子さんが、ドアから顔を出して固まっとる。

20: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 18:51:03.97 ID:CbwnvkBEo
この人は最初うちよりも年下じゃと思ったけど、一つ上のようじゃった。
最初の一件以来、幸子さんはうちが苦手のようじゃ。
なのに。

「…お、お疲れ様です」

「おう」

「…あの、コンビニに行くんですけど、何かいりますか?」

「別にええわ、ありがとの」

「はい、…では」

幸子さんは、コンビニへと向かった。
幸子さんはうちが苦手なのに、うちに接して来る。幸子さんだけじゃない、皆が必要以上にうちに優しくする。
うちは別に皆と仲良うしようとは思っとらんのに。
皆と触れるほど、うちが異物じゃと強く感てしまうんじゃ。

「ほんまに、たいぎいの」

22: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:10:17.13 ID:CbwnvkBEo
********

次の日、うちに嬉しい知らせが届いた。
親父がうちを迎えに来るらしい。

「何でじゃ!?どしたんじゃ?」

「俺が頼んでやったんだよ」

「なして!?」

「巴ちゃんが嫌がってるからさ」

理由を聞いたけど、よう分からんわ。でもそんなのは、ええ。

「やった!ありがとうの、プロデューサー」

「いえいえ」

23: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:55:56.95 ID:CbwnvkBEo
**********

「やけに嬉しいそうじゃな?」

「んー?そうじゃな、嬉しいわ」

隣で座る親父が、やけに真面目な顔して聞いて来た。
対象的にうちはニコニコして答える。

「あそこは息が詰まるんじゃ」

「そうか」

何故か親父は悲しそうな顔を浮かべる。

「何で親父は、うちをアイドルにしたいんじゃ?」

「ん?あっ、みろ巴。海じゃ」

車が長いトンネルを抜けると、真っ青な海が広がって見えた。

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:56:22.58 ID:CbwnvkBEo
**********

「やけに嬉しいそうじゃな?」

「んー?そうじゃな、嬉しいわ」

隣で座る親父が、やけに真面目な顔して聞いて来た。
対象的にうちはニコニコして答える。

「あそこは息が詰まるんじゃ」

「そうか」

何故か親父は悲しそうな顔を浮かべる。

「何で親父は、うちをアイドルにしたいんじゃ?」

「ん?あっ、みろ巴。海じゃ」

車が長いトンネルを抜けると、真っ青な海が広がって見えた。

25: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:57:08.20 ID:CbwnvkBEo
海の青さは波の動きに合わせて、所々輝いとる。
その上に広がる雲一つない青い空は、一切変わらない青さを保っとる。
海を見るのは初めてじゃないけど、何度見ても心を踊らされる。

「大きいのお」

親父は、そんなつまらん事をゆうた。

「青いのお」

うちもつまらん事をゆう。
海が青いなんて、そんなもん幼稚園生でも知っとる事じゃ。
わざわざ口に出すほどの事じゃない。

多分親父は話題を変えようとして、こんな事をゆうたんじゃろう。親父は話を流そうとした事がないけぇ、不自然になったんじゃろ。
そんな親父を見た事がないけえ、うちも戸惑ったんじゃろ。

26: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:57:44.79 ID:CbwnvkBEo
何で親父は、うちをアイドルにしたいんじゃろうか。

「ところで一体どこに向かっとるんか、そろそろ教えてくれえや?」

「海は大きくて青いのお」

「……そうじゃのお」

結局たどり着くまで、目的地は教えてくれんかった。

********

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:58:23.44 ID:CbwnvkBEo
「何なんじゃ?ここは」

周りは大きな林があって、そのせいで世界からこっそりと孤立してしまっている砂浜じゃった。
きっと地元の奴らには、お気に入りの秘密の場所なんじゃろう。
潮風が鼻をつつく。
波音が耳を包む。

ここにいる間は、余計な事は忘れられそうな場所じゃの。
ここは余計な物がない。
こういう場所は、嫌いじゃない。

親父はうちを置いて、海に近づいた。そして靴も脱がないで、浅瀬へと入って行く。

「何しとるん?」

「んー、ちょっとな」

親父は、何かを探すように歩き回る。

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:59:02.08 ID:CbwnvkBEo
「のお、巴。お前はヤクザをどう思っとんじゃ?」

「…どうって、うちは親父の事を尊敬しとるで。筋が通って男らしいけえ。同じ様に、親父の仕事だって尊敬しとる」

「それはいけんで」

親父はまだ何かを探しとる。

「何でや」

「俺は恥ずかしい人間じゃ。かっこよくなんかないで」

親父は足を止めた。
何かを見つけれたんじゃろうか。

「そんな事ないけえ、他の奴がどう思うかは知らん。けどうちを育ててくれた、親父とその仕事が悪くはないで」

親父は海の中に手を突っ込む。そして、しばらく砂を掻き回しよる。

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 19:59:56.29 ID:CbwnvkBEo
「…うん、ここじゃ。残っとるもんじゃの」

親父は何かを掴んだ。
親父の大きな手で、なんとか掴める程度の大きさの物じゃった。
この距離だと、只の大きな石にしか見えない。


「何が?」

親父はにっこりと笑いながら、振り向いた。
親父がこんなに良い笑顔をしとるのは、初めて見た。


「ここで殺したんじゃ」

意味が分からんかった。
親父の発した言葉の音は取れるのに、その意味が頭に入って来ん。


「それと、そこで2人」

と、親父はうちのおる場所を指差す。
数秒間固まった。

30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:00:45.06 ID:CbwnvkBEo
息をする事さえ、忘れてしもうた。
数秒たって、少し理解出来て来た。
息をしてない事に気がつき、大きく息を吸い込む。
酸素が身体中に行き渡る頃、親父の言葉がちゃんと理解出来た。

ここで、親父は人を殺したんじや

もう一度息を深く吸い込んでから、話し始める。

「…それぐらい、分かっとる。分かっとったよ。親父が人を殺した事があるぐらい。親父はヤクザなんじゃ」

親父は相変わらず、にっこりと笑っとる。

「2人の方はな、通りかかったカップルじゃ。殺すとこを見られたけ殺した」

31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:01:23.21 ID:CbwnvkBEo
親父が人を殺した事があるぐらい、心の隅で想像できとった。
ヤクザの組長なんじゃ。
それでも尊敬しとった。

それでもきっと親父は、本当に汚い事はしないと思っとった。

でも、無関係の人間を殺した事があると、笑いながら目の前で話す親父は気味が悪い。

こいつは本当に、うちの尊敬する親父なんか。

「殺すしか無かったんか?」

「分からん」

親父は軽い感じに即答する。
うちの中に、よう分からん感情が生まれ始めた。

「ただ、それが手っ取り早かったんじゃ」

「何でや?」

「…何がや」

「何で、…親父はそんな事はせんと思っとたんで?」

「お前が思っとただけじゃえ。俺は、ずうっとこうじゃ」

32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:01:52.14 ID:CbwnvkBEo
生まれてしまったこの感情は何じゃろうか。
怒り、憎しみ、失望?一体何なんじゃろうか。
ただ分かるのは、この気持ちは気分が悪い。


「巴、お前はヤクザの世界には向かんぞ。お前は自分で思っとるよりも、ずっと優しい子じゃ」

「うるさいで」

「お前は奪うな、与えるんじゃ」

親父がこんなに悲しそうな表情をしとるのは、初めて見た。

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:02:19.10 ID:CbwnvkBEo
*******


うちはアイドル事務所に戻った。
前までは、ここから逃げ出してあの世界に戻りたかった。
けど今はあの世界から逃げたくて、この世界に身を置いている。

周りのみんなが、自分とは違う生き物のような違和感はまだ消えん。
でもそれはきっと、あの家に戻ったところで変わらんじゃろう。
というか寧ろ、あの家におった方が違和感を感じそうじゃ。


そういったストレスは、アイドル活動に専念する事で紛らわした。
何かを全力でやっとる時は、他の事が考えられんようになれるけ。
お陰で、前よりもアイドルとして活躍出来とる。

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:03:17.26 ID:CbwnvkBEo
「お疲れさまでーす」

「お疲れ様です」

撮影を終えて、プロデューサーのいる方に向かう。
プロデューサーは、スタジオの隅で小さくなって寝とった。
随分と気持ち良さそうに寝とるわ。

「ほれ、起きろや」

プロデューサーの頬を、軽く叩く。

「ぬおっ!?ん、俺寝てた?」

「寝とったで」

「ごめんなさい、昨日寝てなくて」

「うちは別にええわ、スタッフさんは知らんけど」

「あー、やば。怒ってた?」

「いや、何か気づいてなかったで」

「おー、良かった」

「帰ろうで、プロデューサー」

35: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:03:52.97 ID:CbwnvkBEo
うちは、寮へ住むのをやめた。
理由は簡単じゃ、親父の用意した環境にいとうなかった。

でも親父の金や権力がないと、ただの子供のうちは困った。
だからプロデューサーに相談してみると。

「じゃあ、うちに住めば?」

「えっ?」

驚いた声を上げたのは、周りの子達じゃった。その声を聞いた後に、プロデューサーの言葉を理解して。

「えっ?」

と、ゆうた。
こいつは今、事務所で会話しとるのが分かっとらんのじゃないんか。

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:04:30.44 ID:CbwnvkBEo
「嫌だから、俺の家に住めば?」

「で、でも…それはあかんじゃろ。そ、そういう関係でもない男女が一つ屋根の」

「あっはっはっ、馬鹿だな。俺はロリコンじゃないぞ」

とプロデューサーは笑っとる。
どうしよう、うちはそんな顔をしとるけど実は迷っとらんかった。
だって他に行くあてなんぞないもん。
でも、この提案をすぐに受け入れたら軽い女みたいな気がした。
じゃけえ、少し悩んでみた。

「そうじゃのお、でも他に行くあてないけえのお。本当にロリコンじゃないんよのお?」

「うんうん」

「可愛ければ何でもOKなんですよね?別にロリだけじゃないから、ロリコンじゃないんですよね」

「うんうん、って」

プロデューサーは笑顔を崩して横を見る。

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:05:04.65 ID:CbwnvkBEo

「ありすちゃん」

「何ですか?前に私に言った事ですよ」

「今日も可愛いねー」

「誤魔化さないで下さい」

と言いながら、ありすちゃんはニヤニヤしとる。

「と言う事ですから、諦めて下さい」

ありすちゃんは、うちに敵対するような視線を向ける。
そういう目をされると、うちはつい逆いたくなる。

「別に問題ないわ、うちは可愛いないけえ」

「い、いえっ!可愛いです。だからダメです!」

「んな事ない、ゆうとろおが」

「いえ、可愛くなかったらアイドルなんて出来ません!論破です!!」

確かに言われてみれば、そうじゃのう。
もしかして、うちは可愛いんかの。

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:05:36.46 ID:CbwnvkBEo
「でも、他に行くとこないけえ」

「しつこいですね!もしかして襲われたいんですか!?プロデューサーに、Hな事されたいんですか!?」

顔を真っ赤にしながら叫びよる。

「何でや」

何を言よるんじゃ、こいつは。


その後ありすちゃんだけじゃなくて、皆から猛反対を受けた。
けど、最終的にうちは世話になると決めた。
じゃけえ反対を押し切って、プロデューサーの家に住む事になった。
他のアイドルの子の家に世話になる手もあったんじゃが、そうしようとは思わんかった。
そんなに迷惑をかけれんとおもったからじゃ。
でもプロデューサーになら、何となくええかと思った。
別にこいつに迷惑かけても、問題ないわと。

39: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:07:02.82 ID:CbwnvkBEo
プロデューサーにそれを話すと、嬉しそうな顔をした。
何でも、その気持ちはある意味信頼なんだと。迷惑をかけても、ええと思えるのはうちがプロデューサーを信頼しとるからじゃと。
うちは、嬉しそうな顔をしたプロデューサーを蹴った。
何かムカついたけえの。

まあ、そういう訳で今うちはプロデューサーと暮らしとる。

40: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:07:34.87 ID:CbwnvkBEo
*******

「なあ」

「なんじゃ」

プロデューサーがパソコンに向いたままで、うちに話しかけて来た。
プロデューサーは、自分の部屋のパソコンで仕事をしとる。
休みでも仕事をしとるなんて、ほんまに仕事が好きなんじゃの。
うちは、その後ろのベッドで雑誌を読んどった。
今日はプロデューサーとうちの休みが重なった。
じゃけえ2人で一緒に部屋におる。一緒に部屋におるのは、とても珍しい。
うちが休みでも、プロデューサーはいつも仕事じゃ。

41: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:08:28.47 ID:CbwnvkBEo
じゃけえいつも部屋には一人でおる。そのせいかプロデューサーがこの部屋におると、違和感を感じる。
プロデューサーの部屋なのに、可笑しな話じゃのう。

「巴ちゃんさ、何で急にやる気を出したの」

「んー、やりたい事がなくなったけえかの」

「何で?」

「ええじゃろ、あんまり聞くな」

「ふーん」

会話の間も、タイピングの速度が落ちる事はない。

「せっかく休みなんじゃけえ、ちゃんと休めや」

「別に良いよ」

「うちがよくないわ、暇じゃ」

そうすると、プロデューサーがキーボードから手を離した。
椅子が回り、プロデューサーの顔をが見える。その顔はにんまりと意地悪そうに笑っとった。

「なに?構って欲しいの」

42: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:09:24.73 ID:CbwnvkBEo
うちは恥ずかしくなったのと、腹が立ったので顔が赤くなる。

「違うわ!!」

「だって今」

「もうええ!知らんわっ!」

プロデューサーは、うちが怒っとるのにニヤニヤしとる。
ほんまに舐めくさっとるわ。

「ほら、おいで。ゲームでもしよ」

そう言いながら、プロデューサーはPS3を用意しよる。親父はゲームとかを、あまり買うてくれんかった。
じゃけえ正直言うと、ゲームへの興味はめっちゃある。
けど今行くと、負けた気がするんじゃ。

43: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:10:25.67 ID:CbwnvkBEo
「ほら」

「…知らんわ」

「おいでって」

プロデューサーはうちに近づいて、ひょいと持ち上げた。
そんなに筋肉があるようには見えんけど、やっぱり男じゃけえうちぐらいは軽々しく持ち上げるの。

「離せや」

「断わる」

そんで、そのままテレビの前まで運ばれる。
プロデューサーは嬉しそうに、うちにコントローラーを差し出す。

「ねっ、やろう?」

「…仕方ないの、ちょっとだけで」

うちはコントローラーを、プロデューサーから受け取る。

44: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:11:12.05 ID:CbwnvkBEo
「コントローラーの線外れとるけど、どこに差すんじゃ?」

「ワイヤレスだから」


「……で、何をするんじゃ!」

なんだかんだ楽しみで、つい声が弾んでしもうた。

「コールオブドゥーティー」

プロデューサーは兵士が銃を構えとる絵のパッケージを、うちの前に出した。
それを手に取り、眺める。

「なんじゃこれ」

「んー、戦争するゲーム」

「殺すんか?」

「殺します」

「ええわ」

うちはコントローラーを置いた。
普段なら気にせんけど、今コレをする気にはとてもなれんわ。

46: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:11:44.07 ID:CbwnvkBEo
「ごめん、嫌だったか。他のゲームする」

「ええ、気分じゃないわ」

プロデューサーは、本当に申し訳なさそうな顔をする。
プロデューサーは気持ちが表情にそのまま出る。
だから今プロデューサーは、本当に申し訳なくおもっとるんじゃろう。何かこっちが謝りたくなる。

「ごめん、嫌な思いさせたか?そうだよな、幼女にこのゲームは駄目だよな」

うちはプロデューサーがぶつくさ言いよるのを無視して、ベッドに倒れ込んだ。

「…巴ちゃん?」

「プロデューサーは人を殺す事をどう思う?」

「えっ?ゲーム、それともリアル?」

47: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:13:03.96 ID:CbwnvkBEo
プロデューサーはいきなりの質問に戸惑っとるようじゃ、声からの雰囲気からじゃけど。
うちは振り向いて、プロデューサーの顔を見る。
やっぱり、プロデューサーは困惑しとる。眉間に皺を寄せ顎に手を当てて、返答に悩んどる。

「現実の話じゃ」

「ええーっと、…そりゃあいけないですよね」

「やっぱりいけんよの」

「うん、いけないな」

「そんな事をする奴は許せんよの」

「うん…許せないね」

会話してもうちの意図が見えんからか、プロデューサーの眉間の皺はどんどん深くなる。

48: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:13:44.14 ID:CbwnvkBEo
「……」

「…で、それでどういう事、つまりこの会話は?」

「許せん奴を許すのは、どうしたら良いんじゃ?」

「ん?」

「じゃけえの、許せん事をした奴がおるんじゃ」

「おう」

「でもそいつを許したいんじゃ」

「何で?」

「嫌いじゃないけぇ」

「うーん、よく分からないな。けど、許したいなら許せば」

「でも許せん事をしたんよ?」

「許したいんだろ?じゃあ許せない事じゃないでしょ」

「…よう分からん」

49: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:14:21.73 ID:CbwnvkBEo
「まあ、悩めば良いよ」

「なしてじゃ」

「悩むと人は成長するからね」

プロデューサーはそう言うと、うちに背を向けた。
PS3を起動させる。

「なんするん?」

「コールオブドゥーティー」

「……」

うちが黙ってプロデューサーの背中を睨んどると、それに気づいたのかプロデューサーが振り向いた。

「えっ!俺がやるのも駄目?」

うちは何だか可笑しくなって、少し笑った。

「別にええわ」

プロデューサーは子供みたいに、目を輝かせながらゲーム画面を見る。

「うちな、プロデューサーのそういうところ嫌いじゃないで」

「なに、告られてるの俺?悪いけど、アイドルと恋人にはならないよ。なっても愛人だよ」

プロデューサーはテレビから興味を移さずに、ぼんやりとした口調でうちに返事をした。

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:14:53.56 ID:CbwnvkBEo
「そうじゃないわ」

「…そう、っあー!この糞芋やろうが!」

「プロデューサーは、周りの目を気にせずやりたい事をやるじゃろ。そういうとこ、実は憧れとるんじゃ」

初めて会った時は、若干引いたけども。

「巴ちゃんが、周りの目を気にしとるようには見えないよ」

その言葉は、何となくプロデューサーが真剣に喋っとるように感じた。さっきと変わらず、ゲームしながらの言葉じゃけども。

「気にしとるよ。うち、本当は凄くしとるんじゃ。うちの親父がヤクザなのは気付いとるよな」

「察しました、オーラから」

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:15:32.82 ID:CbwnvkBEo
「うちは、ずっとその世界で育ったんじゃ。じゃけえうちも、きっと染まっとると思うんよ」

そうじゃ、うちはきっと染まりきっとるんじゃ。
ヤクザの汚い色に。
ずっとヤクザ達と育って、ヤクザに飯を食わせてもらったんじゃ。
うちの食う飯は、他人の不幸で出来たもんじゃ。それを食って育ったうちが、汚くない訳がないわ。

「じゃけえ、怖い」

「何が?」

「嫌われるのが、じゃけえうちは皆を威嚇して近づけんのじゃ。本当は皆と仲良うしたいのに」

「ふぅーん」

プロデューサーは、それだけ呟いた。
プロデューサーはそのまま、ゲームをやり続ける。
その後ろ姿を見ながら、うちは色々と考えた。
基本的に親父の事じゃ。
でもいくら考えても、どうすれば良いのか分からん。

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:16:05.38 ID:CbwnvkBEo
「うち、アイドルやめたいわ」

「どして?」

プロデューサーはゲームをやめて、こっちをしっかりと見つめた。
何だか嬉しかった。

「いつか化けの皮が剥がれて、皆から嫌われるのが怖い」

プロデューサーは笑いながら答えた。

「それはないよ。巴ちゃんは、本当に可愛いんだから」

そしてコントローラーを握り締め、またテレビへ視線を戻しよる。
うちはプロデューサーに近づいて、服を引っ張た。
プロデューサーは、不思議そうにうちを眺めよる。

「ほっ、本当に?」

53: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:16:43.03 ID:CbwnvkBEo
うちの顔を見て、プロデューサーら吹き出した。そしてうちの頭を撫でる。

「本当さ、可愛いし、強くて優しい子だよ」

プロデューサーに褒められると、何だかフワフワした気分になった。

うちは誰かに甘えたかったんかもしれん。

うちは居場所を失って、誰にも頼れんかったけ。
もしかしたらプロデューサーの家に世話になったのも、プロデューサーならうちに甘えさせてくれると思ったけえかも。

プロデューサーはうちのそんな想いに気づいとったんじゃろう。
プロデューサーの家に世話になるようになってから、少し優しくなった気がする。

54: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:17:20.86 ID:CbwnvkBEo
「ありがとの」

「どういたしまして」

その日の晩御飯は、いつもよりも贅沢じゃった。
大量に牡蠣の入った鍋じゃ。
正直うちはそんなに牡蠣を好きじゃない。けどプロデューサーが気を使ってくれたんじゃと思うと、それだけで嬉しかったし美味しく感じた。

55: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:18:18.81 ID:CbwnvkBEo
********

うちとプロデューサーは、隣の部屋で寝とる。うちの使っとるベッドは、元々プロデューサーが使っとたやつじゃ。
プロデューサーは、新しく買った薄い布団を使っとる。
悪いとは思うけど、無理やり変えろとは言えん。プロデューサーは男じゃけえ、女の子に薄い布団を使わせられんのじゃろう。
お袋には、男を立てろと教えられて来た。じゃけえうちは、こういう時は引いてしまう。
プロデューサーの寝返りした音が聞こえた。
ここの壁は薄いから、物音がよく聞こえてしまう。

「プロデューサー、起きとる?」

56: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:18:58.08 ID:CbwnvkBEo
「起きてますよう」

「今度の休みにな」

「んー?」

「うちの家に送ってくれん?親父と話したいんじゃ」

「良いよー」

57: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:20:48.47 ID:CbwnvkBEo
*******

それから二週間後、うちとプロデューサーの休みが被った日が来た。被ったと言うかスケジュールを調整して、被らせたんじゃが。

新幹線に乗って広島へ帰る。
プロデューサーには折角の休みを潰して悪いと思った。
けどプロデューサーに側にいて欲しかったんじゃ。

「ここが巴ちゃんの家かー、でかいな、そして怖い」

「プロデューサーはここで待っとってくれ」

「えっ、ついて行かないでいいの?」

「来てくれるん?」

流石にヤクザの家の敷地には、入りたくないと思ったんじゃが。

「別に構わないよ」

そう言うプロデューサーの足は震えとる。

「震えとるで」

58: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:21:36.79 ID:CbwnvkBEo
「巴ちゃん、前に言ってた許すとか許さないとかって、お父さんのこと?」

「うん」

「決めたの?」

「少し迷っとる、ここまで来たら自然と決めれると思ったんじゃけどな」

「それじゃあ、良い大人からのアドバイスをあげよう」

「なんじゃ?」

「どっちを選んだら間違いだとか、正解だとかは無いよ」

「どっちも正しくて間違っとるみたいな事か?」

「少し違うかな?それが正しくなるかどうかは、選んだ後の君次第なんだよ。その後君がどうするかで決まるんだ。だから、今はしたい方をすれば良いよ」

プロデューサーはまだ足を震わせとる。なのに格好つけた顔で、そんな事を言いよる。
その姿が可笑しくて、うちは笑ってしもうた。
うちにまとわりついとった、色んな考えがすっと落ちた。

「ありがとの」

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:24:00.68 ID:CbwnvkBEo
********

「久しぶりじゃの」

「そうじゃの」

無駄に広い部屋の真ん中で、うちと親父は向き合っとる。そんでうちの後ろに、プロデューサーは縮こまって座っとる。

「何しに来たんじゃ?」

親父は妙にゆっくりと喋る。
うちは親父の目をまっすぐ見て、はっきりとゆった。

「うちの…親父を一生許せれんわ。あんな事をした人間を許す事は出来ん」

「そうか、それで良いんじゃ。お前は普通に優しい子じゃからな。わざわざそれだけを言いに来たんか?」

「でもな、うち親父の事を好きじゃけえの。一生好きじゃけえ」

親父は目をまん丸くした。
そして泣きそうな顔で笑う。

「…そうか、思っとたより、馬鹿なんじゃの。こんなワシが好きか。それは間違っとるぞ」

「間違っとらんよ。親父はうちの親父じゃろ」

60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:25:25.38 ID:CbwnvkBEo
「そうだな。…ワシはお前の親父じゃ」

親父はうちから視線を外して、畳に喋るように呟く。

「それだけじゃ」

うちはそう言って立ち上がる。

「そうか、アイドルはやめん事にしたんか?」

「うん、本気でやってみようかと思っとる。…欲しい場所が出来たんよ」

「なんじゃそれ?」

「教えんわ」

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:26:02.04 ID:CbwnvkBEo
*******

「っあーー、はあ」

敷地から出た途端に、プロデューサーはへたり込んだ。

「緊張したー」

「何も喋らんかったの」

「あんな中で何も言えません」

蝉のやかましい鳴き声が聞こえてくる。さっきは全然気づかんかったの。
それだけ余裕がなかったんか。

「ところで欲しい場所って何?聞いてないんだけど。それが理由でアイドルやるの」

そうじゃ、うちは欲しい場所が出来た。元々おった場所じゃなくて、欲しいと思った場所。
例えそれがうちに不釣り合いだろうと、手に入れたくなった場所。

62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:26:31.68 ID:CbwnvkBEo
「教えん」

「なして?」

「秘密ー」

うちはプロデューサーの隣にいたくなった。誰よりも近いとこに。
どんな事があっても離れないとこに。

今のうちには無理じゃろう。
そこを欲しがっとる人は、うちだけじゃない。
でもな諦める気はない。
アイドルを頑張って、もっと良い女になるし。もっとプロデューサーの事を知る。それでうちの事も教えてやるんじゃ。
そしていつか、きっとな。

「プロデューサーに志望理由も話さないのか?」

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/06(土) 20:27:05.07 ID:CbwnvkBEo
「煩いのお、たいぎいんじゃ」

「その言い方は酷いだろ」

「それより、折角広島にきたんじゃ。遊ぶぞプロデューサー」

「あっ、俺原爆ドーム行って見たいんだよね」

「……あれは、いけん。気分がすっげえ沈むけん。女の子と行くとこじゃないぞ」

「えー」

プロデューサーの駄々をこねるような表情が、何だか嬉しくて笑ってしまった。



終わり