京介「なあ、桐乃」 桐乃「なによ」 前編


462: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:07:40.86 ID:pZo61wqQ0
京介「魂入ってたよ。 でも二度とやって欲しくはねえな」

黒猫「仕方ないわね……それならやめておくわ」

つうか脱線しすぎだっつうの! ええっと、何の話だっけか。

黒猫「桐乃の悩みの話よ。 しっかりして頂戴」

京介「俺、声に出してたか? 今」

黒猫「顔に出ていたわ」

 

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463: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:10:18.25 ID:pZo61wqQ0
京介「そっすか……」

京介「で……えっと、つまり」

京介「それ以外の何かしらの理由が、あるってことか? 俺と離れて暮らすことになった以外の理由が」

俺がそう聞くと、黒猫はコクリと頷き、口を開く。

黒猫「そう考えるのが、妥当ね」


464: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:10:46.40 ID:pZo61wqQ0
帰り道、結局大学へ行く気分になれず、とぼとぼとアパートへ向けて帰宅途中。

くっそ。 ムカムカするな。 桐乃は何に悩んでいるんだ? 本人に聞けば分かるのだろうが、それを先程黒猫に言ったところ「莫迦じゃないの? そんなことしても、あの女がほいほいと理由を語る訳が無いでしょう?」との答えが返ってきてしまったしなぁ。

けど、全くその通りだぜ。 あいつは桐乃のことを良く分かっているよ。

あいつがそんな思い悩むこと。 そして、いつもは弱音なんて吐かないあいつが、どうして黒猫にだけ、一瞬でも弱味を見せたのか。

……分からねえ。 俺に相談、してくれないのかね。 あいつは。

465: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:11:17.53 ID:pZo61wqQ0
黒猫は今はまだ様子を見たほうが良い。 と言っていたが、そう言われたからといって俺は、はいそうですかと気持ちを切り替えられる人間でも無い。

学校で、何かあったのだろうか?

それとも、家で何かあったのか?

そうじゃないとしたら、案外楽しみにしてた●●●●やらが発売延期になったとか。

でも、家のことだったら真っ先に俺に相談しているよな。 間違い無く。

それが今回は無い。 だとすると……

桐乃が学校でいじめられてるとか? 想像できねえぞ……

466: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:11:49.01 ID:pZo61wqQ0
むしろ返り討ちにでもしそうだよ、あいつは。

まあ、でもその辺りを調べておくのは間違いって訳でも無いだろう。 問題は、それをどうやって調べるか、だけど。

一番繋がりがあるとしたら、あやせか。

……でもなぁ。 あいつ、桐乃とは仲良くやってくれているみたいだけど、俺とは話すらしてねえんだよな。

あやせと繋がりがある奴は……麻奈実か。

つっても結局、そっちもあれから話して無い訳で。

467: ◆IWJezsAOw6 2013/06/21(金) 14:12:15.66 ID:pZo61wqQ0
……詰みかよー。 ちくしょうめ。

そんなことを考えながらの帰り道。

偶然というか、必然というか、なるべくしてなったのか。 目の前から、見知った人影が歩いてきた。

京介「……あやせ」

あやせ「お久し振りですね。 お兄さん」


第八話 終

480: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:56:09.15 ID:AUo0YHXB0
京介「お前……どうして」

あやせ「随分と酷い事を言いますね。 私だって、この辺りに住んでいるんですから、偶然会っても不思議では無いじゃないですか」

京介「……そうだな。 そりゃそうだ」

今まで出会わなかったのが、逆に珍しいくらいか。 にしてもこんな風にばったり会うなんてな。

あやせ「それで、挨拶はまだですか?」

あやせは眉間に皺を寄せ、俺にそう言う。

一瞬何のことか分からなかったが、少しの間考え、俺はようやくあやせの言っている意味を理解し、口を開く。

京介「久し振り、あやせ」

俺がそう返すと、あやせはにっこりと微笑み、こう返した。

あやせ「ええ、お久し振りです」

481: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:56:37.65 ID:AUo0YHXB0
道端で話すのもあれなので、近くにあった公園に入り、あやせはベンチに腰を掛ける。

途中にあった自販機で飲み物を二つ買い、その片方をあやせに渡しながら俺もそのベンチへと腰を掛けた。

京介「元気そうで、何よりだよ」

あやせ「そう見えますか? これでも随分と落ち込んでいたんですよ?」

落ち込んでいるではなく、落ち込んでいたか。 それはそういう意味なのだろう。

482: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:57:06.34 ID:AUo0YHXB0
京介「……ああ」

あやせ「ふふ。 謝らないんですね」

京介「謝らないさ。 俺が決めたことで、こうなってんだからよ。 お前だって今更謝って欲しくはねえだろ?」

あやせ「ええ。 もしも謝っていたら、ぶち殺していましたね」

笑顔でそんなことを言うあやせの声からは、今までのような迫力は無い。

京介「はは、そいつは助かった」

483: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:57:35.84 ID:AUo0YHXB0
あやせ「お兄さん。 もしかして何か、悩んでいます?」

まだ何にも言ってねえのに。 何で俺の友達ってのはこの手のタイプが多いんだろうな?

……怖い怖い。 隠し事、できねえのかね。

京介「……まあな。 そんな顔してたか?」

あやせ「はい。 この世の終わりなんじゃないかってくらい、酷い顔でした。 もしかするとですけど、元からでしたっけ?」

京介「元からそんな顔だったとは思いたくもねえよ」

まあ、あやせが言っているこの世の終わりってのは誇張だとして、悩んでいるってのは当たっているんだよな。

484: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:58:06.31 ID:AUo0YHXB0
京介「ええっと、簡単に言うと桐乃のことだ」

京介「そんで、桐乃と親友のお前と連絡が取りたかったんだけど……タイミングは、良かったかな」

あやせ「ふふ。 桐乃のことですか。 それはつまり、告白にオッケーでもしてくれるんですか?」

京介「……そうじゃない。 聞きたいことがあったってだけだよ」

あやせ「冗談ですよ。 私、こう見えても諦めは良い方なので」

京介「そうだったのか。 てっきり包丁で脅されるとでも思ったよ」

485: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:58:39.76 ID:AUo0YHXB0
あやせ「お兄さんがお望みなら、いつでも構いませんけど……」

京介「や、やめてね? マジで」

あやせ「しませんよ。 そんなことは」

あれ。 そういや軽く流しちまったけど、こいつはさっき桐乃の事と聞いて、あやせの告白の話に繋げたか? それは、何故だ?

あやせには、言ったら何をされるか分かった物じゃないから黙っていたんだけどな。

京介「……なあ、お前もしかして」

俺がそれを言いかけると、あやせはそれを手で制した後に口を開く。

486: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:59:06.74 ID:AUo0YHXB0
あやせ「知ってますよ。 桐乃から、色々と説明されたので」

桐乃からって……事は、やはり聞いたのか? あやせは。

京介「えっと。 どこまで、聞いた?」

あやせ「私が聞いたのは、お兄さんがイブの夜に桐乃に告白したことと、それから付き合ったということだけです」

京介「……そっか」

あやせ「ええ。 その話を聞いている時、とても嬉しそうでしたよ。 桐乃」

あやせは特にどうという訳でもなく、そう言い放つ。 俺はそれを聞き、ついつい、聞いてしまった。

487: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 15:59:36.67 ID:AUo0YHXB0
京介「俺と桐乃のこと、気持ち悪いとか思わねえのか?」

あやせ「……難しい質問ですね。 まあ、世間一般で言えばおかしいとは思いますけど」

あやせ「でも、その話を聞いた時、最初に思ったのは『良かった』って気持ちでした。 それは絶対に否定できません」

京介「……良かった?」

あやせ「はい。 桐乃、とても幸せそうでしたから」

そう言うあやせも、俺から見たらとても幸せそうに笑っていた。

488: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:00:20.46 ID:AUo0YHXB0
京介「……お前も、変わったよな」

あやせ「そうですか? 元からこんな感じだったと思いますけど……」

京介「知り合ったばっかなら、そんなの気持ち悪いだとか、死ねだとか、ぶち殺すだとか、俺に言ってたと思うんだが」

あやせ「……お兄さん、私を何だと思っているんですか。 失礼ですね」

あやせ「ですが、そうかもしれません」

あやせは地面を見つつ、一人笑う。 先ほどまでとは違い、儚げな笑顔。

489: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:00:46.39 ID:AUo0YHXB0
京介「今は違うのか?」

あやせ「ええ。 違いますよ」

あやせ「まあ、心の底から応援することなんて出来ませんよ? ですが」

あやせ「お兄さんなら、きっと大丈夫だと信じていますから」

それを言った後に、小さい声で「だからそんな気持ちになったんだと思います」とあやせは言った。

京介「はっ。 えらく信用されてるんだな」

490: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:01:13.76 ID:AUo0YHXB0
あやせ「それはそうですよ。 だって、私を惚れさせた人ですからね」

あやせは言い、可愛らしく笑う。

そして、続けて口を開いた。

俺の方に向き直り、はっきりとした口調で。

あやせ「お兄さん。 お願いがあります」

京介「……懐かしいな、それ」

491: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:02:27.90 ID:AUo0YHXB0
あやせ「私も少し、懐かしい感じがしてました。 でも、今回のは今までのよりも大変かもしれません」

京介「そりゃ、聞かない訳にはいかねえな。 約束じゃなくて、お願いか」

あやせ「ええ。 私から、お兄さんへのお願いです」

京介「……聞くよ。 言ってくれ」

あやせ「はい。 では、言います」

そう前置きをして、あやせはゆっくりと、そのお願いを話し始める。

492: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:02:53.26 ID:AUo0YHXB0
あやせ「桐乃を守ってあげてください。 桐乃を大切にしてあげてください。 桐乃を導いてあげてください」

あやせ「桐乃を泣かせないでください。 桐乃を幸せにしてあげてください」

あやせ「桐乃と一緒に、歩いてあげてください。 それが、私のお願いです」

そのお願いを言っている時のあやせの顔を見て、俺はこう思った。 変な意味でもなく、純粋に。

綺麗な顔だ。 そう、思った。

京介「……任せとけ。 つうか、桐乃のことばっかだな。 相変わらずだよ、お前は」

493: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:03:27.89 ID:AUo0YHXB0
あやせ「ふふ。 親友ですからね」

京介「そうだったな」

あやせ「あ。 ごめんなさい、もう一つだけありました」

あやせはまるで、それをわざと最後に回したような言い方をして、続ける。

あやせ「自分自身を大切にしてください。 お願いします」

俺はそれを聞いて、笑いながら、いつもの様に返す。

京介「おう。 任せとけ」

494: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:03:53.67 ID:AUo0YHXB0
それから、少しだけの世間話をした後に、いよいよ本題へと入る。

京介「……桐乃のことでさ、一つ聞きたいことがあるんだ」

あやせ「私が答えられる範囲なら、お答えしますよ。 その聞きたいこととは?」

あやせは口に手を当てながら笑い、俺に続きを促してくる。

京介「なに笑ってるんだ?」

あやせ「あ、いえ。 お兄さん、桐乃のこととなると、すごく真剣になるので。 つい」

495: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:04:21.13 ID:AUo0YHXB0
そりゃどうも。 シスコン万歳だぜ。

あやせ「気にしないで続けてください」

それを聞き、俺もようやくその続きを話すことにする。

京介「あやせってさ、桐乃と同じ高校だったよな?」

あやせ「そうですけど……それが?」

京介「あいつさ。 学校でいじめられたりとかって、あるの?」

俺が恐る恐るそう聞くと、あやせは俯いてしまう。

ええっと……マジでいじめられてるとか?

あの桐乃が? マジで?

496: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:04:48.48 ID:AUo0YHXB0
あやせ「…………お兄さん」

冷たい声、冷えきった声であやせは口を開く。

京介「は、はい!」

ついつい、元気良くといえば聞こえは良いが、内心かなりびびりながら返事をしてしまう。 最早条件反射といっても過言ではない。

あやせ「もし、仮に桐乃をイジメる輩が居たとして、その人たちが無事で居られると思います?」

京介「そっそれは……」

あやせ「無事でいられる訳、無いですよね? だって、私が片っ端からぶち殺してしまいますから」

497: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:05:14.22 ID:AUo0YHXB0
光彩を失った目で、あやせは俺に言う。

マジこえええ。 桐乃にちょっかい出したら、そりゃあやせにぶち殺されますよね。

そして俺はというと……昨日の事を思い出し、鳥肌が止まらなかった。

やべえ、一応桐乃に口止めしておかないと。 俺が山に埋められる!

京介「は、はっはははは。 そうだよなぁ! そんなこと、ある訳ねえよな?」

あやせ「ええ。 勿論です」

498: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:05:52.15 ID:AUo0YHXB0
あやせ「ですが、お兄さんがそれを聞くってことは何かあったんですか? 桐乃に」

あやせは一転して心配そうな顔つきとなり、そう尋ねてきた。

京介「いや、何かって程でもねえけど……」

俺は分かりやすく、端的にまとめ、あやせに成り行きについて話すことにする。

勿論、俺が一人暮らしをしていて桐乃がそこに泊まりに来たという話は伏せて。

全てを説明し終え、黙って聞いていたあやせはようやく口を開く。

499: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:06:35.24 ID:AUo0YHXB0
あやせ「なんとなく、分かりました」

あやせ「ですが、今回は私じゃどうしようも無いですね……お兄さんにお任せしますよ」

京介「いや、そう言われてもだな……」

あやせ「心配しなくても、お兄さんが危険視しているような事はありませんよ。 大丈夫です」

京介「……お前、桐乃が何で悩んでいるのか知っているのか?」

あやせ「知っているとは少し違いますけど……うーん」

あやせは口に指を当て、少し考える素振りを見せた後、答える。

501: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:07:15.95 ID:AUo0YHXB0
あやせ「予想が付く、ですかね」

京介「その、予想が付くってのは?」

あやせ「それは私からは言えないです、ごめんなさい」

はっきりとそう言うあやせからは、嫌がらせだとか、意地悪だとか、そんなのは一片たりとも感じられない。 単純に、純粋にそう思っているのだろう。

京介「つまり、自分で考えろってことか」

あやせ「はっきりと言うとそうですね。 でも、私の予想も外れているかもしれないので、それで良いんじゃないかと」

502: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:08:08.09 ID:AUo0YHXB0
京介「……ああ、分かったよ」

あやせ「頑張ってください。 それでは、そろそろ私は帰ります」

あやせはベンチから立ち上がり、俺に一礼をしながらそう言う。

京介「悪かったな、俺の相談に付き合わせて」

あやせ「何を今更言ってるんですか。 私だって散々今まで相談させてもらいましたし」

あやせ「それに、お兄さんが私に相談してくれたのだって、嬉しかったんですよ? 満足のいく答えはできませんでしたけど」

京介「そんなことはねえよ。 大分助かった」

嘘偽りなく、それは俺の本心だった。

503: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:09:15.69 ID:AUo0YHXB0
そうして公園から出て、俺とあやせは互いに向き合う。

京介「んじゃあ、俺はあっちだから」

あやせ「ええ。 また会った時は、どうなったか報告お願いしますね」

京介「おう。 良い報告が出来るように頑張るさ」

あやせ「期待してます」

あやせ「では、最後に」

あやせ「桐乃のこと、宜しくお願いします」

504: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:09:42.71 ID:AUo0YHXB0
礼儀正しく、頭を下げて、あやせは俺にそう言った。

それには言葉だけでは分からない、確かな想いが込められている。

京介「ああ、必ず」

あやせは俺の言葉を聞き、今日一番の笑顔を俺に見せ、帰って行った。

京介「……さて、俺も帰るかな」

黒猫やあやせと話して、大分時間を使っちまったし、日も暮れてきている。

505: ◆IWJezsAOw6 2013/06/22(土) 16:10:42.90 ID:AUo0YHXB0
明日はさすがに大学へ行かないとマズイよなぁ……

今日は早めに寝るとするか。

なんてそんな風に考えている時に限って、厄介ごとは起きると決まっている。

現実ってもんは本当にままならない。 そんなの、この二年で嫌と言うほど分かっていたのに。

From 桐乃
今、家にいるんだけど、急いで来て。 家の前に着いたら、電話して。
絶対に、ばれないように急いで。



第九話 終

518: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:32:49.88 ID:TH2QHAlu0
4月の終わり。

腕時計に目をやると、針は既に0時を指している。

京介「くそっ……!」

そんな事を呟きながら、俺は必死に千葉の町中を走っていた。

息を切らしながら、必死に。

空は真っ暗で、辺りを照らすのは外灯のみ。 本来なら寒いはずなのだが、生憎ずっと走っている所為で汗がダラダラだ。

なんだってこんなことになってんだよ、ちくしょう!

そう悪態を付いても、状況は変わらないし変えられない。 どうにもならないんだ。

だから、俺は走る。 今はそれしか出来ないから。

足も大分張ってきて、棒の様になってきているが、そんなの気にしていられない。 何より、俺にはすべき事があるのだ。

519: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:33:17.97 ID:TH2QHAlu0
時間は少し戻り、桐乃からメールが来た直後。

京介「……何だ、これ」

不審に思い、メールを返す。 何があったのか。 という簡単な内容で。

先程、あやせと桐乃のことで話していたのもあり、何だか嫌な予感がしてしまう。

電話を掛けようか一瞬迷うが、メールの内容を再度見る。

家の前に着いたら電話をしろ。 ってことだよな、これは。

なら、今電話を掛けたらマズイ状態ってことか? そうだとすると……まさか、泊まったのが親父かお袋にばれたってのもあるよな。

くっそ。 こんなに早く対面することになんのかよ? いきなりラスボスを通り越して裏ボスって感じじゃねえか。 こんな予感、外れてると良いけどよ。

520: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:33:45.38 ID:TH2QHAlu0
京介「チッ……」

俺は舌打ちをし、今歩いてきた道を振り返る。

ここからだと、走ったとしてどのくらいだ? 自転車か何かあれば良いんだが、生憎そんな物は持っていない。 御鏡の奴と運よく会って、運よく自転車を押していて……ある訳ねえよな、そんな偶然。

なら、やはり走るしかねえ。 時間を計算しても何も変わらねえ。 今はただ、急いで桐乃に会いにいこう。

俺はそう思い、薄暗くなってきた道を走る。

待ってろよ。 なるべく早く、行ってやるからよ!

521: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:34:21.42 ID:TH2QHAlu0
息を切らしながら家の前に着いた時には、既にあれから三十分程経っていた。

外から見る限り……家の様子は普通か? リビングと、それと桐乃の部屋の電気が点いている。

くそ。 未だに状況が全く分からないじゃねえかよ。 このまま家に入るか?

……いや。 それは止めておいた方が良いか。 桐乃がメールでわざわざ「家の前に着いたら電話しろ」と言うくらいだ。 さすがにそれには理由がある……と思いたい。

とにかく、まずは電話。

桐乃もすぐに電話が来ると分かっていたのか、コール音の一回目で電話は繋がった。

522: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:34:50.67 ID:TH2QHAlu0
京介「もしもし、桐乃か!? どうした!?」

俺がそう言うと、桐乃は意外にもいつも通りの口調で、返事をする。

「遅い! メールから何分経ってると思ってんの!? まったく……」

京介「お、おう。 わりい。 で、なんかあったのかよ?」

「……ちょっとね。 今からお父さんとお母さんの気を引いておくから、合図をしたら、あんたあたしの部屋までばれない様にきて」

京介「わ、分かった」

523: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:35:16.94 ID:TH2QHAlu0
そう返事をすると、電話は切られる。

ばれない様に……かよ。 一応、俺の家でもあるんだけどな。

ええい。 もうどうにでもなれだ。 とにかく合図がきたら、桐乃の部屋までばれない様に行けば良いんだな。 やってやろうじゃねえか。

で、それから待つ事数分。

携帯に一件、空メールが届く。

差出人は勿論、桐乃。 なるほど……これが合図ってことか。

そう判断した俺は、音を立てないようにゆっくりと玄関扉を開ける。

524: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:35:43.56 ID:TH2QHAlu0
京介「……お邪魔しまーす」

呟くように、決して聞こえないように俺は言う。 一応の礼儀として。

つうか、自分の家なのになぁ。 なんでこんな泥棒みたいな真似をせねばならんのだ。

そんな愚痴を頭の中でつきながら、リビングの横を通り過ぎる。

……おっと。 そうだ。 靴は持っていかねえとな。

昨日は桐乃の靴を隠し忘れていて、お袋にばれる寸前だったからな……

525: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:36:09.20 ID:TH2QHAlu0
過去の失敗は今になって役立っている。 あれも案外良い失敗だったのかもしれない。 もう二度としたい失敗ではねえけど。

で、靴を回収した俺は二階へと向かう。

リビングからは桐乃とお袋と親父の話し声が聞こえてきた。 俺抜きで仲良くやってんだなあ。 なんて、そんなくだらないことを考えてしまう。

ま、今はそんなことよりとっとと桐乃の部屋にいかねえと。

階段を上るときに軋んで鳴る音に一々びくびくとしながら、俺はできるだけ音を立てないように桐乃の部屋へと向かう。

最大の難関である階段を上り終え、後は桐乃の部屋へ向かうだけ。

それでも俺は細心の注意を払いながら、歩く。

526: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:36:49.28 ID:TH2QHAlu0

ふと、その時視界の隅に俺の部屋が見えた。

京介「……当たり前だけど、札とかそのままなんだな」

まだ引っ越して一日しか経っていないのに、既に何だか懐かしい。

少し、見ていくか。 そのくらいなら大丈夫だろう。

そう思い、俺は自分の部屋の扉を開ける。

京介「……あのヤロー!」

俺の部屋の中が、見たことも無いオタグッズで溢れているではないか。 一日家を空けただけでこれかよ! 信じられねえ!

今すぐにでも片付けてしまいたいが、生憎そんな時間は無い。

俺は仕方なく、変わり果てた姿になってしまった自分の部屋に合掌をして、桐乃の部屋へと向かった。

527: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:37:15.22 ID:TH2QHAlu0
京介「……ふう」

桐乃の部屋に無事到着し、一息。

思えば、最初に来た時と全然違うことを俺は今感じているな。 面白いもんだ。

あの時はすっげえ緊張していたっけ。 んで、今は真逆って訳だ。

この二年で桐乃に対する俺の気持ちも、随分と変化を見せたって事だよな。

あいつのこと、色々分かって、驚かされるようなことが何度もあった。

で、妹物の●●●●みたいな展開になっちまって。 今に至る。

面白すぎるだろ、なんだよこれは。

528: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:37:42.24 ID:TH2QHAlu0
そんなことを思っていると、部屋の扉が前触れも無く開いた。

桐乃「……なにニヤニヤしてんの?」

京介「おお、桐乃。 別になんでもねーよ」

桐乃「ふうん。 まさかとは思うけど……あたしの下着とか漁ってないよね」

京介「漁るわけねえだろ! アホか!」

桐乃「ちょ、静かに! ばれたらマズイんだかんね!」

京介「お、おう。 そうだったな……すまん」

529: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:38:08.90 ID:TH2QHAlu0
桐乃「ふん。 別にいいケド」

つうか、これは言っても良いのか分からないが、桐乃もめっちゃニヤニヤしてるじゃねえか。 人の事言えねえじゃん。

桐乃がベッドの上に座り、俺はクッションを一つ貰い、その上に座る。

いつものポジション。 さて、今回はどんな内容やら。

今日、黒猫やあやせと話した事もあり、俺の内心は決して穏やかではなかったが。

京介「それで、どうして俺を呼んだ?」

俺がそう切り出すと、桐乃はいつもの様に言う。

桐乃「分かってるでしょ。 人生相談があるの」

530: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:38:43.19 ID:TH2QHAlu0
来たか。 こんな状況でされる人生相談ってのは、かなり怖いが……聞かない訳にはいかない。 どんな内容でも、引き受けてやらないと。

京介「ああ。 今回はどんな相談だよ?」

桐乃「……えっとね。 実は」

桐乃は言いながら、床に置いてあったカバンをごそごそと漁り始める。

なんだ、何が飛び出すんだ……

桐乃「これ! 買ってきて欲しいの!」

……あん?

531: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:39:12.33 ID:TH2QHAlu0
京介「え? ええっと?」

桐乃「だ、か、ら! これ買ってきてくれない?」

桐乃が取り出したのは、チラシ? 待てよ、これはもしかして俺が予想していた事態よりよっぽどくだらない事かもしれないぞ?

いや……落ち着け、京介。 まだそうと決まった訳じゃねえ。 判断を下すのは早急だ。

まずは、桐乃が俺に突き出しているチラシを確認しない事には何も進まない。 おし。

京介「これは……えーっと」

京介「一番くじ?」

桐乃「そう! メルルの一番くじ!」

532: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:39:45.28 ID:TH2QHAlu0
……ふむ。

一番くじってのは、何回か沙織やら黒猫やら桐乃に聞いた事がある。

確か、コンビニで売られるくじなんだよな? で、アニメのグッズが当たるって奴。

京介「メルルのグッズが欲しいってこと?」

桐乃「そうなの! 見て、このA賞のグッズ!」

A賞は、何々……実物大、メルルの魔法ステッキ。

桐乃「これはね。 重さから大きさ、装飾、全部が忠実に再現されているすごい一品なのよ! もーこれが欲しくて欲しくてさ、最近寝れなかったんだよね~」

533: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:40:57.16 ID:TH2QHAlu0
……マジかよ。

俺が! あんだけ悩んでいたのが! これだってのか!?

桐乃に悪気はねえんだろうけどさ! ひどくねえか!

京介「は、ははは……ああくそ。 分かったよ。 買ってくればいいんだな?」

桐乃「行ってくれるの!? やった!」

無邪気に喜ぶ桐乃はとても高校生とは思えない。 それも喜んでいる理由が魔法少女だぜ。 普段とのギャップが酷すぎるだろうが。

京介「けど、これってくじだろ? A賞のこれが当たるとは限らないんじゃねえの?」

桐乃「その辺はだいじょーぶ。 買い占めてきて」

534: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:41:24.75 ID:TH2QHAlu0
……んんん。

京介「……買い占めるって。 このメルルのくじを? 俺が? コンビニで?」

桐乃「もっちろん。 まあ買い占めるって言っても、そのステッキが当たればその時点で買わなくてもいいよ」

桐乃「あ、お金はちゃんと渡すから安心して」

京介「えーっと、つまりだな。 大学生である俺が、人の目を気にせずに星くず☆うぃっちメルルのくじを買えばいいってことか? 大量に」

桐乃「分かってるじゃん、ひひ」

桐乃が漏らした笑いは、俺を馬鹿にしている訳じゃないだろう。 多分、嬉しくて嬉しくて堪えきれないといった感じだ。

535: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:42:07.20 ID:TH2QHAlu0
京介「……は、ははは。 任せとけ」

もう、諦めるしかないだろう。 それにわざわざここまで来て断るってのも、後味が悪いしな。

京介「けど、買い占めって大丈夫なのか? 他に欲しい人も居るだろ?」

桐乃「その辺は大丈夫。 この辺り一帯は穴場になっててさ。 よっぽどヘビーなファンじゃないと、来ないと思うから」

マジっすか。 俺の地元がそんなヘビーオタクの集まりになってたのか。

京介「なるほどね。 なら大丈夫か……」

いや全然大丈夫じゃねえだろ。 そのオタクの方たちと一緒に俺は買わないといけないんだろ。

536: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:42:40.59 ID:TH2QHAlu0
京介「一応聞いておくけどさ、自分で買いにはいかねえの?」

桐乃「ムリじゃん? くじが始まるのって、夜中の0時だし」

桐乃「そりゃー、勿論あたしも行きたいケド」

京介「は!? 夜中の0時にコンビニ行けって言ってんの!?」

なんだよそれ! メルルって子供向けアニメじゃねえの!? なんでそんな夜中にくじが始まるんだよ!?

桐乃「場所によっても違うんだけどね。 朝とかの所もあるし」

桐乃「事前に開始時間はチェックしてあるから、大丈夫だよ」

537: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:43:10.16 ID:TH2QHAlu0
京介「そういう意味じゃねえよ! 俺明日も一限からなんですけど!?」

桐乃「今日行けとはゆってないじゃん。 今週の金曜日だからぁ……明々後日!」

桐乃「てゆうか、明日もってことは今日も一限からだったの? あんたふっつーに寝てたケド」

京介「う……」

桐乃「別にいーけどさぁ。 あたしと同学年になったりとかはやめてよ?」

妹にすげえ心配されてるな、俺。

同学年にならないか心配されるって、どうなんだよ本当に。

538: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:43:37.70 ID:TH2QHAlu0
つうか誰の所為でこうなってると思ってんだよ! ちくしょう……

桐乃「で、どうなの? 明々後日、行ってくれる?」

京介「……はあ。 分かったよ。 行ってやる」

桐乃「いやったああ! マジサンキュー!」

……まあ。 こいつがこれだけ喜んでくれるなら、別に良いか。

なんだか若干キモいが、ベッドの上ではしゃぐ桐乃を見ていると、俺も自然と嬉しい気持ちになってきた。

539: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:44:05.32 ID:TH2QHAlu0
京介「おいおい。 どんだけ嬉しいの? お前」

桐乃「ふひひ。 あたしが堪能したら、あんたにも貸してあげるね」

……いらねえけど。

つうか、こいつは手に入れる前提で喜んでいるが、もし手に入らなかったらどうなるんだ……

まあ、それを突っ込むのは少し野暮か。 俺が何としてでも手に入れないといけないってだけで。

京介「んじゃ、用件はこれで終わりか? そろそろ帰るぜ?」

桐乃「うん。 じゃあまた気を引いておくから、その間にね」

540: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:44:32.24 ID:TH2QHAlu0
良かった。 これでこの場で「早く出て行け」とか言われたら、さすがの俺でも理不尽っぷりに怒り狂っていたかもしれない。 良かった良かった。

とか思っていたときだった。

桐乃の部屋の扉が、コンコンとノックされる。

京介「……っ!」

俺が驚き、桐乃の方に顔を向けると、桐乃もどうやら不測の事態に驚いている様子だった。

すぐには開けないと思うが、急いで隠れないとマズイ。 ばれたらこれ、否定できねえぞ?

541: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:45:04.26 ID:TH2QHAlu0
桐乃「……!」

口をパクパクさせながら、桐乃はこっちに来いとジェスチャーで俺に伝える。 こいつの部屋はこいつが一番詳しい訳だし、ここは素直に従っておくか!

そう思い、俺は桐乃の方へと急いで駆け寄る。 勿論、音は立てずに。

桐乃「……っ」

桐乃は本当に小さな音で舌打ちをしたかと思うと、俺をあろうことか桐乃の布団の中へと押し込んできた。

それをやった桐乃は俺を隠すように布団に入り、布団から頭だけを出して、ようやく声を出す。

桐乃「はーい」

それを聞き、ノックをしていた主は扉を開ける。 布団の中に潜り込んでいる俺には、どんな光景かは分からないが。

ちなみに、俺が持ってきた靴はベッドの下へと放り込んでおいた。 部屋が汚れてしまうかもしれないが、そんな事言っている場合じゃねえしな。

542: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:45:32.38 ID:TH2QHAlu0
やがて、俺にも誰が入ってきたかが分かる声が聞こえてきた。

大介「……寝る所だったか?」

よりにもよって親父かよ! 最悪だ! ばれたら俺は間違いなく死ぬ!

桐乃「あー。 ううん。 話をしてて」

大介「やはりそうか。 桐乃、話すにしても時間を考えろ。 声が下まで響いていたぞ」

桐乃「う、うん。 気をつける。 ごめんなさい」

こいつ、演技うまいな……

543: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:45:58.35 ID:TH2QHAlu0
というか、対親父に対する話し方をなんかマスターしてやがる。 下手に嘘はついていない。 親父に対して嘘はすぐにばれるからな。

敢えて本当に起きている事しか言わない。 なるほどね。

……いや、そんなことはぶっちゃけどうでもいい。

俺はそれよりも非常にマズイ事態に陥っているからだ。

なんつうか、あれだ。

桐乃の布団とか、すげえ良い匂いがするんだが。

544: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:46:24.93 ID:TH2QHAlu0
そんで、今は一枚の布団に俺と桐乃が入っている訳で、それも体がはみ出ないようにしている訳で。

体が、密着している。

……やべえ。 変な方に思考がいってしまっている。

今、起きたらマズイことが起きようとしている!

くそ……し、静まれ、俺の! 俺の海綿体!

そうだ。 今俺の前に居るのはただのクッションだと思うんだ。 そう思い込め!

クッションクッション。 ううむ。

545: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:46:51.53 ID:TH2QHAlu0
……こいつの体、すっげえやわらけえな。

いや何考えてるんだよ! 余計にマズイじゃねえか!

桐乃「うん。 おやすみなさい、お父さん」

桐乃の声が聞こえ、次いで扉の閉まる音が聞こえてきた。

の、乗り切ったか? なんかすげえ嬉しい! なんだこの安心感は!

京介「……もう良いか?」

もし、万が一親父がまだ居ても、桐乃にだけ聞こえるような声量で俺は聞く。

546: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:47:18.27 ID:TH2QHAlu0
桐乃「……」

返事は無い。 確かに聞こえているはずなんだが……

むう。 もう俺と桐乃以外に誰かが居る気配は感じねえんだけど。

そう思い、俺は桐乃の脇腹を突付く。 これで嫌でも気付くだろ。

桐乃「……ふひっ」

……面白いなこいつ。

と思ったのも束の間。 桐乃は声は出さずに、俺の腕を抓って来た。 布団の中で、器用に。

547: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:47:52.16 ID:TH2QHAlu0
京介「いっ……!」

マジかよ。 桐乃が声を出さないってことは、まだ危ないってことだよな?

折角乗り切ったと思ったのに、まだ耐えなきゃいけねえの!? 辛すぎるぜこりゃ。

もうこうなったら無心になるしかない。 桐乃から合図があるまで、無心に。

桐乃「……」

未だに桐乃は無言で、随分となげえなと思っているときに、こいつは何故か寝返りを打ち、俺の方に体を向けてくる。

京介「……!」

549: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:48:18.54 ID:TH2QHAlu0
この馬鹿妹! 動くんじゃねえよ! アホ!

布団の中で、俺と妹は正面から密着している訳だ。 なんで!?

一応まだ耐えられているが、これが何分も続いたらぶっちゃけ耐えられん。 もしそうなったとしたらほぼ確実に桐乃からは白い目で見られ、散々罵倒されるのだろう。 最悪だ。

つうか、こうなったのもこいつの所為じゃねえかよ! どうにかしてくれ!

なんてそんな風に思っても、事態は何一つ解決しない。 俺に出来ることと言えば、この状態を耐え抜く事だけだ。

京介「……」

桐乃「……」

まだなの!?

550: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:49:05.62 ID:TH2QHAlu0
もう5分は経っただろ? まだ駄目なのかよ。

そして俺は再度、桐乃の横腹を突付く。

桐乃「ひひっ!」

やっぱ面白いな、こいつ。

そして桐乃はというと、今度は抓ることはしないで、俺の脇腹を突付いてきた。

京介「っ!」

その仕返しに俺はやけになり、今度は脇腹をくすぐる。

桐乃「……ちょ……くくく」

体を震わせながら、桐乃はなんとか耐えているようだ。

こうして、俺と妹の布団の中での攻防は、約三十分ほど続いた。

551: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:49:36.36 ID:TH2QHAlu0
京介「……あっちい」

桐乃「……あんたがいつまでも出てこないからでしょ」

俺が桐乃の脇をくすぐった辺りで、ついに桐乃は観念したのか、俺をベッドの上から蹴り落とした。

その音で再度親父が来るんじゃねえかと思ったが、幸いにも風呂に入っていたのか、親父が部屋に来る事は無かったけども。

京介「つうか、お前なあ。 もう居ないって分かってるならとっとと教えてくれよ……」

桐乃「ふん。 まだ近くにいるからって思っただけだっつうの。 それにしてもあんたくすぐりすぎだから」

552: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:50:10.35 ID:TH2QHAlu0
京介「お前が反撃しなきゃ、俺もあそこまではやらなかったって。 まあ、お互い様だろ?」

桐乃「てか、あんた顔真っ赤だけど大丈夫?」

京介「布団の中にずっと入ってりゃそうなるわ! そういうお前も顔真っ赤じゃねえかよ」

桐乃「そりゃ、ずっと布団の中で動いてたんだからそうなるっしょ?」

京介「……そうだな」

桐乃「……うん」

京介「あー。 んじゃあ、今度こそ俺は帰るぞ。 良いか?」

553: ◆IWJezsAOw6 2013/06/23(日) 16:50:41.47 ID:TH2QHAlu0
桐乃「おっけ。 様子見てくるから、また合図する」

京介「おう。 んじゃあまたな」

桐乃「……ふん」

桐乃はそう言い、部屋の外へと出て行く。

んだよ、可愛らしく「またね、お兄ちゃん」くらい言えって。 憎たらしい奴だ。

こうして、俺の悩みでもあった桐乃の今回の相談だったが、無事に解決したという事である。

まあ、桐乃が言っていたステッキを手に入れるまで、なんとも言えねえけど。


第十話 終

566: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:00:51.57 ID:g4JR2A+e0
「申し訳ありません。 一番くじ完売いたしましたー」

「うああああ!! またかよ!!」

と、俺と同じ様に落胆するオタク軍団。 それを聞いて一瞬で現実に戻される。

京介「……何してんだ、俺」

というか、深夜のコンビニにこれだけ人が集まるって物凄い図だよな……このパワフルな方達の行動力には、時々驚かされるぜ。

567: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:01:47.95 ID:g4JR2A+e0
一応、桐乃は「戦争」と表現していたことも過去にあったので、事前に一番くじとやらの事は調べたのだが、かなりの情報が飛び交っていた。

なんでも人気アニメともなると、深夜のコンビニでじゃんけん大会が始まったこともあるそうで……末恐ろしい。

それに桐乃は「くじを引く楽しみをあんたにあげるんだから、感謝してよね」とか言っていたが、兄として妹をこんな場所には絶対に送り込みたくない。 もし、あいつが行くと言ったら是非とも俺も付いて行きたい気分だ。

で、既に三件目になったんだが、さすがはヘビーな方達が集まるとだけあり、買い占めが多発している。 今のところ全滅である。

つうかさぁ。 これで本当に穴場なのかよ? ここら辺。

568: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:02:28.90 ID:g4JR2A+e0
京介「っと! そんな事考えている場合じゃなかった!」

俺は急いで店から出て、地図を開く。

ご丁寧にも桐乃がここら辺一帯のコンビニの場所をマークして渡してくれたのだ。 優しい心遣いに涙が出るぜ。

……なんか、違う種類の涙も出てきそうだけどな。

そういう訳で、現在俺は深夜の千葉町中を走り回っている。

この地図はロードマップ的な感じになっていて、次にどのコンビニに行くのが手っ取り早いのかを教えてくれている。 最初の一件目を視界に入れたとき、人が沢山並んでいたのは本当に衝撃的だった。

569: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:03:28.15 ID:g4JR2A+e0
京介「ええっと……次はあそこか!」

腕時計で時刻を確認すると、既に0時30分。 開始からもう三十分経ってんのか!? やべえ、このままだとマジで買えないかもしれん!

気持ち、足を早め、コンビニへと入る。

京介「すいません! メルルの一番くじ!」

中に居た一般の客達が何事かと俺の方に視線を集中させる。 ええい、こんなのはもう慣れた! 知り合いに会うことだけは避けたいが、この際そんなのはもうどうでも良い! 後からいくらでも言い訳なんて出来るからな!

570: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:04:18.63 ID:g4JR2A+e0
「も、申し訳ありません。 一番くじは売り切れてしまいまして」

だからはええんだよ! なんでもっと用意しておかねえんだ!

俺の形相に、店員が若干引き気味に答えていた気がするが、気にしない。

俺は店員の言葉に返事もせず、店を後にする。

くそ! 次だ次!

571: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:06:29.26 ID:g4JR2A+e0
とぼとぼと歩く。 結果だけ言おう。 全滅だった。

京介「……おいおい。 どんな顔して報告すりゃ良いんだ、これ」

ちっくしょー。 悔しいぜ。

辺りはまだ薄暗い。 時刻は午前6時。 約6時間の無駄足だったってことか。

もうコンビニマスターになれるんじゃねえかな。 一帯というか地元から結構離れた場所も踏破しちまったよ。

こんな休日の初っ端に、なーにやってんだかな……俺は。

京介「はあ」

溜息を吐きながら、携帯を見つめる。

572: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:07:05.68 ID:g4JR2A+e0
さて、どう言った物かね。 あいつ、すっげえ楽しみにしていたのによ。

そんな風に悩んで、電話帳から桐乃の名前を出しては消してを繰り返していたとき、携帯が鳴る。

俺は反射的に、それを取っていた。

「ね、ね! どうだった!?」

その声が、今の俺にとっては何よりも辛かった。

京介「いや……その、だな」

573: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:07:50.50 ID:g4JR2A+e0
「ひひっ。 焦らさないでよ~。 早く見たいんですケド!」

朝っぱらから元気な奴だな。 こいつ、休みだからって寝てないんじゃないのか?

……まあ、言わなきゃいけねえよな、さすがに。

京介「桐乃、すまん!」

京介「全部売り切れててよ、買えなかった……悪い」

574: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:08:17.89 ID:g4JR2A+e0
「……」

少しの沈黙の後、先程までの元気の良さは桐乃から消えていて、電話の向こう側で落ち込んでいるのが俺にも伝わった。

「そっか。 ダメだったかぁ……」

京介「お前が教えてくれたとこ、全部回ったんだけどな……ごめん」

「良いって良いって。 気にしないでよ」

桐乃が強がってそう言っていたのは、俺には分かる。

575: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:08:51.25 ID:g4JR2A+e0
京介「……桐乃」

そしてその時俺がどう思って、どうしたいのかなんてのは、もう分かりきっている事だった。

京介「桐乃、もうちょっと待っててくれ」

「……へ?」

京介「他の場所を探してくる。 東京とか、そっち方面も」

「ちょ、さすがにそこまでしなくて良いって! 今から行ってもあるワケ無いじゃん!」

576: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:10:07.13 ID:g4JR2A+e0
京介「始まる時間って、その場所によっても違うんだろ? なら、まだ諦めるのははえーだろ」

「……でも」

京介「お前は!」

京介「……お前は今日、笑うはずだった。 笑顔になるはずだったんだよ。 だから、そんな悲しそうな声を出すんじゃねえよ。 俺が必ず、取ってきてやるから楽しみして待ってろ!」

「京介……」

京介「俺を舐めるんじゃねえ! 今日中に必ず持っていく。 惚れ直させてやるよ。 へへ」

俺が冗談交じりでそう言うと、桐乃は最後に。

「……もう充分惚れてるっつうの。 ふん」

577: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:10:34.53 ID:g4JR2A+e0
よっし。 待ってろよ、メルルステッキ! 俺が必ずゲットしてやる!

そう意気込み、まずは駅へと向かう。

時間はたっぷりとあるんだ。 俺は諦めねえぞ。 何より、あいつと約束したからな。

それから昼頃まで、東京やその近辺のコンビニを歩き回る。 さすがに大人気アニメとだけあり、中々うまくは目的の物が手に入らない。

運良く、くじが残っているコンビニもあったが、それらは既に今回の目的でもあるメルルステッキが無くなっている後だった。

578: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:11:00.92 ID:g4JR2A+e0
京介「ちっくしょー!」

今現在は秋葉原。 お馴染みのメイドカフェで休憩中。

京介「……ええっと。 回って無いのは後どこだ?」

途中で寄ったコンビニで周辺の地図をプリントしておいたので、大体の場所は分かる。

行った場所は塗りつぶし、他を確認。

579: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:11:27.99 ID:g4JR2A+e0
京介「まだ結構あるな。 一つくらい残ってれば良いんだが……」

……よし、もう少しだけ休んだら、また探しに行こう。

そう思い、コーヒーを飲む。

「おや。 京介氏ではありませんか?」

この声は。

580: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:12:11.20 ID:g4JR2A+e0
後ろを振り向くと、そこにはぐるぐる眼鏡のいかにもな格好の桐乃の友達でもあり、俺の友達でもある沙織が居た。

京介「沙織か! 偶然じゃねえか!」

この状況で沙織に会えたのは正直言って助かった……こいつなら、その辺の事情に詳しそうだしな。

沙織「ええ、何たる偶然。 運命を感じますなぁ」

沙織「それにしても京介氏、今日は見たところお一人の様ですが、何用でこんな所まで?」

京介「俺が趣味でここまで来ると思うか? いつものパターン……みたいなもんだよ。 大体な」

581: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:12:57.43 ID:g4JR2A+e0
沙織「ふむ。 なるほどなるほど。 きりりん氏関係でござるな」

京介「ま、そんな所だ」

沙織はさぞ愉快そうに笑い、俺の正面へと腰を掛ける。

そして、テーブルの上に広げていた地図に視線を落とし、得心がいった様な顔をして口を開いた。

沙織「この地図は……ははーん。 大体の事情は分かりましたぞ」

なんでこの地図を見ただけで分かるんだよ……こいつ、エスパーなのか?

582: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:13:28.10 ID:g4JR2A+e0
沙織「ええ。 きりりん氏、京介氏、そしてこの地図」

沙織「それだけあれば、簡単な話ですな。 ずばり」

沙織「一番くじ、ですかな?」

マジで当てやがったよ、こいつ。

京介「……恐れ行った。 正解だ」

沙織「そして目当てといえば、A賞のステッキ……と言った所ですな。 それはまた随分と難題を請け負った物ですなぁ」

583: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:14:11.96 ID:g4JR2A+e0
京介「難題って……そんな人気なのか?」

沙織「それはもう。 くじにしてはかなり豪華な賞品ですので。 それに加え実物大と再現度。 数にも限りがある。 これはもうファンにとっては至高の一品ですぞ?」

そこまですげー物だったのか。 あのステッキがねぇ。 とことん分からない世界だぜ。

京介「最初は地元……千葉の方を回ってたんだが、全滅でな。 遠路はるばるここまで来たんだよ」

沙織「ふむう。 確かに向こうの方は最近までは穴場だったのですが、ネットで情報が出回るようになって結構な知名度となっておりますから」

584: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:15:13.95 ID:g4JR2A+e0
この手の情報は、沙織の方が桐乃よりも数倍詳しそうではあるし、そういう事ならあのファンの数は納得が出来る。 思い返してみても、やっぱり穴場って感じでは無かったしな。

京介「んで、折り入って相談なんだが……今からでも、A賞のステッキがありそうなところってあるか? こっちで何件も回ってるんだけどさ、中々見つからないんだよ」

沙織「ふむ。 あるにはあるのですが……その前に、京介氏に少しお願いしたい事があるのですよ。 よろしいか?」

京介「交換条件ってことか。 いいぜ、任せろ」

沙織「助かりますなぁ。 拙者一人じゃ、どうしようも無かったところなので」

585: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:15:39.64 ID:g4JR2A+e0
京介「で、このアルバイトね……」

俺の隣では眼鏡を外し、メイド服を着た沙織が恥ずかしそうにしている。

メイド喫茶の客引きアルバイト。 それが、俺に沙織が出した条件であった。

沙織「ええ……一人ですと、その、恥ずかしくて」

相変わらず、めちゃくちゃキャラが変わる奴だな。

京介「なら、どうしてこんなバイトを受けたんだよ? 他にもあっただろ?」

586: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:16:10.99 ID:g4JR2A+e0
沙織「うちの会社系列でして。 断ることも出来たんですけど、わたくしって恥ずかしがり屋ですので……それを克服、したいんですの」

なるほどねぇ。 こいつもこいつで、頑張っているんだな。

ちなみに言っておくが、俺はメイド服を着ている訳じゃないぞ? とは言っても私服の男がメイド服を着ている女の横に立っているとあれなので、今現在は執事っぽい格好をしているが。

京介「でもさ、お前って俺の引越しパーティの時は平気じゃなかったか? だから大丈夫だと思ったんだが」

沙織「そんな事はありませんよ。 あの時は、そこまで人数もいなかったので」

587: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:17:10.36 ID:g4JR2A+e0
言われ、辺りを見回す。

ああ、確かにここだとあの時と比べ物にならない程に人がいるよな。

京介「……ま、俺に協力できる事ならやってやるよ。 今日の事に限らずさ。 気軽に言ってくれ」

沙織「はい。 ありがとうございます。 京介さん」

沙織は言いながら、にっこりと俺に笑顔を向ける。

沙織さん、それ割りと反則だぜ……

588: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:18:15.11 ID:g4JR2A+e0
その後、数時間のアルバイトを終え、俺と沙織は再びメイド喫茶で打ち合わせ。

京介「お疲れさん。 どうだった?」

正面に座る沙織に声を掛けると、既にいつもの格好。 つまりはぐるぐる眼鏡にオタファッションの格好だ。

俺は未だに、執事っぽい格好である。 着替えるのが若干面倒だったので、先に休憩を取る事にした。

沙織「そうですなぁ。 もう少し積極的に出来れば良かったのですが……それでも、中々に面白かったでござる。 また、機会があれば京介殿とご一緒したい所存ですぞ」

589: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:18:42.42 ID:g4JR2A+e0
俺から見たら、消極的なおどおどメイドさんが必死になっている姿は惹かれる物があったけどな。 そこら辺歩いている人らも同じ感想なんじゃねえかな? 事実、盛況っぽかったし。

ま、そう言ってくれるなら嬉しいよ。

京介「そうか。 んじゃあその時は声掛けてくれよ。 俺も結構楽しかったからさ」

沙織「合点承知。 しかし、京介氏」

京介「ん?」

沙織「そのお姿……中々に決まっていて、案外似合っておりますぞ?」

590: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:19:09.58 ID:g4JR2A+e0
京介「……ほ、ほう。 本当か?」

沙織「おやおや、嬉しそうな顔ですな」

京介「ま、まあな。 褒められて嬉しくない奴はいねえと思うぞ」

沙織「では! 京介氏」

沙織「記念に一枚、撮っておきましょうぞ」

言うと同時、沙織は俺にカメラを向けて写真を一枚撮る。 咄嗟の出来事だったので、ポーズを決めたりだとか全く出来なかったんだが!

591: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:19:39.40 ID:g4JR2A+e0
京介「……せめて、撮る前に声掛けてくれよ。 なんも決まってねえだろ、それじゃ」

沙織「いえいえ。 人間、自然な姿が一番ですぞ?」

言いながら、沙織は先程撮った写真を俺に見せる。

京介「自分の写真を見ても、すげえコメントし辛いが」

沙織「はっはっは。 まあ、少なくとも拙者から見た限り、かなりの出来ですな」

京介「そりゃ良かったよ。 んで、沙織」

592: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:20:08.03 ID:g4JR2A+e0
京介「一番くじの件なんだけど」

沙織「……はて。 なんの事ですかな?」

京介「おい?」

俺が少しだけ苛立ちながら言うと、沙織は眼鏡を外し、口を開く。

沙織「さすがに冗談ですよ。 京介さん」

沙織「ご気分を害されたのなら、申し訳ありません。 きりりんさんの事、大事なんですね」

593: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:20:35.65 ID:g4JR2A+e0
京介「……そりゃ、まあな」

沙織「ふふふ。 約束は忘れていませんよ。 付いて来てください」

沙織はそう言うと、席を立ち上がりすたすたと歩き始める。 が、何かを思い出したのか、俺の方に振り返り、口を開いた。

沙織「その前に、そろそろ着替えられてはどうでしょうか?」

京介「……それもそうだな」

すっかり忘れてた。 あんまり道草を食っていてもあれだし、とっとと着替えてしまおう。

594: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:21:12.82 ID:g4JR2A+e0
着替え終え、沙織に案内された場所は、いつか乗った事があるマスケラのワゴンだった。

京介「えっと……? 車で移動すんの?」

沙織「まさか。 そうでは無くてですね」

沙織はそんな事を言いながら、ワゴンの中から何かを持ってきた。

沙織「実はですね。 わたくしも本日の一番くじは参加しておりましたので。 これ、差し上げますわ」

沙織はそう言うと、俺が探しに探しまくったメルルのステッキを手渡してくる。

595: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:21:38.46 ID:g4JR2A+e0
京介「お前、これ……」

沙織「遠慮なさらないでください。 本日お手伝い頂いた分の、ささやかなお礼ですので」

京介「けど、これってすげえレア品なんだろ? 悪いだろ、さすがに」

沙織「大丈夫ですわ。 もう一本ありますし」

沙織はそう言うと、車の中から本当にもう一本のメルルステッキを取り出す。

恐れいったぜ。 俺なんかよりもよっぽどパワフルじゃねえか。

596: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:22:05.66 ID:g4JR2A+e0
京介「でも、なんか悪いな……」

沙織「京介さん。 わたくし、今日の事は本当に感謝しているんですよ? 一人だと、絶対にうまくは出来ませんでした」

沙織「ですので、受け取ってください。 きりりんさんの為にも、持って行ってあげてください」

京介「そっか。 ありがとよ、沙織」

沙織「いえいえ。 また何かありましたら遠慮無く頼ませて頂きますので、その時はどうか宜しくお願いしますね」

京介「……おう。 任せとけ!」

597: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:22:38.44 ID:g4JR2A+e0
こうして、俺がメルルのステッキをゲットしたのが夕方の六時頃だった。

実に十八時間探し続け、ようやく手に入れたそれは、確かな重みのある物で、思わずにやけてしまう。

そんな感覚に襲われている所、急にパシャリとの音が聞こえてきた。

沙織「ふふ。 嬉しそうで何よりです」

京介「おま、だから写真を撮る時は言えって……」

沙織「自然な表情が一番ですのよ。 ほら」

京介「……どうだかな」

まあ、沙織が見せてきた写真の俺は、本当に嬉しそうな表情をしていたが。

598: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:23:07.68 ID:g4JR2A+e0
夜の七時頃、ようやく俺は地元へと辿り着く。

メルルのステッキをそのまま持ち歩く訳にはさすがにいかないので、でかい袋で隠しながらの帰り道だ。

桐乃には一応、何とかゲットできたとの報告をメールでしておいたのだが、返事は返ってきていない。

まあ、あいつもずっと起きていたみたいだし、疲れて寝ているのかもしれねえな。 明日にでも渡せば良いか。

そんな風に考えながら、一人暮らしのアパートへと到着。

ドアの前に着き、カバンから鍵を取り出す。

599: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:23:39.23 ID:g4JR2A+e0
その時、視界が少しだけぶれて、鍵を取り落としてしまった。

京介「……やべ。 すっげえ疲れた」

夜中からずっと動きっぱなしだったので、もうかなりふらふらである。 汗が気持ち悪いので風呂にとっとと入って寝よう。 飯は……今日は良いか。

地面に落ちた鍵を拾い上げ、ドアを開け、ようやく引っ張るとガタンという音と共に、途中でドアが止まる。

京介「あん?」

何でチェーンが掛かってんの? これ。

600: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:24:07.74 ID:g4JR2A+e0
「お! 帰ってきたきた! 待っててね、今開けるから」

……何で桐乃の声が中からするんですかね。

俺はもう考えるのも面倒になり、素直にドアを一旦戻す。

程なくして、チェーンを外す音と共にドアが開かれた。

桐乃「おかえり! メールみたよ!」

601: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:24:35.06 ID:g4JR2A+e0
はは、すっげえ嬉しそうな顔だ。

京介「おう。 しっかりゲットしたぜ」

そういって、桐乃にそれを見せる。

桐乃「メルルステッキきたああああ!! 待ちに待った! メルルちゃあああん!!」

桐乃「ふひひ。 しゅごーい!」

おい騒ぎすぎだ。 時間考えろ馬鹿。

602: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:25:01.49 ID:g4JR2A+e0
京介「一応言っとくけど、それは沙織がくれた物だからな。 後でお礼言っとけよ?」

桐乃「うん。 分かってるって」

桐乃は俺の方を見ず、そりゃあもう嬉しそうにステッキを眺めている。

ま、良かった良かった。

603: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:25:29.35 ID:g4JR2A+e0
そんな事を思いながら、居間まで歩き、座り込む。

桐乃「なーにしてんの。 お風呂作っといたから、入っちゃいなよ」

京介「……なんだ、気が効くじゃねえか」

桐乃「そりゃ……まあね」

嬉しいじゃねえの。 素直に好意は受け取っておこうか。

604: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:26:17.98 ID:g4JR2A+e0
んで、風呂にゆっくりと浸かり、再び居間。

京介「ふう。 あ、つうかさ、桐乃」

桐乃「んー?」

京介「お前、どうやってこの部屋入ったの?」

桐乃「ああ、それね。 この前来た時、鍵一つもらっといたから」

桐乃は言いながら、指で摘んだ鍵を見せる。

京介「すっげえナチュラルにぱくっていくんじゃねえよ……」

605: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:26:48.08 ID:g4JR2A+e0
桐乃「ダメ?」

京介「……別に良いけど」

桐乃「ひひ。 なら良いじゃん?」

それだけ言うと、桐乃は再び手に持っている戦利品に視線を戻す。

戦利品……メルルステッキをニヤニヤと笑い、若干よだれを垂らしそうな勢いで眺めている。 ぶっちゃけキモイ。

606: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:27:19.71 ID:g4JR2A+e0
俺はそれを見て、ある事を思い出した。 そうか、これが沙織の言っていたやつなのかもしれない。

テーブルの上に置いてあった携帯を取り、桐乃に向けて。

カシャリ。

桐乃はその音を聞き、俺の方へと顔を向ける。

桐乃「なに盗撮してんの!?」

京介「と、盗撮じゃねえよ! アホ!」

607: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:27:45.25 ID:g4JR2A+e0
桐乃「あんた……写真撮るならせめてひと言断ってからにしてくれない!?」

京介「はは。 沙織曰く、自然な表情が一番良いらしいぜ?」

そう言いながら、俺は今撮ったばかりの写真を表示させる。

……なるほど。 確かに沙織の言うとおりだな。

桐乃「け、けどさあ!」

608: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:28:11.29 ID:g4JR2A+e0
京介「わーったよ。 じゃあもう一枚撮るから、ポーズ決めてみろよ」

俺がそう言うと、桐乃はすぐさまステッキを構え、ポーズを決める。

さすがはモデル様。 ステッキだけ見たらどう見ても子供向けの物なんだが、妙に似合ってやがる。

別に桐乃が子供っぽいとか、そういう訳ではないのにな。 どういう風に持って、どういう感じで決めれば見栄えが良くなるのか分かっているのだろう。 すげえよ、本当に。

京介「んじゃ、撮るぞ」

609: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:28:56.37 ID:g4JR2A+e0
そう言い、俺はもう一枚写真を撮った。

桐乃「ちゃんと撮った? 見せて見せて」

桐乃は俺の方に駆け寄ってきて、横から携帯を覗き込む。

桐乃「うは! ちょーかわいい!」

……まあ俺もそうは思ったが、自分で言うのかよ、それ。

610: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:29:25.53 ID:g4JR2A+e0
桐乃「ねね、折角だし一緒に一枚撮ろうよ」

京介「俺とお前で?」

桐乃「他に誰もいないっしょ。 それともこのアパートって幽霊でもいんの?」

京介「……居ないと思いたいな、それは」

桐乃「んじゃほら、はやくー」

桐乃はそう言って、俺の手を引っ張り立たせる。

611: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:29:52.11 ID:g4JR2A+e0
京介「分かった分かった! お前のスマホで撮んの?」

桐乃「うん。 タイマーにしてセットするから、そこ居てね」

へいへい。 ぶっちゃけるとすぐにでも寝たかったけど、まあ明日ゆっくりと休めばいいか。

今日くらい、桐乃に付き合っても良いだろう。 こんだけ嬉しそうなこいつを見るのも中々珍しいしな。 と思い、桐乃に指定された場所に立つ。

桐乃「よし。 三十秒後ねー」

桐乃は器用にスマホをセットし、俺の横に並ぶ。

612: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:30:17.76 ID:g4JR2A+e0
……お前、くっつきすぎじゃね?

そんな俺の考えも無視され、ピッピッピッという音と共にカウントが始まった。

京介「……三十秒って長いな」

桐乃「うっさいな。 あたしも今そう思ってた」

ならうっさいとか言うなよ! 傷付くぜ、全く。

613: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:30:45.81 ID:g4JR2A+e0
京介「良かったよ、それ。 必死に取ってきた甲斐があったってもんだ」

俺は桐乃が手に持っているステッキを指して、言う。

桐乃「……ちょー欲しかったしね。 あんたにも貸してあげる」

だからいらねえって!! 俺に貸してもらっても使う気皆無だからな!?

そんな会話をしている内に、定期的に鳴っていた音が早まってくる。

614: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:31:40.10 ID:g4JR2A+e0
京介「そろそろじゃね?」

桐乃「うん。 あと十五秒かな」

ふうん。 音で分かるってすげえな。

ピピッ、ピピッ。 という音を立てながら、ゆっくりとカウントがされる。

桐乃「あ。 そだそだ」

京介「あん? 今になってなんか思い出したの?」

615: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:32:08.49 ID:g4JR2A+e0
桐乃「うん。 ちょー大事なこと思い出した。 思い出したっていうより、言う気になった」

京介「……それって今かよ。 もうカウント終わっちまうぞ」

そんな俺の言葉を無視し、桐乃は正面を向く俺の方を向き、口を開く。

桐乃「京介。 今日は本当にありがとね。 すごくすっごく嬉しかった!」

京介「おま! 急にどうしたの!?」

616: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:32:35.66 ID:g4JR2A+e0
俺が驚き、桐乃の方を向くと。

桐乃の顔は、すぐ目の前にあって。

桐乃はそのまま、俺にキスをしてきた。

それと同時に、シャッター音。

桐乃「ふひひ。 仕返し!」

京介「お、お前なあ!」

617: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:33:09.47 ID:g4JR2A+e0
桐乃はニヤニヤとしながらスマホを取り、今撮ったばかりの写真を俺に見せてくる。

桐乃「どうかな。 これなら、せなちんにも勝てるっしょ?」

桐乃「どーする? 見せびらかす?」

果たして桐乃は狙ってやったのか、たまたまそうなったのかは分からないが、ばっちりと俺と桐乃のキスシーンが写真に収められていた。

京介「……いや、誰にも見せんな。 絶対に」

桐乃「おっけ。 んじゃそうしとく」

桐乃はそう言うと、大切そうにスマホをカバンへとしまう。

618: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:33:55.82 ID:g4JR2A+e0
桐乃「……これで今回のことでお礼を言うのは最後。 しっかり聞いときなさいよ」

桐乃「ありがとう、京介」

桐乃がどんな顔を俺に向けていたのかなんてのは、それこそ説明する必要なんて無いだろう。

こういうときのしめ方は、もう分かるよな?

俺の妹がこんなに可愛いわけがない。


第十一話 終

619: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:34:30.35 ID:g4JR2A+e0
以上で第十一話終わりです。

以下おまけ。

620: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:34:59.98 ID:g4JR2A+e0
あの馬鹿。 本当に東京まで行くなんて……

ほんっとシスコンすぎだっつーの。

……でも、何だろうな。 すごく、優しい気持ちになってくる。

安心するような、嬉しいような、それとも別の感情? 分からないケド。

そりゃ、あいつの事は好き……だけど。 それとも少し違う感情な気がする。

621: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:35:26.94 ID:g4JR2A+e0
そんな事を考え、ベッドの上でゴロゴロ。

京介が電話で東京に探しに行ってくると言ってから、もう結構な時間が経っていた。

桐乃「……なにしてんのよ。 チッ」

あたしはさ。

メルルのステッキも、そりゃあ……ちょー欲しいケド。

でもそれと同じくらいに、もしかしたらそれよりも大事な物だってあるのに。

622: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:35:57.09 ID:g4JR2A+e0
なのに、あの馬鹿は。

……はあ。 いつ、帰って来るんだろう?

もう夜になりそうだけど、大丈夫なのかな。

うー。

そんなことが頭の中に浮かんできては消えていく。 モヤモヤした気持ちに若干イライラしてきたとき、点けっぱなしだったパソコンから音が鳴り響いた。

623: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:36:29.63 ID:g4JR2A+e0
これって、チャットの招待が来た時の音じゃん。

誰だろ? 黒猫? 沙織?

ベッドの上からのそのそと移動して、画面を確認。

そこには、先程頭に浮かべた二人の内の一人。 沙織からの招待が届いていた。

桐乃「……することないし、いっか」

パソコンの前に座り、沙織からの招待に参加を押す。

いつも通り、画面に見慣れたチャット画面が表示される。

624: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:36:56.54 ID:g4JR2A+e0
18:13 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんが入室しました。

18:14 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:どしたの? 次のオフでも決まった?

18:15 沙織バジーナ さんの発言:いえ、そういう訳ではありませんの。 きりりんさんに見せたい物がございまして。

18:16 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:あたしに? なになに?

そう言うと、沙織から二枚の画像が送られてくる。

625: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:37:25.47 ID:g4JR2A+e0
一枚目。 何故か執事の格好をした京介の写真。

二枚目。 メルルのステッキを持って、ニヤニヤと笑っている京介の写真。

ウソ。 あいつ本当に取ってくれたんだ。

18:19 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:な、なに見せてんの!? こんなの見せてどうすんの!

18:21 沙織バジーナ さんの発言:あら? きりりんさん、喜ぶと思って送ったのですが……嫌でしたか?

626: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:37:59.99 ID:g4JR2A+e0
18:23 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:喜ぶワケないっしょ! こんなの。

18:25 沙織バジーナ さんの発言:そうでしたか。 いらぬお節介でしたね。 ですけど、きりりんさん。

18:26 沙織バジーナ さんの発言:京介さん、とても喜んでいましたよ。 写真を見て頂ければ、分かると思いますが。

18:26 沙織バジーナ さんの発言:きりりんさんの為に、真剣に頑張っていました。 それは、認めてあげてくださいね。

18:28 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:ふん。 あたしの為に働けて感謝して欲しいくらいだっつーの。

627: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:39:25.28 ID:g4JR2A+e0
18:29 沙織バジーナ さんの発言:そうでしたか。 ところできりりんさん、話が変わってしまうのですが……京介さんは結構前にわたくしと別れましたので、そろそろ家に着くころかと思いますよ。

18:29 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:へえ、んでそれがどうかした?

18:30 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:あ、ごめん! ちょっと用事できたし、落ちるね。 また明日。

18:30 沙織バジーナ さんの発言:ふふ。 行ってらっしゃい。

628: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:39:52.69 ID:g4JR2A+e0
急いで着替えを済ませる。 あの馬鹿は本当にほんっとーにホントに!!

あいつの家の鍵を机の引き出しから出して、階段を下りる。

桐乃「お母さん、ちょっと友達の家に忘れ物しちゃったから、取って来るね」

佳乃「あら。 もうすぐご飯よ?」

桐乃「あー。 今日はいらない……っての、アリ?」

629: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:40:24.08 ID:g4JR2A+e0
佳乃「仕方ないわね。 お父さんには上手い事言っておくから、気を付けてね。 あやせちゃんのお家?」

桐乃「ううん。 違う友達。 黒いのとか、沙織とか、そっち系の友達」

京介の事を友達だというのには、少し胸が痛む。

いつか、堂々と言える日は来るのだろうか?

……無理だよね。 さすがに。

630: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:41:02.94 ID:g4JR2A+e0
佳乃「趣味のお友達のことね。 それにしてもこんな時間から?」

桐乃「うん。 大事な物、すごく大事な忘れ物だから」

佳乃「そう。 分かったわ。 行ってらっしゃい」

桐乃「うん。 行ってきます!」

靴を履き、家を飛び出す。

631: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:41:32.01 ID:g4JR2A+e0
必死に走って、走って、走る。

あいつの家なら、あたしが本気で走ればそこまで時間は掛からない。

……あんな嬉しそうに笑って。 馬鹿じゃん。

ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。

桐乃「ありがとう。 京介」

よし。

632: ◆IWJezsAOw6 2013/06/24(月) 13:42:01.24 ID:g4JR2A+e0
しっかりと、言葉にして伝えよう。

うまく言えるか、分からないけど。 しっかり伝えないと。

……ああ、何だか顔が綻んでしまう。 だらしない顔になっていそうで、あいつが戻ってくる前にしっかりしないと。

本当に、無茶しすぎなんだって。

ばーか。


第十一.五話 終

653: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:06:53.28 ID:PVrc4ndt0
「あ、あなたって人は……一体何を考えているの!? 正気!?」

「はぁ? だって、これって今入れるのが良いんじゃないの? そう書いてあったんですケド」

「どこの世界にカレーに角砂糖を入れる文化があるというの!? あなたが見たという本を見せて頂戴!!」

先程から、台所の方でなにやら怒鳴り声が聞こえて来る。

それを聞きながら、俺は隣に居る沙織と顔を見合わせ、苦笑い。

654: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:07:26.93 ID:PVrc4ndt0
京介「……安心しろ、沙織。 黒猫が付いているから大丈夫なはずだ」

沙織「はっはっは。 心配ご無用。 拙者、コンビニでお弁当を買ってあります故」

てめえ、食う気ゼロじゃねえか!? つうか準備良いな! 俺の分もくれ!

……いや、妹の手料理とかマジで嬉しいけどさ。 さすがに週に何回も食ってたら体が持たないだろ? そ、そうだ。

俺が体を壊してしまったら、誰が桐乃の料理を食べるというんだ! 犠牲になるのは俺だけでいい! だから沙織さん、俺の分の弁当も。

655: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:07:56.87 ID:PVrc4ndt0
「あんたなにしてんの? うっはー。 ばかじゃん?」

「あ、あなたねえ……カレーを正しく作ってそこまで莫迦にされたのは初めてよ……怒りを通り越して、尊敬してしまいそうになるわ」

……はあ。

週末である今日は、俺が住むアパートで黒猫が料理を振る舞う日となっていた。

が、当日になって桐乃が「あたしとあんた、どっちが料理上手いか勝負しない?」と何やら血迷った事を言いやがってだな。

結果なんて、見ずとも分かるだろ? 最初は軽く簡単に作れるポテトサラダを二人が作ったんだけど、片方はポテトサラダで、もう片方は生じゃがいもだった。

656: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:08:25.09 ID:PVrc4ndt0
どっちがどっちなんて、言う必要もねえか。 んで、今に至る。

詳しく説明すると、それで黒猫が桐乃のことを散々煽り、最終的に桐乃がぶちキレて「あたしの料理はいくら不味くても、京介は食べてくれるから構わない」みたいな事を言い始めて(実際には奴隷だとか、そんな不穏な単語が聞こえていた。 俺の変換で都合良く解釈した)それを黒猫が鼻で笑って……

つうかな、確かに俺は食べるぜ? そりゃ折角作ってくれたのを残すのはあれだしね。 けど俺だって早死にはしたくねえんだよ。 改善されるなら改善して欲しいってのが正直なところだ。

それをすんげえオブラートに包んで、もう包みすぎて何が込められているか分からないくらいに包んで、桐乃に説明して、んでそれなら仕方ないという事になって。

そうして、黒猫に料理を教えてもらうって過程になった訳だ。 ここに至るまでに、かなりの苦労をして、かなりの労力を使ったのは言うまでもないことだろう。 俺、グッジョブ。

657: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:08:53.38 ID:PVrc4ndt0
「も~~~~~~やってらんない!! 大体なんであんたなんかに料理を教えてもらわないといけないワケ!?」

「……はんっ! いいわ。 私も丁度そう思っていたのよ。 マル顔鳥頭に料理を教えるのは無理ってことね」

「あ! あんた! 今マル顔っつった!?」

……喧嘩になってるしよぉ。

つうか、鳥頭には突っ込まないのかよ。

658: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:09:19.46 ID:PVrc4ndt0
京介「ったく。 なんで毎回毎回こうなるんだよ」

沙織「仲が良いからだと思いますぞ。 お二人とも、本心から言っている訳でも無いかと」

京介「そりゃ……分かるんだけどな」

沙織「なら、拙者たちは大人しくここで待っているのが一番ですな」

京介「……大丈夫かね、ほんとに」

沙織「恐らく」

恐らくかよ。

659: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:09:57.87 ID:PVrc4ndt0
京介「しっかし、あいつもあんだけ嫌がってるのになんで料理の練習なんてするんだか。 分からねーやつだ」

沙織「……京介氏も大概ですな」

京介「ん? なんか言ったか?」

沙織「いえ、なんでもござらん」

ニタニタと笑う沙織を見て、なんだか馬鹿にされている様な気分になる。 何故だ……

660: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:10:26.45 ID:PVrc4ndt0
「あら、あなたも多少は分かって来たじゃない。 まあ、私の足元にも及ばないけれど」

「ふん。 確かに今はそうかもしんないケド……精々今だけふんぞり返ってれば?」

そんな会話を聞いて、俺と沙織は再度顔を見合わせる。

何を言おうとしているかなんてことは、言葉にせずとも分かった。

ほら、仲が良いでしょう? って事だな。

全くその通りだぜ。 これなら心配いらねえな。

661: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:11:25.20 ID:PVrc4ndt0
それから待つ事数十分、ようやく黒猫と桐乃が居間に戻ってくる。

黒猫「なんとか出来たわ。 少々時間が掛かってしまったけれど」

桐乃「明らかにこのビ  の所為で遅くなりました~(笑)って感じでこっちみんのやめてくんない?」

黒猫「あら? 私はビ  なんて言葉、今この時は思ってもいないわよ? ああ、そうね。 ひょっとしてあなた自覚があったのかしら?」

桐乃「はぁ!? あたしは純粋だっつうの。 それよりあんたの方がビ  なんじゃない? えーっと、なんだっけ」

662: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:11:58.37 ID:PVrc4ndt0
桐乃「確か「この男の魂は、わたしの所有物なのだから。永遠に」とか言ってたらしいじゃん? ぷっ」

桐乃「魂(笑)所有物(笑)」

黒猫「あ……あなた、言ってはならないことを……」

桐乃「んでんで~。 その結果どうなったの? 知りたいなぁ~? きりりん気になるぅ~」

黒猫「わ、わたしは別に……」

いつまで喧嘩してんだよ……つうか、桐乃はさすがに言いすぎだろうが!

663: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:12:41.41 ID:PVrc4ndt0
京介「おい、お前らその辺でやめ--------------」

そう言いかけた所で、黒猫が急に声を張り上げた。

黒猫「我の名は闇猫! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」

……壊れた?

黒猫「わたしは! あなたと京介がどんな関係でも構わない! たとえどんな変態プレイをしていたとしても関係ないわ!」

黒猫「あなたが京介にピーしてピーされてピーとなっていたとしても! わたしはあなたを愛せるわ! 桐乃!」

664: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:13:07.97 ID:PVrc4ndt0
一応ここ、お隣さんとかいるんだから●●な言葉を大声で言うんじゃねえよ、こいつ。

というか、なんか方向性がおかしくなっている。

黒猫「逆でもそうよ! 京介があなたにピーされてピーといわされてピーを強要されたとしても! わたしはあなたを愛せるわ!」

思いっきり百合発言に聞こえるけど、大丈夫か……?

つうか、俺は冷静に分析しているが、顔真っ赤。 勿論、桐乃の顔も真っ赤になっている。

665: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:13:33.14 ID:PVrc4ndt0
桐乃「あ、あああああああああんた! な、なああにいってんの!?」

黒猫「我の名は闇猫! あっはっはっはっはっはっは!」

桐乃「あ、あたしはそんなヘンなこと望んでないしっ! 普通で充分だっつうの!」

桐乃は真っ赤になって黒猫が先程口にした●●な単語を否定するが、普通で充分ってお前。

京介「……沙織、俺は今すぐにでもこいつらを追い出したいんだが」

沙織「はっはっは。 拙者も同じ事を考えておりましたぞ」

666: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:13:59.26 ID:PVrc4ndt0
沙織にここまで言わせるってのが、どんだけのことなのか、分かるよな?

沙織「ですが、まあ……このまま追い出したら、それこそ捕まりかねませんから。 宥めましょう」

沙織は言い、立ち上がる。

俺もそれに習い、渋々この馬鹿たちを宥めることにした。

667: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:14:26.61 ID:PVrc4ndt0
京介「……んで、落ち着いたか?」

黒猫「え、ええ……醜態を晒してしまったわね」

京介「桐乃は?」

桐乃「……ふん」

京介「落ち着いたかどうかって聞いているんだが」

桐乃「チッ……落ち着いたっつうの」

668: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:14:52.51 ID:PVrc4ndt0
京介「……まあ、良いけどよ」

京介「頼むから、時間とか場所を考えてくれよ。 迷惑すんのが俺だけなら別に良いが、沙織も折角来てくれているんだしよ」

黒猫「……申し訳ないわ」

桐乃「……ごめん」

京介「俺にじゃなくて、沙織に謝れって。 それとお互いにも」

俺がそう言うと、二人は小さく頷き、沙織と互い同士に謝る。

669: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:15:39.06 ID:PVrc4ndt0
ったく。 どうしてもっと静かに仲良く喧嘩できねえのかね。

仲良く喧嘩ってのもおかしな話だがな。

沙織「いえいえ。 これもまた、拙者の楽しみの一つですので、気にしないでくだされ」

二人に謝られた沙織は、そんなことを言う。

こいつもこいつで、たまには怒って良い物を。 前に俺って聖人じゃね? とか思ったが、よっぽどこいつの方が聖人だな……

670: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:16:05.24 ID:PVrc4ndt0
沙織「では、気を取り直して食事にしませんか? 折角、お二人が作ってくれたカレーがあることですし。 正直さっきから待ちきれないんでござるよ」

京介「そうだな。 俺も腹減っちまったよ」

黒猫「……そうね。 今用意するわ」

桐乃「ん。 あたしも手伝う」

黒猫と桐乃が、そう言いながら立ち上がり、台所へと向かう。 その背中に向け、沙織が何かを思い出したのか、声を掛けた。

沙織「っと! その前に、黒猫氏ときりりん氏には約束がありましたなぁ」

671: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:16:31.94 ID:PVrc4ndt0
黒猫「……約束?」

沙織「忘れたとは言わせませんぞ? きりりん氏は覚えている様子ですが」

沙織の言葉に、桐乃は顔を赤くし、肩をぷるぷると震わせている。

俺には全く話の流れが分からないが……何かを企んでいるのだろうか、こいつら。

黒猫「ま、まさか……くっ。 仕方ないわね。 約束を守れなかったのはわたし達なのだから、罰は受けるわよ」

沙織「左様ですか。 では京介氏、出て行ってくだされ」

672: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:16:58.89 ID:PVrc4ndt0
京介「へ? 俺、ここも追い出されるの……?」

実家から追い出され、その引越し先でも追い出されるのか!?

沙織「一時的に、でござる。 さすがに拙者、そこまで酷い仕打ちは致しませんぞ」

京介「そ、そうか……でも、なんで?」

沙織「……女子の着替えが見たいのですかな?」

673: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:17:25.60 ID:PVrc4ndt0
何でも、事前チャットで話し合っていたらしい。

桐乃と黒猫が喧嘩をした場合、罰ゲームだと。

あいつら、すっかり忘れていたんだろうな……会って数分もしない内に喧嘩し始めたし。

で、その罰ゲームの内容がメイドコスプレという訳で、俺は追い出されている。

674: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:17:51.53 ID:PVrc4ndt0
沙織の奴も、あいつらが喧嘩するのは分かっていたのだろう。 しっかりと三着、持ってきているらしいし。

「京介氏ーもう大丈夫でござるよー」

京介「へいへい。 今行くわー」

つうか、どうせなら俺も漆黒のコスプレをしたかった物だ。 あれ着ると、ちょっと気分良いしね。

675: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:18:17.25 ID:PVrc4ndt0
なんだこれは。 ちょっと待てよ……

おかしい、何がおかしいかって?

黒猫は前に一度見たメイド姿だ。 猫耳と尻尾が付いていて可愛い。

で、沙織は眼鏡を外している。 相変わらずの美人っぷりである。 メイド服も結構様になっているんだよな、こいつ。

そんで最後に桐乃。

京介「……何でお前も耳と尻尾つけてんの?」


676: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:19:26.09 ID:PVrc4ndt0
桐乃「うっさい! 見んな!」

うお、いつもだったら少しびびっているところだが、猫耳の所為でなんとも言えない感じだ。

黒猫「わたしが説明してあげましょうか?」

京介「お、頼む」

桐乃「ちょっと! なに勝手に話し進めてんの!?」

黒猫「沙織。 そこの女を少しの間静かにさせておいて頂戴」

沙織「ええ、分かりました……という訳できりりん氏! 覚悟!」

677: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:19:52.44 ID:PVrc4ndt0
途中で眼鏡を掛け、キャラを変える沙織。 眼鏡を掛けたら身体能力が上昇でもするのだろうか。

桐乃「ちょ、ちょっとあんたた----------」

途中で沙織が桐乃の口を抑え、声を遮る。

なんか、俺の方から見ると桐乃が暴漢に襲われているみたいな図だな……

かわいそうに。 ドンマイ。

決して声には出さず、頭の中で桐乃に同情しておいてやった。 ぶっちゃけいつものバチが当たったのだろう! はっはっは! ざまあみろ!

678: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:20:18.57 ID:PVrc4ndt0
黒猫「さて。 ようやく静かになったわね」

京介「んで、なんで桐乃はあんな格好しているわけ?」

黒猫「前に、あの女が耳を頼んでいたのは知っているでしょう? わたし手作りの耳ね」

聞きようによっては恐ろしい台詞だな、なんか。

黒猫「それで、中々渡す機会がなかったから、今日持ってきてあげたのよ。 心優しいわたしはね」

狙ってたんだろうなぁ。 黒猫のやつ、顔がそう物語っているぜ。

679: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:20:50.18 ID:PVrc4ndt0
黒猫「それで尻尾もついでに作っておいてさっき渡したのだけど、その場面をたまたま、本当に偶然沙織に見られてしまい……」

黒猫「どうせなら付けようと言うことで、ああなっているのよ」

そう言いながら、桐乃を指差す黒猫。 クスクスと笑いながら言う黒猫の顔は、すげえ楽しそうだった。

なるほどね。

桐乃「あ、あんたねえ! 大事なとこ省略しないでくんない!?」

沙織がようやく桐乃を解放し、溜まりに溜まった言いたい事を口に出す桐乃。

680: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:21:15.77 ID:PVrc4ndt0
京介「ん? 大事なとこって?」

桐乃「う……それは」

黒猫「あっらあ? 言って良かったのかしら?」

桐乃「い、言い方があるっしょ! 京介! この黒いのがあたしのこと脅して、付けさせたんだって!」

京介「脅した……って。 マジ? 黒猫」

黒猫「ええ、そうよ」

京介「……お前なぁ」

681: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:22:12.46 ID:PVrc4ndt0
俺の妹を脅してんじゃねえ! と言おうとしたところで、黒猫が急に携帯を落とした。

まるで、わざと落としたように。

黒猫「あら、いけない」

黒猫がそれを拾おうとしたところで、気付く。

京介「……黒猫、ちょっとそれ見せてくれないか」

黒猫「あら。 この携帯? 構わないわよ」

少しだけニヤケながら、黒猫は俺に携帯を手渡す。

682: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:22:40.29 ID:PVrc4ndt0
京介「……これは」

やっぱりだ! 見間違いじゃなかった!

……なんて言ってる場合じゃねえええええええええよ!!!

京介「き、桐乃てめぇええええええええええええええええ!!」

黒猫の携帯には、俺が桐乃の制服を着ている写メが写っていたのだった。

683: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:23:11.93 ID:PVrc4ndt0
桐乃「あ、あははははは……」

桐乃は冷や汗を掻きながら、後退る。 こいつがここまで焦るのって、相当珍しいな……

じゃねえ! なんてことしてんだお前!

京介「約束がちげえじゃねえか! 裏切りやがったな!」

桐乃「だ、だってぇ……それはぁ」

なんてぶつぶつと言い訳を始める。 こんのヤロ……マジ泣きたくなって来たぜ。

684: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:23:50.85 ID:PVrc4ndt0
黒猫「この京介、ちょーかわいくない? ヤバイって!」

黒猫「欲しい? 欲しい? しっかたないなあ! 何枚かあるケド、あんたにあげるのは一部だけだかんね?」

黒猫「でもぉ。 京介には絶対にばれないようにしてね? ふひひひ」

京介「……黒猫?」

黒猫「何かしら?」

ふむ。 気のせいだろうか……

685: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:24:21.75 ID:PVrc4ndt0
京介「……いや、何でもない」

黒猫「うっひー。 今度はどんなコスさせよっかなあ! 楽しみ!」

黒猫「あんたも一緒に考えてよ! また写メあげるからさ!」

京介「やっぱりお前桐乃の真似してんだろ!?」

黒猫「あら? 真似というか再現と言ってくれないかしら?」

桐乃「こ、このクッソ猫! わ、分かった。 あんたがそうするならあたしだって……!」

686: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:24:59.63 ID:PVrc4ndt0
桐乃「……ふむ。 中々ね、これは。 他には無いかしら?」

桐乃「あなた、やるじゃない。 これは次の夏コミで使わせてもらうわ」

桐乃「そうね……うまいこと言い包めて、次の夏コミで立たせるというのはどうかしら? 勿論、コスプレをさせて」

黒猫「ね、捏造はしないで頂戴! わたしがそんな、はしたない真似をする訳が無いでしょう!?」

桐乃「女装というのも中々ね……新しい可能性が見えたわ」

桐乃「あの男には、それが本来するべきコスプレだったということかしら?」

687: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:25:25.87 ID:PVrc4ndt0
京介「お前らやめろっ! 俺がめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねえか!」

京介「なんでこんな暴露大会みたいになってんだよ!? 話が全然進まねえぞ!」

いつになったら俺たちはカレーを食べられるんだよ。 ちくしょうめ。

京介「……今聞いた事は全部水に流すから、一旦やめよう。 カレー食べようぜ、カレー」

ああ、やっぱり聖人だわ。 俺。

688: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:26:06.60 ID:PVrc4ndt0
沙織「さて、準備が出来たところで頂きましょうか」

ようやく。 ようやくここまで辿り着けた! すんげえ長い道のりだったぜ、本当に。

目の前のテーブルの上に、カレーが四皿。

多分、殆ど黒猫のおかげだろうが、前回とは全然違って至って普通のカレーだ。 これが本来の姿なのだろう。

桐乃「……ふん」

京介「どうしたんだよ、桐乃」

689: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:26:37.20 ID:PVrc4ndt0
桐乃「べっつにー?」

ああもう面倒くせえ奴だ! なんでこいつはこんなに不機嫌なわけ? でも、顔付きは超不機嫌なのに猫耳が付いている所為で、なんつうか……あれだな、可愛い。

黒猫「あらぁ? もしかしてあなた、わたしのおかげでこんなに出来が良いのに不服なのかしら?」

桐乃「……あたしのおかげだっつーの」

いや、それはおかしい。 絶対に黒猫のおかげだ。

ううむ……なんとなく、見えてきたぞ。

690: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:27:05.35 ID:PVrc4ndt0
恐らく桐乃は、それが分かっているんだろう。 黒猫のおかげだということが。 んで、それを認めたく無い訳だ。

だから、こんなに不機嫌って訳か。 なるほど。

京介「二人のおかげって事で良いだろ? 俺や沙織は、どんな物でも嬉しいんだからよ」

確かに嬉しいっちゃ嬉しいからな。 嘘は言ってない。

京介「桐乃も、これから練習すれば良いじゃねえか。 お前なら大丈夫だって」

桐乃「そんなの、分かってる。 練習するし」

691: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:27:33.86 ID:PVrc4ndt0
黒猫「そうね。 わたしも教えるのはやぶさかでは無くてよ? 飲み込みが早いのは教えていて楽しいから」

桐乃「……う、うん。 分かった」

へ。 やっと滞りなく進みそうだぜ。 カレーを作って食べるってだけで、どれだけ労力を割かれるのか分かった物じゃねえな。

京介「んじゃ、いただきます」

俺がそう言うと、周りの三人も声を合わせて言う。

さて、腹が減ったし楽しみなんだが。

692: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:28:30.82 ID:PVrc4ndt0
京介「……なあ、一つ聞いて良いか?」

俺がそう言うと、黒猫が手を口に当てながら答える。

黒猫「あら、何かしら?」

京介「俺のスプーンは?」

なんで俺のだけ無いんですかね。 新手のイジメかよ。 それとも手で食べるっていう、本格的なカレーだったのか、これ。

黒猫「大変! まさかわたしとした事がスプーンを忘れるなんて! 一生の不覚よ!」

黒猫「……こ、これは! なんということ!? もうスプーンが無いじゃない!」

693: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:28:56.71 ID:PVrc4ndt0
黒猫さんよぉ。 すっげえわざとらしい演技だな。

黒猫「仕方ないわね。 ここはわたしのスプーンを使って……」

桐乃「ちょ、ちょっと待ったあああああああああ!!」

桐乃「なんであんたのスプーンを使うのよ!? 手で食べさせればいいじゃん!」

やだよ。 なんで皆スプーン使ってる中、俺だけ手で食べなきゃいけねえんだよ。

黒猫「あらあら。 せ、ん、ぱ、い、はそんなのは厭だって顔をしているわよ? ねえ……せ、ん、ぱ、い?」

694: ◆IWJezsAOw6 2013/06/25(火) 13:29:25.00 ID:PVrc4ndt0
京介「え、あ、まあ……そりゃな」

黒猫「なら、わたしが「あーん」とするしか無いじゃないの。 仕方無いわね」

桐乃「仕方ないワケあるか!! そ、それならあたしだって!」

……おいおい。

頼むから、普通に食わせてくれって。


第十二話 終

707: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:00:25.67 ID:BnefXHqm0
カレーを食べ終え、休息中。

言っとくが、黒猫や桐乃に「あーん」なんてされる事は無かったぜ。 ある訳無いだろ? 少しだけ期待したけどさ。

何分か同じ様なやり取りをした後、黒猫が「全く、それなら仕方ないわね」と言ってスプーンを取り出したからな。 俺の家のスプーンをパクるんじゃねえよ。

桐乃といい、黒猫といい、こいつらはお前の物は自分の物みたいなジャイアニズムなのだろうか。 だとすると俺がのび太くんか……勘弁して頂きたい物だ。

で、その後は何事も起きずに全員で食べ終え、今は水を飲みながら休んでいるってことだ。

味はまあ、普通に美味かったな。 桐乃も「美味しい」と言っていたし、同時に「いつか絶対あんたのより美味しく作る」とも言っていたので、桐乃の方はこれからに期待しておこう。

708: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:00:54.71 ID:BnefXHqm0
黒猫「ちょっと、聞いてくれる?」

ようやく落ち着いたところで、黒猫が話を切り出す。 顔付きは真剣その物といった感じで、黒猫は続ける。

黒猫「実は……集まった時に言おうと思っていたことがあるのだけど、良いかしら?」

京介「ん? どうした、急に」

黒猫「今度の夏コミなのだけど、あなた達は来る予定とかはある?」

夏コミか。 まだ先の話だが……どうするかな。

709: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:01:28.59 ID:BnefXHqm0
桐乃「あたしは行こうと思ってるケド……あんた、また何か出すの?」

黒猫「当たり前じゃない。 その為のサークル活動なのだから」

黒猫「……まあ、落選していたら元も子も無いのだけどね」

京介「マイナス思考になっても仕方ねえだろ? 大丈夫だ、とは言えないけどさ」

黒猫「そう、ね。 ありがとう」

黒猫は、結構そういうところがあるからな。 フォローしてやらねえと、一人で勝手に落ち込んでしまいそうだ。

710: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:02:08.93 ID:BnefXHqm0
桐乃「ふうん。 売れない本がんば」

黒猫「……」

……なんだ? 黒猫の様子が少し変だ。

いつもなら桐乃の軽口に言い返していてもおかしくはねえはずなんだが。

京介「……おい、さすがに言い過ぎたんじゃねえの?」

黒猫には聞こえない様に、隣に座る桐乃に耳打ちをする。

711: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:02:42.07 ID:BnefXHqm0
桐乃「……マジ?」

桐乃は同じ様に耳打ちをして、それを聞いた俺は小さく頷いた。

桐乃「ちょ、ちょっと。 あたしも本気で言っているワケじゃないって……」

急いで黒猫にそう言う桐乃。 やっぱり、こいつにとっては大切な友達なのだろう。

黒猫「……いえ。 あなたの言葉なんて私の心に全く響かないから良いのだけど」

そうなのか。 その耐性は是非とも欲しいな……桐乃用と、黒猫用で。

712: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:03:15.76 ID:BnefXHqm0
黒猫「それより、頼みがあるの」

京介「……頼み?」

黒猫「ええ。 その、本を作るのに少し手間取っていて……出来れば」

黒猫「手伝って、くれないかしら」

あー。 そういうことか。

要するにこのままいくと、夏コミまでに間に合わないってことね。

713: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:03:43.76 ID:BnefXHqm0
桐乃「印刷の絞め切りって、七月くらいだっけ? 全然出来て無いんだ?」

黒猫「いえ、一応は完成しているわ……だけど一人だと厳しくて。 駄目、かしら?」

完成しているのに厳しい? どういうこっちゃ。

つうか、馬鹿かこいつは。 俺たちを何だと思っているんだよ。

横に居る桐乃と、斜め前に座っている沙織の顔を見ると、どうやら二人も俺と同じ考えだった様子。 こういう時は、息が合う。

714: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:04:12.31 ID:BnefXHqm0
沙織「何を今更。 拙者たちに出来ることなら、何でもお手伝いさせて頂きますぞ?」

京介「んだな。 仲間が困ってるんだったら俺は嫌がっても手伝うぜ? 邪魔になったらごめんな」

桐乃「ふん。 まあ? あんたがどうしてもってゆーならぁ。 考えてあげても良いケド」

黒猫「あ……」

黒猫は、驚いた表情をして目を潤ませる。 そこまでのことか?

715: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:04:42.19 ID:BnefXHqm0
桐乃「ほら、お願いします桐乃様ってゆってみ? 考えてあげるから」

どんだけ鬼畜なんだよ、お前。 雰囲気台無しじゃねえかよ。

黒猫「お、お願いします桐乃-----------」

京介「流されてるんじゃねえ! お前、それ後々すっげえ後悔することになんぞ!?」

あぶねえ。 マジで言いそうだったじゃねえかこいつ。

716: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:05:17.04 ID:BnefXHqm0
桐乃「チッ……」

沙織「まあまあ。 黒猫氏、困った時はどんどん頼ってくださって結構ですぞ? 拙者はともかく、京介氏ときりりん氏は引いてしまう程のお人好しですから」

京介「お前が一番だろうが。 それに桐乃がお人好しって無い無い」

手をぶんぶんと振って否定。 それだけは絶対に無い。

桐乃「はぁ? あたしがどれだけ優しいか知らないの? あんたってほんと薄情だね」

717: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:05:43.25 ID:BnefXHqm0
は……はぁ!?

ちょっと待て、今ありえない台詞が聞こえた気がしたぞ。

桐乃様のありがたいお言葉を咀嚼して飲み込むとだな……ええっと?

俺が!? 薄情だと!?

こ、こいつ……つい先日のことを忘れているんじゃねえの!? 俺が東京まで行ってお前の為にメルルステッキを取ってきてやったっていうのによ!

718: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:06:44.83 ID:BnefXHqm0
京介「お、お前……マジで言ってるのか」

桐乃「それはあたしの台詞。 どー考えてもあたしの方がお人好しじゃん? んでぇ、あんたは薄情者」

京介「てんめぇ……分かった、分かったぜ桐乃。 もう絶対にお前の為に一番くじはやらねえ! 今決めた!」

桐乃「その件についてはしっかりお礼したじゃん。 まさか忘れたのぉ?」

ああん!? んだとこのヤロー! くっそムカつくぜ! お礼をすれば良いってもんじゃねえだろうがよ!

719: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:07:34.96 ID:BnefXHqm0
京介「はっ。 忘れたね。 もう何もかも覚えちゃいねーーーーーよ!」

桐乃「は、はああああああ!? 折角あたしがキスしてあげたのに何ゆってんの!? ありえないんですケド!」

京介「は、はああああああ!? 俺を薄情だというお前の方がありえないんですケド!」

オウム返し的に返す。 いや、だってマジでありえないんですケド状態だよこれ。

桐乃「ぐぐぐ……!」

720: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:08:00.68 ID:BnefXHqm0
京介「んだよ。 俺は間違ったことを言っちゃいねーぞ!」

桐乃「ふ、ふうん。 じゃあ黒いのとか沙織に聞いてみようよ。 それで分かるっしょ?」

ほう。 上等じゃねえか。 ぶっちゃけそれなら負ける気がしねえんだけど。

京介「良いぜ。 この際なんか賭けるか?」

桐乃「自分の首を絞めることになると思うケドー。 ま、あんたがそれで良いなら」

721: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:08:37.29 ID:BnefXHqm0
京介「どっちがだ。 じゃあ賭けの内容だが……」

桐乃「決めた。 あんたが負けたらあたしの事をこれから一っ生! 様付けで呼ぶこと。 分かった?」

一生のところをやけに強調しやがったな、こいつめ。 ふん、いいぜ。 要は負けなきゃ良い話じゃねえか。

京介「おう。 なんとでも呼んでやるよ。 なら俺が勝ったら」

京介「お前は俺のことをこれから一生、お兄ちゃんって呼べ。 分かったか?」

722: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:09:04.22 ID:BnefXHqm0
俺がそう言うと、桐乃は冷めた目で俺を見ながら言う。

桐乃「……あんた、あたしにそういう風に呼んで欲しかったの?」

京介「ちげーよ!! お前が嫌そうなのを選んだまでだ!」

桐乃「ふうん。 ま、良いよ。 もしあたしが負けたら呼んだげる。 でも一生はイヤ。 キモいし」

京介「相変わらず理不尽だな! その時点で勝負決まってる気がするんだが!」

桐乃「チッ……うっさいな。 良いからあいつらに聞けば分かるっしょ」

723: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:15:54.60 ID:BnefXHqm0
そう言い、偉そうに腕を組んでいる妹様は、座っている黒猫と沙織に視線を向ける。

俺と桐乃の口論を眺めていた二人の顔は、何だか引き攣っていた。

黒猫「……というか、まずその前に聞きたいことがあるのだけど」

京介「ん? 何だ?」

黒猫「あなた達、今この場にわたしと沙織が居る事は忘れていないわよね?」

何を言っているんだよ、黒猫の奴は。 そんなの忘れる訳が無いじゃないか。

724: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:16:23.25 ID:BnefXHqm0
桐乃「何ゆってんの。 会話聞いてればそんなの分かるじゃん?」

うむ。 これには俺も桐乃と同意見だぜ。

黒猫「そう……なら聞くけど」

黒猫「あなた達、その。 しょっちゅうなのかしら?」

京介「しょっちゅうって……こういう口喧嘩みたいなの? そりゃまあ、たまにあるけどよ」

725: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:16:54.06 ID:BnefXHqm0
黒猫「そういう意味じゃないわ! ああもう!」

うお、黒猫がすげえ動揺している……顔まで赤くなってるし、何が言いたいのか分からねえぞ。

黒猫「さ、沙織……後は任せてもいいかしら」

沙織「あ、あははは。 黒猫氏、それはかなり厳しい頼みですな……まあ、仕方無いでござるか」

沙織はそんな事を言い、小さく溜息を吐いた後、ゆっくりと口を開く。

沙織「その、ですな。 つまり……拙者と黒猫氏が言いたい事というのは」

726: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:17:24.46 ID:BnefXHqm0
沙織「普段から、お礼だとか言ってキスしてんのか? って事でござる」

……

……ふむ。

京介「する訳ねえじゃん! ばっかじゃねえの!?」

桐乃「無い! 無い無い無い!! たまにしか無いし!」

京介「お前は黙ってろ! 余計面倒なことになるから!」

727: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:17:53.70 ID:BnefXHqm0
桐乃「だ、だって! キ、キキキスを普段からしてるかとか!? ありえないじゃん!?」

京介「そうだ! もっと言ってやれ!」

数秒前と言っている事が変わっている俺。 頭の中は軽くというか、かなりのパニック状態だった。

黒猫「その慌てようはかなり怪しいわね……週一ペースかしら」

京介「ねーーーーーよ!! 勝手に予想して納得してんじゃねえ!!」

728: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:18:38.43 ID:BnefXHqm0
沙織「と、すると……ひと月ペースでござるな」

桐乃「あ、あんたねえ! あたしが京介とキスなんてするワケ無いじゃん!」

黒猫「あら。 でもしたんじゃないの?」

桐乃「そっそれは……お礼だったし」

黒猫「なるほど。 お礼で一々キスをするという訳ね。 納得したわ。 だとすると毎日じゃない」

京介「変な解釈してんじゃねえ!!」

729: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:19:08.59 ID:BnefXHqm0
黒猫と沙織の誤解を解くのに、それはもう俺と桐乃は必死だった。 で、その結果さっきの賭け事も有耶無耶となった。 桐乃にお兄ちゃん呼びをさせたかったが……ま、仕方ねえか。

桐乃「あんた、覚えときなさいよ……」

京介「……俺かよ」

なんでこの場面で俺を睨むんだよ。 謎は深まるばかりだぜ。

黒猫「さ。 痴話喧嘩も終わったところで本題に入りましょう」

沙織「そうですな。 黒猫氏の同人誌、ですな?」

730: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:19:44.20 ID:BnefXHqm0
黒猫「そうよ。 内容はマスケラなのだけど、前半が漫画、後半が小説となっているわ」

京介「なんだ。 それならもう大丈夫なんじゃないか? 文章書くの、早かったろ?」

京介「それに、さっき完成しているとか言ってなかったっけ。 でも厳しいとかなんとか」

黒猫「そうよ。 なんと言えば伝わるかしらね……」

黒猫「……一人でも、出来ない事は無いわ。 だけど」

黒猫は何かを言い辛そうにしている。 俺には何が言いたいのか、伝わってこねえが。

731: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:20:12.26 ID:BnefXHqm0
桐乃「はっはーん。 分かった。 きりりん分かっちゃったかも!」

沙織「拙者も、なんとなくですが予想は付きましたな。 京介氏はどうでござるか?」

……俺にはさっぱり見当が付きませんが。

京介「沙織氏~きりりん氏~。 拙者さっぱりでござるよ~」

桐乃「……キモッ」

なんだよ。 少しノってやったらこれだぜ? 酷い奴だ。

いや、まあキモかったのは確かだとは思うけどね。

732: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:20:48.37 ID:BnefXHqm0
京介「チッ……教えてください。 これで良いか?」

桐乃「ふん。 あんたがそこまで頼むなら別にいっか。 要はさ」

桐乃「自分の文章とかに、自信が無いってことじゃないの? 黒いの」

黒猫「……くっ」

あー。

そういや、昔小説を持ち込んだ時、ずたぼろに言われたことがあったっけかな。 こいつ。

それでか。 納得いったぜ。

733: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:21:22.52 ID:BnefXHqm0
黒猫「ま、まあ? わたしの高尚な文章を? 愚かなあなた達に助言をさせてあげようってことね。 感謝しなさい」

なんか、難しい言葉を使う桐乃みたいになってんな、黒猫。

桐乃「わなび乙! んじゃあたしが助言してあげるよ? その高尚(笑)な文章に」

俺に言われている訳じゃないのに、すげえムカつくな、この言い方。

これが多分、オリジナルの桐乃語ってことか。 俺はよくこんな奴と一緒に仲良くやれてるよなぁ。 時々疑問に思っちまうよ。

という訳で、その日は日程やらを合わせ、これから何回かの打ち合わせを行う事を決めた。

その日程を決める段階で度々喧嘩になりそうだったのは、言うまでも無い事か。

734: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:21:48.96 ID:BnefXHqm0
黒猫「ふう。 すっかり遅くなってしまったわね。 わたしはそろそろ帰るわ」

夕暮れで赤くなっている外を見ながら、黒猫は言う。

沙織「拙者も、そろそろお暇致します。 お三方、今日はありがとうございました」

京介「お礼を言いたいのはこっちだよ。 ありがとな、三人とも」

桐乃「ま、良い暇潰しにはなったかなぁ。 また今度ね」

735: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:22:15.42 ID:BnefXHqm0
黒猫「ふふ。 強がっちゃって」

黒猫「どうせわたしと沙織が帰った後、二人でいちゃいちゃするのでしょう? くだらない」

桐乃「す、するワケ無いでしょ! 何ゆってんの!」

黒猫「……京介。 今日はごめんね? あたし、本当は京介と仲良くしたいから」

黒猫「ああ、分かってるよ……桐乃。 俺だって、お前と仲良くしたい」

黒猫「当然、今よりもっと……な」

736: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:22:44.50 ID:BnefXHqm0
おいおいおいおい。 何言ってんだこのアホは!

京介「ちょっと待てい! 全然似てねえし!」

黒猫「あら。 そうかしら? この後は二人で仲良くキスをする予定なのだけど」

桐乃「だからしないっつってんでしょ! いい加減にしろ!」

全く同意見だ。 今日は珍しく桐乃と良く意見が被るなぁ。

737: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:23:15.96 ID:BnefXHqm0
桐乃「大体、あたしだってそろそろ帰らないとだし。 あんたが言っているような展開は絶っ対にありえないから!」

京介「ん、お前も帰るのか。 んじゃあある程度送ってくぞ?」

桐乃「ふん。 勝手にすれば?」

へいへい。 じゃあ勝手にさせてもらいますか。

沙織「それでは、京介氏も拙者たちと途中までは同じ方向ですな?」

京介「ま、そうなるな。 折角だし一緒に行こうぜ」

738: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:23:42.41 ID:BnefXHqm0
黒猫「ふ。 そのまま闇に飲まれ、あなたは二度とこの家には辿り着けない……」

いつから千葉はそんなデンジャーゾーンになったんだっつうの。

沙織「それでは、仲良く帰りましょうぞ。 拙者たちは先に外に出ているでござるよ。 京介氏」

京介「おう。 軽く準備してすぐ行くわ」

俺がそういうと、沙織と黒猫は外に出て行く。

京介「ん? お前も外で待ってりゃ良いのに」

部屋に残っていた桐乃に向けて、俺は言う。

739: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:24:11.42 ID:BnefXHqm0
桐乃「別にいーじゃん。 ちょっと、聞きたいことあったし?」

京介「俺に? 何だよ」

桐乃「……あの、さ」

桐乃「きょ、今日、どうだった?」

……なんだ? 今日どうだったって、別にいつも通り楽しかったが。

740: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:24:55.52 ID:BnefXHqm0
京介「えーっと……まあ、楽しかったけど」

桐乃「っ! そうじゃなくて!」

桐乃「あ、あたしの……コスプレ、どうだったかって聞いてんの……!」

そ、そういうことか。 察しが悪い自分が嫌になっちまうぜ。

京介「お……う。 いや……まあ、良いんじゃねえの?」

741: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:25:22.74 ID:BnefXHqm0
桐乃「……それだけ?」

京介「……ふ、普通に可愛かったと思う」

桐乃「……普通に?」

京介「ち、違う。 その……超、可愛かった」

桐乃「ば、ばかじゃん!?」

え、えええええええ!? なんで俺きれられてんの!?

742: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:26:18.43 ID:BnefXHqm0
京介「う、うっせ! そう思ったんだから仕方ねえだろ!」

桐乃「ふ、ふーん。 あんた……その、ああいうの好きなワケ?」

京介「ま……まあ、それなりには……?」

なんだよこの会話! すっげえ恥ずかしいんですけど!

桐乃「そ、そっかぁ。 ふうん。 きもっ」

743: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:26:45.83 ID:BnefXHqm0
そっぽを向く桐乃を見て、俺は今日……本心から思ったことを伝えようと、決めた。

京介「……い、一応言っとくか」

桐乃「ん? なに?」

京介「今日、沙織とか黒猫も似たような格好してたけど……あれだ、お前が一番、良かったから」

桐乃「~~~~!」

744: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:27:53.73 ID:BnefXHqm0
俺がそう伝えると、桐乃は顔を真っ赤にしながら下を向く。

なんだよ! 褒めろってことじゃなかったの!? これ!

駄目! 無理! これ以上は無理です! 既に恥ずかしくて死にそうだわ俺!

そんな風になんとも妙な空気になっているところで、玄関のドアが開き、黒猫が「案の定じゃない。 わたしたちは後何時間外で待っていれば良いのかしら」とすんげえ冷たい目で言ってきた。 勿論、土下座して謝ったが。

745: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:28:36.11 ID:BnefXHqm0
それから四人で歩き、家へと向かう。

桐乃「あ、ここら辺で良いよ。 もう近いし」

しばらく歩き、桐乃は自宅近くの『別れ道』でそう言った。

京介「そうか。 沙織は駅までだよな? 黒猫はバスで来たんだっけ」

沙織「ええ、ですが拙者もこの辺で大丈夫でござるよ」

746: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:30:51.75 ID:BnefXHqm0
黒猫「わたしも大丈夫よ。 あなたはさっさと家に帰りなさい。 闇に飲まれない内に」

黒猫は俺の方を向き、そう言う。

いや、だから千葉はそんな危ない場所じゃねえからな?

京介「そっか。 んじゃあそうするかな」

俺が言うと、桐乃が少しだけにやけながら口を開いた。

桐乃「あたしはもうすぐそこだから大丈夫じゃん? んでぇ、沙織は見た感じそこら辺の男より強そうじゃん? 背、高いし。 だからあたしと沙織は大丈夫だけどさぁ。 黒猫は危ないんじゃない? ちっちゃいし」

747: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:31:19.61 ID:BnefXHqm0
そこら辺の男より強そうって、大分酷いな。 少なくとも女子に向けて言う台詞じゃねえぞ。

当人の沙織は、そんな事はなんとも思っていない表情をしているが。

沙織「はっはっは。 その通りでござるな」

黒猫「ま、待ちなさい」

黒猫「あなた……! わたしがチビだと言ったわね?」

748: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:32:17.29 ID:BnefXHqm0
桐乃「事実っしょ? ってことで京介、黒猫をよろしく~」

京介「……まあ、本人が嫌じゃないっていうなら良いけどさ」

俺は言い、黒猫の方に顔を向ける。

黒猫「仕方ないわね……好意に甘えておくわ」

んじゃ、決定だな。

749: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:32:43.58 ID:BnefXHqm0
京介「おっし。 じゃあ次まで、またな」

沙織「ええ。 さらばでござる」

桐乃「うん。 またね」

黒猫「なんだか、こういう別れも目新しいわね」

京介「そうか? いつもこんな感じだろ」

黒猫「……そうだったわね」

750: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:33:17.23 ID:BnefXHqm0
そして、桐乃は真っ直ぐと歩き、沙織は駅に向かって行き、俺と黒猫は桐乃と反対方向に進む。

何故か。

どうしてか、一度振り向いてしまった。

大して離れていないはずなのに、やけに桐乃との間の距離が遠く、やけにその姿は見え辛い。

理由は分からない。 だけど。

その時俺は、どこかで『選択を間違えた』様な気分になっていた。

重要な分岐を間違えた様な、感じがする。

……少々●●●●をやりすぎた所為かもしれねえな。

751: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:33:44.24 ID:BnefXHqm0
黒猫「どうしたの? さっさと行かないと暗くなってしまうわよ」

京介「ん……おう、そうだな」

黒猫に言われ、俺は再度歩き出す。

黒猫「丁度二人っきりね。 あなたには聞きたい事があったのよ」

京介「聞きたい事? 俺にか?」

黒猫「……ええ。 この前の件なのだけど、あれは解決したのかしら?」

752: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:34:14.21 ID:BnefXHqm0
京介「あれって言うと……桐乃が「つらい」って言ってた奴か」

黒猫「そうよ」

京介「心配すんな。 あれなら解決したよ。 すっげえ嬉しそうにしてたなぁ、あいつ」

黒猫「そう。 なら良かった」

そう言う黒猫はとても幸せそうに笑っている。 本当に、心配してたんだな。

753: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:34:41.67 ID:BnefXHqm0
黒猫「やはり、あなたに相談して正解だった。 今思えばあなたにしか解決できない事だったと思うから」

京介「そうかぁ? 俺じゃなくても大丈夫だったと思うけどな。 ま、お前が言うならそうだったのかもしれん」

黒猫「……? まあ、良いわ。 行きましょう」

京介「おう、ありがとな。 黒猫」

754: ◆IWJezsAOw6 2013/06/26(水) 13:35:09.95 ID:BnefXHqm0
黒猫「別に。 わたしの方こそ、感謝しているから」

京介「へへ、そうかい」

俺と黒猫は歩く。 千葉の町中を。

もう一度、ふと振り返ると。

既に、桐乃の姿は見えなかった。


第十三話 終

769: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 12:58:14.51 ID:YiJo2eQO0
黒猫「できたわ! ふふ、正直な所、かなりの完成度よ」

8月の上旬、夏コミまで後少しの所で黒猫から集合が掛かり、今は俺が借りているアパートへと集まっている。

なんか、この場所って都合良く集まりの場所にされている傾向があるんだよな……最近。

そういえば、少し前の話だが……大学から帰って部屋の中に桐乃と黒猫と沙織が中に居た時はさすがにびびったな。 勝手に俺の部屋を使ってるんじゃねえよ、全く。

主犯はほぼ百パーセント、鍵を持っている桐乃だろうけど。

770: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:00:36.53 ID:YiJo2eQO0
桐乃「へえ。 見せて見せて」

沙織「楽しみですな。 拙者の長年の感覚からいって、一番の出来だと思うでござるよ!」

京介「表紙は結構良い感じだな。 これは黒猫が描いたんだよな?」

黒猫「ま、まあそうね。 あまりジロジロみないで欲しいのだけど」

そう言いながらも嬉しそうな黒猫の姿を見ていると、それだけでなんだかここ数ヶ月、協力した甲斐はあったと思える。

771: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:01:43.69 ID:YiJo2eQO0
桐乃「へえ、中も良い感じじゃん!」

パラパラと出来た同人誌を捲りながら、桐乃は言う。

黒猫「そ……そうかしら?」

桐乃に面と向かって褒められるのには、さすがに慣れてないか。 長年一緒に居た俺でも未だに慣れないしな。

沙織「部数はどの程度で? この出来なら数は結構捌けると思いますが」

黒猫「今年は五十部ね。 売れるか不安だけど……」

772: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:02:40.17 ID:YiJo2eQO0
桐乃「大丈夫っしょ。 あたしが約束したげる」

桐乃は、自信満々にそう言う。

なんだかんだ言いつつも、こいつもしっかりと黒猫のこと、想っているんだな。

黒猫「……桐乃」

おお、なんかすげえ良い感じだ。 友情って奴か。 いいね。

773: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:03:06.86 ID:YiJo2eQO0
桐乃「どうせ四十冊くらい売れ残るだろうし、そうしたらあいつに買わせればいいっしょ?」

なんで俺を指差してるんですか? 買わねえぞ? 確かに買ってやりたい気分にはなるだろうが、一人暮らしの大学生にそこまで求めないで頂きたい。

京介「それを言うなら、金持ってるお前が買えばいいじゃん」

桐乃「あたしが使うのは●●●●! あんたって無趣味だし、どうせ使わないんだから良いっしょ?」

良くねえっしょ。 どう考えてもよー。

京介「全部が全部●●●●に使う訳じゃねえだろ。 なら良いじゃねえか」

桐乃「服とかアクセとか色々あんの! あんたみたいな冴えない奴には分からないだろうケドぉ」

774: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:03:38.24 ID:YiJo2eQO0
んで、そんな風に俺と桐乃が言い合いをしていたら、その間に黒猫が割って入る。

黒猫「大人しく聞いていれば……あなたたち、喧嘩を売っているのかしら?」

京介「な、なんで?」

黒猫「ふ、ふふふ。 どうしてあなたたちは、わたしの本が売れないのを前提として話しているの? わたしの呪術にかかりたいということでよろしい……?」

……確かに。 今思い返してみるとすんげえ失礼な会話だったよな。

775: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:04:09.95 ID:YiJo2eQO0
桐乃「だってそれも仕方ないんじゃな~い? 漫画はまあ、面白いケドさぁ」

桐乃「小説なにこれ! 折角あたしが教えてあげたのに、全然改善されてないじゃん!」

そうか? 最初のよりは大分表現やら言い回しが砕けていて、読みやすくなっていると思うが。

そんな風に思っていたのが顔に出ていたのか、隣に座っていた沙織が俺にだけ聞こえるように、話し掛けてくる。

沙織「きりりん氏も、あれで褒めているんじゃないかと。 漫画はしっかりと褒めていますしな」

……そういやそうだな。 少し考えれば分かることか。

776: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:04:41.89 ID:YiJo2eQO0
黒猫「ふ。 あなたの様な下界に住まう者には変化が分からないのでしょうね……可哀想に」

桐乃「いや。 どう考えてもその厨二病の方が可哀想だし。 てゆうか、あんたって高二でしょ? そろそろ恥ずかしくないの?」

黒猫「な……厨二病……ですって……? ふ、ふふふ。 あなたにはそう見えるかもしれないわね。 人間風情が精々吠えていれば良いわ」

桐乃「後から絶対黒歴史になると思うんですケド。 ま、それで良いなら良いんじゃない?」

で、段々とヒートアップしていく二人。 いつも通りの、見慣れた光景だ。

777: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:05:15.24 ID:YiJo2eQO0
その流れが分かっていたのか、始めから予想していたのかは分からないが、沙織がタイミングを見計らったかの様に口を開く。

沙織「ははは。 まぁまぁ、喧嘩はやめましょうぞ。 拙者からお話もあります故に」

京介「話? 沙織からか?」

沙織「うむ。 皆さん方にとっても悪い話では無いと思いますぞ?」

桐乃「ふうん。 なら聞いてあげても良いよ」

なんでこいつは毎回毎回、上から目線なんだよ……

778: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:05:41.71 ID:YiJo2eQO0
黒猫「ふ。 仕方ないわね。 上界に住まうわたしが、特別に耳を傾けてあげるわ」

……お前もかい。

沙織「はは。 では、失礼して」

沙織「実はですな。 拙者、旅行を計画しているのでござるよ」

京介「旅行? えっと、この流れからいくと……このメンバーで?」

ちょっとだけ興味あるな、それは。

779: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:06:08.80 ID:YiJo2eQO0
沙織「左様。 京介氏ハーレム旅行でござるな」

うわ、いきなり行きたくなくなった。

沙織「まあ、それは冗談として……ここから電車で一時間ほどの所に、別荘がありましてな」

沙織「海の近くにあるので、中々に良いところでござるよ」

黒猫「べ、別荘……ですって?」

黒猫の顔が青ざめている。 いや、俺や桐乃だって当然驚いているが、黒猫の驚き様は凄かった。

780: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:06:35.81 ID:YiJo2eQO0
沙織「良くある話ですな」

と沙織が付け加えた途端、黒猫が勢い良く沙織の胸倉を掴む。

黒猫「よ、よよよよくある話!? あなた、死にたいの……?」

京介「うおい! 黒猫やめろ!! 気持ちは分かるが!」

当の沙織はというと、そんなの何でも無いように再び口を開く。

781: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:07:14.13 ID:YiJo2eQO0
沙織「それでですな……是非、皆さんもと思いまして」

沙織「勿論、夏コミが終わってからでござるよ。 少し豪華な打ち上げパーティみたいな感じで、どうですかな?」

桐乃「行きたい!!」

開口一番、そう言ったのは桐乃だった。 意外だな……こいつなら、海ならあやせと行くとか言いそうなんだが。

黒猫「ふ、ふふ。 闇の眷属を召喚するには相応しい場所ね……」

良く分からないが、黒猫も行くということらしい。

782: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:07:39.17 ID:YiJo2eQO0
京介「んじゃ、俺も行くしかねえな」

沙織「決まりでござるな! では、日程などは改めて決めましょうぞ。 今はまず、夏コミで黒猫氏の同人誌完売を目標にして」

だな。 綺麗に全部売って、良い気分で打ち上げをしたいよな。 やっぱり。

黒猫「そんなのは当然よ。 この素晴らしい出来で買わない輩が居たら呪い殺すわ」

それはやめてもらいたい。 変な通り名がつくぜ、お前のサークル。

桐乃「売れ残ったら京介が買い取るってことで」

なんでそうなるんだよ。

783: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:08:06.60 ID:YiJo2eQO0
京介「その案は断固拒否する。 まあ、残った部数にもよるけどさ……」

黒猫「だからあなたたちは、どうして売れ残る事が前提なのよ……そろそろ本当に儀式をするわよ?」

京介「は、はは。 悪い悪い」

今年の夏も、大分忙しいことになりそうだな。

なんて、そんな風に思った。

784: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:08:40.31 ID:YiJo2eQO0
……だったんだけどな。

黒猫が参加することになっていたのは、夏コミの二日目。 つまりは今日なんだが。

京介「……やっべえ」

なんという偶然なのか、まるで狙い澄まされたかの様に、俺は風邪を引いた。

時刻は朝の6時。 黒猫と沙織は恐らく、もう行っているはずだ。 サークル入場時間? という物があり、それに遅れるとかなりのペナルティが発生するらしい。

で、俺と桐乃は後から合流するという感じになっていたんだが。

785: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:09:48.48 ID:YiJo2eQO0
京介「こりゃ……ちょっと厳しいか」

頭はすげーガンガンするし、体も大分重い。

本当に申し訳ないが、俺は今日行くのは無理だろう。

……ついてねえ。 ちくしょうめ。

京介「……桐乃にも、メールしとかねえとな」

電話帳から桐乃の名前を出し、メールを作成。

To 桐乃
悪い。 風邪引いたみたいだ。

786: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:10:18.92 ID:YiJo2eQO0
具合が悪く、なんとかそれだけを打ち、送信。

返事はメールではなく、電話で返ってくる。 送信してから数分もしない内に携帯が鳴った。

京介「……おう、桐乃か。 相変わらず朝はえーな」

「あんた、風邪引いたってマジ?」

京介「んなことで嘘はつかねーよ。 マジだ」

819: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 14:24:59.87 ID:YiJo2eQO0
「タイミング悪っ! 黒いのに呪いでもかけられたんじゃない?」

京介「……はは、かもしんねー」

「ほんっとに具合悪そうだね……家、いこっか?」

京介「そこまでじゃねえよ。 良いからお前は黒猫のとこいってやってくれ、頼む」

京介「……んで、悪いけど俺の分まで謝っといてくれ」

「……だけど」

787: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:10:46.42 ID:YiJo2eQO0


京介「心配すんなっつーの。 ブラコン」

「なっ! あ、あんたねえ! 電話だからって好き放題言って……覚えとけ!」

788: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:11:14.25 ID:YiJo2eQO0
桐乃は言い、電話を切る。

後が大変恐ろしいことになってしまったが、まあそれで良いか。 あいつがそれで黒猫のところに行ってくれるなら、それで良い。

黒猫も、桐乃が居ると居ないとで随分調子が違うしな。 いつも喧嘩してばかりのあいつらだけど、居なければ居ないで調子が落ちる。 とても面倒くせえ関係な訳だし。

しっかし、マジでこのタイミングで風邪とか引くかよ……普通。 なっさけないったらありゃしない。

布団の上に倒れ、天井を見つめる。

789: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:11:41.03 ID:YiJo2eQO0
京介「……だっりー」

桐乃には多少強がってしまったが、正直動くのすらだるくて億劫だ。

朝飯は……良いか。 食欲ねえし、作れる気もしない。

薬を飲むのも、これだけ体が動かなければ寝ていた方が楽だ。

……今日は行けないが、明日は最低でも行きたいよなぁ。

790: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:12:48.96 ID:YiJo2eQO0
桐乃と、沙織と、黒猫と。 また四人で騒ぎながら見て回りたい。

京介「……寝るか」

考えていたら、なんだかボーっとしてきた。 眠気も、襲ってくる。

する事も出来ることもねえし、寝よう。

791: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:13:17.00 ID:YiJo2eQO0
数時間、程だろうか。

自然と目が覚める。

ぼやけた視界の中に、人影が見えた。

いつも見ている人影。 いつも近くに居る奴の、気配。

792: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:13:48.20 ID:YiJo2eQO0
「お目覚め? よく寝てたねー」

未だに視界はぼやけているが、声ですぐに誰か分かった。

京介「おま……桐乃、コミケは?」

桐乃「んー、午前中で切り上げてきた」

京介「……黒猫は、良かったのかよ」

桐乃「てゆうか、あの黒いのに言われたんだし。 行ってきなさいって」

793: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:14:16.15 ID:YiJo2eQO0
黒猫にも、心配掛けちまったか。 後で俺からも謝っておかないと。

京介「そっか。 悪いな」

桐乃「別に。 あたしも一応さ……心配だったし」

桐乃「それに、あんたご飯とか食べた? 薬は?」

京介「……いや、全く」

桐乃はそれを聞き、呆れ顔になりながら口を開く。

桐乃「ったく。 やっぱりダメじゃん。 しっかたないなぁ」

794: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:14:43.46 ID:YiJo2eQO0
桐乃「あたしが看病したげる。 へへ、嬉しいっしょ?」

京介「……ああ。 めちゃくちゃ助かる」

桐乃「ふん。 まぁ、ご飯作ってくるから、待ってて」

そう言うと、桐乃は台所へと向かっていく。

……桐乃のご飯かよ。 余計に悪化するんじゃ……なんて、そんなことはねえか。

あいつが作ってくれたなら、多分そりゃあどんな特効薬よりも効くかもしれないな。 そんな風に思ってしまうのは熱の所為だろうか。

795: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:15:37.22 ID:YiJo2eQO0
俺は首を横に動かし、台所に居る桐乃へと視線を向ける。

そして今日初めて『桐乃の格好を認識』した。

京介「ぶっ!」

京介「お、おまっ! それどうしたの!?」

桐乃「へ? なにが?」

俺の声を聞き、桐乃はちょっとだけ驚いた様に振り返る。

796: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:16:06.02 ID:YiJo2eQO0
京介「い、いや。 だってお前、その……耳とか、尻尾とか!」

桐乃「あ、あー。 あはは。 これね。 前にゆってたじゃん? その……可愛いって」

桐乃「だ、だから……喜ぶかなーって思ったんだケド……違った?」

京介「い、いや! 違わねえけど! で、でもなぁ!」

桐乃「っつか、大声出しすぎ。 あんた病人でしょ。 大人しく寝てなさいって」

し、しかしだな……

797: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:16:32.26 ID:YiJo2eQO0
気が散ってそれどころじゃねえんだけど。

そんな事を思いつつも俺が渋々横になると、桐乃は満足そうな顔をして、再度台所へと向かう。

桐乃「ふんふーん♪」

なんて鼻歌を唄いながら、料理をしている桐乃の姿を見ていたら……一つのありえない可能性が見えてしまった。

待て、これも多分熱の所為だ……だってそうだろ?

赤城が以前言っていたことが、俺には理解できてしまいそうなのだから。

798: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:16:59.98 ID:YiJo2eQO0
「妹は天使」

ねーーーーーよ!! それはない! 絶対に断じてありえない! あろうことか俺の妹が天使!? ふざけんな!

桐乃は絶っ対そんなんじゃねえ! あ、あいつは……何かを企んでいるに違いない! 俺の病気が治った途端に「あんた風邪良くなったんだね。 じゃあこれ買ってきて?」とか言ってパシリにしてくるに違いねえ!

そ、そうだ……今日の桐乃は何故か俺に優しい。 おかしいくらいに、だ。

だとするならば裏があると考えるのが妥当! 当然だろ?

799: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:17:25.16 ID:YiJo2eQO0
だって、そうじゃないとこの状況は説明できんぞ!

ありえん……断じてありえん。 まだ、宇宙人が襲来してきたってことの方が信憑性があるぜ。 だってよぉ、風邪を引いた俺の元に妹が来て? 飯を作ってくれて? コスプレまでしてくれて? んで看病をすると言って? んな訳ねーだろ! 目を覚ませ京介……!

あんだけ俺をこき使って、夜中にコンビニに一番くじを引かせにいったり、目当ての物を東京まで探しに言って、数日後には「あんた薄情だよね」とか言っているような妹だぞ!?

そんな妹が今になってこんなに優しくなるわけがない!

俺にコスプレをさせて、黒猫にその写メを送ったりするような妹様だぞ……少し、冷静に考えるんだ、京介。

800: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:17:52.98 ID:YiJo2eQO0
ま、まず……どうして桐乃が俺のところまで来たか、だな。

これは多分、黒猫に言われたからではないだろうか? どんな会話があったのかは分からないが、それは多分そうだ。

で、だとすると……何故、ここまで世話を焼くんだ? それが謎だ……

……確かに、桐乃と俺は……その、付き合っていた訳だし? まあそういう面もあるかもしれんが。

でも、だからってなぁ!

801: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:18:18.81 ID:YiJo2eQO0
桐乃「ちょっと、京介……大丈夫?」

京介「うぉおおおお!?」

気付いたら、目の前に桐乃の顔があった。 すんげえ近い、びびったぜ。

桐乃「きたなっ! 唾飛んでるんですケド!?」

そう言い、キッと俺を睨む桐乃。 しばかれるかこれ。

と、思ったのだが。

802: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:21:16.06 ID:YiJo2eQO0
桐乃「もう……ほら、ご飯できたよ。 おかゆだけど、別にいいっしょ?」

特に怒ることもせずに、桐乃はお盆に乗せたおかゆを俺の前に置く。

京介「お、おう?」

桐乃「ぷ。 なにその顔。 あたしが作ったおかゆそんなに嬉しいんだぁ~?」

なんか面白い勘違いしてるな、こいつ。

803: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:23:03.44 ID:YiJo2eQO0
京介「ま、まあな」

桐乃「ふ~ん。 折角だし、あれやってみる?」

京介「あれって?」

桐乃「良くあるじゃん。 あたしがスプーン持って「ふー」ってして「あーん」ってするの」

京介「や、やらねえよ! 一人で食えるっつうの!」

桐乃「そ、そう? で、でもぉ。 折角だし、一回だけ!」

なんの折角だよ!? 訳分からないぞ! というかお前はどうしてそこまで頼み込むわけ!?

804: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:23:33.84 ID:YiJo2eQO0
桐乃「ね? いいっしょ?」

猫耳を付けた桐乃が、俺の顔を覗き込み、可愛らしく首を傾げながら言う。

……あれだ、こいつ絶対あれだ。

自分の可愛さを理解してねえ! 正直俺、かなりやべーんだけど!

桐乃の顔を直視できないとか、そんなレベルでやべえっつうの!

805: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:24:09.80 ID:YiJo2eQO0
京介「じゃ……じゃあ。 一回だけ、なら」

ほらな? こんなこと言っちまうし。 どうかしてるぜ、俺。

桐乃「よ、よし」

桐乃はそう呟き、スプーンを持つ。

茶碗から一掬いし、自分の口へと近づける。

桐乃「……ふーっ……ふーっ」

806: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:24:38.66 ID:YiJo2eQO0
……●●! ●●いぞこいつ!

や、やべえ。 なんてことだ。

猫耳を付けたメイド姿の超美少女がおかゆをフーフーしている、だと? もしかして、俺って超幸せ者なんじゃね?

あれもこれも、全て風邪の所為だ。 そうに違いない。

桐乃「ほ、ほら。 きょーすけ、口開けてよ」

807: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:25:35.15 ID:YiJo2eQO0
桐乃「……あーん」

京介「あ、あーん」

桐乃「んっ……どう?」

俺の口の中にそっとスプーンを入れ、俺は桐乃が作ってくれたおかゆを食べる。

どう、って言われてもな。 俺はそれどころじゃねえんだが。

……まあ、感想を言わないってのは失礼、だよな?

808: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:26:04.62 ID:YiJo2eQO0
京介「いや、なんつうか……可愛かった」

桐乃「ばっ! そっちじゃないし! おかゆの方をゆってんの!」

そ、そっちか。 なんか、この前は逆パターンで怒られた気がするな……難しいぞちくしょう。

京介「あ、ああ。ははは。 味ね、そうだよな」

京介「ん? あれ、そういや……美味いな」

今更、気付いた。

桐乃の奴、料理できるようになってるじゃん。

809: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:26:31.99 ID:YiJo2eQO0
桐乃「ま、マジ? お世辞とか、そういうのいらないケド」

京介「お世辞じゃねーよ。 マジで美味いって」

桐乃「ほんと? へへ、やった!」

はは、すげえ笑顔だ。 そんな嬉しかったのか。

京介「練習、してたんだな。 やっぱすげーよ、お前」

桐乃「ふふん。 あたしを舐めすぎだっつーの。 これからもっと美味しい物、作ったげるから」

810: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:27:02.08 ID:YiJo2eQO0
そんな風に言う桐乃を見て、俺は先程からずっと気になっていることを聞いてみた。

京介「……つか、気を悪くしたら悪いけどさ」

京介「お前、どうして今日はそんな優しいわけ?」

桐乃「……はぁ?」

うわ、なんだか馬鹿にされている気がするんだが。

811: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:28:20.12 ID:YiJo2eQO0
桐乃「あんたさ、病人には優しくしろって教わらなかったの? 今のあんた、すごく辛そうだし」

桐乃「それに……その、いつも……色々手伝ってもらってるし? お礼とゆーか……そんなカンジ」

桐乃「だ、だからとゆってキスはしないかんね!?」

京介「……ああ、そうだったな。 そういやそうだ」

京介「サンキューな、桐乃」

812: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:29:35.38 ID:YiJo2eQO0
全く、くだらない事を考えていた俺が嫌になっちまうよな。

桐乃は単純に俺を心配してくれて、気遣ってくれて、それだけだったっていうのにさ。

風邪を引いた兄の看病をしてくれる妹。 そこにあるのはそれだけのことだ。

世界中探せば、そんな光景はありふれているのかもしれない。

だけど、今の俺にはそれが何よりも嬉しくて、ありがたかった。

813: ◆IWJezsAOw6 2013/06/27(木) 13:30:02.44 ID:YiJo2eQO0
兄妹として、冷めていた期間があったからか?

この二年間程で、仲良くなれたからか?

それもあるかもしれない。 だけど。

俺が桐乃の兄で、桐乃が俺の妹で、俺たちが兄妹なのだから。 俺は、そう思う。


第十四話 終

830: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:20:11.69 ID:+12HL1BV0
桐乃「熱、少し下がってきたかな?」

京介「多分な。 体もさっきより全然楽だし、ほんと、お前のおかげだよ」

桐乃「そっか。 なら良かった……ひひ」

桐乃「でも、まだ安静だかんね? 明日、行くつもりっしょ?」

京介「……良く分かったな」

桐乃「あんたが考えそうな事くらい、分かるっつうの。 兄妹じゃん?」

831: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:20:37.68 ID:+12HL1BV0
京介「そうだな。 ありがとよ、桐乃」

桐乃「別にいーって。 それより明日行くんだったら、今日はずっと寝てなさいよ? 本当なら、明日だって寝てた方が良いくらいなんだし」

京介「……おう。 分かった」

めっちゃ頼りになるなぁ、こいつ。

そういや昔……もう、2年くらい前になるのか? 桐乃がインフルエンザで寝込んでたこともあったっけかな。

832: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:21:10.59 ID:+12HL1BV0
あの時、兄貴っぽいことなんて、大して出来なかったっていうのに。 こいつときたら。

いっつも迷惑掛けられてる。 とか思ってるけどさ……迷惑掛けてるのは、俺の方なのかもな。

なんとなく、だけど。 桐乃のおかげだもんな、全部。

俺が今、こうして黒猫とか沙織とかとも上手くやって行けているのも、あやせとも話せたのも、馬鹿な話だが……家を追い出されたのも。

俺と桐乃が仲良くなれたのも。 多分。

833: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:21:40.80 ID:+12HL1BV0
桐乃「あ、あんた。 なに泣いてんの?」

京介「え? 俺……」

気付けば、涙が出ていた。

京介「多分……嬉しかった」

桐乃「なに? あたしが来てくれて?」

京介「それも、これも。 全部だよ。 色々あったじゃん、俺たち」

834: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:22:30.07 ID:+12HL1BV0
京介「桐乃とは、喧嘩することもあった。 無理な事、頼まれたりな」

京介「お前に会いにアメリカ行ったこともさ、俺が黒猫と付き合って……お前が本音言ってくれて」

京介「そんな風にしている内に、段々とお前の事が分かるようになって」

京介「……今思うと、マジでくだらないことばっかだったけど」

京介「すっげえ、楽しかったな」

桐乃「……ふうん。 そっか」

桐乃は素っ気無く言ったが、顔はとても嬉しそうにしていた。

835: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:23:38.85 ID:+12HL1BV0
桐乃「あ、あたし、ちょっと黒いのと電話してくるから……!」

俺がじっと桐乃のことを見ていたら、桐乃は慌ててそんな事を言う。

京介「へいへい。 んじゃ、俺は寝ておくわ」

桐乃は小さく頷き、そのままの格好で部屋の外へと出て行く。 お前、それ着替えた方がいいんじゃねえか……?

つうか、もし姿を見られたら俺自身が変な誤解を受けるのか。 間違いねえな。

まあ……良いか。

俺は昔の、色々な事を思い出しながら、ゆっくりと目を瞑った。

836: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:24:32.23 ID:+12HL1BV0
少々の寝苦しさと暑苦しさから、目が覚める。

先程目が覚めたときとは違い、大分視界も意識もはっきりとしている。

京介「……はは」

思わず、顔が綻んでしまうじゃねえか。

桐乃「……ん」

俺の胸にかぶさる様に、桐乃がすやすやと眠っていたから。

837: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:24:59.39 ID:+12HL1BV0
京介「……悪いな、本当に」

起こさないように、そっと桐乃の頭を撫でる。

心無しか、先程よりも若干、幸せそうな顔をしていた様に見えた。

京介「さて、と」

桐乃を起こさない様に、そっと体を動かし、布団の上へと寝かせる。

京介「大分楽になったな……熱も下がったか」

時計に目をやると、時刻は夕方。

838: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:25:25.66 ID:+12HL1BV0
あー。 そういや、黒猫たちの方はどうだったんだろうか? ちょっと電話してみるか。

布団の横にあった携帯を手に取り、一旦外へと出る。

携帯には何件かメールが届いていて、一応確認。


From 黒猫
あなたって本当に運が悪いわね。 まあ、仕方無いわ。 お大事に。

From 黒猫
あなたの莫迦な妹が、この世の終わりの様な顔付きで来たわよ?
そんな顔で横に居られても迷惑だから、帰させるわ。

839: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:28:16.25 ID:+12HL1BV0
うわあああ!
編集前の奴投下してました。 申し訳ない。

最初から投下しなおします。

840: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:31:17.30 ID:+12HL1BV0
桐乃「熱、少し下がってきたかな?」

京介「多分な。 体もさっきより全然楽だし、ほんと、お前のおかげだよ」

桐乃「そっか。 なら良かった……ひひ」

桐乃「でも、まだ安静だかんね? 明日、行くつもりっしょ?」

京介「……良く分かったな」

桐乃「あんたが考えそうな事くらい分かるっつうの。 兄妹じゃん?」

841: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:31:48.50 ID:+12HL1BV0
京介「へへ、そりゃそうだ。 ありがとよ、桐乃」

桐乃「別にいーって。 それより明日行くんだったら、今日はずっと寝てなさいよ? 本当なら、明日だって寝てた方が良いくらいなんだし」

京介「……おう。 分かった」

めっちゃ頼りになるなぁ、こいつ。

そういや昔……もう、2年くらい前になるのか? 桐乃がインフルエンザで寝込んでたこともあったっけかな。

842: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:32:14.44 ID:+12HL1BV0
あの時、兄貴っぽいことなんて、大して出来なかったっていうのに。 こいつときたら。

いっつも迷惑掛けられてる。 とか思ってたけどさ……迷惑掛けてんのは、俺の方なのかもしれん。

なんとなく、だけど。

桐乃のおかげだもんな、全部。

俺が今、こうして黒猫とか沙織とかとも上手くやって行けているのも、あやせとも話せたのも、馬鹿な話だが……家を追い出されたのも。

俺と桐乃が仲良くなれたのも。 多分。

843: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:32:41.78 ID:+12HL1BV0
桐乃「あ、あんた。 なに泣いてんの?」

京介「え? 俺……」

気付けば、涙が出ていた。

京介「わかんねぇけど……多分、嬉しかった」

桐乃「なに? あたしが来てくれて?」

京介「それも、これも。 全部だよ。 色々あったじゃん、俺たち」

844: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:33:07.65 ID:+12HL1BV0
京介「桐乃とは、喧嘩することもあった。 無理な事、頼まれたりな」

京介「お前に会いにアメリカ行ったこともさ、俺が黒猫と付き合って……お前が本音言ってくれて」

京介「そんな風にしている内に、段々とお前の事が分かるようになって」

京介「……今思うと、マジでくだらないことばっかだったけど」

京介「すっげえ、楽しかったな」

桐乃「……ふうん。 そっか」

845: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:33:34.10 ID:+12HL1BV0
桐乃は素っ気無く言ったが、顔はとても嬉しそうにしている。 何を考えているのかなんてのは、当然分かった。

だって、兄妹だから。

桐乃「あ、あたし、ちょっと黒いのと電話してくるから……!」

俺がじっと桐乃のことを見ていたら、桐乃は慌ててそんな事を言う。

京介「へいへい。 んじゃ、俺は寝ておくわ」

桐乃は小さく頷き、そのままの格好で部屋の外へと出て行く。 お前、それ着替えた方がいいんじゃねえか……?

つうか、もし姿を見られたら俺自身が変な誤解を受けるのか。 間違いねえな。

まあ……良いか。

俺は昔の、色々な事を思い出しながら、ゆっくりと目を瞑った。

846: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:34:18.26 ID:+12HL1BV0
少々の寝苦しさと暑苦しさから、目が覚める。

先程目が覚めたときとは違い、大分視界も意識もはっきりとしていて、俺は起きてすぐに目の前の光景を認識した。

京介「……はは」

思わず、顔が綻んでしまう。

桐乃「……ん」

俺の胸にかぶさる様に、桐乃がすやすやと眠っていたのだ。

京介「……悪いな、本当に」

847: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:35:32.00 ID:+12HL1BV0
起こさないように、そっと桐乃の頭を撫でる。

心無しか、先程よりも若干、幸せそうな顔をしていた様にも見えた。

京介「さて、と」

桐乃を起こさない様に、そっと体を動かし、布団の上へと寝かせる。

京介「大分楽になったな……熱も下がったか」

時計に目をやると、時刻は夕方。

848: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:36:01.71 ID:+12HL1BV0
あー。 そういや、黒猫たちの方はどうだったんだろうか? ちょっと電話してみるか。

思い出したらやはり気になってしまい、布団の横にあった携帯を手に取り、一旦外へと出る。

携帯には何件かメールが届いていて、一応確認。


From 黒猫
あなたって本当に運が悪いわね。 まあ、仕方無いわ。 お大事に。

From 黒猫
あなたの莫迦な妹が、この世の終わりの様な顔付きで来たわよ?
そんな顔で横に居られても迷惑だから、帰させるわ。

849: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:36:29.69 ID:+12HL1BV0
その二件のメールが届いていた。

……ぶっちゃけ、桐乃が来てくれなかったら今もまだ具合は悪いままだったかもしれねえし。

ありがとう、って言わないとな。

そう思い、黒猫に電話を掛ける。

数回のコール音がなり、繋がった。

850: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:37:52.43 ID:+12HL1BV0
「もしもし。 具合は大丈夫なのかしら?」

京介「桐乃と、お前のおかげでな。 ありがとよ」

「ふっ。 わたしはただ、お兄ちゃんに会いたいオーラを出しているビ  を帰らせただけよ。 何にもしてないわ」

京介「はは、そうかい。 んで、結果はどうだったんだ?」

「……来たわね、その話題が!」

やけに元気が良い奴だな……というか、なんかテンションが高い?

851: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:38:21.96 ID:+12HL1BV0
「実は、思いの他売れ行きが良くってね。 お昼過ぎには完売したのよ」

おお……おおお!

京介「本当か!? 良かったじゃねえか!」

「ま、まあ……わたしの同人誌なのだからね。 当たり前よ。 ふふ」

電話越しでも、にやにやしていそうな黒猫の様子が伝わってくる。 そんな声色だった。

852: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:38:47.71 ID:+12HL1BV0
京介「はは。 これで打ち上げも、気持ちよくできるな」

「そうね……桐乃が言っていた様に、大量の売れ残りが発生していたら目も当てられなかったわよ……本当に良かったわ」

京介「んだな。 ま、とりあえずはおめでとう。 一応、明日はいけそうだから、皆で回ろうぜ」

「ええ、分かったわ。 ぶり返さない様に、お大事に」

京介「おう。 んじゃ、またな」

そうして、電話を切る。

853: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:39:18.56 ID:+12HL1BV0
良かった。 無事、完売か。

なんか、俺が手伝ったのって本当に些細なことなんだが、それでもすげー嬉しいな。 本当に。

京介「よっし。 あ、そういや桐乃は知ってんのかな?」

あいつと黒猫が電話したのって、丁度昼くらいだっけ? ならまだ全部売れたのは知らないんじゃねえのかな?

報告、しときますか。

そう考え、部屋の中へと戻る。

854: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:39:48.35 ID:+12HL1BV0
敷かれている布団に目をやると、桐乃は未だにすやすやと眠っていた。

疲れていたんだなぁ。 こいつも。

俺は近くまで行き、そのすぐ横に座り、桐乃の顔を覗き込む。

京介「……こういう風に静かにしてれば、すげえ可愛いのに」

ううむ。 こいつ、黙ってればマジで世界一可愛いと思うんだが。 どうだろう?

口を開いた途端にクソ生意気な妹になるんだけどな。

855: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:40:17.83 ID:+12HL1BV0
……さて、そんな事よりそろそろ起こしてやった方が良いのだろうが、こんだけ幸せそうに寝られていると、随分と起こしにくいよなぁ。

で、俺がしばらく眺めていると桐乃が寝返りを打つ。

布団が捲れて、俺に背中を向ける感じで。

……尻尾が見えた。

京介「……んむ」

自分でも、良く分からない声が出る。

856: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:40:43.85 ID:+12HL1BV0
……やっべえ、超触りたい。

起きねえよな? さすがに本物の尻尾じゃねえし。

意を決し、そーっと、触ってみる。

ふかふかとした感触。 本物の猫の様な感じだな……その辺りはさすが黒猫ってことか。

そのまま尻尾を掴んだり、なぞったりしてみる。

……ほほう。 なるほど。

857: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:41:09.46 ID:+12HL1BV0
果てしない罪悪感がこみ上げてくるな、これ!

しかし込み上げては来た物の、俺には探究心というのも同時に込み上げていたのだ。

結局触るのをやめることはせずに、そんな感じで数十分、尻尾を握ったり耳を触ったりして遊んでいる内に、ふと閃いた。

閃いたっつうより、気付いてしまった。

京介「……やるか」

そうだ。 このくらいなら多分、桐乃も許してくれるはず……! 恐らく!

858: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:41:51.60 ID:+12HL1BV0
頭の中で結論付け、俺はポケットに仕舞っていた携帯を取り出す。

一枚くらいなら、撮っても大丈夫だよな!?

京介「よ、よし……」

ど、どの角度が良いだろう。 やはり正面からか……?

横顔も良いよなぁ。 ううむ。

……まさかのローアングルとか?

いや! それは駄目! 最低じゃねえかそれ!

859: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:42:20.01 ID:+12HL1BV0
ふ、ふう。 危ない危ない。 危うくとんでもない間違いを犯すところだった。

さて! それじゃあとっとと一枚撮ろう。

かなり悩んだが、桐乃の顔が良く見える正面から、一枚だけ撮ることにした。

京介「……お、良い感じだ」

カシャリ。

その音で桐乃が起きてしまわないかびくびくしながら、そっと離れる。

860: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:42:51.54 ID:+12HL1BV0
京介「案外……大丈夫なんだな」

んで、今撮った写メを確認。

やっべえ! これすげえ! 家宝じゃねえか!?

も、もう誰にも見せたくないな……これは。

俺はその写メを待ち受けに設定して、そっとポケットに仕舞う。

はー。

861: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:43:22.30 ID:+12HL1BV0
絶対許されねえぞこれ。 ばれたらあやせばりの攻撃が飛んで来るのは間違いねえな。

しかし、今日はとても運が悪い日だと思ったが、すげえ最高に良い日だったじゃねえか……。

こう言うと黒猫に怒られてしまいそうだが、まあ一気に良い日になったと考えれば良いか。

……さて、一仕事終えたところでそろそろマジで起こさねえとな。

京介「おーい、桐乃」

桐乃「……んー」

寝ながら返事してやがる。 こういう反応、地味に面白いんだよこいつ。

862: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:43:50.04 ID:+12HL1BV0
京介「……桐乃さーん」

人差し指で、頬を突付いてみる。

桐乃「……んっ」

すると、桐乃はパッと目を開き、俺の方に顔を向けた。

こ、こわっ! 体を触られるとすげえ速度で起きるなこいつ!?

863: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:44:16.27 ID:+12HL1BV0
京介「お、おはよう」

桐乃「……えっと」

桐乃は寝惚けているのか、自分の姿と俺の姿、そして状況を確認する様に首を振って、辺りを見回す。

猫耳が未だに付いているからか分からんが、まるで猫みたいな動作だ。

桐乃「あ、あんた……もしかして襲おうと……!」

京介「何故そうなる!? 俺が起きたらお前が寝てたんだよ! だから寝かせてやってたっつうのに!」

864: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:44:44.29 ID:+12HL1BV0
桐乃「あ。 そうだったんだ。 ふーん」

未だに少しばかり眠そうな目をしながら、桐乃は俺の顔をじっと見つめる。

京介「な、何か?」

桐乃「あんた、本当にヘンなことしてない? ぜったい?」

京介「……お、おう。 勿論だ…………多分」

最後はすっげえ小さい声で言う。 桐乃も中々に鋭いからな、注意しねえと。

865: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:45:10.98 ID:+12HL1BV0
桐乃「ひひ。 ま、いーや。 布団さんきゅ」

桐乃はどうしてか笑っていて、俺には理由が分からんが……まあ、そう言うなら良いのか?

桐乃「てゆーか、もうこんな時間? 寝すぎたぁ!」

分かるぜその気持ち。 損した気分になるからな。

京介「ま、俺も起きたら夕方だったから」

桐乃「ふうん。 そーいえば、具合はどうなの?」

866: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:45:43.28 ID:+12HL1BV0
京介「ん。 大分良くなったぜ。 桐乃様のおかげだよ」

桐乃「へへ、もっと讃えて良いんだよ?」

京介「これ以上どう讃えろっつうんだよ。 一応、かなり感謝してるからな」

桐乃「へえ。 じゃあ、お礼は?」

京介「……えっと、ありがとう?」

桐乃「はぁ。 そうじゃなくてー。 前に黒いのがゆってたじゃん。 お礼の度にキスしてんのかって。 だからぁ……ね?」

いたずらっぽく笑いながら、桐乃はそんなことを言う。

867: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:46:10.00 ID:+12HL1BV0
京介「は、はあ!? おま、お前! 俺の風邪が移って頭おかしくなったんじゃねえの!?」

桐乃「はぁ!? って言いたいのはこっちなんですケド! 可愛い妹がゆってんのに頭おかしいってひどくない!?」

京介「自分で言うんじゃねーよ! つうかお前はそんなに俺とキスしたいのかよ!?」

桐乃「ちょ、んなワケないじゃん! 冗談に決まってるっつうの! 調子のんな!」

で、いつも通りにこうやって口論が始まる訳だ。

868: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:46:36.48 ID:+12HL1BV0
京介「……お、おう。 そりゃあ、冗談なら悪かったが……お前、そろそろそれ取った方が良いんじゃね?」

そう言って、桐乃の頭にあるそれを指差す。

桐乃「へ? それって……」

両手を使い、自分の頭を確認する。 ようやくそれに気付いたか。

桐乃「……も、もっと早くゆってよ」

京介「……わり」

桐乃は恥ずかしそうに猫耳を外し、次に尻尾を確認する。

869: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:47:25.26 ID:+12HL1BV0
桐乃「……あれ?」

京介「あん? どうした?」

桐乃「いや……なんか、すごく尻尾が曲がってるんだケド」

心当たり、ありまくりなんだケド。

京介「た、多分……寝てたからじゃね?」

870: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:47:59.31 ID:+12HL1BV0
桐乃「そか……なるほどね」

京介「おう」

桐乃「京介、触った?」

京介「……なんて?」

桐乃「あたしの尻尾、触った?」

京介「……布団に寝かせる時に、少し」

桐乃「ほんとに、少し?」

871: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:48:29.52 ID:+12HL1BV0
京介「……すいません、大分触りました」

桐乃「……変態っ!」

京介「わ、悪かったよ……でも、気になるじゃねえか、やっぱり」

桐乃「ふん。 べっつに、起きてる時でも「触らせてくれ!」って頼めばオッケーするのに」

京介「ただの変態じゃねえか! 俺!」

桐乃「だって変態じゃん? んで、どーなの?」

872: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:49:05.31 ID:+12HL1BV0
京介「た、頼めるかっつうの!」

桐乃「頼まなくても良いケド。 触りたいのか触りたくないのか。 はっきりしてよ」

なんでこいつは若干不機嫌なんだよ! マジ意味わからねえぞ、おい。

京介「そりゃあ……どっちかっていうと、触りたいけどな」

てかさ、まず冷静に考えよう。

なんで俺は病み上がりに、妹とこんな話をしているわけ? おかしくね? いやもうこんな感じの展開に慣れつつあるから、若干怖い。

873: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:49:33.75 ID:+12HL1BV0
桐乃「ひひ。 じゃあいーよ。 どーぞ」

そう言うと、桐乃は尻尾を俺の方へと向ける。 なんだよこの図は……。

京介「……おう。 じゃあ、いくぞ?」

桐乃の表情は見えないが、頭が上下に動くのを見て、頷いたのだと理解した。

京介「……」

ちょっと待てよ、なんで俺と桐乃はこんな構図になってんの!? どういう流れだよ!?

874: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:50:00.50 ID:+12HL1BV0
その考えが頭を過ぎったのは一瞬で、俺はすぐに忘れる。

で、触った。

京介「……ふむ」

な、なんだ……さっきとは違った感覚だ。

罪悪感ではなく……達成感か!?

待て待て、そんなのはまやかしだろ。 明らかにそこにあるのは……ただの馬鹿な兄妹ってだけだ!

875: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:50:31.32 ID:+12HL1BV0
桐乃「んふっ……」

京介「何●●●声だしてんの!?」

びびるぜ。 急に変な声出しやがって。

桐乃「だ、だって……あんたがいきなり触るから……」

ええ!? なに、この尻尾って感覚伝わってんの!? すっげー!

京介「わ、悪い……」

俺が謝ると、桐乃は体を俺の方へと向ける。

876: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:51:29.18 ID:+12HL1BV0
桐乃「……ぷ。 冗談に決まってるじゃん。 べっつに尻尾触られても、なんも感じませんケド~?」

そりゃそうだよな! 少し前の感動を返せ!

京介「し、知ってたし!」

無意味に強がる俺。 対する桐乃は全て見通したかの様に「はいはい、そーですか」と返した。

そして、立ち上がった桐乃の姿をみて、俺はふと気になったことを聞いてみる。

877: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:51:57.06 ID:+12HL1BV0
京介「そーいやさ、耳ってカチューシャみたいになってるんだよな? 尻尾ってどうやって付いてんの?」

桐乃「耳はそーだケド。 尻尾は安全ピンで留まってんの。 あの黒いのが付けてるのもそーだよ」

桐乃「けどぉ……あいつが持ってる奴の中には、直接縫い付けてるのもあるみたいだけどね。 気合い入りすぎだよね~」

京介「ふうん。 案外簡単に付いてるもんなんだな」

桐乃「そんなもんっしょ。 てゆうか、どういう風にくっついてると思ってたの?」

そりゃ、当然あれだろ。 アレ。

878: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:52:31.70 ID:+12HL1BV0
京介「いや、直接ケツに……」

桐乃「な、ななな! んなワケあるかっ!!」

桐乃「あんた、あたしをどんな目で見てるワケ!? そんなことしてんのは●●動画だけの話だかんね!」

京介「そ、そりゃそうだよな! 悪い!」

京介「ん……? てか、桐乃」

桐乃「……なに?」

京介「お前、なんでそーいう動画があるって知ってんの?」

879: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:52:58.01 ID:+12HL1BV0
桐乃「ぶっ! そ、それは……ゲームで、そうゆうのあったし?」

ああ、そういうことか。 てっきり桐乃が●●動画漁りまくってるんじゃねえのかって心配しちまったよ。

ゲームなら良いか、ゲームなら。

こういう風に思う俺って、感覚ずれてたりすんのかね?

京介「……」

桐乃「……」

880: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:53:24.44 ID:+12HL1BV0
俺、妹とどんだけ深い話しているんだろうな……?

俺と桐乃との間に沈黙が訪れて、冷静になると、なんかじっとしているのが辛い空気なんだけど。

京介「よ、よし! 飯作るか!」

桐乃「……いや、あんた一応病人じゃん」

京介「も、もう大丈夫だから」

桐乃「安静にしとけっつったでしょ! あたしが作ったげるよ。 ご飯」

881: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:53:55.88 ID:+12HL1BV0
京介「……おう。 頼むわ」

桐乃「おっけ。 じゃあきりりん特製料理、楽しみにしてて」

桐乃は向きを変え、台所へと歩いて行く。

と、とりあえずは乗り切ったか……。

よし、俺も気持ちを切り替えていこう。 さっきのおかゆも美味かったし、期待していいよな。

882: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:54:21.39 ID:+12HL1BV0
桐乃「出来た! ちょー美味しそう!」

テーブルの上に作った物を置きながら、桐乃はそんな事を言う。

京介「……うお、本当だ」

おかゆ……じゃなくて、リゾットか? それと、スープ。

つか、すげえな本当に。 ここまで上手くなれる物なんだなぁ。 感動だぜ。

桐乃「ゆっとくけどさ、レトルトとかじゃないからね? ちゃんと一から作ったんだから」

883: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:54:49.37 ID:+12HL1BV0
京介「おう……めちゃくちゃ美味そうじゃん」

桐乃「でしょでしょ? こっちのスープは、卵とか生姜とか入ってるから、風邪に効くはず。 こっちのはふっつーのリゾットだけどね。 食べやすいかなって思って」

やべー。

もうさ、天使って言葉に代わって桐乃って言葉になっても良いんじゃないかって思うわ。 ほんとに。

つか、俺、泣きそう、マジで。

京介「……うう。 ありがとよ、すっげえ嬉しい」

884: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:55:25.86 ID:+12HL1BV0
桐乃「なに涙目になってんの、キモ」

桐乃「まぁ? 今度しっかり恩返ししてもらうから、覚悟しときなさいよ?」

京介「おうおう。 何でも働いて返してやるよ。 期待しとけ」

京介「んじゃ、冷めない内に食おうぜ」

俺と桐乃は手を合わせ、一緒に飯を食べる。

恐ろしい事に、時刻は午後7時だ。 習慣って本当にこえーな。

885: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:55:51.78 ID:+12HL1BV0
んで、肝心の味の方なんだが。

数ヶ月前のカレー事件に比べたら、まるで天と地の差だ。 超美味い。

てか、リゾットって作るの難しいとか聞いた気がするんだが……この妹、末恐ろしいぞ。

こいつのことだから、努力したんだろう。 だってそりゃあ、気づいちまったからな。 最近、爪とかあんまオシャレにしてなかったのはそういう事なのだろうと、今更ながらに。

桐乃「一応、ネタばらしすると」

桐乃が一足先に飯を食べ終え、口を開く。

886: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:56:36.07 ID:+12HL1BV0
桐乃「レシピとか、黒いのに教えてもらった奴だから。 風邪に効きそうな料理教えてくれたの」

京介「そっか。 けど作ったのはお前じゃねえか。 ぶっちゃけ、それだけで俺もう泣きそうだからな」

桐乃「どんだけ涙腺弱いのよ……てか、殆ど泣いてたじゃん」

京介「……うっせ。 ほっとけ」

だってよー。

いくら教えたのが黒猫って言っても、聞いたのはお前じゃん。

風邪に効きそうな料理をわざわざ聞いて、作ってくれたのはお前じゃねえか。

それで感動しねえ奴なんて、いないっつうの。


887: ◆IWJezsAOw6 2013/06/28(金) 13:57:17.84 ID:+12HL1BV0
桐乃「んじゃ、これであんたの風邪もばっちりっしょ? これで明日も引いてたから、マジで許さないから」

京介「……はは、そりゃあウィルスの方に言ってくれや」


桐乃の脅しが効いたのか、面倒を見てくれたのが効いたのか、それとも手料理が効いたのか。

俺的に一番効いたと思えるのは、携帯の待ち受けにもなっているこの画像なのだが……。

まあ、とにかく風邪は次の日にはすっかりと良くなっていた。


第十五話 終


次回 京介「なあ、桐乃」 桐乃「なに? 京介」