2: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:46:51.39 ID:9iBHVTB60
「これ、一緒に出ようよ!はぁと達ならいけるって!」

喫茶店で遅めの昼食をとっていると、こんな声が聞こえてきた。

声のした方にちらっと眼を向けると、どうやら隣の席で三人の女性が話しているようだった。

テーブルには1週間後に開催されるコンテストのチラシが置かれている。

「これ」とは、つまりそのコンテストのことなんだろう。

「コンテストに出る!優勝する!事務所の目に留まる!デビューする!やーん完璧☆」

「心ちゃん・・・それさすがに出来過ぎだから・・・」

「そうそう、それに前も言ったでしょ?あたしたちはもうアイドルを辞めたんだって」

「でも・・・!」

「あの時も続けようって言ってくれてたのは心だった。それを押し切る形になったのは悪いと思ってる。でも、もう、無理なんだよ・・・」

「・・・」

「・・・そっか」

引用元: 佐藤心「グングニル」 


 

 
3: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:48:32.03 ID:9iBHVTB60
しばしの間沈黙が流れた後、ツインテールの女性が口を開いた。

「分かった、じゃあこのコンテストははぁと一人で出る!」

「「えっ!?」」

「だって二人の気持ちを無視するわけにはいかないし・・・」

「い、いやでも、衣装は!?三人のはもう処分したよね?」

「今から作る!」

「間に合うの?」

「はぁとが本気出せばちょちょいのちょいよ☆」

「そっか・・・分かった、応援してるね、心ちゃん」

「ありがと☆二人の分も頑張るね!」

そう言うと彼女は席を立ち、帰っていった。

4: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:49:16.88 ID:9iBHVTB60
残された二人は、しばらく無言のままだったが、唐突に片方が話を切り出した。

「心ちゃんのこと、どう思う・・・?」

「んー、さすがにちょっと夢見すぎかなーって感じもするかな」

「だよね、昔からあんな感じだったとはいえ」

「なんか気合入っちゃってるのかな。優勝できるかもわからないし、そもそも優勝したって本当にデビューできるとは限らないのに」

「そうだよねー・・・あ、私たちもそろそろ帰ろっか」

「ああ、そうだね」

話を終えた二人は席を立ち、ゆっくりと店を出て行った。

6: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:50:20.09 ID:9iBHVTB60
「ふぅ・・・」

思わぬ形で人の話を盗み聞いてしまった上、なんとも複雑な気持ちになってしまった。

最後に二人がツインテールの女性を否定したのは・・・特に悪意などないのだろう。

ツインテールの女性が成功するということは、過去の諦めた自分を否定することにつながる。

それを無意識に避けるがゆえに、ああいう意見になってしまったことは理解できる。

それは分かる、分かるが。

「容易く人一人を値踏みしやがって・・・」

そうつぶやかざるを得なかった。


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8: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:51:38.31 ID:9iBHVTB60
コンテスト当日。

会場の入り口に、喫茶店で見た三人が居た。

「衣装は完成したの?」

「うん、ばっちりだぞ☆ほら!」

そう言いながら、衣装を取り出し広げて見せる。

黄色を基調にした、ポップはデザインの衣装。

背中側から見えているのは・・・羽?

なんにせよ、一週間で作ったというのなら十分な出来だろう。

「わ~、すごいねぇ」

「まぁこれもスウィーテイー女子力ってやつよ☆」

そんなことを言いながら、二人は他愛のない話を続けている。

もう一人は口に手を当ててずっと黙ったままだ。

「あっと、もうそろそろ時間じゃん☆それじゃあ行くね☆」

そう言うと彼女は荷物をまとめ、二人に手を振って参加者・関係者用の入り口に向き、右手を振り上げる。

「よーっし☆いっくぞー!!」

気合を入れて歩き出そうとする。

そのとき、黙っていた彼女が口を開いた。

「ねぇ心、ほんとにコンテストに出るの?」

9: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:52:40.54 ID:9iBHVTB60
歩き始めていた彼女が、ピタッと足を止める。

「・・・そりゃ、そのためにここに来たんだから☆」

「それはそうだけど・・・」

伏し目がちに話し始めていたが、迷いを振り切るように頭を少し振って、まっすぐ、相手の背中を見て話し始めた。

「このコンテストに出ても、優勝できるとは限らない。

優勝しても、デビューできるとは限らない。

デビュー出来ても、続けられるとは限らない。

前に心が言っていた道なんて、本当に狭い道でしかない」

一呼吸置き、さらに続ける。

「今ならまだ、ちょっと遅くなったとはいえ、普通の生活も出来る。

でも、これ以上アイドルを続けると、いよいよ間に合わなくなるよ。

それでも、まだ続けるの?今も未来も不安定なアイドルを」

ここまで言い切り、彼女は返事を待つ。

「・・・それでも」

背中を向けたまま一言そう呟き、そして振り返る。

「それでも続ける。だってアイドルははぁとの夢だから!」

はっきりと言い切った彼女の目には、強い意志が込められていた。

いくら目の前に壁が立ちはだかっても、夢を終わらせないという意志が。


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10: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:54:17.04 ID:9iBHVTB60
「さてみなさんお待たせいたしました!ただいまより、346プロ協賛、長野アイドルコンテストの開幕です!」

コンテストが始まった。

観客席には空席がそこそこあるが、まぁそこまで大きなコンテストでもないから仕方ない。

先ほどの彼女たちがどこに居るか、観客席を見渡してみたが・・・さすがにそう簡単には見つからない。

そうこうしている間にコンテストの趣旨説明も終わり、いよいよ始まる様だ。今はそちらに集中しよう。

「エントリーナンバー一番、佐藤心さんです、どうぞ!」

「はぁ~い♪みんなー!アナタのはぁとをシュガシュガスウィート☆さとうしんことしゅがーはぁとだよぉ☆」

トップバッターで出てきたのは、先ほどの彼女だった。

アイドルではよくある自己紹介ではあるが、トップバッターというのが痛いか。観客席の反応が薄い。

「・・・あれぇ、おかしいなぁー?反応が聞こえないぞ?もう一回、アナタのはぁとを・・・」

「すみません、曲の方をお願いします」

「えっ?あ、はい・・・ええと、『メルヘンデビュー!』です!よろしく☆」

『メルヘンデビュー!』・・・346プロで活躍中のアイドル、安部菜々の持ち歌だ。

電波気味ではあるが、盛り上がれるアイドルソングとして知名度もある。

ただ、客層や空気に上手くマッチしないと。

「そのとき空から、不思議な光が降りてきたのです・・・」

ただの空回りになってしまう。

11: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:55:37.17 ID:9iBHVTB60

「いち!に!ナナー!」

曲は中盤に差し掛かっているが、やはり合いの手は聞こえない。

彼女もパフォーマンスでなんとか盛り上げようとはしているが、効果は芳しくない。

そして、そのせいで普段以上に体力も削られているだろう。

歌や踊りが途切れるようなことがあれば、優勝は絶望的だ。

今の状況は、まさに崖っぷちに立たされていると言える。

12: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:56:11.36 ID:9iBHVTB60
しかし、それでも。

「ウサミンハートに☆」

手でマイクを握りしめて。

「キュンキュンきらめく☆」

体で大きく踊って。

「ホントの気持ち☆」

顔は楽しそうに笑って。

「キャハッ!乙女のヒミツだよ ブイッ☆」

目は強い意志を輝かせて。

「大事な大事なときめきだモン☆」

彼女はまだ、歌い続ける。

13: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:57:08.33 ID:9iBHVTB60
「もういっかい?もういっかい☆」

最後のサビに入ったとき、何か聞こえた。

「ウサミンパワーで☆」

「・・・パワーで」

合いの手が、聞こえた。

「メルヘンチェンジ☆」

「メルヘンチェンジ」

はっきりと、聞こえた。

「みんな大好き 好き好き大好き☆」

「「「うー どっかーん!!!」」」

割れんばかりの声が、聞こえた。

観客席を見る。

誰もが合いの手を入れている。手を振っている。

ステージの、アイドルに向けて。

そしてそのアイドルは・・・。

「「「「ミンミンミン! ミンミンミン! ウーサミン!!」」」」

光輝くステージの上で、負けないくらいに輝いていた。


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14: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:58:19.35 ID:9iBHVTB60
「・・・サー。プロデューサー!」

ハッと気が付くと、目の前には彼女・・・佐藤心が立っていた。

「起こしちゃった?でも用事があるって言われてきたから、それ聞かなきゃなーって思って☆」

「ああ、大丈夫。ちょっと昔を思い出してただけだから」

「昔・・・?」

「ほら、デビューのきっかけとなったあのコンテスト」

あぁ、と声を出し、そして目を閉じる心。

コンテストで優勝した心は346プロからアイドルデビューした。

担当プロデューサーには当時審査員をしていた自分が付き、以降二人三脚でこれまでやってきた。

「懐かしい・・・でもなんでまた?」

「このファンレターを見て、ね」

そう言って手に持っていた封筒と手紙を差し出す。

「心の、第一のファンからだよ」

第一のファン?と首をかしげながら封筒に目を落とす心。

差出人のところを読んだ瞬間、あっと声を出した。

そこには、デビュー前に心とユニットを組んでいた二人の名前があった。

15: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:59:11.74 ID:9iBHVTB60
手紙には、

「コンテストで輝く心を見て、自分たちも歌を歌う夢を追い続けたくなったこと」

「アイドルではなく、二人組の歌手として、活動をしていたこと」

「最近ようやくある事務所に雇ってもらえたので、その報告とお礼を言うために手紙を書いたこと」

が書かれていた。

読み終えた手紙を胸に抱き、心はこう呟いた。

「二人も、頑張ってるんだ・・・」

「みたいだな」

「・・・よーし!はぁとも負けないように頑張らなくっちゃ☆」

「ああ、その意気だ」

「じゃあそのためにも今日は帰るね!しっかり休んで明日から頑張る☆」

「おう・・・ってちょっと待った。まだ用事が済んでない」

「あ、忘れてた」

てへぺろ、と言いながら戻ってくる心。

「それで、用事ってなんだったの?」

「ああ、総選挙の中間結果が発表されてな。結果は・・・」

16: ◆NVPtD76/Wg 2016/04/20(水) 20:59:52.46 ID:9iBHVTB60


―――船は今 嵐の真ん中で

―――世界の神ですら

―――「彼女を」救う権利を欲しがるのに



 おわり