1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:51:50.89 ID:FhmYjF9Do

『闇に飲まれよ!』

 テレビからはいつものように元気な声が聞こえてきます。

 もちろん、あの独特の言葉を発しているのは、神崎蘭子さん。
 いまもアイドル業界でトップを走り続ける女性。

 そして、私の仲間であり、大事な友人でもあります。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1373197910

引用元: 神崎蘭子(24)「闇に飲まれよ!」 

 

2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:53:30.31 ID:FhmYjF9Do

 テレビでは彼女のデビュー十周年記念ライブをはじめとした様々な映像が流れていきます。
 当人や他のタレントさんがそれを見て、いろいろとコメントしていく形ですか。

 考えてみれば、彼女とのつきあいももう十年になるんですね。
 同じプロデューサーにスカウトされ、デビューして早十年。
 物心ついてから、と考えると人生の半分ほどを共に過ごしていることになりますかね。

 そんな感慨はともかくとして、いまはテレビの画面を見ながら不景気な顔をしている人の相手をしておきましょうか。

「どうしたんですか、社長。ずいぶんどんよりとした顔してますけど」

 本来なら蘭子さんの活躍に顔をほころばせてしかるべき人物に、私は問いかけます。
 この事務所の社長であり、私たちのプロデューサーである男性に。

「ん……。いや、これでよかったんだろうか、とな」
「はい?」

 思ったよりも深刻な調子で応じられて、私は素っ頓狂な声を上げずにはいられませんでした。

 まったく、この可憐な私にこんな声を出させるなんて、相変わらずひどいプロデューサーさんですね。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:55:38.32 ID:FhmYjF9Do

「お前たちをデビューさせてから十年。CGプロの大分裂で、お前たちを連れて独立してからでももう八年になるな」
「ええ、そうですね」
「果たして俺のプロデュースは正しかったんだろうか?」
「はぁ?」

 なにを言っているのでしょう、この人。

「なにかあったんですか、プロデューサーさん」
「なにかって?」
「たとえば……ええと、私たちの仕事が激減したとか、どこかのプロダクションに買収されそうとか」
「そうなのか!? 大変じゃないか!」
「たとえばって言ってるでしょ!」

 妙な反応を返すプロデューサーさんに私は思わず強い口調で言い返します。
 その様子ににやにやしてるプロデューサーさん。

 わかってやってるんですから、たちが悪いです。

「まあ、特になにかあったわけじゃない。ただ、な」
「ただ?」

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:56:31.22 ID:FhmYjF9Do

「俺には夢があったんだ」
「夢」

 あの人は急にまじめな顔になります。

「そう。蘭子が二十歳の頃には叶うだろうと思っていた夢が」
「……一体、どんな?」

 私は固唾を呑んで彼の言葉を待ちました。

「中二病を卒業した蘭子を、



『あれ、挨拶はやみのまじゃないの? 昔はよく言ってたじゃないか。ほら、やーみのま! やーみのま!』



ってからかう夢が……」
「あほかーっ!」

 スパーンッ!!

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:57:44.41 ID:FhmYjF9Do

 小気味良い音がはじけます。
 それは私が、手を打ちながらはやし立てる彼の頭をハリセンでフルスイングしたために生じたもの。

 ……なんで、この人、ツッコミ用のハリセンまで用意しているんでしょうかね?

「なんだよ、ささやかな夢だろ!」
「そんなあほらしいことが叶わなかったからって深刻な顔する人がありますかっ!」
「いやあ、でもさあ……」
「だいたい、蘭子さんは絶好調じゃないですか」

 私はぴっとテレビを指さします。
 そこでは、蘭子さんが歌い踊り、ファンから賞賛を受けています。

 かつてのCGプロ所蔵アイドルの進む道はそれぞれに分かれました。
 ある人は引退し、ある人は別の業界に進み、ある人はアイドルからタレント等へ転身しました。
 かくいう私もいまの肩書きは女優ということになると思います。
 吹き替えやナレーションのお仕事も多いですけれど。

6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:58:50.90 ID:FhmYjF9Do

 十年という年月は実に長いものです。
 そして、その間に、数え切れないほどのアイドルたちが新たにデビューしてきます。

 その中で、アイドルを、しかも高ランクのアイドルを続けていられる人というのは実に限られてきてしまうのです。

 蘭子さんは、その熾烈な戦いをくぐり抜け、いまもAランクを維持しています。
 まさに偉業と言えるでしょう。

「それは、まあ、そうだ。しかし、蘭子ももう二十四だぞ?」
「私も二十四です」

 誕生日は半年以上離れていますが、同い年なのだから当たり前ですね。

「お前は落ち着いたお姉さんキャラじゃないか」
「蘭子さんはあのキャラで受け入れられてるじゃないですか」
「それは……そうなんだが」

 私の言葉を裏付けるように、テレビが和気藹々とした会話を伝えてきます。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 20:59:41.35 ID:FhmYjF9Do

『ところで、ボク、最近、ようやく蘭子さんの発言がわかるようになりまして』
『お、さすがやな。この業界、蘭子ちゃんをさばければ司会も一人前言われてますからね』
『くくく。貴殿の<<瞳>>も開くときが来たか』

 ちなみに、蘭子さんのほうは『慣れてきましたよね!』くらいの意味ですね。これは。

「ほら、芸人さんもいじりやすいし」
「いや、それはそうかもしれないが……」

 あのキャラは、実に便利なんですよね。
 大御所相手でもまるで調子を崩さずにいられますし。
 そもそも、底にある態度は実に丁寧でかわいらしいものですからね。

「しかし、だ」
「はい」
「お前も、昔は……その、違ったじゃないか」
「まあ、そうでしたね」

 私は小さく笑います。
 かつての私を知る人たちは、いまの変わりように対して一様に不思議そうな顔をします。
 それが、私にとってはおかしくてしかたないのです。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:00:43.15 ID:FhmYjF9Do

「変化というのは、あってしかるべきものなんじゃないだろうか?」
「はい?」
「お前が変わったように、蘭子も変化させてやるべきだったんじゃないか、とな」

 彼の真剣な様子に、ふうむと小さく唸ります。

「たしかに蘭子はあのキャラで世間に受け入れられている。だが、それは、彼女の自然な成長を阻害したんじゃないかとも思うんだ」

 私はそこでしばし彼の顔とテレビに映る蘭子さんの顔に視線を往復させました。
 それから、慎重な声で言います。

「つまり、なんですか。プロデューサーさんは、蘭子さんに、仕事のための個性を押しつけてしまっていると。そう言うんですか?」
「もちろん、当人はそんなこと言わないが……。売れてる間は、言えないだろ? 特に俺には」
「プロデュースしているから?」
「そうだ」

 なんとなく、彼の苦悩がわかってきました。
 彼は、蘭子さんに、必要以上の重荷を背負わせてしまったのではないかと思い悩んでいるようですね。

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:01:36.01 ID:FhmYjF9Do

「はあ……」

 曖昧にうなずきながら、私は考えをまとめようとします。

 プロデューサーさんが、いろいろと苦労をしてきた。
 そのことは、この年齢になってみればよくわかります。

 とんでもない大所帯だったCGプロダクションが、社長の『やーめた』の一言で廃業。
 百人を超えるアイドルたちとスタッフは、それぞれに生き残りの道を模索するしかありませんでした。

 とはいえ、アイドルの大半は、うろたえるばかりでどうしようもありません。
 なにしろ、十代が多数を占めていたのですから。
 実際にはプロデューサー陣をはじめとするスタッフがかけずり回って、新しい事務所を立ち上げる結果となりました。

 その中でも、うちはなかなか厳しい立場だったんじゃないかと思います。
 他はそれなりにまとまった人数で事務所を作ったのに、うちはプロデューサーさんしかスタッフのいない零細事務所。

 それなのに、当時人気トップクラスの私と蘭子さんを連れて……です。
 ライバルとなった数々のCGプロ後継事務所が、厳しい態度を取ってきてもおかしくありません。

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:02:32.88 ID:FhmYjF9Do

 それでも、プロデューサーさんは折れませんでした。
 他の人間の気まぐれで、私たちが苦しむことが二度と起きないようにとがんばってくれたのです。

 そうしてがんばって、事務所の経営が軌道に乗っているいまだからこそ、不安になったのでしょう。
 蘭子さんに無理を強いてきたのではないかと。

 でも、それは違うと思いますよ、プロデューサーさん。

「プロデューサーさん」
「ん?」
「プロデューサーさんは、私が変わったと言いましたよね?」
「ああ、変わったよ。昔は……」

 私の言葉にプロデューサーさんは、なんだか懐かしそうに私の顔を見ています。
 眼を細めて楽しげにこちらを見つめる彼の視線に思わず首筋が熱くなってきそうです。

 ですが、いまはそれを努めて無視して、話を進めましょう。

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:03:08.14 ID:FhmYjF9Do

「昔はどうでした?」
「そんなに落ち着いた静かな笑顔を浮かべることはなかったな。いや、当時の笑顔がかわいくなかったというわけじゃないぞ?」

 慌てたように付け加えるのに一つ笑って、私はなおも問いかけます。

「じゃあ、なんだったんです?」
「昔のお前は……自分がかわいいというのを前面に押し出していた」
「ええ」
「それに、自分がかわいいことを居丈高に主張したりもした」
「そうでしたね」

 くすくすと笑う私を見て安心したのか、彼は続けます。

「正直に言えば、生意気なところがあった。でも、それもかわいかったけどな。なにしろ十四歳だ」
「生意気盛りだからこそかわいかった?」
「そうだな。いまから思えばな」

 そこで、彼は思い出したように私を見ました。

12: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:03:46.88 ID:FhmYjF9Do

「ああ、そうそう。それに、あの頃は、ボクって言ってたろ、幸子」
「ええ、そうでしたね」

 そこで私は立ち上がり、くるりと一回転して見せました。

「では、いまの私はどうです?」
「いまの?」
「ええ、忌憚なきご意見をどうぞ」

 スカートの裾を両手でつまみ上げ、一礼。
 私の優雅な、けれど、おどけたしぐさに笑いながら、プロデューサーさんは答えてくれました。

「うーん……さっきも言ったけど、落ち着いたお姉さんキャラだよな。年齢より大人びてるくらいだ」
「具体的には?」
「物静かとまではいかないが、余裕のある大人の女性だ。その上、気が利くし、話をうまく転がす」
「自分がプロデュースするタレントとして、扱いやすいですか?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、カワイイですか?」
「ああ、そりゃ、もう。もちろんだよ」

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:05:45.19 ID:FhmYjF9Do

 私はにっこりと笑います。
 私に合わせているのではなく、この人が本気で言ってくれているのがわかったから。

「でも、プロデューサーさんは、私が十四歳の頃……。ボクと言ってたころと変わった、と思ってるんですね?」
「変わったじゃないか」

 なるほど。
 そのあたりが、やはり問題ですかね。

「プロデューサさんは勘違いしていると思います」
「勘違いだと?」
「はい」

 しばらく口をつぐんで、彼が考えるに任せます。
 けれど、思いつかなかったのか、降参というように、手を広げました。

 しかたないですね。
 教えてあげますか。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:06:25.76 ID:FhmYjF9Do

「プロデューサーさんはいまの私をカワイイと思いますよね?」
「ああ、綺麗だし、かわいいと思うよ。仕草やらも含めてな。それに外見だけじゃなくて、俺はお前の努力を知っている。その姿勢がなによりも……」
「褒めてくれるのは嬉しいですが、大事なのはここから先です」

 あえて彼の言葉を遮り、私は続けます。
 プロデューサーさんは驚いたようにしながらも、私の言葉を促すように視線を送ってきます。

「たとえば、いまの私が十四歳の時のように『ボク、カワイイですよねぇ』ってうっとりして言ったとしたら、どうでしょう?」
「うーん……。正直言えば、なんだこいつって思うだろうな。さすがにあれが許されるのは、十代前半までだろ」
「私もそう思います」

 うんうんとうなずいて、私は彼の顔をのぞき込むようにします。

「これで、わかりました?」
「え? なにがだ?」
「わからないんですか? 相変わらず鈍い人ですね」
「おいおい」

 苦笑する彼の目の前で、私はひらひらと手を振って見せました。

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:07:26.03 ID:FhmYjF9Do

「つまりですね、いま、こうして落ち着いて話すのが、一番私をカワイク見せられる。だから、そうしているってことですよ」
「なに?」
「ボクと言うよりも私と言うほうがいまの年齢ではイメージがいいでしょう?」
「そりゃそうかもしれんが……」
「二十代でもまだまだ小娘ですが、この年では小生意気なイメージより、落ち着いたほうが印象がいいのでそうしてるんですよ、私は」

 あっけにとられたようなプロデューサーさんの表情を愉しみながら、私は結論づけます。

「十四歳の『ボク』にとってはあれが一番カワイイ振る舞いであり、見せ方だったんです。だから、ああしていた。それだけのことですよ」
「本質は変わってないと……。そう言いたいのか?」

 私が言いたいことがわかったのか、プロデューサーさんは、おそるおそるといった様子で、そう尋ねかけてきました。

「そりゃ、経験も積んでいろいろ考えるようにはなりましたが、この世で一番カワイイ私っていう部分は変わってなんかいません」
「そ、そうか。いや、それはそうかもしれんが……」
「プロデューサーさんは、蘭子さんの成長を矯めてしまったと、そう思っているのでしょう? 枝を矯めて花を散らしてしまったと」

 そんなこと、あるはずないのに。

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:08:23.20 ID:FhmYjF9Do

「ああ。俺はあの子が変わるきっかけを奪ってしまったんじゃないか」
「私の変化を見て、そう思ってきたと」
「ああ」

 そこで、私は自分の胸に手を当てました。
 ここはもう少し育ってくれてもよかったと思いますよ、ええ。

「でも、実際には私の変化なんてのは、自分というものの見せ方の違いにすぎないんです。それを踏まえた上で」
「うん」
「プロデューサーさんは、本当に、蘭子さんが、あれを嫌々やってると、そう思うんですか?」
「それは……」

 私が一節一節区切って力を込めて言った言葉に、プロデューサーさんは目をそらしてしまいました。

「蘭子さんは、いまもあれが楽しくて、ああいう自分が好きなんですよ」

 既にテレビでは蘭子さんの特集番組は終わっていました。
 けれど、彼女の言動は、いつでもありありと脳裏に描き出せます。

「だからこそ、見ている方も楽しめるんです。そう思いますよ」

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:09:10.31 ID:FhmYjF9Do

 彼女の姿を思い浮かべるといつも感じるのは、当人が思い切り楽しんでいることです。

 自分の楽しさを、観客に何倍にも増幅して伝えることが出来る。
 きっと蘭子さんはそういう人なのでしょう。

「変わることも変わらないこともある、か……」

 私の言葉を聞いて、じっと考え込んでいたプロデューサーさんはぽつりとそう言って、こちらを向きました。

「すまないな。妙な考えに凝り固まっていたのは俺のほうだったみたいだ」

 そう言って頭を下げるプロデューサーさんは、なんだか妙にさっぱりとした顔をしていました。

「……ま、そうは言っても」

 私は感謝の視線を向けられるのに照れながら、呟くように言います。

「近しい……それこそ、十年間一緒にやってきた私でも、プロデューサーさんがそんな風に悩んでいたことはわからなかったし」
「俺は幸子が自分の見せ方を考えた結果として、そんな風にしているとは思わなかった……か」

18: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:09:47.51 ID:FhmYjF9Do

「だから、蘭子さんが、なにを考えているか、そのあたりが全部わかるわけじゃありません」

 当たり前のことです。
 どれだけ親しくても、その人が隠していることの全てがわかるわけがありません。
 いえ、わかってはいけないのではないでしょうか。

「だから、確かめてみたらいいじゃないですか。しっかり、正面から、ね」
「……そうだな。幸子の言うとおりだ」
「ええ」

 それで、どんな結果が出たとしても、これまで築き上げてきたものが崩れ去るわけじゃありません。

 もし、なにかあれば、また作り上げていけばいいんです。
 私と、この人と、蘭子さんの三人で。

19: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/07/07(日) 21:10:38.64 ID:FhmYjF9Do

 それに……。

「堂々たる魔王の帰還!!」

 この様子だと、なにも心配する必要はないと思いますよ。
 プロデューサーさん。

 私はそう思いながら、事務所に帰ってきた蘭子さんに、こう告げていました。

「闇に飲まれよ!」




      おしまい