1 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:00:46 ID:Zu7fJ/pI
男「まだ結婚を考えるには早いけどな」
幼馴染は病弱だった。
側にいたのは僅か15年。
懐かしい日々が頭をよぎる。
些細なことで笑い合ったこと。
互いの友人同士集まって遊んだこと。
2 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:02:04 ID:Zu7fJ/pI
心臓に欠陥を持ち、生まれながらに長くは生きられないと宣告されていた幼馴染は、こちらの願いとは裏腹に、呆気なく18年という短い生涯に幕を下ろした。
急死だった。
残されたのは、悲しみに暮れる彼女の家族と、呆然と立ち尽くす憐れな男の姿だけ。
3 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:03:10 ID:Zu7fJ/pI
時が経ち、人間とは現金なもので、日常生活で笑えるまでには心の傷は癒え、彼女のことを想う時間も減っていった。
恋人ができた。
歳の離れた幼馴染の妹だ。
新しい恋なんて綺麗事は言わない。
昔の女に縋るなんて滑稽だと思われるかもしれないが、彼女の面影を残す妹に、他人とは思えない感情を抱いた。
妹もきっと同じなのだろう。
姉の愛した人として興味を持ち、そして私を憐れんだ。
自分を通して、今は亡き姉の面影を探る私を『可哀想』とでも思ったのだろう。
姉の代わりと納得したうえで、私に愛される道を選んだのだ。
……私は、優しい情けをかけられたのだ。
4 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:04:37 ID:Zu7fJ/pI
やがて結婚し、子供が出来た。
女の子だ。
はじめての孫に両家の親は過保護なくらい接した。
女の子の名前は幼馴染と同じにした。
家族には辛い名前だと思うが、「今でも大切に想ってくれるなら、あの娘と同じ名前にしてください」と、彼女の両親から頼まれたのだ。
私や妻に反対の意思はない。
それどころか、きっと溺愛してしまうだろうなと苦笑する有り様だ。
5 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:07:09 ID:Zu7fJ/pI
それから18年の時が過ぎ――
42歳となった私は、立派に成長した娘がもうすぐ一人立ちする日を夢見ながら、同時に恐怖した。
娘は幼馴染と瓜二つの……まるで生き写しのようだった。
いつか幼馴染の姿をした娘が、仲の良い彼氏を連れてくるのかと思うと、耐えられそうにない。
娘は不思議と異性と付き合う様子を見せなかった。
「一生結婚しないから安心して」なんて冗談を口にすることもあった。
私が跳び跳ねるくらい嬉しかったことを、娘はほんの僅かでも気づいたろうか?
6 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:08:14 ID:Zu7fJ/pI
顔色を隠すのは得意だ。
絶対に心の内を悟られてはいけない。
自分の娘に恋をした中年なんて……救いようがないだろ?
思えば人生の大半で恋をしていた。
君と離れて24年。
断じて邪な思いではない。
ただ、もう一度話したい。
君と同じ姿をした少女に、あの日できなかった……言えなかったことを告げてしまいたい。
胸が熱くなる。
娘は君じゃない。
言っても無駄だ。困惑させるだけだろう。
もう一度、あの日に戻れるのなら……
きっと、その願いが叶うことはない――
7 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:09:23 ID:Zu7fJ/pI
進学が決まった娘が、とうとう家を出ることになった。
妻は「いつまで経っても過保護ねぇ」と、私の心情など見抜いたうえで、それでも私を立ててくれる。
見捨てないでくれて、ありがとう。
それでもふと思うんだ。
妻と結婚していなければ、
幼馴染と同じ顔の娘が生まれなければ、
私はきっと全てを忘れ、新しい恋人と結ばれ、新しい人生を笑って過ごしていただろう、と。
これは呪いなのかもしれない。
死後も監視されているような、解けない呪い。
妻の満面の笑顔を見ると考えずにはいられない。
一生を縛られているのは誰なのか、と。
8 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:13:42 ID:Zu7fJ/pI
娘が家を出る日がきた。
娘「ねえ、男」
娘が私の名前を呼ぶ。
はじめてのことだ。
娘「もう、平気?」
言っている意味がわからない。
9 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:14:25 ID:Zu7fJ/pI
娘「ずっと辛そうだから」
男「そんなことないさ」
娘「私といて……幸せだった?」
男「……ああ。当然だ」
娘「そう」
娘「……急にいなくなって……ごめんね」
男「……いいさ。大学、楽しめよ?」
娘「……ずっと苦しんでいたんだね」
男「……?」
娘「私を想って……」
男「!?」
違和感が確信に変わっていく。
10 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:15:12 ID:Zu7fJ/pI
娘「「「いつか結婚しようね、私たち」」
娘「そう言うと貴方は、恥ずかしそうに「まだ結婚を考えるには早いけどな」と流していたね」
男「な……っ!」
覚えている。
忘れるはずがない。
だってそれは、彼女が亡くなった日のやり取り。
そして、私の後悔の証。
11 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:18:04 ID:Zu7fJ/pI
男「……幼馴染……なのか?」
娘(幼)「うん。久しぶり」
男「「……変わらないな、幼は」」
声が震える。
幼「男は……うん、かなり老けたね」
昔と同じ微笑み。
男「ああ。お前がいないから、こんなおじさんになっちまったよ」
幼「ごめん。でも老けても男はかっこいいよ」
男「お世辞はいい」
幼「ははっ」
12 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:19:16 ID:Zu7fJ/pI
夢に見た時間。
もっと気の利いたことを言え!
最後かもしれないんだ。
奇跡の時間を無駄にするな。
幼「妹を幸せにしてくれてありがとね」
男「…………」
卑怯だ。
何も言えない。
幼「いや、怒ってないから!……私こそ勝手にいなくなって、男に文句言えるような立場じゃないって」
男「……知ってんだろ?」
幼「妹が私の身代わりだって?」
男「ああ」
幼「それでもきっと、男の妹への愛は……本物だから」
男「……ああ」
幼「だから……男を解放してあげる」
男「?」
13 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:20:35 ID:Zu7fJ/pI
幼「いつか結婚しようね、私たち」
あの日の後悔。その再現。
そうさ。いつだって、私のそばには優しさがあった。
あの日、言いたくて
言えなかった台詞――
『ああ。結婚しよう』
男「悪いな。他に大切な奴が……できちまったらしい」
優しさは罪だ。誰も幸せにはならない。
男「だから……今生では無理みたいだ。もし……生まれ変わったら……そんな都合のいい世界があったとしたら……わた…俺と……」
男「俺と、結婚してください」
幼「はい。よろこんで」
幼馴染の満面の笑顔。その瞳からは涙が零れて――
14 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:24:14 ID:Zu7fJ/pI
幼「これは夢。貴方を縛っていた悪い魔女は……もうすぐ消える……」
男「いやだ!まだ……まだ行かないでくれ……」
幼「貴方は弱さを受け入れて、それでも未来を選べる人。今大切にしてるものを守って?」
幼「私に情けない顔は見せないで。ね?」
男かっこいい
幼い頃の思い出が甦る。
好きだよ、男
やれやれ
いくつになっても
かっこつけたい時があるって――
男は一生子供だ。
15 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:25:36 ID:Zu7fJ/pI
男「またな!」
俺は変わらない。
あの日から根本は何一つ。
バカだからな、俺は
愛に捧げる人生も……悪くない――
幼「また会えるから」
男「当然だ。俺たちは来世の夫婦なんだから」キリッ
これが、おっさんになってしまった俺の、精一杯のかっこつけ。
男「他の男と結ばれたら許さないからな!」
幼「男がそれ言う?」クスクス
16 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:26:54 ID:Zu7fJ/pI
男「娘も嫁にやらない!」
幼「うわ、最低の親だ」
男「俺は親バカだからな!」
幼「もう大丈夫だね」
慈愛に満ちた表情。
これが今生における最後の時間ってやつなのだろう。
奇跡のような一瞬の夢。
17 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:27:58 ID:Zu7fJ/pI
男「俺を誰だと思ってる!お前の未来の旦那だぜ?」
幼「ありがとう。男に出会えて、恋をして。短い人生だったけど、私は幸せでした!!」
俺というちっぽけな存在が、少しでも幼馴染の救いとなったのなら――
俺の人生は無駄なんかじゃなかった。
男「こちらこそ、ありがとう!」
虚空に向けて。
18 :以下、名無しが深夜にお送りします:2013/08/18(日) 22:29:38 ID:Zu7fJ/pI
娘「父さん?泣いてるの?」
男「……長い夢を見ていたんだ。長い長い夢を」
娘「うん?」
涙を拭う。
男「母さんと久しぶりにデートでもするかなー」
娘「うわ、ずるーい!私もどっか連れてってよ~」
男「よし!3人でデートすっか!」
娘「……犯罪の香り」
守るもののある俺は、まだそちらには逝けないけれど。
胸を張って君と再会するために。
今は精一杯生きるよ。
バイバイ
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