前回 【モバマスSS】フリルドスクエアとプロデューサー【桃井あずき】

3: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:39:30.50 ID:/NMsChUN0

目が覚めると、部屋はまだ真っ暗だった。

カーテンを開けてみると、外もまだ暗い。

でも、なんて言うんだろう。外は明るさを思い出そうとしてる。

日の出前の一時、そんな外の様子……

「おはよう、ぴにゃこら太」

もちろん、返事はない。ぴにゃこら太のお腹の時計は5時を指していた。

『ぴにゃってほら、食い意地はってそうじゃない? だからぴにゃのお腹にある時計が、世界中どこに行っても一番正確だよ』

日本を離れるとき、みんなが私にプレゼントしてくれたぴにゃこら太の時計。

ふふ、と思わず笑ってしまう。

ありがとう、忍ちゃん。今でもぴにゃこら太はしっかり私を起こしてくれています。

立ち上がって、グイッと背伸びをしてみる。

アラームが鳴る前に起きた朝。一日のラッキーの始まり。これは柚ちゃんの言葉。

早起きしたおかげでみんなのこと思い出して、あたたかい気持ちになれたのだから、やっぱりラッキーなのかも。

ベットから降りて、服を脱ぐ。

二度寝なんてしないで、動き始めよう。あずきちゃんの言葉を借りて……

おもてなし大作戦、開始!

引用元: 【モバマスSS】フリルドスクエアとプロデューサー【完結編 with you】 


 

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4: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:39:56.23 ID:/NMsChUN0





日課のジョギングを早めれば、支度にかける時間を長く取れるから……そう思って早く外に出たのは正解だった。

いつもよりほんの少し早く出かけただけで、見えるもの、感じるものが変わってくる。

ヴェッキオ橋を渡って、アルノ川沿いを走る。

街はまだ寝静まっていて、自分の足音だけが響いている。

今、この街の音は私が独占している……そう思うとなんだかとてもくすぐったい気持ちになる。

歌いだしたい気分だけれど、さすがに迷惑だからそれはやめておこう。

坂を駆け上がると、折り返し地点のミケランジェロ広場にたどり着いた。

高台にあるこの広場からは、フィレンツェの街が一望できる。

ついさっき姿を現したばかりの太陽が、あたたかく街を包んでいる。

だいだい色の街……伝統と芸術の街……

――♪


5: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:40:39.15 ID:/NMsChUN0



気が付くと私はアイドルだったころの歌を口ずさんでいた。朝は理性より本能が勝るのかも。

誰も起きていない街。

誰も聴いていない歌。

誰、はいないかもしれない。

でも、朝日を浴びて起きだした街は、この街には似合わない私の歌を聴いてくれたかもしれない。

聴きなれない音楽の方が、目は覚めやすいかも。フィレンツェ、目は覚めましたか。

なんて思うとふにゃりと顔がにやけてしまう。

終わり良ければ総て良し。そんな日本語がある。それはきっと本当。

アイドルのころ、つらいこともたいへんなこともたくさんあった。

でもみんなを思い出したり、こうやって歌を口ずさめば、すべてが愛おしい思い出になっていることがはっきりとわかる。

「んっ」

グイッとここでも背伸びをしてみる。気持ちいい。

それから私はまた走り出した。


6: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:41:14.30 ID:/NMsChUN0



家の近所に戻ってくると、八百屋さんがお店を開く支度をしていた。

「おはよう、穂乃香。今日もとてもステキだ」

私に気付くと、おじさんはにっこりとしながら言った。

こっちの人はみんなあいさつのように褒めてくれる。未だになれなくって、照れてしまう。

「おはようございます、おじさん。今朝はとても早いですね」

「なんだか今日は目覚めが良くってな。早く店を開いて、早く閉じることにしたんだ」

ひょっとしたら、私の歌が本当に街の目覚ましになったのかも。

おじさんごめんなさい。でも早く閉めるならいいよね。と私はふふ、と思わず笑ってしまう。

「良いことでもあったか。ほら、リンゴ。お食べ」

そう言っておじさんは金色のリンゴを私に放り投げた。私はそれを両手でしっかりキャッチする。

グラッツェ、プレーゴといつものやり取り。

「あ、おじさん。今日は私の友達が日本から来るんです。あとで買いに来ますから、とっておきのリンゴを」

私の言葉に、おじさんはウインクで答えた。

7: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:41:41.30 ID:/NMsChUN0





朝の市場を一回りして、おもてなしに必要な食材を買いそろえた。

お肉ばっかり、と文句言われてしまうかな? でもみんなあんまりこだわらないから大丈夫かな……

リンゴはひと悶着あるかも。青森か長野か、食べ比べとかもやったし……イタリアのリンゴは土俵に乗れるかな。

気付くと鼻歌を歌ってしまっている。完全に浮かれてるなあ、と思って時計を見てみると、みんなの到着予定時間まで、あと2時間になっていた。

おもてなしの支度を少しして、迎えに行けばちょうど良い時間。あんまり支度をしておくと、みんな怒るから……

特に怒るのは、どっちだろう。あずきちゃんかな、忍ちゃんかな。

あずきちゃんは、一緒に楽しくみんなで作りたくって怒るだろうし、

忍ちゃんは1人に負担をかけてしまったことに負い目を感じて怒るだろう。

柚ちゃんは、きっと怒らない。食べる専門だし、っていつもの笑顔を見せてくれそう。

最後に4人そろったのはもう1年も前のこと。

ずいぶん前な気がするけれど、こうやってすぐみんなのことを思い出せるから、一緒に過ごした時間ってすごいと思う。

日本を出てもう3年。あっという間……

8: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:42:09.03 ID:/NMsChUN0





「あ、穂乃香チャン!」

私に真っ先に気付いた柚ちゃんが手を挙げる。

それに応じるように私も手を挙げる。

あずきちゃんが両手を挙げてぴょんと跳ねる。忍ちゃんは小さく胸のあたりで手を振っている。

きっとこういうのが久しぶりで、少し恥ずかしいんだと思う。

「久しぶり~!」

跳ねた後、走り出したあずきちゃんが私の胸に飛び込んでくる。

「お久しぶりです。元気にしてた?」

私の胸の中で、もちろん! とあずきちゃんが元気に答える。

「あずきちゃん、荷物」

ガラガラと2人分のスーツケースを引きながらあきれ顔の忍ちゃん。

「そうだよ、ここは日本じゃないんだから。目を離したら危ないよ~」

柚ちゃんの言葉に、はぁい、としゅんとしてあずきちゃんが返事をする。

でも、3秒もしないうちに目を輝かせて私を見た。

「ね、穂乃香ちゃん! 元気にしてた?」

「はいはい、募る話もあるけど、まずここを出てからね」

忍ちゃんの言葉に、あずきちゃんはムスッとした顔をする。

「そうやって忍ちゃんはいつまでもあずきのこと子ども扱いするー」

あずきちゃんの言葉を聞いて、忍ちゃんと柚ちゃんはニヤッと笑った。

「あっれー……ひょっとして私、またあずきって言ってた……?」

悪い笑顔のまま、2人がうん、とうなずく。

「大人になってもあずきチャンはあずきチャンのままだね」

「違う、違うの。ほら、みんなで集まったから」

「はいはい。あずきちゃんは大人大人」

この、いつか見たようなやり取りが愛おしい。

ふふ、と思わず笑みがこぼれて、みんなの注目を集めてしまった。

「コホン。飛行機でもうたっぷりおしゃべりしてきたんですね」

ウン、とにっこり笑って柚ちゃんが答えた。

「じゃあ、続きは私の車で、私も混ぜてもらわなきゃ」

うん! と今度は3人揃って答えた。


9: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:43:06.49 ID:/NMsChUN0
「風が気持ちいいね」

助手席で窓を開けた忍ちゃんが、外を眺めながら言った。

「来るたびに思うけど、すごくきれい」

続けてぽつり。

「住んでいてもそう思います」

私の言葉に、やっぱり? と忍ちゃんが答える。運転で前を見ているから、あまり良く見れないけど、隣でほほ笑んでいるのがわかる。

「初めてのときはそれどころじゃなかったもんね~」

グイッと身体を乗り出して、運転席の椅子をつかみながら柚ちゃんが顔を出す。

「そうそう、あのときはたいへんだったよね~」

同じように助手席の椅子をつかみながらあずきちゃんも顔を出す。バックミラー越しに、2人のにやにやした悪い笑顔が良く見える。

「あーあー。なんのことかな」

「大丈夫大丈夫! アタシたちの英語だってなんとかなるよ!」

「それに津軽弁ってフランス語に似てるらしいし! イタリアだって平気だよ!」

気になってチラと隣を見てみると、完熟のリンゴみたいな忍ちゃんがいた。

「もう、その時の話はやめてよね!」

「ムリムリ~ここに来るたび思い出しちゃうもんネ」

「柚ちゃん、からかうのもほどほどにしましょうね」

てへっと舌を出した柚ちゃんが運転席の椅子から手を離した。

「……あの時はごめんね」

細い声で忍ちゃん。ううん、と私は答える。

私がこちらに来て少し過ぎたころ、今日みたいに3人が私のところに来てくれたことがあった。

心配いらないよ、と言っていた忍ちゃんたちが一向に来ないから心配して連絡を取ってみたら、ずいぶんと迷ってしまっていた。

その時はまだ車も持っていなかったから、タクシーを駆使して迎えに行ったんだった。

私もこちらに来たばかりだったから、4人で観光、と思っていたけど、その観光資金がみんな空っぽになってしまった。

「そんな思い出も、4人だと楽しい思い出だから不思議」

言葉が耳を通って、全身を駆け巡って、そしてスッと抜けていった。

とても澄んだ声……

「あずきチャン……」

柚ちゃんが何を言うのか、顔は前を、耳は後ろを。

「今のとっても女優って感じだった!」

でしょう、ほめてほめて! とあずきちゃんがそれに答えると、うきゃあという感じに女子な笑い声がこぼれた。

「まったく……いつまで経っても『箸が笑ってもおかしい年頃』なんだから……」

呆れた声で忍ちゃんが言うと、2人の笑い声が止まった。

「忍ちゃん、それを言うなら箸がころんでも、じゃない?」

「え、アタシ今なんて言った?」

「箸が笑っても、って」

こらえきれず私が笑い始めてしまった。

「箸が笑ったらそりゃおかしいよね。でもどっちかと言うとホラーカモ」

つられて柚ちゃんも、うははは、と笑いだす。

きっと隣で忍ちゃんはまた顔をリンゴにしてる。

「もう! 揚げ足とらないで! あずきちゃん!」

「えー! あずきが悪いのー!?」

狭い車のなかで笑い声が響く。花より団子、景色よりおしゃべり……

10: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:43:37.30 ID:/NMsChUN0



フィレンツェのカフェに行ってみたい、と忍ちゃんが以前から言っていたので、私たちは昼食を兼ねてお店に入った。

「はぁ……緊張したぁ」

最後に紅茶とパンを受け取ったあずきちゃんがため息をつきながら席に着いた。

「穂乃香ちゃんがやってくれるって言ったのに……」

ぶーって感じにふくれるあずきちゃんがとってもキュート。

「自分で注文から何からやらないと、制覇した感じがしないし」

毅然とした態度でビシッと忍ちゃんが言う。こういうのも懐かしい。

いただきます、と言って忍ちゃんがパンを食べ始める。みんながみんなマイペースな私たちだけれど、忍ちゃんは積極的マイペース。

「柚ちゃんは柚ちゃんで余裕な感じだったよね」

あずきちゃんの言葉に、んー? と柚ちゃんは首をかしげる。

「柚スマイルは世界共通ってことで」

両のほっぺたに人差し指をあてて、にこっと柚ちゃんが笑う。

「あずきも世界的な女優目指して語学勉強しなきゃ……」

そう言ってあずきちゃんは紅茶に口をつける。おいしい、とほほがあがるのを見て、私も目を細める。

「穂乃香ちゃんはイタリア語覚えるの早かったよね」

忍ちゃんが言うと、柚ちゃんも確かにー、と同意する。

「事前に勉強してましたし、生活するとなると、嫌でも覚えなきゃならなくって」

じゃあアタシの東京の言葉と一緒だ、と忍ちゃんはうれしそうに笑う。

その対面で、柚ちゃんとあずきちゃんがそれとはちょっと違うよね、とこしょっと話している。

首のあたりがじんわりとあたたかくなっているのを感じる。くすぐったいような、あったかいような……

とてもやさしい、愛しい、そんな気持ちがゆっくりと私の全身を巡っている、そんな気がする。

口にしたブラックのコーヒーも甘く感じた。

11: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:46:01.44 ID:/NMsChUN0


「かんぱ~い!」

カチン、とグラスがなる。

口に含むと、甘酸っぱい香りが広がった。

「おいしい」

私が言うと、でしょでしょ、とあずきちゃんが身を乗り出してきた。

「長野のね、シーバスっていうリンゴのお酒!」

「ま、青森にもあるけどね。あずきちゃんが持ってくるって知ってたら、飲み比べ用に持ってきたのに」

2人とも、負けず嫌いなんだから。

「今でも2人して同じ時期にリンゴをアタシの家に送ってくるんだよ。その時はもう毎日リンゴ」

くすぐったそうに柚ちゃんが笑いながら言う。

「仕事してると、負けられないことたくさんだもん。普段からも負けられないって言うか……」

忍ちゃん、目が真剣。忍ちゃんは冗談も良く言うけど、冗談を言うときの顔じゃない。

「昔はみんなでトップアイドル大作戦だったけど、今はもう個人戦だもんね。プロジェクトS!」

SはシングルのS、とどう? という顔をしてあずきちゃんが言う。どうと言う顔をされても、と苦笑いしてしまうのも、懐かしい。

「アタシがPさんと最初に出会って」

「私は学校で待ち伏せされて、スカウトされました」

「柚は2人のライブ会場でPサンに見つけてもらったんだよね」

「あずきは実家のお店で出会って、オーディション受けて」

そして、4人そろってフリルドスクエアでデビューした。それももう10年も前のこと。

「フリルドスクエアでトップを取って、それぞれの夢はそれから」

「老若男女に愛されるアイドル、目指せ紅白歌合戦ってPサン良く言ってたよね」

言ってた言ってた、と忍ちゃんがうなずく。

「本当にいろんなタイトルとらせてもらったよね。10年前のアタシに言ったら絶対びっくりすると思う」

10年前の自分……バレエに挫折して、悩んでた自分。アイドルとして活躍するなんて、絶対信じないと思う。

「仕事、いつも遅くまで頑張ってくれてたよね、Pサン。お酒もしょっちゅう飲んでたケド」

「うん……本当に……グス」

「あずきチャン……グス」

ぺち、ぺち、と忍ちゃんが2人のおでこを叩く。

「Pさん生きてるから。惜しい人を亡くしたみたいな感じにしないの」

えへへ、という感じに2人は顔を見合わせて笑う。

「先月、来てくれたんですよ」

私の言葉に、みんなえー! と驚く。

「こちらで少し大きな公演があって。知らせもしないのに、連絡をくれて」

ちゃんと見てるんだねぇ、と感心した表情で柚ちゃんがうなずいた。

「それでこっちに来て、チキンカツを作ってくれて。チキンな気持ちに勝つ! って」

「その辺すっごいPサンって感じ」

「そういうとこあるよね」

みんなで顔を見合わせてうんうん、とうなずく。みんな顔がにやけてる。きっと、私も。

「フリルドスクエアが解散してすぐに結婚、今や子持ちママだもんね」

「アタシたちって手がかかる存在だったのかも」

しみじみとした表情で忍ちゃんがつぶやく。

そして、ゆっくりとシーバスを口に含んだ。

12: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:46:29.86 ID:/NMsChUN0




「あずきちゃん、寝ちゃった?」

忍ちゃんの問いかけに、うん、と私は答えた。

「今、柚ちゃんがいたずらするかしないかで悩んでる」

ふふ、と忍ちゃんは何か含んだような顔をして笑った。呆れ顔じゃない。

気を使いすぎ、と忍ちゃんは小さくつぶやいた。

少し前、星を見ながらお酒を飲もうよ、と忍ちゃんが言いだした。

すでにウトウトしてたあずきちゃんは寝るー、と言ったので寝室に案内した。

ものの数秒でストンと眠りに落ちた。柚ちゃんじゃないけれど、ぐっすり寝てるので少しいたずらしたくなってしまう。

過去に何かあったらしく、あずきちゃんは人にお酒を強く勧めることもないし、自分が積極的に飲むこともしない。

飲むとすぐに眠くなってしまうそうで、あいさんの気持ちが今ならわかるよ、と以前に言っていた。

「今年もこうしてみんなで来れて良かった」

飲むお酒はシードルから、イタリアのワインに変わっている。

「いつも来てもらって、どうもありがとう」

ううん、と忍ちゃんが首を振った。

「日本だと、全員が気合いれて休み取るってやりにくいし。ここがちょうどいいよ」

うん、ありがとう、と言うと、だからいいってとツンをした顔をして忍ちゃんが言った。

「もうすぐ、誕生日だね」

「うん」

「28歳?」

「出会った頃のPさんより年上になっちゃった」

私の言葉に、忍ちゃんはげげ、という顔をした。あわせて私もげげ、という顔をしてみる。

「大人になっちゃったね、アタシたち」

ね、と私たちは顔を見合わせる。

グラスを持って、忍ちゃんの隣に移動してみる。並んで空を見上げると、星がすごくきれい。

5月になっても外の空気はひんやりしている。こちらは昼と夜の差がすごい。

すぐ近くに人がいると、なんとなくあたたかくて、この空気を良くあう。

13: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:46:55.26 ID:/NMsChUN0



「昔ね、Pさんが言ってた。現実に足が着く日がいつか来るって」

初めて聞く話だった。

「そこから先は頑張れば届く夢に、ジャンプして離れるのがやっとだって」

ジャンプ……ジュテ……似た話を出会ったときにされたかもしれない。

「私にとって、みんなのプロデュースはジャンプだったって、解散したあとに話してくれてね」

そんなことがあったんだ、とワインに口をつけながら思った。解散から3年。初めて聞く話……

「大きく飛んで、限界まで飛んだつもりだったけど、あっという間だったって」

アイドルになってからの日々は、本当にあっという間だった。みんなに出会った頃のこと、昨日のことのように思い出せる。

「まだみんなは地面に足を着けてない。私がジャンプしたところより、もっともっと高いとこまで飛べる。だから、夢を追いかけて」

なんか遺言チックだよね、と忍ちゃんは笑った。確かに、と私もつられて笑う。

「忍ちゃんの夢、トップアイドル……今もその途中ですか」

私の問いかけに、忍ちゃんはうん、とうなずいた。

「フリルドスクエアの工藤忍から、アイドル工藤忍でトップを目指すんだ」

強い意思を持った目で忍ちゃんは言った。私は昔からこの目が大好きだ。

「こうしてがんばれるのは、穂乃香ちゃんのおかげな部分もあるんだよ」

強い目のまま、私を見つめて忍ちゃんは言った。思わずドキリとしてしまう。

「初めて穂乃香ちゃんに出会ったとき、この子はなんてすごい子なんだろうって思ったんだ」

私も吸い込まれるように忍ちゃんの目を見つめる。

「それは、才能がじゃなくて。この子はここに至るまでどれだけの努力をしてきたんだろうって」

不快だったらごめんね、と断って忍ちゃんは続けた。

「アタシも自分なりに努力してたから、人の努力って見えるんだ。

 穂乃香ちゃんの才能はアタシたちとそう変わりなくて。本当に努力した人だって」

子どものころのバレエレッスンを思い出す。やりたくてやったことも、やらされてやったことも山ほどある。思い出すと、つらいことが多い気がする。

「そんな穂乃香ちゃんが挫折したバレエの道ってどれだけ厳しいんだろうって」

一度瞬きをして、忍ちゃんはしっかりと私を見た。

「その厳しい道に、穂乃香ちゃんは解散後すぐに挑戦した。もう一度、小さいころの夢をかなえるために」

うん、と私はうなずいた。

「すごい、と思ったし、負けたくないって思った。1人でもがんばれるけど、遠くでがんばる友達がいると、もっとがんばれる」

へへ、と照れたように忍ちゃんは笑った。

「まだまだ足を着けずに、お互いがんばろうね」

うん、と私はしっかりとうなずいた。

少し飲み過ぎたみたい、と忍ちゃんはパタパタと手で顔をあおいだ。

顔が赤いのは、お酒のせいだけかしら。

14: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:47:35.88 ID:/NMsChUN0



「さて、と」

クイッと残りのワインを飲み干した忍ちゃんは、わざとらしく空を見た。

「柚ちゃん、あずきちゃん、もう終わったから出てきていいよ」

「えっ」

「あちゃー、ばれてた?」

「気遣い、でも気になる大作戦、失敗かあ」

「穂乃香チャンは天然だしなんとかなると思ったけど」

「うんうん、やっぱり忍ちゃんは手ごわかったね」

「えっ? えっ? あれ?」

さっきまで寝てたあずきちゃんと、それを見てた柚ちゃん、いつから?

「最初は確かにいなかったけど、いつからいたの?」

呆れ顔で忍ちゃんが問いかける。

「Pさんの昔話あたりから」

てへ、と舌を出して柚ちゃんが笑う。

「それって最初のほうじゃ……」

まったく、と忍ちゃんはため息をついてから、へへ、と笑う。

「夢を追いかけてるのは2人だけじゃないよっ」

鼻息荒めにあずきちゃんが言った。ウトウトしてたのももしかして演技?

「柚もほどほどにだけど、負けないよ~」

がんばる! と言わないけれど、がんばっている、それが私の知ってる柚ちゃん。

「アタシはアイドル」

「あずきは女優!」

「アタシはアタシらしく、愛され系タレント!」

3人が宣言して、私をじっと見た。ふふ、と思わず笑みがこぼれる。

そして、大きく息を吸い込む。

「私は、プリマ・バレリーナ!」

おー、と私たちは声をそろえて宣言する。


15: ◆w72AKbkgD2 2016/05/06(金) 00:48:13.17 ID:/NMsChUN0


夢を叶えるには、楽しいことばかりじゃない。

でもこうして、大好きな仲間がいれば、つらい出来事も笑い話として思い出にできる。

思い出はいつもきれいだから、ひたってしまいそうだけど、

これからの出来事も思い出になると思うと、前を向いていけそうです。

プロデューサーさん、私たちはまだまだ夢の途中です。



おしまい。