1: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:00:50.24 ID:z2juk6/qo
「司令官さ」

少女は耳を真っ赤にしながら、小包を取り出した。
可愛くラッピングされている。

「これ、あのさ、ちょっと用意したんだけどさ」

今にも湯気が出そうな様子に、軽く吹き出してしまう。
そうすると、少女は「あーっ!」と声を上げて頬を膨らませた。

「もっもういいよ、はいっ!」

そして、押し付けるように小包を渡してきた。
提督はくつくつと笑って、

「ありがとうな、敷波」

クリスマスプレゼントを受け取ったのだった。
 

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引用元: 【艦これ】敷波「――うん」 

 

2: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:02:02.05 ID:z2juk6/qo
-1週間と少し前-

「あーどうしよう」

提督は喫煙所で煙と迷いを吐き出した。

「知らないったら。好きにしなさいな」

「霞さん、冷たいですよ」

提督から距離を取って壁にもたれかかるのは駆逐艦娘・霞である。
おおきくため息をつく。

「大の男が色恋沙汰を誰かに相談するなんて情けないわね、このクズ」

「こんなこと相談できるの霞さんだけですよ」

霞は長椅子に腰掛ける提督の三倍以上長く生きている歴戦の艦娘だ。
初期のころからこの提督をサポートしてきた。
それゆえ、彼は霞に頭が上がらないのだ。

「……敷波はいい子よ。あんたにはもったいないくらいね」

「そんなことわかってますよ」
 

3: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:02:30.56 ID:z2juk6/qo
「違うってば。じゃあ、何を迷う必要があるのよ」

提督は頭を掻いた。

「怖い、んですよ。嫌われたくないんです」

「はっ!」

青くさ、と霞は鼻で笑った。

「十代のガキでもあるまいし、腑抜けたこと言いなさんな。敷波は、……」

首を振る霞。

「とにかく、さっさと片をつけなさい」

「霞さんだってそういう悩みがあったでしょうに」

踵を返して、霞は肩をすくめた。

「あのひとはもう墓の下よ。忘れちゃったわ」

ひらひらと手を振って、霞は立ち去っていった。
残された提督は一人、紫煙と思考をくゆらせるのだった。

 

4: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:03:18.03 ID:z2juk6/qo
-デパート-

「綾波はこれがいいと思うんです」

商品を見繕いながら綾波が振り返ると、敷波はつまらなさそうにぬいぐるみをつついていた。

「もう。敷波ってば」

「なんでもいーよ。それでいいんじゃない」

「本当にいいの?」

「いいよ。だってさ、司令官へのプレゼントなんて、別になんでもいいじゃん」

嘘だ。
ほんとうは違う。

なぜって、プレゼントを熱心に選んだりして司令官への気持ちがばれてしまったらどうするのだ。

だから、そんなことはできない。
断じてできないのだ。

敷波は頭の後ろで手を組んで、

「だからそれでいいよ」

「じゃあこれ、買ってきます」

「うん」

綾波がレジへ向かう。
それを横目で見ながら、敷波は小さくため息をついた。

綾波はいい子だ。
素直で、優しくて、気が利いて、そして強い。
全体的にぱっとしないあたしとは正反対。

可愛らしい姉が活躍するたびに、誇らしさとともに陰のある感情が心をよぎる。
その陰が提督への気持ちをも屈折させているのだ。

鼻がツンとしてきて、敷波は上を向くのだった。
 

5: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:04:00.80 ID:z2juk6/qo
-5日前-

「司令官、書類まとめといたよ」

「ああ、助かる」

敷波がどさっと紙の束を執務机に置いた。

「ふいー」

両手を挙げて伸びをする敷波。
ちらりと少女のなめらかな腹部が見えて、提督は目をそらした。

「すこし休憩するか」

「うん」

紅茶を淹れて、敷波はソファに小さな尻を下ろす。
提督も執務机で紅茶を飲んだ。

「敷波」

「なにさー」

「25日は、どんな予定だ?」

「えーと、25? いつもの遠征と、演習が4件、出撃は……」

「そうじゃなくてだな、その、敷波の予定なんだが」

「へっ? あたし? え、えっとぉ、とっ特にないかな、あっ夜は駆逐艦寮でパーティがあるけど」

「そう、か」

しばらく黙ってしまったふたりだったが、ぽつぽつと世間話をして、また仕事に戻った。
 

6: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:04:36.50 ID:z2juk6/qo
-3日前-

「ちょっと、アンタ」

喫煙所で煙をふかす提督に、霞が話しかけた。
腕を組んでいる。

「どうしたんですか、霞さん」

「どうしたもこうしたもないわよ。アンタ、例の件はどうしたの」

提督はぽいっと煙草を吸殻入れに投げ入れた。
じゅっと音を出して火が消える。

「諦めました」

「はァ?」

霞の柳眉が逆立つ。

「端から望みありませんでしたしね。ちょっとした気の迷いというか、非現実的な妄想の類です。忘れてください」

投げやりな提督に詰め寄る霞。
眼前に立ち、彼を見下ろす。

「なにかっこつけてんのよ、このクズ!」

「別にかっこつけてませんよ。霞さんも知ってるでしょう。25日にはパーティがあるそうです」

「諦めがいいのがかっこいいと思ってるんでしょう」

はあ、と霞がため息をついた。

「25日、準備しときなさい。いいわね! 絶対よ!」

霞の勢いに圧されて提督は頷いたのだった。
 

7: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:05:15.98 ID:z2juk6/qo
だが、その様子を見ていた者がいた。

「え……」

敷波である。
彼女は霞の声に気づいて、話す二人の姿を認めたのだ。
聞き取れたのは少しだけで、霞が提督に25日の準備をしておくように、と聞こえた。

「霞が……、司令官と……?」

霞がこっちに来そうだったので、敷波は慌てて逃げるように自室へ戻った。

クリスマスの予定を聞かれたから、すこし期待してしまった自分がバカみたいだった。
提督の相手は、自分よりずっと長い間いっしょにいるベテラン艦の霞だったのだ。

あたしはヒロインじゃない。
あたしはヒロインじゃないのだ。

綾波に隠れてこそこそと買っておいたプレゼントの包みが目に入る。
途端に、じわりと視界が歪んだ。

「なんだよぅ……」

嗚咽をがまんしながら、少女は静かに泣いた。

 

8: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:07:16.61 ID:z2juk6/qo
-12月25日 クリスマス-

駆逐艦寮のパーティで、敷波はひとりでグラスを傾けていた。
呆としていた。

「あ、いたわね」

きょろきょろとしていた駆逐艦がひとり大股に近寄ってくる。

「ちょっといい」

「霞」

霞であった。
胸がずきりとした。
だが、付いて廊下へ出る頃には、疑問に変わっていた。

なぜ、霞がここにいるのだ?

「霞、」

「何」

「し。司令官と、一緒じゃないの」

「はァ?」

至極怪訝そうに霞は片眉を吊り上げた。
 

9: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:08:16.42 ID:z2juk6/qo
ふたりは薄闇の中で向かい合う。
パーティの喧騒が遠い。

「敷波。アンタは今から正門に向かいなさい。そこであのクズが待ってるわ」

「え――?」

「提督よ。わかったらさっさと出なさい。パーティはなんとかしておくから」

「どっどうして霞が、あたしと司令官の仲を取り持ってくれるのさ」

「いい言葉があるわ。『命短し恋せよ乙女』ってね」

「霞は司令官と今日、予定があるんじゃないの!?」

もどかしそうな敷波に、霞は再び、はァ? と言った。
それから何かに気付いたように、ゆっくり頷いた。
霞が左手を広げて掲げる。

「これは、あのクズのじゃないわ。もっと前の――最初のクズのよ」

パーティから漏れた光できらりときらめく、それは指輪だった。
 

10: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:10:43.76 ID:z2juk6/qo
パーティを抜け出して、敷波は走った。
ポケットに突っ込んだ小包を押さえ、白い息を弾ませて。

正門では煙をたなびかせて提督が立っていた。
少し目を見開いて、それから手を挙げた。

「敷波――本当に来てくれたのか」

「うん」

それ以上何もいえなくなって、敷波はうつむいた。
彼も必要なことだけを口にした。

提督は敷波を車へ乗せると、街へと走らせた。

 

11: 以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします 2015/12/25(金) 23:11:42.00 ID:z2juk6/qo
小洒落たレストランで夕食をとって、ふたりは近くの公園を歩いていた。
煙草の代わりに提督は深く夜気を吸い込んだ。
言う。

「敷波、」

「うん」

立ち止まった提督に気付いて、敷波が振り返る。
鼓動が早くなる。

「敷波。いつからか、俺は君のことを目で追うようになっていた。君のことが気になって仕方なかった」

白く立ち上った息が空へと溶ける。
星がきれいだ。

「君が俺のなかで特別になるのに時間はかからなかった。君が――好きだ、敷波。君のことを愛している」

敷波は唇をきゅっと閉じて、両手を握りこんでいる。
提督はポケットから小さな、小さな箱を取り出した。
開く。
月光を反射して、それはきらりと光った。
さっきも見た、と敷波は思った。
指輪だ。

「敷波。俺と結婚してくれないか」

星空だけが、ふたりを見ていた。




おわり