3: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:15:14.82 ID:Yc5qDfZr0
桐乃と別れてから数週間、春休みも終わり、大学生となった俺は優雅な時を過ごしていた。

いや、過ごしたかった。 切実に。

まあ、あのワガママで生意気な妹様と同じ屋根の下で暮らしている限り、平凡な毎日ってのは訪れる事が無いんだろう。 ったく、本当に嫌になってしまう。

で、現在俺は妹の『人生相談』とやらを再度受けていて、妹の部屋へと来ていたのだが……。

桐乃「……すぅ」

なんでこいつは寝ているんだよ! おかしくね? そりゃまあ、この状況になるまでは確かに色々とあったんだけどさ……それでもまだほんの冒頭部分だぜ? なのにこいつは寝ちまってやがる。 意味が分からん。

引用元: 京介「なあ、桐乃」 桐乃「なによ」 

 

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4: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:15:46.55 ID:Yc5qDfZr0
京介「……はぁ」

小さく溜息を漏らし、今日あった事を回想する。

始まりは……そうだ。 俺が家に帰ってきた時、妹が玄関で待っていた所からだ。

いつもどーり不機嫌そうな顔で、いつもどーり偉そうに居やがったんだ。

腕を組んで、ふんぞり返ってな。


6: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:16:35.68 ID:Yc5qDfZr0
京介「ただいまー」

俺はそう言いながら、家の中へと入る。 ちなみに、ちゃんと玄関から。 別にこんな事に一々叙述トリックを使ったりはしない。 普通に玄関の扉を開けて、普通に入って、普通にただいまと言った。

桐乃「……おかえり」

桐乃「そこ、座って」

……何だよ。 てか、一応家の中には無事に入れた訳だが、まだ靴すら脱いでねえぞ? なのにそこに座れと妹様が指差したのは、なんと驚け! 入ってすぐの靴脱ぎ場である!

7: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:17:19.55 ID:Yc5qDfZr0
分かるか? 大学から帰ってきて、高校生の妹に靴脱ぎ場で座れと命じられた時の俺の気持ちが。 そりゃあもう、心底いらついたね。 仮に妹だったとしても、キレて良い場面じゃねえか? これ。

しかしまあ、こいつも前よりはちっとは素直になったのかな。 しっかり「おかえり」とは言った訳だし。

普段からもうちょっと素直でいれば、俺もわざわざこんな風に思ったりしねえんだけどなぁ。

とか思いながら、正座する。 勿論、靴脱ぎ場で。

8: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:21:18.76 ID:Yc5qDfZr0
京介「何だよいきなり」

俺がそう聞くと、桐乃はやはり不機嫌そうに答える。

桐乃「あんた、大学でモテモテらしいじゃん?」

京介「別に……んなことはねえよ」

桐乃「……ふうん。 あたしが聞いた話によると、既に何人から告白されたとか?」

……こええ。

一体、どこからそんな情報を仕入れているんだよ、こいつ。

9: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:22:01.08 ID:Yc5qDfZr0
まあ確かに、良く知らない奴から告白されたり……ってのはあるけどもよお。 それで浮かれていたってのもあるけどもよお。

だってさ、一度は終わったと思っていたモテ期がまだ続いていたとか、最高じゃねえか。 俺って俺が思うよりカッコイイんじゃね? とか思っちゃうよね。

それで多少は自分に自身が持てていたのも事実だし……

でもさぁ、それお前と関係無くね? とは言えないよな。 まず怒りそうだし、何より桐乃が言っている意味は、良く分かるし。

10: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:22:52.20 ID:Yc5qDfZr0
京介「そうだけどよ……全部断ってるぞ?」

桐乃「あったりまえでしょ。 そんなのは大前提なんだから」

この時点で大体の事情は分かってもらえただろうか。

俺と桐乃の関係についてだ。

俺と桐乃は、去年のクリスマスから付き合っていた。 期間限定で。

俺が高校を卒業するまで、桐乃が中学を卒業するまでの間の限定で。

11: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:24:26.54 ID:Yc5qDfZr0
そして、俺は無事に卒業をして、桐乃も無事に卒業した。 最後に二人で結婚式をして、俺たちは別れたのだ。

が、やっぱりそれは名目上と言った感じで、普通の兄妹に戻ると言っても中々上手くはいってくれない。

それが俺と桐乃に突きつけられた現実って奴だ。 一度踏み込んでしまったら、後戻りなんて出来やしない。 良くも悪くも、俺たちの関係ってのが現している。

こんな感じで、普通に話せる分には話せる。 そりゃあもう、普通に兄妹みたいに。

しかしどうしても、引っ掛かる物があるのは事実だ。 この前たまたまあった話をしてみようか。

12: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:24:55.20 ID:Yc5qDfZr0
あれは確か、俺がいつもより早く起きて、洗面所へ向かった時の話だ。

その日は俺も相当早く起きたはずなのだけど、それよりも早起きしている奴がこの家の中には三人ほどいる。

……俺以外全員なんだけどね。

で、その結果。

桐乃と鉢合わせになったのだ。 洗面所で。

別にあいつが風呂に入っていて、たまたま裸を見ちゃったーとか、そんな●●●●的展開は断じて無かった訳だけど。

あった事と言えば、桐乃が顔を洗っていたというだけである。

13: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:25:26.21 ID:Yc5qDfZr0
が、それを俺自身は別になんとも無い普通の日常的光景だと思ったんだが、どうやら桐乃の方は違ったらしい。

桐乃「ちょ! 見ないでよ!」

そう言い、頬を赤くしながら俺の顔に拳を叩きつけてきた。 台詞は可愛いが、行動が恐ろしすぎる奴だ。

桐乃「朝からあんたと会うなんてサイアク! キモッ!」

前言撤回。 台詞も大分酷くね? もう朝から既に、精神ずたぼろなんすけど!

と、前までの俺なら思っていただろう。 だが、今は違う。 仲良くなっただけあり、大分桐乃語には慣れてきたから大体の意味は分かるのだ。 全部が全部分かる訳じゃないが。

恐らく今のは「やだ、すっぴん見られちゃった!」なのだろう。 顔を隠している事から、それが想像できる。

14: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:25:56.63 ID:Yc5qDfZr0
京介「……へいへい、悪かったな」

その時俺は、すごすごとその場を後にした。

変に絡んでも面倒だし、いつも通りの俺ならそうしているだろうから。

で、問題が起きたのはその後だ。

朝飯を食べ終えて、俺が自室へと戻ろうとした時の事。

丁度階段に足を掛けた所で、後ろから声が掛かった。

桐乃「……ね、ねえ」

15: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:26:25.17 ID:Yc5qDfZr0
振り返ると、桐乃が下を向きながら、もじもじとしながら何かを言いたそうにしている。

……似合わねー!

京介「ん? どうした」

とはさすがに言えないので、用件を尋ねる事にした。 桐乃から話しかけられるというのも今となっちゃ珍しい事では無いが、良くある事でも無いから。

桐乃「……さっき、すっぴん見たでしょ」

それを掘り返すのかよ、お前は。

俺は当然、やべえ、これまた殴られるんじゃね? とか思っていたのだが、次に桐乃の口から出た言葉は予想外の物だった。

16: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:27:03.57 ID:Yc5qDfZr0
桐乃「へ、変だった?」

京介「え?」

桐乃「っ! だ、か、ら!」

桐乃「あたしのすっぴん、変だったかって聞いてんのよ!」

京介「別に、変じゃねえだろ」

桐乃「そ、そう?」

17: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:27:44.89 ID:Yc5qDfZr0
あれ、何だか顔が熱くなってくる。

俯きながら、視線を泳がせて……時折、ちらちらと俺の顔を見てくる桐乃はなんというか。

俺の妹がこんなに……

京介「……可愛い」

桐乃「は、ハア!?」

18: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:28:11.64 ID:Yc5qDfZr0
つい、言葉にしてしまった。 それを聞いた桐乃は顔を真っ赤にして、いつもの様に言う。

桐乃「ばかじゃん!」

そう言われて気付くが、桐乃も大分恥ずかしそうにしているけど、俺の方がよっぽど恥ずかしいんじゃね? これ。

思い出したら止まらず、やばいこれめっちゃくちゃ恥ずかしい!

もうまともに顔を見ることができず、俺は早足で自室へと戻るのだった。 いつもとは多分、逆の立場。

19: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:28:38.41 ID:Yc5qDfZr0
とまあ、大体の関係については分かってもらえただろうか? 今話したのはあくまでも一例で、全てでは無いが。

要するに、すげえ纏めて簡潔に結論だけ話すと、つまりはこうだ。

気まずい。

このひと言に尽きる。 俺と妹は、そんな状態でここ最近を過ごしているのだ。

で、今日。 ついにその妹様が何を思ったか、俺を靴脱ぎ場で正座させていると言う訳だ。 どんな訳だよ!

思わず自分の回想に突っ込んでしまったじゃねえか! それくらい理不尽極まり無いだろ、こんな地面同然の場所に正座させるだなんて。

20: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:29:19.44 ID:Yc5qDfZr0
桐乃「一応……あたしも全部断ってるし」

京介「お前も告られてんの!?」

桐乃「そりゃーそうでしょ。 こんな超美少女なんだから、されて無い方がおかしくない?」

京介「……まあ、そうか」

しかしなんだ、この気持ちは。

多分、俺は今でもこいつの事が好きなのか。 妹としてではなく、高坂桐乃として。

……多分じゃねえよなぁ。 間違いなく、好きなのか。

21: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:29:52.19 ID:Yc5qDfZr0
だってそうだろ。 桐乃が俺の知らない所で告られているってだけで、すげえムカムカするんだもん。 たったそれだけのことで。

あれ? じゃあ今、桐乃が怒っている原因って……そういうこと?

なら、言ってやるか。 兄貴らしく、男らしく。

京介「俺は……お前が嫌だって言うなら、やっぱり誰とも付き合わない。 絶対に、誓って」

桐乃「……へえ。 誰に誓うって言うのよ」

京介「俺自身にだ! もし俺がそんな真似をしたら、ぶっ飛ばしてやる!」

22: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:31:04.13 ID:Yc5qDfZr0
桐乃「京介、それ矛盾してるけど大丈夫?」

京介「うっせ、そう俺が決めたんだよ。 文句あっか」

桐乃「……別にいいケド」

桐乃はふいっと顔を逸らし、そう呟いた。

ううむ。 俺の脳内にある桐乃語翻訳によると、今のは「ありがとう」ってことだろう。

桐乃「それより、あんたは何でそんな場所で正座してんの?」

23: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:31:32.22 ID:Yc5qDfZr0
……はああああ!?

なんだか今、これまでの雰囲気を全てぶち壊す台詞が聞こえたんだが……

待て、待てよ京介。 何かの聞き間違いの可能性がまだ残っている。 はは、そりゃあそうだろうが。 だってさ、考えてみ? 今俺が聞いた言葉をそのままの意味で解釈するとだな……

この妹様は、あろう事か自分で命令して座らせた事を忘れているって事になるじゃねえか。 無い無い。 ボケた婆ちゃんじゃあるまいし。

京介「……なんて?」

だから俺は聞き返す。 妹様の言葉を聞き逃さないように、再度。

24: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:32:19.56 ID:Yc5qDfZr0
桐乃「だーかーらー。 なんであんたは靴脱ぎ場なんかで正座してんの? 汚くない?」

……っかあああ!

うぜえ! なんだこいつ! 可愛くねえ! むかつく! 生意気すぎる!

京介「お前が座れって言ったんだろうが! 自分の言った事を忘れてるんじゃねえよ!」

俺がそう反論すると、桐乃は呆れたように返す。

桐乃「あたしは別に正座しろなんてひと言も言ってませんケド? それに、座れって言ったら普通、せめてこっちに座るでしょ」

そう言い、桐乃はバンバンと床を踏む。 家の中の、フローリングを。

25: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:39:18.93 ID:Yc5qDfZr0
京介「そうならそうと、最初に言えよ!」

桐乃「勘違いの仕方がおかしいでしょ。 座れって言って、その場にすぐ座るなんてあんた犬なの? どんだけ奴隷体質なの?」

うっぜええええ!

が、確かに……冷静になって考えて見れば、俺の行動の方こそ異常だったのかもしれない。 くっそ……すっかり俺も、妹様に逆らえない立場になっているのだろうか。

桐乃「ほら、いつまでもそんな所に座ってないで、行くよ」

京介「あ? 行くって、どこに?」

桐乃「決まってるでしょ。 人生相談」

26: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:40:40.08 ID:Yc5qDfZr0
はは、なるほどね。 これにもどうやら拒否権は無くて、桐乃はこれこそが本題だったのだろう。 その本題に辿り着くまでの過程が、長すぎる気しかしねえけど。

一足先に階段を上り始めた桐乃の後を俺は付いて行く。 そんな背中に、一つ言葉を投げかけてみた。

京介「なあ、もしもお前がさっき言っていたように、俺があそこに座らないで床に座ったら、どうしたんだ?」

桐乃「は? あんたが床に座る権利なんて、あたしが許可しない限り無いに決まってるじゃん」

……容赦ねえな。

27: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:41:30.39 ID:Yc5qDfZr0
という訳で、今に至る。

ん? どんな人生相談だったかって? そんなの、簡単だ。

「あたしとあんたがこれからどうするか」だ。

一度は恋人同士では無くなったとしても、俺は勿論今でも桐乃の事が好きな訳だし……桐乃も多分、同じ気持ちでいてくれていると思う。

そうじゃなかったら、こんな相談無いだろうし。

桐乃も俺と同じ様に、最近のことで悩んでいたんだろう。 そのくらいは、俺にも分かる。

28: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:43:31.04 ID:Yc5qDfZr0
が、だからと言ってどうするか……と言われてもな。

どうしようも無いってのが、正直な所じゃねえか? 世間体、両親、友達関係、将来……と、様々な問題が出てくる訳だから。 俺たちのワガママで、いつまでも周りを巻き込むのか?

桐乃にはそう伝えた。 したらこいつ、ぶちキレやがってさ。

散々俺の事を引っ叩いて……と言うと聞こえは良いが、割とガチでボコされた。 体中ボロボロだ。

そうしてひとしきり暴れた後、疲れたのか桐乃は眠ってしまった。

……俺にどうしろっつうんだよ、マジでさあ。

29: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:44:04.09 ID:Yc5qDfZr0
そりゃ、桐乃の気持ちだって分からなくは無い。 良い方法が見つかれば、それを実行するつもりで俺も考えている訳だし。

けど、なあ。

それにこいつときたら、人の話を最後まで聞きやしねえ。 俺が口を開く度に殴りかかってきやがる。 どんだけワガママお嬢様なんだよ。

……まあ、別に良いけどよ。

京介「……ったく」

桐乃が眠っている横で、呟く。

俺と桐乃の今後、ね。

30: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:45:03.08 ID:Yc5qDfZr0
引き返す事なんて出来ないし、そのつもりも無い。

黒猫や沙織とは未だに付き合いはあるが、他の奴らとはあれから一度も連絡を取っていない。

それもそうだろう。 俺と桐乃は自分でも分かるほどに気持ち悪いし。 距離を取るのは当然なのかもしれない。

そうでなくとも、ただでさえ一度告白して、振られているんだ。 わざわざ連絡を取りたいとも思わないはず。

それに関して言えば、黒猫には本当に感謝している。 あいつのお人好しも、どうやら留まる所を知らないらしい。

だからと言って黒猫や沙織に相談なんて真似、絶対にできねえ。

もししたら「……ほう。 あなた、私に喧嘩を売っているという事で良いかしら?」とか「今すぐ土下座をするか、死ぬか、選ばせてあげるわ」とか黒猫に言われるだろうな。

31: ◆IWJezsAOw6 2013/06/13(木) 15:45:30.27 ID:Yc5qDfZr0
……はあ。 今回の二人の人生相談は、どうやら物凄く難易度が高い。 それはもう、絶壁だ。

それに、一度は結末を迎えた話。 それを掘り返そうとしているんだよな、俺たちは。

そんな馬鹿げた蛇足話に付き合わせるのもあれだが、こんな風にも思うだろ?

やれやれ、全く仕方ねえな。 こんな可愛い妹に頼まれて、断らない兄貴なんて居る訳ねえだろ?

俺に任せろ。

ってな。

威勢良く、せめてそう自分に言い聞かせる様に、決意した。


プロローグ 終

55: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:30:46.23 ID:Sv64O5UL0
京介「アキバに行こうぜ」

日曜日の朝。 リビングのソファーの上。 いつもの定位置で雑誌を見る妹に声を掛ける。

親父は仕事、お袋は近所のお付き合い等と言って、朝から出かけている。 今はまあ二人っきりという事もあり、なんの気兼ねも無く話していられるって訳だ。

そう思ってしまうのもまた、普通の兄妹では無い……のか?

桐乃「……いきなり何?」

すると桐乃は心底嫌そうな顔をして、俺の方へと顔を向ける。 前までなら顔を向ける事すらしなかっただろうに。 こいつもこいつで、興味がある話なのだろう。 俺も実はそれを狙っていたんだし。

56: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:31:50.12 ID:Sv64O5UL0
京介「だから、暇だろ? アキバ行こうぜ」

桐乃「昨日の今日でそれ言うの……?」

ん? そういやそうだ。 昨日の『人生相談』結局有耶無耶になってるんだよなぁ。

京介「こう言うのもあれだけどよ、今はどうしようも無いだろ。 だけど俺は諦めて無いからな。 それだけは言っておく」

桐乃「……そ」

桐乃は素っ気無く言ったつもりなのだろうけど、俺にはとても嬉しそうにしている様に見えた。 だから俺は言ってやる。

57: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:32:21.31 ID:Sv64O5UL0
京介「おう、俺に任せろ」

桐乃「そういうの止めてよ。 駄目になった時、嫌だから」

桐乃「……それに、昨日はああ言ったけどさ。 このままじゃ駄目だと思うんだよね」

桐乃「兄妹でこんなのって、その……色々、大変だろうし」

京介「はっ。 それは自分の為に言ってるのか? それとも、俺の為に言ってるのか?」

桐乃「決まってるじゃん。 あんたの為に言ってるのよ」

京介「なら、俺が別に良いって思えば良いんだよな?」

58: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:32:51.08 ID:Sv64O5UL0
桐乃「それは……!」

桐乃「……分かった。 それは分かっておいてあげる。 けど、あんた失敗ばっかだしなぁ」

京介「おいおい、俺が失敗した事なんてあったか?」

桐乃「……あんたそれ本気で言ってるの? 沢山あったっしょ」

京介「……そうだっけ?」

桐乃「うん」

京介「……今回は違げえんだよ! それで良いだろ!」

59: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:33:22.19 ID:Sv64O5UL0
桐乃「ふうん。 ま、勝手にすれば?」

京介「ああ、勝手にさせてもらう。 で、話を戻すけどよ」

京介「アキバに行こうぜ」

桐乃「……はあ」

すげえやれやれって感じの溜息だな……俺も少し傷付くんだぜ、それ。

桐乃「あんたと行くくらいなら、他の奴と行くっつうの」

京介「分かってねえな、限定商品あるんだろ? 二人一組で貰える今日だけの奴」

桐乃「うっ! 何で知ってんの?」

60: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:33:51.96 ID:Sv64O5UL0
桐乃「ふうん。 ま、勝手にすれば?」

京介「ああ、勝手にさせてもらう。 で、話を戻すけどよ」

京介「アキバに行こうぜ」

桐乃「……はあ」

すげえやれやれって感じの溜息だな……俺も少し傷付くんだぜ、それ。

桐乃「あんたと行くくらいなら、他の奴と行くっつうの」

京介「分かってねえな、限定商品あるんだろ? 二人一組で貰える今日だけの奴」

桐乃「うっ! 何で知ってんの?」

61: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:34:27.03 ID:Sv64O5UL0
京介「……いや、お前が昨日渡してきた雑誌に書いてあったんだが」

てっきり「これが欲しいから、あんた明日アキバに連れて行きなさいよ」っていうメッセージだったと思ったんだが……違ったのか?

桐乃「た、確かに欲しいよ……妹充電器」

桐乃が言う『妹充電器』とは、簡単に言うと電池を充電できる代物らしい。 まあ、どこにでもある充電式の電池とその充電器だと思ってもらえればいい。

が、当然……妹と付くだけの事はあり、充電した際に「ありがとうお兄ちゃん、充電頑張っちゃうね!」との声が流れる仕組みだ。 すげー! 素晴らしい! 誰が特するんだよ!

桐乃「……ふひひ」

居たわ。 俺の目の前に特しそうな奴。

62: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:35:24.31 ID:Sv64O5UL0
京介「で、どうするんだよ? 行くのか行かないのか」

桐乃「行きたい……ケド」

桐乃「でも、さ。 デートみたいじゃん?」

なるほどね。

つまりこいつは「もう付き合っていないのに、デートみたいで嫌じゃん?」って事を言いたいのか。

京介「別にそうでも無いんじゃないか。 兄妹なんだし、変じゃねえだろ?」

桐乃「……かな?」

ちらちらと雑誌と俺と視線を行ったりきたりしながら、桐乃は言う。

63: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:35:51.06 ID:Sv64O5UL0
京介「……おう」

俺もまた、桐乃と宙に視線を行ったりきたりしながら答える。

うわあ、自分で言い出したことだけど、そう言われるとデートとしか思えなくなってきた。 やっぱり取り消そうかなこれ。

桐乃「よ、よし! 分かった!」

桐乃は突然立ち上がると、俺を指差しながら叫ぶ。

京介「きゅ、急に大声出すんじゃねえよ! びっくりするじゃねえか」

64: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:36:18.37 ID:Sv64O5UL0
桐乃「うっさい! あんたがどうしてもって言うからでしょ!? 行ってやるわよ!」

どうしてもなんて、ひと言も言ってねえけどな……

だけど、行ってくれるなら良いか。 誘った甲斐があったって物だ。

京介「はは、んじゃ行くか。 準備済ませてくるわ」

と言い、俺は一度自室へと戻るのだった。

それにしても、どうして俺はこんなことをしているのだろうか。

65: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:36:47.78 ID:Sv64O5UL0
午後一時頃。

俺は何故か、秋葉原駅前で桐乃を待っている。

京介「……おかしいだろ」

散々デートが嫌。 みたいな事を言っておきながら、結局待ち合わせしているって。

それをあいつに言ったら「はあ? 何調子乗ってんの? 京介となんか歩いている所を地元で見られたくないだけだし」と言われた。

何だよ? 翻訳か? 仕方ねえな。

66: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:37:27.18 ID:Sv64O5UL0
多分「京介と歩いているの見られたら恥ずかしいし……地元から離れた所で、一緒に歩こ?」って事だ。 そうであって欲しい。

この俺の脳内に備えられた翻訳機能は、大分俺のそうであって欲しいだとか、そうだと良いな。 みたいな願いというか想いもあるので、もしかしたら外れている可能性も無くは無い。

だからどうだって訳でもないけど。

それに、桐乃は桐乃で寄る所があったらしい。 本当のところはそっちが主な理由だとは思う。

そんな事を考えながら待つ事数分、ようやく桐乃がやってくる。

桐乃「お、やるじゃん。 あたしより早く待ってるなんて」

67: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:37:56.24 ID:Sv64O5UL0
そうかいそうかい。 ちなみに今の時刻は一時半。 約束していた時間は……三時。

前回の失敗を踏まえて、なんと驚け……十一時から俺はここで待っていたのだ!

つうか桐乃も桐乃だよな、約束の時間が最早何の意味も持ってなくね?

京介「いや、俺も今来たところだ」

はあ~。 やばくない? 今の俺ってめっちゃ格好良くない? 一度はこのやり取り、やってみたかったんだよね。

で、俺の最高に格好良い台詞に桐乃がなんと答えたかと言うと。

68: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:38:27.86 ID:Sv64O5UL0
桐乃「でも、京介って朝の十時くらいには家から出て行ったよね」

との言葉だった。 うるせえ、ほっとけ。

京介「……まあ、行くか」

桐乃「うへへ……妹充電器……」

トリップしてやがる。 一体、こいつの頭の中ではどんな光景が映し出されているのだろうか。 兄貴として、少しばかり気になってしまう。

京介「おい、ふらふらしてんなよ。 迷子になるぞ」

69: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:38:54.80 ID:Sv64O5UL0
さすがに秋葉原とだけあり、人の数は結構な物だ。 いくら慣れた町とは言ってもそんなトリップ状態で歩いていたら、普通に迷子になりそうだし。

との理由で、俺は桐乃の右手を掴む。

桐乃「……はっ!」

桐乃「なに手握ってんのよ! キモッ!」

聞いたか? 迷子にならないように心配してこうしてやったと言うのに、この言われ様だぜ?

京介「あー、悪い悪い。 ならせめて普通に歩けよ」

70: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:39:21.98 ID:Sv64O5UL0
桐乃「……ふん」

素直じゃねえよなあ、本当に。

桐乃「ん……」

そう言い、桐乃は左手を差し出してくる。

京介「……握手?」

桐乃「なわけ無いでしょ! 手、繋いでやるっつってんの。 バカ」

京介「お、おう」

……デートじゃねえかよこれ!

71: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:40:05.74 ID:Sv64O5UL0
いやぁ、マジで名目上別れただけだよな、これじゃあさ。 以前と以後で、大した違いって無いんじゃね?

桐乃はそのことに関してはどう思っているのだろうか? 俺的にはこんな感じでいつまでも一緒に居られたらそれで充分ってのはあるけど、桐乃が見ている未来とはどんな物なのだろう。

……俺じゃない他の奴が桐乃の隣に居るのを少しだけ、想像してみる。

……あああああ! 考えたらなんかムカついてきたな! くそ!

桐乃「ちょ、痛いって……」

京介「わ、わりい」

72: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:40:33.80 ID:Sv64O5UL0
ついつい、手に力が入ってしまっていた。 怒られるか……これ。

と思ったのだが、意外にも桐乃は大して怒っておらず、いつも通り喋りだした。

桐乃「京介、あたしと手を繋げたのがそんなに嬉しかったの? チョーキモいんですけど」

そう言いながら、桐乃は愉快そうにケタケタと笑う。

京介「……はっ、んな訳ねえだろ」

桐乃「……ふうん」

桐乃「あたしはさ、京介の事……恋人では無いけど、友達以上だとは思ってるよ?」

73: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:40:59.53 ID:Sv64O5UL0
はい!? え、えっと。

友達以上、恋人未満?

それって、えええっと。

京介「き、桐乃……それって」

やべ。 俺今顔真っ赤だよな。 確実に。

桐乃「だって決まってるじゃん?」

周りの音が聞こえなくなる。 まるで、これじゃあ……あの時みたいだ。 クリスマスイブの、あの時。

桐乃は俺の事を上目遣いで見ながら、小さな唇を開き、声を出した。

74: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:41:25.76 ID:Sv64O5UL0
桐乃「あたし達、兄妹なんだし?」

意地悪そうに笑い、このくそアマはそう言ったのだ。

京介「て、てめえ! 思わせぶりな事を言うんじゃねえよ!」

桐乃「はあ? そっちが勝手に勘違いしたんでしょ? シスコン」

京介「う、うぐぐぐ」

桐乃「あーヤダヤダ。 チョーキモっ!」

京介「……うっせえブラコン」

75: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:41:52.09 ID:Sv64O5UL0
後悔先に立たず。

どうやら、その言葉は桐乃の地雷原だったらしい。 それも、とても強烈な。

問答無用、手加減無しの金的がまずは炸裂する。

腰を曲げ、前屈みになった俺の頭を桐乃は掴み、続いて顔面に膝蹴り。

うめき声を出しながら顔を抑える俺に腹パン。

で、最後に腹を抑えた所為でフリーになった顔にビンタ。

格ゲーだったら、4comb! と表示されている筈である。

76: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:42:17.57 ID:Sv64O5UL0
それからしばらく経って。

とか言って簡単に済ませたけど、マジで大変だったんだからな? 鼻血は出るし、下腹部はまだ痛いし、頬はヒリヒリするし。

桐乃は俺が回復するまでの間、傍に居てはくれたけど、ずっと「次同じ事を言ったら、二倍だかんね」との言葉を延々と言っていた。

……すっげえ理不尽っぷりだ。 自分は散々俺に対して言ってきていると言うのに。

この理不尽さに耐えられる俺も、第三者から見たら相当な聖人じゃねえの? 冗談抜きでさ。

で、今は並んで目的地へと着いた所なんだけど。


77: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:42:45.68 ID:Sv64O5UL0
……なんだけど。

京介「お、おい……桐乃?」

横に居る桐乃に視線を向けると、滅茶苦茶青ざめた顔をしていた。

……こいつも予想外だったって事かよ。

今、目の前にあるデカイ広告。 それは今日だけ限定発売の『妹充電器』の広告だ。

何も、値段が高いって訳じゃない。 売り切れていたって訳でも無い。

むしろ、すげえ数の在庫がまだ残っている。

道行く奴も、目の前で足を止めるが……購入まで行く奴は一人も居ない。

78: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:43:15.46 ID:Sv64O5UL0
何故かって? 広告にでっかく書いてあるんだよ。

『二人一組、一つまで購入可能です! *ただし兄妹に限る』

ふっざけんなよ! どんなふざけた条件だよ!? 考えた奴絶対頭おかしいだろ!?

しかもご丁寧に、身分証の提示まで求めてやがる! 正気か!?

どこの世界に妹を連れて、秋葉原まで来て『妹充電器』とかいう妹アイテムを買う兄が居るんだよ!?

しかも妹の目の前でだぜ!? 万が一そんな奴が居たら、正気を疑うね、俺は。

79: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:43:48.27 ID:Sv64O5UL0
クリスマスの時はカップル限定、だったけどさ。 兄妹限定って実際、それより難易度めっちゃ高くねえか?

ふっつーのアイテムならまだ良いぜ? アクセサリーだとかね。 でもさ、よりにもよって妹系のオタグッズだぜ?

そりゃ買う奴なんていねえわな! どんな顔して買えって言うんだよ。 買う奴の顔が見てみたいよ俺は!

この条件を考えた奴は確実に、物を売る気ねえだろ。 明らかに嫌がらせとしか思えない。 或いは、どこかでその光景を見て楽しんでいる変態だ。

京介「……こりゃ、諦めるしかねえな」

桐乃「……うう、残念だけど」

桐乃がここまで簡単に引き下がるって事実が、どれだけその条件がヤバイのかを物語っているだろ?

もう一度言わせて貰おう。 兄妹でこれを買う奴が居たら、俺は正気を疑うね!

80: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:44:14.61 ID:Sv64O5UL0
桐乃「まさか……あたしとした事が身分証を忘れるなんて……」

……ん?

桐乃「人生最大の失敗……カモ」

京介「身分証……? なら、俺持ってるけど」

桐乃「え!? マジ!?」

はん? なんだこの流れ。

桐乃「もう、それを先に言いなさいって。 京介が持ってるなら大丈夫じゃん」

一瞬ですげえ笑顔になったなぁ。 こいつ。

81: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:44:41.89 ID:Sv64O5UL0
京介「えーっと。 何が?」

桐乃「はあ? だから身分証を出すのは一人だけで良いって書いてあるじゃん。 つまり片方が持ってれば買えるってワケ。 分かる?」

いや、言っている意味は分かる。 そうだよね。 確かにそれなら『妹充電器』は買える。 それは否定しない。

けど、けどさあ! 桐乃さん!

京介「きょ、兄妹であれを買うのかよ!?」

桐乃「何言ってんの。 当たり前じゃん?」

当たり前なんだ。 俺が間違っていたのかな。

82: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:46:05.03 ID:Sv64O5UL0
……でもなあ。

ちらりと、桐乃に視線を移す。

桐乃「なに? もしかして兄妹よりカップルとして見られたいとか? キモッ」

……うぜえ。 心底うぜえ。

桐乃「早くしなさいよ。 あんたが行かなきゃ買えないでしょ? 何の為にあんたはここに居るのよ」

京介「あー! 分かった分かった! 買えば良いんだろ!?」

京介「おら、行くぞ!」

83: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:46:40.91 ID:Sv64O5UL0
もう知った事か! 言っとくが恥をかくのは俺だけじゃねえんだからな。 一緒に居るお前も同じなんだぜ?

その辺、分かってるのかね。 桐乃は。

「いらっしゃいませー。 妹充電器ですか?」

半ばやけくそになりながら売り場付近まで行くと、すぐに店員のお姉さんが俺たち『兄妹』に向かって話しかけてくる。 もうそれだけで、十分気まずい。

京介「……は、はい」

「身分証はございますか?」

と言われ、鞄から取り出そうとした所で、服の袖を引っ張られた。

84: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:47:34.68 ID:Sv64O5UL0
俺の服を引っ張る奴はこの状況なら一人しかいないはずだが、一体何だってんだ?

まさか、ここまで来て「やっぱり……」とか諦めてるんじゃねえんだろうな?

俺はもう決心してんだよ。 お前と一緒に恥を掻くってなあ!

桐乃「お兄ちゃん、ここなあに?」

……このヤロー! 裏切りやがった! マジでひでえ! 信じられねえ!

これじゃあ俺が「何も知らない妹を連れてきた変態兄貴」だと思われるじゃねえかよ!

85: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:48:10.90 ID:Sv64O5UL0
桐乃「妹充電器って、なあに? お兄ちゃん」

店員さんに目を向けると、大分顔が引き攣っていた。 俺も多分、一緒だろう。

桐乃「ねー。 早くお家に帰ってお風呂入りたいよ。 一緒に入ろうよー」

妹は天使だとか赤城はよく言っていたが、俺には多分一生分からない感覚だな。

こいつは悪魔よりももっと酷い……今すぐにでも俺は死にたい。

京介「は、ははは」

「……はい、確認しました」

店員さんはこれでもかというくらい、俺に侮蔑の眼差しを向けていた。

86: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:49:27.72 ID:Sv64O5UL0
桐乃「あっはははは! さっきの京介、チョーキモかったよね~」

俺の人生を左右しかねない一仕事を終え、近くにあったファーストフード店で休憩中、もう堪え切れないと言った感じで桐乃が笑いながら感想を言う。

デートでファーストフードはありえないとか前に言っていた気がするけど、今日は別に構わないらしい。

こいつは多分、今日のがデートでは無いと思っているのだろう。 そういった細かい事に気付く自分は果たして成長しているのか?

……俺は一応、デートだとは思っていたんだけどなぁ。 まあ、思っていても口には出さない。 怒りそうだから。

しかし、これは気付きやすくなったと言えるのかね?

俺が思うに、ただ飼いならされているだけな気がしてならないんだけど。

87: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:50:28.41 ID:Sv64O5UL0
京介「誰の所為だよ! 誰の!」

桐乃「別に良いじゃん? あたしの欲しい物を買えたんだから、光栄に思いなさいよ」

すげえ台詞だよな。 真顔でこれを言う奴って、俺はこいつ以外知らねえぞ。

京介「……はあ、とっても光栄です」

俺が素直にそう言うと、桐乃は完全にその台詞をシカトして、答える。

桐乃「あ、そーだ。 お礼ってほどでも無いんだけど……ご褒美あげる」

88: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:51:12.47 ID:Sv64O5UL0
京介「キスでもしてくれんの?」

桐乃「ばっ……! するワケ無いじゃん! 死ね!」

なんだよ、ちょっとだけ期待したっつうのに。 まあ八割方冗談だったけどな。

京介「じゃあ何してくれんの?」

桐乃「何もしない! あたしが言ってるのは物をあげるって言ってんの!」

桐乃「ほら……これ、あげる。 別にあんたの為に買ったワケじゃないからね?」

89: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:51:38.77 ID:Sv64O5UL0
そういや、最初待ち合わせをする前にどっかに寄って行くとか言ってたな。 その時は別行動だったから、どこに行ったかは知らないけど。

桐乃「ま、大した物じゃないケド」

そんな事を言いながら、桐乃が渡してきたのは小さな箱だった。

京介「……開けてもいいか?」

桐乃「勝手にすれば」

へいへい、んじゃあ勝手に開けさせてもらいますよっと。

包装を解き、箱を開けると……そこには、腕時計が入っていた。

京介「……おお、おお!」

90: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:52:06.46 ID:Sv64O5UL0
桐乃「な、なによ。 あたしがプレゼントをあげるってのが、そんなに珍しい?」

京介「いや……正直、フィギアでも出てくるのかと思ったからさ」

桐乃「ふ、ふん! それ本当は自分に買ったんだけど、買ってからメチャクチャダサいことに気付いて、それならダサいのが似合うあんたにあげようかなって思っただけだかんね」

ひでえ言われ様だ。 何もそこまで言わんでもって思うが。

京介「はは、そうかそうか」

桐乃「キモ……何にやついてんの?」

京介「なんでもねえよ」

91: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:52:34.32 ID:Sv64O5UL0
つまり。

この腕時計が見る限り男物っぽいのもたまたまで、プレゼント用の包装がしてあったのもたまたまで、桐乃が今日持っていたのもたまたまで。

そういうこと、なんだろう。

京介「サンキュー、桐乃」

桐乃「うっさいわね。 ゴミなんか貰って、そんな嬉しいの?」

京介「ゴミじゃねえよ。 妹からのプレゼントだぜ? 一生の宝物にしてやる」

桐乃「……シスコン」

92: ◆IWJezsAOw6 2013/06/14(金) 13:53:02.20 ID:Sv64O5UL0
こうして、ある春の日の日曜日は終わる。

ぶっちゃけると、この前の話と今日の話、これは単なる始まりにしか過ぎなかった訳だ。

本当に大変なのはこれから。 俺たちの戦いは始まったばかりだ! みたいな感じ。

手始めに、この日。

桐乃と一緒に家に帰ってから、そりゃあもう大変な事になるんだよ。


第一話 終

107: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:05:51.13 ID:Oc10eQiv0
京介「ただいまー」

あの後、ついでだからと言って他の買い物を済ませた俺たちは、日が沈みかけている頃にようやく家へと着いた。

俺は特に欲しい物が無かったので、メインは勿論桐乃の買い物だけどな。

靴を脱ぎ、リビングの横を通り、階段に足を掛けたとき、リビングの方から俺たちに声が掛かる。

佳乃「京介、桐乃。 ちょっと来なさい」

何だろうか? お袋がこういう風に呼び出すのは、少しばかり珍しい。

放任主義……とまでは行かないが、親父に比べると大分ぬるいというか、説教というのはあまり無い。

なので、こんな感じで呼ばれたのにはそれなりの理由があるのだろう。 それに気付いたのはどうやら桐乃も同じだった様で、顔から緊張している様子が見て取れる。

俺と桐乃は互いに顔を見合わせた後、大人しくリビングへと向かった。

108: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:06:16.56 ID:Oc10eQiv0
食卓の定位置、俺が左側に座り、桐乃が右側に座る。

お袋は俺の正面に座り、なんだか顔色は若干悪い。

京介「どうしたんだよ? お袋」

佳乃「……」

佳乃「二人とも、最近仲が良さそうね」

……なんだ、この流れは。 デジャヴというか、実際に前にあったことだ。

嫌な予感がすげえする。 悪寒が走る。

109: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:06:42.53 ID:Oc10eQiv0
京介「……悪い事か? 兄妹仲が良いってのが」

佳乃「そうは言って無いわよ。 今日も二人で出掛けていたんでしょ?」

桐乃「そうだけど……」

佳乃「仲が良いのね、本当に」

お袋はそれを何度も言う。 仲が良いのね、と。

何かを言い聞かせるように、そう言っていた。

110: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:07:13.45 ID:Oc10eQiv0
京介「お袋、どうしたってんだよ。 それだけか?」

せめていつも通りを装って、俺は言う。 お袋が言いたい事ってのはなんとなく分かってしまったから。

桐乃の顔は青ざめていて、こいつもお袋が俺たちを呼び出した理由に行き着いた様だ。 テンパって変な事を言わなきゃ良いが。

佳乃「……分かったわ。 桐乃」

お袋は言い、桐乃の顔を真っ直ぐと見つめる。

いつもの雰囲気では無く、真剣そのものといった感じだ。 桐乃もそれに呑まれ、お袋から視線を外せずにいた。

111: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:07:41.03 ID:Oc10eQiv0
桐乃「な、なに?」

お袋は一度息を吐き、少しの間を置くと口を開く。

佳乃「どうしてあなたの部屋に、京介の制服があるのかしら?」

……やっべえ。

俺の部屋に桐乃の物があるのは、まだなんとか言い訳を考えてあった。 言い訳というか、これは俺の物だ。 とでも言えば納得させられると思っていたから。

が、桐乃の部屋にある物については何も考えていない。 正直、いくらお袋でも勝手に桐乃の部屋に入るのは想定外だったんだ。

……くっそ、どうするかな。

112: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:08:11.61 ID:Oc10eQiv0
桐乃「そ、それは!」

案の定、桐乃は言葉に詰ってしまう。 やはり、俺がどうにかしないといけない様だ。

京介「お、お袋。 それより問題は勝手に桐乃の部屋に入ったことじゃねえか? いくら親でも、そりゃ良くないんじゃねえのかな」

苦し紛れの発言ってことは自分でも分かっている。 なんとか論点をずらさないと……との思いが強かったから。 話を少しでも逸らして、有耶無耶にできれば儲け物だし。

佳乃「そうね。 本当はしたくなかったのよ、こんな事は」

佳乃「けど、あなたが高校を卒業する前、桐乃が中学を卒業する前の話だけど」

佳乃「毎朝桐乃の部屋に行く京介を見たら、何かあったんじゃないかと思うじゃない?」

113: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:08:44.48 ID:Oc10eQiv0
冷静に思い返してみれば、確かにそりゃそうだ。 墓穴掘りまくりじゃねえかよ。 くっそおお。

佳乃「それで、勝手に部屋に入るのは良くないと思ったけど、今日もあなた達、一緒に出掛けたでしょ」

良く言うぜこのババア。 俺の部屋には勝手に入って、あろうことか宝物を全て把握してるっつうのに。

佳乃「それを知って、今日桐乃の部屋を確認したのよ。 そしたら」

佳乃「……京介の高校の時の制服があったから、ね」

114: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:09:11.00 ID:Oc10eQiv0
てめえ隠しとけよ桐乃! と思いながら桐乃の方に顔を向けると、桐乃はすっかり黙り込んでしまっている。

駄目だ。 やっぱりこういう時の桐乃は頼りにならない。 普段なら、めっちゃ頼りになるんだけどな。

やっぱりなんとかするとしたら、俺が言わないと。

どうする。 どうやって乗り切ればいいんだよ、これ。

通常じゃ絶対にありえないことだから……だからお袋は、こういう風に俺と桐乃を呼び出しているんだろ?

なら、そう思わない様にすればいいんだよな。 だったら……!

115: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:09:49.50 ID:Oc10eQiv0
京介「……お袋、聞いてくれ」

京介「あれにはな、ちゃんと理由があるんだよ」

佳乃「理由?」

京介「ああ……俺の制服が桐乃の部屋にあるのはだな」

京介「つまり、コスプレなんだ」

佳乃「コ、コスプレ?」

116: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:10:17.13 ID:Oc10eQiv0
うわあ、視線が痛い。 俺のことじゃねえのに、すげえ恥ずかしいぞこれ。

京介「桐乃が、今度友達とそういう集まりがあるんだよ。 学園系のコスプレでな」

京介「で、さすがに自分の中学時代の制服は着れないし、今の制服も知り合いに見られたらあれだろ?」

京介「だから、男装しようってなってだな……俺の制服を桐乃が借りてるって訳なんだよ。 着こなし方とかもあるからさ、しばらくの間桐乃に貸してるんだ」

佳乃「……随分と変な集まりね? その、やましいことじゃないわよね」

京介「んな訳ねえだろ!!」

117: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:10:44.41 ID:Oc10eQiv0
途中から桐乃にゲシゲシと足を蹴られているが、もう気にしたら負けだろう。 説教なら後でたっぷりと受けてやる。 今大事なのは、この場をどう乗り切るかなのだから。

京介「桐乃の趣味については、お袋もある程度知っているだろ? 同じ趣味同士の集まりみたいな物だよ。 俺も一緒に付いて行くし、心配する様なことは無い」

佳乃「そう……なら良いけど」

佳乃「最後に一つだけ、聞かせてちょうだい」

お袋はそう言うと、桐乃の顔を見て、次いで俺の方に顔を向け、口を開く。

最後に一つ。 一体、何を言うのだろうか。

118: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:11:12.71 ID:Oc10eQiv0
佳乃「嘘はつかないでね」

お袋は前置きをして、言った。

佳乃「あなた達、妙な関係にはなって無いでしょうね?」

視線を逸らさず、俺たちの回答を待っている。

おいおい、最後にこれかよ……

桐乃に任せる訳には、いかねえな。 任せたら任せたで、変な事を言いそうだしさ。

ああ、くそ。 今日は割りと良い日だと思っていたのに、とんだ厄日じゃねえかよ。

119: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:11:52.12 ID:Oc10eQiv0
京介「……ねえよ。 ある訳無いだろ?」

佳乃「……そう。 分かったわ」

怪しまれているだろうか……? お袋の言葉に即答できなかったのは、まずかったか?

佳乃「今は京介の言葉を信じるわね。 だけど」

佳乃「京介、あなたはもう一度一人暮らしをしなさい」

京介「……へ? 何で?」

120: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:12:19.00 ID:Oc10eQiv0
佳乃「京介と桐乃がどうってのも、そりゃ少しはあるけどね。 お父さんと話して決めた事よ」

桐乃「で、でもいきなりだなんて!」

おい馬鹿、黙ってろお前。 ここで急に口を挟んだら、変に勘違いされるじゃねえかよ!

佳乃「元々、京介は大学から一人暮らしも考えていたんでしょ? なら良いと思うんだけど」

……お袋は多分、口ではそう言っているが心の奥では俺と桐乃の事を疑っているのだろう。

それだけの理由も、証拠も、きっちりとある訳だしな。

それに、その疑いってのは的を射てしまっているんだ。 だから、この場で俺が出す答えでその疑いが確証に変わってしまう可能性もある。

121: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:12:45.96 ID:Oc10eQiv0
京介「……分かった。 一人暮らし、すれば良いんだろ?」

桐乃「ちょっと、京介!」

京介「別に良いじゃねえか。 俺が一人暮らししたって、あいつらと遊べなくなる訳じゃねえだろ?」

と、敢えて友達を引き合いに出す。 桐乃が嫌がっているのは、俺本人では無く、あくまでも友達がってのを伝わるように。

桐乃「……だけど」

桐乃もそれは分かっていると思う。 だから、それ以上文句を言う事は無かった。

佳乃「決まりね。 今日の夜、お父さんと話しましょうか」

って訳で、高坂京介二度目の一人暮らしが決まったのだった。

122: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:13:18.32 ID:Oc10eQiv0
親父との話が終わり、決まった場所は前回と同じ場所。

大学からそれほど遠くは無いので、その点に関しては全く不便では無い。

問題は、いきなり明日引越しって所くらいか……

予め、話は決まっていたって考えるのが無難だよな。 この場合。

ったく、本人が知らない所でどんどん話を進めやがって。 お袋も親父も、何考えてんだか。

それもそれで意外な展開だったんだけど、もう一つだけ意外な事があった。

俺自身、自分でもびっくりするほどにイライラしているのだ。

123: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:13:48.79 ID:Oc10eQiv0
前も同じ様な事があった気がする。 同じパターンで、同じ様な気持ちになった事が。

はは、なるほど。 今になって分かった。 あの時、テンションがあがらなかった理由。 それがもう俺にははっきりと分かっていた。

京介「……くっそ」

桐乃と、離れたく無い。

むしゃくしゃするな、ちくしょう。

125: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:14:12.59 ID:Oc10eQiv0
確かに、今回のお袋の行動は正しかったんだろう。 現に俺と桐乃はお袋の言う『妙な関係』に一度なってしまっているし。

けど、それでも俺はやっぱり----------

バタン、と音がした。

こんな夜中に俺の部屋を訪ねる奴は、一人しか知らない。

音のした方に顔を向けると、予想通り……桐乃が居た。

126: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:14:38.92 ID:Oc10eQiv0
京介「……どうした」

桐乃「分かるでしょ、そんなの」

桐乃「……人生相談」

京介「おう」

俺は精一杯笑いながら、超不機嫌そうな桐乃にそう言ってやる。 空元気って奴だな、こりゃ。

127: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:15:11.78 ID:Oc10eQiv0
桐乃「あんた、本当に一人暮らしするつもりなの?」

桐乃の部屋に行き、お互いがいつもの定位置に座ったところで、本題へと入った。

京介「まあな。 変に断るよりは、怪しまれないだろ? それに、もう決まってることだったしな」

桐乃「でも! だって、今はもうそんなの関係無いじゃん。 あたしとあんたは普通の兄妹でしょ?」

桐乃はそっぽを向いて、呟く。

128: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:15:57.75 ID:Oc10eQiv0
京介「そうだけどよ……お袋が言っている事が、間違いじゃないってのもあるだろ?」

京介「いつまでになるかは分からねえけど、もう会えないって話でもねえしな」

京介「お袋の疑いを晴らす為にも、こうするしか無いのは分かって欲しい」

桐乃「……ふうん。 あんたはあたしと離れたいんだ」

なんでそうなるんだよ! めんどくせえ奴だな!

129: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:16:27.40 ID:Oc10eQiv0
京介「離れたくねえよ! お前とは一生一緒にいたいに決まってんだろ」

桐乃「……キモッ。 変態兄貴」

ああ言えばこう言うって感じだよな、こいつ。

京介「わりいかよ……言っとくけどな、俺はさっきまですんげえ落ち込んでたんだからな。 一日でもお前に会えないとか耐えられん!」

桐乃「ふ、ふうん」

京介「つうか、お前はどうなんだよ?」

130: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:16:56.55 ID:Oc10eQiv0
桐乃「へ? あたし?」

京介「お前は、俺と離れられて嬉しいのかって聞いてんだ」

桐乃「それ聞くこと? マジ顔で何言ってんの? ちょーキモイ!」

桐乃「大体さ、あたしがそんなんで落ち込むとか思ってんの? 自意識過剰すぎ!」

京介「……そうかよ。 んじゃあ、別に俺が一人暮らししても文句はねえんだよな?」

桐乃「ふん! ある訳ないっつうの!」

可愛くねえええええ!!

131: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:17:23.16 ID:Oc10eQiv0
良いぜ良いぜ、分かったよ。 意地張りやがって。 だってお前めっちゃ泣きそうじゃねえかよ。 矛盾しすぎだっつうの。

そんなの、一々言わないけどよ。 こいつが寂しがってるのも何だか少し見てみたいし、素っ気無く行ってやるよちくしょう!

京介「へいへい、分かりましたよ。 んじゃあまた明日な」

桐乃「……ふん」

京介「何だよ、まだ何か話でもあんのか?」

桐乃「無い。 早く出て行け」

京介「……へいへい」

132: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:17:52.61 ID:Oc10eQiv0
桐乃の部屋から出て、俺は部屋へと戻る。

ったく、憎たらしい奴だ。 せめて今日くらい「行かないでよ……お兄ちゃん」くらい言ってみろや! お前が大好きな妹ゲーの妹たちは、このシーンだったら間違い無く言ってる台詞だからな。

そんで、次のシーンでは●●シーンに移ってるんだよ。

…………望んでねえからな? 俺と桐乃がそうなるだなんて。 いやだけど、そういう願望が皆無かっていうとそうでも無いんだけどな……って俺は何を考えているんだよ。 とにかくこう、あれだ。

桐乃の事は大切にしたいし、今は隣に居られるだけで、俺は良いんだ。

133: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:18:19.31 ID:Oc10eQiv0
そういうこと。 分かるだろ? しかし俺と桐乃がこのままワガママを続けていれば、周りに迷惑が掛かってしまうんだ。

その結果は、言わずもがな。 俺も子供で、桐乃も子供。 俺はもう大学生だから、多分家を追い出されるんだろうな。 両親のどちらも桐乃側になるだろうし。

俺がそそのかしただとか、そんな感じになるんだろう。 あくまでも予想なので、実際そうなるのかは分からないけど。

で、一生桐乃には会えないと。 最悪な、くそつまらない結末だよな、それじゃ。

だから分別は付けないといけない。 せめて……今だけは。

その日は眠れず、朝が来るまでずっとベッドの上でそんな事を考え続けていた。

134: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:19:55.33 ID:Oc10eQiv0
翌朝、とは言っても一睡もしていない。

窓から差し込んできた太陽の光りで、朝だと分かっただけだ。

起きて、飯を食べて、歯を磨いて、顔を洗って、着替える。

その後は荷物をまとめたのだけど、今回ばかりはいつまでの期間なのかが分からないってのもあるから、結構な量になっていた。

必需品や、桐乃が前回くれた冷蔵庫などを親父が借りてきた軽トラへと乗せる。

135: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:20:22.50 ID:Oc10eQiv0
●●●●は……いらねえよな? 思い出の品ではあるが……これを見て思い出を振り返るとか、すげえ可哀想な奴に思えてしまうし。

他に持っていくべき物は……大丈夫か。

そんなこんなで適当に準備を済ませていると、出発の時間はすぐにやってきた。

この家からそれほど遠い場所では無い。 来ようと思えばいつでも来れる距離。

だけど、俺にはどうしようも無く遠い距離に思えた。 どうしてかは分からないが。

136: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:20:52.30 ID:Oc10eQiv0
靴を履きながら、溜息を付く。 また面倒くせえことになっちまったな、と。

そんな風に気分が落ち込んだ所にお袋が見送りに玄関までやってきた。

佳乃「何か困った事があったら、連絡しなさいよ?」

京介「おう。 そん時は遠慮なく、頼らせてもらう」

とある事を言うべきか言わないべきか、少し悩んだ。 これを聞いたら、また疑われるんじゃねえかって考えて。

しかし、そう簡単に見過ごせるほど小さい物でも無かった様で、気付いたら勝手に口を動かし、お袋に尋ねていた。

137: ◆IWJezsAOw6 2013/06/15(土) 13:21:59.29 ID:Oc10eQiv0
京介「なあ、桐乃は?」

佳乃「あの子、今日は朝練があるとか言って随分早くに家を出て行ったわよ」

ふうん。 あっそ。

いつもなら家に居る時間だというのにねぇ。 素直じゃない奴だ、馬鹿め。

京介「んじゃ、行って来ます」

佳乃「はいはい。 行ってらっしゃい」

こうして、人生二度目の一人暮らしは始まったのだった。


第二話 終

154: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:21:17.06 ID:jWXQE+VV0
京介「しっかし、一人暮らしつってもする事がねえな……」

こんなことなら、●●●●の一つや二つ持って来れば良かったか?

大学生ってのも、結構暇なんだよなぁ。

黒猫や沙織は学校だろうし、何より桐乃抜きであいつらに会うのは今となっちゃ少し気が引けてしまう。

となると、暇潰しも大分限られてきてしまうよな。 テレビも見飽きてきた事だし……

出掛ける、って言っても行く場所がなぁ。 あーくそ、マジで暇人じゃねえかよ俺。

155: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:21:46.69 ID:jWXQE+VV0
壁に背中を預けて、天井のシミを数えるのも大分飽きてきた。

気分は収監された犯罪者ってところか、暇より辛い物ってこの世に無いんじゃねえのか?

ううむ。 やはり一度家に帰って、適当に桐乃から貰った●●●●でも持ってくるか?

……いや、それはちょっとあれだよな。 ついさっき、少しばかり感動的な別れをした奴がのこのこと●●●●を取りに来たって最悪じゃねえか。

●●●●を取りに来たってのがばれなきゃいいんじゃとも思うけど、ばれた時が最悪な結末になるのは間違いない。

だってよ、俺が一人暮らしをさせられた理由の一つに、妹である桐乃の事があるんだぜ?

で、桐乃が俺に渡す物っては大体が妹系だ。 つうかそれ以外は殆ど無い。

後はまあ、分かるよな? それを見られたら最悪な結末になるって事くらい。

156: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:22:27.95 ID:jWXQE+VV0
京介「……少し寝るかな」

一人で呟いても、それに返答する奴はいない。

布団に寝転がり、目を瞑る。

……

……背中が痒いな。

……

……寝れねえ!!

157: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:22:57.69 ID:jWXQE+VV0
絶対睡眠時間は足りて無いはずなのに、全く寝れねえ!

京介「……アー」

よし、寝るのは諦めた。 次にする事を考えよう。

……んー、そういや昼飯まだだっけ。

適当にコンビニでも行って、弁当でも買うか。

幸い、生活費は支給されているし。

ついでだし、その辺をぶらぶら散歩でもするかぁ。 気分はあれだ、ニートってやつ。

158: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:23:26.56 ID:jWXQE+VV0
次の行動を決めた俺は財布を持ち、ドアに手を掛ける。

その瞬間、俺の意思とは無関係にドアが向こう側へと引っ張られた。

京介「……うおっ」

桐乃「きゃ!」

京介「き、桐乃?」

おいおい。 何してるんだよこいつは。

京介「えっと……何してんの?」

159: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:23:52.52 ID:jWXQE+VV0
桐乃「はあ? わざわざ会いにきたっていうのに、何それ。 ムカツクんですケド」

京介「いや、そりゃあ嬉しいけどさ……まずくねえか?」

桐乃「なにが?」

分かってねー! こいつもしかして、何も話聞いてなかったんじゃねえの!?

京介「だから、俺とお前の仲が疑われたからってのもあるだろ? 前回と一緒でさ」

京介「そんな状態の俺に、お前が会いにきたらまずいんじゃねえの?」

160: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:24:18.17 ID:jWXQE+VV0
桐乃「あー、それね。 大丈夫大丈夫」

京介「……やけに自信満々だな。 なんか理由あんのか?」

桐乃「だって、内緒で来ているワケだし」

京介「お、お前なぁ……」

頭を抱えたくなるよ、本当にさ。

京介「ばれたらどうすんだよ? お前が今日みたいに出かけてたら、ばれるのも時間の問題だと思うんだが」

桐乃「だーかーらー。 この時間じゃん?」

161: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:24:47.67 ID:jWXQE+VV0
この時間……って、普通に昼だけど。 何を言いたいんだ、桐乃は。

うーむ。 あれ、もしかしてこいつ。

京介「……お前、学校は?」

桐乃「ひひ、サボり」

ばれても知らねえぞ、そこまで責任持てないっつうの。

162: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:25:18.95 ID:jWXQE+VV0
玄関でいつまでも喋っているのもあれなので、一旦は桐乃を部屋の中へと入れる。

桐乃「にしても、つまんない部屋だよね」

京介「お前の私物は置くんじゃねえぞ?」

桐乃「チッ……なんで一人暮らししてんのさ、それなら」

それには色々理由あるけどよ、少なくともお前の私物を置く為に一人暮らしをしている訳じゃないってのは、声を大にして言えるからな?

京介「つうか、そこまでして俺に会いたかったのかよ?」

お茶を桐乃の前に置きながら、俺は嫌味ったらしく笑い、桐乃に話しかける

163: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:25:47.18 ID:jWXQE+VV0
桐乃「何言ってんの? あんたが昨日「一日でもお前に会えないとか耐えられん!」って言ったんじゃん?」

言いましたね。 そういえば。

桐乃「だからこうして来てあげてるのよ。 あたしの優しさってワケ。 学校さぼったのも、あんたの所為だからね」

俺の所為かよ……別に学校終わった後でも良かったんじゃねえの? それ。

京介「……まあ、嬉しいけどな」

桐乃「でしょ? でしょでしょ? もっと感謝しても良いんだよ?」

桐乃「感謝ついでに、あたしのコレクションを飾りたいなぁ」

おい、お前それが本音だろ。 絶対許可しねえからな。

164: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:26:13.20 ID:jWXQE+VV0
京介「断固拒否だ。 持ってくるのも大変じゃねえか。 途中で知り合いにあったらどうすんだよ」

桐乃「その辺はあんたがなんとかしなさいよ」

桐乃「まあ、それは今度でいっか……きゃあ!」

京介「ど、どうした!?」

桐乃「あ、あああんた! アレ! ゴキブリ!」

京介「うわ、マジだ」

桐乃「マジだじゃなくて!! 早くどうにかしてよ!」

165: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:26:40.04 ID:jWXQE+VV0
うるっせえなぁ。 ゴキブリの一匹や二匹、こんだけ年季が入ったアパートなんだからいても不思議じゃなくね? 確かに不快だから処分はするけどさ。

それにお前のすぐ傍にいるって訳でも無いのに、やかましい奴だ。

……ふむ。 なるほど。 これ、ひょっとしたらチャンスじゃねえの?

いいや、とにかくまずはゴキブリ駆除。

すげえ詳細に表現しても良いが、R18指定になりそうなので割愛させてもらおう。 結果だけ言うと、トイレに旅立ってもらった。

166: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:27:05.19 ID:jWXQE+VV0
京介「ほら、これで良いだろ?」

桐乃「う、うん」

いつもの勢いはどこ行ったんだよ。 桐乃は未だに座りこんで、口をパクパクさせている。 どんだけ苦手なの? お前。

京介「お、おい桐乃。 お前の足元にもう一匹----------」

桐乃「きゃあああああああああああああ!!!!」

言い終わる前に桐乃は叫ぶ。 近所迷惑だからもうちょっと静かに頼むよ、マジでさ。

で、ぶっちゃけると俺の発言は冗談だった訳だが、桐乃はそれを信じきってしまった様で、そのまま俺に抱き付いてきた。

……おおう。 おう。

167: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:27:33.32 ID:jWXQE+VV0
京介「……ええっと、大丈夫か?」

桐乃は黙ったまま、首をふるふると振る。 どうやら大丈夫では無いらしい。

京介「いや、その……悪い、今のは冗談だから……さ」

その言葉を受け、桐乃は全身をぴくっと震わせる。 俺はというと、多少の鉄拳制裁はもう覚悟していた。

桐乃「ほ、本当に?」

京介「……あ、ああ。 悪かった」

桐乃「……そう」

次の瞬間には殴られるかなぁ。 と思ったんだが、桐乃はというと、へなへなとその場に座り込んでしまう。

……どんだけ苦手だったんだよ、こいつ。

168: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:28:02.26 ID:jWXQE+VV0
京介「……ええっと、大丈夫か?」

桐乃は黙ったまま、首をふるふると振る。 どうやら大丈夫では無いらしい。

京介「いや、その……悪い、今のは冗談だから……さ」

その言葉を受け、桐乃は全身をぴくっと震わせる。 俺はというと、多少の鉄拳制裁はもう覚悟していた。

桐乃「ほ、本当に?」

京介「……あ、ああ。 悪かった」

桐乃「……そう」

次の瞬間には殴られるかなぁ。 と思ったんだが、桐乃はというと、へなへなとその場に座り込んでしまう。

……どんだけ苦手だったんだよ、こいつ。

169: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:28:31.57 ID:jWXQE+VV0
京介「ごめんな! 悪かった!」

手を合わせ、桐乃の顔を覗き込みながら、必死に謝る。

桐乃「……うう」

やっべえ。 泣きそうになってるじゃん。 なんだこれ、すげえ罪悪感だぞ。

京介「マジでごめん! お詫びするからさ、許してくれ!」

桐乃「も、もう……絶対に、しないでね」

目を潤ませて、途切れ途切れで言葉を紡ぐ桐乃の姿は、不覚にもかなり可愛かった。

170: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:28:58.57 ID:jWXQE+VV0
京介「お、おう……」

桐乃「……絶対だかんね」

京介「分かったよ」

桐乃「なら……良いケド」

桐乃「それより!」

桐乃はそう言うと、俺の方に顔をぐいっと寄せて、続ける。

桐乃「さっき言ってたお詫び、期待してるから」

言いながら、笑顔になる桐乃。

171: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:29:31.82 ID:jWXQE+VV0
京介「お前、やっぱり笑顔の方が良いな」

桐乃「ちょ、いきなり何言ってんの!?」

京介「……ただ感想を言っただけじゃねえか」

桐乃「いきなり言うなっつってんの!」

京介「なら、いきなりじゃなきゃ良いのか?」

桐乃「そ、それは……うん」

京介「……そうか。 じゃあ、桐乃」

桐乃「は、はい」

172: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:29:58.22 ID:jWXQE+VV0
京介「……なーんて、言ってやらねえよ~~~~~!!」

この時の桐乃の顔は、大分面白かった。

目を見開いて、頬が引き攣って、コメカミの辺りがプルプルと震えていて。

桐乃「ぐ、ぐぎぎぎ」

京介「何だよ、言って欲しかったのか?」

桐乃「なっ! んなワケ無いじゃん! ばかじゃん!?」

京介「そうかいそうかい。 あーっつうかさ、話変わって悪いんだけど、飯買いに行くところだったんだよ、俺」

京介「一緒に来るか?」

173: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:30:29.34 ID:jWXQE+VV0
桐乃「……ムカツク。 京介にからかわれると、すっごくムカツク」

京介「んだよ。 別に半分冗談だったけど、お前が言って欲しいならいつでも言ってやるぜ」

桐乃「そういうのを言ってんのよ! 分かれっつうの……」

京介「今度は気をつける。 で、一緒に行くか?」

桐乃「ふん。 あんたがどうしても来て欲しいって言うなら、行ってあげても良いケド?」

京介「はいはい。 どーしても来て欲しいです、桐乃様」

桐乃「……なら仕方ない」

174: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:31:05.99 ID:jWXQE+VV0
扱いやすい奴だ。 最初こそ苦労した物の、今となっては大分桐乃の取り扱い方についてはマスターしてきた気がする。

果たして、マスターしたのが俺が桐乃をなのか、桐乃が俺をなのかはあまり考えないでおいた方が良さそうだが。

京介「そういやお前、昼飯は?」

桐乃「食べてなーい。 お昼まで学校行って、途中で来たし」

優等生からとんだ不良になってるじゃねえか。 原因が俺っていうのが、またなんとも。

京介「んじゃ、奢ってやるよ。 折角可愛い可愛い妹様が来てくれた訳だしな」

175: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:31:32.61 ID:jWXQE+VV0
桐乃「お、あんたも分かってきたじゃん。 ふふん、嬉しいんでしょ? あたしが来て」

桐乃はそう言うと誇らしげに笑う。 で、それを見た俺がなんと言ったかというと。

京介「やっぱり、笑顔の方が可愛いな」

と、ニヤニヤしながら言ってやるのだった。

その後、桐乃に数発殴られたのは言うまでも無い事か。

176: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:31:58.87 ID:jWXQE+VV0
今は二人で並んで昼飯を買いに行っている。 傍目から見たら仲が良いと思われているのだろう。 ただ、先程から明らかにわざと桐乃は俺の足をゲシゲシと蹴ってくる。

その度に俺は桐乃の方へと顔を向けるが、桐乃はというと頬を膨らませ、そっぽを向くだけである。

おお、今日も可愛いなマイハニー。 とでも言ってやろうかと思ったのだが、それはそれで後が怖いのでやめておいた。

京介「てか、お前って何着ても似合うよなぁ」

桐乃「当たり前じゃん。 着こなし方なんて分かっててトーゼンっしょ?」

京介「……ふうん」

177: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:32:28.16 ID:jWXQE+VV0
桐乃は今、通っている高校の制服を着ているんだが、俺の知る限りじゃ制服をそこまで上手に着れる奴はお前だけだぞ。

桐乃「それに比べて、あんたは本当に冴えないよね~」

桐乃「ぷ。 大学生でそれはマズくない?」

一々腹が立つな、こいつは……ま、まあ俺ももう高校生では無いんだ。 ここは冷静な対応をせねば。

京介「おいおい桐乃。 なんで俺の格好がこんななのか、知らないのか?」

桐乃「はぁ? そんな大層な理由があるとも思えないんですケド」

京介「良いか、よく聞いとけよ?」

178: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:32:55.13 ID:jWXQE+VV0
京介「俺はお前に服のセンスを任せているから、普段はこんななんだよ。 つまり、お前に選んでもらう為に "わざと" こんな格好をしているんだ!」

桐乃「へ、へえ。 あたしに任せるってのは、確かに間違って無いケドね? 京介ならそれが精一杯だろうし」

桐乃「でも、出かけた時に何回か服については教えてない? それを着ないのは何で?」

……そりゃあ、あれだ。 自分で着ようとすると、どうにも変な感じになってしまうからだ。

とは言えないよなぁ!

京介「それはだな……ま、毎日お前に選んでもらいたいからだな」

桐乃「……ふ、ふーん」

179: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:33:24.92 ID:jWXQE+VV0
桐乃は顔を真っ赤にして、俺から視線を逸らす。

……あれ、俺ってひょっとしてとんでも無いことを言ったんじゃないだろうか。

桐乃「……そっか、ふふん。 なるほどね」

桐乃が何やら呟いていたが、風の音で俺の耳には届かない。

京介「あ? 何か言ったか?」

桐乃「へ? う、ううん。 何でもない」

京介「……あっそ」

何を言ってたのかね、こいつは。 まあ、そんな大した事じゃねえだろうし良いけどさ。

180: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:33:50.99 ID:jWXQE+VV0
それからコンビニで適当に二人分の飯を買い、家へと帰る。

桐乃もついでに自分の分の飯を持たせて帰らせようとしたのだが、どうやら「今帰ったら早すぎて逆に怪しまれる」ということらしい。 面倒臭い奴だ。

京介「んで、お前は本当に何の理由も無く来たの?」

アパートでテーブルを挟んで飯を食べながら、桐乃が来た時から少し気になっていた事を尋ねる。

桐乃「あんた、本当にあたしが会いに来ただけって思ってんの?」

京介「……違うの?」

181: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:34:16.75 ID:jWXQE+VV0
桐乃「ち、違わないケド……違う!」

どっちだよ!

桐乃「ほら、コレ。 あんた忘れてたからさ、持ってきてあげたってワケ」

そう言いながら、桐乃は俺に携帯電話を手渡す。

……する事ねえなって思ってたら、携帯忘れてたのか。 今更それに気付く俺も俺だけど。

京介「おー。 すっかり忘れてたな……サンキュー」

桐乃「あんたメールしても返さないし、まさかと思って家から持ってきたのよ。 ばれない様に取って来るの、大変だったかんね?」

京介「へへ、ご迷惑お掛けしました」

182: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:34:43.34 ID:jWXQE+VV0
しっかし、わざわざ持ってきてくれるとか愛を感じちまうぜ。

そう思いながら、携帯を確認。 桐乃が言ったように、何通かメールが来ている。 その内の一件は桐乃。

ええっと。 タイトルは無し、本文は……ウザ。 とだけ書かれてた。

京介「なにこれ、意味が分からないんだが」

桐乃「それは授業で先生が全く関係無い話始めるからさー。 その時のあたしの気持ちをメールしたって事。 分かった?」

あー、いるよね。 そういう先生。 大抵の奴なら授業が潰れて嬉しいんだろうけど、こいつの場合は違うのか。 ほんっと、見た目とは違って真面目だよなぁ。

183: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:35:11.14 ID:jWXQE+VV0
京介「って分かる訳ねえだろ! たったの二文字でそれが分かる奴なんていねえからな!?」

桐乃「そんくらい分かれっつうの、兄貴っしょ?」

京介「いいや、たとえお前の事をどれだけ知ってる奴でも分からねえだろ……」

桐乃「あっそ。 まあ分かったら分かったでキモいけどね」

……こいつは、くっそが! 俺にどうしろっつってんだよ! 理不尽女が!

んまあ、それを今更言っても仕方ねえか。 今に始まった事じゃねえからな。 元からだ、元から。

184: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:36:19.46 ID:jWXQE+VV0
桐乃「それとさ、あんた寂しがると思って新作の●●●●持って来ちゃった」

京介「お、おう……」

なんで桐乃の中では、俺は●●●●が無いと寂しい思いをする奴認定されているんだろうか。 客観的に見て、違う意味で寂しい奴じゃねえかよ。

桐乃「大事にしてよね?」

と言いながら、桐乃は俺にパッケージを渡す。

ええっと、何々……

【~妹逃避行~ 秘密の駆け落ち vol.Ⅰ】

いらない豆知識だが『いもうとうひこう』と読むらしい。

185: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:36:45.27 ID:jWXQE+VV0
お前なあ!

毎回毎回、こいつのセレクトは酷い! ありえん!

言っていいのか? 聞いても良いのか? ああ分かった、聞いてやるよ。

京介「お前、俺と駆け落ちしたいの?」

桐乃「なっ! なんでそうなんのよっ! 一人で駆け落ちしてろ!」

一人で駆け落ちって。 中々に面白いツッコミじゃねえか。 将来に期待が持てるな。

186: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:37:12.61 ID:jWXQE+VV0
京介「んじゃあ、その時はお前も無理矢理連れて行ってやるよ」

桐乃「ゲームと現実を一緒にすんな。 絶対行ってあげないかんね」

京介「そうかい。 んじゃあずっとこっちに居るわ」

桐乃「……ばーか」

へっ。 もっと可愛く言えってんだ。 まあ、今のも俺の中じゃ十分可愛い分類に入るけどよ。

187: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:37:40.56 ID:jWXQE+VV0
京介「んで、帰る予定は何時なんだよ?」

俺が腕時計を見ながらそう聞くと、桐乃は「チッ」と舌打ちをした後に口を開く。

ああ、ちなみにこの腕時計ってのは昨日桐乃に貰った奴な? 一々説明しないでも分かると思うが。

桐乃「あたしに帰って欲しいの?」

京介「……そうじゃねえけど、何時に帰るのかなって思っただけだ。 長居しすぎても、あれだろ?」

桐乃「べっつにー。 京介が帰れっていうなら、今すぐにでも帰っていいケド」

188: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:38:08.75 ID:jWXQE+VV0
桐乃「逆にここに居ろって言うなら、いつまでも居ていいよ?」

と、桐乃はニヤニヤしながら言う。 憎たらしい奴だ。

京介「……なら、まだ帰るな」

俺は桐乃から視線を逸らしながら、呟くようにそう言った。

桐乃「きゃああ! キモ! シスコン!」

言いながら、手で自分の肩を掴みながら桐乃は後退る。

189: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:38:35.77 ID:jWXQE+VV0
京介「てめえ……もう帰れ!」

桐乃「……ふうん」

俺がそう言うと、突然に桐乃の表情が曇る。 やべ、怒らせたか?

桐乃「良いよ。 分かった……ごめんね」

おい、おいおい。 どんだけしょぼくれてんだよ!

俺がそれに呆気に取られている間にも、桐乃はどんどん帰り支度を済ませ、席を立つ。

190: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:39:07.34 ID:jWXQE+VV0
玄関へ向かって桐乃が歩き出したところで、俺はようやく動くことができた。

京介「ちょ、ちょっと待て! 冗談だ!」

言いながら、桐乃の腕を掴んだ。 俺は多分、大分焦っていたと思う。 それ程までに桐乃の顔色が悪くて、雰囲気が暗かったからだろう。

桐乃「……冗談でも、言って良いことと悪いこと、あるっしょ」

俺の方を見ずに、小さな声で桐乃はそう言った。

京介「本当にすまん。 頼むから帰らないでくれ」

桐乃に向かって頭を下げる。 誠心誠意、想いを込めて。

191: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:39:33.39 ID:jWXQE+VV0
桐乃「……」

とんとん、と肩を桐乃が叩いてくる。 許してくれた……のか?

そう思い、顔を上げると。

桐乃「ふ、ふひひ」

あん?

桐乃「きりりん大勝利ーー!!! 妹にマジ顔で謝る兄貴キモーーー!!」

こ、このヤロー……

192: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:40:00.39 ID:jWXQE+VV0
桐乃「「本当にすまん。 頼むから帰らないでくれ」って……ひひひ」

俺の肩をパンパンと叩きながら、桐乃は続ける。

桐乃「ど~しよっかな~? いひひ、帰っちゃおうかな~?」

桐乃「ねえねえ、京介ぇ? どうして欲しい~?」

ふ、ふむ。 俺、冷静に聞いてるけど、キレる寸前だぜ?

桐乃「ほらほらぁ。 あたし帰っちゃうよ~? 良いのぉ?」

ちくしょう……こうなったらヤケだ。 吹っ切れるしかねえ。

193: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:40:28.54 ID:jWXQE+VV0
京介「……帰って欲しく無いっす」

桐乃「え~? なんてなんて? 聞こえなかったんですケド?」

嘘付けやこいつ。 すんげえ楽しそうに笑いやがって。

京介「帰って欲しく無い!!」

桐乃「ひい! シスコンに襲われるー! キモッ!」

こいつ……マジで覚えとけよ。

いつかぜってえ仕返ししてやる! くそが!

194: ◆IWJezsAOw6 2013/06/16(日) 15:41:02.82 ID:jWXQE+VV0
桐乃「まあでも? あんたがそこまで言うなら残ってあげても良いかなぁ?」

京介「あ、ありがとうございます。 桐乃さん」

体を震わせながらもしっかりと言う俺、マジ紳士。

桐乃「ふふん。 しっかたないなぁ」

ようやく満足したのか、桐乃は俺の横を通り過ぎ、部屋の奥へと戻って行く。

俺もその後に続いて部屋の奥へ戻ろうとした時だった。

後ろの方で、つまりは玄関のドアの方で、ガチャリと音が鳴ったのだ。


第三話 終

205: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:02:25.33 ID:jlvw4IQK0
ドアの取っ手が動き、開ける動作を見せる。

が、桐乃と戻ってきてから鍵を閉めていたので、開けることは叶わずにガタンという音が部屋の中に響いた。

京介「……なんだ?」

俺はこの時、真っ先に考えるべき可能性に行き着いていなかった。 引越し早々来訪者ってのも珍しいな……新聞の勧誘でも来たのか? なんて、呑気に考えていたのだ。

京介「仕方ねえか」

そのまま放置しておくのも後味が悪くなるので、面倒だが出るしかないだろう。 そう思い、俺は玄関へと向かって足を進める。

206: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:03:15.25 ID:jlvw4IQK0
しかし、次に見た光景は俺の予想外の物だった。

ガタガタと音がしたと思ったら、ドアの鍵がカチャリという音と共に回ったのだ。

おいおい、何で鍵が開いた? 外から開けたってことだよな、鍵が開いたってのは。

合鍵なんて、誰にも渡してないはずなのだが……

ううむ。

……ちょっと待てよ。 合鍵、持っている奴はいない訳じゃねえぞ。

207: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:03:44.29 ID:jlvw4IQK0
京介「……やべえ」

来訪者の正体に俺はようやく気付き、いそいで部屋の中へと戻る。 つうか最初の時点で気付くべきだった! いきなりドアを開けようとする奴が新聞の勧誘な訳ねえよな! そりゃ『この家に入ることに躊躇いが無い奴』に決まってるじゃねえか!

俺とか、桐乃とか、それと後二人ほど居るじゃねえかよ!

京介「……桐乃!」

あまり大きな声は出さないように、それでも必死に桐乃に俺は呼びかける。

桐乃「な、なに? 怒ってる?」

何を言ってるんだこいつは。 もしかしてさっきのやり取りで、俺が怒ったとでも思ってるのか?

馬鹿言ってるなよ。 あれより理不尽なことなんてもう数え切れないほどあるんだからな? あんなんで一々怒ったりしねえっつうのに。

208: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:04:13.80 ID:jlvw4IQK0
京介「……お袋か親父が来た。 どっか隠れろ」

桐乃「ウソ……マジで?」

京介「マジだよ! 押入れでもなんでも、とにかく見つからない場所に隠れろ!」

もう、浮気がばれる寸前の奴状態の俺だ。 相手は妹というのが、余計に罪悪感を高めている。

桐乃「わ、分かった!」

桐乃がそう言うと、玄関の方からドアの開く音が聞こえ、同時に声が聞こえてきた。 俺が毎日聞いている声、見知った声。

209: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:04:43.42 ID:jlvw4IQK0
佳乃「京介~?」

ゴクリと唾を飲み込む。

お袋だったってのは……まだマシな方か。 親父だったら、いくら桐乃が隠れたとしても見つけられてしまいそうだし。

目の前にはまだ桐乃がいる。 目配せで早くしろとの合図を送り、俺は一旦玄関へと向かった。

京介「お、おう。 急にどうしたんだよ」

佳乃「あんたねぇ。 メールで行くって伝えたじゃない? 鍵くらい開けときなさいよ」

言われ、ポケットに突っ込んだままの携帯を確認。

210: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:05:09.83 ID:jlvw4IQK0
……なるほど。 確かにメールが来ているな。 さっきの何件かの内の一つはお袋だったってことか。

京介「わりいわりい。 なんか忘れ物でもあったか?」

佳乃「そういう訳じゃ無いんだけど……あれ? 誰かと話してる声が聞こえたんだけど、あんた一人?」

京介「ああ、ちょっと電話してたんだよ」

佳乃「……ふうん。 女の子とか、連れ込んでるのかと期待したんだけど」

京介「連れ込む訳あるか!」

期待ってなんだよ、期待ってよ。

それに、連れ込んでいるのは女の子じゃない。 妹だ。 屁理屈かもしれんが。

211: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:05:42.71 ID:jlvw4IQK0
佳乃「……桐乃は来た?」

はは。

おいおい、全部分かっているんじゃねえのか? そんな風に思わせる鋭さじゃね?

要するに、お袋はそれを聞きたかったんだろうな……さて、なんて答えた物か。

変に嘘を付くのはマズイか? くっそ……●●●●の選択肢なら、もっとゆっくりと考える時間があるってのによ!

……いつの間にか、俺って大分●●●●脳になってるんじゃね? すげえ嫌なんだが、それ。

あまり回答が遅くなってもマズイ。 そして、選択を間違えてもマズイ。 やり直しなんて出来ないんだ。

212: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:06:39.74 ID:jlvw4IQK0
お袋に気付かれない様に息をゆっくりと吐き、俺は口を開いた。

京介「来たぜ。 携帯忘れていたみたいでさ、持って来てくれた」

佳乃「あら? 桐乃の方が家を出たのは早かったと思うんだけど……」

とことん疑ってやがるな。 このババアめ。

京介「昨日一緒に出かけたのは知ってるだろ? その時、桐乃に携帯を預けてそのままだったんだよ」

次から次へとどんどん言い訳の台詞が出てくる。 寝てないっつうのに、やけに頭が回る。 どうしてだろうな。

佳乃「なるほどねぇ。 まあ、そうね。 変に嘘を付かれるよりは安心したわ」

213: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:07:07.09 ID:jlvw4IQK0
京介「……ん?」

佳乃「だって、京介が桐乃は来ていないって嘘を付いたらそれこそ怪しいじゃない? だから良かったって思っただけよ」

京介「いやいや、ちょっと待てよお袋。 なんでお袋は桐乃が家に来た事を知ってるんだ?」

佳乃「……あなた、大丈夫?」

なんか可哀想な奴を見る目で見られているんだが、なんだよ。 状況が分からねえぞ?

京介「えーっと……」

京介「ああ、お袋と桐乃はなんかしらのテレパシーで繋がっている……とか?」

214: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:07:33.19 ID:jlvw4IQK0
佳乃「今度、良い病院を紹介してあげるわね」

京介「結構です」

実の息子にそれを言うか? ひでえひと言だよな……

佳乃「京介、この部屋香水の匂いがすごいじゃない。 それも桐乃がいつもつけてる奴の」

……あー、そういうことか。 なるほどね。 全っ然気付かなかったわ。 はは。

京介「そういやそうだな……それでか」

215: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:08:53.63 ID:jlvw4IQK0
佳乃「それとも、いつも一緒に居るから分からなかったとか?」

京介「ちげえよ! とっとと帰れ!」

桐乃の時とは違い、誠心誠意、心からのとっとと帰れだった。

佳乃「あらあら」

お袋はというと、そんなのはいつもの事と言わんばかりに受け流し、次の話題へと移る。

俺的には一刻も早く、お袋にこの場から去って欲しい。 一つ、重大なミスを俺は犯していたからだ。

佳乃「それで、不便は無い? ご飯とか、洗濯とか」

京介「今の所はな……なんとかできそうだよ」

佳乃「そ。 なら良いんだけど」


216: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:09:22.40 ID:jlvw4IQK0
京介「何だよ、用事はそれだけだったか?」

佳乃「あら、母親が息子の心配をしちゃ駄目なのかしら?」

京介「へいへい。 そりゃどうも」

いっつも心配なんて全くしねえ癖に、何言ってんだか。

だけど、こうやってたまにの配慮をしてもらえると、内心めっちゃ嬉しいんだけどね。

佳乃「ほら、あんたこれ忘れてたみたいだから、持ってきてあげたのよ」

京介「ん……?」

217: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:09:49.97 ID:jlvw4IQK0
まだなんか忘れ物があったのかよ。 意外と俺って抜けてる奴なのか?

そう思いながら、お袋が渡してきた紙袋の中を見る。

【妹と恋しよっ♪】 【妹×妹~しすこんラブすとーりぃ~】 【おしかけ妹妻~禁断の二人暮らし~】

京介「おふくろぉおおおおおおおおおお!!!」

酷い! 酷すぎる! あろう事かこのセレクトはねえよ!

さっきまでのお袋への感謝を返せ! 俺の喜びを返しやがれ!

218: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:10:18.15 ID:jlvw4IQK0
京介「……くそぉ」

京介「も、もう良いです……大丈夫です」

佳乃「あらそう」

ちくしょう。 大学生が一人暮らししている所に親が来て、妹物の●●●●を渡してくるなんて、この世界は狂ってやがる!

佳乃「あ~。 そういえば、桐乃ってそのまま家に帰ったのかしら?」

京介「……知らねえよ」

佳乃「うーん。 途中で会わなかったのよねぇ」

とお袋が言った所で、携帯の着信音が聞こえる。

俺の……では無いな。 お袋のか。

219: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:10:45.93 ID:jlvw4IQK0
佳乃「あれ? そういう事だったのね」

お袋は携帯を操作しながら、そんな事を呟く。 電話じゃなくて、メールだったのか。

佳乃「桐乃、今日は友達の家に泊まっていくらしいわ。 沙織ちゃん……って子の家みたいね」

京介「沙織? ふうん」

京介「つうか、お袋もやけに桐乃に対しては甘いよなぁ」

佳乃「そう? 女の子の友達みたいだし、そのくらいなら何も言わないわよ」

京介「へえ、そんなもんか」

220: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:12:02.90 ID:jlvw4IQK0
佳乃「京介が女の子の家に行くのは止めないであげるから、心配しないでね」

京介「……とっとと帰れよ、もう」

佳乃「あらあら。 じゃあ京介も大丈夫みたいだし、私は帰るわ」

京介「へいへい。 もう二度と来んな」

佳乃「ふふ、照れちゃって」

京介「照れてねーーーーよ! アホか!」

俺の叫びをくすくすと笑いながらいなし、お袋はさぞ満足そうにようやく帰って行った。

221: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:12:29.79 ID:jlvw4IQK0
京介「……ったく」

一応、ドアを開けて外を確認。 お袋は自転車で来ていた様で、実家の方向へ向かって行くお袋の姿が見えた。

京介「あぶねえあぶねえ……」

なんとか、最大のミスには気付かれなかった様だ。

今、この瞬間に桐乃が家の中に居るという決定的な証拠。 桐乃のローファーが、玄関に置きっぱなしだったのだ。

ドアを閉め、今度は鍵に加えチェーンを掛ける。 これで合鍵を持ってる奴が来ても心配いらねえな。

つうか、マジで何してんだよ俺は……これじゃあ本格的に浮気を隠す男じゃねえか。 しかも相手が妹で、ばれたらマズイのがお袋だぜ? 考えられねえっつうの。

222: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:12:56.55 ID:jlvw4IQK0
殆ど一日分の体力を使った気分になりながら、部屋の中へと再度戻る。

京介「おーい、桐乃。 もう大丈夫だぞ」

そう声を掛けると、桐乃は本当に押入れに隠れていた様で、静かな音と共に襖が横にずれた。 ドラえもんみたいだなぁ。 なんて、押入れに隠れるよう指示した俺は思ったのだが……

押入れから出てきた桐乃はというと、顔を真っ赤にしながら俺の方へとずんずん詰め寄ってきて。

桐乃「う、うううう!」

京介「な、何だよ。 どうした?」

桐乃「あ、あんたねえ……!」

223: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:13:23.78 ID:jlvw4IQK0
桐乃は右手に持っていた雑誌を俺の顔に突きつける。

……やっべ、それ忘れてた。

桐乃「こ、こここれどういう意味よ! 押入れに隠れろってゆったのも、あたしにこれを見せて、何かして欲しかったって意味!?」

何言ってんだ! とんでも発想じゃねえか!

京介「ちげえよ! 他意は無い! マジで!」

俺の目の前にある雑誌には表紙にでかでかと『眼鏡を掛けた桐乃』がプリントされている。

言い訳させてくれ。 これには深い理由があるんだ。

224: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:13:52.68 ID:jlvw4IQK0
京介「それは、だな。 しっかりとした真面目な理由があるんだよ」

桐乃「……ふん。 一応聞いたげる」

京介「まずだな。 桐乃は可愛いだろ?」

桐乃「ぶっ!」

京介「おい、何だよ。 まだ話を始めて十秒も経ってねえぞ」

桐乃「あ、あんたねぇ……! ま、まあ良いわ。 続けて」

京介「で、お前はモデルやってんだろ? この雑誌にも載ってる様に」

桐乃「……うん。 そうだケド」

225: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:14:20.35 ID:jlvw4IQK0
京介「そんで、俺はな……お前にだけは言うけど、ぶっちゃけると眼鏡っ子が好きなんだよ」

桐乃「いや……そんなの知ってるっつうの」

京介「お、おう。 つまりはだな」

京介「めちゃくちゃ可愛いお前が眼鏡をかけたら、もう最強じゃねえかよってことだ!!」

桐乃「……サイテー! 死ね! 変態!」

桐乃「しかも理由になってないし! 意味わかんない!」

226: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:14:49.36 ID:jlvw4IQK0
京介「……分かったよ。 お前がどうしても捨てろっていうなら、捨てるけどよ」

くそぉ……割とマジでこれお宝だったんだが……

桐乃「べ、別にそんな……そこまで言って無いじゃん」

京介「……持ってて良いの?」

桐乃「ヘンなことに使わないでよ。 一応言っとくケド」

桐乃「ヘンなことに使ったら、マジで殺す」

227: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:15:23.37 ID:jlvw4IQK0
京介「いよっしゃあああああああああああ!! やべえ! サンキュー!!」

桐乃「……」

京介「やったね! 一生の宝物だぜ! よっし!」

桐乃「やっぱ捨てろ!! あんたの喜びっぷりがキモい!」

京介「やだよ~~~! もう持ってて良いって言われたもんね~~~!」

桐乃「きいいいいい! 捨てろ! 今すぐ捨てろ!」

京介「へっへ。 断る!」

と、雑誌の奪い合いを小一時間くらい続けたのだった。

228: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:15:52.88 ID:jlvw4IQK0
桐乃「……あんた、ほんっとーに変態」

京介「ふん。 今更すぎて痛くも痒くもねえな」

桐乃「開き直ってるし……」

京介「つうか、桐乃。 今日沙織の家に行くんじゃなかったのか? お袋がなんか言ってたけど」

桐乃「はあ? 行かないケド?」

京介「でも、さっきメールが来たとか言ってたぞ?」

229: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:17:16.25 ID:jlvw4IQK0
桐乃「あんなの嘘に決まってるじゃん」

嘘なのかよ。 まあそれで難を凌げたってのはあるけどもよ。

京介「なんでまたそんな嘘を……」

桐乃「だって、ここに泊まるとは言えないっしょ?」

京介「まあ、そりゃそうだな……」

京介「え? 何お前、泊まってくの!?」

230: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:17:44.25 ID:jlvw4IQK0
どんなイベントだよ。 CG一枚じゃ足りなくねえか? 十枚くらい用意できるんだろうな? この妹ゲーは。

桐乃「……悪い?」

京介「わ、悪くはねえよ! ただ驚いてるんだよ!」

桐乃「ならけってーい! ひひひ」

こういうのもあれだが、その時の桐乃の笑顔は……見蕩れてしまうくらいに綺麗だった。

231: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:18:13.96 ID:jlvw4IQK0
京介「つうかよ、それで沙織に連絡行ったらどうすんだ? 無いとは思うけど」

桐乃「心配ご無用~。 しっかりと事前に断ってあるから、ほら」

えーっと?

From でかいやつ
心得たでござる。 きりりん氏、頑張ってくだされ~p(・∩・)q

顔文字がうぜえな。 てか登録名がでかいやつって相当酷いな、こいつも。

沙織が言う頑張れってのが少しだけ引っ掛かるが、聞いたら聞いたで恐ろしいことになりそうなので口には出すまい。 それが平和に生きるということだ。

232: ◆IWJezsAOw6 2013/06/17(月) 13:18:41.40 ID:jlvw4IQK0
京介「事情は分かった。 今度しっかりとお礼しとけよ?」

桐乃「大丈夫大丈夫。 今度京介がメイドコスプレするってことで、交渉成立してるから」

京介「なんで俺が体を張らないといけねえんだよ! つうかまずそれなら俺に確認取れや!」

桐乃「なに? あたしの為に体を張れるんだから光栄でしょ? 感謝してよね」

こいつなぁ……! マジ、俺のこと良い様に使いすぎじゃねえの?

ま、まあ良い……俺にはこの状態になった時から考えてある、最強の切り札があるからな。

楽しみにしとけよ。 このクソアマめ。


第四話 終

248: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 12:59:08.14 ID:J7PbC1VG0
「ね、ねえ。 兄貴」

横で寝ている妹が、話しかけてくる。

窓から差し込んでいる月明かりが妹の顔を照らし、恥ずかしそうな表情が見て取れた。

「ん? 何だよ」

じっと見つめてくる妹から目を逸らしながら、俺は精々ぶっきらぼうに答える。 頬を染めている妹の顔は、まともに見れる物ではなかったから。

249: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 12:59:38.77 ID:J7PbC1VG0
「あたしさ。 こんな風に兄貴となるなんて、夢みたいって思うんだ」

夢……か。 そんな訳、無いだろ。

消え入りそうな声を出す妹に、今度はしっかりと顔を向け、俺は答えた。

「……夢じゃねえよ。 ほら」

そう言い、俺は妹にキスをする。 妹はそれを受けて、頬を更に紅潮させながら俺に抱き着く。

250: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:00:06.62 ID:J7PbC1VG0
「えへへ。 ほんとだ、 夢じゃない。 これから、ずっと一緒なんだよね」

「当たり前だろ。 もう二度と離さない」

「うん。 ありがと、兄貴」

「こちらこそ」

そうして、俺と妹は一晩幸せな時間を過ごした。 紛れも無く、そこにあるのは幸福という物で、これ以上の幸せが感じられるとしたら、それは多分……俺と妹が周り全員に祝福されながら、結婚した時だろう。

今はまだ叶わない願いだが、いつか……そんな日が来る事を願いながら、俺は確かにそこにある幸せを噛み締めながら目を瞑った。

~fin~

251: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:00:42.84 ID:J7PbC1VG0
桐乃「……うう、やばいってこれぇ」

京介「とっとと結婚しろよって思うな」

何をやっているかって? そんなの分かるだろ。 ●●●●だよ●●●●。

桐乃が持ってきたゲーム。 【~妹逃避行~ 秘密の駆け落ち vol.Ⅰ】をプレイ中だ。 vol.Ⅰって事を考えると、ⅡやⅢもあるのだろうか……?

Ⅰでほぼ完結って言ってもおかしくは無いのに、Ⅱともなると何を書くんだろうな? まさか老後生活まで描くのだろうか。 どんな層に需要があるのか謎だが。

252: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:01:10.15 ID:J7PbC1VG0
まあ、それは置いといて。

出だしでおかしいと思うだろ? まず、もし俺と桐乃だったとしたら、三文目の「あたしさ。 こんな風に兄貴となるなんて、夢みたいって思うんだ」って台詞でありえないって思うよな?

はは、あの桐乃がだぜ? そんなこと言う訳ねえっつうの。 「あたしさ。 こんな風に●●●●に囲まれて夢みたいって思うんだ」くらいだろ。 言うとしたら。

桐乃「……分かってない! 結婚したくてもできない、でもいつかはきっとっていう想いが分からないの!?」

桐乃は瞳を涙で濡らしながら、俺に詰め寄る。

253: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:01:44.13 ID:J7PbC1VG0
京介「そ、そうだな。 切ない話だ」

京介「でもさー。 俺とお前だって結婚できたじゃん」

桐乃「あああああああああ! 言うな! 思い出したらむず痒くなってくるから!」

そりゃ悪かったな。 あんとき、すっごく嬉しいってお前が言ってたの俺は忘れてねえぞ? 今でも頭の中で再生できちまうからな。

桐乃「そ! れ! に!」

京介「な、なんだよ」

254: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:02:11.54 ID:J7PbC1VG0
桐乃「この文が読めないの!? ここ!」

と、桐乃が手馴れた操作でマウスを動かし、あっと言う間にバックログを呼び出して画面を指差す。

「俺と妹が周り全員に祝福されながら、結婚した時だろう」

京介「それが?」

桐乃「それがじゃない! この主人公は全員に祝福されながらの結婚式を挙げたいと思ってんのよ? それがどれだけ幸せなことか!」

京介「いやあ、そりゃ無理だろ……?」

255: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:02:41.64 ID:J7PbC1VG0
桐乃「そ、そうだけどさ……でも! でもでも!」

こいつ、●●●●のことになると本当に元気良いよな。 普段も元気良いけど、その何倍も活気溢れてる。 どんだけ好きなんだよ。

京介「あー。 分かったよ。 俺もそう思う。 それで良いだろ?」

桐乃「投げやりっぽく言われても、ムカツクし」

京介「じゃあどうしろって言うんだよ!?」

桐乃「ちゃんと、心の底からそう思ってんの? あんた」

256: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:03:08.21 ID:J7PbC1VG0
京介「勿論だ!」

胸を張って、高らかに言ってやる。

まあ思ってないけどね。 桐乃はよく「ゲームとリアルをごっちゃにするな」と言っているが、こいつの方が酷いんじゃねえのかな?

桐乃「ふうん。 じゃあ祝ってあげてよ」

京介「……えっと、何を?」

桐乃「この二人を祝ってあげてって言ってんの。 結婚おめでとうって」

257: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:03:42.40 ID:J7PbC1VG0
京介「この二人って……ゲームだぞ?」

桐乃「うん。 早く」

……はぁ。 マジかよ。

京介「……わーったよ」

俺は渋々、PC画面の前で正座する。 仲良く眠る主人公と妹の前で。

258: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:04:12.22 ID:J7PbC1VG0
京介「け、結婚おめでとう」

やべえ、客観的に見て恥ずかしいし、すげえ虚しい。

……なんで俺こんな事してるんだろうな。 知り合いには絶対に見られたく無い図だ。 まさか結婚おめでとうって初めての台詞を●●●●の主人公達に言う羽目になるとはな……涙が出てくるぜ。

桐乃「うんうん」

そう頷く桐乃はとても満足そうにしていて、俺はその時、結局いつもの様にまあ良いか。 と思うのだった。

259: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:04:41.12 ID:J7PbC1VG0
それからしばらく経って、日も暮れてきたところである事を思い出す。

ちなみに、桐乃が持ってきたゲームはなんだかんだ言って、大分良い暇潰しになっていた。

京介「そういや、夜飯どうすっか」

桐乃「またコンビニは嫌。 あんたなんか作ってよ」

京介「……普通逆じゃねえの? お前なんか作ってよ」

260: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:05:07.23 ID:J7PbC1VG0
桐乃「はあ? なんであたしがあんたの為に作らなきゃいけないの? 意味わかんないんですケド」

京介「んだよ。 俺じゃろくな物できねえぞ」

桐乃「今時それじゃ駄目っしょ。 練習も兼ねて作ってよ」

あーだこうだ俺と妹は言い合う。 まあ、いつもの光景だ。

それにしても、なんかこいつと将来一緒になったら酷い使われ方をされそうだよな。 料理から洗濯まで、殆どの家事を押し付けられそうな予感がしてしまう。

261: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:05:35.49 ID:J7PbC1VG0
京介「んだよ。 こういう時に料理作ってくれるのが妹なんじゃねえの?」

桐乃「ふん。 こういう時に料理作ってくれるのが兄貴なんじゃないの?」

こいつめ、とことん俺に作らせたいらしいな……

てか、なんでそこまで頑なに拒否するんだよ。 まさかとは思うけどさぁ。

京介「桐乃、お前まさか料理下手なの?」

262: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:06:59.91 ID:J7PbC1VG0
桐乃「は、はあ!? ぶっ飛ばす!」

顔を赤くして、桐乃は俺に掴みかかってくる。

なるほど、図星だなこりゃ。

以前からなんとなくそんな気配があったから想像は難しく無かったけど。

この分でいくと、あのバレンタインデーに投げつけられたチョコもとい石炭は真面目に作っていた可能性も出てくる。 当時は嫌がらせだと思ってた物だ。 懐かしい。

263: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:07:26.74 ID:J7PbC1VG0
京介「落ち着け落ち着け! なら一緒に作ろうぜ?」

桐乃「い、一緒に?」

京介「おう。 二人で協力してやれば、なんとかなるだろ?」

桐乃「そ、そう。 まあ、やってあげなくも無いけど……それなら」

おお、これは分かりやすいな。

「一緒になら、やりたい」

って意味だろう。 これは多分当たっているはずだ。

264: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:07:53.04 ID:J7PbC1VG0
京介「よし。 んじゃあ材料適当に買ってくるからさ、お前はここで待ってろよ」

桐乃「え? あたしも一緒に行くんじゃないの?」

京介「材料っつったらスーパーだろ? 少し距離あるし、知り合いに会う可能性もコンビニより全然高いだろうが」

京介「そこで誰かに見られたらどーすんだよ。 お袋や親父の耳に入ったらそれこそマズイぞ?」

桐乃「……ま、まあ。 そだね」

明らかに不満そうな顔だなぁ。 ったく。

265: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:08:20.51 ID:J7PbC1VG0
京介「なにお前。 俺と一緒に買い物行きたかったのかよ?」

桐乃「……んなワケ無いじゃん」

京介「ふうん。 それじゃ、今度どっか出かけようぜ。 地元じゃなきゃ一緒に出かけられるしな」

桐乃「ほ、ほんとに!?」

と、反射的に桐乃はそう言った後、すぐに再び喋り始める。

桐乃「ち、ちがっ! 今のはそういう意味じゃなくて……!」

266: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:08:48.17 ID:J7PbC1VG0
あたふたしながら、桐乃は必死に言葉の訂正を試みる。 大分手遅れだけどな。

京介「分かった分かった。 今度の休み、楽しみにしとくわ」

桐乃「……あっそ、ふん」

顔を真っ赤にしてそっぽを向き、何やらぶつぶつと文句を垂れている妹様に、アイスでも買っていってやろうかなどと考えながら、俺は近所のスーパーへと向かった。

267: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:09:15.20 ID:J7PbC1VG0
桐乃「よっし!」

おお、すげえ気合い入ってるな。 さっきまでとはえらい違いだ。

スーパーから戻ってきた俺は適当に材料を台所に置き、桐乃に声を掛けたんだ。 したら今の様に、なんともやる気たっぷりの返事が返ってきたというわけで。

京介「頼りにしてるぜ。 桐乃さん」

桐乃「ふふん。 任せなさい」

よーし。 んじゃあやりますかぁ!

268: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:09:46.99 ID:J7PbC1VG0
桐乃「あ、ちょっと待ってて」

……なんだよ。 出鼻を挫くんじゃねえぞ、このヤロー。

京介「今更どうしたんだよ。 準備は出来てるだろ?」

桐乃「ふっふっふ。 じゃーん!」

そう言い、桐乃は学生カバンから料理本を取り出す。 なんというか四次元ポケットみたいな鞄だな……

それはそうと、女子高生のカバンってのは未知数だよね。 何回か高校でも女子のカバンを持ったことがあるけど、あれって何であんな重いんだろうな? こんなの持って毎日学校来てんのかよって思うくらいの重さなんだよな。 石でも入れてるんじゃねえかと疑ったことさえあるし。

一応言っとくが、別にパシらされてたって意味じゃないからな? 「ちょっとカバンとってー」「はいよ」みたいな感じ。 良くある事だ。

269: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:10:20.75 ID:J7PbC1VG0
京介「よくそんなの持ってたな。 学校で料理でもすんの?」

桐乃「ま、まあ……そんなカンジ、かな」

何やら隠していそうだが、まあ良いか。 料理本があるってのは正直言って助かるし。

桐乃「それで、何作るの?」

桐乃は持っていた料理本を台所に置くと、エプロンを着ながら言う。

京介「決まってるだろ、カレーだよカレー」

270: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:10:48.70 ID:J7PbC1VG0
桐乃「お、あんたにしては中々良いじゃん。 お母さんが作ってるのちょくちょく見てるし、少しなら分かるカモ」

そりゃ良い事だ。 俺はさっぱりだからなぁ……期待してるぜ。

桐乃「……ふむふむ」

などと言いながら、桐乃は熱心に料理本を見ている。 そういや、やると決めたら最後まできっちりとやる奴だからなぁ。 料理も例に漏れずって感じなんだろう。

……というか、だな。

制服にエプロンって、やばくね?

271: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:11:28.48 ID:J7PbC1VG0
もう、なんつうか色々とヤバイ。 正面から見ると、こいつのスカートが短い所為で下履いてないみたいじゃねえか! 変態かよこいつ!

上も上で今はワイシャツだけだし、その上にエプロンだと? 全体的に●●すぎだろうが!

桐乃「……何みてんの?」

京介「み、みてねえよ!」

桐乃「ウソ。 絶っ対見てたし」

京介「……少しな」

272: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:12:03.82 ID:J7PbC1VG0
桐乃「へへ、エプロン姿、可愛いっしょ」

桐乃はそう言うとエプロンの端を掴み、くるりとその場で一回転。 さすがはモデル、咄嗟のポーズでもかなり様になっている。

というか、ノリノリじゃねえかよ。 意外にもエプロンが好きなのかもしれない。 本当に意外だ。

京介「ま、まあな」

少しだけ照れながら答えると、桐乃は一度にっこりと笑い、料理本をぱたんと閉じる。

桐乃「よ~し! 始めますか!」

……俺が買い物に行ってる間に心境の変化でもあったのだろうか。 ま、こいつがやる気出してくれるってんなら良いんだけども。

273: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:12:35.16 ID:J7PbC1VG0
との訳で、俺と桐乃による料理が始まったのだが。

桐乃「えーっと。 何これ……」

料理本を再度開き、確認しながら作業をする桐乃。

俺も一応、先ほど目を通していたので大体の流れは分かっている。

ええっと、確か最初は野菜類や肉を食べやすい形に切って、鍋で炒めるんだよな?

んで、ある程度炒めたところで鍋に水を入れて、煮るって感じだった気がする。

274: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:13:01.60 ID:J7PbC1VG0
肉はこびり付くから、フライパンで炒めたほうがいいんだっけ? 麻奈美が昔、そんな事を言っていたと思うが。

で、分担的には一応、桐乃が野菜と肉を切って、俺が炒めるって感じなんだけど。

……いつまで悩んでいるんだ、こいつ。

料理本を見ながらうんうんと唸っている桐乃を見ながら、俺はそんな風に思う。

京介「大丈夫か?」

桐乃「……ちょっと静かにしてて」

はいはい。 すいませんでしたね。

275: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:13:27.24 ID:J7PbC1VG0
桐乃「よし。 京介、鍋温めて」

京介「え? もう?」

桐乃「うん。 早く」

まだ野菜とか切ってないのに、大丈夫なのか?

まあ俺も詳しくは知らないから口を挟むべきじゃねえのかな……

一応、桐乃の方がしっかりと本を読んでいるみたいだし。

276: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:13:53.83 ID:J7PbC1VG0
京介「オッケーオッケー。 分かった」

ここは桐乃の指示に従っておこう。 俺はおとなしくコンロの火をつけ、鍋を温める。

油を入れ、少しの間温める。 こっちの準備は大丈夫なんだが……

京介「……もう大丈夫そうだけど」

桐乃「ん。 ご苦労」

ご苦労って。 どんだけ上から目線っすか。

で、桐乃はそのまま野菜を丸ごと鍋に放り込む。

277: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:14:22.31 ID:J7PbC1VG0
京介「おいいいいいいいい!?」

桐乃「な、なに? 大声出さないでよ」

京介「なにじゃねえよ!! これは明らかにおかしいだろ!?」

京介「人参とか玉葱とかじゃがいもって皮を剥くだろ!? それくらい俺でも分かるぞ!」

桐乃「……大丈夫っしょ? じゃがいもの芽は取ってあるし」

いやいやそういう問題じゃなくてだな……

278: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:14:50.66 ID:J7PbC1VG0
まあ確かに、人参とじゃがいもは皮も食べられるって聞いた事はあるが……玉葱の皮ってどうなんだよ。

京介「百歩譲って皮を剥いてないのは許してもな……せめて小さく切ろうぜ?」

桐乃「……ふん」

なんだよその反応。 こいつってここまで料理下手だったの?

京介「まあ、やっちまった物は仕方ねえか……このまま炒めるぞ」

桐乃「うん。 ヨロシク」

むかつくよろしくだなぁ。 桐乃さんよぉ。

279: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:15:17.16 ID:J7PbC1VG0
炒められているのか炒められていないのか分からないまま、俺は鍋の中でゴロゴロと野菜を炒める。

いや、絶対炒められてないよこれ。 すげえ重量感だし。

桐乃「そろそろ良いんじゃない?」

横から桐乃がそんな事を言う。 お前絶対適当に言ってるだけだろ。

京介「本当か?」

桐乃「うん」

どんだけ自身満々っすかー。 びっくりするぜ、全く。

280: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:15:45.33 ID:J7PbC1VG0
もういいや。 こいつの指示に従おう。 どうなっても俺はしらねえ!

京介「んじゃあ、一旦火止めるぞ」

言いながら、コンロの火を止める。

京介「つか、肉は?」

桐乃「あ。 い、今から切るところ!」

忘れてたよね。 まあ一々言っても仕方ねえけど、最初だからこんなもんだろ?

281: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:16:12.65 ID:J7PbC1VG0
桐乃は慌しく肉を取り出し、まな板の上に乗せる。

……なんつうか、危なっかしい奴だな。

京介「気を付けろよ? 手を切らない様にな」

桐乃「大丈夫だって、心配しすぎ。 キモッ」

京介「キモくて結構。 シスコンだからな」

桐乃「ふん」

で、俺は横で桐乃が肉を切るのを見ている訳なんだが。

……普通に指ごと切ろうとしてるしね? お前は俺にグロ映像でも見せる気かよ。

282: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:16:43.05 ID:J7PbC1VG0
京介「待て待て待て待て待て待て待て! 待て!!」

咄嗟に叫び、それを聞いた桐乃は動作を止める。 あぶねええええよ!

桐乃「……なに?」

ギロリと俺を睨んできやがった。 俺の優しさはこいつに伝わらない様ですね。

京介「お前、その持ち方だと絶対自分の指切るじゃねえか。 ちゃんと持てよ」

桐乃「そ、そう言われても……」

桐乃はそう言うと唇を尖らせ、俯く。

283: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:17:10.77 ID:J7PbC1VG0
もしかしてこいつ、正しい持ち方とか知らないのか?

京介「だああ! こうだよ!」

痺れを切らし、後ろから桐乃の手を掴む。

京介「持ち方はこうだ! で、抑える方はこう! 分かったか?」

桐乃は体をぴくっと震わせ、俺の方に顔を向ける。

桐乃「ちょ、あんた!」

おう。 分かってるよ。 だけど仕方ねえだろうが。

284: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:17:39.34 ID:J7PbC1VG0
京介「……分かったなら離すけど」

桐乃は小さく「うう」と声を漏らすと、顔を伏せながら口を開く。

桐乃「わ、分からない。 分からないから……教えて」

京介「お、おう?」

……デレやがった! マジかよ信じられねえ!

よ、ようし。 それなら俺も覚悟を決めてやるぜ。 後悔してもしらねえぞ、この妹様め。

そんなこんなで、こうして俺たちは『仲良く』カレー作りをしたのだった。

詳細はいらないよな? 普通の兄妹らしく、仲良く料理を作ったってだけだし。

285: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:18:12.94 ID:J7PbC1VG0
そんなこんなで俺と妹で作った人生初の料理だった訳だが、見栄えはなんというか……地獄釜って感じだ。

我ながら良いたとえだと思う。

後半は何だか桐乃がすげえやる気だして、俺は殆ど見ているだけだったんだがな。

桐乃「うん。 すごくおいしそう!」

……マジで言ってるのかよ、お前。 俺には今の今までそんな言葉浮かんで来なかったぞ? 地獄にあっても違和感なさそう! なら思い浮かんだけど。

286: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:18:39.82 ID:J7PbC1VG0
桐乃「なんかヘンなこと考えてない? あんた」

京介「いやいや、俺も丁度おいしそうだなって思ってたとこだよ。 マジで」

桐乃「ふうん」

だってよ、そんな俺が感じていた感想なんて言えないだろ? こんな嬉しそうな桐乃を見たらさ。

……ってなると、これを食べないといけないんだよなぁ。

俺、生きていられるかなぁ。

287: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:19:12.16 ID:J7PbC1VG0
もういっそのこと、沙織やら黒猫やらも呼んで食わせるか……

京介「な、なあ桐乃。 折角だしさ、あいつらも呼んで皆で食べないか?」

桐乃「あいつらって、黒いのとかでっかいのとか?」

京介「おう。 そうそう」

桐乃「別に良いけど……じゃああんたが連絡してよ」

京介「……俺っすか?」

288: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:19:40.31 ID:J7PbC1VG0
桐乃「なんであたしが「あんたらと一緒に食べたいから来て♪」って言わなきゃいけないの?」

桐乃「「食べ物を恵んであげるから、来ても良いよ」くらいなら言ってもいいケド」

最低だな! お前は友達を何だと思ってるんだよ!

京介「あー。 分かったよ。 俺が連絡すりゃ良いんだろ?」

桐乃「うん。 さっさとしてよね」

289: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:20:08.34 ID:J7PbC1VG0
ったく。 こいつもこいつで、皆で食べたいと思ってるだろうに。 素直じゃねえよなぁ。

とは言っても、沙織はさすがに距離的に厳しいか……こんな時間から呼んだら、桐乃だけでなく沙織まで泊まる羽目になってしまいそうだし。

それはマズイ。 さすがにありえないと俺でも思う。 なので。

京介「とは言っても沙織は時間的に厳しいよな。 黒猫に電話してみるよ」

桐乃「うん」

290: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:20:36.15 ID:J7PbC1VG0
よし。 んじゃあ電話する訳だけど……気まずいよなぁ。

まあ、仕方ねえ。 やらないと桐乃にしばかれてしまうし、何よりこのカレーを俺と桐乃だけで食べるというのは、下手したら俺たちの命に関わることだ。 まだ若いので命は落としたくない。

俺は恥ずかしがって声を掛けられない桐乃の代わりに電話を掛ける良い兄貴。 そう思いながら黒猫の名前を電話帳から呼び出し、発信ボタンを押す。

台所から居間に移動している間に、電話は繋がった。

「もしもし、こんな時間に何の用かしら?」

291: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:21:09.58 ID:J7PbC1VG0
京介「おう。 実はだな……カレー作ったんだけどさ、お前も一緒に食べないか?」

「妹さんとの愛の料理って訳ね……気持ち悪い」

京介「うるせえよ! つうかなんで分かったんだよ?」

「そんなの、あなたの声を聞けば分かるわよ。 ふん、そんな嬉しそうにしちゃって」

京介「そ、そうか……? んで、どうすんだ? 来るのか?」

「……ご家族に迷惑じゃないかしら?」

292: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:21:37.90 ID:J7PbC1VG0
京介「大丈夫だ。 色々あって、今は一人暮らし中なんでね」

「あら、そうだったの」

「……ちょっと待って、ということは」

「もしかして、最初から最後まであなたと桐乃でカレーを作ったという訳?」

京介「おう、そうだよ」

「ごめんなさい、遠慮しておくわ」

293: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:22:05.30 ID:J7PbC1VG0
京介「え? なんで?」

「莫迦ね。 足りない頭で考えてみなさいよ。 そんな魔界料理なんて食べられる訳が無いでしょう?」

京介「魔界料理って……否定はしねえけどさ」

「大方、私や沙織にでも食べるのを手伝って貰おうと考えていたのでしょう。 そうはいかないわ」

「私はあなたのような人間風情の言葉には騙されない……闇猫を舐めないで頂戴」

京介「ふっ。 さすがは闇猫……暗黒面に落ちたお前は侮れないな……」

294: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:22:39.70 ID:J7PbC1VG0
「分かっているじゃない。 それじゃあこういうのはどうかしら」

「あなた達の魔界料理を上回る、闇世界の料理を味あわせてあげる……というのは」

京介「……えーっと」

若干俺も乗ってみたんだが、付いていけねえ。 少しばかり考える時間をくれ。

俺たちの魔界料理ってのはまあ、あながち間違ってはいないから、そうなのだろう。

んで、黒猫の言っている闇世界のなんちゃらってのは……黒猫がカレーを作ってくれるってことか?

295: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:23:05.71 ID:J7PbC1VG0
京介「ご馳走になるでござる。 でいいのか?」

「何故、いきなり沙織口調なのよ……まあ、そういうことね」

「今度の休みにでも、沙織も呼んであなたの家に行くわ。 良いかしら?」

「勿論、あのビ  にも伝えておくがいいわ。 真の料理という物を見せてあげる」

京介「お、そりゃ嬉しいな。 宜しく頼むぜ」

「ふん。 精々余生を楽しみなさいな」

京介「おう。 またな」

296: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:23:32.37 ID:J7PbC1VG0
との話を終え、電話を切る。

わりと、いつも通りに話せてたな。

それも多分、黒猫がいつもの様に接してくれたおかげだろう。 あいつには本当に酷い真似をしたっていうのに。

いつか何かしらの形で、恩を返さないと俺自身が地獄釜に放り込まれるだろうな。

桐乃「あんた若干厨二病入ってる? 大丈夫?」

京介「俺は至って健全だ。 今日は黒猫、来ないってよ」

297: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:23:58.85 ID:J7PbC1VG0
桐乃「……素直じゃないんだから、あいつ」

いや、俺には素直になりまくった結果だと思えたんだがな。 身の危険を感じたとも言えるだろう。

つうか、結局うまいこと逃げられたな……この魔界料理、俺と桐乃で食わなきゃいけねえのかよ。

京介「あー、それと今度の休みに黒猫がカレー作るとか言ってたよ。 沙織も呼ぶってさ」

桐乃「ふうん。 んじゃお手並み拝見ってところか」

よくその台詞が出てきたね、桐乃さん。 お兄ちゃんびっくりだぜ。

298: ◆IWJezsAOw6 2013/06/18(火) 13:24:38.08 ID:J7PbC1VG0
んで、そんな上から目線で言う割りにはすっげえ嬉しそうな顔してるよなぁ、こいつ。

桐乃「それじゃ、しょうがないし食べよっか。 持ってくるね」

おお、実に妹らしい行動だな。 心が安らぐ。

まあ、そんな台詞と共に持ってくるのは黒猫曰く魔界料理なんだけども。


第五話 終

319: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:01:43.60 ID:8RBblcTP0
魔界料理を食べ、ひと言。

桐乃「……マズっ。 何これ」

お前が作ったんだろうが。 俺も一応手伝いはしてたけどさぁ。

京介「つうか、肉は一応火が通ってるけど、野菜とか火通って無いよな」

桐乃「な、何でだろうね」

あなたが丸ごと放りこんだ所為ですよね?

320: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:02:13.56 ID:8RBblcTP0
じゃがいもとか人参はシャリシャリだし、玉葱は辛いし、何より皮がうぜぇ!

味もめちゃくちゃ薄い。 明らかにルーの量が足りてねえ……

桐乃「……その、ごめんね」

京介「ん? 何が?」

桐乃「だ、だって、後半とか殆どあたしだけだったし、京介に手伝ってもらってたらもうちょっとマシになっただろうし……」

なーに言ってんだか。 いつものお前なら「残さず食べなさいよ。 折角あたしが作ったんだから」くらい言ってるだろうに。

321: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:02:53.90 ID:8RBblcTP0
京介「べっつに。 食う前から予想出来てたからな」

桐乃「残しても良いよ? あたし、コンビニで何か買ってきても良いから」

京介「残さねえよ、全部食ってやる。 それ、残すなら俺に寄越せ」

桐乃「……あんた正気? こんなマズイの、食べられないって」

京介「うるせー。 折角妹が作ってくれた料理を残すなんて、ありえねえだろうが」

京介「良いか、桐乃。 兄にとって妹の手料理ってのはすっげえ嬉しいんだよ。 今回は俺も一緒に作ったけどさ、お前が作ってくれた事には変わり無いだろ?」

322: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:03:26.11 ID:8RBblcTP0
桐乃「で、でも」

京介「確かに、このカレーはヤバイ。 それもかなり上位にランクインするヤバさだ。 野菜は火通ってないし、ルーの量も足りてない。 挙句の果てには野菜丸ごとそのままだし、皮もそのままだ。 ぶっちゃけ、魔界料理だろこれ」

京介「けどなぁ。 言っておくが俺はこれを食べてから「不味い」なんて一度も思ってねえんだよ。 俺はシスコンだからな。 妹の手料理万歳だぜ」

京介「お前が作った物なら俺は何でも食えるぞ! つうかぶっちゃけ美味い! めっちゃ美味い!」

桐乃「そ……そう言ってくれるのは嬉しいけど、泣きながら食べないでよ」

京介「うっせえ! 玉葱めちゃくちゃ辛いじゃねえかよ! けど美味いもんは美味いんだよ!」

もう、自分でも支離滅裂なことを言っているのは分かってる。 だけどこんなしょぼくれた妹に面と向かって「美味しくない」なんて言える訳ねえだろ? 俺はそこまで薄情な人間にはなれないね。

323: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:03:51.88 ID:8RBblcTP0
桐乃「……分かった。 それじゃあ、あたしも食べる。 負けたみたいでイヤだし」

京介「めちゃくちゃ美味いぞ!」

桐乃「う、うん……」

桐乃は俺の様子に若干引きながら、カレーを一口食べる。

京介「どうだ? 美味いと思えば美味いだろ?」

桐乃「……ねえ、京介」

京介「ん?」

桐乃「無い。 やっぱりコレ、普通にマズイ」

324: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:04:19.59 ID:8RBblcTP0
それから二人して黙々とカレーを食べ、どうにか完食。

正直言って、かなり気持ちが悪い。 けどまあ、こういうのもたまには悪くねえか。 俺、前向きだなあ。

桐乃「次は絶対に心の底から美味しいって言わせるから、覚悟しときなさいよ」

京介「おう。 楽しみにしとくわ」

さて、一息ついたところでそろそろだろうか。

325: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:04:47.47 ID:8RBblcTP0
桐乃「それじゃ、あたしお風呂入ってこようかな」

と、桐乃は食器を片付けながら言う。

京介「ああ、風呂はそっちな」

俺はそれを聞き、風呂場の方を指差しながら桐乃に言った。

自分の分の食器も片付け、桐乃の後に付いていく。

洗面所に入ったところで、桐乃は俺の方に向き直り、口を開いた。

326: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:08:56.96 ID:8RBblcTP0
桐乃「あ、あんた。 なんで付いてきてんの?」

京介「え? 一緒に入るんだろ?」

桐乃「なっ! なななななな! なんで!?」

ラッパーみたいな喋り方になってやがる。 こいつ。

てか、何でって言われてもなぁ。

327: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:09:24.90 ID:8RBblcTP0
京介「兄妹だから?」

桐乃「全っ然! 意味分からないんですケド!?」

桐乃「兄妹でもありえないから! とっとと出て行け!」

そう言いながら、桐乃は俺の背中をぐいぐいと押し、追い出そうとしてくる。

京介「ははは。 良いのかよ、桐乃」

桐乃「は、はあ? 何が?」

328: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:10:35.02 ID:8RBblcTP0
ふっふっふ。 桐乃よ、俺はしっかりと借りは返す男なんだぜ。 お前に今日、散々良い様に使われた借りも、しっかりとな。

この妹様はどうやら、すっかりと自分が言った言葉を忘れている様だ。 覚えて無いとは言わせねえぞ。 証拠だってしっかりとあるんだしな。

京介「んじゃあ、これを聞いてみろよ」

そう言い、携帯を操作し、ある音声を再生する。

『ねー。 早くお家に帰ってお風呂入りたいよ。 一緒に入ろうよー』

桐乃「そ、それは!?」

329: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:11:01.37 ID:8RBblcTP0
京介「思い出したか? 一緒に入りたいって言ったのはお前だぜ?」

桐乃「なにあたしの声盗聴してんの!? キモすぎ!!」

京介「それには触れるんじゃねえよ! 今大事なのはお前が俺に一緒に風呂に入りたいって言った事だろうが!」

桐乃「そんなの今から取り消すし! 無効だっつうの!」

京介「んだよ。 自分が言った言葉を取り消すのか? 桐乃さんよー」

桐乃「あ、あんたねえ……!」

331: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:23:11.69 ID:8RBblcTP0
京介「まさか桐乃が降参しちまうなんてなぁ。 仕方ねえかぁ」

桐乃「こ、こんの~!!」

と、桐乃は今にも殴ってきそうな勢いだったが、俺の言っている言葉に間違いは無い。 それは桐乃も分かっているのだろう。 殴ってくることはせずに、ただ床をドンドンと踏むだけだった。

あんま激しくやるなよ、それ。 苦情が来るからさ。

桐乃「あ、あああ! ほんっとキモイ! ムカツク!」

そんな文句をしばらく言った後、桐乃は鋭い眼差しで俺の方を見て、言い放った。

385: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 11:45:28.19 ID:x18o4Ycy0
桐乃「……分かった。 一緒に入ってあげる」

京介「ま、マジで?」

桐乃「あんたが言ったんでしょ。 けどちゃんとタオルくらいは巻いてよね」

京介「……お、おう」

マジかよ。 思いっきり良すぎだろ、桐乃さん。

ぶっちゃけこの展開は想定外だ。 少々煽りすぎたかもしれないか? 元々は桐乃の悔しがる顔を見て、散々いじったら大人しく退散しようと考えていたんだが。

もうなるようになれで良いのか……? 分からん。 だがここで引くのは駄目だ。 何故か、誰かの意思でそうさせられているような気分がする。

くそ! 妹と風呂上等じゃねえか! マジでどうなってもしらねえ!

333: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:24:15.83 ID:8RBblcTP0
そして、俺と桐乃は二人で入浴中という訳で。

風呂は正直広くは無いので、桐乃が洗い終わって湯船に入っている時に、俺が呼ばれたって流れだ。

京介「……」

桐乃「……」

きまずっ! これすげえ辛いぞ!? 俺も桐乃もお互い何も言わねえし、顔も合わせようとしない。

冷戦時代とは違って、そこにあるのは恥ずかしさだけだが。

334: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:24:47.01 ID:8RBblcTP0
桐乃「……なんか喋りなさいよ」

俺ですか!? 話題提供しろって事かよ? ええーっと、どうするどうするどうする?

京介「お、お前の体って綺麗だな」

桐乃「……キモッ」

……冷静に考えれば、確かに今のはキモかった。 セクハラ発言も良いところだろう。

335: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:25:13.97 ID:8RBblcTP0
京介「桐乃はなんか話題ねえのかよ……」

シャンプーを手に付けながら、俺は桐乃に投げかける。

桐乃「あたし? うーん」

桐乃「特には無いかなぁ……あ」

京介「ん? なんかあったか?」

目を瞑りながら頭を洗っていると、桐乃が何かを思いついた様で、一旦言葉を切った。

336: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:25:40.98 ID:8RBblcTP0
桐乃「いや、何でも無い」

なんだよ。 ちょっと気になるじゃねえか。 だが、桐乃はそれを話す気が無いようで、待っても続きを話すことは無かった。

京介「……」

桐乃「……」

また沈黙。 それが果てしなく気まずい。

頭を洗っている間は目を瞑っていられるので、幾分か楽っちゃ楽なんだが。

ただ妹と風呂入るってだけで、こんな緊張するもんなのかね……

337: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:26:15.57 ID:8RBblcTP0
桐乃「……あんた、いつまで頭洗ってんの?」

京介「うっせ。 俺の勝手だろうが」

桐乃「……ふん」

桐乃はそう言うと、湯船から出たようで、お湯が打ち付けられる音が聞こえて来る。

やっと出て行く気になったか。 これでようやく解放されるな……

決めた。 もう二度と妹と風呂には入らないようにしよう。 気まずくて緊張して気が気じゃないからな。 マジで。

338: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:26:42.30 ID:8RBblcTP0
で、シャワーヘッドを掴もうと手を伸ばす。

桐乃「ねえ、京介」

京介「ん? なんだよ」

まだ居たのか。 まあ出て行く音はしなかったし、居るとは思ってたけど。

俺は頭を流しながら、桐乃の言葉を聞く。

桐乃「背中、流してあげよっか。 いつものお礼で、さ」

339: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:27:12.78 ID:8RBblcTP0
……なんだ? いつになく優しいな、こいつ。 まさかさっきのカレーでおかしくなっちまったのか?

いや、そんなことはさすがに無いだろうし、多分その言葉は桐乃の本音なのだろう。 なら、それを無碍にするのは少々気が引けてしまう。

シャワーヘッドを元の位置に戻しながら、俺は顔はそのまま正面を向きながら、後ろにいる桐乃に向けて口を開く。

京介「ん、じゃあ宜しく頼むわ」

そう答えると、桐乃は小さく「おっけ」と返し、俺の後ろに座り込んだ。

後ろに居る桐乃の方は見ずに、ボディソープを付けたタオルを桐乃へと渡す。

340: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:27:42.84 ID:8RBblcTP0
桐乃「なんか、こーして二人してお風呂入るのも随分久し振りだよね」

京介「……だな。 最後に入ったのって、いつだったか覚えてすらいねえよ」

桐乃「あたしは覚えてるケド。 あんたがあたしと入りたくないって言ったんじゃん?」

京介「そんなことも、あったかな」

桐乃「ふん。 今だから言うけどね……結構ショックだったから、あれ」

341: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:28:11.47 ID:8RBblcTP0
京介「……そりゃ悪い事しちまった」

桐乃「別に良いって。 こうして今になって入れてるワケだし」

京介「それもそうだな。 ちょっと前の俺なら、考えられなかったよ」

桐乃「あたしだって一緒。 もう仲良くなるのは無理なのかとか、思っちゃったりね」

京介「だな。 なんつうか」

京介「……ありがとよ、桐乃」

342: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:28:38.81 ID:8RBblcTP0
桐乃「どういたしまして。 んじゃあ、あたしも」

桐乃「ありがと、京介」

京介「へへ、どういたしまして」

こんな、打ち解けた会話も今では珍しくなくなった。

俺と桐乃は、この二年間程で恐ろしく変わったのだから。

……いや、変わったのは俺の方か? 桐乃はずっと、変わらない想いを持ち続けていてくれたのだし。 だが、関係が変わったということは、二人が変わったってことなのかね。 結局。

343: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:29:06.99 ID:8RBblcTP0
桐乃「ねえ、一つ聞いてもいい?」

京介「何だ?」

桐乃「今でも、あたしと一緒にお風呂とか入りたくないって、思う?」

京介「……どうだろ。 自分でも、良く分からないかな」

桐乃「……そっか」

京介「けど、けどさ」

京介「こうしてお前と話してるだけですっげー楽しいし、悪くねえって思うぜ」

344: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:29:34.52 ID:8RBblcTP0
桐乃「……うん。 あたしも一緒かも」

京介「そうかい。 そりゃ良かった」

桐乃「きょ、京介……その」

桐乃「そ、その」

桐乃「……やっぱ良い! 今度にする!」

京介「……そうか」

345: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:30:00.86 ID:8RBblcTP0
桐乃が言おうとしたことは、なんとなく分かった。

そして、それに対する俺の答えなんて物は当然決まっている。

京介「俺は今でも好きだよ。 お前の事が」

桐乃「……うん。 ありがと」

桐乃は安心したような、嬉しいような、それと少しだけ寂しさも含めた様な言い方をする。

その言葉には多分、様々な意味が込められていたのだろう。 そのくらい、俺にだって分かる。

346: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:30:29.34 ID:8RBblcTP0
このままだと何だか俺まで気分が落ち込んできてしまいそうで、とにかく場の流れを変えようと桐乃に話しかけた。

京介「もう良いぞ。 後は自分で洗うから」

桐乃「そ、そっか。 じゃ、あたしは先に出てるね」

京介「ん? 一緒に湯船入らねえの?」

桐乃「は、入るワケ無いでしょ! 調子のんな変態!!」

桐乃「あーもうキモイキモイ。 どうせあんた、あたしが入った後の湯船に入りたいから後から来たんでしょ? ちょーキモイ!」

347: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:30:57.27 ID:8RBblcTP0
ようやく、いつも通りって感じか。 つうかなんでそんな発想が出てくるんだよ……

京介「いや、まあ……どっちでも良いや」

言い訳するのも疲れるし、桐乃にどう思われようが今更だしな。

桐乃「ふんっ!」

桐乃はそう言い残すと、風呂場のドアを勢いよく閉める。 壊さないで欲しい物だ。

そんな風に思いながら、俺は先程まで桐乃が入っていた湯船へと入る。 あいつが変なことを言う所為で、意識しちまうじゃねえかよ……

348: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:31:23.15 ID:8RBblcTP0
京介「……はぁ」

一日で色々ありすぎて、疲れた。

家を半ば強制的に追い出され、桐乃が来て、泊まるとか言い出して、飯を一緒に作って、最終的に風呂まで一緒に入って。

風呂の件は俺の所為なんだろうけどな。 それでも疲れるもんは疲れるんだよ。

けど、そんな疲れなんてどうでもよくなるくらいに楽しい。 そうも思う。

349: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:31:51.09 ID:8RBblcTP0
これから先、どんな物語になっていくのだろうか。 時が経てば、俺たちの関係も更に変わってくるのだろうか。

果たして、それは『俺たちにとって』良い方向なのか悪い方向なのか。

今はまだ、ちょっと分からないな。

そんな事を考えながら、水面を見つめる。

……ふむ。 さっきまでここに桐乃が入っていたのか。

350: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:32:17.95 ID:8RBblcTP0
いや、それはマズイだろ京介! 気をしっかり持て! 早まるな!

でも、ちょっとこの水で顔を洗うくらいならセーフじゃね? いやいやでもなぁ。

……俺、変なテンションになりつつあるな。 こりゃやべえぞ。

一回。 一回だけなら……

そう思い、湯船の水をすくう。

京介「……よし」

351: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:32:43.95 ID:8RBblcTP0
俺がしているのは、ただ湯船の水で顔を洗うっていう至って健全な行為だ。 やましい気持ちは無い!

よし、よし。

で、顔をその水につけようとしたところで、俺に声が掛かった。

桐乃「ね、ねえ京介」

京介「うぁああああああああああ!?」

あ、あぶねえ! 危うく見られるところだった! つうかとても兄がするべき行為じゃない事をするところだった! 危ないじゃなく、助かったが正解だな……

俺、頭大丈夫かな?

352: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:33:11.20 ID:8RBblcTP0
桐乃「なに驚いてるの? まさか、ヘンなことしてた……とか」

京介「無い無い無い。 する訳無いだろ? つうかどうしたんだよ、桐乃」

桐乃「……そっか、なら良いけど。 その、言いにくいんだけどさ」

桐乃「あたし、今日制服しか持ってないの」

京介「……それで?」

桐乃「っ! それでじゃなくて!」

ええ、何だよ。 制服しか持ってないときて、なんて答えれば良いんだよ、俺は。

353: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:33:42.62 ID:8RBblcTP0
京介「あー。 わり、何が言いたいんだ?」

桐乃「……服が無いっつってんの」

京介「……マジ?」

俺がそう聞くと、桐乃はこくんと頷く。

いつもはそういうのしっかりしてるはずなんだけどな……

まあ、仕方無い。 ここは裸で過ごしてもらうしか……とか言ったら、冗談抜きで殺されそうなので、俺の服を貸してやるか。

354: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:34:14.64 ID:8RBblcTP0
京介「タンスに何着かスウェット入ってるからさ、それ着とけ」

桐乃「……分かった。 ケドさ」

京介「ん?」

桐乃「あ、う……何でもない」

それだけ言うと、桐乃はそそくさと出て行く。

何だよ。 言いかけて言わないっての、結構気になるんだからな?

355: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:35:26.72 ID:8RBblcTP0
俺はそれから少しの間湯船に浸かり、桐乃が着替え終わったであろうタイミングで居間へと戻る。

京介「おう。 どれか分かったか?」

桐乃「……見れば分かるっしょ」

桐乃は髪を乾かしながら素っ気無く答える。 可愛くねえ奴だな。

まあ、確かに見りゃ分かるけどよ。 一応は聞いておきたいじゃん?

そんな事を言う桐乃は、グレーのスウェットで床にぺたんと座り込んでいる。 後姿だけ見れば、どっかのヤンママみたいだな。

356: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:35:56.57 ID:8RBblcTP0
京介「そうかよ」

俺はそのまま桐乃の横を通り過ぎ、冷蔵庫からアイスを取り出す。

京介「アイス食うか? スーパー行ったときに買っといたんだけど」

桐乃「お。 珍しく気が効くじゃん~貰っといてあげる!」

京介「へいへい」

桐乃に一個アイスを渡し、テーブルを挟んで桐乃の正面へと座る。


357: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:36:38.77 ID:8RBblcTP0
京介「大体予想はしてたけどさ、その服ぶっかぶかだな」

桐乃「あんたと違ってあたしはスリムなの。 トーゼンっしょ?」

京介「別に俺が太ってる訳じゃねえだろうが……」

桐乃「ふん」

京介「つうか、一つ言っても良いか?」

桐乃「……何よ?」

京介「……目のやり場に困る」

具体的にいうと、胸元とか。

358: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:37:47.01 ID:8RBblcTP0
桐乃「あ、あんたどこ見てゆってんのよ! へ、変態っ! シスコンっ!」

京介「うっせ! 事実なんだから仕方ねえだろうが! それともお前は俺が黙ってそう思い続けてる方が良かったのかよ!?」

桐乃「どっちもキモイ! つうかそんな目で見ないでくれる!? 身の危険感じるから!」

京介「お、お前なあ……! そんな台詞言う奴が泊まるとか言い出してるんじゃねえよ!」

桐乃「なっ! それとこれとは別問題だし! 妹が兄の家に泊まるなんて普通じゃん?」

359: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:38:14.76 ID:8RBblcTP0
ううむ、そう言われると確かにそうなのだから困る。

京介「それを言うなら兄が妹の事を 的な目で見るのも普通なんだよ! 分かったか!」

桐乃「あ、ああああんた……あたしのことをそんな目で見てるの……?」

桐乃「 奴隷としてみてんの!?」

いやそこまで言ってねえだろ! テンパりすぎじゃねえかこいつ!

360: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:42:14.91 ID:8RBblcTP0
京介「そ、そういう訳じゃねえ! 言葉の綾だ!」

桐乃「きゃー! キモイキモイキモイ! ばかじゃん!?」

今更だけど、兄が妹の事を 的な目で見るってどう考えても普通じゃねえよな。 勢いに任せすぎてしまった。

京介「き、桐乃……一旦、お互い落ち着こうぜ。 このまま言い合っていたら、警察でも呼ばれそうな会話の流れだ」

桐乃「ふ、ふん。 あんたがヘンなこと言わなきゃ、こんな流れになってなかったし」

361: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 13:49:31.99 ID:8RBblcTP0
京介「いや……だってお前の格好がさあ」

桐乃「い、言うなつってんの! あたしも恥ずかしいんだから!」

京介「お、う。 悪かったよ」

湯上りだからか、それともマジで恥ずかしがっているのか、桐乃は顔を真っ赤にしながら俺にそう言ってきた。

そろそろいい加減にこの会話の流れを変えないとな。 一生言い合いになってしまう気がする。

さて、どうした物か……

363: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 14:40:15.56 ID:8RBblcTP0
しかし、どうやら今日の俺は本当に冴えていたらしい。 あることに気付いてしまったのだ。

桐乃は今日、学校を途中で抜け出して俺の家に来ていて。

で、着替えなんて当然持ってきていなくて。

その所為で、俺の寝間着を借りている訳で。

……まさかとは思うけど。

364: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 14:40:44.73 ID:8RBblcTP0
ああ、くそ。 一旦気になりだしたらどうしても気になってしまう。 聞かずにはいられない!

俺は決心し、恐る恐る桐乃に話しかける。

京介「桐乃、最後に一つ聞いても良いか?」

桐乃「……どしたの? そんなマジな顔して」

京介「お前、もしかして今ノーパン?」

365: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 14:41:13.03 ID:8RBblcTP0
俺がそう聞くと、桐乃は目を見開き、目じりに涙を溜めて、自分の履いていたスリッパを手に持ち、俺の顔をフルスウィングでぶち抜いた。

桐乃「し、死ね!!! 死ね死ね死ね死ね!! 変態!! シスコン!! 鬼畜!! キモすぎっ!!!」

顔を抑えて蹲る俺に、上から更にスリッパでばしばしと叩いてくる。

京介「わ、悪かった! 今のは完全に俺が悪い! すいませんでした!!」

桐乃「うっさい!! 絶対許さない! このクソ兄貴!」

京介「記憶から消しておくから! 申し訳ありませんでした!」

366: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 14:41:39.90 ID:8RBblcTP0
桐乃「このっ……!」

俺の頭を掴み、引き倒す。 その上に馬乗りになり、桐乃は対兄貴用スリッパを片手に攻撃を繰り返す。

京介「ま、マジで痛いから! 何でもするから許してくれ!」

俺がそう言うと、桐乃はようやく攻撃の手を止める。

桐乃「……何でもするってほんと?」

367: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 14:42:06.05 ID:8RBblcTP0
え、ええっと。 目が怖いんだけど……

京介「あ、ええっと」

桐乃「なに。 ウソってこと?」

そう言い、再度スリッパを構える桐乃。

京介「いや! マジマジ! 一つだけな!」

桐乃「オッケー。 仕方ない、なら許してあげる」

368: ◆IWJezsAOw6 2013/06/19(水) 14:42:32.81 ID:8RBblcTP0
最後にスリッパで俺の額をコツンと叩き、ようやく妹様から許しが出た。

桐乃「だけど……さ、さっきあんたが言ってたこと! あれは忘れてよね? あたしも後悔してるんだから」

京介「わ、分かった。 記憶から消しておく」

桐乃「……次からはちゃんと持ってくるし」

うん? 次もあるんすか?


第六話 終

388: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:02:18.59 ID:x18o4Ycy0
桐乃「ちょ、めっちゃ似合ってるじゃんそれ! あっはははは!」

最悪だ。 俺は心底そう思っていた。

桐乃が命令してきた一つのこと。 それが現在のこの状況を作り出している。

京介「俺、もう生きていけんかもしれん……」

桐乃「だ、大丈夫だって! 可愛い可愛い! ひ、ひひひひ」

桐乃はそう言いながら、先程から何枚も写メを撮っている。 何に使うつもりなのかは聞かない方が良さそうだ。

この流れになったのは完全に俺の所為なのだが、それでも酷い仕打ちじゃね?

ともあれ少しばかり回想しよう。 このイジメ現場になった経緯を説明する為に。

389: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:02:55.86 ID:x18o4Ycy0
桐乃「何でも一つねぇ」

京介「……分かってると思うけど、死ねとかはやめろよ?」

桐乃「あたしがあんたに死ねってゆったことなんて、一回も無いじゃん。 なにゆってんの?」

ほ、ほう。 こいつ本気で言ってるのかよ。 もう百回以上言われてるぜ? 俺。

桐乃「うーん……」

京介「別にそんな真剣に考えなくても良いんじゃね? ●●●●買って来いとかで良いだろ」

390: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:03:34.37 ID:x18o4Ycy0
桐乃「でも、それって今回の『何でも一つ』を使わなくても行くっしょ?」

京介「……確かに、そう言われればそうかもしれん」

つうか、そう聞くと俺って妹のパシリになりつつあるな……気をつけなければ、いつの間にか奴隷同然になっていてもおかしくなさそうだ。

京介「まあ、今考えなくても良いんじゃねえか? その内なんかしら俺に頼む時が来るだろうしさ」

桐乃「ダメ。 今してもらわないと気が済まないの」

京介「……そうかよ。 んじゃあ頑張って考えてくれや」

391: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:04:00.83 ID:x18o4Ycy0
桐乃「……」

桐乃は黙り込み、部屋の中をぐるぐると歩き回る。

どんだけ真剣に考えてるんだよ。 それ、答えが出た時が恐ろし過ぎるんだが。

桐乃「今日くらいしか出来ないことが良いよね……」

そんなことを呟きながら、桐乃はうんうんと唸る。 そしてそれを数分続けた後、何かが閃いたようで、ぱっと笑顔で俺の方を向いてきた。

桐乃「ねえ、京介。 練習してみない?」

392: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:04:35.58 ID:x18o4Ycy0
京介「練習? なんの?」

桐乃「今度する奴のれんしゅー。 それがあたしの命令」

京介「……今度する奴って、何だよ?」

桐乃「さっき言ったじゃん。 沙織にメイドコスプレした京介を見せるって。 だからそれの練習ってワケ」

京介「つまりなんだ。 コスプレの練習をしろってことを言ってんのか?」

桐乃「そ。 一石二鳥でしょ?」

393: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:06:11.54 ID:x18o4Ycy0
果たして一石二鳥なのかどうかは置いといて、だな。

思いの他、嫌なことではなかったな。

こいつなら相当酷い仕打ちをしてきそうなのだけど、何だか今日の桐乃はいつもより何倍も優しい。 ぶっちゃけ気味が悪い。

コスプレなんて何回か沙織やら黒猫やらを交えてした事だってあるし、むしろ案外面白いんだよな、あれ。

京介「別に構わねえけど、衣装がなくね? 今から取ってくるのかよ? もうさすがに夜だし、明日で良いんじゃ無いか」

394: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:07:37.92 ID:x18o4Ycy0
俺がそう答えると、桐乃はあからさまに大きな溜息を吐き、言った。

桐乃「衣装ならあるじゃん? それにあたしは今すぐ見たいの」

京介「はあ? 俺の部屋にコスプレ衣装なんて置いてる訳ねえだろ?」

桐乃「そんなの知ってるっつうの。 あんたがコスプレ衣装なんて持ってたら、それこそドン引きだし」

京介「お前って、時々マジで酷いひと言あるよな……俺が持ってるのがそんなにおかしいのかよ!」

395: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:08:15.57 ID:x18o4Ycy0
桐乃「……え? あんた衣装持ってんの?」

京介「いや持ってねえけど!」

というか、世間一般で言えば●●●●やオタグッズをあれだけ揃えてるお前の方がどうかと思うぞ!

桐乃「……ま、別にあんたがどんな趣味してようが良いけどさ。 あたしにヘンな物は見せないでよね」

京介「だから持ってないっつってんだろ! そんなに疑うなら部屋中探してみやがれ!」

桐乃「はい、ろくおーん。 今度暇な時に、部屋中探してあげるから」

396: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:08:46.27 ID:x18o4Ycy0
京介「お、お前……最初から分かってやってやがっただろ……」

桐乃「ふっふーん。 何のこと?」

京介「……くそ」

結果的に、桐乃に部屋を探し回る権利を与えてしまう形になった。 コスプレ衣装なんて本当は持っていないとこいつは最初から分かっていたのだ。 目的は、大方俺の弱味探しってとこだろうな……ちくしょう。

桐乃「そんで。 話戻すけど、いい?」

京介「ん? ああ、コスプレしろとかなんとかだっけか。 んで結局どうすんだよ?」

397: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:09:17.30 ID:x18o4Ycy0
桐乃「だから、衣装ならあるってゆってるじゃん。 ほら」

そう言いながら、桐乃は指をさす。

何かと思い、俺はその先を見て、まず俺が感じたこと。

やべえこれはマズイ。 あり得ない。 逃げなければ。

と思った。

何故かって? 簡単な話だよ。 桐乃の指の先には、制服があったからだ。

398: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:12:41.25 ID:x18o4Ycy0
京介「お、おま……ちょちょちょっと待て、待てよ」

桐乃「なに? 拒否すんの?」

京介「いや、いやいや違くてだな。 あれってお前の制服じゃねえかよ!」

桐乃「そうだケド。 それが?」

お、お前なあ!

京介「色々マズイだろ! お前、あれ毎日着るんだろ!?」

399: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:13:07.69 ID:x18o4Ycy0
桐乃「そだけど。 なーに? もしかして妹の制服に 情してるとか……?」

京介「ちっげええよ!! サイズとかあるだろ!?」

桐乃「だいじょーぶだって。 あんたってそんながっしりしてないし、あの制服だって多少大きく作ってるし」

京介「だ、だけどなあ……!」

うううう。 これは駄目だろう! 人間として、兄として、男として駄目だろ!?

400: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:13:41.59 ID:x18o4Ycy0
桐乃「さっきもゆったけどさ、拒否すんの?」

じりじりと俺の方に詰め寄りながら、桐乃は言う。

先程まで、今日の桐乃は優しいなあ! とか考えていた自分を殴り飛ばしてやりたい。

はっきり言おう。 今日も桐乃はいつも通りだ。

てか。目がこええ……拒否したらどうなるっていうんだよ、これ。

401: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:14:07.42 ID:x18o4Ycy0
京介「え、ええっと。 もし拒否ったらどうなんの?」

桐乃「そりゃ、お父さんに「兄貴に襲われた!」って言いに行くケド」

死にますね、俺。

京介「ま、まじで?」

桐乃「ちょーマジ」

桐乃はそう言うと、八重歯を見せながらにっこりと笑う。 可愛いけどうぜえ!

402: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:14:35.43 ID:x18o4Ycy0
ぐ、ぐうううう! このくっそガキめ! 何かしら仕返ししてえぞ! 俺のことを舐めやがって……!

よし……よし。 仕方ねえ。 ちょっと脅してやるか、この妹様を。

そう決心し、短く息を吐き、桐乃を真面目な顔で見据える。

京介「……なら、今襲っても問題ねえよな?」

その言葉を聞き、桐乃は一瞬驚いた顔をした後、すぐに口を開いた。

桐乃「は、はあ!? 冗談きつすぎ! キモッ」

403: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:15:26.62 ID:x18o4Ycy0
京介「冗談じゃねえよ。 俺は大真面目だぜ? んで、どうなの?」

桐乃の肩を掴み、正面から顔を見ながら俺は言う。

……あれ、こいつ少し震えてるじゃん。 やりすぎたか、さすがに。

桐乃「そ、それは……」

桐乃は視線を彷徨わせたあと、喉を鳴らし唾を飲み込む。

そして、小さく何事か呟き、俺と目が合い、そのまま止まる。

404: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:16:37.36 ID:x18o4Ycy0
周りの音が聞こえなくなり、俺も桐乃も見つめあったまま、時が止まった。

……なんか、流れおかしくね? 俺的には桐乃がいつも通りぶちキレて、罵詈雑言を俺に浴びせて、それで結局このコスプレが有耶無耶になればなぁ。 なんて思ってたんだけど。

桐乃「……きょ、京介となら」

待てええええええええええい!! 何言おうとしてんだこいつ!? それはヤバイ!! 普っ通にマズイ!!!

京介「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」

405: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:17:26.51 ID:x18o4Ycy0
桐乃「ひっ! な、なに!?」

京介「違う! 違うんだ桐乃! お前の言おうとしたことがなんとなく分かったけど、それはマズイ! ヤバイ!」

京介「お、俺も一応男だから! この際だから正直に言うけど、お前がそれを言ったら俺も多分抑えられん! だから言うな!」

桐乃「あ……う、うん」

京介「俺が今言った事は忘れてくれ! いや忘れろ!」

京介「コスプレでもなんでもしてやるから、とにかく一旦落ち着こう!」

406: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:19:11.67 ID:x18o4Ycy0
自分にも言い聞かせるように俺はそう言い、急いで桐乃から離れる。

あ! ぶ! ねえ!

色々とギリギリだったぞ? 今。

ぶっちゃけ、今のはかなり危なかった。 桐乃の顔、めちゃくちゃ可愛かったしな……

桐乃「……そ、そうだよね。 うん」

……すげえ変な空気になってしまった。 なんだこれ。

407: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:19:40.50 ID:x18o4Ycy0
俺はそれに耐え切れず、一旦台所へ行き、水をコップにいれて居間へと戻る。

京介「……ほら。 水」

桐乃「あ、ありがと」

俺と桐乃はコップの水を飲みきり、流しへと片付ける。

ふう。 さてどうするか。

桐乃「それで……その、ちゃんとしてよ?」

408: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:20:53.56 ID:x18o4Ycy0
……え、っと?

ちゃんとするって、何を? まさか、こいつはまださっきの話を続ける気かよ!? 正気か!?

京介「……お、俺は」

京介「べ、別に良いけどよ」

何言ってんの俺!? うわあ。 水を飲んである程度落ち着いたかと思ったけど、全然そんなことねえじゃん! どうすんだよ……これ。

409: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:21:27.56 ID:x18o4Ycy0
このままだと頭がどうにかなってしまいそうだ。 桐乃には悪いが、このままだと俺は俺を許せなくなってしまう。 よし、旅に出よう。

桐乃「……それじゃ、ほら」

そう言い、桐乃は俺に制服を手渡す。

桐乃「するんでしょ? コスプレ」

ああ、そういうことね。 はは。

410: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:21:53.92 ID:x18o4Ycy0
こうして、冒頭へと繋がるわけだ。

桐乃はというと、先程からケラケラと笑いながら俺の姿を写メっている。 どんな羞恥プレイだよ、くそ。

桐乃「あ、そーだ。 ちょっとこのスマホ持ってさ、自分で撮ってるみたいにしてよ」

京介「どんな要求ですか!?」

桐乃「イヤならイヤでいーよ。 イヤ?」

京介「嫌に決まってんだろうが! 誰がそんなことするか!」

411: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:22:19.18 ID:x18o4Ycy0
桐乃「ふうん。 んじゃメールしよっと」

京介「……誰に、何を?」

桐乃「黒猫と沙織に、あんたの写メを」

京介「やめろ! マジで社会的に死ぬからやめてくれ!」

桐乃「じゃあ、ほら」

桐乃はそう言い、俺にスマホを渡す。

412: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:22:47.40 ID:x18o4Ycy0
やるしかねえの? マジで?

いや……待てよ。 この瞬間にデータフォルダから俺の写メを消し去れば、もうこの妹に命令されることも無いんじゃないか?

ははは。 桐乃の奴も肝心なところが抜けてやがるな。

京介「お、おう! 任せとけ!」

桐乃「ノリノリのところ悪いケド、あんたの写メは逐一あたしのノーパソに送ってるから」

そうですか。 手際いいっすね。

413: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:23:14.97 ID:x18o4Ycy0
泣く泣く、自分で自分の写メを撮って行く。 傍目から見たら本当に変態じゃねえか……

桐乃はその姿を見て、とても満足そうにニヤニヤと笑っている。 性格悪いな、こいつめ。

一旦、冷静に状況を考えてみよう。

兄が妹の制服を着て、自分撮りをしている。 ってことだな。

すげえ分かりやすく変態だ。 屑じゃねえのそいつ。 俺だけどさ。

414: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:23:41.34 ID:x18o4Ycy0
桐乃「だいじょーぶだって。 結構似合ってるし?」

そんな俺の考えを読んだかの様に、桐乃は相変わらず笑いながら、そんなことを言う。

京介「……褒めてんの? それ」

桐乃「うん。 めちゃくちゃ褒めてる」

京介「今まで生きてきた中で、一番嬉しくない褒め言葉として受け取っておくぜ……」

つうか、今更だけどこの制服って明日も桐乃は着て行くんだよな? 良いのかね、俺が着ちゃって。

まあ明日になって後悔すればいいさ! 今は精々楽しんでおきやがれ!

415: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:24:07.37 ID:x18o4Ycy0
京介「も、もう絶対しないからな……あんなの」

俺が寝間着に着替えなおし、桐乃に向けてそう言うと、桐乃はすぐにスマホから視線を逸らして俺に向けて口を開く。

桐乃「良いじゃん。 マジで似合ってたって」

京介「それが嫌なんだよ! 女子高生の制服が似合って喜ぶ男なんて変態じゃねえか!」

桐乃「なに今更ゆってんの。 あんた変態じゃん。 実の妹を襲おうとするし」

416: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:24:33.28 ID:x18o4Ycy0
京介「あ、うぐぐ。 あれは……違う!」

桐乃「へえ。 何がどう違うってゆーの? んー?」

京介「うるせえ! お前が変なこと言い出すからだろ? 俺の所為じゃねえからな」

桐乃「うわ。 サイテー」

減らず口叩きやがって……こんの妹様はよお!

京介「チッ……」

417: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:25:41.42 ID:x18o4Ycy0
俺が舌打ちをして、テーブルの横に座ると、桐乃はスマホを置いて俺の方に顔を向ける。

桐乃「ねね、京介」

京介「……んだよ?」

返事をすると、桐乃は立ち上がり、俺の近くまで来て俺を見下ろす姿勢となる。

京介「……えっと、なに?」

桐乃「ふふ。 あのさ」

壁に持たれかかり座る俺に、覆いかぶさるような形で桐乃はしゃがみ込んだ。

418: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:26:31.55 ID:x18o4Ycy0
京介「な、なんだよ。 どうした」

桐乃「さっきの続き……あたし、別にしても良いよ?」

京介「は、はん! もう騙されねえぞ! 馬鹿にすんじゃねえ!」

桐乃「……ま、どう捉えて貰ってもいいケド」

桐乃「うーん。 今日は寝ようかな。 明日も朝早いし」

それだけ言うと、桐乃は俺から離れ、そそくさと寝る仕度を始める。

419: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:27:01.60 ID:x18o4Ycy0
京介「お、おう」

なんだよ、こいつは。

京介「桐乃」

桐乃「なに?」

素っ気無く、桐乃はそう言った。 俺の方に顔は向いておらず。

420: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:27:30.88 ID:x18o4Ycy0
京介「……お前、マジで言ってたの?」

俺がそう聞くと。

桐乃「……」

桐乃は少々の間を置いて。

桐乃「はあ? 冗談に決まってるっしょ。 ありえないし」

421: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:28:06.71 ID:x18o4Ycy0
桐乃はそう言ったが、俺にはどうしても質問と答えの間が、気になってしまった。

京介「……そうか」

桐乃「ふん。 キモッ」

京介「へいへい……今、布団出すわ」

桐乃にそう言いながら、押入れから布団を取り出し、敷く。

後ろに居るだろう桐乃に向け、俺は今日最後の質問をすることにした。

質問というか、俺がただ言いたい事を言うだけの、そんな感じだが。

422: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:28:33.66 ID:x18o4Ycy0
京介「なあ、桐乃」

桐乃「なによ」

京介「これは、俺が勝手に喋るだけだから、別に返事はしなくて良いけどよ」

京介「俺は、もっとちゃんと俺たちの関係にケリを付けないと、それは絶対しないと思う」

京介「だから、お前がもし望んでるんだったらさ、ごめんな」

京介「俺にとってはお前が一番大切だから……よ」

それだけはしっかりと、伝えておきたかった。

桐乃「……冗談だって言ってるじゃん。 ばーか」

そう言う桐乃の声は、どこか嬉しそうな声色だった。

423: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:31:13.17 ID:x18o4Ycy0
そして、一日が終わる。

なんだかすげえ長い一日だったが、それでもやはり楽しかった。

楽しいのと、それともう一つ。 確実に分かる物がそこにはあったのだ。

明日が来れば、次に桐乃と会うのはいつになるだろうか? こいつはまた、放課後には来てくれるのだろうか?

そんなの、考えるだけ無駄だっつうのに、だらだらと俺は考えてしまう。

424: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:32:14.06 ID:x18o4Ycy0
それに毎日こうする訳にもいかない。 いつか、近い未来か遠い未来か、俺と桐乃が抱えている秘密はばれてしまうのだろうから。

もしかしたら明日にでも、ひょっとしたら何十年後になるのかもしれない。

そしてそうなった時、俺と桐乃はどうするのだろうか。

相手の事をすっぱりと諦められるほど、俺も桐乃も大人じゃない。 そんな状態の俺たちが無理矢理にでも引き離されてしまったら、どうなるのかはちょっと自分でも分からないが。

それもまた、考えておかねばならない問題だ。

425: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:32:40.71 ID:x18o4Ycy0
ったく。 本当に●●●●みたいに格好良くいかない物かね。 現実はとてつもなくハードモードでしかねえよな。

だけど、確信して言えることは一つだけある。

俺は妹に恋をして、後悔なんてしていない。

それだけは、死ぬ寸前でも言えるだろう。 妹に恋をして、最高だったと。

桐乃はどう考えているのだろうか。 それを聞くのは出来ないが、同じ気持ちでいてくれたら嬉しい。

426: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:33:07.42 ID:x18o4Ycy0
桐乃「あんた、何ぼーっとしてんのよ。 寝るよ」

京介「ん。 おう。 そうだったな、わりいわりい」

京介「あー。 つうかさ、一つ言い忘れてたことがあった」

桐乃「その顔見る限りじゃ、あんま良いことじゃ無さそうなんですケド」

まあ、遠からずも近からずって感じだな。

427: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:34:29.17 ID:x18o4Ycy0
京介「布団、一人分しかねえんだよ」

桐乃「……あんた、ベランダで寝る?」

京介「寝ねえーーよ! 諦めて一緒の布団で寝ろ! それかお前がベランダ行け!」

桐乃「チッ……ヘンなこと、したら殺すから」

京介「しねえってさっきも言ったじゃねえか……どんだけ信用無いの、俺」

桐乃「ふん。 信用ならないっつーの」

428: ◆IWJezsAOw6 2013/06/20(木) 13:35:59.63 ID:x18o4Ycy0
桐乃「あんた、最低でも三十センチは間空けてよね?」

注文が多い奴だな、こいつ。 つうかそれだけ文句言っといて、前に俺のベッドに入ってきたのは何だったんだよ。

京介「へいへい。 分かりましたよお姫様」

桐乃「指一本でも触れたら、あんたの写メばら撒くから」

京介「……へいへい」

気持ち、距離を先程よりも置いて、俺は眠りに就いた。

最後に桐乃は。

「……おやすみ」

と、そう言った。


第七話 終

439: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:49:54.93 ID:pZo61wqQ0
窓から差し込んできた光りで目が覚める。

昨日とは違い、今日はとてもゆっくり眠れた気がした。

京介「ふああ……っと」

あくびをしながら、体を起こす。

隣を見ると、既に桐乃の姿は見えなかった。

京介「……あいつ、もう行ったのかよ」

440: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:50:25.99 ID:pZo61wqQ0
目を擦りながら、テーブルの上を見ると、小さな紙が目に入る。 良く見ると、そこには何やら走り書きで文字が書いてあった。

「あんた寝すぎだっつうの。 服、今度来た時に返すから」

紙にはそう書いてあった。 そんな寝すぎた気はしねえんだけどな。

というか、別にわざわざ洗って返さなくても良いだろうに。 真面目な奴だなあ。

……ん。

ああ、そうか。 なるほどね。

441: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:51:14.50 ID:pZo61wqQ0
京介「そりゃ、今度返すになるか」

さすがの桐乃でも、制服のスカートをノーパンで履く気にはならなかったってことだろうな。 さすがにそんな真似をしたら、露出癖があるのではと疑いたくなるし。

京介「にしても、起こせば良い物を」

行ってらっしゃいくらいなら言ってやったのになぁ。 ま、良いか。 寝てる俺を起こさなかったっていうのも、気配りなのだろうから。

そんなことを思いながら、時計を見る。

京介「……桐乃がいねえのも当然か」

442: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:52:12.06 ID:pZo61wqQ0
時刻は既に、正午過ぎを示している。

京介「もう昼かよ……さすがに寝すぎってのは否定できねえよな、これじゃ」

高校時代は、休日たまに昼近くに起きることがあったけど……なんだか、損した気分になるんだよなぁ。 あれ。

京介「………あ、やべえ」

そして、思い出した。

京介「今日一限からじゃん、俺」

やっぱり起こしてもらった方が良かったな、ちくしょう。 目覚ましをセットしていなかった俺も俺だけど。

まあ、仕方ねえか。 最近、この言葉を使う機会が多い気もするが……その内に「やっべえー単位足りねえじゃん、まあ仕方ないかぁ」とか言いそうな勢いだ。 気を引き締めよう。

443: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:52:38.51 ID:pZo61wqQ0
その後、軽く準備をして家を出る。 歩きながら携帯を開くと、メールが一件着ているのに気付く。

手馴れた操作で、内容を確認。

From 黒猫
朝早くにごめんなさい。 少し話したいことがあるのだけれど、今日大丈夫かしら?

京介「……黒猫?」

あれ以来、黒猫の方から俺に話しがあると言ってきたのは、初めて……だな。

メールが来た時刻は朝の6時30分。 相変わらずの早起きっぷり。 さて、どうした物か。

444: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:53:05.43 ID:pZo61wqQ0
選択肢は二つ。 黒猫と会うか、会わないかだ。

仮に会った場合。 黒猫には何かしらの話が俺にあるらしい。 内容は全く分からないが、わざわざ呼び出すってことは重要な話でもあるのだろう。

で、会わなかった場合。 そうすれば多分、俺と黒猫の間には決定的な溝が出来る可能性がある。 いきなりでかい溝が出来る訳ではねえ。 小さな、とても小さな溝ができる。 そして、それは次第に広がっていく。 その結果、いつかは修復できないほどの物になる可能性がある。

何故かは、分からない。 今までの黒猫の行動からして、この時間ってのは少々異常だからだろうか? それとも、今はお互いに若干の気まずさがあるのに、それすらも関係無いと言わんばかりに黒猫は連絡をしてきた。 その所為だろうか?

なら、俺が取るべき選択は……

To 黒猫
分かった。 時間と場所を教えてくれ。

こうして、俺は黒猫と久し振りに二人で会うこととなった。

445: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:53:43.85 ID:pZo61wqQ0
夕方、松戸にある黒猫の家。

京介「……なんか、久し振りだな」

黒猫「そう? この前だって会ったじゃない」

黒猫が言うこの前、とは恐らく何回か行っているアキバのことだろう。 しかし、俺が言いたいのは。

京介「いや、こうして二人で会うってのが、久し振りだなって思ったんだよ」

黒猫「……そうね。 あなたに夜遅くに、酷い事をされた時以来かしら?」

446: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:54:22.05 ID:pZo61wqQ0
京介「誤解を招く言い方をするなよ……」

黒猫「あら。 それならあの時のあなたは酷くなかったと言いたいの?」

京介「いや……それは……」

黒猫「ふふ。 冗談よ。 もう今となっては気にしていない……と言えば嘘になってしまうわね。 まあ、過ぎた事でしょ?」

京介「そう、だけどな」

黒猫「私にとっては、あなたや桐乃や沙織とばらばらになってしまうのが一番厭なのよ。 それは、分かっているわよね?」

447: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:59:10.00 ID:pZo61wqQ0
京介「ああ。 分かる。 分かっているつもりだ」

黒猫「なら、良いじゃない。 私が良いと言っているのにそれをいつまでも引っ張るのかしら?」

京介「……そうだな。 それもそうだ。 ありがとよ、黒猫」

黒猫「莫迦ね。 礼には及ばないわ」

京介「いや……謝るつもりも、許してもらうつもりも、無いけどさ。 お前には感謝しているんだよ、俺は」

黒猫「……そう。 なら、素直に受け取っておくわ」

448: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 13:59:35.96 ID:pZo61wqQ0
黒猫は俺の顔を見て、優しく笑い、そう言った。

本当に、お人よしだよ。 お前は。

京介「それで、俺に話しがあるってのはこの事だったのか?」

俺が黒猫にそう尋ねると、黒猫は鼻で笑い、いかにも見下した感じで喋り始める。

黒猫「はっ。 莫迦ね。 これだから下等生物には付き合っていられないわ。 たかがあなた如きと話す為に、わざわざ呼び出すなんてするとでも? そんなのは電話で済ませられるでしょうに」

京介「……そ、そうか」

急に態度変わりやがった。 しおらしい方が似合うってのに。

449: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:00:05.94 ID:pZo61wqQ0
京介「それじゃあ、この下等生物に教えてくれよ。 なんでここに呼ばれたか」

黒猫「そんなのは決まっているわ。 あなたにしか出来ない相談があるのよ」

黒猫「いえ……少し違うわね。 あなたにだからこそ、しなければいけない相談。 かしら」

その二つの言葉にどれほどの差異があるのかは、俺には少し分からない。

が、黒猫が言い直したからには多分、大事なことなのだろう。

黒猫「あなたはどうする? 聞くの?」

京介「そんなの分かりきっているだろ?」

450: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:02:07.78 ID:pZo61wqQ0
俺は正面から黒猫の顔を見て、はっきりとした口調で言う。

京介「聞くぜ。 勿論」

黒猫「……そう。 分かったわ」

そう言うと、黒猫はパソコンの前に座り、カタカタとキーボードを打ち始め、何やら画面に表示させる。

京介「これは、チャットか?」

黒猫「見ての通りね。 私や沙織や桐乃がいつも使っているチャットルームよ。 この日のチャットは……私と桐乃、二人っきりだったわ。 たまにあなたが居る日もあるけれど、今は関係無いわね」

黒猫「これで大体の予想は付いたかしら?」

451: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:02:33.45 ID:pZo61wqQ0
後ろから覗き込むように見ている俺の方に振り返り、黒猫はそう尋ねてきた。

なるほど。 分からねえぞ?

それが表情に出ていたのか、黒猫はというと。

黒猫「あなた、本当に前世は亀かしら? それとも鶏? 無機物の可能性も捨てきれないわね」

なんか、こいつのこういう言い方って桐乃のよりもある意味ぐさっと来るんだよな。 桐乃が正面からずばずば攻めるタイプなら、黒猫は内面からずばずばと攻めるタイプって感じ。

お前ら、やっぱり相性いいぜ。 と思いもするんだけど、正直被害が主に俺なのは勘弁して欲しい。

452: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:02:59.84 ID:pZo61wqQ0
京介「……前世は好きにしてくれ。 で、それがどうしたんだよ?」

黒猫「これよ。 一昨日のチャットログなのだけど」

黒猫「時刻は夜中ね。 急に桐乃から呼び出されて、私は寝るところだったのだけど、あの女の戯言に付き合ってあげようと、優しい心の私は思ったのよ」

つまり、いつもは呼び出されない時間に呼び出され、不安に思って話を聞いた。 って事だな。 分かり易い奴だ。

京介「それで、なんて言われたんだ?」

黒猫「あなた、乙女のチャットを見たいの? そんなに?」

京介「……悪かったよ」

453: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:03:28.04 ID:pZo61wqQ0
黒猫「まあ、見なければ話は始まらないし、仕方ないわね」

こいつ、地味に俺に対して嫌がらせしてねえか!? すげえ分かり辛く、地道に攻撃されている気がするんだけど!

京介「……おう。 頼む」

俺がそう言うと、黒猫は満足そうに笑い、作業を続ける。

チャットが開始されたのが……二時、か? やけに遅い時間だな。 というかそれに付き合う黒猫も黒猫だ。 お前らマジでどんだけ仲が良いんだよ。

黒猫「まあ、もしもあの女がくだらない話でも始めたら、すぐに寝ようと思っていたのだけど」

そう言い、黒猫は一番最初のチャットログを表示させる。

どうせまた、アニメやらゲームの話で喧嘩でもしたんじゃねえの?

内心、そんな風に思いながら画面を見た俺は、最初の一文目で言葉を失った。

454: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:03:53.63 ID:pZo61wqQ0
2:03 きりりん@ さんの発言:つらい。

2:04 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:どうしたのよ、急に

2:06 きりりん@ さんの発言:ごめん、何でも無い。 忘れて

2:07 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:あなた、そんな事を言われて忘れる莫迦が居るとでも思っているの? 莫迦なのかしら?

2:09 きりりん@ さんの発言:うっさい。 忘れろつったら忘れろ。 アホ猫

2:10 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:却下するわ。 ねえ、本当にどうしたのよ? 何か悩み事でもあるの? つらいなんて言葉、私に言うなんて

2:15 きりりん@ さんの発言:本当に、何でも無いから。 もう大丈夫。 ありがとね

2:16 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:……そう。 もし、何かあったら言いなさいよ。 友達でしょう? 私たち。

2:18 きりりん@ さんの発言:うん。 その時は相談させてもらう。

455: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:04:19.51 ID:pZo61wqQ0
僅か十分程の会話。 そこで、チャットは終わっていた。

京介「……黒猫、これって」

黒猫「あなたの妹とのチャットよ。 心当たり、あるかしら?」

黒猫「何かの冗談……とかでは無いのくらい、あなたでも分かるでしょう? あの女がそんな弱音を吐くなんて、考えただけでも気味が悪いのよ」

黒猫は俯き、消え入りそうな声でそう言う。 こいつも余程、心配なのだろう。

京介「確かに、そうだな。 桐乃がわざわざチャットに呼んでまで使いそうな言葉ではねえよな……」

456: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:04:49.71 ID:pZo61wqQ0
京介「……心当たりか」

黒猫「そう。 些細なことでもいいわよ」

そう言われ、俺は初めに思ったことを口にする。

京介「真っ先に思い浮かぶのは、俺が一人暮らしになったってことかな。 決まったのが一昨日の夜で、引っ越したのが昨日の朝なんだよ」

俺の所為で桐乃がああ言ったって、前までの俺なら考えすらしなかっただろうさ。

けど、今は違う。 自意識過剰だといわれて、本当にそれで済むならそれで良い。 別に俺がどう思われようと構わねえ。

黒猫「……あなた、引っ越したその日に妹を部屋に連れ込んだの?」

457: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:05:15.29 ID:pZo61wqQ0
京介「人聞きが悪い言い方するんじゃねえよ。 桐乃が押しかけてきたんだ」

黒猫「ふん。 まああの女がしそうな行動ね」

京介「で、こう言っちゃあれだが、それで桐乃がああ言ったってのなら嬉しいな。 んで、桐乃は俺と別々に暮らすのが嫌で、お前にさっきの言葉を言ったとか?」

黒猫「そうね。 私も『昨日あなたと電話した時にそれには行き着いたわ』 だけど『違うと思った』のよ。 途中でね。 それは電話が終わったときには、確信に変わっていたわ」

京介「ってことは、今は「違う理由があるんじゃないか」って思っているっつう事だよな?」

黒猫「ええ。 可能性としては……」

458: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:05:43.06 ID:pZo61wqQ0
黒猫「あなたと離れるのが嫌で、私にチャットをしてきた」

黒猫「これは違うわね。 だって、昨日桐乃が来たのでしょう? なら、そんなすぐに会える人と一緒の家じゃないってだけで、そこまでの想いをする訳が無いもの」

京介「そうだな……前と違って、模試がある訳でもねえしな」

京介「それにすぐ来れる……か。 確かに、黒猫の言うとおりだ。 桐乃のやつ、学校さぼってまで来てたし」

俺は真剣にそう言ったのだが、黒猫は顔を若干引き攣らせながら答える。

黒猫「あなた達、時々思うのだけど、素で気持ち悪いわね……」

459: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:06:09.76 ID:pZo61wqQ0
京介「ほっとけ」

俺が投げやりにそう言うと、黒猫はコホンと小さく咳払いをし、再び口を開いた。

黒猫「……話を戻すわね。 それで、電話している途中でそう思って、終わる頃には変わっていたってことなのよ」

黒猫「あなたと桐乃はその時一緒に居たから。 それであの女が私にそういうことを言うなんて、あり得ないわ」

黒猫「一応確認しておくけれど、桐乃の様子はどうだったかしら?」

京介「……ううむ。 俺が見る限りいつもより優しかった様な気はしたな」

黒猫「関係あるかしら? それ」

京介「ねえかも」

460: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:06:37.06 ID:pZo61wqQ0
黒猫「惚気るのはやめて頂戴。 殺したくなってくるわ」

京介「わ、わりい……」

黒猫さんこええな……伊達に闇猫を名乗っているだけある。

黒猫「さすがに殺したくなるというのは冗談よ。 そこまで怯えられても悲しいのだけど……」

京介「……あやせの前例があるからな。 癖になっているかもしれん」

黒猫「嫌な癖ね。 それじゃあこういうのはどうかしら? あなた、桐乃に対しては怯えとかは無いのでしょう?」


461: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:07:09.68 ID:pZo61wqQ0
京介「そう言われれば……そうだな。 結構暴言吐かれたりしてるけど、びびるとかはあんま無いかもしれん」

黒猫「なら、試しに桐乃の真似をしてみるわ」

黒猫「キモッ。 死んでよ。 ウザッ」

京介「……黒猫さん?」

黒猫「はあ? 話し掛けないでくれない? 調子乗んないで」

京介「駄目だ。 お前に言われるとマジで傷付く」

黒猫「……どうかしら? 似ていた?」


次回 京介「なあ、桐乃」 桐乃「なによ」 後編