2: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 19:12:07.25 ID:u0XaITGvo
 事務所の扉をあけると、音楽が流れていた。穏やかで柔らかい、それでいて寂しくなるようなメロディが。
 
 普段は担当アイドルのCDを聞く以外に使われていなかったその古びたCDプレーヤーの前で、私達のプロデューサーがどこか呆けたように、CDプレーヤーからの音色を聞いていた。
 
 彼は私に気付いたのか、はっとしたように立ち上がり、挨拶の言葉を述べる。

 私もにっこりとほほ笑みながら、いつものように挨拶を行う。

 CDプレーヤーからは、せつないメロディが流れたまま。

「すいません、事務所で音楽を聴いたりなんてして」

 心底申し訳なさそうに彼は言う。

 私は首をゆっくりと横に振って、気にしていない旨を伝えると、彼はまた、彼の席について曲の世界に融け込んでいた。

 レッスンが始まるまで、少し時間がある。

 私も、荷物をロッカーにしまいながらその音楽に耳を傾けていた。

 CDから流れるピアノの最後の一音が糸を引くように名残惜しげに止むと、彼は溜息を吐いてCDプレーヤーのスイッチを切った。

「良い曲でしたね、プロデューサー様」

「えぇ。俺の人生の応援歌みたいなものですから。昔からこの曲には良く助けられています」

 穏やかに笑みを浮かべながら、彼は言う。

「『誠実さ、なんて寂しい言葉』。考えさせられる言葉ですね」

「え、これってそういう意味だったんですか!?」

「えぇ。英語は人並みにしかできませんけれど、このような訳が適当かと思います」

 くすくすと笑いながら、私はレッスンの支度をする。

引用元: クラリス「Honesty」 


 

 
4: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 19:18:23.59 ID:u0XaITGvo
 未熟な説法を終え、私はたまらず息を吐いた。

 どうしても、あの歌が気になっている。
 
 「誠実さ」について述べた、あの哀れな歌が。
 
 きっとあの歌を彼と一緒に歌えたのなら、それはとてもすばらしいことなのだろう。

 だが、私にはそれはできない。
 
 私はアイドルで、彼はプロデューサー。

 ファンの心を裏切って、果たして誠実と言えるのだろうか?

 私はただの瑣末な一人で、彼も瑣末なうちの一人。

 私は幸いにもまだ、知名度は低い。

 だからこそ、やるべきなのかもしれない。

 きっと、私はいずれこの歌を歌おうとするはずだから。

 私はとっておきの不祥事を思いついて、一人ほくそ笑んだ。

5: VIPにかわりましてNIPPERがお送りします 2013/08/10(土) 19:20:10.35 ID:u0XaITGvo
 私が仕組んだのは、教会でのライブだけ。

 そこに、プロデューサーである彼を招待して、私の歌いたい曲を歌っただけ。

 Hail holy queenやRex tremendae といった賛美歌を歌って、それから曲調を変えて洋楽を歌っただけ。

 いつも教会に足を運んでくれる方は多少困惑したようだったが、私は満足げに歌を歌った。
 
 そして、プロデューサーに心ばかりの笑みを投げて、それから私は舞台袖に引っ込む。

 私はもはや、神の代理ではなくなってしまった。

 ただのアイドルになってしまった。

 映画ではあるまいに、いったいどこのシスターが教会でコンサートを開くのだろうか?

 いままで神に準じた身が辺獄へ叩き落されるのかと思うと、すさまじく恐ろしかった。

 修道服の内側の十字架を握り締めて祈っていると、彼があわただしく足音を響かせながらこちらに走りよってきたようだ。

「クラリスさん! すばらしかったです! 俺、感動しました!!」

 そうして、舞台袖に一人の私を抱きしてめて、彼は言った。

「ふふ、プロデューサー様。私はすでに神に仕える資格をなくしたようです」

 自嘲気味に笑って、私は言う。

 すると彼は、絶望したような表情を浮かべて言葉をつむいだ。

「確かに、神様は貴女にお怒りかも知れません。でも、俺は貴女が生きている間、貴女のファンですから」

 一体彼が何を言っているのか、私には理解できなかった。

「俺にとっては貴女が、スーパースターなんです。だからもう一度、ファンの前で歌ってください。『Honesty』を。お願いします!!」

 そういって、彼は深々と頭を下げる。

 たまらず、私はおかしくなってしまった。

 そうだったのだ、私はアイドルで、彼はプロデューサー。

 ならば私は、ファンの皆様に夢を見せることが勤めではないか。

「分かりました。ただし、条件があります」

 私のその言葉に、顔をほころばせて彼は私の瞳を見つめる。

「貴方も、私と一緒に歌ってください」

 絶望したような彼の表情をみて、私はたまらず、意地の悪い笑みを浮かべた。