1: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 21:54:39.56 ID:huPEKsSs0
※注意書き

・刀語本編の後の話です
・家鳴将軍家御側人十一人衆が主役です
・死んだはずの人たちが生きています
・オリキャラ、オリジナル設定祭り
・以上のことが許せる方だけどうぞ


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1375707279

引用元: 【刀】十一語【語】 


 

2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 21:57:52.80 ID:huPEKsSs0

 かつて将軍家の腹心中の腹心と呼ばれた十一人の戦闘集団があった。

 家鳴将軍家御側人十一人衆。

 それぞれが四季崎記崎の完全変体刀の使い手たる実力を持ち、
 四季崎記崎の歴史改変の切り札である完了形変体刀、虚刀-鑢を迎え撃った。

 が、その結果は悲惨、無惨、散々に尽きた。
 全員がむべも無く、傷一つ負わせることなく敗北し、賊刀と毒刀の担当者は死亡し、
 虚刀‐鑢からは誰一人正当な持ち主に及ばぬと吐き捨てられ、将軍暗殺を許すという天下最悪の恥を列ねることになった。

 本来なら一人残らず打ち首獄門に課せられるところだが、
 彼ら彼女らよりも強い者が幕府には存在しなかったこと、体制がガタガタになりいつどこから反乱が起ってもおかしくない情勢、
 次期将軍の座を巡ってさながら伏魔宮と化した幕府の内で信用できる存在が彼ら彼女ら以外に居なかったことが首の皮一枚を繋げた。

3: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:02:48.72 ID:huPEKsSs0

 彼ら彼女らの大罪は3つある。
 一つは言うまでも無く将軍暗殺を許したこと
 二つは一振りで一国を買えると謂われるほどの完全変体刀の破壊の責任
 三つは御側人でありながら最悪の叛逆者である否定姫の思惑に気付けなかったことである

 一つ目と三つ目、将軍暗殺の実質的な主犯にして四季崎記崎の子孫である叛逆者‐否定姫。そして実行犯である完了形変体刀虚刀‐鑢の鑢七花。
 彼と彼女の処断が最優先事項である。しかし家臣達は口を揃えてそれを拒否した。
 大乱での虚刀流の活躍は誰もが周知であったし、何より文字通り一騎当千の力を見せ将軍暗殺をたった一人で敢行し、
 あまつさえ一撃で城を一刀両断した怪物を倒せるわけはないと諦めていた。
 それどころか今度彼の怒りを買ったら、幕府解体どころか国家滅亡の危機すらある。
 もはや虚刀流は全藩が満場一致で接触厳禁の怪物だと結論付けられていた。
 もう一人の方、否定姫は各地で強盗や窃盗を働いているらしいが、彼女の蛮行も不問にせよとのことだった。理由は単純明快、虚刀‐鑢の現所有者だから。
 かつての虚刀‐鑢の所有者である奇策師を凶刃に掛けた結果が将軍暗殺である。また虚刀‐鑢の逆鱗に触れた時、はたして将軍暗殺で済むか考えるだけでも怖ろしい。

 二つ目の罪、十二本の完全変体刀の穴埋めだけが名誉挽回の頼みの綱、いや蜘蛛の糸だった。
 完全変体刀の十二本の他に所有していた九百八十八本の四季崎記崎の刀も何者かによって破壊され、もはや幕府は取り返しの付かない損害を抱えていた。
 なにより『所有すれば天下泰平』の幻想が奪われ、もうなにを信じればいいのかなにを拠り所にすればいいのかわからぬ状態であった。

 そんな所に飛び込んできたのがとある小さな噂だった。「四季崎記崎の製造した刀は実は千と六本だった」という秘かな伝承。
 四季崎記崎はそのあまりの特異性とあまりの未完成さに匙を投げ、存在を抹消したと謂われる裏の六本。
 その六本は十二本の完全変体刀に準え、『不完全変体刀』と呼ばれた。

 信じる物を、拠り所を失った尾張幕府はこの六本を渇望した。まるで失った物を取り戻したいが如く。

 これはその六本を巡って東奔西走する地の底まで失墜したその名が失墜した御側人衆の話。

4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:03:28.87 ID:huPEKsSs0



 第一本 抜刀‐鉤(ばっとう‐つりばり)


 

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:04:49.29 ID:huPEKsSs0

 伊賀の山地にひっそりとある里があった。
 新・真庭の里。大乱の世の残差にして遺物。そして今は亡き亡霊の里。

 かつて猛毒の刀があった。毒刀-鍍。その劇薬さたるや凄まじかった。
 一度回れば里の長にして自他ともに認める人格者、真庭鳳凰を乱心させ……愛する里の女子供すら一人残らず皆殺しにするほどに。
 真庭鳳凰の精神は数百年前に朽ちたはずの四季崎記崎に乗っ取られていたと謂われるが、もはやその真相は定かではない。

 ただ一つ言えるのは。

 真庭忍軍は終わりだということ。


6: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:12:10.23 ID:huPEKsSs0

 亡霊の里の土を再び踏むしのびが現れた。
 袖を切り落としたしのび装束に全身に鎖を巻き、端正な顔立ち。

「……裏切った者とはいえ、思う所も無い訳では無いですね」

 家鳴将軍家御側人十一人衆が一人真庭孑々である。
 その先祖は二百年前に真庭忍軍を離反し、将軍家のみに忠誠を誓った。
 真庭孑々はそのことを誇りに思っていた。
 あんな落ちぶれた奴等とは違うのだと、今の自分こそあんな奴等とは一線を画す本当のしのびなのだと。
 それ故に真庭忍軍には鼻持ちならない態度も取り、意気揚々と虚刀‐鑢に挑んだ。

 だが結果はどうだ。
 無惨とも言えぬような負け方をし、あまつさえ真庭忍軍のどの頭領にも及ばぬと吐き捨てられた。

 恥じた。
 泣いた。
 なぜあのとき殺されなかったのかと歯噛みをした。

 いっそ腹を切ってしまおうかとも思ったが、同僚たる十一人衆に止められた。
 「今は死ぬべき時ではない」「生きてこそ雪げる恥もあろう」と。
 そうして彼は辛うじて生きている。

 彼に与えられた任務は、『真庭忍軍の最後の生き残りを尾張幕府に抱き込め』とのことだった。
 もはや幕府には敵しかいない。
 将軍暗殺を許したことで完全にその威信は失墜した。いつどこから謀反が起こってもおかしくない。
 そんな中で抑止力の一つである、真庭忍軍最後の生き残りを所有するとなれば多少の伯は付く。

 暗殺専門の異端のしのび、真庭忍軍。衰退していたとはいえその強さたるや今更ながら再評価された。
 あの虚刀流に多少なりとも苦戦を強いたのだ。少なくとも御側人十一人衆よりは頼りになるのは、虚刀‐鑢の折り紙つきである。

 そんな中でこんな情報が舞い込んだ。「真庭忍軍には奇跡的に生き残った者が一人いる」と。
 その者の勧誘を、真庭孑々は買って出た。真庭忍軍の出自の自分が適任だという以上に、真庭孑々は謝罪したかった。
 困窮を知りながら、ただそれを嘲笑っていたことを。事情を知りながら、自分は何もしなかったことを。

「……」

 今更自分に罪滅ぼしができるだろうか。たぶん、無理だ。
 どう言えば赦されるだろうか。たぶん、不可能だ。

「考えていても仕方がない」

 向こうがこちらに心を開かずとも、その時は力ずくで抱き込めばいい話。
 もっとも、自分にはそれすらもができるだろうか。

 そう自嘲したとき、突如。

 攻撃が、開始された。

7: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:13:15.28 ID:huPEKsSs0

「!!」

 孑々はとっさに飛び退いた、その場所に。
 四発の撒菱が着弾した。

「これは……毒菱か!」

 射線上を追うと、そこには袖を切り落とし、全身に鎖を巻きつけたしのび装束の少女が居た。

「真庭忍法・劣化撒菱指弾。ありがたく思え、本物は百発百中だったぞ」

「ようこそ、新・真庭の里へ」

 少女は口元を吊り上げた。

8: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:14:29.55 ID:huPEKsSs0

「家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、真庭孑々です」

 孑々は少女へ向けてペコリと頭を下げた。

「真庭の名を語るな」

「……失礼、孑々です」

 孑々は懐からお触書を取り出す。

「家鳴将軍からの直々のお達しです。真庭の里の最後の生き残りの方かと存じます、単刀直入に申し上げると尾張幕府に仕えて頂けませんか?」

「……」

 少女は冷めた目で孑々を眺めると。
 肩を揺らして笑った。

「真庭忍法・劣化爪合せ」

「!?」

 突如、伸びた少女の爪が。孑々の手にあるお触書を切り裂いた。

「断る」

 少女の瞳が憎しみに燃え上がった。

9: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:15:52.74 ID:huPEKsSs0

「……なぜです、あなたとて行き場の無い方でしょう」

 孑孑がそう言うと、少女は爪を元の長さに戻しながら、ギロリと孑々を睨みつけた。

「どの口が言うか、裏切り者が。真庭の里の困窮を知りながら何の支援もせず、戦乱の遺物と切り捨てようとしておきながら今更なんだ」

「……」

 孑々は目を伏せ、言い返す。

「そのことについては返す言葉もありません。僕も今更赦されるとも思っていない。
 ですがここは割り切れぬところを割り切って、お互いのために取引をしましょう」

「言うな、言葉はもう不要」

 少女は目を見開いた。

「私を抱き込みたくば力づくでやってみろ……!」

10: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:17:43.80 ID:huPEKsSs0

 孑々はくないを両手に構え、少女の目を見据える。

「失礼ですが僕とて家鳴将軍家御側人十一人衆の末席を汚す者。
 その力は十二頭領の方には及ばないといえど、あなたのような子供に負けるつもりはありませんよ」

「ふふふ、かもね。でも私にはこれがある!」

 突如少女の周囲に四本の刀が現れた。
 その刀は根元は少女に腕輪のように繋がり、一本一本がまるで蜘蛛の足のように二節に別れていた。

「!?」

「不完全変体刀の一本にしてこの世で最も自在な刀、抜刀‐釣! 打・刺・斬のあらゆる剣技を全てこなせる刀!」

「私はこれを元手に真庭の里を再興する! 私がいる限り真庭忍軍は終わりじゃない!」

 少女は高らかに笑う。

「自己紹介がまだだったわね。私は真庭忍軍十二頭領代理・真庭鬼蜘蛛! 通称『八ツ手の鬼蜘蛛』!」

11: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:21:03.64 ID:huPEKsSs0

 不完全変体刀、まさか真庭忍軍の生き残りが所有していたとは。
 孑々は感じる。かつて持ち主とは認められていなかったといえど、完全変体刀の一本を使った者。
 そして同時に驚く。その刀は完全変体刀とは全く違う威圧感を放っていることに。

 本当にこれは四季崎記崎の作った刀なのか? そう疑問を抱きかねないほど、その刀は異色で異形だった。

「そして八ツ手の鬼蜘蛛の由縁は! 私は真庭忍軍十二頭領の方々の八つの技術を劣化版で身に付けている!
 もっとも、特別な体質が必要だった鳳凰様、蝙蝠様、人鳥様、川獺様の力は劣化版すら身に付けられなかったけどね!」

「くっ……!」

「まずは見るがいい、刺突の剣技、劣化真庭剣法!」

 鬼蜘蛛が跳躍する。孑々の居る場所へ左手を伸ばすと、二本の刀から一瞬で数十の刺突放たれる。
 孑々は辛うじてくないでそれをいなし、後ろへ跳躍する。
 と、同時に。

 大気を蹴り、その反動で鬼蜘蛛へ急接近する。

「重さを消す忍法足軽か、確かそれは二百年以上前からある由緒正しい真庭忍法だったわね」

「そうですよ、そして僕のは劣化版なんかじゃない!」

「それがどうした! 劣化版以下の風化版で私に勝てると思っているのか!」

 鬼蜘蛛は後ろへ跳躍し、地面を蹴り高々と跳び上がる。

「劣化忍法足軽! からの劣化真庭剣法!」

 直後に体重を戻し、再び数十の刺突が同時に孑々を襲う。
 孑々は飛び退き回避しようと努めるが、数十の内の一つが孑々の腕を捉えた。

「!?」

「っはー! 手応えあり!」

 血飛沫をあげる孑々がくないを投げ捨て、独特の構えを取った。

「殺さず、怪我させず、ですか。難儀です。真庭拳法!」

 懐に潜り込まれ、虚を突かれる鬼蜘蛛。
 しかし。

「ぐっ! ……なんちゃって、真庭忍法劣化渦刀と抜刀‐釣の合わせ技」

「限定奥義‐七転抜刀!!」

 四本の刀が高速で回転し、孑々を切り裂かんとす。

「無手の一撃貰っちゃうけど、私はその直後に百撃入れる!」

「いいえ、一撃で十分です」

 孑々の掌底が鬼蜘蛛の腹を捉える。

「あなたの言葉を借りるなら、真庭忍法風化版渦刀!」

「!?」

13: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:23:01.95 ID:huPEKsSs0

 掌底を貰った瞬間。
 鬼蜘蛛は内臓を掻き回されるような痛みを感じた。

「く、ぁ……! がはっ! げほっ!!」

 力を失った斬撃を、孑々は数多浴びる。
 鮮血を噴きだすものの、どれも致命傷には及ばない。
 あの時の虚刀流の一撃とは、たとえ千あっても比べ物にもならない。

「やはりどれだけ忍法をつかえても精神は子供、この程度で戦闘不能になるとは」

「ふ、ざけんな……こんな忍法、私は知らない……!」

「あなたの知らないこともあるということですよ」

 孑々は倒れる鬼蜘蛛を見下ろす。

「さて、僕の勝ちです。大人しく要求を呑んでください」

「……まだだ」

「往生際が悪いですよ」

「まだ私にはこれがある!!」

 鬼蜘蛛は袖を捲ると、そこには紫の刺青があった。

「二百年も真庭から離れているお前にはわからないだろうな!
 私は狂犬様の『感染者』だ! 今より私の人格を狂犬様が乗っ取る!」

「なっ!?」

「ははははははっ! 覚悟しろ! 狂犬様は何百年もの間、あらゆる女強者の精神・技術を乗っ取り、
 その全てを吸収してきた最強の女しのび! お前なんか一捻りだ!!」

「や、やめっ――!」

「もう遅い、真庭忍法狂犬発動!!」

 紫の刺青が鬼蜘蛛の腕を走った。

14: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:24:55.87 ID:huPEKsSs0

「降伏する」

「!?」
「!?」

 刺青は全身に広がるはずが、広がったのは鬼蜘蛛の腕だけだった。
 そして腕が喋りだす。狂犬がかつて乗っ取った女しのびの術、とある忍法の初歩の初歩、声帯移しだ。

「そちらの勧誘、ありがたく受けさせていただく。よろしく頼むわ」

 驚愕したのは孑々と鬼蜘蛛だった。

「狂犬様! なぜ!?」

「鬼蜘蛛ちゃん、今更私に鬼蜘蛛ちゃんを真庭の里に縛る資格なんてない」

 粛々と、まるで涙を堪えるように、狂犬の意思は語る。

「私の感情に任せた独断専行のせいで川獺ちゃんは死んだ。私の感情論のせいで真庭の里は追いつめられた。
 滅びゆく真庭の里に何もできなかった私にあなたをここに縛る権利なんてない」

「……っ!」

「鬼蜘蛛ちゃん、諦めましょう」

「もう無いのよ、真庭の里は」

15: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:25:45.60 ID:huPEKsSs0

「まだだ……」

 鬼蜘蛛は目にいっぱい涙を湛えて怒鳴り返す。

「まだ、まだ私がいる! 終わりじゃない! 終わりじゃないもん!!」

「そうですよ、終わりじゃありません」

「!?」
「!?」

 口を挟んだのは孑々だった。

「血は薄いですが、裏切り者ですが。僭越ながら真庭の生き残りはここにも居ます」

「鬼蜘蛛さん」

 孑々は帽子を取って、跪き、鬼蜘蛛に視線を合わせた。

「一緒に真庭を再建しましょう、場所は幕府の中ですが……」

16: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:26:30.84 ID:huPEKsSs0

 鬼蜘蛛は頬を赤らめ、ぷいとそっぽを向くと。
 小声で呟いた。

「ズルい、顔がいいって……」

「?」

「ええ、私が認めるわ。ただし真庭孑々殿、いえ孑々ちゃん」

 どこか意地悪そうな声で呟く。

「鬼蜘蛛ちゃんを泣かせたら殺すわよ」

「ひぃ!?」

 孑々は頬を引き攣らせながら、愛想笑いを浮かべ、鬼蜘蛛に問いかける。

「あの、それで……勧誘の件ですが」

「受ける」

「はぁ、よかった……」

17: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/05(月) 22:27:24.52 ID:huPEKsSs0

 こうして真庭忍軍最後の生き残り、真庭鬼蜘蛛は晴れて尾張幕府の一員となった。
 真庭忍軍最後の生き残りを召し抱えたという噂は、多少なりとも幕府の威信を取り返すことができた。

 これから真庭の里の三人の生き残りの話は続くのだが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の内の生き残り九人、その残りの八人の話は次の機会に。
 今月今宵のお楽しみは、ここまでにございます。

24: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 11:38:49.68 ID:ifFc5e4L0
真庭孑々

年齢   21歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 なし
身長   五尺一寸
体重   十一貫
趣味   古文書・古本漁り

必殺技一覧
手裏剣 真庭忍法風化版足軽 真庭忍法風化版渦刀


真庭鬼蜘蛛

年齢   13歳
職業   忍者
所属   真庭忍軍
身分   十二頭領代理
所有刀 抜刀『釣』
身長   四尺五寸
体重   八貫五斤
趣味   墓参り

必殺技一覧
劣化真庭剣法 真庭忍法劣化足軽 真庭忍法劣化撒菱指弾 七転抜刀

26: 次回予告 2013/08/06(火) 12:01:38.44 ID:gg/RmhWL0
鬼蜘蛛「なぜ訂正したし」

ぼうふら「よ、よかれと思って……」

鬼蜘蛛「まるで私が太ってるみたいじゃないか!!」

ぼうふら「正直、九貫五斤だと普通、八貫五斤だとガリガリですよね」

鬼蜘蛛「あの痩せギスの奇策師を基準にするのが間違いなんだよ!」

ぼうふら「次回は浮義さんのお話しです。なんと元日本最強の剣士・錆白兵が登場。落ちぶれたとはいえその力は健在。浮義さんは一体どう戦うのか!?」

ぼうふら・鬼蜘蛛「「次回、虹刀‐錦! ちぇりお!」」

鬼蜘蛛「それで私の体重はいったいどっちなんだ?」

ぼうふら「さぁ? 好きな方でいいんじゃないですか」

27: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 17:50:34.02 ID:hpZPxjdF0

 かつて『最強』がいました。
 最強は最強でした。

 そんな最強をみんな恐れて近づこうとせず、偉い人達は最強が怖すぎて最強を仲間外れにしました。

 最強はいつも一人ぼっちでした。
 最強はいつも退屈していました。

 そんなある日、最強の元に『天才』が現れました。
 天才は最強と同じくらい最強でした。
 最強は喜んで天才と遊びました。

 しかしある日、最強と天才は離れ離れになりました。
 でも最強は寂しくありません。
 自分は一人じゃないことを知ることができたからです。

 やがて、最強は子供を身籠りました。
 最強は子供に向けて、安らかに語りかけました。

 「最強じゃなくてもいいよ」と。

28: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 17:51:04.18 ID:hpZPxjdF0



 二本目 虹刀‐錦(こうとう‐にしき)


 

29: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 17:53:24.51 ID:hpZPxjdF0

 土佐、清涼院護剣寺。

 そこは剣士達の聖地であった。
 旧将軍による天下の悪法・刀狩令。この国の剣士の魂全てを奪わんとした暴政。
 その唯一の成果、刀大仏。
 幾千幾万もの刀が鎔かされ、鋳造されたその大仏の荘厳さたるや素晴らしい物だった。

 しかしこの護剣寺を悲劇が襲った。
 虚刀流七代目当主・鑢七花が姉であり、
 稀代という言葉ですら表現しきれぬこの世の歪みから生まれた天才・鑢七実の襲撃である。
 剣士の聖地に恥じぬ軍事力はあった、幾百もの鍛えに鍛えられた僧正たちが迎え撃った。
 が、鑢七実の前には塵芥にも及ばぬただの草であった。
 護剣寺は蹂躙されつくした。僧正達防衛隊は僅か一晩のうちに皆殺しにされ、護剣寺は鑢七実によって占領された。

 そんな怪物を倒したのが、未だ完了形変体刀として覚醒していなかった虚刀流七代目当主・鑢七花と、奇策師とがめであった。
 いや、倒したというべきなのだろうか。
 ほぼ自滅のような形で鑢七実は落命した。

 鑢七実の遺体は護剣寺の西の山に祠を立てて埋葬され、刀大仏と共に剣士達の聖地となった。
 忌まわしい存在もそれがあまりに偉大なモノならば、人は憧れに近い感情を抱くのだ。

 刀大仏と鑢七実、形は違えど剣士達の怨敵であり、目標でもあった。

30: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 17:55:22.40 ID:hpZPxjdF0

 刀大仏を眺める男がいた。
 杖を突いていることから、足が悪いことがわかる。
 その顔は女も男も魅了するようなの美貌、女に見間違うような長い白髪を全て後ろに流した総髪だった。

「……」

「なにか思う所はお有りですかな」

「……母に最も近しかった者に会いに来たでござる」

「ほう、それはそれは。どのようなお母様だったのですか?」

「今昔に於いて最強、だったでござる」

「へえ、聞き捨てなりませんね。あの天才・鑢七実よりも強かったのですか?」

「互角だったと聞いているでござる、唯一本気を出して喧嘩できる仲だったと聞いているでござる。
 だが真偽はわからぬ。もうどちらも死んでいるのだから」

「そうですね、死んでしまってはどうにもならない。全てが有耶無耶になる。そう、今のお前のようにね!!」

 杖を突く男に、話しかけていた男が大きく手を振ると。
 刀大仏の本堂へ数十人の武装した僧正達がなだれ込む。

「会いたかったぞ! 錆ぃ!!」

「久方ぶりでござるな、浮義」

 錆と呼ばれた杖を突く男に、語りかけていた浮義と呼ばれた男は、
 錆と呼ばれた男と同様に女と見間違うような長い白髪を全て後ろに流した総髪で、兎のように赤い目をしていた。

 家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、浮義待秋。
 彼の任務は『元日本最強の剣聖にして幕府を裏切った堕剣士・錆白兵の討伐』であった。

31: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 17:57:41.43 ID:hpZPxjdF0

 浮義は腰に刺した刀をすらりと抜いて語りかける。
 尾張において名の知れた刀鍛冶、富嶽の名作三十六剣が一本だ。

「おっと、逃げようだなんて考えない方がいいぜ。この護剣寺は今や百を超える武装した僧正達に包囲されている」

「……」

「しかしまぁ、懐かしいな。こうして顔を突き合わせて話すのはいつ以来だ?」

「二年前以来にござる」

「ははは、そうだったか。しかし残念だよ、錆。仲が良かったとは言えないが、それでも長い付き合いだ。
 それが二年ぶりに語り合うのが、まさか殺し合いだなんてな」

「いや、違うな。僕は本当はずっと錆と戦いたかった! ずっと戦える日を待っていた!」

「……相変わらずよく口が回るでござるな、浮義」

「お前は相変わらず無口だな、錆!」

 カラカラと笑う浮義だが、一つ息をついて錆を見据える。

「しかし不満と言えば不満だ。まさか錆、一命を取り留めたとはいえ、お前がそんな重症だったととはな。
 全盛のお前と戦いたかったが、今はもう詮無きことか……」

「抜けよ、錆。決闘だ」

「仕方ない……」

 錆は杖を突いていない手でスラリと鞘から刀を抜く。

「なっ!?」

 その刀は、鮮やかな七色の光沢を放っていた。
 いや違う。

 刀身そのものが虹のように鮮やかな七色なのだ!

「なんだ錆……、なんだその刀は!?」

「刀は見る物にござらん、斬る物でござる」

 その七色の刀を振りかざすと、錆は言い放った。

「拙者にときめいてもらうでござる」

32: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 17:59:13.30 ID:hpZPxjdF0

 浮義とて一流の剣士。
 その刀身を見るや、一瞬で理解した。

 錆の持つあの刀は、間違いなく不完全変体刀!!

「は、はは……驚いたよ錆。まさかお前が不完全変体刀を入手していたとはな!」

「いや当然かつ必然か。刀は持ち主を選ぶ。ならば最も刀に愛された剣士であるお前に、不完全変体刀が集まるのは明白!」

 浮義の額に一筋の冷や汗が伝う。

「だがな、錆。知っているだろう! お前のお得意の爆縮地も一揆刀銭も僕が完成させた技術だ! お前との剣士としての才覚は互角のはずだ!」

「才覚は互角でも、実力が互角とは限らないでござる」

「言うじゃないか、もはや言葉は不要! と、言いたいところだが」

「その刀の名前を教えてくれるか。幕府に献上する際に聞かれたら困るのでね」

「不完全変体刀が一本、虹刀‐錦でござる」

「ありがとう、それではいくぞ! 白兎開眼!!」

「限定奥義‐遊虹刀飄」

33: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 18:01:07.94 ID:hpZPxjdF0

 決着は一瞬だった。

「!?」

 浮義の刀は宙を舞い、足払いによって浮義は無様に地面に這いつくばった。
 最も鮮やかな刀、虹刀‐錦。その優美なる一撃に心を奪われた。

 いや、美しかったのは錆の剣技なのだろうか。

 そんなことはどちらでもいい。重要なのは。
 浮義は得物を奪われ、無様に地面に倒れ伏している事だ。

「ま、待て……! 勝負はまだ……!」

「これからどう戦うつもりでござるか」

「っ!」

 内心、わかっていたことだ。
 自分が錆白兵に敵うわけなどないと。
 幕府で共に行動していたからこそわかる、自分と錆との埋めようのない差。
 ただひたすら劣等感を煽られた、ただひたすらに憧れた。

 薄刀‐針を蒐集した途端、幕府を裏切ったと聞いた時。
 苛立ちながらも羨望の念を募らせた。最高の剣士に最高の刀、そしてただ一人の剣士として生きる孤高の姿勢。
 まさに究極の剣士だと思った。

 巌流島で虚刀流に敗北したと聞いた時。
 幻滅し、失望した。あの日初めて大酒を飲んだ。
 最強の剣士だと思っていた、負けることなどありえないと思っていた。
 その幻想が打ち砕かれた時、さながら親兄弟に裏切られたような気持ちになった。

 だが、その幻想は再び芽吹く。
 「錆白兵は健在だ!」「やはり錆白兵は日本最強だった!」
 浮義はその事実に目を潤ませた。

34: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 18:03:06.78 ID:hpZPxjdF0

 錆は浮義に背を向ける。

「さて、それでは拙者は逃げさせてもらうでござる」

「ま、待て……!」

 浮義は錆の袴を掴んだ。
 さながら菩薩の手に縋る地獄の亡者のように。

「待て、待ってくれ錆……!」

 『日本最強の錆白兵』の幻想が再び浮義の中に芽吹いた時。
 浮義はとある野心を抱いた。

 自分は無惨に無様に錆白兵に負けた。さながらかの怪物、虚刀‐鑢に相対したときのように。
 だがどうだ、結果はどうだ!?
 虚刀‐鑢には手も足も出ず負けはしたものの、彼に手加減できない程に本気を出させた。
 錆白兵には同じく手も足も出ず負けた、しかも思いきり手加減されて。

 これはつまり。

 錆白兵ならあの怪物を超えられるということではないか!?
 錆白兵ならかの日本最悪の怪物を討ち取れるということではないか!?

 錆白兵は振り返り、冷めた目で浮義を見下ろす。

「錆、錆、頼む。最強の剣士だろう、日本最強なのだろう! 野心はないか?
 お前なら薄刀の件を帳消しにしてなお余りある名誉が手に入るぞ!
 天下だ! お前なら天下が取れる! 未来永劫最強の剣士としてその名を残すことができる!」

「だから、頼む! 討ち取ってくれ、虚刀‐鑢を! 百五十年前の狂人が残した最悪の怪物を!」

「……浮義」

 錆は小さく笑った。

「この後、一杯やらぬか?」

36: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 18:06:04.75 ID:hpZPxjdF0

 護剣寺の座敷間にて。
 錆白兵と浮義待秋は粗末な葉物を肴に杯を交わしていた。

「――と、いうわけで拙者の一族は完了形変体刀、全刀‐錆であり、もう一つの完了形変体刀、虚刀‐鑢と鎬を削った。
 そして拙者の代でどちらが歴史の改変者に相応しいか、その決着がついたのでござる。拙者の敗北という形で」

「……なんというか、壮大な話だな」

 予想以上に規模の大きな話に、浮義は鼻白んだ。

「だがな、錆。答えになってないぞ。今のお前なら虚刀‐鑢……いや『鑢七花と名乗っていた男』に勝てるんじゃないか?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれないでござる。ただ拙者にその気はないでござる」

「……どうして?」

「もう戦う理由はないからでござる。四季崎記崎の怨念は完全に消滅した、もう拙者は全刀‐錆ではないからでござる。
 やっと百五十年の呪縛から解放されたのだ、また四季崎記崎の因縁などまっぴらでござる」

 錆は夜空の満月を見上げると、少し赤くなった顔で笑った。

「これからどうするんだ?」

「『鑢七花と名乗っていた男』はこの日本のどこかで自由に生きていると聞くでござる。拙者もそれに倣って、自由に生きてみたい」

「だから、これももういらないでござる」

 錆は鞘に収まった虹刀‐錦を浮義に差し出した。

「日本最強の名も、不完全変体刀の所有者の資格も、捨てて生きたいと思う。それより明日の路銀の方が大事でござる」

「だからこの虹刀‐錦、幕府に売るでござる」

「ふふっ、まったく……。カッコいいなぁ、錆は……」

 浮義は足を崩すと、カラカラと笑った。

「いいよ、言い値で買おう。それよりも錆、この刀を売った後の刀はどうする気だ?」

「さぁ……? その辺で買うか、または奪うでござる」

「駄目だよ錆。たとえ日本最強であろうとなかろうと、剣士は一日でも一瞬でも丸腰じゃいけない」

 浮義は鞘に収まった刀を差し出した。

「僕の刀を譲るよ、そこそこの名刀だぞ。ああ大丈夫、これで虹刀‐錦をまけてもらおうなんて思ってないから」

「かたじけない」

 錆と浮義は目を合わせて笑い合った。

37: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 18:07:02.96 ID:hpZPxjdF0

 朝、護剣寺を出る二人。その足取りは軽く、表情も明るかった。

「さて、虹刀‐錦。新しい使い手も探さなくちゃな」

「浮義が使い手になればいいでござる」

「……駄目だよ、僕じゃあ。薄刀のときも散々だったんだから」

「大丈夫でござる。たとえすぐに使い手と認められなくとも、何日も何年もかけて刀に認められるようにすればいいでござる」

「できるかな」

「できるでござる、なぜなら」

 錆は笑いかけた。

「浮義は拙者の好敵手なのだから」

38: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 18:08:18.94 ID:hpZPxjdF0

 こうして浮義待秋は虹刀‐錦を幕府へ献上した。
 かつての堕剣士・錆白兵については、浮義待秋の証言と四季崎記紀の研究により。
 虚刀‐鑢に匹敵する怪物、全刀‐錆であることが認識された。
 錆白兵の人相書きは回収され、錆白兵は『七花と名乗っていた男』同様に接触厳禁の存在とされた。

 こうして日本を旅する孤高の剣士がいるという噂が立つことと、
 浮義待秋はこの世で最も鮮やかな刀を振るうことになるのですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り七人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみは、ここまでにございます。

50: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 23:03:34.54 ID:5P5ZB2FB0
8/06 22:58:48

浮義 待秋

年齢 23歳 職業 側用人 所属 尾張幕府 身分 御側人十一人衆 所有刀 富嶽三十六剣 身長 五尺五寸 体重 十二貫三斤 趣味 剣術

必殺技 爆縮地 一揆刀銭 刃取り 白兎開眼

錆 白兵

年齢 21歳 職業 剣士 所属 無所属 身分 浪人 所有刀 虹刀『錦』 身長 五尺五寸 体重 十二貫 趣味 剣術

必殺技 爆縮地 逆転夢斬 速遅剣 遊虹刀飄

51: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 23:09:44.76 ID:YCronEQi0

浮義 待秋

年齢   23歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富嶽三十六剣
身長   五尺五寸
体重   十二貫三斤
趣味   剣術

必殺技
爆縮地 一揆刀銭 刃取り 白兎開眼


錆 白兵

年齢   21歳
職業   剣士
所属   無所属
身分   浪人
所有刀 虹刀『錦身
身長   五尺五寸
体重   十二貫
趣味   剣術

必殺技
爆縮地 逆転夢斬 速遅剣 遊虹刀飄

52: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/06(火) 23:13:04.53 ID:S9nFYE6X0
浮義「ようやく僕は自他共に認める錆の好敵手になったぞ! それにして も僕達本当は仲良かったんじゃないか?」

錆「最初の雑談してる間は誰だか本気でわからなかったでござる」

浮義「えっ」

錆「それにしても白兎開眼ってあれはないでござる」

浮義「う、うるさい!」

浮義「次回は鬼宿と墨ヶ丘の話だな。敵は但馬の国に新たに召し抱えら れた姉弟浪人
    一万人斬りの子孫、宇練白金と宇練黒金。そして謎の男、御前崎遠州登場! 彼の目的とは!?」

浮義・錆「「次回、対刀‐鋏! ちぇりお!!」」

浮義「思ったんだけど、僕達幕府の人間がちぇりおと叫ぶのは不謹慎じゃないか」

錆「知らないでござる」

59: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:28:11.87 ID:M8AFEmlp0

 某国、某工房。
 そこは刀鍛冶としては中級程度だが、資料庫としては一級品というべき工房だった。
 そこの中央の長椅子に座するはこの工房の主、御前崎遠州である。

「さて、抜刀‐釣に続き虹刀‐錦まで蒐集されてちまったか」

 御前崎は資料をぱらぱらとめくりながら一人ごちる。

「面白くねぇなぁ、かの真庭忍軍の生き残り真庭鬼蜘蛛も、元日本最強の剣士錆白兵も、こうあっさり刀を手放しちまうなんて。
 これじゃあ『四季崎の不完全変体刀』の名の折れだ。実に面白くない」

 御前崎は資料を棚に戻すと声を上げる。

「岬! 岬! ちょっと頼みたいことがあるのだが、頼みたいことが」

 そこに現れたのは長い髪を後ろ結いにした少年だった。

「敷島と呼んでください、気安く名前で呼ばないでください虫唾が走ります。私も御前崎さんと呼ぶので」

「……敷島さん、ちょっと但馬の方を見て来てくねーか」

「但馬? ああ、対刀の。自分で行けよ」

「……いや、俺は別の方を見てくる」

「そうですか、死なない程度にお気をつけて」

「……息をするように毒を吐くのはやめてくれねぇかな」

60: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:28:37.92 ID:M8AFEmlp0



三本目 対刀‐鋏


 

61: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:31:30.25 ID:M8AFEmlp0

 但馬の国、反物とコウノトリが有名で美しい海を湛える国。
 その国の代官所の開けた場所に座る二人がいた。

 一人は坊主頭に髭面で僧形の姿をした男、名は鬼宿不埒。
 一人はまるで何かに怒っているような人相の水干姿の男、名は墨ヶ丘黒母。

 どちらも家鳴将軍家御側人十一人衆にして、
 虚刀‐鑢の将軍暗殺の際は、毒刀の呂桐番外を除けば、最も刀の性質に振り回された二人だった。

 墨ヶ丘は尾張一の獰猛者と呼ばれた猛者であったのに、王刀‐鋸の性質によってその牙が完全に抜かれ、あまつさえわけのわからぬ交渉を虚刀‐鑢に仕掛けた。
 鬼宿に関しては大変だった。奇策師とがめの報告を鵜呑みにし、斬刀‐鈍の性質を最大限に引き出すために味方を斬ろうとしたのだ。
 同僚の巴暁がそれを止めたが、もし味方を斬っていたならば、情状酌量の余地なく打ち首獄門であっただろう。
 もし味方を斬って斬刀‐鈍の限定奥義を発動していたら虚刀‐鑢に勝てただろうか?
 否、確信を持って断言する。不可能。全く同じように負けていただろう。

 その二人に与えられた任務が『但馬の代官が所有する対刀‐鋏の蒐集』だった。
 そしておよそ交渉に不向きな二人が駆り出されたことは、その蒐集には戦いが避けられぬことを示していた。

 但馬の代官が示した条件、それは幕府が但馬に課する義務の五年間の免除と、
 対刀‐鋏の使い手である姉弟の浪人に勝つことだった。

62: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:34:00.15 ID:M8AFEmlp0

「ようこそおいでなさられた」

 代官が頭を下げると、鬼宿が首を振る。

「堅苦しい挨拶はやめましょう、わしらの目的はただ一つ」

「対刀‐鋏の蒐集でしょう。そうですね、では」

 左右から女と男が入ってくる。
 二人共長髪で薄い着物を着ていた。

「牢人、姉の宇練白金と弟の宇練黒金です。なんとあの刀狩令で斬刀を引き渡さず、一万人斬りを成し遂げた宇練金閣の子孫ですよ」

「……」

 鬼宿は思う。
 ということはこの二人は、奇策師の報告に有った宇練銀閣の『なにか』であると。

 そこでようやく墨ヶ丘が口を開いた。

「疑問だな、こんなことをせずともただ義務の免除だけを条件にすればいいものを」

「側用人さま、刀の毒というものをご存知ですか?」

 代官は立ち上がる。

「私にも回ったのですよ! この刀の毒がね! たとえどんなことがあっても手放したくないのですよ!
 決闘を申し上げたのもそのためです、この二人が勝てば幕府にこの不完全変体刀を渡さない口実ができる!」

「……」

 鬼宿は瞳を閉じる。
 刀の毒カ、わからんでもない。
 刀に振り回されたものだからこそ分かる、あの刀を所有したときの高揚感。
 不完全変体刀にもその毒が帯びていたのか。

63: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:37:03.63 ID:M8AFEmlp0

「さてそれではご覧にいれましょう、対刀‐鋏です」

 長い髪を後ろ結いにした少年が現れた。
 手に持つのは二本掛けの刀台と、それに掛けられた二本の刀だった。
 それは本差と脇差、いや大太刀と小太刀。

 少年が姉の牢人、宇練白金の前へ行くと、白金は大太刀を取り。
 少年が次に弟の牢人、宇練黒金の前へ行くと、黒金は小太刀を取った。

「対刀とはよく言った物でしてな、二本で一対の刀なのですよ。
 無論、二本とも不完全変体刀たる特性を帯びています。まったく同じね。
 ちなみに今刀を渡しているのは、敷島岬といって不完全変体刀に縁の深い人物です」

 敷島は刀を渡し終えると、代官の隣に静かに立つ。

 姉弟の浪人が立ち上がる。
 それに合わせて鬼宿と墨ヶ丘も立ち上がった。

「但馬藩、牢人、宇練白金。押して参る」

「同じく、牢人、宇練黒金。押して参る」

「家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、鬼宿不埒。迎え撃つ」

「家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、墨ヶ丘黒母。迎え撃つ」

「それでは、いざ尋常に、始め!!」

 代官が高らかに宣言すると、三人が同時に抜刀し、鬼宿が刀の柄に手を掛けた。

64: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:38:41.55 ID:M8AFEmlp0

 白金の持つ刀は刃渡り三尺の長刀であり、鬼宿と向かい合った。
 黒金の持つ刀は刃渡り一尺半の短刀であり、墨ヶ丘と向かい合った。

「さて、代官様。対刀‐鋏の特性についてご説明します」

「うむ」

「対刀‐鋏とは本来二本が対という意味ではなく、持ち主と刀が対という意味なのです」

「つまり、どういうことだ?」

「限定奥義‐共変対刀、と御前崎の阿呆はそう呼んでいました。対刀‐鋏は最も持ち主の心を反映する刀。
 その刀と持ち主の心が合わせ鏡のように共鳴反応を起こし、持ち主の心を増幅させる刀なのです」

「ほう、ならば面白いことになりそうだ」

 代官はニヤリと微笑む。

65: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:40:10.09 ID:M8AFEmlp0

 白金が間合いに入ったのを見定めると、鬼宿は大きく前へ踏み出して一息に刀を引き抜く。
 間合いを測らせぬ居合抜き。

 だが。

「!?」

 白金の太刀はその居合を弾き飛ばした。

「ふっふっふっ、驚かれましたか鬼宿様」

 代官は舞台の様に大立ち回りをし、高らかに宣言する。

「これが宇練白金の守りの太刀、究極の後出し剣術、『来電』!」

「守らなきゃ……、勝たなきゃ! 私が黒金を守るんだ……!」

 白金はギラギラと光る眼で鬼宿を見据えていた。

66: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:42:07.10 ID:M8AFEmlp0

「……」

 黒金はボーっとして墨ヶ丘を見据えていた。

「……宇練黒金よ、やる気はあるのか?」

「ないよ」

 感情の篭っていない声でそう言うと、対刀‐鋏の小太刀を構え直した。

「そうか、ならば一気に決めさせてもらおう」

 墨ヶ丘が上段に構え大きく刀を振り降ろす。
 黒金を捉えたかのその一撃だったが。

「!?」

 黒金はその太刀をギリギリで躱した。
 墨ヶ丘は二撃三撃と刀を振るが、それも黒金の完全に間合いを見切った最小限の動きで躱される。
 かと思いきや。

「なっ!」

「ふっ」

 刀を振り抜かれた直後、黒金は墨ヶ丘の懐に飛び込んできた。
 小回りの利く小太刀が墨ヶ丘を捉えんとした時、墨ヶ丘は慌てて大きく後ろへ飛び退く。

「はぁっはぁっ……!」

 代官は楽しくて仕方がないという声で高らかに言い放つ。

「そしてこれが宇練黒金の命を命と思わぬ足運び! 『往迦』!!」

67: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:44:01.69 ID:M8AFEmlp0

 鬼宿は白金の様子を感慨深げに眺めて、言い放つ。

「守る物、か……」

 かつて宇練銀閣が口にしていた言葉だと報告書にはあった。
 この姉にもそれなりの事情はあるのだろう、それなりの理由はあるのだろう。
 それを飲み込んで、この姉は弟を守り続けてきたのだろう。
 そしてそれが、二人の宇練と自分の差なのだろう。

「……わしは一体なにを守って生きてきたというのだ」

 鬼宿は思う。
 守る物、自分にとっては家鳴将軍か? いや、大事な時に欠片も守れていなかった。
 そんな事を口にする資格は無い。

 どうあっても二人の宇練には自分は届かないのだ。
 剣速も、心も。

 ならば届かないなりに戦うだけだ。
 宇練銀閣の神速の居合、零閃を攻略した虚刀流のように。

「……」

 鬼宿は再び鞘に刀を納める。
 後出しの剣術というだけあって、白金は刀を下段に構えなにもせずそれを見ていた。

「果たして防げるかな、わしの居合は音速へと達するぞ」

「音速程度、なんの自慢になるの?」

「ふっ、違いない」

 鬼宿は飛び込み、居合を放った。

68: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:45:12.57 ID:M8AFEmlp0

 白金の来電。

「!?」

 驚いたのは、白金だった。
 鬼宿が居合を抜いたのは腕だけだった。
 その手に刀は掴まれていなかったのだ。

 刀の間合いを完全に見切っていた白金は、守りの太刀を空振りした。

「ふっ、やはりな。腕を見て太刀を未来視していたのか。究極の反撃の太刀でも、攻撃が偽物ならどうにもなるまいな!」

 鬼宿は懐へ飛び込むと。白金の細い体へ当身をした。

「がっ!」

 吹き飛ばされ倒れる白金。
 鬼宿は音速で刀を抜き、白金の首元へ刀を突きつけた。

「勝負あった!」

69: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:48:25.61 ID:M8AFEmlp0

 黒金の様子に、墨ヶ丘は怪訝に眉をひそめた。
 まるで生気が無い、人形と向かい合っているようだ。
 いや、この黒金の様子はそれすらも超えていた。

 墨ヶ丘がかつて嗅ぎ慣れていた臭い、死臭すら感じるのだ。

「なぜ、そんなに無気力なのだ? その刀で暗い気持ちが増幅されているのか?」

「いや、この性格は元からだよ。この刀を持ってから特に強くなったけどさ」

「……生きていることは退屈か?」

「それすらわからん。俺はただ姉さんの後について生きてきただけだ、姉さんに守られて生きてきただけだ。
 姉さんが死んだら多分俺も死ぬ。それくらいどうでもいいんだよ、俺は」

 墨ヶ丘は瞳を閉じる。
 空っぽだ、この男はどこまでも自分に中身が無いのだ。

 そして、それはかつての自分だ。
 獰猛で敵を斬ることしか考えることができなかった、かつての自分だ。

「宇練黒金、私もかつて獰猛なだけで、お前のように空っぽな人間だったよ」

「……」

「王刀‐鋸を持って、獰猛さが抜けてようやく私はそのことに気付いた。毒気が抜けてなにもなくなった私の言葉は、誰にも届かなかった」

「その対刀に出会うより先に王刀に出会えてよかった。空っぽだと気付かぬまま増長しなくてよかった」

「宇練黒金よ、これはなんのことは無い。ただの人生の先達としての助言だ。
 空っぽのまま何も考えないのも楽だが、満たされた人生は楽しいぞ」

70: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:51:50.27 ID:M8AFEmlp0

 黒金は目を丸くしてそれを聞いていたが、俯いてクツクツクツと笑った。

「なるほど中身のある言葉だ。だけど全く心を打たない。むしろムカつく」

 黒金は顔を上げる。初めて火のついたその心を対刀‐鋏は増幅し、燃上させる。

「初めてだ、こんな気持ちは。オギャーと生まれて以来初めて抱いた欲望だ。俺は心の底からあんたを倒したくて仕方がない」

「そうか、ならばやってみろ」

 闘志に燃える黒金を見て、墨ヶ丘もほくそ笑む。
 たとえ毒気は抜けても、この男は根っからの獰猛者なのだ。

 墨ヶ丘は下段に構える。
 なるほど対刀‐鋏、面白い刀だ。
 持ち主と共鳴し、共に戦う刀。持ち主と対で初めて完成する刀……まさに不完全変体刀!

 墨ヶ丘は大きく一歩を踏み出し斬り上げる。
 しかし当然の如く、間合いは見切られ、最小限の動きで躱される。

「往迦は健在だぜ、これは精神論じゃなくて技術だからな!」

 大きく空振りした墨ヶ丘の懐に、黒金は飛び込む。
 小太刀ならではの小回りの利く動きで、刺突を放つ。
 が、場数の差だろう。墨ヶ丘はとっさに身体をずらした。
 心臓を狙った小太刀は墨ヶ丘の肩を貫いた。

「……」

 墨ヶ丘は笑う。

「満たされたか?」

「……そこそこ」

 墨ヶ丘の刀の柄が、黒金の後頭部を殴打した。

71: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:52:47.52 ID:M8AFEmlp0

 勝負の顛末を見届けた敷島は代官に言う。

「こちらの負けですね」

「ぬぅうううう! 馬鹿な! 宇練姉弟がやられるとはぁああああああ!!」

「……あなたも満足しましたか?」

「えっ」

「刀の毒とか嘘でしょ。大騒ぎしたかっただけ。それでもこんだけ大立ち回りしたら十分でしょう」

「……バレてた?」

「わりと最初から」

72: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/07(水) 20:54:01.67 ID:M8AFEmlp0

 こうして対刀‐鋏は宇練姉弟ごと幕府へ奉納された。
 どうやら幕府はかつて完全変体刀十二本を、使い手の技量不足から破壊してしまった反省を生かし、
 刀だけでなく使い手も重宝する方針なのである。

 さて宇練姉弟は牢人になる前はどこでどのように暮らしていたのかは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り五人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

76: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 02:20:25.34 ID:7vJs5P340

鬼宿 不埒

年齢   36歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富嶽三十六剣
身長   五尺四寸
体重   十五貫二斤
趣味   写経

必殺技
居合


墨ヶ丘 黒母

年齢   29歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富嶽三十六剣
身長   五尺八寸
体重   十七貫
趣味   演劇鑑賞

必殺技
斬り払い 上段 中段 下段


宇練 白金

年齢   20歳
職業   剣士
所属   但馬藩
身分   牢人
所有刀 対刀‐鋏
身長   五尺
体重   十貫五斤
趣味   溺愛

必殺技
来電 後の先 来電小隊・三機 共変対刀


宇練 黒金

年齢   18歳
職業   剣士
所属   但馬藩
身分   牢人
所有刀 対刀‐鋏
身長   五尺二寸
体重   十三貫五斤
趣味   依存

必殺技
往迦 刺突 往迦特攻 共変対刀

77: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 02:26:54.71 ID:7vJs5P340

鬼宿「……」

墨ヶ丘「……」

鬼宿「語り合うことがないな」

墨ヶ丘「私と鬼宿はそんなに仲良くないからな」

鬼宿「次回の主役は巴暁だ。場所はなんと出雲の三途神社。そこへ新たに奉納された不完全変体刀があるらしい」

墨ヶ丘「対戦相手は三途神社の守護者・凍空こなゆき。怪力相手に千刀流は通用するのか?」

鬼宿・墨ヶ丘「「次回、慈刀‐鈴! ちぇりお!!」」

鬼宿「ところでその人相どうにかならんのか? まるで怒られているみたいだ」

墨ヶ丘「鬼宿こそそのふざけた髭は剃ったらどうだ?」

81: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:08:36.73 ID:vzkoR9Zx0

 出雲の海岸沿いの茶屋にて、編み笠を被った一人の男が暢気に団子を咥えていた。
 背の高い、筋肉質な男である。
 隣にはこの国ではよく目立つ容姿で、気品のある女が茶を啜っている。
 女が男に声を掛ける。

「ねぇ聞いた? 幕府がまた四季崎記崎の刀を集めてるんだって」

「ほー、懲りないな」

「まったくよね。結局人は四季崎記崎の呪縛から抜け出せなかった、四季崎記崎の幻想に依存したままだった。
 虚しくなるわよね。私たちのやってきたことってなんだったのかしら?」

「それにしても四季崎記崎の刀って幕府が持ってたの以外にもまだあったのか?」

「否定する。四季崎記崎の作った刀はきっちり千本よ」

「それにしてもまた集めだすなんて、完成系変体刀よりも凄い刀なのか?」

「否定……できないわね。実際見たわけじゃないし。『不完全変体刀』って呼ばれてるらしいわね」

「不完全変体刀? 完全変体刀もあるのか?」

「それが不可解なのよ。四季崎記崎は『完全』という言葉を嫌い、あえて『完成』や『完了』という言葉で表した。
 なのにいつの日からか完成形変体刀は完全変体刀と呼ばれるようになった。まったく不可解だわ」

「それには俺が答えるぜ」

 二人の横に男が座った。立派だが薄汚れた着物を着た小柄な男だった。

「四季崎の野望が潰れた時、完成系変体刀が破壊された時。『完成』は『完全』になった。
 もうそこにないものは成長も限界も確認することはできない。故に『完全』。四季崎の刀は破壊されて神格化されたのさ」

 その男に否定的な女は不愉快そうに眉をひそめる。

「あなた、名前は?」

「御前崎遠州」

「そう、それじゃあ不完全変体刀はなぜ『不完全』なのかしら?」

「文字通りだ、『完成』も『完了』もしていないからだよ。不完全変体刀はどいつもこいつも改良の余地が腐るほどあるからな。
 この世で最もほにゃらららな刀と名乗っちゃいるが、それも暫定だ。いつかは追い抜かれるだろうさ」

「ずいぶん知った様な口をきくのね」

「そりゃそうだ、だって」

 御前崎はにぃ、と笑った。

「不完全変体刀は俺が作ったんだから」

82: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:09:04.62 ID:vzkoR9Zx0



第四本 慈刀‐鈴


 

83: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:10:06.43 ID:vzkoR9Zx0

 三途神社名物の長い階段の前で。
 眼帯をした女、巴暁は一つため息を吐いた。
 実に気が進まない。

 巴暁の任務は『出雲の三途神社に奉納された不完全変体刀の蒐集』だった。

 巴暁の気が進まないわけは、この千段の長い階段を登らなければいけないからではない。
 自分より圧倒的に優れていると証明された同じ千刀流の使い手、敦賀迷彩の縁の地だからでもない。

 三途神社は女性たちにとって有名な場所だからだ。

 三途神社は文字通り黄泉に最も近い神社。
 心に傷を負い、限界を超えるまで痛めつけられ、心身共にボロボロになった女たちの最後の逃げ場。
 その女たちはかつて千刀‐鎩の刀の毒を薬として使って心を癒していたという。
 その千刀‐鎩は奇策師と虚刀流によって蒐集されてしまったと報告書にはあったが、それでも奇策師も相当躊躇ったに違いない。

 そこに再び与えられた薬を再び取り上げようというのだ。生殺しもいいところ。
 故にいくら謀略渦巻く幕府の者と言えど、この任務は相当堪えた。

84: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:10:44.64 ID:vzkoR9Zx0

 階段を登っている巴は横目に眺める。
 階段の横に並ぶ奇妙な面をした女たち、黒巫女。
 彼女たちこそ、この三途神社に逃げ込んできた女たち。

 巴はまた一つため息を吐く。

「ようこそ、三途神社へ」

「!」

 階段の上から幼い声が響く。
 声の主は二人の巫女に挟まれるように立つ、巫女装束をきた童女だった。

「ふふふっ」

85: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:11:43.48 ID:vzkoR9Zx0

 神社の本殿にて巴は座る。
 その前に立つ童女を巴は知っている。
 怪力の凍空一族最後の生き残りにして、完全変体刀・双刀‐鎚のかつての所有者にして、この神社の守護者。
 凍空こなゆきだ。

「えっと、おもてなしの準備も無いんですけど。お酒をお召しになりますか?」

「結構、私は遊びに来たわけではないのでね」

 巴は内心苦い思いをしながらこなゆきに語りかける。

「この神社の代表の方でよろしいか?」

「えっと、うちっちはただの用心棒で……」

「その通りです」

「自信を持ってくださいこなゆき様、あなたがこの神社を代表することに異を唱える者はいません」

 こなゆきの代わりに二人の巫女が答えた。

「この神社は不完全変体刀を所有していると聞きました」

「ああ、この前貰った刀ですか。大事に使わせてもらってますよ!」

 その答えに巴は内心ますます渋い顔をする。

「単刀直入に言います。その刀、譲ってはいただけないでしょうか?」

「いいですよ」

「!?」

 こなゆきは無邪気に笑った。

「ふふふっ!」

86: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:12:48.77 ID:vzkoR9Zx0

 場面は茶屋に戻る。
 御前崎に否定的な女は問いかけた。

「わからないわね。仮にお前が不完全変体刀の製作者だとして、どうしてそんなものを作った?」

「四季崎への怒りと嫉妬、それと反抗心からだよ」

 御前崎は声高に語る。

「刀を作り始めたのは俺のご先祖様からだけどな。でも不完全変体刀六本は全部俺が作った。
 俺のご先祖様は四季崎記紀の刀に惚れ込み四季崎記紀へ弟子入りしようとした。だが袖にされた。相手にもされなかった」

「そこからだ。俺のご先祖様は四季崎記崎を憎んだ。四季崎記崎の刀を憎んだ。四季崎記崎に対抗しようとした。
 それから何代もかけて四季崎記崎の刀の研究をした、四季崎記崎の技術を超えようと極秘に動き続けた……結果」

 御前崎はにやりと笑った。

「四季崎記紀に匹敵する技術の開発に成功した。身内贔屓込みで言うけどよ。不完全変体刀、完全変体刀と張り合えると思うぜ」

 否定的な女は訝しげにその男を見据えた。

「それじゃあ、なぜ今更になって不完全変体刀は出回ったのかしら?」

「俺が売ったからだよ、金のために」

 あっけらかんと御前崎は言い放った

87: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:13:22.02 ID:vzkoR9Zx0

 御前崎は目を細めて言う。

「だけど売ったはいいけど、今更になって親心湧いてきちまってよ。ちゃんとした奴に使われてるか気になって、こうして出雲に足を伸ばした」

「それじゃあこの出雲にも不完全変体刀があるのかしら」

「ああ、俺の作った刀があるぜ。三途神社に奉納した」

 その言葉に、今まで黙って聞いていた長身の男が口を挟んだ。

「なんで三途神社に?」

「まぁ、話すと長くなるから端的に言うけどよ」

 御前崎は照れたように頭を掻いた。

「俺は三途神社のこなゆきに惚れてんだよ」

88: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:15:35.82 ID:vzkoR9Zx0

 その言葉に二人は唖然とした。

「惚れてるって、こなゆきは12歳のはずだぞ」

「まぁ、細かいことはいいじゃねぇか」

「順を追って話すけどよ。三途神社に奉納した刀だけは唯一俺が金以外のために作った刀だ。
 俺はこなゆきに惚れた、こなゆきを思ってこなゆきのための刀を作ろうと思った。
 で、せっかくだからこなゆきの住む三途神社に役に立つ刀を作ろうと思った。三途神社の黒巫女たちは知ってるだろ?」

 それを聞くと、長身の男は露骨に苦い顔をした。

「黒巫女たちは以前は千刀‐鎩の毒を薬代わりに使っていた。確かに不健全だ。毒で治そうなんてどうかしている。
 だけどな、それが例え毒薬だろうと、いきなり取り上げられたら壊れちまう奴だっているだろう。
 いくらこなゆきだって癒しきれない。こなゆきは優しいから、こなゆきに救えない奴がいたらこなゆきが悲しむ。
 だからこなゆきに救いきれない奴を救うための刀を作ったんだ。そうして作られたのが慈刀‐鈴、この世で最も優しい刀」

 御前崎はにやにやと惚気るように語る。

「慈刀‐鈴の限定奥義‐慈鵠刀華(じっこくとうげ)は心的外傷を少しだけ癒す。流石に身体までは癒せないけどよ」

「わからねぇな、わからねぇよ」

 長身の男は悲しそうに言う。

「こなゆきのための刀ならなんで不完全変体刀なんだ。
 不完全変体刀は幕府が今集めてるらしいじゃないか、また三途神社から取られたらどうするんだよ」

「ああ、それは心配ねぇよ」

89: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:16:15.30 ID:vzkoR9Zx0

 三途神社、本殿にて。

「はい! 慈刀‐鈴です!」

 呆然とする巴にこなゆきから刀が渡された。
 それは雪のように白い一尺半ほどの長さの小刀だった。受け取った瞬間、不思議と心が落ち着く。

「……いただいていいのだろうか?」

「いいですよ、だって」

 こなゆきは笑った。

「いっぱい余ってますからね!」

90: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:17:12.52 ID:vzkoR9Zx0

 唖然とする巴に二人の巫女は語る。

「慈刀‐鈴は全部で二千三百本あります」

「千刀‐鎩と違って千本で一本、どれか一本でも欠けたら取り返しの付かない、ということはありませんのでご安心を」

 わなわなと震える巴は鞘から抜いて刀身を観察する。

 雪のように白く、美しい刀だ。
 だが大量生産ゆえか、刀としてはかなり不完全だ。
 指で刀身をなぞってみるが、辛うじて切れたり刺せたりするだけである。
 刀を消耗品として扱う千刀流の使い手である巴ですら、これは刀としては使えないと思うほどである。

 そうして巴は別の角度から真実に辿り着く。
 「これ絶対四季崎記崎の作った刀じゃない」と。

91: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:17:46.63 ID:vzkoR9Zx0

 日暮れの茶屋にて御前崎は二人に手を振って別れた。

「じゃーなー!」

「おう、それじゃあな」

「また会えるといいわね」

 二人が見えなくなるほど離れた頃、御前崎は一人ごちる。

「あーあ。三途神社、男人禁制とかで結局入れなかったなぁ……」

「あ、そういえばさっきの二人から名前聞くの忘れた」

「……まぁ、いっか」

 そうして御前崎は夕陽に染まる丘の向こう側へと消えていった。

92: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:18:24.51 ID:vzkoR9Zx0

 こうして四本目、慈刀‐鈴も無事幕府へ献上されました。
 御前崎遠州の野望が、家鳴将軍家御側人十一人衆と交錯するのはそう遠くない日でしょう。

 三途神社は今日も傷付いた女たちを癒しています。
 凍空こなゆきと黒巫女たちの日常は毎日が事件の連続ですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り四人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

93: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:18:57.01 ID:vzkoR9Zx0

巴 暁

年齢   25歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富嶽三十六剣×5
身長   五尺八寸
体重   十二貫五斤
趣味   料理

必殺技
走法・地抜き 一刀・一文字斬り 二刀・十文字切り 地形効果・刀幻境


凍空 こなゆき

年齢   12歳
職業   神職
所属   三途神社
身分   巫女
所有刀 慈刀‐鈴
身長   四尺四寸
体重   八貫九斤
趣味   散歩

必殺技
薙ぎ払い 天真爛漫 慈鵠刀華

94: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/08(木) 23:19:55.57 ID:vzkoR9Zx0

暁「暁と!」

こなゆき「こなゆきの!」

暁・こなゆき「「あーした天気になーれ!」」

こなゆき「それでどうなんですか?」

暁「日本はおおむね晴れ、東北側は雨だそうよ」

暁「次回の主役は皿場工舎、場所は陸奥の死霊山! 死んだ山に奉納された新たな不完全変体刀とは!?
   そして不完全変体刀の番人、彼我木輪廻! 一筋縄ではいかない相手に皿場ちゃんはどうやって立ち向かうのか!?」

暁・こなゆき「「次回、忠刀・鉦! ちぇりお!!」」

こなゆき「お天気はいいけど日射病にご注意ください!」

暁「水分補給の際は塩分の入った飲み物の方が水分の吸収効率は良いそうよ」

104: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:38:03.41 ID:wnfGJYAP0

 江戸・不要湖。
 かつての四季崎記紀の工房にして、最も人間らしい刀のあった場所。
 幾層ものガラクタによって埋め立てられたその湖は、現在幕府の指揮の元、百年計画でその再生が行われている。

 その近くの廃れた旅籠、かつてあの虚刀流と奇策師が宿泊した場所に四人が居た。

105: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:39:18.84 ID:wnfGJYAP0

 涙磊落

 所有刀 御前崎遠州作・重刀『錻』(じゅうとう-ぶりき)


 傷木浅慮

 所有刀 御前崎遠州作・必刀『鋒』(ひっとう-きっさき)


 敷島岬

 所有刀 御前崎遠州作・仙刀『鏡』(せんとう-かがみ)


 御前崎遠州

 所有刀 不完全変体刀・名刀『銘』(めいとう-しるし)

106: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:41:53.23 ID:wnfGJYAP0

 集められた三人に、立派だが薄汚れた着物を着た男、御前崎は陽気に語る。

「遠路はるばるようこそお越しくださいました、肥後と越後からは遠かったでしょう。
 という俺と敷島さんも山陰道からやっとこさっとこ江戸までやってきたわけだけどもね」

 そこへはだけた着物を着た豊満な身体の女、涙磊落が口をはさむ。

「それで、なんであたし達をこんなところまで呼んだわけ?」

 涙磊落、完全変体刀・絶刀-鉋のかつての所有者。
 といっても絶刀-鉋を所有していたのはわずかひと月にも満たない期間で、
 その絶刀-鉋は奇策師と組んだ真庭蝙蝠に奪われてしまったわけだが。

「まぁ、まず一つはお二人に重刀と必刀を渡すためだ。
 刀は持ち主を選ぶ……なんて傲慢なことを言うつもりはないが、やっぱり使ってもらえるならそれなりの人の方がいい」

 御前崎がそう言うと。
 いかにも病弱という風な青白い肌をした女、傷木は与えられた必刀-鋒を撫でながらポツリと呟く。

「解りませんね、涙様はいざ知らず。どうして私まで呼んだのですか?」

「ははは、ご謙遜を」

 傷木浅慮。護神三連隊の一番隊長の一族にして、最も蒐集が困難と謂われた薄刀-針の元所有者。
 先代の傷木の全盛期は、死神・錆黒鍵を除けば日本最強だった。
 が、残念なことに、その才能は半分も一人娘の浅慮には受け継がれなかった。
 結果、薄刀-針は浅慮に引き継がれてから、三日と待たず錆白兵の手に渡ったという。

 なかなか語ろうとしない御前崎に、長い髪を後ろ結いにした少年、敷島が毒を吐く。

「もったいぶらずに教えてくださいよ、恰好がついていませんよ」

 敷島岬。御前崎の一番弟子。御前崎曰く「鑢七実に匹敵する天才」。
 虚刀流に一度は勝利したと名高い心王一鞘流の極意をわずか十日で体得し、御前崎の魔術じみた刀作りをわずか半年で身に付けた。
 敷島曰く「心王一鞘流の道場主は教え方が上手かったので十日で大丈夫だったが、御前崎は教え方が下手くそだったので半年もかかってしまった」とのこと。

「おいおい少しはもったいぶらせてくれよ敷島さん。まぁ端的に言うなら」

 御前崎の目がギラリと光る。

「劇的結末に必要なことなのさ」

 蝋燭の明かりが障子を照らし、そこへ御前崎の輪郭が影絵のように映る。
 黒い影がゲラゲラと笑った。

107: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:42:28.53 ID:wnfGJYAP0



第五本 忠刀-鉦(ちゅうとう-かね)


 

108: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:43:38.88 ID:wnfGJYAP0

 陸奥、死霊山。
 常に薄暗い霧が立ち込める彼岸の山。交霊師の縁の土地であり、聖地。
 その命脈はかつて完全変体刀の一本であり、命を活性化させる悪刀-鐚によって辛うじて保たれていた。
 しかしそれも今は昔。化け物・鑢七実の襲撃によってその延命は終わりを告げる。
 悪刀-鐚を守護していた死霊山神衛隊は半時とかからず全滅させられ、悪刀-鐚は持ち去られてしまった。
 山は死んだ。絶命した。
 死霊山にはもう命は無い、木々も育たず枯れ山となった。
 そこに集う霊達もさぞ寂しい思いをしているだろう。

 しかしある日状況は変わった。
 死霊山に緑が芽生えたのだ。それは広さにしてわずか十畳ほどの面積だったけれど。
 確かに生きていた。命の息吹があった。

 死霊山の交霊術は幕府の政とも縁が深い。死霊山が甦るとなれば、幕府の交霊師達に対する姿勢も変わってくる。
 そこで家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、皿場工舎に『死霊山に起こった奇跡の解明』という任務が与えられた。

109: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:44:54.58 ID:wnfGJYAP0

「はぁ……」

 額に鉢巻を巻き、法被という動きやすそうな格好をした女、皿場工舎はため息を吐いた。
 一人、道連れもなく死霊山をとぼとぼと歩いている。

「なんであたしなんだか。学者でもなければ交霊師でもないのに……」

 この皿場は実のところ、十一人衆において常に貧乏くじを引かされる役であった。
 虚刀-鑢襲撃の際は、刀身さえない誠刀-銓を割り当てられ、最もあっけなく虚刀-鑢に敗北した。
 それからというもの、皿場はますます後ろ向きに、暗い性格になっていった。

「なんだかけったいな場所ですね、薄暗いし」

 皿場が歩いている場所は半年前までは人骨が転がっていた。
 鑢七実に果敢に立ち向かい、虚しく散っていった死霊山神衛隊の骸である。
 流石にもう回収されたが、昇天できない怨霊が漂っていても不思議はないだろう。ましてやここは霊の集まる死霊山だ。

「ここですね、間違いなく」

 皿場は覇気のない声でポツリと呟く。
 そこは周囲の殺伐とした風景とは見違えるほどに命の息吹が感じられた。
 青々と茂った緑の絨毯が広がり、木の若芽あった。

 報告には十畳程とあったが、この緑はもう三十畳程に広がっている。
 そしてその中央には。

「……」

 これ見よがしに一本の刀が刺さっていた。

110: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:45:30.05 ID:wnfGJYAP0

「これ、どうしましょう……」

 皿場は刀を眺め立ち往生をする。

「あからさまに不完全変体刀なんでしょうけど」

「下手に触るわけにもいかないよねー、どう見てもこの緑はあの刀の力なんだし」

「!?」

 皿場は声のした方を振り向く。
 そこには。

「はじめまして、僕は仙人の彼我木輪廻」

 薄い布だけを纏った。

「あ、あたし……?」

 自分が居た。

111: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:46:14.25 ID:wnfGJYAP0

 薄い布だけを纏った皿場の姿をした者、彼我木はぴょんぴょこと跳ねる。

「へえー、君には僕の姿が自分に見えるんだ。いつ以来かなー、そんな人は!」

「え、え……?」

「やっぱりいいね、女の子の姿は! 動きやすいし!」

「えっと……とりあえずあたしは子供じゃないんですけど」

「そうなの? 人は見た目によらないねー。うけけけけっ!」

 皿場は必死に頭を回転させる。
 彼我木輪廻、彼我木輪廻。そうだ、あの奇策師の報告書にあった仙人だ。
 見る側の苦手意識を反映し、見る側の最も苦手とする姿と性格になるという鏡のような存在。

「よく来たね、えーっと……」

「皿場工舎です」

「皿場ちゃんね! まぁゆっくりしていってよ!」

 彼我木は無邪気に笑った。

112: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:47:08.32 ID:wnfGJYAP0

「彼我木さん」

「なんだい?」

「あなたは、なぜこんなところに?」

「不完全変体刀の番だよ」

 あっさりと彼我木は言う。

「実はさー、死霊山神衛隊の生き残りと僕は友人でねー。その友人が全財産叩いて不完全変体刀の一本を買ったらしいんだけどさ。
 その刀がどうしようもなくとんでもない物で、あまりにも手に余るから僕に番人をやれって言うんだよ。迷惑な話だよねー」

「……」

 やれやれと肩をすくめる彼我木を皿場はじっと見据える。
 彼我木輪廻が刀の守護、これは厄介なことになった。

 幕府としては、たとえ死霊山の再生の役を担っていたとしても、不完全変体刀を蒐集しなければならない。
 だが相手が彼我木となるとどうしようもない。敵は陽炎のような存在なのだ。

 だがおめおめと帰るわけにもいかない。陸奥まで来たのが完全に無駄足だ。

 ならば方法は一つ。
 自分が彼我木を倒すこと。

113: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:47:49.18 ID:wnfGJYAP0

「……」

 皿場は脇差をすらりと抜き、構える。

「なんだい皿場ちゃん、物騒な物抜いて」

 皿場は一筋の冷や汗を流しながら笑う。
 いける、勝てる。
 聞けば虚刀流は彼我木とは戦闘にすら持ち込めなかったそうだが、それは誠刀-銓の力によるもののはずだ。
 誠刀-銓無き彼我木はただの幻影にすぎない。ならばこちらも……。

「って、その手に持ってるのは!?」

「誠刀-銓みたいだねー」

「な、なんで!?」

「僕は君の苦手意識の反映だからねー。もしかして皿場ちゃんは誠刀-銓に嫌な思い出でもあるんじゃないかい?」

「うぅ……」

 嫌な思い出、ある。
 というか誠刀-銓は苦手意識そのものだ。

114: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:48:29.95 ID:wnfGJYAP0

「どうしたんだい? こないなら僕からいくよ!」

「!?」

 彼我木が皿場へ急接近する。
 皿場は脇差を振うが、彼我木は僅かに身を逸らすだけでそれを回避する。

 生まれる皿場の隙。

「うっ……」

 だ、大丈夫だ。相手は仙人、こちらに危害は……。

「よっ」

 彼我木は誠刀-銓を上へ投げると。
 合掌するように手を合わせ。

「虚刀流五の奥義-飛花落葉!!」

「ぎゃいん!!」

 皿場は彼我木の放った鎧崩しの掌底を受けて吹き飛ばされる。

「続いて虚刀流二の奥義!」

「ま、待って! 待って待って待って!」

115: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:49:23.31 ID:wnfGJYAP0

 皿場は手をぶんぶん振り、明らかに貫き手で心の臓をぶち抜こうとする彼我木を止める。

「誠刀防衛は!?」

「うん、これ正当防衛じゃない?」

「そうじゃなくて! 誠刀-銓の特性は!? 仙人はなにもできないんじゃないんですか!?」

「これ偽物だよ。それに僕の性格も君の苦手意識の反映だからねー。
 虚刀流で思い出したけど、もしかして鑢くんに酷い目にでも遭わされた?」

「……」

 なんてことだ、完全に予想外だ。
 自分の苦手意識の反映で、内面があの虚刀-鑢だというならば、もう勝つことは不可能ということじゃないか。
 容赦なく十一人衆を殺しに来た虚刀-鑢のあの虚ろな目を思い出してぞっとする。
 自分の前の九人を倒して登ってきた時には本気で逃げたかった、刀身の無い刀持たされて戦いに行けと言われた時には本気で泣きそうだった。

「まぁ僕は刀じゃなくて仙人だからねー、決着はつかなくとも戦いはここで終わりにするよ」

「ほっ……」

 よかった。
 どうやら精神が完全に虚刀-鑢というわけではないようだ。

「再開したかったらいつでも言ってね! うけけけけっ!」

 絶対嫌だ。

116: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:50:23.55 ID:wnfGJYAP0

「ねぇねぇ皿場ちゃん、もっと僕に質問ないの? なんで自分の姿をしてるのか、とか!」

「そんなのわかりきってますって、あたしは自分のことが嫌いだからですよ」

「つまんないなー。相手に悟らせ、相手を導くのが仙人なのに、皿場ちゃんはもう悟っちゃってるんだもん。後ろ向きに」

 彼我木は拗ねたように小石を蹴飛ばす。

「……その妙に馴れ馴れしくて人を食ったような態度も」

「君の苦手意識の反映だよー」

 皿場は確信する。
 「嘘だ、絶対この性格が素だ」と。

「どうやったら不完全変体刀を譲ってくれるんですか?」

「いや、普通に持ってけば?」

「……あなた番人なんじゃないんですか?」

「番人ではあっても守護者ではないからねー。番をしてるだけで守ってないよー。うけけけけっ!」

「……」

 皿場はもうツッコむことはなく、スタスタと刀の刺さっている場所へ歩くと、一息に刀を引き抜いた。

 直後。

「えっ……?」

 ボロボロと、刀は砂のように崩れていった。

「え、えぇーーーーー!?」

117: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:50:56.57 ID:wnfGJYAP0

 皿場は頭が真っ白になって座り込む。
 ど、どうしよう……どうしよう、これ……。

 不完全変体刀を回収しようとしたら壊しちゃって、おまけに死霊山の奇跡も……。

「あわわわわ」

 ぶるぶると柄を見つける。
 柄も徐々に形が崩れ、砂のように風に吹かれて散っていた。

「う、うぅ……」

 皿場は半泣きで振り返る。

「どうしましょう、彼我木さん」

 柄を握っていた手を開いたり閉じたりしながら言う。

「刀、壊しちゃいました……」

118: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:51:41.43 ID:wnfGJYAP0

 彼我木がとてとてと歩いて皿場に近寄ってくる。

「心配ないよ、君が壊したのはただの抜け殻だ」

「へっ?」

 彼我木は地面を指さす。

「忠刀-鉦は君の下にあるじゃないか」

「下……?」

 皿場は地面を見るが、そこには緑の生い茂る地面があるだけである。

「……もしかして、忠刀-鉦って、地面と一体化してるんですか?」

「ご名答ー! ま、厳密には地面じゃなくてこの山と一体化してるんだけどね」

 彼我木は小馬鹿にしたようにパチパチと拍手しながら、うけけけっと笑う。

「忠刀-鉦。この世で最も健気な刀。持ち主と一体化し、その持ち主に永遠に尽くす刀。
 その名に準じて名づけるなら限定奥義-刀代忠誠、とでも呼ぶべきかな」

「つまり、最初からあたしは不完全変体刀の蒐集は不可能だった?」

「ご名答ー。ま、どうしてもって言うなら、この山ごと持って行ってよ」

 彼我木は相変わらずパチパチと拍手しながら、皿場の顔で笑った。

「うわぁあああああああん!」

 死霊山に皿場の叫びが木霊した。

119: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:52:29.09 ID:wnfGJYAP0

 こうして皿場工舎は十一人衆で唯一刀の蒐集に失敗しました。
 このことによって十一人衆の中での皿場工舎の立場はますます低くなり、ますます皿場工舎は暗い性格になりました。

 仙人彼我木輪廻は今日もどこかで生き、あの人を小馬鹿にした態度で誰かをおちょくっているのですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り三人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

120: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 16:53:08.89 ID:wnfGJYAP0
皿場 工舎

年齢   19歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富嶽三十六剣
身長   四尺五寸
体重   七貫六斤
趣味   横笛

必殺技
近接格闘


彼我木 輪廻

年齢   自称300歳
職業   聖者
所属   無所属
身分   仙人
所有刀 忠刀‐鉦
身長   四尺五寸(と観測された)
体重   七貫六斤(と観測された)
趣味   草笛

121: 次回予告 2013/08/10(土) 16:53:54.28 ID:wnfGJYAP0

歴史、それは人の歩んだ道。
歴史に従う者、歴史に抵おうとする者、歴史を正そうとする者、歴史を壊そうとする者。
様々な者達が交錯し合い、混ざり合ってそれでも歴史は続いていく。

四季崎記崎、刀鍛冶。
歴史の道標にして先導者。
四季崎記崎に真っ向から食らいつく、ひねくれ者にして嫉妬深い一族がいた。


御前崎と十一人衆の因縁、ここに完結!
次回 名刀-銘

127: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 18:55:49.40 ID:xU9zRIHn0

 さぁ、お立合いお立合い。
 この短くもあっけなかった物語……あっけなくも短かった物語に、ここまでお目を通してくれたことに、私はまずお礼を申し上げなければいけないだろう。
 誰に対して? あなたに対して。
 こんな価値も必要性も微塵もないような話に興味を持ってくださったあなたに対して。

 舞台の説明をする。
 最後の舞台は江戸、ENDならぬ江戸。
 最後の敵は、強欲にして嫉妬深く、四季崎に怒りを覚えた傲慢な者、食いしん坊で女遊びと昼寝が大好きな、最も人間らしい人間、御前崎遠州。

 歴史に自らの都合で割り込んだ、ふてぶてしい部外者の処断が今回の物語である。

 それでは十一語のおしまいのはじまりはじまり。

128: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 18:56:15.96 ID:xU9zRIHn0



第六本 名刀-銘(めいとう-しるし)


 

129: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 18:58:01.39 ID:xU9zRIHn0

 かんかん照りの夏日和。江戸、不要湖。
 ガラクタだらけで申し訳程度に水を湛えたその場所に七人が立っていた。

 手前の家鳴将軍家御側十一人衆の者達から名前の解説をすると。
 妙に目つきの鋭い前髪を不揃いに垂らして、般若の頬当てをした男、般若丸。
 奇抜な意匠の西洋眼鏡をかけた上半身裸の大男、胡乱。
 豊かな髪を左右に振り分けた十二単を着た女、灰賀欧。

 奥の御前崎勢の者達。
 豊満な身体にはだけた着物を着た女、涙磊落。
 いかにも病弱といった容貌の女、傷木浅慮。
 長い髪を後ろ結った少年、敷島岬。

 そして一番奥で胡坐をかきニヤニヤと事の運びを眺める、立派だが薄汚れた着物を着た小柄な男、御前崎遠州。

130: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 18:59:55.96 ID:xU9zRIHn0

 般若丸が凄味を効かせて語りかける。

「調べはついているぞ、御前崎遠州。四季崎記崎の名を語り、金儲けのために刀を売りさばいた罪、どう裁いてくれようか」

 御前崎は手をひらひらさせながら語る。

「そう怒るなよ。贋作作りくらい、刀鍛冶なら一度は通る道だろ。それに不完全変体刀、どれもいい刀だぜ。自信作だからな」

 その御前崎の言葉に灰賀は声を荒げる。

「ふざけるなよ! 幕府を謀って無事で済むと思っているのか!?」

「謀るも何も、俺はただ偽物を売りさばいただけでして」

 胡乱が手をゴキゴキと鳴らす。

「まぁ細かいところはどうでもいいぜ。ようはてめぇはここでお終いだってことだ」

「おお、恐い恐い。まぁそれでこそ三人も用心棒を雇ったかいがあるってもんだ」

 御前崎の前に、涙、傷木、敷島が立ち塞がる。
 涙は重量感のある槍を構え、傷木は妙に刀身が細長い刀をすらりと抜き、敷島は布を解くと鏡のように物を映す両刃剣が現れた。

「確かに強者と名高いあなた達御側人十一人衆が相手じゃ分が悪い。だから分が悪い所を五分にするために特製の刀を打ったぜ」

「ほう、それで俺達と張り合えると思っているのか?」

「思ってるぜ。ただ、まぁ残念ながら」

 御前崎の前の三人は同時に得物を捨てた。

「こちらにその気がないということだな」

131: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:02:32.32 ID:xU9zRIHn0

 般若丸が笑いをこらえたように聞く。

「怖気づいたか?」

「ああ、まぁ、そうだな」

 灰賀がまだ収まりがつかないという風に言う。

「……ゆるされると思っているの?」

「思っるぜ」

 胡乱が一息つく。

「なんだつまらねぇ、抵抗してきたら争う大義名分ができたっていうのによ」

「いやーそれもいいかと思ったんだけどよ。やっぱり話の終わりとしてはやっぱり相応しくないと思ってな。
 俺じゃあ最後の敵には役者不足だ。浅からぬ因縁も深い思惑もとくにないしな。
 よく考えたら俺はただ四季崎を超えたかっただけで、四季崎みたいに戦国を支配したいわけでもない。だから俺の話も不完全燃焼くらいが調度いいんだよ」

 御前崎は笑う。
 四季崎のように歴史に反逆するような偉大で誇大な人物ではない、中途半端で矮小な自分には。
 ほんの一つか二つ、聞いてて退屈しなさそうな物語があれば十分だ、とでも言いたげに。

132: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:04:32.59 ID:xU9zRIHn0

 御前崎は立ち上がり、刀を取る。

「まぁこのままだと俺は斬り捨て御免まではいかなくとも、牢屋にぐらいは入れられそうだからな。
 十一人衆の皆さんにはこの不完全変体刀を譲ることで、俺を見逃してもらいたいと思う」

「賄賂のつもりか?」

「そう聞こえなかったか?」

 御前崎は刀を差し出す。

「不完全変体刀の最後の一本にして、俺が望む進化の象徴。名刀『銘』。あんた達に譲るぜ」

 胡乱は前に出るが、その刀を受け取らず、御前崎に語りかける。

「これは一体どういう刀なんだ?」

「この世で最も未完成な刀にして、最も価値があるかもしれない刀だ」

 御前崎はニィと笑う。

「使えば使うほど使い手に馴染んでいき、完成度が上がっていく刀。その天井は俺にもわからない。
 もしかしたら最終的な力その辺の刀と変わらないのかもしれない、もしかしたら四季崎の完全変体刀全てを超える刀なのかもしれない。
 それは誰にもわからない。わからないからこそ価値がある刀だ」

 灰賀が吐き捨てるように言う。

「そんな屁理屈のような刀に価値があるものか」

「なら付加価値を付けるまでだ。もし不完全変体刀は、この名刀-銘がなければ完全ではない、と言うならどうだ?」

「……」

 胡乱が黙る。

「知ってるんだぜ、俺は。不完全変体刀が四季崎の作ったものではないと気付いてるのはほんの僅かだということが。
 そしてここに来た本当の目的は、口封じだということが」

 御前崎はまっすぐに胡乱の目を見据える。

「いいさ。それでも四季崎の幻想の方が、俺が未来に作るかもしれない千本の刀より価値があるというのなら、今すぐこの名刀-銘を強奪して俺を斬り捨てればいい」

「ほら、やってみろよ!」

 御前崎の言葉に。
 三人は目を逸らした。

133: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:05:53.36 ID:xU9zRIHn0

 不要湖、四季崎記崎の工房があった場所。
 満天の星空の下、ガラクタの上に腰掛ける御前崎は指の間から星を眺めていた。

「御前崎さん」

「なんだい、敷島さん」

「なぜ、あんな無茶な交渉を仕掛けたんですか? 正直、あなたの刀なんて四季崎の銘が無ければただのガラクタでしょう。
 四季崎の幻想の方が大事だと言われたらどうするつもりだったんですか?」

「言うじゃないか、敷島さん……」

 御前崎は両手を地面に付き、首だけを動かして敷島を見る。

「まぁ、強いて言うなら」

「四季崎に勝ちたかったから、かな」

 その言葉に敷島は一つため息を吐いた。

「そうですか」

134: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:08:58.50 ID:xU9zRIHn0

「四季崎と言えば……知っていますか、御前崎さん。完了形変体刀」

「虚刀-鑢と全刀-錆か……」

 敷島は御前崎を試すように問いかける。

「詳しいことは僕もわかりません、ですが完全変体刀すら完了形変体刀のための試作だというならば。
 あなたはまだ四季崎を超えたということにならないんじゃないですか?」

「まー、それは追々考えるよ」

 御前崎は笑った。

「俺達にはまだ未来がある、明日があるからな」

「聞いた私が馬鹿でした。それではさようなら」

「じゃーな、敷島さん。また明日」

「ええ」

 敷島は軽蔑したように、けれどどこか満足そうに。
 御前崎の元から離れて行った。

 御前崎は足元のガラクタの下にある四季崎の工房へ向けて呟いた。

「ざまーみろ、四季崎」

 俺達が人だ、これからは俺達が歴史だ。

 それだけ言うと、御前崎はまた満天の星空に視線を移した。

135: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:09:27.34 ID:xU9zRIHn0

 一本目 真庭の里にて孑々は蜘蛛と馴れ初めた。

 二本目 自称好敵手は、本物の好敵手になった。

 三本目 弟は初めて姉離れを考えた。

 四本目 三途神社の巫女達に二つ目の心の支えができた。

 五本目 死霊山に緑が芽吹いた。

 六本目 無名だった刀鍛冶は、初めて歴史の革命者に勝利した。

136: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:10:31.45 ID:xU9zRIHn0

 この後、御前崎遠州は本当に四季崎記崎を超えられたのかどうかは定かではない。
 不完全変体刀は六本目を以て一切作られなくなった。
 御前崎遠州のその後の行方は誰も知らない。
 再び名を変えて誰かの贋作を作っているのか、はたまた刀以外の物を作っているのか、それともあれ以降落ちぶれて野垂れ死んだのかもわからない。

 ただ一つ言えるのは、御前崎遠州はほんの少しだけ未来を変えることができたということ。
 四季崎記崎と比べると、その違いは微々たるものなのかもしれない。実に無意味極まるものなのかもしれない。
 だけど彼は確かに生きていた。
 この世界に生きていた。

 負けた者と挫けた者と朽ちた者達の、どうしようもない話。
 無意味で、不完全で、未完成で、節操もとりとめも無い、不合理な物語。
 十一語はここで幕を下ろすのでございます。

137: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:11:01.37 ID:xU9zRIHn0

般若丸

年齢   21歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富嶽三十六剣
身長   五尺二寸
体重   十三貫
趣味   能鑑賞

必殺技
斬り払い


灰賀 欧

年齢   31歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 鉤爪
身長   五尺四寸
体重   十二貫四斤
趣味   歌合せ

跳び斬り


胡乱

年齢   26歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 なし
身長   六尺四寸
体重   二十三貫四斤
趣味   西洋将棋

尾張拳法

138: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/11(日) 19:12:56.21 ID:xU9zRIHn0
次からは改めて読み直してから気付いた、
気に入らない所や誤字脱字を直した再放送バージョンをお送りします。

一応幕は引かれましたが、よろしければもうしばらくお付き合いください。

142: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:41:28.19 ID:w5WQQqGq0
それでは十一語、再公演。
はじまり、はじまり。

143: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:42:31.28 ID:w5WQQqGq0

 かつて将軍家の腹心中の腹心と呼ばれた十一人の戦闘集団があった。

 家鳴将軍家御側人十一人衆。

 それぞれが四季崎記崎(しきざき きき)の完成形変体刀の使い手たる実力を持ち、
 四季崎記崎の歴史改竄の切り札である虚刀流の使い手、鑢七花(やすり しちか)を迎え撃った。

 が、その結果は悲惨、無惨、散々に尽きた。
 全員がむべも無く、傷一つ負わせることなく敗北し、賊刀『鎧』と毒刀『鍍』の担当者は死亡し、
 七花からは誰一人正当な持ち主に及ばぬと吐き捨てられ、将軍暗殺を許すという天下最悪の恥を列ねることになった。

 本来なら一人残らず打ち首獄門に課せられるところだが、
 彼ら彼女らよりも強い者が幕府には存在しなかったこと、体制がガタガタになりいつどこから反乱が起ってもおかしくない情勢、
 そして次期将軍の座を巡ってさながら伏魔宮と化した幕府の内で信用できる存在が彼ら彼女ら以外に居なかったことが首の皮一枚を繋げた。

144: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:44:33.58 ID:w5WQQqGq0

 彼ら彼女らの大罪は三つある。

 一つは言うまでも無く将軍暗殺を許したこと。
 二つは一本で一国を買えると謂われるほどの完成形変体刀の破壊の責任。
 三つは御側人でありながら最悪の反逆者である否定姫の思惑に気付けなかったことである。

 一つ目と三つ目、将軍暗殺の実質的な主犯にして四季崎記崎の子孫である反逆者‐否定姫。そして実行犯の鑢七花。
 彼と彼女の処断が最優先事項である。しかし家臣達は口を揃えてそれを拒否した。
 大乱での虚刀流の活躍は誰もが周知であったし、何より文字通り一騎当千の力を見せ将軍暗殺をたった一人で敢行し、
 あまつさえ一撃で城を一刀両断した怪物を倒せるわけはないと諦めていた。
 それどころか今度彼の怒りを買ったら、幕府解体どころか国家滅亡の危機すらある。
 もはや七花は全藩が満場一致で接触厳禁の怪物だと結論付けられていた。
 もう一人の方、否定姫は各地で強盗や窃盗を働いているらしいが、彼女の蛮行も不問にせよとのことだった。理由は単純明快、七花の現所有者だから。
 かつての七花の所有者である奇策師を凶刃に掛けた結果が将軍暗殺である。また七花の逆鱗に触れた時、はたして将軍暗殺で済むか考えるだけでも怖ろしい。

 二つ目の罪、十二本の完成形変体刀の穴埋めだけが名誉挽回の頼みの綱、いや蜘蛛の糸だった。
 完成形変体刀の十二本の他に、幕府が所有していた九百八十八本の四季崎記崎の刀も何者かによって破壊され、もはや幕府は取り返しの付かない損害を抱えていた。
 なにより『所有すれば天下泰平』の幻想が奪われ、もうなにを信じればいいのかなにを拠り所にすればいいのかわからぬ状態であった。

 そんな所に飛び込んできたのがとある小さな噂だった。「四季崎記崎の製造した刀は実は千と六本だった」という秘かな伝承。
 四季崎記崎はそのあまりの特異性とあまりの未完成さに匙を投げ、存在を抹消したと謂われる裏の六本。
 その六本は十二本の完成形変体刀に準え、『未完成形変体刀』と呼ばれた。

 信じる物を、拠り所を失った尾張幕府はこの六本を渇望した。まるで失った物を取り戻したい末期の賭博師が如く。

 これはその六本を巡って東奔西走する、地の底までその名が失墜した十一人衆の話。

145: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:45:22.98 ID:w5WQQqGq0



 第一本 抜刀・鉤(ばっとう‐つりばり)


 

146: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:47:00.59 ID:w5WQQqGq0

 伊賀の山地にひっそりとある里があった。
 新・真庭の里。乱世の残差にして遺物である忍者の里。そして今は住む者が無き亡霊の里。

 かつて猛毒の刀があった。毒刀『鍍』。その劇薬さたるや凄まじかった。
 一度その毒が回れば、里の長にして自他ともに認める人格者‐真庭鳳凰(まにわ ほうおう)を乱心させ……愛する里の女子供すら一人残らず皆殺しにするほどに。
 真庭鳳凰の精神は数百年前に朽ちたはずの四季崎記崎に乗っ取られていたと謂われるが、もはやその真相は定かではない。

 ただ一つ言えるのは。

 真庭忍軍は終わりだということ。

147: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:49:13.97 ID:w5WQQqGq0

 亡霊の里の土を再び踏むしのびが現れた。
 袖を切り落としたしのび装束に全身に鎖を巻き、端正な顔立ち。

「……裏切った者とはいえ、思う所も無い訳では無いですね」

 家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、真庭孑々(まにわ ぼうふら)である。
 その先祖は二百年前に真庭忍軍を離反し、将軍家のみに忠誠を誓った。
 孑々はそのことを誇りに思っていた。
 あんな落ちぶれた奴等とは違うのだと、今の自分こそあんな奴等とは一線を画す本当のしのびなのだと。
 それ故に真庭忍軍には鼻持ちならない態度も取り、意気揚々と七花に挑んだ。

 だが結果はどうだ。
 無惨とも言えぬような負け方をし、あまつさえ真庭忍軍のどの頭領にも及ばぬと吐き捨てられた。

 恥じた。
 泣いた。
 なぜあのとき殺されなかったのかと歯噛みをした。

 いっそ腹を切ってしまおうかとも思ったが、同僚たる十一人衆に止められた。
 「今は死ぬべき時ではない」「生きてこそ雪げる恥もあろう」と。
 そうして彼は辛うじて生きている。

 彼に与えられた任務は、『真庭忍軍の最後の生き残りを尾張幕府に抱き込む』ことだった。
 もはや幕府には敵しかいない。
 将軍暗殺を許したことで完全にその威信は失墜した。いつどこから反乱が起こってもおかしくない。
 そんな中で抑止力の一つである、真庭忍軍最後の生き残りを所有するとなれば多少の伯は付く。

 暗殺専門の異端のしのび、真庭忍軍。衰退していたとはいえその強さたるや今更ながら再評価された。
 少なくとも御側人十一人衆よりは頼りになるのは、七花の折り紙つきである。

 そんな中でこんな情報が舞い込んだ。「真庭忍軍には奇跡的に生き残った者が一人いる」と。
 その者の勧誘を孑々は買って出た。真庭忍軍の出自の自分が適任だという以上に、孑々は謝罪したかった。
 困窮を知りながら、ただそれを嘲笑っていたことを。事情を知りながら、自分は何もしなかったことを。

「……」

 今更自分に罪滅ぼしができるだろうか。たぶん、無理だ。
 どう言えば赦されるだろうか。たぶん、不可能だ。

「考えていても仕方がないですね」

 向こうがこちらに心を開かずとも、その時は力ずくで抱き込めばいい話。
 もっとも、自分にはそれすらもができるだろうか。

 そう自嘲したとき、突如。

 攻撃が、開始された。

148: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:50:05.68 ID:w5WQQqGq0

「!!」

 孑々はとっさに飛び退いた、その場所に。
 四発の撒菱が着弾した。

「これは……毒菱か!」

 射線上を追うと。
 そこには袖を切り落とし、全身に鎖を巻きつけたしのび装束の少女が居た。

「忍法 劣化撒菱指弾。ありがたく思え、本物は百発百中だったぞ」

 少女は口元を吊り上げた。

「ようこそ、新・真庭の里へ」

149: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:50:54.41 ID:w5WQQqGq0

「家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、真庭孑々です」

 孑々は少女へ向けてペコリと頭を下げた。

「真庭の名を語るな」

「……失礼、孑々です」

 孑々は懐からお触書を取り出す。

「家鳴将軍からの直々のお達しです。真庭の里の最後の生き残りの方かと存じます。単刀直入に申し上げると、尾張幕府に仕えて頂けませんか?」

「……」

 少女は冷めた目で孑々を眺めると。
 肩を揺らして笑った。

「忍法 劣化爪合せ」

「!?」

 突如、伸びた少女の爪が。孑々の手にあるお触書を切り裂いた。

「断る」

 少女の瞳が憎しみに燃え上がった。

150: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:51:35.02 ID:w5WQQqGq0

「……なぜです、あなたとて行き場の無い方でしょう」

 孑孑がそう言うと、少女は爪を元の長さに戻しながらギロリと孑々を睨みつけた。

「どの口が言うか、裏切り者が。真庭の里の困窮を知りながら何の支援もせず、乱世の遺物と切り捨てようとしておきながら今更なんだ」

「……」

 孑々は目を伏せ、言い返す。

「そのことについては返す言葉もありません。僕も今更赦されるとも思っていない。
 ですがここは割り切れぬところを割り切って、お互いのために取引をしましょう」

「言うな、言葉はもう不要」

 少女は目を見開いた。

「私を抱き込みたくば力づくでやってみろ……!」

151: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:52:37.95 ID:w5WQQqGq0

 孑々はくないを両手に構え、少女の目を見据える。

「失礼ですが僕とて家鳴将軍家御側人十一人衆の末席を汚す者。
 その力は十二頭領の方には及ばないといえど、あなたのような子供に負けるつもりはありませんよ」

「ふふふ、かもね。でも私にはこれがある!」

 突如少女の周囲に四本の刀が現れた。
 左右の腕に二本ずつ、合計四本の刀。
 その刀は根元が少女に腕輪のように繋がり、一本一本がまるで蜘蛛の足のように二節に別れていた。

「!?」

「未完成形変体刀の一本にしてこの世で最も自在な刀、抜刀『鉤』! 打・刺・斬のあらゆる剣技を全てこなせる刀!」

「私はこれを元手に真庭の里を再興する! 私がいる限り真庭忍軍は終わりじゃない!」

 少女は高らかに笑う。

「自己紹介がまだだったわね。私は真庭忍軍十二頭領代理・真庭鬼蜘蛛(まにわ おにぐも)! 通称『八ツ手の鬼蜘蛛』!」

152: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:57:46.82 ID:w5WQQqGq0

 未完成形変体刀、まさか真庭忍軍の生き残りが所有していたとは。
 孑々は感じる。かつて持ち主とは認められていなかったといえど、完成形変体刀の一本を使った者。
 そして同時に驚く。その刀は完成形変体刀とは全く違う威圧感を放っていることに。

 本当にこれは四季崎記崎の作った刀なのか? そう疑問を抱きかねないほど、その刀は異色で異形だった。

「そして八ツ手の鬼蜘蛛の由縁は! 私は真庭忍軍十二頭領の方々の八つの技術を劣化版で身に付けている!
 もっとも、特別な体質が必要だった鳳凰様、蝙蝠様、人鳥様、川獺様の力は劣化版すら身に付けられなかったけどね!」

「くっ……!」

「まずは見るがいい。刺突の剣技、劣化真庭剣法!」

 鬼蜘蛛が跳躍する。孑々の居る場所へ左手を伸ばすと、二本の刀から一瞬で数十の刺突放たれる。
 孑々は辛うじてくないでそれをいなし、後ろへ跳躍する。
 と、同時に。 大気を蹴り、その反動で鬼蜘蛛へ急接近する。まるで羽が生えているかのごとき動きだ。

「重さを消す忍法 足軽か、確かそれは二百年以上前からある由緒正しい忍法だったわね」

「そうですよ、そして僕のは劣化版なんかじゃない!」

「それがどうした! 劣化版以下の風化版で私に勝てると思っているのか!」

 鬼蜘蛛は地面を蹴り高々と跳び上って孑々を躱す。

「忍法 劣化足軽! からの劣化真庭剣法!」

 鬼蜘蛛は直後に体重を戻す。重さを伴った数十の刺突が上から孑々を襲う。
 孑々は飛び退き回避しようと努めるが、数十の内の一つが孑々の腕を捉えた。

「!?」

「っはー! 手応えあり!」

 血飛沫をあげる孑々がくないを投げ捨てる。

「殺さず、怪我させず、ですか。難儀です」

 着地した鬼蜘蛛へ再び突っ込む孑々。
 忍法 足軽を利用した高速移動だ。

「速い、けど無手じゃただの餌食だ! 忍法 劣化渦刀と抜刀『鉤』の合わせ技」

「限定奥義『七転抜刀(しちてんばっとう)』!!」

 四本の刀が高速で回転し、孑々を切り裂かんとす。

「一撃貰っちゃうけど、私はその直後に百撃入れる!」

「いいえ、一撃で十分です」

 孑々の掌底が鬼蜘蛛の腹を捉える。

「あなたの言葉を借りるなら、忍法 風化渦刀!」

「!?」

153: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 00:58:48.84 ID:w5WQQqGq0

 掌底を貰った瞬間。
 鬼蜘蛛の腹の血流が渦巻き、肉を捩じる。
 鬼蜘蛛は内臓を掻き回されるような激痛に腹を押さえて倒れ伏した。

「く、ぁ……! がはっ! げほっ!!」

 肩を上下させる孑々は、一つ大きく息を吐く。

「やはりどれだけ忍法をつかえても精神は子供、この程度で戦闘不能になるとは」

「ふ、ざけんな……こんな忍法、私は知らない……!」

「あなたの知らないこともあるということですよ」

 孑々は倒れる鬼蜘蛛を見下ろす。

「さて、僕の勝ちです。大人しく要求を呑んでください」

「……まだだ」

「往生際が悪いですよ」

「まだ私にはこれがある!!」

 鬼蜘蛛は腕に巻かれた包帯を解くと、そこには紫の刺青があった。

「二百年も真庭から離れているお前にはわからないだろうな!
 私は狂犬様の『感染者』だ! 今より私の人格を狂犬様が乗っ取る!」

「なっ!?」

「ははははははっ! 覚悟しろ! 狂犬様は何百年もの間、あらゆる女強者の精神・技術を乗っ取り、
 その全てを吸収してきた最強の女しのび! お前なんか一捻りだ!!」

「や、やめっ――!」

「もう遅い、忍法 狂犬発動!!」

 紫の刺青が鬼蜘蛛の腕を走った。

154: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:00:44.45 ID:w5WQQqGq0

「降伏する」

「!?」
「!?」

 刺青は全身に広がるはずが、広がったのは鬼蜘蛛の腕だけだった。
 そして腕が喋りだす。
 二百年前の忍者にとっての忍法の初歩の初歩、実体が無くとも話すことができる忍法 音飛ばしだ。

「そちらの勧誘、ありがたく受けさせていただく。よろしく頼むわ」

 驚愕したのは鬼蜘蛛だった。

「狂犬様! なぜ!?」

「鬼蜘蛛ちゃん、今更私に鬼蜘蛛ちゃんを真庭に縛る資格なんてない」

 粛々と、まるで涙を堪えるように、狂犬の意思は語る。

「私の感情に任せた独断専行のせいで川獺ちゃんは死んだ。私の感情論のせいで真庭の里は追いつめられた。
 滅びゆく真庭の里に何もできなかった私に、あなたを縛る権利なんてない」

「……っ!」

 言葉に詰まる鬼蜘蛛に、狂犬の意思は幼子に言い聞かせるように語る。

「鬼蜘蛛ちゃん、諦めましょう」

「もう無いのよ、真庭の里は」

155: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:01:20.05 ID:w5WQQqGq0

「まだだ……」

 鬼蜘蛛は目にいっぱい涙を湛えて怒鳴り返す。

「まだ、まだ私がいる! 終わりじゃない! 終わりじゃないもん!!」

「そうですよ、終わりじゃありません」

「!?」
「!?」

 口を挟んだのは孑々だった。

「血は薄いですが、裏切り者ですが。僭越ながら真庭の生き残りはここにも居ます」

「鬼蜘蛛さん」

 孑々は帽子を取って、跪き、鬼蜘蛛に視線を合わせた。

「一緒に真庭を再建しましょう」

156: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:02:26.82 ID:w5WQQqGq0

 鬼蜘蛛は頬を赤らめ、ぷいとそっぽを向くと。
 小声で呟いた。

「ズルい、顔がいいって……」

「?」

「ええ、私が認めるわ。ただし真庭孑々殿、いえ孑々ちゃん」

 どこか意地悪そうな声で呟く。

「鬼蜘蛛ちゃんを泣かせたら殺すわよ」

「ひぃ!?」

 孑々は頬を引き攣らせながら、愛想笑いを浮かべ、鬼蜘蛛に問いかける。

「あの、それで……勧誘の件ですが」

「受ける」

 鬼蜘蛛はそっぽを向いたまま呟いた。

「はぁ、よかった……」

157: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:03:39.73 ID:w5WQQqGq0

 こうして真庭忍軍最後の生き残り、真庭鬼蜘蛛は晴れて尾張幕府の一員となりました。
 真庭忍軍最後の生き残りを召し抱えたという噂は、多少なりとも幕府の威信を取り返すことができました。

 これから真庭の里の三人の生き残りの話は続くのですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の内の生き残り九人、その残りの八人の話は次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

158: 登場人物紹介 2013/08/12(月) 01:04:49.91 ID:w5WQQqGq0

真庭孑々

年齢   21歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 なし
身長   五尺一寸
体重   十一貫五斤
趣味   古文書・古本漁り

必殺技一覧
手裏剣 忍法 風化足軽 忍法 風化渦刀


真庭鬼蜘蛛

年齢   13歳
職業   忍者
所属   真庭忍軍
身分   十二頭領代理
所有刀 抜刀『鉤』
身長   四尺五寸
体重   七貫三斤
趣味   墓参り

必殺技一覧
劣化真庭剣法 忍法 劣化足軽 忍法 劣化撒菱指弾 七転抜刀

159: 次回予告 2013/08/12(月) 01:06:06.00 ID:w5WQQqGq0

孑々「身長と体重を見たんですけど」

鬼蜘蛛「見るなよ! おなごの体重を!」

孑々「ガリガリですね」

鬼蜘蛛「まともなもの食べられなかったからね、特に里が滅んだ後は……」

孑々「……」

孑々「次回は浮義さんのお話です。なんと元日本最強の剣士・錆白兵が登場。落ちぶれたとはいえその力は健在。浮義さんは一体どう戦うのか!?」

孑々・鬼蜘蛛「「次回、虹刀・錦! ちぇりお!」」

160: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:06:58.51 ID:w5WQQqGq0

 かつて『最強』がいました。
 最強は最強でした。

 そんな最強をみんな恐れて近づこうとせず、偉い人達は最強が怖すぎて最強を仲間外れにしました。

 最強はいつも一人ぼっちでした。
 最強はいつも退屈していました。

 そんなある日、最強の元に『天才』が現れました。
 天才は最強と同じくらい最強でした。
 最強は喜んで天才と遊びました。

 しかしある日、最強と天才は離れ離れになりました。
 でも最強は寂しくありません。
 自分は一人じゃないと、自分よりも強い者はこの世にいると知ることができたからです。

 最強には子供がいました。
 最強は子供に向けて、安らかに語りかけました。

 「最強じゃなくてもいいよ」と。

161: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:07:59.92 ID:w5WQQqGq0



 第二本 虹刀・錦(こうとう‐にしき)


 

162: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:10:07.87 ID:w5WQQqGq0

 土佐、清涼院護剣寺。

 そこは剣士達の聖地であった。
 旧将軍による天下の悪法・刀狩令。この国の剣士の魂全てを奪わんとした暴政。
 その唯一の成果、刀大仏。
 幾千幾万もの刀が鎔かされ、鋳造されたその大仏の荘厳さたるや素晴らしい物だった。

 しかしこの護剣寺を悲劇が襲った。
 虚刀流七代目当主・鑢七花が姉であり、
 稀代という言葉ですら表現しきれぬこの世の歪みから生まれた天才・鑢七実(やすり ななみ)の襲撃である。
 剣士の聖地に恥じぬ軍事力はあった、百もの鍛えに鍛えられた僧正たちが迎え撃った。
 が、七実の前には塵芥にも及ばぬ、ただ踏まれるだけの草であった。
 護剣寺は蹂躙されつくした。僧正達防衛隊は僅か一晩のうちに皆殺しにされ、護剣寺は七実によって占領された。

 そんな化け物を倒したのが、未だ完了形変体刀として覚醒していなかった虚刀流七代目当主・鑢七花と、奇策師とがめであった。
 いや、倒したというべきなのだろうか。
 ほぼ自滅のような形で七実は落命した。

 七実の遺体は護剣寺の西の山に祠を立てて埋葬され、刀大仏と共に剣士達の聖地となった。
 忌まわしい存在もそれがあまりに偉大なモノならば、人は憧れに近い感情を抱くのだ。

 刀大仏と鑢七実、形は違えど剣士達の怨敵であり、目標でもあった。

163: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:12:08.60 ID:w5WQQqGq0

 吹きさらしの刀大仏を眺める男がいた。
 杖を突いていることから、足が悪いことがわかる。
 その顔は女も男も魅了するようなの美貌、女に見間違うような長い白髪を全て後ろに流した総髪だった。

「……」

「なにか思う所はお有りですかな」

「……母に最も近しかった者に会いに来たでござる」

「ほう、それはそれは。どのようなお母様だったのですか?」

「今昔において最強、だったでござる」

「へえ、聞き捨てなりませんね。あの天才・鑢七実よりも強かったのですか?」

「互角だったと聞いているでござる、唯一本気を出して喧嘩できる仲だったと聞いているでござる。
 だが真偽はわからぬ。もうどちらも死んでいるのだから」

「そうですね、死んでしまってはどうにもならない。全てが有耶無耶になる。そう、今のお前のようにね!!」

 杖を突く男に、話しかけていた男が大きく手を振ると。
 周囲の建屋から数十人の武装した僧正達が現れ、二人を包囲する。

「会いたかったぞ! 錆ぃ!!」

「久方ぶりでござるな、浮義」

 錆と呼ばれた杖を突く男に、語りかけていた浮義と呼ばれた男は、
 錆と呼ばれた男と同様に女と見間違うような長い白髪を全て後ろに流した総髪で、兎のように赤い目をしていた。

 家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、浮義待秋(ふぎ まつあき)。
 彼の任務は『元日本最強の剣聖にして幕府を裏切った堕剣士・錆白兵(さび はくへい)の討伐』であった。

164: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:13:43.06 ID:w5WQQqGq0

 浮義は腰に刺した刀をすらりと抜いて語りかける。
 富岳三十六刀工の三十六本の名作、富岳三十六剣が一本だ。

「おっと、逃げようだなんて考えない方がいいぜ。お前は今や百を超える武装した僧正達に包囲されている」

「……」

「しかしまぁ、懐かしいな。こうして顔を突き合わせて話すのはいつ以来だ?」

「二年前以来にござる」

「ははは、そうだったか。しかし残念だよ、錆。仲が良かったとは言えないが、それでも長い付き合いだ。
 それが二年ぶりに語り合うのが、まさか殺し合いだなんてな」

「いや、違うな。僕は本当はずっと錆と戦いたかった! ずっと戦える日を待っていた!」

「……相変わらずよく口が回るでござるな、浮義」

「お前は相変わらず無口だな、錆!」

 カラカラと笑う浮義だが、一つため息をついて錆を見据える。

「しかし不満と言えば不満だ。一命を取り留めたとはいえ、お前がそんな重症だったとはな。
 全盛のお前と戦いたかったが、今はもう詮無きことか……」

「抜けよ、錆。決闘だ」

「仕方ない……」

 錆は杖を突いていない手でスラリと鞘から刀を抜く。

「なっ!?」

 その刀は、鮮やかな七色の光沢を放っていた。
 いや違う。

 刀身そのものが虹のように鮮やかな七色なのだ!

「なんだ錆……、なんだその刀は!?」

「刀は見る物にござらん、斬る物でござる」

 その七色の刀を振りかざすと、錆は言い放った。

「拙者にときめいてもらうでござる」

165: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:14:39.63 ID:w5WQQqGq0

 浮義とて一流の剣士。
 その刀身を見るや、一瞬で理解した。

 錆の持つあの刀は、間違いなく未完成形変体刀!!

「は、はは……驚いたよ錆。まさかお前が未完成形変体刀を入手していたとはな!」

「いや当然かつ必然か。刀は持ち主を選ぶ。ならば最も刀に愛された剣士であるお前に、未完成形変体刀が集まるのは明白!」

 浮義の額に一筋の冷や汗が伝う。

「だがな、錆。知っているだろう! お前のお得意の爆縮地も一揆刀銭も僕が完成させた技術だ! お前との剣士としての才覚は互角のはずだ!」

「才覚は互角でも、実力が互角とは限らないでござる」

「言うじゃないか、もはや言葉は不要! と、言いたいところだが」

「その刀の名前を教えてくれるか。幕府に献上する際に聞かれたら困るのでね」

「未完成形変体刀が一本、虹刀『錦』でござる」

「ありがとう、それではいくぞ! 白兎開眼!!」

「限定奥義『遊虹刀飄(ゆうこうとうひょう)』」

166: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:16:17.89 ID:w5WQQqGq0

 決着は一瞬だった。

「!?」

 浮義の刀は宙を舞い、杖による足払いで浮義は無様に地面に這いつくばった。
 最も鮮やかな刀、虹刀『錦』。その場の者は皆、虹刀『錦』の優美なる一撃に心を奪われた。

 いや、美しかったのは錆の剣技なのだろうか。

 そんなことはどちらでもいい。重要なのは。
 浮義は得物を奪われ、無様に地面に倒れ伏している事だ。

「ま、待て……! 勝負はまだ……!」

「これからどう戦うつもりでござるか」

「っ!」

 内心、わかっていたことだ。
 自分が錆白兵に敵うわけなどないと。
 幕府で共に行動していたからこそわかる、自分と錆との埋めようのない差。
 ただひたすら劣等感を煽られた、ただひたすらに憧れた。

 薄刀『針』を蒐集した途端、幕府を裏切ったと聞いた時。
 苛立ちながらも羨望の念を募らせた。最高の剣士に最高の刀、そしてただ一人の剣士として生きる孤高の姿勢。
 まさに究極の剣士だと思った。

 巌流島で鑢七花に敗北したと聞いた時。
 幻滅し、失望した。あの日初めて大酒を飲んだ。
 最強の剣士だと思っていた、負けることなどありえないと思っていた。
 その幻想が打ち砕かれた時、さながら親兄弟に裏切られたような気持ちになった。

 だが、その幻想は再び芽吹く。
 「錆白兵は健在だ!」「やはり錆白兵は日本最強だった!」
 浮義はその事実に目を潤ませた。

167: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:17:23.49 ID:w5WQQqGq0

 錆は浮義に背を向ける。

「さて、それでは拙者は逃げさせてもらうでござる」

「ま、待て……!」

 浮義は錆の袴を掴んだ。
 さながら菩薩の手に縋る地獄の亡者のように。

「待て、待ってくれ錆……!」

 『日本最強の錆白兵』の幻想が再び浮義の中に芽吹いた時。
 浮義はとある野心を抱いた。

 自分は無惨に無様に錆白兵に負けた。さながらかの怪物、鑢七花に相対したときのように。
 だがどうだ、結果はどうだ!?
 鑢七花には手も足も出ず負けはしたものの、彼に手加減できない程度に本気を出させた。
 錆白兵には同じく手も足も出ず負けた、しかも思いきり手加減されて。

 これはつまり。

 錆白兵ならあの怪物を超えられるということではないか!?
 錆白兵ならかの日本最悪の怪物を討ち取れるということではないか!?

 錆白兵は振り返り、冷めた目で浮義を見下ろす。

「錆、錆、頼む。最強の剣士だろう、日本最強なのだろう! 野心はないか?
 お前なら薄刀の件を帳消しにしてなお余りある名誉が手に入るぞ!
 天下だ! お前なら天下が取れる! 未来永劫最強の剣士としてその名を残すことができる!」

「だから、頼む! 討ち取ってくれ、虚刀流を! 乱世の狂人が残した最悪の怪物を!」

「……浮義」

 錆は小さく笑った。

「この後、一杯やらぬか?」

168: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:19:22.89 ID:w5WQQqGq0

 護剣寺の座敷間にて。
 錆と浮義は粗末な葉物を肴に杯を交わしていた。

「――と、いうわけで拙者の一族は完了形変体刀‐全刀『錆』であり、もう一つの完了形変体刀‐虚刀『鑢』と鎬を削った。
 そして拙者の代でどちらが歴史の改変者に相応しいか、その決着がついたのでござる。拙者の敗北という形で」

「……なんというか、壮大な話だな」

 予想以上に規模の大きな話に、浮義は鼻白んだ。

「だがな、錆。答えになってないぞ。今のお前なら虚刀流に勝てるんじゃないか?」

「そうかもしれないし、そうでないかもしれないでござる。ただ拙者にその気はないでござる」

「……どうして?」

「もう戦う理由はないからでござる。四季崎記崎の怨念は完全に消滅した、もう拙者は全刀『錆』ではないからでござる。
 やっと数百年の呪縛から解放されたのだ、また四季崎記崎の因縁などまっぴらでござる」

 錆は夜空の満月を見上げると、少し赤くなった顔で笑った。

「これからどうするんだ?」

「虚刀流はこの日本のどこかで自由に生きていると聞くでござる。拙者もそれに倣って、自由に生きてみたい」

「だから、これももういらないでござる」

 錆は鞘に収まった虹刀『錦』を浮義に差し出した。

「日本最強の名も、未完成形変体刀の所有者の資格も、捨てて生きたいと思う。それより明日の路銀の方が大事でござる」

「だからこの虹刀『錦』、幕府に売るでござる」

「ふふっ、まったく……。カッコいいなぁ、錆は……」

 浮義は足を崩すと、カラカラと笑った。

「いいよ、言い値で買おう。それよりも錆、この刀を売った後の刀はどうする気だ?」

「さぁ……? その辺で買うか、または奪うでござる」

「駄目だよ錆。たとえ日本最強であろうとなかろうと、剣士は一日でも一瞬でも丸腰じゃいけない」

 浮義は鞘に収まった刀を差し出した。

「僕の刀を譲るよ、そこそこの名刀だぞ。ああ大丈夫、これで虹刀『錦』をまけてもらおうなんて思ってないから」

「かたじけない」

 錆と浮義は目を合わせて笑い合った。

169: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:20:00.89 ID:w5WQQqGq0

 朝、護剣寺を出る二人。その足取りは軽く、表情も明るかった。

「さて、虹刀『錦』。新しい使い手も探さなくちゃな」

「浮義が使い手になればいいでござる」

「……駄目だ、僕では。薄刀のときも散々だったんだから」

「大丈夫でござる。たとえすぐに使い手と認められなくとも、何日も何年もかけて刀に認められるようにすればいいでござる」

「できるかな」

「できるでござる、なぜなら」

 錆は笑いかけた。

「浮義は拙者の好敵手なのだから」

170: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/12(月) 01:21:42.71 ID:w5WQQqGq0

 こうして浮義待秋は虹刀『錦』を幕府へ献上しました。
 かつての堕剣士・錆白兵については、浮義待秋の証言と四季崎記紀の研究により。
 虚刀『鑢』に匹敵する怪物、全刀『錆』であることが認識されました。
 錆白兵の人相書きは回収され、錆白兵は鑢七花同様に接触厳禁の存在とされたのでございます。

 こうして日本を旅する孤高の剣士がいるという噂が立つことと、
 浮義待秋はこの世で最も鮮やかな刀を振るうことになるのですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り七人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

171: 登場人物紹介 2013/08/12(月) 01:22:28.20 ID:w5WQQqGq0

浮義 待秋

年齢   23歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富岳三十六剣
身長   五尺五寸
体重   十二貫三斤
趣味   剣術

必殺技
爆縮地 一揆刀銭 刃取り 白兎開眼


錆 白兵

年齢   21歳
職業   剣士
所属   無所属
身分   浪人
所有刀 虹刀『錦』
身長   五尺五寸
体重   十二貫
趣味   剣術

必殺技
逆転夢斬 速遅剣 刃取り 遊虹刀飄

172: 次回予告 2013/08/12(月) 01:23:54.98 ID:w5WQQqGq0

浮義「ようやく僕は自他共に認める錆の好敵手になったぞ! それにしても僕達本当は仲良かったんじゃないか?」

錆「最初の雑談してる間は誰だか本気でわからなかったでござる」

浮義「えっ」

錆「それにしても白兎開眼ってあれはないでござる」

浮義「う、うるさい!」

浮義「次回は鬼宿と墨ヶ丘の話だな。敵は但馬の国に召し抱えられた姉弟浪人、
    一万人斬りの子孫、宇練白金と宇練黒金。そして謎の男、御前崎遠州登場! 彼の目的とは!?」

浮義・錆「「次回、対刀・鋏! ちぇりお!!」」

浮義「思ったんだけど、僕みたいな幕府の人間がちぇりおと叫ぶのは不謹慎じゃないか?」

錆「知らないでござる」

176: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:45:16.32 ID:3hDLiQeN0

 某国、某工房。
 そこは刀鍛冶としては中級程度だが、資料庫としては一級品というべき工房だった。
 そこの中央の長椅子に座するはこの工房の主、御前崎遠州(おまえざき えんしゅう)である。

「さて未完成形変体刀、いったいどうなってるのですかねぇ」

 御前崎は資料をぱらぱらとめくりながら一人ごちる。

「ちゃんとした持ち主に渡ってりゃいいんですけど……。変な奴の手に渡ってボキボキ折られるなんて嫌ですぜ、俺は」

 御前崎は資料を棚に戻すと声を上げる。

「岬! 岬! ちょっと頼みたいことがあるのですが」

 そこに現れたのは長い髪を後ろ結いにした少年だった。

「敷島と呼んでください、気安く名前で呼ばないでください虫唾が走ります。私も御前崎さんと呼ぶので」

「……敷島さん、ちょっと但馬の方を見て来てくないですか」

「但馬? ああ、対刀の。自分で行けよ」

「……いや、俺は出雲の方を見にいくのですが」

「そうですか、死なない程度にお気をつけて」

「……息をするように毒を吐くのはやめてくれないですかねぇ」

 敷島が工房を出ていくのを見送ると。
 御前崎は口元を吊り上げる。

「さて、幕府は未完成形変体刀のことをどこまで知っているのですかねぇ?」

177: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:45:44.29 ID:3hDLiQeN0



 第三本 対刀『鋏』


 

178: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:47:14.79 ID:3hDLiQeN0

 但馬の国、反物とコウノトリが有名で美しい海を湛える国。
 その国の代官所の開けた場所に座る二人がいた。

 一人は坊主頭に髭面で僧形の姿をした男、名は鬼宿不埒(おにやどり ふらち)。
 一人はまるで何かに怒っているような人相の水干姿の男、名は墨ヶ丘黒母(すみがおか こくぼ)。

 どちらも家鳴将軍家御側人十一人衆にして、
 鑢七花の将軍暗殺の際は、毒刀の呂桐番外(ろぎり ばんがい)を除けば、最も刀の性質に振り回された二人だった。

 墨ヶ丘は尾張一の獰猛者と呼ばれた猛者であったのに、王刀『鋸』の性質によってその牙が完全に抜かれ、あまつさえわけのわからぬ交渉を七花に仕掛けた。
 鬼宿に関しては大変だった。奇策師とがめの報告を鵜呑みにし、斬刀『鈍』の性質を最大限に引き出すために味方を斬ろうとしたのだ。
 同僚の巴暁(ともえ あかつき)がそれを止めたが、もし味方を斬っていたならば、情状酌量の余地なく打ち首獄門であっただろう。
 もし味方を斬って斬刀『鈍』の限定奥義を発動していたら七花に勝てただろうか?
 否、確信を持って断言する。不可能。全く同じように負けていただろう。

 その二人に与えられた任務が『但馬の代官が所有する未完成形変体刀の蒐集』だった。
 そしておよそ交渉に不向きな二人が駆り出されたことは、その蒐集には戦いが避けられぬことを示していた。

 但馬の代官が示した条件、それは幕府が但馬に課する義務の五年間の免除と、
 対刀『鋏』の使い手である姉弟の浪人に勝つことだった。

179: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:48:16.88 ID:3hDLiQeN0

「ようこそおいでなさられた」

 代官が頭を下げると、鬼宿が首を振る。

「堅苦しい挨拶はやめましょう、わしらの目的はただ一つ」

「対刀『鋏』の蒐集でしょう。そうですね、では」

 左右から女と男が入ってくる。
 二人共長髪で薄い着物を着ていた。

「牢人、姉の宇練白金(うねり しろがね)と弟の宇練黒金(うねり くろがね)です。
 なんとあの刀狩令で斬刀を引き渡さず、一万人斬りを成し遂げた宇練金閣の子孫ですよ」

「……」

 鬼宿は思う。
 ということはこの二人は、奇策師の報告に有った宇練銀閣(うねり ぎんかく)の『なにか』であると。

 そこでようやく墨ヶ丘が口を開いた。

「疑問だな、こんなことをせずともただ義務の免除だけを条件にすればいいものを」

「側用人さま、刀の毒というものをご存知ですか?」

 代官は立ち上がる。

「私にも回ったのですよ! 刀の毒がね! たとえどんなことがあっても手放したくないのですよ!
 決闘を申し上げたのもそのためです、この二人が勝てば幕府にこの未完成形変体刀を渡さない口実ができる!」

「……」

 鬼宿は瞳を閉じる。
 刀の毒か、わからんでもない。
 刀に振り回されたものだからこそ分かる、あの刀を所有したときの高揚感。
 未完成形変体刀にもその毒が帯びていたのか。

180: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:50:14.06 ID:3hDLiQeN0

「さてそれではご覧にいれましょう、対刀『鋏』です」

 長い髪を後ろ結いにした少年が現れた。
 手に持つのは二本掛けの刀台と、それに掛けられた二本の刀だった。
 それは本差と脇差、いや大太刀と小太刀。

 少年が姉の牢人、宇練白金の前へ行くと、白金は大太刀を取り。
 少年が次に弟の牢人、宇練黒金の前へ行くと、黒金は小太刀を取った。

「対刀とはよく言った物でしてな、二本で一対の刀なのですよ。
 無論、二本とも未完成形変体刀たる特性を帯びています。まったく同じね。
 ちなみに今刀を渡しているのは、敷島岬(しきしま みさき)といって未完成形変体刀に縁の深い人物です」

 敷島は刀を渡し終えると、代官の隣に静かに立つ。

 姉弟の浪人が立ち上がる。
 それに合わせて鬼宿と墨ヶ丘も立ち上がった。

「但馬藩、牢人、宇練白金。押して参る」

「同じく、牢人、宇練黒金。押して参る」

「家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、鬼宿不埒。迎え撃つ」

「家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、墨ヶ丘黒母。迎え撃つ」

「向かい合って、はじめっ!!」

 代官が高らかに宣言すると、三人が同時に抜刀し、鬼宿が刀の柄に手を掛けた。

181: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:51:08.29 ID:3hDLiQeN0

 白金の持つ刀は刃渡り三尺の長刀であり、鬼宿と向かい合った。
 黒金の持つ刀は刃渡り一尺半の短刀であり、墨ヶ丘と向かい合った。

 それを確認すると、代官の隣に立つ敷島が口を開く。

「さて、代官様。対刀『鋏』の特性についてご説明します」

「うむ」

「対刀『鋏』とは本来二本が対という意味ではなく、持ち主と刀が対という意味なのです」

「つまり、どういうことだ?」

「限定奥義『共変対刀(きょうへんたいとう)』、と御前崎の阿呆は呼んでいました。対刀『鋏』は最も持ち主の心を反映する刀。
 その刀と持ち主の心が合わせ鏡のように共鳴反応を起こし、持ち主の心を増幅させる刀なのです」

「ほう、ならば面白いことになりそうだ」

 代官はニヤリと微笑む。

182: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:51:51.25 ID:3hDLiQeN0

 白金が間合いに入ったのを見定めると、鬼宿は大きく前へ踏み出して一息に刀を引き抜く。
 間合いを測らせぬ居合抜き。

 だが。

「!?」

 白金の太刀はその居合を弾き飛ばした。

「ふっふっふっ、驚かれましたか鬼宿様」

 代官は舞台の様に大立ち回りをし、高らかに宣言する。

「これが宇練白金の守りの太刀、究極の後出し剣術、『来電』!」

「守らなきゃ……、勝たなきゃ! 私が黒金を守るんだ……!」

 白金はギラギラと光る眼で鬼宿を見据えていた。

183: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:52:39.66 ID:3hDLiQeN0

「……」

 黒金は生気の無い目で墨ヶ丘を見据えていた。

「……宇練黒金よ、やる気はあるのか?」

「ないよ」

 感情の篭っていない声でそう言うと、対刀『鋏』の小太刀を構え直した。

「そうか、ならば一気に決めさせてもらおう」

 墨ヶ丘が上段に構え大きく刀を振り降ろす。
 黒金を捉えたかのその一撃だったが。

「!?」

 黒金はその太刀をギリギリで躱した。
 墨ヶ丘は二撃三撃と刀を振るが、それも黒金の完全に間合いを見切った最小限の動きで躱される。
 かと思いきや。

「なっ!」

「ふっ」

 刀を振り抜かれた直後、黒金は墨ヶ丘の懐に飛び込んできた。
 小回りの利く小太刀が墨ヶ丘を捉えんとした時、墨ヶ丘は慌てて大きく後ろへ飛び退く。

 代官は楽しくて仕方がないという声で高らかに言い放つ。

「そしてこれが宇練黒金の命を命と思わぬ足運び! 『往迦』!!」

184: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:53:51.27 ID:3hDLiQeN0

 鬼宿は白金の様子を感慨深げに眺めて、言い放つ。

「守る物、か……」

 かつて宇練銀閣が口にしていた言葉だと報告書にはあった。
 この姉にもそれなりの事情はあるのだろう、それなりの理由はあるのだろう。
 それを飲み込んで、この姉は弟を守り続けてきたのだろう。
 そしてそれが、二人の宇練と自分の差なのだろう。

「……わしは一体なにを守って生きてきたというのだ」

 鬼宿は思う。
 守る物、自分にとっては家鳴将軍か? いや、大事な時に欠片も守れていなかった。
 そんな事を口にする資格は無い。

 どうあっても二人の宇練には自分は届かないのだ。
 剣速も、心も。

 ならば届かないなりに戦うだけだ。
 宇練銀閣の神速の居合、零閃を攻略した虚刀流のように。

「……」

 鬼宿は再び鞘に刀を納める。
 後出しの剣術というだけあって、白金は刀を下段に構えなにもせずそれを見ていた。

「果たして防げるかな、わしの居合は音速へと達するぞ」

「音速程度、なんの自慢になるの?」

「違いない!」

 鬼宿は飛び込み、居合を放った。

185: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:54:30.32 ID:3hDLiQeN0

 鬼宿を迎撃する白金の来電。

「!?」

 驚いたのは……白金だった。
 鬼宿が居合を抜いたのは腕だけだった。
 その手に刀は掴まれていなかったのだ。

 刀の間合いを完全に見切っていた白金は、守りの太刀を空振りした。

「やはりな、腕を見て太刀を未来視していたのか。究極の反撃の太刀でも、攻撃が偽物ならどうにもなるまいな!」

 鬼宿は懐へ飛び込むと、白金の細い体へ当身をした。

「がっ!」

 吹き飛ばされ倒れる白金。
 鬼宿は音速で刀を抜き、白金の首元へ刀を突きつけた。

「勝負あった!」

186: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:55:33.37 ID:3hDLiQeN0

 黒金の様子に、墨ヶ丘は怪訝に眉をひそめた。
 まるで生気が無い、人形と向かい合っているようだ。
 いや、この黒金の様子はそれすらも超えていた。

 墨ヶ丘がかつて嗅ぎ慣れていた臭い、死臭すら感じるのだ。

「なぜそんなに無気力なのだ? その刀で暗い気持ちが増幅されているのか?」

「いや、この性格は元からだよ。この刀を持ってから特に強くなったけどさ」

「……生きていることは退屈か?」

「それすらわからん。俺はただ姉さんの後について生きてきただけだ、姉さんに守られて生きてきただけだ。
 姉さんが死んだら多分俺も死ぬ。それくらいどうでもいいんだよ、俺は」

 墨ヶ丘は瞳を閉じる。
 空っぽだ、この男はどこまでも自分に中身が無いのだ。

 そして、それはかつての自分だ。
 獰猛で敵を斬ることしか考えることができなかった、かつての自分だ。

「宇練黒金。私もかつて獰猛なだけで、お前のように空っぽな人間だったよ」

「……」

「王刀『鋸』を持って、獰猛さが抜けてようやく私はそのことに気付いた。毒気が抜けてなにもなくなった私の言葉は、誰にも届かなかった」

「その対刀に出会うより先に王刀に出会えてよかった。自分が空っぽだと気付かぬまま増長しなくてよかった」

「宇練黒金よ、これはなんのことは無い。ただの人生の先達としての助言だ。
 空っぽのまま何も考えないのも楽だが、満たされた人生は楽しいぞ」

187: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:56:39.56 ID:3hDLiQeN0

 黒金は目を丸くしてそれを聞いていたが、俯いてクツクツクツと笑った。

「なるほど中身のある言葉だ。だけど全く心を打たない。むしろムカつく」

 黒金は顔を上げる。初めて火のついたその心を、対刀『鋏』は増幅し、燃上させる。

「初めてだ、こんな気持ちは。俺は心の底からあんたを倒したくて仕方がない」

「そうか、ならばやってみろ」

 闘志に燃える黒金を見て、墨ヶ丘もほくそ笑む。
 たとえ毒気は抜けても、この男は根っからの獰猛者なのだ。

 墨ヶ丘は下段に構える。
 なるほど対刀『鋏』、面白い刀だ。
 持ち主と共鳴し、共に戦う刀。持ち主と対で初めて完成する刀……まさに未完成形変体刀!

 墨ヶ丘は大きく一歩を踏み出し斬り上げる。
 しかし当然が如く、間合いは見切られ、最小限の動きで躱される。

「往迦は健在だぜ、これは精神論じゃなくて技術だからな!」

 大きく空振りした墨ヶ丘の懐に、黒金は飛び込む。
 小太刀ならではの小回りの利く動きで、刺突を放つ。
 が、場数の差だろう。墨ヶ丘はとっさに身体をずらした。
 心臓を狙った小太刀は墨ヶ丘の肩を貫いた。

「……」

 墨ヶ丘は笑う。

「満たされたか?」

「……そこそこ」

 墨ヶ丘の刀の柄が、黒金の後頭部を殴打した。

188: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:57:11.29 ID:3hDLiQeN0

 勝負の顛末を見届けた敷島は代官に言う。

「こちらの負けですね」

「ぬぅうううう! 馬鹿な! 宇練姉弟がやられるとはぁああああああ!!」

「……あなたも満足しましたか?」

「えっ」

「刀の毒とか嘘でしょ。大騒ぎしたかっただけ。それでもこんだけ大立ち回りしたら十分でしょう」

「……バレてた?」

「わりと最初から」

189: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:57:59.21 ID:3hDLiQeN0

 こうして対刀『鋏』は宇練姉弟ごと幕府へ奉納されました。
 どうやら幕府はかつて完成形変体刀十二本を、使い手の技量不足から破壊してしまった反省を生かし、
 刀だけでなく使い手も重宝する方針ようでございます。

 さて宇練姉弟は牢人になる前はどこでどのように暮らしていたのかは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り五人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

190: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:58:26.89 ID:3hDLiQeN0

鬼宿 不埒

年齢   36歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富岳三十六剣
身長   五尺四寸
体重   十五貫二斤
趣味   写経

必殺技
居合


墨ヶ丘 黒母

年齢   29歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富岳三十六剣
身長   五尺八寸
体重   十七貫
趣味   演劇鑑賞

必殺技
斬り払い 上段 中段 下段


宇練 白金

年齢   20歳
職業   剣士
所属   但馬藩
身分   牢人
所有刀 対刀『鋏』
身長   五尺
体重   十貫五斤
趣味   溺愛

必殺技
来電 後の先 来電小隊・三機 共変対刀


宇練 黒金

年齢   18歳
職業   剣士
所属   但馬藩
身分   牢人
所有刀 対刀『鋏』
身長   五尺二寸
体重   十三貫五斤
趣味   依存

必殺技
往迦 刺突 往迦特攻 共変対刀

191: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 00:59:08.95 ID:3hDLiQeN0

鬼宿「……」

墨ヶ丘「……」

鬼宿「語り合うことがないな」

墨ヶ丘「私と鬼宿はそんなに仲良くないからな」

鬼宿「次回の主役は巴暁だ。場所はなんと出雲の三途神社。そこへ新たに奉納された未完成形変体刀があるらしい」

墨ヶ丘「対戦相手は三途神社の守護者・凍空こなゆき。怪力相手に千刀流は通用するのか?」

鬼宿・墨ヶ丘「「次回、慈刀・鈴! ちぇりお!!」」

鬼宿「ところでその人相どうにかならんのか? まるで怒られているみたいだ」

墨ヶ丘「鬼宿こそそのふざけた髭は剃ったらどうだ?」

192: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:00:41.51 ID:3hDLiQeN0

 出雲の海岸沿いの茶屋にて、編み笠を被った一人の男が暢気に団子を咥えていた。 背の高い、筋肉質な男である。
 隣にはこの国ではよく目立つ容姿で、気品のある女が茶を啜っている。
 女が男に声を掛ける。

「ねぇ聞いた? 幕府がまた四季崎記崎の刀を集めてるんだって」

「ほー、懲りないな」

「まったくよね。結局人は四季崎記崎の呪縛から抜け出せなかった、四季崎記崎の幻想に依存したままだった。
 虚しくなるわよね。私たちのやってきたことってなんだったのかしら?」

 あきれ返った様子の女とは対照的に、男はのんきに団子の追加の注文をしていた。

「四季崎記崎の刀って、完成形変体刀十二本と幕府が持ってたっていう九百八十八本の以外にもまだあったのか?」

「否定するわ。四季崎記崎の作った刀はきっちり千本よ」

「それにしてもまた集めだすなんて、完成系変体刀よりも凄い刀なのか?」

「否定……できないわねー。実際見たわけじゃないし。『未完成形変体刀』って呼ばれてるらしいわね」

「未完成、なんか弱そうだな」

「完成形変体刀にあやかってそう名付けたんでしょうけど。迷惑な話よねー、一体誰がそんな物作ったのかしら」

「俺ですよ」

 いつの間にか隣に座っていた男がニヤッと笑ってそう答えた。
 それに気付いた女は驚くこともなく、代わりに不快そうに眉をひそめる。

「あなた名前は?」

「御前崎遠州ですよ」

 その男は立派だが薄汚れた着物を着た小柄な男だった。

193: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:01:34.33 ID:3hDLiQeN0



 第四本 慈刀・鈴(じとう-すず)


 

194: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:02:21.65 ID:3hDLiQeN0

 三途神社名物の長い階段の前で。
 眼帯をした女、巴暁(ともえ あかつき)は一つため息を吐いた。
 実に気が進まない。

 巴暁の任務は『出雲の三途神社に奉納された未完成形変体刀の蒐集』だった。

 巴の気が進まないわけは、この千段の長い階段を登らなければいけないからではない。
 自分より圧倒的に優れていると証明された同じ千刀流の使い手、敦賀迷彩(するが めいさい)の縁の地だからでもない。

 三途神社は女性たちにとって有名な場所だからだ。

 三途神社は文字通り黄泉に最も近い神社。
 心に傷を負い、限界を超えるまで痛めつけられ、心身共にボロボロになった女たちの最後の逃げ場。
 その女たちはかつて千刀『鎩』の刀の毒を薬として使って心を癒していたという。
 その千刀『鎩』は奇策師と虚刀流によって蒐集されてしまったと報告書にはあったが、それでも奇策師も相当躊躇ったに違いない。

 そこに再び与えられた薬を再び取り上げようというのだ。生殺しもいいところ。
 故にいくら謀略渦巻く幕府の者と言えど、この任務は相当堪えた。

195: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:02:54.16 ID:3hDLiQeN0

 階段を登っている巴は横目に眺める。
 階段の横に並ぶ奇妙な面をした女たち、黒巫女。
 彼女たちこそ、この三途神社に逃げ込んできた女たち。

 巴はまた一つため息を吐く。

「ようこそ、三途神社へ!」

「!」

 階段の上から幼い声が響く。
 声の主は二人の巫女に挟まれるように立つ、巫女装束をきた童女だった。

「ふふふっ!」

196: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:04:09.83 ID:3hDLiQeN0

 神社の本殿にて巴は座る。
 その前に座る童女を巴は知っている。
 怪力の凍空一族最後の生き残りにして、完成形変体刀 双刀『鎚』のかつての所有者にして、この神社の守護者。
 凍空こなゆき(いてぞら こなゆき)だ。

「えっと、おもてなしの準備も無いんですけど。お酒をお召しになりますか?」

「結構、私は遊びに来たわけではないのでね」

 巴は内心苦い思いをしながらこなゆきに語りかける。

「この神社の代表の方でよろしいか?」

「えっと、うちっちはただの用心棒で……」

「その通りです」

「自信を持ってくださいこなゆき様、あなたがこの神社を代表することに異を唱える者はいません」

 こなゆきの代わりに二人の巫女が答えた。

「この神社は未完成形変体刀を所有していると聞きました」

「ああ、この前貰った刀ですか。大事に使わせてもらってますよ!」

 その答えに巴は内心ますます渋い顔をする。

「単刀直入に言います。その刀、譲ってはいただけないでしょうか?」

「いいですよ」

「!?」

 こなゆきは無邪気に笑った。

「ふふふっ!」

197: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:06:47.51 ID:3hDLiQeN0

 場面は茶屋に戻る。
 御前崎に否定的な女は問いかけた。

「わからないわね。仮にお前が未完成形変体刀の製作者だとして、どうしてそんなものを作ったの?」

「四季崎への怒りと嫉妬、それと反抗心からですよ」

 御前崎は声高に語る。

「刀を作り始めたのは俺のご先祖様からですけどね。でも未完成形変体刀六本は全部俺が作ったんですよ。
 俺のご先祖様は四季崎記紀の刀に惚れ込み四季崎記紀へ弟子入りしようとしたんですよ。だが袖にされたんですねぇ。相手にもされなかったようです」

「そこからですよ。俺のご先祖様は四季崎記崎を憎んだんです。四季崎記崎の刀を憎んだんです。四季崎記崎に対抗しようとしたんです。
 それから何代もかけて四季崎記崎の刀の研究をしたんです、四季崎記崎の技術を超えようと極秘に動き続けたんです……結果」

 御前崎はにやりと笑った。

「四季崎記紀に匹敵する技術の開発に成功したんです。身内贔屓込みですけどね。未完成形変体刀、完成形変体刀と張り合えると思うのですよ」

 否定的な女は訝しげにその男を見据えた。

「それじゃあ、なぜ今更になって未完成形変体刀は出回ったのかしら?」

「俺が売ったからですよ、金のために」

 あっけらかんと御前崎は言い放った

198: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:07:45.78 ID:3hDLiQeN0

 御前崎は目を細めて言う。

「だけど売ったはいいんですけどねぇ、今更になって親心湧いてきたんですよ。ちゃんとした奴に使われてるか気になって、こうして出雲に足を伸ばしたわけです」

「それじゃあこの出雲にも未完成形変体刀があるのかしら」

「ああ、俺の作った刀があるのですよ。三途神社に奉納したんです」

 その言葉に、今まで黙って聞いていた長身の男が口を挟んだ。

「なんで三途神社に?」

「まぁ、話すと長くなるから端的に言うんですけどね」

 御前崎は照れたように頭を掻いた。

「俺は三途神社のこなゆきに惚れてんですよ」

199: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:09:28.09 ID:3hDLiQeN0

 その言葉に二人は唖然とした。

「惚れてるって、こなゆきは12歳のはずだぞ」

「まぁ、細かいことはいいじゃないですか」

「順を追って話すんですけどね。三途神社に奉納した刀だけは唯一俺が金以外のために作った刀なんですよ。
 俺はこなゆきに惚れた、こなゆきを思ってこなゆきのための刀を作ろうと思ったんです。
 で、せっかくだからこなゆきの住む三途神社に役に立つ刀を作ろうと思ったんです。三途神社の黒巫女たちは知ってるですよね?」

 それを聞くと、長身の男は露骨に苦い顔をした。

「黒巫女たちは以前は千刀『鎩』の毒を薬代わりに使っていたんです。確かに不健全ですねぇ。毒で治そうなんてどうかしているのです。
 だけどな、それが例え毒薬だろうと、いきなり取り上げられたら壊れちまう奴だっているじゃないですか。
 いくらこなゆきだって癒しきれないですね。こなゆきは優しいから、こなゆきに救えない奴がいたらこなゆきが悲しむじゃないですか。
 だからこなゆきに救いきれない奴を救うための刀を作ったんです。そうして作られたのが慈刀『鈴』、この世で最も優しい刀ですよ」

 御前崎はにやにやと惚気るように語る。

「慈刀『鈴』の効能、慈鵠刀華(じっこくとうげ)は心的外傷を少しだけ癒すんですよ。流石に身体までは癒せないんですけどね」

「わからねぇな、わからねぇよ」

 長身の男は悲しそうに言う。

「こなゆきのための刀ならなんで未完成形変体刀なんだ。
 未完成形変体刀は幕府が今集めてるらしいじゃないか、また三途神社から取られたらどうするんだよ」

「ああ、それは心配ないですよ」

200: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:10:01.17 ID:3hDLiQeN0

 三途神社、本殿にて。

「はい! 慈刀『鈴』です!」

 呆然とする巴にこなゆきから刀が渡された。
 それは雪のように白い一尺半ほどの長さの小刀だった。受け取った瞬間、不思議と心が落ち着く。

「……いただいていいのかしら?」

「いいですよ、だって」

 こなゆきは笑った。

「いっぱい余ってますからね!」

201: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:10:38.83 ID:3hDLiQeN0

 唖然とする巴に二人の巫女は語る。

「慈刀『鈴』は全部で二千三百本あります」

「千刀『鎩』と違って千本で一本、どれか一本でも欠けたら取り返しの付かない、ということはありませんのでご安心を」

 わなわなと震える巴は鞘から抜いて刀身を観察する。

 雪のように白く、美しい刀だ。
 だが大量生産ゆえか、刀としてはかなり不完全だ。
 指で刀身をなぞってみるが、辛うじて切れたり刺せたりするだけである。
 刀を消耗品として扱う千刀流の使い手である巴ですら、これは刀としては使えないと思うほどである。

 そうして巴は別の角度から真実に辿り着く。
 「これ絶対四季崎記崎の作った刀じゃない」と。

202: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:11:13.16 ID:3hDLiQeN0

 日暮れの茶屋にて御前崎は二人に手を振って別れた。

「さよならですねー!」

「おう、それじゃあな」

「また会えるといいわね」

 二人が見えなくなるほど離れた頃、御前崎は一人ごちる。

「あーあですねぇ。三途神社、男人禁制とかで結局入れなかったのですねぇ……」

「あ、そういえばさっきの二人から名前聞くの忘れたのですねぇ」

「……まぁ、いいですか」

 そうして御前崎は夕陽に染まる丘の向こう側へと消えていった。

203: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/13(火) 01:11:41.35 ID:3hDLiQeN0

 こうして四本目、慈刀『鈴』も無事幕府へ献上されました。
 御前崎遠州の野望が、家鳴将軍家御側人十一人衆と交錯するのはそう遠くない日でしょう。

 三途神社は今日も傷付いた女たちを癒しています。
 凍空こなゆきと黒巫女たちの日常は毎日が事件の連続ですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り四人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

204: 登場人物紹介 2013/08/13(火) 01:12:27.45 ID:3hDLiQeN0

巴 暁

年齢   25歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富岳三十六剣×5
身長   五尺八寸
体重   十二貫五斤
趣味   料理

必殺技
走法・地抜き 一刀・一文字斬り 二刀・十文字切り 地形効果・刀幻境


凍空 こなゆき

年齢   12歳
職業   神職
所属   三途神社
身分   巫女
所有刀 慈刀『鈴』
身長   四尺四寸
体重   八貫九斤
趣味   散歩

205: 次回予告 2013/08/13(火) 01:13:05.28 ID:3hDLiQeN0

暁「暁と!」

こなゆき「こなゆきの!」

暁・こなゆき「「あーした天気になーれ!」」

こなゆき「それでどうなんですか?」

暁「全国はおおむね晴れ、東北側は雨だそうよ。でもどこも通り雨には注意が必要ね」

暁「次回の主役は皿場工舎、場所は陸奥の死霊山! 死んだ山に奉納された新たな未完成形変体刀とは!?
   そして未完成形変体刀の番人、彼我木輪廻! 一筋縄ではいかない相手に皿場ちゃんはどうやって立ち向かうのか!?」

暁・こなゆき「「次回、忠刀・鉦! ちぇりお!!」」

こなゆき「お天気はいいけど日射病にご注意ください!」

暁「水分補給の際は塩分の入った飲み物の方が水分の吸収効率は良いそうよ」

213: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:21:38.52 ID:k2G9n1Az0

 江戸・不要湖。
 かつての四季崎記紀の工房のあった場所にして、最も人間らしい刀のあった場所。
 幾層ものガラクタによって埋め立てられたその湖は、現在幕府の指揮の元、百年計画でその再生が行われている。

 その近くの廃れた旅籠、かつてあの虚刀流と奇策師が宿泊した場所に四人が居た。

214: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:22:04.63 ID:k2G9n1Az0

 涙磊落

 所有刀 御前崎遠州作・重刀『錻』(じゅうとう-ぶりき)


 傷木浅慮

 所有刀 御前崎遠州作・必刀『鋒』(ひっとう-きっさき)


 敷島岬

 所有刀 御前崎遠州作・仙刀『鏡』(せんとう-かがみ)


 御前崎遠州

 所有刀 未完成形変体刀・名刀『銘』(めいとう-しるし)

215: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:23:19.40 ID:k2G9n1Az0

 集められた三人に、立派だが薄汚れた着物を着た男、御前崎は陽気に語る。

「遠路はるばるようこそお越しくださいました、肥後と越後からは遠かったですよね。
 かくいう俺と敷島さんも山陰道からやっとこさっとこ江戸までやってきたわけですけどもね」

 そこへはだけた着物を着た豊満な身体の女、涙磊落(なみだ らいらく)が口をはさむ。

「それで、なんであたし達をこんなところまで呼んだわけ?」

 涙磊落、完成形変体刀・絶刀『鉋』のかつての所有者。
 といっても絶刀『鉋』を所有していたのはわずかひと月にも満たない期間で、
 その絶刀『鉋』は奇策師と組んだ真庭蝙蝠(まにわ こうもり)に奪われてしまったわけだが。

「まぁ、まず一つはお二人に重刀と必刀を渡すためですよ。
 刀は持ち主を選ぶ……なんて傲慢なことを言うつもりはないんですけどもね、やっぱり使ってもらえるならそれなりの人の方がいいんですよ」

 御前崎がそう言うと。
 いかにも病弱という風な青白い肌をした女、傷木浅慮(きずき せんりょ)は与えられた必刀『鋒』撫でながらポツリと呟く。

「解りませんね、涙様はいざ知らず。どうして私まで呼んだのですか?」

「ははは、ご謙遜ですね」

 傷木浅慮。護神三連隊の一番隊長の一族にして、最も蒐集が困難と謂われた薄刀『針』の元所有者。
 先代の傷木の全盛期は、表向きは日本最強だった。
 が、残念なことにその才能は半分も一人娘の浅慮には受け継がれなかった。
 結果、元最強と謂われた剣士が所有していた薄刀『針』は、浅慮に引き継がれてから三日と待たず錆白兵の手に渡ったという。

 なかなか語ろうとしない御前崎に、長い髪を後ろ結いにした少年、敷島が毒を吐く。

「もったいぶらずに教えてくださいよ、恰好がついていませんよ」

 敷島岬。御前崎の一番弟子。御前崎曰く「鑢七実に匹敵する天才」。
 虚刀流に一度は勝利したと名高い心王一鞘流の極意をわずか十日で体得し、御前崎の魔術じみた刀作りをわずか半年で身に付けた。
 敷島曰く「心王一鞘流の道場主は教え方が上手かったので十日で大丈夫だったが、御前崎さんは教え方が下手くそだったので半年もかかってしまった」とのこと。

「おいおい少しはもったいぶらせてくださいですよ敷島さん。まぁ端的に言うならとするならですね」

 御前崎の目がギラリと光る。

「劇的結末に必要なことなのですよ」

 蝋燭の明かりが障子を照らし、そこへ御前崎の輪郭が影絵のように映る。
 黒い影がゲラゲラと笑った。

216: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:24:38.73 ID:k2G9n1Az0

 陸奥、死霊山。
 常に薄暗い霧が立ち込める彼岸の山。交霊師の縁の土地であり、聖地。
 その命脈はかつて完成形変体刀の一本であり、命を活性化させる悪刀『鐚』によって辛うじて保たれていた。
 しかしそれも今は昔。天才・鑢七実の襲撃によってその延命は終わりを告げる。
 悪刀『鐚』を守護していた死霊山神衛隊は半時とかからず全滅させられ、悪刀『鐚』は持ち去られてしまった。
 山は死んだ。絶命した。
 死霊山にはもう命は無い、木々も育たず枯れ山となった。
 そこに集う霊達もさぞ寂しい思いをしているだろう。

 しかしある日状況は変わった。
 死霊山に緑が芽生えたのだ。
 それは広さにしてわずか十畳ほどの面積だったけれど。
 確かに生きていた。命の息吹があった。

 死霊山の交霊術は幕府の政とも縁が深い。死霊山が甦るとなれば、幕府の交霊師達に対する姿勢も変わってくる。
 そこで家鳴将軍家御側人十一人衆が一人、皿場工舎(さらば こうしゃ)に『死霊山に起こった奇跡の解明』という任務が与えられた。

217: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:25:27.10 ID:k2G9n1Az0

「はぁ……」

 額に鉢巻を巻き、法被という動きやすそうな格好をした女、皿場工舎はため息を吐いた。
 一人、道連れもなく死霊山をとぼとぼと歩いている。

「なんであたしなんだか。学者でもなければ交霊師でもないのに……」

 この皿場は実のところ、十一人衆において常に貧乏くじを引かされる役であった。
 鑢七花襲撃の際は、刀身さえない誠刀『銓』を割り当てられ、最もあっけなく七花に敗北した。
 それからというもの、皿場はますます後ろ向きに、暗い性格になっていった。

「なんだかけったいな場所ですね、薄暗いし」

 それもあながち勘違いではない。
 事実、皿場が歩いている場所は半年前までは人骨が転がっていた。
 鑢七実に果敢に立ち向かい、虚しく散っていった死霊山神衛隊の骸である。
 流石にもう回収されたが、昇天できない怨霊が漂っていても不思議はないだろう。ましてやここは霊の集まる死霊山だ。

「ここですね、間違いなく」

 皿場は覇気のない声でポツリと呟く。
 そこは周囲の殺伐とした風景とは見違えるほどに命の息吹が感じられた。
 青々と茂った緑の絨毯が広がり、木の若芽あった。

 報告には十畳程とあったが、この緑はもう三十畳程に広がっている。
 そしてその中央には。

「……」

 これ見よがしに一本の刀が刺さっていた。

218: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:25:57.43 ID:k2G9n1Az0

「これ、どうしましょう……」

 皿場は刀を眺め立ち往生をする。

「あからさまに未完成形変体刀なんでしょうけど」

「下手に触るわけにもいかないよねー、どう見てもこの緑はあの刀の力なんだし」

「!?」

 皿場は声のした方を振り向く。
 そこには。

「はじめまして、僕は仙人の彼我木輪廻」

 薄い布だけを纏った。

「あ、あたし……?」

 自分が居た。

219: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:26:25.70 ID:k2G9n1Az0

 薄い布だけを纏った皿場の姿をした者、彼我木はぴょんぴょこと跳ねる。

「へえー、君には僕の姿が自分に見えるんだ。いつ以来かなー、そんな人は!」

「え、え……?」

「やっぱりいいね、女の子の姿は! 動きやすいし!」

「えっと……とりあえずあたしは子供じゃないんですけど」

「そうなの? 人は見た目によらないねー。うけけけけっ!」

 皿場は必死に頭を回転させる。
 彼我木輪廻、彼我木輪廻。そうだ、あの奇策師の報告書にあった仙人だ。
 見る側の苦手意識を反映し、見る側の最も苦手とする姿と性格になるという鏡のような存在。

「よく来たね、えーっと……」

「皿場工舎です」

「皿場ちゃんね! まぁゆっくりしていってよ!」

 彼我木は無邪気に笑った。

220: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:27:52.68 ID:k2G9n1Az0

「彼我木さん」

「なんだい?」

「あなたは、なぜこんなところに?」

「未完成形変体刀の番だよ」

 あっさりと彼我木は言う。

「実はさー、死霊山神衛隊の生き残りと僕は友人でねー。その友人が全財産叩いて未完成形変体刀の一本を買ったらしいんだけどさ。
 その刀がどうしようもなくとんでもない物で、あまりにも手に余るから僕に番人をやれって言うんだよ。迷惑な話だよねー」

「……」

 やれやれと肩をすくめる彼我木を皿場はじっと見据える。
 彼我木輪廻が刀の守護、これは厄介なことになった。

 幕府としては、たとえ死霊山の再生の役を担っていたとしても、未完成形変体刀を蒐集しなければならない。
 だが相手が彼我木となるとどうしようもない。敵は蜃気楼のような存在なのだ。

 だがおめおめと帰るわけにもいかない。陸奥まで来たのが完全に無駄足だ。

 ならば方法は一つ。
 自分が彼我木を倒すこと。

221: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:28:28.73 ID:k2G9n1Az0

「……」

 皿場は脇差をすらりと抜き、構える。

「なんだい皿場ちゃん、物騒な物抜いて」

 皿場は一筋の冷や汗を流しながら笑う。
 いける、勝てる。
 聞けば虚刀流は彼我木とは戦闘にすら持ち込めなかったそうだが、それは誠刀『銓』の力によるもののはずだ。
 誠刀『銓』無き彼我木はただの幻影にすぎない。ならばこちらも……。

「って、その手に持ってるのは!?」

 彼我木が片手で弄んでいるそれは、刀身の無い柄のみの刀だった。

「誠刀『銓』みたいだねー」

「な、なんで!?」

「僕は君の苦手意識の反映だからねー。もしかして皿場ちゃんは誠刀『銓』に嫌な思い出でもあるんじゃないかい?」

「うぅ……」

 嫌な思い出、ある。
 というか誠刀『銓』は苦手意識そのものだ。

222: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:28:58.76 ID:k2G9n1Az0

「どうしたんだい? こないなら僕からいくよ!」

「!?」

 彼我木が皿場へ急接近する。
 皿場は脇差を振うが、彼我木は僅かに身を逸らすだけでそれを回避する。

 生まれる皿場の隙。

「うっ……」

 だ、大丈夫だ。相手は仙人、こちらに危害は……。

「よっ」

 彼我木は誠刀『銓』を上へ投げると。
 合掌するように手を合わせ。

「虚刀流五の奥義『飛花落葉』!!」

「ぎゃいん!!」

 両の手の掌底を皿場へ向けて放った!
 皿場は彼我木の放った鎧崩しの掌底を受けて吹き飛ばされる。

「続いて虚刀流二の奥義!」

「ま、待って! 待って待って待って!」

223: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:29:33.63 ID:k2G9n1Az0

 皿場は手をぶんぶん振り、明らかに貫き手で心の臓をぶち抜こうとする彼我木を止める。

「誠刀防衛は!?」

「うん、これ正当防衛じゃない?」

「そうじゃなくて! 誠刀『銓』の特性は!? 仙人はなにもできないんじゃないんですか!?」

「これ偽物だよ。それに僕の性格も君の苦手意識の反映だからねー。
 虚刀流で思い出したけど、もしかして鑢くんに酷い目にでも遭わされた?」

「……」

 なんてことだ、完全に予想外だ。
 自分の苦手意識の反映で、内面があの虚刀流だというならば、もう勝つことは不可能ということじゃないか。
 容赦なく十一人衆を殺しに来た虚刀流のあの虚ろな目を思い出してぞっとする。
 自分の前の九人を倒して登ってきた時には本気で逃げたかった、刀身の無い刀持たされて戦いに行けと言われた時には本気で泣きそうだった。

「まぁ僕は刀じゃなくて仙人だからねー、決着はつかなくとも戦いはここで終わりにするよ」

「ほっ……」

 よかった。
 どうやら精神が完全に虚刀流というわけではないようだ。

「再開したかったらいつでも言ってね! うけけけけっ!」

 絶対嫌だ。

224: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:30:11.19 ID:k2G9n1Az0

「ねぇねぇ皿場ちゃん、もっと僕に質問ないの? なんで自分の姿をしてるのか、とか!」

「そんなのわかりきってますって、あたしは自分のことが嫌いだからですよ」

「つまんないなー。相手に悟らせ、相手を導くのが仙人なのに、皿場ちゃんはもう悟っちゃってるんだもん。後ろ向きに」

 彼我木は拗ねたように小石を蹴飛ばす。

「……その妙に馴れ馴れしくて人を食ったような態度も」

「君の苦手意識の反映だよー」

 皿場は確信する。
 「嘘だ、絶対この性格が素だ」と。

「どうやったら未完成形変体刀を譲ってくれるんですか?」

「いや、普通に持ってけば?」

「……あなた番人なんじゃないんですか?」

「番人ではあっても守護者ではないからねー。番をしてるだけで守ってないよー。うけけけけっ!」

「……」

 皿場はもうツッコむことはなく、スタスタと刀の刺さっている場所へ歩くと、一息に刀を引き抜いた。

 直後。

「えっ……?」

 ボロボロと、刀は砂のように崩れていった。

「え、えぇーーーーー!?」

225: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:30:43.28 ID:k2G9n1Az0

 皿場は頭が真っ白になって座り込む。
 ど、どうしよう……、どうしよう、これ……。

 未完成形変体刀を回収しようとしたら壊しちゃって、おまけに死霊山の奇跡も……。

「あ、あぅ……」

 ぶるぶると柄を見つける。
 柄も徐々に形が崩れ、砂のように風に吹かれて散っていた。

「う、うぅ……」

 皿場は半泣きで振り返る。

「どうしましょう、彼我木さん」

 柄を握っていた手を開いたり閉じたりしながら言う。

「刀、壊しちゃいました……」

226: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:31:16.27 ID:k2G9n1Az0

 彼我木がとてとてと歩いて皿場に近寄ってくる。

「心配ないよ、君が壊したのはただの抜け殻だ」

「へっ?」

 彼我木は地面を指さす。

「忠刀『鉦』は君の下にあるじゃないか」

「下……?」

 皿場は地面を見るが、そこには緑の生い茂る地面があるだけである。

「……もしかして忠刀『鉦』って、地面と一体化してるんですか?」

「ご名答ー! ま、厳密には地面じゃなくてこの山と一体化してるんだけどね」

 彼我木は小馬鹿にしたようにパチパチと拍手しながら、うけけけっと笑う。

「忠刀『鉦』。この世で最も健気な刀。持ち主と一体化し、その持ち主に永遠に尽くす刀。
 その名に準じて名づけるなら限定奥義『刀代忠誠(とうだいちゅうせい)』とでも呼ぶべきかな」

「つまり、最初からあたしは未完成形変体刀の蒐集は不可能だった?」

「ご名答ー。ま、どうしてもって言うなら、この山ごと持って行ってよ」

 彼我木は相変わらずパチパチと拍手しながら、皿場の顔で笑った。

「うわぁあああああああん!」

 死霊山に皿場の叫びが木霊した。

227: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:31:42.49 ID:k2G9n1Az0

 こうして皿場工舎は十一人衆で唯一刀の蒐集に失敗しました。
 このことによって十一人衆の中での皿場工舎の立場はますます低くなり、ますます皿場工舎は後ろ向きになりました。

 仙人彼我木輪廻は今日もどこかで生き、あの人を小馬鹿にした態度で誰かをおちょくっているのですが、それは敢えて語りません。

 家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残り九人、その残り三人の話はまた次の機会に。
 十一語、今月今宵のお楽しみはここまでにございます。

228: 登場人物紹介 2013/08/16(金) 00:32:13.95 ID:k2G9n1Az0

皿場 工舎

年齢   19歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 なし
身長   四尺五寸
体重   九貫一斤
趣味   横笛


彼我木 輪廻

年齢   自称300歳
職業   聖者
所属   無所属
身分   仙人
所有刀 忠刀『鉦』
身長   四尺五寸(と観測された)
体重   九貫一斤(と観測された)
趣味   草笛

229: 次回予告 2013/08/16(金) 00:32:57.78 ID:k2G9n1Az0

 歴史、それは人の歩んだ道。
 歴史に従う者、歴史に抵おうとする者、歴史を正そうとする者、歴史を壊そうとする者。
 様々な者達が交錯し合い、混ざり合ってそれでも歴史は続いていく。

 四季崎記崎、刀鍛冶。
 歴史の道標にして先導者。
 そんな四季崎記崎に真っ向から食らいつく、ひねくれ者にして嫉妬深い一族がいた。

 未完成形変体刀を巡る物語、ここに完結!
 次回 名刀・銘

230: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:33:29.14 ID:k2G9n1Az0

 さぁ、お立合いお立合い。
 この短くもあっけなかった物語……あっけなくも短かった物語に、ここまでお目を通してくれたことに、私はまずお礼を申し上げなければいけないだろう。
 誰に対して? あなたに対して。
 こんな価値も必要性も微塵もないような話に興味を持ってくださったあなたに対して。

 舞台の説明をする。
 最後の舞台は江戸、ENDならぬ江戸。
 最後の敵は、強欲にして嫉妬深く、四季崎に怒りを覚えた傲慢な者、食いしん坊で女遊びと昼寝が大好きな、最も人間らしい人間、御前崎遠州。

 歴史に自らの都合で割り込んだ、ふてぶてしい部外者の処断が今回の物語である。

 それでは十一語のおしまいのはじまりはじまり

231: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:33:59.69 ID:k2G9n1Az0



 第六本 名刀・銘(めいとう-しるし)


 

232: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:34:31.77 ID:k2G9n1Az0

 かんかん照りの夏日和。江戸、不要湖。
 ガラクタだらけで申し訳程度に水を湛えたその場所に七人が立っていた。

 手前の家鳴将軍家御側十一人衆の者達から名前の解説をすると。
 妙に目つきの鋭い前髪を不揃いに垂らして、般若の頬当てをした男、般若丸(はんにゃまる)。
 奇抜な意匠の西洋眼鏡をかけた上半身裸の大男、胡乱(うろん)。
 豊かな髪を左右に振り分けた十二単を着た女、灰賀欧(はいが おう)。

 奥の御前崎勢の者達。
 豊満な身体にはだけた着物を着た女、涙磊落。
 いかにも病弱といった容貌の女、傷木浅慮。
 長い髪を後ろ結った少年、敷島岬。

 そして一番奥で胡坐をかきニヤニヤと事の運びを眺める、立派だが薄汚れた着物を着た小柄な男、御前崎遠州。

233: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:35:18.00 ID:k2G9n1Az0

 般若丸が凄味を効かせて語りかける。

「調べはついているぞ、御前崎遠州。四季崎記崎の名を語り、金儲けのために刀を売りさばいた罪、どう裁いてくれようか」

 御前崎は手をひらひらさせながら語る。

「そう怒らないで欲しいですよ。贋作作りくらい、刀鍛冶なら一度は通る道ですよ。それに未完成形変体刀、どれもいい刀ですよ? 自信作ですからね」

 その御前崎の言葉に灰賀は声を荒げる。

「ふざけるなよ! 幕府を謀って無事で済むと思っているのか!?」

「謀るも何も、俺はただ偽物を売りさばいただけですからねぇ」

 胡乱が手をゴキゴキと鳴らす。

「まぁ細かいところはどうでもいいぜ。ようはてめぇはここでお終いだってことだ」

「おお、恐い恐いですねぇ。まぁそれでこそ三人も用心棒を雇ったかいがあるってもんですよ」

 御前崎の前に、涙、傷木、敷島が立ち塞がる。
 涙は重量感のある槍を構え、傷木は妙に刀身が細長い刀をすらりと抜き、敷島は布を解くと鏡のように物を映す両刃剣が現れた。

「確かに強者と名高いあなた達御側人十一人衆が相手じゃ分が悪いですねぇ。だから分が悪い所を五分にするために特製の刀を打ったのですよ」

「ほう、それで俺達と張り合えると思っているのか?」

「思ってるんですよねぇ。ただ、まぁ残念なことですが」

 御前崎の前の三人は同時に得物を捨てた。

「こちらにその気がないということですね」

234: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:35:47.74 ID:k2G9n1Az0

 それは突然の勝負放棄だった。
 それはなんの伏線も無い唐突な終わりだった。

 呆気にとられる胡乱と灰賀を尻目に、般若丸が笑いをこらえたように聞く。

「怖気づいたか?」

「ああ、まぁ、そうですね」

 灰賀がまだ収まりがつかないという風に言う。

「……ゆるされると思っているの?」

「思っるんですぜ」

 胡乱がため息をつく。

「なんだつまらねぇ、抵抗してきたら争う大義名分ができたっていうのによ」

「いやーそれもいいかと思ったんだけですけどねぇ。やっぱり話の終わりとしてはやっぱり相応しくないと思ったんですよ。
 俺じゃあ最後の敵には役者不足です。浅からぬ因縁も深い思惑もとくにないことですし。だから俺みたいな奴の話は不完全燃焼くらいが調度いいんですよ」

 御前崎は笑う。
 未完成形変体刀にはほんの一つか二つ、聞いてて退屈しなさそうな物語があれば十分だ、とでも言いたげに。

235: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:36:58.07 ID:k2G9n1Az0

 御前崎は立ち上がり、刀を取る。

「まぁこのままだと俺は色々されそうですからねぇ、この刀を渡すことでその色々を見逃して欲しいと思ってるんですよ」

「賄賂のつもりか?」

「そう聞こえなかったですか?」

 御前崎は刀を差し出す。

「未完成形変体刀の最後の一本にして、未完了形。名刀『銘』ですよ」

 胡乱は前に出るが、その刀を受け取らず、御前崎に語りかける。

「これは一体どういう刀なんだ?」

「この世で最も未完成な刀ですよ」

 御前崎はニィと笑う。
 御前崎は鞘を掴み、するすると抜刀すると。
 そこにはなんてことは無い、ごく普通の日本刀があった。

「『歴史とはなんだと思う?』という問いに対してある者は答えたんですよ、『歴史とは人である』と。
 結局過去を語る物などなにも無いんですよ。文章には虚言や思想が混じるし、伝承には主観が入るんですよ」

 御前崎は目を細めて笑った。

「でもね、それでいいんですよ。歴史は人がどう思うか、どう思って生きていたか、それだけ語れれば充分なんですよ。
 『きみの知る歴史は全て嘘だが、きみの知るきみは嘘ではない』、これが答えなんですよ。
 これはそんな嘘ではない『きみ』を残すための刀。
 人の思いをその刀身に記憶し、未来へ残す刀。人の思いが積み重なって初めて完成する刀。故に未完成形変体刀」

236: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:37:42.16 ID:k2G9n1Az0

 粛々と語る御前崎に、灰賀が口を挟む。

「記憶する刀、ねぇ。それを証明する方法はあるの?」

「持てばわかるのですよ」

 御前崎は名刀『銘』を鞘に納めると、灰賀に投げ渡す。
 灰賀はそれを受け取ると、瞳を閉じてしばし黙りこくる。

 そして。

「なるほどね」

 と言った。

「厳密にはこの刀は全員を等しく記憶するわけじゃない。
 人間の記憶のように、所持していた人間が多ければ多いほど、刻まれた記憶が深ければ深いほど、他の記憶は薄れていく。
 最終的に残るのは、最も思いが強く、最も長く所持していた者の記憶だけなのですよ。だから取扱いには要注意なのですよ」

 それを聞くと胡乱が高笑いをした。

「それじゃあ迂闊に所持すること使用することもままならねぇじゃねぇか。
 なにが未完成な刀だ、どんどん劣化していく刀じゃねぇか。なにが名刀だよ、とんだ鈍だ」

「ああ、だからこそですね」

 御前崎がぴっと指さした。

「俺なんかに持たせてられない刀ですよね?」

237: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:38:15.36 ID:k2G9n1Az0

「だが、迂闊にその刀を渡したのは悪手じゃないか?」

 般若丸がクツクツクツと笑いながら抜刀した。

「俺達の真の目的には気づいているだろう?」

「ええ。口封じ、ですよね?」

 御前崎は薄く笑いながら語りかける。

「尾張幕府が求めてるのはあくまで『四季崎記崎の未完成形変体刀』、『御前崎遠州の作った贋作』なんてばれたくないですよね」

「話が早くて助かるな」

 御前崎は立ったまま、般若丸を見据えた。

「でもね、てめーに俺が殺せるですか?」

「……どういう意味だ?」

「四季崎の幻想の方が、俺が未来に作る千本の刀より価値があるのかと聞いているのですよ」

 御前崎は般若丸をまっすぐに見据える。
 般若丸は押し黙り、刀を構えたまま動かないでいた。

238: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:38:44.20 ID:k2G9n1Az0

 長い長い沈黙の後、御前崎が口を開いた。

「……もういいじゃないですか」

 御前崎が言った。
 それは未来へ向けた言葉。

「そろそろ現在(いま)の人間が四季崎を超えてもいいじゃないですか」

 それは未完成形変体刀の総力を懸けた決戦。
 四季崎記崎に対する宣戦布告にして殺し文句。

「これからの歴史を作るのは俺達なんですから」

239: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:39:13.31 ID:k2G9n1Az0

 沈黙の中。
 胡乱が大きく高笑いをした。

「はははっ! それもそうだな! よく考えたら馬鹿馬鹿しいぜ。なんで将軍の暗殺を計画した奴の刀なんて集めなきゃならねぇんだ。
 俺は歴史を変えようとしたとんでもない奴よりも、金のために刀を売るような奴の方がよっぽど好きだぜ! 四季崎記崎を超えた刀鍛冶、嬉しい話じゃねぇか!」

 それから堰を切った様に、緊張していた場が緩んだ。

 灰賀もふぅ、と大きくため息を吐く。

「確かに、認めざるを得ないわね。現に私達は未完成形変体刀を四季崎記崎の物だと思っていたわけだしね」

 般若丸は瞳を閉じると、静かに刀を鞘に収めた。

 こうして十一人衆は引き上げて行った。
 その手に名刀『銘』を大切に持って。

240: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:40:03.85 ID:k2G9n1Az0

 夜。
 不要湖、四季崎記崎の工房があった場所。
 満天の星空の下、ガラクタの上に腰掛ける御前崎は指の間から星を眺めていた。

 御前崎の隣に敷島が現れる。

「御前崎さん」

「なんですか、敷島さん」

「なぜ、あんな無茶な交渉を仕掛けたんですか? 正直あなたの刀なんて、四季崎記崎の銘が無ければただのガラクタでしょう。
 あなたなんかより四季崎記崎の幻想の方がよっぽど大事だ、と言われたらどうする気だったんですか?」

「言うじゃないか、敷島さん……」

 御前崎は両手を地面に付き、首だけを動かして敷島を見る。

「まぁ、強いて言うならですね」

「四季崎に勝ちたかったから、ですかな。
 俺の手がけた最高傑作たちが、四季崎の完成形変体刀に勝てるかどうかの……勝負だったんですよ」

 御前崎は勝負を仕掛けたのだ。
 一世一代の大博打。
 全身全霊をかけて作った六本の刀。
 その力を証明し、その力によって四季崎記崎の幻想を乗り越える。未完成が完成の喉元に食らいつく。

 それが、御前崎遠州の四季崎記崎に対する復讐であり逆襲であった。

 敷島は納得したかしないのか、ただ一言、「そうですか」と言った。

241: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:40:37.36 ID:k2G9n1Az0

「それともう一つ」

 敷島は粛々と語る。

「なんのために涙さんや傷木さんを呼んだんですか」

「ああ、それはなんてことはないですよ」

 御前崎は、笑った。

「ただ、単に……大勢に自慢したかっただけですよ。俺の一番大切な子、名刀『銘』をね」

 それはなんてことはない、ただのちょっとした見栄とちょっとした職人のわがままだった。
 劇的な結末も山場も無視した、ただの退屈な茶番劇。

 不完全燃焼な、余韻も喪失感も残さない、陳腐な結末。

「本当はあの場で斬り合ってもよかったんですけどね。やっぱりそんなありきたりな結末、誰も望んでないし誰も感動させられないと思い直しましてね」

 敷島は舌打ちをして、御前崎をギロリと睨む。

「そんなことで私の命を賭けないでください、私には御前崎さんと違って輝かしい未来があるんです」

「ははは、悪かったと思ってるんですよ」

 御前崎は悪気もなさそうにカラカラと笑った。

242: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:41:15.01 ID:k2G9n1Az0

「四季崎と言えば……知っていますか、御前崎さん。完了形変体刀」

「虚刀『鑢』と全刀『錆』ですか……」

 敷島は御前崎を試すように問いかける。

「詳しいことは僕もわかりません、ですが完成形変体刀すら完了形変体刀のための試作だというならば。
 あなたはまだ四季崎を超えたということにならないんじゃないですか?」

「まー、それは追々考えるですよ」

 御前崎は笑った。

「俺達にはまだ未来がある、明日があるんですからね」

「聞いた私が馬鹿でした。それではさようなら」

「さよならですね、敷島さん。また明日です」

「ええ」

 敷島は軽蔑したように、けれどどこか満足そうに。
 御前崎の元から離れて行った。

 御前崎は足元のガラクタの下にある四季崎の工房へ向けて呟いた。

「ざまーみるがいいですよ、四季崎」

 俺達が人ですよ、これからは俺達が歴史ですよ。

 それだけ言うと、御前崎はまた満天の星空に視線を移した。

243: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:41:47.00 ID:k2G9n1Az0

 一本目 真庭の里にて孑々は蜘蛛と馴れ初めた。

 二本目 自称好敵手は、本物の好敵手になった。

 三本目 弟は初めて姉離れを考えた。

 四本目 三途神社の巫女達に二つ目の心の支えができた。

 五本目 死霊山に緑が芽吹いた。

 六本目 無名だった刀鍛冶は、初めて歴史の革命者に勝利した。

244: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:42:26.77 ID:k2G9n1Az0

 この後、御前崎遠州は本当に四季崎記崎を超えられたのかどうかは定かではありません。
 未完成形変体刀は六本目を以て一切作られなくなりました。
 御前崎遠州のその後の行方は誰も知りません。
 再び名を変えて誰かの贋作を作っているのか、はたまた刀以外の物を作っているのか、それともあれ以降落ちぶれて野垂れ死んだのかもわからずじまいです。

 ただ一つ言えるのは、例え物語が終わっても、彼ら彼女らの未来は続いていくということ。
 彼ら彼女らはこの世界で生きていくだろうということ。

 負けた者と挫けた者と朽ちた者達の、どうしようもない話。
 無意味で、不完全で、未完成で、節操もとりとめも無い、不合理な物語。

 だけれども少しだけ、ほんの少しだけ、未来への希望が込められた物語。
 
 十一語はここで幕を下ろすのでございます。

245: 登場人物紹介 2013/08/16(金) 00:43:02.44 ID:k2G9n1Az0

般若丸

年齢   21歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 富岳三十六剣
身長   五尺二寸
体重   十三貫
趣味   能鑑賞

必殺技
斬り払い


灰賀 欧

年齢   31歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 なし
身長   五尺四寸
体重   十二貫四斤
趣味   歌合せ

跳び斬り


胡乱

年齢   26歳
職業   側用人
所属   尾張幕府
身分   御側人十一人衆
所有刀 なし
身長   六尺四寸
体重   二十三貫四斤
趣味   西洋将棋

与謝郡柔術

246: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/16(金) 00:43:49.14 ID:k2G9n1Az0
之にて完全に終了です。
ここまでお付き合いくださり本当にありがとうございました。