1: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:22:01.17 ID:AuX52slUo


 You'll never walk alone

   ――名もなきサポーター



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1455708120

引用元: P「ロス:タイム:ライフ」 


 

THE IDOLM@STER MASTER ARTIST 3 FINALE Destiny【限定盤CD+BD-A】
765PRO ALLSTARS
日本コロムビア (2016-02-17)
売り上げランキング: 49
2: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:23:03.28 ID:AuX52slUo

「みんな、調子はどうだ」

そんな俺の言葉に、みんなの笑顔が返ってくる。
聞くまでもなく絶好調、ということだろう。

「よしっ、じゃあ楽しんで来い!」

ようやく迎えたニューイヤーライブ。
今までよりも規模の大きなライブにもかかわらず、緊張している様子もない。
本当に、みんな頼もしくなった。

「それじゃみんな、いくよー」

春香の声を合図にいつもの儀式が始まる。
手を突き出し、円陣を組むアイドルたち。

「765プロ、ファイトー」

「おーっ!!」

3: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:23:50.23 ID:AuX52slUo

円陣が解かれ、舞台へと駆け出していく。
それを見送るのは、俺ともう一人。

「頼もしくなったな」

「ええ、本当に」

それがこの上なく嬉しい。
隣に立つ律子もまた、同じ気持ちなのだろう。

ただし、今日の律子はプロデューサーに徹してもらっては困るのだ。
サプライズの企画も根回しはバッチリ。
律子の性格上、ここまで周りを固めれば否やは言えないはず。

……その分、あとで俺が絞られるんだろうけどな

4: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:24:17.08 ID:AuX52slUo


  人生の無駄を精算する、生涯最後の一時
  ――それが、ロス:タイム:ライフ


5: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:25:21.33 ID:AuX52slUo

「どうもありがとうございました、失礼します」

ニューイヤーライブの成功以来、765プロはますます波に乗っている。
足を棒にして営業に回り、大半が空振りに終わっていたあの頃とは大違いだ。

「……もうこんな時間か」

テレビ局で打ち合わせを終えると、赤く染まった空に迎えられた。
打ち合わせにスケジュール調整、現場指揮……
もちろん今まで通りの営業もかけなくてはならない。
言葉通りの、息つく暇もない忙しさ。
けれど、充実感が上回っているのは彼女たちのお陰だろう。

やっと芽をだし、枝葉を伸ばし始めた彼女たち。
すぐに枯れるのか、大樹となるのか、今が大事な時だ。

6: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:25:58.68 ID:AuX52slUo

「おっと」

考え事をしながら歩いていて、赤信号を見落とすところだった。
踏み出しかけた足を戻し、圧倒的な大きさで迫る夕日に目を向ける。
こんな時でも頭をよぎるのは、みんなとの思い出。

「合同レッスンの帰りに見た夕日はもっと輝いて見えたなぁ」

未だ見ぬ明日を夕日に託していたからか。
ただ、みんなと一緒だったからか。
多分両方なんだろう。

7: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:26:45.18 ID:AuX52slUo

そんな風に物思いにふけっていたから、気付くのが遅れてしまった。
車が猛スピードでこちらに突っ込んできている。

ああ、もう、間に合わない。
みんな、ゴメンな。

そんな言葉が浮かんで消えた。


ピーーーーッ!!

甲高い笛の音が聞こえた。

そうできることを不思議に思いつつ、目を開ける。
俺の周りに、四人の男が立っている。
黄色い服の男が三人、黒い服の男が一人。
黒い服の男は、数字が表示された電光掲示板を持っている。

【13:42】

8: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:27:30.94 ID:AuX52slUo

『さあ、試合開始のホイッスルが鳴り響きました。今回ロスタイムに挑むのはなんと765プロのプロデューサー』

『最近、躍進を遂げる同事務所の、陰の功労者と目される人物ですね』

『噂によると、竜宮小町を除くすべてのアイドルを担当しているそうですよ』

『無名の新人ならまだしも、今話題のアイドルを9人ですか……鉄人ですね』

『そんな鉄人に残された時間は13時間42分です』

『長いですね。プロデューサーになってからはほとんど時間を無駄にしていないようなんですが』

『つまり、このロスタイムは若いころ無駄にした時間ということです』

『それが吉と出るか凶と出るか。注目しましょう』

9: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:28:12.54 ID:AuX52slUo

何が何だかわからない。
車に轢かれたと思ったら、謎の男たちに囲まれていた。
一体なんの冗談だ、そう思って視線を横にやると。

「…………車……止まって、る?」

よく見ると、車だけでなく周りの全てが止まっていた。
動いているのは俺と、謎の男たちだけ。

10: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:28:51.32 ID:AuX52slUo

ピッ!!

その笛の音に我に返った。
分からないなら、とりあえず聞いてみよう。

「俺、助かったの?」

こうして生きているのだから、そう考えるのが妥当だろう。
だが、黄色い服を着た男の一人が首を横に振る。
合掌し、空を指さす。

「…………助かってない?」

今度は頷かれた。

「でも、俺生きてるし……」

訳が分からず問い返そうとする。
すると、黒服の男が電光掲示板を指さす。

【13:38】

11: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:29:33.94 ID:AuX52slUo

数字が減っていた。

とりあえず頭の中を整理しよう。
この人たちを信じるなら、俺はやっぱり死ぬらしい。
周りの時間は止まっているが、電光掲示板の数字は減っている。
この数字は……時間?

そこまで考えて、男たちの姿に見覚えがあることに気付いた。
まるでサッカーか何かの審判じゃないか。

……サッカー……電光掲示板…………止まる時間と、減る時間……

「………………ロス、タイム?」

四人が一斉に頷いた。
つまり、この時間がなくなったときに死ぬってこと?

12: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:30:07.73 ID:AuX52slUo

『ようやく事態を飲み込めたようですね』

『ここまで約10分、なかなかのタイムではないでしょうか』

『おっと、プロデューサー走り出した!』

『どうやらタクシーを捕まえるようですね。冷静なプレイが光ります』

『さすが、やり手と噂されるだけはありますね』

『さて、どこに向かうのでしょうか?』

13: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:30:36.46 ID:AuX52slUo

「ここまでお願いします。できるだけ急ぎで」

もう時間がないのなら、やるべきことは一つしかない。
そう思ってタクシーを捕まえ、事務所の住所を告げる。

もう共に歩めないのなら。
せめて道を示しておきたかった。

14: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:31:15.78 ID:AuX52slUo

『どうやら、765プロの事務所に向かっているようですね』

『成程。清々しいまでに仕事人間ですね』

『と、言うと?』

『落ち着いた中にも闘志を秘めた顔つき。まさに戦場に向かう男の顔ですよ』

『彼にとっての戦場。つまり、あくまでプロデューサーとしての務めを果たそうとしていると』

『そう思います』

『それにしても、目的地が比較的近くてよかったですね』

『そうですね。これなら時間のロスは最小限で済みそうです』

『ええ。それとは別に、走って追いかける審判団のスタミナも何とかなりそうです』

『そちらも是非頑張って欲しいですね』

15: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:32:09.41 ID:AuX52slUo

【13:13】

慣れ親しんだビルを見上げる。
もうここに来ることもないのかと思うと、体中の力が抜けそうになる。

「……嘆くのは後だ」

意を決して階段を上がり、扉に手をかける。
弱気を振り払うように声を出した。

「ただ今戻りました」

「あら? プロデューサーさん今日は直帰のはずじゃ……」

事務所には音無さんしかいなかった。

「ちょっと今日中に片付けないといけないことが出来まして」

「もう。仕事熱心なのはいいですけど、体を壊したら元も子もないんですよ?」

ちょっと口を尖らせながら、音無さんは俺の心配をしてくれた。
……体を壊す、か。
もう俺には関係ないんだよな。

「はは、気を付けます」

何とか笑ってごまかす。
……いつも通り笑えているだろうか?

16: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:32:39.05 ID:AuX52slUo

『思ったよりも落ち着いていますね』

『確かに、外からはそう見えます』

『……内面はそうではない、と?』

『何となくですが、私には仕事に逃げているように見えますね』

『逃げている……ですか』

『目の前のことに没頭して、現実から目を逸らしているというか』

『その通りだとしたら、彼は、周りから言われているほど強くはないのかもしれませんね』

『人は誰しも、そういうものではないでしょうか』

『……仰る通りです』

17: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:33:43.90 ID:AuX52slUo

これまでの活動の資料をかき集める。
それぞれの課題、成長、可能性……
俺がいなくなっても、すぐに困るようなことが無いように。
……俺が…………いなく、なっても。

「お、音無さん!」

耐え切れなくなって声を上げる。

「はい?」

「実は俺――」

ピーーーッ!!

続く言葉は笛に遮られた。
笛の音とともに扉から入ってくる審判たち。
その内の一人が胸ポケットに手をやり、黄色いカードをちらりと見せる。

ただ、見せただけ。
それはつまり、これ以上続けるならカードが出されるということで。
……自分の死を伝えてはいけない、ということなのだろう。

18: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:34:15.08 ID:AuX52slUo

『おっと、これは主審のファインプレイ!』

『ようやく事務所に辿り着いた審判団、早々にいい仕事をしましたね』

『彼らが間に合ってくれなければ危うくイエローが提示されるところでした』

『冷静に見えて、やはり内心穏やかではいられないようです』

『どこまで彼の思うところを貫けるか、しっかり見ていきましょう』

19: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:34:59.14 ID:AuX52slUo

「どうかしましたか?」

急に押し黙った俺を、音無さんが心配そうな目で見る。
……どうやら審判のことは見えていないようだ。

「い、いえ。ちょっと時間がかかりそうなので、先に帰ってもらっていいですよ」

何とか取り繕ってはみても、彼女の不信感は拭えなかったようだ。

「本当に大丈夫ですか? なんだか今日はちょっと変ですけど……」

音無さんは、いつもの音無さんだった。
その優しい気遣いが、今の俺には痛い。

20: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:36:36.61 ID:AuX52slUo

「大丈夫ですよ、ちょっと疲れてるだけで」

おどけたように返す。

「プロデューサーさんが倒れでもしたら、みんな悲しむんですからね?」

その言葉の一つひとつが突き刺さる。

「わかってます。適当に休みながらやりますから」

「……それじゃあ、お先に失礼しますね」

「ええ、お疲れ様です。また明日からもよろしくお願いします」

分かってくれたのか、何か察してくれたのか。
心配そうな眼差しを残して、音無さんは帰っていった。

「………………また明日、か」

明日の日が昇るころには死んでるんだよな、俺。
この嘘を、彼女は許してくれるだろうか。

【09:47】

21: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:37:08.56 ID:AuX52slUo

『音無小鳥さん、優しくて気遣いが出来て、おまけに美人』

『嫁に欲しいです』

『まったくです』

『でも、だからこそ彼には辛かったのかもしれませんね』

『あー、確かに』

22: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:39:05.97 ID:AuX52slUo

事務所に一人きりになった俺は、再び資料に向き直る。
雑念を振り払い、自分がやるべきだと思ったことに没頭する。

春香
 お前がいるだけで、どれだけ救われたかわからないよ。
 みんながお前を頼りにしてるけど、みんなもお前に頼って欲しいんだ。
 そのことを忘れないでくれ。

千早
 最近少しずつ笑うようになったよな。
 優君のことをやっと受け入れられたのに、俺がこんなことになってごめん。
 でも大丈夫だ、お前にはみんながついてるんだから。
 
美希
 気分屋で、マイペースで、最初はどう接していいのかわからなかったよ。
 でも、いつでも美希は自分の気持ちに正直だったな。
 これからもっともっとキラキラしていく美希を見ていたかった。
 

 いつでも全力で、真っ直ぐに突き進んで。
 時々一人で突っ走ってしまうこともあったけど、それがまた真らしくて。
 そんな姿が、みんなから迷いを取り除いてくれてたんだ。

23: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:40:34.90 ID:AuX52slUo
 
雪歩
 引っ込み思案で臆病なのに、誰よりも強いものを持っていて。
 その勇気があれば、これからも前に進んでいけるよ。
 雪歩の淹れてくれたお茶、もう飲めないんだよな。
 
あずささん
 みんなのお姉さんなのに、お茶目で可愛らしくて。
 誰かが悩んでいたら、いち早く気付いて、相談に乗ってくれていましたね。
 そんなあなたに助けられていました。

伊織
 プライドが高くて意地っ張りで、でも本当はもの凄い努力家で。
 いつも上を見て、自分を厳しく律していたよな。
 それだけに、たまに見せる素直な表情が信頼の証のようで嬉しかった。
 
やよい
 家族の為にアイドルになって、それと同じくらいみんなを大事にして。
 みんなの為にって頑張る姿が、みんなを支えていたんだよ。
 でも、もっとわがままになってもいいんだぞ。

24: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:42:09.15 ID:AuX52slUo

亜美
 竜宮小町に入っても、亜美は亜美のままだったな。
 ライブもレッスンも、何でもかんでも楽しく遊んでしまっていた。
 あまりに楽しそうだから、怒る気にもなれなかったよ。
 
真美
 亜美と比べられて苦しんでいた時期もあった。
 辛かったと思うけど、そのお陰で真美は少し大人になったんじゃないかと思う。
 これからも、みんなが一緒に楽しくなれる遊びを見つけてくれ。
 

 みんなをあったかい気持ちにしてくれる、太陽みたいな存在だった。
 カンペキだって言う割に抜けてたり、寂しがり屋だったり。
 怒られるかもだけど、そんな響も可愛かったよ。
 
貴音
 神秘的な表情をしたと思ったら、年相応の女の子になったり。
 掴みどころがないけど、そこがまた魅力で。
 でも、一人で抱え込もうとするのはやめて、もっと仲間を頼ってくれ。

25: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:43:08.89 ID:AuX52slUo
 
律子
 アイドルからプロデューサーに転身して、いつも俺の前にいた。
 プロデューサーにやりがいを感じてるのも、アイドルに少し未練があるのも知ってる。
 ごめん、俺がいなくなったらアイドルやらなくなるよな。
 
音無さん
 貴方が陰から支えてくれたから、あいつらは伸び伸び活動できました。
 いつも事務所で待ってくれているのが、この上なく嬉しかった。
 これからもあいつらを見守ってやってください。
 
社長
 あの時声をかけてもらったから、今の俺があります。
 社長のお陰で、かけがえのないものを手に入れられました。
 俺は、幸せな男です。

次々と流れゆく思い出。
その全てが、みんなと過ごした日々のことだった。
人生の一割にも満たない時間が、俺の全てだった。
これだけ濃密な時間が過ごせたことが、誇らしかった。

「俺は、幸せだ……」


【02:53】

26: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:43:37.92 ID:AuX52slUo

『まさに、鬼気迫る勢いですね』

『彼がこの事務所の躍進の立役者というのも納得です』

『審判団も息をひそめて見守っています』

『さて、ここからの彼は見ものですね』

『それはなぜ?』

『プロデューサーとしての仕事を終えた、彼自身の姿が見えるはずです』

『成程。この後も目が離せませんね』

27: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:44:20.04 ID:AuX52slUo

心は正直だ。
歪む視界と震える指先が、何よりもそれを物語っている。
それでも、なんとか押さえ込んで資料を作り終えた。

だが。

もう限界だった。
椅子を跳ね飛ばし、扉を乱暴に開け、階段を駆け上がる。


【01:49】

28: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:44:53.63 ID:AuX52slUo

「…………う、うぅ……あ゛あ゛あ゛ーーっ!」

屋上に辿り着き、まだ明けぬ空を見上げた瞬間。
嗚咽とも咆哮ともつかない声がほとばしった。
散々格好をつけてきたけど、やっぱり怖いものは怖い。

「死にたくない! 死にたくねぇよーっ!!」

堪らず膝をつき、無愛想な床に拳を打ちつける。
何度も、何度も。

30: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:45:33.88 ID:AuX52slUo

これからも彼女たちと歩んでいきたかった。
輝く姿を見たかった。
その背中を押してやりたかった。
たまにぶつかって、仲直りして、お茶を飲んで笑い合いたかった。

「くそっ! なんで俺なんだ!? なんで今なんだ!?」

もう叶うことはない願い。
当たり前にあると思っていた明日は、もう俺にはない。

31: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:46:27.77 ID:AuX52slUo

「……なあ。ここで逃げたらどうなるんだ?」

律儀に俺を追いかけてきて、けれど背中を向けていた審判に問いかける。
その内の一人が哀しげに首を振り、胸ポケットに手をやる。
こちらにちらりと見せたのは、赤い色のカード。

そうだよな、分かってはいたんだ。
最後の悪あがきは、逃れられない現実を俺に叩きつけた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーっ!!」

俺の叫びは、答える者のない空に吸い込まれていった。

32: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:46:55.76 ID:AuX52slUo

『えー、何と言えばいいのでしょうか』

『残念ですが、我々にできることはありません』

『……そうでしたね』

『ただ一つ、出来ることがあるとするならば、それは祈ることです』

『祈る?』

『彼の為に、彼が愛した者の為に、祈ることです』

『……無力ですね』

『……まったくです』

33: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:47:45.31 ID:AuX52slUo

【00:58】

ピッ!

泣いて喚いて、声も涙も枯れようかという頃。
小さく、鋭く、笛が鳴った。
電光掲示板を指し示す審判は、相変わらず何も話そうとなしなかったけど。

本当にやり残したことはないのかと、問いかけられている気がした。
ロスタイムが終わりに近づき、ここまでの自分を振り返って。

一つ、やり残したことがあった。
プロデューサーではない、俺という人間が遺したい言葉があった。

34: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:48:20.22 ID:AuX52slUo

【00:03】

あの場所に帰ってきた。
俺の人生を終わらせる為に。
出来ることなら、一目彼女たちに会いたかったな。
いや、会ったら会ったで後悔したかもしれない。
未練が出るに決まっているのだから。

徹夜明けの目に朝焼けが眩しくて、目を閉じる。
そこに見えたのはみんなの顔。
朝焼けよりも何よりも眩しい、みんなの笑顔。

だから、それで満足できた。

【00:00】

35: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:48:57.76 ID:AuX52slUo

***************************


「今日は君たちに伝えなければならないことがある」

アイドルたちの前に立ち、社長である高木が口を開く。
そこにいつもの優しげな表情はない。
厳しく、苦しげな顔が、事務所の空気を重くする。

「我々の大切な仲間であるプロデューサー。彼が今朝、事故に遭って亡くなった」

プロデューサーが亡くなった。
確かに耳に入ったはずのその言葉を、誰も理解できていなかった。

36: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:50:16.27 ID:AuX52slUo

765プロに所属する者は仲間であり家族。
何の前触れもなくその一員が突然死んだと言われて、誰がすぐに理解できようか。
しかし、それが嘘や冗談でないこともまた、分かってしまう。
何より高木の顔が、それを物語っていた。

小さな波紋が広がって徐々に大きくなっていく。
じわじわと、プロデューサーの死という現実が重みを増してくる。

「彼はこのことを知っていたのかもしれない」

唐突に口を開いた高木は、懐から封筒を取り出した。

「ここに、彼からの伝言がある」

事務所中の視線が一点に集まる。
ひょっとしたら、手の込んだ冗談なのでは。
そんな淡い期待が込められた視線。
これを聞いたら後戻りできなくなるのでは。
そんな不安に駆られた視線。

「これも社長たる私の務めだろう。読ませてもらうよ」

それらの視線を一身に引き受け、高木は封筒を開く。
そこにあったのは、間違いなくプロデューサーの最期の言葉だった。

37: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:50:49.73 ID:AuX52slUo

『はじめに

こんな形でのお別れになってしまって申し訳ない。
本当なら、ちゃんと顔を合わせて、声に出してお別れしたかった。
でも怖かったんだ。
みんなと話したら、顔を見たら、もう会えない現実に負けてしまいそうで。
こんな弱い俺を許して欲しい。

38: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:51:22.53 ID:AuX52slUo

この手紙が読まれているということは、俺は死んだということだ。

悲しい、ただただ悲しい。

みんなも悲しんでくれているのだろうか。
もしかすると、泣いてくれているのだろうか。
もしそうなら、不謹慎だけど、とても嬉しく思う。

それはつまり、俺がみんなの仲間であった証だから。

39: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:52:15.94 ID:AuX52slUo

でも一つだけ、俺から最後のお願いがある。

悲しくて、辛くて、悔しいけど、俺はもうみんなと一緒に歩けない。
だから、これからのみんなに指導じみた何かを言う資格もない。

だけどお願いだ。
どうか、自分自身が選んだ道を、これからも進んでほしい。
アイドルを続けてくれとか、そういう話じゃなくて。
自分らしくあれる道を自分で見つけて、自分の足で歩いてほしい。
顔を上げて、一歩ずつ進んで行ってほしい。

今すぐじゃなくてもいい。
立ち止まってもいい。
振り返ってもいい。
だけど決して、前に進む意思を失わないでほしい。

40: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:52:47.36 ID:AuX52slUo

みんななら出来ると信じている。
俺にとって、世界の何よりも大切なみんななら。

覚えておいてくれ。
お前たちは一人じゃないんだ。

ありがとう』

41: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:53:21.58 ID:AuX52slUo

「以上だ」

高木が口を閉じると、事務所は静寂に包まれた。
いつ切れてもおかしくないくらいに、空気が張り詰めている。

受け入れたくない現実。
認めたら、大事な何かが根本から崩れてしまいそうで。
でも、目を逸らすことも出来なくて。

静寂の薄皮一枚向こうには、混沌が広がっていた。

42: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:54:17.42 ID:AuX52slUo

「見るかい?」

そんな状況を見かねた高木は、手紙を広げてみせた。
このままでは彼女たちが潰れてしまいかねないと思ったのだ。

吸い寄せられるように手紙の下に集まる、その足取りは幽鬼のようだった。

「(キミの最期のお願いは、聞いてあげられなかったよ)」

高木は心の中で故人に詫びる。
添えられたメモには、手紙をアイドルたちに見せないようにとあった。
あまりにも不恰好だから、と。

「(だが、キミなら許してくれるだろう?)」

大切なものの為なら、自分の身をなげうってでも手を差し伸べる。
プロデューサーは、そういう人間だったから。

高木の目から、光るものがこぼれた。

43: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:55:01.58 ID:AuX52slUo

彼女たちに示されたもの。
それは、手紙と呼ぶにはあまりも不様なものだった。

くしゃくしゃになった紙。
震え、歪んだ文字。
あちこちでにじんだインク。

そこには、死の恐怖と戦うプロデューサーの姿があった。
絶望に負けずに、その想いを伝えようとする姿があった。

嗚咽が漏れ、涙があふれ出す。
決壊した悲しみが事務所を満たしていく。

44: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:55:36.37 ID:AuX52slUo

***************************


お久しぶりです、音無小鳥です。
早いもので、あの日からもう一年です。

あまりにも突然で、信じがたい現実。
でも、プロデューサーさんの手紙を見て、分かっちゃったんです。
……ああ、本当のことなんだなって。

きっとみんなも同じだったんでしょうね。
あとからあとから涙があふれてきて、どうしようもなくて。
涙が枯れるくらいに泣いて、悲しんで。

45: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:56:27.33 ID:AuX52slUo

空が赤く染まりだした頃、私は思い出しました。
最後に会ったプロデューサーさんが、何をしていたのか。
プロデューサーさんがプロデューサーさんとして遺した、もう一つのメッセージ。

これまでの活動の成果をまとめた資料。
仕事やレッスンを通して、みんながどう成長したのかを記していました。

長所や短所を洗い出して、どう伸ばせばいいのか、どう補えばいいのか。
みんながみんならしく輝くには、どこに向かっていけばいいのか。
一つひとつにコメントを添えた、いかにもプロデューサーさんらしい丁寧な仕事。

それを見ていると、枯れたと思っていた涙がまたこぼれてきました。

46: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:57:07.69 ID:AuX52slUo

やっぱりみんな、ショックは大きかったみたいです。
あの日からしばらく、765プロは開店休業状態になってしまいました。
そんな中で、私は社長に呼び出されたんです。
その時のことは鮮明に覚えています。

47: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 20:58:15.63 ID:AuX52slUo

――
――――
――――――

「音無君、キミにはプロデューサーの代行を務めてもらいたい」

「………私がプロデューサーの代行……ですか?」

「うむ。アイドル諸君は、そう遠くないうちに立ち直ってくれるだろう」

社長の目は確信に満ちています。

「ならば、我々もできることをやっておかなければならない」

確かに、プロデューサーさんの代わりが簡単に見つかるとは思いません。
でも、なんで私なんでしょうか。

そんな疑問が浮かんだ時、プロデューサーさんと最後に交わした言葉が思い出されました。

 『ええ、お疲れ様です。また明日からもよろしくお願いします』

自分の死を予感していたらしいプロデューサーさんは、そう言いました。
明日からもよろしく、と。
それこそが、私が託された想いだったんじゃないでしょうか。

「彼の為にも我々が足を止めてはならんのだ。頼む」

プロデューサーさんの遺志を引き継ぐ、なんていうとちょっと大げさですけど。
私はしっかりと頷きました。

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48: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 21:00:11.58 ID:AuX52slUo

私の最初の仕事は、みんなのケアでした。
話もできないくらいの落ち込んじゃった子もいました。
いつも通りに振舞おうとして、逆に壊れてしまいそうな子もいました。

そんな中で、千早ちゃんの言葉がすごく印象に残っています。

 『次は私の番ですね』

そう言って、強い意志を宿した目でこちらを見た千早ちゃん。
弟さんのことでみんなに助けてもらったから、今度は自分が、って。
ほかの誰よりも早く立ち上がった千早ちゃんは、みんなの為に一歩を踏み出しました。

千早ちゃんもみんなと話をしてくれて、やがてその輪が大きくなっていって……
結局、みんなは今も765プロでアイドルを続けています。

 『アイツが想像もできなかった私になってやるんだから』

伊織ちゃんのこの言葉が、今の私たちの合言葉です。
時々寂しくなることもありますけど、それでも笑えるようになってきました。

49: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 21:01:15.39 ID:AuX52slUo

そして今日。

「えー、不肖音無小鳥、本日より正式にプロデューサーとして働くことになりました」

みんなが笑顔と拍手で迎えてくれました。

「そして、事務担当兼私の補佐役として、新人さんもやってきました」

「よ、よろしくお願いします!」

「ぴよ子の補佐かー。大変だぞー?」

意味ありげに笑う響ちゃん。
確かに最初の頃は随分迷惑もかけたけど……

「響ちゃん、それはどういうことかなぁ?」

新人さんに変な先入観を植え付けようとするのは見過ごせません。

「あはは、冗談さー」

そんな他愛のない会話で、事務所に笑いがあふれる。

50: ◆Hnf2jpSB.k 2016/02/17(水) 21:02:37.46 ID:AuX52slUo

……プロデューサーさん、見ててくださいね。
あなたのようにはできないと思いますけど。
私たちは私たちなりに、これからも前に進みますから。

「それじゃいつものやつ、やりましょうか」

そう言って手を出す。
組まれた円陣は、一人分の手が減って、一人分の手が増えました。
でも、私たちの想いは変わりません。

「765プロ、ファイトー!」


 目指せ、トップアイドル!!



<了>